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  • 【示現寺】で「墓じまい」増加【喜多方市】

    【示現寺】で「墓じまい」増加【喜多方市】

     喜多方市熱塩加納町の古刹・示現寺で、寺から墓を引き払って「墓じまい」する檀家が増えている。人口減少・少子高齢化が理由とされているが、「高圧的な態度の住職への不満も一因となっている」と指摘する声もある。(志賀) 素行不良の“ブチ切れ”住職に不満続出  護法山示現寺は喜多方市熱塩加納町にある熱塩温泉の最奥部に位置する。もともとは平安時代初期に空海が建立した真言宗寺院で、永和元(1375)年、殺生石伝説で知られる禅僧・源扇心昭が曹洞宗寺院として再興した。境内には源扇和尚の墓もある。  戦国時代に会津領を治めた芦名氏などから寄進を受け、会津地方屈指の大きな寺となった。国指定重要文化財椿彫木彩漆笈のほか、中世・近世に記された貴重な文書(慈現寺文書)、源扇和尚にまつわる寺宝などが所蔵されている。境内の観音堂には千手観音立像が収められており、会津三十三観音五番札所にもなっている。熱塩温泉出身で、〝日本のナイチンゲール〟と呼ばれる瓜生岩子のの坐像などもある。  熱塩温泉は源扇和尚が示現寺を再興した際に発見したと伝えられており、明治・昭和初期は湯治場としてにぎわったという。元湯の権利はいまも示現寺が所有し、周辺の広大な山林の所有者にもなっているようだ。  会津地方を代表する名刹の一つであり、遠方からの観光客も訪れる。そういう意味では公益性が高い寺院と言えるが、近年は「離檀」する檀家が増えているようだ。ある総代によると、檀家数はかつて約170戸だったが現在は約150戸まで減ったという。  「この地区は人口減少・少子高齢化が深刻で、空き家が増えている。熱塩温泉の温泉街もいまは旅館が1軒(山形屋旅館)残るのみです。子どもが都市部で暮らしており、墓参りの際の負担の軽減などの理由で、檀家から離れて〝墓じまい〟する家が増えているのです」(ある総代)  同市熱塩加納町に限らず、会津地方では人口減少と少子高齢化により檀家・住職の後継者不足が深刻で、〝空き寺〟が増加している。一方で、寺院と関わる機会が少ない都市部では仏教自体への関心が衰え、葬式の際も葬祭ホールを使ったり、通夜・告別式を行わず火葬のみ行う〝直葬〟が増えている。要するに「仏教離れ」が進む中で、檀家減少が続いている、と。  もっとも、喜多方市内の寺院事情に詳しい事情通はこのように話す。  「表向きは人口減少・少子高齢化の影響と言われていますが、実際のところ、住職・斎藤威夫氏の言動に閉口して離れていく人も少なくないと聞いています」  複数の檀家の話を統合すると、斎藤氏は昭和28(1953)年生まれ。喜多方商業高校卒。大学の仏教学部を卒業したかどうかは不明。父親の智兼さんが住職を務めていたつながりで、示現寺の住職を務めるようになったという。  県私学・法人課が公表している宗教法人名簿によると、示現寺のほか、喜多方市内の能満寺(岩月町大都)、威徳寺(松山町鳥見山)、大用寺(上三宮町三谷)、常繁寺(熱塩加納町熱塩)、長徳寺(熱塩加納町米岡)、久山寺(同)、万勝寺(同)の代表役員を務めている。  前述の通り、示現寺の檀家数は約150戸とのことだが、その他の寺院は檀家が少なく、「主だったところを合わせても200~300戸ぐらいではないか」(斎藤氏が管理する寺院の檀家)。小規模の無住職寺院の管理を一手に引き受け、各寺院の檀家の葬儀・法事に1人で対応しているようだ。  「そうした事情もあってか葬儀・法事に来ても、檀家とろくに話もせず、すぐ帰ってしまうのです。試しに時間を計ったら、お経を読んで帰るまで、ちょうど10分でした。お経を読みながら時計をちらちら見て、弔辞が長いことに腹を立て帰ってしまったこともある。司会の女性に名前を間違えて紹介されただけで怒って帰ったとも聞いている。ああいう対応では故人も浮かばれないし、お布施を払って住職を支えようという気分にはなれません。普段は別の場所に住んでいるためか、示現寺の境内は手入れが行き届いていない状態で、『観光客が来るのに……』と心配している檀家も多いです」(同)  グーグルで示現寺の口コミを確認したところ、「風情がある」と評価する意見がある一方で、「朽ち果てそうで、手入れがされていないのかと思うお寺でした」とも書き込まれていた。寺院の内部はモノが散乱しているという話も聞かれる。  寺の運営は檀家が支払う護持会費や葬儀・法事の際のお布施で賄われている。そこから維持費や修繕費などを差し引き、残った分が住職の給料となる。運営が成り立つ檀家数の基準は300戸と言われているが、斎藤氏が住職を務める寺院は合計でギリギリ満たす程度とみられる。そのためか、斎藤氏は檀家に経営・金銭面の話をすることが多いようで、「お布施の中身を見て金額が少ないとばかり戻されることもあったようだ」、「カネの話ばかりでうんざりする」という声も聞かれた。それだけ寺院運営が厳しいのか、他にカネを必要とする事情があるのか。  なお示現寺では、本堂や庫裏の屋根のふき替え工事を行っているところで、それぞれ2000万円ずつかかるため、宗教法人と護持会で半額ずつ負担し、10年かけて支払うことになったという。檀家は護持会費の支払い以外に、年間2万円程度の寄付を求められている。 斎藤住職を直撃 示現寺  斎藤氏が住職を兼務する寺院のある檀家は「盆礼、年始、野菜、コメ……1年中何かを納めている。正直大変ですよ」とボヤいた。  「ここ数年は少し落ち着いたようだが、かつては飲食店街で派手に飲み歩き、外国人の女性の店を好んで利用していたことで知られていた。子どものときから変わった性格だった。この辺では〝王様〟なので、誰も何も言えません。あなたも取材に行ってあれこれ質問すると怒られちゃうと思うよ」(同)  斎藤氏が住職を務める寺院の護持会役員の男性はこう明かす。  「離檀する家にその理由を尋ねると、『つながりが希薄な菩提寺のために、お布施を払い続けるのが厳しくなってきた』という意見が多く、『そもそも話す機会が少なく、態度も良くない住職に金を払うのはちょっと……』という思いも聞いていた。さすがにこうした声は住職本人に伝えていません」  一部の総代から擁護する声もあったが、大半は不満の声だった。  寺院に関しては、その公益性の高さから境内や寺院建造物の固定資産税が免除され、宗教法人の収入も非課税とされている。その代表役員を務める住職としてふさわしいのか、檀家から厳しい視線が注がれている。  檀家のこうした声を斎藤氏はどう受け止めるのか。9月中旬、威徳寺の庫裏にいた斎藤氏に話を聞いた。    ×  ×  ×  ×  ――政経東北です。  「そういう文書関係はうち、出さなくていいよ。何、どういうことを聞きたいわけ?」  ――この辺の寺院で檀家が減っていると聞いて取材していました。  「極端に変化したわけではないが、都市部に家を移す人がいるので、少しずつ減ってはいる。ただ、ごそっと減ったわけではないね」  ――その要因は。  「少子高齢化と、(会津地方に多い)農業従事者の後継者がいなくなっていること。日本全体で産業構造が変わりつつあり、人口が都市部に集中している」  ――斎藤氏が住職を務める寺の檀家からは「お経を上げたらすぐ帰る」、「カネの話ばかりする」という住職への不満の声も聞きました。離檀の一因にもなっていると思うのですが、どう受け止めますか。  「いまの時代、檀家が住職についてこない。それに寺院は住職のものではなく、宗教法人のもの。古くなればお金を出し合って改修しないといけない。寄付を取られる、取られないという問題ではないんです。和尚は大変なんだよ。お布施も安い。郡山市は50万円とか70万円でやっているでしょう。この辺は15~20万円なんだから。こうした中身を知らないで喋って歩くのは良くないよ!」  ――檀家の皆さんから話を聞いたので、確認まで取材にお邪魔したということです。  「何もあんたが確認することないじゃないの! 檀家の人と喋ったってダメだって。信仰がないもの」  ――複数の寺の住職を兼務しているようですね。  「小さいお寺だと年間の護持会費3000円とかですよ。それでどうやってやってくんだよ。(檀家には)あんたみたいに偉そうに喋る人しかいないんだよ。ちょっとはへりくだって喋れよ! 知らない相手に対してはまずハイハイと話を聞くものであって、分かった風にして話を聞くのは失礼でしょう」  ――飲食店街でずいぶん飲み歩いていたという話も聞いたが。  「最近は出てないよ。だって、街に行かなきゃ人いないじゃないの。付き合いがないんだよ。無尽も2つやっていたが、1つはやめちゃった。……いや、こんな嫌な思いするなら喋りたくないです。ガセネタで歩いているわけだから」  ――実際に檀家さんから聞いた話を確認しているだけです。  「個人的に攻撃するような質問ばかりして、何が目的なんだよ。『周りがこう言っている』なんて恫喝するような話をするというのは失礼でしょう!」 近くの願成寺でもトラブル 願成寺の集団離檀騒動を報じた記事  ――檀家の皆さんからそういう話が出たのは事実です。  「皆さんってどの辺の皆さんだよ。それを言えないなら話にならない」  ――檀家の皆さんも直接住職には言いづらいのだと思います。  「そういう話だったら何も話したくないですね。帰ってください。警察に電話してもいいよ、いま」  ――通常の取材活動の一環なので、もし警察が来たらそれを説明するだけです。  「取材じゃなくて、個人的批判じゃないか! じゃあ、あんたは飲みに出ないんだな!?」  ――実際、ほとんど出てないですね。編集部の人間もそんなに飲み歩くことはないと思います。  「ああそうかよ……。あんた話し方下手だね。初対面の人にそんな失礼なことばっかり言ってたんじゃ仕事にならないんじゃないの?」  ――単刀直入に聞かないと分からないこともあるので。あらためて檀家数を確認したいのですが……。  「もういいです。そういうことなら帰ってください」    ×  ×  ×  ×  斎藤氏は記者の対応を問題視していたが、初対面の記者を「あんた」呼ばわりするなど、一貫して高圧的な対応だった。檀家への対応は推して知るべし。  飲食店街の話題を出したあたりからほぼ怒声になり、「飲みに出かけて何が悪いんだ」と繰り返し反論された。こちらとしては檀家から出た話を事実確認したまでだが、そのこと自体を批判されたと感じたようだ。それとも、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。  斎藤氏は、檀家の減少は少子高齢化と農業従事者の後継者不足、信仰心の低下が原因と分析。一方の檀家からは、つながりが希薄な寺院のために金を払うことへの是非を問う声や斎藤氏個人への不満が聞かれた。主張がかみ合っていないのだから、相互に信頼関係を築けるはずがない。  喜多方市の寺院の離檀をめぐっては、2015年8月号で「喜多方・願成寺で集団離檀騒動」という記事を掲載した。  会津大仏こと国指定重要文化財「木造阿弥陀如来坐像及両脇侍坐像」で知られる古刹・叶山三宝院願成寺。この寺で2014年ごろ、檀家が一斉に抜ける騒動が起きた。  きっかけは、震災で損壊した本堂や山門などの修繕工事を行うため、同寺院が檀家に多額の寄付を要請したこと。戒名の種類に合わせて寄付金額が設定された。院・庵号(11文字)の場合、通常の護持費年1万8000円に加え、年間4万円×15年といった具合だ。  津田俊良住職(当時)は以前から住職としての資質を疑問視される言動が目立ち、一部の檀家の間で不満が溜まっていた。そこに高額な寄付要求が重なったため、集団離檀を招くことになった。  本誌取材に対し津田住職は「1年近くかけて地区ごとに説明会を開催しており、一方的に決めたわけではない。まともに対話しようとせずに離檀する方が一方的だ」と反論したが、檀家が津田住職個人への不満を募らせていたことには全く考えが及んでいない様子だった。今回の示現寺と同じ構図と言える。  逆に言えば、会津地方ではこうしたことが話題になるぐらい寺院が住民にとって身近な存在だとも言える。 檀家の声に耳を傾けるべき  本誌では、同記事以外にも、会津美里町・会津薬師寺の集団離檀騒動(2009年4月号)、伊達市霊山町・三乗院の本堂新築寄付騒動(2010年5月号)、福島市・宝勝寺「檀信徒会館」計画騒動(2015年6月号)、須賀川市・無量寺の屋根葺き替え工事トラブル(2022年10月号)など、過去何度も寺院をめぐるトラブルを取り上げている。  共通しているのは、①「一方的で説明不足」など住職に対し檀家が不信感を抱いている、②「本堂新築」、「平成の大修理」など檀家の寄付を要する大規模な事業を行おうとしている――という2点だ。要するに、「信頼できない住職のために、なぜ檀家が負担を強いられなければならないのか」ということに尽きる。  寺院にとって苦難の時代。そうした中で、斎藤氏が8つの寺院の住職を兼務し、時間的・財政的に苦しい中で奮闘していること自体は評価できるものだ。檀家にとってもありがたい存在だろう。しかし、だからといって「檀家が寺を支えるのは当然」と高圧的な対応を続け、コミュニケーションを怠るようでは、檀家も代替わりした機会などに離れていく。  例えば示現寺の手入れ・管理などは、檀家と手分けしてできることもあるはず。公益性の高い寺院の住職として、まずは自らの言動に不満の声が出ていることを真摯に受け止め、檀家の声に耳を傾ける時間を作る。それが信頼関係回復への近道ではないか。  それともこうした意見すらも「個人的攻撃」、「恫喝」と受け取られてしまうのだろうか。

  • 【動画あり!】喜多方市議選で露呈した共産党の「時代遅れ選挙」

    【動画あり】喜多方市議選で露呈した共産党の「時代遅れ選挙」【田中修身】

     4月の喜多方市議選で初当選した共産党の田中修身議員(61)=塩川町=が、公選法で禁じられている戸別訪問を自宅がある新興住宅地で行っていた。その数、200軒近く。投開票日当日だから投票依頼と受け取られるのは明らか。田中議員自身は疑問を抱いたが、選挙対策を担った党員に「そういうものだ」と言い含められ、気乗りしないままピンポン。不審がられ、動画に記録されるお粗末さだった。見境のない戸別訪問の背景を、専門家は「組織の高齢化と若者を獲得できない共産党の焦りの表れ」と指摘。有権者の反感を買わない選挙活動が求められている。(小池航) 投票日に「戸別訪問」を撮られるお粗末さ インターホンに映った戸別訪問動画。日時や背景は情報提供者の特定を防ぐために加工 田中修身議員  喜多方市塩川町にある御殿場地区は新興住宅地だ。同市と会津若松市の中間に位置する利便性の良さから、市内でも人口減少が抑えられており、若年層も多い(2022年1月号の合併検証記事で詳報)。 4月23日の日曜日、黒いスーツにネクタイを締め、新築が並ぶその住宅街を一軒一軒回り、律儀にインターホンを押す男がいた。マスクを付けて顔の下半分は分からないが、眼鏡をかけている。ある家のインターホンを鳴らした。応答はない。住人は不在のようだ。 男はインターホンに向かって控えめに話した。 「あのー、1組の田中なんですけども。えーっと、1週間大変お世話になりました。ご迷惑をおかけしました。大変お世話になりました」  時間にして10秒。いったい何のことだろうか。何かを伝えたいが、言葉が足らず伝えられないといった様子で要領を得ない。確かなことは、インターホンに残された映像には4月23日の昼間の時間帯が記録されていること、スーツ姿の男が「田中」と名乗ったということだ。 数時間後の夜8時、喜多方市議選(定数22)の開票作業が行われ、当選者が決まった。結果は表の通り。投票率59・09%(当日の有権者3万8148人)は過去最低だった。 喜多方市議選開票結果(定数22) 得票数候補者(敬称略)所属当選1354遠藤吉正無当選1348山口和男無当選1207渡部忠寛無当選1149渡部一樹無当選1132山口文章無当選1066十二村秀孝無当選1053齋藤仁一無当選1019齋藤勘一郎無当選964小島雄一無当選896小林時夫公当選864菊地とも子公当選849後藤誠司無当選843高畑孝一無当選834五十嵐吉也無当選810坂内まゆみ無当選804佐原正秀無当選802佐藤忠孝無当選785渡部勇一無当選778田中修身共当選719矢吹哲哉共当選678伊藤弘明無当選648上野利一郎無591蛭川靖弘無556渡部崇無452関本美樹子無  昼間の男、「田中」は当選者の中にいた。田中修身氏。共産党所属の新人で、778票を得て19位で初当選した。住所は市内塩川町遠田でインターホンに映っていた男の住所、人相と一致した。「1組の田中」というのは、御殿場地区内に数字で割り振られた行政区を指す。 当選の知らせを受け、御殿場地区のある住民はインターホンに残った男の動画を見ながらわだかまりが残った。要領を得ない言動。こそこそした後ろ暗い様子。はっきり言って不審者だ。 「何か悪いことをやっているのではないか」 公職選挙法をネットで調べると早速ヒットした。・戸別訪問の禁止・投開票日当日の選挙運動の禁止 すなわち、田中議員は二つの違反をしていたことになる。 警察官「田中さん本人ですね」  翌24日、住民は市選挙管理委員会にまずは報告したが「捜査機関ではないので調べることはできない」「警察に情報提供することは妨げない」と言われた。 同日、喜多方署に相談すると、警察官2人が住民の家を訪れた。動画を見て、前日(23日)に撮影されたものであることを確認すると、1人が「あー、これは田中さん本人ですね」と言った。警察官たちは証拠として動画を撮影し帰っていった。その後、同署から住民には何の連絡もないという。 本誌は4月号で、前回(2019年)市議選である候補者の陣営が一升瓶を配っていた疑惑を報じた。その候補者は当選し、今回も再選を果たしている。この記事を読んでいた住民が、市・警察に相談しても動きがないことを受け、本誌にインターホンの動画を提供した。 なぜ田中議員は投開票日に、不審者に思われる危険を犯してまで戸別訪問したのか。御殿場地区は行政区が1~14組あり、住宅地図で戸数を確認すると、田中議員が戸別訪問したのは200軒近くに上る可能性がある。 5月19日に全員協議会を終えた田中議員を直撃した。共産党会派の議員控室で矢吹哲哉議員(70)=松山町、4期=が同席。田中議員が言葉に詰まると、先輩の矢吹議員が助け舟を出した。(以下、カギカッコの発言は断りがない限り田中議員) 矢吹哲哉議員  ――投開票日当日の戸別訪問動画が出回っていますが、田中議員本人でよろしいですか。 「よろしいです」 ――この訪問は公選法違反に当たると思うか。 「選挙期間中はご迷惑をおかけしましたということで、自分が住む住宅街の行政区にご挨拶にうかがいました。ただそれだけです」 ――ご迷惑というのは何に対してですか。 「お騒がせしたというか……」 ここで矢吹議員が「時候の挨拶でしょ」と割って入った。 「選挙で隣近所にお世話になりましたという意味です。『おはようございます』と全く同じではないが、近い意味合いでしょう」(矢吹議員) ――私は田中議員に聞いているんです。時候の挨拶というのは選挙にかかわらず御殿場地区で行っているんですか。 「選挙に出ることになってからが多いですね」 ――選挙に出ることが決まる前は時候の挨拶はしていなかったということですか。 「まあそうです」 ――公選法では投票を依頼する戸別訪問は禁止されていますが、この行為は該当すると思いますか。 「私たちは当たらないということで挨拶に回りました」 ――私たちということは、先輩の矢吹議員などから教わって行ったということですか。 「先輩議員ではありません。私の選対の役員から、選挙活動をした中でご迷惑をおかけしたと言って回った方がいいと言われました」 ここで矢吹議員がフォローする。 「選挙に出るとなると『出ますのでよろしくお願いします』と言って回る慣例があります。選挙が終わっても回ります。ケースバイケースです」(矢吹議員) 田中議員「訪問効果はあまりないと思う」  ――まだ投票が終わっていない有権者がいる投開票日に戸別訪問するのは、投票を依頼する意図があったと誰もが思う。言い逃れできないのではないか。 「依頼したということではなく、あくまでご迷惑をおかけしたということを伝えるためです。私は今回初めて選挙に出ました。選対から『お騒がせした』と言って回った方がいいと言われたものですから、その通りにやっただけです」 ――どういう行為が選挙違反に当たるか教えられたか。 「市の選管から選挙の手引きを渡されました。初めての選挙だったので書物を読むというよりは、党員の先輩の言うことに従いました」 ――投開票日に戸別訪問するのは法律上マズいという認識はなかったのか。疑問は感じなかったのか。 「選対からやるように言われたので『そういうものかな』と。疑問を全く感じなかったかと言われれば、それはウソになります。投票依頼と受け取られる言葉遣いにならないようには気を付けました」 気を付けたと話す田中議員だが、本誌には、ある住民が「何の目的で訪問したのか」と尋ねると、田中議員が「選挙です」と答えたという情報が寄せられている。 ――田中議員が住む御殿場地区は新興住宅地で、郡部のように地縁に基づく付き合いが希薄です。見知らぬ人が訪れて効果はあると思いましたか。 「そこまでは考えが及びませんでした。選対が訪問するように、とのことだったので」 共産党は、支持基盤が確立している。「それでも新たな訪問で支持が広がると思うか」と筆者があらためて尋ねると、田中議員は「効果はあまりないと思います」と打ち明けた。 ――新築にはインターホンが備えられています。自分の行為が記録されているとは考えなかったのか。 「そこまでは考えませんでした」 田中議員へ一通り質問した後、矢吹議員が再びフォローした。 「田中議員が訪問したのは選挙活動ではなく、あくまで挨拶です。投開票日当日に選挙運動ができないことは分かっています。当日に回って有権者の方に誤解を与えたことは、田中君も反省しないといけないな」 矢吹議員と田中議員は、それぞれ共産党喜多方市委員会の委員長と、党市議団事務局長を務める。後日、有権者に誤解を与えたことを釈明する機会を何らかの方法で検討するという。 田中議員は旧山都町出身。喜多方高校卒業後、小中学校で事務職員を務める傍ら、県教職員組合の専従をしてきた。今回の市議選では、引退した小澤誠氏の後釜となった形。 市選管事務局の金田充世選挙係長に、選挙運動についての見解を聞いた。 「選挙運動は直接投票を依頼する行動で、公示・告示から投開票日の前日までしかできません。候補者が有権者に挨拶するのは、捉え方によっては選挙運動に見られるので注意してほしいということは毎回の選挙で候補者に説明しています」 田中、矢吹両議員が「挨拶」と言い張ったのは「選挙運動ではない」という理屈を立てるためのようだ。もっとも「挨拶」にかこつけた投票依頼の戸別訪問は、喜多方市に限らずどこの自治体の選挙でも常道と化している。今回、記事として取り上げたのは、証拠が動画に残されていたことが一つ、そして、共産党という支持基盤が強固で、クリーンさを打ち出している政党でさえも実行していたことに意外さを感じたからだ。 田中議員に選管や警察から注意を受けたか尋ねると、今のところないと話した。市選管に聞いても「注意はしていない」と言うし、喜多方署も「捜査に関わることは教えられない」とのこと。 応対した同署の渡邉博文次長は「田中議員ってどこの人?」と筆者に聞いてきたぐらいだから、投開票日当日の戸別訪問は、いちいち上層部に情報を上げるまでもない、昔からありふれた行為なのだろう。 戸別訪問のみで法的責任を問われる可能性は極めて低い。だが、挙動はインターホンの動画に克明に記録され、出回っている。 東北大の河村和徳准教授(政治情報学)は、新興住宅地における共産党の見境のない戸別訪問を「力の陰りがみられる」と話す。どういうことか。 「共産党の票読みは固いと言われますが、陣営は候補者間で組織票を融通する票割りがうまくいっていないと思ったんでしょうね。党員の高齢化で組織票が減る一方、若年層への支持は広まらない。新興住宅地を回ったのは若年層の支持獲得への焦りがあったのではないでしょうか」 共産党に限った話ではない。河村准教授は同様の例として、統一地方選で行われた東京・練馬区議選などで、これまで全員当選を果たしていた公明党の候補者が軒並み落選したことを挙げた。 若年層獲得に焦る共産と公明  投票依頼の戸別訪問は紛れもない公選法違反だ。「単なる挨拶」と苦しい言い訳をしてでも決行するなら、それに見合う効果がいる。だが、回った本人が「あまりなかった」と吐露するようでは、何のためにやったのか。田中議員は「上から言われたので『そういうものか』と思った」と話す。こうして、思考停止の議員が送り込まれる。 戸別訪問の表向きは「挨拶」だから、自分が「候補者」で「投票してほしい」とは口にできず「名前」しか言えない。投票依頼の本心を見透かした前出の住民は、要領を得ない挙動に不審と反感を抱き、動画に残して本誌に通報した。最新のインターホンが設置された新築住宅を回れば、違反と疑われる行為が記録されると想像しなかったことはお粗末と言える。 前出の河村准教授は、 「選挙違反には問われなくても、有権者が疑念に思う動画が出回ればダメージです。動画撮影が普及していない昔の選挙であれば普通に行われていた行為が可視化された。共産党をはじめ多くの陣営は『グレーゾーンが記録される選挙』に認識が追いついていないのでしょう」 選挙カーで名前を連呼しながら住宅街を回る行為は、有権者から「騒音」と捉えられ選管に苦情が来る。河村准教授によると、コロナ禍を経て都市部ではネットや電話を活用した選挙運動にシフトしたが、電話の場合「アポ電強盗」への恐れから、そもそも知らない電話に出ない人も多いという。 「高齢化が進む組織はネット戦術に疎いので、若い層にアプローチするには戸別訪問しかない。盤石な支持層を背景にできた票割りは共産党や公明党の得意技だったかもしれないが、今やその方法は終わりを迎えつつあるのかもしれません。どの陣営も新しい選挙運動を考える時が迫っています」(同) 若者よりも投票に行く高齢者が多くを占める地方では、ネットを活用した選挙に移行するには時間がかかるだろう。投票率が下がれば下がるほど組織票の重みが増すため、過去最低の投票率を記録する喜多方市では、むしろ高齢の党員と学会員を優先する現状維持が働く。 だが、地方ではいずれ高齢者の人口すら減り、社会は縮小、議会の定数減は不可避だ。共産・公明両党は喜多方市議会で各2議席を確保するが、将来的には議席減が見込まれる。未来に影響力を持つ今の若年層からどう支持を取り付けるか、旧態依然の選挙から脱し、世代にあった方法を考えねばなるまい。 あわせて読みたい 【喜多方で高まる政・財への不信】前回市議選で一升瓶配布!?

  • 土壌汚染の矮小化を図る昭和電工

    【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

     土壌・地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所が、土壌汚染対策法に基づき敷地内の土壌汚染原因とみなしている8物質のうち、4物質しか住民に報告していないことが分かった。同社が県に提出した文書と住民への説明の食い違いから判明。「住民に知らせなかったということか」という本誌の問いに同社は明確に答えていない。住民に知らせなかった4物質は、事業所敷地内でも周辺でも未検出か基準値内に収まり、深刻な汚染には発展していないが、住民は「隠蔽を図ったのではないか」と不信感を強めている。 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。 住民にひた隠しにした4種類の有害物質 汚染を除去する工事が進められている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所  喜多方事業所の敷地内で土壌汚染を引き起こしているとみなされている有害物質は表で示した8物質。シアン、ヒ素、フッ素、ホウ素は2020年に計測し、基準値を超える汚染が判明。残りの六価クロム、水銀、セレン、鉛は、実際の分析では基準値超過はみられないが、使用履歴や過去の調査からいまだに汚染の恐れがある。敷地は土壌汚染対策法上、この8物質により「土壌汚染されている」とみなされており、土地の変更を伴う工事が制限される。 昭和電工喜多方事業所敷地内で土壌汚染の恐れがある8物質 基準値を超過基準値を下回るor未検出シアン六価クロムヒ素水銀フッ素セレンホウ素鉛  ここで土壌汚染対策法の説明が必要になる。同法が成立したのは2002年。工場跡地の再開発などに伴い、重金属や有機化合物などによる土壌汚染が判明する事例が増えてきたことを背景に、汚染を把握・防止して健康被害を防ぐために制定された。汚染が判明した場合、その土地の所有者は汚染状況を都道府県に届け出なければならない。 汚染が分かった土地の所有者には調査義務が生じ、期限までに調査結果を都道府県に報告する必要がある。昭和電工喜多方事業所の場合、2020年に同社が行った調査で汚染が判明し、同11月に公表。公害対策のため、大規模な遮水壁工事や汚染土壌の運搬などを迫られた。 土壌汚染調査は、土地の所有者が環境省から指定を受けた「指定調査機関」に依頼して行う。喜多方事業所の場合、土地調査に関するコンサルティング大手の国際航業㈱(東京都新宿区)に依頼している。 土壌汚染対策法が定める特定有害物質は、揮発性有機化合物からなる第一種(11種類)、重金属などからなる第二種(9種類)、農薬などからなる第三種(5種類)に分かれる。全部で25種類になる。 喜多方事業所で土壌汚染が認められる8物質は全て重金属由来のものだ。戦中から約40年間、アルミニウム製錬工場として稼働しており、その過程で発生した有害物質を敷地内に埋めていたことで汚染が発生している。工場の生産工程で使用していたジクロロメタン、ベンゼンの有機化合物は、2020年にそれぞれ敷地内で計測したが、いずれも不検出だった。 基準に適合していない場合は、土地の所有者は「要措置区域」や「形質変更時要届出区域」に指定するよう都道府県に申請する。都道府県は周辺の地下水までの波及を把握し、住民が生活に利用して健康被害のおそれがある時は要措置区域に指定、汚染の除去を指示し、土地の所有者は期限までに必要な措置を講じなければならない。 健康被害のおそれがない場合は、制限の少ない形質変更時要届出区域の指定のみで済み、工事などで土地に変化がある際に計画を届け出すればよい。 公文書で判明  喜多方事業所は所有地の一部をケミコン東日本マテリアル㈱に貸している。届け出は同事業所が使用している土地と貸している土地に分けて申請され、全敷地が要措置区域と形質変更時要届出区域に重複して指定されている。汚染公表の2020年11月から5カ月後の21年4月に県から指定を受けた後、汚染除去の工事が始まった。有害物質が流れ込んだ地下水が敷地外に拡散しないよう敷地を遮水壁で覆い、地下水を汲み上げる方法だ。地下水は有害物質を除去し、薄めたうえで喜多方市の下水道や会津北部土地改良区が管理する用水路に流している。汚染土壌の運搬も進めている。 喜多方事業所以外にも汚染された土地はある。都道府県は指定した土壌汚染区域の範囲を台帳に記して公開しなければならず、福島県では台帳の概要をホームページで公表している。詳細を知りたければ、県庁や土壌汚染対象地を管轄する各振興局で台帳を閲覧できる。 筆者が喜多方事業所による「有害物質のひた隠し」に気づいたのは、この台帳を見たからだった。県に提出した文書では、冒頭に述べた8種類の有害物質で土壌汚染されていることを認めているが、住民には、「汚染が見つかったのは4物質」と事実の一部のみを説明し、残り4物質については汚染の恐れがあることを伏せていたのだ。 「要措置区域台帳」を見ると、生産工程での使用や過去の調査の結果、汚染の恐れがあるとみなされたのは重金属由来の有害物質(第二種特定有害物質)のうち前述の8種類。試料採取等調査結果の欄は全て「調査省略」とある。しかし、結果は土壌溶出量、土壌含有量とも基準は「不適合」だった。 調査省略なのに基準不適合とはどういうことか。それは、「土壌汚染状況調査の対象地における土壌の特定有害物質による汚染のおそれを推定するために有効な情報の把握を行わなかったときは、全ての特定有害物質について第二溶出量基準及び土壌含有量基準に適合しない汚染状態にある土地とみなす」(土壌汚染対策法規則第11条2項)との規定に基づく。喜多方事業所は、調査を省略したことで「汚染状態にある」とみなしているわけだ。 さらに規則では、汚染のおそれのある物質を使用履歴などを調べ特定した場合はその物質の種類を都道府県に申請し、確定の通知を受けた物質のみを汚染状態にあるとみなすことができる。試料採取の調査を省略する場合は、本来は前述の規定に従い、土壌汚染対策法で定めた全25物質により汚染されていると認めなければならないのだが、喜多方事業所は工場での使用履歴や過去の調査から汚染の原因物質を特定したため、書類上は8物質のみによる汚染で済んだということだ。 台帳には、喜多方事業所が調査を省略した理由は「措置の実施を優先するため」とある。時間をかけて調査するよりも、汚染状態にあることを受け入れて本来の目的である公害対策を優先するという意味だ。 ある周辺住民は、 「8物質による土壌汚染が認められているなんて初めて聞きました。住民に知らされているのは、そのうちフッ素などの4物質だけです。これら4物質は土壌を計測した結果、実際に基準値超えが出たにすぎません。私たちが知らされた4物質以外に六価クロム、水銀、セレン、鉛があるとは聞いていません」 と話す。 「住民軽視の表れ」  喜多方事業所にも住民に説明したかどうか確認しなければなるまい。同社は「書面でしか質問を受け付けない」というので、今回も期限を設けてファクスで質問状を送った。有害物質8種類に関する質問は以下の3項目。 ①8物質で土壌汚染されていると自社でみなしている、という認識でいいのか。 ②六価クロム、水銀、セレン、鉛について、土壌や水質における基準値超過があったか。 ③「土壌汚染対策法上は事業所敷地内が六価クロム、水銀、セレン、鉛による土壌汚染状態にある」という事実を住民に伝えなかったという認識でいいのか。 「事実」は県の公文書から判明している。喜多方事業所には本誌の認識に異議や反論がないか尋ねたつもりだったが、返答は「内容が関連しますのでまとめて回答させて頂きます」。筆者は総花的な答えを覚悟した。以下が回答だ。 「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり、土壌汚染対策法に定められている土壌汚染状況調査の方法により、有害物質について使用履歴の確認および既往調査の記録の確認を行い、当該8物質を汚染のおそれのある物質として特定しております」 土壌汚染対策法上、喜多方事業所が取った手続きを述べているに過ぎず、質問に正面から答えていない。①の有害物質8種類については「汚染のおそれのある物質」と認めている。ただし、同法施行規則に従うと「汚染状態にあるものとみなされる」の表現が正しい。 ②の4有害物質については、これまで土壌や地下水を計測して基準値を超えたわけではないため、喜多方事業所は汚染原因として住民には知らせてこなかった。筆者が2022年9月時点までに同社が県に提出した文書を確認したところ、同社はこの4物質について汚染状況を計測・監視しているが、基準値超過はなかった。問題のない回答まで避けるということは、同社はもはや自社に都合の良い悪いにかかわらず何も情報を出すつもりがないのだろう。 ③については、「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり」で済ませ、本誌の「住民に伝えたか伝えていないか」との問いに対する明言を避けている。前出の住民の話からするに、「有害物質8種類で土壌汚染の恐れがある」という事実は伝わっていない可能性が高い。 本誌はさらに、「住民に伝えなかった」という認識に反する事実があれば、住民への説明資料と伝えた日時を示して教えてほしいと畳みかけたが、回答は 「個別地区に向けた説明会の質疑応答を含め多岐にわたりますのでその日時や資料については回答を控えさせていただきます」 「伝えた」と明言しない点、「伝えなかった」という認識に反する根拠を提示しない点から、喜多方事業所が土壌汚染の恐れがある有害物質の種類を住民に少なく報告し、汚染を矮小化している可能性が高い。  法律の定めに従い、県には汚染の恐れがある物質を全て知らせている一方、敷地周辺に波及した地下水汚染により実害を被っている周辺住民にはひた隠しにしてきたことを「ダブルスタンダードで、住民軽視の表れだ」と前出の住民は憤る。 しかし、住民軽視は今に始まったことではない。開示請求で得た情報をもとに取材を進めると、より深刻な事実をひた隠しにしていることが分かった。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工【アルミ太郎】

    【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

     喜多方市で土壌汚染と地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)は、会津北部土地改良区が管理する用水路への「処理水」排出を強行しようとしている。同社は同土地改良区と排水時の約束を定めた「覚書」を作成し、住民にも同意を迫っていたが、難航すると分かると同意を得ずに流そうとしている。同土地改良区の顔を潰したうえ、住民軽視の姿勢が明らかとなった。 見せかけだった土地改良区の「住民同意要求」 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。  昭和電工喜多方事業所の敷地内では、2020年に土壌汚染対策法の基準値を上回るフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素による土壌・地下水汚染が発覚した。フッ素の測定値は最大で基準値の120倍。汚染は敷地外にも及んでいた。県が周辺住民の井戸水を調査すると、フッ素やホウ素で基準値超が見られた。フッ素は最大で基準値の4倍。一帯では汚染発覚から2年以上経った今も、ウオーターサーバーで飲料水を賄っている世帯がある。  原因は同事業所がアルミニウムを製錬していた40年以上前に有害物質を含む残渣を敷地内に埋めていたからだ。同事業所がこれまでに行った調査では、敷地内の土壌から生産過程で使用した履歴がないシアン、水銀、セレン、ヒ素が検出された。いずれも基準値を超えている。  対策として昭和電工は、  ①地下水を汲み上げて水位を下げ、汚染源が流れ込むのを防止  ②敷地を遮水壁で囲んで敷地外に汚染水が広がるのを防止  ③地下水から主な汚染物質であるフッ素を除去し、基準値内に収まった「処理水」を下水道や用水路に流す  という三つを挙げている。「処理水」は昨年3月から市の下水道に流しており、1日当たり最大で300立方㍍。一方、用水路への排出量は計画段階で同1500立方㍍だから、主な排水経路は後者になる。  この用水路は会津北部土地改良区が管理する松野左岸用水路(別図)で、その水は農地約260㌶に供給している。同事業所は通常操業で出る水をここに流してきた。  周辺住民や地権者らは処理水排出に反対している。毎年、大雨で用水路があふれ、水田に濁流が流れ込むため、汚染土壌の流入を懸念しているのだ。昨年1月に希硫酸が用水路に流出し、同事業所から迅速かつ十分な報告がなかったことも、昭和電工の管理能力の無さを浮き彫りにした。以降、住民の反対姿勢は明確になった。  昭和電工はなぜ、反対を押しのけてまで用水路への排出を急ぐのか。考えられるのは、公害対策費がかさむことへの懸念だ。  同事業所は市の下水道に1カ月当たり4万5000立方㍍を排水している。使用料金は月額約1200万円。年に換算すると約1億4000万円の下水道料金を払っていることになる(12月定例会の市建設部答弁より)。  昨年9月に行われた住民説明会では、同土地改良区の用水路に処理水排出を強行する方針を打ち明けた。以下は参加した住民のメモ。  《住民より:12月に本当に放流するのか?  A:環境対策工事を実現し揚水をすることが会社の責任であると考えている。それを実現する為にも灌漑用水への排水が最短で効果の得られる方法であると最終的に判断した。揚水をしないと環境工事の効果・低減が図れないことをご理解願いたい。  住民より:全く理解できない! 汚染排水の安全性、納得のいく説明がなされないままの排水は断じて認めることが出来ない。  (中略)  土地改良区との覚書、住民の同意が無ければ排水を認めない。約束を守っていない。  説明が尽くされていないまま時間切れ紛糾のまま終了。再説明会等も予定していない》  昭和電工は住民の録音・撮影や記者の入場を拒否したので、記録はこれしかない。 処理水排出は「公表せず」  「実際は『ふざけるな』とか『話が違う』など怒号が飛びました。昭和電工は記録されたくないでしょうね」(参加した住民)  昭和電工は用水路へ排出するに当たり、管理者の会津北部土地改良区との約束を定めた「覚書」を作成していた。同土地改良区は「周辺住民や地権者の同意を得たうえで流すのが慣例」と昭和電工に住民から同意を取り付けるよう求めたが、これだけ猛反対している住民が「覚書」に同意するはずがない。  同事業所に取材を申し込むと「文書でしか質問を受け付けない」というので、中川尚総務部長宛てにファクスで問い合わせた。  ――会津北部土地改良区との間で水質汚濁防止を約束する「覚書」を作成したが、締結はしているのか。  「会津北部土地改良区との協議状況等につきまして、当社からの回答は差し控えさせていただきます」  同土地改良区に確認すると、  「締結していません。住民からの同意が得られていないので」(鈴木秀優事務局長)  ただ、昭和電工は昨年9月の住民説明会で「12月から用水路に『処理水』を流す」と言っている。同土地改良区としては「覚書」がないと流すことは認められないはずではないかと尋ねると、  「『覚書』が重要というわけではなく、地区の同意を取ってくださいということです。あくまで記録として残しておく書面です。他の地区でも同様の排水は同意があって初めて行われるのが慣例なので、同じように求めました。法律で縛れないにしても、了承を取ってくださいというスタンスは変わりません」(同)  つまり、昭和電工の行為は慣例に従わなかったことになるが、同土地改良区の見解はどうなのか。  「表現としてはどうなんでしょうね。こちらからは申し上げることができない。土地改良区は農業者の団体です。地区の合意を取っていただくのが先例ですから、強く昭和電工に申し入れていますし、今後も申し入れていきます」(同)  これでは、住民同意の要求は見せかけと言われても仕方がない。  直近では昨年10月に昭和電工に口頭で申し入れたという。12月中旬時点では「処理水」を放出したかどうかの報告はなく、「今のところ待ちの状態」という。  同事業所にあらためて聞いた。  ――「処理水」を流したのか。開始した日時はいつか。  「対外的に公表の予定はございません」  処理水放出を公表しないのは住民軽視そのもの。昭和電工の無責任体質には呆れるしかない。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

  • 【会津若松・喜多方・福島】市街地でクマ被害多発のワケ

    【クマ被害過去最多】市街地でクマ被害多発の理由

     2022年は市街地でのクマ出没やクマによる人的被害が目立った1年だった。会津若松市では大型連休初日、観光地の鶴ヶ城に出没し、関係部署が対応に追われた。クマは冬眠の時期に入りつつあるが、いまのうちに対策を講じておかないと、来春、再び深刻な被害を招きかねない。 専門家・マタギが語る「命の守り方」  会津若松市郊外部の門田町御山地区。中心市街地から南に4㌔ほど離れた山すそに位置し、周辺には果樹園や民家が並ぶ。そんな同地区に住む89歳の女性が7月27日正午ごろ、自宅近くの竹やぶで、頭に傷を負い倒れているところを家族に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。クマに襲われたとみられる。  「畑に出かけて昼になっても帰ってこなかったので、家族が探しに行ったら、家の裏の竹やぶの真ん中で仰向けに倒れていた。額の皮がむけ、左目もやられ、帽子に爪の跡が残っていた。首のところに穴が空いており、警察からは出血性ショックで亡くなったのではないかと言われました」(女性の遺族) 女性が亡くなっていた竹やぶ  現場近くでは、親子とみられるクマ2頭の目撃情報があったほか、果物の食害が確認されていた。そのため、「食べ物を求めて人里に降りて来たものの戻れなくなり、竹やぶに潜んでいたタイミングで鉢合わせしたのではないか」というのが周辺住民の見立てだ。  8月27日早朝には、同市慶山の愛宕神社の参道で、散歩していた55歳の男性が2頭のクマと鉢合わせ。男性は親と思われるクマに襲われ、あごを骨折したほか、左腕をかまれるなどの大けがをした。以前からクマが出るエリアで、神社の社務所ではクマ除けのラジオが鳴り続けていた。 愛宕神社の参道  大型連休初日の4月29日早朝には、会津若松市の観光地・鶴ヶ城公園にクマが出没し、5時間にわたり立ち入り禁止となった。市や県、会津若松署、猟友会などが対応して緊急捕獲した。5月14日早朝には、同市城西町と、同市本町の諏訪神社でもクマが目撃され、同日正午過ぎに麻酔銃を使って緊急捕獲された。  市農林課によると、例年に比べ市街地でのクマ目撃情報が増えている。人的被害が発生したり、猟友会が緊急出動するケースは過去5~10年に1度ある程度だったが、2022年は少なくとも5件発生しているという。  鶴ヶ城に出没したクマの足取りを市農林課が検証したところ、千石バイパス(県道64号会津若松裏磐梯線)沿いの小田橋付近で目撃されていた。橋の下を流れる湯川の川底を調べたところ、足跡が残っていた。クマは姿を隠しながら移動する習性があり、草が多い川沿いを好む。  このことから、市中心部の東側に位置する東山温泉方面の山から、川伝いに街なかに降りてきた線が濃厚だ。複数の住民によると、東山温泉の奥の山にはクマの好物であるジダケの群落があり、クマが生息するエリアとして知られている。  市農林課は河川管理者である県と相談し、動きを感知して撮影する「センサーカメラ」を設置した。さらに光が点滅する「青色発光ダイオード」装置を取り付け、クマを威嚇。県に依頼して湯川の草刈りや緩衝帯作りなども進めてもらった。その結果、市街地でのクマ目撃情報はなくなったという。  それでも市は引き続き警戒しており、10月21日には県との共催により「市街地出没訓練」を初めて実施。関係機関が連携し、対応の手順を確認した。  市では2023年以降もクマによる農作物被害を減らし、人的被害をゼロにするために対策を継続する。具体的には、①深刻な農作物被害が発生したり、市街地近くで多くの目撃情報があった際、「箱わな」を設置して捕獲、②人が住むエリアをきれいにすることでゾーニング(区分け)を図り、山から出づらくする「環境整備」、③個人・団体が農地や集落に「電気柵」を設置する際の補助――という3つの対策だ。  さらに2023年からは、郊外部ばかりでなく市街地に住む人にも危機意識を持ってもらうべく、クマへの対応法に関するリーフレットなどを配布して周知に努めていく。これらの対策は実を結ぶのか、2023年以降の出没状況を注視していきたい。 一度入った農地は忘れない  本州に生息しているクマはツキノワグマだ。平均的な大きさは体長110~150㌢、体重50~150㌔。県が2016年に公表した生態調査によると、県内には2970頭いると推定される。  クマは狩猟により捕獲する場合を除き、原則として捕獲が禁じられている。鳥獣保護管理法に基づき、農林水産業などに被害を与える野生鳥獣の個体数が「適正な水準」になるように保護管理が行われている。  県自然保護課によると、9月までの事故件数は7件、目撃件数は364件。2021年は事故件数3件、目撃件数303件。2020年が事故件数9件、目撃件数558件。「件数的には例年並みだが、市街地に出没したり、事故に至るケースが短期間に集中した」(同課担当者)。  福島市西部地区の在庭坂・桜本地区では8月中旬から下旬にかけて、6日間で3回クマによる人的被害が続発した。9月7日早朝には、在庭坂地区で民家の勝手口から台所にクマが入り込み、キャットフードを食べる姿も目撃されている。  会津若松市に隣接する喜多方市でも10月18日昼ごろ、喜多方警察署やヨークベニマル喜多方店近くの市道でクマが目撃された。  河北新報オンライン9月23日配信記事によると、東北地方の8月までの人身被害数40件は過去最多だ。  クマの生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授は「2021年はクマにとってエサ資源となるブナやミズナラが豊富で子どもが多く生まれたため、出歩くことが多かったのではないか」としたうえで、「2022年は2021年以上にエサ資源が豊富。2023年の春先は気を付けなければなりません」と警鐘を鳴らす。  「クマは基本的に憶病な動物ですが、人が近づくと驚いて咄嗟に攻撃します。また、一度農作物の味を覚えるとそれに執着するので、1回でも農地に入られたら、その農地を覚えていると思った方がいい」  今後取るべき対策としては「まず林や河川の周りの草木を伐採し、ゾーニングが図られるように見通しのいい環境をつくるべきです。また、収穫されずに放置しているモモやカキ、クリの木を伐採し、クマのエサをなくすことも重要。電気柵も有効ですが、イノシシ用の平面的な配置では乗り越えられてしまうので、クマ用に立体的に配置する必要があります」と指摘する。 近距離で遭遇したら頭を守れ クマと遭遇した時の対応を説明する猪俣さん  金山町で「マタギ」として活動し、小さいころからクマと対峙してきた猪俣昭夫さんは「そもそもクマの生態が変わってきている」と語る。 奥会津最後のマタギposted with ヨメレバ滝田 誠一郎 小学館 2021年04月20日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle  「里山に入り薪を取って生活していた時代はゾーニングが図られていたし、人間に危害を与えるクマは鉄砲で駆除されていました。だが、里山に入る人や猟師が少なくなると、山の奥にいたクマが、農作物や果物など手軽にエサが手に入る人家の近くに降りてくるようになった。代を重ねるうちに人や車に慣れているので、人間と会っても逃げないし、様子を見ずに襲う可能性が高いです」  山あいの地域では日常的にクマを見かけることが多いためか、「親子のクマにさえ会わなければ、危険な目に遭うことはない」と語る人もいたが、そういうクマばかりではなくなっていくかもしれない。  では、実際にクマに遭遇したときはどう対応すればいいのか。猪俣さんはこう説明した。  「5㍍ぐらい距離があるといきなり襲ってくることはないが、それより近いとクマもびっくりして立ち上がる。そのとき、大きな声を出すと追いかけられて襲われるので、思わず叫びたくなるのをグッと抑えなければなりません。クマが相手の強さを測るのは『目の高さ』。後ずさりしながら、クマより高いところに移動したり、近くの木を挟んで対峙し行動の選択肢を増やせるといい。少なくとも、私の場合そうやって襲われたことはありません」  一方、前出・望月准教授は次のように話す。  「頭に傷を負うと致命傷になる可能性が高い。近距離でばったり出会った場合はうずくまったり、うつ伏せになり、頭を守るべきです。そうすれば、仮に背中を爪で引っかかれてもリュックを引き裂かれるだけで済む可能性がある。研修会や小学校などで周知しており、広まってほしいと思っています」  県では、会津若松市のように対策を講じる市町村を補助する「野生鳥獣被害防止地域づくり事業」(予算5300万円)を展開している。ただ、高齢化や耕作放棄地などの問題もあり、環境整備や効果的な電気柵設置は容易にはいかないようだ。  来春以降の被害を最小限に防ぐためにも、問題点を共有し、地域住民を巻き込んで抜本的な対策を講じていくことが求められている。

  • 【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

    【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工

     昭和電工は2023年1月に「レゾナック」に社名変更する。高品質のアルミニウム素材を生産する喜多方事業所は研究施設も備えることから、いまだ重要な位置を占めるが、グループ再編でアルミニウム部門は消え、イノベーション材料部門の一つになる。土壌・地下水汚染対策に起因する2021年12月期の特別損失約90億円がグループ全体の足を引っ張っている。井戸水を汚染された周辺住民は全有害物質の検査を望むが、費用がかさむからか応じてはくれない。だが、不誠実な対応は今に始まったことではない。事業所は約80年前から「水郷・喜多方」の湧水枯渇の要因になっていた。 社名変更しても消えない喜多方湧水枯渇の罪  「昭和電工」から「昭和」の名が消える。2023年1月に「レゾナック」に社名変更するからだ。2020年に日立製作所の主要子会社・日立化成を買収。世界での半導体事業と電気自動車の成長を見据え、エレクトロニクスとモビリティ部門を今後の中核事業に位置付けている。社名変更は事業再編に伴うものだ。  新社名レゾナック(RESONAC)の由来は、同社ホームページによると、英語の「RESONATE:共鳴する、響き渡る」と「CHEMISTRY:化学」の「C」を組み合せて生まれたという。「グループの先端材料技術と、パートナーの持つさまざまな技術力と発想が強くつながり大きな『共鳴』を起こし、その響きが広がることでさらに新しいパートナーと出会い、社会を変える大きな動きを創り出していきたいという強い想いを込めています」とのこと。  新会社は「化学の力で社会を変える」を存在意義としているが、少なくとも喜多方事業所周辺の環境は悪い方に変えている。現在問題となっている、主にフッ素による地下水汚染は1982(昭和57)年まで行っていたアルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を敷地内に埋め、それが土壌から地下水に漏れ出したのが原因だ。  同事業所の正門前には球体に座った男の子の像が立つ=写真。名前は「アルミ太郎」。地元の彫刻家佐藤恒三氏がアルミで制作し、1954(昭和29)年6月1日に除幕式が行われた。式当日の写真を見ると、着物を着たおかっぱの女の子が白い布に付いた紐を引っ張りお披露目。工場長や従業員とその家族、来賓者約50人がアルミ太郎と一緒に笑顔で写真に納まっていた。アルミニウム産業の明るい未来を予想させる。 喜多方事業所正門に立つ像「アルミ太郎」  2018年の同事業所CSRサイトレポートによると「昭和電工のアルミニウムを世界に冠たるものにしたい」という当時の工場幹部及び従業員の熱い願いのもと制作されたという。「アルミ太郎が腰掛けているのは、上記の世界に冠たるものにしたいという思いから地球を模したものだといわれています」(同レポート)。  同事業所は操業開始から現在まで一貫してアルミニウム関連製品を生産している。それは戦前の軍需産業にさかのぼる。 誘致当初から住民と軋轢  1939(昭和14)年、会津地方を北流し、新潟県に流れる阿賀川のダムを利用した東信電気新郷発電所の電力を使うアルミニウム工場の建設計画が政府に提出された。時は日中戦争の最中で、軽量で加工しやすいアルミニウムは重要な軍需物資だった。発電所近くの喜多方町、若松市(現会津若松市)、高郷村(現喜多方市高郷町)、野沢町(現西会津町野沢)が誘致に手を挙げた。喜多方町議会は誘致を要望する意見書を町に提出。町は土地買収を進める工場建設委員会を設置し、運搬に便利な喜多方駅南側の一等地を用意したことから誘致に成功した。  喜多方市街地には当時、あちこちに湧水があり、住民は生活用水に利用していた。電気に加え大量の水を使うアルミニウム製錬業にとって、地下に巨大な水がめを抱える喜多方は魅力的な土地だった。  誘致過程で既に現在につながる昭和電工と地域住民との軋轢が生じていた。土地を提供する豊川村(現喜多方市豊川町)と農民に対し、事前の相談が一切なかったのだ。農民・地主らの反対で土地売買の交渉は思うように進まなかった。事態を重く見た県農務課は経済部長を喜多方町に派遣し、「国策上から憂慮に堪えないので、可及的にこれが工場の誘致を促進せしめ、国家の大方針に即応すべきであることを前提に」と喜多方町長や豊川村長らに伝え、県が土地買収の音頭を取った。  近隣の太郎丸集落には「小作農民の補償料は反当たり50円」「水田反当たり850~760円」払うことで折り合いをつけた。高吉集落の地主は補償の増額を要求し、決着した。(喜多方市史)。  現在の太郎丸・高吉第一行政区は同事業所の西から南に隣接する集落で、地下水汚染が最も深刻だ。汚染が判明した2020年から、いまだに同事業所からウオーターサーバーの補給を受けている世帯がある。さらには汚染水を封じ込める遮水壁設置工事に伴う騒音や振動にも悩まされてきた。ある住民男性は「昔からさまざまな我慢を強いられてきたのがこの集落です。ですが、希硫酸流出へのずさんな対応や後手後手の広報に接し、今回ばかりは我慢の限界だ」と憤る。  実は、公害を懸念する声は誘致時点からあった。耶麻郡内の農会長・町村会長(喜多方町、松山村、上三宮村、慶徳村、豊川村、姥堂村、岩月村。関柴村で構成)は完全なる防毒設備の施工や損害賠償の責任の明確化を求め陳情書を提出していた。だが、対策が講じられていたかは定かではない(喜多方市史)。 喜多方事業所を南側から撮った1995年の航空写真(出典:喜多方昭寿会「昭和電工喜多方工場六十年の歩み」)。中央①が正門。北側を東西にJR磐越西線が走り、市街地が広がる。駅北側の湧水は戦前から枯れ始めた。写真左端の⑰は太郎丸行政区。  記録では1944(昭和19)年に初めてアルミニウムを精製し、汲み出した。だが戦争の激化で原料となるボーキサイトが不足し、運転停止に。敗戦後は占領軍に操業中止命令を食らい、農園を試行した時期もあった。民需に転換する許可を得て、ようやく製錬が再開する。  同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、アルミニウム生産量はピーク時の1970(昭和45)年には4万2900㌧。それに伴い従業員も増え、60(昭和35)~72(昭和47)年には650~780人を抱えた。地元の雇用に大きく貢献したわけだ。  喜多方市史は数ある企業の中で、昭和30年代の同事業所を以下のように記している。  《昭和電工(株)喜多方工場は、高度経済成長の中で着実な成長を遂げ、喜多方市における工場規模・労働者数・生産額ともに最大の企業となった。また喜多方工場が昭和電工㈱内においてもアルミニウム生産の主力工場にまで成長した》  JR喜多方駅の改札は北口しかないが、昭和電工社員は「通勤者用工場専用跨線橋」を渡って駅南隣の同事業所に直接行けるという「幻の南口」があった。喜多方はまさに昭和電工の企業城下町だった。  だが石油危機以降、アルミニウム製錬は斜陽になり、同事業所も規模を縮小し人員整理に入った。労働組合が雇用継続を求め、喜多方市も存続に向けて働きかけたことから、アルミニウム製品の加工場として再出発し、現在に至る。  同事業所が衰退した昭和40年代は、近代化の過程で見過ごされてきた企業活動の加害が可視化された「公害の時代」だ。チッソが引き起こした熊本県不知火海沿岸の水俣病。三井金属鉱業による富山県神通川流域のイタイイタイ病。石油コンビナートによる三重県の四日市ぜんそく。そして昭和電工鹿瀬工場が阿賀野川流域に流出させたメチル水銀が引き起こした新潟水俣病が「四大公害病」と呼ばれる。 ※『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』と同社プレスリリースなどより作成  同じ昭和電工でも、喜多方事業所は無機化学を扱う。同事業所でまず発覚した公害は、製錬過程で出るフッ化水素ガスが農作物を枯らす「煙害」だった。フッ化水素ガスに汚染された桑葉を食べた蚕は繭を結ばなくなり、明治以来盛んだった養蚕業は昭和20年代後半には壊滅したという。  もっとも、養蚕は時代の流れで消えゆく定めだった。同事業所が地元に雇用を生んだという意味では、プラスの面に目を向けるとしよう。それでも煙害は、米どころでもある喜多方の水稲栽培に影響を与えた。周辺の米農家は補償をめぐり訴訟を繰り返してきた。前述・アルミ太郎が披露された1954年には「昭電喜多方煙害対策特別委員会」が発足。希望に満ちた記念撮影の陰には、長年にわたる住民の怒りがあった。 地下水を大量消費  フッ化水素ガスによる農産物への被害だけでなく、同事業所は地下水を大量に汲み上げ、湧水枯渇の一因にもなっていた。「きたかた清水の再生によるまちづくりに関する調査研究報告書」(NPO法人超学際的研究機構、2007年)は、喜多方駅北側の菅原町地区で「戦前から枯渇が始まり、市の中心部へ広がり、清水の枯渇が外縁部へと拡大していった」と指摘している。06年10月に同機構の研究チームが行ったワークショップでは、住民が「菅原町を中心とした南部の清水も駅南のアルミ製錬工場の影響で枯渇した」と証言している。同事業所を指している。  研究チームの座長を務めた福島大の柴﨑直明教授(地下水盆管理学)はこう話す。  「調査では喜多方の街なかに住む古老から『昭和電工の工場が水を汲み過ぎて湧水が枯れた』という話をよく聞きました。アルミニウム製錬という業種上、戦前から大量の水を使っていたのは事実です。豊川町には同事業所の社宅があり、ここの住人に聞き取りを行いましたが、口止めされているのか、勤め先の不利益になることは言えないのか、証言する人はいませんでした」  地下水の水位低下にはさまざまな要因がある。柴﨑教授によると、特に昭和40年代から冬季の消雪に利用するため地下水を汲み上げ、水位が低下したという。農業用水への利用も一因とされ、これらが湧水枯渇に大きな影響を与えたとみられる。   ただし、戦前から湧水が消滅していたという証言があることから、喜多方でいち早く稼働した同事業所が長期にわたって枯渇の要因になっていた可能性は否めない。ワークショップでは「地下水汚染、土壌汚染も念頭に置いて調査研究を進めてほしい」との声もあった。  この調査は、地下水・湧水が減少傾向の中、「水郷・喜多方」を再認識し、湧水復活の契機にするプロジェクトの一環だった。喜多方市も水郷のイメージを生かした「まちおこし」には熱心なようだ。  2022年10月には、市内で「第14回全国水源の里シンポジウム」が開かれた。同市での開催は2008年以来2度目。実行委員長の遠藤忠一市長は「水源の里の価値を再確認し、水源の里を持続可能なものとする活動を広げ、次世代に未来をつないでいきたい」とあいさつした(福島民友10月28日付)。参加者は、かつて湧水が多数あった旧市内のほか、熱塩加納、山都、高郷の各地区を視察した。 「水源の里」を名乗るなら 昭和電工(現レゾナック)  昭和電工は戦時中の国策に乗じて喜多方に進出し、アルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を地中に埋めていた。「法律が未整備だった」「環境への意識が希薄だった」と言い訳はできる。だが「喜多方の水を利用させてもらっている」という謙虚な気持ちがあれば、周辺住民の「湧水が枯れた」との訴えに耳を傾けたはずで、長期間残り続ける有害物質を埋めることはなかっただろう。喜多方の水の恩恵を受けてきた事業者は、酒蔵だろうが、地元の農家だろうが、東京に本社がある大企業だろうが、水を守る責任がある。昭和電工は奪うだけ奪って未来に汚染のツケを回したわけだ。  喜多方市も水源を守る意識が薄い。遠藤市長は「水源の里を持続可能なものとする活動を広げる」と宣言した。PRに励むのは結構だが、それは役所の本分ではないし得意とすることではない。市が「水源の里」を本当に守るつもりなら、果たすべきは公害問題の解決のために必要な措置を講じることだ。   住民は、事業所で使用履歴のない有害物質が基準値を超えて検出されていることから、土壌汚染対策法に基づいた地下水基準全項目の調査を求めている。だが、汚染源の昭和電工は応じようとしない。膠着状態が続く中、住民は市に対し昭和電工との調整を求めている。市長と市議会は選挙で住民の負託を受けている。企業の財産や営業の自由は守られてしかるべきだが、それよりも大切なのは市民の健康と生活を守ることではないか。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工 【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

  • 親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

    【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策

     昭和電工喜多方事業所にたまった有害物質由来の土壌汚染・地下水汚染が公表されてから2年が経った。前号で、昭和電工が周辺住民が求める全有害物質の検査に応じず、不誠実な広報対応を続けていることを書いたが、不信感が広まったのは2022年1月、農業用水路に希硫酸が流出してからだ。昭和電工が、用水路を管理する地元土地改良区と締結予定だった「覚書」をダシに地元住民・地権者の同意を求めていたことも明らかになり、土地改良区の立場に疑いの目を向ける者もいる。 会津北部土地改良区にも不満の声  昭和電工の計画では、基準値を超えている地下水をくみ上げ、浄化処理をした上で排出するとしている。処理水は発生し続け、保管で敷地が狭くなるのを防ぐために排出先を確保するのは必須だ。東電福島第一原発の汚染水対策を見ている県民なら容易に想像できるだろう。 汚染水を浄化した処理水をどこに流すのか。昭和電工は2022年3月から喜多方市の下水道に流している。敷地内汚染が発覚するまで、昭和電工は下水道を使っていなかったが、新たに配管を通した。基準値を超えていないことを確認したうえで排出し、流量や測定値は毎月、市に報告している。 1日当たりどのくらい排出しているのか。同事業所に問い合わせると、2022年3月から10月24日までの期間で、1日当たりの排水量は平均で約200立方㍍だという。 下水道は使用料がかかる。公害対策費は利益につながらない出費なので、なるべく抑えたいはずだ。昭和電工は、当初は会津北部土地改良区(本部・喜多方市)が管理する松野左岸用水路に流す計画だった。その量は、1日当たり最大1500立方㍍。この用水路には、これまでも同改良区の許可を得たうえで通常の操業で出る排水を流してきた。 会津北部土地改良区の事務所  だが、公害対策工事が佳境を迎えても、いまだ同用水路には処理水を流せていない。近隣住民らの同意が得られていないからだ。住民側は複数行政区で同一歩調を取るという取り決めもされ、事態は膠着している。発端は、昭和電工による住民側に誤解を与えた説明と、同用水路への希硫酸流出事故だった。 事態を追う前に、当事者となった会津北部土地改良区の説明が必要だ。土地改良区とは、一定の地域の土地改良事業を行う公共組合。用水路や取水ダムの設置・管理、圃場整備を行う。一定の地域で農業を営んでいれば、本人の同意の有無にかかわらず組合員にならなければならず、地縁的性格が強い。 会津北部土地改良区は喜多方市、北塩原村、会津坂下町、湯川村に約4780㌶の受益地を持つ。松野左岸用水路は長さ3750㍍で、濁川から取水し、昭和電工喜多方事業所南部の農地約260㌶に供給する。 同事業所と周辺で汚染が発覚した後の2021年、昭和電工は環境対策の計画書を県に提出した。そこには処理水の排出経路として、前出の松野左岸用水路を想定。同年3月ごろに用水路を管理する会津北部土地改良区に、排水にあたって約束する内容を記した「覚書」を締結したいと申し出た。 汚染水中の有害物質を基準値以下にした処理水で、県も認可している計画なので、会津北部土地改良区も「約束を明確化するなら」と排水の趣旨は理解した。ただし同改良区では、どの用水路も近隣住民や関係する地権者の同意を得て初めて、事業所からの排水を流していたため、昭和電工にも同じように同意を得るように求めた。昭和電工は2021年夏ごろから、周辺住民を対象に説明会を開き同意書への署名を要望した。 筆者の手元に住民や地権者に示された「覚書」がある。昭和電工が作成し、住民らに示す前に同改良区に確認を取った。ただし同改良区は「内容が良いとか悪いとか、こちらから口を出すものではないと認識しています。受け取っただけです」(鈴木秀優事務局長)という。 覚書の初めには《会津北部土地改良区(以下「甲」という)と昭和電工株式会社喜多方事業所(以下「乙」という)は、甲が管理するかんがい用水路へ排出する乙の排出水によるかんがい用水の水質汚染発生防止と、良好な利水並びに環境の確保を本旨として、次のとおり覚書を締結する》とある。 第1章総則では、「この覚書に定める諸対策を誠実に実施し、環境負荷の低減に努めることを甲乙間において相互に確認することを目的」とし、「排出水による環境負荷抑制に努め」、「排出水の監視状況や環境保全活動等の情報を開示することにより、地域住民等との環境に関するコミュニケーションを図る」とある。以下、章ごとに「排出水等の水質」、「排出水等管理体制」、「不測の事態発生時の措置・損害の賠償」を約束する内容だ。 ただ、後半の「排水処理施設の出口において維持すべき数値」を定めた覚書細目では、フッ素及びその化合物についてのみ、許容限度を最大8㍉㌘/L以下と定めている。敷地内やその周辺の地下水で土壌汚染対策法の基準値を超えたシアン、ヒ素、ホウ素についての記述はない。 排水拒否の権限がある土地改良区  覚書の各項目の主語はほとんど乙=昭和電工だ。甲=会津北部土地改良区は、冒頭と署名・押印、協議に関わる個所以外は登場しない。 「覚書」と記されているが、当時も現在も、会津北部土地改良区とは正式に締結していない。だが、住民の同意を得るうえでは発効済みのものと同じくらい効果があった。 松野左岸用水路に処理水を排出していいかどうかの決定権があるのは、管理する同改良区だ。土地改良法57条3では、土地改良区は都道府県の認可を得て管理する農業用用排水路については、「予定する廃水以外の廃水が排出されることにより、当該農業用用排水路の管理に著しい支障を生じ、または生ずるおそれがあると認めるときは、当該管理規定の定めるところにより、当該廃水を排出する者に対し、その排出する廃水の量を減ずること、その排出を停止すること」を求めることができるとある。同改良区は昭和電工に「ノー」を突き付ける絶大な力を持っているということだ。 同改良区が「地域住民の同意が必要」と言ったら従うしかない。昭和電工が住民らに求めた同意書は「土地改良区の許可」という扉を開くための鍵だった。 同改良区の理事には喜多方市長や北塩原村長も名前を連ねており、地元では信頼がある(別表参照)。実際、「土地改良区でいいと言っているし、もう覚書は結ばれているものと思って同意に賛成した」という住民もいた。 会津北部土地改良区の役員構成(敬称略) 役職氏名住所(員外理事は公職)理事長佐藤雄一喜多方市関柴町副理事長鈴木定芳北塩原村庶務理事山田義人喜多方市塩川町会計理事遠藤俊一喜多方市熱塩加納町事業管理代表理事岩淵真祐喜多方市岩月町賦課徴収代表理事猪俣孝司喜多方市熱塩加納町理事飯野利光喜多方市上三宮町理事岩崎茂治喜多方市慶徳町理事庄司英喜喜多方市松山町理事高崎弘明喜多方市豊川町理事羽曾部祐仁喜多方市熊倉町理事横山敏光喜多方市塩川町員外理事遠藤忠一喜多方市長員外理事遠藤和夫北塩原村長統括監事堀利和喜多方市市道員外監事慶德榮喜喜多方市塩川町監事大竹良幸北塩原村  筆者は昭和電工喜多方事業所に「未締結なのに表題に『覚書』とのみ書き、『覚書(案)』のように記さなかったのはなぜか」と質問した。  同事業所は「説明会の中で会津北部土地改良区殿との締結はまだされていない旨をお伝え申し上げております。また、お示しした書面は、締結日付も空欄で押印もされていないものですので、見た目上も案であることはご理解いただけるものとなっております」と回答。勘違いした方が悪いというスタンスだ。 今回、地下水汚染の被害を受けている喜多方市豊川町は水田が広がる農業地帯だ。仕事柄、書類の見方に慣れている人は少ない。高齢者も多い。重要な書類を交わすのは、車の購入や保険の契約くらいだろう。 「分かりやすく伝える」ではなく「誰にでも伝わるようにする」。これは現代の広報の鉄則だ。住民の理解が不十分だったのをいいことに、自社に都合のいいように同意に向かわせることは、相手の立場に立った広報ができていないと言える。昭和電工喜多方事業所は地方の一拠点とはいえ、仮にも上場企業の傘下だ。 希硫酸流出で住民が同意書を撤回  以下は「同意書」の内容。同改良区・昭和電工と住民側が結ぶ形になっている。 《当行政区は、会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路の灌漑用水を直接又は反復利用するにあたり、下記の事項について同意いたします》。同意する内容は《昭和電工株式会社喜多方事業所が、会津北部土地改良区と昭和電工株式会社喜多方事業所との間で協議して締結する排水覚書(筆者注=「覚書案」のこと)に基づき排出水を適切に管理し、その排出水を会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路に排出することについて》である。 同事業所の南に位置する綾金行政区は、昭和電工が2021年9月19日に行った同行政区住民に対する説明で、即日同意書に署名を決めた。同行政区には51軒あるが、採決に参加したのはそのうちの36軒。賛成18軒に対し反対は8軒、多数派に委任したのが10軒あったため、行政区として同意書に合意した。 賛成の理由としては「国の基準を満たしているし、土地改良区も了承しているので任せたい」。反対の理由としては「風評被害につながる」との懸念があった。異論はあったが、同行政区は同年10月29日付で昭和電工に同意書を渡した。 会津北部土地改良区は綾金行政区からの要望を受けて、前事務局長を住民説明会に参加させていた。あくまでオブザーバーで、昭和電工側に立って説明することはなかったという。同改良区は、同社が長尾行政区を対象に同年10月24日に開いた説明会にも住民の要望を受けて参加した。 昭和電工と同改良区との「覚書」が示されたことで、住民側が勘違いしたのだろうか。関係する9行政区中、綾金、能力、長尾行政区が同意書を提出した。ところが、綾金行政区は2022年8月7日に同意を撤回。同時期に能力、長尾行政区も撤回した。いったい何があったのか。 きっかけは、2022年1月22日夜から23日午前10時にかけて、地下水汚染の拡散を防止する「環境対策工事」に使っていた希硫酸が敷地外に漏れたことだった。まさに住民らが前年に排出を同意していた松野左岸用水路に流出した。幸い、冬季は農業用水路として使っていなかった。積もっていた雪に吸着したため、敷地外への排出量も減り、回収もできた。 タンクからの漏洩量は1・15立方㍍。敷地外に流出したのは0・1立方㍍と昭和電工は計算している。最終放流口から漏れ出た溶液の㏗(ピーエイチ)が最も下がったのは同23日午前7時半に記録した㏗2・8だった。㏗は3・0以上6・0未満が弱酸性。6・0以上8・0以下が中性。2・0を下回ると強酸性に分類される。 流出量からすると実害はなかったが、不安は募る。さらに住民への報告は2月に入ってからで、不誠実に映った。漏洩防止対策のずさんさも環境対策工事への信頼を揺るがすものとなった。 調整役を期待される喜多方市  希硫酸は円柱形の大人の背丈ほどのタンク内に収められていた。下部から管を通して溶液を出すつくりになっている。タンクは四角い箱状の受け皿(防液堤)に置かれ、タンク自体が破損して希硫酸が漏れても広がらないよう対策されている。防液堤から漏れたとしても、雨水が集まる側溝には㏗の計測器があり、㏗6以下の異常を検知すれば敷地外につながる水路の門が遮断される仕組みになっていた。 昭和電工は、防液堤内に溜まった水が凍結・膨張した時に発生した力で希硫酸が入っているタンクと配管の接合部に破損ができたと推定している。喜多方の厳しい冬が原因ということだ。だが、防液堤に水が溜まっていたということは、そもそも受け皿の役割を果たしていないことにならないか。 第一の対策である防液堤はザルだった。防液堤側面には水抜き口があるが、液体流出防止の機能を果たす時は栓でふさいで使用する。だがこの時、栓は開いたままだった。 第二の対策、側溝にあった㏗の異常計測器はどうか。工事対応で一時的に移動させていたことから、異常値を検知できず、敷地外の水路につながる門は閉まらなかったという。 昭和電工は翌24日、県会津地方振興局と喜多方市市民生活課に事故を報告し、現場検証をした。用水路の管理者である会津北部土地改良区には25日に報告した。周辺住民の所有地に流出したわけではないので、同社からすると「住民は当事者ではない」のかもしれないが、住民たちは事故をすぐに知らされなかったことを不満に思っている。 疑念は昭和電工だけでなく、松野左岸用水路への処理水排水を許可する方針だった会津北部土地改良区にも向けられた。覚書を結んだくせに事故が起こったと思われたからだ。 喜多方市議会の9月定例会で山口和男議員(綾金行政区)は、遠藤忠一市長が会津北部土地改良区の員外理事を務めている点、市から同改良区に補助金を出している点に触れたうえで「管理する土地改良区が自分の水路に何が流れているか分からないようでは困るから、強く指導してほしい」と求めている。同改良区の当事者意識が薄いということだ。 遠藤市長は「会津北部土地改良区も含めて、行政として原因者である昭和電工にしっかりと指導してまいりたい」と答えた。 住民らは、不誠実な対応を続ける昭和電工、当事者意識が薄い会津北部土地改良区だけでは心許ないことから、喜多方市に調整役を期待し、これら3者に事業所周辺の汚染調査などを求める要望書を提出したという。市民の健康や利益を守るのは市の役目。積極的なかじ取りが求められるだろう。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

    【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

     喜多方市豊川町でフッ素やヒ素による土壌・地下水汚染が明らかとなった。昭和電工(東京都港区)喜多方事業所内の汚染物質を含む土壌からしみ出したとみられる。同社は2020年11月の公表以来、井戸が汚染された住民にウオーターサーバーを提供したり、汚染水の拡散を防ぐ遮水壁設置を進めているが、住民たちは工事の不手際や全種類の汚染物質を特定しない同社に不満を抱いている。親世代から苦しめられてきた同事業所由来の公害に、住民たちの我慢は限界に来ている。 繰り返される不誠実対応に憤る被害住民  2022年9月下旬の週末、JR喜多方駅南側に広がる田園には稲刈りの季節が訪れていた。ラーメンで知られる喜多方だが、綺麗な地下水や湧水を背景にした米どころでもある。豊富な地下水を求め、戦前から大企業も進出してきた。同駅のすぐ南には、化学工業大手・昭和電工の喜多方事業所がある。 1939(昭和14)年、この地にアルミニウム工場建設が決定。戦時下で軍需向けの製造が開始され、戦後に本格操業した。同事業所を南側の豊川町から眺めると、歴史を感じさせる赤茶けた建物が田園の向こうにたたずむ。 同事業所を持つ昭和電工グループの規模は巨大だ。2021年12月期の有価証券報告書によると、売上高は1兆4190億円で、経常利益は868億円。従業員数2万6054人(いずれも連結)。グループを束ねる昭和電工㈱(東京都港区)の資本金は1821億円。従業員数3298人。 喜多方事業所にはアルミニウム合金の加工品をつくる設備があり、従業員数18人。同事業所のホームページによると、アルミニウム産業に携わってきた技術を生かし、加工用の素材などを製造している。 そんな同事業所の敷地内で、土壌と地下水が汚染されていることが初めて公表されたのは2020年11月2日。土壌汚染対策法の基準値を超えるフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素の4物質が検出された(表1)。同事業所は同年1~10月にかけて調査していた。  事業所の地下水で基準値を超えた物質 物質基準値の何倍か基準値フッ素最大値120倍0.8mg/Lシアン検出不検出が条件ヒ素最大値3.1倍0.01mg/Lホウ素最大値1.4倍1mg/L表1  同年10月5日付の地元2紙によると、原因について同事業所は、過去に行っていたアルミニウム製錬事業で発生したフッ素を含む残渣などを敷地内に埋め、そこからフッ素が溶け出した可能性があるとしている。ただ、シアン、ヒ素、ホウ素の検出については原因不明という。アルミニウム製錬事業は1982(昭和57)年に終了している。 現時点で健康被害を訴える住民はいない。だが、日常は奪われたと言っていい。同事業所の近隣に住む男性はこう話す。 「県から『井戸の水を調査させてください』と電話が掛かってきて初めて知りました。ウチは、飲み水は地下水を使っていました。昔からここらに住んでいる人たちはどこもそうです。井戸水を計ってみるとフッ素が基準値超えでした」 男性を含め、近隣の数世帯は飲食や洗い物に使う水を現在も昭和電工が手配したウオーターサーバーで賄っている。同社は被害住民らに深度20㍍以上の井戸を新たに掘ったものの、鉄分、マンガン、大腸菌など事業所由来かは不明だが基準値を超える物質が検出され、飲用には適さなかった。 「まるでキャンプ生活ですよ。2年近くも続くとは思っていませんでした」(同) 敷地越えて広がる汚染地下水  県も同事業所敷地から外へ向かって約250㍍の範囲の地下水を調査し、敷地外に地下水汚染が広がっていることを確認している(表2)。翌年4月2日には、昭和電工による計測値に基づき、県が敷地と周辺を土壌汚染対策法の要措置区域に指定した。健康被害が生ずるおそれに関する基準に該当すると認める場合に指定される。この区域では形質変更が原則禁止となる。同事業所とその周辺では2区域に分けて指定され、それぞれ約31万3000平方㍍と約6万2300平方㍍にわたる。 県による事業所外地下水調査で基準値を超えた物質 (21年1月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L(21年4月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/L(21年7月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L福島民報、福島民友記事より作成表2  しかし、地上では同事業所との境界は明確に分かれていても、地下水はつながっている。公害対策の責任がある昭和電工は、汚染を封じ込める「環境対策」を進めている。公表から5カ月ほどたった2021年4月の住民説明会で、同事業所は敷地を囲むように全周2740㍍の遮水壁を造り、汚染された地下水の拡散を防ぐ対策を明らかにした(福島民友会津版同年4月18日付より)。 記事によると、土壌にあるフッ素を含むアルミニウム製錬の残渣と地下水の接触を避けるため、揚水井戸を設置し、地下水をくみ上げて水位を下げる。くみ上げた地下水はフッ素などを基準値未満の水準に引き下げ、工場排水と同じく排水する。東京電力が廃炉作業中の福島第一原子力発電所に、地下水が流入するのを防ぐため凍土壁を造った仕組みと似ている。同事業所は遮水壁の完成予定が2023年5月になると明かしていた。 2021年12月期有価証券報告書で損益計算書(連結)を見ると、特別損失に「環境対策費」として89億5800万円を計上している。「喜多方事業所における地下水汚染対策工事等にかかる費用」という。 1年間で90億円ほど費やしている「環境対策」だが、順調に進んでいるのか。 同事業所の西側に隣接する太郎丸行政区の住民でつくる「太郎丸昭和電工公害対策検討委員会」の慶徳孝幸事務局長(63)は、住民側が把握しただけでも、2021年10月から2022年9月までに9件のトラブルがあったと指摘する(表3)。 発覚時期影響対象住民が把握したトラブル2020年11月事業所内4物質が地下水で基準値超え2021年10月被害住民地下水のデータを誤送付12月近隣住民工事の振動・騒音が基準値超え12月事業所内地下水でヒ素が基準値超え2022年1月敷地内外工事に使う希硫酸が水路に漏洩2月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え3月事業所内新たな場所からシアンが検出6月事業所内地下水でヒ素が基準値超え8月事業所内地下水でヒ素が基準値超え9月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え表3  2022年1月下旬には、工事に使う希硫酸が用水路に漏洩した。ところが住民への報告はその1週間後で、お詫びと直接的な健康被害はないと考えている旨を書いた文書1枚を事業所周辺の各行政区長に送っただけだったという。 「このような対応が続くと昭和電工が行うこと全てに信頼がなくなってしまいます」(慶徳事務局長) 太郎丸行政区の住民らは、土壌汚染対策法で基準値が定められている全26物質と、同じく水道法で定められている全51項目について、水質検査をするように昭和電工に求めている。なぜか。 同事業所長は、21年3月に開いた同行政区対象の説明会で「埋設物質及び量は特定できない」「フッ素以外のシアン、ヒ素、ホウ素の使用履歴が特定できない」と述べたという。 「使用履歴がないシアン、ヒ素、ホウ素が現に見つかっている以上、他に基準値を超える有害物質が埋まっている可能性は否定できません。調べるのが普通だと思います」(同) 市議会が「実態調査に関する請願」採択  喜多方市議会9月定例会には、同行政区の区長と前出・公害対策検討委員会の委員長が「昭和電工株式会社喜多方事業所における公害(土壌汚染・地下水汚染)の実態調査に関する請願」を同1日付で提出した。紹介議員は十二村秀孝議員(1期、豊川町高堂)。 市に求めたのはやはり次の2点。 1、土壌汚染に関し定められた全26物質の調査 2、地下水汚染に関し定められた全51項目の調査 以下は十二村議員が朗読した請願書の一部。 《昭和電工喜多方事業所は昭和19年より生産開始し、後に化学肥料の生産も行い、昭和40年代には広範囲に及ぶフッ素の煙害で甚大な農作物被害を被った重く苦しい歴史があります。  現在、ケミコン東日本マテリアルの建物が立っている場所は過去に調整池であり、汚染物質の塊である第一電解炉のがれきが埋設された場所でもあります。歴史の一部始終を見てきた太郎丸行政区の住民からは、不安の声が上がり、当事業所に対し、地下水流向の下流域にある同行政区で、土壌汚染対策法で定める全26物質(含有量・溶出量)の調査、地下水全51項目の水質調査を再三要請してきましたが、事業所からは『正式な調査はしない』と文書回答がありました。 2022年3月8日には、付近の地下水観測井戸からシアンの検出超過が判明。約2カ月間、井戸からくみ上げましたが基準値以下になっていません。2020年11月2日に土壌汚染を公表してから1年半以上。県の調査結果を見る限り一般的事業所の波及範囲は約80㍍に収まるが、最大約500㍍先の地下水も汚染されています。県の地下水調査でも過去に類を見ない大規模かつ重大な公害問題の可能性が推測されます。 太郎丸は地下水が豊富で湧水が多く点在します。毛管上昇現象による土壌汚染も心配です。約800年の歴史がある太郎丸行政区が将来にわたって安心・安全に子どもたちに引き継げるのか。夢と希望を持って農業ができるのか。不安払拭のためにも行政の実態調査を求めます》 請願は9月15日に全会一致で採択された。〝ボール〟は市当局にも投げられた格好だ。 「子どものためにも沈黙はいけない」  さかのぼること同11日には、昭和電工が市内の「喜多方プラザ」で説明会を開き、対象の5行政区から60~70人の住民が参加した。汚染発覚以来、同社が毎年1回開いている。 筆者は同事業所に、説明会の取材を事前に電話で申し込んだ。対応した中川尚総務部長は「あくまで住民への説明なので」とメディアの参加を拒否。なおも粘ったが「メディアの参加は想定していない」の一点張りだった。「住民が非公開を求めているのか。報じられたくない住民がいるなら配慮する」と申し入れたが「メディアが入ることは想定していないので住民には取材の可否を聞き取っていない」。つまり、報じられたくないのは同事業所ということ。 当日、筆者は会場に向かったが、入り口には青い作業服を着た従業員10人ほどがいて入場を断られた。目の前にいる中川総務部長にいくつか質問をしたが、書面でしか受け付けないと断られた。 後日、前出・慶徳事務局長に説明会の様子を聞くと、 「午後3時に始まり、4時半に終える予定でしたが、結局7時半までかかりました。昭和電工側が要領の得ない発言を繰り返し、紛糾したからです」 会場の映像や写真、音声記録が欲しいところだが、 「昭和電工は参加した住民にも、機器を使って記録することを禁じていました。都合の悪い情報が記録され、メディアに報じられるのを避けたかったのでしょう。出席者からは『それなら議事録が欲しい』という求めもありましたが、要求が出たから渋々応じる感じで、前回も3カ月遅れで知らされました」(同) 昭和電工は、メディアに対しては書面で質問を求めるのに、自らが住民に書面で説明することには消極的なようだ。 昭和電工側の不誠実な対応を目の当たりにするたびに、慶徳事務局長は親世代の苦難を思い出すという。 「過去には同事業所から出るフッ素の煙で周辺の農作物に被害が出ました。親たちは交渉や訴訟を闘ってきました。それが今は子や孫に当たる私たちに続いている」(同) 話の途中、慶徳事務局長は前歯を指差した。 「知っていますか。フッ素を多く摂り過ぎると、歯に白い斑点できるんです。当時は事業所近隣に住む子どもたちだけ、特別に健康診断を受けていました。嫌な記憶です」 飲み水の配給を受けている前出・男性住民もこう話す。 「フッ素は硬水に多く含まれているので、気を付けていれば健康被害はそこまで心配していません。しかし、昭和電工は他の有害物質を十分に検査しておらず、フッ素より危険な物質が紛れている可能性もある。そっちの方が怖い。風評を恐れ、そっとしておきたい住民の気持ちも分かりますが、これからの子どもたちを考えたら黙っていられません。子や孫に『お父さん、おじいちゃんはなんで何もしなかったの』と言われないようにしたい」 米どころの喜多方では、周辺の耕作地への風評被害を恐れ、公害の原因を追及する動きは住民全体に広まっていない。だが、風評と実害を分けるために検査を尽くすことは重要だろう。 地元の豊川小学校の校歌には「豊かな土地を うるおす川の  絶えぬ営み われらのつとめ」の一節がある。地下水は、いずれは川に流れつく。子どもたちがこれからも胸を張って校歌を歌えるかは昭和電工、住民、行政含め大人たちの手に掛かっている。 あわせて読みたい 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【示現寺】で「墓じまい」増加【喜多方市】

     喜多方市熱塩加納町の古刹・示現寺で、寺から墓を引き払って「墓じまい」する檀家が増えている。人口減少・少子高齢化が理由とされているが、「高圧的な態度の住職への不満も一因となっている」と指摘する声もある。(志賀) 素行不良の“ブチ切れ”住職に不満続出  護法山示現寺は喜多方市熱塩加納町にある熱塩温泉の最奥部に位置する。もともとは平安時代初期に空海が建立した真言宗寺院で、永和元(1375)年、殺生石伝説で知られる禅僧・源扇心昭が曹洞宗寺院として再興した。境内には源扇和尚の墓もある。  戦国時代に会津領を治めた芦名氏などから寄進を受け、会津地方屈指の大きな寺となった。国指定重要文化財椿彫木彩漆笈のほか、中世・近世に記された貴重な文書(慈現寺文書)、源扇和尚にまつわる寺宝などが所蔵されている。境内の観音堂には千手観音立像が収められており、会津三十三観音五番札所にもなっている。熱塩温泉出身で、〝日本のナイチンゲール〟と呼ばれる瓜生岩子のの坐像などもある。  熱塩温泉は源扇和尚が示現寺を再興した際に発見したと伝えられており、明治・昭和初期は湯治場としてにぎわったという。元湯の権利はいまも示現寺が所有し、周辺の広大な山林の所有者にもなっているようだ。  会津地方を代表する名刹の一つであり、遠方からの観光客も訪れる。そういう意味では公益性が高い寺院と言えるが、近年は「離檀」する檀家が増えているようだ。ある総代によると、檀家数はかつて約170戸だったが現在は約150戸まで減ったという。  「この地区は人口減少・少子高齢化が深刻で、空き家が増えている。熱塩温泉の温泉街もいまは旅館が1軒(山形屋旅館)残るのみです。子どもが都市部で暮らしており、墓参りの際の負担の軽減などの理由で、檀家から離れて〝墓じまい〟する家が増えているのです」(ある総代)  同市熱塩加納町に限らず、会津地方では人口減少と少子高齢化により檀家・住職の後継者不足が深刻で、〝空き寺〟が増加している。一方で、寺院と関わる機会が少ない都市部では仏教自体への関心が衰え、葬式の際も葬祭ホールを使ったり、通夜・告別式を行わず火葬のみ行う〝直葬〟が増えている。要するに「仏教離れ」が進む中で、檀家減少が続いている、と。  もっとも、喜多方市内の寺院事情に詳しい事情通はこのように話す。  「表向きは人口減少・少子高齢化の影響と言われていますが、実際のところ、住職・斎藤威夫氏の言動に閉口して離れていく人も少なくないと聞いています」  複数の檀家の話を統合すると、斎藤氏は昭和28(1953)年生まれ。喜多方商業高校卒。大学の仏教学部を卒業したかどうかは不明。父親の智兼さんが住職を務めていたつながりで、示現寺の住職を務めるようになったという。  県私学・法人課が公表している宗教法人名簿によると、示現寺のほか、喜多方市内の能満寺(岩月町大都)、威徳寺(松山町鳥見山)、大用寺(上三宮町三谷)、常繁寺(熱塩加納町熱塩)、長徳寺(熱塩加納町米岡)、久山寺(同)、万勝寺(同)の代表役員を務めている。  前述の通り、示現寺の檀家数は約150戸とのことだが、その他の寺院は檀家が少なく、「主だったところを合わせても200~300戸ぐらいではないか」(斎藤氏が管理する寺院の檀家)。小規模の無住職寺院の管理を一手に引き受け、各寺院の檀家の葬儀・法事に1人で対応しているようだ。  「そうした事情もあってか葬儀・法事に来ても、檀家とろくに話もせず、すぐ帰ってしまうのです。試しに時間を計ったら、お経を読んで帰るまで、ちょうど10分でした。お経を読みながら時計をちらちら見て、弔辞が長いことに腹を立て帰ってしまったこともある。司会の女性に名前を間違えて紹介されただけで怒って帰ったとも聞いている。ああいう対応では故人も浮かばれないし、お布施を払って住職を支えようという気分にはなれません。普段は別の場所に住んでいるためか、示現寺の境内は手入れが行き届いていない状態で、『観光客が来るのに……』と心配している檀家も多いです」(同)  グーグルで示現寺の口コミを確認したところ、「風情がある」と評価する意見がある一方で、「朽ち果てそうで、手入れがされていないのかと思うお寺でした」とも書き込まれていた。寺院の内部はモノが散乱しているという話も聞かれる。  寺の運営は檀家が支払う護持会費や葬儀・法事の際のお布施で賄われている。そこから維持費や修繕費などを差し引き、残った分が住職の給料となる。運営が成り立つ檀家数の基準は300戸と言われているが、斎藤氏が住職を務める寺院は合計でギリギリ満たす程度とみられる。そのためか、斎藤氏は檀家に経営・金銭面の話をすることが多いようで、「お布施の中身を見て金額が少ないとばかり戻されることもあったようだ」、「カネの話ばかりでうんざりする」という声も聞かれた。それだけ寺院運営が厳しいのか、他にカネを必要とする事情があるのか。  なお示現寺では、本堂や庫裏の屋根のふき替え工事を行っているところで、それぞれ2000万円ずつかかるため、宗教法人と護持会で半額ずつ負担し、10年かけて支払うことになったという。檀家は護持会費の支払い以外に、年間2万円程度の寄付を求められている。 斎藤住職を直撃 示現寺  斎藤氏が住職を兼務する寺院のある檀家は「盆礼、年始、野菜、コメ……1年中何かを納めている。正直大変ですよ」とボヤいた。  「ここ数年は少し落ち着いたようだが、かつては飲食店街で派手に飲み歩き、外国人の女性の店を好んで利用していたことで知られていた。子どものときから変わった性格だった。この辺では〝王様〟なので、誰も何も言えません。あなたも取材に行ってあれこれ質問すると怒られちゃうと思うよ」(同)  斎藤氏が住職を務める寺院の護持会役員の男性はこう明かす。  「離檀する家にその理由を尋ねると、『つながりが希薄な菩提寺のために、お布施を払い続けるのが厳しくなってきた』という意見が多く、『そもそも話す機会が少なく、態度も良くない住職に金を払うのはちょっと……』という思いも聞いていた。さすがにこうした声は住職本人に伝えていません」  一部の総代から擁護する声もあったが、大半は不満の声だった。  寺院に関しては、その公益性の高さから境内や寺院建造物の固定資産税が免除され、宗教法人の収入も非課税とされている。その代表役員を務める住職としてふさわしいのか、檀家から厳しい視線が注がれている。  檀家のこうした声を斎藤氏はどう受け止めるのか。9月中旬、威徳寺の庫裏にいた斎藤氏に話を聞いた。    ×  ×  ×  ×  ――政経東北です。  「そういう文書関係はうち、出さなくていいよ。何、どういうことを聞きたいわけ?」  ――この辺の寺院で檀家が減っていると聞いて取材していました。  「極端に変化したわけではないが、都市部に家を移す人がいるので、少しずつ減ってはいる。ただ、ごそっと減ったわけではないね」  ――その要因は。  「少子高齢化と、(会津地方に多い)農業従事者の後継者がいなくなっていること。日本全体で産業構造が変わりつつあり、人口が都市部に集中している」  ――斎藤氏が住職を務める寺の檀家からは「お経を上げたらすぐ帰る」、「カネの話ばかりする」という住職への不満の声も聞きました。離檀の一因にもなっていると思うのですが、どう受け止めますか。  「いまの時代、檀家が住職についてこない。それに寺院は住職のものではなく、宗教法人のもの。古くなればお金を出し合って改修しないといけない。寄付を取られる、取られないという問題ではないんです。和尚は大変なんだよ。お布施も安い。郡山市は50万円とか70万円でやっているでしょう。この辺は15~20万円なんだから。こうした中身を知らないで喋って歩くのは良くないよ!」  ――檀家の皆さんから話を聞いたので、確認まで取材にお邪魔したということです。  「何もあんたが確認することないじゃないの! 檀家の人と喋ったってダメだって。信仰がないもの」  ――複数の寺の住職を兼務しているようですね。  「小さいお寺だと年間の護持会費3000円とかですよ。それでどうやってやってくんだよ。(檀家には)あんたみたいに偉そうに喋る人しかいないんだよ。ちょっとはへりくだって喋れよ! 知らない相手に対してはまずハイハイと話を聞くものであって、分かった風にして話を聞くのは失礼でしょう」  ――飲食店街でずいぶん飲み歩いていたという話も聞いたが。  「最近は出てないよ。だって、街に行かなきゃ人いないじゃないの。付き合いがないんだよ。無尽も2つやっていたが、1つはやめちゃった。……いや、こんな嫌な思いするなら喋りたくないです。ガセネタで歩いているわけだから」  ――実際に檀家さんから聞いた話を確認しているだけです。  「個人的に攻撃するような質問ばかりして、何が目的なんだよ。『周りがこう言っている』なんて恫喝するような話をするというのは失礼でしょう!」 近くの願成寺でもトラブル 願成寺の集団離檀騒動を報じた記事  ――檀家の皆さんからそういう話が出たのは事実です。  「皆さんってどの辺の皆さんだよ。それを言えないなら話にならない」  ――檀家の皆さんも直接住職には言いづらいのだと思います。  「そういう話だったら何も話したくないですね。帰ってください。警察に電話してもいいよ、いま」  ――通常の取材活動の一環なので、もし警察が来たらそれを説明するだけです。  「取材じゃなくて、個人的批判じゃないか! じゃあ、あんたは飲みに出ないんだな!?」  ――実際、ほとんど出てないですね。編集部の人間もそんなに飲み歩くことはないと思います。  「ああそうかよ……。あんた話し方下手だね。初対面の人にそんな失礼なことばっかり言ってたんじゃ仕事にならないんじゃないの?」  ――単刀直入に聞かないと分からないこともあるので。あらためて檀家数を確認したいのですが……。  「もういいです。そういうことなら帰ってください」    ×  ×  ×  ×  斎藤氏は記者の対応を問題視していたが、初対面の記者を「あんた」呼ばわりするなど、一貫して高圧的な対応だった。檀家への対応は推して知るべし。  飲食店街の話題を出したあたりからほぼ怒声になり、「飲みに出かけて何が悪いんだ」と繰り返し反論された。こちらとしては檀家から出た話を事実確認したまでだが、そのこと自体を批判されたと感じたようだ。それとも、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。  斎藤氏は、檀家の減少は少子高齢化と農業従事者の後継者不足、信仰心の低下が原因と分析。一方の檀家からは、つながりが希薄な寺院のために金を払うことへの是非を問う声や斎藤氏個人への不満が聞かれた。主張がかみ合っていないのだから、相互に信頼関係を築けるはずがない。  喜多方市の寺院の離檀をめぐっては、2015年8月号で「喜多方・願成寺で集団離檀騒動」という記事を掲載した。  会津大仏こと国指定重要文化財「木造阿弥陀如来坐像及両脇侍坐像」で知られる古刹・叶山三宝院願成寺。この寺で2014年ごろ、檀家が一斉に抜ける騒動が起きた。  きっかけは、震災で損壊した本堂や山門などの修繕工事を行うため、同寺院が檀家に多額の寄付を要請したこと。戒名の種類に合わせて寄付金額が設定された。院・庵号(11文字)の場合、通常の護持費年1万8000円に加え、年間4万円×15年といった具合だ。  津田俊良住職(当時)は以前から住職としての資質を疑問視される言動が目立ち、一部の檀家の間で不満が溜まっていた。そこに高額な寄付要求が重なったため、集団離檀を招くことになった。  本誌取材に対し津田住職は「1年近くかけて地区ごとに説明会を開催しており、一方的に決めたわけではない。まともに対話しようとせずに離檀する方が一方的だ」と反論したが、檀家が津田住職個人への不満を募らせていたことには全く考えが及んでいない様子だった。今回の示現寺と同じ構図と言える。  逆に言えば、会津地方ではこうしたことが話題になるぐらい寺院が住民にとって身近な存在だとも言える。 檀家の声に耳を傾けるべき  本誌では、同記事以外にも、会津美里町・会津薬師寺の集団離檀騒動(2009年4月号)、伊達市霊山町・三乗院の本堂新築寄付騒動(2010年5月号)、福島市・宝勝寺「檀信徒会館」計画騒動(2015年6月号)、須賀川市・無量寺の屋根葺き替え工事トラブル(2022年10月号)など、過去何度も寺院をめぐるトラブルを取り上げている。  共通しているのは、①「一方的で説明不足」など住職に対し檀家が不信感を抱いている、②「本堂新築」、「平成の大修理」など檀家の寄付を要する大規模な事業を行おうとしている――という2点だ。要するに、「信頼できない住職のために、なぜ檀家が負担を強いられなければならないのか」ということに尽きる。  寺院にとって苦難の時代。そうした中で、斎藤氏が8つの寺院の住職を兼務し、時間的・財政的に苦しい中で奮闘していること自体は評価できるものだ。檀家にとってもありがたい存在だろう。しかし、だからといって「檀家が寺を支えるのは当然」と高圧的な対応を続け、コミュニケーションを怠るようでは、檀家も代替わりした機会などに離れていく。  例えば示現寺の手入れ・管理などは、檀家と手分けしてできることもあるはず。公益性の高い寺院の住職として、まずは自らの言動に不満の声が出ていることを真摯に受け止め、檀家の声に耳を傾ける時間を作る。それが信頼関係回復への近道ではないか。  それともこうした意見すらも「個人的攻撃」、「恫喝」と受け取られてしまうのだろうか。

  • 【動画あり】喜多方市議選で露呈した共産党の「時代遅れ選挙」【田中修身】

     4月の喜多方市議選で初当選した共産党の田中修身議員(61)=塩川町=が、公選法で禁じられている戸別訪問を自宅がある新興住宅地で行っていた。その数、200軒近く。投開票日当日だから投票依頼と受け取られるのは明らか。田中議員自身は疑問を抱いたが、選挙対策を担った党員に「そういうものだ」と言い含められ、気乗りしないままピンポン。不審がられ、動画に記録されるお粗末さだった。見境のない戸別訪問の背景を、専門家は「組織の高齢化と若者を獲得できない共産党の焦りの表れ」と指摘。有権者の反感を買わない選挙活動が求められている。(小池航) 投票日に「戸別訪問」を撮られるお粗末さ インターホンに映った戸別訪問動画。日時や背景は情報提供者の特定を防ぐために加工 田中修身議員  喜多方市塩川町にある御殿場地区は新興住宅地だ。同市と会津若松市の中間に位置する利便性の良さから、市内でも人口減少が抑えられており、若年層も多い(2022年1月号の合併検証記事で詳報)。 4月23日の日曜日、黒いスーツにネクタイを締め、新築が並ぶその住宅街を一軒一軒回り、律儀にインターホンを押す男がいた。マスクを付けて顔の下半分は分からないが、眼鏡をかけている。ある家のインターホンを鳴らした。応答はない。住人は不在のようだ。 男はインターホンに向かって控えめに話した。 「あのー、1組の田中なんですけども。えーっと、1週間大変お世話になりました。ご迷惑をおかけしました。大変お世話になりました」  時間にして10秒。いったい何のことだろうか。何かを伝えたいが、言葉が足らず伝えられないといった様子で要領を得ない。確かなことは、インターホンに残された映像には4月23日の昼間の時間帯が記録されていること、スーツ姿の男が「田中」と名乗ったということだ。 数時間後の夜8時、喜多方市議選(定数22)の開票作業が行われ、当選者が決まった。結果は表の通り。投票率59・09%(当日の有権者3万8148人)は過去最低だった。 喜多方市議選開票結果(定数22) 得票数候補者(敬称略)所属当選1354遠藤吉正無当選1348山口和男無当選1207渡部忠寛無当選1149渡部一樹無当選1132山口文章無当選1066十二村秀孝無当選1053齋藤仁一無当選1019齋藤勘一郎無当選964小島雄一無当選896小林時夫公当選864菊地とも子公当選849後藤誠司無当選843高畑孝一無当選834五十嵐吉也無当選810坂内まゆみ無当選804佐原正秀無当選802佐藤忠孝無当選785渡部勇一無当選778田中修身共当選719矢吹哲哉共当選678伊藤弘明無当選648上野利一郎無591蛭川靖弘無556渡部崇無452関本美樹子無  昼間の男、「田中」は当選者の中にいた。田中修身氏。共産党所属の新人で、778票を得て19位で初当選した。住所は市内塩川町遠田でインターホンに映っていた男の住所、人相と一致した。「1組の田中」というのは、御殿場地区内に数字で割り振られた行政区を指す。 当選の知らせを受け、御殿場地区のある住民はインターホンに残った男の動画を見ながらわだかまりが残った。要領を得ない言動。こそこそした後ろ暗い様子。はっきり言って不審者だ。 「何か悪いことをやっているのではないか」 公職選挙法をネットで調べると早速ヒットした。・戸別訪問の禁止・投開票日当日の選挙運動の禁止 すなわち、田中議員は二つの違反をしていたことになる。 警察官「田中さん本人ですね」  翌24日、住民は市選挙管理委員会にまずは報告したが「捜査機関ではないので調べることはできない」「警察に情報提供することは妨げない」と言われた。 同日、喜多方署に相談すると、警察官2人が住民の家を訪れた。動画を見て、前日(23日)に撮影されたものであることを確認すると、1人が「あー、これは田中さん本人ですね」と言った。警察官たちは証拠として動画を撮影し帰っていった。その後、同署から住民には何の連絡もないという。 本誌は4月号で、前回(2019年)市議選である候補者の陣営が一升瓶を配っていた疑惑を報じた。その候補者は当選し、今回も再選を果たしている。この記事を読んでいた住民が、市・警察に相談しても動きがないことを受け、本誌にインターホンの動画を提供した。 なぜ田中議員は投開票日に、不審者に思われる危険を犯してまで戸別訪問したのか。御殿場地区は行政区が1~14組あり、住宅地図で戸数を確認すると、田中議員が戸別訪問したのは200軒近くに上る可能性がある。 5月19日に全員協議会を終えた田中議員を直撃した。共産党会派の議員控室で矢吹哲哉議員(70)=松山町、4期=が同席。田中議員が言葉に詰まると、先輩の矢吹議員が助け舟を出した。(以下、カギカッコの発言は断りがない限り田中議員) 矢吹哲哉議員  ――投開票日当日の戸別訪問動画が出回っていますが、田中議員本人でよろしいですか。 「よろしいです」 ――この訪問は公選法違反に当たると思うか。 「選挙期間中はご迷惑をおかけしましたということで、自分が住む住宅街の行政区にご挨拶にうかがいました。ただそれだけです」 ――ご迷惑というのは何に対してですか。 「お騒がせしたというか……」 ここで矢吹議員が「時候の挨拶でしょ」と割って入った。 「選挙で隣近所にお世話になりましたという意味です。『おはようございます』と全く同じではないが、近い意味合いでしょう」(矢吹議員) ――私は田中議員に聞いているんです。時候の挨拶というのは選挙にかかわらず御殿場地区で行っているんですか。 「選挙に出ることになってからが多いですね」 ――選挙に出ることが決まる前は時候の挨拶はしていなかったということですか。 「まあそうです」 ――公選法では投票を依頼する戸別訪問は禁止されていますが、この行為は該当すると思いますか。 「私たちは当たらないということで挨拶に回りました」 ――私たちということは、先輩の矢吹議員などから教わって行ったということですか。 「先輩議員ではありません。私の選対の役員から、選挙活動をした中でご迷惑をおかけしたと言って回った方がいいと言われました」 ここで矢吹議員がフォローする。 「選挙に出るとなると『出ますのでよろしくお願いします』と言って回る慣例があります。選挙が終わっても回ります。ケースバイケースです」(矢吹議員) 田中議員「訪問効果はあまりないと思う」  ――まだ投票が終わっていない有権者がいる投開票日に戸別訪問するのは、投票を依頼する意図があったと誰もが思う。言い逃れできないのではないか。 「依頼したということではなく、あくまでご迷惑をおかけしたということを伝えるためです。私は今回初めて選挙に出ました。選対から『お騒がせした』と言って回った方がいいと言われたものですから、その通りにやっただけです」 ――どういう行為が選挙違反に当たるか教えられたか。 「市の選管から選挙の手引きを渡されました。初めての選挙だったので書物を読むというよりは、党員の先輩の言うことに従いました」 ――投開票日に戸別訪問するのは法律上マズいという認識はなかったのか。疑問は感じなかったのか。 「選対からやるように言われたので『そういうものかな』と。疑問を全く感じなかったかと言われれば、それはウソになります。投票依頼と受け取られる言葉遣いにならないようには気を付けました」 気を付けたと話す田中議員だが、本誌には、ある住民が「何の目的で訪問したのか」と尋ねると、田中議員が「選挙です」と答えたという情報が寄せられている。 ――田中議員が住む御殿場地区は新興住宅地で、郡部のように地縁に基づく付き合いが希薄です。見知らぬ人が訪れて効果はあると思いましたか。 「そこまでは考えが及びませんでした。選対が訪問するように、とのことだったので」 共産党は、支持基盤が確立している。「それでも新たな訪問で支持が広がると思うか」と筆者があらためて尋ねると、田中議員は「効果はあまりないと思います」と打ち明けた。 ――新築にはインターホンが備えられています。自分の行為が記録されているとは考えなかったのか。 「そこまでは考えませんでした」 田中議員へ一通り質問した後、矢吹議員が再びフォローした。 「田中議員が訪問したのは選挙活動ではなく、あくまで挨拶です。投開票日当日に選挙運動ができないことは分かっています。当日に回って有権者の方に誤解を与えたことは、田中君も反省しないといけないな」 矢吹議員と田中議員は、それぞれ共産党喜多方市委員会の委員長と、党市議団事務局長を務める。後日、有権者に誤解を与えたことを釈明する機会を何らかの方法で検討するという。 田中議員は旧山都町出身。喜多方高校卒業後、小中学校で事務職員を務める傍ら、県教職員組合の専従をしてきた。今回の市議選では、引退した小澤誠氏の後釜となった形。 市選管事務局の金田充世選挙係長に、選挙運動についての見解を聞いた。 「選挙運動は直接投票を依頼する行動で、公示・告示から投開票日の前日までしかできません。候補者が有権者に挨拶するのは、捉え方によっては選挙運動に見られるので注意してほしいということは毎回の選挙で候補者に説明しています」 田中、矢吹両議員が「挨拶」と言い張ったのは「選挙運動ではない」という理屈を立てるためのようだ。もっとも「挨拶」にかこつけた投票依頼の戸別訪問は、喜多方市に限らずどこの自治体の選挙でも常道と化している。今回、記事として取り上げたのは、証拠が動画に残されていたことが一つ、そして、共産党という支持基盤が強固で、クリーンさを打ち出している政党でさえも実行していたことに意外さを感じたからだ。 田中議員に選管や警察から注意を受けたか尋ねると、今のところないと話した。市選管に聞いても「注意はしていない」と言うし、喜多方署も「捜査に関わることは教えられない」とのこと。 応対した同署の渡邉博文次長は「田中議員ってどこの人?」と筆者に聞いてきたぐらいだから、投開票日当日の戸別訪問は、いちいち上層部に情報を上げるまでもない、昔からありふれた行為なのだろう。 戸別訪問のみで法的責任を問われる可能性は極めて低い。だが、挙動はインターホンの動画に克明に記録され、出回っている。 東北大の河村和徳准教授(政治情報学)は、新興住宅地における共産党の見境のない戸別訪問を「力の陰りがみられる」と話す。どういうことか。 「共産党の票読みは固いと言われますが、陣営は候補者間で組織票を融通する票割りがうまくいっていないと思ったんでしょうね。党員の高齢化で組織票が減る一方、若年層への支持は広まらない。新興住宅地を回ったのは若年層の支持獲得への焦りがあったのではないでしょうか」 共産党に限った話ではない。河村准教授は同様の例として、統一地方選で行われた東京・練馬区議選などで、これまで全員当選を果たしていた公明党の候補者が軒並み落選したことを挙げた。 若年層獲得に焦る共産と公明  投票依頼の戸別訪問は紛れもない公選法違反だ。「単なる挨拶」と苦しい言い訳をしてでも決行するなら、それに見合う効果がいる。だが、回った本人が「あまりなかった」と吐露するようでは、何のためにやったのか。田中議員は「上から言われたので『そういうものか』と思った」と話す。こうして、思考停止の議員が送り込まれる。 戸別訪問の表向きは「挨拶」だから、自分が「候補者」で「投票してほしい」とは口にできず「名前」しか言えない。投票依頼の本心を見透かした前出の住民は、要領を得ない挙動に不審と反感を抱き、動画に残して本誌に通報した。最新のインターホンが設置された新築住宅を回れば、違反と疑われる行為が記録されると想像しなかったことはお粗末と言える。 前出の河村准教授は、 「選挙違反には問われなくても、有権者が疑念に思う動画が出回ればダメージです。動画撮影が普及していない昔の選挙であれば普通に行われていた行為が可視化された。共産党をはじめ多くの陣営は『グレーゾーンが記録される選挙』に認識が追いついていないのでしょう」 選挙カーで名前を連呼しながら住宅街を回る行為は、有権者から「騒音」と捉えられ選管に苦情が来る。河村准教授によると、コロナ禍を経て都市部ではネットや電話を活用した選挙運動にシフトしたが、電話の場合「アポ電強盗」への恐れから、そもそも知らない電話に出ない人も多いという。 「高齢化が進む組織はネット戦術に疎いので、若い層にアプローチするには戸別訪問しかない。盤石な支持層を背景にできた票割りは共産党や公明党の得意技だったかもしれないが、今やその方法は終わりを迎えつつあるのかもしれません。どの陣営も新しい選挙運動を考える時が迫っています」(同) 若者よりも投票に行く高齢者が多くを占める地方では、ネットを活用した選挙に移行するには時間がかかるだろう。投票率が下がれば下がるほど組織票の重みが増すため、過去最低の投票率を記録する喜多方市では、むしろ高齢の党員と学会員を優先する現状維持が働く。 だが、地方ではいずれ高齢者の人口すら減り、社会は縮小、議会の定数減は不可避だ。共産・公明両党は喜多方市議会で各2議席を確保するが、将来的には議席減が見込まれる。未来に影響力を持つ今の若年層からどう支持を取り付けるか、旧態依然の選挙から脱し、世代にあった方法を考えねばなるまい。 あわせて読みたい 【喜多方で高まる政・財への不信】前回市議選で一升瓶配布!?

  • 【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

     土壌・地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所が、土壌汚染対策法に基づき敷地内の土壌汚染原因とみなしている8物質のうち、4物質しか住民に報告していないことが分かった。同社が県に提出した文書と住民への説明の食い違いから判明。「住民に知らせなかったということか」という本誌の問いに同社は明確に答えていない。住民に知らせなかった4物質は、事業所敷地内でも周辺でも未検出か基準値内に収まり、深刻な汚染には発展していないが、住民は「隠蔽を図ったのではないか」と不信感を強めている。 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。 住民にひた隠しにした4種類の有害物質 汚染を除去する工事が進められている昭和電工(現レゾナック)喜多方事業所  喜多方事業所の敷地内で土壌汚染を引き起こしているとみなされている有害物質は表で示した8物質。シアン、ヒ素、フッ素、ホウ素は2020年に計測し、基準値を超える汚染が判明。残りの六価クロム、水銀、セレン、鉛は、実際の分析では基準値超過はみられないが、使用履歴や過去の調査からいまだに汚染の恐れがある。敷地は土壌汚染対策法上、この8物質により「土壌汚染されている」とみなされており、土地の変更を伴う工事が制限される。 昭和電工喜多方事業所敷地内で土壌汚染の恐れがある8物質 基準値を超過基準値を下回るor未検出シアン六価クロムヒ素水銀フッ素セレンホウ素鉛  ここで土壌汚染対策法の説明が必要になる。同法が成立したのは2002年。工場跡地の再開発などに伴い、重金属や有機化合物などによる土壌汚染が判明する事例が増えてきたことを背景に、汚染を把握・防止して健康被害を防ぐために制定された。汚染が判明した場合、その土地の所有者は汚染状況を都道府県に届け出なければならない。 汚染が分かった土地の所有者には調査義務が生じ、期限までに調査結果を都道府県に報告する必要がある。昭和電工喜多方事業所の場合、2020年に同社が行った調査で汚染が判明し、同11月に公表。公害対策のため、大規模な遮水壁工事や汚染土壌の運搬などを迫られた。 土壌汚染調査は、土地の所有者が環境省から指定を受けた「指定調査機関」に依頼して行う。喜多方事業所の場合、土地調査に関するコンサルティング大手の国際航業㈱(東京都新宿区)に依頼している。 土壌汚染対策法が定める特定有害物質は、揮発性有機化合物からなる第一種(11種類)、重金属などからなる第二種(9種類)、農薬などからなる第三種(5種類)に分かれる。全部で25種類になる。 喜多方事業所で土壌汚染が認められる8物質は全て重金属由来のものだ。戦中から約40年間、アルミニウム製錬工場として稼働しており、その過程で発生した有害物質を敷地内に埋めていたことで汚染が発生している。工場の生産工程で使用していたジクロロメタン、ベンゼンの有機化合物は、2020年にそれぞれ敷地内で計測したが、いずれも不検出だった。 基準に適合していない場合は、土地の所有者は「要措置区域」や「形質変更時要届出区域」に指定するよう都道府県に申請する。都道府県は周辺の地下水までの波及を把握し、住民が生活に利用して健康被害のおそれがある時は要措置区域に指定、汚染の除去を指示し、土地の所有者は期限までに必要な措置を講じなければならない。 健康被害のおそれがない場合は、制限の少ない形質変更時要届出区域の指定のみで済み、工事などで土地に変化がある際に計画を届け出すればよい。 公文書で判明  喜多方事業所は所有地の一部をケミコン東日本マテリアル㈱に貸している。届け出は同事業所が使用している土地と貸している土地に分けて申請され、全敷地が要措置区域と形質変更時要届出区域に重複して指定されている。汚染公表の2020年11月から5カ月後の21年4月に県から指定を受けた後、汚染除去の工事が始まった。有害物質が流れ込んだ地下水が敷地外に拡散しないよう敷地を遮水壁で覆い、地下水を汲み上げる方法だ。地下水は有害物質を除去し、薄めたうえで喜多方市の下水道や会津北部土地改良区が管理する用水路に流している。汚染土壌の運搬も進めている。 喜多方事業所以外にも汚染された土地はある。都道府県は指定した土壌汚染区域の範囲を台帳に記して公開しなければならず、福島県では台帳の概要をホームページで公表している。詳細を知りたければ、県庁や土壌汚染対象地を管轄する各振興局で台帳を閲覧できる。 筆者が喜多方事業所による「有害物質のひた隠し」に気づいたのは、この台帳を見たからだった。県に提出した文書では、冒頭に述べた8種類の有害物質で土壌汚染されていることを認めているが、住民には、「汚染が見つかったのは4物質」と事実の一部のみを説明し、残り4物質については汚染の恐れがあることを伏せていたのだ。 「要措置区域台帳」を見ると、生産工程での使用や過去の調査の結果、汚染の恐れがあるとみなされたのは重金属由来の有害物質(第二種特定有害物質)のうち前述の8種類。試料採取等調査結果の欄は全て「調査省略」とある。しかし、結果は土壌溶出量、土壌含有量とも基準は「不適合」だった。 調査省略なのに基準不適合とはどういうことか。それは、「土壌汚染状況調査の対象地における土壌の特定有害物質による汚染のおそれを推定するために有効な情報の把握を行わなかったときは、全ての特定有害物質について第二溶出量基準及び土壌含有量基準に適合しない汚染状態にある土地とみなす」(土壌汚染対策法規則第11条2項)との規定に基づく。喜多方事業所は、調査を省略したことで「汚染状態にある」とみなしているわけだ。 さらに規則では、汚染のおそれのある物質を使用履歴などを調べ特定した場合はその物質の種類を都道府県に申請し、確定の通知を受けた物質のみを汚染状態にあるとみなすことができる。試料採取の調査を省略する場合は、本来は前述の規定に従い、土壌汚染対策法で定めた全25物質により汚染されていると認めなければならないのだが、喜多方事業所は工場での使用履歴や過去の調査から汚染の原因物質を特定したため、書類上は8物質のみによる汚染で済んだということだ。 台帳には、喜多方事業所が調査を省略した理由は「措置の実施を優先するため」とある。時間をかけて調査するよりも、汚染状態にあることを受け入れて本来の目的である公害対策を優先するという意味だ。 ある周辺住民は、 「8物質による土壌汚染が認められているなんて初めて聞きました。住民に知らされているのは、そのうちフッ素などの4物質だけです。これら4物質は土壌を計測した結果、実際に基準値超えが出たにすぎません。私たちが知らされた4物質以外に六価クロム、水銀、セレン、鉛があるとは聞いていません」 と話す。 「住民軽視の表れ」  喜多方事業所にも住民に説明したかどうか確認しなければなるまい。同社は「書面でしか質問を受け付けない」というので、今回も期限を設けてファクスで質問状を送った。有害物質8種類に関する質問は以下の3項目。 ①8物質で土壌汚染されていると自社でみなしている、という認識でいいのか。 ②六価クロム、水銀、セレン、鉛について、土壌や水質における基準値超過があったか。 ③「土壌汚染対策法上は事業所敷地内が六価クロム、水銀、セレン、鉛による土壌汚染状態にある」という事実を住民に伝えなかったという認識でいいのか。 「事実」は県の公文書から判明している。喜多方事業所には本誌の認識に異議や反論がないか尋ねたつもりだったが、返答は「内容が関連しますのでまとめて回答させて頂きます」。筆者は総花的な答えを覚悟した。以下が回答だ。 「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり、土壌汚染対策法に定められている土壌汚染状況調査の方法により、有害物質について使用履歴の確認および既往調査の記録の確認を行い、当該8物質を汚染のおそれのある物質として特定しております」 土壌汚染対策法上、喜多方事業所が取った手続きを述べているに過ぎず、質問に正面から答えていない。①の有害物質8種類については「汚染のおそれのある物質」と認めている。ただし、同法施行規則に従うと「汚染状態にあるものとみなされる」の表現が正しい。 ②の4有害物質については、これまで土壌や地下水を計測して基準値を超えたわけではないため、喜多方事業所は汚染原因として住民には知らせてこなかった。筆者が2022年9月時点までに同社が県に提出した文書を確認したところ、同社はこの4物質について汚染状況を計測・監視しているが、基準値超過はなかった。問題のない回答まで避けるということは、同社はもはや自社に都合の良い悪いにかかわらず何も情報を出すつもりがないのだろう。 ③については、「以前より住民の皆様にご説明申し上げているとおり」で済ませ、本誌の「住民に伝えたか伝えていないか」との問いに対する明言を避けている。前出の住民の話からするに、「有害物質8種類で土壌汚染の恐れがある」という事実は伝わっていない可能性が高い。 本誌はさらに、「住民に伝えなかった」という認識に反する事実があれば、住民への説明資料と伝えた日時を示して教えてほしいと畳みかけたが、回答は 「個別地区に向けた説明会の質疑応答を含め多岐にわたりますのでその日時や資料については回答を控えさせていただきます」 「伝えた」と明言しない点、「伝えなかった」という認識に反する根拠を提示しない点から、喜多方事業所が土壌汚染の恐れがある有害物質の種類を住民に少なく報告し、汚染を矮小化している可能性が高い。  法律の定めに従い、県には汚染の恐れがある物質を全て知らせている一方、敷地周辺に波及した地下水汚染により実害を被っている周辺住民にはひた隠しにしてきたことを「ダブルスタンダードで、住民軽視の表れだ」と前出の住民は憤る。 しかし、住民軽視は今に始まったことではない。開示請求で得た情報をもとに取材を進めると、より深刻な事実をひた隠しにしていることが分かった。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

     喜多方市で土壌汚染と地下水汚染を引き起こしている昭和電工(現レゾナック)は、会津北部土地改良区が管理する用水路への「処理水」排出を強行しようとしている。同社は同土地改良区と排水時の約束を定めた「覚書」を作成し、住民にも同意を迫っていたが、難航すると分かると同意を得ずに流そうとしている。同土地改良区の顔を潰したうえ、住民軽視の姿勢が明らかとなった。 見せかけだった土地改良区の「住民同意要求」 ※昭和電工は1月からレゾナックに社名を変えたが、過去に喜多方事業所内に埋めた廃棄物が土壌・地下水汚染を引き起こし、昭和電工時代の問題を清算していない。社名変更で加害の連続性が断たれるのを防ぐため、記事中では「昭和電工」の表記を続ける。  昭和電工喜多方事業所の敷地内では、2020年に土壌汚染対策法の基準値を上回るフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素による土壌・地下水汚染が発覚した。フッ素の測定値は最大で基準値の120倍。汚染は敷地外にも及んでいた。県が周辺住民の井戸水を調査すると、フッ素やホウ素で基準値超が見られた。フッ素は最大で基準値の4倍。一帯では汚染発覚から2年以上経った今も、ウオーターサーバーで飲料水を賄っている世帯がある。  原因は同事業所がアルミニウムを製錬していた40年以上前に有害物質を含む残渣を敷地内に埋めていたからだ。同事業所がこれまでに行った調査では、敷地内の土壌から生産過程で使用した履歴がないシアン、水銀、セレン、ヒ素が検出された。いずれも基準値を超えている。  対策として昭和電工は、  ①地下水を汲み上げて水位を下げ、汚染源が流れ込むのを防止  ②敷地を遮水壁で囲んで敷地外に汚染水が広がるのを防止  ③地下水から主な汚染物質であるフッ素を除去し、基準値内に収まった「処理水」を下水道や用水路に流す  という三つを挙げている。「処理水」は昨年3月から市の下水道に流しており、1日当たり最大で300立方㍍。一方、用水路への排出量は計画段階で同1500立方㍍だから、主な排水経路は後者になる。  この用水路は会津北部土地改良区が管理する松野左岸用水路(別図)で、その水は農地約260㌶に供給している。同事業所は通常操業で出る水をここに流してきた。  周辺住民や地権者らは処理水排出に反対している。毎年、大雨で用水路があふれ、水田に濁流が流れ込むため、汚染土壌の流入を懸念しているのだ。昨年1月に希硫酸が用水路に流出し、同事業所から迅速かつ十分な報告がなかったことも、昭和電工の管理能力の無さを浮き彫りにした。以降、住民の反対姿勢は明確になった。  昭和電工はなぜ、反対を押しのけてまで用水路への排出を急ぐのか。考えられるのは、公害対策費がかさむことへの懸念だ。  同事業所は市の下水道に1カ月当たり4万5000立方㍍を排水している。使用料金は月額約1200万円。年に換算すると約1億4000万円の下水道料金を払っていることになる(12月定例会の市建設部答弁より)。  昨年9月に行われた住民説明会では、同土地改良区の用水路に処理水排出を強行する方針を打ち明けた。以下は参加した住民のメモ。  《住民より:12月に本当に放流するのか?  A:環境対策工事を実現し揚水をすることが会社の責任であると考えている。それを実現する為にも灌漑用水への排水が最短で効果の得られる方法であると最終的に判断した。揚水をしないと環境工事の効果・低減が図れないことをご理解願いたい。  住民より:全く理解できない! 汚染排水の安全性、納得のいく説明がなされないままの排水は断じて認めることが出来ない。  (中略)  土地改良区との覚書、住民の同意が無ければ排水を認めない。約束を守っていない。  説明が尽くされていないまま時間切れ紛糾のまま終了。再説明会等も予定していない》  昭和電工は住民の録音・撮影や記者の入場を拒否したので、記録はこれしかない。 処理水排出は「公表せず」  「実際は『ふざけるな』とか『話が違う』など怒号が飛びました。昭和電工は記録されたくないでしょうね」(参加した住民)  昭和電工は用水路へ排出するに当たり、管理者の会津北部土地改良区との約束を定めた「覚書」を作成していた。同土地改良区は「周辺住民や地権者の同意を得たうえで流すのが慣例」と昭和電工に住民から同意を取り付けるよう求めたが、これだけ猛反対している住民が「覚書」に同意するはずがない。  同事業所に取材を申し込むと「文書でしか質問を受け付けない」というので、中川尚総務部長宛てにファクスで問い合わせた。  ――会津北部土地改良区との間で水質汚濁防止を約束する「覚書」を作成したが、締結はしているのか。  「会津北部土地改良区との協議状況等につきまして、当社からの回答は差し控えさせていただきます」  同土地改良区に確認すると、  「締結していません。住民からの同意が得られていないので」(鈴木秀優事務局長)  ただ、昭和電工は昨年9月の住民説明会で「12月から用水路に『処理水』を流す」と言っている。同土地改良区としては「覚書」がないと流すことは認められないはずではないかと尋ねると、  「『覚書』が重要というわけではなく、地区の同意を取ってくださいということです。あくまで記録として残しておく書面です。他の地区でも同様の排水は同意があって初めて行われるのが慣例なので、同じように求めました。法律で縛れないにしても、了承を取ってくださいというスタンスは変わりません」(同)  つまり、昭和電工の行為は慣例に従わなかったことになるが、同土地改良区の見解はどうなのか。  「表現としてはどうなんでしょうね。こちらからは申し上げることができない。土地改良区は農業者の団体です。地区の合意を取っていただくのが先例ですから、強く昭和電工に申し入れていますし、今後も申し入れていきます」(同)  これでは、住民同意の要求は見せかけと言われても仕方がない。  直近では昨年10月に昭和電工に口頭で申し入れたという。12月中旬時点では「処理水」を放出したかどうかの報告はなく、「今のところ待ちの状態」という。  同事業所にあらためて聞いた。  ――「処理水」を流したのか。開始した日時はいつか。  「対外的に公表の予定はございません」  処理水放出を公表しないのは住民軽視そのもの。昭和電工の無責任体質には呆れるしかない。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】

  • 【クマ被害過去最多】市街地でクマ被害多発の理由

     2022年は市街地でのクマ出没やクマによる人的被害が目立った1年だった。会津若松市では大型連休初日、観光地の鶴ヶ城に出没し、関係部署が対応に追われた。クマは冬眠の時期に入りつつあるが、いまのうちに対策を講じておかないと、来春、再び深刻な被害を招きかねない。 専門家・マタギが語る「命の守り方」  会津若松市郊外部の門田町御山地区。中心市街地から南に4㌔ほど離れた山すそに位置し、周辺には果樹園や民家が並ぶ。そんな同地区に住む89歳の女性が7月27日正午ごろ、自宅近くの竹やぶで、頭に傷を負い倒れているところを家族に発見された。心肺停止状態で救急搬送されたが、その後死亡が確認された。クマに襲われたとみられる。  「畑に出かけて昼になっても帰ってこなかったので、家族が探しに行ったら、家の裏の竹やぶの真ん中で仰向けに倒れていた。額の皮がむけ、左目もやられ、帽子に爪の跡が残っていた。首のところに穴が空いており、警察からは出血性ショックで亡くなったのではないかと言われました」(女性の遺族) 女性が亡くなっていた竹やぶ  現場近くでは、親子とみられるクマ2頭の目撃情報があったほか、果物の食害が確認されていた。そのため、「食べ物を求めて人里に降りて来たものの戻れなくなり、竹やぶに潜んでいたタイミングで鉢合わせしたのではないか」というのが周辺住民の見立てだ。  8月27日早朝には、同市慶山の愛宕神社の参道で、散歩していた55歳の男性が2頭のクマと鉢合わせ。男性は親と思われるクマに襲われ、あごを骨折したほか、左腕をかまれるなどの大けがをした。以前からクマが出るエリアで、神社の社務所ではクマ除けのラジオが鳴り続けていた。 愛宕神社の参道  大型連休初日の4月29日早朝には、会津若松市の観光地・鶴ヶ城公園にクマが出没し、5時間にわたり立ち入り禁止となった。市や県、会津若松署、猟友会などが対応して緊急捕獲した。5月14日早朝には、同市城西町と、同市本町の諏訪神社でもクマが目撃され、同日正午過ぎに麻酔銃を使って緊急捕獲された。  市農林課によると、例年に比べ市街地でのクマ目撃情報が増えている。人的被害が発生したり、猟友会が緊急出動するケースは過去5~10年に1度ある程度だったが、2022年は少なくとも5件発生しているという。  鶴ヶ城に出没したクマの足取りを市農林課が検証したところ、千石バイパス(県道64号会津若松裏磐梯線)沿いの小田橋付近で目撃されていた。橋の下を流れる湯川の川底を調べたところ、足跡が残っていた。クマは姿を隠しながら移動する習性があり、草が多い川沿いを好む。  このことから、市中心部の東側に位置する東山温泉方面の山から、川伝いに街なかに降りてきた線が濃厚だ。複数の住民によると、東山温泉の奥の山にはクマの好物であるジダケの群落があり、クマが生息するエリアとして知られている。  市農林課は河川管理者である県と相談し、動きを感知して撮影する「センサーカメラ」を設置した。さらに光が点滅する「青色発光ダイオード」装置を取り付け、クマを威嚇。県に依頼して湯川の草刈りや緩衝帯作りなども進めてもらった。その結果、市街地でのクマ目撃情報はなくなったという。  それでも市は引き続き警戒しており、10月21日には県との共催により「市街地出没訓練」を初めて実施。関係機関が連携し、対応の手順を確認した。  市では2023年以降もクマによる農作物被害を減らし、人的被害をゼロにするために対策を継続する。具体的には、①深刻な農作物被害が発生したり、市街地近くで多くの目撃情報があった際、「箱わな」を設置して捕獲、②人が住むエリアをきれいにすることでゾーニング(区分け)を図り、山から出づらくする「環境整備」、③個人・団体が農地や集落に「電気柵」を設置する際の補助――という3つの対策だ。  さらに2023年からは、郊外部ばかりでなく市街地に住む人にも危機意識を持ってもらうべく、クマへの対応法に関するリーフレットなどを配布して周知に努めていく。これらの対策は実を結ぶのか、2023年以降の出没状況を注視していきたい。 一度入った農地は忘れない  本州に生息しているクマはツキノワグマだ。平均的な大きさは体長110~150㌢、体重50~150㌔。県が2016年に公表した生態調査によると、県内には2970頭いると推定される。  クマは狩猟により捕獲する場合を除き、原則として捕獲が禁じられている。鳥獣保護管理法に基づき、農林水産業などに被害を与える野生鳥獣の個体数が「適正な水準」になるように保護管理が行われている。  県自然保護課によると、9月までの事故件数は7件、目撃件数は364件。2021年は事故件数3件、目撃件数303件。2020年が事故件数9件、目撃件数558件。「件数的には例年並みだが、市街地に出没したり、事故に至るケースが短期間に集中した」(同課担当者)。  福島市西部地区の在庭坂・桜本地区では8月中旬から下旬にかけて、6日間で3回クマによる人的被害が続発した。9月7日早朝には、在庭坂地区で民家の勝手口から台所にクマが入り込み、キャットフードを食べる姿も目撃されている。  会津若松市に隣接する喜多方市でも10月18日昼ごろ、喜多方警察署やヨークベニマル喜多方店近くの市道でクマが目撃された。  河北新報オンライン9月23日配信記事によると、東北地方の8月までの人身被害数40件は過去最多だ。  クマの生態に詳しい福島大学食農学類の望月翔太准教授は「2021年はクマにとってエサ資源となるブナやミズナラが豊富で子どもが多く生まれたため、出歩くことが多かったのではないか」としたうえで、「2022年は2021年以上にエサ資源が豊富。2023年の春先は気を付けなければなりません」と警鐘を鳴らす。  「クマは基本的に憶病な動物ですが、人が近づくと驚いて咄嗟に攻撃します。また、一度農作物の味を覚えるとそれに執着するので、1回でも農地に入られたら、その農地を覚えていると思った方がいい」  今後取るべき対策としては「まず林や河川の周りの草木を伐採し、ゾーニングが図られるように見通しのいい環境をつくるべきです。また、収穫されずに放置しているモモやカキ、クリの木を伐採し、クマのエサをなくすことも重要。電気柵も有効ですが、イノシシ用の平面的な配置では乗り越えられてしまうので、クマ用に立体的に配置する必要があります」と指摘する。 近距離で遭遇したら頭を守れ クマと遭遇した時の対応を説明する猪俣さん  金山町で「マタギ」として活動し、小さいころからクマと対峙してきた猪俣昭夫さんは「そもそもクマの生態が変わってきている」と語る。 奥会津最後のマタギposted with ヨメレバ滝田 誠一郎 小学館 2021年04月20日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle  「里山に入り薪を取って生活していた時代はゾーニングが図られていたし、人間に危害を与えるクマは鉄砲で駆除されていました。だが、里山に入る人や猟師が少なくなると、山の奥にいたクマが、農作物や果物など手軽にエサが手に入る人家の近くに降りてくるようになった。代を重ねるうちに人や車に慣れているので、人間と会っても逃げないし、様子を見ずに襲う可能性が高いです」  山あいの地域では日常的にクマを見かけることが多いためか、「親子のクマにさえ会わなければ、危険な目に遭うことはない」と語る人もいたが、そういうクマばかりではなくなっていくかもしれない。  では、実際にクマに遭遇したときはどう対応すればいいのか。猪俣さんはこう説明した。  「5㍍ぐらい距離があるといきなり襲ってくることはないが、それより近いとクマもびっくりして立ち上がる。そのとき、大きな声を出すと追いかけられて襲われるので、思わず叫びたくなるのをグッと抑えなければなりません。クマが相手の強さを測るのは『目の高さ』。後ずさりしながら、クマより高いところに移動したり、近くの木を挟んで対峙し行動の選択肢を増やせるといい。少なくとも、私の場合そうやって襲われたことはありません」  一方、前出・望月准教授は次のように話す。  「頭に傷を負うと致命傷になる可能性が高い。近距離でばったり出会った場合はうずくまったり、うつ伏せになり、頭を守るべきです。そうすれば、仮に背中を爪で引っかかれてもリュックを引き裂かれるだけで済む可能性がある。研修会や小学校などで周知しており、広まってほしいと思っています」  県では、会津若松市のように対策を講じる市町村を補助する「野生鳥獣被害防止地域づくり事業」(予算5300万円)を展開している。ただ、高齢化や耕作放棄地などの問題もあり、環境整備や効果的な電気柵設置は容易にはいかないようだ。  来春以降の被害を最小限に防ぐためにも、問題点を共有し、地域住民を巻き込んで抜本的な対策を講じていくことが求められている。

  • 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工

     昭和電工は2023年1月に「レゾナック」に社名変更する。高品質のアルミニウム素材を生産する喜多方事業所は研究施設も備えることから、いまだ重要な位置を占めるが、グループ再編でアルミニウム部門は消え、イノベーション材料部門の一つになる。土壌・地下水汚染対策に起因する2021年12月期の特別損失約90億円がグループ全体の足を引っ張っている。井戸水を汚染された周辺住民は全有害物質の検査を望むが、費用がかさむからか応じてはくれない。だが、不誠実な対応は今に始まったことではない。事業所は約80年前から「水郷・喜多方」の湧水枯渇の要因になっていた。 社名変更しても消えない喜多方湧水枯渇の罪  「昭和電工」から「昭和」の名が消える。2023年1月に「レゾナック」に社名変更するからだ。2020年に日立製作所の主要子会社・日立化成を買収。世界での半導体事業と電気自動車の成長を見据え、エレクトロニクスとモビリティ部門を今後の中核事業に位置付けている。社名変更は事業再編に伴うものだ。  新社名レゾナック(RESONAC)の由来は、同社ホームページによると、英語の「RESONATE:共鳴する、響き渡る」と「CHEMISTRY:化学」の「C」を組み合せて生まれたという。「グループの先端材料技術と、パートナーの持つさまざまな技術力と発想が強くつながり大きな『共鳴』を起こし、その響きが広がることでさらに新しいパートナーと出会い、社会を変える大きな動きを創り出していきたいという強い想いを込めています」とのこと。  新会社は「化学の力で社会を変える」を存在意義としているが、少なくとも喜多方事業所周辺の環境は悪い方に変えている。現在問題となっている、主にフッ素による地下水汚染は1982(昭和57)年まで行っていたアルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を敷地内に埋め、それが土壌から地下水に漏れ出したのが原因だ。  同事業所の正門前には球体に座った男の子の像が立つ=写真。名前は「アルミ太郎」。地元の彫刻家佐藤恒三氏がアルミで制作し、1954(昭和29)年6月1日に除幕式が行われた。式当日の写真を見ると、着物を着たおかっぱの女の子が白い布に付いた紐を引っ張りお披露目。工場長や従業員とその家族、来賓者約50人がアルミ太郎と一緒に笑顔で写真に納まっていた。アルミニウム産業の明るい未来を予想させる。 喜多方事業所正門に立つ像「アルミ太郎」  2018年の同事業所CSRサイトレポートによると「昭和電工のアルミニウムを世界に冠たるものにしたい」という当時の工場幹部及び従業員の熱い願いのもと制作されたという。「アルミ太郎が腰掛けているのは、上記の世界に冠たるものにしたいという思いから地球を模したものだといわれています」(同レポート)。  同事業所は操業開始から現在まで一貫してアルミニウム関連製品を生産している。それは戦前の軍需産業にさかのぼる。 誘致当初から住民と軋轢  1939(昭和14)年、会津地方を北流し、新潟県に流れる阿賀川のダムを利用した東信電気新郷発電所の電力を使うアルミニウム工場の建設計画が政府に提出された。時は日中戦争の最中で、軽量で加工しやすいアルミニウムは重要な軍需物資だった。発電所近くの喜多方町、若松市(現会津若松市)、高郷村(現喜多方市高郷町)、野沢町(現西会津町野沢)が誘致に手を挙げた。喜多方町議会は誘致を要望する意見書を町に提出。町は土地買収を進める工場建設委員会を設置し、運搬に便利な喜多方駅南側の一等地を用意したことから誘致に成功した。  喜多方市街地には当時、あちこちに湧水があり、住民は生活用水に利用していた。電気に加え大量の水を使うアルミニウム製錬業にとって、地下に巨大な水がめを抱える喜多方は魅力的な土地だった。  誘致過程で既に現在につながる昭和電工と地域住民との軋轢が生じていた。土地を提供する豊川村(現喜多方市豊川町)と農民に対し、事前の相談が一切なかったのだ。農民・地主らの反対で土地売買の交渉は思うように進まなかった。事態を重く見た県農務課は経済部長を喜多方町に派遣し、「国策上から憂慮に堪えないので、可及的にこれが工場の誘致を促進せしめ、国家の大方針に即応すべきであることを前提に」と喜多方町長や豊川村長らに伝え、県が土地買収の音頭を取った。  近隣の太郎丸集落には「小作農民の補償料は反当たり50円」「水田反当たり850~760円」払うことで折り合いをつけた。高吉集落の地主は補償の増額を要求し、決着した。(喜多方市史)。  現在の太郎丸・高吉第一行政区は同事業所の西から南に隣接する集落で、地下水汚染が最も深刻だ。汚染が判明した2020年から、いまだに同事業所からウオーターサーバーの補給を受けている世帯がある。さらには汚染水を封じ込める遮水壁設置工事に伴う騒音や振動にも悩まされてきた。ある住民男性は「昔からさまざまな我慢を強いられてきたのがこの集落です。ですが、希硫酸流出へのずさんな対応や後手後手の広報に接し、今回ばかりは我慢の限界だ」と憤る。  実は、公害を懸念する声は誘致時点からあった。耶麻郡内の農会長・町村会長(喜多方町、松山村、上三宮村、慶徳村、豊川村、姥堂村、岩月村。関柴村で構成)は完全なる防毒設備の施工や損害賠償の責任の明確化を求め陳情書を提出していた。だが、対策が講じられていたかは定かではない(喜多方市史)。 喜多方事業所を南側から撮った1995年の航空写真(出典:喜多方昭寿会「昭和電工喜多方工場六十年の歩み」)。中央①が正門。北側を東西にJR磐越西線が走り、市街地が広がる。駅北側の湧水は戦前から枯れ始めた。写真左端の⑰は太郎丸行政区。  記録では1944(昭和19)年に初めてアルミニウムを精製し、汲み出した。だが戦争の激化で原料となるボーキサイトが不足し、運転停止に。敗戦後は占領軍に操業中止命令を食らい、農園を試行した時期もあった。民需に転換する許可を得て、ようやく製錬が再開する。  同事業所OB会が記した『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』(2000年)によると、アルミニウム生産量はピーク時の1970(昭和45)年には4万2900㌧。それに伴い従業員も増え、60(昭和35)~72(昭和47)年には650~780人を抱えた。地元の雇用に大きく貢献したわけだ。  喜多方市史は数ある企業の中で、昭和30年代の同事業所を以下のように記している。  《昭和電工(株)喜多方工場は、高度経済成長の中で着実な成長を遂げ、喜多方市における工場規模・労働者数・生産額ともに最大の企業となった。また喜多方工場が昭和電工㈱内においてもアルミニウム生産の主力工場にまで成長した》  JR喜多方駅の改札は北口しかないが、昭和電工社員は「通勤者用工場専用跨線橋」を渡って駅南隣の同事業所に直接行けるという「幻の南口」があった。喜多方はまさに昭和電工の企業城下町だった。  だが石油危機以降、アルミニウム製錬は斜陽になり、同事業所も規模を縮小し人員整理に入った。労働組合が雇用継続を求め、喜多方市も存続に向けて働きかけたことから、アルミニウム製品の加工場として再出発し、現在に至る。  同事業所が衰退した昭和40年代は、近代化の過程で見過ごされてきた企業活動の加害が可視化された「公害の時代」だ。チッソが引き起こした熊本県不知火海沿岸の水俣病。三井金属鉱業による富山県神通川流域のイタイイタイ病。石油コンビナートによる三重県の四日市ぜんそく。そして昭和電工鹿瀬工場が阿賀野川流域に流出させたメチル水銀が引き起こした新潟水俣病が「四大公害病」と呼ばれる。 ※『昭和電工喜多方工場六十年の歩み』と同社プレスリリースなどより作成  同じ昭和電工でも、喜多方事業所は無機化学を扱う。同事業所でまず発覚した公害は、製錬過程で出るフッ化水素ガスが農作物を枯らす「煙害」だった。フッ化水素ガスに汚染された桑葉を食べた蚕は繭を結ばなくなり、明治以来盛んだった養蚕業は昭和20年代後半には壊滅したという。  もっとも、養蚕は時代の流れで消えゆく定めだった。同事業所が地元に雇用を生んだという意味では、プラスの面に目を向けるとしよう。それでも煙害は、米どころでもある喜多方の水稲栽培に影響を与えた。周辺の米農家は補償をめぐり訴訟を繰り返してきた。前述・アルミ太郎が披露された1954年には「昭電喜多方煙害対策特別委員会」が発足。希望に満ちた記念撮影の陰には、長年にわたる住民の怒りがあった。 地下水を大量消費  フッ化水素ガスによる農産物への被害だけでなく、同事業所は地下水を大量に汲み上げ、湧水枯渇の一因にもなっていた。「きたかた清水の再生によるまちづくりに関する調査研究報告書」(NPO法人超学際的研究機構、2007年)は、喜多方駅北側の菅原町地区で「戦前から枯渇が始まり、市の中心部へ広がり、清水の枯渇が外縁部へと拡大していった」と指摘している。06年10月に同機構の研究チームが行ったワークショップでは、住民が「菅原町を中心とした南部の清水も駅南のアルミ製錬工場の影響で枯渇した」と証言している。同事業所を指している。  研究チームの座長を務めた福島大の柴﨑直明教授(地下水盆管理学)はこう話す。  「調査では喜多方の街なかに住む古老から『昭和電工の工場が水を汲み過ぎて湧水が枯れた』という話をよく聞きました。アルミニウム製錬という業種上、戦前から大量の水を使っていたのは事実です。豊川町には同事業所の社宅があり、ここの住人に聞き取りを行いましたが、口止めされているのか、勤め先の不利益になることは言えないのか、証言する人はいませんでした」  地下水の水位低下にはさまざまな要因がある。柴﨑教授によると、特に昭和40年代から冬季の消雪に利用するため地下水を汲み上げ、水位が低下したという。農業用水への利用も一因とされ、これらが湧水枯渇に大きな影響を与えたとみられる。   ただし、戦前から湧水が消滅していたという証言があることから、喜多方でいち早く稼働した同事業所が長期にわたって枯渇の要因になっていた可能性は否めない。ワークショップでは「地下水汚染、土壌汚染も念頭に置いて調査研究を進めてほしい」との声もあった。  この調査は、地下水・湧水が減少傾向の中、「水郷・喜多方」を再認識し、湧水復活の契機にするプロジェクトの一環だった。喜多方市も水郷のイメージを生かした「まちおこし」には熱心なようだ。  2022年10月には、市内で「第14回全国水源の里シンポジウム」が開かれた。同市での開催は2008年以来2度目。実行委員長の遠藤忠一市長は「水源の里の価値を再確認し、水源の里を持続可能なものとする活動を広げ、次世代に未来をつないでいきたい」とあいさつした(福島民友10月28日付)。参加者は、かつて湧水が多数あった旧市内のほか、熱塩加納、山都、高郷の各地区を視察した。 「水源の里」を名乗るなら 昭和電工(現レゾナック)  昭和電工は戦時中の国策に乗じて喜多方に進出し、アルミニウム製錬で出た有害物質を含む残渣を地中に埋めていた。「法律が未整備だった」「環境への意識が希薄だった」と言い訳はできる。だが「喜多方の水を利用させてもらっている」という謙虚な気持ちがあれば、周辺住民の「湧水が枯れた」との訴えに耳を傾けたはずで、長期間残り続ける有害物質を埋めることはなかっただろう。喜多方の水の恩恵を受けてきた事業者は、酒蔵だろうが、地元の農家だろうが、東京に本社がある大企業だろうが、水を守る責任がある。昭和電工は奪うだけ奪って未来に汚染のツケを回したわけだ。  喜多方市も水源を守る意識が薄い。遠藤市長は「水源の里を持続可能なものとする活動を広げる」と宣言した。PRに励むのは結構だが、それは役所の本分ではないし得意とすることではない。市が「水源の里」を本当に守るつもりなら、果たすべきは公害問題の解決のために必要な措置を講じることだ。   住民は、事業所で使用履歴のない有害物質が基準値を超えて検出されていることから、土壌汚染対策法に基づいた地下水基準全項目の調査を求めている。だが、汚染源の昭和電工は応じようとしない。膠着状態が続く中、住民は市に対し昭和電工との調整を求めている。市長と市議会は選挙で住民の負託を受けている。企業の財産や営業の自由は守られてしかるべきだが、それよりも大切なのは市民の健康と生活を守ることではないか。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工 【第5弾】土壌汚染の矮小化を図る昭和電工【喜多方市】

  • 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策

     昭和電工喜多方事業所にたまった有害物質由来の土壌汚染・地下水汚染が公表されてから2年が経った。前号で、昭和電工が周辺住民が求める全有害物質の検査に応じず、不誠実な広報対応を続けていることを書いたが、不信感が広まったのは2022年1月、農業用水路に希硫酸が流出してからだ。昭和電工が、用水路を管理する地元土地改良区と締結予定だった「覚書」をダシに地元住民・地権者の同意を求めていたことも明らかになり、土地改良区の立場に疑いの目を向ける者もいる。 会津北部土地改良区にも不満の声  昭和電工の計画では、基準値を超えている地下水をくみ上げ、浄化処理をした上で排出するとしている。処理水は発生し続け、保管で敷地が狭くなるのを防ぐために排出先を確保するのは必須だ。東電福島第一原発の汚染水対策を見ている県民なら容易に想像できるだろう。 汚染水を浄化した処理水をどこに流すのか。昭和電工は2022年3月から喜多方市の下水道に流している。敷地内汚染が発覚するまで、昭和電工は下水道を使っていなかったが、新たに配管を通した。基準値を超えていないことを確認したうえで排出し、流量や測定値は毎月、市に報告している。 1日当たりどのくらい排出しているのか。同事業所に問い合わせると、2022年3月から10月24日までの期間で、1日当たりの排水量は平均で約200立方㍍だという。 下水道は使用料がかかる。公害対策費は利益につながらない出費なので、なるべく抑えたいはずだ。昭和電工は、当初は会津北部土地改良区(本部・喜多方市)が管理する松野左岸用水路に流す計画だった。その量は、1日当たり最大1500立方㍍。この用水路には、これまでも同改良区の許可を得たうえで通常の操業で出る排水を流してきた。 会津北部土地改良区の事務所  だが、公害対策工事が佳境を迎えても、いまだ同用水路には処理水を流せていない。近隣住民らの同意が得られていないからだ。住民側は複数行政区で同一歩調を取るという取り決めもされ、事態は膠着している。発端は、昭和電工による住民側に誤解を与えた説明と、同用水路への希硫酸流出事故だった。 事態を追う前に、当事者となった会津北部土地改良区の説明が必要だ。土地改良区とは、一定の地域の土地改良事業を行う公共組合。用水路や取水ダムの設置・管理、圃場整備を行う。一定の地域で農業を営んでいれば、本人の同意の有無にかかわらず組合員にならなければならず、地縁的性格が強い。 会津北部土地改良区は喜多方市、北塩原村、会津坂下町、湯川村に約4780㌶の受益地を持つ。松野左岸用水路は長さ3750㍍で、濁川から取水し、昭和電工喜多方事業所南部の農地約260㌶に供給する。 同事業所と周辺で汚染が発覚した後の2021年、昭和電工は環境対策の計画書を県に提出した。そこには処理水の排出経路として、前出の松野左岸用水路を想定。同年3月ごろに用水路を管理する会津北部土地改良区に、排水にあたって約束する内容を記した「覚書」を締結したいと申し出た。 汚染水中の有害物質を基準値以下にした処理水で、県も認可している計画なので、会津北部土地改良区も「約束を明確化するなら」と排水の趣旨は理解した。ただし同改良区では、どの用水路も近隣住民や関係する地権者の同意を得て初めて、事業所からの排水を流していたため、昭和電工にも同じように同意を得るように求めた。昭和電工は2021年夏ごろから、周辺住民を対象に説明会を開き同意書への署名を要望した。 筆者の手元に住民や地権者に示された「覚書」がある。昭和電工が作成し、住民らに示す前に同改良区に確認を取った。ただし同改良区は「内容が良いとか悪いとか、こちらから口を出すものではないと認識しています。受け取っただけです」(鈴木秀優事務局長)という。 覚書の初めには《会津北部土地改良区(以下「甲」という)と昭和電工株式会社喜多方事業所(以下「乙」という)は、甲が管理するかんがい用水路へ排出する乙の排出水によるかんがい用水の水質汚染発生防止と、良好な利水並びに環境の確保を本旨として、次のとおり覚書を締結する》とある。 第1章総則では、「この覚書に定める諸対策を誠実に実施し、環境負荷の低減に努めることを甲乙間において相互に確認することを目的」とし、「排出水による環境負荷抑制に努め」、「排出水の監視状況や環境保全活動等の情報を開示することにより、地域住民等との環境に関するコミュニケーションを図る」とある。以下、章ごとに「排出水等の水質」、「排出水等管理体制」、「不測の事態発生時の措置・損害の賠償」を約束する内容だ。 ただ、後半の「排水処理施設の出口において維持すべき数値」を定めた覚書細目では、フッ素及びその化合物についてのみ、許容限度を最大8㍉㌘/L以下と定めている。敷地内やその周辺の地下水で土壌汚染対策法の基準値を超えたシアン、ヒ素、ホウ素についての記述はない。 排水拒否の権限がある土地改良区  覚書の各項目の主語はほとんど乙=昭和電工だ。甲=会津北部土地改良区は、冒頭と署名・押印、協議に関わる個所以外は登場しない。 「覚書」と記されているが、当時も現在も、会津北部土地改良区とは正式に締結していない。だが、住民の同意を得るうえでは発効済みのものと同じくらい効果があった。 松野左岸用水路に処理水を排出していいかどうかの決定権があるのは、管理する同改良区だ。土地改良法57条3では、土地改良区は都道府県の認可を得て管理する農業用用排水路については、「予定する廃水以外の廃水が排出されることにより、当該農業用用排水路の管理に著しい支障を生じ、または生ずるおそれがあると認めるときは、当該管理規定の定めるところにより、当該廃水を排出する者に対し、その排出する廃水の量を減ずること、その排出を停止すること」を求めることができるとある。同改良区は昭和電工に「ノー」を突き付ける絶大な力を持っているということだ。 同改良区が「地域住民の同意が必要」と言ったら従うしかない。昭和電工が住民らに求めた同意書は「土地改良区の許可」という扉を開くための鍵だった。 同改良区の理事には喜多方市長や北塩原村長も名前を連ねており、地元では信頼がある(別表参照)。実際、「土地改良区でいいと言っているし、もう覚書は結ばれているものと思って同意に賛成した」という住民もいた。 会津北部土地改良区の役員構成(敬称略) 役職氏名住所(員外理事は公職)理事長佐藤雄一喜多方市関柴町副理事長鈴木定芳北塩原村庶務理事山田義人喜多方市塩川町会計理事遠藤俊一喜多方市熱塩加納町事業管理代表理事岩淵真祐喜多方市岩月町賦課徴収代表理事猪俣孝司喜多方市熱塩加納町理事飯野利光喜多方市上三宮町理事岩崎茂治喜多方市慶徳町理事庄司英喜喜多方市松山町理事高崎弘明喜多方市豊川町理事羽曾部祐仁喜多方市熊倉町理事横山敏光喜多方市塩川町員外理事遠藤忠一喜多方市長員外理事遠藤和夫北塩原村長統括監事堀利和喜多方市市道員外監事慶德榮喜喜多方市塩川町監事大竹良幸北塩原村  筆者は昭和電工喜多方事業所に「未締結なのに表題に『覚書』とのみ書き、『覚書(案)』のように記さなかったのはなぜか」と質問した。  同事業所は「説明会の中で会津北部土地改良区殿との締結はまだされていない旨をお伝え申し上げております。また、お示しした書面は、締結日付も空欄で押印もされていないものですので、見た目上も案であることはご理解いただけるものとなっております」と回答。勘違いした方が悪いというスタンスだ。 今回、地下水汚染の被害を受けている喜多方市豊川町は水田が広がる農業地帯だ。仕事柄、書類の見方に慣れている人は少ない。高齢者も多い。重要な書類を交わすのは、車の購入や保険の契約くらいだろう。 「分かりやすく伝える」ではなく「誰にでも伝わるようにする」。これは現代の広報の鉄則だ。住民の理解が不十分だったのをいいことに、自社に都合のいいように同意に向かわせることは、相手の立場に立った広報ができていないと言える。昭和電工喜多方事業所は地方の一拠点とはいえ、仮にも上場企業の傘下だ。 希硫酸流出で住民が同意書を撤回  以下は「同意書」の内容。同改良区・昭和電工と住民側が結ぶ形になっている。 《当行政区は、会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路の灌漑用水を直接又は反復利用するにあたり、下記の事項について同意いたします》。同意する内容は《昭和電工株式会社喜多方事業所が、会津北部土地改良区と昭和電工株式会社喜多方事業所との間で協議して締結する排水覚書(筆者注=「覚書案」のこと)に基づき排出水を適切に管理し、その排出水を会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路に排出することについて》である。 同事業所の南に位置する綾金行政区は、昭和電工が2021年9月19日に行った同行政区住民に対する説明で、即日同意書に署名を決めた。同行政区には51軒あるが、採決に参加したのはそのうちの36軒。賛成18軒に対し反対は8軒、多数派に委任したのが10軒あったため、行政区として同意書に合意した。 賛成の理由としては「国の基準を満たしているし、土地改良区も了承しているので任せたい」。反対の理由としては「風評被害につながる」との懸念があった。異論はあったが、同行政区は同年10月29日付で昭和電工に同意書を渡した。 会津北部土地改良区は綾金行政区からの要望を受けて、前事務局長を住民説明会に参加させていた。あくまでオブザーバーで、昭和電工側に立って説明することはなかったという。同改良区は、同社が長尾行政区を対象に同年10月24日に開いた説明会にも住民の要望を受けて参加した。 昭和電工と同改良区との「覚書」が示されたことで、住民側が勘違いしたのだろうか。関係する9行政区中、綾金、能力、長尾行政区が同意書を提出した。ところが、綾金行政区は2022年8月7日に同意を撤回。同時期に能力、長尾行政区も撤回した。いったい何があったのか。 きっかけは、2022年1月22日夜から23日午前10時にかけて、地下水汚染の拡散を防止する「環境対策工事」に使っていた希硫酸が敷地外に漏れたことだった。まさに住民らが前年に排出を同意していた松野左岸用水路に流出した。幸い、冬季は農業用水路として使っていなかった。積もっていた雪に吸着したため、敷地外への排出量も減り、回収もできた。 タンクからの漏洩量は1・15立方㍍。敷地外に流出したのは0・1立方㍍と昭和電工は計算している。最終放流口から漏れ出た溶液の㏗(ピーエイチ)が最も下がったのは同23日午前7時半に記録した㏗2・8だった。㏗は3・0以上6・0未満が弱酸性。6・0以上8・0以下が中性。2・0を下回ると強酸性に分類される。 流出量からすると実害はなかったが、不安は募る。さらに住民への報告は2月に入ってからで、不誠実に映った。漏洩防止対策のずさんさも環境対策工事への信頼を揺るがすものとなった。 調整役を期待される喜多方市  希硫酸は円柱形の大人の背丈ほどのタンク内に収められていた。下部から管を通して溶液を出すつくりになっている。タンクは四角い箱状の受け皿(防液堤)に置かれ、タンク自体が破損して希硫酸が漏れても広がらないよう対策されている。防液堤から漏れたとしても、雨水が集まる側溝には㏗の計測器があり、㏗6以下の異常を検知すれば敷地外につながる水路の門が遮断される仕組みになっていた。 昭和電工は、防液堤内に溜まった水が凍結・膨張した時に発生した力で希硫酸が入っているタンクと配管の接合部に破損ができたと推定している。喜多方の厳しい冬が原因ということだ。だが、防液堤に水が溜まっていたということは、そもそも受け皿の役割を果たしていないことにならないか。 第一の対策である防液堤はザルだった。防液堤側面には水抜き口があるが、液体流出防止の機能を果たす時は栓でふさいで使用する。だがこの時、栓は開いたままだった。 第二の対策、側溝にあった㏗の異常計測器はどうか。工事対応で一時的に移動させていたことから、異常値を検知できず、敷地外の水路につながる門は閉まらなかったという。 昭和電工は翌24日、県会津地方振興局と喜多方市市民生活課に事故を報告し、現場検証をした。用水路の管理者である会津北部土地改良区には25日に報告した。周辺住民の所有地に流出したわけではないので、同社からすると「住民は当事者ではない」のかもしれないが、住民たちは事故をすぐに知らされなかったことを不満に思っている。 疑念は昭和電工だけでなく、松野左岸用水路への処理水排水を許可する方針だった会津北部土地改良区にも向けられた。覚書を結んだくせに事故が起こったと思われたからだ。 喜多方市議会の9月定例会で山口和男議員(綾金行政区)は、遠藤忠一市長が会津北部土地改良区の員外理事を務めている点、市から同改良区に補助金を出している点に触れたうえで「管理する土地改良区が自分の水路に何が流れているか分からないようでは困るから、強く指導してほしい」と求めている。同改良区の当事者意識が薄いということだ。 遠藤市長は「会津北部土地改良区も含めて、行政として原因者である昭和電工にしっかりと指導してまいりたい」と答えた。 住民らは、不誠実な対応を続ける昭和電工、当事者意識が薄い会津北部土地改良区だけでは心許ないことから、喜多方市に調整役を期待し、これら3者に事業所周辺の汚染調査などを求める要望書を提出したという。市民の健康や利益を守るのは市の役目。積極的なかじ取りが求められるだろう。 あわせて読みたい 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工

  • 【第1弾】親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

     喜多方市豊川町でフッ素やヒ素による土壌・地下水汚染が明らかとなった。昭和電工(東京都港区)喜多方事業所内の汚染物質を含む土壌からしみ出したとみられる。同社は2020年11月の公表以来、井戸が汚染された住民にウオーターサーバーを提供したり、汚染水の拡散を防ぐ遮水壁設置を進めているが、住民たちは工事の不手際や全種類の汚染物質を特定しない同社に不満を抱いている。親世代から苦しめられてきた同事業所由来の公害に、住民たちの我慢は限界に来ている。 繰り返される不誠実対応に憤る被害住民  2022年9月下旬の週末、JR喜多方駅南側に広がる田園には稲刈りの季節が訪れていた。ラーメンで知られる喜多方だが、綺麗な地下水や湧水を背景にした米どころでもある。豊富な地下水を求め、戦前から大企業も進出してきた。同駅のすぐ南には、化学工業大手・昭和電工の喜多方事業所がある。 1939(昭和14)年、この地にアルミニウム工場建設が決定。戦時下で軍需向けの製造が開始され、戦後に本格操業した。同事業所を南側の豊川町から眺めると、歴史を感じさせる赤茶けた建物が田園の向こうにたたずむ。 同事業所を持つ昭和電工グループの規模は巨大だ。2021年12月期の有価証券報告書によると、売上高は1兆4190億円で、経常利益は868億円。従業員数2万6054人(いずれも連結)。グループを束ねる昭和電工㈱(東京都港区)の資本金は1821億円。従業員数3298人。 喜多方事業所にはアルミニウム合金の加工品をつくる設備があり、従業員数18人。同事業所のホームページによると、アルミニウム産業に携わってきた技術を生かし、加工用の素材などを製造している。 そんな同事業所の敷地内で、土壌と地下水が汚染されていることが初めて公表されたのは2020年11月2日。土壌汚染対策法の基準値を超えるフッ素、シアン、ヒ素、ホウ素の4物質が検出された(表1)。同事業所は同年1~10月にかけて調査していた。  事業所の地下水で基準値を超えた物質 物質基準値の何倍か基準値フッ素最大値120倍0.8mg/Lシアン検出不検出が条件ヒ素最大値3.1倍0.01mg/Lホウ素最大値1.4倍1mg/L表1  同年10月5日付の地元2紙によると、原因について同事業所は、過去に行っていたアルミニウム製錬事業で発生したフッ素を含む残渣などを敷地内に埋め、そこからフッ素が溶け出した可能性があるとしている。ただ、シアン、ヒ素、ホウ素の検出については原因不明という。アルミニウム製錬事業は1982(昭和57)年に終了している。 現時点で健康被害を訴える住民はいない。だが、日常は奪われたと言っていい。同事業所の近隣に住む男性はこう話す。 「県から『井戸の水を調査させてください』と電話が掛かってきて初めて知りました。ウチは、飲み水は地下水を使っていました。昔からここらに住んでいる人たちはどこもそうです。井戸水を計ってみるとフッ素が基準値超えでした」 男性を含め、近隣の数世帯は飲食や洗い物に使う水を現在も昭和電工が手配したウオーターサーバーで賄っている。同社は被害住民らに深度20㍍以上の井戸を新たに掘ったものの、鉄分、マンガン、大腸菌など事業所由来かは不明だが基準値を超える物質が検出され、飲用には適さなかった。 「まるでキャンプ生活ですよ。2年近くも続くとは思っていませんでした」(同) 敷地越えて広がる汚染地下水  県も同事業所敷地から外へ向かって約250㍍の範囲の地下水を調査し、敷地外に地下水汚染が広がっていることを確認している(表2)。翌年4月2日には、昭和電工による計測値に基づき、県が敷地と周辺を土壌汚染対策法の要措置区域に指定した。健康被害が生ずるおそれに関する基準に該当すると認める場合に指定される。この区域では形質変更が原則禁止となる。同事業所とその周辺では2区域に分けて指定され、それぞれ約31万3000平方㍍と約6万2300平方㍍にわたる。 県による事業所外地下水調査で基準値を超えた物質 (21年1月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L(21年4月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/L(21年7月発表)物質最大値基準値フッ素3.8mg/L0.8mg/Lホウ素1.8mg/L1mg/L福島民報、福島民友記事より作成表2  しかし、地上では同事業所との境界は明確に分かれていても、地下水はつながっている。公害対策の責任がある昭和電工は、汚染を封じ込める「環境対策」を進めている。公表から5カ月ほどたった2021年4月の住民説明会で、同事業所は敷地を囲むように全周2740㍍の遮水壁を造り、汚染された地下水の拡散を防ぐ対策を明らかにした(福島民友会津版同年4月18日付より)。 記事によると、土壌にあるフッ素を含むアルミニウム製錬の残渣と地下水の接触を避けるため、揚水井戸を設置し、地下水をくみ上げて水位を下げる。くみ上げた地下水はフッ素などを基準値未満の水準に引き下げ、工場排水と同じく排水する。東京電力が廃炉作業中の福島第一原子力発電所に、地下水が流入するのを防ぐため凍土壁を造った仕組みと似ている。同事業所は遮水壁の完成予定が2023年5月になると明かしていた。 2021年12月期有価証券報告書で損益計算書(連結)を見ると、特別損失に「環境対策費」として89億5800万円を計上している。「喜多方事業所における地下水汚染対策工事等にかかる費用」という。 1年間で90億円ほど費やしている「環境対策」だが、順調に進んでいるのか。 同事業所の西側に隣接する太郎丸行政区の住民でつくる「太郎丸昭和電工公害対策検討委員会」の慶徳孝幸事務局長(63)は、住民側が把握しただけでも、2021年10月から2022年9月までに9件のトラブルがあったと指摘する(表3)。 発覚時期影響対象住民が把握したトラブル2020年11月事業所内4物質が地下水で基準値超え2021年10月被害住民地下水のデータを誤送付12月近隣住民工事の振動・騒音が基準値超え12月事業所内地下水でヒ素が基準値超え2022年1月敷地内外工事に使う希硫酸が水路に漏洩2月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え3月事業所内新たな場所からシアンが検出6月事業所内地下水でヒ素が基準値超え8月事業所内地下水でヒ素が基準値超え9月太郎丸地区地下水でフッ素が基準値超え表3  2022年1月下旬には、工事に使う希硫酸が用水路に漏洩した。ところが住民への報告はその1週間後で、お詫びと直接的な健康被害はないと考えている旨を書いた文書1枚を事業所周辺の各行政区長に送っただけだったという。 「このような対応が続くと昭和電工が行うこと全てに信頼がなくなってしまいます」(慶徳事務局長) 太郎丸行政区の住民らは、土壌汚染対策法で基準値が定められている全26物質と、同じく水道法で定められている全51項目について、水質検査をするように昭和電工に求めている。なぜか。 同事業所長は、21年3月に開いた同行政区対象の説明会で「埋設物質及び量は特定できない」「フッ素以外のシアン、ヒ素、ホウ素の使用履歴が特定できない」と述べたという。 「使用履歴がないシアン、ヒ素、ホウ素が現に見つかっている以上、他に基準値を超える有害物質が埋まっている可能性は否定できません。調べるのが普通だと思います」(同) 市議会が「実態調査に関する請願」採択  喜多方市議会9月定例会には、同行政区の区長と前出・公害対策検討委員会の委員長が「昭和電工株式会社喜多方事業所における公害(土壌汚染・地下水汚染)の実態調査に関する請願」を同1日付で提出した。紹介議員は十二村秀孝議員(1期、豊川町高堂)。 市に求めたのはやはり次の2点。 1、土壌汚染に関し定められた全26物質の調査 2、地下水汚染に関し定められた全51項目の調査 以下は十二村議員が朗読した請願書の一部。 《昭和電工喜多方事業所は昭和19年より生産開始し、後に化学肥料の生産も行い、昭和40年代には広範囲に及ぶフッ素の煙害で甚大な農作物被害を被った重く苦しい歴史があります。  現在、ケミコン東日本マテリアルの建物が立っている場所は過去に調整池であり、汚染物質の塊である第一電解炉のがれきが埋設された場所でもあります。歴史の一部始終を見てきた太郎丸行政区の住民からは、不安の声が上がり、当事業所に対し、地下水流向の下流域にある同行政区で、土壌汚染対策法で定める全26物質(含有量・溶出量)の調査、地下水全51項目の水質調査を再三要請してきましたが、事業所からは『正式な調査はしない』と文書回答がありました。 2022年3月8日には、付近の地下水観測井戸からシアンの検出超過が判明。約2カ月間、井戸からくみ上げましたが基準値以下になっていません。2020年11月2日に土壌汚染を公表してから1年半以上。県の調査結果を見る限り一般的事業所の波及範囲は約80㍍に収まるが、最大約500㍍先の地下水も汚染されています。県の地下水調査でも過去に類を見ない大規模かつ重大な公害問題の可能性が推測されます。 太郎丸は地下水が豊富で湧水が多く点在します。毛管上昇現象による土壌汚染も心配です。約800年の歴史がある太郎丸行政区が将来にわたって安心・安全に子どもたちに引き継げるのか。夢と希望を持って農業ができるのか。不安払拭のためにも行政の実態調査を求めます》 請願は9月15日に全会一致で採択された。〝ボール〟は市当局にも投げられた格好だ。 「子どものためにも沈黙はいけない」  さかのぼること同11日には、昭和電工が市内の「喜多方プラザ」で説明会を開き、対象の5行政区から60~70人の住民が参加した。汚染発覚以来、同社が毎年1回開いている。 筆者は同事業所に、説明会の取材を事前に電話で申し込んだ。対応した中川尚総務部長は「あくまで住民への説明なので」とメディアの参加を拒否。なおも粘ったが「メディアの参加は想定していない」の一点張りだった。「住民が非公開を求めているのか。報じられたくない住民がいるなら配慮する」と申し入れたが「メディアが入ることは想定していないので住民には取材の可否を聞き取っていない」。つまり、報じられたくないのは同事業所ということ。 当日、筆者は会場に向かったが、入り口には青い作業服を着た従業員10人ほどがいて入場を断られた。目の前にいる中川総務部長にいくつか質問をしたが、書面でしか受け付けないと断られた。 後日、前出・慶徳事務局長に説明会の様子を聞くと、 「午後3時に始まり、4時半に終える予定でしたが、結局7時半までかかりました。昭和電工側が要領の得ない発言を繰り返し、紛糾したからです」 会場の映像や写真、音声記録が欲しいところだが、 「昭和電工は参加した住民にも、機器を使って記録することを禁じていました。都合の悪い情報が記録され、メディアに報じられるのを避けたかったのでしょう。出席者からは『それなら議事録が欲しい』という求めもありましたが、要求が出たから渋々応じる感じで、前回も3カ月遅れで知らされました」(同) 昭和電工は、メディアに対しては書面で質問を求めるのに、自らが住民に書面で説明することには消極的なようだ。 昭和電工側の不誠実な対応を目の当たりにするたびに、慶徳事務局長は親世代の苦難を思い出すという。 「過去には同事業所から出るフッ素の煙で周辺の農作物に被害が出ました。親たちは交渉や訴訟を闘ってきました。それが今は子や孫に当たる私たちに続いている」(同) 話の途中、慶徳事務局長は前歯を指差した。 「知っていますか。フッ素を多く摂り過ぎると、歯に白い斑点できるんです。当時は事業所近隣に住む子どもたちだけ、特別に健康診断を受けていました。嫌な記憶です」 飲み水の配給を受けている前出・男性住民もこう話す。 「フッ素は硬水に多く含まれているので、気を付けていれば健康被害はそこまで心配していません。しかし、昭和電工は他の有害物質を十分に検査しておらず、フッ素より危険な物質が紛れている可能性もある。そっちの方が怖い。風評を恐れ、そっとしておきたい住民の気持ちも分かりますが、これからの子どもたちを考えたら黙っていられません。子や孫に『お父さん、おじいちゃんはなんで何もしなかったの』と言われないようにしたい」 米どころの喜多方では、周辺の耕作地への風評被害を恐れ、公害の原因を追及する動きは住民全体に広まっていない。だが、風評と実害を分けるために検査を尽くすことは重要だろう。 地元の豊川小学校の校歌には「豊かな土地を うるおす川の  絶えぬ営み われらのつとめ」の一節がある。地下水は、いずれは川に流れつく。子どもたちがこれからも胸を張って校歌を歌えるかは昭和電工、住民、行政含め大人たちの手に掛かっている。 あわせて読みたい 【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策 【第3弾】【喜多方市】未来に汚染のツケを回した昭和電工【公害】 【第4弾】【喜多方市】処理水排出を強行する昭和電工