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政経東北速報解説版 毎月2回(1・15日)発行
続・事件屋 竹内陽一氏の仮面を剥ぐ
月刊政経東北
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水俣病の教訓(18年6月号)

 熊本県水俣市の新日本窒素(現・チッソ)水俣工場付属病院の細川一院長らが水俣保健所に「原因不明の中枢神経疾患が発生している」と届け出た。1956年(昭和31年)5月1日のことで、これが水俣病の公式確認の日とされる。それから50年。

 3年後の59年7月熊本大学医学部研究班が「有機水銀原因説」を公表し、同年11月厚生省食品衛生調査会が「主因はある種の有機水銀化合物」とする答申を行った。

 当初からチッソ水俣工場の排水が疑われたが、国も県も「因果関係が明確でない」として、何ら対策を講じなかった。国が「同工場の排水が原因」と発表したのは68年9月で、同工場が副産物として有機(メチル)水銀を発生させるアセトアルデヒドの製造を中止して4カ月後のことである。

 チッソが有機水銀の毒性を知らなかったとは到底思えないが、それ以上に水俣病の公式確認から12年間も毒水の垂れ流しを放置した国・県の責任を強く問いたい。「因果関係が明確でないから動けなかった」というのはウソで、限りなくクロに近いことを認識しながら、国は食糧増産に欠かせない肥料の生産を優先し、県は雇用や税収への悪影響を恐れ、積極的に動かなかったのである。

 その後の対応もひどいものだった。チッソはわずかな見舞金で収拾しようとし、認定患者への補償を迫られると多額の公的支援を受けた。一方、幅広い権限を持つ国はチッソの刑事責任を問わなかっただけでなく、経営破たんを恐れて認定基準を厳しくした。信じられないほどの企業寄り。そのため訴訟が相次ぎ、村山内閣の政府解決策(医療・保健手帳交付)や認定基準を否定した2004年10月最高裁判決後の新対策(新保健手帳交付)が講じられたものの、いまなお中途半端な対応に終始している。

 国(県)が真っ先にやらなければならないのは、不知火海沿岸の住民の健康調査を行い、患者を見つけ出して救済することである。それをやらないのは、患者がたくさん見つかって費用が膨大になることを恐れているからだ。これでは「何のための国(県)か」と言いたくなる。

 チッソの加害責任ははっきりしている。しかし、被害を拡大させた国・県の「不作為」の責任は問われていない。官僚が誤った国益の判断をせず、「因果関係は明らかでないが、被害を増やさないため規制しよう」という当たり前のことをやっていれば、その後の公害や食害・薬害などの被害は大幅に減り、コストも少なくて済んでいた。

(奥平)

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