Category

汚染水海洋放出

  • 【牧内昇平】「食べて応援」国民運動にだまされるな【原発事故「汚染水」海洋放出】

    【牧内昇平】「食べて応援」国民運動にだまされるな【原発事故「汚染水」海洋放出】

     東京電力福島第一原発にたまる「汚染水」の海洋放出が始まり、対抗措置として中国が日本産水産物の輸入を停止した。こうした状況で水産業の救済策として始まったのが「食べて応援」キャンペーンである。どこもかしこも「魚を食べよう」ばかり。挙句の果てには「魚を食べて中国に勝とう」という言説まで出てきた。「戦前回帰」したくないならば、問題の本質を冷静に見極めなければいけない。  「关于全面暂停进口日本水产品的公告(日本産水産物の輸入全面停止に関するお知らせ)」  汚染水(政府は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出が始まった8月24日、中国の税関当局がこう発表した。放射能汚染のリスクを防ぎ、消費者の健康と食品の安全を確保するためだという。同様に香港も、福島や東京をはじめとした10都県からの水産物輸入を禁止した。 国・地域別の水産物輸出額(2022年)を見ると、第1位が中国の871億円、2位が香港の755億円だ。両者が輸出額全体の約4割を占める。そんなお得意様との取引が、この日を境に露と消えてしまった。  大方の予想通り(「想定外」などと語った閣僚もいたが)、海洋放出は国内の水産業に大きな痛手となった。 どこもかしこも 「食べて応援」ばかり Xの首相官邸アカウントは、岸田首相らが常磐ものを食べる映像を配信した  この状況を打開するため、日本政府が力を入れているのが「食べて応援」キャンペーンである。先頭を走るのは海洋放出について「全責任を持つ」と豪語した岸田文雄首相だ。8月31日には東京・豊洲市場を視察。仲卸業者らと話してこの問題に関心を持っていることをアピールした。また前日の30日にはX(旧ツイッター)の首相官邸アカウントからこんな動画を発信した(写真参照)。  ――首相が西村康稔経産相や鈴木俊一財務相らと食卓を囲む。食膳に並ぶのは、ヒラメ、スズキ、タコなどの福島県産食材。刺身かなにかを口に入れた首相が、ややわざとらしく言う。「おいしいです!」  キャンペーンは全国的な広がりを見せている。野村哲郎農林水産相(当時)は各省庁の食堂に国産水産物のメニューを追加するよう要請。浜田靖一防衛相(同)は自衛隊の駐屯地や基地で国産の魚を使う方針を示した。東京の小池百合子氏、大阪の吉村洋文氏、愛知の大村秀章氏……。各地の知事たちも競って常磐ものを食べ、その姿をメディアに報じさせた。  経済界もこの流れに乗っている。「財界総理」とも言われる経団連会長の十倉雅和氏は、9月上旬の記者会見で「中国の対応は極めて遺憾だ」と発言。全会員企業に対して社員食堂や社内外での会合時に国産水産品を活用するよう呼びかけた(経団連ホームページから引用)。日本商工会議所も東京・帝国ホテルで開いた懇親会で福島の魚を使った料理を出し、消費拡大PRに一役買った。  官民合同の「食べて応援」キャンペーンは自然発生的なものではない。下地作りには国の予算が使われている。「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」という事業がある。産業界や全国の自治体に同ネットワークへの参加を募り、社員食堂や社屋に出入りするキッチンカーなどで三陸・常磐ものの食材を扱うように促すものだ。  この事業、経産省が海洋放出に伴う需要対策基金を使ってJR東日本企画に委託している。2023年度の委託額上限は1億7000万円である。同ネットワークのホームページによると、参加企業・団体数は10月16日現在で1090者(うち一部を表に掲載した)。「原子力ムラ」ならぬ「海洋放出ムラ」が形成されたと感じるのは筆者だけだろうか。 【「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」参加企業・団体の例】 ・自治体愛知県、青森県、茨城県、岩手県、大阪府、神奈川県、埼玉県、千葉県、東京都、長野県、兵庫県、福島県、宮城県、石巻市、いわき市、大阪市、桐生市、さいたま市、塩竃市、南あわじ市、宮古市、矢板市、女川町・企業等IHI、旭化成、ENEOS、沖縄電力、鹿島建設、関西電力、九州電力、共同通信社(一般社団法人)、産経新聞社、JTB、四国電力、セブン&アイ・ホールディングス、中国電力、中部電力、電気事業連合会、東レ、東京電力ホールディングス、東邦銀行、東北電力、トヨタ自動車、日本経団連、日本原子力研究開発機構(JAEA)、日本原子力産業協会、日本原子力発電、日本原燃、東日本旅客鉄道、福島イノベーション・コースト構想推進機構、福島県漁連、福島民報社、福島民友新聞社、北陸電力、北海道電力・政府機関等外務省、カジノ管理委員会事務局、環境省、金融庁、宮内庁、経済産業省、警察庁、原子力規制庁、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)、公正取引委員会、厚生労働省、国土交通省、財務省、消費者庁、人事院、総務省、内閣官房、内閣府、農林水産省、復興庁、防衛省、法務省、文部科学省※同ネットワークのホームページを基に筆者作成  言論統制の流れもできつつあるようだ。「汚染」という言葉を使うと大バッシングを受ける事態になっている。象徴的だったのは、水産業支援の前面に立つべき野村農水相による「失言」問題である。野村氏は8月末、「ALPS処理水」ではなく「汚染水」という言葉を使ったことが報じられた。直後に岸田首相が発言の撤回と謝罪を指示。野村氏はこれに従い、しかも翌月の内閣改造で大臣職を退任させられた。  海洋放出に反対している共産党でも気になる動きがあった。同党の元地方議員(広島県内)がXへの投稿で「汚染魚」という表現を使った。党もこれを問題視。この元議員は党公認での次期衆院選への立候補を取りやめた。確かによくない表現だが、やや過剰な反応のようにも思える。右を向いても左を向いても「食べて応援」ばかりの異様なムードになっている。  政府は9月4日、「水産業を守る政策パッケージ」と題した、中国の輸入規制への対抗策をまとめた。この中にも「食べて応援」が入っている。  政策の柱は、①「国内消費拡大・生産持続」、②「風評影響への対応」、③「輸出先の転換」、④「国内加工体制の強化」、⑤「迅速かつ丁寧な賠償」の5つだ。数字の順番から言えば①の「国内消費拡大・生産持続」が特に期待されていると考えていいだろう。その①の内容として最初に挙げられているのが、「国内消費拡大に向けた国民運動の展開」である。  要するに「食べて応援」を国民運動のレベルに高めようというものだ。具体策として挙げられているのは、「ふるさと納税」を活用した取り組みである。ふるさと納税で寄付を受けた自治体は、返礼として地域の特産品を贈る。海洋放出後、県内漁業の拠点であるいわき市にふるさと納税し、海の幸を返礼品としてもらう人が増えた。水産業の衰退を心配した市民一人一人の自発的な行為だったと考えられる。  日本政府はこうした市民の心情に便乗し、これを「国民運動」として推し進めようとしているのだ。  経産省によると、他には学校給食で国産の魚介類を使うことなどが「国民運動」に該当するという。 「魚を食べて中国に勝とう」 国家基本問題研究所が9月上旬に複数の新聞に出した意見広告  政府が「食べて応援」を「国民運動」に祭り上げたタイミングで世に出たのが、こんな新聞広告である。  《日本の魚を食べて中国に勝とう》  この意見広告を出したのは「国家基本問題研究所」という団体である。保守派の論客として知られるジャーナリストの櫻井よしこ氏が理事長を務めている。櫻井氏は中国脅威論を根拠として日本の軍事力強化などを主張している人物。同氏の写真の横には、こんな主張が書いてあった。  《おいしい日本の水産物を食べて、中国の横暴に打ち勝ちましょう。(中略)中国と香港への日本の水産物輸出は年間約1600億円です。私たち一人ひとりがいつもより1000円ちょっと多く福島や日本各地の魚や貝を食べれば、日本の人口約1億2000万人で当面の損害1600億円がカバーできます。安全で美味。沢山食べて、栄養をつけて、明るい笑顔で中国に打ち勝つ。早速今日からでも始めましょう》  苦境に陥った水産業者を支えたいという気持ちは理解できる。また、海洋放出の直後、原発とは関係ない公共施設などに対して、中国の国番号(86)から抗議の電話が殺到したという出来事もあった。県内の飲食店なども迷惑を被ったという。これらの行為はよくない。だが、そうしたことを考慮しても、隣国を過度に敵視する言説には全く賛同できない。 「新しい戦前」は海洋放出から?  思い出すのは日本がアジア太平洋戦争を起こした頃のことだ。1937年の日中戦争をきっかけに、国民の戦意高揚をはかり、最大限の国力を戦争に注ぎ込むための「国民精神総動員運動」が始まった。  街中には「ぜいたくは敵だ!」「欲しがりません。勝つまでは」などの標語が掲げられた。食料不足を防ぐため、「何がなんでもカボチャを作れ」というポスターまで作られた。戦争に反対する人や協力的でない人は「非国民」と呼ばれた。  同じようなことが今起きていると筆者は感じる。マスメディアの報道やSNSは「食べて応援!」「STOP風評被害」というメッセージであふれかえっている。一方、政府の言う「ALPS処理水」を「汚染水」と呼んだだけで「非国民だ!」と非難されるような現状もある。  大物芸能人のタモリ氏は昨年末、「来年はどんな年になるでしょう?」と問われた時に「新しい戦前になるんじゃないでしょうか」と答えた。海洋放出をめぐる中国とのやりとりや日本国内のムードを眺めた時、タモリ氏の言葉が急速に現実味を帯びてくる。  ここは原点に戻って考えたい。自主的な「買って応援」を否定するつもりはないが、大々的にやればやるほど本質を覆い隠してしまう。今回の水産業者の苦悩を引き起こしたのは一体誰だろうか? 魚の輸入を停止した中国政府だろうか? いや、違う。そもそもの原因を作ったのは、日本政府と東京電力だ。原発事故を起こし、その後、時の首相が「アンダーコントロール(制御されている)」などと言っておきながら汚染水の発生を食い止めることができず、挙句の果てに海洋放出してしまった。しかも隣国の理解を十分に得ないまま強行したため、国内の水産業に深刻な事態を招いた。  本来批判されるべきは日本政府と東電だ。私たち市民は問題の本質を冷静に見極めなければいけない。 あわせて読みたい 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 強行された「汚染水」海洋放出

    強行された「汚染水」海洋放出

     8月24日、東京電力福島第一原発で発生した汚染水を浄化処理した後の水が、海洋放出された。  政府は海洋放出の時期を「夏ごろ」としてきた。岸田文雄首相が米国での日米韓首脳会談から帰国し、夏の終わりが近づくと、怒涛の勢いで準備が進められた。  8月20日には岸田首相が福島第一原発を視察。東京電力幹部と面会し、トンボ返りで帰京した。  同21日には岸田首相らが東京で全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長や福島県漁連役員と面会した。反対を表明しながらも政府対応に理解を示したのを受け、政府は「関係者から一定の理解を得た」と認識。同22日の関係閣僚等会議で同24日の放出を決定した。同日午後には西村康稔経済産業大臣が来福し、内堀雅雄知事や県漁連の野﨑哲会長らに説明した。  政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について県漁連と交渉した際、「ALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束していたが、結局、反対意見を押し切る形で海洋放出が強行された。  こうした政府・東電の姿勢に憤りを覚える一方で、本誌も含めた反対意見はなぜ届かなかったのか、なぜ世の中を変えられなかったのか、顧みる必要があるだろう。  今後、国内でのいわゆる風評被害の発生、海外からの反発が必至だが、今回のような強行姿勢で乗り切れるとは思えない。原発敷地内では現在も汚染水が発生し続けており、港湾内の魚からは基準値を大きく超える放射性物質が検出されている。汚染水問題は新たなステージに差し掛かったと言える。 福島第一原発視察のため、SPに囲まれながらJR郡山駅前のエスカレーターを降りる岸田文雄首相(右列中央、8月20日、本誌編集部撮影) 県魚連の野﨑哲会長(写真左)に海洋放出決定を伝えに来た西村康稔経済産業大臣(8月22日、提供写真) 福島第一原発の海洋放出関連施設を視察し、東電幹部と面会する岸田首相(8月20日、首相官邸HPより) 岸田首相が訪れたJR郡山駅やいわき駅、福島第一原発周辺には多くのSPや警察官が配置された(8月20日、本誌編集部撮影) 海洋放出決定後、政府や東電から報告を受けた内堀雅雄知事(中央)と伊澤史朗双葉町長(左)、吉田淳大熊町長(8月22日、本誌編集部撮影) 県庁を訪れた東京電力ホールディングスの小早川智明社長(8月22日、本誌編集部撮影) 県庁前には海洋放出撤回を求める市民が集結し、シュプレヒコールを上げた(8月22日、本誌編集部撮影)

  • 福島県民不在の汚染水海洋放出

    福島県民不在の汚染水海洋放出

     政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。 7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。 一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。 政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。 7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。 にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。 その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。 一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。 政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。 「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。 つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。 「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚木野正登氏を直撃

    海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 福島視察の韓国議員団と面談した【島明美】伊達市議に聞く

     韓国の最大野党「共に民主党」の国会議員4人が4月6〜8日の日程で福島県を視察した。同議員団は東京電力福島第一原発から排出される汚染水の海洋放出に反対の立場で、現地の状況を知るための視察だったようだが、どんな視察内容だったのか、同議員団と面談した島明美伊達市議会議員に話を聞いた。 海洋放出をめぐる韓国国内の動き 韓国議員団との面談の様子(島議員提供)  韓国議員団の福島視察は新聞等ではそれほど大きく扱われていない。ただ、ネットニュースなどでは「県内の議員や被災者らと面談した」と報じられ、そのうちの1人である島明美伊達市議会議員に、どういった経緯で韓国議員団と面談することになったのか、その中身はどんなものだったのかを聞いた。 まず面談に至る経緯だが、震災後にボランティアで福島県に入り、韓国語が話せるため韓国からの訪問者のコーディネートをしていた知人から、島議員に「韓国の議員団が福島県に来るのだが、短い時間でも可能なのでお話をうかがえないか」といった問い合わせがあった。詳しく聞くと、「海洋放出問題について現地を訪問して話を聞きたい」とのことだった。 当初、島議員は「海に面していない伊達市在住の自分より、もっとふさわしい人がいるのではないか」と考え、知人にそのことを伝えた。ただ、知人からは「時間の関係で難しい。どなたか地元議員を紹介していただけるならお願いしたい」と言われ、島議員は「探してみます」と回答した。 その後、島議員自身で来日(来福)する議員について調べたり(※そこで初めて、訪問するのが国会議員であることを知る)、海洋放出決定の経過や原発事故対応について見聞きしてきたことを発信している自身の活動を振り返り、「韓国の方々にお伝えすることも、自分の役割の一つ」と考え面談を受けることにした。4月7日に福島市内の会議室を借りて面談した。 ちなみに、韓国議員団は島議員との面談後、復興住宅に住む人や被災地などを訪問しており、一部報道ではそれらすべてを島議員が紹介・案内したかのようなニュアンスで捉えられているようだが、実際はそうではない。島議員は福島市内の会議室で1人で議員団と面談し、その場で別れた。 実際の面談では「島明美 個人的な意見」と明記したうえで、伝えたいことを資料としてまとめた。その内容は、①UNSCEAR(国連科学委員会)の「2020年/2021年報告書」は、初期被曝線量を100分の1過小評価したものである可能性があること、②結論ありきで進められ、日本政府が言う「科学的」は、根拠に基づいていないこと、③放射能汚染への〝風評払拭事業〟によって、地元民が被害を言えなくなっていること、④土壌汚染測定をしていないなど、被害の現状把握がなされていない面が多いこと、⑤歪められた科学を封じ込める健全な科学に基づく国際的枠組みをつくる取り組みが必要であること――等々。 「中には、安全だという情報を得て賛成している一般市民もいらっしゃるでしょうけど、『安全』とされる『科学的』データそのものの信頼性が欠如しているのならば、汚染水の放出に賛成する一般市民は、ほぼいないのではないか、とお伝えしました」(島議員) 島議員が伝えたかったこと 島明美議員(伊達市議会HPより)  そのうえで、島議員は海洋放出についての以下のような自身の見解を韓国議員団に話した。 ○タンクに溜められている「汚染処理水」とされている水の具体的な核種と汚染の数値は、国民にも世界的にも分かりやすく公開されていない。東電から発表されているデータについては第三者機関による検証も行われていない。健康影響についても調査結果は公表されていない。以上のことから、データそのものの信ぴょう性が問われるということを国内外にお伝えしたい。お伝えすることで、被害影響への対応や、事前に被害を防ぐための対策を準備するために、国際社会の協力が必要であることを実感してもらえると期待している。 ○ALPS処理水=汚染水に関して、海洋放出に賛成している人は、私の周辺ではほぼいない。(韓国議員団と面談するに当たり)ここ数日、住民(伊達市と福島市)の数名に突然、海洋放出の是非について質問したところ、賛成という人はおらず、「よく分からないけど、良いことではないことは分かる」という声を複数人から聞いた。 ○ほかにも、この間、海洋放出について反対運動をしている市民団体の方、専門家、原子力に関わる仕事をしている方の話を聞き、対話プログラムにも参加してきた。ALPS処理水=汚染水の海洋放出について学び、現在の時点での私の判断は、放出反対である。その根拠は、処理しきれないトリチウムの問題と、基準値を超えているほかの放射性物質があること。 こうした島議員の話に、韓国議員団の1人は「汚染水の問題は、日韓両国の国民の健康の問題です」と話したという。 「議員の方はデータを手に持ち、ノートパソコンを開き、資料の確認をされました。前日に訪問したところからデータ提供を受けたらしく、トリチウム以外の放射性核種が予想以上に入っていることを話されました。私よりも詳しい核種データの資料を持っているようでした」(島議員) 面談の最後に、島議員は「私からの希望として、歪む科学の封じ込めにつながる動きを、国際的な取り組みにしていただきたい」と伝えたという。さらに、当日取材にきていたテレビ局のインタビューには「日本政府は、当事者、地元の人の話をもっと聞いてほしいと答えました」(島議員)。 こうして韓国議員団との面談を終えた島議員は、海洋放出について、あらためて「議論が、まだまだ足りていない。そもそも、その議論に必要な『科学的なデータ』も、報道も、全く足りていない」と話した。 一方で、韓国の尹錫悦大統領が3月に訪日した際、汚染水の海洋放出について「韓国国民の理解を求めていく」と述べたとして、韓国国内では「日本に肩入れするのか」との批判が噴出したという。今回の野党議員団の来日(来福)は、尹政権が海洋放出問題に十分に対応していないことを印象付け、政権批判につなげる狙いがある、といった報道もあった。島議員は「韓国議員団は専門的な知識を持った方で、目的は『調査』でした。議員の方は『大統領は曖昧な態度でハッキリ答えていないのが現実』、『汚染水の問題は、日韓両国民の健康の問題です』と話されていました」と明かした。 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

  • 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

    汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府が海洋放出の方針を決めたのは2021年の4月13日だった。それからちょうど2年になる今年の4月13日に合わせて、政府方針に反対する人々が街頭に立った。国内だけでなくパリやニューヨーク、太平洋の島国でも……。日本政府はこうした声に耳を貸さず、海洋放出を強行してしまうのか? 不都合なことは伝えない?日本政府 【福島・いわき】 いわき市(市民による海洋放出反対アクションの様子、牧内昇平撮影)  4月13日午後0時半、いわき市小名浜のアクアマリンふくしまの前で、「これ以上海を汚すな!市民会議」(以下、「これ海」)の共同代表を務める織田千代さん(いわき市在住)がマイクを握った。 「放射能のことを気にせず、健康に毎日を暮らし、子どもたちが元気に遊び、大きくなってほしい。そんな不安のない毎日がやってくることが望みです。これ以上の放射能の拡散を許してはいけないと思います。これ以上放射能を海にも空にも大地にも広げないで!」 約30人の参加者たちが歩道に立ち〈汚染水を海に流さないで!〉と書かれたプラカードを掲げた。工場群へと急ぐトラックや、水族館を訪れる子どもたちを乗せた大型バスが通るたび、参加者たちは大きく手をふってアピールした。リレー形式のスピーチは続く。 「小学生の子どもが2人います。将来子どもたちから『危険だと分かっていたのにママは何もしなかったの?』と言われないように、子どもたちに恥ずかしい気持ちにならないように、みなさんと一緒にがんばっていきたいと思います」 「4歳の娘がいます。子どもを産む前に『福島で子どもは産むな』と親戚から言われました……。子どもは今元気に育っています。でも、これから海が汚されようとしています。汚染された海で魚を食べて、娘や子どもたちの世代には何も関係ないことなのに、風評も含めて被害を受けるのかと思うと、親としてすごく悲しい気持ちになります」 年配の男性からはこんな声も。 「会津生まれの私がいわきに住み着いたのは、魚がうまいからでした。それが原発事故になって、どうも落ち着いて魚を食べられなくなってしまった。これで海洋放出までやられたんでは、本当に、安心して酔っぱらいきれない。早く心から酔っぱらいたいと思っています」 浪江町の津島から兵庫県に避難している菅野みずえさんはちょうど来福していたため急きょ参加。こんなエピソードを語った。 「こないだGX(政府の原発推進方針)の説明会で経済産業省や環境省の人がきました。その中の一人が、『私は福島に何度も通って、福島と共に歩んでいます』なんてことを言った挙げ句に、『〝ときわもの〟の魚を私たちは……』と言いました」 小名浜の街頭に立つ人たちからどよめきの声が上がった。菅野さんは話を続けた。 「あほかおめぇって。国はちゃんとこっちを見てません。私たちしかがんばる者がいないなら一生懸命がんばりたいと思います」 街頭行動の終盤では地元フォークグループ「いわき雑魚塾」が演奏した。歌のタイトルは「でれすけ原発」。 ♪でれすけ でんでん ごせやげる でれすけ 原発 もう、いらねえ!(※メンバーによると、でれすけは「ばかたれ」、ごせやげるは「腹が立つ」の意)    ◇ いわき市小名浜のシーサイドは市民たちによる海洋放出反対アクションの「中心の地」の一つだ。菅義偉首相(当時)が汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出方針を発表したのは2021年4月13日。その2カ月後から、反対する市民たちは毎月13日に街頭でスタンディング(アピール行動)を行ってきた。中心となったのが「これ海」のメンバーたちである。 地道に続けてきた活動は大きな成果を上げつつある。これ海のメンバーたちは今年に入ってから、SNSを通じて国内外の人々に「4月13日は一緒に行動を。アクションを起こしたら写真を送ってください」と呼びかけてきた。手探りの試みだったが、呼びかけはグローバルな広がりを見せた。 【フランス】 パリ(よそものネットフランス提供)  ♪オ~、シャンゼリゼ~ オ~、シャンゼリゼ~♪ 4月上旬、花の都パリの鉄橋に〈SAYONARA NUKES〉の横断幕がかかった。現地の脱原発ネットワーク「よそものネットフランス」の辻俊子さんのSNS投稿を紹介する。 《若葉の緑が目に鮮やかな季節が始まり、暖かな日差しに人々がくつろぐ週末の午後、私達はサン・マルタン運河に架かる橋の一つに陣取りました。この運河はセーヌ河へと続き、セーヌ河はノルマンディー地方で大西洋に注ぎます。海は皆の宝物、これ以上汚してはいけません!》 ヨーロッパ随一の原発推進国フランス。マクロン大統領は昨年、最大14基、少なくとも6基の原子炉を新設すると明言した。もちろんそんな中でも原発に反対する声はある。使用済み核燃料の再処理工場があるノルマンディー地方のラ・アーグでは、「福島」と手書きされた折り紙の船が水辺に浮かんだ。 【米国】 ニューヨーク(Manhattan Project for a Nuclear-Free world提供)  STOP THE NUCLEAR WASTE DUMPING! (核の廃棄物を捨てるな!) ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの映画でも知られるニューヨーク公共図書館。美しい建物の前で4月8日、「汚染水を流すな!」集会が行われた。日本語で〈原子力? おことわり〉と書いた旗をかかげる人の姿も。ニューヨークの近郊にはインディアンポイント原発があり、市内を流れるハドソン川が汚染される懸念がある。日本の海洋放出はNYっ子たちにも他人事ではないのだ。 【ニュージーランド】 ニュージーランド(ジャック・ブラジルさん提供)  「キウイの国」の南島オタゴ地方の都市ダニーデン。「オクタゴン」(八角形)と呼ばれる市内中心部の広場に、〈Tiakina te mana o te Moana-nui-a-Kiwa〉と書かれた横断幕がひるがえった。マオリ語で「太平洋の尊厳を守ろう」という意味だそうだ。 スタンディングに参加した安積宇宙さんは東京都生まれ。地元オタゴ大学に初めての「車椅子に乗った正規の留学生」として入学した人だ。安積さんはSNSにこう書きこんでいた。 《太平洋は、命の源であり、私たちを繋いでいる。(海洋放出)計画の完全中止を求めます》 【太平洋諸国】 フィジー(Pacific Conference of Churches提供)  青い空に青い海。美しい景色をバックに、マーシャル諸島の若者たちは〈DO NOT NUKE THE PACIFIC〉(太平洋を核にさらすな)のプラカードをかかげた。ソロモン諸島では照りつける太陽の下に〈PROTECT OUR OCEAN〉(私たちの海を守れ)の旗。フィジーでは〈I am on the Ocean,s side〉(私は海の味方)の横断幕……。 米軍が1954年3月1日にビキニ環礁で行った水爆ブラボー実験は、軍の想定を大幅に上回る放射能汚染を地域にもたらした。爆心地にできたクレーターは直径2㌔、深さ60㍍とも言われる。爆発で吹き上げられた放射性物質は漁船「第五福竜丸」やマーシャル諸島に暮らす人びとの上に降りかかった。多くの人が病に冒され、故郷を追われた(佐々木英基著『核の難民』)。こういう経験をしている人々が海洋放出に反対するのは当然だろう。    ◇ SNS情報だから正確ではないが、4月13日の前後に国内外でかなりの数の市民が行動を起こしたことを確認できた。一部を書き出す。 福島、郡山、茨城、京都、新潟、東京、愛知、佐賀、青森、神奈川、静岡、埼玉、兵庫、福岡、沖縄、ベトナム、カナダ、韓国、フィリピン……。これだけ広がったのは、発起人たちの中でも予想外だったようだ。 これ海メンバーで会津若松市在住の片岡輝美さんは話す。「本当に驚きました。人びとのつながりを感じ、勇気をもらいました。あとは日本政府がこの市民のメッセージとどう向き合うのか、ですね」。 「我々は災害に直面する」 太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」のヘンリー・プナ事務局長  日本政府は国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得ることによって「国際社会は海洋放出を支持した」という印象を日本国内に植え付けようとしている。しかし、IAEAがすべてではない。アジアや太平洋の島国の中には海洋放出への反対が根強い。 今年1~2月、国連人権理事会で日本の人権の状況に関する審査が行われた。その結果、各国から合計300の勧告が日本政府に出された。死刑制度などへの勧告が多かったが、そのうち11件が海洋放出に関するものだったことは特筆に値する(表参照)。 海洋放出について日本政府に出された勧告 国名勧告の内容中国国際社会の正統かつ正当な懸念を真摯に受けとめ、オープンで透明性があり、安全な方法で放射性汚染水を処分すること。サモア放射性廃棄物が人体や地球環境におよぼす影響を最小限に抑えるために、代替の処分方法や貯蔵方法への研究、投資、実践を強化すること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムから独自評価を依頼された専門家たちが求めるすべてのデータを、可及的速やかに提供すること。サモア福島第一原発の海洋放出計画について、包括的な環境影響調査を含めて、特に国連海洋法条約などに基づく国際的な義務を十分に守ること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムによる独自評価が「許容できる」と判断しない限り、太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止すること。フィジー太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止し、太平洋諸島フォーラムによる独自評価について、フォーラム諸国との対話を継続すること。フィジー太平洋諸島フォーラムの専門家たちが放射性廃水の太平洋への放出が許容されるかどうかを判断するために、必要なすべてのデータを開示すること。東ティモール国際的な協議が適切に実施されるまでは、福島第一原発の放射性廃水の投棄に関わるあらゆる決定の延期を検討すること。サモア情報格差を含めて太平洋諸国が示しているすべての懸念に対処するまで放射性廃水の放出を控えること。人体と海の生物への影響に関する科学的データを提供すること。バヌアツ汚染廃棄物の安全性に関する十分な科学的エビデンスの提供なしに、福島第一原発の放射性汚染水や廃棄物を太平洋に放出、投棄しないこと。マーシャル諸島太平洋の人びとや生態系を放射性廃棄物の害から守るために、海洋放出の代対策を開発、実践すること。国連人権理事会UPRレビュー作業部会報告書案から引用。筆者訳  表を見て分かるのは、太平洋に浮かぶ島国の危機感が強いことだ。太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」という組織がある。外務省ホームページによると、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ソロモン諸島、マーシャル諸島など、太平洋に浮かぶ16カ国と2地域が加盟している。今年1月、このPIFのヘンリー・プナ事務局長が英ガーディアン紙に寄稿した。 〈日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する〉 プナ氏は寄稿の中でこう指摘する。海洋放出の是非を判断するためのデータが不足している。これは日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が十分かどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない――。プナ氏は最後にこう書いた。 〈我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています〉 奇妙な経産省の発表文  前述の通りPIF諸国の中には海洋放出に反対する国が数多くある。しかし経済産業省はそのことを日本国民に十分伝えているだろうか。 例を挙げる。今年2月、PIFの代表団が訪日し、岸田文雄首相、林芳正外務大臣、西村康稔経産大臣と会談した。原発を所管する西村氏との会談はどんな内容だったのか。経産省のウェブサイトを見ると、このようなニュースリリースが公開されていた。 〈西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました〉  予想通りの内容。驚いたのはこれからだ。会談結果を伝える経産省のページには、英文に切り替えるボタンがついていた。試してみると、先ほどの文章はこう変わった。 〈Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions, and as promised by former Prime Minister Suga at The 9th Pacific Islands Leaders Meeting (PALM9)…〉 https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0206_001.html  なぜか日本語版にはない一文が入っている。傍線部分だ。「彼(西村大臣)は太平洋諸国が示している懸念を真剣に受け止め…」。この部分が日本語版にはなかった。訳文と内容が異なるのは不可解だ。筆者は経産省の担当者にこの点を指摘した。すると担当者は「内部で確認し、後日回答します」との返事だった。しかし2日ほど返事がない。気になってもう一度該当ページを調べたら、経産省がしれっと直した後だった。「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め…」と加筆されていた。筆者の指摘で直したのは確実だ。赤字で以下の注意書きが加わっていた。【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230206002/20230206002.html  こういうのは細かいけれど重要だ。 経産省はこれまで、日本国内で「不都合なことは伝えない」というスタンスをとり続けてきた。〈みんなで知ろう。考えよう〉とテレビCMでかかげた。だが漁業者の反対やALPSでは除去できない炭素14の存在といった自分たちに不都合な要素は、少なくとも積極的には伝えていない。今回の件も同様に、「PIF諸国が懸念を示した」ことを日本国内に知らせたくなかったのではないか。勘ぐり過ぎだろうか? 日本政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束した。海に流した汚染水は世界中に広がる。そのことを考えれば、本来なら、理解を得る必要がある「関係者」は世界中にいると言っても過言ではない。日本政府の対応が問われている。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【牧内昇平】「食べて応援」国民運動にだまされるな【原発事故「汚染水」海洋放出】

     東京電力福島第一原発にたまる「汚染水」の海洋放出が始まり、対抗措置として中国が日本産水産物の輸入を停止した。こうした状況で水産業の救済策として始まったのが「食べて応援」キャンペーンである。どこもかしこも「魚を食べよう」ばかり。挙句の果てには「魚を食べて中国に勝とう」という言説まで出てきた。「戦前回帰」したくないならば、問題の本質を冷静に見極めなければいけない。  「关于全面暂停进口日本水产品的公告(日本産水産物の輸入全面停止に関するお知らせ)」  汚染水(政府は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出が始まった8月24日、中国の税関当局がこう発表した。放射能汚染のリスクを防ぎ、消費者の健康と食品の安全を確保するためだという。同様に香港も、福島や東京をはじめとした10都県からの水産物輸入を禁止した。 国・地域別の水産物輸出額(2022年)を見ると、第1位が中国の871億円、2位が香港の755億円だ。両者が輸出額全体の約4割を占める。そんなお得意様との取引が、この日を境に露と消えてしまった。  大方の予想通り(「想定外」などと語った閣僚もいたが)、海洋放出は国内の水産業に大きな痛手となった。 どこもかしこも 「食べて応援」ばかり Xの首相官邸アカウントは、岸田首相らが常磐ものを食べる映像を配信した  この状況を打開するため、日本政府が力を入れているのが「食べて応援」キャンペーンである。先頭を走るのは海洋放出について「全責任を持つ」と豪語した岸田文雄首相だ。8月31日には東京・豊洲市場を視察。仲卸業者らと話してこの問題に関心を持っていることをアピールした。また前日の30日にはX(旧ツイッター)の首相官邸アカウントからこんな動画を発信した(写真参照)。  ――首相が西村康稔経産相や鈴木俊一財務相らと食卓を囲む。食膳に並ぶのは、ヒラメ、スズキ、タコなどの福島県産食材。刺身かなにかを口に入れた首相が、ややわざとらしく言う。「おいしいです!」  キャンペーンは全国的な広がりを見せている。野村哲郎農林水産相(当時)は各省庁の食堂に国産水産物のメニューを追加するよう要請。浜田靖一防衛相(同)は自衛隊の駐屯地や基地で国産の魚を使う方針を示した。東京の小池百合子氏、大阪の吉村洋文氏、愛知の大村秀章氏……。各地の知事たちも競って常磐ものを食べ、その姿をメディアに報じさせた。  経済界もこの流れに乗っている。「財界総理」とも言われる経団連会長の十倉雅和氏は、9月上旬の記者会見で「中国の対応は極めて遺憾だ」と発言。全会員企業に対して社員食堂や社内外での会合時に国産水産品を活用するよう呼びかけた(経団連ホームページから引用)。日本商工会議所も東京・帝国ホテルで開いた懇親会で福島の魚を使った料理を出し、消費拡大PRに一役買った。  官民合同の「食べて応援」キャンペーンは自然発生的なものではない。下地作りには国の予算が使われている。「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」という事業がある。産業界や全国の自治体に同ネットワークへの参加を募り、社員食堂や社屋に出入りするキッチンカーなどで三陸・常磐ものの食材を扱うように促すものだ。  この事業、経産省が海洋放出に伴う需要対策基金を使ってJR東日本企画に委託している。2023年度の委託額上限は1億7000万円である。同ネットワークのホームページによると、参加企業・団体数は10月16日現在で1090者(うち一部を表に掲載した)。「原子力ムラ」ならぬ「海洋放出ムラ」が形成されたと感じるのは筆者だけだろうか。 【「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」参加企業・団体の例】 ・自治体愛知県、青森県、茨城県、岩手県、大阪府、神奈川県、埼玉県、千葉県、東京都、長野県、兵庫県、福島県、宮城県、石巻市、いわき市、大阪市、桐生市、さいたま市、塩竃市、南あわじ市、宮古市、矢板市、女川町・企業等IHI、旭化成、ENEOS、沖縄電力、鹿島建設、関西電力、九州電力、共同通信社(一般社団法人)、産経新聞社、JTB、四国電力、セブン&アイ・ホールディングス、中国電力、中部電力、電気事業連合会、東レ、東京電力ホールディングス、東邦銀行、東北電力、トヨタ自動車、日本経団連、日本原子力研究開発機構(JAEA)、日本原子力産業協会、日本原子力発電、日本原燃、東日本旅客鉄道、福島イノベーション・コースト構想推進機構、福島県漁連、福島民報社、福島民友新聞社、北陸電力、北海道電力・政府機関等外務省、カジノ管理委員会事務局、環境省、金融庁、宮内庁、経済産業省、警察庁、原子力規制庁、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)、公正取引委員会、厚生労働省、国土交通省、財務省、消費者庁、人事院、総務省、内閣官房、内閣府、農林水産省、復興庁、防衛省、法務省、文部科学省※同ネットワークのホームページを基に筆者作成  言論統制の流れもできつつあるようだ。「汚染」という言葉を使うと大バッシングを受ける事態になっている。象徴的だったのは、水産業支援の前面に立つべき野村農水相による「失言」問題である。野村氏は8月末、「ALPS処理水」ではなく「汚染水」という言葉を使ったことが報じられた。直後に岸田首相が発言の撤回と謝罪を指示。野村氏はこれに従い、しかも翌月の内閣改造で大臣職を退任させられた。  海洋放出に反対している共産党でも気になる動きがあった。同党の元地方議員(広島県内)がXへの投稿で「汚染魚」という表現を使った。党もこれを問題視。この元議員は党公認での次期衆院選への立候補を取りやめた。確かによくない表現だが、やや過剰な反応のようにも思える。右を向いても左を向いても「食べて応援」ばかりの異様なムードになっている。  政府は9月4日、「水産業を守る政策パッケージ」と題した、中国の輸入規制への対抗策をまとめた。この中にも「食べて応援」が入っている。  政策の柱は、①「国内消費拡大・生産持続」、②「風評影響への対応」、③「輸出先の転換」、④「国内加工体制の強化」、⑤「迅速かつ丁寧な賠償」の5つだ。数字の順番から言えば①の「国内消費拡大・生産持続」が特に期待されていると考えていいだろう。その①の内容として最初に挙げられているのが、「国内消費拡大に向けた国民運動の展開」である。  要するに「食べて応援」を国民運動のレベルに高めようというものだ。具体策として挙げられているのは、「ふるさと納税」を活用した取り組みである。ふるさと納税で寄付を受けた自治体は、返礼として地域の特産品を贈る。海洋放出後、県内漁業の拠点であるいわき市にふるさと納税し、海の幸を返礼品としてもらう人が増えた。水産業の衰退を心配した市民一人一人の自発的な行為だったと考えられる。  日本政府はこうした市民の心情に便乗し、これを「国民運動」として推し進めようとしているのだ。  経産省によると、他には学校給食で国産の魚介類を使うことなどが「国民運動」に該当するという。 「魚を食べて中国に勝とう」 国家基本問題研究所が9月上旬に複数の新聞に出した意見広告  政府が「食べて応援」を「国民運動」に祭り上げたタイミングで世に出たのが、こんな新聞広告である。  《日本の魚を食べて中国に勝とう》  この意見広告を出したのは「国家基本問題研究所」という団体である。保守派の論客として知られるジャーナリストの櫻井よしこ氏が理事長を務めている。櫻井氏は中国脅威論を根拠として日本の軍事力強化などを主張している人物。同氏の写真の横には、こんな主張が書いてあった。  《おいしい日本の水産物を食べて、中国の横暴に打ち勝ちましょう。(中略)中国と香港への日本の水産物輸出は年間約1600億円です。私たち一人ひとりがいつもより1000円ちょっと多く福島や日本各地の魚や貝を食べれば、日本の人口約1億2000万人で当面の損害1600億円がカバーできます。安全で美味。沢山食べて、栄養をつけて、明るい笑顔で中国に打ち勝つ。早速今日からでも始めましょう》  苦境に陥った水産業者を支えたいという気持ちは理解できる。また、海洋放出の直後、原発とは関係ない公共施設などに対して、中国の国番号(86)から抗議の電話が殺到したという出来事もあった。県内の飲食店なども迷惑を被ったという。これらの行為はよくない。だが、そうしたことを考慮しても、隣国を過度に敵視する言説には全く賛同できない。 「新しい戦前」は海洋放出から?  思い出すのは日本がアジア太平洋戦争を起こした頃のことだ。1937年の日中戦争をきっかけに、国民の戦意高揚をはかり、最大限の国力を戦争に注ぎ込むための「国民精神総動員運動」が始まった。  街中には「ぜいたくは敵だ!」「欲しがりません。勝つまでは」などの標語が掲げられた。食料不足を防ぐため、「何がなんでもカボチャを作れ」というポスターまで作られた。戦争に反対する人や協力的でない人は「非国民」と呼ばれた。  同じようなことが今起きていると筆者は感じる。マスメディアの報道やSNSは「食べて応援!」「STOP風評被害」というメッセージであふれかえっている。一方、政府の言う「ALPS処理水」を「汚染水」と呼んだだけで「非国民だ!」と非難されるような現状もある。  大物芸能人のタモリ氏は昨年末、「来年はどんな年になるでしょう?」と問われた時に「新しい戦前になるんじゃないでしょうか」と答えた。海洋放出をめぐる中国とのやりとりや日本国内のムードを眺めた時、タモリ氏の言葉が急速に現実味を帯びてくる。  ここは原点に戻って考えたい。自主的な「買って応援」を否定するつもりはないが、大々的にやればやるほど本質を覆い隠してしまう。今回の水産業者の苦悩を引き起こしたのは一体誰だろうか? 魚の輸入を停止した中国政府だろうか? いや、違う。そもそもの原因を作ったのは、日本政府と東京電力だ。原発事故を起こし、その後、時の首相が「アンダーコントロール(制御されている)」などと言っておきながら汚染水の発生を食い止めることができず、挙句の果てに海洋放出してしまった。しかも隣国の理解を十分に得ないまま強行したため、国内の水産業に深刻な事態を招いた。  本来批判されるべきは日本政府と東電だ。私たち市民は問題の本質を冷静に見極めなければいけない。 あわせて読みたい 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 強行された「汚染水」海洋放出

     8月24日、東京電力福島第一原発で発生した汚染水を浄化処理した後の水が、海洋放出された。  政府は海洋放出の時期を「夏ごろ」としてきた。岸田文雄首相が米国での日米韓首脳会談から帰国し、夏の終わりが近づくと、怒涛の勢いで準備が進められた。  8月20日には岸田首相が福島第一原発を視察。東京電力幹部と面会し、トンボ返りで帰京した。  同21日には岸田首相らが東京で全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長や福島県漁連役員と面会した。反対を表明しながらも政府対応に理解を示したのを受け、政府は「関係者から一定の理解を得た」と認識。同22日の関係閣僚等会議で同24日の放出を決定した。同日午後には西村康稔経済産業大臣が来福し、内堀雅雄知事や県漁連の野﨑哲会長らに説明した。  政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について県漁連と交渉した際、「ALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束していたが、結局、反対意見を押し切る形で海洋放出が強行された。  こうした政府・東電の姿勢に憤りを覚える一方で、本誌も含めた反対意見はなぜ届かなかったのか、なぜ世の中を変えられなかったのか、顧みる必要があるだろう。  今後、国内でのいわゆる風評被害の発生、海外からの反発が必至だが、今回のような強行姿勢で乗り切れるとは思えない。原発敷地内では現在も汚染水が発生し続けており、港湾内の魚からは基準値を大きく超える放射性物質が検出されている。汚染水問題は新たなステージに差し掛かったと言える。 福島第一原発視察のため、SPに囲まれながらJR郡山駅前のエスカレーターを降りる岸田文雄首相(右列中央、8月20日、本誌編集部撮影) 県魚連の野﨑哲会長(写真左)に海洋放出決定を伝えに来た西村康稔経済産業大臣(8月22日、提供写真) 福島第一原発の海洋放出関連施設を視察し、東電幹部と面会する岸田首相(8月20日、首相官邸HPより) 岸田首相が訪れたJR郡山駅やいわき駅、福島第一原発周辺には多くのSPや警察官が配置された(8月20日、本誌編集部撮影) 海洋放出決定後、政府や東電から報告を受けた内堀雅雄知事(中央)と伊澤史朗双葉町長(左)、吉田淳大熊町長(8月22日、本誌編集部撮影) 県庁を訪れた東京電力ホールディングスの小早川智明社長(8月22日、本誌編集部撮影) 県庁前には海洋放出撤回を求める市民が集結し、シュプレヒコールを上げた(8月22日、本誌編集部撮影)

  • 福島県民不在の汚染水海洋放出

     政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。 7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。 一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。 政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。 7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。 にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。 その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。 一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。 政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。 「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。 つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。 「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 福島視察の韓国議員団と面談した【島明美】伊達市議に聞く

     韓国の最大野党「共に民主党」の国会議員4人が4月6〜8日の日程で福島県を視察した。同議員団は東京電力福島第一原発から排出される汚染水の海洋放出に反対の立場で、現地の状況を知るための視察だったようだが、どんな視察内容だったのか、同議員団と面談した島明美伊達市議会議員に話を聞いた。 海洋放出をめぐる韓国国内の動き 韓国議員団との面談の様子(島議員提供)  韓国議員団の福島視察は新聞等ではそれほど大きく扱われていない。ただ、ネットニュースなどでは「県内の議員や被災者らと面談した」と報じられ、そのうちの1人である島明美伊達市議会議員に、どういった経緯で韓国議員団と面談することになったのか、その中身はどんなものだったのかを聞いた。 まず面談に至る経緯だが、震災後にボランティアで福島県に入り、韓国語が話せるため韓国からの訪問者のコーディネートをしていた知人から、島議員に「韓国の議員団が福島県に来るのだが、短い時間でも可能なのでお話をうかがえないか」といった問い合わせがあった。詳しく聞くと、「海洋放出問題について現地を訪問して話を聞きたい」とのことだった。 当初、島議員は「海に面していない伊達市在住の自分より、もっとふさわしい人がいるのではないか」と考え、知人にそのことを伝えた。ただ、知人からは「時間の関係で難しい。どなたか地元議員を紹介していただけるならお願いしたい」と言われ、島議員は「探してみます」と回答した。 その後、島議員自身で来日(来福)する議員について調べたり(※そこで初めて、訪問するのが国会議員であることを知る)、海洋放出決定の経過や原発事故対応について見聞きしてきたことを発信している自身の活動を振り返り、「韓国の方々にお伝えすることも、自分の役割の一つ」と考え面談を受けることにした。4月7日に福島市内の会議室を借りて面談した。 ちなみに、韓国議員団は島議員との面談後、復興住宅に住む人や被災地などを訪問しており、一部報道ではそれらすべてを島議員が紹介・案内したかのようなニュアンスで捉えられているようだが、実際はそうではない。島議員は福島市内の会議室で1人で議員団と面談し、その場で別れた。 実際の面談では「島明美 個人的な意見」と明記したうえで、伝えたいことを資料としてまとめた。その内容は、①UNSCEAR(国連科学委員会)の「2020年/2021年報告書」は、初期被曝線量を100分の1過小評価したものである可能性があること、②結論ありきで進められ、日本政府が言う「科学的」は、根拠に基づいていないこと、③放射能汚染への〝風評払拭事業〟によって、地元民が被害を言えなくなっていること、④土壌汚染測定をしていないなど、被害の現状把握がなされていない面が多いこと、⑤歪められた科学を封じ込める健全な科学に基づく国際的枠組みをつくる取り組みが必要であること――等々。 「中には、安全だという情報を得て賛成している一般市民もいらっしゃるでしょうけど、『安全』とされる『科学的』データそのものの信頼性が欠如しているのならば、汚染水の放出に賛成する一般市民は、ほぼいないのではないか、とお伝えしました」(島議員) 島議員が伝えたかったこと 島明美議員(伊達市議会HPより)  そのうえで、島議員は海洋放出についての以下のような自身の見解を韓国議員団に話した。 ○タンクに溜められている「汚染処理水」とされている水の具体的な核種と汚染の数値は、国民にも世界的にも分かりやすく公開されていない。東電から発表されているデータについては第三者機関による検証も行われていない。健康影響についても調査結果は公表されていない。以上のことから、データそのものの信ぴょう性が問われるということを国内外にお伝えしたい。お伝えすることで、被害影響への対応や、事前に被害を防ぐための対策を準備するために、国際社会の協力が必要であることを実感してもらえると期待している。 ○ALPS処理水=汚染水に関して、海洋放出に賛成している人は、私の周辺ではほぼいない。(韓国議員団と面談するに当たり)ここ数日、住民(伊達市と福島市)の数名に突然、海洋放出の是非について質問したところ、賛成という人はおらず、「よく分からないけど、良いことではないことは分かる」という声を複数人から聞いた。 ○ほかにも、この間、海洋放出について反対運動をしている市民団体の方、専門家、原子力に関わる仕事をしている方の話を聞き、対話プログラムにも参加してきた。ALPS処理水=汚染水の海洋放出について学び、現在の時点での私の判断は、放出反対である。その根拠は、処理しきれないトリチウムの問題と、基準値を超えているほかの放射性物質があること。 こうした島議員の話に、韓国議員団の1人は「汚染水の問題は、日韓両国の国民の健康の問題です」と話したという。 「議員の方はデータを手に持ち、ノートパソコンを開き、資料の確認をされました。前日に訪問したところからデータ提供を受けたらしく、トリチウム以外の放射性核種が予想以上に入っていることを話されました。私よりも詳しい核種データの資料を持っているようでした」(島議員) 面談の最後に、島議員は「私からの希望として、歪む科学の封じ込めにつながる動きを、国際的な取り組みにしていただきたい」と伝えたという。さらに、当日取材にきていたテレビ局のインタビューには「日本政府は、当事者、地元の人の話をもっと聞いてほしいと答えました」(島議員)。 こうして韓国議員団との面談を終えた島議員は、海洋放出について、あらためて「議論が、まだまだ足りていない。そもそも、その議論に必要な『科学的なデータ』も、報道も、全く足りていない」と話した。 一方で、韓国の尹錫悦大統領が3月に訪日した際、汚染水の海洋放出について「韓国国民の理解を求めていく」と述べたとして、韓国国内では「日本に肩入れするのか」との批判が噴出したという。今回の野党議員団の来日(来福)は、尹政権が海洋放出問題に十分に対応していないことを印象付け、政権批判につなげる狙いがある、といった報道もあった。島議員は「韓国議員団は専門的な知識を持った方で、目的は『調査』でした。議員の方は『大統領は曖昧な態度でハッキリ答えていないのが現実』、『汚染水の問題は、日韓両国民の健康の問題です』と話されていました」と明かした。 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

  • 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府が海洋放出の方針を決めたのは2021年の4月13日だった。それからちょうど2年になる今年の4月13日に合わせて、政府方針に反対する人々が街頭に立った。国内だけでなくパリやニューヨーク、太平洋の島国でも……。日本政府はこうした声に耳を貸さず、海洋放出を強行してしまうのか? 不都合なことは伝えない?日本政府 【福島・いわき】 いわき市(市民による海洋放出反対アクションの様子、牧内昇平撮影)  4月13日午後0時半、いわき市小名浜のアクアマリンふくしまの前で、「これ以上海を汚すな!市民会議」(以下、「これ海」)の共同代表を務める織田千代さん(いわき市在住)がマイクを握った。 「放射能のことを気にせず、健康に毎日を暮らし、子どもたちが元気に遊び、大きくなってほしい。そんな不安のない毎日がやってくることが望みです。これ以上の放射能の拡散を許してはいけないと思います。これ以上放射能を海にも空にも大地にも広げないで!」 約30人の参加者たちが歩道に立ち〈汚染水を海に流さないで!〉と書かれたプラカードを掲げた。工場群へと急ぐトラックや、水族館を訪れる子どもたちを乗せた大型バスが通るたび、参加者たちは大きく手をふってアピールした。リレー形式のスピーチは続く。 「小学生の子どもが2人います。将来子どもたちから『危険だと分かっていたのにママは何もしなかったの?』と言われないように、子どもたちに恥ずかしい気持ちにならないように、みなさんと一緒にがんばっていきたいと思います」 「4歳の娘がいます。子どもを産む前に『福島で子どもは産むな』と親戚から言われました……。子どもは今元気に育っています。でも、これから海が汚されようとしています。汚染された海で魚を食べて、娘や子どもたちの世代には何も関係ないことなのに、風評も含めて被害を受けるのかと思うと、親としてすごく悲しい気持ちになります」 年配の男性からはこんな声も。 「会津生まれの私がいわきに住み着いたのは、魚がうまいからでした。それが原発事故になって、どうも落ち着いて魚を食べられなくなってしまった。これで海洋放出までやられたんでは、本当に、安心して酔っぱらいきれない。早く心から酔っぱらいたいと思っています」 浪江町の津島から兵庫県に避難している菅野みずえさんはちょうど来福していたため急きょ参加。こんなエピソードを語った。 「こないだGX(政府の原発推進方針)の説明会で経済産業省や環境省の人がきました。その中の一人が、『私は福島に何度も通って、福島と共に歩んでいます』なんてことを言った挙げ句に、『〝ときわもの〟の魚を私たちは……』と言いました」 小名浜の街頭に立つ人たちからどよめきの声が上がった。菅野さんは話を続けた。 「あほかおめぇって。国はちゃんとこっちを見てません。私たちしかがんばる者がいないなら一生懸命がんばりたいと思います」 街頭行動の終盤では地元フォークグループ「いわき雑魚塾」が演奏した。歌のタイトルは「でれすけ原発」。 ♪でれすけ でんでん ごせやげる でれすけ 原発 もう、いらねえ!(※メンバーによると、でれすけは「ばかたれ」、ごせやげるは「腹が立つ」の意)    ◇ いわき市小名浜のシーサイドは市民たちによる海洋放出反対アクションの「中心の地」の一つだ。菅義偉首相(当時)が汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出方針を発表したのは2021年4月13日。その2カ月後から、反対する市民たちは毎月13日に街頭でスタンディング(アピール行動)を行ってきた。中心となったのが「これ海」のメンバーたちである。 地道に続けてきた活動は大きな成果を上げつつある。これ海のメンバーたちは今年に入ってから、SNSを通じて国内外の人々に「4月13日は一緒に行動を。アクションを起こしたら写真を送ってください」と呼びかけてきた。手探りの試みだったが、呼びかけはグローバルな広がりを見せた。 【フランス】 パリ(よそものネットフランス提供)  ♪オ~、シャンゼリゼ~ オ~、シャンゼリゼ~♪ 4月上旬、花の都パリの鉄橋に〈SAYONARA NUKES〉の横断幕がかかった。現地の脱原発ネットワーク「よそものネットフランス」の辻俊子さんのSNS投稿を紹介する。 《若葉の緑が目に鮮やかな季節が始まり、暖かな日差しに人々がくつろぐ週末の午後、私達はサン・マルタン運河に架かる橋の一つに陣取りました。この運河はセーヌ河へと続き、セーヌ河はノルマンディー地方で大西洋に注ぎます。海は皆の宝物、これ以上汚してはいけません!》 ヨーロッパ随一の原発推進国フランス。マクロン大統領は昨年、最大14基、少なくとも6基の原子炉を新設すると明言した。もちろんそんな中でも原発に反対する声はある。使用済み核燃料の再処理工場があるノルマンディー地方のラ・アーグでは、「福島」と手書きされた折り紙の船が水辺に浮かんだ。 【米国】 ニューヨーク(Manhattan Project for a Nuclear-Free world提供)  STOP THE NUCLEAR WASTE DUMPING! (核の廃棄物を捨てるな!) ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの映画でも知られるニューヨーク公共図書館。美しい建物の前で4月8日、「汚染水を流すな!」集会が行われた。日本語で〈原子力? おことわり〉と書いた旗をかかげる人の姿も。ニューヨークの近郊にはインディアンポイント原発があり、市内を流れるハドソン川が汚染される懸念がある。日本の海洋放出はNYっ子たちにも他人事ではないのだ。 【ニュージーランド】 ニュージーランド(ジャック・ブラジルさん提供)  「キウイの国」の南島オタゴ地方の都市ダニーデン。「オクタゴン」(八角形)と呼ばれる市内中心部の広場に、〈Tiakina te mana o te Moana-nui-a-Kiwa〉と書かれた横断幕がひるがえった。マオリ語で「太平洋の尊厳を守ろう」という意味だそうだ。 スタンディングに参加した安積宇宙さんは東京都生まれ。地元オタゴ大学に初めての「車椅子に乗った正規の留学生」として入学した人だ。安積さんはSNSにこう書きこんでいた。 《太平洋は、命の源であり、私たちを繋いでいる。(海洋放出)計画の完全中止を求めます》 【太平洋諸国】 フィジー(Pacific Conference of Churches提供)  青い空に青い海。美しい景色をバックに、マーシャル諸島の若者たちは〈DO NOT NUKE THE PACIFIC〉(太平洋を核にさらすな)のプラカードをかかげた。ソロモン諸島では照りつける太陽の下に〈PROTECT OUR OCEAN〉(私たちの海を守れ)の旗。フィジーでは〈I am on the Ocean,s side〉(私は海の味方)の横断幕……。 米軍が1954年3月1日にビキニ環礁で行った水爆ブラボー実験は、軍の想定を大幅に上回る放射能汚染を地域にもたらした。爆心地にできたクレーターは直径2㌔、深さ60㍍とも言われる。爆発で吹き上げられた放射性物質は漁船「第五福竜丸」やマーシャル諸島に暮らす人びとの上に降りかかった。多くの人が病に冒され、故郷を追われた(佐々木英基著『核の難民』)。こういう経験をしている人々が海洋放出に反対するのは当然だろう。    ◇ SNS情報だから正確ではないが、4月13日の前後に国内外でかなりの数の市民が行動を起こしたことを確認できた。一部を書き出す。 福島、郡山、茨城、京都、新潟、東京、愛知、佐賀、青森、神奈川、静岡、埼玉、兵庫、福岡、沖縄、ベトナム、カナダ、韓国、フィリピン……。これだけ広がったのは、発起人たちの中でも予想外だったようだ。 これ海メンバーで会津若松市在住の片岡輝美さんは話す。「本当に驚きました。人びとのつながりを感じ、勇気をもらいました。あとは日本政府がこの市民のメッセージとどう向き合うのか、ですね」。 「我々は災害に直面する」 太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」のヘンリー・プナ事務局長  日本政府は国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得ることによって「国際社会は海洋放出を支持した」という印象を日本国内に植え付けようとしている。しかし、IAEAがすべてではない。アジアや太平洋の島国の中には海洋放出への反対が根強い。 今年1~2月、国連人権理事会で日本の人権の状況に関する審査が行われた。その結果、各国から合計300の勧告が日本政府に出された。死刑制度などへの勧告が多かったが、そのうち11件が海洋放出に関するものだったことは特筆に値する(表参照)。 海洋放出について日本政府に出された勧告 国名勧告の内容中国国際社会の正統かつ正当な懸念を真摯に受けとめ、オープンで透明性があり、安全な方法で放射性汚染水を処分すること。サモア放射性廃棄物が人体や地球環境におよぼす影響を最小限に抑えるために、代替の処分方法や貯蔵方法への研究、投資、実践を強化すること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムから独自評価を依頼された専門家たちが求めるすべてのデータを、可及的速やかに提供すること。サモア福島第一原発の海洋放出計画について、包括的な環境影響調査を含めて、特に国連海洋法条約などに基づく国際的な義務を十分に守ること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムによる独自評価が「許容できる」と判断しない限り、太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止すること。フィジー太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止し、太平洋諸島フォーラムによる独自評価について、フォーラム諸国との対話を継続すること。フィジー太平洋諸島フォーラムの専門家たちが放射性廃水の太平洋への放出が許容されるかどうかを判断するために、必要なすべてのデータを開示すること。東ティモール国際的な協議が適切に実施されるまでは、福島第一原発の放射性廃水の投棄に関わるあらゆる決定の延期を検討すること。サモア情報格差を含めて太平洋諸国が示しているすべての懸念に対処するまで放射性廃水の放出を控えること。人体と海の生物への影響に関する科学的データを提供すること。バヌアツ汚染廃棄物の安全性に関する十分な科学的エビデンスの提供なしに、福島第一原発の放射性汚染水や廃棄物を太平洋に放出、投棄しないこと。マーシャル諸島太平洋の人びとや生態系を放射性廃棄物の害から守るために、海洋放出の代対策を開発、実践すること。国連人権理事会UPRレビュー作業部会報告書案から引用。筆者訳  表を見て分かるのは、太平洋に浮かぶ島国の危機感が強いことだ。太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」という組織がある。外務省ホームページによると、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ソロモン諸島、マーシャル諸島など、太平洋に浮かぶ16カ国と2地域が加盟している。今年1月、このPIFのヘンリー・プナ事務局長が英ガーディアン紙に寄稿した。 〈日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する〉 プナ氏は寄稿の中でこう指摘する。海洋放出の是非を判断するためのデータが不足している。これは日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が十分かどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない――。プナ氏は最後にこう書いた。 〈我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています〉 奇妙な経産省の発表文  前述の通りPIF諸国の中には海洋放出に反対する国が数多くある。しかし経済産業省はそのことを日本国民に十分伝えているだろうか。 例を挙げる。今年2月、PIFの代表団が訪日し、岸田文雄首相、林芳正外務大臣、西村康稔経産大臣と会談した。原発を所管する西村氏との会談はどんな内容だったのか。経産省のウェブサイトを見ると、このようなニュースリリースが公開されていた。 〈西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました〉  予想通りの内容。驚いたのはこれからだ。会談結果を伝える経産省のページには、英文に切り替えるボタンがついていた。試してみると、先ほどの文章はこう変わった。 〈Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions, and as promised by former Prime Minister Suga at The 9th Pacific Islands Leaders Meeting (PALM9)…〉 https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0206_001.html  なぜか日本語版にはない一文が入っている。傍線部分だ。「彼(西村大臣)は太平洋諸国が示している懸念を真剣に受け止め…」。この部分が日本語版にはなかった。訳文と内容が異なるのは不可解だ。筆者は経産省の担当者にこの点を指摘した。すると担当者は「内部で確認し、後日回答します」との返事だった。しかし2日ほど返事がない。気になってもう一度該当ページを調べたら、経産省がしれっと直した後だった。「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め…」と加筆されていた。筆者の指摘で直したのは確実だ。赤字で以下の注意書きが加わっていた。【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230206002/20230206002.html  こういうのは細かいけれど重要だ。 経産省はこれまで、日本国内で「不都合なことは伝えない」というスタンスをとり続けてきた。〈みんなで知ろう。考えよう〉とテレビCMでかかげた。だが漁業者の反対やALPSでは除去できない炭素14の存在といった自分たちに不都合な要素は、少なくとも積極的には伝えていない。今回の件も同様に、「PIF諸国が懸念を示した」ことを日本国内に知らせたくなかったのではないか。勘ぐり過ぎだろうか? 日本政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束した。海に流した汚染水は世界中に広がる。そのことを考えれば、本来なら、理解を得る必要がある「関係者」は世界中にいると言っても過言ではない。日本政府の対応が問われている。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」