• 記事掲載禁止仮処分申立を取り下げ【続報・中沢学園前理事長の性加害疑惑】

    記事掲載禁止仮処分申立を取り下げ【続報・中沢学園前理事長の性加害疑惑】

     先月号記事「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、校了直前に中沢学園が掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立てた。2日間に渡り、本誌と中沢学園、裁判官が参加する審尋を経て8月3日、中沢学園は裁判所に申し立てた仮処分を自ら取り下げた。掲載号は同5日から書店に並んだが、会津若松市内の書店では奇妙な売り切れが続出。記事が掲載に至った経緯を振り返る。(小池航) 会津若松市で何者かが本誌買い占め https://twitter.com/seikeitohoku/status/1688067518244831232  本誌編集部に中沢学園の代理人弁護士から「ご連絡」という文書(7月28日付)がファクスで送られてきた。東京都千代田区の鳥飼総合法律事務所の鳥飼重和弁護士、小島健一弁護士、横地未央弁護士の連名だった。以下に全文を載せる。  《冠省 当職らは、学校法人中沢学園(以下「通知人」といいます。)から委任を受けた通知人の代理人として、貴社が発行している政経東北に通知人に関する記事が掲載される件についてご連絡いたします。  通知人は、2023年7月19日、貴社の小池航記者から、2014年4月、通知人の前理事長である中澤剛氏(以下「剛氏」といいます。)が当時職員であったA氏(筆者注:原文では実名)を職務のため会津若葉幼稚園に呼び出し、わいせつ行為をしたという件(以下「本件」といいます。)に関して政経東北に記事を掲載する旨の連絡を受けました。  本件は、2023年2月28日、A氏から本件について申告があったことを端緒として、通知人として、A氏のヒアリングを複数回にわたって実施し、さらに、A氏の同意の上で剛氏同席のもとでも面談を実施するなどして何とか解決を図ろうとしてきたところです。  しかしながら、本件が9年余り前のことであり、休日という人目のない環境下において行われたとされる点もあいまって調査には困難を伴い、本件がA氏の主張するとおりの事実であったのか、また、仮にA氏の主張するような事実があったとしてもそれがA氏の意に反するものであったのかといった根本的な点について、合理的な疑いを否定することができないというのが現状です。  当事者である剛氏はすでに通知人の理事長職を退いている一私人にすぎない上、そもそも本件は、通知人内部におけるセクハラ被害の申立てという、本来、被害申告をするA氏を含む当事者・関係者のプライバシーや心情に十分に配慮しながら慎重に解決されるべき、デリケートで機微にわたる問題であり、このように雑誌に記事を掲載することをもって世の中に公表する必要性は一切認められず、そればかりかかえって通知人の利用者を巡っても不必要な混乱を生じさせかねません。  このような理由から、本日、福島地方裁判所に記事掲載禁止仮処分の申立を行いました。貴社におかれましては、本件の状況を冷静に認識され、本件について政経東北への掲載を見合わせること、仮に取材・報道の価値があるとお考えであるならば、当職らを通して当事者に適切な調査を実施していただくなど適切な対応をお取りいただくようお願い申し上げます。 草々》  要するに、中沢学園は「記事を出すな」と言っている。理由は、中澤氏は理事長を退いており今は私人、中澤氏と被害を訴えているAさんのプライバシーに関わる、こども園の利用者に影響がある、というもの。取材し報じる場合は中沢学園の代理人を通じて「適切な対応」を取るように付け加えている。  記事を掲載前に差し止めることは、報道の自由、表現の自由に抵触する。相当な理由がないと認められない。①反真実性=フェイクニュースであること、②記事に公益性がないこと、③記事が出ることで回復不能な甚大な被害が出ることを証明しなければならない。 中沢学園「中澤氏は私人」 中澤剛氏(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』より  8月号で筆者は、学校法人中沢学園の元職員Aさんが、2014年に当時理事長だった中澤剛氏から理事長室の書類整理の仕事を日曜日に頼まれ、わいせつ行為を受けたと主張していることを書いた。  記事掲載に当たり、筆者はAさんの主張を裏付ける取材を尽くしていた。中澤氏の言い分も、本人から直接聞き取り掲載している。しかし中沢学園の主張は、Aさんが語ったことについて「合理的な疑いを否定できない」としている。  公益性の観点で言えば、Aさんが「職場での不利益を恐れ、在職中は自分が受けた性被害を学園に言えなかった」と語っている点が重要だ。退職が決まった後に性被害を学園に申告するも救済にはつながらず、以後やり取りは書面でするよう通告された。労働局に調停を申請したが、中沢学園は応じず打ち切られた。行き詰まったAさんは、自分が受けた被害を公表し世論に問おうと、本誌に告発した経緯がある。昨今、ハラスメントは社会の関心事となっており、本誌でもこれまで様々なハラスメント問題を伝えてきた。  中沢学園はこども園を運営し、そこには補助金がつぎ込まれている。Aさんが被害に遭ったと主張する2014年、中澤氏は理事長だった。今は退いて「私人」と主張するのは無理がある。そもそも中沢学園は、その名前からも分かるように「中澤剛氏=創設者の一族」。現在理事長を務める中澤幸恵氏は中澤氏の息子の妻であり、親族経営である。中澤氏がいまの中沢学園に影響力を持たないとは考えにくい。  記事が回復不能な被害を与えるかについては、掲載前に証明するのは困難だろう。中沢学園の主張に則るならば、中澤氏は「私人」に過ぎない。一個人に関する記事で、中沢学園に損害が出る恐れがあるというのは、中澤氏が「私人」という主張に背くのではないか。  ただ、裁判所の判断によっては、記事が出せなくなる可能性が出て来た。  中沢学園の代理人弁護士はさらにファクスを送ってきた。次に届いたのは「書類送付書」(7月31日付)。「記事掲載禁止仮処分申立書」(同28日付)の送付を確認するものだ。書類送付書には受け取ったかどうかを確認するための「受領書」が下部にあり、本誌は署名押印し福島地裁民事部と弁護士事務所にファクスで送った。「受け取った」「受け取っていない」となるのを避けるためなのだろう。  申立書には、記事掲載禁止を求める理由として「人格権としての名誉権に基づく差止め」とある。記事が債権者=中沢学園の社会的評価を低下させるという主張だ。「表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものではないことが明白」、「債権者が重大で著しく回復困難な損害を被るおそれがある」とあった。  福島地裁第一民事部からは7月31日付で「審尋期日呼出状」が届いた。2日後の8月2日午後1時10分に裁判所に出頭するよう書かれている。審尋とはなんだろうか。呼出状をめくると「仮処分を発令するかどうかについては、債権者及び債務者双方の主張や提出された証拠をもとに裁判官が判断します」と説明があった。債権者は中沢学園、債務者は政経東北を発行する㈱東邦出版のこと。審尋とは裁判官が双方の言い分を聞く場のようだ。  筆者はAさんに、中沢学園が記事掲載禁止を求め裁判所に訴えてきたことを伝えた。近く裁判が行われ、中澤氏が臨席するだろうと想定し、当事者であるAさんに出席を依頼すると応じてくれた。 想定外だった中澤氏の不在 福島地裁  中沢学園は中澤氏と幸恵理事長の陳述書を提出していたが、8月2日の審尋に中澤氏の姿はなかった。参加者は次の通り。 中沢学園側(債権者) 中澤幸恵理事長 みなみ若葉こども園の園長 小島健一弁護士(代理人) 横地未央弁護士(同) 政経東北側(債務者) 佐藤大地東邦出版社長 小池航(筆者) 安倍孝祐弁護士(代理人) 政経東北側の証人 Aさん 裁判所 小川理佳裁判官 飯田悠斗裁判官 書記官(1日目と2日目で交代)  審尋は債権者、債務者双方の主張を裁判官が聞き取る。一方に退室を命じてもう一方の主張を内密に聞き取る場も設けられ、双方を交えた聴取→中沢学園のみ聴取→政経東北のみ聴取と繰り返した。本誌が証人を依頼したAさんは別室で待機し、裁判官が聴取する際に呼び出された。  まず本誌は、安倍弁護士の助言を得てゲラ(校正刷り)を裁判官と中沢学園に見せた。筆者はその時まで中沢学園にもAさんにもゲラを見せていない。記事は誌面上で発表するものであり、読者に向けて書いている。ゲラを見せないのは、取材対象者が記事内容の変更を迫って圧力を掛けてくるのを防ぐためだ。  ゲラを読んだ中沢学園は、次のことを主張してきた。  ・政経東北が出した質問状に対する中沢学園の回答を引用しているが、回答の趣旨を汲み取っていない。  ・Aさんが中沢学園の聞き取りに対し、「中澤氏に口にキスされそうになった」と言っているが、記事では「口元にキスされた」とある。記事が正確でないことになる。  ・中沢学園に原稿を見せていない。取材を尽くしていないのではないか。  順序は前後するが「Aさんが中澤氏にキスをされたか、されていないか」については、後に裁判官による聴取の場で、Aさんは  「キスをされたと話すことが自分の中では『抵抗しなかった』と受け取られると考え躊躇し、『キスされそうになった』と話してきた。小池記者に話した時も、他の人に被害を打ち明けた時のように初めは『キスされそうになった』と言ったと思うが、小池記者は『唇はくっついたのか、くっつかなかったのか』と聞いてきたので答えた」  と話した。  裁判官は、Aさんの主張を信頼できると筆者が判断した根拠は何かを聞いてきた。筆者は、中澤氏が3月12日のAさんとの面談で「あなたのおっしゃる通りに認めざるを得ないんでしょうね」と話した録音を確認し、自らの行為を認めるような発言をしたこと、Aさんがハローワークと警察に被害を相談したこと、その時のハローワークの受付カードと警察官の名刺を確認したことを根拠に挙げた。  それに対し、中沢学園代理人の小島弁護士は  ・面談の録音を確認したが、Aさんが中澤氏からどのような行為を受けたと主張するのか明確にされないまま話が進み、中澤氏がその場を収めるために発言しているに過ぎないと主張。わいせつ行為を認めたものとは評価できない。  ・警察に相談した事実があったとしても、相談内容は明らかではない。  とした。  裁判官は、続いてAさんへの聞き取りを行った。  中沢学園の同意を得てAさんが裁判官の前で当時の状況を証言した。前述したように、ここでAさんは中澤氏から「キスをされたか、されていないか」を詳しく話した。  筆者は、当事者が不在の中で事実関係を争っても意味がないと考え、当事者であるAさんに裁判所まで来てもらい「生の証言」を依頼した経緯がある。それだけに、もう一方の当事者である中澤氏が審尋に来なかったのは、本誌にとって想定外だった。  Aさんと幸恵理事長は3月12、19日の面談後の4月以降、やり取りは書面で行うことになっていたため(前述)、約5カ月ぶりに対面した。幸恵理事長は、Aさんが起こした労働局の調停に出頭しなかったのは顧問弁護士の判断だったと説明した。Aさんに対面しなかったのは、Aさんの気分を害してしまうと恐れたからだという。現在、就業規則の改定を進めており、中沢学園内に相談窓口を整備するという。退職後1年間は中沢学園が擁護すべき立場なので、その枠組みでAさんの相談に応じる考えがあると話したが、Aさんは「もう遅いんです」。  ハローワークや警察に相談し、労働局に調停まで起こしたAさんが最終的に本誌を頼ったのは、中沢学園が「事実関係の調査を行うのは著しく困難」と結論付け、公的な相談先に行き詰まり、もはや世間に訴えるしかないと考えたためだと筆者は捉える。 反論記事を中沢学園に提案 会津若葉幼稚園  記事が事実ではないことを示すために反論してきた中沢学園だが、一方で小島弁護士は「反真実性の証明のハードルについては、法律論としては難しいとは承知している」とも話していた。  争点は、記事の公益性にシフトしていく。公益を果たすために中沢学園が言う「適切な対応」を本誌がどのように尽くしていくかに裁判所は注目した。  審尋初日の最後に中沢学園が述べた主張は次の4点。  ・記事を掲載しないこと。  ・損害賠償請求も検討している。  ・取材の方法、記事の書き方に問題があると認識しており、業務妨害や名誉棄損で、本誌と当該記事を書いた筆者個人を刑事告訴する可能性も捨てていない。  ・8月号への掲載を見合わせ、中沢学園関係者に取材し、原稿を中沢学園が確認したうえで9月号以降に掲載することは異議がない。  中沢学園の目的は、初報を出させないことに尽きる。しかし、筆者は記事を既に書き上げ、印刷所に回していた。中沢学園の要求に従えば、8月号から当該ページを切り取らなければならない。小所帯の本誌でその作業が発売日までにできるか思案したが、実はこの時、本誌はまだ今後の対応をどうするか「答え」が出ていなかった。  裁判所の閉庁時間が迫っていることもあり、審尋は翌3日の午後4時半に再開することになった。  本誌編集部は半日掛けて中沢学園の要求に対する方針を話し合った。安倍弁護士に相談し、準備書面にしたため、次の審尋前に福島地裁と中沢学園側の弁護士事務所にファクスで送った。  8月3日、審尋はおそらくこの日に終え、近いうちに裁判所が決定を下すのだろう。2日目の審尋は証人のAさんを除き、双方が前日と同じ参加者で臨んだ。  審尋2日目開始。本誌が送った準備書面に目を通した小島弁護士は、  「まさかこんな提案をしてくるとは思わなかった。検討するに値しない。注目を集めて雑誌の売り上げに協力することになる」  と言った。  本誌は裁判官から一度退室を命じられた。中沢学園が本誌の提案を受け入れるか否か、裁判官から問われるターンだ。筆者は別室で向こうの答えを待っていた。  小島弁護士はなぜ「こんな提案をしてくるとは思わなかった」と述べたのか。  本誌が提案したのは、9月号に中沢学園の反論記事を載せることだった。相手は「こちらの主張を十分に聞いていない」ことを問題視している。そこを捉えて「政経東北の取材には問題がある」と主張していた。だったら、初報では被害を訴えるAさんの主張に寄り添ったので、続報では中沢学園の言い分を100%聞こう。それが報道機関として最も誠実なやり方だと編集部内で意見が一致した。具体的には、  ・中澤幸恵理事長と学園関係者に取材を行い、反論を聞く。  ・政経東北が書いた原稿は、中沢学園に確認してもらったうえで9月号に掲載する。  ・8月号には、中沢学園から記事に対する強い異議があったこと、9月号に反論を掲載する予定であることを記載する。その時点では8月号が刷り上がる目前で、中沢学園の言い分と本誌の主張を記事に加筆することは不可能なため、A5サイズの紙1枚に反論を掲載する予定の旨を書き、雑誌本体に挟み込む。  ・政経東北のウェブサイトに、中沢学園の反論記事を載せる予定という告知と、本誌の質問に対する中沢学園からの回答を全て載せる。  中沢学園と裁判官の話し合いが終わった。再度対面した席で、中沢学園は本誌を前に「仮処分申し立てを取り下げる」と裁判官に伝えた。自ら記事掲載禁止の仮処分を申し立てたのに、裁判所の判断を待たずに自ら取りやめた形。結局、2日目の審尋は10分程度で終了した。  記事は8月号にそのまま掲載できることになった。審尋の場では、中沢学園は反論記事を載せる提案を拒否していたが、実際に記事が出た後は方針が変わるかもしれない。本誌は8月4日、代理人弁護士の事務所宛てにファクスで取材を依頼した。審尋で示したのと同じ条件で、同18日までに中沢学園が指定する場所に本誌記者が出向き、直接話を聞くので取材の可否を教えてほしいと伝えた。取材を受けるかどうかの回答期限は6日後の同10日午後4時に設定した。ところが、期限を過ぎても返答はない。  弁護士事務所に電話すると、事務員が「担当弁護士がいないので折り返す」とのこと。筆者は「午後8時まで会社にいる」と伝え電話を待ったが、電話もファクスもメールも来ない。8時過ぎにもう一度電話すると「16日まで休みに入る」と留守電の録音が流れた。  お盆休み明けの同18日に再び電話した。取材の可否を教えてほしいと言うと、事務員から「弁護士から『回答しない』との伝言がある」と言われた。筆者は「『回答しない』という回答」にこれまで何回か遭遇した経験がある。想定内だったが、せめて期限の10日までには知らせてほしかった。 「買い占めた奴らがいる」 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1688075777819156480  8月号が発売されると、会津若松市の書店では異様な売れ方をした。店頭に並ぶ前から「まとめて買いたい」と客から問い合わせがあったという。筆者には会津若松市在住の70代男性から「発売と同時に買いに行ったら本屋はすぐ品切れだよ。タイミングが良かったのか俺は1冊買えた。買い占めた奴らがいる」という電話があった。(この男性は8月号の別記事「実録 立ち退きを迫られる会津若松在住男性 監視カメラで転売集団に応戦」で書いた、立ち退きを迫られている人物)。  普段は売れ行きの良くない店舗でも売り切れ続出だった。気味が悪いのでX(旧ツイッター)に投稿すると過去最大級の反応があった。一地方都市で起こった出来事に過ぎないが、世間は注目に値する珍奇な事象と見ているようだ。  中沢学園は、記事が学園の名誉を傷つけるとして、掲載禁止の仮処分を裁判所に申し立てたが、自ら取り下げた。とはいえ中沢学園が、本誌と筆者個人を相手取り、名誉棄損で損害賠償請求と刑事告訴をしてくる可能性は十分ある。取材は尽くしているので、その時は淡々と対応するだけだ。

  • 前理事長の【性加害】疑惑に揺れる会津【中沢学園】

    前理事長の【性加害】疑惑に揺れる会津【中沢学園】

     会津若松市で認定こども園を運営する学校法人中沢学園の前理事長、中澤剛氏(89)が理事長時代に女性職員にわいせつ行為をした疑惑が同学園を悩ませている。女性は2014年、日曜日に理事長室に業務で呼び出され被害を受けたと主張。報復を恐れて、退職が決まった今春まで職場に報告できなかったという。現理事長が謝罪の場を設定するも、中澤氏はわいせつ行為を明確に認めず、「不快な思いをさせたこと」についてのみ謝罪。後日、筆者の取材に中澤氏は「わいせつ行為について謝れとは言われていない」とAさんから謝罪要求があったことすら否定。整合性が取れなくなっている。(小池航) 整合取れない「謝罪はするが否認」 中澤剛氏(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』より  今年3月に学校法人中沢学園(会津若松市湯川町)を退職した元職員Aさんは、食器を洗ったり雑巾を掛けたりする時に上着の袖をまくると、「気持ち悪い」と嫌な光景を思い出してしまうという。「不快な棒状の物体」を押し付けられたという左肘の前腕側を見つめる。 「私は2014年、中沢学園の理事長だった中澤剛氏に、会津若葉幼稚園にある理事長室とその応接スペースでわいせつな行為をされました。報復を恐れて長らく学園には相談できませんでした。怒りは収まらず退職時に職場に伝え、謝罪を要求しましたが、中澤氏は明確に認めません。学園もなかったことにしようとしています」(Aさん) 中澤氏は1983年に中沢学園の第2代理事長に就任し、昨年まで務めた。その後は理事(昨年11月時点)。同学園は戦後に中澤氏の両親が市内に創設した女子向けの会津高等洋裁学院が前身で、1965年に幼稚園を開園。1974年に学校法人化し、現在は幼稚園や保育園機能を備えた認定こども園3園を市内で運営する。   中澤氏は1934(昭和9)年生まれ。会津高校、千葉大学文理学部を卒業し、国立精神衛生研究所で研修。中沢学園では前身の会津高等洋裁学院時代から講師として教え、両親の跡を継いだ。(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』、同学園、2020年より)。全私学連合理事や一般社団法人福島県精神保健協会常任理事などを歴任。会津若松南ロータリークラブの役員を務めるなど地元の名士でもある。 「『立派な人物』と思っていただけにわいせつ行為を受けた時は事態を呑み込めませんでした。『魔が差したのでは』とさえ思ってしまった。その後、中澤氏からは怒鳴られるなどのパワーハラスメントを受けるようになり、我慢の限界でした。2017年3月から18年3月には、中澤氏がした行為が強制わいせつ罪に当たるのではないかと会津若松署に相談しましたが、時間が経ち物証が不十分なことから、被害届の提出には至りませんでした」(Aさん) 強制わいせつ罪(現不同意わいせつ罪)の法定刑は6カ月以上、10年以下の懲役。時効は7年のため、いずれにせよ9年前の疑惑は罪に問えない。ちなみに今年7月13日に施行された刑法改正で、不同意わいせつ罪の時効は12年に延長されている。 会津若松市在住のAさんは、高校卒業後から経理畑を歩んできた。2013年に転職を考え、ハローワークに行ったところ、中沢学園が経理のできる事務職員を求人していることを知り応募。試験や面接を経て、同10月に採用された。 中澤氏から理事長室の書類の片付けを頼まれたのは、採用から半年経った翌14年のことだった。中澤氏は当時79歳、Aさんは51歳だった。日曜日に理事長室がある会津若葉幼稚園に来るように言われたという。 Aさんが主張する被害は9年前の出来事だ。残っている記録に基づいて話したいと、Aさんは中澤氏に頼まれた仕事のために購入した文書保存箱の領収書2枚のコピーと、2014年のカレンダー(資料1)を筆者に示した。カレンダーには、Aさんが中澤氏から仕事で呼ばれたと主張する日曜日にマルが付いている。同僚に被害を話した年に印刷した「2020年10月10日」という印刷日も記されている。 (資料1)Aさんが、自身が主張する性被害を受けた日を特定するために印刷した2014年のカレンダー。思い当たる日にマルを付けた。右下に「2020年10月10日」に印刷したことを示す印字がある。(重要部分を切り取り拡大) 日にち特定の鍵となる領収書  「仕事は2014年3、4月の2回に渡って頼まれました。わいせつ行為を受けたのは2回目の日です。4月27日だったと記憶しています。被害を受けた後、『もうすぐ大型連休になるから中澤氏と顔を合わせずに済む』と思ったのを覚えているからです」(Aさん) 文書保存箱の購入場所はいずれも市内の同じホームセンター。領収書の日付は、1枚が出勤日の3月22日(土)。もう1枚が4月16日(水)。Aさんの記憶通りとすると、2回目の購入から11日後に被害に遭ったということだ。 Aさんによると、1度目も2度目も、下はジーンズ、上は長袖のTシャツ、エプロン、カーディガンの順に重ね着して出勤したという。 仕事は、理事長室の本棚から書類を取り出し、中澤氏の指示で整理することだった。1回だけでは終わらず次回も来てほしいと頼まれたという。そして2回目の日曜日、Aさんは2階の理事長室に上がって前回の作業の続きをした。   1回目は、中澤氏が横にいて話しかけてきたが、2回目は、作業するAさんの隣にはあまりいなかったという。Aさんによると、作業開始からそれほど経たないうちに、姿を消していた中澤氏が様子を見にきた。「少し休憩したらどうだ」という趣旨のことを言ってきたので作業の手を止めたという。すると、 「前方から急に距離を詰め、私の顔に近づいてきました。とっさに避けようとしましたが、口元にキスされました。その後、両手が動かせなくなりました。気づいたら背中を床に押し付けられ、私の両手は手首の辺りで交差され、頭の上で掴まれていました」(Aさん) Aさんが背中を床に押し付けられたと主張するのは、帰宅後、カーディガンを脱いだら背中の部分に埃が付いていたからだという。 「中澤氏はクロスさせた私の両手を片手で掴み、もう一方の手でシャツの裾を上にまくり上げました。シャツの下はブラジャーだけを身に着けていました。中澤氏は胸の辺りを舐めてきました」(Aさん) ジーンズをまさぐり、下着の中にまで手を入れてくるように感じたので、下半身をよじりながら「すいません、すいません」と叫んだというAさん。何をされるのか怖くて、怒らせないようにとの思いがあったという。 「中澤氏は行為をやめ、話題を変えるかのように応接スペースにあるソファに誘導しました。私は促されるままに移動しました。3人掛けのソファに座るように言われ、右端に座りました。目の前のテーブルにはノートパソコンが置かれていました。ソファの真ん中の席には緑色の手提げ袋がありました。中澤氏は左端に座り、パソコンの画面を見るように言いました。画面には『!』マークが表示され、警告を示しているようで、パソコンの状態について何か答えなければならないのだろうかと思い、私はそれをよく見ようと身を乗り出しました」 Aさんは一呼吸置き話を続けた。 「左腕に湿った物がぺちょぺちょと複数回触れる感触がありました。1度横を見ましたが正体は分かりませんでした。もう1度見たら棒状の物体でした。ビニールのような、プラスチックのような感触と、この直前に既にわいせつ行為をされていたことから、押し付けられたのは男性器を象った性具だと思いました。冷たくて湿り気があったことからローションが塗られていたのではないでしょうか」 驚いて席を立ったAさん。「私、帰ります」。Aさんは、この場にいたらこれ以上何をされるか怖くて、逃げるように部屋を出たという。 中澤氏の謝罪は「あなたに対して」 中澤氏からわいせつ行為を受けたと主張するAさん  Aさんは今年2月中旬、定年を迎えて再雇用になるのを機に退職を申請した。中澤氏から受けたという性加害を最終出勤日の同月末に上司に報告した。「職場に伝えるのは辞める時」と心に決めていたという。3月12日に現理事長の中澤幸恵氏が中澤氏からAさんへの謝罪の場を設けた。 謝罪の場にはAさんと中澤氏、中澤幸恵理事長、上司の計4人。中澤氏は理事長室を片付けるため、Aさんに手伝うよう要請したことを認めた。ただし「仕事を頼んだのが土曜か日曜かは分からない」と言い、わいせつ行為は「記憶がない」と否認した。何に対しての謝罪か曖昧にしたまま「申し訳ない」と口にしたという。 中澤氏は、わいせつ行為に話題が及ぶ前に、Aさんが再雇用の条件で学園側と折り合えず退職に至ったことを、時間を割いて話していた。しかしAさんは、謝罪が円満退職できなかったことに対してではなく、わいせつ行為に対するものだと明確にするため、「謝罪は『中澤氏がした行為』に対してか」と聞いた。すると、中澤氏は「あなたに対してです」。一方で「行為に対する謝罪はあり得ない」と言ったという。 Aさんによると、中澤幸恵理事長も中澤氏の言動に納得できていない様子だったという。幸恵氏は中澤氏の息子の妻で、昨年理事長に就任したばかりだ。幸恵理事長は、義父に対して慎重に言葉を選び、「何もなかったらこの謝罪の場は成立していない。なぜ剛前理事長がこの場に来ることを受け入れたのか、私には理解できません」と言った。中澤氏は「嫌な思いをさせたことについては大変申し訳ないということです」と答えたものの「嫌な思い」が何を指すかは明確にせず、わいせつ行為は「記憶にない」と再び否定した。 その後も、Aさんと幸恵理事長による中澤氏への問いかけは続いた。中澤氏はAさんに「あなたの記憶通りに認めないと謝罪に入らないということでしょうか」と聞いた。 Aさんは「あなたが私にした行為について謝ってくれなければ納得いきません」と答えた。 すると、中澤氏は「あなたのおっしゃる通りに認めざるを得ないんでしょうね」。その後、「後になってあれもある、これもあるって言われたら困っちゃうんだよな」などと付け足したという。 Aさんは中澤氏の言動に接し「その場を取り繕うために言ったこと。謝罪とは言えない」と思った。 中澤氏がわいせつ行為を明確に認めなかったため、Aさんと中沢学園は和解に至らなかった。 進展を図るため、Aさんは行政を関与させようと会津労働基準監督署に相談した。担当が福島労働局に移り、「紛争を起こさないと行政は調停に動けない」と言われたので、Aさんは4月12日付で、①中澤氏によるわいせつ行為とパワハラへの慰謝料、②提示された再雇用契約で働いた場合に減額される給与分を損害金として中沢学園に請求した。同局はAさんの調停申請を受理したが、同学園は応じず打ち切られた。 筆者が中澤氏に取材を申し込むと、7月15日に面談に応じた。 「誰もいない日曜」か「開園中の土曜」か 認定こども園 会津若葉幼稚園  中澤氏は、わいせつ行為は否定したが、書類整理を手伝うようAさんに依頼したことは認めた。ただし、それは1度だけという。さらに、 「私が手伝いをお願いしたのは土曜日です。園は土曜日はやっています。Aさんは、園に誰もいない日曜日に私が呼び出したと印象付けたいようですが、違います」(中澤氏) 中澤氏によると、Aさんの服装はブラウスにスカートだったという。「ひらひらした格好では仕事にならないからすぐに帰した」とも。一方は「園に誰もいない日曜」、もう一方は「開園して周囲の目がある土曜」。主張は真っ向から対立する。 ただ、中澤氏は3月12日の幸恵理事長を交えた面談で「土曜か日曜かは記憶にない」と答えていた。なぜ手伝いを依頼したのは土曜日と思い出したのか。面談から1週間後の7月22日、中澤氏から筆者に電話が掛かってきた。Aさんが再雇用時の給与に満足せず退職し、学園に慰謝料と損害金を求めていると言い、「もともと問題にしていたのは再雇用で、性被害は後から言い出した」と伝えたかったようだ。筆者はこのやりとりの際に、手伝いを依頼したのが土曜日と思い出した理由を尋ねた。 中澤氏は「Aさんが言った日にちを見たら土曜日になっていたからです」。 Aさんに確認すると、 「3月12日の面談の前に、被害を受けた日を記したカレンダーを上司に見せました。上司は幸恵理事長たちに見せるためにコピーを取りました」 2020年、Aさんが被害を同僚に告白した年に印刷した前出資料1のことだ。Aさんが被害に遭ったと考える日にマルが付けられており、それによると全て日曜日になっている。土曜日にマルを付けた形跡はどこにもない。 「土曜日に被害を受けたなんて私は今まで一度も言っていません。そもそも私は、日曜日に手伝いを頼まれたという記憶を基に被害を受けた日付を特定しています」(Aさん) 中澤氏が言うように、Aさんが被害に遭ったとする日が後で土曜日だと思い出すには、Aさんが「被害を受けたのは〇月×日」と、曜日に関係なく日付のみを特定していなければ導き出せないことを意味する。 中澤氏は7月22日の電話で「Aさんはあなたにわいせつ行為への謝罪を求めたのか」との筆者の問いに、「求められていない」とも言った。だとすると、Aさんが筆者に中澤氏による性加害を訴えたことも、幸恵理事長がAさんの申告を受けて3月12日に謝罪の場を設定したことも成り立たなくなる。 あの日はいったい、何に対する謝罪の場だったのか。同席した幸恵理事長に7項目にわたる質問状を送ったところ、7月25日にファクスで回答が届いた。うち、幸恵理事長にAさんと中澤氏、双方の主張をどう捉えるかを聞いた二つの質問に対する回答を吟味する。 幸恵理事長は、Aさんの被害を受けたという主張と、中澤氏の否定する話しか判断材料がないとし、「学園として『有った、無かった』と断定することはできず、司法判断に委ねるしか無いというのが基調認識(原文ママ)です」と前置きした。 一つ目の「幸恵理事長が中澤氏がわいせつ行為をしたと考え、謝罪を求めたということか」との質問には「Aさん(※筆者注:回答では実名)の剣幕は、そこにいるのがいたたまれないほどのもので、前理事長に対して悪感情を有している事は間違い無く、その悪感情を少しでも和らげる必要を感じました。その必要性から、敢えてAさんには寄り添い、義父である前理事長には突き放した態度で臨むことでフェア対応を心掛けました」と答えた。 Aさんと中澤氏では、わいせつ行為があったかどうかの認識に食い違いが生じていることから、筆者は二つ目の質問で「わいせつ行為については、Aさんと中澤氏のどちらかが虚偽の発言をしている、または記憶があいまいで正確でないということが言える。幸恵理事長はどちらの発言がより整合性があると考えるか」と尋ねた。 幸恵理事長は「基本認識(原文ママ)により優劣をつけることは出来ませんが、セクハラ行為があったとされる2014年から既に9年が経過した中で突然出て来たこと、そのタイミングがAさんに対して定年退職後の再雇用条件を通達した直後であること、Aさんが再雇用条件に相当不満をもっていたこと等を考慮すると、Aさんが学園に対する不満を抱いてセクハラの話をしてきたとの可能性は捨てきれないと感じます」と答えた(傍線は筆者注)。 筆者の質問の意図は傍線部分を聞くことであったが、寄せられた回答はそれ以降の文章の方が長い。幸恵理事長は中澤氏の主張と同様に、Aさんが再雇用の条件に不満を持っていたから過去のわいせつ行為を持ち出したと言いたいようだ。 理事長「膝をガーンとやればよかったね」  Aさんは、幸恵理事長に被害の状況を報告した際、無理解な発言をされ傷付いたと語っている。Aさんによると、幸恵理事長は蹴る動作をしながら「その時、膝をガーンとやればよかったね」と言ったという。 「幸恵理事長は従業員の弱い立場を全く理解していません。学園トップの中澤氏を蹴るなんてできるはずがありません。彼にとって不都合なことを学園に報告したら、報復として不利益な待遇を受け、退職を強いられるのではないかと恐れていました。私は50代で採用されて半年後に被害を受けました。辞める覚悟で被害を報告するか、心の奥にしまって何事もなかったかのように仕事を続けるかを迫られていたんです」(Aさん) 幸恵理事長が「Aさんは再雇用条件への不満からセクハラの話をしてきた可能性は捨てきれないと感じる」と回答したことは、相談体制の不備を棚に上げ、すぐに報告しなかったAさんに責任を押し付けているように聞こえる。 中澤氏は、一度はAさんに謝罪したが、わいせつ行為は明確に認めていない。3月12日時点では、性被害を訴えるAさんのみならず、幸恵理事長も中澤氏の真意が分からず戸惑いを示した。被害を訴える人を突き放すような幸恵理事長の回答は、Aさんにとって解決が遠のいたと映るだろう。 筆者は質問状で「Aさんが中澤氏からのわいせつ行為を訴えたことについて、保護者達に報告するか。または既にしたか」と尋ねた。幸恵理事長は「学園が対応すべき時が来た時に、報告しようと考えております」と答えたが、対応すべき時はいまではないか。 その後 中沢学園は7月28日、代理人弁護士を通じて本記事の掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立てたと本誌に通知してきた。 審尋を経て、中沢学園は申し立てを取り下げた。 詳細は9月号で報じる。

  • 石川中元講師「男子生徒に性加害」の実態

    石川中元講師「男子生徒に性加害」の実態

     ジャニーズ事務所創業者による性加害に日本社会が注目している。かねてから被害告白はあったが、所属タレントを起用している大手マスコミは黙殺。海外メディアが報じ、元所属タレントが会見したことで無視できなくなった。少年たちへの性加害は芸能界だけではなく、福島県でも起こっていた。中学の男性音楽講師が男子児童・生徒40人余りに性的行為を強いて、一部が罪に問われている。 ジャニーズだけではない少年への性加害   4人の男子児童・生徒に対する強制わいせつと児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)に問われているのは石川中学校で音楽講師をしていた西舘成矩被告(40)。事件は昨年10月に被害生徒が別の教員に相談して発覚した。 県教委が調査すると、男子児童・生徒少なくとも42人にわいせつな行為をしていた。同11月に懲戒免職となり、同12月に逮捕・起訴された。現在は保釈中で、福島地裁郡山支部で審理が続いている。今年6月に判決が下される予定だ。 西舘被告は、県教委に「ふざける中で生徒との距離間がつかめなくなった。わいせつやセクハラは女子に対してやってはいけないという認識はあったが、男子にはなかった」と話したという(昨年11月26日付福島民友より)。 西舘被告は、大学で社会科の教員免許を取得し、2007年4月から高校に社会科の講師として赴任していた。その後、大学に通い直し音楽の教員免許を取得。小中学校で音楽講師として働き始めた。罪に問われている性加害のうちで古いものは、20年10月、当時11歳の小学6年生男子Aに対するものだ。 西舘被告は音楽の授業中や休み時間に、Aの性器を服の上から撫でていた。欲求はエスカレートし、放課後、ピアノの練習中に音楽室で2人きりになった際にズボンとパンツを引き下ろし、性器を触った。インターネットで見つけた、自慰行為を教えるウェブサイトをAに見せて、やり方を教えるのを口実にしていたという。わいせつ行為はスマートフォンで撮影していた。Aは戸惑い、言葉を失った。親にも打ち明けられなかった。 西舘被告は「Aと同じように親や他の教員には言わないだろう」と考え、さらに別の子どもたちに手を掛けた。21年4月に石川中に赴任。音楽の授業や休み時間には「冗談半分」で男子生徒たちの性器を衣服の上から触った。罪に問われているだけでも、22年7~10月に少なくとも3人の男子生徒の性器を触るわいせつ行為をしている。犯行場所はいずれも音楽準備室で、やはりスマートフォンで動画に収めていた。  男子生徒Bには、片付けを手伝うように言って2人きりにした。「自慰行為はしたことはあるか」「陰毛は生えたか」。Bに迫り、ズボンとパンツを下ろさせて触る行為に及んだ。撮影した動画は自宅で再視聴し、西舘被告自身の自慰行為に使った。 動画拡散を恐れる被害者・保護者 男子生徒たちへの性加害が行われていた石川中学校。西舘被告は、音楽準備室で2人きりの状況をつくって犯行に及び、被害者には口止めをしていた。  性加害と動画撮影は不可分だ。元交際相手に復讐するために拡散する「リベンジポルノ」や売買目的でサイト、アプリを通じてネットにアップするなど目的はさまざま。一度ネットに流出してしまえば全世界に広がり、完全に消すことはできない。被害者、いや加害者の意図すら離れて流出・転売され、被害者は生きた心地がしない。犯罪組織の収益源となっているケースもある。そこでは子どもの性的虐待映像も取り引きされている。 「ネットに拡散してしまった動画は回収不可能と知りました。まさか自分の息子が被害者になり、動画を撮影されていたことに驚愕しています。息子の一生のトラウマになるのではと不安です」(検察官が読み上げたある生徒の保護者の供述調書) 西舘被告は供述で、子どもたちへの犯行を繰り返した理由をこう話している。 「自分を慕っていて、かわいらしく愛嬌があった。じゃれあうつもりで、嫌がる様子は見えなかった」 一方で「誰にも言わないでね」と口止めしていた。 性犯罪を繰り返す人間には認知のゆがみや依存症の傾向があり、更生には治療的プロセスが不可欠だ。西舘被告は保釈後に石川町内の実家に帰り、依存症解消のプログラムに通っている。県教委や検察の取り調べに対し「もう教壇には立たない」と表明。現在は実家の寺の業務を手伝っている。 6月9日午後1時半から地裁郡山支部で開かれる審理では、検察側の論告求刑、弁護側の最終弁論が行われ、結審する予定。複数の被害者とは示談が成立している。次回の裁判には寺の総代会長が弁護側の証人として出廷し、情状酌量を求める。保護者だけでなく檀家も注目する事件だ。判決は、次回の審理が順調に進めば、同20日午後1時に言い渡される予定。 冒頭で述べたように、西舘被告は県教委に「わいせつやセクハラは女子にはやっていけないという意識はあったが男子にはなかった」と説明していた。誰に対しても許されることではない。歪んだ考えだ。 今回の事件では、男女の身体的性差が明確に分かれる、第二次性徴の過程にある子どもを性の対象と捉え、教師の立場を悪用して犯行に及んだ点を厳しく問わなければならない。この点は、ジャニーズ事務所で絶大な権力を誇った創業者の故・ジャニー喜多川氏と共通している。 密室が用意できた点もジャニーズの事件と同様、性加害行為を覆い隠した。ジャニー喜多川氏はそのための高級ホテルを契約していた。音楽講師だった西舘被告は石川中で、音楽室と準備室という自分が管理する場所を持ち、いずれもそこで犯行に及んでいた。 授業の準備の手伝いという名目なら生徒にも同僚にも怪しまれない。中学では国語や数学などの教員は複数いるが、音楽の教員は1校に付き1人だ。他の担当科目を持つ教員とは別に、自室を持っていることが多い。異変を察知するために、教員たちはクラス担任や担当教科の垣根を越えてコミュニケーションを活発にする必要がある。教員から児童・生徒への虐待行為だけでなく、同僚教員がハラスメント被害を受けているかどうかも発見できるだろう。 西舘被告による性加害は、教えていた小学校で2020年には始まっていた。被害を受けた子どもが自ら周囲の大人に打ち明けるのは困難だ。西舘被告を受け入れた学校では周囲の教員に異変を察する力が求められていたが、被害を防ぐことはできなかった。 あわせて読みたい 【福島県】相次ぐ公務員の性犯罪 【谷賢一】地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」【性被害】

  • 【生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」】馬奈木厳太郎弁護士=2022年6月17日

    生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】

     演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航) ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害  本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。 全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。 / https://www.youtube.com/watch?v=--IZaf5ZxHM 馬奈木弁護士が行った不同意性交は、上下関係で逃げ道を遮断する最も典型的な『エントラップメント』型ハラスメントのど真ん中!~3.3 馬奈木厳太郎弁護士によるセクハラ被害者本人と代理人弁護士による記者会見 2023.3.3  訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。 体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。 被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。 この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。 馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。 今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。 これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。 県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。 信頼を裏切る行為  福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、 「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」 福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。 以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。 2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。 同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。 生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。 「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」 生業訴訟については、 「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」 そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。 筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。 女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。

  • 記事掲載禁止仮処分申立を取り下げ【続報・中沢学園前理事長の性加害疑惑】

     先月号記事「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、校了直前に中沢学園が掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立てた。2日間に渡り、本誌と中沢学園、裁判官が参加する審尋を経て8月3日、中沢学園は裁判所に申し立てた仮処分を自ら取り下げた。掲載号は同5日から書店に並んだが、会津若松市内の書店では奇妙な売り切れが続出。記事が掲載に至った経緯を振り返る。(小池航) 会津若松市で何者かが本誌買い占め https://twitter.com/seikeitohoku/status/1688067518244831232  本誌編集部に中沢学園の代理人弁護士から「ご連絡」という文書(7月28日付)がファクスで送られてきた。東京都千代田区の鳥飼総合法律事務所の鳥飼重和弁護士、小島健一弁護士、横地未央弁護士の連名だった。以下に全文を載せる。  《冠省 当職らは、学校法人中沢学園(以下「通知人」といいます。)から委任を受けた通知人の代理人として、貴社が発行している政経東北に通知人に関する記事が掲載される件についてご連絡いたします。  通知人は、2023年7月19日、貴社の小池航記者から、2014年4月、通知人の前理事長である中澤剛氏(以下「剛氏」といいます。)が当時職員であったA氏(筆者注:原文では実名)を職務のため会津若葉幼稚園に呼び出し、わいせつ行為をしたという件(以下「本件」といいます。)に関して政経東北に記事を掲載する旨の連絡を受けました。  本件は、2023年2月28日、A氏から本件について申告があったことを端緒として、通知人として、A氏のヒアリングを複数回にわたって実施し、さらに、A氏の同意の上で剛氏同席のもとでも面談を実施するなどして何とか解決を図ろうとしてきたところです。  しかしながら、本件が9年余り前のことであり、休日という人目のない環境下において行われたとされる点もあいまって調査には困難を伴い、本件がA氏の主張するとおりの事実であったのか、また、仮にA氏の主張するような事実があったとしてもそれがA氏の意に反するものであったのかといった根本的な点について、合理的な疑いを否定することができないというのが現状です。  当事者である剛氏はすでに通知人の理事長職を退いている一私人にすぎない上、そもそも本件は、通知人内部におけるセクハラ被害の申立てという、本来、被害申告をするA氏を含む当事者・関係者のプライバシーや心情に十分に配慮しながら慎重に解決されるべき、デリケートで機微にわたる問題であり、このように雑誌に記事を掲載することをもって世の中に公表する必要性は一切認められず、そればかりかかえって通知人の利用者を巡っても不必要な混乱を生じさせかねません。  このような理由から、本日、福島地方裁判所に記事掲載禁止仮処分の申立を行いました。貴社におかれましては、本件の状況を冷静に認識され、本件について政経東北への掲載を見合わせること、仮に取材・報道の価値があるとお考えであるならば、当職らを通して当事者に適切な調査を実施していただくなど適切な対応をお取りいただくようお願い申し上げます。 草々》  要するに、中沢学園は「記事を出すな」と言っている。理由は、中澤氏は理事長を退いており今は私人、中澤氏と被害を訴えているAさんのプライバシーに関わる、こども園の利用者に影響がある、というもの。取材し報じる場合は中沢学園の代理人を通じて「適切な対応」を取るように付け加えている。  記事を掲載前に差し止めることは、報道の自由、表現の自由に抵触する。相当な理由がないと認められない。①反真実性=フェイクニュースであること、②記事に公益性がないこと、③記事が出ることで回復不能な甚大な被害が出ることを証明しなければならない。 中沢学園「中澤氏は私人」 中澤剛氏(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』より  8月号で筆者は、学校法人中沢学園の元職員Aさんが、2014年に当時理事長だった中澤剛氏から理事長室の書類整理の仕事を日曜日に頼まれ、わいせつ行為を受けたと主張していることを書いた。  記事掲載に当たり、筆者はAさんの主張を裏付ける取材を尽くしていた。中澤氏の言い分も、本人から直接聞き取り掲載している。しかし中沢学園の主張は、Aさんが語ったことについて「合理的な疑いを否定できない」としている。  公益性の観点で言えば、Aさんが「職場での不利益を恐れ、在職中は自分が受けた性被害を学園に言えなかった」と語っている点が重要だ。退職が決まった後に性被害を学園に申告するも救済にはつながらず、以後やり取りは書面でするよう通告された。労働局に調停を申請したが、中沢学園は応じず打ち切られた。行き詰まったAさんは、自分が受けた被害を公表し世論に問おうと、本誌に告発した経緯がある。昨今、ハラスメントは社会の関心事となっており、本誌でもこれまで様々なハラスメント問題を伝えてきた。  中沢学園はこども園を運営し、そこには補助金がつぎ込まれている。Aさんが被害に遭ったと主張する2014年、中澤氏は理事長だった。今は退いて「私人」と主張するのは無理がある。そもそも中沢学園は、その名前からも分かるように「中澤剛氏=創設者の一族」。現在理事長を務める中澤幸恵氏は中澤氏の息子の妻であり、親族経営である。中澤氏がいまの中沢学園に影響力を持たないとは考えにくい。  記事が回復不能な被害を与えるかについては、掲載前に証明するのは困難だろう。中沢学園の主張に則るならば、中澤氏は「私人」に過ぎない。一個人に関する記事で、中沢学園に損害が出る恐れがあるというのは、中澤氏が「私人」という主張に背くのではないか。  ただ、裁判所の判断によっては、記事が出せなくなる可能性が出て来た。  中沢学園の代理人弁護士はさらにファクスを送ってきた。次に届いたのは「書類送付書」(7月31日付)。「記事掲載禁止仮処分申立書」(同28日付)の送付を確認するものだ。書類送付書には受け取ったかどうかを確認するための「受領書」が下部にあり、本誌は署名押印し福島地裁民事部と弁護士事務所にファクスで送った。「受け取った」「受け取っていない」となるのを避けるためなのだろう。  申立書には、記事掲載禁止を求める理由として「人格権としての名誉権に基づく差止め」とある。記事が債権者=中沢学園の社会的評価を低下させるという主張だ。「表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものではないことが明白」、「債権者が重大で著しく回復困難な損害を被るおそれがある」とあった。  福島地裁第一民事部からは7月31日付で「審尋期日呼出状」が届いた。2日後の8月2日午後1時10分に裁判所に出頭するよう書かれている。審尋とはなんだろうか。呼出状をめくると「仮処分を発令するかどうかについては、債権者及び債務者双方の主張や提出された証拠をもとに裁判官が判断します」と説明があった。債権者は中沢学園、債務者は政経東北を発行する㈱東邦出版のこと。審尋とは裁判官が双方の言い分を聞く場のようだ。  筆者はAさんに、中沢学園が記事掲載禁止を求め裁判所に訴えてきたことを伝えた。近く裁判が行われ、中澤氏が臨席するだろうと想定し、当事者であるAさんに出席を依頼すると応じてくれた。 想定外だった中澤氏の不在 福島地裁  中沢学園は中澤氏と幸恵理事長の陳述書を提出していたが、8月2日の審尋に中澤氏の姿はなかった。参加者は次の通り。 中沢学園側(債権者) 中澤幸恵理事長 みなみ若葉こども園の園長 小島健一弁護士(代理人) 横地未央弁護士(同) 政経東北側(債務者) 佐藤大地東邦出版社長 小池航(筆者) 安倍孝祐弁護士(代理人) 政経東北側の証人 Aさん 裁判所 小川理佳裁判官 飯田悠斗裁判官 書記官(1日目と2日目で交代)  審尋は債権者、債務者双方の主張を裁判官が聞き取る。一方に退室を命じてもう一方の主張を内密に聞き取る場も設けられ、双方を交えた聴取→中沢学園のみ聴取→政経東北のみ聴取と繰り返した。本誌が証人を依頼したAさんは別室で待機し、裁判官が聴取する際に呼び出された。  まず本誌は、安倍弁護士の助言を得てゲラ(校正刷り)を裁判官と中沢学園に見せた。筆者はその時まで中沢学園にもAさんにもゲラを見せていない。記事は誌面上で発表するものであり、読者に向けて書いている。ゲラを見せないのは、取材対象者が記事内容の変更を迫って圧力を掛けてくるのを防ぐためだ。  ゲラを読んだ中沢学園は、次のことを主張してきた。  ・政経東北が出した質問状に対する中沢学園の回答を引用しているが、回答の趣旨を汲み取っていない。  ・Aさんが中沢学園の聞き取りに対し、「中澤氏に口にキスされそうになった」と言っているが、記事では「口元にキスされた」とある。記事が正確でないことになる。  ・中沢学園に原稿を見せていない。取材を尽くしていないのではないか。  順序は前後するが「Aさんが中澤氏にキスをされたか、されていないか」については、後に裁判官による聴取の場で、Aさんは  「キスをされたと話すことが自分の中では『抵抗しなかった』と受け取られると考え躊躇し、『キスされそうになった』と話してきた。小池記者に話した時も、他の人に被害を打ち明けた時のように初めは『キスされそうになった』と言ったと思うが、小池記者は『唇はくっついたのか、くっつかなかったのか』と聞いてきたので答えた」  と話した。  裁判官は、Aさんの主張を信頼できると筆者が判断した根拠は何かを聞いてきた。筆者は、中澤氏が3月12日のAさんとの面談で「あなたのおっしゃる通りに認めざるを得ないんでしょうね」と話した録音を確認し、自らの行為を認めるような発言をしたこと、Aさんがハローワークと警察に被害を相談したこと、その時のハローワークの受付カードと警察官の名刺を確認したことを根拠に挙げた。  それに対し、中沢学園代理人の小島弁護士は  ・面談の録音を確認したが、Aさんが中澤氏からどのような行為を受けたと主張するのか明確にされないまま話が進み、中澤氏がその場を収めるために発言しているに過ぎないと主張。わいせつ行為を認めたものとは評価できない。  ・警察に相談した事実があったとしても、相談内容は明らかではない。  とした。  裁判官は、続いてAさんへの聞き取りを行った。  中沢学園の同意を得てAさんが裁判官の前で当時の状況を証言した。前述したように、ここでAさんは中澤氏から「キスをされたか、されていないか」を詳しく話した。  筆者は、当事者が不在の中で事実関係を争っても意味がないと考え、当事者であるAさんに裁判所まで来てもらい「生の証言」を依頼した経緯がある。それだけに、もう一方の当事者である中澤氏が審尋に来なかったのは、本誌にとって想定外だった。  Aさんと幸恵理事長は3月12、19日の面談後の4月以降、やり取りは書面で行うことになっていたため(前述)、約5カ月ぶりに対面した。幸恵理事長は、Aさんが起こした労働局の調停に出頭しなかったのは顧問弁護士の判断だったと説明した。Aさんに対面しなかったのは、Aさんの気分を害してしまうと恐れたからだという。現在、就業規則の改定を進めており、中沢学園内に相談窓口を整備するという。退職後1年間は中沢学園が擁護すべき立場なので、その枠組みでAさんの相談に応じる考えがあると話したが、Aさんは「もう遅いんです」。  ハローワークや警察に相談し、労働局に調停まで起こしたAさんが最終的に本誌を頼ったのは、中沢学園が「事実関係の調査を行うのは著しく困難」と結論付け、公的な相談先に行き詰まり、もはや世間に訴えるしかないと考えたためだと筆者は捉える。 反論記事を中沢学園に提案 会津若葉幼稚園  記事が事実ではないことを示すために反論してきた中沢学園だが、一方で小島弁護士は「反真実性の証明のハードルについては、法律論としては難しいとは承知している」とも話していた。  争点は、記事の公益性にシフトしていく。公益を果たすために中沢学園が言う「適切な対応」を本誌がどのように尽くしていくかに裁判所は注目した。  審尋初日の最後に中沢学園が述べた主張は次の4点。  ・記事を掲載しないこと。  ・損害賠償請求も検討している。  ・取材の方法、記事の書き方に問題があると認識しており、業務妨害や名誉棄損で、本誌と当該記事を書いた筆者個人を刑事告訴する可能性も捨てていない。  ・8月号への掲載を見合わせ、中沢学園関係者に取材し、原稿を中沢学園が確認したうえで9月号以降に掲載することは異議がない。  中沢学園の目的は、初報を出させないことに尽きる。しかし、筆者は記事を既に書き上げ、印刷所に回していた。中沢学園の要求に従えば、8月号から当該ページを切り取らなければならない。小所帯の本誌でその作業が発売日までにできるか思案したが、実はこの時、本誌はまだ今後の対応をどうするか「答え」が出ていなかった。  裁判所の閉庁時間が迫っていることもあり、審尋は翌3日の午後4時半に再開することになった。  本誌編集部は半日掛けて中沢学園の要求に対する方針を話し合った。安倍弁護士に相談し、準備書面にしたため、次の審尋前に福島地裁と中沢学園側の弁護士事務所にファクスで送った。  8月3日、審尋はおそらくこの日に終え、近いうちに裁判所が決定を下すのだろう。2日目の審尋は証人のAさんを除き、双方が前日と同じ参加者で臨んだ。  審尋2日目開始。本誌が送った準備書面に目を通した小島弁護士は、  「まさかこんな提案をしてくるとは思わなかった。検討するに値しない。注目を集めて雑誌の売り上げに協力することになる」  と言った。  本誌は裁判官から一度退室を命じられた。中沢学園が本誌の提案を受け入れるか否か、裁判官から問われるターンだ。筆者は別室で向こうの答えを待っていた。  小島弁護士はなぜ「こんな提案をしてくるとは思わなかった」と述べたのか。  本誌が提案したのは、9月号に中沢学園の反論記事を載せることだった。相手は「こちらの主張を十分に聞いていない」ことを問題視している。そこを捉えて「政経東北の取材には問題がある」と主張していた。だったら、初報では被害を訴えるAさんの主張に寄り添ったので、続報では中沢学園の言い分を100%聞こう。それが報道機関として最も誠実なやり方だと編集部内で意見が一致した。具体的には、  ・中澤幸恵理事長と学園関係者に取材を行い、反論を聞く。  ・政経東北が書いた原稿は、中沢学園に確認してもらったうえで9月号に掲載する。  ・8月号には、中沢学園から記事に対する強い異議があったこと、9月号に反論を掲載する予定であることを記載する。その時点では8月号が刷り上がる目前で、中沢学園の言い分と本誌の主張を記事に加筆することは不可能なため、A5サイズの紙1枚に反論を掲載する予定の旨を書き、雑誌本体に挟み込む。  ・政経東北のウェブサイトに、中沢学園の反論記事を載せる予定という告知と、本誌の質問に対する中沢学園からの回答を全て載せる。  中沢学園と裁判官の話し合いが終わった。再度対面した席で、中沢学園は本誌を前に「仮処分申し立てを取り下げる」と裁判官に伝えた。自ら記事掲載禁止の仮処分を申し立てたのに、裁判所の判断を待たずに自ら取りやめた形。結局、2日目の審尋は10分程度で終了した。  記事は8月号にそのまま掲載できることになった。審尋の場では、中沢学園は反論記事を載せる提案を拒否していたが、実際に記事が出た後は方針が変わるかもしれない。本誌は8月4日、代理人弁護士の事務所宛てにファクスで取材を依頼した。審尋で示したのと同じ条件で、同18日までに中沢学園が指定する場所に本誌記者が出向き、直接話を聞くので取材の可否を教えてほしいと伝えた。取材を受けるかどうかの回答期限は6日後の同10日午後4時に設定した。ところが、期限を過ぎても返答はない。  弁護士事務所に電話すると、事務員が「担当弁護士がいないので折り返す」とのこと。筆者は「午後8時まで会社にいる」と伝え電話を待ったが、電話もファクスもメールも来ない。8時過ぎにもう一度電話すると「16日まで休みに入る」と留守電の録音が流れた。  お盆休み明けの同18日に再び電話した。取材の可否を教えてほしいと言うと、事務員から「弁護士から『回答しない』との伝言がある」と言われた。筆者は「『回答しない』という回答」にこれまで何回か遭遇した経験がある。想定内だったが、せめて期限の10日までには知らせてほしかった。 「買い占めた奴らがいる」 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1688075777819156480  8月号が発売されると、会津若松市の書店では異様な売れ方をした。店頭に並ぶ前から「まとめて買いたい」と客から問い合わせがあったという。筆者には会津若松市在住の70代男性から「発売と同時に買いに行ったら本屋はすぐ品切れだよ。タイミングが良かったのか俺は1冊買えた。買い占めた奴らがいる」という電話があった。(この男性は8月号の別記事「実録 立ち退きを迫られる会津若松在住男性 監視カメラで転売集団に応戦」で書いた、立ち退きを迫られている人物)。  普段は売れ行きの良くない店舗でも売り切れ続出だった。気味が悪いのでX(旧ツイッター)に投稿すると過去最大級の反応があった。一地方都市で起こった出来事に過ぎないが、世間は注目に値する珍奇な事象と見ているようだ。  中沢学園は、記事が学園の名誉を傷つけるとして、掲載禁止の仮処分を裁判所に申し立てたが、自ら取り下げた。とはいえ中沢学園が、本誌と筆者個人を相手取り、名誉棄損で損害賠償請求と刑事告訴をしてくる可能性は十分ある。取材は尽くしているので、その時は淡々と対応するだけだ。

  • 前理事長の【性加害】疑惑に揺れる会津【中沢学園】

     会津若松市で認定こども園を運営する学校法人中沢学園の前理事長、中澤剛氏(89)が理事長時代に女性職員にわいせつ行為をした疑惑が同学園を悩ませている。女性は2014年、日曜日に理事長室に業務で呼び出され被害を受けたと主張。報復を恐れて、退職が決まった今春まで職場に報告できなかったという。現理事長が謝罪の場を設定するも、中澤氏はわいせつ行為を明確に認めず、「不快な思いをさせたこと」についてのみ謝罪。後日、筆者の取材に中澤氏は「わいせつ行為について謝れとは言われていない」とAさんから謝罪要求があったことすら否定。整合性が取れなくなっている。(小池航) 整合取れない「謝罪はするが否認」 中澤剛氏(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』より  今年3月に学校法人中沢学園(会津若松市湯川町)を退職した元職員Aさんは、食器を洗ったり雑巾を掛けたりする時に上着の袖をまくると、「気持ち悪い」と嫌な光景を思い出してしまうという。「不快な棒状の物体」を押し付けられたという左肘の前腕側を見つめる。 「私は2014年、中沢学園の理事長だった中澤剛氏に、会津若葉幼稚園にある理事長室とその応接スペースでわいせつな行為をされました。報復を恐れて長らく学園には相談できませんでした。怒りは収まらず退職時に職場に伝え、謝罪を要求しましたが、中澤氏は明確に認めません。学園もなかったことにしようとしています」(Aさん) 中澤氏は1983年に中沢学園の第2代理事長に就任し、昨年まで務めた。その後は理事(昨年11月時点)。同学園は戦後に中澤氏の両親が市内に創設した女子向けの会津高等洋裁学院が前身で、1965年に幼稚園を開園。1974年に学校法人化し、現在は幼稚園や保育園機能を備えた認定こども園3園を市内で運営する。   中澤氏は1934(昭和9)年生まれ。会津高校、千葉大学文理学部を卒業し、国立精神衛生研究所で研修。中沢学園では前身の会津高等洋裁学院時代から講師として教え、両親の跡を継いだ。(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』、同学園、2020年より)。全私学連合理事や一般社団法人福島県精神保健協会常任理事などを歴任。会津若松南ロータリークラブの役員を務めるなど地元の名士でもある。 「『立派な人物』と思っていただけにわいせつ行為を受けた時は事態を呑み込めませんでした。『魔が差したのでは』とさえ思ってしまった。その後、中澤氏からは怒鳴られるなどのパワーハラスメントを受けるようになり、我慢の限界でした。2017年3月から18年3月には、中澤氏がした行為が強制わいせつ罪に当たるのではないかと会津若松署に相談しましたが、時間が経ち物証が不十分なことから、被害届の提出には至りませんでした」(Aさん) 強制わいせつ罪(現不同意わいせつ罪)の法定刑は6カ月以上、10年以下の懲役。時効は7年のため、いずれにせよ9年前の疑惑は罪に問えない。ちなみに今年7月13日に施行された刑法改正で、不同意わいせつ罪の時効は12年に延長されている。 会津若松市在住のAさんは、高校卒業後から経理畑を歩んできた。2013年に転職を考え、ハローワークに行ったところ、中沢学園が経理のできる事務職員を求人していることを知り応募。試験や面接を経て、同10月に採用された。 中澤氏から理事長室の書類の片付けを頼まれたのは、採用から半年経った翌14年のことだった。中澤氏は当時79歳、Aさんは51歳だった。日曜日に理事長室がある会津若葉幼稚園に来るように言われたという。 Aさんが主張する被害は9年前の出来事だ。残っている記録に基づいて話したいと、Aさんは中澤氏に頼まれた仕事のために購入した文書保存箱の領収書2枚のコピーと、2014年のカレンダー(資料1)を筆者に示した。カレンダーには、Aさんが中澤氏から仕事で呼ばれたと主張する日曜日にマルが付いている。同僚に被害を話した年に印刷した「2020年10月10日」という印刷日も記されている。 (資料1)Aさんが、自身が主張する性被害を受けた日を特定するために印刷した2014年のカレンダー。思い当たる日にマルを付けた。右下に「2020年10月10日」に印刷したことを示す印字がある。(重要部分を切り取り拡大) 日にち特定の鍵となる領収書  「仕事は2014年3、4月の2回に渡って頼まれました。わいせつ行為を受けたのは2回目の日です。4月27日だったと記憶しています。被害を受けた後、『もうすぐ大型連休になるから中澤氏と顔を合わせずに済む』と思ったのを覚えているからです」(Aさん) 文書保存箱の購入場所はいずれも市内の同じホームセンター。領収書の日付は、1枚が出勤日の3月22日(土)。もう1枚が4月16日(水)。Aさんの記憶通りとすると、2回目の購入から11日後に被害に遭ったということだ。 Aさんによると、1度目も2度目も、下はジーンズ、上は長袖のTシャツ、エプロン、カーディガンの順に重ね着して出勤したという。 仕事は、理事長室の本棚から書類を取り出し、中澤氏の指示で整理することだった。1回だけでは終わらず次回も来てほしいと頼まれたという。そして2回目の日曜日、Aさんは2階の理事長室に上がって前回の作業の続きをした。   1回目は、中澤氏が横にいて話しかけてきたが、2回目は、作業するAさんの隣にはあまりいなかったという。Aさんによると、作業開始からそれほど経たないうちに、姿を消していた中澤氏が様子を見にきた。「少し休憩したらどうだ」という趣旨のことを言ってきたので作業の手を止めたという。すると、 「前方から急に距離を詰め、私の顔に近づいてきました。とっさに避けようとしましたが、口元にキスされました。その後、両手が動かせなくなりました。気づいたら背中を床に押し付けられ、私の両手は手首の辺りで交差され、頭の上で掴まれていました」(Aさん) Aさんが背中を床に押し付けられたと主張するのは、帰宅後、カーディガンを脱いだら背中の部分に埃が付いていたからだという。 「中澤氏はクロスさせた私の両手を片手で掴み、もう一方の手でシャツの裾を上にまくり上げました。シャツの下はブラジャーだけを身に着けていました。中澤氏は胸の辺りを舐めてきました」(Aさん) ジーンズをまさぐり、下着の中にまで手を入れてくるように感じたので、下半身をよじりながら「すいません、すいません」と叫んだというAさん。何をされるのか怖くて、怒らせないようにとの思いがあったという。 「中澤氏は行為をやめ、話題を変えるかのように応接スペースにあるソファに誘導しました。私は促されるままに移動しました。3人掛けのソファに座るように言われ、右端に座りました。目の前のテーブルにはノートパソコンが置かれていました。ソファの真ん中の席には緑色の手提げ袋がありました。中澤氏は左端に座り、パソコンの画面を見るように言いました。画面には『!』マークが表示され、警告を示しているようで、パソコンの状態について何か答えなければならないのだろうかと思い、私はそれをよく見ようと身を乗り出しました」 Aさんは一呼吸置き話を続けた。 「左腕に湿った物がぺちょぺちょと複数回触れる感触がありました。1度横を見ましたが正体は分かりませんでした。もう1度見たら棒状の物体でした。ビニールのような、プラスチックのような感触と、この直前に既にわいせつ行為をされていたことから、押し付けられたのは男性器を象った性具だと思いました。冷たくて湿り気があったことからローションが塗られていたのではないでしょうか」 驚いて席を立ったAさん。「私、帰ります」。Aさんは、この場にいたらこれ以上何をされるか怖くて、逃げるように部屋を出たという。 中澤氏の謝罪は「あなたに対して」 中澤氏からわいせつ行為を受けたと主張するAさん  Aさんは今年2月中旬、定年を迎えて再雇用になるのを機に退職を申請した。中澤氏から受けたという性加害を最終出勤日の同月末に上司に報告した。「職場に伝えるのは辞める時」と心に決めていたという。3月12日に現理事長の中澤幸恵氏が中澤氏からAさんへの謝罪の場を設けた。 謝罪の場にはAさんと中澤氏、中澤幸恵理事長、上司の計4人。中澤氏は理事長室を片付けるため、Aさんに手伝うよう要請したことを認めた。ただし「仕事を頼んだのが土曜か日曜かは分からない」と言い、わいせつ行為は「記憶がない」と否認した。何に対しての謝罪か曖昧にしたまま「申し訳ない」と口にしたという。 中澤氏は、わいせつ行為に話題が及ぶ前に、Aさんが再雇用の条件で学園側と折り合えず退職に至ったことを、時間を割いて話していた。しかしAさんは、謝罪が円満退職できなかったことに対してではなく、わいせつ行為に対するものだと明確にするため、「謝罪は『中澤氏がした行為』に対してか」と聞いた。すると、中澤氏は「あなたに対してです」。一方で「行為に対する謝罪はあり得ない」と言ったという。 Aさんによると、中澤幸恵理事長も中澤氏の言動に納得できていない様子だったという。幸恵氏は中澤氏の息子の妻で、昨年理事長に就任したばかりだ。幸恵理事長は、義父に対して慎重に言葉を選び、「何もなかったらこの謝罪の場は成立していない。なぜ剛前理事長がこの場に来ることを受け入れたのか、私には理解できません」と言った。中澤氏は「嫌な思いをさせたことについては大変申し訳ないということです」と答えたものの「嫌な思い」が何を指すかは明確にせず、わいせつ行為は「記憶にない」と再び否定した。 その後も、Aさんと幸恵理事長による中澤氏への問いかけは続いた。中澤氏はAさんに「あなたの記憶通りに認めないと謝罪に入らないということでしょうか」と聞いた。 Aさんは「あなたが私にした行為について謝ってくれなければ納得いきません」と答えた。 すると、中澤氏は「あなたのおっしゃる通りに認めざるを得ないんでしょうね」。その後、「後になってあれもある、これもあるって言われたら困っちゃうんだよな」などと付け足したという。 Aさんは中澤氏の言動に接し「その場を取り繕うために言ったこと。謝罪とは言えない」と思った。 中澤氏がわいせつ行為を明確に認めなかったため、Aさんと中沢学園は和解に至らなかった。 進展を図るため、Aさんは行政を関与させようと会津労働基準監督署に相談した。担当が福島労働局に移り、「紛争を起こさないと行政は調停に動けない」と言われたので、Aさんは4月12日付で、①中澤氏によるわいせつ行為とパワハラへの慰謝料、②提示された再雇用契約で働いた場合に減額される給与分を損害金として中沢学園に請求した。同局はAさんの調停申請を受理したが、同学園は応じず打ち切られた。 筆者が中澤氏に取材を申し込むと、7月15日に面談に応じた。 「誰もいない日曜」か「開園中の土曜」か 認定こども園 会津若葉幼稚園  中澤氏は、わいせつ行為は否定したが、書類整理を手伝うようAさんに依頼したことは認めた。ただし、それは1度だけという。さらに、 「私が手伝いをお願いしたのは土曜日です。園は土曜日はやっています。Aさんは、園に誰もいない日曜日に私が呼び出したと印象付けたいようですが、違います」(中澤氏) 中澤氏によると、Aさんの服装はブラウスにスカートだったという。「ひらひらした格好では仕事にならないからすぐに帰した」とも。一方は「園に誰もいない日曜」、もう一方は「開園して周囲の目がある土曜」。主張は真っ向から対立する。 ただ、中澤氏は3月12日の幸恵理事長を交えた面談で「土曜か日曜かは記憶にない」と答えていた。なぜ手伝いを依頼したのは土曜日と思い出したのか。面談から1週間後の7月22日、中澤氏から筆者に電話が掛かってきた。Aさんが再雇用時の給与に満足せず退職し、学園に慰謝料と損害金を求めていると言い、「もともと問題にしていたのは再雇用で、性被害は後から言い出した」と伝えたかったようだ。筆者はこのやりとりの際に、手伝いを依頼したのが土曜日と思い出した理由を尋ねた。 中澤氏は「Aさんが言った日にちを見たら土曜日になっていたからです」。 Aさんに確認すると、 「3月12日の面談の前に、被害を受けた日を記したカレンダーを上司に見せました。上司は幸恵理事長たちに見せるためにコピーを取りました」 2020年、Aさんが被害を同僚に告白した年に印刷した前出資料1のことだ。Aさんが被害に遭ったと考える日にマルが付けられており、それによると全て日曜日になっている。土曜日にマルを付けた形跡はどこにもない。 「土曜日に被害を受けたなんて私は今まで一度も言っていません。そもそも私は、日曜日に手伝いを頼まれたという記憶を基に被害を受けた日付を特定しています」(Aさん) 中澤氏が言うように、Aさんが被害に遭ったとする日が後で土曜日だと思い出すには、Aさんが「被害を受けたのは〇月×日」と、曜日に関係なく日付のみを特定していなければ導き出せないことを意味する。 中澤氏は7月22日の電話で「Aさんはあなたにわいせつ行為への謝罪を求めたのか」との筆者の問いに、「求められていない」とも言った。だとすると、Aさんが筆者に中澤氏による性加害を訴えたことも、幸恵理事長がAさんの申告を受けて3月12日に謝罪の場を設定したことも成り立たなくなる。 あの日はいったい、何に対する謝罪の場だったのか。同席した幸恵理事長に7項目にわたる質問状を送ったところ、7月25日にファクスで回答が届いた。うち、幸恵理事長にAさんと中澤氏、双方の主張をどう捉えるかを聞いた二つの質問に対する回答を吟味する。 幸恵理事長は、Aさんの被害を受けたという主張と、中澤氏の否定する話しか判断材料がないとし、「学園として『有った、無かった』と断定することはできず、司法判断に委ねるしか無いというのが基調認識(原文ママ)です」と前置きした。 一つ目の「幸恵理事長が中澤氏がわいせつ行為をしたと考え、謝罪を求めたということか」との質問には「Aさん(※筆者注:回答では実名)の剣幕は、そこにいるのがいたたまれないほどのもので、前理事長に対して悪感情を有している事は間違い無く、その悪感情を少しでも和らげる必要を感じました。その必要性から、敢えてAさんには寄り添い、義父である前理事長には突き放した態度で臨むことでフェア対応を心掛けました」と答えた。 Aさんと中澤氏では、わいせつ行為があったかどうかの認識に食い違いが生じていることから、筆者は二つ目の質問で「わいせつ行為については、Aさんと中澤氏のどちらかが虚偽の発言をしている、または記憶があいまいで正確でないということが言える。幸恵理事長はどちらの発言がより整合性があると考えるか」と尋ねた。 幸恵理事長は「基本認識(原文ママ)により優劣をつけることは出来ませんが、セクハラ行為があったとされる2014年から既に9年が経過した中で突然出て来たこと、そのタイミングがAさんに対して定年退職後の再雇用条件を通達した直後であること、Aさんが再雇用条件に相当不満をもっていたこと等を考慮すると、Aさんが学園に対する不満を抱いてセクハラの話をしてきたとの可能性は捨てきれないと感じます」と答えた(傍線は筆者注)。 筆者の質問の意図は傍線部分を聞くことであったが、寄せられた回答はそれ以降の文章の方が長い。幸恵理事長は中澤氏の主張と同様に、Aさんが再雇用の条件に不満を持っていたから過去のわいせつ行為を持ち出したと言いたいようだ。 理事長「膝をガーンとやればよかったね」  Aさんは、幸恵理事長に被害の状況を報告した際、無理解な発言をされ傷付いたと語っている。Aさんによると、幸恵理事長は蹴る動作をしながら「その時、膝をガーンとやればよかったね」と言ったという。 「幸恵理事長は従業員の弱い立場を全く理解していません。学園トップの中澤氏を蹴るなんてできるはずがありません。彼にとって不都合なことを学園に報告したら、報復として不利益な待遇を受け、退職を強いられるのではないかと恐れていました。私は50代で採用されて半年後に被害を受けました。辞める覚悟で被害を報告するか、心の奥にしまって何事もなかったかのように仕事を続けるかを迫られていたんです」(Aさん) 幸恵理事長が「Aさんは再雇用条件への不満からセクハラの話をしてきた可能性は捨てきれないと感じる」と回答したことは、相談体制の不備を棚に上げ、すぐに報告しなかったAさんに責任を押し付けているように聞こえる。 中澤氏は、一度はAさんに謝罪したが、わいせつ行為は明確に認めていない。3月12日時点では、性被害を訴えるAさんのみならず、幸恵理事長も中澤氏の真意が分からず戸惑いを示した。被害を訴える人を突き放すような幸恵理事長の回答は、Aさんにとって解決が遠のいたと映るだろう。 筆者は質問状で「Aさんが中澤氏からのわいせつ行為を訴えたことについて、保護者達に報告するか。または既にしたか」と尋ねた。幸恵理事長は「学園が対応すべき時が来た時に、報告しようと考えております」と答えたが、対応すべき時はいまではないか。 その後 中沢学園は7月28日、代理人弁護士を通じて本記事の掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立てたと本誌に通知してきた。 審尋を経て、中沢学園は申し立てを取り下げた。 詳細は9月号で報じる。

  • 石川中元講師「男子生徒に性加害」の実態

     ジャニーズ事務所創業者による性加害に日本社会が注目している。かねてから被害告白はあったが、所属タレントを起用している大手マスコミは黙殺。海外メディアが報じ、元所属タレントが会見したことで無視できなくなった。少年たちへの性加害は芸能界だけではなく、福島県でも起こっていた。中学の男性音楽講師が男子児童・生徒40人余りに性的行為を強いて、一部が罪に問われている。 ジャニーズだけではない少年への性加害   4人の男子児童・生徒に対する強制わいせつと児童買春・ポルノ禁止法違反(製造)に問われているのは石川中学校で音楽講師をしていた西舘成矩被告(40)。事件は昨年10月に被害生徒が別の教員に相談して発覚した。 県教委が調査すると、男子児童・生徒少なくとも42人にわいせつな行為をしていた。同11月に懲戒免職となり、同12月に逮捕・起訴された。現在は保釈中で、福島地裁郡山支部で審理が続いている。今年6月に判決が下される予定だ。 西舘被告は、県教委に「ふざける中で生徒との距離間がつかめなくなった。わいせつやセクハラは女子に対してやってはいけないという認識はあったが、男子にはなかった」と話したという(昨年11月26日付福島民友より)。 西舘被告は、大学で社会科の教員免許を取得し、2007年4月から高校に社会科の講師として赴任していた。その後、大学に通い直し音楽の教員免許を取得。小中学校で音楽講師として働き始めた。罪に問われている性加害のうちで古いものは、20年10月、当時11歳の小学6年生男子Aに対するものだ。 西舘被告は音楽の授業中や休み時間に、Aの性器を服の上から撫でていた。欲求はエスカレートし、放課後、ピアノの練習中に音楽室で2人きりになった際にズボンとパンツを引き下ろし、性器を触った。インターネットで見つけた、自慰行為を教えるウェブサイトをAに見せて、やり方を教えるのを口実にしていたという。わいせつ行為はスマートフォンで撮影していた。Aは戸惑い、言葉を失った。親にも打ち明けられなかった。 西舘被告は「Aと同じように親や他の教員には言わないだろう」と考え、さらに別の子どもたちに手を掛けた。21年4月に石川中に赴任。音楽の授業や休み時間には「冗談半分」で男子生徒たちの性器を衣服の上から触った。罪に問われているだけでも、22年7~10月に少なくとも3人の男子生徒の性器を触るわいせつ行為をしている。犯行場所はいずれも音楽準備室で、やはりスマートフォンで動画に収めていた。  男子生徒Bには、片付けを手伝うように言って2人きりにした。「自慰行為はしたことはあるか」「陰毛は生えたか」。Bに迫り、ズボンとパンツを下ろさせて触る行為に及んだ。撮影した動画は自宅で再視聴し、西舘被告自身の自慰行為に使った。 動画拡散を恐れる被害者・保護者 男子生徒たちへの性加害が行われていた石川中学校。西舘被告は、音楽準備室で2人きりの状況をつくって犯行に及び、被害者には口止めをしていた。  性加害と動画撮影は不可分だ。元交際相手に復讐するために拡散する「リベンジポルノ」や売買目的でサイト、アプリを通じてネットにアップするなど目的はさまざま。一度ネットに流出してしまえば全世界に広がり、完全に消すことはできない。被害者、いや加害者の意図すら離れて流出・転売され、被害者は生きた心地がしない。犯罪組織の収益源となっているケースもある。そこでは子どもの性的虐待映像も取り引きされている。 「ネットに拡散してしまった動画は回収不可能と知りました。まさか自分の息子が被害者になり、動画を撮影されていたことに驚愕しています。息子の一生のトラウマになるのではと不安です」(検察官が読み上げたある生徒の保護者の供述調書) 西舘被告は供述で、子どもたちへの犯行を繰り返した理由をこう話している。 「自分を慕っていて、かわいらしく愛嬌があった。じゃれあうつもりで、嫌がる様子は見えなかった」 一方で「誰にも言わないでね」と口止めしていた。 性犯罪を繰り返す人間には認知のゆがみや依存症の傾向があり、更生には治療的プロセスが不可欠だ。西舘被告は保釈後に石川町内の実家に帰り、依存症解消のプログラムに通っている。県教委や検察の取り調べに対し「もう教壇には立たない」と表明。現在は実家の寺の業務を手伝っている。 6月9日午後1時半から地裁郡山支部で開かれる審理では、検察側の論告求刑、弁護側の最終弁論が行われ、結審する予定。複数の被害者とは示談が成立している。次回の裁判には寺の総代会長が弁護側の証人として出廷し、情状酌量を求める。保護者だけでなく檀家も注目する事件だ。判決は、次回の審理が順調に進めば、同20日午後1時に言い渡される予定。 冒頭で述べたように、西舘被告は県教委に「わいせつやセクハラは女子にはやっていけないという意識はあったが男子にはなかった」と説明していた。誰に対しても許されることではない。歪んだ考えだ。 今回の事件では、男女の身体的性差が明確に分かれる、第二次性徴の過程にある子どもを性の対象と捉え、教師の立場を悪用して犯行に及んだ点を厳しく問わなければならない。この点は、ジャニーズ事務所で絶大な権力を誇った創業者の故・ジャニー喜多川氏と共通している。 密室が用意できた点もジャニーズの事件と同様、性加害行為を覆い隠した。ジャニー喜多川氏はそのための高級ホテルを契約していた。音楽講師だった西舘被告は石川中で、音楽室と準備室という自分が管理する場所を持ち、いずれもそこで犯行に及んでいた。 授業の準備の手伝いという名目なら生徒にも同僚にも怪しまれない。中学では国語や数学などの教員は複数いるが、音楽の教員は1校に付き1人だ。他の担当科目を持つ教員とは別に、自室を持っていることが多い。異変を察知するために、教員たちはクラス担任や担当教科の垣根を越えてコミュニケーションを活発にする必要がある。教員から児童・生徒への虐待行為だけでなく、同僚教員がハラスメント被害を受けているかどうかも発見できるだろう。 西舘被告による性加害は、教えていた小学校で2020年には始まっていた。被害を受けた子どもが自ら周囲の大人に打ち明けるのは困難だ。西舘被告を受け入れた学校では周囲の教員に異変を察する力が求められていたが、被害を防ぐことはできなかった。 あわせて読みたい 【福島県】相次ぐ公務員の性犯罪 【谷賢一】地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」【性被害】

  • 生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】

     演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航) ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害  本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。 全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。 / https://www.youtube.com/watch?v=--IZaf5ZxHM 馬奈木弁護士が行った不同意性交は、上下関係で逃げ道を遮断する最も典型的な『エントラップメント』型ハラスメントのど真ん中!~3.3 馬奈木厳太郎弁護士によるセクハラ被害者本人と代理人弁護士による記者会見 2023.3.3  訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。 体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。 被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。 この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。 馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。 今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。 これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。 県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。 信頼を裏切る行為  福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、 「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」 福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。 以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。 2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。 同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。 生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。 「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」 生業訴訟については、 「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」 そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。 筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。 女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。