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震災・原発事故

  • 「あの」山下俊一氏がF―REI特別顧問に

    「あの」山下俊一氏がF―REI特別顧問に

     3・11の頃から福島に住んでいて、山下俊一氏の名を知らない人は少ないだろう。原発事故の直後に県庁から依頼されて県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。その後各地で講演を行い、数々の発言で物議をかもした。「100㍉シーベルト以下は安全」、「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ない」、「何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です」など。これらの発言に怒っている福島県民は一定程度いる。そんな山下氏について、新たな人事情報が発表された。以下は5月9日付の福島民報である。 《福島国際研究教育機構(F―REI)は8日、経団連副会長の南場智子氏、福島医大理事長特別補佐・副学長の山下俊一氏を「理事長特別顧問」に委嘱すると発表した。外部有識者によるアドバイザー体制の一環で、特別顧問の設置は初めて》 新聞にニュースが載って間もなく、市民団体「『原発事故』後を考える福島の会」代表世話人の根本仁氏から皮肉たっぷりのメールをもらった。 《政権に寄り添う科学者の典型的な人生航路とでもいうのでしょうか? 「ミスター100㍉シーベルト」の異名をもつ長崎の政治的科学者・山下俊一氏の新たな旅立ちです》 山下氏をなぜ新しい組織の顧問格に迎えるのか。筆者は福島国際研究教育機構の担当者に聞いてみた。「山下氏は放射線医療研究の第一人者であり、県立医大や量子科学技術研究開発機構などさまざまな組織で要職に就かれた経験があります。研究環境へのアドバイスや各種研究機関との調整役になることが期待されています」と担当者は話した。 しかし、筆者が「山下氏にはさまざまな評価があるのはご承知のはずだ。原発事故直後の『100ミリシーベルト以下は安全』という発言はかなり批判を浴びた」と指摘すると、担当者は「私は来たばかりで存じ上げませんでした」と驚きの答えが返ってきた。後で追加の電話があったが、「私以外の職員の中には山下氏への評価について聞き知っている者もいたが、それと今回の人選との関連でお答えする内容はない」との回答だった。 (牧内昇平)

  • 【原発事故】追加賠償で広がる不満

     本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永) 広野町議が「分断政策を許すな」と指摘  原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。   ×  ×  ×  × 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 広野町議会の一幕 畑中大子議員(広野町議会映像より)    ×  ×  ×  × この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。 福島県原子力損害対策協議会の動き 東京電力本店  ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。 遠藤町長に聞く 遠藤智町長  あらためて、遠藤町長に見解を求めた。 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」  ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

    飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

     飯舘村の帰還困難区域の一部が5月1日に避難指示解除された。解除されたのは、村南部の長泥地区で、同地区に設定された復興再生拠点区域(復興拠点)と復興拠点外にある曲田公園。同村の帰還困難区域は約10・8平方㌔で、このうち復興拠点は約1・86平方㌔(約17%)。 昨年9月からの準備宿泊は「3世帯7人」が登録 「長泥コミュニティーセンター」の落成式でテープカットする杉岡村長(右から5人目)ほか関係者  同日午前10時にゲートが解放され、11時からは復興拠点に整備された「長泥コミュニティーセンター」の落成式が行われた。杉岡誠村長が「この避難指示解除を新たなスタートとして、村としても帰還困難区域全域の避難指示解除を目指し、夢があるふるさと・長泥に向けてさまざまな取り組みを続けていきます」とあいさつした。 同地区の住民は「こんなに多くの人が集まり、解除を祝ってもらい、うれしく思っている」、「この地区をなくしたくないという思いで、この間、通っていた」と話した。 復興拠点内に住民登録があるのは4月1日現在で62世帯197人。昨年9月から行われている準備宿泊は、3世帯7人が登録していた。村は5年後の居住人口目標を約180人としているが、それに達するかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 復興拠点の避難指示解除は、昨年6月の葛尾村、大熊町、同8月の双葉町、今年3月の浪江町、同4月の富岡町に次いで6例目。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。つまりは、飯舘村ですべての復興拠点が解除されたことになる。 今後は、今年2月に閣議決定された「改正・福島復興再生特別措置法」に基づき、復興拠点から外れたエリアの環境整備と、帰還困難区域全域の避難指示解除を目指していくことになる。 2つの問題点:①帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当か、②帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること 復興拠点外で解除された曲田公園  ただ、そこには大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。 もう1つは帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること。それ以外のエリアの除染費用は東電に負担を求めているが、帰還困難区域はそうではない。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どうしても戻りたい」という人が一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、住民は過失ゼロの完全な被害者だから、原状回復を求めるのは当然の権利として保障されなければならない。 ただ、原因者である東電の負担で環境回復させるのではなく、国費(税金)で行うのであれば話は違う。受益者が少ないところに、多額の税金をつぎ込む「無駄な公共事業」と同類になり、本来であれば批判の的になる。ただ、原発事故という特殊事情で、そうなりにくい。だからと言ってそれが許されるわけでない。 帰還困難区域は、基本、立ち入り禁止で、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないまでも「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人のための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか――そのどちらかしかあり得ない。 あわせて読みたい 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚木野正登氏を直撃

    海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

    追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 米卸売店の偽装表示を指摘する匿名情報

    米卸売店の偽装表示を指摘する匿名情報

    「中通りのある米卸売店が偽装表示を行っている」という匿名情報が電話で編集部に寄せられた。 情報提供者は県内の米穀卸売業界で働く人物。「同店店員から内情を聞かされているが、大型店に出荷した新米はすべて2、3年前の古米だ」と明かした。 この人物が同店に出入りしていた時期には、県内外で人気が高い「新潟県魚沼市産」、「大玉村産」と産地偽装し、産地名が書かれた袋に詰め替えて販売していた姿も見たという。そうした過去の経験に加え、新たに偽装表示の件も耳にしたので情報提供した――とのことだった。 食品の表示を偽装する行為は食品表示法や不当競争防止法違反に当たる。コメの流通に関しては、入荷・出荷記録の作成・保存と、事業者間・一般消費者への産地伝達を義務付ける「米トレーサビリティ法」も施行されており、同法違反となる可能性が高い。

  • 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】

    子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】

     4月10日、大熊町の教育施設「学び舎(や)ゆめの森」が町内に開校した。義務教育学校と認定こども園が一体となった施設で、0~15歳の子どもたち26人が通う。 同日、同町大川原地区の交流施設「link(リンク)る大熊」で、入学式・始業式を兼ねた「始まりの式」が行われた。入場時には近くにある町役場の職員や町民約200人が広場に集まって子どもたちを出迎え、拍手で歓迎した。 吉田淳町長は「原発事故で厳しい状況になったが、会津若松市に避難しながら、途絶えることなく大熊町の教育を継続し、町内で教育施設を再開できるまでになった。少人数で学ぶ環境・メリットを生かし、学びの充実に取り組む」と式辞を述べた。 南郷市兵校長は「大熊から全国に先駆けた新たな学校教育に挑戦していく。一人ひとりの好奇心が枝を伸ばせば、夢の花を咲かせる大樹となる。ここからみんなの物語を生み出していきましょう」とあいさつした。 同町の学校は原発事故後、会津若松市で教育活動を続け、昨年4月には小中学校が一体となった義務教育学校「学び舎ゆめの森」が同市で先行して開校していた。大川原地区では事業費約45億円の新校舎が建設されているが、資材不足の影響で工期が遅れ、利用は2学期からにずれ込む見通し。それまでは「link(リンク)る大熊」など公共施設を間借りして授業を行う。なお、周辺の空間線量を測定したところ、0・1マイクロシーベルトを下回っていた。 なぜ子どもたちを同町の学校に入れようと考えたのが。保護者らに話を聞いてみると、「自分が大熊町出身で、子どもたちも大熊町で育てたいという気持ちがあった。仕事を辞めて家族で引っ越しした」という意見が聞かれた。その一方で、「出身は別のまちだが、仕事の関係で大熊町の職場に配属され、せっかくなので、子どもと一緒に転居することにした」という人もいた。 今後、廃炉作業が進み、浪江町の国際研究教育機構の活動が本格化していけば、人の動きが活発になることが予想される。そうした中で、同校があることは、同町に住む理由の一つになるかもしれない。同校教職員によると、会津若松市に義務教育学校があったときよりも児童・生徒数は増え、入学・転校の問い合わせも寄せられているという。 それぞれの保護者の決断は尊重したいが、「原発被災地の復興まちづくり」という視点でいうと、廃炉原発と中間貯蔵施設があるまちに、新たに事業費45億円をかけて新校舎を建てる必要があるとは思えない。 避難指示解除基準の空間線量3・8マイクロシーベルト毎時を下回っているものの、線量が高止まりとなっている場所も少なからずあり、住民帰還を疑問視する声もある。新聞やテレビは教育施設開校を一様に明るいトーンで報じていたが、こうした面にも目を向けるべきだ。 式の終わりに子どもたちと教職員が並んで記念写真を撮影したところ、子どもより教職員の人数の方が明らかに多かった(義務教育学校・認定こども園合計37人)。これが同町の現実ということだろう。 壇上に並ぶ「学び舎ゆめの森」の教職員  県教育庁義務教育課に確認したところ、「義務教育学校には小中の教員がいるのに加え、原発被災地12市町村には復興推進の目的で加配しているので、通常より多くなっていると思われる」とのことだった。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

  • 裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

    裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

     本誌2019年11月号に「大熊町議の暴言に憤る町民」という記事を掲載した。大熊町から県外に避難している住民が、議員から暴言を受けたとして、議会に懲罰を求めたことをリポートしたもの。その後、この件は裁判に発展していたことが分かった。一方で、この問題は単なる「議員と住民のトラブル」では片付けられない側面がある。 根底に避難住民の微妙な心理 大熊町役場  最初に、問題の発端・経過について簡単に説明する。 2019年11月号記事掲載の数年前、大熊町から茨城県に避難しているAさんは、町がいわき市で開催した住民懇談会に参加した。当時、同町は原発事故の影響で全町避難が続いており、今後の復興のあり方などについて、町民の意見を聞く場が設けられたのである。Aさんはその席で、渡辺利綱町長(当時)に、帰還困難区域の将来的な対応について質問した。 Aさんによると、その途中で後に町議会議員となる佐藤照彦氏がAさんの質問を遮るように割って入り、「町長が10年後のことまで分かるわけない」、「私は(居住制限区域に指定されている)大川原地区に帰れるときが来たら、いち早く帰りたいと思うし、町長には、大川原地区の除染だけではなく、さらに大熊町全域にわたり、除染を行ってもらいたい」旨の発言をしたのだという。 当時は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、2015年11月の町議選に立候補した。定数12に現職10人、新人3人が立候補した同町議選で、佐藤氏は432票を獲得、3番目の得票で初当選し、2019年に2回目の当選を果たしている。 【佐藤照彦】大熊町議(引用:議会だより)  一方、2019年4月10日に、居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区の避難指示が解除された。 そんな経過があり、同年9月、Aさんは佐藤議員に対して過去の発言を質した。Aさんによると、そのときのやり取りは以下のようなものだった。 Aさん「以前の説明会で『戻れるようになったら戻る』と話していたが、なぜ戻らないのか」 佐藤議員「そんなことは言っていない。帰りたい気持ちはある」 Aさん「説明会であのように明言しておきながら、議員としての責任はないのか」 佐藤議員「状況が変わった」 そんな問答の中で、Aさんは佐藤議員からこんな言葉を浴びせられたのだという。 「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」 住民懇談会の際は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、公職(議員)に就いたこと、2019年4月10日に、居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示が解除されたことから、佐藤議員に帰還意向などの今後の対応を聞いたところ、暴言を吐かれたというのだ。 Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」と憤り、同年9月24日付で、鈴木幸一議長(当時)に「大熊町議会議員佐藤照彦氏の暴言に対する懲罰責任及び謝罪文の要求」という文書を出した。 そこには、佐藤議員から「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれたことに加え、「県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外避難している住民に対する排他的発言です」などと記されていた。 Aさんによると、その後、鈴木議長から口頭で「要求文」への回答があったという。 「内容は『発言自体は本人も認めているが、議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した』というものでした」(Aさん) 当時、本誌が議会事務局に確認したところ、次のような説明だった。 「(Aさんからの)懲罰等の要求を受け、議会運営委員会で協議した結果、議会外のことのため、懲罰等は難しいという判断になり、当人(佐藤議員)には、自分の発言には責任を持って対応するように、といった注意がありました。そのことを議長(当時)から、(Aさんに)お伝えしています」 ちなみに、鈴木議長はこの直後に同年11月の町長選に立候補するために議員を辞職した。そのため、以降のこの件は松永秀篤副議長がAさんへの説明などの対応をした。 一方、佐藤議員は当時の本誌取材にこうコメントした。 「議会開会時に(議場の外の)廊下で(Aさんに)会い、私に『帰ると言っていたのに』ということを質したかったようです。私は『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えました。それが真意です。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』ということを言っていますが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない。それは町民の方も理解していると思います」 弁護士から通告書  Aさんは「暴言を吐かれた」と言い、佐藤議員は「『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』と伝えたのであって、県外避難者を侮辱するようなことを言うはずがない」と主張する。 両者の言い分に食い違いがあり、本来であれば、佐藤議員からAさんに「誤解が招くような言い方だったとするなら申し訳なかった」旨を伝えれば、それで終わりになった可能性が高い。 ところが、その後、この問題は佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求めて訴訟を起こす事態に発展した。 その前段として、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届いた。 そこには、①「あんたら県外にいる人間には言われる筋合いはない」との発言はしていない、②Aさんは佐藤議員に対して謝罪を求める行為をしているが、そもそも前述の発言はしていないので、謝罪要求に応じる義務がないし、応じるつもりもない、③今後は佐藤議員に直接接触せず、代理人弁護士を通すこと――等々が記されていた。 「懲罰請求に対して、鈴木議長から回答があった数日後、松永副議長から電話があり(※前述のように、鈴木議長は町長選に立候補するために議員辞職した)、『議場外のため、議会としてはこれ以上は踏み込めないので、今後は、佐藤議員と話し合ってもらいたい』と言われました。ただ、いつになっても佐藤議員から謝罪等の話がないため、2020年4月17日に私から佐藤議員に電話をしたところ、15秒前後で一方的に切られました。それから間もなく、佐藤議員の代理人弁護士から内容証明で通告書(前述の文書)が届いたのです」(Aさん) Aさんはそれを拒否し、あらためて佐藤議員に接触を図ろうとしたところ、佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求める訴訟を起こしたのである。文書には「何らかの連絡、接触行為があった場合は法的措置をとる」旨が記されており、実際にそうなった格好だ。 一方、佐藤議員はこう話す。 「本来なら、話し合いで決着できることで、裁判なんてするような話ではありません。ただ、冷静に話し合いができる状況ではなかったため、そういう手段をとりました」 面談強要禁止を認める判決  こうして、この問題は裁判に至ったのである。 同訴訟の判決は昨年10月4日にあり、裁判所はAさんが佐藤議員に「自身の発言についてどう責任を取るのか」、「どのように対応するのか」と迫ったことに対する「面談強要禁止」を認める判決を下した。 この判決を受け、Aさんは「この程度で、『面談禁止』と言われたら、町民として議員に『あの件はどうなっているのか』と聞くこともできない」と話していた。 その後、Aさんは一審判決を不服として、昨年10月18日付で控訴した。控訴審判決は、3月14日に言い渡され、1審判決を支持し、Aさんの請求を棄却するものだった。 Aさんは不服を漏らす。 「裁判所の判断は、時間の長さや回数に関係なく、数分の接触行為が佐藤議員の受忍限度を超える人格権の侵害に当たるというものでした。要するに弁護士を介さずに事実確認を行ったことが不法行為であると判断されたのです。この判決からすると、議員等の地位にある人や、経済的に余裕がある人が自分に不都合があったら弁護士に委任し、話し合いをするにはこちらも弁護士に依頼するか、裁判等をしなければならないことになります。この『面談強要禁止』が認められてしまったら、資力がなければ一般住民は泣き寝入りすることになってしまう」 さらにAさんはこう続ける。 「懲罰請求をした際、当時の正副議長から『佐藤議員の不適切な発言に対し、議員としての発言に注意をするように促したほか、本人(佐藤議員)も迷惑をかけたと反省し、謝罪なども含め、適切に対応をしていくとのことだから、今後は佐藤議員と話し合ってもらいたい』旨を伝えられました。にもかかわらず、佐藤議員は真摯な謝罪や話し合いどころか、自らの不都合な事実から逃れるため、面談強要禁止まで行った。これは、佐藤議員の公職者(議員)としての資質以前に、社会人として倫理的に逸脱しており、さらにこのような事態にまで至った責任は、議会にも一因があると思います」 一方、佐藤議員は次のようにコメントした。 「話し合いの余地がなかったため、こういう手段(裁判)を取らざるを得ませんでした。裁判では真実を訴えました。結果(面談強要禁止を認める判決が下されたこと)がすべてだと思っています」 なお、問題の発端となった「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」発言については、前述のように両者の証言に食い違いがあるが、控訴審判決では「仮に被控訴人(佐藤議員)の発言が排他的発言として不適切と評価されるものであったとしても、被控訴人の申し入れに対して……」とある。要は、佐藤議員の発言が不適切なものであっても、申し入れ(代理人弁護士の通知書)に反して直接接触を図る合理的理由にはならないということだが、排他的発言の存在自体は否定していない。 ともかく、裁判という思わぬ事態に至ったこの問題だが、本誌が伝えたいのは、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは語れない側面があるということである。 問題の本質 大熊町内(2019年4月に解除された区域)  1つは議員の在り方。原発避難区域(解除済みを含む)の議員は厳密には公選法違反状態にある人が少なくない。というのは、地方議員は「当該自治体に3カ月以上住んでいる」という住所要件があるが、実際は当該自治体に住まず、避難先に生活拠点があっても被選挙権がある。2019年11月号記事掲載時の佐藤議員がまさにそうだった。「特殊な条件にあるから仕方がない」、「緊急措置」という解釈なのだろうが、そもそも議員自身が「違法状態」にあるのに、避難先がどうとか、帰る・帰らないについて、どうこう言える立場とは言えない。  もっとも、これは当該自治体に責任があるわけではない。むしろ、国の責任と言えよう。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じるべきだったが、それをしなかったからだ。 もう1つは避難住民の在り方。本誌がこの間の取材で感じているのは、原発事故の避難区域では、「遠くに避難した人は悪、近くに避難した人は善」、「帰還しなかった人は悪、帰還した人は善」といった空気が流れていること。明確にそういったことを口にする人は少ないが、両者には見えない壁があり、何となくそんな風潮が感じられるのだ。 実際、前段で少し紹介したように、Aさんが2019年に議会に提出した懲罰請求には次のように書かれている。 《佐藤議員の発言は請求人(Aさん)だけに対するもので収まる話ではなく、県外に避難している町民に対して、物事を指摘される道理なく「県外にいる町民は、物事を言うな」とも捉えられる発言であり、到底、看過することができない議員による問題発言です。まして、佐藤議員は、避難町民の代表であり、公職の議会議員である当該暴言は、一町民(Aさん)に対する暴言で済む話ではなく、佐藤議員の日頃の県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外の避難している住民に対する排他的発言です》 ここからも読み取れるように、この問題の根底には、避難区域の住民の微妙な心理状況が関係しているように感じられる。 もっと言うと、避難住民の在り方の問題もある。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。結果、避難者はそこに住んでいながら、当該自治体の住民ではない、として肩身の狭い思いをしてきた。 こうした問題や前述のような風潮を生み出したのも国の責任と言えよう。これについても、本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。 こうした側面から、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは片付けられないのが今回の問題なのだ。本誌としては、そこに目を向け、正しい方向に進むように今後も検証・報道していきたいと考えている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

  • 福島視察の韓国議員団と面談した【島明美】伊達市議に聞く

     韓国の最大野党「共に民主党」の国会議員4人が4月6〜8日の日程で福島県を視察した。同議員団は東京電力福島第一原発から排出される汚染水の海洋放出に反対の立場で、現地の状況を知るための視察だったようだが、どんな視察内容だったのか、同議員団と面談した島明美伊達市議会議員に話を聞いた。 海洋放出をめぐる韓国国内の動き 韓国議員団との面談の様子(島議員提供)  韓国議員団の福島視察は新聞等ではそれほど大きく扱われていない。ただ、ネットニュースなどでは「県内の議員や被災者らと面談した」と報じられ、そのうちの1人である島明美伊達市議会議員に、どういった経緯で韓国議員団と面談することになったのか、その中身はどんなものだったのかを聞いた。 まず面談に至る経緯だが、震災後にボランティアで福島県に入り、韓国語が話せるため韓国からの訪問者のコーディネートをしていた知人から、島議員に「韓国の議員団が福島県に来るのだが、短い時間でも可能なのでお話をうかがえないか」といった問い合わせがあった。詳しく聞くと、「海洋放出問題について現地を訪問して話を聞きたい」とのことだった。 当初、島議員は「海に面していない伊達市在住の自分より、もっとふさわしい人がいるのではないか」と考え、知人にそのことを伝えた。ただ、知人からは「時間の関係で難しい。どなたか地元議員を紹介していただけるならお願いしたい」と言われ、島議員は「探してみます」と回答した。 その後、島議員自身で来日(来福)する議員について調べたり(※そこで初めて、訪問するのが国会議員であることを知る)、海洋放出決定の経過や原発事故対応について見聞きしてきたことを発信している自身の活動を振り返り、「韓国の方々にお伝えすることも、自分の役割の一つ」と考え面談を受けることにした。4月7日に福島市内の会議室を借りて面談した。 ちなみに、韓国議員団は島議員との面談後、復興住宅に住む人や被災地などを訪問しており、一部報道ではそれらすべてを島議員が紹介・案内したかのようなニュアンスで捉えられているようだが、実際はそうではない。島議員は福島市内の会議室で1人で議員団と面談し、その場で別れた。 実際の面談では「島明美 個人的な意見」と明記したうえで、伝えたいことを資料としてまとめた。その内容は、①UNSCEAR(国連科学委員会)の「2020年/2021年報告書」は、初期被曝線量を100分の1過小評価したものである可能性があること、②結論ありきで進められ、日本政府が言う「科学的」は、根拠に基づいていないこと、③放射能汚染への〝風評払拭事業〟によって、地元民が被害を言えなくなっていること、④土壌汚染測定をしていないなど、被害の現状把握がなされていない面が多いこと、⑤歪められた科学を封じ込める健全な科学に基づく国際的枠組みをつくる取り組みが必要であること――等々。 「中には、安全だという情報を得て賛成している一般市民もいらっしゃるでしょうけど、『安全』とされる『科学的』データそのものの信頼性が欠如しているのならば、汚染水の放出に賛成する一般市民は、ほぼいないのではないか、とお伝えしました」(島議員) 島議員が伝えたかったこと 島明美議員(伊達市議会HPより)  そのうえで、島議員は海洋放出についての以下のような自身の見解を韓国議員団に話した。 ○タンクに溜められている「汚染処理水」とされている水の具体的な核種と汚染の数値は、国民にも世界的にも分かりやすく公開されていない。東電から発表されているデータについては第三者機関による検証も行われていない。健康影響についても調査結果は公表されていない。以上のことから、データそのものの信ぴょう性が問われるということを国内外にお伝えしたい。お伝えすることで、被害影響への対応や、事前に被害を防ぐための対策を準備するために、国際社会の協力が必要であることを実感してもらえると期待している。 ○ALPS処理水=汚染水に関して、海洋放出に賛成している人は、私の周辺ではほぼいない。(韓国議員団と面談するに当たり)ここ数日、住民(伊達市と福島市)の数名に突然、海洋放出の是非について質問したところ、賛成という人はおらず、「よく分からないけど、良いことではないことは分かる」という声を複数人から聞いた。 ○ほかにも、この間、海洋放出について反対運動をしている市民団体の方、専門家、原子力に関わる仕事をしている方の話を聞き、対話プログラムにも参加してきた。ALPS処理水=汚染水の海洋放出について学び、現在の時点での私の判断は、放出反対である。その根拠は、処理しきれないトリチウムの問題と、基準値を超えているほかの放射性物質があること。 こうした島議員の話に、韓国議員団の1人は「汚染水の問題は、日韓両国の国民の健康の問題です」と話したという。 「議員の方はデータを手に持ち、ノートパソコンを開き、資料の確認をされました。前日に訪問したところからデータ提供を受けたらしく、トリチウム以外の放射性核種が予想以上に入っていることを話されました。私よりも詳しい核種データの資料を持っているようでした」(島議員) 面談の最後に、島議員は「私からの希望として、歪む科学の封じ込めにつながる動きを、国際的な取り組みにしていただきたい」と伝えたという。さらに、当日取材にきていたテレビ局のインタビューには「日本政府は、当事者、地元の人の話をもっと聞いてほしいと答えました」(島議員)。 こうして韓国議員団との面談を終えた島議員は、海洋放出について、あらためて「議論が、まだまだ足りていない。そもそも、その議論に必要な『科学的なデータ』も、報道も、全く足りていない」と話した。 一方で、韓国の尹錫悦大統領が3月に訪日した際、汚染水の海洋放出について「韓国国民の理解を求めていく」と述べたとして、韓国国内では「日本に肩入れするのか」との批判が噴出したという。今回の野党議員団の来日(来福)は、尹政権が海洋放出問題に十分に対応していないことを印象付け、政権批判につなげる狙いがある、といった報道もあった。島議員は「韓国議員団は専門的な知識を持った方で、目的は『調査』でした。議員の方は『大統領は曖昧な態度でハッキリ答えていないのが現実』、『汚染水の問題は、日韓両国民の健康の問題です』と話されていました」と明かした。 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

  • 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】

    【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】

     浪江町と富岡町の帰還困難区域内に設定された「特定復興再生拠点区域」の避難指示が解除された。これまでに葛尾村、双葉町、大熊町で復興拠点の避難指示が解除されており、今回は4、5例目となる。(写真左下の数字は地上1㍍で測定した空間線量。単位はマイクロシーベルト毎時)  浪江町は3月31日に解除され、午前10時に町の防災無線で解除を伝える放送があった。その後、室原地区の防災拠点(整備中)敷地内で記念式典を行い、吉田栄光町長、政府原子力災害現地対策本部の師田晃彦副本部長があいさつした。同町は総面積約224平方㌔のうち、約180平方㌔(約80%)が帰還困難区域に指定されている。このうち、今回解除されたのは室原、末森、津島、大堀の4地区の復興拠点で、計約6・61平方㌔(約4%)にとどまる。 浪江町 津島地区に整備された福島再生賃貸住宅(0.56μSv/h) 室原地区の防災拠点(0.11μSv/h) 大堀地区の「陶芸の杜おおぼり」(1.78μSv/h) 津島地区の福島再生賃貸住宅の住民に群がる報道陣 (0.46μSv/h) 記念式典であいさつする吉田栄光浪江町長  一方、富岡町は4月1日に解除された。同日は避難指示解除記念セレモニーが行われ、山本育男町長があいさつした後、岸田文雄首相らが祝辞を述べた。同町の総面積68平方㌔のうち、帰還困難区域は約8平方㌔(約12%)。このうち、復興拠点に指定されたのは桜並木で有名な夜の森地区など約3・9平方㌔(約49%)となっている。 富岡町 にぎわう夜の森公園の隣接地には除染などで解体された住宅の跡が残る (0.32μSv/h) 多くの花見客でにぎわう夜の森の桜並木 (0.42μSv/h) 除染された夜の森公園で遊ぶ家族連れ (0.20μSv/h) 閉店した状態のままになっているコンビニエンスストア (0.44μSv/h) 避難指示解除記念セレモニーに参加した岸田文雄首相(中央)と、山本育男富岡町長(左)、内堀雅雄知事  復興拠点の避難指示解除は、これまでに葛尾村、双葉町、大熊町で実施され、浪江町と富岡町は4、5例目になる。住民が戻って生活することが難しいとされてきた帰還困難区域だが、こうして復興への第一歩を踏み出した。その歓迎ムードの一方で、放射線量の問題やどれだけ住民が戻るかといった課題があり、復興への道のりは簡単ではない。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

  • 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

    汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府が海洋放出の方針を決めたのは2021年の4月13日だった。それからちょうど2年になる今年の4月13日に合わせて、政府方針に反対する人々が街頭に立った。国内だけでなくパリやニューヨーク、太平洋の島国でも……。日本政府はこうした声に耳を貸さず、海洋放出を強行してしまうのか? 不都合なことは伝えない?日本政府 【福島・いわき】 いわき市(市民による海洋放出反対アクションの様子、牧内昇平撮影)  4月13日午後0時半、いわき市小名浜のアクアマリンふくしまの前で、「これ以上海を汚すな!市民会議」(以下、「これ海」)の共同代表を務める織田千代さん(いわき市在住)がマイクを握った。 「放射能のことを気にせず、健康に毎日を暮らし、子どもたちが元気に遊び、大きくなってほしい。そんな不安のない毎日がやってくることが望みです。これ以上の放射能の拡散を許してはいけないと思います。これ以上放射能を海にも空にも大地にも広げないで!」 約30人の参加者たちが歩道に立ち〈汚染水を海に流さないで!〉と書かれたプラカードを掲げた。工場群へと急ぐトラックや、水族館を訪れる子どもたちを乗せた大型バスが通るたび、参加者たちは大きく手をふってアピールした。リレー形式のスピーチは続く。 「小学生の子どもが2人います。将来子どもたちから『危険だと分かっていたのにママは何もしなかったの?』と言われないように、子どもたちに恥ずかしい気持ちにならないように、みなさんと一緒にがんばっていきたいと思います」 「4歳の娘がいます。子どもを産む前に『福島で子どもは産むな』と親戚から言われました……。子どもは今元気に育っています。でも、これから海が汚されようとしています。汚染された海で魚を食べて、娘や子どもたちの世代には何も関係ないことなのに、風評も含めて被害を受けるのかと思うと、親としてすごく悲しい気持ちになります」 年配の男性からはこんな声も。 「会津生まれの私がいわきに住み着いたのは、魚がうまいからでした。それが原発事故になって、どうも落ち着いて魚を食べられなくなってしまった。これで海洋放出までやられたんでは、本当に、安心して酔っぱらいきれない。早く心から酔っぱらいたいと思っています」 浪江町の津島から兵庫県に避難している菅野みずえさんはちょうど来福していたため急きょ参加。こんなエピソードを語った。 「こないだGX(政府の原発推進方針)の説明会で経済産業省や環境省の人がきました。その中の一人が、『私は福島に何度も通って、福島と共に歩んでいます』なんてことを言った挙げ句に、『〝ときわもの〟の魚を私たちは……』と言いました」 小名浜の街頭に立つ人たちからどよめきの声が上がった。菅野さんは話を続けた。 「あほかおめぇって。国はちゃんとこっちを見てません。私たちしかがんばる者がいないなら一生懸命がんばりたいと思います」 街頭行動の終盤では地元フォークグループ「いわき雑魚塾」が演奏した。歌のタイトルは「でれすけ原発」。 ♪でれすけ でんでん ごせやげる でれすけ 原発 もう、いらねえ!(※メンバーによると、でれすけは「ばかたれ」、ごせやげるは「腹が立つ」の意)    ◇ いわき市小名浜のシーサイドは市民たちによる海洋放出反対アクションの「中心の地」の一つだ。菅義偉首相(当時)が汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出方針を発表したのは2021年4月13日。その2カ月後から、反対する市民たちは毎月13日に街頭でスタンディング(アピール行動)を行ってきた。中心となったのが「これ海」のメンバーたちである。 地道に続けてきた活動は大きな成果を上げつつある。これ海のメンバーたちは今年に入ってから、SNSを通じて国内外の人々に「4月13日は一緒に行動を。アクションを起こしたら写真を送ってください」と呼びかけてきた。手探りの試みだったが、呼びかけはグローバルな広がりを見せた。 【フランス】 パリ(よそものネットフランス提供)  ♪オ~、シャンゼリゼ~ オ~、シャンゼリゼ~♪ 4月上旬、花の都パリの鉄橋に〈SAYONARA NUKES〉の横断幕がかかった。現地の脱原発ネットワーク「よそものネットフランス」の辻俊子さんのSNS投稿を紹介する。 《若葉の緑が目に鮮やかな季節が始まり、暖かな日差しに人々がくつろぐ週末の午後、私達はサン・マルタン運河に架かる橋の一つに陣取りました。この運河はセーヌ河へと続き、セーヌ河はノルマンディー地方で大西洋に注ぎます。海は皆の宝物、これ以上汚してはいけません!》 ヨーロッパ随一の原発推進国フランス。マクロン大統領は昨年、最大14基、少なくとも6基の原子炉を新設すると明言した。もちろんそんな中でも原発に反対する声はある。使用済み核燃料の再処理工場があるノルマンディー地方のラ・アーグでは、「福島」と手書きされた折り紙の船が水辺に浮かんだ。 【米国】 ニューヨーク(Manhattan Project for a Nuclear-Free world提供)  STOP THE NUCLEAR WASTE DUMPING! (核の廃棄物を捨てるな!) ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの映画でも知られるニューヨーク公共図書館。美しい建物の前で4月8日、「汚染水を流すな!」集会が行われた。日本語で〈原子力? おことわり〉と書いた旗をかかげる人の姿も。ニューヨークの近郊にはインディアンポイント原発があり、市内を流れるハドソン川が汚染される懸念がある。日本の海洋放出はNYっ子たちにも他人事ではないのだ。 【ニュージーランド】 ニュージーランド(ジャック・ブラジルさん提供)  「キウイの国」の南島オタゴ地方の都市ダニーデン。「オクタゴン」(八角形)と呼ばれる市内中心部の広場に、〈Tiakina te mana o te Moana-nui-a-Kiwa〉と書かれた横断幕がひるがえった。マオリ語で「太平洋の尊厳を守ろう」という意味だそうだ。 スタンディングに参加した安積宇宙さんは東京都生まれ。地元オタゴ大学に初めての「車椅子に乗った正規の留学生」として入学した人だ。安積さんはSNSにこう書きこんでいた。 《太平洋は、命の源であり、私たちを繋いでいる。(海洋放出)計画の完全中止を求めます》 【太平洋諸国】 フィジー(Pacific Conference of Churches提供)  青い空に青い海。美しい景色をバックに、マーシャル諸島の若者たちは〈DO NOT NUKE THE PACIFIC〉(太平洋を核にさらすな)のプラカードをかかげた。ソロモン諸島では照りつける太陽の下に〈PROTECT OUR OCEAN〉(私たちの海を守れ)の旗。フィジーでは〈I am on the Ocean,s side〉(私は海の味方)の横断幕……。 米軍が1954年3月1日にビキニ環礁で行った水爆ブラボー実験は、軍の想定を大幅に上回る放射能汚染を地域にもたらした。爆心地にできたクレーターは直径2㌔、深さ60㍍とも言われる。爆発で吹き上げられた放射性物質は漁船「第五福竜丸」やマーシャル諸島に暮らす人びとの上に降りかかった。多くの人が病に冒され、故郷を追われた(佐々木英基著『核の難民』)。こういう経験をしている人々が海洋放出に反対するのは当然だろう。    ◇ SNS情報だから正確ではないが、4月13日の前後に国内外でかなりの数の市民が行動を起こしたことを確認できた。一部を書き出す。 福島、郡山、茨城、京都、新潟、東京、愛知、佐賀、青森、神奈川、静岡、埼玉、兵庫、福岡、沖縄、ベトナム、カナダ、韓国、フィリピン……。これだけ広がったのは、発起人たちの中でも予想外だったようだ。 これ海メンバーで会津若松市在住の片岡輝美さんは話す。「本当に驚きました。人びとのつながりを感じ、勇気をもらいました。あとは日本政府がこの市民のメッセージとどう向き合うのか、ですね」。 「我々は災害に直面する」 太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」のヘンリー・プナ事務局長  日本政府は国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得ることによって「国際社会は海洋放出を支持した」という印象を日本国内に植え付けようとしている。しかし、IAEAがすべてではない。アジアや太平洋の島国の中には海洋放出への反対が根強い。 今年1~2月、国連人権理事会で日本の人権の状況に関する審査が行われた。その結果、各国から合計300の勧告が日本政府に出された。死刑制度などへの勧告が多かったが、そのうち11件が海洋放出に関するものだったことは特筆に値する(表参照)。 海洋放出について日本政府に出された勧告 国名勧告の内容中国国際社会の正統かつ正当な懸念を真摯に受けとめ、オープンで透明性があり、安全な方法で放射性汚染水を処分すること。サモア放射性廃棄物が人体や地球環境におよぼす影響を最小限に抑えるために、代替の処分方法や貯蔵方法への研究、投資、実践を強化すること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムから独自評価を依頼された専門家たちが求めるすべてのデータを、可及的速やかに提供すること。サモア福島第一原発の海洋放出計画について、包括的な環境影響調査を含めて、特に国連海洋法条約などに基づく国際的な義務を十分に守ること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムによる独自評価が「許容できる」と判断しない限り、太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止すること。フィジー太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止し、太平洋諸島フォーラムによる独自評価について、フォーラム諸国との対話を継続すること。フィジー太平洋諸島フォーラムの専門家たちが放射性廃水の太平洋への放出が許容されるかどうかを判断するために、必要なすべてのデータを開示すること。東ティモール国際的な協議が適切に実施されるまでは、福島第一原発の放射性廃水の投棄に関わるあらゆる決定の延期を検討すること。サモア情報格差を含めて太平洋諸国が示しているすべての懸念に対処するまで放射性廃水の放出を控えること。人体と海の生物への影響に関する科学的データを提供すること。バヌアツ汚染廃棄物の安全性に関する十分な科学的エビデンスの提供なしに、福島第一原発の放射性汚染水や廃棄物を太平洋に放出、投棄しないこと。マーシャル諸島太平洋の人びとや生態系を放射性廃棄物の害から守るために、海洋放出の代対策を開発、実践すること。国連人権理事会UPRレビュー作業部会報告書案から引用。筆者訳  表を見て分かるのは、太平洋に浮かぶ島国の危機感が強いことだ。太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」という組織がある。外務省ホームページによると、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ソロモン諸島、マーシャル諸島など、太平洋に浮かぶ16カ国と2地域が加盟している。今年1月、このPIFのヘンリー・プナ事務局長が英ガーディアン紙に寄稿した。 〈日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する〉 プナ氏は寄稿の中でこう指摘する。海洋放出の是非を判断するためのデータが不足している。これは日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が十分かどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない――。プナ氏は最後にこう書いた。 〈我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています〉 奇妙な経産省の発表文  前述の通りPIF諸国の中には海洋放出に反対する国が数多くある。しかし経済産業省はそのことを日本国民に十分伝えているだろうか。 例を挙げる。今年2月、PIFの代表団が訪日し、岸田文雄首相、林芳正外務大臣、西村康稔経産大臣と会談した。原発を所管する西村氏との会談はどんな内容だったのか。経産省のウェブサイトを見ると、このようなニュースリリースが公開されていた。 〈西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました〉  予想通りの内容。驚いたのはこれからだ。会談結果を伝える経産省のページには、英文に切り替えるボタンがついていた。試してみると、先ほどの文章はこう変わった。 〈Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions, and as promised by former Prime Minister Suga at The 9th Pacific Islands Leaders Meeting (PALM9)…〉 https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0206_001.html  なぜか日本語版にはない一文が入っている。傍線部分だ。「彼(西村大臣)は太平洋諸国が示している懸念を真剣に受け止め…」。この部分が日本語版にはなかった。訳文と内容が異なるのは不可解だ。筆者は経産省の担当者にこの点を指摘した。すると担当者は「内部で確認し、後日回答します」との返事だった。しかし2日ほど返事がない。気になってもう一度該当ページを調べたら、経産省がしれっと直した後だった。「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め…」と加筆されていた。筆者の指摘で直したのは確実だ。赤字で以下の注意書きが加わっていた。【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230206002/20230206002.html  こういうのは細かいけれど重要だ。 経産省はこれまで、日本国内で「不都合なことは伝えない」というスタンスをとり続けてきた。〈みんなで知ろう。考えよう〉とテレビCMでかかげた。だが漁業者の反対やALPSでは除去できない炭素14の存在といった自分たちに不都合な要素は、少なくとも積極的には伝えていない。今回の件も同様に、「PIF諸国が懸念を示した」ことを日本国内に知らせたくなかったのではないか。勘ぐり過ぎだろうか? 日本政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束した。海に流した汚染水は世界中に広がる。そのことを考えれば、本来なら、理解を得る必要がある「関係者」は世界中にいると言っても過言ではない。日本政府の対応が問われている。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【地震学者が告発】話題の原発事故本。『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』(島崎邦彦著、青志社)

    【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

     3月末に気になる本が刊行された。『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』(島崎邦彦著、青志社)だ。著者は東京大学名誉教授で、日本地震学会の元会長。本の帯にはこうあった。〈内部から大津波地震を警告した地震学者が告発!! きちんと対策すれば、福島原発の事故は防げ、多くの人たちが助かった。しかし東京電力と国は、対策をとらなかった。いったい、何があったのか? なぜ、そうなったのか?〉。原発事故に関心のある人なら必読の本だろう。  著者が「原発の事故は防げ、多くの人たちが助かった」と指摘するポイントは大きく言って二つある。詳しくは本書を読んでほしいが、少しだけ紹介しておく。一つ目は、2002年に政府の地震調査研究推進本部が出した「長期評価」の扱いだ。著者はこの長期評価をつくる部会の責任者だった。報告書は「日本海溝沿いの三陸沖~房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と指摘していた。このエリアには当然「福島県沖」も含まれる。しかし、東電は原子力安全・保安院を説得し、真っ当な津波対策をとらずに済ませてしまった。このことはある程度知られている。ところが長期評価の指摘を軽視したのは東電だけではなかったと著者は指摘する。著者によれば、内閣府の圧力によって長期評価の指摘の緊急性は減じられてしまっていた。著者は書く。〈長期評価に泥をぬられたと私は感じた〉。内閣府がどんな圧力を加えたのか。詳しくは本書を読んでほしい。  著者が指摘する二つ目のポイントは、なんと東日本大震災の2日前、2011年3月9日に訪れる。著者は悔恨と共にこう書く。〈もし、前日の朝刊で、陸の奥まで襲う津波への警告が伝えられていたならば、と〉。一体何があったのか。こちらもぜひ、本書を読んで確認してほしい。  著者は学者だが、難しい内容をできるだけ分かりやすく書く努力を怠っていない。学者の書く本が苦手な人でもすらすら読めるだろう。登場人物はすべて実名だが、きちんと「さん」づけで書いているところも好感をもった。特定の誰かを責めるのではなく、社会全体で福島原発事故の教訓を生かそうという著者の思いが伝わってくる。   (牧内昇平) 3・11 大津波の対策を邪魔した男たちposted with ヨメレバ島崎 青志社 2023年03月27日頃 楽天ブックスAmazonKindle あわせて読みたい 原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

  • 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】

    【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】

     4月1日、政府は特別法人「福島国際研究教育機構」(略称F―REI=エフレイ)を設立した。現地仮事務所開所の様子は大々的に報じられたが、その一方で早くも出勤していない職員がいるという。 霞が関官僚の〝高圧的態度〟に憤慨 エフレイの仮事務所が開設されたふれあいセンターなみえ  エフレイでは①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療と放射線の産業利用、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――の5分野に関する研究開発を進める。7年間で26項目の研究開発を進める中期計画案を策定した。理事長は前金沢大学長の山崎光悦氏。 今後50程度の研究グループがつくられる予定で、第1号となる研究グループ(放射性物質の環境胴体に関する研究を担当)が県立医大内に設けられた。 産業化、人材育成、司令塔の機能を備え、国内外から数百人の研究者が参加する見通し。浪江町川添地区の用地14㌶を取得して整備する方針で、2024年度以降、国が順次必要な施設を整備、復興庁が存続する2030年度までに開設していく。予算は7年間で1000億円規模になる見通し。 4月1日には町内のふれあいセンターなみえ内に仮事務所を開設し、新年度から常勤58人と、非常勤数人の職員が配置された。 ところが、仮事務所が本格稼働してからわずか3日目にして出勤しなくなり、電話にも出なくなった職員がいるという。 どういう理由で出勤しなくなったのか。当事者である中年男性に接触したところ、本誌取材に対し「特技の英語を活用して働く環境に憧れ、県内の職場を辞めて求人に申し込んだ。ただ、理想と現実のギャップに愕然として出勤する気が失せた。後は察してください」と述べた。 一部始終を聞かされたという知人男性が、この男性に代わって詳細を教えてくれた。 「職員の多くは中央省庁からの出向組で、事前に立ち上げられた準備チームからスライドしてきた。互いに気心が知れている分、新しいメンバーには冷たいのか、着任1日目の職員(当事者の中年男性)に敬語も使わず、いきなり『あんた』呼ばわりだったらしい。ろくに顔合わせもしないうちに弁当の集金、スケジュール管理などの業務を任せられ、同じく地元採用枠で入った女性職員について『あごで使っていいから』と指示を出された。とにかく、すべてが前時代の高圧的・パワハラ的対応。『この上司と信頼関係を築ける気がしない』と感じたそうです」 「HTML(ウェブページを作るための言語)知ってる?」と質問されたが、職員採用の募集要項にHTMLの知識は明記されていなかったため、素直に「分かりません」と答えた。すると「しょうがねーなー」と返されたので唖然とした。 別部署の女性職員は「外で〝第一村人〟にあいさつされちゃった」とはしゃいで笑っていた。「地域との連携をうたっているが、現場の人間は地域住民を馬鹿にするのか」と不信感が募り、実質的な〝試行期間〟のうちに就労を断念することにした――これがこの間の経緯のようだ。 「質問にお答えできない」 エフレイの仮事務所に掲げられている看板  エフレイに事実関係を確認したところ、金子忠義総務部長、堀内隆之人事課長が対応し、「情報公開の規定に基づき個人が特定される質問にはお答えできない」としたうえで、一般的な判断基準について次のように話した。 「各種ハラスメントに関しては法令で定められているので、双方の話を聞き、それに当てはまるかどうか判断することになります。(HTMLの知識の有無を尋ねたことについては)職員採用の募集要項に明記されていない資格・能力を〝裏条件〟のように定めているということはありません。地域との連携はエフレイの重要な課題だと認識しています」 “出勤断念”に至った背景には、語られていない事情もあると思われるが、いずれにしても働きたい環境とは思えない。 4月8日付の福島民友で、山崎理事長は「世界トップレベルの研究を目指し、初期は外国人が主体になるが、ゆくゆくは研究者・研究支援者の何割かを地元出身者から受け入れたい」、「われわれも高等教育機関や高校、中学校などを訪ね、夢を持つことの大切さを伝えていく」と述べていた。だが、まずは職員による高圧的対応、地方に対する上から目線を改めていかなければ、そうした理想も実現が難しいのではないか。 エフレイのホームページ あわせて読みたい 【浪江町】国際研究教育機構への期待と不安

  • 解散危機に揺れる【阿武隈川漁業協同組合】

    (2022年9月号)  阿武隈川漁業協同組合(福島市)に解散の危機が迫っている。東京電力福島第一原発事故による魚の汚染で10年間採捕が禁じられ、組合員や遊漁者からの収入が途絶えて毎年赤字に。事務局長は試算を示し存続困難を訴えるが、役員らには「事務局長の一方的な解散誘導」に映る。他方、事務局長は「役員は当事者意識が薄い」と感じており、両者はかみ合わない。組合長お膝元の石川地区では支部における過去の不正への不満が募り、上から下まで疑心にあふれている。 【理事と事務局に不協和音】責任追及恐れる東電 阿武隈川漁協本部の事務所(福島市)  「新しく就任した組合長が『漁協の会計で困っている』と周囲に漏らしているらしい。金銭に絡むトラブルがあったのではないか」 と、阿武隈川漁協石川地区の元組合員男性が明かした。 同漁協では、2003年から18年間にわたり代表理事組合長を務めた望木昌彦元県議(85)=福島市=が2021年5月末に退任し、第一副組合長で石川支部長だった近内雅洋氏(68)が昇格。近内氏は石川町議会で副議長を務める。トップ交代に当たり、前任者の体制で不正があったのではないかと、新組合長のお膝元から疑念が向けられたわけだ。 取材を進めても使い込みや着服などの不正はつかめなかった。同漁協の堀江清志事務局長(65)は 「原発事故後、収入が減り漁協の経営は自転車操業です。賠償をもらうには東電のチェックも厳しく、不正に使えるお金なんて1円もありませんよ」 同漁協は経営難から、試算上は2年以内に解散する危機に瀕していた。 内水面漁協は川や湖などに漁業権を持つ水産業協同組合で、県内には25団体ある。現在は養殖を除いて内水面漁業を生業としている組合員はわずかに過ぎず、趣味の釣りが高じて組合員になった人が多い。漁業権と引き換えに、稚魚の放流や外来生物の駆除、密漁を監視するなどして水産資源を管理する役割を担っている。 組合員の出資金で運営する「出資組合」と出資をさせない「非出資組合」があり、県内の内水面漁協は前者が17団体、後者が8団体だ。阿武隈川漁協は、県内では県南の西郷村から県北の伊達市までを流れる阿武隈川に漁業権を持つ県内最大の内水面漁協。原発事故前の2010年度には組合員4629人を誇った。12支部に分かれて活動している。 経営が立ち行かなくなってきたのは、高齢化により脱退者が増えて収入が減っていたところに、原発事故で下流域を中心に魚類が汚染され、検体を除いて採捕が禁じられたのが大きい。同漁協の主な収入は組合員が毎年払う賦課金4000円(アユ漁の場合はプラス2000円)と非組合員が購入する遊漁券だ。これらの料金を同漁協に払うことで阿武隈川流域での漁業権を得る。同漁協はアユ、コイ、ウグイ、ワカサギ、ウナギ、フナ、ヤマメ、イワナの8魚種の漁業権を持っている。 2011~20年度の10年間は全魚種を採ることができなかったので賦課金も遊漁券収入もなかった。「漁で採れないのだから稚魚の放流事業は必要ない」という立場の東電は放流事業に対する賠償を認めなかったが、同漁協からすると「カワウや外来魚に食べられて減少する」と、原発事故後も本来の義務である放流や河川整備を続け、その分赤字が出たというわけだ。 2021年、全8魚種のうち3~5魚種に限り採捕を解禁し、賦課金の徴収を再開したが、10年を経て組合員は4629人から2076人(2022年3月末現在・組合費と賦課金を払った人数)に半減した。単純計算で2076人×4000円で賦課金収入は約830万円。実際は集金を担当する組合員に手数料として10%を払うため、漁協の取り分はもっと少なくなる。 原発事故前までは手数料を差し引いた90%を、本部と支部で7対2に分け、本部は稚魚の購入・放流費用や事務局職員の人件費、事務所の維持費などに充てていた。 東北工業大学(仙台市)の小祝慶紀教授が同漁協の総代会資料などを参考に執筆した「福島原発事故の10年と福島県の内水面漁業への影響」(環境経済・政策学会、『環境経済・政策研究』2021年9月)によると、事故前の2010年度の総事業収入は約4600万円だったが11年度から20年度までは3200~3800万円で推移。一方、11年度以降の総事業支出は3300~4000万円で、毎年度赤字が積み重なっていた。最大赤字額は約240万円だった。(14、15年度は論文に未記載のため不明)。 総事業収入の大部分は、言うまでもなく東電からの賠償金で、毎年度約2000万円が支払われていた。このほか原発事故によって発生した事業支出等に対する請求(追加費用)は、2012年度の約700万円から徐々に増加し、20年度には約1300万円になった。賠償金と追加費用を合わせた金額は約3000万円で、総事業収入の約8割を占める計算だ。 福島市の本部事務所には、会計事務を担当する職員2人が詰めているが、原発事故後は東電との賠償交渉も業務に加わった。 「人件費は2010年度の支出を基準に東電から賠償金と追加費用を受けていました。放流費が認められなかったので賠償額は決して十分とは言えませんが、証明可能な逸失利益を基準に計算すると『間違いとも言えない額』です。領収書は全部コピーして東電に提出しています。東電のチェックは監事や会計事務所も見落としていたような記載ミスを指摘してくるほど厳格でした」(堀江事務局長) 石川支部で過去に遊漁券偽造 偽造遊漁券が出回っていた母畑湖(石川町)  それではなぜ石川地区から漁協の会計を疑う声が寄せられたのか。それは30年以上前に起きた同支部の偽造券疑惑にあった。 「遊漁券は本部しか発行できないのに『石川支部発行』と記載された1日券の偽造品が出回っているのを見たんです」(冒頭の元組合員) 正規の遊漁券は手帳サイズの紙が2枚つながっており、料金を払ったのち、片方は「遊漁承認申請書」として取り扱っている各支部や釣具店が本部に提出、もう片方は「承認証」として遊漁者が携帯する。遊漁券の発行元は「阿武隈川漁業協同組合」としか書かれていない。1枚ずつ番号が振られていて、事務局が番号を調べればどこに配布されているか分かるようになっている。 元組合員によると、偽造券が出回っていたのは当時ワカサギ釣りで隆盛を極めていた母畑湖(石川町)だった。監視員が湖上に張られたテントを訪ね、釣り人が遊漁券を持っていないと分かると、その場で遊漁料を徴収し「石川支部」と記された偽造券の半券を渡す。本部の会計と紐づけされていないので、支部で自由に使える裏金ができる仕組みだ。 「私が知り合いの遊漁者から見せられた偽造券は粗末なわら半紙でした。『こんな物が出回っているようだが、組合員のお前は知っているか』と言われました」(同) 現在の1日券は現場徴収で税込み1000円(アユ漁除く)。ワカサギ釣り全盛期の母畑湖では、夜になるとテントの明かりが湖上一面に浮かび上がっていたという。偽造券による収入も多額だったことだろう。 本部によると、遊漁券を支部独自に発行することは認めていない。30年以上前のこととなると証拠も残っておらず、実行者も多くが亡くなっていて特定は難しい。だが、ウワサは別の支部にも届いていた。 同漁協元理事で現在は一組合員の佐藤恒晴氏(86)=福島市摺上支部=は「摺上支部長だった20年以上前のことです。理事会の旅行で、理事たちが、石川支部では特定のグループが湖や沼で独立した運営のようなことをやっていると雑談していました。ただ理事会での話ではないのでどこまで本当か確証はありません」。 古くからの組合員で27年前から理事を務める石川支部の岡部宗寿支部長(65)=浅川町議=は「聞いたことは一度もないなあ。当時から今もいる組合員で、そういうことをやるような人はいないよ」。 前支部長の近内組合長も「私も組合員になって30年以上、理事は20年ほど務めていますが、そこまで昔の話だと分からないですね」。 ただ、石川支部の組合員の間からは「同支部は魚の放流場所を詳しく教えてくれない」との不満が聞かれる。これに対し、岡部支部長は「毎年、鑑札(組合員に渡される証明書)を配る時にきちんと話しています」と否定。放流前にはグループLINEや顔を合わせた仲間内十数人に直接知らせているという。そのLINEには、放流して釣って焼いたウナギの写真がアップされていた。 放射性物質を検査した結果、同漁協が漁業権を持つ8魚種のうち信夫ダム(福島市)下流ではアユ、コイ、ウグイの3魚種、同ダム上流ではイワナ、フナを加えた5魚種の採捕が2021年から解禁された。つまりいずれにも該当しないウナギ、ワカサギ、ヤマメの3魚種は阿武隈川流域で採捕ができないはずだが……。 ウナギの採捕は解禁されていないのではないかと岡部支部長に聞くと「全然そんなことはない」と言う。記者が2022年度の同漁協「お知らせ」に記載されている採捕可能魚種を示すと、 「それでもうちではウナギを放流したし、いたら釣るでしょ。釣っている人は何人かいるなあ。ウナギは、原発事故後は検体のために釣っていたが、(一部解禁した)2021年からは売ったり食べたりしている人もいるんじゃないか」(岡部支部長) 支部の運営にルーズな面があることは否めないようだ。 事務局主導に不満  石川支部の組合員が支部運営に不満を抱く一方、岡部支部長は本部の運営に文句があるようだ。 「事務局長が漁協を解散するって言ってるのか? そんな大事な話を俺たち理事にしないのはどういうことなんだ。解散する・しないを職員が決めるのはおかしいだろ。本来は組合員から話が上がって、初めて検討されることではないのか」(同) 本誌が前出の堀江事務局長に確認すると、解散を検討しているのは事実だが、理事たちにはまだ公にしていないことを認めた。 解散話をきっかけに、岡部支部長の不満は一気に噴出した。赤字が続いているのに、職員が退職金を積み立てていた。職員は60歳で定年だが、勝手に延長を決めていた。東電との賠償交渉も 「役員を立ち会わせず、事務局長1人で行っていたと思うよ。当時第一副組合長だった近内君(現組合長)に聞いても『自分は立ち会ったことがない』と言うんだからね」(同) 堀江事務局長は取材に、退職金については同漁協の定款第22条「職員退職給付引当金」で定められているとし、赤字補填への流用はできないという。定年延長も「原発事故の賠償対応を投げ出すことはできない」と、採捕解禁まで任期を延ばした望木前組合長に合わせて行った措置と説明する。2018年度の理事会で正職員として雇用延長する承認を得たという。だが堀江事務局長は2022年3月の理事会で、同漁協が給料を捻出できなくなることを理由に退職を申し出た。 「近内組合長から『非正規雇用だと給料は安くなるが、それでも東電との交渉の結果、人件費が支給されれば事務局長を続けてもらえるか』と打診され、2023年度まではいられるように目安を付けてもらいました。自転車操業で収入はゼロに近いかもしれませんが、責任ある業務を果たしていくつもりです」(同) 東電との交渉については「私1人ではなく、望木前組合長同席のもとで臨みました」(同)。理事会からは精神的被害の賠償を求める声もあったが、事務局では証明可能な逸失利益の賠償を求めることに徹したという。賠償基準に照らして東電に請求し、生業としている人にはその損失が個別に賠償されている。 そんな堀江事務局長のワンマン体制への批判は、取材を通して理事らから寄せられた。背景には、同漁協全体の会計を十分に把握しているのが職員だけという事情がある。それについては、堀江事務局長から理事らへの恨み言も聞こえた。 事務局「切り詰めても2年で限界」  「赤字にもかかわらず、理事ら役員から『経営はどうなっているんだ』という声が上がってこないんです。支部は、賦課金や遊漁料を徴収して持ち金があるので会計の全体像を把握しにくいのかもしれません。組合員数の減少を3000人くらいに抑えられるのではないかと楽観する役員もいました」 同漁協の定款第32条1項には「役員は組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない」とあり、同条2項には「その任務を怠ったときは、この組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とある。堀江事務局長は同条を念頭に、役員に「漁協経営を本気になって考えてほしい」と話すが、前出の岡部支部長は「脅しじゃねえか」と憤っている。 漁協の管理監督は県の管轄だが、堀江事務局長によると、県から経営改善に向けた具体的な指導はないという。会計資料は県農業経済課が検査している。 「県は『さらなる支出の抑制をしなければならない』と言いますが、既に切り詰めています。県がずるいのは『健全化しなさい』とは言うけど『漁協の経営ができなくなったらどうするのか』という質問には答えてくれないところです。私は事務局に四十数年勤めており、考えられることはやってきたつもりですが、まだできることがあるなら助言くらいはしてほしい。これ以上は漁協だけでは限界です」(同) 堀江事務局長は、会計を把握している県が同漁協の解散を想定していないはずはないとみている。 「正直言うと、あと2年のうちに解散は避けて通れないです。私はそう思っています」(同) 県はどのように受け止めているのか。水産課の後藤勝彌主幹は「経営が苦しい状況は聞いていますが解散の話はまだ県に届いていません」。 同漁協がなくなるということは、漁業権が設定されず阿武隈川では誰でも採捕できるということだ。県漁業調整規則によると、採捕者は漁具や漁法ごとに知事の許可を得る必要が出てくるが、竿釣りは規制されていないので、実質釣り放題だろう。水産課は、同漁協の解散は想定しておらず「存続できるように動かねばなりません」(後藤主幹)。 「事務局長が、解散に言及したのは、それほど経営を深刻に考えているということと受け止めています。内水面の各漁協も2023年8月に漁業権の更新時期を迎えます、各漁協にヒアリングを進めていますが、時期にこだわらずに阿武隈川漁協の現状も細かく聞いていきます」(同) 堀江事務局長によると、同漁協の解散を一番恐れているのは東電ではないかという。 「東電のせいで阿武隈川漁協が解散に追い込まれたとは報道されたくないようです。これまでの交渉で、職員が働けるように給料を補償してくれれば、解散せずに業務を続け、収益を上げられるように努力できると訴えていますが、東電から明確な返答はまだありません」(同) 仮に給料の補償を得て事業を続けられたとして、それ以降の経営はどうするのか。事務局では12支部が独立採算制で運営するのが現実的と考えている。 漁協の純粋な収入は賦課金、遊漁料、漁業権行使料などで、例年約1600万円を得ている。支出は放流事業費が偶然にも収入と同じ約1600万円で、役員報酬を含めた人件費が約1300万円。職員が退職することで人件費が減るとすると、役員報酬を圧縮すれば、収入を放流事業費にそのまま充てることで赤字を減らすことができる。そうやって同漁協本体を立て直したうえで、各支部が賦課金や遊漁料を徴収する独立採算制に移行し、その収入で放流を実施する――というのが堀江事務局長の考えだ。 「あと2年持つかどうか」というのは、あくまで堀江事務局長の試算をもとにした意見で、解散という重大事項の決定は全組合員からなる総会での議決が必要となる(定款第42条と第46条4項の3号)。解散方針を覆すには、事務局が考えた以上の良案を組合員から出す必要がある。 行く末決める理事会は10月以降か  近内組合長は解散案について、「理事会を開いて理事から意見を聞かないといけません。組合長と言ってもまとめ役だから、今の段階で今後の方針は話せませんが、解散は避けたいと考えています」。 熊田真幸副組合長(84)=郡山支部長=は「先輩たちがつくった漁協を景気が悪いからと言って『はい解散』とはいかんべな。組合員が2000人に減ったとは言え、内水面漁協としては最大なわけだから他の漁協に与える影響も大きい」。 組合員の年齢層が60~70代と高齢化し、縮小は避けられないとの見方だが、分割には消極的だ。 「解散・分割は避けつつ、それなりの規模に縮小が必要だと思う。もともと阿武隈川漁協は、いくつかの団体を一つにまとめてできました。分割はこの流れに逆行しますし、分割した各漁協に専従者を置けば事務費がかかりますからね」(同) 白河支部の大高紀元支部長(75)は「経営健全化のために再編成は必要です。私としては、放流事業を効率化するためにも県北、県中、県南の三つくらいに支部を統合する案を考えています」。 事務事業は組合員が無給でやるのかと聞くと、 「報酬は経営努力次第でしょう。まずは各自が組合員を増やしていかなければなりません。いずれにしても、再編後は今まで以上に理事が本気を出さなければなりません」(同)。 経営健全化のためには、経営難だからといって魚の放流量を減らさずに維持し、豊かな漁場にすること。さらに、他の漁協と比べて安い賦課金4000円を値上げすることも考えなければならないとする。 「キャンプブームで若い人たちが自然に目を向けています。川に親しんでもらうチャンスです。漁協のためだけでなく、阿武隈川を愛する人たちのために組合員が考えなければならないことはいっぱいある」(同) 阿武隈川源流に近く、首都圏からのアクセスが良い白河地区は清流にすむアユを目的にした遊漁者も多い。県による監査でも白河支部の評価は上々のようで、そうした要因が自信につながっているようだ。 同漁協は年内に臨時の理事会を開き、解散するかしないかの方向性を決める予定だ。堀江事務局長によると、方針を決めるための参考となる書類を9月中にまとめる予定といい、理事会は10月以降の開催が濃厚だ。決断の時は迫っている。

  • 営農賠償対象外の中間貯蔵農地所有者

    営農賠償対象外の中間貯蔵農地所有者

    (2022年10月号)  県内除染で発生した土などの除染廃棄物が搬入されている中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)。そんな同施設に農地を提供する地権者(農業生産者)らが「環境省や東電に理不尽・不公平な扱いを受けている」と主張し、見直しを求めている。 看過できない国・東電の「理不尽対応」  除染廃棄物は帰還困難区域を除くエリアで約1400万立方㍍発生すると推計されていたが、9月上旬現在、約9割にあたる1327万立方㍍が中間貯蔵施設に搬入された。 同施設は用地を取得しながら整備を進めている。地権者は2360人(国・地方公共団体含む)に上り、環境省は30年後に返還される「地上権設定」、所有権が完全に移る「売買」、いずれかの形で契約するよう求めている。連絡先把握済み約2100人のうち、8月末時点で1845人(78・2%)が契約を結んでいる。 その中の有志などで組織されているのが、「30年中間貯蔵施設地権者会」(門馬好春会長)だ。この間、30年後の確実な土地返還を担保する契約書の見直しを求め、新たな契約書案を環境省に受け入れさせたほか、理不尽な用地補償ルールの是正にも取り組んできた。 通常、国が公共事業の用地補償を行う際には〝国内統一ルール〟に基づいて行われている。ところが、中間貯蔵施設の用地補償は環境省の独自ルールで行われており、具体的には中間貯蔵施設の地権者(30年間の地上権設定者)が受け取る補償額より、仮置き場として土地を4年半提供した地代累計額の方が多いという異常な〝逆転現象〟が生まれていた。 地権者会では用地補償について専門家などの指導を受け、憲法や法律や基準要綱などの解釈を研究。それらを踏まえ、「なぜ国が用地補償を行う際の〝国内統一ルール〟を中間貯蔵施設に用いなかったのか」、「〝国内統一ルール〟では『使用する土地に対し地代で補償する』、『宅地、宅地見込地、農地の地代は土地価格の6%が妥当』と示されているのに、なぜ環境省は同ルールを無視して低い金額で契約させたのか」と団体交渉や説明会の場で繰り返し追及した。 そうしたところ、環境省は2021年、地権者会との団体交渉を突然一方的に打ち切った。ルール外の契約であることを訴え続ける同地権者会に対し、頬かむりを決め込んだわけ。その後も地権者との個別交渉や説明会は継続して行われているが、未だ地上権を見直す姿勢は見えないという。 併せて同地権者会と農業生産者が取り組んでいるのが、理不尽な営農賠償(農業における営業損害の賠償)の見直しだ。 門馬会長はこう訴える。 門馬好春会長  「東電は農業生産者である帰還困難区域内の農地所有者、中間貯蔵施設の未契約の農地所有者、県内の仮置き場に提供している農地所有者には現在も農業における営農賠償の支払い対象としている。しかし、中間貯蔵施設に地上権契約で農地を提供している農地所有者だけは営農賠償の対象外となっているのです。こんな無茶苦茶な話はありません」 地上権契約者にも、2019年分までは年間逸失利益を認め営農賠償が支払われていた。だが、2020年に同年分から突然営農賠償の対象外という方針を東電が決定した。 ある農業生産者は、東電に対し、農業再開の意思がある証拠として、地上権契約書などを送って回答を求めたが、何の連絡もなかった。そのため、同地権者会も含めた東電との交渉が始まり、問題が広く認識されるようになった。 同地権者会と農業生産者らは、越前谷元紀弁護士や熊本一規明治学院大名誉教授、礒野弥生東京経済大名誉教授の同席のもと、東電(弁護士同席)とマスコミ公開の下で交渉を重ねている。 門馬会長によると、東電は「仮置き場は一時的な土地の提供の契約書なので、早期の営農再開が可能だが、中間貯蔵施設は相当期間農地を提供するため、農業ができない期間が長期にわたる契約書である」、「仮置き場は地域の要請によりやむを得ない事情で提供せざるを得なかった」として、営農賠償の対象にしていることの正当性を主張した。 「それを言うなら、仮置き場で設置期間が長いものは10年近くになっているし、帰還困難区域や中間貯蔵施設の未契約者も長期にわたり農業ができていないが、東電に営農の意思を示し営農賠償の対象になっている。地域の要請で土地を提供したのは、仮置き場も中間貯蔵施設も同じで同施設の方が要請ははるかに強い。そもそも原発事故で農業ができないのはみな一緒なのだから、分ける必要はない」(門馬会長) 【越前谷弁護士が指摘】東電主張は「論理の逆転」 2022年8月に行われた地権者会と東電との交渉の様子(門馬好春氏撮影)  越前谷弁護士は東電の主張を「論理の逆転」と指摘している。 東電は営農賠償の対象になるかどうかの判断基準を「将来農業ができる環境が整ったら営農再開をする意思があるかどうか」という点だと示している。その理屈だと、「将来農業ができないかもしれない」と言っただけで、現時点で起きている「農業ができない」損害までなかったことになり、東電が賠償責任を負わないことになる。勝手な理屈だ。熊本、礒野両名誉教授も東電の逸失利益に対する解釈の法的根拠の問題点を指摘し、東電に説明を求めた。 「原発事故により営農が不可能ならば、その被害に応じて毎年賠償すべき。そして農業ができる環境が整ったとき、営農再開するかどうかを農家自身が判断する――というのが本来の姿。事故加害者の東電が、一方的に営農再開時期をジャッジし、いま農家が農業再開の意思があると示していることを無視して、東電が『営農の意思がない』と勝手に判断、賠償の対象にならないと決めていることは承服できません」(同) 門馬さんらが東電担当者に長期と短期の定義を尋ねたところ、回答が二転三転して最終的には「総合的に勘案している」と答えたという。 営農賠償に関しては、東電と、JAグループ東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会などが協議してルールを定めてきたが、中間貯蔵施設の地上権契約者はそこから抜け落ちる形となった。 門馬会長が経緯を説明したところ、JAも理解を示し、バックアップする考えを表明したほか、中間貯蔵施設が立地する双葉町の伊澤史朗町長なども「東電が勝手に営農の意思がないと判断して営農賠償の対象外にするのはおかしい」と述べている。しかし、東電の反応は鈍く、8月3回目の交渉でも対応を見直す旨の回答はなかった。 事故を起こした責任がある国・東電が、被害者である中間貯蔵施設の地権者らに理不尽・不公平な条件をのませている現状がここにある。 中間貯蔵施設に関しては2045年3月12日までに県外で最終処分し事業を終了させる方針が法律で定められているが、最終処分地選定に向けた具体的な動きはまだない。今後、帰還困難区域の特定復興再生拠点区域や同拠点区域外の除染が進めばさらに多くの除染廃棄物が発生すると予想される。こうした現状を考えると、県外での最終処分が実現し、地上権契約者に土地が返還されるとは現実的に考えにくい。 原発事故の被害者である県民・地権者が理不尽な扱いをなし崩し的に受け入れる必要はない。いまから県外搬出が実現できなかったときのことも考え、例えば「搬出完了が1日遅れるごとに、違約金をいくら払え」ということを求める訴訟準備をしておくべきだ。そういう意味では、同地権者会は今後も大きな役割を担うことになろう。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

    根本から間違っている国の帰還困難区域対応

    (2022年10月号)  原発事故に伴い指定された帰還困難区域。文字通り、住民の帰還が難しいエリアだが、一部は「特定復興再生拠点区域」に指定され、順次、避難指示が解除されている。一方、特定復興再生拠点区域の指定から外れたところは、2029年までの避難指示解除を目指す方針だが、その対応にはいくつもの間違いがある。 「事故原発はコントロール下」の宣伝に利用  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改定・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える6町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 別表は帰還困難区域の内訳をまとめたもの。帰還困難区域は7市町村全体で約337平方㌔にまたがり、このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。  復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(6月12日)大熊町(6月30日)、双葉町(8月30日)が解除され、今後は富岡町、浪江町、飯舘村での解除が予定されている。 一方、復興拠点から外れたところは、国は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」との方針だったが、具体的なことは示されていなかった。 動きがあったのは2021年7月。与党の「東日本大震災復興加速化本部」が「復興加速化のための第10次提言」をまとめ、同月20日に当時の菅義偉首相に提出したのである。 同提言は、廃炉に向けた取り組み、帰還困難区域の環境整備、中間貯蔵施設の整備、指定廃棄物処理など、多岐にわたるが、復興拠点外の対応についてはこう記されている。 ○「拠点区域外にある自宅に帰りたい」という思いに応えるため、帰還の意向を丁寧に把握した上で、帰還に必要な箇所を除染し、避難指示解除を行うという新たな方向性を示す。政府にはこの方向性に即して、早急に方針を決定することを求める。 ○国は2020年代をかけて、帰りたいと思う住民の方々が一人残らず帰還できるよう、取り組みを進めていくことが重要。 これを受け、国(原子力災害対策本部)は同年8月31日、「特定復興再生拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除に関する考え方」をまとめた。前述の提言に倣った形で、「2020年代に希望する住民全員が戻れるよう必要箇所を除染し、避難指示を解除する」との方針が示された。つまり、2029年までに帰還困難区域全域の避難指示解除を目指す、ということだ。 その後、2022年8月までに「復興加速化のための第11次提言」がまとめられ、9月6日、岸田文雄首相に申し入れした。 そこには「住民一人ひとりに寄り添った帰還意向の丁寧な把握とスピード感をもった対応、除染範囲・手法を地図上に整理しながら具体化、大熊町・双葉町でモデル事例となるよう先行的に除染に着手し住民の安全・安心を目に見える形で示すこと、関係主体が連携したインフラの実態把握と効率的な整備、残された土地・家屋等の扱いについて地元自治体と協議・検討を進めること、等を求める」と記されている。 要するに、復興拠点外の対応に早急に着手し、まずは大熊・双葉両町でモデル除染を実施すべき、ということである。 法令を捻じ曲げ  実際に、復興拠点外のどれだけの範囲を除染するか等々はまだ示されていないが、帰還困難区域全域解除のため、大掛かりな環境整備を行うことが真っ当な対応とは思えない。 その理由はこうだ。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。例えば、6月に復興拠点が避難指示解除された大熊町では、地上1㍍で2マイクロシーベルト毎時以上のところがあった。ほかも同様にまだまだ放射線量が高いところがある。前述したように、復興拠点は帰還困難区域の中でも、比較的放射線量が低いところが指定されているから、帰還困難区域全体で見れば、もっと高いところがある。 さらには、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。×  ×  ×   フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)フクシマ事故が起きた時、半径20㌔以内の10万人を超える人たちが強制的に避難させられた。その後、当然のことながら汚染は同心円的でないことが分かり、北西方向に50㌔も離れた飯舘村の人たちも避難させられた。その避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。50〜100年経てば、放射能は自然に減衰するから、帰還はそれからでも遅くない。 全額国費の不道理  もう1つは、帰還困難区域(復興拠点の内外いずれも)の除染などは全額国費で行われること。「福島復興指針」によると、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――というのが国費負担の理由とされている。 帰還困難区域以外の除染は、国直轄と市町村が実施したものに分けられ、両方を合わせると、約4兆円の費用が投じられた(汚染廃棄物処理費用を含む。中間貯蔵施設整備費用等は含まない)。 国直轄除染は帰還困難区域を除く避難指示区域が対象で、環境省が除染を担った。一方、市町村実施は、避難指示区域以外で「汚染状況重点調査地域」に指定された市町村が実施したもの。県内のほとんどの市町村が「汚染状況重点調査地域」に指定されたほか、県外でも指定されたところがある。 これらすべての除染費用が約4兆円で、環境省環境再生・資源循環局によると「国直轄と市町村実施の比率はほぼ半々」とのことだから、避難指示区域の除染費用は約2兆円ということになる。 原発事故直後、避難指示区域の関係者が「避難指示区域に設定されたのは約3万世帯で、1世帯1億円を払えば3兆円で済んだ」との見解を示していた。 「1世帯1億円」が妥当かどうかはともかく、前述した避難指示区域の除染費用2兆円に、避難指示区域内の各種環境整備費用、中間貯蔵施設の用地取得・借り上げ費用、いま実施中の復興拠点区域(帰還困難区域)の除染費用などを加えれば、3兆円を超えるのは確実で、金額的にはそういった対応が可能だった。 事故当初は、多くの住民が「元の住まいに戻りたい」との考えだったが、すでに10年以上が経過した現在からすると、「除染をしなくてもいいから、そういった対応をしてほしかった」という人の方が多いのではないか。 もっとも、除染費用は、法律上は国費負担(税金)ではない。放射性物質汚染対処特措法では、「関係原子力事業者の負担の下に実施される」と明記されている。ここで言う「関係原子力事業者」は東電を指す。 とはいえ、東電が一挙的に除染費用を捻出することは不可能なため、国債を交付して国が一時的に立て替え、少しずつ東電(原子力事業者)が返済する形になっている。国債を発行した分は、当然、利息が生じるが、国はその分の負担は求めない方針で、全額返済までにどのくらいの時間を要するかによって利息額は変わるが、2000億円程度になると推測されている。法律上で言うと、その分は国庫負担(税金)になるが、それ以外は「関係原子力事業者」が負担していることになる。 ただ、前述したように、帰還困難区域は、全額国費で除染や環境整備が行われる。復興拠点の除染を含む整備費用は、3000億円から5000億円と見込まれている。復興拠点外はこれからだが、当然相応の除染や環境整備費用が投じられるものと思われる。   帰還困難区域の対象住民は区域再編時で約2万5000人。現在はそこからだいぶ減少しているうえ、解除されても戻らないという人が相当数に上るのは間違いない。 各町村の計画を見ると、復興拠点の居住人口目標は、すべて合わせてもせいぜい数千人。前段で、ある関係者の「1世帯に1億円を支払えば……」といった見解を紹介したが、復興拠点やそれ以外の帰還困難区域の除染・環境整備に数千億円をつぎ込むとなれば、それこそ1人当たり1億円か、それ以上になるのではないか。 住民の中には「どうしても帰りたい」という人が一定数おり、その意思は当然尊重されて然るべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 ただ、そのための財源が加害者である東電から支出されるならまだしも、税金であることを考えると、無駄な公共事業でしかない。それよりも、新たな土地で暮らすことを決めた人への生活再建支援に予算を投じることの方が重要だ。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、のいずれかでなければ道理に合わない。 もっと言うと、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。原告からしたら不本意だろうし、県民としても納得はできないが、そんな流れになっているのだ。だが、一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として、帰還困難区域を復興させる」というのも道理に合わない。 結局のところ、国の帰還困難区域への対応は、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけで、内実を見ると、さまざまな面で無理があったり、道理に合わないものになっている。

  • 【生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」】馬奈木厳太郎弁護士=2022年6月17日

    生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】

     演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航) ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害  本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。 全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。 / https://www.youtube.com/watch?v=--IZaf5ZxHM 馬奈木弁護士が行った不同意性交は、上下関係で逃げ道を遮断する最も典型的な『エントラップメント』型ハラスメントのど真ん中!~3.3 馬奈木厳太郎弁護士によるセクハラ被害者本人と代理人弁護士による記者会見 2023.3.3  訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。 体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。 被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。 この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。 馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。 今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。 これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。 県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。 信頼を裏切る行為  福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、 「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」 福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。 以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。 2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。 同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。 生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。 「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」 生業訴訟については、 「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」 そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。 筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。 女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った〝本音〟

    【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。 あわせて読みたい 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

    【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

     本誌3月号で、双葉町の風景をジオラマに残す活動をしている関西の建築士を紹介した。その後、ジオラマが完成し、3月10日、町に寄贈した。ジオラマに込めた思いとは。 「災害の先輩」が語る復興の難しさ 曺弘利(チョ・ホンリ)さん ジオラマの前で記念撮影する曺さん(後列右から3番目)と学生たち  ジオラマを制作したのは、兵庫県神戸市の建築士・曺弘利(チョ・ホンリ)さん。 在日コリアン3世で神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災で自分が生まれ育ったまちが変容していく姿を目の当たりにした。その経験から、原発事故で全町避難が続く双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んでいた。 昨年秋、JR双葉駅西側に整備された公営住宅「双葉町駅西住宅」で同町住民とルームシェア。変わりゆく町内の風景をスケッチに残して町に寄贈し、さらなる取り組みとして始めたのがジオラマ制作だった。 関西学院大の災害ボランティアサークル「つむぎ」の植田隆誠代表と知り合い、1月から共同でジオラマ制作に取り掛かった。 ジオラマは全部で8点。JR双葉駅周辺や中間貯蔵施設の用地となっている郡山地区などを約1000分の1で再現した。実際に町内を歩き、約40年前の地図や被災直後の航空写真も参考にしながら、発泡スチロールや粘土などで地形・建物を作り上げた。 2月には同サークルの一部メンバーとともに現地調査を行い、ようやく完成。3月10日、同サークルのメンバー7人とともに町を訪れ、ジオラマ3点を橋本靖治町秘書広報課長に手渡した。残り5つは順次、関係者に贈呈される。 学生らは「実際に被災地の風景を見た衝撃をそのまま伝えたいと思い、ジオラマを制作した」、「教育の場で活用できるように、持ち運べるサイズにした」、「現状を広く知ってもらい、住んでいた人が語り合うきっかけにしてほしい」と述べた。 曺さんは「これから復興が進む中で、かつての街並みを思い出し、その歴史を取り戻す手助けになればと考えています。今後も双葉町に関わり続ける考えですが、一つの区切りとして寄贈させていただきました」と語った。 ジオラマを受け取った橋本課長は「相当時間と手間がかかっていると思う。双葉町に思いを寄せてもらって本当に感謝している」としたうえで、次のように話した。 「町内には津波や除染、中間貯蔵施設建設のため姿を消した住居・建物が多い。もちろん、それぞれの記憶の中にかつての風景は残っているが、こうして目に見える形で残してもらうのはとても大事なこと。特にジオラマは作り手の思いが伝わってくるので、ご提供いただけるのはありがたいです」 橋本課長は郡山地区出身。ジオラマを見ながら「この家の入口には本棚が設置され、地区の図書館になっていた」、「ここにタバコの畑があって、小さい頃は遊び場だった」など思い出話に花を咲かせる一幕もあった。ジオラマを通して会話が広がることで、かつての街並みが心に残り続ける。 学生らを温かい目で見守っていたのが、曺さんとともに神戸市から足を運んだ伊東正和さんだ。 神戸市長田区の大正筋商店街で日本茶の茶葉やアイスクリームの販売店「味萬」を営む。かつて同商店街の理事長も務めていた。 同商店街は阪神・淡路大震災で焼け、伊東さんの店舗も全焼した。市が打ち出した復興策は、区画整理を行い、再開発ビルを複数建て、低層部に商店街の店舗が入居するというもの。だが、新しいビルに入居した商店は高額な管理代の負担を余儀なくされ、固定資産税は一気に跳ね上がった。周辺にスーパーやコンビニが出店する中、各商店は軒並み売り上げを落とし、保留床を購入して商売を始める動きも少なかった。復興のシンボルだった再開発ビルは空き店舗が目立つようになった。 伊東さんも震災9年後に再開発ビルに入居したが、そうした復興の現実を目の当たりにした。その後は「行政に頼らず、自分たちのまちは自分たちでつくらなければならない」というスタンスで、大正筋商店街の活性化に全力を尽くしてきた。 東日本大震災・東電福島第一原発事故後は自身の経験を教訓としてもらうべく、東北の被災地に足を運び続けている。 復興について、伊東さんは自らの経験を踏まえてこのように語る。 「東北の人たちには『自分たちに合った復興を進めてほしい』と伝えたい。提唱しているのは『8割は既存のまちをベースに復興し、残り2割で新たな要素を取り込めばいい』という考え方。その割合だと歴史を引き継げるし、地元業者がメンテナンスを引き受けることも可能になり、経済が活性化していくと思います」 原発被災自治体では復興を加速させるため、国からの交付金を投じる形で、さまざまな公共施設が整備されている。果たして神戸市の教訓は生かされたと言えるだろうか。 復興に大事なポイント 伊東正和さん  一方で、伊東さんは復興を進める上でのポイントに「いかに地元のために頑張れる人材を集め、若い世代に引き継いでいくか」を挙げる。  「結局、復興の大きな力になるのは地元が好きで、振興のための苦労を厭わない人。自分たちが望むまちづくりの形が定まったら、よそ者でもマスコミでもいいから、とにかく仲間を集い、活動を広めていく。そうすることで活性化に向けた道は自ずと開けていくはずです。『360人集めたら縁(円)ができる』というのが私の持論です。続けて必要なのが、若い世代の意見を聞き、活動を引き継いでいくことです。年寄りがどれだけ頑張っても、先は短いですからね」 原発被災地の住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなっている。各自治体では移住者を増やし、復興につなげていく方針で、県は県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を支給している。こうした中で「地元が好き」という人をどれだけ集められるかがカギになっていくだろう。 さまざまな課題を抱えながら復興が進む中で、住む人も風景も変わっていく――。阪神・淡路大震災の経験でそのことを分かっている曺さんは、さまざまな思いを込め、双葉町の風景をスケッチやジオラマに残し続けている。 曺さんも学生たちも、ジオラマ制作がひと段落した後も双葉町に足を運び、交流を続けていく考えを示している。曺さんは中野八幡神社近くに建設される東屋の設計にも携わった。4月1日着工、夏ごろ完成の見通しで、地域の交流拠点となることが期待されている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

  • 「あの」山下俊一氏がF―REI特別顧問に

     3・11の頃から福島に住んでいて、山下俊一氏の名を知らない人は少ないだろう。原発事故の直後に県庁から依頼されて県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」に就任。その後各地で講演を行い、数々の発言で物議をかもした。「100㍉シーベルト以下は安全」、「放射線の影響はニコニコ笑っている人には来ない」、「何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ。これを使わん手はない。何に使う。復興です」など。これらの発言に怒っている福島県民は一定程度いる。そんな山下氏について、新たな人事情報が発表された。以下は5月9日付の福島民報である。 《福島国際研究教育機構(F―REI)は8日、経団連副会長の南場智子氏、福島医大理事長特別補佐・副学長の山下俊一氏を「理事長特別顧問」に委嘱すると発表した。外部有識者によるアドバイザー体制の一環で、特別顧問の設置は初めて》 新聞にニュースが載って間もなく、市民団体「『原発事故』後を考える福島の会」代表世話人の根本仁氏から皮肉たっぷりのメールをもらった。 《政権に寄り添う科学者の典型的な人生航路とでもいうのでしょうか? 「ミスター100㍉シーベルト」の異名をもつ長崎の政治的科学者・山下俊一氏の新たな旅立ちです》 山下氏をなぜ新しい組織の顧問格に迎えるのか。筆者は福島国際研究教育機構の担当者に聞いてみた。「山下氏は放射線医療研究の第一人者であり、県立医大や量子科学技術研究開発機構などさまざまな組織で要職に就かれた経験があります。研究環境へのアドバイスや各種研究機関との調整役になることが期待されています」と担当者は話した。 しかし、筆者が「山下氏にはさまざまな評価があるのはご承知のはずだ。原発事故直後の『100ミリシーベルト以下は安全』という発言はかなり批判を浴びた」と指摘すると、担当者は「私は来たばかりで存じ上げませんでした」と驚きの答えが返ってきた。後で追加の電話があったが、「私以外の職員の中には山下氏への評価について聞き知っている者もいたが、それと今回の人選との関連でお答えする内容はない」との回答だった。 (牧内昇平)

  • 【原発事故】追加賠償で広がる不満

     本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永) 広野町議が「分断政策を許すな」と指摘  原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。   ×  ×  ×  × 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 広野町議会の一幕 畑中大子議員(広野町議会映像より)    ×  ×  ×  × この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。 福島県原子力損害対策協議会の動き 東京電力本店  ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。 遠藤町長に聞く 遠藤智町長  あらためて、遠藤町長に見解を求めた。 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」  ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

     飯舘村の帰還困難区域の一部が5月1日に避難指示解除された。解除されたのは、村南部の長泥地区で、同地区に設定された復興再生拠点区域(復興拠点)と復興拠点外にある曲田公園。同村の帰還困難区域は約10・8平方㌔で、このうち復興拠点は約1・86平方㌔(約17%)。 昨年9月からの準備宿泊は「3世帯7人」が登録 「長泥コミュニティーセンター」の落成式でテープカットする杉岡村長(右から5人目)ほか関係者  同日午前10時にゲートが解放され、11時からは復興拠点に整備された「長泥コミュニティーセンター」の落成式が行われた。杉岡誠村長が「この避難指示解除を新たなスタートとして、村としても帰還困難区域全域の避難指示解除を目指し、夢があるふるさと・長泥に向けてさまざまな取り組みを続けていきます」とあいさつした。 同地区の住民は「こんなに多くの人が集まり、解除を祝ってもらい、うれしく思っている」、「この地区をなくしたくないという思いで、この間、通っていた」と話した。 復興拠点内に住民登録があるのは4月1日現在で62世帯197人。昨年9月から行われている準備宿泊は、3世帯7人が登録していた。村は5年後の居住人口目標を約180人としているが、それに達するかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 復興拠点の避難指示解除は、昨年6月の葛尾村、大熊町、同8月の双葉町、今年3月の浪江町、同4月の富岡町に次いで6例目。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。つまりは、飯舘村ですべての復興拠点が解除されたことになる。 今後は、今年2月に閣議決定された「改正・福島復興再生特別措置法」に基づき、復興拠点から外れたエリアの環境整備と、帰還困難区域全域の避難指示解除を目指していくことになる。 2つの問題点:①帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当か、②帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること 復興拠点外で解除された曲田公園  ただ、そこには大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。 もう1つは帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること。それ以外のエリアの除染費用は東電に負担を求めているが、帰還困難区域はそうではない。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どうしても戻りたい」という人が一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、住民は過失ゼロの完全な被害者だから、原状回復を求めるのは当然の権利として保障されなければならない。 ただ、原因者である東電の負担で環境回復させるのではなく、国費(税金)で行うのであれば話は違う。受益者が少ないところに、多額の税金をつぎ込む「無駄な公共事業」と同類になり、本来であれば批判の的になる。ただ、原発事故という特殊事情で、そうなりにくい。だからと言ってそれが許されるわけでない。 帰還困難区域は、基本、立ち入り禁止で、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないまでも「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人のための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか――そのどちらかしかあり得ない。 あわせて読みたい 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 米卸売店の偽装表示を指摘する匿名情報

    「中通りのある米卸売店が偽装表示を行っている」という匿名情報が電話で編集部に寄せられた。 情報提供者は県内の米穀卸売業界で働く人物。「同店店員から内情を聞かされているが、大型店に出荷した新米はすべて2、3年前の古米だ」と明かした。 この人物が同店に出入りしていた時期には、県内外で人気が高い「新潟県魚沼市産」、「大玉村産」と産地偽装し、産地名が書かれた袋に詰め替えて販売していた姿も見たという。そうした過去の経験に加え、新たに偽装表示の件も耳にしたので情報提供した――とのことだった。 食品の表示を偽装する行為は食品表示法や不当競争防止法違反に当たる。コメの流通に関しては、入荷・出荷記録の作成・保存と、事業者間・一般消費者への産地伝達を義務付ける「米トレーサビリティ法」も施行されており、同法違反となる可能性が高い。

  • 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】

     4月10日、大熊町の教育施設「学び舎(や)ゆめの森」が町内に開校した。義務教育学校と認定こども園が一体となった施設で、0~15歳の子どもたち26人が通う。 同日、同町大川原地区の交流施設「link(リンク)る大熊」で、入学式・始業式を兼ねた「始まりの式」が行われた。入場時には近くにある町役場の職員や町民約200人が広場に集まって子どもたちを出迎え、拍手で歓迎した。 吉田淳町長は「原発事故で厳しい状況になったが、会津若松市に避難しながら、途絶えることなく大熊町の教育を継続し、町内で教育施設を再開できるまでになった。少人数で学ぶ環境・メリットを生かし、学びの充実に取り組む」と式辞を述べた。 南郷市兵校長は「大熊から全国に先駆けた新たな学校教育に挑戦していく。一人ひとりの好奇心が枝を伸ばせば、夢の花を咲かせる大樹となる。ここからみんなの物語を生み出していきましょう」とあいさつした。 同町の学校は原発事故後、会津若松市で教育活動を続け、昨年4月には小中学校が一体となった義務教育学校「学び舎ゆめの森」が同市で先行して開校していた。大川原地区では事業費約45億円の新校舎が建設されているが、資材不足の影響で工期が遅れ、利用は2学期からにずれ込む見通し。それまでは「link(リンク)る大熊」など公共施設を間借りして授業を行う。なお、周辺の空間線量を測定したところ、0・1マイクロシーベルトを下回っていた。 なぜ子どもたちを同町の学校に入れようと考えたのが。保護者らに話を聞いてみると、「自分が大熊町出身で、子どもたちも大熊町で育てたいという気持ちがあった。仕事を辞めて家族で引っ越しした」という意見が聞かれた。その一方で、「出身は別のまちだが、仕事の関係で大熊町の職場に配属され、せっかくなので、子どもと一緒に転居することにした」という人もいた。 今後、廃炉作業が進み、浪江町の国際研究教育機構の活動が本格化していけば、人の動きが活発になることが予想される。そうした中で、同校があることは、同町に住む理由の一つになるかもしれない。同校教職員によると、会津若松市に義務教育学校があったときよりも児童・生徒数は増え、入学・転校の問い合わせも寄せられているという。 それぞれの保護者の決断は尊重したいが、「原発被災地の復興まちづくり」という視点でいうと、廃炉原発と中間貯蔵施設があるまちに、新たに事業費45億円をかけて新校舎を建てる必要があるとは思えない。 避難指示解除基準の空間線量3・8マイクロシーベルト毎時を下回っているものの、線量が高止まりとなっている場所も少なからずあり、住民帰還を疑問視する声もある。新聞やテレビは教育施設開校を一様に明るいトーンで報じていたが、こうした面にも目を向けるべきだ。 式の終わりに子どもたちと教職員が並んで記念写真を撮影したところ、子どもより教職員の人数の方が明らかに多かった(義務教育学校・認定こども園合計37人)。これが同町の現実ということだろう。 壇上に並ぶ「学び舎ゆめの森」の教職員  県教育庁義務教育課に確認したところ、「義務教育学校には小中の教員がいるのに加え、原発被災地12市町村には復興推進の目的で加配しているので、通常より多くなっていると思われる」とのことだった。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【座談会】放射能を測り続ける人たち【福島第一原発事故】

  • 裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

     本誌2019年11月号に「大熊町議の暴言に憤る町民」という記事を掲載した。大熊町から県外に避難している住民が、議員から暴言を受けたとして、議会に懲罰を求めたことをリポートしたもの。その後、この件は裁判に発展していたことが分かった。一方で、この問題は単なる「議員と住民のトラブル」では片付けられない側面がある。 根底に避難住民の微妙な心理 大熊町役場  最初に、問題の発端・経過について簡単に説明する。 2019年11月号記事掲載の数年前、大熊町から茨城県に避難しているAさんは、町がいわき市で開催した住民懇談会に参加した。当時、同町は原発事故の影響で全町避難が続いており、今後の復興のあり方などについて、町民の意見を聞く場が設けられたのである。Aさんはその席で、渡辺利綱町長(当時)に、帰還困難区域の将来的な対応について質問した。 Aさんによると、その途中で後に町議会議員となる佐藤照彦氏がAさんの質問を遮るように割って入り、「町長が10年後のことまで分かるわけない」、「私は(居住制限区域に指定されている)大川原地区に帰れるときが来たら、いち早く帰りたいと思うし、町長には、大川原地区の除染だけではなく、さらに大熊町全域にわたり、除染を行ってもらいたい」旨の発言をしたのだという。 当時は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、2015年11月の町議選に立候補した。定数12に現職10人、新人3人が立候補した同町議選で、佐藤氏は432票を獲得、3番目の得票で初当選し、2019年に2回目の当選を果たしている。 【佐藤照彦】大熊町議(引用:議会だより)  一方、2019年4月10日に、居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区の避難指示が解除された。 そんな経過があり、同年9月、Aさんは佐藤議員に対して過去の発言を質した。Aさんによると、そのときのやり取りは以下のようなものだった。 Aさん「以前の説明会で『戻れるようになったら戻る』と話していたが、なぜ戻らないのか」 佐藤議員「そんなことは言っていない。帰りたい気持ちはある」 Aさん「説明会であのように明言しておきながら、議員としての責任はないのか」 佐藤議員「状況が変わった」 そんな問答の中で、Aさんは佐藤議員からこんな言葉を浴びせられたのだという。 「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」 住民懇談会の際は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、公職(議員)に就いたこと、2019年4月10日に、居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示が解除されたことから、佐藤議員に帰還意向などの今後の対応を聞いたところ、暴言を吐かれたというのだ。 Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」と憤り、同年9月24日付で、鈴木幸一議長(当時)に「大熊町議会議員佐藤照彦氏の暴言に対する懲罰責任及び謝罪文の要求」という文書を出した。 そこには、佐藤議員から「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれたことに加え、「県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外避難している住民に対する排他的発言です」などと記されていた。 Aさんによると、その後、鈴木議長から口頭で「要求文」への回答があったという。 「内容は『発言自体は本人も認めているが、議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した』というものでした」(Aさん) 当時、本誌が議会事務局に確認したところ、次のような説明だった。 「(Aさんからの)懲罰等の要求を受け、議会運営委員会で協議した結果、議会外のことのため、懲罰等は難しいという判断になり、当人(佐藤議員)には、自分の発言には責任を持って対応するように、といった注意がありました。そのことを議長(当時)から、(Aさんに)お伝えしています」 ちなみに、鈴木議長はこの直後に同年11月の町長選に立候補するために議員を辞職した。そのため、以降のこの件は松永秀篤副議長がAさんへの説明などの対応をした。 一方、佐藤議員は当時の本誌取材にこうコメントした。 「議会開会時に(議場の外の)廊下で(Aさんに)会い、私に『帰ると言っていたのに』ということを質したかったようです。私は『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えました。それが真意です。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』ということを言っていますが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない。それは町民の方も理解していると思います」 弁護士から通告書  Aさんは「暴言を吐かれた」と言い、佐藤議員は「『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』と伝えたのであって、県外避難者を侮辱するようなことを言うはずがない」と主張する。 両者の言い分に食い違いがあり、本来であれば、佐藤議員からAさんに「誤解が招くような言い方だったとするなら申し訳なかった」旨を伝えれば、それで終わりになった可能性が高い。 ところが、その後、この問題は佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求めて訴訟を起こす事態に発展した。 その前段として、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届いた。 そこには、①「あんたら県外にいる人間には言われる筋合いはない」との発言はしていない、②Aさんは佐藤議員に対して謝罪を求める行為をしているが、そもそも前述の発言はしていないので、謝罪要求に応じる義務がないし、応じるつもりもない、③今後は佐藤議員に直接接触せず、代理人弁護士を通すこと――等々が記されていた。 「懲罰請求に対して、鈴木議長から回答があった数日後、松永副議長から電話があり(※前述のように、鈴木議長は町長選に立候補するために議員辞職した)、『議場外のため、議会としてはこれ以上は踏み込めないので、今後は、佐藤議員と話し合ってもらいたい』と言われました。ただ、いつになっても佐藤議員から謝罪等の話がないため、2020年4月17日に私から佐藤議員に電話をしたところ、15秒前後で一方的に切られました。それから間もなく、佐藤議員の代理人弁護士から内容証明で通告書(前述の文書)が届いたのです」(Aさん) Aさんはそれを拒否し、あらためて佐藤議員に接触を図ろうとしたところ、佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求める訴訟を起こしたのである。文書には「何らかの連絡、接触行為があった場合は法的措置をとる」旨が記されており、実際にそうなった格好だ。 一方、佐藤議員はこう話す。 「本来なら、話し合いで決着できることで、裁判なんてするような話ではありません。ただ、冷静に話し合いができる状況ではなかったため、そういう手段をとりました」 面談強要禁止を認める判決  こうして、この問題は裁判に至ったのである。 同訴訟の判決は昨年10月4日にあり、裁判所はAさんが佐藤議員に「自身の発言についてどう責任を取るのか」、「どのように対応するのか」と迫ったことに対する「面談強要禁止」を認める判決を下した。 この判決を受け、Aさんは「この程度で、『面談禁止』と言われたら、町民として議員に『あの件はどうなっているのか』と聞くこともできない」と話していた。 その後、Aさんは一審判決を不服として、昨年10月18日付で控訴した。控訴審判決は、3月14日に言い渡され、1審判決を支持し、Aさんの請求を棄却するものだった。 Aさんは不服を漏らす。 「裁判所の判断は、時間の長さや回数に関係なく、数分の接触行為が佐藤議員の受忍限度を超える人格権の侵害に当たるというものでした。要するに弁護士を介さずに事実確認を行ったことが不法行為であると判断されたのです。この判決からすると、議員等の地位にある人や、経済的に余裕がある人が自分に不都合があったら弁護士に委任し、話し合いをするにはこちらも弁護士に依頼するか、裁判等をしなければならないことになります。この『面談強要禁止』が認められてしまったら、資力がなければ一般住民は泣き寝入りすることになってしまう」 さらにAさんはこう続ける。 「懲罰請求をした際、当時の正副議長から『佐藤議員の不適切な発言に対し、議員としての発言に注意をするように促したほか、本人(佐藤議員)も迷惑をかけたと反省し、謝罪なども含め、適切に対応をしていくとのことだから、今後は佐藤議員と話し合ってもらいたい』旨を伝えられました。にもかかわらず、佐藤議員は真摯な謝罪や話し合いどころか、自らの不都合な事実から逃れるため、面談強要禁止まで行った。これは、佐藤議員の公職者(議員)としての資質以前に、社会人として倫理的に逸脱しており、さらにこのような事態にまで至った責任は、議会にも一因があると思います」 一方、佐藤議員は次のようにコメントした。 「話し合いの余地がなかったため、こういう手段(裁判)を取らざるを得ませんでした。裁判では真実を訴えました。結果(面談強要禁止を認める判決が下されたこと)がすべてだと思っています」 なお、問題の発端となった「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」発言については、前述のように両者の証言に食い違いがあるが、控訴審判決では「仮に被控訴人(佐藤議員)の発言が排他的発言として不適切と評価されるものであったとしても、被控訴人の申し入れに対して……」とある。要は、佐藤議員の発言が不適切なものであっても、申し入れ(代理人弁護士の通知書)に反して直接接触を図る合理的理由にはならないということだが、排他的発言の存在自体は否定していない。 ともかく、裁判という思わぬ事態に至ったこの問題だが、本誌が伝えたいのは、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは語れない側面があるということである。 問題の本質 大熊町内(2019年4月に解除された区域)  1つは議員の在り方。原発避難区域(解除済みを含む)の議員は厳密には公選法違反状態にある人が少なくない。というのは、地方議員は「当該自治体に3カ月以上住んでいる」という住所要件があるが、実際は当該自治体に住まず、避難先に生活拠点があっても被選挙権がある。2019年11月号記事掲載時の佐藤議員がまさにそうだった。「特殊な条件にあるから仕方がない」、「緊急措置」という解釈なのだろうが、そもそも議員自身が「違法状態」にあるのに、避難先がどうとか、帰る・帰らないについて、どうこう言える立場とは言えない。  もっとも、これは当該自治体に責任があるわけではない。むしろ、国の責任と言えよう。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じるべきだったが、それをしなかったからだ。 もう1つは避難住民の在り方。本誌がこの間の取材で感じているのは、原発事故の避難区域では、「遠くに避難した人は悪、近くに避難した人は善」、「帰還しなかった人は悪、帰還した人は善」といった空気が流れていること。明確にそういったことを口にする人は少ないが、両者には見えない壁があり、何となくそんな風潮が感じられるのだ。 実際、前段で少し紹介したように、Aさんが2019年に議会に提出した懲罰請求には次のように書かれている。 《佐藤議員の発言は請求人(Aさん)だけに対するもので収まる話ではなく、県外に避難している町民に対して、物事を指摘される道理なく「県外にいる町民は、物事を言うな」とも捉えられる発言であり、到底、看過することができない議員による問題発言です。まして、佐藤議員は、避難町民の代表であり、公職の議会議員である当該暴言は、一町民(Aさん)に対する暴言で済む話ではなく、佐藤議員の日頃の県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外の避難している住民に対する排他的発言です》 ここからも読み取れるように、この問題の根底には、避難区域の住民の微妙な心理状況が関係しているように感じられる。 もっと言うと、避難住民の在り方の問題もある。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。結果、避難者はそこに住んでいながら、当該自治体の住民ではない、として肩身の狭い思いをしてきた。 こうした問題や前述のような風潮を生み出したのも国の責任と言えよう。これについても、本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。 こうした側面から、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは片付けられないのが今回の問題なのだ。本誌としては、そこに目を向け、正しい方向に進むように今後も検証・報道していきたいと考えている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

  • 福島視察の韓国議員団と面談した【島明美】伊達市議に聞く

     韓国の最大野党「共に民主党」の国会議員4人が4月6〜8日の日程で福島県を視察した。同議員団は東京電力福島第一原発から排出される汚染水の海洋放出に反対の立場で、現地の状況を知るための視察だったようだが、どんな視察内容だったのか、同議員団と面談した島明美伊達市議会議員に話を聞いた。 海洋放出をめぐる韓国国内の動き 韓国議員団との面談の様子(島議員提供)  韓国議員団の福島視察は新聞等ではそれほど大きく扱われていない。ただ、ネットニュースなどでは「県内の議員や被災者らと面談した」と報じられ、そのうちの1人である島明美伊達市議会議員に、どういった経緯で韓国議員団と面談することになったのか、その中身はどんなものだったのかを聞いた。 まず面談に至る経緯だが、震災後にボランティアで福島県に入り、韓国語が話せるため韓国からの訪問者のコーディネートをしていた知人から、島議員に「韓国の議員団が福島県に来るのだが、短い時間でも可能なのでお話をうかがえないか」といった問い合わせがあった。詳しく聞くと、「海洋放出問題について現地を訪問して話を聞きたい」とのことだった。 当初、島議員は「海に面していない伊達市在住の自分より、もっとふさわしい人がいるのではないか」と考え、知人にそのことを伝えた。ただ、知人からは「時間の関係で難しい。どなたか地元議員を紹介していただけるならお願いしたい」と言われ、島議員は「探してみます」と回答した。 その後、島議員自身で来日(来福)する議員について調べたり(※そこで初めて、訪問するのが国会議員であることを知る)、海洋放出決定の経過や原発事故対応について見聞きしてきたことを発信している自身の活動を振り返り、「韓国の方々にお伝えすることも、自分の役割の一つ」と考え面談を受けることにした。4月7日に福島市内の会議室を借りて面談した。 ちなみに、韓国議員団は島議員との面談後、復興住宅に住む人や被災地などを訪問しており、一部報道ではそれらすべてを島議員が紹介・案内したかのようなニュアンスで捉えられているようだが、実際はそうではない。島議員は福島市内の会議室で1人で議員団と面談し、その場で別れた。 実際の面談では「島明美 個人的な意見」と明記したうえで、伝えたいことを資料としてまとめた。その内容は、①UNSCEAR(国連科学委員会)の「2020年/2021年報告書」は、初期被曝線量を100分の1過小評価したものである可能性があること、②結論ありきで進められ、日本政府が言う「科学的」は、根拠に基づいていないこと、③放射能汚染への〝風評払拭事業〟によって、地元民が被害を言えなくなっていること、④土壌汚染測定をしていないなど、被害の現状把握がなされていない面が多いこと、⑤歪められた科学を封じ込める健全な科学に基づく国際的枠組みをつくる取り組みが必要であること――等々。 「中には、安全だという情報を得て賛成している一般市民もいらっしゃるでしょうけど、『安全』とされる『科学的』データそのものの信頼性が欠如しているのならば、汚染水の放出に賛成する一般市民は、ほぼいないのではないか、とお伝えしました」(島議員) 島議員が伝えたかったこと 島明美議員(伊達市議会HPより)  そのうえで、島議員は海洋放出についての以下のような自身の見解を韓国議員団に話した。 ○タンクに溜められている「汚染処理水」とされている水の具体的な核種と汚染の数値は、国民にも世界的にも分かりやすく公開されていない。東電から発表されているデータについては第三者機関による検証も行われていない。健康影響についても調査結果は公表されていない。以上のことから、データそのものの信ぴょう性が問われるということを国内外にお伝えしたい。お伝えすることで、被害影響への対応や、事前に被害を防ぐための対策を準備するために、国際社会の協力が必要であることを実感してもらえると期待している。 ○ALPS処理水=汚染水に関して、海洋放出に賛成している人は、私の周辺ではほぼいない。(韓国議員団と面談するに当たり)ここ数日、住民(伊達市と福島市)の数名に突然、海洋放出の是非について質問したところ、賛成という人はおらず、「よく分からないけど、良いことではないことは分かる」という声を複数人から聞いた。 ○ほかにも、この間、海洋放出について反対運動をしている市民団体の方、専門家、原子力に関わる仕事をしている方の話を聞き、対話プログラムにも参加してきた。ALPS処理水=汚染水の海洋放出について学び、現在の時点での私の判断は、放出反対である。その根拠は、処理しきれないトリチウムの問題と、基準値を超えているほかの放射性物質があること。 こうした島議員の話に、韓国議員団の1人は「汚染水の問題は、日韓両国の国民の健康の問題です」と話したという。 「議員の方はデータを手に持ち、ノートパソコンを開き、資料の確認をされました。前日に訪問したところからデータ提供を受けたらしく、トリチウム以外の放射性核種が予想以上に入っていることを話されました。私よりも詳しい核種データの資料を持っているようでした」(島議員) 面談の最後に、島議員は「私からの希望として、歪む科学の封じ込めにつながる動きを、国際的な取り組みにしていただきたい」と伝えたという。さらに、当日取材にきていたテレビ局のインタビューには「日本政府は、当事者、地元の人の話をもっと聞いてほしいと答えました」(島議員)。 こうして韓国議員団との面談を終えた島議員は、海洋放出について、あらためて「議論が、まだまだ足りていない。そもそも、その議論に必要な『科学的なデータ』も、報道も、全く足りていない」と話した。 一方で、韓国の尹錫悦大統領が3月に訪日した際、汚染水の海洋放出について「韓国国民の理解を求めていく」と述べたとして、韓国国内では「日本に肩入れするのか」との批判が噴出したという。今回の野党議員団の来日(来福)は、尹政権が海洋放出問題に十分に対応していないことを印象付け、政権批判につなげる狙いがある、といった報道もあった。島議員は「韓国議員団は専門的な知識を持った方で、目的は『調査』でした。議員の方は『大統領は曖昧な態度でハッキリ答えていないのが現実』、『汚染水の問題は、日韓両国民の健康の問題です』と話されていました」と明かした。 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

  • 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】

     浪江町と富岡町の帰還困難区域内に設定された「特定復興再生拠点区域」の避難指示が解除された。これまでに葛尾村、双葉町、大熊町で復興拠点の避難指示が解除されており、今回は4、5例目となる。(写真左下の数字は地上1㍍で測定した空間線量。単位はマイクロシーベルト毎時)  浪江町は3月31日に解除され、午前10時に町の防災無線で解除を伝える放送があった。その後、室原地区の防災拠点(整備中)敷地内で記念式典を行い、吉田栄光町長、政府原子力災害現地対策本部の師田晃彦副本部長があいさつした。同町は総面積約224平方㌔のうち、約180平方㌔(約80%)が帰還困難区域に指定されている。このうち、今回解除されたのは室原、末森、津島、大堀の4地区の復興拠点で、計約6・61平方㌔(約4%)にとどまる。 浪江町 津島地区に整備された福島再生賃貸住宅(0.56μSv/h) 室原地区の防災拠点(0.11μSv/h) 大堀地区の「陶芸の杜おおぼり」(1.78μSv/h) 津島地区の福島再生賃貸住宅の住民に群がる報道陣 (0.46μSv/h) 記念式典であいさつする吉田栄光浪江町長  一方、富岡町は4月1日に解除された。同日は避難指示解除記念セレモニーが行われ、山本育男町長があいさつした後、岸田文雄首相らが祝辞を述べた。同町の総面積68平方㌔のうち、帰還困難区域は約8平方㌔(約12%)。このうち、復興拠点に指定されたのは桜並木で有名な夜の森地区など約3・9平方㌔(約49%)となっている。 富岡町 にぎわう夜の森公園の隣接地には除染などで解体された住宅の跡が残る (0.32μSv/h) 多くの花見客でにぎわう夜の森の桜並木 (0.42μSv/h) 除染された夜の森公園で遊ぶ家族連れ (0.20μSv/h) 閉店した状態のままになっているコンビニエンスストア (0.44μSv/h) 避難指示解除記念セレモニーに参加した岸田文雄首相(中央)と、山本育男富岡町長(左)、内堀雅雄知事  復興拠点の避難指示解除は、これまでに葛尾村、双葉町、大熊町で実施され、浪江町と富岡町は4、5例目になる。住民が戻って生活することが難しいとされてきた帰還困難区域だが、こうして復興への第一歩を踏み出した。その歓迎ムードの一方で、放射線量の問題やどれだけ住民が戻るかといった課題があり、復興への道のりは簡単ではない。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

  • 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府が海洋放出の方針を決めたのは2021年の4月13日だった。それからちょうど2年になる今年の4月13日に合わせて、政府方針に反対する人々が街頭に立った。国内だけでなくパリやニューヨーク、太平洋の島国でも……。日本政府はこうした声に耳を貸さず、海洋放出を強行してしまうのか? 不都合なことは伝えない?日本政府 【福島・いわき】 いわき市(市民による海洋放出反対アクションの様子、牧内昇平撮影)  4月13日午後0時半、いわき市小名浜のアクアマリンふくしまの前で、「これ以上海を汚すな!市民会議」(以下、「これ海」)の共同代表を務める織田千代さん(いわき市在住)がマイクを握った。 「放射能のことを気にせず、健康に毎日を暮らし、子どもたちが元気に遊び、大きくなってほしい。そんな不安のない毎日がやってくることが望みです。これ以上の放射能の拡散を許してはいけないと思います。これ以上放射能を海にも空にも大地にも広げないで!」 約30人の参加者たちが歩道に立ち〈汚染水を海に流さないで!〉と書かれたプラカードを掲げた。工場群へと急ぐトラックや、水族館を訪れる子どもたちを乗せた大型バスが通るたび、参加者たちは大きく手をふってアピールした。リレー形式のスピーチは続く。 「小学生の子どもが2人います。将来子どもたちから『危険だと分かっていたのにママは何もしなかったの?』と言われないように、子どもたちに恥ずかしい気持ちにならないように、みなさんと一緒にがんばっていきたいと思います」 「4歳の娘がいます。子どもを産む前に『福島で子どもは産むな』と親戚から言われました……。子どもは今元気に育っています。でも、これから海が汚されようとしています。汚染された海で魚を食べて、娘や子どもたちの世代には何も関係ないことなのに、風評も含めて被害を受けるのかと思うと、親としてすごく悲しい気持ちになります」 年配の男性からはこんな声も。 「会津生まれの私がいわきに住み着いたのは、魚がうまいからでした。それが原発事故になって、どうも落ち着いて魚を食べられなくなってしまった。これで海洋放出までやられたんでは、本当に、安心して酔っぱらいきれない。早く心から酔っぱらいたいと思っています」 浪江町の津島から兵庫県に避難している菅野みずえさんはちょうど来福していたため急きょ参加。こんなエピソードを語った。 「こないだGX(政府の原発推進方針)の説明会で経済産業省や環境省の人がきました。その中の一人が、『私は福島に何度も通って、福島と共に歩んでいます』なんてことを言った挙げ句に、『〝ときわもの〟の魚を私たちは……』と言いました」 小名浜の街頭に立つ人たちからどよめきの声が上がった。菅野さんは話を続けた。 「あほかおめぇって。国はちゃんとこっちを見てません。私たちしかがんばる者がいないなら一生懸命がんばりたいと思います」 街頭行動の終盤では地元フォークグループ「いわき雑魚塾」が演奏した。歌のタイトルは「でれすけ原発」。 ♪でれすけ でんでん ごせやげる でれすけ 原発 もう、いらねえ!(※メンバーによると、でれすけは「ばかたれ」、ごせやげるは「腹が立つ」の意)    ◇ いわき市小名浜のシーサイドは市民たちによる海洋放出反対アクションの「中心の地」の一つだ。菅義偉首相(当時)が汚染水(政府・東電は「ALPS処理水」と呼ぶ)の海洋放出方針を発表したのは2021年4月13日。その2カ月後から、反対する市民たちは毎月13日に街頭でスタンディング(アピール行動)を行ってきた。中心となったのが「これ海」のメンバーたちである。 地道に続けてきた活動は大きな成果を上げつつある。これ海のメンバーたちは今年に入ってから、SNSを通じて国内外の人々に「4月13日は一緒に行動を。アクションを起こしたら写真を送ってください」と呼びかけてきた。手探りの試みだったが、呼びかけはグローバルな広がりを見せた。 【フランス】 パリ(よそものネットフランス提供)  ♪オ~、シャンゼリゼ~ オ~、シャンゼリゼ~♪ 4月上旬、花の都パリの鉄橋に〈SAYONARA NUKES〉の横断幕がかかった。現地の脱原発ネットワーク「よそものネットフランス」の辻俊子さんのSNS投稿を紹介する。 《若葉の緑が目に鮮やかな季節が始まり、暖かな日差しに人々がくつろぐ週末の午後、私達はサン・マルタン運河に架かる橋の一つに陣取りました。この運河はセーヌ河へと続き、セーヌ河はノルマンディー地方で大西洋に注ぎます。海は皆の宝物、これ以上汚してはいけません!》 ヨーロッパ随一の原発推進国フランス。マクロン大統領は昨年、最大14基、少なくとも6基の原子炉を新設すると明言した。もちろんそんな中でも原発に反対する声はある。使用済み核燃料の再処理工場があるノルマンディー地方のラ・アーグでは、「福島」と手書きされた折り紙の船が水辺に浮かんだ。 【米国】 ニューヨーク(Manhattan Project for a Nuclear-Free world提供)  STOP THE NUCLEAR WASTE DUMPING! (核の廃棄物を捨てるな!) ドキュメンタリーの巨匠フレデリック・ワイズマンの映画でも知られるニューヨーク公共図書館。美しい建物の前で4月8日、「汚染水を流すな!」集会が行われた。日本語で〈原子力? おことわり〉と書いた旗をかかげる人の姿も。ニューヨークの近郊にはインディアンポイント原発があり、市内を流れるハドソン川が汚染される懸念がある。日本の海洋放出はNYっ子たちにも他人事ではないのだ。 【ニュージーランド】 ニュージーランド(ジャック・ブラジルさん提供)  「キウイの国」の南島オタゴ地方の都市ダニーデン。「オクタゴン」(八角形)と呼ばれる市内中心部の広場に、〈Tiakina te mana o te Moana-nui-a-Kiwa〉と書かれた横断幕がひるがえった。マオリ語で「太平洋の尊厳を守ろう」という意味だそうだ。 スタンディングに参加した安積宇宙さんは東京都生まれ。地元オタゴ大学に初めての「車椅子に乗った正規の留学生」として入学した人だ。安積さんはSNSにこう書きこんでいた。 《太平洋は、命の源であり、私たちを繋いでいる。(海洋放出)計画の完全中止を求めます》 【太平洋諸国】 フィジー(Pacific Conference of Churches提供)  青い空に青い海。美しい景色をバックに、マーシャル諸島の若者たちは〈DO NOT NUKE THE PACIFIC〉(太平洋を核にさらすな)のプラカードをかかげた。ソロモン諸島では照りつける太陽の下に〈PROTECT OUR OCEAN〉(私たちの海を守れ)の旗。フィジーでは〈I am on the Ocean,s side〉(私は海の味方)の横断幕……。 米軍が1954年3月1日にビキニ環礁で行った水爆ブラボー実験は、軍の想定を大幅に上回る放射能汚染を地域にもたらした。爆心地にできたクレーターは直径2㌔、深さ60㍍とも言われる。爆発で吹き上げられた放射性物質は漁船「第五福竜丸」やマーシャル諸島に暮らす人びとの上に降りかかった。多くの人が病に冒され、故郷を追われた(佐々木英基著『核の難民』)。こういう経験をしている人々が海洋放出に反対するのは当然だろう。    ◇ SNS情報だから正確ではないが、4月13日の前後に国内外でかなりの数の市民が行動を起こしたことを確認できた。一部を書き出す。 福島、郡山、茨城、京都、新潟、東京、愛知、佐賀、青森、神奈川、静岡、埼玉、兵庫、福岡、沖縄、ベトナム、カナダ、韓国、フィリピン……。これだけ広がったのは、発起人たちの中でも予想外だったようだ。 これ海メンバーで会津若松市在住の片岡輝美さんは話す。「本当に驚きました。人びとのつながりを感じ、勇気をもらいました。あとは日本政府がこの市民のメッセージとどう向き合うのか、ですね」。 「我々は災害に直面する」 太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」のヘンリー・プナ事務局長  日本政府は国際原子力機関(IAEA)のお墨付きを得ることによって「国際社会は海洋放出を支持した」という印象を日本国内に植え付けようとしている。しかし、IAEAがすべてではない。アジアや太平洋の島国の中には海洋放出への反対が根強い。 今年1~2月、国連人権理事会で日本の人権の状況に関する審査が行われた。その結果、各国から合計300の勧告が日本政府に出された。死刑制度などへの勧告が多かったが、そのうち11件が海洋放出に関するものだったことは特筆に値する(表参照)。 海洋放出について日本政府に出された勧告 国名勧告の内容中国国際社会の正統かつ正当な懸念を真摯に受けとめ、オープンで透明性があり、安全な方法で放射性汚染水を処分すること。サモア放射性廃棄物が人体や地球環境におよぼす影響を最小限に抑えるために、代替の処分方法や貯蔵方法への研究、投資、実践を強化すること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムから独自評価を依頼された専門家たちが求めるすべてのデータを、可及的速やかに提供すること。サモア福島第一原発の海洋放出計画について、包括的な環境影響調査を含めて、特に国連海洋法条約などに基づく国際的な義務を十分に守ること。マーシャル諸島太平洋諸島フォーラムによる独自評価が「許容できる」と判断しない限り、太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止すること。フィジー太平洋に放射性廃水を放出する計画を中止し、太平洋諸島フォーラムによる独自評価について、フォーラム諸国との対話を継続すること。フィジー太平洋諸島フォーラムの専門家たちが放射性廃水の太平洋への放出が許容されるかどうかを判断するために、必要なすべてのデータを開示すること。東ティモール国際的な協議が適切に実施されるまでは、福島第一原発の放射性廃水の投棄に関わるあらゆる決定の延期を検討すること。サモア情報格差を含めて太平洋諸国が示しているすべての懸念に対処するまで放射性廃水の放出を控えること。人体と海の生物への影響に関する科学的データを提供すること。バヌアツ汚染廃棄物の安全性に関する十分な科学的エビデンスの提供なしに、福島第一原発の放射性汚染水や廃棄物を太平洋に放出、投棄しないこと。マーシャル諸島太平洋の人びとや生態系を放射性廃棄物の害から守るために、海洋放出の代対策を開発、実践すること。国連人権理事会UPRレビュー作業部会報告書案から引用。筆者訳  表を見て分かるのは、太平洋に浮かぶ島国の危機感が強いことだ。太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum、PIF)」という組織がある。外務省ホームページによると、オーストラリア、ニュージーランド、フィジー、ソロモン諸島、マーシャル諸島など、太平洋に浮かぶ16カ国と2地域が加盟している。今年1月、このPIFのヘンリー・プナ事務局長が英ガーディアン紙に寄稿した。 〈日本政府は太平洋諸国と協力して海洋放出問題の解決策を見出さなければいけない。さもなければ、我々は災害に直面する〉 プナ氏は寄稿の中でこう指摘する。海洋放出の是非を判断するためのデータが不足している。これは日本国内だけの問題ではなく、国際法に基づいてグローバルに検討すべき問題である。安全性に関する現在の国際基準が十分かどうか、我々は時間をかけて調べなければいけない――。プナ氏は最後にこう書いた。 〈我々を無視しないでください。我々に協力してください。我々みんなの未来、将来世代の未来がかかっています〉 奇妙な経産省の発表文  前述の通りPIF諸国の中には海洋放出に反対する国が数多くある。しかし経済産業省はそのことを日本国民に十分伝えているだろうか。 例を挙げる。今年2月、PIFの代表団が訪日し、岸田文雄首相、林芳正外務大臣、西村康稔経産大臣と会談した。原発を所管する西村氏との会談はどんな内容だったのか。経産省のウェブサイトを見ると、このようなニュースリリースが公開されていた。 〈西村大臣から、第9回太平洋・島サミット(PALM9)で菅前総理が約束したとおり、引き続き、IAEAによる客観的な確認を受け、太平洋島嶼国・地域に対し、高い透明性をもって、科学的根拠に基づく説明を誠実に行っていくことを再確認しました〉  予想通りの内容。驚いたのはこれからだ。会談結果を伝える経産省のページには、英文に切り替えるボタンがついていた。試してみると、先ほどの文章はこう変わった。 〈Minister Nishimura also reconfirmed that he takes seriously the concerns expressed by the Pacific Island countries and regions, and as promised by former Prime Minister Suga at The 9th Pacific Islands Leaders Meeting (PALM9)…〉 https://www.meti.go.jp/english/press/2023/0206_001.html  なぜか日本語版にはない一文が入っている。傍線部分だ。「彼(西村大臣)は太平洋諸国が示している懸念を真剣に受け止め…」。この部分が日本語版にはなかった。訳文と内容が異なるのは不可解だ。筆者は経産省の担当者にこの点を指摘した。すると担当者は「内部で確認し、後日回答します」との返事だった。しかし2日ほど返事がない。気になってもう一度該当ページを調べたら、経産省がしれっと直した後だった。「西村大臣は、太平洋島嶼国・地域から表明された懸念を真摯に受け止め…」と加筆されていた。筆者の指摘で直したのは確実だ。赤字で以下の注意書きが加わっていた。【リリースの英文と和文の記載内容に差異があったことから、和文も英文に合わせて修正しました】 https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230206002/20230206002.html  こういうのは細かいけれど重要だ。 経産省はこれまで、日本国内で「不都合なことは伝えない」というスタンスをとり続けてきた。〈みんなで知ろう。考えよう〉とテレビCMでかかげた。だが漁業者の反対やALPSでは除去できない炭素14の存在といった自分たちに不都合な要素は、少なくとも積極的には伝えていない。今回の件も同様に、「PIF諸国が懸念を示した」ことを日本国内に知らせたくなかったのではないか。勘ぐり過ぎだろうか? 日本政府は2015年、福島県漁業協同組合連合会(福島県漁連)に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束した。海に流した汚染水は世界中に広がる。そのことを考えれば、本来なら、理解を得る必要がある「関係者」は世界中にいると言っても過言ではない。日本政府の対応が問われている。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

  • 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】

     3月末に気になる本が刊行された。『3・11 大津波の対策を邪魔した男たち』(島崎邦彦著、青志社)だ。著者は東京大学名誉教授で、日本地震学会の元会長。本の帯にはこうあった。〈内部から大津波地震を警告した地震学者が告発!! きちんと対策すれば、福島原発の事故は防げ、多くの人たちが助かった。しかし東京電力と国は、対策をとらなかった。いったい、何があったのか? なぜ、そうなったのか?〉。原発事故に関心のある人なら必読の本だろう。  著者が「原発の事故は防げ、多くの人たちが助かった」と指摘するポイントは大きく言って二つある。詳しくは本書を読んでほしいが、少しだけ紹介しておく。一つ目は、2002年に政府の地震調査研究推進本部が出した「長期評価」の扱いだ。著者はこの長期評価をつくる部会の責任者だった。報告書は「日本海溝沿いの三陸沖~房総沖のどこでも津波地震が起きる可能性がある」と指摘していた。このエリアには当然「福島県沖」も含まれる。しかし、東電は原子力安全・保安院を説得し、真っ当な津波対策をとらずに済ませてしまった。このことはある程度知られている。ところが長期評価の指摘を軽視したのは東電だけではなかったと著者は指摘する。著者によれば、内閣府の圧力によって長期評価の指摘の緊急性は減じられてしまっていた。著者は書く。〈長期評価に泥をぬられたと私は感じた〉。内閣府がどんな圧力を加えたのか。詳しくは本書を読んでほしい。  著者が指摘する二つ目のポイントは、なんと東日本大震災の2日前、2011年3月9日に訪れる。著者は悔恨と共にこう書く。〈もし、前日の朝刊で、陸の奥まで襲う津波への警告が伝えられていたならば、と〉。一体何があったのか。こちらもぜひ、本書を読んで確認してほしい。  著者は学者だが、難しい内容をできるだけ分かりやすく書く努力を怠っていない。学者の書く本が苦手な人でもすらすら読めるだろう。登場人物はすべて実名だが、きちんと「さん」づけで書いているところも好感をもった。特定の誰かを責めるのではなく、社会全体で福島原発事故の教訓を生かそうという著者の思いが伝わってくる。   (牧内昇平) 3・11 大津波の対策を邪魔した男たちposted with ヨメレバ島崎 青志社 2023年03月27日頃 楽天ブックスAmazonKindle あわせて読みたい 原発事故「中通り訴訟」の記録著書発行

  • 【福島国際研究教育機構】職員が2日で「出勤断念」【エフレイ】

     4月1日、政府は特別法人「福島国際研究教育機構」(略称F―REI=エフレイ)を設立した。現地仮事務所開所の様子は大々的に報じられたが、その一方で早くも出勤していない職員がいるという。 霞が関官僚の〝高圧的態度〟に憤慨 エフレイの仮事務所が開設されたふれあいセンターなみえ  エフレイでは①ロボット、②農林水産業、③エネルギー、④放射線科学・創薬医療と放射線の産業利用、⑤原子力災害に関するデータや知見の集積・発信――の5分野に関する研究開発を進める。7年間で26項目の研究開発を進める中期計画案を策定した。理事長は前金沢大学長の山崎光悦氏。 今後50程度の研究グループがつくられる予定で、第1号となる研究グループ(放射性物質の環境胴体に関する研究を担当)が県立医大内に設けられた。 産業化、人材育成、司令塔の機能を備え、国内外から数百人の研究者が参加する見通し。浪江町川添地区の用地14㌶を取得して整備する方針で、2024年度以降、国が順次必要な施設を整備、復興庁が存続する2030年度までに開設していく。予算は7年間で1000億円規模になる見通し。 4月1日には町内のふれあいセンターなみえ内に仮事務所を開設し、新年度から常勤58人と、非常勤数人の職員が配置された。 ところが、仮事務所が本格稼働してからわずか3日目にして出勤しなくなり、電話にも出なくなった職員がいるという。 どういう理由で出勤しなくなったのか。当事者である中年男性に接触したところ、本誌取材に対し「特技の英語を活用して働く環境に憧れ、県内の職場を辞めて求人に申し込んだ。ただ、理想と現実のギャップに愕然として出勤する気が失せた。後は察してください」と述べた。 一部始終を聞かされたという知人男性が、この男性に代わって詳細を教えてくれた。 「職員の多くは中央省庁からの出向組で、事前に立ち上げられた準備チームからスライドしてきた。互いに気心が知れている分、新しいメンバーには冷たいのか、着任1日目の職員(当事者の中年男性)に敬語も使わず、いきなり『あんた』呼ばわりだったらしい。ろくに顔合わせもしないうちに弁当の集金、スケジュール管理などの業務を任せられ、同じく地元採用枠で入った女性職員について『あごで使っていいから』と指示を出された。とにかく、すべてが前時代の高圧的・パワハラ的対応。『この上司と信頼関係を築ける気がしない』と感じたそうです」 「HTML(ウェブページを作るための言語)知ってる?」と質問されたが、職員採用の募集要項にHTMLの知識は明記されていなかったため、素直に「分かりません」と答えた。すると「しょうがねーなー」と返されたので唖然とした。 別部署の女性職員は「外で〝第一村人〟にあいさつされちゃった」とはしゃいで笑っていた。「地域との連携をうたっているが、現場の人間は地域住民を馬鹿にするのか」と不信感が募り、実質的な〝試行期間〟のうちに就労を断念することにした――これがこの間の経緯のようだ。 「質問にお答えできない」 エフレイの仮事務所に掲げられている看板  エフレイに事実関係を確認したところ、金子忠義総務部長、堀内隆之人事課長が対応し、「情報公開の規定に基づき個人が特定される質問にはお答えできない」としたうえで、一般的な判断基準について次のように話した。 「各種ハラスメントに関しては法令で定められているので、双方の話を聞き、それに当てはまるかどうか判断することになります。(HTMLの知識の有無を尋ねたことについては)職員採用の募集要項に明記されていない資格・能力を〝裏条件〟のように定めているということはありません。地域との連携はエフレイの重要な課題だと認識しています」 “出勤断念”に至った背景には、語られていない事情もあると思われるが、いずれにしても働きたい環境とは思えない。 4月8日付の福島民友で、山崎理事長は「世界トップレベルの研究を目指し、初期は外国人が主体になるが、ゆくゆくは研究者・研究支援者の何割かを地元出身者から受け入れたい」、「われわれも高等教育機関や高校、中学校などを訪ね、夢を持つことの大切さを伝えていく」と述べていた。だが、まずは職員による高圧的対応、地方に対する上から目線を改めていかなければ、そうした理想も実現が難しいのではないか。 エフレイのホームページ あわせて読みたい 【浪江町】国際研究教育機構への期待と不安

  • 解散危機に揺れる【阿武隈川漁業協同組合】

    (2022年9月号)  阿武隈川漁業協同組合(福島市)に解散の危機が迫っている。東京電力福島第一原発事故による魚の汚染で10年間採捕が禁じられ、組合員や遊漁者からの収入が途絶えて毎年赤字に。事務局長は試算を示し存続困難を訴えるが、役員らには「事務局長の一方的な解散誘導」に映る。他方、事務局長は「役員は当事者意識が薄い」と感じており、両者はかみ合わない。組合長お膝元の石川地区では支部における過去の不正への不満が募り、上から下まで疑心にあふれている。 【理事と事務局に不協和音】責任追及恐れる東電 阿武隈川漁協本部の事務所(福島市)  「新しく就任した組合長が『漁協の会計で困っている』と周囲に漏らしているらしい。金銭に絡むトラブルがあったのではないか」 と、阿武隈川漁協石川地区の元組合員男性が明かした。 同漁協では、2003年から18年間にわたり代表理事組合長を務めた望木昌彦元県議(85)=福島市=が2021年5月末に退任し、第一副組合長で石川支部長だった近内雅洋氏(68)が昇格。近内氏は石川町議会で副議長を務める。トップ交代に当たり、前任者の体制で不正があったのではないかと、新組合長のお膝元から疑念が向けられたわけだ。 取材を進めても使い込みや着服などの不正はつかめなかった。同漁協の堀江清志事務局長(65)は 「原発事故後、収入が減り漁協の経営は自転車操業です。賠償をもらうには東電のチェックも厳しく、不正に使えるお金なんて1円もありませんよ」 同漁協は経営難から、試算上は2年以内に解散する危機に瀕していた。 内水面漁協は川や湖などに漁業権を持つ水産業協同組合で、県内には25団体ある。現在は養殖を除いて内水面漁業を生業としている組合員はわずかに過ぎず、趣味の釣りが高じて組合員になった人が多い。漁業権と引き換えに、稚魚の放流や外来生物の駆除、密漁を監視するなどして水産資源を管理する役割を担っている。 組合員の出資金で運営する「出資組合」と出資をさせない「非出資組合」があり、県内の内水面漁協は前者が17団体、後者が8団体だ。阿武隈川漁協は、県内では県南の西郷村から県北の伊達市までを流れる阿武隈川に漁業権を持つ県内最大の内水面漁協。原発事故前の2010年度には組合員4629人を誇った。12支部に分かれて活動している。 経営が立ち行かなくなってきたのは、高齢化により脱退者が増えて収入が減っていたところに、原発事故で下流域を中心に魚類が汚染され、検体を除いて採捕が禁じられたのが大きい。同漁協の主な収入は組合員が毎年払う賦課金4000円(アユ漁の場合はプラス2000円)と非組合員が購入する遊漁券だ。これらの料金を同漁協に払うことで阿武隈川流域での漁業権を得る。同漁協はアユ、コイ、ウグイ、ワカサギ、ウナギ、フナ、ヤマメ、イワナの8魚種の漁業権を持っている。 2011~20年度の10年間は全魚種を採ることができなかったので賦課金も遊漁券収入もなかった。「漁で採れないのだから稚魚の放流事業は必要ない」という立場の東電は放流事業に対する賠償を認めなかったが、同漁協からすると「カワウや外来魚に食べられて減少する」と、原発事故後も本来の義務である放流や河川整備を続け、その分赤字が出たというわけだ。 2021年、全8魚種のうち3~5魚種に限り採捕を解禁し、賦課金の徴収を再開したが、10年を経て組合員は4629人から2076人(2022年3月末現在・組合費と賦課金を払った人数)に半減した。単純計算で2076人×4000円で賦課金収入は約830万円。実際は集金を担当する組合員に手数料として10%を払うため、漁協の取り分はもっと少なくなる。 原発事故前までは手数料を差し引いた90%を、本部と支部で7対2に分け、本部は稚魚の購入・放流費用や事務局職員の人件費、事務所の維持費などに充てていた。 東北工業大学(仙台市)の小祝慶紀教授が同漁協の総代会資料などを参考に執筆した「福島原発事故の10年と福島県の内水面漁業への影響」(環境経済・政策学会、『環境経済・政策研究』2021年9月)によると、事故前の2010年度の総事業収入は約4600万円だったが11年度から20年度までは3200~3800万円で推移。一方、11年度以降の総事業支出は3300~4000万円で、毎年度赤字が積み重なっていた。最大赤字額は約240万円だった。(14、15年度は論文に未記載のため不明)。 総事業収入の大部分は、言うまでもなく東電からの賠償金で、毎年度約2000万円が支払われていた。このほか原発事故によって発生した事業支出等に対する請求(追加費用)は、2012年度の約700万円から徐々に増加し、20年度には約1300万円になった。賠償金と追加費用を合わせた金額は約3000万円で、総事業収入の約8割を占める計算だ。 福島市の本部事務所には、会計事務を担当する職員2人が詰めているが、原発事故後は東電との賠償交渉も業務に加わった。 「人件費は2010年度の支出を基準に東電から賠償金と追加費用を受けていました。放流費が認められなかったので賠償額は決して十分とは言えませんが、証明可能な逸失利益を基準に計算すると『間違いとも言えない額』です。領収書は全部コピーして東電に提出しています。東電のチェックは監事や会計事務所も見落としていたような記載ミスを指摘してくるほど厳格でした」(堀江事務局長) 石川支部で過去に遊漁券偽造 偽造遊漁券が出回っていた母畑湖(石川町)  それではなぜ石川地区から漁協の会計を疑う声が寄せられたのか。それは30年以上前に起きた同支部の偽造券疑惑にあった。 「遊漁券は本部しか発行できないのに『石川支部発行』と記載された1日券の偽造品が出回っているのを見たんです」(冒頭の元組合員) 正規の遊漁券は手帳サイズの紙が2枚つながっており、料金を払ったのち、片方は「遊漁承認申請書」として取り扱っている各支部や釣具店が本部に提出、もう片方は「承認証」として遊漁者が携帯する。遊漁券の発行元は「阿武隈川漁業協同組合」としか書かれていない。1枚ずつ番号が振られていて、事務局が番号を調べればどこに配布されているか分かるようになっている。 元組合員によると、偽造券が出回っていたのは当時ワカサギ釣りで隆盛を極めていた母畑湖(石川町)だった。監視員が湖上に張られたテントを訪ね、釣り人が遊漁券を持っていないと分かると、その場で遊漁料を徴収し「石川支部」と記された偽造券の半券を渡す。本部の会計と紐づけされていないので、支部で自由に使える裏金ができる仕組みだ。 「私が知り合いの遊漁者から見せられた偽造券は粗末なわら半紙でした。『こんな物が出回っているようだが、組合員のお前は知っているか』と言われました」(同) 現在の1日券は現場徴収で税込み1000円(アユ漁除く)。ワカサギ釣り全盛期の母畑湖では、夜になるとテントの明かりが湖上一面に浮かび上がっていたという。偽造券による収入も多額だったことだろう。 本部によると、遊漁券を支部独自に発行することは認めていない。30年以上前のこととなると証拠も残っておらず、実行者も多くが亡くなっていて特定は難しい。だが、ウワサは別の支部にも届いていた。 同漁協元理事で現在は一組合員の佐藤恒晴氏(86)=福島市摺上支部=は「摺上支部長だった20年以上前のことです。理事会の旅行で、理事たちが、石川支部では特定のグループが湖や沼で独立した運営のようなことをやっていると雑談していました。ただ理事会での話ではないのでどこまで本当か確証はありません」。 古くからの組合員で27年前から理事を務める石川支部の岡部宗寿支部長(65)=浅川町議=は「聞いたことは一度もないなあ。当時から今もいる組合員で、そういうことをやるような人はいないよ」。 前支部長の近内組合長も「私も組合員になって30年以上、理事は20年ほど務めていますが、そこまで昔の話だと分からないですね」。 ただ、石川支部の組合員の間からは「同支部は魚の放流場所を詳しく教えてくれない」との不満が聞かれる。これに対し、岡部支部長は「毎年、鑑札(組合員に渡される証明書)を配る時にきちんと話しています」と否定。放流前にはグループLINEや顔を合わせた仲間内十数人に直接知らせているという。そのLINEには、放流して釣って焼いたウナギの写真がアップされていた。 放射性物質を検査した結果、同漁協が漁業権を持つ8魚種のうち信夫ダム(福島市)下流ではアユ、コイ、ウグイの3魚種、同ダム上流ではイワナ、フナを加えた5魚種の採捕が2021年から解禁された。つまりいずれにも該当しないウナギ、ワカサギ、ヤマメの3魚種は阿武隈川流域で採捕ができないはずだが……。 ウナギの採捕は解禁されていないのではないかと岡部支部長に聞くと「全然そんなことはない」と言う。記者が2022年度の同漁協「お知らせ」に記載されている採捕可能魚種を示すと、 「それでもうちではウナギを放流したし、いたら釣るでしょ。釣っている人は何人かいるなあ。ウナギは、原発事故後は検体のために釣っていたが、(一部解禁した)2021年からは売ったり食べたりしている人もいるんじゃないか」(岡部支部長) 支部の運営にルーズな面があることは否めないようだ。 事務局主導に不満  石川支部の組合員が支部運営に不満を抱く一方、岡部支部長は本部の運営に文句があるようだ。 「事務局長が漁協を解散するって言ってるのか? そんな大事な話を俺たち理事にしないのはどういうことなんだ。解散する・しないを職員が決めるのはおかしいだろ。本来は組合員から話が上がって、初めて検討されることではないのか」(同) 本誌が前出の堀江事務局長に確認すると、解散を検討しているのは事実だが、理事たちにはまだ公にしていないことを認めた。 解散話をきっかけに、岡部支部長の不満は一気に噴出した。赤字が続いているのに、職員が退職金を積み立てていた。職員は60歳で定年だが、勝手に延長を決めていた。東電との賠償交渉も 「役員を立ち会わせず、事務局長1人で行っていたと思うよ。当時第一副組合長だった近内君(現組合長)に聞いても『自分は立ち会ったことがない』と言うんだからね」(同) 堀江事務局長は取材に、退職金については同漁協の定款第22条「職員退職給付引当金」で定められているとし、赤字補填への流用はできないという。定年延長も「原発事故の賠償対応を投げ出すことはできない」と、採捕解禁まで任期を延ばした望木前組合長に合わせて行った措置と説明する。2018年度の理事会で正職員として雇用延長する承認を得たという。だが堀江事務局長は2022年3月の理事会で、同漁協が給料を捻出できなくなることを理由に退職を申し出た。 「近内組合長から『非正規雇用だと給料は安くなるが、それでも東電との交渉の結果、人件費が支給されれば事務局長を続けてもらえるか』と打診され、2023年度まではいられるように目安を付けてもらいました。自転車操業で収入はゼロに近いかもしれませんが、責任ある業務を果たしていくつもりです」(同) 東電との交渉については「私1人ではなく、望木前組合長同席のもとで臨みました」(同)。理事会からは精神的被害の賠償を求める声もあったが、事務局では証明可能な逸失利益の賠償を求めることに徹したという。賠償基準に照らして東電に請求し、生業としている人にはその損失が個別に賠償されている。 そんな堀江事務局長のワンマン体制への批判は、取材を通して理事らから寄せられた。背景には、同漁協全体の会計を十分に把握しているのが職員だけという事情がある。それについては、堀江事務局長から理事らへの恨み言も聞こえた。 事務局「切り詰めても2年で限界」  「赤字にもかかわらず、理事ら役員から『経営はどうなっているんだ』という声が上がってこないんです。支部は、賦課金や遊漁料を徴収して持ち金があるので会計の全体像を把握しにくいのかもしれません。組合員数の減少を3000人くらいに抑えられるのではないかと楽観する役員もいました」 同漁協の定款第32条1項には「役員は組合のため忠実にその職務を遂行しなければならない」とあり、同条2項には「その任務を怠ったときは、この組合に対し、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」とある。堀江事務局長は同条を念頭に、役員に「漁協経営を本気になって考えてほしい」と話すが、前出の岡部支部長は「脅しじゃねえか」と憤っている。 漁協の管理監督は県の管轄だが、堀江事務局長によると、県から経営改善に向けた具体的な指導はないという。会計資料は県農業経済課が検査している。 「県は『さらなる支出の抑制をしなければならない』と言いますが、既に切り詰めています。県がずるいのは『健全化しなさい』とは言うけど『漁協の経営ができなくなったらどうするのか』という質問には答えてくれないところです。私は事務局に四十数年勤めており、考えられることはやってきたつもりですが、まだできることがあるなら助言くらいはしてほしい。これ以上は漁協だけでは限界です」(同) 堀江事務局長は、会計を把握している県が同漁協の解散を想定していないはずはないとみている。 「正直言うと、あと2年のうちに解散は避けて通れないです。私はそう思っています」(同) 県はどのように受け止めているのか。水産課の後藤勝彌主幹は「経営が苦しい状況は聞いていますが解散の話はまだ県に届いていません」。 同漁協がなくなるということは、漁業権が設定されず阿武隈川では誰でも採捕できるということだ。県漁業調整規則によると、採捕者は漁具や漁法ごとに知事の許可を得る必要が出てくるが、竿釣りは規制されていないので、実質釣り放題だろう。水産課は、同漁協の解散は想定しておらず「存続できるように動かねばなりません」(後藤主幹)。 「事務局長が、解散に言及したのは、それほど経営を深刻に考えているということと受け止めています。内水面の各漁協も2023年8月に漁業権の更新時期を迎えます、各漁協にヒアリングを進めていますが、時期にこだわらずに阿武隈川漁協の現状も細かく聞いていきます」(同) 堀江事務局長によると、同漁協の解散を一番恐れているのは東電ではないかという。 「東電のせいで阿武隈川漁協が解散に追い込まれたとは報道されたくないようです。これまでの交渉で、職員が働けるように給料を補償してくれれば、解散せずに業務を続け、収益を上げられるように努力できると訴えていますが、東電から明確な返答はまだありません」(同) 仮に給料の補償を得て事業を続けられたとして、それ以降の経営はどうするのか。事務局では12支部が独立採算制で運営するのが現実的と考えている。 漁協の純粋な収入は賦課金、遊漁料、漁業権行使料などで、例年約1600万円を得ている。支出は放流事業費が偶然にも収入と同じ約1600万円で、役員報酬を含めた人件費が約1300万円。職員が退職することで人件費が減るとすると、役員報酬を圧縮すれば、収入を放流事業費にそのまま充てることで赤字を減らすことができる。そうやって同漁協本体を立て直したうえで、各支部が賦課金や遊漁料を徴収する独立採算制に移行し、その収入で放流を実施する――というのが堀江事務局長の考えだ。 「あと2年持つかどうか」というのは、あくまで堀江事務局長の試算をもとにした意見で、解散という重大事項の決定は全組合員からなる総会での議決が必要となる(定款第42条と第46条4項の3号)。解散方針を覆すには、事務局が考えた以上の良案を組合員から出す必要がある。 行く末決める理事会は10月以降か  近内組合長は解散案について、「理事会を開いて理事から意見を聞かないといけません。組合長と言ってもまとめ役だから、今の段階で今後の方針は話せませんが、解散は避けたいと考えています」。 熊田真幸副組合長(84)=郡山支部長=は「先輩たちがつくった漁協を景気が悪いからと言って『はい解散』とはいかんべな。組合員が2000人に減ったとは言え、内水面漁協としては最大なわけだから他の漁協に与える影響も大きい」。 組合員の年齢層が60~70代と高齢化し、縮小は避けられないとの見方だが、分割には消極的だ。 「解散・分割は避けつつ、それなりの規模に縮小が必要だと思う。もともと阿武隈川漁協は、いくつかの団体を一つにまとめてできました。分割はこの流れに逆行しますし、分割した各漁協に専従者を置けば事務費がかかりますからね」(同) 白河支部の大高紀元支部長(75)は「経営健全化のために再編成は必要です。私としては、放流事業を効率化するためにも県北、県中、県南の三つくらいに支部を統合する案を考えています」。 事務事業は組合員が無給でやるのかと聞くと、 「報酬は経営努力次第でしょう。まずは各自が組合員を増やしていかなければなりません。いずれにしても、再編後は今まで以上に理事が本気を出さなければなりません」(同)。 経営健全化のためには、経営難だからといって魚の放流量を減らさずに維持し、豊かな漁場にすること。さらに、他の漁協と比べて安い賦課金4000円を値上げすることも考えなければならないとする。 「キャンプブームで若い人たちが自然に目を向けています。川に親しんでもらうチャンスです。漁協のためだけでなく、阿武隈川を愛する人たちのために組合員が考えなければならないことはいっぱいある」(同) 阿武隈川源流に近く、首都圏からのアクセスが良い白河地区は清流にすむアユを目的にした遊漁者も多い。県による監査でも白河支部の評価は上々のようで、そうした要因が自信につながっているようだ。 同漁協は年内に臨時の理事会を開き、解散するかしないかの方向性を決める予定だ。堀江事務局長によると、方針を決めるための参考となる書類を9月中にまとめる予定といい、理事会は10月以降の開催が濃厚だ。決断の時は迫っている。

  • 営農賠償対象外の中間貯蔵農地所有者

    (2022年10月号)  県内除染で発生した土などの除染廃棄物が搬入されている中間貯蔵施設(大熊町・双葉町)。そんな同施設に農地を提供する地権者(農業生産者)らが「環境省や東電に理不尽・不公平な扱いを受けている」と主張し、見直しを求めている。 看過できない国・東電の「理不尽対応」  除染廃棄物は帰還困難区域を除くエリアで約1400万立方㍍発生すると推計されていたが、9月上旬現在、約9割にあたる1327万立方㍍が中間貯蔵施設に搬入された。 同施設は用地を取得しながら整備を進めている。地権者は2360人(国・地方公共団体含む)に上り、環境省は30年後に返還される「地上権設定」、所有権が完全に移る「売買」、いずれかの形で契約するよう求めている。連絡先把握済み約2100人のうち、8月末時点で1845人(78・2%)が契約を結んでいる。 その中の有志などで組織されているのが、「30年中間貯蔵施設地権者会」(門馬好春会長)だ。この間、30年後の確実な土地返還を担保する契約書の見直しを求め、新たな契約書案を環境省に受け入れさせたほか、理不尽な用地補償ルールの是正にも取り組んできた。 通常、国が公共事業の用地補償を行う際には〝国内統一ルール〟に基づいて行われている。ところが、中間貯蔵施設の用地補償は環境省の独自ルールで行われており、具体的には中間貯蔵施設の地権者(30年間の地上権設定者)が受け取る補償額より、仮置き場として土地を4年半提供した地代累計額の方が多いという異常な〝逆転現象〟が生まれていた。 地権者会では用地補償について専門家などの指導を受け、憲法や法律や基準要綱などの解釈を研究。それらを踏まえ、「なぜ国が用地補償を行う際の〝国内統一ルール〟を中間貯蔵施設に用いなかったのか」、「〝国内統一ルール〟では『使用する土地に対し地代で補償する』、『宅地、宅地見込地、農地の地代は土地価格の6%が妥当』と示されているのに、なぜ環境省は同ルールを無視して低い金額で契約させたのか」と団体交渉や説明会の場で繰り返し追及した。 そうしたところ、環境省は2021年、地権者会との団体交渉を突然一方的に打ち切った。ルール外の契約であることを訴え続ける同地権者会に対し、頬かむりを決め込んだわけ。その後も地権者との個別交渉や説明会は継続して行われているが、未だ地上権を見直す姿勢は見えないという。 併せて同地権者会と農業生産者が取り組んでいるのが、理不尽な営農賠償(農業における営業損害の賠償)の見直しだ。 門馬会長はこう訴える。 門馬好春会長  「東電は農業生産者である帰還困難区域内の農地所有者、中間貯蔵施設の未契約の農地所有者、県内の仮置き場に提供している農地所有者には現在も農業における営農賠償の支払い対象としている。しかし、中間貯蔵施設に地上権契約で農地を提供している農地所有者だけは営農賠償の対象外となっているのです。こんな無茶苦茶な話はありません」 地上権契約者にも、2019年分までは年間逸失利益を認め営農賠償が支払われていた。だが、2020年に同年分から突然営農賠償の対象外という方針を東電が決定した。 ある農業生産者は、東電に対し、農業再開の意思がある証拠として、地上権契約書などを送って回答を求めたが、何の連絡もなかった。そのため、同地権者会も含めた東電との交渉が始まり、問題が広く認識されるようになった。 同地権者会と農業生産者らは、越前谷元紀弁護士や熊本一規明治学院大名誉教授、礒野弥生東京経済大名誉教授の同席のもと、東電(弁護士同席)とマスコミ公開の下で交渉を重ねている。 門馬会長によると、東電は「仮置き場は一時的な土地の提供の契約書なので、早期の営農再開が可能だが、中間貯蔵施設は相当期間農地を提供するため、農業ができない期間が長期にわたる契約書である」、「仮置き場は地域の要請によりやむを得ない事情で提供せざるを得なかった」として、営農賠償の対象にしていることの正当性を主張した。 「それを言うなら、仮置き場で設置期間が長いものは10年近くになっているし、帰還困難区域や中間貯蔵施設の未契約者も長期にわたり農業ができていないが、東電に営農の意思を示し営農賠償の対象になっている。地域の要請で土地を提供したのは、仮置き場も中間貯蔵施設も同じで同施設の方が要請ははるかに強い。そもそも原発事故で農業ができないのはみな一緒なのだから、分ける必要はない」(門馬会長) 【越前谷弁護士が指摘】東電主張は「論理の逆転」 2022年8月に行われた地権者会と東電との交渉の様子(門馬好春氏撮影)  越前谷弁護士は東電の主張を「論理の逆転」と指摘している。 東電は営農賠償の対象になるかどうかの判断基準を「将来農業ができる環境が整ったら営農再開をする意思があるかどうか」という点だと示している。その理屈だと、「将来農業ができないかもしれない」と言っただけで、現時点で起きている「農業ができない」損害までなかったことになり、東電が賠償責任を負わないことになる。勝手な理屈だ。熊本、礒野両名誉教授も東電の逸失利益に対する解釈の法的根拠の問題点を指摘し、東電に説明を求めた。 「原発事故により営農が不可能ならば、その被害に応じて毎年賠償すべき。そして農業ができる環境が整ったとき、営農再開するかどうかを農家自身が判断する――というのが本来の姿。事故加害者の東電が、一方的に営農再開時期をジャッジし、いま農家が農業再開の意思があると示していることを無視して、東電が『営農の意思がない』と勝手に判断、賠償の対象にならないと決めていることは承服できません」(同) 門馬さんらが東電担当者に長期と短期の定義を尋ねたところ、回答が二転三転して最終的には「総合的に勘案している」と答えたという。 営農賠償に関しては、東電と、JAグループ東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会などが協議してルールを定めてきたが、中間貯蔵施設の地上権契約者はそこから抜け落ちる形となった。 門馬会長が経緯を説明したところ、JAも理解を示し、バックアップする考えを表明したほか、中間貯蔵施設が立地する双葉町の伊澤史朗町長なども「東電が勝手に営農の意思がないと判断して営農賠償の対象外にするのはおかしい」と述べている。しかし、東電の反応は鈍く、8月3回目の交渉でも対応を見直す旨の回答はなかった。 事故を起こした責任がある国・東電が、被害者である中間貯蔵施設の地権者らに理不尽・不公平な条件をのませている現状がここにある。 中間貯蔵施設に関しては2045年3月12日までに県外で最終処分し事業を終了させる方針が法律で定められているが、最終処分地選定に向けた具体的な動きはまだない。今後、帰還困難区域の特定復興再生拠点区域や同拠点区域外の除染が進めばさらに多くの除染廃棄物が発生すると予想される。こうした現状を考えると、県外での最終処分が実現し、地上権契約者に土地が返還されるとは現実的に考えにくい。 原発事故の被害者である県民・地権者が理不尽な扱いをなし崩し的に受け入れる必要はない。いまから県外搬出が実現できなかったときのことも考え、例えば「搬出完了が1日遅れるごとに、違約金をいくら払え」ということを求める訴訟準備をしておくべきだ。そういう意味では、同地権者会は今後も大きな役割を担うことになろう。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

    (2022年10月号)  原発事故に伴い指定された帰還困難区域。文字通り、住民の帰還が難しいエリアだが、一部は「特定復興再生拠点区域」に指定され、順次、避難指示が解除されている。一方、特定復興再生拠点区域の指定から外れたところは、2029年までの避難指示解除を目指す方針だが、その対応にはいくつもの間違いがある。 「事故原発はコントロール下」の宣伝に利用  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改定・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える6町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 別表は帰還困難区域の内訳をまとめたもの。帰還困難区域は7市町村全体で約337平方㌔にまたがり、このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。  復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(6月12日)大熊町(6月30日)、双葉町(8月30日)が解除され、今後は富岡町、浪江町、飯舘村での解除が予定されている。 一方、復興拠点から外れたところは、国は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」との方針だったが、具体的なことは示されていなかった。 動きがあったのは2021年7月。与党の「東日本大震災復興加速化本部」が「復興加速化のための第10次提言」をまとめ、同月20日に当時の菅義偉首相に提出したのである。 同提言は、廃炉に向けた取り組み、帰還困難区域の環境整備、中間貯蔵施設の整備、指定廃棄物処理など、多岐にわたるが、復興拠点外の対応についてはこう記されている。 ○「拠点区域外にある自宅に帰りたい」という思いに応えるため、帰還の意向を丁寧に把握した上で、帰還に必要な箇所を除染し、避難指示解除を行うという新たな方向性を示す。政府にはこの方向性に即して、早急に方針を決定することを求める。 ○国は2020年代をかけて、帰りたいと思う住民の方々が一人残らず帰還できるよう、取り組みを進めていくことが重要。 これを受け、国(原子力災害対策本部)は同年8月31日、「特定復興再生拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除に関する考え方」をまとめた。前述の提言に倣った形で、「2020年代に希望する住民全員が戻れるよう必要箇所を除染し、避難指示を解除する」との方針が示された。つまり、2029年までに帰還困難区域全域の避難指示解除を目指す、ということだ。 その後、2022年8月までに「復興加速化のための第11次提言」がまとめられ、9月6日、岸田文雄首相に申し入れした。 そこには「住民一人ひとりに寄り添った帰還意向の丁寧な把握とスピード感をもった対応、除染範囲・手法を地図上に整理しながら具体化、大熊町・双葉町でモデル事例となるよう先行的に除染に着手し住民の安全・安心を目に見える形で示すこと、関係主体が連携したインフラの実態把握と効率的な整備、残された土地・家屋等の扱いについて地元自治体と協議・検討を進めること、等を求める」と記されている。 要するに、復興拠点外の対応に早急に着手し、まずは大熊・双葉両町でモデル除染を実施すべき、ということである。 法令を捻じ曲げ  実際に、復興拠点外のどれだけの範囲を除染するか等々はまだ示されていないが、帰還困難区域全域解除のため、大掛かりな環境整備を行うことが真っ当な対応とは思えない。 その理由はこうだ。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。例えば、6月に復興拠点が避難指示解除された大熊町では、地上1㍍で2マイクロシーベルト毎時以上のところがあった。ほかも同様にまだまだ放射線量が高いところがある。前述したように、復興拠点は帰還困難区域の中でも、比較的放射線量が低いところが指定されているから、帰還困難区域全体で見れば、もっと高いところがある。 さらには、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。×  ×  ×   フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)フクシマ事故が起きた時、半径20㌔以内の10万人を超える人たちが強制的に避難させられた。その後、当然のことながら汚染は同心円的でないことが分かり、北西方向に50㌔も離れた飯舘村の人たちも避難させられた。その避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。50〜100年経てば、放射能は自然に減衰するから、帰還はそれからでも遅くない。 全額国費の不道理  もう1つは、帰還困難区域(復興拠点の内外いずれも)の除染などは全額国費で行われること。「福島復興指針」によると、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――というのが国費負担の理由とされている。 帰還困難区域以外の除染は、国直轄と市町村が実施したものに分けられ、両方を合わせると、約4兆円の費用が投じられた(汚染廃棄物処理費用を含む。中間貯蔵施設整備費用等は含まない)。 国直轄除染は帰還困難区域を除く避難指示区域が対象で、環境省が除染を担った。一方、市町村実施は、避難指示区域以外で「汚染状況重点調査地域」に指定された市町村が実施したもの。県内のほとんどの市町村が「汚染状況重点調査地域」に指定されたほか、県外でも指定されたところがある。 これらすべての除染費用が約4兆円で、環境省環境再生・資源循環局によると「国直轄と市町村実施の比率はほぼ半々」とのことだから、避難指示区域の除染費用は約2兆円ということになる。 原発事故直後、避難指示区域の関係者が「避難指示区域に設定されたのは約3万世帯で、1世帯1億円を払えば3兆円で済んだ」との見解を示していた。 「1世帯1億円」が妥当かどうかはともかく、前述した避難指示区域の除染費用2兆円に、避難指示区域内の各種環境整備費用、中間貯蔵施設の用地取得・借り上げ費用、いま実施中の復興拠点区域(帰還困難区域)の除染費用などを加えれば、3兆円を超えるのは確実で、金額的にはそういった対応が可能だった。 事故当初は、多くの住民が「元の住まいに戻りたい」との考えだったが、すでに10年以上が経過した現在からすると、「除染をしなくてもいいから、そういった対応をしてほしかった」という人の方が多いのではないか。 もっとも、除染費用は、法律上は国費負担(税金)ではない。放射性物質汚染対処特措法では、「関係原子力事業者の負担の下に実施される」と明記されている。ここで言う「関係原子力事業者」は東電を指す。 とはいえ、東電が一挙的に除染費用を捻出することは不可能なため、国債を交付して国が一時的に立て替え、少しずつ東電(原子力事業者)が返済する形になっている。国債を発行した分は、当然、利息が生じるが、国はその分の負担は求めない方針で、全額返済までにどのくらいの時間を要するかによって利息額は変わるが、2000億円程度になると推測されている。法律上で言うと、その分は国庫負担(税金)になるが、それ以外は「関係原子力事業者」が負担していることになる。 ただ、前述したように、帰還困難区域は、全額国費で除染や環境整備が行われる。復興拠点の除染を含む整備費用は、3000億円から5000億円と見込まれている。復興拠点外はこれからだが、当然相応の除染や環境整備費用が投じられるものと思われる。   帰還困難区域の対象住民は区域再編時で約2万5000人。現在はそこからだいぶ減少しているうえ、解除されても戻らないという人が相当数に上るのは間違いない。 各町村の計画を見ると、復興拠点の居住人口目標は、すべて合わせてもせいぜい数千人。前段で、ある関係者の「1世帯に1億円を支払えば……」といった見解を紹介したが、復興拠点やそれ以外の帰還困難区域の除染・環境整備に数千億円をつぎ込むとなれば、それこそ1人当たり1億円か、それ以上になるのではないか。 住民の中には「どうしても帰りたい」という人が一定数おり、その意思は当然尊重されて然るべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 ただ、そのための財源が加害者である東電から支出されるならまだしも、税金であることを考えると、無駄な公共事業でしかない。それよりも、新たな土地で暮らすことを決めた人への生活再建支援に予算を投じることの方が重要だ。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、のいずれかでなければ道理に合わない。 もっと言うと、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。原告からしたら不本意だろうし、県民としても納得はできないが、そんな流れになっているのだ。だが、一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として、帰還困難区域を復興させる」というのも道理に合わない。 結局のところ、国の帰還困難区域への対応は、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけで、内実を見ると、さまざまな面で無理があったり、道理に合わないものになっている。

  • 生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】

     演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航) ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害  本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。 全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。 / https://www.youtube.com/watch?v=--IZaf5ZxHM 馬奈木弁護士が行った不同意性交は、上下関係で逃げ道を遮断する最も典型的な『エントラップメント』型ハラスメントのど真ん中!~3.3 馬奈木厳太郎弁護士によるセクハラ被害者本人と代理人弁護士による記者会見 2023.3.3  訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。 体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。 被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。 この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。 馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。 今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。 これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。 県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。 信頼を裏切る行為  福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、 「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」 福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。 以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。 2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。 同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。 生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。 「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」 生業訴訟については、 「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」 そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。 筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。 女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。

  • 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」

     3・11後に甲状腺がんと診断された人たちの声を聞くシンポジウムが3月25日、郡山市で開かれた。原発事故から13年目に入ったいま、当事者はどんな思いを抱いているのか。支援団体が実施したアンケートの結果と会場で語られた内容を紹介する。 当事者の話を聞こうとしない行政 シンポジウムの様子  震災・原発事故後、県は「県民健康調査」の一環として、事故当時18歳以下の子どもと胎児約38万人を対象に「甲状腺検査」を実施している。検査は超音波を使ったもので、20歳までは2年ごと、それ以後は5年ごとに実施。3月26日現在、247人ががん、54人ががん疑いと診断されている。 そんな甲状腺がん患者を支える活動をしているのが、NPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」(崎山比早子代表理事)だ。事故当時、福島県を含む放射性ヨウ素が拡散した地域に住み、その後、甲状腺がんと診断された人に対し「手のひらサポート」として療養費15万円(昨年8月から5万円増額)を給付している。 シンポジウムは同法人が主催したもの。会場の郡山市音楽・文化館「ミューカルがくと館」には27人が訪れ、オンライン中継は130人が視聴した。 当日はまず崎山代表理事が甲状腺がんの現状や課題について解説。その後、「手のひらサポート」受給者を対象に実施したアンケートの結果が紹介された。 調査期間は昨年7月から10月。回答者は本人109人(県内69人、県外40人)、保護者59人(県内43人、県外16人)。県外(本人+保護者)の内訳は東北10人、北関東9人、首都圏29人、甲信越8人。 治療状況については、県内回答者の82%が早期発見の「半葉摘出」、12%が「全摘出」だった。県内では定期的に甲状腺検査が行われているため、早期発見につながっていることが関係していると思われる。一方、県外回答者は「半葉摘出」、「全摘出」がそれぞれ48%だった。甲状腺検査が不定期で、がんが進行した段階で発見されるためだろう。 がんが進行し再手術したのは県内20%、県外14%。内部被曝を伴うアイソトープ治療を受けているのは県内14%、県外36%。複数回のアイソトープ治療は県内2%、県外21%。 健康状態については、「特に問題ない」と回答したのが県内53%、県外57%。どちらも約4割が「心配なことがある」と答え、県内の6%は「健康状態が悪い」と述べている。 自由回答欄への回答によると、「疲れやすい」、「寝てばかりいる」、「手が震えて力が入らなくなるときがある」、「大汗をかく」といった点を心配しているようだ。 「再発しているので心配は尽きない。転移しているのではないか、この先出産できるのか、あと何年生きられるのかといつも考えている」(26、女性、中通り)など切実な悩みも綴られていた。 生活面に関しては、県内、県外ともに60~70%が「特に問題ない」と回答していた。ただ、地元以外の場所に進学・就職した人は医療費・通院費が負担になっているようで、「現在は医療費が免除されているが、避難指示が解除されれば長期にわたる医療費や高額な治療費が心配」(18、男性、避難中=母親による回答)という声が目立った。 若くして「がんサバイバー」となった罹患者にとって、大きな悩みとなっているのが医療保険。がんにかかったことがある人の保険料は高くなる仕組みのため「月々の保険料が高額になると思うと加入できないでいる」(26、女性、中通り)という声も聞かれた。 同法人の担当者によると、基準見直しに向けた動きはいまのところないようだ。せめて県などが改善に向けて業界団体に働きかけなどを行うべきではないのか。 当事者が顔出しで発言 林竜平さん  シンポジウムでは3人の甲状腺がん罹患者の体験談も公開された。 ボイスメッセージを寄せた渡辺さんは25歳女性。中学1年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査でがん疑いとなり、経過観察していたが、2019年に手術を勧められ、半葉摘出した。現在は食事制限によりヨウ素の摂取量を調整してホルモンバランスを維持しているが、「今後普通の食事を取れる日が来るのか、再発するのではないかと心配になることが多い」と打ち明けた。 オンラインで参加した鈴木さんは26歳女性。中学2年生で原発事故に遭遇。甲状腺検査のたびに結節が確認され、その後バセドー病に罹患。2018年に甲状腺乳頭がんと診断され、全摘出した。病気の影響なのに「もともと疲れやすい体質なんでしょ」と見られることが悔しいとして「もっと病気のことが正しく広まってほしい」と語る。 22歳男性の林竜平さんは会場に来て〝顔出し〟で発言した。高校生のときに受けた検査でがんが見つかり、半葉摘出した。その後は特に体調の変化を感じることなく生活しており、「顔出しして、甲状腺がんになった当事者の声を多くの人に聞いてほしかった」と明かした。喉元の手術痕も隠さずに日常生活を送っているという。 甲状腺がんについては、予後が良く、若年者は転移・再発しても死亡するケースはまれなため、県内の検査で多数見つかっているのは「過剰診断」と指摘する声も多い。 県民健康調査検討委員会甲状腺評価部会では「東京電力福島第一原子力発電所事故による放射線被ばくとの関連は認められず、甲状腺がんが放射線の影響によるものとは考えにくい」としている。「原子放射線の影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)も「スクリーニング効果により甲状腺がんが多く発見されたのではないか」というスタンスだ。そうした中で、学校検査の見直しなど規模縮小論も浮上している。 ただ、2年前の第1回シンポジウム(本誌2021年4月号参照)では、甲状腺外科名誉専門医で県民健康調査検討委員会委員の吉田明氏が「無放置でいいがんということでは決してない。今後7、8年は検査を継続しなければ本当の健康影響は分からないのではないか」と明言していた。そのほかの専門家からも、甲状腺がん多発は過剰診断やスクリーニング効果の影響とする主張に対し、反論が寄せられている。 3人の甲状腺がん経験者はこうした現状に対し、複雑な思いを抱いていることを明かした。 「もともと震災前から持っていた病気がたまたま見つかった可能性も考えられるが、特定の病気が多く見つかるのは不自然だとも思う。個人的には転移するより早めに見つかって良かったと感じた。国は『原発事故の責任はない』と主張する前に、私たちのような若者がいることを知ってほしい」(渡辺さん) 「(甲状腺がんへの)原発事故による放射能被曝の影響は少なからずあると思う。影響の有無について疑問を抱く人も多いだろうが、がんは怖い。放っておいていいとは思えないし、私も早期発見できて良かったと思っている。検査縮小には基本的に反対です」(鈴木さん) 「甲状腺がんへの放射能被曝の影響については多少関係あると思っているが、正直そこまで気にしていない。ただ、過剰診断論に関しては怒りと悲しさを覚える。自分としては早期発見・手術したからこそ、いま元気でいられるという思いがある。人権の専門家などいろんな人に協力してもらい、県民の健康を見守る形にすべきだ」(林さん) 基本的に早い段階で甲状腺がんを発見・手術して良かったと感じており、過剰診断論や検査縮小論など、甲状腺がんを軽視するような動きに困惑していることが分かる。要するに、当事者の心情を無視した議論であるということだ。 裁判原告に共感 東京電力  甲状腺がんをめぐっては、昨年1月、事故当時県内に住んでいた17~27歳(当時6~16歳)の男女6人が「原発事故の放射線被曝で甲状腺がんを発症した」として東京電力ホールディングスを相手取り、総額6億1600万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしている。 3月15日には第5回口頭弁論が行われ、事故当時高校1年だった会津地方の20代男性と、中学3年生だった中通りの20代女性が意見陳述。原告全員が訴えを終え、今後東電側の反論に移る。 東電側は、事故後に福島県内で甲状腺がんが多発するのは、高度な検査機器により生涯にわたって悪さをすることがない「潜在がん」を見つけているため(=過剰診断)と主張している。これに対し、原告側は「成人では潜在がんは見つかるが、小児の場合は見つかるという報告はない」と反論。「子どものがんを大人のがんで説明しようとするのは誤りだ」と指摘したという。(3月16日付朝日新聞) 本誌2022年3月号では、原告の一人で、首都圏で一人暮らしをしながら会社勤めをしている伊藤春奈さん(26、仮名)にインタビューを行っている。大学生のときに甲状腺がんが発覚し、半葉摘出後は免疫が極端に下がり、体調を崩しやすくなった。大学卒業後、広告代理店に就職するも体力がもたず転職。甲状腺ホルモン剤(チラーヂン)を服用しながら体調を維持している。伊藤さんと同じように悩む若者たちが弁護士に相談し、原発事故の原因者である東電を共同で提訴するに至った。 この裁判について、シンポジウムに参加した甲状腺がん罹患者はどのように受け止めているのか。 鈴木さんは「裁判を起こしたことで報道を通して世間に周知された。そういう意味では勇気をもらえた。真実(甲状腺がんと原発事故の因果関係)を知りたいという点では原告の方と同じ思いだ」と語った。 林さんは「自分は東電に謝ってほしい、賠償してほしいという思いはないが、原告はそういう形で自分たちの思いを知ってほしいと考え戦っているのだと思う」と理解を示した。 シンポジウムでの発言と裁判、アプローチこそ違うが、甲状腺がん罹患者の現状を知ってほしいという思いは共通しているようだ。 アンケートでは、自治体・政府に求めることとして、当事者の意見聴取、がんサバイバーの就業・雇用支援、妊婦・出産サポート、各種手続きの簡易化、「手帳」の交付、医療費無償化、甲状腺がんの疑いがある人の医療費を支給する「甲状腺検査サポート事業」などの継続、通院支援などが挙げられた。 加えて、学校検査継続と拡大、県外での検査費用支援、病気に関する周知、原発事故との因果関係の解明、福島第一原発の広範囲の影響調査などを求める声が上がった。 医療機関には、病院間の連携、専門病院設置化、精神面のサポートなどを要望する意見が出た。 林さんがこの日、繰り返し訴えていたのが「当事者の声に耳を傾けてほしい」ということだ。同様の訴えは第1回のシンポジウムでも聞かれたが「この間、状況は何も変わっていない。当事者の声を聞きたいという行政の人は現れなかった」と嘆いた。 10代で病気を患い、悩み続ける若者たちがいる。国、県、市町村はいまこそ彼らの話に耳を傾け、何をすべきか考えるべきだ。 あわせて読みたい 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

     本誌3月号で、双葉町の風景をジオラマに残す活動をしている関西の建築士を紹介した。その後、ジオラマが完成し、3月10日、町に寄贈した。ジオラマに込めた思いとは。 「災害の先輩」が語る復興の難しさ 曺弘利(チョ・ホンリ)さん ジオラマの前で記念撮影する曺さん(後列右から3番目)と学生たち  ジオラマを制作したのは、兵庫県神戸市の建築士・曺弘利(チョ・ホンリ)さん。 在日コリアン3世で神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災で自分が生まれ育ったまちが変容していく姿を目の当たりにした。その経験から、原発事故で全町避難が続く双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んでいた。 昨年秋、JR双葉駅西側に整備された公営住宅「双葉町駅西住宅」で同町住民とルームシェア。変わりゆく町内の風景をスケッチに残して町に寄贈し、さらなる取り組みとして始めたのがジオラマ制作だった。 関西学院大の災害ボランティアサークル「つむぎ」の植田隆誠代表と知り合い、1月から共同でジオラマ制作に取り掛かった。 ジオラマは全部で8点。JR双葉駅周辺や中間貯蔵施設の用地となっている郡山地区などを約1000分の1で再現した。実際に町内を歩き、約40年前の地図や被災直後の航空写真も参考にしながら、発泡スチロールや粘土などで地形・建物を作り上げた。 2月には同サークルの一部メンバーとともに現地調査を行い、ようやく完成。3月10日、同サークルのメンバー7人とともに町を訪れ、ジオラマ3点を橋本靖治町秘書広報課長に手渡した。残り5つは順次、関係者に贈呈される。 学生らは「実際に被災地の風景を見た衝撃をそのまま伝えたいと思い、ジオラマを制作した」、「教育の場で活用できるように、持ち運べるサイズにした」、「現状を広く知ってもらい、住んでいた人が語り合うきっかけにしてほしい」と述べた。 曺さんは「これから復興が進む中で、かつての街並みを思い出し、その歴史を取り戻す手助けになればと考えています。今後も双葉町に関わり続ける考えですが、一つの区切りとして寄贈させていただきました」と語った。 ジオラマを受け取った橋本課長は「相当時間と手間がかかっていると思う。双葉町に思いを寄せてもらって本当に感謝している」としたうえで、次のように話した。 「町内には津波や除染、中間貯蔵施設建設のため姿を消した住居・建物が多い。もちろん、それぞれの記憶の中にかつての風景は残っているが、こうして目に見える形で残してもらうのはとても大事なこと。特にジオラマは作り手の思いが伝わってくるので、ご提供いただけるのはありがたいです」 橋本課長は郡山地区出身。ジオラマを見ながら「この家の入口には本棚が設置され、地区の図書館になっていた」、「ここにタバコの畑があって、小さい頃は遊び場だった」など思い出話に花を咲かせる一幕もあった。ジオラマを通して会話が広がることで、かつての街並みが心に残り続ける。 学生らを温かい目で見守っていたのが、曺さんとともに神戸市から足を運んだ伊東正和さんだ。 神戸市長田区の大正筋商店街で日本茶の茶葉やアイスクリームの販売店「味萬」を営む。かつて同商店街の理事長も務めていた。 同商店街は阪神・淡路大震災で焼け、伊東さんの店舗も全焼した。市が打ち出した復興策は、区画整理を行い、再開発ビルを複数建て、低層部に商店街の店舗が入居するというもの。だが、新しいビルに入居した商店は高額な管理代の負担を余儀なくされ、固定資産税は一気に跳ね上がった。周辺にスーパーやコンビニが出店する中、各商店は軒並み売り上げを落とし、保留床を購入して商売を始める動きも少なかった。復興のシンボルだった再開発ビルは空き店舗が目立つようになった。 伊東さんも震災9年後に再開発ビルに入居したが、そうした復興の現実を目の当たりにした。その後は「行政に頼らず、自分たちのまちは自分たちでつくらなければならない」というスタンスで、大正筋商店街の活性化に全力を尽くしてきた。 東日本大震災・東電福島第一原発事故後は自身の経験を教訓としてもらうべく、東北の被災地に足を運び続けている。 復興について、伊東さんは自らの経験を踏まえてこのように語る。 「東北の人たちには『自分たちに合った復興を進めてほしい』と伝えたい。提唱しているのは『8割は既存のまちをベースに復興し、残り2割で新たな要素を取り込めばいい』という考え方。その割合だと歴史を引き継げるし、地元業者がメンテナンスを引き受けることも可能になり、経済が活性化していくと思います」 原発被災自治体では復興を加速させるため、国からの交付金を投じる形で、さまざまな公共施設が整備されている。果たして神戸市の教訓は生かされたと言えるだろうか。 復興に大事なポイント 伊東正和さん  一方で、伊東さんは復興を進める上でのポイントに「いかに地元のために頑張れる人材を集め、若い世代に引き継いでいくか」を挙げる。  「結局、復興の大きな力になるのは地元が好きで、振興のための苦労を厭わない人。自分たちが望むまちづくりの形が定まったら、よそ者でもマスコミでもいいから、とにかく仲間を集い、活動を広めていく。そうすることで活性化に向けた道は自ずと開けていくはずです。『360人集めたら縁(円)ができる』というのが私の持論です。続けて必要なのが、若い世代の意見を聞き、活動を引き継いでいくことです。年寄りがどれだけ頑張っても、先は短いですからね」 原発被災地の住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなっている。各自治体では移住者を増やし、復興につなげていく方針で、県は県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を支給している。こうした中で「地元が好き」という人をどれだけ集められるかがカギになっていくだろう。 さまざまな課題を抱えながら復興が進む中で、住む人も風景も変わっていく――。阪神・淡路大震災の経験でそのことを分かっている曺さんは、さまざまな思いを込め、双葉町の風景をスケッチやジオラマに残し続けている。 曺さんも学生たちも、ジオラマ制作がひと段落した後も双葉町に足を運び、交流を続けていく考えを示している。曺さんは中野八幡神社近くに建設される東屋の設計にも携わった。4月1日着工、夏ごろ完成の見通しで、地域の交流拠点となることが期待されている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【原発事故13年目の現実】甲状腺がん罹患者が語った「本音」