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ライフ・教育

  • 【女性流出】全国ワーストの福島県

        「職の選択肢少なくキャリアも積めない」  人口減少が加速する本県。昨年11月現在の推計人口は178万8873人で、ついに180万人を切った。その背景には若い女性が進学・就職を機に県外に転出し、出生数が減っていることがある。本県から女性が去っていく背景には何があるのか、さまざまな女性の〝本音〟に耳を傾けた。  昨年10月9日付けの福島民報に衝撃的な記事が掲載された。転出者が転入者を上回る「転出超過」により、女性が直近10年間でどの程度減少したか全国で比較したところ、本県が最多だったというのだ。  総務省の住民基本台帳人口移動報告によると、2012年から21年までの本県転出超過総数は6万3528人。内訳は男性2万2245人、女性4万1283人。  本県以外で女性の転出超過が多かったのは北海道、長崎県、新潟県、岐阜県など。大都市圏から遠い、もしくは本県同様、大都市圏に近かったり交通面で移動しやすい県が目立つ。逆に東京都をはじめ首都圏は女性の転入超過となっている。  第一の原因として考えられるのは、震災・原発事故の影響だ。3・11以降、避難指示区域はもちろん、区域外でも放射能汚染を懸念して、県外に母子避難する人が相次いだ。  転出超過は2011年3万1381人(男性1万3798人、女性1万7583人)、12年1万3843人(男性5714人、女性8129人)に上った。その後、公共工事の復興需要などを背景に男性は14、15の両年、転入超過となったが、女性は転出超過が続いている。直近21年の3572人は全国2位の多さだ。  2021年の女性の転出超過の内訳をみると、15~19歳27%(977人)、20~24歳62%(2216人)と、若い世代が全体の9割近くを占める。進学・就職で県外に転出していると思われる。  若い女性が県内から減れば出生数も減っていく。2020年の出生数は1万1215人。10年は1万6126人。10年間で約5000人減った。それに伴い人口減少も加速しており、180万人を切っている。  東北活性化研究センターは2020年、東北出身の女性2300人にインターネット調査を実施した。その結果、東京圏に住み続ける女性は「『選択肢が多くて希望の進学先がある』という理由で東京の教育機関に進学し、『希望の職種の求人が多い』という理由で東京圏で就職した」という傾向がみられた。  「地方に求めていること」という設問に対しては「若い女性たちが正社員として長く働き続けられる企業を増やす」、「女性にとって多様な雇用先・職場を多く創出する」、「公共交通機関などのサービスを充実させる」、「地方の閉塞感や退屈なイメージを払拭するような取り組みをする」といった回答が多く選ばれた。  暁経営会計(郡山市)代表取締役の伊藤江梨さん(38)は安積黎明高校卒業後、大阪大学法学部に進学。共同通信社に就職し、報道記者として全国で取材活動を続けた後、税理士に転身。地元で独立した異色の経歴の持ち主だ。伊藤さんに女性の転出超過数が多いことについてコメントを求めたところ、こう語った。  「女性にとって、それなりの所得を手にできる職の選択肢が少ないのは事実です。せいぜい公務員、銀行、看護師ぐらい。首都圏で医療業界に就職し、バリバリ働いていた同級生が、震災・原発事故後、志を持って帰って来たケースもありました。ただ、自分の意見が全く通らず、男性中心の職場環境であることにあらためて気付かされたようで、県外の職場に移っていきました」  男性に正面から意見を言っても、表立って潰されることはない。ただ、その場でヘンな空気が流れ、後日、自分が〝腫れ物扱い〟されていることが聞こえてきたりする。優秀な女性ほど息苦しさを感じる。  「そもそも管理職やリーダーとして活躍している女性が県内には少ない。だから、『女性が働きやすいように職場環境を整えよう』という考えになりにくいし、『責任のある仕事は男性がやるもの』という先入観が男女とも根付いているのです」(同)  県労働条件等実態調査によると、2021年の従業員30人以上の企業の管理職(係長相当職以上)に占める女性の割合は18・9%。  一方、総務省の就業構造基本調査によると、2017年の公務員を含む管理的職業従事者(課長相当職以上)に占める女性の割合は13・8%。  管理職に占める女性の少なさは平均賃金の男女格差につながっている。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、2021年の県内女性の平均賃金(残業代除く)は男性の75・2%に留まり、45~49歳世代では100万円以上の差がある。賃金格差は東北6県で最大だ(福島民報11月6日付)。背景には出産や育児で休職・退職を余儀なくされ、キャリアを積んで管理職を目指すのが難しい事情がある。 女性に厳しい労働環境  前出・就業構造基本調査2017年版によると、県内で過去5年間に離職した女性のうち、出産・育児が退職理由だった人は1万1500人(全体の7・9%)。育休制度はあるものの、離職している人が多いわけ。出産前の働き方と比較し「元の会社に戻って働き続けるのは無理だ」と自ら判断し、退職する面もあるのかもしれない。  「女性としては、責任が重い管理職や時間の融通が利かないフルタイムを避けて、育児と仕事を両立させたいと考える。だから、仕事に復帰する際も、配偶者の扶養控除内(103万円)の範囲に収まるように、パートタイムで働くことを選ぶ傾向が強いのです」(同)  県内の正規従業員の割合を見ると、24~34歳が男性87・2%、女性61・9%で、25・3ポイントの差がある。年齢が上がるごとにその差は開いていき、45~54歳は男性90・4%、女性46・8%となっている(福島民報11月23日付)。  やりたい仕事に就けず、結婚・出産でキャリアが断絶される――こうした環境では、県内から去っていく若い女性が多いのも当然だろう。  女性は働くことを望んでいる。2019年現在の国内の専業主婦世帯は582万世帯で、共働き世帯数(1245万世帯)の半分以下。別掲記事で体験談を執筆してもらった県内在住の女性フリーライター・みきこさんも「専業主婦志向だったが、実際に出産したら、家計や子育ての問題は別として、できる限りの範囲で働きたくなった」と述べている。  11月8日には福島市で同市主催の「そろそろ働きたい女性のための就活準備セミナー」が開かれ、約50人が参加した。テーマ別の意見交換会では「在宅勤務」、「仕事と子育てとの両立」に参加者が集中した。 福島市主催のセミナーでの意見交換会の様子  ハローワーク福島で行われた出産後の母親向けミニセミナーでは、新卒向けの〝就活セミナー〟のように、履歴書の書き方や会社への要望の伝え方などが細かく教えられた。  参加した女性たちは「そもそも子連れで参加できるセミナーがないのでありがたい」、「せっかくだから新しい仕事にも挑戦したい」、「希望の職に就いて、子どもに生き生きと働く姿を見せたい」と語っていた。  出産により再び就職活動をせざるを得なくなった女性たち。例えば県内の企業が時短勤務や在宅勤務などを積極的に取り入れ、彼女たちが退職(再就職)しなくてもいい労働環境を整えることで、女性の転出超過の状況も改善されるのではないか。  一方で伊達市に移住した女性は、女性を取り巻く環境についてこんな〝本音〟を打ち明ける。  「女性同士で情報交換したいと思い、いろいろ働きかけたが、なかなか親密になれず孤独感を抱きました。都市部の個人主義的な面と、地方特有の閉鎖的な面を備えている印象です。求人を見ると『こんな給料で生活していけるの!?』という労働条件。緑が多く子育てしやすい環境と言われるが、子どもたちが外で遊んでいる姿は見ないし、学力テストの結果は低い。正直、他地域より暮らしにくい場所だと感じていますよ」  女性が置かれている環境を根本的に変えなければ、移住者も定着せず、人口減少も加速するということだ。  12月3日に東京で開かれた国際女性会議「WAW!2022」では県内の女性が出席し、地方の現状を発表したほか、県男女共生センター(二本松市)にサテライト会場が設けられ、遠隔で意見を述べた。地元女性や専門家、地元企業の管理職などを交えたパネルディスカッションも開催された。  同センターの千葉悦子館長(福島大学名誉教授)は「女性に限らず、結婚したい人、したくない人、多様な生き方が受容される社会にしていくことが大事だと思います。イベントや当センター主催の講座などを通して〝気づき〟の機会を作り、地道に変えていくしかない」と語る。 少子化対策の失敗  前出・東北活性化研究センターが運営している「TOHOKU MIRAI+」というウェブサイトに昨年7月、福島市で開かれたフォーラムの動画と文字起こししたリポートが掲載されている。  同フォーラムで行われた講演で、ニッセイ基礎研究所生活研究部人口動態シニアリサーチャー・天野馨南子さんは経営者や自治体職員に対し厳しい言葉で問題提起した。  《福島県の出生数は1970~2020年の50年間で63%減》  《この理由は、県内から出ていった女性の産むはずだった子どもが生まれていないからです》  《「子育て世帯誘致」とよく言いますが、年齢層別の社会減をみると、統計的に子育て世代に当たるアラサー世帯の増減は全体からすると殆ど影響しない》  《少子化対策や地方創生政策において「福島県に留まる既婚女性」のイメージしか持てないというアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があった》  《福島県の少子化対策、福島県の地方創生政策において、20代女性の就業問題、就職問題がメインになったことはあったでしょうか。何より、皆さまがこの課題に対して問題提起、本気の取り組みをしたことはあったでしょうか》  女性の働く環境を考え改善することは地方創生、人口増加に直結する。天野さんの言葉を重く受け止め、まずは女性の声を聞き、意識を変えていくことから始める必要がある。県や市町村には、そのけん引役としての役割が期待される。

  • 【国見町移住者】新規就農奮闘記

    〝補助金ありき〟農業参入の厳しい現実  国見町では新規就農者向けの町営農業研修施設「くにみ農業ビジネス訓練所」を運営している。同訓練所を卒業した新規就農者は昨年、どんな1年目を過ごし、どのようなことを感じたのか、振り返ってもらった。  「訓練所で基本的なところは勉強できたのですが、自分の畑・スタイルでやるとなると全く違う面もあるので、戸惑いながら試行錯誤した1年でした」  苦笑しながら1年を振り返るのは、国見町藤田に住む三栗野祐司さん(43)。昨年4月から自営農家としてキュウリやズッキーニの栽培を開始した。妻と共に無我夢中で農作業に明け暮れたとか。 三栗野祐司さん  「半年以上、毎日朝晩、休まずにキュウリを収穫していたので、正直精神的に参っていたところでした。11月に入り、やっとひと段落したので、勉強も兼ねて、あんぽ柿作りの手伝いのアルバイトに行っていたところです」  1年目のキュウリの売り上げは200万円弱。ズッキーニなどその他の野菜も含めれば約250万円。夫婦2人分の年収としては厳しいところだが、国が新規就農者向けに給付している「経営開始資金」なども加えればそれなりの金額になる。金額は年間150万円(月12万5000円)で、給付期間は3年間。  「さまざまな補助金を活用して何とか独り立ちできている状況ですね。1年目は初期投資で何かと出費がかさむので、貯えがどんどん減っています。キュウリの卸値は1本30円の世界。大変な仕事に就いたと実感していますし、妻は時間を見てアルバイトに出ています」 メーンの作物となっているキュウリ  新潟県長岡市生まれ。高校卒業後、製造業、飲食業などで働いていた。東京にいたとき出会った女性と結婚。その後、妻が仕事を辞め、地方への移住を考えるようになった。そこで候補に挙がったのが福島県だった。実は共通の友人が福島県出身で、地元に戻った後に何度か遊びに訪れていた。  2020年6月、妻、愛猫とともに福島市に移住。夫婦でできて、かつ自然環境を生かした仕事がないか探す中で、たどり着いたのが「農業」だった。担い手不足が叫ばれている中で、挑戦してみたくなった。  と言っても、三栗野さんは全く農業経験がなかった。そこで、福島市から近い国見町の新規就農者向け訓練所に通って基礎を身に付けることにした。 くにみ農業ビジネス訓練所  同訓練所は道の駅国見「あつかしの郷」の近くに立地しており、新規就農に取り組む移住者の増加、生産者支援を目的に設置された。1年かけて農業の基礎を学べる「長期研修」(受講料無料)、専門的な技術を習得したい就農者向けの「短期研修」、子ども向けの「体験研修」などの事業を実施している。  町内には果樹・水稲農家が多いが、どちらも多額の初期投資が必要となるため、新規就農者はほとんどが親元での就農だ。そうした現状を踏まえて、同訓練所では新規就農者向けに、初期投資が少なく、収益化サイクルが短い野菜農家を勧めており、それに基づいたカリキュラムが組まれている。  三栗野さんは21年4月に入所し、1年間かけて野菜の土づくりや種まき、収穫、出荷調整などの技術や農業経営に必要な知識を学んだ。  卒業後はキュウリを生産することにした。伊達地区は夏秋キュウリの販売額が日本一で、ブランドとなっているため単価も高い。1株から50~100本は収穫でき、生産者に対する支援・補助も手厚い。  22年4月、晴れて就農者となったものの、しばらくは移住や就農の準備に追われたという。  中でも住まい探しには時間がかかった。同訓練所に近いと機械などが無料で借りられ、支援制度も充実しているため国見町への移住を決めた。だが、農地付きの住宅がなかなか見つからなかったという。  「空いている住宅や土地はいっぱいあるが、ほとんどは空き家バンクに登録されていないので、移住者はたどり着けずに別の自治体に流れてしまう。私もずいぶん見て回ったが、人づてに紹介してもらった築50年の住宅・農地を300万円で購入した。住宅は320万円かけて、リフォームして暮らしています」  ちなみに、野菜栽培用のパイプハウスに250万円かかり、キュウリの苗の購入や、灌水設備の整備などにもその都度費用がかかったという。前述の通り、新規就農や移住に関する補助金は充実しているが、「年度末に入ってくるものも多いです」。三栗野さんは何とか貯金で賄ったとのことだが、初期投資分を考えると、1000万円程度の貯えは必要ということだろう。水稲農家となると、コンバイン、トラクターといった農機具が必要となるので、さらに金額が跳ね上がると思われる。 地元レストランと契約  就農1年目の手応えについて、三栗野さんに尋ねたところ、このように話した。  「生産したことのない畑で、どう肥料をあげたらいいのかも分かりませんでしたが、そうした中で安定して出荷し、収入を得られた点はよかったと思います。ズッキーニに関しては、JR藤田駅前の『Trattoria da Martino(トラットリア・ダ・マルティーノ)』というイタリアンレストランに契約してもらっています。『(傷がついているものでも)選別せずに納品して構わない』と言っていただいているので助かるし、何のツテもない地域で、使っていただけるのはありがたい限りです」(同)  国見町周辺でズッキーニを生産している農家が少なかったことが幸いしたのだろう。  なお、キュウリに関してはこんな迷いが生じている最中だという。  「JAに出荷していたが、手数料を計算したところ、4割近く引かれていることに気付いた。周囲の先輩方は『仕方ない』と受け入れているが、箱詰めなどを自分でやればいくらか手数料は減らせます。一方、さまざまな面で補助を受けられるなど、JAと取り引きするメリットは大きいし、梱包作業の負担を軽減してくれるのはありがたい面もある。すべてJAにお任せするか、しんどい思いをして手数料を減らす努力をするか、検討し続けています」  道の駅国見は手数料が低く価格も自分で決められるが、ほかの生産者の農産品も並ぶので、必ず手に取ってもらえるわけではない。農産物直売所も手数料が低めだが、すべて売り捌けるとは限らない。  そう考えると、本当の意味で〝農業の仕事だけで飯が食える〟ようになるためには、前出・イタリアンレストランのように、販売ルートを確保する必要がある。そこが今後の課題になりそうだ。  「レストランの方と話していると『こういう西洋野菜を作ってくれたらぜひ買わせてほしい』と言われることがあります。需要があるのに、市場にそれほど出回っていないということだと思うので、新年からぜひ作ってみたい。卸値が変動しやすいキュウリの生産・収穫に追われるだけではいずれ低空飛行になるだろうし、何より楽しみもなくなるので、いろいろと挑戦していきたいと思います」  一方で、1年目に戸惑ったことを尋ねたところ、「農業器具関連業者の対応」と答えた。  「灌水設備を取り付けるため、複数の業者に話を聞いたが、当然ながら長年農業に携わってきた方ばかり。『こうしてほしい』と伝えても『ほかではこうやっていた』と返され、工程の途中で『残りは自分でできると思うので』と完成させずに帰ってしまうこともあった。訓練所には設備がそろっているため、そうした設備の取り付け方法などは習っていない。かなり戸惑いました」  同じような思いを抱いている新規就農者は意外と多いかもしれない。  行政に求める支援策を尋ねたところ、次のように述べた。  「高齢で離農する農家の方が多いが、子どもや孫がやるのであればと、新たに投資する意思があったりする。一方、新規就農の意思がある人は農地がなく、ミスマッチが生じているのです。同様の問題は商店街にもありますが、行政にはそのつなぎ役となって解決してほしいと考えています。地域のコーディーネーターという意味では、飲食店が欲している農作物を行政などで聞き取りして、就農者が手分けして対応するというやり方もできると思います。行政には期待しています」 国見町移住の卒業生は2人  農閑期はゆっくりできるのかと思いきや、「せっかくハウスがあるのに使わないのはもったいないので、今シーズンのキュウリが終わり次第、新たな苗を植えられるように準備しています」と語る三栗野さん。  新規就農事情に詳しいジャーナリストによると、1年目で250万円という収入は「よく頑張っている方」という。苦労したことも多々あったようだが、移住・新規就農1年目の生活を満喫していると言えよう。  しかし、一方では前述の通り、さまざまな補助金に頼って生活している実態がある。〝農業の仕事だけで飯が食える〟ようになるのはそれだけ難しいということだろう。新規就農者数が過去最多となっていることを前掲記事で紹介したが、補助金が充実していて参入しやすいという要素は大きそうだ。  同訓練所は費用対効果の問題もある。2019~21年の卒業生10人のうち、国見町に移住したのは三栗野さんを含めてわずか2人。あまりに寂しい数字。年間経費は約2000万円だという。  卒業生らは「農友会」と呼ばれる若手農業者の組織を作り、定期的に交流している。そういう意味では、農業振興に貢献していると言えるが、経済人からは「やるなら町を代表する農産物などに特化すべき。金をかけて町営訓練所を作ったが、いまいちアピール度に欠ける」と不満の声も聞こえてくる。  これらもまた新規就農者を取り巻く環境の〝現実〟ということだ。

  • 【家庭教師のコーソー倒産】少子化で苦境に立つ教育関連業者

    新潟・家庭教師派遣業「倒産」に見る業界事情  新潟県新潟市に本拠を置く家庭教師派遣と学習教材販売の㈲興創が、昨年9月7日付で新潟地方裁判所から破産手続の開始決定を受け倒産した。同社は1998年に創業し、「家庭教師のコーソー」(以下、コーソーと表記)として小中学生や高校生を対象に家庭教師による個別指導を手掛けていた。新潟本社のほか秋田市、札幌市、大宮市に営業拠点を開設し、派遣地域は新潟県、秋田県、山形県、青森県、福島県、岩手県、北海道、埼玉県をカバーするなど事業を拡大していた。しかし、競争激化に加え少子化による需要の減少で業績が悪化すると、借入金が資金繰りを圧迫。これ以上の事業継続は困難と判断し、今回の措置に至った。  昨年12月9日、新潟県民会館で興創(榊茂喜代表取締役、資本金800万円)の債権者集会が開かれた。破産管財人は新潟みなと法律事務所の堀田伸吾弁護士。  債権者集会は裁判所による指揮のもと、破産管財人が破産債権者に対して、破産会社が破産に至った経緯や資産(負債、財産)状況、配当の見込みなどについて情報を提供するもの。破産管財人が行う管財業務に関わる重要事項について意思決定をするため、破産管財人・破産者・破産債権者が一堂に会して開かれる。  集会の冒頭、榊氏は「従業員ならびに家庭教師の皆様、なにより一番は我々の会社の教材をご購入いただいた、ご入会いただいた会員の皆様には大変申し訳ないと思っております」と謝罪した。興創は2014年2月期には売上高3億7200万円を計上し利益も確保していたが、ここ数年は著しく業績が悪化し、2022年2月期には売上高2億5000万円にまで減少していた。負債額は1・5億円に上る。  「会社を取り巻く環境が厳しくなり、思うような業績が上がらなくなりまして、非常に苦しんでおりました。メインバンク、その他の銀行から融資を受け、頑張ってまいりましたが、支えきれなくなってしまいました」(榊氏)  破産管財人の堀田弁護士は破産に至った経緯について「生徒を獲得するための営業活動がうまくいかなくなった」と説明した。  「コーソーでは会員生徒を獲得するため、自宅の固定電話に架電する営業活動を行ってきましたが、携帯電話の普及に伴う固定電話の利用減少によって思うように業績を伸ばせなくなりました。また、個人情報に対する社会的意識の高まりによって生徒の名簿も入手困難となりました」(堀田弁護士)  20年ほど前まで、学校では児童・生徒の氏名や住所、電話番号が記載されたクラス名簿が配布されていた。コーソーをはじめとする家庭教師派遣業者が、独自のルートで各学校のクラス名簿を買い取り入手することは容易かったはずだ。しかし、2005年に全面施行された個人情報保護法により、プライバシー保護の観点から名簿が配布されなくなった。現在は児童・生徒の氏名のみのクラス名簿ですら公表しない学校が多いようだ。  自力でクラス名簿が入手困難となれば、次の手は名簿業者を利用するしかない。1件数円~数十円で個人情報を買い取ることになるが、違法な名簿業者から提供された個人情報を使用して営業すれば当然違法性を問われる可能性が高いことに加え、営業内容と親和性の高い名簿が得られるとは限らない。さらに名簿を入手したとしても、電話を受ける消費者の側が、プライバシーに対するリテラシーが高まっているため、営業活動云々の前に「なぜうちの電話番号を知っているんだ」と話を聞いてもらえず、成約率は以前より低くなっているのが実情だ。  今の時代、知らない電話番号から電話が掛かってきたときに、すぐに折り返さず、インターネットの検索エンジンで電話番号を入力して調べれば、即座に業者名や口コミが出てくる。  試しに「コーソー」で検索してみると、複数の電話番号がヒットし多数の口コミが出てきた。    ×  ×  ×  ×  口コミ1   たった今「夜分恐れ入ります。〇〇様のお宅ですか?」と穏やかな口調の男性から。「はい、そうですけど?」と不機嫌に答えると「家庭教師のコーソーと申しますが、お母様でいらっしゃいますか?」と聞きやがるので「どこでお調べで?」と返すと「名簿でございます」だと。「即消してくださいませ」と答えると「はい。申し訳ございませんでした」と。  口コミ2  21時ぐらいに電話してきた。まじで迷惑。聞いた話だと、同じ家に何回も勧誘すると法律違反らしい。  口コミ3  さっきこの番号でかかってきました。「断っても何回もかけてくる。そちらと同じ内容のセールス電話にうんざりしてる。いい加減やめて下さい!」と言うと、「それはスミマセンでした~」と感心なさそうな声で言うので、頭に来てそのまま電話を切りました。着信拒否かけても新しい番号でかけてくるので、いたちごっこで腹が立ちます。    ×  ×  ×  ×  コーソーはかなり手荒い電話営業を行っていたようだ。「家庭教師のトライ」などの大手家庭教師派遣業であれば、テレビCMやユーチューブなどを利用したインターネット広告にお金をかけられるが、会社の規模が小さくなればなるほど広告費を捻出するのは難しい。お金をかけずにできる宣伝は、チラシをポスティングしたり店舗に置いてもらったりしながら、自社のホームページを充実させ、ツイッターなどのSNSを有効活用するしかない。 明かされた財産目録  債権者集会で配られた財産目録は別図の通り。  「資産の部」の預貯金を見てみると、新潟信用金庫米山支店の33万5576円が最も多い残高となっており、資金繰りに困窮していたことがうかがえる。  また「資産の部」の貸付金を見てみると、最も高額なのが伊藤修の921万4151円。伊藤氏は埼玉県さいたま市で「家庭教師のハヤテ」を運営していた社長で、榊氏とは二十数年来の友人だった。榊氏は伊藤氏から家庭教師派遣業や教材販売の知識やノウハウのアドバイスをもらっていた間柄だったという。ハヤテが2017年末に倒産した際、榊氏の貸付によって再建されたが、2020年にその資金も尽き、榊氏が会社を引き取ることになった。現在、伊藤氏とは連絡がつかず、貸付金は回収不能の見込みだ。  事務用品や携帯電話などの備品や車両を現金化し、最終的に残った破産財団(破産手続の手続費用および破産債権者等への弁済原資)は597万4235円となり、諸経費を引いた最終的な破産財団の残高は377万7969円となった。  「負債の部」を見てみる。財団債権(公租公課)が3330万8272円となっている。財団債権とは最も優先的に弁済を受けることができる債権(別除権を除く)。公租は国税・地方税、公課は社会保険料など。財団債権(公租公課)のうち、2000万円強が公課に当たる社会保険料の滞納分という。  財団債権(労働債権)は破産手続開始前3カ月の賃金請求権であり、従業員やアルバイトなどの未払い賃金に当たる債権。記載が空欄となっているのは、独立行政法人労働者健康安全機構の立て替え払い制度を利用したため。同制度で未払い賃金の8割相当が保証される(未払い賃金が2万円以下は対象外)。正社員とアポインターのアルバイトは昨年12月中に立て替え払いが完了しており、家庭教師は今後請求を進めていくという(※)。  ※財団債権(公租公課)と財団債権(労働債権)は同列で、優先順位はない。  最後に破産債権。記載が空欄なのは、前述・破産財団の残高が財団債権よりも下回っているため、破産債権への配当が見込めないためだ。  つまり、学習教材を購入した、あるいは家庭教師の指導を受けた消費者の債権は1円も返ってこない状況となっている。多くの会員は教材費として、入会時に30万円を一括かクレジットの分割で支払っている。また、家庭教師の指導を受ける権利が付与された指導券を4回分まとめて購入しており、コーソーが事業停止した8月末以降に指導券が余っていた場合は、ただの紙切れとなる。  家庭教師は「特定商取引法における特定継続的役務提供契約」に当たり、契約の解除(クーリングオフ)や中途解約が認められている。  債権者集会では、債権者である生徒の保護者から教材費や指導券の返金に関する質問が集中した。  ある会員生徒の母親は「教材費31万円をクレジットカードの36回払いで購入しました」と話す。  「これまで3回クレジットの支払いをしました。クレジット会社とお話しして支払いを止めてもらっていますが、残りの分も払わなければならないのでしょうか。契約の際に教材費だけでなく、3年間の管理料も含まれていると聞いています。教材費はやむを得ないにしても、管理料も払わなければならないのは納得できません」  これに対して、管財人の堀田弁護士は次のように答えた。  「あくまでクレジット会社と会員様の契約となりますので、管財人としては助言できる立場にありません。大変心苦しいのですが、消費者センターや弁護士に相談してみてくださいとしか申し上げられません」  会員の中には興創が倒産する直前に契約したために、教材すら届いていない人もいた。榊氏いわく、事業停止する8月末に初めて従業員に倒産する旨を伝えたため、倒産直前まで会員の勧誘を行っていたことになる。 時代に追いつけず  厚生労働省によると、2021年の国内の出生数は81万1622人と過去最少を更新している。学習塾や家庭教師派遣などの教育関連業者は、少子化による児童・生徒数の減少や新型コロナウイルスの影響に加え、講師不足や後継者難といった問題を抱えるケースが多く、教育関連業者の倒産が増加している。  民間信用調査機関の帝国データバンクは、2008年以降の教育関連業者の倒産動向(負債1000万以上、法的整理のみ)について集計・分析している。調査結果要旨は以下の通り。  ①2018年の倒産件数は91件、2015年から4年連続で増加。  ②負債合計は27億6300万円となり、過去10年で最小に。  ③業態別では「各種スクール・家庭教師」が最多。「学習塾」の倒産件数は過去最多を記録した。  教育関連業者を取り巻く環境は年々厳しくなっていることが分かる。そんな中、生き残りをかけてオンライン個別指導に活路を見いだしているのが「家庭教師のトライ」などを手がけるトライグループだ。2015年7月には完全無料の映像授業サービス「Try IT(トライイット)」をスタート。無料会員登録をするだけですべての映像授業(1本15分程度)が無料で視聴できるという、業界初の画期的なサービスとして注目された。このサービスは、すでに100万人の子どもたちが利用しているという。  そう考えると、コーソーが行ってきたコンプライアンス無視のテレアポ営業や高額な教材販売というビジネスモデルが終焉を迎えるのは当然の結果だった。  ちなみに福島県内の教育関連業者は2016年の政府統計(経済センサス―活動調査)によると、学習塾の民営事業所数は266、家庭教師が231となっている。また「都道府県別統計とランキングで見る県民性」によると、本県の小学生通塾率は33・2%(全国平均45・8%)、中学生通塾率は49・2%(同61・4%)となっている。  子どもを持つ親の身になれば、何とかして我が子の成績を上げたいと思うのは当然だ。塾に通わせてもついていけなければ意味がないと、家庭教師という個別指導に頼るのは自然の流れである。  今後、家庭教師派遣業に求められるのは明瞭な料金体系の公開や、入会金や教材費に頼らない仕組みだろう。また、消費者である子どもを持つ親も、自分の子どもにとって何が一番良い投資になるのかを吟味するリテラシーが求められる。コーソーの指導を受けていた会員の児童・生徒が、今後も充実した学習ができることを願うばかりだ。

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    【飯舘村】出身女優が性被害告発

     飯舘村出身の俳優・大内彩加さん(29)が、「福島三部作」で知られ、双葉町に移住した劇作家・谷賢一氏(40)=石川町生まれ、千葉県育ち=から性被害を受けたとして損害賠償を求めて提訴している。谷氏は否定し、法廷で争う姿勢。別の俳優からも性被害やパワハラの証言がある。  大内さんは高校2年生の時に東日本大震災・原発事故で被災。2018年から谷氏が主宰する劇団に客演として参加するようになる。同年夏の「福島三部作」東京公演後に谷氏からレイプ被害を受けたという。  大内さんは「谷はハラスメントの常習犯。移住すると聞いて怖くて仕方がなかった。何も知らない福島県民や演劇が好きな人が被害を受ける前に『告発』したかった」と決意の固さを話してくれた。提訴を受けて12月に南相馬市で予定されていた谷氏作・演出の舞台が中止になったことについては、「千秋楽の後に『告発』したら見に来てくれたお客様が傷つくと考えました。後になって深い傷が生まれてほしくなかった」。  12月末にZoomで開いた会見には、地元紙の記者の姿はなかった。共同通信の配信記事で事足りるということか。いままで散々、谷氏をもてはやしておいて被害者の声に耳を傾けないのはフェアではない。

  • 福島刑務所

    【福島刑務所】集団暴行死事件を追う

    内部文書で判明した「刑務官の異変放置」  2022年3月25日、福島刑務所(福島市)の6人が収容された1室で、60歳の男性受刑者が意識不明の状態で見つかった。受刑者は病院に搬送され、3日後に死亡。同室の複数人から日常的に殴る蹴るの暴行を受けていた。傷害の罪に問われた3人の裁判では、脳梗塞の影響で失禁を繰り返していた被害者にいら立ち、標的にしていたことが判明。刑務官が事態を放置していたことも内部文書で明らかになり、同刑務所の管理体制が問われている。(敬称略)  福島刑務所は、執行刑期が10年未満で犯罪傾向が進んでいる(B指標)か、外国人(F指標)の男性受刑者が収容される。2022年3月25日付の同刑務所「処遇日報」によると、定員は1655人で、898人を収容していた(収容率54・3%)。 集団暴行が繰り返されていたのは、3舎2階にある52室。けがや病気などで身体に障害を抱えた男性受刑者6人が入室していた。被害者はタカサカシンイチ。福島民友2020年11月25日付によると、同名の「高坂進一」が郡山市内で乗用車を盗んだとして逮捕されている。タカサカは2022年2月21日に52室に転室した。 タカサカは、先に入室していた受刑者たちから頭や顔、胸腹部などを殴られ、打撲や肋骨骨折などのけがを負った。暴行を受けて死亡しているため傷害致死の疑いも残るが、加害者3人が裁かれたのは傷害罪のみ。主犯は小林久(ひろし)(47)=本籍郡山市、従犯は佐々木潤(49)=同京都市、菊池巧(35)=同矢祭町。全員前科がある累犯者で、小林と菊池は窃盗、佐々木は強制わいせつの罪で懲役刑を受け服役していた。従犯2人は罪を認め、福島地裁は10月19日に懲役1年(求刑懲役1年2月)を言い渡した。主犯の小林は共謀を認めておらず、審理が続いている。 公判での証言から、52室で日常化していた集団暴行をたどる。  主犯の小林は2022年1月5日、F受刑者と一緒に転室してきた。佐々木が翌6日、S受刑者が同31日、最後にタカサカと菊池が2月21日に転室した。全員、身体が不自由だった。裁判では加害者3人が車椅子に乗って入廷し、証言台に立つのも刑務官2人に支えられていた。加えて、死亡したタカサカは脳梗塞の後遺症で失禁を繰り返していたという。 同室者たちは、そんなタカサカと悪臭にいら立っていた。「寝ている時にトイレに行けばいいんですが、周囲が言っても聞かないんです。シャツや上着を汚していましたが、本人が掃除しないので俺たちがやっていました」と佐々木。タカサカは「明日からはしないし掃除もする」と約束したが、守られなかったという。同室者たちは就寝中のタカサカが失禁しないように、15~20分間隔で起こして便所に連れて行った。最初は小林が、後に佐々木、菊池、Sも加わった。 6人部屋で標的に  「なんでこんなことをしなくちゃならないんだ」。4人は睡眠不足が続き、鬱憤を晴らすためタカサカに3月上旬から暴力を振るうようになった。最初は小林が寝ているタカサカを起こす時におでこや鼻の頭を叩いた。「起こす時に殴っていいから」という小林の言葉に他の受刑者も続いた。タカサカが起床を拒む時は、踏みつけたり、布団を剥ぎ取ってみぞおちを殴ったり蹴ったりして従わせた。 夕食後の余暇時間にも暴行はやまなかった。激しくなる暴力にタカサカは耐えきれず、刑務官に何度も転室を求めた。だが返事はいつも「行く部屋はない」だった。 日常的な暴行が約2週間続いた同23日ごろ、タカサカは起き上がるのが困難になっていたという。刑務官は同日午後5時10分ごろにタカサカの体温を測定し、顔にあざやけががないことを確認した。しかしこの時、既に暴行は熾烈を極めていた。 一度標的にされると逃げ場はなかった。被害者と加害者が一日中顔を合わせる状況が続いていたことが原因だ。福島刑務所では、懲役囚たちは月、火、木、金曜の午前8時~午後4時に刑務作業がある(金曜は矯正指導の場合も)。通常は居室とは別の部屋で作業するが、身体が不自由な彼らの場合、居室の中に材料が運び込まれ、机を並べて作業した。作業中もタカサカの失禁はやまず、受刑者から顔面に裏拳を食らった。 同24日はタカサカに意識があった最後の日だ。タカサカは夕食後の余暇時間に、小便で汚してしまった上着と下着を流し台で洗っていた。テレビを見ながらだったため、洗い方は疎かだった。午後8時からの番組「科捜研の女」を見ていた。 タカサカの手が止まった。小林が洗濯を続けろと怒ったが通じない。小林に命じられ、佐々木が右隣に立ち監視した。「それじゃ生ぬるい。俺がやるのを見とけ」と小林。タカサカの右脇腹を殴った。続いて流し台に手を掛けて不自由な身体を支えながら、胸腹部にひざ蹴りした。タカサカが前かがみになったところに背中へ右ひじを振り下ろした。 小林は「俺がしき(見張り)張っとくから、よそ見したらお前も俺がしたようにしろ」と佐々木に命じた。小林は窓の傍で廊下の巡回を警戒した。佐々木は手本通り実行した。次に小林は「後で俺が殴る前に20発殴れ。みぞおちだと跡が残らないからな。合図したらやめろ」と言った。 菊池にはタカサカの両手を後ろに回し拘束するよう命じた。佐々木はタカサカの正面に立ち、両手のこぶしでみぞおちを殴った。足が不自由で踏ん張りが効かないが、菊池の「佐々木さん、俺のことは気にしなくていいから思いっきり殴ってくれ」との言葉を得て20回ほど殴った。 暴行に加わらず布団に入っていたSとFが様子を見ていた。タカサカは畳の上に横になったまま、動かなかった。1人で布団を敷ける状態ではなく、刑務官が「お前らで敷け」と命じると、小林、佐々木、菊池、Sは4人でタカサカの手足を持ち布団に入れた。小林は備え付けのつまようじを複数手に取り束にして、タカサカの左太ももに突き刺して手前に引いた。赤い線になって傷が付いた。 翌25日、起床時刻の午前7時半になってもタカサカは起きない。その日は8時からの作業に代わり、矯正指導のビデオを見る日だった。刑務官が到着したのは8時31分ごろだった。他の5人がビデオを見ている中、刑務官がタカサカの体温を測ると「測れないぞ」との声が上がった。 3日後の午後8時20分、タカサカの死亡が確認された。 衰えていた被害者  福島地裁で10月13日に開かれた小林の公判では、佐々木が証人として出廷した「なぜ小林の主導で集団暴行が繰り返されたのか」と問われた佐々木は「同室者の多くは小林に親族の住所と電話番号を控えられ、命令に逆らうことに恐怖を感じていた」と答えた。小林は他の受刑者より一足早く出所する予定で、自分が刑務所に残っている間に親族に危害が及ぶことを恐れたという。 ただ、佐々木自身もタカサカにいら立ちを感じていたのは確かで、それが暴行に加わった要因の一つと認めている。 真偽は不明だが、小林は暴力団との関係をほのめかし、52室の主導権を握っていた。タカサカも小林に個人情報を握られていたという。佐々木は「タカサカは小林の言うことを聞かなかったから標的となった」と話すが、失禁が止まらないほど重症で、部屋の中で一番高齢で衰えているタカサカが反抗的な態度を取っていたとは思えない。 佐々木は「動作を見ると、タカサカさんは言うことを聞く気はあるけど体が思うように利かない状態やったと思います」と言った。生前、「(便を)漏らしている感覚はあるのか」と聞いても、タカサカは「ない」と答えたという。小林の言うことを聞かなかったのではなく、脳梗塞の後遺症で体が動かせなかったから「聞けなかった」のではないか。 集団暴行死事件が起こった福島刑務所  一方、重い病状の受刑者たちを一つの部屋に集中させ、健康状態に配慮しなかった刑務所側の責任も問わなければならない。福島刑務所は今回の事件をどのように総括しているのか。情報開示請求で入手した内部文書からその一端をうかがう。 まずは7月6日に出された事務連絡。題名は「被収容者の動静把握の徹底等について」。処遇担当の首席矯正処遇官が通知している。 《承知のとおり、本件は、司法解剖に係る公表事案となり、広くマスコミにより報道されたところであり、「福島刑務所で発生した事件」として、広く社会にも周知されていることから、その後の動向については、今なお注目されています》 佐々木と菊池に懲役1年の判決が言い渡されたことを報じた10月20日付の地元2紙の記事は、いずれも第3社会面で扱いは小さい。福島刑務所が危惧したほどではなかった。傷害致死ではなく傷害で逮捕・起訴され、裁判員裁判とならなかったためだろう。引用を続ける。 《本件発生後、当所では、本年4月11日付所長指示第23号「被収容者の動静把握の徹底等について」が発出され、当該指示の内容について、全職員を対象として研修を実施した。(中略)今一度、その内容を再確認の上、適切に勤務を遂行願います》 「適切な勤務」がされていなかったと分かる記述だ。では、4月11日に出された所長指示「被収容者の動静把握の徹底等について」とはどのような内容か。着任したばかりの五十嵐定一所長が出した書面を一部黒塗りがあるが抜粋する。 《本年3月25日午前7時30分の起床時刻頃、当所(3字分黒塗り)2階共同室に収容されていた(2字分黒塗り)受刑者が、布団に横がしたまま起床せず、その後、(27字分黒塗り)により外部病院に救急搬送され、同月28日に至り、多臓器不全により死亡する被収容者死亡事案が発生した。 本事案については、(9字分黒塗り)事故者を医務課に搬送し、診察の実施過程において、事故者の頭部、上半身及び左大腿部に複数の擦過傷及び打撲痕等が確認され、同衆暴行が行われた疑いがあったことから、事案解明と社会正義の実現のため、当所司法警察職員による捜査を開始したところであるが、(15字分黒塗り)にもかかわらず、これを事実上放置して、医療措置が遅れ、結果として、被収容者が死亡したことは、重大な事案であり、到底看過することはできない》(傍線部は筆者注) 「放置」を問題視  裁判での証言を基にすると、傍線部には、タカサカが脳梗塞を抱えていて注視する必要があったことや、刑務官に転室を希望していたことが表記されていると思われる。担当刑務官が異変を放置し、受刑者の生命保護につなげられなかった点を五十嵐所長は問題視しているわけだ。 書面では、以下の4項目の徹底も求めている。 1「(4字分黒塗り)の予防について」、2「現場確認について」、3「居室等勤務、運動・入浴立会勤務について」、4「動静視察等の徹底について」。 1は、高齢や病気で身体機能が低下している受刑者を十分に観察せよとの内容。2では、「起床時刻から1時間以上経過した後に監督職員が事故者の居室を開扉し、状況を直接確認しているが、起床後の人員点検報告を確認する業務がある等の事情を勘案しても遅きに失する」と指摘している。起床時刻が午前7時半、刑務官が駆け付けたのが1時間後の8時半ごろ。被害者の容体が危うく、自分で布団も敷ける状態ではなかったのが前日の午後8時45分ごろだから、体調不良の受刑者を12時間近く放置していたことになる。 3では、「勤務職員が異常を察知できなかったことが事案を発展させた可能性がある」とし、「巡回間隔を遵守するのみでなく頻繁な巡回を励行」すること、さらに、受刑者の運動・入浴時には形骸的な検査に陥らないようにし、異変は監督者に直ちに報告することを求めている。 被害者の死につながる暴行が行われていた3月24日夜は、小林が巡回の警戒に立ち、刑務官に目撃されないようにしていた。菊池によると、巡回は1、2人で行われ、警戒していれば暴行していても簡単には見つからないという。「福島刑務所居室配置表」を見ると、3舎2階には1~56室まで居室があり、集団暴行が行われていた52室は端の方に位置する。菊池が述べたように、巡回は簡単にやり過ごせるほど形骸化していたのだろう。 4では、集団暴行が「養護により昼間においても同じ居室内で作業を実施している居室」で起こったことから、同一空間で過ごすことによる精神的ストレスに注意し、夜間の居室の一部分離や定期的な転室の実施を求めている。これも、タカサカの転室希望が聞き入れられなかったことを受けての指示だ。 タカサカは何度も盗みを働き、刑務所の常連のようだが、だからと言って無造作に命が奪われていいはずがない。 今回の集団暴行死事件では、刑務所という国の24時間管理下に置かれた施設が無秩序状態にあったことが露見した。原稿執筆時の10月末現在、主犯である小林の裁判は継続中(次回は11月11日午後2時)だが、それとは別に、福島刑務所は事件の経緯と原因を公表し、管理運営の在り方を抜本的に見直す必要があるだろう。

  • 用水路(イメージ)

    本宮市の用水路工事が住民の苦情でストップ

     本宮市高木地区で行われていた市発注の用水路工事がストップしているという。  ある関係者によると、「同事業は市が実施しているもので、昨年秋ごろに工事が始まったと思ったら、すぐにストップした」とのこと。  市のホームページで入札情報を確認したところ「高木字戸崎地内水路改良工事」の入札が昨年9月8日に行われており、この工事を指していることが分かった。  前出の関係者はこう話す。  「同工事は、農地脇に用水路を通すもので、十数軒の権利者(農地所有者)がいるのだが、そのうちの1人? 数人? が市にクレームを付けたそうです。具体的には、農地脇の土手のところに作業用道路を通して、用水路工事完了後は元に戻すことになっていたようだが、その過程で(農地所有者に)きちんと説明する前に、農地脇の土手の一部に土を入れて埋め立ててしまった。それに、一部農地所有者が怒り、工事をストップさせた、と」  その後、市は関係者に対して説明会を実施するなど、対応に追われ、工事はストップしたままという。  本宮市建設部に確認したところ、「昨年9月に工事がスタートしたが、地元の方から要望があり、中断している」とのこと。  そのうえで、担当者は次のように説明した。  「この間、2回、地元の方を対象に説明会を実施しており、そこで出た要望などを踏まえながら、地元の方の要望に沿うような形で進めたいと思っています。もともと工期は今年度末まで(2023年3月末)でしたが、それを受け、この12月議会で、2023年度(2024年3月末)まで繰り越すための関連議案を提出して承認いただきました」  最後に、前出の関係者は次のように話した。  「もちろん、市(受注業者)の対応ももっとやりようがあったんだろうけど、そもそも、市にクレームを入れた人の農地は耕作されていなかったんです。ですから、そんなに怒らなくても、と思いますけどね」

  • 北塩原村【道の駅裏磐梯】オリジナルプリンが好評

     北塩原村の観光・交流拠点の1つである道の駅裏磐梯では、期間限定商品だった「裏磐梯桜峠プリン」の通年販売を昨年9月23日から開始し、好評を博している。  同商品は同駅オリジナルスイーツとして開発されたもの。会津山塩をきかせた濃厚カスタードプリンの上に、オオヤマザクラの実を用いたジュレをのせた。プリンの甘じょっぱさと、ジュレのほのかな酸味を同時に味わえる。濃紅とミルク色のコントラストが美しく、かわいらしいラベルと相まって見栄えの良い商品となっている。  名前の由来となった桜峠は、同村の温泉リゾート施設・ラピスパ裏磐梯の隣に位置する桜の名所。毎年3000本のオオヤマザクラが咲き誇る。ソメイヨシノよりもピンク色が濃く、その華やかさに魅了される観光客が多いという。  商品開発の経緯や特色について、同駅の榎本季一総支配人は「一昨年から北塩原村ならではの付加価値の高いオリジナルスイーツを開発すべく熟慮を重ねてきた中、当村の絶景スポットである桜峠に着目した次第です。春のお花見シーズン以外でも桜峠を感じてほしいとの思いから商品開発に至りました」と説明する。  製造については、喜多方市の橋谷田商店に依頼し、通年販売するため冷凍での提供を決めた。プリンの冷凍は技術的に難易度が高く、解凍した際に離水などで食感が著しく低下してしまうことがあるが、試行錯誤を繰り返し、満を持して本格販売できるようになった。  「解凍後もプリン独特のプルプル感を味わえる商品を開発しました。解凍は常温で3~4時間、冷蔵庫で6時間が目安。独特な食感が楽しめる半解凍もおすすめです。オオヤマザクラジュレとカスタードプリンが口の中で織りなすハーモニーを楽しんでほしいです」(榎本総支配人)  道の駅裏磐梯のみでの限定販売。価格は1個380円(税込み)。水曜日定休。  詳しい問い合わせは、道の駅裏磐梯☎0241(33)2241まで。

  • 【福島県ユーチューバー】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん

    【戦力外110kgおじさん】福島県内在住おじさんユーチューバーの素顔  テレビ離れが進む昨今、ユーチューブの全世代の利用率は9割だ。本誌の読者層であるシニア世代も、パソコンやスマートフォンで毎日のようにユーチューブを見ている人は多いはず。数あるチャンネルの中には、県内で活動するユーチューバーも多数存在する。その中に、異色のジャンル「車中泊&グルメ」系で人気を誇る「戦力外110kgおじさん(43歳)」がいる。なぜ視聴者はこのチャンネルにハマるのか、本人へのインタビューをもとに、その謎に迫ってみたい。  週末夜のキャンプ場。辺り一面、真っ暗の中、ポツンと明かりが灯る1台のプリウス。その車の後部座席で、一人焼肉をしながらチューハイ「ストロングゼロ」をキメる――。そんな様子をユーチューブに配信している男性がいる。男性の名は「戦力外110kgおじさん」(以下、戦力外さんと表記)。戦力外さんのユーチューブのチャンネル登録者数は10・5万人。1つの動画が配信されれば20万回再生するのは当たり前で、中にはミリオン(100万回再生)に届きそうな動画も複数ある。 / https://www.youtube.com/watch?v=_SxScudMxQ8&t=23s  「110kg」という名の通りの巨漢が、決して広いとは言えないセダンタイプのプリウスの後部座席で、好きなものをたらふく食べ、大酒を飲む。そんな動画がなぜ多くの人に見られ、そして見続けられるのか。  戦力外さんの動画はチャンネルを開設してすぐに〝バズった〟(人気が出た)わけではない。  戦力外さんがユーチューブに動画を配信し始めたのは2020年2月。当初は釣りの動画を配信していたが、再生回数は数十回程度で、チャンネル登録者数も伸びなかった。  浮上のきっかけとなったのは「顔出し」だった。   戦力外さんは「正直なところ、40代である自分らの世代ってネットで顔出しするなんて気が狂っているというか、抵抗があったんですよね」と話す。今の40代は、匿名性の高い「2ちゃんねる」などを見てきた世代であり、「インターネットでは絶対に顔を出すな」と言われてきた世代でもある。それでも、戦力外さんは再生回数を伸ばしたい一心で顔出しを決意した。  「顔出ししたら登録者が100人を超えたんですよ。ユーチューブには『チャンネル登録者数100人の壁』というのがあります。そこを自力で超えられると、収益化の条件である『チャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間』に近づくと言われています。大体の人はこの100人の壁を超えられず、やめてしまうみたいですね」  チャンネル登録者数100人に達するまで7カ月を要した戦力外さんだったが、そこから1000人になるまでは、わずか3カ月だった。  顔出しと前後して、現在の動画の原点となる「プリウスの快適車中泊キットを110kgおじさんがDIY」という動画を配信したことも追い風となった。  プリウスの後部座席で使う食卓テーブル兼ベッドを作る動画だ。プリウスは後部座席を倒してフラットにしても、普段座るときの足置きのスペースがぽっかり空いてしまう。寝袋を敷いて寝ていると、どうしても足の部分がはみ出てしまい快適に眠れない。それを解決するために作られたのがこの台だった(写真)。このときの動画が初めて再生回数1000回を超え、戦力外さんにとって初バズり動画となった。戦力外さんは「釣りではなく、車中泊に需要があるのか!」と気付き、動画の内容を車中泊系へと変更していく。 車内に設置された食卓テーブル兼ベッド  2度目のバズり動画は「車上生活者の休日シリーズ」。その後、このシリーズが戦力外さんの主力コンテンツとなっていく。 戦力外さんは「このシリーズの第1弾で、いきなり1万回再生いったんです」と言う。  「再生回数が伸びた理由は、当時チャンネル登録者数20万人のユーチューバーさんが動画にコメントをくれたからなんです」  コメントの内容は「あなたみたいな人が、もしかしたらユーチューブで成功するのかもしれませんね。収益化するまで是非続けてください。わたしも応援します」だった。  ユーチューブに限らずSNSではよく起こる現象だ。多くのフォロワーやファンを持つ配信者(発信者)が、無名ユーチューバーの動画を一言「面白い」と紹介しただけで、瞬く間にその動画が拡散されていく。これをきっかけに戦力外さんは、収益化の条件であるチャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間を達成した。 動画を通じて疑似体験  動画の冒頭は、戦力外さんが車中泊をする場所に向かう道中の運転席を映している。無言で運転する戦力外さんが映し出され、テロップでその日にあった出来事などが紹介される。動画の説明欄に「この動画は半分くらいフィクションです」とある通り、テロップの内容は現実世界で起きたことに、戦力外さんが少し〝アレンジ〟を加えたものとなっている。  名前にあるもう一つのテーマ「戦力外」。これは、戦力外さんが日々の生活において「社会に出ると全然自分が役に立たない」、「俺って会社や社会では戦力外だな」と、打ちひしがれた経験が基になっている。   視聴者のコメント欄を見ると「おっちゃん見てると他人事には思えないんだよな。職場のストレスはよく分かる! この動画を見てると頑張んなきゃって不思議と思える。おっちゃん頑張って!」などと書き込まれている。  「動画の前半部分によく出てくる職場での失敗エピソードは、視聴者が自分よりきつい環境にいる人を見て、自分はまだまだマシだなって安心したい思いがあると思います。社会の戦力外おじさんが、もがきながら、ささやかな楽しみを見つけて楽しんでいる姿を見てシンパシーを感じるのでしょうね」 取材に応じる戦力外さん  メーンである動画の後半部分は、戦力外さんが車中で一人、ひたすら飲み食いするシーンだ。これがまた「食べ物がとても美味しそうで、美味しそうに食べる」動画なのだ。  視聴者のコメント欄には「見てると幸せな気持ちになれる動画を、ありがとうございます!」、「毎回、元気いただいてます」などと寄せられている。  「自分の好きなユーチューバーを見ることによって、自分もキャンプした気持ちになる。健康上の理由で食べたいけど食べられない人にとっては、私の動画を見て食べた気になる。そうやって疑似体験したいのかもしれませんね」 動画の編集時間は5時間  戦力外さんは1979(昭和54)年生まれの43歳。出身は山形県だが、幼少期から30代半ばまで猪苗代町で過ごす。学生時代は漠然と「物書きになりたい」という夢を持っていた。専門学生時代にはサブカルチャー雑誌『BURST(バースト)』にハマり、石丸元章、見沢知廉、花村萬月など、破天荒だが自由を感じるライフスタイルに憧れた。何か行動に移すということはなかったが、創作活動をしたいという思いは学生時代から抱いていた。  高校卒業後、家業である川魚の養殖業に就き、6年半前に実家を出て中通りに引っ越すタイミングで、インフラ系の会社に転職した。20代に真剣に打ち込んだのはフルコンタクト空手という格闘技だった。しかし膝のじん帯を断裂し、選手生命を断たれてしまう。  人生の大きな目標を失い「もう一つ生きがいを見つけたい」と思い立った戦力外さんが表現活動の第一歩として始めたのが、LIVEコミュニケーションアプリ「Pococha(ポコチャ)」だった。しかし、ポコチャはリスナーと直接会話するスタイルで、高度なコミュニケーション能力が要求されるため数カ月で挫折してしまう。  戦力外さんは「誰かと直接コミュニケーションせず、自分のタイミングで動画を撮り、じっくり編集できる方がいいんじゃないか」と考え、ユーチューブを始めた。  平日は会社で働き、休日になると動画撮影のため出掛ける。撮り終わったら自宅に戻って編集する。1つの動画の編集作業は平均5時間を要するが、「スマホを使ってベッドに寝ころびながらリラックスして作業しているので、そんなに大変ではないですよ」。  台本は作らず、頭の中で動画の構成を練っている。仕事は車の移動時間が長いため、その時間を有効活用し、面白いワードが出てくるのをひたすら待つのだという。 「美しいマンネリ目指す」  戦力外さんのチャンネルの視聴層は35~60歳までが多く、男女比では男性が9割を占める。  「理想は水戸黄門とか孤独のグルメなんです。視聴率トップは取れないけど、ずっと見てくれる人がいる。美しいマンネリっていうんですかね、そんな動画でありたいですね」  戦力外さんの動画が限られた層にしか見られていないと分かるエピソードがある。戦力外さんは自身のユーチューブチャンネルを母親に薦めたそうだが、母親が熱心に見るのは猫やフォークダンスの動画で、いくら薦めても自身の息子が配信している動画を全く見なかったという。戦力外さんは「興味がなければ肉親の動画でも見ないんですよ」と笑う。 プリウスと戦力外さん  ユーチューブはユーザー一人ひとりの趣味趣向に合った動画がトップ画面に表示されるような仕組みになっており、普段見ないジャンルの動画はそもそも表示もされない。これはユーチューブに限ったことではなく、買収騒動で話題のツイッターなどのSNS、ゾゾタウンなどの通販サイトも同様だ。  ただ、世の中の〝おじさん〟しか見ないニッチな動画を配信しているはずが、最近は少しずつファン層が拡大している様子。北海道に撮影に行った際、チャンネル登録しているファンの女性と奇跡的に出会い、お付き合いするまでに至ったという。  声をかけられる機会も増え、特にキャンピングカーで旅をしているシニア世代の夫婦からが多いようだ。 専業ユーチューバーへ  戦力外さんは6年半勤めた会社を辞め、12月から専業ユーチューバーとして活動を始めた。  「収入は不安定ですし、専業としてやっていくのに不安はありましたが、これからは創作活動一本で食っていくんだと決めました」  ユーチューブでの収入は「サラリーマンの月収の2倍くらい」だという。再生回数の変動などにより月の収入が100万円の時もあれば10万円の時もあるような世界だが、ユーチューブで最も広告収入を得やすいのは3月と12月なので、そのタイミングで退職を決意した。  ユーチューブは再生数によって広告収入が決まる。その単価についてはユーチューブの規約で公言しないよう定められている。戦力外さんも明かそうとしなかった。  しかし、さまざまなユーチューバーの書籍の情報によると、現在、ユーチューブの広告収入単価は1再生あたり0・05~0・7円と言われている。トップクラスの人気ユーチューバーは、1つの動画につき、サラリーマンの平均年収の3~4倍の広告収入が入る計算となる。  とは言っても、そこまで稼げるのはほんの一握りで、急に動画が見られなくなることだってあるのだ。  ただ、戦力外さんは「ユーチューブはプライベートすべてがネタになる」と前向きに捉える。  「仮にユーチューブで稼げなくなり、アルバイトをすることになっても、それを動画にすればいい。いいことも悪いこともネタにできるのがユーチューブなんです」  専業ユーチューバーになれば撮影回数を増やせるし、動画を配信する本数も増える。海外向けのチャンネル開設も目論んでいる。  「私のチャンネルは日本語のテロップを入れているので日本人しか見ません。次は世界に向けて、言葉なしでも伝わるような動画も作っていければと思っています」  戦力外さんは、テロップ無しに加え、ユーモアもプラスアルファしていきたいと考えている。  「チャップリンやミスタービーンみたいなコミカルな動きを入れていけば面白いかなと思っています」  一度見たら見続けてしまう中毒性。これがユーチューブの性質であり、作り手はそこを目指して動画を作成する。  「好きなことで、生きていく」  これはユーチューブのキャッチフレーズだが、専業ユーチューバーとして生き残っていくためには、そうも言っていられない。戦力外さんは「自分が好きなものも大事ですが、それ以上に、視聴者が求めているものを常に考え、再生回数が落ちないように維持していかなければなりません」と漏らす。  「死ぬ時、『なんであの時に専業ユーチューバーにならなかったんだ』と思いたくないんです。やった後悔よりもやらない後悔の方が悔いが残るって言うじゃないですか」  そう笑って話す戦力外さん。この先、どのようなチャンネルや動画を作り、ファンを拡大していくのか。〝おじさんユーチューバー〟の挑戦は始まったばかりだ。

  • 福島市いじめ問題で市側が被害者に謝罪

    福島市内の男子中学生が市立小学校に通っていたときにいじめを受け、不登校になった問題について、本誌2022年4月号「【福島市いじめ問題】6つの深刻な失態」という記事で、詳細にリポートした。  記事掲載後、男子中学生と保護者は市や市教育委員会の対応を巡り、担任の教員や教育委員会などに謝罪を要求。県弁護士会示談あっせんセンターに示談のあっせんを申し立て、2022年10月末、市長と教育長が謝罪することで和解に至った。  福島市は2022年11月22日の記者会見で、木幡浩市長と佐藤秀美教育長が非公式の場で直接謝罪しことを明らかにした。和解の条件として、市が児童らに180万円の解決金を支払い、いじめ問題の関係者を今後処分する。  同日、被害者側も記者会見を開き、男子中学生は「心の傷は治らない」と語った。保護者は「こちらが求める謝罪ではなかった」としつつ、「今後は組織一体となっていじめ問題に対応してほしい」と訴えた。

  • 福島市西部で進むメガソーラー計画の余波

     「自宅の周辺を作業員が出入りして地質調査をしていると思ったら、目の前の農地に開閉所(家庭でのブレーカーの役割を担う施設)ができると分かった。一切話を聞いていなかったので驚きました」(福島西工業団地の近くに住む男性)  同市西部の福島西工業団地(同市桜本)の近くの土地を、太陽光発電事業者がこぞって取得している。東北電力の鉄塔に近く、変電所・開閉所などを設置するのに好都合な場所だからだ。  2022年2月、鉄塔がある地区の町内会長の家をAC7合同会社(東京都)という会社の担当者が訪ねた。外資系のAmp㈱(同)という会社が特別目的会社として設立した法人で、福島市西部の先達山(635・9㍍)で大規模太陽光発電施設を計画している。そのための変電所を、市から取得した土地に整備すべく、町内会長の了解を得ようと訪れたのだ。  町内会長は冒頭の男性と情報を共有するとともに、同社担当者に対し「寝耳に水の話で、とても了承できない」と答えた。  同計画の候補地は高湯温泉に向かう県道の北側で、すぐ西側に別荘地の高湯平がある。地元住民らは「ハザードマップの『土砂災害特別警戒地域』に隣接しており、大規模な森林伐採は危険を伴う。自然環境への影響も大きい」として、県や市に要望書を提出するなど、反対運動を展開している。  そうした事情もあってか、変電所計画にはその後動きがないようだが、2022年3月には、別の太陽光発電事業者が近くの民有地を取得し、開閉所の設置を予定していることが明らかになった。  発電事業者は合同会社開発72号(東京都)で、福島市桜本地区であづま小富士第2太陽光発電事業を進めている。開閉所を含む発電設備の建設、運転期間中の保守・維持管理はシャープエネルギーソリューション(=シャープの関連会社、大阪府八尾市)が請け負う。  発電所の敷地面積は約70㌶で、営農型太陽光発電を行う。営農事業者は営農法人マルナカファーム(=丸中建設の関連会社、二本松市)。2022年7月に着工し、2024年3月に完工予定となっている。  開閉所は20㍍×15㍍の敷地に設置される。変圧器や昇圧期は併設しないため、恒常的に音が出続けるようなことはないという。発電所から開閉所までは特別高圧送電線のケーブルを地下埋設してつなぐ。 開閉所の整備予定地  5月7日には地元住民への説明会が開かれた。大きな反対の声は出なかったようだが、冒頭・予定地の目の前に住む男性は「電磁波は出ないというが、子どもへの影響など心配になる。工事期間中、外部の人が出入りすることを考えると防犯面も気になります」と語った。  前出・町内会長は、一方的な進め方に違和感を抱き、市の複数の部署を訪ねたが、親身になって相談に乗ってくれるところはなかった。  特別高圧送電線のケーブルが歩道の地下に埋設される予定であることを知り、市に「小学生の通学路にもなっているので見直してほしい」と訴えたところ、車道側に移す方針を示した。だが、根本的に中止を求めるのは難しそうな気配だ。  「鉄塔周辺の地権者が応じれば、ほかにも関連施設ができるのではないかと危惧しています」(町内会長)  福島市西部地区で進むメガソーラー計画で、離れた地区の住民が思わぬ形で余波を受けた格好だ。2つのメガソーラー計画についてはあらためて詳細をリポートしたい。

  • 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

    業者を悩ます「費用対効果」 2021年末から断続的に降った大雪で、福島市中心部は除雪が十分に行われない「デコボコ除雪」が問題となった。降雪、気温の低下が続いたことも相まって起きた災害だ。これを教訓に、市は除雪体制強化のため1億2727万円の予算を計上。道路の除雪を担う建設業界は「今季も同じくらい雪が降ると考えなければ」と神経をとがらせている。  気象庁によると、今冬の予報は、気温は東日本で平年並みか低い見込み、福島県を含む北日本でほぼ平年並みの見込み。降雪量は東日本の日本海側で平年並みか多い見込み、北日本の日本海側でほぼ平年並みの見込みとなっている。太平洋側は毎年予報をしていない。あくまで予報である点は念頭に置かなければならないが、少なくとも暖冬ではないということだ。  さらには、世界的な異常気象の原因となり、日本の冬に低温傾向をもたらす「ラニーニャ現象」が12月以降も続く可能性があるという。西高東低の冬型の気圧配置が強まり、寒気が流れ込みやすくなる。  2021年末から2022年初めにかけての大雪は、断続的に降り、低温が続いたため根雪ができた。雪を路肩によけても解けないため、壁のように固まり道路幅を狭め、交通が麻痺した。  2014年以来の大雪に、ツイッターでは《福島市の除雪はやっぱりヘタクソ。国道4号と13号以外はヒドイもんだ。飯坂街道などの主要道路もしっかり除雪すべき。木幡市長、除雪にもっと力を入れてくれ》など、除雪の遅さに苛立つ声が相次いで投稿された。市には2022年2月時点で2340件の苦情が寄せられたという。 なかなか雪が解けない本誌編集部前の道路  「デコボコ除雪」を教訓に、市は1億2727万円の「除雪力強化パッケージ」予算を打ち出した(表)。木幡浩市長は議会で「今回の大雪対応を検証した結果、準備態勢や除雪体制、情報発信などに課題があることを確認しました。それに基づき、2022年度当初予算で除雪力強化パッケージを盛り込み、この冬に向けて除雪力強化に取り組んでいます」と答弁している。  何を揃えたのか見てみよう。中央部に雪掻きが付いた「グレーダー」はこれまで1台のみだったが、新たに1台増やした。グレーダーは雪を寄せるほか、削る機能がある。前面に付いた板で雪を押し分ける「ドーザー」6台と併せ市の維持補修センターが保有する専用車両は現在8台となっている。  雪が積もる前の準備については、凍結防止剤散布車を3台から5台に増やした。また凍結防止剤を自動散布する装置を、スリップ事故が多い伏拝周辺の旧国道4号沿いに6か所設置している。  「生活道路や通学路は地域で」の方針も見える。町内会やボランティア団体を対象に、小型除雪機械購入補助として2021年度と同様に120万円を計上した。11月末現在で5件の申請があり、予算の上限を超えたことから、同じ除雪関連費用を流用しているという。その他には除雪技術向上に関する研修会の参加費として1人当たり1万円を助成する。  市で増やした機器は凍結防止剤散布車やグレーダーに限られ、歩道は地域住民が小型除雪車などを使って除雪することになる。ただ、2021年のような異例の大雪への対応は依然不安が残る。交通麻痺が起きた要因は、車道脇の固まった雪が解けずにいつまでも残っていたからだ。「ロータリー」(写真)で道路そのものから雪をどかさなければならなかった。 道路脇に溜まった雪を除去する除雪車両「ロータリー」  道路の除雪を担う委託業者はどのように備えているのか。市内でも積雪が多い飯坂町を拠点とする信陵建設の斎藤孝裕社長(66)は  「それなりに人員と予算を確保すれば対応できます。問題は、福島市は会津地方ほどの豪雪地帯ではないということ。せっかく用意しても出動する機会がなければ無駄になってしまう」  同社は除雪車を2台持つが、これまではそれで回ってきた。県道では5~10㌢、市道では10㌢の積雪が見込まれると出動するルールになっているが、斎藤社長によると、基準に達しなくても地元業者が自己判断で前もって出動するのが実情という。同社は本社周辺の国道399号の一部、県道福島飯坂線、フルーツラインの一部など5路線計約20㌔を担当している。  「前回は真夜中から出動しても降り続け、掻いても掻いてもきりがありませんでした。除雪車をリースしたり、臨時で人を雇うにしてもだいぶ前から手配しないと間に合いません。交通量や人通りの多い道路から除雪する優先順位もあり、家の前の除雪が後回しになった住民からは『何で来ないんだ』と言われました。ただ、すべての業者ができる限りの対応をしていることは理解してほしい」(斎藤社長)  同社では新たに8㌧除雪車の購入を考えたが、相場は1000万円ほど。前回ほどの大雪が毎年降るのかどうか判断が付かず、出動しなくても維持費や車検代がかかることを考えると、なかなか手が出せないという。半導体不足で中古車の相場も新車とほとんど変わらない。どこまで行っても、「豪雪地帯でない福島市でどこまで用意する必要があるか」が問題のようだ。 建設業の人手不足、人口減が重しに  除雪にかかわらず建設業界は人手不足が付きまとう。同社では、除雪車のオペレーターを2人募集しているが集まらない。給与を上げて再募集をかけているが、それでも厳しいという。  地元の道路の雪掻きは近くの住民が協力するのが原則だが、地方経済の沈下で自営業は衰退。居住地近くで働き、除雪作業に参加できる人も少ないだろう。地域の力でやるといっても、町内会を構成するのは高齢者ばかりで、体力の衰えた高齢者が主体となればなるほど除雪作業も事故が増えていく可能性がある。どこを削り、その分、どこを費やすか。雪害対策も人口減少でままならない状況が垣間見える。

  • 会津地方の農家を襲う「8050問題」

    「息子のために農地を売る」老親の覚悟  80代の老親と50代のひきこもりの子が孤立や困窮に直面する「8050問題」が進行している。会津地方のある農家は、自分の死後も病気を抱える一人息子の生活を支えようと、なけなしの田を売ることを考えたが法律の壁に阻まれた。一方で米価は下落し収入も減り、老親自身も今の暮らしで手一杯。農家の8050問題を追った。  「私は息子のために農地を売りたいが、売るのを阻まれています」  会津地方に住む農家の80代男性はため息をつく。妻と40代後半の一人息子と3人暮らし。息子は高校中退後、働きに出ず、ずっと家で過ごしている。  80代の老親と50代のひきこもりの子に関わる社会問題「8050問題」が顕在化している。進学や就職に失敗したことなどをきっかけに、家にこもって外部との接触を断つひきこもりが長期化。さらに、高齢となった親の収入が途絶えたり、病気や要介護状態になったりして経済的に一家が孤立・困窮することで起こる。孤立死や「老老介護」の原因ともなりうる。  人口の多い団塊の世代が80代を迎え、その子らの第二次ベビーブーム世代が50代を迎える時、社会に与える影響は大きいと見込まれる。ただ、40~50代はバブル崩壊後の就職氷河期で「割を食った」世代。採用を抑制され、新卒時に就職先に恵まれなかったこともあり、一概に失敗を「個人の努力不足」に帰することはできない。  冒頭で嘆いた男性の息子は、10代で精神疾患を発症した。その影響からか、人とうまくなじめず不登校になったという。家族が疾患と分かったのは高校中退後だった。  「もっと早く気づいてあげたかった」(男性)  息子は現在、医療機関に通い、週2回、支援者が訪問サービスに訪れている。  「息子は調子が良い時は農業を手伝ってくれます。薬が合っているのか、最近は以前よりも体調が良いようです。車は運転できないが、自転車を使って1人で買い物に行っています。私がいなくなってもお金さえあればなんとかなると思う」(同)  規則正しく食事も取るようになった。少しずつ復調し、農業の手伝いなど自分のできることから始めようとする息子を見て、最後まで支えなければという気持ちが強くなった。  「息子は障害年金を受け取っていますが、月数万円ではとてもじゃないが暮らしていけない。私もいつ死ぬか分からない。それまでに1000万円以上は用意してあげたい。やはり最後はお金です」(同)  男性は1000万円を国民年金基金に積み立てたいと考えている。そうすれば約10年後、自分が亡くなっても60歳になった息子には月約7万円が支給されるという。国民年金基金は自営業、無職、フリーランスが対象の1号被保険者が保険料を上乗せして払い、受給額を多くする制度だ。  だが、男性が元手にできるのは農地しかない。今は約16反(1万5800平方㍍)で米を作っているが、米価は下落し、苗代や肥料、農業機械の維持費、固定資産税などを考えると赤字で、助成金で埋め合わせているという。  「田んぼをやっているのは、手を入れなくなると雑草で荒れてしまうからです。周囲の田畑に迷惑がかかるし、何しろ笑われてしまう。息子が米を作ることはないだろうから、できれば売ってしまいたい」(同)  採算が合わないのに同調圧力で仕方なく米を作っているが、そのまま農地を残せば息子にとって負債となる。だから、処分して金に換えたいというわけ。  男性は宅地にしたり、太陽光発電施設の設置業者に売却しようと考えたが、農地を転用するには農業委員会の許可が必要になる。同委員会に申し出たが「他の人が(男性の農地を取得して)農地を広げる可能性がある」と認められなかったという。  「米が値下がりしている中、わざわざ新たに田んぼを買う奇特な人がいるとは思えない。作っても手間ばかりで、儲けはほとんどないんですから。農業委員会に『農地として買う予定の人がいるのか』と尋ねても答えてくれませんでした」(同)  自分の寿命はそれほど残されていない。元気に動けるのはあと10年もないだろう。農業委員会の許可は今後得るとして、まずは業者に売却する算段を付けようとした。  太陽光発電施設の設置業者をネットで調べ電話した。東京や名古屋から複数の業者がすぐに飛んできた。営業社員の男は調子が良かった。「米を作っていたということは日当たりが良いってことです。つまり太陽光発電にもうってつけなんですよ。会津は太陽光の宝庫です」と前のめりだったが、農業委員会の許可が下りそうもないことが分かると、見切りを付けて去っていった。 「太陽光の宝庫」と発電事業者から評される会津地方の田園  男性は現在も地元の農業委員会に通っているが、「それは県農業委員会に聞いてほしい」「東北農政局じゃないと分からない」などとたらい回しにされているそうだ。 「残された時間は少ない」  なぜ、ここまで農地売却に固執するのか。それは息子のために売れる資産がそれしかないからだ。  「国は国債を際限なく発行して借金があるでしょう? 頼りになりません。自分たちの身は自分で守らないと」(同)  他人を頼る気持ちにはなれない。周囲に不信感がある。10年ほど前に近隣で連続不審火があった。原因が分からなかったため、犯人探しが始まった。「無職で家にいるアイツ(息子)じゃないか」とウワサされたという。世間はいつも、息子をこう見ていたのかと知った。周囲がとても冷たく感じられたという。  「事情を知らない役所の人は、年寄りが息せき切って土地を売ろうとしている様子を陰で笑っているんでしょうね。でも、私には残された時間が少ない。『分からず屋』と言われても、息子のために動かなければならないんです」(同)  このまま農地を売却できないことも十分想定される。筆者は男性亡き後の息子の独り立ちを考え、市町村の相談窓口や成年後見制度を紹介したが、男性はしばらくすると、また農地を売却するための方法を熱心に探り出した。「どうしても売れなくて困っている」。農地売却には高い壁が立ちはだかるが、困難であればあるほど、男性の生きる「最後の目標」になっているようだ。

  • 【会津若松・喜多方・福島】市街地でクマ被害多発のワケ

    専門家・マタギが語る「命の守り方」  2022年は市街地でのクマ出没やクマによる人的被害が目立った1年だった。会津若松市では大型連休初日、観光地の鶴ヶ城に出没し、関係部署が対応に追われた。クマは冬眠の時期に入りつつあるが、いまのうちに対策を講じておかないと、来春、再び深刻な被害を招きかねない。  会津若松市郊外部の門田町御山地区。中心市街地から南に4㌔ほど離れた山すそに位置し、周辺には果樹園や民家が並ぶ。そんな同地区に住む89歳の女性が7月27日正午ごろ、自宅近くの竹やぶで、頭に傷を負い倒れているところを家族に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。クマに襲われたとみられる。  「畑に出かけて昼になっても帰ってこなかったので、家族が探しに行ったら、家の裏の竹やぶの真ん中で仰向けに倒れていた。額の皮がむけ、左目もやられ、帽子に爪の跡が残っていた。首のところに穴が空いており、警察からは出血性ショックで亡くなったのではないかと言われました」(女性の遺族) 女性が亡くなっていた竹やぶ  現場近くでは、親子とみられるクマ2頭の目撃情報があったほか、果物の食害が確認されていた。そのため、「食べ物を求めて人里に降りて来たものの戻れなくなり、竹やぶに潜んでいたタイミングで鉢合わせしたのではないか」というのが周辺住民の見立てだ。  8月27日早朝には、同市慶山の愛宕神社の参道で、散歩していた55歳の男性が2頭のクマと鉢合わせ。男性は親と思われるクマに襲われ、あごを骨折したほか、左腕をかまれるなどの大けがをした。以前からクマが出るエリアで、神社の社務所ではクマ除けのラジオが鳴り続けていた。 愛宕神社の参道  大型連休初日の4月29日早朝には、会津若松市の観光地・鶴ヶ城公園にクマが出没し、5時間にわたり立ち入り禁止となった。市や県、会津若松署、猟友会などが対応して緊急捕獲した。5月14日早朝には、同市城西町と、同市本町の諏訪神社でもクマが目撃され、同日正午過ぎに麻酔銃を使って緊急捕獲された。  市農林課によると、例年に比べ市街地でのクマ目撃情報が増えている。人的被害が発生したり、猟友会が緊急出動するケースは過去5~10年に1度ある程度だったが、2022年は少なくとも5件発生しているという。  鶴ヶ城に出没したクマの足取りを市農林課が検証したところ、千石バイパス(県道64号会津若松裏磐梯線)沿いの小田橋付近で目撃されていた。橋の下を流れる湯川の川底を調べたところ、足跡が残っていた。クマは姿を隠しながら移動する習性があり、草が多い川沿いを好む。  このことから、市中心部の東側に位置する東山温泉方面の山から、川伝いに街なかに降りてきた線が濃厚だ。複数の住民によると、東山温泉の奥の山にはクマの好物であるジダケの群落があり、クマが生息するエリアとして知られている。  市農林課は河川管理者である県と相談し、動きを感知して撮影する「センサーカメラ」を設置した。さらに光が点滅する「青色発光ダイオード」装置を取り付け、クマを威嚇。県に依頼して湯川の草刈りや緩衝帯作りなども進めてもらった。その結果、市街地でのクマ目撃情報はなくなったという。  それでも市は引き続き警戒しており、10月21日には県との共催により「市街地出没訓練」を初めて実施。関係機関が連携し、対応の手順を確認した。  市では2023年以降もクマによる農作物被害を減らし、人的被害をゼロにするために対策を継続する。具体的には、①深刻な農作物被害が発生したり、市街地近くで多くの目撃情報があった際、「箱わな」を設置して捕獲、②人が住むエリアをきれいにすることでゾーニング(区分け)を図り、山から出づらくする「環境整備」、③個人・団体が農地や集落に「電気柵」を設置する際の補助――という3つの対策だ。  さらに2023年からは、郊外部ばかりでなく市街地に住む人にも危機意識を持ってもらうべく、クマへの対応法に関するリーフレットなどを配布して周知に努めていく。これらの対策は実を結ぶのか、2023年以降の出没状況を注視していきたい。 一度入った農地は忘れない  本州に生息しているクマはツキノワグマだ。平均的な大きさは体長110~150㌢、体重50~150㌔。県が2016年に公表した生態調査によると、県内には2970頭いると推定される。  クマは狩猟により捕獲する場合を除き、原則として捕獲が禁じられている。鳥獣保護管理法に基づき、農林水産業などに被害を与える野生鳥獣の個体数が「適正な水準」になるように保護管理が行われている。  県自然保護課によると、9月までの事故件数は7件、目撃件数は364件。2021年は事故件数3件、目撃件数303件。2020年が事故件数9件、目撃件数558件。「件数的には例年並みだが、市街地に出没したり、事故に至るケースが短期間に集中した」(同課担当者)。  福島市西部地区の在庭坂・桜本地区では8月中旬から下旬にかけて、6日間で3回クマによる人的被害が続発した。9月7日早朝には、在庭坂地区で民家の勝手口から台所にクマが入り込み、キャットフードを食べる姿も目撃されている。  会津若松市に隣接する喜多方市でも10月18日昼ごろ、喜多方警察署やヨークベニマル喜多方店近くの市道でクマが目撃された。  河北新報オンライン9月23日配信記事によると、東北地方の8月までの人身被害数40件は過去最多だ。  クマの生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授は「2021年はクマにとってエサ資源となるブナやミズナラが豊富で子どもが多く生まれたため、出歩くことが多かったのではないか」としたうえで、「2022年は2021年以上にエサ資源が豊富。2023年の春先は気を付けなければなりません」と警鐘を鳴らす。  「クマは基本的に憶病な動物ですが、人が近づくと驚いて咄嗟に攻撃します。また、一度農作物の味を覚えるとそれに執着するので、1回でも農地に入られたら、その農地を覚えていると思った方がいい」  今後取るべき対策としては「まず林や河川の周りの草木を伐採し、ゾーニングが図られるように見通しのいい環境をつくるべきです。また、収穫されずに放置しているモモやカキ、クリの木を伐採し、クマのエサをなくすことも重要。電気柵も有効ですが、イノシシ用の平面的な配置では乗り越えられてしまうので、クマ用に立体的に配置する必要があります」と指摘する。 近距離で遭遇したら頭を守れ  金山町で「マタギ」として活動し、小さいころからクマと対峙してきた猪俣昭夫さんは「そもそもクマの生態が変わってきている」と語る。 クマと遭遇した時の対応を説明する猪俣さん  「里山に入り薪を取って生活していた時代はゾーニングが図られていたし、人間に危害を与えるクマは鉄砲で駆除されていました。だが、里山に入る人や猟師が少なくなると、山の奥にいたクマが、農作物や果物など手軽にエサが手に入る人家の近くに降りてくるようになった。代を重ねるうちに人や車に慣れているので、人間と会っても逃げないし、様子を見ずに襲う可能性が高いです」  山あいの地域では日常的にクマを見かけることが多いためか、「親子のクマにさえ会わなければ、危険な目に遭うことはない」と語る人もいたが、そういうクマばかりではなくなっていくかもしれない。  では、実際にクマに遭遇したときはどう対応すればいいのか。猪俣さんはこう説明した。  「5㍍ぐらい距離があるといきなり襲ってくることはないが、それより近いとクマもびっくりして立ち上がる。そのとき、大きな声を出すと追いかけられて襲われるので、思わず叫びたくなるのをグッと抑えなければなりません。クマが相手の強さを測るのは『目の高さ』。後ずさりしながら、クマより高いところに移動したり、近くの木を挟んで対峙し行動の選択肢を増やせるといい。少なくとも、私の場合そうやって襲われたことはありません」  一方、前出・望月准教授は次のように話す。  「頭に傷を負うと致命傷になる可能性が高い。近距離でばったり出会った場合はうずくまったり、うつ伏せになり、頭を守るべきです。そうすれば、仮に背中を爪で引っかかれてもリュックを引き裂かれるだけで済む可能性がある。研修会や小学校などで周知しており、広まってほしいと思っています」  県では、会津若松市のように対策を講じる市町村を補助する「野生鳥獣被害防止地域づくり事業」(予算5300万円)を展開している。ただ、高齢化や耕作放棄地などの問題もあり、環境整備や効果的な電気柵設置は容易にはいかないようだ。  来春以降の被害を最小限に防ぐためにも、問題点を共有し、地域住民を巻き込んで抜本的な対策を講じていくことが求められている。

  • 「第8波」に入った新型コロナ

    相馬市の陽性者分析で見えた対策  相馬市は今夏の新型コロナ「第7波」の感染者(陽性者)の詳細な分析を行った。その内容を紹介・検証しつつ、すでに到来しつつある「第8波」に向けて、どのような対策が有効かを考えていきたい。  11月23日時点での国内のコロナ感染者累計数は2409万4925人、死者数は4万8797人。およそ5人に1人がこれまでに罹患している計算になる。1日の感染者数で見ると、今夏の「第7波」と言われる感染拡大の中で、7月下旬から8月下旬にかけて連日20万人を超える新規感染者が確認された。その前後でも、1日に10万人から15万人の感染者が出ている。  県内で見ると、11月23日時点でのコロナ感染者累計数は24万9359人、死者数は335人。およそ7人に1人が感染している計算で、国内平均よりは低い。1日の感染者数が最も多かったのは、2022年8月19日で3584人。その前後で、2000人越え、3000人越えの日が相次いだ。7月下旬から9月上旬までが「第7波」に位置付けられる。  その後は、少し落ち着き500人から1000人弱の日が続いたが、11月中旬ごろからまた増え始めている。11月22日は3341人、23日は3191人と、過去最高に迫っている。すでに「第8波」が到来していると言えそうだ。  政府(新型コロナウイルス感染症対策本部)は、11月18日までに「今秋以降の感染拡大で保健医療への負荷が高まった場合の対応について」をまとめた。いわゆる「第8波対策」である。  基本方針は「今秋以降の感染拡大が、今夏のオミクロン株と同程度の感染力・病原性の変異株によるものであれば、新たな行動制限は行わず、社会経済活動を維持しながら、高齢者等を守ることに重点を置いて感染拡大防止措置を講じるとともに、同時流行も想定した外来等の保健医療体制を準備する」というもの。  住民は、これまでと同様、3密回避、手指衛生、速やかなオミクロン株対応ワクチン接種、感染者と接触があった場合の早期検査、混雑した場所や感染リスクの高い場所への外出などを控える、飲食店での大声や長時間滞在の回避、会話する際のマスク着用、普段と異なる症状がある場合は外出、出勤、登校・登園等を控える――等々の基本的な対策が求められる。  「第8波対策」で、これまでと大きく変わったところは、「外来医療を含めた保健医療への負荷が相当程度増大し、社会経済活動にも支障が生じている段階(レベル3 医療負荷増大期)にあると認められる場合に、地域の実情に応じて、都道府県が『医療ひっ迫防止対策強化宣言』を行い、住民及び事業者等に対して、医療体制の機能維持・確保、感染拡大防止措置、業務継続体制の確保等に係る協力要請・呼びかけを実施する」「国は、当該都道府県を『医療ひっ迫防止対策強化地域』と位置付け、既存の支援に加え、必要に応じて支援を行う」とされていること。  つまり、都道府県の判断で「医療ひっ迫防止対策強化宣言」を行い、営業自粛、移動自粛などの要請ができるということだ。  こうして「第8波」に向けた対策や基本方針が定められる中、相馬市が「第7波」の感染者について詳細な分析を行ったものが今後の参考になりそうなので紹介・検証したい。  ちなみに、同市の立谷秀清市長は、医師免許を持っており、地元医師会との意思疎通が図りやすいほか、全国の医師系市長で組織する「全国医系市長会長」を務め、他市の医療体制・感染状況などの情報交換がしやすいこと、全国市長会長を務め、比較的頻繁に国と意見交換ができる環境にある、といった強みがある。 ワクチンの効果  別表は、同市で「第7波」で陽性判定を受けた人の「陽性者数と陽性率」、「年代別、ワクチン接種回数別の陽性者と陽性率」、「陽性者の症状」をまとめたもの。  まず、陽性者数と陽性率だが、ワクチン適正回数接種者は対象2万8355人のうち、陽性者1260人で、陽性率は4・4%、適正回数未接種者は対象5157人のうち、陽性者916人で、陽性率は17・8%となっている。なお、ワクチンの適正接種回数は60歳以上が4回、12歳から59歳が3回以上、5歳から11歳が2回。  こうして見ると、ワクチンを適正回数接種した人は、していない人に比べて、陽性率が4分の1程度になっていることが分かる。  立谷市長は「ブレイクスルー(ワクチンを適正回数接種しても感染するケース)はあるものの、ワクチンの効果はあることが証明された」と説明した。  年代別で見ると、若年層の適正回数未接種者の陽性率が高い傾向にあることが分かる。若年層は、注意をしていても、人が集まる場に行く機会が多い、移動機会が多い、といった理由から、感染リスクが高くなると言われているが、それが裏付けられたような結果だ。対象的に、高齢者は適正回数接種者の陽性率は1・86%、それ以外でも10%以下と低くなっている。高齢者や基礎疾患がある人は重症化のリスクが高まるとされていることなどから、十分注意していることがうかがえる。  一方、陽性者の症状を見ると、94・8%が軽症となっており、無症状を含めると、99%以上が無症状・軽症になる。残りの0・8%は中等症Ⅰ、Ⅱで重症はゼロ。なお、厚生労働省が作成した「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き」によると、中等症Ⅰは「呼吸困難、肺炎所見」、中等症Ⅱは「酸素投与が必要」とされている。  立谷市長は以前の本誌取材に「ウイルス側も寄生するところがなくなったら生存できないわけだから、オミクロン株などに形を変えて『広く浅く』といった作戦に切り替えてきた。それをわれわれ人間がどう迎え撃つか。その戦いだ」と語っていたが、まさにそういった状況になっていることが分かる。 立谷市長  「今後、『第8波』が来る。年末年始で人の動きが活発になるということもあるが、基本的にこうしたウイルスは厳冬期は活性化しますからね」(立谷市長)  もっとも、対策としては「これまで継続してやってもらっている基本対策(消毒、マスク着用、密回避など)と、早期のワクチン接種しかない。『第8波』が来る前に、11月上旬からワクチン接種を実施している」(立谷市長)とのことで、そこに尽きるようだ。 ◎新型コロナ体験談 郡山市に住む50代男性。妻、子ども3人、義父母と暮らしています。 最初に感染したのは高1の娘。11月初めの夕方、高校に迎えに行くと喉がイガイガすると言う。まさかコロナじゃないだろうなと思いながら念のため車の窓を開けたが、娘も私もマスクを外していた。すると翌日、娘は咳をし出して発熱。病院でPCR検査を受け、陽性と判定された。 その2日後、私の体調に異変が表れた。喉がイガイガし、翌朝さらに酷くなった。次第に乾いた咳をするようになり、熱は38度台半ばに達した。抗原検査キットで陽性を確認。頭痛、寒気、関節の鈍い痛み等にも襲われ、寝るのもしんどい。解熱剤を服用してようやく眠れたが、その後、微熱と平熱を3、4日繰り返した。頭痛や寒気は翌日収まったが、喉のイガイガと咳は6日ほど続いた。寝過ぎた際に頭がボヤーっとする感じもしばらく残った。 私が発症した2日後には小学4年の次男も同じ症状に見舞われたが、幸い他の家族には広がらず、3人の感染で食い止めることができた。 私はワクチンを3回接種し、4回目の予約を検討しているところだった。インフルエンザに罹った時よりは辛くなかったが、できればもう感染したくないですね。

  • 【FSGカレッジリーグ】仮想空間で授業を実施

     専門学校グループ「学校法人国際総合学園 FSGカレッジリーグ」(郡山市)は1984(昭和59)年の開校以来、38年間積み上げてきた指導ノウハウと、2万0900人以上の卒業生ネットワークによる学生支援体制を備え、若者の学び場の充実を図り続けてきた。同グループは5校57学科で構成されており、東北最大級の規模を誇る。  グループ校の一つ、国際アート&デザイン大学校では9月、米国発メタバース「Virbela(バーベラ)」の日本向けプラットフォーム「GIGA TOWN(ギガタウン)」を活用した実証授業を実施した。専門学校としては初の試み。  メタバースとはインターネットの中に構築された仮想空間のこと。自分自身の分身(アバター)を操作して他者と交流できる。ゲームなどで使われてきたが、近年はビジネスシーンでの利用も進んでおり、今後の成長が見込まれている。  同校は「ギガタウン」の日本公式販売代理店・㈱ガイアリンク(長野県)と連携。学生らはアバターを使って「ギガタウン」での授業に参加し、事例研究、ゲーム、ディスカッション、グループ発表などを行った。  参加した学生からは「実際にその場で授業を受けているような臨場感があり、楽しかった。テーブルごとに個別通話できたり、画面を複数に分けて資料を提示できるなど、さまざまな機能があり、使いやすかったです」との声が聞かれた。  実証授業は学生の夢や目標達成のためのスキル、コミュニケーション力を育む目的で行われたもの。同校では5月にも、ICT関連やデジタルコンテンツ分野の教育機関を運営するデジタルハリウッド㈱(東京都)と連携し、アバター生成・操作のアプリケーションを使用した実証授業を行っている。  同グループでは教育のICT化を進める「Ed―Tech推進室」が中心となって、ICT技術・デジタル化を活用した効果的な授業の在り方を検討しており、同校の授業に積極的に取り入れている。  例えば、同校コミックマスター科では県内で初めて、アニメーション制作ソフト「Live2D」を授業に導入した。同ソフトは低コストで原画の画風を保ったアニメーションが制作できることから、家庭用ゲームやスマートフォンアプリに多く使用されている。同校は「Live2D」モデル作成ソフトライセンス無償貸与の教育支援プログラム認定校に県内で唯一指定されているため、授業での使用が可能となった。  一方でアナログテクニックを身に付ける実習も充実させており、どんな現場にも対応できる即戦力のスペシャリストの養成に努める。  ICT関連の資格取得も全力で支援しており、「PhotoShop(フォトショップ)クリエイター能力認定試験」の合格率は100%を誇る。さらにCGクリエイター検定の文部科学大臣賞を全国で唯一3年連続受賞している。  同グループが目標として掲げているのは「ONLY1、No・1」の教育実績。今後もコロナ禍以降本格的に導入したICT教育を発展させる形で、メタバースを活用した授業を推進し、学生一人ひとりのニーズに沿った教育を行うことで、夢の実現をサポートしていく考えだ。

  • 京都・仁和寺で「カラー絵巻」一般公開

    デジタル技術で蘇る戊辰戦争の風景 双葉町出身学芸員が解説  京都を代表する古刹・仁和寺で、明治時代に作られた「戊辰戦争絵巻」のデジタル彩色版が12月8日まで一般公開されている。福島県と何かと関係が深い戊辰戦争だが、その絵巻がなぜいま京都の寺院でカラー化されて公開されたのか。双葉町出身の学芸員に、その背景や一般公開の見どころを解説してもらった。  仁和寺は888(仁和4)年、宇多天皇が先帝の光孝天皇の遺志を継いで創建した寺院で、真言宗御室派の総本山。1994(平成6)年にユネスコの世界遺産に登録された。境内に咲く遅咲きの「御室桜」が有名で、和歌などにも詠まれている。 仁和寺金堂  皇族や公家が出家して住職を務める門跡寺院で、歴代天皇の厚い帰依を受けたことから、優れた絵画・書籍・彫刻・工芸品が数多く所蔵されている。創建当時の本尊である「阿弥陀三尊像(国宝)」をはじめ、国宝12件、重要文化財48件、古文書数万点を保存・管理している。  そんな同寺院の所蔵物の一つである「戊辰戦争絵巻」をデジタル彩色するプロジェクトが進められている。  戊辰戦争の幕開けとなった1868(明治元)年の「鳥羽伏見の戦い」を描いた絵巻で、全39場面。幅31㌢、長さは上下巻合わせて約40㍍。  「歴史資料に光彩を与えたことで、情報がより写実的になりました。例えば紅蓮の炎や血色染まる兵士の姿は、視覚的に凄惨さを増しましたが、その痛ましさに想像力を持って向き合うことで、絵巻に描かれていることは『物語』ではなく『歴史』であるという気づきをもたらすのではないか、と思います」  デジタル彩色の狙いについて、こう解説するのは双葉町出身の仁和寺学芸員・朝川美幸さんだ。  1971(昭和46)年生まれ。双葉高校、東洋大文学部卒。立命館大学大学院文学研究科博士前期課程を修了。年数回開催される仁和寺霊宝館名宝展の企画・展示を担当。共著に『もっと知りたい仁和寺の歴史』(東京書籍)がある。小さいころに真言密教に興味を抱き、仏教のことを学び続けている専門家だ(本誌2018年1月号参照)。  朝川さんによると、仁和寺と戊辰戦争のつながりは深い。仁和寺第30世の純仁法親王は1867(慶応3)年に還俗(出家した人が俗人に戻ること)し、仁和寺宮嘉彰(にんなじのみやよしあきら)親王と名を改めた。その後、征夷大将軍に任命され、鳥羽伏見の戦いで新政府軍を率いた。出陣の際には仁和寺に仕えていた坊官や寺侍が警備に回った。  明治の世になってから、時代の転換点となった戦争を記録し、その事実を絵巻として残すことになった。戦争体験者の東久世通禧伯爵と林友幸子爵が計画し、1889(明治22)年に完成。明治天皇に献上された。1891(明治24)年には保勲会がモノクロ、木版画の複製品を若干部制作し、仁和寺などに寄贈した。  ただ、制作数が少なく事実を広く知ってもらうには至らなかったことから、絵巻の一部を新たに着色し、『錦の御旗』と改題して一般向けに刊行した。  今回のプロジェクトは、仁和寺に所蔵されていた絵巻(複製品)を超高精細スキャンによりデジタル化。『錦の御旗』や解説本の記述、専門家などの考証を参考に彩色し直して、原寸大で和紙に印刷するものだ。  デジタル彩色は「先端イメージング工学研究所」(京都市左京区)代表理事で、京都大学名誉教授の井手亜里さんが率いるプロジェクトチームが担当。10カ月かけて彩色を行い、ようやく完成した。 デジタル彩色のメリット  絵巻の撮影に同席し、一部の絵巻の解説文執筆も担当した朝川さんはこう説明する。  「超高精細デジタルスキャニング技術で撮影したことで、現物を何度も広げずに済み、画像を拡大してより細かい描写を読み解けるようになりました。保存・分析、両面でメリットがあったと思います。また、着色したことで、戊辰戦争の様子をイメージしやすくなり、幅広い方に興味を持っていただきやすくなったと思います」 仁和寺霊宝館で解説する朝川さん  完成したデジタル彩色絵巻は2022年12月3~8日まで「令和絵巻に見る仁和寺と戊辰戦争」特別展で一般公開される。デジタル彩色絵巻と元来の絵巻(複製)の比較展示のほか、デジタル彩色絵巻をタッチパネル式の画面で見ることができる。好きな場所を指定して拡大することで高精細な画像の閲覧が可能。またオリジナル映像を視聴するコーナーも設けられている。12月3日には、絵巻に合わせて講談師・神田京子さんが講談を行うライブも開かれた。 ジタル彩色された「戊辰戦争絵巻」の一部(上は「第二図会津藩伏見上陸」、下は「第十三図征討大將軍節刀拜受」=画像:先端イメージング工学研究所提供)  同プロジェクトは文化庁の「Livng History(生きた歴史体感プログラム)促進事業」に採択されている。文化庁は京都への移転準備を進めており、2023年3月27日にはいよいよ業務が開始される。移転の目的は東京一極集中の是正に加え、「文化の力による地方創生」、「地域の多様な文化の掘り起こし・磨き上げによる文化芸術の振興」というもの。デジタルの力を使い地方の寺院に眠る歴史的資料の価値を磨き上げる同プロジェクトは、象徴的な活動と言えよう。  一般公開は期間限定であり、福島から離れているので、気軽には行けないかもしれないが、仁和寺は何かと福島に縁のある場所。世界遺産の建物や所蔵物が展示されている霊宝館(期間限定公開)はもちろん、春は桜、秋は紅葉が美しい観光スポットでもある。機会があればぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

  • 【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工

    【昭和電工】社名変更しても消えない喜多方湧水枯渇の罪  昭和電工は2023年1月に「レゾナック」に社名変更する。高品質のアルミニウム素材を生産する喜多方事業所は研究施設も備えることから、いまだ重要な位置を占めるが、グループ再編でアルミニウム部門は消え、イノベーション材料部門の一つになる。土壌・地下水汚染対策に起因する2021年12月期の特別損失約90億円がグループ全体の足を引っ張っている。井戸水を汚染された周辺住民は全有害物質の検査を望むが、費用がかさむからか応じてはくれない。だが、不誠実な対応は今に始まったことではない。事業所は約80年前から「水郷・喜多方」の湧水枯渇の要因になっていた。  「昭和電工」から「昭和」の名が消える。2023年1月に「レゾナック」に社名変更するからだ。2020年に日立製作所の主要子会社・日立化成を買収。世界での半導体事業と電気自動車の成長を見据え、エレクトロニクスとモビリティ部門を今後の中核事業に位置付けている。社名変更は事業再編に伴うものだ。  新社名レゾナック(RESONAC)の由来は、同社ホームページによると、英語の「RESONATE:共鳴する、響き渡る」と「CHEMISTRY:化学」の「C」を組み合せて生まれたという。「グループの先端材料技術と、パートナーの持つさまざまな技術力と発想が強くつながり大きな『共鳴』を起こし、その響きが広がることでさらに新しいパートナーと出会い、社会を変える大きな動きを創り出していきたいという強い想いを込めています」とのこと。  新会社は「化学の力で社会を変える」を存在意義としているが、少なくとも喜多方事業所周辺の環境は悪い方に変えている。現在問題となっている、主にフッ素による地下水汚染は1982(昭和57)年まで行っていたアルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を敷地内に埋め、それが土壌から地下水に漏れ出したのが原因だ。  同事業所の正門前には球体に座った男の子の像が立つ=写真。名前は「アルミ太郎」。地元の彫刻家佐藤恒三氏がアルミで制作し、1954(昭和29)年6月1日に除幕式が行われた。式当日の写真を見ると、着物を着たおかっぱの女の子が白い布に付いた紐を引っ張りお披露目。工場長や従業員とその家族、来賓者約50人がアルミ太郎と一緒に笑顔で写真に納まっていた。アルミニウム産業の明るい未来を予想させる。 喜多方事業所正門に立つ像「アルミ太郎」  2018年の同事業所CSRサイトレポートによると「昭和電工のアルミニウムを世界に冠たるものにしたい」という当時の工場幹部及び従業員の熱い願いのもと制作されたという。「アルミ太郎が腰掛けているのは、上記の世界に冠たるものにしたいという思いから地球を模したものだといわれています」(同レポート)。  同事業所は操業開始から現在まで一貫してアルミニウム関連製品を生産している。それは戦前の軍需産業にさかのぼる。 誘致当初から住民と軋轢  1939(昭和14)年、会津地方を北流し、新潟県に流れる阿賀川のダムを利用した東信電気新郷発電所の電力を使うアルミニウム工場の建設計画が政府に提出された。時は日中戦争の最中で、軽量で加工しやすいアルミニウムは重要な軍需物資だった。発電所近くの喜多方町、若松市(現会津若松市)、高郷村(現喜多方市高郷町)、野沢町(現西会津町野沢)が誘致に手を挙げた。喜多方町議会は誘致を要望する意見書を町に提出。町は土地買収を進める工場建設委員会を設置し、運搬に便利な喜多方駅南側の一等地を用意したことから誘致に成功した。  喜多方市街地には当時、あちこちに湧水があり、住民は生活用水に利用していた。電気に加え大量の水を使うアルミニウム製錬業にとって、地下に巨大な水がめを抱える喜多方は魅力的な土地だった。  誘致過程で既に現在につながる昭和電工と地域住民との軋轢が生じていた。土地を提供する豊川村(現喜多方市豊川町)と農民に対し、事前の相談が一切なかったのだ。農民・地主らの反対で土地売買の交渉は思うように進まなかった。事態を重く見た県農務課は経済部長を喜多方町に派遣し、「国策上から憂慮に堪えないので、可及的にこれが工場の誘致を促進せしめ、国家の大方針に即応すべきであることを前提に」と喜多方町長や豊川村長らに伝え、県が土地買収の音頭を取った。  近隣の太郎丸集落には「小作農民の補償料は反当たり50円」「水田反当たり850~760円」払うことで折り合いをつけた。高吉集落の地主は補償の増額を要求し、決着した。(喜多方市史)。  現在の太郎丸・高吉第一行政区は同事業所の西から南に隣接する集落で、地下水汚染が最も深刻だ。汚染が判明した2020年から、いまだに同事業所からウオーターサーバーの補給を受けている世帯がある。さらには汚染水を封じ込める遮水壁設置工事に伴う騒音や振動にも悩まされてきた。ある住民男性は「昔からさまざまな我慢を強いられてきたのがこの集落です。ですが、希硫酸流出へのずさんな対応や後手後手の広報に接し、今回ばかりは我慢の限界だ」と憤る。  実は、公害を懸念する声は誘致時点からあった。耶麻郡内の農会長・町村会長(喜多方町、松山村、上三宮村、慶徳村、豊川村、姥堂村、岩月村。関柴村で構成)は完全なる防毒設備の施工や損害賠償の責任の明確化を求め陳情書を提出していた。だが、対策が講じられていたかは定かではない(喜多方市史)。 喜多方事業所を南側から撮った1995年の航空写真(出典:喜多方昭寿会「昭和電工喜多方工場六十年の歩み」)。中央①が正門。北側を東西にJR磐越西線が走り、市街地が広がる。駅北側の湧水は戦前から枯れ始めた。写真左端の⑰は太郎丸行政区。  記録では1944(昭和19)年に初めてアルミニウムを精製し、汲み出した。だが戦争の激化で原料となるボーキサイトが不足し、運転停止に。敗戦後は占領軍に操業中止命令を食らい、農園を試行した時期もあった。民需に転換する許可を得て、ようやく製錬が再開する。  同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、アルミニウム生産量はピーク時の1970(昭和45)年には4万2900㌧。それに伴い従業員も増え、60(昭和35)~72(昭和47)年には650~780人を抱えた。地元の雇用に大きく貢献したわけだ。  喜多方市史は数ある企業の中で、昭和30年代の同事業所を以下のように記している。  《昭和電工(株)喜多方工場は、高度経済成長の中で着実な成長を遂げ、喜多方市における工場規模・労働者数・生産額ともに最大の企業となった。また喜多方工場が昭和電工㈱内においてもアルミニウム生産の主力工場にまで成長した》  JR喜多方駅の改札は北口しかないが、昭和電工社員は「通勤者用工場専用跨線橋」を渡って駅南隣の同事業所に直接行けるという「幻の南口」があった。喜多方はまさに昭和電工の企業城下町だった。  だが石油危機以降、アルミニウム製錬は斜陽になり、同事業所も規模を縮小し人員整理に入った。労働組合が雇用継続を求め、喜多方市も存続に向けて働きかけたことから、アルミニウム製品の加工場として再出発し、現在に至る。  同事業所が衰退した昭和40年代は、近代化の過程で見過ごされてきた企業活動の加害が可視化された「公害の時代」だ。チッソが引き起こした熊本県不知火海沿岸の水俣病。三井金属鉱業による富山県神通川流域のイタイイタイ病。石油コンビナートによる三重県の四日市ぜんそく。そして昭和電工鹿瀬工場が阿賀野川流域に流出させたメチル水銀が引き起こした新潟水俣病が「四大公害病」と呼ばれる。 ※『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』と同社プレスリリースなどより作成  同じ昭和電工でも、喜多方事業所は無機化学を扱う。同事業所でまず発覚した公害は、製錬過程で出るフッ化水素ガスが農作物を枯らす「煙害」だった。フッ化水素ガスに汚染された桑葉を食べた蚕は繭を結ばなくなり、明治以来盛んだった養蚕業は昭和20年代後半には壊滅したという。  もっとも、養蚕は時代の流れで消えゆく定めだった。同事業所が地元に雇用を生んだという意味では、プラスの面に目を向けるとしよう。それでも煙害は、米どころでもある喜多方の水稲栽培に影響を与えた。周辺の米農家は補償をめぐり訴訟を繰り返してきた。前述・アルミ太郎が披露された1954年には「昭電喜多方煙害対策特別委員会」が発足。希望に満ちた記念撮影の陰には、長年にわたる住民の怒りがあった。 地下水を大量消費  フッ化水素ガスによる農産物への被害だけでなく、同事業所は地下水を大量に汲み上げ、湧水枯渇の一因にもなっていた。「きたかた清水の再生によるまちづくりに関する調査研究報告書」(NPO法人超学際的研究機構、2007年)は、喜多方駅北側の菅原町地区で「戦前から枯渇が始まり、市の中心部へ広がり、清水の枯渇が外縁部へと拡大していった」と指摘している。06年10月に同機構の研究チームが行ったワークショップでは、住民が「菅原町を中心とした南部の清水も駅南のアルミ製錬工場の影響で枯渇した」と証言している。同事業所を指している。  研究チームの座長を務めた福島大の柴﨑直明教授(地下水盆管理学)はこう話す。  「調査では喜多方の街なかに住む古老から『昭和電工の工場が水を汲み過ぎて湧水が枯れた』という話をよく聞きました。アルミニウム製錬という業種上、戦前から大量の水を使っていたのは事実です。豊川町には同事業所の社宅があり、ここの住人に聞き取りを行いましたが、口止めされているのか、勤め先の不利益になることは言えないのか、証言する人はいませんでした」  地下水の水位低下にはさまざまな要因がある。柴﨑教授によると、特に昭和40年代から冬季の消雪に利用するため地下水を汲み上げ、水位が低下したという。農業用水への利用も一因とされ、これらが湧水枯渇に大きな影響を与えたとみられる。   ただし、戦前から湧水が消滅していたという証言があることから、喜多方でいち早く稼働した同事業所が長期にわたって枯渇の要因になっていた可能性は否めない。ワークショップでは「地下水汚染、土壌汚染も念頭に置いて調査研究を進めてほしい」との声もあった。  この調査は、地下水・湧水が減少傾向の中、「水郷・喜多方」を再認識し、湧水復活の契機にするプロジェクトの一環だった。喜多方市も水郷のイメージを生かした「まちおこし」には熱心なようだ。  今年10月には、市内で「第14回全国水源の里シンポジウム」が開かれた。同市での開催は2008年以来2度目。実行委員長の遠藤忠一市長は「水源の里の価値を再確認し、水源の里を持続可能なものとする活動を広げ、次世代に未来をつないでいきたい」とあいさつした(福島民友10月28日付)。参加者は、かつて湧水が多数あった旧市内のほか、熱塩加納、山都、高郷の各地区を視察した。 「水源の里」を名乗るなら  昭和電工は戦時中の国策に乗じて喜多方に進出し、アルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を地中に埋めていた。「法律が未整備だった」「環境への意識が希薄だった」と言い訳はできる。だが「喜多方の水を利用させてもらっている」という謙虚な気持ちがあれば、周辺住民の「湧水が枯れた」との訴えに耳を傾けたはずで、長期間残り続ける有害物質を埋めることはなかっただろう。喜多方の水の恩恵を受けてきた事業者は、酒蔵だろうが、地元の農家だろうが、東京に本社がある大企業だろうが、水を守る責任がある。昭和電工は奪うだけ奪って未来に汚染のツケを回したわけだ。  喜多方市も水源を守る意識が薄い。遠藤市長は「水源の里を持続可能なものとする活動を広げる」と宣言した。PRに励むのは結構だが、それは役所の本分ではないし得意とすることではない。市が「水源の里」を本当に守るつもりなら、果たすべきは公害問題の解決のために必要な措置を講じることだ。   住民は、事業所で使用履歴のない有害物質が基準値を超えて検出されていることから、土壌汚染対策法に基づいた地下水基準全項目の調査を求めている。だが、汚染源の昭和電工は応じようとしない。膠着状態が続く中、住民は市に対し昭和電工との調整を求めている。市長と市議会は選挙で住民の負託を受けている。企業の財産や営業の自由は守られてしかるべきだが、それよりも大切なのは市民の健康と生活を守ることではないか。

  • 【女性流出】全国ワーストの福島県

        「職の選択肢少なくキャリアも積めない」  人口減少が加速する本県。昨年11月現在の推計人口は178万8873人で、ついに180万人を切った。その背景には若い女性が進学・就職を機に県外に転出し、出生数が減っていることがある。本県から女性が去っていく背景には何があるのか、さまざまな女性の〝本音〟に耳を傾けた。  昨年10月9日付けの福島民報に衝撃的な記事が掲載された。転出者が転入者を上回る「転出超過」により、女性が直近10年間でどの程度減少したか全国で比較したところ、本県が最多だったというのだ。  総務省の住民基本台帳人口移動報告によると、2012年から21年までの本県転出超過総数は6万3528人。内訳は男性2万2245人、女性4万1283人。  本県以外で女性の転出超過が多かったのは北海道、長崎県、新潟県、岐阜県など。大都市圏から遠い、もしくは本県同様、大都市圏に近かったり交通面で移動しやすい県が目立つ。逆に東京都をはじめ首都圏は女性の転入超過となっている。  第一の原因として考えられるのは、震災・原発事故の影響だ。3・11以降、避難指示区域はもちろん、区域外でも放射能汚染を懸念して、県外に母子避難する人が相次いだ。  転出超過は2011年3万1381人(男性1万3798人、女性1万7583人)、12年1万3843人(男性5714人、女性8129人)に上った。その後、公共工事の復興需要などを背景に男性は14、15の両年、転入超過となったが、女性は転出超過が続いている。直近21年の3572人は全国2位の多さだ。  2021年の女性の転出超過の内訳をみると、15~19歳27%(977人)、20~24歳62%(2216人)と、若い世代が全体の9割近くを占める。進学・就職で県外に転出していると思われる。  若い女性が県内から減れば出生数も減っていく。2020年の出生数は1万1215人。10年は1万6126人。10年間で約5000人減った。それに伴い人口減少も加速しており、180万人を切っている。  東北活性化研究センターは2020年、東北出身の女性2300人にインターネット調査を実施した。その結果、東京圏に住み続ける女性は「『選択肢が多くて希望の進学先がある』という理由で東京の教育機関に進学し、『希望の職種の求人が多い』という理由で東京圏で就職した」という傾向がみられた。  「地方に求めていること」という設問に対しては「若い女性たちが正社員として長く働き続けられる企業を増やす」、「女性にとって多様な雇用先・職場を多く創出する」、「公共交通機関などのサービスを充実させる」、「地方の閉塞感や退屈なイメージを払拭するような取り組みをする」といった回答が多く選ばれた。  暁経営会計(郡山市)代表取締役の伊藤江梨さん(38)は安積黎明高校卒業後、大阪大学法学部に進学。共同通信社に就職し、報道記者として全国で取材活動を続けた後、税理士に転身。地元で独立した異色の経歴の持ち主だ。伊藤さんに女性の転出超過数が多いことについてコメントを求めたところ、こう語った。  「女性にとって、それなりの所得を手にできる職の選択肢が少ないのは事実です。せいぜい公務員、銀行、看護師ぐらい。首都圏で医療業界に就職し、バリバリ働いていた同級生が、震災・原発事故後、志を持って帰って来たケースもありました。ただ、自分の意見が全く通らず、男性中心の職場環境であることにあらためて気付かされたようで、県外の職場に移っていきました」  男性に正面から意見を言っても、表立って潰されることはない。ただ、その場でヘンな空気が流れ、後日、自分が〝腫れ物扱い〟されていることが聞こえてきたりする。優秀な女性ほど息苦しさを感じる。  「そもそも管理職やリーダーとして活躍している女性が県内には少ない。だから、『女性が働きやすいように職場環境を整えよう』という考えになりにくいし、『責任のある仕事は男性がやるもの』という先入観が男女とも根付いているのです」(同)  県労働条件等実態調査によると、2021年の従業員30人以上の企業の管理職(係長相当職以上)に占める女性の割合は18・9%。  一方、総務省の就業構造基本調査によると、2017年の公務員を含む管理的職業従事者(課長相当職以上)に占める女性の割合は13・8%。  管理職に占める女性の少なさは平均賃金の男女格差につながっている。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、2021年の県内女性の平均賃金(残業代除く)は男性の75・2%に留まり、45~49歳世代では100万円以上の差がある。賃金格差は東北6県で最大だ(福島民報11月6日付)。背景には出産や育児で休職・退職を余儀なくされ、キャリアを積んで管理職を目指すのが難しい事情がある。 女性に厳しい労働環境  前出・就業構造基本調査2017年版によると、県内で過去5年間に離職した女性のうち、出産・育児が退職理由だった人は1万1500人(全体の7・9%)。育休制度はあるものの、離職している人が多いわけ。出産前の働き方と比較し「元の会社に戻って働き続けるのは無理だ」と自ら判断し、退職する面もあるのかもしれない。  「女性としては、責任が重い管理職や時間の融通が利かないフルタイムを避けて、育児と仕事を両立させたいと考える。だから、仕事に復帰する際も、配偶者の扶養控除内(103万円)の範囲に収まるように、パートタイムで働くことを選ぶ傾向が強いのです」(同)  県内の正規従業員の割合を見ると、24~34歳が男性87・2%、女性61・9%で、25・3ポイントの差がある。年齢が上がるごとにその差は開いていき、45~54歳は男性90・4%、女性46・8%となっている(福島民報11月23日付)。  やりたい仕事に就けず、結婚・出産でキャリアが断絶される――こうした環境では、県内から去っていく若い女性が多いのも当然だろう。  女性は働くことを望んでいる。2019年現在の国内の専業主婦世帯は582万世帯で、共働き世帯数(1245万世帯)の半分以下。別掲記事で体験談を執筆してもらった県内在住の女性フリーライター・みきこさんも「専業主婦志向だったが、実際に出産したら、家計や子育ての問題は別として、できる限りの範囲で働きたくなった」と述べている。  11月8日には福島市で同市主催の「そろそろ働きたい女性のための就活準備セミナー」が開かれ、約50人が参加した。テーマ別の意見交換会では「在宅勤務」、「仕事と子育てとの両立」に参加者が集中した。 福島市主催のセミナーでの意見交換会の様子  ハローワーク福島で行われた出産後の母親向けミニセミナーでは、新卒向けの〝就活セミナー〟のように、履歴書の書き方や会社への要望の伝え方などが細かく教えられた。  参加した女性たちは「そもそも子連れで参加できるセミナーがないのでありがたい」、「せっかくだから新しい仕事にも挑戦したい」、「希望の職に就いて、子どもに生き生きと働く姿を見せたい」と語っていた。  出産により再び就職活動をせざるを得なくなった女性たち。例えば県内の企業が時短勤務や在宅勤務などを積極的に取り入れ、彼女たちが退職(再就職)しなくてもいい労働環境を整えることで、女性の転出超過の状況も改善されるのではないか。  一方で伊達市に移住した女性は、女性を取り巻く環境についてこんな〝本音〟を打ち明ける。  「女性同士で情報交換したいと思い、いろいろ働きかけたが、なかなか親密になれず孤独感を抱きました。都市部の個人主義的な面と、地方特有の閉鎖的な面を備えている印象です。求人を見ると『こんな給料で生活していけるの!?』という労働条件。緑が多く子育てしやすい環境と言われるが、子どもたちが外で遊んでいる姿は見ないし、学力テストの結果は低い。正直、他地域より暮らしにくい場所だと感じていますよ」  女性が置かれている環境を根本的に変えなければ、移住者も定着せず、人口減少も加速するということだ。  12月3日に東京で開かれた国際女性会議「WAW!2022」では県内の女性が出席し、地方の現状を発表したほか、県男女共生センター(二本松市)にサテライト会場が設けられ、遠隔で意見を述べた。地元女性や専門家、地元企業の管理職などを交えたパネルディスカッションも開催された。  同センターの千葉悦子館長(福島大学名誉教授)は「女性に限らず、結婚したい人、したくない人、多様な生き方が受容される社会にしていくことが大事だと思います。イベントや当センター主催の講座などを通して〝気づき〟の機会を作り、地道に変えていくしかない」と語る。 少子化対策の失敗  前出・東北活性化研究センターが運営している「TOHOKU MIRAI+」というウェブサイトに昨年7月、福島市で開かれたフォーラムの動画と文字起こししたリポートが掲載されている。  同フォーラムで行われた講演で、ニッセイ基礎研究所生活研究部人口動態シニアリサーチャー・天野馨南子さんは経営者や自治体職員に対し厳しい言葉で問題提起した。  《福島県の出生数は1970~2020年の50年間で63%減》  《この理由は、県内から出ていった女性の産むはずだった子どもが生まれていないからです》  《「子育て世帯誘致」とよく言いますが、年齢層別の社会減をみると、統計的に子育て世代に当たるアラサー世帯の増減は全体からすると殆ど影響しない》  《少子化対策や地方創生政策において「福島県に留まる既婚女性」のイメージしか持てないというアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)があった》  《福島県の少子化対策、福島県の地方創生政策において、20代女性の就業問題、就職問題がメインになったことはあったでしょうか。何より、皆さまがこの課題に対して問題提起、本気の取り組みをしたことはあったでしょうか》  女性の働く環境を考え改善することは地方創生、人口増加に直結する。天野さんの言葉を重く受け止め、まずは女性の声を聞き、意識を変えていくことから始める必要がある。県や市町村には、そのけん引役としての役割が期待される。

  • 【国見町移住者】新規就農奮闘記

    〝補助金ありき〟農業参入の厳しい現実  国見町では新規就農者向けの町営農業研修施設「くにみ農業ビジネス訓練所」を運営している。同訓練所を卒業した新規就農者は昨年、どんな1年目を過ごし、どのようなことを感じたのか、振り返ってもらった。  「訓練所で基本的なところは勉強できたのですが、自分の畑・スタイルでやるとなると全く違う面もあるので、戸惑いながら試行錯誤した1年でした」  苦笑しながら1年を振り返るのは、国見町藤田に住む三栗野祐司さん(43)。昨年4月から自営農家としてキュウリやズッキーニの栽培を開始した。妻と共に無我夢中で農作業に明け暮れたとか。 三栗野祐司さん  「半年以上、毎日朝晩、休まずにキュウリを収穫していたので、正直精神的に参っていたところでした。11月に入り、やっとひと段落したので、勉強も兼ねて、あんぽ柿作りの手伝いのアルバイトに行っていたところです」  1年目のキュウリの売り上げは200万円弱。ズッキーニなどその他の野菜も含めれば約250万円。夫婦2人分の年収としては厳しいところだが、国が新規就農者向けに給付している「経営開始資金」なども加えればそれなりの金額になる。金額は年間150万円(月12万5000円)で、給付期間は3年間。  「さまざまな補助金を活用して何とか独り立ちできている状況ですね。1年目は初期投資で何かと出費がかさむので、貯えがどんどん減っています。キュウリの卸値は1本30円の世界。大変な仕事に就いたと実感していますし、妻は時間を見てアルバイトに出ています」 メーンの作物となっているキュウリ  新潟県長岡市生まれ。高校卒業後、製造業、飲食業などで働いていた。東京にいたとき出会った女性と結婚。その後、妻が仕事を辞め、地方への移住を考えるようになった。そこで候補に挙がったのが福島県だった。実は共通の友人が福島県出身で、地元に戻った後に何度か遊びに訪れていた。  2020年6月、妻、愛猫とともに福島市に移住。夫婦でできて、かつ自然環境を生かした仕事がないか探す中で、たどり着いたのが「農業」だった。担い手不足が叫ばれている中で、挑戦してみたくなった。  と言っても、三栗野さんは全く農業経験がなかった。そこで、福島市から近い国見町の新規就農者向け訓練所に通って基礎を身に付けることにした。 くにみ農業ビジネス訓練所  同訓練所は道の駅国見「あつかしの郷」の近くに立地しており、新規就農に取り組む移住者の増加、生産者支援を目的に設置された。1年かけて農業の基礎を学べる「長期研修」(受講料無料)、専門的な技術を習得したい就農者向けの「短期研修」、子ども向けの「体験研修」などの事業を実施している。  町内には果樹・水稲農家が多いが、どちらも多額の初期投資が必要となるため、新規就農者はほとんどが親元での就農だ。そうした現状を踏まえて、同訓練所では新規就農者向けに、初期投資が少なく、収益化サイクルが短い野菜農家を勧めており、それに基づいたカリキュラムが組まれている。  三栗野さんは21年4月に入所し、1年間かけて野菜の土づくりや種まき、収穫、出荷調整などの技術や農業経営に必要な知識を学んだ。  卒業後はキュウリを生産することにした。伊達地区は夏秋キュウリの販売額が日本一で、ブランドとなっているため単価も高い。1株から50~100本は収穫でき、生産者に対する支援・補助も手厚い。  22年4月、晴れて就農者となったものの、しばらくは移住や就農の準備に追われたという。  中でも住まい探しには時間がかかった。同訓練所に近いと機械などが無料で借りられ、支援制度も充実しているため国見町への移住を決めた。だが、農地付きの住宅がなかなか見つからなかったという。  「空いている住宅や土地はいっぱいあるが、ほとんどは空き家バンクに登録されていないので、移住者はたどり着けずに別の自治体に流れてしまう。私もずいぶん見て回ったが、人づてに紹介してもらった築50年の住宅・農地を300万円で購入した。住宅は320万円かけて、リフォームして暮らしています」  ちなみに、野菜栽培用のパイプハウスに250万円かかり、キュウリの苗の購入や、灌水設備の整備などにもその都度費用がかかったという。前述の通り、新規就農や移住に関する補助金は充実しているが、「年度末に入ってくるものも多いです」。三栗野さんは何とか貯金で賄ったとのことだが、初期投資分を考えると、1000万円程度の貯えは必要ということだろう。水稲農家となると、コンバイン、トラクターといった農機具が必要となるので、さらに金額が跳ね上がると思われる。 地元レストランと契約  就農1年目の手応えについて、三栗野さんに尋ねたところ、このように話した。  「生産したことのない畑で、どう肥料をあげたらいいのかも分かりませんでしたが、そうした中で安定して出荷し、収入を得られた点はよかったと思います。ズッキーニに関しては、JR藤田駅前の『Trattoria da Martino(トラットリア・ダ・マルティーノ)』というイタリアンレストランに契約してもらっています。『(傷がついているものでも)選別せずに納品して構わない』と言っていただいているので助かるし、何のツテもない地域で、使っていただけるのはありがたい限りです」(同)  国見町周辺でズッキーニを生産している農家が少なかったことが幸いしたのだろう。  なお、キュウリに関してはこんな迷いが生じている最中だという。  「JAに出荷していたが、手数料を計算したところ、4割近く引かれていることに気付いた。周囲の先輩方は『仕方ない』と受け入れているが、箱詰めなどを自分でやればいくらか手数料は減らせます。一方、さまざまな面で補助を受けられるなど、JAと取り引きするメリットは大きいし、梱包作業の負担を軽減してくれるのはありがたい面もある。すべてJAにお任せするか、しんどい思いをして手数料を減らす努力をするか、検討し続けています」  道の駅国見は手数料が低く価格も自分で決められるが、ほかの生産者の農産品も並ぶので、必ず手に取ってもらえるわけではない。農産物直売所も手数料が低めだが、すべて売り捌けるとは限らない。  そう考えると、本当の意味で〝農業の仕事だけで飯が食える〟ようになるためには、前出・イタリアンレストランのように、販売ルートを確保する必要がある。そこが今後の課題になりそうだ。  「レストランの方と話していると『こういう西洋野菜を作ってくれたらぜひ買わせてほしい』と言われることがあります。需要があるのに、市場にそれほど出回っていないということだと思うので、新年からぜひ作ってみたい。卸値が変動しやすいキュウリの生産・収穫に追われるだけではいずれ低空飛行になるだろうし、何より楽しみもなくなるので、いろいろと挑戦していきたいと思います」  一方で、1年目に戸惑ったことを尋ねたところ、「農業器具関連業者の対応」と答えた。  「灌水設備を取り付けるため、複数の業者に話を聞いたが、当然ながら長年農業に携わってきた方ばかり。『こうしてほしい』と伝えても『ほかではこうやっていた』と返され、工程の途中で『残りは自分でできると思うので』と完成させずに帰ってしまうこともあった。訓練所には設備がそろっているため、そうした設備の取り付け方法などは習っていない。かなり戸惑いました」  同じような思いを抱いている新規就農者は意外と多いかもしれない。  行政に求める支援策を尋ねたところ、次のように述べた。  「高齢で離農する農家の方が多いが、子どもや孫がやるのであればと、新たに投資する意思があったりする。一方、新規就農の意思がある人は農地がなく、ミスマッチが生じているのです。同様の問題は商店街にもありますが、行政にはそのつなぎ役となって解決してほしいと考えています。地域のコーディーネーターという意味では、飲食店が欲している農作物を行政などで聞き取りして、就農者が手分けして対応するというやり方もできると思います。行政には期待しています」 国見町移住の卒業生は2人  農閑期はゆっくりできるのかと思いきや、「せっかくハウスがあるのに使わないのはもったいないので、今シーズンのキュウリが終わり次第、新たな苗を植えられるように準備しています」と語る三栗野さん。  新規就農事情に詳しいジャーナリストによると、1年目で250万円という収入は「よく頑張っている方」という。苦労したことも多々あったようだが、移住・新規就農1年目の生活を満喫していると言えよう。  しかし、一方では前述の通り、さまざまな補助金に頼って生活している実態がある。〝農業の仕事だけで飯が食える〟ようになるのはそれだけ難しいということだろう。新規就農者数が過去最多となっていることを前掲記事で紹介したが、補助金が充実していて参入しやすいという要素は大きそうだ。  同訓練所は費用対効果の問題もある。2019~21年の卒業生10人のうち、国見町に移住したのは三栗野さんを含めてわずか2人。あまりに寂しい数字。年間経費は約2000万円だという。  卒業生らは「農友会」と呼ばれる若手農業者の組織を作り、定期的に交流している。そういう意味では、農業振興に貢献していると言えるが、経済人からは「やるなら町を代表する農産物などに特化すべき。金をかけて町営訓練所を作ったが、いまいちアピール度に欠ける」と不満の声も聞こえてくる。  これらもまた新規就農者を取り巻く環境の〝現実〟ということだ。

  • 【家庭教師のコーソー倒産】少子化で苦境に立つ教育関連業者

    新潟・家庭教師派遣業「倒産」に見る業界事情  新潟県新潟市に本拠を置く家庭教師派遣と学習教材販売の㈲興創が、昨年9月7日付で新潟地方裁判所から破産手続の開始決定を受け倒産した。同社は1998年に創業し、「家庭教師のコーソー」(以下、コーソーと表記)として小中学生や高校生を対象に家庭教師による個別指導を手掛けていた。新潟本社のほか秋田市、札幌市、大宮市に営業拠点を開設し、派遣地域は新潟県、秋田県、山形県、青森県、福島県、岩手県、北海道、埼玉県をカバーするなど事業を拡大していた。しかし、競争激化に加え少子化による需要の減少で業績が悪化すると、借入金が資金繰りを圧迫。これ以上の事業継続は困難と判断し、今回の措置に至った。  昨年12月9日、新潟県民会館で興創(榊茂喜代表取締役、資本金800万円)の債権者集会が開かれた。破産管財人は新潟みなと法律事務所の堀田伸吾弁護士。  債権者集会は裁判所による指揮のもと、破産管財人が破産債権者に対して、破産会社が破産に至った経緯や資産(負債、財産)状況、配当の見込みなどについて情報を提供するもの。破産管財人が行う管財業務に関わる重要事項について意思決定をするため、破産管財人・破産者・破産債権者が一堂に会して開かれる。  集会の冒頭、榊氏は「従業員ならびに家庭教師の皆様、なにより一番は我々の会社の教材をご購入いただいた、ご入会いただいた会員の皆様には大変申し訳ないと思っております」と謝罪した。興創は2014年2月期には売上高3億7200万円を計上し利益も確保していたが、ここ数年は著しく業績が悪化し、2022年2月期には売上高2億5000万円にまで減少していた。負債額は1・5億円に上る。  「会社を取り巻く環境が厳しくなり、思うような業績が上がらなくなりまして、非常に苦しんでおりました。メインバンク、その他の銀行から融資を受け、頑張ってまいりましたが、支えきれなくなってしまいました」(榊氏)  破産管財人の堀田弁護士は破産に至った経緯について「生徒を獲得するための営業活動がうまくいかなくなった」と説明した。  「コーソーでは会員生徒を獲得するため、自宅の固定電話に架電する営業活動を行ってきましたが、携帯電話の普及に伴う固定電話の利用減少によって思うように業績を伸ばせなくなりました。また、個人情報に対する社会的意識の高まりによって生徒の名簿も入手困難となりました」(堀田弁護士)  20年ほど前まで、学校では児童・生徒の氏名や住所、電話番号が記載されたクラス名簿が配布されていた。コーソーをはじめとする家庭教師派遣業者が、独自のルートで各学校のクラス名簿を買い取り入手することは容易かったはずだ。しかし、2005年に全面施行された個人情報保護法により、プライバシー保護の観点から名簿が配布されなくなった。現在は児童・生徒の氏名のみのクラス名簿ですら公表しない学校が多いようだ。  自力でクラス名簿が入手困難となれば、次の手は名簿業者を利用するしかない。1件数円~数十円で個人情報を買い取ることになるが、違法な名簿業者から提供された個人情報を使用して営業すれば当然違法性を問われる可能性が高いことに加え、営業内容と親和性の高い名簿が得られるとは限らない。さらに名簿を入手したとしても、電話を受ける消費者の側が、プライバシーに対するリテラシーが高まっているため、営業活動云々の前に「なぜうちの電話番号を知っているんだ」と話を聞いてもらえず、成約率は以前より低くなっているのが実情だ。  今の時代、知らない電話番号から電話が掛かってきたときに、すぐに折り返さず、インターネットの検索エンジンで電話番号を入力して調べれば、即座に業者名や口コミが出てくる。  試しに「コーソー」で検索してみると、複数の電話番号がヒットし多数の口コミが出てきた。    ×  ×  ×  ×  口コミ1   たった今「夜分恐れ入ります。〇〇様のお宅ですか?」と穏やかな口調の男性から。「はい、そうですけど?」と不機嫌に答えると「家庭教師のコーソーと申しますが、お母様でいらっしゃいますか?」と聞きやがるので「どこでお調べで?」と返すと「名簿でございます」だと。「即消してくださいませ」と答えると「はい。申し訳ございませんでした」と。  口コミ2  21時ぐらいに電話してきた。まじで迷惑。聞いた話だと、同じ家に何回も勧誘すると法律違反らしい。  口コミ3  さっきこの番号でかかってきました。「断っても何回もかけてくる。そちらと同じ内容のセールス電話にうんざりしてる。いい加減やめて下さい!」と言うと、「それはスミマセンでした~」と感心なさそうな声で言うので、頭に来てそのまま電話を切りました。着信拒否かけても新しい番号でかけてくるので、いたちごっこで腹が立ちます。    ×  ×  ×  ×  コーソーはかなり手荒い電話営業を行っていたようだ。「家庭教師のトライ」などの大手家庭教師派遣業であれば、テレビCMやユーチューブなどを利用したインターネット広告にお金をかけられるが、会社の規模が小さくなればなるほど広告費を捻出するのは難しい。お金をかけずにできる宣伝は、チラシをポスティングしたり店舗に置いてもらったりしながら、自社のホームページを充実させ、ツイッターなどのSNSを有効活用するしかない。 明かされた財産目録  債権者集会で配られた財産目録は別図の通り。  「資産の部」の預貯金を見てみると、新潟信用金庫米山支店の33万5576円が最も多い残高となっており、資金繰りに困窮していたことがうかがえる。  また「資産の部」の貸付金を見てみると、最も高額なのが伊藤修の921万4151円。伊藤氏は埼玉県さいたま市で「家庭教師のハヤテ」を運営していた社長で、榊氏とは二十数年来の友人だった。榊氏は伊藤氏から家庭教師派遣業や教材販売の知識やノウハウのアドバイスをもらっていた間柄だったという。ハヤテが2017年末に倒産した際、榊氏の貸付によって再建されたが、2020年にその資金も尽き、榊氏が会社を引き取ることになった。現在、伊藤氏とは連絡がつかず、貸付金は回収不能の見込みだ。  事務用品や携帯電話などの備品や車両を現金化し、最終的に残った破産財団(破産手続の手続費用および破産債権者等への弁済原資)は597万4235円となり、諸経費を引いた最終的な破産財団の残高は377万7969円となった。  「負債の部」を見てみる。財団債権(公租公課)が3330万8272円となっている。財団債権とは最も優先的に弁済を受けることができる債権(別除権を除く)。公租は国税・地方税、公課は社会保険料など。財団債権(公租公課)のうち、2000万円強が公課に当たる社会保険料の滞納分という。  財団債権(労働債権)は破産手続開始前3カ月の賃金請求権であり、従業員やアルバイトなどの未払い賃金に当たる債権。記載が空欄となっているのは、独立行政法人労働者健康安全機構の立て替え払い制度を利用したため。同制度で未払い賃金の8割相当が保証される(未払い賃金が2万円以下は対象外)。正社員とアポインターのアルバイトは昨年12月中に立て替え払いが完了しており、家庭教師は今後請求を進めていくという(※)。  ※財団債権(公租公課)と財団債権(労働債権)は同列で、優先順位はない。  最後に破産債権。記載が空欄なのは、前述・破産財団の残高が財団債権よりも下回っているため、破産債権への配当が見込めないためだ。  つまり、学習教材を購入した、あるいは家庭教師の指導を受けた消費者の債権は1円も返ってこない状況となっている。多くの会員は教材費として、入会時に30万円を一括かクレジットの分割で支払っている。また、家庭教師の指導を受ける権利が付与された指導券を4回分まとめて購入しており、コーソーが事業停止した8月末以降に指導券が余っていた場合は、ただの紙切れとなる。  家庭教師は「特定商取引法における特定継続的役務提供契約」に当たり、契約の解除(クーリングオフ)や中途解約が認められている。  債権者集会では、債権者である生徒の保護者から教材費や指導券の返金に関する質問が集中した。  ある会員生徒の母親は「教材費31万円をクレジットカードの36回払いで購入しました」と話す。  「これまで3回クレジットの支払いをしました。クレジット会社とお話しして支払いを止めてもらっていますが、残りの分も払わなければならないのでしょうか。契約の際に教材費だけでなく、3年間の管理料も含まれていると聞いています。教材費はやむを得ないにしても、管理料も払わなければならないのは納得できません」  これに対して、管財人の堀田弁護士は次のように答えた。  「あくまでクレジット会社と会員様の契約となりますので、管財人としては助言できる立場にありません。大変心苦しいのですが、消費者センターや弁護士に相談してみてくださいとしか申し上げられません」  会員の中には興創が倒産する直前に契約したために、教材すら届いていない人もいた。榊氏いわく、事業停止する8月末に初めて従業員に倒産する旨を伝えたため、倒産直前まで会員の勧誘を行っていたことになる。 時代に追いつけず  厚生労働省によると、2021年の国内の出生数は81万1622人と過去最少を更新している。学習塾や家庭教師派遣などの教育関連業者は、少子化による児童・生徒数の減少や新型コロナウイルスの影響に加え、講師不足や後継者難といった問題を抱えるケースが多く、教育関連業者の倒産が増加している。  民間信用調査機関の帝国データバンクは、2008年以降の教育関連業者の倒産動向(負債1000万以上、法的整理のみ)について集計・分析している。調査結果要旨は以下の通り。  ①2018年の倒産件数は91件、2015年から4年連続で増加。  ②負債合計は27億6300万円となり、過去10年で最小に。  ③業態別では「各種スクール・家庭教師」が最多。「学習塾」の倒産件数は過去最多を記録した。  教育関連業者を取り巻く環境は年々厳しくなっていることが分かる。そんな中、生き残りをかけてオンライン個別指導に活路を見いだしているのが「家庭教師のトライ」などを手がけるトライグループだ。2015年7月には完全無料の映像授業サービス「Try IT(トライイット)」をスタート。無料会員登録をするだけですべての映像授業(1本15分程度)が無料で視聴できるという、業界初の画期的なサービスとして注目された。このサービスは、すでに100万人の子どもたちが利用しているという。  そう考えると、コーソーが行ってきたコンプライアンス無視のテレアポ営業や高額な教材販売というビジネスモデルが終焉を迎えるのは当然の結果だった。  ちなみに福島県内の教育関連業者は2016年の政府統計(経済センサス―活動調査)によると、学習塾の民営事業所数は266、家庭教師が231となっている。また「都道府県別統計とランキングで見る県民性」によると、本県の小学生通塾率は33・2%(全国平均45・8%)、中学生通塾率は49・2%(同61・4%)となっている。  子どもを持つ親の身になれば、何とかして我が子の成績を上げたいと思うのは当然だ。塾に通わせてもついていけなければ意味がないと、家庭教師という個別指導に頼るのは自然の流れである。  今後、家庭教師派遣業に求められるのは明瞭な料金体系の公開や、入会金や教材費に頼らない仕組みだろう。また、消費者である子どもを持つ親も、自分の子どもにとって何が一番良い投資になるのかを吟味するリテラシーが求められる。コーソーの指導を受けていた会員の児童・生徒が、今後も充実した学習ができることを願うばかりだ。

  • 【飯舘村】出身女優が性被害告発

     飯舘村出身の俳優・大内彩加さん(29)が、「福島三部作」で知られ、双葉町に移住した劇作家・谷賢一氏(40)=石川町生まれ、千葉県育ち=から性被害を受けたとして損害賠償を求めて提訴している。谷氏は否定し、法廷で争う姿勢。別の俳優からも性被害やパワハラの証言がある。  大内さんは高校2年生の時に東日本大震災・原発事故で被災。2018年から谷氏が主宰する劇団に客演として参加するようになる。同年夏の「福島三部作」東京公演後に谷氏からレイプ被害を受けたという。  大内さんは「谷はハラスメントの常習犯。移住すると聞いて怖くて仕方がなかった。何も知らない福島県民や演劇が好きな人が被害を受ける前に『告発』したかった」と決意の固さを話してくれた。提訴を受けて12月に南相馬市で予定されていた谷氏作・演出の舞台が中止になったことについては、「千秋楽の後に『告発』したら見に来てくれたお客様が傷つくと考えました。後になって深い傷が生まれてほしくなかった」。  12月末にZoomで開いた会見には、地元紙の記者の姿はなかった。共同通信の配信記事で事足りるということか。いままで散々、谷氏をもてはやしておいて被害者の声に耳を傾けないのはフェアではない。

  • 【福島刑務所】集団暴行死事件を追う

    内部文書で判明した「刑務官の異変放置」  2022年3月25日、福島刑務所(福島市)の6人が収容された1室で、60歳の男性受刑者が意識不明の状態で見つかった。受刑者は病院に搬送され、3日後に死亡。同室の複数人から日常的に殴る蹴るの暴行を受けていた。傷害の罪に問われた3人の裁判では、脳梗塞の影響で失禁を繰り返していた被害者にいら立ち、標的にしていたことが判明。刑務官が事態を放置していたことも内部文書で明らかになり、同刑務所の管理体制が問われている。(敬称略)  福島刑務所は、執行刑期が10年未満で犯罪傾向が進んでいる(B指標)か、外国人(F指標)の男性受刑者が収容される。2022年3月25日付の同刑務所「処遇日報」によると、定員は1655人で、898人を収容していた(収容率54・3%)。 集団暴行が繰り返されていたのは、3舎2階にある52室。けがや病気などで身体に障害を抱えた男性受刑者6人が入室していた。被害者はタカサカシンイチ。福島民友2020年11月25日付によると、同名の「高坂進一」が郡山市内で乗用車を盗んだとして逮捕されている。タカサカは2022年2月21日に52室に転室した。 タカサカは、先に入室していた受刑者たちから頭や顔、胸腹部などを殴られ、打撲や肋骨骨折などのけがを負った。暴行を受けて死亡しているため傷害致死の疑いも残るが、加害者3人が裁かれたのは傷害罪のみ。主犯は小林久(ひろし)(47)=本籍郡山市、従犯は佐々木潤(49)=同京都市、菊池巧(35)=同矢祭町。全員前科がある累犯者で、小林と菊池は窃盗、佐々木は強制わいせつの罪で懲役刑を受け服役していた。従犯2人は罪を認め、福島地裁は10月19日に懲役1年(求刑懲役1年2月)を言い渡した。主犯の小林は共謀を認めておらず、審理が続いている。 公判での証言から、52室で日常化していた集団暴行をたどる。  主犯の小林は2022年1月5日、F受刑者と一緒に転室してきた。佐々木が翌6日、S受刑者が同31日、最後にタカサカと菊池が2月21日に転室した。全員、身体が不自由だった。裁判では加害者3人が車椅子に乗って入廷し、証言台に立つのも刑務官2人に支えられていた。加えて、死亡したタカサカは脳梗塞の後遺症で失禁を繰り返していたという。 同室者たちは、そんなタカサカと悪臭にいら立っていた。「寝ている時にトイレに行けばいいんですが、周囲が言っても聞かないんです。シャツや上着を汚していましたが、本人が掃除しないので俺たちがやっていました」と佐々木。タカサカは「明日からはしないし掃除もする」と約束したが、守られなかったという。同室者たちは就寝中のタカサカが失禁しないように、15~20分間隔で起こして便所に連れて行った。最初は小林が、後に佐々木、菊池、Sも加わった。 6人部屋で標的に  「なんでこんなことをしなくちゃならないんだ」。4人は睡眠不足が続き、鬱憤を晴らすためタカサカに3月上旬から暴力を振るうようになった。最初は小林が寝ているタカサカを起こす時におでこや鼻の頭を叩いた。「起こす時に殴っていいから」という小林の言葉に他の受刑者も続いた。タカサカが起床を拒む時は、踏みつけたり、布団を剥ぎ取ってみぞおちを殴ったり蹴ったりして従わせた。 夕食後の余暇時間にも暴行はやまなかった。激しくなる暴力にタカサカは耐えきれず、刑務官に何度も転室を求めた。だが返事はいつも「行く部屋はない」だった。 日常的な暴行が約2週間続いた同23日ごろ、タカサカは起き上がるのが困難になっていたという。刑務官は同日午後5時10分ごろにタカサカの体温を測定し、顔にあざやけががないことを確認した。しかしこの時、既に暴行は熾烈を極めていた。 一度標的にされると逃げ場はなかった。被害者と加害者が一日中顔を合わせる状況が続いていたことが原因だ。福島刑務所では、懲役囚たちは月、火、木、金曜の午前8時~午後4時に刑務作業がある(金曜は矯正指導の場合も)。通常は居室とは別の部屋で作業するが、身体が不自由な彼らの場合、居室の中に材料が運び込まれ、机を並べて作業した。作業中もタカサカの失禁はやまず、受刑者から顔面に裏拳を食らった。 同24日はタカサカに意識があった最後の日だ。タカサカは夕食後の余暇時間に、小便で汚してしまった上着と下着を流し台で洗っていた。テレビを見ながらだったため、洗い方は疎かだった。午後8時からの番組「科捜研の女」を見ていた。 タカサカの手が止まった。小林が洗濯を続けろと怒ったが通じない。小林に命じられ、佐々木が右隣に立ち監視した。「それじゃ生ぬるい。俺がやるのを見とけ」と小林。タカサカの右脇腹を殴った。続いて流し台に手を掛けて不自由な身体を支えながら、胸腹部にひざ蹴りした。タカサカが前かがみになったところに背中へ右ひじを振り下ろした。 小林は「俺がしき(見張り)張っとくから、よそ見したらお前も俺がしたようにしろ」と佐々木に命じた。小林は窓の傍で廊下の巡回を警戒した。佐々木は手本通り実行した。次に小林は「後で俺が殴る前に20発殴れ。みぞおちだと跡が残らないからな。合図したらやめろ」と言った。 菊池にはタカサカの両手を後ろに回し拘束するよう命じた。佐々木はタカサカの正面に立ち、両手のこぶしでみぞおちを殴った。足が不自由で踏ん張りが効かないが、菊池の「佐々木さん、俺のことは気にしなくていいから思いっきり殴ってくれ」との言葉を得て20回ほど殴った。 暴行に加わらず布団に入っていたSとFが様子を見ていた。タカサカは畳の上に横になったまま、動かなかった。1人で布団を敷ける状態ではなく、刑務官が「お前らで敷け」と命じると、小林、佐々木、菊池、Sは4人でタカサカの手足を持ち布団に入れた。小林は備え付けのつまようじを複数手に取り束にして、タカサカの左太ももに突き刺して手前に引いた。赤い線になって傷が付いた。 翌25日、起床時刻の午前7時半になってもタカサカは起きない。その日は8時からの作業に代わり、矯正指導のビデオを見る日だった。刑務官が到着したのは8時31分ごろだった。他の5人がビデオを見ている中、刑務官がタカサカの体温を測ると「測れないぞ」との声が上がった。 3日後の午後8時20分、タカサカの死亡が確認された。 衰えていた被害者  福島地裁で10月13日に開かれた小林の公判では、佐々木が証人として出廷した「なぜ小林の主導で集団暴行が繰り返されたのか」と問われた佐々木は「同室者の多くは小林に親族の住所と電話番号を控えられ、命令に逆らうことに恐怖を感じていた」と答えた。小林は他の受刑者より一足早く出所する予定で、自分が刑務所に残っている間に親族に危害が及ぶことを恐れたという。 ただ、佐々木自身もタカサカにいら立ちを感じていたのは確かで、それが暴行に加わった要因の一つと認めている。 真偽は不明だが、小林は暴力団との関係をほのめかし、52室の主導権を握っていた。タカサカも小林に個人情報を握られていたという。佐々木は「タカサカは小林の言うことを聞かなかったから標的となった」と話すが、失禁が止まらないほど重症で、部屋の中で一番高齢で衰えているタカサカが反抗的な態度を取っていたとは思えない。 佐々木は「動作を見ると、タカサカさんは言うことを聞く気はあるけど体が思うように利かない状態やったと思います」と言った。生前、「(便を)漏らしている感覚はあるのか」と聞いても、タカサカは「ない」と答えたという。小林の言うことを聞かなかったのではなく、脳梗塞の後遺症で体が動かせなかったから「聞けなかった」のではないか。 集団暴行死事件が起こった福島刑務所  一方、重い病状の受刑者たちを一つの部屋に集中させ、健康状態に配慮しなかった刑務所側の責任も問わなければならない。福島刑務所は今回の事件をどのように総括しているのか。情報開示請求で入手した内部文書からその一端をうかがう。 まずは7月6日に出された事務連絡。題名は「被収容者の動静把握の徹底等について」。処遇担当の首席矯正処遇官が通知している。 《承知のとおり、本件は、司法解剖に係る公表事案となり、広くマスコミにより報道されたところであり、「福島刑務所で発生した事件」として、広く社会にも周知されていることから、その後の動向については、今なお注目されています》 佐々木と菊池に懲役1年の判決が言い渡されたことを報じた10月20日付の地元2紙の記事は、いずれも第3社会面で扱いは小さい。福島刑務所が危惧したほどではなかった。傷害致死ではなく傷害で逮捕・起訴され、裁判員裁判とならなかったためだろう。引用を続ける。 《本件発生後、当所では、本年4月11日付所長指示第23号「被収容者の動静把握の徹底等について」が発出され、当該指示の内容について、全職員を対象として研修を実施した。(中略)今一度、その内容を再確認の上、適切に勤務を遂行願います》 「適切な勤務」がされていなかったと分かる記述だ。では、4月11日に出された所長指示「被収容者の動静把握の徹底等について」とはどのような内容か。着任したばかりの五十嵐定一所長が出した書面を一部黒塗りがあるが抜粋する。 《本年3月25日午前7時30分の起床時刻頃、当所(3字分黒塗り)2階共同室に収容されていた(2字分黒塗り)受刑者が、布団に横がしたまま起床せず、その後、(27字分黒塗り)により外部病院に救急搬送され、同月28日に至り、多臓器不全により死亡する被収容者死亡事案が発生した。 本事案については、(9字分黒塗り)事故者を医務課に搬送し、診察の実施過程において、事故者の頭部、上半身及び左大腿部に複数の擦過傷及び打撲痕等が確認され、同衆暴行が行われた疑いがあったことから、事案解明と社会正義の実現のため、当所司法警察職員による捜査を開始したところであるが、(15字分黒塗り)にもかかわらず、これを事実上放置して、医療措置が遅れ、結果として、被収容者が死亡したことは、重大な事案であり、到底看過することはできない》(傍線部は筆者注) 「放置」を問題視  裁判での証言を基にすると、傍線部には、タカサカが脳梗塞を抱えていて注視する必要があったことや、刑務官に転室を希望していたことが表記されていると思われる。担当刑務官が異変を放置し、受刑者の生命保護につなげられなかった点を五十嵐所長は問題視しているわけだ。 書面では、以下の4項目の徹底も求めている。 1「(4字分黒塗り)の予防について」、2「現場確認について」、3「居室等勤務、運動・入浴立会勤務について」、4「動静視察等の徹底について」。 1は、高齢や病気で身体機能が低下している受刑者を十分に観察せよとの内容。2では、「起床時刻から1時間以上経過した後に監督職員が事故者の居室を開扉し、状況を直接確認しているが、起床後の人員点検報告を確認する業務がある等の事情を勘案しても遅きに失する」と指摘している。起床時刻が午前7時半、刑務官が駆け付けたのが1時間後の8時半ごろ。被害者の容体が危うく、自分で布団も敷ける状態ではなかったのが前日の午後8時45分ごろだから、体調不良の受刑者を12時間近く放置していたことになる。 3では、「勤務職員が異常を察知できなかったことが事案を発展させた可能性がある」とし、「巡回間隔を遵守するのみでなく頻繁な巡回を励行」すること、さらに、受刑者の運動・入浴時には形骸的な検査に陥らないようにし、異変は監督者に直ちに報告することを求めている。 被害者の死につながる暴行が行われていた3月24日夜は、小林が巡回の警戒に立ち、刑務官に目撃されないようにしていた。菊池によると、巡回は1、2人で行われ、警戒していれば暴行していても簡単には見つからないという。「福島刑務所居室配置表」を見ると、3舎2階には1~56室まで居室があり、集団暴行が行われていた52室は端の方に位置する。菊池が述べたように、巡回は簡単にやり過ごせるほど形骸化していたのだろう。 4では、集団暴行が「養護により昼間においても同じ居室内で作業を実施している居室」で起こったことから、同一空間で過ごすことによる精神的ストレスに注意し、夜間の居室の一部分離や定期的な転室の実施を求めている。これも、タカサカの転室希望が聞き入れられなかったことを受けての指示だ。 タカサカは何度も盗みを働き、刑務所の常連のようだが、だからと言って無造作に命が奪われていいはずがない。 今回の集団暴行死事件では、刑務所という国の24時間管理下に置かれた施設が無秩序状態にあったことが露見した。原稿執筆時の10月末現在、主犯である小林の裁判は継続中(次回は11月11日午後2時)だが、それとは別に、福島刑務所は事件の経緯と原因を公表し、管理運営の在り方を抜本的に見直す必要があるだろう。

  • 本宮市の用水路工事が住民の苦情でストップ

     本宮市高木地区で行われていた市発注の用水路工事がストップしているという。  ある関係者によると、「同事業は市が実施しているもので、昨年秋ごろに工事が始まったと思ったら、すぐにストップした」とのこと。  市のホームページで入札情報を確認したところ「高木字戸崎地内水路改良工事」の入札が昨年9月8日に行われており、この工事を指していることが分かった。  前出の関係者はこう話す。  「同工事は、農地脇に用水路を通すもので、十数軒の権利者(農地所有者)がいるのだが、そのうちの1人? 数人? が市にクレームを付けたそうです。具体的には、農地脇の土手のところに作業用道路を通して、用水路工事完了後は元に戻すことになっていたようだが、その過程で(農地所有者に)きちんと説明する前に、農地脇の土手の一部に土を入れて埋め立ててしまった。それに、一部農地所有者が怒り、工事をストップさせた、と」  その後、市は関係者に対して説明会を実施するなど、対応に追われ、工事はストップしたままという。  本宮市建設部に確認したところ、「昨年9月に工事がスタートしたが、地元の方から要望があり、中断している」とのこと。  そのうえで、担当者は次のように説明した。  「この間、2回、地元の方を対象に説明会を実施しており、そこで出た要望などを踏まえながら、地元の方の要望に沿うような形で進めたいと思っています。もともと工期は今年度末まで(2023年3月末)でしたが、それを受け、この12月議会で、2023年度(2024年3月末)まで繰り越すための関連議案を提出して承認いただきました」  最後に、前出の関係者は次のように話した。  「もちろん、市(受注業者)の対応ももっとやりようがあったんだろうけど、そもそも、市にクレームを入れた人の農地は耕作されていなかったんです。ですから、そんなに怒らなくても、と思いますけどね」

  • 北塩原村【道の駅裏磐梯】オリジナルプリンが好評

     北塩原村の観光・交流拠点の1つである道の駅裏磐梯では、期間限定商品だった「裏磐梯桜峠プリン」の通年販売を昨年9月23日から開始し、好評を博している。  同商品は同駅オリジナルスイーツとして開発されたもの。会津山塩をきかせた濃厚カスタードプリンの上に、オオヤマザクラの実を用いたジュレをのせた。プリンの甘じょっぱさと、ジュレのほのかな酸味を同時に味わえる。濃紅とミルク色のコントラストが美しく、かわいらしいラベルと相まって見栄えの良い商品となっている。  名前の由来となった桜峠は、同村の温泉リゾート施設・ラピスパ裏磐梯の隣に位置する桜の名所。毎年3000本のオオヤマザクラが咲き誇る。ソメイヨシノよりもピンク色が濃く、その華やかさに魅了される観光客が多いという。  商品開発の経緯や特色について、同駅の榎本季一総支配人は「一昨年から北塩原村ならではの付加価値の高いオリジナルスイーツを開発すべく熟慮を重ねてきた中、当村の絶景スポットである桜峠に着目した次第です。春のお花見シーズン以外でも桜峠を感じてほしいとの思いから商品開発に至りました」と説明する。  製造については、喜多方市の橋谷田商店に依頼し、通年販売するため冷凍での提供を決めた。プリンの冷凍は技術的に難易度が高く、解凍した際に離水などで食感が著しく低下してしまうことがあるが、試行錯誤を繰り返し、満を持して本格販売できるようになった。  「解凍後もプリン独特のプルプル感を味わえる商品を開発しました。解凍は常温で3~4時間、冷蔵庫で6時間が目安。独特な食感が楽しめる半解凍もおすすめです。オオヤマザクラジュレとカスタードプリンが口の中で織りなすハーモニーを楽しんでほしいです」(榎本総支配人)  道の駅裏磐梯のみでの限定販売。価格は1個380円(税込み)。水曜日定休。  詳しい問い合わせは、道の駅裏磐梯☎0241(33)2241まで。

  • 【福島県ユーチューバー】車中泊×グルメで登録者数10万人【戦力外110kgおじさん

    【戦力外110kgおじさん】福島県内在住おじさんユーチューバーの素顔  テレビ離れが進む昨今、ユーチューブの全世代の利用率は9割だ。本誌の読者層であるシニア世代も、パソコンやスマートフォンで毎日のようにユーチューブを見ている人は多いはず。数あるチャンネルの中には、県内で活動するユーチューバーも多数存在する。その中に、異色のジャンル「車中泊&グルメ」系で人気を誇る「戦力外110kgおじさん(43歳)」がいる。なぜ視聴者はこのチャンネルにハマるのか、本人へのインタビューをもとに、その謎に迫ってみたい。  週末夜のキャンプ場。辺り一面、真っ暗の中、ポツンと明かりが灯る1台のプリウス。その車の後部座席で、一人焼肉をしながらチューハイ「ストロングゼロ」をキメる――。そんな様子をユーチューブに配信している男性がいる。男性の名は「戦力外110kgおじさん」(以下、戦力外さんと表記)。戦力外さんのユーチューブのチャンネル登録者数は10・5万人。1つの動画が配信されれば20万回再生するのは当たり前で、中にはミリオン(100万回再生)に届きそうな動画も複数ある。 / https://www.youtube.com/watch?v=_SxScudMxQ8&t=23s  「110kg」という名の通りの巨漢が、決して広いとは言えないセダンタイプのプリウスの後部座席で、好きなものをたらふく食べ、大酒を飲む。そんな動画がなぜ多くの人に見られ、そして見続けられるのか。  戦力外さんの動画はチャンネルを開設してすぐに〝バズった〟(人気が出た)わけではない。  戦力外さんがユーチューブに動画を配信し始めたのは2020年2月。当初は釣りの動画を配信していたが、再生回数は数十回程度で、チャンネル登録者数も伸びなかった。  浮上のきっかけとなったのは「顔出し」だった。   戦力外さんは「正直なところ、40代である自分らの世代ってネットで顔出しするなんて気が狂っているというか、抵抗があったんですよね」と話す。今の40代は、匿名性の高い「2ちゃんねる」などを見てきた世代であり、「インターネットでは絶対に顔を出すな」と言われてきた世代でもある。それでも、戦力外さんは再生回数を伸ばしたい一心で顔出しを決意した。  「顔出ししたら登録者が100人を超えたんですよ。ユーチューブには『チャンネル登録者数100人の壁』というのがあります。そこを自力で超えられると、収益化の条件である『チャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間』に近づくと言われています。大体の人はこの100人の壁を超えられず、やめてしまうみたいですね」  チャンネル登録者数100人に達するまで7カ月を要した戦力外さんだったが、そこから1000人になるまでは、わずか3カ月だった。  顔出しと前後して、現在の動画の原点となる「プリウスの快適車中泊キットを110kgおじさんがDIY」という動画を配信したことも追い風となった。  プリウスの後部座席で使う食卓テーブル兼ベッドを作る動画だ。プリウスは後部座席を倒してフラットにしても、普段座るときの足置きのスペースがぽっかり空いてしまう。寝袋を敷いて寝ていると、どうしても足の部分がはみ出てしまい快適に眠れない。それを解決するために作られたのがこの台だった(写真)。このときの動画が初めて再生回数1000回を超え、戦力外さんにとって初バズり動画となった。戦力外さんは「釣りではなく、車中泊に需要があるのか!」と気付き、動画の内容を車中泊系へと変更していく。 車内に設置された食卓テーブル兼ベッド  2度目のバズり動画は「車上生活者の休日シリーズ」。その後、このシリーズが戦力外さんの主力コンテンツとなっていく。 戦力外さんは「このシリーズの第1弾で、いきなり1万回再生いったんです」と言う。  「再生回数が伸びた理由は、当時チャンネル登録者数20万人のユーチューバーさんが動画にコメントをくれたからなんです」  コメントの内容は「あなたみたいな人が、もしかしたらユーチューブで成功するのかもしれませんね。収益化するまで是非続けてください。わたしも応援します」だった。  ユーチューブに限らずSNSではよく起こる現象だ。多くのフォロワーやファンを持つ配信者(発信者)が、無名ユーチューバーの動画を一言「面白い」と紹介しただけで、瞬く間にその動画が拡散されていく。これをきっかけに戦力外さんは、収益化の条件であるチャンネル登録者数1000人・総再生時間4000時間を達成した。 動画を通じて疑似体験  動画の冒頭は、戦力外さんが車中泊をする場所に向かう道中の運転席を映している。無言で運転する戦力外さんが映し出され、テロップでその日にあった出来事などが紹介される。動画の説明欄に「この動画は半分くらいフィクションです」とある通り、テロップの内容は現実世界で起きたことに、戦力外さんが少し〝アレンジ〟を加えたものとなっている。  名前にあるもう一つのテーマ「戦力外」。これは、戦力外さんが日々の生活において「社会に出ると全然自分が役に立たない」、「俺って会社や社会では戦力外だな」と、打ちひしがれた経験が基になっている。   視聴者のコメント欄を見ると「おっちゃん見てると他人事には思えないんだよな。職場のストレスはよく分かる! この動画を見てると頑張んなきゃって不思議と思える。おっちゃん頑張って!」などと書き込まれている。  「動画の前半部分によく出てくる職場での失敗エピソードは、視聴者が自分よりきつい環境にいる人を見て、自分はまだまだマシだなって安心したい思いがあると思います。社会の戦力外おじさんが、もがきながら、ささやかな楽しみを見つけて楽しんでいる姿を見てシンパシーを感じるのでしょうね」 取材に応じる戦力外さん  メーンである動画の後半部分は、戦力外さんが車中で一人、ひたすら飲み食いするシーンだ。これがまた「食べ物がとても美味しそうで、美味しそうに食べる」動画なのだ。  視聴者のコメント欄には「見てると幸せな気持ちになれる動画を、ありがとうございます!」、「毎回、元気いただいてます」などと寄せられている。  「自分の好きなユーチューバーを見ることによって、自分もキャンプした気持ちになる。健康上の理由で食べたいけど食べられない人にとっては、私の動画を見て食べた気になる。そうやって疑似体験したいのかもしれませんね」 動画の編集時間は5時間  戦力外さんは1979(昭和54)年生まれの43歳。出身は山形県だが、幼少期から30代半ばまで猪苗代町で過ごす。学生時代は漠然と「物書きになりたい」という夢を持っていた。専門学生時代にはサブカルチャー雑誌『BURST(バースト)』にハマり、石丸元章、見沢知廉、花村萬月など、破天荒だが自由を感じるライフスタイルに憧れた。何か行動に移すということはなかったが、創作活動をしたいという思いは学生時代から抱いていた。  高校卒業後、家業である川魚の養殖業に就き、6年半前に実家を出て中通りに引っ越すタイミングで、インフラ系の会社に転職した。20代に真剣に打ち込んだのはフルコンタクト空手という格闘技だった。しかし膝のじん帯を断裂し、選手生命を断たれてしまう。  人生の大きな目標を失い「もう一つ生きがいを見つけたい」と思い立った戦力外さんが表現活動の第一歩として始めたのが、LIVEコミュニケーションアプリ「Pococha(ポコチャ)」だった。しかし、ポコチャはリスナーと直接会話するスタイルで、高度なコミュニケーション能力が要求されるため数カ月で挫折してしまう。  戦力外さんは「誰かと直接コミュニケーションせず、自分のタイミングで動画を撮り、じっくり編集できる方がいいんじゃないか」と考え、ユーチューブを始めた。  平日は会社で働き、休日になると動画撮影のため出掛ける。撮り終わったら自宅に戻って編集する。1つの動画の編集作業は平均5時間を要するが、「スマホを使ってベッドに寝ころびながらリラックスして作業しているので、そんなに大変ではないですよ」。  台本は作らず、頭の中で動画の構成を練っている。仕事は車の移動時間が長いため、その時間を有効活用し、面白いワードが出てくるのをひたすら待つのだという。 「美しいマンネリ目指す」  戦力外さんのチャンネルの視聴層は35~60歳までが多く、男女比では男性が9割を占める。  「理想は水戸黄門とか孤独のグルメなんです。視聴率トップは取れないけど、ずっと見てくれる人がいる。美しいマンネリっていうんですかね、そんな動画でありたいですね」  戦力外さんの動画が限られた層にしか見られていないと分かるエピソードがある。戦力外さんは自身のユーチューブチャンネルを母親に薦めたそうだが、母親が熱心に見るのは猫やフォークダンスの動画で、いくら薦めても自身の息子が配信している動画を全く見なかったという。戦力外さんは「興味がなければ肉親の動画でも見ないんですよ」と笑う。 プリウスと戦力外さん  ユーチューブはユーザー一人ひとりの趣味趣向に合った動画がトップ画面に表示されるような仕組みになっており、普段見ないジャンルの動画はそもそも表示もされない。これはユーチューブに限ったことではなく、買収騒動で話題のツイッターなどのSNS、ゾゾタウンなどの通販サイトも同様だ。  ただ、世の中の〝おじさん〟しか見ないニッチな動画を配信しているはずが、最近は少しずつファン層が拡大している様子。北海道に撮影に行った際、チャンネル登録しているファンの女性と奇跡的に出会い、お付き合いするまでに至ったという。  声をかけられる機会も増え、特にキャンピングカーで旅をしているシニア世代の夫婦からが多いようだ。 専業ユーチューバーへ  戦力外さんは6年半勤めた会社を辞め、12月から専業ユーチューバーとして活動を始めた。  「収入は不安定ですし、専業としてやっていくのに不安はありましたが、これからは創作活動一本で食っていくんだと決めました」  ユーチューブでの収入は「サラリーマンの月収の2倍くらい」だという。再生回数の変動などにより月の収入が100万円の時もあれば10万円の時もあるような世界だが、ユーチューブで最も広告収入を得やすいのは3月と12月なので、そのタイミングで退職を決意した。  ユーチューブは再生数によって広告収入が決まる。その単価についてはユーチューブの規約で公言しないよう定められている。戦力外さんも明かそうとしなかった。  しかし、さまざまなユーチューバーの書籍の情報によると、現在、ユーチューブの広告収入単価は1再生あたり0・05~0・7円と言われている。トップクラスの人気ユーチューバーは、1つの動画につき、サラリーマンの平均年収の3~4倍の広告収入が入る計算となる。  とは言っても、そこまで稼げるのはほんの一握りで、急に動画が見られなくなることだってあるのだ。  ただ、戦力外さんは「ユーチューブはプライベートすべてがネタになる」と前向きに捉える。  「仮にユーチューブで稼げなくなり、アルバイトをすることになっても、それを動画にすればいい。いいことも悪いこともネタにできるのがユーチューブなんです」  専業ユーチューバーになれば撮影回数を増やせるし、動画を配信する本数も増える。海外向けのチャンネル開設も目論んでいる。  「私のチャンネルは日本語のテロップを入れているので日本人しか見ません。次は世界に向けて、言葉なしでも伝わるような動画も作っていければと思っています」  戦力外さんは、テロップ無しに加え、ユーモアもプラスアルファしていきたいと考えている。  「チャップリンやミスタービーンみたいなコミカルな動きを入れていけば面白いかなと思っています」  一度見たら見続けてしまう中毒性。これがユーチューブの性質であり、作り手はそこを目指して動画を作成する。  「好きなことで、生きていく」  これはユーチューブのキャッチフレーズだが、専業ユーチューバーとして生き残っていくためには、そうも言っていられない。戦力外さんは「自分が好きなものも大事ですが、それ以上に、視聴者が求めているものを常に考え、再生回数が落ちないように維持していかなければなりません」と漏らす。  「死ぬ時、『なんであの時に専業ユーチューバーにならなかったんだ』と思いたくないんです。やった後悔よりもやらない後悔の方が悔いが残るって言うじゃないですか」  そう笑って話す戦力外さん。この先、どのようなチャンネルや動画を作り、ファンを拡大していくのか。〝おじさんユーチューバー〟の挑戦は始まったばかりだ。

  • 福島市いじめ問題で市側が被害者に謝罪

    福島市内の男子中学生が市立小学校に通っていたときにいじめを受け、不登校になった問題について、本誌2022年4月号「【福島市いじめ問題】6つの深刻な失態」という記事で、詳細にリポートした。  記事掲載後、男子中学生と保護者は市や市教育委員会の対応を巡り、担任の教員や教育委員会などに謝罪を要求。県弁護士会示談あっせんセンターに示談のあっせんを申し立て、2022年10月末、市長と教育長が謝罪することで和解に至った。  福島市は2022年11月22日の記者会見で、木幡浩市長と佐藤秀美教育長が非公式の場で直接謝罪しことを明らかにした。和解の条件として、市が児童らに180万円の解決金を支払い、いじめ問題の関係者を今後処分する。  同日、被害者側も記者会見を開き、男子中学生は「心の傷は治らない」と語った。保護者は「こちらが求める謝罪ではなかった」としつつ、「今後は組織一体となっていじめ問題に対応してほしい」と訴えた。

  • 福島市西部で進むメガソーラー計画の余波

     「自宅の周辺を作業員が出入りして地質調査をしていると思ったら、目の前の農地に開閉所(家庭でのブレーカーの役割を担う施設)ができると分かった。一切話を聞いていなかったので驚きました」(福島西工業団地の近くに住む男性)  同市西部の福島西工業団地(同市桜本)の近くの土地を、太陽光発電事業者がこぞって取得している。東北電力の鉄塔に近く、変電所・開閉所などを設置するのに好都合な場所だからだ。  2022年2月、鉄塔がある地区の町内会長の家をAC7合同会社(東京都)という会社の担当者が訪ねた。外資系のAmp㈱(同)という会社が特別目的会社として設立した法人で、福島市西部の先達山(635・9㍍)で大規模太陽光発電施設を計画している。そのための変電所を、市から取得した土地に整備すべく、町内会長の了解を得ようと訪れたのだ。  町内会長は冒頭の男性と情報を共有するとともに、同社担当者に対し「寝耳に水の話で、とても了承できない」と答えた。  同計画の候補地は高湯温泉に向かう県道の北側で、すぐ西側に別荘地の高湯平がある。地元住民らは「ハザードマップの『土砂災害特別警戒地域』に隣接しており、大規模な森林伐採は危険を伴う。自然環境への影響も大きい」として、県や市に要望書を提出するなど、反対運動を展開している。  そうした事情もあってか、変電所計画にはその後動きがないようだが、2022年3月には、別の太陽光発電事業者が近くの民有地を取得し、開閉所の設置を予定していることが明らかになった。  発電事業者は合同会社開発72号(東京都)で、福島市桜本地区であづま小富士第2太陽光発電事業を進めている。開閉所を含む発電設備の建設、運転期間中の保守・維持管理はシャープエネルギーソリューション(=シャープの関連会社、大阪府八尾市)が請け負う。  発電所の敷地面積は約70㌶で、営農型太陽光発電を行う。営農事業者は営農法人マルナカファーム(=丸中建設の関連会社、二本松市)。2022年7月に着工し、2024年3月に完工予定となっている。  開閉所は20㍍×15㍍の敷地に設置される。変圧器や昇圧期は併設しないため、恒常的に音が出続けるようなことはないという。発電所から開閉所までは特別高圧送電線のケーブルを地下埋設してつなぐ。 開閉所の整備予定地  5月7日には地元住民への説明会が開かれた。大きな反対の声は出なかったようだが、冒頭・予定地の目の前に住む男性は「電磁波は出ないというが、子どもへの影響など心配になる。工事期間中、外部の人が出入りすることを考えると防犯面も気になります」と語った。  前出・町内会長は、一方的な進め方に違和感を抱き、市の複数の部署を訪ねたが、親身になって相談に乗ってくれるところはなかった。  特別高圧送電線のケーブルが歩道の地下に埋設される予定であることを知り、市に「小学生の通学路にもなっているので見直してほしい」と訴えたところ、車道側に移す方針を示した。だが、根本的に中止を求めるのは難しそうな気配だ。  「鉄塔周辺の地権者が応じれば、ほかにも関連施設ができるのではないかと危惧しています」(町内会長)  福島市西部地区で進むメガソーラー計画で、離れた地区の住民が思わぬ形で余波を受けた格好だ。2つのメガソーラー計画についてはあらためて詳細をリポートしたい。

  • 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

    業者を悩ます「費用対効果」 2021年末から断続的に降った大雪で、福島市中心部は除雪が十分に行われない「デコボコ除雪」が問題となった。降雪、気温の低下が続いたことも相まって起きた災害だ。これを教訓に、市は除雪体制強化のため1億2727万円の予算を計上。道路の除雪を担う建設業界は「今季も同じくらい雪が降ると考えなければ」と神経をとがらせている。  気象庁によると、今冬の予報は、気温は東日本で平年並みか低い見込み、福島県を含む北日本でほぼ平年並みの見込み。降雪量は東日本の日本海側で平年並みか多い見込み、北日本の日本海側でほぼ平年並みの見込みとなっている。太平洋側は毎年予報をしていない。あくまで予報である点は念頭に置かなければならないが、少なくとも暖冬ではないということだ。  さらには、世界的な異常気象の原因となり、日本の冬に低温傾向をもたらす「ラニーニャ現象」が12月以降も続く可能性があるという。西高東低の冬型の気圧配置が強まり、寒気が流れ込みやすくなる。  2021年末から2022年初めにかけての大雪は、断続的に降り、低温が続いたため根雪ができた。雪を路肩によけても解けないため、壁のように固まり道路幅を狭め、交通が麻痺した。  2014年以来の大雪に、ツイッターでは《福島市の除雪はやっぱりヘタクソ。国道4号と13号以外はヒドイもんだ。飯坂街道などの主要道路もしっかり除雪すべき。木幡市長、除雪にもっと力を入れてくれ》など、除雪の遅さに苛立つ声が相次いで投稿された。市には2022年2月時点で2340件の苦情が寄せられたという。 なかなか雪が解けない本誌編集部前の道路  「デコボコ除雪」を教訓に、市は1億2727万円の「除雪力強化パッケージ」予算を打ち出した(表)。木幡浩市長は議会で「今回の大雪対応を検証した結果、準備態勢や除雪体制、情報発信などに課題があることを確認しました。それに基づき、2022年度当初予算で除雪力強化パッケージを盛り込み、この冬に向けて除雪力強化に取り組んでいます」と答弁している。  何を揃えたのか見てみよう。中央部に雪掻きが付いた「グレーダー」はこれまで1台のみだったが、新たに1台増やした。グレーダーは雪を寄せるほか、削る機能がある。前面に付いた板で雪を押し分ける「ドーザー」6台と併せ市の維持補修センターが保有する専用車両は現在8台となっている。  雪が積もる前の準備については、凍結防止剤散布車を3台から5台に増やした。また凍結防止剤を自動散布する装置を、スリップ事故が多い伏拝周辺の旧国道4号沿いに6か所設置している。  「生活道路や通学路は地域で」の方針も見える。町内会やボランティア団体を対象に、小型除雪機械購入補助として2021年度と同様に120万円を計上した。11月末現在で5件の申請があり、予算の上限を超えたことから、同じ除雪関連費用を流用しているという。その他には除雪技術向上に関する研修会の参加費として1人当たり1万円を助成する。  市で増やした機器は凍結防止剤散布車やグレーダーに限られ、歩道は地域住民が小型除雪車などを使って除雪することになる。ただ、2021年のような異例の大雪への対応は依然不安が残る。交通麻痺が起きた要因は、車道脇の固まった雪が解けずにいつまでも残っていたからだ。「ロータリー」(写真)で道路そのものから雪をどかさなければならなかった。 道路脇に溜まった雪を除去する除雪車両「ロータリー」  道路の除雪を担う委託業者はどのように備えているのか。市内でも積雪が多い飯坂町を拠点とする信陵建設の斎藤孝裕社長(66)は  「それなりに人員と予算を確保すれば対応できます。問題は、福島市は会津地方ほどの豪雪地帯ではないということ。せっかく用意しても出動する機会がなければ無駄になってしまう」  同社は除雪車を2台持つが、これまではそれで回ってきた。県道では5~10㌢、市道では10㌢の積雪が見込まれると出動するルールになっているが、斎藤社長によると、基準に達しなくても地元業者が自己判断で前もって出動するのが実情という。同社は本社周辺の国道399号の一部、県道福島飯坂線、フルーツラインの一部など5路線計約20㌔を担当している。  「前回は真夜中から出動しても降り続け、掻いても掻いてもきりがありませんでした。除雪車をリースしたり、臨時で人を雇うにしてもだいぶ前から手配しないと間に合いません。交通量や人通りの多い道路から除雪する優先順位もあり、家の前の除雪が後回しになった住民からは『何で来ないんだ』と言われました。ただ、すべての業者ができる限りの対応をしていることは理解してほしい」(斎藤社長)  同社では新たに8㌧除雪車の購入を考えたが、相場は1000万円ほど。前回ほどの大雪が毎年降るのかどうか判断が付かず、出動しなくても維持費や車検代がかかることを考えると、なかなか手が出せないという。半導体不足で中古車の相場も新車とほとんど変わらない。どこまで行っても、「豪雪地帯でない福島市でどこまで用意する必要があるか」が問題のようだ。 建設業の人手不足、人口減が重しに  除雪にかかわらず建設業界は人手不足が付きまとう。同社では、除雪車のオペレーターを2人募集しているが集まらない。給与を上げて再募集をかけているが、それでも厳しいという。  地元の道路の雪掻きは近くの住民が協力するのが原則だが、地方経済の沈下で自営業は衰退。居住地近くで働き、除雪作業に参加できる人も少ないだろう。地域の力でやるといっても、町内会を構成するのは高齢者ばかりで、体力の衰えた高齢者が主体となればなるほど除雪作業も事故が増えていく可能性がある。どこを削り、その分、どこを費やすか。雪害対策も人口減少でままならない状況が垣間見える。

  • 会津地方の農家を襲う「8050問題」

    「息子のために農地を売る」老親の覚悟  80代の老親と50代のひきこもりの子が孤立や困窮に直面する「8050問題」が進行している。会津地方のある農家は、自分の死後も病気を抱える一人息子の生活を支えようと、なけなしの田を売ることを考えたが法律の壁に阻まれた。一方で米価は下落し収入も減り、老親自身も今の暮らしで手一杯。農家の8050問題を追った。  「私は息子のために農地を売りたいが、売るのを阻まれています」  会津地方に住む農家の80代男性はため息をつく。妻と40代後半の一人息子と3人暮らし。息子は高校中退後、働きに出ず、ずっと家で過ごしている。  80代の老親と50代のひきこもりの子に関わる社会問題「8050問題」が顕在化している。進学や就職に失敗したことなどをきっかけに、家にこもって外部との接触を断つひきこもりが長期化。さらに、高齢となった親の収入が途絶えたり、病気や要介護状態になったりして経済的に一家が孤立・困窮することで起こる。孤立死や「老老介護」の原因ともなりうる。  人口の多い団塊の世代が80代を迎え、その子らの第二次ベビーブーム世代が50代を迎える時、社会に与える影響は大きいと見込まれる。ただ、40~50代はバブル崩壊後の就職氷河期で「割を食った」世代。採用を抑制され、新卒時に就職先に恵まれなかったこともあり、一概に失敗を「個人の努力不足」に帰することはできない。  冒頭で嘆いた男性の息子は、10代で精神疾患を発症した。その影響からか、人とうまくなじめず不登校になったという。家族が疾患と分かったのは高校中退後だった。  「もっと早く気づいてあげたかった」(男性)  息子は現在、医療機関に通い、週2回、支援者が訪問サービスに訪れている。  「息子は調子が良い時は農業を手伝ってくれます。薬が合っているのか、最近は以前よりも体調が良いようです。車は運転できないが、自転車を使って1人で買い物に行っています。私がいなくなってもお金さえあればなんとかなると思う」(同)  規則正しく食事も取るようになった。少しずつ復調し、農業の手伝いなど自分のできることから始めようとする息子を見て、最後まで支えなければという気持ちが強くなった。  「息子は障害年金を受け取っていますが、月数万円ではとてもじゃないが暮らしていけない。私もいつ死ぬか分からない。それまでに1000万円以上は用意してあげたい。やはり最後はお金です」(同)  男性は1000万円を国民年金基金に積み立てたいと考えている。そうすれば約10年後、自分が亡くなっても60歳になった息子には月約7万円が支給されるという。国民年金基金は自営業、無職、フリーランスが対象の1号被保険者が保険料を上乗せして払い、受給額を多くする制度だ。  だが、男性が元手にできるのは農地しかない。今は約16反(1万5800平方㍍)で米を作っているが、米価は下落し、苗代や肥料、農業機械の維持費、固定資産税などを考えると赤字で、助成金で埋め合わせているという。  「田んぼをやっているのは、手を入れなくなると雑草で荒れてしまうからです。周囲の田畑に迷惑がかかるし、何しろ笑われてしまう。息子が米を作ることはないだろうから、できれば売ってしまいたい」(同)  採算が合わないのに同調圧力で仕方なく米を作っているが、そのまま農地を残せば息子にとって負債となる。だから、処分して金に換えたいというわけ。  男性は宅地にしたり、太陽光発電施設の設置業者に売却しようと考えたが、農地を転用するには農業委員会の許可が必要になる。同委員会に申し出たが「他の人が(男性の農地を取得して)農地を広げる可能性がある」と認められなかったという。  「米が値下がりしている中、わざわざ新たに田んぼを買う奇特な人がいるとは思えない。作っても手間ばかりで、儲けはほとんどないんですから。農業委員会に『農地として買う予定の人がいるのか』と尋ねても答えてくれませんでした」(同)  自分の寿命はそれほど残されていない。元気に動けるのはあと10年もないだろう。農業委員会の許可は今後得るとして、まずは業者に売却する算段を付けようとした。  太陽光発電施設の設置業者をネットで調べ電話した。東京や名古屋から複数の業者がすぐに飛んできた。営業社員の男は調子が良かった。「米を作っていたということは日当たりが良いってことです。つまり太陽光発電にもうってつけなんですよ。会津は太陽光の宝庫です」と前のめりだったが、農業委員会の許可が下りそうもないことが分かると、見切りを付けて去っていった。 「太陽光の宝庫」と発電事業者から評される会津地方の田園  男性は現在も地元の農業委員会に通っているが、「それは県農業委員会に聞いてほしい」「東北農政局じゃないと分からない」などとたらい回しにされているそうだ。 「残された時間は少ない」  なぜ、ここまで農地売却に固執するのか。それは息子のために売れる資産がそれしかないからだ。  「国は国債を際限なく発行して借金があるでしょう? 頼りになりません。自分たちの身は自分で守らないと」(同)  他人を頼る気持ちにはなれない。周囲に不信感がある。10年ほど前に近隣で連続不審火があった。原因が分からなかったため、犯人探しが始まった。「無職で家にいるアイツ(息子)じゃないか」とウワサされたという。世間はいつも、息子をこう見ていたのかと知った。周囲がとても冷たく感じられたという。  「事情を知らない役所の人は、年寄りが息せき切って土地を売ろうとしている様子を陰で笑っているんでしょうね。でも、私には残された時間が少ない。『分からず屋』と言われても、息子のために動かなければならないんです」(同)  このまま農地を売却できないことも十分想定される。筆者は男性亡き後の息子の独り立ちを考え、市町村の相談窓口や成年後見制度を紹介したが、男性はしばらくすると、また農地を売却するための方法を熱心に探り出した。「どうしても売れなくて困っている」。農地売却には高い壁が立ちはだかるが、困難であればあるほど、男性の生きる「最後の目標」になっているようだ。

  • 【会津若松・喜多方・福島】市街地でクマ被害多発のワケ

    専門家・マタギが語る「命の守り方」  2022年は市街地でのクマ出没やクマによる人的被害が目立った1年だった。会津若松市では大型連休初日、観光地の鶴ヶ城に出没し、関係部署が対応に追われた。クマは冬眠の時期に入りつつあるが、いまのうちに対策を講じておかないと、来春、再び深刻な被害を招きかねない。  会津若松市郊外部の門田町御山地区。中心市街地から南に4㌔ほど離れた山すそに位置し、周辺には果樹園や民家が並ぶ。そんな同地区に住む89歳の女性が7月27日正午ごろ、自宅近くの竹やぶで、頭に傷を負い倒れているところを家族に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。クマに襲われたとみられる。  「畑に出かけて昼になっても帰ってこなかったので、家族が探しに行ったら、家の裏の竹やぶの真ん中で仰向けに倒れていた。額の皮がむけ、左目もやられ、帽子に爪の跡が残っていた。首のところに穴が空いており、警察からは出血性ショックで亡くなったのではないかと言われました」(女性の遺族) 女性が亡くなっていた竹やぶ  現場近くでは、親子とみられるクマ2頭の目撃情報があったほか、果物の食害が確認されていた。そのため、「食べ物を求めて人里に降りて来たものの戻れなくなり、竹やぶに潜んでいたタイミングで鉢合わせしたのではないか」というのが周辺住民の見立てだ。  8月27日早朝には、同市慶山の愛宕神社の参道で、散歩していた55歳の男性が2頭のクマと鉢合わせ。男性は親と思われるクマに襲われ、あごを骨折したほか、左腕をかまれるなどの大けがをした。以前からクマが出るエリアで、神社の社務所ではクマ除けのラジオが鳴り続けていた。 愛宕神社の参道  大型連休初日の4月29日早朝には、会津若松市の観光地・鶴ヶ城公園にクマが出没し、5時間にわたり立ち入り禁止となった。市や県、会津若松署、猟友会などが対応して緊急捕獲した。5月14日早朝には、同市城西町と、同市本町の諏訪神社でもクマが目撃され、同日正午過ぎに麻酔銃を使って緊急捕獲された。  市農林課によると、例年に比べ市街地でのクマ目撃情報が増えている。人的被害が発生したり、猟友会が緊急出動するケースは過去5~10年に1度ある程度だったが、2022年は少なくとも5件発生しているという。  鶴ヶ城に出没したクマの足取りを市農林課が検証したところ、千石バイパス(県道64号会津若松裏磐梯線)沿いの小田橋付近で目撃されていた。橋の下を流れる湯川の川底を調べたところ、足跡が残っていた。クマは姿を隠しながら移動する習性があり、草が多い川沿いを好む。  このことから、市中心部の東側に位置する東山温泉方面の山から、川伝いに街なかに降りてきた線が濃厚だ。複数の住民によると、東山温泉の奥の山にはクマの好物であるジダケの群落があり、クマが生息するエリアとして知られている。  市農林課は河川管理者である県と相談し、動きを感知して撮影する「センサーカメラ」を設置した。さらに光が点滅する「青色発光ダイオード」装置を取り付け、クマを威嚇。県に依頼して湯川の草刈りや緩衝帯作りなども進めてもらった。その結果、市街地でのクマ目撃情報はなくなったという。  それでも市は引き続き警戒しており、10月21日には県との共催により「市街地出没訓練」を初めて実施。関係機関が連携し、対応の手順を確認した。  市では2023年以降もクマによる農作物被害を減らし、人的被害をゼロにするために対策を継続する。具体的には、①深刻な農作物被害が発生したり、市街地近くで多くの目撃情報があった際、「箱わな」を設置して捕獲、②人が住むエリアをきれいにすることでゾーニング(区分け)を図り、山から出づらくする「環境整備」、③個人・団体が農地や集落に「電気柵」を設置する際の補助――という3つの対策だ。  さらに2023年からは、郊外部ばかりでなく市街地に住む人にも危機意識を持ってもらうべく、クマへの対応法に関するリーフレットなどを配布して周知に努めていく。これらの対策は実を結ぶのか、2023年以降の出没状況を注視していきたい。 一度入った農地は忘れない  本州に生息しているクマはツキノワグマだ。平均的な大きさは体長110~150㌢、体重50~150㌔。県が2016年に公表した生態調査によると、県内には2970頭いると推定される。  クマは狩猟により捕獲する場合を除き、原則として捕獲が禁じられている。鳥獣保護管理法に基づき、農林水産業などに被害を与える野生鳥獣の個体数が「適正な水準」になるように保護管理が行われている。  県自然保護課によると、9月までの事故件数は7件、目撃件数は364件。2021年は事故件数3件、目撃件数303件。2020年が事故件数9件、目撃件数558件。「件数的には例年並みだが、市街地に出没したり、事故に至るケースが短期間に集中した」(同課担当者)。  福島市西部地区の在庭坂・桜本地区では8月中旬から下旬にかけて、6日間で3回クマによる人的被害が続発した。9月7日早朝には、在庭坂地区で民家の勝手口から台所にクマが入り込み、キャットフードを食べる姿も目撃されている。  会津若松市に隣接する喜多方市でも10月18日昼ごろ、喜多方警察署やヨークベニマル喜多方店近くの市道でクマが目撃された。  河北新報オンライン9月23日配信記事によると、東北地方の8月までの人身被害数40件は過去最多だ。  クマの生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授は「2021年はクマにとってエサ資源となるブナやミズナラが豊富で子どもが多く生まれたため、出歩くことが多かったのではないか」としたうえで、「2022年は2021年以上にエサ資源が豊富。2023年の春先は気を付けなければなりません」と警鐘を鳴らす。  「クマは基本的に憶病な動物ですが、人が近づくと驚いて咄嗟に攻撃します。また、一度農作物の味を覚えるとそれに執着するので、1回でも農地に入られたら、その農地を覚えていると思った方がいい」  今後取るべき対策としては「まず林や河川の周りの草木を伐採し、ゾーニングが図られるように見通しのいい環境をつくるべきです。また、収穫されずに放置しているモモやカキ、クリの木を伐採し、クマのエサをなくすことも重要。電気柵も有効ですが、イノシシ用の平面的な配置では乗り越えられてしまうので、クマ用に立体的に配置する必要があります」と指摘する。 近距離で遭遇したら頭を守れ  金山町で「マタギ」として活動し、小さいころからクマと対峙してきた猪俣昭夫さんは「そもそもクマの生態が変わってきている」と語る。 クマと遭遇した時の対応を説明する猪俣さん  「里山に入り薪を取って生活していた時代はゾーニングが図られていたし、人間に危害を与えるクマは鉄砲で駆除されていました。だが、里山に入る人や猟師が少なくなると、山の奥にいたクマが、農作物や果物など手軽にエサが手に入る人家の近くに降りてくるようになった。代を重ねるうちに人や車に慣れているので、人間と会っても逃げないし、様子を見ずに襲う可能性が高いです」  山あいの地域では日常的にクマを見かけることが多いためか、「親子のクマにさえ会わなければ、危険な目に遭うことはない」と語る人もいたが、そういうクマばかりではなくなっていくかもしれない。  では、実際にクマに遭遇したときはどう対応すればいいのか。猪俣さんはこう説明した。  「5㍍ぐらい距離があるといきなり襲ってくることはないが、それより近いとクマもびっくりして立ち上がる。そのとき、大きな声を出すと追いかけられて襲われるので、思わず叫びたくなるのをグッと抑えなければなりません。クマが相手の強さを測るのは『目の高さ』。後ずさりしながら、クマより高いところに移動したり、近くの木を挟んで対峙し行動の選択肢を増やせるといい。少なくとも、私の場合そうやって襲われたことはありません」  一方、前出・望月准教授は次のように話す。  「頭に傷を負うと致命傷になる可能性が高い。近距離でばったり出会った場合はうずくまったり、うつ伏せになり、頭を守るべきです。そうすれば、仮に背中を爪で引っかかれてもリュックを引き裂かれるだけで済む可能性がある。研修会や小学校などで周知しており、広まってほしいと思っています」  県では、会津若松市のように対策を講じる市町村を補助する「野生鳥獣被害防止地域づくり事業」(予算5300万円)を展開している。ただ、高齢化や耕作放棄地などの問題もあり、環境整備や効果的な電気柵設置は容易にはいかないようだ。  来春以降の被害を最小限に防ぐためにも、問題点を共有し、地域住民を巻き込んで抜本的な対策を講じていくことが求められている。

  • 「第8波」に入った新型コロナ

    相馬市の陽性者分析で見えた対策  相馬市は今夏の新型コロナ「第7波」の感染者(陽性者)の詳細な分析を行った。その内容を紹介・検証しつつ、すでに到来しつつある「第8波」に向けて、どのような対策が有効かを考えていきたい。  11月23日時点での国内のコロナ感染者累計数は2409万4925人、死者数は4万8797人。およそ5人に1人がこれまでに罹患している計算になる。1日の感染者数で見ると、今夏の「第7波」と言われる感染拡大の中で、7月下旬から8月下旬にかけて連日20万人を超える新規感染者が確認された。その前後でも、1日に10万人から15万人の感染者が出ている。  県内で見ると、11月23日時点でのコロナ感染者累計数は24万9359人、死者数は335人。およそ7人に1人が感染している計算で、国内平均よりは低い。1日の感染者数が最も多かったのは、2022年8月19日で3584人。その前後で、2000人越え、3000人越えの日が相次いだ。7月下旬から9月上旬までが「第7波」に位置付けられる。  その後は、少し落ち着き500人から1000人弱の日が続いたが、11月中旬ごろからまた増え始めている。11月22日は3341人、23日は3191人と、過去最高に迫っている。すでに「第8波」が到来していると言えそうだ。  政府(新型コロナウイルス感染症対策本部)は、11月18日までに「今秋以降の感染拡大で保健医療への負荷が高まった場合の対応について」をまとめた。いわゆる「第8波対策」である。  基本方針は「今秋以降の感染拡大が、今夏のオミクロン株と同程度の感染力・病原性の変異株によるものであれば、新たな行動制限は行わず、社会経済活動を維持しながら、高齢者等を守ることに重点を置いて感染拡大防止措置を講じるとともに、同時流行も想定した外来等の保健医療体制を準備する」というもの。  住民は、これまでと同様、3密回避、手指衛生、速やかなオミクロン株対応ワクチン接種、感染者と接触があった場合の早期検査、混雑した場所や感染リスクの高い場所への外出などを控える、飲食店での大声や長時間滞在の回避、会話する際のマスク着用、普段と異なる症状がある場合は外出、出勤、登校・登園等を控える――等々の基本的な対策が求められる。  「第8波対策」で、これまでと大きく変わったところは、「外来医療を含めた保健医療への負荷が相当程度増大し、社会経済活動にも支障が生じている段階(レベル3 医療負荷増大期)にあると認められる場合に、地域の実情に応じて、都道府県が『医療ひっ迫防止対策強化宣言』を行い、住民及び事業者等に対して、医療体制の機能維持・確保、感染拡大防止措置、業務継続体制の確保等に係る協力要請・呼びかけを実施する」「国は、当該都道府県を『医療ひっ迫防止対策強化地域』と位置付け、既存の支援に加え、必要に応じて支援を行う」とされていること。  つまり、都道府県の判断で「医療ひっ迫防止対策強化宣言」を行い、営業自粛、移動自粛などの要請ができるということだ。  こうして「第8波」に向けた対策や基本方針が定められる中、相馬市が「第7波」の感染者について詳細な分析を行ったものが今後の参考になりそうなので紹介・検証したい。  ちなみに、同市の立谷秀清市長は、医師免許を持っており、地元医師会との意思疎通が図りやすいほか、全国の医師系市長で組織する「全国医系市長会長」を務め、他市の医療体制・感染状況などの情報交換がしやすいこと、全国市長会長を務め、比較的頻繁に国と意見交換ができる環境にある、といった強みがある。 ワクチンの効果  別表は、同市で「第7波」で陽性判定を受けた人の「陽性者数と陽性率」、「年代別、ワクチン接種回数別の陽性者と陽性率」、「陽性者の症状」をまとめたもの。  まず、陽性者数と陽性率だが、ワクチン適正回数接種者は対象2万8355人のうち、陽性者1260人で、陽性率は4・4%、適正回数未接種者は対象5157人のうち、陽性者916人で、陽性率は17・8%となっている。なお、ワクチンの適正接種回数は60歳以上が4回、12歳から59歳が3回以上、5歳から11歳が2回。  こうして見ると、ワクチンを適正回数接種した人は、していない人に比べて、陽性率が4分の1程度になっていることが分かる。  立谷市長は「ブレイクスルー(ワクチンを適正回数接種しても感染するケース)はあるものの、ワクチンの効果はあることが証明された」と説明した。  年代別で見ると、若年層の適正回数未接種者の陽性率が高い傾向にあることが分かる。若年層は、注意をしていても、人が集まる場に行く機会が多い、移動機会が多い、といった理由から、感染リスクが高くなると言われているが、それが裏付けられたような結果だ。対象的に、高齢者は適正回数接種者の陽性率は1・86%、それ以外でも10%以下と低くなっている。高齢者や基礎疾患がある人は重症化のリスクが高まるとされていることなどから、十分注意していることがうかがえる。  一方、陽性者の症状を見ると、94・8%が軽症となっており、無症状を含めると、99%以上が無症状・軽症になる。残りの0・8%は中等症Ⅰ、Ⅱで重症はゼロ。なお、厚生労働省が作成した「新型コロナウイルス感染症 診療の手引き」によると、中等症Ⅰは「呼吸困難、肺炎所見」、中等症Ⅱは「酸素投与が必要」とされている。  立谷市長は以前の本誌取材に「ウイルス側も寄生するところがなくなったら生存できないわけだから、オミクロン株などに形を変えて『広く浅く』といった作戦に切り替えてきた。それをわれわれ人間がどう迎え撃つか。その戦いだ」と語っていたが、まさにそういった状況になっていることが分かる。 立谷市長  「今後、『第8波』が来る。年末年始で人の動きが活発になるということもあるが、基本的にこうしたウイルスは厳冬期は活性化しますからね」(立谷市長)  もっとも、対策としては「これまで継続してやってもらっている基本対策(消毒、マスク着用、密回避など)と、早期のワクチン接種しかない。『第8波』が来る前に、11月上旬からワクチン接種を実施している」(立谷市長)とのことで、そこに尽きるようだ。 ◎新型コロナ体験談 郡山市に住む50代男性。妻、子ども3人、義父母と暮らしています。 最初に感染したのは高1の娘。11月初めの夕方、高校に迎えに行くと喉がイガイガすると言う。まさかコロナじゃないだろうなと思いながら念のため車の窓を開けたが、娘も私もマスクを外していた。すると翌日、娘は咳をし出して発熱。病院でPCR検査を受け、陽性と判定された。 その2日後、私の体調に異変が表れた。喉がイガイガし、翌朝さらに酷くなった。次第に乾いた咳をするようになり、熱は38度台半ばに達した。抗原検査キットで陽性を確認。頭痛、寒気、関節の鈍い痛み等にも襲われ、寝るのもしんどい。解熱剤を服用してようやく眠れたが、その後、微熱と平熱を3、4日繰り返した。頭痛や寒気は翌日収まったが、喉のイガイガと咳は6日ほど続いた。寝過ぎた際に頭がボヤーっとする感じもしばらく残った。 私が発症した2日後には小学4年の次男も同じ症状に見舞われたが、幸い他の家族には広がらず、3人の感染で食い止めることができた。 私はワクチンを3回接種し、4回目の予約を検討しているところだった。インフルエンザに罹った時よりは辛くなかったが、できればもう感染したくないですね。

  • 【FSGカレッジリーグ】仮想空間で授業を実施

     専門学校グループ「学校法人国際総合学園 FSGカレッジリーグ」(郡山市)は1984(昭和59)年の開校以来、38年間積み上げてきた指導ノウハウと、2万0900人以上の卒業生ネットワークによる学生支援体制を備え、若者の学び場の充実を図り続けてきた。同グループは5校57学科で構成されており、東北最大級の規模を誇る。  グループ校の一つ、国際アート&デザイン大学校では9月、米国発メタバース「Virbela(バーベラ)」の日本向けプラットフォーム「GIGA TOWN(ギガタウン)」を活用した実証授業を実施した。専門学校としては初の試み。  メタバースとはインターネットの中に構築された仮想空間のこと。自分自身の分身(アバター)を操作して他者と交流できる。ゲームなどで使われてきたが、近年はビジネスシーンでの利用も進んでおり、今後の成長が見込まれている。  同校は「ギガタウン」の日本公式販売代理店・㈱ガイアリンク(長野県)と連携。学生らはアバターを使って「ギガタウン」での授業に参加し、事例研究、ゲーム、ディスカッション、グループ発表などを行った。  参加した学生からは「実際にその場で授業を受けているような臨場感があり、楽しかった。テーブルごとに個別通話できたり、画面を複数に分けて資料を提示できるなど、さまざまな機能があり、使いやすかったです」との声が聞かれた。  実証授業は学生の夢や目標達成のためのスキル、コミュニケーション力を育む目的で行われたもの。同校では5月にも、ICT関連やデジタルコンテンツ分野の教育機関を運営するデジタルハリウッド㈱(東京都)と連携し、アバター生成・操作のアプリケーションを使用した実証授業を行っている。  同グループでは教育のICT化を進める「Ed―Tech推進室」が中心となって、ICT技術・デジタル化を活用した効果的な授業の在り方を検討しており、同校の授業に積極的に取り入れている。  例えば、同校コミックマスター科では県内で初めて、アニメーション制作ソフト「Live2D」を授業に導入した。同ソフトは低コストで原画の画風を保ったアニメーションが制作できることから、家庭用ゲームやスマートフォンアプリに多く使用されている。同校は「Live2D」モデル作成ソフトライセンス無償貸与の教育支援プログラム認定校に県内で唯一指定されているため、授業での使用が可能となった。  一方でアナログテクニックを身に付ける実習も充実させており、どんな現場にも対応できる即戦力のスペシャリストの養成に努める。  ICT関連の資格取得も全力で支援しており、「PhotoShop(フォトショップ)クリエイター能力認定試験」の合格率は100%を誇る。さらにCGクリエイター検定の文部科学大臣賞を全国で唯一3年連続受賞している。  同グループが目標として掲げているのは「ONLY1、No・1」の教育実績。今後もコロナ禍以降本格的に導入したICT教育を発展させる形で、メタバースを活用した授業を推進し、学生一人ひとりのニーズに沿った教育を行うことで、夢の実現をサポートしていく考えだ。

  • 京都・仁和寺で「カラー絵巻」一般公開

    デジタル技術で蘇る戊辰戦争の風景 双葉町出身学芸員が解説  京都を代表する古刹・仁和寺で、明治時代に作られた「戊辰戦争絵巻」のデジタル彩色版が12月8日まで一般公開されている。福島県と何かと関係が深い戊辰戦争だが、その絵巻がなぜいま京都の寺院でカラー化されて公開されたのか。双葉町出身の学芸員に、その背景や一般公開の見どころを解説してもらった。  仁和寺は888(仁和4)年、宇多天皇が先帝の光孝天皇の遺志を継いで創建した寺院で、真言宗御室派の総本山。1994(平成6)年にユネスコの世界遺産に登録された。境内に咲く遅咲きの「御室桜」が有名で、和歌などにも詠まれている。 仁和寺金堂  皇族や公家が出家して住職を務める門跡寺院で、歴代天皇の厚い帰依を受けたことから、優れた絵画・書籍・彫刻・工芸品が数多く所蔵されている。創建当時の本尊である「阿弥陀三尊像(国宝)」をはじめ、国宝12件、重要文化財48件、古文書数万点を保存・管理している。  そんな同寺院の所蔵物の一つである「戊辰戦争絵巻」をデジタル彩色するプロジェクトが進められている。  戊辰戦争の幕開けとなった1868(明治元)年の「鳥羽伏見の戦い」を描いた絵巻で、全39場面。幅31㌢、長さは上下巻合わせて約40㍍。  「歴史資料に光彩を与えたことで、情報がより写実的になりました。例えば紅蓮の炎や血色染まる兵士の姿は、視覚的に凄惨さを増しましたが、その痛ましさに想像力を持って向き合うことで、絵巻に描かれていることは『物語』ではなく『歴史』であるという気づきをもたらすのではないか、と思います」  デジタル彩色の狙いについて、こう解説するのは双葉町出身の仁和寺学芸員・朝川美幸さんだ。  1971(昭和46)年生まれ。双葉高校、東洋大文学部卒。立命館大学大学院文学研究科博士前期課程を修了。年数回開催される仁和寺霊宝館名宝展の企画・展示を担当。共著に『もっと知りたい仁和寺の歴史』(東京書籍)がある。小さいころに真言密教に興味を抱き、仏教のことを学び続けている専門家だ(本誌2018年1月号参照)。  朝川さんによると、仁和寺と戊辰戦争のつながりは深い。仁和寺第30世の純仁法親王は1867(慶応3)年に還俗(出家した人が俗人に戻ること)し、仁和寺宮嘉彰(にんなじのみやよしあきら)親王と名を改めた。その後、征夷大将軍に任命され、鳥羽伏見の戦いで新政府軍を率いた。出陣の際には仁和寺に仕えていた坊官や寺侍が警備に回った。  明治の世になってから、時代の転換点となった戦争を記録し、その事実を絵巻として残すことになった。戦争体験者の東久世通禧伯爵と林友幸子爵が計画し、1889(明治22)年に完成。明治天皇に献上された。1891(明治24)年には保勲会がモノクロ、木版画の複製品を若干部制作し、仁和寺などに寄贈した。  ただ、制作数が少なく事実を広く知ってもらうには至らなかったことから、絵巻の一部を新たに着色し、『錦の御旗』と改題して一般向けに刊行した。  今回のプロジェクトは、仁和寺に所蔵されていた絵巻(複製品)を超高精細スキャンによりデジタル化。『錦の御旗』や解説本の記述、専門家などの考証を参考に彩色し直して、原寸大で和紙に印刷するものだ。  デジタル彩色は「先端イメージング工学研究所」(京都市左京区)代表理事で、京都大学名誉教授の井手亜里さんが率いるプロジェクトチームが担当。10カ月かけて彩色を行い、ようやく完成した。 デジタル彩色のメリット  絵巻の撮影に同席し、一部の絵巻の解説文執筆も担当した朝川さんはこう説明する。  「超高精細デジタルスキャニング技術で撮影したことで、現物を何度も広げずに済み、画像を拡大してより細かい描写を読み解けるようになりました。保存・分析、両面でメリットがあったと思います。また、着色したことで、戊辰戦争の様子をイメージしやすくなり、幅広い方に興味を持っていただきやすくなったと思います」 仁和寺霊宝館で解説する朝川さん  完成したデジタル彩色絵巻は2022年12月3~8日まで「令和絵巻に見る仁和寺と戊辰戦争」特別展で一般公開される。デジタル彩色絵巻と元来の絵巻(複製)の比較展示のほか、デジタル彩色絵巻をタッチパネル式の画面で見ることができる。好きな場所を指定して拡大することで高精細な画像の閲覧が可能。またオリジナル映像を視聴するコーナーも設けられている。12月3日には、絵巻に合わせて講談師・神田京子さんが講談を行うライブも開かれた。 ジタル彩色された「戊辰戦争絵巻」の一部(上は「第二図会津藩伏見上陸」、下は「第十三図征討大將軍節刀拜受」=画像:先端イメージング工学研究所提供)  同プロジェクトは文化庁の「Livng History(生きた歴史体感プログラム)促進事業」に採択されている。文化庁は京都への移転準備を進めており、2023年3月27日にはいよいよ業務が開始される。移転の目的は東京一極集中の是正に加え、「文化の力による地方創生」、「地域の多様な文化の掘り起こし・磨き上げによる文化芸術の振興」というもの。デジタルの力を使い地方の寺院に眠る歴史的資料の価値を磨き上げる同プロジェクトは、象徴的な活動と言えよう。  一般公開は期間限定であり、福島から離れているので、気軽には行けないかもしれないが、仁和寺は何かと福島に縁のある場所。世界遺産の建物や所蔵物が展示されている霊宝館(期間限定公開)はもちろん、春は桜、秋は紅葉が美しい観光スポットでもある。機会があればぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

  • 【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工

    【昭和電工】社名変更しても消えない喜多方湧水枯渇の罪  昭和電工は2023年1月に「レゾナック」に社名変更する。高品質のアルミニウム素材を生産する喜多方事業所は研究施設も備えることから、いまだ重要な位置を占めるが、グループ再編でアルミニウム部門は消え、イノベーション材料部門の一つになる。土壌・地下水汚染対策に起因する2021年12月期の特別損失約90億円がグループ全体の足を引っ張っている。井戸水を汚染された周辺住民は全有害物質の検査を望むが、費用がかさむからか応じてはくれない。だが、不誠実な対応は今に始まったことではない。事業所は約80年前から「水郷・喜多方」の湧水枯渇の要因になっていた。  「昭和電工」から「昭和」の名が消える。2023年1月に「レゾナック」に社名変更するからだ。2020年に日立製作所の主要子会社・日立化成を買収。世界での半導体事業と電気自動車の成長を見据え、エレクトロニクスとモビリティ部門を今後の中核事業に位置付けている。社名変更は事業再編に伴うものだ。  新社名レゾナック(RESONAC)の由来は、同社ホームページによると、英語の「RESONATE:共鳴する、響き渡る」と「CHEMISTRY:化学」の「C」を組み合せて生まれたという。「グループの先端材料技術と、パートナーの持つさまざまな技術力と発想が強くつながり大きな『共鳴』を起こし、その響きが広がることでさらに新しいパートナーと出会い、社会を変える大きな動きを創り出していきたいという強い想いを込めています」とのこと。  新会社は「化学の力で社会を変える」を存在意義としているが、少なくとも喜多方事業所周辺の環境は悪い方に変えている。現在問題となっている、主にフッ素による地下水汚染は1982(昭和57)年まで行っていたアルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を敷地内に埋め、それが土壌から地下水に漏れ出したのが原因だ。  同事業所の正門前には球体に座った男の子の像が立つ=写真。名前は「アルミ太郎」。地元の彫刻家佐藤恒三氏がアルミで制作し、1954(昭和29)年6月1日に除幕式が行われた。式当日の写真を見ると、着物を着たおかっぱの女の子が白い布に付いた紐を引っ張りお披露目。工場長や従業員とその家族、来賓者約50人がアルミ太郎と一緒に笑顔で写真に納まっていた。アルミニウム産業の明るい未来を予想させる。 喜多方事業所正門に立つ像「アルミ太郎」  2018年の同事業所CSRサイトレポートによると「昭和電工のアルミニウムを世界に冠たるものにしたい」という当時の工場幹部及び従業員の熱い願いのもと制作されたという。「アルミ太郎が腰掛けているのは、上記の世界に冠たるものにしたいという思いから地球を模したものだといわれています」(同レポート)。  同事業所は操業開始から現在まで一貫してアルミニウム関連製品を生産している。それは戦前の軍需産業にさかのぼる。 誘致当初から住民と軋轢  1939(昭和14)年、会津地方を北流し、新潟県に流れる阿賀川のダムを利用した東信電気新郷発電所の電力を使うアルミニウム工場の建設計画が政府に提出された。時は日中戦争の最中で、軽量で加工しやすいアルミニウムは重要な軍需物資だった。発電所近くの喜多方町、若松市(現会津若松市)、高郷村(現喜多方市高郷町)、野沢町(現西会津町野沢)が誘致に手を挙げた。喜多方町議会は誘致を要望する意見書を町に提出。町は土地買収を進める工場建設委員会を設置し、運搬に便利な喜多方駅南側の一等地を用意したことから誘致に成功した。  喜多方市街地には当時、あちこちに湧水があり、住民は生活用水に利用していた。電気に加え大量の水を使うアルミニウム製錬業にとって、地下に巨大な水がめを抱える喜多方は魅力的な土地だった。  誘致過程で既に現在につながる昭和電工と地域住民との軋轢が生じていた。土地を提供する豊川村(現喜多方市豊川町)と農民に対し、事前の相談が一切なかったのだ。農民・地主らの反対で土地売買の交渉は思うように進まなかった。事態を重く見た県農務課は経済部長を喜多方町に派遣し、「国策上から憂慮に堪えないので、可及的にこれが工場の誘致を促進せしめ、国家の大方針に即応すべきであることを前提に」と喜多方町長や豊川村長らに伝え、県が土地買収の音頭を取った。  近隣の太郎丸集落には「小作農民の補償料は反当たり50円」「水田反当たり850~760円」払うことで折り合いをつけた。高吉集落の地主は補償の増額を要求し、決着した。(喜多方市史)。  現在の太郎丸・高吉第一行政区は同事業所の西から南に隣接する集落で、地下水汚染が最も深刻だ。汚染が判明した2020年から、いまだに同事業所からウオーターサーバーの補給を受けている世帯がある。さらには汚染水を封じ込める遮水壁設置工事に伴う騒音や振動にも悩まされてきた。ある住民男性は「昔からさまざまな我慢を強いられてきたのがこの集落です。ですが、希硫酸流出へのずさんな対応や後手後手の広報に接し、今回ばかりは我慢の限界だ」と憤る。  実は、公害を懸念する声は誘致時点からあった。耶麻郡内の農会長・町村会長(喜多方町、松山村、上三宮村、慶徳村、豊川村、姥堂村、岩月村。関柴村で構成)は完全なる防毒設備の施工や損害賠償の責任の明確化を求め陳情書を提出していた。だが、対策が講じられていたかは定かではない(喜多方市史)。 喜多方事業所を南側から撮った1995年の航空写真(出典:喜多方昭寿会「昭和電工喜多方工場六十年の歩み」)。中央①が正門。北側を東西にJR磐越西線が走り、市街地が広がる。駅北側の湧水は戦前から枯れ始めた。写真左端の⑰は太郎丸行政区。  記録では1944(昭和19)年に初めてアルミニウムを精製し、汲み出した。だが戦争の激化で原料となるボーキサイトが不足し、運転停止に。敗戦後は占領軍に操業中止命令を食らい、農園を試行した時期もあった。民需に転換する許可を得て、ようやく製錬が再開する。  同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、アルミニウム生産量はピーク時の1970(昭和45)年には4万2900㌧。それに伴い従業員も増え、60(昭和35)~72(昭和47)年には650~780人を抱えた。地元の雇用に大きく貢献したわけだ。  喜多方市史は数ある企業の中で、昭和30年代の同事業所を以下のように記している。  《昭和電工(株)喜多方工場は、高度経済成長の中で着実な成長を遂げ、喜多方市における工場規模・労働者数・生産額ともに最大の企業となった。また喜多方工場が昭和電工㈱内においてもアルミニウム生産の主力工場にまで成長した》  JR喜多方駅の改札は北口しかないが、昭和電工社員は「通勤者用工場専用跨線橋」を渡って駅南隣の同事業所に直接行けるという「幻の南口」があった。喜多方はまさに昭和電工の企業城下町だった。  だが石油危機以降、アルミニウム製錬は斜陽になり、同事業所も規模を縮小し人員整理に入った。労働組合が雇用継続を求め、喜多方市も存続に向けて働きかけたことから、アルミニウム製品の加工場として再出発し、現在に至る。  同事業所が衰退した昭和40年代は、近代化の過程で見過ごされてきた企業活動の加害が可視化された「公害の時代」だ。チッソが引き起こした熊本県不知火海沿岸の水俣病。三井金属鉱業による富山県神通川流域のイタイイタイ病。石油コンビナートによる三重県の四日市ぜんそく。そして昭和電工鹿瀬工場が阿賀野川流域に流出させたメチル水銀が引き起こした新潟水俣病が「四大公害病」と呼ばれる。 ※『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』と同社プレスリリースなどより作成  同じ昭和電工でも、喜多方事業所は無機化学を扱う。同事業所でまず発覚した公害は、製錬過程で出るフッ化水素ガスが農作物を枯らす「煙害」だった。フッ化水素ガスに汚染された桑葉を食べた蚕は繭を結ばなくなり、明治以来盛んだった養蚕業は昭和20年代後半には壊滅したという。  もっとも、養蚕は時代の流れで消えゆく定めだった。同事業所が地元に雇用を生んだという意味では、プラスの面に目を向けるとしよう。それでも煙害は、米どころでもある喜多方の水稲栽培に影響を与えた。周辺の米農家は補償をめぐり訴訟を繰り返してきた。前述・アルミ太郎が披露された1954年には「昭電喜多方煙害対策特別委員会」が発足。希望に満ちた記念撮影の陰には、長年にわたる住民の怒りがあった。 地下水を大量消費  フッ化水素ガスによる農産物への被害だけでなく、同事業所は地下水を大量に汲み上げ、湧水枯渇の一因にもなっていた。「きたかた清水の再生によるまちづくりに関する調査研究報告書」(NPO法人超学際的研究機構、2007年)は、喜多方駅北側の菅原町地区で「戦前から枯渇が始まり、市の中心部へ広がり、清水の枯渇が外縁部へと拡大していった」と指摘している。06年10月に同機構の研究チームが行ったワークショップでは、住民が「菅原町を中心とした南部の清水も駅南のアルミ製錬工場の影響で枯渇した」と証言している。同事業所を指している。  研究チームの座長を務めた福島大の柴﨑直明教授(地下水盆管理学)はこう話す。  「調査では喜多方の街なかに住む古老から『昭和電工の工場が水を汲み過ぎて湧水が枯れた』という話をよく聞きました。アルミニウム製錬という業種上、戦前から大量の水を使っていたのは事実です。豊川町には同事業所の社宅があり、ここの住人に聞き取りを行いましたが、口止めされているのか、勤め先の不利益になることは言えないのか、証言する人はいませんでした」  地下水の水位低下にはさまざまな要因がある。柴﨑教授によると、特に昭和40年代から冬季の消雪に利用するため地下水を汲み上げ、水位が低下したという。農業用水への利用も一因とされ、これらが湧水枯渇に大きな影響を与えたとみられる。   ただし、戦前から湧水が消滅していたという証言があることから、喜多方でいち早く稼働した同事業所が長期にわたって枯渇の要因になっていた可能性は否めない。ワークショップでは「地下水汚染、土壌汚染も念頭に置いて調査研究を進めてほしい」との声もあった。  この調査は、地下水・湧水が減少傾向の中、「水郷・喜多方」を再認識し、湧水復活の契機にするプロジェクトの一環だった。喜多方市も水郷のイメージを生かした「まちおこし」には熱心なようだ。  今年10月には、市内で「第14回全国水源の里シンポジウム」が開かれた。同市での開催は2008年以来2度目。実行委員長の遠藤忠一市長は「水源の里の価値を再確認し、水源の里を持続可能なものとする活動を広げ、次世代に未来をつないでいきたい」とあいさつした(福島民友10月28日付)。参加者は、かつて湧水が多数あった旧市内のほか、熱塩加納、山都、高郷の各地区を視察した。 「水源の里」を名乗るなら  昭和電工は戦時中の国策に乗じて喜多方に進出し、アルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を地中に埋めていた。「法律が未整備だった」「環境への意識が希薄だった」と言い訳はできる。だが「喜多方の水を利用させてもらっている」という謙虚な気持ちがあれば、周辺住民の「湧水が枯れた」との訴えに耳を傾けたはずで、長期間残り続ける有害物質を埋めることはなかっただろう。喜多方の水の恩恵を受けてきた事業者は、酒蔵だろうが、地元の農家だろうが、東京に本社がある大企業だろうが、水を守る責任がある。昭和電工は奪うだけ奪って未来に汚染のツケを回したわけだ。  喜多方市も水源を守る意識が薄い。遠藤市長は「水源の里を持続可能なものとする活動を広げる」と宣言した。PRに励むのは結構だが、それは役所の本分ではないし得意とすることではない。市が「水源の里」を本当に守るつもりなら、果たすべきは公害問題の解決のために必要な措置を講じることだ。   住民は、事業所で使用履歴のない有害物質が基準値を超えて検出されていることから、土壌汚染対策法に基づいた地下水基準全項目の調査を求めている。だが、汚染源の昭和電工は応じようとしない。膠着状態が続く中、住民は市に対し昭和電工との調整を求めている。市長と市議会は選挙で住民の負託を受けている。企業の財産や営業の自由は守られてしかるべきだが、それよりも大切なのは市民の健康と生活を守ることではないか。