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震災・原発事故

  • 避難区域除染で堆積物を放置!?

    避難区域除染で堆積物を放置!?

     9月号の情報ファインダーで「除染のあり方を環境省に問う住民」という記事を掲載した。内容は次のようなもの。  浪江町に土地・建物を持つAさん(住まいは浪江町ではないが、帰還困難区域の住民で、同町内に不動産を有している。実際の名義人はAさんではなくその家族)が、「自身の所有地周辺で不適切な除染が行われていた」として環境省と話し合いを行っているという。  具体的には、Aさんの所有地の隣が竹林になっており、そこは別の所有者の土地だが、自身の敷地から覗き込むと、堆積物が放置されているのが目に付いた。Aさんの所有地の竹林と面する側は、かなり放射線量が高いため、環境省に「不適切除染ではないのか」、「何とかしてほしい」と求めているのだという。  もしかしたら、竹林の所有者が「この部分(堆積物がある場所)はそのままにしておいてほしい」と依頼した可能性もあるため、それだけで「不適切除染」と断定することはできない。  ただ、Aさんからしたら、「せっかく自身の敷地を除染してもらっても、隣接地がそんな状況では意味がない」として、環境省に説明・対応を求めているようだ。 Aさん所有地の隣の竹林に放置された堆積物(環境省がAさんに提出した資料より)  この間、Aさんは環境省と文書や直接の面談で説明・対応などを求めてきたが、前号の記事掲載時点では、「まだ最終的な報告や、こう対応しますということは示されていない」とのことだった。  その後、8月30日付で環境省から回答があった。  内容は以下のようなもの。  ○除染業者にヒアリングを行ったところ、森林除染において、残置物があった場合、一般的な片付け等は実施せず、残置物の上の堆積物を除去しているが、作業上支障となるものについては企業努力により集積することもある。  ○本件の除染では、残置物の上の堆積物をそのままの状態で除去し、あるいは残置物を移動して堆積物を除去していたと考えられる。  ○事業者に確認したところ、竹や残置物が残された状態でも、適正な除染は実施されていると推察されるとの回答だった。一方で、当時の施工記録が十分に残されていない(※除染が行われたのは2013年度)中で、本件の除染が適正に実施されたという確証もないと認識している。  ○明確な不適正除染が行われたと判断するには至らないが、今回(Aさんから)指摘があったことを踏まえ、信頼性のある施工管理、適正な除染の実施に努めていく。  「当時の施工記録が十分に残されていない中、本件の除染が適正に実施されたという確証がない」としつつ、「明確な不適正除染が行われたと判断するには至らない」との回答にAさんは納得していない。  Aさんと直接やり取りをした環境省福島地方環境事務所の担当者は「個人情報もありますので、個別の案件についてはコメントを控えさせてください」とのことだった。  Aさんは「これから、帰還困難区域(特定帰還居住区域)の除染が行われることになると思うが、そういった不備がある除染が行われるようでは意味がない。そうした点からも、環境省には形式的なものでなく、意味のある除染をしてもらいたい。私自身の問題についても、納得いくまで環境省と協議したいと思っている」と話した。

  • 田村市の新病院工事問題で新展開

    田村市の新病院工事問題で新展開

     7月に開かれた田村市議会の臨時会で、市が提出した新病院の工事請負契約に関する議案が反対多数で否決されたことを先月号で伝えたが、その後、新たな動きがあった。 安藤ハザマとの請負契約が白紙に 田村市船引町地内にある新病院建設予定地  新病院の施工予定者は、昨年4~6月にかけて行われた公募型プロポーザルで、選定委員会が最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマを選んだ。しかし、これに納得しなかった白石高司市長は最優秀提案者に安藤ハザマ、次点者に鹿島と選定委員会の選定を覆す決定をした。これに一部議員が猛反発し、昨年10月、百条委員会が設置された。  今年3月、百条委は議会に調査報告書を提出したが、その中身は法的な問題点を見つけられず、白石市長に「猛省を促す」と結論付けるのが精一杯だった。  そうした因縁を引きずり迎えた7月の臨時会は、直前の6月定例会で新病院に関する予算が賛成多数で可決していたこともあり、安藤ハザマとの工事請負契約も可決するとみられていた。ところが、結果はまさかの否決。白石市長が反対に回った議員をどのように説得するのか今後の対応が注目されたが、本誌に飛び込んできたのは予想外の情報だった。  「市は6月下旬に安藤ハザマと仮契約を結んだが、白紙に戻し入札をやり直すというのです」(経済人)  議会筋によると、7月下旬に開かれた会派代表者会議で市から入札をやり直す方針が伝えられたという。今後、6月定例会で可決した新病院に関する予算を減額補正し、新たに入札を行って施工予定者を選び直す模様。設計はこれまでのものを踏襲するか、若干の変更があるかもしれないという。  「安藤ハザマは今回の新病院工事で、地元企業に十数億円の仕事を発注する予定だったが、船引町商工会に『契約が白紙になったため、地元発注ができなくなった』と連絡してきたそうです」(前出・経済人)  船引町商工会の話。  「8月上旬に安藤ハザマから連絡がありました。市から契約白紙を告げられたそうです。担当者からは繰り返し謝罪されたが、経済が落ち込む中、地元企業に様々な仕事が落ちると期待していただけに残念でなりません」(白石利夫事務局長)  船引町商工会では安藤ハザマと取引を希望する地元企業から見積もりを出してもらうなど、同社とのつなぎ役を務めていた。ガソリンスタンド、車両のリース、弁当など様々な業種から既に見積もりが寄せられていただけに「取引がなくなり、皆落胆しています」(同)という。  市のホームページによると、新病院は2023~24年度にかけて工事を行い25年度に開院予定となっているが、議会筋によると、入札をやり直せば工事は24年夏~26年夏、開院はその後にずれ込む。予定より1年以上開院が遅れることになる。  「白石市長は否決された工事請負契約を可決させるため、反対した議員を説得すると思われたが、そうした努力を一切せずに入札やり直しを決めた。一方、反対した議員も、当初計画より工事費が高いことを理由に否決したが、これ以上工事が遅れれば物価高やウクライナ問題のあおりで工事費はさらに割高になる。白石市長も反対した議員も新病院が必要なことでは一致しているのに、互いに歩み寄らなかった結果、『開院の遅れ』と『工事費のさらなる増額』という二つの不利益を市民に強いることになった」(前出・経済人) 白石高司市長  入札をやり直して開院を遅らせるのではなく、政治的な協議で軌道修正を図り、予定通り開院させる方法は取れなかったのか。  市内では「互いに正論を述べているつもりかもしれないが、市民の立場に立って成熟した議論ができないようでは話にならない」と冷めた意見も聞かれる。白石市長も議会も猛省すべきだ。 ※新病院建設を担当する市保健課に問い合わせると「安藤ハザマとの契約はいったんリセットされる。今後どのように入札を行うかは9月定例会など正式な場でお伝えすることになる」とコメントした。 あわせて読みたい 【田村市】新病院施工者を独断で覆した白石市長 【田村市百条委】呆れた報告書の中身 白石田村市長が新病院施工業者を安藤ハザマに変えた根拠 【田村市】新病院問題で露呈【白石市長】の稚拙な議会対策

  • 動き出した「特定帰還居住区域」計画

    動き出した「特定帰還居住区域」計画

     原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする政府方針が決まった。それに先立ち、今年度内に、大熊町と双葉町で先行除染が行われる予定で、大熊町では8月に対象住民説明会を実施した。 先行除染の費用は60億円 先行除染の範囲(福島民報3月2日付紙面より)  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。  一方、帰還困難区域は、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)に指定し、除染や各種インフラ整備などを実施。JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは葛尾村が昨年6月12日、大熊町が同6月30日、双葉町が同8月30日、浪江町が今年3月31日、富岡町が同4月1日、飯舘村が同5月1日に解除された。  ただ、復興拠点は、帰還困難区域全体の約8%にとどまり、残りの大部分は解除の目処が全く立っていなかった。そんな中、国は今年6月に「福島復興再生特別措置法」を改定し、復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定め、2020年代(2029年まで)に住民が戻って生活できることを目指す方針を示した。  それに先立ち、今年度内に大熊町と双葉町で先行除染が行われることになった。昨年実施した帰還意向調査結果や特定復興再生拠点区域との位置関係、放射線量などを考慮し、大熊町の下野上1区、双葉町の下長塚行政区と三字行政区が先行除染の候補地とされた。  これを受け、大熊町は8月19、20日に住民説明会を開催した。非公開(報道陣や対象行政区以外の町民は参加不可)だったため、内容の詳細は分かっていないが、町によると「国(環境省)を交えて、対象行政区の住民に概要や対象範囲などについて説明を行う」とのことだった。  ある関係者によると、「だいたい80世帯くらいが対象になるようだが、実際の住まいとしては20軒くらい。同行政区の帰還希望者の敷地は除染・家屋解体などを行う、といった説明がなされたようです」という。  先行除染が行われることが決まったのは今年春。その時はまだ「特定帰還居住区域」案などを盛り込んだ「福島復興再生特別措置法」の改定前だったが、先行除染の範囲などは、住民の帰還意向調査などに基づいて、国と当該町村が協議して決める、としており、ようやく詳細に動き出した格好だ。なお、国は先行除染費用として今年度当初予算に60億円を計上している。 復興拠点内外が点在 下野上1区の集会所と屯所  先行除染が行われる下野上1区は、JR大野駅の西側に位置する。同行政区は約300世帯あるが、復興拠点に入ったところとそうでないところがあるという。前出の関係者によると、復興拠点外は約80世帯で、当然、今回の先行除染は同行政区の復興拠点から外れたところが対象になり、復興拠点と隣接している。県立大野病院と常磐道大熊ICの中間当たりが対象エリアとなる。  同行政区の住民によると、「アンケート(意向調査)で、下野上1区は帰還希望者が比較的多かった。そのため、先行除染の対象エリアに選ばれた」という。 同町では、昨年8月から9月にかけて、「特定帰還居住区域」に関する意向調査が行われた。対象597世帯のうち340世帯が回答した。結果は「帰還希望あり」が143(世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされる)。「帰還希望なし」(世帯全員が帰還希望なし)が120、「保留」が77だった。  回答があった世帯の約42%が「帰還希望あり」だった。ただ、今回に限らず、原発事故の避難指示区域(解除済みを含む)では、この間幾度となく住民意向調査が実施されてきたが、回答しなかった人(世帯)は、「もう戻らないと決めたから、自分には関係ないと思って回答しなかった」という人が多い。つまり、未回答の大部分は「帰還希望なし」と捉えることができる。そう考えると、「帰還意向あり」は25%前後になる。さらに今回の調査では、世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされるため、実際の帰還希望者(人数)の割合は、もっと低いと思われる。  そんな中でも、下野上1区は帰還希望者が比較的多かったため、先行除染の対象になったということだ。  前述したように、同行政区内では、復興拠点に入ったところとそうでないところが混在している。そのため、向こうは解除されたのに、こっちは解除されないのは納得できないといった思いもあったに違いない。そんな事情から、同行政区は帰還希望者が比較的多かったのだろう。  国は7月28日、「改定・福島復興再生特別措置法」を踏まえた「福島復興再生基本方針」の改定を閣議決定した。特定帰還居住区域復興のための計画(特定帰還居住区域復興再生計画)の要件などが定められている。これに基づき、今後対象自治体では、「特定帰還居住区域」の設定、同復興再生計画の策定に入る。同時に、大熊・双葉両町で先行除染が開始され、2029年までの避難解除を目指すことになる。  ただ、以前の本誌記事も指摘したように、帰還困難区域の除染が、原因者である東電の責任(負担)ではなく、国費(税金)で行われるのは違和感がある。帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるのが筋で、そうではなく国費で除染などをするのであれば、その恩恵を享受する人(帰還者数)に見合った財政投資でなければならない。

  • 海洋放出にお墨付き【IAEA】国際基準のずさんな内容【尾松亮】

    海洋放出にお墨付き【IAEA】国際基準のずさんな内容【尾松亮】

     海洋放出にお墨付きを与えたとされる国際原子力機関(IAEA)の包括報告書。そこにはどのようなことが書かれているのか。世界の廃炉政策を研究しており、本誌で「廃炉の流儀」を連載している尾松亮さんに解説してもらった。  政府は海洋放出を正当化する根拠として国際原子力機関(IAEA)の報告書(7月4日発表包括報告書)を引き合いに出す。この包括報告書で、IAEAが海洋放出計画を「国際基準に沿ったもの」と認め、お墨付きを与えたというのだ。  例えば、8月1日に行われた茨城沿海地区漁業協同組合連合会との面会で、西村康稔経済産業大臣はこの報告書を持ち出し「放出に対する日本の取り組みは国際的な安全基準に合致している」と説明した(8月2日付NHK茨城NEWS WEB)。  海洋放出計画は「国際基準に合致している」と、各紙各局の報道は繰り返す。  しかし、根拠となった「国際基準」とはどんなもので、何をすれば国際基準に合致すると見なされるのか、そのことを詳しく伝える報道は少なくとも日本では見たことがない。  海洋放出推進の論拠となっているIAEA包括報告書で、その「国際基準」への整合性はどのように証明されているのか。 ①【IAEA包括報告書とは】和訳なし、結論部分だけが報じられる  2023年7月4日、IAEAは「福島第一原子力発電所におけるALPS処理水安全レビューに関する包括報告書」(※) を発表した。 ※IAEA “COMPREHENSIVE REPORT ON THE SAFETY REVIEWOF THE ALPS-TREATED WATER AT THE FUKUSHIMA DAIICHI NUCLEAR POWER STATION” https://www.iaea.org/sites/default/files/iaea_comprehensive_alps_report.pdf  2021年4月にALPS処理水海洋放出を決定した直後、日本政府はIAEAに対して「処理水放出計画を国際的安全基準の観点から独立レビュー」するよう要請した。その要請を受けて実施されたIAEAレビューの内容をまとめたのがこの包括報告書である。  これは付録資料含め全129頁の英文による報告書。発表から1カ月以上経過した8月下旬時点で外務省や経産省のホームページを見ても報告書全体の和訳は無い。数枚の日本語要旨がつけられているだけである。「英語が読めない住民は結論の要約だけ読んで信じれば良い」と言わんばかりである。 表1:IAEA包括報告書の主な構成 章章タイトル1章導入2章「基本的安全原則との整合性評価」3章「安全要求事項との整合性評価」4章モニタリング、分析及び実証5章今後の取り組み  そして日本の報道機関は、この報告書の中身を分析することなく「国際基準に合致」「放射線影響は無視できる程度」という結論部分だけを繰り返し伝えている。  この結論を読むとき、疑問を持たなければならない。メルトダウンした核燃料に直接触れた水の海への投棄を認める「国際基準」とは何ものか? どういう取り組みをしたら、国際安全基準に合致していると言えるのか? その適合評価は十分厳しく行われたのか?  この報告書で処理水海洋放出計画の「国際基準(国際機関であるIAEAが定めた基準)」との整合性をチェックしているのは、主に第2章(「基本的安全原則との整合性評価」)及び第3章(「安全要求事項との整合性評価」)である。  「国際基準に合致」と言われれば、さも厳しい要求事項があり、東電と政府の海洋放出計画はそれらの要求事項を「全て満たしている」かのように聞こえる。しかし報告書の内容を読むと、この「国際基準」がいかに頼りないものであるかが明らかになる。  本稿ではこれら整合性評価で特に問題のある部分について紹介したい。 ②【基本原則との適合評価】こんな程度で「合致」を認めるのか?  例えば2章1節では、「安全性に対する責任」という基本原則との整合性が確認される。 表2:2章で整合性評価される基本的安全原則 節番号項目2.1安全性に対する責任2.2政府の役割2.3安全性に関するリーダーシップとマネジメント2.4正当化2.5放射線防護の最適化2.6個人に対するリスクの制限2.7現世代及び将来世代とその環境の防護2.8事故防止策2.9緊急時対策と対応策2.1現存被ばくリスクを低減するための防護策  これは「安全性に対する一次的責任は、放射線リスクを引き起こす活動あるいは施設の責任主体である個人あるいは組織が負わなければならない」という原則(IAEA国際基準の一つ)である。この原則について適合性はどうチェックされたか、該当箇所を見てみたい。  「日本で定められた法制度および規制制度の枠組みの下、東京電力が福島第一原子力発電所からのALPS処理水の放出の安全性に対する一次的責任を負っている」(包括報告書15頁)。つまり「海洋放出実施企業が安全に対する責任を負う」というルールさえ定めれば、「国際基準に合致」となるのだ。  2章2節は「政府の役割」という基本原則との整合性評価である。これは「独立規制組織を含む、安全性のための効果的な法制度上及び政府組織面での枠組みが打ち立てられ維持されていなければならない」という基本原則。これについてIAEAはどう評価したか。  「原子力規制委員会は独立規制組織として設立され、その責任事項には、ALPS処理水の海洋放出のための東京電力の施設及び活動に対する規制管理についての責任も含まれる」(同17頁)として、「基準合致」を認めてしまう。規制委員会があるからOKというのだ。  2章8節では「核災害または放射線事故を防止するとともに影響緩和するためにあらゆる実践的な取り組みが行われなければならない」という基本原則との整合性が確認される。ここでIAEAは「放出プロセスを管理しALPS処理水の意図せぬ流出を防ぐために東京電力によって安全確保のための堅実な工学的設計と手続き上の管理が行われている」(同29頁)として「原則合致」を認めている。その根拠として、非常時に海洋放出を止める停止装置(Isolation Valves等)があることを挙げている。非常用設備と事故防止計画があるから「基準合致」というのだ。東電のように何度も設備故障を起こし、安全基準違反を繰り返してきた企業に対して、「設備が用意されているから基準合致」というのは甘すぎるのではないか?  ここまで読んで「おかしい」と思わないだろうか? これら「基本原則」は、原子力施設を運営する国や企業に求められる初歩中の初歩の制度整備要求でしかない。これらを満たせば海洋放出計画も「国際基準に合致」ということになるのなら、ほぼ全ての原発保有国は「基準合致」のお墨付きをもらえる。 ③【安全要求事項との適合評価】40年前の基準でも科学的?  3章では「安全性要求事項」との整合性がチェックされている。 表3:3章で整合性評価される安全性要求事項 節番号項目3.1規制管理と認可3.2管理放出のシステムとプロセスにおける安全に関する側面3.3汚染源の特性評価3.4放射線環境影響評価3.5汚染源および環境のモニタリング3.6利害関係者の参画3.7職業被ばく防護  例えば3章4節では、東電の「環境影響評価」がIAEAの基準に沿って実施されているかチェックしている。この東電の「放射線環境影響評価」は、IAEAが「(処理水海洋放出による)人間と環境への影響は無視できる程度」と結論づける根拠となったものだ。  例えば、IAEAの基準「放射線防護と放射線源の安全:国際基本安全基準」(GSR Part3)には、影響評価について次のような規定がある。「安全評価は次のような形で行われるものとする。(a)被ばくが起こる経路を特定し、(b)通常運転時において被ばくが起こりうる可能性とその程度について確定すると共に合理的で実践可能な範囲で、あり得る被ばく影響の評価を行う」(同60頁)  これら基準に定められた評価項目を扱い、定められた手続きに沿って「環境影響評価」を実施すれば、この「国際基準に合致」したことになる。当該環境影響評価が、将来にわたる放射線影響リスクを網羅的かつ客観的に提示することまでは求められていない。そもそも網羅的な影響評価は不可能であり、不確実性が残ることは最初から許容されている。  例えばIAEAは、内部被ばくの影響評価に際して、極めて簡略化された推定値を用いることを容認している。具体的に言えば、国際放射性防護委員会(ICRP)の基準に基づき(1)カレイ目の魚類、(2)カニ、(3)昆布科の海藻、の3種類の海産物を通じた内部被ばくを評価すれば是とする。そして影響評価に際して用いる濃縮係数(汚染された海水からどの程度の放射性物質が水産物に取り込まれるかの指標)については、「魚類の濃縮係数はデータが不足しており不確実である」(同83頁)と認めている。IAEAは「海産物の摂取が主な被ばく源となる」(同72頁) と認めながらも、不確実性の高い内部被ばく評価で合格を与えているのだ。  東京電力は、水産物を通じた内部被ばく評価に際してIAEA技術報告書(TRS―422)に示された濃縮係数を用いている。水産物からの内部被ばくを評価する際に要となるのがこの濃縮係数だ。しかし、技術報告書TRS―422(2004年時点)に示された濃縮係数は20年も昔の数字であることを考慮しないといけない。さらにTRS―422に示された濃縮係数の多くは、前版である1985年の技術報告書(TRS―247)から更新されていない。「多くの要素について、完全な更新はこれまでのところ不可能で、そのためTRS―247に掲載された値が依然として現時点での最良の推定値となっている」(TRS―422、29頁)とIAEAが認める。つまり、ほとんどの値が1985年時点の推定値なのだ。  汚染された海水からどの魚種にどの程度の濃度で放射性物質が濃縮されるのか、の知識は40年近くの間IAEAの基準の中で更新されていない。それでもこの基準に依拠して内部被ばく推定を行えば、「国際基準に合致した科学的な評価」ということになってしまうのだ。  セシウムやストロンチウムを総量でどれくらい放出するのかも分かっておらず、トリチウムの放出量すら粗い推定値しかない。こんな前提条件で科学的・客観的な環境影響評価ができるはずがないのだ。この「国際基準」そのものに相当の欠陥があると言わざるを得ない。 ④「正当化」基準への適合は認められていない  重要な国際基準の一つについてはチェックすらされていない。この「包括報告書」のなかでIAEA自身が、安全基準の一つである「正当化(Justification)」について評価を放棄したことを認めている。「今回のIAEAの安全レビューの範囲には、海洋放出策について日本政府が行った正当化策の詳細に関する評価は含まれない」(同19頁)という。(詳しくは本誌8月号)  「正当化」とは「実施される行為によりもたらされる個人や社会の便益が、その行為による被害(社会的、経済的、環境的被害を含む)を上回ることを確認する」ことを求める基準(GSG―8)である。今回の場合で言えば「海洋放出により個人や社会が受ける便益は何か」「その便益は海洋放出によってもたらされる社会的、経済的被害を上回るものであるか」の確認と立証が求められる。この「正当化」基準に沿った評価が行われていないことについては内外の専門家から指摘がある。  これについて日本政府は「正当化」基準を考慮したと主張する。外務省の英文報告書(2023年7月31日)では「便益について、日本政府はALPS処理水の放出は2011年東日本大震災被災地の復興のために欠かせないものであると結論づけた。被害に関しては(中略)日本政府の考えでは海洋放出が環境や人々に否定的な影響を与える可能性は極めて低い」と述べる。  海洋放出が復興にどのように寄与して定量的にどんな便益をもたらすのか。風評被害や社会的影響も含めた害はどの程度になり、それを便益が上回るものなのか。IAEAの基準に沿った「正当化」が行われた形跡は全く見えない。  金科玉条のように振りかざされる「国際基準に合致」とは、こんな程度のことなのだ。  全文和訳を作らない政府とIAEA、内容を検証せず結論部だけ繰り返す報道機関ともに、このずさんな報告書の内容を国民から隠そうとしているようにしか見えない。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。

  • 大義なき海洋放出【牧内昇平】福島第一原発のタンク群(今年1月、代表撮影)

    大義なき海洋放出【牧内昇平】

     8月24日、政府と東京電力は福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出を始めた。約束を守らず、急いで流す必要はなく、代替案を検討する余地もあった。筆者は「大義なき海洋放出」だと思っている。反対する人びとは直前まで街頭で声を上げ、中止や再検討を求め続けていた。直前1週間の取材日記を紹介する。 反対派の声でつづる直前1週間  【8月17日】  午後2時、国会の衆議院第一議員会館。国際環境NGOのFOEジャパンらが経済産業省や東電の担当者と面会した。同団体の事務局長、満田夏花氏が険しい表情で切り出す。  「原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、反論として挙げられている水和熱の発生は分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがですか」  福島市内の自宅にいた筆者はオンラインでこの会合を視聴した。淡い期待を抱いていた。海洋放出の代替案が議題の一つだったからだ。汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないだろう。可能な限り他の選択肢を検討すべきだ。マスメディアはほとんど報じないが、海洋放出の他にも汚染水処分のアイデアはある。有力なのが大学教授やプラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」による「モルタル固化による『半地下』埋設」案である。  コンクリートやモルタルが固まる時には材料の水とセメントが反応して水和熱が生じる。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも大気中に出ていってしまう。経産省が汚染水の処分方法を検討した「ALPS処理水の取扱いに関する小委員会」では、水和熱が固化案の課題の一つとされた。「抑制剤を入れれば蒸発量は少ない」という満田氏の指摘に対し、東電はこう答えた。  東電の担当者「固化時の水分蒸発のみが課題ではございません。また、ご指摘の水和熱の発生に対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法が根本的な解決にはならないと考えています」  この説明に対して原子力市民委員会に所属するプラント技術者、川井康郎氏が反論した。  「たしかに水和熱は発生します。ただ、あくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。抑制剤を使えば影響は些末です。水分の蒸発がゼロにはなりませんが、含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。対して海洋放出というのは、タンクにたまる約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。その際のトリチウムの量と、固化時の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えてモルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません」  満田氏「水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?」  東電の担当者「ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。20年に小委員会報告書が出されていて、そこでは地下埋設という処分方法については《規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い》と書かれていたと認識しております」  筆者は驚いた。蒸発量のデータを持たないまま、「水分が蒸発するからダメ」と説明していたことが判明したからだ。市民側の追及は続く。  満田氏「小委員会などで議論されていたのは『地下』埋設です。原子力市民委員会が提案しているのは『半地下』案です。モニタリングが難しいとか、費用がかかるとか、地下埋設の弱点を改善した案なんです。それについて一顧だにせず、公の場で議論してきませんでした。にもかかわらず『すでに議論したからいいんだ』という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います」  東電の担当者「我々としては報告書の結果を受けて海洋放出が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところです」  東電の言い分としては「政府の方針に従っているだけだ」ということ。これはこれで正しい。説明責任は日本政府にある。  満田氏「経産省さんはいかがでしょうか」  経産省の担当者「ええと……処分方法の決定にあたっては6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります……」  経産省からの回答はこれだけだった。これには市民委員会のメンバーで、かつて原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒った。  後藤氏「小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言いますが、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば存在価値がない!」  経産省からは何の反論もない。筆者はため息をついてパソコンを閉じた。真摯な議論が聞けると思ったのに期待を裏切られたからだ。この日の会合取材ではっきりしたのは、経産省も東電も代替案をまじめに考えていないことだ。FOEジャパンは事前に質問状を渡していたという。回答を準備する時間はあったはずだ。代替案が検討されないまま、海洋放出が唯一の選択肢であるかのように事態は進んでゆく。  午後5時半、岸田首相は日米韓首脳会談に出席するため、政府専用機で米国に向かった。  首相官邸前に市民が集結 海洋放出反対のボードを掲げる首相官邸前アクションの参加者(8月18日、牧内昇平撮影)  【8月18日】  筆者は新幹線に乗って東京へ。午前10時、東京都千代田区の首相官邸前には200人を優に超える市民たちが集まっていた。うだるような暑さの中、横断幕やプラカードを掲げる。  《約束を守れ!》《安全な陸上で保管できる》《福島は怒っている 汚染水ながすな》  海洋放出に反対する市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議」(これ海)と「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」が主催した首相官邸前アクションだ。三春町の武藤類子さんがマイクを握った。  「今日岸田首相は日米韓首脳会談のためにアメリカに行っています。しかし、岸田首相が聞くべき声はバイデン大統領やユン大統領の意向ではありません。聞くべきは漁業者をはじめとする原発事故の被害者、国内の市民の声、そして海でつながる他の国々の市民の声だと思います」  その通りだ。続いて「これ海」共同代表、いわき市の佐藤和良さんがスピーチを行う。  「全国の漁業者が一丸となって反対し続けているではありませんか。そしてまた福島県民はじめ多くの原発事故被害者が、この放射性液体廃棄物の海洋投棄に反対しているんです。東日本大震災で塗炭の苦しみを味わって12年、ここまできました。沿岸漁業もようやく震災前2割の水揚げに至ったばかりです。ここで汚染水を流されたら生業が成り立ちません。会津には『什の掟(じゅうのおきて)』というものがあります。『ならぬことはならぬものです。嘘を言うことはなりませぬ』。岸田首相にこの言葉を贈ります!」  参加者たちは炎天下の官邸前から参議院議員会館に移動し、集会を続けた。急に冷房が効いた場所へ入り、汗で濡れたシャツが冷たくなる。いわき市の米山努さんが話した。時折涙ぐんでいる。米山さんはかつて筆者に、「海洋放出は福島県民にとって末代への恥だ」と指摘していた。放出が間近に迫り、胸が締めつけられる気持ちなのだろう。  「私は海産物が好きですから毎日のように近くの海で獲れたアイナメとか、いろいろな魚を食べています。トリチウムは有害であることをはっきりと言っておきたいと思います。政府は問題ないと宣伝していますが、資料を調べれば調べるほど有害性にどきっとします。たとえばトリチウムは人体の臓器の中では脳にとどまることが多いようです。また、有機物に結合したトリチウムが体内に取り込まれた場合、生物学的半減期(代謝や排せつで半分に減るまでの期間)は100~600日くらいだそうです。長く体内にとどまり、細胞のごく近くでトリチウムのベータ線を放出し続けるわけです」   「これ海」共同代表、いわき市の織田千代さんはこう話した。  「海は世界につながる豊かな命のかたまりです。放射能を流し続けるという無謀なことを日本政府が行っていいはずがありません。事故を経験した大人の責任として、未来の子どもたちにきれいな海を手渡したい、約束を守ることの大切さを伝えていきたいと思うのです。海洋放出はやめてと叫び続けましょう」  織田さんは叫び続けてきた。2年前の4月13日に政府が海洋放出方針を決めて以来、「これ海」は毎月13日に反対行動を続けてきた。伝わらないもどかしさを感じながら、それでも声を上げ続ける姿勢に筆者は敬意を抱く。この声はいつになったら政府に届くのか。岸田首相はこの日の午後、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着。 岸田首相に向けて「反対」の声 【8月19日】  福島に戻った筆者は朝からやる気が出ない。前日からこんなニュースばかりだからだ。  《岸田首相は福島第一原発を20日にも訪問する方向で最終調整に入った。(中略)首相は近く関係閣僚会議を開き、月内にも放出開始の日程を判断する》(19日付福島民報)  本誌編集部の志賀哲也記者から一報をもらった。「不確実な情報ですが、岸田首相は朝、新幹線でJR郡山駅に来て、帰りはいわき駅から特急に乗って帰るようです」。  海洋放出に反対する人びとはこの情報をつかんでいるだろうか。心配が頭をかすめたが、間違っていたら悪いので、とりあえず経過を見守るしかない。志賀記者が郡山駅で写真をおさえ、私は原発付近に向かうことにした。  【8月20日】 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1693071630145335489 岸田首相に海洋放出反対を訴えた宍戸さん(8月20日、牧内昇平撮影)  午前9時半、岸田首相が郡山駅に到着。志賀記者の情報はビンゴだった。反対する人びとの集会は開かれていないという。やはり情報が入っていないのだ。首相は直接、反対の声を聞くべきだ。筆者は福島市に住む宍戸幸子さんに電話をかけた。連日のように街頭で放出反対を訴えている宍戸さんなら一緒に来てくれると思ったからだ。「情報が正確だと分かりました。宍戸さん、今から出られますか?」「もちろん!」。原発の近くから福島市に引き返し、宍戸さんと合流していわき駅へ向かった。  正午すぎ、いわき駅に到着。警察官が歩き回っているなか、改札を出たところの広場で首相の到着をひたすら待つ。午後3時すぎ、特急ひたちのホームに降りようとする集団を発見。中央に首相の姿を認める。カメラを構えながら宍戸さんに「来た!」と叫んだ。宍戸さんは一瞬「どこ?」と戸惑ったが、気を引き締めて大きな声で叫んだ。  「海洋放出は絶対反対ですから!反対ですから!」  新聞紙で覆っていた手書きのポスターをかかげる。《反対してるのに! 海洋放出するな》  首相の姿が見えたのはわずか数秒だった。宍戸さんの叫び声は届いただろうか? 岸田首相はこの日、原発構内で東電の最高幹部たちと面会、報道対応を行った。しかし、福島の人びとと語り合う時間はつくらなかった。 【8月21日】  午後2時、福島市内の杉妻会館で「福島円卓会議」が始まった。海洋放出や廃炉の問題を議論するために県内の有識者や市民が集まった会議だ。ホールには事務局長の林薫平・福島大准教授の声が響いた。  「一、今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである。二、地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない。三……」  林氏が読み上げたのは「緊急アピール」の文案だった。円卓会議はこの夏に発足。7月11日と8月1日に会合を開き、この日が3回目だ。議論を重ねるにはまだ時間が必要だったと思うが、事態は急を要するため、緊急アピールを発出することになったという。参加した市民たちと約2時間にわたる意見交換を行い、その場でアピールの文面を固めた。  この会議がもっと早く始まってくれればよかったのに、と筆者は思う。だが、内堀雅雄福島県知事が海洋放出に対する賛否を示さず、結果的に政府・東電の計画を追認してしまっているのが現状だ。地元福島の有識者・市民が自主的に集まり、意思表明することには大きな価値がある。  誰でも会議に参加でき、挙手すれば意見を述べられるという進行方法もいいと思う。事務局は政府や東電にも会議への出席を求めてきたという。しかし、これまでの会議には誰も参加していないようだ。ここでも「丁寧に説明する」という政府・東電の言葉がいい加減なものだとわかる。  午後4時、岸田首相は全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長を官邸に呼んだ。福島県漁連の専務理事も同席した。着々と地ならしが進んでいく印象。 決して賛否を示さない内堀知事 筆者の質問に答える内堀雅雄知事(写真中央、8月22日、牧内昇平撮影) 【8月22日】  午前10時、関係閣僚等会議が開始。岸田首相が「具体的な放出時期は8月24日を見込む」と発表する。  午後になって頼みの志賀記者から連絡が入った。2時半から西村康稔経産相が県庁を訪ね、内堀知事と吉田淳・大熊町長、伊澤史朗・双葉町長と面会するとのこと。県庁に取材を申し込んだら「経産省のほうで受け付けを行っています」とにべもない。しかも経産省はすでに申し込みを締め切ったという。  西村氏に続いて東電ホールディングスの小早川智明社長が内堀知事ら3氏と面会した。終了後、報道陣への取材対応の時間があった。筆者と内堀氏のやりとりを再現する。  筆者「フリーランスの牧内といいますが、何点かうかがいます」  内堀氏「すみません。時間の関係があるので一点でお願いします」  筆者「一点?」  内堀氏「はい」  筆者「これまで何度も聞かれていると思いますが、そもそも内堀さんは海洋放出に賛成なんでしょうか、反対なんでしょうか。理解を示しているのでしょうか、示していないのか。その点を明らかにしてもらいたいと思います」  内堀氏「はい。今ですね、二つの中の選択肢で選んでくれというお話をしました。今日私が経済産業大臣そして東京電力の社長にお話した内容、非常に複雑多岐な内容を含んでいます。漁業者の皆さんの思いも含んでいます。また、処理水の海洋放出に反対の方の意見も入っています。一方でまさに立地自治体であったり、避難地域12市町村の復興を前に進めたい、あるいは福島県の風評というものをしっかりなくしていきたいという県民の皆さんの思いも入っています。二つの選択肢の中のどちらかを選ぶということは、原子力災害の問題では極めて困難だと考えています。そのうえで広域自治体である県としては、それぞれの立場の真剣な思いというものを福島県の意見の中に取り入れつつ、これまで政府高官に対する要請を21回、また、復興推進委員会、復興再生協議会等の場において26回、この2年4カ月の間にお話をしてきました。一言で結論を出すことが難しい。それがこの原子力災害の葛藤だと考えています」  筆者「政治家としては決断を下すのが仕事だと……」  内堀氏(再質問している筆者から目を背けてほかの新聞記者を指し)「お願いします」  県庁の広報担当「一問限りでお願いいたします」  筆者「ダメなんですか?」  県庁の広報担当(無回答のまま)「じゃ、河北新報さん」  内堀氏(河北の記者のほうを向いて)「どうぞ」  この期に及んで内堀氏は海洋放出の是非について判断を示さなかった。「原子力災害の問題は二つの選択肢のどちらかを選ぶのが極めて困難だ」と言う。だが、いろいろな人と話し合ったうえで正解のない問題に決断を下すのが政治家の仕事だろう。福島県には原子力緊急事態宣言が出されている。まさに今、原子力災害は継続中である。「どちらかを選べない」人が行政トップの座に就いていて大丈夫だろうか(ちなみに複数質問した記者もいたことを付記しておく)。 注目される差し止め訴訟 【8月23日】  「今年の5月から裁判を準備してきました。原告数は100人を超えることを目指しています」  いわき市文化センターの会議室で、広田次男弁護士が海洋放出の差し止めを求める裁判を起こすと発表した。県内外の漁業者や市民が原告、国と東電ホールディングスが被告となる。海洋放出によって漁業者たちは生存の基礎となる生業を破壊される。一般の人びとも汚染されない環境で平穏に生活する権利を奪われる。漁業行使権、人格権(平穏生活権)が侵害されるとの主張だ。広田氏と共に弁護団の共同代表を務める河合弘之弁護士は海洋放出が倫理に反している点を強調した。  「福島第一原発の敷地内外には広大な土地があります。国や東電は『燃料デブリの用地確保が必要だ』と言いますが、デブリはまだ数㌘しか取れていません。大量に取り出せるのは何十年も先です。そんな先のことのために、空き地を使わず放流するというのはインチキです。ひと言でいえば『不要不急の放流』です」  9月8日に第一次提訴があるという。政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の最大の役割だ。海洋放出をめぐる法廷闘争がいよいよ始まる。  【8月24日】 大熊町で海洋放出直前に行われた抗議活動の様子(8月24日、牧内昇平撮影)  午前9時、筆者は大熊町夫沢付近にある国道6号の交差点に到着した。交差点から車を東に進めれば福島第一原発の敷地に至る。が、当然そこは封鎖され、一般車両は通行できない。数台のパトカーが停まり、制服の警察官が取り締まっている。海洋放出に反対する人びとが交差点に集まってきた。放出は午後1時の予定だと報じられていた。放出前最後の抗議になるだろう。  人びとは横一列に並ぶ。歩道に沿って《海に流すな》と書かれた横断幕をかかげる。ここでもリレースピーチが行われた。このエリアを歩いている人はいない。主に報道陣へ語りかける。  南相馬市の佐藤智子さんが話す。  「海は誰のものでしょう。みんなのものです。決して政治のトップや官僚や大企業だけのものではありません。なのに、私たちが住む地球の美しい環境を汚すっていうことに私はすごく憤りを感じます。私たち大人はまだいいですよ。子どもや孫、次世代の人たち、動植物の命を侵すことになる。私は肌でそう感じています。主婦です。単なる主婦。主婦がそう思うんです。そういうほうが案外当たっていると思います。陸上保管! 海洋放出反対!」  佐藤さんは「メディアの方々、きちんと報じてください」と語りかけた。だが、集まった報道陣はそれほど多くない。しかも半分ほどは海外メディアだった。筆者も韓国・京郷新聞のイ・ユンジョン記者から頼まれ、現地にお連れしていた。  浪江町から福島市に避難し、今も同市に住む今野寿美雄さんが話した。  「流したら福島県の恥だよ。福島も宮城も漁業は壊滅します。魚はもう食えなくなっちゃうよ。政府は全然科学的じゃないよ。原発のエンジニアとして言います。トリチウムは危険です。海はゴミ捨て場じゃないよ。それでなくても運転中の発電所からトリチウムが流れている。でも、今流そうとしているのは汚染水だよ。トリチウムだけじゃないよ。薄めて流すというけど、薄めたって総量は一緒なんです。生体濃縮した魚を食べたら人間の体にも入ってくるんです。水俣病で分かったことをまた同じことを繰り返そうとしているんです。馬鹿じゃないの?」 メディアの責任も問われている  原発で働いてきた今野さんは、事故後は子どもたちを無用な被ばくから守るための裁判で原告団長も務めてきた。放射線の怖さを肌身で感じてきたからだろう。今野さんの顔が紅潮してきた。怒りが止まらない。  「汚染水流すのやめろ。ここに爆弾あるんだったら爆弾を投げつけたいよ。ほんとに……ふざけんな!」  南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。原発の方角へお経を唱えている人がいる。千葉県にある妙法寺の法尼、矢向由季さんだ。法尼の声は時に穏やかに、時に力強く、寄せては返す波のように延々と続く。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。  午後1時すぎ、予定通り海洋放出が始まった。NHKはヘリコプターを飛ばして上空からの映像を中継している。そのくせ報じている内容は政府の言い分がベースになっている。本当に安全であり、本当に不可避ならば、大げさに伝える必要があるのだろうか。経過は大きく報じるものの、肝心の「是非」についてはっきりした考えがわからない。そのうえ反対意見は丁寧に拾わない。結果として政府を後押しする役割を果たす。多くのマスメディアに対して筆者は同様の印象を抱いている(「風評被害」を強調するだけでは、じゃあ賠償しますという話にしかならない。本来必要なのは代替案などの検証だ)。  一緒に取材したイ・ユンジョン記者は「なぜ日本では大規模な反対運動が起こらないのでしょうか」と不思議がっているが、声を上げている人は確かにいるのだ。それを伝えていないメディアの責任は大きい。報道陣の端くれである筆者も含めて。  双葉町にある産業交流センターの屋上階にのぼった。正面に太平洋が見える。まさに今、30年、40年と続く汚染水の放出が始まった。海は、変わらず青い。しかし私たちは次世代まで責任をもてるだろうか。  8月24日は、新たな負の記念日として記憶された。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 課題が多い帰還困難「復興拠点外」政策

    課題が多い帰還困難「復興拠点外」政策

     原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」が成立した。その概要と課題について考えていきたい。 帰還希望者少数に多額の財政投資は妥当か 大熊町役場  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただその後、帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線再開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは、葛尾村が昨年6月12日、大熊町が同6月30日、双葉町が同8月30日、浪江町が今年3月31日、富岡町が同4月1日、飯舘村が同5月1日に解除され、すべての復興拠点で解除が完了した。以降は、住民が戻って生活できるようになった。 一方、復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、6月2日に同法が成立した。 その概要はこうだ。 ○対象の市町村長は、知事と協議のうえ、復興拠点外に「特定帰還居住区域」を設定する。「特定帰還居住区域」は帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で、①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④拠点区域と一体的に復興再生できることなどが要件。 ○市町村は、それらの事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」を策定して、国(内閣総理大臣)に認定申請する。 ○国(内閣総理大臣)は、特定帰還居住区域復興再生計画の申請があったら、その内容を精査して認定の可否を決める。 ○認定を受けた計画に基づき、国(環境省)が国費で除染を実施するほか、道路などのインフラ整備についても国による代行が可能。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、それに準じた内容と言える。避難解除は「2020年代」、すなわち2029年までに住民が戻って生活できることを目指すということだ。 こうした方針が本決まりになったことに対して、大熊町の対象者(自宅が復興拠点外にある町民)はこう話す。 「復興拠点外の扱いについては、この間、各行政区などで町や国に対して要望してきました。そうした中、今回、方向性が示され、関連の法律が成立したことは前進と言えますが、まだまだ不透明な部分も多い」 「特定帰還居住区域」に関する意向調査 復興拠点と復興拠点外の境界(双葉町)  この大熊町民によると、昨年8月から9月にかけて、「特定帰還居住区域」に関する意向調査が行われたという(※意向調査実施時は「改正・福島復興再生特別措置法」の成立前で、「特定帰還居住区域」は仮の名称・制度だった)。詳細を確認したところ、国と当該自治体が共同で、大熊・双葉・富岡・浪江の4町民を対象に、「第1期帰還意向確認」の名目で意向調査が実施された。 大熊町では、対象597世帯のうち340世帯が回答した。結果は「帰還希望あり」が143(世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされる)で、このうち「営農意向あり」が81、「営農意向なし」が24、「その他」が38。「帰還希望なし」(世帯全員が帰還希望なし)が120、「保留」が77だった。 回答があった世帯の約42%が「帰還希望あり」だった。ただ、今回に限らず、原発事故の避難指示区域(解除済みを含む)では、この間幾度となく住民意向調査が実施されてきたが、回答しなかった人(世帯)は、「もう戻らないと決めたから、自分には関係ないと思って回答しなかった」という人が多い。つまり、未回答の大部分は「帰還希望なし」と捉えることができる。そう考えると、「帰還意向あり」は25%前後になる。ほかの3町村も同様の結果だったようだ。今回の調査では、世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされるため、実際の帰還希望者(人数)の割合は、もっと低いと思われる。 前出の大熊町民も「アンケート結果を見ると、回答があった340世帯のうち、143世帯が『帰還希望あり』との回答だったが、仲間内での話や実際の肌感覚では、そんなにいるとは思えない」という。 今後、対象自治体では、「特定帰還居住区域」の設定、同復興再生計画の策定に入る。それに先立ち、住民懇談会なども開かれると思うが、そこでどんな意見・要望が出るのか。ひとまずはそこに注目したいが、本誌が以前から指摘しているのは、原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのではなく、国費(税金)でそれを行うのは妥当か、ということ。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべきだ。ただ、国費で除染などをするのであれば、その恩恵を享受する人(帰還者数)に見合った財政投資でなければならない。詰まるところは、帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境整備にとどめるか、帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるかのどちらかしかあり得ない。

  • 【本誌記者が検証】二本松市の「ガッカリ」電動キックボード貸出事業

    【本誌記者が検証】二本松市の「ガッカリ」電動キックボード貸出事業

     二本松市観光連盟は3月31日から、観光客向けに市の歴史観光施設「にほんまつ城報館」で電動キックボード・電動バイクの貸し出しを行っている。 二本松市の地図データ(国土地理院、『政経東北』が作成)  ところが、7月上旬、その電動キックボードの馬力不足を指摘する体験リポート動画がツイッターで拡散。同施設でレンタルされている車両が、坂道をまともにのぼれない実態が広く知られることとなった。 https://twitter.com/mamoru800813/status/1675329278693752833  動画を見ているうちに、実際にどんな乗り心地なのか体感してみたくなり、投稿があった数日後、同施設を訪れて電動キックボードをレンタルしてみた(90分1000円)。 安全事項や機器の説明、基本的な操作に関する簡単なレクチャーを受けた後、練習に同施設の駐車場を2周して、いざ出発。 同施設から観光スポットに向かうという想定で、二本松城(霞ヶ城)天守台への坂道、竹根通り、竹田坂、亀谷坂などを走行した。だが、いずれのルートも坂道に入るとスピードが落ち始め、最終的に時速5㌔(早歩きぐらいのスピード)以下となってしまう。運転に慣れないうちはバランスが取りづらく、うまく地面を蹴り進めることもできないため、車道の端をひたすらゆっくりとのぼり続けた。追い越していく自動車のドライバーの視線が背中に突き刺さる。 竹根通りで最高速度を出して上機嫌だったが…… 竹田坂、亀谷坂をのぼっている途中で失速し、必死で地面を蹴り進める  レンタルの電動アシスト自転車(3時間300円)に乗りながら同行撮影していた後輩記者は、「じゃあ、僕、先に上に行っていますね」とあっという間に追い越していった。 運転に慣れてくると、立ち乗りで風を切って進んでいく感覚が楽しくなる。試しに竹根通りをアクセル全開で走行したところ、時速30㌔までスピードが出た(さすがに立ち乗りでは怖かったので座って運転)。軽装備ということもあり、転倒の恐怖は付きまとうが、爽快感を味わえた。 しかし、そう思えたのは下り坂と平地だけ。亀谷坂では、「露伴亭」の辺りで失速し、地面を蹴っても進まなくなり、炎天下で、20㌔超の車両を汗だくで押して歩いた。総じて快適さよりも、坂道で止まってしまう〝ガッカリ〟感の方が大きく、初めて訪れた観光客におすすめしたい気分にはなれなかった。 右ハンドル付け根にアクセル(レバー)と速度計が取り付けられている 二本松城天守台に到着する頃には疲労困憊  同連盟によると「(体重が軽い)女性は坂道もスイスイのぼれる」とのこと。体重75㌔の本誌記者では限界がある……ということなのだろうが、そもそも中心市街地に坂道が多い同市で、その程度の馬力の乗り物をなぜ導入しようと考えたのか。 54頁からの記事で導入の経緯や同連盟の主張を掲載しているので、併せて読んでいただきたい。(志賀) 「にほんまつ城報館」には甲冑着付け体験もあり(1回1000円) https://twitter.com/seikeitohoku/status/1677459284739899392

  • 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発の事故で発生している汚染水について、海洋放出したい政府・東電と反対する市民たちとの意見交換会が県内で開かれている。はっきり言って市民側の主張の方が、圧倒的に説得力がある。政府は至急、代替案の検討を始めるべきである。 議論は圧倒的に市民側が優勢 経済産業省資源エネルギー庁参事官の木野正登氏(左)と東電リスクコミュニケーターの木元崇宏氏  7月6日午後6時、会津若松市内の「會津稽古堂」多目的ホールには緊張感がみなぎっていた。集まった約120人の市民が真剣な表情でステージを見つめている。 壇上に掲示された集会のタイトルは「海洋放出に関する会津地方住民説明・意見交換会」。主催は市民たちで作る「実行委員会」だ。メンバーの一人、千葉親子氏がチクリと刺のある開会挨拶を行った。 「本来であれば、海洋放出の当事者である国・東電が説明会を企画して住民の疑問や不安に答えていただきたいところでしたが、このような形となりました。今日は限られた時間ではありますが、忌憚のない意見交換ができればと願っています」 謝らない政府 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  前半は政府と東電からの説明だった。経済産業省資源エネルギー庁参事官の木野正登氏と東電リスクコミュニケーターの木元崇宏氏が隣り合って座り、マイクを握った。 東電の木元氏は冒頭で、「今なお多くの方々にご不便、ご心配をおかけしておりますこと、改めてお詫び申し上げます」と語り、頭を下げた。形式的ではあるが一応、「謝罪」だ。経産省からそういう謝罪はなかった。淡々と政府の見解を説明するのみ。参加者たちは黙って聞いているが、目が血走っている人もいる。一触即発の雰囲気が漂う。 「陸上保管は本当にできないのか?」 東京電力  午後6時半、いよいよ意見交換がはじまった。市民側を代表して実行委メンバーの5人がステージに上がり、順番に質問していく。 実行委「福島の復興を妨げないために、あるいは風評や実害を生まないためには、長期の陸上保管だという意見があります。場所さえ確保できれば東電も国も同じ思いであると思いますが、いかがでしょうか?」 経産省木野氏「場所ですけれども、いろいろと法律の制約があります。原子力施設から放射性廃棄物を運搬するとか保管するとかいったこともですね。手続きが必要になります」 この答えには会場が納得しなかった。「福島に押しつけるな!」という声が飛ぶ。経産省が続ける。 木野氏「なので、そういった制約が様々あるということですね。また、実際どこかの場所に置いたとしたら、そこにまたいわゆる風評が生まれてしまう懸念もあるのではないかと思っております」 今度は会場から失笑が漏れた。「福島だったらいいの?」との声が上がる。東電が説明する番になる。 東電木元氏「これ以上タンクに保管するということは廃炉作業を滞らせてしまうために難しいというところがありますけども、事故前の濃度や基準をしっかり守るのが大前提と考えてございます。ただ、事故を起こしてしまった東電への信用の問題もございます。当社以外の機関にも分析をお願いして透明性を確保いたします」 司会者(実行委の一人)「今は敷地の話をしております」 木元氏「廃炉をこれ以上滞らせないためにも、これ以上のタンクの設置は難しい。また、排出についてはしっかり基準を満足させるということが大前提と考えてございます」 実行委「敷地が確保できれば陸上保管がベストだという思いは同じですか、という質問でした」 木元氏「今お話しさせていただきました通り、事故前排水させていただいていた基準の水でございますので、それをしっかり守ることが大事だと考えています」 質問に正面から答えようとしない木元氏に対し、会場から「答えになってない!」と声が飛ぶ。実行委は矛先を経産省に戻した。 実行委「陸上保管こそが復興を妨げない、あるいは風評も実害も拡大させない、やり方なんじゃないですか? そこの考え方は同じではないのかと聞いているんです。そもそもの前提、意識は同じですか?」 経産省木野氏「はい。陸上保管ができればそれがいいですけれども、現実的ではないわけですよね」  実行委「現実的ではないというお答えがありましたけれども、廃炉の妨げになると言いますが、事故から10年たって廃炉は進んでますか? 燃料デブリの取り出しはできてますか? 取り出しがいつになるか分からない中では、目の前にある汚染水の被害を拡大させないために陸上保管しようという方向になぜできないのでしょうか? 当分廃炉の妨げなんかにはならないでしょ? 私はそう思いますが、いかがでしょうか?」 木野氏「廃炉が進んでいますかと聞かれれば、進んでおります。ただし燃料デブリ、これはご存じの通り、取り出せてませんね。2号機から取り出しを開始しますけれども、まだ数グラムしか取れてません。今後はしっかり拡大して、進めていかなければいけない訳です。それを保管するスペースも確保していかないといけない、ということなんです。なので、タンクで敷地を埋め尽くしてしまうと廃炉が進まなくなるということです。そこはご理解いただければと思います」 会場から「理解できない」との声。 「最大限努力をするのが東電や国の使命」  実行委「具体的には、環境省が取得した広大な土地が隣接してあるはずです。以前使われていたフランジタンクを取り壊した部分もあるはずです。やはり風評を広げない、実害を広げないために最大限の努力をするというのが東電や国の使命だと思いますが、いかがでしょうか? 」 福島第一原発の周辺には除染廃棄物を集めた中間貯蔵施設がある。このスペースを使えないのか。東電や国はタンクの敷地確保に向けて最大限努力すべきだという指摘に、会場から拍手が飛んだ。これに対する経産省・東電の回答はこうだ。 経産省木野氏「中間貯蔵施設はですね。あそこにだいたい1600人の地権者の方がいて、泣く泣く土地を手放していただいた方もいますし、または借地ということで30年間お貸しいただいた方もいらっしゃいます。やはり双葉・大熊の住民の方の心情を考えるとですね、そこにタンクを置かせてもらうというのは非常に難しいですし、やはり大熊・双葉の町の復興も考えなければいけないということでございます」 東電木元氏「フランジタンクを解体したところが今どうなっているかというと、新しいタンクに置き換わっているところもありますし、ガレキなど固体廃棄物の保管場所になっているところもあります。固体廃棄物はどうしても第一原発の敷地内で保管しなければいけない。そのための土地も確保しなければいけないということが現実問題としてあります。今後デブリが取り出せたときは非常に濃度が高い廃棄物が発生いたします。これをしっかり保管しなければいけないと考えております」 会場から「それはいつですか?」との声が飛ぶ。先ほど経産省木野氏が認めた通り、燃料デブリの取り出しはまだ進んでいない。実行委メンバーは冒頭に戻り、「法律の制約がある」という経産省の説明を批判した。 実行委「福島県内は事故後、非常事態の状況にあります。本当は年間1ミリシーベルトなんですけど、まだ20ミリシーベルトで我慢せいという状態なんです。そんな中で一般の法律を持ち出して、だからできないとか、そんなことを言っている場合じゃないということです」 会場から拍手が起こる。 実行委「ここは(長期保管を)やるということで、福島県の人たちのことを考えて、その身になって進めていただきたいと思いますよ」 会場からさらに拍手。だが、経産省は頑なだ。 木野氏「やはりあの、被災12市町村、避難させてしまった12市町村の復興も進めていかないといけない、ということもあります。なのでですね、我々も県民のためを思いながら廃炉と復興を進めていきたいと思っております」 「海に捨てる放射性物質の総量は?」 福島第一原発敷地内のタンク群  福島第一原発では毎日、地下水や雨水が壊れた原子炉建屋に流れこんでいる。その水は溶融した核燃料に直接触れたり、核燃料に触れていた水と混ざったりして「汚染水」になる。だから通常運転している原発からの排水と、メルトダウンを起こした原子炉で発生する「汚染水」とは意味合いが全く異なる。 仮に多核種除去設備(ALPS)が正常に稼働したとしても、すべての放射性核種が除去できるわけではない。トリチウムが大量に残るのはもちろんのこと、ほかの核種も残る(表)。どんな核種がどのくらい放出されるのか。市民側の1人はこの点を追及した。 ALPS処理後に残る核種の一部 核種の名前濃度(1㍑当たり)年間排水量年間放出量トリチウム19万㏃1億2000万㍑22兆㏃炭素1415㏃(同上)17億㏃マンガン540.0067㏃(同上)78万㏃コバルト600.44㏃(同上)5100万㏃ストロンチウム900.22㏃(同上)2500万㏃テクネチウム990.7㏃(同上)8100万㏃カドミウム113m0.018㏃(同上)210万㏃ヨウ素1292.1㏃(同上)2億4000万㏃セシウム1370.42㏃(同上)4900万㏃プルトニウム2390.00063㏃(同上)7.3万㏃※東電が「ALPSで処理済み」としているタンク群で実施された64核種の測定結果の一部。濃度に違いはあるが、様々な核種が残る。上記64核種の測定は、原発敷地内の大半のタンクでは未実施 ※東電資料:「多核種除去設備等処理水の海洋放出に係る放射線影響評価報告書(設計段階)」を基に筆者作成  実行委「ALPSでは除去できない放射性物質の生物影響をどのように認識されているのか。放出する処理水の総量と放射性物質の総量も明らかにしてほしいと思います」 経産省木野氏「さまざまな核種が入っているということでございますが、これがちゃんと規制基準以下に浄化されているということです。こうしたものが含まれているという前提で、自然界から受ける放射線の量よりも7万分の1~100万分の1の被ばく量ってことです。これはトリチウムだけではないです。ストロンチウム、ヨウ素、コバルトも含まれている前提での評価です」 東電木元氏「総量はこれからしっかり測定・評価。処理した後の水を分析させていただきます。これが積み上がることによって、最終的な総量が分かるわけですけども、今の段階では7割の水が2次処理、これからALPSで浄化する水が含まれておりますので、今の段階ではどのくらいとお示しすることが難しいです」 司会者(実行委の一人)「放射性物質の総量も分からないんですね? ひとつ確認させてください」 木元氏「総量はこれからしっかり分析を続けてまいります。そこでお示しができるものと考えております」 「お金よりも子どもたちの健康、安全」  実行委メンバーによる代表質問が終わった後、会場の参加者たちが1人数分ずつ意見を述べた。切実な思いが伝わってくる内容が多かった。そのうちのいくつかを紹介する。 「私は昭和17年生まれです。年も80を過ぎました。お金よりも子どもたちの健康、安全ですよね。金ではない。経済ではない。子どもたちが安心して生きられる環境をどう作るか。これが、あなたたちの一番の責任ではないのですか?」 「県民感情として、これ以上福島をいじめないでください。首都圏は受益者負担を全然してない。この中で東京電力のお世話になっている人は誰もいませんよ。ここは東北電力の管内ですから。どうしても捨てたいならば、東京湾に持って行ってどんどん流してくださいよ。安全、安全と言うんであれば、なにも問題はないはずです」 発言の機会を求めて挙手する人が後を絶たない中、約2時間半にわたる意見交換会は終了した。 「大熊町民を口実に使うのは許せません」 大熊町役場  筆者が見る限り、会津若松での意見交換会は圧倒的に、反対する市民側が優勢だった。 一番注目すべきは代替案をめぐる議論だと思う。市民たちは経産省から「場所さえ確保できれば陸上保管がベスト」という見解を引き出し、「ではなぜ真剣に検討しないのか」と迫った。これに対する経産省の回答は説得力があるとは思えなかった。「法律上の制約」を口にしたが、政府は自分たちの通したい法律は1年くらいで作ってしまう。そんなに時間はかからないはずだ。次に経産省は、福島第一原発が立地する大熊・双葉両町の住民の心情を持ち出した。「中間貯蔵施設の土地は地権者の方が泣く泣く手放したものだ」などとして、陸上保管の敷地確保が難しい理由として説明した。 しかし、この説明も納得できない。大熊・双葉両町に中間貯蔵施設を作る時、政府は住民たちと「30年以内の県外処分」を約束した。施設がスタートしてから約8年経つが、最終処分先はいまだに決まらず、約束が守られるメドは立っていない。 県外処分の約束を中ぶらりんにしておきながら、タンクの増設を求める声に対しては、「双葉・大熊両町民の心情が……」などと言う。こういう作法を「二枚舌」と呼ぶのではないか。 実際、大熊町民の中にも怒っている人はいる。原発事故で大熊から会津若松に避難した馬場由佳子さんは住民票を大熊に残している大熊町民だ。7月6日の意見交換会に参加した馬場さんは感想をこう語った。 「大熊の復興のために汚染水を流すって……。そういう時ばかり……。『ふざけんな!』なんです。ちゃんと放射線量を測ったり、除染したり、汚染水を流すのではなくて私たちの意見を聞いたり。そういうことが大熊の復興につながると思います。私も含めてほとんどの大熊町民は、国や東電が言うようにあと30年や40年で福島第一原発の廃炉が終わるとは信じていないと思います。中間貯蔵施設にある除染廃棄物を県外処分するという約束についても楽観していないでしょう。そんな中で、国は自分たちに都合がいい時だけ『大熊町民のために』と言います。私たちを口実に使うのは許せません」 もっと議論を 住民説明・意見交換会には約120人の市民が訪れた  先ほど紹介した通り、ALPSで除去できないのはトリチウムだけではない。30年、40年かけて海に流し終えた時に「影響は100%ない」と言い切るのは困難だ。国際原子力機関(IAEA)も、人間や環境への影響を「無視できる」という言い方はしているが、「リスクがゼロだ」とは言っていない。代替案があるなら真剣に検討するのが政府の務めだ。 そして実際に代替案は複数出ている。たとえば脱原発社会の構築をめざす市民グループや大学教授らがつくる原子力市民委員会は、「大型タンクによる長期保管」と「モルタル固化」の二つを提案している。大型タンクは石油備蓄のためにすでに使われているし、モルタル固化は米国の核施設で実績があるという。同委員会の座長を務める龍谷大学の大島堅一教授(環境経済学)はこう話す。 「これらの案はプラント技術者などさまざまな方に検討をしていただいたもので、我々としては自信を持っています。公開の場で討論することを望んでおり、機会があるごとに申し上げていますが、政府から正式な討論の対象として選んでいただいていないのが現状です」(7月18日付オンライン記者会見) 筆者としては、この原子力市民委員会と経産省との直接の議論を聞いてみたい。議論の中身を吟味することによって代替案の可能性の有無がクリアになるように思う。もちろん市民たちとの話し合いも不足している。 7月6日の会津若松に続いて、17日には郡山市内で市民と政府・東電との意見交換会が開かれた。多岐に渡るテーマの中で筆者が印象的だったのは「政府主催の公聴会を企画せよ」との指摘だった。 会津若松と郡山の意見交換会はいずれも市民側が政府・東電に要請して実現したものだ。政府主催による一般参加できる形式の公聴会は、2021年4月に海洋放出の方針が決定されて以来、一度も開催されていない(方針決定前には3回だけ実施)。市民側はこういった点を指摘し、政府側にうったえた。 「意見を聞いてから方針を決めるのが筋ではないでしょうか? 公聴会をやるべきですよ。福島県民はものすごく怒ってますよ」 政府側は「自治体や漁業関係者の方々に意見を聞いております」といった回答に終始した。 専門家も交えた代替案の検討を行うべきだし、住民たちとの意見交換も重要だ。それらをなるべく公開すれば国民が考える機会は増える。経産省は海洋放出について「みんなで知ろう。考えよう。」と打ち出している。今こそそれを実現する時だ。東電によると、原発敷地内のタンクが満杯になるのは「来年の2月から6月頃」とのことだ。まだ時間はある。もっと議論を。 あわせて読みたい 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 被災地で再び暗躍するゼネコン元所長

    被災地で再び暗躍するゼネコン元所長

     震災・原発事故の復興事業をめぐり、ゼネコン幹部が下請け業者から謝礼金をもらったり、過剰な接待を受けていたことが次々と判明し、マスコミで報じられたことを記憶している人は多いと思う。 その後、復興事業の減少により問題は沈静化していったが、今、浜通りでは「ある元幹部の存在」が再び注目を集めている。 元幹部を、ここでは「H氏」と紹介しよう。H氏は準大手ゼネコン・前田建設工業(東京都千代田区)に勤務し、震災・原発事故後は東北支店環境省関連工事統括所長として楢葉町と双葉町の除染や解体工事、中間貯蔵施設の本体工事などを取り仕切った。2015年12月には広野町のNPO法人が主催した復興関連イベントのパネルディスカッションにパネラーの一人として参加したこともある。 復興を後押しする一員という立ち位置でイベントに参加したH氏だったが、その裏では様々な問題を引き起こしていた。以下は朝日新聞2021年6月30日付社会面に掲載された記事である。 《(環境省が2012、13年に発注した楢葉町と双葉町の除染、解体工事などをめぐり)前田建設は17~18年に弁護士を入れた内部調査を実施。複数の業者や社員らを聴取した結果、同社関係者によると、当時の現場幹部らが業者から過剰な接待や現金提供を受けていたことが判明したという。 前田建設の協力会社の内部資料によると、協力会社の当時の幹部が13年から5年間、仙台市や東京・銀座の高級クラブなどで前田建設の現場幹部らへの接待を重ね、うち1人については計30回で約80万円の費用を負担していた。 さらに、複数の下請け業者の証言では、18年ごろまでにハワイ旅行や北海道・九州でのゴルフ旅行が企画され、複数の前田建設の現場幹部の旅費や滞在費を業者が負担していたという》 これら接待の中心にいたのがH氏で、ゴルフコンペは「双明会」と銘打ち定期的に行われていたという。このほか女性関係のトラブルも指摘されていたH氏は、2016年に統括所長を降格され、17年に前田建設を退職した。 しかし、その後もいわき市内のマンションを拠点に、統括所長時代に築いた人脈を駆使して不動産、人材派遣、土木、ロボット、旅館経営など複数の会社を設立。それらの事務所は現在も中心市街地の某ビル内にまとめて置かれている。法人登記簿を確認すると、H氏は1社を除いて全社で役員に名前を連ねていた。 ある業者によると、H氏は前田建設を退職後も下請け業者に接近し、復興事業に食い込んでいたという。浜通りの一部業者は、そんなH氏を何かと〝重宝〟し、関係の維持に努めていた。 ところが前記の新聞報道後、脱税などで警察の捜査が及ぶことを恐れたのか、H氏はいわき市内のマンションを離れ、都内に身を潜めた。それが、半年ほど前から再び市内で見かけるようになったとして、業者の間で話題になっているのだ。 某ビルの1、2、3、6、7階にH氏が関係する会社が事務所を構える  前田建設は今年度、大熊町の特定復興再生拠点区域の除染と解体工事を48億2400万円で受注したが、その下請けに、H氏は自身とつながりがある九州の業者を使うよう同社の現場責任者に働きかけているという。その情報をキャッチした同社が現場責任者に確認すると、H氏との直接的な関係は否定したが「大熊町の事業者と食事をしていたら、同じ店で偶然H氏と会った」などと説明したという。 前田建設がH氏の暗躍に強い警戒感を示していることが分かる。被災地を〝食い物〟にする輩を放置してはならない。関係各所はH氏の動向を厳しく監視すべきだ。

  • 東電「請求書誤発送」に辟易する住民

    東電「請求書誤発送」に辟易する住民

     東京電力は6月1日、「請求書の誤発送について」というリリースを発表した。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が昨年12月に策定した「中間指針第5次追補」に基づく追加賠償について、請求書約1000通を誤った住所に送付したことが判明したため、発表したもの。請求書には、請求者の個人情報(氏名、生年月日、連絡先、振込口座番号)などが含まれていたという。 その翌日(6月2日)には「ダイレクトメールの誤発送について」というリリースが出された。それによると、追加賠償の請求案内のダイレクトメール約2600通を誤った住所に発送した可能性があるという。なお、ダイレクトメールには個人情報は含まれていない、としている。 こうした事態を受け、東電は関連書類の発送をいったん停止し、発送先や手順などについての点検を実施した。 そのうえで、6月22日に「請求書およびダイレクトメールの誤発送に関する原因と対策について」というリリースを発表した。 それによると、請求書の誤発送は、コールセンターや相談窓口などでの待ち時間を改善(短縮)するため、内部の処理システムを簡素化したことが原因という。 ダイレクトメールの誤発送は、請求者のデータと同社システムに登録されたデータの突合作業に当たり、専用プログラムを用いているが、一部のデータがそのプログラムで合致しなかったため、複数人による目視での突合作業を実施した際にミスが起きた、としている。 このほか、同リリースには、誤って発送した請求書、ダイレクトメールの回収に努めていること、これまで普通郵便で発送していた請求書を簡易書留で発送するようにしたこと、ダイレクトメールの発送を取り止め、7月下旬から10月をメドに、順次請求書を送付すること――等々が記されている。 これにより、追加賠償の受付・支払いが遅れることになる。さらには、誤発送の対象者から請求があった場合、誤発送によって受け取った人からの「なりすまし請求」である可能性が出てくる。そのため、本人確認を徹底しなければならず、その点でも誤発送の対象者は、面倒な手続きを求められたり、支払いが遅れるなどの影響が出てきそうだ。 一連の問題について、双葉郡から県外に避難している住民は、こんな見解を述べた。 「今回の件で分かったことは、東京電力を信用していいのか、ということです。これだけ立て続けにミスが発覚するんですから。これから、ALPS処理水の海洋放出が行われますが、そんなところに海洋放出を任せて大丈夫かという思いは拭えません。もう1つは、もし海洋放出によって風評被害などが発生し、さらなる追加賠償が実施されることになったとして、その際も今回のようなお粗末なミスが起きるのではないか、と思ってしまいます」 今回の誤発送で、賠償受付・支払いが遅れること以外に、個人情報流出などによって対象者に直接的な被害が出たという話は聞かないが、原発被災者にとってもともと低い東電の信用がさらに落ちたのは間違いなかろう。 以前と比べると、賠償関連の人員などが削減された中で、今回の追加賠償は対象が多いため、対応が追いついていないといった事情があるのだろうが、これから大事(海洋放出)を控える中での凡ミスは、いかにも印象が悪い。

  • 県庁と癒着する地元「オール」メディア【ジャーナリスト 牧内昇平】

    県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】

     地元メディアが福島県と結託して水産物の風評払拭プロパガンダをしている。報道機関の客観性・中立性に疑念が生じる事態だ。権力を監視する「番犬」なはずのマスメディアが県庁に飼いならされてしまうのか? (一部敬称略) 風評払拭プロパガンダの片棒を担ぐな https://www.youtube.com/watch?v=itxS_tLhSXo U字工事の旅!発見#134 いわきの伊勢海老  U字工事は栃木なまりのトークが人気の芸人コンビだ。ツッコミの福田薫とボケの益子卓郎。益子の「ごめんねごめんね~」というギャグは一時期けっこう人気を集めた。そんな2人組が水槽を泳ぐ魚たちを凝視するシーンから番組は始まる。  福田「えー。ぼくらがいるのはですね。福島県いわき市にあります、アクアマリンふくしまです」 益子「旅発見はあれだね。福島に来る機会が多いっすね」 福田「やっぱ栃木は海なし県だから、海のある県に行きたがるよね。で、前にきたときも勉強したけど、福島の常磐もの、なんで美味しいかおぼえてる?」 益子「おぼえてるよ! こういう、(右腕をぐるぐる回して)海の流れだよ」 福田「ざっくりとした覚え方だな」 益子「海の、(さらに腕を回して)流れだよ!」 福田「ちょっと怪しい気もするんで、あらためて勉強しましょう。ちゃんとね」 これは「U字工事の旅!発見」というテレビ番組のオープニングだ。アクアマリンふくしまを訪れた2人はこのあと土産物店「いわき・ら・ら・ミュウ」に寄ってイセエビを味わうなどする。30分番組で、2人の地元とちぎテレビで2022年1月にオンエア後、福島テレビ、東京MXテレビ、KBS京都など、12都府県のテレビ局で放送されたという。 実はこの番組、福島県の予算が入っている。県庁と地元メディアが一体化した水産物の風評払拭プロパガンダの一つである。 地元オールメディアによる風評払拭プロパガンダ  2021年7月、福島県農林水産部はある事業の受注業者をつのった。事業名は「ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」。オールメディアによる漁業の魅力発信業務、という名称もついていた。公募時の資料にはこう書いてあった。 【事業の目的】本県の漁業(内水面含む)が持つ魅力や水産物のおいしさなどをテレビ、新聞、ラジオの各種メディアと連携し、継続的に県外へ発信することで、県産水産物に対する風評を払拭し、消費者の購買意欲を高める。 【委託費上限額】1億2000万円。 公募から2カ月後に受注業者が決まった。福島民報社だ。そして同年11月以降、県内のテレビと新聞に〈ススメ水産、福島産。〉のキャッチコピーがあふれだす。 ●21年11月18日付福島民報1面 【見出し】「ススメ水産、福島産。」きょう開始 常磐もの応援 県、県内全メディアとPR 【本文の一部】東京電力福島第一原発事故に伴う県産水産物への風評払拭に向け、県は十八日、福島民報社など県内全メディアと協力した魅力発信事業「『ススメ水産、福島産。』キャンペーン」を開始する。本県沿岸で水揚げされる魚介類「常磐もの」のおいしさや魅力を多方面から継続的に発信し、販路拡大や消費拡大につなげる。(2面に関連記事) ページをめくって2面には、県職員とメディアの社員が一列に並んで「ススメ水産」のポスターをかかげる写真が載っていた。新聞は福島民報と福島民友。テレビは福島テレビ、福島中央テレビ、福島放送、テレビユー福島。それにラジオ2社(ラジオ福島とエフエム福島)を加えた合計8社だ。写真記事の上には「オールメディア事業」を発注した県水産課長のインタビュー記事があった。 ――県内全てのメディアが連携するキャンペーンの狙いは。 課長「県産水産物の魅力を一番理解している地元メディアと協力することで、最も正確で的確な情報発信ができると期待している」 ――これからのお薦めの魚介類は。 課長「サバが旬を迎えている。十二月はズワイガニ、年明けはメヒカリがおいしい時期になる。『常磐もの』を実際に食べ、おいしさを体感してほしい」 1、2面の記事をつぶさに見ても、この事業が1億2000万円の予算を組んだ県の事業であることは明記されていなかった。 広告費換算で8倍のPR効果?  そしてここから8社による怒涛の風評払拭キャンペーンが始まった。 民報は毎月1回、「ふくしまの常磐ものは顔がいい!」という企画特集をはじめた。常磐ものを使った料理レシピの紹介だ。通常記事の下の広告欄だが、けっこう大きな扱いでそれなりに目立つ。民友も記事下で「おうちで食べよう!ふくしまのお魚シリーズ」という月1回の特集をスタート。テレビでは、福テレが人気アイドルIMPACTorsの松井奏を起用し、同社の情報番組「サタふく」で常磐ものを紹介。福島放送の系列では全国ネットの「朝だ!生です旅サラダ」でたけし軍団のラッシャー板前がいわきの漁港から生中継。テレビユー福島がつくった「さかな芸人ハットリが行く! ふくしま・さかなウオっちんぐ」というミニ番組は東北や関東の一部で放送され……。 きりがないのでこのへんにしておく。各社が「オールメディア事業」として展開した記事や番組の一部を表①にまとめたので見てほしい。 表1 オールメディア風評払拭事業 2021年度「実績」の一部 関わった メディア日時記事・番組名記事の段数・放送の長さ内容福島民報11月27日ふくしまの常磐ものは顔がいい!シリーズ5段2分の1ヒラメの特徴の紹介と「ヒラメのムニエル」レシピの紹介11月28日本格操業に向けて~福島県の漁業のいま~3段相馬双葉漁業協同組合 立谷寛千代代表理事組合長に聞く「常磐もの」の魅力福島民友11月30日おうちで食べよう!ふくしまのお魚シリーズ5段本田よう一氏×上野台豊商店社長対談と「さんまのみりん干しと大根の炊き込みご飯」レシピ福島テレビ12月25日IMPACTors松井奏×サタふく出演企画「衝撃!FUKUSHIMA」25分「サタふく」コーナー。ジャニーズ事務所に所属する松井さんが常磐ものの美味しさを紹介1月13日U字工事の旅!発見30分常磐ものの魅力を漁師や加工者の目線、さまざまな角度から掘り下げ、携わる人々の思いを伝える福島放送11月20日朝だ!生です旅サラダ11分「朝だ!生です旅サラダ」人気コーナー。ラッシャー板前さんの生中継1月15日ふくしまのみなとまちで、3食ごはん55分釣り好き男性タレント三代目JSOUL BROTHERS山下健二郎さんが、福島の港で朝食・昼食・夕食の「三食ごはん」を楽しむテレビユー福島12月5日さかな芸人ハットリが行く!ふくしま・さかなウオっちんぐ3分サカナ芸人ハットリさんが実際に釣りにチャレンジし、地元で獲れる魚種スズキなどを分かりやすく解説1月23日ふくしまの海まるかじり 沿岸縦断ふれあいきずな旅54分「潮目の海」「常磐もの」と繁栄したふくしまの漁業の魅力を発信・ロケ番組ラジオ福島12月14日ススメ水産、福島産。ふくしま旬魚5分いわき市漁業協同組合の櫛田大和さんに12月の水揚げ状況や旬な魚種、その食べ方などについて聞くふくしま FM11月18日ONE MORNING10分福島県で漁業に携わる、未来を担う若者世代に取材※「令和3年度ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」実績報告書を基に筆者作成。 ※系列メディアが番組を制作・放送している場合もある。新聞記事の文字数は1行あたり十数字。それがおさまるスペースを「段」と呼ぶ。「3段」で通常記事の下の広告欄が埋まるイメージ。  この事業の実績報告書がある。福島民報社がつくり、県の水産課に提出したものだ(※本稿で紹介している番組や記事についての情報はこの報告書に依拠している)。 さてこの報告書が事業の効果を検証している。書いてあった目標は「広告費換算1億2000万円以上」というもの。報告書によると「新聞・テレビ・ラジオでの露出成果や認知効果を、同じ枠を広告として購入した場合の広告費に換算し、その金額を評価」するという。つまり、1億2000万円の事業費を広告に使った場合よりもPR効果があればいい、ということのようだ。 報告書によると、気になる広告費換算額は9億6570万円だったという。「目標額である1億2000万円を大きく上回ることができた」と福島民報社の報告書は誇らしげに書いていた。 報道の信頼性に傷  筆者が一番おかしいと思うのは、このオールメディア風評払拭事業が「聖域」であるべき報道の分野まで入り込んでいることだ。 これまで紹介したのは新聞の企画特集やテレビの情報番組だ。こういうのはまだいい。しかし、報道の分野は話が違ってくる。新聞の通常記事やテレビのニュースには客観性、中立性が求められるし、「スポンサーの意向」が影響することは許されない。ましてや今回スポンサーとなっている福島県は「行政機関」という一種の権力だ。権力とは一線を画すのが、権力を監視するウオッチドッグ(番犬)たる報道機関としての信頼を保つためのルールである。 ところが福島県内の地元マスメディアにおいてはこのルールが守られていない。今回のオールメディア風評払拭事業について、県と福島民報社が契約の段階で取り交わした委託仕様書を読んでみよう。各メディアがどんなことをするかが書いてある。 〈テレビによる情報発信は、産地の魅力・水産物の安全性を発信する企画番組(1回以上)、産地取材特集(3回以上)、イベントや初漁情報等の水産ニュース(3回以上)を放映すること〉、〈新聞による情報発信は、水産物の魅力紹介等の漁業応援コラム記事を6回以上発信すること〉 ニュース番組でも水産物PRを行うことが契約の段階で織り込まれていたことが分かる。 次に見てほしいのが、先述した福島民報社の実績報告書だ。報告書は新聞の社会面トップになった記事や、夕方のテレビで放送されたニュースをプロモーション実績として県に報告していた。 ●21年12月16日付福島民友2面 【見出し】「常磐もの」新たな顔に 伊勢エビ、トラフグ追加/高級食材加え発信強化 【本文の一部】県は「常磐もの」として知られる県産水産物の「新たな顔」として、近年漁獲量が増えている伊勢エビやトラフグなどのブランド化に乗り出す。 ●22年2月11日付福島民報3面 【見出し】「ふくしま海の逸品」認定 県、新ブランド確立へ 【本文の一部】東京電力福島第一原発事故による風評の払拭と新たなブランド確立に向け、県は十日、県産水産物を使用して新たに開発された加工品五品を「ふくしま海の逸品」に認定した。 テレビのニュースも似たような状況だ。報告書がプロモーション実績として挙げている記事や番組の一部を表②に挙げておく。 表2 メディア風評払拭事業 2021年度「実績」の一部(報道記事・ニュース編) 関わったメディア日時記事・番組名など掲載ページ・放送の長さ内容(記事の抜粋または概要)福島民報11月20日常磐もの食べて復興応援 あすまで東京 魚食イベント 県産の魅力発信18ページ県産水産物「常磐もの」の味覚を満喫するイベント「発見!ふくしまお魚まつり」が19日、東京都千代田区の日比谷公園で始まった。12月5日県産食材 首都圏で応援 風評払拭アイデア続々 復興へのあゆみシンポ 初開催25ページ東京電力福島第一原発事故の風評払拭へ向けた解決策を提案する「復興へのあゆみシンポジウム」は4日、東京都で初めて開催された。福島民友12月16日「常磐もの」新たな顔に 伊勢エビ、トラフグ追加 高級食材加え発信強化2ページ県は「常磐もの」として知られる県産水産物の「新たな顔」として、近年漁獲量が増えている伊勢エビやトラフグなどのブランド化に乗り出す。2月11日県「海の逸品」5品認定 水産加工品開発プロジェクト 月内に県内実証販売3ページ県は10日、県産水産物を使用した新たなブランド商品となり得る「ふくしま海の逸品」認定商品として5品を認定した。福島テレビ1月2日テレポートプラス60秒全国ネットで放送。浪江町請戸漁港の出初式福島中央 テレビ1月16日ゴジてれSun!60秒都内で行われた「常磐ものフェア」の紹介福島放送1月17日ふくしまの海で生きる1分30秒~相馬の漁師親子篇~テレビユー福島1月21日※水産ニュース7分8秒急増するトラフグ 相馬の新名物に※「令和3年度ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」実績報告書を基に筆者作成。 翌年度はさらにパワーアップ  福島県は翌22年度も「ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」(オールメディアによる漁業の魅力発信業務)を実施した。予算も1億2000万円で変わらない。再び福島民報社が受注し、前年と同じ8社が県の風評払拭プロパガンダを担った。おおまかなところは前年度と同じだが、さらにパワーアップした感がある。 22年度の実績報告書によると、福島テレビ(系列含む)は「U字工事の旅!発見」やIMPACTors松井奏の番組を続けつつ、「カンニング竹山の福島のことなんて誰も知らねぇじゃねえかよ」という新たな目玉番組をつくった。ラジオ福島は人気芸人サンドウィッチマンが出演するニッポン放送の番組「サンドウィッチマン ザ・ラジオショーサタデー」のリスナープレゼント企画で常磐もののあんこう鍋を紹介した。報道ではこんな記事が目についた。 ●22年7月22日付福島民報3面 【見出し】県産農林水産物食べて知事ら東京で魅力発信 【本文の一部】県産農林水産物のトップセールスは二十一日、東京都足立区のイトーヨーカドーアリオ西新井店で行われ、内堀雅雄知事が三年ぶりに首都圏で旬のモモをはじめ夏野菜のキュウリやトマト、常磐ものの魅力を直接発信した。 「意味があるのか」と首をかしげたくなる知事の東京行きは、民報だけでなく福島テレビとテレビユー福島のニュースでも取り上げられたと実績報告書は書く。 報告書によると、22年度はテレビ番組や新聞の企画特集などが8社で145回、記事やニュースが47回。合計192回の情報発信がこのオールメディア事業を通じて行われた。先述の広告費換算額で言うと、その額は18億2300万円。前年度を倍にしたくらいの「大成功」になったそうな……。 もちろん事業の収支も報告されている。21年度も22年度も費用は合計で1億1999万9000円かかったと報告書に書いてあった。1億2000万円の予算をぎりぎりまで使ったということだ。費用の内訳を見ると、8社の番組制作やデジタル配信、広告にかかった金額が書き出されていた。あとはロゴマークやポスターの制作費、事務局の企画立案費など。 費用の欄にはニュース番組の項目もあった。これは県への情報開示請求で手に入れた書類なので個々の金額は黒塗りにされていて確認できないが、こうした「報道」分野の費用も計上されたと推測される。  問われるメディアの倫理観 内堀知事  権力と報道機関との間には一定の距離感が欠かせない。もしもあるメディア(たとえば福島民報)が「風評」を問題視し、それによる被害を防ぎたいと思うなら、自分たちのお金、アイデア、人員で「風評払拭」のキャンペーン報道をすべきだ。福島県も同じ目的で事業を組むかもしれないけれど、それと一体化してはいけない。一体化してしまったら県の事業を批判的な目でウオッチすることができなくなるからだ。 実際、福島県内のメディアはしつこいくらいに「風評が課題だ」と言うけれど、「風評を防ぐための県の事業は果たして効果があるのか?」といった問題意識のある報道は見当たらない。当たり前だ。自分たちがお金をもらってその事業を引き受けておいてそんな批判ができるわけない。 先ほど紹介した新聞記事やテレビのニュースの中には、知事のトップセールスや、県の事業の紹介が含まれていた。そういうものを書くなとは言わない。しかし、県が金を出している事業の一環としてこうした記事を出すのはまずい。これをやってしまったら、新聞やテレビは「県の広報担当」に成り下がってしまう。 県の事業と書いてきたが、実際には国の金が入っている。年間1億2000万円の事業予算のうち、半分は復興庁からの交付金である。福島県としては安上がりで積年のテーマである「風評」に取り組めるおいしい機会だろう。地元メディアがこの事業でどれくらい儲けているかは分からないけれど、全国レベルの人気タレントを使って番組を作れるいい機会にはなっているはずだ。ウィンウィンの関係である。じゃあ、そのぶん誰が損をしているのだろう? 当然それは、批判的な報道を期待できない筆者を含む福島県民、新聞の読者、テレビ・ラジオの視聴者たちだ。 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 福島県民不在の汚染水海洋放出

    福島県民不在の汚染水海洋放出

     政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。 7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。 一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。 政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。 7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。 にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。 その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。 一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。 政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。 「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。 つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。 「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。

  • 「あの」山下俊一氏がF―REI特別顧問に

    「あの」山下俊一氏がF―REI特別顧問に

     3・11の頃から福島に住んでいて、山下俊一氏の名を知らない人は少ないだろう。原発事故の直後に県庁から依頼されて県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。その後各地で講演を行い、数々の発言で物議をかもした。「100㍉シーベルト以下は安全」、「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ない」、「何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です」など。これらの発言に怒っている福島県民は一定程度いる。そんな山下氏について、新たな人事情報が発表された。以下は5月9日付の福島民報である。 《福島国際研究教育機構(F―REI)は8日、経団連副会長の南場智子氏、福島医大理事長特別補佐・副学長の山下俊一氏を「理事長特別顧問」に委嘱すると発表した。外部有識者によるアドバイザー体制の一環で、特別顧問の設置は初めて》 新聞にニュースが載って間もなく、市民団体「『原発事故』後を考える福島の会」代表世話人の根本仁氏から皮肉たっぷりのメールをもらった。 《政権に寄り添う科学者の典型的な人生航路とでもいうのでしょうか? 「ミスター100㍉シーベルト」の異名をもつ長崎の政治的科学者・山下俊一氏の新たな旅立ちです》 山下氏をなぜ新しい組織の顧問格に迎えるのか。筆者は福島国際研究教育機構の担当者に聞いてみた。「山下氏は放射線医療研究の第一人者であり、県立医大や量子科学技術研究開発機構などさまざまな組織で要職に就かれた経験があります。研究環境へのアドバイスや各種研究機関との調整役になることが期待されています」と担当者は話した。 しかし、筆者が「山下氏にはさまざまな評価があるのはご承知のはずだ。原発事故直後の『100ミリシーベルト以下は安全』という発言はかなり批判を浴びた」と指摘すると、担当者は「私は来たばかりで存じ上げませんでした」と驚きの答えが返ってきた。後で追加の電話があったが、「私以外の職員の中には山下氏への評価について聞き知っている者もいたが、それと今回の人選との関連でお答えする内容はない」との回答だった。 (牧内昇平)

  • 【原発事故】追加賠償で広がる不満

     本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永) 広野町議が「分断政策を許すな」と指摘  原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。   ×  ×  ×  × 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 広野町議会の一幕 畑中大子議員(広野町議会映像より)    ×  ×  ×  × この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。 福島県原子力損害対策協議会の動き 東京電力本店  ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。 遠藤町長に聞く 遠藤智町長  あらためて、遠藤町長に見解を求めた。 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」  ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

    飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

     飯舘村の帰還困難区域の一部が5月1日に避難指示解除された。解除されたのは、村南部の長泥地区で、同地区に設定された復興再生拠点区域(復興拠点)と復興拠点外にある曲田公園。同村の帰還困難区域は約10・8平方㌔で、このうち復興拠点は約1・86平方㌔(約17%)。 昨年9月からの準備宿泊は「3世帯7人」が登録 「長泥コミュニティーセンター」の落成式でテープカットする杉岡村長(右から5人目)ほか関係者  同日午前10時にゲートが解放され、11時からは復興拠点に整備された「長泥コミュニティーセンター」の落成式が行われた。杉岡誠村長が「この避難指示解除を新たなスタートとして、村としても帰還困難区域全域の避難指示解除を目指し、夢があるふるさと・長泥に向けてさまざまな取り組みを続けていきます」とあいさつした。 同地区の住民は「こんなに多くの人が集まり、解除を祝ってもらい、うれしく思っている」、「この地区をなくしたくないという思いで、この間、通っていた」と話した。 復興拠点内に住民登録があるのは4月1日現在で62世帯197人。昨年9月から行われている準備宿泊は、3世帯7人が登録していた。村は5年後の居住人口目標を約180人としているが、それに達するかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 復興拠点の避難指示解除は、昨年6月の葛尾村、大熊町、同8月の双葉町、今年3月の浪江町、同4月の富岡町に次いで6例目。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。つまりは、飯舘村ですべての復興拠点が解除されたことになる。 今後は、今年2月に閣議決定された「改正・福島復興再生特別措置法」に基づき、復興拠点から外れたエリアの環境整備と、帰還困難区域全域の避難指示解除を目指していくことになる。 2つの問題点:①帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当か、②帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること 復興拠点外で解除された曲田公園  ただ、そこには大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。 もう1つは帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること。それ以外のエリアの除染費用は東電に負担を求めているが、帰還困難区域はそうではない。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どうしても戻りたい」という人が一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、住民は過失ゼロの完全な被害者だから、原状回復を求めるのは当然の権利として保障されなければならない。 ただ、原因者である東電の負担で環境回復させるのではなく、国費(税金)で行うのであれば話は違う。受益者が少ないところに、多額の税金をつぎ込む「無駄な公共事業」と同類になり、本来であれば批判の的になる。ただ、原発事故という特殊事情で、そうなりにくい。だからと言ってそれが許されるわけでない。 帰還困難区域は、基本、立ち入り禁止で、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないまでも「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人のための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか――そのどちらかしかあり得ない。 あわせて読みたい 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚木野正登氏を直撃

    海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

    追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 米卸売店の偽装表示を指摘する匿名情報

    米卸売店の偽装表示を指摘する匿名情報

    「中通りのある米卸売店が偽装表示を行っている」という匿名情報が電話で編集部に寄せられた。 情報提供者は県内の米穀卸売業界で働く人物。「同店店員から内情を聞かされているが、大型店に出荷した新米はすべて2、3年前の古米だ」と明かした。 この人物が同店に出入りしていた時期には、県内外で人気が高い「新潟県魚沼市産」、「大玉村産」と産地偽装し、産地名が書かれた袋に詰め替えて販売していた姿も見たという。そうした過去の経験に加え、新たに偽装表示の件も耳にしたので情報提供した――とのことだった。 食品の表示を偽装する行為は食品表示法や不当競争防止法違反に当たる。コメの流通に関しては、入荷・出荷記録の作成・保存と、事業者間・一般消費者への産地伝達を義務付ける「米トレーサビリティ法」も施行されており、同法違反となる可能性が高い。

  • 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】

    子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】

     4月10日、大熊町の教育施設「学び舎(や)ゆめの森」が町内に開校した。義務教育学校と認定こども園が一体となった施設で、0~15歳の子どもたち26人が通う。 同日、同町大川原地区の交流施設「link(リンク)る大熊」で、入学式・始業式を兼ねた「始まりの式」が行われた。入場時には近くにある町役場の職員や町民約200人が広場に集まって子どもたちを出迎え、拍手で歓迎した。 吉田淳町長は「原発事故で厳しい状況になったが、会津若松市に避難しながら、途絶えることなく大熊町の教育を継続し、町内で教育施設を再開できるまでになった。少人数で学ぶ環境・メリットを生かし、学びの充実に取り組む」と式辞を述べた。 南郷市兵校長は「大熊から全国に先駆けた新たな学校教育に挑戦していく。一人ひとりの好奇心が枝を伸ばせば、夢の花を咲かせる大樹となる。ここからみんなの物語を生み出していきましょう」とあいさつした。 同町の学校は原発事故後、会津若松市で教育活動を続け、昨年4月には小中学校が一体となった義務教育学校「学び舎ゆめの森」が同市で先行して開校していた。大川原地区では事業費約45億円の新校舎が建設されているが、資材不足の影響で工期が遅れ、利用は2学期からにずれ込む見通し。それまでは「link(リンク)る大熊」など公共施設を間借りして授業を行う。なお、周辺の空間線量を測定したところ、0・1マイクロシーベルトを下回っていた。 なぜ子どもたちを同町の学校に入れようと考えたのが。保護者らに話を聞いてみると、「自分が大熊町出身で、子どもたちも大熊町で育てたいという気持ちがあった。仕事を辞めて家族で引っ越しした」という意見が聞かれた。その一方で、「出身は別のまちだが、仕事の関係で大熊町の職場に配属され、せっかくなので、子どもと一緒に転居することにした」という人もいた。 今後、廃炉作業が進み、浪江町の国際研究教育機構の活動が本格化していけば、人の動きが活発になることが予想される。そうした中で、同校があることは、同町に住む理由の一つになるかもしれない。同校教職員によると、会津若松市に義務教育学校があったときよりも児童・生徒数は増え、入学・転校の問い合わせも寄せられているという。 それぞれの保護者の決断は尊重したいが、「原発被災地の復興まちづくり」という視点でいうと、廃炉原発と中間貯蔵施設があるまちに、新たに事業費45億円をかけて新校舎を建てる必要があるとは思えない。 避難指示解除基準の空間線量3・8マイクロシーベルト毎時を下回っているものの、線量が高止まりとなっている場所も少なからずあり、住民帰還を疑問視する声もある。新聞やテレビは教育施設開校を一様に明るいトーンで報じていたが、こうした面にも目を向けるべきだ。 式の終わりに子どもたちと教職員が並んで記念写真を撮影したところ、子どもより教職員の人数の方が明らかに多かった(義務教育学校・認定こども園合計37人)。これが同町の現実ということだろう。 壇上に並ぶ「学び舎ゆめの森」の教職員  県教育庁義務教育課に確認したところ、「義務教育学校には小中の教員がいるのに加え、原発被災地12市町村には復興推進の目的で加配しているので、通常より多くなっていると思われる」とのことだった。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

  • 避難区域除染で堆積物を放置!?

     9月号の情報ファインダーで「除染のあり方を環境省に問う住民」という記事を掲載した。内容は次のようなもの。  浪江町に土地・建物を持つAさん(住まいは浪江町ではないが、帰還困難区域の住民で、同町内に不動産を有している。実際の名義人はAさんではなくその家族)が、「自身の所有地周辺で不適切な除染が行われていた」として環境省と話し合いを行っているという。  具体的には、Aさんの所有地の隣が竹林になっており、そこは別の所有者の土地だが、自身の敷地から覗き込むと、堆積物が放置されているのが目に付いた。Aさんの所有地の竹林と面する側は、かなり放射線量が高いため、環境省に「不適切除染ではないのか」、「何とかしてほしい」と求めているのだという。  もしかしたら、竹林の所有者が「この部分(堆積物がある場所)はそのままにしておいてほしい」と依頼した可能性もあるため、それだけで「不適切除染」と断定することはできない。  ただ、Aさんからしたら、「せっかく自身の敷地を除染してもらっても、隣接地がそんな状況では意味がない」として、環境省に説明・対応を求めているようだ。 Aさん所有地の隣の竹林に放置された堆積物(環境省がAさんに提出した資料より)  この間、Aさんは環境省と文書や直接の面談で説明・対応などを求めてきたが、前号の記事掲載時点では、「まだ最終的な報告や、こう対応しますということは示されていない」とのことだった。  その後、8月30日付で環境省から回答があった。  内容は以下のようなもの。  ○除染業者にヒアリングを行ったところ、森林除染において、残置物があった場合、一般的な片付け等は実施せず、残置物の上の堆積物を除去しているが、作業上支障となるものについては企業努力により集積することもある。  ○本件の除染では、残置物の上の堆積物をそのままの状態で除去し、あるいは残置物を移動して堆積物を除去していたと考えられる。  ○事業者に確認したところ、竹や残置物が残された状態でも、適正な除染は実施されていると推察されるとの回答だった。一方で、当時の施工記録が十分に残されていない(※除染が行われたのは2013年度)中で、本件の除染が適正に実施されたという確証もないと認識している。  ○明確な不適正除染が行われたと判断するには至らないが、今回(Aさんから)指摘があったことを踏まえ、信頼性のある施工管理、適正な除染の実施に努めていく。  「当時の施工記録が十分に残されていない中、本件の除染が適正に実施されたという確証がない」としつつ、「明確な不適正除染が行われたと判断するには至らない」との回答にAさんは納得していない。  Aさんと直接やり取りをした環境省福島地方環境事務所の担当者は「個人情報もありますので、個別の案件についてはコメントを控えさせてください」とのことだった。  Aさんは「これから、帰還困難区域(特定帰還居住区域)の除染が行われることになると思うが、そういった不備がある除染が行われるようでは意味がない。そうした点からも、環境省には形式的なものでなく、意味のある除染をしてもらいたい。私自身の問題についても、納得いくまで環境省と協議したいと思っている」と話した。

  • 田村市の新病院工事問題で新展開

     7月に開かれた田村市議会の臨時会で、市が提出した新病院の工事請負契約に関する議案が反対多数で否決されたことを先月号で伝えたが、その後、新たな動きがあった。 安藤ハザマとの請負契約が白紙に 田村市船引町地内にある新病院建設予定地  新病院の施工予定者は、昨年4~6月にかけて行われた公募型プロポーザルで、選定委員会が最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマを選んだ。しかし、これに納得しなかった白石高司市長は最優秀提案者に安藤ハザマ、次点者に鹿島と選定委員会の選定を覆す決定をした。これに一部議員が猛反発し、昨年10月、百条委員会が設置された。  今年3月、百条委は議会に調査報告書を提出したが、その中身は法的な問題点を見つけられず、白石市長に「猛省を促す」と結論付けるのが精一杯だった。  そうした因縁を引きずり迎えた7月の臨時会は、直前の6月定例会で新病院に関する予算が賛成多数で可決していたこともあり、安藤ハザマとの工事請負契約も可決するとみられていた。ところが、結果はまさかの否決。白石市長が反対に回った議員をどのように説得するのか今後の対応が注目されたが、本誌に飛び込んできたのは予想外の情報だった。  「市は6月下旬に安藤ハザマと仮契約を結んだが、白紙に戻し入札をやり直すというのです」(経済人)  議会筋によると、7月下旬に開かれた会派代表者会議で市から入札をやり直す方針が伝えられたという。今後、6月定例会で可決した新病院に関する予算を減額補正し、新たに入札を行って施工予定者を選び直す模様。設計はこれまでのものを踏襲するか、若干の変更があるかもしれないという。  「安藤ハザマは今回の新病院工事で、地元企業に十数億円の仕事を発注する予定だったが、船引町商工会に『契約が白紙になったため、地元発注ができなくなった』と連絡してきたそうです」(前出・経済人)  船引町商工会の話。  「8月上旬に安藤ハザマから連絡がありました。市から契約白紙を告げられたそうです。担当者からは繰り返し謝罪されたが、経済が落ち込む中、地元企業に様々な仕事が落ちると期待していただけに残念でなりません」(白石利夫事務局長)  船引町商工会では安藤ハザマと取引を希望する地元企業から見積もりを出してもらうなど、同社とのつなぎ役を務めていた。ガソリンスタンド、車両のリース、弁当など様々な業種から既に見積もりが寄せられていただけに「取引がなくなり、皆落胆しています」(同)という。  市のホームページによると、新病院は2023~24年度にかけて工事を行い25年度に開院予定となっているが、議会筋によると、入札をやり直せば工事は24年夏~26年夏、開院はその後にずれ込む。予定より1年以上開院が遅れることになる。  「白石市長は否決された工事請負契約を可決させるため、反対した議員を説得すると思われたが、そうした努力を一切せずに入札やり直しを決めた。一方、反対した議員も、当初計画より工事費が高いことを理由に否決したが、これ以上工事が遅れれば物価高やウクライナ問題のあおりで工事費はさらに割高になる。白石市長も反対した議員も新病院が必要なことでは一致しているのに、互いに歩み寄らなかった結果、『開院の遅れ』と『工事費のさらなる増額』という二つの不利益を市民に強いることになった」(前出・経済人) 白石高司市長  入札をやり直して開院を遅らせるのではなく、政治的な協議で軌道修正を図り、予定通り開院させる方法は取れなかったのか。  市内では「互いに正論を述べているつもりかもしれないが、市民の立場に立って成熟した議論ができないようでは話にならない」と冷めた意見も聞かれる。白石市長も議会も猛省すべきだ。 ※新病院建設を担当する市保健課に問い合わせると「安藤ハザマとの契約はいったんリセットされる。今後どのように入札を行うかは9月定例会など正式な場でお伝えすることになる」とコメントした。 あわせて読みたい 【田村市】新病院施工者を独断で覆した白石市長 【田村市百条委】呆れた報告書の中身 白石田村市長が新病院施工業者を安藤ハザマに変えた根拠 【田村市】新病院問題で露呈【白石市長】の稚拙な議会対策

  • 動き出した「特定帰還居住区域」計画

     原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする政府方針が決まった。それに先立ち、今年度内に、大熊町と双葉町で先行除染が行われる予定で、大熊町では8月に対象住民説明会を実施した。 先行除染の費用は60億円 先行除染の範囲(福島民報3月2日付紙面より)  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。  一方、帰還困難区域は、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)に指定し、除染や各種インフラ整備などを実施。JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは葛尾村が昨年6月12日、大熊町が同6月30日、双葉町が同8月30日、浪江町が今年3月31日、富岡町が同4月1日、飯舘村が同5月1日に解除された。  ただ、復興拠点は、帰還困難区域全体の約8%にとどまり、残りの大部分は解除の目処が全く立っていなかった。そんな中、国は今年6月に「福島復興再生特別措置法」を改定し、復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定め、2020年代(2029年まで)に住民が戻って生活できることを目指す方針を示した。  それに先立ち、今年度内に大熊町と双葉町で先行除染が行われることになった。昨年実施した帰還意向調査結果や特定復興再生拠点区域との位置関係、放射線量などを考慮し、大熊町の下野上1区、双葉町の下長塚行政区と三字行政区が先行除染の候補地とされた。  これを受け、大熊町は8月19、20日に住民説明会を開催した。非公開(報道陣や対象行政区以外の町民は参加不可)だったため、内容の詳細は分かっていないが、町によると「国(環境省)を交えて、対象行政区の住民に概要や対象範囲などについて説明を行う」とのことだった。  ある関係者によると、「だいたい80世帯くらいが対象になるようだが、実際の住まいとしては20軒くらい。同行政区の帰還希望者の敷地は除染・家屋解体などを行う、といった説明がなされたようです」という。  先行除染が行われることが決まったのは今年春。その時はまだ「特定帰還居住区域」案などを盛り込んだ「福島復興再生特別措置法」の改定前だったが、先行除染の範囲などは、住民の帰還意向調査などに基づいて、国と当該町村が協議して決める、としており、ようやく詳細に動き出した格好だ。なお、国は先行除染費用として今年度当初予算に60億円を計上している。 復興拠点内外が点在 下野上1区の集会所と屯所  先行除染が行われる下野上1区は、JR大野駅の西側に位置する。同行政区は約300世帯あるが、復興拠点に入ったところとそうでないところがあるという。前出の関係者によると、復興拠点外は約80世帯で、当然、今回の先行除染は同行政区の復興拠点から外れたところが対象になり、復興拠点と隣接している。県立大野病院と常磐道大熊ICの中間当たりが対象エリアとなる。  同行政区の住民によると、「アンケート(意向調査)で、下野上1区は帰還希望者が比較的多かった。そのため、先行除染の対象エリアに選ばれた」という。 同町では、昨年8月から9月にかけて、「特定帰還居住区域」に関する意向調査が行われた。対象597世帯のうち340世帯が回答した。結果は「帰還希望あり」が143(世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされる)。「帰還希望なし」(世帯全員が帰還希望なし)が120、「保留」が77だった。  回答があった世帯の約42%が「帰還希望あり」だった。ただ、今回に限らず、原発事故の避難指示区域(解除済みを含む)では、この間幾度となく住民意向調査が実施されてきたが、回答しなかった人(世帯)は、「もう戻らないと決めたから、自分には関係ないと思って回答しなかった」という人が多い。つまり、未回答の大部分は「帰還希望なし」と捉えることができる。そう考えると、「帰還意向あり」は25%前後になる。さらに今回の調査では、世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされるため、実際の帰還希望者(人数)の割合は、もっと低いと思われる。  そんな中でも、下野上1区は帰還希望者が比較的多かったため、先行除染の対象になったということだ。  前述したように、同行政区内では、復興拠点に入ったところとそうでないところが混在している。そのため、向こうは解除されたのに、こっちは解除されないのは納得できないといった思いもあったに違いない。そんな事情から、同行政区は帰還希望者が比較的多かったのだろう。  国は7月28日、「改定・福島復興再生特別措置法」を踏まえた「福島復興再生基本方針」の改定を閣議決定した。特定帰還居住区域復興のための計画(特定帰還居住区域復興再生計画)の要件などが定められている。これに基づき、今後対象自治体では、「特定帰還居住区域」の設定、同復興再生計画の策定に入る。同時に、大熊・双葉両町で先行除染が開始され、2029年までの避難解除を目指すことになる。  ただ、以前の本誌記事も指摘したように、帰還困難区域の除染が、原因者である東電の責任(負担)ではなく、国費(税金)で行われるのは違和感がある。帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるのが筋で、そうではなく国費で除染などをするのであれば、その恩恵を享受する人(帰還者数)に見合った財政投資でなければならない。

  • 海洋放出にお墨付き【IAEA】国際基準のずさんな内容【尾松亮】

     海洋放出にお墨付きを与えたとされる国際原子力機関(IAEA)の包括報告書。そこにはどのようなことが書かれているのか。世界の廃炉政策を研究しており、本誌で「廃炉の流儀」を連載している尾松亮さんに解説してもらった。  政府は海洋放出を正当化する根拠として国際原子力機関(IAEA)の報告書(7月4日発表包括報告書)を引き合いに出す。この包括報告書で、IAEAが海洋放出計画を「国際基準に沿ったもの」と認め、お墨付きを与えたというのだ。  例えば、8月1日に行われた茨城沿海地区漁業協同組合連合会との面会で、西村康稔経済産業大臣はこの報告書を持ち出し「放出に対する日本の取り組みは国際的な安全基準に合致している」と説明した(8月2日付NHK茨城NEWS WEB)。  海洋放出計画は「国際基準に合致している」と、各紙各局の報道は繰り返す。  しかし、根拠となった「国際基準」とはどんなもので、何をすれば国際基準に合致すると見なされるのか、そのことを詳しく伝える報道は少なくとも日本では見たことがない。  海洋放出推進の論拠となっているIAEA包括報告書で、その「国際基準」への整合性はどのように証明されているのか。 ①【IAEA包括報告書とは】和訳なし、結論部分だけが報じられる  2023年7月4日、IAEAは「福島第一原子力発電所におけるALPS処理水安全レビューに関する包括報告書」(※) を発表した。 ※IAEA “COMPREHENSIVE REPORT ON THE SAFETY REVIEWOF THE ALPS-TREATED WATER AT THE FUKUSHIMA DAIICHI NUCLEAR POWER STATION” https://www.iaea.org/sites/default/files/iaea_comprehensive_alps_report.pdf  2021年4月にALPS処理水海洋放出を決定した直後、日本政府はIAEAに対して「処理水放出計画を国際的安全基準の観点から独立レビュー」するよう要請した。その要請を受けて実施されたIAEAレビューの内容をまとめたのがこの包括報告書である。  これは付録資料含め全129頁の英文による報告書。発表から1カ月以上経過した8月下旬時点で外務省や経産省のホームページを見ても報告書全体の和訳は無い。数枚の日本語要旨がつけられているだけである。「英語が読めない住民は結論の要約だけ読んで信じれば良い」と言わんばかりである。 表1:IAEA包括報告書の主な構成 章章タイトル1章導入2章「基本的安全原則との整合性評価」3章「安全要求事項との整合性評価」4章モニタリング、分析及び実証5章今後の取り組み  そして日本の報道機関は、この報告書の中身を分析することなく「国際基準に合致」「放射線影響は無視できる程度」という結論部分だけを繰り返し伝えている。  この結論を読むとき、疑問を持たなければならない。メルトダウンした核燃料に直接触れた水の海への投棄を認める「国際基準」とは何ものか? どういう取り組みをしたら、国際安全基準に合致していると言えるのか? その適合評価は十分厳しく行われたのか?  この報告書で処理水海洋放出計画の「国際基準(国際機関であるIAEAが定めた基準)」との整合性をチェックしているのは、主に第2章(「基本的安全原則との整合性評価」)及び第3章(「安全要求事項との整合性評価」)である。  「国際基準に合致」と言われれば、さも厳しい要求事項があり、東電と政府の海洋放出計画はそれらの要求事項を「全て満たしている」かのように聞こえる。しかし報告書の内容を読むと、この「国際基準」がいかに頼りないものであるかが明らかになる。  本稿ではこれら整合性評価で特に問題のある部分について紹介したい。 ②【基本原則との適合評価】こんな程度で「合致」を認めるのか?  例えば2章1節では、「安全性に対する責任」という基本原則との整合性が確認される。 表2:2章で整合性評価される基本的安全原則 節番号項目2.1安全性に対する責任2.2政府の役割2.3安全性に関するリーダーシップとマネジメント2.4正当化2.5放射線防護の最適化2.6個人に対するリスクの制限2.7現世代及び将来世代とその環境の防護2.8事故防止策2.9緊急時対策と対応策2.1現存被ばくリスクを低減するための防護策  これは「安全性に対する一次的責任は、放射線リスクを引き起こす活動あるいは施設の責任主体である個人あるいは組織が負わなければならない」という原則(IAEA国際基準の一つ)である。この原則について適合性はどうチェックされたか、該当箇所を見てみたい。  「日本で定められた法制度および規制制度の枠組みの下、東京電力が福島第一原子力発電所からのALPS処理水の放出の安全性に対する一次的責任を負っている」(包括報告書15頁)。つまり「海洋放出実施企業が安全に対する責任を負う」というルールさえ定めれば、「国際基準に合致」となるのだ。  2章2節は「政府の役割」という基本原則との整合性評価である。これは「独立規制組織を含む、安全性のための効果的な法制度上及び政府組織面での枠組みが打ち立てられ維持されていなければならない」という基本原則。これについてIAEAはどう評価したか。  「原子力規制委員会は独立規制組織として設立され、その責任事項には、ALPS処理水の海洋放出のための東京電力の施設及び活動に対する規制管理についての責任も含まれる」(同17頁)として、「基準合致」を認めてしまう。規制委員会があるからOKというのだ。  2章8節では「核災害または放射線事故を防止するとともに影響緩和するためにあらゆる実践的な取り組みが行われなければならない」という基本原則との整合性が確認される。ここでIAEAは「放出プロセスを管理しALPS処理水の意図せぬ流出を防ぐために東京電力によって安全確保のための堅実な工学的設計と手続き上の管理が行われている」(同29頁)として「原則合致」を認めている。その根拠として、非常時に海洋放出を止める停止装置(Isolation Valves等)があることを挙げている。非常用設備と事故防止計画があるから「基準合致」というのだ。東電のように何度も設備故障を起こし、安全基準違反を繰り返してきた企業に対して、「設備が用意されているから基準合致」というのは甘すぎるのではないか?  ここまで読んで「おかしい」と思わないだろうか? これら「基本原則」は、原子力施設を運営する国や企業に求められる初歩中の初歩の制度整備要求でしかない。これらを満たせば海洋放出計画も「国際基準に合致」ということになるのなら、ほぼ全ての原発保有国は「基準合致」のお墨付きをもらえる。 ③【安全要求事項との適合評価】40年前の基準でも科学的?  3章では「安全性要求事項」との整合性がチェックされている。 表3:3章で整合性評価される安全性要求事項 節番号項目3.1規制管理と認可3.2管理放出のシステムとプロセスにおける安全に関する側面3.3汚染源の特性評価3.4放射線環境影響評価3.5汚染源および環境のモニタリング3.6利害関係者の参画3.7職業被ばく防護  例えば3章4節では、東電の「環境影響評価」がIAEAの基準に沿って実施されているかチェックしている。この東電の「放射線環境影響評価」は、IAEAが「(処理水海洋放出による)人間と環境への影響は無視できる程度」と結論づける根拠となったものだ。  例えば、IAEAの基準「放射線防護と放射線源の安全:国際基本安全基準」(GSR Part3)には、影響評価について次のような規定がある。「安全評価は次のような形で行われるものとする。(a)被ばくが起こる経路を特定し、(b)通常運転時において被ばくが起こりうる可能性とその程度について確定すると共に合理的で実践可能な範囲で、あり得る被ばく影響の評価を行う」(同60頁)  これら基準に定められた評価項目を扱い、定められた手続きに沿って「環境影響評価」を実施すれば、この「国際基準に合致」したことになる。当該環境影響評価が、将来にわたる放射線影響リスクを網羅的かつ客観的に提示することまでは求められていない。そもそも網羅的な影響評価は不可能であり、不確実性が残ることは最初から許容されている。  例えばIAEAは、内部被ばくの影響評価に際して、極めて簡略化された推定値を用いることを容認している。具体的に言えば、国際放射性防護委員会(ICRP)の基準に基づき(1)カレイ目の魚類、(2)カニ、(3)昆布科の海藻、の3種類の海産物を通じた内部被ばくを評価すれば是とする。そして影響評価に際して用いる濃縮係数(汚染された海水からどの程度の放射性物質が水産物に取り込まれるかの指標)については、「魚類の濃縮係数はデータが不足しており不確実である」(同83頁)と認めている。IAEAは「海産物の摂取が主な被ばく源となる」(同72頁) と認めながらも、不確実性の高い内部被ばく評価で合格を与えているのだ。  東京電力は、水産物を通じた内部被ばく評価に際してIAEA技術報告書(TRS―422)に示された濃縮係数を用いている。水産物からの内部被ばくを評価する際に要となるのがこの濃縮係数だ。しかし、技術報告書TRS―422(2004年時点)に示された濃縮係数は20年も昔の数字であることを考慮しないといけない。さらにTRS―422に示された濃縮係数の多くは、前版である1985年の技術報告書(TRS―247)から更新されていない。「多くの要素について、完全な更新はこれまでのところ不可能で、そのためTRS―247に掲載された値が依然として現時点での最良の推定値となっている」(TRS―422、29頁)とIAEAが認める。つまり、ほとんどの値が1985年時点の推定値なのだ。  汚染された海水からどの魚種にどの程度の濃度で放射性物質が濃縮されるのか、の知識は40年近くの間IAEAの基準の中で更新されていない。それでもこの基準に依拠して内部被ばく推定を行えば、「国際基準に合致した科学的な評価」ということになってしまうのだ。  セシウムやストロンチウムを総量でどれくらい放出するのかも分かっておらず、トリチウムの放出量すら粗い推定値しかない。こんな前提条件で科学的・客観的な環境影響評価ができるはずがないのだ。この「国際基準」そのものに相当の欠陥があると言わざるを得ない。 ④「正当化」基準への適合は認められていない  重要な国際基準の一つについてはチェックすらされていない。この「包括報告書」のなかでIAEA自身が、安全基準の一つである「正当化(Justification)」について評価を放棄したことを認めている。「今回のIAEAの安全レビューの範囲には、海洋放出策について日本政府が行った正当化策の詳細に関する評価は含まれない」(同19頁)という。(詳しくは本誌8月号)  「正当化」とは「実施される行為によりもたらされる個人や社会の便益が、その行為による被害(社会的、経済的、環境的被害を含む)を上回ることを確認する」ことを求める基準(GSG―8)である。今回の場合で言えば「海洋放出により個人や社会が受ける便益は何か」「その便益は海洋放出によってもたらされる社会的、経済的被害を上回るものであるか」の確認と立証が求められる。この「正当化」基準に沿った評価が行われていないことについては内外の専門家から指摘がある。  これについて日本政府は「正当化」基準を考慮したと主張する。外務省の英文報告書(2023年7月31日)では「便益について、日本政府はALPS処理水の放出は2011年東日本大震災被災地の復興のために欠かせないものであると結論づけた。被害に関しては(中略)日本政府の考えでは海洋放出が環境や人々に否定的な影響を与える可能性は極めて低い」と述べる。  海洋放出が復興にどのように寄与して定量的にどんな便益をもたらすのか。風評被害や社会的影響も含めた害はどの程度になり、それを便益が上回るものなのか。IAEAの基準に沿った「正当化」が行われた形跡は全く見えない。  金科玉条のように振りかざされる「国際基準に合致」とは、こんな程度のことなのだ。  全文和訳を作らない政府とIAEA、内容を検証せず結論部だけ繰り返す報道機関ともに、このずさんな報告書の内容を国民から隠そうとしているようにしか見えない。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。

  • 大義なき海洋放出【牧内昇平】

     8月24日、政府と東京電力は福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出を始めた。約束を守らず、急いで流す必要はなく、代替案を検討する余地もあった。筆者は「大義なき海洋放出」だと思っている。反対する人びとは直前まで街頭で声を上げ、中止や再検討を求め続けていた。直前1週間の取材日記を紹介する。 反対派の声でつづる直前1週間  【8月17日】  午後2時、国会の衆議院第一議員会館。国際環境NGOのFOEジャパンらが経済産業省や東電の担当者と面会した。同団体の事務局長、満田夏花氏が険しい表情で切り出す。  「原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、反論として挙げられている水和熱の発生は分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがですか」  福島市内の自宅にいた筆者はオンラインでこの会合を視聴した。淡い期待を抱いていた。海洋放出の代替案が議題の一つだったからだ。汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないだろう。可能な限り他の選択肢を検討すべきだ。マスメディアはほとんど報じないが、海洋放出の他にも汚染水処分のアイデアはある。有力なのが大学教授やプラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」による「モルタル固化による『半地下』埋設」案である。  コンクリートやモルタルが固まる時には材料の水とセメントが反応して水和熱が生じる。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも大気中に出ていってしまう。経産省が汚染水の処分方法を検討した「ALPS処理水の取扱いに関する小委員会」では、水和熱が固化案の課題の一つとされた。「抑制剤を入れれば蒸発量は少ない」という満田氏の指摘に対し、東電はこう答えた。  東電の担当者「固化時の水分蒸発のみが課題ではございません。また、ご指摘の水和熱の発生に対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法が根本的な解決にはならないと考えています」  この説明に対して原子力市民委員会に所属するプラント技術者、川井康郎氏が反論した。  「たしかに水和熱は発生します。ただ、あくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。抑制剤を使えば影響は些末です。水分の蒸発がゼロにはなりませんが、含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。対して海洋放出というのは、タンクにたまる約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。その際のトリチウムの量と、固化時の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えてモルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません」  満田氏「水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?」  東電の担当者「ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。20年に小委員会報告書が出されていて、そこでは地下埋設という処分方法については《規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い》と書かれていたと認識しております」  筆者は驚いた。蒸発量のデータを持たないまま、「水分が蒸発するからダメ」と説明していたことが判明したからだ。市民側の追及は続く。  満田氏「小委員会などで議論されていたのは『地下』埋設です。原子力市民委員会が提案しているのは『半地下』案です。モニタリングが難しいとか、費用がかかるとか、地下埋設の弱点を改善した案なんです。それについて一顧だにせず、公の場で議論してきませんでした。にもかかわらず『すでに議論したからいいんだ』という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います」  東電の担当者「我々としては報告書の結果を受けて海洋放出が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところです」  東電の言い分としては「政府の方針に従っているだけだ」ということ。これはこれで正しい。説明責任は日本政府にある。  満田氏「経産省さんはいかがでしょうか」  経産省の担当者「ええと……処分方法の決定にあたっては6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります……」  経産省からの回答はこれだけだった。これには市民委員会のメンバーで、かつて原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒った。  後藤氏「小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言いますが、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば存在価値がない!」  経産省からは何の反論もない。筆者はため息をついてパソコンを閉じた。真摯な議論が聞けると思ったのに期待を裏切られたからだ。この日の会合取材ではっきりしたのは、経産省も東電も代替案をまじめに考えていないことだ。FOEジャパンは事前に質問状を渡していたという。回答を準備する時間はあったはずだ。代替案が検討されないまま、海洋放出が唯一の選択肢であるかのように事態は進んでゆく。  午後5時半、岸田首相は日米韓首脳会談に出席するため、政府専用機で米国に向かった。  首相官邸前に市民が集結 海洋放出反対のボードを掲げる首相官邸前アクションの参加者(8月18日、牧内昇平撮影)  【8月18日】  筆者は新幹線に乗って東京へ。午前10時、東京都千代田区の首相官邸前には200人を優に超える市民たちが集まっていた。うだるような暑さの中、横断幕やプラカードを掲げる。  《約束を守れ!》《安全な陸上で保管できる》《福島は怒っている 汚染水ながすな》  海洋放出に反対する市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議」(これ海)と「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」が主催した首相官邸前アクションだ。三春町の武藤類子さんがマイクを握った。  「今日岸田首相は日米韓首脳会談のためにアメリカに行っています。しかし、岸田首相が聞くべき声はバイデン大統領やユン大統領の意向ではありません。聞くべきは漁業者をはじめとする原発事故の被害者、国内の市民の声、そして海でつながる他の国々の市民の声だと思います」  その通りだ。続いて「これ海」共同代表、いわき市の佐藤和良さんがスピーチを行う。  「全国の漁業者が一丸となって反対し続けているではありませんか。そしてまた福島県民はじめ多くの原発事故被害者が、この放射性液体廃棄物の海洋投棄に反対しているんです。東日本大震災で塗炭の苦しみを味わって12年、ここまできました。沿岸漁業もようやく震災前2割の水揚げに至ったばかりです。ここで汚染水を流されたら生業が成り立ちません。会津には『什の掟(じゅうのおきて)』というものがあります。『ならぬことはならぬものです。嘘を言うことはなりませぬ』。岸田首相にこの言葉を贈ります!」  参加者たちは炎天下の官邸前から参議院議員会館に移動し、集会を続けた。急に冷房が効いた場所へ入り、汗で濡れたシャツが冷たくなる。いわき市の米山努さんが話した。時折涙ぐんでいる。米山さんはかつて筆者に、「海洋放出は福島県民にとって末代への恥だ」と指摘していた。放出が間近に迫り、胸が締めつけられる気持ちなのだろう。  「私は海産物が好きですから毎日のように近くの海で獲れたアイナメとか、いろいろな魚を食べています。トリチウムは有害であることをはっきりと言っておきたいと思います。政府は問題ないと宣伝していますが、資料を調べれば調べるほど有害性にどきっとします。たとえばトリチウムは人体の臓器の中では脳にとどまることが多いようです。また、有機物に結合したトリチウムが体内に取り込まれた場合、生物学的半減期(代謝や排せつで半分に減るまでの期間)は100~600日くらいだそうです。長く体内にとどまり、細胞のごく近くでトリチウムのベータ線を放出し続けるわけです」   「これ海」共同代表、いわき市の織田千代さんはこう話した。  「海は世界につながる豊かな命のかたまりです。放射能を流し続けるという無謀なことを日本政府が行っていいはずがありません。事故を経験した大人の責任として、未来の子どもたちにきれいな海を手渡したい、約束を守ることの大切さを伝えていきたいと思うのです。海洋放出はやめてと叫び続けましょう」  織田さんは叫び続けてきた。2年前の4月13日に政府が海洋放出方針を決めて以来、「これ海」は毎月13日に反対行動を続けてきた。伝わらないもどかしさを感じながら、それでも声を上げ続ける姿勢に筆者は敬意を抱く。この声はいつになったら政府に届くのか。岸田首相はこの日の午後、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着。 岸田首相に向けて「反対」の声 【8月19日】  福島に戻った筆者は朝からやる気が出ない。前日からこんなニュースばかりだからだ。  《岸田首相は福島第一原発を20日にも訪問する方向で最終調整に入った。(中略)首相は近く関係閣僚会議を開き、月内にも放出開始の日程を判断する》(19日付福島民報)  本誌編集部の志賀哲也記者から一報をもらった。「不確実な情報ですが、岸田首相は朝、新幹線でJR郡山駅に来て、帰りはいわき駅から特急に乗って帰るようです」。  海洋放出に反対する人びとはこの情報をつかんでいるだろうか。心配が頭をかすめたが、間違っていたら悪いので、とりあえず経過を見守るしかない。志賀記者が郡山駅で写真をおさえ、私は原発付近に向かうことにした。  【8月20日】 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1693071630145335489 岸田首相に海洋放出反対を訴えた宍戸さん(8月20日、牧内昇平撮影)  午前9時半、岸田首相が郡山駅に到着。志賀記者の情報はビンゴだった。反対する人びとの集会は開かれていないという。やはり情報が入っていないのだ。首相は直接、反対の声を聞くべきだ。筆者は福島市に住む宍戸幸子さんに電話をかけた。連日のように街頭で放出反対を訴えている宍戸さんなら一緒に来てくれると思ったからだ。「情報が正確だと分かりました。宍戸さん、今から出られますか?」「もちろん!」。原発の近くから福島市に引き返し、宍戸さんと合流していわき駅へ向かった。  正午すぎ、いわき駅に到着。警察官が歩き回っているなか、改札を出たところの広場で首相の到着をひたすら待つ。午後3時すぎ、特急ひたちのホームに降りようとする集団を発見。中央に首相の姿を認める。カメラを構えながら宍戸さんに「来た!」と叫んだ。宍戸さんは一瞬「どこ?」と戸惑ったが、気を引き締めて大きな声で叫んだ。  「海洋放出は絶対反対ですから!反対ですから!」  新聞紙で覆っていた手書きのポスターをかかげる。《反対してるのに! 海洋放出するな》  首相の姿が見えたのはわずか数秒だった。宍戸さんの叫び声は届いただろうか? 岸田首相はこの日、原発構内で東電の最高幹部たちと面会、報道対応を行った。しかし、福島の人びとと語り合う時間はつくらなかった。 【8月21日】  午後2時、福島市内の杉妻会館で「福島円卓会議」が始まった。海洋放出や廃炉の問題を議論するために県内の有識者や市民が集まった会議だ。ホールには事務局長の林薫平・福島大准教授の声が響いた。  「一、今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである。二、地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない。三……」  林氏が読み上げたのは「緊急アピール」の文案だった。円卓会議はこの夏に発足。7月11日と8月1日に会合を開き、この日が3回目だ。議論を重ねるにはまだ時間が必要だったと思うが、事態は急を要するため、緊急アピールを発出することになったという。参加した市民たちと約2時間にわたる意見交換を行い、その場でアピールの文面を固めた。  この会議がもっと早く始まってくれればよかったのに、と筆者は思う。だが、内堀雅雄福島県知事が海洋放出に対する賛否を示さず、結果的に政府・東電の計画を追認してしまっているのが現状だ。地元福島の有識者・市民が自主的に集まり、意思表明することには大きな価値がある。  誰でも会議に参加でき、挙手すれば意見を述べられるという進行方法もいいと思う。事務局は政府や東電にも会議への出席を求めてきたという。しかし、これまでの会議には誰も参加していないようだ。ここでも「丁寧に説明する」という政府・東電の言葉がいい加減なものだとわかる。  午後4時、岸田首相は全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長を官邸に呼んだ。福島県漁連の専務理事も同席した。着々と地ならしが進んでいく印象。 決して賛否を示さない内堀知事 筆者の質問に答える内堀雅雄知事(写真中央、8月22日、牧内昇平撮影) 【8月22日】  午前10時、関係閣僚等会議が開始。岸田首相が「具体的な放出時期は8月24日を見込む」と発表する。  午後になって頼みの志賀記者から連絡が入った。2時半から西村康稔経産相が県庁を訪ね、内堀知事と吉田淳・大熊町長、伊澤史朗・双葉町長と面会するとのこと。県庁に取材を申し込んだら「経産省のほうで受け付けを行っています」とにべもない。しかも経産省はすでに申し込みを締め切ったという。  西村氏に続いて東電ホールディングスの小早川智明社長が内堀知事ら3氏と面会した。終了後、報道陣への取材対応の時間があった。筆者と内堀氏のやりとりを再現する。  筆者「フリーランスの牧内といいますが、何点かうかがいます」  内堀氏「すみません。時間の関係があるので一点でお願いします」  筆者「一点?」  内堀氏「はい」  筆者「これまで何度も聞かれていると思いますが、そもそも内堀さんは海洋放出に賛成なんでしょうか、反対なんでしょうか。理解を示しているのでしょうか、示していないのか。その点を明らかにしてもらいたいと思います」  内堀氏「はい。今ですね、二つの中の選択肢で選んでくれというお話をしました。今日私が経済産業大臣そして東京電力の社長にお話した内容、非常に複雑多岐な内容を含んでいます。漁業者の皆さんの思いも含んでいます。また、処理水の海洋放出に反対の方の意見も入っています。一方でまさに立地自治体であったり、避難地域12市町村の復興を前に進めたい、あるいは福島県の風評というものをしっかりなくしていきたいという県民の皆さんの思いも入っています。二つの選択肢の中のどちらかを選ぶということは、原子力災害の問題では極めて困難だと考えています。そのうえで広域自治体である県としては、それぞれの立場の真剣な思いというものを福島県の意見の中に取り入れつつ、これまで政府高官に対する要請を21回、また、復興推進委員会、復興再生協議会等の場において26回、この2年4カ月の間にお話をしてきました。一言で結論を出すことが難しい。それがこの原子力災害の葛藤だと考えています」  筆者「政治家としては決断を下すのが仕事だと……」  内堀氏(再質問している筆者から目を背けてほかの新聞記者を指し)「お願いします」  県庁の広報担当「一問限りでお願いいたします」  筆者「ダメなんですか?」  県庁の広報担当(無回答のまま)「じゃ、河北新報さん」  内堀氏(河北の記者のほうを向いて)「どうぞ」  この期に及んで内堀氏は海洋放出の是非について判断を示さなかった。「原子力災害の問題は二つの選択肢のどちらかを選ぶのが極めて困難だ」と言う。だが、いろいろな人と話し合ったうえで正解のない問題に決断を下すのが政治家の仕事だろう。福島県には原子力緊急事態宣言が出されている。まさに今、原子力災害は継続中である。「どちらかを選べない」人が行政トップの座に就いていて大丈夫だろうか(ちなみに複数質問した記者もいたことを付記しておく)。 注目される差し止め訴訟 【8月23日】  「今年の5月から裁判を準備してきました。原告数は100人を超えることを目指しています」  いわき市文化センターの会議室で、広田次男弁護士が海洋放出の差し止めを求める裁判を起こすと発表した。県内外の漁業者や市民が原告、国と東電ホールディングスが被告となる。海洋放出によって漁業者たちは生存の基礎となる生業を破壊される。一般の人びとも汚染されない環境で平穏に生活する権利を奪われる。漁業行使権、人格権(平穏生活権)が侵害されるとの主張だ。広田氏と共に弁護団の共同代表を務める河合弘之弁護士は海洋放出が倫理に反している点を強調した。  「福島第一原発の敷地内外には広大な土地があります。国や東電は『燃料デブリの用地確保が必要だ』と言いますが、デブリはまだ数㌘しか取れていません。大量に取り出せるのは何十年も先です。そんな先のことのために、空き地を使わず放流するというのはインチキです。ひと言でいえば『不要不急の放流』です」  9月8日に第一次提訴があるという。政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の最大の役割だ。海洋放出をめぐる法廷闘争がいよいよ始まる。  【8月24日】 大熊町で海洋放出直前に行われた抗議活動の様子(8月24日、牧内昇平撮影)  午前9時、筆者は大熊町夫沢付近にある国道6号の交差点に到着した。交差点から車を東に進めれば福島第一原発の敷地に至る。が、当然そこは封鎖され、一般車両は通行できない。数台のパトカーが停まり、制服の警察官が取り締まっている。海洋放出に反対する人びとが交差点に集まってきた。放出は午後1時の予定だと報じられていた。放出前最後の抗議になるだろう。  人びとは横一列に並ぶ。歩道に沿って《海に流すな》と書かれた横断幕をかかげる。ここでもリレースピーチが行われた。このエリアを歩いている人はいない。主に報道陣へ語りかける。  南相馬市の佐藤智子さんが話す。  「海は誰のものでしょう。みんなのものです。決して政治のトップや官僚や大企業だけのものではありません。なのに、私たちが住む地球の美しい環境を汚すっていうことに私はすごく憤りを感じます。私たち大人はまだいいですよ。子どもや孫、次世代の人たち、動植物の命を侵すことになる。私は肌でそう感じています。主婦です。単なる主婦。主婦がそう思うんです。そういうほうが案外当たっていると思います。陸上保管! 海洋放出反対!」  佐藤さんは「メディアの方々、きちんと報じてください」と語りかけた。だが、集まった報道陣はそれほど多くない。しかも半分ほどは海外メディアだった。筆者も韓国・京郷新聞のイ・ユンジョン記者から頼まれ、現地にお連れしていた。  浪江町から福島市に避難し、今も同市に住む今野寿美雄さんが話した。  「流したら福島県の恥だよ。福島も宮城も漁業は壊滅します。魚はもう食えなくなっちゃうよ。政府は全然科学的じゃないよ。原発のエンジニアとして言います。トリチウムは危険です。海はゴミ捨て場じゃないよ。それでなくても運転中の発電所からトリチウムが流れている。でも、今流そうとしているのは汚染水だよ。トリチウムだけじゃないよ。薄めて流すというけど、薄めたって総量は一緒なんです。生体濃縮した魚を食べたら人間の体にも入ってくるんです。水俣病で分かったことをまた同じことを繰り返そうとしているんです。馬鹿じゃないの?」 メディアの責任も問われている  原発で働いてきた今野さんは、事故後は子どもたちを無用な被ばくから守るための裁判で原告団長も務めてきた。放射線の怖さを肌身で感じてきたからだろう。今野さんの顔が紅潮してきた。怒りが止まらない。  「汚染水流すのやめろ。ここに爆弾あるんだったら爆弾を投げつけたいよ。ほんとに……ふざけんな!」  南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。原発の方角へお経を唱えている人がいる。千葉県にある妙法寺の法尼、矢向由季さんだ。法尼の声は時に穏やかに、時に力強く、寄せては返す波のように延々と続く。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。  午後1時すぎ、予定通り海洋放出が始まった。NHKはヘリコプターを飛ばして上空からの映像を中継している。そのくせ報じている内容は政府の言い分がベースになっている。本当に安全であり、本当に不可避ならば、大げさに伝える必要があるのだろうか。経過は大きく報じるものの、肝心の「是非」についてはっきりした考えがわからない。そのうえ反対意見は丁寧に拾わない。結果として政府を後押しする役割を果たす。多くのマスメディアに対して筆者は同様の印象を抱いている(「風評被害」を強調するだけでは、じゃあ賠償しますという話にしかならない。本来必要なのは代替案などの検証だ)。  一緒に取材したイ・ユンジョン記者は「なぜ日本では大規模な反対運動が起こらないのでしょうか」と不思議がっているが、声を上げている人は確かにいるのだ。それを伝えていないメディアの責任は大きい。報道陣の端くれである筆者も含めて。  双葉町にある産業交流センターの屋上階にのぼった。正面に太平洋が見える。まさに今、30年、40年と続く汚染水の放出が始まった。海は、変わらず青い。しかし私たちは次世代まで責任をもてるだろうか。  8月24日は、新たな負の記念日として記憶された。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 課題が多い帰還困難「復興拠点外」政策

     原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」が成立した。その概要と課題について考えていきたい。 帰還希望者少数に多額の財政投資は妥当か 大熊町役場  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただその後、帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線再開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは、葛尾村が昨年6月12日、大熊町が同6月30日、双葉町が同8月30日、浪江町が今年3月31日、富岡町が同4月1日、飯舘村が同5月1日に解除され、すべての復興拠点で解除が完了した。以降は、住民が戻って生活できるようになった。 一方、復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、6月2日に同法が成立した。 その概要はこうだ。 ○対象の市町村長は、知事と協議のうえ、復興拠点外に「特定帰還居住区域」を設定する。「特定帰還居住区域」は帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で、①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④拠点区域と一体的に復興再生できることなどが要件。 ○市町村は、それらの事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」を策定して、国(内閣総理大臣)に認定申請する。 ○国(内閣総理大臣)は、特定帰還居住区域復興再生計画の申請があったら、その内容を精査して認定の可否を決める。 ○認定を受けた計画に基づき、国(環境省)が国費で除染を実施するほか、道路などのインフラ整備についても国による代行が可能。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、それに準じた内容と言える。避難解除は「2020年代」、すなわち2029年までに住民が戻って生活できることを目指すということだ。 こうした方針が本決まりになったことに対して、大熊町の対象者(自宅が復興拠点外にある町民)はこう話す。 「復興拠点外の扱いについては、この間、各行政区などで町や国に対して要望してきました。そうした中、今回、方向性が示され、関連の法律が成立したことは前進と言えますが、まだまだ不透明な部分も多い」 「特定帰還居住区域」に関する意向調査 復興拠点と復興拠点外の境界(双葉町)  この大熊町民によると、昨年8月から9月にかけて、「特定帰還居住区域」に関する意向調査が行われたという(※意向調査実施時は「改正・福島復興再生特別措置法」の成立前で、「特定帰還居住区域」は仮の名称・制度だった)。詳細を確認したところ、国と当該自治体が共同で、大熊・双葉・富岡・浪江の4町民を対象に、「第1期帰還意向確認」の名目で意向調査が実施された。 大熊町では、対象597世帯のうち340世帯が回答した。結果は「帰還希望あり」が143(世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされる)で、このうち「営農意向あり」が81、「営農意向なし」が24、「その他」が38。「帰還希望なし」(世帯全員が帰還希望なし)が120、「保留」が77だった。 回答があった世帯の約42%が「帰還希望あり」だった。ただ、今回に限らず、原発事故の避難指示区域(解除済みを含む)では、この間幾度となく住民意向調査が実施されてきたが、回答しなかった人(世帯)は、「もう戻らないと決めたから、自分には関係ないと思って回答しなかった」という人が多い。つまり、未回答の大部分は「帰還希望なし」と捉えることができる。そう考えると、「帰還意向あり」は25%前後になる。ほかの3町村も同様の結果だったようだ。今回の調査では、世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされるため、実際の帰還希望者(人数)の割合は、もっと低いと思われる。 前出の大熊町民も「アンケート結果を見ると、回答があった340世帯のうち、143世帯が『帰還希望あり』との回答だったが、仲間内での話や実際の肌感覚では、そんなにいるとは思えない」という。 今後、対象自治体では、「特定帰還居住区域」の設定、同復興再生計画の策定に入る。それに先立ち、住民懇談会なども開かれると思うが、そこでどんな意見・要望が出るのか。ひとまずはそこに注目したいが、本誌が以前から指摘しているのは、原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのではなく、国費(税金)でそれを行うのは妥当か、ということ。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべきだ。ただ、国費で除染などをするのであれば、その恩恵を享受する人(帰還者数)に見合った財政投資でなければならない。詰まるところは、帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境整備にとどめるか、帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるかのどちらかしかあり得ない。

  • 【本誌記者が検証】二本松市の「ガッカリ」電動キックボード貸出事業

     二本松市観光連盟は3月31日から、観光客向けに市の歴史観光施設「にほんまつ城報館」で電動キックボード・電動バイクの貸し出しを行っている。 二本松市の地図データ(国土地理院、『政経東北』が作成)  ところが、7月上旬、その電動キックボードの馬力不足を指摘する体験リポート動画がツイッターで拡散。同施設でレンタルされている車両が、坂道をまともにのぼれない実態が広く知られることとなった。 https://twitter.com/mamoru800813/status/1675329278693752833  動画を見ているうちに、実際にどんな乗り心地なのか体感してみたくなり、投稿があった数日後、同施設を訪れて電動キックボードをレンタルしてみた(90分1000円)。 安全事項や機器の説明、基本的な操作に関する簡単なレクチャーを受けた後、練習に同施設の駐車場を2周して、いざ出発。 同施設から観光スポットに向かうという想定で、二本松城(霞ヶ城)天守台への坂道、竹根通り、竹田坂、亀谷坂などを走行した。だが、いずれのルートも坂道に入るとスピードが落ち始め、最終的に時速5㌔(早歩きぐらいのスピード)以下となってしまう。運転に慣れないうちはバランスが取りづらく、うまく地面を蹴り進めることもできないため、車道の端をひたすらゆっくりとのぼり続けた。追い越していく自動車のドライバーの視線が背中に突き刺さる。 竹根通りで最高速度を出して上機嫌だったが…… 竹田坂、亀谷坂をのぼっている途中で失速し、必死で地面を蹴り進める  レンタルの電動アシスト自転車(3時間300円)に乗りながら同行撮影していた後輩記者は、「じゃあ、僕、先に上に行っていますね」とあっという間に追い越していった。 運転に慣れてくると、立ち乗りで風を切って進んでいく感覚が楽しくなる。試しに竹根通りをアクセル全開で走行したところ、時速30㌔までスピードが出た(さすがに立ち乗りでは怖かったので座って運転)。軽装備ということもあり、転倒の恐怖は付きまとうが、爽快感を味わえた。 しかし、そう思えたのは下り坂と平地だけ。亀谷坂では、「露伴亭」の辺りで失速し、地面を蹴っても進まなくなり、炎天下で、20㌔超の車両を汗だくで押して歩いた。総じて快適さよりも、坂道で止まってしまう〝ガッカリ〟感の方が大きく、初めて訪れた観光客におすすめしたい気分にはなれなかった。 右ハンドル付け根にアクセル(レバー)と速度計が取り付けられている 二本松城天守台に到着する頃には疲労困憊  同連盟によると「(体重が軽い)女性は坂道もスイスイのぼれる」とのこと。体重75㌔の本誌記者では限界がある……ということなのだろうが、そもそも中心市街地に坂道が多い同市で、その程度の馬力の乗り物をなぜ導入しようと考えたのか。 54頁からの記事で導入の経緯や同連盟の主張を掲載しているので、併せて読んでいただきたい。(志賀) 「にほんまつ城報館」には甲冑着付け体験もあり(1回1000円) https://twitter.com/seikeitohoku/status/1677459284739899392

  • 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発の事故で発生している汚染水について、海洋放出したい政府・東電と反対する市民たちとの意見交換会が県内で開かれている。はっきり言って市民側の主張の方が、圧倒的に説得力がある。政府は至急、代替案の検討を始めるべきである。 議論は圧倒的に市民側が優勢 経済産業省資源エネルギー庁参事官の木野正登氏(左)と東電リスクコミュニケーターの木元崇宏氏  7月6日午後6時、会津若松市内の「會津稽古堂」多目的ホールには緊張感がみなぎっていた。集まった約120人の市民が真剣な表情でステージを見つめている。 壇上に掲示された集会のタイトルは「海洋放出に関する会津地方住民説明・意見交換会」。主催は市民たちで作る「実行委員会」だ。メンバーの一人、千葉親子氏がチクリと刺のある開会挨拶を行った。 「本来であれば、海洋放出の当事者である国・東電が説明会を企画して住民の疑問や不安に答えていただきたいところでしたが、このような形となりました。今日は限られた時間ではありますが、忌憚のない意見交換ができればと願っています」 謝らない政府 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  前半は政府と東電からの説明だった。経済産業省資源エネルギー庁参事官の木野正登氏と東電リスクコミュニケーターの木元崇宏氏が隣り合って座り、マイクを握った。 東電の木元氏は冒頭で、「今なお多くの方々にご不便、ご心配をおかけしておりますこと、改めてお詫び申し上げます」と語り、頭を下げた。形式的ではあるが一応、「謝罪」だ。経産省からそういう謝罪はなかった。淡々と政府の見解を説明するのみ。参加者たちは黙って聞いているが、目が血走っている人もいる。一触即発の雰囲気が漂う。 「陸上保管は本当にできないのか?」 東京電力  午後6時半、いよいよ意見交換がはじまった。市民側を代表して実行委メンバーの5人がステージに上がり、順番に質問していく。 実行委「福島の復興を妨げないために、あるいは風評や実害を生まないためには、長期の陸上保管だという意見があります。場所さえ確保できれば東電も国も同じ思いであると思いますが、いかがでしょうか?」 経産省木野氏「場所ですけれども、いろいろと法律の制約があります。原子力施設から放射性廃棄物を運搬するとか保管するとかいったこともですね。手続きが必要になります」 この答えには会場が納得しなかった。「福島に押しつけるな!」という声が飛ぶ。経産省が続ける。 木野氏「なので、そういった制約が様々あるということですね。また、実際どこかの場所に置いたとしたら、そこにまたいわゆる風評が生まれてしまう懸念もあるのではないかと思っております」 今度は会場から失笑が漏れた。「福島だったらいいの?」との声が上がる。東電が説明する番になる。 東電木元氏「これ以上タンクに保管するということは廃炉作業を滞らせてしまうために難しいというところがありますけども、事故前の濃度や基準をしっかり守るのが大前提と考えてございます。ただ、事故を起こしてしまった東電への信用の問題もございます。当社以外の機関にも分析をお願いして透明性を確保いたします」 司会者(実行委の一人)「今は敷地の話をしております」 木元氏「廃炉をこれ以上滞らせないためにも、これ以上のタンクの設置は難しい。また、排出についてはしっかり基準を満足させるということが大前提と考えてございます」 実行委「敷地が確保できれば陸上保管がベストだという思いは同じですか、という質問でした」 木元氏「今お話しさせていただきました通り、事故前排水させていただいていた基準の水でございますので、それをしっかり守ることが大事だと考えています」 質問に正面から答えようとしない木元氏に対し、会場から「答えになってない!」と声が飛ぶ。実行委は矛先を経産省に戻した。 実行委「陸上保管こそが復興を妨げない、あるいは風評も実害も拡大させない、やり方なんじゃないですか? そこの考え方は同じではないのかと聞いているんです。そもそもの前提、意識は同じですか?」 経産省木野氏「はい。陸上保管ができればそれがいいですけれども、現実的ではないわけですよね」  実行委「現実的ではないというお答えがありましたけれども、廃炉の妨げになると言いますが、事故から10年たって廃炉は進んでますか? 燃料デブリの取り出しはできてますか? 取り出しがいつになるか分からない中では、目の前にある汚染水の被害を拡大させないために陸上保管しようという方向になぜできないのでしょうか? 当分廃炉の妨げなんかにはならないでしょ? 私はそう思いますが、いかがでしょうか?」 木野氏「廃炉が進んでいますかと聞かれれば、進んでおります。ただし燃料デブリ、これはご存じの通り、取り出せてませんね。2号機から取り出しを開始しますけれども、まだ数グラムしか取れてません。今後はしっかり拡大して、進めていかなければいけない訳です。それを保管するスペースも確保していかないといけない、ということなんです。なので、タンクで敷地を埋め尽くしてしまうと廃炉が進まなくなるということです。そこはご理解いただければと思います」 会場から「理解できない」との声。 「最大限努力をするのが東電や国の使命」  実行委「具体的には、環境省が取得した広大な土地が隣接してあるはずです。以前使われていたフランジタンクを取り壊した部分もあるはずです。やはり風評を広げない、実害を広げないために最大限の努力をするというのが東電や国の使命だと思いますが、いかがでしょうか? 」 福島第一原発の周辺には除染廃棄物を集めた中間貯蔵施設がある。このスペースを使えないのか。東電や国はタンクの敷地確保に向けて最大限努力すべきだという指摘に、会場から拍手が飛んだ。これに対する経産省・東電の回答はこうだ。 経産省木野氏「中間貯蔵施設はですね。あそこにだいたい1600人の地権者の方がいて、泣く泣く土地を手放していただいた方もいますし、または借地ということで30年間お貸しいただいた方もいらっしゃいます。やはり双葉・大熊の住民の方の心情を考えるとですね、そこにタンクを置かせてもらうというのは非常に難しいですし、やはり大熊・双葉の町の復興も考えなければいけないということでございます」 東電木元氏「フランジタンクを解体したところが今どうなっているかというと、新しいタンクに置き換わっているところもありますし、ガレキなど固体廃棄物の保管場所になっているところもあります。固体廃棄物はどうしても第一原発の敷地内で保管しなければいけない。そのための土地も確保しなければいけないということが現実問題としてあります。今後デブリが取り出せたときは非常に濃度が高い廃棄物が発生いたします。これをしっかり保管しなければいけないと考えております」 会場から「それはいつですか?」との声が飛ぶ。先ほど経産省木野氏が認めた通り、燃料デブリの取り出しはまだ進んでいない。実行委メンバーは冒頭に戻り、「法律の制約がある」という経産省の説明を批判した。 実行委「福島県内は事故後、非常事態の状況にあります。本当は年間1ミリシーベルトなんですけど、まだ20ミリシーベルトで我慢せいという状態なんです。そんな中で一般の法律を持ち出して、だからできないとか、そんなことを言っている場合じゃないということです」 会場から拍手が起こる。 実行委「ここは(長期保管を)やるということで、福島県の人たちのことを考えて、その身になって進めていただきたいと思いますよ」 会場からさらに拍手。だが、経産省は頑なだ。 木野氏「やはりあの、被災12市町村、避難させてしまった12市町村の復興も進めていかないといけない、ということもあります。なのでですね、我々も県民のためを思いながら廃炉と復興を進めていきたいと思っております」 「海に捨てる放射性物質の総量は?」 福島第一原発敷地内のタンク群  福島第一原発では毎日、地下水や雨水が壊れた原子炉建屋に流れこんでいる。その水は溶融した核燃料に直接触れたり、核燃料に触れていた水と混ざったりして「汚染水」になる。だから通常運転している原発からの排水と、メルトダウンを起こした原子炉で発生する「汚染水」とは意味合いが全く異なる。 仮に多核種除去設備(ALPS)が正常に稼働したとしても、すべての放射性核種が除去できるわけではない。トリチウムが大量に残るのはもちろんのこと、ほかの核種も残る(表)。どんな核種がどのくらい放出されるのか。市民側の1人はこの点を追及した。 ALPS処理後に残る核種の一部 核種の名前濃度(1㍑当たり)年間排水量年間放出量トリチウム19万㏃1億2000万㍑22兆㏃炭素1415㏃(同上)17億㏃マンガン540.0067㏃(同上)78万㏃コバルト600.44㏃(同上)5100万㏃ストロンチウム900.22㏃(同上)2500万㏃テクネチウム990.7㏃(同上)8100万㏃カドミウム113m0.018㏃(同上)210万㏃ヨウ素1292.1㏃(同上)2億4000万㏃セシウム1370.42㏃(同上)4900万㏃プルトニウム2390.00063㏃(同上)7.3万㏃※東電が「ALPSで処理済み」としているタンク群で実施された64核種の測定結果の一部。濃度に違いはあるが、様々な核種が残る。上記64核種の測定は、原発敷地内の大半のタンクでは未実施 ※東電資料:「多核種除去設備等処理水の海洋放出に係る放射線影響評価報告書(設計段階)」を基に筆者作成  実行委「ALPSでは除去できない放射性物質の生物影響をどのように認識されているのか。放出する処理水の総量と放射性物質の総量も明らかにしてほしいと思います」 経産省木野氏「さまざまな核種が入っているということでございますが、これがちゃんと規制基準以下に浄化されているということです。こうしたものが含まれているという前提で、自然界から受ける放射線の量よりも7万分の1~100万分の1の被ばく量ってことです。これはトリチウムだけではないです。ストロンチウム、ヨウ素、コバルトも含まれている前提での評価です」 東電木元氏「総量はこれからしっかり測定・評価。処理した後の水を分析させていただきます。これが積み上がることによって、最終的な総量が分かるわけですけども、今の段階では7割の水が2次処理、これからALPSで浄化する水が含まれておりますので、今の段階ではどのくらいとお示しすることが難しいです」 司会者(実行委の一人)「放射性物質の総量も分からないんですね? ひとつ確認させてください」 木元氏「総量はこれからしっかり分析を続けてまいります。そこでお示しができるものと考えております」 「お金よりも子どもたちの健康、安全」  実行委メンバーによる代表質問が終わった後、会場の参加者たちが1人数分ずつ意見を述べた。切実な思いが伝わってくる内容が多かった。そのうちのいくつかを紹介する。 「私は昭和17年生まれです。年も80を過ぎました。お金よりも子どもたちの健康、安全ですよね。金ではない。経済ではない。子どもたちが安心して生きられる環境をどう作るか。これが、あなたたちの一番の責任ではないのですか?」 「県民感情として、これ以上福島をいじめないでください。首都圏は受益者負担を全然してない。この中で東京電力のお世話になっている人は誰もいませんよ。ここは東北電力の管内ですから。どうしても捨てたいならば、東京湾に持って行ってどんどん流してくださいよ。安全、安全と言うんであれば、なにも問題はないはずです」 発言の機会を求めて挙手する人が後を絶たない中、約2時間半にわたる意見交換会は終了した。 「大熊町民を口実に使うのは許せません」 大熊町役場  筆者が見る限り、会津若松での意見交換会は圧倒的に、反対する市民側が優勢だった。 一番注目すべきは代替案をめぐる議論だと思う。市民たちは経産省から「場所さえ確保できれば陸上保管がベスト」という見解を引き出し、「ではなぜ真剣に検討しないのか」と迫った。これに対する経産省の回答は説得力があるとは思えなかった。「法律上の制約」を口にしたが、政府は自分たちの通したい法律は1年くらいで作ってしまう。そんなに時間はかからないはずだ。次に経産省は、福島第一原発が立地する大熊・双葉両町の住民の心情を持ち出した。「中間貯蔵施設の土地は地権者の方が泣く泣く手放したものだ」などとして、陸上保管の敷地確保が難しい理由として説明した。 しかし、この説明も納得できない。大熊・双葉両町に中間貯蔵施設を作る時、政府は住民たちと「30年以内の県外処分」を約束した。施設がスタートしてから約8年経つが、最終処分先はいまだに決まらず、約束が守られるメドは立っていない。 県外処分の約束を中ぶらりんにしておきながら、タンクの増設を求める声に対しては、「双葉・大熊両町民の心情が……」などと言う。こういう作法を「二枚舌」と呼ぶのではないか。 実際、大熊町民の中にも怒っている人はいる。原発事故で大熊から会津若松に避難した馬場由佳子さんは住民票を大熊に残している大熊町民だ。7月6日の意見交換会に参加した馬場さんは感想をこう語った。 「大熊の復興のために汚染水を流すって……。そういう時ばかり……。『ふざけんな!』なんです。ちゃんと放射線量を測ったり、除染したり、汚染水を流すのではなくて私たちの意見を聞いたり。そういうことが大熊の復興につながると思います。私も含めてほとんどの大熊町民は、国や東電が言うようにあと30年や40年で福島第一原発の廃炉が終わるとは信じていないと思います。中間貯蔵施設にある除染廃棄物を県外処分するという約束についても楽観していないでしょう。そんな中で、国は自分たちに都合がいい時だけ『大熊町民のために』と言います。私たちを口実に使うのは許せません」 もっと議論を 住民説明・意見交換会には約120人の市民が訪れた  先ほど紹介した通り、ALPSで除去できないのはトリチウムだけではない。30年、40年かけて海に流し終えた時に「影響は100%ない」と言い切るのは困難だ。国際原子力機関(IAEA)も、人間や環境への影響を「無視できる」という言い方はしているが、「リスクがゼロだ」とは言っていない。代替案があるなら真剣に検討するのが政府の務めだ。 そして実際に代替案は複数出ている。たとえば脱原発社会の構築をめざす市民グループや大学教授らがつくる原子力市民委員会は、「大型タンクによる長期保管」と「モルタル固化」の二つを提案している。大型タンクは石油備蓄のためにすでに使われているし、モルタル固化は米国の核施設で実績があるという。同委員会の座長を務める龍谷大学の大島堅一教授(環境経済学)はこう話す。 「これらの案はプラント技術者などさまざまな方に検討をしていただいたもので、我々としては自信を持っています。公開の場で討論することを望んでおり、機会があるごとに申し上げていますが、政府から正式な討論の対象として選んでいただいていないのが現状です」(7月18日付オンライン記者会見) 筆者としては、この原子力市民委員会と経産省との直接の議論を聞いてみたい。議論の中身を吟味することによって代替案の可能性の有無がクリアになるように思う。もちろん市民たちとの話し合いも不足している。 7月6日の会津若松に続いて、17日には郡山市内で市民と政府・東電との意見交換会が開かれた。多岐に渡るテーマの中で筆者が印象的だったのは「政府主催の公聴会を企画せよ」との指摘だった。 会津若松と郡山の意見交換会はいずれも市民側が政府・東電に要請して実現したものだ。政府主催による一般参加できる形式の公聴会は、2021年4月に海洋放出の方針が決定されて以来、一度も開催されていない(方針決定前には3回だけ実施)。市民側はこういった点を指摘し、政府側にうったえた。 「意見を聞いてから方針を決めるのが筋ではないでしょうか? 公聴会をやるべきですよ。福島県民はものすごく怒ってますよ」 政府側は「自治体や漁業関係者の方々に意見を聞いております」といった回答に終始した。 専門家も交えた代替案の検討を行うべきだし、住民たちとの意見交換も重要だ。それらをなるべく公開すれば国民が考える機会は増える。経産省は海洋放出について「みんなで知ろう。考えよう。」と打ち出している。今こそそれを実現する時だ。東電によると、原発敷地内のタンクが満杯になるのは「来年の2月から6月頃」とのことだ。まだ時間はある。もっと議論を。 あわせて読みたい 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 被災地で再び暗躍するゼネコン元所長

     震災・原発事故の復興事業をめぐり、ゼネコン幹部が下請け業者から謝礼金をもらったり、過剰な接待を受けていたことが次々と判明し、マスコミで報じられたことを記憶している人は多いと思う。 その後、復興事業の減少により問題は沈静化していったが、今、浜通りでは「ある元幹部の存在」が再び注目を集めている。 元幹部を、ここでは「H氏」と紹介しよう。H氏は準大手ゼネコン・前田建設工業(東京都千代田区)に勤務し、震災・原発事故後は東北支店環境省関連工事統括所長として楢葉町と双葉町の除染や解体工事、中間貯蔵施設の本体工事などを取り仕切った。2015年12月には広野町のNPO法人が主催した復興関連イベントのパネルディスカッションにパネラーの一人として参加したこともある。 復興を後押しする一員という立ち位置でイベントに参加したH氏だったが、その裏では様々な問題を引き起こしていた。以下は朝日新聞2021年6月30日付社会面に掲載された記事である。 《(環境省が2012、13年に発注した楢葉町と双葉町の除染、解体工事などをめぐり)前田建設は17~18年に弁護士を入れた内部調査を実施。複数の業者や社員らを聴取した結果、同社関係者によると、当時の現場幹部らが業者から過剰な接待や現金提供を受けていたことが判明したという。 前田建設の協力会社の内部資料によると、協力会社の当時の幹部が13年から5年間、仙台市や東京・銀座の高級クラブなどで前田建設の現場幹部らへの接待を重ね、うち1人については計30回で約80万円の費用を負担していた。 さらに、複数の下請け業者の証言では、18年ごろまでにハワイ旅行や北海道・九州でのゴルフ旅行が企画され、複数の前田建設の現場幹部の旅費や滞在費を業者が負担していたという》 これら接待の中心にいたのがH氏で、ゴルフコンペは「双明会」と銘打ち定期的に行われていたという。このほか女性関係のトラブルも指摘されていたH氏は、2016年に統括所長を降格され、17年に前田建設を退職した。 しかし、その後もいわき市内のマンションを拠点に、統括所長時代に築いた人脈を駆使して不動産、人材派遣、土木、ロボット、旅館経営など複数の会社を設立。それらの事務所は現在も中心市街地の某ビル内にまとめて置かれている。法人登記簿を確認すると、H氏は1社を除いて全社で役員に名前を連ねていた。 ある業者によると、H氏は前田建設を退職後も下請け業者に接近し、復興事業に食い込んでいたという。浜通りの一部業者は、そんなH氏を何かと〝重宝〟し、関係の維持に努めていた。 ところが前記の新聞報道後、脱税などで警察の捜査が及ぶことを恐れたのか、H氏はいわき市内のマンションを離れ、都内に身を潜めた。それが、半年ほど前から再び市内で見かけるようになったとして、業者の間で話題になっているのだ。 某ビルの1、2、3、6、7階にH氏が関係する会社が事務所を構える  前田建設は今年度、大熊町の特定復興再生拠点区域の除染と解体工事を48億2400万円で受注したが、その下請けに、H氏は自身とつながりがある九州の業者を使うよう同社の現場責任者に働きかけているという。その情報をキャッチした同社が現場責任者に確認すると、H氏との直接的な関係は否定したが「大熊町の事業者と食事をしていたら、同じ店で偶然H氏と会った」などと説明したという。 前田建設がH氏の暗躍に強い警戒感を示していることが分かる。被災地を〝食い物〟にする輩を放置してはならない。関係各所はH氏の動向を厳しく監視すべきだ。

  • 東電「請求書誤発送」に辟易する住民

     東京電力は6月1日、「請求書の誤発送について」というリリースを発表した。文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会が昨年12月に策定した「中間指針第5次追補」に基づく追加賠償について、請求書約1000通を誤った住所に送付したことが判明したため、発表したもの。請求書には、請求者の個人情報(氏名、生年月日、連絡先、振込口座番号)などが含まれていたという。 その翌日(6月2日)には「ダイレクトメールの誤発送について」というリリースが出された。それによると、追加賠償の請求案内のダイレクトメール約2600通を誤った住所に発送した可能性があるという。なお、ダイレクトメールには個人情報は含まれていない、としている。 こうした事態を受け、東電は関連書類の発送をいったん停止し、発送先や手順などについての点検を実施した。 そのうえで、6月22日に「請求書およびダイレクトメールの誤発送に関する原因と対策について」というリリースを発表した。 それによると、請求書の誤発送は、コールセンターや相談窓口などでの待ち時間を改善(短縮)するため、内部の処理システムを簡素化したことが原因という。 ダイレクトメールの誤発送は、請求者のデータと同社システムに登録されたデータの突合作業に当たり、専用プログラムを用いているが、一部のデータがそのプログラムで合致しなかったため、複数人による目視での突合作業を実施した際にミスが起きた、としている。 このほか、同リリースには、誤って発送した請求書、ダイレクトメールの回収に努めていること、これまで普通郵便で発送していた請求書を簡易書留で発送するようにしたこと、ダイレクトメールの発送を取り止め、7月下旬から10月をメドに、順次請求書を送付すること――等々が記されている。 これにより、追加賠償の受付・支払いが遅れることになる。さらには、誤発送の対象者から請求があった場合、誤発送によって受け取った人からの「なりすまし請求」である可能性が出てくる。そのため、本人確認を徹底しなければならず、その点でも誤発送の対象者は、面倒な手続きを求められたり、支払いが遅れるなどの影響が出てきそうだ。 一連の問題について、双葉郡から県外に避難している住民は、こんな見解を述べた。 「今回の件で分かったことは、東京電力を信用していいのか、ということです。これだけ立て続けにミスが発覚するんですから。これから、ALPS処理水の海洋放出が行われますが、そんなところに海洋放出を任せて大丈夫かという思いは拭えません。もう1つは、もし海洋放出によって風評被害などが発生し、さらなる追加賠償が実施されることになったとして、その際も今回のようなお粗末なミスが起きるのではないか、と思ってしまいます」 今回の誤発送で、賠償受付・支払いが遅れること以外に、個人情報流出などによって対象者に直接的な被害が出たという話は聞かないが、原発被災者にとってもともと低い東電の信用がさらに落ちたのは間違いなかろう。 以前と比べると、賠償関連の人員などが削減された中で、今回の追加賠償は対象が多いため、対応が追いついていないといった事情があるのだろうが、これから大事(海洋放出)を控える中での凡ミスは、いかにも印象が悪い。

  • 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】

     地元メディアが福島県と結託して水産物の風評払拭プロパガンダをしている。報道機関の客観性・中立性に疑念が生じる事態だ。権力を監視する「番犬」なはずのマスメディアが県庁に飼いならされてしまうのか? (一部敬称略) 風評払拭プロパガンダの片棒を担ぐな https://www.youtube.com/watch?v=itxS_tLhSXo U字工事の旅!発見#134 いわきの伊勢海老  U字工事は栃木なまりのトークが人気の芸人コンビだ。ツッコミの福田薫とボケの益子卓郎。益子の「ごめんねごめんね~」というギャグは一時期けっこう人気を集めた。そんな2人組が水槽を泳ぐ魚たちを凝視するシーンから番組は始まる。  福田「えー。ぼくらがいるのはですね。福島県いわき市にあります、アクアマリンふくしまです」 益子「旅発見はあれだね。福島に来る機会が多いっすね」 福田「やっぱ栃木は海なし県だから、海のある県に行きたがるよね。で、前にきたときも勉強したけど、福島の常磐もの、なんで美味しいかおぼえてる?」 益子「おぼえてるよ! こういう、(右腕をぐるぐる回して)海の流れだよ」 福田「ざっくりとした覚え方だな」 益子「海の、(さらに腕を回して)流れだよ!」 福田「ちょっと怪しい気もするんで、あらためて勉強しましょう。ちゃんとね」 これは「U字工事の旅!発見」というテレビ番組のオープニングだ。アクアマリンふくしまを訪れた2人はこのあと土産物店「いわき・ら・ら・ミュウ」に寄ってイセエビを味わうなどする。30分番組で、2人の地元とちぎテレビで2022年1月にオンエア後、福島テレビ、東京MXテレビ、KBS京都など、12都府県のテレビ局で放送されたという。 実はこの番組、福島県の予算が入っている。県庁と地元メディアが一体化した水産物の風評払拭プロパガンダの一つである。 地元オールメディアによる風評払拭プロパガンダ  2021年7月、福島県農林水産部はある事業の受注業者をつのった。事業名は「ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」。オールメディアによる漁業の魅力発信業務、という名称もついていた。公募時の資料にはこう書いてあった。 【事業の目的】本県の漁業(内水面含む)が持つ魅力や水産物のおいしさなどをテレビ、新聞、ラジオの各種メディアと連携し、継続的に県外へ発信することで、県産水産物に対する風評を払拭し、消費者の購買意欲を高める。 【委託費上限額】1億2000万円。 公募から2カ月後に受注業者が決まった。福島民報社だ。そして同年11月以降、県内のテレビと新聞に〈ススメ水産、福島産。〉のキャッチコピーがあふれだす。 ●21年11月18日付福島民報1面 【見出し】「ススメ水産、福島産。」きょう開始 常磐もの応援 県、県内全メディアとPR 【本文の一部】東京電力福島第一原発事故に伴う県産水産物への風評払拭に向け、県は十八日、福島民報社など県内全メディアと協力した魅力発信事業「『ススメ水産、福島産。』キャンペーン」を開始する。本県沿岸で水揚げされる魚介類「常磐もの」のおいしさや魅力を多方面から継続的に発信し、販路拡大や消費拡大につなげる。(2面に関連記事) ページをめくって2面には、県職員とメディアの社員が一列に並んで「ススメ水産」のポスターをかかげる写真が載っていた。新聞は福島民報と福島民友。テレビは福島テレビ、福島中央テレビ、福島放送、テレビユー福島。それにラジオ2社(ラジオ福島とエフエム福島)を加えた合計8社だ。写真記事の上には「オールメディア事業」を発注した県水産課長のインタビュー記事があった。 ――県内全てのメディアが連携するキャンペーンの狙いは。 課長「県産水産物の魅力を一番理解している地元メディアと協力することで、最も正確で的確な情報発信ができると期待している」 ――これからのお薦めの魚介類は。 課長「サバが旬を迎えている。十二月はズワイガニ、年明けはメヒカリがおいしい時期になる。『常磐もの』を実際に食べ、おいしさを体感してほしい」 1、2面の記事をつぶさに見ても、この事業が1億2000万円の予算を組んだ県の事業であることは明記されていなかった。 広告費換算で8倍のPR効果?  そしてここから8社による怒涛の風評払拭キャンペーンが始まった。 民報は毎月1回、「ふくしまの常磐ものは顔がいい!」という企画特集をはじめた。常磐ものを使った料理レシピの紹介だ。通常記事の下の広告欄だが、けっこう大きな扱いでそれなりに目立つ。民友も記事下で「おうちで食べよう!ふくしまのお魚シリーズ」という月1回の特集をスタート。テレビでは、福テレが人気アイドルIMPACTorsの松井奏を起用し、同社の情報番組「サタふく」で常磐ものを紹介。福島放送の系列では全国ネットの「朝だ!生です旅サラダ」でたけし軍団のラッシャー板前がいわきの漁港から生中継。テレビユー福島がつくった「さかな芸人ハットリが行く! ふくしま・さかなウオっちんぐ」というミニ番組は東北や関東の一部で放送され……。 きりがないのでこのへんにしておく。各社が「オールメディア事業」として展開した記事や番組の一部を表①にまとめたので見てほしい。 表1 オールメディア風評払拭事業 2021年度「実績」の一部 関わった メディア日時記事・番組名記事の段数・放送の長さ内容福島民報11月27日ふくしまの常磐ものは顔がいい!シリーズ5段2分の1ヒラメの特徴の紹介と「ヒラメのムニエル」レシピの紹介11月28日本格操業に向けて~福島県の漁業のいま~3段相馬双葉漁業協同組合 立谷寛千代代表理事組合長に聞く「常磐もの」の魅力福島民友11月30日おうちで食べよう!ふくしまのお魚シリーズ5段本田よう一氏×上野台豊商店社長対談と「さんまのみりん干しと大根の炊き込みご飯」レシピ福島テレビ12月25日IMPACTors松井奏×サタふく出演企画「衝撃!FUKUSHIMA」25分「サタふく」コーナー。ジャニーズ事務所に所属する松井さんが常磐ものの美味しさを紹介1月13日U字工事の旅!発見30分常磐ものの魅力を漁師や加工者の目線、さまざまな角度から掘り下げ、携わる人々の思いを伝える福島放送11月20日朝だ!生です旅サラダ11分「朝だ!生です旅サラダ」人気コーナー。ラッシャー板前さんの生中継1月15日ふくしまのみなとまちで、3食ごはん55分釣り好き男性タレント三代目JSOUL BROTHERS山下健二郎さんが、福島の港で朝食・昼食・夕食の「三食ごはん」を楽しむテレビユー福島12月5日さかな芸人ハットリが行く!ふくしま・さかなウオっちんぐ3分サカナ芸人ハットリさんが実際に釣りにチャレンジし、地元で獲れる魚種スズキなどを分かりやすく解説1月23日ふくしまの海まるかじり 沿岸縦断ふれあいきずな旅54分「潮目の海」「常磐もの」と繁栄したふくしまの漁業の魅力を発信・ロケ番組ラジオ福島12月14日ススメ水産、福島産。ふくしま旬魚5分いわき市漁業協同組合の櫛田大和さんに12月の水揚げ状況や旬な魚種、その食べ方などについて聞くふくしま FM11月18日ONE MORNING10分福島県で漁業に携わる、未来を担う若者世代に取材※「令和3年度ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」実績報告書を基に筆者作成。 ※系列メディアが番組を制作・放送している場合もある。新聞記事の文字数は1行あたり十数字。それがおさまるスペースを「段」と呼ぶ。「3段」で通常記事の下の広告欄が埋まるイメージ。  この事業の実績報告書がある。福島民報社がつくり、県の水産課に提出したものだ(※本稿で紹介している番組や記事についての情報はこの報告書に依拠している)。 さてこの報告書が事業の効果を検証している。書いてあった目標は「広告費換算1億2000万円以上」というもの。報告書によると「新聞・テレビ・ラジオでの露出成果や認知効果を、同じ枠を広告として購入した場合の広告費に換算し、その金額を評価」するという。つまり、1億2000万円の事業費を広告に使った場合よりもPR効果があればいい、ということのようだ。 報告書によると、気になる広告費換算額は9億6570万円だったという。「目標額である1億2000万円を大きく上回ることができた」と福島民報社の報告書は誇らしげに書いていた。 報道の信頼性に傷  筆者が一番おかしいと思うのは、このオールメディア風評払拭事業が「聖域」であるべき報道の分野まで入り込んでいることだ。 これまで紹介したのは新聞の企画特集やテレビの情報番組だ。こういうのはまだいい。しかし、報道の分野は話が違ってくる。新聞の通常記事やテレビのニュースには客観性、中立性が求められるし、「スポンサーの意向」が影響することは許されない。ましてや今回スポンサーとなっている福島県は「行政機関」という一種の権力だ。権力とは一線を画すのが、権力を監視するウオッチドッグ(番犬)たる報道機関としての信頼を保つためのルールである。 ところが福島県内の地元マスメディアにおいてはこのルールが守られていない。今回のオールメディア風評払拭事業について、県と福島民報社が契約の段階で取り交わした委託仕様書を読んでみよう。各メディアがどんなことをするかが書いてある。 〈テレビによる情報発信は、産地の魅力・水産物の安全性を発信する企画番組(1回以上)、産地取材特集(3回以上)、イベントや初漁情報等の水産ニュース(3回以上)を放映すること〉、〈新聞による情報発信は、水産物の魅力紹介等の漁業応援コラム記事を6回以上発信すること〉 ニュース番組でも水産物PRを行うことが契約の段階で織り込まれていたことが分かる。 次に見てほしいのが、先述した福島民報社の実績報告書だ。報告書は新聞の社会面トップになった記事や、夕方のテレビで放送されたニュースをプロモーション実績として県に報告していた。 ●21年12月16日付福島民友2面 【見出し】「常磐もの」新たな顔に 伊勢エビ、トラフグ追加/高級食材加え発信強化 【本文の一部】県は「常磐もの」として知られる県産水産物の「新たな顔」として、近年漁獲量が増えている伊勢エビやトラフグなどのブランド化に乗り出す。 ●22年2月11日付福島民報3面 【見出し】「ふくしま海の逸品」認定 県、新ブランド確立へ 【本文の一部】東京電力福島第一原発事故による風評の払拭と新たなブランド確立に向け、県は十日、県産水産物を使用して新たに開発された加工品五品を「ふくしま海の逸品」に認定した。 テレビのニュースも似たような状況だ。報告書がプロモーション実績として挙げている記事や番組の一部を表②に挙げておく。 表2 メディア風評払拭事業 2021年度「実績」の一部(報道記事・ニュース編) 関わったメディア日時記事・番組名など掲載ページ・放送の長さ内容(記事の抜粋または概要)福島民報11月20日常磐もの食べて復興応援 あすまで東京 魚食イベント 県産の魅力発信18ページ県産水産物「常磐もの」の味覚を満喫するイベント「発見!ふくしまお魚まつり」が19日、東京都千代田区の日比谷公園で始まった。12月5日県産食材 首都圏で応援 風評払拭アイデア続々 復興へのあゆみシンポ 初開催25ページ東京電力福島第一原発事故の風評払拭へ向けた解決策を提案する「復興へのあゆみシンポジウム」は4日、東京都で初めて開催された。福島民友12月16日「常磐もの」新たな顔に 伊勢エビ、トラフグ追加 高級食材加え発信強化2ページ県は「常磐もの」として知られる県産水産物の「新たな顔」として、近年漁獲量が増えている伊勢エビやトラフグなどのブランド化に乗り出す。2月11日県「海の逸品」5品認定 水産加工品開発プロジェクト 月内に県内実証販売3ページ県は10日、県産水産物を使用した新たなブランド商品となり得る「ふくしま海の逸品」認定商品として5品を認定した。福島テレビ1月2日テレポートプラス60秒全国ネットで放送。浪江町請戸漁港の出初式福島中央 テレビ1月16日ゴジてれSun!60秒都内で行われた「常磐ものフェア」の紹介福島放送1月17日ふくしまの海で生きる1分30秒~相馬の漁師親子篇~テレビユー福島1月21日※水産ニュース7分8秒急増するトラフグ 相馬の新名物に※「令和3年度ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」実績報告書を基に筆者作成。 翌年度はさらにパワーアップ  福島県は翌22年度も「ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」(オールメディアによる漁業の魅力発信業務)を実施した。予算も1億2000万円で変わらない。再び福島民報社が受注し、前年と同じ8社が県の風評払拭プロパガンダを担った。おおまかなところは前年度と同じだが、さらにパワーアップした感がある。 22年度の実績報告書によると、福島テレビ(系列含む)は「U字工事の旅!発見」やIMPACTors松井奏の番組を続けつつ、「カンニング竹山の福島のことなんて誰も知らねぇじゃねえかよ」という新たな目玉番組をつくった。ラジオ福島は人気芸人サンドウィッチマンが出演するニッポン放送の番組「サンドウィッチマン ザ・ラジオショーサタデー」のリスナープレゼント企画で常磐もののあんこう鍋を紹介した。報道ではこんな記事が目についた。 ●22年7月22日付福島民報3面 【見出し】県産農林水産物食べて知事ら東京で魅力発信 【本文の一部】県産農林水産物のトップセールスは二十一日、東京都足立区のイトーヨーカドーアリオ西新井店で行われ、内堀雅雄知事が三年ぶりに首都圏で旬のモモをはじめ夏野菜のキュウリやトマト、常磐ものの魅力を直接発信した。 「意味があるのか」と首をかしげたくなる知事の東京行きは、民報だけでなく福島テレビとテレビユー福島のニュースでも取り上げられたと実績報告書は書く。 報告書によると、22年度はテレビ番組や新聞の企画特集などが8社で145回、記事やニュースが47回。合計192回の情報発信がこのオールメディア事業を通じて行われた。先述の広告費換算額で言うと、その額は18億2300万円。前年度を倍にしたくらいの「大成功」になったそうな……。 もちろん事業の収支も報告されている。21年度も22年度も費用は合計で1億1999万9000円かかったと報告書に書いてあった。1億2000万円の予算をぎりぎりまで使ったということだ。費用の内訳を見ると、8社の番組制作やデジタル配信、広告にかかった金額が書き出されていた。あとはロゴマークやポスターの制作費、事務局の企画立案費など。 費用の欄にはニュース番組の項目もあった。これは県への情報開示請求で手に入れた書類なので個々の金額は黒塗りにされていて確認できないが、こうした「報道」分野の費用も計上されたと推測される。  問われるメディアの倫理観 内堀知事  権力と報道機関との間には一定の距離感が欠かせない。もしもあるメディア(たとえば福島民報)が「風評」を問題視し、それによる被害を防ぎたいと思うなら、自分たちのお金、アイデア、人員で「風評払拭」のキャンペーン報道をすべきだ。福島県も同じ目的で事業を組むかもしれないけれど、それと一体化してはいけない。一体化してしまったら県の事業を批判的な目でウオッチすることができなくなるからだ。 実際、福島県内のメディアはしつこいくらいに「風評が課題だ」と言うけれど、「風評を防ぐための県の事業は果たして効果があるのか?」といった問題意識のある報道は見当たらない。当たり前だ。自分たちがお金をもらってその事業を引き受けておいてそんな批判ができるわけない。 先ほど紹介した新聞記事やテレビのニュースの中には、知事のトップセールスや、県の事業の紹介が含まれていた。そういうものを書くなとは言わない。しかし、県が金を出している事業の一環としてこうした記事を出すのはまずい。これをやってしまったら、新聞やテレビは「県の広報担当」に成り下がってしまう。 県の事業と書いてきたが、実際には国の金が入っている。年間1億2000万円の事業予算のうち、半分は復興庁からの交付金である。福島県としては安上がりで積年のテーマである「風評」に取り組めるおいしい機会だろう。地元メディアがこの事業でどれくらい儲けているかは分からないけれど、全国レベルの人気タレントを使って番組を作れるいい機会にはなっているはずだ。ウィンウィンの関係である。じゃあ、そのぶん誰が損をしているのだろう? 当然それは、批判的な報道を期待できない筆者を含む福島県民、新聞の読者、テレビ・ラジオの視聴者たちだ。 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 福島県民不在の汚染水海洋放出

     政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。 7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。 一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。 政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。 7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。 にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。 その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。 一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。 政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。 「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。 つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。 「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。

  • 「あの」山下俊一氏がF―REI特別顧問に

     3・11の頃から福島に住んでいて、山下俊一氏の名を知らない人は少ないだろう。原発事故の直後に県庁から依頼されて県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。その後各地で講演を行い、数々の発言で物議をかもした。「100㍉シーベルト以下は安全」、「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ない」、「何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です」など。これらの発言に怒っている福島県民は一定程度いる。そんな山下氏について、新たな人事情報が発表された。以下は5月9日付の福島民報である。 《福島国際研究教育機構(F―REI)は8日、経団連副会長の南場智子氏、福島医大理事長特別補佐・副学長の山下俊一氏を「理事長特別顧問」に委嘱すると発表した。外部有識者によるアドバイザー体制の一環で、特別顧問の設置は初めて》 新聞にニュースが載って間もなく、市民団体「『原発事故』後を考える福島の会」代表世話人の根本仁氏から皮肉たっぷりのメールをもらった。 《政権に寄り添う科学者の典型的な人生航路とでもいうのでしょうか? 「ミスター100㍉シーベルト」の異名をもつ長崎の政治的科学者・山下俊一氏の新たな旅立ちです》 山下氏をなぜ新しい組織の顧問格に迎えるのか。筆者は福島国際研究教育機構の担当者に聞いてみた。「山下氏は放射線医療研究の第一人者であり、県立医大や量子科学技術研究開発機構などさまざまな組織で要職に就かれた経験があります。研究環境へのアドバイスや各種研究機関との調整役になることが期待されています」と担当者は話した。 しかし、筆者が「山下氏にはさまざまな評価があるのはご承知のはずだ。原発事故直後の『100ミリシーベルト以下は安全』という発言はかなり批判を浴びた」と指摘すると、担当者は「私は来たばかりで存じ上げませんでした」と驚きの答えが返ってきた。後で追加の電話があったが、「私以外の職員の中には山下氏への評価について聞き知っている者もいたが、それと今回の人選との関連でお答えする内容はない」との回答だった。 (牧内昇平)

  • 【原発事故】追加賠償で広がる不満

     本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永) 広野町議が「分断政策を許すな」と指摘  原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。   ×  ×  ×  × 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 広野町議会の一幕 畑中大子議員(広野町議会映像より)    ×  ×  ×  × この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。 福島県原子力損害対策協議会の動き 東京電力本店  ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。 遠藤町長に聞く 遠藤智町長  あらためて、遠藤町長に見解を求めた。 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」  ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

     飯舘村の帰還困難区域の一部が5月1日に避難指示解除された。解除されたのは、村南部の長泥地区で、同地区に設定された復興再生拠点区域(復興拠点)と復興拠点外にある曲田公園。同村の帰還困難区域は約10・8平方㌔で、このうち復興拠点は約1・86平方㌔(約17%)。 昨年9月からの準備宿泊は「3世帯7人」が登録 「長泥コミュニティーセンター」の落成式でテープカットする杉岡村長(右から5人目)ほか関係者  同日午前10時にゲートが解放され、11時からは復興拠点に整備された「長泥コミュニティーセンター」の落成式が行われた。杉岡誠村長が「この避難指示解除を新たなスタートとして、村としても帰還困難区域全域の避難指示解除を目指し、夢があるふるさと・長泥に向けてさまざまな取り組みを続けていきます」とあいさつした。 同地区の住民は「こんなに多くの人が集まり、解除を祝ってもらい、うれしく思っている」、「この地区をなくしたくないという思いで、この間、通っていた」と話した。 復興拠点内に住民登録があるのは4月1日現在で62世帯197人。昨年9月から行われている準備宿泊は、3世帯7人が登録していた。村は5年後の居住人口目標を約180人としているが、それに達するかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 復興拠点の避難指示解除は、昨年6月の葛尾村、大熊町、同8月の双葉町、今年3月の浪江町、同4月の富岡町に次いで6例目。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。つまりは、飯舘村ですべての復興拠点が解除されたことになる。 今後は、今年2月に閣議決定された「改正・福島復興再生特別措置法」に基づき、復興拠点から外れたエリアの環境整備と、帰還困難区域全域の避難指示解除を目指していくことになる。 2つの問題点:①帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当か、②帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること 復興拠点外で解除された曲田公園  ただ、そこには大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。 もう1つは帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること。それ以外のエリアの除染費用は東電に負担を求めているが、帰還困難区域はそうではない。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どうしても戻りたい」という人が一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、住民は過失ゼロの完全な被害者だから、原状回復を求めるのは当然の権利として保障されなければならない。 ただ、原因者である東電の負担で環境回復させるのではなく、国費(税金)で行うのであれば話は違う。受益者が少ないところに、多額の税金をつぎ込む「無駄な公共事業」と同類になり、本来であれば批判の的になる。ただ、原発事故という特殊事情で、そうなりにくい。だからと言ってそれが許されるわけでない。 帰還困難区域は、基本、立ち入り禁止で、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないまでも「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人のための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか――そのどちらかしかあり得ない。 あわせて読みたい 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 米卸売店の偽装表示を指摘する匿名情報

    「中通りのある米卸売店が偽装表示を行っている」という匿名情報が電話で編集部に寄せられた。 情報提供者は県内の米穀卸売業界で働く人物。「同店店員から内情を聞かされているが、大型店に出荷した新米はすべて2、3年前の古米だ」と明かした。 この人物が同店に出入りしていた時期には、県内外で人気が高い「新潟県魚沼市産」、「大玉村産」と産地偽装し、産地名が書かれた袋に詰め替えて販売していた姿も見たという。そうした過去の経験に加え、新たに偽装表示の件も耳にしたので情報提供した――とのことだった。 食品の表示を偽装する行為は食品表示法や不当競争防止法違反に当たる。コメの流通に関しては、入荷・出荷記録の作成・保存と、事業者間・一般消費者への産地伝達を義務付ける「米トレーサビリティ法」も施行されており、同法違反となる可能性が高い。

  • 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】

     4月10日、大熊町の教育施設「学び舎(や)ゆめの森」が町内に開校した。義務教育学校と認定こども園が一体となった施設で、0~15歳の子どもたち26人が通う。 同日、同町大川原地区の交流施設「link(リンク)る大熊」で、入学式・始業式を兼ねた「始まりの式」が行われた。入場時には近くにある町役場の職員や町民約200人が広場に集まって子どもたちを出迎え、拍手で歓迎した。 吉田淳町長は「原発事故で厳しい状況になったが、会津若松市に避難しながら、途絶えることなく大熊町の教育を継続し、町内で教育施設を再開できるまでになった。少人数で学ぶ環境・メリットを生かし、学びの充実に取り組む」と式辞を述べた。 南郷市兵校長は「大熊から全国に先駆けた新たな学校教育に挑戦していく。一人ひとりの好奇心が枝を伸ばせば、夢の花を咲かせる大樹となる。ここからみんなの物語を生み出していきましょう」とあいさつした。 同町の学校は原発事故後、会津若松市で教育活動を続け、昨年4月には小中学校が一体となった義務教育学校「学び舎ゆめの森」が同市で先行して開校していた。大川原地区では事業費約45億円の新校舎が建設されているが、資材不足の影響で工期が遅れ、利用は2学期からにずれ込む見通し。それまでは「link(リンク)る大熊」など公共施設を間借りして授業を行う。なお、周辺の空間線量を測定したところ、0・1マイクロシーベルトを下回っていた。 なぜ子どもたちを同町の学校に入れようと考えたのが。保護者らに話を聞いてみると、「自分が大熊町出身で、子どもたちも大熊町で育てたいという気持ちがあった。仕事を辞めて家族で引っ越しした」という意見が聞かれた。その一方で、「出身は別のまちだが、仕事の関係で大熊町の職場に配属され、せっかくなので、子どもと一緒に転居することにした」という人もいた。 今後、廃炉作業が進み、浪江町の国際研究教育機構の活動が本格化していけば、人の動きが活発になることが予想される。そうした中で、同校があることは、同町に住む理由の一つになるかもしれない。同校教職員によると、会津若松市に義務教育学校があったときよりも児童・生徒数は増え、入学・転校の問い合わせも寄せられているという。 それぞれの保護者の決断は尊重したいが、「原発被災地の復興まちづくり」という視点でいうと、廃炉原発と中間貯蔵施設があるまちに、新たに事業費45億円をかけて新校舎を建てる必要があるとは思えない。 避難指示解除基準の空間線量3・8マイクロシーベルト毎時を下回っているものの、線量が高止まりとなっている場所も少なからずあり、住民帰還を疑問視する声もある。新聞やテレビは教育施設開校を一様に明るいトーンで報じていたが、こうした面にも目を向けるべきだ。 式の終わりに子どもたちと教職員が並んで記念写真を撮影したところ、子どもより教職員の人数の方が明らかに多かった(義務教育学校・認定こども園合計37人)。これが同町の現実ということだろう。 壇上に並ぶ「学び舎ゆめの森」の教職員  県教育庁義務教育課に確認したところ、「義務教育学校には小中の教員がいるのに加え、原発被災地12市町村には復興推進の目的で加配しているので、通常より多くなっていると思われる」とのことだった。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】