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  • 政経東北【2024年4月号】

    政経東北【2024年4月号】

    【政経東北 目次】県内自民「裏金議員」の言い分/【衆院新1区】亀岡氏と金子氏「県北・安達で〝因縁対決〞」/いわき・コンクリ撲殺男の虚しい「正当防衛」主張/南東北病院「新病院計画」に資材高騰の余波/猪苗代スキー場「観光施設計画」の光と影/風力発電基地と化す会津若松背炙山/郡山の特養施設に虐待・パワハラ疑惑 アマゾンで購入する BASEで購入する 猪苗代スキー場「観光施設計画」の光と影 事業者は複数企業を率いる地元出身・遠藤昭二氏 風力発電基地と化す【会津若松】背炙山 イヌワシ目撃情報で〝追認ムード〞一変 【会津若松市】県立病院跡地に熱視線 市民は映画館、商業施設を期待 福島県内自民「裏金議員」の言い分 個別質問をはぐらかした森、吉野、亀岡の3氏 【衆院新1区】亀岡氏と金子氏「県北・安達で〝因縁対決〞」 「どちらも反省が足りない」と批判されるワケ いわき・コンクリ撲殺男の虚しい「正当防衛」主張 借金癖と虚言癖が招いた惨劇 南東北病院「新病院計画」に資材高騰の余波 未だに見えない事業の全容 郡山の特養施設に虐待・パワハラ疑惑 相次ぐ告発メールに他人事の理事長 誰も責任を取らない【レゾナック】喜多方の周辺汚染 猪苗代町議選・〝よそ者〟が上位当選のワケ 【学法石川】が甲子園に刻んだ足跡 二本松・唯一無二の24時間ドライブイン レトロブームで脚光を浴びる【二本松バイパスドライブイン】 ハッキリしない郡山逢瀬ワイナリーの移管先 矢祭町「議員報酬日当制」は何をもたらしたのか 相馬地方森林組合で内部抗争 ニセ東大教授が白状した献上桃の行方 落日のヨーカドー 汚染処理水海洋放出の賠償は半年で41億円 燃料デブリ取り出しを中止せよ 「浪江町ADR訴訟」で和解が成立 理想のラーメン追い求める白河市・とら食堂 竹井和之さん その他の特集 巻頭言 トカゲの尾っぽ切り グラビア 2024せいけい観光ガイド 今月のわだい 過去最多を記録した昨年の外国人宿泊者数 違法薬物で有罪の元俳優 福島県警が逮捕のナゼ 伊達バイオマス発電所で運転要員が次々退職 議会で「周辺首長との不仲説」に言及した石川町長 無投票、投票率過去最低が多い県内議員選挙 人気ゲーム「ウマ娘」効果で注目高まる相馬野馬追 インフォメーション お菓子のみよし 首長訪問 引地真・国見町長 藤原一二・川俣町長 高橋廣志・西郷村長 宗田雅之・鮫川村長 古川庄平・会津坂下町長 吉田栄光・浪江町長 企画特集 泉崎村「住み良い村づくり」の成果 福島県が「医療費適正化計画」策定 連載 横田一の政界ウオッチ耳寄り健康講座(ときわ会グループ)ふくしま歴史再発見(岡田峰幸)熟年離婚 男の言い分(橋本比呂)東邦見聞録高橋ユキのこちら傍聴席選挙古今東西(畠山理仁) 編集後記

  • 【NHKドキュメント72時間】二本松の24時間ドライブイン【4月5日放映】

     二本松市で24時間営業を続けるドライブインに全国から老若男女が訪れている。4月5日放映のNHK番組「ドキュメント72時間」の舞台となり、さらに注目が集まる。昭和の産物であるドライブインがなぜ注目されるのか。なぜ52年間も24時間営業を続けてこられたのか。秘密を探った。(小池航) レトロブームで脚光を浴びる【二本松バイパスドライブイン】  平成生まれで市内出身の筆者は、二本松バイパスドライブインに入るのは初めてだ。年季の入った「ドライブイン」「サウナ」の看板を外から目にはしていたが、「トラックドライバー以外お断りなのでは」と感じ、躊躇していた。  店に入ると右手に30畳ほどの小上がりがあり、正面と左手にテーブル席がある。窓際にはクリーム色の固定シートがあるボックス席。その奥にはアーケードゲームの筐体があり、1人の客が熱中していた。  平日夕方の店内は1人男性客が多い。食事の勘定は先払いのようだ。厨房前の壁に掛かったメニューを眺めていると、モツ煮定食の甘辛いにおいが漂ってきた。背後からはタオルを首に掛けた男性が慣れた手つきで500円を払い、レジ後ろの浴場に入っていった。  レトロブームで昭和、平成を生き残った店が脚光を浴びている。二本松市の国道4号上り線沿いにある二本松バイパスドライブインもその一つ。創業当時から24時間営業を続けているのは全国でも珍しい。直近ではNHKの人気番組「ドキュメント72時間」の舞台となった。  実は、二本松市にドライブインと名の付く飲食店は三つある(地図参照)。番組の舞台となった「二本松バイパスドライブイン」(通称バイドラ・二本松市杉田)と、国道4号下り線沿いの「二本松ドライブイン」(同市長命)、そして東北自動車道二本松インターチェンジ近くの「二本松インタードライブイン」(同市成田町)だ。国道4号下り線沿いのドライブインは昼と夜に営業しラーメンが有名。二本松インター近くのドライブインは営業が確認できておらず、閉店の情報がある。筆者が電話を掛けたところ「この回線は現在使われていない」とのアナウンスが流れた。 名物おかみが支える深夜営業 「体が動く限り店で働きたい」と厨房前に立つ橋本宏子さん  「ドキュメント72時間」の舞台となった二本松バイパスドライブインには創業時から働く「名物おかみ」がいる。おかみこと現オーナーの橋本宏子さん(81)が当時を振り返る。  「1972(昭和47)年に夫の父親が店を始めました。義父は精米業やメリヤス業に携わり、実際に店を切り盛りしたのは私たち夫婦です。当時はトラックドライバーが休憩する道の駅やコンビニがなく、ドライブインは24時間営業が当たり前でした。素人が飲食店経営を任されたので、苦労の連続でした」  店は3交代制で料理人、ホールスタッフら総勢二十数名の従業員で回している。1日当たり約250人の客が入るという。宏子さんは夕方出勤し、深夜3時まで勤務。人手が足りないと、日中のシフトに入ることもある。「私はもう後期高齢者」と謙遜するが、全国でも稀有な24時間営業のドライブインは、宏子さんのバイタリティで成り立っていると言っても過言ではない。  経営に携わる息子の信一さん(59)が窓の外を見て、国道を挟んで向かい側の小高い山を指した。  「今店が立っている場所にはもともと、あの高さと同じくらいの山がありました。店を建てる時に造成しました。現在、周辺は平らですが、国道4号は片側1車線で谷間を走っていました。今でこそ郊外店が沿線にたくさん並びますが、50年前はこうなるなんて想像もつかなかったでしょう」  店の前を通る国道4号二本松―本宮区間は1970年代以降に4車線化工事が始まり、遅くとも2002年までに完了した。  開業当初、二本松バイパスドライブインは長距離トラックのドライバーが主な客だった。大型トラック30台は停められる広い駐車場を整備した。全国のドライバーに名が知られるようになったのは、1970年代に放送が始まったTBSラジオの深夜番組「いすゞ歌うヘッドライト~コックピットのあなたへ」だったという。番組にはラジオ局から全国のドライブインに電話を掛け、居合わせたドライバーや店員が天気や道路情報を報告するコーナーがあった。  「番組の時間になるとラジオ局から電話が掛かってきてね。店にいたドライバーによく出演してもらっていた。2、3年は中継地になったかな」(宏子さん)  北海道・苫小牧からフェリーで仙台に着き、東京に向かう長距離トラックのドライバーが毎回立ち寄ってくれたのは懐かしい思い出だ。  70年代後半には映画『トラック野郎』のロケ地にもなった。宏子さんの記憶では、どのシリーズに出たかは曖昧。ただ「ギンギラギンのライトで装飾したトラックが10~20台並んで停まっていた」ことは明確に覚えている。  全国で道路網の整備が進み、長距離トラックが通る道は次第に高速道路に移っていく。開業から3年経った1975年4月には東北自動車道の郡山(福島県)―白石(宮城県)間が開通し、国道4号は「下道」となったが、店は良好な立地であり続けた。  二本松バイパスドライブインがある二本松市は県都・福島市と商都・郡山市の中間地点に位置し、営業車の行き来が多い。福島―郡山間は約50㌔で片道1時間半程度のため、ドライバーは高速よりも下道を使う。同店では客に占めるトラックドライバーの割合は確かに減っているが、代わりに営業職、建設業者、近くの工場の従業員が昼時に訪れる。  こうした事情から客の7~8割は壮年男性だが、近年は若者や女性、家族連れも見かけるようになった。  きっかけは東日本大震災、そしてここ2、3年で盛んになったユーチューバーの動画投稿だ。  「大震災直後、市内は停電になりました。断水や停電、燃料不足が続いた影響で、店の風呂に入りに来る方がいました。浴場は時代にそぐわないと思っていましたが、その時、まだまだ地域に必要とされていると感じました」(信一さん) 長距離ドライバーから地元客にシフト 創業した1972年から変わらないレトロな外観の「二本松バイパスドライブイン」  広い座敷があり、テーブル席を含めれば約100人収容できるため、地区の行事の反省会、消防団の食事などに利用される。今は地元密着型の大衆食堂としての性格が強い。  さらに、ユーチューバーが撮影しネットに投稿した動画が思わぬ効果をもたらした。  「以前通っていた地元のお客さんがまた来てくれるようになりました。20年ぶりに来た方から『動画を見たよ』と言われた時は嬉しかったですね」(同)  経営危機はあった。新型コロナでまん延防止等重点措置が発令された際、飲食店は営業時間短縮を迫られた。夜8時から朝6時までの営業を自粛し、初めて24時間営業を中断した。時短勤務に協力してもらった従業員は、新型コロナ収束後も変わらず働いてもらっている。  新型コロナの感染症法上の位置付けが引き下げられた2023年5月以降は、新規客が目立つ。  「昨晩も福島市から若者のグループがわざわざ来てくれました。夜9時を過ぎると開いている飲食店が少ないと言っていました」(宏子さん)  大手ファミレスの中には人手不足から深夜営業を取りやめる店が出ている。24時間営業の飲食店が減っていることや折からのレトロブーム、さらにネット動画で店内が紹介され「一見さん」が来やすくなったことが若者の支持を得るきっかけになったようだ。とはいえ、店はこのブームに少々戸惑っている。  「居酒屋とも違うし、カフェとも違うし、風呂もゲームもあるわで何だか分からない空間です。店としては料理を早く旨く作り、なるべく安く出す。創業時から同じことを繰り返してきただけなのですが……。ファッションと同じで、時代が1周したんでしょうね」(信一さん)  宏子さんの思いは創業時から変わらない。「『おいしかった。また来ます』と言われるのが一番うれしいですね。ただ『24時間いつまでも続けてください』と応援されると、嬉しいけど『まいったなー』とも思います」と笑顔で話す。宏子さんは信一さんを見やりながら「後のことは息子か孫だない(だねえ)」  信一さんの息子は、調理師専門学校を卒業し、今は中華料理店で修業中だ。学生時代はドライブインを手伝っていた。信一さんは「息子に期待はしていますが、本人の気持ち次第ですからね」と静かに見守る。  全国から注目されるのは喜ばしいが、本誌には地元の常連から「ブームが早く落ち着いてほしい」との声が寄せられる。混雑する昼時を避け、遅めに来店する常連もいるほど。市内出身の筆者としては、ブームを機に訪れる人が増えるのは嬉しいが、一段落した後に訪ね、ゆっくり食事をすることを勧める。一過性で終わらせるのではなく、息の長い利用が何よりも店の応援になる。 注:休みは日曜夜12時(月曜深夜0時)から月曜朝6時の6時間。 国道4号線 ドライブインは眠らない 初回放送日: 2024年4月5日

  • 震災直後より深刻な福島県内企業倒産件数

    震災直後より深刻な福島県内企業倒産件数

     民間信用調査会社の東京商工リサーチが発行している「TSR情報」(福島県版、1月15日号)によると、昨年1年間の県内企業の倒産件数(負債額1000万円以上)は80件で、震災・原発事故の翌年以降では最多だったという。本誌昨年12月号で、コロナ支援の「ゼロゼロ融資」で倒産件数は抑えられたが、返済が本格化し、倒産件数は増加に転じていると指摘した。それが如実に現れている格好だ。 コロナ融資の返済スタートで顕在化  東京商工リサーチ(『TSR情報』福島県版)のリポートによると、昨年1年間の県内企業の倒産件数(負債額1000万円以上)は80件で、負債総額は135億2600万円だった。月別の倒産件数、負債総額は別表の通り。2022年は66件、124億8300万円、2021年は50件、108億8400万円だったから、前年比で14件増、2021年比で30件増になる。倒産件数は、東日本大震災・福島第一原発事故の翌年以降、最多だったという。なお、2011年は99件、以降はおおむね40~60件台で推移している。 2023年月別の倒産件数と負債総額 月倒産件数負債総額1月2件2億7100万円2月10件32億6500万円3月6件2億8500万円4月1件1億円5月7件5億1100万円6月14件35億0700万円7月7件4億1300万円8月5件7億0400万円9月2件2億2300万円10月6件8億9800万円11月6件7億3300万円12月14件26億1600万円計80件135億2600万円  業種別ではサービス業が最も多く25件、そのほか、建設業が16件、製造業が15件だった。うち、新型コロナウイルス関連倒産は45件で、半数以上を占めた。  《ゼロゼロ融資はコロナ禍の企業倒産抑制に大きな効果を見せた。ただ、副作用として過剰債務を生み、業績回復が遅れた企業ほど、期間収益での返済原資確保が難しくなっている。経済活動が平時に戻る中、過剰債務は新たな資金調達にも支障を来している》(同リポートより)  このほか、燃料、電気、物価の上昇、経済活動再開に伴う人手不足などの要因を挙げ、さらには処理水放出に伴う新たな風評被害の懸念もあり、企業を取り巻く事業環境は厳しさを増しているため、引き続き注視が必要としている。  本誌では昨年12月号に「新型コロナ『ゼロゼロ融資』の功罪」という記事を掲載し、その効果などを検証した。  ゼロゼロ融資は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府が中小企業の資金繰り支援として実施した実質無利子・無担保の融資。コロナ禍前と比較して、売り上げが15〜20%以上減少などの条件を満たせば、担保がなくても資金を借りることができ、利子も3年間は負担しなくていい。元本は信用保証協会が担保し、都道府県が利子を支払う仕組みだ。  融資期間は10年以内(据え置き期間は5年以内)で、無利子期間は3年。最大3億円まで借りられる。日本政策金融公庫や商工組合中央金庫など政府系金融機関を窓口に2020年3月から始まったが、申し込みが殺到したため同年5月から民間金融機関でも受け付けた。  県内でのゼロゼロ融資の実績は、約2万3300件、約3571億円というから、多くの中小企業がこの制度を利用したことが分かる。  一方で、前述したように無利子期間は3年間で、昨年夏ごろに返済開始のピークを迎えた。実際、大部分の企業が返済をスタートさせているという。県信用保証協会が公表している保証債務残高の推移を見ると、2021年度末は約5688億円、2022年度末は約5661億円、2023年12月末は約5330億円と少しずつ減少している。  一方、倒産企業の債務を信用保証協会が肩代わりする代位弁済額は、2021年度が242件、約21億円(前年比73・5%)、2022年度が302件、約35億円(同164・3%)に増加。2023年度は12月までに295件、39億円となっている。金額ベースではすでに前年を超えており、年度末までには件数、金額ともにさらに増えると思われる。 制度検証と経営支援を  さらに、朝日新聞(昨年11月8日付)によると、《22年度末時点の貸付残高は14兆3085億円(約98万件)。うち回収不能もしくは回収不能として処理中は1943億円、回収が困難な「リスク管理債権」(不良債権)が8785億円だった。計1兆0728億円》《国は日本公庫や商工中金など政府系金融機関に約31兆円の財政援助をしている。金利負担にも国費が使われており、損失は国民負担につながる》という。  こうした状況について、本誌昨年12月号記事では、次のように指摘した。    ×  ×  ×  ×  本来は早々に退場すべき企業が、異例の支援策のおかげで延命されたケースは結構あったはず。結果、一定程度の〝ゾンビ企業〟を生み出したことは事実だろう。  「実質無利子・無担保なんて本来はベンチャー企業を対象にすべき制度でしょう。業種を問わずに門戸を広げればモラルハザードを招きかねない。中には信用保証協会が代位弁済してくれるのをいいことに、計画倒産した悪質経営者もいたかもしれない。残すべき企業と退場させるべき企業を選別するのは正直難しいが、少なくともゼロゼロ融資に55兆円もの税金を使ったのはやり過ぎだったのではないか」(あるジャーナリスト)  かつて公共事業費が年々減っていた時代、増え続ける建設会社をいかに〝安楽死〟させるかが県庁の中で大きな課題になったことがある。同じことは〝ゾンビ企業〟にも言えるのかもしれない。    ×  ×  ×  ×  ここで指摘したように、本来なら、収益力が低く、コロナがなかったとしても、いずれは倒産・廃業していたであろう企業を延命させ、挙げ句、税金で債務を肩代わりしたケースもあったのは間違いない。その一方で、飲食店や宿泊業などを中心に、深刻な影響を受けた中、ゼロゼロ融資のおかげで多くの企業が存続できたのも事実だろう。ただ、当初から懸念されていたことだが、返済が本格化すると同時に、倒産件数が増加していることが、あらためて浮き彫りになった。  政府は「ゼロゼロ融資」が適切だったのか、きちんと検証すると同時に、今後は売上回復に向けた経営的な支援策が求められよう。

  • 「次の大地震に備えて廃炉を」警鐘鳴らす能登の反原発リーダー【北野進さん】

    【北野進】「次の大地震に備えて廃炉を」

     1・1能登半島地震の震源地である石川県珠洲市にはかつて原発の建設計画があった。非常に恐ろしい話である。今回の大地震は日本列島全体が原子力災害のリスクにさらされていることをあらためて突きつけた。珠洲原発反対運動のリーダーの一人、北野進さんにインタビューした。 ジャーナリスト・牧内昇平 警鐘鳴らす能登の反原発リーダー 北野進さん=1959年、珠洲郡内浦町(現・能登町)生まれ。筑波大学を卒業後、民間企業に就職したが、有機農業を始めるために脱サラして地元に戻った。1989年、原発反対を掲げて珠洲市長選に立候補するも落選。91年から石川県議会議員を3期務め、珠洲原発建設を阻止し続けた。「志賀原発を廃炉に!」訴訟の原告団長を務める。  ――ご自身の被災や珠洲の状況を教えてください。  「元日は午後から親族と会うために金沢市方面へ出かけており、能登半島を出たかほく市のショッピングセンターで休憩中に大きな揺れを感じました。すぐ停電になり、屋外に誘導された頃に大津波警報が出て、今度は屋上へ避難しました。そのまま金沢の親戚宅に避難しました。  自宅のある珠洲市に戻ったのは1月5日です。金沢から珠洲まで普段なら片道2時間ですが、行きは6時間、帰りは7時間かかりました。道路のあちこちに陥没や亀裂、隆起があり、渋滞が発生していました。自宅は内陸部で津波被害はなく、家の戸がはずれたり屋根瓦が落ちたりという程度の被害でしたが、周りには倒壊した家もたくさんありました。停電や断水が続くため、貴重品や衣類だけ持ち出して金沢に戻りました。今も金沢で避難生活を続けています」  ――志賀原発のことも気になったと思います。  「志賀町で震度7と知った時は衝撃が走りました。原発の立地町で震度7を観測したのは初めてだと思います。志賀原発1・2号機は2011年3月以来止まっているものの、プールに保管している使用済み核燃料は大丈夫なのかと。残念ながら北陸電力は信用できません。今回の事故対応でも訂正が続いています」  ――2号機の変圧器から漏れた油の量が最初は「3500㍑」だったのが後日「2万㍑」に訂正。その油が海に漏れ出てしまっていたことも後日分かりました。取水槽の水位計は「変化はない」と言っていたのに、後になって「3㍍上昇していた」と。津波が到達していたということですよね。  「悪い方向に訂正されることが続いています。そもそも北電は1999年に起きた臨界事故を公表せず、2007年まで約8年間隠していました。今回の事態で北電の危機管理能力にあらためて疑問符がついたということだと思います。  これは石川県も同じです。県の災害対策本部は毎日会議を開いています。しかし会議資料はライフラインの復旧状況ばかり。志賀原発の情報が全然入っていません。たとえば原発敷地外のモニタリングポスト(全部で116カ所)のうち最大で18カ所が使用不能になりました。住民避難の判断材料を得られない深刻な事態です。  私の記憶が正しければ、メディアに対してこの件の情報源になったのは原子力規制庁でした。でも、モニタリングポストは地元自治体が責任を持つべきものです。石川県からこの件の詳しい情報発信がないのは異常です。県が原発をタブー視している。当事者意識が全くありません。放射線量をしっかり測定しなければいけないという福島の教訓が生かされていないのは非常に残念です」 能登半島の地震と原発関連の動き 1967年北陸電力、能登原発(現在の志賀原発)の計画を公表1975年珠洲市議会、国に原発誘致の要望書を提出1976年関西電力、珠洲原発の構想を発表(北電、中部電力と共同で)1989年珠洲市長選、北野氏らが立候補。原発反対票が推進票を上回る関電による珠洲原発の立地調査が住民の反対で中断1993年志賀原発1号機が営業運転開始2003年3電力会社が珠洲原発計画を断念2006年志賀原発2号機が営業運転開始2007年志賀原発1号機の臨界事故隠しが発覚(事故は99年)3月25日、地震発生(最大震度6強)2011年3月11日、東日本大震災が発生(志賀1・2号機は運転停止中)2012年「志賀原発を廃炉に!」訴訟が始まる2021年9月16日、地震発生(最大震度5弱)2022年6月19日、地震発生(最大震度6弱)2023年5月5日、地震発生(最大震度6強)2024年1月1日、地震発生(最大震度7)※北野氏の著書などを基に筆者作成  ――もしも珠洲に原発が立っていたらどうなっていたと思いますか?  「福島以上に悲惨な原発災害になっていたでしょう。最大だった午後4時10分の地震の震源は珠洲原発の建設が予定されていた高屋地区のすぐそばでした。原発が立っていたら、その裏山に当たるような場所です。また、高屋を含む能登半島の北側は広い範囲で沿岸部の地盤が隆起しました。原子炉を冷却するための海水が取り込めなくなっていたことでしょう。ちなみにこの隆起は志賀原発からわずか数㌔の地点まで確認されています。本当に恐ろしい話です」  ――珠洲に原発があったら原子炉や使用済み燃料プールが冷やせず、メルトダウンが起きていたと?  「そうです。そしていったんシビアアクシデントが起きた場合、住民の被害はさらに大きかったと思います。避難が困難だからです。奥能登の道路は壊滅状態になりました。港も隆起や津波の被害で使えません。能登半島の志賀原発以北には約7万人が暮らしています。多くの人が避難できなかったと思います。原子力災害対策指針には『5㌔から30㌔圏内は屋内退避』と書いてありますが、奥能登ではそもそも家屋が倒壊しており、ひびが入った壁や割れた窓では放射線防護効果が期待できません。また、停電や断水が続いているのに家の中にこもり続けるのは無理です。住民は避難できず、屋内退避もできず、ひたすら被ばくを強いられる最悪の事態になっていたと思います」 能登周辺は「活断層の巣」  ――では、志賀原発が運転中だったら、どうなっていたでしょう?  「志賀原発に関しても、運転中だったらリスクは今よりも格段に高かったと思います。原子炉そのものを制御できるか。核反応を抑えるための制御棒がうまく入るか、抜け落ちないか。そういう問題が出てきます。事故が起きた時の避難の難しさは珠洲の場合とほぼ同じです」  ――今のところ、辛うじて深刻な原子力災害を免れたという印象です。  「とにかく一番心配なのは、今回の大地震が打ち止めなのかということです。今回これだけ大きな断層が動いたのだから、他の断層にもひずみを与えているんじゃないかと。次なる大地震のカウントダウンがもう始まっているんじゃないのかっていうのが、一番怖い。能登半島周辺は陸も海も活断層だらけ。いわば『活断層の巣』ができあがっています。半島の付け根にある邑知潟断層帯とか、金沢市内を走る森本・富樫断層帯とか。次はもっと原発に近い活断層が動く可能性もあります。能登の住民の一人として、『今回が最後であってほしい』という気持ちはあります。しかし、やっぱり警戒しなければいけません。そういう意味でも、志賀原発の再稼働なんて尚更とんでもないということです」  ――あらためて志賀原発について教えてください。現在は運転を停止していますが、2号機について北陸電力は早期の再稼働を目指しています。昨年11月には経団連の十倉雅和会長が視察し、「一刻も早く再稼働できるよう願っている」と発言しました。再稼働に向けた地ならしが着々と行われてきた印象です。  「運転を停止している間、原子力規制委員会が安全性の審査を行っています。ポイントは能登半島にひしめいている断層の評価です。志賀原発の敷地内外にどんな断層があるのか、これらが今後地震を引き起こす活断層かどうかが重要になります。経緯は省きますが、北電は『敷地直下の断層は活断層ではない』と主張していて、規制委員会は昨年3月、北電の主張を『妥当』と判断しました。それ以降は原発の敷地周辺の断層の評価を進めていたところでした。  当然ですが、今回の地震は規制委員会の審査に大きな影響をおよぼすでしょう。北電はこれまで、能登半島北方沖の断層帯の長さを96㌔と想定していました。ところが今回の地震では、約150㌔の長さで断層が動いたのではないかと指摘されています。まだ詳しいことは分かりませんが、想定以上の断層の連動があったわけです。未確認の断層があるかもしれません。規制委員会の山中伸介委員長も『相当な年数がかかる』と言っています」  ――北野さんは志賀原発の運転差し止めを求める住民訴訟の原告団長を務めていますね。裁判にはどのような影響がありますか。  「2012年に提訴し、金沢地裁ではこれまでに41回の口頭弁論が行われました。裁判についてもフェーズが全く変わったと思います。断層の問題と共に私たちが主張するもう一つの柱は、先ほどの避難計画についてです。今の避難計画の前提が根底からひっくり返ってしまいました。国も規制委員会も原子力災害対策指針を見直さざるを得ないと思います。この点については志賀に限らず、全国の原発に共通します。僕たちも裁判の中で力を入れて取り組みます」 これでも原発を動かし続けるのか?  石川県の発表によると、1月21日午後の時点で死者は232人。避難者は約1万5000人。亡くなった方々の冥福を祈る。折悪く寒さの厳しい季節だ。避難所などで健康を損なう人がこれ以上増えないことを願う。  能登では数年前から群発地震が続いてきた。今回の地震もそれらと関係することが想定されており、北野さんが話す通り、「これで打ち止めなのか?」という不安は当然残る。  今できることは何か。被災者のケアや災害からの復旧は当然だ。もう一つ大事なのが、原発との決別ではないか。今回の地震でも身に染みたはずだ。原発は常に深刻なリスクを抱えており、そのリスクを地域住民に負わせるのはおかしい。  それなのに、政府や電力会社は原発に固執している。齋藤健経産相は地震から10日後の記者会見で「再稼働を進める方針は変わらない」と言った。その1週間後、関西電力は美浜原発3号機の原子炉を起動させた。2月半ばから本格運転を再開する予定だという。  これでいいのか? 能登で志賀原発の暴走を心配する人たちや、福島で十年以上苦しんできた人たちに顔向けできるのか?  福島の人たちは「自分たちのような思いは二度とさせたくない」と願っているはずだ。事故のリスクを減らすには原発を止めるのが一番だ。これ以上原発を動かし続けることは福島の人びとへの侮辱だと筆者は考える。  内堀雅雄知事が県内原発の廃炉方針に満足し、全国の他の原発については何も言わないのも理解できない。  まきうち・しょうへい 42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。フリー記者として福島を拠点に活動。

  • 災害時にデマに振り回されないための教訓

    災害時にデマに振り回されないための教訓

     能登半島地震では、存在しない住所から救助を求めたり、架空の寄付を募ったり、不安を煽るような情報がSNS上に複数出回っている。東日本大震災の際も流布したデマ。当時、その渦中にいた元首長二人に、厳しい状況の時こそデマに振り回されず、正しい情報に触れる・発信する大切さを聞いた。 二人の元市長が明かす震災時の「負の連鎖」  当時福島市長の瀬戸孝則氏(76)は米沢、新潟、沖縄、果ては海外に逃げたという逃亡説が囁かれた。  震災発生から2カ月後の2011年5月、本誌が瀬戸氏に真偽を尋ねると、こんな答えが返ってきた。  「慰問に来た新潟の首長から『マスコミに露出してPRしないと大変だよ』とアドバイスされた。新潟でも中越地震の際、目立たない首長は逃げたとウワサされたそうです。ただ、当市は浜通りに比べて被害が小さく、マスコミが積極的に取り上げる事案もなかった。それなのに被害の大きい自治体を差し置いて、私がマスコミに出るわけにはいかない」  常識的には、あれほどの大災害が起きれば様々な情報が瞬時に首長に集まり、その場で必要な判断を迫られる。そうした状況で、もし首長が逃げたら大ニュースだ。福島市役所には市政記者室があり、番記者が瀬戸氏の動向を常に見ている。  だから自身に関するデマが出回っていると知っても深刻に受け止めなかったが、2012年2月に神戸大学大学院教授が講演で「福島市長は山形市に住んで、公用車で毎日市役所に通っている」と発言した時はさすがに強く抗議した。  同年4月、教授は市役所を訪れ直接謝罪したが、瀬戸氏は怒るでもなく淡々と謝罪を受け入れた。  あれから間もなく13年。本誌の取材に「あの場面で厳しく怒っていれば逃亡説は打ち消せたのかな」と振り返る瀬戸氏は、能登半島地震の被災地に思いを巡らせながら当時のことを静かに語ってくれた。  「あの時、逃げたと言われたのは私、原正夫郡山市長、渡辺敬夫いわき市長の3人。共通するのは人口30万人の中核市です。小さい市や町村では、首長が逃げたというウワサはほとんど聞かなかったと思います」  30万人の市になると、市長が市内を隅々まで回るのは難しい。そうした中、東日本大震災が自然災害だけだったら直接の被害者は限定されていただろう。分かり易く言うと、台風で収穫前のリンゴが落下すれば被害者はリンゴ農家、河川が越水すれば被害者は浸水家屋の持ち主、という具合。同じ地域に住んでいても、直接被害を受けていない人は「大変だな」くらいにしか思わない。  しかし、東日本大震災は自然災害に加えて放射能災害が襲った。目に見えない放射能は、原発周辺の人たちだけでなく、遠く離れた全員を被害者にした。放射線量がほとんど上がらなかった地域でも、被曝を心配する人が続出した。  「全員が被害者なので、全員が一斉に不安になる。そこで出てくる不満や怒りをどこかにぶつけたくてもぶつける場所がないので、市長が標的になる。平時は市長が何をしているかなんて気に掛けないのに、ああいう時は『何をやってるんだ』となり、姿が見えないと『逃げたんじゃないか』となってしまう。こうした負の連鎖は、放射能災害特有の現象だと思います」(同)  冷静に考えれば原発事故の加害者は東電・国なのに、両者に言っても反応がないので余計に不満・怒りが募る。その矛先が市民にとって最も身近な政治家である市長に向いた、というのが瀬戸氏の見立てだ。  「幸い志賀原発は大丈夫だったので、逃げたと言われる首長さんはいないのではないか。首長さんが避難所を回り、被災者に声をかける姿をテレビで見たが、苦労は絶えないと思う。政治家はやって当たり前、やらないと厳しく批判されるのが性だが、デマに基づいて非難するのは違う。今回の地震では、デマに振り回される人が一人でも少なくなることを願います」(同) 流言は智者に止まる  当時郡山市長の原正夫氏(80)もデマに翻弄され、それを乗り越えようとした首長の一人だ。  「デマとそれに基づく中傷は時代が変わってもなくならないと思う。これだけITが発達すればフェイクニュースも増え、それを悪用する輩も次々と出てきますからね」  原氏によると、日本人は性善説に立った思考付けがなされている。法律や条例が「悪いことをするはずがない」という建て付けでつくられていることが、それを物語る。だから罰則も諸外国に比べて甘い、と。  「被災地で流布するデマに接すると、多くの人は『そんなデマを平気で流すなんて信じられない』という気持ちになる。普通の感覚の持ち主は、あんな状況でデマなんて流さない。しかし現実には悪質なデマを流す人がいる。かつての性善説が通用しない今、罰則を厳しくさえすればデマを防げるわけではないが、それと同時に私は教育の大切さを強く感じます。判断する基準、物事を見極める力を幼少期から養うべきです」  原氏が原発事故直後のこんな体験を明かしてくれた。  「市の災害対策本部近くに岐阜から応援に来た陸上自衛隊がテントを張って駐留したが、会議に出席してほしいと要請しても誰もテントから出てこない。何度も要請してようやく責任者が出てきたと思ったら、全身を完全防備していた。岐阜の上官から『全員、完全防備で屋内退避』の指令が出ていたというのです」  しかし、自衛隊員は全員、線量計を所持しており、一帯の放射線量が低いことを認識していた。対する郡山市は、市全体でガイガーカウンターを3台しか所有していなかった。  「上官の指令に従わなければならないことは理解できる。その指令が経産省からの線量の情報によるものだったこともあとから分かった。しかし、現場にいない経産省に市の線量なんて分かるはずがない。ましてや隊員は、所持している線量計で現場の線量を把握していた。私は責任者に『上官に正しい情報をきちんと伝えなさい』と強く求めました」  それから1時間後、責任者は完全防備をやめ、制服姿で会議に出席したという。  「もしあんな姿を市民に目撃されたら『郡山は危ない』と誤解され、一気にパニックになっていたと思います。デマではないが、正しくない情報に基づいて行動するリスクを強く感じた場面でしたね」  こうした状況が日々連続する中、原氏が意識したのは錯綜する情報に惑わされず、最悪の事態を想定した対策を講じることだったという。  デマとの接触は完全には避けられない。性善説が崩れていると嘆いても仕方がない。ならば情報リテラシー(世の中に溢れる情報を適切に活用できる基礎能力)を磨くことが自分を守り、他人を傷付けない第一歩になるのだろう。また、東日本大震災時よりSNSが普及している現在は、良かれと思って拡散した情報がデマの場合、かえって世の中を混乱させる恐れもある。「流言は智者に止まる」を意識することも大切だ。  そんな原氏も瀬戸氏と同様、逃亡説に翻弄された。地震で自宅が損壊し、市内の長女宅に3カ月避難したところ「逃げた」というデマが流れた。3選を目指した2013年4月の市長選は、デマがマイナスに作用し落選の憂き目に遭った。 「自分はともかく、家族に悲しい思いをさせたのは申し訳なかった」  そう話す原氏は、マスコミへの牽制も忘れなかった。  「とにかく正確な情報を発信してほしいし、切り取った発信の仕方もできれば避けてほしい」  原氏の言葉から、マスコミがデマを広めてしまう可能性があることも肝に銘じたい。

  • 【田村市】産業団地「予測不能の岩量」で工事費増

    【田村市】産業団地「予測不能の岩量」で工事費増

     先月号に田村市常葉町で整備が進む東部産業団地の敷地から高さ十数㍍の巨岩が出土した、という記事を載せたが、その中で本誌は「工事の進め方の順序が逆」と指摘した。同団地の工事費は当初45億9800万円。それが昨年3月定例会で61億1600万円に増え、同12月定例会で64億6000万円に増えた。  普通、工事費が増額される場合は見積もりをして、いくら増えると分かってから市が議会に契約変更の議案を提出。議案が議決されれば市は施工業者と変更契約を交わし、市は増額分の予算を執行、業者は増額分の工事に着手する。  しかし市内の土木業界関係者によると、61億1600万円から64億6000万円に増額された際はこの順序を踏んでいなかったという。この関係者いわく、12月定例会の時点で造成工事はほぼ終わっており、その結果、工事費が61億円から64億円に増えたため、あとから市が契約変更の議案を提出したというのだ。  「公共工事の進め方としては順序が逆。もしかすると岩の数量が不確定で工事費を算出できず、いったん仮契約を結んだあと、工事費が確定してから契約変更を議決したのかもしれないが、巨大工事を秘密裏に進めているようで解せない」(土木業界関係者)  自治体政策が専門の今井照・地方自治総合研究所特任研究員によると、契約変更の議決を経ずに施工するのは違法行為に当たるが、罰則はないという。  「契約で工事費が61億円となっているのに、議会で契約変更を議決する前に64億円の工事をしていたらアウトです。一方、見積もりをしたら64億円になることが分かったというなら、まだ施工していないのでセーフです」(今井氏)  先月号では締め切りの都合で市商工課と施工する富士工業(田村市、猪狩恭典社長)からコメントを得られなかったが、昨年末、両者から回答があった。  「12月定例会の時点で造成工事の進捗率は約95%だった。増額分(約3億円)に該当する硬岩の掘削工事は完了している。工事費が約3億円増額になると知ったのは、不確定部分だった掘削土量に対する硬岩の割合について業者から9月中旬に精査した数量が提出され、その数字をチェックし積算した結果、硬岩の割合が5%から6%に増え、約3億円増額することが判明した。工事の進め方については、掘削工事を予定工期内に完了させることを最優先とし、誘致企業も決まっていたことから、早期完了のため掘削工事を止めることはしなかった」(市商工課)  「岩が土中にどれくらいあるかは予測するしかないが、実際に計算すると増減が出てしまうのはやむを得ない。本来は概算数量を出してから契約すべきだが、岩の量を把握できず概算数量が出せなかった。岩掘削の数量が確定したのは9月中旬で、61億円から64億円への増額は12月定例会で議決されたが、市とは11月1日に『12月定例会で議決後に本契約とする』という内容の仮契約を結んだ」(富士工業の猪狩社長)  両者のコメントからは、岩の数量を把握するのが難しかったため、まずは工事を進めることを優先させ、数量が確定してから工事費を算出せざるを得なかった事情がうかがえる。  工事の進め方の順序が逆になったのは仕方なかったのかもしれない。しかし、もともと大量の岩が出ることが予想された場所に産業団地を整備すると決めた時点で、こうなることは予想できたのではないか(※決めたのは本田仁一前市長)。猪狩社長は「あそこ以外の適地は簡単には見つからない」などと市を擁護していたが、それとは逆に「なぜ、あんな辺ぴな場所に?」と首をかしげる市民は今も多い。

  • 石川郡5町村長の「表と裏」の関係性

    石川郡5町村長の「表と裏」の関係性

     毎年、新年を迎えると、県内の市町村長やさまざまな企業・団体の代表者らが県庁や新聞社などを訪問し、抱負を述べる。地元紙では「来社(来訪)」というコーナーで、そうしたシーンが報じられる。  その一連の記事を見ていて、ひときわ目に付くのが、石川郡は町村会で新年のあいさつ回りをしていること。ほかは市町村長のみ、あるいは市町村長と議会議長、副市町村長などがセットであいさつ回りをしており、本誌が関連記事を確認した限りでは、複数の市町村長が一緒に行くのは石川郡だけだった。  福島民報1月10日付紙面には、石川地方町村会長の岡部光徳古殿町長を中心に、両サイドに江田文男浅川町長(同副会長)と塩田金次郎石川町長、その後ろに澤村和明平田村長と須釜泰一玉川村長が並んでいる写真が掲載された。そのうえで、5人の町村長のコメントが掲載されているが、それぞれの町村の課題や今後の重点施策などが語られているのみ。紙面の関係でカットされているだけかもしれないが、町村会としてこういう活動をしていきたい、こんな要望をしたい、といったことは掲載されていない。  ある関係者によると、「いつからそうなったのかは分からないが、慣例として、だいぶ前から町村会として新年のあいさつ回りをしている」という。  最初に、県の出先である石川土木事務所(石川町)に集合し、そこから郡山市内の県の出先機関に行き、福島市の県庁本庁舎や地元新聞社などを回るルートのようだ。  これ以外にも、「以前の知事選の際、内堀雅雄知事の福島市での第一声に、(石川郡の町村長)5人で乗り合わせて行ったこともある」といった話を聞いたこともあり、石川郡は横のつながりが強い印象を受ける。  ただ、以前の本誌記事でも指摘したように、決して首長同士の仲がいいわけではないようで、「それは変わっていないばかりか、むしろ悪化している感じもある」という。石川郡内の現職議員は次のように話す。  「須釜玉川村長はまだ就任して1年も経っていないので、特にどうというのはないでしょうけど、岡部古殿町長、澤村平田村長らは、塩田石川町長と合わないようですね。その傾向は以前より強くなっているように感じます。そんな関係性だから、町村会などで集まった際、例えばクルマを停める位置はどうするか、席順はどうするか、あいさつする順番はどうするか等々、町村会事務局は結構、気を使っているみたいですよ」  郡内の役場関係者もこう話す。  「塩田石川町長とそのほかの町村長の関係性があまり良くないみたいですね。石川町は人口規模などからしても、郡の中心的存在ですが、そこのトップ(塩田町長)が郡内でリーダーシップを発揮できないような状況なのは、地域にとって決してプラスではありませんね」  その辺は多くの人が感じているようで、石川町民はこんな弊害を口にした。  「JR東日本が昨年11月に発表した『利用の少ない線区』に、水郡線のこのエリア(磐城塙―安積永盛)が丸々入っていて、線区維持のためにも利用促進を図っていかなければならないし、県が県立高校改革を進めている中、今回の統廃合等の対象には入っていないものの、郡内唯一の県立高校である石川高校だって、この先はどうなるか分からない。そうした広域的に取り組まなければならない課題に対応するためにも、いまの状況は好ましいとは思えない」  表面的なことだけでなく、本当の意味でのお互いの信頼関係を構築できるか。石川郡にとっては、まずはそこが大きな課題と言えそうだ。

  • いわき市職員と会社役員が交通事故トラブル

    いわき市職員と会社役員が交通事故トラブル

     交通事故では、過失割合や示談金をめぐって加害者と被害者の間で意見が食い違うことがある。昨年12月7日、いわき市常磐関船町の丁字路信号で起きた交通事故もそうした事例の一つだ。  右折レーンで2台の車が信号待ちしていたところ、後ろの車を運転していた市内の会社役員Aさんが不注意でブレーキから足を離し、クリープ現象で前の車に接触してしまった。  双方ともほとんど損傷はなかったが、警察による現場検証の結果、前の車の後部バンパーにナンバープレートの跡が確認できたため、追突事故と扱われた。警察の調書には「時速約5㌔で追突」と記された。  だが、追突された車のドライバーBさんはAさんにすごい剣幕で迫ったという。この間Aさんから相談を受けてきた知人はこう明かす。  「『俺は海外旅行に行くことになっていたのにどうするんだ!』、『明日はタイヤ交換も予約したんだぞ!』、『こんなところでぶつけるって何考えてんだおめー!』とまくしたてられ、Aさんは恐怖を抱いたそうです」  Aさんが運転していたのは社有車。当初「保険会社に対応を任せる」と話していたBさんだったが、8万円でバンパーを修理後、整形外科に行って全治2週間の診断(症状は頸椎捻挫=むち打ち損傷と思われる)を受け、警察に提出した。そのため事故は人身事故扱いとなり、Aさんには違反点数5点が加算された。  そればかりかBさんはAさんが勤める会社の保険会社に対し、海外旅行のキャンセル料、旅先での宴会キャンセル料の支払いを求めたという。判例では結婚式直前の事故による新婚旅行キャンセル料などが損害として認められているが、Bさんの場合、損害とは認められなかったようだ。  交通事故対応に振り回されたAさんは精神的苦痛で吐き気や頭痛を催すようになり、しばらく塞ぎがちになった。一時期はメンタルクリニックに通うほどだったが、一連の手続きの中でBさんがいわき市職員であることを知って、その対応に疑問を抱くようになったという。  「交通事故の被害者になったからと言って、市民である加害者を罵倒し、過剰とも言える損害賠償を求めるのか。地方公務員法第33条に定められている『信用失墜行為』に当たるのではないか」(同)  Aさんらは、いわき市役所職員課に連絡し、Bさんが市職員であることを確認した。だが、情報提供に対する礼と「職員課人事係で共有を図る」という報告があっただけで、その後のアクションはないという。  当事者であるBさんは事故をどう受け止めているのか。自宅を訪ねたところ、次のように話した。  「後ろからドーン!と突っ込まれて『むち打ち』になり、いまも通院していますよ。海外旅行は韓国の友人を訪ねる予定が控えていました。結局キャンセル料を支払ってもらえないというので、旅行には行きましたよ。……あの、これ以上は話す義務もないので取材はお断りします」  時速5㌔での追突を「ドーン!と突っ込まれた」と表現しているほか、けがした状態で韓国旅行に行っても問題はなかったのかなど気になる点はいくつもあったが、曖昧な返答のまま取材を断られてしまった。  いわき市職員課人事係では「事故の件は把握しているが、公務外での事故なので当事者間での話し合いに任せている。言葉遣いが乱暴になった面はあったかもしれないが、事故直後ということもあり、信用失墜行為には当たらないと考えている」とコメントした。  Aさんらは事故を起こしたことを反省しつつも、モヤモヤが続いている様子。こうしたトラブルを避けるためにも、運転には気を付けなければならないということだ。

  • 【伊達市】水不足が露見したバイオマス発電所

    【伊達市】水不足が露見したバイオマス発電所

     梁川町のやながわ工業団地に建設中のバイオマス発電所で、蒸気の冷却に必要な水が不足するかもしれない事態が起きている。 揚水試験で「水量は豊富」と見せかけ 試運転が始まったバイオマス発電所  バイオマス発電所は「バイオパワーふくしま発電所」という名称で5月1日から商業運転開始を予定している。設置者は廃棄物収集運搬・処分業の㈱ログ(群馬県太田市、金田彰社長)だが、施設運営は関連会社の㈱ログホールディングスが行う。  同発電所をめぐっては、地元住民でつくられた「梁川地域市民のくらしと命を守る会」(引地勲代表、以下守る会と略)が反対運動を展開。行政に問題点を指摘しながら設置を許可しないよう働きかけてきたが、受け入れられなかった経緯がある。  施設はほぼ完成し、1月9日からは試運転が始まったが、同5日に施設周辺のほんの数軒に配られた「お知らせ」が物議を醸している。  《現行井戸(6㍍)を廃止し、新規井戸(7・5㍍程度)を設置する(全3基×各2個)。1月上旬より工事着手》(書かれていた内容を抜粋)  ログはこれまでも、住民への説明を後回しにして工事を進めてきた。施設工事が最初に始まった時も、住民は何がつくられるのか全く知らなかったほどだ。  試運転が始まるタイミングで数軒にだけ文書を配り、新しい工事を始めようとしたことに守る会は反発。引地代表は「全市民に知らせるべきだ」として、市にログを指導するよう申し入れた。  「ログは翌週、新聞折り込みで全市に『お知らせ』を配ったが、数軒に配った文書より内容は薄かった」(引地代表)  実は、本誌は新規井戸を設置する話を昨年9月ごろに聞いていた。ログからボーリング業者数社に「現行井戸では水不足が起きる可能性がある」として、新規井戸を掘ってほしいという依頼が間接的に寄せられていたのだ。しかし、井戸を掘って反対運動の矛先が自社に向くことを恐れ、依頼を断るボーリング業者もいたようだ。  計画によると、同発電所が3カ所の現行井戸から揚水する1日の量は夏季2556㌧、冬季915㌧、年平均1707㌧。水はポンプを使って冷却塔水槽に送られ、蒸気タービンから排出された蒸気の冷却などに使われる。しかし「多量の揚水で地下水に影響が出ては困る」という周辺企業からの声を受け、市が依頼した調査会社が2022年11~12月にかけて、同発電所が行った揚水試験に合わせて井戸の水位を観測。その結果、連続揚水試験による井戸の水位低下はわずかだったため、調査会社は「発電所稼働による揚水で井戸や地下水に影響を与える可能性は低い」と結論付けた。  ただし、調査会社が市に提出した報告書にはこうも書かれていた。  《揚水試験の実施期間が短いことや発電所稼働時の揚水状況について未確認なこと、地下水位が高い時期(豊水期)の地下水の挙動が不明確なことなどから、発電所稼働前(1年前)から稼働時(1年間)にかけて、既存井戸において地下水位観測を行うことが望ましい》  調査会社は、井戸や地下水への長期的な影響に注意を払った方がいいと指摘していたのだ。 「究極的には稼働できない」  結果、商業運転目前に水不足の恐れが浮上したわけで、順番としては明らかに逆。すなわち、水が十分あるから蒸気を冷却できるというのが本来の姿なのに、水が足りなかったら蒸気を冷却できず発電は成り立たなくなる。「地下水が足りなければ上水を使うしかないが、それだと水道料金が高く付き、発電コストが上昇するため、ログにとっては好ましくない」(あるボーリング業者)。だからログは、慌てて新規井戸を掘ろうとしているのだ。  前出「お知らせ」には新規井戸を掘る理由がこう綴られていた。  《2022年度に発電所に必要な1日2500㌧前後を揚水できたと報告したが、水位が低い中、仮設ポンプを強引に使用し(いつ壊れてもおかしくない状況)、揚水量確保を主目的に強引に揚水したものだった。この揚水試験データから、水は豊富にあると情報共有されてきた》  要するに「揚水試験の時は水量が豊富にあると見せかけていた」と白状しているわけ。  「お知らせ」に書かれていた問い合わせ先に電話すると「井口」と名乗る所長が次のように話した。  「私は昨年4月に着任したので分かる範囲で言うと、2019年に一つ目の井戸を掘り、その時点で水位が底から1㍍と低く、そのあとに掘った二つの井戸も水位が低かった。言い方は悪いが、発電所に欠かせない水について深く検討しないまま施設工事を進めていたのです」  井口所長が井戸の状況を知ったのは昨年8月だったという。  「三つの現行井戸では十分に揚水できないので、7・5㍍の新規井戸を掘ることになった。現行井戸は6㍍なので1・5㍍深く掘れば水が出ると見ているが、実際に出るかどうかは掘ってみないと分からない」  新規井戸を掘っても十分な水量が確保できなかったら同発電所はどうなるのか。井口所長は「究極的には稼働できない」と答えた。  「契約で上水(水道)は1日700㌧供給してもらえるが、当然水道料金がかかる。対して井戸水はタダなので、経営的には上水はバックアップ用に回したい」  今後については「今更かもしれないが、地元住民にきちんと説明し理解を得ながら進めたい」。これまで住民を軽視する態度をとってきたログにあって、誠実な人物という印象を受けたが、軌道修正を図るのは容易ではない。井口所長のもと、失われた同社の信頼を回復できるのか、それとも住民不信を払拭できないまま商業運転に突入するのか。

  • 意見交換会で見えた本宮市子ども食堂の現状

    意見交換会で見えた本宮市子ども食堂の現状

     本宮市内の子ども食堂をサポートしている「本宮市社会福祉協議会フードバンク」による支援品贈呈式が昨年12月15日、本宮市商工会館で行われた。同バンクは同社協と本宮市商工会が事業協定を結んで一昨年に始まったもので、民間事業所が「協賛会員」となり、同社協や子ども食堂に支援品を提供する。昨年から本宮ライオンズクラブ、本宮ロータリークラブも活動に加わっている。  今回支援品が贈られたのは同社協のほか、▽子ども食堂「コスモス」、▽一般社団法人金の雫「みずいろ子ども食堂」、▽社会福祉法人安積福祉会しらさわ有寿園「こころ食堂」、▽NPO法人東日本次世代教育支援協会NA―PONハウスふくしまキッズエコ食堂、▽a sobeba lab.(ア・ソベバ・ラボ)。支援品の内訳はコメ30㌔21袋、寄付金46・5万円、冷凍食品、うどん・ラーメン、レトルト食品、生卵、タオルなど。  本宮市商工会の石橋英雄会長は「人口減少抑制につながればという思いで始めた。マスコミなどで活動を周知していただいたこともあり協賛会員は38事業所まで増え、市民にも浸透してきた。長く続けていきたい」と述べた。本宮ライオンズクラブ、本宮ロータリークラブの関係者もあいさつした。  当日出席した子ども食堂の運営団体関係者は支援に対する謝辞を述べるとともに、活動報告を行った。その後、意見交換会の時間が設けられ、現状や課題について語り合った。  それぞれの話から見えてきたのは、支援を必要としている生活困窮者は多く存在していること、そして食事を提供する場がその情報を得るきっかけとなっているということだ。  同社協では生活困窮者に食料を提供しているが、今年度は上半期を終えた時点で昨年度の件数を上回っているという。生活困窮者と一口に言っても、ニート生活を過ごしていたが親の死を機に独り立ちを余儀なくされ安定した収入を得られない人、派遣社員として本宮市に来たものの契約終了し生活に困っている人、年金暮らしで過ごす老老介護状態の親子など、背景は多岐にわたる。  ある子ども食堂関係者は「多くの人にもっと気軽に足を運んでほしいが、自分から『支援してほしい』とうまく伝えられない人もいる。そうしたところには協力者や元民生委員などを通じて食料品を持っていってもらっている。子ども食堂がたくさんできて近所のことを把握できる状態になるのが理想だ」と話した。  一方で、「企業から個別に提供してもらっていた食料品の数が半分に減った。物価高の影響だと思われる」、「自宅のスペースを使って子ども食堂を開いているので、電気代・燃料費値上がりの影響が大きい」といった報告も聞かれた。市からは運営経費に関する補助金が給付されているが、1回開催につき1万円程度で、決して余裕があるわけではないという。自宅を使って運営している人は、食料品を保管するスペースがないという問題もあるようだ。  このほか、開催していることを近隣に周知する難しさを訴える声も上がった。まずは同商工会内でPR・サポートする案が話し合われたが、小中学校や放課後児童クラブ、子ども会などと連携してチラシを配ったりイベントと同時開催し、利用を呼びかけるのも一つの方法だろう。  このように課題は少なくないようだが、経済界が先頭に立って子ども食堂を応援し、地域振興につなげようとする取り組みには意義がある。引き続き注目していきたい。

  • 【大熊町】鉄くず窃盗が象徴する原発被災地の無法ぶり

    【大熊町】鉄くず窃盗が象徴する原発被災地の無法ぶり

     東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となった大熊町図書館の解体工事現場から鉄くずを盗んだとして、窃盗の罪に問われた作業員の男4人の裁判が1月16日に地裁いわき支部であった。解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札。鉄くずを盗んだのは1次下請けの土木工事業、青田興業(大熊町)の作業員だった。4人のうち3人は秋田県出身の友人同士。別の工事でも作業員が放射線量を測定せずに物品を持ち出し、転売していた事態が明らかになり、原発被災地の無法ぶりが浮き彫りになった。 鉄くず窃盗事件  窃盗罪に問われているのはいわき市平在住の大御堂雄太(39)、高橋祐樹(38)、加瀬谷健一(40)と伊達市在住の渡辺友基(38)の4被告。大御堂氏、高橋氏、加瀬谷氏は秋田県出身で、かつて同県内の同じ建設会社で働いており友人関係だった。2017年に福島県内に移住し同じ建設会社で働き始め、青田興業には2023年春から就業した。3人は加瀬谷氏の車に乗り合わせて、いわき市の自宅から大熊町の会社に通い、そこから各自の現場に向かっていた。  大熊町図書館の解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札(落札率92%)、2022年5月に契約締結した。1次下請けの青田興業が23年2月から解体に着手していた。図書館は鉄筋コンクリート造りで、4人は同年5月に6回にわたり、ここから鉄くずを盗んだ。環境省は関係した3社を昨年12月11日まで6週間の指名停止にした。  建物は原発事故で放射能汚染されており、鉄くずは放射性廃棄物扱いとなっている。放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、持ち出すには汚染状態を測定しなければならず、処分場所も指定されている。作業員が盗んで売却したのは言うまでもなく犯罪だが、汚染の可能性がある物を持ち出し流通・拡散させたことがより悪質性を高めた。  その後、帰還困難区域で作業員による廃棄物持ち出しが次々と明らかになる。大熊町内で西松建設が受注したホームセンター解体現場では、商品の自転車が無断で持ち出されたり設備の配管が盗まれたりした。(放射性)廃棄物の自転車が転売されているという通報を受け同社が調査したところ、2次下請け業者が「作業員が知り合いの子にあげるため、子ども用の自転車2台を持ち出した」と回答したという(2023年10月28日付朝日新聞より)。  大熊町図書館の鉄くず窃盗事件は、複数人による犯罪だったこと、作業員たちが転売で得た金額が100万円と高額だったため逮捕・起訴された。裁判で明らかになった犯行の経緯は次の通り。  高橋氏(勧誘役)と加瀬谷氏(運搬役)は2023年4月末から大熊町の商業施設の解体工事現場で作業をしていた。青田興業が担う図書館の解体工事が遅れていたため、5月初旬から渡辺氏が現場に入り手伝うようになった。そのころ、大御堂氏(計画者)はまだ商業施設の現場にいたが、図書館の解体工事にも出入り。そこで鉄くずを入れたコンテナを外に運び出す方法を考えた。4人は犯行動機を問われ、「パチンコなどのギャンブルや生活費のために金が欲しかった」と取り調べや法廷で答えている。  大御堂氏が犯行を計画、同じ秋田県出身の高橋氏と加瀬谷氏を誘う。最初の犯行は5月12、13日にかけて2回に分け、同郷の3人で約7㌧の鉄くずを運び出した。コンテナに入れてアームロール車(写真参照)で運び出す必要があり、操作・運搬は加瀬谷氏の仕事だった。高橋氏は通常通り仕事を続け、異変がないか見張った。鉄くずは南相馬市の廃品回収業者に持ち込み、現金30万円余りに換えた。大御堂氏が分配し、自身と高橋氏が12万5000円、加瀬谷が5万円ほど受け取った。 参考写真:アームロール車の一例(トラック流通センターのサイトより)  味をしめて5月下旬にまた犯行を考えた。高橋氏は渡辺氏が過去に別の窃盗罪で検挙されていることを知り、犯行に誘った。同25~27日ごろに同じ方法で約14㌧を4回に分けて盗み、今度は浪江町の回収業者に持ち込み70万円余りで売った。  発覚は時間の問題だった。7月下旬に青田興業の協力会社から同社に「作業員が鉄くずを盗んで売っていたのではないか」と通報があった。確認すると4人が認めたため元請けの鹿島建設東北支店に報告。警察に被害を通報し、昨年10月25日に4人は逮捕された。青田興業は9月末付で4人を解雇した。  4人は大熊町の所有物である図書館の鉄筋部分に当たる鉄くずを盗み、100万円に換金した。しかも、その鉄くずは放射能汚染の検査をしておらず、リサイクルされ市場に拡散してしまった(環境省は「放射線量は人体に影響のないレベル」と判断)。4人は二重に過ちを犯したことになる。元請けJV代表の鹿島建設は面目を潰され、地元の青田興業も苦しい立場に置かれている。だが、被告側の証人として出廷した青田興業社長は4人を再雇用する方針を示した。  「もう一度会社で教育し、犯した罪に向き合ってほしい。会社の信用を少しずつ回復させたい」  検察官から「大変温情的ですね。会社も打撃を受けているのに許せるのですか」と質問が飛ぶと、  「盗みを知った時は怒りを覚えました。確かに会社は指名停止を受け大打撃を受けました。元請けにも町にも環境省にも迷惑を掛けた。でも今見放したら、この4人を雇ってくれる人はどこにもいないでしょう」 監視カメラが張り巡らされる未来  鉄くず窃盗事件は、数ある解体工事の過程で起こった盗みの一部に過ぎない。鉄くずは重機を使わなければ運び出せず、1人では不可能。本来、複数人で作業をしていれば互いが監視役を果たせるはずだが、実行した4人のうち3人は、同郷で以前も同じ職場にいた期間が長かったため共謀して盗む方向に気持ちが動いた。作業員同士が協力しなければ実現しなかった犯罪で、そのような環境をつくった点では青田興業にも責任はあるだろう。4人を再雇用する場合、同じ空間で作業する場面がないように隔離する必要がある。  原発被災地域で除染作業に携わった経験を持つある土木業経営者は、監視の目が届かない被災地の問題をこう指摘する。  「帰還が進まず人の目が及ばない地域なので、盗む気があれば誰もが簡単にできる。窃盗集団とみられる者が太陽光発電のパネルを盗んだ例もあった。防ぐには監視カメラを張り巡らせて、『見ているぞ』とメッセージを与え続けるしかないのではないか。もっとも、そのカメラを盗む窃盗団もいるので、イタチごっこに終わる懸念もある」  原発被災地域では監視の目を強めているが、パトロールに当たっていた警察官が常習的に下着泥棒を行っていたり、民間の戸別巡回員が無断で民有地に侵入し柿や栗を盗んだりする事件も起きている。人間の規範意識の高さをあまり当てにしてはいけない事例で、今後、監視カメラの設置がより進むだろう。

  • 【福男福女競走】恒例イベントとして定着【福島市信夫山】

    【福男福女競走】恒例イベントとして定着【福島市信夫山】

     福島市の信夫山にある羽黒神社の例祭「信夫三山暁まいり」が毎年2月10、11日に開催される。それに合わせて、2013年から「暁まいり 福男福女競走」が開催され、今年で10回目を迎える。当初は「どこかの真似事のイベントなんて……」といった雰囲気もあったが、気付けば節目の10回目。いまでは一定程度の認知を得たと言っていいだろう。同イベントはどのように育てられてきたのか。 10回目の節目開催を前に振り返る 羽黒神社 奉納された大わらじ  福島市のシンボル「信夫山」。そこに鎮座する羽黒神社の例祭「信夫三山暁まいり」は、江戸時代から400年にわたって受け継がれているという。羽黒神社に仁王門があり、安置されていた仁王様の足の大きさにあった大わらじを作って奉納したことが由来とされ、長さ12㍍、幅1・4㍍、重さ2㌧にも及ぶ日本一の大わらじが奉納される。五穀豊穣、家内安全、身体強健などを祈願し、足腰が丈夫になるほか、縁結びの神とも言われ、3年続けてお参りすると、恋愛成就するとの言い伝えもあるという。  なお、毎年8月に行われる「福島わらじまつり」は、暁まいりで奉納された大わらじと対になる大わらじが奉納される。この2つが揃って一足(両足)分になる。日本一の大わらじの伝統を守り、郷土意識の高揚と東北の短い夏を楽しみ、市民の憩いの場を提供するまつりとして実施されているほか、より一層の健脚を祈願する意味も込められている。  「暁まいり 福男福女競走」は、2月10日に行われる「信夫三山暁まいり」に合わせて、2013年から開催されている。企画・主催は福島青年会議所で、同会議所まつり委員会が事務局となっている。  このイベントは、信夫山山麓大鳥居から羽黒神社までの約1・3㌔を駆け登り順位を競う。男女の1位から3位までが表彰され、「福男」「福女」の称号のほか、副賞(景品)が贈られる。  このほか、「カップル」、「親子」、「コスプレ」の各賞もある。カップルは「縁結びの神」にちなんだもので、男女ペアで参加し、最初に手を繋いでゴールしたペアがカップル賞となる。親子は、原則として小学生以下の子どもとその保護者が対象で、最初に手を繋いでゴールしたペアに親子賞が贈られる。コスプレ賞は、わらじまつりや暁まいり、信夫山に由来したコスプレをした人の中で一番パフォーマンスが高い参加者が表彰される。それぞれ1組(1人)に副賞が贈られる。  1月中旬、記者は競走コースを歩いてみた(走ってはいない)。登りが続くので、のんびりと歩くだけでも相当な運動になる。特に、羽黒神社に向かう最後の参道は、舗装されておらず、かなりの急勾配になっているため、1㌔以上を走ってきた参加者にとっては〝最後の難関〟になるだろう。それを克服して、より早くゴールした人が「福男」、「福女」になれるのだ。  ちなみに、主催者(福島青年会議所まつり委員会)によると、「福男福女競走のスタート位置は、抽選で決定する」とのこと。いい位置(最前列)からスタートできるのか、そうでないのか、その時点ですでに「福(運)」が試されることになる。 参加者数は増加傾向 スタート地点の信夫山山麓大鳥居  ところで、「福男」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは西宮神社(兵庫県西宮市)の「福男選び」ではないか。以下は、にしのみや観光協会のホームページに掲載された「福男選び」の紹介文より。    ×  ×  ×  ×  開門神事と福男選び 昨年の福男福女競走(福島青年会議所まつり委員会提供)  1月10日の午前6時に大太鼓が鳴り響き、通称「赤門(あかもん)」と呼ばれる表大門(おもてだいもん)が開かれると同時に本殿を目指して走り出す参拝者たち。テレビや新聞でも報道される迫力あるシーンです。  この神事は開門神事・福男選びと呼ばれており、西宮神社独特の行事として、江戸時代頃から自然発生的に起こってきたといわれています。  当日は、本えびすの10日午前0時にすべての門が閉ざされ、神職は居籠りし午前4時からの大祭が厳かに執り行われます。午前6時に赤門が開放され、230㍍離れた本殿へ「走り参り」をし、本殿へ早く到着した順に1番から3番までがその年の「福男」に認定されます。  先頭に並ぶ108人とその後ろの150人は先着1500人の中から抽選して決められますが、その後ろは一般参加で並んで入れます。また先着5000名には開門神事参拝証が配られます。ちなみに、「福男」とはいえ、女性でも参加できます。    ×  ×  ×  ×  古くから神事として行われていた「福男選び」だが、テレビのニュースなどで報じられ、一気に有名になった。  「暁まいり 福男福女競走」は、これを参考にしたもので、暁まいりをより盛り上げることや、福島市のシンボルである信夫山のPRなどのほか、東日本大震災・福島第一原発事故からの復興祈願や復興PR、風評払拭などの目的もあって実施されるようになった。  ただ、当初は「どこかの真似事のようなイベントなんて……」といった雰囲気もあったのは否めない。それでも、気付けば今年で節目の10回目を迎える。いまでは恒例イベントとして定着していると言っていい。  その証拠に、参加者数は年々増えていった(次頁別表参照)。なお、今年でイベント開始から12年目になるが、2021年、2022年は新型コロナウイルスの感染拡大のため中止となった。昨年は、コロナ禍に伴う制限などがあったため、コロナ禍前と比べると少ないが、そうした特殊事情を除けば、恒例イベントとして順調に育っている、と言っていいのではないか。なお、今年は本稿締め切りの1月25日時点で、360人がエントリーしているという。  主催者によると、参加者は福島市内の人が多いそうだが、市外、県外の人もいる。高校の陸上部に所属している選手が、練習の一環として参加したり、国内各地の同様のイベントに参加している人などもいるようだ。最大の懸念は、事故・怪我などだが、これまで大きな事故・怪我がないのは幸い。  〝本家〟の西宮神社は、約230㍍の競走だが、「暁まいり 福男福女競走」は約1・3㌔で、登りが続くため、より走力・持久力が問われることになる。  ちなみに、同様のイベントはほかにもある。その1つが岩手県釜石市の「韋駄天競走」。「暁まいり 福男福女競走」が始まった翌年の2014年から行われている。同市の寺院「仙壽院」の節分行事の一環で、東日本大震災では寺院のふもとに津波が押し寄せ、避難が遅れた多くの人が犠牲になったことから、その時の教訓をもとに避難の大切さを1000年先まで伝えようと始まった。  昨年で10回目を迎え、「暁まいり 福男福女競走」はコロナ禍で二度中止しているのに対し、「韋駄天競走」は、2021年は市内在住者や市内通勤・通学者に限定し、2022年は競走をしない任意参加の避難訓練として行われたため、開始年は「暁まいり 福男福女競走」より遅いが、開催数は多い。市中心部から高台にある仙壽院までの約290㍍を競走し、性別・年代別の1位が「福男」、「福女」などとして認定される。  昨年は、全部門合計で41人が参加し、コロナ禍前は100人以上が参加していたという。同時期にスタートしたイベントだが、参加者数は「暁まいり 福男福女競走」の方がだいぶ多い。 佐々木健太まつり委員長に聞く ポスターを手にPRする佐々木健太まつり委員長  暁まいりの事務局を担う福島市商工観光部商工業振興課によると、「暁まいりの入り込み数は、震災前は約6000人前後で推移していました。そこから数年は、天候等(降雪・積雪の有無)によって、(6000人ベースから)1000人前後の上下があり、2015年以降は約1万人で、ほぼ横ばいです」という。  福男福女競走の開催に合わせて、暁まいりの入り込み数も増えたことがうかがえる。  こうした新規イベントは、まず立ち上げにかなりのエネルギーが必要になる。一方で、それを継続させ、認知度を高めていくことも、立ち上げと同等か、あるいはそれ以上に重要になってくる。  この点について、福男福女競走の主催者である福島青年会議所まつり委員会の佐々木健太委員長に見解を聞くと、次のように述べた。  「青年会議所の性質上、役員は1期(1年)で変わっていきます。まつり委員会も当然そうです。そんな中で、前年からの引き継ぎはもちろんしっかりとしますが、毎年、(イベント主催者の)メンバーが変わるので、常に新たな視点で、開催に当たれたことが良かったのかもしれません」  当然、佐々木委員長も今年が初めてで、来年はまた別の人にまつり委員長を引き継ぐことになる。そうして、毎年、新しいメンバー、新しい視点で取り組んできたのが良かったのではないか、ということだ。 今年から婚活イベントも追加 昨年の表彰式の様子(福島青年会議所まつり委員会提供) 昨年の表彰式の様子(福島青年会議所まつり委員会提供)  新たな試みという点では、今年から「暁まいり福男福女競走de暁まいりコン」というイベントが追加された。福男福女競走と合わせて行われる婚活支援イベントで、男女各10人が福男福女競走のコースを、対話をしたり、途中で軽食を取ったりしながら歩く。  要項を見ると、「ニックネーム参加」、「前に出ての告白タイムなし」、「カップルになってもお披露目なし」、「カップルになったら自由交際」といったゆるい感じになっており、比較的、気軽に参加できそう。  「羽黒神社は、縁結びの神様と言われ、恋愛成就を祈願する人も多いので、今年から新たな試みとして、この企画を加えてみました」(佐々木委員長)  こうした企画も、来年のまつり委員会のメンバーが新たな視点で改良を加えるべきところは改良を加えながら、進化させていくことになるのだろう。  県外の人や移住者に福島県(県民)の印象を聞くと、「福島県はいいところがたくさんあるのに、そのポテンシャルを生かせていない」、「アピール下手」ということを挙げる人が多い。本誌でも、行政、教育、文化、スポーツなど、さまざまな面で福島県は他県に遅れをとっており、県内の事例がモデルとなり、県外、日本全国に波及したケースはほとんどない、と指摘したことがある。  今回のイベントは、「自前で創造したもの」ではないかもしれないが、いまでは恒例イベントとして定着したほか、伝統行事(暁まいり)の盛り上げ、信夫山のPRなど、もともとあったものの認知度アップ、ポテンシャルを生かすということに一役買っているのは間違いない。

  • 投書で露呈した【双葉地方消防本部】の混乱

    投書で露呈した【双葉地方消防本部】の混乱

     本誌昨年11月号「問題だらけの県内消防組織」という記事で、双葉地方広域市町村圏組合消防本部のパワハラについて記した匿名の告発文が編集部宛てに届いたことを紹介した。その後、再び同消防本部に関する投書が寄せられた。 今度はパワハラと手当不正告発 本誌に寄せられた告発文  双葉地方広域市町村圏組合消防本部の管轄エリアは双葉郡8町村。拠点は消防本部(楢葉町)、浪江消防署、同消防署葛尾出張所、富岡消防署、同消防署楢葉分署、同消防署川内出張所の6カ所。実人員(職員数)は127人。県内の消防本部では小規模な部類に入る。  昨年届いた告発文には、「2023年2月22日、職員同士の飲み会で、上司が嫌がる部下にタバスコ入りの酒を一気飲みさせていた」など、同消防本部で横行するパワハラの事例が記されていた。若手職員Xは飲み会翌日から病休に入り、その後退職したという。  併せて加勢信二消防長が各消防所長に向けて送付した「職員の義務違反について(通知)」という公文書の写しも添付されていた。内容は職員がパワハラで懲戒処分されたのを受けて、言葉遣いや態度への注意を呼び掛けるもの。差出人は匿名だったが、おそらく同消防本部の職員だろう。  告発文が届いた後、同消防本部の職員3人がパワハラで懲戒処分(減給)となっていたことが10月14日付の地元紙で報じられた。おそらく同じものがマスコミ各社にも送られていたのだろう。本誌が入手した同消防本部の内部文書によると、経緯は以下の通り。  ▽被害を受けた若手職員Xは24歳(当時5年目)、富岡消防署所属。加害者はXと同じ班に所属していた。  ▽2022年10月ごろ、消防司令補A(41)が車両清掃作業中、高圧洗浄機で噴射した水をXの手に当てた。夜、ベンチプレスを使ったトレーニング時、Xにバーベルを上げながら声を出したり、彼女の名前を叫ぶように強要した。このほか、Xが兼務している庶務係の仕事をしている際、不機嫌な態度を取ったり、嫌みを言うこともあった。  ▽2023年1月ごろ、Xが防火衣の着装を拒んだとき、Aが不適切な発言(「風邪をひいたら殺すぞ」)をした。  ▽2023年2月ごろ、Xがトイレにいて、朝食を知らせる先輩の呼びかけが聞こえず集合に遅れた際、消防司令補B(35)がその状況を理解しないまま叱責した。  ▽2023年2月22日、同班職員がいわき市内でゴルフを行った後、私的な飲食会を開催。その場で消防士長C(29)がXに「タバスコが入った酒を飲め」と言った。Xはタバスコ入りの酒を飲んだだけでなく、Cからタバスコを直接口の中に入れられた。  ▽2023年2月23日、Xが当直長に「腹痛と下痢のため休みたい」と連絡。この日は年休で休み、その後3月1日まで休暇とした。  ▽2月27日、Xの母親が富岡消防署を来訪し、「息子がハラスメントを受けた」と訴えた。  ▽2月28日、所属長(消防司令長)が本人と面談。3月2日から病気休暇(神経症)を取って通院治療。6月30日付で依願退職した。  ▽Xへの聞き取り調査を経て、3月31日、A、B、Cに対し、富岡消防署長から口頭厳重注意処分が科された。  ▽4月25日にハラスメント対策協議委員会、7月3日に懲戒審査委員会が立ち上げられ、9月14日付でA、B、Cに対する懲戒処分書が交付された。懲戒処分内容はAが減給10分の1=6カ月、Bが減給10分の1=2カ月、Cが減給10分の1=1カ月、消防司令長が訓告(管理監督不十分)。同時に、X及びXの母親に処分内容が報告された。  昨年11月号記事の段階では詳細が分からなかったが、こうして見るとハラスメントが執拗に行われていたことが分かる。おそらく以前から似たようなことがあったのだろう。年下の部下ということもあって、加害者側は軽い気持ちでやっていたのかもしれないが、被害者にとっては大きなストレスとなり、心のダメージとして蓄積されていたことが想像できる。  2019年から勤務していた職員ということは、復興途上の原発被災地域で防災を担おうと高い志を持っていたはず。それを先輩職員がパワハラ行為で退職に追い込むのだからどうしようもない。  こうした体質はこの3人ばかりでなく、組織全体に蔓延しているようだ。というのも同組合の懲戒処分等に関する基準では、ハラスメントについて以下のように定めている。  《職権、情報、技術等を背景として、特定の職員等に対して、人格と尊厳を侵害する言動を繰り返し、相手が強度の心的ストレスを重積させたことによって心身に故障を生じ、勤務に就けない状況を招いたときは、当該職員は免職又は停職とする》  今回の事例ではパワハラを受けたXが休職を経て依願退職していることを考えると、加害者であるA、B、Cは明らかに免職・停職処分となる。ところが前述の通り、3人は懲戒処分の中でもより軽い減給処分で済まされた。  11月号記事で、同消防本部の金沢文男次長兼総務部長は「(懲戒処分が基準よりも軽くなった経緯について)公表していない」と述べた。また、9月14日付で懲戒処分したことを公表せず、10月14日付の地元紙が報じて初めて事実が明らかになったことについては「公表の基準が決まっており、それを下回ったので公表しなかった」と説明していた。どうにも組織全体でパワハラを軽視しており、情報公開を極力避けている印象が否めない。 管理職4人がいじめ!? 双葉地方広域市町村圏組合消防本部  双葉地方の事情通によると、同消防本部ではX以外にも若い職員が退職しており、その家族らも「若い職員を退職に追い込んだ加害者を減給処分で済ませるのはおかしい」と憤っているという。  そうした中、本誌編集部宛てに再び同消防本部に関する匿名の投書が届いた。消印は1月6日付、いわき郵便局。内容は概ね以下の通り。なおパワハラの当事者はすべて実名で書かれていたが、ここでは伏せる。  ▽パワハラが理由で職員Yが退職した。  ▽D係長はずっと嫌みを言ったり蹴ったり殴ったりしていじめていた。  ▽E係長は何度もYを消防本部に呼び出して必要以上に怒っていじめていた。  ▽F分署長はパワハラの事実を知っていたにもかかわらず、指導することなく逆にYを大声で怒鳴りつけていた。  ▽G係長は表でも裏でもしつこく嫌みを言い、陰湿ないじめを行っていた。  ▽この4人はY以外の職員にも現在進行形でパワハラを行っており、他にも辞めていった職員がいる。  ▽加勢消防長もパワハラを知っているはずだが、かわいがっている職員たちをかばい、パワハラをなかったことにしてしまう。  ▽金沢次長兼総務部長もパワハラを把握しているはずだが、分署長たちと仲良く付き合っていて、パワハラの訴えがあっても知らなかったことにしている。  ▽(消防の)関係者ではなく第三者が調査してほしい。ほとんどの職員がパワハラの実態を知っているので、Y本人と職員から聞き取りをしてほしい。  ▽辞めていった人たちは幸せ。辞めることができず、いまもパワハラを受けている私たちは毎日辛い。このままでは最悪な事態に発展することも考えられる。どうか私たちを助けてほしい。  前に届いた告発文に書かれていたのとは別の職員がパワハラで退職していたことを明かしているわけ。加勢消防長を含めほとんどの職員が把握しているのに上層部で握りつぶしている、という指摘が事実だとすれば、組織ぐるみでパワハラを隠蔽していることになる。  今回の投書には続きがあり、通勤手当不正についても記されていた。こちらも実名は伏せる。  ▽通勤手当を不正にもらっている職員がいる。E係長は浪江町にいるのに本宮市から、Hさんは郡山市にいるのに会津若松市から、Iさんは富岡町にいるのに田村市船引町から通っていることにして通勤手当を受け取っている。これは詐欺申告で不正受給ではないか。  原発被災地域を管轄エリアとしている同消防本部には、管轄エリア外の避難先で暮らしている職員もいる。それを悪用してより遠くから通勤していると申請し、通勤手当を不正受給しているケースがある、と。どれぐらいの金額になるのかは把握できなかったが、少なくとも通勤手当を目当てに異なる現住所を職場に伝えれば、緊急時に対応できないことも増えるはず。消防本部でそんなことが可能なのか、それともチェック体制が〝ザル〟ということなのか。  特定人物の評価を下げるために書かれた可能性も否定できないが、いずれにしても内部事情に詳しいところを見ると、同消防組合の職員、もしくはその内情に詳しい人物が書いたと見るべきだろう。  この投書は同組合の構成町村の議会事務局にも1月10日付で送付されたようで(本誌に届いた投書の4日後の消印)、町村議員に写しを配布したところもあるようだ。同組合には議会(定数25人)が設置されており、構成町村議員が3人ずつ(浪江町は4人)名を連ねているので、問題提起の意味で送ったのだろう。本誌以外のマスコミにも投書は届いていると思われる。 「コメントできない」  投書の内容は事実なのか。1月中旬、楢葉町の同消防本部を訪ね、金沢次長兼総務部長にあらためて取材を申し込んだが不在だった。対面取材の時間を取るのは難しいということなので、電話で投書の内容を読み上げコメントを求めたところ、次のように述べた。  「投書に記されている氏名はいずれも当消防本部に所属している職員、元職員なのは間違いありません。各町村に投書が届いているという話は聞いていますが、内容に関しては確認していないので、パワハラの有無や通勤手当不正受給について現段階でコメントできません。他のマスコミから問い合わせをいただいたこともありません」  本誌11月号記事では、消防でパワハラが起きる背景について、消防行政を研究する関西大学社会安全学部の永田尚三教授がこう語っていた。  「消防は一般的に体育会系的要素が強いのに加え、消防本部は地域間格差が大きい。地方の小規模な消防本部では日常の業務に追われ、パワハラ対策やコンプライアンスなどについて、十分に学ぶ時間が確保されていない可能性が高い。また、消防本部は行政部局から切り離され独立性が確保されていますが、それゆえに、行政部局の組織文化が共有されにくい側面もあると思います」  前出X氏の際は、2月下旬に母親がパワハラを指摘してから調査し公表されるまでに半年以上かかった。今回の投書を受けて同消防本部はどのように調査を進めるのか。またパワハラが事実だった場合、自浄能力を発揮できるのか。2月下旬に開会される同組合議会の行方も含め、その動向を注視していきたい。

  • 【小野町議選】「定数割れ」の背景

    【小野町議選】「定数割れ」の背景

     任期満了に伴う小野町議選は1月16日に告示され、定数12に現職8、新人3の計11人が立候補し、定数に満たない状況で無投票当選(欠員1)が決まった。「定数割れ」は同町では初めて、県内でも2017年の楢葉町議選、2019年の国見町議選、昨年の川内村議選に続き4例目(補欠選挙は除く)。なぜ、定数割れが起きたのか。 無関心を招いた議会の責任  同町議会は、2008年の選挙時は定数14だったが、2012年から12に削減した。以降、2016年、2020年と、計3回の選挙が行われ、いずれも定数12に、13人が立候補し無投票はなかった。  前回改選後の2022年7月、渡邊直忠議員が在職中に亡くなったことを受け、欠員1となっていた。その前年3月に町長選が行われ、補選を実施するタイミングがなかったことから、任期満了までの1年半ほどは11人体制だった。  任期中の2022年12月に、議会改革特別委員会が設置され、その中で議員定数、報酬についての議論が交わされた。昨年6月議会(※同町議会は通年議会を採用しているため、正式には「定例会6月会議」)でその結果が報告された。  内容は、「地方議員の成り手不足解消の観点から、議員定数削減、議員報酬増額等について協議してきたが、町施策等について十分な協議をするためには、現在の定数を維持することが望ましいとの意見や、報酬の増額は町民の十分な理解を得ること、町財政を考慮する必要があることなどから、現状維持とする意見が出された」というもので、現状維持が決まった。  迎えた今回の町議選。事前情報では、現職3人の引退と欠員1に対して、新人4人が立候補する予定で、定数と立候補者が同数になると見込まれていた。しかし、直前で新人1人が立候補を見送ったのだという。これによって、立候補者は現職8人、新人3人の計11人となり、定数割れとなった。 選挙結果 (1月16日告示、届け出順) 竹川 里志(68)無現 自営業橋本 善雄(43)無新 会社役員田村 弘文(72)無現 農業先崎 勝馬(70)無現 町議中野 孝一(65)無現 農業国分 順一(61)無新 無職羽生 洋市(68)無新 農業宗像 芳男(71)無現 自営業会田百合子(61)諸現 町議緑川 久子(68)無現 会社役員水野 正広(72)無現 会社役員  公職選挙法の規定では、欠員が定数の6分の1を超えた場合は再選挙が行われることになっている。同町の場合は欠員3以上でそれに当てはまり、今回の選挙は「成立」ということになる。ただ、この先2人以上の欠員が出たら前述の規定により、50日以内に補選が行われる。 「定数割れ」の理由 「定数割れ」に終わった小野町議選  なぜ、定数割れが起きたのか。  関係者の中には、議員報酬では生活できないという事情を挙げる人もいる。同町の議員報酬は月額22万5000円、副議長は同24万5000円、議長は同30万7000円。そのほか、年2回の期末手当(※2023年度は年間で月額報酬の3・35カ月分)がある。  一方で、定例会、臨時議会、常任委員会、議会運営委員会、全員協議会などの合計は50〜70日。議員からすると、「町・郡などの行事への出席や一般質問の準備など、それ以外の活動も多い」というだろうが、少なくとも公式な議会活動は前述の日数にとどまる。  地元紙に掲載された当選者の職業を見ると、農業3人、会社役員3人、自営業2人、町議2人、無職1人。町議・無職は別として、比較的時間に融通がきく人に限定されている。議会の開催日時を見直すなどして、会社勤めをしている人でも議員になれるような工夫が必要ではないか。  そうなれば「議員報酬だけでは食っていけない」という話にはならない。そもそも、地方議員が議員報酬で生活しようという発想が正しいとは思えない。  ある町民は「議員定数を現状維持としたのは妥当だったのか」と疑問を投げかける。  「2012年から定数を12にしたが、当時の人口は約1万1000人、現在は約9000人と、この間、約2割人口が減っていることを考えると、定数はそのままで良かったのか。そもそも、その議論も議会内(議会改革特別委員会)ではなく、町民も交えて検討すべきだったように思います」  本誌は、定数削減は必ずしも好ましいとは思わない。当然、議員の数が多ければ、それだけ町民の意向を反映させることができるからだ。むしろ、議会費(議員報酬の総額)はそのままで定数をできるだけ多くした方がいいと考える。当然、そのためには、前述したように会社勤めの人でも議員活動ができるような工夫が必要になる。  一方で、別の町民はこう話す。  「いまの状況(定数割れ)をつくったのは誰かと言ったら、この2、3回の議員選挙の間に辞めた人を含めた議員本人にほかならない。そこには、後に続く人をつくれなかったこと、関心を持たれないような状況にしてしまったこと等々、いろいろな要素があると思いますが、聞こえてくるのは議会・議員として何をすべきかということよりも、議会内の役職に誰が就くかとか、そんなことばっかりですから。これでは町民も冷めていきますよ。こういうのは積み重ねですからね。そのことをもっと真剣に考えてもらいたい」  議会には無関心を引き起こした責任があるということだ。厳しい指摘だが、これが本質なのだろう。  もっとも、今改選前の議会は少し難しい部分もあった。というのは、選挙が行われたのが2020年1月で、任期は同年2月1日から。任期スタート直後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、さまざまな活動が制限された。本来であれば、町内の行事・会合などに顔を出し、そこで町民の声を聞くことができるが、行事・会合そのものが開かれなかったため、それができなかったのだ。議会の傍聴にも制限があった。そういう意味で、町民と議会に距離ができたのは間違いない。  それが今回の定数割れを引き起こした一因でもあろう。コロナ禍という難しい状況の中だったが、もっとできることはなかったのか、今後どうすべきかを考えていかなければならない。  最後に。前段で定数割れは4例目と書いたが、2017年の楢葉町議選、昨年の川内村議選は、ともに原発被災地で、全域避難を経て人口減少や高齢化率の大幅上昇といった特殊事情がある。一方、2019年の国見町議選は、そういった特殊事情はなく、小野町のケースに近いのではないか。なお、同町議選は2019年5月28日に告示され、定数12に10人が立候補し、無投票、欠員2という結果だった。  当時、ある町民はこう話していた。  「今回の町議選(定数割れとなった2019年)では、ギリギリでも選管に立候補を届ければ、〝タダ〟で議員になれたわけだが、そういう人すらいなかった。これが何を意味するか。結局のところは、いまの議会は町民から評価されておらず『一緒にされたくない』として、誰もその中に入りたがらなかった、ということにほかならない」  その後、2020年11月に行われた町長選に現職議員2人が立候補したため、欠員4となり、町長選と同時日程で補選が行われた。その際は5人が立候補して選挙戦になった。昨年5月の改選では、定数12に12人が立候補して無投票だった。その点では「なり手不足」が解消されたとは言えない。  小野町では、新しい議会が今回の結果をどう捉え、どのように活動していくかが問われる。その結果が見えるのは4年後の改選期ということになる。

  • 【会津若松】神明通り廃墟ビルが放置されるワケ

     会津若松市の中心市街地に位置する商店街・神明通り沿いに、廃墟と化したビルがある。大規模地震で倒壊する危険性が高いと診断されており、近隣の商店主らは早期解体を求めているが、市の反応は鈍い。ビルにはアスベストが使われており、外部への飛散を懸念する声も強まっている。 近隣からアスベスト飛散を心配する声 廃墟のような外観の三好野ビル  神明通りと言えば、会津若松市中心市街地を南北に走る大通りだ。国道118号、国道121号など幹線道路の経路となっており、JR会津若松駅方面と鶴ヶ城方面を結ぶ。通り沿いの商店街には昭和30年代からアーケードが設けられ、大善デパート(後のニチイダイゼン)、若松デパート(後の中合会津店)、長崎屋会津若松店が相次いで出店。多くの人でにぎわった。  もっとも、近年は郊外化が進んだ影響で衰退が著しく、2つのデパートと長崎屋はいずれも撤退。映画館なども閉館し、食品スーパーのリオン・ドール神明通り店も閉店。人通りはすっかりまばらになった。コロナ禍でその傾向はさらに加速し、空きテナント、空きビルが目立つ。  そんな寂しい商店街の現状を象徴するように佇んでいるのが、神明通りの南側、中町フジグランドホテル駐車場に隣接する、通称「三好野ビル」だ。  鉄筋コンクリート・コンクリートブロック造、地下1階、地上7階建て。1962(昭和37)年に新築され、その名の通り「三好野」という人気飲食店が営業していた。同市内の経済人が当時を振り返る。  「本格的な洋食を提供するレストランで、和食・中華のフロアもあった。子どものころ、あの店で初めてビフテキやグラタンを食べたという人も多いのではないか。50代以上であればみんな知っている店だと思います。会津中央病院前にも店舗を出していました」  ただ、いまから20年ほど前に閉店し、一時的に中華料理店として復活したもののすぐに閉店。現在はビル全体が廃墟のようになっている。 壁には枯れたツタが絡まり、よく見ると至るところで壁が崩落。細かい亀裂も入っており、いつ倒壊してもおかしくない状態だ。市内の事情通によると、実際、中町フジグランドホテル駐車場に外壁の破片が落下したことがあり、「近くを通ると人や車に当たるかもしれない」と、同ホテルの負担で塀が設置された。外壁が崩れないようにネットでも覆われた。  ただその後も改善はされず、強化ガラスが窓枠から外れ、隣接する衣料品店の屋根に破片が突き刺さる事故も発生した。衣料品店の店主は次のように語る。  「朝、店に来たら床に雨水が溜まっていた。業者を呼んで雨漏りの原因を調べたら、隣のビルから落ちた大きなガラスの破片が原因だと分かったのです。もし歩行者に直撃していたら亡くなっていたと思います」  消防のはしご車が出動し、不安定な窓ガラスに外から板を張り付ける形で応急処置を施したが、近隣商店主の不安は募るばかりだ。  何より懸念されるのは、地震などが発生した際に倒壊するリスクだ。  県は耐震改修促進法に基づき、大地震発生時に避難路となる道路沿いの建築物が倒壊して避難を妨げることがないように、「避難路沿道建築物」に耐震診断を義務付けている。  会津若松市の場合、国道118号北柳原交差点(一箕町大字亀賀=国道49号と国道118号・国道121号が交わる交差点)から同国道門田町大字中野字屋敷地内(門田小学校、第五中学校周辺)までの区間が「大地震時に円滑な通行を確保すべき避難路」と定められている。すなわち神明通り沿いに立つ三好野ビルも「避難路沿道建築物」に当たる。  昨年3月31日付で県建築指導課が公表した診断結果によると、震度6強以上の大規模地震が発生した際の三好野ビルの安全性評価は、3段階で最低の「Ⅰ(倒壊・崩落の危険性が高い)」。耐震性能の低さにレッドカードが示されたわけ。  耐震性が低いビルを所有者はなぜ放置しているのか。不動産登記簿で権利関係を確認したところ、三好野ビルは概ね①相続した土地に建てた建物、②飲食店を始めた後に隣接する土地を買い足して増築した建物――の2つに分かれるようだ。  ①の所有者は、土地=レストランを運営していた㈲三好野の代表取締役・田中雄一郎氏、建物=雄一郎氏の母親・田中ヒデ子氏。  ②の所有者は、土地・建物とも㈲三好野。同社は1968(昭和43)年設立、資本金850万円。  ただ、雄一郎氏は十数年前に亡くなっており、登記簿に記されていた自宅住所を訪ねたがすでに取り壊されていた。雄一郎氏の弟で、同社取締役に就いていた田中充氏と連絡が取れたが、「会社はもう活動していない。親族は相続放棄し、私だけ名前が残っていた。ただ、私は会津中央病院前の店舗を任されていたので、神明通りのビルの事情はよく分からない」と話した。 会津若松市が特定空き家に指定 壁や窓ガラスの崩落、倒壊リスクがある三好野ビルの前を歩いて下校する小学生  ①の土地・建物には▽極度額900万円の根抵当権(根抵当権者第四銀行)、▽極度額2400万円の根抵当権(根抵当権者東邦銀行)、▽債権額670万円の抵当権(抵当権者住宅金融公庫)が設定されていた。  一方、②の土地・建物には▽債権額1000万円の抵当権(抵当権者田中充氏)が設定されていた。ただ、事情を知る経済人の中には「数年前の時点で抵当権・根抵当権は残っていなかったはず」と話す人もいるので、抹消登記を怠っていた可能性もある。  気になるのは、②の土地・建物が2006(平成18)年、2012(平成24)年、2017(平成29)年の3度にわたり会津若松市に差し押さえられていたこと。前出・田中充氏の話を踏まえると、固定資産税を滞納していたと思われるが、昨年5月には一斉に解除されていた。  市納税課に確認したところ、「個別の案件については答えられない」としながらも「差押が解除されるのは滞納された市税が納められたほか、『換価見込みなし(競売にかけても売れる見込みがない)』と判断されるケースもある」と話す。総合的に判断して、後者である可能性が高そうだ。  行政は三好野ビルをどうしていく考えなのか。県会津若松建設事務所の担当者は「耐震改修するにしても解体するにしてもかなりの金額がかかる。国などの補助制度を使うこともできるが、少なからず自己負担を求められる。そのため、市とともに関係者(おそらく田中充氏のこと)に会って、今後について話し合っている」という。  市の窓口である危機管理課にも確認したところ、こちらでは空き家問題という視点からも解決策を探っている様子。市議会昨年6月定例会では、大竹俊哉市議(4期)の一般質問に対し、猪俣建二副市長がこのように答弁していた。  《平成29年に空き家等対策の推進に関する特別措置法に基づく特定空き家等に指定し、所有者等に対し助言・指導等を行ってきたところであり、加えて神明通り商店街の方々と今後の対応を検討してきた経過にあります。当該ビルにつきましては、中心市街地の国道沿いにあり、周辺への影響も大きいことから、引き続き状態を注視しつつ、改修や解体に係る国等の制度の活用も含め、所有者等や神明通り商店街の方々、関係機関と連携を図りながら、早期の改善が図られるよう協議してまいります》  特定空き家とは▽倒壊の恐れがある、▽衛生上有害、▽著しく景観を損なう――といった要素がある空き家のこと。自治体は指定された空き家の所有者に対し「助言・指導」を行い、改善しなければ「勧告」、「命令」が行われる。「勧告」を受けると、翌年から固定資産税・都市計画税が軽減される特例措置がなくなってしまう。「命令」に応じなかった所有者には50万円以下の過料が科せられる。  それでも改善がみられない場合は行政代執行という形で、解体などの是正措置を行い、費用を所有者から徴収する。所有者が特定できない場合は自治体の負担で略式代執行が行われることになる。この場合、代執行の撤去費用の一部を国が補助する仕組みがある。  ただし、三好野ビルの解体費用は数千万円とみられ、市が一部負担するにも金額が大きい。耐震性でレッドカードが出ている三好野ビルに対し、行政が及び腰のように見えるのはこうした背景もあるのだろう。 コロナ禍で頓挫した活用計画 建物の中を覗いたら看板と車がそのまま置かれていた  「実はあの建物の活用をかなり具体的に検討していた」と明かすのは、神明通り商店街振興組合の堂平義忠理事長だ。  「5年前ごろ、『低額で譲ってもらえるなら振興組合の方で活用したい』と伝え、市役所の関係部署によるプロジェクトチームをつくってもらって本格的に調査したことがありました。経済産業省の補助金を使い、バックパッカー向けの宿泊施設をつくろうと考えていました。解体費用は当時9000万円。一方、改装にかかる総事業費は4億5000万円で、補助金を除く約2億円を振興組合で負担する計画でした」  だが、詳細を話し合っているうちにコロナ禍に入り、そのまま計画は頓挫。仮に再び経産省の補助事業に採択されても、崩落が進んでおり、建設費が高騰していることを踏まえると予算内に収まらない見込みのため、活用を断念したようだ。  同振興組合では三好野ビルについて、毎年市に早急な対応を求める意見書を提出しているが、市の反応は鈍いという。  「この間、まちづくりに関するさまざまな話し合いの場がありましたが、中心市街地活性の計画などに組み込んで解体を進めようという考えは、市にはないようです。事故が起きてからでは遅いと思うのですが……。個人的には、人通りが減ったとは言え中心市街地なので、解体・更地にして売りに出した方が喜ばれるのではないかと思います」(堂平氏)  ある経営者は「三好野ビルには放置しておくわけにはいかない〝もう一つのリスク〟がある」と話す。  「建てられた年代を考えると、内装にはアスベストが使われているはず。吸入すると肺がんを起こす可能性があるため、現在は製造が禁止されているが、仮に地震などで崩壊することがあればアスベストが周辺に飛散することになる。壁が崩落して穴が空いている場所もあるので、周囲に飛散しないか、業界関係者も心配している。市に早急な対応を訴えた人もいたが、取り合ってもらえなかったようです」  前出・堂平氏も「調査に入った際、『4階から上はアスベストが雨漏りで固まっている状態だった』と聞いた」と明かす。  市危機管理課の担当者に問い合わせたところ、三好野ビルの内部にアスベストが使われていることを認めたうえで、「アスベストは建物の内壁に使われており外に飛んで行くことはないので、そこに関しては心配していない」と話す。だが三好野ビル周辺は、地元買い物客はもちろん観光客、さらには登下校の児童・生徒も通行している。万が一のことを考え、せめてアスベストの実態調査と対策だけでも早急に着手すべきだ。  廃墟と言えば、本誌昨年11月号で会津若松市の温泉街に残る廃墟ホテルの問題を取り上げた。  運営会社の倒産・休業などで廃墟化する宿泊施設が温泉街に増えている。そうした宿泊施設は固定資産税が滞納されたのを受けて、ひとまず市が差し押さえるが、たとえ競売にかけても買い手がつかないことが予想されるため対応が後回しにされ、結局何年も放置される実態がある。  近隣の旅館経営者は「行政は『所有者がいるから手を出せない』などの理由で動きが鈍いですが、お金ならわれわれ民間が負担しても構わないので、もっと積極的に動いてほしい」と要望していた。  それに対し会津若松市観光課の担当者は「地元で解体費用を持つからすぐ解体しましょうと言われても、実際に解体を進めるとなれば、(市の負担で)清算人を立て、裁判所で手続きを進めなければならない。差し押さえたと言っても所有権が移ったわけではないので、簡単に進まないのが実際のところです」と対応の難しさについて話していた。  早急な対応を求める周辺と、慎重な対応に終始する市という構図は、三好野ビルも温泉街も同じと言えよう。言い換えれば会津若松市は「2つの廃墟問題」に振り回されていることになる。 市に求められる役割 室井照平市長  ㈲三好野の取締役を務めていた田中充氏は「私は75歳のいまも働きに出ているほどなので、解体費用を賄うお金なんてとてもない」と話す。  一方で次のようにも話した。  「あの場所を取得して、解体後に活用したいという方がいて、各所で相談していると聞いています。県や市の担当者の方には『私個人ではもうどうにもできないので、申し訳ないですが皆さんに対応をお任せしたい』と伝えてあります」  解体後の土地を活用したいと話すのが誰なのかは分からなかったが、解体費用まで負担して購入する人がいるのであれば朗報と言える。  1月1日に発生した能登半島地震で倒壊した石川県輪島市のビルも7階建てだった。三好野ビルが現状のまま放置されれば、同じようなことが起こる可能性もある。もっと言えば、市内には三好野ビル以外に大規模地震が発生した際の安全性評価が最低の「Ⅰ(倒壊・崩落の危険性が高い)」となった建物が7カ所もあった。市はアスベスト対策も含め、地元から不安の声が広がっていることを重く受け止め、この問題に本腰を入れて臨む必要があろう。  昨年の市長選前には室井照平市長も三好野ビルを視察に訪れ、前出・堂平理事長や周辺商店に対し現状を把握した旨を話したという。今こそ先頭に立って音頭を取るべきだ。

  • 【聖光学院野球部・斎藤智也監督に聞く】プロの世界に巣立った教え子たち

     皆さんにとって、高校時代の恩師とはどんな存在だろうか。卒業以降、一度も会っていないという人もいれば、卒業後もいろいろと相談に乗ってもらっているという人もいるだろう。その中でも、プロ野球選手にとっては後者の事例が多いようだ。これまでに9人のプロ野球選手を輩出した高校野球の強豪・聖光学院の斎藤智也監督に、同校卒業生の現役プロ野球選手4人の高校時代と現在について語ってもらった。(選手の写真はいずれも聖光学院野球部提供) 斎藤智也監督 湯浅京己投手 湯浅京己投手  1人目は湯浅京己(ゆあさ・あつき)投手(24)。2018年3月卒業。その後、独立リーグ・富山GRNサンダーバーズに入り、同年10月のドラフト会議で、阪神タイガースから6位で指名を受けた。プロ3年目の2021年に1軍初登板を果たし、翌2022年はセットアッパーとして大活躍。最優秀中継ぎ投手のタイトルと、新人特別賞を受賞した。2023年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選ばれ、世界一にも貢献した。2024年は6年目のシーズンを迎える。  同校出身では、現状、最も実績を残している選手と言えるが、実は湯浅投手は、高校時代は甲子園(2017年夏)のベンチ入りメンバーに入っていなかった。  「ケガの影響で入学してから1年以上は何もしていない。本格的にやり始めたのが2年生の10月だったので、実数8カ月くらいしか高校野球をやってないんです。ただ、そのときからポテンシャルはすごかった。故障がなかったら、かなりの能力があるというのは、もちろん分かっていました」  当時、夏の県大会のベンチ入りメンバーは20人、甲子園のベンチ入りメンバーは18人(※2023年の大会から20人に増員された)だった。湯浅投手は県大会の20人には入っていたが、甲子園ではそこから2人を減らさなければならず、その1人が湯浅投手だった。  「ケガ明けの2年生の10月に、いきなり(球速)135㌔を出して、冬を越えて143㌔、夏の県大会では145㌔を出した。球速はチームでもナンバーワンだったけど、やっぱり投げ込みが不足していたこともあって、コントロールにばらつきがあった。本来であればベンチに入っている選手だけど、あの年代はほかにもいいピッチャーがいて、(県大会のベンチ入りメンバー投手の5人から)1人を削らなければならなかった」  こうして、甲子園でのベンチ入りは叶わなかった湯浅投手。その後は早稲田大学への進学を目指したが、ポテンシャルは折り紙つきでも、実績があるわけではない。スポーツ推薦での入学は難しいと言われ、受験も見送り「最短でプロを目指す」として、独立リーグの富山GRNサンダーバーズに入団した。  前述したように、独立リーガー1年目の秋のドラフトで、阪神タイガースから指名を受けたわけだが、独立リーグでの成績を見ると、それほど目を引くような数字ではない。それでも、プロに指名されたのは、富山GRNサンダーバーズで早い段階でエース格になり、ドラフト指名がほぼ確実になったため、夏場以降は試合での登板を控えていたからだという。  当時の富山GRNサンダーバーズの監督は、ヤクルトスワローズで投手として活躍した伊藤智仁氏(現・ヤクルトピッチングコーチ)。同年秋のドラフト指名を見越して、伊藤監督の配慮で、ケガなどをしないように大事に起用されていたということだ。  ドラフト指名には、いわゆる〝凍結期間〟というものがある。大学に進学すれば、当然、在学中(卒業前年の秋まで)はドラフト対象にならない。社会人に進んだ場合は、高校卒業から3年目以降、大学卒業から2年目以降にならないと解禁されない。ただ、独立リーグに入った場合は高卒1年目から指名対象になる。  湯浅投手は「最短でプロを目指す」ということを有言実行した格好だ。もっとも、プロでも1、2年目はケガで、2軍の試合にもほとんど出ていない。3年目の中盤以降に、ようやく1軍の舞台を経験し、4年目の飛躍につなげた。  「高校時代からすると、奇跡的な結果を出しているなぁと正直思います。それでも、全然プロプロしていない。素朴で、謙虚で、ひたむきなところは変わっていませんね。苦しんだ男の生きざまって言うのかな、そこが湯浅のいいところですね」  湯浅投手にはオリジナルの決め台詞がある。湯浅の「湯(お湯)」と、名前の「京己(あつき)」がかかった「アツアツです」というフレーズだ。ヒーローインタビューなどで、インタビュアーから「今日のピッチングを振り返ってどうでしたか」と聞かれた際、その決め台詞で応じ、ファンから歓声が上がる。いまや、プレーだけでなく、言葉でも球場を沸かせられる選手だ。 佐藤都志也捕手 佐藤都志也捕手  2人目は佐藤都志也(さとう・としや)捕手(25)。2016年3月卒業。東洋大学を経て、2019年のドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから2位指名を受けた。2024年シーズンは5年目になる。  高校時代は1年生の秋からベンチ入りし、2年生の夏(2014年)と3年生の夏(2015年)の甲子園に出場した。2年夏にはベスト8入りを果たしている。当時から、強肩・強打のキャッチャーとして注目されていたほか、人気野球漫画「MAJOR(メジャー)」の登場人物と、同姓同名(漢字は違う)、同じポジションだったことでも話題になった。  高校3年生時に、プロ志望届を提出して、プロ入りを目指したが、指名はなかった。その後、大学野球屈指のリーグである東都大学野球リーグの東洋大に進み、実力を磨いた。2年生の春には、打率.483で首位打者を獲得。1学年上には、「東洋大三羽ガラス」と言われた上茶谷大河投手(DeNAベイスターズ)、甲斐野央投手(福岡ソフトバンクホークス→埼玉西武ライオンズ)、梅津晃大投手(中日ドラゴンズ)がおり、バッテリーを組んだことも大きな経験になったようだ。大学4年時に再度プロ志望届を提出し、ロッテから2位指名を受けた。4年越しでのプロ入りを果たしたのである。  プロでは、1年目から1軍の試合を経験し60試合に出場。そこから2年目62試合、3年目118試合と少しずつ出場試合数を増やしていった。ただ、4年目の2023年シーズンは、試合数は前年の118試合から103試合に、打席数は402打席から278打席へと減った。プロ入り時から監督を務めていた井口資仁氏が2022年オフに退任し、新たに吉井理人監督に変わったことが影響している。  「吉井監督に変わって少し起用が減りましたね。でも、打つ方を考えたら都志也を使いたいはず。(打線強化が課題の)チーム事情を考えたら、都志也が打席に立っている方が得点力は上がるでしょうから。ただ、都志也は自分のバットで点を取れたとしても、自分のリードで点を取られることの方を嫌うでしょう。キャッチャーというか、野球ってそういうものだと思う。2024年シーズンは5年目、そろそろガチッと(レギュラーの座を)勝ち取ってほしいですね」  一方で、斎藤監督はグラウンド外での姿勢にも目を向ける。  「都志也のすごいところは、大した給料(年俸)じゃないのに、社会貢献活動にも熱心なところ。甲子園出場が決まったら、部員数だけリュックバックを贈呈してくれて、我々(監督、部長、コーチ)には立派なトートバッグをくれた。名前入りのものをメーカーに頼んで作ってくれてね。そのほかにも、バッティングゲージを寄付してくれた。それ自体は、ほかの(プロに入った)OBもやっていることだけど、都志也は、只見高校が2022年のセンバツ(21世紀枠)に出場した際も、部員数分のリュックバックを贈った。これはなかなかできないこと。気配りができるんだよね」  このほか、このオフには地元のいわき市で小学生を対象にした野球教室を開催した。  キャッチャーというポジションは、相手打者の調子や特徴、試合展開などを考えて、ピッチャーの配球を決める役割を担い「グラウンド上の監督」とも表現される。細かな目配り気配りが求められるわけだが、そうした行動はキャッチャーならではの配慮といったところか。  「そうでしょうね。とはいえ、気付いてもできないことがほとんど。それができるところが都志也の魅力」と斎藤監督。  佐藤捕手は、同校出身のプロ野球選手で、現役では唯一の県内(いわき市)出身者だ。5年目となる2024年シーズンでの飛躍に期待したい。 船迫大雅投手 船迫大雅投手(中央)、右は八百板卓丸外野手  3人目は、2023年シーズンがルーキーイヤーとなった船迫大雅(ふなばさま・ひろまさ)投手(27)。2015年3月卒業。3年生の夏(2014年)にエースナンバーを背負って甲子園に出場し、3勝を挙げ、ベスト8入りを果たした。その後は、東日本国際大学、西濃運輸を経て、2022年のドラフトで読売ジャイアンツから5位指名を受けた。  「船迫は、中学時代は軟式野球しかやってなくて、入ってきたときも、身長は170㌢もなかったし、体重も50㌔台だった。かわいい顔をしていて、フィギュアスケートの浅田真央選手に似ていたから、『マオちゃん』なんて呼んでいた」  「入学当初を考えたら、とてもプロに入るような選手ではなかった」という斎藤監督だが、転機が訪れたのは2年生の夏。もともとはオーバースローだったが、サイドスローに転向した。  「体のバランスだけを見たら、横(サイドスロー)の方が合うと思ったので、『腕を下げて横から投げてみろ』と言ったら、かなりボールが強くなった。上から投げていたとき(の球速)は115㌔くらいだったのが、最終的には139㌔になって、社会人時代は150㌔を投げるようになった」  斎藤監督によると、「正直、入学当初は(高校の)3年間、バッティングピッチャーで、ベンチ入りは難しいと思っていた」とのことだが、サイドスローに転向したことで素質が開花。3年生の夏にはエースとなって、甲子園で活躍した。当時のスポーツ紙の記事で、「サイドスローに転向したことで、自分の野球人生が変わった」という本人談が掲載されていたのを思い出す。  ちなみに、船迫投手と同学年には八百板卓丸外野手がいる。八百板外野手は高校3年時の2014年秋のドラフトで、東北楽天ゴールデンイーグルスから育成1位で指名を受けてプロ入りを果たした。育成指名は、その名称の通り、「育成」を目的とした契約。言わばプロ野球における練習生のような位置付けで、2軍の試合には出場できるが、1軍の試合には出られない。まずは、1軍登録が可能な「支配下契約」を目指さなければならない。八百板外野手は3年目の2017年シーズン途中に支配下契約を勝ち取り、翌年には1軍デビューを果たす。2019年のシーズンオフに楽天を退団し、同年、読売ジャイアンツに入団した。残念ながら、船迫投手と入れ替わりで退団したため、プロでも一緒のチームでプレーすることは叶わなかったが、同校では同学年から2人のプロ野球選手を輩出したことになる。  船迫投手は高校卒業後、東日本国際大学(いわき市)に進み、南東北大学野球リーグの歴代最多勝記録(34勝)を塗り替えた。その記録を引っさげ、大学4年時にプロ志望届を出したが、指名はなく、社会人の西濃運輸に入った。  大卒社会人は2年目からドラフト解禁となり、2020年がその年だったが、同年とその翌年も指名はなし。社会人4年目の2022年のドラフトで読売ジャイアンツから5位指名を受けた。  プロ入り1年目に27歳になる、いわゆるオールドルーキー。1年目から結果を出さなければ、すぐに居場所がなくなる簡単ではない立場だったが、リリーフとして36試合に登板し、3勝1敗8ホールド、防御率2・70の好成績を残した。  「シーズン途中に2軍に落とされたときもあったけど、最後、もう1回、1軍に上がってきて、(リリーフエースの)クローザーを除けば、一番信頼されていたピッチャーじゃないですかね。湯浅も、船迫もそうだけど、苦労人でね。無名だった選手がウチの野球部に来て、ちょっときっかけ掴んで、プロに行けるようになったのは本当に嬉しい」  ジャイアンツはリリーフピッチャーが課題のチームで、このオフはドラフト、現役ドラフト、トレードなどで、かなりのリリーフピッチャーを補強した。それに伴い、船迫投手も、またチーム内での競争を強いられることになりそうだが、ルーキーイヤー以上の飛躍が期待される。 山浅龍之介捕手 山浅龍之介捕手  4人目は山浅龍之介(やまあさ・りゅうのすけ)捕手(19)。2023年3月卒業。1年生の秋からベンチ入りし、3年生の春、夏(2022年)の甲子園に出場。夏の大会では学校初、福島県勢としても準優勝した1971年以来となるベスト4進出を果たした。その中でも、強肩・強打の山浅捕手の貢献度は高い。その年の秋のドラフトで中日ドラゴンズから4位で指名を受けた。  プロ1年目の2023年シーズンは、7試合に出場した。キャッチャーはピッチャーとの相性に加えて、経験値、洞察力など、さまざまなことが求められるポジション。その中で、高卒1年目で1軍を経験し、試合にも出場したのは首脳陣の評価が相当高い証拠と言える。  「立浪(和義)監督が山浅の指名をスカウトに指示していたようです。(入団後)2軍でも試合に出ていないときは、1人別メニューで特訓を受けているそうですから。英才教育に近い形の扱いを受けているようです」  山浅捕手の魅力は「雰囲気」だという。  「キャッチャーとしての力は、高校時代からずば抜けていた。(1998年に甲子園で春夏連覇した)横浜高校で松坂大輔投手とバッテリーを組んでいた小山良男氏が、いま中日のスカウトをしているんですが、彼が山浅にゾッコンで、どこがいいのかを聞くと、具体的なことは言わないんだけど、『とにかく雰囲気がある』と。確かに、野球脳はものすごく高いし、マスコミへの受け答えを見てもそうだし、高校時代はチームでは『イジられキャラ』だったんだけど、イジリに対する返しも上手い。キャッチャーをやるために生まれてきたようなヤツだなというのはあります」  捕手としての能力や雰囲気だけでなく、高校時代からバッティングも魅力だった。むしろ、そちらの方が評価されているのかと思ったが、斎藤監督によると、「2年生の秋までは、とてもプロに行けるようなレベルではなかった」という。  「正直、2年生の秋までは全然。でもひと冬で変わった。体重が12㌔くらい増えて、それでも50㍍走のタイムも速くなったし、跳躍力も上がった。単に太っただけでなく、フィジカル測定の数字が上がったんです。打球音も変わって、夏の甲子園のときには、バッターとしてもプロに指名されてもいいくらいのレベルにまでなった。ひと冬でこれだけ変わるというのはなかなか見ない。それだけ自分を追い込めるということでもあるし、アイツの人間性というか、自分が良くなればよりチームに貢献できるというね。そういうことを常に考えられるのが山浅のすごいところ」  2024年は高卒2年目で、プロとしてはまだまだ修行が必要だろうが、自身を高く評価してくれている立浪監督の在任中に確固たる地位を確立したいところ。  中日は愛称が「ドラゴンズ」で、選手は「竜(龍)戦士」、売り出し中の若手は「若竜(龍)」などと称される。山浅捕手は名前が「龍之介」だから、導かれるべくして中日ドラゴンズに入ったと言える。近い将来、「龍を背負う龍之介」として人気選手になりそうだ。  同校からプロ入りした選手は、中学までは無名で、努力の人、苦労人が多い。そういったことからも、「より応援したくなる選手」と言える。  また、同校の卒業生では、2024年からプロ野球イースタンリーグに加盟するオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブの舘池亮佑投手(2021年3月卒業)、東洋大の坂本寅泰外野手(2022年3月卒業)、立教大の佐山未來投手(2023年3月卒業)、国学院大の赤堀颯内野手(同)、中央大の安田淳平外野手(同)などの有力選手もいる。今春の卒業生にも、東洋大への進学が決まっている高中一樹内野手、立正大に進学する三好元気外野手がいる。近い将来、プロ野球選手の仲間入りを果たすかもしれない。彼らの今後にも注目だ。

  • 【衆院新2区最新情勢】大物同士が激しい攻防【根本匠】【玄葉光一郎】

    【衆院新2区最新情勢】大物同士が激しい攻防【根本匠】【玄葉光一郎】

     1票の格差を是正するため、衆議院小選挙区の数を「10増10減」する改正公職選挙法が2022年12月に施行され、福島県選挙区は5から4に減った。各党は次期衆院選に向けた候補者調整を進めているが、新2区では自民党・根本匠氏(72)=9期=と立憲民主党・玄葉光一郎氏(59)=10期=が激突。共に大臣経験者で、全国的にも勝負の行方が注目される選挙区だ。両氏は旧選挙区時代からの地盤を守りながら、新選挙区に組み入れられた市町村の攻略に心を砕いている。 予算確保で実力見せる根本氏、郡山で支持拡大を図る玄葉氏 新春賀詞交歓会で鏡開きのあとに乾杯する来賓  1月4日、郡山市のホテルハマツで開かれた新春賀詞交歓会。会場内はコロナ前の雰囲気に戻り、多くの政財界人が詰めかけていたが、舞台前の中央テーブルには根本匠氏と、少し距離を空けて玄葉光一郎氏の姿があった。  会が始まると、根本氏は舞台に上がり祝辞を述べたが、玄葉氏にその機会はなかった。根本氏にとって郡山は旧2区時代からの強固な地盤。新参者の玄葉氏が祝辞を述べられるはずもない。  しかし、続いて行われた鏡開きの際は様子が違った。互いに法被をまとい、木槌を手に威勢よく酒樽を開けていた。そもそも旧2区時代は会場に姿がなかったことを思うと、郡山が玄葉氏の選挙区になったことを強く実感させられる。  新2区は郡山市、須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡で構成される。旧選挙区で言うと、郡山市が旧2区で根本氏の選挙区、それ以外は旧3区で玄葉氏の選挙区。  別表①は県公表の選挙人名簿登録者数である(2023年12月1日現在)。郡山市が全体の62・5%と大票田になっているのが分かる。 表① 選挙人名簿登録者数 郡山市266,728 人須賀川市62,544 人田村市29,392 人岩瀬鏡石町10,364 人天栄村4,572 人石川石川町12,154 人玉川村5,294 人平田村4,754 人浅川町5,103 人古殿町4,064 人田村三春町14,129 人小野町7,940 人合計427,038 人※県公表。昨年12月1日現在。  前回2021年10月30日に行われた衆院選の旧2区、旧3区の結果は別掲の通り。その時の市町村ごとの得票数を新2区に置き換えたのが別表②である。表中では上杉謙太郎氏が須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡で獲得した票を根本氏に、馬場雄基氏が郡山市で獲得した票を玄葉氏に組み入れている。 表② 根本氏と玄葉氏の得票数(シミュレーション) 根本氏玄葉氏郡山市75,93764,865須賀川市15,38621,819田村市6,91113,185岩瀬鏡石町2,9043,592天栄村1,5391,880石川石川町4,0124,554玉川村1,6522,024平田村1,4721,958浅川町1,8491,788古殿町1,3231,757田村三春町2,7466,372小野町2,6123,301合計118,343127,095※前回2021年の衆院選の結果をもとに、上杉謙太郎氏の得票を根本氏、馬場雄基氏の得票を玄葉氏に置き換えて本誌が独自に作成。  このシミュレーションだと根本氏が11万8343票、玄葉氏が12万7095票で、玄葉氏が8752票上回る。ただ、上杉氏から根本氏、馬場氏から玄葉氏に代わった時、実際の有権者の投票行動がどう変わるかは分からない。  票の「行った・来た」で見ると、新2区への移行は根本氏に不利、玄葉氏に有利に働いている印象だ。というのも、根本氏は旧2区の二本松市、本宮市、安達郡で馬場氏より6000票余り多く得票していたが、これらの市・郡は新1区に移行。逆に玄葉氏は、旧3区の白河市、西白河郡、東白川郡で上杉氏に500票余り負けていたが、これらの市・郡は新3区に組み入れられた。一方、上杉氏に勝っていた須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡は新2区にそのまま残った。  「勝っていた地盤」を失った根本氏に対し「負けていた地盤」が切り離された玄葉氏。加えて根本氏は、固い地盤のはずの郡山で無名の新人馬場氏に追い上げられ、比例復活当選を許してしまった。  「前回衆院選の結果だけ見れば玄葉氏が優勢。玄葉氏は前回まで、上杉氏を相手にいかに票の減り幅を抑えられるか守りの選挙を強いられてきた。しかし新2区では、大票田の郡山をいかに切り崩すか攻めの選挙に転じられる。これに対し根本氏は前回、地元郡山で馬場氏に迫られ、今度は玄葉氏を相手に防戦しなければならない」(ある選挙通) 派閥の問題で強烈な逆風 根本匠氏 玄葉光一郎氏  根本氏も玄葉氏も、守りを固めて攻めたいと思っているはずだが、現状で言うと、それができそうなのは玄葉氏のようだ。例に挙げられるのが昨年11月に行われた県議選だ。  定数1の石川郡選挙区は自民党新人の武田務氏と無所属新人の山田真太郎氏が立候補したが、根本氏は武田氏の選対本部長に就き、玄葉氏は連日山田氏の応援に入るなど代理戦争の様相を呈した。  「石川郡選挙区はこれまで、玄葉氏の秘書だった円谷健市氏が3回連続当選を果たし、自民党は前回(2019年)、前々回(15年)とも円谷氏に及ばなかったが、組織的な選挙戦が行われなくても円谷氏と数百票差で競っていた。そうした中、今回は根本先生が直々に選対本部長に就き、徹底した組織戦を展開するなどかなりの手ごたえがあった」(地元の自民党関係者)  この関係者は勝っても負けても僅差になると思っていたという。ところが蓋を開けたら、逆に1000票以上の差をつけられ武田氏が落選。すなわちそれは、玄葉氏が旧3区時代からの地盤を守り、根本氏は積極介入したものの攻め切れなかったことを意味する。  ただ、根本氏の攻めの姿勢はその後も続いている。  「須賀川、田村、岩瀬、石川地区を隅々まで見て回った根本先生の第一声は『ここは時が止まっているのか』だった。政治が行き届いていないせいなのか、風景が昔と変わっていないというのです」(同)  旧3区の現状を把握した根本氏が行ったのは、徹底した予算付けだった。市町村ごとに予算がなくてできずにいた事業を洗い出し、根本氏が関係省庁に直接電話して必要な予算を引っ張ってきた。  「当時の根本先生は衆議院予算委員長。『予算のことなら任せろ』と強気で言い、実際、すぐに必要な予算を引っ張ってきたので、市町村長や議員は『今まで要望しても予算が付かなかったのでありがたい』と感激していた」(同)  別表③は根本氏が国と折衝し、昨年12月までに交付が決まった予算の一部である。どれも住民生活に直結する事業だが、金額はそれほど大きくないものの市町村単独では予算を確保できずにいた。政府に近い与党議員として力を発揮し、滞っていた事業を動かした格好だ。 表③ 根本氏が付けた主な予算 石川町県事業、いわき石川線石川バイパス5億円浅川町県事業、磐城浅川停車場線本町工区1億1200万円浅川町町事業、曲屋破石線2800万円平田村国道49号舗装整備(520m)3億1300万円須賀川市市道1-22号線浜尾工区(雲水峯大橋歩道整備)2億7000万円※平田村の3億1300万円は猪苗代町、いわき市と一緒に維持管理費として交付。  これ以外にも根本氏は▽釈迦堂川の国直轄部分の河川改修を促進(須賀川市)▽数年前から懸案となっていた県道あぶくま洞都路線の路面改良を実現(田村市)▽午前6時から午後10時までしか通行できなかった東北自動車道鏡石スマートICの24時間化を実現(鏡石町)▽もともと通っていた中学校の閉校で別の中学校に超遠距離通学しなければならない生徒に、タクシー送迎を補助対象に認める(天栄村)――等々を短期間のうちに行った。  地元政治家として長く君臨し、民主党政権時代には外務大臣や党政策調査会長などの要職を歴任した玄葉氏がいても、これらの事業は一向に実現しなかったということか。やはり与党と野党の政治家では、省庁の聞く耳の持ち方が違うのか。そもそも玄葉氏は、根本氏のような取り組みを「おねだり」と称すなど消極的だったが、市町村や県の力で解決できない困り事を国の力で解決するのは地元国会議員がやるべき当然の仕事だ。玄葉氏は県議選で「野党の国会議員だから仕事ができないというのは誤った認識」と述べていたが、こうして見ると、期数はほとんど変わらないのに与野党の立場の差を感じずにはいられない。  とはいえ、こうした予算が付いて喜んでいるのは市町村長や議員ばかりで、一般市民は河川改修や道路工事が進んでも、その予算が誰のおかげで付いたかは知る由もないし、関心を向けることもない。極端な話、市民が政治家に関心を向けるのは何か悪いことをした時くらい。今だと自民党派閥の政治資金パーティー問題が一番の関心事ではないのか。  マスコミの注目は最大派閥の安倍派と二階派だが、根本氏が所属する岸田派も会長の岸田文雄首相が真っ先に解散を宣言するなど、その渦中にいる。しかも根本氏は、事務総長という派閥の中心的立場。「当然、裏のことも知っているはず」と見られてしまうのは仕方がない。  1月12日にはアジアプレスが、フリージャーナリスト・鈴木祐太氏が執筆した「根本氏刑事告発」の記事を配信した。  《2020年以降、事務総長を務めている根本匠衆議院議員(福島2区選出)が新たに刑事告発された。昨年12月まで会長を務めていた岸田文雄総理ら3人と合わせて、岸田派で刑事告発されたのは計4人となった》《事務総長は派閥の「実務を取り仕切っており、同会長と共に収支報告書の記載方針を決定する立場にあった」と、提出された告発補充書で指摘されている》(同記事より抜粋)  告発状を出したのは神戸学院大学の上脇博之教授。今、解散総選挙になれば根本氏には強烈な逆風が吹き付けるだろう。 目に見えて増えたポスター  「派閥の問題が起きて以降、郡山市内を回っていても『許せない』と憤る市民は増えていますね」  そう明かすのは玄葉光一郎事務所の関係者だ。  「刑事告発の報道が出た翌日、根本氏は会合で釈明したようだが、その場にいた人たちは『だったらきちんと説明すべきだ』とシラけていたみたいですね」(同)  玄葉氏としては、ここを突破口に根本氏の地盤である郡山に深く切り込みたいところ。しかし、現実はそうもいかないようだ。  「玄葉は1年前から郡山を中心に歩いており、留守がちの地元・田村は本人に代わって奥さんと娘さんが歩いている。この間、郡山で回れる場所は何度も回ってきました」(同)  一見すると、挨拶回りは順調そうに見えるが  「これまで業界団体の会合に呼ばれたことは一度もない。ずっと根本氏を支えてきた人たちですから、当然と言えば当然です。市の中心部も思うように歩けておらず、現時点では(郡山市内に)事務所を構える見通しも立っていない」(同)  長年かけて築かれてきた相手の地盤に切り込むのは、簡単ではないということだ。  昨年秋以降は、郡山市虎丸町に事務所を置く馬場雄基氏と連携を強めている玄葉氏。1月下旬からは、自身と接点の薄い地域は馬場氏が先に単独で回り、そのあとを玄葉氏が回るなど、作戦を練りながら市の中心部に迫ろうとしている。  その成果が表れつつあることは、郡山市内の立憲民主党関係者の話からもうかがえる。  「ポスターの数が目に見えて増えている。以前は増子輝彦氏(元参院議員)のポスターが貼られていた場所も玄葉氏のポスターに変わっている。一番驚いたのは室内ポスターが増えていることだ。家や事務所の中に室内ポスターが貼ってあるということは、その人に投票するという意思表示でもある。馬場氏のポスターは、道路端ではよく見るが室内ポスターを見かけることはない。玄葉氏も『郡山は回れば回るほど(票が)増える』と言っていますからね。玄葉氏が確実に郡山に食い込んでいることを実感します」  ただし、こうも付け加える。  「今の自民党はダメだから、受け皿として玄葉氏に票が集まるのは自然な流れ。しかし、玄葉氏に投票した人が立憲民主党を支持しているかというとそうではない。自民党の支持率は下がっているのに、立民の支持率が上がらないのがその証拠。そもそも玄葉氏は党代表候補に挙がったことがないし、党のあり方を本気で語ったこともない。要するに、玄葉氏に投票する人たちは『玄葉党』の支持者なのです」(同)  旧3区でも市町村議や県議は自民党候補を応援するが、国会議員は玄葉氏に投票する人が大勢いた。郡山でもそうしたねじれ現象が見られるかもしれない。玄葉氏は田村出身だが、郡山の安積高校卒業なので同級生が頼りになる。岳父の佐藤栄佐久元知事は郡山出身で、栄佐久氏の支持者が健在な点も郡山にさらに食い込む材料になりそう。  もっとも、これらの材料は我々のような外野が思っているほど当事者は有利に働くとは考えていない。前出・玄葉事務所関係者の話。  「安積高校卒業は根本氏もそうだし、栄佐久氏の支持者はずっと根本氏を支持してきた。周りは『同級生や岳父がいる』と言うが、その人たちが玄葉が来たからといって急に根本氏から鞍替えするかというと、そうはなりませんよ」 知事選を気にかける経済人  郡山で着々と支持を広げる玄葉氏だが、そこには衆院選と同時に知事選の話も付きまとう。  本誌昨年8月号でも触れたが、玄葉氏をめぐっては、一度は政権交代を果たしたものの野党暮らしが長くなっているため、支持者から「首相になれないなら知事に」という声が上がっている。玄葉氏も本誌の取材に、そういう声を耳にしていることを認めつつ「今後どうしていくかはこれからの話。いずれにしても、まずは次の総選挙です。選挙区で勝たないと、自分にとっての次の展望はない」と語っている。  郡山の経済人には、根本氏を支持しながら玄葉氏と個人的な関係を築いている人が結構いる。そういう経済人からは「知事選に出るなら出ると態度をはっきりさせてほしい」との本音も漏れる。  「このまま解散せず任期満了まで務めたら衆院選は2025年秋。一方、次の知事選は26年10月ごろ。そうなると仮に玄葉氏が衆院選に勝っても、1年しか務めずに知事選の準備をしなければならない。そんなのは現実的ではないし、幅広い支持層を取り込もうとするなら根本氏と真っ向勝負をして反感を買うのは得策ではない」(経済人)  ただ、内堀雅雄知事が4期目も目指すことになれば、内堀氏を知事に推し上げた玄葉氏が次の知事選に立候補する可能性はほぼなくなる。自分の思いだけでなく、環境も整わないと知事転身に踏み切れない以上、今は目の前の衆院選に全力を注ぐしかない。  元の地盤を守りながら未知の市町村を攻める根本氏と玄葉氏。前記・シミュレーション通りにはいかないだろうが、どちらが当選しても(あるいは比例復活で両氏とも当選しても)国会で仕事をするのは当然として、地元住民の生活に資する仕事をしてもらわないと住みよい県土になっていかないことを意識していただきたい。

  • 献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

    献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

     「自分は東大の客員教授であり宮内庁関係者だ」と全国の農家から皇室への献上名目で農産物を騙し取っていた男の裁判が昨年12月26日、福島地裁で開かれた。県内では福島市飯坂町湯野地区の農家が2021年から2年にわたり桃を騙し取られていた。男は皇室からの返礼として「皇室献上桃生産地」と書かれた偽の木札を交付。昨年夏に経歴が嘘と判明し、男は逮捕・起訴された。桃の行方は知れない。裁判で男は「献上品を決める権限はないが、天皇陛下に桃を勧める権限はある」と強弁し、無罪を主張するのだった。 「天皇に桃を勧める権限」を持つ!?ニセ東大教授 福島地裁  詐欺罪に問われた男は農業園芸コンサルタントの加藤正夫氏(75)=東京都練馬区。刑務官2人に付き従われて入廷した加藤氏は小柄で、上下紺色のジャージを着ていた。眼鏡を掛け、白いマスク姿。整髪料が付いたままなのか、襟足まで伸びた白髪混じりの髪は脂ぎっており、オールバックにしていた。  加藤氏は2022年夏に福島市飯坂町湯野地区の70代農家Aさんを通じ、Aさんを合わせて4軒の農家から「皇室に献上する」と桃4箱(時価1万6500円相当)を騙し取った罪に問われている。宮内庁名義の「献上依頼書」を偽造し、農家を信じ込ませたとして偽造有印公文書行使の罪にも問われた。  被害は県内にとどまらない。献上名目で北海道や茨城県、神奈川県の農家がトマトやスイカ、ミカンなどの名産品を騙し取られている。茨城県の事件は福島地裁で併合審理される予定だ。加藤氏の東京の自宅には全国から米や野菜、果物が届けられており、立件されていない事件を合わせれば多くの農家が被害に遭ったのだろう。  加藤氏はいったいどのような弁明をするのか。検察官が前述の罪状を読み上げた後、加藤氏の反論は5分以上に及んだ。異例の長さだ。  加藤氏「検察の方は、私が被害者のAさんに対して宮内庁に桃を推薦したとか、選ぶ権利があると言ったとおっしゃっていましたけど、Aさんには最初から私は宮内庁職員ではありませんと言っています。Aさんから桃を騙し取るつもりは毛頭ありません。私に選ぶ権利はありませんが、福島の桃を『いい桃ですよ』と推薦する権利は持っています。それと献上依頼書は5、6年前に宮内庁の方から古いタイプのひな形にハンコを押したものをいただきまして、それをもとに宮内庁と打ち合わせて納品日を記入しました。ですから献上依頼書は、ある意味では宮内庁と打ち合わせて内容を書いたものでして……」  要領を得ない発言に業を煮やした裁判官が「つまり、偽造ということか」と聞くと  加藤氏「宮内庁と打ち合わせをした上で私の方で必要な事柄を記入してAさんにお渡ししています」  裁判官「他に言いたいことは」  加藤氏「私は桃を献上品に選ぶ権限は持っていませんが、良質な物については『これはいい桃ですから、どうか陛下が召し上がってください』と勧める権利はあります」  裁判官「選定権限はないと」  加藤氏「はい。決定権は宮内庁にあります」  加藤氏は「献上桃の選定権限はないが推薦権限はある」などという理屈を持ち出し、Aさんを騙すつもりはなかったので無罪と主張した。宮内庁とのつながりも自ら言い出したわけではなく、Aさんが誤信したと主張した。  延々と自説を述べる加藤氏だが、献上依頼書が偽造かどうかの見解はまだ答えていない。裁判官が再び聞くと、加藤氏は「結局、私が持っていたのは5、6年前の古いタイプの献上依頼書なんですね。宮内庁から空欄になったものをいただきました。そこには福島市飯坂町のAさんの桃はたいへん良い桃で以下の通り指定すると登録番号が記入されていました。私がいつ献上するかを書いて、宮内庁やAさんと打ち合わせをして……」  裁判官「細かい話になるのでそこはまだいいです。偽造かどうかを答えてください」  加藤氏「それは、コピーをした白い紙に……」  裁判官「まず結論を」  結局、加藤氏は献上依頼書が偽造かどうか答えず、自身が作った書類であることは間違いないと認めた。釈明は5分超に及んだが、まだ補足しておきたいことがあったようだ。  加藤氏「2022年8月1日にAさんから桃4箱を受け取りましたが、うち2箱は確かに宮内庁に献上しました。残り1箱は成分を分析してデータを取りました。ビタミンなどを測りました」  裁判官「全部で4箱なので1箱足りないですが」  加藤氏「最後の1箱はカットして断面を品質の分析に使いました」  検査に2箱も費やすとは、贅沢な試料の使い方だ。  裁判官とのやり取りから「ああ言えばこう言う」加藤氏の人となりがつかめただろう。桃を騙し取られたAさんは取り調べにこう述べている。  「加藤氏が本当のことを話すとは思えない。彼は手の込んだ嘘を付いて、いったい何の目的で私に近づいてきたのか理解できない」(陳述書より) 「陛下が食べる桃を検査」  加藤氏がAさんに近づいたきっかけは農業資材会社を経営するBさんだった。2016年ごろ、加藤氏は別の農家を通じてBさんと知り合う。加藤氏は周囲に「東大農学部を卒業した東大大学院農学部の客員教授で宮内庁関係者」と名乗っていたという。Bさんには「自分は宮内庁庭園課に勤務経験があり、天皇家や秋篠宮家が口にする物を選定する仕事をしていた」とより具体的に嘘を付いていた。  加藤氏はBさんが肥料開発の事業をしていると知ると「自分は東大大学院農学部の下部組織である樹木園芸研究所の所長だ。私の研究所なら1回3万円で肥料を分析できる」と言い、本来は数十万円かかるという成分分析を低価格で請け負った。これを機にBさんの信頼を得る。  だが、いずれの経歴も嘘だった。宮内庁に勤務経験はないし、東大傘下の「樹木園芸研究所」は実在しない。ただ、加藤氏は日本大学農獣医学部を卒業しており、専門的な知識はあった模様。「農学に明るい」が真っ赤な嘘ではない点が、経歴を信じ込ませた。  加藤氏はBさんとの縁で「東大客員教授」として農家の勉強会で講師を務めるようになった。ここで今回の被害者Aさんと接点ができた。2021年5月ごろにはAさんら飯坂町湯野地区の農家たちに対して「この地区の桃はおいしい。ぜひ献上桃として推薦したい。私は宮内庁で陛下が食べる桃の農薬残量や食味を検査しており、献上品を選定できる立場にある」と言った。  同年7月にAさんは「献上品」として加藤氏に桃計70㌔を託した。加藤氏は宮内庁からの返礼として「皇室献上桃生産地」と揮毫された木札を渡した。木札の写真は、当時市内にオープンしたばかりの道の駅ふくしまに福島市産の桃をPRするため飾られた。  実は、宮内庁からの返礼とされる木札も加藤氏の創作だった。加藤氏は「献上した農家には木札が送られる。宮内庁から受け取るには10万円必要だが、農家に負担を掛けたくない。誰か知り合いに揮毫してくれる人はいないか」とBさんに書道家を紹介してほしいと依頼、木札に書いてもらった。  桃を騙し取ってから2年目の2022年6月には前述・宮内庁管理部大膳課名義の献上依頼書を偽造し、Aさんたちに「今年もよろしく」と依頼した。「宮内」の押印があったが、これは加藤氏が姓名「宮内」の印鑑として印章店に5500円で作ってもらった物だった。印章店も「宮内さん」が「宮内庁」に化けるとは思いもしなかっただろう。昨年に続きAさんたちは桃を加藤氏に託した。  「皇室献上桃生産地」の木札に「宮内」の印鑑。もっともらしいあかしは、嘘に真実味を与えるのと同時に注目を浴び、かえってボロが出るきっかけとなった。現在、県内で皇室に献上している桃は桑折町産だけだ。新たに福島市からも桃が献上されれば喜ばしいニュースになる。返礼の木札を好意的に取り上げようと新聞社が取材を進める中で、宮内庁が加藤氏とのつながりと、福島市からの桃献上を否定した。疑念が高まる。2023年7月に朝日新聞が加藤氏の経歴詐称と献上桃の詐取疑惑を初報。Aさんが被害届を出し、加藤氏は詐欺罪で捕まった。  ただ、事件発覚以前からAさん、Bさんともに加藤氏に疑念の目を向けるようになっていた。加藤氏は「献上品を出してくれた人たちは天皇陛下と会食する機会が得られる」と触れ回っていたが、Bさんが「会食はいつになるのか」と尋ねても加藤氏は適当な理由を付けて「延期になった」「中止になった」とはぐらかしていたからだ。  Bさんは知り合いの東大教員に加藤氏の経歴を尋ねると「そんな男は知らない」。2023年7月に宮内庁を訪れ確認したところ、加藤氏の経歴が全くのデタラメで桃も献上されていないことが分かった。Aさんはこの年も近隣農家から桃を集め、同月下旬に加藤氏に託すところだったが、Bさんから真実を知らされ加藤氏を問い詰めた。加藤氏は「献上した」と強弁し、経歴詐称については理由を付けて正直に答えなかった。  2021、22年と加藤氏に託した桃の行方は分かっていない。転売したのか、自己消費したのか。加藤氏が「献上した」と言い張る以上、裁判で白状する可能性は低い。  もっと分からないのは動機だ。農産物の転売価格はたかが知れており、騙し取った量で十分な稼ぎになったとは思えない。時間が経てば品質が落ちるので短期間で売りさばかなければならず、高価格で販売するにはブランド化しなければならないが、裏のマーケットでそれができるのか。第一、加藤氏は「宮内庁関係者」「東大客員教授」を詐称し、非合法の儲け方をするには悪目立ちしすぎだ。 学歴コンプレックス  犯行動機は転売ではなく、加藤氏の学歴コンプレックスと虚栄心ではないか。それを端的に示す発言がある。加藤氏は取り調べでの供述で「東大農学部農業生物学科を卒業し、東大大学院で9年間研究員をしていた」と自称していたが、実際は日大農獣医学部農業工学科卒と認めている。昨年12月に開かれた初公判の最後には、明かされた自身の学歴を訂正しようと固執した。  「ちょっとよろしいですか。私の経歴で日本大学を卒業とありますが、卒業後に5年間、東京大学の研究員をしていますので……」  冒頭の要領を得ない説明がよみがえる。まだまだ続きそうな気配だ。 これには加藤氏の弁護士も「そういうことは被告人質問で言いましょう」と制した。  天皇と東大。日本でこれほどどこへ行っても通じる権威はないだろう。加藤氏は「宮内庁とのつながり」「東大の研究者」をひっさげて全国の農村に出没し、それらしい農学の知識を披露して「先生」と崇められていた。水を差す者が誰もいない環境で虚栄心を肥大させていったのではないか。福島市飯坂町湯野地区の桃農家は愚直においしさを追求していただけだったのに、嘘で固められた男の餌食になった。

  • 政経東北【2024年3月号】

    政経東北【2024年3月号】

    【政経東北 目次】県内元信者が明かす旧統一教会の手口/【衆院選新3区】未知の県南で奮闘する会津の与野党現職/【白河】旧鹿島ガーデンヴィラ「奇妙なM&A」の顛末/【センバツ出場】学法石川の軌跡/安田秀一いわきFCオーナーに聞く/【特集・原発事故から13年】/福島駅東口再開発に暗雲 アマゾンで購入する BASEで購入する 県内元信者が明かす旧統一教会の手口 新法では救われない「宗教2世」 【衆院選新3区】未知の県南で奮闘する会津の与野党現職 上杉支持者に敬遠される菅家氏、玄葉票取り込みが課題の小熊氏 【白河】旧鹿島ガーデンヴィラ「奇妙なM&A」の顛末 不動産を市内外の4社が競売で取得 【棚倉町議会】議長2年交代めぐるガチンコ対決 議員グループ分裂で9月町長選への影響必至!? 問われるあぶくま高原道路の意義 利用促進を妨げる有料区間 【センバツ出場】学法石川の軌跡 佐々木順一朗監督のチームづくりに迫る 【スポーツインタビュー】安田秀一いわきFCオーナーに聞く 「君が来れば、スタジアムができる」 過渡期を迎えた公設温浴施設【会津編】 会津美里町は民間譲渡で存続 【特集・原発事故から13年】 ①県内復興公営住宅・仮設住宅のいま ②復興事業で変わる双葉郡の居住者構成 ③追加原発賠償の課題 ④復興イノベーションは実現できるのか ⑤原発集団訴訟 6・17最高裁判決は絶対なのか(牧内昇平) ⑥フクイチ核災害は継続中(春橋哲史) ⑦廃炉の流儀 拡大版(尾松亮) 県職員・教員の不祥事が減らないワケ 横領金回収が絶望的な会津若松市と楢葉町 国見町議会には荷が重い救急車事業検証 福島駅東口再開発に暗雲 福島駅「東西口再編」に必要な本音の議論 その他の特集 巻頭言 復興まちづくりの在り方 グラビア 旧避難区域の〝いま〟 今月のわだい 維新の会県総支部「郡山移転」の狙い 南相馬木刀傷害男の被害者が心境吐露 矢吹町「ホテルニュー日活」破産の背景 桐島聡に影響与えた⁉福島医大の爆弾魔 特別インタビュー 小櫻輝・県交通安全協会長 管野啓二・JA福島五連会長 企画特集 地域資源を生かした田村市のまちづくり 挑戦とシン化を続けるいわき商工会議所 市長インタビュー 木幡浩・福島市長 須田博行・伊達市長 高松義行・本宮市長 首長新任期の抱負 星學・下郷町長 インフォメーション 新常磐交通 福島観光自動車 陽日の郷あづま館 矢祭町・矢祭町教育委員会 連載 横田一の政界ウオッチ耳寄り健康講座(ときわ会グループ)ふくしま歴史再発見(岡田峰幸)熟年離婚 男の言い分(橋本比呂)東邦見聞録高橋ユキのこちら傍聴席選挙古今東西(畠山理仁)ふくしまに生きる 編集後記

  • 双葉町で不適切巡回横行の背景

    双葉町で不適切巡回横行の背景

     双葉町がまちづくり会社に委託している町内の戸別巡回業務で60~80代の全巡回員13人が不適切行動をしていた。所有者が巡回を希望していない宅地に無断で立ち入ったほか、道路や線路沿い、空き家の敷地などに実る柿や栗、山菜を無断で持ち去っていた。まちづくり会社は町が設置に携わり、巡回事業は復興庁の交付金を活用していたため全国を賑わし、巡回員のレベルの低さが露呈。法令順守が行き渡っておらず、町とまちづくり会社は指導の不徹底を問われる。 巡回員のレベルの低さが露呈 復興庁が委託した巡回業務で不適切行動があった(写真は双葉町役場)  戸別巡回業務は東京電力福島第一原発事故に伴い指定された双葉町内の避難指示解除区域の空き家などを巡り、玄関の施錠確認などを行う防犯活動。2022年8月に町内の帰還困難区域の一部が解除され、立入通行証を所持しなくても誰もが自由に行き来できるようになるのを前に、町が21年度から一般社団法人ふたばプロジェクト(双葉町)に業務委託した。  委託期間は今年3月末までを予定していたが、不適切行為を公表してから町は別の民間警備会社に巡回車だけで見回る業務に代替している。  同プロジェクトの渡辺雄一郎事務局次長によると職員は24人で、うち正職員5人、有期雇用の職員6人、残り13人が今回不適切行動があった巡回員だった。巡回員は1日5人の体制で、2人ずつ2組が車2台に分かれて乗り、朝8時30分から夕方5時15分まで町内の民家や公共施設を365日見回る。1人は班長として事務所で待機する。班は2日で一巡する。  避難指示解除区域では、老朽化や放射能汚染を受けた建物の公費解体が進む。巡回員は未解体の建物がある敷地に立ち入り、建物の侵入形跡や損壊、残された車両が盗まれていないかを確認する。家主が戸別巡回を希望しないと事前に届け出ている場合や、家屋・門扉を閉じたりロープを張ったりして立ち入らないでほしい意思を明らかに示している場合は敷地外からの目視に留めていた。  不適切行為に気づいた経緯は、2023年10月8日、3連休の中日の日曜日、ある1組が2人で宅地を回っていた際、もう1人が20分も掛かっていたことを不審に思ったからだった。探すと、門扉が閉まって立ち入り禁止の意思表示がされているにもかかわらず、立ち入って建物の解体が進む様子を撮影していた。自身のフェイスブックに投稿していたという。解体工事で敷地を分ける構造物が一部取り払われていたため、門扉が閉まっていても敷地に入れる状況になっていた。バディを組むもう1人が別の巡回員に不適切行動を伝えた。巡回員は10月12日に同プロジェクトの事務局職員に報告した。フェイスブックの投稿を確認し、業務を監督する双葉町住民生活課に報告した。町から事情聴取の上、他の巡回員にも不適切行動がないか追加調査するよう指示された。  無断立ち入りし写真を撮影した巡回員の投稿は、巡回員の許可を得て削除した。同プロジェクトの渡辺次長によると、巡回員は「大震災・原発事故で受けた双葉町の悲惨な記憶が風化しないように現状を伝えたかった」と釈明したという。  同12日から実施した全13人の巡回員への聞き取りでは、無断立ち入りのほかに道路や線路脇、公共施設敷地、民有地10カ所内に自生している果実や山菜の無断採取が判明した。生えている場所を巡回員同士で共有し、採った後は自分たちで消費していたという。果実は柿や栗、銀杏などで、実がなる時季を考えると、業務が始まった2021年秋から無断採取は始まっていたとみられる。  町住民生活課長が10月17日から11月27日にかけて民有地10カ所の全地権者に電話や文書で謝罪した。同27日に謝罪が完了したことをもって町と同プロジェクトが不適切行動を発表。同プロジェクトは巡回員13人を自宅謹慎にした上で、11月23日以降の巡回業務を停止した。  一連の不適切行動は10月上旬の写真投稿で発覚した。業務を停止したのは11月23日以降だから、その間は継続していたことになる。  「人手が足りないという難しいところもありました。代わりの要員を採用するといっても地域に精通した人材をすぐに見つけられるわけではなかった」(渡辺次長)  この事業は復興庁→双葉町→ふたばプロジェクトの順に再委託されている。土屋品子復興相は町の発表と同時に11月27日に事案を公表した。  《本事案発覚後、直ちに、SNSに無許可で写真を投稿した巡回員を業務から外したほか、全巡回員に再教育を行うなど再発防止策を徹底、更に11月23日より、果実等の無断採取を含めて問題行為を行った全ての巡回員を戸別巡回業務から外したところです》  さらに町の情報を上げるスピードが遅かったことを指摘した。  《本事案については、発覚後、双葉町から福島復興局への報告に3週間かかり、また、復興局から復興庁本庁への報告にも3週間かかり、これによる対応の遅れがありました》  復興庁の予算を使った防犯パトロール事業は浪江、大熊、富岡、楢葉、広野、葛尾の6町村でもあったが、多くは青色灯を付けた車両で敷地外を回り、民間警備会社に委託しているところが多い。浪江町は住民を特別職として雇い、チームで巡回し、不審な点を見つけたら敷地内に入る形を取っている。  ある自治体の担当者は「無断で立ち入るだけでなく、果物や山菜を取るのは異常」。別の自治体の担当者は「復興庁に報告するため、本自治体でも不適切事案の調査を進めています」と忙しい様子だった。 任される数々の業務  双葉町の巡回で不適切事例が横行していたのは、戸別巡回という防犯としては積極的な種類だったこと、それをまちづくり会社が担っていたことが挙げられる。論文「福島県の原子力被災地におけるまちづくり会社の実態と課題に関する研究―双葉郡8町村のまちづくり会社を対象として―」(但野悟司氏ら執筆、公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集21号、2023年2月)によると、広野、楢葉、富岡、大熊、浪江、葛尾、双葉、川内の8町村のまちづくり会社のうち、防犯パトロールを実施しているのはふたばプロジェクトのみだった。  法人登記簿によると、同プロジェクトは2019年に設立した。当初から実務を担う事務局長には町職員が出向し、現在は宇名根良平氏。理事には徳永修宏副町長や町商工会関係者が名を連ねる。事業目的は《「官民連携・協働によるふるさとふたばの創生」を基本理念とし、民間と行政の協働による町民主体のまちづくりを牽引するとともに、町民のための地域に根ざした事業を展開し、町の将来像に向けた魅力あるまちを創造すること》としている。主な事業は①各種イベント支援や町民の交流を促進する事業、②双葉町及び町民に関連する情報発信事業、③空き地・空き家の活用による賑わい再生事業など。戸別巡回業務は異色だった。  町が関わっている組織故に信頼があり、敷地に立ち入る戸別巡回を任された。だが、実際に携わった60~80代の男性たちが不適切行動をしていた以上、委託した町や巡回員を指導した事務局がどの程度、法令順守を徹底していたかが問われる。同プロジェクトの本分は交流促進による活性化だが、町には民間事業者が戻らず、あらゆる仕事を任されている状態。手を広げていた中で起きた事案だった。

  • 政経東北【2024年4月号】

    【政経東北 目次】県内自民「裏金議員」の言い分/【衆院新1区】亀岡氏と金子氏「県北・安達で〝因縁対決〞」/いわき・コンクリ撲殺男の虚しい「正当防衛」主張/南東北病院「新病院計画」に資材高騰の余波/猪苗代スキー場「観光施設計画」の光と影/風力発電基地と化す会津若松背炙山/郡山の特養施設に虐待・パワハラ疑惑 アマゾンで購入する BASEで購入する 猪苗代スキー場「観光施設計画」の光と影 事業者は複数企業を率いる地元出身・遠藤昭二氏 風力発電基地と化す【会津若松】背炙山 イヌワシ目撃情報で〝追認ムード〞一変 【会津若松市】県立病院跡地に熱視線 市民は映画館、商業施設を期待 福島県内自民「裏金議員」の言い分 個別質問をはぐらかした森、吉野、亀岡の3氏 【衆院新1区】亀岡氏と金子氏「県北・安達で〝因縁対決〞」 「どちらも反省が足りない」と批判されるワケ いわき・コンクリ撲殺男の虚しい「正当防衛」主張 借金癖と虚言癖が招いた惨劇 南東北病院「新病院計画」に資材高騰の余波 未だに見えない事業の全容 郡山の特養施設に虐待・パワハラ疑惑 相次ぐ告発メールに他人事の理事長 誰も責任を取らない【レゾナック】喜多方の周辺汚染 猪苗代町議選・〝よそ者〟が上位当選のワケ 【学法石川】が甲子園に刻んだ足跡 二本松・唯一無二の24時間ドライブイン レトロブームで脚光を浴びる【二本松バイパスドライブイン】 ハッキリしない郡山逢瀬ワイナリーの移管先 矢祭町「議員報酬日当制」は何をもたらしたのか 相馬地方森林組合で内部抗争 ニセ東大教授が白状した献上桃の行方 落日のヨーカドー 汚染処理水海洋放出の賠償は半年で41億円 燃料デブリ取り出しを中止せよ 「浪江町ADR訴訟」で和解が成立 理想のラーメン追い求める白河市・とら食堂 竹井和之さん その他の特集 巻頭言 トカゲの尾っぽ切り グラビア 2024せいけい観光ガイド 今月のわだい 過去最多を記録した昨年の外国人宿泊者数 違法薬物で有罪の元俳優 福島県警が逮捕のナゼ 伊達バイオマス発電所で運転要員が次々退職 議会で「周辺首長との不仲説」に言及した石川町長 無投票、投票率過去最低が多い県内議員選挙 人気ゲーム「ウマ娘」効果で注目高まる相馬野馬追 インフォメーション お菓子のみよし 首長訪問 引地真・国見町長 藤原一二・川俣町長 高橋廣志・西郷村長 宗田雅之・鮫川村長 古川庄平・会津坂下町長 吉田栄光・浪江町長 企画特集 泉崎村「住み良い村づくり」の成果 福島県が「医療費適正化計画」策定 連載 横田一の政界ウオッチ耳寄り健康講座(ときわ会グループ)ふくしま歴史再発見(岡田峰幸)熟年離婚 男の言い分(橋本比呂)東邦見聞録高橋ユキのこちら傍聴席選挙古今東西(畠山理仁) 編集後記

  • 【NHKドキュメント72時間】二本松の24時間ドライブイン【4月5日放映】

     二本松市で24時間営業を続けるドライブインに全国から老若男女が訪れている。4月5日放映のNHK番組「ドキュメント72時間」の舞台となり、さらに注目が集まる。昭和の産物であるドライブインがなぜ注目されるのか。なぜ52年間も24時間営業を続けてこられたのか。秘密を探った。(小池航) レトロブームで脚光を浴びる【二本松バイパスドライブイン】  平成生まれで市内出身の筆者は、二本松バイパスドライブインに入るのは初めてだ。年季の入った「ドライブイン」「サウナ」の看板を外から目にはしていたが、「トラックドライバー以外お断りなのでは」と感じ、躊躇していた。  店に入ると右手に30畳ほどの小上がりがあり、正面と左手にテーブル席がある。窓際にはクリーム色の固定シートがあるボックス席。その奥にはアーケードゲームの筐体があり、1人の客が熱中していた。  平日夕方の店内は1人男性客が多い。食事の勘定は先払いのようだ。厨房前の壁に掛かったメニューを眺めていると、モツ煮定食の甘辛いにおいが漂ってきた。背後からはタオルを首に掛けた男性が慣れた手つきで500円を払い、レジ後ろの浴場に入っていった。  レトロブームで昭和、平成を生き残った店が脚光を浴びている。二本松市の国道4号上り線沿いにある二本松バイパスドライブインもその一つ。創業当時から24時間営業を続けているのは全国でも珍しい。直近ではNHKの人気番組「ドキュメント72時間」の舞台となった。  実は、二本松市にドライブインと名の付く飲食店は三つある(地図参照)。番組の舞台となった「二本松バイパスドライブイン」(通称バイドラ・二本松市杉田)と、国道4号下り線沿いの「二本松ドライブイン」(同市長命)、そして東北自動車道二本松インターチェンジ近くの「二本松インタードライブイン」(同市成田町)だ。国道4号下り線沿いのドライブインは昼と夜に営業しラーメンが有名。二本松インター近くのドライブインは営業が確認できておらず、閉店の情報がある。筆者が電話を掛けたところ「この回線は現在使われていない」とのアナウンスが流れた。 名物おかみが支える深夜営業 「体が動く限り店で働きたい」と厨房前に立つ橋本宏子さん  「ドキュメント72時間」の舞台となった二本松バイパスドライブインには創業時から働く「名物おかみ」がいる。おかみこと現オーナーの橋本宏子さん(81)が当時を振り返る。  「1972(昭和47)年に夫の父親が店を始めました。義父は精米業やメリヤス業に携わり、実際に店を切り盛りしたのは私たち夫婦です。当時はトラックドライバーが休憩する道の駅やコンビニがなく、ドライブインは24時間営業が当たり前でした。素人が飲食店経営を任されたので、苦労の連続でした」  店は3交代制で料理人、ホールスタッフら総勢二十数名の従業員で回している。1日当たり約250人の客が入るという。宏子さんは夕方出勤し、深夜3時まで勤務。人手が足りないと、日中のシフトに入ることもある。「私はもう後期高齢者」と謙遜するが、全国でも稀有な24時間営業のドライブインは、宏子さんのバイタリティで成り立っていると言っても過言ではない。  経営に携わる息子の信一さん(59)が窓の外を見て、国道を挟んで向かい側の小高い山を指した。  「今店が立っている場所にはもともと、あの高さと同じくらいの山がありました。店を建てる時に造成しました。現在、周辺は平らですが、国道4号は片側1車線で谷間を走っていました。今でこそ郊外店が沿線にたくさん並びますが、50年前はこうなるなんて想像もつかなかったでしょう」  店の前を通る国道4号二本松―本宮区間は1970年代以降に4車線化工事が始まり、遅くとも2002年までに完了した。  開業当初、二本松バイパスドライブインは長距離トラックのドライバーが主な客だった。大型トラック30台は停められる広い駐車場を整備した。全国のドライバーに名が知られるようになったのは、1970年代に放送が始まったTBSラジオの深夜番組「いすゞ歌うヘッドライト~コックピットのあなたへ」だったという。番組にはラジオ局から全国のドライブインに電話を掛け、居合わせたドライバーや店員が天気や道路情報を報告するコーナーがあった。  「番組の時間になるとラジオ局から電話が掛かってきてね。店にいたドライバーによく出演してもらっていた。2、3年は中継地になったかな」(宏子さん)  北海道・苫小牧からフェリーで仙台に着き、東京に向かう長距離トラックのドライバーが毎回立ち寄ってくれたのは懐かしい思い出だ。  70年代後半には映画『トラック野郎』のロケ地にもなった。宏子さんの記憶では、どのシリーズに出たかは曖昧。ただ「ギンギラギンのライトで装飾したトラックが10~20台並んで停まっていた」ことは明確に覚えている。  全国で道路網の整備が進み、長距離トラックが通る道は次第に高速道路に移っていく。開業から3年経った1975年4月には東北自動車道の郡山(福島県)―白石(宮城県)間が開通し、国道4号は「下道」となったが、店は良好な立地であり続けた。  二本松バイパスドライブインがある二本松市は県都・福島市と商都・郡山市の中間地点に位置し、営業車の行き来が多い。福島―郡山間は約50㌔で片道1時間半程度のため、ドライバーは高速よりも下道を使う。同店では客に占めるトラックドライバーの割合は確かに減っているが、代わりに営業職、建設業者、近くの工場の従業員が昼時に訪れる。  こうした事情から客の7~8割は壮年男性だが、近年は若者や女性、家族連れも見かけるようになった。  きっかけは東日本大震災、そしてここ2、3年で盛んになったユーチューバーの動画投稿だ。  「大震災直後、市内は停電になりました。断水や停電、燃料不足が続いた影響で、店の風呂に入りに来る方がいました。浴場は時代にそぐわないと思っていましたが、その時、まだまだ地域に必要とされていると感じました」(信一さん) 長距離ドライバーから地元客にシフト 創業した1972年から変わらないレトロな外観の「二本松バイパスドライブイン」  広い座敷があり、テーブル席を含めれば約100人収容できるため、地区の行事の反省会、消防団の食事などに利用される。今は地元密着型の大衆食堂としての性格が強い。  さらに、ユーチューバーが撮影しネットに投稿した動画が思わぬ効果をもたらした。  「以前通っていた地元のお客さんがまた来てくれるようになりました。20年ぶりに来た方から『動画を見たよ』と言われた時は嬉しかったですね」(同)  経営危機はあった。新型コロナでまん延防止等重点措置が発令された際、飲食店は営業時間短縮を迫られた。夜8時から朝6時までの営業を自粛し、初めて24時間営業を中断した。時短勤務に協力してもらった従業員は、新型コロナ収束後も変わらず働いてもらっている。  新型コロナの感染症法上の位置付けが引き下げられた2023年5月以降は、新規客が目立つ。  「昨晩も福島市から若者のグループがわざわざ来てくれました。夜9時を過ぎると開いている飲食店が少ないと言っていました」(宏子さん)  大手ファミレスの中には人手不足から深夜営業を取りやめる店が出ている。24時間営業の飲食店が減っていることや折からのレトロブーム、さらにネット動画で店内が紹介され「一見さん」が来やすくなったことが若者の支持を得るきっかけになったようだ。とはいえ、店はこのブームに少々戸惑っている。  「居酒屋とも違うし、カフェとも違うし、風呂もゲームもあるわで何だか分からない空間です。店としては料理を早く旨く作り、なるべく安く出す。創業時から同じことを繰り返してきただけなのですが……。ファッションと同じで、時代が1周したんでしょうね」(信一さん)  宏子さんの思いは創業時から変わらない。「『おいしかった。また来ます』と言われるのが一番うれしいですね。ただ『24時間いつまでも続けてください』と応援されると、嬉しいけど『まいったなー』とも思います」と笑顔で話す。宏子さんは信一さんを見やりながら「後のことは息子か孫だない(だねえ)」  信一さんの息子は、調理師専門学校を卒業し、今は中華料理店で修業中だ。学生時代はドライブインを手伝っていた。信一さんは「息子に期待はしていますが、本人の気持ち次第ですからね」と静かに見守る。  全国から注目されるのは喜ばしいが、本誌には地元の常連から「ブームが早く落ち着いてほしい」との声が寄せられる。混雑する昼時を避け、遅めに来店する常連もいるほど。市内出身の筆者としては、ブームを機に訪れる人が増えるのは嬉しいが、一段落した後に訪ね、ゆっくり食事をすることを勧める。一過性で終わらせるのではなく、息の長い利用が何よりも店の応援になる。 注:休みは日曜夜12時(月曜深夜0時)から月曜朝6時の6時間。 国道4号線 ドライブインは眠らない 初回放送日: 2024年4月5日

  • 震災直後より深刻な福島県内企業倒産件数

     民間信用調査会社の東京商工リサーチが発行している「TSR情報」(福島県版、1月15日号)によると、昨年1年間の県内企業の倒産件数(負債額1000万円以上)は80件で、震災・原発事故の翌年以降では最多だったという。本誌昨年12月号で、コロナ支援の「ゼロゼロ融資」で倒産件数は抑えられたが、返済が本格化し、倒産件数は増加に転じていると指摘した。それが如実に現れている格好だ。 コロナ融資の返済スタートで顕在化  東京商工リサーチ(『TSR情報』福島県版)のリポートによると、昨年1年間の県内企業の倒産件数(負債額1000万円以上)は80件で、負債総額は135億2600万円だった。月別の倒産件数、負債総額は別表の通り。2022年は66件、124億8300万円、2021年は50件、108億8400万円だったから、前年比で14件増、2021年比で30件増になる。倒産件数は、東日本大震災・福島第一原発事故の翌年以降、最多だったという。なお、2011年は99件、以降はおおむね40~60件台で推移している。 2023年月別の倒産件数と負債総額 月倒産件数負債総額1月2件2億7100万円2月10件32億6500万円3月6件2億8500万円4月1件1億円5月7件5億1100万円6月14件35億0700万円7月7件4億1300万円8月5件7億0400万円9月2件2億2300万円10月6件8億9800万円11月6件7億3300万円12月14件26億1600万円計80件135億2600万円  業種別ではサービス業が最も多く25件、そのほか、建設業が16件、製造業が15件だった。うち、新型コロナウイルス関連倒産は45件で、半数以上を占めた。  《ゼロゼロ融資はコロナ禍の企業倒産抑制に大きな効果を見せた。ただ、副作用として過剰債務を生み、業績回復が遅れた企業ほど、期間収益での返済原資確保が難しくなっている。経済活動が平時に戻る中、過剰債務は新たな資金調達にも支障を来している》(同リポートより)  このほか、燃料、電気、物価の上昇、経済活動再開に伴う人手不足などの要因を挙げ、さらには処理水放出に伴う新たな風評被害の懸念もあり、企業を取り巻く事業環境は厳しさを増しているため、引き続き注視が必要としている。  本誌では昨年12月号に「新型コロナ『ゼロゼロ融資』の功罪」という記事を掲載し、その効果などを検証した。  ゼロゼロ融資は新型コロナウイルスの感染拡大を受け、政府が中小企業の資金繰り支援として実施した実質無利子・無担保の融資。コロナ禍前と比較して、売り上げが15〜20%以上減少などの条件を満たせば、担保がなくても資金を借りることができ、利子も3年間は負担しなくていい。元本は信用保証協会が担保し、都道府県が利子を支払う仕組みだ。  融資期間は10年以内(据え置き期間は5年以内)で、無利子期間は3年。最大3億円まで借りられる。日本政策金融公庫や商工組合中央金庫など政府系金融機関を窓口に2020年3月から始まったが、申し込みが殺到したため同年5月から民間金融機関でも受け付けた。  県内でのゼロゼロ融資の実績は、約2万3300件、約3571億円というから、多くの中小企業がこの制度を利用したことが分かる。  一方で、前述したように無利子期間は3年間で、昨年夏ごろに返済開始のピークを迎えた。実際、大部分の企業が返済をスタートさせているという。県信用保証協会が公表している保証債務残高の推移を見ると、2021年度末は約5688億円、2022年度末は約5661億円、2023年12月末は約5330億円と少しずつ減少している。  一方、倒産企業の債務を信用保証協会が肩代わりする代位弁済額は、2021年度が242件、約21億円(前年比73・5%)、2022年度が302件、約35億円(同164・3%)に増加。2023年度は12月までに295件、39億円となっている。金額ベースではすでに前年を超えており、年度末までには件数、金額ともにさらに増えると思われる。 制度検証と経営支援を  さらに、朝日新聞(昨年11月8日付)によると、《22年度末時点の貸付残高は14兆3085億円(約98万件)。うち回収不能もしくは回収不能として処理中は1943億円、回収が困難な「リスク管理債権」(不良債権)が8785億円だった。計1兆0728億円》《国は日本公庫や商工中金など政府系金融機関に約31兆円の財政援助をしている。金利負担にも国費が使われており、損失は国民負担につながる》という。  こうした状況について、本誌昨年12月号記事では、次のように指摘した。    ×  ×  ×  ×  本来は早々に退場すべき企業が、異例の支援策のおかげで延命されたケースは結構あったはず。結果、一定程度の〝ゾンビ企業〟を生み出したことは事実だろう。  「実質無利子・無担保なんて本来はベンチャー企業を対象にすべき制度でしょう。業種を問わずに門戸を広げればモラルハザードを招きかねない。中には信用保証協会が代位弁済してくれるのをいいことに、計画倒産した悪質経営者もいたかもしれない。残すべき企業と退場させるべき企業を選別するのは正直難しいが、少なくともゼロゼロ融資に55兆円もの税金を使ったのはやり過ぎだったのではないか」(あるジャーナリスト)  かつて公共事業費が年々減っていた時代、増え続ける建設会社をいかに〝安楽死〟させるかが県庁の中で大きな課題になったことがある。同じことは〝ゾンビ企業〟にも言えるのかもしれない。    ×  ×  ×  ×  ここで指摘したように、本来なら、収益力が低く、コロナがなかったとしても、いずれは倒産・廃業していたであろう企業を延命させ、挙げ句、税金で債務を肩代わりしたケースもあったのは間違いない。その一方で、飲食店や宿泊業などを中心に、深刻な影響を受けた中、ゼロゼロ融資のおかげで多くの企業が存続できたのも事実だろう。ただ、当初から懸念されていたことだが、返済が本格化すると同時に、倒産件数が増加していることが、あらためて浮き彫りになった。  政府は「ゼロゼロ融資」が適切だったのか、きちんと検証すると同時に、今後は売上回復に向けた経営的な支援策が求められよう。

  • 【北野進】「次の大地震に備えて廃炉を」

     1・1能登半島地震の震源地である石川県珠洲市にはかつて原発の建設計画があった。非常に恐ろしい話である。今回の大地震は日本列島全体が原子力災害のリスクにさらされていることをあらためて突きつけた。珠洲原発反対運動のリーダーの一人、北野進さんにインタビューした。 ジャーナリスト・牧内昇平 警鐘鳴らす能登の反原発リーダー 北野進さん=1959年、珠洲郡内浦町(現・能登町)生まれ。筑波大学を卒業後、民間企業に就職したが、有機農業を始めるために脱サラして地元に戻った。1989年、原発反対を掲げて珠洲市長選に立候補するも落選。91年から石川県議会議員を3期務め、珠洲原発建設を阻止し続けた。「志賀原発を廃炉に!」訴訟の原告団長を務める。  ――ご自身の被災や珠洲の状況を教えてください。  「元日は午後から親族と会うために金沢市方面へ出かけており、能登半島を出たかほく市のショッピングセンターで休憩中に大きな揺れを感じました。すぐ停電になり、屋外に誘導された頃に大津波警報が出て、今度は屋上へ避難しました。そのまま金沢の親戚宅に避難しました。  自宅のある珠洲市に戻ったのは1月5日です。金沢から珠洲まで普段なら片道2時間ですが、行きは6時間、帰りは7時間かかりました。道路のあちこちに陥没や亀裂、隆起があり、渋滞が発生していました。自宅は内陸部で津波被害はなく、家の戸がはずれたり屋根瓦が落ちたりという程度の被害でしたが、周りには倒壊した家もたくさんありました。停電や断水が続くため、貴重品や衣類だけ持ち出して金沢に戻りました。今も金沢で避難生活を続けています」  ――志賀原発のことも気になったと思います。  「志賀町で震度7と知った時は衝撃が走りました。原発の立地町で震度7を観測したのは初めてだと思います。志賀原発1・2号機は2011年3月以来止まっているものの、プールに保管している使用済み核燃料は大丈夫なのかと。残念ながら北陸電力は信用できません。今回の事故対応でも訂正が続いています」  ――2号機の変圧器から漏れた油の量が最初は「3500㍑」だったのが後日「2万㍑」に訂正。その油が海に漏れ出てしまっていたことも後日分かりました。取水槽の水位計は「変化はない」と言っていたのに、後になって「3㍍上昇していた」と。津波が到達していたということですよね。  「悪い方向に訂正されることが続いています。そもそも北電は1999年に起きた臨界事故を公表せず、2007年まで約8年間隠していました。今回の事態で北電の危機管理能力にあらためて疑問符がついたということだと思います。  これは石川県も同じです。県の災害対策本部は毎日会議を開いています。しかし会議資料はライフラインの復旧状況ばかり。志賀原発の情報が全然入っていません。たとえば原発敷地外のモニタリングポスト(全部で116カ所)のうち最大で18カ所が使用不能になりました。住民避難の判断材料を得られない深刻な事態です。  私の記憶が正しければ、メディアに対してこの件の情報源になったのは原子力規制庁でした。でも、モニタリングポストは地元自治体が責任を持つべきものです。石川県からこの件の詳しい情報発信がないのは異常です。県が原発をタブー視している。当事者意識が全くありません。放射線量をしっかり測定しなければいけないという福島の教訓が生かされていないのは非常に残念です」 能登半島の地震と原発関連の動き 1967年北陸電力、能登原発(現在の志賀原発)の計画を公表1975年珠洲市議会、国に原発誘致の要望書を提出1976年関西電力、珠洲原発の構想を発表(北電、中部電力と共同で)1989年珠洲市長選、北野氏らが立候補。原発反対票が推進票を上回る関電による珠洲原発の立地調査が住民の反対で中断1993年志賀原発1号機が営業運転開始2003年3電力会社が珠洲原発計画を断念2006年志賀原発2号機が営業運転開始2007年志賀原発1号機の臨界事故隠しが発覚(事故は99年)3月25日、地震発生(最大震度6強)2011年3月11日、東日本大震災が発生(志賀1・2号機は運転停止中)2012年「志賀原発を廃炉に!」訴訟が始まる2021年9月16日、地震発生(最大震度5弱)2022年6月19日、地震発生(最大震度6弱)2023年5月5日、地震発生(最大震度6強)2024年1月1日、地震発生(最大震度7)※北野氏の著書などを基に筆者作成  ――もしも珠洲に原発が立っていたらどうなっていたと思いますか?  「福島以上に悲惨な原発災害になっていたでしょう。最大だった午後4時10分の地震の震源は珠洲原発の建設が予定されていた高屋地区のすぐそばでした。原発が立っていたら、その裏山に当たるような場所です。また、高屋を含む能登半島の北側は広い範囲で沿岸部の地盤が隆起しました。原子炉を冷却するための海水が取り込めなくなっていたことでしょう。ちなみにこの隆起は志賀原発からわずか数㌔の地点まで確認されています。本当に恐ろしい話です」  ――珠洲に原発があったら原子炉や使用済み燃料プールが冷やせず、メルトダウンが起きていたと?  「そうです。そしていったんシビアアクシデントが起きた場合、住民の被害はさらに大きかったと思います。避難が困難だからです。奥能登の道路は壊滅状態になりました。港も隆起や津波の被害で使えません。能登半島の志賀原発以北には約7万人が暮らしています。多くの人が避難できなかったと思います。原子力災害対策指針には『5㌔から30㌔圏内は屋内退避』と書いてありますが、奥能登ではそもそも家屋が倒壊しており、ひびが入った壁や割れた窓では放射線防護効果が期待できません。また、停電や断水が続いているのに家の中にこもり続けるのは無理です。住民は避難できず、屋内退避もできず、ひたすら被ばくを強いられる最悪の事態になっていたと思います」 能登周辺は「活断層の巣」  ――では、志賀原発が運転中だったら、どうなっていたでしょう?  「志賀原発に関しても、運転中だったらリスクは今よりも格段に高かったと思います。原子炉そのものを制御できるか。核反応を抑えるための制御棒がうまく入るか、抜け落ちないか。そういう問題が出てきます。事故が起きた時の避難の難しさは珠洲の場合とほぼ同じです」  ――今のところ、辛うじて深刻な原子力災害を免れたという印象です。  「とにかく一番心配なのは、今回の大地震が打ち止めなのかということです。今回これだけ大きな断層が動いたのだから、他の断層にもひずみを与えているんじゃないかと。次なる大地震のカウントダウンがもう始まっているんじゃないのかっていうのが、一番怖い。能登半島周辺は陸も海も活断層だらけ。いわば『活断層の巣』ができあがっています。半島の付け根にある邑知潟断層帯とか、金沢市内を走る森本・富樫断層帯とか。次はもっと原発に近い活断層が動く可能性もあります。能登の住民の一人として、『今回が最後であってほしい』という気持ちはあります。しかし、やっぱり警戒しなければいけません。そういう意味でも、志賀原発の再稼働なんて尚更とんでもないということです」  ――あらためて志賀原発について教えてください。現在は運転を停止していますが、2号機について北陸電力は早期の再稼働を目指しています。昨年11月には経団連の十倉雅和会長が視察し、「一刻も早く再稼働できるよう願っている」と発言しました。再稼働に向けた地ならしが着々と行われてきた印象です。  「運転を停止している間、原子力規制委員会が安全性の審査を行っています。ポイントは能登半島にひしめいている断層の評価です。志賀原発の敷地内外にどんな断層があるのか、これらが今後地震を引き起こす活断層かどうかが重要になります。経緯は省きますが、北電は『敷地直下の断層は活断層ではない』と主張していて、規制委員会は昨年3月、北電の主張を『妥当』と判断しました。それ以降は原発の敷地周辺の断層の評価を進めていたところでした。  当然ですが、今回の地震は規制委員会の審査に大きな影響をおよぼすでしょう。北電はこれまで、能登半島北方沖の断層帯の長さを96㌔と想定していました。ところが今回の地震では、約150㌔の長さで断層が動いたのではないかと指摘されています。まだ詳しいことは分かりませんが、想定以上の断層の連動があったわけです。未確認の断層があるかもしれません。規制委員会の山中伸介委員長も『相当な年数がかかる』と言っています」  ――北野さんは志賀原発の運転差し止めを求める住民訴訟の原告団長を務めていますね。裁判にはどのような影響がありますか。  「2012年に提訴し、金沢地裁ではこれまでに41回の口頭弁論が行われました。裁判についてもフェーズが全く変わったと思います。断層の問題と共に私たちが主張するもう一つの柱は、先ほどの避難計画についてです。今の避難計画の前提が根底からひっくり返ってしまいました。国も規制委員会も原子力災害対策指針を見直さざるを得ないと思います。この点については志賀に限らず、全国の原発に共通します。僕たちも裁判の中で力を入れて取り組みます」 これでも原発を動かし続けるのか?  石川県の発表によると、1月21日午後の時点で死者は232人。避難者は約1万5000人。亡くなった方々の冥福を祈る。折悪く寒さの厳しい季節だ。避難所などで健康を損なう人がこれ以上増えないことを願う。  能登では数年前から群発地震が続いてきた。今回の地震もそれらと関係することが想定されており、北野さんが話す通り、「これで打ち止めなのか?」という不安は当然残る。  今できることは何か。被災者のケアや災害からの復旧は当然だ。もう一つ大事なのが、原発との決別ではないか。今回の地震でも身に染みたはずだ。原発は常に深刻なリスクを抱えており、そのリスクを地域住民に負わせるのはおかしい。  それなのに、政府や電力会社は原発に固執している。齋藤健経産相は地震から10日後の記者会見で「再稼働を進める方針は変わらない」と言った。その1週間後、関西電力は美浜原発3号機の原子炉を起動させた。2月半ばから本格運転を再開する予定だという。  これでいいのか? 能登で志賀原発の暴走を心配する人たちや、福島で十年以上苦しんできた人たちに顔向けできるのか?  福島の人たちは「自分たちのような思いは二度とさせたくない」と願っているはずだ。事故のリスクを減らすには原発を止めるのが一番だ。これ以上原発を動かし続けることは福島の人びとへの侮辱だと筆者は考える。  内堀雅雄知事が県内原発の廃炉方針に満足し、全国の他の原発については何も言わないのも理解できない。  まきうち・しょうへい 42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。フリー記者として福島を拠点に活動。

  • 災害時にデマに振り回されないための教訓

     能登半島地震では、存在しない住所から救助を求めたり、架空の寄付を募ったり、不安を煽るような情報がSNS上に複数出回っている。東日本大震災の際も流布したデマ。当時、その渦中にいた元首長二人に、厳しい状況の時こそデマに振り回されず、正しい情報に触れる・発信する大切さを聞いた。 二人の元市長が明かす震災時の「負の連鎖」  当時福島市長の瀬戸孝則氏(76)は米沢、新潟、沖縄、果ては海外に逃げたという逃亡説が囁かれた。  震災発生から2カ月後の2011年5月、本誌が瀬戸氏に真偽を尋ねると、こんな答えが返ってきた。  「慰問に来た新潟の首長から『マスコミに露出してPRしないと大変だよ』とアドバイスされた。新潟でも中越地震の際、目立たない首長は逃げたとウワサされたそうです。ただ、当市は浜通りに比べて被害が小さく、マスコミが積極的に取り上げる事案もなかった。それなのに被害の大きい自治体を差し置いて、私がマスコミに出るわけにはいかない」  常識的には、あれほどの大災害が起きれば様々な情報が瞬時に首長に集まり、その場で必要な判断を迫られる。そうした状況で、もし首長が逃げたら大ニュースだ。福島市役所には市政記者室があり、番記者が瀬戸氏の動向を常に見ている。  だから自身に関するデマが出回っていると知っても深刻に受け止めなかったが、2012年2月に神戸大学大学院教授が講演で「福島市長は山形市に住んで、公用車で毎日市役所に通っている」と発言した時はさすがに強く抗議した。  同年4月、教授は市役所を訪れ直接謝罪したが、瀬戸氏は怒るでもなく淡々と謝罪を受け入れた。  あれから間もなく13年。本誌の取材に「あの場面で厳しく怒っていれば逃亡説は打ち消せたのかな」と振り返る瀬戸氏は、能登半島地震の被災地に思いを巡らせながら当時のことを静かに語ってくれた。  「あの時、逃げたと言われたのは私、原正夫郡山市長、渡辺敬夫いわき市長の3人。共通するのは人口30万人の中核市です。小さい市や町村では、首長が逃げたというウワサはほとんど聞かなかったと思います」  30万人の市になると、市長が市内を隅々まで回るのは難しい。そうした中、東日本大震災が自然災害だけだったら直接の被害者は限定されていただろう。分かり易く言うと、台風で収穫前のリンゴが落下すれば被害者はリンゴ農家、河川が越水すれば被害者は浸水家屋の持ち主、という具合。同じ地域に住んでいても、直接被害を受けていない人は「大変だな」くらいにしか思わない。  しかし、東日本大震災は自然災害に加えて放射能災害が襲った。目に見えない放射能は、原発周辺の人たちだけでなく、遠く離れた全員を被害者にした。放射線量がほとんど上がらなかった地域でも、被曝を心配する人が続出した。  「全員が被害者なので、全員が一斉に不安になる。そこで出てくる不満や怒りをどこかにぶつけたくてもぶつける場所がないので、市長が標的になる。平時は市長が何をしているかなんて気に掛けないのに、ああいう時は『何をやってるんだ』となり、姿が見えないと『逃げたんじゃないか』となってしまう。こうした負の連鎖は、放射能災害特有の現象だと思います」(同)  冷静に考えれば原発事故の加害者は東電・国なのに、両者に言っても反応がないので余計に不満・怒りが募る。その矛先が市民にとって最も身近な政治家である市長に向いた、というのが瀬戸氏の見立てだ。  「幸い志賀原発は大丈夫だったので、逃げたと言われる首長さんはいないのではないか。首長さんが避難所を回り、被災者に声をかける姿をテレビで見たが、苦労は絶えないと思う。政治家はやって当たり前、やらないと厳しく批判されるのが性だが、デマに基づいて非難するのは違う。今回の地震では、デマに振り回される人が一人でも少なくなることを願います」(同) 流言は智者に止まる  当時郡山市長の原正夫氏(80)もデマに翻弄され、それを乗り越えようとした首長の一人だ。  「デマとそれに基づく中傷は時代が変わってもなくならないと思う。これだけITが発達すればフェイクニュースも増え、それを悪用する輩も次々と出てきますからね」  原氏によると、日本人は性善説に立った思考付けがなされている。法律や条例が「悪いことをするはずがない」という建て付けでつくられていることが、それを物語る。だから罰則も諸外国に比べて甘い、と。  「被災地で流布するデマに接すると、多くの人は『そんなデマを平気で流すなんて信じられない』という気持ちになる。普通の感覚の持ち主は、あんな状況でデマなんて流さない。しかし現実には悪質なデマを流す人がいる。かつての性善説が通用しない今、罰則を厳しくさえすればデマを防げるわけではないが、それと同時に私は教育の大切さを強く感じます。判断する基準、物事を見極める力を幼少期から養うべきです」  原氏が原発事故直後のこんな体験を明かしてくれた。  「市の災害対策本部近くに岐阜から応援に来た陸上自衛隊がテントを張って駐留したが、会議に出席してほしいと要請しても誰もテントから出てこない。何度も要請してようやく責任者が出てきたと思ったら、全身を完全防備していた。岐阜の上官から『全員、完全防備で屋内退避』の指令が出ていたというのです」  しかし、自衛隊員は全員、線量計を所持しており、一帯の放射線量が低いことを認識していた。対する郡山市は、市全体でガイガーカウンターを3台しか所有していなかった。  「上官の指令に従わなければならないことは理解できる。その指令が経産省からの線量の情報によるものだったこともあとから分かった。しかし、現場にいない経産省に市の線量なんて分かるはずがない。ましてや隊員は、所持している線量計で現場の線量を把握していた。私は責任者に『上官に正しい情報をきちんと伝えなさい』と強く求めました」  それから1時間後、責任者は完全防備をやめ、制服姿で会議に出席したという。  「もしあんな姿を市民に目撃されたら『郡山は危ない』と誤解され、一気にパニックになっていたと思います。デマではないが、正しくない情報に基づいて行動するリスクを強く感じた場面でしたね」  こうした状況が日々連続する中、原氏が意識したのは錯綜する情報に惑わされず、最悪の事態を想定した対策を講じることだったという。  デマとの接触は完全には避けられない。性善説が崩れていると嘆いても仕方がない。ならば情報リテラシー(世の中に溢れる情報を適切に活用できる基礎能力)を磨くことが自分を守り、他人を傷付けない第一歩になるのだろう。また、東日本大震災時よりSNSが普及している現在は、良かれと思って拡散した情報がデマの場合、かえって世の中を混乱させる恐れもある。「流言は智者に止まる」を意識することも大切だ。  そんな原氏も瀬戸氏と同様、逃亡説に翻弄された。地震で自宅が損壊し、市内の長女宅に3カ月避難したところ「逃げた」というデマが流れた。3選を目指した2013年4月の市長選は、デマがマイナスに作用し落選の憂き目に遭った。 「自分はともかく、家族に悲しい思いをさせたのは申し訳なかった」  そう話す原氏は、マスコミへの牽制も忘れなかった。  「とにかく正確な情報を発信してほしいし、切り取った発信の仕方もできれば避けてほしい」  原氏の言葉から、マスコミがデマを広めてしまう可能性があることも肝に銘じたい。

  • 【田村市】産業団地「予測不能の岩量」で工事費増

     先月号に田村市常葉町で整備が進む東部産業団地の敷地から高さ十数㍍の巨岩が出土した、という記事を載せたが、その中で本誌は「工事の進め方の順序が逆」と指摘した。同団地の工事費は当初45億9800万円。それが昨年3月定例会で61億1600万円に増え、同12月定例会で64億6000万円に増えた。  普通、工事費が増額される場合は見積もりをして、いくら増えると分かってから市が議会に契約変更の議案を提出。議案が議決されれば市は施工業者と変更契約を交わし、市は増額分の予算を執行、業者は増額分の工事に着手する。  しかし市内の土木業界関係者によると、61億1600万円から64億6000万円に増額された際はこの順序を踏んでいなかったという。この関係者いわく、12月定例会の時点で造成工事はほぼ終わっており、その結果、工事費が61億円から64億円に増えたため、あとから市が契約変更の議案を提出したというのだ。  「公共工事の進め方としては順序が逆。もしかすると岩の数量が不確定で工事費を算出できず、いったん仮契約を結んだあと、工事費が確定してから契約変更を議決したのかもしれないが、巨大工事を秘密裏に進めているようで解せない」(土木業界関係者)  自治体政策が専門の今井照・地方自治総合研究所特任研究員によると、契約変更の議決を経ずに施工するのは違法行為に当たるが、罰則はないという。  「契約で工事費が61億円となっているのに、議会で契約変更を議決する前に64億円の工事をしていたらアウトです。一方、見積もりをしたら64億円になることが分かったというなら、まだ施工していないのでセーフです」(今井氏)  先月号では締め切りの都合で市商工課と施工する富士工業(田村市、猪狩恭典社長)からコメントを得られなかったが、昨年末、両者から回答があった。  「12月定例会の時点で造成工事の進捗率は約95%だった。増額分(約3億円)に該当する硬岩の掘削工事は完了している。工事費が約3億円増額になると知ったのは、不確定部分だった掘削土量に対する硬岩の割合について業者から9月中旬に精査した数量が提出され、その数字をチェックし積算した結果、硬岩の割合が5%から6%に増え、約3億円増額することが判明した。工事の進め方については、掘削工事を予定工期内に完了させることを最優先とし、誘致企業も決まっていたことから、早期完了のため掘削工事を止めることはしなかった」(市商工課)  「岩が土中にどれくらいあるかは予測するしかないが、実際に計算すると増減が出てしまうのはやむを得ない。本来は概算数量を出してから契約すべきだが、岩の量を把握できず概算数量が出せなかった。岩掘削の数量が確定したのは9月中旬で、61億円から64億円への増額は12月定例会で議決されたが、市とは11月1日に『12月定例会で議決後に本契約とする』という内容の仮契約を結んだ」(富士工業の猪狩社長)  両者のコメントからは、岩の数量を把握するのが難しかったため、まずは工事を進めることを優先させ、数量が確定してから工事費を算出せざるを得なかった事情がうかがえる。  工事の進め方の順序が逆になったのは仕方なかったのかもしれない。しかし、もともと大量の岩が出ることが予想された場所に産業団地を整備すると決めた時点で、こうなることは予想できたのではないか(※決めたのは本田仁一前市長)。猪狩社長は「あそこ以外の適地は簡単には見つからない」などと市を擁護していたが、それとは逆に「なぜ、あんな辺ぴな場所に?」と首をかしげる市民は今も多い。

  • 石川郡5町村長の「表と裏」の関係性

     毎年、新年を迎えると、県内の市町村長やさまざまな企業・団体の代表者らが県庁や新聞社などを訪問し、抱負を述べる。地元紙では「来社(来訪)」というコーナーで、そうしたシーンが報じられる。  その一連の記事を見ていて、ひときわ目に付くのが、石川郡は町村会で新年のあいさつ回りをしていること。ほかは市町村長のみ、あるいは市町村長と議会議長、副市町村長などがセットであいさつ回りをしており、本誌が関連記事を確認した限りでは、複数の市町村長が一緒に行くのは石川郡だけだった。  福島民報1月10日付紙面には、石川地方町村会長の岡部光徳古殿町長を中心に、両サイドに江田文男浅川町長(同副会長)と塩田金次郎石川町長、その後ろに澤村和明平田村長と須釜泰一玉川村長が並んでいる写真が掲載された。そのうえで、5人の町村長のコメントが掲載されているが、それぞれの町村の課題や今後の重点施策などが語られているのみ。紙面の関係でカットされているだけかもしれないが、町村会としてこういう活動をしていきたい、こんな要望をしたい、といったことは掲載されていない。  ある関係者によると、「いつからそうなったのかは分からないが、慣例として、だいぶ前から町村会として新年のあいさつ回りをしている」という。  最初に、県の出先である石川土木事務所(石川町)に集合し、そこから郡山市内の県の出先機関に行き、福島市の県庁本庁舎や地元新聞社などを回るルートのようだ。  これ以外にも、「以前の知事選の際、内堀雅雄知事の福島市での第一声に、(石川郡の町村長)5人で乗り合わせて行ったこともある」といった話を聞いたこともあり、石川郡は横のつながりが強い印象を受ける。  ただ、以前の本誌記事でも指摘したように、決して首長同士の仲がいいわけではないようで、「それは変わっていないばかりか、むしろ悪化している感じもある」という。石川郡内の現職議員は次のように話す。  「須釜玉川村長はまだ就任して1年も経っていないので、特にどうというのはないでしょうけど、岡部古殿町長、澤村平田村長らは、塩田石川町長と合わないようですね。その傾向は以前より強くなっているように感じます。そんな関係性だから、町村会などで集まった際、例えばクルマを停める位置はどうするか、席順はどうするか、あいさつする順番はどうするか等々、町村会事務局は結構、気を使っているみたいですよ」  郡内の役場関係者もこう話す。  「塩田石川町長とそのほかの町村長の関係性があまり良くないみたいですね。石川町は人口規模などからしても、郡の中心的存在ですが、そこのトップ(塩田町長)が郡内でリーダーシップを発揮できないような状況なのは、地域にとって決してプラスではありませんね」  その辺は多くの人が感じているようで、石川町民はこんな弊害を口にした。  「JR東日本が昨年11月に発表した『利用の少ない線区』に、水郡線のこのエリア(磐城塙―安積永盛)が丸々入っていて、線区維持のためにも利用促進を図っていかなければならないし、県が県立高校改革を進めている中、今回の統廃合等の対象には入っていないものの、郡内唯一の県立高校である石川高校だって、この先はどうなるか分からない。そうした広域的に取り組まなければならない課題に対応するためにも、いまの状況は好ましいとは思えない」  表面的なことだけでなく、本当の意味でのお互いの信頼関係を構築できるか。石川郡にとっては、まずはそこが大きな課題と言えそうだ。

  • いわき市職員と会社役員が交通事故トラブル

     交通事故では、過失割合や示談金をめぐって加害者と被害者の間で意見が食い違うことがある。昨年12月7日、いわき市常磐関船町の丁字路信号で起きた交通事故もそうした事例の一つだ。  右折レーンで2台の車が信号待ちしていたところ、後ろの車を運転していた市内の会社役員Aさんが不注意でブレーキから足を離し、クリープ現象で前の車に接触してしまった。  双方ともほとんど損傷はなかったが、警察による現場検証の結果、前の車の後部バンパーにナンバープレートの跡が確認できたため、追突事故と扱われた。警察の調書には「時速約5㌔で追突」と記された。  だが、追突された車のドライバーBさんはAさんにすごい剣幕で迫ったという。この間Aさんから相談を受けてきた知人はこう明かす。  「『俺は海外旅行に行くことになっていたのにどうするんだ!』、『明日はタイヤ交換も予約したんだぞ!』、『こんなところでぶつけるって何考えてんだおめー!』とまくしたてられ、Aさんは恐怖を抱いたそうです」  Aさんが運転していたのは社有車。当初「保険会社に対応を任せる」と話していたBさんだったが、8万円でバンパーを修理後、整形外科に行って全治2週間の診断(症状は頸椎捻挫=むち打ち損傷と思われる)を受け、警察に提出した。そのため事故は人身事故扱いとなり、Aさんには違反点数5点が加算された。  そればかりかBさんはAさんが勤める会社の保険会社に対し、海外旅行のキャンセル料、旅先での宴会キャンセル料の支払いを求めたという。判例では結婚式直前の事故による新婚旅行キャンセル料などが損害として認められているが、Bさんの場合、損害とは認められなかったようだ。  交通事故対応に振り回されたAさんは精神的苦痛で吐き気や頭痛を催すようになり、しばらく塞ぎがちになった。一時期はメンタルクリニックに通うほどだったが、一連の手続きの中でBさんがいわき市職員であることを知って、その対応に疑問を抱くようになったという。  「交通事故の被害者になったからと言って、市民である加害者を罵倒し、過剰とも言える損害賠償を求めるのか。地方公務員法第33条に定められている『信用失墜行為』に当たるのではないか」(同)  Aさんらは、いわき市役所職員課に連絡し、Bさんが市職員であることを確認した。だが、情報提供に対する礼と「職員課人事係で共有を図る」という報告があっただけで、その後のアクションはないという。  当事者であるBさんは事故をどう受け止めているのか。自宅を訪ねたところ、次のように話した。  「後ろからドーン!と突っ込まれて『むち打ち』になり、いまも通院していますよ。海外旅行は韓国の友人を訪ねる予定が控えていました。結局キャンセル料を支払ってもらえないというので、旅行には行きましたよ。……あの、これ以上は話す義務もないので取材はお断りします」  時速5㌔での追突を「ドーン!と突っ込まれた」と表現しているほか、けがした状態で韓国旅行に行っても問題はなかったのかなど気になる点はいくつもあったが、曖昧な返答のまま取材を断られてしまった。  いわき市職員課人事係では「事故の件は把握しているが、公務外での事故なので当事者間での話し合いに任せている。言葉遣いが乱暴になった面はあったかもしれないが、事故直後ということもあり、信用失墜行為には当たらないと考えている」とコメントした。  Aさんらは事故を起こしたことを反省しつつも、モヤモヤが続いている様子。こうしたトラブルを避けるためにも、運転には気を付けなければならないということだ。

  • 【伊達市】水不足が露見したバイオマス発電所

     梁川町のやながわ工業団地に建設中のバイオマス発電所で、蒸気の冷却に必要な水が不足するかもしれない事態が起きている。 揚水試験で「水量は豊富」と見せかけ 試運転が始まったバイオマス発電所  バイオマス発電所は「バイオパワーふくしま発電所」という名称で5月1日から商業運転開始を予定している。設置者は廃棄物収集運搬・処分業の㈱ログ(群馬県太田市、金田彰社長)だが、施設運営は関連会社の㈱ログホールディングスが行う。  同発電所をめぐっては、地元住民でつくられた「梁川地域市民のくらしと命を守る会」(引地勲代表、以下守る会と略)が反対運動を展開。行政に問題点を指摘しながら設置を許可しないよう働きかけてきたが、受け入れられなかった経緯がある。  施設はほぼ完成し、1月9日からは試運転が始まったが、同5日に施設周辺のほんの数軒に配られた「お知らせ」が物議を醸している。  《現行井戸(6㍍)を廃止し、新規井戸(7・5㍍程度)を設置する(全3基×各2個)。1月上旬より工事着手》(書かれていた内容を抜粋)  ログはこれまでも、住民への説明を後回しにして工事を進めてきた。施設工事が最初に始まった時も、住民は何がつくられるのか全く知らなかったほどだ。  試運転が始まるタイミングで数軒にだけ文書を配り、新しい工事を始めようとしたことに守る会は反発。引地代表は「全市民に知らせるべきだ」として、市にログを指導するよう申し入れた。  「ログは翌週、新聞折り込みで全市に『お知らせ』を配ったが、数軒に配った文書より内容は薄かった」(引地代表)  実は、本誌は新規井戸を設置する話を昨年9月ごろに聞いていた。ログからボーリング業者数社に「現行井戸では水不足が起きる可能性がある」として、新規井戸を掘ってほしいという依頼が間接的に寄せられていたのだ。しかし、井戸を掘って反対運動の矛先が自社に向くことを恐れ、依頼を断るボーリング業者もいたようだ。  計画によると、同発電所が3カ所の現行井戸から揚水する1日の量は夏季2556㌧、冬季915㌧、年平均1707㌧。水はポンプを使って冷却塔水槽に送られ、蒸気タービンから排出された蒸気の冷却などに使われる。しかし「多量の揚水で地下水に影響が出ては困る」という周辺企業からの声を受け、市が依頼した調査会社が2022年11~12月にかけて、同発電所が行った揚水試験に合わせて井戸の水位を観測。その結果、連続揚水試験による井戸の水位低下はわずかだったため、調査会社は「発電所稼働による揚水で井戸や地下水に影響を与える可能性は低い」と結論付けた。  ただし、調査会社が市に提出した報告書にはこうも書かれていた。  《揚水試験の実施期間が短いことや発電所稼働時の揚水状況について未確認なこと、地下水位が高い時期(豊水期)の地下水の挙動が不明確なことなどから、発電所稼働前(1年前)から稼働時(1年間)にかけて、既存井戸において地下水位観測を行うことが望ましい》  調査会社は、井戸や地下水への長期的な影響に注意を払った方がいいと指摘していたのだ。 「究極的には稼働できない」  結果、商業運転目前に水不足の恐れが浮上したわけで、順番としては明らかに逆。すなわち、水が十分あるから蒸気を冷却できるというのが本来の姿なのに、水が足りなかったら蒸気を冷却できず発電は成り立たなくなる。「地下水が足りなければ上水を使うしかないが、それだと水道料金が高く付き、発電コストが上昇するため、ログにとっては好ましくない」(あるボーリング業者)。だからログは、慌てて新規井戸を掘ろうとしているのだ。  前出「お知らせ」には新規井戸を掘る理由がこう綴られていた。  《2022年度に発電所に必要な1日2500㌧前後を揚水できたと報告したが、水位が低い中、仮設ポンプを強引に使用し(いつ壊れてもおかしくない状況)、揚水量確保を主目的に強引に揚水したものだった。この揚水試験データから、水は豊富にあると情報共有されてきた》  要するに「揚水試験の時は水量が豊富にあると見せかけていた」と白状しているわけ。  「お知らせ」に書かれていた問い合わせ先に電話すると「井口」と名乗る所長が次のように話した。  「私は昨年4月に着任したので分かる範囲で言うと、2019年に一つ目の井戸を掘り、その時点で水位が底から1㍍と低く、そのあとに掘った二つの井戸も水位が低かった。言い方は悪いが、発電所に欠かせない水について深く検討しないまま施設工事を進めていたのです」  井口所長が井戸の状況を知ったのは昨年8月だったという。  「三つの現行井戸では十分に揚水できないので、7・5㍍の新規井戸を掘ることになった。現行井戸は6㍍なので1・5㍍深く掘れば水が出ると見ているが、実際に出るかどうかは掘ってみないと分からない」  新規井戸を掘っても十分な水量が確保できなかったら同発電所はどうなるのか。井口所長は「究極的には稼働できない」と答えた。  「契約で上水(水道)は1日700㌧供給してもらえるが、当然水道料金がかかる。対して井戸水はタダなので、経営的には上水はバックアップ用に回したい」  今後については「今更かもしれないが、地元住民にきちんと説明し理解を得ながら進めたい」。これまで住民を軽視する態度をとってきたログにあって、誠実な人物という印象を受けたが、軌道修正を図るのは容易ではない。井口所長のもと、失われた同社の信頼を回復できるのか、それとも住民不信を払拭できないまま商業運転に突入するのか。

  • 意見交換会で見えた本宮市子ども食堂の現状

     本宮市内の子ども食堂をサポートしている「本宮市社会福祉協議会フードバンク」による支援品贈呈式が昨年12月15日、本宮市商工会館で行われた。同バンクは同社協と本宮市商工会が事業協定を結んで一昨年に始まったもので、民間事業所が「協賛会員」となり、同社協や子ども食堂に支援品を提供する。昨年から本宮ライオンズクラブ、本宮ロータリークラブも活動に加わっている。  今回支援品が贈られたのは同社協のほか、▽子ども食堂「コスモス」、▽一般社団法人金の雫「みずいろ子ども食堂」、▽社会福祉法人安積福祉会しらさわ有寿園「こころ食堂」、▽NPO法人東日本次世代教育支援協会NA―PONハウスふくしまキッズエコ食堂、▽a sobeba lab.(ア・ソベバ・ラボ)。支援品の内訳はコメ30㌔21袋、寄付金46・5万円、冷凍食品、うどん・ラーメン、レトルト食品、生卵、タオルなど。  本宮市商工会の石橋英雄会長は「人口減少抑制につながればという思いで始めた。マスコミなどで活動を周知していただいたこともあり協賛会員は38事業所まで増え、市民にも浸透してきた。長く続けていきたい」と述べた。本宮ライオンズクラブ、本宮ロータリークラブの関係者もあいさつした。  当日出席した子ども食堂の運営団体関係者は支援に対する謝辞を述べるとともに、活動報告を行った。その後、意見交換会の時間が設けられ、現状や課題について語り合った。  それぞれの話から見えてきたのは、支援を必要としている生活困窮者は多く存在していること、そして食事を提供する場がその情報を得るきっかけとなっているということだ。  同社協では生活困窮者に食料を提供しているが、今年度は上半期を終えた時点で昨年度の件数を上回っているという。生活困窮者と一口に言っても、ニート生活を過ごしていたが親の死を機に独り立ちを余儀なくされ安定した収入を得られない人、派遣社員として本宮市に来たものの契約終了し生活に困っている人、年金暮らしで過ごす老老介護状態の親子など、背景は多岐にわたる。  ある子ども食堂関係者は「多くの人にもっと気軽に足を運んでほしいが、自分から『支援してほしい』とうまく伝えられない人もいる。そうしたところには協力者や元民生委員などを通じて食料品を持っていってもらっている。子ども食堂がたくさんできて近所のことを把握できる状態になるのが理想だ」と話した。  一方で、「企業から個別に提供してもらっていた食料品の数が半分に減った。物価高の影響だと思われる」、「自宅のスペースを使って子ども食堂を開いているので、電気代・燃料費値上がりの影響が大きい」といった報告も聞かれた。市からは運営経費に関する補助金が給付されているが、1回開催につき1万円程度で、決して余裕があるわけではないという。自宅を使って運営している人は、食料品を保管するスペースがないという問題もあるようだ。  このほか、開催していることを近隣に周知する難しさを訴える声も上がった。まずは同商工会内でPR・サポートする案が話し合われたが、小中学校や放課後児童クラブ、子ども会などと連携してチラシを配ったりイベントと同時開催し、利用を呼びかけるのも一つの方法だろう。  このように課題は少なくないようだが、経済界が先頭に立って子ども食堂を応援し、地域振興につなげようとする取り組みには意義がある。引き続き注目していきたい。

  • 【大熊町】鉄くず窃盗が象徴する原発被災地の無法ぶり

     東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となった大熊町図書館の解体工事現場から鉄くずを盗んだとして、窃盗の罪に問われた作業員の男4人の裁判が1月16日に地裁いわき支部であった。解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札。鉄くずを盗んだのは1次下請けの土木工事業、青田興業(大熊町)の作業員だった。4人のうち3人は秋田県出身の友人同士。別の工事でも作業員が放射線量を測定せずに物品を持ち出し、転売していた事態が明らかになり、原発被災地の無法ぶりが浮き彫りになった。 鉄くず窃盗事件  窃盗罪に問われているのはいわき市平在住の大御堂雄太(39)、高橋祐樹(38)、加瀬谷健一(40)と伊達市在住の渡辺友基(38)の4被告。大御堂氏、高橋氏、加瀬谷氏は秋田県出身で、かつて同県内の同じ建設会社で働いており友人関係だった。2017年に福島県内に移住し同じ建設会社で働き始め、青田興業には2023年春から就業した。3人は加瀬谷氏の車に乗り合わせて、いわき市の自宅から大熊町の会社に通い、そこから各自の現場に向かっていた。  大熊町図書館の解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札(落札率92%)、2022年5月に契約締結した。1次下請けの青田興業が23年2月から解体に着手していた。図書館は鉄筋コンクリート造りで、4人は同年5月に6回にわたり、ここから鉄くずを盗んだ。環境省は関係した3社を昨年12月11日まで6週間の指名停止にした。  建物は原発事故で放射能汚染されており、鉄くずは放射性廃棄物扱いとなっている。放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、持ち出すには汚染状態を測定しなければならず、処分場所も指定されている。作業員が盗んで売却したのは言うまでもなく犯罪だが、汚染の可能性がある物を持ち出し流通・拡散させたことがより悪質性を高めた。  その後、帰還困難区域で作業員による廃棄物持ち出しが次々と明らかになる。大熊町内で西松建設が受注したホームセンター解体現場では、商品の自転車が無断で持ち出されたり設備の配管が盗まれたりした。(放射性)廃棄物の自転車が転売されているという通報を受け同社が調査したところ、2次下請け業者が「作業員が知り合いの子にあげるため、子ども用の自転車2台を持ち出した」と回答したという(2023年10月28日付朝日新聞より)。  大熊町図書館の鉄くず窃盗事件は、複数人による犯罪だったこと、作業員たちが転売で得た金額が100万円と高額だったため逮捕・起訴された。裁判で明らかになった犯行の経緯は次の通り。  高橋氏(勧誘役)と加瀬谷氏(運搬役)は2023年4月末から大熊町の商業施設の解体工事現場で作業をしていた。青田興業が担う図書館の解体工事が遅れていたため、5月初旬から渡辺氏が現場に入り手伝うようになった。そのころ、大御堂氏(計画者)はまだ商業施設の現場にいたが、図書館の解体工事にも出入り。そこで鉄くずを入れたコンテナを外に運び出す方法を考えた。4人は犯行動機を問われ、「パチンコなどのギャンブルや生活費のために金が欲しかった」と取り調べや法廷で答えている。  大御堂氏が犯行を計画、同じ秋田県出身の高橋氏と加瀬谷氏を誘う。最初の犯行は5月12、13日にかけて2回に分け、同郷の3人で約7㌧の鉄くずを運び出した。コンテナに入れてアームロール車(写真参照)で運び出す必要があり、操作・運搬は加瀬谷氏の仕事だった。高橋氏は通常通り仕事を続け、異変がないか見張った。鉄くずは南相馬市の廃品回収業者に持ち込み、現金30万円余りに換えた。大御堂氏が分配し、自身と高橋氏が12万5000円、加瀬谷が5万円ほど受け取った。 参考写真:アームロール車の一例(トラック流通センターのサイトより)  味をしめて5月下旬にまた犯行を考えた。高橋氏は渡辺氏が過去に別の窃盗罪で検挙されていることを知り、犯行に誘った。同25~27日ごろに同じ方法で約14㌧を4回に分けて盗み、今度は浪江町の回収業者に持ち込み70万円余りで売った。  発覚は時間の問題だった。7月下旬に青田興業の協力会社から同社に「作業員が鉄くずを盗んで売っていたのではないか」と通報があった。確認すると4人が認めたため元請けの鹿島建設東北支店に報告。警察に被害を通報し、昨年10月25日に4人は逮捕された。青田興業は9月末付で4人を解雇した。  4人は大熊町の所有物である図書館の鉄筋部分に当たる鉄くずを盗み、100万円に換金した。しかも、その鉄くずは放射能汚染の検査をしておらず、リサイクルされ市場に拡散してしまった(環境省は「放射線量は人体に影響のないレベル」と判断)。4人は二重に過ちを犯したことになる。元請けJV代表の鹿島建設は面目を潰され、地元の青田興業も苦しい立場に置かれている。だが、被告側の証人として出廷した青田興業社長は4人を再雇用する方針を示した。  「もう一度会社で教育し、犯した罪に向き合ってほしい。会社の信用を少しずつ回復させたい」  検察官から「大変温情的ですね。会社も打撃を受けているのに許せるのですか」と質問が飛ぶと、  「盗みを知った時は怒りを覚えました。確かに会社は指名停止を受け大打撃を受けました。元請けにも町にも環境省にも迷惑を掛けた。でも今見放したら、この4人を雇ってくれる人はどこにもいないでしょう」 監視カメラが張り巡らされる未来  鉄くず窃盗事件は、数ある解体工事の過程で起こった盗みの一部に過ぎない。鉄くずは重機を使わなければ運び出せず、1人では不可能。本来、複数人で作業をしていれば互いが監視役を果たせるはずだが、実行した4人のうち3人は、同郷で以前も同じ職場にいた期間が長かったため共謀して盗む方向に気持ちが動いた。作業員同士が協力しなければ実現しなかった犯罪で、そのような環境をつくった点では青田興業にも責任はあるだろう。4人を再雇用する場合、同じ空間で作業する場面がないように隔離する必要がある。  原発被災地域で除染作業に携わった経験を持つある土木業経営者は、監視の目が届かない被災地の問題をこう指摘する。  「帰還が進まず人の目が及ばない地域なので、盗む気があれば誰もが簡単にできる。窃盗集団とみられる者が太陽光発電のパネルを盗んだ例もあった。防ぐには監視カメラを張り巡らせて、『見ているぞ』とメッセージを与え続けるしかないのではないか。もっとも、そのカメラを盗む窃盗団もいるので、イタチごっこに終わる懸念もある」  原発被災地域では監視の目を強めているが、パトロールに当たっていた警察官が常習的に下着泥棒を行っていたり、民間の戸別巡回員が無断で民有地に侵入し柿や栗を盗んだりする事件も起きている。人間の規範意識の高さをあまり当てにしてはいけない事例で、今後、監視カメラの設置がより進むだろう。

  • 【福男福女競走】恒例イベントとして定着【福島市信夫山】

     福島市の信夫山にある羽黒神社の例祭「信夫三山暁まいり」が毎年2月10、11日に開催される。それに合わせて、2013年から「暁まいり 福男福女競走」が開催され、今年で10回目を迎える。当初は「どこかの真似事のイベントなんて……」といった雰囲気もあったが、気付けば節目の10回目。いまでは一定程度の認知を得たと言っていいだろう。同イベントはどのように育てられてきたのか。 10回目の節目開催を前に振り返る 羽黒神社 奉納された大わらじ  福島市のシンボル「信夫山」。そこに鎮座する羽黒神社の例祭「信夫三山暁まいり」は、江戸時代から400年にわたって受け継がれているという。羽黒神社に仁王門があり、安置されていた仁王様の足の大きさにあった大わらじを作って奉納したことが由来とされ、長さ12㍍、幅1・4㍍、重さ2㌧にも及ぶ日本一の大わらじが奉納される。五穀豊穣、家内安全、身体強健などを祈願し、足腰が丈夫になるほか、縁結びの神とも言われ、3年続けてお参りすると、恋愛成就するとの言い伝えもあるという。  なお、毎年8月に行われる「福島わらじまつり」は、暁まいりで奉納された大わらじと対になる大わらじが奉納される。この2つが揃って一足(両足)分になる。日本一の大わらじの伝統を守り、郷土意識の高揚と東北の短い夏を楽しみ、市民の憩いの場を提供するまつりとして実施されているほか、より一層の健脚を祈願する意味も込められている。  「暁まいり 福男福女競走」は、2月10日に行われる「信夫三山暁まいり」に合わせて、2013年から開催されている。企画・主催は福島青年会議所で、同会議所まつり委員会が事務局となっている。  このイベントは、信夫山山麓大鳥居から羽黒神社までの約1・3㌔を駆け登り順位を競う。男女の1位から3位までが表彰され、「福男」「福女」の称号のほか、副賞(景品)が贈られる。  このほか、「カップル」、「親子」、「コスプレ」の各賞もある。カップルは「縁結びの神」にちなんだもので、男女ペアで参加し、最初に手を繋いでゴールしたペアがカップル賞となる。親子は、原則として小学生以下の子どもとその保護者が対象で、最初に手を繋いでゴールしたペアに親子賞が贈られる。コスプレ賞は、わらじまつりや暁まいり、信夫山に由来したコスプレをした人の中で一番パフォーマンスが高い参加者が表彰される。それぞれ1組(1人)に副賞が贈られる。  1月中旬、記者は競走コースを歩いてみた(走ってはいない)。登りが続くので、のんびりと歩くだけでも相当な運動になる。特に、羽黒神社に向かう最後の参道は、舗装されておらず、かなりの急勾配になっているため、1㌔以上を走ってきた参加者にとっては〝最後の難関〟になるだろう。それを克服して、より早くゴールした人が「福男」、「福女」になれるのだ。  ちなみに、主催者(福島青年会議所まつり委員会)によると、「福男福女競走のスタート位置は、抽選で決定する」とのこと。いい位置(最前列)からスタートできるのか、そうでないのか、その時点ですでに「福(運)」が試されることになる。 参加者数は増加傾向 スタート地点の信夫山山麓大鳥居  ところで、「福男」と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは西宮神社(兵庫県西宮市)の「福男選び」ではないか。以下は、にしのみや観光協会のホームページに掲載された「福男選び」の紹介文より。    ×  ×  ×  ×  開門神事と福男選び 昨年の福男福女競走(福島青年会議所まつり委員会提供)  1月10日の午前6時に大太鼓が鳴り響き、通称「赤門(あかもん)」と呼ばれる表大門(おもてだいもん)が開かれると同時に本殿を目指して走り出す参拝者たち。テレビや新聞でも報道される迫力あるシーンです。  この神事は開門神事・福男選びと呼ばれており、西宮神社独特の行事として、江戸時代頃から自然発生的に起こってきたといわれています。  当日は、本えびすの10日午前0時にすべての門が閉ざされ、神職は居籠りし午前4時からの大祭が厳かに執り行われます。午前6時に赤門が開放され、230㍍離れた本殿へ「走り参り」をし、本殿へ早く到着した順に1番から3番までがその年の「福男」に認定されます。  先頭に並ぶ108人とその後ろの150人は先着1500人の中から抽選して決められますが、その後ろは一般参加で並んで入れます。また先着5000名には開門神事参拝証が配られます。ちなみに、「福男」とはいえ、女性でも参加できます。    ×  ×  ×  ×  古くから神事として行われていた「福男選び」だが、テレビのニュースなどで報じられ、一気に有名になった。  「暁まいり 福男福女競走」は、これを参考にしたもので、暁まいりをより盛り上げることや、福島市のシンボルである信夫山のPRなどのほか、東日本大震災・福島第一原発事故からの復興祈願や復興PR、風評払拭などの目的もあって実施されるようになった。  ただ、当初は「どこかの真似事のようなイベントなんて……」といった雰囲気もあったのは否めない。それでも、気付けば今年で節目の10回目を迎える。いまでは恒例イベントとして定着していると言っていい。  その証拠に、参加者数は年々増えていった(次頁別表参照)。なお、今年でイベント開始から12年目になるが、2021年、2022年は新型コロナウイルスの感染拡大のため中止となった。昨年は、コロナ禍に伴う制限などがあったため、コロナ禍前と比べると少ないが、そうした特殊事情を除けば、恒例イベントとして順調に育っている、と言っていいのではないか。なお、今年は本稿締め切りの1月25日時点で、360人がエントリーしているという。  主催者によると、参加者は福島市内の人が多いそうだが、市外、県外の人もいる。高校の陸上部に所属している選手が、練習の一環として参加したり、国内各地の同様のイベントに参加している人などもいるようだ。最大の懸念は、事故・怪我などだが、これまで大きな事故・怪我がないのは幸い。  〝本家〟の西宮神社は、約230㍍の競走だが、「暁まいり 福男福女競走」は約1・3㌔で、登りが続くため、より走力・持久力が問われることになる。  ちなみに、同様のイベントはほかにもある。その1つが岩手県釜石市の「韋駄天競走」。「暁まいり 福男福女競走」が始まった翌年の2014年から行われている。同市の寺院「仙壽院」の節分行事の一環で、東日本大震災では寺院のふもとに津波が押し寄せ、避難が遅れた多くの人が犠牲になったことから、その時の教訓をもとに避難の大切さを1000年先まで伝えようと始まった。  昨年で10回目を迎え、「暁まいり 福男福女競走」はコロナ禍で二度中止しているのに対し、「韋駄天競走」は、2021年は市内在住者や市内通勤・通学者に限定し、2022年は競走をしない任意参加の避難訓練として行われたため、開始年は「暁まいり 福男福女競走」より遅いが、開催数は多い。市中心部から高台にある仙壽院までの約290㍍を競走し、性別・年代別の1位が「福男」、「福女」などとして認定される。  昨年は、全部門合計で41人が参加し、コロナ禍前は100人以上が参加していたという。同時期にスタートしたイベントだが、参加者数は「暁まいり 福男福女競走」の方がだいぶ多い。 佐々木健太まつり委員長に聞く ポスターを手にPRする佐々木健太まつり委員長  暁まいりの事務局を担う福島市商工観光部商工業振興課によると、「暁まいりの入り込み数は、震災前は約6000人前後で推移していました。そこから数年は、天候等(降雪・積雪の有無)によって、(6000人ベースから)1000人前後の上下があり、2015年以降は約1万人で、ほぼ横ばいです」という。  福男福女競走の開催に合わせて、暁まいりの入り込み数も増えたことがうかがえる。  こうした新規イベントは、まず立ち上げにかなりのエネルギーが必要になる。一方で、それを継続させ、認知度を高めていくことも、立ち上げと同等か、あるいはそれ以上に重要になってくる。  この点について、福男福女競走の主催者である福島青年会議所まつり委員会の佐々木健太委員長に見解を聞くと、次のように述べた。  「青年会議所の性質上、役員は1期(1年)で変わっていきます。まつり委員会も当然そうです。そんな中で、前年からの引き継ぎはもちろんしっかりとしますが、毎年、(イベント主催者の)メンバーが変わるので、常に新たな視点で、開催に当たれたことが良かったのかもしれません」  当然、佐々木委員長も今年が初めてで、来年はまた別の人にまつり委員長を引き継ぐことになる。そうして、毎年、新しいメンバー、新しい視点で取り組んできたのが良かったのではないか、ということだ。 今年から婚活イベントも追加 昨年の表彰式の様子(福島青年会議所まつり委員会提供) 昨年の表彰式の様子(福島青年会議所まつり委員会提供)  新たな試みという点では、今年から「暁まいり福男福女競走de暁まいりコン」というイベントが追加された。福男福女競走と合わせて行われる婚活支援イベントで、男女各10人が福男福女競走のコースを、対話をしたり、途中で軽食を取ったりしながら歩く。  要項を見ると、「ニックネーム参加」、「前に出ての告白タイムなし」、「カップルになってもお披露目なし」、「カップルになったら自由交際」といったゆるい感じになっており、比較的、気軽に参加できそう。  「羽黒神社は、縁結びの神様と言われ、恋愛成就を祈願する人も多いので、今年から新たな試みとして、この企画を加えてみました」(佐々木委員長)  こうした企画も、来年のまつり委員会のメンバーが新たな視点で改良を加えるべきところは改良を加えながら、進化させていくことになるのだろう。  県外の人や移住者に福島県(県民)の印象を聞くと、「福島県はいいところがたくさんあるのに、そのポテンシャルを生かせていない」、「アピール下手」ということを挙げる人が多い。本誌でも、行政、教育、文化、スポーツなど、さまざまな面で福島県は他県に遅れをとっており、県内の事例がモデルとなり、県外、日本全国に波及したケースはほとんどない、と指摘したことがある。  今回のイベントは、「自前で創造したもの」ではないかもしれないが、いまでは恒例イベントとして定着したほか、伝統行事(暁まいり)の盛り上げ、信夫山のPRなど、もともとあったものの認知度アップ、ポテンシャルを生かすということに一役買っているのは間違いない。

  • 投書で露呈した【双葉地方消防本部】の混乱

     本誌昨年11月号「問題だらけの県内消防組織」という記事で、双葉地方広域市町村圏組合消防本部のパワハラについて記した匿名の告発文が編集部宛てに届いたことを紹介した。その後、再び同消防本部に関する投書が寄せられた。 今度はパワハラと手当不正告発 本誌に寄せられた告発文  双葉地方広域市町村圏組合消防本部の管轄エリアは双葉郡8町村。拠点は消防本部(楢葉町)、浪江消防署、同消防署葛尾出張所、富岡消防署、同消防署楢葉分署、同消防署川内出張所の6カ所。実人員(職員数)は127人。県内の消防本部では小規模な部類に入る。  昨年届いた告発文には、「2023年2月22日、職員同士の飲み会で、上司が嫌がる部下にタバスコ入りの酒を一気飲みさせていた」など、同消防本部で横行するパワハラの事例が記されていた。若手職員Xは飲み会翌日から病休に入り、その後退職したという。  併せて加勢信二消防長が各消防所長に向けて送付した「職員の義務違反について(通知)」という公文書の写しも添付されていた。内容は職員がパワハラで懲戒処分されたのを受けて、言葉遣いや態度への注意を呼び掛けるもの。差出人は匿名だったが、おそらく同消防本部の職員だろう。  告発文が届いた後、同消防本部の職員3人がパワハラで懲戒処分(減給)となっていたことが10月14日付の地元紙で報じられた。おそらく同じものがマスコミ各社にも送られていたのだろう。本誌が入手した同消防本部の内部文書によると、経緯は以下の通り。  ▽被害を受けた若手職員Xは24歳(当時5年目)、富岡消防署所属。加害者はXと同じ班に所属していた。  ▽2022年10月ごろ、消防司令補A(41)が車両清掃作業中、高圧洗浄機で噴射した水をXの手に当てた。夜、ベンチプレスを使ったトレーニング時、Xにバーベルを上げながら声を出したり、彼女の名前を叫ぶように強要した。このほか、Xが兼務している庶務係の仕事をしている際、不機嫌な態度を取ったり、嫌みを言うこともあった。  ▽2023年1月ごろ、Xが防火衣の着装を拒んだとき、Aが不適切な発言(「風邪をひいたら殺すぞ」)をした。  ▽2023年2月ごろ、Xがトイレにいて、朝食を知らせる先輩の呼びかけが聞こえず集合に遅れた際、消防司令補B(35)がその状況を理解しないまま叱責した。  ▽2023年2月22日、同班職員がいわき市内でゴルフを行った後、私的な飲食会を開催。その場で消防士長C(29)がXに「タバスコが入った酒を飲め」と言った。Xはタバスコ入りの酒を飲んだだけでなく、Cからタバスコを直接口の中に入れられた。  ▽2023年2月23日、Xが当直長に「腹痛と下痢のため休みたい」と連絡。この日は年休で休み、その後3月1日まで休暇とした。  ▽2月27日、Xの母親が富岡消防署を来訪し、「息子がハラスメントを受けた」と訴えた。  ▽2月28日、所属長(消防司令長)が本人と面談。3月2日から病気休暇(神経症)を取って通院治療。6月30日付で依願退職した。  ▽Xへの聞き取り調査を経て、3月31日、A、B、Cに対し、富岡消防署長から口頭厳重注意処分が科された。  ▽4月25日にハラスメント対策協議委員会、7月3日に懲戒審査委員会が立ち上げられ、9月14日付でA、B、Cに対する懲戒処分書が交付された。懲戒処分内容はAが減給10分の1=6カ月、Bが減給10分の1=2カ月、Cが減給10分の1=1カ月、消防司令長が訓告(管理監督不十分)。同時に、X及びXの母親に処分内容が報告された。  昨年11月号記事の段階では詳細が分からなかったが、こうして見るとハラスメントが執拗に行われていたことが分かる。おそらく以前から似たようなことがあったのだろう。年下の部下ということもあって、加害者側は軽い気持ちでやっていたのかもしれないが、被害者にとっては大きなストレスとなり、心のダメージとして蓄積されていたことが想像できる。  2019年から勤務していた職員ということは、復興途上の原発被災地域で防災を担おうと高い志を持っていたはず。それを先輩職員がパワハラ行為で退職に追い込むのだからどうしようもない。  こうした体質はこの3人ばかりでなく、組織全体に蔓延しているようだ。というのも同組合の懲戒処分等に関する基準では、ハラスメントについて以下のように定めている。  《職権、情報、技術等を背景として、特定の職員等に対して、人格と尊厳を侵害する言動を繰り返し、相手が強度の心的ストレスを重積させたことによって心身に故障を生じ、勤務に就けない状況を招いたときは、当該職員は免職又は停職とする》  今回の事例ではパワハラを受けたXが休職を経て依願退職していることを考えると、加害者であるA、B、Cは明らかに免職・停職処分となる。ところが前述の通り、3人は懲戒処分の中でもより軽い減給処分で済まされた。  11月号記事で、同消防本部の金沢文男次長兼総務部長は「(懲戒処分が基準よりも軽くなった経緯について)公表していない」と述べた。また、9月14日付で懲戒処分したことを公表せず、10月14日付の地元紙が報じて初めて事実が明らかになったことについては「公表の基準が決まっており、それを下回ったので公表しなかった」と説明していた。どうにも組織全体でパワハラを軽視しており、情報公開を極力避けている印象が否めない。 管理職4人がいじめ!? 双葉地方広域市町村圏組合消防本部  双葉地方の事情通によると、同消防本部ではX以外にも若い職員が退職しており、その家族らも「若い職員を退職に追い込んだ加害者を減給処分で済ませるのはおかしい」と憤っているという。  そうした中、本誌編集部宛てに再び同消防本部に関する匿名の投書が届いた。消印は1月6日付、いわき郵便局。内容は概ね以下の通り。なおパワハラの当事者はすべて実名で書かれていたが、ここでは伏せる。  ▽パワハラが理由で職員Yが退職した。  ▽D係長はずっと嫌みを言ったり蹴ったり殴ったりしていじめていた。  ▽E係長は何度もYを消防本部に呼び出して必要以上に怒っていじめていた。  ▽F分署長はパワハラの事実を知っていたにもかかわらず、指導することなく逆にYを大声で怒鳴りつけていた。  ▽G係長は表でも裏でもしつこく嫌みを言い、陰湿ないじめを行っていた。  ▽この4人はY以外の職員にも現在進行形でパワハラを行っており、他にも辞めていった職員がいる。  ▽加勢消防長もパワハラを知っているはずだが、かわいがっている職員たちをかばい、パワハラをなかったことにしてしまう。  ▽金沢次長兼総務部長もパワハラを把握しているはずだが、分署長たちと仲良く付き合っていて、パワハラの訴えがあっても知らなかったことにしている。  ▽(消防の)関係者ではなく第三者が調査してほしい。ほとんどの職員がパワハラの実態を知っているので、Y本人と職員から聞き取りをしてほしい。  ▽辞めていった人たちは幸せ。辞めることができず、いまもパワハラを受けている私たちは毎日辛い。このままでは最悪な事態に発展することも考えられる。どうか私たちを助けてほしい。  前に届いた告発文に書かれていたのとは別の職員がパワハラで退職していたことを明かしているわけ。加勢消防長を含めほとんどの職員が把握しているのに上層部で握りつぶしている、という指摘が事実だとすれば、組織ぐるみでパワハラを隠蔽していることになる。  今回の投書には続きがあり、通勤手当不正についても記されていた。こちらも実名は伏せる。  ▽通勤手当を不正にもらっている職員がいる。E係長は浪江町にいるのに本宮市から、Hさんは郡山市にいるのに会津若松市から、Iさんは富岡町にいるのに田村市船引町から通っていることにして通勤手当を受け取っている。これは詐欺申告で不正受給ではないか。  原発被災地域を管轄エリアとしている同消防本部には、管轄エリア外の避難先で暮らしている職員もいる。それを悪用してより遠くから通勤していると申請し、通勤手当を不正受給しているケースがある、と。どれぐらいの金額になるのかは把握できなかったが、少なくとも通勤手当を目当てに異なる現住所を職場に伝えれば、緊急時に対応できないことも増えるはず。消防本部でそんなことが可能なのか、それともチェック体制が〝ザル〟ということなのか。  特定人物の評価を下げるために書かれた可能性も否定できないが、いずれにしても内部事情に詳しいところを見ると、同消防組合の職員、もしくはその内情に詳しい人物が書いたと見るべきだろう。  この投書は同組合の構成町村の議会事務局にも1月10日付で送付されたようで(本誌に届いた投書の4日後の消印)、町村議員に写しを配布したところもあるようだ。同組合には議会(定数25人)が設置されており、構成町村議員が3人ずつ(浪江町は4人)名を連ねているので、問題提起の意味で送ったのだろう。本誌以外のマスコミにも投書は届いていると思われる。 「コメントできない」  投書の内容は事実なのか。1月中旬、楢葉町の同消防本部を訪ね、金沢次長兼総務部長にあらためて取材を申し込んだが不在だった。対面取材の時間を取るのは難しいということなので、電話で投書の内容を読み上げコメントを求めたところ、次のように述べた。  「投書に記されている氏名はいずれも当消防本部に所属している職員、元職員なのは間違いありません。各町村に投書が届いているという話は聞いていますが、内容に関しては確認していないので、パワハラの有無や通勤手当不正受給について現段階でコメントできません。他のマスコミから問い合わせをいただいたこともありません」  本誌11月号記事では、消防でパワハラが起きる背景について、消防行政を研究する関西大学社会安全学部の永田尚三教授がこう語っていた。  「消防は一般的に体育会系的要素が強いのに加え、消防本部は地域間格差が大きい。地方の小規模な消防本部では日常の業務に追われ、パワハラ対策やコンプライアンスなどについて、十分に学ぶ時間が確保されていない可能性が高い。また、消防本部は行政部局から切り離され独立性が確保されていますが、それゆえに、行政部局の組織文化が共有されにくい側面もあると思います」  前出X氏の際は、2月下旬に母親がパワハラを指摘してから調査し公表されるまでに半年以上かかった。今回の投書を受けて同消防本部はどのように調査を進めるのか。またパワハラが事実だった場合、自浄能力を発揮できるのか。2月下旬に開会される同組合議会の行方も含め、その動向を注視していきたい。

  • 【小野町議選】「定数割れ」の背景

     任期満了に伴う小野町議選は1月16日に告示され、定数12に現職8、新人3の計11人が立候補し、定数に満たない状況で無投票当選(欠員1)が決まった。「定数割れ」は同町では初めて、県内でも2017年の楢葉町議選、2019年の国見町議選、昨年の川内村議選に続き4例目(補欠選挙は除く)。なぜ、定数割れが起きたのか。 無関心を招いた議会の責任  同町議会は、2008年の選挙時は定数14だったが、2012年から12に削減した。以降、2016年、2020年と、計3回の選挙が行われ、いずれも定数12に、13人が立候補し無投票はなかった。  前回改選後の2022年7月、渡邊直忠議員が在職中に亡くなったことを受け、欠員1となっていた。その前年3月に町長選が行われ、補選を実施するタイミングがなかったことから、任期満了までの1年半ほどは11人体制だった。  任期中の2022年12月に、議会改革特別委員会が設置され、その中で議員定数、報酬についての議論が交わされた。昨年6月議会(※同町議会は通年議会を採用しているため、正式には「定例会6月会議」)でその結果が報告された。  内容は、「地方議員の成り手不足解消の観点から、議員定数削減、議員報酬増額等について協議してきたが、町施策等について十分な協議をするためには、現在の定数を維持することが望ましいとの意見や、報酬の増額は町民の十分な理解を得ること、町財政を考慮する必要があることなどから、現状維持とする意見が出された」というもので、現状維持が決まった。  迎えた今回の町議選。事前情報では、現職3人の引退と欠員1に対して、新人4人が立候補する予定で、定数と立候補者が同数になると見込まれていた。しかし、直前で新人1人が立候補を見送ったのだという。これによって、立候補者は現職8人、新人3人の計11人となり、定数割れとなった。 選挙結果 (1月16日告示、届け出順) 竹川 里志(68)無現 自営業橋本 善雄(43)無新 会社役員田村 弘文(72)無現 農業先崎 勝馬(70)無現 町議中野 孝一(65)無現 農業国分 順一(61)無新 無職羽生 洋市(68)無新 農業宗像 芳男(71)無現 自営業会田百合子(61)諸現 町議緑川 久子(68)無現 会社役員水野 正広(72)無現 会社役員  公職選挙法の規定では、欠員が定数の6分の1を超えた場合は再選挙が行われることになっている。同町の場合は欠員3以上でそれに当てはまり、今回の選挙は「成立」ということになる。ただ、この先2人以上の欠員が出たら前述の規定により、50日以内に補選が行われる。 「定数割れ」の理由 「定数割れ」に終わった小野町議選  なぜ、定数割れが起きたのか。  関係者の中には、議員報酬では生活できないという事情を挙げる人もいる。同町の議員報酬は月額22万5000円、副議長は同24万5000円、議長は同30万7000円。そのほか、年2回の期末手当(※2023年度は年間で月額報酬の3・35カ月分)がある。  一方で、定例会、臨時議会、常任委員会、議会運営委員会、全員協議会などの合計は50〜70日。議員からすると、「町・郡などの行事への出席や一般質問の準備など、それ以外の活動も多い」というだろうが、少なくとも公式な議会活動は前述の日数にとどまる。  地元紙に掲載された当選者の職業を見ると、農業3人、会社役員3人、自営業2人、町議2人、無職1人。町議・無職は別として、比較的時間に融通がきく人に限定されている。議会の開催日時を見直すなどして、会社勤めをしている人でも議員になれるような工夫が必要ではないか。  そうなれば「議員報酬だけでは食っていけない」という話にはならない。そもそも、地方議員が議員報酬で生活しようという発想が正しいとは思えない。  ある町民は「議員定数を現状維持としたのは妥当だったのか」と疑問を投げかける。  「2012年から定数を12にしたが、当時の人口は約1万1000人、現在は約9000人と、この間、約2割人口が減っていることを考えると、定数はそのままで良かったのか。そもそも、その議論も議会内(議会改革特別委員会)ではなく、町民も交えて検討すべきだったように思います」  本誌は、定数削減は必ずしも好ましいとは思わない。当然、議員の数が多ければ、それだけ町民の意向を反映させることができるからだ。むしろ、議会費(議員報酬の総額)はそのままで定数をできるだけ多くした方がいいと考える。当然、そのためには、前述したように会社勤めの人でも議員活動ができるような工夫が必要になる。  一方で、別の町民はこう話す。  「いまの状況(定数割れ)をつくったのは誰かと言ったら、この2、3回の議員選挙の間に辞めた人を含めた議員本人にほかならない。そこには、後に続く人をつくれなかったこと、関心を持たれないような状況にしてしまったこと等々、いろいろな要素があると思いますが、聞こえてくるのは議会・議員として何をすべきかということよりも、議会内の役職に誰が就くかとか、そんなことばっかりですから。これでは町民も冷めていきますよ。こういうのは積み重ねですからね。そのことをもっと真剣に考えてもらいたい」  議会には無関心を引き起こした責任があるということだ。厳しい指摘だが、これが本質なのだろう。  もっとも、今改選前の議会は少し難しい部分もあった。というのは、選挙が行われたのが2020年1月で、任期は同年2月1日から。任期スタート直後に新型コロナウイルスの感染が拡大し、さまざまな活動が制限された。本来であれば、町内の行事・会合などに顔を出し、そこで町民の声を聞くことができるが、行事・会合そのものが開かれなかったため、それができなかったのだ。議会の傍聴にも制限があった。そういう意味で、町民と議会に距離ができたのは間違いない。  それが今回の定数割れを引き起こした一因でもあろう。コロナ禍という難しい状況の中だったが、もっとできることはなかったのか、今後どうすべきかを考えていかなければならない。  最後に。前段で定数割れは4例目と書いたが、2017年の楢葉町議選、昨年の川内村議選は、ともに原発被災地で、全域避難を経て人口減少や高齢化率の大幅上昇といった特殊事情がある。一方、2019年の国見町議選は、そういった特殊事情はなく、小野町のケースに近いのではないか。なお、同町議選は2019年5月28日に告示され、定数12に10人が立候補し、無投票、欠員2という結果だった。  当時、ある町民はこう話していた。  「今回の町議選(定数割れとなった2019年)では、ギリギリでも選管に立候補を届ければ、〝タダ〟で議員になれたわけだが、そういう人すらいなかった。これが何を意味するか。結局のところは、いまの議会は町民から評価されておらず『一緒にされたくない』として、誰もその中に入りたがらなかった、ということにほかならない」  その後、2020年11月に行われた町長選に現職議員2人が立候補したため、欠員4となり、町長選と同時日程で補選が行われた。その際は5人が立候補して選挙戦になった。昨年5月の改選では、定数12に12人が立候補して無投票だった。その点では「なり手不足」が解消されたとは言えない。  小野町では、新しい議会が今回の結果をどう捉え、どのように活動していくかが問われる。その結果が見えるのは4年後の改選期ということになる。

  • 【会津若松】神明通り廃墟ビルが放置されるワケ

     会津若松市の中心市街地に位置する商店街・神明通り沿いに、廃墟と化したビルがある。大規模地震で倒壊する危険性が高いと診断されており、近隣の商店主らは早期解体を求めているが、市の反応は鈍い。ビルにはアスベストが使われており、外部への飛散を懸念する声も強まっている。 近隣からアスベスト飛散を心配する声 廃墟のような外観の三好野ビル  神明通りと言えば、会津若松市中心市街地を南北に走る大通りだ。国道118号、国道121号など幹線道路の経路となっており、JR会津若松駅方面と鶴ヶ城方面を結ぶ。通り沿いの商店街には昭和30年代からアーケードが設けられ、大善デパート(後のニチイダイゼン)、若松デパート(後の中合会津店)、長崎屋会津若松店が相次いで出店。多くの人でにぎわった。  もっとも、近年は郊外化が進んだ影響で衰退が著しく、2つのデパートと長崎屋はいずれも撤退。映画館なども閉館し、食品スーパーのリオン・ドール神明通り店も閉店。人通りはすっかりまばらになった。コロナ禍でその傾向はさらに加速し、空きテナント、空きビルが目立つ。  そんな寂しい商店街の現状を象徴するように佇んでいるのが、神明通りの南側、中町フジグランドホテル駐車場に隣接する、通称「三好野ビル」だ。  鉄筋コンクリート・コンクリートブロック造、地下1階、地上7階建て。1962(昭和37)年に新築され、その名の通り「三好野」という人気飲食店が営業していた。同市内の経済人が当時を振り返る。  「本格的な洋食を提供するレストランで、和食・中華のフロアもあった。子どものころ、あの店で初めてビフテキやグラタンを食べたという人も多いのではないか。50代以上であればみんな知っている店だと思います。会津中央病院前にも店舗を出していました」  ただ、いまから20年ほど前に閉店し、一時的に中華料理店として復活したもののすぐに閉店。現在はビル全体が廃墟のようになっている。 壁には枯れたツタが絡まり、よく見ると至るところで壁が崩落。細かい亀裂も入っており、いつ倒壊してもおかしくない状態だ。市内の事情通によると、実際、中町フジグランドホテル駐車場に外壁の破片が落下したことがあり、「近くを通ると人や車に当たるかもしれない」と、同ホテルの負担で塀が設置された。外壁が崩れないようにネットでも覆われた。  ただその後も改善はされず、強化ガラスが窓枠から外れ、隣接する衣料品店の屋根に破片が突き刺さる事故も発生した。衣料品店の店主は次のように語る。  「朝、店に来たら床に雨水が溜まっていた。業者を呼んで雨漏りの原因を調べたら、隣のビルから落ちた大きなガラスの破片が原因だと分かったのです。もし歩行者に直撃していたら亡くなっていたと思います」  消防のはしご車が出動し、不安定な窓ガラスに外から板を張り付ける形で応急処置を施したが、近隣商店主の不安は募るばかりだ。  何より懸念されるのは、地震などが発生した際に倒壊するリスクだ。  県は耐震改修促進法に基づき、大地震発生時に避難路となる道路沿いの建築物が倒壊して避難を妨げることがないように、「避難路沿道建築物」に耐震診断を義務付けている。  会津若松市の場合、国道118号北柳原交差点(一箕町大字亀賀=国道49号と国道118号・国道121号が交わる交差点)から同国道門田町大字中野字屋敷地内(門田小学校、第五中学校周辺)までの区間が「大地震時に円滑な通行を確保すべき避難路」と定められている。すなわち神明通り沿いに立つ三好野ビルも「避難路沿道建築物」に当たる。  昨年3月31日付で県建築指導課が公表した診断結果によると、震度6強以上の大規模地震が発生した際の三好野ビルの安全性評価は、3段階で最低の「Ⅰ(倒壊・崩落の危険性が高い)」。耐震性能の低さにレッドカードが示されたわけ。  耐震性が低いビルを所有者はなぜ放置しているのか。不動産登記簿で権利関係を確認したところ、三好野ビルは概ね①相続した土地に建てた建物、②飲食店を始めた後に隣接する土地を買い足して増築した建物――の2つに分かれるようだ。  ①の所有者は、土地=レストランを運営していた㈲三好野の代表取締役・田中雄一郎氏、建物=雄一郎氏の母親・田中ヒデ子氏。  ②の所有者は、土地・建物とも㈲三好野。同社は1968(昭和43)年設立、資本金850万円。  ただ、雄一郎氏は十数年前に亡くなっており、登記簿に記されていた自宅住所を訪ねたがすでに取り壊されていた。雄一郎氏の弟で、同社取締役に就いていた田中充氏と連絡が取れたが、「会社はもう活動していない。親族は相続放棄し、私だけ名前が残っていた。ただ、私は会津中央病院前の店舗を任されていたので、神明通りのビルの事情はよく分からない」と話した。 会津若松市が特定空き家に指定 壁や窓ガラスの崩落、倒壊リスクがある三好野ビルの前を歩いて下校する小学生  ①の土地・建物には▽極度額900万円の根抵当権(根抵当権者第四銀行)、▽極度額2400万円の根抵当権(根抵当権者東邦銀行)、▽債権額670万円の抵当権(抵当権者住宅金融公庫)が設定されていた。  一方、②の土地・建物には▽債権額1000万円の抵当権(抵当権者田中充氏)が設定されていた。ただ、事情を知る経済人の中には「数年前の時点で抵当権・根抵当権は残っていなかったはず」と話す人もいるので、抹消登記を怠っていた可能性もある。  気になるのは、②の土地・建物が2006(平成18)年、2012(平成24)年、2017(平成29)年の3度にわたり会津若松市に差し押さえられていたこと。前出・田中充氏の話を踏まえると、固定資産税を滞納していたと思われるが、昨年5月には一斉に解除されていた。  市納税課に確認したところ、「個別の案件については答えられない」としながらも「差押が解除されるのは滞納された市税が納められたほか、『換価見込みなし(競売にかけても売れる見込みがない)』と判断されるケースもある」と話す。総合的に判断して、後者である可能性が高そうだ。  行政は三好野ビルをどうしていく考えなのか。県会津若松建設事務所の担当者は「耐震改修するにしても解体するにしてもかなりの金額がかかる。国などの補助制度を使うこともできるが、少なからず自己負担を求められる。そのため、市とともに関係者(おそらく田中充氏のこと)に会って、今後について話し合っている」という。  市の窓口である危機管理課にも確認したところ、こちらでは空き家問題という視点からも解決策を探っている様子。市議会昨年6月定例会では、大竹俊哉市議(4期)の一般質問に対し、猪俣建二副市長がこのように答弁していた。  《平成29年に空き家等対策の推進に関する特別措置法に基づく特定空き家等に指定し、所有者等に対し助言・指導等を行ってきたところであり、加えて神明通り商店街の方々と今後の対応を検討してきた経過にあります。当該ビルにつきましては、中心市街地の国道沿いにあり、周辺への影響も大きいことから、引き続き状態を注視しつつ、改修や解体に係る国等の制度の活用も含め、所有者等や神明通り商店街の方々、関係機関と連携を図りながら、早期の改善が図られるよう協議してまいります》  特定空き家とは▽倒壊の恐れがある、▽衛生上有害、▽著しく景観を損なう――といった要素がある空き家のこと。自治体は指定された空き家の所有者に対し「助言・指導」を行い、改善しなければ「勧告」、「命令」が行われる。「勧告」を受けると、翌年から固定資産税・都市計画税が軽減される特例措置がなくなってしまう。「命令」に応じなかった所有者には50万円以下の過料が科せられる。  それでも改善がみられない場合は行政代執行という形で、解体などの是正措置を行い、費用を所有者から徴収する。所有者が特定できない場合は自治体の負担で略式代執行が行われることになる。この場合、代執行の撤去費用の一部を国が補助する仕組みがある。  ただし、三好野ビルの解体費用は数千万円とみられ、市が一部負担するにも金額が大きい。耐震性でレッドカードが出ている三好野ビルに対し、行政が及び腰のように見えるのはこうした背景もあるのだろう。 コロナ禍で頓挫した活用計画 建物の中を覗いたら看板と車がそのまま置かれていた  「実はあの建物の活用をかなり具体的に検討していた」と明かすのは、神明通り商店街振興組合の堂平義忠理事長だ。  「5年前ごろ、『低額で譲ってもらえるなら振興組合の方で活用したい』と伝え、市役所の関係部署によるプロジェクトチームをつくってもらって本格的に調査したことがありました。経済産業省の補助金を使い、バックパッカー向けの宿泊施設をつくろうと考えていました。解体費用は当時9000万円。一方、改装にかかる総事業費は4億5000万円で、補助金を除く約2億円を振興組合で負担する計画でした」  だが、詳細を話し合っているうちにコロナ禍に入り、そのまま計画は頓挫。仮に再び経産省の補助事業に採択されても、崩落が進んでおり、建設費が高騰していることを踏まえると予算内に収まらない見込みのため、活用を断念したようだ。  同振興組合では三好野ビルについて、毎年市に早急な対応を求める意見書を提出しているが、市の反応は鈍いという。  「この間、まちづくりに関するさまざまな話し合いの場がありましたが、中心市街地活性の計画などに組み込んで解体を進めようという考えは、市にはないようです。事故が起きてからでは遅いと思うのですが……。個人的には、人通りが減ったとは言え中心市街地なので、解体・更地にして売りに出した方が喜ばれるのではないかと思います」(堂平氏)  ある経営者は「三好野ビルには放置しておくわけにはいかない〝もう一つのリスク〟がある」と話す。  「建てられた年代を考えると、内装にはアスベストが使われているはず。吸入すると肺がんを起こす可能性があるため、現在は製造が禁止されているが、仮に地震などで崩壊することがあればアスベストが周辺に飛散することになる。壁が崩落して穴が空いている場所もあるので、周囲に飛散しないか、業界関係者も心配している。市に早急な対応を訴えた人もいたが、取り合ってもらえなかったようです」  前出・堂平氏も「調査に入った際、『4階から上はアスベストが雨漏りで固まっている状態だった』と聞いた」と明かす。  市危機管理課の担当者に問い合わせたところ、三好野ビルの内部にアスベストが使われていることを認めたうえで、「アスベストは建物の内壁に使われており外に飛んで行くことはないので、そこに関しては心配していない」と話す。だが三好野ビル周辺は、地元買い物客はもちろん観光客、さらには登下校の児童・生徒も通行している。万が一のことを考え、せめてアスベストの実態調査と対策だけでも早急に着手すべきだ。  廃墟と言えば、本誌昨年11月号で会津若松市の温泉街に残る廃墟ホテルの問題を取り上げた。  運営会社の倒産・休業などで廃墟化する宿泊施設が温泉街に増えている。そうした宿泊施設は固定資産税が滞納されたのを受けて、ひとまず市が差し押さえるが、たとえ競売にかけても買い手がつかないことが予想されるため対応が後回しにされ、結局何年も放置される実態がある。  近隣の旅館経営者は「行政は『所有者がいるから手を出せない』などの理由で動きが鈍いですが、お金ならわれわれ民間が負担しても構わないので、もっと積極的に動いてほしい」と要望していた。  それに対し会津若松市観光課の担当者は「地元で解体費用を持つからすぐ解体しましょうと言われても、実際に解体を進めるとなれば、(市の負担で)清算人を立て、裁判所で手続きを進めなければならない。差し押さえたと言っても所有権が移ったわけではないので、簡単に進まないのが実際のところです」と対応の難しさについて話していた。  早急な対応を求める周辺と、慎重な対応に終始する市という構図は、三好野ビルも温泉街も同じと言えよう。言い換えれば会津若松市は「2つの廃墟問題」に振り回されていることになる。 市に求められる役割 室井照平市長  ㈲三好野の取締役を務めていた田中充氏は「私は75歳のいまも働きに出ているほどなので、解体費用を賄うお金なんてとてもない」と話す。  一方で次のようにも話した。  「あの場所を取得して、解体後に活用したいという方がいて、各所で相談していると聞いています。県や市の担当者の方には『私個人ではもうどうにもできないので、申し訳ないですが皆さんに対応をお任せしたい』と伝えてあります」  解体後の土地を活用したいと話すのが誰なのかは分からなかったが、解体費用まで負担して購入する人がいるのであれば朗報と言える。  1月1日に発生した能登半島地震で倒壊した石川県輪島市のビルも7階建てだった。三好野ビルが現状のまま放置されれば、同じようなことが起こる可能性もある。もっと言えば、市内には三好野ビル以外に大規模地震が発生した際の安全性評価が最低の「Ⅰ(倒壊・崩落の危険性が高い)」となった建物が7カ所もあった。市はアスベスト対策も含め、地元から不安の声が広がっていることを重く受け止め、この問題に本腰を入れて臨む必要があろう。  昨年の市長選前には室井照平市長も三好野ビルを視察に訪れ、前出・堂平理事長や周辺商店に対し現状を把握した旨を話したという。今こそ先頭に立って音頭を取るべきだ。

  • 【聖光学院野球部・斎藤智也監督に聞く】プロの世界に巣立った教え子たち

     皆さんにとって、高校時代の恩師とはどんな存在だろうか。卒業以降、一度も会っていないという人もいれば、卒業後もいろいろと相談に乗ってもらっているという人もいるだろう。その中でも、プロ野球選手にとっては後者の事例が多いようだ。これまでに9人のプロ野球選手を輩出した高校野球の強豪・聖光学院の斎藤智也監督に、同校卒業生の現役プロ野球選手4人の高校時代と現在について語ってもらった。(選手の写真はいずれも聖光学院野球部提供) 斎藤智也監督 湯浅京己投手 湯浅京己投手  1人目は湯浅京己(ゆあさ・あつき)投手(24)。2018年3月卒業。その後、独立リーグ・富山GRNサンダーバーズに入り、同年10月のドラフト会議で、阪神タイガースから6位で指名を受けた。プロ3年目の2021年に1軍初登板を果たし、翌2022年はセットアッパーとして大活躍。最優秀中継ぎ投手のタイトルと、新人特別賞を受賞した。2023年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選ばれ、世界一にも貢献した。2024年は6年目のシーズンを迎える。  同校出身では、現状、最も実績を残している選手と言えるが、実は湯浅投手は、高校時代は甲子園(2017年夏)のベンチ入りメンバーに入っていなかった。  「ケガの影響で入学してから1年以上は何もしていない。本格的にやり始めたのが2年生の10月だったので、実数8カ月くらいしか高校野球をやってないんです。ただ、そのときからポテンシャルはすごかった。故障がなかったら、かなりの能力があるというのは、もちろん分かっていました」  当時、夏の県大会のベンチ入りメンバーは20人、甲子園のベンチ入りメンバーは18人(※2023年の大会から20人に増員された)だった。湯浅投手は県大会の20人には入っていたが、甲子園ではそこから2人を減らさなければならず、その1人が湯浅投手だった。  「ケガ明けの2年生の10月に、いきなり(球速)135㌔を出して、冬を越えて143㌔、夏の県大会では145㌔を出した。球速はチームでもナンバーワンだったけど、やっぱり投げ込みが不足していたこともあって、コントロールにばらつきがあった。本来であればベンチに入っている選手だけど、あの年代はほかにもいいピッチャーがいて、(県大会のベンチ入りメンバー投手の5人から)1人を削らなければならなかった」  こうして、甲子園でのベンチ入りは叶わなかった湯浅投手。その後は早稲田大学への進学を目指したが、ポテンシャルは折り紙つきでも、実績があるわけではない。スポーツ推薦での入学は難しいと言われ、受験も見送り「最短でプロを目指す」として、独立リーグの富山GRNサンダーバーズに入団した。  前述したように、独立リーガー1年目の秋のドラフトで、阪神タイガースから指名を受けたわけだが、独立リーグでの成績を見ると、それほど目を引くような数字ではない。それでも、プロに指名されたのは、富山GRNサンダーバーズで早い段階でエース格になり、ドラフト指名がほぼ確実になったため、夏場以降は試合での登板を控えていたからだという。  当時の富山GRNサンダーバーズの監督は、ヤクルトスワローズで投手として活躍した伊藤智仁氏(現・ヤクルトピッチングコーチ)。同年秋のドラフト指名を見越して、伊藤監督の配慮で、ケガなどをしないように大事に起用されていたということだ。  ドラフト指名には、いわゆる〝凍結期間〟というものがある。大学に進学すれば、当然、在学中(卒業前年の秋まで)はドラフト対象にならない。社会人に進んだ場合は、高校卒業から3年目以降、大学卒業から2年目以降にならないと解禁されない。ただ、独立リーグに入った場合は高卒1年目から指名対象になる。  湯浅投手は「最短でプロを目指す」ということを有言実行した格好だ。もっとも、プロでも1、2年目はケガで、2軍の試合にもほとんど出ていない。3年目の中盤以降に、ようやく1軍の舞台を経験し、4年目の飛躍につなげた。  「高校時代からすると、奇跡的な結果を出しているなぁと正直思います。それでも、全然プロプロしていない。素朴で、謙虚で、ひたむきなところは変わっていませんね。苦しんだ男の生きざまって言うのかな、そこが湯浅のいいところですね」  湯浅投手にはオリジナルの決め台詞がある。湯浅の「湯(お湯)」と、名前の「京己(あつき)」がかかった「アツアツです」というフレーズだ。ヒーローインタビューなどで、インタビュアーから「今日のピッチングを振り返ってどうでしたか」と聞かれた際、その決め台詞で応じ、ファンから歓声が上がる。いまや、プレーだけでなく、言葉でも球場を沸かせられる選手だ。 佐藤都志也捕手 佐藤都志也捕手  2人目は佐藤都志也(さとう・としや)捕手(25)。2016年3月卒業。東洋大学を経て、2019年のドラフト会議で、千葉ロッテマリーンズから2位指名を受けた。2024年シーズンは5年目になる。  高校時代は1年生の秋からベンチ入りし、2年生の夏(2014年)と3年生の夏(2015年)の甲子園に出場した。2年夏にはベスト8入りを果たしている。当時から、強肩・強打のキャッチャーとして注目されていたほか、人気野球漫画「MAJOR(メジャー)」の登場人物と、同姓同名(漢字は違う)、同じポジションだったことでも話題になった。  高校3年生時に、プロ志望届を提出して、プロ入りを目指したが、指名はなかった。その後、大学野球屈指のリーグである東都大学野球リーグの東洋大に進み、実力を磨いた。2年生の春には、打率.483で首位打者を獲得。1学年上には、「東洋大三羽ガラス」と言われた上茶谷大河投手(DeNAベイスターズ)、甲斐野央投手(福岡ソフトバンクホークス→埼玉西武ライオンズ)、梅津晃大投手(中日ドラゴンズ)がおり、バッテリーを組んだことも大きな経験になったようだ。大学4年時に再度プロ志望届を提出し、ロッテから2位指名を受けた。4年越しでのプロ入りを果たしたのである。  プロでは、1年目から1軍の試合を経験し60試合に出場。そこから2年目62試合、3年目118試合と少しずつ出場試合数を増やしていった。ただ、4年目の2023年シーズンは、試合数は前年の118試合から103試合に、打席数は402打席から278打席へと減った。プロ入り時から監督を務めていた井口資仁氏が2022年オフに退任し、新たに吉井理人監督に変わったことが影響している。  「吉井監督に変わって少し起用が減りましたね。でも、打つ方を考えたら都志也を使いたいはず。(打線強化が課題の)チーム事情を考えたら、都志也が打席に立っている方が得点力は上がるでしょうから。ただ、都志也は自分のバットで点を取れたとしても、自分のリードで点を取られることの方を嫌うでしょう。キャッチャーというか、野球ってそういうものだと思う。2024年シーズンは5年目、そろそろガチッと(レギュラーの座を)勝ち取ってほしいですね」  一方で、斎藤監督はグラウンド外での姿勢にも目を向ける。  「都志也のすごいところは、大した給料(年俸)じゃないのに、社会貢献活動にも熱心なところ。甲子園出場が決まったら、部員数だけリュックバックを贈呈してくれて、我々(監督、部長、コーチ)には立派なトートバッグをくれた。名前入りのものをメーカーに頼んで作ってくれてね。そのほかにも、バッティングゲージを寄付してくれた。それ自体は、ほかの(プロに入った)OBもやっていることだけど、都志也は、只見高校が2022年のセンバツ(21世紀枠)に出場した際も、部員数分のリュックバックを贈った。これはなかなかできないこと。気配りができるんだよね」  このほか、このオフには地元のいわき市で小学生を対象にした野球教室を開催した。  キャッチャーというポジションは、相手打者の調子や特徴、試合展開などを考えて、ピッチャーの配球を決める役割を担い「グラウンド上の監督」とも表現される。細かな目配り気配りが求められるわけだが、そうした行動はキャッチャーならではの配慮といったところか。  「そうでしょうね。とはいえ、気付いてもできないことがほとんど。それができるところが都志也の魅力」と斎藤監督。  佐藤捕手は、同校出身のプロ野球選手で、現役では唯一の県内(いわき市)出身者だ。5年目となる2024年シーズンでの飛躍に期待したい。 船迫大雅投手 船迫大雅投手(中央)、右は八百板卓丸外野手  3人目は、2023年シーズンがルーキーイヤーとなった船迫大雅(ふなばさま・ひろまさ)投手(27)。2015年3月卒業。3年生の夏(2014年)にエースナンバーを背負って甲子園に出場し、3勝を挙げ、ベスト8入りを果たした。その後は、東日本国際大学、西濃運輸を経て、2022年のドラフトで読売ジャイアンツから5位指名を受けた。  「船迫は、中学時代は軟式野球しかやってなくて、入ってきたときも、身長は170㌢もなかったし、体重も50㌔台だった。かわいい顔をしていて、フィギュアスケートの浅田真央選手に似ていたから、『マオちゃん』なんて呼んでいた」  「入学当初を考えたら、とてもプロに入るような選手ではなかった」という斎藤監督だが、転機が訪れたのは2年生の夏。もともとはオーバースローだったが、サイドスローに転向した。  「体のバランスだけを見たら、横(サイドスロー)の方が合うと思ったので、『腕を下げて横から投げてみろ』と言ったら、かなりボールが強くなった。上から投げていたとき(の球速)は115㌔くらいだったのが、最終的には139㌔になって、社会人時代は150㌔を投げるようになった」  斎藤監督によると、「正直、入学当初は(高校の)3年間、バッティングピッチャーで、ベンチ入りは難しいと思っていた」とのことだが、サイドスローに転向したことで素質が開花。3年生の夏にはエースとなって、甲子園で活躍した。当時のスポーツ紙の記事で、「サイドスローに転向したことで、自分の野球人生が変わった」という本人談が掲載されていたのを思い出す。  ちなみに、船迫投手と同学年には八百板卓丸外野手がいる。八百板外野手は高校3年時の2014年秋のドラフトで、東北楽天ゴールデンイーグルスから育成1位で指名を受けてプロ入りを果たした。育成指名は、その名称の通り、「育成」を目的とした契約。言わばプロ野球における練習生のような位置付けで、2軍の試合には出場できるが、1軍の試合には出られない。まずは、1軍登録が可能な「支配下契約」を目指さなければならない。八百板外野手は3年目の2017年シーズン途中に支配下契約を勝ち取り、翌年には1軍デビューを果たす。2019年のシーズンオフに楽天を退団し、同年、読売ジャイアンツに入団した。残念ながら、船迫投手と入れ替わりで退団したため、プロでも一緒のチームでプレーすることは叶わなかったが、同校では同学年から2人のプロ野球選手を輩出したことになる。  船迫投手は高校卒業後、東日本国際大学(いわき市)に進み、南東北大学野球リーグの歴代最多勝記録(34勝)を塗り替えた。その記録を引っさげ、大学4年時にプロ志望届を出したが、指名はなく、社会人の西濃運輸に入った。  大卒社会人は2年目からドラフト解禁となり、2020年がその年だったが、同年とその翌年も指名はなし。社会人4年目の2022年のドラフトで読売ジャイアンツから5位指名を受けた。  プロ入り1年目に27歳になる、いわゆるオールドルーキー。1年目から結果を出さなければ、すぐに居場所がなくなる簡単ではない立場だったが、リリーフとして36試合に登板し、3勝1敗8ホールド、防御率2・70の好成績を残した。  「シーズン途中に2軍に落とされたときもあったけど、最後、もう1回、1軍に上がってきて、(リリーフエースの)クローザーを除けば、一番信頼されていたピッチャーじゃないですかね。湯浅も、船迫もそうだけど、苦労人でね。無名だった選手がウチの野球部に来て、ちょっときっかけ掴んで、プロに行けるようになったのは本当に嬉しい」  ジャイアンツはリリーフピッチャーが課題のチームで、このオフはドラフト、現役ドラフト、トレードなどで、かなりのリリーフピッチャーを補強した。それに伴い、船迫投手も、またチーム内での競争を強いられることになりそうだが、ルーキーイヤー以上の飛躍が期待される。 山浅龍之介捕手 山浅龍之介捕手  4人目は山浅龍之介(やまあさ・りゅうのすけ)捕手(19)。2023年3月卒業。1年生の秋からベンチ入りし、3年生の春、夏(2022年)の甲子園に出場。夏の大会では学校初、福島県勢としても準優勝した1971年以来となるベスト4進出を果たした。その中でも、強肩・強打の山浅捕手の貢献度は高い。その年の秋のドラフトで中日ドラゴンズから4位で指名を受けた。  プロ1年目の2023年シーズンは、7試合に出場した。キャッチャーはピッチャーとの相性に加えて、経験値、洞察力など、さまざまなことが求められるポジション。その中で、高卒1年目で1軍を経験し、試合にも出場したのは首脳陣の評価が相当高い証拠と言える。  「立浪(和義)監督が山浅の指名をスカウトに指示していたようです。(入団後)2軍でも試合に出ていないときは、1人別メニューで特訓を受けているそうですから。英才教育に近い形の扱いを受けているようです」  山浅捕手の魅力は「雰囲気」だという。  「キャッチャーとしての力は、高校時代からずば抜けていた。(1998年に甲子園で春夏連覇した)横浜高校で松坂大輔投手とバッテリーを組んでいた小山良男氏が、いま中日のスカウトをしているんですが、彼が山浅にゾッコンで、どこがいいのかを聞くと、具体的なことは言わないんだけど、『とにかく雰囲気がある』と。確かに、野球脳はものすごく高いし、マスコミへの受け答えを見てもそうだし、高校時代はチームでは『イジられキャラ』だったんだけど、イジリに対する返しも上手い。キャッチャーをやるために生まれてきたようなヤツだなというのはあります」  捕手としての能力や雰囲気だけでなく、高校時代からバッティングも魅力だった。むしろ、そちらの方が評価されているのかと思ったが、斎藤監督によると、「2年生の秋までは、とてもプロに行けるようなレベルではなかった」という。  「正直、2年生の秋までは全然。でもひと冬で変わった。体重が12㌔くらい増えて、それでも50㍍走のタイムも速くなったし、跳躍力も上がった。単に太っただけでなく、フィジカル測定の数字が上がったんです。打球音も変わって、夏の甲子園のときには、バッターとしてもプロに指名されてもいいくらいのレベルにまでなった。ひと冬でこれだけ変わるというのはなかなか見ない。それだけ自分を追い込めるということでもあるし、アイツの人間性というか、自分が良くなればよりチームに貢献できるというね。そういうことを常に考えられるのが山浅のすごいところ」  2024年は高卒2年目で、プロとしてはまだまだ修行が必要だろうが、自身を高く評価してくれている立浪監督の在任中に確固たる地位を確立したいところ。  中日は愛称が「ドラゴンズ」で、選手は「竜(龍)戦士」、売り出し中の若手は「若竜(龍)」などと称される。山浅捕手は名前が「龍之介」だから、導かれるべくして中日ドラゴンズに入ったと言える。近い将来、「龍を背負う龍之介」として人気選手になりそうだ。  同校からプロ入りした選手は、中学までは無名で、努力の人、苦労人が多い。そういったことからも、「より応援したくなる選手」と言える。  また、同校の卒業生では、2024年からプロ野球イースタンリーグに加盟するオイシックス新潟アルビレックス・ベースボール・クラブの舘池亮佑投手(2021年3月卒業)、東洋大の坂本寅泰外野手(2022年3月卒業)、立教大の佐山未來投手(2023年3月卒業)、国学院大の赤堀颯内野手(同)、中央大の安田淳平外野手(同)などの有力選手もいる。今春の卒業生にも、東洋大への進学が決まっている高中一樹内野手、立正大に進学する三好元気外野手がいる。近い将来、プロ野球選手の仲間入りを果たすかもしれない。彼らの今後にも注目だ。

  • 【衆院新2区最新情勢】大物同士が激しい攻防【根本匠】【玄葉光一郎】

     1票の格差を是正するため、衆議院小選挙区の数を「10増10減」する改正公職選挙法が2022年12月に施行され、福島県選挙区は5から4に減った。各党は次期衆院選に向けた候補者調整を進めているが、新2区では自民党・根本匠氏(72)=9期=と立憲民主党・玄葉光一郎氏(59)=10期=が激突。共に大臣経験者で、全国的にも勝負の行方が注目される選挙区だ。両氏は旧選挙区時代からの地盤を守りながら、新選挙区に組み入れられた市町村の攻略に心を砕いている。 予算確保で実力見せる根本氏、郡山で支持拡大を図る玄葉氏 新春賀詞交歓会で鏡開きのあとに乾杯する来賓  1月4日、郡山市のホテルハマツで開かれた新春賀詞交歓会。会場内はコロナ前の雰囲気に戻り、多くの政財界人が詰めかけていたが、舞台前の中央テーブルには根本匠氏と、少し距離を空けて玄葉光一郎氏の姿があった。  会が始まると、根本氏は舞台に上がり祝辞を述べたが、玄葉氏にその機会はなかった。根本氏にとって郡山は旧2区時代からの強固な地盤。新参者の玄葉氏が祝辞を述べられるはずもない。  しかし、続いて行われた鏡開きの際は様子が違った。互いに法被をまとい、木槌を手に威勢よく酒樽を開けていた。そもそも旧2区時代は会場に姿がなかったことを思うと、郡山が玄葉氏の選挙区になったことを強く実感させられる。  新2区は郡山市、須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡で構成される。旧選挙区で言うと、郡山市が旧2区で根本氏の選挙区、それ以外は旧3区で玄葉氏の選挙区。  別表①は県公表の選挙人名簿登録者数である(2023年12月1日現在)。郡山市が全体の62・5%と大票田になっているのが分かる。 表① 選挙人名簿登録者数 郡山市266,728 人須賀川市62,544 人田村市29,392 人岩瀬鏡石町10,364 人天栄村4,572 人石川石川町12,154 人玉川村5,294 人平田村4,754 人浅川町5,103 人古殿町4,064 人田村三春町14,129 人小野町7,940 人合計427,038 人※県公表。昨年12月1日現在。  前回2021年10月30日に行われた衆院選の旧2区、旧3区の結果は別掲の通り。その時の市町村ごとの得票数を新2区に置き換えたのが別表②である。表中では上杉謙太郎氏が須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡で獲得した票を根本氏に、馬場雄基氏が郡山市で獲得した票を玄葉氏に組み入れている。 表② 根本氏と玄葉氏の得票数(シミュレーション) 根本氏玄葉氏郡山市75,93764,865須賀川市15,38621,819田村市6,91113,185岩瀬鏡石町2,9043,592天栄村1,5391,880石川石川町4,0124,554玉川村1,6522,024平田村1,4721,958浅川町1,8491,788古殿町1,3231,757田村三春町2,7466,372小野町2,6123,301合計118,343127,095※前回2021年の衆院選の結果をもとに、上杉謙太郎氏の得票を根本氏、馬場雄基氏の得票を玄葉氏に置き換えて本誌が独自に作成。  このシミュレーションだと根本氏が11万8343票、玄葉氏が12万7095票で、玄葉氏が8752票上回る。ただ、上杉氏から根本氏、馬場氏から玄葉氏に代わった時、実際の有権者の投票行動がどう変わるかは分からない。  票の「行った・来た」で見ると、新2区への移行は根本氏に不利、玄葉氏に有利に働いている印象だ。というのも、根本氏は旧2区の二本松市、本宮市、安達郡で馬場氏より6000票余り多く得票していたが、これらの市・郡は新1区に移行。逆に玄葉氏は、旧3区の白河市、西白河郡、東白川郡で上杉氏に500票余り負けていたが、これらの市・郡は新3区に組み入れられた。一方、上杉氏に勝っていた須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡は新2区にそのまま残った。  「勝っていた地盤」を失った根本氏に対し「負けていた地盤」が切り離された玄葉氏。加えて根本氏は、固い地盤のはずの郡山で無名の新人馬場氏に追い上げられ、比例復活当選を許してしまった。  「前回衆院選の結果だけ見れば玄葉氏が優勢。玄葉氏は前回まで、上杉氏を相手にいかに票の減り幅を抑えられるか守りの選挙を強いられてきた。しかし新2区では、大票田の郡山をいかに切り崩すか攻めの選挙に転じられる。これに対し根本氏は前回、地元郡山で馬場氏に迫られ、今度は玄葉氏を相手に防戦しなければならない」(ある選挙通) 派閥の問題で強烈な逆風 根本匠氏 玄葉光一郎氏  根本氏も玄葉氏も、守りを固めて攻めたいと思っているはずだが、現状で言うと、それができそうなのは玄葉氏のようだ。例に挙げられるのが昨年11月に行われた県議選だ。  定数1の石川郡選挙区は自民党新人の武田務氏と無所属新人の山田真太郎氏が立候補したが、根本氏は武田氏の選対本部長に就き、玄葉氏は連日山田氏の応援に入るなど代理戦争の様相を呈した。  「石川郡選挙区はこれまで、玄葉氏の秘書だった円谷健市氏が3回連続当選を果たし、自民党は前回(2019年)、前々回(15年)とも円谷氏に及ばなかったが、組織的な選挙戦が行われなくても円谷氏と数百票差で競っていた。そうした中、今回は根本先生が直々に選対本部長に就き、徹底した組織戦を展開するなどかなりの手ごたえがあった」(地元の自民党関係者)  この関係者は勝っても負けても僅差になると思っていたという。ところが蓋を開けたら、逆に1000票以上の差をつけられ武田氏が落選。すなわちそれは、玄葉氏が旧3区時代からの地盤を守り、根本氏は積極介入したものの攻め切れなかったことを意味する。  ただ、根本氏の攻めの姿勢はその後も続いている。  「須賀川、田村、岩瀬、石川地区を隅々まで見て回った根本先生の第一声は『ここは時が止まっているのか』だった。政治が行き届いていないせいなのか、風景が昔と変わっていないというのです」(同)  旧3区の現状を把握した根本氏が行ったのは、徹底した予算付けだった。市町村ごとに予算がなくてできずにいた事業を洗い出し、根本氏が関係省庁に直接電話して必要な予算を引っ張ってきた。  「当時の根本先生は衆議院予算委員長。『予算のことなら任せろ』と強気で言い、実際、すぐに必要な予算を引っ張ってきたので、市町村長や議員は『今まで要望しても予算が付かなかったのでありがたい』と感激していた」(同)  別表③は根本氏が国と折衝し、昨年12月までに交付が決まった予算の一部である。どれも住民生活に直結する事業だが、金額はそれほど大きくないものの市町村単独では予算を確保できずにいた。政府に近い与党議員として力を発揮し、滞っていた事業を動かした格好だ。 表③ 根本氏が付けた主な予算 石川町県事業、いわき石川線石川バイパス5億円浅川町県事業、磐城浅川停車場線本町工区1億1200万円浅川町町事業、曲屋破石線2800万円平田村国道49号舗装整備(520m)3億1300万円須賀川市市道1-22号線浜尾工区(雲水峯大橋歩道整備)2億7000万円※平田村の3億1300万円は猪苗代町、いわき市と一緒に維持管理費として交付。  これ以外にも根本氏は▽釈迦堂川の国直轄部分の河川改修を促進(須賀川市)▽数年前から懸案となっていた県道あぶくま洞都路線の路面改良を実現(田村市)▽午前6時から午後10時までしか通行できなかった東北自動車道鏡石スマートICの24時間化を実現(鏡石町)▽もともと通っていた中学校の閉校で別の中学校に超遠距離通学しなければならない生徒に、タクシー送迎を補助対象に認める(天栄村)――等々を短期間のうちに行った。  地元政治家として長く君臨し、民主党政権時代には外務大臣や党政策調査会長などの要職を歴任した玄葉氏がいても、これらの事業は一向に実現しなかったということか。やはり与党と野党の政治家では、省庁の聞く耳の持ち方が違うのか。そもそも玄葉氏は、根本氏のような取り組みを「おねだり」と称すなど消極的だったが、市町村や県の力で解決できない困り事を国の力で解決するのは地元国会議員がやるべき当然の仕事だ。玄葉氏は県議選で「野党の国会議員だから仕事ができないというのは誤った認識」と述べていたが、こうして見ると、期数はほとんど変わらないのに与野党の立場の差を感じずにはいられない。  とはいえ、こうした予算が付いて喜んでいるのは市町村長や議員ばかりで、一般市民は河川改修や道路工事が進んでも、その予算が誰のおかげで付いたかは知る由もないし、関心を向けることもない。極端な話、市民が政治家に関心を向けるのは何か悪いことをした時くらい。今だと自民党派閥の政治資金パーティー問題が一番の関心事ではないのか。  マスコミの注目は最大派閥の安倍派と二階派だが、根本氏が所属する岸田派も会長の岸田文雄首相が真っ先に解散を宣言するなど、その渦中にいる。しかも根本氏は、事務総長という派閥の中心的立場。「当然、裏のことも知っているはず」と見られてしまうのは仕方がない。  1月12日にはアジアプレスが、フリージャーナリスト・鈴木祐太氏が執筆した「根本氏刑事告発」の記事を配信した。  《2020年以降、事務総長を務めている根本匠衆議院議員(福島2区選出)が新たに刑事告発された。昨年12月まで会長を務めていた岸田文雄総理ら3人と合わせて、岸田派で刑事告発されたのは計4人となった》《事務総長は派閥の「実務を取り仕切っており、同会長と共に収支報告書の記載方針を決定する立場にあった」と、提出された告発補充書で指摘されている》(同記事より抜粋)  告発状を出したのは神戸学院大学の上脇博之教授。今、解散総選挙になれば根本氏には強烈な逆風が吹き付けるだろう。 目に見えて増えたポスター  「派閥の問題が起きて以降、郡山市内を回っていても『許せない』と憤る市民は増えていますね」  そう明かすのは玄葉光一郎事務所の関係者だ。  「刑事告発の報道が出た翌日、根本氏は会合で釈明したようだが、その場にいた人たちは『だったらきちんと説明すべきだ』とシラけていたみたいですね」(同)  玄葉氏としては、ここを突破口に根本氏の地盤である郡山に深く切り込みたいところ。しかし、現実はそうもいかないようだ。  「玄葉は1年前から郡山を中心に歩いており、留守がちの地元・田村は本人に代わって奥さんと娘さんが歩いている。この間、郡山で回れる場所は何度も回ってきました」(同)  一見すると、挨拶回りは順調そうに見えるが  「これまで業界団体の会合に呼ばれたことは一度もない。ずっと根本氏を支えてきた人たちですから、当然と言えば当然です。市の中心部も思うように歩けておらず、現時点では(郡山市内に)事務所を構える見通しも立っていない」(同)  長年かけて築かれてきた相手の地盤に切り込むのは、簡単ではないということだ。  昨年秋以降は、郡山市虎丸町に事務所を置く馬場雄基氏と連携を強めている玄葉氏。1月下旬からは、自身と接点の薄い地域は馬場氏が先に単独で回り、そのあとを玄葉氏が回るなど、作戦を練りながら市の中心部に迫ろうとしている。  その成果が表れつつあることは、郡山市内の立憲民主党関係者の話からもうかがえる。  「ポスターの数が目に見えて増えている。以前は増子輝彦氏(元参院議員)のポスターが貼られていた場所も玄葉氏のポスターに変わっている。一番驚いたのは室内ポスターが増えていることだ。家や事務所の中に室内ポスターが貼ってあるということは、その人に投票するという意思表示でもある。馬場氏のポスターは、道路端ではよく見るが室内ポスターを見かけることはない。玄葉氏も『郡山は回れば回るほど(票が)増える』と言っていますからね。玄葉氏が確実に郡山に食い込んでいることを実感します」  ただし、こうも付け加える。  「今の自民党はダメだから、受け皿として玄葉氏に票が集まるのは自然な流れ。しかし、玄葉氏に投票した人が立憲民主党を支持しているかというとそうではない。自民党の支持率は下がっているのに、立民の支持率が上がらないのがその証拠。そもそも玄葉氏は党代表候補に挙がったことがないし、党のあり方を本気で語ったこともない。要するに、玄葉氏に投票する人たちは『玄葉党』の支持者なのです」(同)  旧3区でも市町村議や県議は自民党候補を応援するが、国会議員は玄葉氏に投票する人が大勢いた。郡山でもそうしたねじれ現象が見られるかもしれない。玄葉氏は田村出身だが、郡山の安積高校卒業なので同級生が頼りになる。岳父の佐藤栄佐久元知事は郡山出身で、栄佐久氏の支持者が健在な点も郡山にさらに食い込む材料になりそう。  もっとも、これらの材料は我々のような外野が思っているほど当事者は有利に働くとは考えていない。前出・玄葉事務所関係者の話。  「安積高校卒業は根本氏もそうだし、栄佐久氏の支持者はずっと根本氏を支持してきた。周りは『同級生や岳父がいる』と言うが、その人たちが玄葉が来たからといって急に根本氏から鞍替えするかというと、そうはなりませんよ」 知事選を気にかける経済人  郡山で着々と支持を広げる玄葉氏だが、そこには衆院選と同時に知事選の話も付きまとう。  本誌昨年8月号でも触れたが、玄葉氏をめぐっては、一度は政権交代を果たしたものの野党暮らしが長くなっているため、支持者から「首相になれないなら知事に」という声が上がっている。玄葉氏も本誌の取材に、そういう声を耳にしていることを認めつつ「今後どうしていくかはこれからの話。いずれにしても、まずは次の総選挙です。選挙区で勝たないと、自分にとっての次の展望はない」と語っている。  郡山の経済人には、根本氏を支持しながら玄葉氏と個人的な関係を築いている人が結構いる。そういう経済人からは「知事選に出るなら出ると態度をはっきりさせてほしい」との本音も漏れる。  「このまま解散せず任期満了まで務めたら衆院選は2025年秋。一方、次の知事選は26年10月ごろ。そうなると仮に玄葉氏が衆院選に勝っても、1年しか務めずに知事選の準備をしなければならない。そんなのは現実的ではないし、幅広い支持層を取り込もうとするなら根本氏と真っ向勝負をして反感を買うのは得策ではない」(経済人)  ただ、内堀雅雄知事が4期目も目指すことになれば、内堀氏を知事に推し上げた玄葉氏が次の知事選に立候補する可能性はほぼなくなる。自分の思いだけでなく、環境も整わないと知事転身に踏み切れない以上、今は目の前の衆院選に全力を注ぐしかない。  元の地盤を守りながら未知の市町村を攻める根本氏と玄葉氏。前記・シミュレーション通りにはいかないだろうが、どちらが当選しても(あるいは比例復活で両氏とも当選しても)国会で仕事をするのは当然として、地元住民の生活に資する仕事をしてもらわないと住みよい県土になっていかないことを意識していただきたい。

  • 献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

     「自分は東大の客員教授であり宮内庁関係者だ」と全国の農家から皇室への献上名目で農産物を騙し取っていた男の裁判が昨年12月26日、福島地裁で開かれた。県内では福島市飯坂町湯野地区の農家が2021年から2年にわたり桃を騙し取られていた。男は皇室からの返礼として「皇室献上桃生産地」と書かれた偽の木札を交付。昨年夏に経歴が嘘と判明し、男は逮捕・起訴された。桃の行方は知れない。裁判で男は「献上品を決める権限はないが、天皇陛下に桃を勧める権限はある」と強弁し、無罪を主張するのだった。 「天皇に桃を勧める権限」を持つ!?ニセ東大教授 福島地裁  詐欺罪に問われた男は農業園芸コンサルタントの加藤正夫氏(75)=東京都練馬区。刑務官2人に付き従われて入廷した加藤氏は小柄で、上下紺色のジャージを着ていた。眼鏡を掛け、白いマスク姿。整髪料が付いたままなのか、襟足まで伸びた白髪混じりの髪は脂ぎっており、オールバックにしていた。  加藤氏は2022年夏に福島市飯坂町湯野地区の70代農家Aさんを通じ、Aさんを合わせて4軒の農家から「皇室に献上する」と桃4箱(時価1万6500円相当)を騙し取った罪に問われている。宮内庁名義の「献上依頼書」を偽造し、農家を信じ込ませたとして偽造有印公文書行使の罪にも問われた。  被害は県内にとどまらない。献上名目で北海道や茨城県、神奈川県の農家がトマトやスイカ、ミカンなどの名産品を騙し取られている。茨城県の事件は福島地裁で併合審理される予定だ。加藤氏の東京の自宅には全国から米や野菜、果物が届けられており、立件されていない事件を合わせれば多くの農家が被害に遭ったのだろう。  加藤氏はいったいどのような弁明をするのか。検察官が前述の罪状を読み上げた後、加藤氏の反論は5分以上に及んだ。異例の長さだ。  加藤氏「検察の方は、私が被害者のAさんに対して宮内庁に桃を推薦したとか、選ぶ権利があると言ったとおっしゃっていましたけど、Aさんには最初から私は宮内庁職員ではありませんと言っています。Aさんから桃を騙し取るつもりは毛頭ありません。私に選ぶ権利はありませんが、福島の桃を『いい桃ですよ』と推薦する権利は持っています。それと献上依頼書は5、6年前に宮内庁の方から古いタイプのひな形にハンコを押したものをいただきまして、それをもとに宮内庁と打ち合わせて納品日を記入しました。ですから献上依頼書は、ある意味では宮内庁と打ち合わせて内容を書いたものでして……」  要領を得ない発言に業を煮やした裁判官が「つまり、偽造ということか」と聞くと  加藤氏「宮内庁と打ち合わせをした上で私の方で必要な事柄を記入してAさんにお渡ししています」  裁判官「他に言いたいことは」  加藤氏「私は桃を献上品に選ぶ権限は持っていませんが、良質な物については『これはいい桃ですから、どうか陛下が召し上がってください』と勧める権利はあります」  裁判官「選定権限はないと」  加藤氏「はい。決定権は宮内庁にあります」  加藤氏は「献上桃の選定権限はないが推薦権限はある」などという理屈を持ち出し、Aさんを騙すつもりはなかったので無罪と主張した。宮内庁とのつながりも自ら言い出したわけではなく、Aさんが誤信したと主張した。  延々と自説を述べる加藤氏だが、献上依頼書が偽造かどうかの見解はまだ答えていない。裁判官が再び聞くと、加藤氏は「結局、私が持っていたのは5、6年前の古いタイプの献上依頼書なんですね。宮内庁から空欄になったものをいただきました。そこには福島市飯坂町のAさんの桃はたいへん良い桃で以下の通り指定すると登録番号が記入されていました。私がいつ献上するかを書いて、宮内庁やAさんと打ち合わせをして……」  裁判官「細かい話になるのでそこはまだいいです。偽造かどうかを答えてください」  加藤氏「それは、コピーをした白い紙に……」  裁判官「まず結論を」  結局、加藤氏は献上依頼書が偽造かどうか答えず、自身が作った書類であることは間違いないと認めた。釈明は5分超に及んだが、まだ補足しておきたいことがあったようだ。  加藤氏「2022年8月1日にAさんから桃4箱を受け取りましたが、うち2箱は確かに宮内庁に献上しました。残り1箱は成分を分析してデータを取りました。ビタミンなどを測りました」  裁判官「全部で4箱なので1箱足りないですが」  加藤氏「最後の1箱はカットして断面を品質の分析に使いました」  検査に2箱も費やすとは、贅沢な試料の使い方だ。  裁判官とのやり取りから「ああ言えばこう言う」加藤氏の人となりがつかめただろう。桃を騙し取られたAさんは取り調べにこう述べている。  「加藤氏が本当のことを話すとは思えない。彼は手の込んだ嘘を付いて、いったい何の目的で私に近づいてきたのか理解できない」(陳述書より) 「陛下が食べる桃を検査」  加藤氏がAさんに近づいたきっかけは農業資材会社を経営するBさんだった。2016年ごろ、加藤氏は別の農家を通じてBさんと知り合う。加藤氏は周囲に「東大農学部を卒業した東大大学院農学部の客員教授で宮内庁関係者」と名乗っていたという。Bさんには「自分は宮内庁庭園課に勤務経験があり、天皇家や秋篠宮家が口にする物を選定する仕事をしていた」とより具体的に嘘を付いていた。  加藤氏はBさんが肥料開発の事業をしていると知ると「自分は東大大学院農学部の下部組織である樹木園芸研究所の所長だ。私の研究所なら1回3万円で肥料を分析できる」と言い、本来は数十万円かかるという成分分析を低価格で請け負った。これを機にBさんの信頼を得る。  だが、いずれの経歴も嘘だった。宮内庁に勤務経験はないし、東大傘下の「樹木園芸研究所」は実在しない。ただ、加藤氏は日本大学農獣医学部を卒業しており、専門的な知識はあった模様。「農学に明るい」が真っ赤な嘘ではない点が、経歴を信じ込ませた。  加藤氏はBさんとの縁で「東大客員教授」として農家の勉強会で講師を務めるようになった。ここで今回の被害者Aさんと接点ができた。2021年5月ごろにはAさんら飯坂町湯野地区の農家たちに対して「この地区の桃はおいしい。ぜひ献上桃として推薦したい。私は宮内庁で陛下が食べる桃の農薬残量や食味を検査しており、献上品を選定できる立場にある」と言った。  同年7月にAさんは「献上品」として加藤氏に桃計70㌔を託した。加藤氏は宮内庁からの返礼として「皇室献上桃生産地」と揮毫された木札を渡した。木札の写真は、当時市内にオープンしたばかりの道の駅ふくしまに福島市産の桃をPRするため飾られた。  実は、宮内庁からの返礼とされる木札も加藤氏の創作だった。加藤氏は「献上した農家には木札が送られる。宮内庁から受け取るには10万円必要だが、農家に負担を掛けたくない。誰か知り合いに揮毫してくれる人はいないか」とBさんに書道家を紹介してほしいと依頼、木札に書いてもらった。  桃を騙し取ってから2年目の2022年6月には前述・宮内庁管理部大膳課名義の献上依頼書を偽造し、Aさんたちに「今年もよろしく」と依頼した。「宮内」の押印があったが、これは加藤氏が姓名「宮内」の印鑑として印章店に5500円で作ってもらった物だった。印章店も「宮内さん」が「宮内庁」に化けるとは思いもしなかっただろう。昨年に続きAさんたちは桃を加藤氏に託した。  「皇室献上桃生産地」の木札に「宮内」の印鑑。もっともらしいあかしは、嘘に真実味を与えるのと同時に注目を浴び、かえってボロが出るきっかけとなった。現在、県内で皇室に献上している桃は桑折町産だけだ。新たに福島市からも桃が献上されれば喜ばしいニュースになる。返礼の木札を好意的に取り上げようと新聞社が取材を進める中で、宮内庁が加藤氏とのつながりと、福島市からの桃献上を否定した。疑念が高まる。2023年7月に朝日新聞が加藤氏の経歴詐称と献上桃の詐取疑惑を初報。Aさんが被害届を出し、加藤氏は詐欺罪で捕まった。  ただ、事件発覚以前からAさん、Bさんともに加藤氏に疑念の目を向けるようになっていた。加藤氏は「献上品を出してくれた人たちは天皇陛下と会食する機会が得られる」と触れ回っていたが、Bさんが「会食はいつになるのか」と尋ねても加藤氏は適当な理由を付けて「延期になった」「中止になった」とはぐらかしていたからだ。  Bさんは知り合いの東大教員に加藤氏の経歴を尋ねると「そんな男は知らない」。2023年7月に宮内庁を訪れ確認したところ、加藤氏の経歴が全くのデタラメで桃も献上されていないことが分かった。Aさんはこの年も近隣農家から桃を集め、同月下旬に加藤氏に託すところだったが、Bさんから真実を知らされ加藤氏を問い詰めた。加藤氏は「献上した」と強弁し、経歴詐称については理由を付けて正直に答えなかった。  2021、22年と加藤氏に託した桃の行方は分かっていない。転売したのか、自己消費したのか。加藤氏が「献上した」と言い張る以上、裁判で白状する可能性は低い。  もっと分からないのは動機だ。農産物の転売価格はたかが知れており、騙し取った量で十分な稼ぎになったとは思えない。時間が経てば品質が落ちるので短期間で売りさばかなければならず、高価格で販売するにはブランド化しなければならないが、裏のマーケットでそれができるのか。第一、加藤氏は「宮内庁関係者」「東大客員教授」を詐称し、非合法の儲け方をするには悪目立ちしすぎだ。 学歴コンプレックス  犯行動機は転売ではなく、加藤氏の学歴コンプレックスと虚栄心ではないか。それを端的に示す発言がある。加藤氏は取り調べでの供述で「東大農学部農業生物学科を卒業し、東大大学院で9年間研究員をしていた」と自称していたが、実際は日大農獣医学部農業工学科卒と認めている。昨年12月に開かれた初公判の最後には、明かされた自身の学歴を訂正しようと固執した。  「ちょっとよろしいですか。私の経歴で日本大学を卒業とありますが、卒業後に5年間、東京大学の研究員をしていますので……」  冒頭の要領を得ない説明がよみがえる。まだまだ続きそうな気配だ。 これには加藤氏の弁護士も「そういうことは被告人質問で言いましょう」と制した。  天皇と東大。日本でこれほどどこへ行っても通じる権威はないだろう。加藤氏は「宮内庁とのつながり」「東大の研究者」をひっさげて全国の農村に出没し、それらしい農学の知識を披露して「先生」と崇められていた。水を差す者が誰もいない環境で虚栄心を肥大させていったのではないか。福島市飯坂町湯野地区の桃農家は愚直においしさを追求していただけだったのに、嘘で固められた男の餌食になった。

  • 政経東北【2024年3月号】

    【政経東北 目次】県内元信者が明かす旧統一教会の手口/【衆院選新3区】未知の県南で奮闘する会津の与野党現職/【白河】旧鹿島ガーデンヴィラ「奇妙なM&A」の顛末/【センバツ出場】学法石川の軌跡/安田秀一いわきFCオーナーに聞く/【特集・原発事故から13年】/福島駅東口再開発に暗雲 アマゾンで購入する BASEで購入する 県内元信者が明かす旧統一教会の手口 新法では救われない「宗教2世」 【衆院選新3区】未知の県南で奮闘する会津の与野党現職 上杉支持者に敬遠される菅家氏、玄葉票取り込みが課題の小熊氏 【白河】旧鹿島ガーデンヴィラ「奇妙なM&A」の顛末 不動産を市内外の4社が競売で取得 【棚倉町議会】議長2年交代めぐるガチンコ対決 議員グループ分裂で9月町長選への影響必至!? 問われるあぶくま高原道路の意義 利用促進を妨げる有料区間 【センバツ出場】学法石川の軌跡 佐々木順一朗監督のチームづくりに迫る 【スポーツインタビュー】安田秀一いわきFCオーナーに聞く 「君が来れば、スタジアムができる」 過渡期を迎えた公設温浴施設【会津編】 会津美里町は民間譲渡で存続 【特集・原発事故から13年】 ①県内復興公営住宅・仮設住宅のいま ②復興事業で変わる双葉郡の居住者構成 ③追加原発賠償の課題 ④復興イノベーションは実現できるのか ⑤原発集団訴訟 6・17最高裁判決は絶対なのか(牧内昇平) ⑥フクイチ核災害は継続中(春橋哲史) ⑦廃炉の流儀 拡大版(尾松亮) 県職員・教員の不祥事が減らないワケ 横領金回収が絶望的な会津若松市と楢葉町 国見町議会には荷が重い救急車事業検証 福島駅東口再開発に暗雲 福島駅「東西口再編」に必要な本音の議論 その他の特集 巻頭言 復興まちづくりの在り方 グラビア 旧避難区域の〝いま〟 今月のわだい 維新の会県総支部「郡山移転」の狙い 南相馬木刀傷害男の被害者が心境吐露 矢吹町「ホテルニュー日活」破産の背景 桐島聡に影響与えた⁉福島医大の爆弾魔 特別インタビュー 小櫻輝・県交通安全協会長 管野啓二・JA福島五連会長 企画特集 地域資源を生かした田村市のまちづくり 挑戦とシン化を続けるいわき商工会議所 市長インタビュー 木幡浩・福島市長 須田博行・伊達市長 高松義行・本宮市長 首長新任期の抱負 星學・下郷町長 インフォメーション 新常磐交通 福島観光自動車 陽日の郷あづま館 矢祭町・矢祭町教育委員会 連載 横田一の政界ウオッチ耳寄り健康講座(ときわ会グループ)ふくしま歴史再発見(岡田峰幸)熟年離婚 男の言い分(橋本比呂)東邦見聞録高橋ユキのこちら傍聴席選挙古今東西(畠山理仁)ふくしまに生きる 編集後記

  • 双葉町で不適切巡回横行の背景

     双葉町がまちづくり会社に委託している町内の戸別巡回業務で60~80代の全巡回員13人が不適切行動をしていた。所有者が巡回を希望していない宅地に無断で立ち入ったほか、道路や線路沿い、空き家の敷地などに実る柿や栗、山菜を無断で持ち去っていた。まちづくり会社は町が設置に携わり、巡回事業は復興庁の交付金を活用していたため全国を賑わし、巡回員のレベルの低さが露呈。法令順守が行き渡っておらず、町とまちづくり会社は指導の不徹底を問われる。 巡回員のレベルの低さが露呈 復興庁が委託した巡回業務で不適切行動があった(写真は双葉町役場)  戸別巡回業務は東京電力福島第一原発事故に伴い指定された双葉町内の避難指示解除区域の空き家などを巡り、玄関の施錠確認などを行う防犯活動。2022年8月に町内の帰還困難区域の一部が解除され、立入通行証を所持しなくても誰もが自由に行き来できるようになるのを前に、町が21年度から一般社団法人ふたばプロジェクト(双葉町)に業務委託した。  委託期間は今年3月末までを予定していたが、不適切行為を公表してから町は別の民間警備会社に巡回車だけで見回る業務に代替している。  同プロジェクトの渡辺雄一郎事務局次長によると職員は24人で、うち正職員5人、有期雇用の職員6人、残り13人が今回不適切行動があった巡回員だった。巡回員は1日5人の体制で、2人ずつ2組が車2台に分かれて乗り、朝8時30分から夕方5時15分まで町内の民家や公共施設を365日見回る。1人は班長として事務所で待機する。班は2日で一巡する。  避難指示解除区域では、老朽化や放射能汚染を受けた建物の公費解体が進む。巡回員は未解体の建物がある敷地に立ち入り、建物の侵入形跡や損壊、残された車両が盗まれていないかを確認する。家主が戸別巡回を希望しないと事前に届け出ている場合や、家屋・門扉を閉じたりロープを張ったりして立ち入らないでほしい意思を明らかに示している場合は敷地外からの目視に留めていた。  不適切行為に気づいた経緯は、2023年10月8日、3連休の中日の日曜日、ある1組が2人で宅地を回っていた際、もう1人が20分も掛かっていたことを不審に思ったからだった。探すと、門扉が閉まって立ち入り禁止の意思表示がされているにもかかわらず、立ち入って建物の解体が進む様子を撮影していた。自身のフェイスブックに投稿していたという。解体工事で敷地を分ける構造物が一部取り払われていたため、門扉が閉まっていても敷地に入れる状況になっていた。バディを組むもう1人が別の巡回員に不適切行動を伝えた。巡回員は10月12日に同プロジェクトの事務局職員に報告した。フェイスブックの投稿を確認し、業務を監督する双葉町住民生活課に報告した。町から事情聴取の上、他の巡回員にも不適切行動がないか追加調査するよう指示された。  無断立ち入りし写真を撮影した巡回員の投稿は、巡回員の許可を得て削除した。同プロジェクトの渡辺次長によると、巡回員は「大震災・原発事故で受けた双葉町の悲惨な記憶が風化しないように現状を伝えたかった」と釈明したという。  同12日から実施した全13人の巡回員への聞き取りでは、無断立ち入りのほかに道路や線路脇、公共施設敷地、民有地10カ所内に自生している果実や山菜の無断採取が判明した。生えている場所を巡回員同士で共有し、採った後は自分たちで消費していたという。果実は柿や栗、銀杏などで、実がなる時季を考えると、業務が始まった2021年秋から無断採取は始まっていたとみられる。  町住民生活課長が10月17日から11月27日にかけて民有地10カ所の全地権者に電話や文書で謝罪した。同27日に謝罪が完了したことをもって町と同プロジェクトが不適切行動を発表。同プロジェクトは巡回員13人を自宅謹慎にした上で、11月23日以降の巡回業務を停止した。  一連の不適切行動は10月上旬の写真投稿で発覚した。業務を停止したのは11月23日以降だから、その間は継続していたことになる。  「人手が足りないという難しいところもありました。代わりの要員を採用するといっても地域に精通した人材をすぐに見つけられるわけではなかった」(渡辺次長)  この事業は復興庁→双葉町→ふたばプロジェクトの順に再委託されている。土屋品子復興相は町の発表と同時に11月27日に事案を公表した。  《本事案発覚後、直ちに、SNSに無許可で写真を投稿した巡回員を業務から外したほか、全巡回員に再教育を行うなど再発防止策を徹底、更に11月23日より、果実等の無断採取を含めて問題行為を行った全ての巡回員を戸別巡回業務から外したところです》  さらに町の情報を上げるスピードが遅かったことを指摘した。  《本事案については、発覚後、双葉町から福島復興局への報告に3週間かかり、また、復興局から復興庁本庁への報告にも3週間かかり、これによる対応の遅れがありました》  復興庁の予算を使った防犯パトロール事業は浪江、大熊、富岡、楢葉、広野、葛尾の6町村でもあったが、多くは青色灯を付けた車両で敷地外を回り、民間警備会社に委託しているところが多い。浪江町は住民を特別職として雇い、チームで巡回し、不審な点を見つけたら敷地内に入る形を取っている。  ある自治体の担当者は「無断で立ち入るだけでなく、果物や山菜を取るのは異常」。別の自治体の担当者は「復興庁に報告するため、本自治体でも不適切事案の調査を進めています」と忙しい様子だった。 任される数々の業務  双葉町の巡回で不適切事例が横行していたのは、戸別巡回という防犯としては積極的な種類だったこと、それをまちづくり会社が担っていたことが挙げられる。論文「福島県の原子力被災地におけるまちづくり会社の実態と課題に関する研究―双葉郡8町村のまちづくり会社を対象として―」(但野悟司氏ら執筆、公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集21号、2023年2月)によると、広野、楢葉、富岡、大熊、浪江、葛尾、双葉、川内の8町村のまちづくり会社のうち、防犯パトロールを実施しているのはふたばプロジェクトのみだった。  法人登記簿によると、同プロジェクトは2019年に設立した。当初から実務を担う事務局長には町職員が出向し、現在は宇名根良平氏。理事には徳永修宏副町長や町商工会関係者が名を連ねる。事業目的は《「官民連携・協働によるふるさとふたばの創生」を基本理念とし、民間と行政の協働による町民主体のまちづくりを牽引するとともに、町民のための地域に根ざした事業を展開し、町の将来像に向けた魅力あるまちを創造すること》としている。主な事業は①各種イベント支援や町民の交流を促進する事業、②双葉町及び町民に関連する情報発信事業、③空き地・空き家の活用による賑わい再生事業など。戸別巡回業務は異色だった。  町が関わっている組織故に信頼があり、敷地に立ち入る戸別巡回を任された。だが、実際に携わった60~80代の男性たちが不適切行動をしていた以上、委託した町や巡回員を指導した事務局がどの程度、法令順守を徹底していたかが問われる。同プロジェクトの本分は交流促進による活性化だが、町には民間事業者が戻らず、あらゆる仕事を任されている状態。手を広げていた中で起きた事案だった。