「大熊町が町税9400万円超を回収できず不納欠損処理としたのは町長や町職員が徴収を怠ったため」として、町民が欠損分の支払いを当時の町長らに請求するよう町に求める裁判を提起している。一審福島地裁判決は一部却下、一部棄却で、原告が仙台高裁に控訴した。裁判のポイントはどこにあるのか。
町民が「職員徴収怠慢」と町を提訴

不納欠損処理とは歳入徴収額を調定(税金の金額を決めること)した後、税金を徴収する見込みが立たなくなり、徴収を断念することを指す。
地方税法で定められている不納欠損処理の条件は①滞納処分の停止(滞納処分する財産がなかったり、滞納処分をすることで生活が困難になったり、滞納者が所在不明のとき、差し押さえなどの滞納処分を停止できる。停止状態が3年続いた場合、納付・納入義務が消滅する)、②執行停止後即欠損(滞納処分を停止すると、税金を徴収できないことが明らかな場合、納付・納入義務を消滅できる)、③消滅時効(地方税の徴収権を法定納期限の翌日から起算して5年間行使しなければ時効で消滅する)など。なお時効は納付・納入に関する告知、督促、催告などを行うことで中断させることができる。
大熊町民の菅野充史さんは同町大川原地区の町役場で職員と雑談したとき、同町でかなりの町税が徴収できず不納欠損処理となっていることを聞いて驚いた。町民の多くは原発賠償を受け取っているはずなのに、なぜ町税徴収が滞るのか……。
そこで2019年5月、町民で別の町村の職員だった猪狩瑛一さんと町に情報開示請求を行い、2013~2018年度の不納欠損額を調べたところ、総額9400万円に上ることが分かった。資料を精査しながら、税務課の管理職に原発事故後、どう対応していたのか確認したところ、督促状の発送、取り立て交渉、滞納者の財産差し押さえなどを実施してこなかった実態が見えてきた。
地方税法は税の徴収の督促や差し押さえを定めているのに、なぜ実施しなかったのか。資料を精査した限りでは、取り立てに関する基準はなく、この間訪問による債権回収等の取り立て交渉や差し押さえが行われた形跡もなかった。
「町長や担当者に責任がある」と判断した菅野さんらは2019年7月、当時町長だった渡辺利綱氏のほか、税務課の課長、徴収係長など6人に対し、不納欠損処理となった金額を支払うよう求める住民監査請求を町監査委員に提出した。
だが、町監査委員からの回答は「町では震災前から滞納者に対し督促、差し押さえ、交付要求、滞納処分等の手続きを実施しており、徴収を怠った事実はない」というもので、住民監査請求は「事実要件を欠いている」として却下された。
そこで、菅野さんらは同年9月、不納欠損処理となった9498万0286円は前出6人の不真正連帯責任によるものであり、町が6人に欠損分を請求するべきとして、町を相手取った住民訴訟を福島地裁に提起した。
「実際に職員から話を聞いたところ、『催告や電話などによる事務的交渉は行っていたが、訪問での取り立て交渉や差し押さえは一切行われていなかった』と認めていた。行政として職務怠慢もいいところでしょう」(菅野さん)
一方の町の主張は「滞納者に催告等を行い、任意の納付を促していた。ただし、全町避難により通常の行政サービスを提供できない状況で差し押さえなどの滞納処分を実施することは町民から理解を得ることが困難であるという判断、また町民の避難生活を支えるとの観点などから差し押さえ等の滞納処分を控えることとしたため、最終的に一部不能欠損に至った」(住民税務課)。
判決は今年2月に言い渡され、一部却下、一部棄却で原告側の敗訴となった。
まず監査請求について、2013~2017年度の不納欠損処理は請求期間である1年を過ぎていたため、「不適法な訴え」とされ、2018年度の不納欠損額のうち30件、49万3700円のみが適法と扱われた。
「職員が督促状の発送、取り立て交渉、滞納者の財産に対する差し押さえなどを怠っていたのではないか」という訴えに対しては、「大熊町では人員・予算に限りがある中、全町避難が続く事態に対応していた。県は滞納処分による差し押さえは実施しないという方針を打ち出し、相双地区の市町村も差し押さえを控えていた。2015年度以降は差し押さえ再開に向け財産調査を再開して実施していたところ」とした。
判決文には不納欠損処理した個別の事例が記されていたが、所得がなく少額の貯金で暮らしているなど、前述した条件に当てはまるため、「不納欠損処理としたことが違法とは言えない」との判断を示した。
原告は「町民は原発賠償を得ているという特殊事情も考慮すべき」とも主張していたが、判決では「賠償金に対する差し押さえは議論の対象となっている」と、賠償金を差し押さえの対象にすることに慎重な姿勢を示した。
そのうえで、「そもそも原発事故で被害に遭った町民の避難生活を支えるという観点から滞納処分をしなかった町の方針が不合理だったとは言えない。町税債権が消滅したことについて、違法であるとは言えず、6人に不法行為は成立しない」として、2013~2017年分の損害賠償の支払いを請求するよう求める訴えを却下、2018年度分に関する訴えを棄却した。
仙台高裁に控訴

福島地裁での判決を受けて菅野さんは次のように述べる。
「そもそも2013~2017年度の不納欠損処理について『請求期間1年を過ぎているから監査請求対象としては不適法』と判断されたのが納得できない。判決ではその根拠を『決算書を閲覧して滞納繰越分の不能欠損額を確認すればすぐ公文書開示請求できたはずだ』と挙げていたが、一般住民にとって決算書は積極的に閲覧請求しなければ見られないもの。広報やマスコミで広く周知されているわけでもない。加えて不納欠損処理した事例の中には差し押さえによる対応が十分可能だったと思われるものも含まれており、判決に大いに疑問を感じたため仙台高裁に控訴しました」
原発賠償金を受け取っている町民も多いのに、多額の不納欠損処理が行われていたことが判明したこの裁判。原発事故後、町が全町避難していたことを踏まえ、差し押さえ等の対応をしなかったことは違法でないという判断が示されたが、すべてにおいて特例的な対応で済ませ、町民が一人も町内に住んでいないのに町を存続させていた「いびつさ」がこうした事態を招いたように感じる。
住民監査請求に関する監査期間をめぐる問題も県内で活動する人にとって参考になりそうなので、この問題はあらためて取り上げたい。
菅野さんや町担当者によると、裁判は結審しており、10月1日に判決が言い渡される予定だという。