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震災・原発事故

  • 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】

    【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】

     4月1日、政府は特別法人「福島国際研究教育機構」(略称F―REI=エフレイ)を設立した。現地仮事務所開所の様子は大々的に報じられたが、その一方で早くも出勤していない職員がいるという。 霞が関官僚の〝高圧的態度〟に憤慨 エフレイの仮事務所が開設されたふれあいセンターなみえ  エフレイでは①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療と放射線の産業利用、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――の5分野に関する研究開発を進める。7年間で26項目の研究開発を進める中期計画案を策定した。理事長は前金沢大学長の山崎光悦氏。 今後50程度の研究グループがつくられる予定で、第1号となる研究グループ(放射性物質の環境胴体に関する研究を担当)が県立医大内に設けられた。 産業化、人材育成、司令塔の機能を備え、国内外から数百人の研究者が参加する見通し。浪江町川添地区の用地14㌶を取得して整備する方針で、2024年度以降、国が順次必要な施設を整備、復興庁が存続する2030年度までに開設していく。予算は7年間で1000億円規模になる見通し。 4月1日には町内のふれあいセンターなみえ内に仮事務所を開設し、新年度から常勤58人と、非常勤数人の職員が配置された。 ところが、仮事務所が本格稼働してからわずか3日目にして出勤しなくなり、電話にも出なくなった職員がいるという。 どういう理由で出勤しなくなったのか。当事者である中年男性に接触したところ、本誌取材に対し「特技の英語を活用して働く環境に憧れ、県内の職場を辞めて求人に申し込んだ。ただ、理想と現実のギャップに愕然として出勤する気が失せた。後は察してください」と述べた。 一部始終を聞かされたという知人男性が、この男性に代わって詳細を教えてくれた。 「職員の多くは中央省庁からの出向組で、事前に立ち上げられた準備チームからスライドしてきた。互いに気心が知れている分、新しいメンバーには冷たいのか、着任1日目の職員(当事者の中年男性)に敬語も使わず、いきなり『あんた』呼ばわりだったらしい。ろくに顔合わせもしないうちに弁当の集金、スケジュール管理などの業務を任せられ、同じく地元採用枠で入った女性職員について『あごで使っていいから』と指示を出された。とにかく、すべてが前時代の高圧的・パワハラ的対応。『この上司と信頼関係を築ける気がしない』と感じたそうです」 「HTML(ウェブページを作るための言語)知ってる?」と質問されたが、職員採用の募集要項にHTMLの知識は明記されていなかったため、素直に「分かりません」と答えた。すると「しょうがねーなー」と返されたので唖然とした。 別部署の女性職員は「外で〝第一村人〟にあいさつされちゃった」とはしゃいで笑っていた。「地域との連携をうたっているが、現場の人間は地域住民を馬鹿にするのか」と不信感が募り、実質的な〝試行期間〟のうちに就労を断念することにした――これがこの間の経緯のようだ。 「質問にお答えできない」 エフレイの仮事務所に掲げられている看板  エフレイに事実関係を確認したところ、金子忠義総務部長、堀内隆之人事課長が対応し、「情報公開の規定に基づき個人が特定される質問にはお答えできない」としたうえで、一般的な判断基準について次のように話した。 「各種ハラスメントに関しては法令で定められているので、双方の話を聞き、それに当てはまるかどうか判断することになります。(HTMLの知識の有無を尋ねたことについては)職員採用の募集要項に明記されていない資格・能力を〝裏条件〟のように定めているということはありません。地域との連携はエフレイの重要な課題だと認識しています」 “出勤断念”に至った背景には、語られていない事情もあると思われるが、いずれにしても働きたい環境とは思えない。 4月8日付の福島民友で、山崎理事長は「世界トップレベルの研究を目指し、初期は外国人が主体になるが、ゆくゆくは研究者・研究支援者の何割かを地元出身者から受け入れたい」、「われわれも高等教育機関や高校、中学校などを訪ね、夢を持つことの大切さを伝えていく」と述べていた。だが、まずは職員による高圧的対応、地方に対する上から目線を改めていかなければ、そうした理想も実現が難しいのではないか。 あわせて読みたい 【浪江町】国際研究教育機構への期待と不安

  • 解散危機に揺れる【阿武隈川漁業協同組合】

    (2022年9月号)  阿武隈川漁業協同組合(福島市)に解散の危機が迫っている。東京電力福島第一原発事故による魚の汚染で10年間採捕が禁じられ、組合員や遊漁者からの収入が途絶えて毎年赤字に。事務局長は試算を示し存続困難を訴えるが、役員らには「事務局長の一方的な解散誘導」に映る。他方、事務局長は「役員は当事者意識が薄い」と感じており、両者はかみ合わない。組合長お膝元の石川地区では支部における過去の不正への不満が募り、上から下まで疑心にあふれている。 【理事と事務局に不協和音】責任追及恐れる東電 阿武隈川漁協本部の事務所(福島市)  「新しく就任した組合長が『漁協の会計で困っている』と周囲に漏らしているらしい。金銭に絡むトラブルがあったのではないか」 と、阿武隈川漁協石川地区の元組合員男性が明かした。 同漁協では、2003年から18年間にわたり代表理事組合長を務めた望木昌彦元県議(85)=福島市=が2021年5月末に退任し、第一副組合長で石川支部長だった近内雅洋氏(68)が昇格。近内氏は石川町議会で副議長を務める。トップ交代に当たり、前任者の体制で不正があったのではないかと、新組合長のお膝元から疑念が向けられたわけだ。 取材を進めても使い込みや着服などの不正はつかめなかった。同漁協の堀江清志事務局長(65)は 「原発事故後、収入が減り漁協の経営は自転車操業です。賠償をもらうには東電のチェックも厳しく、不正に使えるお金なんて1円もありませんよ」 同漁協は経営難から、試算上は2年以内に解散する危機に瀕していた。 内水面漁協は川や湖などに漁業権を持つ水産業協同組合で、県内には25団体ある。現在は養殖を除いて内水面漁業を生業としている組合員はわずかに過ぎず、趣味の釣りが高じて組合員になった人が多い。漁業権と引き換えに、稚魚の放流や外来生物の駆除、密漁を監視するなどして水産資源を管理する役割を担っている。 組合員の出資金で運営する「出資組合」と出資をさせない「非出資組合」があり、県内の内水面漁協は前者が17団体、後者が8団体だ。阿武隈川漁協は、県内では県南の西郷村から県北の伊達市までを流れる阿武隈川に漁業権を持つ県内最大の内水面漁協。原発事故前の2010年度には組合員4629人を誇った。12支部に分かれて活動している。 経営が立ち行かなくなってきたのは、高齢化により脱退者が増えて収入が減っていたところに、原発事故で下流域を中心に魚類が汚染され、検体を除いて採捕が禁じられたのが大きい。同漁協の主な収入は組合員が毎年払う賦課金4000円(アユ漁の場合はプラス2000円)と非組合員が購入する遊漁券だ。これらの料金を同漁協に払うことで阿武隈川流域での漁業権を得る。同漁協はアユ、コイ、ウグイ、ワカサギ、ウナギ、フナ、ヤマメ、イワナの8魚種の漁業権を持っている。 2011~20年度の10年間は全魚種を採ることができなかったので賦課金も遊漁券収入もなかった。「漁で採れないのだから稚魚の放流事業は必要ない」という立場の東電は放流事業に対する賠償を認めなかったが、同漁協からすると「カワウや外来魚に食べられて減少する」と、原発事故後も本来の義務である放流や河川整備を続け、その分赤字が出たというわけだ。 2021年、全8魚種のうち3~5魚種に限り採捕を解禁し、賦課金の徴収を再開したが、10年を経て組合員は4629人から2076人(2022年3月末現在・組合費と賦課金を払った人数)に半減した。単純計算で2076人×4000円で賦課金収入は約830万円。実際は集金を担当する組合員に手数料として10%を払うため、漁協の取り分はもっと少なくなる。 原発事故前までは手数料を差し引いた90%を、本部と支部で7対2に分け、本部は稚魚の購入・放流費用や事務局職員の人件費、事務所の維持費などに充てていた。 東北工業大学(仙台市)の小祝慶紀教授が同漁協の総代会資料などを参考に執筆した「福島原発事故の10年と福島県の内水面漁業への影響」(環境経済・政策学会、『環境経済・政策研究』2021年9月)によると、事故前の2010年度の総事業収入は約4600万円だったが11年度から20年度までは3200~3800万円で推移。一方、11年度以降の総事業支出は3300~4000万円で、毎年度赤字が積み重なっていた。最大赤字額は約240万円だった。(14、15年度は論文に未記載のため不明)。 総事業収入の大部分は、言うまでもなく東電からの賠償金で、毎年度約2000万円が支払われていた。このほか原発事故によって発生した事業支出等に対する請求(追加費用)は、2012年度の約700万円から徐々に増加し、20年度には約1300万円になった。賠償金と追加費用を合わせた金額は約3000万円で、総事業収入の約8割を占める計算だ。 福島市の本部事務所には、会計事務を担当する職員2人が詰めているが、原発事故後は東電との賠償交渉も業務に加わった。 「人件費は2010年度の支出を基準に東電から賠償金と追加費用を受けていました。放流費が認められなかったので賠償額は決して十分とは言えませんが、証明可能な逸失利益を基準に計算すると『間違いとも言えない額』です。領収書は全部コピーして東電に提出しています。東電のチェックは監事や会計事務所も見落としていたような記載ミスを指摘してくるほど厳格でした」(堀江事務局長) 石川支部で過去に遊漁券偽造 偽造遊漁券が出回っていた母畑湖(石川町)  それではなぜ石川地区から漁協の会計を疑う声が寄せられたのか。それは30年以上前に起きた同支部の偽造券疑惑にあった。 「遊漁券は本部しか発行できないのに『石川支部発行』と記載された1日券の偽造品が出回っているのを見たんです」(冒頭の元組合員) 正規の遊漁券は手帳サイズの紙が2枚つながっており、料金を払ったのち、片方は「遊漁承認申請書」として取り扱っている各支部や釣具店が本部に提出、もう片方は「承認証」として遊漁者が携帯する。遊漁券の発行元は「阿武隈川漁業協同組合」としか書かれていない。1枚ずつ番号が振られていて、事務局が番号を調べればどこに配布されているか分かるようになっている。 元組合員によると、偽造券が出回っていたのは当時ワカサギ釣りで隆盛を極めていた母畑湖(石川町)だった。監視員が湖上に張られたテントを訪ね、釣り人が遊漁券を持っていないと分かると、その場で遊漁料を徴収し「石川支部」と記された偽造券の半券を渡す。本部の会計と紐づけされていないので、支部で自由に使える裏金ができる仕組みだ。 「私が知り合いの遊漁者から見せられた偽造券は粗末なわら半紙でした。『こんな物が出回っているようだが、組合員のお前は知っているか』と言われました」(同) 現在の1日券は現場徴収で税込み1000円(アユ漁除く)。ワカサギ釣り全盛期の母畑湖では、夜になるとテントの明かりが湖上一面に浮かび上がっていたという。偽造券による収入も多額だったことだろう。 本部によると、遊漁券を支部独自に発行することは認めていない。30年以上前のこととなると証拠も残っておらず、実行者も多くが亡くなっていて特定は難しい。だが、ウワサは別の支部にも届いていた。 同漁協元理事で現在は一組合員の佐藤恒晴氏(86)=福島市摺上支部=は「摺上支部長だった20年以上前のことです。理事会の旅行で、理事たちが、石川支部では特定のグループが湖や沼で独立した運営のようなことをやっていると雑談していました。ただ理事会での話ではないのでどこまで本当か確証はありません」。 古くからの組合員で27年前から理事を務める石川支部の岡部宗寿支部長(65)=浅川町議=は「聞いたことは一度もないなあ。当時から今もいる組合員で、そういうことをやるような人はいないよ」。 前支部長の近内組合長も「私も組合員になって30年以上、理事は20年ほど務めていますが、そこまで昔の話だと分からないですね」。 ただ、石川支部の組合員の間からは「同支部は魚の放流場所を詳しく教えてくれない」との不満が聞かれる。これに対し、岡部支部長は「毎年、鑑札(組合員に渡される証明書)を配る時にきちんと話しています」と否定。放流前にはグループLINEや顔を合わせた仲間内十数人に直接知らせているという。そのLINEには、放流して釣って焼いたウナギの写真がアップされていた。 放射性物質を検査した結果、同漁協が漁業権を持つ8魚種のうち信夫ダム(福島市)下流ではアユ、コイ、ウグイの3魚種、同ダム上流ではイワナ、フナを加えた5魚種の採捕が2021年から解禁された。つまりいずれにも該当しないウナギ、ワカサギ、ヤマメの3魚種は阿武隈川流域で採捕ができないはずだが……。 ウナギの採捕は解禁されていないのではないかと岡部支部長に聞くと「全然そんなことはない」と言う。記者が2022年度の同漁協「お知らせ」に記載されている採捕可能魚種を示すと、 「それでもうちではウナギを放流したし、いたら釣るでしょ。釣っている人は何人かいるなあ。ウナギは、原発事故後は検体のために釣っていたが、(一部解禁した)2021年からは売ったり食べたりしている人もいるんじゃないか」(岡部支部長) 支部の運営にルーズな面があることは否めないようだ。 事務局主導に不満  石川支部の組合員が支部運営に不満を抱く一方、岡部支部長は本部の運営に文句があるようだ。 「事務局長が漁協を解散するって言ってるのか? そんな大事な話を俺たち理事にしないのはどういうことなんだ。解散する・しないを職員が決めるのはおかしいだろ。本来は組合員から話が上がって、初めて検討されることではないのか」(同) 本誌が前出の堀江事務局長に確認すると、解散を検討しているのは事実だが、理事たちにはまだ公にしていないことを認めた。 解散話をきっかけに、岡部支部長の不満は一気に噴出した。赤字が続いているのに、職員が退職金を積み立てていた。職員は60歳で定年だが、勝手に延長を決めていた。東電との賠償交渉も 「役員を立ち会わせず、事務局長1人で行っていたと思うよ。当時第一副組合長だった近内君(現組合長)に聞いても『自分は立ち会ったことがない』と言うんだからね」(同) 堀江事務局長は取材に、退職金については同漁協の定款第22条「職員退職給付引当金」で定められているとし、赤字補填への流用はできないという。定年延長も「原発事故の賠償対応を投げ出すことはできない」と、採捕解禁まで任期を延ばした望木前組合長に合わせて行った措置と説明する。2018年度の理事会で正職員として雇用延長する承認を得たという。だが堀江事務局長は2022年3月の理事会で、同漁協が給料を捻出できなくなることを理由に退職を申し出た。 「近内組合長から『非正規雇用だと給料は安くなるが、それでも東電との交渉の結果、人件費が支給されれば事務局長を続けてもらえるか』と打診され、2023年度まではいられるように目安を付けてもらいました。自転車操業で収入はゼロに近いかもしれませんが、責任ある業務を果たしていくつもりです」(同) 東電との交渉については「私1人ではなく、望木前組合長同席のもとで臨みました」(同)。理事会からは精神的被害の賠償を求める声もあったが、事務局では証明可能な逸失利益の賠償を求めることに徹したという。賠償基準に照らして東電に請求し、生業としている人にはその損失が個別に賠償されている。 そんな堀江事務局長のワンマン体制への批判は、取材を通して理事らから寄せられた。背景には、同漁協全体の会計を十分に把握しているのが職員だけという事情がある。それについては、堀江事務局長から理事らへの恨み言も聞こえた。 事務局「切り詰めても2年で限界」  「赤字にもかかわらず、理事ら役員から『経営はどうなっているんだ』という声が上がってこないんです。支部は、賦課金や遊漁料を徴収して持ち金があるので会計の全体像を把握しにくいのかもしれません。組合員数の減少を3000人くらいに抑えられるのではないかと楽観する役員もいました」 同漁協の定款第32条1項には「役員は組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない」とあり、同条2項には「その任務を怠ったときは、この組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とある。堀江事務局長は同条を念頭に、役員に「漁協経営を本気になって考えてほしい」と話すが、前出の岡部支部長は「脅しじゃねえか」と憤っている。 漁協の管理監督は県の管轄だが、堀江事務局長によると、県から経営改善に向けた具体的な指導はないという。会計資料は県農業経済課が検査している。 「県は『さらなる支出の抑制をしなければならない』と言いますが、既に切り詰めています。県がずるいのは『健全化しなさい』とは言うけど『漁協の経営ができなくなったらどうするのか』という質問には答えてくれないところです。私は事務局に四十数年勤めており、考えられることはやってきたつもりですが、まだできることがあるなら助言くらいはしてほしい。これ以上は漁協だけでは限界です」(同) 堀江事務局長は、会計を把握している県が同漁協の解散を想定していないはずはないとみている。 「正直言うと、あと2年のうちに解散は避けて通れないです。私はそう思っています」(同) 県はどのように受け止めているのか。水産課の後藤勝彌主幹は「経営が苦しい状況は聞いていますが解散の話はまだ県に届いていません」。 同漁協がなくなるということは、漁業権が設定されず阿武隈川では誰でも採捕できるということだ。県漁業調整規則によると、採捕者は漁具や漁法ごとに知事の許可を得る必要が出てくるが、竿釣りは規制されていないので、実質釣り放題だろう。水産課は、同漁協の解散は想定しておらず「存続できるように動かねばなりません」(後藤主幹)。 「事務局長が、解散に言及したのは、それほど経営を深刻に考えているということと受け止めています。内水面の各漁協も2023年8月に漁業権の更新時期を迎えます、各漁協にヒアリングを進めていますが、時期にこだわらずに阿武隈川漁協の現状も細かく聞いていきます」(同) 堀江事務局長によると、同漁協の解散を一番恐れているのは東電ではないかという。 「東電のせいで阿武隈川漁協が解散に追い込まれたとは報道されたくないようです。これまでの交渉で、職員が働けるように給料を補償してくれれば、解散せずに業務を続け、収益を上げられるように努力できると訴えていますが、東電から明確な返答はまだありません」(同) 仮に給料の補償を得て事業を続けられたとして、それ以降の経営はどうするのか。事務局では12支部が独立採算制で運営するのが現実的と考えている。 漁協の純粋な収入は賦課金、遊漁料、漁業権行使料などで、例年約1600万円を得ている。支出は放流事業費が偶然にも収入と同じ約1600万円で、役員報酬を含めた人件費が約1300万円。職員が退職することで人件費が減るとすると、役員報酬を圧縮すれば、収入を放流事業費にそのまま充てることで赤字を減らすことができる。そうやって同漁協本体を立て直したうえで、各支部が賦課金や遊漁料を徴収する独立採算制に移行し、その収入で放流を実施する――というのが堀江事務局長の考えだ。 「あと2年持つかどうか」というのは、あくまで堀江事務局長の試算をもとにした意見で、解散という重大事項の決定は全組合員からなる総会での議決が必要となる(定款第42条と第46条4項の3号)。解散方針を覆すには、事務局が考えた以上の良案を組合員から出す必要がある。 行く末決める理事会は10月以降か  近内組合長は解散案について、「理事会を開いて理事から意見を聞かないといけません。組合長と言ってもまとめ役だから、今の段階で今後の方針は話せませんが、解散は避けたいと考えています」。 熊田真幸副組合長(84)=郡山支部長=は「先輩たちがつくった漁協を景気が悪いからと言って『はい解散』とはいかんべな。組合員が2000人に減ったとは言え、内水面漁協としては最大なわけだから他の漁協に与える影響も大きい」。 組合員の年齢層が60~70代と高齢化し、縮小は避けられないとの見方だが、分割には消極的だ。 「解散・分割は避けつつ、それなりの規模に縮小が必要だと思う。もともと阿武隈川漁協は、いくつかの団体を一つにまとめてできました。分割はこの流れに逆行しますし、分割した各漁協に専従者を置けば事務費がかかりますからね」(同) 白河支部の大高紀元支部長(75)は「経営健全化のために再編成は必要です。私としては、放流事業を効率化するためにも県北、県中、県南の三つくらいに支部を統合する案を考えています」。 事務事業は組合員が無給でやるのかと聞くと、 「報酬は経営努力次第でしょう。まずは各自が組合員を増やしていかなければなりません。いずれにしても、再編後は今まで以上に理事が本気を出さなければなりません」(同)。 経営健全化のためには、経営難だからといって魚の放流量を減らさずに維持し、豊かな漁場にすること。さらに、他の漁協と比べて安い賦課金4000円を値上げすることも考えなければならないとする。 「キャンプブームで若い人たちが自然に目を向けています。川に親しんでもらうチャンスです。漁協のためだけでなく、阿武隈川を愛する人たちのために組合員が考えなければならないことはいっぱいある」(同) 阿武隈川源流に近く、首都圏からのアクセスが良い白河地区は清流にすむアユを目的にした遊漁者も多い。県による監査でも白河支部の評価は上々のようで、そうした要因が自信につながっているようだ。 同漁協は年内に臨時の理事会を開き、解散するかしないかの方向性を決める予定だ。堀江事務局長によると、方針を決めるための参考となる書類を9月中にまとめる予定といい、理事会は10月以降の開催が濃厚だ。決断の時は迫っている。

  • 営農賠償対象外の中間貯蔵農地所有者

    営農賠償対象外の中間貯蔵農地所有者

    (2022年10月号)  県内除染で発生した土などの除染廃棄物が搬入されている中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)。そんな同施設に農地を提供する地権者(農業生産者)らが「環境省や東電に理不尽・不公平な扱いを受けている」と主張し、見直しを求めている。 看過できない国・東電の「理不尽対応」  除染廃棄物は帰還困難区域を除くエリアで約1400万立方㍍発生すると推計されていたが、9月上旬現在、約9割にあたる1327万立方㍍が中間貯蔵施設に搬入された。 同施設は用地を取得しながら整備を進めている。地権者は2360人(国・地方公共団体含む)に上り、環境省は30年後に返還される「地上権設定」、所有権が完全に移る「売買」、いずれかの形で契約するよう求めている。連絡先把握済み約2100人のうち、8月末時点で1845人(78・2%)が契約を結んでいる。 その中の有志などで組織されているのが、「30年中間貯蔵施設地権者会」(門馬好春会長)だ。この間、30年後の確実な土地返還を担保する契約書の見直しを求め、新たな契約書案を環境省に受け入れさせたほか、理不尽な用地補償ルールの是正にも取り組んできた。 通常、国が公共事業の用地補償を行う際には〝国内統一ルール〟に基づいて行われている。ところが、中間貯蔵施設の用地補償は環境省の独自ルールで行われており、具体的には中間貯蔵施設の地権者(30年間の地上権設定者)が受け取る補償額より、仮置き場として土地を4年半提供した地代累計額の方が多いという異常な〝逆転現象〟が生まれていた。 地権者会では用地補償について専門家などの指導を受け、憲法や法律や基準要綱などの解釈を研究。それらを踏まえ、「なぜ国が用地補償を行う際の〝国内統一ルール〟を中間貯蔵施設に用いなかったのか」、「〝国内統一ルール〟では『使用する土地に対し地代で補償する』、『宅地、宅地見込地、農地の地代は土地価格の6%が妥当』と示されているのに、なぜ環境省は同ルールを無視して低い金額で契約させたのか」と団体交渉や説明会の場で繰り返し追及した。 そうしたところ、環境省は昨年、地権者会との団体交渉を突然一方的に打ち切った。ルール外の契約であることを訴え続ける同地権者会に対し、頬かむりを決め込んだわけ。その後も地権者との個別交渉や説明会は継続して行われているが、未だ地上権を見直す姿勢は見えないという。 併せて同地権者会と農業生産者が取り組んでいるのが、理不尽な営農賠償(農業における営業損害の賠償)の見直しだ。 門馬会長はこう訴える。 門馬好春会長  「東電は農業生産者である帰還困難区域内の農地所有者、中間貯蔵施設の未契約の農地所有者、県内の仮置き場に提供している農地所有者には現在も農業における営農賠償の支払い対象としている。しかし、中間貯蔵施設に地上権契約で農地を提供している農地所有者だけは営農賠償の対象外となっているのです。こんな無茶苦茶な話はありません」 地上権契約者にも、2019年分までは年間逸失利益を認め営農賠償が支払われていた。だが、2020年に同年分から突然営農賠償の対象外という方針を東電が決定した。 ある農業生産者は、東電に対し、農業再開の意思がある証拠として、地上権契約書などを送って回答を求めたが、何の連絡もなかった。そのため、同地権者会も含めた東電との交渉が始まり、問題が広く認識されるようになった。 同地権者会と農業生産者らは、越前谷元紀弁護士や熊本一規明治学院大名誉教授、礒野弥生東京経済大名誉教授の同席のもと、東電(弁護士同席)とマスコミ公開の下で交渉を重ねている。 門馬会長によると、東電は「仮置き場は一時的な土地の提供の契約書なので、早期の営農再開が可能だが、中間貯蔵施設は相当期間農地を提供するため、農業ができない期間が長期にわたる契約書である」、「仮置き場は地域の要請によりやむを得ない事情で提供せざるを得なかった」として、営農賠償の対象にしていることの正当性を主張した。 「それを言うなら、仮置き場で設置期間が長いものは10年近くになっているし、帰還困難区域や中間貯蔵施設の未契約者も長期にわたり農業ができていないが、東電に営農の意思を示し営農賠償の対象になっている。地域の要請で土地を提供したのは、仮置き場も中間貯蔵施設も同じで同施設の方が要請ははるかに強い。そもそも原発事故で農業ができないのはみな一緒なのだから、分ける必要はない」(門馬会長) 東電主張は「論理の逆転」 2022年8月に行われた地権者会と東電との交渉の様子(門馬好春氏撮影)  越前谷弁護士は東電の主張を「論理の逆転」と指摘している。 東電は営農賠償の対象になるかどうかの判断基準を「将来農業ができる環境が整ったら営農再開をする意思があるかどうか」という点だと示している。その理屈だと、「将来農業ができないかもしれない」と言っただけで、現時点で起きている「農業ができない」損害までなかったことになり、東電が賠償責任を負わないことになる。勝手な理屈だ。熊本、礒野両名誉教授も東電の逸失利益に対する解釈の法的根拠の問題点を指摘し、東電に説明を求めた。 「原発事故により営農が不可能ならば、その被害に応じて毎年賠償すべき。そして農業ができる環境が整ったとき、営農再開するかどうかを農家自身が判断する――というのが本来の姿。事故加害者の東電が、一方的に営農再開時期をジャッジし、いま農家が農業再開の意思があると示していることを無視して、東電が『営農の意思がない』と勝手に判断、賠償の対象にならないと決めていることは承服できません」(同) 門馬さんらが東電担当者に長期と短期の定義を尋ねたところ、回答が二転三転して最終的には「総合的に勘案している」と答えたという。 営農賠償に関しては、東電と、JAグループ東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会などが協議してルールを定めてきたが、中間貯蔵施設の地上権契約者はそこから抜け落ちる形となった。 門馬会長が経緯を説明したところ、JAも理解を示し、バックアップする考えを表明したほか、中間貯蔵施設が立地する双葉町の伊澤史朗町長なども「東電が勝手に営農の意思がないと判断して営農賠償の対象外にするのはおかしい」と述べている。しかし、東電の反応は鈍く、8月3回目の交渉でも対応を見直す旨の回答はなかった。 事故を起こした責任がある国・東電が、被害者である中間貯蔵施設の地権者らに理不尽・不公平な条件をのませている現状がここにある。 中間貯蔵施設に関しては2045年3月12日までに県外で最終処分し事業を終了させる方針が法律で定められているが、最終処分地選定に向けた具体的な動きはまだない。今後、帰還困難区域の特定復興再生拠点区域や同拠点区域外の除染が進めばさらに多くの除染廃棄物が発生すると予想される。こうした現状を考えると、県外での最終処分が実現し、地上権契約者に土地が返還されるとは現実的に考えにくい。 原発事故の被害者である県民・地権者が理不尽な扱いをなし崩し的に受け入れる必要はない。いまから県外搬出が実現できなかったときのことも考え、例えば「搬出完了が1日遅れるごとに、違約金をいくら払え」ということを求める訴訟準備をしておくべきだ。そういう意味では、同地権者会は今後も大きな役割を担うことになろう。

  • 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

    根本から間違っている国の帰還困難区域対応

    (2022年10月号)  原発事故に伴い指定された帰還困難区域。文字通り、住民の帰還が難しいエリアだが、一部は「特定復興再生拠点区域」に指定され、順次、避難指示が解除されている。一方、特定復興再生拠点区域の指定から外れたところは、2029年までの避難指示解除を目指す方針だが、その対応にはいくつもの間違いがある。 「事故原発はコントロール下」の宣伝に利用  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改定・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える6町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 別表は帰還困難区域の内訳をまとめたもの。帰還困難区域は7市町村全体で約337平方㌔にまたがり、このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。  復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(6月12日)大熊町(6月30日)、双葉町(8月30日)が解除され、今後は富岡町、浪江町、飯舘村での解除が予定されている。 一方、復興拠点から外れたところは、国は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」との方針だったが、具体的なことは示されていなかった。 動きがあったのは2021年7月。与党の「東日本大震災復興加速化本部」が「復興加速化のための第10次提言」をまとめ、同月20日に当時の菅義偉首相に提出したのである。 同提言は、廃炉に向けた取り組み、帰還困難区域の環境整備、中間貯蔵施設の整備、指定廃棄物処理など、多岐にわたるが、復興拠点外の対応についてはこう記されている。 ○「拠点区域外にある自宅に帰りたい」という思いに応えるため、帰還の意向を丁寧に把握した上で、帰還に必要な箇所を除染し、避難指示解除を行うという新たな方向性を示す。政府にはこの方向性に即して、早急に方針を決定することを求める。 ○国は2020年代をかけて、帰りたいと思う住民の方々が一人残らず帰還できるよう、取り組みを進めていくことが重要。 これを受け、国(原子力災害対策本部)は同年8月31日、「特定復興再生拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除に関する考え方」をまとめた。前述の提言に倣った形で、「2020年代に希望する住民全員が戻れるよう必要箇所を除染し、避難指示を解除する」との方針が示された。つまり、2029年までに帰還困難区域全域の避難指示解除を目指す、ということだ。 その後、2022年8月までに「復興加速化のための第11次提言」がまとめられ、9月6日、岸田文雄首相に申し入れした。 そこには「住民一人ひとりに寄り添った帰還意向の丁寧な把握とスピード感をもった対応、除染範囲・手法を地図上に整理しながら具体化、大熊町・双葉町でモデル事例となるよう先行的に除染に着手し住民の安全・安心を目に見える形で示すこと、関係主体が連携したインフラの実態把握と効率的な整備、残された土地・家屋等の扱いについて地元自治体と協議・検討を進めること、等を求める」と記されている。 要するに、復興拠点外の対応に早急に着手し、まずは大熊・双葉両町でモデル除染を実施すべき、ということである。 法令を捻じ曲げ  実際に、復興拠点外のどれだけの範囲を除染するか等々はまだ示されていないが、帰還困難区域全域解除のため、大掛かりな環境整備を行うことが真っ当な対応とは思えない。 その理由はこうだ。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。例えば、6月に復興拠点が避難指示解除された大熊町では、地上1㍍で2マイクロシーベルト毎時以上のところがあった。ほかも同様にまだまだ放射線量が高いところがある。前述したように、復興拠点は帰還困難区域の中でも、比較的放射線量が低いところが指定されているから、帰還困難区域全体で見れば、もっと高いところがある。 さらには、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。×  ×  ×   フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)フクシマ事故が起きた時、半径20㌔以内の10万人を超える人たちが強制的に避難させられた。その後、当然のことながら汚染は同心円的でないことが分かり、北西方向に50㌔も離れた飯舘村の人たちも避難させられた。その避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。50〜100年経てば、放射能は自然に減衰するから、帰還はそれからでも遅くない。 全額国費の不道理  もう1つは、帰還困難区域(復興拠点の内外いずれも)の除染などは全額国費で行われること。「福島復興指針」によると、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――というのが国費負担の理由とされている。 帰還困難区域以外の除染は、国直轄と市町村が実施したものに分けられ、両方を合わせると、約4兆円の費用が投じられた(汚染廃棄物処理費用を含む。中間貯蔵施設整備費用等は含まない)。 国直轄除染は帰還困難区域を除く避難指示区域が対象で、環境省が除染を担った。一方、市町村実施は、避難指示区域以外で「汚染状況重点調査地域」に指定された市町村が実施したもの。県内のほとんどの市町村が「汚染状況重点調査地域」に指定されたほか、県外でも指定されたところがある。 これらすべての除染費用が約4兆円で、環境省環境再生・資源循環局によると「国直轄と市町村実施の比率はほぼ半々」とのことだから、避難指示区域の除染費用は約2兆円ということになる。 原発事故直後、避難指示区域の関係者が「避難指示区域に設定されたのは約3万世帯で、1世帯1億円を払えば3兆円で済んだ」との見解を示していた。 「1世帯1億円」が妥当かどうかはともかく、前述した避難指示区域の除染費用2兆円に、避難指示区域内の各種環境整備費用、中間貯蔵施設の用地取得・借り上げ費用、いま実施中の復興拠点区域(帰還困難区域)の除染費用などを加えれば、3兆円を超えるのは確実で、金額的にはそういった対応が可能だった。 事故当初は、多くの住民が「元の住まいに戻りたい」との考えだったが、すでに10年以上が経過した現在からすると、「除染をしなくてもいいから、そういった対応をしてほしかった」という人の方が多いのではないか。 もっとも、除染費用は、法律上は国費負担(税金)ではない。放射性物質汚染対処特措法では、「関係原子力事業者の負担の下に実施される」と明記されている。ここで言う「関係原子力事業者」は東電を指す。 とはいえ、東電が一挙的に除染費用を捻出することは不可能なため、国債を交付して国が一時的に立て替え、少しずつ東電(原子力事業者)が返済する形になっている。国債を発行した分は、当然、利息が生じるが、国はその分の負担は求めない方針で、全額返済までにどのくらいの時間を要するかによって利息額は変わるが、2000億円程度になると推測されている。法律上で言うと、その分は国庫負担(税金)になるが、それ以外は「関係原子力事業者」が負担していることになる。 ただ、前述したように、帰還困難区域は、全額国費で除染や環境整備が行われる。復興拠点の除染を含む整備費用は、3000億円から5000億円と見込まれている。復興拠点外はこれからだが、当然相応の除染や環境整備費用が投じられるものと思われる。   帰還困難区域の対象住民は区域再編時で約2万5000人。現在はそこからだいぶ減少しているうえ、解除されても戻らないという人が相当数に上るのは間違いない。 各町村の計画を見ると、復興拠点の居住人口目標は、すべて合わせてもせいぜい数千人。前段で、ある関係者の「1世帯に1億円を支払えば……」といった見解を紹介したが、復興拠点やそれ以外の帰還困難区域の除染・環境整備に数千億円をつぎ込むとなれば、それこそ1人当たり1億円か、それ以上になるのではないか。 住民の中には「どうしても帰りたい」という人が一定数おり、その意思は当然尊重されて然るべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 ただ、そのための財源が加害者である東電から支出されるならまだしも、税金であることを考えると、無駄な公共事業でしかない。それよりも、新たな土地で暮らすことを決めた人への生活再建支援に予算を投じることの方が重要だ。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、のいずれかでなければ道理に合わない。 もっと言うと、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。原告からしたら不本意だろうし、県民としても納得はできないが、そんな流れになっているのだ。だが、一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として、帰還困難区域を復興させる」というのも道理に合わない。 結局のところ、国の帰還困難区域への対応は、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけで、内実を見ると、さまざまな面で無理があったり、道理に合わないものになっている。

  • 【生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」】馬奈木厳太郎弁護士=2022年6月17日

    生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】

     演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航) ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害  本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。 全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。 / https://www.youtube.com/watch?v=--IZaf5ZxHM 馬奈木弁護士が行った不同意性交は、上下関係で逃げ道を遮断する最も典型的な『エントラップメント』型ハラスメントのど真ん中!~3.3 馬奈木厳太郎弁護士によるセクハラ被害者本人と代理人弁護士による記者会見 2023.3.3  訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。 体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。 被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。 この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。 馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。 今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。 これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。 県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。 信頼を裏切る行為  福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、 「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」 福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。 以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。 2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。 同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。 生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。 「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」 生業訴訟については、 「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」 そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。 筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。 女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

    【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。

  • 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

    【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

     本誌3月号で、双葉町の風景をジオラマに残す活動をしている関西の建築士を紹介した。その後、ジオラマが完成し、3月10日、町に寄贈した。ジオラマに込めた思いとは。 「災害の先輩」が語る復興の難しさ 曺弘利(チョ・ホンリ)さん ジオラマの前で記念撮影する曺さん(後列右から3番目)と学生たち  ジオラマを制作したのは、兵庫県神戸市の建築士・曺弘利(チョ・ホンリ)さん。 在日コリアン3世で神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災で自分が生まれ育ったまちが変容していく姿を目の当たりにした。その経験から、原発事故で全町避難が続く双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んでいた。 昨年秋、JR双葉駅西側に整備された公営住宅「双葉町駅西住宅」で同町住民とルームシェア。変わりゆく町内の風景をスケッチに残して町に寄贈し、さらなる取り組みとして始めたのがジオラマ制作だった。 関西学院大の災害ボランティアサークル「つむぎ」の植田隆誠代表と知り合い、1月から共同でジオラマ制作に取り掛かった。 ジオラマは全部で8点。JR双葉駅周辺や中間貯蔵施設の用地となっている郡山地区などを約1000分の1で再現した。実際に町内を歩き、約40年前の地図や被災直後の航空写真も参考にしながら、発泡スチロールや粘土などで地形・建物を作り上げた。 2月には同サークルの一部メンバーとともに現地調査を行い、ようやく完成。3月10日、同サークルのメンバー7人とともに町を訪れ、ジオラマ3点を橋本靖治町秘書広報課長に手渡した。残り5つは順次、関係者に贈呈される。 学生らは「実際に被災地の風景を見た衝撃をそのまま伝えたいと思い、ジオラマを制作した」、「教育の場で活用できるように、持ち運べるサイズにした」、「現状を広く知ってもらい、住んでいた人が語り合うきっかけにしてほしい」と述べた。 曺さんは「これから復興が進む中で、かつての街並みを思い出し、その歴史を取り戻す手助けになればと考えています。今後も双葉町に関わり続ける考えですが、一つの区切りとして寄贈させていただきました」と語った。 ジオラマを受け取った橋本課長は「相当時間と手間がかかっていると思う。双葉町に思いを寄せてもらって本当に感謝している」としたうえで、次のように話した。 「町内には津波や除染、中間貯蔵施設建設のため姿を消した住居・建物が多い。もちろん、それぞれの記憶の中にかつての風景は残っているが、こうして目に見える形で残してもらうのはとても大事なこと。特にジオラマは作り手の思いが伝わってくるので、ご提供いただけるのはありがたいです」 橋本課長は郡山地区出身。ジオラマを見ながら「この家の入口には本棚が設置され、地区の図書館になっていた」、「ここにタバコの畑があって、小さい頃は遊び場だった」など思い出話に花を咲かせる一幕もあった。ジオラマを通して会話が広がることで、かつての街並みが心に残り続ける。 学生らを温かい目で見守っていたのが、曺さんとともに神戸市から足を運んだ伊東正和さんだ。 神戸市長田区の大正筋商店街で日本茶の茶葉やアイスクリームの販売店「味萬」を営む。かつて同商店街の理事長も務めていた。 同商店街は阪神・淡路大震災で焼け、伊東さんの店舗も全焼した。市が打ち出した復興策は、区画整理を行い、再開発ビルを複数建て、低層部に商店街の店舗が入居するというもの。だが、新しいビルに入居した商店は高額な管理代の負担を余儀なくされ、固定資産税は一気に跳ね上がった。周辺にスーパーやコンビニが出店する中、各商店は軒並み売り上げを落とし、保留床を購入して商売を始める動きも少なかった。復興のシンボルだった再開発ビルは空き店舗が目立つようになった。 伊東さんも震災9年後に再開発ビルに入居したが、そうした復興の現実を目の当たりにした。その後は「行政に頼らず、自分たちのまちは自分たちでつくらなければならない」というスタンスで、大正筋商店街の活性化に全力を尽くしてきた。 東日本大震災・東電福島第一原発事故後は自身の経験を教訓としてもらうべく、東北の被災地に足を運び続けている。 復興について、伊東さんは自らの経験を踏まえてこのように語る。 「東北の人たちには『自分たちに合った復興を進めてほしい』と伝えたい。提唱しているのは『8割は既存のまちをベースに復興し、残り2割で新たな要素を取り込めばいい』という考え方。その割合だと歴史を引き継げるし、地元業者がメンテナンスを引き受けることも可能になり、経済が活性化していくと思います」 原発被災自治体では復興を加速させるため、国からの交付金を投じる形で、さまざまな公共施設が整備されている。果たして神戸市の教訓は生かされたと言えるだろうか。 復興に大事なポイント 伊東正和さん  一方で、伊東さんは復興を進める上でのポイントに「いかに地元のために頑張れる人材を集め、若い世代に引き継いでいくか」を挙げる。  「結局、復興の大きな力になるのは地元が好きで、振興のための苦労を厭わない人。自分たちが望むまちづくりの形が定まったら、よそ者でもマスコミでもいいから、とにかく仲間を集い、活動を広めていく。そうすることで活性化に向けた道は自ずと開けていくはずです。『360人集めたら縁(円)ができる』というのが私の持論です。続けて必要なのが、若い世代の意見を聞き、活動を引き継いでいくことです。年寄りがどれだけ頑張っても、先は短いですからね」 原発被災地の住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなっている。各自治体では移住者を増やし、復興につなげていく方針で、県は県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を支給している。こうした中で「地元が好き」という人をどれだけ集められるかがカギになっていくだろう。 さまざまな課題を抱えながら復興が進む中で、住む人も風景も変わっていく――。阪神・淡路大震災の経験でそのことを分かっている曺さんは、さまざまな思いを込め、双葉町の風景をスケッチやジオラマに残し続けている。 曺さんも学生たちも、ジオラマ制作がひと段落した後も双葉町に足を運び、交流を続けていく考えを示している。曺さんは中野八幡神社近くに建設される東屋の設計にも携わった。4月1日着工、夏ごろ完成の見通しで、地域の交流拠点となることが期待されている。

  • 全容が報じられた浪江町・競走馬施設計画【浪江町末森地区】

    全容が報じられた浪江町・競走馬施設計画

     本誌昨年9月号に「浪江町末森地区に競走馬施設整備!?」という記事を掲載した。記事のポイントは以下のようなもの。 〇帰還困難区域の浪江町末森地区で、競走馬のトレーニング・リフレッシュ施設の整備計画が浮上している。 〇町産業振興課は「民間事業としてそういった話があるのは聞いたことがあるが、詳細は分かりません」とコメント。 〇県内には天栄村にも競走馬用のトレーニング・リフレッシュ施設がある。茨城県美浦村にある日本中央競馬会(JRA)のトレーニングセンターから比較的近く、競走馬の疲れを癒したり、軽い調整を目的に利用されている。 吉田栄光町長も「町の復興やにぎわい創出につながる」と評価しており、その行方が注目されていたが、2月25日付の読売新聞県版で具体的な計画が報じられた。 記事によると、事業主体は2022年1月設立の娯楽業「Blooming Stables」(東京都中央区日本橋、吉谷憲一郎社長)。法人登記簿を確認したところ、資本金1000万円。事業目的は競走馬の生産、育成、調教、管理、売買など、すべて競走馬に関するものだった。 吉谷氏はリフォーム・家電取り付け工事を手掛けるメディオテック(東京都新宿区新宿)で取締役を務めているほか、経営コンサルタント、不動産開発などの会社の社長になっていた。インターネットで名前を検索したところ、複数の競走馬(地方競馬)の馬主として表示された。 敷地面積約35㌶で、1000㍍のトラックと、1000㍍の坂路コースを整備予定。約500頭収容可能で、120人の雇用を見込んでいる。国の「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」の活用を目指しており、①従業員とその家族の居住による人口増加、②肥料となる馬ふんの農家への提供、③乗馬体験などによる観光誘客――などで地域貢献を果たしていく考え。 開業目標は2026年4月。同社は昨年末から住民説明会を開いているそうだが、記事によると、地権者からは「帰還する考えはない。(生活に影響はないし土地を活用してくれるのはありがたいので)悪い話ではない」、「馬の鳴き声や臭いが気になる。せっかく自宅に戻れるのに騒がしくなってしまう」と賛否両論の意見が出ているようだ。 同社はホームページなどを開設しておらず、電話番号やメールなどを公表していないため、残念ながら連絡を取ることができなかった。どういう経緯で同町に整備することを決めたのかはもちろん、本誌昨年11月号で取り上げた山本幸一郎副議長とはどんな関わりがあるのかも気になるところ。 同町末森地区内には特定復興再生拠点区域が指定され、この間除染やインフラ整備が進められてきた。3月31日には室原・津島両地区の特定復興再生拠点区域とともに、避難指示が解除された。今後、住民帰還の動きが本格化し、復興の在り方が議論されるにつれて、競走馬施設の動向も注目を集めそうだ。

  • 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

    桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

     本誌1月号に「桑折・福島蚕糸跡地から廃棄物出土 処理費用は契約者のいちいが負担」という記事を掲載した。 桑折町の中心部に、福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸)跡地の町有地がある。面積は約6㌶で、その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園が整備された。残りの土地を活用すべく、町は公募型プロポーザルを実施。2021年5月、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会が「最優秀者」に選ばれた。 食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園が整備される計画で、定期借地権設定契約を締結、造成工事がスタートしていた。記事は、そんな同地から廃棄物が出土し、工事がストップしたことを報じたもの。福島蚕糸の前に操業していた群是製糸桑折工場のものである可能性が高いという。 その後、1月31日付の福島民友が詳細を報じ、〇深さ約30㌢に埋められていたこと、〇町は県やいちいと対応を協議し、アスベスト(石綿)を含む周辺の土ごと除去したこと、〇廃棄物は約1000㌧に上ること――が新たに分かった。 町議会3月定例会では斎藤松夫町議(12期)がこの件について町執行部を追及した。そこでのやり取りでこれまでの経緯が具体的になった。 最初に町が地中埋設物の存在を把握したのは昨年6月ごろで、詳細調査した結果、廃棄物であることが分かった。町がそのことを議会に報告したのは今年1月17日だった。。 そこで報告されたのは、処理費用が5300万円に上り、それを、いちいと町が折半して負担するという方針だった。 斎藤町議は「廃棄物に関しては、この間の定例会でも報告されず、『政経東北』の報道で初めて事実を知った。なぜここまで報告が遅れたのか」と執行部の対応を問題視した。 高橋宣博町長は「廃棄物が出た後にすぐ報告しても、結局その後の対応をどうするかという話になる。あらかじめ処理費用がどれだけかかるか確認し、業者と協議し、昨年暮れに話がまとまった。議会に説明する予定を立てていたところで『政経東北』の記事が出た。決して隠していたわけではない。方向性が定まらない中で説明するのは難しかった」と釈明。「今後、議会にはしっかりと説明していく」と述べた。 一方、プロポーザルの実施要領や契約書には、土地について不測の事態があった際も、事業者は町に損害賠償請求できない、と定められている。にもかかわらず、廃棄物処理費用を折半とする方針について、斎藤町議は「なぜ町が負担しなければならないのか。根拠なき支出ではないか」とただした。 これに対し高橋町長は「瑕疵がないとしていた土地から廃棄物が出ていたことに対しては、事業者(いちい)の考え方もある。信頼関係を構築し、落としどころを模索する中で合意に達した」と明かした。 斎藤町議は本誌取材に対し、「いちいに同情して後からいくらか寄付するなどの方法を取るならまだしも、プロポーザルの実施要領や契約書の内容を最初から無視して折半にするのは問題。根拠のない支出であり、住民監査請求の対象になっても不思議ではない」と指摘した。 福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程、町の子ども子育て支援計画に反する民間の認定こども園整備について疑問の声が燻り続けている。斎藤町議は追及を続ける考えを示しており、今後の動向に注目が集まる。

  • 違和感だらけの政府海洋放出PR授業

    違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】

     政府の海洋放出プロパガンダが続いている。中でも今年2月以降大々的に実施されたのが、全国の高校生を対象とした「出前授業」である。経済産業省は高校生たちにどんな授業をしたのだろうか? 政府に不都合な情報もきちんと伝えたのか? とある高校で行われた授業の中身を探った。(ジャーナリスト 牧内昇平) 予算は約4400万円、本題は約10分 3月上旬、全国紙A新聞に掲載された海洋放出関連の広告  マスメディア各社が競って「3・11報道」に邁進していた3月上旬のある日、某全国紙A新聞に見過ごせない全面広告が載った。 〈福島の復興へ みんなで考えよう ALPS処理水のこと〉 経済産業省は処理水への理解を深めてもらうため、全国の高校生を対象とした出張授業を開催(中略)処理水放出時に懸念される風評について生徒たちが「自分事」として議論しました。 出たな、と筆者は思った。東京電力福島第一原発では放射性物質を含む汚染水が毎日発生し、敷地内にはそれを入れるためのタンクが林立している。このため政府や東電は汚染水を多核種除去設備(ALPS)で処理し、海に流そうとしている。 だが、海洋放出には安全面の懸念や漁業者の営業損害などの反対意見が根強い。そこで政府が行っているのが、一連の海洋放出PR事業だ。 経産省は300億円を投じて「海洋放出に伴う需要対策」を名目とした基金を創設。その金で広報事業を展開してきた。筆者がこれまで本誌に書いてきた「テレビCM」(本誌2月号、電通が関与)や「出前食育」(3月号、ただの料理教室)などだ。そして今回取り上げる高校生向け出前授業も、この広報事業の一つである。 事業名は「若年層向け理解醸成事業」。授業の講師は経産省職員。予算は約4400万円。事業を受注したのは電通に次ぐ広告代理店大手の博報堂。全国42の高校が応募し、抽選の結果、今年2月から3月に20校で授業を行ったという。 海洋放出PR授業の中身  新聞広告は〈生徒たちが「自分事」として議論しました〉と書くが、どんな議論が行われたのだろう。関係者の協力を基に●▲高校で今年2月に実施された授業を再現する。 ◇  ◇  2月×日の昼下がり。授業は電通がつくったテレビCMを流して始まった。教室の中にナレーションの音声が響く。 ――ALPS処理水について、国は科学的な根拠に基づいて情報を発信。国際的に受け入れられている考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。みんなで知ろう、考えよう。ALPS処理水のこと。 CMを流した後、講師役の経産省職員S氏が話し始めた。 「このCMを見たことある方はいますか? 数人いらっしゃいますね。今日はCMで説明していることを詳しく伝えます。そのうえで、皆さんが考えるALPS処理水についても、終わった後の発表で聞ければうれしいなと思っています」 S氏は福島市の出身。高校時代に大地震と原発事故を経験したという。 「当時のことは鮮明に覚えています。大学を卒業した後、福島の復興の力になれればと思って経済産業省に入りました」 自己紹介後、S氏は経産省発行のパンフレットを基に説明を始めた。電源喪失や水素爆発など基本的なこと。廃炉作業の解説……。「除染を進めた結果、今では原発構内の約96%のエリアは一般の作業服で作業できています」とS氏。講義の途中で「眠くなる時間かもしれないので」と話し、こんなクイズも入れた。 「燃料デブリはどのくらいあるでしょうか。三択です。①8㌧。②880㌧。③8万8000㌧……。答えは②の880㌧です」 自己紹介や廃炉の話に約20分使った後、S氏は残り10分で、「本題」のはずのALPS処理水や海洋放出について説明した。 主に話したのは処理水の安全性である。S氏いわく、ALPSでは放射性物質トリチウムが除去できない(※)。しかし、トリチウムは海水にも雨水にも含まれ、その放射線(ベータ線)は紙一枚で防ぐことができる。生物濃縮はしない。世界各国の原発でも放出されている……。ALPS処理水が入ったビーカーを人間が持っている写真を紹介し、S氏はこう語った。 ※トリチウムのほかに炭素14(半減期は約5700年)もALPSでは除去できないが、S氏はそのことには言及しなかった。  「素手でビーカーを持てるくらい安全なのがALPS処理水です」 政府が海洋放出の方針を決めた経緯については、驚くほど短く、あいまいな説明に終わった。 「さまざまな意見がありました。そういったことも含めて、今日皆さんと一緒に考えていければと思っています。では、(パンフレットの)次のページを開いてください。ALPS処理水の処分方法というところです。簡単なご紹介まで。皆さんもご存じの通り、CMでも出ている通り、海洋放出に決めたということです。ただ、海洋放出の他にもさまざまな処分方法が検討されたのちに、海洋放出が決定されたというところです」 説明はこれだけだった。 生徒たちとのワークショップ 福島第一原発敷地内のタンク群(今年1月、代表撮影)  講義終了後、休憩を挟んで「ワークショップ」なるものが行われた。生徒たちは数人のグループに分かれて20分話し合い、その後代表者が意見を発表した。1人目の生徒の意見。 「思ったことは、地域の人が処理水のことを知っていても、魚が売れなくなって漁師が困ってしまうということです」 生徒はここで発言を終えようとしたが、教員に促されて風評対策についての意見も追加した。 「魚とかを無料で全国に配ったり、著名人に食べてもらったりするのがいいと思いました」 これに対するS氏の返答。 「ありがとうございます。魚がこれからも売れていくためにどうやって魅力を発信していけばいいのか、というところを話していただいたと思います。考えていきたいと思います」 この生徒が本当に話したかったのはそういうことか? 筆者は疑問に思うのだが、S氏は次へと進む。 続いて発言した生徒も骨のあることを言った。 「漁師の方の了承もないまま、海洋放出を政府が勝手に決めるのは、漁師の方の尊厳をなくすのではないでしょうか」 さあどう答えるかと思ったら、S氏はすぐ返答せず、「時間も差し迫っているところなので、発表いただける方は他にいらっしゃいますか」。残り3人の生徒の発言を聞いた後で、この日の「まとめ」といった形で以下のように語った。 「さまざまなご意見をいただきました。比較的厳しい意見も出ました。これは皆さん一人ひとりの考えです。これに『正しい』、『間違っている』というのはないかなと個人的には思っています」 当たり前のことを言った後で、S氏はこう続けた。 「漁業者さんへの関わり方は、もちろん問題としてございます。我々国としても、漁業者の皆さんの尊厳を失わせる、福島の文化を衰退させてしまう、そういうことには絶対なりたくない。なってほしくないと心から思っています。私も福島県人の一人です。子どもの時からずっと相馬の海に釣りに行ってました。福島県の魚が、ありもしない風評の影響で正しく評価されないというのは、自分としても大変心苦しいというか、大変悔しい思いかなと思っています。漁業者さんはもっとそうだと思います。説明会などの機会をいただいていますので、漁業者さんたちに少しでもご理解をいただけるように頑張っていきたいと思っています」 同じ福島県人なので漁業者の気持ちは共有できるとしつつ、結局は「ご理解いただけるように頑張る」が結論。何が言いたいのかよく分からない回答だった。 このあとS氏は「福島県の魅力、正しい情報を発信し続けたいと思います。有名人を使ってですとか、SNSを使ってというのも、おっしゃる通りかと思っています」などと語り、授業を終えた。「漁師の尊厳を損なう」と指摘した生徒が再び発言する機会はなかった。 不都合な情報はすべてスルー 福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)本所(HPより)  ●▲高校での出前授業はこんな内容だった。筆者がおかしいと思った点をいくつか指摘したい。 第一は、前半の講義の中で、政府にとって不都合な情報には一切触れなかった点だ。  政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。漁業者たちの中には海洋放出に反対している人が多く、もしこの状況で強行すれば政府は「約束破り」をしたことになる。地元の新聞も大々的に取り上げているこの「約束」問題について、S氏はスルーした。 反対しているのは漁業者たちだけではない。福島県内の多くの市町村議会が海洋放出に反対したり、慎重な対応を求めたりする意見書を国に提出している。中国や太平洋に浮かぶ島国も放出に賛成していない。こうした問題についても完全にスルーだった。 「福島第一原発の廃炉を進めるためには、ALPS処理水の処分が必要です」。S氏は一方的に政府の言い分だけ語り、講義を終えた。 生徒との議論はなかった  二つ目は、生徒が発言する機会がとても少なかった点だ。前半の講義が30分。その後休憩を挟んで生徒同士の意見交換が20分。生徒がS氏に発言する時間は十数分しかなかった。 その中でも生徒たちは自分の考えをしっかり語った印象がある。 「漁業者の尊厳」発言だけでなく、「なぜ福島に流すのかと思いました」と率直に語る生徒もいた。しかし、生徒とS氏とのやりとりは完全な一方通行だった。せっかく生徒たちが疑問の声を上げたのに、S氏が対話を重ねることはなかった。時間の制約があったのかもしれないが、これでは反対意見を「聞いておいた」だけで、「議論した」ことにはならない。 以上、ここに書いたのはS氏個人への攻撃ではない。S氏は経産省の幹部ではない。講義の内容は事前に役所で決めているはずだ。一方的な出前授業の責任を負うべきは、経産省という組織である。 国会でも問題に 岩渕友議員(共産、比例)参議院HPより  この出前授業は国会でも取り上げられた。3月16日の参議院東日本大震災復興特別委員会。質問したのは岩渕友議員(共産、比例)である。岩渕氏は先ほどの「漁業者の尊厳」発言を紹介し、経産省の片岡宏一郎・福島復興推進グループ長に聞いた。 岩渕氏「高校生のこの声にどう答えたのでしょうか」 片岡氏「専門家による6年以上にわたる検討などを踏まえて海洋放出を行う政府方針を決定した経緯を説明するとともに、地元をはじめとする漁業者の方々からの風評影響を懸念する声などがある点についても触れまして、風評対策の必要性について問題提起をし、政府の取り組みについても説明したという風に承知してございます」 ここは読者の皆さんに判断してほしい。S氏の講義内容と生徒への返答は先ほど紹介した。片岡氏の答弁にあったような説明を、S氏はしていただろうか? 岩渕氏が次に指摘したのは、漁業者たちとの「約束」問題である。 岩渕氏「これ(約束)がこの問題の大前提ですよね。政府と東京電力が『関係者の理解なしにいかなる処分もしない』と約束していること、漁業者はもちろん海洋放出に対して反対の声があることも伝えるべきではないでしょうか」 片岡氏「説明しているケースもあれば、説明していないケースもあるという風に認識してございます」 岩渕氏「これはさまざまなことの一つではないんです。この問題が大前提で、ちゃんと伝える必要があるんですよ。いかがですか。もう一度」 片岡氏「出前授業は何よりも生徒の皆さんが考える機会として、意見交換の時間なども盛り込んだ形で、学校の意向も踏まえながら実施しているものでございます。必ずしも同じ内容の授業をしているわけではないと考えてございます。そのうえで地元をはじめとして漁業者の方々の風評影響を懸念する声などは説明してございますけれども、必要に応じまして、ご指摘の約束についても触れているところでございます」 経産省の片岡氏は「必要に応じて触れている」と言ったが、少なくとも●▲高校での出前授業では、「約束」は全く紹介されていなかった。 現場は試行錯誤  経産省の出前授業を現場の教員たちはどう受け止めているのだろう。  「生徒への影響はどうなんでしょうか」と筆者が聞くと、県内にある■✖高校の教諭は苦笑しながらこう答えた。 「高校生って素直です。背広を着た経産省の人がわざわざ学校に来てくれて、『海洋放出は必要。風評払拭が大切』と一生懸命に話したら、みんな信じてしまいますよ」 この教諭は「生徒に対して一方的な情報伝達となるものにはブレーキを踏まなければいけない」との考え方のもと、今回の出前授業には応募しなかったという。 一方で、経産省の授業を実施しつつも、政府見解の押しつけに終わらないように知恵を絞った高校もある。 県内のある高校では昨年、2年生のクラスで経産省の授業を行った。しかしその前週には海洋放出に強く反対している新地町の漁師を授業に招いた。正反対の意見を聞く機会を生徒たちに与える取り組みだ。 筆者は今年の2月、この高校の生徒たちに話を聞く機会があった。 「安全なら流せばいい。でも政府は国民に対する説明が足りない」「国は都合よく物事を進めている。漁師さんたちと対話していない」「海洋放出に賛成する人と反対する人がいる。意見が異なる人たちが話し合う場がないのが問題だ」 生徒たちの賛否は割れた。しかし、経産省と漁師の双方の話を直接聞いたぶん、一人ひとりが自分の頭で考え、悩んでいる印象を持った。 こういった取り組みこそが、本当の意味で〈みんなで知ろう 考えよう〉ではないか。経産省の一方的な出前授業には強い違和感を覚える。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 政経東北5月号の牧内昇平の記事は【汚染水海洋放出に世界から反対の声】を掲載しています↓ https://www.seikeitohoku.com/seikeitohoku-2023-5/

  • トライアル伊達市進出の波紋

    浪江・霊園改修問題で地縁団体が文書送付

    本誌2月号で、浪江町の町営大平山霊園の改修工事が、同町請戸地区住民で組織される「大字請戸区」の負担で行われていたことを報じた。 請戸地区は災害危険区域に指定されており、同団体は将来的に解散する見通し。財産を清算する目的で、大平山霊園の改修と費用負担が総会で決められた。だが、総会に出席できなかった県外在住の住民から反発が相次ぎ、「町の工事を地縁団体が行うのは違和感がある」「一律に配分すべき」と主張していた。 同団体の代表者(区長)は本誌取材に応じようとしなかったが、2月号発売直後、同団体は住民にファクスで文書を送付した。 文書には《同団体の財産は準公金なので個人に配分できない》、《町民や区の住民から問題点が指摘されたため急遽工事は一時中断にし、次回の総会で再検討する》といった内容が書かれていた。 請戸地区の住民はこの文書について「各世帯への見舞金などは支給されており、準公金を理由に配分できないというのは違和感がある。町はなぜゴーサインを出したのか、大平山霊園を利用している請戸地区以外の住民の意向を確認しようと考えなかったのか、いろいろ疑問が残る。関係者には明確に説明してほしい」と述べた。 5月に行われる総会では大きな議論になりそうだ。 

  • 浪江町社会福祉協議会で事務局長が突然退任

    浪江町社会福祉協議会で事務局長が突然退任

     浪江町は帰還困難区域のうち、特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除の動きが進む。3月に解除の判断が示されるが、本誌編集部には「解除後の医療福祉は大丈夫なのか」と心配の声が寄せられている。調べると、浪江町社会福祉協議会では本誌既報のパワハラ問題が解決していない。(小池航) 調査で指摘された自身のパワハラ  本誌昨年11月号「浪江町社協でパワハラと縁故採用が横行」という記事で、職員によるパワーハラスメントが蔓延している問題を取り上げた。被害者がうつ病を発症して退職を余儀なくされ、業務をカバーするため職員たちの負担が増加した。加害者は1人で会計を担当しており、替えが利かない立場を笠に着て、決裁を恣意的に拒否していた。こうした事態は専門家からガバナンス崩壊と指摘された。 浪江町社会福祉協議会の事務方トップである事務局長は、加害者を十分に指導せずパワハラを放置していた。自身は、親族や知人の血縁者を少なくとも4人採用。介護業界は人手不足とは言え、求められているのは介護士や看護師など福祉や医療の有資格者。事務局長が採用した職員たちは資格を持たず、即戦力とは言い難かった。職員や町民から「社協を私物化した縁故採用」と問題視されていた。 その事務局長が3月末付で退くというのだ。2月中旬を最後に出勤もしていない。 退任するのは鈴木幸治事務局長(69)。同社協の理事も兼ねる。鈴木事務局長は53歳ごろまで町職員を務めた後、町内の請戸漁港を拠点に漁師に転身。大震災・原発事故後の2013年から町議を1期務めた。鈴木事務局長によると、議員を辞めた後に本間茂行副町長(当時)に請われ、2019年から現職。現在2期4年目。 鈴木事務局長は昨年10月、筆者が同社協で起こっていたパワハラについて取材した際、「調査する」と明言していた。筆者は調査の進展を聞くため2月20日に同社協の事務所を訪ねた。鈴木事務局長との面談を求めたが、応対した職員から不在と伝えられた。代わりに理事会のトップを務める栃本勝雄会長が応じた。この時、筆者はまだ鈴木事務局長が辞めるとは知らされていなかった。 栃本会長は調査の進捗状況をこう説明した。 「弁護士と相談し、全職員にパワハラを見聞きしたかアンケートを実施したが、報告できるようなきちんとした結果はまだ出ていません。調査結果の報告、パワハラに関与したとされる職員への対応、社協内でのハラスメント対策をどうするかも含め、弁護士と相談しながら進めているところです」 ハラスメントは重大な人権侵害と厳しい目が向けられる昨今、一般企業や役所では規則を整え、調査でハラスメントによる加害行為が認定された職員は懲戒処分の対象になる流れにある。栃本会長によると、加害行為の疑いがある職員は在職中とのことだが、 「懲戒処分にするかどうかという話までは発展していません」(同) アンケートは昨年末までに実施した。同社協が依頼した弁護士に、職員が個別に回答を郵送、弁護士は個人が特定されない形にまとめた。公平性を担保するため、パワハラの舞台となった同社協はアンケートに関わる作業にはタッチしていないという。1月に入り、中間報告という形で結果が上層部に明かされた。全職員や理事会、評議会には知らせていないが、栃本会長は 「年度内には全職員に正式結果を知らせる予定です。理事会には正式結果と合わせて経過の報告も必要と考えています。ただ、現時点では正式結果がまとまっておらず、お答えできません」 ここまで質問に答えて、栃本会長は一息ついて言った。 「何せ私も吉田数博前町長(同社協前会長)から引き継いで昨年6月に就任したもので。ですから、会長に就くまでは内情を知らなかったんです」 筆者が「やはり詳しいのは長年勤めている鈴木事務局長ですかね」と聞くと、 「鈴木事務局長は休暇に入っています。任期満了を迎える3月末で辞める予定です」(同) 栃本会長によると、1月下旬に鈴木事務局長から「体調が思わしくないので、任期満了を迎える今期で辞めたい」と言われたという。事務所にあった私物も既に片付けており、再び出勤するかどうか分からないとのこと。 パワハラを放置した責任を取って辞めたということなのだろうか。栃本会長に問うと「私には分かりませんし、彼とはそのような話はしていません。任期満了となるから辞めるだけでしょ」。 鈴木事務局長はデイサービス利用者の送迎も担当していた。 「今はデイサービスの事業所に任せています。人手が必要なのに痛手ですよ。残った職員でカバーしながらやっています」(同) 公用車の私的使用も 参考画像 トヨタ「カローラクロス」(ハイブリット車・2WD)2022年12月のカタログより  体調不良で休んでいるというのが気になる。昨年11月号の取材時、パワハラを放置した責任があるのではないかと考え、鈴木事務局長に根掘り葉掘り質問した。あるいは記事により心身が病んでしまったのだろうか。後味が悪いので、事務局長が現在どうしているか複数の町関係者に問い合わせると意外な事実が分かった。 「同社協では『事務局長はどうしているか』と質問されたら『任期満了で辞める』と答えることになっているそうです。ですが実際の話は少し違います」(ある町関係者) 任期満了で退くのは事実だが、任期を迎える1カ月以上も前から、送迎の役目を投げ出してまで出勤しなくなったのは確かに不可解だ。取材で得られた情報を総合すると、鈴木事務局長は同社協にいづらくなり、嫌気が差して一足早く去ったというのが実情のようだ。 発端は、前述の同社協上層部に先行して伝えられたアンケート結果だった。 パワハラの加害者と疑われる職員から受けた被害が多数記述されていると思われたが、ふたを開けてみると、鈴木事務局長自身もセクハラ、パワハラ、モラハラの加害者という回答が相次いだのだ。「こんな人がいる職場では働けない。1日も早く辞めてほしい」と切実な訴えもあったという。 ハラスメントだけではなかった。同社協が職務に使っているSUVタイプの自動車「トヨタ カローラクロス」を鈴木事務局長が週末に私的利用しているという記述もあった。 同社協が第三者である弁護士にアンケートの集計を依頼し、結果は上層部しか知らないはずなのに、なぜこうも詳細に分かるのか。それは当の鈴木事務局長が自ら明かしたからだ。2月の最終出勤日に部署ごとに職員を集め、前述の自身に関わる内容を話したという。 ハラスメントの加害者のほとんどは組織の中で立場の強い者だ。加害行為を「指導」や「業務」と履き違え、本人は自覚がないことが往々にしてある。だが、被害者が苦痛と感じれば、それはハラスメントになるのが現代の常識。まずは被害者の話に耳を傾け、組織として事実かどうかを認定することが求められる。 昨年11月号の取材で鈴木事務局長は「パワハラがあると聞いてびっくりしている」「当事者同士の言葉遣い、受け取り方による」とパワハラから目をそらし、矮小化とも取れる発言をしていた。自分は関係ないと思っていただけに、今回のアンケート結果に愕然としただろう。部下から「1日も早く辞めてほしい」と言われては、任期満了を待たずに一刻も早く辞めたい気持ちになる。 不祥事追及がうやむやに  いずれにせよ、鈴木事務局長は同社協を去った。それでも、ある職員は同社協の行く末を懸念する。 「アンケート結果が出たタイミングで事務局長が辞めることで、あらゆる不祥事の責任を取ったとみなされ、問題がうやむやになってしまうのを恐れています。このままでは、パワハラを行っていた職員におとがめがないまま幕引きになってしまいます」 鈴木事務局長は決してパワハラと縁故採用の責任を取って辞めるわけではない。同社協が表向きの理由として知らせているように、任期満了を迎えるから辞めるのだ。既に出勤していないのも「体調が思わしくない」と栃本会長に申し出たためだ。 間もなく70歳のため、高齢で体力的に職務が務まらないなら仕方がない。ただ、栃本会長は「鈴木事務局長が担当していたデイサービス利用者の送迎を他の職員に頼んでいる」と漏らしており、急きょ出勤しなくなったことで、サービスの受益者である町民や同社協職員の業務に与えた影響はゼロではないだろう。 こうした中、町民と職員が関心を寄せるのが後任の事務局長だ。同社協は退職した町職員が事務局長に就くのが慣例だった。社協は、建前は民間の社会福祉法人だが、自治体の福祉事業の外注先という面があり、委託事業や補助金が主な収入源。浪江町社協の2021年度収支決算によると、事業活動による収入のうち、最も多くを占めるのが町や県からの「受託金収入」で1億5300万円(事業活動収入の約68%)。次が町の補助金などからなる「経常経費補助金収入」で4400万円(同約19%、金額は10万円以下を切り捨て)。 自治体の補助金で運営が成り立っている以上、社協と調整を円滑にするため自治体職員を派遣するのが通常で、現に浪江町でも町職員を1人出向させている。 栃本会長は「後任の事務局長は町役場と相談しながら決めます」と話す。同社協との実務を調整する町介護福祉課の松本幸夫課長は、後任の事務局長について、 「町長や副町長には同社協から報告が上がっていると思いますが、介護福祉課には伝わっていません。社会福祉行政に明るい人物も考えられるし、それ以外の人も含めて検討していると思います」 要するに、発表できる段階にはないということだ。 同社協は人材不足にも陥っているが、栃本会長は人材確保に向けた方針を次のように明かす。 「現場で実務を担う介護や医療の有資格者を募集しなければならないと思っています。地元のために一緒に働いてくれるだけで十分ありがたいのですが、半面、限られた人員で運営していく以上、採用するなら有資格者が望ましいです」 鈴木事務局長が行った無計画な縁故採用からの脱却が進みそうだ。 最後に、同社協の目指すべき未来を示した発言を紹介する。長文だが重要なのですべてを引用する。 《震災後、役場機能の移転に合わせて社協も転々としました。避難当時の混乱で職員が一人もいなかった時期もありました。一部地域の避難指示の解除を受け、2017(平成29)年4月に社協も町へ戻ることができました。現在は、浪江町と二本松市の事務所を拠点に、町民の様々な福祉サービスに取り組んでいます。 福祉における一番の課題は、これからの介護です。町内に居住する住民1600人のうち65歳以上の割合を示す高齢化率は約40%ですが、震災前に町に住んでいた人に限ると約70%と非常に高くなっています。自分の子どもや孫と離れて一人で暮らす方も多く、次第に介護が必要となってきています。2022(令和4)年には、町の地域スポーツセンターの向かいにデイサービス機能を備えた介護関連施設が完成する予定です。私たち社協は、オープンと同時に円滑にサービスを提供できる体制を整えていきたいと考えています。 原発事故の影響で散り散りになった町民にとっては、テーブルを囲み、お茶菓子を食べて語り合うだけでも、心の拠り所になるはずです。そんな交流の場を必要としている高齢者が町には数多くいます。浪江町民のために役場との連携をより深め、福祉政策の実現に取り組んでいきたいと思います》(『浪江町 震災・復興記録誌』2021年6月より) 発言の主は鈴木事務局長。筆者も同感だ。

  • 【浪江町】新設薬局は医大進出の関西大手グループ【町役場敷地内にある浪江診療所】

    【浪江町】新設薬局は医大進出の関西大手グループ

     浪江町役場敷地内にある浪江診療所の近くに、震災・原発事故後初めて調剤薬局が開設される。進出するのは関西を拠点とする大手・I&Hグループで、県立医大でも敷地内薬局の運営に乗り出すなど勢力伸長が著しい。同町への進出を機に「原発被災地での影響力を強める方針ではないか」と同業者たちは見ている。 原発被災地で着々と影響力を拡大  浪江町で薬局を開設・運営するのは、関西を拠点に「阪神調剤薬局」を全国展開するI&H(兵庫県芦屋市)のグループ企業。本誌は昨年10月号「医大『敷地内薬局』から県内進出狙う関西大手」という記事で薬局設置に関わる規制の緩和が進む中、福島県立医大(福島市)も敷地内薬局を導入し、運営者を公募型プロポーザルで決めたことを報じた。 県薬剤師会は「医薬分業」を建前に、敷地内薬局に猛反対していたため動きが鈍く、情報収集に後れを取った。公募について会員内で共有したのは応募締め切り後だった。応募した地元薬局はあったものの、全国展開する大手3社がトップ争いを繰り広げる中、資本力で太刀打ちできず、I&Hが優先交渉権を獲得。次点者とは1点差という激しい争いだった。 地元の薬剤師・薬局経営者の間では、県立医大の敷地内薬局の運営権を関西の企業が勝ち取ったことは、県内の薬局勢力図の変化を象徴する出来事と捉えられ、「原発事故後、帰還が進みつつある浜通りに進出する足掛かりにしたいのでは」という見方があった。 浪江診療所は、町が国民健康保険の事業として設置・運営している。町健康保険課によると、復興が進む町内では唯一の医療機関だ。最新の年間利用者は延べ約5800人。ただ、調剤ができる薬局が町内にないため、医師や不定期に出勤する薬剤師が行い、看護師らが補助する形で実務を担っていた。院内処方と呼ばれる。 震災・原発事故後、町内に初めて調剤薬局ができるということは、浪江診療所の調剤業務を薬局に外注することを意味する。同課の西健一課長(浪江診療所事務長を兼務)も、「町としては院外処方に移行したいと思っています」と言う。 県内で薬局を経営する企業の役員は町が院外処方を進める理由を「医薬関係のコストを削減できるからです」と解説する。 町の特別会計「国民健康保険直営診療施設事業」の2021年度決算書によると、浪江診療所の医業費は2600万円(10万円以下切り捨て、以下同)。医薬材料費は2100万円で医業費の約8割。医薬材料費に患者に処方する医薬品の金額がどの程度含まれているかは不明だが、外注すれば相当圧縮できるだろう。 さらに、患者への薬の受け渡しに時間を取られていた看護師の負担が減る分、本来の業務に専念できる。業務が効率化できれば、町としては必要最低限の雇用で済ませられる。 メリットは患者にもある。 「取り扱いの少ない薬でもすぐに十分な量が手に入ります」(同) 診療所の調剤室は単独の薬局に比べると、量も種類も限られる。西課長によると、需要の少ない医薬品の場合、在庫切れになることもあり、南相馬市にある最寄りの調剤薬局まで車を走らせなければならなかった患者もいたという。 ただ、患者には見過ごせないデメリットもある。 まず、薬代が高くなる。院外処方は院内処方よりも、医療行為に対する報酬の基準となる診療点数が高くなるので、患者の負担が増える。  院内処方から院外処方に移行すれば、患者が薬局に薬を受け取りに行く手間もかかる。浪江診療所は役場敷地内にあるが、開設予定の薬局は敷地外に建設されるというから、大きな負担になるとは言わないまでもそれなりの移動を強いられる。 実際、薬局新設を聞きつけたある町民からは、 「通院しているのは年寄りが多いのに、町や医者の都合で雨の中でも薬を取りに行かなければならないのか」 と不満の声が聞かれた。 これまでの動きを振り返ると、財政負担を減らしたい町と、原発被災地に進出したいI&Hグループの思惑が合致したと言える。 「開設経緯を明らかに」  ある町関係者は薬局の開設経緯をオープンにすべきだったと訴える。 「関西の企業がどういう経緯で浪江に進出するのか。町が土地を紹介しないと無理でしょう。町に相談なしに進出を決めたとは考えられません。実質、浪江診療所に付随する薬局です。本来は公募して民間を競わせる方が公正だし、より良い条件を引き出せたのではないか。民間薬局が進出する動きがあると議会を通じて町民に知らせる必要があったと思います」 前出の西課長に薬局開設に町はどの程度関わっているか聞くと、 「役場の敷地外にできるので町は関わっていません。診療所の近くにできるとは聞いていますが、民間企業の活動なので、いつ、どこに開設するかはI&Hに聞いてほしい」 筆者はI&Hにメールで「薬局の開設場所はどこか」「いつ営業を始めるか」など7項目にわたり質問した。回答によると、近隣に建てる予定があることは確かだが、「具体的なスケジュールは決まっていない」という。 西課長によると、町とI&Hグループが接点を持ったきっかけは、震災・原発事故後からたびたび開かれている「お薬相談会」だという。浪江町には薬剤師がいないため、町外から招いて服薬指導をしている。この相談会に関係していた復興庁から「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル」というイベントへの参加を打診され、そこでI&Hと接点ができたという。 このイベントについては本誌昨年10月号で報じた。避難指示解除後に帰還が進む地域で、医師と共に薬剤師が不足している状況に薬剤師や薬局経営者らが問題意識を持ち、同年2月24日に厚生労働省や自治体職員とオンラインで現状を共有した。 主催は任意団体「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」、事務局は城西国際大大学院(東京)国際アドミニストレーション研究科。同大学院の鈴木崇弘特任教授の記事(ヤフーニュース2022年3月1日配信)によると、メンバーは表の通り。I&H取締役や薬学部がある大学の教員が名を連ねる。 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会のメンバー(敬称略) メンバー役職渡邉暁洋岡山大学医学部助教小林大高東邦大学薬学部非常勤講師岩崎英毅I&H取締役鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニストレーション研究科長黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授  鈴木氏の記事によると、I&H取締役の岩崎英毅氏のほかに福島市、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、そして厚労省の担当者が参加した。式次第によると、オープニングで学校法人城西大学の上原明理事長(大正製薬会長)が挨拶した。 本誌は以前、I&Hに、どのような関係で自社の取締役が同委員会のメンバーを務めているのかメールで質問した。同社からは次のような回答が寄せられた。 《医療分野のDXへの関心が飛躍的に高まり、また、厚生労働省が進めている薬局業務の対物業務から対人業務へのシフトにより、薬局には住民の皆様の個別のニーズに応じた、より質の高いサービスの提供が期待されています。このような状況のもと、弊社は、オンライン診療、服薬指導、処方薬の配送など、地域医療の格差是正に向けた取り組みを推進しておりますが、このような取り組みの知見や課題を共有することで、無薬局の解消の一助になることができればと考え、実行委員会に参加させていただきました》 営業活動の一環か、という質問には、 《無薬局の解消、地域医療の格差是正に向けて、様々な視点からの知見や課題を学ばせていただくことが目的でございます》 と答えた。 双葉郡に進出加速か?  浪江診療所の患者の処方を受け付けるだけでは元は取れない。だが、I&H取締役の岩崎氏は被災地へ進出する個人的な思いがあるようだ。 「岩崎氏は中学生の時に阪神・淡路大震災を経験したそうです。他人ごとではないという思いから、東日本大震災でも一薬剤師として被災地に支援に来ました。その時の写真も見せてもらいました。被災地の行く末を心配し、今回、薬局の進出を決めたそうです。将来的に経営が安定し、地元の薬剤師で希望者がいれば雇用したい考えもあるそうです」(前出の西課長) 大手調剤薬局グループは、調剤だけでなく、旺盛なM&Aを繰り広げ介護福祉事業、カフェやコンビニも展開している。地方の薬局で採算が取れなくとも、都市部の収益とその他の事業で黒字になればいいとチャレンジする余裕がある。 町が福祉事業を委託している浪江町社協で、行き当たりばったりの縁故採用が横行し、人手不足に陥っていることを考えると、I&Hのような全国に人員を抱える大手民間企業が町からデイサービスなどの委託事業を担うのも現実味を増す。 昨年2月の「薬局ゼロ解消」を目指すイベントには浪江町以外にも富岡、大熊、双葉の各町が参加した。I&Hはこのつながりを足掛かりに浜通りでの薬局開設を加速させるのだろう。さらに、休止が続く県立大野病院(大熊町)の後継病院への関与も見据えているはずだ。 原発被災地は、一時的に医療・医薬関連業が撤退を強いられ、空白地帯となった。一方、復興の名目で国や県の主導で事業が進む中、資本力のある大手にとっては新規開拓の土地でもある。

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

    「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

    【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。

  • フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

    フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

    東京電力・福島第一原子力発電所(以後「フクイチ」と略)では、発災から約12年が経とうとしている今も、収束作業が続いています。  ひとたび核災害が起これば、収束に要するリソース(予算・人員・資機材・時間)は見通せず、ブラックホールのようにリソースを吸い込み続けるものであることを強烈に教えてくれる「生きた教材」です。 このような実物教育をくらっている最中にも関わらず、核発電の最大限の利活用を打ち出した岸田政権の判断に強く抗議し、合わせて、国民の代表が集う国権の最高機関(国会)には、核発電の利活用に関連する予算・法案を否決するよう、主権者の一人として強く求めることを、冒頭に表明しておきます。 分析すら追い付いていない固体廃棄物  2022年12月末現在、フクイチ構内には瓦礫類・伐採木・使用済み保護衣合わせて、約53万立方㍍が保管されています(「まとめ1」参照)。これとは別に、焼却灰や、未撤去の設備、プール保管の廃棄物等があります(「まとめ2」参照)。  以前にも当連載で指摘しているように(注1)、放射性固体廃棄物の大半は屋外保管で、火災に巻き込まれれば、放射性ダストが非管理の状態で環境中に放出されるリスクが常に有ります。一刻も早く、屋内保管へ切り替えて、リスクの低減・解消を図らなければいけません。 屋内保管に切り替えるには、幾つか条件が必要です。 一つ目は、スプリンクラーや遠隔カメラ等の防災設備等が整った専用の貯蔵庫の建設。 二つ目は、減容・減量と、その為の設備の建設。 三つ目は、整理・分類しての保管。順次、詳述します(「まとめ3・4」も参照)。  1、固体廃棄物貯蔵庫 貯蔵庫は、固体廃棄物貯蔵庫第9棟まで運用中で、今年3月に第10棟Aが着工予定です(A~Cの3建屋に分けて建設)。第11棟は2026年度以降の竣工目標で、30年度までに11棟で合計・約28万立方㍍容量を確保予定です。その後も廃棄物は増加するのが確実で(明確には試算されていません)、貯蔵庫は追設が検討されています(注2)。  2、減容・減量処理設備 処理設備は、焼却炉が運用されています(焼却灰は200㍑ドラム缶に詰めて固体廃棄物貯蔵庫に保管)。 但し、増設焼却炉(「増設雑固体廃棄物焼却設備」)は、運用開始が遅延し(2020年12月→22年5月)、運用開始後も破損・故障が相次ぎました(詳細は連載33回)。 減容処理設備も、世界的な半導体不足の影響で制御盤のインバータの納期が遅延し、竣工が延期されています(23年3月→5月)。中古品等も入手できなかったそうです(注3)。 設備は、着実に竣工させ、稼働率を上げなければ、設置した意味がありません。現在は、焼却炉前処理設備と、溶融設備の設置が予定・計画されていますが、これらの設備が計画通りに竣工し、安定して稼働するのか、要注目です。 現在、フクイチ構内で発生した放射性固体廃棄物で再利用できているのはコンクリートガラだけですから(2014年10月〜20年度までに約1・6万立方㍍を再利用)、溶融設備竣工後に金属の再利用が可能になれば、減量効果は大きいと思われます。  3、整理・分類の前提である分析 最も大きな課題です。 本来であれば、固体廃棄物は、含有核種や核種毎の濃度・インベントリ(注4)・性状等を踏まえ、将来の処理・処分方法を見越して整理・分類されるべきです。ですが、フクイチで保管されている瓦礫類の大半は、表面線量率に応じて分類され、それが継続しています。短くまとめると「分析体制が、固体廃棄物の増加量や増加ペースに見合っていない」のです。 敷地内で発生した廃棄物や試料の分析が構内の施設で間に合わなければ、構外(主として茨城地区)に移送しなければならず、手続きだけでも煩雑です。このような手続きを簡略にし、迅速な分析を行う為にも、フクイチの敷地西端に建設されたのが「大熊分析研究センター」です(注5)。 但し、この整備も順調とは言い難い状況です。「まとめ4」には書いていませんが、同センター・第一棟の竣工も遅延し(2021年6月→22年6月)、分析作業は漸く22年10月から開始されました。施設内の気圧を負圧に保つ為の給排気設備の排気量不足が判明し、その対応に時間を要したそうです(注6)。(尚、炉内堆積物等の高線量廃棄物を分析する同センター・第二棟も24年度運用開始目標が、26年度へと後ろ倒しされました。現在は設計中です)。 固体廃棄物は「含有核種やインベントリ・濃度を把握」し、「廃棄物の種類・性状ごとに処理・処分に向けた方針を立て」、その方針を見据えて「整理・分類」し、「屋内保管」されるべきものです。 これらの整理・分類・保管の前提となる分析が追いついていません。具体的には、瓦礫・水処理二次廃棄物から、2012~20年度で約900試料が採取されましたが、同じ時期に分析が終了したのは約650試料です。21年度は採取された137試料の内、分析が終了したのは62試料でした(22年3月の東電の資料に基づく/注7) 分析に関しては、ハード面では大熊分析研究センター・第一棟の運用が開始されましたが、ハードがこれだけで足りるとは思われません。このセンターとは別に、フクイチ敷地内で東電の総合分析設備の建設も計画されています。 分析で、より大きな課題と思われるのがソフト面です。ハードを揃えても、従事してくれる人がいなければ、進められません。人材に関しては東電の担当部長も「…人材確保、これは東電だけでは取り組みができないというふうに我々も考えてございます…」と、2022年9月12日の「第102回特定原子力施設監視・評価検討会」で発言しています(注8)。 原子力規制庁は、第102回監視・評価検討会で分析体制の強化に関する資料(注9)を提示し、「…分析体制の不十分さにより、廃炉作業が遅れ、…施設全体のリスクが高止まりすることがないよう、中長期の分析需要等を見据えた分析体制の強化に早急に着手する必要がある」と強調し、資源エネルギー庁・NDF(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・JAEA(日本原子力研究開発機構)のみならず、電力事業者も含めたオールジャパンの取り組みを強く訴えかけました。 原子力規制庁の訴えに、資源エネルギー庁は同年12月19日の「第104回監視・評価検討会」で回答しました(注10)。回答は多岐に渡るので、人材育成に関する部分のみ「まとめ4」に取り込みました。 福島国際研究教育機構のWebサイト(注11)の本格的なアップは4月以降と思われます。フクイチとの関わりをどのように記載するか、注視しています。  分析に関する文章が長くなりましたが、フクイチの放射性固体廃棄物に関しては「整理・分類」「処理・処分方法の検討」の前提となる計測や分析が追い付いていないのが最大の問題です。本来やるべき、処理・処分方法の検討は殆ど手つかずで、今は屋外保管の解消すら道半ばです。 全ての前提である分析体制の拡充・強化は待ったなしでしょう。 主権者・国民の中には「『処理水』放出への賛否」に耳目を奪われる傾向がありますが、フクイチは多種多様なリスクが相互に絡み合っているので、全体を見なければいけません。液体廃棄物(汚染水)の処理で発生する二次廃棄物は固体廃棄物扱いですし、固体廃棄物の保管場所が尽きれば、液体廃棄物も処理できなくなります(典型的な例がALPSスラリー。詳細は連載34回参照/注12)。 原子力規制委員会・規制庁が、固形状の放射性物質に関して危機感とも形容できる強い意識を表明したのは、現状を見ていれば当然の結論だと思います。この意識は、報道や主権者に共有されているでしょうか?  主権者・国民が、核災害真っただ中の施設のリスク対応を、規制行政と事業者に「お任せ」することがあってはなりません。それではフクイチ核災害を防げなかった過ちから何も学んでいないことになります。  本稿の最後に、訂正・お詫びです。 連載第6回(注13)で、フクイチの「処理水・処理途上水」について「化学的汚染…や生物的汚染…は未調査」と書きましたが、第12回・ALPS小委員会(2018年12月)に化学物質の分析結果の資料が提出されており(注14)、大腸菌を含む46項目の測定結果が記載されていました。ごく一部のタンクの計測ですが、「未調査」ではありませんでした。この場を借りて訂正し、お詫び致します。  注1:第3回(2020年6月号) 注2:東京電力ホールディングス㈱福島第一原子力発電所の固体廃棄物の保管管理計画2023年2月版 https://www.nra.go.jp/data/000420893.pdf 注3:22年12月19日付東電資料https://www.nra.go.jp/data/000414089.pdf 注4:「inventory」は「放射能量」。元々は「在庫量」「資産」を意味する。 注5:設計・建設・運用はJAEA。 https://fukushima.jaea.go.jp/okuma/ 注6:放射性物質分析・研究施設第1棟の整備状況について(22年3月31日) https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2022/03/4-1.pdf 注7:「固体廃棄物の性状把握に向けた試料採取・分析計画について(2022年度)」5頁。  https://www.nra.go.jp/data/000383576.pdf 注8:議事録15頁。発言者は、金濱秀昭・福島第一廃炉推進カンパニー福島第一原子力発電所廃棄物対策プログラム部部長https://www.nra.go.jp/data/000407303.pdf 注9:資料1―2「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉等に必要な分析体制の強化について」https://www.nra.go.jp/data/000403734.pdf 注10:資料1―3―1・1―3―4・1―3―5 https://www.nra.go.jp/data/000414102.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414105.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414106.pdf 注11:https://www.f-rei.go.jp/ 注12:見通しの立たない「ALPSスラリー」の安定化処理(23年1月号)   注13:ALPS小委の報告書は 「提言もどき」(20年9月号)  注14:ALPS処理水タンクにおける化学物質の分析についてhttps://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/012_04_01.pdf 春橋哲史  1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

    【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町)

  • 1Fで廃炉は行われていない!【尾松亮(廃炉制度研究会)】

    1Fで廃炉は行われていない!【尾松亮(廃炉制度研究会)】

    求められる法規制と原子炉の安定化  東京電力福島第一原発の廃炉は現在どこまで進んでいるのか。本誌で「廃炉の流儀」を連載している研究者・尾松亮さんに現状と課題をあらためて解説してもらった。 廃炉はどこまで進んだか  原発事故から12年が経過しようとしている。1F(福島第一原発)廃炉については「30~40年の廃炉」というフレーズが繰り返されてきた。最長40年として、その4分の1以上が過ぎたわけだが、廃炉工程はどこまで進んでいるのだろうか。 2011年12月に発表された初版「中長期ロードマップ」では、同年12月の事故収束宣言(ステップ2完了)を起点にして「10年以内に燃料デブリ取り出しの開始」という目標が示されていた。初版ロードマップに添付されたスケジュール表では、25年後までにデブリ取り出しを完了する目安も示している。そして原子炉の解体を含む「廃止措置」の行程を最長40年で終わらせるとしていた。 初版ロードマップに示されたスケジュール 主要工程項目時 期初版ロードマップの規定2023年2月現在の状況ロードマップの開始時期2011年12月収束宣言・ステップ2完了の時点―燃料デブリ取り出し開始2021年以内「10年以内」と規定繰り返し延期燃料デブリ取り出し完了2036年スケジュール表に20~25年後と目安が示されるロードマップから「取り出し完了」時期の規定は消える原子炉施設解体終了2051年「30年~40年後を目標」と規定ロードマップから「原子炉解体」の規定は消える  この当初スケジュールと照らし合わせると、現在の「廃炉工程」はどのくらい進んでいるのだろうか。昨年8月25日、東京電力は、2022年後半に取りかかる計画だった福島第一原子力発電所2号機の溶融燃料(デブリ)取り出しの時期について、23年度後半に延長することを発表した。デブリを取り出すロボットアームの改良、放射性物質が飛散するのを防ぐ装置の損傷、などが延期理由だ。ロードマップの「取り出し開始目標年」であった2021年にも、東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始時期」を1年程度延期した経緯があり、延期決定が繰り返されている。 このまま、本当にデブリ取り出しに着手できるのか? 仮に着手できたとしても、このロボットアームで取り出せるのは「燃料デブリ1㌘程度」といわれる。40年後にあたる2051年まで残すところ28年で、3基の原子炉内外に溶け落ちた核燃料をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉の解体を完了することは絶望的に思える。 それでも「廃炉終了」はできてしまう  2051年(ロードマップ開始から40年後)の廃炉完了なんて「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし恐ろしいのはむしろ、それにもかかわらず「2051年1F廃炉終了はできてしまう」ということだ。 「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東電と政府の「目標」にすぎない。当初目標未達で「ここまでで終了します」といっても、法的責任は問われないのだ。そもそも「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改訂が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われている。 2015年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」から「25年後」という「デブリ取り出し終了時期」の記述は見られなくなる。その結果、最新の第5回改訂版「中長期ロードマップ」(2019年12月)では「取り出し終了時期」が不明である。そもそも、ロードマップ終了時点(2051年)までにデブリ取り出しが終了するのかも曖昧になっている。 少なくとも、初版「中長期ロードマップ」は「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了時期としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」(8頁)という記述は、そのことを明示している。 しかし、最新版「中長期ロードマップ」では「廃止措置の終了まで(目標はステップ2完了から30~40年後)」(12頁)という記述にとどまり、この「廃止措置の終了」が「デブリ取り出し終了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。 燃料デブリは取り出さず、損傷した原子炉はそのまま放置し、汚染水だけ海洋放出を済ませた時点で「これで我々の考える廃炉工程は完了です」と言うことは違法ではない。 実際は「保安・防護」作業  政府は「廃炉を前に進めるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前に進める」というフレーズをよく使う。 しかし、実は福島第一原発では「廃炉(原子力施設廃止措置)」を前に進めることはできない。なぜなら、同原発で「廃炉」は行われておらず、そもそも廃炉の前提となる「廃炉計画」(廃止措置計画)も提出されていないからだ。 IAEAのガイドラインや原子力規制委員会の規則に従えば「廃炉(廃止措置)」とは「規制解除を目指す活動」と規定される。「規制解除」とはどういうことだろうか。原子力発電所には放射線管理区域など特別な防護措置や行動制限を求める「規制」が課せられている。施設解体や除染を徹底することでこの「規制」をなくし、敷地外の普通の地域と同じ扱いができるよう目指すのが「廃炉(廃止措置)」である。 原子力規制委員会規則によれば、廃炉終了のためには「核燃料物質の譲渡し完了」「放射線管理記録の引き渡し」などが求められる。つまり制度上は、「使用済み燃料も搬出され、放射線管理がこれ以上必要ない」状態を目指すプロセスが「廃炉」ということになる。 通常原発の「廃炉」であれば、前記のような「規制解除」を目指す廃止措置計画を原子力規制委員会に提出し、認可を得る必要がある。例えば福島第二原発の場合、一応は上記規則に従った廃止措置計画の審査・認可を受けている。この計画を変更する場合にも、やはり原子力規制委員会の審査が必要になる。 福島第一原発の場合、この廃止措置計画の提出も、原子力規制委員会による審査・認可も行われていない。「40年後終了目標」を示した政府と東電のロードマップは「廃止措置計画」ではない。現在、福島第一原発で行われている作業は「規制解除」を目指す工程としての「廃炉」ではないのだ。 それでは、福島第一原発で行われているのは一体何なのか。原子炉等規制法によれば、事故炉がある原発には「特定原子力施設」という特別な位置づけが与えられる。この「特定原子力施設」に対しては、通常原発に対する廃炉規則は適用されない。その代わり、事故でダメージを受けた原子炉施設や損傷した核燃料の安全性を保つための「保安・防護措置計画」の提出と実施が求められている。つまり福島第一原発で行われているのは、事故原発および損傷した核燃料の「保安・防護」に係る作業なのである。 いい加減な「完了」を防ぐ法規定を  筆者がさらに恐ろしいと思う動きがある。デブリ取り出しや原子炉解体の現時点の技術的困難を言い訳に、「デブリをそのままコンクリートで固めてしまえ」「原子炉施設は解体せずにそのままモニュメントとして残せばいい」という類いの提言が、あたかも「現実的な計画」として出され、それほど大きな批判も受けていないことだ。 昨年9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田豊志前原子力規制委員長は燃料デブリの扱いについて次のように述べた。「できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。 https://www.youtube.com/watch?v=O-_RzBZKLKU  「その場でいったん固めるのが現実的だ」と更田氏は言う。しかしこのデブリ固定化案は、「将来的に発生する放射性廃棄物を最小限に抑える」IAEA原則に反するため、チェルノブイリの廃炉工程で却下された案である(廃炉の流儀第33回)。 住民不在の計画変更、事実上の廃炉断念案が承認されてしまうことは防ぐべきだ。事故の起きた原発の後始末を中途半端な状態で「終了」し、加害企業が他の原発の再稼働や新型炉の建設を認められるようなことを、私たちは受け入れてしまうのか、それが問われている。そのためにも「廃炉完了」の要件を定め、その完了を東電と政府に義務づける「福島第一原発廃炉法」の制定が必要なのだ。 「安定化」「監視貯蔵」段階を制度に組み込め  仮に「廃炉法」によって、「燃料デブリ取り出し」「原子炉を含む施設解体」「敷地の基準値未満へのクリーンアップ」までを廃炉完了要件として定めたとする。しかし、そのような完了状態の達成はとてもあと28年ではできないだろう。これが多くの専門家の意見である。 だとするとさらに数十年、全体で100年以上かかる工程を想定しなければならない。その場合、直近10年、20年、何をするべきなのか。 あくまで海外の廃炉事例を調査してきた研究者としての私見を述べる。 1、「事故で損傷し、耐震性の低下した施設の安定化」、2、「津波や大規模地震に備えるための防災強化」、3、「追加の環境汚染を防止する対策強化」に注力する期間を設けた方がよいのではないか。取り出せても数㌘ならデブリ取り出し開始を急いで、リスクを高める必要はない。しかし、将来のデブリ取り出しが絶望的になるような「デブリのコンクリート固化」や、「原子炉石棺化」というようなことはしない。 溶融燃料や未搬出の使用済み核燃料を起源とする事故再発を防ぎつつ、周辺環境への汚染流出を最小化し、その「安定化期間」を通じて「将来の廃炉完了」に向けた技術開発を続ける。汚染水海洋放出は撤回し、放射能減衰を図りつつトリチウムを含む高度な分離技術開発を進める。それを政府と東電に「廃炉法」で義務づけるのだ。 法律にする以上、その計画の内容は、少なくとも国民に選ばれた議会が審議し、改定に際しても国会審議が必要になる。いままでのロードマップ改定のような国民不在の計画変更は防げる。 スリーマイル、チェルノブイリの廃炉法 チェルノブイリ原発 スリーマイル原発  参考にすべきは、チェルノブイリ原発の工程における「安定化」のアプローチ。そしてスリーマイル原発2号機の工程における「無期限の監視貯蔵」という考え方だ。 1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられた。その後91年に当時のソ連国立研究所によって、石棺を含む4号機施設の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。国際コンペなどを経て採用されたのは、短期的には施設の倒壊を防ぐため補強などの「安定化(Stabilization)」の措置を行いつつ、遠い将来のデブリ取り出しを目指し続ける、という計画であった。原子炉を覆う新シェルター内部で将来的なデブリ取り出しを目指す計画を、ウクライナ議会は法制化している。(2009年廃炉国家プログラム法) スリーマイル原発2号機では1990年にデブリ取り出しを完了したが、その後原子炉解体に着手せず「無期限の監視貯蔵」を認めた。汚染された原子炉を即時解体すれば、廃炉期間は短縮できても労働者の被曝、環境汚染が増える。それを避けるための監視貯蔵制度である。その結果、スリーマイルでは事故から44年経過した現在もなお原子炉解体に着手していない。 チェルノブイリもスリーマイルも、40年をゆうに超える長期の廃炉計画を前提としている。それと同時に、両事例ともに「デブリ取り出し」、「敷地のクリーンアップ」まで完遂する法的義務を事業者(※チェルノブイリの場合、国営事業者)に課している。技術的に困難でも、廃炉断念案を認めていないのだ。 少なくとも事故後数十年の間は、ダメージを受け老朽化した施設の安定化、追加の環境汚染防止、労働者被曝低減を最優先とする。しかし将来的な廃炉完了要件を法的に定め、その達成を義務づける。 チェルノブイリ、スリーマイルが採用したこのアプローチは、福島第一原発でも取り入れる必要があるのではないか。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども・被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。 東洋大学国際共生社会研究センター(客員研究員・RA) https://www.toyo.ac.jp/research/labo-center/orc/member/100944/

  • 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

    経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出に理解を得ようと、政府が大々的なPR事業を展開している。昨年末に全国のお茶の間を騒がせたのは、大手広告代理店の電通が作ったテレビCMだった。そのほかにも多岐にわたる事業が行われていることを紹介したい。(ジャーナリスト 牧内昇平)  2月18日土曜日のお昼前、春の近さを確信させるような晴天の下、筆者はJRいわき駅からバスに乗っていわき市中央卸売市場に向かった。土曜日のためか人の姿がほとんどない駐車場を通り過ぎ、中央棟2階の研修室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。  「油がはねますから、気をつけてくださいねー」。三角巾にエプロン姿の子どもと保護者12組24名が見守る中、講師の先生がアンコウを揚げ焼きにしている。続いて薄切りにしたカツオと野菜をフライパンに入れ、バターやポン酢をからめて火を通す。さらにいい香りが部屋じゅうを包み込む。子どもたちがつばを飲む音が聞こえたかと思ったら、ファインダー越しに撮影を試みる筆者自身のつばの音だった。 講師の実演が終わるといよいよ子どもたちの出番である。それぞれの調理台に散らばり、クッキング、スタート! なぜ筆者が楽しくにぎやかな料理教室を訪れたかと言うと……。     ◇ ◇ ◇ CMだけでなかった海洋放出PR事業 経産省のHPより引用【ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業(多核種除去設備等処理水風評影響対策事業)】  本誌先月号に筆者が書いた記事のタイトルは「汚染水海洋放出 怒涛のPRが始まった」だった。大手広告代理店の電通がテレビCMを作り、昨年12月半ばから2週間にわたって全国で放映した。海洋放出には賛否両論あり、特に福島県内では反対意見が根強い。そんな中で政府の言い分のみをCM展開するのは一方的ではないか。これでは政府主導のプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない、と筆者は書いた。 ただし政府が行っている海洋放出PR事業はこのテレビCMにとどまらない。経済産業省は2021年度の補正予算を使い、「海洋放出に伴う需要対策」という新たな目的の基金を創設。そこに300億円という大金を注ぎ込んだ。そのうち9割は水産業者支援のために使い、残りの約30億円を「風評影響の抑制」を目的とした広報事業に充てるという。これが筆者の言う「プロパガンダ」の原資だ(もちろん「海洋放出」に限定しなければ復興庁などがすでに様々なPR事業を行っている)。 現在基金のホームページに公開されている「広報事業」は別表の10件である。読売新聞東京本社が入り込んでいるのか!など、社名を眺めるだけでも興味深いものがある。 2022年度に始まった海洋放出PR事業の数々 事業名予算の上限公募時期事業期間落札企業廃炉・汚染水・処理水対策の理解醸成に向けた双方向のコミュニケーション機会創出等支援事業2500万円22年5月~6月23年3月31日までJTB廃炉・汚染水・処理水対策に係るCM制作放送等事業4300万円22年5月~6月23年3月31日までエフエム福島被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業8000万円22年7月23年3月31日までユーメディアALPS処理水の処分に伴う福島県及びその近隣県の水産物等の需要対策等事業2億5千万円22年6月~7月23年3月31日まで(ただし延長の場合あり)読売新聞東京本社ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業12億円22年7月23年3月31日まで電通ALPS処理水による風評影響調査事業5千万円22年7月~8月23年3月31日まで流通経済研究所ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業1億円22年9月23年3月31日まで博報堂三陸・常磐地域の水産品等の消費拡大等のための枠組みの構築・運営事業8千万円22年10月~11月23年3月31日までジェイアール東日本企画廃炉・汚染水・処理水対策に係る若年層向け理解醸成事業4400万円22年10月~11月23年3月31日まで博報堂福島第一原発の廃炉・汚染水・処理水対策に係る広報コンテンツ制作事業1950万円23年1月~2月23年5月31日まで読売広告社「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業」のウェブサイトで公開されている情報を基に筆者作成https://www.alps-kikin.jp/PubRelation/index.html ※掲載後、新たな採択情報は下記の通り。 2023/03/24「「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」事務局運営事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月24日掲載】 2023/03/29「令和5年度被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月29日掲載】 出前食育事業に怒りの声  別表のうち、テレビCMと並んで「物議」を醸したのが出前食育事業、正式には「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」である。受注業者を募る際、基金は大雑把な内容を「公募要領」として公開した。そこにはこう書いてあった。 〈漁業者団体や地方公共団体の連携の下、小中学生等を対象にした「出前食育活動」を実施する。具体的には、小中学生等を対象に、福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けて、漁業者等による出前授業や関連の資料提供・説明等を実施するとともに、そうした理解醸成活動の一環として、福島県及びその近隣県の水産物を学校給食用の食材として提供する〉 筆者が傍線を入れたあたりが、原発事故以来子育てに悩んできた福島の人びとの怒りに触れた。 《も~我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!》 原発事故後の福島の問題を考えるNPO「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」は2月6日、オンラインのトークイベントでこの「出前食育事業」を取り上げた。出演したのは県内に住む千葉由美さん、鈴木真理さん、片岡輝美さんの3人。いわき市在住、原発事故当時子育ての真っ最中だった千葉由美さんが語る。 https://www.youtube.com/watch?v=Na0dY1b6S-M&t=1s 【いちいちカウンター#10】第2弾!も〜我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!  「原発事故の加害側である国が、自分たちに都合のいいように子どもを利用しようとしています。こんなことがあってはならないと思っています」 千葉さんは事故直後の経験を語った。自分の子に弁当を持たせて学校に通わせたこと。無用な被ばくから身を守るためだったが、まわりの子が給食を食べている中では精神的につらい思いをさせただろうこと。片岡さんも当時を振り返った。 「あの頃は大混乱だったじゃないですか。親も子どもも大変だったと思います。今回の『食育』は単発のイベントとは言え、子どもたちがまた切ない思いをするかと思うと……」 鈴木さんが思いを吐き出した。 「なんで子どもたちを利用するの? 勘弁してほしいですよ!」 3人のすごいところは、県内のすべての市町村に電話で問い合わせてしまったところだ。経産省から出前食育の知らせを受けているか、小中学校で実施する予定はあるか、を手分けして担当者に聞いたという。地道な取材力に脱帽である。トークイベントではその聞き取り結果も披露してくれた。 それによると、3人が調査した時点では県内の7自治体が事業案内を受け取ったが、いわき市などの教育委員会はすでに「実施しない」と回答した。現時点で「実施した」という例は一つもない――ということだった。 出前食育事業はどこへ? 経産省ウェブサイトにアップされている料理教室のチラシ。『ALPS処理水』や『海洋放出』という言葉は使われていない。(経産省ウェブサイトから引用)https://www.meti.go.jp/earthquake/fukushima_shien/event_ryori_fukushima.html  トークイベントが終了し、パソコンの画面を閉じた筆者は腕を組んで考えた。出前食育の事業の期限は3月末である。2月の時点で県内の実施校が一つもないというのはどういうことなのか。これは自分でも調べねばなるまい。 まずは福島市と郡山市の教育委員会に聞いてみた。どちらの担当者も「案内は来ていません」。やはりそうか。次はいわき市だ。市教委学校支援課の担当者はこう話した。「出前講座の件は昨年秋、市の水産課と県の教育庁と、2つのルートから知らせをもらいました。市長部局とも相談した結果、お断りすることになりました」。 断った理由を聞いてみた。「市の学校給食の提供の考え方に合わないと判断したからです。安心・安全な食材の提供が大原則です。ふだんの給食でさえ、福島県産の食材に対して不安を感じる保護者の方もいます。そういう状況で、海洋放出と関連させて海産物の提供を行ったらどうなるのか。状況は不透明です」と担当者は話した。 ちなみにいわき市水産課に問い合わせたところ、「昨年の夏以降、経産省の職員の方と別件で会った時、『実はこんなことも考えているんです』という情報をもらいました。うちは担当ではないのですぐ教育委員会に転送しました」とのことだった。 今度はこの事業を取り仕切っている側に聞いてみよう。テレビCMや出前食育などの広報事業については「原子力安全研究協会」という公益財団法人が連絡窓口になっている。同協会の担当者に学校給食への出前講座の件を聞くと、「現段階で何件実施しているかなどは把握していません。教育委員会や学校の方からご理解をいただくのが難しい面はあると聞いておりますが……」と奥歯に物が挟まったような言い方である。 もしや「実施ゼロ」で終わるのでは? 確認のため、筆者は経産省(原子力発電所事故収束対応室)の担当者に電話した。 筆者「理解醸成に向けた出前食育事業の件はどうなっていますか?」 経産省「あれはですね。地元産品を使用した料理教室などを行う事業です」 筆者「えっ? 事業の公募要領には〈漁業者による出前授業〉や〈学校給食用の食材として提供〉と書いてありましたよね」 経産省「あれは公募時にあくまで事業の一例として挙げたものです。当初はそういうことも想定していましたが、受注業者(博報堂)などとの話し合いの結果、料理教室を開催する方向になりました」 筆者「いくつかの市町村には案内を出したんですよね」 経産省「経産省からの公式な案内といったものは出していないと認識しています。私自身はそういうことをしていませんが、事業内容を検討している段階で経産省の職員が話題にした、というくらいのことはあるかもしれません」 筆者「……」 「学校給食への食材提供」はいつの間にか「料理教室」に様変わりしていたようだ。「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」の千葉さんたちだけでなく、いわき市教委や原子力安全研究協会もその変更を知らないのでは……といったモヤモヤを残しつつ、筆者はその料理教室の情報を調べてみた。 参加費無料。保護者と子どもがペアで参加。ただし子どもは小中学生に限定。開催場所は宮城県内の2か所(仙台・利府)といわき市の合計3会場。初日は2月18日土曜日の午前10時半……。 ということで筆者は先日、いわき市中央卸売市場を訪れたのだった。     ◇ ◇ ◇ 「皆さんはどんなお魚料理が好きですか?」「福島県の常磐ものは東京の築地や豊洲の市場でも新鮮でおいしいと評判ですよ!」 調理の前、料理教室の講師が約20分間のレクチャーを行った。常磐ものの魚の紹介や一般の魚介類に含まれる栄養素の説明が続く。 メモをとりながらやっぱりおかしいなと思ったのは、講師の説明の中には「ALPS処理水」や「海洋放出」という言葉が出てこないことだ。イベントの事務局によると、調理実習後に特段の説明は行わないそうなので、参加者が海洋放出について理解を深めるのはこのタイミングしかない。しかし、そんな話題は一切出てこなかった。念のため参加者たちへの配布物も確認してみた。福島の海産物の魅力の紹介はあっても、「ALPS処理水」や「海洋放出」には触れていない。 このことは事前に経産省(原発事故収束対応室)の担当者からも聞いていた。 経産省の担当者「海洋放出への理解醸成が目的ではありますが、放出に反対の方々にもご参加いただける企画にしたいと考えております。安全ですよと大々的に宣伝するというよりも、常磐もの、三陸ものの魅力自体をご理解いただければと思っています」 念のため書いておくが、料理教室自体はすばらしかった。ヒラメの炊き込みごはんやアンコウの沢煮椀、かつおのバターポン酢炒めはきっとおいしかったことだろう。調理台に立つ子どもたちの目は輝いていた。 とは言っても経産省の皆さん、そもそもこの事業のタイトルは「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」ではなかったのですか? テレビCMでかかげたキャッチフレーズ、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉の精神はどこへ行ってしまったのですか? 経産省は地元福島の複雑さに理解を ここまでの取材結果をまとめてみよう。 経産省は当初、学校給食への食材提供などを意図していた。しかし、いわき市など地元自治体が「実施しない」という意思を表明したからか、その計画は「料理教室」へとスライドしていった。料理教室の実施スケジュールは2月18日~3月19日の週末だ。ぎりぎり2022年度内に事業を終えることになる。 もちろん筆者は「もっと積極的に子どもたちに海洋放出をPRせよ」という意見ではない。ただ、〈ALPS処理水並びに水産物の安全性等に関する理解醸成〉と銘打っておきながら、単なる料理教室では筋が通らないのも明らかだ。これだったら経産省がやる仕事ではない。 原発事故以来、福島県内に住むたくさんの親たち、子どもたちが学校給食について悩んできたと聞く。筆者も側聞しているだけなので偉そうなことは言えないが、察するに経産省はこうした福島の人びとの切なさ、複雑さを十分に理解していなかったのではないか。 今回の「出前食育」事業を経てそうした点に気づいたならば、「今年の春から夏頃に開始する」としている海洋放出について、より一層の慎重さが必要なことにも思い至ってほしい。 ちなみに、実は料理教室のほかにもう一つ、「出前食育」の予算枠を使ったイベントがあるそうだ。 タイトルは「相馬海の幸まつり」(開催は2月25、26日と3月4、5日)。「浜の駅松川浦」などのイベント会場では地元の海産物やしらすご飯が振る舞われ、「小中学生限定」の浜焼き体験ではイカの焼き方を知ることができるという。 チラシには〈楽しく食育体験!〉と書いてあった。〈ALPS処理水〉や〈海洋放出〉という文字はなかった。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】

     4月1日、政府は特別法人「福島国際研究教育機構」(略称F―REI=エフレイ)を設立した。現地仮事務所開所の様子は大々的に報じられたが、その一方で早くも出勤していない職員がいるという。 霞が関官僚の〝高圧的態度〟に憤慨 エフレイの仮事務所が開設されたふれあいセンターなみえ  エフレイでは①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療と放射線の産業利用、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――の5分野に関する研究開発を進める。7年間で26項目の研究開発を進める中期計画案を策定した。理事長は前金沢大学長の山崎光悦氏。 今後50程度の研究グループがつくられる予定で、第1号となる研究グループ(放射性物質の環境胴体に関する研究を担当)が県立医大内に設けられた。 産業化、人材育成、司令塔の機能を備え、国内外から数百人の研究者が参加する見通し。浪江町川添地区の用地14㌶を取得して整備する方針で、2024年度以降、国が順次必要な施設を整備、復興庁が存続する2030年度までに開設していく。予算は7年間で1000億円規模になる見通し。 4月1日には町内のふれあいセンターなみえ内に仮事務所を開設し、新年度から常勤58人と、非常勤数人の職員が配置された。 ところが、仮事務所が本格稼働してからわずか3日目にして出勤しなくなり、電話にも出なくなった職員がいるという。 どういう理由で出勤しなくなったのか。当事者である中年男性に接触したところ、本誌取材に対し「特技の英語を活用して働く環境に憧れ、県内の職場を辞めて求人に申し込んだ。ただ、理想と現実のギャップに愕然として出勤する気が失せた。後は察してください」と述べた。 一部始終を聞かされたという知人男性が、この男性に代わって詳細を教えてくれた。 「職員の多くは中央省庁からの出向組で、事前に立ち上げられた準備チームからスライドしてきた。互いに気心が知れている分、新しいメンバーには冷たいのか、着任1日目の職員(当事者の中年男性)に敬語も使わず、いきなり『あんた』呼ばわりだったらしい。ろくに顔合わせもしないうちに弁当の集金、スケジュール管理などの業務を任せられ、同じく地元採用枠で入った女性職員について『あごで使っていいから』と指示を出された。とにかく、すべてが前時代の高圧的・パワハラ的対応。『この上司と信頼関係を築ける気がしない』と感じたそうです」 「HTML(ウェブページを作るための言語)知ってる?」と質問されたが、職員採用の募集要項にHTMLの知識は明記されていなかったため、素直に「分かりません」と答えた。すると「しょうがねーなー」と返されたので唖然とした。 別部署の女性職員は「外で〝第一村人〟にあいさつされちゃった」とはしゃいで笑っていた。「地域との連携をうたっているが、現場の人間は地域住民を馬鹿にするのか」と不信感が募り、実質的な〝試行期間〟のうちに就労を断念することにした――これがこの間の経緯のようだ。 「質問にお答えできない」 エフレイの仮事務所に掲げられている看板  エフレイに事実関係を確認したところ、金子忠義総務部長、堀内隆之人事課長が対応し、「情報公開の規定に基づき個人が特定される質問にはお答えできない」としたうえで、一般的な判断基準について次のように話した。 「各種ハラスメントに関しては法令で定められているので、双方の話を聞き、それに当てはまるかどうか判断することになります。(HTMLの知識の有無を尋ねたことについては)職員採用の募集要項に明記されていない資格・能力を〝裏条件〟のように定めているということはありません。地域との連携はエフレイの重要な課題だと認識しています」 “出勤断念”に至った背景には、語られていない事情もあると思われるが、いずれにしても働きたい環境とは思えない。 4月8日付の福島民友で、山崎理事長は「世界トップレベルの研究を目指し、初期は外国人が主体になるが、ゆくゆくは研究者・研究支援者の何割かを地元出身者から受け入れたい」、「われわれも高等教育機関や高校、中学校などを訪ね、夢を持つことの大切さを伝えていく」と述べていた。だが、まずは職員による高圧的対応、地方に対する上から目線を改めていかなければ、そうした理想も実現が難しいのではないか。 あわせて読みたい 【浪江町】国際研究教育機構への期待と不安

  • 解散危機に揺れる【阿武隈川漁業協同組合】

    (2022年9月号)  阿武隈川漁業協同組合(福島市)に解散の危機が迫っている。東京電力福島第一原発事故による魚の汚染で10年間採捕が禁じられ、組合員や遊漁者からの収入が途絶えて毎年赤字に。事務局長は試算を示し存続困難を訴えるが、役員らには「事務局長の一方的な解散誘導」に映る。他方、事務局長は「役員は当事者意識が薄い」と感じており、両者はかみ合わない。組合長お膝元の石川地区では支部における過去の不正への不満が募り、上から下まで疑心にあふれている。 【理事と事務局に不協和音】責任追及恐れる東電 阿武隈川漁協本部の事務所(福島市)  「新しく就任した組合長が『漁協の会計で困っている』と周囲に漏らしているらしい。金銭に絡むトラブルがあったのではないか」 と、阿武隈川漁協石川地区の元組合員男性が明かした。 同漁協では、2003年から18年間にわたり代表理事組合長を務めた望木昌彦元県議(85)=福島市=が2021年5月末に退任し、第一副組合長で石川支部長だった近内雅洋氏(68)が昇格。近内氏は石川町議会で副議長を務める。トップ交代に当たり、前任者の体制で不正があったのではないかと、新組合長のお膝元から疑念が向けられたわけだ。 取材を進めても使い込みや着服などの不正はつかめなかった。同漁協の堀江清志事務局長(65)は 「原発事故後、収入が減り漁協の経営は自転車操業です。賠償をもらうには東電のチェックも厳しく、不正に使えるお金なんて1円もありませんよ」 同漁協は経営難から、試算上は2年以内に解散する危機に瀕していた。 内水面漁協は川や湖などに漁業権を持つ水産業協同組合で、県内には25団体ある。現在は養殖を除いて内水面漁業を生業としている組合員はわずかに過ぎず、趣味の釣りが高じて組合員になった人が多い。漁業権と引き換えに、稚魚の放流や外来生物の駆除、密漁を監視するなどして水産資源を管理する役割を担っている。 組合員の出資金で運営する「出資組合」と出資をさせない「非出資組合」があり、県内の内水面漁協は前者が17団体、後者が8団体だ。阿武隈川漁協は、県内では県南の西郷村から県北の伊達市までを流れる阿武隈川に漁業権を持つ県内最大の内水面漁協。原発事故前の2010年度には組合員4629人を誇った。12支部に分かれて活動している。 経営が立ち行かなくなってきたのは、高齢化により脱退者が増えて収入が減っていたところに、原発事故で下流域を中心に魚類が汚染され、検体を除いて採捕が禁じられたのが大きい。同漁協の主な収入は組合員が毎年払う賦課金4000円(アユ漁の場合はプラス2000円)と非組合員が購入する遊漁券だ。これらの料金を同漁協に払うことで阿武隈川流域での漁業権を得る。同漁協はアユ、コイ、ウグイ、ワカサギ、ウナギ、フナ、ヤマメ、イワナの8魚種の漁業権を持っている。 2011~20年度の10年間は全魚種を採ることができなかったので賦課金も遊漁券収入もなかった。「漁で採れないのだから稚魚の放流事業は必要ない」という立場の東電は放流事業に対する賠償を認めなかったが、同漁協からすると「カワウや外来魚に食べられて減少する」と、原発事故後も本来の義務である放流や河川整備を続け、その分赤字が出たというわけだ。 2021年、全8魚種のうち3~5魚種に限り採捕を解禁し、賦課金の徴収を再開したが、10年を経て組合員は4629人から2076人(2022年3月末現在・組合費と賦課金を払った人数)に半減した。単純計算で2076人×4000円で賦課金収入は約830万円。実際は集金を担当する組合員に手数料として10%を払うため、漁協の取り分はもっと少なくなる。 原発事故前までは手数料を差し引いた90%を、本部と支部で7対2に分け、本部は稚魚の購入・放流費用や事務局職員の人件費、事務所の維持費などに充てていた。 東北工業大学(仙台市)の小祝慶紀教授が同漁協の総代会資料などを参考に執筆した「福島原発事故の10年と福島県の内水面漁業への影響」(環境経済・政策学会、『環境経済・政策研究』2021年9月)によると、事故前の2010年度の総事業収入は約4600万円だったが11年度から20年度までは3200~3800万円で推移。一方、11年度以降の総事業支出は3300~4000万円で、毎年度赤字が積み重なっていた。最大赤字額は約240万円だった。(14、15年度は論文に未記載のため不明)。 総事業収入の大部分は、言うまでもなく東電からの賠償金で、毎年度約2000万円が支払われていた。このほか原発事故によって発生した事業支出等に対する請求(追加費用)は、2012年度の約700万円から徐々に増加し、20年度には約1300万円になった。賠償金と追加費用を合わせた金額は約3000万円で、総事業収入の約8割を占める計算だ。 福島市の本部事務所には、会計事務を担当する職員2人が詰めているが、原発事故後は東電との賠償交渉も業務に加わった。 「人件費は2010年度の支出を基準に東電から賠償金と追加費用を受けていました。放流費が認められなかったので賠償額は決して十分とは言えませんが、証明可能な逸失利益を基準に計算すると『間違いとも言えない額』です。領収書は全部コピーして東電に提出しています。東電のチェックは監事や会計事務所も見落としていたような記載ミスを指摘してくるほど厳格でした」(堀江事務局長) 石川支部で過去に遊漁券偽造 偽造遊漁券が出回っていた母畑湖(石川町)  それではなぜ石川地区から漁協の会計を疑う声が寄せられたのか。それは30年以上前に起きた同支部の偽造券疑惑にあった。 「遊漁券は本部しか発行できないのに『石川支部発行』と記載された1日券の偽造品が出回っているのを見たんです」(冒頭の元組合員) 正規の遊漁券は手帳サイズの紙が2枚つながっており、料金を払ったのち、片方は「遊漁承認申請書」として取り扱っている各支部や釣具店が本部に提出、もう片方は「承認証」として遊漁者が携帯する。遊漁券の発行元は「阿武隈川漁業協同組合」としか書かれていない。1枚ずつ番号が振られていて、事務局が番号を調べればどこに配布されているか分かるようになっている。 元組合員によると、偽造券が出回っていたのは当時ワカサギ釣りで隆盛を極めていた母畑湖(石川町)だった。監視員が湖上に張られたテントを訪ね、釣り人が遊漁券を持っていないと分かると、その場で遊漁料を徴収し「石川支部」と記された偽造券の半券を渡す。本部の会計と紐づけされていないので、支部で自由に使える裏金ができる仕組みだ。 「私が知り合いの遊漁者から見せられた偽造券は粗末なわら半紙でした。『こんな物が出回っているようだが、組合員のお前は知っているか』と言われました」(同) 現在の1日券は現場徴収で税込み1000円(アユ漁除く)。ワカサギ釣り全盛期の母畑湖では、夜になるとテントの明かりが湖上一面に浮かび上がっていたという。偽造券による収入も多額だったことだろう。 本部によると、遊漁券を支部独自に発行することは認めていない。30年以上前のこととなると証拠も残っておらず、実行者も多くが亡くなっていて特定は難しい。だが、ウワサは別の支部にも届いていた。 同漁協元理事で現在は一組合員の佐藤恒晴氏(86)=福島市摺上支部=は「摺上支部長だった20年以上前のことです。理事会の旅行で、理事たちが、石川支部では特定のグループが湖や沼で独立した運営のようなことをやっていると雑談していました。ただ理事会での話ではないのでどこまで本当か確証はありません」。 古くからの組合員で27年前から理事を務める石川支部の岡部宗寿支部長(65)=浅川町議=は「聞いたことは一度もないなあ。当時から今もいる組合員で、そういうことをやるような人はいないよ」。 前支部長の近内組合長も「私も組合員になって30年以上、理事は20年ほど務めていますが、そこまで昔の話だと分からないですね」。 ただ、石川支部の組合員の間からは「同支部は魚の放流場所を詳しく教えてくれない」との不満が聞かれる。これに対し、岡部支部長は「毎年、鑑札(組合員に渡される証明書)を配る時にきちんと話しています」と否定。放流前にはグループLINEや顔を合わせた仲間内十数人に直接知らせているという。そのLINEには、放流して釣って焼いたウナギの写真がアップされていた。 放射性物質を検査した結果、同漁協が漁業権を持つ8魚種のうち信夫ダム(福島市)下流ではアユ、コイ、ウグイの3魚種、同ダム上流ではイワナ、フナを加えた5魚種の採捕が2021年から解禁された。つまりいずれにも該当しないウナギ、ワカサギ、ヤマメの3魚種は阿武隈川流域で採捕ができないはずだが……。 ウナギの採捕は解禁されていないのではないかと岡部支部長に聞くと「全然そんなことはない」と言う。記者が2022年度の同漁協「お知らせ」に記載されている採捕可能魚種を示すと、 「それでもうちではウナギを放流したし、いたら釣るでしょ。釣っている人は何人かいるなあ。ウナギは、原発事故後は検体のために釣っていたが、(一部解禁した)2021年からは売ったり食べたりしている人もいるんじゃないか」(岡部支部長) 支部の運営にルーズな面があることは否めないようだ。 事務局主導に不満  石川支部の組合員が支部運営に不満を抱く一方、岡部支部長は本部の運営に文句があるようだ。 「事務局長が漁協を解散するって言ってるのか? そんな大事な話を俺たち理事にしないのはどういうことなんだ。解散する・しないを職員が決めるのはおかしいだろ。本来は組合員から話が上がって、初めて検討されることではないのか」(同) 本誌が前出の堀江事務局長に確認すると、解散を検討しているのは事実だが、理事たちにはまだ公にしていないことを認めた。 解散話をきっかけに、岡部支部長の不満は一気に噴出した。赤字が続いているのに、職員が退職金を積み立てていた。職員は60歳で定年だが、勝手に延長を決めていた。東電との賠償交渉も 「役員を立ち会わせず、事務局長1人で行っていたと思うよ。当時第一副組合長だった近内君(現組合長)に聞いても『自分は立ち会ったことがない』と言うんだからね」(同) 堀江事務局長は取材に、退職金については同漁協の定款第22条「職員退職給付引当金」で定められているとし、赤字補填への流用はできないという。定年延長も「原発事故の賠償対応を投げ出すことはできない」と、採捕解禁まで任期を延ばした望木前組合長に合わせて行った措置と説明する。2018年度の理事会で正職員として雇用延長する承認を得たという。だが堀江事務局長は2022年3月の理事会で、同漁協が給料を捻出できなくなることを理由に退職を申し出た。 「近内組合長から『非正規雇用だと給料は安くなるが、それでも東電との交渉の結果、人件費が支給されれば事務局長を続けてもらえるか』と打診され、2023年度まではいられるように目安を付けてもらいました。自転車操業で収入はゼロに近いかもしれませんが、責任ある業務を果たしていくつもりです」(同) 東電との交渉については「私1人ではなく、望木前組合長同席のもとで臨みました」(同)。理事会からは精神的被害の賠償を求める声もあったが、事務局では証明可能な逸失利益の賠償を求めることに徹したという。賠償基準に照らして東電に請求し、生業としている人にはその損失が個別に賠償されている。 そんな堀江事務局長のワンマン体制への批判は、取材を通して理事らから寄せられた。背景には、同漁協全体の会計を十分に把握しているのが職員だけという事情がある。それについては、堀江事務局長から理事らへの恨み言も聞こえた。 事務局「切り詰めても2年で限界」  「赤字にもかかわらず、理事ら役員から『経営はどうなっているんだ』という声が上がってこないんです。支部は、賦課金や遊漁料を徴収して持ち金があるので会計の全体像を把握しにくいのかもしれません。組合員数の減少を3000人くらいに抑えられるのではないかと楽観する役員もいました」 同漁協の定款第32条1項には「役員は組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない」とあり、同条2項には「その任務を怠ったときは、この組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とある。堀江事務局長は同条を念頭に、役員に「漁協経営を本気になって考えてほしい」と話すが、前出の岡部支部長は「脅しじゃねえか」と憤っている。 漁協の管理監督は県の管轄だが、堀江事務局長によると、県から経営改善に向けた具体的な指導はないという。会計資料は県農業経済課が検査している。 「県は『さらなる支出の抑制をしなければならない』と言いますが、既に切り詰めています。県がずるいのは『健全化しなさい』とは言うけど『漁協の経営ができなくなったらどうするのか』という質問には答えてくれないところです。私は事務局に四十数年勤めており、考えられることはやってきたつもりですが、まだできることがあるなら助言くらいはしてほしい。これ以上は漁協だけでは限界です」(同) 堀江事務局長は、会計を把握している県が同漁協の解散を想定していないはずはないとみている。 「正直言うと、あと2年のうちに解散は避けて通れないです。私はそう思っています」(同) 県はどのように受け止めているのか。水産課の後藤勝彌主幹は「経営が苦しい状況は聞いていますが解散の話はまだ県に届いていません」。 同漁協がなくなるということは、漁業権が設定されず阿武隈川では誰でも採捕できるということだ。県漁業調整規則によると、採捕者は漁具や漁法ごとに知事の許可を得る必要が出てくるが、竿釣りは規制されていないので、実質釣り放題だろう。水産課は、同漁協の解散は想定しておらず「存続できるように動かねばなりません」(後藤主幹)。 「事務局長が、解散に言及したのは、それほど経営を深刻に考えているということと受け止めています。内水面の各漁協も2023年8月に漁業権の更新時期を迎えます、各漁協にヒアリングを進めていますが、時期にこだわらずに阿武隈川漁協の現状も細かく聞いていきます」(同) 堀江事務局長によると、同漁協の解散を一番恐れているのは東電ではないかという。 「東電のせいで阿武隈川漁協が解散に追い込まれたとは報道されたくないようです。これまでの交渉で、職員が働けるように給料を補償してくれれば、解散せずに業務を続け、収益を上げられるように努力できると訴えていますが、東電から明確な返答はまだありません」(同) 仮に給料の補償を得て事業を続けられたとして、それ以降の経営はどうするのか。事務局では12支部が独立採算制で運営するのが現実的と考えている。 漁協の純粋な収入は賦課金、遊漁料、漁業権行使料などで、例年約1600万円を得ている。支出は放流事業費が偶然にも収入と同じ約1600万円で、役員報酬を含めた人件費が約1300万円。職員が退職することで人件費が減るとすると、役員報酬を圧縮すれば、収入を放流事業費にそのまま充てることで赤字を減らすことができる。そうやって同漁協本体を立て直したうえで、各支部が賦課金や遊漁料を徴収する独立採算制に移行し、その収入で放流を実施する――というのが堀江事務局長の考えだ。 「あと2年持つかどうか」というのは、あくまで堀江事務局長の試算をもとにした意見で、解散という重大事項の決定は全組合員からなる総会での議決が必要となる(定款第42条と第46条4項の3号)。解散方針を覆すには、事務局が考えた以上の良案を組合員から出す必要がある。 行く末決める理事会は10月以降か  近内組合長は解散案について、「理事会を開いて理事から意見を聞かないといけません。組合長と言ってもまとめ役だから、今の段階で今後の方針は話せませんが、解散は避けたいと考えています」。 熊田真幸副組合長(84)=郡山支部長=は「先輩たちがつくった漁協を景気が悪いからと言って『はい解散』とはいかんべな。組合員が2000人に減ったとは言え、内水面漁協としては最大なわけだから他の漁協に与える影響も大きい」。 組合員の年齢層が60~70代と高齢化し、縮小は避けられないとの見方だが、分割には消極的だ。 「解散・分割は避けつつ、それなりの規模に縮小が必要だと思う。もともと阿武隈川漁協は、いくつかの団体を一つにまとめてできました。分割はこの流れに逆行しますし、分割した各漁協に専従者を置けば事務費がかかりますからね」(同) 白河支部の大高紀元支部長(75)は「経営健全化のために再編成は必要です。私としては、放流事業を効率化するためにも県北、県中、県南の三つくらいに支部を統合する案を考えています」。 事務事業は組合員が無給でやるのかと聞くと、 「報酬は経営努力次第でしょう。まずは各自が組合員を増やしていかなければなりません。いずれにしても、再編後は今まで以上に理事が本気を出さなければなりません」(同)。 経営健全化のためには、経営難だからといって魚の放流量を減らさずに維持し、豊かな漁場にすること。さらに、他の漁協と比べて安い賦課金4000円を値上げすることも考えなければならないとする。 「キャンプブームで若い人たちが自然に目を向けています。川に親しんでもらうチャンスです。漁協のためだけでなく、阿武隈川を愛する人たちのために組合員が考えなければならないことはいっぱいある」(同) 阿武隈川源流に近く、首都圏からのアクセスが良い白河地区は清流にすむアユを目的にした遊漁者も多い。県による監査でも白河支部の評価は上々のようで、そうした要因が自信につながっているようだ。 同漁協は年内に臨時の理事会を開き、解散するかしないかの方向性を決める予定だ。堀江事務局長によると、方針を決めるための参考となる書類を9月中にまとめる予定といい、理事会は10月以降の開催が濃厚だ。決断の時は迫っている。

  • 営農賠償対象外の中間貯蔵農地所有者

    (2022年10月号)  県内除染で発生した土などの除染廃棄物が搬入されている中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)。そんな同施設に農地を提供する地権者(農業生産者)らが「環境省や東電に理不尽・不公平な扱いを受けている」と主張し、見直しを求めている。 看過できない国・東電の「理不尽対応」  除染廃棄物は帰還困難区域を除くエリアで約1400万立方㍍発生すると推計されていたが、9月上旬現在、約9割にあたる1327万立方㍍が中間貯蔵施設に搬入された。 同施設は用地を取得しながら整備を進めている。地権者は2360人(国・地方公共団体含む)に上り、環境省は30年後に返還される「地上権設定」、所有権が完全に移る「売買」、いずれかの形で契約するよう求めている。連絡先把握済み約2100人のうち、8月末時点で1845人(78・2%)が契約を結んでいる。 その中の有志などで組織されているのが、「30年中間貯蔵施設地権者会」(門馬好春会長)だ。この間、30年後の確実な土地返還を担保する契約書の見直しを求め、新たな契約書案を環境省に受け入れさせたほか、理不尽な用地補償ルールの是正にも取り組んできた。 通常、国が公共事業の用地補償を行う際には〝国内統一ルール〟に基づいて行われている。ところが、中間貯蔵施設の用地補償は環境省の独自ルールで行われており、具体的には中間貯蔵施設の地権者(30年間の地上権設定者)が受け取る補償額より、仮置き場として土地を4年半提供した地代累計額の方が多いという異常な〝逆転現象〟が生まれていた。 地権者会では用地補償について専門家などの指導を受け、憲法や法律や基準要綱などの解釈を研究。それらを踏まえ、「なぜ国が用地補償を行う際の〝国内統一ルール〟を中間貯蔵施設に用いなかったのか」、「〝国内統一ルール〟では『使用する土地に対し地代で補償する』、『宅地、宅地見込地、農地の地代は土地価格の6%が妥当』と示されているのに、なぜ環境省は同ルールを無視して低い金額で契約させたのか」と団体交渉や説明会の場で繰り返し追及した。 そうしたところ、環境省は昨年、地権者会との団体交渉を突然一方的に打ち切った。ルール外の契約であることを訴え続ける同地権者会に対し、頬かむりを決め込んだわけ。その後も地権者との個別交渉や説明会は継続して行われているが、未だ地上権を見直す姿勢は見えないという。 併せて同地権者会と農業生産者が取り組んでいるのが、理不尽な営農賠償(農業における営業損害の賠償)の見直しだ。 門馬会長はこう訴える。 門馬好春会長  「東電は農業生産者である帰還困難区域内の農地所有者、中間貯蔵施設の未契約の農地所有者、県内の仮置き場に提供している農地所有者には現在も農業における営農賠償の支払い対象としている。しかし、中間貯蔵施設に地上権契約で農地を提供している農地所有者だけは営農賠償の対象外となっているのです。こんな無茶苦茶な話はありません」 地上権契約者にも、2019年分までは年間逸失利益を認め営農賠償が支払われていた。だが、2020年に同年分から突然営農賠償の対象外という方針を東電が決定した。 ある農業生産者は、東電に対し、農業再開の意思がある証拠として、地上権契約書などを送って回答を求めたが、何の連絡もなかった。そのため、同地権者会も含めた東電との交渉が始まり、問題が広く認識されるようになった。 同地権者会と農業生産者らは、越前谷元紀弁護士や熊本一規明治学院大名誉教授、礒野弥生東京経済大名誉教授の同席のもと、東電(弁護士同席)とマスコミ公開の下で交渉を重ねている。 門馬会長によると、東電は「仮置き場は一時的な土地の提供の契約書なので、早期の営農再開が可能だが、中間貯蔵施設は相当期間農地を提供するため、農業ができない期間が長期にわたる契約書である」、「仮置き場は地域の要請によりやむを得ない事情で提供せざるを得なかった」として、営農賠償の対象にしていることの正当性を主張した。 「それを言うなら、仮置き場で設置期間が長いものは10年近くになっているし、帰還困難区域や中間貯蔵施設の未契約者も長期にわたり農業ができていないが、東電に営農の意思を示し営農賠償の対象になっている。地域の要請で土地を提供したのは、仮置き場も中間貯蔵施設も同じで同施設の方が要請ははるかに強い。そもそも原発事故で農業ができないのはみな一緒なのだから、分ける必要はない」(門馬会長) 東電主張は「論理の逆転」 2022年8月に行われた地権者会と東電との交渉の様子(門馬好春氏撮影)  越前谷弁護士は東電の主張を「論理の逆転」と指摘している。 東電は営農賠償の対象になるかどうかの判断基準を「将来農業ができる環境が整ったら営農再開をする意思があるかどうか」という点だと示している。その理屈だと、「将来農業ができないかもしれない」と言っただけで、現時点で起きている「農業ができない」損害までなかったことになり、東電が賠償責任を負わないことになる。勝手な理屈だ。熊本、礒野両名誉教授も東電の逸失利益に対する解釈の法的根拠の問題点を指摘し、東電に説明を求めた。 「原発事故により営農が不可能ならば、その被害に応じて毎年賠償すべき。そして農業ができる環境が整ったとき、営農再開するかどうかを農家自身が判断する――というのが本来の姿。事故加害者の東電が、一方的に営農再開時期をジャッジし、いま農家が農業再開の意思があると示していることを無視して、東電が『営農の意思がない』と勝手に判断、賠償の対象にならないと決めていることは承服できません」(同) 門馬さんらが東電担当者に長期と短期の定義を尋ねたところ、回答が二転三転して最終的には「総合的に勘案している」と答えたという。 営農賠償に関しては、東電と、JAグループ東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会などが協議してルールを定めてきたが、中間貯蔵施設の地上権契約者はそこから抜け落ちる形となった。 門馬会長が経緯を説明したところ、JAも理解を示し、バックアップする考えを表明したほか、中間貯蔵施設が立地する双葉町の伊澤史朗町長なども「東電が勝手に営農の意思がないと判断して営農賠償の対象外にするのはおかしい」と述べている。しかし、東電の反応は鈍く、8月3回目の交渉でも対応を見直す旨の回答はなかった。 事故を起こした責任がある国・東電が、被害者である中間貯蔵施設の地権者らに理不尽・不公平な条件をのませている現状がここにある。 中間貯蔵施設に関しては2045年3月12日までに県外で最終処分し事業を終了させる方針が法律で定められているが、最終処分地選定に向けた具体的な動きはまだない。今後、帰還困難区域の特定復興再生拠点区域や同拠点区域外の除染が進めばさらに多くの除染廃棄物が発生すると予想される。こうした現状を考えると、県外での最終処分が実現し、地上権契約者に土地が返還されるとは現実的に考えにくい。 原発事故の被害者である県民・地権者が理不尽な扱いをなし崩し的に受け入れる必要はない。いまから県外搬出が実現できなかったときのことも考え、例えば「搬出完了が1日遅れるごとに、違約金をいくら払え」ということを求める訴訟準備をしておくべきだ。そういう意味では、同地権者会は今後も大きな役割を担うことになろう。

  • 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

    (2022年10月号)  原発事故に伴い指定された帰還困難区域。文字通り、住民の帰還が難しいエリアだが、一部は「特定復興再生拠点区域」に指定され、順次、避難指示が解除されている。一方、特定復興再生拠点区域の指定から外れたところは、2029年までの避難指示解除を目指す方針だが、その対応にはいくつもの間違いがある。 「事故原発はコントロール下」の宣伝に利用  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改定・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える6町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 別表は帰還困難区域の内訳をまとめたもの。帰還困難区域は7市町村全体で約337平方㌔にまたがり、このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。  復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(6月12日)大熊町(6月30日)、双葉町(8月30日)が解除され、今後は富岡町、浪江町、飯舘村での解除が予定されている。 一方、復興拠点から外れたところは、国は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」との方針だったが、具体的なことは示されていなかった。 動きがあったのは2021年7月。与党の「東日本大震災復興加速化本部」が「復興加速化のための第10次提言」をまとめ、同月20日に当時の菅義偉首相に提出したのである。 同提言は、廃炉に向けた取り組み、帰還困難区域の環境整備、中間貯蔵施設の整備、指定廃棄物処理など、多岐にわたるが、復興拠点外の対応についてはこう記されている。 ○「拠点区域外にある自宅に帰りたい」という思いに応えるため、帰還の意向を丁寧に把握した上で、帰還に必要な箇所を除染し、避難指示解除を行うという新たな方向性を示す。政府にはこの方向性に即して、早急に方針を決定することを求める。 ○国は2020年代をかけて、帰りたいと思う住民の方々が一人残らず帰還できるよう、取り組みを進めていくことが重要。 これを受け、国(原子力災害対策本部)は同年8月31日、「特定復興再生拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除に関する考え方」をまとめた。前述の提言に倣った形で、「2020年代に希望する住民全員が戻れるよう必要箇所を除染し、避難指示を解除する」との方針が示された。つまり、2029年までに帰還困難区域全域の避難指示解除を目指す、ということだ。 その後、2022年8月までに「復興加速化のための第11次提言」がまとめられ、9月6日、岸田文雄首相に申し入れした。 そこには「住民一人ひとりに寄り添った帰還意向の丁寧な把握とスピード感をもった対応、除染範囲・手法を地図上に整理しながら具体化、大熊町・双葉町でモデル事例となるよう先行的に除染に着手し住民の安全・安心を目に見える形で示すこと、関係主体が連携したインフラの実態把握と効率的な整備、残された土地・家屋等の扱いについて地元自治体と協議・検討を進めること、等を求める」と記されている。 要するに、復興拠点外の対応に早急に着手し、まずは大熊・双葉両町でモデル除染を実施すべき、ということである。 法令を捻じ曲げ  実際に、復興拠点外のどれだけの範囲を除染するか等々はまだ示されていないが、帰還困難区域全域解除のため、大掛かりな環境整備を行うことが真っ当な対応とは思えない。 その理由はこうだ。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。例えば、6月に復興拠点が避難指示解除された大熊町では、地上1㍍で2マイクロシーベルト毎時以上のところがあった。ほかも同様にまだまだ放射線量が高いところがある。前述したように、復興拠点は帰還困難区域の中でも、比較的放射線量が低いところが指定されているから、帰還困難区域全体で見れば、もっと高いところがある。 さらには、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。×  ×  ×   フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)フクシマ事故が起きた時、半径20㌔以内の10万人を超える人たちが強制的に避難させられた。その後、当然のことながら汚染は同心円的でないことが分かり、北西方向に50㌔も離れた飯舘村の人たちも避難させられた。その避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。50〜100年経てば、放射能は自然に減衰するから、帰還はそれからでも遅くない。 全額国費の不道理  もう1つは、帰還困難区域(復興拠点の内外いずれも)の除染などは全額国費で行われること。「福島復興指針」によると、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――というのが国費負担の理由とされている。 帰還困難区域以外の除染は、国直轄と市町村が実施したものに分けられ、両方を合わせると、約4兆円の費用が投じられた(汚染廃棄物処理費用を含む。中間貯蔵施設整備費用等は含まない)。 国直轄除染は帰還困難区域を除く避難指示区域が対象で、環境省が除染を担った。一方、市町村実施は、避難指示区域以外で「汚染状況重点調査地域」に指定された市町村が実施したもの。県内のほとんどの市町村が「汚染状況重点調査地域」に指定されたほか、県外でも指定されたところがある。 これらすべての除染費用が約4兆円で、環境省環境再生・資源循環局によると「国直轄と市町村実施の比率はほぼ半々」とのことだから、避難指示区域の除染費用は約2兆円ということになる。 原発事故直後、避難指示区域の関係者が「避難指示区域に設定されたのは約3万世帯で、1世帯1億円を払えば3兆円で済んだ」との見解を示していた。 「1世帯1億円」が妥当かどうかはともかく、前述した避難指示区域の除染費用2兆円に、避難指示区域内の各種環境整備費用、中間貯蔵施設の用地取得・借り上げ費用、いま実施中の復興拠点区域(帰還困難区域)の除染費用などを加えれば、3兆円を超えるのは確実で、金額的にはそういった対応が可能だった。 事故当初は、多くの住民が「元の住まいに戻りたい」との考えだったが、すでに10年以上が経過した現在からすると、「除染をしなくてもいいから、そういった対応をしてほしかった」という人の方が多いのではないか。 もっとも、除染費用は、法律上は国費負担(税金)ではない。放射性物質汚染対処特措法では、「関係原子力事業者の負担の下に実施される」と明記されている。ここで言う「関係原子力事業者」は東電を指す。 とはいえ、東電が一挙的に除染費用を捻出することは不可能なため、国債を交付して国が一時的に立て替え、少しずつ東電(原子力事業者)が返済する形になっている。国債を発行した分は、当然、利息が生じるが、国はその分の負担は求めない方針で、全額返済までにどのくらいの時間を要するかによって利息額は変わるが、2000億円程度になると推測されている。法律上で言うと、その分は国庫負担(税金)になるが、それ以外は「関係原子力事業者」が負担していることになる。 ただ、前述したように、帰還困難区域は、全額国費で除染や環境整備が行われる。復興拠点の除染を含む整備費用は、3000億円から5000億円と見込まれている。復興拠点外はこれからだが、当然相応の除染や環境整備費用が投じられるものと思われる。   帰還困難区域の対象住民は区域再編時で約2万5000人。現在はそこからだいぶ減少しているうえ、解除されても戻らないという人が相当数に上るのは間違いない。 各町村の計画を見ると、復興拠点の居住人口目標は、すべて合わせてもせいぜい数千人。前段で、ある関係者の「1世帯に1億円を支払えば……」といった見解を紹介したが、復興拠点やそれ以外の帰還困難区域の除染・環境整備に数千億円をつぎ込むとなれば、それこそ1人当たり1億円か、それ以上になるのではないか。 住民の中には「どうしても帰りたい」という人が一定数おり、その意思は当然尊重されて然るべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 ただ、そのための財源が加害者である東電から支出されるならまだしも、税金であることを考えると、無駄な公共事業でしかない。それよりも、新たな土地で暮らすことを決めた人への生活再建支援に予算を投じることの方が重要だ。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、のいずれかでなければ道理に合わない。 もっと言うと、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。原告からしたら不本意だろうし、県民としても納得はできないが、そんな流れになっているのだ。だが、一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として、帰還困難区域を復興させる」というのも道理に合わない。 結局のところ、国の帰還困難区域への対応は、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけで、内実を見ると、さまざまな面で無理があったり、道理に合わないものになっている。

  • 生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】

     演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航) ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害  本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。 全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。 / https://www.youtube.com/watch?v=--IZaf5ZxHM 馬奈木弁護士が行った不同意性交は、上下関係で逃げ道を遮断する最も典型的な『エントラップメント』型ハラスメントのど真ん中!~3.3 馬奈木厳太郎弁護士によるセクハラ被害者本人と代理人弁護士による記者会見 2023.3.3  訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。 体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。 被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。 この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。 馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。 今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。 これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。 県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。 信頼を裏切る行為  福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、 「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」 福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。 以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。 2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。 同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。 生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。 「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」 生業訴訟については、 「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」 そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。 筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。 女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。

  • 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

     本誌3月号で、双葉町の風景をジオラマに残す活動をしている関西の建築士を紹介した。その後、ジオラマが完成し、3月10日、町に寄贈した。ジオラマに込めた思いとは。 「災害の先輩」が語る復興の難しさ 曺弘利(チョ・ホンリ)さん ジオラマの前で記念撮影する曺さん(後列右から3番目)と学生たち  ジオラマを制作したのは、兵庫県神戸市の建築士・曺弘利(チョ・ホンリ)さん。 在日コリアン3世で神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災で自分が生まれ育ったまちが変容していく姿を目の当たりにした。その経験から、原発事故で全町避難が続く双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んでいた。 昨年秋、JR双葉駅西側に整備された公営住宅「双葉町駅西住宅」で同町住民とルームシェア。変わりゆく町内の風景をスケッチに残して町に寄贈し、さらなる取り組みとして始めたのがジオラマ制作だった。 関西学院大の災害ボランティアサークル「つむぎ」の植田隆誠代表と知り合い、1月から共同でジオラマ制作に取り掛かった。 ジオラマは全部で8点。JR双葉駅周辺や中間貯蔵施設の用地となっている郡山地区などを約1000分の1で再現した。実際に町内を歩き、約40年前の地図や被災直後の航空写真も参考にしながら、発泡スチロールや粘土などで地形・建物を作り上げた。 2月には同サークルの一部メンバーとともに現地調査を行い、ようやく完成。3月10日、同サークルのメンバー7人とともに町を訪れ、ジオラマ3点を橋本靖治町秘書広報課長に手渡した。残り5つは順次、関係者に贈呈される。 学生らは「実際に被災地の風景を見た衝撃をそのまま伝えたいと思い、ジオラマを制作した」、「教育の場で活用できるように、持ち運べるサイズにした」、「現状を広く知ってもらい、住んでいた人が語り合うきっかけにしてほしい」と述べた。 曺さんは「これから復興が進む中で、かつての街並みを思い出し、その歴史を取り戻す手助けになればと考えています。今後も双葉町に関わり続ける考えですが、一つの区切りとして寄贈させていただきました」と語った。 ジオラマを受け取った橋本課長は「相当時間と手間がかかっていると思う。双葉町に思いを寄せてもらって本当に感謝している」としたうえで、次のように話した。 「町内には津波や除染、中間貯蔵施設建設のため姿を消した住居・建物が多い。もちろん、それぞれの記憶の中にかつての風景は残っているが、こうして目に見える形で残してもらうのはとても大事なこと。特にジオラマは作り手の思いが伝わってくるので、ご提供いただけるのはありがたいです」 橋本課長は郡山地区出身。ジオラマを見ながら「この家の入口には本棚が設置され、地区の図書館になっていた」、「ここにタバコの畑があって、小さい頃は遊び場だった」など思い出話に花を咲かせる一幕もあった。ジオラマを通して会話が広がることで、かつての街並みが心に残り続ける。 学生らを温かい目で見守っていたのが、曺さんとともに神戸市から足を運んだ伊東正和さんだ。 神戸市長田区の大正筋商店街で日本茶の茶葉やアイスクリームの販売店「味萬」を営む。かつて同商店街の理事長も務めていた。 同商店街は阪神・淡路大震災で焼け、伊東さんの店舗も全焼した。市が打ち出した復興策は、区画整理を行い、再開発ビルを複数建て、低層部に商店街の店舗が入居するというもの。だが、新しいビルに入居した商店は高額な管理代の負担を余儀なくされ、固定資産税は一気に跳ね上がった。周辺にスーパーやコンビニが出店する中、各商店は軒並み売り上げを落とし、保留床を購入して商売を始める動きも少なかった。復興のシンボルだった再開発ビルは空き店舗が目立つようになった。 伊東さんも震災9年後に再開発ビルに入居したが、そうした復興の現実を目の当たりにした。その後は「行政に頼らず、自分たちのまちは自分たちでつくらなければならない」というスタンスで、大正筋商店街の活性化に全力を尽くしてきた。 東日本大震災・東電福島第一原発事故後は自身の経験を教訓としてもらうべく、東北の被災地に足を運び続けている。 復興について、伊東さんは自らの経験を踏まえてこのように語る。 「東北の人たちには『自分たちに合った復興を進めてほしい』と伝えたい。提唱しているのは『8割は既存のまちをベースに復興し、残り2割で新たな要素を取り込めばいい』という考え方。その割合だと歴史を引き継げるし、地元業者がメンテナンスを引き受けることも可能になり、経済が活性化していくと思います」 原発被災自治体では復興を加速させるため、国からの交付金を投じる形で、さまざまな公共施設が整備されている。果たして神戸市の教訓は生かされたと言えるだろうか。 復興に大事なポイント 伊東正和さん  一方で、伊東さんは復興を進める上でのポイントに「いかに地元のために頑張れる人材を集め、若い世代に引き継いでいくか」を挙げる。  「結局、復興の大きな力になるのは地元が好きで、振興のための苦労を厭わない人。自分たちが望むまちづくりの形が定まったら、よそ者でもマスコミでもいいから、とにかく仲間を集い、活動を広めていく。そうすることで活性化に向けた道は自ずと開けていくはずです。『360人集めたら縁(円)ができる』というのが私の持論です。続けて必要なのが、若い世代の意見を聞き、活動を引き継いでいくことです。年寄りがどれだけ頑張っても、先は短いですからね」 原発被災地の住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなっている。各自治体では移住者を増やし、復興につなげていく方針で、県は県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を支給している。こうした中で「地元が好き」という人をどれだけ集められるかがカギになっていくだろう。 さまざまな課題を抱えながら復興が進む中で、住む人も風景も変わっていく――。阪神・淡路大震災の経験でそのことを分かっている曺さんは、さまざまな思いを込め、双葉町の風景をスケッチやジオラマに残し続けている。 曺さんも学生たちも、ジオラマ制作がひと段落した後も双葉町に足を運び、交流を続けていく考えを示している。曺さんは中野八幡神社近くに建設される東屋の設計にも携わった。4月1日着工、夏ごろ完成の見通しで、地域の交流拠点となることが期待されている。

  • 全容が報じられた浪江町・競走馬施設計画

     本誌昨年9月号に「浪江町末森地区に競走馬施設整備!?」という記事を掲載した。記事のポイントは以下のようなもの。 〇帰還困難区域の浪江町末森地区で、競走馬のトレーニング・リフレッシュ施設の整備計画が浮上している。 〇町産業振興課は「民間事業としてそういった話があるのは聞いたことがあるが、詳細は分かりません」とコメント。 〇県内には天栄村にも競走馬用のトレーニング・リフレッシュ施設がある。茨城県美浦村にある日本中央競馬会(JRA)のトレーニングセンターから比較的近く、競走馬の疲れを癒したり、軽い調整を目的に利用されている。 吉田栄光町長も「町の復興やにぎわい創出につながる」と評価しており、その行方が注目されていたが、2月25日付の読売新聞県版で具体的な計画が報じられた。 記事によると、事業主体は2022年1月設立の娯楽業「Blooming Stables」(東京都中央区日本橋、吉谷憲一郎社長)。法人登記簿を確認したところ、資本金1000万円。事業目的は競走馬の生産、育成、調教、管理、売買など、すべて競走馬に関するものだった。 吉谷氏はリフォーム・家電取り付け工事を手掛けるメディオテック(東京都新宿区新宿)で取締役を務めているほか、経営コンサルタント、不動産開発などの会社の社長になっていた。インターネットで名前を検索したところ、複数の競走馬(地方競馬)の馬主として表示された。 敷地面積約35㌶で、1000㍍のトラックと、1000㍍の坂路コースを整備予定。約500頭収容可能で、120人の雇用を見込んでいる。国の「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」の活用を目指しており、①従業員とその家族の居住による人口増加、②肥料となる馬ふんの農家への提供、③乗馬体験などによる観光誘客――などで地域貢献を果たしていく考え。 開業目標は2026年4月。同社は昨年末から住民説明会を開いているそうだが、記事によると、地権者からは「帰還する考えはない。(生活に影響はないし土地を活用してくれるのはありがたいので)悪い話ではない」、「馬の鳴き声や臭いが気になる。せっかく自宅に戻れるのに騒がしくなってしまう」と賛否両論の意見が出ているようだ。 同社はホームページなどを開設しておらず、電話番号やメールなどを公表していないため、残念ながら連絡を取ることができなかった。どういう経緯で同町に整備することを決めたのかはもちろん、本誌昨年11月号で取り上げた山本幸一郎副議長とはどんな関わりがあるのかも気になるところ。 同町末森地区内には特定復興再生拠点区域が指定され、この間除染やインフラ整備が進められてきた。3月31日には室原・津島両地区の特定復興再生拠点区域とともに、避難指示が解除された。今後、住民帰還の動きが本格化し、復興の在り方が議論されるにつれて、競走馬施設の動向も注目を集めそうだ。

  • 桑折・福島蚕糸跡地「廃棄物出土」のその後

     本誌1月号に「桑折・福島蚕糸跡地から廃棄物出土 処理費用は契約者のいちいが負担」という記事を掲載した。 桑折町の中心部に、福島蚕糸販売農協連合会の製糸工場(以下、福島蚕糸)跡地の町有地がある。面積は約6㌶で、その活用法をめぐり商業施設の進出がウワサされたが、震災・原発事故後に災害公営住宅や公園が整備された。残りの土地を活用すべく、町は公募型プロポーザルを実施。2021年5月、㈱いちいと社会福祉法人松葉福祉会が「最優秀者」に選ばれた。 食品スーパーとアウトドア施設、認定こども園が整備される計画で、定期借地権設定契約を締結、造成工事がスタートしていた。記事は、そんな同地から廃棄物が出土し、工事がストップしたことを報じたもの。福島蚕糸の前に操業していた群是製糸桑折工場のものである可能性が高いという。 その後、1月31日付の福島民友が詳細を報じ、〇深さ約30㌢に埋められていたこと、〇町は県やいちいと対応を協議し、アスベスト(石綿)を含む周辺の土ごと除去したこと、〇廃棄物は約1000㌧に上ること――が新たに分かった。 町議会3月定例会では斎藤松夫町議(12期)がこの件について町執行部を追及した。そこでのやり取りでこれまでの経緯が具体的になった。 最初に町が地中埋設物の存在を把握したのは昨年6月ごろで、詳細調査した結果、廃棄物であることが分かった。町がそのことを議会に報告したのは今年1月17日だった。。 そこで報告されたのは、処理費用が5300万円に上り、それを、いちいと町が折半して負担するという方針だった。 斎藤町議は「廃棄物に関しては、この間の定例会でも報告されず、『政経東北』の報道で初めて事実を知った。なぜここまで報告が遅れたのか」と執行部の対応を問題視した。 高橋宣博町長は「廃棄物が出た後にすぐ報告しても、結局その後の対応をどうするかという話になる。あらかじめ処理費用がどれだけかかるか確認し、業者と協議し、昨年暮れに話がまとまった。議会に説明する予定を立てていたところで『政経東北』の記事が出た。決して隠していたわけではない。方向性が定まらない中で説明するのは難しかった」と釈明。「今後、議会にはしっかりと説明していく」と述べた。 一方、プロポーザルの実施要領や契約書には、土地について不測の事態があった際も、事業者は町に損害賠償請求できない、と定められている。にもかかわらず、廃棄物処理費用を折半とする方針について、斎藤町議は「なぜ町が負担しなければならないのか。根拠なき支出ではないか」とただした。 これに対し高橋町長は「瑕疵がないとしていた土地から廃棄物が出ていたことに対しては、事業者(いちい)の考え方もある。信頼関係を構築し、落としどころを模索する中で合意に達した」と明かした。 斎藤町議は本誌取材に対し、「いちいに同情して後からいくらか寄付するなどの方法を取るならまだしも、プロポーザルの実施要領や契約書の内容を最初から無視して折半にするのは問題。根拠のない支出であり、住民監査請求の対象になっても不思議ではない」と指摘した。 福島蚕糸跡地の開発計画に関しては、公募型プロポーザルの決定過程、町の子ども子育て支援計画に反する民間の認定こども園整備について疑問の声が燻り続けている。斎藤町議は追及を続ける考えを示しており、今後の動向に注目が集まる。

  • 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】

     政府の海洋放出プロパガンダが続いている。中でも今年2月以降大々的に実施されたのが、全国の高校生を対象とした「出前授業」である。経済産業省は高校生たちにどんな授業をしたのだろうか? 政府に不都合な情報もきちんと伝えたのか? とある高校で行われた授業の中身を探った。(ジャーナリスト 牧内昇平) 予算は約4400万円、本題は約10分 3月上旬、全国紙A新聞に掲載された海洋放出関連の広告  マスメディア各社が競って「3・11報道」に邁進していた3月上旬のある日、某全国紙A新聞に見過ごせない全面広告が載った。 〈福島の復興へ みんなで考えよう ALPS処理水のこと〉 経済産業省は処理水への理解を深めてもらうため、全国の高校生を対象とした出張授業を開催(中略)処理水放出時に懸念される風評について生徒たちが「自分事」として議論しました。 出たな、と筆者は思った。東京電力福島第一原発では放射性物質を含む汚染水が毎日発生し、敷地内にはそれを入れるためのタンクが林立している。このため政府や東電は汚染水を多核種除去設備(ALPS)で処理し、海に流そうとしている。 だが、海洋放出には安全面の懸念や漁業者の営業損害などの反対意見が根強い。そこで政府が行っているのが、一連の海洋放出PR事業だ。 経産省は300億円を投じて「海洋放出に伴う需要対策」を名目とした基金を創設。その金で広報事業を展開してきた。筆者がこれまで本誌に書いてきた「テレビCM」(本誌2月号、電通が関与)や「出前食育」(3月号、ただの料理教室)などだ。そして今回取り上げる高校生向け出前授業も、この広報事業の一つである。 事業名は「若年層向け理解醸成事業」。授業の講師は経産省職員。予算は約4400万円。事業を受注したのは電通に次ぐ広告代理店大手の博報堂。全国42の高校が応募し、抽選の結果、今年2月から3月に20校で授業を行ったという。 海洋放出PR授業の中身  新聞広告は〈生徒たちが「自分事」として議論しました〉と書くが、どんな議論が行われたのだろう。関係者の協力を基に●▲高校で今年2月に実施された授業を再現する。 ◇  ◇  2月×日の昼下がり。授業は電通がつくったテレビCMを流して始まった。教室の中にナレーションの音声が響く。 ――ALPS処理水について、国は科学的な根拠に基づいて情報を発信。国際的に受け入れられている考え方のもと、安全基準を十分に満たした上で海洋放出する方針です。みんなで知ろう、考えよう。ALPS処理水のこと。 CMを流した後、講師役の経産省職員S氏が話し始めた。 「このCMを見たことある方はいますか? 数人いらっしゃいますね。今日はCMで説明していることを詳しく伝えます。そのうえで、皆さんが考えるALPS処理水についても、終わった後の発表で聞ければうれしいなと思っています」 S氏は福島市の出身。高校時代に大地震と原発事故を経験したという。 「当時のことは鮮明に覚えています。大学を卒業した後、福島の復興の力になれればと思って経済産業省に入りました」 自己紹介後、S氏は経産省発行のパンフレットを基に説明を始めた。電源喪失や水素爆発など基本的なこと。廃炉作業の解説……。「除染を進めた結果、今では原発構内の約96%のエリアは一般の作業服で作業できています」とS氏。講義の途中で「眠くなる時間かもしれないので」と話し、こんなクイズも入れた。 「燃料デブリはどのくらいあるでしょうか。三択です。①8㌧。②880㌧。③8万8000㌧……。答えは②の880㌧です」 自己紹介や廃炉の話に約20分使った後、S氏は残り10分で、「本題」のはずのALPS処理水や海洋放出について説明した。 主に話したのは処理水の安全性である。S氏いわく、ALPSでは放射性物質トリチウムが除去できない(※)。しかし、トリチウムは海水にも雨水にも含まれ、その放射線(ベータ線)は紙一枚で防ぐことができる。生物濃縮はしない。世界各国の原発でも放出されている……。ALPS処理水が入ったビーカーを人間が持っている写真を紹介し、S氏はこう語った。 ※トリチウムのほかに炭素14(半減期は約5700年)もALPSでは除去できないが、S氏はそのことには言及しなかった。  「素手でビーカーを持てるくらい安全なのがALPS処理水です」 政府が海洋放出の方針を決めた経緯については、驚くほど短く、あいまいな説明に終わった。 「さまざまな意見がありました。そういったことも含めて、今日皆さんと一緒に考えていければと思っています。では、(パンフレットの)次のページを開いてください。ALPS処理水の処分方法というところです。簡単なご紹介まで。皆さんもご存じの通り、CMでも出ている通り、海洋放出に決めたということです。ただ、海洋放出の他にもさまざまな処分方法が検討されたのちに、海洋放出が決定されたというところです」 説明はこれだけだった。 生徒たちとのワークショップ 福島第一原発敷地内のタンク群(今年1月、代表撮影)  講義終了後、休憩を挟んで「ワークショップ」なるものが行われた。生徒たちは数人のグループに分かれて20分話し合い、その後代表者が意見を発表した。1人目の生徒の意見。 「思ったことは、地域の人が処理水のことを知っていても、魚が売れなくなって漁師が困ってしまうということです」 生徒はここで発言を終えようとしたが、教員に促されて風評対策についての意見も追加した。 「魚とかを無料で全国に配ったり、著名人に食べてもらったりするのがいいと思いました」 これに対するS氏の返答。 「ありがとうございます。魚がこれからも売れていくためにどうやって魅力を発信していけばいいのか、というところを話していただいたと思います。考えていきたいと思います」 この生徒が本当に話したかったのはそういうことか? 筆者は疑問に思うのだが、S氏は次へと進む。 続いて発言した生徒も骨のあることを言った。 「漁師の方の了承もないまま、海洋放出を政府が勝手に決めるのは、漁師の方の尊厳をなくすのではないでしょうか」 さあどう答えるかと思ったら、S氏はすぐ返答せず、「時間も差し迫っているところなので、発表いただける方は他にいらっしゃいますか」。残り3人の生徒の発言を聞いた後で、この日の「まとめ」といった形で以下のように語った。 「さまざまなご意見をいただきました。比較的厳しい意見も出ました。これは皆さん一人ひとりの考えです。これに『正しい』、『間違っている』というのはないかなと個人的には思っています」 当たり前のことを言った後で、S氏はこう続けた。 「漁業者さんへの関わり方は、もちろん問題としてございます。我々国としても、漁業者の皆さんの尊厳を失わせる、福島の文化を衰退させてしまう、そういうことには絶対なりたくない。なってほしくないと心から思っています。私も福島県人の一人です。子どもの時からずっと相馬の海に釣りに行ってました。福島県の魚が、ありもしない風評の影響で正しく評価されないというのは、自分としても大変心苦しいというか、大変悔しい思いかなと思っています。漁業者さんはもっとそうだと思います。説明会などの機会をいただいていますので、漁業者さんたちに少しでもご理解をいただけるように頑張っていきたいと思っています」 同じ福島県人なので漁業者の気持ちは共有できるとしつつ、結局は「ご理解いただけるように頑張る」が結論。何が言いたいのかよく分からない回答だった。 このあとS氏は「福島県の魅力、正しい情報を発信し続けたいと思います。有名人を使ってですとか、SNSを使ってというのも、おっしゃる通りかと思っています」などと語り、授業を終えた。「漁師の尊厳を損なう」と指摘した生徒が再び発言する機会はなかった。 不都合な情報はすべてスルー 福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)本所(HPより)  ●▲高校での出前授業はこんな内容だった。筆者がおかしいと思った点をいくつか指摘したい。 第一は、前半の講義の中で、政府にとって不都合な情報には一切触れなかった点だ。  政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。漁業者たちの中には海洋放出に反対している人が多く、もしこの状況で強行すれば政府は「約束破り」をしたことになる。地元の新聞も大々的に取り上げているこの「約束」問題について、S氏はスルーした。 反対しているのは漁業者たちだけではない。福島県内の多くの市町村議会が海洋放出に反対したり、慎重な対応を求めたりする意見書を国に提出している。中国や太平洋に浮かぶ島国も放出に賛成していない。こうした問題についても完全にスルーだった。 「福島第一原発の廃炉を進めるためには、ALPS処理水の処分が必要です」。S氏は一方的に政府の言い分だけ語り、講義を終えた。 生徒との議論はなかった  二つ目は、生徒が発言する機会がとても少なかった点だ。前半の講義が30分。その後休憩を挟んで生徒同士の意見交換が20分。生徒がS氏に発言する時間は十数分しかなかった。 その中でも生徒たちは自分の考えをしっかり語った印象がある。 「漁業者の尊厳」発言だけでなく、「なぜ福島に流すのかと思いました」と率直に語る生徒もいた。しかし、生徒とS氏とのやりとりは完全な一方通行だった。せっかく生徒たちが疑問の声を上げたのに、S氏が対話を重ねることはなかった。時間の制約があったのかもしれないが、これでは反対意見を「聞いておいた」だけで、「議論した」ことにはならない。 以上、ここに書いたのはS氏個人への攻撃ではない。S氏は経産省の幹部ではない。講義の内容は事前に役所で決めているはずだ。一方的な出前授業の責任を負うべきは、経産省という組織である。 国会でも問題に 岩渕友議員(共産、比例)参議院HPより  この出前授業は国会でも取り上げられた。3月16日の参議院東日本大震災復興特別委員会。質問したのは岩渕友議員(共産、比例)である。岩渕氏は先ほどの「漁業者の尊厳」発言を紹介し、経産省の片岡宏一郎・福島復興推進グループ長に聞いた。 岩渕氏「高校生のこの声にどう答えたのでしょうか」 片岡氏「専門家による6年以上にわたる検討などを踏まえて海洋放出を行う政府方針を決定した経緯を説明するとともに、地元をはじめとする漁業者の方々からの風評影響を懸念する声などがある点についても触れまして、風評対策の必要性について問題提起をし、政府の取り組みについても説明したという風に承知してございます」 ここは読者の皆さんに判断してほしい。S氏の講義内容と生徒への返答は先ほど紹介した。片岡氏の答弁にあったような説明を、S氏はしていただろうか? 岩渕氏が次に指摘したのは、漁業者たちとの「約束」問題である。 岩渕氏「これ(約束)がこの問題の大前提ですよね。政府と東京電力が『関係者の理解なしにいかなる処分もしない』と約束していること、漁業者はもちろん海洋放出に対して反対の声があることも伝えるべきではないでしょうか」 片岡氏「説明しているケースもあれば、説明していないケースもあるという風に認識してございます」 岩渕氏「これはさまざまなことの一つではないんです。この問題が大前提で、ちゃんと伝える必要があるんですよ。いかがですか。もう一度」 片岡氏「出前授業は何よりも生徒の皆さんが考える機会として、意見交換の時間なども盛り込んだ形で、学校の意向も踏まえながら実施しているものでございます。必ずしも同じ内容の授業をしているわけではないと考えてございます。そのうえで地元をはじめとして漁業者の方々の風評影響を懸念する声などは説明してございますけれども、必要に応じまして、ご指摘の約束についても触れているところでございます」 経産省の片岡氏は「必要に応じて触れている」と言ったが、少なくとも●▲高校での出前授業では、「約束」は全く紹介されていなかった。 現場は試行錯誤  経産省の出前授業を現場の教員たちはどう受け止めているのだろう。  「生徒への影響はどうなんでしょうか」と筆者が聞くと、県内にある■✖高校の教諭は苦笑しながらこう答えた。 「高校生って素直です。背広を着た経産省の人がわざわざ学校に来てくれて、『海洋放出は必要。風評払拭が大切』と一生懸命に話したら、みんな信じてしまいますよ」 この教諭は「生徒に対して一方的な情報伝達となるものにはブレーキを踏まなければいけない」との考え方のもと、今回の出前授業には応募しなかったという。 一方で、経産省の授業を実施しつつも、政府見解の押しつけに終わらないように知恵を絞った高校もある。 県内のある高校では昨年、2年生のクラスで経産省の授業を行った。しかしその前週には海洋放出に強く反対している新地町の漁師を授業に招いた。正反対の意見を聞く機会を生徒たちに与える取り組みだ。 筆者は今年の2月、この高校の生徒たちに話を聞く機会があった。 「安全なら流せばいい。でも政府は国民に対する説明が足りない」「国は都合よく物事を進めている。漁師さんたちと対話していない」「海洋放出に賛成する人と反対する人がいる。意見が異なる人たちが話し合う場がないのが問題だ」 生徒たちの賛否は割れた。しかし、経産省と漁師の双方の話を直接聞いたぶん、一人ひとりが自分の頭で考え、悩んでいる印象を持った。 こういった取り組みこそが、本当の意味で〈みんなで知ろう 考えよう〉ではないか。経産省の一方的な出前授業には強い違和感を覚える。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 政経東北5月号の牧内昇平の記事は【汚染水海洋放出に世界から反対の声】を掲載しています↓ https://www.seikeitohoku.com/seikeitohoku-2023-5/

  • 浪江・霊園改修問題で地縁団体が文書送付

    本誌2月号で、浪江町の町営大平山霊園の改修工事が、同町請戸地区住民で組織される「大字請戸区」の負担で行われていたことを報じた。 請戸地区は災害危険区域に指定されており、同団体は将来的に解散する見通し。財産を清算する目的で、大平山霊園の改修と費用負担が総会で決められた。だが、総会に出席できなかった県外在住の住民から反発が相次ぎ、「町の工事を地縁団体が行うのは違和感がある」「一律に配分すべき」と主張していた。 同団体の代表者(区長)は本誌取材に応じようとしなかったが、2月号発売直後、同団体は住民にファクスで文書を送付した。 文書には《同団体の財産は準公金なので個人に配分できない》、《町民や区の住民から問題点が指摘されたため急遽工事は一時中断にし、次回の総会で再検討する》といった内容が書かれていた。 請戸地区の住民はこの文書について「各世帯への見舞金などは支給されており、準公金を理由に配分できないというのは違和感がある。町はなぜゴーサインを出したのか、大平山霊園を利用している請戸地区以外の住民の意向を確認しようと考えなかったのか、いろいろ疑問が残る。関係者には明確に説明してほしい」と述べた。 5月に行われる総会では大きな議論になりそうだ。 

  • 浪江町社会福祉協議会で事務局長が突然退任

     浪江町は帰還困難区域のうち、特定復興再生拠点区域(復興拠点)の避難指示解除の動きが進む。3月に解除の判断が示されるが、本誌編集部には「解除後の医療福祉は大丈夫なのか」と心配の声が寄せられている。調べると、浪江町社会福祉協議会では本誌既報のパワハラ問題が解決していない。(小池航) 調査で指摘された自身のパワハラ  本誌昨年11月号「浪江町社協でパワハラと縁故採用が横行」という記事で、職員によるパワーハラスメントが蔓延している問題を取り上げた。被害者がうつ病を発症して退職を余儀なくされ、業務をカバーするため職員たちの負担が増加した。加害者は1人で会計を担当しており、替えが利かない立場を笠に着て、決裁を恣意的に拒否していた。こうした事態は専門家からガバナンス崩壊と指摘された。 浪江町社会福祉協議会の事務方トップである事務局長は、加害者を十分に指導せずパワハラを放置していた。自身は、親族や知人の血縁者を少なくとも4人採用。介護業界は人手不足とは言え、求められているのは介護士や看護師など福祉や医療の有資格者。事務局長が採用した職員たちは資格を持たず、即戦力とは言い難かった。職員や町民から「社協を私物化した縁故採用」と問題視されていた。 その事務局長が3月末付で退くというのだ。2月中旬を最後に出勤もしていない。 退任するのは鈴木幸治事務局長(69)。同社協の理事も兼ねる。鈴木事務局長は53歳ごろまで町職員を務めた後、町内の請戸漁港を拠点に漁師に転身。大震災・原発事故後の2013年から町議を1期務めた。鈴木事務局長によると、議員を辞めた後に本間茂行副町長(当時)に請われ、2019年から現職。現在2期4年目。 鈴木事務局長は昨年10月、筆者が同社協で起こっていたパワハラについて取材した際、「調査する」と明言していた。筆者は調査の進展を聞くため2月20日に同社協の事務所を訪ねた。鈴木事務局長との面談を求めたが、応対した職員から不在と伝えられた。代わりに理事会のトップを務める栃本勝雄会長が応じた。この時、筆者はまだ鈴木事務局長が辞めるとは知らされていなかった。 栃本会長は調査の進捗状況をこう説明した。 「弁護士と相談し、全職員にパワハラを見聞きしたかアンケートを実施したが、報告できるようなきちんとした結果はまだ出ていません。調査結果の報告、パワハラに関与したとされる職員への対応、社協内でのハラスメント対策をどうするかも含め、弁護士と相談しながら進めているところです」 ハラスメントは重大な人権侵害と厳しい目が向けられる昨今、一般企業や役所では規則を整え、調査でハラスメントによる加害行為が認定された職員は懲戒処分の対象になる流れにある。栃本会長によると、加害行為の疑いがある職員は在職中とのことだが、 「懲戒処分にするかどうかという話までは発展していません」(同) アンケートは昨年末までに実施した。同社協が依頼した弁護士に、職員が個別に回答を郵送、弁護士は個人が特定されない形にまとめた。公平性を担保するため、パワハラの舞台となった同社協はアンケートに関わる作業にはタッチしていないという。1月に入り、中間報告という形で結果が上層部に明かされた。全職員や理事会、評議会には知らせていないが、栃本会長は 「年度内には全職員に正式結果を知らせる予定です。理事会には正式結果と合わせて経過の報告も必要と考えています。ただ、現時点では正式結果がまとまっておらず、お答えできません」 ここまで質問に答えて、栃本会長は一息ついて言った。 「何せ私も吉田数博前町長(同社協前会長)から引き継いで昨年6月に就任したもので。ですから、会長に就くまでは内情を知らなかったんです」 筆者が「やはり詳しいのは長年勤めている鈴木事務局長ですかね」と聞くと、 「鈴木事務局長は休暇に入っています。任期満了を迎える3月末で辞める予定です」(同) 栃本会長によると、1月下旬に鈴木事務局長から「体調が思わしくないので、任期満了を迎える今期で辞めたい」と言われたという。事務所にあった私物も既に片付けており、再び出勤するかどうか分からないとのこと。 パワハラを放置した責任を取って辞めたということなのだろうか。栃本会長に問うと「私には分かりませんし、彼とはそのような話はしていません。任期満了となるから辞めるだけでしょ」。 鈴木事務局長はデイサービス利用者の送迎も担当していた。 「今はデイサービスの事業所に任せています。人手が必要なのに痛手ですよ。残った職員でカバーしながらやっています」(同) 公用車の私的使用も 参考画像 トヨタ「カローラクロス」(ハイブリット車・2WD)2022年12月のカタログより  体調不良で休んでいるというのが気になる。昨年11月号の取材時、パワハラを放置した責任があるのではないかと考え、鈴木事務局長に根掘り葉掘り質問した。あるいは記事により心身が病んでしまったのだろうか。後味が悪いので、事務局長が現在どうしているか複数の町関係者に問い合わせると意外な事実が分かった。 「同社協では『事務局長はどうしているか』と質問されたら『任期満了で辞める』と答えることになっているそうです。ですが実際の話は少し違います」(ある町関係者) 任期満了で退くのは事実だが、任期を迎える1カ月以上も前から、送迎の役目を投げ出してまで出勤しなくなったのは確かに不可解だ。取材で得られた情報を総合すると、鈴木事務局長は同社協にいづらくなり、嫌気が差して一足早く去ったというのが実情のようだ。 発端は、前述の同社協上層部に先行して伝えられたアンケート結果だった。 パワハラの加害者と疑われる職員から受けた被害が多数記述されていると思われたが、ふたを開けてみると、鈴木事務局長自身もセクハラ、パワハラ、モラハラの加害者という回答が相次いだのだ。「こんな人がいる職場では働けない。1日も早く辞めてほしい」と切実な訴えもあったという。 ハラスメントだけではなかった。同社協が職務に使っているSUVタイプの自動車「トヨタ カローラクロス」を鈴木事務局長が週末に私的利用しているという記述もあった。 同社協が第三者である弁護士にアンケートの集計を依頼し、結果は上層部しか知らないはずなのに、なぜこうも詳細に分かるのか。それは当の鈴木事務局長が自ら明かしたからだ。2月の最終出勤日に部署ごとに職員を集め、前述の自身に関わる内容を話したという。 ハラスメントの加害者のほとんどは組織の中で立場の強い者だ。加害行為を「指導」や「業務」と履き違え、本人は自覚がないことが往々にしてある。だが、被害者が苦痛と感じれば、それはハラスメントになるのが現代の常識。まずは被害者の話に耳を傾け、組織として事実かどうかを認定することが求められる。 昨年11月号の取材で鈴木事務局長は「パワハラがあると聞いてびっくりしている」「当事者同士の言葉遣い、受け取り方による」とパワハラから目をそらし、矮小化とも取れる発言をしていた。自分は関係ないと思っていただけに、今回のアンケート結果に愕然としただろう。部下から「1日も早く辞めてほしい」と言われては、任期満了を待たずに一刻も早く辞めたい気持ちになる。 不祥事追及がうやむやに  いずれにせよ、鈴木事務局長は同社協を去った。それでも、ある職員は同社協の行く末を懸念する。 「アンケート結果が出たタイミングで事務局長が辞めることで、あらゆる不祥事の責任を取ったとみなされ、問題がうやむやになってしまうのを恐れています。このままでは、パワハラを行っていた職員におとがめがないまま幕引きになってしまいます」 鈴木事務局長は決してパワハラと縁故採用の責任を取って辞めるわけではない。同社協が表向きの理由として知らせているように、任期満了を迎えるから辞めるのだ。既に出勤していないのも「体調が思わしくない」と栃本会長に申し出たためだ。 間もなく70歳のため、高齢で体力的に職務が務まらないなら仕方がない。ただ、栃本会長は「鈴木事務局長が担当していたデイサービス利用者の送迎を他の職員に頼んでいる」と漏らしており、急きょ出勤しなくなったことで、サービスの受益者である町民や同社協職員の業務に与えた影響はゼロではないだろう。 こうした中、町民と職員が関心を寄せるのが後任の事務局長だ。同社協は退職した町職員が事務局長に就くのが慣例だった。社協は、建前は民間の社会福祉法人だが、自治体の福祉事業の外注先という面があり、委託事業や補助金が主な収入源。浪江町社協の2021年度収支決算によると、事業活動による収入のうち、最も多くを占めるのが町や県からの「受託金収入」で1億5300万円(事業活動収入の約68%)。次が町の補助金などからなる「経常経費補助金収入」で4400万円(同約19%、金額は10万円以下を切り捨て)。 自治体の補助金で運営が成り立っている以上、社協と調整を円滑にするため自治体職員を派遣するのが通常で、現に浪江町でも町職員を1人出向させている。 栃本会長は「後任の事務局長は町役場と相談しながら決めます」と話す。同社協との実務を調整する町介護福祉課の松本幸夫課長は、後任の事務局長について、 「町長や副町長には同社協から報告が上がっていると思いますが、介護福祉課には伝わっていません。社会福祉行政に明るい人物も考えられるし、それ以外の人も含めて検討していると思います」 要するに、発表できる段階にはないということだ。 同社協は人材不足にも陥っているが、栃本会長は人材確保に向けた方針を次のように明かす。 「現場で実務を担う介護や医療の有資格者を募集しなければならないと思っています。地元のために一緒に働いてくれるだけで十分ありがたいのですが、半面、限られた人員で運営していく以上、採用するなら有資格者が望ましいです」 鈴木事務局長が行った無計画な縁故採用からの脱却が進みそうだ。 最後に、同社協の目指すべき未来を示した発言を紹介する。長文だが重要なのですべてを引用する。 《震災後、役場機能の移転に合わせて社協も転々としました。避難当時の混乱で職員が一人もいなかった時期もありました。一部地域の避難指示の解除を受け、2017(平成29)年4月に社協も町へ戻ることができました。現在は、浪江町と二本松市の事務所を拠点に、町民の様々な福祉サービスに取り組んでいます。 福祉における一番の課題は、これからの介護です。町内に居住する住民1600人のうち65歳以上の割合を示す高齢化率は約40%ですが、震災前に町に住んでいた人に限ると約70%と非常に高くなっています。自分の子どもや孫と離れて一人で暮らす方も多く、次第に介護が必要となってきています。2022(令和4)年には、町の地域スポーツセンターの向かいにデイサービス機能を備えた介護関連施設が完成する予定です。私たち社協は、オープンと同時に円滑にサービスを提供できる体制を整えていきたいと考えています。 原発事故の影響で散り散りになった町民にとっては、テーブルを囲み、お茶菓子を食べて語り合うだけでも、心の拠り所になるはずです。そんな交流の場を必要としている高齢者が町には数多くいます。浪江町民のために役場との連携をより深め、福祉政策の実現に取り組んでいきたいと思います》(『浪江町 震災・復興記録誌』2021年6月より) 発言の主は鈴木事務局長。筆者も同感だ。

  • 【浪江町】新設薬局は医大進出の関西大手グループ

     浪江町役場敷地内にある浪江診療所の近くに、震災・原発事故後初めて調剤薬局が開設される。進出するのは関西を拠点とする大手・I&Hグループで、県立医大でも敷地内薬局の運営に乗り出すなど勢力伸長が著しい。同町への進出を機に「原発被災地での影響力を強める方針ではないか」と同業者たちは見ている。 原発被災地で着々と影響力を拡大  浪江町で薬局を開設・運営するのは、関西を拠点に「阪神調剤薬局」を全国展開するI&H(兵庫県芦屋市)のグループ企業。本誌は昨年10月号「医大『敷地内薬局』から県内進出狙う関西大手」という記事で薬局設置に関わる規制の緩和が進む中、福島県立医大(福島市)も敷地内薬局を導入し、運営者を公募型プロポーザルで決めたことを報じた。 県薬剤師会は「医薬分業」を建前に、敷地内薬局に猛反対していたため動きが鈍く、情報収集に後れを取った。公募について会員内で共有したのは応募締め切り後だった。応募した地元薬局はあったものの、全国展開する大手3社がトップ争いを繰り広げる中、資本力で太刀打ちできず、I&Hが優先交渉権を獲得。次点者とは1点差という激しい争いだった。 地元の薬剤師・薬局経営者の間では、県立医大の敷地内薬局の運営権を関西の企業が勝ち取ったことは、県内の薬局勢力図の変化を象徴する出来事と捉えられ、「原発事故後、帰還が進みつつある浜通りに進出する足掛かりにしたいのでは」という見方があった。 浪江診療所は、町が国民健康保険の事業として設置・運営している。町健康保険課によると、復興が進む町内では唯一の医療機関だ。最新の年間利用者は延べ約5800人。ただ、調剤ができる薬局が町内にないため、医師や不定期に出勤する薬剤師が行い、看護師らが補助する形で実務を担っていた。院内処方と呼ばれる。 震災・原発事故後、町内に初めて調剤薬局ができるということは、浪江診療所の調剤業務を薬局に外注することを意味する。同課の西健一課長(浪江診療所事務長を兼務)も、「町としては院外処方に移行したいと思っています」と言う。 県内で薬局を経営する企業の役員は町が院外処方を進める理由を「医薬関係のコストを削減できるからです」と解説する。 町の特別会計「国民健康保険直営診療施設事業」の2021年度決算書によると、浪江診療所の医業費は2600万円(10万円以下切り捨て、以下同)。医薬材料費は2100万円で医業費の約8割。医薬材料費に患者に処方する医薬品の金額がどの程度含まれているかは不明だが、外注すれば相当圧縮できるだろう。 さらに、患者への薬の受け渡しに時間を取られていた看護師の負担が減る分、本来の業務に専念できる。業務が効率化できれば、町としては必要最低限の雇用で済ませられる。 メリットは患者にもある。 「取り扱いの少ない薬でもすぐに十分な量が手に入ります」(同) 診療所の調剤室は単独の薬局に比べると、量も種類も限られる。西課長によると、需要の少ない医薬品の場合、在庫切れになることもあり、南相馬市にある最寄りの調剤薬局まで車を走らせなければならなかった患者もいたという。 ただ、患者には見過ごせないデメリットもある。 まず、薬代が高くなる。院外処方は院内処方よりも、医療行為に対する報酬の基準となる診療点数が高くなるので、患者の負担が増える。  院内処方から院外処方に移行すれば、患者が薬局に薬を受け取りに行く手間もかかる。浪江診療所は役場敷地内にあるが、開設予定の薬局は敷地外に建設されるというから、大きな負担になるとは言わないまでもそれなりの移動を強いられる。 実際、薬局新設を聞きつけたある町民からは、 「通院しているのは年寄りが多いのに、町や医者の都合で雨の中でも薬を取りに行かなければならないのか」 と不満の声が聞かれた。 これまでの動きを振り返ると、財政負担を減らしたい町と、原発被災地に進出したいI&Hグループの思惑が合致したと言える。 「開設経緯を明らかに」  ある町関係者は薬局の開設経緯をオープンにすべきだったと訴える。 「関西の企業がどういう経緯で浪江に進出するのか。町が土地を紹介しないと無理でしょう。町に相談なしに進出を決めたとは考えられません。実質、浪江診療所に付随する薬局です。本来は公募して民間を競わせる方が公正だし、より良い条件を引き出せたのではないか。民間薬局が進出する動きがあると議会を通じて町民に知らせる必要があったと思います」 前出の西課長に薬局開設に町はどの程度関わっているか聞くと、 「役場の敷地外にできるので町は関わっていません。診療所の近くにできるとは聞いていますが、民間企業の活動なので、いつ、どこに開設するかはI&Hに聞いてほしい」 筆者はI&Hにメールで「薬局の開設場所はどこか」「いつ営業を始めるか」など7項目にわたり質問した。回答によると、近隣に建てる予定があることは確かだが、「具体的なスケジュールは決まっていない」という。 西課長によると、町とI&Hグループが接点を持ったきっかけは、震災・原発事故後からたびたび開かれている「お薬相談会」だという。浪江町には薬剤師がいないため、町外から招いて服薬指導をしている。この相談会に関係していた復興庁から「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル」というイベントへの参加を打診され、そこでI&Hと接点ができたという。 このイベントについては本誌昨年10月号で報じた。避難指示解除後に帰還が進む地域で、医師と共に薬剤師が不足している状況に薬剤師や薬局経営者らが問題意識を持ち、同年2月24日に厚生労働省や自治体職員とオンラインで現状を共有した。 主催は任意団体「福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会」、事務局は城西国際大大学院(東京)国際アドミニストレーション研究科。同大学院の鈴木崇弘特任教授の記事(ヤフーニュース2022年3月1日配信)によると、メンバーは表の通り。I&H取締役や薬学部がある大学の教員が名を連ねる。 福島薬局ゼロ解消ラウンドテーブル実行委員会のメンバー(敬称略) メンバー役職渡邉暁洋岡山大学医学部助教小林大高東邦大学薬学部非常勤講師岩崎英毅I&H取締役鈴木崇弘城西国際大学国際アドミニストレーション研究科長黒澤武邦城西国際大学国際アドミニストレーション研究科 准教授  鈴木氏の記事によると、I&H取締役の岩崎英毅氏のほかに福島市、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、そして厚労省の担当者が参加した。式次第によると、オープニングで学校法人城西大学の上原明理事長(大正製薬会長)が挨拶した。 本誌は以前、I&Hに、どのような関係で自社の取締役が同委員会のメンバーを務めているのかメールで質問した。同社からは次のような回答が寄せられた。 《医療分野のDXへの関心が飛躍的に高まり、また、厚生労働省が進めている薬局業務の対物業務から対人業務へのシフトにより、薬局には住民の皆様の個別のニーズに応じた、より質の高いサービスの提供が期待されています。このような状況のもと、弊社は、オンライン診療、服薬指導、処方薬の配送など、地域医療の格差是正に向けた取り組みを推進しておりますが、このような取り組みの知見や課題を共有することで、無薬局の解消の一助になることができればと考え、実行委員会に参加させていただきました》 営業活動の一環か、という質問には、 《無薬局の解消、地域医療の格差是正に向けて、様々な視点からの知見や課題を学ばせていただくことが目的でございます》 と答えた。 双葉郡に進出加速か?  浪江診療所の患者の処方を受け付けるだけでは元は取れない。だが、I&H取締役の岩崎氏は被災地へ進出する個人的な思いがあるようだ。 「岩崎氏は中学生の時に阪神・淡路大震災を経験したそうです。他人ごとではないという思いから、東日本大震災でも一薬剤師として被災地に支援に来ました。その時の写真も見せてもらいました。被災地の行く末を心配し、今回、薬局の進出を決めたそうです。将来的に経営が安定し、地元の薬剤師で希望者がいれば雇用したい考えもあるそうです」(前出の西課長) 大手調剤薬局グループは、調剤だけでなく、旺盛なM&Aを繰り広げ介護福祉事業、カフェやコンビニも展開している。地方の薬局で採算が取れなくとも、都市部の収益とその他の事業で黒字になればいいとチャレンジする余裕がある。 町が福祉事業を委託している浪江町社協で、行き当たりばったりの縁故採用が横行し、人手不足に陥っていることを考えると、I&Hのような全国に人員を抱える大手民間企業が町からデイサービスなどの委託事業を担うのも現実味を増す。 昨年2月の「薬局ゼロ解消」を目指すイベントには浪江町以外にも富岡、大熊、双葉の各町が参加した。I&Hはこのつながりを足掛かりに浜通りでの薬局開設を加速させるのだろう。さらに、休止が続く県立大野病院(大熊町)の後継病院への関与も見据えているはずだ。 原発被災地は、一時的に医療・医薬関連業が撤退を強いられ、空白地帯となった。一方、復興の名目で国や県の主導で事業が進む中、資本力のある大手にとっては新規開拓の土地でもある。

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。

  • フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

    東京電力・福島第一原子力発電所(以後「フクイチ」と略)では、発災から約12年が経とうとしている今も、収束作業が続いています。  ひとたび核災害が起これば、収束に要するリソース(予算・人員・資機材・時間)は見通せず、ブラックホールのようにリソースを吸い込み続けるものであることを強烈に教えてくれる「生きた教材」です。 このような実物教育をくらっている最中にも関わらず、核発電の最大限の利活用を打ち出した岸田政権の判断に強く抗議し、合わせて、国民の代表が集う国権の最高機関(国会)には、核発電の利活用に関連する予算・法案を否決するよう、主権者の一人として強く求めることを、冒頭に表明しておきます。 分析すら追い付いていない固体廃棄物  2022年12月末現在、フクイチ構内には瓦礫類・伐採木・使用済み保護衣合わせて、約53万立方㍍が保管されています(「まとめ1」参照)。これとは別に、焼却灰や、未撤去の設備、プール保管の廃棄物等があります(「まとめ2」参照)。  以前にも当連載で指摘しているように(注1)、放射性固体廃棄物の大半は屋外保管で、火災に巻き込まれれば、放射性ダストが非管理の状態で環境中に放出されるリスクが常に有ります。一刻も早く、屋内保管へ切り替えて、リスクの低減・解消を図らなければいけません。 屋内保管に切り替えるには、幾つか条件が必要です。 一つ目は、スプリンクラーや遠隔カメラ等の防災設備等が整った専用の貯蔵庫の建設。 二つ目は、減容・減量と、その為の設備の建設。 三つ目は、整理・分類しての保管。順次、詳述します(「まとめ3・4」も参照)。  1、固体廃棄物貯蔵庫 貯蔵庫は、固体廃棄物貯蔵庫第9棟まで運用中で、今年3月に第10棟Aが着工予定です(A~Cの3建屋に分けて建設)。第11棟は2026年度以降の竣工目標で、30年度までに11棟で合計・約28万立方㍍容量を確保予定です。その後も廃棄物は増加するのが確実で(明確には試算されていません)、貯蔵庫は追設が検討されています(注2)。  2、減容・減量処理設備 処理設備は、焼却炉が運用されています(焼却灰は200㍑ドラム缶に詰めて固体廃棄物貯蔵庫に保管)。 但し、増設焼却炉(「増設雑固体廃棄物焼却設備」)は、運用開始が遅延し(2020年12月→22年5月)、運用開始後も破損・故障が相次ぎました(詳細は連載33回)。 減容処理設備も、世界的な半導体不足の影響で制御盤のインバータの納期が遅延し、竣工が延期されています(23年3月→5月)。中古品等も入手できなかったそうです(注3)。 設備は、着実に竣工させ、稼働率を上げなければ、設置した意味がありません。現在は、焼却炉前処理設備と、溶融設備の設置が予定・計画されていますが、これらの設備が計画通りに竣工し、安定して稼働するのか、要注目です。 現在、フクイチ構内で発生した放射性固体廃棄物で再利用できているのはコンクリートガラだけですから(2014年10月〜20年度までに約1・6万立方㍍を再利用)、溶融設備竣工後に金属の再利用が可能になれば、減量効果は大きいと思われます。  3、整理・分類の前提である分析 最も大きな課題です。 本来であれば、固体廃棄物は、含有核種や核種毎の濃度・インベントリ(注4)・性状等を踏まえ、将来の処理・処分方法を見越して整理・分類されるべきです。ですが、フクイチで保管されている瓦礫類の大半は、表面線量率に応じて分類され、それが継続しています。短くまとめると「分析体制が、固体廃棄物の増加量や増加ペースに見合っていない」のです。 敷地内で発生した廃棄物や試料の分析が構内の施設で間に合わなければ、構外(主として茨城地区)に移送しなければならず、手続きだけでも煩雑です。このような手続きを簡略にし、迅速な分析を行う為にも、フクイチの敷地西端に建設されたのが「大熊分析研究センター」です(注5)。 但し、この整備も順調とは言い難い状況です。「まとめ4」には書いていませんが、同センター・第一棟の竣工も遅延し(2021年6月→22年6月)、分析作業は漸く22年10月から開始されました。施設内の気圧を負圧に保つ為の給排気設備の排気量不足が判明し、その対応に時間を要したそうです(注6)。(尚、炉内堆積物等の高線量廃棄物を分析する同センター・第二棟も24年度運用開始目標が、26年度へと後ろ倒しされました。現在は設計中です)。 固体廃棄物は「含有核種やインベントリ・濃度を把握」し、「廃棄物の種類・性状ごとに処理・処分に向けた方針を立て」、その方針を見据えて「整理・分類」し、「屋内保管」されるべきものです。 これらの整理・分類・保管の前提となる分析が追いついていません。具体的には、瓦礫・水処理二次廃棄物から、2012~20年度で約900試料が採取されましたが、同じ時期に分析が終了したのは約650試料です。21年度は採取された137試料の内、分析が終了したのは62試料でした(22年3月の東電の資料に基づく/注7) 分析に関しては、ハード面では大熊分析研究センター・第一棟の運用が開始されましたが、ハードがこれだけで足りるとは思われません。このセンターとは別に、フクイチ敷地内で東電の総合分析設備の建設も計画されています。 分析で、より大きな課題と思われるのがソフト面です。ハードを揃えても、従事してくれる人がいなければ、進められません。人材に関しては東電の担当部長も「…人材確保、これは東電だけでは取り組みができないというふうに我々も考えてございます…」と、2022年9月12日の「第102回特定原子力施設監視・評価検討会」で発言しています(注8)。 原子力規制庁は、第102回監視・評価検討会で分析体制の強化に関する資料(注9)を提示し、「…分析体制の不十分さにより、廃炉作業が遅れ、…施設全体のリスクが高止まりすることがないよう、中長期の分析需要等を見据えた分析体制の強化に早急に着手する必要がある」と強調し、資源エネルギー庁・NDF(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)・JAEA(日本原子力研究開発機構)のみならず、電力事業者も含めたオールジャパンの取り組みを強く訴えかけました。 原子力規制庁の訴えに、資源エネルギー庁は同年12月19日の「第104回監視・評価検討会」で回答しました(注10)。回答は多岐に渡るので、人材育成に関する部分のみ「まとめ4」に取り込みました。 福島国際研究教育機構のWebサイト(注11)の本格的なアップは4月以降と思われます。フクイチとの関わりをどのように記載するか、注視しています。  分析に関する文章が長くなりましたが、フクイチの放射性固体廃棄物に関しては「整理・分類」「処理・処分方法の検討」の前提となる計測や分析が追い付いていないのが最大の問題です。本来やるべき、処理・処分方法の検討は殆ど手つかずで、今は屋外保管の解消すら道半ばです。 全ての前提である分析体制の拡充・強化は待ったなしでしょう。 主権者・国民の中には「『処理水』放出への賛否」に耳目を奪われる傾向がありますが、フクイチは多種多様なリスクが相互に絡み合っているので、全体を見なければいけません。液体廃棄物(汚染水)の処理で発生する二次廃棄物は固体廃棄物扱いですし、固体廃棄物の保管場所が尽きれば、液体廃棄物も処理できなくなります(典型的な例がALPSスラリー。詳細は連載34回参照/注12)。 原子力規制委員会・規制庁が、固形状の放射性物質に関して危機感とも形容できる強い意識を表明したのは、現状を見ていれば当然の結論だと思います。この意識は、報道や主権者に共有されているでしょうか?  主権者・国民が、核災害真っただ中の施設のリスク対応を、規制行政と事業者に「お任せ」することがあってはなりません。それではフクイチ核災害を防げなかった過ちから何も学んでいないことになります。  本稿の最後に、訂正・お詫びです。 連載第6回(注13)で、フクイチの「処理水・処理途上水」について「化学的汚染…や生物的汚染…は未調査」と書きましたが、第12回・ALPS小委員会(2018年12月)に化学物質の分析結果の資料が提出されており(注14)、大腸菌を含む46項目の測定結果が記載されていました。ごく一部のタンクの計測ですが、「未調査」ではありませんでした。この場を借りて訂正し、お詫び致します。  注1:第3回(2020年6月号) 注2:東京電力ホールディングス㈱福島第一原子力発電所の固体廃棄物の保管管理計画2023年2月版 https://www.nra.go.jp/data/000420893.pdf 注3:22年12月19日付東電資料https://www.nra.go.jp/data/000414089.pdf 注4:「inventory」は「放射能量」。元々は「在庫量」「資産」を意味する。 注5:設計・建設・運用はJAEA。 https://fukushima.jaea.go.jp/okuma/ 注6:放射性物質分析・研究施設第1棟の整備状況について(22年3月31日) https://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/decommissioning/committee/osensuitaisakuteam/2022/03/4-1.pdf 注7:「固体廃棄物の性状把握に向けた試料採取・分析計画について(2022年度)」5頁。  https://www.nra.go.jp/data/000383576.pdf 注8:議事録15頁。発言者は、金濱秀昭・福島第一廃炉推進カンパニー福島第一原子力発電所廃棄物対策プログラム部部長https://www.nra.go.jp/data/000407303.pdf 注9:資料1―2「東京電力福島第一原子力発電所の廃炉等に必要な分析体制の強化について」https://www.nra.go.jp/data/000403734.pdf 注10:資料1―3―1・1―3―4・1―3―5 https://www.nra.go.jp/data/000414102.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414105.pdfhttps://www.nra.go.jp/data/000414106.pdf 注11:https://www.f-rei.go.jp/ 注12:見通しの立たない「ALPSスラリー」の安定化処理(23年1月号)   注13:ALPS小委の報告書は 「提言もどき」(20年9月号)  注14:ALPS処理水タンクにおける化学物質の分析についてhttps://www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/osensuitaisaku/committtee/takakusyu/pdf/012_04_01.pdf 春橋哲史  1976年7月、東京都出身。2005年と10年にSF小説を出版(文芸社)。12年から金曜官邸前行動に参加。13年以降は原子力規制委員会や経産省の会議、原発関連の訴訟等を傍聴。福島第一原発を含む「核施設のリスク」を一市民として追い続けている。

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町)

  • 1Fで廃炉は行われていない!【尾松亮(廃炉制度研究会)】

    求められる法規制と原子炉の安定化  東京電力福島第一原発の廃炉は現在どこまで進んでいるのか。本誌で「廃炉の流儀」を連載している研究者・尾松亮さんに現状と課題をあらためて解説してもらった。 廃炉はどこまで進んだか  原発事故から12年が経過しようとしている。1F(福島第一原発)廃炉については「30~40年の廃炉」というフレーズが繰り返されてきた。最長40年として、その4分の1以上が過ぎたわけだが、廃炉工程はどこまで進んでいるのだろうか。 2011年12月に発表された初版「中長期ロードマップ」では、同年12月の事故収束宣言(ステップ2完了)を起点にして「10年以内に燃料デブリ取り出しの開始」という目標が示されていた。初版ロードマップに添付されたスケジュール表では、25年後までにデブリ取り出しを完了する目安も示している。そして原子炉の解体を含む「廃止措置」の行程を最長40年で終わらせるとしていた。 初版ロードマップに示されたスケジュール 主要工程項目時 期初版ロードマップの規定2023年2月現在の状況ロードマップの開始時期2011年12月収束宣言・ステップ2完了の時点―燃料デブリ取り出し開始2021年以内「10年以内」と規定繰り返し延期燃料デブリ取り出し完了2036年スケジュール表に20~25年後と目安が示されるロードマップから「取り出し完了」時期の規定は消える原子炉施設解体終了2051年「30年~40年後を目標」と規定ロードマップから「原子炉解体」の規定は消える  この当初スケジュールと照らし合わせると、現在の「廃炉工程」はどのくらい進んでいるのだろうか。昨年8月25日、東京電力は、2022年後半に取りかかる計画だった福島第一原子力発電所2号機の溶融燃料(デブリ)取り出しの時期について、23年度後半に延長することを発表した。デブリを取り出すロボットアームの改良、放射性物質が飛散するのを防ぐ装置の損傷、などが延期理由だ。ロードマップの「取り出し開始目標年」であった2021年にも、東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始時期」を1年程度延期した経緯があり、延期決定が繰り返されている。 このまま、本当にデブリ取り出しに着手できるのか? 仮に着手できたとしても、このロボットアームで取り出せるのは「燃料デブリ1㌘程度」といわれる。40年後にあたる2051年まで残すところ28年で、3基の原子炉内外に溶け落ちた核燃料をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉の解体を完了することは絶望的に思える。 それでも「廃炉終了」はできてしまう  2051年(ロードマップ開始から40年後)の廃炉完了なんて「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし恐ろしいのはむしろ、それにもかかわらず「2051年1F廃炉終了はできてしまう」ということだ。 「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東電と政府の「目標」にすぎない。当初目標未達で「ここまでで終了します」といっても、法的責任は問われないのだ。そもそも「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改訂が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われている。 2015年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」から「25年後」という「デブリ取り出し終了時期」の記述は見られなくなる。その結果、最新の第5回改訂版「中長期ロードマップ」(2019年12月)では「取り出し終了時期」が不明である。そもそも、ロードマップ終了時点(2051年)までにデブリ取り出しが終了するのかも曖昧になっている。 少なくとも、初版「中長期ロードマップ」は「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了時期としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」(8頁)という記述は、そのことを明示している。 しかし、最新版「中長期ロードマップ」では「廃止措置の終了まで(目標はステップ2完了から30~40年後)」(12頁)という記述にとどまり、この「廃止措置の終了」が「デブリ取り出し終了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。 燃料デブリは取り出さず、損傷した原子炉はそのまま放置し、汚染水だけ海洋放出を済ませた時点で「これで我々の考える廃炉工程は完了です」と言うことは違法ではない。 実際は「保安・防護」作業  政府は「廃炉を前に進めるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前に進める」というフレーズをよく使う。 しかし、実は福島第一原発では「廃炉(原子力施設廃止措置)」を前に進めることはできない。なぜなら、同原発で「廃炉」は行われておらず、そもそも廃炉の前提となる「廃炉計画」(廃止措置計画)も提出されていないからだ。 IAEAのガイドラインや原子力規制委員会の規則に従えば「廃炉(廃止措置)」とは「規制解除を目指す活動」と規定される。「規制解除」とはどういうことだろうか。原子力発電所には放射線管理区域など特別な防護措置や行動制限を求める「規制」が課せられている。施設解体や除染を徹底することでこの「規制」をなくし、敷地外の普通の地域と同じ扱いができるよう目指すのが「廃炉(廃止措置)」である。 原子力規制委員会規則によれば、廃炉終了のためには「核燃料物質の譲渡し完了」「放射線管理記録の引き渡し」などが求められる。つまり制度上は、「使用済み燃料も搬出され、放射線管理がこれ以上必要ない」状態を目指すプロセスが「廃炉」ということになる。 通常原発の「廃炉」であれば、前記のような「規制解除」を目指す廃止措置計画を原子力規制委員会に提出し、認可を得る必要がある。例えば福島第二原発の場合、一応は上記規則に従った廃止措置計画の審査・認可を受けている。この計画を変更する場合にも、やはり原子力規制委員会の審査が必要になる。 福島第一原発の場合、この廃止措置計画の提出も、原子力規制委員会による審査・認可も行われていない。「40年後終了目標」を示した政府と東電のロードマップは「廃止措置計画」ではない。現在、福島第一原発で行われている作業は「規制解除」を目指す工程としての「廃炉」ではないのだ。 それでは、福島第一原発で行われているのは一体何なのか。原子炉等規制法によれば、事故炉がある原発には「特定原子力施設」という特別な位置づけが与えられる。この「特定原子力施設」に対しては、通常原発に対する廃炉規則は適用されない。その代わり、事故でダメージを受けた原子炉施設や損傷した核燃料の安全性を保つための「保安・防護措置計画」の提出と実施が求められている。つまり福島第一原発で行われているのは、事故原発および損傷した核燃料の「保安・防護」に係る作業なのである。 いい加減な「完了」を防ぐ法規定を  筆者がさらに恐ろしいと思う動きがある。デブリ取り出しや原子炉解体の現時点の技術的困難を言い訳に、「デブリをそのままコンクリートで固めてしまえ」「原子炉施設は解体せずにそのままモニュメントとして残せばいい」という類いの提言が、あたかも「現実的な計画」として出され、それほど大きな批判も受けていないことだ。 昨年9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田豊志前原子力規制委員長は燃料デブリの扱いについて次のように述べた。「できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。 https://www.youtube.com/watch?v=O-_RzBZKLKU  「その場でいったん固めるのが現実的だ」と更田氏は言う。しかしこのデブリ固定化案は、「将来的に発生する放射性廃棄物を最小限に抑える」IAEA原則に反するため、チェルノブイリの廃炉工程で却下された案である(廃炉の流儀第33回)。 住民不在の計画変更、事実上の廃炉断念案が承認されてしまうことは防ぐべきだ。事故の起きた原発の後始末を中途半端な状態で「終了」し、加害企業が他の原発の再稼働や新型炉の建設を認められるようなことを、私たちは受け入れてしまうのか、それが問われている。そのためにも「廃炉完了」の要件を定め、その完了を東電と政府に義務づける「福島第一原発廃炉法」の制定が必要なのだ。 「安定化」「監視貯蔵」段階を制度に組み込め  仮に「廃炉法」によって、「燃料デブリ取り出し」「原子炉を含む施設解体」「敷地の基準値未満へのクリーンアップ」までを廃炉完了要件として定めたとする。しかし、そのような完了状態の達成はとてもあと28年ではできないだろう。これが多くの専門家の意見である。 だとするとさらに数十年、全体で100年以上かかる工程を想定しなければならない。その場合、直近10年、20年、何をするべきなのか。 あくまで海外の廃炉事例を調査してきた研究者としての私見を述べる。 1、「事故で損傷し、耐震性の低下した施設の安定化」、2、「津波や大規模地震に備えるための防災強化」、3、「追加の環境汚染を防止する対策強化」に注力する期間を設けた方がよいのではないか。取り出せても数㌘ならデブリ取り出し開始を急いで、リスクを高める必要はない。しかし、将来のデブリ取り出しが絶望的になるような「デブリのコンクリート固化」や、「原子炉石棺化」というようなことはしない。 溶融燃料や未搬出の使用済み核燃料を起源とする事故再発を防ぎつつ、周辺環境への汚染流出を最小化し、その「安定化期間」を通じて「将来の廃炉完了」に向けた技術開発を続ける。汚染水海洋放出は撤回し、放射能減衰を図りつつトリチウムを含む高度な分離技術開発を進める。それを政府と東電に「廃炉法」で義務づけるのだ。 法律にする以上、その計画の内容は、少なくとも国民に選ばれた議会が審議し、改定に際しても国会審議が必要になる。いままでのロードマップ改定のような国民不在の計画変更は防げる。 スリーマイル、チェルノブイリの廃炉法 チェルノブイリ原発 スリーマイル原発  参考にすべきは、チェルノブイリ原発の工程における「安定化」のアプローチ。そしてスリーマイル原発2号機の工程における「無期限の監視貯蔵」という考え方だ。 1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられた。その後91年に当時のソ連国立研究所によって、石棺を含む4号機施設の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。国際コンペなどを経て採用されたのは、短期的には施設の倒壊を防ぐため補強などの「安定化(Stabilization)」の措置を行いつつ、遠い将来のデブリ取り出しを目指し続ける、という計画であった。原子炉を覆う新シェルター内部で将来的なデブリ取り出しを目指す計画を、ウクライナ議会は法制化している。(2009年廃炉国家プログラム法) スリーマイル原発2号機では1990年にデブリ取り出しを完了したが、その後原子炉解体に着手せず「無期限の監視貯蔵」を認めた。汚染された原子炉を即時解体すれば、廃炉期間は短縮できても労働者の被曝、環境汚染が増える。それを避けるための監視貯蔵制度である。その結果、スリーマイルでは事故から44年経過した現在もなお原子炉解体に着手していない。 チェルノブイリもスリーマイルも、40年をゆうに超える長期の廃炉計画を前提としている。それと同時に、両事例ともに「デブリ取り出し」、「敷地のクリーンアップ」まで完遂する法的義務を事業者(※チェルノブイリの場合、国営事業者)に課している。技術的に困難でも、廃炉断念案を認めていないのだ。 少なくとも事故後数十年の間は、ダメージを受け老朽化した施設の安定化、追加の環境汚染防止、労働者被曝低減を最優先とする。しかし将来的な廃炉完了要件を法的に定め、その達成を義務づける。 チェルノブイリ、スリーマイルが採用したこのアプローチは、福島第一原発でも取り入れる必要があるのではないか。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども・被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。 東洋大学国際共生社会研究センター(客員研究員・RA) https://www.toyo.ac.jp/research/labo-center/orc/member/100944/

  • 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)の海洋放出に理解を得ようと、政府が大々的なPR事業を展開している。昨年末に全国のお茶の間を騒がせたのは、大手広告代理店の電通が作ったテレビCMだった。そのほかにも多岐にわたる事業が行われていることを紹介したい。(ジャーナリスト 牧内昇平)  2月18日土曜日のお昼前、春の近さを確信させるような晴天の下、筆者はJRいわき駅からバスに乗っていわき市中央卸売市場に向かった。土曜日のためか人の姿がほとんどない駐車場を通り過ぎ、中央棟2階の研修室の扉を開けると、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってきた。  「油がはねますから、気をつけてくださいねー」。三角巾にエプロン姿の子どもと保護者12組24名が見守る中、講師の先生がアンコウを揚げ焼きにしている。続いて薄切りにしたカツオと野菜をフライパンに入れ、バターやポン酢をからめて火を通す。さらにいい香りが部屋じゅうを包み込む。子どもたちがつばを飲む音が聞こえたかと思ったら、ファインダー越しに撮影を試みる筆者自身のつばの音だった。 講師の実演が終わるといよいよ子どもたちの出番である。それぞれの調理台に散らばり、クッキング、スタート! なぜ筆者が楽しくにぎやかな料理教室を訪れたかと言うと……。     ◇ ◇ ◇ CMだけでなかった海洋放出PR事業 経産省のHPより引用【ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業(多核種除去設備等処理水風評影響対策事業)】  本誌先月号に筆者が書いた記事のタイトルは「汚染水海洋放出 怒涛のPRが始まった」だった。大手広告代理店の電通がテレビCMを作り、昨年12月半ばから2週間にわたって全国で放映した。海洋放出には賛否両論あり、特に福島県内では反対意見が根強い。そんな中で政府の言い分のみをCM展開するのは一方的ではないか。これでは政府主導のプロパガンダ(宣伝活動)と言わざるを得ない、と筆者は書いた。 ただし政府が行っている海洋放出PR事業はこのテレビCMにとどまらない。経済産業省は2021年度の補正予算を使い、「海洋放出に伴う需要対策」という新たな目的の基金を創設。そこに300億円という大金を注ぎ込んだ。そのうち9割は水産業者支援のために使い、残りの約30億円を「風評影響の抑制」を目的とした広報事業に充てるという。これが筆者の言う「プロパガンダ」の原資だ(もちろん「海洋放出」に限定しなければ復興庁などがすでに様々なPR事業を行っている)。 現在基金のホームページに公開されている「広報事業」は別表の10件である。読売新聞東京本社が入り込んでいるのか!など、社名を眺めるだけでも興味深いものがある。 2022年度に始まった海洋放出PR事業の数々 事業名予算の上限公募時期事業期間落札企業廃炉・汚染水・処理水対策の理解醸成に向けた双方向のコミュニケーション機会創出等支援事業2500万円22年5月~6月23年3月31日までJTB廃炉・汚染水・処理水対策に係るCM制作放送等事業4300万円22年5月~6月23年3月31日までエフエム福島被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業8000万円22年7月23年3月31日までユーメディアALPS処理水の処分に伴う福島県及びその近隣県の水産物等の需要対策等事業2億5千万円22年6月~7月23年3月31日まで(ただし延長の場合あり)読売新聞東京本社ALPS処理水に係る国民理解醸成活動等事業12億円22年7月23年3月31日まで電通ALPS処理水による風評影響調査事業5千万円22年7月~8月23年3月31日まで流通経済研究所ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業1億円22年9月23年3月31日まで博報堂三陸・常磐地域の水産品等の消費拡大等のための枠組みの構築・運営事業8千万円22年10月~11月23年3月31日までジェイアール東日本企画廃炉・汚染水・処理水対策に係る若年層向け理解醸成事業4400万円22年10月~11月23年3月31日まで博報堂福島第一原発の廃炉・汚染水・処理水対策に係る広報コンテンツ制作事業1950万円23年1月~2月23年5月31日まで読売広告社「ALPS処理水の海洋放出に伴う需要対策基金事業」のウェブサイトで公開されている情報を基に筆者作成https://www.alps-kikin.jp/PubRelation/index.html ※掲載後、新たな採択情報は下記の通り。 2023/03/24「「魅力発見!三陸・常磐ものネットワーク」事務局運営事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月24日掲載】 2023/03/29「令和5年度被災地域における水産加工事業者を始めとする関係事業者等に対するALPS処理水の安全性等に関する理解醸成事業」に関する事業公募の採択結果【2023年3月29日掲載】 出前食育事業に怒りの声  別表のうち、テレビCMと並んで「物議」を醸したのが出前食育事業、正式には「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」である。受注業者を募る際、基金は大雑把な内容を「公募要領」として公開した。そこにはこう書いてあった。 〈漁業者団体や地方公共団体の連携の下、小中学生等を対象にした「出前食育活動」を実施する。具体的には、小中学生等を対象に、福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けて、漁業者等による出前授業や関連の資料提供・説明等を実施するとともに、そうした理解醸成活動の一環として、福島県及びその近隣県の水産物を学校給食用の食材として提供する〉 筆者が傍線を入れたあたりが、原発事故以来子育てに悩んできた福島の人びとの怒りに触れた。 《も~我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!》 原発事故後の福島の問題を考えるNPO「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」は2月6日、オンラインのトークイベントでこの「出前食育事業」を取り上げた。出演したのは県内に住む千葉由美さん、鈴木真理さん、片岡輝美さんの3人。いわき市在住、原発事故当時子育ての真っ最中だった千葉由美さんが語る。 https://www.youtube.com/watch?v=Na0dY1b6S-M&t=1s 【いちいちカウンター#10】第2弾!も〜我慢できない!子どもを広告塔にするな!原発事故の加害側の悪だくみを止めてみせるぞ!  「原発事故の加害側である国が、自分たちに都合のいいように子どもを利用しようとしています。こんなことがあってはならないと思っています」 千葉さんは事故直後の経験を語った。自分の子に弁当を持たせて学校に通わせたこと。無用な被ばくから身を守るためだったが、まわりの子が給食を食べている中では精神的につらい思いをさせただろうこと。片岡さんも当時を振り返った。 「あの頃は大混乱だったじゃないですか。親も子どもも大変だったと思います。今回の『食育』は単発のイベントとは言え、子どもたちがまた切ない思いをするかと思うと……」 鈴木さんが思いを吐き出した。 「なんで子どもたちを利用するの? 勘弁してほしいですよ!」 3人のすごいところは、県内のすべての市町村に電話で問い合わせてしまったところだ。経産省から出前食育の知らせを受けているか、小中学校で実施する予定はあるか、を手分けして担当者に聞いたという。地道な取材力に脱帽である。トークイベントではその聞き取り結果も披露してくれた。 それによると、3人が調査した時点では県内の7自治体が事業案内を受け取ったが、いわき市などの教育委員会はすでに「実施しない」と回答した。現時点で「実施した」という例は一つもない――ということだった。 出前食育事業はどこへ? 経産省ウェブサイトにアップされている料理教室のチラシ。『ALPS処理水』や『海洋放出』という言葉は使われていない。(経産省ウェブサイトから引用)https://www.meti.go.jp/earthquake/fukushima_shien/event_ryori_fukushima.html  トークイベントが終了し、パソコンの画面を閉じた筆者は腕を組んで考えた。出前食育の事業の期限は3月末である。2月の時点で県内の実施校が一つもないというのはどういうことなのか。これは自分でも調べねばなるまい。 まずは福島市と郡山市の教育委員会に聞いてみた。どちらの担当者も「案内は来ていません」。やはりそうか。次はいわき市だ。市教委学校支援課の担当者はこう話した。「出前講座の件は昨年秋、市の水産課と県の教育庁と、2つのルートから知らせをもらいました。市長部局とも相談した結果、お断りすることになりました」。 断った理由を聞いてみた。「市の学校給食の提供の考え方に合わないと判断したからです。安心・安全な食材の提供が大原則です。ふだんの給食でさえ、福島県産の食材に対して不安を感じる保護者の方もいます。そういう状況で、海洋放出と関連させて海産物の提供を行ったらどうなるのか。状況は不透明です」と担当者は話した。 ちなみにいわき市水産課に問い合わせたところ、「昨年の夏以降、経産省の職員の方と別件で会った時、『実はこんなことも考えているんです』という情報をもらいました。うちは担当ではないのですぐ教育委員会に転送しました」とのことだった。 今度はこの事業を取り仕切っている側に聞いてみよう。テレビCMや出前食育などの広報事業については「原子力安全研究協会」という公益財団法人が連絡窓口になっている。同協会の担当者に学校給食への出前講座の件を聞くと、「現段階で何件実施しているかなどは把握していません。教育委員会や学校の方からご理解をいただくのが難しい面はあると聞いておりますが……」と奥歯に物が挟まったような言い方である。 もしや「実施ゼロ」で終わるのでは? 確認のため、筆者は経産省(原子力発電所事故収束対応室)の担当者に電話した。 筆者「理解醸成に向けた出前食育事業の件はどうなっていますか?」 経産省「あれはですね。地元産品を使用した料理教室などを行う事業です」 筆者「えっ? 事業の公募要領には〈漁業者による出前授業〉や〈学校給食用の食材として提供〉と書いてありましたよね」 経産省「あれは公募時にあくまで事業の一例として挙げたものです。当初はそういうことも想定していましたが、受注業者(博報堂)などとの話し合いの結果、料理教室を開催する方向になりました」 筆者「いくつかの市町村には案内を出したんですよね」 経産省「経産省からの公式な案内といったものは出していないと認識しています。私自身はそういうことをしていませんが、事業内容を検討している段階で経産省の職員が話題にした、というくらいのことはあるかもしれません」 筆者「……」 「学校給食への食材提供」はいつの間にか「料理教室」に様変わりしていたようだ。「はっぴーあいらんど☆ネットワーク」の千葉さんたちだけでなく、いわき市教委や原子力安全研究協会もその変更を知らないのでは……といったモヤモヤを残しつつ、筆者はその料理教室の情報を調べてみた。 参加費無料。保護者と子どもがペアで参加。ただし子どもは小中学生に限定。開催場所は宮城県内の2か所(仙台・利府)といわき市の合計3会場。初日は2月18日土曜日の午前10時半……。 ということで筆者は先日、いわき市中央卸売市場を訪れたのだった。     ◇ ◇ ◇ 「皆さんはどんなお魚料理が好きですか?」「福島県の常磐ものは東京の築地や豊洲の市場でも新鮮でおいしいと評判ですよ!」 調理の前、料理教室の講師が約20分間のレクチャーを行った。常磐ものの魚の紹介や一般の魚介類に含まれる栄養素の説明が続く。 メモをとりながらやっぱりおかしいなと思ったのは、講師の説明の中には「ALPS処理水」や「海洋放出」という言葉が出てこないことだ。イベントの事務局によると、調理実習後に特段の説明は行わないそうなので、参加者が海洋放出について理解を深めるのはこのタイミングしかない。しかし、そんな話題は一切出てこなかった。念のため参加者たちへの配布物も確認してみた。福島の海産物の魅力の紹介はあっても、「ALPS処理水」や「海洋放出」には触れていない。 このことは事前に経産省(原発事故収束対応室)の担当者からも聞いていた。 経産省の担当者「海洋放出への理解醸成が目的ではありますが、放出に反対の方々にもご参加いただける企画にしたいと考えております。安全ですよと大々的に宣伝するというよりも、常磐もの、三陸ものの魅力自体をご理解いただければと思っています」 念のため書いておくが、料理教室自体はすばらしかった。ヒラメの炊き込みごはんやアンコウの沢煮椀、かつおのバターポン酢炒めはきっとおいしかったことだろう。調理台に立つ子どもたちの目は輝いていた。 とは言っても経産省の皆さん、そもそもこの事業のタイトルは「ALPS処理水並びに福島県及びその近隣県の水産物の安全性等に関する理解醸成に向けた出前食育活動等事業」ではなかったのですか? テレビCMでかかげたキャッチフレーズ、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉の精神はどこへ行ってしまったのですか? 経産省は地元福島の複雑さに理解を ここまでの取材結果をまとめてみよう。 経産省は当初、学校給食への食材提供などを意図していた。しかし、いわき市など地元自治体が「実施しない」という意思を表明したからか、その計画は「料理教室」へとスライドしていった。料理教室の実施スケジュールは2月18日~3月19日の週末だ。ぎりぎり2022年度内に事業を終えることになる。 もちろん筆者は「もっと積極的に子どもたちに海洋放出をPRせよ」という意見ではない。ただ、〈ALPS処理水並びに水産物の安全性等に関する理解醸成〉と銘打っておきながら、単なる料理教室では筋が通らないのも明らかだ。これだったら経産省がやる仕事ではない。 原発事故以来、福島県内に住むたくさんの親たち、子どもたちが学校給食について悩んできたと聞く。筆者も側聞しているだけなので偉そうなことは言えないが、察するに経産省はこうした福島の人びとの切なさ、複雑さを十分に理解していなかったのではないか。 今回の「出前食育」事業を経てそうした点に気づいたならば、「今年の春から夏頃に開始する」としている海洋放出について、より一層の慎重さが必要なことにも思い至ってほしい。 ちなみに、実は料理教室のほかにもう一つ、「出前食育」の予算枠を使ったイベントがあるそうだ。 タイトルは「相馬海の幸まつり」(開催は2月25、26日と3月4、5日)。「浜の駅松川浦」などのイベント会場では地元の海産物やしらすご飯が振る舞われ、「小中学生限定」の浜焼き体験ではイカの焼き方を知ることができるという。 チラシには〈楽しく食育体験!〉と書いてあった。〈ALPS処理水〉や〈海洋放出〉という文字はなかった。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 あわせて読みたい 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」