【2024年問題】サービス低下が必至の物流業界

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【2024年問題】サービス低下が必至の物流業界

 トラックドライバーの労働時間が法律で短くなることで、これまで通り荷物を運べなくなる「2024年問題」が迫っている。製造業が盛んな福島県は、製品や部品を長距離トラックで県外に夜通し運べなくなる可能性がある。運送業は即日運送をやめるか、人手確保のため価格転嫁に踏み切らざるを得ない。製造業、小売りなどからなる荷主やその先の消費者にとっては打撃だが、物流現場に負担を強いてきたことを顧みて、歩み寄る曲がり角に来ている。(小池 航)

下請け会社・トラック運転手 現場から嘆きの声

下請け会社・トラック運転手 現場から嘆きの声【夜に福島トラックステーションを発つトレーラー】
夜に福島トラックステーションを発つトレーラー

 4月下旬の金曜夜8時、東北道・福島飯坂IC(福島市)南側にある福島トラックステーションから、普通乗用車を積んだトレーラートラックが発進した。福島市近辺で集荷された荷物は、国道13号を北上して同インターから高速に乗り、夜通し遠方へと運ばれていく。

 3、4月は年度末、新年度に当たるため人・モノの流れが1年を通して最も多く、物流業界は繁忙期だ。大型連休前は納期が早まるため、忙しさは続く。物流業界は慢性的な人手不足のため、その負担は荷物の仕分けやドライバーたち現場にのしかかる。

 いわゆる「2024年問題」は、「トラックドライバーの労働時間が短くなることにより、これまで通り荷物を運べなくなる問題」だ。約4億㌧の輸送能力が不足すると試算されている。なぜドライバーの労働時間が短くなるのか。

 「働き方改革関連法で2019年に導入された時間外労働の上限規制が自動車の運転業務にも適用されます。長距離輸送はドライバーの長時間労働で成り立ってきました。運送業は上限規制との乖離が激しいため、業者に周知し、徐々に是正していく必要がありました。そのための猶予期間が5年間で、24年4月から新たな規制が適用になります」(県北地方の運送会社社長)

 働き方改革関連法により2019年4月から、大企業に原則として時間外労働を月45時間、年360時間とする上限規制が導入された。ただし特別な事情があり、労使が合意した場合に限り年720時間となる。中小企業には20年4月に導入された。違反した事業者には「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される。

 ちなみに運送業に代表される自動車運転業務以外にも建設業、医師、沖縄・鹿児島両県の製糖業が猶予を受けた。中でも運送業は、特別な事情があり、労使が合意した場合に時間外労働の上限を年960時間とする別基準が設けられた。2019、20年に導入された企業より240時間も長い。

 『物流危機は終わらない』(2018年、岩波新書)の著書がある立教大経済学部教授の首藤若菜氏は、自動車運転業務に特別に認められた年960時間の上限規制について、

・ひと月あたりにならすと月80時間

・厚労省が過労死などをもたらす過重労働の判断として「時間外労働が2カ月間ないし6カ月間にわたって、1カ月あたりおおむね80時間」を超える

 という二つの点を挙げ、

 「トラックドライバーにも5年遅れて上限規制が適用されるが、その基準は一般の労働者よりも240時間も長く、いわゆる過労死ラインとほぼ重なる」と指摘している

 時間外労働の上限規制に伴い、ドライバーの拘束時間などを細かく定めた「改善基準告示」も改正された()。ここでいう拘束時間とは、始業から終業までの休憩を含んだ時間。

トラックの改善基準告示
現行改正後
1年の拘束時間3516時間原則:3300時間
最大:3400時間
1カ月の拘束時間原則:293時間原則:284時間
最大:320時間最大:310時間
1日の拘束時間原則:13時間原則:13時間
最大:16時間最大:15時間
1日の休息期間継続8時間継続11時間を基本とし、9時間加減
※それぞれの項目に例外規定や努力義務規定がある。



 前出の運送会社社長は、改善基準の改正は「厚労省がお茶を濁した印象」と語る。

 「1カ月の拘束時間(原則)を見てください。9時間しか減っていない。ひと月の労働日を20日としてならしたら、減ったのは30分程度です。1日の拘束時間(原則)は変化なし。1年の拘束時間も216時間減ですが、1カ月に換算すると減ったのは18時間に過ぎません。業界としては思ったよりも減らなかった印象です」(同)

 1年の拘束時間が2800~3000時間になると「現状の働き方では荷物は運べず、お手上げ」だという。

 「物流は経済の血液」と言われる。厚労省は物流業界にも働き方改革を導入し、他業界との整合性を図らなければならない一方、法整備をきっかけに物流に大きな影響が出ることは控えたい。どのように血液を巡らせ続けるか、働き方改革と経済維持のはざまで頭を悩ませているのだろう。

 ただ、代わり映えのしない改善基準でも、運送会社社長はある程度は有効と考える。

 「2024年4月からは改善基準に違反した事業者への業務停止や運行停止などの行政処分が厳罰化されます。コンプライアンス順守が厳しくなる世の中、業者にとっては一度行政処分を食らえばイメージが悪化し、取引にも影響しかねません。残業時間の上限規制と併せて、厳罰化したことで実効性が伴うのではないでしょうか」

定着しない若手

定着しない若手【郡山IC近くのトラックターミナル】
郡山IC近くのトラックターミナル

 これで物流業界の労働条件を改善する法整備は一応整った。だが人手不足に見舞われているのは、労働条件が悪いからだけではない。それに見合う給料が得られないことが原因だ。若手が敬遠し、トラックドライバーの男性労働者の平均年齢は44・1歳となっている(厚労省『賃金構造基本調査』2021年版)。

 バブル景気に沸き、輸送需要が伸びていた時代は「3Kだが稼げる」と他業種からの転職者も多かった。この世代は定年を迎えるが、若手が入職しないため、いまだにドライバーや仕分け作業などの現場で中心的役割を果たしている。郡山市の60代男性ドライバーもその1人。

 「30歳の頃、家族を養わなくてはならないと、稼げる仕事を探していたらトラックドライバーにたどり着いた。手取りで月給は25~35万円。稼げる時は70万円は行ったよ。もっといい給料を求めて移籍もした」

 当時は郡山と大阪の定期路線が毎日出ていた。日中から夕方にかけて物流拠点に集荷された物資が方面ごとに仕分けされる。運ぶ物資は多彩だ。身近な物では酒などの飲料品や米、菓子。工場で使う材料やそこでできた部品も多い。

 ドライバーの本業は運転だが、実際は積み込みまでしなければならない。手積みの場合は2~3時間はかかる。これがかなりの重労働で、労働災害も運転中より積み込み時の方が多い。

 荷物を運搬用の荷台(パレット)に載せてフォークリフトで積む方法もある。積み込みは20~30分に短縮され、普及も進む。ただし、かさばる物はパレットの分だけ積載量が減るため向かない。他に、荷主が荷物をパレットに載せた状態で用意しなければならない点、荷物を降ろした後はパレットを回収して荷主に返さなければならず、その分、復路の荷物を運べない点で、ドライバーの負担軽減にはつながっていない。

 積み込みを終え、ようやくトラックを出せるのは夜8時ごろ。大阪へは朝5時ごろに着く。トイレ以外は降りなかった。弁当はダッシュボードに置き、箸を使い、片手でハンドルを握りながら食べた。

「酒がないと眠れない」

「酒がないと眠れない」

 仕事はきついが規制は緩かった。多く積んで早く遠方に届けるのが絶対で、会社も労働時間についてはとやかく言わない。時には我が子を助手席にこっそり乗せ、行先で遊ばせた。煩わしい人間関係がないため、同業者には独りが好きな人が多いように思う。ただし、

 「長距離ドライバーは家に帰ってから寝る前に酒を飲む人が多い。深夜から明け方に働いているから、仕事を終えても眠れないんだ。寝付くために酒量が増えたな」(同)

 退職を控え「そろそろ年金がもらえる」と話していた60代の同僚が、間もなく亡くなった。心筋梗塞と聞いた。「あの人どうなったんだろう」と昔の仕事仲間が気になって知り合いに聞くと、「とっくに病気で死んだよ」と返ってくることもあった。

 2021年度の脳・心臓疾患の労災支給決定件数は全産業で172件だが、うち56件が道路貨物運送業。同労災の約3分の1を占める。

 全日本トラック協会の調査によると、自動車運転業務の時間外労働上限である年960時間を超えて働くドライバーが「いる」と答えた事業者は51・1%に上るという。長時間労働が当たり前であることと無関係ではないだろう。

 男性は、今はドライバーを退き、物流拠点で管理業務を担う。ただ、肉体労働は変わらずあるし、責任ばかりが増えたとぼやく。

 トラックドライバーだけでなく、仕分けをする物流拠点でも人手不足は深刻だ。体感として、これまで10人でこなしていた仕事を3人でやらなければならなくなった。約3倍の時間がかかるので、当然終わらない。キリがないので退勤し、別の人に引き継ぐか後日再開することになる。生鮮食品のように悪くならない物資であれば、荷主が指定する日から最大で3~4日遅れることがある。もっとも、こうした状況は2024年問題が迫る以前からあったという。

 人手不足は労働時間の割に賃金が低いことが原因だが、ここに至った背景には何があるのか。

 「どこかの運送会社が運賃を下げたら別のところも下げる。待っていたのは、現場に無理をさせる価格競争だった。物流危機が迫っているのは自分で自分の首を絞めた結果だと思う」(同)

 物流業界は次のように地位低下をたどってきた。

 1990年の規制緩和で新規のトラック運送業者が増加(25年で約4万社から約6万2000社と1・5倍増)→バブル崩壊による「失われた20年」で輸送需要が低迷→減っていく荷物を増えていく事業者が取り合う。

 運送業者数は、2008年以降は6万台で横ばいになっている。

 トラック運送業は総経費の約半分を人件費が占める。運賃水準の低迷は人件費圧縮に直結し、荷主獲得競争の激化はトラック業界の荷主に対する相対的な立場の低下を招いた。結果、「他業種と比べて労働時間が2割長く、年間賃金が2割低い」現状に陥った

交渉に立てない下請け

交渉に立てない下請け

 トラック運送業界は荷主に対して物言えぬ立場にあるが、業界内にも元請け、下請けの多重構造がある。言うまでもなく、下請けは最も弱い立場に置かれる。

 同業界は約6万2000社の99%以上を中小零細企業が占めており、保有車両10台以下が約5割、11~20台が2割、21~30台が約1割。ピラミッドの上に立つ元請け企業が仕事を受注し、それを下請け企業に委託し、さらに孫請け企業に委託するケースも少なくない。車両500台以上を保有する大手も、受けた仕事の9割以上は「協力企業」と呼ぶ下請けに委託している。元請けにとっては閑散期と繁忙期に業務を調整しやすいようにしておき、固定費を増やさずに配送網を広げる狙いがある。

 そうなれば、しわ寄せが来るのは下請けだ。

 前出・社長の運送会社は中小企業のため、下請けに入ることも少なくないという。

 「実際に運賃を払ってくれる荷主と交渉できないのが痛い。実際の運送を担う業者は、十分な運賃が得られないとドライバーを雇うことができない。しかし、元請けや上位の下請けは、少額でもマージンを取れればいいと業界全体のことは考えていない」

 前出の男性ドライバーは老舗会社に勤務するため、末端の下請けほど過酷ではない。だが、苦境は手に取るように分かるという。

 「大企業は足元を見るからね。元請けからできもしない仕事を回されたとしても、下請けは取らざるを得ない」

 運送は本来、帰りの荷物を確保できるよう算段を付けて出発する。新規参入が厳しく制限されていた時代、運賃は運送側に有利で、帰りの荷台を空にしても元は取れたが、運賃が下振れする現在では帰りの荷物がないと赤字になる。収益は1人のドライバーがいかに多くの荷物を運ぶかにかかってくる。

 次は一例だ。ある下請けのドライバーは「明日中に東京までこの荷物を運べ」と言われた。東京に荷物を下ろすと、所属企業から「帰りの荷物を見つけるから」と一報。帰着地の郡山に運ぶ荷物が見つかればいいが、もし大阪行きの荷物しかなければ、それを積んで西へと向かわされる。大阪から次の行き先は運ぶ荷物次第だ。「荷物を運ばせてください」と運送業者を回り、半額の運賃で請け負うことになる。

 「このままでは一つの運送会社が潰れるだけではなく、物流業界、ひいては日本経済が立ち行かなくなってしまうことを理解してほしい」と前出の運送会社社長は力を込める。

 この社長の会社では、上限規制適用以降は、遠方に荷物を運ぶ場合はドライバーを休ませ、それまで1日要していたところを2日かけるように余裕を持たせるという。

 「入社希望者が全くいない以上、複数人のドライバーで中継して労働時間を抑える方法は取れません」

 一方で2024年問題が注目されているのを機に、取引先には運賃値上げを交渉しようと考えている。

 「社会の関心が高まっている今をチャンスと捉えなければなりません。労働時間が制限された後、物流が回るかどうかは、やってみないと分からない。来年が恐ろしいと同時に、業界の好転に期待が持てる楽しみな年でもあります」(同)

 価格転嫁は荷主である小売り、製造業を通して消費者に負担が求められる可能性もある。筆者、読者を含め消費者はその背景に目を向け、業界の多重構造が適正なのか考える必要があるだろう。

 脚注
 ⑴首藤若菜「『2024年問題』とは何か 物流の曲がり角」(『世界』2023年5月号、岩波書店)

 ⑵前掲書

 ⑶金澤匡晃「問題の本質は何か、物流に何が起きるのか」(『月刊ロジスティクス・ビジネス』2022年3月号、ライノス・パブリケーションズ)

 ⑷石橋忠子「間近に迫る『運べない』『届かない』の現実」(『激流』2023年3月号、国際商業出版)

この記事を書いた人

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小池 航

こいけ・わたる 1994(平成6)年生まれ。二本松市出身。 長野県の信濃毎日新聞で勤務後、東邦出版に入社。 【最近担当した主な記事】 福島県内4都市スナック調査(4回シリーズ) 地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」(2023年2月号) 趣味は温泉巡り

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