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福島県司法書士会

  • 依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

    依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

    (2022年10月号)  福島市の男性が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市新浜町6―28、角田正志会長)を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴した。〝法律のプロ〟が揃って訴えられる前代未聞の出来事はなぜ起きたのか、背景を追った。 不動産取引に絡んで“重大過失”  提訴したのは福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)。訴状の日付は9月5日だが、本誌は2020年3月号「業務怠慢を〝告発〟された県中地区の司法書士 県司法書士会に違法な!?調停強行疑惑」という記事で今回の問題を詳しく取り上げていた。 司法書士は裁判所や法務局などに提出する書類の作成、不動産・商業登記、相続や遺言に関する業務などを依頼者に代わって行う。司法書士になるためには、司法書士試験に合格して国家資格を取得しなければならない。一方、司法書士会は各都府県に一つと北海道に四つあり、その上部組織が日本司法書士連合会(東京都新宿区)。 提訴に至った経緯を知るため、当時の記事を振り返る。 〇伊藤さんは二本松市内に所有していた実家(空き家)を、大玉村の町田輝美さん(仮名)に貸すことになり、2018年3月13日、建物賃貸借契約書を交わした。期間は2020年3月15日までの2年間、家賃は月額6万5000円としたが、伊藤さんは町田さんから「賃貸で2年住んだ後に不動産を買い取りたい」と言われ、そのことを示す確約書も契約書と一緒に交わした。 〇確約書には売買金額も記され、契約締結から1年以内の場合は1450万円、2年以内の場合は1400万円。一方、売買契約が不成立になった場合は、申し出者が違約金として売買金額の10%を相手方に支払うことで合意した。 〇ところが、町田さんは最初の1回は家賃を納めたが、その後は滞納が続いた。伊藤さんは知人から「このまま滞納が続くようなら2年待たずに売却した方がいい」とアドバイスされ、司法書士を立てて正式に売買契約を交わすことを決めた。 〇伊藤さんは2019年1月、県中地区の男性司法書士A氏に契約業務を委託した。委託内容は不動産登記、所有権移転、抵当権設定、建物賃貸借契約解除に関する覚書の作成および当該書面作成の相談など。 〇同年2月、A氏は知人の宅地建物取引士を同席させ町田さんの妻と面会し、売買の話を切り出した。すると、町田さんの妻から「その話はなかったことにしてほしい」と言われた。ただ、このとき話した内容がA氏から伊藤さんに伝わったのは面会から2週間後だった。 〇伊藤さんは、町田さん側から断られたことを2週間も報告しなかったA氏に不信感を抱いた。さらに「町田さんの妻から『家賃の滞納分は払うが、違約金はなかったことにしてほしい』と言われた」「この件は調停に持ち込まれる」と告げられたことも納得がいかなかった。なぜ町田さんの妻がそう言っているのか、なぜ調停に持ち込まれるのかについて、A氏から説明がなかったからだ。町田さんに直接事情を聞きたくても、調停が受理されてしまったため当事者間の連絡が禁じられ、それまで通じていた町田さんの携帯電話も不通になっていた。 〇その後、町田さんの妻に調停申し立てを促したのはA氏だったことが判明。A氏はこのほか、前出・宅地建物取引士と一緒に町田さんの妻に別の賃貸物件を紹介するなどしていた。伊藤さんが「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理だ」と憤ったのは言うまでもない。 記事掲載に当たり、本誌は中通りの某司法書士に、同業者の目から見てA氏の行為はどう映るか尋ねたところ①町田さんの妻に売買契約の意思がないと判明した時点で司法書士の出る幕はない、②A氏は町田さん側に契約の意思がないことを伊藤さんに素早く伝えるべきだった、③A氏は町田さんの妻に調停を勧める前に、伊藤さんに報告後、当事者間での話し合いによる解決を勧めるべきだった、④A氏は少々踏み込み過ぎて町田さんの妻の相談に乗った可能性があり、それ自体、司法書士の仕事から逸脱しており、依頼者である伊藤さんの利益を損なう行為――と指摘した。 一方、裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)に基づき法務省の認証を受け、2010年3月から「調停センター」を開設して調停に関する業務を行っている県司法書士会をめぐっては、次のような不手際が起きていた。 〇町田さん側が同センターに調停を申し立てたことで、伊藤さんは2019年4~9月にかけて5回、同センターに足を運び、自身の主張を訴えた。しかし、調停に立ち会った認定司法書士(※)は伊藤さんの主張に耳を貸さず、町田さん側の主張に沿った解決を再三促した。 ※ADR法に基づき簡易訴訟代理権等を付与された司法書士 〇そもそも町田さん側の申し立て内容は「賃貸借契約の円満な解決を図りたい」という曖昧なもので「家賃の滞納分しか払えない」「違約金はなかったことにしてほしい」といった紛争の目的がはっきりしていなかった。そのため伊藤さんは「町田さん側の申し立て趣旨を明らかにしてほしい」と訴えたが、認定司法書士からは明確な回答がなかった。 〇町田さん側のペースで進む状況に危機感を覚えた伊藤さんはあらためて同センターの制度を調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められていることが判明。伊藤さんと町田さん側の争いは、家賃の滞納分と違約金を合わせた200万円超なので、同センターでは扱えないことが分かった。 〇伊藤さんは調停の中で「訴額が140万円を超えており、町田さん側の申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、認定司法書士に聞き入れられることはなかった。このままでは偏った合意案を示されることを恐れた伊藤さんは調停から離脱し、合意不成立となった。 重なった数々の不手際  その後、伊藤さんは町田さんを相手取り、家賃の滞納分と違約金を合わせた約202万円の支払いを求める訴訟を福島地裁に起こし、2021年1月に和解が成立した。この訴額からも、同センターが町田さん側の申し立てを受理したのは誤りだったことが分かる。 今回の提訴に先立ち、伊藤さんはA氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てたが、A氏は不応諾(手続きに不参加)だった。自身のミスに向き合おうとしない態度は〝法律のプロ〟として不誠実と言うほかないが、県司法書士会の態度も誠実さを欠いたものだった。 調停を受け、県司法書士会が同裁判所に提出した「第1主張書面」(2022年5月30日付)には次のように書かれている。 《申立時点(平成31年4月8日)で既にその合計額は140万円を超えていた可能性が高いなどの考えも十分成り立ち得る》(同書面4頁) 《これに対し、これまで相手方(※県弁護士会)は、調停の中心の論点を基準として訴額通知に基づき算定する旨述べ、本件において調停の中心の論点を「建物賃貸借契約の解除」ないし「三 地上権・永小作権、賃借権」と認識し、この場合の訴額を「目的たる物の価格の二分の一」と判断し、本件の場合には140万円を超えなかった(建物の固定資産税評価額合計173万2990円÷2=86万6495円)と考え、前項の可能性を考えていなかった》(同書面4~5頁) つまり、町田さん側が調停を申し立てた時点で訴額は140万円を超えていた可能性があったのに、県司法書士会は解釈を誤り、140万円を超えないと判断したというのだ。 なぜ、誤った解釈をしてしまったのか。県司法書士会はその理由をこう釈明している。 《訴額を算定する前提としても、調停申立書や(中略)求める解決の要旨の記載が抽象的であった点は否定できず、受付の段階で調停センターの調停申立人(賃借人=※町田さん)から、上記概要や解決の要旨をしっかり聴取したうえで受付すべきであったと考える。これらを明らかにしなかったため、結果として訴額算定があいまいになり、申立人(※伊藤さん)の調停進行への疑義を招くこととなった》(同書面6頁) 《また、本件は、相手方所属会員(※A氏)からの紹介案件であったことから、受付段階における上記各検討が不十分となった可能性も否定できない》(同) つまり、町田さん側の申し立て趣旨をきちんと把握せず、どのような解決を望んでいるのか聴取せずに調停を受理したため訴額の算定が曖昧になったというのだ。伊藤さんが「申し立ての趣旨を明らかにしてほしい」と求めた際にきちんと対応していれば、訴額が140万円を超えていたことは把握できたわけ。 さらに驚くのは、A氏からの紹介だったため、深く検討せずに受理したことを認めていることだ。これでは〝身内〟から紹介された案件は、クロもシロにできると言っているようなものだ。 「50万円で勘弁してほしい」 県司法書士会の事務所(福島市)  こうした事態を受け、県司法書士会は以下の反省点を挙げている。 《調停センター内で訴額について調停管理者は一人だけではなく、複数の調停管理者で検討することや、福島県司法書士会の外部の方を調停管理者に選任できるようにしておき、組織外の方によるチェックを導入することを検討すべき》(同書面7頁) 《(調停センターは)相手方(※県司法書士会)から一定程度独立した中立機関たる位置づけになっている。その趣旨は、本会役員も知っており、また、調停センター関係者は同じ会員であることから信頼していたので、調停センターの運営等に関して、いわゆる余計な口出しなどはせず、調停センターの判断を尊重してきた。 上記理由から、本件において、2019年3月頃に調停センターへの会員(※A氏)紹介があってから、2019年10月30日付調停センター長宛「調停に対する疑義等の申し立てについて」の申立人(※伊藤さん)作成の照会書を相手方にて受付けるまでは、相手方は、調停センターの調停受付や経緯について、センター長を始めとする調停センター関係者から報告を受けていなかった》(同書面7~8頁) 調停センターの独立・中立を保つ必要性は理解できるが、誤った運営が行われた際に正す仕組みがないのは問題だろう。うがった見方をすれば、これまでも誤った運営が行われていたかもしれないのに「余計な口出しになる」と見過ごされた調停があった可能性もある。 ともかく、これらの反省点を踏まえ、県司法書士会では伊藤さんに五つの改善策を検討中であることを伝えたが、伊藤さんが強く憤るとともに激しく落胆したのは同書面の最後に書かれていた次の一文だった。 《以上の他諸事情を踏まえ、解決金については金50万円を提示する》(同書面10頁) 「私と町田さんの関係は悪くなかったので、直接話し合っていれば問題がこれほど長期化することはなかったと思います。それを、A氏が余計なアドバイスをしたり、県司法書士会が不当に調停を受理・実施したことで、私は無用な時間とお金と労力を割く羽目になった。その損害は正しく算定し、きちんと救済されるべきです。にもかかわらず、県司法書士会は原因者を処分しようともせず『50万円で勘弁』とお手軽に解決しようとしたから許せなかった」(伊藤さん) 伊藤さんは、個人的な怒りもさることながら、この状況を放置すれば自分と同じような〝被害者〟が出てしまうことを強く懸念している。 「調停実施者が不当行為を犯し、その結果、調停参加者が被害を受けることは国も想定していなかったと思います。県司法書士会でも、私が受けたさまざまな被害について『対応基準がなく前例もないため救済措置を講じることができない』としていました。これでは、被害者は蔑ろにされるばかりです。私のような被害者を出さないためにも、ADRの不備を是正し、救済措置を設けるべきです」(同) 問題は他にもある。 伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、2021年6月には県司法書士会の角田正志会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理されている。同法務局はその後、A氏と同センター長への調査を県司法書士会に委嘱しているが(※伊藤さんによると角田会長への調査はどこが行ったかは不明)、それから2年近く経った現在も調査結果は示されていない。 「司法書士の懲戒処分に関する調査を〝身内〟の県司法書士会に委嘱している時点で厳格な調査は期待できない。もっと言うと、私は県司法書士会に対し懲戒処分を科してほしいが、組織は懲戒処分申し立ての対象外なのです。これでは組織が抱える問題は表面化しにくい」(同) 県司法書士会がいくら見せかけの反省をしたところで、ADR法をはじめとする制度の不備を解消し、組織のあり方を変えなければ再発防止にはつながらない。全国には自分と同じような被害者がいることも考えられる。そこで伊藤さんは、全容の解明と責任の所在をはっきりさせ、司法書士制度の課題解消につなげるため、A氏と県司法書士会を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて提訴することを決めたのだ。 「全容解明を強く望む」 司法書士A氏の事務所  被告となった両者に取材を申し込むと、A氏は 「非常にデリケートな話だし、余計なことを言って尾ひれが付くのもよくないので取材は遠慮したい。私としては記事にしてほしくないというのが希望です」 と話した。「記事にしてほしくない」などと虫がいいことを口にする辺り、相変わらず自分のミスと向き合う気の無さがうかがえる。 県司法書士会は、伊藤栄紀副会長から 「提訴されたことは承知しているが、まだ訴状が届いていない(9月20日現在)。ただ、こちらの主張は裁判を通じて訴えていくので、個別の取材は遠慮したい」 というコメントが寄せられた。ただ前述の通り、福島簡易裁判所での調停では自分たちのミスを認めているので、裁判では伊藤さんが求める全容の解明と責任の所在、さらには損害の算定にどこまで丁寧に応じるかがポイントになるだろう。訴訟の行方を注視したい。 前出・中通りの某司法書士にあらためて感想を尋ねると、次のような答えが返ってきた。 「今回の訴訟は新聞報道で初めて知りました。私も県司法書士会の一会員ですが、正直、同会内の出来事や同業者の間で何が起きているかはよく分かっていません。ただ、組織と司法書士個人が依頼者からセットで訴えられるのは極めて珍しいと思います」  同業者も呆れた裁判に、伊藤さんはこんな思いを託している。 「司法書士倫理第7条には『社会秩序の維持及び法制度の改善に貢献する』とあるが、県司法書士会は今回明らかになった課題の解消にきちんと取り組んでほしい。裁判を通じて全容が解明され、A氏と県司法書士会の今後の業務に生かされることを強く望みます」

  • 依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

    (2022年10月号)  福島市の男性が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市新浜町6―28、角田正志会長)を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴した。〝法律のプロ〟が揃って訴えられる前代未聞の出来事はなぜ起きたのか、背景を追った。 不動産取引に絡んで“重大過失”  提訴したのは福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)。訴状の日付は9月5日だが、本誌は2020年3月号「業務怠慢を〝告発〟された県中地区の司法書士 県司法書士会に違法な!?調停強行疑惑」という記事で今回の問題を詳しく取り上げていた。 司法書士は裁判所や法務局などに提出する書類の作成、不動産・商業登記、相続や遺言に関する業務などを依頼者に代わって行う。司法書士になるためには、司法書士試験に合格して国家資格を取得しなければならない。一方、司法書士会は各都府県に一つと北海道に四つあり、その上部組織が日本司法書士連合会(東京都新宿区)。 提訴に至った経緯を知るため、当時の記事を振り返る。 〇伊藤さんは二本松市内に所有していた実家(空き家)を、大玉村の町田輝美さん(仮名)に貸すことになり、2018年3月13日、建物賃貸借契約書を交わした。期間は2020年3月15日までの2年間、家賃は月額6万5000円としたが、伊藤さんは町田さんから「賃貸で2年住んだ後に不動産を買い取りたい」と言われ、そのことを示す確約書も契約書と一緒に交わした。 〇確約書には売買金額も記され、契約締結から1年以内の場合は1450万円、2年以内の場合は1400万円。一方、売買契約が不成立になった場合は、申し出者が違約金として売買金額の10%を相手方に支払うことで合意した。 〇ところが、町田さんは最初の1回は家賃を納めたが、その後は滞納が続いた。伊藤さんは知人から「このまま滞納が続くようなら2年待たずに売却した方がいい」とアドバイスされ、司法書士を立てて正式に売買契約を交わすことを決めた。 〇伊藤さんは2019年1月、県中地区の男性司法書士A氏に契約業務を委託した。委託内容は不動産登記、所有権移転、抵当権設定、建物賃貸借契約解除に関する覚書の作成および当該書面作成の相談など。 〇同年2月、A氏は知人の宅地建物取引士を同席させ町田さんの妻と面会し、売買の話を切り出した。すると、町田さんの妻から「その話はなかったことにしてほしい」と言われた。ただ、このとき話した内容がA氏から伊藤さんに伝わったのは面会から2週間後だった。 〇伊藤さんは、町田さん側から断られたことを2週間も報告しなかったA氏に不信感を抱いた。さらに「町田さんの妻から『家賃の滞納分は払うが、違約金はなかったことにしてほしい』と言われた」「この件は調停に持ち込まれる」と告げられたことも納得がいかなかった。なぜ町田さんの妻がそう言っているのか、なぜ調停に持ち込まれるのかについて、A氏から説明がなかったからだ。町田さんに直接事情を聞きたくても、調停が受理されてしまったため当事者間の連絡が禁じられ、それまで通じていた町田さんの携帯電話も不通になっていた。 〇その後、町田さんの妻に調停申し立てを促したのはA氏だったことが判明。A氏はこのほか、前出・宅地建物取引士と一緒に町田さんの妻に別の賃貸物件を紹介するなどしていた。伊藤さんが「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理だ」と憤ったのは言うまでもない。 記事掲載に当たり、本誌は中通りの某司法書士に、同業者の目から見てA氏の行為はどう映るか尋ねたところ①町田さんの妻に売買契約の意思がないと判明した時点で司法書士の出る幕はない、②A氏は町田さん側に契約の意思がないことを伊藤さんに素早く伝えるべきだった、③A氏は町田さんの妻に調停を勧める前に、伊藤さんに報告後、当事者間での話し合いによる解決を勧めるべきだった、④A氏は少々踏み込み過ぎて町田さんの妻の相談に乗った可能性があり、それ自体、司法書士の仕事から逸脱しており、依頼者である伊藤さんの利益を損なう行為――と指摘した。 一方、裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律(ADR法)に基づき法務省の認証を受け、2010年3月から「調停センター」を開設して調停に関する業務を行っている県司法書士会をめぐっては、次のような不手際が起きていた。 〇町田さん側が同センターに調停を申し立てたことで、伊藤さんは2019年4~9月にかけて5回、同センターに足を運び、自身の主張を訴えた。しかし、調停に立ち会った認定司法書士(※)は伊藤さんの主張に耳を貸さず、町田さん側の主張に沿った解決を再三促した。 ※ADR法に基づき簡易訴訟代理権等を付与された司法書士 〇そもそも町田さん側の申し立て内容は「賃貸借契約の円満な解決を図りたい」という曖昧なもので「家賃の滞納分しか払えない」「違約金はなかったことにしてほしい」といった紛争の目的がはっきりしていなかった。そのため伊藤さんは「町田さん側の申し立て趣旨を明らかにしてほしい」と訴えたが、認定司法書士からは明確な回答がなかった。 〇町田さん側のペースで進む状況に危機感を覚えた伊藤さんはあらためて同センターの制度を調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められていることが判明。伊藤さんと町田さん側の争いは、家賃の滞納分と違約金を合わせた200万円超なので、同センターでは扱えないことが分かった。 〇伊藤さんは調停の中で「訴額が140万円を超えており、町田さん側の申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、認定司法書士に聞き入れられることはなかった。このままでは偏った合意案を示されることを恐れた伊藤さんは調停から離脱し、合意不成立となった。 重なった数々の不手際  その後、伊藤さんは町田さんを相手取り、家賃の滞納分と違約金を合わせた約202万円の支払いを求める訴訟を福島地裁に起こし、2021年1月に和解が成立した。この訴額からも、同センターが町田さん側の申し立てを受理したのは誤りだったことが分かる。 今回の提訴に先立ち、伊藤さんはA氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てたが、A氏は不応諾(手続きに不参加)だった。自身のミスに向き合おうとしない態度は〝法律のプロ〟として不誠実と言うほかないが、県司法書士会の態度も誠実さを欠いたものだった。 調停を受け、県司法書士会が同裁判所に提出した「第1主張書面」(2022年5月30日付)には次のように書かれている。 《申立時点(平成31年4月8日)で既にその合計額は140万円を超えていた可能性が高いなどの考えも十分成り立ち得る》(同書面4頁) 《これに対し、これまで相手方(※県弁護士会)は、調停の中心の論点を基準として訴額通知に基づき算定する旨述べ、本件において調停の中心の論点を「建物賃貸借契約の解除」ないし「三 地上権・永小作権、賃借権」と認識し、この場合の訴額を「目的たる物の価格の二分の一」と判断し、本件の場合には140万円を超えなかった(建物の固定資産税評価額合計173万2990円÷2=86万6495円)と考え、前項の可能性を考えていなかった》(同書面4~5頁) つまり、町田さん側が調停を申し立てた時点で訴額は140万円を超えていた可能性があったのに、県司法書士会は解釈を誤り、140万円を超えないと判断したというのだ。 なぜ、誤った解釈をしてしまったのか。県司法書士会はその理由をこう釈明している。 《訴額を算定する前提としても、調停申立書や(中略)求める解決の要旨の記載が抽象的であった点は否定できず、受付の段階で調停センターの調停申立人(賃借人=※町田さん)から、上記概要や解決の要旨をしっかり聴取したうえで受付すべきであったと考える。これらを明らかにしなかったため、結果として訴額算定があいまいになり、申立人(※伊藤さん)の調停進行への疑義を招くこととなった》(同書面6頁) 《また、本件は、相手方所属会員(※A氏)からの紹介案件であったことから、受付段階における上記各検討が不十分となった可能性も否定できない》(同) つまり、町田さん側の申し立て趣旨をきちんと把握せず、どのような解決を望んでいるのか聴取せずに調停を受理したため訴額の算定が曖昧になったというのだ。伊藤さんが「申し立ての趣旨を明らかにしてほしい」と求めた際にきちんと対応していれば、訴額が140万円を超えていたことは把握できたわけ。 さらに驚くのは、A氏からの紹介だったため、深く検討せずに受理したことを認めていることだ。これでは〝身内〟から紹介された案件は、クロもシロにできると言っているようなものだ。 「50万円で勘弁してほしい」 県司法書士会の事務所(福島市)  こうした事態を受け、県司法書士会は以下の反省点を挙げている。 《調停センター内で訴額について調停管理者は一人だけではなく、複数の調停管理者で検討することや、福島県司法書士会の外部の方を調停管理者に選任できるようにしておき、組織外の方によるチェックを導入することを検討すべき》(同書面7頁) 《(調停センターは)相手方(※県司法書士会)から一定程度独立した中立機関たる位置づけになっている。その趣旨は、本会役員も知っており、また、調停センター関係者は同じ会員であることから信頼していたので、調停センターの運営等に関して、いわゆる余計な口出しなどはせず、調停センターの判断を尊重してきた。 上記理由から、本件において、2019年3月頃に調停センターへの会員(※A氏)紹介があってから、2019年10月30日付調停センター長宛「調停に対する疑義等の申し立てについて」の申立人(※伊藤さん)作成の照会書を相手方にて受付けるまでは、相手方は、調停センターの調停受付や経緯について、センター長を始めとする調停センター関係者から報告を受けていなかった》(同書面7~8頁) 調停センターの独立・中立を保つ必要性は理解できるが、誤った運営が行われた際に正す仕組みがないのは問題だろう。うがった見方をすれば、これまでも誤った運営が行われていたかもしれないのに「余計な口出しになる」と見過ごされた調停があった可能性もある。 ともかく、これらの反省点を踏まえ、県司法書士会では伊藤さんに五つの改善策を検討中であることを伝えたが、伊藤さんが強く憤るとともに激しく落胆したのは同書面の最後に書かれていた次の一文だった。 《以上の他諸事情を踏まえ、解決金については金50万円を提示する》(同書面10頁) 「私と町田さんの関係は悪くなかったので、直接話し合っていれば問題がこれほど長期化することはなかったと思います。それを、A氏が余計なアドバイスをしたり、県司法書士会が不当に調停を受理・実施したことで、私は無用な時間とお金と労力を割く羽目になった。その損害は正しく算定し、きちんと救済されるべきです。にもかかわらず、県司法書士会は原因者を処分しようともせず『50万円で勘弁』とお手軽に解決しようとしたから許せなかった」(伊藤さん) 伊藤さんは、個人的な怒りもさることながら、この状況を放置すれば自分と同じような〝被害者〟が出てしまうことを強く懸念している。 「調停実施者が不当行為を犯し、その結果、調停参加者が被害を受けることは国も想定していなかったと思います。県司法書士会でも、私が受けたさまざまな被害について『対応基準がなく前例もないため救済措置を講じることができない』としていました。これでは、被害者は蔑ろにされるばかりです。私のような被害者を出さないためにも、ADRの不備を是正し、救済措置を設けるべきです」(同) 問題は他にもある。 伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、2021年6月には県司法書士会の角田正志会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理されている。同法務局はその後、A氏と同センター長への調査を県司法書士会に委嘱しているが(※伊藤さんによると角田会長への調査はどこが行ったかは不明)、それから2年近く経った現在も調査結果は示されていない。 「司法書士の懲戒処分に関する調査を〝身内〟の県司法書士会に委嘱している時点で厳格な調査は期待できない。もっと言うと、私は県司法書士会に対し懲戒処分を科してほしいが、組織は懲戒処分申し立ての対象外なのです。これでは組織が抱える問題は表面化しにくい」(同) 県司法書士会がいくら見せかけの反省をしたところで、ADR法をはじめとする制度の不備を解消し、組織のあり方を変えなければ再発防止にはつながらない。全国には自分と同じような被害者がいることも考えられる。そこで伊藤さんは、全容の解明と責任の所在をはっきりさせ、司法書士制度の課題解消につなげるため、A氏と県司法書士会を相手取り、計約380万円の損害賠償を求めて提訴することを決めたのだ。 「全容解明を強く望む」 司法書士A氏の事務所  被告となった両者に取材を申し込むと、A氏は 「非常にデリケートな話だし、余計なことを言って尾ひれが付くのもよくないので取材は遠慮したい。私としては記事にしてほしくないというのが希望です」 と話した。「記事にしてほしくない」などと虫がいいことを口にする辺り、相変わらず自分のミスと向き合う気の無さがうかがえる。 県司法書士会は、伊藤栄紀副会長から 「提訴されたことは承知しているが、まだ訴状が届いていない(9月20日現在)。ただ、こちらの主張は裁判を通じて訴えていくので、個別の取材は遠慮したい」 というコメントが寄せられた。ただ前述の通り、福島簡易裁判所での調停では自分たちのミスを認めているので、裁判では伊藤さんが求める全容の解明と責任の所在、さらには損害の算定にどこまで丁寧に応じるかがポイントになるだろう。訴訟の行方を注視したい。 前出・中通りの某司法書士にあらためて感想を尋ねると、次のような答えが返ってきた。 「今回の訴訟は新聞報道で初めて知りました。私も県司法書士会の一会員ですが、正直、同会内の出来事や同業者の間で何が起きているかはよく分かっていません。ただ、組織と司法書士個人が依頼者からセットで訴えられるのは極めて珍しいと思います」  同業者も呆れた裁判に、伊藤さんはこんな思いを託している。 「司法書士倫理第7条には『社会秩序の維持及び法制度の改善に貢献する』とあるが、県司法書士会は今回明らかになった課題の解消にきちんと取り組んでほしい。裁判を通じて全容が解明され、A氏と県司法書士会の今後の業務に生かされることを強く望みます」