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  • 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

    汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府が海洋放出の方針を決めたのは2021年の4月13日だった。それからちょうど2年になる今年の4月13日に合わせて、政府方針に反対する人々が街頭に立った。国内だけでなくパリやニューヨーク、太平洋の島国でも……。日本政府はこうした声に耳を貸さず、海洋放出を強行してしまうのか? 不都合なことは伝えない?日本政府 【福島・いわき】 いわき市(市民による海洋放出反対アクションの様子、牧内昇平撮影)  4月13日午後0時半、いわき市小名浜のアクアマリンふくしまの前で、「これ以上海を汚すな!市民会議」(以下、「これ海」)の共同代表を務める織田千代さん(いわき市在住)がマイクを握った。 「放射能のことを気にせず、健康に毎日を暮らし、子どもたちが元気に遊び、大きくなってほしい。そんな不安のない毎日がやってくることが望みです。これ以上の放射能の拡散を許してはいけないと思います。これ以上放射能を海にも空にも大地にも広げないで!」 約30人の参加者たちが歩道に立ち〈汚染水を海に流さないで!〉と書かれたプラカードを掲げた。工場群へと急ぐトラックや、水族館を訪れる子どもたちを乗せた大型バスが通るたび、参加者たちは大きく手をふってアピールした。リレー形式のスピーチは続く。 「小学生の子どもが2人います。将来子どもたちから『危険だと分かっていたのにママは何もしなかったの?』と言われないように、子どもたちに恥ずかしい気持ちにならないように、みなさんと一緒にがんばっていきたいと思います」 「4歳の娘がいます。子どもを産む前に『福島で子どもは産むな』と親戚から言われました……。子どもは今元気に育っています。でも、これから海が汚されようとしています。汚染された海で魚を食べて、娘や子どもたちの世代には何も関係ないことなのに、風評も含めて被害を受けるのかと思うと、親としてすごく悲しい気持ちになります」 年配の男性からはこんな声も。 「会津生まれの私がいわきに住み着いたのは、魚がうまいからでした。それが原発事故になって、どうも落ち着いて魚を食べられなくなってしまった。これで海洋放出までやられたんでは、本当に、安心して酔っぱらいきれない。早く心から酔っぱらいたいと思っています」 浪江町の津島から兵庫県に避難している菅野みずえさんはちょうど来福していたため急きょ参加。こんなエピソードを語った。 「こないだGX(政府の原発推進方針)の説明会で経済産業省や環境省の人がきました。その中の一人が、『私は福島に何度も通って、福島と共に歩んでいます』なんてことを言った挙げ句に、『〝ときわもの〟の魚を私たちは……』と言いました」 小名浜の街頭に立つ人たちからどよめきの声が上がった。菅野さんは話を続けた。 「あほかおめぇって。国はちゃんとこっちを見てません。私たちしかがんばる者がいないなら一生懸命がんばりたいと思います」 街頭行動の終盤では地元フォークグループ「いわき雑魚塾」が演奏した。歌のタイトルは「でれすけ原発」。 ♪でれすけ でんでん ごせやげる でれすけ 原発 もう、いらねえ!(※メンバーによると、でれすけは「ばかたれ」、ごせやげるは「腹が立つ」の意)    ◇ いわき市小名浜のシーサイドは市民たちによる海洋放出反対アクションの「中心の地」の一つだ。菅義偉首相(当時)が汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出方針を発表したのは2021年4月13日。その2カ月後から、反対する市民たちは毎月13日に街頭でスタンディング(アピール行動)を行ってきた。中心となったのが「これ海」のメンバーたちである。 地道に続けてきた活動は大きな成果を上げつつある。これ海のメンバーたちは今年に入ってから、SNSを通じて国内外の人々に「4月13日は一緒に行動を。アクションを起こしたら写真を送ってください」と呼びかけてきた。手探りの試みだったが、呼びかけはグローバルな広がりを見せた。 【フランス】 パリ(よそものネットフランス提供)  ♪オ~、シャンゼリゼ~ オ~、シャンゼリゼ~♪ 4月上旬、花の都パリの鉄橋に〈SAYONARA NUKES〉の横断幕がかかった。現地の脱原発ネットワーク「よそものネットフランス」の辻俊子さんのSNS投稿を紹介する。 《若葉の緑が目に鮮やかな季節が始まり、暖かな日差しに人々がくつろぐ週末の午後、私達はサン・マルタン運河に架かる橋の一つに陣取りました。この運河はセーヌ河へと続き、セーヌ河はノルマンディー地方で大西洋に注ぎます。海は皆の宝物、これ以上汚してはいけません!》 ヨーロッパ随一の原発推進国フランス。マクロン大統領は昨年、最大14基、少なくとも6基の原子炉を新設すると明言した。もちろんそんな中でも原発に反対する声はある。使用済み核燃料の再処理工場があるノルマンディー地方のラ・アーグでは、「福島」と手書きされた折り紙の船が水辺に浮かんだ。 【米国】 ニューヨーク(Manhattan Project for a Nuclear-Free world提供)  STOP THE NUCLEAR WASTE DUMPING! (核の廃棄物を捨てるな!) ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの映画でも知られるニューヨーク公共図書館。美しい建物の前で4月8日、「汚染水を流すな!」集会が行われた。日本語で〈原子力? おことわり〉と書いた旗をかかげる人の姿も。ニューヨークの近郊にはインディアンポイント原発があり、市内を流れるハドソン川が汚染される懸念がある。日本の海洋放出はNYっ子たちにも他人事ではないのだ。 【ニュージーランド】 ニュージーランド(ジャック・ブラジルさん提供)  「キウイの国」の南島オタゴ地方の都市ダニーデン。「オクタゴン」(八角形)と呼ばれる市内中心部の広場に、〈Tiakina te mana o te Moana-nui-a-Kiwa〉と書かれた横断幕がひるがえった。マオリ語で「太平洋の尊厳を守ろう」という意味だそうだ。 スタンディングに参加した安積宇宙さんは東京都生まれ。地元オタゴ大学に初めての「車椅子に乗った正規の留学生」として入学した人だ。安積さんはSNSにこう書きこんでいた。 《太平洋は、命の源であり、私たちを繋いでいる。(海洋放出)計画の完全中止を求めます》 【太平洋諸国】 フィジー(Pacific Conference of Churches提供)  青い空に青い海。美しい景色をバックに、マーシャル諸島の若者たちは〈DO NOT NUKE THE PACIFIC〉(太平洋を核にさらすな)のプラカードをかかげた。ソロモン諸島では照りつける太陽の下に〈PROTECT OUR OCEAN〉(私たちの海を守れ)の旗。フィジーでは〈I am on the Ocean,s side〉(私は海の味方)の横断幕……。 米軍が1954年3月1日にビキニ環礁で行った水爆ブラボー実験は、軍の想定を大幅に上回る放射能汚染を地域にもたらした。爆心地にできたクレーターは直径2㌔、深さ60㍍とも言われる。爆発で吹き上げられた放射性物質は漁船「第五福竜丸」やマーシャル諸島に暮らす人びとの上に降りかかった。多くの人が病に冒され、故郷を追われた(佐々木英基著『核の難民』)。こういう経験をしている人々が海洋放出に反対するのは当然だろう。    ◇ SNS情報だから正確ではないが、4月13日の前後に国内外でかなりの数の市民が行動を起こしたことを確認できた。一部を書き出す。 福島、郡山、茨城、京都、新潟、東京、愛知、佐賀、青森、神奈川、静岡、埼玉、兵庫、福岡、沖縄、ベトナム、カナダ、韓国、フィリピン……。これだけ広がったのは、発起人たちの中でも予想外だったようだ。 これ海メンバーで会津若松市在住の片岡輝美さんは話す。「本当に驚きました。人びとのつながりを感じ、勇気をもらいました。あとは日本政府がこの市民のメッセージとどう向き合うのか、ですね」。 「我々は災害に直面する」 太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」のヘンリー・プナ事務局長  日本政府は国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得ることによって「国際社会は海洋放出を支持した」という印象を日本国内に植え付けようとしている。しかし、IAEAがすべてではない。アジアや太平洋の島国の中には海洋放出への反対が根強い。 今年1~2月、国連人権理事会で日本の人権の状況に関する審査が行われた。その結果、各国から合計300の勧告が日本政府に出された。死刑制度などへの勧告が多かったが、そのうち11件が海洋放出に関するものだったことは特筆に値する(表参照)。 海洋放出について日本政府に出された勧告 国名勧告の内容中国国際社会の正統かつ正当な懸念を真摯に受けとめ、オープンで透明性があり、安全な方法で放射性汚染水を処分すること。サモア放射性廃棄物が人体や地球環境におよぼす影響を最小限に抑えるために、代替の処分方法や貯蔵方法への研究、投資、実践を強化すること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムから独自評価を依頼された専門家たちが求めるすべてのデータを、可及的速やかに提供すること。サモア福島第一原発の海洋放出計画について、包括的な環境影響調査を含めて、特に国連海洋法条約などに基づく国際的な義務を十分に守ること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムによる独自評価が「許容できる」と判断しない限り、太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止すること。フィジー太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止し、太平洋諸島フォーラムによる独自評価について、フォーラム諸国との対話を継続すること。フィジー太平洋諸島フォーラムの専門家たちが放射性廃水の太平洋への放出が許容されるかどうかを判断するために、必要なすべてのデータを開示すること。東ティモール国際的な協議が適切に実施されるまでは、福島第一原発の放射性廃水の投棄に関わるあらゆる決定の延期を検討すること。サモア情報格差を含めて太平洋諸国が示しているすべての懸念に対処するまで放射性廃水の放出を控えること。人体と海の生物への影響に関する科学的データを提供すること。バヌアツ汚染廃棄物の安全性に関する十分な科学的エビデンスの提供なしに、福島第一原発の放射性汚染水や廃棄物を太平洋に放出、投棄しないこと。マーシャル諸島太平洋の人びとや生態系を放射性廃棄物の害から守るために、海洋放出の代対策を開発、実践すること。国連人権理事会UPRレビュー作業部会報告書案から引用。筆者訳  表を見て分かるのは、太平洋に浮かぶ島国の危機感が強いことだ。太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」という組織がある。外務省ホームページによると、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ソロモン諸島、マーシャル諸島など、太平洋に浮かぶ16カ国と2地域が加盟している。今年1月、このPIFのヘンリー・プナ事務局長が英ガーディアン紙に寄稿した。 〈日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する〉 プナ氏は寄稿の中でこう指摘する。海洋放出の是非を判断するためのデータが不足している。これは日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が十分かどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない――。プナ氏は最後にこう書いた。 〈我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています〉 奇妙な経産省の発表文  前述の通りPIF諸国の中には海洋放出に反対する国が数多くある。しかし経済産業省はそのことを日本国民に十分伝えているだろうか。 例を挙げる。今年2月、PIFの代表団が訪日し、岸田文雄首相、林芳正外務大臣、西村康稔経産大臣と会談した。原発を所管する西村氏との会談はどんな内容だったのか。経産省のウェブサイトを見ると、このようなニュースリリースが公開されていた。 〈西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました〉  予想通りの内容。驚いたのはこれからだ。会談結果を伝える経産省のページには、英文に切り替えるボタンがついていた。試してみると、先ほどの文章はこう変わった。 〈Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions, and as promised by former Prime Minister Suga at The 9th Pacific Islands Leaders Meeting (PALM9)…〉 https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0206_001.html  なぜか日本語版にはない一文が入っている。傍線部分だ。「彼(西村大臣)は太平洋諸国が示している懸念を真剣に受け止め…」。この部分が日本語版にはなかった。訳文と内容が異なるのは不可解だ。筆者は経産省の担当者にこの点を指摘した。すると担当者は「内部で確認し、後日回答します」との返事だった。しかし2日ほど返事がない。気になってもう一度該当ページを調べたら、経産省がしれっと直した後だった。「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め…」と加筆されていた。筆者の指摘で直したのは確実だ。赤字で以下の注意書きが加わっていた。【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230206002/20230206002.html  こういうのは細かいけれど重要だ。 経産省はこれまで、日本国内で「不都合なことは伝えない」というスタンスをとり続けてきた。〈みんなで知ろう。考えよう〉とテレビCMでかかげた。だが漁業者の反対やALPSでは除去できない炭素14の存在といった自分たちに不都合な要素は、少なくとも積極的には伝えていない。今回の件も同様に、「PIF諸国が懸念を示した」ことを日本国内に知らせたくなかったのではないか。勘ぐり過ぎだろうか? 日本政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束した。海に流した汚染水は世界中に広がる。そのことを考えれば、本来なら、理解を得る必要がある「関係者」は世界中にいると言っても過言ではない。日本政府の対応が問われている。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府が海洋放出の方針を決めたのは2021年の4月13日だった。それからちょうど2年になる今年の4月13日に合わせて、政府方針に反対する人々が街頭に立った。国内だけでなくパリやニューヨーク、太平洋の島国でも……。日本政府はこうした声に耳を貸さず、海洋放出を強行してしまうのか? 不都合なことは伝えない?日本政府 【福島・いわき】 いわき市(市民による海洋放出反対アクションの様子、牧内昇平撮影)  4月13日午後0時半、いわき市小名浜のアクアマリンふくしまの前で、「これ以上海を汚すな!市民会議」(以下、「これ海」)の共同代表を務める織田千代さん(いわき市在住)がマイクを握った。 「放射能のことを気にせず、健康に毎日を暮らし、子どもたちが元気に遊び、大きくなってほしい。そんな不安のない毎日がやってくることが望みです。これ以上の放射能の拡散を許してはいけないと思います。これ以上放射能を海にも空にも大地にも広げないで!」 約30人の参加者たちが歩道に立ち〈汚染水を海に流さないで!〉と書かれたプラカードを掲げた。工場群へと急ぐトラックや、水族館を訪れる子どもたちを乗せた大型バスが通るたび、参加者たちは大きく手をふってアピールした。リレー形式のスピーチは続く。 「小学生の子どもが2人います。将来子どもたちから『危険だと分かっていたのにママは何もしなかったの?』と言われないように、子どもたちに恥ずかしい気持ちにならないように、みなさんと一緒にがんばっていきたいと思います」 「4歳の娘がいます。子どもを産む前に『福島で子どもは産むな』と親戚から言われました……。子どもは今元気に育っています。でも、これから海が汚されようとしています。汚染された海で魚を食べて、娘や子どもたちの世代には何も関係ないことなのに、風評も含めて被害を受けるのかと思うと、親としてすごく悲しい気持ちになります」 年配の男性からはこんな声も。 「会津生まれの私がいわきに住み着いたのは、魚がうまいからでした。それが原発事故になって、どうも落ち着いて魚を食べられなくなってしまった。これで海洋放出までやられたんでは、本当に、安心して酔っぱらいきれない。早く心から酔っぱらいたいと思っています」 浪江町の津島から兵庫県に避難している菅野みずえさんはちょうど来福していたため急きょ参加。こんなエピソードを語った。 「こないだGX(政府の原発推進方針)の説明会で経済産業省や環境省の人がきました。その中の一人が、『私は福島に何度も通って、福島と共に歩んでいます』なんてことを言った挙げ句に、『〝ときわもの〟の魚を私たちは……』と言いました」 小名浜の街頭に立つ人たちからどよめきの声が上がった。菅野さんは話を続けた。 「あほかおめぇって。国はちゃんとこっちを見てません。私たちしかがんばる者がいないなら一生懸命がんばりたいと思います」 街頭行動の終盤では地元フォークグループ「いわき雑魚塾」が演奏した。歌のタイトルは「でれすけ原発」。 ♪でれすけ でんでん ごせやげる でれすけ 原発 もう、いらねえ!(※メンバーによると、でれすけは「ばかたれ」、ごせやげるは「腹が立つ」の意)    ◇ いわき市小名浜のシーサイドは市民たちによる海洋放出反対アクションの「中心の地」の一つだ。菅義偉首相(当時)が汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出方針を発表したのは2021年4月13日。その2カ月後から、反対する市民たちは毎月13日に街頭でスタンディング(アピール行動)を行ってきた。中心となったのが「これ海」のメンバーたちである。 地道に続けてきた活動は大きな成果を上げつつある。これ海のメンバーたちは今年に入ってから、SNSを通じて国内外の人々に「4月13日は一緒に行動を。アクションを起こしたら写真を送ってください」と呼びかけてきた。手探りの試みだったが、呼びかけはグローバルな広がりを見せた。 【フランス】 パリ(よそものネットフランス提供)  ♪オ~、シャンゼリゼ~ オ~、シャンゼリゼ~♪ 4月上旬、花の都パリの鉄橋に〈SAYONARA NUKES〉の横断幕がかかった。現地の脱原発ネットワーク「よそものネットフランス」の辻俊子さんのSNS投稿を紹介する。 《若葉の緑が目に鮮やかな季節が始まり、暖かな日差しに人々がくつろぐ週末の午後、私達はサン・マルタン運河に架かる橋の一つに陣取りました。この運河はセーヌ河へと続き、セーヌ河はノルマンディー地方で大西洋に注ぎます。海は皆の宝物、これ以上汚してはいけません!》 ヨーロッパ随一の原発推進国フランス。マクロン大統領は昨年、最大14基、少なくとも6基の原子炉を新設すると明言した。もちろんそんな中でも原発に反対する声はある。使用済み核燃料の再処理工場があるノルマンディー地方のラ・アーグでは、「福島」と手書きされた折り紙の船が水辺に浮かんだ。 【米国】 ニューヨーク(Manhattan Project for a Nuclear-Free world提供)  STOP THE NUCLEAR WASTE DUMPING! (核の廃棄物を捨てるな!) ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの映画でも知られるニューヨーク公共図書館。美しい建物の前で4月8日、「汚染水を流すな!」集会が行われた。日本語で〈原子力? おことわり〉と書いた旗をかかげる人の姿も。ニューヨークの近郊にはインディアンポイント原発があり、市内を流れるハドソン川が汚染される懸念がある。日本の海洋放出はNYっ子たちにも他人事ではないのだ。 【ニュージーランド】 ニュージーランド(ジャック・ブラジルさん提供)  「キウイの国」の南島オタゴ地方の都市ダニーデン。「オクタゴン」(八角形)と呼ばれる市内中心部の広場に、〈Tiakina te mana o te Moana-nui-a-Kiwa〉と書かれた横断幕がひるがえった。マオリ語で「太平洋の尊厳を守ろう」という意味だそうだ。 スタンディングに参加した安積宇宙さんは東京都生まれ。地元オタゴ大学に初めての「車椅子に乗った正規の留学生」として入学した人だ。安積さんはSNSにこう書きこんでいた。 《太平洋は、命の源であり、私たちを繋いでいる。(海洋放出)計画の完全中止を求めます》 【太平洋諸国】 フィジー(Pacific Conference of Churches提供)  青い空に青い海。美しい景色をバックに、マーシャル諸島の若者たちは〈DO NOT NUKE THE PACIFIC〉(太平洋を核にさらすな)のプラカードをかかげた。ソロモン諸島では照りつける太陽の下に〈PROTECT OUR OCEAN〉(私たちの海を守れ)の旗。フィジーでは〈I am on the Ocean,s side〉(私は海の味方)の横断幕……。 米軍が1954年3月1日にビキニ環礁で行った水爆ブラボー実験は、軍の想定を大幅に上回る放射能汚染を地域にもたらした。爆心地にできたクレーターは直径2㌔、深さ60㍍とも言われる。爆発で吹き上げられた放射性物質は漁船「第五福竜丸」やマーシャル諸島に暮らす人びとの上に降りかかった。多くの人が病に冒され、故郷を追われた(佐々木英基著『核の難民』)。こういう経験をしている人々が海洋放出に反対するのは当然だろう。    ◇ SNS情報だから正確ではないが、4月13日の前後に国内外でかなりの数の市民が行動を起こしたことを確認できた。一部を書き出す。 福島、郡山、茨城、京都、新潟、東京、愛知、佐賀、青森、神奈川、静岡、埼玉、兵庫、福岡、沖縄、ベトナム、カナダ、韓国、フィリピン……。これだけ広がったのは、発起人たちの中でも予想外だったようだ。 これ海メンバーで会津若松市在住の片岡輝美さんは話す。「本当に驚きました。人びとのつながりを感じ、勇気をもらいました。あとは日本政府がこの市民のメッセージとどう向き合うのか、ですね」。 「我々は災害に直面する」 太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」のヘンリー・プナ事務局長  日本政府は国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得ることによって「国際社会は海洋放出を支持した」という印象を日本国内に植え付けようとしている。しかし、IAEAがすべてではない。アジアや太平洋の島国の中には海洋放出への反対が根強い。 今年1~2月、国連人権理事会で日本の人権の状況に関する審査が行われた。その結果、各国から合計300の勧告が日本政府に出された。死刑制度などへの勧告が多かったが、そのうち11件が海洋放出に関するものだったことは特筆に値する(表参照)。 海洋放出について日本政府に出された勧告 国名勧告の内容中国国際社会の正統かつ正当な懸念を真摯に受けとめ、オープンで透明性があり、安全な方法で放射性汚染水を処分すること。サモア放射性廃棄物が人体や地球環境におよぼす影響を最小限に抑えるために、代替の処分方法や貯蔵方法への研究、投資、実践を強化すること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムから独自評価を依頼された専門家たちが求めるすべてのデータを、可及的速やかに提供すること。サモア福島第一原発の海洋放出計画について、包括的な環境影響調査を含めて、特に国連海洋法条約などに基づく国際的な義務を十分に守ること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムによる独自評価が「許容できる」と判断しない限り、太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止すること。フィジー太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止し、太平洋諸島フォーラムによる独自評価について、フォーラム諸国との対話を継続すること。フィジー太平洋諸島フォーラムの専門家たちが放射性廃水の太平洋への放出が許容されるかどうかを判断するために、必要なすべてのデータを開示すること。東ティモール国際的な協議が適切に実施されるまでは、福島第一原発の放射性廃水の投棄に関わるあらゆる決定の延期を検討すること。サモア情報格差を含めて太平洋諸国が示しているすべての懸念に対処するまで放射性廃水の放出を控えること。人体と海の生物への影響に関する科学的データを提供すること。バヌアツ汚染廃棄物の安全性に関する十分な科学的エビデンスの提供なしに、福島第一原発の放射性汚染水や廃棄物を太平洋に放出、投棄しないこと。マーシャル諸島太平洋の人びとや生態系を放射性廃棄物の害から守るために、海洋放出の代対策を開発、実践すること。国連人権理事会UPRレビュー作業部会報告書案から引用。筆者訳  表を見て分かるのは、太平洋に浮かぶ島国の危機感が強いことだ。太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」という組織がある。外務省ホームページによると、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ソロモン諸島、マーシャル諸島など、太平洋に浮かぶ16カ国と2地域が加盟している。今年1月、このPIFのヘンリー・プナ事務局長が英ガーディアン紙に寄稿した。 〈日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する〉 プナ氏は寄稿の中でこう指摘する。海洋放出の是非を判断するためのデータが不足している。これは日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が十分かどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない――。プナ氏は最後にこう書いた。 〈我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています〉 奇妙な経産省の発表文  前述の通りPIF諸国の中には海洋放出に反対する国が数多くある。しかし経済産業省はそのことを日本国民に十分伝えているだろうか。 例を挙げる。今年2月、PIFの代表団が訪日し、岸田文雄首相、林芳正外務大臣、西村康稔経産大臣と会談した。原発を所管する西村氏との会談はどんな内容だったのか。経産省のウェブサイトを見ると、このようなニュースリリースが公開されていた。 〈西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました〉  予想通りの内容。驚いたのはこれからだ。会談結果を伝える経産省のページには、英文に切り替えるボタンがついていた。試してみると、先ほどの文章はこう変わった。 〈Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions, and as promised by former Prime Minister Suga at The 9th Pacific Islands Leaders Meeting (PALM9)…〉 https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0206_001.html  なぜか日本語版にはない一文が入っている。傍線部分だ。「彼(西村大臣)は太平洋諸国が示している懸念を真剣に受け止め…」。この部分が日本語版にはなかった。訳文と内容が異なるのは不可解だ。筆者は経産省の担当者にこの点を指摘した。すると担当者は「内部で確認し、後日回答します」との返事だった。しかし2日ほど返事がない。気になってもう一度該当ページを調べたら、経産省がしれっと直した後だった。「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め…」と加筆されていた。筆者の指摘で直したのは確実だ。赤字で以下の注意書きが加わっていた。【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230206002/20230206002.html  こういうのは細かいけれど重要だ。 経産省はこれまで、日本国内で「不都合なことは伝えない」というスタンスをとり続けてきた。〈みんなで知ろう。考えよう〉とテレビCMでかかげた。だが漁業者の反対やALPSでは除去できない炭素14の存在といった自分たちに不都合な要素は、少なくとも積極的には伝えていない。今回の件も同様に、「PIF諸国が懸念を示した」ことを日本国内に知らせたくなかったのではないか。勘ぐり過ぎだろうか? 日本政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束した。海に流した汚染水は世界中に広がる。そのことを考えれば、本来なら、理解を得る必要がある「関係者」は世界中にいると言っても過言ではない。日本政府の対応が問われている。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 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