• 双葉町で不適切巡回横行の背景

    双葉町で不適切巡回横行の背景

     双葉町がまちづくり会社に委託している町内の戸別巡回業務で60~80代の全巡回員13人が不適切行動をしていた。所有者が巡回を希望していない宅地に無断で立ち入ったほか、道路や線路沿い、空き家の敷地などに実る柿や栗、山菜を無断で持ち去っていた。まちづくり会社は町が設置に携わり、巡回事業は復興庁の交付金を活用していたため全国を賑わし、巡回員のレベルの低さが露呈。法令順守が行き渡っておらず、町とまちづくり会社は指導の不徹底を問われる。 巡回員のレベルの低さが露呈 復興庁が委託した巡回業務で不適切行動があった(写真は双葉町役場)  戸別巡回業務は東京電力福島第一原発事故に伴い指定された双葉町内の避難指示解除区域の空き家などを巡り、玄関の施錠確認などを行う防犯活動。2022年8月に町内の帰還困難区域の一部が解除され、立入通行証を所持しなくても誰もが自由に行き来できるようになるのを前に、町が21年度から一般社団法人ふたばプロジェクト(双葉町)に業務委託した。  委託期間は今年3月末までを予定していたが、不適切行為を公表してから町は別の民間警備会社に巡回車だけで見回る業務に代替している。  同プロジェクトの渡辺雄一郎事務局次長によると職員は24人で、うち正職員5人、有期雇用の職員6人、残り13人が今回不適切行動があった巡回員だった。巡回員は1日5人の体制で、2人ずつ2組が車2台に分かれて乗り、朝8時30分から夕方5時15分まで町内の民家や公共施設を365日見回る。1人は班長として事務所で待機する。班は2日で一巡する。  避難指示解除区域では、老朽化や放射能汚染を受けた建物の公費解体が進む。巡回員は未解体の建物がある敷地に立ち入り、建物の侵入形跡や損壊、残された車両が盗まれていないかを確認する。家主が戸別巡回を希望しないと事前に届け出ている場合や、家屋・門扉を閉じたりロープを張ったりして立ち入らないでほしい意思を明らかに示している場合は敷地外からの目視に留めていた。  不適切行為に気づいた経緯は、2023年10月8日、3連休の中日の日曜日、ある1組が2人で宅地を回っていた際、もう1人が20分も掛かっていたことを不審に思ったからだった。探すと、門扉が閉まって立ち入り禁止の意思表示がされているにもかかわらず、立ち入って建物の解体が進む様子を撮影していた。自身のフェイスブックに投稿していたという。解体工事で敷地を分ける構造物が一部取り払われていたため、門扉が閉まっていても敷地に入れる状況になっていた。バディを組むもう1人が別の巡回員に不適切行動を伝えた。巡回員は10月12日に同プロジェクトの事務局職員に報告した。フェイスブックの投稿を確認し、業務を監督する双葉町住民生活課に報告した。町から事情聴取の上、他の巡回員にも不適切行動がないか追加調査するよう指示された。  無断立ち入りし写真を撮影した巡回員の投稿は、巡回員の許可を得て削除した。同プロジェクトの渡辺次長によると、巡回員は「大震災・原発事故で受けた双葉町の悲惨な記憶が風化しないように現状を伝えたかった」と釈明したという。  同12日から実施した全13人の巡回員への聞き取りでは、無断立ち入りのほかに道路や線路脇、公共施設敷地、民有地10カ所内に自生している果実や山菜の無断採取が判明した。生えている場所を巡回員同士で共有し、採った後は自分たちで消費していたという。果実は柿や栗、銀杏などで、実がなる時季を考えると、業務が始まった2021年秋から無断採取は始まっていたとみられる。  町住民生活課長が10月17日から11月27日にかけて民有地10カ所の全地権者に電話や文書で謝罪した。同27日に謝罪が完了したことをもって町と同プロジェクトが不適切行動を発表。同プロジェクトは巡回員13人を自宅謹慎にした上で、11月23日以降の巡回業務を停止した。  一連の不適切行動は10月上旬の写真投稿で発覚した。業務を停止したのは11月23日以降だから、その間は継続していたことになる。  「人手が足りないという難しいところもありました。代わりの要員を採用するといっても地域に精通した人材をすぐに見つけられるわけではなかった」(渡辺次長)  この事業は復興庁→双葉町→ふたばプロジェクトの順に再委託されている。土屋品子復興相は町の発表と同時に11月27日に事案を公表した。  《本事案発覚後、直ちに、SNSに無許可で写真を投稿した巡回員を業務から外したほか、全巡回員に再教育を行うなど再発防止策を徹底、更に11月23日より、果実等の無断採取を含めて問題行為を行った全ての巡回員を戸別巡回業務から外したところです》  さらに町の情報を上げるスピードが遅かったことを指摘した。  《本事案については、発覚後、双葉町から福島復興局への報告に3週間かかり、また、復興局から復興庁本庁への報告にも3週間かかり、これによる対応の遅れがありました》  復興庁の予算を使った防犯パトロール事業は浪江、大熊、富岡、楢葉、広野、葛尾の6町村でもあったが、多くは青色灯を付けた車両で敷地外を回り、民間警備会社に委託しているところが多い。浪江町は住民を特別職として雇い、チームで巡回し、不審な点を見つけたら敷地内に入る形を取っている。  ある自治体の担当者は「無断で立ち入るだけでなく、果物や山菜を取るのは異常」。別の自治体の担当者は「復興庁に報告するため、本自治体でも不適切事案の調査を進めています」と忙しい様子だった。 任される数々の業務  双葉町の巡回で不適切事例が横行していたのは、戸別巡回という防犯としては積極的な種類だったこと、それをまちづくり会社が担っていたことが挙げられる。論文「福島県の原子力被災地におけるまちづくり会社の実態と課題に関する研究―双葉郡8町村のまちづくり会社を対象として―」(但野悟司氏ら執筆、公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集21号、2023年2月)によると、広野、楢葉、富岡、大熊、浪江、葛尾、双葉、川内の8町村のまちづくり会社のうち、防犯パトロールを実施しているのはふたばプロジェクトのみだった。  法人登記簿によると、同プロジェクトは2019年に設立した。当初から実務を担う事務局長には町職員が出向し、現在は宇名根良平氏。理事には徳永修宏副町長や町商工会関係者が名を連ねる。事業目的は《「官民連携・協働によるふるさとふたばの創生」を基本理念とし、民間と行政の協働による町民主体のまちづくりを牽引するとともに、町民のための地域に根ざした事業を展開し、町の将来像に向けた魅力あるまちを創造すること》としている。主な事業は①各種イベント支援や町民の交流を促進する事業、②双葉町及び町民に関連する情報発信事業、③空き地・空き家の活用による賑わい再生事業など。戸別巡回業務は異色だった。  町が関わっている組織故に信頼があり、敷地に立ち入る戸別巡回を任された。だが、実際に携わった60~80代の男性たちが不適切行動をしていた以上、委託した町や巡回員を指導した事務局がどの程度、法令順守を徹底していたかが問われる。同プロジェクトの本分は交流促進による活性化だが、町には民間事業者が戻らず、あらゆる仕事を任されている状態。手を広げていた中で起きた事案だった。

  • 立ち退き脅迫男に提訴された高齢者

    【会津若松】立ち退き脅迫男に提訴された高齢者

     会津若松市馬場町に住む74歳男性が土地の転売を目論む集団から立ち退きを迫られている(昨年8月号で詳報)。追い出し役とみられる新たな所有者は、男性が「賃料を払わず占有している」として土地と建物の明け渡しを求める訴訟を起こし、昨年12月に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。転売集団は立ち退きを厳しく制限する借地借家法に阻まれ、手詰まりから訴訟に踏み切った形。新所有者が、既に入居者がいるのを了承した上で土地を購入したことを示す証言もあり、新所有者が主張する「不法入居」の立証は無理筋だ。 無理筋な「不法入居」立証  問題の土地は会津若松市馬場町4―7の住所地にある約230坪(約760平方㍍)。地番は174~176。その一角に立ち退き訴訟の被告である長谷川雄二氏(74)の生家があり、仕事場にしていた。現在は長谷川氏の息子が居住している。  長谷川氏によると、祖父の代から100年以上にわたり、敷地内に住む所有者に賃料を払い住んできたという。不動産登記簿によると、1941年4月3日に売買で会津若松市のA氏が所有者になった。その後、2003年4月10日に県外のB氏が相続し、2018年9月11日に同住所のC氏に相続で所有権が移っている。実名は伏せるが、A、B、C氏は同じ名字で、長谷川氏によると親族という。  この一族以外に初めて所有権が移ったのは2019年12月27日。会津若松市湯川町の関正尚氏(79)がC氏から購入し、それから3年余り経った昨年2月7日に東京都東村山市の太田正吾氏が買っている。  今回、土地と建物の明け渡し訴訟を起こしたのは太田氏だ。今年3月に馬場町の家に車で乗り付け、「許さねえからな。俺、家ぶっ壊しちゃうからな」などと強い口調で立ち退きを迫る様子が、長谷川氏が設置した監視カメラに記録されていた。長谷川氏は太田氏を、所有権を根拠に強硬手段で住民を立ち退かせ、転売する「追い出し役」とみている。  賃料の支払い状況を整理する。長谷川氏は、A、B、C氏の一族には円滑に賃料を払ってきたといい、振り込んだことを示すATMの証明書を筆者に見せてくれた。次の所有者の関氏には手渡しで払っていたという。後述するトラブルで関氏が賃料の受け取りを拒否してからは法務局に供託し、実質支払い済みと同じ効力を得ている。これに対し、太田氏は「出ていけ」の一点張りで、そもそも賃料の支払いを求めてこなかったという。同じく賃料を供託している。  立ち退き問題は関氏が土地を買ったことに端を発するが、なぜ彼が買ったのか。  「A氏の親族のB、C氏は県外に住んでいることもあり、土地を手放したがっていました。C氏から『会津で買ってくれる人はいないか』と相談を受け、私が関氏を紹介しました」(長谷川氏)  土地は会津若松の市街地にあるため、買い手の候補は複数いた。ただ、C氏は長年住み続けている長谷川家に配慮し「転売をしない」、「長谷川家が住むことを承諾する」と厳しい条件を付けたため合意には至らなかった。そもそも借主の立ち退きは借地借家法で厳しく制限され、正当事由がないと認められない。認められても、貸主は出ていく借主に相応の補償をしなければならない。C氏が付けた条件は同法が認める賃借人の居住権と重複するが、長谷川氏に配慮して加えた。  会津地方のある経営者は、購入を断念した一因に条件の厳しさがあったと振り返る。  「有望な土地ですが『居住者に住み続けてもらう』という条件を聞き躊躇しました。開発するにしても転売するにしても、立ち退いてもらわなければ進まないですから」  そんな「長谷川家が住み続けるのを認め、転売しない」という買い手に不利な条件に応じたのが関氏だった。約230坪の土地は固定資産税基準の評価額で2600万円ほど。C氏から契約内容を教えてもらった長谷川氏によると、関氏は約500万円で購入したという。関氏はこの土地から数百㍍離れた場所で山内酒店を経営。土地は同店名義で買い、長谷川家は住み続けるという約束だった。  法人登記簿によると、山内酒店は資本金500万円で、関氏が代表取締役を務める。酒類販売のほか、不動産の賃貸を行っている。  「転売しないという約束を重くするために、C氏は関氏との契約に際し山内酒店の名義で購入する条件を加えました。2019年に私と関氏、C氏とその親族が立ち会って売買に合意しました。代々の所有者と長谷川家の間には賃貸借契約書がなかったこと、関氏と私は長い付き合いで信頼し合っていたことから約束は口頭で済ませた。これが間違いだった」(長谷川氏)  長谷川氏が2022年3月に不動産登記簿を確認すると、所有者が2019年12月27日に「関正尚」個人になっていた。山内酒店で買う約束が破られたことになる。疑念を抱いた長谷川氏は、手渡しで関氏に払っていた賃料の領収書を発行するよう求めた。「山内酒店」と「関正尚」どちらの名前で領収書が切られるのか確認する目的だったが、拒否された。しつこく求めると「福和商事」という名前で領収書を渡された。  「土地の所有者は登記簿に従うなら『関正尚』です。この通り書いたら、店名義で買うというC氏との約束を破ったのを認めることになる。一方、『山内酒店』と書いたら、登記簿の記載に反するので領収書に虚偽を書いたことになる。苦し紛れに書いた『福和商事』は関氏が個人で貸金業をしていた時の商号です。法人登記はしていません」(長谷川氏)  正規の領収書が出せないなら、関氏には賃料を渡せない。ただ、それをもって「賃料を払っていない不法入居者」と歪曲されるのを恐れた長谷川氏は、福島地方法務局若松支局に賃料を供託し、現在も不法入居の言われがないことを示している。 転売に飛びついた面々 長谷川氏(右)に立ち退きを迫る太田氏=2023年3月、会津若松市馬場町  現所有者の太田氏に所有権が移ったのは昨年2月だが、太田氏はその4カ月前の2022年11月17日に不動産業コクド・ホールディングス㈱(郡山市)の齋藤新一社長を引き連れ、馬場町の長谷川氏宅を訪ねている。その時の言動が監視カメラに記録されている。カメラには同月、郡山市の設計士を名乗る男2人が訪ねる様子も収められていた。自称設計士は「富蔵建設(郡山市)から売買を持ち掛けられた」と話していた。長谷川氏は、関氏から太田氏への転売にはコクド・ホールディングスや富蔵建設が関与していると考える。  筆者は昨年7月、関氏に見解を尋ねた。やり取りは次の通り。  ――長谷川氏は土地を追い出されそうだと言っている。  「追い出されるってのは買った人の責任だ。俺は売っただけだ」  ――長谷川家が住み続けていいとC氏と長谷川氏に約束し、買ったのか。  「俺は言っていない。あっちの言い分だ」  ――転売する目的だったとC氏と長谷川氏には伝えたのか。  「伝えていない。どうなるか分からないが売ってだめだという条件はなかった」  ――どうして太田氏に土地を売ったのか。  「そんなことお前に言う必要あるめえ。そんなことには答えねえ」  ――太田氏が長谷川氏に立ち退くよう脅している監視カメラ映像を見た。  「(長谷川氏が)脅されたと思うなら警察を呼べばいい。あいつは都合が悪いとしょっちゅう警察を呼ぶ」  ――コクド・ホールディングスの齋藤氏とはどのような関係か。 「……」  ――齋藤氏や土地を買った太田氏とは一切面識がないということでいいか。  「何でそんなことお前に言わなきゃなんねえんだ。俺は答えねえ」 入居者を追い出すのは現所有者である太田氏の勝手ということだ。  太田氏の動きは早かった。所有権移転から間もない昨年3月、馬場町の家を訪ね、長谷川氏に暴言を吐き立ち退きを迫った。だが、逆に脅迫する様子を監視カメラに撮られた。以後、合法手段に移る。  同6月、太田氏は長谷川氏の立ち退きを求めて提訴した。太田氏の法定代理人は東京都町田市の松本和英弁護士。同12月6日に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。太田氏は現れず、松本弁護士の事務所の若手弁護士が出廷した。被告側は代理人を立てず長谷川氏のみ。長谷川氏は「弁護士を雇う金がない。法律や書式はネットで勉強した。知恵と根気があれば貧乏人でも闘えることを証明したい」。 転売契約書の中身は?  裁判では、原告の太田氏側が長谷川氏の「不法入居」を証明する必要がある。だが、提出した証拠書類は土地の登記簿のみ。長谷川氏は、関氏から太田氏への売買を裏付ける契約書の提出を求めた。これを受け、島崎卓二裁判官は「売買を裏付ける証拠はある?」。太田氏側は「あるにはあるが提出は控えたい」。島崎裁判官は「立証責任は原告にある。契約書があるなら提出をお願いします」と促した。  一方で、島崎裁判官は被告の長谷川氏に土地の賃貸や居住を端的に示す書類を求めた。長谷川氏の回答は「ありません」。長谷川氏は、関氏と太田氏の土地売買に携わった宅建業者の証言や賃料の支払い証明書など傍証を既に提出しているという。  閉廷後の取材に長谷川氏は次のように話した。  「私たち一族がここに住み始めたのは戦前にさかのぼる。当時の契約は、今のようにきちんとした書類を取り交わす習慣がなかったのだと思います。賃貸借契約を端的に示す書類はないが、少なくとも太田氏の前の前の所有者のC氏に関しては賃料を振り込んだことを示す記録が残っているし、関氏とC氏は親族立ち会いのもと『長谷川家が住み続ける』と合意して契約を結んでいる。さらに、関氏から太田氏に転売される際には『既に居住者(長谷川家)がいると説明した上で契約を結んだ』と話す宅建業者の音声データを得ている。裁判では太田氏側が出し渋る契約書の提出を再度求めます」  長谷川氏が契約書の提出を強く求めるのは、仲介した宅建業者の証言通りなら「売買する土地には以前から入居者がいる」と関氏から太田氏への重要事項説明が書きこまれている可能性が高いからだ。太田氏が、居住者がいることを受け入れて契約を結んだ場合、「長谷川家は所有者の了解なく住んでいる」との理屈は成り立たない。さらに借地借家法で居住権が優先的に認められるため、太田氏の都合で追い出すことは不可能になる。  太田氏側が契約書を示さず、裁判官の提出要求にも逡巡している様子からも、契約書には太田氏に不利な内容、すなわち長谷川家の居住を認める内容が書かれている可能性が高い。今後は太田氏側が契約書を提出するかどうかが焦点になる。   第2回期日は1月31日午前10時から地裁会津若松支部で行われる。譲らない双方は和解には至らず法廷闘争は長期化するだろう。 あわせて読みたい 【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

  • 【玉川村】職員「住居手当不適切受給」の背景

    【玉川村】職員「住居手当不適切受給」の背景

     玉川村の50代男性職員が住居手当と通勤手当の計約400万円を不適切に受給したとして、昨年12月に停職3カ月の懲戒処分を受けた。一方、本誌昨年10月号では、矢吹町の30代男性職員が住居手当を不適切に受給していたとして、昨年9月に戒告の懲戒処分を受けたことを報じた。この2つの事例から察するに、表面化していないだけで、この手の問題はほかの自治体でもあるのではないか、と思えてならない。 矢吹町でも同様の事例発覚  玉川村の問題は、地域整備課の男性職員(主任主査。50代)が、2012年5月~昨年11月まで、住居手当379万7000円と通勤手当17万1000円の396万8000円を不適切に受給した。村はこの男性職員を停職3カ月の懲戒処分にした。処分は昨年12月7日付。  村によると、男性職員は村外に借りたアパートに住民登録しており、村では家賃の2分の1、2万8000円(※以前は2万7000円)を上限に住宅手当が支給されることになっている。ところが、男性職員はアパートを借りたままで、実際の生活は村外の親族宅で暮らすようになった。それが始まったのが2012年5月こと。本来であれば、その時点で住民票を移して、村に申し出なければならなかったが、「親族宅での生活は一時的なもの」として、そのままにしていた。しかし、親族宅での生活は「一時的なもの」ではなく、結果的に10年以上に及んだ。その間、アパートの賃貸借契約は継続されていたが、住居手当には「生活の実態がある」旨の条件があり、受給条件を満たさなくなった。加えて、その親族宅は、住民登録していたアパートより、職場(玉川村役場)への距離が若干近かった。  こうした事情から、前述した住居手当、通勤手当の計約400万円を不適切に受給したとして、停職3カ月の懲戒処分を受けたのである。  この問題が発覚した原因は匿名の情報提供があったのがきっかけ。これを受け、聞き取り調査を行い、男性職員が事実と認めたことから、懲罰委員会で処分を決めた。不適切に受給した住居手当、通勤手当は全額を返済されているという。  「(処分発表後)村民からは厳しいご指摘もいただいている。今回の件を受け、11月と12月に(同様の事例がないか)全職員への聞き取りを行いました。今後も、年1回は確認を行い、このようなことが起こらないように対処したい」(須田潤一総務課長)  今回の件を受け、ある議員はこう話した。  「昨年12月議会開会前の同月6日に、控え室で村から議員にこの問題についての説明があった。そこでは明日(7日)に懲罰委員会を開き、(議会初日の)8日にあらためて説明するとのことだった。ただ、村民の中には、われわれ(議員)より先にこの問題を知っている人がいて、それによると『この男性職員は矢吹町にアパートを借りていて、奥さんが出産の際、実家に戻った。旦那さん(男性職員)もアパートに帰らず、奥さんの実家に寝泊まりして、そこから通勤するようになった。それがズルズルと続いて、今回の問題に至った』と、逆にわれわれが村民に詳細を教えられる状況だった。どこから漏れたのか、ある程度、察しはつくが、こういうのは何とかならないものかと思いましたね」  肝心の問題の対処については、「どの職員がどこに住んでいるか。本当に、住民登録があるところに住んでいるのか等々を把握するのは難しい。本当にそこに住んでいるのか、抜き打ちで後をつけるわけにもいかないしね。その辺は本人の申告に頼らざるを得ないが、定期的に確認することは必要になるでしょう」との見解を示した。  アパートなどの賃貸住宅は、一度契約すると、当事者からの申し出がない限り、自動的に契約が更新される仕組み。例えば、1年ごとに契約を結び直すシステムであれば、その度に契約書を提示してもらうことで確認できるが、そうでない以上、本人の申し出に頼るしかない。そういった点はあるものの、住居手当の受給条件を満たしているか等々の定期的な確認は必要だろう。  一方で、ある村民はこう話す。  「いま、村内では阿武隈川遊水地の問題があるが、遊水地の対象地区では地元協議会を立ち上げ、要望活動などを行っています。昨年12月9日に、その会合を開き、村からも関係職員が出席することになっていましたが、急遽、村から『事情があって出席できなくなった』と言われました。後で、その問題を知り、そういうことか、と」  前述したように、処分は昨年12月7日付だが、村が公表したのは同12日だった。そのため、ほとんどの村民は、同日の夕方のニュースか、翌日の朝刊でこの問題を知った。遊水地の地元協議会が開かれた9日の時点では、「なぜ、村はドタキャンしたのか」と訝しんだが、数日後に「この問題があってバタバタしていたから来られなかったのか」と悟ったというのだ。 矢吹町の事例  ところで、本誌昨年10月号に「矢吹町職員〝住居手当〟7年不適切受給の背景」という記事を掲載した。受給条件を満たしていないにもかかわらず、住居手当を7年8カ月にわたり受け取っていたとして、30代男性職員が戒告の懲戒処分を受けたことを報じたもの。まさに玉川村と似た事例だ。以下は同記事より。    ×  ×  ×  ×  報道や関係者の情報によると、この男性職員は2013年2月から賃貸物件を契約し、住居手当1カ月2万6700円を受給していた。  2015年10月に賃貸物件を引き払い、実家に住むようになったが、住居手当の変更手続きを怠り、同年11月から今年6月までの7年8カ月分、245万6000円を受給していた。職員は届け出を「失念していた」と話している。また、町もこの間、支給要件を満たしているかどうかの確認をしていなかった。  本人の届け出により発覚し、不適切受給した分は全額返還された。    ×  ×  ×  ×  記事では、男性職員が懲戒処分の中で最も軽い戒告処分、監督する立場だった管理職の50代男性2人を口頭注意としたこと(処分は9月15日付)に触れつつ、町民の「結構重大な問題だと思うけど、ずいぶん軽い処分だったので呆れました」とのコメントを紹介した。  懲罰規定は各自治体によって違うが、確かに、似たような事例で、玉川村では停職3カ月、矢吹町では戒告と、処分に開きがあるのは気になるところ。  一方で、両町村の事例から察するに、バレていないだけで、似たような問題はほかの市町村でも潜んでいるのではないかと思えてならない。各市町村は、一度点検する必要があるのではないか。

  • 環境省「ごみ屋敷調査」を読み解く

    環境省「ごみ屋敷調査」を読み解く

     環境省は昨年3月、「『ごみ屋敷』に関する調査報告書」を公表した。いわゆる「ごみ屋敷」問題が生じた場合の全国市区町村の対応状況などを調査したもの。同調査によると、県内では、ごみ屋敷に対応し得る条例を定めているのは郡山市と広野町の2つ。両市町が「ごみ屋敷対策条例」を定めた背景に迫る。 郡山市・広野町が関連条例を制定したわけ 広野町役場  まずは環境省の調査結果について解説したい。  報告書によると、調査目的は、「ごみなどが屋内や屋外に積まれることにより、悪臭や害虫の発生、崩落や火災等の危険が生じるいわゆる『ごみ屋敷』の事案については、条例等の制定や指導、支援を行うなど、各自治体が生活環境の保全や公衆衛生を害するおそれのある状況に対応している。本調査は、各市区町村における対応事例等の把握を目的として実施したもの」とされている。 環境省「『ごみ屋敷』に関する調査報告書」  全国1741市区町村を対象に、2022年9月末時点での状況について、アンケート調査を実施し、全市区町村から回答を得た(回答率100%)。それを取りまとめ、公表したのが「『ごみ屋敷』に関する調査報告書」である。なお、環境省がこういった調査をするのは初めて。  同報告書によると、2018年度から2022年度までの5年間で、「ごみ屋敷事案を認知している」と回答したのは全国に661市区町村(約38・0%)あった。この661市区町村の「ごみ屋敷事案」の件数は5224件。このうち、同期間内で改善した件数は2588件(約49・5%)だった。  事案が改善した理由は「原因者への助言・指導等」、「原因者の転居・死亡等」、「関係部署・関係機関の連携による包括的支援」、「地縁団体や原因者の親族による清掃」など。  一方で、改善されていないごみ屋敷は2636件に上る。全国では確認できているだけで、それだけのごみ屋敷が現存していることになる。  ごみ屋敷の主な認知方法としては、最も多かったものは「市民からの通報」、次いで「パトロールによる把握」、「原因者の親族等からの相談」、「原因者からの相談」だった。「その他」としては、「福祉部署からの相談」、「空き家対策担当部署からの情報提供」、「警察、消防等関係機関からの情報提供」、「ペットの多頭飼育事案で認知」、「民生委員からの相談」、「地域包括支援センターやケアマネジャーからの相談」などの回答があったという。  県内では、ごみ屋敷の認知件数が58件、うち改善件数が20件、現存件数が38件となっている。ただし、市町村別の状況などの詳細は公表されていない。  ごみ屋敷への対応としては、最も多かったのは「現地確認」、次いで「原因者に対する直接指導」、「関係部署と連携した包括的サポート」だった。「その他」としては、「ごみ出しや分別に関する案内や業者の紹介」、「土地所有者や管理会社等への報告・相談」などの回答があったという。  このほか、「敷地内のごみを撤去」と回答したのが114市区町村あり、このうち原因者等の同意を得て撤去したのは112市区町村(98・2%)。「敷地外に散乱したごみを撤去」と回答したのが96市区町村あり、このうち原因者等の同意を得て撤去したのは78市区町村(81・3%)だった。  本来であれば、「原因者(家主)等の同意なし」では対処できないが、それを可能としているのは、条例の制定によるところが大きい。ごみ屋敷に対応することを目的とした条例が制定されているのは101市区町村(全体の5・8%)。このほか、5市区町村が「制定予定あり」、50市区町村が「検討中」で、1585市区町村が「制定予定なし」だった。  ごみ屋敷への対応で、条例上で重視している点としては、最も多かったのは「周辺住民等への影響」で、次いで「悪臭・害虫等の有無」、「堆積している廃棄物・物品の量」、「堆積している廃棄物・物品の種類」など。「その他」としては、「火災発生の危険性」、「通行上の危険性」等の回答があったという。  以上がおおまかな調査結果だが、同調査によると、県内では、ごみ屋敷に対応し得る条例を制定している市町村として、郡山市と広野町が紹介されている。 広野町「環境基本条例」の中身  このうち、広野町は2022年9月に「環境基本条例」を策定した。  同町と言えば――東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示区域に指定された。もっとも、同町は広義では「避難指示区域」に指定されたが、実際は「緊急時避難準備区域」で、同じ双葉郡の富岡町や大熊町、双葉町などとは違って、強制的に避難を余儀なくされたわけではない。「緊急時に備えて、避難できる準備をしていてください」といった位置付けで、避難しなくてもよかったのである。  それでも、情報が錯綜し、生活物資などが入って来にくい状況だったことから、当時町長の判断で、住民に避難を促し、町役場機能も一時的に町外に移転した。  原発事故発生から約半年後、2011年9月30日に緊急時避難準備区域は解除されたが、その後も町外で避難生活を送る人は多かった。  一方で、同町はほかの避難指示区域とは違い、法律上は一足早く何の規制もなく、人が住めるエリアとされたことから、原発事故収束作業や復旧・復興作業の最前線基地となった。そのため、新たな住環境が整備されていく半面、もともとは住民が住んでいたが、しばらくはそこには人が戻らず、誰も住んでいない住宅が存在するようになった。当然、人がいない住宅は朽ち果てていった。  同町の条例制定にはそんな事情もあるのかと推察したが、町環境防災課によると、「環境基本条例は、基本的には町の景観をよくしましょう、というもので、何か特定の事例への対応を意識したものではありません」とのこと。  現在は、同条例に基づき、町の豊かな環境を持続的に守るため、具体的な施策や町全体としての取り組みを示す「広野町環境基本計画」の策定を進めているという。  具体的には「広野町環境審議会」を設置し、環境保全や創造に関する施策を総合的・計画的に推進するために必要な調査や協議を行っている。同審議会の会長には早稲田大学環境総合研究センターの永井祐二教授、副会長に広野町公害対策審議会の秋田英博氏が就いている。同審議会は昨年9月に1回目の会合が開かれ、2024年度中の計画策定に向けて協議を進めているという。  「その中で、ごみ屋敷が発生した場合の対応をどうするかといったことが盛り込まれる可能性はありますが、審議会での話し合い次第になるので、現状では何とも……」(町環境防災課)  少なくとも、「実際にこういった問題が起きているので、それに対応する根拠が必要」ということでの条例制定、それに基づく基本計画策定ではないようだ。 郡山市の「ごみ屋敷問題」  一方で、もう1つの関連条例制定自治体であるである郡山市は、明確に「特定の事例への対応」を目的に条例が制定された。  本誌2005年11月号に「郡山に突如出現したごみ屋敷」という記事を掲載した。同市咲田2丁目、赤木町の徒歩10分圏内に4軒のごみ屋敷があり、所有者は同一人物ということで、かなりの注目を集めた。  以下は同記事より。    ×  ×  ×  ×  A氏(ごみ屋敷の主)は同市赤木町出身で、実家はごみ屋敷のすぐ近くにある。父親は元教員で、母親は自宅でお茶と生花の教室を開いていた。A氏は大学卒業後、NHKに勤務。技術畑を歩んで、数年前に定年退職した。推定するに、年齢は65歳ぐらいか。独身。きょうだいは、千葉県で教員をしている弟と、母親の教室を継いだ妹がいる。父親と母親は2人で市内の別な場所に住んでおり、妹もその近くに家を構えている。    ×  ×  ×  ×  4軒のごみ屋敷には、袋に入ったペットボトルや空き缶、紙くず、不燃物、古新聞、古雑誌、段ボール、プラスチック製のかご、棚、木屑の束などが住宅を覆うように散乱していた。  当時の本誌取材に、家主は「おたくには関係ないことだ」、「(ごみは)私が集めたんじゃない。どこからか人が来て、勝手に不法投棄していくんだ」、「これは私の財産だ」などと語っていた。  一方、近隣住民は、悪臭や害虫の発生などに加え、「もし、放火でもされたら、延焼は免れないだろう。その怖さがある」、「近隣の賃貸物件はなかなか入居者が埋まらなくて困っている」といった〝被害〟を訴えていた。皆、迷惑していたのだろう。何とかしてほしい、との思いから、本誌取材にいろいろと状況を教えてくれた。  一方で、前述の記事発売後、テレビ局、週刊誌などから問い合わせが相次いだ。以降、テレビのワイドショーや週刊誌などで連日のように取り上げられた。  テレビ局の取材班に対して、ごみ屋敷の主は、自分を映すカメラを力づくで押さえ付けようとするなど威圧的な態度を見せることもあった。その一方で、特定のリポーターや記者には徐々に本音で話すようになり、町内会や市の説得に耳を貸すようになった。そうして、少しずつ態度が軟化し、本誌報道から約半年後の2006年6月にはボランティアの協力でごみの一斉撤去が行われた。ごみの量は50㌧に上った。  ただ、その後もトラブルは絶えなかった。同年9月には4軒のうちの1軒で出火騒動が起こり、木造2階建ての1階台所や居間などを焼いた。ケガ人はいなかったが、一歩間違えたら大参事になっていた。その際、判明したのは、撤去されたのは建物の外にあったもののみで、室内のごみは撤去されていないことだった。  さらに、撤去からしばらくすると、また敷地内にごみが置かれるようになった。  そのため、郡山市は2007年4月、ごみ集積所からの持ち去り行為を禁止した「ごみ持ち去り防止条例」を施行し、家主のごみ集め防止策を講じた。  それでも抑止にはならず、同年7月には、近隣住民がごみを片付けるよう注意したところ、家主が暴行を加え、警察に逮捕された。家主には執行猶予付きの判決が下された。  こうして、なかなか解決の糸口が見つからない中、郡山市は2015年12月に「建築物等における物品の堆積による不良な状態の適正化に関する条例」を施行した。いわゆる「ごみ屋敷条例」だ。つまり、この問題に対応するために関連条例を制定したのである。  結局のところ、はたから見たら、どう考えても「ごみ」でも、家主が「財産」と主張している以上、個人の敷地内のごみを行政がどうこうすることはできない。その問題を条例の制定によって対処したわけ。 ごみ屋敷対応の先進地に 火災にあったごみ屋敷 (2016年10月撮影)  市HPの同条例の紹介文には、「住宅などの敷地に大量のごみ等を溜めて周辺の環境が著しく損なわれている状態にしている者に対して、市が指導などを行いそれでも改善されないときには、最終的に市が本人に代わり強制的に行政代執行を行いごみ等を撤去します。なお、行政代執行にかかった費用については本人に請求されます」と書かれている。  対象者は「物品(ごみ等)を堆積することにより不良な状態を発生させている者(法人を除く)」で、ここで言う「不良な状態」とは「物品(ごみ等)の堆積によりねずみ、昆虫(害虫)若しくは悪臭が発生すること又は火災発生のおそれがある等のため、当該物品が堆積している土地の周辺の生活環境が著しく損なわれている状態をいいます」と定義している。  これにより、庭などの外に置かれたごみは強制的に撤去できるようになった。ただし、住居(建物)の中は対象外。2016年3月には、同条例に基づき、実際に強制撤去(行政代執行)が実行された。ごみ屋敷の行政代執行の事例はそれほど多くないが、同市はその1つとなったのである。  それから約半年後の同年10月、ごみ屋敷で火災が発生し、家主は焼死した。もし、強制撤去(行政代執行)が行われていなかったら、屋外のごみに燃え広がり、大惨事に発展していたかもしれない。  市3R推進課によると、同条例に基づく行政代執行はその1例のみ。もっとも、前述したように、問題の家主は、4軒のごみ屋敷を所有していたから、実際には1例4件ということになる。撤去にかかった費用は当人から回収できた。  一方で、その件以外でもごみに関する相談はいくつかあるという。  「町内会や賃貸物件の貸主などから、『あの家のゴミを片付けてほしい』といった相談は、この間いくつかあります。ただ、ほとんどの場合は話し合いで解決できています。行政代執行は、悪臭や害虫の発生、火災の危険性、周辺通行への障害などが確認できた場合のみ、本当に最終手段として行うもので、あの件以降は出ていません」(市3R推進課の担当者)  同市の条例では、調査→指導・勧告→命令→氏名等の公表といった段階があり、それでも改善されない場合は行政代執行となる。相談・苦情などはくだんの「ごみ屋敷問題」以外にもあるようだが、行政代執行に至る前に話し合いで解決できているという。  条例の制定にあたっては「大阪市の事例を参考にした」(同担当者)とのことだが、前述したようにごみ屋敷の行政代執行(強制撤去)を実行した数少ない事例の1つになったことから、「他県の市町村からの視察・問い合わせなどもありました」(同)という。図らずも、ごみ屋敷対応の先進地になったわけ。  一方で、物やごみを溜め込む行動、そういった状況に陥ることを「ディオゲネス症候群」(別名・ごみ屋敷症候群)というそうだ。社会的孤立、進行性認知症、日常生活機能の低下と関連しており、一人暮らしの高齢者に多いという。誰にでも起こり得ることで、対策は簡単ではないが、これからの社会では、そういった部分への適切な支援・精神的ケアが必要になってくるのだろう。

  • クマの市街地出没に脅かされる福島

    クマの市街地出没に脅かされる福島

     クマの人的被害が東北を中心に多発している。特に山から流れる川沿いを伝って市街地に現れる例が近年の特徴で、一般市民は戦々恐々とする。クマの駆除が求められる中、動物愛護の観点から駆除に猛抗議が寄せられるなど対策の議論は過熱。クマ被害ではないのに、クマが犯人扱いされる事例も出た。野生動物の生態系に詳しい専門家と長年クマに向き合ってきた奥会津の「マタギ」に話を聞き、中庸を探った。 専門家とマタギに聞く根本解決策 ツキノワグマ  クマが人を襲う件数が過去最悪を記録している。全国の被害者数は2023年度は11月末時点の暫定値で212人。国が統計を取り始めて以降、最多を記録した20年度の158人を既に上回っている。秋田県70人、岩手県47人、福島県14人の順に多く、東北6県で全体の3分の2を占める。  本州に生息するのはツキノワグマだ。全長は1㍍10㌢~1㍍50㌢ほど。福島県では奥羽山脈が連なり標高の高い山間地が多い会津地方で人前への出没が多かった。ここ最近は会津若松市街地でも頻繁に目撃され、2年連続して鶴ヶ城公園に出没するなど、県内でも都市部に現れ人前に出ることを怖がらないアーバン・ベアが恒常化しつつある。  昨年11月1日に市街地の旭町で発生した事件は、人間のクマへの恐怖を象徴するものだった。  《1日朝、福島県会津若松市の市街地で頭などをけがした高齢の女性が倒れているのが見つかり、その後、搬送先の病院で死亡しました。  市と警察は、怪我の状況などからクマに襲われた可能性があるとみて住民に注意を呼びかけています。(中略)市と警察によりますと、女性の頭や顔には何かでひっかかれたような大きな傷があるということで、付近での目撃情報はないということですが、クマに襲われた可能性があるということです》(11月1日午前11時3分配信、NHKニュースWEB)  現場は住宅街で近くには小学校があり、安全性の観点から「犯人」をクマとみて注意喚起していた。だがのちに、人間が運転した車によるひき逃げと分かった。  発生から1日立った11月2日の福島民報は「ひき逃げか88歳死亡 熊襲撃?から一転 複数の傷や血痕」と報じた。《会津若松署が死亡ひき逃げ容疑事件を視野に捜査を進めている。同署は当初、女性の顔にある傷痕などから、熊に襲われた可能性もあるとみて捜査に入った。正午ごろにかけ、署員や市職員が周囲の現場を捜索したが熊の発見には至らなかった》(同紙より抜粋。原文では女性は実名)。  クマの被害に脅かされているのは会津だけではない。昨年は浜通りにはいないとされたツキノワグマがいわき市で相次いで目撃された。ただし海岸近くで目撃情報があったものは、のちに足跡や糞からクマとは疑わしいものもあった。  浜通りにはクマがいないと言われてきたが、単にこれまで人前に現れなかっただけかもしれない。浜通りで目撃情報が出た要因を福島大学食農学類の望月翔太准教授(野生動物管理学)は次のように考察する。  「阿武隈高地にはエサとなるドングリがあるのでクマはいます。10年ほど前から10件に満たない数で毎年目撃情報はありました。クマの人的被害が注目されているので通報する人が増えたのではないでしょうか。駆除が減り個体数が増えている可能性もあります」  望月准教授によると、クマが人里に現れる原因は森のエサがクマに対して十分かどうかと関係する。ある年にはエサとなるブナやナラの実が多く実って栄養を付け、冬眠中にクマが多く生まれる。次のシーズンに個体数が増えれば、その分エサは少なくなり、エサを確保できないクマは新たなエサを求めて森を出ることになる。これが人里に現れる一因になる。特に1歳半ごろから母グマを離れ、単独で動くようになると好奇心旺盛という。  また、ブナやナラが凶作だと、そのシーズンはエサを求めてクマが徘徊するようになる。 野生イノシシの豚熱と関連?  山あいの集落に現れるのは分かるが、離れた市街地に現れるのはどのような理由からなのか。  「河川沿いに植えられた河畔林を伝ってきます。草木が整備されなければ身を隠す場所になる。川は線的で、山を下ればその先の平地にある人里にたどり着きます。追い立てられてきた道を引き返すのは難しい」  エサはどうするのか。  「福島市内に限って言えば、5、6月頃に河川沿いのウワミズザクラが実を付けて主食となる。7月にはミズキの実がなります。8、9、10月は農作物や実ったままの柿などです。川沿いは一見食べ物が少ないように思うが、野生動物にとっては年中食べ物があると言っていい」  エサの有無がクマの行動を決定することは分かったが、この点について望月准教授は興味深い話をする。  「私はなぜ秋田と岩手でここまで人的被害が多いのか、福島との違いを探っています。ここからはあくまで私の仮説ですが、福島県は豚熱の影響があったのではないかと。エサの競合相手であるイノシシの数が豚熱によって抑えられたことで、クマが山林にとどまることができたという見立てです」  ここからはあくまで仮説である。クマは木登りができ、高所のエサに利がある。イノシシは1度の出産に付き、4、5匹生まれ、クマよりも落ちた木の実を多く食べる。イノシシが増えるとクマがエサ争いに負け、人里に出るが、野生イノシシに豚熱が広まり増加が抑制されると、クマが森のエサにありつける。結果、イノシシに豚熱が流行っている地域ほどエサ争いに負けるクマは増えないので、市街地に姿を現さないのではないか。  本誌が調べた東北6県の野生イノシシの豚熱感染状況の計測数と陽性率は表1の通り。検査数を考慮する必要があるが、秋田、岩手は野生イノシシの豚熱陽性率が低い。イノシシの数は維持されているとみられ、表2のクマによる人的被害と比べると関連しているように見える。 表1:東北6県の野生イノシシの豚熱感染の累計 陽性(頭)検査頭数(頭)陽性率計測時点青森0470.00%2023/12/21岩手12514198.80%2023/12/21宮城220126217.40%2023/12/14秋田91864.80%2023/12/21山形158110214.30%2023/12/21福島10386012.00%2023/12/20出典:6県のホームページや聞き取り 表2:2023年度の東北6県のクマ人的被害 被害順位被害者数うち死亡者数全国の被害順位青森1105位岩手4722位宮城30秋田7001位山形50福島1403位(11月末時点暫定値) 出典:環境省  望月准教授が留保するように、まだ仮説の段階で検証が必要だが、森にはクマだけが生息しているわけではなく、森を出る要因に競合する野生動物やエサとなる植物との関連が無視できないのは確かだろう。 「見えないけどいる」と恐れ合う関係 クマと対峙した経験を話す猪俣さん=2022年11月撮影  クマ被害への関心が高まり、目撃情報の通報件数も増えているが、果たしてどれくらいの人がクマの怖さを知っているのか。金山町で「マタギ」として小さいころからクマと対峙していた猪俣昭夫さん(73)に畏敬すべきクマの生態を聞いた。  「簡単に『共生』と言いますが、クマと一緒にお茶飲みをするわけではありません。めんこいから保護するというのは勘違いです。かと言って、人への被害が増えたからと手当たり次第駆除してしまっては森の生態系を乱す。互いに『見えないけどいる』と意識しながら恐れ合う関係を維持しなければいけません」  クマは人間の想像を超えることを軽々しくやる。15年ほど前の秋、猪俣さんが金山町の山でキノコ採りをしていた時のこと。山を分け入って進むと滝が流れる崖の下に出て、5㍍ほど先にクマが滝つぼで水遊びに興じているのを見た。10㍍ほどの崖の上には下を伺う、体長のより大きなクマが行ったり来たりしていた。  「クマの母子だ。失敗した」  母熊が猪俣さんに気付いた。滝つぼに落下し着水。母熊がこちらに向かってくる前に、猪俣さんは後ずさりして難を逃れた。「母熊の度胸に度肝を抜かれた」。  身体能力は想像を絶する。滝つぼダイブを見た以前には沢でクマに遭遇した。先手を打って「コラッ!」と怒鳴ると、高さ200㍍ばかりの見通しの良い尾根筋を駆け上がっていった。手元の時計で測ると約5分要した。自分がキノコ採りをしながら尾根を上ると1時間半かかる。速さと持久力に愕然とした。  過去には本誌2022年12月号で取材に応じてくれた猪俣さんだったが、同月に脳梗塞で入院し、現在は会津若松市内の老人介護施設でリハビリに取り組んでいるという。経過は順調で、今春には復帰できそうだ。  猟師やマタギは山に足繁く入り獲物を取ることで、野生動物に人間の存在を知らしめ、人里に寄せ付けない役割がある。猪俣さんは会津地方でのクマの人的被害を聞き、大事な時に身体が動かない状況に悔しさを感じている。入院している病院の駐車場にクマが出没したこともあり、窓越しに気配を感じていたという。  70代前半で、山に鉄砲を持ち入る負担は大きい。それでも後進を連れて分け入るのは森の生態系を守るマタギの全てを伝えるためだ。現在、金山町で20代が1人、いわき市から40代5人が猪俣さんのもとに通い教えを乞うている。猪俣さんは大病をしたことで、マタギ文化を継承する思いを強めたという。  前出の望月准教授は今後の獣害対策をこう話す。  「熟練した狩猟者に育つまでには長い時間が必要です。短期の対策では駆除が必須ですが、県、市町村、地域住民が連携し、中長期的な対策に取り組む必要があります。具体的には人里からクマのエサとなる物を取り除く。放置された柿の木の伐採などが挙げられます。うっそうとした里山は間伐を進め、日が差すようにする。クマは本来臆病で、見通しの良い空間が苦手だからです。さらに人里、緩衝地帯、クマなど野生動物が棲む場所とゾーニングを3区分し、人里にだけは入れないようにします。電気柵を効果的に設ける必要があります」  クマと適切な距離を保つという根本解決策は、専門家とマタギで一致している。庭先の柿の木やごみの処理、空き家の管理など地域住民にもできることはたくさんある。

  • 薬剤師法違反を誤解された【南相馬市】の薬局

    薬剤師法違反を誤解された【南相馬市】の薬局

     昨年11月、本誌に「南相馬市にあるA薬局は薬剤師が1人だが、他の従業員は資格がないにもかかわらず調剤や接客をしている。これは薬剤師法違反に当たる」と情報提供があった。A薬局は実名だったがここでは伏せる。  本誌は昨年5月号から同市を拠点に暗躍する青森県出身のブローカー吉田豊氏の動きを注意喚起のため報じている。吉田氏は市内のクリニックや薬局を実質経営し、一時はその薬局の2階に住んでいたため、A薬局と関連があるのではと思い調べたが、吉田氏が同市に狙いを付ける前に開業しているため、関係はなさそうだ。  薬剤師法では、医師が処方した薬を調合する調剤業務は原則薬剤師しかできない。医師も調剤できるが、業務が肥大化し、受け取る診療報酬の点数が少なくなる=診療報酬が安くなるため、薬局が近くにない診療所以外ではまずやらない。院外薬局で調剤するインセンティブが高まり、処方箋を目当てに病院の前に薬局が連なる「門前薬局」が主流となった理由だ。 薬剤師法違反との通報が寄せられた相双保健所  調剤が薬剤師の専権事項と化す中で、専門性がより求められているが、薬局の看板を掲げながら無資格者が調剤を行っているとすれば由々しき事態だ。薬の渡し間違いにつながるし、専門性を自ら明け渡してしまったら、高い学費を払って薬学部で6年間学ぶ意味を問われ、資格のための資格と軽視されてしまうだろう。  相双保健福祉事務所(相双保健所)生活環境部医事薬事課に尋ねると、A薬局で薬剤師法違反疑いの公益通報があったことを認めた。2018~19年度にかけて県庁に通報があり、相双保健所がA薬局に抜き打ちで調査したが、薬剤師以外の従業員が調剤している証拠を見つけられなかった。20~21年度は、6年ごとの薬局営業許可更新の調査の際に店舗を視察したが、この時も違反の事実を確認できなかったため保留しているという。「仮に違反事実があれば指導して改善を促す」とのこと。  名指しで「薬剤師法違反」と通報されたA薬局はどのような見解か。12月下旬の昼下がりに訪ねると、管理薬剤師が対応した。  「誤解です。薬剤師以外が調剤することはありません。服薬指導も必ず薬剤師が行い、原則私が手渡しています。ただファクスで送られた処方箋は、患者さんに電話で説明し、あとで店に取りに来てもらい、従業員が渡すことがあるので、そこを勘違いされたのかもしれません」  県内のある薬局経営者が調剤業務の規制緩和を解説する。  「2019年4月2日に厚生労働省が、今まで薬剤師が独占してきた業務の一部を条件付きで非薬剤師も可能とする文書を通知しました。『0402通知』と言います」  具体的には、包装されたままの医薬品を棚から取り出して揃える「ピッキング」、服用タイミングが同じ薬を1回ずつパックする「一包化」した薬剤の数量確認などができるようになった。ただし、薬剤師による最終監査が必要となる。  A薬局の管理薬剤師は「最終監査も私がやっています」。  規制緩和で薬剤師とそれ以外の業務が一部曖昧となったことが、今回の通報の一因のようだ。  ちなみに、通報者に「なぜ本誌に情報提供したのか」と聞くと「吉田豊氏を報じたからです」。医療・福祉業界を取り巻く「吉田豊問題」をきっかけに、住民の医療への関心が高まる効果も生まれた。

  • 泥沼化する大熊町議と住民のトラブル

     本誌昨年5月号に「裁判に発展した大熊町議と住民のトラブル」という記事を掲載した。問題の経過はこうだ。  ○2019年に、大熊町から茨城県に避難しているAさんが、佐藤照彦議員と、避難指示解除後の帰還についての問答の中で、「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を浴びせられた。  ○Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」として議会に懲罰要求した。  ○議会は佐藤議員に聞き取りなどを行い、Aさんに「議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した」と回答した。  ○佐藤議員は、当時の本誌取材に「(Aさんに対して)『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えた。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』と言っているが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない」とコメントした。  ○その後、Aさんが佐藤議員に謝罪を求めたところ、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届き、最終的には佐藤議員がAさんに対し「面談強要禁止」を求める訴訟を起こした。  ○同訴訟の判決は2022年10月4日にあり、「面談強要禁止」を認める判決を下した。Aさんは一審判決を不服として控訴した。控訴審判決は、昨年3月14日に言い渡され、一審判決を支持し、Aさんの請求を棄却した。  以上が大まかな経過である。  こうして、思わぬ方向に動いたこの問題だが、実は、今度はAさんが佐藤議員を相手取り、裁判(昨年5月12日付、福島地裁いわき支部)を起こしたことが分かった。  請求の趣旨は、「佐藤議員は、大熊町議会・委員会で、『Aさんが虚偽を述べている』旨の答弁をしたほか、虚偽の内容証明書、裁判陳述等によって名誉毀損、畏怖・威迫・プライバシー侵害等の人格権侵害を受けた」として、160万円の損害賠償を求めるもの。  要は、Aさんが佐藤議員から、「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれ、議会に懲罰要求した際、佐藤議員は議会・委員会などで「(Aさんは)私に嫌がらせをするため、排他的発言をしたとして事実を歪曲している」旨の発言をしたほか、「弁護士を介して、民事・刑事の提訴予告等の畏怖・威迫行為を記載する内容証明書を送付した」として、損害賠償を求めたのである。  泥沼化するこの問題がどんな結末を迎えるのかは分からないが、本誌昨年5月号で指摘したように、背景には「宙ぶらりんな避難住民の在り方」が関係している。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。その結果、今回のようなトラブルを生み出していると言っても過言ではない。 あわせて読みたい 裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

  • 【会津坂下中学校】いじめ訴訟が和解

     会津坂下町の中学校で、2014年に当時1年の男子生徒が学校でいじめにあった問題で、男子生徒の両親は2021年8月、町を相手取り計330万円の損害賠償を求める訴訟を地裁会津若松支部に起こしていた。同訴訟は11月17日に和解が成立した。 町が不適切対応を認めて謝罪 会津坂下町役場  本誌はこの問題について2019年4月号をはじめ、随時経過を報じてきた。この間の経緯を振り返っておく。  ○2014年5月、当時、坂下中学校の1年生だった男子生徒の筆箱がなくなり、後にトイレの掃除用具入れから見つかった。これを受け、学校は犯人探しを行ったが、犯人が見つからなかった(名乗り出なかった)ことから、「トイレ以外は表に出るな」といった罰則(禁足)を科した。これにより、学校内の空気が悪くなり、その鬱憤は次第に男子生徒に向くようになった。  ○こうした問題を機に、男子生徒は同年6月ごろから学校に行けなくなった。  ○2016年12月、男子生徒が3年生の時に、父親が学校に「いじめ防止対策推進法」に基づく調査を依頼。町教育委員会は「会津坂下町いじめ問題専門委員会」を設置し、同委員会に諮問した。2017年3月には、町教委が生徒や保護者を対象にアンケート調査を実施した。専門委は同年7月に調査報告(答申)をまとめた。なお、同年7月は、男子生徒が中学校を卒業した後のこと。  ○調査委は、「学校の雰囲気を考慮するといじめがあった可能性が高く、それが不登校の原因の一部になっていると考えられる」、「不登校の最も大きな原因は、禁足による対応後の学校の雰囲気であると考えられる」としながらも、「不登校といじめの関連について明確に指摘できることは得られなかった」と結論付けた。  ○この調査結果を受け、父親は町に再調査を依頼したほか、2018年7月に町教委が生徒や保護者を対象に実施したアンケート調査の開示請求を行った。ところが、請求の返答は「開示できない」というものだった。  ○これを受け、父親は、同年8月に不服申し立てを行ったが、そこでも開示が認められなかった。  ○男子生徒はフリースクールを経て通信制高校に通っていたが、2019年1月に自殺した。  ○父親は同年3月までに「被害者として、真相を知る権利を奪われ、精神的苦痛を受けた」として、町を相手取り、アンケート結果の開示と100万円の損害賠償を求めて裁判を起こした。  ○同裁判は2020年12月1日に判決が言い渡され、アンケート結果の一部開示と、11万円の損害賠償の支払いを認めた。  ○その後、判決に従い、町から父親にアンケート結果が開示された。父親はそれを熟読したうえで、「いじめ防止対策推進法」、「会津坂下町いじめ防止基本方針」、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」で定められている調査が十分に行われておらず、調査の方法に問題があると考え、2021年2月22日、町議会に再調査を求める陳情を行った。  ○町議会は同年6月定例会で採決を行ったが、反対多数で陳情は不採択となった。  ○同年8月、男子生徒の両親が町を相手取り、計330万円の損害賠償を求める訴訟を地裁会津若松支部に起こした。 和解条項の中身 坂下中学校  以上がこれまで本誌が報じてきた経緯だが、冒頭で書いたように同訴訟は11月17日に和解成立した。  それに先立ち、町は11月9日に臨時議会を開き、議会に和解への同意を求めた。和解案はおおむね以下のようなもの。  ①町は、禁足措置が学校教育上、不適切なものであったことを認め、それによりいじめが誘発され、男子生徒が学校に通えなくなったことを両親に謝罪する。  ②今後、学校において禁足措置を取らないことを約束する。  ③町は今後、いじめが理由で登校できなくなった生徒がいた場合、必要な支援を行うとともに、いじめ防止対策推進法、いじめの防止等のための基本的な方針(文部科学省方針)に則り、いじめ防止対策に取り組むことを約束する。  ④町は和解案を周知する。  ⑤和解によって解決したことを尊重し、互いに名誉、信用を毀損する行為や、相手方を不安、困惑させるような言動をしない。  町はこの和解案を受け入れる方針であることを議会に諮ったところ、全会一致で可決された。なお、和解金(損害賠償)の支払いは発生しない。  臨時議会後、鈴木茂雄教育長は本誌取材に対して、「生徒指導のあり方は時代とともに変わってきています。今回の件は配慮が足りなかったものであり、反省していかなければならない、ということです」とコメントした。  謝罪の形式は、「町のホームページに謝罪文を掲載する」とのことで、和解が成立した日に、「元坂下中学校生徒いじめ訴訟に係る損害賠償請求事件の和解について」という新着情報がアップロードされた。そこには和解が成立したことと、「今後は、和解条項を踏まえしっかりといじめ対策に取り組んでまいります」との文言があったが、11月22日時点で「謝罪文」は掲載されていない。  一方、生徒の父親は次のように話した。  「調査委の報告書では、『不登校の最も大きな原因は、禁足による対応後の学校の雰囲気であると考えられる』としながら、『不登校といじめの関連について明確に指摘できることは得られなかった』というあいまいなものでした。それが今回、『禁則がいじめを加速させた』ということを認め、謝罪することになりました。それは評価できるが、今後、町がこの反省を生かして、どう対応していくか、ということが重要です。もう1つは、これまで町側は対応に問題はなかったというスタンスだったのが、今回、対応に問題があったことを認めて謝罪することになったわけですから、それについての説明責任があると思います」  和解が成立したことで、この問題は一応の決着を見たわけだが、父親が言うように、今回の反省を生かして、今後二度とこのようなことが起こらないように対応していくことこそが最も重要になろう。

  • 【生島淳】大学駅伝で福島出身者が活躍する理由

    【生島淳】大学駅伝で福島出身者が活躍する理由

     大学の陸上長距離界で福島県出身の指導者・選手の活躍が目立つ。その理由はどんな点にあるのか。スポーツジャーナリストの生島淳氏にリポートしてもらった。(文中一部敬称略) 「陸上王国ふくしま」が目指すべき未来 駒大の大八木弘明総監督(右)と藤田敦史監督(撮影:水上竣介、写真提供:駒澤大学)  大学駅伝シーズンの開幕戦、10月9日に行われた出雲駅伝では駒澤大学が連覇を達成した。これで去年の出雲、全日本、今年に入って箱根、そして今回の出雲と大学駅伝4連勝。「駒澤一強」の状態が続いている。このままの勢いが続けば、お正月の箱根駅伝でも優勝候補の最右翼となるだろう。  今年の出雲で、胴上げされた福島県人がふたりいた。ひとりは駒大の大八木弘明総監督(河沼郡河東町/現・会津若松市河東町出身)、そして最後に胴上げされたのは今年就任したばかりの藤田敦史監督(西白河郡東村/現・白河市出身)である。  大学長距離界で福島県出身者の存在感は高まり続けている。大八木総監督は還暦を過ぎてなお指導者として進化し、今年の箱根駅伝のあと、大学の監督を教え子でもある藤田氏に譲り、自らは総監督へ。  単なる名誉職ではなく、青森県出身で今年3月に駒大を卒業し、2年連続で世界陸上の代表に選ばれた田澤廉(トヨタ自動車)は練習拠点を駒大に残し、総監督の指導を受けている。大八木総監督は今後の指導プランをこう話す。  「田澤は2024年のパリ・オリンピックではトラックでの出場を目指しています。そのあとは25年に東京で世界陸上がありますし、28年のロサンゼルス・オリンピックではマラソンを狙っていきます」  大八木総監督は1958年、昭和33年生まれ。ちょうど70歳の年にロサンゼルス・オリンピックを迎えることになる。総監督は40代の時に駒大の黄金期を作ったが、ひょっとしたら60代から70代にかけて指導者として最良の時を迎えるかもしれない。  駒大の指導を引き継いだ藤田監督にも期待がかかる。三大駅伝初采配となった今年の出雲では1区から首位に立ち、それ以降は後続に影をも踏ませぬレース運びで、一度も首位を譲ることはなかった。しかも6区間中3区間で区間賞。監督が交代してもなお、駒大の強さが際立つ結果となった。  ただし、この強さを支えるための苦労は大きいと大八木総監督は話す。  「大学長距離界では、選手の勧誘は大きな意味を持ってます。田澤がウチに来てくれたからこそ、今の強さがあると思ってますから。それでも基本的には東京六大学の学校には知名度では負けますし、勧誘での苦労はあります。でも、私は自ら望んで駒大に入って来てくれる選手を求めてます。そういう選手は必ず伸びますから」 学石から東洋大監督に 東洋大の酒井俊幸監督(写真提供:東洋大学)  そして2010年代、駒大と激しい優勝争いを繰り広げたのが東洋大学だった。東洋大の酒井俊幸監督(石川郡石川町出身)は、学法石川高校卒業。東洋大から実業団に進み、選手を引退したあとに母校・学法石川の教員となって、高校生の指導にあたった。人生の転機となったのは2009年のことで、空席となっていた東洋大の監督に就任し、それから箱根駅伝優勝3回を飾っている。  特に「山の神」と呼ばれた柏原竜二(いわき市出身/いわき総合高卒)とは、柏原が大学2年の時から指導にあたっており、東洋大の黄金期を築いた。それ以降、東洋大からは東京オリンピックのマラソン代表の服部勇馬、1万㍍代表に相澤晃(須賀川市出身/学法石川高卒)を送り出すなど、日本の長距離界を代表する選手たちを育てている。また、長距離だけでなく、競歩では瑞穂夫人と共に選手の指導にあたり、オリンピック、世界陸上へと選手を輩出し続けている。  大八木総監督、酒井監督と、福島県出身の指導者が日本の陸上長距離界の屋台骨を支えていると言っても過言ではない。  それでも、酒井監督には大学の監督就任時には葛藤があったという。  「高校の生徒たちに、なんと話せばいいのか悩みました。高校生にとってみれば、私が生徒たちを見捨てて東洋大に行ってしまうわけですから。正直に話すしかありませんでしたが、最後は生徒たちから『先生、頑張ってください』と背中を後押ししてもらいました」  当時の酒井監督は33歳。当時の学生は「大学の監督というより、若いお兄さんが来たみたいな感じでした」と振り返るほど若かった。覚悟をもった監督就任だったのだ。  以前、タモリが彼の出身地である九州・福岡と東北の比較をしていた。  「九州の人たちは、東京に出ていく人たちを『失敗したら、いつでももどって来んしゃい』という感じで送り出すんだよ。でも、東北の人たちは違うね。出る方も、見送る方も『成功するまでは帰れねえ』という決死の思いで東京に出ていくし、送り出す。ぜんぜん違うんだよ」  この言葉は、宮城県気仙沼市出身の私にはよく分かる。とにかく、故郷を離れたら、もう帰ってくることはないという覚悟をもって上京する。だからこそ、地元を離れるのは重たい。  きっと、酒井監督も学法石川の教え子たちを残して東洋大の監督を引き受けることには、相当の覚悟が必要だったと思う。それが理解できるだけに、どうしても酒井監督には思い入れが湧いてしまう。  今年の出雲駅伝では、経験の浅い選手たちをメンバーに入れながら、8位に入った。優勝した駒澤からは水を開けられてしまったが、「常に優勝を狙える位置でレースを進めたいですね。それが学生たちの経験値を高め、自信にもつながっていくので」と酒井監督は話す。ぜひとも、箱根駅伝では「その1秒を削りだせ」というチームのスローガンそのままに、粘りの走りを見せて欲しいところだ。  このほかにも、早稲田大学の相楽豊前監督(安積高校卒)には幾度も取材をさせてもらった。相楽前監督は「福島県人には、粘り強い気質があると思います。その意味では長距離には向いているのかもしれません」と話していたのが印象深い。そういえば、大八木総監督もこんなことを話していた。  「私は会津の生まれですから……反骨精神もありますし、ねちっこくやるのが性に合ってるんです」 陸上を福島県の象徴的なスポーツに  これだけ指導者、そして選手に人材を輩出してきた背景には、やはり35回を迎えた「ふくしま駅伝」の存在が大きいと思う。市町村の対抗意識が才能の発掘につながっている。  たとえば柏原の場合、中学時代はソフトボール部に所属していたが、ふくしま駅伝を走ったことで長距離の適性に気づき、高校からは本格的に陸上競技を始めた。そして高校3年生の時には、都道府県対抗男子駅伝の1区で区間賞を獲得した。ふくしま駅伝というインフラが、「山の神」の生みの親といえる。  全県駅伝は全国各地で行われるようになったが、福島県には歴史があり、各自治体の熱意も、他の県とはレベルが違う。それは福島県人が誇っていいことだと思う。  どうだろう、これだけ陸上長距離に人材を輩出し、歴史ある大会が県民の共有財産になっているのだから、思い切って「陸上県・福島」という方向性を打ち出していくのは。私はそうした明確な方針が福島県のスポーツを土台にした「プライド」の醸成につながるのではないかと思っている。  今、私の故郷である宮城県は「野球の県」になりつつある。プロ野球の楽天が本拠地を置き、高校野球では仙台育英が夏の甲子園で優勝し、野球が県民の共有財産になっている。  こうした象徴的なスポーツがあることで、男女を問わずに子どもたちがスポーツに参加する機会が増える。それは家族、コミュニティーへと広がっていく力がある。  日本の特徴として、スポーツの選択肢が広いことが挙げられる。私の取材経験では中国、韓国では学校レベルでの部活動がない。すでに高校の段階からエリートだけのものになってしまうのだ。それに対し、日本は草の根からの活動が特徴だ。スポーツは自由意志で行われるべきものであり、その方が正しい。しかし、才能が分散するリスクがある。  今後、日本の少子化のスピードは止められそうにもない。私の生まれ故郷、宮城県気仙沼市の新生児の出生数は、ついに300人を切り、このままだと200人を割ってしまいそうだ。人口6万人規模の都市では、日本全国で同じような数字になると聞いた。私は昭和42年、1967年生まれだが、私が通った気仙沼高校は男子校一校だけで一学年360人がいた。雲泥の差である。  少子化が進めば、スポーツ人口もそれに比例して減っていく。高校野球では合同チームも珍しくなくなった。野球部が消えてしまった学校もある。  私は「県の象徴的なスポーツ」がひとつでもあることが、県を元気にすると思っている。もちろん、野球でもいい。いまだにグラウンドをはじめ、インフラが整っているから競技を始めやすい環境にある。  福島には陸上の財産がある。ふくしま駅伝、そして大八木総監督をはじめとした豪華な指導者たち。そして、1964年の東京オリンピックのマラソン銅メダリスト、円谷幸吉をはじめ、相澤晃にいたるまで日本を代表するランナーが育ってきた。コロナ禍を経て、須賀川市では「円谷幸吉メモリアルマラソン」が行われているのも福島のレガシーを伝える一助となっているだろう。  これだけのインフラがそろっているのだから、それを未来につなげなければもったいない。それは日本を代表するエリートを育てるというだけではなく、市民レベルでの活動にもつなげていけば、健康増進、そしてそれは医療費の抑制につながる可能性を秘めている。 次世代の動き  実際、そうした動きはある。学法石川高出身で、中央大学の主将を務めた田母神一喜は現在、郡山市でランニングイベントの企画運営、そしてジュニア陸上チームを運営する「合同会社ⅢF(スリーエフ)」の代表を務めつつ、自らも選手として走り続けている。  彼には「『陸上王国ふくしま』」を日本中に轟かせたい」という思いがあり、会社のホームページには「ふくしまってすごいんだぞと、胸を張って歩けるような居場所を作っていきます」と、福島への愛を前面に押し出したメッセージが記されている。  以前、彼に取材した時の話では、今後は部活動の外部指導など、教育現場との連携も模索していきたいという。部活動の外部委託化は国全体の動きである。どうだろう、福島がそのモデルになっていくというのもあり得るのではないか。  全国に先んじて官民が一体となって陸上の環境を整え、子どもたちの可能性を拡げていく。その発信者になっていけば自然と人が集まり、県民の新たなプライドも醸成されていくはずだ。それでも、こんな声が聞こえてくるかもしれない。  「陸上ばかり依怙贔屓するわけにはいかない」  他の競技団体にも歴史があり、言い分がある。それは理解できる。しかし、全体のバランスに配慮している限り、進歩、進化は遅くなる。  それを実感したのは、今年の9月から10月にかけてラグビーのワールドカップの取材でフランスに滞在したが、デジタル化の進歩に目を見張った。現金を使ったのは、40日間で数えるほどだけ。ほとんどが「クレジットカードは10ユーロ以上の場合のみ」と表示のあるお店ばかりだった。カード払いの場合、非接触型のカード読み取り機にかざすだけで良い。お店の人にカードを渡す必要もないし、暗証番号の入力も必要ない。「コロナ禍の間に一気に進んだ決済方法です」と話してくれたのは、フランスに向かう時の飛行機で隣り合った日本人ビジネスマン。  「いまだに現金決済が多いのは、日本とドイツです。おそらく、既存の仕組みがしっかりしているところほど、新しい変化に対応するのが遅くなる傾向があると思います」  なるほど。長い年月をかけて作り上げた仕組みが存在すると、その制度を守る力が働く。そうしていると、変化のスピードは遅くなる。今回のフランス滞在では、物価や賃金などの高さに驚きもした。その一方で、日本はコロナ禍の間に大きく取り残されてしまったとも感じた。  スポーツの世界も大きな変化に晒されている。既成の仕組み(育成や競技会の運営など)は、限界を迎えている。良質なものが生き残っていく時代だが、福島の陸上界には財産がある。そこで、保守的な方向に向かうことなく、攻めの姿勢で「福島モデル」を作り上げて欲しいのだ。  自由に、闊達に、そして強い選手が次々に生まれてくる仕組み。それは既存の体制を一度精査し、県民の幸福度がスポーツ、そして陸上によって上がるプランが生まれてきて欲しい。  若い世代の意欲と、経験を積んだ世代の知恵がうまく合体するといいのだが。福島出身の知恵者は、この原稿で紹介した通り、たくさんいるのだから。  いくしま・じゅん スポーツジャーナリスト。1967年宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。勤務しながら執筆を始め、1999年に独立。ラグビーW杯、五輪ともに7度の取材経験を誇る一方、歌舞伎、講談では神田伯山など、伝統芸能の原稿も手掛ける。  最新刊に『箱根駅伝に魅せられて』(角川新書)。また、『一軍監督の仕事』(高津臣吾・著)、『決めて断つ』(黒田博樹・著)など、野球人の著書のインタビュー、構成を手掛ける。 X(旧ツイッター)アカウント @meganedo

  • 郡山【小原寺】お檀家・業者に敬遠される前住職

    郡山【小原寺】お檀家・業者に敬遠される前住職

     小原寺と言えば、郡山市を代表する名刹だが、檀家や葬祭業者からの評判は芳しくない。原因はクセが強い前住職の存在だ。ただでさえ仏教離れの傾向が強まっている中、その存在が〝墓じまい〟を加速させている――という指摘すらある。いったいどんな人物なのか。 〝上から目線〟の運営で離檀者続出!?  大邦寺神竜院小原寺は郡山市図景にある曹洞宗の寺院だ。近くには郡山健康科学専門学校や郡山警察署がある。かつてはその名が示す通り、同市小原田にあった。  天文年間(1532年~)に廃絶した久徳寺を、永禄3(1560)年、二本松市・龍泉寺6世の実山存貞和尚が再興し、曹洞宗小原寺としたのがはじまりとされる。戦乱を経て延宝4(1676)年に再建。材料に阿武隈川の埋もれ木を掘り出したものが使われ「奥州・安積の埋もれ木寺」として、名所の一つに数えられた。天明3(1783)年、失火により全焼したが、寛政5(1793)年に古材を集めて仮本堂が建立された。  その仮本堂がつい10年前まで本堂として使用されていたが、震災で全壊判定を受け、2014年3月に解体撤去。約500㍍離れた現在の場所に、広大な駐車場を備えた近代的建築の本堂・庫裏を再建。同年8月に落慶法要が執り行われた。  安積三十三観音霊場第六番札所となっているほか、「巡拝郡山の御本尊様」の会が実施している御朱印企画では第一番札所となっている。  檀家は約1000軒あるとされるが、「現在は800軒ほどに減ったのではないか」と指摘する檀家もいる。いずれにしても、郡山市を代表する古刹であり、高い公共性を有する施設だ。  現在の住職は安倍元輝氏だが、市内で有名なのは、父親で東堂(曹洞宗における前住職の呼称)の安倍元雄氏だ。元高校教師で、郡山青年会議所理事長も務めていた。宗教法人小原寺の代表役員である元輝住職は心身のバランスを崩し一時期活動を控えていたとのことで、83歳の元雄氏がいまも同寺院を代表する存在として活動している。  ところが、その元雄氏に対する不満の声が各所でくすぶっている。  檀家の年配男性は「一番の原因はお布施の高さですよ」と説明する。  「葬儀のお布施が周辺の寺院と比べて高い。戒名が院号(寺への貢献者・信仰心の厚い信者に付けられる称号)の家で100万円超、軒号(院号よりランクが落ちる称号)の家でも70~80万円支払うことになる。親の葬儀で『大金を支払えないので戒名の位を下げてほしい』とお願いする人もいました」  代々檀家になっているという男性も「知り合いが、仲の良い墓石業者に相談して安く墓を立てる算段をしていたが、元雄氏に一応伝えると特定の業者を使うよう指定された。あれやこれやと条件を付けられ、結局200万円以上の金額に跳ね上がって泣いていましたよ」と語る。  檀家の中には、親が亡くなったのを機に〝墓じまい〟して、市営東山霊園に墓を移す人もいる。近年は仏教離れが進んでいることもあって、その傾向が強まっているが、同寺院ではその際も30~40万円の〝離檀料〟を支払うよう求めているという。  曹洞宗宗務庁はホームページ上で「宗門公式としての離檀料に関する取り決めはないし、指導も行っていない」とする見解を表明しているが、同寺院では「離檀を申し込むと、金額を提示される。半ば支払いを強制されているような感じ」(前出・檀家の年配男性)だとか。  小原田地区の住民によると、過去には元雄氏の独断が過ぎるとして、紛糾したこともあった。  「震災で本堂が全壊判定を受け、現在の場所に新築移転することになったが、檀家が計画の全容を知ったのは、どんな本堂にするか設計や見積もりが終わり、銀行と建築費用の融資計画まで打ち合わせした後だった。そのため、説明を受けた檀家から『これを負担するのはわれわれだ。なぜ事前に相談がないのか』と物言いが入ったのです。そのため、当初の計画は一旦見直されることになりました」  複数の檀家によると、新築された本堂・庫裏は当初、左翼側に葬儀・法事などを執り行える葬祭会館が併設される計画で、檀家には「総事業費数億円に上る」と説明していた。だが、葬祭会館建設は見直されることになり、左右非対称の造りとなった。このほか、正確な時期は不明だが、総代が元雄氏と対立し全員退任したこともあったという。  檀家に十分な説明が行われない状況は現在も続いているようで、小原寺の墓地の近くに住む檀家の男性は「現在の総代が誰なのかも知らないし、総代会が開かれているのかも報告されていないので分からない。法要のときは足を運ぶし、『寄付してくれ』と頼まれたら協力しますが、それ以上のコミュニケーションはありません」と語った。  不満の声は檀家のみでなく葬祭業者からも聞かれる。原因は「『うちの檀家の葬儀は白い花でそろえないとダメだ』などと細かい注文が入るうえ、とにかく話が長くて予定がめちゃくちゃになる」(ある葬祭業関係者)。葬儀終了後に元雄氏が数十分かけて〝ダメ出し〟する姿もたびたび目撃されており、ある業者とは深刻なトラブルに発展したようだ。複数の業者の現場担当者に声をかけたが、元雄氏がどんな人物か把握していたので、業界内ではおなじみの存在なのだろう。  元雄氏のクセの強さは経済界でも有名なようで、「郡山青年会議所OBの会合で簡単なあいさつを依頼されたのに30分以上話し続け、3人がかりで止めに入ったが、それでもまだ話し続けた」(市内の経済人)ことは〝伝説〟となっている。 元雄氏を直撃 安倍元雄氏  これだけ不満の声が出ていることを本人はどう受け止めているのか。同寺院に取材を申し込んだところ、元雄氏が対応し「葬儀続きで話すのは難しい」と渋られたが、10分程度でも構わないと伝え、何とか直接会う約束を取り付けた。  11月下旬、同寺院を訪ねると、元雄氏が杖をつきながら登場し、本堂を案内した後、御本尊である釈迦三尊像の説明や釈迦(ブッダ)が生まれたころの背景を20分にわたり話し続けた。「この後予定がある」と言いながら話し続けそうな雰囲気だったので、途中で遮って本題に入った。  ――本堂の新築移転をめぐり、檀家から不満の声が上がったと聞いた。  「本堂新築移転は震災で旧本堂が全壊となり、総代会で満場一致で決められたものです。檀家がお参りできる場所を作るのが私の務め。近代的な建物にした理由は、皆さんに親しまれるように、いまの時代に合った本堂を立てるべきだと考えたからです。具体的な建設費用は伏せますが、総代をはじめ、檀家の皆さんに『先祖の供養の場を作ってほしい』と寄付していただいた。私も個人で3000万円借りて寄付しました」  ――檀家は「総代長が誰かも分からないし、総代会がいつ開かれたのかも報告がないから分からない」と嘆いていた。コミュニケーションが不足しているのではないか。  「総代は住職などを含め5人います(※宗教法人の役員のことだと思われる)。総代会はその都度開かれているが、そのことはほかの檀家には連絡はしていませんね」  ――お布施の金額や、離檀料についても不満の声が聞かれた。  「お布施はできるだけ安くすることを心がけているし、納めるべき金額は檀家にはっきり公表している。不満の声がウワサとなって広まっている背景には、他の寺の住職のねたみも含まれているのではないか。住職に知識や考えがなければ長く喋りたくても喋られない。でも、俺が喋ると内容は豊富だし、間違ったことは言ってないので『ごもっとも』となる。離檀料は長い間お世話になった気持ちを込めて菩提寺に寄付したいという方もいるので設定しているが、決して強制ではない」  ――葬祭業者にも敬遠されている。注文・ダメ出しの多さと話の長さが原因のようだが、心当たりは。  「小原寺の葬儀のやり方というのが明確に決まっている。どうすればスムーズに進行できるか、担当者に教えることがあります。でも、『指摘してくれてありがとう』と言われることもあるし、そんなにトラブルみたいなことにはなってないよ」  ――こうした不満が出たことをどう受け止めるか。  「まあ、『出る杭は打たれる』ということなんでしょう」 取材には真摯に対応してもらったものの、本堂新築移転をはじめ、檀家や葬祭業者から上がっている不満の声を素直に受け止めず、「他の寺の住職のねたみが背景にあるのではないか」、「出る杭は打たれるということ」と話す始末。コミュニケーション不足を指摘してもピンと来ていない様子で、再度質しても明確な回答はなかった。これでは檀家・葬祭業者との溝を埋めるのは難しい。  本堂新築移転にいくらかかったのか、明確な金額は明かそうとしなかったが、今年11月時点での寄付一覧を見せてくれた。本堂の建設を手掛けた業者や県内の寺院が寄付していたが、寄付金額を合計しても1億円にも満たない。残りは宗教法人として銀行融資を返済しているという。つまり、最終的には檀家が負担することになる。  総代長を務める年配女性を訪ね、元雄氏について質問しようとしたが「私は全然そういうの分からないの」とドアを閉められた。現代表役員の元輝氏の存在感はなく、同寺院に取材を申し込んだ際も、こちらが特に指定していないのに元雄氏が対応した。厳密に言えば寺の本堂は宗教法人のものだが、元雄氏の判断ですべてが決まる体制ということだろう。 寺院経営のボーダーライン 小原寺  人口減少により経営が厳しくなっている寺院が増えているとされているが、そうした中で、1000軒以上の檀家を抱える同寺院はかなり余裕があると言える。寺院の事情について詳しい東洋大学国際学部の藤本典嗣教授は「寺院経営が成り立つボーダーラインは一般的に約300軒と言われている」と説明する。  「地方の寺院では収入が年間約900万円あれば、諸経費、維持管理費、宗費(本山に納める費用)など諸々を差し引いても、住職の所得として360万円程度確保でき、生活を維持できるとされています。主な収入は葬儀、法要、供養などで入るお布施。住職1人で運営できるラインは300軒程度とも言われているので、1軒当たり平均年3万円のお布施を支払ってもらえれば、専業で寺院経営が成り立つ計算です」  藤本教授によると、寺院によってお布施の金額は異なるが、公表されている論文や書籍などのデータを大雑把にまとめると、葬儀の相場は10万~100万円、法事の相場は3000~5万円とのこと。寺院、戒名によってその金額は異なるが、「福島市の福島大学に勤めていた頃の感覚では、中心市街地のお寺での葬儀のお布施は20~50万円でした」(藤本教授)。小原寺の金額が高めであることが分かるだろう。  檀家数が300軒を下回ると、住職の業務は少なくなって負担は軽減されるが、収入も減るので別の仕事をする必要がある。かつて郡部の寺では、地元で働き続けられる公務員や教員、農協などの仕事を檀家から紹介され、兼業しながら寺院運営する住職が多かったという。SNS情報によると、現在は介護業界で働く人が多いようだ。  小原寺では元雄氏と元輝氏のほかにも僧侶の姿を見かけた。それだけ経営的に余裕があるということで、だからこそ檀家に強気な姿勢で臨めるのかもしれない。しかし、そうした環境にあぐらをかいていれば、離檀していく人も増えるのではないか。  「うちは代々檀家になっているので付き合い続けているが、そうでない人は『住職との折り合いが悪いから』とためらいなく離檀していく。実際、周辺にそういう人がいました」(前出・檀家の年配男性)  本誌10月号で、喜多方市熱塩加納町の古刹・示現寺で〝墓じまい〟が相次いでいる背景を取材した。檀家らの声を聞いた結果、人口減少・少子高齢化の影響に加え、高圧的な態度の住職に対する不満も一因となっていた様子が分かった。ほかにも、会津美里町・会津薬師寺、伊達市霊山町・三乗院など、寺院をめぐるトラブルを取り上げている。本誌10月号記事では、これらのトラブルに共通するのは、①「一方的で説明不足」など住職に檀家が不信感を抱いている、②「本堂新築」、「平成の大修理」など寄付を要する大規模な事業を行おうとしている点と指摘した。  藤本教授は「寺院の大規模事業に関しては、かつては多額の寄付をできる人に依存し、一般の檀家の寄付額は少額という傾向にあったが、時代の流れにより全体で負担する方向に変わりつつあります。計画がしっかりしている寺院では、総代を中心に話し合い、マンションでいう〝修繕費〟を積み立てています。逆に言えば、そのような計画がしっかりしていない寺院は不満が一気に噴出しやすいのです」と解説する。  そのうえで「住職、総代、檀家のコミュニケーションがうまくいってない場合、トラブルが起こりがち。3者で定期的に話し合いの場を持ち、コミュニケーションを取っていれば問題は起こりにくいはずです」と話す。小原寺に関しても当てはまる指摘ではないか。 いかに寺が檀家に寄り添えるか 小原寺の本堂内  市内のある寺院関係者は元雄氏について次のように語る。  「以前は周りが年配者ばかりだったが、檀家も住職も年下が増えてきたこともあって、自己中心的な言動がとにかく目立つようになった。都市部だが、旧小原田村を象徴する寺なので、住職も檀家もそれぞれプライドを持っている。だから、不満が溜まるのでしょう。仏教離れ、少子高齢化が進み、物価高騰で家計も大変な中、何より大事なのはいかに寺(住職)が檀家に寄り添えるか。一方的に旧態依然とした考え方を押し付けるスタンスでは、今後も離檀する檀家は増える一方でしょう」  元雄氏自身は自覚がないようだが、檀家の話を聞く限りコミュニケーション不足は否めない。中には知識量や宗教者としての姿勢を認め、リスペクトを込めて話す人もいたが、だからと言って一方的な〝上から目線〟の寺院運営を続けていれば檀家は離れていく。  同寺院は前述の通り、公共性が高い古刹であり、宗教法人は周知の通り、その公益性の高さから境内や寺院建造物の固定資産税が免除され、お布施などの収入は非課税となっている。元雄氏はその寺院を代表する立場にいるのだから、周りから不満の声が出ていることを素直に受け止め、自身の対応を見直すべきだ。  元輝氏はこの間仏像彫刻の寺小屋イベントを実施しているという。さらに立派な本堂と広大な駐車場を活用した祭り・イベントを計画し、寺に足を運びやすい雰囲気を作ることから考えてみてはどうだろうか。

  • 10年足踏み【郡山旧豊田貯水池】の利活用

    10年足踏み【郡山旧豊田貯水池】の利活用

     郡山市の旧豊田貯水池跡地が利活用されないままの状態が長年続いている。この間、議会や民間からはさまざまな提言が行われているが、市は検討中と繰り返すばかり。郡山市政にとって、同跡地の利活用は残された重要課題になりつつある。 具体策は「次の市長」の政治課題に  旧豊田貯水池は郡山市役所から南東に0・7㌔、郡山総合体育館や商業施設(ザ・モール郡山)などに隣接する市街地にある。面積8万8000平方㍍。稼働時は水面積6万7000平方㍍、貯留水量12万立方㍍を誇ったが、現在は辺り一面に雑草が生い茂る。  旧豊田貯水池が完成したのは今から360年以上前の明暦2(1656)年。農業用ため池と水道用貯水池として長く機能し、明治45(1912)年には安積疏水の水を利用した豊田浄水場が建設されたが、給水100年を迎えて老朽化が進んでいたことから、市は同浄水場の機能を堀口浄水場に統合。豊田浄水場は平成25(2013)年に廃止された。  これを受け、当時の原正夫市長は旧豊田貯水池の水抜きを進めたが、同年4月の市長選で初当選した品川萬里氏は水抜きを停止。「水害対策や歴史的役割を踏まえた学習への活用を検討する」として市役所8部局からなる研究会を設置した。しかし、水抜き停止は市民や議会に意見を聞かずに行われただけでなく、貯水池内の水の流れが止まったことで水質が悪化。辺りには悪臭が漂うようになり、蚊や水草が大量発生した。  結局、水抜きは再開されたが、市はこの問題をめぐり定例会や委員会で議員から厳しい追及を受けた。以来、品川市長は同貯水池跡地の利活用に及び腰の感がある。  「品川市長は局地的な豪雨が増えていることを踏まえ、旧豊田貯水池に雨水を溜め、緩やかに流すことで下流域の負担軽減を図ろうと調整池としての利活用を考えた。その考え自体はよかったが、独断で水抜きを止めたことでつまずき、同貯水池内にある第5配水池を利用した暫定的な雨水貯留施設を整備した後は具体策を示してこなかった」(事情通)  議会では利活用に関してもさまざまな質問が行われ、議員からは室内50㍍プール、全天候型ドーム、水害対策機能を備えた都市公園などの整備を求める声や「福島大学農学部の移転先になり得るのではないか」といった提案が出された。しかし、市は「総合的に検討していく」との答弁を繰り返すばかりだった。  停滞する状況を動かそうと、2017年6月には議会内に設置された公有資産活用検討委員会からこんな提言が行われた。  《市役所や文化・スポーツ施設が集中する麓山・開成山地区においては、施設利用者の駐車場が不足しているという市民の意見が多いことから、旧豊田浄水場跡地の一部について、当面、安全性を確保のうえ、駐車場や自由広場等として暫定利用できるよう、必要最低限の整備に向け対応すること》  ある議員はこう話す。  「旧豊田貯水池跡地に隣接する郡山総合体育館は福島ファイヤーボンズ(バスケット)やデンソーエアリービーズ(女子バレーボール)がホームゲームを行っているが、駐車場が圧倒的に足りない。そこで議会としては、暫定的な使い方として一部に砂利を敷いて駐車場としつつ、具体的な利活用策を早急に示すべきと提言したのです」  同検討委員会が提言に当たり行ったアンケート調査で市民に旧豊田貯水池跡地の最終的な利用方法を尋ねたところ、「開成山・麓山地区における公共施設等の駐車場として整備」が32・2%、「新たな公共施設と駐車場を整備」が27・5%「浸水対策や水辺空間を生かした公園等として整備」が16・9%、「民間へ売却」が11・1%という結果になった。開成山・麓山地区は公園、体育館、図書館などの公共施設が集中しているが、駐車場が少なくて不便なため駐車場整備を求める声が多かった。  民間からも利活用に関する提言が行われた。郡山商工会議所内に設置された郡山の未来像を考える若手組織・グランドデザインプロジェクト会議が2018年11月に▽パークアンドライドを意識した地下駐車場、▽バス、モノレール、LRT(ライトレールトランジット)や2020年代に実用化を目指す空飛ぶクルマなどのターミナル、▽ライブ、シネマシアター、マルシェ等に利用できるイベント基地の整備を提案した。  こうした議会や民間による動きを受け、市は2019年度に副市長をトップとする旧豊田貯水池利活用検討推進本部や有識者懇談会を設置。同年度末には利活用方針案の中間とりまとめを発表し、緑を生かした①体験重視案、②保全重視案、③歴史重視案の3案が示された。しかし、翌年度に行われたパブリックコメントで市民から寄せられた意見は「3案とも検討するに値しない」と手厳しいものだった。  「市街地にはたくさんの公園があるのに、今さら緑を生かした場所が必要なのか、もっと有効な使い方があるのではないかと考える市民が多かったようです」(前出・事情通)  2021年6月には、議会内に設置された旧豊田貯水池利活用特別委員会での議論をもとに、議会から二度目の提言が行われた。  《具体的な整備にあたっては音楽都市、スポーツ、交流人口の拡大、防災・減災、リスクマネジメント、駐車場確保の観点を重視するとともに参考人(※市内15団体の役職者)からの意見に配慮し、市民が納得する活用方法となるよう検討していくこと。また、周辺地区との一体的利用の観点から、宝来屋郡山総合体育館と開成山公園を容易に移動できる動線の確保について検討すること。(中略)なお、具体的な利活用方針が決定するまでの間、旧豊田貯水池の暫定的な利活用を図ること》 定まらない方向性 一面雑草だらけの旧豊田貯水池跡地  その後、市では同年10月から翌22年5月にかけて市民との意見交換会を開催したが、そこで掲げられた利活用コンセプトは「全ての世代が安心・安全で元気に過ごせるみどりのまち SDGs体感未来都市」という非常に漠然としたものだった。  独断で水抜きを止めた反省から、さまざまな組織を立ち上げ、議会や民間、市民の意見に耳を傾けようとしている姿勢は評価できる。ただ、議論を深めれば深めるほど中身が抽象的になり、方向性が定まらなくなっている印象を受ける。  市の窓口である公有資産マネジメント課は「市民の中には旧豊田貯水池の存在すら知らない人がかなりいる。そこで市民に現地を見てもらい広く意見を募るため、現在、一般開放に向けた準備を進めている。いつまでにこうするという期限は定めていない」と話すが、浄水場廃止から10年経っても前進する気配が見られないのだから、状況が変わることはしばらくなさそう。  「この間の具体的な動きと言えば令和元年東日本台風の翌年、市民から議会に水害対策機能を意識した利活用を求める請願が出されたことくらい。品川市長の3期目は2025年4月まで。任期が残り1年半しかない中、自分が手掛ける可能性がない施策を打ち出すとは思えない。4期目も目指すなら話は別だが、現状では次の市長に持ち越しと考えるのが自然だ」(前出の議員)  そのまま水抜きを進め、最初から市民や議会と相談して事を進めていれば、状況は今とは違っていたかもしれない。

  • 二本松市3祭り同日開催の良し悪し【二本松の提灯祭り】【針道のあばれ山車】【小浜の紋付祭り】

    二本松市3祭り同日開催の良し悪し【二本松の提灯祭り】【針道のあばれ山車】【小浜の紋付祭り】

     10月7〜9日の3連休にかけて、二本松市では「二本松の提灯祭り」(7〜9日)、「針道のあばれ山車」(諏訪神社例大祭、6〜8日)、「小浜の紋付祭り」(7、8日)が開催された。二本松の提灯祭りが2019年から日程変更となり、今回、初めて3つの祭りの日程が重なった格好だが、これは観光振興の観点から見た場合、あるいは実際に祭りに携わる関係者からすると、プラスだったのか、マイナスだったのか。 屋台店主は「稼ぐ機会が減った」と嘆き節  3つの祭りのうち、針道のあばれ山車(諏訪神社例大祭)と小浜の紋付祭りは、以前から国民の祝日である「スポーツの日」(旧体育の日)を含めた10月の3連休絡みで行われていた。  これに対し、二本松の提灯祭りは、かつては10月4〜6日の固定日程で開催されていた。だが、祭り参加者の負担軽減や観光面などから、日程変更が議論され、2019年から「10月の第1土曜日から3日間」に変わった。もっとも、2020年、2021年は新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い中止となっており、今回で日程変更後3回目の開催となる。  過去2回は、針道のあばれ山車、小浜の紋付祭りと日程は被らなかった。スポーツの日は10月第2月曜日で、2019年は14日、昨年は10日だった。すなわち、針道のあばれ山車と小浜の紋付祭りは、2019年は12〜14日、昨年は8〜10日の3連休絡みで行われた。二本松の提灯祭りは、2019年は5日が第1土曜日だったため、同日から3日間、昨年は1日が第1土曜日で同日から3日間の開催だった。  今年は7日が第1土曜日、9日がスポーツの日(第2月曜日)だったため、曜日の並びの関係で、初めて3つの祭りが同時期に行われたのである。  巻頭グラビアでも紹介したように、この期間、市内は「祭りムード」一色に染まった。一方で、3つの祭りが同時開催になったことは、観光振興の観点から見た場合、あるいは実際にお祭りに携わる関係者からすると、プラスだったのか、マイナスだったのか。  観光客の入り込みは、二本松の提灯祭りが約19万人だった。昨年は約21万人だったというから、約2万人減ったことになる。ただ、それは最終日(9日)が1日中雨天(しかも土砂降り)だったことが影響しているという。関係者によると「初日は昨年より多かったから、最終日の雨がなければ昨年を上回ったはず」とのこと。なお、昨年は屋台でのアルコール類の販売を禁止するなど、新型コロナウイルスに伴う規制があったが、今年はそういった規制はなかった。  針道のあばれ山車の入り込み数は約8000人。昨年は約5000人だったというから、約1・6倍に増えた。コロナ規制がなくなったことに加え、あばれ山車は日中(8日午後)、提灯祭りは夜が見どころのため、相乗効果が図られたのではないか、と関係者は見る。  なお、針道のあばれ山車は諏訪神社例大祭の一部で、「後祭り」という位置付け。「本祭り」はあばれ山車の前日(今回は7日)に行われたが、「観光客が多く訪れるのは本祭りではなく後祭り」(地元住民)とのこと。  小浜の紋付祭りの入り込み数は約1000人で、昨年は1500人だったというから3割減。ほかの2つに比べると認知度が低いこともあってか、見物客を食われた格好。関係者が紋付羽織袴の格好で練り歩く「本祭り」は8日で、あばれ山車と日程が重なる。もっとも、あばれ山車と紋付祭りが同日になるのは今年に限ったことではない。関係者は「何年かに1度はこうした日程(提灯祭りと同時開催)になりますから、今年の事例を参考に、どうしたら多くの人に来てもらえるか、考えていく必要があるだろう」という。  こうして見ると、観光振興の側面から、3つの祭り同時開催が良かったのか、悪かったのかは判断しにくい。特に、近年はコロナに伴う中止・規模縮小などがあったため、余計に難しい。なお、小浜の紋付祭りは2019年は令和元年東日本台風の影響で本祭りが開催できず、その翌年にはコロナに伴う中止もあった。 屋台の出店数に影響 屋台店主はどこに出店するか選択を迫られた(提灯祭りの屋台)  一方で、関係者からは「屋台を出す人たちは、同時開催で『稼ぐ機会が減った』と嘆いていました」との声が聞かれた。  市生活環境課によると、提灯祭りの屋台出店者は163店舗で昨年比3店舗増。前述したように、昨年は屋台でのアルコール類の販売禁止という規制があったが、今年はないため、もっと増えるのではとの見方もあったが、微増にとどまった。2019年は196店舗だったというから、30店舗以上減ったことになる。  「2020年から2021年にかけては、イベント関係がどこも自粛だった。そのため、全く仕事がない状況で、廃業してしまった業者も少なくない」(ある関係者)  ある店主は「例年は針道に行ってたけど、今年はこっちだけにした」と話した。  ちなみに、同日は福島市で稲荷神社例大祭や飯坂けんか祭りが行われており、「昨年、提灯祭りに出していた屋台店主が、今回は稲荷神社例大祭に出店していた」との声も聞かれた。二本松市内だけでなく、近隣でも祭りが行われる中で、どこに屋台を出すかを「選択」していることがうかがえる。  針道のあばれ山車は、東和支所地域振興課によると、屋台の申請件数で6件、昨年は7件だったという。ただ、1業者で複数の屋台を出したところもあるため、実数は異なるようだ。正確な数字は確認できなかったが、「昨年は十数店舗、今年はその半分くらいではないか」(関係者)とのこと。  この関係者によると、「針道は7日が本祭り、8日があばれ山車だが、本祭りはあまり人が来ないんだよね。だから実質1日しか見込めないから、日程が被ったら、こっちに出す人は少ない。向こう(提灯祭り)は丸々3日間あるから」という。  小浜の紋付祭りは、岩代支所地域振興課によると、10店舗で、昨年は22店舗だったというから、半数以下になった。まさに「同時開催」の影響と言えよう。そのため、今年はレイアウトを変え、1つの通りに集中するように工夫したという。  「仲間は二本松(提灯祭り)に行く人が多い。俺は小浜で店を始め、ここで育ててもらった義理があるのでここに屋台を出すことにした」(屋台店主)  以前は、今週は提灯祭り、翌週は針道のあばれ山車か、小浜の紋付祭りという具合に商売ができたが、今年はそれができなかった。ただでさえ、コロナ禍ではそうした機会が全くなく、ようやくイベントなどが再開されるようになったのに、「同時開催で稼ぐ機会が減った」となれば嘆くのも当然だろう。

  • 【本誌記者・体験記】育休を取りにくい小規模事業者

    【本誌記者・体験記】育休を取りにくい小規模事業者

     男性の育児休業の取得が国を挙げて進められている。家庭と仕事の両立と、女性の労働力参入を意図し、前向きな企業への助成金も拡充した。ただ、制度は充実しても休業者の代替要員の確保は難しい。育休取得で雇い止めにあった公務員もおり、スムーズに取れるようになるまでに解消しなければならない課題は多い。(小池 航) 本誌男性記者の体験で見えた課題  県が常勤労働者30人以上を雇用する県内の民営事業所1400事業所を対象に聞き取りをした労働条件実態調査(2022年7月31日現在)では、21年度に出産し育休を取得した人は男女合わせて1035人。性別の取得状況は女性830人(取得率97・1%)、男性205人(同20・4%)だった。  男性の取得率はここ数年で大幅に伸びている。だが、平均取得日数は女性の297・7日に対し、男性は27・2日と乖離がある。常勤労働者30人を下回り、余剰人員がない小規模事業所はそもそも反映されていないので、現実の数値は男女ともに下回ると考えておくべきだ。  本誌を発行する㈱東邦出版は従業員10人以下の小規模企業。県の統計には反映されないが、29歳男性の筆者は育休を取った。  5月に第一子が生まれた。妻は県外の実家に帰省し里帰り出産した。夜中に産気づいたとの知らせが来て、福島市の自宅から車で向かうと着いた時には既に産まれており、出産には立ち会えなかった。病院は感染症対策を徹底していたため、母親の入院中に親族一組が病棟の待合室でしか対面できず、筆者は義母と会いに行った。  産科病棟に入ると、「おぎゃあ、おぎゃあ」と泣き声が聞こえる。自分の腕の中で力いっぱい泣き、一心に母親の乳を吸う様を見て、我が子と長い時間一緒にいたいという思いが強くなった。  職場に戻ると「育休を取りたいんですが」と切り出した。弊社の佐藤大地社長は「いいよ。取ろう。当面は育休の間にどう仕事を回すかを目的にしよう。体験記も記事にしといて」と言った。  育休は育児休業のことで、労働者が会社に対して子育ての休みを取れる制度。産前産後の女性が取得する産休とは別に取れる。育休は子どもが1歳になるまで取得可能。保育所の入所先が見つからないなどやむを得ない事情がある場合は、最長子どもが2歳になるまで取れる。休業中は180日まで給料の67%が、それ以降は50%がハローワークから労働者に直接支給され、社会保険料が免除される。事務の同僚に申請を頼むと、「育休取得はあなたが初めて」と言われた。  収入が減るのは痛いが、入社が浅くまだ収入は高くないので、67%の給付に代わってもダメージは少ない。何よりも子どもとの時間を大事にしたかった。  2020年度に厚労省から委託され、⽇本能率協会総合研究所が行った「仕事と育児等の両⽴に関する実態把握のための調査研究事業」の調査では、男性が育休を取らなかった理由(複数回答)の筆頭に「収入を減らしたくなかったから」(41%)が上がった。次が「取得しづらい雰囲気と上司の理解が得られなかった」(27%)、「自分しかできない仕事があったから」(21%)。男性が稼ぎ頭を自認し、仕事につきっきりであることが示された。  育休・介護休業は、出産・育児や介護といった人生の一大事で離職が進むことを、本人だけの不利益と捉えるのではなく、企業から人材が離れ生産力が低下する社会的損失と考え、労働者の家庭と仕事の両立を図る狙いがある。そもそもは「男は仕事、女は家庭」と性別的役割分業に基づいて、女性側に家事・育児や介護といった無償労働の負担を強いてきたことがジェンダー平等の観点から問題視されてきた。  さらに、雇用機会は増えているのに女性の職場復帰が叶わないのは、産業界にとっても有能な人材の未活用を意味する。人口減少による人手不足が深刻な日本では、家庭と仕事の両立と「女性活躍」は、自己実現を支える目的ももちろんあるが、政府・産業界がより女性を家庭外の労働に従事させるのが本来の思惑だ。  子育て中も十分に稼がなければならない。食費・学費は物価上昇に伴い上がるが、所得はなかなか上がらず、経済的な面から共働き世代がいまや主流だ。2000年は共働きが約940万世帯、専業主婦が約910万世帯だったが、2022年は共働き世帯が約1200万世帯、専業主婦世帯が約500万世帯となっている。男性が育休を取得し、子育てで主体的な役割を果たすことは、女性活躍=労働人口維持となり、人口減少下の社会が求めていると言える。 外部ライターに発注で対応  妻は今年3月まで勤めていた非正規職を辞め、出産したので無職。産休・育休はない。初めての出産ということもあり、生後3カ月ほどは実家のリラックスした環境で体を休めながら子どもと過ごした方が良いと、里帰り出産を選んだ。  生後間もなくの我が子と一緒に暮らしたいという思いはあったが、里帰り出産で夫である筆者が安堵したのも事実だった。親とは同居しておらず、気軽にサポートを得るのは難しい。夫の筆者が出産直後の回復期にある妻に代わり、家事の全てをこなさなければならない。出張があり、締め切りが近づけば帰宅は夜遅くなる。両立できるか不安で、妻の実家に甘えた。  育休は母子が福島市に帰ってくる8月末から29日間取ることにした。迎えるに当たり、時間に余裕が欲しかったからだ。日常生活を送りながら家事の分担を決め、役所や銀行の手続き、子どもの安全のために家具の再設置、親類への挨拶などを終わらせたかった。職場復帰を想定して家事や子どもの世話をする感覚も掴みたかったので、期間と時期は間違っていなかったと思う。  職場復帰後は、おむつ交換、子どもが朝起きる前に居間を掃除、洗濯物を干す、出勤、帰宅して子どもを風呂に入れ、寝かしつけるのがルーティーンになった。自らに「やったつもりになるな」とは言い聞かせている。  育休を取るに当たって業務の穴埋めを考えた。9月に編集した10月号の発行には加わらなかった。筆者は毎月発行する雑誌に記事を書く編集部員なので、業務期間の区別が付きやすい。空いたページを誰が埋めるかが問題だ。10月号は7月ごろから外部筆者に業務委託した。  本誌は従業員10人未満の小規模企業。人繰りが難しく、1人が抜けるだけでも大きな打撃だ。企業の負担を軽減するために、中小企業対象の助成金に出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)がある。男性従業員が子どもの出生直後に育休を取った場合、事業者に20万円が支払われる。肝は休業者の代替要員を雇った場合、さらに20万円が加算される。  「うまくできている」と思ったが、主な要件に「子どもの出生後8週間以内に開始し、連続5日以上の育休を取ること」とある。筆者は、育休を取る時は既に生後5カ月を過ぎていたため対象外だった。子育てパパ支援助成金は、出産直後で身体的・精神的にダメージを受けている妻を夫が付きっ切りでサポートすることを想定している。  子育てパパ支援助成金による中小企業への補助は出生直後のみだが、筆者のようにその時期以外にもニーズがあること、経営者が積極的に男性の育休を浸透させるためにも、金額を調整しつつ対象期間を広げても良いのではと思う。  外部ライターに原稿を発注することで、筆者は育休を取ることができ誌面の質も維持できた。ただ、同じ従業員でも営業部門は替えが効かない。編集部員は特集の方針こそ決めるものの、各記事は1人で書き、引き継ぎは比較的簡単に済む。一方、営業部員は各々が広告主などの顧客と関係を築き、チームで緻密に売り上げを積み重ねている。引き継ぎは容易でないだろう。  給料水準が低いことで、地方と中小企業を襲う慢性的な人手不足も頭を悩ます。前出の子育てパパ支援助成金で、代替要員と認められるのは直接雇用や派遣会社を通じて雇用した従業員。本誌で育休期間を補う臨時社員を募集し、ちょうどその時期に採用できるかというと現実的ではない。求職者も給与額と安定性の面から、有期よりは無期、短期よりは長期の雇用を希望する。  従来からあった育児休業とは別に22年から出生時育児休業(産後パパ育休)制度も始まった。子どもが生まれてから8週間以内に最大4週間休みが取れる。分割して取ることも可能だ。最大の特徴は、労使協定に基づいて労働者の側が希望すれば、休業しながら少しの間であれば就労ができる。引き継ぎや代替要員の確保が難しいといった現状を鑑みた。 育休を終え雇い止めに遭った臨時職員  ここまで男性が育休をどう取るかを書いてきたが、女性ですら育休を取りづらい実態がある。また、非正規職員は取れたとしてもその間に職を失ってしまう。  県内のある自治体に勤めていた30代女性が語る。  「私は年度ごとに雇用契約が更新される会計年度任用職員でした。上司は『若手が少ないから今あなたに休んでもらったら困る』と求めるほど職場の人数は最低限度でした。一昨年夏に第2子が生まれました。1年の育休を取ろうと上司に相談すると応じてはくれたのですが、『長すぎるんじゃないの』と言われました。説得され、9カ月の育休に縮めることで折り合いました」  夫は夜勤もある仕事で拘束時間も長いため、育児の負担は女性にのしかかる。乳幼児とその上の子を育てる大変な時期を乗り越えた後、保育所に預けて職場復帰しようと準備を進めていた昨年初頭、上司から「契約を更新しない」と言われた。  会計年度任用職員について多くの自治体は、「採用の門戸を広げるため」と国の方針に則り「〇年目以降は公募で合格した者のみ」と条件を設け実質雇い止めをしている。女性はまだ勤め先の自治体で定めた期限を迎えてなかった。  「有職者であることを証明し保育所の入園手続きをしていたが、無職になるので入園できません。家計のために共働きは必須です。育休明けで職場復帰に意気込んでいたのに求職しなければならなくなった。子育て支援を牽引する行政が、育休取得者に不利益を与えているのは許せません」(前出の女性)  女性は自治体の予算が減額され、雇用人数を減らす中、ちょうど育休中だった自分に白羽の矢が立ったと受け止めている。  家庭と仕事を両立させるには男性の育休を増やすことが重要だが、都道府県や企業ランキングの上位に食い込むための「目的」になってはいけない。育休がキャリアで不利益となることを恐れ、取りたくても申請を控えている人が多く潜在していることに目を向ける必要がある。

  • 問題だらけの【福島県】消防組織

    問題だらけの【福島県】消防組織【パワハラ】【報酬ピンハネ】

    双葉地方広域消防本部「パワハラ」の背景 本誌に寄せられた投書  10月14日付の福島民報に「職員3人パワハラか 双葉地方消防本部 飲酒強要などで懲戒」という記事が掲載された。双葉地方広域市町村圏組合消防本部が、パワハラ行為があったとして職員3人を懲戒処分(減給)していたことを報じる内容。  実はこの前に、同消防本部のパワハラについて記した告発文が、本誌編集部宛てに寄せられていた。差出人は匿名で、消印は10月9日付、いわき郵便局。  パワハラの具体例を記した告発文と併せて、加勢信二消防長が各消防署長に向けて送付した「職員の義務違反について(通知)」という公文書の写しも添付されていた。内容はパワハラで懲戒処分された職員が出たのを受けて、言葉遣いや態度への注意を呼びかけるもの。おそらく差出人は同本部の職員だろう。  告発文によるとパワハラの内容は以下の通り。  ◯今年2月22日に開かれた職員同士の飲み会で、消防副士長(29)が嫌がる部下にタバスコ入りの酒を一気飲みさせた。  ◯消防司令補(34)が一次会で帰宅しようとした部下に土下座を強要した。  ◯警防係長(40)が過度の説教を開始。  ◯翌日から若手職員A(投書では実名)が病休に入りその後退職した。  新聞報道によると、処分された3人のうち1人は〝タバスコ消防副士長〟で、残り2人は訓練時の発言や不適切な言動、理不尽に受け取れる指導が処分対象になったという。  告発文によると、処分は9月14日付で、半年以上も経った後の処分ということになる。差出人が疑問視しているのは処分の軽さだ。というのも、同組合の懲戒処分等に関する基準では、パワハラなどで心身に故障を生じさせ、勤務できない状況を招いた際は免職・停職とすることが定められているのだ。  《その他にもパワハラで楢葉分署1名、富岡消防署2名が病気休暇で休んでいるのが、現状です。減給の処分職員はなんの反省もしていません》(告発文より引用)  福島県消防協会のホームページによると、同消防本部の管轄エリアは双葉郡8町村。実人員(職員数)は127人で、県内の消防本部では小規模な部類に入る。復興途上の原発被災地域の防災を担おうと入った若い職員がパワハラ行為の対象となり、退職・休職に追い込まれたのだとしたら、これほど理不尽な話はない。  同消防本部に詳細を問い合わせたところ、金沢文男次長兼総務課長が次のように答えた。  「パワハラに関する教育は年1回、階級に合わせて実施しています。パワハラの詳細や当消防本部が知るに至った経緯は新聞社などにも公表していないのでご理解ください。公表しない理由もお話しすることはできません。なお、楢葉分署、富岡消防署の休職者に関しては、今回のパワハラとは関係ありません」  懲戒処分が軽くなった経緯については「公表していない」、懲戒処分したことを公表しなかった理由については「公表の基準が決まっており、それを下回ったので、公表しなかった」と説明した。とにかく情報公開を避けている印象が否めない。こうした体質がパワハラを助長しているのではないか。  消防でパワハラが起きる背景について、消防行政を研究する関西大学社会安全学部の永田尚三教授は次のように語る。  「消防は一般的に体育会系的要素が強いのに加え、消防本部は地域間格差が大きい。地方の小規模な消防本部では日常の業務に追われ、パワハラ対策やコンプライアンスなどについて、十分に学ぶ時間が確保されていない可能性が高い。また、消防本部は行政部局から切り離され独立性が確保されていますが、それゆえに、行政部局の組織文化が共有されにくい側面もあると思います」  同消防本部ではパワハラ教育を実施しているということだったが、効果がなかったことを重く受け止め、この機会に徹底的に内部調査を行って、膿を出し切るべきだ。そのうえでハラスメント行為を相互チェックするルールなどを組み込み、見直しを図ることが求められる。 氷山の一角!?南相馬市消防団「報酬ピンハネ」  一方、南相馬市では、消防団員に報酬が渡されていなかった事例が明らかになった。10月9日付の毎日新聞によると、同市内の消防団が団員だった40代男性に1年半にわたり報酬を渡していなかった。  支払いを求める男性に対し、先輩団員は「消防団っていうのはボランティアなんだ。報酬は団に預けているんだ」、「昔から余ったお金を団に残して、コロナになる前は2年に1回くらい旅行に行っていた。その時に飲み物やビールを買う、宴会に使うというのをやってきた」と話し、「列からはみ出るようなら、辞めてもらうしかない」と迫ったという。 消防団の悪しき慣習  男性は報酬を受け取らないまま退団し、報酬未払いとパワハラについて、市としての対処を求める嘆願書を市長宛てに提出。1年以上連絡がなかったが、9月に毎日新聞が取材した直後、市長名の回答が寄せられた。パワハラは評価できないとしたうえで、「報酬等の取り扱いについて、団員に対する説明が不十分であったと判断し、消防団に対して口頭指導した」という内容だったという。その結果、男性はようやく報酬を受け取ることができた。  消防団の報酬問題については、本誌昨年6月号「ブラック公務員 消防団」という記事で触れた。なり手不足解消のため、消防庁では年額報酬の引き上げに加え、個人支給を強く要望している。分団ごとに一括支給すると、報酬の一部が「活動費」として強制的にプールされてしまう実態があったためだ。  現在は改善されているのか。南相馬市に問い合わせたところ、危機管理課所属の阿部信也災害対策担当課長がこう説明した。  「市では分団から頼まれて、報酬をまとめて振り込んでいましたが、現在は市が個人名義の口座に振り込んでいます。毎日新聞記事の事例も分団に頼まれ、まとめ払いしていたが、元消防団員の方はその説明を受けてないとのことだったので、話し合いを持つようお願いしました。嘆願書への返事が遅れたのは、弁護士と相談したり、事実確認する時間が必要となったためです」  消防団員は非常勤特別地方公務員に当たる。その報酬を勝手な判断でプールすれば公金横領となりそうだが、事前に市に委託があったことを踏まえ、市では問題視しない方針だという。  前出・永田教授は「消防団も規模によって異なる。消防庁の方針に従い、多くの消防団は改善に乗り出しているが、中には個人に支払われた報酬から会計責任者が活動費を再徴収したり、報酬が入る通帳を会計責任者が預かるなど悪質な事例もあるようです」と述べる。実際、本誌昨年6月号では再徴収されたケースや通帳を新たに作らされた事例を紹介している。南相馬市の事例は氷山の一角の可能性がある。  消火活動に加え、救急搬送、自然災害時の人命救助など消防組織は大きな役割を担っている。現場で命をかけて活動している職員には敬意を表するが、だからといって、消防職員の〝権利〟を侵害する労働環境・慣習は看過できない。県内の消防組織が自浄作用を働かせ、前時代的な組織からの脱却を図る必要がある。

  • 【いわき市】豪雨災害の爪痕

    【いわき市】豪雨災害の爪痕

     9月8日夜から9日早朝にかけて、浜通りは台風13号による記録的豪雨に見舞われた。  被害が集中したいわき市では死者1人、負傷者(軽傷)5人の人的被害が発生した。住宅被害は全壊1棟、一部損壊3棟、床上浸水1261棟、床下浸水481棟に及ぶ(いずれも9月20日現在)。  9月10日、特に被害が激しかった内郷地区を訪れると、住民が住宅内の泥のかき出し、浸水した家具・家電・畳の運び出しに追われていた。  令和元年東日本台風で多大な被害を出した同市では、検証委員会を設置して防災対策の在り方を話し合っていた。災害ごみ置き場が早急に設置されたり、内田広之市長がSNSで積極的に発信していたのはその成果と言えよう。事前に高台に車を移動していた住民も多かった。  一方で、被災住民からは災害ごみ置き場の管理体制や支援物資などについて不満の声も聞かれた。同19日にも大雨による被害が発生するなど、あらためて水害リスクの高さが顕在化した同市。さらなる防災・減災対策が求められる。 流された車が積み重なる場所も(内郷白水町) 川沿いの住宅は軒並み浸水しており、庭に積もった泥をスコップですくう姿も見られた(常磐湯本町) 国宝建造物・白水阿弥陀堂(常磐湯本町)。近くを流れる新川が氾濫して境内に水が流れ込み、全体が浸水した。仏像に被害はなかった 内郷二中に設けられた災害ごみ置き場(内郷宮町)。住民からは「対象地区外からも運び込まれている。これではすぐ満杯になる」と憤る声も聞かれた 橋に絡まる大量の草(内郷内町) 水没車両を搬送する業者(内郷内町)。事前に高台に車を移した人も多かったようだ 被災した親族・知人、ボランティアなどが協力して復旧作業を行っていた(内郷内町)

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    【矢祭町・強盗事件】暴力団を匂わせ矢祭の大家を恐喝

    刑務所仲間と強盗を謀った元入居者  強盗集団は行き当たりばったりで押し入るのではなく、何かしら奪う財産に見当を付け、一時的な「協力関係」を築いて決行する。徒党を組むのは信頼があるからではなく、被害者にさらなる恐怖を与え、犯行の役割分担ができるからに過ぎない。そして、いざ自分が捕まれば「主謀者はもう一人の奴だ」となすり合いが始まる。  昨年3月に矢祭町の80代夫婦が住む民家で発生した強盗事件の犯人2人のうち1人は、福島刑務所(福島市)で服役中に知り合った男と犯行を計画した。今年4月に住所不定無職の大金照男(63)=本籍栃木県那珂川町=が逮捕され、住居侵入、強盗の罪で裁かれた。もう1人の実行犯は既に死亡。法廷では、生き残った大金が死亡した仲間に罪を押し付ける発言を繰り返した。  強盗事件の発端は、大金が2018年5月に当時の妻に傷害を負わせて実刑を受け、服役した時点にさかのぼる。この時の大金の住所地は、矢祭町で起こった強盗の被害者となる夫婦が経営するアパートだった。  検察側の冒頭陳述によると、大金は福島刑務所で懲役2年4月の刑期を終え、2021年3月に出所。知人男性宅に居候し、男性宅を出た後は車上生活を始めた。自分が刑務所に収監されてから、大家がアパートに残された大金所有の自動車を処分したことを知り、損害賠償にかこつけて大家を脅し、現金550万円を要求した。この時、大金は暴力団と付き合いがあることをほのめかしていたという。  大金によると、大家から受け取った550万円のうち、270万円は自分の物にし、残りの280万円は刑務所で知り合ったミズヌマショウジなる男にあげたという。ミズヌマは、大金が大家に金品を要求するのに加担したとされる。大金は、これに味を占めたミズヌマが犯行を計画したと主張した。2022年2月ごろ、ミズヌマからワダヤスユキを紹介された。  大金はミズヌマたちを車で矢祭町に案内し、現場の下見をする。強盗計画は当初、ミズヌマとワダ、カネサワリキオ、ニヘイヨウイチら4人に話していたが、ミズヌマ、カネサワ、ニヘイが離脱。大金とワダのみになった。ワダは強盗発覚後、逮捕されることなく死亡した。  死人に口なし。裁判で大金の弁護人は「ワダが主導し、大金は従属的な立場」と主張。次に記す犯行の様子は、被害者で大家の80代夫婦2人と大金の供述に基づく。  犯行当日の2022年3月14日午後5時半ごろ、夕飯の準備をしていた老夫婦宅に「こんばんは」と訪ねてくる男の声が響いた。妻はアパート契約の申し込みで直接訪問してきた人だと思い、玄関の戸を開けると、男が侵入して土のう袋を妻にかけ、紐で首を絞めてきたという。  最初に侵入したのはワダ。「暴れると火を付ける」「金どこにあんの」とドスの効いた声で妻を脅した。栄養ドリンクの空き瓶にガソリンを入れ、場合によっては家に火を付けることも事前に大金と打ち合わせていた。  ワダが押し入って約5分後、大金は乗り付けた車から降りて老夫婦宅に侵入し、横になっていた夫の方に向かって行った。夫は目が不自由だった。「金取りに来たんだから金あるとこ教えろ。早くしないと殺されちゃうよ」と脅す。夫はかつての入居者である大金の声と認識していた。大金は夫を立たせ、金品の在りかに案内させた。寝室にあったタンスから封筒を発見すると、2人は50万円が入っていた封筒3袋と巾着袋を奪って逃走した。他に財布から55万円が盗まれていた。被害額は合わせて205万円。  大金は「自分がもらう予定だった報酬は3分の1」と述べ、受け取った報酬は60万円くらいと主張した。計算と合わなくなる。奪った全体額を把握していなかったのか、自分の物にした額を過少に報告しているのか。また、当初計画の5人からどんどん抜け、メンバーが2人になったにもかかわらず強盗を実行したことについて「ワダが続けると言った」と述べた。  あくまで従属的な立場を強調する大金だが、犯行に使った車のナンバープレートを偽物に付け替えていた点、さらに被害者の老夫婦が経営するアパートの元入居者で内情を知っていた点から、少なくとも大金なしでは強盗は起こりえなかった。  その疑いを強める点がある。犯人2人は老夫婦に目隠しをするため土のう袋を用意していたが、先に玄関で応対した妻にしか被せていない。大金が、夫の目が不自由なことを把握していたため、メンバーが2人に減っても強行したのではないか。  実は、本誌は昨年5月号「視覚障害者が狙い? 逃走中の矢祭町強盗犯」という記事でこの事件を報じていた。記事中では、犯人は家人の内情を知っている人物の可能性があると言及していたが、案の定、大家のことをよく知る元入居者だった。

  • 【南相馬市闇バイト強盗事件】資産家を襲った『闇バイト』集団の足取り

    【南相馬市闇バイト強盗事件】資産家を襲った『闇バイト』集団の足取り

     福島県で高齢者が犯罪集団の標的になっている。今年2月に南相馬市の70代夫婦宅に男3人が押し入り、暴行のうえ現金などを奪う事件が発生。強盗傷害罪などに問われた実行犯2人に懲役7年、もう1人に同6年が言い渡された。3人はSNSや知人を通じて全国から集められ、匿名の指示役から被害者の財産情報を得ていた。(文中一部敬称略) 犯罪集団に狙われる高齢者の財産  今年2月26日午後3時20分ごろ、南相馬市原町区の県道川俣原町線沿いにある70代夫婦が住む平屋に20代の男3人が押し入り、暴行の末、現金3万8000円とネックレスを奪って逃げた。実行犯3人は約1週間のうちに逮捕された。  犯行は匿名の人物が計画してX(旧ツイッター)などのSNSで隠語を交え告知。応じた者が勧誘役となり、その知人に実行役を任せた(図参照)。検挙率が高く実刑が科される強盗はリスクが高く、自らは手を下したくない。「犯罪白書令和4年版」によると、2021年の強盗の検挙率は99%。   足が付きやすいので、直接の知人には「捨て駒」となる実行役は任せられない。主謀者はSNSで「高額報酬」をうたい、困窮し切羽詰まった者を全国から募集する。いわゆる「闇バイト」だ。高額報酬に飛びついたのが実行犯3人だった。  犯行当日に捕まったのが東京都多摩市のとび職瓜田翔(21)。翌27日には同八王子市の専門学校生江口将匡(20)が警察に事件への関与を伝え逮捕された。2人は高校時代からの友人で、瓜田が犯行に誘った。  その後、3月6日に実行犯のリーダー格とされる札幌市のとび職土岐渚(23)が同市内の自宅で逮捕された。初公判の10月10日時点で3人のほかに指示役、実行犯の勧誘役、逃走の手助け役とみられる男ら6人が逮捕されている。うち瓜田を勧誘し、凶器の準備を指示したとして、瓜田が勤めていた会社の上司であるとび職石志福治(27)が強盗傷害罪で逮捕・起訴された。指示役とみられる男たちは処分保留で釈放された。  闇バイトはSNSを通じて実行役を勧誘し、秘匿性の高い通信アプリを使って匿名の人物が指示を出すので、実行役は犯罪集団の全容を知らない。警察が摘発しても、主謀者が関わった証拠が不十分で「トカゲの尻尾切り」に終わってしまう。 ここからは、10月10~25日にかけて福島地裁で開かれた公判をもとに書き進める。  瓜田、江口ら東京都の2人と札幌市の土岐は事件まで面識がなく、2組はそれぞれ別の知人から被害者宅の財産を盗むことを持ち掛けられた。瓜田は前出の石志から、土岐は札幌市の飲食店経営新居秀道(22)からだった。別にいる指示役は、通信アプリで「クロサキジン」「ヤマモトヨシノブ」などと名乗っていた。指示役が1人で匿名アカウントを使い回していたのか、複数人が成りすましていたのかは不明。  実行犯3人は報酬に魅せられたわけだが、切迫度はそれぞれ違う。土岐は経営する会社の運営資金に困っていた。瓜田はバイクのローンや友人たちへの借金返済、交際相手との遊興費を欲していた。瓜田に誘われた江口は「瓜田に貸した金を返してもらい、それ以上の報酬がもらえるなら」と、薬物の運び屋のような非合法の仕事を想定して応じた。  闇バイトに加わる末端の若者は身分証明書や実家の情報を握られ、脅されていることが多いが、南相馬市の事件は実行犯3人とも脅しを受けていなかった点から「逃げられなかった」という言い訳は苦しい。  札幌市から参加した土岐は定時制高校を中退後、とび職に転じ、2022年2月には従業員7、8人の会社を興し独立した。だが、コロナ禍で現場の仕事が減る中、従業員に給料を払うため父親から借金してしのいでいたという。「自分なりには精いっぱいだったが、はたから見れば金の扱いが杜撰だったかもしれない。人にすぐ金を貸すなど甘いところがあった」と振り返った。  今回の強盗に加わる直前の2022年12月から翌年2月にかけては、元請けからの支払いが滞り、従業員に給料を払えなくなった。資金繰りに頭を悩ませ、従業員に資金を持ち逃げされたとも語った。「もう親には借りられない」と思ったという。  社会保険料の支払い期限が迫り、土岐が頼ったのは新居だった。土岐は新居が経営する飲食店で働いていたことがあり、彼の顔が広いことを知っていた。今年2月13日夜、土岐はLINEで次のように切り出した。  土岐「今どっかたたけない?」  新居「今?」  土岐「金持っててむかつくやつとかいないの」「潰したいやつとか」「なんかもうどうでもよくなってやばい」  タタキとは強盗の隠語。土岐は法廷で「悪い奴から金を奪う意味」と独自の定義を話した。新居とのやり取りの中では「表に出しちゃいけない金はたたいた方がいい気がする」と述べている。「いくら欲しい」と新居に聞かれ、土岐は「400万円。あればあるだけほしい」。400万円は土岐の借金の額だ。 原発賠償金も狙う  南相馬市の老夫婦以外にもタタキの候補は存在していた。当初は2月20日ごろに名古屋市に住む老夫婦の金庫を狙うつもりだったが、同日未明にキャンセルされ、福島県に変更。土岐によると、最初は空き巣を想定しており、候補には名古屋市、福島県、北海道苫小牧市が挙がっていたという。土岐と新居は福島県の標的について「原発の補助金が入っている」とのやり取りを通信アプリで交わしていた。県民にとって、原発事故の賠償金が狙われている点は見過ごせない。  土岐と新居の札幌組は実際に強盗に入った2月26日の前日に、車で東京都から茨城県を通って南相馬市に入り、仙台市に向かっていることが分かっている。この時、常磐道富岡IC付近で乗っていた車が盗難車と疑われ、福島県警に職質を受ける失態を犯す。疑いは晴れたが、裁判で検察側は土岐に対し「新居と下見に行ったのでは」と指摘。土岐は「茨城の解体のバイトに向かう途中でそれがなくなった」と、犯行前日に南相馬市を通ったのは仙台市を経由して札幌市に帰る道中であり、下見であることを否定した。  その後、札幌市に帰った土岐は新居から、匿名性の高い通信アプリを通して「クロサキジン」を紹介される。互いに顔は知らない。以後、クロサキが土岐に強盗の具体的な指示を出す。同日夜、同市内の指定された場所に向かうと、ホスト風の男から交通費2万円と南相馬市の強盗に入る家の写真を示された。寝室の床下に金の延べ棒があると伝えられた。翌26日早朝、土岐は函館市から新幹線で福島市に向かった。  一方、瓜田と江口は強盗に参加するまでにもう1人の人物を介した。今年2月、東京都多摩市のとび職石志福治は「プッシュ 運び」とツイッターで検索していた。プッシュとは大麻のこと。大麻の運び屋を表す。同24日、密売をしていると思われる「ヤマモトヨシノブ」と名乗るアカウントにダイレクトメールを送ると「車の名義を貸してほしい」と返事が来た。「変なことに使われるな」と思った石志は、ヤマモトからの案件を職場の部下の瓜田に紹介した。  瓜田には、福島県の老夫婦から金の延べ棒を奪う仕事で、1人は車で待機、2人は家に入るため最低3人は必要なこと、1人当たりの報酬は800万円はくだらないと伝えた。ハンマーやバールのような物、テープや結束バンドなども用意するよう言った。  犯行前日の2月25日夜、南相馬市に向かうためレンタカーを借りた瓜田と石志は地元の多摩市で会う。ドライブレコーダーが石志の発言を記録していた。  石志「捕まんなよ」「レンタカーの報酬は10万円だよ」「この家はだいたい億は超えてるんだ。みんなで分ける」「俺の場合はボスがいる。ボスから紹介で仕事をもらってるから、そっちに払わなきゃいけない。こっちは現場に出てるから金はでかい」  瓜田はLINEで友人たちに、福島県まで車を運転すれば50万円もらえる仕事があると勧誘した。応じたのが、瓜田に27万円貸していた江口だった。 道の確認を装い下見 福島駅  瓜田はスマホの匿名人物からの指示で同日午後10時ごろ、都内で江口を拾い、下道で福島県浜通りに向かった。翌26日午前中、いわき市を経て南相馬市に入る。老夫婦宅の前を通って車の台数を確認。指示に従って福島市のJR福島駅に向かい、札幌市から来た土岐を拾った。  合流後、3人は福島市内のホームセンターで先端がとがったハンマーなどを買う。床下にあると聞かされていた金の延べ棒を奪うため、畳を引きはがす道具だった。  合流後、指示役からの連絡は土岐に一元化された。午後1時ごろ、3人は在宅人数を確認するため、ターゲットの老夫婦宅を訪ねた。瓜田が「駅までの道を教えてほしい」と玄関に入った。  もっとも、老夫婦宅は県道から奥まったところにある。不審に思った夫のAさんは「スマホはないのか」「車のナビがあるじゃないか」と尋ねたが、瓜田は「充電がない」「ナビは付いてない」とはぐらかした。AさんはJR原ノ町駅までの道順を教え、家の窓から不審車両の行き先を見守った。  老夫婦が家の中にいることを確認した瓜田は、車に残っていた土岐、江口に報告する。市内のホームセンターに新たに武器になりそうな物を買いに行った。柄の長い全長約40㌢のハンマー、パイプレンチ、ステンレス製のパイプなどを購入。パイプレンチは約1・6㌔とこれらの中で最も重く、瓜田がAさんを殴った際に何針も縫うけがにつながった。  武器を買った3人は再び老夫婦宅の近くまで来て、土岐と瓜田は現場が見渡せる小高い森に上った。江口は車で待機。瓜田はこの時、「強行突破で行くぞ」との土岐の発言を聞いたという。土岐は「自然な成り行きで強盗に至った」と自身の主導性を否定している。いずれにせよ、3人は各々強盗を覚悟し、老夫婦宅に乗り付けた。  顔が分からないようにネックウォーマーを被り、瓜田、江口、土岐の順で無施錠の玄関から土足で侵入した。  瓜田は居間で横になっていたAさんに、右手で持っていたハンマーを振り下ろそうとした。Aさんは上半身を起こし、持ち手の部分を片手で抑え動きを封じたため、瓜田は左手に持っていたパイプレンチをAさんの頭に複数回振り下ろした。Aさんは後ろに倒れたが、抵抗して揉みあいになり、瓜田もハンマーを落とした。江口と土岐はAさんの妻の足にテープを巻き付けて動きを封じた。その後、土岐は寝室に移り、とがったハンマーで畳を引きはがした。  土岐は「金(きん)はどこにあるんだ!」とAさんに迫った。「金はない。現金はあるから持っていけ」とAさん。土岐は財布から現金を抜き取ると、Aさんから「持ってけ」と投げつけられた金色のネックレスを手にし、車で逃走した。3人はイヤリングや凶器などの証拠を家の中に残しており、現場の混乱ぶりがうかがえる。  スマホからの指示で、3人は車で数分の新田川大原水辺公園に向かった。待ち受けていた会社員矢板聖哉(21)=千葉市=の車に金品を持った土岐だけが乗り移り、いわき方面に向かった。矢板は同僚の富田湧也(28)=水戸市=から南相馬市で人を運ぶように頼まれていた。 金品を持った犯人が車を乗り換えた新田川大原水辺公園(南相馬市)  富田から着信があり、その指示で矢板は土岐に何か持っているかと尋ねた。目的の金の延べ棒を持っていないと分かると、富田は「何も持ってないならその辺で降ろしちゃっていいよ」と話したという。矢板は後部座席の土岐が、自分の携帯電話で「こっちもリスクあんだから金くらいもらえるだろ」と怒っているのを聞いていた。電話の向こうはこれまでやり取りした指示役の「クロサキジン」とみられる。  土岐は人目を避けてJR湯本駅で車を降り、鉄道で自宅がある札幌市に逃走。奪った金品も報酬も手にできなかった瓜田と江口は、凶器を田村市常葉町の山林に捨て、レンタカーを運転して都内に帰った。  結果は冒頭の通り、約1週間で実行犯3人が逮捕された。闇バイトは証拠が残りにくく、法の裁きが指示役まで及びにくいのが特徴だ。今後裁判が予定されている石志も指示役と実行犯のつなぎ役に過ぎず、全容解明は望めない。  実行犯の土岐は、目的の金品が得られず逃走車から降ろされたように、上層部にとって「捨て駒」だった。捨て駒だが起こした結果は重大で、刑罰を受けて被害者への賠償を迫られる。裁判には実行犯3人の親たちが証人として出廷した。3人合わせて600万円を被害弁償したことが明かされた。親が親戚や職場から借りて払ったという。闇バイトは被害者のみならず、自分のかけがえのない人にも迷惑を及ぼす。

  • CМでよく見る転職仲介業者とは

    CМでよく見る転職仲介業者とは【福島県】

     転職活動において転職希望者と企業の仲介役を担う転職エージェント。首都圏では一般的になっており、福島県でも利用者が増えつつある。本県の最新転職事情を追った。 県内では地域密着スタイルで少しずつ浸透  「転職エージェント」という仕事をご存じだろうか。  転職希望者の活動をサポートしつつ、契約している企業に合う優秀な人材を紹介する。報酬は企業側から支払われる仕組みなので、転職希望者は無料で転職活動を進められる。報酬の相場は年収の3割。転職した仕事の年収が500万円だとしたら、150万円を企業側からもらえる。  大手はリクルートエージェント、マイナビエージェント、dodaX、パソナキャリア、ビズリーチなど。登録すると、それぞれのサイトと契約している複数のスカウト(担当者)から連絡が寄せられ、面談を経て各企業とのマッチングが進められる。条件が合致する企業があった際、初めて採用試験(面接)が行われるという流れだ。  自分の市場価値を知ることができるというメリットもあって数年前から広まっており、今夏、転職エージェントを主人公にしたテレビドラマが放送されたほどだ。  少し前まで転職活動と言えば、ハローワークや求人情報誌、折り込みチラシなどで求人情報を収集し、企業に直接連絡するものだった。そこから、求人情報を掲載した転職者向けサイトで検索し仕事を探す時代に移り変わったと思ったら、それすら過去の話になった。  首都圏ではいまや転職エージェントが転職活動のメーンになりつつあるようだ。  本県の中小企業は人手不足に見舞われており、売り手市場の状況が続く。県内の7月の有効求人倍率は1・39倍で、求人数が求職者数を大きく上回っている。  ただし製造業など一部の業種で弱まっている傾向もみられる。福島労働局の担当者によると、主な要因は経済の先行きが不透明なことによる採用抑制。  資材高騰・原油高により営業利益が圧迫され、コロナ禍に講じられた〝ゼロゼロ融資〟の返済が本格化する中、新規採用に慎重になっている中小企業が多いという。  ただでさえ人口減少・少子高齢化が進む本県。求められているのは優秀かつ即戦力の人材であり、転職希望者と企業をつなぐ転職エージェントの役割に注目が集まりそうだ。 県内の本格普及はこれから  もっとも、首都圏と比べると、本県では転職エージェントを使った転職活動の動きは鈍いようだ。その理由について、人材紹介業の経営者は「地元中小企業の求人が少ないからではないか」と指摘する。  「例えば、『福島県 転職』と検索すると大手の転職エージェントが上位に表示されます。ただ、実際に登録すると、『東京の企業の福島支社』の求人が多く出ているだけで、地元でキャリアアップを目指す人やUターン・Ⅰターン希望者が求める中小企業の求人はそれほど多くないのです」  高い報酬を出してまで人材を集める文化が県内企業にないという事情もあるようだ。東北地方で活動する転職エージェントの話。  「大規模企業であれば、優秀な人材を確保するために100万円単位の紹介料を迷いなく払う。『リクナビNEXT』、『マイナビ転職』などの大手転職サイトも、上位に掲載されるために各社数十万円規模の掲載料を払っている。ただ、県内の中小企業がそんな費用を捻出するのは難しい。ハローワークに求人を出し、求人チラシにも有料広告を掲載しつつ、インディード、エンゲージといった無料掲載可能な求人サイトも試しに活用していく――というのが一般的だと思います」  そもそも本県ではまだまだ保守的な意識が強く、キャリアアップのための転職活動がそれほど盛んでないという背景もある。「実際、面談で転職理由を尋ねると、人間関係や待遇への不満など後ろ向きの理由が多い」(同)。  工場が多く、第2次産業就業者の比率が東北6県で最も高い(30・6%、2015年現在)という環境も影響していそうだ。というのも、工場勤務者が転職で飛躍的な年収アップを図るためには、役員・管理職としてマネジメント業務を担った経験を持っていたり、飛び抜けた技術を持っていることが求められる。逆に言えば、そうした経験・技術がなければ転職してキャリアアップを果たすのは難しいということだ。  「工場でそれなりの経験を積んでいるなら、転職で手取りが月2、3万円程度上がる可能性はある。しかし、そのことで扱う機械や労働環境が変わり、働きづらくなるかもしれない。二つの選択肢をてんびんにかけて、結局現状維持の道を選ぶ人が多いと思います」(転職事情に詳しい郡山市の経営者) 2つの事例  こうした中、本県の実情に合わせた〝地域密着型〟転職エージェントサービスを提供する事業者も現れ始めた。  郡山市のクノウ(久能雄三社長)は、大手エージェントのスカウトでは見つけられない県内優良企業の求人を集め、登録者とのマッチングを行っている。  「広告事業も展開しており、人材紹介を通して見えた経営課題の解決のお手伝いなども併せて行っています。県からの委託事業で企業と副業希望者のマッチングも手掛けています。こうした活動を通して、福島県の活性化につながることを期待しています」(久能社長)  求人広告業の老舗・ガイドポスト(郡山市、片田秀司社長)は、求人情報が掲載されたチラシ「ガイドポスト」やウェブサイトに、業務内容と勤務地だけの情報を掲載し、転職希望者と企業をマッチングする有料職業紹介サービスを展開している。 ガイドポスト本社  「もともとは家に引きこもって社会復帰が難しい方の力になれないかと思って始めた事業です。企業と求職者、双方の状況や希望を聞き、条件のミスマッチをなくし、面接は人柄チェックという感じです」(栗山俊光専務)  紹介手数料は相場の「年収の3割」ではなく一律20万円に設定。入社後すぐに退職してしまった場合は減額する。転職希望者と企業の間に同社が入ることで採用がスムーズに行われるようになり、好評を博しているという。  総務省の労働力調査によると、2022年の転職希望者数は過去最高の968万人。本県の転職市場もさらに活発になっていくと予想される。  本県はまだ「転職エージェント過渡期」の状況だが、転職希望者・企業ともに活用することで、「理想の転職」、「理想の採用」を実現できるはずだ。スカウトとの相性や能力差もあり、うまく使いこなすことが重要になる。

  • 遅すぎた福島市メガソーラー抑制宣言

    遅すぎた福島市メガソーラー抑制宣言

     福島市西部の住民から「先達山の周辺がメガソーラー開発のためにハゲ山と化した。景色が一変してしまった」という嘆きの声が聞かれている。市は山地でのメガソーラー開発抑制に動き出したが、すでに進められている計画を止めることはできず、遅きに失した感が否めない。  福島市は周囲を山に囲まれた盆地にあり、市西部には複数の山々からなる吾妻山(吾妻連峰)が広がる。その一角の先達山で、大規模メガソーラーの開発工事が進められている。  正式名称は「高湯温泉太陽光発電所」。事業者は外資系のAC7合同会社(東京都)。区域面積345㌶、発電出力40メ  ガ㍗。県の環境評価を経て、2021年11月22日に着工、今年3月27日に対象事業工事着手届が提出された。  今年に入ってから周辺の山林伐採が本格化。雪が解け始めた今年の春先には、山肌があらわになった状態となっていた。その様子は市街地からも肉眼で確認できる。  吾妻山を定点観測している年配男性は「この間森林伐採が進む様子に心を痛めていた。あんなところに太陽光パネルを設置されたら、たまったもんじゃない」と語る。  福島市環境課にも同じような市民からの問い合わせが多く寄せられた。そのため、市は8月31日の定例記者会見で、山地へのメガソーラー発電施設の設置をこれ以上望まない方針を示す「ノーモア メガソーラー宣言」を発表した。  木幡浩市長は会見で、景観悪化に加え、法面崩落や豪雨による土砂流出のリスクがあることを指摘。市では事業者に対し法令順守、地域住民等との調和を求める独自のガイドラインを設けていたが、法に基づいて進められた事業を覆すことはできない。そのため、市としての意思を示し、事業者に入口の段階であきらめてもらう狙いがある。条例で規制するより効果が大きいと判断したという。もし設置計画が出てきた際には、市民と連携し、実現しないよう強く働きかけていく。  もっとも、県から林地開発許可を得るなど、必要な手続きを経て進行している建設を止めることは難しいため、現在進行中のメガソーラーの開発中止は求めない方針だ。すなわち、先達山での開発はそのまま続けられることになる。  先達山の開発予定地のすぐ西側には別荘地・高湯平がある。2019年には計画の中止を求め、住民ら約1400人による署名が提出されるなどの反対運動が展開されていた。ただ、結局手続きが粛々と進められ、工事はスタート。今年の春先に高湯平の住民を訪ねた際は「結局押し切られてしまった。こうなったらもう止められないでしょ」とあきらめムードが漂っていたが、時間差で反対ムードに火が付いた。  前出の年配男性は「建設許可を取る際、こういう景観になると予想図を示したはず。自然破壊を予測できなかったとしたら怠慢であり、行政の責任を問うべき」と訴える。こうした意見に対し、県や福島市の担当者は「法に基づき進められた計画を覆すのは正直難しい」と答えた。  福島市以外でも、メガソーラー用地として山林伐採が進み、見慣れた山々の風景が一変してギョッとすることが多い。景観・自然を破壊しないように開発計画を抑制しながら、再生可能エネルギー普及も進めていかなければならない。各市町村には難しい舵取りが求められている。 森林が伐採された先達山

  • 【福島県司法書士会】との「不本意な和解」に憤る男性

    【福島県司法書士会】との「不本意な和解」に憤る男性

     本誌2022年10月号で、福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市)を相手取り、計380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴したことを報じたが(訴状は同年9月5日付)、今年7月、伊藤さんにとって〝極めて不本意な和解〟が成立した。 「口外禁止」を命じた裁判官に罷免請求 県司法書士会の事務所(福島市)  問題の詳細は同号に譲るが、大まかに言うと伊藤さんは2018年、二本松市内に所有していた住居を大玉村の町田輝美さん(仮名)に2年間賃貸した後、売却する契約を交わし、その契約業務を県中地区の男性司法書士A氏に委託したが、A氏が町田さんに誤った法律的助言をしたため契約が破棄され、依頼者である伊藤さんの利益が損なわれた。伊藤さんは「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理」と強く憤った。  その後、町田さんは伊藤さんから借りていた住居の滞納家賃をめぐり円満解決を図りたいとして2019年、A氏の助言を受けて県司法書士会の調停センターに調停を申し立てた。しかし、伊藤さんが調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められ、伊藤さんと町田さんの紛争額は200万円を超えていたため、同センターでは扱えないことが判明。伊藤さんは同センターに「町田さんの申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、聞き入れられなかったため、調停から離脱した。冒頭の訴訟は、こうした経緯を経て起こされたわけ。  提訴の前には、A氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てた伊藤さん。この時、A氏は不応諾(手続き不参加)だったが、県司法書士会は誤った解釈で調停手続きを行っていたことを認め、反省や再発防止策を示した。  ただ伊藤さんは、県司法書士会が自らの非を認めたことは評価できるとしたが、和解を受け入れる気にはなれなかった。  「A氏と県司法書士会の行為により私は多大な損害を被りました。当然、その損害は正しく算定され、きちんと救済されるべきなのに、県司法書士会は原因者を処分せず、私に解決金50万円を払ってお手軽に和解しようとしました。このまま和解すれば、私が体験したADR法の不備(調停参加者が被害を受けても救済措置がない状態)は解消されず、私のような被害者が出かねない」(伊藤さん)  こうして調停は不調となり、訴訟を起こした伊藤さんだが、実は今年7月10日、和解が成立した。和解条項には①被告(県司法書士会)は原告(伊藤さん)に解決金20万円を支払う、②原告および被告らは正当な理由がある場合に「和解が成立したことにより解決した」旨説明する以外は紛争の経緯および和解の内容についてマスコミ、書籍、SNSその他いかなる方法においても一切口外しないことを約束する――と書かれていた。これ以上『政経東北』に取り上げられたくないという県司法書士会の意図が透けて見える。  ともかく和解条項に則れば、これ以上詳報することは控えなければならない。ただ、②「口外禁止」を和解条項に盛り込むことについて、伊藤さんは強く抵抗した。  「私は自分が悪いことをしたとは全く思っていない。そうした中で福島地裁は口外禁止を付けた和解を提案したわけですが、私からすれば口外禁止を認めれば『政経東北』さんをはじめマスコミに事の顛末を説明できなくなる。口外禁止で得をするのはA氏と県司法書士会だけ」(同)  伊藤さんは和解成立の当日、福島地裁に以下の対応を求める文書を提出した。  《原告は口外禁止条項は意味を持たず、本件関係者への終了報告等をしたい希望もあるので求めない。口外禁止が付くことは原告にとって生涯にわたり精神的苦痛を受け続け、負担になる》《裁判所の意向に沿った口外禁止に関し、原被告当事者間の協議割合を多くする配慮をお願いしたい。裁判所主導による口外規制等は、原告にとって、精神的苦痛等の負担を裁判所から生涯にわたり科せられることにもなる》  福島地裁が主導した口外禁止に対し、強い不満を露わにしていることが分かる。  その上で伊藤さんは、もし口外禁止を付けるのであれば、それによって生じる精神的苦痛に対し金銭を含む配慮を求めたが、福島地裁は受け入れず、前記①の通り解決金20万円で口外禁止の付いた和解が成立したのである。 不都合な事実隠し 7月10日に出された弁論準備手続調書(和解)  事の顛末を口外できなくなった伊藤さんは今、訴訟が和解に至った背景には「司法従事者による結託」があったからではないかという疑いを強めている。  県司法書士会が福島簡易裁判所での調停で自らの非を認めたことは前述したが、県司法書士会は訴訟に入ると一転争う姿勢を見せた。伊藤さんは調停で反省と改善策が示されたので「訴訟になればすんなり決着(勝訴)すると思っていた」(同)。  戸惑う伊藤さんを尻目に、訴訟ではこんな出来事も起きていた。  「県司法書士会は(自らのミスを認めた)調停では地元の弁護士を代理人に立てたが、訴訟では突然、神奈川県の弁護士に変更した。さらに口頭弁論には毎回、県司法書士会と日本司法書士会の職員6~8人が傍聴に来ていた」(同)  伊藤さんはなぜ日本司法書士会が関与してきたのか不思議に思っていたが、訴訟が進むうちに、ある確信を持つようになった。  「県司法書士会は調停では自らの非を認めたが、私が和解せず提訴したことで、今度は法廷で自らの非を認めなければならなくなった。そうなれば県司法書士会は敗訴し、争いの詳細が公になる。だから県司法書士会は、それは避けたいと日本司法書士会のサポートを受け、調停から態度を一転させたんだと思う」(同)  とはいえ、いったんは自らの非を認めた以上、勝訴に持ち込むのは難しい。そこで、和解で問題を決着させると同時に、口外禁止を付けることで争いの詳細を外部に漏らさないようにしたのではないか、と伊藤さんは推測するのだ。  「要するに、私の口を封じつつ自分たちにとって不都合な事実を隠そうとしたわけです」(同)  そう言って伊藤さんは記者に1枚の紙を見せた。「福島地方裁判所委員会」(※裁判所の取り組み等を協議する組織)と書かれた紙には6月15日現在の委員11人の名前が書かれているが、その中にO氏(福島地裁部総括裁判官)、I氏(県司法書士会調停センター長)、S氏(弁護士)が入っているのを伊藤さんは見つけたのだ。  O氏は今回の訴訟の裁判官、I氏は違法な調停手続きを行った調停センターのトップ、S氏は調停で県司法書士会が自らの非を認めた際の代理人。伊藤さんからすると、被告と深い関わりのあるI氏とS氏が、仲裁する立場のO氏と別組織でつながっていたことになる。  3氏の関係性を知った時、伊藤さんは「本当に中立的な裁判が行われたのか」と激しく落胆したという。  「第5回口頭弁論で、福島地裁は県司法書士会が調停で自らの非を認めたにもかかわらず、突然『調停手続きに違法性は認められない』と心証開示し、同時に和解勧告を行いました。しかし、違法性はないとする根拠は一切示されなかった。そこからの福島地裁の発言は、被告側に偏向していったように感じます。挙げ句、私が望まない口外禁止が和解条項に盛り込まれた。なぜ福島地裁はこういう決着を図ろうとするのか違和感を持ったが、O裁判官と被告側の関係者が福島地方裁判所委員会で一緒に活動していることを知り『なるほど、みんな仲間だったのか』と合点がいきました」(同)  すなわち、伊藤さんの推測はこうだ。県司法書士会と日本司法書士会は司法書士の社会的信用を維持するため、穏便に事を済ませたかった。そこを福島地裁が忖度し、司法従事者にとって都合の良い口外禁止付きの和解を提案したのでは――。  だったら和解しなければよかったのではないかという意見もあると思うが、実は口外禁止をめぐっては伊藤さんのように和解成立後に不満を露わにする人も少なくない。2019年には長崎県の男性が、雇い止めをめぐる労働審判で労働審判委員会から第三者に審判内容を口外しないよう命じられ精神的苦痛を受けたとして、国に150万円の損害賠償を求めて提訴。翌年、長崎地裁は「口外禁止は原告に過大な負担を強いており、労働審判法に違反する」と指摘したのだ(審判そのものは違法と言えず、男性の請求は棄却された)。  伊藤さんが「司法従事者による結託」を疑う理由はほかにもある。  伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、21年6月には県司法書士会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理された。同法務局はその後、A氏と調停センター長への調査を県司法書士会に委嘱したが(※伊藤さんによると県司法書士会長への調査はどこが行ったか不明)、調査結果は一向に示されなかった。  伊藤さんは調査が県司法書士会に委嘱された時点で〝身内〟を厳格に調査するはずがないと落胆したが、A氏と県司法書士会を提訴すると、その1、2週間後に福島地方法務局から「懲戒には当たらない」との連絡が寄せられたというのだ。 「納得いかない」と伊藤さん  伊藤さんからすると、放置されている感のあった調査が突然「懲戒には当たらない」と結論付けられ「なぜ、このタイミングなのか」と思ったそうだが、  「懲戒処分の流れは、県司法書士会が日本司法書士会に調査結果を上げ、日本司法書士会がそれを審査した後、意見を付して法務局に報告します。つまり、ここでも司法従事者はつながっていて、両司法書士会は私に関する情報を共有していた。私が起こした訴訟に日本司法書士会が積極的に関わってきたのは、県司法書士会とのつながりがあったからだと思います」(同)  伊藤さんの推測を聞いた人の中には被害妄想と受け止める人もいるかもしれない。しかし和解の際に口外禁止を付けることに強く反発したのは事実であり、もっと言うと伊藤さんはO裁判官(前出)らが行った和解判断は「裁判官に与えられた権限の趣旨を著しく逸脱し、自由裁量を濫用した不当・違法なものだ」として、最高裁判所に裁判所法に基づく処分と不服申し立てを行っているのだ(8月10日付)。更にO裁判官に対しては、裁判官訴追委員会に下級裁判所事務処理規則に基づく罷免まで求めている(同日付)。  こうした行動を起こすくらい、伊藤さんは口外禁止付きの和解に納得していないのだ。  「私は県司法書士会の不正行為により時間、お金、労力を無駄に使わされ、描いていた人生計画を狂わされました。また、最後の砦と信じていた裁判所にも納得のいかない対応をされ、事実も口外できない最悪の結末となってしまいました。福島地裁の判断は今も納得がいかない。不服申し立てや罷免請求がどのように扱われるか分からないが、自分にできる闘いに臨みたい」(同)  県司法書士会にコメントを求めると「こちらからお答えすることは何もありません」(事務局職員)とのことだった。  伊藤さんにとっては後味の悪さばかりが残った今回のトラブル。A氏と県司法書士会は口外禁止付きの和解により争いの詳細が公にならないと安堵しているかもしれないが、同じミスをなくし、伊藤さんのような被害者を出さないように対策を尽くすことこそが重要だということを肝に銘じるべきだ。 あわせて読みたい 依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会

  • 双葉町で不適切巡回横行の背景

     双葉町がまちづくり会社に委託している町内の戸別巡回業務で60~80代の全巡回員13人が不適切行動をしていた。所有者が巡回を希望していない宅地に無断で立ち入ったほか、道路や線路沿い、空き家の敷地などに実る柿や栗、山菜を無断で持ち去っていた。まちづくり会社は町が設置に携わり、巡回事業は復興庁の交付金を活用していたため全国を賑わし、巡回員のレベルの低さが露呈。法令順守が行き渡っておらず、町とまちづくり会社は指導の不徹底を問われる。 巡回員のレベルの低さが露呈 復興庁が委託した巡回業務で不適切行動があった(写真は双葉町役場)  戸別巡回業務は東京電力福島第一原発事故に伴い指定された双葉町内の避難指示解除区域の空き家などを巡り、玄関の施錠確認などを行う防犯活動。2022年8月に町内の帰還困難区域の一部が解除され、立入通行証を所持しなくても誰もが自由に行き来できるようになるのを前に、町が21年度から一般社団法人ふたばプロジェクト(双葉町)に業務委託した。  委託期間は今年3月末までを予定していたが、不適切行為を公表してから町は別の民間警備会社に巡回車だけで見回る業務に代替している。  同プロジェクトの渡辺雄一郎事務局次長によると職員は24人で、うち正職員5人、有期雇用の職員6人、残り13人が今回不適切行動があった巡回員だった。巡回員は1日5人の体制で、2人ずつ2組が車2台に分かれて乗り、朝8時30分から夕方5時15分まで町内の民家や公共施設を365日見回る。1人は班長として事務所で待機する。班は2日で一巡する。  避難指示解除区域では、老朽化や放射能汚染を受けた建物の公費解体が進む。巡回員は未解体の建物がある敷地に立ち入り、建物の侵入形跡や損壊、残された車両が盗まれていないかを確認する。家主が戸別巡回を希望しないと事前に届け出ている場合や、家屋・門扉を閉じたりロープを張ったりして立ち入らないでほしい意思を明らかに示している場合は敷地外からの目視に留めていた。  不適切行為に気づいた経緯は、2023年10月8日、3連休の中日の日曜日、ある1組が2人で宅地を回っていた際、もう1人が20分も掛かっていたことを不審に思ったからだった。探すと、門扉が閉まって立ち入り禁止の意思表示がされているにもかかわらず、立ち入って建物の解体が進む様子を撮影していた。自身のフェイスブックに投稿していたという。解体工事で敷地を分ける構造物が一部取り払われていたため、門扉が閉まっていても敷地に入れる状況になっていた。バディを組むもう1人が別の巡回員に不適切行動を伝えた。巡回員は10月12日に同プロジェクトの事務局職員に報告した。フェイスブックの投稿を確認し、業務を監督する双葉町住民生活課に報告した。町から事情聴取の上、他の巡回員にも不適切行動がないか追加調査するよう指示された。  無断立ち入りし写真を撮影した巡回員の投稿は、巡回員の許可を得て削除した。同プロジェクトの渡辺次長によると、巡回員は「大震災・原発事故で受けた双葉町の悲惨な記憶が風化しないように現状を伝えたかった」と釈明したという。  同12日から実施した全13人の巡回員への聞き取りでは、無断立ち入りのほかに道路や線路脇、公共施設敷地、民有地10カ所内に自生している果実や山菜の無断採取が判明した。生えている場所を巡回員同士で共有し、採った後は自分たちで消費していたという。果実は柿や栗、銀杏などで、実がなる時季を考えると、業務が始まった2021年秋から無断採取は始まっていたとみられる。  町住民生活課長が10月17日から11月27日にかけて民有地10カ所の全地権者に電話や文書で謝罪した。同27日に謝罪が完了したことをもって町と同プロジェクトが不適切行動を発表。同プロジェクトは巡回員13人を自宅謹慎にした上で、11月23日以降の巡回業務を停止した。  一連の不適切行動は10月上旬の写真投稿で発覚した。業務を停止したのは11月23日以降だから、その間は継続していたことになる。  「人手が足りないという難しいところもありました。代わりの要員を採用するといっても地域に精通した人材をすぐに見つけられるわけではなかった」(渡辺次長)  この事業は復興庁→双葉町→ふたばプロジェクトの順に再委託されている。土屋品子復興相は町の発表と同時に11月27日に事案を公表した。  《本事案発覚後、直ちに、SNSに無許可で写真を投稿した巡回員を業務から外したほか、全巡回員に再教育を行うなど再発防止策を徹底、更に11月23日より、果実等の無断採取を含めて問題行為を行った全ての巡回員を戸別巡回業務から外したところです》  さらに町の情報を上げるスピードが遅かったことを指摘した。  《本事案については、発覚後、双葉町から福島復興局への報告に3週間かかり、また、復興局から復興庁本庁への報告にも3週間かかり、これによる対応の遅れがありました》  復興庁の予算を使った防犯パトロール事業は浪江、大熊、富岡、楢葉、広野、葛尾の6町村でもあったが、多くは青色灯を付けた車両で敷地外を回り、民間警備会社に委託しているところが多い。浪江町は住民を特別職として雇い、チームで巡回し、不審な点を見つけたら敷地内に入る形を取っている。  ある自治体の担当者は「無断で立ち入るだけでなく、果物や山菜を取るのは異常」。別の自治体の担当者は「復興庁に報告するため、本自治体でも不適切事案の調査を進めています」と忙しい様子だった。 任される数々の業務  双葉町の巡回で不適切事例が横行していたのは、戸別巡回という防犯としては積極的な種類だったこと、それをまちづくり会社が担っていたことが挙げられる。論文「福島県の原子力被災地におけるまちづくり会社の実態と課題に関する研究―双葉郡8町村のまちづくり会社を対象として―」(但野悟司氏ら執筆、公益社団法人日本都市計画学会 都市計画報告集21号、2023年2月)によると、広野、楢葉、富岡、大熊、浪江、葛尾、双葉、川内の8町村のまちづくり会社のうち、防犯パトロールを実施しているのはふたばプロジェクトのみだった。  法人登記簿によると、同プロジェクトは2019年に設立した。当初から実務を担う事務局長には町職員が出向し、現在は宇名根良平氏。理事には徳永修宏副町長や町商工会関係者が名を連ねる。事業目的は《「官民連携・協働によるふるさとふたばの創生」を基本理念とし、民間と行政の協働による町民主体のまちづくりを牽引するとともに、町民のための地域に根ざした事業を展開し、町の将来像に向けた魅力あるまちを創造すること》としている。主な事業は①各種イベント支援や町民の交流を促進する事業、②双葉町及び町民に関連する情報発信事業、③空き地・空き家の活用による賑わい再生事業など。戸別巡回業務は異色だった。  町が関わっている組織故に信頼があり、敷地に立ち入る戸別巡回を任された。だが、実際に携わった60~80代の男性たちが不適切行動をしていた以上、委託した町や巡回員を指導した事務局がどの程度、法令順守を徹底していたかが問われる。同プロジェクトの本分は交流促進による活性化だが、町には民間事業者が戻らず、あらゆる仕事を任されている状態。手を広げていた中で起きた事案だった。

  • 【会津若松】立ち退き脅迫男に提訴された高齢者

     会津若松市馬場町に住む74歳男性が土地の転売を目論む集団から立ち退きを迫られている(昨年8月号で詳報)。追い出し役とみられる新たな所有者は、男性が「賃料を払わず占有している」として土地と建物の明け渡しを求める訴訟を起こし、昨年12月に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。転売集団は立ち退きを厳しく制限する借地借家法に阻まれ、手詰まりから訴訟に踏み切った形。新所有者が、既に入居者がいるのを了承した上で土地を購入したことを示す証言もあり、新所有者が主張する「不法入居」の立証は無理筋だ。 無理筋な「不法入居」立証  問題の土地は会津若松市馬場町4―7の住所地にある約230坪(約760平方㍍)。地番は174~176。その一角に立ち退き訴訟の被告である長谷川雄二氏(74)の生家があり、仕事場にしていた。現在は長谷川氏の息子が居住している。  長谷川氏によると、祖父の代から100年以上にわたり、敷地内に住む所有者に賃料を払い住んできたという。不動産登記簿によると、1941年4月3日に売買で会津若松市のA氏が所有者になった。その後、2003年4月10日に県外のB氏が相続し、2018年9月11日に同住所のC氏に相続で所有権が移っている。実名は伏せるが、A、B、C氏は同じ名字で、長谷川氏によると親族という。  この一族以外に初めて所有権が移ったのは2019年12月27日。会津若松市湯川町の関正尚氏(79)がC氏から購入し、それから3年余り経った昨年2月7日に東京都東村山市の太田正吾氏が買っている。  今回、土地と建物の明け渡し訴訟を起こしたのは太田氏だ。今年3月に馬場町の家に車で乗り付け、「許さねえからな。俺、家ぶっ壊しちゃうからな」などと強い口調で立ち退きを迫る様子が、長谷川氏が設置した監視カメラに記録されていた。長谷川氏は太田氏を、所有権を根拠に強硬手段で住民を立ち退かせ、転売する「追い出し役」とみている。  賃料の支払い状況を整理する。長谷川氏は、A、B、C氏の一族には円滑に賃料を払ってきたといい、振り込んだことを示すATMの証明書を筆者に見せてくれた。次の所有者の関氏には手渡しで払っていたという。後述するトラブルで関氏が賃料の受け取りを拒否してからは法務局に供託し、実質支払い済みと同じ効力を得ている。これに対し、太田氏は「出ていけ」の一点張りで、そもそも賃料の支払いを求めてこなかったという。同じく賃料を供託している。  立ち退き問題は関氏が土地を買ったことに端を発するが、なぜ彼が買ったのか。  「A氏の親族のB、C氏は県外に住んでいることもあり、土地を手放したがっていました。C氏から『会津で買ってくれる人はいないか』と相談を受け、私が関氏を紹介しました」(長谷川氏)  土地は会津若松の市街地にあるため、買い手の候補は複数いた。ただ、C氏は長年住み続けている長谷川家に配慮し「転売をしない」、「長谷川家が住むことを承諾する」と厳しい条件を付けたため合意には至らなかった。そもそも借主の立ち退きは借地借家法で厳しく制限され、正当事由がないと認められない。認められても、貸主は出ていく借主に相応の補償をしなければならない。C氏が付けた条件は同法が認める賃借人の居住権と重複するが、長谷川氏に配慮して加えた。  会津地方のある経営者は、購入を断念した一因に条件の厳しさがあったと振り返る。  「有望な土地ですが『居住者に住み続けてもらう』という条件を聞き躊躇しました。開発するにしても転売するにしても、立ち退いてもらわなければ進まないですから」  そんな「長谷川家が住み続けるのを認め、転売しない」という買い手に不利な条件に応じたのが関氏だった。約230坪の土地は固定資産税基準の評価額で2600万円ほど。C氏から契約内容を教えてもらった長谷川氏によると、関氏は約500万円で購入したという。関氏はこの土地から数百㍍離れた場所で山内酒店を経営。土地は同店名義で買い、長谷川家は住み続けるという約束だった。  法人登記簿によると、山内酒店は資本金500万円で、関氏が代表取締役を務める。酒類販売のほか、不動産の賃貸を行っている。  「転売しないという約束を重くするために、C氏は関氏との契約に際し山内酒店の名義で購入する条件を加えました。2019年に私と関氏、C氏とその親族が立ち会って売買に合意しました。代々の所有者と長谷川家の間には賃貸借契約書がなかったこと、関氏と私は長い付き合いで信頼し合っていたことから約束は口頭で済ませた。これが間違いだった」(長谷川氏)  長谷川氏が2022年3月に不動産登記簿を確認すると、所有者が2019年12月27日に「関正尚」個人になっていた。山内酒店で買う約束が破られたことになる。疑念を抱いた長谷川氏は、手渡しで関氏に払っていた賃料の領収書を発行するよう求めた。「山内酒店」と「関正尚」どちらの名前で領収書が切られるのか確認する目的だったが、拒否された。しつこく求めると「福和商事」という名前で領収書を渡された。  「土地の所有者は登記簿に従うなら『関正尚』です。この通り書いたら、店名義で買うというC氏との約束を破ったのを認めることになる。一方、『山内酒店』と書いたら、登記簿の記載に反するので領収書に虚偽を書いたことになる。苦し紛れに書いた『福和商事』は関氏が個人で貸金業をしていた時の商号です。法人登記はしていません」(長谷川氏)  正規の領収書が出せないなら、関氏には賃料を渡せない。ただ、それをもって「賃料を払っていない不法入居者」と歪曲されるのを恐れた長谷川氏は、福島地方法務局若松支局に賃料を供託し、現在も不法入居の言われがないことを示している。 転売に飛びついた面々 長谷川氏(右)に立ち退きを迫る太田氏=2023年3月、会津若松市馬場町  現所有者の太田氏に所有権が移ったのは昨年2月だが、太田氏はその4カ月前の2022年11月17日に不動産業コクド・ホールディングス㈱(郡山市)の齋藤新一社長を引き連れ、馬場町の長谷川氏宅を訪ねている。その時の言動が監視カメラに記録されている。カメラには同月、郡山市の設計士を名乗る男2人が訪ねる様子も収められていた。自称設計士は「富蔵建設(郡山市)から売買を持ち掛けられた」と話していた。長谷川氏は、関氏から太田氏への転売にはコクド・ホールディングスや富蔵建設が関与していると考える。  筆者は昨年7月、関氏に見解を尋ねた。やり取りは次の通り。  ――長谷川氏は土地を追い出されそうだと言っている。  「追い出されるってのは買った人の責任だ。俺は売っただけだ」  ――長谷川家が住み続けていいとC氏と長谷川氏に約束し、買ったのか。  「俺は言っていない。あっちの言い分だ」  ――転売する目的だったとC氏と長谷川氏には伝えたのか。  「伝えていない。どうなるか分からないが売ってだめだという条件はなかった」  ――どうして太田氏に土地を売ったのか。  「そんなことお前に言う必要あるめえ。そんなことには答えねえ」  ――太田氏が長谷川氏に立ち退くよう脅している監視カメラ映像を見た。  「(長谷川氏が)脅されたと思うなら警察を呼べばいい。あいつは都合が悪いとしょっちゅう警察を呼ぶ」  ――コクド・ホールディングスの齋藤氏とはどのような関係か。 「……」  ――齋藤氏や土地を買った太田氏とは一切面識がないということでいいか。  「何でそんなことお前に言わなきゃなんねえんだ。俺は答えねえ」 入居者を追い出すのは現所有者である太田氏の勝手ということだ。  太田氏の動きは早かった。所有権移転から間もない昨年3月、馬場町の家を訪ね、長谷川氏に暴言を吐き立ち退きを迫った。だが、逆に脅迫する様子を監視カメラに撮られた。以後、合法手段に移る。  同6月、太田氏は長谷川氏の立ち退きを求めて提訴した。太田氏の法定代理人は東京都町田市の松本和英弁護士。同12月6日に地裁会津若松支部で第1回期日が開かれた。太田氏は現れず、松本弁護士の事務所の若手弁護士が出廷した。被告側は代理人を立てず長谷川氏のみ。長谷川氏は「弁護士を雇う金がない。法律や書式はネットで勉強した。知恵と根気があれば貧乏人でも闘えることを証明したい」。 転売契約書の中身は?  裁判では、原告の太田氏側が長谷川氏の「不法入居」を証明する必要がある。だが、提出した証拠書類は土地の登記簿のみ。長谷川氏は、関氏から太田氏への売買を裏付ける契約書の提出を求めた。これを受け、島崎卓二裁判官は「売買を裏付ける証拠はある?」。太田氏側は「あるにはあるが提出は控えたい」。島崎裁判官は「立証責任は原告にある。契約書があるなら提出をお願いします」と促した。  一方で、島崎裁判官は被告の長谷川氏に土地の賃貸や居住を端的に示す書類を求めた。長谷川氏の回答は「ありません」。長谷川氏は、関氏と太田氏の土地売買に携わった宅建業者の証言や賃料の支払い証明書など傍証を既に提出しているという。  閉廷後の取材に長谷川氏は次のように話した。  「私たち一族がここに住み始めたのは戦前にさかのぼる。当時の契約は、今のようにきちんとした書類を取り交わす習慣がなかったのだと思います。賃貸借契約を端的に示す書類はないが、少なくとも太田氏の前の前の所有者のC氏に関しては賃料を振り込んだことを示す記録が残っているし、関氏とC氏は親族立ち会いのもと『長谷川家が住み続ける』と合意して契約を結んでいる。さらに、関氏から太田氏に転売される際には『既に居住者(長谷川家)がいると説明した上で契約を結んだ』と話す宅建業者の音声データを得ている。裁判では太田氏側が出し渋る契約書の提出を再度求めます」  長谷川氏が契約書の提出を強く求めるのは、仲介した宅建業者の証言通りなら「売買する土地には以前から入居者がいる」と関氏から太田氏への重要事項説明が書きこまれている可能性が高いからだ。太田氏が、居住者がいることを受け入れて契約を結んだ場合、「長谷川家は所有者の了解なく住んでいる」との理屈は成り立たない。さらに借地借家法で居住権が優先的に認められるため、太田氏の都合で追い出すことは不可能になる。  太田氏側が契約書を示さず、裁判官の提出要求にも逡巡している様子からも、契約書には太田氏に不利な内容、すなわち長谷川家の居住を認める内容が書かれている可能性が高い。今後は太田氏側が契約書を提出するかどうかが焦点になる。   第2回期日は1月31日午前10時から地裁会津若松支部で行われる。譲らない双方は和解には至らず法廷闘争は長期化するだろう。 あわせて読みたい 【実録】立ち退きを迫られる会津若松在住男性

  • 【玉川村】職員「住居手当不適切受給」の背景

     玉川村の50代男性職員が住居手当と通勤手当の計約400万円を不適切に受給したとして、昨年12月に停職3カ月の懲戒処分を受けた。一方、本誌昨年10月号では、矢吹町の30代男性職員が住居手当を不適切に受給していたとして、昨年9月に戒告の懲戒処分を受けたことを報じた。この2つの事例から察するに、表面化していないだけで、この手の問題はほかの自治体でもあるのではないか、と思えてならない。 矢吹町でも同様の事例発覚  玉川村の問題は、地域整備課の男性職員(主任主査。50代)が、2012年5月~昨年11月まで、住居手当379万7000円と通勤手当17万1000円の396万8000円を不適切に受給した。村はこの男性職員を停職3カ月の懲戒処分にした。処分は昨年12月7日付。  村によると、男性職員は村外に借りたアパートに住民登録しており、村では家賃の2分の1、2万8000円(※以前は2万7000円)を上限に住宅手当が支給されることになっている。ところが、男性職員はアパートを借りたままで、実際の生活は村外の親族宅で暮らすようになった。それが始まったのが2012年5月こと。本来であれば、その時点で住民票を移して、村に申し出なければならなかったが、「親族宅での生活は一時的なもの」として、そのままにしていた。しかし、親族宅での生活は「一時的なもの」ではなく、結果的に10年以上に及んだ。その間、アパートの賃貸借契約は継続されていたが、住居手当には「生活の実態がある」旨の条件があり、受給条件を満たさなくなった。加えて、その親族宅は、住民登録していたアパートより、職場(玉川村役場)への距離が若干近かった。  こうした事情から、前述した住居手当、通勤手当の計約400万円を不適切に受給したとして、停職3カ月の懲戒処分を受けたのである。  この問題が発覚した原因は匿名の情報提供があったのがきっかけ。これを受け、聞き取り調査を行い、男性職員が事実と認めたことから、懲罰委員会で処分を決めた。不適切に受給した住居手当、通勤手当は全額を返済されているという。  「(処分発表後)村民からは厳しいご指摘もいただいている。今回の件を受け、11月と12月に(同様の事例がないか)全職員への聞き取りを行いました。今後も、年1回は確認を行い、このようなことが起こらないように対処したい」(須田潤一総務課長)  今回の件を受け、ある議員はこう話した。  「昨年12月議会開会前の同月6日に、控え室で村から議員にこの問題についての説明があった。そこでは明日(7日)に懲罰委員会を開き、(議会初日の)8日にあらためて説明するとのことだった。ただ、村民の中には、われわれ(議員)より先にこの問題を知っている人がいて、それによると『この男性職員は矢吹町にアパートを借りていて、奥さんが出産の際、実家に戻った。旦那さん(男性職員)もアパートに帰らず、奥さんの実家に寝泊まりして、そこから通勤するようになった。それがズルズルと続いて、今回の問題に至った』と、逆にわれわれが村民に詳細を教えられる状況だった。どこから漏れたのか、ある程度、察しはつくが、こういうのは何とかならないものかと思いましたね」  肝心の問題の対処については、「どの職員がどこに住んでいるか。本当に、住民登録があるところに住んでいるのか等々を把握するのは難しい。本当にそこに住んでいるのか、抜き打ちで後をつけるわけにもいかないしね。その辺は本人の申告に頼らざるを得ないが、定期的に確認することは必要になるでしょう」との見解を示した。  アパートなどの賃貸住宅は、一度契約すると、当事者からの申し出がない限り、自動的に契約が更新される仕組み。例えば、1年ごとに契約を結び直すシステムであれば、その度に契約書を提示してもらうことで確認できるが、そうでない以上、本人の申し出に頼るしかない。そういった点はあるものの、住居手当の受給条件を満たしているか等々の定期的な確認は必要だろう。  一方で、ある村民はこう話す。  「いま、村内では阿武隈川遊水地の問題があるが、遊水地の対象地区では地元協議会を立ち上げ、要望活動などを行っています。昨年12月9日に、その会合を開き、村からも関係職員が出席することになっていましたが、急遽、村から『事情があって出席できなくなった』と言われました。後で、その問題を知り、そういうことか、と」  前述したように、処分は昨年12月7日付だが、村が公表したのは同12日だった。そのため、ほとんどの村民は、同日の夕方のニュースか、翌日の朝刊でこの問題を知った。遊水地の地元協議会が開かれた9日の時点では、「なぜ、村はドタキャンしたのか」と訝しんだが、数日後に「この問題があってバタバタしていたから来られなかったのか」と悟ったというのだ。 矢吹町の事例  ところで、本誌昨年10月号に「矢吹町職員〝住居手当〟7年不適切受給の背景」という記事を掲載した。受給条件を満たしていないにもかかわらず、住居手当を7年8カ月にわたり受け取っていたとして、30代男性職員が戒告の懲戒処分を受けたことを報じたもの。まさに玉川村と似た事例だ。以下は同記事より。    ×  ×  ×  ×  報道や関係者の情報によると、この男性職員は2013年2月から賃貸物件を契約し、住居手当1カ月2万6700円を受給していた。  2015年10月に賃貸物件を引き払い、実家に住むようになったが、住居手当の変更手続きを怠り、同年11月から今年6月までの7年8カ月分、245万6000円を受給していた。職員は届け出を「失念していた」と話している。また、町もこの間、支給要件を満たしているかどうかの確認をしていなかった。  本人の届け出により発覚し、不適切受給した分は全額返還された。    ×  ×  ×  ×  記事では、男性職員が懲戒処分の中で最も軽い戒告処分、監督する立場だった管理職の50代男性2人を口頭注意としたこと(処分は9月15日付)に触れつつ、町民の「結構重大な問題だと思うけど、ずいぶん軽い処分だったので呆れました」とのコメントを紹介した。  懲罰規定は各自治体によって違うが、確かに、似たような事例で、玉川村では停職3カ月、矢吹町では戒告と、処分に開きがあるのは気になるところ。  一方で、両町村の事例から察するに、バレていないだけで、似たような問題はほかの市町村でも潜んでいるのではないかと思えてならない。各市町村は、一度点検する必要があるのではないか。

  • 環境省「ごみ屋敷調査」を読み解く

     環境省は昨年3月、「『ごみ屋敷』に関する調査報告書」を公表した。いわゆる「ごみ屋敷」問題が生じた場合の全国市区町村の対応状況などを調査したもの。同調査によると、県内では、ごみ屋敷に対応し得る条例を定めているのは郡山市と広野町の2つ。両市町が「ごみ屋敷対策条例」を定めた背景に迫る。 郡山市・広野町が関連条例を制定したわけ 広野町役場  まずは環境省の調査結果について解説したい。  報告書によると、調査目的は、「ごみなどが屋内や屋外に積まれることにより、悪臭や害虫の発生、崩落や火災等の危険が生じるいわゆる『ごみ屋敷』の事案については、条例等の制定や指導、支援を行うなど、各自治体が生活環境の保全や公衆衛生を害するおそれのある状況に対応している。本調査は、各市区町村における対応事例等の把握を目的として実施したもの」とされている。 環境省「『ごみ屋敷』に関する調査報告書」  全国1741市区町村を対象に、2022年9月末時点での状況について、アンケート調査を実施し、全市区町村から回答を得た(回答率100%)。それを取りまとめ、公表したのが「『ごみ屋敷』に関する調査報告書」である。なお、環境省がこういった調査をするのは初めて。  同報告書によると、2018年度から2022年度までの5年間で、「ごみ屋敷事案を認知している」と回答したのは全国に661市区町村(約38・0%)あった。この661市区町村の「ごみ屋敷事案」の件数は5224件。このうち、同期間内で改善した件数は2588件(約49・5%)だった。  事案が改善した理由は「原因者への助言・指導等」、「原因者の転居・死亡等」、「関係部署・関係機関の連携による包括的支援」、「地縁団体や原因者の親族による清掃」など。  一方で、改善されていないごみ屋敷は2636件に上る。全国では確認できているだけで、それだけのごみ屋敷が現存していることになる。  ごみ屋敷の主な認知方法としては、最も多かったものは「市民からの通報」、次いで「パトロールによる把握」、「原因者の親族等からの相談」、「原因者からの相談」だった。「その他」としては、「福祉部署からの相談」、「空き家対策担当部署からの情報提供」、「警察、消防等関係機関からの情報提供」、「ペットの多頭飼育事案で認知」、「民生委員からの相談」、「地域包括支援センターやケアマネジャーからの相談」などの回答があったという。  県内では、ごみ屋敷の認知件数が58件、うち改善件数が20件、現存件数が38件となっている。ただし、市町村別の状況などの詳細は公表されていない。  ごみ屋敷への対応としては、最も多かったのは「現地確認」、次いで「原因者に対する直接指導」、「関係部署と連携した包括的サポート」だった。「その他」としては、「ごみ出しや分別に関する案内や業者の紹介」、「土地所有者や管理会社等への報告・相談」などの回答があったという。  このほか、「敷地内のごみを撤去」と回答したのが114市区町村あり、このうち原因者等の同意を得て撤去したのは112市区町村(98・2%)。「敷地外に散乱したごみを撤去」と回答したのが96市区町村あり、このうち原因者等の同意を得て撤去したのは78市区町村(81・3%)だった。  本来であれば、「原因者(家主)等の同意なし」では対処できないが、それを可能としているのは、条例の制定によるところが大きい。ごみ屋敷に対応することを目的とした条例が制定されているのは101市区町村(全体の5・8%)。このほか、5市区町村が「制定予定あり」、50市区町村が「検討中」で、1585市区町村が「制定予定なし」だった。  ごみ屋敷への対応で、条例上で重視している点としては、最も多かったのは「周辺住民等への影響」で、次いで「悪臭・害虫等の有無」、「堆積している廃棄物・物品の量」、「堆積している廃棄物・物品の種類」など。「その他」としては、「火災発生の危険性」、「通行上の危険性」等の回答があったという。  以上がおおまかな調査結果だが、同調査によると、県内では、ごみ屋敷に対応し得る条例を制定している市町村として、郡山市と広野町が紹介されている。 広野町「環境基本条例」の中身  このうち、広野町は2022年9月に「環境基本条例」を策定した。  同町と言えば――東京電力福島第一原発事故に伴う避難指示区域に指定された。もっとも、同町は広義では「避難指示区域」に指定されたが、実際は「緊急時避難準備区域」で、同じ双葉郡の富岡町や大熊町、双葉町などとは違って、強制的に避難を余儀なくされたわけではない。「緊急時に備えて、避難できる準備をしていてください」といった位置付けで、避難しなくてもよかったのである。  それでも、情報が錯綜し、生活物資などが入って来にくい状況だったことから、当時町長の判断で、住民に避難を促し、町役場機能も一時的に町外に移転した。  原発事故発生から約半年後、2011年9月30日に緊急時避難準備区域は解除されたが、その後も町外で避難生活を送る人は多かった。  一方で、同町はほかの避難指示区域とは違い、法律上は一足早く何の規制もなく、人が住めるエリアとされたことから、原発事故収束作業や復旧・復興作業の最前線基地となった。そのため、新たな住環境が整備されていく半面、もともとは住民が住んでいたが、しばらくはそこには人が戻らず、誰も住んでいない住宅が存在するようになった。当然、人がいない住宅は朽ち果てていった。  同町の条例制定にはそんな事情もあるのかと推察したが、町環境防災課によると、「環境基本条例は、基本的には町の景観をよくしましょう、というもので、何か特定の事例への対応を意識したものではありません」とのこと。  現在は、同条例に基づき、町の豊かな環境を持続的に守るため、具体的な施策や町全体としての取り組みを示す「広野町環境基本計画」の策定を進めているという。  具体的には「広野町環境審議会」を設置し、環境保全や創造に関する施策を総合的・計画的に推進するために必要な調査や協議を行っている。同審議会の会長には早稲田大学環境総合研究センターの永井祐二教授、副会長に広野町公害対策審議会の秋田英博氏が就いている。同審議会は昨年9月に1回目の会合が開かれ、2024年度中の計画策定に向けて協議を進めているという。  「その中で、ごみ屋敷が発生した場合の対応をどうするかといったことが盛り込まれる可能性はありますが、審議会での話し合い次第になるので、現状では何とも……」(町環境防災課)  少なくとも、「実際にこういった問題が起きているので、それに対応する根拠が必要」ということでの条例制定、それに基づく基本計画策定ではないようだ。 郡山市の「ごみ屋敷問題」  一方で、もう1つの関連条例制定自治体であるである郡山市は、明確に「特定の事例への対応」を目的に条例が制定された。  本誌2005年11月号に「郡山に突如出現したごみ屋敷」という記事を掲載した。同市咲田2丁目、赤木町の徒歩10分圏内に4軒のごみ屋敷があり、所有者は同一人物ということで、かなりの注目を集めた。  以下は同記事より。    ×  ×  ×  ×  A氏(ごみ屋敷の主)は同市赤木町出身で、実家はごみ屋敷のすぐ近くにある。父親は元教員で、母親は自宅でお茶と生花の教室を開いていた。A氏は大学卒業後、NHKに勤務。技術畑を歩んで、数年前に定年退職した。推定するに、年齢は65歳ぐらいか。独身。きょうだいは、千葉県で教員をしている弟と、母親の教室を継いだ妹がいる。父親と母親は2人で市内の別な場所に住んでおり、妹もその近くに家を構えている。    ×  ×  ×  ×  4軒のごみ屋敷には、袋に入ったペットボトルや空き缶、紙くず、不燃物、古新聞、古雑誌、段ボール、プラスチック製のかご、棚、木屑の束などが住宅を覆うように散乱していた。  当時の本誌取材に、家主は「おたくには関係ないことだ」、「(ごみは)私が集めたんじゃない。どこからか人が来て、勝手に不法投棄していくんだ」、「これは私の財産だ」などと語っていた。  一方、近隣住民は、悪臭や害虫の発生などに加え、「もし、放火でもされたら、延焼は免れないだろう。その怖さがある」、「近隣の賃貸物件はなかなか入居者が埋まらなくて困っている」といった〝被害〟を訴えていた。皆、迷惑していたのだろう。何とかしてほしい、との思いから、本誌取材にいろいろと状況を教えてくれた。  一方で、前述の記事発売後、テレビ局、週刊誌などから問い合わせが相次いだ。以降、テレビのワイドショーや週刊誌などで連日のように取り上げられた。  テレビ局の取材班に対して、ごみ屋敷の主は、自分を映すカメラを力づくで押さえ付けようとするなど威圧的な態度を見せることもあった。その一方で、特定のリポーターや記者には徐々に本音で話すようになり、町内会や市の説得に耳を貸すようになった。そうして、少しずつ態度が軟化し、本誌報道から約半年後の2006年6月にはボランティアの協力でごみの一斉撤去が行われた。ごみの量は50㌧に上った。  ただ、その後もトラブルは絶えなかった。同年9月には4軒のうちの1軒で出火騒動が起こり、木造2階建ての1階台所や居間などを焼いた。ケガ人はいなかったが、一歩間違えたら大参事になっていた。その際、判明したのは、撤去されたのは建物の外にあったもののみで、室内のごみは撤去されていないことだった。  さらに、撤去からしばらくすると、また敷地内にごみが置かれるようになった。  そのため、郡山市は2007年4月、ごみ集積所からの持ち去り行為を禁止した「ごみ持ち去り防止条例」を施行し、家主のごみ集め防止策を講じた。  それでも抑止にはならず、同年7月には、近隣住民がごみを片付けるよう注意したところ、家主が暴行を加え、警察に逮捕された。家主には執行猶予付きの判決が下された。  こうして、なかなか解決の糸口が見つからない中、郡山市は2015年12月に「建築物等における物品の堆積による不良な状態の適正化に関する条例」を施行した。いわゆる「ごみ屋敷条例」だ。つまり、この問題に対応するために関連条例を制定したのである。  結局のところ、はたから見たら、どう考えても「ごみ」でも、家主が「財産」と主張している以上、個人の敷地内のごみを行政がどうこうすることはできない。その問題を条例の制定によって対処したわけ。 ごみ屋敷対応の先進地に 火災にあったごみ屋敷 (2016年10月撮影)  市HPの同条例の紹介文には、「住宅などの敷地に大量のごみ等を溜めて周辺の環境が著しく損なわれている状態にしている者に対して、市が指導などを行いそれでも改善されないときには、最終的に市が本人に代わり強制的に行政代執行を行いごみ等を撤去します。なお、行政代執行にかかった費用については本人に請求されます」と書かれている。  対象者は「物品(ごみ等)を堆積することにより不良な状態を発生させている者(法人を除く)」で、ここで言う「不良な状態」とは「物品(ごみ等)の堆積によりねずみ、昆虫(害虫)若しくは悪臭が発生すること又は火災発生のおそれがある等のため、当該物品が堆積している土地の周辺の生活環境が著しく損なわれている状態をいいます」と定義している。  これにより、庭などの外に置かれたごみは強制的に撤去できるようになった。ただし、住居(建物)の中は対象外。2016年3月には、同条例に基づき、実際に強制撤去(行政代執行)が実行された。ごみ屋敷の行政代執行の事例はそれほど多くないが、同市はその1つとなったのである。  それから約半年後の同年10月、ごみ屋敷で火災が発生し、家主は焼死した。もし、強制撤去(行政代執行)が行われていなかったら、屋外のごみに燃え広がり、大惨事に発展していたかもしれない。  市3R推進課によると、同条例に基づく行政代執行はその1例のみ。もっとも、前述したように、問題の家主は、4軒のごみ屋敷を所有していたから、実際には1例4件ということになる。撤去にかかった費用は当人から回収できた。  一方で、その件以外でもごみに関する相談はいくつかあるという。  「町内会や賃貸物件の貸主などから、『あの家のゴミを片付けてほしい』といった相談は、この間いくつかあります。ただ、ほとんどの場合は話し合いで解決できています。行政代執行は、悪臭や害虫の発生、火災の危険性、周辺通行への障害などが確認できた場合のみ、本当に最終手段として行うもので、あの件以降は出ていません」(市3R推進課の担当者)  同市の条例では、調査→指導・勧告→命令→氏名等の公表といった段階があり、それでも改善されない場合は行政代執行となる。相談・苦情などはくだんの「ごみ屋敷問題」以外にもあるようだが、行政代執行に至る前に話し合いで解決できているという。  条例の制定にあたっては「大阪市の事例を参考にした」(同担当者)とのことだが、前述したようにごみ屋敷の行政代執行(強制撤去)を実行した数少ない事例の1つになったことから、「他県の市町村からの視察・問い合わせなどもありました」(同)という。図らずも、ごみ屋敷対応の先進地になったわけ。  一方で、物やごみを溜め込む行動、そういった状況に陥ることを「ディオゲネス症候群」(別名・ごみ屋敷症候群)というそうだ。社会的孤立、進行性認知症、日常生活機能の低下と関連しており、一人暮らしの高齢者に多いという。誰にでも起こり得ることで、対策は簡単ではないが、これからの社会では、そういった部分への適切な支援・精神的ケアが必要になってくるのだろう。

  • クマの市街地出没に脅かされる福島

     クマの人的被害が東北を中心に多発している。特に山から流れる川沿いを伝って市街地に現れる例が近年の特徴で、一般市民は戦々恐々とする。クマの駆除が求められる中、動物愛護の観点から駆除に猛抗議が寄せられるなど対策の議論は過熱。クマ被害ではないのに、クマが犯人扱いされる事例も出た。野生動物の生態系に詳しい専門家と長年クマに向き合ってきた奥会津の「マタギ」に話を聞き、中庸を探った。 専門家とマタギに聞く根本解決策 ツキノワグマ  クマが人を襲う件数が過去最悪を記録している。全国の被害者数は2023年度は11月末時点の暫定値で212人。国が統計を取り始めて以降、最多を記録した20年度の158人を既に上回っている。秋田県70人、岩手県47人、福島県14人の順に多く、東北6県で全体の3分の2を占める。  本州に生息するのはツキノワグマだ。全長は1㍍10㌢~1㍍50㌢ほど。福島県では奥羽山脈が連なり標高の高い山間地が多い会津地方で人前への出没が多かった。ここ最近は会津若松市街地でも頻繁に目撃され、2年連続して鶴ヶ城公園に出没するなど、県内でも都市部に現れ人前に出ることを怖がらないアーバン・ベアが恒常化しつつある。  昨年11月1日に市街地の旭町で発生した事件は、人間のクマへの恐怖を象徴するものだった。  《1日朝、福島県会津若松市の市街地で頭などをけがした高齢の女性が倒れているのが見つかり、その後、搬送先の病院で死亡しました。  市と警察は、怪我の状況などからクマに襲われた可能性があるとみて住民に注意を呼びかけています。(中略)市と警察によりますと、女性の頭や顔には何かでひっかかれたような大きな傷があるということで、付近での目撃情報はないということですが、クマに襲われた可能性があるということです》(11月1日午前11時3分配信、NHKニュースWEB)  現場は住宅街で近くには小学校があり、安全性の観点から「犯人」をクマとみて注意喚起していた。だがのちに、人間が運転した車によるひき逃げと分かった。  発生から1日立った11月2日の福島民報は「ひき逃げか88歳死亡 熊襲撃?から一転 複数の傷や血痕」と報じた。《会津若松署が死亡ひき逃げ容疑事件を視野に捜査を進めている。同署は当初、女性の顔にある傷痕などから、熊に襲われた可能性もあるとみて捜査に入った。正午ごろにかけ、署員や市職員が周囲の現場を捜索したが熊の発見には至らなかった》(同紙より抜粋。原文では女性は実名)。  クマの被害に脅かされているのは会津だけではない。昨年は浜通りにはいないとされたツキノワグマがいわき市で相次いで目撃された。ただし海岸近くで目撃情報があったものは、のちに足跡や糞からクマとは疑わしいものもあった。  浜通りにはクマがいないと言われてきたが、単にこれまで人前に現れなかっただけかもしれない。浜通りで目撃情報が出た要因を福島大学食農学類の望月翔太准教授(野生動物管理学)は次のように考察する。  「阿武隈高地にはエサとなるドングリがあるのでクマはいます。10年ほど前から10件に満たない数で毎年目撃情報はありました。クマの人的被害が注目されているので通報する人が増えたのではないでしょうか。駆除が減り個体数が増えている可能性もあります」  望月准教授によると、クマが人里に現れる原因は森のエサがクマに対して十分かどうかと関係する。ある年にはエサとなるブナやナラの実が多く実って栄養を付け、冬眠中にクマが多く生まれる。次のシーズンに個体数が増えれば、その分エサは少なくなり、エサを確保できないクマは新たなエサを求めて森を出ることになる。これが人里に現れる一因になる。特に1歳半ごろから母グマを離れ、単独で動くようになると好奇心旺盛という。  また、ブナやナラが凶作だと、そのシーズンはエサを求めてクマが徘徊するようになる。 野生イノシシの豚熱と関連?  山あいの集落に現れるのは分かるが、離れた市街地に現れるのはどのような理由からなのか。  「河川沿いに植えられた河畔林を伝ってきます。草木が整備されなければ身を隠す場所になる。川は線的で、山を下ればその先の平地にある人里にたどり着きます。追い立てられてきた道を引き返すのは難しい」  エサはどうするのか。  「福島市内に限って言えば、5、6月頃に河川沿いのウワミズザクラが実を付けて主食となる。7月にはミズキの実がなります。8、9、10月は農作物や実ったままの柿などです。川沿いは一見食べ物が少ないように思うが、野生動物にとっては年中食べ物があると言っていい」  エサの有無がクマの行動を決定することは分かったが、この点について望月准教授は興味深い話をする。  「私はなぜ秋田と岩手でここまで人的被害が多いのか、福島との違いを探っています。ここからはあくまで私の仮説ですが、福島県は豚熱の影響があったのではないかと。エサの競合相手であるイノシシの数が豚熱によって抑えられたことで、クマが山林にとどまることができたという見立てです」  ここからはあくまで仮説である。クマは木登りができ、高所のエサに利がある。イノシシは1度の出産に付き、4、5匹生まれ、クマよりも落ちた木の実を多く食べる。イノシシが増えるとクマがエサ争いに負け、人里に出るが、野生イノシシに豚熱が広まり増加が抑制されると、クマが森のエサにありつける。結果、イノシシに豚熱が流行っている地域ほどエサ争いに負けるクマは増えないので、市街地に姿を現さないのではないか。  本誌が調べた東北6県の野生イノシシの豚熱感染状況の計測数と陽性率は表1の通り。検査数を考慮する必要があるが、秋田、岩手は野生イノシシの豚熱陽性率が低い。イノシシの数は維持されているとみられ、表2のクマによる人的被害と比べると関連しているように見える。 表1:東北6県の野生イノシシの豚熱感染の累計 陽性(頭)検査頭数(頭)陽性率計測時点青森0470.00%2023/12/21岩手12514198.80%2023/12/21宮城220126217.40%2023/12/14秋田91864.80%2023/12/21山形158110214.30%2023/12/21福島10386012.00%2023/12/20出典:6県のホームページや聞き取り 表2:2023年度の東北6県のクマ人的被害 被害順位被害者数うち死亡者数全国の被害順位青森1105位岩手4722位宮城30秋田7001位山形50福島1403位(11月末時点暫定値) 出典:環境省  望月准教授が留保するように、まだ仮説の段階で検証が必要だが、森にはクマだけが生息しているわけではなく、森を出る要因に競合する野生動物やエサとなる植物との関連が無視できないのは確かだろう。 「見えないけどいる」と恐れ合う関係 クマと対峙した経験を話す猪俣さん=2022年11月撮影  クマ被害への関心が高まり、目撃情報の通報件数も増えているが、果たしてどれくらいの人がクマの怖さを知っているのか。金山町で「マタギ」として小さいころからクマと対峙していた猪俣昭夫さん(73)に畏敬すべきクマの生態を聞いた。  「簡単に『共生』と言いますが、クマと一緒にお茶飲みをするわけではありません。めんこいから保護するというのは勘違いです。かと言って、人への被害が増えたからと手当たり次第駆除してしまっては森の生態系を乱す。互いに『見えないけどいる』と意識しながら恐れ合う関係を維持しなければいけません」  クマは人間の想像を超えることを軽々しくやる。15年ほど前の秋、猪俣さんが金山町の山でキノコ採りをしていた時のこと。山を分け入って進むと滝が流れる崖の下に出て、5㍍ほど先にクマが滝つぼで水遊びに興じているのを見た。10㍍ほどの崖の上には下を伺う、体長のより大きなクマが行ったり来たりしていた。  「クマの母子だ。失敗した」  母熊が猪俣さんに気付いた。滝つぼに落下し着水。母熊がこちらに向かってくる前に、猪俣さんは後ずさりして難を逃れた。「母熊の度胸に度肝を抜かれた」。  身体能力は想像を絶する。滝つぼダイブを見た以前には沢でクマに遭遇した。先手を打って「コラッ!」と怒鳴ると、高さ200㍍ばかりの見通しの良い尾根筋を駆け上がっていった。手元の時計で測ると約5分要した。自分がキノコ採りをしながら尾根を上ると1時間半かかる。速さと持久力に愕然とした。  過去には本誌2022年12月号で取材に応じてくれた猪俣さんだったが、同月に脳梗塞で入院し、現在は会津若松市内の老人介護施設でリハビリに取り組んでいるという。経過は順調で、今春には復帰できそうだ。  猟師やマタギは山に足繁く入り獲物を取ることで、野生動物に人間の存在を知らしめ、人里に寄せ付けない役割がある。猪俣さんは会津地方でのクマの人的被害を聞き、大事な時に身体が動かない状況に悔しさを感じている。入院している病院の駐車場にクマが出没したこともあり、窓越しに気配を感じていたという。  70代前半で、山に鉄砲を持ち入る負担は大きい。それでも後進を連れて分け入るのは森の生態系を守るマタギの全てを伝えるためだ。現在、金山町で20代が1人、いわき市から40代5人が猪俣さんのもとに通い教えを乞うている。猪俣さんは大病をしたことで、マタギ文化を継承する思いを強めたという。  前出の望月准教授は今後の獣害対策をこう話す。  「熟練した狩猟者に育つまでには長い時間が必要です。短期の対策では駆除が必須ですが、県、市町村、地域住民が連携し、中長期的な対策に取り組む必要があります。具体的には人里からクマのエサとなる物を取り除く。放置された柿の木の伐採などが挙げられます。うっそうとした里山は間伐を進め、日が差すようにする。クマは本来臆病で、見通しの良い空間が苦手だからです。さらに人里、緩衝地帯、クマなど野生動物が棲む場所とゾーニングを3区分し、人里にだけは入れないようにします。電気柵を効果的に設ける必要があります」  クマと適切な距離を保つという根本解決策は、専門家とマタギで一致している。庭先の柿の木やごみの処理、空き家の管理など地域住民にもできることはたくさんある。

  • 薬剤師法違反を誤解された【南相馬市】の薬局

     昨年11月、本誌に「南相馬市にあるA薬局は薬剤師が1人だが、他の従業員は資格がないにもかかわらず調剤や接客をしている。これは薬剤師法違反に当たる」と情報提供があった。A薬局は実名だったがここでは伏せる。  本誌は昨年5月号から同市を拠点に暗躍する青森県出身のブローカー吉田豊氏の動きを注意喚起のため報じている。吉田氏は市内のクリニックや薬局を実質経営し、一時はその薬局の2階に住んでいたため、A薬局と関連があるのではと思い調べたが、吉田氏が同市に狙いを付ける前に開業しているため、関係はなさそうだ。  薬剤師法では、医師が処方した薬を調合する調剤業務は原則薬剤師しかできない。医師も調剤できるが、業務が肥大化し、受け取る診療報酬の点数が少なくなる=診療報酬が安くなるため、薬局が近くにない診療所以外ではまずやらない。院外薬局で調剤するインセンティブが高まり、処方箋を目当てに病院の前に薬局が連なる「門前薬局」が主流となった理由だ。 薬剤師法違反との通報が寄せられた相双保健所  調剤が薬剤師の専権事項と化す中で、専門性がより求められているが、薬局の看板を掲げながら無資格者が調剤を行っているとすれば由々しき事態だ。薬の渡し間違いにつながるし、専門性を自ら明け渡してしまったら、高い学費を払って薬学部で6年間学ぶ意味を問われ、資格のための資格と軽視されてしまうだろう。  相双保健福祉事務所(相双保健所)生活環境部医事薬事課に尋ねると、A薬局で薬剤師法違反疑いの公益通報があったことを認めた。2018~19年度にかけて県庁に通報があり、相双保健所がA薬局に抜き打ちで調査したが、薬剤師以外の従業員が調剤している証拠を見つけられなかった。20~21年度は、6年ごとの薬局営業許可更新の調査の際に店舗を視察したが、この時も違反の事実を確認できなかったため保留しているという。「仮に違反事実があれば指導して改善を促す」とのこと。  名指しで「薬剤師法違反」と通報されたA薬局はどのような見解か。12月下旬の昼下がりに訪ねると、管理薬剤師が対応した。  「誤解です。薬剤師以外が調剤することはありません。服薬指導も必ず薬剤師が行い、原則私が手渡しています。ただファクスで送られた処方箋は、患者さんに電話で説明し、あとで店に取りに来てもらい、従業員が渡すことがあるので、そこを勘違いされたのかもしれません」  県内のある薬局経営者が調剤業務の規制緩和を解説する。  「2019年4月2日に厚生労働省が、今まで薬剤師が独占してきた業務の一部を条件付きで非薬剤師も可能とする文書を通知しました。『0402通知』と言います」  具体的には、包装されたままの医薬品を棚から取り出して揃える「ピッキング」、服用タイミングが同じ薬を1回ずつパックする「一包化」した薬剤の数量確認などができるようになった。ただし、薬剤師による最終監査が必要となる。  A薬局の管理薬剤師は「最終監査も私がやっています」。  規制緩和で薬剤師とそれ以外の業務が一部曖昧となったことが、今回の通報の一因のようだ。  ちなみに、通報者に「なぜ本誌に情報提供したのか」と聞くと「吉田豊氏を報じたからです」。医療・福祉業界を取り巻く「吉田豊問題」をきっかけに、住民の医療への関心が高まる効果も生まれた。

  • 泥沼化する大熊町議と住民のトラブル

     本誌昨年5月号に「裁判に発展した大熊町議と住民のトラブル」という記事を掲載した。問題の経過はこうだ。  ○2019年に、大熊町から茨城県に避難しているAさんが、佐藤照彦議員と、避難指示解除後の帰還についての問答の中で、「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を浴びせられた。  ○Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」として議会に懲罰要求した。  ○議会は佐藤議員に聞き取りなどを行い、Aさんに「議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した」と回答した。  ○佐藤議員は、当時の本誌取材に「(Aさんに対して)『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えた。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』と言っているが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない」とコメントした。  ○その後、Aさんが佐藤議員に謝罪を求めたところ、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届き、最終的には佐藤議員がAさんに対し「面談強要禁止」を求める訴訟を起こした。  ○同訴訟の判決は2022年10月4日にあり、「面談強要禁止」を認める判決を下した。Aさんは一審判決を不服として控訴した。控訴審判決は、昨年3月14日に言い渡され、一審判決を支持し、Aさんの請求を棄却した。  以上が大まかな経過である。  こうして、思わぬ方向に動いたこの問題だが、実は、今度はAさんが佐藤議員を相手取り、裁判(昨年5月12日付、福島地裁いわき支部)を起こしたことが分かった。  請求の趣旨は、「佐藤議員は、大熊町議会・委員会で、『Aさんが虚偽を述べている』旨の答弁をしたほか、虚偽の内容証明書、裁判陳述等によって名誉毀損、畏怖・威迫・プライバシー侵害等の人格権侵害を受けた」として、160万円の損害賠償を求めるもの。  要は、Aさんが佐藤議員から、「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれ、議会に懲罰要求した際、佐藤議員は議会・委員会などで「(Aさんは)私に嫌がらせをするため、排他的発言をしたとして事実を歪曲している」旨の発言をしたほか、「弁護士を介して、民事・刑事の提訴予告等の畏怖・威迫行為を記載する内容証明書を送付した」として、損害賠償を求めたのである。  泥沼化するこの問題がどんな結末を迎えるのかは分からないが、本誌昨年5月号で指摘したように、背景には「宙ぶらりんな避難住民の在り方」が関係している。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。その結果、今回のようなトラブルを生み出していると言っても過言ではない。 あわせて読みたい 裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

  • 【会津坂下中学校】いじめ訴訟が和解

     会津坂下町の中学校で、2014年に当時1年の男子生徒が学校でいじめにあった問題で、男子生徒の両親は2021年8月、町を相手取り計330万円の損害賠償を求める訴訟を地裁会津若松支部に起こしていた。同訴訟は11月17日に和解が成立した。 町が不適切対応を認めて謝罪 会津坂下町役場  本誌はこの問題について2019年4月号をはじめ、随時経過を報じてきた。この間の経緯を振り返っておく。  ○2014年5月、当時、坂下中学校の1年生だった男子生徒の筆箱がなくなり、後にトイレの掃除用具入れから見つかった。これを受け、学校は犯人探しを行ったが、犯人が見つからなかった(名乗り出なかった)ことから、「トイレ以外は表に出るな」といった罰則(禁足)を科した。これにより、学校内の空気が悪くなり、その鬱憤は次第に男子生徒に向くようになった。  ○こうした問題を機に、男子生徒は同年6月ごろから学校に行けなくなった。  ○2016年12月、男子生徒が3年生の時に、父親が学校に「いじめ防止対策推進法」に基づく調査を依頼。町教育委員会は「会津坂下町いじめ問題専門委員会」を設置し、同委員会に諮問した。2017年3月には、町教委が生徒や保護者を対象にアンケート調査を実施した。専門委は同年7月に調査報告(答申)をまとめた。なお、同年7月は、男子生徒が中学校を卒業した後のこと。  ○調査委は、「学校の雰囲気を考慮するといじめがあった可能性が高く、それが不登校の原因の一部になっていると考えられる」、「不登校の最も大きな原因は、禁足による対応後の学校の雰囲気であると考えられる」としながらも、「不登校といじめの関連について明確に指摘できることは得られなかった」と結論付けた。  ○この調査結果を受け、父親は町に再調査を依頼したほか、2018年7月に町教委が生徒や保護者を対象に実施したアンケート調査の開示請求を行った。ところが、請求の返答は「開示できない」というものだった。  ○これを受け、父親は、同年8月に不服申し立てを行ったが、そこでも開示が認められなかった。  ○男子生徒はフリースクールを経て通信制高校に通っていたが、2019年1月に自殺した。  ○父親は同年3月までに「被害者として、真相を知る権利を奪われ、精神的苦痛を受けた」として、町を相手取り、アンケート結果の開示と100万円の損害賠償を求めて裁判を起こした。  ○同裁判は2020年12月1日に判決が言い渡され、アンケート結果の一部開示と、11万円の損害賠償の支払いを認めた。  ○その後、判決に従い、町から父親にアンケート結果が開示された。父親はそれを熟読したうえで、「いじめ防止対策推進法」、「会津坂下町いじめ防止基本方針」、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」で定められている調査が十分に行われておらず、調査の方法に問題があると考え、2021年2月22日、町議会に再調査を求める陳情を行った。  ○町議会は同年6月定例会で採決を行ったが、反対多数で陳情は不採択となった。  ○同年8月、男子生徒の両親が町を相手取り、計330万円の損害賠償を求める訴訟を地裁会津若松支部に起こした。 和解条項の中身 坂下中学校  以上がこれまで本誌が報じてきた経緯だが、冒頭で書いたように同訴訟は11月17日に和解成立した。  それに先立ち、町は11月9日に臨時議会を開き、議会に和解への同意を求めた。和解案はおおむね以下のようなもの。  ①町は、禁足措置が学校教育上、不適切なものであったことを認め、それによりいじめが誘発され、男子生徒が学校に通えなくなったことを両親に謝罪する。  ②今後、学校において禁足措置を取らないことを約束する。  ③町は今後、いじめが理由で登校できなくなった生徒がいた場合、必要な支援を行うとともに、いじめ防止対策推進法、いじめの防止等のための基本的な方針(文部科学省方針)に則り、いじめ防止対策に取り組むことを約束する。  ④町は和解案を周知する。  ⑤和解によって解決したことを尊重し、互いに名誉、信用を毀損する行為や、相手方を不安、困惑させるような言動をしない。  町はこの和解案を受け入れる方針であることを議会に諮ったところ、全会一致で可決された。なお、和解金(損害賠償)の支払いは発生しない。  臨時議会後、鈴木茂雄教育長は本誌取材に対して、「生徒指導のあり方は時代とともに変わってきています。今回の件は配慮が足りなかったものであり、反省していかなければならない、ということです」とコメントした。  謝罪の形式は、「町のホームページに謝罪文を掲載する」とのことで、和解が成立した日に、「元坂下中学校生徒いじめ訴訟に係る損害賠償請求事件の和解について」という新着情報がアップロードされた。そこには和解が成立したことと、「今後は、和解条項を踏まえしっかりといじめ対策に取り組んでまいります」との文言があったが、11月22日時点で「謝罪文」は掲載されていない。  一方、生徒の父親は次のように話した。  「調査委の報告書では、『不登校の最も大きな原因は、禁足による対応後の学校の雰囲気であると考えられる』としながら、『不登校といじめの関連について明確に指摘できることは得られなかった』というあいまいなものでした。それが今回、『禁則がいじめを加速させた』ということを認め、謝罪することになりました。それは評価できるが、今後、町がこの反省を生かして、どう対応していくか、ということが重要です。もう1つは、これまで町側は対応に問題はなかったというスタンスだったのが、今回、対応に問題があったことを認めて謝罪することになったわけですから、それについての説明責任があると思います」  和解が成立したことで、この問題は一応の決着を見たわけだが、父親が言うように、今回の反省を生かして、今後二度とこのようなことが起こらないように対応していくことこそが最も重要になろう。

  • 【生島淳】大学駅伝で福島出身者が活躍する理由

     大学の陸上長距離界で福島県出身の指導者・選手の活躍が目立つ。その理由はどんな点にあるのか。スポーツジャーナリストの生島淳氏にリポートしてもらった。(文中一部敬称略) 「陸上王国ふくしま」が目指すべき未来 駒大の大八木弘明総監督(右)と藤田敦史監督(撮影:水上竣介、写真提供:駒澤大学)  大学駅伝シーズンの開幕戦、10月9日に行われた出雲駅伝では駒澤大学が連覇を達成した。これで去年の出雲、全日本、今年に入って箱根、そして今回の出雲と大学駅伝4連勝。「駒澤一強」の状態が続いている。このままの勢いが続けば、お正月の箱根駅伝でも優勝候補の最右翼となるだろう。  今年の出雲で、胴上げされた福島県人がふたりいた。ひとりは駒大の大八木弘明総監督(河沼郡河東町/現・会津若松市河東町出身)、そして最後に胴上げされたのは今年就任したばかりの藤田敦史監督(西白河郡東村/現・白河市出身)である。  大学長距離界で福島県出身者の存在感は高まり続けている。大八木総監督は還暦を過ぎてなお指導者として進化し、今年の箱根駅伝のあと、大学の監督を教え子でもある藤田氏に譲り、自らは総監督へ。  単なる名誉職ではなく、青森県出身で今年3月に駒大を卒業し、2年連続で世界陸上の代表に選ばれた田澤廉(トヨタ自動車)は練習拠点を駒大に残し、総監督の指導を受けている。大八木総監督は今後の指導プランをこう話す。  「田澤は2024年のパリ・オリンピックではトラックでの出場を目指しています。そのあとは25年に東京で世界陸上がありますし、28年のロサンゼルス・オリンピックではマラソンを狙っていきます」  大八木総監督は1958年、昭和33年生まれ。ちょうど70歳の年にロサンゼルス・オリンピックを迎えることになる。総監督は40代の時に駒大の黄金期を作ったが、ひょっとしたら60代から70代にかけて指導者として最良の時を迎えるかもしれない。  駒大の指導を引き継いだ藤田監督にも期待がかかる。三大駅伝初采配となった今年の出雲では1区から首位に立ち、それ以降は後続に影をも踏ませぬレース運びで、一度も首位を譲ることはなかった。しかも6区間中3区間で区間賞。監督が交代してもなお、駒大の強さが際立つ結果となった。  ただし、この強さを支えるための苦労は大きいと大八木総監督は話す。  「大学長距離界では、選手の勧誘は大きな意味を持ってます。田澤がウチに来てくれたからこそ、今の強さがあると思ってますから。それでも基本的には東京六大学の学校には知名度では負けますし、勧誘での苦労はあります。でも、私は自ら望んで駒大に入って来てくれる選手を求めてます。そういう選手は必ず伸びますから」 学石から東洋大監督に 東洋大の酒井俊幸監督(写真提供:東洋大学)  そして2010年代、駒大と激しい優勝争いを繰り広げたのが東洋大学だった。東洋大の酒井俊幸監督(石川郡石川町出身)は、学法石川高校卒業。東洋大から実業団に進み、選手を引退したあとに母校・学法石川の教員となって、高校生の指導にあたった。人生の転機となったのは2009年のことで、空席となっていた東洋大の監督に就任し、それから箱根駅伝優勝3回を飾っている。  特に「山の神」と呼ばれた柏原竜二(いわき市出身/いわき総合高卒)とは、柏原が大学2年の時から指導にあたっており、東洋大の黄金期を築いた。それ以降、東洋大からは東京オリンピックのマラソン代表の服部勇馬、1万㍍代表に相澤晃(須賀川市出身/学法石川高卒)を送り出すなど、日本の長距離界を代表する選手たちを育てている。また、長距離だけでなく、競歩では瑞穂夫人と共に選手の指導にあたり、オリンピック、世界陸上へと選手を輩出し続けている。  大八木総監督、酒井監督と、福島県出身の指導者が日本の陸上長距離界の屋台骨を支えていると言っても過言ではない。  それでも、酒井監督には大学の監督就任時には葛藤があったという。  「高校の生徒たちに、なんと話せばいいのか悩みました。高校生にとってみれば、私が生徒たちを見捨てて東洋大に行ってしまうわけですから。正直に話すしかありませんでしたが、最後は生徒たちから『先生、頑張ってください』と背中を後押ししてもらいました」  当時の酒井監督は33歳。当時の学生は「大学の監督というより、若いお兄さんが来たみたいな感じでした」と振り返るほど若かった。覚悟をもった監督就任だったのだ。  以前、タモリが彼の出身地である九州・福岡と東北の比較をしていた。  「九州の人たちは、東京に出ていく人たちを『失敗したら、いつでももどって来んしゃい』という感じで送り出すんだよ。でも、東北の人たちは違うね。出る方も、見送る方も『成功するまでは帰れねえ』という決死の思いで東京に出ていくし、送り出す。ぜんぜん違うんだよ」  この言葉は、宮城県気仙沼市出身の私にはよく分かる。とにかく、故郷を離れたら、もう帰ってくることはないという覚悟をもって上京する。だからこそ、地元を離れるのは重たい。  きっと、酒井監督も学法石川の教え子たちを残して東洋大の監督を引き受けることには、相当の覚悟が必要だったと思う。それが理解できるだけに、どうしても酒井監督には思い入れが湧いてしまう。  今年の出雲駅伝では、経験の浅い選手たちをメンバーに入れながら、8位に入った。優勝した駒澤からは水を開けられてしまったが、「常に優勝を狙える位置でレースを進めたいですね。それが学生たちの経験値を高め、自信にもつながっていくので」と酒井監督は話す。ぜひとも、箱根駅伝では「その1秒を削りだせ」というチームのスローガンそのままに、粘りの走りを見せて欲しいところだ。  このほかにも、早稲田大学の相楽豊前監督(安積高校卒)には幾度も取材をさせてもらった。相楽前監督は「福島県人には、粘り強い気質があると思います。その意味では長距離には向いているのかもしれません」と話していたのが印象深い。そういえば、大八木総監督もこんなことを話していた。  「私は会津の生まれですから……反骨精神もありますし、ねちっこくやるのが性に合ってるんです」 陸上を福島県の象徴的なスポーツに  これだけ指導者、そして選手に人材を輩出してきた背景には、やはり35回を迎えた「ふくしま駅伝」の存在が大きいと思う。市町村の対抗意識が才能の発掘につながっている。  たとえば柏原の場合、中学時代はソフトボール部に所属していたが、ふくしま駅伝を走ったことで長距離の適性に気づき、高校からは本格的に陸上競技を始めた。そして高校3年生の時には、都道府県対抗男子駅伝の1区で区間賞を獲得した。ふくしま駅伝というインフラが、「山の神」の生みの親といえる。  全県駅伝は全国各地で行われるようになったが、福島県には歴史があり、各自治体の熱意も、他の県とはレベルが違う。それは福島県人が誇っていいことだと思う。  どうだろう、これだけ陸上長距離に人材を輩出し、歴史ある大会が県民の共有財産になっているのだから、思い切って「陸上県・福島」という方向性を打ち出していくのは。私はそうした明確な方針が福島県のスポーツを土台にした「プライド」の醸成につながるのではないかと思っている。  今、私の故郷である宮城県は「野球の県」になりつつある。プロ野球の楽天が本拠地を置き、高校野球では仙台育英が夏の甲子園で優勝し、野球が県民の共有財産になっている。  こうした象徴的なスポーツがあることで、男女を問わずに子どもたちがスポーツに参加する機会が増える。それは家族、コミュニティーへと広がっていく力がある。  日本の特徴として、スポーツの選択肢が広いことが挙げられる。私の取材経験では中国、韓国では学校レベルでの部活動がない。すでに高校の段階からエリートだけのものになってしまうのだ。それに対し、日本は草の根からの活動が特徴だ。スポーツは自由意志で行われるべきものであり、その方が正しい。しかし、才能が分散するリスクがある。  今後、日本の少子化のスピードは止められそうにもない。私の生まれ故郷、宮城県気仙沼市の新生児の出生数は、ついに300人を切り、このままだと200人を割ってしまいそうだ。人口6万人規模の都市では、日本全国で同じような数字になると聞いた。私は昭和42年、1967年生まれだが、私が通った気仙沼高校は男子校一校だけで一学年360人がいた。雲泥の差である。  少子化が進めば、スポーツ人口もそれに比例して減っていく。高校野球では合同チームも珍しくなくなった。野球部が消えてしまった学校もある。  私は「県の象徴的なスポーツ」がひとつでもあることが、県を元気にすると思っている。もちろん、野球でもいい。いまだにグラウンドをはじめ、インフラが整っているから競技を始めやすい環境にある。  福島には陸上の財産がある。ふくしま駅伝、そして大八木総監督をはじめとした豪華な指導者たち。そして、1964年の東京オリンピックのマラソン銅メダリスト、円谷幸吉をはじめ、相澤晃にいたるまで日本を代表するランナーが育ってきた。コロナ禍を経て、須賀川市では「円谷幸吉メモリアルマラソン」が行われているのも福島のレガシーを伝える一助となっているだろう。  これだけのインフラがそろっているのだから、それを未来につなげなければもったいない。それは日本を代表するエリートを育てるというだけではなく、市民レベルでの活動にもつなげていけば、健康増進、そしてそれは医療費の抑制につながる可能性を秘めている。 次世代の動き  実際、そうした動きはある。学法石川高出身で、中央大学の主将を務めた田母神一喜は現在、郡山市でランニングイベントの企画運営、そしてジュニア陸上チームを運営する「合同会社ⅢF(スリーエフ)」の代表を務めつつ、自らも選手として走り続けている。  彼には「『陸上王国ふくしま』」を日本中に轟かせたい」という思いがあり、会社のホームページには「ふくしまってすごいんだぞと、胸を張って歩けるような居場所を作っていきます」と、福島への愛を前面に押し出したメッセージが記されている。  以前、彼に取材した時の話では、今後は部活動の外部指導など、教育現場との連携も模索していきたいという。部活動の外部委託化は国全体の動きである。どうだろう、福島がそのモデルになっていくというのもあり得るのではないか。  全国に先んじて官民が一体となって陸上の環境を整え、子どもたちの可能性を拡げていく。その発信者になっていけば自然と人が集まり、県民の新たなプライドも醸成されていくはずだ。それでも、こんな声が聞こえてくるかもしれない。  「陸上ばかり依怙贔屓するわけにはいかない」  他の競技団体にも歴史があり、言い分がある。それは理解できる。しかし、全体のバランスに配慮している限り、進歩、進化は遅くなる。  それを実感したのは、今年の9月から10月にかけてラグビーのワールドカップの取材でフランスに滞在したが、デジタル化の進歩に目を見張った。現金を使ったのは、40日間で数えるほどだけ。ほとんどが「クレジットカードは10ユーロ以上の場合のみ」と表示のあるお店ばかりだった。カード払いの場合、非接触型のカード読み取り機にかざすだけで良い。お店の人にカードを渡す必要もないし、暗証番号の入力も必要ない。「コロナ禍の間に一気に進んだ決済方法です」と話してくれたのは、フランスに向かう時の飛行機で隣り合った日本人ビジネスマン。  「いまだに現金決済が多いのは、日本とドイツです。おそらく、既存の仕組みがしっかりしているところほど、新しい変化に対応するのが遅くなる傾向があると思います」  なるほど。長い年月をかけて作り上げた仕組みが存在すると、その制度を守る力が働く。そうしていると、変化のスピードは遅くなる。今回のフランス滞在では、物価や賃金などの高さに驚きもした。その一方で、日本はコロナ禍の間に大きく取り残されてしまったとも感じた。  スポーツの世界も大きな変化に晒されている。既成の仕組み(育成や競技会の運営など)は、限界を迎えている。良質なものが生き残っていく時代だが、福島の陸上界には財産がある。そこで、保守的な方向に向かうことなく、攻めの姿勢で「福島モデル」を作り上げて欲しいのだ。  自由に、闊達に、そして強い選手が次々に生まれてくる仕組み。それは既存の体制を一度精査し、県民の幸福度がスポーツ、そして陸上によって上がるプランが生まれてきて欲しい。  若い世代の意欲と、経験を積んだ世代の知恵がうまく合体するといいのだが。福島出身の知恵者は、この原稿で紹介した通り、たくさんいるのだから。  いくしま・じゅん スポーツジャーナリスト。1967年宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。勤務しながら執筆を始め、1999年に独立。ラグビーW杯、五輪ともに7度の取材経験を誇る一方、歌舞伎、講談では神田伯山など、伝統芸能の原稿も手掛ける。  最新刊に『箱根駅伝に魅せられて』(角川新書)。また、『一軍監督の仕事』(高津臣吾・著)、『決めて断つ』(黒田博樹・著)など、野球人の著書のインタビュー、構成を手掛ける。 X(旧ツイッター)アカウント @meganedo

  • 郡山【小原寺】お檀家・業者に敬遠される前住職

     小原寺と言えば、郡山市を代表する名刹だが、檀家や葬祭業者からの評判は芳しくない。原因はクセが強い前住職の存在だ。ただでさえ仏教離れの傾向が強まっている中、その存在が〝墓じまい〟を加速させている――という指摘すらある。いったいどんな人物なのか。 〝上から目線〟の運営で離檀者続出!?  大邦寺神竜院小原寺は郡山市図景にある曹洞宗の寺院だ。近くには郡山健康科学専門学校や郡山警察署がある。かつてはその名が示す通り、同市小原田にあった。  天文年間(1532年~)に廃絶した久徳寺を、永禄3(1560)年、二本松市・龍泉寺6世の実山存貞和尚が再興し、曹洞宗小原寺としたのがはじまりとされる。戦乱を経て延宝4(1676)年に再建。材料に阿武隈川の埋もれ木を掘り出したものが使われ「奥州・安積の埋もれ木寺」として、名所の一つに数えられた。天明3(1783)年、失火により全焼したが、寛政5(1793)年に古材を集めて仮本堂が建立された。  その仮本堂がつい10年前まで本堂として使用されていたが、震災で全壊判定を受け、2014年3月に解体撤去。約500㍍離れた現在の場所に、広大な駐車場を備えた近代的建築の本堂・庫裏を再建。同年8月に落慶法要が執り行われた。  安積三十三観音霊場第六番札所となっているほか、「巡拝郡山の御本尊様」の会が実施している御朱印企画では第一番札所となっている。  檀家は約1000軒あるとされるが、「現在は800軒ほどに減ったのではないか」と指摘する檀家もいる。いずれにしても、郡山市を代表する古刹であり、高い公共性を有する施設だ。  現在の住職は安倍元輝氏だが、市内で有名なのは、父親で東堂(曹洞宗における前住職の呼称)の安倍元雄氏だ。元高校教師で、郡山青年会議所理事長も務めていた。宗教法人小原寺の代表役員である元輝住職は心身のバランスを崩し一時期活動を控えていたとのことで、83歳の元雄氏がいまも同寺院を代表する存在として活動している。  ところが、その元雄氏に対する不満の声が各所でくすぶっている。  檀家の年配男性は「一番の原因はお布施の高さですよ」と説明する。  「葬儀のお布施が周辺の寺院と比べて高い。戒名が院号(寺への貢献者・信仰心の厚い信者に付けられる称号)の家で100万円超、軒号(院号よりランクが落ちる称号)の家でも70~80万円支払うことになる。親の葬儀で『大金を支払えないので戒名の位を下げてほしい』とお願いする人もいました」  代々檀家になっているという男性も「知り合いが、仲の良い墓石業者に相談して安く墓を立てる算段をしていたが、元雄氏に一応伝えると特定の業者を使うよう指定された。あれやこれやと条件を付けられ、結局200万円以上の金額に跳ね上がって泣いていましたよ」と語る。  檀家の中には、親が亡くなったのを機に〝墓じまい〟して、市営東山霊園に墓を移す人もいる。近年は仏教離れが進んでいることもあって、その傾向が強まっているが、同寺院ではその際も30~40万円の〝離檀料〟を支払うよう求めているという。  曹洞宗宗務庁はホームページ上で「宗門公式としての離檀料に関する取り決めはないし、指導も行っていない」とする見解を表明しているが、同寺院では「離檀を申し込むと、金額を提示される。半ば支払いを強制されているような感じ」(前出・檀家の年配男性)だとか。  小原田地区の住民によると、過去には元雄氏の独断が過ぎるとして、紛糾したこともあった。  「震災で本堂が全壊判定を受け、現在の場所に新築移転することになったが、檀家が計画の全容を知ったのは、どんな本堂にするか設計や見積もりが終わり、銀行と建築費用の融資計画まで打ち合わせした後だった。そのため、説明を受けた檀家から『これを負担するのはわれわれだ。なぜ事前に相談がないのか』と物言いが入ったのです。そのため、当初の計画は一旦見直されることになりました」  複数の檀家によると、新築された本堂・庫裏は当初、左翼側に葬儀・法事などを執り行える葬祭会館が併設される計画で、檀家には「総事業費数億円に上る」と説明していた。だが、葬祭会館建設は見直されることになり、左右非対称の造りとなった。このほか、正確な時期は不明だが、総代が元雄氏と対立し全員退任したこともあったという。  檀家に十分な説明が行われない状況は現在も続いているようで、小原寺の墓地の近くに住む檀家の男性は「現在の総代が誰なのかも知らないし、総代会が開かれているのかも報告されていないので分からない。法要のときは足を運ぶし、『寄付してくれ』と頼まれたら協力しますが、それ以上のコミュニケーションはありません」と語った。  不満の声は檀家のみでなく葬祭業者からも聞かれる。原因は「『うちの檀家の葬儀は白い花でそろえないとダメだ』などと細かい注文が入るうえ、とにかく話が長くて予定がめちゃくちゃになる」(ある葬祭業関係者)。葬儀終了後に元雄氏が数十分かけて〝ダメ出し〟する姿もたびたび目撃されており、ある業者とは深刻なトラブルに発展したようだ。複数の業者の現場担当者に声をかけたが、元雄氏がどんな人物か把握していたので、業界内ではおなじみの存在なのだろう。  元雄氏のクセの強さは経済界でも有名なようで、「郡山青年会議所OBの会合で簡単なあいさつを依頼されたのに30分以上話し続け、3人がかりで止めに入ったが、それでもまだ話し続けた」(市内の経済人)ことは〝伝説〟となっている。 元雄氏を直撃 安倍元雄氏  これだけ不満の声が出ていることを本人はどう受け止めているのか。同寺院に取材を申し込んだところ、元雄氏が対応し「葬儀続きで話すのは難しい」と渋られたが、10分程度でも構わないと伝え、何とか直接会う約束を取り付けた。  11月下旬、同寺院を訪ねると、元雄氏が杖をつきながら登場し、本堂を案内した後、御本尊である釈迦三尊像の説明や釈迦(ブッダ)が生まれたころの背景を20分にわたり話し続けた。「この後予定がある」と言いながら話し続けそうな雰囲気だったので、途中で遮って本題に入った。  ――本堂の新築移転をめぐり、檀家から不満の声が上がったと聞いた。  「本堂新築移転は震災で旧本堂が全壊となり、総代会で満場一致で決められたものです。檀家がお参りできる場所を作るのが私の務め。近代的な建物にした理由は、皆さんに親しまれるように、いまの時代に合った本堂を立てるべきだと考えたからです。具体的な建設費用は伏せますが、総代をはじめ、檀家の皆さんに『先祖の供養の場を作ってほしい』と寄付していただいた。私も個人で3000万円借りて寄付しました」  ――檀家は「総代長が誰かも分からないし、総代会がいつ開かれたのかも報告がないから分からない」と嘆いていた。コミュニケーションが不足しているのではないか。  「総代は住職などを含め5人います(※宗教法人の役員のことだと思われる)。総代会はその都度開かれているが、そのことはほかの檀家には連絡はしていませんね」  ――お布施の金額や、離檀料についても不満の声が聞かれた。  「お布施はできるだけ安くすることを心がけているし、納めるべき金額は檀家にはっきり公表している。不満の声がウワサとなって広まっている背景には、他の寺の住職のねたみも含まれているのではないか。住職に知識や考えがなければ長く喋りたくても喋られない。でも、俺が喋ると内容は豊富だし、間違ったことは言ってないので『ごもっとも』となる。離檀料は長い間お世話になった気持ちを込めて菩提寺に寄付したいという方もいるので設定しているが、決して強制ではない」  ――葬祭業者にも敬遠されている。注文・ダメ出しの多さと話の長さが原因のようだが、心当たりは。  「小原寺の葬儀のやり方というのが明確に決まっている。どうすればスムーズに進行できるか、担当者に教えることがあります。でも、『指摘してくれてありがとう』と言われることもあるし、そんなにトラブルみたいなことにはなってないよ」  ――こうした不満が出たことをどう受け止めるか。  「まあ、『出る杭は打たれる』ということなんでしょう」 取材には真摯に対応してもらったものの、本堂新築移転をはじめ、檀家や葬祭業者から上がっている不満の声を素直に受け止めず、「他の寺の住職のねたみが背景にあるのではないか」、「出る杭は打たれるということ」と話す始末。コミュニケーション不足を指摘してもピンと来ていない様子で、再度質しても明確な回答はなかった。これでは檀家・葬祭業者との溝を埋めるのは難しい。  本堂新築移転にいくらかかったのか、明確な金額は明かそうとしなかったが、今年11月時点での寄付一覧を見せてくれた。本堂の建設を手掛けた業者や県内の寺院が寄付していたが、寄付金額を合計しても1億円にも満たない。残りは宗教法人として銀行融資を返済しているという。つまり、最終的には檀家が負担することになる。  総代長を務める年配女性を訪ね、元雄氏について質問しようとしたが「私は全然そういうの分からないの」とドアを閉められた。現代表役員の元輝氏の存在感はなく、同寺院に取材を申し込んだ際も、こちらが特に指定していないのに元雄氏が対応した。厳密に言えば寺の本堂は宗教法人のものだが、元雄氏の判断ですべてが決まる体制ということだろう。 寺院経営のボーダーライン 小原寺  人口減少により経営が厳しくなっている寺院が増えているとされているが、そうした中で、1000軒以上の檀家を抱える同寺院はかなり余裕があると言える。寺院の事情について詳しい東洋大学国際学部の藤本典嗣教授は「寺院経営が成り立つボーダーラインは一般的に約300軒と言われている」と説明する。  「地方の寺院では収入が年間約900万円あれば、諸経費、維持管理費、宗費(本山に納める費用)など諸々を差し引いても、住職の所得として360万円程度確保でき、生活を維持できるとされています。主な収入は葬儀、法要、供養などで入るお布施。住職1人で運営できるラインは300軒程度とも言われているので、1軒当たり平均年3万円のお布施を支払ってもらえれば、専業で寺院経営が成り立つ計算です」  藤本教授によると、寺院によってお布施の金額は異なるが、公表されている論文や書籍などのデータを大雑把にまとめると、葬儀の相場は10万~100万円、法事の相場は3000~5万円とのこと。寺院、戒名によってその金額は異なるが、「福島市の福島大学に勤めていた頃の感覚では、中心市街地のお寺での葬儀のお布施は20~50万円でした」(藤本教授)。小原寺の金額が高めであることが分かるだろう。  檀家数が300軒を下回ると、住職の業務は少なくなって負担は軽減されるが、収入も減るので別の仕事をする必要がある。かつて郡部の寺では、地元で働き続けられる公務員や教員、農協などの仕事を檀家から紹介され、兼業しながら寺院運営する住職が多かったという。SNS情報によると、現在は介護業界で働く人が多いようだ。  小原寺では元雄氏と元輝氏のほかにも僧侶の姿を見かけた。それだけ経営的に余裕があるということで、だからこそ檀家に強気な姿勢で臨めるのかもしれない。しかし、そうした環境にあぐらをかいていれば、離檀していく人も増えるのではないか。  「うちは代々檀家になっているので付き合い続けているが、そうでない人は『住職との折り合いが悪いから』とためらいなく離檀していく。実際、周辺にそういう人がいました」(前出・檀家の年配男性)  本誌10月号で、喜多方市熱塩加納町の古刹・示現寺で〝墓じまい〟が相次いでいる背景を取材した。檀家らの声を聞いた結果、人口減少・少子高齢化の影響に加え、高圧的な態度の住職に対する不満も一因となっていた様子が分かった。ほかにも、会津美里町・会津薬師寺、伊達市霊山町・三乗院など、寺院をめぐるトラブルを取り上げている。本誌10月号記事では、これらのトラブルに共通するのは、①「一方的で説明不足」など住職に檀家が不信感を抱いている、②「本堂新築」、「平成の大修理」など寄付を要する大規模な事業を行おうとしている点と指摘した。  藤本教授は「寺院の大規模事業に関しては、かつては多額の寄付をできる人に依存し、一般の檀家の寄付額は少額という傾向にあったが、時代の流れにより全体で負担する方向に変わりつつあります。計画がしっかりしている寺院では、総代を中心に話し合い、マンションでいう〝修繕費〟を積み立てています。逆に言えば、そのような計画がしっかりしていない寺院は不満が一気に噴出しやすいのです」と解説する。  そのうえで「住職、総代、檀家のコミュニケーションがうまくいってない場合、トラブルが起こりがち。3者で定期的に話し合いの場を持ち、コミュニケーションを取っていれば問題は起こりにくいはずです」と話す。小原寺に関しても当てはまる指摘ではないか。 いかに寺が檀家に寄り添えるか 小原寺の本堂内  市内のある寺院関係者は元雄氏について次のように語る。  「以前は周りが年配者ばかりだったが、檀家も住職も年下が増えてきたこともあって、自己中心的な言動がとにかく目立つようになった。都市部だが、旧小原田村を象徴する寺なので、住職も檀家もそれぞれプライドを持っている。だから、不満が溜まるのでしょう。仏教離れ、少子高齢化が進み、物価高騰で家計も大変な中、何より大事なのはいかに寺(住職)が檀家に寄り添えるか。一方的に旧態依然とした考え方を押し付けるスタンスでは、今後も離檀する檀家は増える一方でしょう」  元雄氏自身は自覚がないようだが、檀家の話を聞く限りコミュニケーション不足は否めない。中には知識量や宗教者としての姿勢を認め、リスペクトを込めて話す人もいたが、だからと言って一方的な〝上から目線〟の寺院運営を続けていれば檀家は離れていく。  同寺院は前述の通り、公共性が高い古刹であり、宗教法人は周知の通り、その公益性の高さから境内や寺院建造物の固定資産税が免除され、お布施などの収入は非課税となっている。元雄氏はその寺院を代表する立場にいるのだから、周りから不満の声が出ていることを素直に受け止め、自身の対応を見直すべきだ。  元輝氏はこの間仏像彫刻の寺小屋イベントを実施しているという。さらに立派な本堂と広大な駐車場を活用した祭り・イベントを計画し、寺に足を運びやすい雰囲気を作ることから考えてみてはどうだろうか。

  • 10年足踏み【郡山旧豊田貯水池】の利活用

     郡山市の旧豊田貯水池跡地が利活用されないままの状態が長年続いている。この間、議会や民間からはさまざまな提言が行われているが、市は検討中と繰り返すばかり。郡山市政にとって、同跡地の利活用は残された重要課題になりつつある。 具体策は「次の市長」の政治課題に  旧豊田貯水池は郡山市役所から南東に0・7㌔、郡山総合体育館や商業施設(ザ・モール郡山)などに隣接する市街地にある。面積8万8000平方㍍。稼働時は水面積6万7000平方㍍、貯留水量12万立方㍍を誇ったが、現在は辺り一面に雑草が生い茂る。  旧豊田貯水池が完成したのは今から360年以上前の明暦2(1656)年。農業用ため池と水道用貯水池として長く機能し、明治45(1912)年には安積疏水の水を利用した豊田浄水場が建設されたが、給水100年を迎えて老朽化が進んでいたことから、市は同浄水場の機能を堀口浄水場に統合。豊田浄水場は平成25(2013)年に廃止された。  これを受け、当時の原正夫市長は旧豊田貯水池の水抜きを進めたが、同年4月の市長選で初当選した品川萬里氏は水抜きを停止。「水害対策や歴史的役割を踏まえた学習への活用を検討する」として市役所8部局からなる研究会を設置した。しかし、水抜き停止は市民や議会に意見を聞かずに行われただけでなく、貯水池内の水の流れが止まったことで水質が悪化。辺りには悪臭が漂うようになり、蚊や水草が大量発生した。  結局、水抜きは再開されたが、市はこの問題をめぐり定例会や委員会で議員から厳しい追及を受けた。以来、品川市長は同貯水池跡地の利活用に及び腰の感がある。  「品川市長は局地的な豪雨が増えていることを踏まえ、旧豊田貯水池に雨水を溜め、緩やかに流すことで下流域の負担軽減を図ろうと調整池としての利活用を考えた。その考え自体はよかったが、独断で水抜きを止めたことでつまずき、同貯水池内にある第5配水池を利用した暫定的な雨水貯留施設を整備した後は具体策を示してこなかった」(事情通)  議会では利活用に関してもさまざまな質問が行われ、議員からは室内50㍍プール、全天候型ドーム、水害対策機能を備えた都市公園などの整備を求める声や「福島大学農学部の移転先になり得るのではないか」といった提案が出された。しかし、市は「総合的に検討していく」との答弁を繰り返すばかりだった。  停滞する状況を動かそうと、2017年6月には議会内に設置された公有資産活用検討委員会からこんな提言が行われた。  《市役所や文化・スポーツ施設が集中する麓山・開成山地区においては、施設利用者の駐車場が不足しているという市民の意見が多いことから、旧豊田浄水場跡地の一部について、当面、安全性を確保のうえ、駐車場や自由広場等として暫定利用できるよう、必要最低限の整備に向け対応すること》  ある議員はこう話す。  「旧豊田貯水池跡地に隣接する郡山総合体育館は福島ファイヤーボンズ(バスケット)やデンソーエアリービーズ(女子バレーボール)がホームゲームを行っているが、駐車場が圧倒的に足りない。そこで議会としては、暫定的な使い方として一部に砂利を敷いて駐車場としつつ、具体的な利活用策を早急に示すべきと提言したのです」  同検討委員会が提言に当たり行ったアンケート調査で市民に旧豊田貯水池跡地の最終的な利用方法を尋ねたところ、「開成山・麓山地区における公共施設等の駐車場として整備」が32・2%、「新たな公共施設と駐車場を整備」が27・5%「浸水対策や水辺空間を生かした公園等として整備」が16・9%、「民間へ売却」が11・1%という結果になった。開成山・麓山地区は公園、体育館、図書館などの公共施設が集中しているが、駐車場が少なくて不便なため駐車場整備を求める声が多かった。  民間からも利活用に関する提言が行われた。郡山商工会議所内に設置された郡山の未来像を考える若手組織・グランドデザインプロジェクト会議が2018年11月に▽パークアンドライドを意識した地下駐車場、▽バス、モノレール、LRT(ライトレールトランジット)や2020年代に実用化を目指す空飛ぶクルマなどのターミナル、▽ライブ、シネマシアター、マルシェ等に利用できるイベント基地の整備を提案した。  こうした議会や民間による動きを受け、市は2019年度に副市長をトップとする旧豊田貯水池利活用検討推進本部や有識者懇談会を設置。同年度末には利活用方針案の中間とりまとめを発表し、緑を生かした①体験重視案、②保全重視案、③歴史重視案の3案が示された。しかし、翌年度に行われたパブリックコメントで市民から寄せられた意見は「3案とも検討するに値しない」と手厳しいものだった。  「市街地にはたくさんの公園があるのに、今さら緑を生かした場所が必要なのか、もっと有効な使い方があるのではないかと考える市民が多かったようです」(前出・事情通)  2021年6月には、議会内に設置された旧豊田貯水池利活用特別委員会での議論をもとに、議会から二度目の提言が行われた。  《具体的な整備にあたっては音楽都市、スポーツ、交流人口の拡大、防災・減災、リスクマネジメント、駐車場確保の観点を重視するとともに参考人(※市内15団体の役職者)からの意見に配慮し、市民が納得する活用方法となるよう検討していくこと。また、周辺地区との一体的利用の観点から、宝来屋郡山総合体育館と開成山公園を容易に移動できる動線の確保について検討すること。(中略)なお、具体的な利活用方針が決定するまでの間、旧豊田貯水池の暫定的な利活用を図ること》 定まらない方向性 一面雑草だらけの旧豊田貯水池跡地  その後、市では同年10月から翌22年5月にかけて市民との意見交換会を開催したが、そこで掲げられた利活用コンセプトは「全ての世代が安心・安全で元気に過ごせるみどりのまち SDGs体感未来都市」という非常に漠然としたものだった。  独断で水抜きを止めた反省から、さまざまな組織を立ち上げ、議会や民間、市民の意見に耳を傾けようとしている姿勢は評価できる。ただ、議論を深めれば深めるほど中身が抽象的になり、方向性が定まらなくなっている印象を受ける。  市の窓口である公有資産マネジメント課は「市民の中には旧豊田貯水池の存在すら知らない人がかなりいる。そこで市民に現地を見てもらい広く意見を募るため、現在、一般開放に向けた準備を進めている。いつまでにこうするという期限は定めていない」と話すが、浄水場廃止から10年経っても前進する気配が見られないのだから、状況が変わることはしばらくなさそう。  「この間の具体的な動きと言えば令和元年東日本台風の翌年、市民から議会に水害対策機能を意識した利活用を求める請願が出されたことくらい。品川市長の3期目は2025年4月まで。任期が残り1年半しかない中、自分が手掛ける可能性がない施策を打ち出すとは思えない。4期目も目指すなら話は別だが、現状では次の市長に持ち越しと考えるのが自然だ」(前出の議員)  そのまま水抜きを進め、最初から市民や議会と相談して事を進めていれば、状況は今とは違っていたかもしれない。

  • 二本松市3祭り同日開催の良し悪し【二本松の提灯祭り】【針道のあばれ山車】【小浜の紋付祭り】

     10月7〜9日の3連休にかけて、二本松市では「二本松の提灯祭り」(7〜9日)、「針道のあばれ山車」(諏訪神社例大祭、6〜8日)、「小浜の紋付祭り」(7、8日)が開催された。二本松の提灯祭りが2019年から日程変更となり、今回、初めて3つの祭りの日程が重なった格好だが、これは観光振興の観点から見た場合、あるいは実際に祭りに携わる関係者からすると、プラスだったのか、マイナスだったのか。 屋台店主は「稼ぐ機会が減った」と嘆き節  3つの祭りのうち、針道のあばれ山車(諏訪神社例大祭)と小浜の紋付祭りは、以前から国民の祝日である「スポーツの日」(旧体育の日)を含めた10月の3連休絡みで行われていた。  これに対し、二本松の提灯祭りは、かつては10月4〜6日の固定日程で開催されていた。だが、祭り参加者の負担軽減や観光面などから、日程変更が議論され、2019年から「10月の第1土曜日から3日間」に変わった。もっとも、2020年、2021年は新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い中止となっており、今回で日程変更後3回目の開催となる。  過去2回は、針道のあばれ山車、小浜の紋付祭りと日程は被らなかった。スポーツの日は10月第2月曜日で、2019年は14日、昨年は10日だった。すなわち、針道のあばれ山車と小浜の紋付祭りは、2019年は12〜14日、昨年は8〜10日の3連休絡みで行われた。二本松の提灯祭りは、2019年は5日が第1土曜日だったため、同日から3日間、昨年は1日が第1土曜日で同日から3日間の開催だった。  今年は7日が第1土曜日、9日がスポーツの日(第2月曜日)だったため、曜日の並びの関係で、初めて3つの祭りが同時期に行われたのである。  巻頭グラビアでも紹介したように、この期間、市内は「祭りムード」一色に染まった。一方で、3つの祭りが同時開催になったことは、観光振興の観点から見た場合、あるいは実際にお祭りに携わる関係者からすると、プラスだったのか、マイナスだったのか。  観光客の入り込みは、二本松の提灯祭りが約19万人だった。昨年は約21万人だったというから、約2万人減ったことになる。ただ、それは最終日(9日)が1日中雨天(しかも土砂降り)だったことが影響しているという。関係者によると「初日は昨年より多かったから、最終日の雨がなければ昨年を上回ったはず」とのこと。なお、昨年は屋台でのアルコール類の販売を禁止するなど、新型コロナウイルスに伴う規制があったが、今年はそういった規制はなかった。  針道のあばれ山車の入り込み数は約8000人。昨年は約5000人だったというから、約1・6倍に増えた。コロナ規制がなくなったことに加え、あばれ山車は日中(8日午後)、提灯祭りは夜が見どころのため、相乗効果が図られたのではないか、と関係者は見る。  なお、針道のあばれ山車は諏訪神社例大祭の一部で、「後祭り」という位置付け。「本祭り」はあばれ山車の前日(今回は7日)に行われたが、「観光客が多く訪れるのは本祭りではなく後祭り」(地元住民)とのこと。  小浜の紋付祭りの入り込み数は約1000人で、昨年は1500人だったというから3割減。ほかの2つに比べると認知度が低いこともあってか、見物客を食われた格好。関係者が紋付羽織袴の格好で練り歩く「本祭り」は8日で、あばれ山車と日程が重なる。もっとも、あばれ山車と紋付祭りが同日になるのは今年に限ったことではない。関係者は「何年かに1度はこうした日程(提灯祭りと同時開催)になりますから、今年の事例を参考に、どうしたら多くの人に来てもらえるか、考えていく必要があるだろう」という。  こうして見ると、観光振興の側面から、3つの祭り同時開催が良かったのか、悪かったのかは判断しにくい。特に、近年はコロナに伴う中止・規模縮小などがあったため、余計に難しい。なお、小浜の紋付祭りは2019年は令和元年東日本台風の影響で本祭りが開催できず、その翌年にはコロナに伴う中止もあった。 屋台の出店数に影響 屋台店主はどこに出店するか選択を迫られた(提灯祭りの屋台)  一方で、関係者からは「屋台を出す人たちは、同時開催で『稼ぐ機会が減った』と嘆いていました」との声が聞かれた。  市生活環境課によると、提灯祭りの屋台出店者は163店舗で昨年比3店舗増。前述したように、昨年は屋台でのアルコール類の販売禁止という規制があったが、今年はないため、もっと増えるのではとの見方もあったが、微増にとどまった。2019年は196店舗だったというから、30店舗以上減ったことになる。  「2020年から2021年にかけては、イベント関係がどこも自粛だった。そのため、全く仕事がない状況で、廃業してしまった業者も少なくない」(ある関係者)  ある店主は「例年は針道に行ってたけど、今年はこっちだけにした」と話した。  ちなみに、同日は福島市で稲荷神社例大祭や飯坂けんか祭りが行われており、「昨年、提灯祭りに出していた屋台店主が、今回は稲荷神社例大祭に出店していた」との声も聞かれた。二本松市内だけでなく、近隣でも祭りが行われる中で、どこに屋台を出すかを「選択」していることがうかがえる。  針道のあばれ山車は、東和支所地域振興課によると、屋台の申請件数で6件、昨年は7件だったという。ただ、1業者で複数の屋台を出したところもあるため、実数は異なるようだ。正確な数字は確認できなかったが、「昨年は十数店舗、今年はその半分くらいではないか」(関係者)とのこと。  この関係者によると、「針道は7日が本祭り、8日があばれ山車だが、本祭りはあまり人が来ないんだよね。だから実質1日しか見込めないから、日程が被ったら、こっちに出す人は少ない。向こう(提灯祭り)は丸々3日間あるから」という。  小浜の紋付祭りは、岩代支所地域振興課によると、10店舗で、昨年は22店舗だったというから、半数以下になった。まさに「同時開催」の影響と言えよう。そのため、今年はレイアウトを変え、1つの通りに集中するように工夫したという。  「仲間は二本松(提灯祭り)に行く人が多い。俺は小浜で店を始め、ここで育ててもらった義理があるのでここに屋台を出すことにした」(屋台店主)  以前は、今週は提灯祭り、翌週は針道のあばれ山車か、小浜の紋付祭りという具合に商売ができたが、今年はそれができなかった。ただでさえ、コロナ禍ではそうした機会が全くなく、ようやくイベントなどが再開されるようになったのに、「同時開催で稼ぐ機会が減った」となれば嘆くのも当然だろう。

  • 【本誌記者・体験記】育休を取りにくい小規模事業者

     男性の育児休業の取得が国を挙げて進められている。家庭と仕事の両立と、女性の労働力参入を意図し、前向きな企業への助成金も拡充した。ただ、制度は充実しても休業者の代替要員の確保は難しい。育休取得で雇い止めにあった公務員もおり、スムーズに取れるようになるまでに解消しなければならない課題は多い。(小池 航) 本誌男性記者の体験で見えた課題  県が常勤労働者30人以上を雇用する県内の民営事業所1400事業所を対象に聞き取りをした労働条件実態調査(2022年7月31日現在)では、21年度に出産し育休を取得した人は男女合わせて1035人。性別の取得状況は女性830人(取得率97・1%)、男性205人(同20・4%)だった。  男性の取得率はここ数年で大幅に伸びている。だが、平均取得日数は女性の297・7日に対し、男性は27・2日と乖離がある。常勤労働者30人を下回り、余剰人員がない小規模事業所はそもそも反映されていないので、現実の数値は男女ともに下回ると考えておくべきだ。  本誌を発行する㈱東邦出版は従業員10人以下の小規模企業。県の統計には反映されないが、29歳男性の筆者は育休を取った。  5月に第一子が生まれた。妻は県外の実家に帰省し里帰り出産した。夜中に産気づいたとの知らせが来て、福島市の自宅から車で向かうと着いた時には既に産まれており、出産には立ち会えなかった。病院は感染症対策を徹底していたため、母親の入院中に親族一組が病棟の待合室でしか対面できず、筆者は義母と会いに行った。  産科病棟に入ると、「おぎゃあ、おぎゃあ」と泣き声が聞こえる。自分の腕の中で力いっぱい泣き、一心に母親の乳を吸う様を見て、我が子と長い時間一緒にいたいという思いが強くなった。  職場に戻ると「育休を取りたいんですが」と切り出した。弊社の佐藤大地社長は「いいよ。取ろう。当面は育休の間にどう仕事を回すかを目的にしよう。体験記も記事にしといて」と言った。  育休は育児休業のことで、労働者が会社に対して子育ての休みを取れる制度。産前産後の女性が取得する産休とは別に取れる。育休は子どもが1歳になるまで取得可能。保育所の入所先が見つからないなどやむを得ない事情がある場合は、最長子どもが2歳になるまで取れる。休業中は180日まで給料の67%が、それ以降は50%がハローワークから労働者に直接支給され、社会保険料が免除される。事務の同僚に申請を頼むと、「育休取得はあなたが初めて」と言われた。  収入が減るのは痛いが、入社が浅くまだ収入は高くないので、67%の給付に代わってもダメージは少ない。何よりも子どもとの時間を大事にしたかった。  2020年度に厚労省から委託され、⽇本能率協会総合研究所が行った「仕事と育児等の両⽴に関する実態把握のための調査研究事業」の調査では、男性が育休を取らなかった理由(複数回答)の筆頭に「収入を減らしたくなかったから」(41%)が上がった。次が「取得しづらい雰囲気と上司の理解が得られなかった」(27%)、「自分しかできない仕事があったから」(21%)。男性が稼ぎ頭を自認し、仕事につきっきりであることが示された。  育休・介護休業は、出産・育児や介護といった人生の一大事で離職が進むことを、本人だけの不利益と捉えるのではなく、企業から人材が離れ生産力が低下する社会的損失と考え、労働者の家庭と仕事の両立を図る狙いがある。そもそもは「男は仕事、女は家庭」と性別的役割分業に基づいて、女性側に家事・育児や介護といった無償労働の負担を強いてきたことがジェンダー平等の観点から問題視されてきた。  さらに、雇用機会は増えているのに女性の職場復帰が叶わないのは、産業界にとっても有能な人材の未活用を意味する。人口減少による人手不足が深刻な日本では、家庭と仕事の両立と「女性活躍」は、自己実現を支える目的ももちろんあるが、政府・産業界がより女性を家庭外の労働に従事させるのが本来の思惑だ。  子育て中も十分に稼がなければならない。食費・学費は物価上昇に伴い上がるが、所得はなかなか上がらず、経済的な面から共働き世代がいまや主流だ。2000年は共働きが約940万世帯、専業主婦が約910万世帯だったが、2022年は共働き世帯が約1200万世帯、専業主婦世帯が約500万世帯となっている。男性が育休を取得し、子育てで主体的な役割を果たすことは、女性活躍=労働人口維持となり、人口減少下の社会が求めていると言える。 外部ライターに発注で対応  妻は今年3月まで勤めていた非正規職を辞め、出産したので無職。産休・育休はない。初めての出産ということもあり、生後3カ月ほどは実家のリラックスした環境で体を休めながら子どもと過ごした方が良いと、里帰り出産を選んだ。  生後間もなくの我が子と一緒に暮らしたいという思いはあったが、里帰り出産で夫である筆者が安堵したのも事実だった。親とは同居しておらず、気軽にサポートを得るのは難しい。夫の筆者が出産直後の回復期にある妻に代わり、家事の全てをこなさなければならない。出張があり、締め切りが近づけば帰宅は夜遅くなる。両立できるか不安で、妻の実家に甘えた。  育休は母子が福島市に帰ってくる8月末から29日間取ることにした。迎えるに当たり、時間に余裕が欲しかったからだ。日常生活を送りながら家事の分担を決め、役所や銀行の手続き、子どもの安全のために家具の再設置、親類への挨拶などを終わらせたかった。職場復帰を想定して家事や子どもの世話をする感覚も掴みたかったので、期間と時期は間違っていなかったと思う。  職場復帰後は、おむつ交換、子どもが朝起きる前に居間を掃除、洗濯物を干す、出勤、帰宅して子どもを風呂に入れ、寝かしつけるのがルーティーンになった。自らに「やったつもりになるな」とは言い聞かせている。  育休を取るに当たって業務の穴埋めを考えた。9月に編集した10月号の発行には加わらなかった。筆者は毎月発行する雑誌に記事を書く編集部員なので、業務期間の区別が付きやすい。空いたページを誰が埋めるかが問題だ。10月号は7月ごろから外部筆者に業務委託した。  本誌は従業員10人未満の小規模企業。人繰りが難しく、1人が抜けるだけでも大きな打撃だ。企業の負担を軽減するために、中小企業対象の助成金に出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金)がある。男性従業員が子どもの出生直後に育休を取った場合、事業者に20万円が支払われる。肝は休業者の代替要員を雇った場合、さらに20万円が加算される。  「うまくできている」と思ったが、主な要件に「子どもの出生後8週間以内に開始し、連続5日以上の育休を取ること」とある。筆者は、育休を取る時は既に生後5カ月を過ぎていたため対象外だった。子育てパパ支援助成金は、出産直後で身体的・精神的にダメージを受けている妻を夫が付きっ切りでサポートすることを想定している。  子育てパパ支援助成金による中小企業への補助は出生直後のみだが、筆者のようにその時期以外にもニーズがあること、経営者が積極的に男性の育休を浸透させるためにも、金額を調整しつつ対象期間を広げても良いのではと思う。  外部ライターに原稿を発注することで、筆者は育休を取ることができ誌面の質も維持できた。ただ、同じ従業員でも営業部門は替えが効かない。編集部員は特集の方針こそ決めるものの、各記事は1人で書き、引き継ぎは比較的簡単に済む。一方、営業部員は各々が広告主などの顧客と関係を築き、チームで緻密に売り上げを積み重ねている。引き継ぎは容易でないだろう。  給料水準が低いことで、地方と中小企業を襲う慢性的な人手不足も頭を悩ます。前出の子育てパパ支援助成金で、代替要員と認められるのは直接雇用や派遣会社を通じて雇用した従業員。本誌で育休期間を補う臨時社員を募集し、ちょうどその時期に採用できるかというと現実的ではない。求職者も給与額と安定性の面から、有期よりは無期、短期よりは長期の雇用を希望する。  従来からあった育児休業とは別に22年から出生時育児休業(産後パパ育休)制度も始まった。子どもが生まれてから8週間以内に最大4週間休みが取れる。分割して取ることも可能だ。最大の特徴は、労使協定に基づいて労働者の側が希望すれば、休業しながら少しの間であれば就労ができる。引き継ぎや代替要員の確保が難しいといった現状を鑑みた。 育休を終え雇い止めに遭った臨時職員  ここまで男性が育休をどう取るかを書いてきたが、女性ですら育休を取りづらい実態がある。また、非正規職員は取れたとしてもその間に職を失ってしまう。  県内のある自治体に勤めていた30代女性が語る。  「私は年度ごとに雇用契約が更新される会計年度任用職員でした。上司は『若手が少ないから今あなたに休んでもらったら困る』と求めるほど職場の人数は最低限度でした。一昨年夏に第2子が生まれました。1年の育休を取ろうと上司に相談すると応じてはくれたのですが、『長すぎるんじゃないの』と言われました。説得され、9カ月の育休に縮めることで折り合いました」  夫は夜勤もある仕事で拘束時間も長いため、育児の負担は女性にのしかかる。乳幼児とその上の子を育てる大変な時期を乗り越えた後、保育所に預けて職場復帰しようと準備を進めていた昨年初頭、上司から「契約を更新しない」と言われた。  会計年度任用職員について多くの自治体は、「採用の門戸を広げるため」と国の方針に則り「〇年目以降は公募で合格した者のみ」と条件を設け実質雇い止めをしている。女性はまだ勤め先の自治体で定めた期限を迎えてなかった。  「有職者であることを証明し保育所の入園手続きをしていたが、無職になるので入園できません。家計のために共働きは必須です。育休明けで職場復帰に意気込んでいたのに求職しなければならなくなった。子育て支援を牽引する行政が、育休取得者に不利益を与えているのは許せません」(前出の女性)  女性は自治体の予算が減額され、雇用人数を減らす中、ちょうど育休中だった自分に白羽の矢が立ったと受け止めている。  家庭と仕事を両立させるには男性の育休を増やすことが重要だが、都道府県や企業ランキングの上位に食い込むための「目的」になってはいけない。育休がキャリアで不利益となることを恐れ、取りたくても申請を控えている人が多く潜在していることに目を向ける必要がある。

  • 問題だらけの【福島県】消防組織【パワハラ】【報酬ピンハネ】

    双葉地方広域消防本部「パワハラ」の背景 本誌に寄せられた投書  10月14日付の福島民報に「職員3人パワハラか 双葉地方消防本部 飲酒強要などで懲戒」という記事が掲載された。双葉地方広域市町村圏組合消防本部が、パワハラ行為があったとして職員3人を懲戒処分(減給)していたことを報じる内容。  実はこの前に、同消防本部のパワハラについて記した告発文が、本誌編集部宛てに寄せられていた。差出人は匿名で、消印は10月9日付、いわき郵便局。  パワハラの具体例を記した告発文と併せて、加勢信二消防長が各消防署長に向けて送付した「職員の義務違反について(通知)」という公文書の写しも添付されていた。内容はパワハラで懲戒処分された職員が出たのを受けて、言葉遣いや態度への注意を呼びかけるもの。おそらく差出人は同本部の職員だろう。  告発文によるとパワハラの内容は以下の通り。  ◯今年2月22日に開かれた職員同士の飲み会で、消防副士長(29)が嫌がる部下にタバスコ入りの酒を一気飲みさせた。  ◯消防司令補(34)が一次会で帰宅しようとした部下に土下座を強要した。  ◯警防係長(40)が過度の説教を開始。  ◯翌日から若手職員A(投書では実名)が病休に入りその後退職した。  新聞報道によると、処分された3人のうち1人は〝タバスコ消防副士長〟で、残り2人は訓練時の発言や不適切な言動、理不尽に受け取れる指導が処分対象になったという。  告発文によると、処分は9月14日付で、半年以上も経った後の処分ということになる。差出人が疑問視しているのは処分の軽さだ。というのも、同組合の懲戒処分等に関する基準では、パワハラなどで心身に故障を生じさせ、勤務できない状況を招いた際は免職・停職とすることが定められているのだ。  《その他にもパワハラで楢葉分署1名、富岡消防署2名が病気休暇で休んでいるのが、現状です。減給の処分職員はなんの反省もしていません》(告発文より引用)  福島県消防協会のホームページによると、同消防本部の管轄エリアは双葉郡8町村。実人員(職員数)は127人で、県内の消防本部では小規模な部類に入る。復興途上の原発被災地域の防災を担おうと入った若い職員がパワハラ行為の対象となり、退職・休職に追い込まれたのだとしたら、これほど理不尽な話はない。  同消防本部に詳細を問い合わせたところ、金沢文男次長兼総務課長が次のように答えた。  「パワハラに関する教育は年1回、階級に合わせて実施しています。パワハラの詳細や当消防本部が知るに至った経緯は新聞社などにも公表していないのでご理解ください。公表しない理由もお話しすることはできません。なお、楢葉分署、富岡消防署の休職者に関しては、今回のパワハラとは関係ありません」  懲戒処分が軽くなった経緯については「公表していない」、懲戒処分したことを公表しなかった理由については「公表の基準が決まっており、それを下回ったので、公表しなかった」と説明した。とにかく情報公開を避けている印象が否めない。こうした体質がパワハラを助長しているのではないか。  消防でパワハラが起きる背景について、消防行政を研究する関西大学社会安全学部の永田尚三教授は次のように語る。  「消防は一般的に体育会系的要素が強いのに加え、消防本部は地域間格差が大きい。地方の小規模な消防本部では日常の業務に追われ、パワハラ対策やコンプライアンスなどについて、十分に学ぶ時間が確保されていない可能性が高い。また、消防本部は行政部局から切り離され独立性が確保されていますが、それゆえに、行政部局の組織文化が共有されにくい側面もあると思います」  同消防本部ではパワハラ教育を実施しているということだったが、効果がなかったことを重く受け止め、この機会に徹底的に内部調査を行って、膿を出し切るべきだ。そのうえでハラスメント行為を相互チェックするルールなどを組み込み、見直しを図ることが求められる。 氷山の一角!?南相馬市消防団「報酬ピンハネ」  一方、南相馬市では、消防団員に報酬が渡されていなかった事例が明らかになった。10月9日付の毎日新聞によると、同市内の消防団が団員だった40代男性に1年半にわたり報酬を渡していなかった。  支払いを求める男性に対し、先輩団員は「消防団っていうのはボランティアなんだ。報酬は団に預けているんだ」、「昔から余ったお金を団に残して、コロナになる前は2年に1回くらい旅行に行っていた。その時に飲み物やビールを買う、宴会に使うというのをやってきた」と話し、「列からはみ出るようなら、辞めてもらうしかない」と迫ったという。 消防団の悪しき慣習  男性は報酬を受け取らないまま退団し、報酬未払いとパワハラについて、市としての対処を求める嘆願書を市長宛てに提出。1年以上連絡がなかったが、9月に毎日新聞が取材した直後、市長名の回答が寄せられた。パワハラは評価できないとしたうえで、「報酬等の取り扱いについて、団員に対する説明が不十分であったと判断し、消防団に対して口頭指導した」という内容だったという。その結果、男性はようやく報酬を受け取ることができた。  消防団の報酬問題については、本誌昨年6月号「ブラック公務員 消防団」という記事で触れた。なり手不足解消のため、消防庁では年額報酬の引き上げに加え、個人支給を強く要望している。分団ごとに一括支給すると、報酬の一部が「活動費」として強制的にプールされてしまう実態があったためだ。  現在は改善されているのか。南相馬市に問い合わせたところ、危機管理課所属の阿部信也災害対策担当課長がこう説明した。  「市では分団から頼まれて、報酬をまとめて振り込んでいましたが、現在は市が個人名義の口座に振り込んでいます。毎日新聞記事の事例も分団に頼まれ、まとめ払いしていたが、元消防団員の方はその説明を受けてないとのことだったので、話し合いを持つようお願いしました。嘆願書への返事が遅れたのは、弁護士と相談したり、事実確認する時間が必要となったためです」  消防団員は非常勤特別地方公務員に当たる。その報酬を勝手な判断でプールすれば公金横領となりそうだが、事前に市に委託があったことを踏まえ、市では問題視しない方針だという。  前出・永田教授は「消防団も規模によって異なる。消防庁の方針に従い、多くの消防団は改善に乗り出しているが、中には個人に支払われた報酬から会計責任者が活動費を再徴収したり、報酬が入る通帳を会計責任者が預かるなど悪質な事例もあるようです」と述べる。実際、本誌昨年6月号では再徴収されたケースや通帳を新たに作らされた事例を紹介している。南相馬市の事例は氷山の一角の可能性がある。  消火活動に加え、救急搬送、自然災害時の人命救助など消防組織は大きな役割を担っている。現場で命をかけて活動している職員には敬意を表するが、だからといって、消防職員の〝権利〟を侵害する労働環境・慣習は看過できない。県内の消防組織が自浄作用を働かせ、前時代的な組織からの脱却を図る必要がある。

  • 【いわき市】豪雨災害の爪痕

     9月8日夜から9日早朝にかけて、浜通りは台風13号による記録的豪雨に見舞われた。  被害が集中したいわき市では死者1人、負傷者(軽傷)5人の人的被害が発生した。住宅被害は全壊1棟、一部損壊3棟、床上浸水1261棟、床下浸水481棟に及ぶ(いずれも9月20日現在)。  9月10日、特に被害が激しかった内郷地区を訪れると、住民が住宅内の泥のかき出し、浸水した家具・家電・畳の運び出しに追われていた。  令和元年東日本台風で多大な被害を出した同市では、検証委員会を設置して防災対策の在り方を話し合っていた。災害ごみ置き場が早急に設置されたり、内田広之市長がSNSで積極的に発信していたのはその成果と言えよう。事前に高台に車を移動していた住民も多かった。  一方で、被災住民からは災害ごみ置き場の管理体制や支援物資などについて不満の声も聞かれた。同19日にも大雨による被害が発生するなど、あらためて水害リスクの高さが顕在化した同市。さらなる防災・減災対策が求められる。 流された車が積み重なる場所も(内郷白水町) 川沿いの住宅は軒並み浸水しており、庭に積もった泥をスコップですくう姿も見られた(常磐湯本町) 国宝建造物・白水阿弥陀堂(常磐湯本町)。近くを流れる新川が氾濫して境内に水が流れ込み、全体が浸水した。仏像に被害はなかった 内郷二中に設けられた災害ごみ置き場(内郷宮町)。住民からは「対象地区外からも運び込まれている。これではすぐ満杯になる」と憤る声も聞かれた 橋に絡まる大量の草(内郷内町) 水没車両を搬送する業者(内郷内町)。事前に高台に車を移した人も多かったようだ 被災した親族・知人、ボランティアなどが協力して復旧作業を行っていた(内郷内町)

  • 【矢祭町・強盗事件】暴力団を匂わせ矢祭の大家を恐喝

    刑務所仲間と強盗を謀った元入居者  強盗集団は行き当たりばったりで押し入るのではなく、何かしら奪う財産に見当を付け、一時的な「協力関係」を築いて決行する。徒党を組むのは信頼があるからではなく、被害者にさらなる恐怖を与え、犯行の役割分担ができるからに過ぎない。そして、いざ自分が捕まれば「主謀者はもう一人の奴だ」となすり合いが始まる。  昨年3月に矢祭町の80代夫婦が住む民家で発生した強盗事件の犯人2人のうち1人は、福島刑務所(福島市)で服役中に知り合った男と犯行を計画した。今年4月に住所不定無職の大金照男(63)=本籍栃木県那珂川町=が逮捕され、住居侵入、強盗の罪で裁かれた。もう1人の実行犯は既に死亡。法廷では、生き残った大金が死亡した仲間に罪を押し付ける発言を繰り返した。  強盗事件の発端は、大金が2018年5月に当時の妻に傷害を負わせて実刑を受け、服役した時点にさかのぼる。この時の大金の住所地は、矢祭町で起こった強盗の被害者となる夫婦が経営するアパートだった。  検察側の冒頭陳述によると、大金は福島刑務所で懲役2年4月の刑期を終え、2021年3月に出所。知人男性宅に居候し、男性宅を出た後は車上生活を始めた。自分が刑務所に収監されてから、大家がアパートに残された大金所有の自動車を処分したことを知り、損害賠償にかこつけて大家を脅し、現金550万円を要求した。この時、大金は暴力団と付き合いがあることをほのめかしていたという。  大金によると、大家から受け取った550万円のうち、270万円は自分の物にし、残りの280万円は刑務所で知り合ったミズヌマショウジなる男にあげたという。ミズヌマは、大金が大家に金品を要求するのに加担したとされる。大金は、これに味を占めたミズヌマが犯行を計画したと主張した。2022年2月ごろ、ミズヌマからワダヤスユキを紹介された。  大金はミズヌマたちを車で矢祭町に案内し、現場の下見をする。強盗計画は当初、ミズヌマとワダ、カネサワリキオ、ニヘイヨウイチら4人に話していたが、ミズヌマ、カネサワ、ニヘイが離脱。大金とワダのみになった。ワダは強盗発覚後、逮捕されることなく死亡した。  死人に口なし。裁判で大金の弁護人は「ワダが主導し、大金は従属的な立場」と主張。次に記す犯行の様子は、被害者で大家の80代夫婦2人と大金の供述に基づく。  犯行当日の2022年3月14日午後5時半ごろ、夕飯の準備をしていた老夫婦宅に「こんばんは」と訪ねてくる男の声が響いた。妻はアパート契約の申し込みで直接訪問してきた人だと思い、玄関の戸を開けると、男が侵入して土のう袋を妻にかけ、紐で首を絞めてきたという。  最初に侵入したのはワダ。「暴れると火を付ける」「金どこにあんの」とドスの効いた声で妻を脅した。栄養ドリンクの空き瓶にガソリンを入れ、場合によっては家に火を付けることも事前に大金と打ち合わせていた。  ワダが押し入って約5分後、大金は乗り付けた車から降りて老夫婦宅に侵入し、横になっていた夫の方に向かって行った。夫は目が不自由だった。「金取りに来たんだから金あるとこ教えろ。早くしないと殺されちゃうよ」と脅す。夫はかつての入居者である大金の声と認識していた。大金は夫を立たせ、金品の在りかに案内させた。寝室にあったタンスから封筒を発見すると、2人は50万円が入っていた封筒3袋と巾着袋を奪って逃走した。他に財布から55万円が盗まれていた。被害額は合わせて205万円。  大金は「自分がもらう予定だった報酬は3分の1」と述べ、受け取った報酬は60万円くらいと主張した。計算と合わなくなる。奪った全体額を把握していなかったのか、自分の物にした額を過少に報告しているのか。また、当初計画の5人からどんどん抜け、メンバーが2人になったにもかかわらず強盗を実行したことについて「ワダが続けると言った」と述べた。  あくまで従属的な立場を強調する大金だが、犯行に使った車のナンバープレートを偽物に付け替えていた点、さらに被害者の老夫婦が経営するアパートの元入居者で内情を知っていた点から、少なくとも大金なしでは強盗は起こりえなかった。  その疑いを強める点がある。犯人2人は老夫婦に目隠しをするため土のう袋を用意していたが、先に玄関で応対した妻にしか被せていない。大金が、夫の目が不自由なことを把握していたため、メンバーが2人に減っても強行したのではないか。  実は、本誌は昨年5月号「視覚障害者が狙い? 逃走中の矢祭町強盗犯」という記事でこの事件を報じていた。記事中では、犯人は家人の内情を知っている人物の可能性があると言及していたが、案の定、大家のことをよく知る元入居者だった。

  • 【南相馬市闇バイト強盗事件】資産家を襲った『闇バイト』集団の足取り

     福島県で高齢者が犯罪集団の標的になっている。今年2月に南相馬市の70代夫婦宅に男3人が押し入り、暴行のうえ現金などを奪う事件が発生。強盗傷害罪などに問われた実行犯2人に懲役7年、もう1人に同6年が言い渡された。3人はSNSや知人を通じて全国から集められ、匿名の指示役から被害者の財産情報を得ていた。(文中一部敬称略) 犯罪集団に狙われる高齢者の財産  今年2月26日午後3時20分ごろ、南相馬市原町区の県道川俣原町線沿いにある70代夫婦が住む平屋に20代の男3人が押し入り、暴行の末、現金3万8000円とネックレスを奪って逃げた。実行犯3人は約1週間のうちに逮捕された。  犯行は匿名の人物が計画してX(旧ツイッター)などのSNSで隠語を交え告知。応じた者が勧誘役となり、その知人に実行役を任せた(図参照)。検挙率が高く実刑が科される強盗はリスクが高く、自らは手を下したくない。「犯罪白書令和4年版」によると、2021年の強盗の検挙率は99%。   足が付きやすいので、直接の知人には「捨て駒」となる実行役は任せられない。主謀者はSNSで「高額報酬」をうたい、困窮し切羽詰まった者を全国から募集する。いわゆる「闇バイト」だ。高額報酬に飛びついたのが実行犯3人だった。  犯行当日に捕まったのが東京都多摩市のとび職瓜田翔(21)。翌27日には同八王子市の専門学校生江口将匡(20)が警察に事件への関与を伝え逮捕された。2人は高校時代からの友人で、瓜田が犯行に誘った。  その後、3月6日に実行犯のリーダー格とされる札幌市のとび職土岐渚(23)が同市内の自宅で逮捕された。初公判の10月10日時点で3人のほかに指示役、実行犯の勧誘役、逃走の手助け役とみられる男ら6人が逮捕されている。うち瓜田を勧誘し、凶器の準備を指示したとして、瓜田が勤めていた会社の上司であるとび職石志福治(27)が強盗傷害罪で逮捕・起訴された。指示役とみられる男たちは処分保留で釈放された。  闇バイトはSNSを通じて実行役を勧誘し、秘匿性の高い通信アプリを使って匿名の人物が指示を出すので、実行役は犯罪集団の全容を知らない。警察が摘発しても、主謀者が関わった証拠が不十分で「トカゲの尻尾切り」に終わってしまう。 ここからは、10月10~25日にかけて福島地裁で開かれた公判をもとに書き進める。  瓜田、江口ら東京都の2人と札幌市の土岐は事件まで面識がなく、2組はそれぞれ別の知人から被害者宅の財産を盗むことを持ち掛けられた。瓜田は前出の石志から、土岐は札幌市の飲食店経営新居秀道(22)からだった。別にいる指示役は、通信アプリで「クロサキジン」「ヤマモトヨシノブ」などと名乗っていた。指示役が1人で匿名アカウントを使い回していたのか、複数人が成りすましていたのかは不明。  実行犯3人は報酬に魅せられたわけだが、切迫度はそれぞれ違う。土岐は経営する会社の運営資金に困っていた。瓜田はバイクのローンや友人たちへの借金返済、交際相手との遊興費を欲していた。瓜田に誘われた江口は「瓜田に貸した金を返してもらい、それ以上の報酬がもらえるなら」と、薬物の運び屋のような非合法の仕事を想定して応じた。  闇バイトに加わる末端の若者は身分証明書や実家の情報を握られ、脅されていることが多いが、南相馬市の事件は実行犯3人とも脅しを受けていなかった点から「逃げられなかった」という言い訳は苦しい。  札幌市から参加した土岐は定時制高校を中退後、とび職に転じ、2022年2月には従業員7、8人の会社を興し独立した。だが、コロナ禍で現場の仕事が減る中、従業員に給料を払うため父親から借金してしのいでいたという。「自分なりには精いっぱいだったが、はたから見れば金の扱いが杜撰だったかもしれない。人にすぐ金を貸すなど甘いところがあった」と振り返った。  今回の強盗に加わる直前の2022年12月から翌年2月にかけては、元請けからの支払いが滞り、従業員に給料を払えなくなった。資金繰りに頭を悩ませ、従業員に資金を持ち逃げされたとも語った。「もう親には借りられない」と思ったという。  社会保険料の支払い期限が迫り、土岐が頼ったのは新居だった。土岐は新居が経営する飲食店で働いていたことがあり、彼の顔が広いことを知っていた。今年2月13日夜、土岐はLINEで次のように切り出した。  土岐「今どっかたたけない?」  新居「今?」  土岐「金持っててむかつくやつとかいないの」「潰したいやつとか」「なんかもうどうでもよくなってやばい」  タタキとは強盗の隠語。土岐は法廷で「悪い奴から金を奪う意味」と独自の定義を話した。新居とのやり取りの中では「表に出しちゃいけない金はたたいた方がいい気がする」と述べている。「いくら欲しい」と新居に聞かれ、土岐は「400万円。あればあるだけほしい」。400万円は土岐の借金の額だ。 原発賠償金も狙う  南相馬市の老夫婦以外にもタタキの候補は存在していた。当初は2月20日ごろに名古屋市に住む老夫婦の金庫を狙うつもりだったが、同日未明にキャンセルされ、福島県に変更。土岐によると、最初は空き巣を想定しており、候補には名古屋市、福島県、北海道苫小牧市が挙がっていたという。土岐と新居は福島県の標的について「原発の補助金が入っている」とのやり取りを通信アプリで交わしていた。県民にとって、原発事故の賠償金が狙われている点は見過ごせない。  土岐と新居の札幌組は実際に強盗に入った2月26日の前日に、車で東京都から茨城県を通って南相馬市に入り、仙台市に向かっていることが分かっている。この時、常磐道富岡IC付近で乗っていた車が盗難車と疑われ、福島県警に職質を受ける失態を犯す。疑いは晴れたが、裁判で検察側は土岐に対し「新居と下見に行ったのでは」と指摘。土岐は「茨城の解体のバイトに向かう途中でそれがなくなった」と、犯行前日に南相馬市を通ったのは仙台市を経由して札幌市に帰る道中であり、下見であることを否定した。  その後、札幌市に帰った土岐は新居から、匿名性の高い通信アプリを通して「クロサキジン」を紹介される。互いに顔は知らない。以後、クロサキが土岐に強盗の具体的な指示を出す。同日夜、同市内の指定された場所に向かうと、ホスト風の男から交通費2万円と南相馬市の強盗に入る家の写真を示された。寝室の床下に金の延べ棒があると伝えられた。翌26日早朝、土岐は函館市から新幹線で福島市に向かった。  一方、瓜田と江口は強盗に参加するまでにもう1人の人物を介した。今年2月、東京都多摩市のとび職石志福治は「プッシュ 運び」とツイッターで検索していた。プッシュとは大麻のこと。大麻の運び屋を表す。同24日、密売をしていると思われる「ヤマモトヨシノブ」と名乗るアカウントにダイレクトメールを送ると「車の名義を貸してほしい」と返事が来た。「変なことに使われるな」と思った石志は、ヤマモトからの案件を職場の部下の瓜田に紹介した。  瓜田には、福島県の老夫婦から金の延べ棒を奪う仕事で、1人は車で待機、2人は家に入るため最低3人は必要なこと、1人当たりの報酬は800万円はくだらないと伝えた。ハンマーやバールのような物、テープや結束バンドなども用意するよう言った。  犯行前日の2月25日夜、南相馬市に向かうためレンタカーを借りた瓜田と石志は地元の多摩市で会う。ドライブレコーダーが石志の発言を記録していた。  石志「捕まんなよ」「レンタカーの報酬は10万円だよ」「この家はだいたい億は超えてるんだ。みんなで分ける」「俺の場合はボスがいる。ボスから紹介で仕事をもらってるから、そっちに払わなきゃいけない。こっちは現場に出てるから金はでかい」  瓜田はLINEで友人たちに、福島県まで車を運転すれば50万円もらえる仕事があると勧誘した。応じたのが、瓜田に27万円貸していた江口だった。 道の確認を装い下見 福島駅  瓜田はスマホの匿名人物からの指示で同日午後10時ごろ、都内で江口を拾い、下道で福島県浜通りに向かった。翌26日午前中、いわき市を経て南相馬市に入る。老夫婦宅の前を通って車の台数を確認。指示に従って福島市のJR福島駅に向かい、札幌市から来た土岐を拾った。  合流後、3人は福島市内のホームセンターで先端がとがったハンマーなどを買う。床下にあると聞かされていた金の延べ棒を奪うため、畳を引きはがす道具だった。  合流後、指示役からの連絡は土岐に一元化された。午後1時ごろ、3人は在宅人数を確認するため、ターゲットの老夫婦宅を訪ねた。瓜田が「駅までの道を教えてほしい」と玄関に入った。  もっとも、老夫婦宅は県道から奥まったところにある。不審に思った夫のAさんは「スマホはないのか」「車のナビがあるじゃないか」と尋ねたが、瓜田は「充電がない」「ナビは付いてない」とはぐらかした。AさんはJR原ノ町駅までの道順を教え、家の窓から不審車両の行き先を見守った。  老夫婦が家の中にいることを確認した瓜田は、車に残っていた土岐、江口に報告する。市内のホームセンターに新たに武器になりそうな物を買いに行った。柄の長い全長約40㌢のハンマー、パイプレンチ、ステンレス製のパイプなどを購入。パイプレンチは約1・6㌔とこれらの中で最も重く、瓜田がAさんを殴った際に何針も縫うけがにつながった。  武器を買った3人は再び老夫婦宅の近くまで来て、土岐と瓜田は現場が見渡せる小高い森に上った。江口は車で待機。瓜田はこの時、「強行突破で行くぞ」との土岐の発言を聞いたという。土岐は「自然な成り行きで強盗に至った」と自身の主導性を否定している。いずれにせよ、3人は各々強盗を覚悟し、老夫婦宅に乗り付けた。  顔が分からないようにネックウォーマーを被り、瓜田、江口、土岐の順で無施錠の玄関から土足で侵入した。  瓜田は居間で横になっていたAさんに、右手で持っていたハンマーを振り下ろそうとした。Aさんは上半身を起こし、持ち手の部分を片手で抑え動きを封じたため、瓜田は左手に持っていたパイプレンチをAさんの頭に複数回振り下ろした。Aさんは後ろに倒れたが、抵抗して揉みあいになり、瓜田もハンマーを落とした。江口と土岐はAさんの妻の足にテープを巻き付けて動きを封じた。その後、土岐は寝室に移り、とがったハンマーで畳を引きはがした。  土岐は「金(きん)はどこにあるんだ!」とAさんに迫った。「金はない。現金はあるから持っていけ」とAさん。土岐は財布から現金を抜き取ると、Aさんから「持ってけ」と投げつけられた金色のネックレスを手にし、車で逃走した。3人はイヤリングや凶器などの証拠を家の中に残しており、現場の混乱ぶりがうかがえる。  スマホからの指示で、3人は車で数分の新田川大原水辺公園に向かった。待ち受けていた会社員矢板聖哉(21)=千葉市=の車に金品を持った土岐だけが乗り移り、いわき方面に向かった。矢板は同僚の富田湧也(28)=水戸市=から南相馬市で人を運ぶように頼まれていた。 金品を持った犯人が車を乗り換えた新田川大原水辺公園(南相馬市)  富田から着信があり、その指示で矢板は土岐に何か持っているかと尋ねた。目的の金の延べ棒を持っていないと分かると、富田は「何も持ってないならその辺で降ろしちゃっていいよ」と話したという。矢板は後部座席の土岐が、自分の携帯電話で「こっちもリスクあんだから金くらいもらえるだろ」と怒っているのを聞いていた。電話の向こうはこれまでやり取りした指示役の「クロサキジン」とみられる。  土岐は人目を避けてJR湯本駅で車を降り、鉄道で自宅がある札幌市に逃走。奪った金品も報酬も手にできなかった瓜田と江口は、凶器を田村市常葉町の山林に捨て、レンタカーを運転して都内に帰った。  結果は冒頭の通り、約1週間で実行犯3人が逮捕された。闇バイトは証拠が残りにくく、法の裁きが指示役まで及びにくいのが特徴だ。今後裁判が予定されている石志も指示役と実行犯のつなぎ役に過ぎず、全容解明は望めない。  実行犯の土岐は、目的の金品が得られず逃走車から降ろされたように、上層部にとって「捨て駒」だった。捨て駒だが起こした結果は重大で、刑罰を受けて被害者への賠償を迫られる。裁判には実行犯3人の親たちが証人として出廷した。3人合わせて600万円を被害弁償したことが明かされた。親が親戚や職場から借りて払ったという。闇バイトは被害者のみならず、自分のかけがえのない人にも迷惑を及ぼす。

  • CМでよく見る転職仲介業者とは【福島県】

     転職活動において転職希望者と企業の仲介役を担う転職エージェント。首都圏では一般的になっており、福島県でも利用者が増えつつある。本県の最新転職事情を追った。 県内では地域密着スタイルで少しずつ浸透  「転職エージェント」という仕事をご存じだろうか。  転職希望者の活動をサポートしつつ、契約している企業に合う優秀な人材を紹介する。報酬は企業側から支払われる仕組みなので、転職希望者は無料で転職活動を進められる。報酬の相場は年収の3割。転職した仕事の年収が500万円だとしたら、150万円を企業側からもらえる。  大手はリクルートエージェント、マイナビエージェント、dodaX、パソナキャリア、ビズリーチなど。登録すると、それぞれのサイトと契約している複数のスカウト(担当者)から連絡が寄せられ、面談を経て各企業とのマッチングが進められる。条件が合致する企業があった際、初めて採用試験(面接)が行われるという流れだ。  自分の市場価値を知ることができるというメリットもあって数年前から広まっており、今夏、転職エージェントを主人公にしたテレビドラマが放送されたほどだ。  少し前まで転職活動と言えば、ハローワークや求人情報誌、折り込みチラシなどで求人情報を収集し、企業に直接連絡するものだった。そこから、求人情報を掲載した転職者向けサイトで検索し仕事を探す時代に移り変わったと思ったら、それすら過去の話になった。  首都圏ではいまや転職エージェントが転職活動のメーンになりつつあるようだ。  本県の中小企業は人手不足に見舞われており、売り手市場の状況が続く。県内の7月の有効求人倍率は1・39倍で、求人数が求職者数を大きく上回っている。  ただし製造業など一部の業種で弱まっている傾向もみられる。福島労働局の担当者によると、主な要因は経済の先行きが不透明なことによる採用抑制。  資材高騰・原油高により営業利益が圧迫され、コロナ禍に講じられた〝ゼロゼロ融資〟の返済が本格化する中、新規採用に慎重になっている中小企業が多いという。  ただでさえ人口減少・少子高齢化が進む本県。求められているのは優秀かつ即戦力の人材であり、転職希望者と企業をつなぐ転職エージェントの役割に注目が集まりそうだ。 県内の本格普及はこれから  もっとも、首都圏と比べると、本県では転職エージェントを使った転職活動の動きは鈍いようだ。その理由について、人材紹介業の経営者は「地元中小企業の求人が少ないからではないか」と指摘する。  「例えば、『福島県 転職』と検索すると大手の転職エージェントが上位に表示されます。ただ、実際に登録すると、『東京の企業の福島支社』の求人が多く出ているだけで、地元でキャリアアップを目指す人やUターン・Ⅰターン希望者が求める中小企業の求人はそれほど多くないのです」  高い報酬を出してまで人材を集める文化が県内企業にないという事情もあるようだ。東北地方で活動する転職エージェントの話。  「大規模企業であれば、優秀な人材を確保するために100万円単位の紹介料を迷いなく払う。『リクナビNEXT』、『マイナビ転職』などの大手転職サイトも、上位に掲載されるために各社数十万円規模の掲載料を払っている。ただ、県内の中小企業がそんな費用を捻出するのは難しい。ハローワークに求人を出し、求人チラシにも有料広告を掲載しつつ、インディード、エンゲージといった無料掲載可能な求人サイトも試しに活用していく――というのが一般的だと思います」  そもそも本県ではまだまだ保守的な意識が強く、キャリアアップのための転職活動がそれほど盛んでないという背景もある。「実際、面談で転職理由を尋ねると、人間関係や待遇への不満など後ろ向きの理由が多い」(同)。  工場が多く、第2次産業就業者の比率が東北6県で最も高い(30・6%、2015年現在)という環境も影響していそうだ。というのも、工場勤務者が転職で飛躍的な年収アップを図るためには、役員・管理職としてマネジメント業務を担った経験を持っていたり、飛び抜けた技術を持っていることが求められる。逆に言えば、そうした経験・技術がなければ転職してキャリアアップを果たすのは難しいということだ。  「工場でそれなりの経験を積んでいるなら、転職で手取りが月2、3万円程度上がる可能性はある。しかし、そのことで扱う機械や労働環境が変わり、働きづらくなるかもしれない。二つの選択肢をてんびんにかけて、結局現状維持の道を選ぶ人が多いと思います」(転職事情に詳しい郡山市の経営者) 2つの事例  こうした中、本県の実情に合わせた〝地域密着型〟転職エージェントサービスを提供する事業者も現れ始めた。  郡山市のクノウ(久能雄三社長)は、大手エージェントのスカウトでは見つけられない県内優良企業の求人を集め、登録者とのマッチングを行っている。  「広告事業も展開しており、人材紹介を通して見えた経営課題の解決のお手伝いなども併せて行っています。県からの委託事業で企業と副業希望者のマッチングも手掛けています。こうした活動を通して、福島県の活性化につながることを期待しています」(久能社長)  求人広告業の老舗・ガイドポスト(郡山市、片田秀司社長)は、求人情報が掲載されたチラシ「ガイドポスト」やウェブサイトに、業務内容と勤務地だけの情報を掲載し、転職希望者と企業をマッチングする有料職業紹介サービスを展開している。 ガイドポスト本社  「もともとは家に引きこもって社会復帰が難しい方の力になれないかと思って始めた事業です。企業と求職者、双方の状況や希望を聞き、条件のミスマッチをなくし、面接は人柄チェックという感じです」(栗山俊光専務)  紹介手数料は相場の「年収の3割」ではなく一律20万円に設定。入社後すぐに退職してしまった場合は減額する。転職希望者と企業の間に同社が入ることで採用がスムーズに行われるようになり、好評を博しているという。  総務省の労働力調査によると、2022年の転職希望者数は過去最高の968万人。本県の転職市場もさらに活発になっていくと予想される。  本県はまだ「転職エージェント過渡期」の状況だが、転職希望者・企業ともに活用することで、「理想の転職」、「理想の採用」を実現できるはずだ。スカウトとの相性や能力差もあり、うまく使いこなすことが重要になる。

  • 遅すぎた福島市メガソーラー抑制宣言

     福島市西部の住民から「先達山の周辺がメガソーラー開発のためにハゲ山と化した。景色が一変してしまった」という嘆きの声が聞かれている。市は山地でのメガソーラー開発抑制に動き出したが、すでに進められている計画を止めることはできず、遅きに失した感が否めない。  福島市は周囲を山に囲まれた盆地にあり、市西部には複数の山々からなる吾妻山(吾妻連峰)が広がる。その一角の先達山で、大規模メガソーラーの開発工事が進められている。  正式名称は「高湯温泉太陽光発電所」。事業者は外資系のAC7合同会社(東京都)。区域面積345㌶、発電出力40メ  ガ㍗。県の環境評価を経て、2021年11月22日に着工、今年3月27日に対象事業工事着手届が提出された。  今年に入ってから周辺の山林伐採が本格化。雪が解け始めた今年の春先には、山肌があらわになった状態となっていた。その様子は市街地からも肉眼で確認できる。  吾妻山を定点観測している年配男性は「この間森林伐採が進む様子に心を痛めていた。あんなところに太陽光パネルを設置されたら、たまったもんじゃない」と語る。  福島市環境課にも同じような市民からの問い合わせが多く寄せられた。そのため、市は8月31日の定例記者会見で、山地へのメガソーラー発電施設の設置をこれ以上望まない方針を示す「ノーモア メガソーラー宣言」を発表した。  木幡浩市長は会見で、景観悪化に加え、法面崩落や豪雨による土砂流出のリスクがあることを指摘。市では事業者に対し法令順守、地域住民等との調和を求める独自のガイドラインを設けていたが、法に基づいて進められた事業を覆すことはできない。そのため、市としての意思を示し、事業者に入口の段階であきらめてもらう狙いがある。条例で規制するより効果が大きいと判断したという。もし設置計画が出てきた際には、市民と連携し、実現しないよう強く働きかけていく。  もっとも、県から林地開発許可を得るなど、必要な手続きを経て進行している建設を止めることは難しいため、現在進行中のメガソーラーの開発中止は求めない方針だ。すなわち、先達山での開発はそのまま続けられることになる。  先達山の開発予定地のすぐ西側には別荘地・高湯平がある。2019年には計画の中止を求め、住民ら約1400人による署名が提出されるなどの反対運動が展開されていた。ただ、結局手続きが粛々と進められ、工事はスタート。今年の春先に高湯平の住民を訪ねた際は「結局押し切られてしまった。こうなったらもう止められないでしょ」とあきらめムードが漂っていたが、時間差で反対ムードに火が付いた。  前出の年配男性は「建設許可を取る際、こういう景観になると予想図を示したはず。自然破壊を予測できなかったとしたら怠慢であり、行政の責任を問うべき」と訴える。こうした意見に対し、県や福島市の担当者は「法に基づき進められた計画を覆すのは正直難しい」と答えた。  福島市以外でも、メガソーラー用地として山林伐採が進み、見慣れた山々の風景が一変してギョッとすることが多い。景観・自然を破壊しないように開発計画を抑制しながら、再生可能エネルギー普及も進めていかなければならない。各市町村には難しい舵取りが求められている。 森林が伐採された先達山

  • 【福島県司法書士会】との「不本意な和解」に憤る男性

     本誌2022年10月号で、福島市松川町在住の伊藤和彦さん(仮名、70代)が県中地区の男性司法書士と福島県司法書士会(福島市)を相手取り、計380万円の損害賠償を求めて福島地裁に提訴したことを報じたが(訴状は同年9月5日付)、今年7月、伊藤さんにとって〝極めて不本意な和解〟が成立した。 「口外禁止」を命じた裁判官に罷免請求 県司法書士会の事務所(福島市)  問題の詳細は同号に譲るが、大まかに言うと伊藤さんは2018年、二本松市内に所有していた住居を大玉村の町田輝美さん(仮名)に2年間賃貸した後、売却する契約を交わし、その契約業務を県中地区の男性司法書士A氏に委託したが、A氏が町田さんに誤った法律的助言をしたため契約が破棄され、依頼者である伊藤さんの利益が損なわれた。伊藤さんは「A氏の行為は民法で禁じられている双方代理」と強く憤った。  その後、町田さんは伊藤さんから借りていた住居の滞納家賃をめぐり円満解決を図りたいとして2019年、A氏の助言を受けて県司法書士会の調停センターに調停を申し立てた。しかし、伊藤さんが調べたところ、同センターで扱える紛争の目的額はADR法で「140万円以下」と定められ、伊藤さんと町田さんの紛争額は200万円を超えていたため、同センターでは扱えないことが判明。伊藤さんは同センターに「町田さんの申し立ては受理できないのではないか」と訴えたが、聞き入れられなかったため、調停から離脱した。冒頭の訴訟は、こうした経緯を経て起こされたわけ。  提訴の前には、A氏と県司法書士会を相手取り、福島簡易裁判所に民事調停を申し立てた伊藤さん。この時、A氏は不応諾(手続き不参加)だったが、県司法書士会は誤った解釈で調停手続きを行っていたことを認め、反省や再発防止策を示した。  ただ伊藤さんは、県司法書士会が自らの非を認めたことは評価できるとしたが、和解を受け入れる気にはなれなかった。  「A氏と県司法書士会の行為により私は多大な損害を被りました。当然、その損害は正しく算定され、きちんと救済されるべきなのに、県司法書士会は原因者を処分せず、私に解決金50万円を払ってお手軽に和解しようとしました。このまま和解すれば、私が体験したADR法の不備(調停参加者が被害を受けても救済措置がない状態)は解消されず、私のような被害者が出かねない」(伊藤さん)  こうして調停は不調となり、訴訟を起こした伊藤さんだが、実は今年7月10日、和解が成立した。和解条項には①被告(県司法書士会)は原告(伊藤さん)に解決金20万円を支払う、②原告および被告らは正当な理由がある場合に「和解が成立したことにより解決した」旨説明する以外は紛争の経緯および和解の内容についてマスコミ、書籍、SNSその他いかなる方法においても一切口外しないことを約束する――と書かれていた。これ以上『政経東北』に取り上げられたくないという県司法書士会の意図が透けて見える。  ともかく和解条項に則れば、これ以上詳報することは控えなければならない。ただ、②「口外禁止」を和解条項に盛り込むことについて、伊藤さんは強く抵抗した。  「私は自分が悪いことをしたとは全く思っていない。そうした中で福島地裁は口外禁止を付けた和解を提案したわけですが、私からすれば口外禁止を認めれば『政経東北』さんをはじめマスコミに事の顛末を説明できなくなる。口外禁止で得をするのはA氏と県司法書士会だけ」(同)  伊藤さんは和解成立の当日、福島地裁に以下の対応を求める文書を提出した。  《原告は口外禁止条項は意味を持たず、本件関係者への終了報告等をしたい希望もあるので求めない。口外禁止が付くことは原告にとって生涯にわたり精神的苦痛を受け続け、負担になる》《裁判所の意向に沿った口外禁止に関し、原被告当事者間の協議割合を多くする配慮をお願いしたい。裁判所主導による口外規制等は、原告にとって、精神的苦痛等の負担を裁判所から生涯にわたり科せられることにもなる》  福島地裁が主導した口外禁止に対し、強い不満を露わにしていることが分かる。  その上で伊藤さんは、もし口外禁止を付けるのであれば、それによって生じる精神的苦痛に対し金銭を含む配慮を求めたが、福島地裁は受け入れず、前記①の通り解決金20万円で口外禁止の付いた和解が成立したのである。 不都合な事実隠し 7月10日に出された弁論準備手続調書(和解)  事の顛末を口外できなくなった伊藤さんは今、訴訟が和解に至った背景には「司法従事者による結託」があったからではないかという疑いを強めている。  県司法書士会が福島簡易裁判所での調停で自らの非を認めたことは前述したが、県司法書士会は訴訟に入ると一転争う姿勢を見せた。伊藤さんは調停で反省と改善策が示されたので「訴訟になればすんなり決着(勝訴)すると思っていた」(同)。  戸惑う伊藤さんを尻目に、訴訟ではこんな出来事も起きていた。  「県司法書士会は(自らのミスを認めた)調停では地元の弁護士を代理人に立てたが、訴訟では突然、神奈川県の弁護士に変更した。さらに口頭弁論には毎回、県司法書士会と日本司法書士会の職員6~8人が傍聴に来ていた」(同)  伊藤さんはなぜ日本司法書士会が関与してきたのか不思議に思っていたが、訴訟が進むうちに、ある確信を持つようになった。  「県司法書士会は調停では自らの非を認めたが、私が和解せず提訴したことで、今度は法廷で自らの非を認めなければならなくなった。そうなれば県司法書士会は敗訴し、争いの詳細が公になる。だから県司法書士会は、それは避けたいと日本司法書士会のサポートを受け、調停から態度を一転させたんだと思う」(同)  とはいえ、いったんは自らの非を認めた以上、勝訴に持ち込むのは難しい。そこで、和解で問題を決着させると同時に、口外禁止を付けることで争いの詳細を外部に漏らさないようにしたのではないか、と伊藤さんは推測するのだ。  「要するに、私の口を封じつつ自分たちにとって不都合な事実を隠そうとしたわけです」(同)  そう言って伊藤さんは記者に1枚の紙を見せた。「福島地方裁判所委員会」(※裁判所の取り組み等を協議する組織)と書かれた紙には6月15日現在の委員11人の名前が書かれているが、その中にO氏(福島地裁部総括裁判官)、I氏(県司法書士会調停センター長)、S氏(弁護士)が入っているのを伊藤さんは見つけたのだ。  O氏は今回の訴訟の裁判官、I氏は違法な調停手続きを行った調停センターのトップ、S氏は調停で県司法書士会が自らの非を認めた際の代理人。伊藤さんからすると、被告と深い関わりのあるI氏とS氏が、仲裁する立場のO氏と別組織でつながっていたことになる。  3氏の関係性を知った時、伊藤さんは「本当に中立的な裁判が行われたのか」と激しく落胆したという。  「第5回口頭弁論で、福島地裁は県司法書士会が調停で自らの非を認めたにもかかわらず、突然『調停手続きに違法性は認められない』と心証開示し、同時に和解勧告を行いました。しかし、違法性はないとする根拠は一切示されなかった。そこからの福島地裁の発言は、被告側に偏向していったように感じます。挙げ句、私が望まない口外禁止が和解条項に盛り込まれた。なぜ福島地裁はこういう決着を図ろうとするのか違和感を持ったが、O裁判官と被告側の関係者が福島地方裁判所委員会で一緒に活動していることを知り『なるほど、みんな仲間だったのか』と合点がいきました」(同)  すなわち、伊藤さんの推測はこうだ。県司法書士会と日本司法書士会は司法書士の社会的信用を維持するため、穏便に事を済ませたかった。そこを福島地裁が忖度し、司法従事者にとって都合の良い口外禁止付きの和解を提案したのでは――。  だったら和解しなければよかったのではないかという意見もあると思うが、実は口外禁止をめぐっては伊藤さんのように和解成立後に不満を露わにする人も少なくない。2019年には長崎県の男性が、雇い止めをめぐる労働審判で労働審判委員会から第三者に審判内容を口外しないよう命じられ精神的苦痛を受けたとして、国に150万円の損害賠償を求めて提訴。翌年、長崎地裁は「口外禁止は原告に過大な負担を強いており、労働審判法に違反する」と指摘したのだ(審判そのものは違法と言えず、男性の請求は棄却された)。  伊藤さんが「司法従事者による結託」を疑う理由はほかにもある。  伊藤さんは2020年11月にA氏と調停センター長、21年6月には県司法書士会長に対する懲戒処分を福島地方法務局に申し立て、受理された。同法務局はその後、A氏と調停センター長への調査を県司法書士会に委嘱したが(※伊藤さんによると県司法書士会長への調査はどこが行ったか不明)、調査結果は一向に示されなかった。  伊藤さんは調査が県司法書士会に委嘱された時点で〝身内〟を厳格に調査するはずがないと落胆したが、A氏と県司法書士会を提訴すると、その1、2週間後に福島地方法務局から「懲戒には当たらない」との連絡が寄せられたというのだ。 「納得いかない」と伊藤さん  伊藤さんからすると、放置されている感のあった調査が突然「懲戒には当たらない」と結論付けられ「なぜ、このタイミングなのか」と思ったそうだが、  「懲戒処分の流れは、県司法書士会が日本司法書士会に調査結果を上げ、日本司法書士会がそれを審査した後、意見を付して法務局に報告します。つまり、ここでも司法従事者はつながっていて、両司法書士会は私に関する情報を共有していた。私が起こした訴訟に日本司法書士会が積極的に関わってきたのは、県司法書士会とのつながりがあったからだと思います」(同)  伊藤さんの推測を聞いた人の中には被害妄想と受け止める人もいるかもしれない。しかし和解の際に口外禁止を付けることに強く反発したのは事実であり、もっと言うと伊藤さんはO裁判官(前出)らが行った和解判断は「裁判官に与えられた権限の趣旨を著しく逸脱し、自由裁量を濫用した不当・違法なものだ」として、最高裁判所に裁判所法に基づく処分と不服申し立てを行っているのだ(8月10日付)。更にO裁判官に対しては、裁判官訴追委員会に下級裁判所事務処理規則に基づく罷免まで求めている(同日付)。  こうした行動を起こすくらい、伊藤さんは口外禁止付きの和解に納得していないのだ。  「私は県司法書士会の不正行為により時間、お金、労力を無駄に使わされ、描いていた人生計画を狂わされました。また、最後の砦と信じていた裁判所にも納得のいかない対応をされ、事実も口外できない最悪の結末となってしまいました。福島地裁の判断は今も納得がいかない。不服申し立てや罷免請求がどのように扱われるか分からないが、自分にできる闘いに臨みたい」(同)  県司法書士会にコメントを求めると「こちらからお答えすることは何もありません」(事務局職員)とのことだった。  伊藤さんにとっては後味の悪さばかりが残った今回のトラブル。A氏と県司法書士会は口外禁止付きの和解により争いの詳細が公にならないと安堵しているかもしれないが、同じミスをなくし、伊藤さんのような被害者を出さないように対策を尽くすことこそが重要だということを肝に銘じるべきだ。 あわせて読みたい 依頼者に訴えられた司法書士と福島県司法書士会