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政経東北速報解説版 毎月2回(1・15日)発行
続・事件屋 竹内陽一氏の仮面を剥ぐ
月刊政経東北
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追求すべきは「安全」より「安心」(2014年 5月号)

 現在、県内では避難指示区域の内外を問わず、急ピッチで除染作業が進められている。言うまでもなく、除染の目的は放射線量を下げて住民の安全を確保することである。その基準になっているのが、年間の追加被曝線量を1ミリシーベルト以下にすること、1時間当たりに換算すると0.23マイクロシーベルト以下にすることである。この1時間当たり0・23以下というのが、国が定めた一応の「安全基準」ということになる。

 ただ、県内では避難指示区域外で、0.23以下の地域でも、未だに自主避難を続けている人が多数いる。一方で、避難指示区域の住民の中には「自分はたとえ20ミリでも帰りたい」という人もいる。

 安全基準については、さまざまな意見があるが、少なくとも、いまの福島県民はそれぞれが相応の知識を身に付け、個人の判断のもとで行動している。だから、「1ミリ以下なら大丈夫」、「いや1ミリではなく、5ミリまでは問題ない」、「いやいや20ミリ以下なら帰っても大丈夫だ」などという議論はもはやナンセンス。

 いくら1ミリ以下(1時間当たり0.23以下)でも、少しでも不安に思えばストレスになる。逆に、5ミリや20ミリであっても、いまの不自由な避難生活よりはよっぽどいいという人もいる。

 つまりは、放射線量がどのくらいなら安全かが問題なのではなく、どのくらいなら安心できるかが重要なのだ。そういう意味では、追求すべきは「安全」ではなく「安心」である。もっとも、これは個人によって大きく異なるから、数値的な基準として定めるのは難しいだろう。

 では、どこに基準を置けばいいか。それは「安全」を訴える人の「信頼」にほかならない。いくら「安全」と言っても、そこに「信頼」が伴わなければ「安心」は得られない。その点で言うと、国はスピーディーの問題にしても、モニタリングポスト誤差問題にしても、県民の不信を招くような対応が多かった。

 原発事故以降、県民の多くは国に不信感を抱いており、その国がいくら「除染等により安全な環境になったので、戻ってください」などと言っても信頼できず、安心して戻れるはずがない。その時点で、もはや安全ではないのである。

 そういう意味では、まずは信頼を得ることから始めなければならないが、今回、被曝線量推計調査の隠蔽・操作疑惑(この問題の詳細は本号32頁参照)が明らかになったように、相変わらず不信を抱かせるようなことをしている。これでは、県民は一向に安心を得られない。

(末永)

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