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  • 【東電福島第一原発ALPS作業員被曝】重大事案をスルーするな【牧内昇平】

    【東電福島第一原発ALPS作業員被曝】重大事案をスルーするな【牧内昇平】

     汚染水の海洋放出開始からわずか2カ月。多核種除去設備(ALPS)のメンテナンス中だった作業員が放射性物質を含む廃液を浴び、被ばくする事故が起きた。それでも世の中は大騒ぎせず、放出は粛々と進む。これでいいのだろうか? 事故の詳細を検討するところから始めたい。 重大事案をスルーするな 被ばく事故現場の写真。なお記事中の写真・図・表はすべて東電の発表資料から転載、または同資料に基づき筆者が作成した  東京電力福島第一原発にたまる汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出は昨年8月24日に始まった。それから約2カ月後の10月25日、東電は報道関係者に以下のメールを送った。  《福島第一原子力発電所 協力企業作業員における放射性物質の付着について   本日午前10時40分頃、増設ALPSのクロスフローフィルタ出口配管(吸着塔手前)の洗浄を行っていた協力企業作業員5名に、配管洗浄水またはミストが飛散しました。午前11時10分頃、このうち協力企業作業員1名の全面マスクに汚染が確認され、またAPD(β線)の鳴動を確認しました(以下略)》  作業員5人のうち2人は原発からの退域基準(1平方㌢当たり4ベクレル)まで除染することが難しいと判断され、県立医大病院まで搬送されたという。  幸いなことに搬送された2人は3日後に退院したそうだ。しかし、極めて深刻な事態が起きたことに変わりはない。東電によると、被ばくによる作業員の入院は2011年3月24日以来である。一体なぜこんな事故が起きたのか。東電が11月半ばに発表した報告を基に考えたい。 事故はなぜ起きた?  事故が起きたのは、昨年10月に行われた2回目の海洋放出が終わり、3回目に向けて準備中の時期だった。ALPSは止まり、設備のメンテナンスが行われていた。どこで事故が起きたのかを示したのが図1だ。  東電はタンクに入った汚染水に対して、まずは薬液でコバルトやマンガンなどを沈殿させる「前処理」を実施。その後、「吸着塔」というフィルター機能をもった装置を通過させる。これらの作業で放射性物質を一定量取り除き、海水で薄めて太平洋に捨てている(※ただし、すべての放射性物質が除去できるわけではない。このため筆者は海洋放出自体に反対である)。  汚染水のタンクや各設備は様々な配管でつながっている。事故が起きたのは吸着塔の手前の配管である。ブースターポンプという装置を経由して汚染水を吸着塔まで運ぶのだが、稼働していると配管の中に炭酸塩がたまる。これを除去するための洗浄作業が行われていた。  現場の見取り図と作業員の配置を示したのが図2だ。  薬注ポンプから配管内へ硝酸を流し込む。硝酸に反応して炭酸塩が溶け、炭酸ガスと洗浄廃液が配管を通っていく。ガスと廃液は吸着塔の手前に設置された弁を経由し、仮設ホースを通って廃液受け入れタンクに落ちる。こうした作業だった。直接手を動かす作業員は5人。全体のとりまとめ役である工事担当者や放射線管理員も現場に同席していた。  起きたことを時系列でまとめたのが表1である。 表1 事故前後の流れ(時系列) 10月25日 7:30頃現場作業開始10:00頃廃液タンクの監視をしていた作業員CがAと交代。別エリアへ設計担当が弁を少し閉じる10:25頃硝酸を押し込めなくなったため、作業員Dが薬注ポンプを停止10:30頃~仮設ホースが外れて廃液が飛散。作業員AとBに水がかかる作業員Aがホースをタンクに戻す。Aの線量計のアラームが鳴る作業員AとBがアノラック下を着用工事担当者からの連絡で作業員C、D、Eが現場へ移動10:45頃~飛散した廃液の拭き取りを実施(作業員B~E、工事担当者)ホースを押さえていた作業員Aの線量計が連続して鳴る放管1がAに退避を指示放管1が倉庫に戻って交換用の靴などを取ってくる工事担当者がロープなどで現場の立ち入り禁止措置を実施放管1は各自の線量計の数値上昇を確認し、全員に退避を指示10:50頃全員が休憩所へ退避を開始11:10頃東電に事故の連絡を入れる12:28作業員Aが敷地内の救急医療室(ER)に到着。まもなく除染開始12:42作業員(B~E)がERに到着。除染を開始13:08事故が起きた建屋への関係者以外の立ち入り制限を実施14:45作業員5名(A~E)の放射性物質の内部取り込みなしを確認19:23作業員AとBを管理区域退出レベルまで除染するのは困難と判断20:59作業員AとBが県立医大附属病院へ出発22:25県立医大附属病院に到着(その後入院)10月28日作業員AとBが退院  はじめは問題なかった。作業員Cが廃液受け入れタンクの様子を確認する役だった。AとBという別の作業員が後方からCの仕事を見守っていた。状況が変わったのは作業開始から約2時間半が経過した頃だ。CがAに仕事を引き継ぎ、別の作業に移った。【この時、AとBは放射性物質から身を守るためのアノラック(カッパのようなもの)を着ていなかった】  それと同じ頃、設計担当は洗浄廃液の受け入れ量が増えすぎるのを心配していた。そこで配管と仮設ホースをつなぐ弁を操作し、少し閉じた。流路を狭めて仮設ホース側に流れる廃液の量を減らし、炭酸ガスのみを移動させようとしたのだ。【こうした弁の調整は当初の予定には入っていなかった】  弁の調整から約30分後、仮設ホースの先から廃液が勢いよく噴き出した。水の勢いによって、タンク上部に差し込まれていたホース先端部がはずれて暴れ出し、近くにいたAとBに放射性物質を含む廃液がかかった。Aがはずれたホースをつかんでタンクに戻した。  東電が事故の原因として発表したのは以下の3点だ。  ①弁操作による配管の閉塞  設計担当が弁を少し閉じたため、洗浄作業ではがれ落ちた炭酸塩が弁の配管側にたまり、一時的に詰まった(配管側の圧力が上昇)。その後、弁付近の炭酸塩が溶け、「詰まり」が解消された。このため、配管側にたまっていた洗浄廃液が弁の下流側(仮設ホース側)に勢いよく流れ出した。  ②ホースの固縛位置が不十分  仮に廃液が勢いよく流れ出したとしても、ホースがタンク入り口の真上で固定され、そこから先端部がまっすぐタンクに下りていれば、ホースが暴れてタンクから飛び出す恐れは少ない。だが、今回の作業ではタンクの斜め上の位置でホースが固定されていたため、勢いが強くなった時にホース先端部がタンクから飛び出してしまった。 ③不十分な現場管理体制(表2) 役割分担装  備工事担当者工事とりまとめカバーオール1重アノラック下設計担当仮設ホース内流動状態の監視カバーオール1重放管1放射線管理業務カバーオール2重放管2放射線管理業務※事故時は休憩のため不在カバーオール2重作業責任者3次請け1の作業班長(別現場)作業員A廃液タンクの監視(助勢)※Cが離れてからは主に担当カバーオール2重B作業班員への指揮廃液タンクの監視(助勢)カバーオール2重C廃液タンクの監視※主担当。途中から別作業へカバーオール1重アノラック上下D薬注ポンプの操作カバーオール1重アノラック上下E薬注ポンプの監視カバーオール1重アノラック上下  作業員AとBがアノラックを着ていれば被ばくは軽減できた。放射性液体を扱う作業ではアノラック着用のルールがあったのに、AとBは「液体が飛散する可能性はない」と考え、着用しなかった。工事担当者や放射線管理員もそれを指示しなかった。そもそも、作業員たちを指揮する立場の「作業班長」が別の現場に行っていて不在だった。  東電による事故原因3点の中で、最も深刻なのは③だろう。アノラック着用も作業班長の常駐も、安全に作業を行うために必ず守らなければならないルールだ。それが守られていなかった。現場管理体制はメチャクチャだったと言わざるを得ない。 危機感が薄い東電幹部  この事態を東電幹部はどう受け止めているのか。筆者は11月30日に開かれた福島第一廃炉推進カンパニー・小野明プレジデントの記者会見に出席し、この点を聞いた(左頁参照)。  小野氏の会見で感じたことがいくつかある。一つ目は、東電は「(元請け業者の)東芝のせいだ」と思わせたいのではないか、ということだ。  この作業は多重請負体制の下で行われていた(図3)。東電が東芝エネルギーシステムズ(以下、東芝)に発注し、東芝が3次請けまで使って現場作業を行っていた。小野氏は会見で今後の発注停止をちらつかせるなどし、原発メーカー東芝への不信感、「信頼してきたのに裏切られた」感を醸し出していた。  当り前のことだが、いくら東芝が悪くても、それによって東電が責任を免れることはあり得ない。東芝の現場管理体制を十分にチェックできていなかったのは東電だからだ。  記者会見でもう一つ感じたのは、東電幹部の危機感が薄すぎるのではないか、という点だ。  小野氏は「海洋放出の作業は本事案とはかなり体制が異なる」とし、今後の放出スケジュールへの影響はないと言う。今回の事故は設備のメンテナンス中に起きた。実際の海洋放出作業は東電社員だけで行っている。「だから大丈夫だ」と小野氏は言いたげだが、「東芝より東電を信頼する」という人は果たしてどれくらいいるだろうか。  東電ホールディングスの小早川智明社長は、事故から1カ月たっても現場を視察していないという。思い出すのは、海洋放出が始まる2日前の昨年8月22日のことだ。小早川氏は内堀雅雄知事と会うために福島県庁を訪れ、その後報道対応を行った。筆者は「万が一基準を超えるような汚染水が放出された場合、誰の責任になるのか、小早川社長の責任問題に発展すると考えてよろしいか」と聞いた。小早川氏は「私の責任の下で、安全に作業を進めるように指示してまいります」と答えた。  「安全に」という言葉には当然、「作業員の安全」も含まれているはずだ。実際に被ばく・入院する事態が起きたが、小早川氏は「自らの責任の下で」十分に対処しているだろうか。はなはだ疑問である。 このままスルーしていいのか?  こんな事故が起きたにも関わらず、東電は23年に計画していた合計3回の海洋放出を予定通り実行した。下請け作業員の被ばく事故など、まるで「なかったこと」のような扱いである(先述した11月30日の記者会見で、小野氏ら東電幹部は海洋放出の進捗を説明したが、本件事故について自分たちから切り出すことはなかった。質疑応答の時間に筆者が質問して初めて口を開いた。記者側が聞かなければ「終わったこと」「なかったこと」になっていたのである)。  また、多くのマスメディアも東電と同じくらい危機感が薄いと感じるのは筆者だけだろうか。  たとえば地元主要紙の福島民報である。事故翌日(10月26日)付の朝刊に載った記事は、第1社会面(テレビ欄の裏)のマンガ下、2段見出しだった。原稿の締め切り時間などの関係があるのかもしれないが、1面に必要な記事ではないのか。  また、東電が事故原因を発表した次の日(11月17日)付の朝刊も、第2社会面に、やはり2段見出しの短い記事が載っただけである。どちらの記事も1面ではなく、その面のトップ記事でもなかった。  一方、事故前の10月22日付朝刊には「東電があす、2回目の海洋放出を完了する」という記事が1面にあった。放出スケジュールの報道に比べて、事故の報道が小さいように感じる。  数十年も海洋放出を続ける中で「ノーミス」などあり得ない。そう思っていたが、さすがにわずか2カ月で作業員が入院するとは思わなかった。これは東電(や元請け業者である東芝)の意識が低いからなのか。それとも元々、膨大な量の汚染水を処理して海に捨てるというプロジェクト自体が簡単ではないからなのか。恐らくはその両方ではないだろうか。  国際原子力機関(IAEA)は「海洋放出が人や環境に与える影響は無視できる程度だ」と言う。しかし、これは現場の放出作業が完璧に行われた場合の話、いわば理論上の話だろう。実際には配管の劣化とかホースの固縛位置とか、現場でなければ分からない問題がたくさんあると思う。10月の事故は設備のメンテナンス中に起きたが、なんらかの事故が稼働中に起きないと言い切れるのだろうか。それらを考慮した場合のリスクは本当に「無視できるほど小さい」のだろうか。  今回の事故を軽視すべきではない。同様(もしくは今回以上)の事故が今後も起きることを想定し、海洋放出を続けるのがいいのか、代替策はないのかを検討すべきだ。 東電記者会見でのやり取り  ――本日のお話に出てこなかったのですが、10月25日の作業員被ばくについて総括をうかがいます。  小野明氏 本件に関しては近隣の皆さま、社会の皆さまにご心配をおかけしていると思います。申し訳ございません。当社は福島第一の廃炉の実施主体として適切な作業環境、健康維持に関する責任が当然ございます。私としては今回の事態を非常に重く受け止めております。原因究明、再発防止に向けてヒアリングなどを実施し、元請けの東芝において我々の要求事項が一部順守されていないことが確認されています。我々は是正を求めていますが、併せてそこを確認できなかったことは我々の責任ですので非常に重く受け止めておりまして、確認を強化しています。  ――認識がかなり甘いんじゃないかというのが正直なところです。東芝に対して「是正を求める」という対処だけでいいのかどうか。  小野 東芝には我々の要求事項をしっかり守ってくれとお願いしてますが、本当にそれができているかは我々が確認しなければいけないと思っています。今回請負体制のところが3次までやっています。請負の体制も含めて実際のやり方がよかったかというところ、今後どうしていくべきかというところまで踏み込んで少し検討したいと考えています。  ――3次請けまでつながる多重請負構造も含めて見直しの余地が現実的にあるということでしょうか。  小野 東芝といろいろ話をしていく中で、彼らが元請けとして現場を管理してないなというのが私の印象でありました。そういう意味で、本当に今回東芝に出す(発注する)のがよかったかは少し検討する必要があるのではないかと思っています。もっとしっかりした管理ができるところもあるのではないかと思いますので、実際に東芝から変えるかどうかは別としても、元請けとしてのあり方、今の請負体制のあり方は検討してみたいと思います。  ――東電トップの小早川社長は事故の現場を視察したのでしょうか。  小野 小早川自体はまだ来ていませんが、このあと、彼はこちらの方に来て、実際に現場を確認したり、我々と議論をしたり、という予定は今あります。  ――今回の件で海洋放出のスケジュールに何らかの影響は。  小野 海洋放出の作業は本事案とはかなり体制が異なっていますし、取り扱っている水の種類、それから装置関係も異なっています。そういう意味で本件と同様の身体汚染が起こるリスクは非常に低いと思っていますし、放出には影響ないと考えています。  ――今回の件は作業員が入院するという点ではかなり重大だったんじゃないかと考えています。頭の体操として、どういった場合に実際に海洋放出をいったん止めるのか。かなり深刻な事案だったけどスケジュールには全然影響ないとなると、何があってもこのまま海洋放出が続くんじゃないかと思わざるを得ないのですが。  小野 先ほども申した通り、まず、扱っている水の種類が全く違うということはご理解いただければと思います。我々としては今回の件をしっかりと踏まえ、体制とか手順、装備品等を確認して、海洋放出の作業に万全を期していきたいと考えております。 あわせて読みたい 【牧内昇平】福島民報社が手掛けた県事業11件 【牧内昇平】「食べて応援」国民運動にだまされるな【原発事故「汚染水」海洋放出】 【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【ジャーナリスト 牧内昇平】

    【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】

     何としても、一日でも早く、海に捨てるのをやめさせる――。東京電力福島第一原発で始まった原発事故汚染水の海洋放出を止めるため、市民たちが国と東電を相手取った裁判を始めた。9月8日、漁業者を含む市民151人が福島地裁に提訴。10月末には追加提訴も予定しているという。「放出反対」の気運をどこまで高められるかが注目だ。 「二重の加害」への憤り 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  9月8日の午後、福島市の官公庁街にブルーののぼり旗がはためいた。  《海を汚さないで! ALPS処理汚染水差止訴訟》  台風13号の接近情報が入る中、少なくとも数十人の原告や支援者たちが集まっていた。この日の約2週間前の8月24日、原発事故汚染水(政府・東電の言う「ALPS処理水」)の海洋放出が始まった。反対派や慎重派の声を十分に聞かない「強行」に、市民たちの怒りのボルテージは高まっていた。  のぼり旗を掲げながら福島地裁に向かってゆっくりと進む。シュプレヒコールが始まる。  「汚染水を海に捨てるな! 福島の海を汚すな!」  熱を帯びた声の重なりが雨のぱらつく福島市街に渦巻いた。  「我々のふるさとを汚すな! 国と東京電力は原発事故の責任をとれ!」  提訴後、市民たちは近くにある福島市の市民会館で集会を行った。弁護団の共同代表を務める広田次男弁護士が熱っぽく語る。 広田次男弁護士(8月23日、本誌編集部撮影)  「先月の23日に記者会見し、28日から委任状の発送作業などを行ってきました。今日まで10日弱で151名の方々が加わってくれたことは評価に値することだと思います」  広田氏の隣には同じく共同代表の河合弘之弁護士が座っていた。共同代表はこの日不参加の海渡雄一弁護士も含めた3人である。広田氏は長年浜通りの人権派弁護士として活動してきたベテラン。河合、海渡の両氏は全国を渡り歩いて脱原発訴訟を闘うコンビだ。  この日訴状に名を連ねたのは福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県に住む市民(避難者を含む)と漁業者たち。必要資料の提出が間に合わなかった人も多数いるため、早速10月末に追加提訴を行う予定だという。少なくとも数百人規模の原告たちの思いが、上記の3人をはじめとした弁護士たちに託されることになる。  報道陣に渡された訴状はA4版で40ページ。請求の理由が書かれた文章の冒頭には「福島県民の怒り」というタイトルがついていた。  《本件訴訟の当事者である原告らは、いずれも「3・11原発公害の被害者」であり、各自、「故郷はく奪・損傷による平穏生活権の侵害」を受けた者であるという特質を備えている。したがって、ALPS処理汚染水の放出による環境汚染は、その「重大な過失」によって放射能汚染公害をもたらした加害者が、被害者に対して「故意に」行う新たな加害行為である。原告と被告東電・被告国の間には、二重の加害と被害の関係があると言える。本件訴訟は、二重の加害による権利侵害は絶対に容認できないとの怒りをもって提訴するものである》(訴状より)  原発事故を起こした国と東電が今度は故意に海を汚す。これは福島の人びとへの「二重の加害」である――。河合弘之弁護士はこの理屈をたとえ話で説明した。  「危険運転で人をはねたとします。その人が倒れました。なんとか必死に立ち上がって、歩き始めました。そこのところを後ろから襲いかかって殴り倒すような2回目の加害行為。これが今度の放射性物質を含む汚染水の海洋投棄だと思います。1回目の危険運転は、ひどいけれども過失罪です。今度流すのは故意、悪意です。過失による加害行為をした後に、故意による加害行為を始めたというのが、この海洋放出の実態です」  「二重の加害」への憤り。この思いは原告たちの共通認識と言えるだろう。原告共同代表を務める鈴木茂男さん(いわき市在住)はこのように語っている。  「私たち福島県民は12年前の原発事故の被害者です。現在に至るまで避難を続けている人もたくさんいます。被害が継続している人たちがまだまだたくさんいるのです。その中で国と東電がALPS処理汚染水の海洋放出を強行するということは、私たち被害者たちに対して新たな被害を与えるということだと思います。それなのに国と東電は一切謝罪をしていません。漁業者との約束を破ったにも関わらず、『約束を破っていない』と強弁して、『すみません』の一言も発していません。こんなことがまかり通っていいのでしょうか? 社会の常識からいえば、やむを得ない事情で約束を守れない状況になったら、その理由を説明し、頭を下げて謝罪し、理解を求めるのが、人の道ではないでしょうか。謝罪もせず、『理解は進んでいる』と言う。これはどういうことなのでしょうか? 福島第一原発では毎日汚染水が増え続けています。この汚染水の発生をストップさせることがまず必要です。私は海洋放出を黙って見ているわけにはいきません。何としても、いったん止める。そして根本的な対策を考えさせる。止めるのは一日でも早いほうがいい。そのための本日の提訴だと思っています」  提訴後の集会でのほかの原告たちの声(別表)も読んでほしい。 海洋放出差し止め訴訟「原告の声」 佐藤和良さん(いわき市)「今、マスコミでは『小売りの魚屋さんが頑張っています』というのがよく取り上げられています。食べて応援。岸田首相や西村経済産業大臣をはじめとして、みんな急に刺身を食べたり、海鮮丼を食べたりして、『常磐ものはうまい』と言っています。でも、30年やってられるんですか? 急に魚食うなよと言いたいです。『汚染水』ではなくて『処理水』だという言論統制が幅を利かすようになっています。本当に戦争の足音が近づいてきたんじゃないかと思います。非常に厳しい日本社会になってきています。我々は引くことができません」 大賀あや子さん(大熊町から新潟県へ避難)「大熊町議会では2020年9月に処分方法の早期決定を求める意見書を国に提出しました。政府東電の説明を受け、住民の声を聞き取る機会を設けず、町議会での参考人聴取や熟議もないままに出されたものでした。交付金のため国に従うという原発事故前からの構図は変わっていないということでしょうか。海洋放出に賛成しない町民の声が埋もれてしまっています」 後藤江美子さん(伊達市)「私が原告になろうと思ったのは生活者として当たり前の常識が通用しないことに憤りを感じたからです。『関係者の理解なしには海洋放出しない』という約束がありました。この約束は反故にしないと言いながら、どうして海洋放出を開始するのか。子どもたちに正々堂々きちんと説明することができるのでしょうか。平気でうそをつく、ごまかす、後出しじゃんけんで事実を知らせる。国や東電がやっていることは人として恥ずかしくないのでしょうか。岸田さんはこれから30年すべて自分が責任をもつとおっしゃいましたが、次の世代を生きる孫や子のことを考えれば、本当はもっと慎重な行動が求められているのではないかと思います」 権利の侵害を主張 東京電力本店  訴えの中身に目を転じてみよう。裁判は国を相手取った行政訴訟と、東電を相手取った民事訴訟との二部構成になる。原告たちが求めているのはおおむね以下の2点だ。  ・国(原子力規制委員会)は、東電が出した海洋放出計画への認可を取り消せ。  ・東電はALPS処理汚染水の海洋への放出をしてはならない。  なぜ原告たちにこれらを求める根拠があるのか。海洋放出によって漁業者や市民たちの権利が侵害されるからだというのが原告たちの主張だ。  《ALPS処理汚染水が海洋放出されれば、原告らが漁獲し、生産している漁業生産物の販売が著しく困難となることは明らかである。政府は、これらの損害については補償するとしているが、まさに、補償しなければならない事態を招き寄せる「災害」であることを認めているといわなければならない。さらに、一般住民である原告との関係では、この海洋放出行為は、これらの漁業生産物を摂取することで、将来健康被害を受ける可能性があるという不安をもたらし、その平穏生活権を侵害する行為である》(訴状より)  漁師たちが漁をする権利(漁業行使権)が妨害されるだけでなく、生業を傷つけられること自体が漁師の人格権侵害に当たるという指摘もあった。この点について、訴状は週刊誌(『女性自身』8月22・29日合併号)の記事を引用している。  《新地町の漁師、小野春雄さんはこう憤る。「政府は、『水産物の価格が下落したら買い上げて冷凍保存する』と言って基金を作ったけど、俺ら漁師はそんなこと望んでない。消費者が〝おいしい〟と喜ぶ顔が見たいから魚を捕るんだ。税金をドブに捨てるような使い方はやめてもらいたい!」》  仮に金銭補償が受けられたとしても、漁師としての生きがいや誇りは戻ってこない。小野さんが言いたいのはそういうことだと思う。  訴状はさらに、さまざまな論点から海洋放出を批判している。要点のみ紹介する。  ・ALPS処理汚染水に含まれるトリチウムやその他の放射性物質の毒性、および食物連鎖による生体濃縮の毒性について、適切な調査・評価がなされていない。  ・放射性廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約などに違反する。  ・国と東電には環境への負荷が少ない代替策を採用すべき義務がある。  ・国際社会の強い反対を押し切って海洋放出を強行することは日本の国益を大きく損なう。  ・IAEA包括報告書によって海洋放出を正当化することはできない。 弁護団共同代表の海渡氏は裁判のポイントを以下のように解説する。  「分かりやすい例を一つだけ挙げます。今回の海洋放出は、ALPS処理された汚染水の中にどれだけの放射性物質が含まれているかが明らかになっていません。放出される中にはトリチウムだけでなくストロンチウム、セシウム、炭素14なども含まれています。それらが放出されることによって海洋環境や生物にどういう被害をもたらし得るか。環境アセスメントがきちんと行われていません。国連人権理事会の場でもそういう調査をしろと言われているのに、それが全く行われていない。決定的に重大な国の過誤、欠落と言えると思います」 原発事故汚染水の海洋放出と差し止め訴訟の経緯 2021年4月日本政府が海洋放出の方針を決定2022年7月原子力規制委員会が東電の海洋放出設備計画を認可8月福島県と大熊・双葉両町が東電の海洋放出設備工事を事前了解2023年7/4国際原子力機関(IAEA)が包括報告書を公表8/22日本政府が関係閣僚等会議を開き、8月24日の放出開始を決める23日海洋放出差し止め訴訟の弁護団と原告予定者が提訴方針を発表24日海洋放出開始。中国は日本からの水産物輸入を全面的に停止9/4日本政府が水産事業者への緊急支援策として新たに207億円を拠出すると発表8日海洋放出差し止め訴訟、第1次提訴11日東電が初回分の海洋放出を完了(約7800㌧を放出)10月末差し止め訴訟、追加提訴(予定) 多くの市民を巻き込めるか 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  問題は、原告たちの訴えが認められるかどうかだ。提訴前の8月23日に開かれた記者会見で、筆者はあえて弁護団に「勝算」を聞いた。広田氏は以下のように答えた。「何をもって裁判の勝ち負けとするか、そのメルクマール自体が裁判の展開によっては難しい中身を伴うかもしれませんが、勝算はもちろんあります。勝算がなければこうやって大勢の皆さんに立ち上がろうと弁護団が言うことはあり得ません。どういう形で勝つかまではここで具体的に断言はできませんが、ともかくどういう形であれ、やってよかった、立ち上がってよかった、そう思える結果を残せると確信しております」。  海渡氏は以下の見解を示した。  「この裁判は十分勝算があると思っています。最も勝算があると考える部分は、現に漁業協同組合に加入している漁業者の方がこの裁判に加わってくれたことです。彼らの生業が海洋放出によって甚大な影響を受けることはまちがいない。そしてそれが過失ではなく故意による災害であることもまちがいない。これはきわめて明白なことです。まともな裁判官だったら正面から認めるはずです。一般市民の方々の平穏生活権の侵害については、これまでの原発事故被害者の損害賠償訴訟の中で、避難者の救済法理として考えられてきたものです。たくさんの民事法学者の賛同を得ている、かなり確実な法理論です。チャレンジングなところもありますが、この部分も十分勝算があると思っています」  筆者の考えでは、最大のポイントはいかに運動を広げられるかだ。法廷闘争だけで海洋放出を止めるのではなく、裁判を起こすことで二重の加害に対する市民たちの憤りを「見える化」し、できるだけ多くの人に「やっぱり放射性物質を海に流してはだめだ」と考えてもらう。世論を味方につけ、判決を待たずして政府に政策転換を迫る。そんな流れを作れないだろうか。  そのためには原告の数をもっと増やしたいところだろう。仮に数千人規模の市民が海洋放出差し止めを求めて裁判所に押し寄せたら、裁判官たちにもいい意味でのプレッシャーがかかるのではないか。素人考えではあるが、筆者はそう思っている。  とはいえ司法の壁は高い。記憶に新しいのは昨年6月17日の最高裁判決だ。原発事故の損害賠償などを求める市民たちが福島、千葉、群馬、愛媛地裁で始めた合計4件の訴訟について、最高裁第二小法廷は国の法的責任を認めないという判決を下した。高裁段階では群馬をのぞく3件で原告たちが勝っていたが、それでも最高裁は国の責任を認めなかった。東電に必要な事故対策をとらせなかった国の無為無策が司法の場で免罪されてしまった。司法から猛省を迫られなかったことが、原発事故対応に関して国に余裕をもたらし、今回の海洋放出強行につながったという見方もある。  しかし、壁がどんなに高かろうとも、政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の役割の一つだということを忘れてはならない。国のやることがおかしいと感じたとき、司法に期待をかけるのは国民の権利である。海洋放出に反対する市民運動を続けてきた織田千代さん(いわき市)は、今回の海洋放出差し止め訴訟の原告にも加わった。織田さんはこう話す。  「福島で原発事故を経験した私たちは、事故が起きるとどうなるのかを12年以上さんざん見てきました。そして福島のおいしいものを食べるときに浮かんでしまう『これ大丈夫かな?』という気持ちは、事故の前にはなかった感情です。つまり、原発事故は当たり前の日常を傷つけ続けているということだと思います。それを知っている私たちは、絶対にこれ以上放射能を広げるなと警告する責任があると思います。国はその声を無視し続け、約束を守ろうとしませんでした。それでも私たちは安心して生きていきたいと願うことをやめるわけにはいきません。私たちの声を『ないこと』にはできません」 ※補足1海洋放出差し止め訴訟の原告たちは新しい原告や訴訟支援者の募集を続けている。原告は福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県の市民が対象で(同地域からの避難者を含む)、それ以外の地域に住む人は訴訟の支援者になってほしいという。問い合わせはALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局(090-7797-4673、ran1953@sea.plala.or.jp)まで。 ※補足2生業訴訟の第2陣(原告数1846人)は福島地裁で係属中。全国各地のほかの集団訴訟とも協力し、いわゆる「6.17最高裁不当判決」をひっくり返そうとしている。 あわせて読みたい 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 大義なき海洋放出【牧内昇平】福島第一原発のタンク群(今年1月、代表撮影)

    大義なき海洋放出【牧内昇平】

     8月24日、政府と東京電力は福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出を始めた。約束を守らず、急いで流す必要はなく、代替案を検討する余地もあった。筆者は「大義なき海洋放出」だと思っている。反対する人びとは直前まで街頭で声を上げ、中止や再検討を求め続けていた。直前1週間の取材日記を紹介する。 反対派の声でつづる直前1週間  【8月17日】  午後2時、国会の衆議院第一議員会館。国際環境NGOのFOEジャパンらが経済産業省や東電の担当者と面会した。同団体の事務局長、満田夏花氏が険しい表情で切り出す。  「原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、反論として挙げられている水和熱の発生は分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがですか」  福島市内の自宅にいた筆者はオンラインでこの会合を視聴した。淡い期待を抱いていた。海洋放出の代替案が議題の一つだったからだ。汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないだろう。可能な限り他の選択肢を検討すべきだ。マスメディアはほとんど報じないが、海洋放出の他にも汚染水処分のアイデアはある。有力なのが大学教授やプラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」による「モルタル固化による『半地下』埋設」案である。  コンクリートやモルタルが固まる時には材料の水とセメントが反応して水和熱が生じる。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも大気中に出ていってしまう。経産省が汚染水の処分方法を検討した「ALPS処理水の取扱いに関する小委員会」では、水和熱が固化案の課題の一つとされた。「抑制剤を入れれば蒸発量は少ない」という満田氏の指摘に対し、東電はこう答えた。  東電の担当者「固化時の水分蒸発のみが課題ではございません。また、ご指摘の水和熱の発生に対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法が根本的な解決にはならないと考えています」  この説明に対して原子力市民委員会に所属するプラント技術者、川井康郎氏が反論した。  「たしかに水和熱は発生します。ただ、あくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。抑制剤を使えば影響は些末です。水分の蒸発がゼロにはなりませんが、含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。対して海洋放出というのは、タンクにたまる約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。その際のトリチウムの量と、固化時の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えてモルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません」  満田氏「水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?」  東電の担当者「ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。20年に小委員会報告書が出されていて、そこでは地下埋設という処分方法については《規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い》と書かれていたと認識しております」  筆者は驚いた。蒸発量のデータを持たないまま、「水分が蒸発するからダメ」と説明していたことが判明したからだ。市民側の追及は続く。  満田氏「小委員会などで議論されていたのは『地下』埋設です。原子力市民委員会が提案しているのは『半地下』案です。モニタリングが難しいとか、費用がかかるとか、地下埋設の弱点を改善した案なんです。それについて一顧だにせず、公の場で議論してきませんでした。にもかかわらず『すでに議論したからいいんだ』という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います」  東電の担当者「我々としては報告書の結果を受けて海洋放出が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところです」  東電の言い分としては「政府の方針に従っているだけだ」ということ。これはこれで正しい。説明責任は日本政府にある。  満田氏「経産省さんはいかがでしょうか」  経産省の担当者「ええと……処分方法の決定にあたっては6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります……」  経産省からの回答はこれだけだった。これには市民委員会のメンバーで、かつて原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒った。  後藤氏「小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言いますが、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば存在価値がない!」  経産省からは何の反論もない。筆者はため息をついてパソコンを閉じた。真摯な議論が聞けると思ったのに期待を裏切られたからだ。この日の会合取材ではっきりしたのは、経産省も東電も代替案をまじめに考えていないことだ。FOEジャパンは事前に質問状を渡していたという。回答を準備する時間はあったはずだ。代替案が検討されないまま、海洋放出が唯一の選択肢であるかのように事態は進んでゆく。  午後5時半、岸田首相は日米韓首脳会談に出席するため、政府専用機で米国に向かった。  首相官邸前に市民が集結 海洋放出反対のボードを掲げる首相官邸前アクションの参加者(8月18日、牧内昇平撮影)  【8月18日】  筆者は新幹線に乗って東京へ。午前10時、東京都千代田区の首相官邸前には200人を優に超える市民たちが集まっていた。うだるような暑さの中、横断幕やプラカードを掲げる。  《約束を守れ!》《安全な陸上で保管できる》《福島は怒っている 汚染水ながすな》  海洋放出に反対する市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議」(これ海)と「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」が主催した首相官邸前アクションだ。三春町の武藤類子さんがマイクを握った。  「今日岸田首相は日米韓首脳会談のためにアメリカに行っています。しかし、岸田首相が聞くべき声はバイデン大統領やユン大統領の意向ではありません。聞くべきは漁業者をはじめとする原発事故の被害者、国内の市民の声、そして海でつながる他の国々の市民の声だと思います」  その通りだ。続いて「これ海」共同代表、いわき市の佐藤和良さんがスピーチを行う。  「全国の漁業者が一丸となって反対し続けているではありませんか。そしてまた福島県民はじめ多くの原発事故被害者が、この放射性液体廃棄物の海洋投棄に反対しているんです。東日本大震災で塗炭の苦しみを味わって12年、ここまできました。沿岸漁業もようやく震災前2割の水揚げに至ったばかりです。ここで汚染水を流されたら生業が成り立ちません。会津には『什の掟(じゅうのおきて)』というものがあります。『ならぬことはならぬものです。嘘を言うことはなりませぬ』。岸田首相にこの言葉を贈ります!」  参加者たちは炎天下の官邸前から参議院議員会館に移動し、集会を続けた。急に冷房が効いた場所へ入り、汗で濡れたシャツが冷たくなる。いわき市の米山努さんが話した。時折涙ぐんでいる。米山さんはかつて筆者に、「海洋放出は福島県民にとって末代への恥だ」と指摘していた。放出が間近に迫り、胸が締めつけられる気持ちなのだろう。  「私は海産物が好きですから毎日のように近くの海で獲れたアイナメとか、いろいろな魚を食べています。トリチウムは有害であることをはっきりと言っておきたいと思います。政府は問題ないと宣伝していますが、資料を調べれば調べるほど有害性にどきっとします。たとえばトリチウムは人体の臓器の中では脳にとどまることが多いようです。また、有機物に結合したトリチウムが体内に取り込まれた場合、生物学的半減期(代謝や排せつで半分に減るまでの期間)は100~600日くらいだそうです。長く体内にとどまり、細胞のごく近くでトリチウムのベータ線を放出し続けるわけです」   「これ海」共同代表、いわき市の織田千代さんはこう話した。  「海は世界につながる豊かな命のかたまりです。放射能を流し続けるという無謀なことを日本政府が行っていいはずがありません。事故を経験した大人の責任として、未来の子どもたちにきれいな海を手渡したい、約束を守ることの大切さを伝えていきたいと思うのです。海洋放出はやめてと叫び続けましょう」  織田さんは叫び続けてきた。2年前の4月13日に政府が海洋放出方針を決めて以来、「これ海」は毎月13日に反対行動を続けてきた。伝わらないもどかしさを感じながら、それでも声を上げ続ける姿勢に筆者は敬意を抱く。この声はいつになったら政府に届くのか。岸田首相はこの日の午後、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着。 岸田首相に向けて「反対」の声 【8月19日】  福島に戻った筆者は朝からやる気が出ない。前日からこんなニュースばかりだからだ。  《岸田首相は福島第一原発を20日にも訪問する方向で最終調整に入った。(中略)首相は近く関係閣僚会議を開き、月内にも放出開始の日程を判断する》(19日付福島民報)  本誌編集部の志賀哲也記者から一報をもらった。「不確実な情報ですが、岸田首相は朝、新幹線でJR郡山駅に来て、帰りはいわき駅から特急に乗って帰るようです」。  海洋放出に反対する人びとはこの情報をつかんでいるだろうか。心配が頭をかすめたが、間違っていたら悪いので、とりあえず経過を見守るしかない。志賀記者が郡山駅で写真をおさえ、私は原発付近に向かうことにした。  【8月20日】 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1693071630145335489 岸田首相に海洋放出反対を訴えた宍戸さん(8月20日、牧内昇平撮影)  午前9時半、岸田首相が郡山駅に到着。志賀記者の情報はビンゴだった。反対する人びとの集会は開かれていないという。やはり情報が入っていないのだ。首相は直接、反対の声を聞くべきだ。筆者は福島市に住む宍戸幸子さんに電話をかけた。連日のように街頭で放出反対を訴えている宍戸さんなら一緒に来てくれると思ったからだ。「情報が正確だと分かりました。宍戸さん、今から出られますか?」「もちろん!」。原発の近くから福島市に引き返し、宍戸さんと合流していわき駅へ向かった。  正午すぎ、いわき駅に到着。警察官が歩き回っているなか、改札を出たところの広場で首相の到着をひたすら待つ。午後3時すぎ、特急ひたちのホームに降りようとする集団を発見。中央に首相の姿を認める。カメラを構えながら宍戸さんに「来た!」と叫んだ。宍戸さんは一瞬「どこ?」と戸惑ったが、気を引き締めて大きな声で叫んだ。  「海洋放出は絶対反対ですから!反対ですから!」  新聞紙で覆っていた手書きのポスターをかかげる。《反対してるのに! 海洋放出するな》  首相の姿が見えたのはわずか数秒だった。宍戸さんの叫び声は届いただろうか? 岸田首相はこの日、原発構内で東電の最高幹部たちと面会、報道対応を行った。しかし、福島の人びとと語り合う時間はつくらなかった。 【8月21日】  午後2時、福島市内の杉妻会館で「福島円卓会議」が始まった。海洋放出や廃炉の問題を議論するために県内の有識者や市民が集まった会議だ。ホールには事務局長の林薫平・福島大准教授の声が響いた。  「一、今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである。二、地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない。三……」  林氏が読み上げたのは「緊急アピール」の文案だった。円卓会議はこの夏に発足。7月11日と8月1日に会合を開き、この日が3回目だ。議論を重ねるにはまだ時間が必要だったと思うが、事態は急を要するため、緊急アピールを発出することになったという。参加した市民たちと約2時間にわたる意見交換を行い、その場でアピールの文面を固めた。  この会議がもっと早く始まってくれればよかったのに、と筆者は思う。だが、内堀雅雄福島県知事が海洋放出に対する賛否を示さず、結果的に政府・東電の計画を追認してしまっているのが現状だ。地元福島の有識者・市民が自主的に集まり、意思表明することには大きな価値がある。  誰でも会議に参加でき、挙手すれば意見を述べられるという進行方法もいいと思う。事務局は政府や東電にも会議への出席を求めてきたという。しかし、これまでの会議には誰も参加していないようだ。ここでも「丁寧に説明する」という政府・東電の言葉がいい加減なものだとわかる。  午後4時、岸田首相は全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長を官邸に呼んだ。福島県漁連の専務理事も同席した。着々と地ならしが進んでいく印象。 決して賛否を示さない内堀知事 筆者の質問に答える内堀雅雄知事(写真中央、8月22日、牧内昇平撮影) 【8月22日】  午前10時、関係閣僚等会議が開始。岸田首相が「具体的な放出時期は8月24日を見込む」と発表する。  午後になって頼みの志賀記者から連絡が入った。2時半から西村康稔経産相が県庁を訪ね、内堀知事と吉田淳・大熊町長、伊澤史朗・双葉町長と面会するとのこと。県庁に取材を申し込んだら「経産省のほうで受け付けを行っています」とにべもない。しかも経産省はすでに申し込みを締め切ったという。  西村氏に続いて東電ホールディングスの小早川智明社長が内堀知事ら3氏と面会した。終了後、報道陣への取材対応の時間があった。筆者と内堀氏のやりとりを再現する。  筆者「フリーランスの牧内といいますが、何点かうかがいます」  内堀氏「すみません。時間の関係があるので一点でお願いします」  筆者「一点?」  内堀氏「はい」  筆者「これまで何度も聞かれていると思いますが、そもそも内堀さんは海洋放出に賛成なんでしょうか、反対なんでしょうか。理解を示しているのでしょうか、示していないのか。その点を明らかにしてもらいたいと思います」  内堀氏「はい。今ですね、二つの中の選択肢で選んでくれというお話をしました。今日私が経済産業大臣そして東京電力の社長にお話した内容、非常に複雑多岐な内容を含んでいます。漁業者の皆さんの思いも含んでいます。また、処理水の海洋放出に反対の方の意見も入っています。一方でまさに立地自治体であったり、避難地域12市町村の復興を前に進めたい、あるいは福島県の風評というものをしっかりなくしていきたいという県民の皆さんの思いも入っています。二つの選択肢の中のどちらかを選ぶということは、原子力災害の問題では極めて困難だと考えています。そのうえで広域自治体である県としては、それぞれの立場の真剣な思いというものを福島県の意見の中に取り入れつつ、これまで政府高官に対する要請を21回、また、復興推進委員会、復興再生協議会等の場において26回、この2年4カ月の間にお話をしてきました。一言で結論を出すことが難しい。それがこの原子力災害の葛藤だと考えています」  筆者「政治家としては決断を下すのが仕事だと……」  内堀氏(再質問している筆者から目を背けてほかの新聞記者を指し)「お願いします」  県庁の広報担当「一問限りでお願いいたします」  筆者「ダメなんですか?」  県庁の広報担当(無回答のまま)「じゃ、河北新報さん」  内堀氏(河北の記者のほうを向いて)「どうぞ」  この期に及んで内堀氏は海洋放出の是非について判断を示さなかった。「原子力災害の問題は二つの選択肢のどちらかを選ぶのが極めて困難だ」と言う。だが、いろいろな人と話し合ったうえで正解のない問題に決断を下すのが政治家の仕事だろう。福島県には原子力緊急事態宣言が出されている。まさに今、原子力災害は継続中である。「どちらかを選べない」人が行政トップの座に就いていて大丈夫だろうか(ちなみに複数質問した記者もいたことを付記しておく)。 注目される差し止め訴訟 【8月23日】  「今年の5月から裁判を準備してきました。原告数は100人を超えることを目指しています」  いわき市文化センターの会議室で、広田次男弁護士が海洋放出の差し止めを求める裁判を起こすと発表した。県内外の漁業者や市民が原告、国と東電ホールディングスが被告となる。海洋放出によって漁業者たちは生存の基礎となる生業を破壊される。一般の人びとも汚染されない環境で平穏に生活する権利を奪われる。漁業行使権、人格権(平穏生活権)が侵害されるとの主張だ。広田氏と共に弁護団の共同代表を務める河合弘之弁護士は海洋放出が倫理に反している点を強調した。  「福島第一原発の敷地内外には広大な土地があります。国や東電は『燃料デブリの用地確保が必要だ』と言いますが、デブリはまだ数㌘しか取れていません。大量に取り出せるのは何十年も先です。そんな先のことのために、空き地を使わず放流するというのはインチキです。ひと言でいえば『不要不急の放流』です」  9月8日に第一次提訴があるという。政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の最大の役割だ。海洋放出をめぐる法廷闘争がいよいよ始まる。  【8月24日】 大熊町で海洋放出直前に行われた抗議活動の様子(8月24日、牧内昇平撮影)  午前9時、筆者は大熊町夫沢付近にある国道6号の交差点に到着した。交差点から車を東に進めれば福島第一原発の敷地に至る。が、当然そこは封鎖され、一般車両は通行できない。数台のパトカーが停まり、制服の警察官が取り締まっている。海洋放出に反対する人びとが交差点に集まってきた。放出は午後1時の予定だと報じられていた。放出前最後の抗議になるだろう。  人びとは横一列に並ぶ。歩道に沿って《海に流すな》と書かれた横断幕をかかげる。ここでもリレースピーチが行われた。このエリアを歩いている人はいない。主に報道陣へ語りかける。  南相馬市の佐藤智子さんが話す。  「海は誰のものでしょう。みんなのものです。決して政治のトップや官僚や大企業だけのものではありません。なのに、私たちが住む地球の美しい環境を汚すっていうことに私はすごく憤りを感じます。私たち大人はまだいいですよ。子どもや孫、次世代の人たち、動植物の命を侵すことになる。私は肌でそう感じています。主婦です。単なる主婦。主婦がそう思うんです。そういうほうが案外当たっていると思います。陸上保管! 海洋放出反対!」  佐藤さんは「メディアの方々、きちんと報じてください」と語りかけた。だが、集まった報道陣はそれほど多くない。しかも半分ほどは海外メディアだった。筆者も韓国・京郷新聞のイ・ユンジョン記者から頼まれ、現地にお連れしていた。  浪江町から福島市に避難し、今も同市に住む今野寿美雄さんが話した。  「流したら福島県の恥だよ。福島も宮城も漁業は壊滅します。魚はもう食えなくなっちゃうよ。政府は全然科学的じゃないよ。原発のエンジニアとして言います。トリチウムは危険です。海はゴミ捨て場じゃないよ。それでなくても運転中の発電所からトリチウムが流れている。でも、今流そうとしているのは汚染水だよ。トリチウムだけじゃないよ。薄めて流すというけど、薄めたって総量は一緒なんです。生体濃縮した魚を食べたら人間の体にも入ってくるんです。水俣病で分かったことをまた同じことを繰り返そうとしているんです。馬鹿じゃないの?」 メディアの責任も問われている  原発で働いてきた今野さんは、事故後は子どもたちを無用な被ばくから守るための裁判で原告団長も務めてきた。放射線の怖さを肌身で感じてきたからだろう。今野さんの顔が紅潮してきた。怒りが止まらない。  「汚染水流すのやめろ。ここに爆弾あるんだったら爆弾を投げつけたいよ。ほんとに……ふざけんな!」  南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。原発の方角へお経を唱えている人がいる。千葉県にある妙法寺の法尼、矢向由季さんだ。法尼の声は時に穏やかに、時に力強く、寄せては返す波のように延々と続く。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。  午後1時すぎ、予定通り海洋放出が始まった。NHKはヘリコプターを飛ばして上空からの映像を中継している。そのくせ報じている内容は政府の言い分がベースになっている。本当に安全であり、本当に不可避ならば、大げさに伝える必要があるのだろうか。経過は大きく報じるものの、肝心の「是非」についてはっきりした考えがわからない。そのうえ反対意見は丁寧に拾わない。結果として政府を後押しする役割を果たす。多くのマスメディアに対して筆者は同様の印象を抱いている(「風評被害」を強調するだけでは、じゃあ賠償しますという話にしかならない。本来必要なのは代替案などの検証だ)。  一緒に取材したイ・ユンジョン記者は「なぜ日本では大規模な反対運動が起こらないのでしょうか」と不思議がっているが、声を上げている人は確かにいるのだ。それを伝えていないメディアの責任は大きい。報道陣の端くれである筆者も含めて。  双葉町にある産業交流センターの屋上階にのぼった。正面に太平洋が見える。まさに今、30年、40年と続く汚染水の放出が始まった。海は、変わらず青い。しかし私たちは次世代まで責任をもてるだろうか。  8月24日は、新たな負の記念日として記憶された。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 東電「請求書誤発送」に辟易する住民

    東電「請求書誤発送」に辟易する住民

     東京電力は6月1日、「請求書の誤発送について」というリリースを発表した。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が昨年12月に策定した「中間指針第5次追補」に基づく追加賠償について、請求書約1000通を誤った住所に送付したことが判明したため、発表したもの。請求書には、請求者の個人情報(氏名、生年月日、連絡先、振込口座番号)などが含まれていたという。 その翌日(6月2日)には「ダイレクトメールの誤発送について」というリリースが出された。それによると、追加賠償の請求案内のダイレクトメール約2600通を誤った住所に発送した可能性があるという。なお、ダイレクトメールには個人情報は含まれていない、としている。 こうした事態を受け、東電は関連書類の発送をいったん停止し、発送先や手順などについての点検を実施した。 そのうえで、6月22日に「請求書およびダイレクトメールの誤発送に関する原因と対策について」というリリースを発表した。 それによると、請求書の誤発送は、コールセンターや相談窓口などでの待ち時間を改善(短縮)するため、内部の処理システムを簡素化したことが原因という。 ダイレクトメールの誤発送は、請求者のデータと同社システムに登録されたデータの突合作業に当たり、専用プログラムを用いているが、一部のデータがそのプログラムで合致しなかったため、複数人による目視での突合作業を実施した際にミスが起きた、としている。 このほか、同リリースには、誤って発送した請求書、ダイレクトメールの回収に努めていること、これまで普通郵便で発送していた請求書を簡易書留で発送するようにしたこと、ダイレクトメールの発送を取り止め、7月下旬から10月をメドに、順次請求書を送付すること――等々が記されている。 これにより、追加賠償の受付・支払いが遅れることになる。さらには、誤発送の対象者から請求があった場合、誤発送によって受け取った人からの「なりすまし請求」である可能性が出てくる。そのため、本人確認を徹底しなければならず、その点でも誤発送の対象者は、面倒な手続きを求められたり、支払いが遅れるなどの影響が出てきそうだ。 一連の問題について、双葉郡から県外に避難している住民は、こんな見解を述べた。 「今回の件で分かったことは、東京電力を信用していいのか、ということです。これだけ立て続けにミスが発覚するんですから。これから、ALPS処理水の海洋放出が行われますが、そんなところに海洋放出を任せて大丈夫かという思いは拭えません。もう1つは、もし海洋放出によって風評被害などが発生し、さらなる追加賠償が実施されることになったとして、その際も今回のようなお粗末なミスが起きるのではないか、と思ってしまいます」 今回の誤発送で、賠償受付・支払いが遅れること以外に、個人情報流出などによって対象者に直接的な被害が出たという話は聞かないが、原発被災者にとってもともと低い東電の信用がさらに落ちたのは間違いなかろう。 以前と比べると、賠償関連の人員などが削減された中で、今回の追加賠償は対象が多いため、対応が追いついていないといった事情があるのだろうが、これから大事(海洋放出)を控える中での凡ミスは、いかにも印象が悪い。

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚木野正登氏を直撃

    海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

    追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

    【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。 あわせて読みたい 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html あわせて読みたい 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

    【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

     1月10日、報道関係者を対象にした東京電力福島第一原発合同取材に参加した。 敷地内をマイクロバスで移動しながら、解体作業が進む1、2号機周辺、今年春に予定されているALPS処理水海洋放出に向けて工事が進む放水立坑など7カ所を回った。 「1、2号機周りは毎年来ても変わりがないなあ」とは、事故後からほぼ毎年参加しているフリージャーナリスト。実際、燃料デブリの全容はつかめていない。一方で汚染水は生まれ続けている。海洋放出の時期が迫る中、漁業者を中心に反対の声が根強いが、東電の担当者は「理解を得られるよう取り組んでいく」と述べるにとどめた。 ※写真はすべて代表撮影 構内入り口近くの大型休憩所7階から見た3号機(左奥)と4号機(右奥)。手前に多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ。 ALPS処理水をためて海水と混ぜて流すための放水立坑。上流水槽の幅は、約18㍍、奥行き約37㍍、深さ約7㍍。1月中旬時点は建設中。仕切りの壁を越えて深さ約16㍍の下流水槽に流し、海底トンネルを通って放流する。 水素爆発を起こして建屋が壊れた1号機。2023年度中に大型カバーを設置し、がれき撤去作業を進める予定。建屋の横壁の左下に見える板は、工事に必要な足場を作るための基礎。 かまぼこ型の屋根に覆われた3号機。使用済み燃料プールからの燃料取り出しは完了したが、1~3号機ともに燃料デブリの全容はつかめていない。 1号機と2号機の西側にある通称「高台」で東電社員のレクチャーを受ける。空間放射線量は手元の線量計で約80マイクロシーベルト毎時。 1号機の水素爆発の爆風を受けた排気塔。高さ約120㍍あったが、倒壊の危険性を考慮して解体し、現在は約60㍍になっている。 構内南西側にある処理水タンクエリア。 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 構内は貸与されたベストを着用し線量計を首から下げバスで回る。 ALPS処理水に残るトリチウムが安全な値であることを示すため、ヒラメやアワビへの影響を調べる海洋生物飼育試験施設。 飼育当初は大量死したヒラメだが、専門家や漁業者の指導を受け、飼育員の技術を向上させたという。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態

    【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。 原賠審議事録を読み解く  原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。 原賠審委員名簿 役職 氏名肩書き会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事委  員江口とし子元裁判官委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授委  員古笛恵子弁護士委  員富田善範弁護士委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授  このほか、委員からはこんな発言もあった。 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。 中間指針見直しは必要  本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。 あわせて読みたい 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容

  • 【東電福島第一原発ALPS作業員被曝】重大事案をスルーするな【牧内昇平】

     汚染水の海洋放出開始からわずか2カ月。多核種除去設備(ALPS)のメンテナンス中だった作業員が放射性物質を含む廃液を浴び、被ばくする事故が起きた。それでも世の中は大騒ぎせず、放出は粛々と進む。これでいいのだろうか? 事故の詳細を検討するところから始めたい。 重大事案をスルーするな 被ばく事故現場の写真。なお記事中の写真・図・表はすべて東電の発表資料から転載、または同資料に基づき筆者が作成した  東京電力福島第一原発にたまる汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出は昨年8月24日に始まった。それから約2カ月後の10月25日、東電は報道関係者に以下のメールを送った。  《福島第一原子力発電所 協力企業作業員における放射性物質の付着について   本日午前10時40分頃、増設ALPSのクロスフローフィルタ出口配管(吸着塔手前)の洗浄を行っていた協力企業作業員5名に、配管洗浄水またはミストが飛散しました。午前11時10分頃、このうち協力企業作業員1名の全面マスクに汚染が確認され、またAPD(β線)の鳴動を確認しました(以下略)》  作業員5人のうち2人は原発からの退域基準(1平方㌢当たり4ベクレル)まで除染することが難しいと判断され、県立医大病院まで搬送されたという。  幸いなことに搬送された2人は3日後に退院したそうだ。しかし、極めて深刻な事態が起きたことに変わりはない。東電によると、被ばくによる作業員の入院は2011年3月24日以来である。一体なぜこんな事故が起きたのか。東電が11月半ばに発表した報告を基に考えたい。 事故はなぜ起きた?  事故が起きたのは、昨年10月に行われた2回目の海洋放出が終わり、3回目に向けて準備中の時期だった。ALPSは止まり、設備のメンテナンスが行われていた。どこで事故が起きたのかを示したのが図1だ。  東電はタンクに入った汚染水に対して、まずは薬液でコバルトやマンガンなどを沈殿させる「前処理」を実施。その後、「吸着塔」というフィルター機能をもった装置を通過させる。これらの作業で放射性物質を一定量取り除き、海水で薄めて太平洋に捨てている(※ただし、すべての放射性物質が除去できるわけではない。このため筆者は海洋放出自体に反対である)。  汚染水のタンクや各設備は様々な配管でつながっている。事故が起きたのは吸着塔の手前の配管である。ブースターポンプという装置を経由して汚染水を吸着塔まで運ぶのだが、稼働していると配管の中に炭酸塩がたまる。これを除去するための洗浄作業が行われていた。  現場の見取り図と作業員の配置を示したのが図2だ。  薬注ポンプから配管内へ硝酸を流し込む。硝酸に反応して炭酸塩が溶け、炭酸ガスと洗浄廃液が配管を通っていく。ガスと廃液は吸着塔の手前に設置された弁を経由し、仮設ホースを通って廃液受け入れタンクに落ちる。こうした作業だった。直接手を動かす作業員は5人。全体のとりまとめ役である工事担当者や放射線管理員も現場に同席していた。  起きたことを時系列でまとめたのが表1である。 表1 事故前後の流れ(時系列) 10月25日 7:30頃現場作業開始10:00頃廃液タンクの監視をしていた作業員CがAと交代。別エリアへ設計担当が弁を少し閉じる10:25頃硝酸を押し込めなくなったため、作業員Dが薬注ポンプを停止10:30頃~仮設ホースが外れて廃液が飛散。作業員AとBに水がかかる作業員Aがホースをタンクに戻す。Aの線量計のアラームが鳴る作業員AとBがアノラック下を着用工事担当者からの連絡で作業員C、D、Eが現場へ移動10:45頃~飛散した廃液の拭き取りを実施(作業員B~E、工事担当者)ホースを押さえていた作業員Aの線量計が連続して鳴る放管1がAに退避を指示放管1が倉庫に戻って交換用の靴などを取ってくる工事担当者がロープなどで現場の立ち入り禁止措置を実施放管1は各自の線量計の数値上昇を確認し、全員に退避を指示10:50頃全員が休憩所へ退避を開始11:10頃東電に事故の連絡を入れる12:28作業員Aが敷地内の救急医療室(ER)に到着。まもなく除染開始12:42作業員(B~E)がERに到着。除染を開始13:08事故が起きた建屋への関係者以外の立ち入り制限を実施14:45作業員5名(A~E)の放射性物質の内部取り込みなしを確認19:23作業員AとBを管理区域退出レベルまで除染するのは困難と判断20:59作業員AとBが県立医大附属病院へ出発22:25県立医大附属病院に到着(その後入院)10月28日作業員AとBが退院  はじめは問題なかった。作業員Cが廃液受け入れタンクの様子を確認する役だった。AとBという別の作業員が後方からCの仕事を見守っていた。状況が変わったのは作業開始から約2時間半が経過した頃だ。CがAに仕事を引き継ぎ、別の作業に移った。【この時、AとBは放射性物質から身を守るためのアノラック(カッパのようなもの)を着ていなかった】  それと同じ頃、設計担当は洗浄廃液の受け入れ量が増えすぎるのを心配していた。そこで配管と仮設ホースをつなぐ弁を操作し、少し閉じた。流路を狭めて仮設ホース側に流れる廃液の量を減らし、炭酸ガスのみを移動させようとしたのだ。【こうした弁の調整は当初の予定には入っていなかった】  弁の調整から約30分後、仮設ホースの先から廃液が勢いよく噴き出した。水の勢いによって、タンク上部に差し込まれていたホース先端部がはずれて暴れ出し、近くにいたAとBに放射性物質を含む廃液がかかった。Aがはずれたホースをつかんでタンクに戻した。  東電が事故の原因として発表したのは以下の3点だ。  ①弁操作による配管の閉塞  設計担当が弁を少し閉じたため、洗浄作業ではがれ落ちた炭酸塩が弁の配管側にたまり、一時的に詰まった(配管側の圧力が上昇)。その後、弁付近の炭酸塩が溶け、「詰まり」が解消された。このため、配管側にたまっていた洗浄廃液が弁の下流側(仮設ホース側)に勢いよく流れ出した。  ②ホースの固縛位置が不十分  仮に廃液が勢いよく流れ出したとしても、ホースがタンク入り口の真上で固定され、そこから先端部がまっすぐタンクに下りていれば、ホースが暴れてタンクから飛び出す恐れは少ない。だが、今回の作業ではタンクの斜め上の位置でホースが固定されていたため、勢いが強くなった時にホース先端部がタンクから飛び出してしまった。 ③不十分な現場管理体制(表2) 役割分担装  備工事担当者工事とりまとめカバーオール1重アノラック下設計担当仮設ホース内流動状態の監視カバーオール1重放管1放射線管理業務カバーオール2重放管2放射線管理業務※事故時は休憩のため不在カバーオール2重作業責任者3次請け1の作業班長(別現場)作業員A廃液タンクの監視(助勢)※Cが離れてからは主に担当カバーオール2重B作業班員への指揮廃液タンクの監視(助勢)カバーオール2重C廃液タンクの監視※主担当。途中から別作業へカバーオール1重アノラック上下D薬注ポンプの操作カバーオール1重アノラック上下E薬注ポンプの監視カバーオール1重アノラック上下  作業員AとBがアノラックを着ていれば被ばくは軽減できた。放射性液体を扱う作業ではアノラック着用のルールがあったのに、AとBは「液体が飛散する可能性はない」と考え、着用しなかった。工事担当者や放射線管理員もそれを指示しなかった。そもそも、作業員たちを指揮する立場の「作業班長」が別の現場に行っていて不在だった。  東電による事故原因3点の中で、最も深刻なのは③だろう。アノラック着用も作業班長の常駐も、安全に作業を行うために必ず守らなければならないルールだ。それが守られていなかった。現場管理体制はメチャクチャだったと言わざるを得ない。 危機感が薄い東電幹部  この事態を東電幹部はどう受け止めているのか。筆者は11月30日に開かれた福島第一廃炉推進カンパニー・小野明プレジデントの記者会見に出席し、この点を聞いた(左頁参照)。  小野氏の会見で感じたことがいくつかある。一つ目は、東電は「(元請け業者の)東芝のせいだ」と思わせたいのではないか、ということだ。  この作業は多重請負体制の下で行われていた(図3)。東電が東芝エネルギーシステムズ(以下、東芝)に発注し、東芝が3次請けまで使って現場作業を行っていた。小野氏は会見で今後の発注停止をちらつかせるなどし、原発メーカー東芝への不信感、「信頼してきたのに裏切られた」感を醸し出していた。  当り前のことだが、いくら東芝が悪くても、それによって東電が責任を免れることはあり得ない。東芝の現場管理体制を十分にチェックできていなかったのは東電だからだ。  記者会見でもう一つ感じたのは、東電幹部の危機感が薄すぎるのではないか、という点だ。  小野氏は「海洋放出の作業は本事案とはかなり体制が異なる」とし、今後の放出スケジュールへの影響はないと言う。今回の事故は設備のメンテナンス中に起きた。実際の海洋放出作業は東電社員だけで行っている。「だから大丈夫だ」と小野氏は言いたげだが、「東芝より東電を信頼する」という人は果たしてどれくらいいるだろうか。  東電ホールディングスの小早川智明社長は、事故から1カ月たっても現場を視察していないという。思い出すのは、海洋放出が始まる2日前の昨年8月22日のことだ。小早川氏は内堀雅雄知事と会うために福島県庁を訪れ、その後報道対応を行った。筆者は「万が一基準を超えるような汚染水が放出された場合、誰の責任になるのか、小早川社長の責任問題に発展すると考えてよろしいか」と聞いた。小早川氏は「私の責任の下で、安全に作業を進めるように指示してまいります」と答えた。  「安全に」という言葉には当然、「作業員の安全」も含まれているはずだ。実際に被ばく・入院する事態が起きたが、小早川氏は「自らの責任の下で」十分に対処しているだろうか。はなはだ疑問である。 このままスルーしていいのか?  こんな事故が起きたにも関わらず、東電は23年に計画していた合計3回の海洋放出を予定通り実行した。下請け作業員の被ばく事故など、まるで「なかったこと」のような扱いである(先述した11月30日の記者会見で、小野氏ら東電幹部は海洋放出の進捗を説明したが、本件事故について自分たちから切り出すことはなかった。質疑応答の時間に筆者が質問して初めて口を開いた。記者側が聞かなければ「終わったこと」「なかったこと」になっていたのである)。  また、多くのマスメディアも東電と同じくらい危機感が薄いと感じるのは筆者だけだろうか。  たとえば地元主要紙の福島民報である。事故翌日(10月26日)付の朝刊に載った記事は、第1社会面(テレビ欄の裏)のマンガ下、2段見出しだった。原稿の締め切り時間などの関係があるのかもしれないが、1面に必要な記事ではないのか。  また、東電が事故原因を発表した次の日(11月17日)付の朝刊も、第2社会面に、やはり2段見出しの短い記事が載っただけである。どちらの記事も1面ではなく、その面のトップ記事でもなかった。  一方、事故前の10月22日付朝刊には「東電があす、2回目の海洋放出を完了する」という記事が1面にあった。放出スケジュールの報道に比べて、事故の報道が小さいように感じる。  数十年も海洋放出を続ける中で「ノーミス」などあり得ない。そう思っていたが、さすがにわずか2カ月で作業員が入院するとは思わなかった。これは東電(や元請け業者である東芝)の意識が低いからなのか。それとも元々、膨大な量の汚染水を処理して海に捨てるというプロジェクト自体が簡単ではないからなのか。恐らくはその両方ではないだろうか。  国際原子力機関(IAEA)は「海洋放出が人や環境に与える影響は無視できる程度だ」と言う。しかし、これは現場の放出作業が完璧に行われた場合の話、いわば理論上の話だろう。実際には配管の劣化とかホースの固縛位置とか、現場でなければ分からない問題がたくさんあると思う。10月の事故は設備のメンテナンス中に起きたが、なんらかの事故が稼働中に起きないと言い切れるのだろうか。それらを考慮した場合のリスクは本当に「無視できるほど小さい」のだろうか。  今回の事故を軽視すべきではない。同様(もしくは今回以上)の事故が今後も起きることを想定し、海洋放出を続けるのがいいのか、代替策はないのかを検討すべきだ。 東電記者会見でのやり取り  ――本日のお話に出てこなかったのですが、10月25日の作業員被ばくについて総括をうかがいます。  小野明氏 本件に関しては近隣の皆さま、社会の皆さまにご心配をおかけしていると思います。申し訳ございません。当社は福島第一の廃炉の実施主体として適切な作業環境、健康維持に関する責任が当然ございます。私としては今回の事態を非常に重く受け止めております。原因究明、再発防止に向けてヒアリングなどを実施し、元請けの東芝において我々の要求事項が一部順守されていないことが確認されています。我々は是正を求めていますが、併せてそこを確認できなかったことは我々の責任ですので非常に重く受け止めておりまして、確認を強化しています。  ――認識がかなり甘いんじゃないかというのが正直なところです。東芝に対して「是正を求める」という対処だけでいいのかどうか。  小野 東芝には我々の要求事項をしっかり守ってくれとお願いしてますが、本当にそれができているかは我々が確認しなければいけないと思っています。今回請負体制のところが3次までやっています。請負の体制も含めて実際のやり方がよかったかというところ、今後どうしていくべきかというところまで踏み込んで少し検討したいと考えています。  ――3次請けまでつながる多重請負構造も含めて見直しの余地が現実的にあるということでしょうか。  小野 東芝といろいろ話をしていく中で、彼らが元請けとして現場を管理してないなというのが私の印象でありました。そういう意味で、本当に今回東芝に出す(発注する)のがよかったかは少し検討する必要があるのではないかと思っています。もっとしっかりした管理ができるところもあるのではないかと思いますので、実際に東芝から変えるかどうかは別としても、元請けとしてのあり方、今の請負体制のあり方は検討してみたいと思います。  ――東電トップの小早川社長は事故の現場を視察したのでしょうか。  小野 小早川自体はまだ来ていませんが、このあと、彼はこちらの方に来て、実際に現場を確認したり、我々と議論をしたり、という予定は今あります。  ――今回の件で海洋放出のスケジュールに何らかの影響は。  小野 海洋放出の作業は本事案とはかなり体制が異なっていますし、取り扱っている水の種類、それから装置関係も異なっています。そういう意味で本件と同様の身体汚染が起こるリスクは非常に低いと思っていますし、放出には影響ないと考えています。  ――今回の件は作業員が入院するという点ではかなり重大だったんじゃないかと考えています。頭の体操として、どういった場合に実際に海洋放出をいったん止めるのか。かなり深刻な事案だったけどスケジュールには全然影響ないとなると、何があってもこのまま海洋放出が続くんじゃないかと思わざるを得ないのですが。  小野 先ほども申した通り、まず、扱っている水の種類が全く違うということはご理解いただければと思います。我々としては今回の件をしっかりと踏まえ、体制とか手順、装備品等を確認して、海洋放出の作業に万全を期していきたいと考えております。 あわせて読みたい 【牧内昇平】福島民報社が手掛けた県事業11件 【牧内昇平】「食べて応援」国民運動にだまされるな【原発事故「汚染水」海洋放出】 【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】

     何としても、一日でも早く、海に捨てるのをやめさせる――。東京電力福島第一原発で始まった原発事故汚染水の海洋放出を止めるため、市民たちが国と東電を相手取った裁判を始めた。9月8日、漁業者を含む市民151人が福島地裁に提訴。10月末には追加提訴も予定しているという。「放出反対」の気運をどこまで高められるかが注目だ。 「二重の加害」への憤り 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  9月8日の午後、福島市の官公庁街にブルーののぼり旗がはためいた。  《海を汚さないで! ALPS処理汚染水差止訴訟》  台風13号の接近情報が入る中、少なくとも数十人の原告や支援者たちが集まっていた。この日の約2週間前の8月24日、原発事故汚染水(政府・東電の言う「ALPS処理水」)の海洋放出が始まった。反対派や慎重派の声を十分に聞かない「強行」に、市民たちの怒りのボルテージは高まっていた。  のぼり旗を掲げながら福島地裁に向かってゆっくりと進む。シュプレヒコールが始まる。  「汚染水を海に捨てるな! 福島の海を汚すな!」  熱を帯びた声の重なりが雨のぱらつく福島市街に渦巻いた。  「我々のふるさとを汚すな! 国と東京電力は原発事故の責任をとれ!」  提訴後、市民たちは近くにある福島市の市民会館で集会を行った。弁護団の共同代表を務める広田次男弁護士が熱っぽく語る。 広田次男弁護士(8月23日、本誌編集部撮影)  「先月の23日に記者会見し、28日から委任状の発送作業などを行ってきました。今日まで10日弱で151名の方々が加わってくれたことは評価に値することだと思います」  広田氏の隣には同じく共同代表の河合弘之弁護士が座っていた。共同代表はこの日不参加の海渡雄一弁護士も含めた3人である。広田氏は長年浜通りの人権派弁護士として活動してきたベテラン。河合、海渡の両氏は全国を渡り歩いて脱原発訴訟を闘うコンビだ。  この日訴状に名を連ねたのは福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県に住む市民(避難者を含む)と漁業者たち。必要資料の提出が間に合わなかった人も多数いるため、早速10月末に追加提訴を行う予定だという。少なくとも数百人規模の原告たちの思いが、上記の3人をはじめとした弁護士たちに託されることになる。  報道陣に渡された訴状はA4版で40ページ。請求の理由が書かれた文章の冒頭には「福島県民の怒り」というタイトルがついていた。  《本件訴訟の当事者である原告らは、いずれも「3・11原発公害の被害者」であり、各自、「故郷はく奪・損傷による平穏生活権の侵害」を受けた者であるという特質を備えている。したがって、ALPS処理汚染水の放出による環境汚染は、その「重大な過失」によって放射能汚染公害をもたらした加害者が、被害者に対して「故意に」行う新たな加害行為である。原告と被告東電・被告国の間には、二重の加害と被害の関係があると言える。本件訴訟は、二重の加害による権利侵害は絶対に容認できないとの怒りをもって提訴するものである》(訴状より)  原発事故を起こした国と東電が今度は故意に海を汚す。これは福島の人びとへの「二重の加害」である――。河合弘之弁護士はこの理屈をたとえ話で説明した。  「危険運転で人をはねたとします。その人が倒れました。なんとか必死に立ち上がって、歩き始めました。そこのところを後ろから襲いかかって殴り倒すような2回目の加害行為。これが今度の放射性物質を含む汚染水の海洋投棄だと思います。1回目の危険運転は、ひどいけれども過失罪です。今度流すのは故意、悪意です。過失による加害行為をした後に、故意による加害行為を始めたというのが、この海洋放出の実態です」  「二重の加害」への憤り。この思いは原告たちの共通認識と言えるだろう。原告共同代表を務める鈴木茂男さん(いわき市在住)はこのように語っている。  「私たち福島県民は12年前の原発事故の被害者です。現在に至るまで避難を続けている人もたくさんいます。被害が継続している人たちがまだまだたくさんいるのです。その中で国と東電がALPS処理汚染水の海洋放出を強行するということは、私たち被害者たちに対して新たな被害を与えるということだと思います。それなのに国と東電は一切謝罪をしていません。漁業者との約束を破ったにも関わらず、『約束を破っていない』と強弁して、『すみません』の一言も発していません。こんなことがまかり通っていいのでしょうか? 社会の常識からいえば、やむを得ない事情で約束を守れない状況になったら、その理由を説明し、頭を下げて謝罪し、理解を求めるのが、人の道ではないでしょうか。謝罪もせず、『理解は進んでいる』と言う。これはどういうことなのでしょうか? 福島第一原発では毎日汚染水が増え続けています。この汚染水の発生をストップさせることがまず必要です。私は海洋放出を黙って見ているわけにはいきません。何としても、いったん止める。そして根本的な対策を考えさせる。止めるのは一日でも早いほうがいい。そのための本日の提訴だと思っています」  提訴後の集会でのほかの原告たちの声(別表)も読んでほしい。 海洋放出差し止め訴訟「原告の声」 佐藤和良さん(いわき市)「今、マスコミでは『小売りの魚屋さんが頑張っています』というのがよく取り上げられています。食べて応援。岸田首相や西村経済産業大臣をはじめとして、みんな急に刺身を食べたり、海鮮丼を食べたりして、『常磐ものはうまい』と言っています。でも、30年やってられるんですか? 急に魚食うなよと言いたいです。『汚染水』ではなくて『処理水』だという言論統制が幅を利かすようになっています。本当に戦争の足音が近づいてきたんじゃないかと思います。非常に厳しい日本社会になってきています。我々は引くことができません」 大賀あや子さん(大熊町から新潟県へ避難)「大熊町議会では2020年9月に処分方法の早期決定を求める意見書を国に提出しました。政府東電の説明を受け、住民の声を聞き取る機会を設けず、町議会での参考人聴取や熟議もないままに出されたものでした。交付金のため国に従うという原発事故前からの構図は変わっていないということでしょうか。海洋放出に賛成しない町民の声が埋もれてしまっています」 後藤江美子さん(伊達市)「私が原告になろうと思ったのは生活者として当たり前の常識が通用しないことに憤りを感じたからです。『関係者の理解なしには海洋放出しない』という約束がありました。この約束は反故にしないと言いながら、どうして海洋放出を開始するのか。子どもたちに正々堂々きちんと説明することができるのでしょうか。平気でうそをつく、ごまかす、後出しじゃんけんで事実を知らせる。国や東電がやっていることは人として恥ずかしくないのでしょうか。岸田さんはこれから30年すべて自分が責任をもつとおっしゃいましたが、次の世代を生きる孫や子のことを考えれば、本当はもっと慎重な行動が求められているのではないかと思います」 権利の侵害を主張 東京電力本店  訴えの中身に目を転じてみよう。裁判は国を相手取った行政訴訟と、東電を相手取った民事訴訟との二部構成になる。原告たちが求めているのはおおむね以下の2点だ。  ・国(原子力規制委員会)は、東電が出した海洋放出計画への認可を取り消せ。  ・東電はALPS処理汚染水の海洋への放出をしてはならない。  なぜ原告たちにこれらを求める根拠があるのか。海洋放出によって漁業者や市民たちの権利が侵害されるからだというのが原告たちの主張だ。  《ALPS処理汚染水が海洋放出されれば、原告らが漁獲し、生産している漁業生産物の販売が著しく困難となることは明らかである。政府は、これらの損害については補償するとしているが、まさに、補償しなければならない事態を招き寄せる「災害」であることを認めているといわなければならない。さらに、一般住民である原告との関係では、この海洋放出行為は、これらの漁業生産物を摂取することで、将来健康被害を受ける可能性があるという不安をもたらし、その平穏生活権を侵害する行為である》(訴状より)  漁師たちが漁をする権利(漁業行使権)が妨害されるだけでなく、生業を傷つけられること自体が漁師の人格権侵害に当たるという指摘もあった。この点について、訴状は週刊誌(『女性自身』8月22・29日合併号)の記事を引用している。  《新地町の漁師、小野春雄さんはこう憤る。「政府は、『水産物の価格が下落したら買い上げて冷凍保存する』と言って基金を作ったけど、俺ら漁師はそんなこと望んでない。消費者が〝おいしい〟と喜ぶ顔が見たいから魚を捕るんだ。税金をドブに捨てるような使い方はやめてもらいたい!」》  仮に金銭補償が受けられたとしても、漁師としての生きがいや誇りは戻ってこない。小野さんが言いたいのはそういうことだと思う。  訴状はさらに、さまざまな論点から海洋放出を批判している。要点のみ紹介する。  ・ALPS処理汚染水に含まれるトリチウムやその他の放射性物質の毒性、および食物連鎖による生体濃縮の毒性について、適切な調査・評価がなされていない。  ・放射性廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約などに違反する。  ・国と東電には環境への負荷が少ない代替策を採用すべき義務がある。  ・国際社会の強い反対を押し切って海洋放出を強行することは日本の国益を大きく損なう。  ・IAEA包括報告書によって海洋放出を正当化することはできない。 弁護団共同代表の海渡氏は裁判のポイントを以下のように解説する。  「分かりやすい例を一つだけ挙げます。今回の海洋放出は、ALPS処理された汚染水の中にどれだけの放射性物質が含まれているかが明らかになっていません。放出される中にはトリチウムだけでなくストロンチウム、セシウム、炭素14なども含まれています。それらが放出されることによって海洋環境や生物にどういう被害をもたらし得るか。環境アセスメントがきちんと行われていません。国連人権理事会の場でもそういう調査をしろと言われているのに、それが全く行われていない。決定的に重大な国の過誤、欠落と言えると思います」 原発事故汚染水の海洋放出と差し止め訴訟の経緯 2021年4月日本政府が海洋放出の方針を決定2022年7月原子力規制委員会が東電の海洋放出設備計画を認可8月福島県と大熊・双葉両町が東電の海洋放出設備工事を事前了解2023年7/4国際原子力機関(IAEA)が包括報告書を公表8/22日本政府が関係閣僚等会議を開き、8月24日の放出開始を決める23日海洋放出差し止め訴訟の弁護団と原告予定者が提訴方針を発表24日海洋放出開始。中国は日本からの水産物輸入を全面的に停止9/4日本政府が水産事業者への緊急支援策として新たに207億円を拠出すると発表8日海洋放出差し止め訴訟、第1次提訴11日東電が初回分の海洋放出を完了(約7800㌧を放出)10月末差し止め訴訟、追加提訴(予定) 多くの市民を巻き込めるか 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  問題は、原告たちの訴えが認められるかどうかだ。提訴前の8月23日に開かれた記者会見で、筆者はあえて弁護団に「勝算」を聞いた。広田氏は以下のように答えた。「何をもって裁判の勝ち負けとするか、そのメルクマール自体が裁判の展開によっては難しい中身を伴うかもしれませんが、勝算はもちろんあります。勝算がなければこうやって大勢の皆さんに立ち上がろうと弁護団が言うことはあり得ません。どういう形で勝つかまではここで具体的に断言はできませんが、ともかくどういう形であれ、やってよかった、立ち上がってよかった、そう思える結果を残せると確信しております」。  海渡氏は以下の見解を示した。  「この裁判は十分勝算があると思っています。最も勝算があると考える部分は、現に漁業協同組合に加入している漁業者の方がこの裁判に加わってくれたことです。彼らの生業が海洋放出によって甚大な影響を受けることはまちがいない。そしてそれが過失ではなく故意による災害であることもまちがいない。これはきわめて明白なことです。まともな裁判官だったら正面から認めるはずです。一般市民の方々の平穏生活権の侵害については、これまでの原発事故被害者の損害賠償訴訟の中で、避難者の救済法理として考えられてきたものです。たくさんの民事法学者の賛同を得ている、かなり確実な法理論です。チャレンジングなところもありますが、この部分も十分勝算があると思っています」  筆者の考えでは、最大のポイントはいかに運動を広げられるかだ。法廷闘争だけで海洋放出を止めるのではなく、裁判を起こすことで二重の加害に対する市民たちの憤りを「見える化」し、できるだけ多くの人に「やっぱり放射性物質を海に流してはだめだ」と考えてもらう。世論を味方につけ、判決を待たずして政府に政策転換を迫る。そんな流れを作れないだろうか。  そのためには原告の数をもっと増やしたいところだろう。仮に数千人規模の市民が海洋放出差し止めを求めて裁判所に押し寄せたら、裁判官たちにもいい意味でのプレッシャーがかかるのではないか。素人考えではあるが、筆者はそう思っている。  とはいえ司法の壁は高い。記憶に新しいのは昨年6月17日の最高裁判決だ。原発事故の損害賠償などを求める市民たちが福島、千葉、群馬、愛媛地裁で始めた合計4件の訴訟について、最高裁第二小法廷は国の法的責任を認めないという判決を下した。高裁段階では群馬をのぞく3件で原告たちが勝っていたが、それでも最高裁は国の責任を認めなかった。東電に必要な事故対策をとらせなかった国の無為無策が司法の場で免罪されてしまった。司法から猛省を迫られなかったことが、原発事故対応に関して国に余裕をもたらし、今回の海洋放出強行につながったという見方もある。  しかし、壁がどんなに高かろうとも、政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の役割の一つだということを忘れてはならない。国のやることがおかしいと感じたとき、司法に期待をかけるのは国民の権利である。海洋放出に反対する市民運動を続けてきた織田千代さん(いわき市)は、今回の海洋放出差し止め訴訟の原告にも加わった。織田さんはこう話す。  「福島で原発事故を経験した私たちは、事故が起きるとどうなるのかを12年以上さんざん見てきました。そして福島のおいしいものを食べるときに浮かんでしまう『これ大丈夫かな?』という気持ちは、事故の前にはなかった感情です。つまり、原発事故は当たり前の日常を傷つけ続けているということだと思います。それを知っている私たちは、絶対にこれ以上放射能を広げるなと警告する責任があると思います。国はその声を無視し続け、約束を守ろうとしませんでした。それでも私たちは安心して生きていきたいと願うことをやめるわけにはいきません。私たちの声を『ないこと』にはできません」 ※補足1海洋放出差し止め訴訟の原告たちは新しい原告や訴訟支援者の募集を続けている。原告は福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県の市民が対象で(同地域からの避難者を含む)、それ以外の地域に住む人は訴訟の支援者になってほしいという。問い合わせはALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局(090-7797-4673、ran1953@sea.plala.or.jp)まで。 ※補足2生業訴訟の第2陣(原告数1846人)は福島地裁で係属中。全国各地のほかの集団訴訟とも協力し、いわゆる「6.17最高裁不当判決」をひっくり返そうとしている。 あわせて読みたい 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 大義なき海洋放出【牧内昇平】

     8月24日、政府と東京電力は福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出を始めた。約束を守らず、急いで流す必要はなく、代替案を検討する余地もあった。筆者は「大義なき海洋放出」だと思っている。反対する人びとは直前まで街頭で声を上げ、中止や再検討を求め続けていた。直前1週間の取材日記を紹介する。 反対派の声でつづる直前1週間  【8月17日】  午後2時、国会の衆議院第一議員会館。国際環境NGOのFOEジャパンらが経済産業省や東電の担当者と面会した。同団体の事務局長、満田夏花氏が険しい表情で切り出す。  「原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、反論として挙げられている水和熱の発生は分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがですか」  福島市内の自宅にいた筆者はオンラインでこの会合を視聴した。淡い期待を抱いていた。海洋放出の代替案が議題の一つだったからだ。汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないだろう。可能な限り他の選択肢を検討すべきだ。マスメディアはほとんど報じないが、海洋放出の他にも汚染水処分のアイデアはある。有力なのが大学教授やプラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」による「モルタル固化による『半地下』埋設」案である。  コンクリートやモルタルが固まる時には材料の水とセメントが反応して水和熱が生じる。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも大気中に出ていってしまう。経産省が汚染水の処分方法を検討した「ALPS処理水の取扱いに関する小委員会」では、水和熱が固化案の課題の一つとされた。「抑制剤を入れれば蒸発量は少ない」という満田氏の指摘に対し、東電はこう答えた。  東電の担当者「固化時の水分蒸発のみが課題ではございません。また、ご指摘の水和熱の発生に対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法が根本的な解決にはならないと考えています」  この説明に対して原子力市民委員会に所属するプラント技術者、川井康郎氏が反論した。  「たしかに水和熱は発生します。ただ、あくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。抑制剤を使えば影響は些末です。水分の蒸発がゼロにはなりませんが、含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。対して海洋放出というのは、タンクにたまる約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。その際のトリチウムの量と、固化時の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えてモルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません」  満田氏「水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?」  東電の担当者「ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。20年に小委員会報告書が出されていて、そこでは地下埋設という処分方法については《規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い》と書かれていたと認識しております」  筆者は驚いた。蒸発量のデータを持たないまま、「水分が蒸発するからダメ」と説明していたことが判明したからだ。市民側の追及は続く。  満田氏「小委員会などで議論されていたのは『地下』埋設です。原子力市民委員会が提案しているのは『半地下』案です。モニタリングが難しいとか、費用がかかるとか、地下埋設の弱点を改善した案なんです。それについて一顧だにせず、公の場で議論してきませんでした。にもかかわらず『すでに議論したからいいんだ』という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います」  東電の担当者「我々としては報告書の結果を受けて海洋放出が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところです」  東電の言い分としては「政府の方針に従っているだけだ」ということ。これはこれで正しい。説明責任は日本政府にある。  満田氏「経産省さんはいかがでしょうか」  経産省の担当者「ええと……処分方法の決定にあたっては6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります……」  経産省からの回答はこれだけだった。これには市民委員会のメンバーで、かつて原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒った。  後藤氏「小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言いますが、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば存在価値がない!」  経産省からは何の反論もない。筆者はため息をついてパソコンを閉じた。真摯な議論が聞けると思ったのに期待を裏切られたからだ。この日の会合取材ではっきりしたのは、経産省も東電も代替案をまじめに考えていないことだ。FOEジャパンは事前に質問状を渡していたという。回答を準備する時間はあったはずだ。代替案が検討されないまま、海洋放出が唯一の選択肢であるかのように事態は進んでゆく。  午後5時半、岸田首相は日米韓首脳会談に出席するため、政府専用機で米国に向かった。  首相官邸前に市民が集結 海洋放出反対のボードを掲げる首相官邸前アクションの参加者(8月18日、牧内昇平撮影)  【8月18日】  筆者は新幹線に乗って東京へ。午前10時、東京都千代田区の首相官邸前には200人を優に超える市民たちが集まっていた。うだるような暑さの中、横断幕やプラカードを掲げる。  《約束を守れ!》《安全な陸上で保管できる》《福島は怒っている 汚染水ながすな》  海洋放出に反対する市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議」(これ海)と「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」が主催した首相官邸前アクションだ。三春町の武藤類子さんがマイクを握った。  「今日岸田首相は日米韓首脳会談のためにアメリカに行っています。しかし、岸田首相が聞くべき声はバイデン大統領やユン大統領の意向ではありません。聞くべきは漁業者をはじめとする原発事故の被害者、国内の市民の声、そして海でつながる他の国々の市民の声だと思います」  その通りだ。続いて「これ海」共同代表、いわき市の佐藤和良さんがスピーチを行う。  「全国の漁業者が一丸となって反対し続けているではありませんか。そしてまた福島県民はじめ多くの原発事故被害者が、この放射性液体廃棄物の海洋投棄に反対しているんです。東日本大震災で塗炭の苦しみを味わって12年、ここまできました。沿岸漁業もようやく震災前2割の水揚げに至ったばかりです。ここで汚染水を流されたら生業が成り立ちません。会津には『什の掟(じゅうのおきて)』というものがあります。『ならぬことはならぬものです。嘘を言うことはなりませぬ』。岸田首相にこの言葉を贈ります!」  参加者たちは炎天下の官邸前から参議院議員会館に移動し、集会を続けた。急に冷房が効いた場所へ入り、汗で濡れたシャツが冷たくなる。いわき市の米山努さんが話した。時折涙ぐんでいる。米山さんはかつて筆者に、「海洋放出は福島県民にとって末代への恥だ」と指摘していた。放出が間近に迫り、胸が締めつけられる気持ちなのだろう。  「私は海産物が好きですから毎日のように近くの海で獲れたアイナメとか、いろいろな魚を食べています。トリチウムは有害であることをはっきりと言っておきたいと思います。政府は問題ないと宣伝していますが、資料を調べれば調べるほど有害性にどきっとします。たとえばトリチウムは人体の臓器の中では脳にとどまることが多いようです。また、有機物に結合したトリチウムが体内に取り込まれた場合、生物学的半減期(代謝や排せつで半分に減るまでの期間)は100~600日くらいだそうです。長く体内にとどまり、細胞のごく近くでトリチウムのベータ線を放出し続けるわけです」   「これ海」共同代表、いわき市の織田千代さんはこう話した。  「海は世界につながる豊かな命のかたまりです。放射能を流し続けるという無謀なことを日本政府が行っていいはずがありません。事故を経験した大人の責任として、未来の子どもたちにきれいな海を手渡したい、約束を守ることの大切さを伝えていきたいと思うのです。海洋放出はやめてと叫び続けましょう」  織田さんは叫び続けてきた。2年前の4月13日に政府が海洋放出方針を決めて以来、「これ海」は毎月13日に反対行動を続けてきた。伝わらないもどかしさを感じながら、それでも声を上げ続ける姿勢に筆者は敬意を抱く。この声はいつになったら政府に届くのか。岸田首相はこの日の午後、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着。 岸田首相に向けて「反対」の声 【8月19日】  福島に戻った筆者は朝からやる気が出ない。前日からこんなニュースばかりだからだ。  《岸田首相は福島第一原発を20日にも訪問する方向で最終調整に入った。(中略)首相は近く関係閣僚会議を開き、月内にも放出開始の日程を判断する》(19日付福島民報)  本誌編集部の志賀哲也記者から一報をもらった。「不確実な情報ですが、岸田首相は朝、新幹線でJR郡山駅に来て、帰りはいわき駅から特急に乗って帰るようです」。  海洋放出に反対する人びとはこの情報をつかんでいるだろうか。心配が頭をかすめたが、間違っていたら悪いので、とりあえず経過を見守るしかない。志賀記者が郡山駅で写真をおさえ、私は原発付近に向かうことにした。  【8月20日】 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1693071630145335489 岸田首相に海洋放出反対を訴えた宍戸さん(8月20日、牧内昇平撮影)  午前9時半、岸田首相が郡山駅に到着。志賀記者の情報はビンゴだった。反対する人びとの集会は開かれていないという。やはり情報が入っていないのだ。首相は直接、反対の声を聞くべきだ。筆者は福島市に住む宍戸幸子さんに電話をかけた。連日のように街頭で放出反対を訴えている宍戸さんなら一緒に来てくれると思ったからだ。「情報が正確だと分かりました。宍戸さん、今から出られますか?」「もちろん!」。原発の近くから福島市に引き返し、宍戸さんと合流していわき駅へ向かった。  正午すぎ、いわき駅に到着。警察官が歩き回っているなか、改札を出たところの広場で首相の到着をひたすら待つ。午後3時すぎ、特急ひたちのホームに降りようとする集団を発見。中央に首相の姿を認める。カメラを構えながら宍戸さんに「来た!」と叫んだ。宍戸さんは一瞬「どこ?」と戸惑ったが、気を引き締めて大きな声で叫んだ。  「海洋放出は絶対反対ですから!反対ですから!」  新聞紙で覆っていた手書きのポスターをかかげる。《反対してるのに! 海洋放出するな》  首相の姿が見えたのはわずか数秒だった。宍戸さんの叫び声は届いただろうか? 岸田首相はこの日、原発構内で東電の最高幹部たちと面会、報道対応を行った。しかし、福島の人びとと語り合う時間はつくらなかった。 【8月21日】  午後2時、福島市内の杉妻会館で「福島円卓会議」が始まった。海洋放出や廃炉の問題を議論するために県内の有識者や市民が集まった会議だ。ホールには事務局長の林薫平・福島大准教授の声が響いた。  「一、今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである。二、地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない。三……」  林氏が読み上げたのは「緊急アピール」の文案だった。円卓会議はこの夏に発足。7月11日と8月1日に会合を開き、この日が3回目だ。議論を重ねるにはまだ時間が必要だったと思うが、事態は急を要するため、緊急アピールを発出することになったという。参加した市民たちと約2時間にわたる意見交換を行い、その場でアピールの文面を固めた。  この会議がもっと早く始まってくれればよかったのに、と筆者は思う。だが、内堀雅雄福島県知事が海洋放出に対する賛否を示さず、結果的に政府・東電の計画を追認してしまっているのが現状だ。地元福島の有識者・市民が自主的に集まり、意思表明することには大きな価値がある。  誰でも会議に参加でき、挙手すれば意見を述べられるという進行方法もいいと思う。事務局は政府や東電にも会議への出席を求めてきたという。しかし、これまでの会議には誰も参加していないようだ。ここでも「丁寧に説明する」という政府・東電の言葉がいい加減なものだとわかる。  午後4時、岸田首相は全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長を官邸に呼んだ。福島県漁連の専務理事も同席した。着々と地ならしが進んでいく印象。 決して賛否を示さない内堀知事 筆者の質問に答える内堀雅雄知事(写真中央、8月22日、牧内昇平撮影) 【8月22日】  午前10時、関係閣僚等会議が開始。岸田首相が「具体的な放出時期は8月24日を見込む」と発表する。  午後になって頼みの志賀記者から連絡が入った。2時半から西村康稔経産相が県庁を訪ね、内堀知事と吉田淳・大熊町長、伊澤史朗・双葉町長と面会するとのこと。県庁に取材を申し込んだら「経産省のほうで受け付けを行っています」とにべもない。しかも経産省はすでに申し込みを締め切ったという。  西村氏に続いて東電ホールディングスの小早川智明社長が内堀知事ら3氏と面会した。終了後、報道陣への取材対応の時間があった。筆者と内堀氏のやりとりを再現する。  筆者「フリーランスの牧内といいますが、何点かうかがいます」  内堀氏「すみません。時間の関係があるので一点でお願いします」  筆者「一点?」  内堀氏「はい」  筆者「これまで何度も聞かれていると思いますが、そもそも内堀さんは海洋放出に賛成なんでしょうか、反対なんでしょうか。理解を示しているのでしょうか、示していないのか。その点を明らかにしてもらいたいと思います」  内堀氏「はい。今ですね、二つの中の選択肢で選んでくれというお話をしました。今日私が経済産業大臣そして東京電力の社長にお話した内容、非常に複雑多岐な内容を含んでいます。漁業者の皆さんの思いも含んでいます。また、処理水の海洋放出に反対の方の意見も入っています。一方でまさに立地自治体であったり、避難地域12市町村の復興を前に進めたい、あるいは福島県の風評というものをしっかりなくしていきたいという県民の皆さんの思いも入っています。二つの選択肢の中のどちらかを選ぶということは、原子力災害の問題では極めて困難だと考えています。そのうえで広域自治体である県としては、それぞれの立場の真剣な思いというものを福島県の意見の中に取り入れつつ、これまで政府高官に対する要請を21回、また、復興推進委員会、復興再生協議会等の場において26回、この2年4カ月の間にお話をしてきました。一言で結論を出すことが難しい。それがこの原子力災害の葛藤だと考えています」  筆者「政治家としては決断を下すのが仕事だと……」  内堀氏(再質問している筆者から目を背けてほかの新聞記者を指し)「お願いします」  県庁の広報担当「一問限りでお願いいたします」  筆者「ダメなんですか?」  県庁の広報担当(無回答のまま)「じゃ、河北新報さん」  内堀氏(河北の記者のほうを向いて)「どうぞ」  この期に及んで内堀氏は海洋放出の是非について判断を示さなかった。「原子力災害の問題は二つの選択肢のどちらかを選ぶのが極めて困難だ」と言う。だが、いろいろな人と話し合ったうえで正解のない問題に決断を下すのが政治家の仕事だろう。福島県には原子力緊急事態宣言が出されている。まさに今、原子力災害は継続中である。「どちらかを選べない」人が行政トップの座に就いていて大丈夫だろうか(ちなみに複数質問した記者もいたことを付記しておく)。 注目される差し止め訴訟 【8月23日】  「今年の5月から裁判を準備してきました。原告数は100人を超えることを目指しています」  いわき市文化センターの会議室で、広田次男弁護士が海洋放出の差し止めを求める裁判を起こすと発表した。県内外の漁業者や市民が原告、国と東電ホールディングスが被告となる。海洋放出によって漁業者たちは生存の基礎となる生業を破壊される。一般の人びとも汚染されない環境で平穏に生活する権利を奪われる。漁業行使権、人格権(平穏生活権)が侵害されるとの主張だ。広田氏と共に弁護団の共同代表を務める河合弘之弁護士は海洋放出が倫理に反している点を強調した。  「福島第一原発の敷地内外には広大な土地があります。国や東電は『燃料デブリの用地確保が必要だ』と言いますが、デブリはまだ数㌘しか取れていません。大量に取り出せるのは何十年も先です。そんな先のことのために、空き地を使わず放流するというのはインチキです。ひと言でいえば『不要不急の放流』です」  9月8日に第一次提訴があるという。政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の最大の役割だ。海洋放出をめぐる法廷闘争がいよいよ始まる。  【8月24日】 大熊町で海洋放出直前に行われた抗議活動の様子(8月24日、牧内昇平撮影)  午前9時、筆者は大熊町夫沢付近にある国道6号の交差点に到着した。交差点から車を東に進めれば福島第一原発の敷地に至る。が、当然そこは封鎖され、一般車両は通行できない。数台のパトカーが停まり、制服の警察官が取り締まっている。海洋放出に反対する人びとが交差点に集まってきた。放出は午後1時の予定だと報じられていた。放出前最後の抗議になるだろう。  人びとは横一列に並ぶ。歩道に沿って《海に流すな》と書かれた横断幕をかかげる。ここでもリレースピーチが行われた。このエリアを歩いている人はいない。主に報道陣へ語りかける。  南相馬市の佐藤智子さんが話す。  「海は誰のものでしょう。みんなのものです。決して政治のトップや官僚や大企業だけのものではありません。なのに、私たちが住む地球の美しい環境を汚すっていうことに私はすごく憤りを感じます。私たち大人はまだいいですよ。子どもや孫、次世代の人たち、動植物の命を侵すことになる。私は肌でそう感じています。主婦です。単なる主婦。主婦がそう思うんです。そういうほうが案外当たっていると思います。陸上保管! 海洋放出反対!」  佐藤さんは「メディアの方々、きちんと報じてください」と語りかけた。だが、集まった報道陣はそれほど多くない。しかも半分ほどは海外メディアだった。筆者も韓国・京郷新聞のイ・ユンジョン記者から頼まれ、現地にお連れしていた。  浪江町から福島市に避難し、今も同市に住む今野寿美雄さんが話した。  「流したら福島県の恥だよ。福島も宮城も漁業は壊滅します。魚はもう食えなくなっちゃうよ。政府は全然科学的じゃないよ。原発のエンジニアとして言います。トリチウムは危険です。海はゴミ捨て場じゃないよ。それでなくても運転中の発電所からトリチウムが流れている。でも、今流そうとしているのは汚染水だよ。トリチウムだけじゃないよ。薄めて流すというけど、薄めたって総量は一緒なんです。生体濃縮した魚を食べたら人間の体にも入ってくるんです。水俣病で分かったことをまた同じことを繰り返そうとしているんです。馬鹿じゃないの?」 メディアの責任も問われている  原発で働いてきた今野さんは、事故後は子どもたちを無用な被ばくから守るための裁判で原告団長も務めてきた。放射線の怖さを肌身で感じてきたからだろう。今野さんの顔が紅潮してきた。怒りが止まらない。  「汚染水流すのやめろ。ここに爆弾あるんだったら爆弾を投げつけたいよ。ほんとに……ふざけんな!」  南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。原発の方角へお経を唱えている人がいる。千葉県にある妙法寺の法尼、矢向由季さんだ。法尼の声は時に穏やかに、時に力強く、寄せては返す波のように延々と続く。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。  午後1時すぎ、予定通り海洋放出が始まった。NHKはヘリコプターを飛ばして上空からの映像を中継している。そのくせ報じている内容は政府の言い分がベースになっている。本当に安全であり、本当に不可避ならば、大げさに伝える必要があるのだろうか。経過は大きく報じるものの、肝心の「是非」についてはっきりした考えがわからない。そのうえ反対意見は丁寧に拾わない。結果として政府を後押しする役割を果たす。多くのマスメディアに対して筆者は同様の印象を抱いている(「風評被害」を強調するだけでは、じゃあ賠償しますという話にしかならない。本来必要なのは代替案などの検証だ)。  一緒に取材したイ・ユンジョン記者は「なぜ日本では大規模な反対運動が起こらないのでしょうか」と不思議がっているが、声を上げている人は確かにいるのだ。それを伝えていないメディアの責任は大きい。報道陣の端くれである筆者も含めて。  双葉町にある産業交流センターの屋上階にのぼった。正面に太平洋が見える。まさに今、30年、40年と続く汚染水の放出が始まった。海は、変わらず青い。しかし私たちは次世代まで責任をもてるだろうか。  8月24日は、新たな負の記念日として記憶された。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 東電「請求書誤発送」に辟易する住民

     東京電力は6月1日、「請求書の誤発送について」というリリースを発表した。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が昨年12月に策定した「中間指針第5次追補」に基づく追加賠償について、請求書約1000通を誤った住所に送付したことが判明したため、発表したもの。請求書には、請求者の個人情報(氏名、生年月日、連絡先、振込口座番号)などが含まれていたという。 その翌日(6月2日)には「ダイレクトメールの誤発送について」というリリースが出された。それによると、追加賠償の請求案内のダイレクトメール約2600通を誤った住所に発送した可能性があるという。なお、ダイレクトメールには個人情報は含まれていない、としている。 こうした事態を受け、東電は関連書類の発送をいったん停止し、発送先や手順などについての点検を実施した。 そのうえで、6月22日に「請求書およびダイレクトメールの誤発送に関する原因と対策について」というリリースを発表した。 それによると、請求書の誤発送は、コールセンターや相談窓口などでの待ち時間を改善(短縮)するため、内部の処理システムを簡素化したことが原因という。 ダイレクトメールの誤発送は、請求者のデータと同社システムに登録されたデータの突合作業に当たり、専用プログラムを用いているが、一部のデータがそのプログラムで合致しなかったため、複数人による目視での突合作業を実施した際にミスが起きた、としている。 このほか、同リリースには、誤って発送した請求書、ダイレクトメールの回収に努めていること、これまで普通郵便で発送していた請求書を簡易書留で発送するようにしたこと、ダイレクトメールの発送を取り止め、7月下旬から10月をメドに、順次請求書を送付すること――等々が記されている。 これにより、追加賠償の受付・支払いが遅れることになる。さらには、誤発送の対象者から請求があった場合、誤発送によって受け取った人からの「なりすまし請求」である可能性が出てくる。そのため、本人確認を徹底しなければならず、その点でも誤発送の対象者は、面倒な手続きを求められたり、支払いが遅れるなどの影響が出てきそうだ。 一連の問題について、双葉郡から県外に避難している住民は、こんな見解を述べた。 「今回の件で分かったことは、東京電力を信用していいのか、ということです。これだけ立て続けにミスが発覚するんですから。これから、ALPS処理水の海洋放出が行われますが、そんなところに海洋放出を任せて大丈夫かという思いは拭えません。もう1つは、もし海洋放出によって風評被害などが発生し、さらなる追加賠償が実施されることになったとして、その際も今回のようなお粗末なミスが起きるのではないか、と思ってしまいます」 今回の誤発送で、賠償受付・支払いが遅れること以外に、個人情報流出などによって対象者に直接的な被害が出たという話は聞かないが、原発被災者にとってもともと低い東電の信用がさらに落ちたのは間違いなかろう。 以前と比べると、賠償関連の人員などが削減された中で、今回の追加賠償は対象が多いため、対応が追いついていないといった事情があるのだろうが、これから大事(海洋放出)を控える中での凡ミスは、いかにも印象が悪い。

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。 あわせて読みたい 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html あわせて読みたい 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

     1月10日、報道関係者を対象にした東京電力福島第一原発合同取材に参加した。 敷地内をマイクロバスで移動しながら、解体作業が進む1、2号機周辺、今年春に予定されているALPS処理水海洋放出に向けて工事が進む放水立坑など7カ所を回った。 「1、2号機周りは毎年来ても変わりがないなあ」とは、事故後からほぼ毎年参加しているフリージャーナリスト。実際、燃料デブリの全容はつかめていない。一方で汚染水は生まれ続けている。海洋放出の時期が迫る中、漁業者を中心に反対の声が根強いが、東電の担当者は「理解を得られるよう取り組んでいく」と述べるにとどめた。 ※写真はすべて代表撮影 構内入り口近くの大型休憩所7階から見た3号機(左奥)と4号機(右奥)。手前に多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ。 ALPS処理水をためて海水と混ぜて流すための放水立坑。上流水槽の幅は、約18㍍、奥行き約37㍍、深さ約7㍍。1月中旬時点は建設中。仕切りの壁を越えて深さ約16㍍の下流水槽に流し、海底トンネルを通って放流する。 水素爆発を起こして建屋が壊れた1号機。2023年度中に大型カバーを設置し、がれき撤去作業を進める予定。建屋の横壁の左下に見える板は、工事に必要な足場を作るための基礎。 かまぼこ型の屋根に覆われた3号機。使用済み燃料プールからの燃料取り出しは完了したが、1~3号機ともに燃料デブリの全容はつかめていない。 1号機と2号機の西側にある通称「高台」で東電社員のレクチャーを受ける。空間放射線量は手元の線量計で約80マイクロシーベルト毎時。 1号機の水素爆発の爆風を受けた排気塔。高さ約120㍍あったが、倒壊の危険性を考慮して解体し、現在は約60㍍になっている。 構内南西側にある処理水タンクエリア。 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 構内は貸与されたベストを着用し線量計を首から下げバスで回る。 ALPS処理水に残るトリチウムが安全な値であることを示すため、ヒラメやアワビへの影響を調べる海洋生物飼育試験施設。 飼育当初は大量死したヒラメだが、専門家や漁業者の指導を受け、飼育員の技術を向上させたという。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。 原賠審議事録を読み解く  原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。 原賠審委員名簿 役職 氏名肩書き会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事委  員江口とし子元裁判官委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授委  員古笛恵子弁護士委  員富田善範弁護士委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授  このほか、委員からはこんな発言もあった。 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。 中間指針見直しは必要  本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。 あわせて読みたい 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容