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原発事故から12年

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

    【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。 あわせて読みたい 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

    【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

     本誌3月号で、双葉町の風景をジオラマに残す活動をしている関西の建築士を紹介した。その後、ジオラマが完成し、3月10日、町に寄贈した。ジオラマに込めた思いとは。 「災害の先輩」が語る復興の難しさ 曺弘利(チョ・ホンリ)さん ジオラマの前で記念撮影する曺さん(後列右から3番目)と学生たち  ジオラマを制作したのは、兵庫県神戸市の建築士・曺弘利(チョ・ホンリ)さん。 在日コリアン3世で神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災で自分が生まれ育ったまちが変容していく姿を目の当たりにした。その経験から、原発事故で全町避難が続く双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んでいた。 昨年秋、JR双葉駅西側に整備された公営住宅「双葉町駅西住宅」で同町住民とルームシェア。変わりゆく町内の風景をスケッチに残して町に寄贈し、さらなる取り組みとして始めたのがジオラマ制作だった。 関西学院大の災害ボランティアサークル「つむぎ」の植田隆誠代表と知り合い、1月から共同でジオラマ制作に取り掛かった。 ジオラマは全部で8点。JR双葉駅周辺や中間貯蔵施設の用地となっている郡山地区などを約1000分の1で再現した。実際に町内を歩き、約40年前の地図や被災直後の航空写真も参考にしながら、発泡スチロールや粘土などで地形・建物を作り上げた。 2月には同サークルの一部メンバーとともに現地調査を行い、ようやく完成。3月10日、同サークルのメンバー7人とともに町を訪れ、ジオラマ3点を橋本靖治町秘書広報課長に手渡した。残り5つは順次、関係者に贈呈される。 学生らは「実際に被災地の風景を見た衝撃をそのまま伝えたいと思い、ジオラマを制作した」、「教育の場で活用できるように、持ち運べるサイズにした」、「現状を広く知ってもらい、住んでいた人が語り合うきっかけにしてほしい」と述べた。 曺さんは「これから復興が進む中で、かつての街並みを思い出し、その歴史を取り戻す手助けになればと考えています。今後も双葉町に関わり続ける考えですが、一つの区切りとして寄贈させていただきました」と語った。 ジオラマを受け取った橋本課長は「相当時間と手間がかかっていると思う。双葉町に思いを寄せてもらって本当に感謝している」としたうえで、次のように話した。 「町内には津波や除染、中間貯蔵施設建設のため姿を消した住居・建物が多い。もちろん、それぞれの記憶の中にかつての風景は残っているが、こうして目に見える形で残してもらうのはとても大事なこと。特にジオラマは作り手の思いが伝わってくるので、ご提供いただけるのはありがたいです」 橋本課長は郡山地区出身。ジオラマを見ながら「この家の入口には本棚が設置され、地区の図書館になっていた」、「ここにタバコの畑があって、小さい頃は遊び場だった」など思い出話に花を咲かせる一幕もあった。ジオラマを通して会話が広がることで、かつての街並みが心に残り続ける。 学生らを温かい目で見守っていたのが、曺さんとともに神戸市から足を運んだ伊東正和さんだ。 神戸市長田区の大正筋商店街で日本茶の茶葉やアイスクリームの販売店「味萬」を営む。かつて同商店街の理事長も務めていた。 同商店街は阪神・淡路大震災で焼け、伊東さんの店舗も全焼した。市が打ち出した復興策は、区画整理を行い、再開発ビルを複数建て、低層部に商店街の店舗が入居するというもの。だが、新しいビルに入居した商店は高額な管理代の負担を余儀なくされ、固定資産税は一気に跳ね上がった。周辺にスーパーやコンビニが出店する中、各商店は軒並み売り上げを落とし、保留床を購入して商売を始める動きも少なかった。復興のシンボルだった再開発ビルは空き店舗が目立つようになった。 伊東さんも震災9年後に再開発ビルに入居したが、そうした復興の現実を目の当たりにした。その後は「行政に頼らず、自分たちのまちは自分たちでつくらなければならない」というスタンスで、大正筋商店街の活性化に全力を尽くしてきた。 東日本大震災・東電福島第一原発事故後は自身の経験を教訓としてもらうべく、東北の被災地に足を運び続けている。 復興について、伊東さんは自らの経験を踏まえてこのように語る。 「東北の人たちには『自分たちに合った復興を進めてほしい』と伝えたい。提唱しているのは『8割は既存のまちをベースに復興し、残り2割で新たな要素を取り込めばいい』という考え方。その割合だと歴史を引き継げるし、地元業者がメンテナンスを引き受けることも可能になり、経済が活性化していくと思います」 原発被災自治体では復興を加速させるため、国からの交付金を投じる形で、さまざまな公共施設が整備されている。果たして神戸市の教訓は生かされたと言えるだろうか。 復興に大事なポイント 伊東正和さん  一方で、伊東さんは復興を進める上でのポイントに「いかに地元のために頑張れる人材を集め、若い世代に引き継いでいくか」を挙げる。  「結局、復興の大きな力になるのは地元が好きで、振興のための苦労を厭わない人。自分たちが望むまちづくりの形が定まったら、よそ者でもマスコミでもいいから、とにかく仲間を集い、活動を広めていく。そうすることで活性化に向けた道は自ずと開けていくはずです。『360人集めたら縁(円)ができる』というのが私の持論です。続けて必要なのが、若い世代の意見を聞き、活動を引き継いでいくことです。年寄りがどれだけ頑張っても、先は短いですからね」 原発被災地の住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなっている。各自治体では移住者を増やし、復興につなげていく方針で、県は県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を支給している。こうした中で「地元が好き」という人をどれだけ集められるかがカギになっていくだろう。 さまざまな課題を抱えながら復興が進む中で、住む人も風景も変わっていく――。阪神・淡路大震災の経験でそのことを分かっている曺さんは、さまざまな思いを込め、双葉町の風景をスケッチやジオラマに残し続けている。 曺さんも学生たちも、ジオラマ制作がひと段落した後も双葉町に足を運び、交流を続けていく考えを示している。曺さんは中野八幡神社近くに建設される東屋の設計にも携わった。4月1日着工、夏ごろ完成の見通しで、地域の交流拠点となることが期待されている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

    「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

    フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

    東京電力・福島第一原子力発電所(以後「フクイチ」と略)では、発災から約12年が経とうとしている今も、収束作業が続いています。  ひとたび核災害が起これば、収束に要するリソース(予算・人員・資機材・時間)は見通せず、ブラックホールのようにリソースを吸い込み続けるものであることを強烈に教えてくれる「生きた教材」です。 このような実物教育をくらっている最中にも関わらず、核発電の最大限の利活用を打ち出した岸田政権の判断に強く抗議し、合わせて、国民の代表が集う国権の最高機関(国会)には、核発電の利活用に関連する予算・法案を否決するよう、主権者の一人として強く求めることを、冒頭に表明しておきます。 分析すら追い付いていない固体廃棄物  2022年12月末現在、フクイチ構内には瓦礫類・伐採木・使用済み保護衣合わせて、約53万立方㍍が保管されています(「まとめ1」参照)。これとは別に、焼却灰や、未撤去の設備、プール保管の廃棄物等があります(「まとめ2」参照)。  以前にも当連載で指摘しているように(注1)、放射性固体廃棄物の大半は屋外保管で、火災に巻き込まれれば、放射性ダストが非管理の状態で環境中に放出されるリスクが常に有ります。一刻も早く、屋内保管へ切り替えて、リスクの低減・解消を図らなければいけません。 屋内保管に切り替えるには、幾つか条件が必要です。 一つ目は、スプリンクラーや遠隔カメラ等の防災設備等が整った専用の貯蔵庫の建設。 二つ目は、減容・減量と、その為の設備の建設。 三つ目は、整理・分類しての保管。順次、詳述します(「まとめ3・4」も参照)。  1、固体廃棄物貯蔵庫 貯蔵庫は、固体廃棄物貯蔵庫第9棟まで運用中で、今年3月に第10棟Aが着工予定です(A~Cの3建屋に分けて建設)。第11棟は2026年度以降の竣工目標で、30年度までに11棟で合計・約28万立方㍍容量を確保予定です。その後も廃棄物は増加するのが確実で(明確には試算されていません)、貯蔵庫は追設が検討されています(注2)。  2、減容・減量処理設備 処理設備は、焼却炉が運用されています(焼却灰は200㍑ドラム缶に詰めて固体廃棄物貯蔵庫に保管)。 但し、増設焼却炉(「増設雑固体廃棄物焼却設備」)は、運用開始が遅延し(2020年12月→22年5月)、運用開始後も破損・故障が相次ぎました(詳細は連載33回)。 減容処理設備も、世界的な半導体不足の影響で制御盤のインバータの納期が遅延し、竣工が延期されています(23年3月→5月)。中古品等も入手できなかったそうです(注3)。 設備は、着実に竣工させ、稼働率を上げなければ、設置した意味がありません。現在は、焼却炉前処理設備と、溶融設備の設置が予定・計画されていますが、これらの設備が計画通りに竣工し、安定して稼働するのか、要注目です。 現在、フクイチ構内で発生した放射性固体廃棄物で再利用できているのはコンクリートガラだけですから(2014年10月〜20年度までに約1・6万立方㍍を再利用)、溶融設備竣工後に金属の再利用が可能になれば、減量効果は大きいと思われます。  3、整理・分類の前提である分析 最も大きな課題です。 本来であれば、固体廃棄物は、含有核種や核種毎の濃度・インベントリ(注4)・性状等を踏まえ、将来の処理・処分方法を見越して整理・分類されるべきです。ですが、フクイチで保管されている瓦礫類の大半は、表面線量率に応じて分類され、それが継続しています。短くまとめると「分析体制が、固体廃棄物の増加量や増加ペースに見合っていない」のです。 敷地内で発生した廃棄物や試料の分析が構内の施設で間に合わなければ、構外(主として茨城地区)に移送しなければならず、手続きだけでも煩雑です。このような手続きを簡略にし、迅速な分析を行う為にも、フクイチの敷地西端に建設されたのが「大熊分析研究センター」です(注5)。 但し、この整備も順調とは言い難い状況です。「まとめ4」には書いていませんが、同センター・第一棟の竣工も遅延し(2021年6月→22年6月)、分析作業は漸く22年10月から開始されました。施設内の気圧を負圧に保つ為の給排気設備の排気量不足が判明し、その対応に時間を要したそうです(注6)。(尚、炉内堆積物等の高線量廃棄物を分析する同センター・第二棟も24年度運用開始目標が、26年度へと後ろ倒しされました。現在は設計中です)。 固体廃棄物は「含有核種やインベントリ・濃度を把握」し、「廃棄物の種類・性状ごとに処理・処分に向けた方針を立て」、その方針を見据えて「整理・分類」し、「屋内保管」されるべきものです。 これらの整理・分類・保管の前提となる分析が追いついていません。具体的には、瓦礫・水処理二次廃棄物から、2012~20年度で約900試料が採取されましたが、同じ時期に分析が終了したのは約650試料です。21年度は採取された137試料の内、分析が終了したのは62試料でした(22年3月の東電の資料に基づく/注7) 分析に関しては、ハード面では大熊分析研究センター・第一棟の運用が開始されましたが、ハードがこれだけで足りるとは思われません。このセンターとは別に、フクイチ敷地内で東電の総合分析設備の建設も計画されています。 分析で、より大きな課題と思われるのがソフト面です。ハードを揃えても、従事してくれる人がいなければ、進められません。人材に関しては東電の担当部長も「…人材確保、これは東電だけでは取り組みができないというふうに我々も考えてございます…」と、2022年9月12日の「第102回特定原子力施設監視・評価検討会」で発言しています(注8)。 原子力規制庁は、第102回監視・評価検討会で分析体制の強化に関する資料(注9)を提示し、「…分析体制の不十分さにより、廃炉作業が遅れ、…施設全体のリスクが高止まりすることがないよう、中長期の分析需要等を見据えた分析体制の強化に早急に着手する必要がある」と強調し、資源エネルギー庁・NDF(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・JAEA(日本原子力研究開発機構)のみならず、電力事業者も含めたオールジャパンの取り組みを強く訴えかけました。 原子力規制庁の訴えに、資源エネルギー庁は同年12月19日の「第104回監視・評価検討会」で回答しました(注10)。回答は多岐に渡るので、人材育成に関する部分のみ「まとめ4」に取り込みました。 福島国際研究教育機構のWebサイト(注11)の本格的なアップは4月以降と思われます。フクイチとの関わりをどのように記載するか、注視しています。  分析に関する文章が長くなりましたが、フクイチの放射性固体廃棄物に関しては「整理・分類」「処理・処分方法の検討」の前提となる計測や分析が追い付いていないのが最大の問題です。本来やるべき、処理・処分方法の検討は殆ど手つかずで、今は屋外保管の解消すら道半ばです。 全ての前提である分析体制の拡充・強化は待ったなしでしょう。 主権者・国民の中には「『処理水』放出への賛否」に耳目を奪われる傾向がありますが、フクイチは多種多様なリスクが相互に絡み合っているので、全体を見なければいけません。液体廃棄物(汚染水)の処理で発生する二次廃棄物は固体廃棄物扱いですし、固体廃棄物の保管場所が尽きれば、液体廃棄物も処理できなくなります(典型的な例がALPSスラリー。詳細は連載34回参照/注12)。 原子力規制委員会・規制庁が、固形状の放射性物質に関して危機感とも形容できる強い意識を表明したのは、現状を見ていれば当然の結論だと思います。この意識は、報道や主権者に共有されているでしょうか?  主権者・国民が、核災害真っただ中の施設のリスク対応を、規制行政と事業者に「お任せ」することがあってはなりません。それではフクイチ核災害を防げなかった過ちから何も学んでいないことになります。  本稿の最後に、訂正・お詫びです。 連載第6回(注13)で、フクイチの「処理水・処理途上水」について「化学的汚染…や生物的汚染…は未調査」と書きましたが、第12回・ALPS小委員会(2018年12月)に化学物質の分析結果の資料が提出されており(注14)、大腸菌を含む46項目の測定結果が記載されていました。ごく一部のタンクの計測ですが、「未調査」ではありませんでした。この場を借りて訂正し、お詫び致します。  注1:第3回(2020年6月号) 注2:東京電力ホールディングス㈱福島第一原子力発電所の固体廃棄物の保管管理計画2023年2月版 https://www.nra.go.jp/data/000420893.pdf 注3:22年12月19日付東電資料https://www.nra.go.jp/data/000414089.pdf 注4:「inventory」は「放射能量」。元々は「在庫量」「資産」を意味する。 注5:設計・建設・運用はJAEA。 https://fukushima.jaea.go.jp/okuma/ 注6:放射性物質分析・研究施設第1棟の整備状況について(22年3月31日) https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2022/03/4-1.pdf 注7:「固体廃棄物の性状把握に向けた試料採取・分析計画について(2022年度)」5頁。  https://www.nra.go.jp/data/000383576.pdf 注8:議事録15頁。発言者は、金濱秀昭・福島第一廃炉推進カンパニー福島第一原子力発電所廃棄物対策プログラム部部長https://www.nra.go.jp/data/000407303.pdf 注9:資料1―2「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉等に必要な分析体制の強化について」https://www.nra.go.jp/data/000403734.pdf 注10:資料1―3―1・1―3―4・1―3―5 https://www.nra.go.jp/data/000414102.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414105.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414106.pdf 注11:https://www.f-rei.go.jp/ 注12:見通しの立たない「ALPSスラリー」の安定化処理(23年1月号)   注13:ALPS小委の報告書は 「提言もどき」(20年9月号)  注14:ALPS処理水タンクにおける化学物質の分析についてhttps://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/012_04_01.pdf 春橋哲史  1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

    【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 1Fで廃炉は行われていない!【尾松亮(廃炉制度研究会)】

    【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

    求められる法規制と原子炉の安定化  東京電力福島第一原発の廃炉は現在どこまで進んでいるのか。本誌で「廃炉の流儀」を連載している研究者・尾松亮さんに現状と課題をあらためて解説してもらった。 廃炉はどこまで進んだか  原発事故から12年が経過しようとしている。1F(福島第一原発)廃炉については「30~40年の廃炉」というフレーズが繰り返されてきた。最長40年として、その4分の1以上が過ぎたわけだが、廃炉工程はどこまで進んでいるのだろうか。 2011年12月に発表された初版「中長期ロードマップ」では、同年12月の事故収束宣言(ステップ2完了)を起点にして「10年以内に燃料デブリ取り出しの開始」という目標が示されていた。初版ロードマップに添付されたスケジュール表では、25年後までにデブリ取り出しを完了する目安も示している。そして原子炉の解体を含む「廃止措置」の行程を最長40年で終わらせるとしていた。 初版ロードマップに示されたスケジュール 主要工程項目時 期初版ロードマップの規定2023年2月現在の状況ロードマップの開始時期2011年12月収束宣言・ステップ2完了の時点―燃料デブリ取り出し開始2021年以内「10年以内」と規定繰り返し延期燃料デブリ取り出し完了2036年スケジュール表に20~25年後と目安が示されるロードマップから「取り出し完了」時期の規定は消える原子炉施設解体終了2051年「30年~40年後を目標」と規定ロードマップから「原子炉解体」の規定は消える  この当初スケジュールと照らし合わせると、現在の「廃炉工程」はどのくらい進んでいるのだろうか。昨年8月25日、東京電力は、2022年後半に取りかかる計画だった福島第一原子力発電所2号機の溶融燃料(デブリ)取り出しの時期について、23年度後半に延長することを発表した。デブリを取り出すロボットアームの改良、放射性物質が飛散するのを防ぐ装置の損傷、などが延期理由だ。ロードマップの「取り出し開始目標年」であった2021年にも、東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始時期」を1年程度延期した経緯があり、延期決定が繰り返されている。 このまま、本当にデブリ取り出しに着手できるのか? 仮に着手できたとしても、このロボットアームで取り出せるのは「燃料デブリ1㌘程度」といわれる。40年後にあたる2051年まで残すところ28年で、3基の原子炉内外に溶け落ちた核燃料をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉の解体を完了することは絶望的に思える。 それでも「廃炉終了」はできてしまう  2051年(ロードマップ開始から40年後)の廃炉完了なんて「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし恐ろしいのはむしろ、それにもかかわらず「2051年1F廃炉終了はできてしまう」ということだ。 「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東電と政府の「目標」にすぎない。当初目標未達で「ここまでで終了します」といっても、法的責任は問われないのだ。そもそも「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改訂が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われている。 2015年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」から「25年後」という「デブリ取り出し終了時期」の記述は見られなくなる。その結果、最新の第5回改訂版「中長期ロードマップ」(2019年12月)では「取り出し終了時期」が不明である。そもそも、ロードマップ終了時点(2051年)までにデブリ取り出しが終了するのかも曖昧になっている。 少なくとも、初版「中長期ロードマップ」は「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了時期としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」(8頁)という記述は、そのことを明示している。 しかし、最新版「中長期ロードマップ」では「廃止措置の終了まで(目標はステップ2完了から30~40年後)」(12頁)という記述にとどまり、この「廃止措置の終了」が「デブリ取り出し終了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。 燃料デブリは取り出さず、損傷した原子炉はそのまま放置し、汚染水だけ海洋放出を済ませた時点で「これで我々の考える廃炉工程は完了です」と言うことは違法ではない。 実際は「保安・防護」作業  政府は「廃炉を前に進めるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前に進める」というフレーズをよく使う。 しかし、実は福島第一原発では「廃炉(原子力施設廃止措置)」を前に進めることはできない。なぜなら、同原発で「廃炉」は行われておらず、そもそも廃炉の前提となる「廃炉計画」(廃止措置計画)も提出されていないからだ。 IAEAのガイドラインや原子力規制委員会の規則に従えば「廃炉(廃止措置)」とは「規制解除を目指す活動」と規定される。「規制解除」とはどういうことだろうか。原子力発電所には放射線管理区域など特別な防護措置や行動制限を求める「規制」が課せられている。施設解体や除染を徹底することでこの「規制」をなくし、敷地外の普通の地域と同じ扱いができるよう目指すのが「廃炉(廃止措置)」である。 原子力規制委員会規則によれば、廃炉終了のためには「核燃料物質の譲渡し完了」「放射線管理記録の引き渡し」などが求められる。つまり制度上は、「使用済み燃料も搬出され、放射線管理がこれ以上必要ない」状態を目指すプロセスが「廃炉」ということになる。 通常原発の「廃炉」であれば、前記のような「規制解除」を目指す廃止措置計画を原子力規制委員会に提出し、認可を得る必要がある。例えば福島第二原発の場合、一応は上記規則に従った廃止措置計画の審査・認可を受けている。この計画を変更する場合にも、やはり原子力規制委員会の審査が必要になる。 福島第一原発の場合、この廃止措置計画の提出も、原子力規制委員会による審査・認可も行われていない。「40年後終了目標」を示した政府と東電のロードマップは「廃止措置計画」ではない。現在、福島第一原発で行われている作業は「規制解除」を目指す工程としての「廃炉」ではないのだ。 それでは、福島第一原発で行われているのは一体何なのか。原子炉等規制法によれば、事故炉がある原発には「特定原子力施設」という特別な位置づけが与えられる。この「特定原子力施設」に対しては、通常原発に対する廃炉規則は適用されない。その代わり、事故でダメージを受けた原子炉施設や損傷した核燃料の安全性を保つための「保安・防護措置計画」の提出と実施が求められている。つまり福島第一原発で行われているのは、事故原発および損傷した核燃料の「保安・防護」に係る作業なのである。 いい加減な「完了」を防ぐ法規定を  筆者がさらに恐ろしいと思う動きがある。デブリ取り出しや原子炉解体の現時点の技術的困難を言い訳に、「デブリをそのままコンクリートで固めてしまえ」「原子炉施設は解体せずにそのままモニュメントとして残せばいい」という類いの提言が、あたかも「現実的な計画」として出され、それほど大きな批判も受けていないことだ。 昨年9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田豊志前原子力規制委員長は燃料デブリの扱いについて次のように述べた。「できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。 https://www.youtube.com/watch?v=O-_RzBZKLKU  「その場でいったん固めるのが現実的だ」と更田氏は言う。しかしこのデブリ固定化案は、「将来的に発生する放射性廃棄物を最小限に抑える」IAEA原則に反するため、チェルノブイリの廃炉工程で却下された案である(廃炉の流儀第33回)。 住民不在の計画変更、事実上の廃炉断念案が承認されてしまうことは防ぐべきだ。事故の起きた原発の後始末を中途半端な状態で「終了」し、加害企業が他の原発の再稼働や新型炉の建設を認められるようなことを、私たちは受け入れてしまうのか、それが問われている。そのためにも「廃炉完了」の要件を定め、その完了を東電と政府に義務づける「福島第一原発廃炉法」の制定が必要なのだ。 「安定化」「監視貯蔵」段階を制度に組み込め  仮に「廃炉法」によって、「燃料デブリ取り出し」「原子炉を含む施設解体」「敷地の基準値未満へのクリーンアップ」までを廃炉完了要件として定めたとする。しかし、そのような完了状態の達成はとてもあと28年ではできないだろう。これが多くの専門家の意見である。 だとするとさらに数十年、全体で100年以上かかる工程を想定しなければならない。その場合、直近10年、20年、何をするべきなのか。 あくまで海外の廃炉事例を調査してきた研究者としての私見を述べる。 1、「事故で損傷し、耐震性の低下した施設の安定化」、2、「津波や大規模地震に備えるための防災強化」、3、「追加の環境汚染を防止する対策強化」に注力する期間を設けた方がよいのではないか。取り出せても数㌘ならデブリ取り出し開始を急いで、リスクを高める必要はない。しかし、将来のデブリ取り出しが絶望的になるような「デブリのコンクリート固化」や、「原子炉石棺化」というようなことはしない。 溶融燃料や未搬出の使用済み核燃料を起源とする事故再発を防ぎつつ、周辺環境への汚染流出を最小化し、その「安定化期間」を通じて「将来の廃炉完了」に向けた技術開発を続ける。汚染水海洋放出は撤回し、放射能減衰を図りつつトリチウムを含む高度な分離技術開発を進める。それを政府と東電に「廃炉法」で義務づけるのだ。 法律にする以上、その計画の内容は、少なくとも国民に選ばれた議会が審議し、改定に際しても国会審議が必要になる。いままでのロードマップ改定のような国民不在の計画変更は防げる。 スリーマイル、チェルノブイリの廃炉法 チェルノブイリ原発 スリーマイル原発  参考にすべきは、チェルノブイリ原発の工程における「安定化」のアプローチ。そしてスリーマイル原発2号機の工程における「無期限の監視貯蔵」という考え方だ。 1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられた。その後91年に当時のソ連国立研究所によって、石棺を含む4号機施設の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。国際コンペなどを経て採用されたのは、短期的には施設の倒壊を防ぐため補強などの「安定化(Stabilization)」の措置を行いつつ、遠い将来のデブリ取り出しを目指し続ける、という計画であった。原子炉を覆う新シェルター内部で将来的なデブリ取り出しを目指す計画を、ウクライナ議会は法制化している。(2009年廃炉国家プログラム法) スリーマイル原発2号機では1990年にデブリ取り出しを完了したが、その後原子炉解体に着手せず「無期限の監視貯蔵」を認めた。汚染された原子炉を即時解体すれば、廃炉期間は短縮できても労働者の被曝、環境汚染が増える。それを避けるための監視貯蔵制度である。その結果、スリーマイルでは事故から44年経過した現在もなお原子炉解体に着手していない。 チェルノブイリもスリーマイルも、40年をゆうに超える長期の廃炉計画を前提としている。それと同時に、両事例ともに「デブリ取り出し」、「敷地のクリーンアップ」まで完遂する法的義務を事業者(※チェルノブイリの場合、国営事業者)に課している。技術的に困難でも、廃炉断念案を認めていないのだ。 少なくとも事故後数十年の間は、ダメージを受け老朽化した施設の安定化、追加の環境汚染防止、労働者被曝低減を最優先とする。しかし将来的な廃炉完了要件を法的に定め、その達成を義務づける。 チェルノブイリ、スリーマイルが採用したこのアプローチは、福島第一原発でも取り入れる必要があるのではないか。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども・被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。 東洋大学国際共生社会研究センター(客員研究員・RA) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

  • 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

    経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出に理解を得ようと、政府が大々的なPR事業を展開している。昨年末に全国のお茶の間を騒がせたのは、大手広告代理店の電通が作ったテレビCMだった。そのほかにも多岐にわたる事業が行われていることを紹介したい。(ジャーナリスト 牧内昇平)  2月18日土曜日のお昼前、春の近さを確信させるような晴天の下、筆者はJRいわき駅からバスに乗っていわき市中央卸売市場に向かった。土曜日のためか人の姿がほとんどない駐車場を通り過ぎ、中央棟2階の研修室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。  「油がはねますから、気をつけてくださいねー」。三角巾にエプロン姿の子どもと保護者12組24名が見守る中、講師の先生がアンコウを揚げ焼きにしている。続いて薄切りにしたカツオと野菜をフライパンに入れ、バターやポン酢をからめて火を通す。さらにいい香りが部屋じゅうを包み込む。子どもたちがつばを飲む音が聞こえたかと思ったら、ファインダー越しに撮影を試みる筆者自身のつばの音だった。 講師の実演が終わるといよいよ子どもたちの出番である。それぞれの調理台に散らばり、クッキング、スタート! なぜ筆者が楽しくにぎやかな料理教室を訪れたかと言うと……。     ◇ ◇ ◇ CMだけでなかった海洋放出PR事業 経産省のHPより引用【ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業(多核種除去設備等処理水風評影響対策事業)】  本誌先月号に筆者が書いた記事のタイトルは「汚染水海洋放出 怒涛のPRが始まった」だった。大手広告代理店の電通がテレビCMを作り、昨年12月半ばから2週間にわたって全国で放映した。海洋放出には賛否両論あり、特に福島県内では反対意見が根強い。そんな中で政府の言い分のみをCM展開するのは一方的ではないか。これでは政府主導のプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない、と筆者は書いた。 ただし政府が行っている海洋放出PR事業はこのテレビCMにとどまらない。経済産業省は2021年度の補正予算を使い、「海洋放出に伴う需要対策」という新たな目的の基金を創設。そこに300億円という大金を注ぎ込んだ。そのうち9割は水産業者支援のために使い、残りの約30億円を「風評影響の抑制」を目的とした広報事業に充てるという。これが筆者の言う「プロパガンダ」の原資だ(もちろん「海洋放出」に限定しなければ復興庁などがすでに様々なPR事業を行っている)。 現在基金のホームページに公開されている「広報事業」は別表の10件である。読売新聞東京本社が入り込んでいるのか!など、社名を眺めるだけでも興味深いものがある。 2022年度に始まった海洋放出PR事業の数々 事業名予算の上限公募時期事業期間落札企業廃炉・汚染水・処理水対策の理解醸成に向けた双方向のコミュニケーション機会創出等支援事業2500万円22年5月~6月23年3月31日までJTB廃炉・汚染水・処理水対策に係るCM制作放送等事業4300万円22年5月~6月23年3月31日までエフエム福島被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業8000万円22年7月23年3月31日までユーメディアALPS処理水の処分に伴う福島県及びその近隣県の水産物等の需要対策等事業2億5千万円22年6月~7月23年3月31日まで(ただし延長の場合あり)読売新聞東京本社ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業12億円22年7月23年3月31日まで電通ALPS処理水による風評影響調査事業5千万円22年7月~8月23年3月31日まで流通経済研究所ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業1億円22年9月23年3月31日まで博報堂三陸・常磐地域の水産品等の消費拡大等のための枠組みの構築・運営事業8千万円22年10月~11月23年3月31日までジェイアール東日本企画廃炉・汚染水・処理水対策に係る若年層向け理解醸成事業4400万円22年10月~11月23年3月31日まで博報堂福島第一原発の廃炉・汚染水・処理水対策に係る広報コンテンツ制作事業1950万円23年1月~2月23年5月31日まで読売広告社「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業」のウェブサイトで公開されている情報を基に筆者作成https://www.alps-kikin.jp/PubRelation/index.html ※掲載後、新たな採択情報は下記の通り。 2023/03/24「「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」事務局運営事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月24日掲載】 2023/03/29「令和5年度被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月29日掲載】 出前食育事業に怒りの声  別表のうち、テレビCMと並んで「物議」を醸したのが出前食育事業、正式には「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」である。受注業者を募る際、基金は大雑把な内容を「公募要領」として公開した。そこにはこう書いてあった。 〈漁業者団体や地方公共団体の連携の下、小中学生等を対象にした「出前食育活動」を実施する。具体的には、小中学生等を対象に、福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けて、漁業者等による出前授業や関連の資料提供・説明等を実施するとともに、そうした理解醸成活動の一環として、福島県及びその近隣県の水産物を学校給食用の食材として提供する〉 筆者が傍線を入れたあたりが、原発事故以来子育てに悩んできた福島の人びとの怒りに触れた。 《も~我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!》 原発事故後の福島の問題を考えるNPO「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」は2月6日、オンラインのトークイベントでこの「出前食育事業」を取り上げた。出演したのは県内に住む千葉由美さん、鈴木真理さん、片岡輝美さんの3人。いわき市在住、原発事故当時子育ての真っ最中だった千葉由美さんが語る。 https://www.youtube.com/watch?v=Na0dY1b6S-M&t=1s 【いちいちカウンター#10】第2弾!も〜我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!  「原発事故の加害側である国が、自分たちに都合のいいように子どもを利用しようとしています。こんなことがあってはならないと思っています」 千葉さんは事故直後の経験を語った。自分の子に弁当を持たせて学校に通わせたこと。無用な被ばくから身を守るためだったが、まわりの子が給食を食べている中では精神的につらい思いをさせただろうこと。片岡さんも当時を振り返った。 「あの頃は大混乱だったじゃないですか。親も子どもも大変だったと思います。今回の『食育』は単発のイベントとは言え、子どもたちがまた切ない思いをするかと思うと……」 鈴木さんが思いを吐き出した。 「なんで子どもたちを利用するの? 勘弁してほしいですよ!」 3人のすごいところは、県内のすべての市町村に電話で問い合わせてしまったところだ。経産省から出前食育の知らせを受けているか、小中学校で実施する予定はあるか、を手分けして担当者に聞いたという。地道な取材力に脱帽である。トークイベントではその聞き取り結果も披露してくれた。 それによると、3人が調査した時点では県内の7自治体が事業案内を受け取ったが、いわき市などの教育委員会はすでに「実施しない」と回答した。現時点で「実施した」という例は一つもない――ということだった。 出前食育事業はどこへ? 経産省ウェブサイトにアップされている料理教室のチラシ。『ALPS処理水』や『海洋放出』という言葉は使われていない。(経産省ウェブサイトから引用)https://www.meti.go.jp/earthquake/fukushima_shien/event_ryori_fukushima.html  トークイベントが終了し、パソコンの画面を閉じた筆者は腕を組んで考えた。出前食育の事業の期限は3月末である。2月の時点で県内の実施校が一つもないというのはどういうことなのか。これは自分でも調べねばなるまい。 まずは福島市と郡山市の教育委員会に聞いてみた。どちらの担当者も「案内は来ていません」。やはりそうか。次はいわき市だ。市教委学校支援課の担当者はこう話した。「出前講座の件は昨年秋、市の水産課と県の教育庁と、2つのルートから知らせをもらいました。市長部局とも相談した結果、お断りすることになりました」。 断った理由を聞いてみた。「市の学校給食の提供の考え方に合わないと判断したからです。安心・安全な食材の提供が大原則です。ふだんの給食でさえ、福島県産の食材に対して不安を感じる保護者の方もいます。そういう状況で、海洋放出と関連させて海産物の提供を行ったらどうなるのか。状況は不透明です」と担当者は話した。 ちなみにいわき市水産課に問い合わせたところ、「昨年の夏以降、経産省の職員の方と別件で会った時、『実はこんなことも考えているんです』という情報をもらいました。うちは担当ではないのですぐ教育委員会に転送しました」とのことだった。 今度はこの事業を取り仕切っている側に聞いてみよう。テレビCMや出前食育などの広報事業については「原子力安全研究協会」という公益財団法人が連絡窓口になっている。同協会の担当者に学校給食への出前講座の件を聞くと、「現段階で何件実施しているかなどは把握していません。教育委員会や学校の方からご理解をいただくのが難しい面はあると聞いておりますが……」と奥歯に物が挟まったような言い方である。 もしや「実施ゼロ」で終わるのでは? 確認のため、筆者は経産省(原子力発電所事故収束対応室)の担当者に電話した。 筆者「理解醸成に向けた出前食育事業の件はどうなっていますか?」 経産省「あれはですね。地元産品を使用した料理教室などを行う事業です」 筆者「えっ? 事業の公募要領には〈漁業者による出前授業〉や〈学校給食用の食材として提供〉と書いてありましたよね」 経産省「あれは公募時にあくまで事業の一例として挙げたものです。当初はそういうことも想定していましたが、受注業者(博報堂)などとの話し合いの結果、料理教室を開催する方向になりました」 筆者「いくつかの市町村には案内を出したんですよね」 経産省「経産省からの公式な案内といったものは出していないと認識しています。私自身はそういうことをしていませんが、事業内容を検討している段階で経産省の職員が話題にした、というくらいのことはあるかもしれません」 筆者「……」 「学校給食への食材提供」はいつの間にか「料理教室」に様変わりしていたようだ。「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」の千葉さんたちだけでなく、いわき市教委や原子力安全研究協会もその変更を知らないのでは……といったモヤモヤを残しつつ、筆者はその料理教室の情報を調べてみた。 参加費無料。保護者と子どもがペアで参加。ただし子どもは小中学生に限定。開催場所は宮城県内の2か所(仙台・利府)といわき市の合計3会場。初日は2月18日土曜日の午前10時半……。 ということで筆者は先日、いわき市中央卸売市場を訪れたのだった。     ◇ ◇ ◇ 「皆さんはどんなお魚料理が好きですか?」「福島県の常磐ものは東京の築地や豊洲の市場でも新鮮でおいしいと評判ですよ!」 調理の前、料理教室の講師が約20分間のレクチャーを行った。常磐ものの魚の紹介や一般の魚介類に含まれる栄養素の説明が続く。 メモをとりながらやっぱりおかしいなと思ったのは、講師の説明の中には「ALPS処理水」や「海洋放出」という言葉が出てこないことだ。イベントの事務局によると、調理実習後に特段の説明は行わないそうなので、参加者が海洋放出について理解を深めるのはこのタイミングしかない。しかし、そんな話題は一切出てこなかった。念のため参加者たちへの配布物も確認してみた。福島の海産物の魅力の紹介はあっても、「ALPS処理水」や「海洋放出」には触れていない。 このことは事前に経産省(原発事故収束対応室)の担当者からも聞いていた。 経産省の担当者「海洋放出への理解醸成が目的ではありますが、放出に反対の方々にもご参加いただける企画にしたいと考えております。安全ですよと大々的に宣伝するというよりも、常磐もの、三陸ものの魅力自体をご理解いただければと思っています」 念のため書いておくが、料理教室自体はすばらしかった。ヒラメの炊き込みごはんやアンコウの沢煮椀、かつおのバターポン酢炒めはきっとおいしかったことだろう。調理台に立つ子どもたちの目は輝いていた。 とは言っても経産省の皆さん、そもそもこの事業のタイトルは「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」ではなかったのですか? テレビCMでかかげたキャッチフレーズ、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉の精神はどこへ行ってしまったのですか? 経産省は地元福島の複雑さに理解を ここまでの取材結果をまとめてみよう。 経産省は当初、学校給食への食材提供などを意図していた。しかし、いわき市など地元自治体が「実施しない」という意思を表明したからか、その計画は「料理教室」へとスライドしていった。料理教室の実施スケジュールは2月18日~3月19日の週末だ。ぎりぎり2022年度内に事業を終えることになる。 もちろん筆者は「もっと積極的に子どもたちに海洋放出をPRせよ」という意見ではない。ただ、〈ALPS処理水並びに水産物の安全性等に関する理解醸成〉と銘打っておきながら、単なる料理教室では筋が通らないのも明らかだ。これだったら経産省がやる仕事ではない。 原発事故以来、福島県内に住むたくさんの親たち、子どもたちが学校給食について悩んできたと聞く。筆者も側聞しているだけなので偉そうなことは言えないが、察するに経産省はこうした福島の人びとの切なさ、複雑さを十分に理解していなかったのではないか。 今回の「出前食育」事業を経てそうした点に気づいたならば、「今年の春から夏頃に開始する」としている海洋放出について、より一層の慎重さが必要なことにも思い至ってほしい。 ちなみに、実は料理教室のほかにもう一つ、「出前食育」の予算枠を使ったイベントがあるそうだ。 タイトルは「相馬海の幸まつり」(開催は2月25、26日と3月4、5日)。「浜の駅松川浦」などのイベント会場では地元の海産物やしらすご飯が振る舞われ、「小中学生限定」の浜焼き体験ではイカの焼き方を知ることができるという。 チラシには〈楽しく食育体験!〉と書いてあった。〈ALPS処理水〉や〈海洋放出〉という文字はなかった。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。 あわせて読みたい 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

     本誌3月号で、双葉町の風景をジオラマに残す活動をしている関西の建築士を紹介した。その後、ジオラマが完成し、3月10日、町に寄贈した。ジオラマに込めた思いとは。 「災害の先輩」が語る復興の難しさ 曺弘利(チョ・ホンリ)さん ジオラマの前で記念撮影する曺さん(後列右から3番目)と学生たち  ジオラマを制作したのは、兵庫県神戸市の建築士・曺弘利(チョ・ホンリ)さん。 在日コリアン3世で神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災で自分が生まれ育ったまちが変容していく姿を目の当たりにした。その経験から、原発事故で全町避難が続く双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んでいた。 昨年秋、JR双葉駅西側に整備された公営住宅「双葉町駅西住宅」で同町住民とルームシェア。変わりゆく町内の風景をスケッチに残して町に寄贈し、さらなる取り組みとして始めたのがジオラマ制作だった。 関西学院大の災害ボランティアサークル「つむぎ」の植田隆誠代表と知り合い、1月から共同でジオラマ制作に取り掛かった。 ジオラマは全部で8点。JR双葉駅周辺や中間貯蔵施設の用地となっている郡山地区などを約1000分の1で再現した。実際に町内を歩き、約40年前の地図や被災直後の航空写真も参考にしながら、発泡スチロールや粘土などで地形・建物を作り上げた。 2月には同サークルの一部メンバーとともに現地調査を行い、ようやく完成。3月10日、同サークルのメンバー7人とともに町を訪れ、ジオラマ3点を橋本靖治町秘書広報課長に手渡した。残り5つは順次、関係者に贈呈される。 学生らは「実際に被災地の風景を見た衝撃をそのまま伝えたいと思い、ジオラマを制作した」、「教育の場で活用できるように、持ち運べるサイズにした」、「現状を広く知ってもらい、住んでいた人が語り合うきっかけにしてほしい」と述べた。 曺さんは「これから復興が進む中で、かつての街並みを思い出し、その歴史を取り戻す手助けになればと考えています。今後も双葉町に関わり続ける考えですが、一つの区切りとして寄贈させていただきました」と語った。 ジオラマを受け取った橋本課長は「相当時間と手間がかかっていると思う。双葉町に思いを寄せてもらって本当に感謝している」としたうえで、次のように話した。 「町内には津波や除染、中間貯蔵施設建設のため姿を消した住居・建物が多い。もちろん、それぞれの記憶の中にかつての風景は残っているが、こうして目に見える形で残してもらうのはとても大事なこと。特にジオラマは作り手の思いが伝わってくるので、ご提供いただけるのはありがたいです」 橋本課長は郡山地区出身。ジオラマを見ながら「この家の入口には本棚が設置され、地区の図書館になっていた」、「ここにタバコの畑があって、小さい頃は遊び場だった」など思い出話に花を咲かせる一幕もあった。ジオラマを通して会話が広がることで、かつての街並みが心に残り続ける。 学生らを温かい目で見守っていたのが、曺さんとともに神戸市から足を運んだ伊東正和さんだ。 神戸市長田区の大正筋商店街で日本茶の茶葉やアイスクリームの販売店「味萬」を営む。かつて同商店街の理事長も務めていた。 同商店街は阪神・淡路大震災で焼け、伊東さんの店舗も全焼した。市が打ち出した復興策は、区画整理を行い、再開発ビルを複数建て、低層部に商店街の店舗が入居するというもの。だが、新しいビルに入居した商店は高額な管理代の負担を余儀なくされ、固定資産税は一気に跳ね上がった。周辺にスーパーやコンビニが出店する中、各商店は軒並み売り上げを落とし、保留床を購入して商売を始める動きも少なかった。復興のシンボルだった再開発ビルは空き店舗が目立つようになった。 伊東さんも震災9年後に再開発ビルに入居したが、そうした復興の現実を目の当たりにした。その後は「行政に頼らず、自分たちのまちは自分たちでつくらなければならない」というスタンスで、大正筋商店街の活性化に全力を尽くしてきた。 東日本大震災・東電福島第一原発事故後は自身の経験を教訓としてもらうべく、東北の被災地に足を運び続けている。 復興について、伊東さんは自らの経験を踏まえてこのように語る。 「東北の人たちには『自分たちに合った復興を進めてほしい』と伝えたい。提唱しているのは『8割は既存のまちをベースに復興し、残り2割で新たな要素を取り込めばいい』という考え方。その割合だと歴史を引き継げるし、地元業者がメンテナンスを引き受けることも可能になり、経済が活性化していくと思います」 原発被災自治体では復興を加速させるため、国からの交付金を投じる形で、さまざまな公共施設が整備されている。果たして神戸市の教訓は生かされたと言えるだろうか。 復興に大事なポイント 伊東正和さん  一方で、伊東さんは復興を進める上でのポイントに「いかに地元のために頑張れる人材を集め、若い世代に引き継いでいくか」を挙げる。  「結局、復興の大きな力になるのは地元が好きで、振興のための苦労を厭わない人。自分たちが望むまちづくりの形が定まったら、よそ者でもマスコミでもいいから、とにかく仲間を集い、活動を広めていく。そうすることで活性化に向けた道は自ずと開けていくはずです。『360人集めたら縁(円)ができる』というのが私の持論です。続けて必要なのが、若い世代の意見を聞き、活動を引き継いでいくことです。年寄りがどれだけ頑張っても、先は短いですからね」 原発被災地の住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなっている。各自治体では移住者を増やし、復興につなげていく方針で、県は県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を支給している。こうした中で「地元が好き」という人をどれだけ集められるかがカギになっていくだろう。 さまざまな課題を抱えながら復興が進む中で、住む人も風景も変わっていく――。阪神・淡路大震災の経験でそのことを分かっている曺さんは、さまざまな思いを込め、双葉町の風景をスケッチやジオラマに残し続けている。 曺さんも学生たちも、ジオラマ制作がひと段落した後も双葉町に足を運び、交流を続けていく考えを示している。曺さんは中野八幡神社近くに建設される東屋の設計にも携わった。4月1日着工、夏ごろ完成の見通しで、地域の交流拠点となることが期待されている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

    東京電力・福島第一原子力発電所(以後「フクイチ」と略)では、発災から約12年が経とうとしている今も、収束作業が続いています。  ひとたび核災害が起これば、収束に要するリソース(予算・人員・資機材・時間)は見通せず、ブラックホールのようにリソースを吸い込み続けるものであることを強烈に教えてくれる「生きた教材」です。 このような実物教育をくらっている最中にも関わらず、核発電の最大限の利活用を打ち出した岸田政権の判断に強く抗議し、合わせて、国民の代表が集う国権の最高機関(国会)には、核発電の利活用に関連する予算・法案を否決するよう、主権者の一人として強く求めることを、冒頭に表明しておきます。 分析すら追い付いていない固体廃棄物  2022年12月末現在、フクイチ構内には瓦礫類・伐採木・使用済み保護衣合わせて、約53万立方㍍が保管されています(「まとめ1」参照)。これとは別に、焼却灰や、未撤去の設備、プール保管の廃棄物等があります(「まとめ2」参照)。  以前にも当連載で指摘しているように(注1)、放射性固体廃棄物の大半は屋外保管で、火災に巻き込まれれば、放射性ダストが非管理の状態で環境中に放出されるリスクが常に有ります。一刻も早く、屋内保管へ切り替えて、リスクの低減・解消を図らなければいけません。 屋内保管に切り替えるには、幾つか条件が必要です。 一つ目は、スプリンクラーや遠隔カメラ等の防災設備等が整った専用の貯蔵庫の建設。 二つ目は、減容・減量と、その為の設備の建設。 三つ目は、整理・分類しての保管。順次、詳述します(「まとめ3・4」も参照)。  1、固体廃棄物貯蔵庫 貯蔵庫は、固体廃棄物貯蔵庫第9棟まで運用中で、今年3月に第10棟Aが着工予定です(A~Cの3建屋に分けて建設)。第11棟は2026年度以降の竣工目標で、30年度までに11棟で合計・約28万立方㍍容量を確保予定です。その後も廃棄物は増加するのが確実で(明確には試算されていません)、貯蔵庫は追設が検討されています(注2)。  2、減容・減量処理設備 処理設備は、焼却炉が運用されています(焼却灰は200㍑ドラム缶に詰めて固体廃棄物貯蔵庫に保管)。 但し、増設焼却炉(「増設雑固体廃棄物焼却設備」)は、運用開始が遅延し(2020年12月→22年5月)、運用開始後も破損・故障が相次ぎました(詳細は連載33回)。 減容処理設備も、世界的な半導体不足の影響で制御盤のインバータの納期が遅延し、竣工が延期されています(23年3月→5月)。中古品等も入手できなかったそうです(注3)。 設備は、着実に竣工させ、稼働率を上げなければ、設置した意味がありません。現在は、焼却炉前処理設備と、溶融設備の設置が予定・計画されていますが、これらの設備が計画通りに竣工し、安定して稼働するのか、要注目です。 現在、フクイチ構内で発生した放射性固体廃棄物で再利用できているのはコンクリートガラだけですから(2014年10月〜20年度までに約1・6万立方㍍を再利用)、溶融設備竣工後に金属の再利用が可能になれば、減量効果は大きいと思われます。  3、整理・分類の前提である分析 最も大きな課題です。 本来であれば、固体廃棄物は、含有核種や核種毎の濃度・インベントリ(注4)・性状等を踏まえ、将来の処理・処分方法を見越して整理・分類されるべきです。ですが、フクイチで保管されている瓦礫類の大半は、表面線量率に応じて分類され、それが継続しています。短くまとめると「分析体制が、固体廃棄物の増加量や増加ペースに見合っていない」のです。 敷地内で発生した廃棄物や試料の分析が構内の施設で間に合わなければ、構外(主として茨城地区)に移送しなければならず、手続きだけでも煩雑です。このような手続きを簡略にし、迅速な分析を行う為にも、フクイチの敷地西端に建設されたのが「大熊分析研究センター」です(注5)。 但し、この整備も順調とは言い難い状況です。「まとめ4」には書いていませんが、同センター・第一棟の竣工も遅延し(2021年6月→22年6月)、分析作業は漸く22年10月から開始されました。施設内の気圧を負圧に保つ為の給排気設備の排気量不足が判明し、その対応に時間を要したそうです(注6)。(尚、炉内堆積物等の高線量廃棄物を分析する同センター・第二棟も24年度運用開始目標が、26年度へと後ろ倒しされました。現在は設計中です)。 固体廃棄物は「含有核種やインベントリ・濃度を把握」し、「廃棄物の種類・性状ごとに処理・処分に向けた方針を立て」、その方針を見据えて「整理・分類」し、「屋内保管」されるべきものです。 これらの整理・分類・保管の前提となる分析が追いついていません。具体的には、瓦礫・水処理二次廃棄物から、2012~20年度で約900試料が採取されましたが、同じ時期に分析が終了したのは約650試料です。21年度は採取された137試料の内、分析が終了したのは62試料でした(22年3月の東電の資料に基づく/注7) 分析に関しては、ハード面では大熊分析研究センター・第一棟の運用が開始されましたが、ハードがこれだけで足りるとは思われません。このセンターとは別に、フクイチ敷地内で東電の総合分析設備の建設も計画されています。 分析で、より大きな課題と思われるのがソフト面です。ハードを揃えても、従事してくれる人がいなければ、進められません。人材に関しては東電の担当部長も「…人材確保、これは東電だけでは取り組みができないというふうに我々も考えてございます…」と、2022年9月12日の「第102回特定原子力施設監視・評価検討会」で発言しています(注8)。 原子力規制庁は、第102回監視・評価検討会で分析体制の強化に関する資料(注9)を提示し、「…分析体制の不十分さにより、廃炉作業が遅れ、…施設全体のリスクが高止まりすることがないよう、中長期の分析需要等を見据えた分析体制の強化に早急に着手する必要がある」と強調し、資源エネルギー庁・NDF(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・JAEA(日本原子力研究開発機構)のみならず、電力事業者も含めたオールジャパンの取り組みを強く訴えかけました。 原子力規制庁の訴えに、資源エネルギー庁は同年12月19日の「第104回監視・評価検討会」で回答しました(注10)。回答は多岐に渡るので、人材育成に関する部分のみ「まとめ4」に取り込みました。 福島国際研究教育機構のWebサイト(注11)の本格的なアップは4月以降と思われます。フクイチとの関わりをどのように記載するか、注視しています。  分析に関する文章が長くなりましたが、フクイチの放射性固体廃棄物に関しては「整理・分類」「処理・処分方法の検討」の前提となる計測や分析が追い付いていないのが最大の問題です。本来やるべき、処理・処分方法の検討は殆ど手つかずで、今は屋外保管の解消すら道半ばです。 全ての前提である分析体制の拡充・強化は待ったなしでしょう。 主権者・国民の中には「『処理水』放出への賛否」に耳目を奪われる傾向がありますが、フクイチは多種多様なリスクが相互に絡み合っているので、全体を見なければいけません。液体廃棄物(汚染水)の処理で発生する二次廃棄物は固体廃棄物扱いですし、固体廃棄物の保管場所が尽きれば、液体廃棄物も処理できなくなります(典型的な例がALPSスラリー。詳細は連載34回参照/注12)。 原子力規制委員会・規制庁が、固形状の放射性物質に関して危機感とも形容できる強い意識を表明したのは、現状を見ていれば当然の結論だと思います。この意識は、報道や主権者に共有されているでしょうか?  主権者・国民が、核災害真っただ中の施設のリスク対応を、規制行政と事業者に「お任せ」することがあってはなりません。それではフクイチ核災害を防げなかった過ちから何も学んでいないことになります。  本稿の最後に、訂正・お詫びです。 連載第6回(注13)で、フクイチの「処理水・処理途上水」について「化学的汚染…や生物的汚染…は未調査」と書きましたが、第12回・ALPS小委員会(2018年12月)に化学物質の分析結果の資料が提出されており(注14)、大腸菌を含む46項目の測定結果が記載されていました。ごく一部のタンクの計測ですが、「未調査」ではありませんでした。この場を借りて訂正し、お詫び致します。  注1:第3回(2020年6月号) 注2:東京電力ホールディングス㈱福島第一原子力発電所の固体廃棄物の保管管理計画2023年2月版 https://www.nra.go.jp/data/000420893.pdf 注3:22年12月19日付東電資料https://www.nra.go.jp/data/000414089.pdf 注4:「inventory」は「放射能量」。元々は「在庫量」「資産」を意味する。 注5:設計・建設・運用はJAEA。 https://fukushima.jaea.go.jp/okuma/ 注6:放射性物質分析・研究施設第1棟の整備状況について(22年3月31日) https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2022/03/4-1.pdf 注7:「固体廃棄物の性状把握に向けた試料採取・分析計画について(2022年度)」5頁。  https://www.nra.go.jp/data/000383576.pdf 注8:議事録15頁。発言者は、金濱秀昭・福島第一廃炉推進カンパニー福島第一原子力発電所廃棄物対策プログラム部部長https://www.nra.go.jp/data/000407303.pdf 注9:資料1―2「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉等に必要な分析体制の強化について」https://www.nra.go.jp/data/000403734.pdf 注10:資料1―3―1・1―3―4・1―3―5 https://www.nra.go.jp/data/000414102.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414105.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414106.pdf 注11:https://www.f-rei.go.jp/ 注12:見通しの立たない「ALPSスラリー」の安定化処理(23年1月号)   注13:ALPS小委の報告書は 「提言もどき」(20年9月号)  注14:ALPS処理水タンクにおける化学物質の分析についてhttps://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/012_04_01.pdf 春橋哲史  1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

    求められる法規制と原子炉の安定化  東京電力福島第一原発の廃炉は現在どこまで進んでいるのか。本誌で「廃炉の流儀」を連載している研究者・尾松亮さんに現状と課題をあらためて解説してもらった。 廃炉はどこまで進んだか  原発事故から12年が経過しようとしている。1F(福島第一原発)廃炉については「30~40年の廃炉」というフレーズが繰り返されてきた。最長40年として、その4分の1以上が過ぎたわけだが、廃炉工程はどこまで進んでいるのだろうか。 2011年12月に発表された初版「中長期ロードマップ」では、同年12月の事故収束宣言(ステップ2完了)を起点にして「10年以内に燃料デブリ取り出しの開始」という目標が示されていた。初版ロードマップに添付されたスケジュール表では、25年後までにデブリ取り出しを完了する目安も示している。そして原子炉の解体を含む「廃止措置」の行程を最長40年で終わらせるとしていた。 初版ロードマップに示されたスケジュール 主要工程項目時 期初版ロードマップの規定2023年2月現在の状況ロードマップの開始時期2011年12月収束宣言・ステップ2完了の時点―燃料デブリ取り出し開始2021年以内「10年以内」と規定繰り返し延期燃料デブリ取り出し完了2036年スケジュール表に20~25年後と目安が示されるロードマップから「取り出し完了」時期の規定は消える原子炉施設解体終了2051年「30年~40年後を目標」と規定ロードマップから「原子炉解体」の規定は消える  この当初スケジュールと照らし合わせると、現在の「廃炉工程」はどのくらい進んでいるのだろうか。昨年8月25日、東京電力は、2022年後半に取りかかる計画だった福島第一原子力発電所2号機の溶融燃料(デブリ)取り出しの時期について、23年度後半に延長することを発表した。デブリを取り出すロボットアームの改良、放射性物質が飛散するのを防ぐ装置の損傷、などが延期理由だ。ロードマップの「取り出し開始目標年」であった2021年にも、東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始時期」を1年程度延期した経緯があり、延期決定が繰り返されている。 このまま、本当にデブリ取り出しに着手できるのか? 仮に着手できたとしても、このロボットアームで取り出せるのは「燃料デブリ1㌘程度」といわれる。40年後にあたる2051年まで残すところ28年で、3基の原子炉内外に溶け落ちた核燃料をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉の解体を完了することは絶望的に思える。 それでも「廃炉終了」はできてしまう  2051年(ロードマップ開始から40年後)の廃炉完了なんて「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし恐ろしいのはむしろ、それにもかかわらず「2051年1F廃炉終了はできてしまう」ということだ。 「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東電と政府の「目標」にすぎない。当初目標未達で「ここまでで終了します」といっても、法的責任は問われないのだ。そもそも「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改訂が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われている。 2015年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」から「25年後」という「デブリ取り出し終了時期」の記述は見られなくなる。その結果、最新の第5回改訂版「中長期ロードマップ」(2019年12月)では「取り出し終了時期」が不明である。そもそも、ロードマップ終了時点(2051年)までにデブリ取り出しが終了するのかも曖昧になっている。 少なくとも、初版「中長期ロードマップ」は「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了時期としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」(8頁)という記述は、そのことを明示している。 しかし、最新版「中長期ロードマップ」では「廃止措置の終了まで(目標はステップ2完了から30~40年後)」(12頁)という記述にとどまり、この「廃止措置の終了」が「デブリ取り出し終了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。 燃料デブリは取り出さず、損傷した原子炉はそのまま放置し、汚染水だけ海洋放出を済ませた時点で「これで我々の考える廃炉工程は完了です」と言うことは違法ではない。 実際は「保安・防護」作業  政府は「廃炉を前に進めるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前に進める」というフレーズをよく使う。 しかし、実は福島第一原発では「廃炉(原子力施設廃止措置)」を前に進めることはできない。なぜなら、同原発で「廃炉」は行われておらず、そもそも廃炉の前提となる「廃炉計画」(廃止措置計画)も提出されていないからだ。 IAEAのガイドラインや原子力規制委員会の規則に従えば「廃炉(廃止措置)」とは「規制解除を目指す活動」と規定される。「規制解除」とはどういうことだろうか。原子力発電所には放射線管理区域など特別な防護措置や行動制限を求める「規制」が課せられている。施設解体や除染を徹底することでこの「規制」をなくし、敷地外の普通の地域と同じ扱いができるよう目指すのが「廃炉(廃止措置)」である。 原子力規制委員会規則によれば、廃炉終了のためには「核燃料物質の譲渡し完了」「放射線管理記録の引き渡し」などが求められる。つまり制度上は、「使用済み燃料も搬出され、放射線管理がこれ以上必要ない」状態を目指すプロセスが「廃炉」ということになる。 通常原発の「廃炉」であれば、前記のような「規制解除」を目指す廃止措置計画を原子力規制委員会に提出し、認可を得る必要がある。例えば福島第二原発の場合、一応は上記規則に従った廃止措置計画の審査・認可を受けている。この計画を変更する場合にも、やはり原子力規制委員会の審査が必要になる。 福島第一原発の場合、この廃止措置計画の提出も、原子力規制委員会による審査・認可も行われていない。「40年後終了目標」を示した政府と東電のロードマップは「廃止措置計画」ではない。現在、福島第一原発で行われている作業は「規制解除」を目指す工程としての「廃炉」ではないのだ。 それでは、福島第一原発で行われているのは一体何なのか。原子炉等規制法によれば、事故炉がある原発には「特定原子力施設」という特別な位置づけが与えられる。この「特定原子力施設」に対しては、通常原発に対する廃炉規則は適用されない。その代わり、事故でダメージを受けた原子炉施設や損傷した核燃料の安全性を保つための「保安・防護措置計画」の提出と実施が求められている。つまり福島第一原発で行われているのは、事故原発および損傷した核燃料の「保安・防護」に係る作業なのである。 いい加減な「完了」を防ぐ法規定を  筆者がさらに恐ろしいと思う動きがある。デブリ取り出しや原子炉解体の現時点の技術的困難を言い訳に、「デブリをそのままコンクリートで固めてしまえ」「原子炉施設は解体せずにそのままモニュメントとして残せばいい」という類いの提言が、あたかも「現実的な計画」として出され、それほど大きな批判も受けていないことだ。 昨年9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田豊志前原子力規制委員長は燃料デブリの扱いについて次のように述べた。「できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。 https://www.youtube.com/watch?v=O-_RzBZKLKU  「その場でいったん固めるのが現実的だ」と更田氏は言う。しかしこのデブリ固定化案は、「将来的に発生する放射性廃棄物を最小限に抑える」IAEA原則に反するため、チェルノブイリの廃炉工程で却下された案である(廃炉の流儀第33回)。 住民不在の計画変更、事実上の廃炉断念案が承認されてしまうことは防ぐべきだ。事故の起きた原発の後始末を中途半端な状態で「終了」し、加害企業が他の原発の再稼働や新型炉の建設を認められるようなことを、私たちは受け入れてしまうのか、それが問われている。そのためにも「廃炉完了」の要件を定め、その完了を東電と政府に義務づける「福島第一原発廃炉法」の制定が必要なのだ。 「安定化」「監視貯蔵」段階を制度に組み込め  仮に「廃炉法」によって、「燃料デブリ取り出し」「原子炉を含む施設解体」「敷地の基準値未満へのクリーンアップ」までを廃炉完了要件として定めたとする。しかし、そのような完了状態の達成はとてもあと28年ではできないだろう。これが多くの専門家の意見である。 だとするとさらに数十年、全体で100年以上かかる工程を想定しなければならない。その場合、直近10年、20年、何をするべきなのか。 あくまで海外の廃炉事例を調査してきた研究者としての私見を述べる。 1、「事故で損傷し、耐震性の低下した施設の安定化」、2、「津波や大規模地震に備えるための防災強化」、3、「追加の環境汚染を防止する対策強化」に注力する期間を設けた方がよいのではないか。取り出せても数㌘ならデブリ取り出し開始を急いで、リスクを高める必要はない。しかし、将来のデブリ取り出しが絶望的になるような「デブリのコンクリート固化」や、「原子炉石棺化」というようなことはしない。 溶融燃料や未搬出の使用済み核燃料を起源とする事故再発を防ぎつつ、周辺環境への汚染流出を最小化し、その「安定化期間」を通じて「将来の廃炉完了」に向けた技術開発を続ける。汚染水海洋放出は撤回し、放射能減衰を図りつつトリチウムを含む高度な分離技術開発を進める。それを政府と東電に「廃炉法」で義務づけるのだ。 法律にする以上、その計画の内容は、少なくとも国民に選ばれた議会が審議し、改定に際しても国会審議が必要になる。いままでのロードマップ改定のような国民不在の計画変更は防げる。 スリーマイル、チェルノブイリの廃炉法 チェルノブイリ原発 スリーマイル原発  参考にすべきは、チェルノブイリ原発の工程における「安定化」のアプローチ。そしてスリーマイル原発2号機の工程における「無期限の監視貯蔵」という考え方だ。 1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられた。その後91年に当時のソ連国立研究所によって、石棺を含む4号機施設の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。国際コンペなどを経て採用されたのは、短期的には施設の倒壊を防ぐため補強などの「安定化(Stabilization)」の措置を行いつつ、遠い将来のデブリ取り出しを目指し続ける、という計画であった。原子炉を覆う新シェルター内部で将来的なデブリ取り出しを目指す計画を、ウクライナ議会は法制化している。(2009年廃炉国家プログラム法) スリーマイル原発2号機では1990年にデブリ取り出しを完了したが、その後原子炉解体に着手せず「無期限の監視貯蔵」を認めた。汚染された原子炉を即時解体すれば、廃炉期間は短縮できても労働者の被曝、環境汚染が増える。それを避けるための監視貯蔵制度である。その結果、スリーマイルでは事故から44年経過した現在もなお原子炉解体に着手していない。 チェルノブイリもスリーマイルも、40年をゆうに超える長期の廃炉計画を前提としている。それと同時に、両事例ともに「デブリ取り出し」、「敷地のクリーンアップ」まで完遂する法的義務を事業者(※チェルノブイリの場合、国営事業者)に課している。技術的に困難でも、廃炉断念案を認めていないのだ。 少なくとも事故後数十年の間は、ダメージを受け老朽化した施設の安定化、追加の環境汚染防止、労働者被曝低減を最優先とする。しかし将来的な廃炉完了要件を法的に定め、その達成を義務づける。 チェルノブイリ、スリーマイルが採用したこのアプローチは、福島第一原発でも取り入れる必要があるのではないか。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども・被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。 東洋大学国際共生社会研究センター(客員研究員・RA) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

  • 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出に理解を得ようと、政府が大々的なPR事業を展開している。昨年末に全国のお茶の間を騒がせたのは、大手広告代理店の電通が作ったテレビCMだった。そのほかにも多岐にわたる事業が行われていることを紹介したい。(ジャーナリスト 牧内昇平)  2月18日土曜日のお昼前、春の近さを確信させるような晴天の下、筆者はJRいわき駅からバスに乗っていわき市中央卸売市場に向かった。土曜日のためか人の姿がほとんどない駐車場を通り過ぎ、中央棟2階の研修室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。  「油がはねますから、気をつけてくださいねー」。三角巾にエプロン姿の子どもと保護者12組24名が見守る中、講師の先生がアンコウを揚げ焼きにしている。続いて薄切りにしたカツオと野菜をフライパンに入れ、バターやポン酢をからめて火を通す。さらにいい香りが部屋じゅうを包み込む。子どもたちがつばを飲む音が聞こえたかと思ったら、ファインダー越しに撮影を試みる筆者自身のつばの音だった。 講師の実演が終わるといよいよ子どもたちの出番である。それぞれの調理台に散らばり、クッキング、スタート! なぜ筆者が楽しくにぎやかな料理教室を訪れたかと言うと……。     ◇ ◇ ◇ CMだけでなかった海洋放出PR事業 経産省のHPより引用【ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業(多核種除去設備等処理水風評影響対策事業)】  本誌先月号に筆者が書いた記事のタイトルは「汚染水海洋放出 怒涛のPRが始まった」だった。大手広告代理店の電通がテレビCMを作り、昨年12月半ばから2週間にわたって全国で放映した。海洋放出には賛否両論あり、特に福島県内では反対意見が根強い。そんな中で政府の言い分のみをCM展開するのは一方的ではないか。これでは政府主導のプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない、と筆者は書いた。 ただし政府が行っている海洋放出PR事業はこのテレビCMにとどまらない。経済産業省は2021年度の補正予算を使い、「海洋放出に伴う需要対策」という新たな目的の基金を創設。そこに300億円という大金を注ぎ込んだ。そのうち9割は水産業者支援のために使い、残りの約30億円を「風評影響の抑制」を目的とした広報事業に充てるという。これが筆者の言う「プロパガンダ」の原資だ(もちろん「海洋放出」に限定しなければ復興庁などがすでに様々なPR事業を行っている)。 現在基金のホームページに公開されている「広報事業」は別表の10件である。読売新聞東京本社が入り込んでいるのか!など、社名を眺めるだけでも興味深いものがある。 2022年度に始まった海洋放出PR事業の数々 事業名予算の上限公募時期事業期間落札企業廃炉・汚染水・処理水対策の理解醸成に向けた双方向のコミュニケーション機会創出等支援事業2500万円22年5月~6月23年3月31日までJTB廃炉・汚染水・処理水対策に係るCM制作放送等事業4300万円22年5月~6月23年3月31日までエフエム福島被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業8000万円22年7月23年3月31日までユーメディアALPS処理水の処分に伴う福島県及びその近隣県の水産物等の需要対策等事業2億5千万円22年6月~7月23年3月31日まで(ただし延長の場合あり)読売新聞東京本社ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業12億円22年7月23年3月31日まで電通ALPS処理水による風評影響調査事業5千万円22年7月~8月23年3月31日まで流通経済研究所ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業1億円22年9月23年3月31日まで博報堂三陸・常磐地域の水産品等の消費拡大等のための枠組みの構築・運営事業8千万円22年10月~11月23年3月31日までジェイアール東日本企画廃炉・汚染水・処理水対策に係る若年層向け理解醸成事業4400万円22年10月~11月23年3月31日まで博報堂福島第一原発の廃炉・汚染水・処理水対策に係る広報コンテンツ制作事業1950万円23年1月~2月23年5月31日まで読売広告社「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業」のウェブサイトで公開されている情報を基に筆者作成https://www.alps-kikin.jp/PubRelation/index.html ※掲載後、新たな採択情報は下記の通り。 2023/03/24「「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」事務局運営事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月24日掲載】 2023/03/29「令和5年度被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月29日掲載】 出前食育事業に怒りの声  別表のうち、テレビCMと並んで「物議」を醸したのが出前食育事業、正式には「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」である。受注業者を募る際、基金は大雑把な内容を「公募要領」として公開した。そこにはこう書いてあった。 〈漁業者団体や地方公共団体の連携の下、小中学生等を対象にした「出前食育活動」を実施する。具体的には、小中学生等を対象に、福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けて、漁業者等による出前授業や関連の資料提供・説明等を実施するとともに、そうした理解醸成活動の一環として、福島県及びその近隣県の水産物を学校給食用の食材として提供する〉 筆者が傍線を入れたあたりが、原発事故以来子育てに悩んできた福島の人びとの怒りに触れた。 《も~我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!》 原発事故後の福島の問題を考えるNPO「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」は2月6日、オンラインのトークイベントでこの「出前食育事業」を取り上げた。出演したのは県内に住む千葉由美さん、鈴木真理さん、片岡輝美さんの3人。いわき市在住、原発事故当時子育ての真っ最中だった千葉由美さんが語る。 https://www.youtube.com/watch?v=Na0dY1b6S-M&t=1s 【いちいちカウンター#10】第2弾!も〜我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!  「原発事故の加害側である国が、自分たちに都合のいいように子どもを利用しようとしています。こんなことがあってはならないと思っています」 千葉さんは事故直後の経験を語った。自分の子に弁当を持たせて学校に通わせたこと。無用な被ばくから身を守るためだったが、まわりの子が給食を食べている中では精神的につらい思いをさせただろうこと。片岡さんも当時を振り返った。 「あの頃は大混乱だったじゃないですか。親も子どもも大変だったと思います。今回の『食育』は単発のイベントとは言え、子どもたちがまた切ない思いをするかと思うと……」 鈴木さんが思いを吐き出した。 「なんで子どもたちを利用するの? 勘弁してほしいですよ!」 3人のすごいところは、県内のすべての市町村に電話で問い合わせてしまったところだ。経産省から出前食育の知らせを受けているか、小中学校で実施する予定はあるか、を手分けして担当者に聞いたという。地道な取材力に脱帽である。トークイベントではその聞き取り結果も披露してくれた。 それによると、3人が調査した時点では県内の7自治体が事業案内を受け取ったが、いわき市などの教育委員会はすでに「実施しない」と回答した。現時点で「実施した」という例は一つもない――ということだった。 出前食育事業はどこへ? 経産省ウェブサイトにアップされている料理教室のチラシ。『ALPS処理水』や『海洋放出』という言葉は使われていない。(経産省ウェブサイトから引用)https://www.meti.go.jp/earthquake/fukushima_shien/event_ryori_fukushima.html  トークイベントが終了し、パソコンの画面を閉じた筆者は腕を組んで考えた。出前食育の事業の期限は3月末である。2月の時点で県内の実施校が一つもないというのはどういうことなのか。これは自分でも調べねばなるまい。 まずは福島市と郡山市の教育委員会に聞いてみた。どちらの担当者も「案内は来ていません」。やはりそうか。次はいわき市だ。市教委学校支援課の担当者はこう話した。「出前講座の件は昨年秋、市の水産課と県の教育庁と、2つのルートから知らせをもらいました。市長部局とも相談した結果、お断りすることになりました」。 断った理由を聞いてみた。「市の学校給食の提供の考え方に合わないと判断したからです。安心・安全な食材の提供が大原則です。ふだんの給食でさえ、福島県産の食材に対して不安を感じる保護者の方もいます。そういう状況で、海洋放出と関連させて海産物の提供を行ったらどうなるのか。状況は不透明です」と担当者は話した。 ちなみにいわき市水産課に問い合わせたところ、「昨年の夏以降、経産省の職員の方と別件で会った時、『実はこんなことも考えているんです』という情報をもらいました。うちは担当ではないのですぐ教育委員会に転送しました」とのことだった。 今度はこの事業を取り仕切っている側に聞いてみよう。テレビCMや出前食育などの広報事業については「原子力安全研究協会」という公益財団法人が連絡窓口になっている。同協会の担当者に学校給食への出前講座の件を聞くと、「現段階で何件実施しているかなどは把握していません。教育委員会や学校の方からご理解をいただくのが難しい面はあると聞いておりますが……」と奥歯に物が挟まったような言い方である。 もしや「実施ゼロ」で終わるのでは? 確認のため、筆者は経産省(原子力発電所事故収束対応室)の担当者に電話した。 筆者「理解醸成に向けた出前食育事業の件はどうなっていますか?」 経産省「あれはですね。地元産品を使用した料理教室などを行う事業です」 筆者「えっ? 事業の公募要領には〈漁業者による出前授業〉や〈学校給食用の食材として提供〉と書いてありましたよね」 経産省「あれは公募時にあくまで事業の一例として挙げたものです。当初はそういうことも想定していましたが、受注業者(博報堂)などとの話し合いの結果、料理教室を開催する方向になりました」 筆者「いくつかの市町村には案内を出したんですよね」 経産省「経産省からの公式な案内といったものは出していないと認識しています。私自身はそういうことをしていませんが、事業内容を検討している段階で経産省の職員が話題にした、というくらいのことはあるかもしれません」 筆者「……」 「学校給食への食材提供」はいつの間にか「料理教室」に様変わりしていたようだ。「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」の千葉さんたちだけでなく、いわき市教委や原子力安全研究協会もその変更を知らないのでは……といったモヤモヤを残しつつ、筆者はその料理教室の情報を調べてみた。 参加費無料。保護者と子どもがペアで参加。ただし子どもは小中学生に限定。開催場所は宮城県内の2か所(仙台・利府)といわき市の合計3会場。初日は2月18日土曜日の午前10時半……。 ということで筆者は先日、いわき市中央卸売市場を訪れたのだった。     ◇ ◇ ◇ 「皆さんはどんなお魚料理が好きですか?」「福島県の常磐ものは東京の築地や豊洲の市場でも新鮮でおいしいと評判ですよ!」 調理の前、料理教室の講師が約20分間のレクチャーを行った。常磐ものの魚の紹介や一般の魚介類に含まれる栄養素の説明が続く。 メモをとりながらやっぱりおかしいなと思ったのは、講師の説明の中には「ALPS処理水」や「海洋放出」という言葉が出てこないことだ。イベントの事務局によると、調理実習後に特段の説明は行わないそうなので、参加者が海洋放出について理解を深めるのはこのタイミングしかない。しかし、そんな話題は一切出てこなかった。念のため参加者たちへの配布物も確認してみた。福島の海産物の魅力の紹介はあっても、「ALPS処理水」や「海洋放出」には触れていない。 このことは事前に経産省(原発事故収束対応室)の担当者からも聞いていた。 経産省の担当者「海洋放出への理解醸成が目的ではありますが、放出に反対の方々にもご参加いただける企画にしたいと考えております。安全ですよと大々的に宣伝するというよりも、常磐もの、三陸ものの魅力自体をご理解いただければと思っています」 念のため書いておくが、料理教室自体はすばらしかった。ヒラメの炊き込みごはんやアンコウの沢煮椀、かつおのバターポン酢炒めはきっとおいしかったことだろう。調理台に立つ子どもたちの目は輝いていた。 とは言っても経産省の皆さん、そもそもこの事業のタイトルは「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」ではなかったのですか? テレビCMでかかげたキャッチフレーズ、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉の精神はどこへ行ってしまったのですか? 経産省は地元福島の複雑さに理解を ここまでの取材結果をまとめてみよう。 経産省は当初、学校給食への食材提供などを意図していた。しかし、いわき市など地元自治体が「実施しない」という意思を表明したからか、その計画は「料理教室」へとスライドしていった。料理教室の実施スケジュールは2月18日~3月19日の週末だ。ぎりぎり2022年度内に事業を終えることになる。 もちろん筆者は「もっと積極的に子どもたちに海洋放出をPRせよ」という意見ではない。ただ、〈ALPS処理水並びに水産物の安全性等に関する理解醸成〉と銘打っておきながら、単なる料理教室では筋が通らないのも明らかだ。これだったら経産省がやる仕事ではない。 原発事故以来、福島県内に住むたくさんの親たち、子どもたちが学校給食について悩んできたと聞く。筆者も側聞しているだけなので偉そうなことは言えないが、察するに経産省はこうした福島の人びとの切なさ、複雑さを十分に理解していなかったのではないか。 今回の「出前食育」事業を経てそうした点に気づいたならば、「今年の春から夏頃に開始する」としている海洋放出について、より一層の慎重さが必要なことにも思い至ってほしい。 ちなみに、実は料理教室のほかにもう一つ、「出前食育」の予算枠を使ったイベントがあるそうだ。 タイトルは「相馬海の幸まつり」(開催は2月25、26日と3月4、5日)。「浜の駅松川浦」などのイベント会場では地元の海産物やしらすご飯が振る舞われ、「小中学生限定」の浜焼き体験ではイカの焼き方を知ることができるという。 チラシには〈楽しく食育体験!〉と書いてあった。〈ALPS処理水〉や〈海洋放出〉という文字はなかった。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」