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震災・原発事故

  • 原子力国際会議が郡山市で開催に違和感

    原子力国際会議が郡山市で開催に違和感

     昨年11月27日から12月2日にかけて、郡山市のホテルハマツを会場に国際会議「IYNC2022」が開かれた。  IYNC(International Youth Nuclear Congress)とは世界の原子力業界の若手有志(原則39歳以下)による国際NGO。原子力の平和利用促進や世代・国境を超えた知識継承を目的に、2000年から2年に一度、国際会議を開いている。  当初、2022年の開催地はロシア・ソチだったが、ウクライナへの軍事侵攻を踏まえ、日本での開催に変更されたという。  11月30日、ホテルハマツを訪ねると大勢の人たちが集まっていた。主催者によると直接参加者は海外120人、国内100人、オンライン参加者は40人。外国人はノーマスク姿で、日本人はマスクを付けている光景が印象的だった。参加者は2、3階に設けられた大小のブースに分かれ、ワークショップに臨んだり、研究者の発表や基調講演を聞いたり、数人で立ち話をしながら情報交換するなどしていた。  「コロナ禍で大きなイベントが中止されていた中、国際会議が開かれるのはありがたいのですが……」  と言いながら、複雑な表情を浮かべるのは市内の経済人だ。  「IYNCの目的が引っかかるんです。原発事故で被災し、未だに避難地域を抱える福島県で、原子力の平和利用を謳う団体が国際会議を開くのは正直抵抗がある。47都道府県ある中から、なぜ福島県が開催地になったのかも疑問だ」(同)  地元経済の観点から言うと、200人超の会議が連日開かれればホテル、飲食店、土産物、タクシー、観光地など多方面に波及効果が見込まれる。しかし放射能に翻弄され、県内の原発はすべて廃炉になることを踏まえると、原子力の平和利用という目的は確かに引っかかる。  今回の会議はなぜ福島県で開かれることになったのか。IYNC2022共同実行委員長の川合康太氏にメールで質問を送ると、次のような返答があった。  「福島県での開催が決まった背景には、東電福島第一原発の廃炉に関する情報発信と、郡山コンベンションビューローの協力という二つの要因があります。事故から11年以上経つが、発電だけでなく放射線治療なども含む世界の原子力事業に携わる若手には事実情報が届いていない。そこで、廃炉に関わる人たちがどう対応しているのか、各国の若手・学生にまとまった時間を持って伝えようと今回の会議を誘致しました。その結果、多くの方に廃炉の現状を理解していただき、今後は参加者各自による母国語での情報発信が期待できると考えています」  原子力の平和利用という目的に抵抗を感じる県民がいることについては、こんな意義を強調した。  「今回の会議は郡山コンベンションビューローやホテルハマツなど被災された方々と一緒に作り上げました。私たちは、参加者に地元産の野菜などを使った料理を提供したり、県内の現状を正しく知ってもらうことで福島県を好きになってもらいたいと考えた。そうすれば今後、風評被害などが発生した場合、会議で得た事実情報を自身の言葉で発信することにつながると思います」  ちなみに、開会式には郡山市の品川萬里市長が招かれ挨拶した。内堀雅雄知事にも打診したが、公務都合で欠席、代理者の挨拶もなかった。これだけの規模の国際会議なら代理者の挨拶くらいあってもよさそうだが、内堀知事も原子力の平和利用が引っかかり、県として関わりを持つのを避けたのかもしれない。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    小豆川勝見(東大大学院助教)白髭幸雄(南相馬市在住)伊藤延由(飯舘村在住)山川剛史(東京新聞編集委員) 原発事故から11年経ったいまも、県内各地の空間線量を測り続け、データを記録している人たちがいる。彼らはどんな思いで測定し、現状をどのように捉えているのか。一般市民、専門家、記者など4人の測定者に語ってもらった。(※ミリシーベルト毎時は㍉、マイクロシーベルト毎時はマイクロと表記。ベクレルはすべて1㌔当たりの数値)。 しょうずがわ・かつみ 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)博士課程修了。現同研究科助教。小中学生向けの勉強会を多数開講。原発周辺での測定・研究も行う。よく使う測定器はゲルマニウム半導体検出器、TCS-172の改造版など。 しらひげ・ゆきお 1950年生まれ。原発事故前から福島第一原発内で放射能汚染密度を測定する仕事に従事。原発事故後は原発作業員・除染作業員として勤務するかたわら、ボランティアでも測定。よく使う測定器はシンチレーションサーベイメータTCS-172Bなど。  いとう・のぶよし 1943年生まれ。新潟鐵工所勤務などを経て、2010年3月から飯舘村の農業研修所「いいたてふぁーむ」管理人。現在は知人が所有する村内の一軒家を借り、測定しながら生活する。よく使う測定器はNaIシンチレーションγ線スペクトロメータSEG-63など。 やまかわ・たけし 1966年生まれ。筑波大卒。東京新聞原発取材班のデスクを務め、2012年に取材班として菊池寛賞受賞。編集委員として原発取材を続ける。共著に『レベル7』(幻冬舎)、『原発報道』(東京新聞出版)。よく使う測定器はTCS-172B、PM1703MO-ⅡBTなど。  ――日常生活や仕事の一環で県内の測定を続ける皆さんですが、まず現在の福島県の汚染状況についてどう捉えていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 南相馬市小高区の自宅はリフォーム済みですが、天井裏などをウェス(シート)でふき取ると放射性物質が検出されます。洋服たんすの中の服、スーツのカバーなど、ほこりが付くところは汚染されていますね。 最近は身の回りのものを測定対象に選んでいます。先日、蜘蛛の巣を測定したところ、約200ベクレル出ました。ただ、この数値が蜘蛛の巣自体のものか、巣に付いたごみや虫によるものかまではよく分かりません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 僕は食いしん坊なので、キノコや山菜など食べられるものを中心に測っています。こうした〝山の幸〟が味わえる点が飯舘村の大きな魅力だと思っている。原発事故からどれくらい時間が経てば食べられるようになるか、という純粋な興味から、飯舘村で生活しながら測定するようになりました。 事故直後、飯舘村で取れたコシアブラは27万ベクレルありました。その後も毎年、山川さんとともに山菜やキノコの汚染状況を定点観測し、東京新聞紙上で結果を紹介しています。時間が経つにつれて放射線量は低下傾向にありますが、「なんでこんな高い数値が出るの?」と驚くときも多々あります。 県の統計によると、2009年現在の県内の土壌は23〜29ベクレル。飯舘村の山の土壌は未だに3~4万ベクレルあります。それだけ山が汚染されたということです。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 県内で取材活動を続けていますが、汚染状況という意味では、原発構内は劇的な変化がありました。2012年2月、免震需要棟の現地対策本部の玄関前の空間線量率は、手持ちの線量計で500マイクロでした。先日、同じ場所で線量計を見たら1マイクロ以下まで下がっていた。敷地内のがれきや表土の除去、モルタル舗装などで空間線量が大幅に下がったのだと思います。 中間貯蔵施設のエリアも2016年当時、10マイクロを超えるところがあちこちにあったが、先日行ったら拍子抜けするぐらい線量が下がっていました。施設整備に当たり地盤改良し、新しい山砂を入れた効果だと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島県には研究活動や小学生向けの出前講座で足を運び続けているが、まだまだ汚染されているところがあるし、完全にきれいになったところもある。 一番の問題はそうした実態がよく知られていないことです。特定復興再生拠点区域やその周辺のエリアについても、現状が広く知られているとは言い難い。 混乱させられるのは、国が何を目標に定めているのか、見えづらいことです。例えば居住制限区域の大熊町大川原地区、避難指示解除準備区域の大熊町中屋敷地区が解除された際は、0・23マイクロ(年間1㍉シーベルト)を基準に除染が進められていた。ところが、6月30日に解除された特定復興再生拠点区域は3・8マイクロ(年間20㍉シーベルト)を基準に除染が行われたのです。なぜ基準が変わってしまったのか。 おそらく特定復興再生拠点区域の設定を議論する中で、「(空間線量が高い帰還困難区域でも)これなら解除できそうだ」と新たな基準が出てきたのだと思います。実際、「この基準だから解除できた」というような、汚染が厳しいエリアも多いです。 何を目指して除染しているのか。住民が帰って生活をするには問題ない線量なのか。明確に数字を示し、長期的な見通しが付けられない状況が僕は一番まずいことだと思います。(委員として名を連ねている)大熊町除染検証委員会でも繰り返し主張しましたが、町内にはまだまだ除染をしなければならないところが残されている。にもかかわらず、当初の基準を変え、なし崩し的に避難指示を解除したのは、後世に禍根を残すのではないかと心配しています。[/ふきだし] 手抜き除染の実態  ――除染に関しては、費用対効果の低さや手抜き除染の横行も問題視されました。皆さんは除染についてどう見ていましたか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染と言っても宅地と農地と道路、その境界から20㍍だけが対象範囲で、山は対象外。しかも、私が確認した限り、飯舘村の除染は手抜きのオンパレードでした。 除染前の空間線量を測定したら2・20マイクロで、除染終了後に同じ場所で測ったら1・72マイクロ。思ったほど下がっていなかった。家の前の砂利が手付かずだったことが分かり、環境省に訴えて再除染させたら、0・80マイクロまで低減しました。当時飯舘村は全村避難中。私はたまたま気付いたが、除染の経緯も除染後の結果も誰も確認していないからやりたい放題でした。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 自宅の庭の除染で、表土を5㌢はぎとり、山砂を入れてもらいました。その山砂の放射線量が気になり5カ所で採取したところ、一番高いところで約1000ベクレル、平均約700ベクレルあった。自宅の向かいの公園の土壌は約100ベクレル。おそらく山砂を取るとき、汚染された表土などと混ざって、放射線量が高くなったのだと思います。環境省と交渉してもらちがあかず、入れてもらった山砂を自前で除去して、引き取りだけはやってもらいました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ずさん除染に遭遇しても、環境省にお願いすれば、何らかの応対はしてくれるはずです。ただ、宅地の所有者などが自らアクションを起こすのが大前提です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 結局、環境省が現場に足を運ばず、〝竣工検査〟もしていないのが問題だと思います。業者に何億円も払う以上、除染によって線量がどれだけ下がったか検証してしかるべきなのに、一切やっていないから呆れる。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市の除染事業で下請企業の一部が森林除染を竹林除染と偽り、本来の単価の10倍の除染費用を不正に受け取っていたことがありました。環境省はなぜ気付かなかったのか確認したら、現場担当者はわずか2人だったことが判明しました。 そもそも環境省は、兆単位の予算規模の公共事業に対応できる役所ではないということでしょうね。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市など市町村主体の除染の方がかえってしっかり進めているように見えました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染前の農地の土壌を測ったら2万~3万ベクレルで、除染後に測り直したら5000ベクレルぐらいでした。耕作基準である5000ベクレルに合わせて放射線量を落としたのだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 表土除去により最低でも85%下がると言われている。表土が3万ベクレル、2層目が5000ベクレルはかなり高くないですか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 農地の端の土壌を採取したので、未除染の土手の分が混ざってしまったのかもしれません。[/ふきだし]     ――除染の効果は限定的でずさんな実態もあるのに、「除染が完了したので安心だ」とばかり、国や県、市町村が帰還政策を進める姿には違和感を抱いてしまいます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 避難指示が解除になった区域への帰還が伸び悩んでいるのは、避難先での生活が確立しているのに加えて、空間線量が高いことへの懸念も大きいのではないでしょうか。 前述の通り、大熊町の特定復興再生拠点区域は、3・8マイクロが解除基準になっています。町内の各地点の空間線量一覧を見ると、3・78マイクロ、3・6マイクロなど、解除基準を何とか下回ったようなところがずらりと並んでいます。 帰る・帰らないは、個人の自由ですが、「帰れるようになりました」とアピールして、帰還を呼び掛けるのであれば、せめて元の環境(空間線量)に近づけるのが筋でしょう。[/ふきだし] 放置されるホットスポット [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 3・8マイクロ以下になったから、それ以上空間線量を下げる努力をしなかったのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] あえて環境省の肩を持てば、頑張って除染してギリギリ解除基準を下回ったのかもしれません。だとしても、3・79マイクロが安全で、3・81が危険ということにはならないし、根本的に空間線量を下げる努力をしなければならない。 放射性物質が集まりやすい場所だと簡単に10~20マイクロになります。JR大野駅前の農業用水路の床(底)を測ったら30マイクロを超えました。避難指示は解除されているので、その農業用水を使って営農してもルール上は問題ないわけです。そういう状態を看過しているのが私にはとても信じられません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そうした高線量の場所はフォローアップ除染(追加除染)の対象にはならないのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 個人の宅地のケースなどでない限り、フォローアップ除染は難しいと思います。問題なのが、表土除去・覆土で何とか3・8マイクロを下回ったところです。土の中にある以上、放射性物質が雨などで移動することが期待できないので、セシウム137が半減期(30・2年)を迎えて空間線量が少しずつ下がるのを待つしかない。逆に言えば、周辺住民や通行人に長期間にわたり被曝を強いることになります。だから、私は大熊町除染検証委員会で「覆土するのは最後の手段だ」と訴えていました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そもそも一般公衆の線量限度は年間1㍉シーベルトと定められているのに、福島だけダブルスタンダードになっているのがおかしいのです。 8月30日、避難指示が解除された双葉町の特定復興再生拠点区域に足を運び、10カ所の土壌をサンプリングして測定しました。指定廃棄物の基準である8000ベクレルを上回っていたのはそのうち5カ所です。 今春オープンした飯館村のオートキャンプ場の空間線量を測定したら0・56マイクロでした。ちょっと山に入れば1マイクロを超える。そんな場所に家族連れがキャンプを楽しみに来るわけですよ。 村議会6月定例会で杉岡誠村長は「365日24時間いる想定ではない。空間線量が高いところにある程度近づく程度であれば、年間の被曝線量の中では看過される部分がある」と答弁していました。 管理棟の前には敷地内4カ所で測定した空間線量率が掲示されています。モニタリングポストもありますが、周辺より数値は低めです。[/ふきだし]   ――放射線管理区域の被曝線量の基準は3カ月1・3㍉シーベルト(年間5・2㍉シーベルト)と考えると、年間被曝量20㍉シーベルトというルールに違和感を抱きます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ただ、放射線管理区域の被曝と日常での被曝は単純に比較できません。仮に放射線管理区域で何かをこぼして汚染が発生しても、管理されているのですぐに対応できる。一方、日常では何がどうなって汚染が発生するか分からないし、雨などの影響で放射性物質が移動するリスクもあります。それを確認するためには何度も測定するしかありません。 最新技術を活用してより効率がいい方法を見つけていくのがわれわれ専門家の仕事です。ただ、「繰り返し測る」という基本は変わりません。 関心が薄れ、誰も測定していないときに深刻な汚染が確認されれば、大きな混乱につながりかねない。 コロナ禍以降、至るところで体温を測定しているように、放射線測定に関しても習慣付けることができれば自ずと知見が溜まっていく。国レベルで動機づけを行い、徹底していくべきだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 繰り返し測るということでは、私が参加している放射能測定センター・南相馬という団体でも、原発被災地の空間線量を継続して測定していきます。測定エリアを南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町に限定し、道路上と道路脇(草地など)において、地上1㌢、1㍍の高さで測っており地図にまとめる予定です。 浪江町津島地区は道路上が1㍍1・06マイクロ、道路脇が2・30マイクロでした。道路脇は高いところが多い。山から放射性物質が流れてくることも影響していると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大きな山がある場所では雨が降るたびに放射性物質に顕著な移動が見られます。山に放射性物質が100あるとすると、1年に1ずつ流れてくるイメージです。チェルノブイリ(チョルノービリ)原発周辺は比較的なだらかな地形なので、放射性物質がそこまで移動することはありませんでした。 雨が降って山から流れた放射性物質は、側溝を通り、小川を抜けて排水ますに溜まり、ため池に流れて、川へと向かう。どんなスピードで流れ、どこに蓄積するかは環境によって異なります。繰り返しになりますが、だから、継続して測り続けなければならないのです。そうすることで、「この時に数値が大きく変わったのは台風が来て、山から放射性物質が流れてきたからだ」などと読み取れるようになります。 この面倒臭さこそ、原子力災害の最も厄介な点なのですが、広く伝わっていないと感じます。放射線の話が何十年もタブー視されてきたためか、先生も生徒もよく分かっていないように見える。もう少しうまく知見を溜めていけばいい解決方法が見つかるのに、ともどかしい思いを抱くときもあります。[/ふきだし] 座談会の様子 違和感がある「風評被害」  ――汚染状況に対する懸念や帰還政策への是非を唱える声に対し、「風評被害につながる」と批判する傾向もみられます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発事故直後の5月ごろ、仕事の一環で、いわき市の駅前通りにあるビルの周りを測定していた。そうしたら、突然ビルのオーナーに「風評被害で訴えるぞ」と言われて驚いた記憶があります。風評被害対策であれば各種事業に予算(補助金)が付きやすいなど、いろいろな意味で「使い勝手」がいい面もあるのだと思います。 国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年勧告において、原発事故に伴う大規模放射能汚染が深刻な「緊急被ばく状況」から、汚染地域で生活せざるを得なくなった移行段階を「現存被ばく状況」と呼んでいます。その場合、年間被曝線量1~20㍉シーベルトを目安に指標値を設定し、一般公衆の線量限度である年間1㍉シーベルトに近づける努力をするように示されています。 ところが、国は指標値を最大値の20㍉シーベルトに設定し、除染以外の事業を徹底して行っていません。それなのに、汚染を深刻視する声を「風評被害」で片付けてしまうのには違和感があります。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 測定データがあんまり出てこないことが逆に風評被害を広める面もあります。例えば、水産庁のホームページを見れば、流通している福島県産の魚が危なくないことは明らか。突発的に基準値超の魚が出ることもあるが、基本的にスクリーニングが機能しており、普通の思考ができていれば風評なんか起きません。ただ、都内のスーパーの店頭に福島県産の物がキャンペーンで並んだ時、それを喜んで買う人と忌避する人は二極化していると感じます。おそらくこれは福島県民の中にもみられる傾向ではないでしょうか。 日常的に測定して記事にしている立場としては、もうちょっと、根拠を持って安全か安全でないか、判断してほしいとも思います。[/ふきだし]   [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された日、双葉町長が囲み取材を受けていたが、地元紙やテレビなどの大手メディアは放射能汚染について全く質問しなかった。内堀雅雄知事も盛んに「風評被害の克服」と話しているが、メディアがその言葉を無批判に報じることも多い。原子力災害の厄介さが伝わらない背景にはメディアの責任もあると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 広く理解してもらえるような努力は行政にも我々メディアにも求められると思います。放射線のデータを積極的に報じないスタンスのメディアは理解できませんね。 報道や企業のプレスリリースでは一般食品の基準値である100ベクレル以下かどうかしか出てこない。大半がND(検出限界値未満)なのに、数字がないから「90ある?」「50ある?」となってしまう。積極的に実数を示すことで、福島県産だけ忌避されることは無くなっていくのではないかと考えています。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 9月下旬、マスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会でお話しする機会がありました。そこで、メディア関係者から「原発事故の光と影を報道するのは難しい。影を報道すれば被害者が出る」という話を聞いて、疑問を抱きました。 原発事故の光も影もありのまま報じて、原発被災地の課題を浮かび上がらせることがジャーナリズムの使命でしょう。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大学で放射線についての授業を担当しているのですが、1年の最後に必ず聞くのが「スーパーの棚に福島県産米と他県産米が同じ価格帯で並んでいたとき、福島県産米を買いますか?」という質問。 昨年は8割の学生が「買う」と答えました。その理由が「この程度の放射線量なら普段の生活には影響しない」というものです。逆に買わないと答えた学生に理由を尋ねると「他県産米を買えばもっと被曝線量を低く抑えられる」と答えました。要するに、放射線の知識がある学生でも判断は分かれるということです。 ちなみに、ヨーロッパの研究所の学生にも同じ質問をしたところ、ドイツでは全員「福島県産米を買わない」、フランスではほぼ全員が「福島県産米を買う」と答えました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発ゼロを目指してきたドイツと、原発増設に舵を切ったフランスが真逆の回答なのは象徴的です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] もっと言えば、教え方や伝え方で受ける印象は一変します。だからこそ、情報を発信する人が気を付けるべきことは多いと思います。[/ふきだし]    ――測定者の立場から見て汚染水問題についてはどのように受け止めていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 議論の前提となる情報が圧倒的に不足していると感じます。新型コロナウイルスはニュースや情報番組などで最新情報が流れますが、放射線に関しては情報自体が少ない。しかも、発信者によっていろいろな意図があり、受け止め方が難しい。第三者として、自然に話し合える環境を作っていきたいと考えています。[/ふきだし] いま、測定者ができること  ――2020年には、小豆川さんらの研究チームが、福島第一原発近くの地下水から、敷地内で生じたとみられる微量の放射性セシウムを継続的に検出しました。敷地内から敷地外に汚染された地下水が流れていることが確認された格好です。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 東電が定めた基準からすればはるかに低い値ですが、検出されたのは事実。問題なのは、東電のコントロール下にない流れだということです。法律違反には当たらない汚染だが、原発敷地境界線の地下水も常時確認したらいかがですか、と東電には提案しています。10㍍先の敷地内からは基準値超の放射性物質が確認されており、それが壁の外に流れてきても不思議ではありません。希釈して海洋放出する一方で、内陸部に漏れていたら何の意味もありません。[/ふきだし]  ――汚染水問題で言えば、10月3日付の東京新聞で、福島第一原発の視察ツアーで、東電が処理水の安全性を強調するパフォーマンスを繰り返していたと報じていました。東電担当者はトリチウムが検知できず、セシウムについても高濃度でないと反応しない線量計を使っていました。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] この話を記事にしたのは、こういう行為が逆に福島への風評を加速化させると感じたからです。 コロナは自分に降りかかってくるかもしれない問題だけど、福島第一原発の話は多くの東京の人にとっては直接関係する問題ではない。そうした中で、その人がどれだけ自分事と捉えられる情報を出せるかがメディアに勤める自分の使命ではないかと今日話していて感じました。[/ふきだし]    [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 空間線量が高いホットスポットを解消し、無用な被曝を回避するためにはどうすればいいのか。そうした課題に対し、測定をやってきた知見から「こちらを優先して片付けた方が効率いいですよ」などと提言していくのがわれわれ測定者の一番の仕事だと考えています。 ここにいる4人は測定活動を通して、現状はもちろん、これまでのコンテキスト(文脈)をすべて理解しています。本来こうした知識はさまざまな人達と共有され、議論に生かされるべきだが、「もう原発事故や放射性物質の話はしたくない・関心がない」という人たちが増えており、なかなか議論につながっていかない。 だから、私は放射線教育に取り組んでいるのです。子どもたちはもちろん、保護者や教員の意識づけにつなげていくことで、原発を取り巻く問題の議論が進むことを期待しています。[/ふきだし]  

  • 野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)

    原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

     中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。 福島第一原発事故中通り訴訟posted with ヨメレバ野村吉太郎 作品社 2022年11月30日頃 楽天ブックスAmazonKindle  本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。  同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。  著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。  同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。  実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。  そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。  当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。  著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。  訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。 あわせて読みたい 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

    原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に開かれた会合で、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針を決めた。  これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は、原賠審が定めた中間指針(同追補を含む)にはなかった。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。  その後、専門委員を設置・任命して確定判決の詳細分析が行われ、11月10日に専門委員から原賠審に最終報告書が提出された。その報告書は参考資料を含めて200頁以上に及ぶかなりの文量だが、ポイントになるのは、①過酷避難状況による精神的損害、②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)、③自主的避難等による精神的損害、④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、⑤精神的損害の増額事由――の5項目で類型化が可能とされたこと。  各項目の概要は次の通り。  ①過酷避難状況による精神的損害▽避難を余儀なくされた人が、放射線に関する情報不足の中で、被曝不安と、今後の見通しが示されない不安を抱きつつ、過酷な状況下で避難を強いられたことによる精神的損害。  ②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)▽避難(その地域に人が住まなくなったこと)によって生じた故郷・生活基盤の喪失・変容に伴う精神的損害。  ③自主的避難等による精神的損害▽自主的避難等対象区域(避難指示区域外)の住民の被曝不安による精神的損害。  ④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害▽計画的避難区域の住民が相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる精神的損害  ⑤精神的損害の増額事由▽ADRセンター総括基準で類型化されている精神的損害の増額事由。  専門委員の最終報告書では、これらの類型化が可能な項目を示したうえで、「今後、中間指針の見直しを含めた対応の要否等の検討では、従来からの一貫性や継続性を重視し、現在の中間指針の構造を維持しつつ、新たに類型化された損害を取り込む努力・工夫が求められる」、「指針で類型化されたものだけが賠償すべき損害ではないことは言うまでもなく、東京電力は、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めたい」、「関係行政機関が一体となり、東京電力への指導監督や、ADRセンターの積極的活用など、被害者の迅速かつ適正な救済と円滑な賠償の実施に向けた取り組みとともに、賠償だけでは限界がある被災地の復興に向けた取り組みを進めることも併せて要請する」と記されている。  原賠審ではこれを踏まえて、中間指針の見直しに向けた議論に入った。今後、追補として示される見通し。中間指針の見直しの必要性は、県原子力損害対策協議会、県内市町村、県内各種団体、弁護士会、被災者支援弁護団などがずっと訴えてきたことだが、ようやく本格的に動き出した格好だ。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態

    【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界除染バブルの後遺症

    除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界

    災害時に地域のインフラを支えるのが建設業だ。災害が発生すると、建設関連団体は行政と交わした防災協定に基づき緊急点検や応急復旧などに当たるが、実務を担うのは各団体の会員業者だ。しかし、近年は団体に加入しない業者が増え、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は減り続けている。会員業者が増えないのは「団体加入のメリットがないから」という指摘が一般的だが、意外にも行政の姿勢を問う声も聞かれる。郡山市の建設業界事情を追った。 災害対応に無関心な業者に老舗から恨み節 地域のインフラを支える建設業  「今、郡山の建設業界は真面目にやっている業者ほど損している。正直、私も馬鹿らしくなる時がある」  こう嘆くのは、郡山市内の老舗建設会社の役員だ。  2011年3月に発生した東日本大震災。かつて経験したことのない揺れに見舞われた被災地では道路、トンネル、橋、上下水道などのインフラが損壊し、住民は大きな不便を来した。ただ、不便は想像していたほど長期化しなかった。発災後、各地の建設業者がすぐに被災現場に駆け付け、応急措置を施したからだ。  震災から11年8カ月経ち、復興のスピードが遅いという声もあるが、当時の適切な対応がなかったら復興はさらに遅れていたかもしれない。業者の果たした役割は、それだけ大きかったことになる。  震災後も台風、大雨、大雪などの自然災害が頻発している。その規模は地球温暖化の影響もあって以前より大きくなっており、被害も拡大・複雑化する傾向にある。  必然的に業者の出動頻度も年々高まっている。以前から「地域のインフラを支えるのが建設業の役割」と言われてきたが、大規模災害の増加を受け、その役割はますます重要になっている。  前出・役員も何か起きれば平日休日、昼夜を問わず、すぐに現場に駆け付ける。  「理屈ではなく、もはや習性なんでしょうね」(同)  と笑うが、安心・安全な暮らしが守られている背景にはこうした業者の活躍があることを、私たちはあらためて認識しなければならない。  そんな役員が「真面目にやるのが馬鹿らしくなる」こととは何を指すのか。  「災害対応に当たるのは主に建設関連団体に加入する業者です。各団体は市と防災協定を結び、災害が発生したら会員業者が被災現場に出て緊急点検や応急復旧などを行います。しかし近年は、どの団体も会員数が減っており、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は少なくなっているのです」(同)  2022年9月現在、郡山市は136団体と災害関連の連携協定を交わしているが、「災害時における応援対策業務の支援に関する協定書」を締結しているのはこおりやま建設協会、県建設業協会郡山支部、県造園建設業協会郡山支部、ダンプカー協会、郡山建設業者同友会、市交通安全施設整備協会、郡山電設業者協議会、県中通信情報設備協同組合、市管工事協同組合、郡山鳶土工建設業組合、県南電気工事協同組合など十数団体に上る。  いくつかの団体に昔と今の会員数を問い合わせたが、増えているところはなく、団体によってはピーク時の6割程度にまで減っていた。  「業者の皆さんに広く加入を呼びかけているが、増える気配はないですね」(ある組合の女性事務員)  会費は月額1万円程度なので、負担にはならない。しかし、  「経営者が2代目、3代目に代わるタイミングで会員を辞める会社が結構あります。時代の流れもあるでしょうし、若い経営者の価値観が昔と変わっていることも影響していると思います」(同)  それでも、会員になるメリットがあれば、経営者が代わっても引き続き団体に加入するのだろうが、  「加入を呼びかける立場の私が言うのも何ですが、明確なメリットと聞かれたら答えられない」(同)  昔は今より同業者同士のつながりが大切にされ、先輩―後輩のつながりで業界のしきたりを習ったり、仕事の紹介を受けたり、技術を学び合うなど団体加入には一定のメリットがあった。  今はどうか。別の団体の幹部に加入の具体的なメリットを尋ねると  「対外的な信用が得られます。組合は『社内にこういう技術者がいなければならない』など、入るのに一定の条件が必要。つまり組合に入っていれば、それだけで技術力が伴っている証拠になる」  正直、そこに魅力を感じて団体に加入する業者はいないだろう。  「ウチみたいに昔から入っているところはともかく、新規会員を増やしたいなら加入のメリットがないと厳しいでしょうね」(前出・老舗建設会社の役員)  会員数の減少は、そのまま〝地域の守り手〟の減少に直結する。それはいざ災害が発生した時、緊急点検や応急復旧などに当たってくれる業者が限られることを意味する。  それでなくても郡山は、新規会員が増えにくい状況にある。理由は、震災後に増えた「新参者」の存在だ。別の建設会社の社長が解説してくれた。  「新参者とは震災後、除染を目的に県外からやって来た人たちです。建設業界はそれまで深刻な不況で、公共工事の予算は年々減っていた。そこに原発事故が起こり、除染という新しい仕事が出現。『福島に行けば仕事がある』と、全国から業者が押し寄せたのです」  除染事業に従事するには「土木一式工事」や「とび・土工・コンクリート工事」の建設業許可が必要になる。許可を得て、資機材を揃えて大手ゼネコンの4次、5次下請けに入る小規模の会社はあっと言う間に増えていった。  「新参者が増えるのは行政にとってもありがたかった。住民が『早く除染してほしい』と求める中、業者の数がいないと予定通り除染は進まないわけですからね」(同) 尻拭いを押し付ける郡山市 郡山市役所 しかし、同じ仕事が永遠に存在するはずもなく、市内の除染が一通り終わると新参者の出番も減った。  この社長によると、新参者はその後、①経営に行き詰まって倒産、②浜通りなど除染事業が続いている地域に移動、③一般の土木工事に衣替え――の三つに分かれたという。  「一般の土木工事に衣替えした業者は、正確な数は分からないが結構います。私のように昔から郡山で仕事をやっていれば、社名を聞くだけでそこが新参者かどうか分かる。傾向としては、カタカナやアルファベットなど横文字の社名は該当することが多い」(同)  郡山市の「令和3・4年度指名競争入札参加有資格業者名簿」(2022年4月1日現在)を見ると、土木一式工事の許可業者は103、とび・土工・コンクリート工事の許可業者は225ある(いずれも市内に本社がある業者のみをカウント)。二つを見比べると、土木一式工事の許可業者はとび・土工・コンクリート工事の許可も併せて得ている。そこで後者の業者名を確認していくと、新参者に該当するのではないかと思われる業者は40社前後、全体の2割近くを占めていた。  除染事業がなくなっても、新たな仕事を求め、生き残りを図ろうとする姿はたくましい。建設業許可を得て一般の土木工事に従事するのだから法令違反でもない。社長も「そこを否定するつもりはない」と話す。ただ「新参者は暗黙のルールを守らないため業界全体が歪みつつある」というのだ。  「新参者は地域性を考えない。例えば、A社が本社を置く〇〇地域で道路工事が発注されたら、一帯の道路事情を知るのはA社なので、入札では自然とA社に任せようという雰囲気になる。これは談合で決めているわけではなく、不可侵というか暗黙のルールでそうなるのです。だから、A社は隣の××地域や遠く離れた△△地域の道路工事は取りにいかない。しかし、新参者は『競争入札なんだから地域性は関係ない』と落札してしまうわけです」(同)  新参者から言わせれば「暗黙のルールに基づく調整こそ談合みたいなもの」となるのだろう。ただ、〇〇地域の住民からすれば、見たことも聞いたこともない業者より、馴染みのあるA社に工事をやってもらった方が安心なのは間違いない。  「A社がある道路工事を仕上げ、そこから先の道路工事が新たに発注された時、継続性で言ったらA社が受注した方が工事はスムーズに進む可能性が高い。しかし、新参者はそういう配慮もなく、お構いなしに落札してしまう」(同)  しかしこれも、新参者から言わせると「落札して何が悪い」となるのだろうが、社長が解せないのは、その後の尻拭いを市から依頼されることにある。  「もともと除染からスタートした業者なので、土木工事の許可を持っていると言っても技術力が備わっていない。そのせいで、工事終了後に施工不良個所が見つかるケースが少なくないのです。解せないのは、市がその修繕を当該業者にやらせるのではなく、再発注も面倒なので、現場に近い地元業者にこっそり頼むことです。市には世話になっているので頼まれれば手伝うが、地域性や継続性を無視して落札した新参者の尻拭いを、私たちに押し付けるのは納得がいかない」  実は、そんな新参者の多くは建設関連団体に加入していないのだ。再び前出・老舗建設会社の役員の話。  「新参者は建設関連団体に入っていないから、災害が起きても被災現場に駆け付けない。でも、入札では災害対応に当たる私たちと同列で競争し、仕事を取っている。不正をしているわけでなく、正当な競争の結果と言われればそれまでだが、地域に貢献している自負がある私たちからすると釈然としない」 「災害対応に正当な評価を」  会員業者は日曜夜に被災現場に出動しても、防災協定に基づくボランティアのため、月曜朝からは通常業務を行わなければならない。一方、建設関連団体に加入していない業者は被災現場に出動することなく休日を過ごし、月曜から淡々と通常業務に当たる。だからと言って、未加入の業者にペナルティーが科されることはなく、被災現場に出動した業者に特別なインセンティブがあるわけでもない。  これでは、会員業者が「真面目にやるのが馬鹿らしい」と愚痴を漏らすのは当然で、わざわざ建設関連団体に加入する新規業者も現れない。  「市がズルいのは、入札は公平・公正を理由にどの業者も分け隔てなく競争させ、災害や施工不良など困ったことが起きた時は建設関連団体を頼ることだ。真面目にやっている私たちからすると、市に都合よく使われている感は否めない」(同)  これでは、新規会員はますます増えない。そこでこの役員が提案するのが、市が建設関連団体加入のメリットを創出することだ。  「会員業者は指名競争入札で指名されやすいといったインセンティブがあれば、災害対応に当たる私たちも少しはやりがいが出るし、今まで災害対応に無関心だった新参者も建設関連団体に入ろうという気持ちになるのではないか」(同)  郡山市では1000万円以上の工事は制限付一般競争入札、1000万円未満の工事は指名競争入札を導入しているが、2021年度の入札結果を見ると、落札額の合計は制限付一般競争入札が約99億8000万円、指名競争入札が約25億7200万円に対し、発注件数は前者が約150件、後者が約640件と指名競争入札の方が4倍以上多い。役員によると、会社の規模が小さい新参者は指名競争入札に参加する割合が高いという。  同市の指名競争入札に参加するには2年ごとに市の審査を受け、入札参加有資格業者になる必要がある。その手引きを見ると、市内に本社を置く業者が提出する書類に「災害協定の締結」「除雪委託契約の締結」の有無に関する記載欄があるが、市がそれをどれくらい重視しているかは分からない。  前述した建設関連団体のいくつかに問い合わせた際、  「災害協定を結んでいるかどうかは、市が審査をする上で少しは加点要素になっていると思う」(前出・女性事務員)  「実際に被災現場に駆け付けている点は(指名の際に)加味してほしいと市に申し入れている。そこを市がもっと評価してくれれば新規会員も増えると思うんですが」(前出・別の組合幹部)  と語っていたが、市が日頃の災害対応を正当に評価しているかというと、建設関連団体にはそう感じられないのだろう。  「会員業者が増えないと災害対応が機能しない。それによって困るのは市民です。そこで、安心・安全な暮らしを維持するため、災害協定と除雪委託契約の締結を指名競争入札に参加するための重要要件にしてはどうか。そうすれば、建設関連団体に無関心の新参者も加入を検討するし、新規会員が増えれば災害が起きた時、市民も助かります」(同) 指名競争を増やす福島県の狙い 福島県庁  県では佐藤栄佐久元知事時代に起きた談合事件を受け、2006年12月に入札等制度改革に係る基本方針を決定。指名競争入札を廃止し、予定価格250万円を超える工事は条件付一般競争入札に切り替えた。しかし、過度な競争や少子高齢化で経営が悪化し、災害対応や除雪に携わる業者がいなくなれば地域の安心・安全確保に支障を来すとして〝地域の守り手〟である中小・零細業者を育成する観点から「地域の守り手育成型方式」という指名競争入札を2020年度から試行している。  農林水産部と土木部が発注する3000万円未満の工事を指名競争入札にしているが、入札参加資格の要件には「災害時の出動実績又は災害応援協定締結」と「除雪業務実績又は維持補修業務実績」が挙げられている。指名競争入札を増やすことで〝地域の守り手〟を支えていこうという県の狙いがうかがえる。  会津地方は郡山と比べて仕事量が少ないため、新しい会社が次々と誕生することもなく、昔から営業している会社が建設関連団体を形成し、地域のインフラを支える構図が成立している。業者数は少ないが、地域を守るという意識が業界全体で統一されている。  これに対し郡山は、業者数は多いが建設関連団体の会員業者は少ないため、業界全体で地域を守るという意識が希薄だ。もし入札制度を変えることで会員業者が増え、市民の安心・安全を確保できるなら、市は真剣に検討すべきではないか。  「入札の大前提にあるのは公平・公正だが、時代の変化と共に変えるべきものは変えなければならないことも承知しています。災害が年々増えている中、業者の協力がなければ市民の生命と財産は守れません。その災害対応については、市でも審査時に評価してきましたが、出動頻度が増えている今、それをどのように評価すべきかは今後の検討課題になると思います。県が試行している指名競争入札なども参考にしながら考えたい」(市契約検査課)  官が民に、建設関連団体への加入を〝強要〟するのは筋違いかもしれない。しかし現実に、災害の増加に反比例して〝地域の守り手〟は減少している。だったら、普段から災害対応に当たっている業者には、その労に報いるためインセンティブを与えるべきだし、それが魅力になって団体に加入する業者が増えれば、建設業界全体で地域を守るという意識が醸成され、災害に強いまちづくりが実現できるのではないか。 郡山市ホームページ あわせて読みたい 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】 「地域の守り手」企業を衰退させる県の入札制度 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

  • 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ

    【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年8月29、30日の2日間、県内の視察を行い、同年9月26日にそれを踏まえた会合を開いた。 原賠審は原発賠償の基本的なルールとなる中間指針(同追補を含む)を定めた文部科学省の第三者組織で、毎年、「中間指針等に基づく賠償の実施状況を確認する」ことを目的に、県内の視察を行っている。2022年は例年の目的に加え、「中間指針の見直しも含めた対応の要否の検討に当たり、被害者の意見を聴取すること」も念頭に視察を行った。 視察先は大熊町、浪江町、葛尾村の原発被災地に加え、今回は福島市も訪れた。福島市では木幡浩福島市長、品川萬里郡山市長、鈴木和夫白河市長、押山利一大玉村長、杉山純一会津美里町長らと意見交換を行った。そのほか、大熊町では広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町の住民と、浪江町では南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の住民と、葛尾村では田村市、川内村、葛尾村の住民と、それぞれ意見交換を行った。 これまでの視察では、避難指示区域が中心で、福島市などの「自主的避難等対象区域」に来ることはなかった。また、避難指示区域の視察でも、首長や議長などと意見交換は行われていたが、住民と意見交換をしたことはなかった。  そういった意味では、今回の視察はこれまでとは違ったものだった。その背景にあるのは、全国各地で起こされた原発賠償集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、中間指針(同追補を含む)の範疇を超える賠償が認められていること。 原賠審は2022年4月27日に開かれた会合で、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命し、調査・分析を行う」との方針を決めた。これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。 こうして、中間指針の見直しが必要かどうかの議論を進めており、その過程で従来とは違った形での現地視察となったのである。 懇談会では、福島市などの「自主的避難等対象区域」からは「今回の判決で、中間指針が不十分なことが示された。中間指針の見直しを早急に進めてほしい。それが遅れること自体、さらなる精神的苦痛につながる」との意見が、避難指示区域の住民からは「地区によって復旧・復興の進み具合が違う。地区の状況を踏まえ、中間指針を見直してほしい」、「避難が長期化し、戻りたくても戻れず、精神的な被害は継続している」といった意見があった。 これらを踏まえて行われた2022年9月29日の原賠審では、確定判決の調査・分析を行っている専門委員がまとめた中間報告が示された。それによると、「ふるさと喪失に伴う精神的損害」は、中間指針では帰還困難区域を除いて十分に反映されていないこと、自主避難については、中間指針が定めた賠償期間・賠償額と、各判決の賠償期間・賠償額が異なっており、さらなる検討が必要であること等々が記されている。 原賠審では、専門委員にさらなる調査・分析を進めて最終報告をまとめてもらい、そのうえで最終的な判断を下す方針だ。 あわせて読みたい 【双葉町】2021年11月1日 原子力損害賠償紛争審査会が町内視察 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容

  • いまだに基準値超が検出される「あんぽ柿」

    いまだに基準値超が検出される「あんぽ柿」

     県は10月4日、県北4市町(福島市、伊達市、桑折町、国見町)の干し柿類の試験加工の放射性物質検査結果を発表した。それによると、試験加工品24検体のうち、あんぽ柿2検体と干し柿2検体の計4検体から基準値(1㌔当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出された(試験加工結果の詳細は別表の通り)。そのため、4市町に加工自粛を求めた。  もっとも、「加工自粛」といっても、実際には条件付きで加工・出荷ができる。その経緯はこうだ。 福島県の冬の特産品である「あんぽ柿」は、県北地方が主産地だが、原発事故を受け、2011年と2012年は全面自粛を余儀なくされた。あんぽ柿は「乾燥加工」という性質上、その過程で水分が失われ、単位重量当たりの放射性物質が濃縮されるため、基準値を超える事例が見られたからだ。 2年間の全面自粛は生産者に大きなショックを与えた。そんな中、生産者らは「何とか復活させたい」、「このまま生産できなければ文化が途絶えてしまう」として、2013年に「あんぽ柿産地振興協会」を設立し、再開に向けた取り組みを進めた。その努力の甲斐あり、2013年からは、県から加工自粛を要請された場合でも、条件付きで加工・出荷が可能となった。 具体的には、あんぽ柿産地振興協会が「加工再開モデル地区」を設定し、同地区内のほ場で採取された原料柿のみ加工・出荷が認められている。その場合、出荷前に全量非破壊検査を行い、「検査済み」シールが貼られたものだけが流通される。 加工再開モデル地区は、当初は限られたエリアだったが、年々拡大され、現在は県北4市町全域が対象となっている。つまり、この間、県北4市町はあんぽ柿の加工自粛対象となっているが、①指定された畑以外から原料柿を持ってきてはいけない、②加工した商品はすべて検査を受けなければならない、といった条件を満たせは、加工・出荷ができるということである。 今年もそれが継続されることになり、2013年から10年連続での「条件付き加工・出荷」となったわけだが、生産者からすると「昨年までと同じ」で慣れたものに違いない。 県によると、あんぽ柿の出荷量は震災前(2008〜2010年度の平均値)は約1542㌧だった。それが再開初年度の2013年度は約200㌧にまで落ち込んだ。ただ、そこから少しずつ回復していき、2018年度は約1300㌧と、原発事故前の8割超にまで戻った。 2019年度は、当初は1450㌧を目標にしていたが、令和元年東日本台風の影響などで約1100㌧にとどまった。2020年度は約1300㌧で、2018年度並みに戻った。昨年は春先の凍霜害の影響などで約1000㌧に落ち込んだ。今年度は2018年度、2020年度並みの1300㌧を目標にしているという。 それにしても、試験加工結果を見れば分かるように、原発事故から10年以上が経っても、基準値超過がなくならないのは驚きだ。普段の生活で放射能に対する警戒はだいぶ緩んでいるが、この事例を見ると、まだ危険が潜んでいるとあらためて思わされる。

  • 【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。 原賠審議事録を読み解く  原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。 原賠審委員名簿 役職 氏名肩書き会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事委  員江口とし子元裁判官委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授委  員古笛恵子弁護士委  員富田善範弁護士委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授  このほか、委員からはこんな発言もあった。 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。 中間指針見直しは必要  本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。 あわせて読みたい 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容

  • 原子力国際会議が郡山市で開催に違和感

     昨年11月27日から12月2日にかけて、郡山市のホテルハマツを会場に国際会議「IYNC2022」が開かれた。  IYNC(International Youth Nuclear Congress)とは世界の原子力業界の若手有志(原則39歳以下)による国際NGO。原子力の平和利用促進や世代・国境を超えた知識継承を目的に、2000年から2年に一度、国際会議を開いている。  当初、2022年の開催地はロシア・ソチだったが、ウクライナへの軍事侵攻を踏まえ、日本での開催に変更されたという。  11月30日、ホテルハマツを訪ねると大勢の人たちが集まっていた。主催者によると直接参加者は海外120人、国内100人、オンライン参加者は40人。外国人はノーマスク姿で、日本人はマスクを付けている光景が印象的だった。参加者は2、3階に設けられた大小のブースに分かれ、ワークショップに臨んだり、研究者の発表や基調講演を聞いたり、数人で立ち話をしながら情報交換するなどしていた。  「コロナ禍で大きなイベントが中止されていた中、国際会議が開かれるのはありがたいのですが……」  と言いながら、複雑な表情を浮かべるのは市内の経済人だ。  「IYNCの目的が引っかかるんです。原発事故で被災し、未だに避難地域を抱える福島県で、原子力の平和利用を謳う団体が国際会議を開くのは正直抵抗がある。47都道府県ある中から、なぜ福島県が開催地になったのかも疑問だ」(同)  地元経済の観点から言うと、200人超の会議が連日開かれればホテル、飲食店、土産物、タクシー、観光地など多方面に波及効果が見込まれる。しかし放射能に翻弄され、県内の原発はすべて廃炉になることを踏まえると、原子力の平和利用という目的は確かに引っかかる。  今回の会議はなぜ福島県で開かれることになったのか。IYNC2022共同実行委員長の川合康太氏にメールで質問を送ると、次のような返答があった。  「福島県での開催が決まった背景には、東電福島第一原発の廃炉に関する情報発信と、郡山コンベンションビューローの協力という二つの要因があります。事故から11年以上経つが、発電だけでなく放射線治療なども含む世界の原子力事業に携わる若手には事実情報が届いていない。そこで、廃炉に関わる人たちがどう対応しているのか、各国の若手・学生にまとまった時間を持って伝えようと今回の会議を誘致しました。その結果、多くの方に廃炉の現状を理解していただき、今後は参加者各自による母国語での情報発信が期待できると考えています」  原子力の平和利用という目的に抵抗を感じる県民がいることについては、こんな意義を強調した。  「今回の会議は郡山コンベンションビューローやホテルハマツなど被災された方々と一緒に作り上げました。私たちは、参加者に地元産の野菜などを使った料理を提供したり、県内の現状を正しく知ってもらうことで福島県を好きになってもらいたいと考えた。そうすれば今後、風評被害などが発生した場合、会議で得た事実情報を自身の言葉で発信することにつながると思います」  ちなみに、開会式には郡山市の品川萬里市長が招かれ挨拶した。内堀雅雄知事にも打診したが、公務都合で欠席、代理者の挨拶もなかった。これだけの規模の国際会議なら代理者の挨拶くらいあってもよさそうだが、内堀知事も原子力の平和利用が引っかかり、県として関わりを持つのを避けたのかもしれない。

  • 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

    小豆川勝見(東大大学院助教)白髭幸雄(南相馬市在住)伊藤延由(飯舘村在住)山川剛史(東京新聞編集委員) 原発事故から11年経ったいまも、県内各地の空間線量を測り続け、データを記録している人たちがいる。彼らはどんな思いで測定し、現状をどのように捉えているのか。一般市民、専門家、記者など4人の測定者に語ってもらった。(※ミリシーベルト毎時は㍉、マイクロシーベルト毎時はマイクロと表記。ベクレルはすべて1㌔当たりの数値)。 しょうずがわ・かつみ 1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科(広域科学専攻)博士課程修了。現同研究科助教。小中学生向けの勉強会を多数開講。原発周辺での測定・研究も行う。よく使う測定器はゲルマニウム半導体検出器、TCS-172の改造版など。 しらひげ・ゆきお 1950年生まれ。原発事故前から福島第一原発内で放射能汚染密度を測定する仕事に従事。原発事故後は原発作業員・除染作業員として勤務するかたわら、ボランティアでも測定。よく使う測定器はシンチレーションサーベイメータTCS-172Bなど。  いとう・のぶよし 1943年生まれ。新潟鐵工所勤務などを経て、2010年3月から飯舘村の農業研修所「いいたてふぁーむ」管理人。現在は知人が所有する村内の一軒家を借り、測定しながら生活する。よく使う測定器はNaIシンチレーションγ線スペクトロメータSEG-63など。 やまかわ・たけし 1966年生まれ。筑波大卒。東京新聞原発取材班のデスクを務め、2012年に取材班として菊池寛賞受賞。編集委員として原発取材を続ける。共著に『レベル7』(幻冬舎)、『原発報道』(東京新聞出版)。よく使う測定器はTCS-172B、PM1703MO-ⅡBTなど。  ――日常生活や仕事の一環で県内の測定を続ける皆さんですが、まず現在の福島県の汚染状況についてどう捉えていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 南相馬市小高区の自宅はリフォーム済みですが、天井裏などをウェス(シート)でふき取ると放射性物質が検出されます。洋服たんすの中の服、スーツのカバーなど、ほこりが付くところは汚染されていますね。 最近は身の回りのものを測定対象に選んでいます。先日、蜘蛛の巣を測定したところ、約200ベクレル出ました。ただ、この数値が蜘蛛の巣自体のものか、巣に付いたごみや虫によるものかまではよく分かりません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 僕は食いしん坊なので、キノコや山菜など食べられるものを中心に測っています。こうした〝山の幸〟が味わえる点が飯舘村の大きな魅力だと思っている。原発事故からどれくらい時間が経てば食べられるようになるか、という純粋な興味から、飯舘村で生活しながら測定するようになりました。 事故直後、飯舘村で取れたコシアブラは27万ベクレルありました。その後も毎年、山川さんとともに山菜やキノコの汚染状況を定点観測し、東京新聞紙上で結果を紹介しています。時間が経つにつれて放射線量は低下傾向にありますが、「なんでこんな高い数値が出るの?」と驚くときも多々あります。 県の統計によると、2009年現在の県内の土壌は23〜29ベクレル。飯舘村の山の土壌は未だに3~4万ベクレルあります。それだけ山が汚染されたということです。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 県内で取材活動を続けていますが、汚染状況という意味では、原発構内は劇的な変化がありました。2012年2月、免震需要棟の現地対策本部の玄関前の空間線量率は、手持ちの線量計で500マイクロでした。先日、同じ場所で線量計を見たら1マイクロ以下まで下がっていた。敷地内のがれきや表土の除去、モルタル舗装などで空間線量が大幅に下がったのだと思います。 中間貯蔵施設のエリアも2016年当時、10マイクロを超えるところがあちこちにあったが、先日行ったら拍子抜けするぐらい線量が下がっていました。施設整備に当たり地盤改良し、新しい山砂を入れた効果だと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島県には研究活動や小学生向けの出前講座で足を運び続けているが、まだまだ汚染されているところがあるし、完全にきれいになったところもある。 一番の問題はそうした実態がよく知られていないことです。特定復興再生拠点区域やその周辺のエリアについても、現状が広く知られているとは言い難い。 混乱させられるのは、国が何を目標に定めているのか、見えづらいことです。例えば居住制限区域の大熊町大川原地区、避難指示解除準備区域の大熊町中屋敷地区が解除された際は、0・23マイクロ(年間1㍉シーベルト)を基準に除染が進められていた。ところが、6月30日に解除された特定復興再生拠点区域は3・8マイクロ(年間20㍉シーベルト)を基準に除染が行われたのです。なぜ基準が変わってしまったのか。 おそらく特定復興再生拠点区域の設定を議論する中で、「(空間線量が高い帰還困難区域でも)これなら解除できそうだ」と新たな基準が出てきたのだと思います。実際、「この基準だから解除できた」というような、汚染が厳しいエリアも多いです。 何を目指して除染しているのか。住民が帰って生活をするには問題ない線量なのか。明確に数字を示し、長期的な見通しが付けられない状況が僕は一番まずいことだと思います。(委員として名を連ねている)大熊町除染検証委員会でも繰り返し主張しましたが、町内にはまだまだ除染をしなければならないところが残されている。にもかかわらず、当初の基準を変え、なし崩し的に避難指示を解除したのは、後世に禍根を残すのではないかと心配しています。[/ふきだし] 手抜き除染の実態  ――除染に関しては、費用対効果の低さや手抜き除染の横行も問題視されました。皆さんは除染についてどう見ていましたか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染と言っても宅地と農地と道路、その境界から20㍍だけが対象範囲で、山は対象外。しかも、私が確認した限り、飯舘村の除染は手抜きのオンパレードでした。 除染前の空間線量を測定したら2・20マイクロで、除染終了後に同じ場所で測ったら1・72マイクロ。思ったほど下がっていなかった。家の前の砂利が手付かずだったことが分かり、環境省に訴えて再除染させたら、0・80マイクロまで低減しました。当時飯舘村は全村避難中。私はたまたま気付いたが、除染の経緯も除染後の結果も誰も確認していないからやりたい放題でした。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 自宅の庭の除染で、表土を5㌢はぎとり、山砂を入れてもらいました。その山砂の放射線量が気になり5カ所で採取したところ、一番高いところで約1000ベクレル、平均約700ベクレルあった。自宅の向かいの公園の土壌は約100ベクレル。おそらく山砂を取るとき、汚染された表土などと混ざって、放射線量が高くなったのだと思います。環境省と交渉してもらちがあかず、入れてもらった山砂を自前で除去して、引き取りだけはやってもらいました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ずさん除染に遭遇しても、環境省にお願いすれば、何らかの応対はしてくれるはずです。ただ、宅地の所有者などが自らアクションを起こすのが大前提です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 結局、環境省が現場に足を運ばず、〝竣工検査〟もしていないのが問題だと思います。業者に何億円も払う以上、除染によって線量がどれだけ下がったか検証してしかるべきなのに、一切やっていないから呆れる。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市の除染事業で下請企業の一部が森林除染を竹林除染と偽り、本来の単価の10倍の除染費用を不正に受け取っていたことがありました。環境省はなぜ気付かなかったのか確認したら、現場担当者はわずか2人だったことが判明しました。 そもそも環境省は、兆単位の予算規模の公共事業に対応できる役所ではないということでしょうね。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 福島市など市町村主体の除染の方がかえってしっかり進めているように見えました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 除染前の農地の土壌を測ったら2万~3万ベクレルで、除染後に測り直したら5000ベクレルぐらいでした。耕作基準である5000ベクレルに合わせて放射線量を落としたのだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 表土除去により最低でも85%下がると言われている。表土が3万ベクレル、2層目が5000ベクレルはかなり高くないですか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 農地の端の土壌を採取したので、未除染の土手の分が混ざってしまったのかもしれません。[/ふきだし]     ――除染の効果は限定的でずさんな実態もあるのに、「除染が完了したので安心だ」とばかり、国や県、市町村が帰還政策を進める姿には違和感を抱いてしまいます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 避難指示が解除になった区域への帰還が伸び悩んでいるのは、避難先での生活が確立しているのに加えて、空間線量が高いことへの懸念も大きいのではないでしょうか。 前述の通り、大熊町の特定復興再生拠点区域は、3・8マイクロが解除基準になっています。町内の各地点の空間線量一覧を見ると、3・78マイクロ、3・6マイクロなど、解除基準を何とか下回ったようなところがずらりと並んでいます。 帰る・帰らないは、個人の自由ですが、「帰れるようになりました」とアピールして、帰還を呼び掛けるのであれば、せめて元の環境(空間線量)に近づけるのが筋でしょう。[/ふきだし] 放置されるホットスポット [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 3・8マイクロ以下になったから、それ以上空間線量を下げる努力をしなかったのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] あえて環境省の肩を持てば、頑張って除染してギリギリ解除基準を下回ったのかもしれません。だとしても、3・79マイクロが安全で、3・81が危険ということにはならないし、根本的に空間線量を下げる努力をしなければならない。 放射性物質が集まりやすい場所だと簡単に10~20マイクロになります。JR大野駅前の農業用水路の床(底)を測ったら30マイクロを超えました。避難指示は解除されているので、その農業用水を使って営農してもルール上は問題ないわけです。そういう状態を看過しているのが私にはとても信じられません。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そうした高線量の場所はフォローアップ除染(追加除染)の対象にはならないのでしょうか。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 個人の宅地のケースなどでない限り、フォローアップ除染は難しいと思います。問題なのが、表土除去・覆土で何とか3・8マイクロを下回ったところです。土の中にある以上、放射性物質が雨などで移動することが期待できないので、セシウム137が半減期(30・2年)を迎えて空間線量が少しずつ下がるのを待つしかない。逆に言えば、周辺住民や通行人に長期間にわたり被曝を強いることになります。だから、私は大熊町除染検証委員会で「覆土するのは最後の手段だ」と訴えていました。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] そもそも一般公衆の線量限度は年間1㍉シーベルトと定められているのに、福島だけダブルスタンダードになっているのがおかしいのです。 8月30日、避難指示が解除された双葉町の特定復興再生拠点区域に足を運び、10カ所の土壌をサンプリングして測定しました。指定廃棄物の基準である8000ベクレルを上回っていたのはそのうち5カ所です。 今春オープンした飯館村のオートキャンプ場の空間線量を測定したら0・56マイクロでした。ちょっと山に入れば1マイクロを超える。そんな場所に家族連れがキャンプを楽しみに来るわけですよ。 村議会6月定例会で杉岡誠村長は「365日24時間いる想定ではない。空間線量が高いところにある程度近づく程度であれば、年間の被曝線量の中では看過される部分がある」と答弁していました。 管理棟の前には敷地内4カ所で測定した空間線量率が掲示されています。モニタリングポストもありますが、周辺より数値は低めです。[/ふきだし]   ――放射線管理区域の被曝線量の基準は3カ月1・3㍉シーベルト(年間5・2㍉シーベルト)と考えると、年間被曝量20㍉シーベルトというルールに違和感を抱きます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] ただ、放射線管理区域の被曝と日常での被曝は単純に比較できません。仮に放射線管理区域で何かをこぼして汚染が発生しても、管理されているのですぐに対応できる。一方、日常では何がどうなって汚染が発生するか分からないし、雨などの影響で放射性物質が移動するリスクもあります。それを確認するためには何度も測定するしかありません。 最新技術を活用してより効率がいい方法を見つけていくのがわれわれ専門家の仕事です。ただ、「繰り返し測る」という基本は変わりません。 関心が薄れ、誰も測定していないときに深刻な汚染が確認されれば、大きな混乱につながりかねない。 コロナ禍以降、至るところで体温を測定しているように、放射線測定に関しても習慣付けることができれば自ずと知見が溜まっていく。国レベルで動機づけを行い、徹底していくべきだと思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 繰り返し測るということでは、私が参加している放射能測定センター・南相馬という団体でも、原発被災地の空間線量を継続して測定していきます。測定エリアを南相馬市小高区、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町に限定し、道路上と道路脇(草地など)において、地上1㌢、1㍍の高さで測っており地図にまとめる予定です。 浪江町津島地区は道路上が1㍍1・06マイクロ、道路脇が2・30マイクロでした。道路脇は高いところが多い。山から放射性物質が流れてくることも影響していると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大きな山がある場所では雨が降るたびに放射性物質に顕著な移動が見られます。山に放射性物質が100あるとすると、1年に1ずつ流れてくるイメージです。チェルノブイリ(チョルノービリ)原発周辺は比較的なだらかな地形なので、放射性物質がそこまで移動することはありませんでした。 雨が降って山から流れた放射性物質は、側溝を通り、小川を抜けて排水ますに溜まり、ため池に流れて、川へと向かう。どんなスピードで流れ、どこに蓄積するかは環境によって異なります。繰り返しになりますが、だから、継続して測り続けなければならないのです。そうすることで、「この時に数値が大きく変わったのは台風が来て、山から放射性物質が流れてきたからだ」などと読み取れるようになります。 この面倒臭さこそ、原子力災害の最も厄介な点なのですが、広く伝わっていないと感じます。放射線の話が何十年もタブー視されてきたためか、先生も生徒もよく分かっていないように見える。もう少しうまく知見を溜めていけばいい解決方法が見つかるのに、ともどかしい思いを抱くときもあります。[/ふきだし] 座談会の様子 違和感がある「風評被害」  ――汚染状況に対する懸念や帰還政策への是非を唱える声に対し、「風評被害につながる」と批判する傾向もみられます。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発事故直後の5月ごろ、仕事の一環で、いわき市の駅前通りにあるビルの周りを測定していた。そうしたら、突然ビルのオーナーに「風評被害で訴えるぞ」と言われて驚いた記憶があります。風評被害対策であれば各種事業に予算(補助金)が付きやすいなど、いろいろな意味で「使い勝手」がいい面もあるのだと思います。 国際放射線防護委員会(ICRP)は2007年勧告において、原発事故に伴う大規模放射能汚染が深刻な「緊急被ばく状況」から、汚染地域で生活せざるを得なくなった移行段階を「現存被ばく状況」と呼んでいます。その場合、年間被曝線量1~20㍉シーベルトを目安に指標値を設定し、一般公衆の線量限度である年間1㍉シーベルトに近づける努力をするように示されています。 ところが、国は指標値を最大値の20㍉シーベルトに設定し、除染以外の事業を徹底して行っていません。それなのに、汚染を深刻視する声を「風評被害」で片付けてしまうのには違和感があります。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 測定データがあんまり出てこないことが逆に風評被害を広める面もあります。例えば、水産庁のホームページを見れば、流通している福島県産の魚が危なくないことは明らか。突発的に基準値超の魚が出ることもあるが、基本的にスクリーニングが機能しており、普通の思考ができていれば風評なんか起きません。ただ、都内のスーパーの店頭に福島県産の物がキャンペーンで並んだ時、それを喜んで買う人と忌避する人は二極化していると感じます。おそらくこれは福島県民の中にもみられる傾向ではないでしょうか。 日常的に測定して記事にしている立場としては、もうちょっと、根拠を持って安全か安全でないか、判断してほしいとも思います。[/ふきだし]   [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 双葉町の特定復興再生拠点区域の避難指示が解除された日、双葉町長が囲み取材を受けていたが、地元紙やテレビなどの大手メディアは放射能汚染について全く質問しなかった。内堀雅雄知事も盛んに「風評被害の克服」と話しているが、メディアがその言葉を無批判に報じることも多い。原子力災害の厄介さが伝わらない背景にはメディアの責任もあると思います。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 広く理解してもらえるような努力は行政にも我々メディアにも求められると思います。放射線のデータを積極的に報じないスタンスのメディアは理解できませんね。 報道や企業のプレスリリースでは一般食品の基準値である100ベクレル以下かどうかしか出てこない。大半がND(検出限界値未満)なのに、数字がないから「90ある?」「50ある?」となってしまう。積極的に実数を示すことで、福島県産だけ忌避されることは無くなっていくのではないかと考えています。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/bb63fb41054ce87a7d579624719a2fdf.jpg" align="left" name="伊藤" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 9月下旬、マスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会でお話しする機会がありました。そこで、メディア関係者から「原発事故の光と影を報道するのは難しい。影を報道すれば被害者が出る」という話を聞いて、疑問を抱きました。 原発事故の光も影もありのまま報じて、原発被災地の課題を浮かび上がらせることがジャーナリズムの使命でしょう。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 大学で放射線についての授業を担当しているのですが、1年の最後に必ず聞くのが「スーパーの棚に福島県産米と他県産米が同じ価格帯で並んでいたとき、福島県産米を買いますか?」という質問。 昨年は8割の学生が「買う」と答えました。その理由が「この程度の放射線量なら普段の生活には影響しない」というものです。逆に買わないと答えた学生に理由を尋ねると「他県産米を買えばもっと被曝線量を低く抑えられる」と答えました。要するに、放射線の知識がある学生でも判断は分かれるということです。 ちなみに、ヨーロッパの研究所の学生にも同じ質問をしたところ、ドイツでは全員「福島県産米を買わない」、フランスではほぼ全員が「福島県産米を買う」と答えました。 [/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/844713f9063631b96a4e35634e1cdb73.jpg" align="right" name="白髭" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 原発ゼロを目指してきたドイツと、原発増設に舵を切ったフランスが真逆の回答なのは象徴的です。[/ふきだし] [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] もっと言えば、教え方や伝え方で受ける印象は一変します。だからこそ、情報を発信する人が気を付けるべきことは多いと思います。[/ふきだし]    ――測定者の立場から見て汚染水問題についてはどのように受け止めていますか。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 議論の前提となる情報が圧倒的に不足していると感じます。新型コロナウイルスはニュースや情報番組などで最新情報が流れますが、放射線に関しては情報自体が少ない。しかも、発信者によっていろいろな意図があり、受け止め方が難しい。第三者として、自然に話し合える環境を作っていきたいと考えています。[/ふきだし] いま、測定者ができること  ――2020年には、小豆川さんらの研究チームが、福島第一原発近くの地下水から、敷地内で生じたとみられる微量の放射性セシウムを継続的に検出しました。敷地内から敷地外に汚染された地下水が流れていることが確認された格好です。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 東電が定めた基準からすればはるかに低い値ですが、検出されたのは事実。問題なのは、東電のコントロール下にない流れだということです。法律違反には当たらない汚染だが、原発敷地境界線の地下水も常時確認したらいかがですか、と東電には提案しています。10㍍先の敷地内からは基準値超の放射性物質が確認されており、それが壁の外に流れてきても不思議ではありません。希釈して海洋放出する一方で、内陸部に漏れていたら何の意味もありません。[/ふきだし]  ――汚染水問題で言えば、10月3日付の東京新聞で、福島第一原発の視察ツアーで、東電が処理水の安全性を強調するパフォーマンスを繰り返していたと報じていました。東電担当者はトリチウムが検知できず、セシウムについても高濃度でないと反応しない線量計を使っていました。 [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/183d4ae718e0ca3074437ac267943613.jpg" align="left" name="山川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] この話を記事にしたのは、こういう行為が逆に福島への風評を加速化させると感じたからです。 コロナは自分に降りかかってくるかもしれない問題だけど、福島第一原発の話は多くの東京の人にとっては直接関係する問題ではない。そうした中で、その人がどれだけ自分事と捉えられる情報を出せるかがメディアに勤める自分の使命ではないかと今日話していて感じました。[/ふきだし]    [ふきだし icon="https://www.seikeitohoku.com/wp-content/uploads/2023/01/da6e904d8283193b57d744e2e68efb3a.jpg" align="right" name="小豆川" col_border="#000" col="#fff" type="speaking" border="on" icon_shape="circle"] 空間線量が高いホットスポットを解消し、無用な被曝を回避するためにはどうすればいいのか。そうした課題に対し、測定をやってきた知見から「こちらを優先して片付けた方が効率いいですよ」などと提言していくのがわれわれ測定者の一番の仕事だと考えています。 ここにいる4人は測定活動を通して、現状はもちろん、これまでのコンテキスト(文脈)をすべて理解しています。本来こうした知識はさまざまな人達と共有され、議論に生かされるべきだが、「もう原発事故や放射性物質の話はしたくない・関心がない」という人たちが増えており、なかなか議論につながっていかない。 だから、私は放射線教育に取り組んでいるのです。子どもたちはもちろん、保護者や教員の意識づけにつなげていくことで、原発を取り巻く問題の議論が進むことを期待しています。[/ふきだし]  

  • 原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

     中通りの住民で組織する「中通りに生きる会」(平井ふみ子代表)のメンバー52人が、原発事故で精神的損害を受けたとして、東京電力に計約9800万円の損害賠償を求めた訴訟は昨年3月、最高裁で判決が確定し、原子力損害賠償紛争審査会の中間指針で定める賠償基準を上回る計約1200万円を支払うよう東電に命じた。住民側の訴えが認められた格好である。 福島第一原発事故中通り訴訟posted with ヨメレバ野村吉太郎 作品社 2022年11月30日頃 楽天ブックスAmazonKindle  本誌は2019年8月号に「最終局面を迎えた『中通りに生きる会』原発賠償裁判 初の和解決着を目指す理由」という記事を掲載した。原発事故を受け、各地で集団訴訟が起こされたが、当時、同訴訟では同種の訴訟では初めてとなる和解決着を目指しており、平井ふみ子代表にその思いなどを聞いたもの。住民側は和解に前向きだったが、東電が拒否したため、和解は成立しなかった。その後、地裁判決を経て、高裁、最高裁まで行ったが、最終的には前述のような判決が確定した。  同訴訟を担当した野村吉太郎弁護士が編著した『福島第一原発事故中通り訴訟』(作品社)が昨年11月に発売された。野村弁護士は1958年生まれ。大分県出身。1986年に司法試験に合格し、1995年に赤坂野村総合法律事務所を設立。東京弁護士会所属。  著書は、第Ⅰ部「裁判の記録」として、原告の陳述書の中身などが記され、第Ⅱ部「裁判を振り返って」として、中通り訴訟の経過(年表)や、野村弁護士の分析などが紹介されている。  同訴訟は2016年4月に提起されたものだが、そこに至る準備は2014年から進められていた。同年に「中通りに生きる会」を立ち上げ、平井代表を中心に集団訴訟の参加者を募った。その結果、福島市、郡山市、田村市など、避難指示区域外の中通りに住んでいた20代から70代の計52人が賛同し、同訴訟の原告となった。  実際の裁判に当たって、1つ特徴的なのは原告に加わる各々が陳述書を書いたこと。通常、陳述書は代理人弁護士が書くもの。同訴訟で言うならば、野村弁護士が平井代表ら原告メンバーから話を聞き、それを基に書くのが普通だが、同訴訟ではそうしなかった。前述したように、原告に加わる各々が陳述書を書いたのである。そのため、「中通りに生きる会」発足から実際に訴訟を起こすまで2年ほどを要した。  そのような手法を取った理由は、原告52人の精神的損害が一括りにされないようにすること、原告の精神的損害を「発掘」し、本当の意味で原告の「力」を引き出すため、としている。  当然、原告メンバーにとって陳述書を書くというのは初めてのことで最初は手間取ったようだ。ただその分、それぞれの「損害」を明確にすることができた。著書ではそうして書かれた陳述書の内容が紹介され、住民が抱えていた不安、苦痛、憤りなどをうかがい知ることができる。  著書の副題・帯には「原発事故による精神的損害賠償請求において、1人の弁護士と52人の住民が、なぜ金メダルを勝ち取ることができたのか?」、「感動的な裁判の記録―いかに住民は闘い、いかに勝利したか?」と書かれている。  訴訟提起から6年、準備期間を含めると8年間の記録が詰まった同書。多くの人に読んでもらい、中通り住民の実情を知ってもらいたい。 あわせて読みたい 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に開かれた会合で、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針を決めた。  これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は、原賠審が定めた中間指針(同追補を含む)にはなかった。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。  その後、専門委員を設置・任命して確定判決の詳細分析が行われ、11月10日に専門委員から原賠審に最終報告書が提出された。その報告書は参考資料を含めて200頁以上に及ぶかなりの文量だが、ポイントになるのは、①過酷避難状況による精神的損害、②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)、③自主的避難等による精神的損害、④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害、⑤精神的損害の増額事由――の5項目で類型化が可能とされたこと。  各項目の概要は次の通り。  ①過酷避難状況による精神的損害▽避難を余儀なくされた人が、放射線に関する情報不足の中で、被曝不安と、今後の見通しが示されない不安を抱きつつ、過酷な状況下で避難を強いられたことによる精神的損害。  ②故郷喪失・変容による精神的損害(生活基盤変容慰謝料)▽避難(その地域に人が住まなくなったこと)によって生じた故郷・生活基盤の喪失・変容に伴う精神的損害。  ③自主的避難等による精神的損害▽自主的避難等対象区域(避難指示区域外)の住民の被曝不安による精神的損害。  ④相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害▽計画的避難区域の住民が相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる精神的損害  ⑤精神的損害の増額事由▽ADRセンター総括基準で類型化されている精神的損害の増額事由。  専門委員の最終報告書では、これらの類型化が可能な項目を示したうえで、「今後、中間指針の見直しを含めた対応の要否等の検討では、従来からの一貫性や継続性を重視し、現在の中間指針の構造を維持しつつ、新たに類型化された損害を取り込む努力・工夫が求められる」、「指針で類型化されたものだけが賠償すべき損害ではないことは言うまでもなく、東京電力は、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応を求めたい」、「関係行政機関が一体となり、東京電力への指導監督や、ADRセンターの積極的活用など、被害者の迅速かつ適正な救済と円滑な賠償の実施に向けた取り組みとともに、賠償だけでは限界がある被災地の復興に向けた取り組みを進めることも併せて要請する」と記されている。  原賠審ではこれを踏まえて、中間指針の見直しに向けた議論に入った。今後、追補として示される見通し。中間指針の見直しの必要性は、県原子力損害対策協議会、県内市町村、県内各種団体、弁護士会、被災者支援弁護団などがずっと訴えてきたことだが、ようやく本格的に動き出した格好だ。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

     会計検査院は2022年11月7日、岸田文雄首相に「令和3年度決算検査報告」を提出した。同報告は、国の歳入・歳出・決算や、国関係機関の収入支出決算などについて、会計検査院が実施した会計検査結果をまとめたもの。その中に、「東京電力ホールディングスが実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について」という項目がある。国が原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通して東電に交付した資金などについて検査したものである。その中身を検証しつつ、原発事故の後処理のあり方について述べていく。 会計検査院報告を読み解く (会計検査院HPより)  最初に、原発事故の後処理費用の仕組みについて説明する。原発事故の後処理は、大きく①廃炉、②賠償、③除染(中間貯蔵施設費用などを含む)の3つに分類される。当初、国・東電ではこれら費用を計約11兆円と想定していた。  ただ後に、経済産業省の第三者機関「東京電力改革・1F(福島第一原発)問題委員会」(東電改革委)の試算で、当初想定の約2倍に当たる約21・5兆円に膨らむ見通しとなった。内訳は、廃炉が約8兆円、賠償が約7・9兆円、除染が約5・6兆円(除染約4兆円、中間貯蔵施設費用約1・6兆円)となっている(2016年12月にまとめた「東電改革提言」に基づく)。  東電では、これらの後処理を原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援を受けて実施している。同機構は今回の原発事故を受け、2011年9月に設立され、現在、東電の株式の50%超を保有している。東電は2012年7月に1兆円分の新株(優先株式)を発行し、同機構(※実質的には国)がそれを引き受けた。これによって同機構が東電の筆頭株主になった。「東電の実質国有化」と言われる所以である。  新株発行によって得られた1兆円は、廃炉費用に充てられている。加えて、東電ではコスト削減や資産売却などにより、残りの廃炉費用を捻出することにしていた。それらは廃炉のための基金に繰り入れられ、2021年、策定・認定された「第4次総合特別事業計画」によると、東電は年平均で約2600億円を廃炉費用として積み立てる方針。  会計検査院の報告(※)によると、2021年度末までに廃炉、汚染水処理などに使われた費用は約1・7兆円。基金残高は5855億円という。 ※東京電力ホールディングス株式会社が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について  もっとも、当初、廃炉費用は2兆円と推測されていたが、東電改革委の再試算では8兆円になるとの見通しが示された。しかも、これは2016年12月に試算されたもので、今後さらに増える可能性もある。  次に賠償。これも原子力損害賠償・廃炉等支援機構の支援の下で実施されている。国は同機構に5兆円の交付国債をあてがい、後に2回にわたって積み増しされ、発行限度額は13・5兆円となった。同機構は東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、それが通れば、国からあてがわれた交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用に充てているわけ。  東電発表のリリース(10月24日付)によると、これまでに10兆3310億円の資金交付を受けている。  一方、東電の賠償支払い実績は約10兆4916億円(10月末時点)となっており、金額はほぼ一致している。詳細は別表に示した通りで、「個人への賠償」は精神的損害賠償、就労不能損害賠償、自主避難に伴う損害賠償など、「法人・個人事業主への賠償」は営業損害賠償など、「共通・その他」は財物賠償、福島県民健康管理基金など。 賠償実績 区分合意額個人への賠償2兆0119億円法人・個人事業主への賠償3兆2001億円共通・その他1兆9896億円除染3兆2899億円合計10兆4916億円※東京電力の発表を基に本誌作成。10月末時点。  なお、東電発表(表に示した数字)には閣議決定や放射性物質汚染対処特措法に基づく、除染費用3兆2899億円(9月末現在)も含まれている。そのため、「純粋な賠償」の合計は約7・2兆円となる。  東電改革委が示した要賠償額は7・9兆円だから、あと7000億円ほどでそれに達する。これから処理済み汚染水の海洋放出が長期間にわたって実施され、それに伴う賠償支払い義務が生じる可能性があること、東電を相手取った集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、賠償の基本ルールを定めた原子力損害賠償紛争審査会が中間指針の見直し(新たな賠償項目の策定)を進めていることなどを踏まえると、要賠償額はさらに増える可能性もあるのではないか。  最後に除染。言うまでもなく、東電は撒き散らした放射性物質を除去する責任があり、本質的には除染は原因者である東電が実施するべきものだ。ただ、住民の健康への影響などを考慮すると、早急に対応しなければならないことから、2011年8月に「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、旧警戒区域などの避難指示区域は国(環境省)が行い、それ以外で除染が必要な地域は市町村が実施することになった。  さらに、同法では「当該関係原子力事業者の負担の下に実施される」とされており、東電が費用負担することになっているが、一挙的に捻出できないことから、国が一時的に立て替え、後に東電に求償する、と規定されている。実際にどうやって国からの求償(請求)に応じているかというと、前段の賠償の項目で述べたように、支援機構が国からあてがわれた交付国債から資金援助を受けて、支払いに応じている。その分のこれまでの累計額が前述の表に示した約3・3兆円となっている。 会計検査院報告の中身  以上が原発事故の後処理費用のおおまかな仕組みである。 整理すると、国は東電の株式を引き受けた分の1兆円、支援機構を通して援助している交付国債分の13・5兆円の資金的援助を行っているのである。会計検査院は、それらの使われ方がどうなっているか、といった視点から「特定検査対象」として検査を行い、報告書にまとめたのだ。  以下、報告書の中身について見ていく。  まず、支援機構が所有している東電の株式だが、いずれは売却して、それで得た利益が国に返納される。東電の株価は原発事故前は2000円前後だったが、原発事故後は100円代にまで落ち込んだ。11月17日の終値は458円。国の当初の目論見からすると、伸び悩んでいると言えよう。  会計検査院の報告では東電株式の売却益が①4兆円、②2・5兆円、③1100億円になった場合の3ケースで試算されている。  もう1つ、東電が同機構から交付を受けた資金は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」から償還される。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、〝当事者〟である東電はそのほかに「特別負担金」を納めている。2021年度は400億円で、東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもの。それを含めると負担金の合計は約2300億円となる。こうして同機構では毎年、原子力事業者から負担金を徴収し、それを国からの交付国債分の返済に充てる。要するに、原発事故の後処理にかかった費用は、東電だけでなくほかの原子力事業者も負担しているのだ。 原子力事業者が原子力損害賠償・廃炉等支援機構に納める負担金(2021年度分) 原子力事業者負担金額負担金率北海道電力64億6614万円3・32%東北電力106億6268万円5・48%東京電力HD675億5017万円37・70%中部電力178億8059万円9・18%北陸電力56億7563万円2・92%関西電力397億6796万円20・43%中国電力51億7453万円2・66%四国電力77億5512万円3・98%九州電力196億2519万円10・08%日本原子力発電118億3212万円6・08%日本原燃23億0520万円1・18%計1946億円9537万円100%  2021年度までの一般負担金の累計額は1兆5168億円(うち東電負担額は5322億円)、特別負担金の累計額は5100億円で、計約2兆円。いまのペース(年間2300億円)で行くと、限度額である13・5兆円の返済にはあと50年ほどかかる計算だが、これに前段の東電株式の売却益が絡んでくる。 返済は最長42年後  会計検査院では、特別負担金が2022〜2025年度は500億円、2026年以降は1000億円になると仮定した場合(ケースa)、2022年度以降も2021年度同様400億円と仮定した場合(ケースb)に分け、株式売却益が①②③のケースと合わせて試算している。  返済終了時期は「ケースa①」が2044年度、「ケースa②」が2048年度、「ケースa③」が2056年度、「ケースb①」が2047年度、「ケースb②」が2053年度、「ケースb③」が2064年度となっている。最短で22年後、最長で42年後までかかるという試算である。  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は東電に負担を求めないこと。当然、返済終了までの期間が長引けば利息(すなわち国負担)は増える。一部報道によると、利息分は前述の試算の最短で約1500億円、最長で約2400億円というから、約900億円違ってくる。  こうした状況から、会計検査院の報告では、国、支援機構、東電のそれぞれに以下のように求めている。  国(経済産業省)▽ALPS処理水の海洋放出に伴う風評被害や中間指針の見直しなどが明らかになり、交付国債の発行限度額を見直す場合は、その妥当性を検証し、負担のあり方や必要性を含めて国民に十分に説明すること。  支援機構▽一般負担金、特別負担金のあり方について説明を行い、電力安定供給や経理的基礎を毀損しない範囲で、できるだけ高額の負担金を求めたものになっているかについて、国民に丁寧に説明すること。廃炉の進捗状況、廃炉費用の見積もり状況などを適正に把握したうえで、適正な積立金の管理、十分な積立額を決定していくこと。  東電▽電力安定供給を実現しながら、賠償・廃炉などを行い、より一層の収益力改善、財務体質強化に取り組むこと。  最後に、《本院としては、今後の賠償及び廃炉に向けた取り組み等の進捗状況を踏まえつつ、今後とも東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況について引き続き検査していくこととする》と結ばれている。 福島第一原発敷地内の汚染水タンク群(2021年1月、代表撮影) 特定企業への優遇措置  そんな中で、本誌が指摘したいのは3つ。  1つは、国・東電の見通しの甘さだ。民間シンクタンクの「日本経済研究センター」が2019年に公表したリポートによると、「閉じ込め・管理方式」にした場合、汚染水を海洋放出した場合、汚染水を海洋放出しなかった場合の3ケースで試算を行ったところ、費用は35兆円から81兆円になるという。いずれも、国の試算(21・5兆円)を大きく上回っている。そもそも、廃炉(燃料デブリの取り出し)は可能かといった問題もあり、いままで経験したことがないことをやろうとしている割には、費用面を含めて甘く見過ぎている印象は否めない。  2つは、賠償のあり方。前段で述べたように、国(東電改革委)の試算で、要賠償額は7・9兆円とされた。東電は「何とかそこに収めよう」といった発想になっているのではないか。それが営業損害賠償の一方的な打ち切りや、ADR和解案の拒否連発につながっているように思えてならない。原則は、被害が続く限りは賠償するということで、「賠償をこの金額内に収める」といったことがあってはならない。  3つは、東電がいかに優遇されているか、である。ここで述べてきたように、東電は、国(支援機構)に新株を引き受けてもらい、無利子で資金援助を受けている。その返済も、本来関係がないほかの電力会社に協力してもらっている。除染にしても、本来なら東電主体で実施しなければならないが、国(環境省)や自治体が担った。除染作業を押し付けられた自治体では、例えば仮置き場の確保などに相当苦労していたが、本来は必要がなかった作業・苦労だ。  もちろん、原発事故は「国難」だから、国、自治体、住民みんなで乗り越えていかなければならない側面はあろう。ただ、これが「普通の企業」が起こした事故だったら、ここまでの救済措置は取られなかったに違いない。結局のところ、国による東電(特定企業)へのレント・シーキング(優遇措置)でしかない。 あわせて読みたい 東京電力が実施する原子力損害の賠償及び廃炉・汚染水・処理水対策並びにこれらに対する国の支援等の状況(特定) 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

  • 除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界

    災害時に地域のインフラを支えるのが建設業だ。災害が発生すると、建設関連団体は行政と交わした防災協定に基づき緊急点検や応急復旧などに当たるが、実務を担うのは各団体の会員業者だ。しかし、近年は団体に加入しない業者が増え、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は減り続けている。会員業者が増えないのは「団体加入のメリットがないから」という指摘が一般的だが、意外にも行政の姿勢を問う声も聞かれる。郡山市の建設業界事情を追った。 災害対応に無関心な業者に老舗から恨み節 地域のインフラを支える建設業  「今、郡山の建設業界は真面目にやっている業者ほど損している。正直、私も馬鹿らしくなる時がある」  こう嘆くのは、郡山市内の老舗建設会社の役員だ。  2011年3月に発生した東日本大震災。かつて経験したことのない揺れに見舞われた被災地では道路、トンネル、橋、上下水道などのインフラが損壊し、住民は大きな不便を来した。ただ、不便は想像していたほど長期化しなかった。発災後、各地の建設業者がすぐに被災現場に駆け付け、応急措置を施したからだ。  震災から11年8カ月経ち、復興のスピードが遅いという声もあるが、当時の適切な対応がなかったら復興はさらに遅れていたかもしれない。業者の果たした役割は、それだけ大きかったことになる。  震災後も台風、大雨、大雪などの自然災害が頻発している。その規模は地球温暖化の影響もあって以前より大きくなっており、被害も拡大・複雑化する傾向にある。  必然的に業者の出動頻度も年々高まっている。以前から「地域のインフラを支えるのが建設業の役割」と言われてきたが、大規模災害の増加を受け、その役割はますます重要になっている。  前出・役員も何か起きれば平日休日、昼夜を問わず、すぐに現場に駆け付ける。  「理屈ではなく、もはや習性なんでしょうね」(同)  と笑うが、安心・安全な暮らしが守られている背景にはこうした業者の活躍があることを、私たちはあらためて認識しなければならない。  そんな役員が「真面目にやるのが馬鹿らしくなる」こととは何を指すのか。  「災害対応に当たるのは主に建設関連団体に加入する業者です。各団体は市と防災協定を結び、災害が発生したら会員業者が被災現場に出て緊急点検や応急復旧などを行います。しかし近年は、どの団体も会員数が減っており、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は少なくなっているのです」(同)  2022年9月現在、郡山市は136団体と災害関連の連携協定を交わしているが、「災害時における応援対策業務の支援に関する協定書」を締結しているのはこおりやま建設協会、県建設業協会郡山支部、県造園建設業協会郡山支部、ダンプカー協会、郡山建設業者同友会、市交通安全施設整備協会、郡山電設業者協議会、県中通信情報設備協同組合、市管工事協同組合、郡山鳶土工建設業組合、県南電気工事協同組合など十数団体に上る。  いくつかの団体に昔と今の会員数を問い合わせたが、増えているところはなく、団体によってはピーク時の6割程度にまで減っていた。  「業者の皆さんに広く加入を呼びかけているが、増える気配はないですね」(ある組合の女性事務員)  会費は月額1万円程度なので、負担にはならない。しかし、  「経営者が2代目、3代目に代わるタイミングで会員を辞める会社が結構あります。時代の流れもあるでしょうし、若い経営者の価値観が昔と変わっていることも影響していると思います」(同)  それでも、会員になるメリットがあれば、経営者が代わっても引き続き団体に加入するのだろうが、  「加入を呼びかける立場の私が言うのも何ですが、明確なメリットと聞かれたら答えられない」(同)  昔は今より同業者同士のつながりが大切にされ、先輩―後輩のつながりで業界のしきたりを習ったり、仕事の紹介を受けたり、技術を学び合うなど団体加入には一定のメリットがあった。  今はどうか。別の団体の幹部に加入の具体的なメリットを尋ねると  「対外的な信用が得られます。組合は『社内にこういう技術者がいなければならない』など、入るのに一定の条件が必要。つまり組合に入っていれば、それだけで技術力が伴っている証拠になる」  正直、そこに魅力を感じて団体に加入する業者はいないだろう。  「ウチみたいに昔から入っているところはともかく、新規会員を増やしたいなら加入のメリットがないと厳しいでしょうね」(前出・老舗建設会社の役員)  会員数の減少は、そのまま〝地域の守り手〟の減少に直結する。それはいざ災害が発生した時、緊急点検や応急復旧などに当たってくれる業者が限られることを意味する。  それでなくても郡山は、新規会員が増えにくい状況にある。理由は、震災後に増えた「新参者」の存在だ。別の建設会社の社長が解説してくれた。  「新参者とは震災後、除染を目的に県外からやって来た人たちです。建設業界はそれまで深刻な不況で、公共工事の予算は年々減っていた。そこに原発事故が起こり、除染という新しい仕事が出現。『福島に行けば仕事がある』と、全国から業者が押し寄せたのです」  除染事業に従事するには「土木一式工事」や「とび・土工・コンクリート工事」の建設業許可が必要になる。許可を得て、資機材を揃えて大手ゼネコンの4次、5次下請けに入る小規模の会社はあっと言う間に増えていった。  「新参者が増えるのは行政にとってもありがたかった。住民が『早く除染してほしい』と求める中、業者の数がいないと予定通り除染は進まないわけですからね」(同) 尻拭いを押し付ける郡山市 郡山市役所 しかし、同じ仕事が永遠に存在するはずもなく、市内の除染が一通り終わると新参者の出番も減った。  この社長によると、新参者はその後、①経営に行き詰まって倒産、②浜通りなど除染事業が続いている地域に移動、③一般の土木工事に衣替え――の三つに分かれたという。  「一般の土木工事に衣替えした業者は、正確な数は分からないが結構います。私のように昔から郡山で仕事をやっていれば、社名を聞くだけでそこが新参者かどうか分かる。傾向としては、カタカナやアルファベットなど横文字の社名は該当することが多い」(同)  郡山市の「令和3・4年度指名競争入札参加有資格業者名簿」(2022年4月1日現在)を見ると、土木一式工事の許可業者は103、とび・土工・コンクリート工事の許可業者は225ある(いずれも市内に本社がある業者のみをカウント)。二つを見比べると、土木一式工事の許可業者はとび・土工・コンクリート工事の許可も併せて得ている。そこで後者の業者名を確認していくと、新参者に該当するのではないかと思われる業者は40社前後、全体の2割近くを占めていた。  除染事業がなくなっても、新たな仕事を求め、生き残りを図ろうとする姿はたくましい。建設業許可を得て一般の土木工事に従事するのだから法令違反でもない。社長も「そこを否定するつもりはない」と話す。ただ「新参者は暗黙のルールを守らないため業界全体が歪みつつある」というのだ。  「新参者は地域性を考えない。例えば、A社が本社を置く〇〇地域で道路工事が発注されたら、一帯の道路事情を知るのはA社なので、入札では自然とA社に任せようという雰囲気になる。これは談合で決めているわけではなく、不可侵というか暗黙のルールでそうなるのです。だから、A社は隣の××地域や遠く離れた△△地域の道路工事は取りにいかない。しかし、新参者は『競争入札なんだから地域性は関係ない』と落札してしまうわけです」(同)  新参者から言わせれば「暗黙のルールに基づく調整こそ談合みたいなもの」となるのだろう。ただ、〇〇地域の住民からすれば、見たことも聞いたこともない業者より、馴染みのあるA社に工事をやってもらった方が安心なのは間違いない。  「A社がある道路工事を仕上げ、そこから先の道路工事が新たに発注された時、継続性で言ったらA社が受注した方が工事はスムーズに進む可能性が高い。しかし、新参者はそういう配慮もなく、お構いなしに落札してしまう」(同)  しかしこれも、新参者から言わせると「落札して何が悪い」となるのだろうが、社長が解せないのは、その後の尻拭いを市から依頼されることにある。  「もともと除染からスタートした業者なので、土木工事の許可を持っていると言っても技術力が備わっていない。そのせいで、工事終了後に施工不良個所が見つかるケースが少なくないのです。解せないのは、市がその修繕を当該業者にやらせるのではなく、再発注も面倒なので、現場に近い地元業者にこっそり頼むことです。市には世話になっているので頼まれれば手伝うが、地域性や継続性を無視して落札した新参者の尻拭いを、私たちに押し付けるのは納得がいかない」  実は、そんな新参者の多くは建設関連団体に加入していないのだ。再び前出・老舗建設会社の役員の話。  「新参者は建設関連団体に入っていないから、災害が起きても被災現場に駆け付けない。でも、入札では災害対応に当たる私たちと同列で競争し、仕事を取っている。不正をしているわけでなく、正当な競争の結果と言われればそれまでだが、地域に貢献している自負がある私たちからすると釈然としない」 「災害対応に正当な評価を」  会員業者は日曜夜に被災現場に出動しても、防災協定に基づくボランティアのため、月曜朝からは通常業務を行わなければならない。一方、建設関連団体に加入していない業者は被災現場に出動することなく休日を過ごし、月曜から淡々と通常業務に当たる。だからと言って、未加入の業者にペナルティーが科されることはなく、被災現場に出動した業者に特別なインセンティブがあるわけでもない。  これでは、会員業者が「真面目にやるのが馬鹿らしい」と愚痴を漏らすのは当然で、わざわざ建設関連団体に加入する新規業者も現れない。  「市がズルいのは、入札は公平・公正を理由にどの業者も分け隔てなく競争させ、災害や施工不良など困ったことが起きた時は建設関連団体を頼ることだ。真面目にやっている私たちからすると、市に都合よく使われている感は否めない」(同)  これでは、新規会員はますます増えない。そこでこの役員が提案するのが、市が建設関連団体加入のメリットを創出することだ。  「会員業者は指名競争入札で指名されやすいといったインセンティブがあれば、災害対応に当たる私たちも少しはやりがいが出るし、今まで災害対応に無関心だった新参者も建設関連団体に入ろうという気持ちになるのではないか」(同)  郡山市では1000万円以上の工事は制限付一般競争入札、1000万円未満の工事は指名競争入札を導入しているが、2021年度の入札結果を見ると、落札額の合計は制限付一般競争入札が約99億8000万円、指名競争入札が約25億7200万円に対し、発注件数は前者が約150件、後者が約640件と指名競争入札の方が4倍以上多い。役員によると、会社の規模が小さい新参者は指名競争入札に参加する割合が高いという。  同市の指名競争入札に参加するには2年ごとに市の審査を受け、入札参加有資格業者になる必要がある。その手引きを見ると、市内に本社を置く業者が提出する書類に「災害協定の締結」「除雪委託契約の締結」の有無に関する記載欄があるが、市がそれをどれくらい重視しているかは分からない。  前述した建設関連団体のいくつかに問い合わせた際、  「災害協定を結んでいるかどうかは、市が審査をする上で少しは加点要素になっていると思う」(前出・女性事務員)  「実際に被災現場に駆け付けている点は(指名の際に)加味してほしいと市に申し入れている。そこを市がもっと評価してくれれば新規会員も増えると思うんですが」(前出・別の組合幹部)  と語っていたが、市が日頃の災害対応を正当に評価しているかというと、建設関連団体にはそう感じられないのだろう。  「会員業者が増えないと災害対応が機能しない。それによって困るのは市民です。そこで、安心・安全な暮らしを維持するため、災害協定と除雪委託契約の締結を指名競争入札に参加するための重要要件にしてはどうか。そうすれば、建設関連団体に無関心の新参者も加入を検討するし、新規会員が増えれば災害が起きた時、市民も助かります」(同) 指名競争を増やす福島県の狙い 福島県庁  県では佐藤栄佐久元知事時代に起きた談合事件を受け、2006年12月に入札等制度改革に係る基本方針を決定。指名競争入札を廃止し、予定価格250万円を超える工事は条件付一般競争入札に切り替えた。しかし、過度な競争や少子高齢化で経営が悪化し、災害対応や除雪に携わる業者がいなくなれば地域の安心・安全確保に支障を来すとして〝地域の守り手〟である中小・零細業者を育成する観点から「地域の守り手育成型方式」という指名競争入札を2020年度から試行している。  農林水産部と土木部が発注する3000万円未満の工事を指名競争入札にしているが、入札参加資格の要件には「災害時の出動実績又は災害応援協定締結」と「除雪業務実績又は維持補修業務実績」が挙げられている。指名競争入札を増やすことで〝地域の守り手〟を支えていこうという県の狙いがうかがえる。  会津地方は郡山と比べて仕事量が少ないため、新しい会社が次々と誕生することもなく、昔から営業している会社が建設関連団体を形成し、地域のインフラを支える構図が成立している。業者数は少ないが、地域を守るという意識が業界全体で統一されている。  これに対し郡山は、業者数は多いが建設関連団体の会員業者は少ないため、業界全体で地域を守るという意識が希薄だ。もし入札制度を変えることで会員業者が増え、市民の安心・安全を確保できるなら、市は真剣に検討すべきではないか。  「入札の大前提にあるのは公平・公正だが、時代の変化と共に変えるべきものは変えなければならないことも承知しています。災害が年々増えている中、業者の協力がなければ市民の生命と財産は守れません。その災害対応については、市でも審査時に評価してきましたが、出動頻度が増えている今、それをどのように評価すべきかは今後の検討課題になると思います。県が試行している指名競争入札なども参考にしながら考えたい」(市契約検査課)  官が民に、建設関連団体への加入を〝強要〟するのは筋違いかもしれない。しかし現実に、災害の増加に反比例して〝地域の守り手〟は減少している。だったら、普段から災害対応に当たっている業者には、その労に報いるためインセンティブを与えるべきだし、それが魅力になって団体に加入する業者が増えれば、建設業界全体で地域を守るという意識が醸成され、災害に強いまちづくりが実現できるのではないか。 郡山市ホームページ あわせて読みたい 建設業者「越県・広域合併」の狙い【小野中村】【南会西部建設】 「地域の守り手」企業を衰退させる県の入札制度 福島市「デコボコ除雪」今シーズンは大丈夫?

  • 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年8月29、30日の2日間、県内の視察を行い、同年9月26日にそれを踏まえた会合を開いた。 原賠審は原発賠償の基本的なルールとなる中間指針(同追補を含む)を定めた文部科学省の第三者組織で、毎年、「中間指針等に基づく賠償の実施状況を確認する」ことを目的に、県内の視察を行っている。2022年は例年の目的に加え、「中間指針の見直しも含めた対応の要否の検討に当たり、被害者の意見を聴取すること」も念頭に視察を行った。 視察先は大熊町、浪江町、葛尾村の原発被災地に加え、今回は福島市も訪れた。福島市では木幡浩福島市長、品川萬里郡山市長、鈴木和夫白河市長、押山利一大玉村長、杉山純一会津美里町長らと意見交換を行った。そのほか、大熊町では広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町の住民と、浪江町では南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の住民と、葛尾村では田村市、川内村、葛尾村の住民と、それぞれ意見交換を行った。 これまでの視察では、避難指示区域が中心で、福島市などの「自主的避難等対象区域」に来ることはなかった。また、避難指示区域の視察でも、首長や議長などと意見交換は行われていたが、住民と意見交換をしたことはなかった。  そういった意味では、今回の視察はこれまでとは違ったものだった。その背景にあるのは、全国各地で起こされた原発賠償集団訴訟の判決が少しずつ確定しており、中間指針(同追補を含む)の範疇を超える賠償が認められていること。 原賠審は2022年4月27日に開かれた会合で、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命し、調査・分析を行う」との方針を決めた。これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。そのため、委員から「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見が出ていたのだ。 こうして、中間指針の見直しが必要かどうかの議論を進めており、その過程で従来とは違った形での現地視察となったのである。 懇談会では、福島市などの「自主的避難等対象区域」からは「今回の判決で、中間指針が不十分なことが示された。中間指針の見直しを早急に進めてほしい。それが遅れること自体、さらなる精神的苦痛につながる」との意見が、避難指示区域の住民からは「地区によって復旧・復興の進み具合が違う。地区の状況を踏まえ、中間指針を見直してほしい」、「避難が長期化し、戻りたくても戻れず、精神的な被害は継続している」といった意見があった。 これらを踏まえて行われた2022年9月29日の原賠審では、確定判決の調査・分析を行っている専門委員がまとめた中間報告が示された。それによると、「ふるさと喪失に伴う精神的損害」は、中間指針では帰還困難区域を除いて十分に反映されていないこと、自主避難については、中間指針が定めた賠償期間・賠償額と、各判決の賠償期間・賠償額が異なっており、さらなる検討が必要であること等々が記されている。 原賠審では、専門委員にさらなる調査・分析を進めて最終報告をまとめてもらい、そのうえで最終的な判断を下す方針だ。 あわせて読みたい 【双葉町】2021年11月1日 原子力損害賠償紛争審査会が町内視察 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容

  • いまだに基準値超が検出される「あんぽ柿」

     県は10月4日、県北4市町(福島市、伊達市、桑折町、国見町)の干し柿類の試験加工の放射性物質検査結果を発表した。それによると、試験加工品24検体のうち、あんぽ柿2検体と干し柿2検体の計4検体から基準値(1㌔当たり100ベクレル)を超える放射性セシウムが検出された(試験加工結果の詳細は別表の通り)。そのため、4市町に加工自粛を求めた。  もっとも、「加工自粛」といっても、実際には条件付きで加工・出荷ができる。その経緯はこうだ。 福島県の冬の特産品である「あんぽ柿」は、県北地方が主産地だが、原発事故を受け、2011年と2012年は全面自粛を余儀なくされた。あんぽ柿は「乾燥加工」という性質上、その過程で水分が失われ、単位重量当たりの放射性物質が濃縮されるため、基準値を超える事例が見られたからだ。 2年間の全面自粛は生産者に大きなショックを与えた。そんな中、生産者らは「何とか復活させたい」、「このまま生産できなければ文化が途絶えてしまう」として、2013年に「あんぽ柿産地振興協会」を設立し、再開に向けた取り組みを進めた。その努力の甲斐あり、2013年からは、県から加工自粛を要請された場合でも、条件付きで加工・出荷が可能となった。 具体的には、あんぽ柿産地振興協会が「加工再開モデル地区」を設定し、同地区内のほ場で採取された原料柿のみ加工・出荷が認められている。その場合、出荷前に全量非破壊検査を行い、「検査済み」シールが貼られたものだけが流通される。 加工再開モデル地区は、当初は限られたエリアだったが、年々拡大され、現在は県北4市町全域が対象となっている。つまり、この間、県北4市町はあんぽ柿の加工自粛対象となっているが、①指定された畑以外から原料柿を持ってきてはいけない、②加工した商品はすべて検査を受けなければならない、といった条件を満たせは、加工・出荷ができるということである。 今年もそれが継続されることになり、2013年から10年連続での「条件付き加工・出荷」となったわけだが、生産者からすると「昨年までと同じ」で慣れたものに違いない。 県によると、あんぽ柿の出荷量は震災前(2008〜2010年度の平均値)は約1542㌧だった。それが再開初年度の2013年度は約200㌧にまで落ち込んだ。ただ、そこから少しずつ回復していき、2018年度は約1300㌧と、原発事故前の8割超にまで戻った。 2019年度は、当初は1450㌧を目標にしていたが、令和元年東日本台風の影響などで約1100㌧にとどまった。2020年度は約1300㌧で、2018年度並みに戻った。昨年は春先の凍霜害の影響などで約1000㌧に落ち込んだ。今年度は2018年度、2020年度並みの1300㌧を目標にしているという。 それにしても、試験加工結果を見れば分かるように、原発事故から10年以上が経っても、基準値超過がなくならないのは驚きだ。普段の生活で放射能に対する警戒はだいぶ緩んでいるが、この事例を見ると、まだ危険が潜んでいるとあらためて思わされる。

  • 【原発賠償訴訟の判決確定】中間指針改定につながるか

     文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は2022年4月27日に会合を開き、原発賠償集団訴訟で確定した7件の判決について、調査・分析を行うことを決めた。このほど、同会合の議事録が公開されたので、その席でどのような議論がなされたのかを見ていきたい。 原賠審議事録を読み解く  原賠審は原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補を策定した文部科学省の第三者組織である。構成委員は別表の通り。 中間指針をめぐっては、以前から「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償の範疇が実態とかけ離れている」と指摘されていた。そのため、県原子力損害対策協議会(会長・内堀雅雄知事)や避難指示区域の自治体、県内経済団体などが改定を要望したり、弁護士会や集団訴訟の弁護団などがその必要性を訴えたりしていた。ところが、これまで原賠審は頑なに中間指針改定を拒否してきた経緯がある。 ただ、2022年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 2022年4月27日に開かれた原賠審では、文部科学省原子力損害賠償対策室(原賠審事務局)から、同3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について簡単な説明があった。なお、それら集団訴訟では、いずれも東電に対して中間指針(同追補を含む)を上回る賠償が命じられている。その説明の後、原賠審事務局の担当者は「東電福島原発事故に伴う損害賠償請求の集団訴訟について、東電の損害賠償額に係る部分の判決が確定したことを踏まえ、中間指針や各追補の見直し含めた対応の要否について検討を行っていくに当たり、各判決等の内容を詳細に調査・分析する必要があると考えている。専門委員を任命し、調査・分析を行ってはどうかと、事務局としては考えている」と述べた。 これに各委員が賛意を示し、以下のような方針が決定した。 ○専門委員を任命して、確定した集団訴訟の判決7件について、①中間指針等の内容についての評価がどうなっているか、②中間指針等には示されていない類型化が可能な損害項目や賠償額の算定方法等の新しい考え方が示されているか、③係属中の後続の訴訟における損害額の認定から影響を受けるような要素を有している可能性があるか、等々の観点から調査・分析を行う。 ○調査・分析を行う専門委員の選任については、裁判官経験者や弁護士を含む法律の学識経験者から数名を選任するほか、中間指針等の策定経緯に知見のある人も選任する。このほか、調査・分析に当たり、必要に応じて原賠審委員も参画する。 原賠審委員名簿 役職 氏名肩書き会  長内田貴東京大学名誉教授、早稲田大学特命教授会長代理樫見由美子学校法人稲置学園監事、金沢大学名誉教授委  員明石眞言東京医療保健大学教授、元放射線医学総合研究所理事委  員江口とし子元裁判官委  員織朱實上智大学地球環境学研究科教授委  員鹿野菜穂子慶應義塾大学大学院法務研究科教授委  員古笛恵子弁護士委  員富田善範弁護士委  員中田裕康東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授委  員山本和彦一橋大学大学院法学研究科教授  このほか、委員からはこんな発言もあった。 鹿野委員「中間指針は、多数の被害者に共通する損害について、賠償の考え方を示すことで、原発事故による損害賠償紛争の迅速かつ公平、適正な解決と被害回復の実現を目指したもの。したがって、今回確定した裁判所の判断の中から、中間指針に示されていない損害項目等について類型化して、賠償基準を抽出できるものがあれば取り込んでいくことが、中間指針の基本的な趣旨に合致するものと思われる。これらの判決には、例えばふるさと喪失・変容による慰謝料、避難を余儀なくされたことや、避難生活の継続を余儀なくされたことによる慰謝料などの判断も含まれ、これらをどこまで類型化して基準の抽出ができるかは、分析する必要がある。もっとも、確定した7件の判決では、その内容に違いも見られることから、分析作業では各判決の違いをどのように見るのか。その違いを超えた共通項の括りだしがどのような形で可能なのかということに、もちろん留意する必要がある。そのような点に留意しながら、ぜひ類型的な賠償基準の抽出について積極的に検討していただきたい」 樫見会長代理「今回は原告の方々が様々な主張・立証をして、慰謝料増額が認められた。これまで、中間指針の額では十分ではないと考えた被害者の方々には、原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解(ADR)を利用された方がいる。具体的な認定に基づいた賠償額を求める点で言えば、今回の検討の中に、原子力損害賠償紛争解決センターの和解事例の賠償額も検討に加えればと思う」 これまでに判決が確定した集団訴訟では「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められているが、そういった賠償項目は中間指針にはない。「そういった賠償項目を類型化して示せるのであればそうすべき」といった意見や、「集団訴訟の判決だけでなく、ADR和解事例についても検討して類型化できるものは加えるべき」といった意見が出されたのである。 中間指針見直しは必要  本来、中間指針は「最低限の賠償範囲」を定めたものだが、東電はそれを勝手に「賠償のすべて」と捉えて、中間指針にないものは賠償しないといったスタンスだったフシがある。その結果、集団訴訟やADRなどで被害回復を求めてきた経緯がある。もっとも、ADRについては、集団で申し立てたものは、東電が和解案を拒否するといった事例も目立った。 総じて言うと、これまで中間指針に基づいて支払われてきた賠償は決して十分ではなく、中間指針に示された項目以外はなかなか賠償されない状況にあったため、時間と労力をかけて集団訴訟でそれを認めさせる動きが広がったのである。当然、その間に被害救済がなされないまま亡くなった人も相当数おり、そういった事態を避けるためにも、中間指針の見直しは必要だ。それを、これまで県原子力損害対策協議会や避難指示区域の自治体、集団訴訟の弁護団などが求めてきたのだ。 現在、原賠審の専門委員では確定判決の調査・分析が行われ、夏ごろまでに中間報告がまとめられる方針だったが、本稿執筆(2022年7月25日)時点では、まだそこに至っていない。 7件の集団訴訟で判決確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、原賠審はようやく重い腰を上げた格好だが、専門委員による確定判決の調査・分析がまとまり、それを経て、中間指針の見直しの必要があるかどうかという議論に入ると思われる。そう考えると、〝決着〟までにはまだ時間がかかりそうだ。 あわせて読みたい 【例年とは違った原賠審視察】中間指針改定議論は佳境へ 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!? 【原発事故】追加賠償の全容