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  • 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

    経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出に理解を得ようと、政府が大々的なPR事業を展開している。昨年末に全国のお茶の間を騒がせたのは、大手広告代理店の電通が作ったテレビCMだった。そのほかにも多岐にわたる事業が行われていることを紹介したい。(ジャーナリスト 牧内昇平)  2月18日土曜日のお昼前、春の近さを確信させるような晴天の下、筆者はJRいわき駅からバスに乗っていわき市中央卸売市場に向かった。土曜日のためか人の姿がほとんどない駐車場を通り過ぎ、中央棟2階の研修室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。  「油がはねますから、気をつけてくださいねー」。三角巾にエプロン姿の子どもと保護者12組24名が見守る中、講師の先生がアンコウを揚げ焼きにしている。続いて薄切りにしたカツオと野菜をフライパンに入れ、バターやポン酢をからめて火を通す。さらにいい香りが部屋じゅうを包み込む。子どもたちがつばを飲む音が聞こえたかと思ったら、ファインダー越しに撮影を試みる筆者自身のつばの音だった。 講師の実演が終わるといよいよ子どもたちの出番である。それぞれの調理台に散らばり、クッキング、スタート! なぜ筆者が楽しくにぎやかな料理教室を訪れたかと言うと……。     ◇ ◇ ◇ CMだけでなかった海洋放出PR事業 経産省のHPより引用【ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業(多核種除去設備等処理水風評影響対策事業)】  本誌先月号に筆者が書いた記事のタイトルは「汚染水海洋放出 怒涛のPRが始まった」だった。大手広告代理店の電通がテレビCMを作り、昨年12月半ばから2週間にわたって全国で放映した。海洋放出には賛否両論あり、特に福島県内では反対意見が根強い。そんな中で政府の言い分のみをCM展開するのは一方的ではないか。これでは政府主導のプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない、と筆者は書いた。 ただし政府が行っている海洋放出PR事業はこのテレビCMにとどまらない。経済産業省は2021年度の補正予算を使い、「海洋放出に伴う需要対策」という新たな目的の基金を創設。そこに300億円という大金を注ぎ込んだ。そのうち9割は水産業者支援のために使い、残りの約30億円を「風評影響の抑制」を目的とした広報事業に充てるという。これが筆者の言う「プロパガンダ」の原資だ(もちろん「海洋放出」に限定しなければ復興庁などがすでに様々なPR事業を行っている)。 現在基金のホームページに公開されている「広報事業」は別表の10件である。読売新聞東京本社が入り込んでいるのか!など、社名を眺めるだけでも興味深いものがある。 2022年度に始まった海洋放出PR事業の数々 事業名予算の上限公募時期事業期間落札企業廃炉・汚染水・処理水対策の理解醸成に向けた双方向のコミュニケーション機会創出等支援事業2500万円22年5月~6月23年3月31日までJTB廃炉・汚染水・処理水対策に係るCM制作放送等事業4300万円22年5月~6月23年3月31日までエフエム福島被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業8000万円22年7月23年3月31日までユーメディアALPS処理水の処分に伴う福島県及びその近隣県の水産物等の需要対策等事業2億5千万円22年6月~7月23年3月31日まで(ただし延長の場合あり)読売新聞東京本社ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業12億円22年7月23年3月31日まで電通ALPS処理水による風評影響調査事業5千万円22年7月~8月23年3月31日まで流通経済研究所ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業1億円22年9月23年3月31日まで博報堂三陸・常磐地域の水産品等の消費拡大等のための枠組みの構築・運営事業8千万円22年10月~11月23年3月31日までジェイアール東日本企画廃炉・汚染水・処理水対策に係る若年層向け理解醸成事業4400万円22年10月~11月23年3月31日まで博報堂福島第一原発の廃炉・汚染水・処理水対策に係る広報コンテンツ制作事業1950万円23年1月~2月23年5月31日まで読売広告社「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業」のウェブサイトで公開されている情報を基に筆者作成https://www.alps-kikin.jp/PubRelation/index.html ※掲載後、新たな採択情報は下記の通り。 2023/03/24「「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」事務局運営事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月24日掲載】 2023/03/29「令和5年度被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月29日掲載】 出前食育事業に怒りの声  別表のうち、テレビCMと並んで「物議」を醸したのが出前食育事業、正式には「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」である。受注業者を募る際、基金は大雑把な内容を「公募要領」として公開した。そこにはこう書いてあった。 〈漁業者団体や地方公共団体の連携の下、小中学生等を対象にした「出前食育活動」を実施する。具体的には、小中学生等を対象に、福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けて、漁業者等による出前授業や関連の資料提供・説明等を実施するとともに、そうした理解醸成活動の一環として、福島県及びその近隣県の水産物を学校給食用の食材として提供する〉 筆者が傍線を入れたあたりが、原発事故以来子育てに悩んできた福島の人びとの怒りに触れた。 《も~我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!》 原発事故後の福島の問題を考えるNPO「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」は2月6日、オンラインのトークイベントでこの「出前食育事業」を取り上げた。出演したのは県内に住む千葉由美さん、鈴木真理さん、片岡輝美さんの3人。いわき市在住、原発事故当時子育ての真っ最中だった千葉由美さんが語る。 https://www.youtube.com/watch?v=Na0dY1b6S-M&t=1s 【いちいちカウンター#10】第2弾!も〜我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!  「原発事故の加害側である国が、自分たちに都合のいいように子どもを利用しようとしています。こんなことがあってはならないと思っています」 千葉さんは事故直後の経験を語った。自分の子に弁当を持たせて学校に通わせたこと。無用な被ばくから身を守るためだったが、まわりの子が給食を食べている中では精神的につらい思いをさせただろうこと。片岡さんも当時を振り返った。 「あの頃は大混乱だったじゃないですか。親も子どもも大変だったと思います。今回の『食育』は単発のイベントとは言え、子どもたちがまた切ない思いをするかと思うと……」 鈴木さんが思いを吐き出した。 「なんで子どもたちを利用するの? 勘弁してほしいですよ!」 3人のすごいところは、県内のすべての市町村に電話で問い合わせてしまったところだ。経産省から出前食育の知らせを受けているか、小中学校で実施する予定はあるか、を手分けして担当者に聞いたという。地道な取材力に脱帽である。トークイベントではその聞き取り結果も披露してくれた。 それによると、3人が調査した時点では県内の7自治体が事業案内を受け取ったが、いわき市などの教育委員会はすでに「実施しない」と回答した。現時点で「実施した」という例は一つもない――ということだった。 出前食育事業はどこへ? 経産省ウェブサイトにアップされている料理教室のチラシ。『ALPS処理水』や『海洋放出』という言葉は使われていない。(経産省ウェブサイトから引用)https://www.meti.go.jp/earthquake/fukushima_shien/event_ryori_fukushima.html  トークイベントが終了し、パソコンの画面を閉じた筆者は腕を組んで考えた。出前食育の事業の期限は3月末である。2月の時点で県内の実施校が一つもないというのはどういうことなのか。これは自分でも調べねばなるまい。 まずは福島市と郡山市の教育委員会に聞いてみた。どちらの担当者も「案内は来ていません」。やはりそうか。次はいわき市だ。市教委学校支援課の担当者はこう話した。「出前講座の件は昨年秋、市の水産課と県の教育庁と、2つのルートから知らせをもらいました。市長部局とも相談した結果、お断りすることになりました」。 断った理由を聞いてみた。「市の学校給食の提供の考え方に合わないと判断したからです。安心・安全な食材の提供が大原則です。ふだんの給食でさえ、福島県産の食材に対して不安を感じる保護者の方もいます。そういう状況で、海洋放出と関連させて海産物の提供を行ったらどうなるのか。状況は不透明です」と担当者は話した。 ちなみにいわき市水産課に問い合わせたところ、「昨年の夏以降、経産省の職員の方と別件で会った時、『実はこんなことも考えているんです』という情報をもらいました。うちは担当ではないのですぐ教育委員会に転送しました」とのことだった。 今度はこの事業を取り仕切っている側に聞いてみよう。テレビCMや出前食育などの広報事業については「原子力安全研究協会」という公益財団法人が連絡窓口になっている。同協会の担当者に学校給食への出前講座の件を聞くと、「現段階で何件実施しているかなどは把握していません。教育委員会や学校の方からご理解をいただくのが難しい面はあると聞いておりますが……」と奥歯に物が挟まったような言い方である。 もしや「実施ゼロ」で終わるのでは? 確認のため、筆者は経産省(原子力発電所事故収束対応室)の担当者に電話した。 筆者「理解醸成に向けた出前食育事業の件はどうなっていますか?」 経産省「あれはですね。地元産品を使用した料理教室などを行う事業です」 筆者「えっ? 事業の公募要領には〈漁業者による出前授業〉や〈学校給食用の食材として提供〉と書いてありましたよね」 経産省「あれは公募時にあくまで事業の一例として挙げたものです。当初はそういうことも想定していましたが、受注業者(博報堂)などとの話し合いの結果、料理教室を開催する方向になりました」 筆者「いくつかの市町村には案内を出したんですよね」 経産省「経産省からの公式な案内といったものは出していないと認識しています。私自身はそういうことをしていませんが、事業内容を検討している段階で経産省の職員が話題にした、というくらいのことはあるかもしれません」 筆者「……」 「学校給食への食材提供」はいつの間にか「料理教室」に様変わりしていたようだ。「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」の千葉さんたちだけでなく、いわき市教委や原子力安全研究協会もその変更を知らないのでは……といったモヤモヤを残しつつ、筆者はその料理教室の情報を調べてみた。 参加費無料。保護者と子どもがペアで参加。ただし子どもは小中学生に限定。開催場所は宮城県内の2か所(仙台・利府)といわき市の合計3会場。初日は2月18日土曜日の午前10時半……。 ということで筆者は先日、いわき市中央卸売市場を訪れたのだった。     ◇ ◇ ◇ 「皆さんはどんなお魚料理が好きですか?」「福島県の常磐ものは東京の築地や豊洲の市場でも新鮮でおいしいと評判ですよ!」 調理の前、料理教室の講師が約20分間のレクチャーを行った。常磐ものの魚の紹介や一般の魚介類に含まれる栄養素の説明が続く。 メモをとりながらやっぱりおかしいなと思ったのは、講師の説明の中には「ALPS処理水」や「海洋放出」という言葉が出てこないことだ。イベントの事務局によると、調理実習後に特段の説明は行わないそうなので、参加者が海洋放出について理解を深めるのはこのタイミングしかない。しかし、そんな話題は一切出てこなかった。念のため参加者たちへの配布物も確認してみた。福島の海産物の魅力の紹介はあっても、「ALPS処理水」や「海洋放出」には触れていない。 このことは事前に経産省(原発事故収束対応室)の担当者からも聞いていた。 経産省の担当者「海洋放出への理解醸成が目的ではありますが、放出に反対の方々にもご参加いただける企画にしたいと考えております。安全ですよと大々的に宣伝するというよりも、常磐もの、三陸ものの魅力自体をご理解いただければと思っています」 念のため書いておくが、料理教室自体はすばらしかった。ヒラメの炊き込みごはんやアンコウの沢煮椀、かつおのバターポン酢炒めはきっとおいしかったことだろう。調理台に立つ子どもたちの目は輝いていた。 とは言っても経産省の皆さん、そもそもこの事業のタイトルは「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」ではなかったのですか? テレビCMでかかげたキャッチフレーズ、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉の精神はどこへ行ってしまったのですか? 経産省は地元福島の複雑さに理解を ここまでの取材結果をまとめてみよう。 経産省は当初、学校給食への食材提供などを意図していた。しかし、いわき市など地元自治体が「実施しない」という意思を表明したからか、その計画は「料理教室」へとスライドしていった。料理教室の実施スケジュールは2月18日~3月19日の週末だ。ぎりぎり2022年度内に事業を終えることになる。 もちろん筆者は「もっと積極的に子どもたちに海洋放出をPRせよ」という意見ではない。ただ、〈ALPS処理水並びに水産物の安全性等に関する理解醸成〉と銘打っておきながら、単なる料理教室では筋が通らないのも明らかだ。これだったら経産省がやる仕事ではない。 原発事故以来、福島県内に住むたくさんの親たち、子どもたちが学校給食について悩んできたと聞く。筆者も側聞しているだけなので偉そうなことは言えないが、察するに経産省はこうした福島の人びとの切なさ、複雑さを十分に理解していなかったのではないか。 今回の「出前食育」事業を経てそうした点に気づいたならば、「今年の春から夏頃に開始する」としている海洋放出について、より一層の慎重さが必要なことにも思い至ってほしい。 ちなみに、実は料理教室のほかにもう一つ、「出前食育」の予算枠を使ったイベントがあるそうだ。 タイトルは「相馬海の幸まつり」(開催は2月25、26日と3月4、5日)。「浜の駅松川浦」などのイベント会場では地元の海産物やしらすご飯が振る舞われ、「小中学生限定」の浜焼き体験ではイカの焼き方を知ることができるという。 チラシには〈楽しく食育体験!〉と書いてあった。〈ALPS処理水〉や〈海洋放出〉という文字はなかった。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出に理解を得ようと、政府が大々的なPR事業を展開している。昨年末に全国のお茶の間を騒がせたのは、大手広告代理店の電通が作ったテレビCMだった。そのほかにも多岐にわたる事業が行われていることを紹介したい。(ジャーナリスト 牧内昇平)  2月18日土曜日のお昼前、春の近さを確信させるような晴天の下、筆者はJRいわき駅からバスに乗っていわき市中央卸売市場に向かった。土曜日のためか人の姿がほとんどない駐車場を通り過ぎ、中央棟2階の研修室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。  「油がはねますから、気をつけてくださいねー」。三角巾にエプロン姿の子どもと保護者12組24名が見守る中、講師の先生がアンコウを揚げ焼きにしている。続いて薄切りにしたカツオと野菜をフライパンに入れ、バターやポン酢をからめて火を通す。さらにいい香りが部屋じゅうを包み込む。子どもたちがつばを飲む音が聞こえたかと思ったら、ファインダー越しに撮影を試みる筆者自身のつばの音だった。 講師の実演が終わるといよいよ子どもたちの出番である。それぞれの調理台に散らばり、クッキング、スタート! なぜ筆者が楽しくにぎやかな料理教室を訪れたかと言うと……。     ◇ ◇ ◇ CMだけでなかった海洋放出PR事業 経産省のHPより引用【ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業(多核種除去設備等処理水風評影響対策事業)】  本誌先月号に筆者が書いた記事のタイトルは「汚染水海洋放出 怒涛のPRが始まった」だった。大手広告代理店の電通がテレビCMを作り、昨年12月半ばから2週間にわたって全国で放映した。海洋放出には賛否両論あり、特に福島県内では反対意見が根強い。そんな中で政府の言い分のみをCM展開するのは一方的ではないか。これでは政府主導のプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない、と筆者は書いた。 ただし政府が行っている海洋放出PR事業はこのテレビCMにとどまらない。経済産業省は2021年度の補正予算を使い、「海洋放出に伴う需要対策」という新たな目的の基金を創設。そこに300億円という大金を注ぎ込んだ。そのうち9割は水産業者支援のために使い、残りの約30億円を「風評影響の抑制」を目的とした広報事業に充てるという。これが筆者の言う「プロパガンダ」の原資だ(もちろん「海洋放出」に限定しなければ復興庁などがすでに様々なPR事業を行っている)。 現在基金のホームページに公開されている「広報事業」は別表の10件である。読売新聞東京本社が入り込んでいるのか!など、社名を眺めるだけでも興味深いものがある。 2022年度に始まった海洋放出PR事業の数々 事業名予算の上限公募時期事業期間落札企業廃炉・汚染水・処理水対策の理解醸成に向けた双方向のコミュニケーション機会創出等支援事業2500万円22年5月~6月23年3月31日までJTB廃炉・汚染水・処理水対策に係るCM制作放送等事業4300万円22年5月~6月23年3月31日までエフエム福島被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業8000万円22年7月23年3月31日までユーメディアALPS処理水の処分に伴う福島県及びその近隣県の水産物等の需要対策等事業2億5千万円22年6月~7月23年3月31日まで(ただし延長の場合あり)読売新聞東京本社ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業12億円22年7月23年3月31日まで電通ALPS処理水による風評影響調査事業5千万円22年7月~8月23年3月31日まで流通経済研究所ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業1億円22年9月23年3月31日まで博報堂三陸・常磐地域の水産品等の消費拡大等のための枠組みの構築・運営事業8千万円22年10月~11月23年3月31日までジェイアール東日本企画廃炉・汚染水・処理水対策に係る若年層向け理解醸成事業4400万円22年10月~11月23年3月31日まで博報堂福島第一原発の廃炉・汚染水・処理水対策に係る広報コンテンツ制作事業1950万円23年1月~2月23年5月31日まで読売広告社「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業」のウェブサイトで公開されている情報を基に筆者作成https://www.alps-kikin.jp/PubRelation/index.html ※掲載後、新たな採択情報は下記の通り。 2023/03/24「「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」事務局運営事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月24日掲載】 2023/03/29「令和5年度被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月29日掲載】 出前食育事業に怒りの声  別表のうち、テレビCMと並んで「物議」を醸したのが出前食育事業、正式には「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」である。受注業者を募る際、基金は大雑把な内容を「公募要領」として公開した。そこにはこう書いてあった。 〈漁業者団体や地方公共団体の連携の下、小中学生等を対象にした「出前食育活動」を実施する。具体的には、小中学生等を対象に、福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けて、漁業者等による出前授業や関連の資料提供・説明等を実施するとともに、そうした理解醸成活動の一環として、福島県及びその近隣県の水産物を学校給食用の食材として提供する〉 筆者が傍線を入れたあたりが、原発事故以来子育てに悩んできた福島の人びとの怒りに触れた。 《も~我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!》 原発事故後の福島の問題を考えるNPO「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」は2月6日、オンラインのトークイベントでこの「出前食育事業」を取り上げた。出演したのは県内に住む千葉由美さん、鈴木真理さん、片岡輝美さんの3人。いわき市在住、原発事故当時子育ての真っ最中だった千葉由美さんが語る。 https://www.youtube.com/watch?v=Na0dY1b6S-M&t=1s 【いちいちカウンター#10】第2弾!も〜我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!  「原発事故の加害側である国が、自分たちに都合のいいように子どもを利用しようとしています。こんなことがあってはならないと思っています」 千葉さんは事故直後の経験を語った。自分の子に弁当を持たせて学校に通わせたこと。無用な被ばくから身を守るためだったが、まわりの子が給食を食べている中では精神的につらい思いをさせただろうこと。片岡さんも当時を振り返った。 「あの頃は大混乱だったじゃないですか。親も子どもも大変だったと思います。今回の『食育』は単発のイベントとは言え、子どもたちがまた切ない思いをするかと思うと……」 鈴木さんが思いを吐き出した。 「なんで子どもたちを利用するの? 勘弁してほしいですよ!」 3人のすごいところは、県内のすべての市町村に電話で問い合わせてしまったところだ。経産省から出前食育の知らせを受けているか、小中学校で実施する予定はあるか、を手分けして担当者に聞いたという。地道な取材力に脱帽である。トークイベントではその聞き取り結果も披露してくれた。 それによると、3人が調査した時点では県内の7自治体が事業案内を受け取ったが、いわき市などの教育委員会はすでに「実施しない」と回答した。現時点で「実施した」という例は一つもない――ということだった。 出前食育事業はどこへ? 経産省ウェブサイトにアップされている料理教室のチラシ。『ALPS処理水』や『海洋放出』という言葉は使われていない。(経産省ウェブサイトから引用)https://www.meti.go.jp/earthquake/fukushima_shien/event_ryori_fukushima.html  トークイベントが終了し、パソコンの画面を閉じた筆者は腕を組んで考えた。出前食育の事業の期限は3月末である。2月の時点で県内の実施校が一つもないというのはどういうことなのか。これは自分でも調べねばなるまい。 まずは福島市と郡山市の教育委員会に聞いてみた。どちらの担当者も「案内は来ていません」。やはりそうか。次はいわき市だ。市教委学校支援課の担当者はこう話した。「出前講座の件は昨年秋、市の水産課と県の教育庁と、2つのルートから知らせをもらいました。市長部局とも相談した結果、お断りすることになりました」。 断った理由を聞いてみた。「市の学校給食の提供の考え方に合わないと判断したからです。安心・安全な食材の提供が大原則です。ふだんの給食でさえ、福島県産の食材に対して不安を感じる保護者の方もいます。そういう状況で、海洋放出と関連させて海産物の提供を行ったらどうなるのか。状況は不透明です」と担当者は話した。 ちなみにいわき市水産課に問い合わせたところ、「昨年の夏以降、経産省の職員の方と別件で会った時、『実はこんなことも考えているんです』という情報をもらいました。うちは担当ではないのですぐ教育委員会に転送しました」とのことだった。 今度はこの事業を取り仕切っている側に聞いてみよう。テレビCMや出前食育などの広報事業については「原子力安全研究協会」という公益財団法人が連絡窓口になっている。同協会の担当者に学校給食への出前講座の件を聞くと、「現段階で何件実施しているかなどは把握していません。教育委員会や学校の方からご理解をいただくのが難しい面はあると聞いておりますが……」と奥歯に物が挟まったような言い方である。 もしや「実施ゼロ」で終わるのでは? 確認のため、筆者は経産省(原子力発電所事故収束対応室)の担当者に電話した。 筆者「理解醸成に向けた出前食育事業の件はどうなっていますか?」 経産省「あれはですね。地元産品を使用した料理教室などを行う事業です」 筆者「えっ? 事業の公募要領には〈漁業者による出前授業〉や〈学校給食用の食材として提供〉と書いてありましたよね」 経産省「あれは公募時にあくまで事業の一例として挙げたものです。当初はそういうことも想定していましたが、受注業者(博報堂)などとの話し合いの結果、料理教室を開催する方向になりました」 筆者「いくつかの市町村には案内を出したんですよね」 経産省「経産省からの公式な案内といったものは出していないと認識しています。私自身はそういうことをしていませんが、事業内容を検討している段階で経産省の職員が話題にした、というくらいのことはあるかもしれません」 筆者「……」 「学校給食への食材提供」はいつの間にか「料理教室」に様変わりしていたようだ。「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」の千葉さんたちだけでなく、いわき市教委や原子力安全研究協会もその変更を知らないのでは……といったモヤモヤを残しつつ、筆者はその料理教室の情報を調べてみた。 参加費無料。保護者と子どもがペアで参加。ただし子どもは小中学生に限定。開催場所は宮城県内の2か所(仙台・利府)といわき市の合計3会場。初日は2月18日土曜日の午前10時半……。 ということで筆者は先日、いわき市中央卸売市場を訪れたのだった。     ◇ ◇ ◇ 「皆さんはどんなお魚料理が好きですか?」「福島県の常磐ものは東京の築地や豊洲の市場でも新鮮でおいしいと評判ですよ!」 調理の前、料理教室の講師が約20分間のレクチャーを行った。常磐ものの魚の紹介や一般の魚介類に含まれる栄養素の説明が続く。 メモをとりながらやっぱりおかしいなと思ったのは、講師の説明の中には「ALPS処理水」や「海洋放出」という言葉が出てこないことだ。イベントの事務局によると、調理実習後に特段の説明は行わないそうなので、参加者が海洋放出について理解を深めるのはこのタイミングしかない。しかし、そんな話題は一切出てこなかった。念のため参加者たちへの配布物も確認してみた。福島の海産物の魅力の紹介はあっても、「ALPS処理水」や「海洋放出」には触れていない。 このことは事前に経産省(原発事故収束対応室)の担当者からも聞いていた。 経産省の担当者「海洋放出への理解醸成が目的ではありますが、放出に反対の方々にもご参加いただける企画にしたいと考えております。安全ですよと大々的に宣伝するというよりも、常磐もの、三陸ものの魅力自体をご理解いただければと思っています」 念のため書いておくが、料理教室自体はすばらしかった。ヒラメの炊き込みごはんやアンコウの沢煮椀、かつおのバターポン酢炒めはきっとおいしかったことだろう。調理台に立つ子どもたちの目は輝いていた。 とは言っても経産省の皆さん、そもそもこの事業のタイトルは「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」ではなかったのですか? テレビCMでかかげたキャッチフレーズ、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉の精神はどこへ行ってしまったのですか? 経産省は地元福島の複雑さに理解を ここまでの取材結果をまとめてみよう。 経産省は当初、学校給食への食材提供などを意図していた。しかし、いわき市など地元自治体が「実施しない」という意思を表明したからか、その計画は「料理教室」へとスライドしていった。料理教室の実施スケジュールは2月18日~3月19日の週末だ。ぎりぎり2022年度内に事業を終えることになる。 もちろん筆者は「もっと積極的に子どもたちに海洋放出をPRせよ」という意見ではない。ただ、〈ALPS処理水並びに水産物の安全性等に関する理解醸成〉と銘打っておきながら、単なる料理教室では筋が通らないのも明らかだ。これだったら経産省がやる仕事ではない。 原発事故以来、福島県内に住むたくさんの親たち、子どもたちが学校給食について悩んできたと聞く。筆者も側聞しているだけなので偉そうなことは言えないが、察するに経産省はこうした福島の人びとの切なさ、複雑さを十分に理解していなかったのではないか。 今回の「出前食育」事業を経てそうした点に気づいたならば、「今年の春から夏頃に開始する」としている海洋放出について、より一層の慎重さが必要なことにも思い至ってほしい。 ちなみに、実は料理教室のほかにもう一つ、「出前食育」の予算枠を使ったイベントがあるそうだ。 タイトルは「相馬海の幸まつり」(開催は2月25、26日と3月4、5日)。「浜の駅松川浦」などのイベント会場では地元の海産物やしらすご飯が振る舞われ、「小中学生限定」の浜焼き体験ではイカの焼き方を知ることができるという。 チラシには〈楽しく食育体験!〉と書いてあった。〈ALPS処理水〉や〈海洋放出〉という文字はなかった。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」