Category

ALPS処理水

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】

    〝プロパガンダ〟CM制作は電通が受注 ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発にたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出をめぐっては世の中の賛否が二つに分かれている。そんな中で放出への理解を一気に広げようと、政府が怒涛のPR活動を始めた。テレビCM、新聞広告、インターネットでも……。プロパガンダ(宣伝活動)を担うのは、誰もが知る広告代理店の最大手である。 福島第一原発敷地内のタンク群(昨年1月、代表撮影) ある朝突然、テレビから……  昨年12月半ばのある日、福島市内の自宅に帰るとパートナー(39)がこう言った。 「今朝初めて見ちゃった、あのCM。民放の情報番組をつけていたら急に入ってきた。ギョッとしちゃったよ」 「で、中身はどうだったの?」と筆者。パートナーはぷりぷり怒って答えた。 「どうもこうもないよ。すでに自分たちで海洋放出っていう結論を出してしまっている段階で、『みんなで知ろう。考えよう。』なんて言ってさ。自分たちの結論を押しつけたいだけでしょ」 パートナーの〝目撃〟証言を聞いた筆者は、口をへの字に曲げることしかできなかった。なりふり構わぬ海洋放出PRがついにスタートしたわけだ。       ◇ 12月12日、東京・霞が関。経済産業省の記者クラブに一通のプレスリリースが入ったようだ(筆者は後から入手)。リリースを出したのは経産省の外局、資源エネルギー庁の原発事故収束対応室。福島第一原発の廃炉や汚染水処理を担当する部署だ。リリースにはこう書いてあった。 〈ALPS処理水について全国規模でテレビCM、新聞広告、WEB広告などの広報を実施します〉 テレビCMの放送は同月13日から2週間ほどだという。どんなCMが流れたのか。ほぼ同じ動画コンテンツは経産省のポータルサイトから見ることができる。 https://www.youtube.com/watch?v=3Xk8Kjfxx84 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(実写篇30秒Ver.) ふだんテレビを見ない人もいると思うので、内容を再現してみた(表)。 ①ALPS処理水って何? ②本当に安全? ③なぜ処分が必要なんだろう? ④海に流して大丈夫? ➄ALPS処理水について国は、 ⑥科学的な根拠に基づいて、情報を発信。国際的に受け入れられている ⑦考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。 ⑧みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと。 ⑨経済産業省 刷り込み効果に懸念の声  このCMを見た人はどんな感想を持っただろうか。筆者はそれが知りたくて、パートナーと一緒に運営しているウェブサイト「ウネリウネラ」でこの内容を紹介。読者の感想をつのった。寄せられた感想の一部をペンネームと共に紹介する。 ・ペンネーム「抗子」さんの感想 〈放射性物質はなくなったのでしょうか? 本日朝9時ごろワイドショーの合間にテレビコマーシャルが入りました。アルプス処理水は問題ない、こんなに減る、とグラフで説明していました。専門的数値はよくわかりません。放射性物質ゼロを望んではいけないのでしょうか? 皆にCMで刷り込まれることに脅威を感じます。世界的問題です〉 ・ペンネーム「penguin step」さんの感想 〈ちょうどテレビでALPS水のCMを見ました。美しい映像で、海洋放出に害はないことを強調していました。事件や事故の加害者には謝罪責任、説明責任、再発防止が必要です。原発事故について企業や国が行ったことも同じだと思います。キレイにキラキラ表現で誤魔化しては欲しくないことです〉 ALPSで処理しても放射性物質はゼロにはならない。キラキラ表現でごまかすな。2人のご意見に共感する。 アニメ篇や大臣篇も  ちなみに、抗子さんが指摘する「世界的問題だ」という点は重要だ。政府や東電は事あるごとに「国際社会の理解を得て海洋放出する」と言う。こういう場合の「国際社会」とは主にIAEA(国際原子力機関)のことを指している。IAEAは原子力の利用を推進する立場だ。よほどのことがない限り海洋放出に反対するとは考えられない。 だが、「国際社会=IAEA」ではない。たとえばフィジー、サモア、ソロモン諸島、マーシャル諸島などが加わる「太平洋諸島フォーラム(PIF)」は、日本政府の海洋放出方針に対して「時期尚早だ」と異を唱えている。「PIF諸国は国際社会に含まない」とは、さすがの日本政府も言うまい。 テレビCMに話を戻す。重なるところもあるが、筆者の感想も書いておこう。以下3点である。 ①「考えよう」と言いつつ、答えが出ている CMのキャッチコピーは〈みんなで知ろう。考えよう。〉だ。しかし、「国は安全基準を満たした上で海洋放出します」と言い切っている。これでは本当の意味で「考える」ことはできない。「海洋放出」という答えがすでに用意されているからだ。 ②肝心の「原発」や「福島」が出てこない 汚染水が問題になっているのは原発事故が起きたからだ。それなのにCMには「原発事故」や「放射能」を想起させる映像が一つもない。代わりに挿入されている映像は「青い海」と「青い空」である。要するに「きれいなもの」しか出てこない。放射性物質で汚染された水を海に流すか否かが問われているのに、「きれい」というイメージを植えつけようとしているように感じる。 ③謝罪の言葉がない そもそも原発事故は誰のせいで起きたのか。原発を動かしていた東京電力だけでなく、国にも責任がある。少なくとも、原発政策を推し進めてきた「社会的責任」があることは国自身も認めている。それならば、事故がきっかけで生まれた汚染水を海に流す時に真っ先に必要なのは、国内外の市民たちへの「謝罪」ではないのか。  ちなみに経産省の動画コンテンツは紹介した「実写篇」だけではない。「アニメ篇」と「経産大臣篇」というのもある。「アニメ篇」は若い女性記者が福島第一原発に入り、ALPS(多核種除去設備)や敷地内に建ち並ぶタンク群を取材するというシナリオ。ラストカットで記者は原発越しの太平洋を見つめ、強くうなずく。ナレーションがそう語るわけではないが、いかにも「記者は海洋放出すべきと確信した」という印象を残す作りである。西村康稔経産大臣が「タンクを減らす必要があります」などと語る「大臣篇」については、動画は作ったもののテレビCMとしては流していない。 https://www.youtube.com/watch?v=lIM123YNZ9A みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(アニメーション篇) https://www.youtube.com/watch?v=SkALutW1Rh4 みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと(経済産業大臣篇) まるで海洋放出プロパガンダ  汚染水の海洋放出には賛否両論がある。特に福島県内では反対意見が根強い。漁業者たちが率先して抗議しているし、自治体議会も同様だ(詳しくは本誌昨年11月号「汚染水放出に地元議会の大半が反対・慎重」を読んでほしい)。 それなのに政府のやり方は一方的だ。政府CMのキャッチコピーは、筆者からすれば、〈みんなで「政府のやることがいかに正しいかを」知ろう。考えよう。〉である。これではプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない。 アメリカで「現代広告業界の父」と評され、ナチス・ドイツの広報・宣伝活動にも影響を与えたとされるエドワード・バーネイズ(1891~1995)は、著書で「プロパガンダ」という言葉をこう定義する。 社会グループとの関係に影響を及ぼす出来事を作り出すために行われる、首尾一貫した、継続的な活動」のことである〉〈プロパガンダは、大衆を知らないうちに指導者の思っているとおりに誘導する技術なのだ バーネイズ著、中田安彦訳『プロパガンダ教本』  こうしたプロパガンダは霞が関の官僚たちだけでできる代物ではない。CMを制作し、テレビ局から放送枠を買い取る必要がある。後ろには必ず広告のプロがいる。 政府が海洋放出方針を決めた2021年度、経産省は「海洋放出に伴う需要対策」という名目で新たな基金を作った。国庫から300億円を投じるという。基金の目的は2つ。①「風評影響の抑制」(広報事業)と②「万が一風評の影響で水産物が売れなくなった時に備えての水産業者支援」だ。本当は②が主な目的で、基金の管理者には農林水産省と関係が深い公益財団法人「水産物安定供給推進機構」が指定されている。ところが現時点で始まっている基金事業9件はすべて①の広報事業である。 この広報事業の一つが、昨年末のテレビCMを含む「ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業」だ。基金が公表している公募要領によると、事業項目は以下の3つ。 ①国内の幅広い人々に対する「プッシュ型の情報発信」②情報発信のツールとして使用するコンテンツの作成③ALPS処理水の処分に伴う不安や懸念の払しょくに資するイベントの開催および参加。 このうち①が特に重要だろう。テレビCM、新聞広告、デジタル広告などを通じて「プッシュ型の情報発信」をするという。発信方法には具体的な指示があった。 ・テレビスポットCM:全国の地上系放送局において、各エリアで原則2500GRP以上を取得すること。放送時間帯は全日6時~25時とすること。必ずゾーン内にOAすること。放送素材は15秒または30秒を想定。 ・新聞記事下広告:全国紙5紙ならびに各都道府県における有力地方紙・ブロック紙の朝刊への広告掲載(5段以上・モノクロ想定)を1回実施すること。 ・デジタル広告:国内最大規模のポータルサイトであるYahoo!Japanを活用し、同社が保有しているデータ、およびアンケート機能を活用したカスタムプランを作成し、トップ面に9500万vimp以上の配信を行うこと。国内最大規模の動画サイトであるYouTubeを活用し、「YouTube Select Core スキッパブル動画広告(ターゲティングなし)」に1250万imp以上の配信を行うこと。 「GRP」とはCMの視聴率のこと。「vimp」「imp」は広告の表示回数などを示す指標だ。要するに媒体を選ばず手当たり次第に海洋放出をPRせよ、ということだろう。予算の上限は12億円。大金である。 あのCMを作ったのは……  昨年7月、基金は請負業者を公募した。どんな審査をしたかは分からないが(情報開示請求中。今後分かったら本誌で紹介します)、翌8月に請負業者が決まる。落札したのは〝泣く子も黙る〟広告代理店最大手、電通だった。 〈取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……〉 電通の「中興の祖」とも呼ばれる同社第4代社長、吉田秀雄氏が作った「鬼十則」の第5条だ。同社の〝度を越した〟ハングリー精神を如実に物語っている。このハングリー精神を武器にして、電通は長きにわたり、広告業界のガリバーとして君臨してきた。 経産省が海洋放出に備えて作った基金は昨年8月、テレビCM事業を電通が請け負うことになったとホームページで公表した  電通に次ぐ業界2位の広告代理店、博報堂の営業マンだった本間龍氏の著書や数々の報道によると、電通は自民党を中心として政界とのパイプが太い。新入社員の過労自死が大問題になってもその屋台骨はゆらがず、一昨年の東京五輪でも利権を握っていたことが指摘されている。 そんな電通が海洋放出のCM事業を請け負うのはある程度予想されていたことだろう。なにしろ、先ほど紹介した経産省の事業は大規模で幅広く、そんじょそこらの広告代理店では対応できないからだ。 この事業は公募時の予算の上限が12億円とされている。経産省は現時点では電通との契約金額を答えていないが、予算の上限に近い金額が電通に落ちるのではないかと推測される。 先ほど基金の規模は300億円と書いた。しかし経産省の説明によると、そのうち広報事業に充てる分は30億円ほどを見込んでいるという。そうすると、広報事業のウェイトの約3分の1を電通1社が占めることになる。まさに「鬼」の面目躍如と言ったところか……。 二度目の「神話崩壊」にならないために  政府は電通と組んで海洋放出プロパガンダを推し進めようとしている。この状況を黙認していいのだろうか。筆者は地元福島のマスメディアの抵抗に期待したい。先述した通り福島県内では海洋放出への反対意見が根強い。〝地元の声〟をバックにすれば、政府・電通の圧力に対抗できるのではないか……。 だが、そうもいかないらしい。ご存じの通り、県内全域を網羅する民間のテレビ局は4社ある。筆者はこの4社に対して「海洋放出CMを流したか」と質問した。まともに回答したのは1社のみ。 その1社の幹部は筆者にこう答えた。「放送の時間帯などは答えられませんが、昨年12月に海洋放出のテレビCMを流したという事実はあります。うちだけでなく、裏(ライバル)の3社もすべて流したと思いますよ」(あるテレビ局幹部)。 他の3社は回答期限までに答えなかったのが1社と、事実上のノーコメントだったのが2社。少なくとも「放送を拒否した」と答えた社は一つもなかった。 新聞も同様だ。筆者と本誌編集部の調べによると、朝日、読売、毎日など全国紙と河北新報、さらに民報と民友の県紙2紙は、昨年12月13日に〈みんなで知ろう。考えよう。〉の経産省広告を載せた。CMや広告はテレビ局や新聞社が自社で審査しているはずだ。しかし少なくとも筆者が取材した範囲においては、政府・電通のプロパガンダに対する抵抗の跡は見つけられなかった。 テレビ局だけでなく、新聞各紙も海洋放出をPRする経産省の広告を掲載した  ここまで書き進めると、どうしても思い起こしてしまうのが「3・11以前」のことだ。 原子力発電は日本のためにも世界のためにも必要なものです。だからこそ念には念を入れて安全の確保のためにこんな努力を重ねています 本間龍著『原発広告』  1988年、通商産業省(現・経産省)は読売新聞にこんな全面広告を出した。 1950年代以降、日本政府は「原子力の平和利用」をかかげて原発建設を推し進めた。そもそも危険な原発を国民に受け入れさせるために必要とされたのが、電通をはじめとした広告代理店によるプロパガンダだった。 一見、強制には見えず、さまざまな専門家やタレント、文化人、知識人たちが笑顔で原発の安全性や合理性を語った。原発は豊かな社会を作り、個人の幸せに貢献するモノだという幻想にまみれた広告が繰り返し繰り返し、手を替え品を替え展開された〉〈これら大量の広告は、表向きは国民に原発を知らしめるという目的の他に、その巨額の広告費を受け取るメディアへの、賄賂とも言える性格を持っていた〉〈こうして3・11直前まで、巨大な広告費による呪縛と原子力ムラによる情報監視によって、原発推進勢力は完全にメディアを制圧していた 本間龍著『原発プロパガンダ』  プロパガンダによって国民に広まった原発安全神話は、福島第一原発のメルトダウンによって完全に崩壊した。事故前も原発安全神話に対する疑問の声はあった。しかし、その少数意見は大量のプロパガンダによって押し流されてしまっていた。 海洋放出についても安全性に疑問を呈する人々はいる。ALPSで処理後に大量の海水で薄めると言っても、トリチウムや炭素14などの放射性物質は残るのだから心配になるのは当然だ。過去の反省に基づけば、日本政府が今やるべきことは明らかだ。テレビCMで新たな「海洋放出安全神話」を作り出すことではなく、反対派や慎重派の声にじっくり耳を傾けることだろう。 経産省に提案したい。 昨年12月と同じ予算や放送枠を反対派・慎重派に与え、テレビCMを作ってもらったらどうか。 実は海洋放出についていろいろな意見があることを国民が知る機会になる。こうして初めて、本当の意味で〈みんなで知ろう。考えよう。〉というCMのキャッチコピーが実現に近づく。 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」