【第2弾】【喜多方市】昭和電工の不誠実な汚染対策

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親世代から続く喜多方昭和電工の公害問題

 昭和電工喜多方事業所にたまった有害物質由来の土壌汚染・地下水汚染が公表されてから2年が経った。前号で、昭和電工が周辺住民が求める全有害物質の検査に応じず、不誠実な広報対応を続けていることを書いたが、不信感が広まったのは2022年1月、農業用水路に希硫酸が流出してからだ。昭和電工が、用水路を管理する地元土地改良区と締結予定だった「覚書」をダシに地元住民・地権者の同意を求めていたことも明らかになり、土地改良区の立場に疑いの目を向ける者もいる。

会津北部土地改良区にも不満の声

 昭和電工の計画では、基準値を超えている地下水をくみ上げ、浄化処理をした上で排出するとしている。処理水は発生し続け、保管で敷地が狭くなるのを防ぐために排出先を確保するのは必須だ。東電福島第一原発の汚染水対策を見ている県民なら容易に想像できるだろう。

 汚染水を浄化した処理水をどこに流すのか。昭和電工は2022年3月から喜多方市の下水道に流している。敷地内汚染が発覚するまで、昭和電工は下水道を使っていなかったが、新たに配管を通した。基準値を超えていないことを確認したうえで排出し、流量や測定値は毎月、市に報告している。

 1日当たりどのくらい排出しているのか。同事業所に問い合わせると、2022年3月から10月24日までの期間で、1日当たりの排水量は平均で約200立方㍍だという。

 下水道は使用料がかかる。公害対策費は利益につながらない出費なので、なるべく抑えたいはずだ。昭和電工は、当初は会津北部土地改良区(本部・喜多方市)が管理する松野左岸用水路に流す計画だった。その量は、1日当たり最大1500立方㍍。この用水路には、これまでも同改良区の許可を得たうえで通常の操業で出る排水を流してきた。

会津北部土地改良区の事務所

 だが、公害対策工事が佳境を迎えても、いまだ同用水路には処理水を流せていない。近隣住民らの同意が得られていないからだ。住民側は複数行政区で同一歩調を取るという取り決めもされ、事態は膠着している。発端は、昭和電工による住民側に誤解を与えた説明と、同用水路への希硫酸流出事故だった。

 事態を追う前に、当事者となった会津北部土地改良区の説明が必要だ。土地改良区とは、一定の地域の土地改良事業を行う公共組合。用水路や取水ダムの設置・管理、圃場整備を行う。一定の地域で農業を営んでいれば、本人の同意の有無にかかわらず組合員にならなければならず、地縁的性格が強い。

 会津北部土地改良区は喜多方市、北塩原村、会津坂下町、湯川村に約4780㌶の受益地を持つ。松野左岸用水路は長さ3750㍍で、濁川から取水し、昭和電工喜多方事業所南部の農地約260㌶に供給する。

 同事業所と周辺で汚染が発覚した後の2021年、昭和電工は環境対策の計画書を県に提出した。そこには処理水の排出経路として、前出の松野左岸用水路を想定。同年3月ごろに用水路を管理する会津北部土地改良区に、排水にあたって約束する内容を記した「覚書」を締結したいと申し出た。

 汚染水中の有害物質を基準値以下にした処理水で、県も認可している計画なので、会津北部土地改良区も「約束を明確化するなら」と排水の趣旨は理解した。ただし同改良区では、どの用水路も近隣住民や関係する地権者の同意を得て初めて、事業所からの排水を流していたため、昭和電工にも同じように同意を得るように求めた。昭和電工は2021年夏ごろから、周辺住民を対象に説明会を開き同意書への署名を要望した。

 筆者の手元に住民や地権者に示された「覚書」がある。昭和電工が作成し、住民らに示す前に同改良区に確認を取った。ただし同改良区は「内容が良いとか悪いとか、こちらから口を出すものではないと認識しています。受け取っただけです」(鈴木秀優事務局長)という。

 覚書の初めには《会津北部土地改良区(以下「甲」という)と昭和電工株式会社喜多方事業所(以下「乙」という)は、甲が管理するかんがい用水路へ排出する乙の排出水によるかんがい用水の水質汚染発生防止と、良好な利水並びに環境の確保を本旨として、次のとおり覚書を締結する》とある。

 第1章総則では、「この覚書に定める諸対策を誠実に実施し、環境負荷の低減に努めることを甲乙間において相互に確認することを目的」とし、「排出水による環境負荷抑制に努め」、「排出水の監視状況や環境保全活動等の情報を開示することにより、地域住民等との環境に関するコミュニケーションを図る」とある。以下、章ごとに「排出水等の水質」、「排出水等管理体制」、「不測の事態発生時の措置・損害の賠償」を約束する内容だ。

 ただ、後半の「排水処理施設の出口において維持すべき数値」を定めた覚書細目では、フッ素及びその化合物についてのみ、許容限度を最大8㍉㌘/L以下と定めている。敷地内やその周辺の地下水で土壌汚染対策法の基準値を超えたシアン、ヒ素、ホウ素についての記述はない。

排水拒否の権限がある土地改良区

 覚書の各項目の主語はほとんど乙=昭和電工だ。甲=会津北部土地改良区は、冒頭と署名・押印、協議に関わる個所以外は登場しない。

 「覚書」と記されているが、当時も現在も、会津北部土地改良区とは正式に締結していない。だが、住民の同意を得るうえでは発効済みのものと同じくらい効果があった。

 松野左岸用水路に処理水を排出していいかどうかの決定権があるのは、管理する同改良区だ。土地改良法57条3では、土地改良区は都道府県の認可を得て管理する農業用用排水路については、「予定する廃水以外の廃水が排出されることにより、当該農業用用排水路の管理に著しい支障を生じ、または生ずるおそれがあると認めるときは、当該管理規定の定めるところにより、当該廃水を排出する者に対し、その排出する廃水の量を減ずること、その排出を停止すること」を求めることができるとある。同改良区は昭和電工に「ノー」を突き付ける絶大な力を持っているということだ。

 同改良区が「地域住民の同意が必要」と言ったら従うしかない。昭和電工が住民らに求めた同意書は「土地改良区の許可」という扉を開くための鍵だった。

 同改良区の理事には喜多方市長や北塩原村長も名前を連ねており、地元では信頼がある(別表参照)。実際、「土地改良区でいいと言っているし、もう覚書は結ばれているものと思って同意に賛成した」という住民もいた。

会津北部土地改良区の役員構成(敬称略)

役職氏名住所(員外理事は公職)
理事長佐藤雄一喜多方市関柴町
副理事長鈴木定芳北塩原村
庶務理事山田義人喜多方市塩川町
会計理事遠藤俊一喜多方市熱塩加納町
事業管理代表理事岩淵真祐喜多方市岩月町
賦課徴収代表理事猪俣孝司喜多方市熱塩加納町
理事飯野利光喜多方市上三宮町
理事岩崎茂治喜多方市慶徳町
理事庄司英喜喜多方市松山町
理事高崎弘明喜多方市豊川町
理事羽曾部祐仁喜多方市熊倉町
理事横山敏光喜多方市塩川町
員外理事遠藤忠一喜多方市長
員外理事遠藤和夫北塩原村長
統括監事堀利和喜多方市市道
員外監事慶德榮喜喜多方市塩川町
監事大竹良幸北塩原村

 筆者は昭和電工喜多方事業所に「未締結なのに表題に『覚書』とのみ書き、『覚書(案)』のように記さなかったのはなぜか」と質問した。

 同事業所は「説明会の中で会津北部土地改良区殿との締結はまだされていない旨をお伝え申し上げております。また、お示しした書面は、締結日付も空欄で押印もされていないものですので、見た目上も案であることはご理解いただけるものとなっております」と回答。勘違いした方が悪いというスタンスだ。

 今回、地下水汚染の被害を受けている喜多方市豊川町は水田が広がる農業地帯だ。仕事柄、書類の見方に慣れている人は少ない。高齢者も多い。重要な書類を交わすのは、車の購入や保険の契約くらいだろう。

 「分かりやすく伝える」ではなく「誰にでも伝わるようにする」。これは現代の広報の鉄則だ。住民の理解が不十分だったのをいいことに、自社に都合のいいように同意に向かわせることは、相手の立場に立った広報ができていないと言える。昭和電工喜多方事業所は地方の一拠点とはいえ、仮にも上場企業の傘下だ。

希硫酸流出で住民が同意書を撤回

 以下は「同意書」の内容。同改良区・昭和電工と住民側が結ぶ形になっている。

 《当行政区は、会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路の灌漑用水を直接又は反復利用するにあたり、下記の事項について同意いたします》。同意する内容は《昭和電工株式会社喜多方事業所が、会津北部土地改良区と昭和電工株式会社喜多方事業所との間で協議して締結する排水覚書(筆者注=「覚書案」のこと)に基づき排出水を適切に管理し、その排出水を会津北部土地改良区の管理する松野左岸用水路に排出することについて》である。

 同事業所の南に位置する綾金行政区は、昭和電工が2021年9月19日に行った同行政区住民に対する説明で、即日同意書に署名を決めた。同行政区には51軒あるが、採決に参加したのはそのうちの36軒。賛成18軒に対し反対は8軒、多数派に委任したのが10軒あったため、行政区として同意書に合意した。

 賛成の理由としては「国の基準を満たしているし、土地改良区も了承しているので任せたい」。反対の理由としては「風評被害につながる」との懸念があった。異論はあったが、同行政区は同年10月29日付で昭和電工に同意書を渡した。

 会津北部土地改良区は綾金行政区からの要望を受けて、前事務局長を住民説明会に参加させていた。あくまでオブザーバーで、昭和電工側に立って説明することはなかったという。同改良区は、同社が長尾行政区を対象に同年10月24日に開いた説明会にも住民の要望を受けて参加した。

 昭和電工と同改良区との「覚書」が示されたことで、住民側が勘違いしたのだろうか。関係する9行政区中、綾金、能力、長尾行政区が同意書を提出した。ところが、綾金行政区は2022年8月7日に同意を撤回。同時期に能力、長尾行政区も撤回した。いったい何があったのか。

 きっかけは、2022年1月22日夜から23日午前10時にかけて、地下水汚染の拡散を防止する「環境対策工事」に使っていた希硫酸が敷地外に漏れたことだった。まさに住民らが前年に排出を同意していた松野左岸用水路に流出した。幸い、冬季は農業用水路として使っていなかった。積もっていた雪に吸着したため、敷地外への排出量も減り、回収もできた。

 タンクからの漏洩量は1・15立方㍍。敷地外に流出したのは0・1立方㍍と昭和電工は計算している。最終放流口から漏れ出た溶液の㏗(ピーエイチ)が最も下がったのは同23日午前7時半に記録した㏗2・8だった。㏗は3・0以上6・0未満が弱酸性。6・0以上8・0以下が中性。2・0を下回ると強酸性に分類される。

 流出量からすると実害はなかったが、不安は募る。さらに住民への報告は2月に入ってからで、不誠実に映った。漏洩防止対策のずさんさも環境対策工事への信頼を揺るがすものとなった。

調整役を期待される喜多方市

 希硫酸は円柱形の大人の背丈ほどのタンク内に収められていた。下部から管を通して溶液を出すつくりになっている。タンクは四角い箱状の受け皿(防液堤)に置かれ、タンク自体が破損して希硫酸が漏れても広がらないよう対策されている。防液堤から漏れたとしても、雨水が集まる側溝には㏗の計測器があり、㏗6以下の異常を検知すれば敷地外につながる水路の門が遮断される仕組みになっていた。

 昭和電工は、防液堤内に溜まった水が凍結・膨張した時に発生した力で希硫酸が入っているタンクと配管の接合部に破損ができたと推定している。喜多方の厳しい冬が原因ということだ。だが、防液堤に水が溜まっていたということは、そもそも受け皿の役割を果たしていないことにならないか。

 第一の対策である防液堤はザルだった。防液堤側面には水抜き口があるが、液体流出防止の機能を果たす時は栓でふさいで使用する。だがこの時、栓は開いたままだった。

 第二の対策、側溝にあった㏗の異常計測器はどうか。工事対応で一時的に移動させていたことから、異常値を検知できず、敷地外の水路につながる門は閉まらなかったという。

 昭和電工は翌24日、県会津地方振興局と喜多方市市民生活課に事故を報告し、現場検証をした。用水路の管理者である会津北部土地改良区には25日に報告した。周辺住民の所有地に流出したわけではないので、同社からすると「住民は当事者ではない」のかもしれないが、住民たちは事故をすぐに知らされなかったことを不満に思っている。

 疑念は昭和電工だけでなく、松野左岸用水路への処理水排水を許可する方針だった会津北部土地改良区にも向けられた。覚書を結んだくせに事故が起こったと思われたからだ。

 喜多方市議会の9月定例会で山口和男議員(綾金行政区)は、遠藤忠一市長が会津北部土地改良区の員外理事を務めている点、市から同改良区に補助金を出している点に触れたうえで「管理する土地改良区が自分の水路に何が流れているか分からないようでは困るから、強く指導してほしい」と求めている。同改良区の当事者意識が薄いということだ。

 遠藤市長は「会津北部土地改良区も含めて、行政として原因者である昭和電工にしっかりと指導してまいりたい」と答えた。

 住民らは、不誠実な対応を続ける昭和電工、当事者意識が薄い会津北部土地改良区だけでは心許ないことから、喜多方市に調整役を期待し、これら3者に事業所周辺の汚染調査などを求める要望書を提出したという。市民の健康や利益を守るのは市の役目。積極的なかじ取りが求められるだろう。

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