【NHKドキュメント72時間】二本松の24時間ドライブイン【4月5日放映】

 二本松市で24時間営業を続けるドライブインに全国から老若男女が訪れている。4月5日放映のNHK番組「ドキュメント72時間」の舞台となり、さらに注目が集まる。昭和の産物であるドライブインがなぜ注目されるのか。なぜ52年間も24時間営業を続けてこられたのか。秘密を探った。(小池航)

レトロブームで脚光を浴びる【二本松バイパスドライブイン】

レトロブームで脚光を浴びる【二本松バイパスドライブイン】地図

 平成生まれで市内出身の筆者は、二本松バイパスドライブインに入るのは初めてだ。年季の入った「ドライブイン」「サウナ」の看板を外から目にはしていたが、「トラックドライバー以外お断りなのでは」と感じ、躊躇していた。

 店に入ると右手に30畳ほどの小上がりがあり、正面と左手にテーブル席がある。窓際にはクリーム色の固定シートがあるボックス席。その奥にはアーケードゲームの筐体があり、1人の客が熱中していた。

 平日夕方の店内は1人男性客が多い。食事の勘定は先払いのようだ。厨房前の壁に掛かったメニューを眺めていると、モツ煮定食の甘辛いにおいが漂ってきた。背後からはタオルを首に掛けた男性が慣れた手つきで500円を払い、レジ後ろの浴場に入っていった。

 レトロブームで昭和、平成を生き残った店が脚光を浴びている。二本松市の国道4号上り線沿いにある二本松バイパスドライブインもその一つ。創業当時から24時間営業を続けているのは全国でも珍しい。直近ではNHKの人気番組「ドキュメント72時間」の舞台となった。

 実は、二本松市にドライブインと名の付く飲食店は三つある(地図参照)。番組の舞台となった「二本松バイパスドライブイン」(通称バイドラ・二本松市杉田)と、国道4号下り線沿いの「二本松ドライブイン」(同市長命)、そして東北自動車道二本松インターチェンジ近くの「二本松インタードライブイン」(同市成田町)だ。国道4号下り線沿いのドライブインは昼と夜に営業しラーメンが有名。二本松インター近くのドライブインは営業が確認できておらず、閉店の情報がある。筆者が電話を掛けたところ「この回線は現在使われていない」とのアナウンスが流れた。

名物おかみが支える深夜営業

名物おかみが支える深夜営業
「体が動く限り店で働きたい」と厨房前に立つ橋本宏子さん

 「ドキュメント72時間」の舞台となった二本松バイパスドライブインには創業時から働く「名物おかみ」がいる。おかみこと現オーナーの橋本宏子さん(81)が当時を振り返る。

 「1972(昭和47)年に夫の父親が店を始めました。義父は精米業やメリヤス業に携わり、実際に店を切り盛りしたのは私たち夫婦です。当時はトラックドライバーが休憩する道の駅やコンビニがなく、ドライブインは24時間営業が当たり前でした。素人が飲食店経営を任されたので、苦労の連続でした」

 店は3交代制で料理人、ホールスタッフら総勢二十数名の従業員で回している。1日当たり約250人の客が入るという。宏子さんは夕方出勤し、深夜3時まで勤務。人手が足りないと、日中のシフトに入ることもある。「私はもう後期高齢者」と謙遜するが、全国でも稀有な24時間営業のドライブインは、宏子さんのバイタリティで成り立っていると言っても過言ではない。

 経営に携わる息子の信一さん(59)が窓の外を見て、国道を挟んで向かい側の小高い山を指した。

 「今店が立っている場所にはもともと、あの高さと同じくらいの山がありました。店を建てる時に造成しました。現在、周辺は平らですが、国道4号は片側1車線で谷間を走っていました。今でこそ郊外店が沿線にたくさん並びますが、50年前はこうなるなんて想像もつかなかったでしょう」

 店の前を通る国道4号二本松―本宮区間は1970年代以降に4車線化工事が始まり、遅くとも2002年までに完了した。

 開業当初、二本松バイパスドライブインは長距離トラックのドライバーが主な客だった。大型トラック30台は停められる広い駐車場を整備した。全国のドライバーに名が知られるようになったのは、1970年代に放送が始まったTBSラジオの深夜番組「いすゞ歌うヘッドライト~コックピットのあなたへ」だったという。番組にはラジオ局から全国のドライブインに電話を掛け、居合わせたドライバーや店員が天気や道路情報を報告するコーナーがあった。

 「番組の時間になるとラジオ局から電話が掛かってきてね。店にいたドライバーによく出演してもらっていた。2、3年は中継地になったかな」(宏子さん)

 北海道・苫小牧からフェリーで仙台に着き、東京に向かう長距離トラックのドライバーが毎回立ち寄ってくれたのは懐かしい思い出だ。

 70年代後半には映画『トラック野郎』のロケ地にもなった。宏子さんの記憶では、どのシリーズに出たかは曖昧。ただ「ギンギラギンのライトで装飾したトラックが10~20台並んで停まっていた」ことは明確に覚えている。

 全国で道路網の整備が進み、長距離トラックが通る道は次第に高速道路に移っていく。開業から3年経った1975年4月には東北自動車道の郡山(福島県)―白石(宮城県)間が開通し、国道4号は「下道」となったが、店は良好な立地であり続けた。

 二本松バイパスドライブインがある二本松市は県都・福島市と商都・郡山市の中間地点に位置し、営業車の行き来が多い。福島―郡山間は約50㌔で片道1時間半程度のため、ドライバーは高速よりも下道を使う。同店では客に占めるトラックドライバーの割合は確かに減っているが、代わりに営業職、建設業者、近くの工場の従業員が昼時に訪れる。

 こうした事情から客の7~8割は壮年男性だが、近年は若者や女性、家族連れも見かけるようになった。

 きっかけは東日本大震災、そしてここ2、3年で盛んになったユーチューバーの動画投稿だ。

 「大震災直後、市内は停電になりました。断水や停電、燃料不足が続いた影響で、店の風呂に入りに来る方がいました。浴場は時代にそぐわないと思っていましたが、その時、まだまだ地域に必要とされていると感じました」(信一さん)

長距離ドライバーから地元客にシフト

創業した1972年から変わらないレトロな外観の「二本松バイパスドライブイン」
創業した1972年から変わらないレトロな外観の「二本松バイパスドライブイン」

 広い座敷があり、テーブル席を含めれば約100人収容できるため、地区の行事の反省会、消防団の食事などに利用される。今は地元密着型の大衆食堂としての性格が強い。

 さらに、ユーチューバーが撮影しネットに投稿した動画が思わぬ効果をもたらした。

 「以前通っていた地元のお客さんがまた来てくれるようになりました。20年ぶりに来た方から『動画を見たよ』と言われた時は嬉しかったですね」(同)

 経営危機はあった。新型コロナでまん延防止等重点措置が発令された際、飲食店は営業時間短縮を迫られた。夜8時から朝6時までの営業を自粛し、初めて24時間営業を中断した。時短勤務に協力してもらった従業員は、新型コロナ収束後も変わらず働いてもらっている。

 新型コロナの感染症法上の位置付けが引き下げられた2023年5月以降は、新規客が目立つ。

 「昨晩も福島市から若者のグループがわざわざ来てくれました。夜9時を過ぎると開いている飲食店が少ないと言っていました」(宏子さん)

 大手ファミレスの中には人手不足から深夜営業を取りやめる店が出ている。24時間営業の飲食店が減っていることや折からのレトロブーム、さらにネット動画で店内が紹介され「一見さん」が来やすくなったことが若者の支持を得るきっかけになったようだ。とはいえ、店はこのブームに少々戸惑っている。

 「居酒屋とも違うし、カフェとも違うし、風呂もゲームもあるわで何だか分からない空間です。店としては料理を早く旨く作り、なるべく安く出す。創業時から同じことを繰り返してきただけなのですが……。ファッションと同じで、時代が1周したんでしょうね」(信一さん)

 宏子さんの思いは創業時から変わらない。「『おいしかった。また来ます』と言われるのが一番うれしいですね。ただ『24時間いつまでも続けてください』と応援されると、嬉しいけど『まいったなー』とも思います」と笑顔で話す。宏子さんは信一さんを見やりながら「後のことは息子か孫だない(だねえ)」

 信一さんの息子は、調理師専門学校を卒業し、今は中華料理店で修業中だ。学生時代はドライブインを手伝っていた。信一さんは「息子に期待はしていますが、本人の気持ち次第ですからね」と静かに見守る。

 全国から注目されるのは喜ばしいが、本誌には地元の常連から「ブームが早く落ち着いてほしい」との声が寄せられる。混雑する昼時を避け、遅めに来店する常連もいるほど。市内出身の筆者としては、ブームを機に訪れる人が増えるのは嬉しいが、一段落した後に訪ね、ゆっくり食事をすることを勧める。一過性で終わらせるのではなく、息の長い利用が何よりも店の応援になる。

注:休みは日曜夜12時(月曜深夜0時)から月曜朝6時の6時間。

国道4号線 ドライブインは眠らない 初回放送日: 2024年4月5日

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