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  • 【鏡石町】議員同士の〝場外バトル〟

    【鏡石町】議員同士の〝場外バトル〟

    鏡石町議会で、議員同士の〝場外バトル〟が勃発しているという。円谷寛議員が込山靖子議員に公開質問状を送付したというのだが、その背景には何があったのか。 議長落選者が同僚に質問状送付  任期満了に伴う鏡石町議選が昨年8月22日告示、27日投開票の日程で行われた。定数12に対し、現職6人、新人6人の計12人が立候補し、無投票で当選が決まった。その後、正副議長や常任委員長などが選任されたが、議会内のポスト絡みで議員同士の〝場外バトル〟が勃発しているという。  ある関係者はこう話す。  「円谷寛議員が込山靖子議員に公開質問状を送付したのです。その内容は、円谷議員が込山議員を糾弾するようなものです」  両議員は、どちらかと言うと議会内で近い立場にあったが、なぜ、円谷議員が込山議員に公開質問状を送付したのか。本誌はその公開質問状を入手した。内容は次の通り。   ×  ×  ×  ×  1、あなたはネットで「町はドブに金を捨てている」と主張していますが、内容をもっと詳しく教えてください。どんな無駄にいくらの金を捨てたのですか。  2、ネットで一般の人にそのように公言しながら、本定例会の本会議でも決算委員会においても、この件について一言も発言していません。これは前のネット発言でこの問題を知った町民はあなたがきっとこの問題を質してくれると思っていたのでは、と思います。これをどう説明するのですか。なぜ全く発言しないのですか。  3、あなたたち町政刷新の2人は、町議選後の8月26日、2回以上当選の議員の集まりから排除され、その中で私以外の3人はあなた(副代表)と代表の吉田孝司氏をこれからも排除することに合意しました。私はこれに反発し、「議長選に出てくれ」というあなたと吉田氏の要請で議長選に出て敗れました。その後にあなたの態度は急変しました。メールは全く返信なく電話もそそくさと切り、訪問しても玄関の中にも入れず話も聞いてくれませんでした。そのような態度の急変はなぜですか。  4、それ以上におどろいたのは相手側のあなたの変わりようです。あなた達を排除すべきことに同意していた小林議員は議長選後の人事について「込山」の名前の連発で副議長と同格とも言われる監査にも推薦する始末です。あなたを今回の決算審査特別委員長に推薦したが、あなたは辞退し、吉田氏が立候補すると、対立候補に畑氏が立候補し、吉田氏を排除しました。このように同じ会派の代表と副代表を徹底的に差別する相手の意図はどこにあると思いますか。あなたは議長選の票と監査のポストの取引はなかったのですか。  正直にお答えください。    ×  ×  ×  ×  文書(質問状)の日付は昨年10月15日付で、同月25日までの回答を求めていた。 関係者証言を基に解説 込山議員(「議会だより」より)  この内容について、本誌が関係者から聞いた話を基に解説していく。  1、2番目については、込山議員は以前、自身のSNSで「これは税金の無駄遣い」といった投稿をしたようだ。ただそれは町政についてではなく、もっと広い範囲での投稿だったという。  問題のポイントは3、4番目。吉田孝司議員と込山議員は「町政刷新かがみいし」という地域政党を組織しており、吉田議員が代表、込山議員が副代表という立場。この2人と新人議員6人を除いた4人の議員が集まった際、「吉田議員、込山議員とは一線を引く」といった話が出たようだ。それに円谷議員は反発し、そのことを吉田議員、込山議員に伝えたところ、両者から「向こう(吉田議員、込山議員とは一線を引くとした議員)に対抗するため、議長選に出てほしい。そのために支援する」旨を言われたのだという。もっともそれは円谷議員側の捉え方で、込山議員からすると、「もし、議長選に出るなら支援してもいい」程度の考えだったようだ。まず、この時点で両者の思いにズレが生じている。  ともかく、そうして円谷議員は議長選に出た。角田真美議員との一騎打ちになり、円谷議員は「どんなに少なく見積もっても4票は入るはず」と見込んでいたようだが、実際は3票しか入らず、角田議員が議長に選任された。その後、「吉田議員、込山議員とは一線を引く」としていた議員(小林政次議員)の推薦で込山議員は監査に就いた。一方で、吉田議員が決算審査特別委員長に立候補した際、「吉田議員、込山議員とは一線を引く」としていた議員らがそれを阻止した。すなわち、吉田議員の「排除」は継続されているのに、込山議員の「排除」は解除されたということができる。  そのため、込山議員は議長選で角田議員に投票する代わりに監査に推薦するといった裏約束があったのではないか、というのが3、4番目の質問の趣旨である。要するに、円谷議員は裏切られたとの思いを抱いているわけ。  もっとも、本誌が聞いた限りでは、前述したように、議長選について、込山議員は「もし、円谷議員が議長選に出るなら支援してもいい」程度の考えだったようだ。監査に就いたのは、同町議会は昨年8月の改選で、半数が新人議員になったため、2期以上の議員を優先に役職を割り振っていく中で、込山議員に役職が回ってきた、という側面もあるようだ。 当事者に聞く 円谷議員(「議会だより」より)  円谷議員に話を聞いた。  「私はネット(SNS)を見ないので分からないが、知り合いに聞いたところ、込山議員が『町はドブに金を捨てている』というようなことを書いていた、と。そういう人が監査になったので、これは見過ごせないと思い、どういう意図だったのか等々を聞こうと思いました。もう1つは、質問状に書いたように、私に議長選に出るよう要請しながら、対立候補と結託して、別の役職を得ました。さらにネットでは、私のことをだいぶ悪く書いているそう。ですから、その辺のところを明らかにしようということです」  円谷議員によると、質問状に対する回答はなかったという。  一方の込山議員はこう話していた。  「正直、誤解されている部分もあるし、いろいろと言いたいことはあります。ただ、私が反論すると、ことが大きくなりそうなので、これ以上は……」  前述したように、両議員はどちらかと言うと議会内で近い立場にあったが、これ以降はお互いがお互いを「信用できない」という状況になっているようだ。  一方で、町内では「もっとほかにやることがあるだろう」との声もあり、「仲良くやれとは言わないが、とにかく議員には『町の課題解決』を最優先に活動してほしい」といった思いを抱いている。 あわせて読みたい 【鏡石町】政治倫理審査後も続く議会の騒動

  • 選挙資金源をひた隠す内堀知事

    選挙資金源をひた隠す内堀知事

     昨年11月に2022年分の「政治資金収支報告書」が公表された。この年の10月、福島県では知事選挙が行われたが、現職・内堀雅雄氏(59)はどのようなお金の集め方・使い方をして3選を果たしたのか。内堀氏が22年11月に県選挙管理委員会に提出した「選挙運動費用収支報告書」と併せて読み解くことで、内堀氏の選挙資金源を探っていく。(佐藤仁) パー券・会費収入を迂回寄付のカラクリ 内堀雅雄氏  2022年10月30日投開票の知事選は次のような結果だった。 当 57万6221 内堀雅雄 58 無現   7万7196 草野芳明 66 無新          投票率42・58%  自民、公明、立憲民主、国民民主の各党が推薦した内堀氏が、共産党推薦の草野氏を大差で退け3選を果たした。  票差を見ると、内堀氏にとっては楽な選挙だったと言えるのかもしれない。しかし、だからと言って選挙費用が安く上がるわけではない。選挙には、やはりお金がかかる。  選挙に立候補した人は、選挙費用をどうやって集め、何にいくら使ったかを選挙運動費用収支報告書にまとめ、選挙管理委員会に届け出る義務がある。  2022年の知事選について、内堀氏が同年11月14日に提出した同報告書を県選管で閲覧した。それをまとめたのが表①だ。内堀氏は同年9月2日から11月9日までの2カ月間で約1900万円を集め、ほぼ同額を使い切っていた。 表① 2022年知事選における内堀雅雄氏の選挙費用収支 収入(寄付)支出チャレンジふくしま1610万円人件費489万6400円県農業者政治連盟30万円家屋費278万5400円日本商工連盟10万円通信費110万9867円県商工政治連盟50万円印刷費621万0256円県中小企業政治連盟10万円広告費138万1485円県医師連盟100万円文具費2万6100円県薬剤師連盟10万円食糧費16万6865円福島市の会社役員1万円休泊費100万9020円日本弁護士政治連盟県支部5万円雑費161万3367円県歯科医師連盟100万円合計1926万円合計1919万8760円※選挙運動費用収支報告書をもとに筆者作成。収入の「福島市の会社役員」は原本 では実名で書かれているが、ここでは伏せる。  その収入は全て寄付でまかなわれており、県医師連盟と県歯科医師連盟の100万円をはじめ、各業界でつくる政治団体が5万~50万円を寄付していた。個人で1万円を寄付している人も一人いた。  100万円でもかなり多い寄付額だが、それを遥かに超える1610万円を寄付していたのが「チャレンジふくしま」(以下、チャレンジと略)という政治団体だ。全寄付額の8割超を占めている。  チャレンジとは、どういう団体なのか。  昨年11月24日に公表された2022年分の政治資金収支報告書を見ると事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「中川治男」、会計責任者は「堀切伸一」となっていた。中川氏は佐藤栄佐久知事時代に副知事を務め、福島テレビ社長などを歴任。堀切氏は栄佐久氏の元政務秘書だ。  チャレンジは2022年9月1日に設立され、2日後の同3日に「内堀雅雄政策懇話会」(以下、政策懇話会と略。同会の詳細は後述)から3150万円の寄付を受けた。そこから翌4日に内堀氏個人に1610万円を寄付。これが表①の1610万円になる。  余談になるが、内堀氏がチャレンジから寄付を受けた日付は、選挙運動費用収支報告書では9月2日、チャレンジの収支報告書では9月4日となっており、どちらが正しいのかは判然としない。また運動員への日当も、一人に15万円を払っているとしながら、内訳には「1日1000円×15日」と書かれていた。  2日の誤差、1000円と1万円の勘違いと言えばそれまでだが、このような単純ミスが起こるのは、収支報告書が未だに手書きで提出されているからだろう。政府・与党はマイナンバーカードなどデジタルを導入することで国民の個人情報を管理しようとしているが、だったら収支報告書も手書きからデジタルに切り替えれば透明性が高まり、安倍派のキックバックのような事件も防げるのではないか。  それはともかく、3150万円のうち1610万円を寄付したチャレンジは、残り1540万円を何に使ったのか。  収支報告書は「1件当たり5万円未満のもの」は詳細を記載しなくていいことになっており、チャレンジの場合、5万円を超える記載は2022年10月15日に福島市の宴会場に会場費として支払った6万6550円の1件だけだった。つまり、1540万円ものお金が何に使われたのかが全く分からないのである。  表②に収支報告書に記載されている収支内訳を記したが、人件費に662万円、備品・消耗品費に580万円、事務所費に212万円、組織活動費に77万円も支出しておいてその詳細を一切明かさないのは異様。記載しなくても済むように、1件当たりの支出を5万円未満に抑えたのだろうか。表沙汰にできない支出をしていたのではないかと疑いたくなる。 表② チャレンジの収支 収入総額3150万円(前年からの繰越額)0円(本年の収入額)3150万円支出総額3150万円翌年への繰越額0円 支出の内訳経常経費人件費662万円光熱水費9万円備品・消耗品費580万円事務所費212万円小 計1463万円政治活動費組織活動費77万円寄付1610万円小 計1687万円合 計3150万円※1万円未満は四捨五入  ちなみに、チャレンジは政策懇話会から寄付された3150万円を使い切ったあと、2022年12月31日に解散。設立から解散まで、存在期間はたった4カ月だった。 「会費方式」で集めるワケ 内堀氏が関連する政治団体の事務所(福島市豊田町)  実は、内堀氏は2018年の知事選でも「『ふくしま』復興・創生県民会議」(以下、県民会議と略)という政治団体を知事選2カ月前に設立。政策懇話会から3650万円の寄付を受け、そこから内堀氏個人に1620万円を寄付し、残り2030万円を使い切って19年4月に解散している。  県民会議の事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「中川治男」、会計責任者は「堀切伸一」。同じ場所と顔ぶれで看板だけを変え、このような組織をつくる狙いは何か。県選管に尋ねてみると、  「チャレンジがどういう目的で設立されたかは分かりません。政策懇話会からチャレンジを経由して、内堀氏個人に寄付が行われた理由ですか? うーん、分かりませんね」  県選管によると、政策懇話会から内堀氏個人に寄付するのは政治資金規正法上問題ないという。にもかかわらず、わざわざチャレンジや県民会議をつくり、そこを経由して内堀氏個人に寄付するのは奇妙だ。  迂回寄付の大元になっている政策懇話会は内堀氏の資金管理団体(公職の候補者が政治資金の提供を受けるためにつくる団体。政治家一人につき一つしかつくれない)で、昨年11月24日に公表された2022年分の政治資金収支報告書を見ると、こちらも事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「内堀雅雄」、会計責任者は「堀切伸一」となっていた。  知事選挙が行われた2022年、政策懇話会は5月14日に福島市内で政治資金パーティー(内堀雅雄知事を励ます会)を開き、2059万円の収入を得ていた。パーティー券を購入したのは687人。1枚いくらかは分からないが、金額を人数で割ると2万9970円になる。  収支報告書には20万円を超える購入者の団体と金額が書かれていた。  県農業者政治連盟 149万円 連合福島     100万円 県建設業協会     61万円 県医師連盟      40万円  政治資金パーティーは2021、20年も開催されたのか、政策懇話会の過去の収支報告書を見たが記載はなかった。新型コロナの影響で自粛したとみられるが、18年の知事選では同年、前年、前々年と開催し、それぞれ3000万円前後の収入を得ていた。  政策懇話会には政治資金パーティーとは別の収入源もある。「個人の負担する党費又は会費」だ。収支報告書によると、2022年は153人から763万円を集めていた。割り算すると4万9869円だが、21年は153人から765万円、20年は157人から785万円を集め、こちらは割り算するとぴったり5万円になる。  つまり、政策懇話会は会員から年5万円の会費を集め、それが第2の収入源になっているのだが、ここに内堀氏の策略を感じるのである。  と言うのも、政治資金規正法では5万円を超える個人寄付者は名前、住所、職業、金額、寄付日を収支報告書に記載しなければならないと定めているが、5万円までの寄付なら記載しなくてもいい。  さらに言うと、政策懇話会の場合は「寄付」ではなく「会費」として集めており、会費は総額と人数だけを記載すればいいため、誰が払っているかは一切分からない。県選管にも確認したが「会費なら個人名等を書く必要はなく、金額も総額だけ書けば問題ない」。  そうやって内堀氏は①名前等を明かさずに済む5万円ぴったりに金額を設定しつつ、②寄付ではなく会費として集める――という〝二重のガード〟で資金協力者が誰なのかを隠しているのだ。 「特殊な手法」と専門家 政治学が専門の東北大学大学院情報科学研究科の河村和徳准教授  これについては、朝日新聞デジタル(2022年10月24日)が「1人5万円超でも匿名で政治資金集めが可能 埼玉で続く『会費方式』」との見出しで《5万円を超える寄付を受け取ると明かさなければいけない相手の名前が、政治団体の会費として受け取る場合は明かさなくてよい。埼玉県内の複数の政治家が、そんな政治資金の集め方をしていた》《こうした「会費方式」での資金集めについて、政治資金に詳しい岩井奉信・日本大名誉教授(政治学)は「あまり見たことがない」としつつ、「寄付ではなく会費として集めれば5万円を超えていても匿名のままで収入にできるという意味で、法の抜け道になっていると言える」》と問題提起している。  政策懇話会も、もしかすると5万円を超える多額の会費を払っている会員がいるかもしれない。それを寄付ではなく会費にすり替えて名前等の記載を避けているとすれば、法の穴を突いた狡猾なやり方と言えるのではないか。  試しに、内堀氏と同じように会費で集めている政治団体が他にもあるか確認してみたが、国会議員の政治団体の収支報告書には金額に差はあるものの数十万円から数百万円の記載があった。ただ、これは会費ではなく党費と思われ、金額も1人1000~2000円と少額だった。木幡浩・福島市長と品川萬里・郡山市長の収支報告書も見たが、会費の記載はなく、木幡氏は5万円を超える個人寄付者の名前等をきちんと記載していた。  内堀氏の特殊なお金の集め方を、政治学が専門の東北大学大学院情報科学研究科の河村和徳准教授は次のように解説する。  「内堀氏は寄付ではなく会費にすることで、誰が多くお金を出したとか、あの人は少ないとか、金額の多寡を見えなくしているように感じます。例えば、多く寄付した人は知事に言うことを聞いてもらえるんじゃないかと妙な期待をするし、少なかった人は収支報告書に名前が載ることで嫌な思いをする人もいるかもしれません。推測にすぎませんが、寄付額を正直に記載し、それが原因で支持者の関係がギクシャクした過去を陣営内で共有していた可能性もあります。ややこしさを一掃する点から、名前等を明かさずに済む会費として集めているのではないでしょうか」  河村准教授によると、背景には内堀氏が共産党を除く政党の相乗りで立候補していることが関係しているのではないかという。どこかの政党が突出して支援する形ではなく、内堀氏が好んで使うフレーズ「オールふくしま」で知事選に臨んでいることを対外的に見せるため、選挙資金も誰が多い・少ないではなく、みんなに支えられている形を取りたいのではないか、と。  「会費の額は割り算すると1人5万円。これなら『名もなき大勢の人たちが同じ会費を払って自分を支えてくれている』という印象を与えられます。アメリカのオバマ元大統領以降、広く普及した手法です」(同)  わざわざチャレンジや県民会議を経由して内堀氏個人に迂回寄付しているのも、お金の「出所」だけでなく「流れ」も見えにくくしたい都合が反映されているのかもしれないという。  「内堀氏は元総務官僚なので下手なことをしているとは思わないが、この手法はまわりくどく、全国的に珍しい。自身に還流させていると疑念を持たれる可能性もあるので、良い手法のようには思えません」(同)  ついでに言うと、内堀氏の名前がつく政治団体はもう一つある。「内堀雅雄連合後援会」。昨年11月24日に公表された2022年分の政治資金収支報告書を見ると、事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「中川治男」、会計責任者は「堀切伸一」。  連合後援会の過去3年分の収支報告書を見ると、2020、21年は収入がなく、人件費や事務所費などを支出しているのみだったが、22年は4月1日に政策懇話会から300万円の寄付を受けていた。知事選挙のある年だけ活動しているようだ。  別掲の図は政策懇話会、チャレンジ、連合後援会、内堀氏の間でどのようにお金が流れているかを示したものだ。政策懇話会が政治資金パーティーと会費で資金をつくり、それがチャレンジに寄付されたあと、内堀氏個人に迂回寄付されたり、連合後援会の活動資金に充てられている構図がお分かりいただけると思う。 選挙費用を何に使ったか  こうして集められたお金は、知事選挙でどのように使われたのか。再び表①の支出をご覧いただきたい。  支出総額は1919万円。最も多かった支出は人件費で489万円だった。中身を見ると車上運動員に1日1万~1万5000円、事務員に同9000~1万円を払っていた。告示日の10月13日に461人に5000円の日当を払っているのはポスター張りとみられる。  次に多い支出は印刷費で、表では621万円となっているが、このうち249万円は公費負担の法定ビラと法定ポスターに当たるため、実際に内堀氏が支出した分は約371万円になる。福島市と郡山市の広告代理店が請け負っていた。  3番目は家屋費で、選挙事務所の開設(事務所賃貸料、電話設備代、備品レンタル代、火災保険料)や総決起集会を開いたホテルなどに会場費として払っていた。  そのほかはコーヒーやお茶、駐車料金やガソリンなどの雑費、チラシ折り込みや看板製作などの広告費、切手や郵便などの通信費、運動員の宿泊に支出された休泊費が100万円台で続いていた。  内堀氏の選挙費用約1900万円が多いのか・少ないのかは、県土の広さや人口の密集具合などによって選挙運動の大変さも変わってくるので一概には論じづらい。ただ、東北各県の知事が選挙費用をいくら使ったか見ると、村井嘉浩・宮城県知事(選挙実施日2021年10月31日、以下同)499万円、佐竹敬久・秋田県知事(同年4月4日)1737万円、吉村美栄子・山形県知事(同年1月24日)1793万円で内堀氏が最も多かった(達増拓也・岩手県知事は2023年9月、宮下宗一郎・青森県知事は同年6月が選挙だったため、選挙運動費用収支報告書はまだ公表されていない)。  これだけを比べるのは不公平なので、東北各県の知事の資金管理団体の収入も比べると(2022年分の政治資金収支報告書より)、佐竹秋田県知事4680万円、吉村山形県知事3562万円、内堀知事2822万円、村井宮城県知事428万円、達増岩手県知事180万円となっている(宮下青森県知事は2022年に届け出ている資金管理団体がなかった)。福島より面積が狭く、人口も少ない秋田、山形の知事が多くの収入を得ているのは興味深い。 クリーンさを〝演出〟  ついでと言っては何だが、内堀氏個人のお金にも目を向けてみたい。  知事は保有する資産等(土地、建物、預貯金、有価証券、自動車、貸付金、借入金)の内容や前年1年間の所得、会社から報酬を得ている場合はその会社に関する情報を報告する義務がある。内堀氏は県に資産報告書(2023年2月17日付)と資産等補充報告書(同年4月21日付)を提出しているが、目に付くのは八十二銀行の株券1000株、普通自動車1台、給与所得1798万円、出演料28万円のみ。もっとも預貯金は0円となっているが、普通預金と当座預金を除く預貯金(定期預金)を報告すればよく、土地や建物、有価証券や自動車も家族名義にしていれば報告義務がない。結局、内堀氏の実質的な資産はこの報告書だけでは分からない。  退職金はどうか。知事は1期4年務めるごとに退職金が支給される。金額は条例により「月額報酬(132万円)×在職月数(48カ月)×支給率(0・536)」=3396万0960円と定められている。現在、知事報酬は15%減額され、月112万2000円となっているが、退職金額は減額前の132万円をもとに計算される。  退職金は本人の申し出により通算で受け取ることも可能だが、内堀氏はどうしているのか。県福利厚生室に問い合わせると「個人情報に当たるのでお答えできない」。  内堀氏が知事選挙でどうやってお金を集め、何にいくら使ったのか、お分かりいただけただろうか。もっとも、ここで取り上げたのは公表の義務がある「オモテのカネ」で「ウラのカネ」がどうなっているのかは分からない。昔と違って今はお金をかけない選挙が当たり前だが、それでも知事選挙の費用が約1900万円で収まるとは考えにくい。  政治資金収支報告書は、収支が公表されているようで実際は何に使われているか分からない部分が多い。そこは法の不備が原因なので、内堀氏の責任ではないが、一つ言えるのは、内堀氏がクリーンな印象を持たれているのは「法律に基づいて公表すべき部分だけを公表している」からそう見えているに過ぎないということだ。正しくは「現行の法律下ではクリーンに見えるが、実際はどのようなお金の集め方・使い方をしているか分からない」と言うべきではないか。寄付ではなく会費で徴収したり、わざわざチャレンジや県民会議をつくってクリーンさを〝演出〟しているのが、その証拠である。 ※内堀雅雄後援会の中川治男氏と堀切伸一氏に、チャレンジを設立した理由や政策懇話会からチャレンジを経由して内堀氏に迂回寄付した理由など五つの質問を文書で行ったが、期日までに返答はなかった。

  • 【自民党裏金疑惑】福島県政界への影響

     自民党派閥の政治資金パーティー収入を巡る裏金疑惑。疑惑の背景や本県への影響、さらには野党が台頭できない理由などについて、東北大学大学院情報科学研究科准教授で、政治学が専門の河村和徳氏に解説してもらった。(志賀) 河村和徳東北大准教授に聞く 河村和徳東北大准教授  裏金疑惑が表面化した発端は、2022年11月にしんぶん赤旗日曜版が掲載した調査報道記事と、それを受けて独自調査を行った上脇博之・神戸学院大教授の告発状だった。  自民党5派閥が政治資金パーティーの収入を政治資金収支報告書に過小記載していたとする内容で、今年11月には東京地検特捜部が担当者への任意の事情聴取を進めていることが報じられた。  その後、5派閥の中でも最大会派である安倍派の2021年政治資金パーティーの収入額が著しく少ないこと、さらには議員ごとにパーティー券の販売ノルマが設定されており、ノルマを超えた分の収入を議員側に還流(キックバック)していたことが報道により明らかにされた。  政治資金収支報告書に記載されず〝裏金〟と化した金額は5年間で5億円に上り、議員ごとの金額は数千万円から数万円と差があるものの、所属議員の大半が受領したとみられている。12月14日には岸田文雄首相が安倍派所属の閣僚4人、副大臣5人を事実上更迭した。  県関係国会議員のうち、安倍派に所属するのは衆院議員の亀岡偉民氏(5期、比例東北ブロック)、上杉謙太郎氏(2期、比例東北ブロック)、菅家一郎氏(4期、比例東北ブロック)、吉野正芳氏(8期、旧福島5区)、参院議員の森雅子氏(3期、県選挙区)。ちなみに衆院議員の根本匠氏(9期、旧福島2区)は岸田派、参院議員の佐藤正久氏(3期、比例)は茂木派、星北斗氏(1期、県選挙区)は無派閥。  自民党県連会長の亀岡氏は12月16日、自身の連合後援会会合で、「自民党所属の県関係国会議員に疑惑について聞き取りをしたところ、確認が取れた議員全員が『裏金はやっておりません』としっかり返事していた」と話したという(福島民報12月17日付)。確認が取れた議員数は「9割程度」とのことで、自らの疑惑も否定した。 自民党県連会長を務める亀岡偉民氏  安倍派の衆院議員・宮沢博行氏(比例東海ブロック)は派閥から〝かん口令〟が出されていることを明かしていたが、亀岡氏は「口止めはないと思う」と答えた。「安倍派所属議員の大半が受領した」という情報は誤りなのか。12月19日には東京地検特捜部が安倍派と二階派の事務所の家宅捜索を行い、複数の議員秘書や受領したとされる議員にも取り調べを行っているというので、今後新たな情報が出てくる可能性もある。  政治学の専門家は現在進行形の疑惑についてどう見ているのか。東北大学大学院情報科学研究科准教授の河村和徳氏は次のように語る。  「国民はインボイスやマイナンバーカードへの対応を迫られているのに、国会議員が不透明な手書きの政治資金収支報告書を使い続けていいという話はない。多数の記載漏れがスルーされていたことを踏まえ、この機会にデジタル化に踏み切るべきだと考えます。お金の出し入れがあった時点で自動的に記録される仕組みにすれば、記載漏れは起こりえない。マスコミなどでの検証もやりやすくなるので、チェック体制が整えられると思います」  「安倍派重鎮の森喜朗元首相の力が大きすぎたため、所属議員のタガが外されたのではないか」と指摘し、本県関係国会議員が裏金を受け取っていたかどうかは「今の段階では何とも言えない」としながらも、「次期衆院選への影響はとてつもなく大きいだろう」と分析する。  「亀岡氏は福島新1区で対決する立憲民主党の金子恵美氏(3期、旧福島1区)になかなか勝てていないし、根本氏は福島新2区で玄葉光一郎氏(10期、旧福島3区)と激突することになり、正念場を迎える。菅家氏は立憲民主党の小熊慎司氏(4期、旧福島4区)に勝ったり負けたりを繰り返しており今一つ。吉野氏は健康状態に不安を抱える。彼らが裏金を受け取っていないのか判然としませんが、県議選の時点ですでに岸田政権・自民党への逆風ムードが漂っていたことを考えると、次期衆院選はかなりの苦戦を強いられると思われます」  時事通信が12月8~11日に実施した世論調査によると、岸田内閣の支持率は17・1%で、2012年12月の自民党政権復帰後の調査で最低を更新した。内閣支持率2割台以下は政権維持の危険水域とされる。自民党議員にとって、大きな逆風となりそうだ。  加えて裏金疑惑が地方議会レベルにも波及する可能性を指摘する。  「中選挙区時代、国会議員と地方議会議員はギブアンドテイクの関係で戦っていた。その名残は小選挙区比例代表並立制となった今も残っている。実際、元新潟県知事で衆院議員の泉田裕彦氏(比例北陸信越ブロック)が衆院選に立候補時、自民党県議から献金を要求されたことが話題になりました。国会議員の懐に入った裏金の使い道を考えるうえで、地方議会議員や県連に対する寄付を疑うのは自然なこと。裏金疑惑が騒動になり、全国の県連、県議が慌てて政治資金収支報告書をチェックし、訂正しているところです。福島県も他人事ではないと思います」  この言葉通り、12月20日には自民党宮城県連に所属する県議4人が県連から受け取った寄付金を政治資金収支報告書に記載しておらず、報告書を訂正していたことが分かった。同県連によると、寄付金は安倍派と同様の構図で、同県連が開いた政治資金パーティーの収入からキックバックしたものだという。  本県においても、自民党県連が2022年分の政治資金収支報告書について、20万円を超える政治資金パーティー券を購入した4団体の名前の記載漏れがあったとして、県選挙管理委員会に訂正を届け出た(12月12日付)。パーティー券購入団体からの指摘を受けて不記載が判明したもの。政治資金規正法では政治資金パーティーについて20万円超の収入は支払者の氏名などを収支報告書に記載するよう定めている。ただ、全体の収支金額は変わらないという。 追及しきれない野党 玄葉光一郎氏  報道を通して伝わってくる自民党の内情にはただただ呆れるばかりだが、それ以上に驚かされるのは、それを追及しきれない野党の存在感の無さだ。  東京地検特捜部の捜査やそのリークを基にしたマスコミのニュースは大きく話題になる一方で、事ここに及んでも、岸田首相退陣、さらには「自民党には任せておけない」という機運が盛り上がっていないように感じる。  河村氏はその理由を「前述した政治資金収支報告書のデジタル化など、具体的な制度の変更を野党が発信しないからだ」と分析する。  「政府・与党で不祥事が発覚したとき、野党がきちんと改革案を出せるかがポイントになる。なぜなら、改革案を出さないと『野党も実は自民党と同じようにキックバックで裏金を作っていたんじゃないの』と有権者に見られてしまうからです。特に一番危機感を持つべきなのは、小沢一郎氏(18期、比例東北ブロック)など自民党経験者で、自民党のノウハウを継承しているとみられる政治家たちでしょう。玄葉光一郎氏だって県議時代は自民党に所属していたわけだから、何も発言しなければ〝同じ穴のムジナ〟と見られてしまいます」  野党の存在感の無さの象徴として河村准教授が指摘するのは、調査力の弱さだ。優秀な政治家は独自の調査組織を持ち、企業関係者や大学教授などのブレーンを抱えている。  ところが、現在の野党は降って湧いた週刊誌・新聞ネタを追随して追及するばかり。だから「与党の揚げ足取り」というイメージを払しょくできない。  「特に玄葉氏は30年以上議員をやっているが、政策提言する『チーム玄葉』のような形が見えてこない。最近では、元外相としてテレビで解説する姿を目にするようになっており、これでは過去の政治家と見られてしまう。一方、日本維新の会は価値観的には自民党とそんなに変わらないが、改革路線を打ち出し、40~50代の現役世代が党の主要ポストに就いている点が支持されている。かつてこの世代の受け皿になっていたのは旧民主党でしたが、所属メンバーが年齢を重ねたことでこの世代の共感を得にくくなっていると考えられます。若手の育成ができなかったのが、いまになって響いているのではないでしょうか」  玄葉衆院議員に関しては数年前から知事転身説が囁かれている。本誌2023年8月号で、玄葉衆院議員は次のように語っている。  「確かに皆さんのところを回っていると『首相になれないなら知事選に』と言われます。ただ、今後どうしていくかはこれからの話。いずれにしても、まずは次の総選挙です。選挙区で勝たないと、自分にとっての『次の展望』はない。選挙区で必ず勝つ。そうでないと『次の展望』もないと思っています」  周囲から知事転身を勧められていることを認めつつ、明確には言及しなかったわけだが、仮に知事選に転身することがあればかなり苦労するのではないか、というのが河村氏の見立てだ。 内堀県政の限界  「福島県は原発事故をめぐって、国との交渉の機会が多い。現知事の内堀雅雄氏は副知事時代も含め、当時の経緯をすべて知っているので、国に対してファイティングポーズを取りつつ国と交渉できるタフネゴシエーターです。名護市辺野古への新基地建設問題をめぐって政府と対立した沖縄県のような、決定的な亀裂は生じさせない。属人的な仕事ぶりで国との交渉を乗り切ってきたと言えます。仮に国会議員や県議が後釜に就いたところで、『あなたは内堀氏ほど仕事ができますか?』という問いを突き付けられることになる。野党の国会議員となると、なおさらでしょう」  一方で、内堀県政についてはこのようにも話す。  「元自治・総務官僚ならではのバランスの良さ、手堅さは評価されるが、それは一部からの批判を受けるかもしれない大胆な提案はなかなかしないことと裏腹と言える。例えば、浜通りを舞台につくば市のスーパーシティ特区のような大胆な取り組みをやってもよかったですよね。でも、そうすると『浜通りにばっかり力を入れて』と批判されることになる。そういう意味で、県議や県民からアイデアを募り競争させ、県の振興につなげる仕組みを仕掛けるべきかと思います。行政頼みの福島再生に陥らないようにするのが内堀県政の最大の課題かなと感じます」  自民党の政治資金パーティーをめぐる裏金疑惑とともに幕を開けた2024年。9月には自民党総裁選が控えている。  支持率が低迷する岸田氏が総裁選に出馬できるのか、それとも断念するのか。裏金問題で大量の辞職者が出て、全国のあちらこちらで補選が行われることも考えられる。  もちろん、衆院が解散される可能性もある。東京地検特捜部の今後の捜査の展開や政治資金関係の改革の状況によって、福島県政界にも影響は及びそうだ。

  • 今度は矢吹町長選に立候補した小西彦次氏

    今度は矢吹町長選に立候補した小西彦次氏

     任期満了に伴う矢吹町長選が昨年12月19日に告示され、無所属の現職で再選を目指す蛭田泰昭氏(65)と、無所属の新人で兵庫県伊丹市の会社役員小西彦治氏(52)が立候補した。  同町長選に関しては無投票が濃厚とされていたが、直前になって小西氏が立候補を表明した。記事執筆時点(12月下旬)では選挙の結果は出ていないが、おそらく蛭田氏が順当に当選を果たしているだろう。  というのも、小西氏はさまざまな市町村の首長選に立候補しては、ほとんど選挙活動を行わず、落選する行為を繰り返しているのだ。選挙・政治情報サイト「選挙ドットコム」によると、小西氏が昨年立候補した選挙は以下の通り。  4月9日兵庫県議選 得票数=2737票  4月23日伊丹市議選(兵庫県) 得票数=430票  9月3日松阪市長選(三重県) 得票数=7121票  10月1日総社市長選(岡山県) 得票数=2268票  10月15日精華町長選(京都府) 得票数=2380票  10月29日時津町長選(長崎県) 得票数=488票  11月12日大熊町長選 得票数=394票  11月26日いなべ市長選(三重県) 得票数=2336票  いなべ市長選では得票率17・6%で、それなりの票を得ている。  小西氏は兵庫県伊丹市出身、同市在住。神戸大大学院修了。伊丹市議2期。兵庫県議1期。トラブルメーカーとして有名で、ネット検索するとさまざまなところで問題を起こしてきた様子がうかがえる。  何が目的でこれほど立候補を重ねているのか。ネットで囁かれているのは「狙いは公費負担ではないか」というものだ。  2020年の公選法改正で、町村長・町村議選においても、知事選や県議選などと同様に選挙運動用自家用車の使用、ポスター・ビラの作成が公費負担の対象となった。  例えば、ポスター印刷費用の公費負担は相場より高めに設定されており、選管が現物チェックを行うわけでもない。そのため、安く印刷できた場合でも申請次第で上限の金額を受け取れる。  供託金没収点(有効投票数の10分の1)を上回れば供託金を支払わなくて済むばかりか、前記の費用が支払われることになる。普通に考えれば、知らない場所から立候補して票が集まるわけがないのだが、今回の矢吹町長選のように、無投票の公算が高いところに立候補すれば、対立候補の批判票の受け皿となるので、得票数が伸び、供託金没収点を超えやすくなる。  大熊町長選では選挙ポスターを一通り掲示板に貼ると、そのまま兵庫県の自宅に戻り、インターネットでの情報発信すらなかったとされる。  大熊町選管によると、ポスターやビラの印刷費用、選挙カー費用(借り上げ1日約1万6000円、運転手1日約1万2000円)など約63万円分の請求書が届いた。その後、ポスター・ビラの請求書は撤回したとのことだが、選挙カー関連費用約28万円は支払われたという。  矢吹町の有権者数は約1万4000人。4年前の町長選の投票率は63・3%。仮に今回の投票率を60%とすると、供託金没収点は840票になる。現職・蛭田氏に関しては、1期4年間で離れていった支持者も少なくないため、「小西氏が現町政に対する批判票の受け皿になるのではないか」と見る向きもある。  これまで県内で無投票になりそうな選挙に突如立候補する人物といえば郡山市在住の実業家髙橋翔氏だった(本誌2022年8月号参照)。だが、今後は小西を見かける機会も増えそうだ。

  • 国見町百条委の注目は町職員の刑事告発の有無

    国見町百条委の注目は町職員の刑事告発の有無

     国見町が救急車を研究開発し、リースする事業を中止した問題は、1月26日に議会が設置した調査特別委員会(百条委員会)で受託業者側の証人喚問が行われヤマ場を迎える(委員構成と設置議案の採決結果は別表)。一連の問題は河北新報を皮切りに全国紙、東洋経済オンラインまで報じるようになった。 百条委員会設置議案の採決結果 ◎は委員長、〇は副委員長(敬称略) 佐藤多真恵1期反対菊地 勝芳1期欠席佐藤  孝◎2期賛成蒲倉  孝2期賛成八巻喜治郎2期賛成宍戸 武志2期賛成山崎 健吉2期賛成小林 聖治〇2期賛成渡辺 勝弘5期賛成松浦 常雄5期賛成佐藤 定男4期―佐藤定男氏は議長のため採決に加わらず  全国メディアが注目するのは、河北新報や百条委員会委員長の佐藤孝議員が主張している、町がワンテーブル(宮城県多賀城市)に事業を発注した過程が官製談合防止法違反に当たるかどうかだ。だが、ネットを使って全国ニュースに思うようにアクセスできない高齢者は戸惑う。  高齢のある男性町民は本誌が「忖度している」と苦言を呈し、次のように打ち明けた。  「当初は救急車問題を全く扱わず役場関係者や河北新報を読んでいる知人からの口コミが頼りでした。なぜ報じないのか、地元メディアは町に忖度しているのではと思い、購読している福島民報に『報じる責任がある』と電話したことがあります。担当者は『何を報じるか報じないかはこちらの裁量だ』と答えました」  本誌も含め地元紙が詳報しなかった(できなかった)のは、核心の情報を得られなかったからだ。仮に河北新報と同じ内部情報を入手し記事にしたとしても二番煎じになり、地元2紙はプライドが許さないだろう。  大々的に報じるようになったのは、議会が百条委を設置し「公式見解」が書けるようになったから。  設置に至る経緯は次の通り。直近の昨年5月の町議選(定数12)は無投票だった。9人が現職で、うち1人が9月に辞職した。改選前の議会は2022年の9月定例会で、救急車事業を盛り込んだ補正予算案を原案通り全会一致で可決している。改選後の議会では19年に議員に初当選後、辞職し、20年の町長選に臨んで落選していた佐藤孝氏が議員に無投票再選し、執行部を激しく糾弾。同調する議員らと百条委設置案を提出した。救急車事業案に賛成した議員たちも百条委設置に傾き、昨年10月の臨時会で賛成多数で可決した。  これに先んじて、引地真町長は第三者委員会を議会の議決を受けて設置しており、弁護士ら3人に検証を委嘱。「二重検証状態」が続く。  だが、町民にはメディアや議員の裏事情は関係ない。  「私はネットに疎いし、もう1紙購読する金銭的な余裕はない。知人に河北新報の記事のコピーを回してもらい断片的に情報を得ています。同年代で集まって救急車問題について話しても、みんな得ている情報が違うので実のある話にならない」(前出の男性)  町民の情報格差をよそに、1月26日には、百条委によるワンテーブル前社長や社員、子会社ベルリングなどキーパーソン3人の証人喚問が予定されている。  百条委について地方自治法は、出頭・記録提出・証言の拒否や虚偽証言に対し「議会は(刑事)告発しなければならない」とする。河北新報と東洋経済オンラインの共同取材によると、町執行部と受託業者の説明には食い違いが生じている(12月6日配信記事)。  原稿執筆は昨年12月21日現在で、22日に行われた町職員の証人喚問を傍聴できていないため、執行部と受託業者が一致した見解を証言するのか、あるいは異なる証言をするのかは分からない。言えるのは、受託業者への証人喚問では、執行部と受託業者が同じ「真実」を話す、あるいは一方が「虚偽」とされ、刑事告発を決定付けるということだ。

  • 【会津美里】【大竹惣】41歳1期生議長 誕生の背景

    【会津美里】【大竹惣】41歳1期生議長 誕生の背景

     会津美里町議会は11月13日、通年議会第2回11月会議を開き、議長に大竹惣氏(41)を選任した。41歳の議長は県内の市町村議会では最年少。全国でも40歳未満は2人しかいないという。ただ若さ以上に驚かされたのは、大竹氏が2021年に初当選したばかりということだ。議員歴2年の1期生が、いきなり議会トップに就いた背景には何があったのか。 相次ぐ議会の不祥事に町民から変化を求める声  「今日はお世話になります」  そう言って筆者を議長室に迎え入れてくれた大竹氏は、見た目ももちろん若いが議員然としておらず、どこか初々しさを感じさせる。  議長になる人は議会の大小を問わず風格や威厳を醸し出すものだが、大竹氏の場合は自然体という表現が正しい。失礼かもしれないが、それくらい議長らしく見えない。それもそのはず、大竹氏は1期目。初当選からまだ2年しか経っていない。  「期せずして議長になり、分からないことだらけですが、もともとポジティブな性格で、今までも悩むならまずはチャレンジしようとやってきたので、議長職も何とか務まるんじゃないかと思っています」(以下、コメントは大竹氏)  笑顔を浮かべながら話す大竹氏に気負った様子はない。  1982年生まれ。会津本郷町立第二小学校、本郷中学校を卒業し、会津高校に進学。いわき明星大学を経て社会に出た大竹氏は農業の道に進んだ。父親がコメ農家で、仲間と農業法人を立ち上げていた。その手伝いをしていく中で、国やJAから園芸作物による複合経営の勧めがあり、大竹氏はトマト栽培をやってみようと独立した。  2011年、農業法人大竹産商㈱を設立し、代表取締役に就任。トマトの大規模栽培に乗り出し、設立から12年経った現在は50㌃以上の土地にハウスを建て、年間90~100㌧を収穫するまでになった。  「自分で作ったトマトを、付加価値を付けて自分で売る方法もありますが、私は大量生産してJAに出荷する方法を選びました」  どうやって農業で飯を食うか、会社をどう軌道に乗せるか――そんなことばかり考えていた大竹氏は  「正直、政治には全く関心がありませんでした。投票したって、どうせ何も変わらないだろうって」  そんな考え方がガラリと変わったきっかけは、JAの生産者部会での活動だった。  「JAには栽培作物ごとに部会があり、私はトマト部会長や各地区の部会長で構成される連合部会長を務めていました。トマト農家の経営が少しでも潤うようにJAにさまざまな提案をしていましたが、そうした中で国が2014年に打ち出した農協改革に大きな疑問を抱きました。これって農家のためにならない改革なのではないか、と」  こうした状況を変えることはできないのか。当時会津若松市議を務めていたおじに相談すると「だったら政治に関心を持つべきだ」とアドバイスされた。今まで政治に見向きもしてこなかった大竹氏が、目を向けるようになった瞬間だった。  38歳の時、自民党のふくしま未来政治塾に入塾。政治のイロハを学ぶ中で、現職の市町村議や県議などと知り合った。次第に「自分も政治家になって農業分野を専門に活動したい」と考えるようになった。  会津美里町では、当時の町長が官製談合防止法違反の疑いで2021年2月に逮捕され、同町出身の杉山純一県議が後任の町長に就任した。杉山氏の県議辞職に伴う県議補選は同年4月に行われたが、町内では「補選に大竹氏を立候補させるべき」という声が上がった。しかし「いきなり県議ではなく段階を踏むべき」という指摘を受け、同年10月の同町議選に立候補することを決めた。  結果は別掲の通りで、大竹氏は1620票を獲得しトップ当選を果たした。 ◎2021年10月31日投開票 当1620大竹  惣39無新当1119渡辺 葉月27無新当813根本 謙一73無現当643小島 裕子62公現当628横山知世志68無現当626桜井 幹夫54無新当614星   次70無現当611鈴木 繁明73無現当591渋井 清隆70無現当587堤  信也63無現当575長嶺 一也61無新当543荒川 佳一61無新当503山内  豪70無新当493村松  尚46無現当467根本  剛64無現当445横山 義博72無現398山内須加美74無現300石橋 史敏66無元267野中 寿勝65無現(投票率72.01%、年齢は当時)  それから2年、大竹氏は議会トップの議長に選任された。11月13日に行われた議長選には大竹氏と星次氏が立候補し、投票の結果、大竹氏9票、星氏3票、横山知世志氏1票、無効3票となった。大竹氏には自身も含む1期生6人のほか、ベテラン議員3人が投票してくれた。  「経験の浅い1期生6人で勉強会を開いており、そこに理解あるベテラン議員がアドバイスをしてくれています。その仲間内で『次の議長にふさわしい人は誰か』と話しているうちに私を推す声が上がり、悩んだ末に挑もうと決心しました」  背景には、町や議会を取り巻く不祥事があった。  前述した当時の町長による官製談合事件では、議会のチェック機能が働いていたのかと町民から疑問視された。2022年7月には当時の議会運営委員長が会津若松市議の一般質問を盗用していたことが判明。辞職勧告決議が可決されたが、同委員長は応じず今も議員を続けている。今年8月には5期目のベテラン議員が出張先で、同行した議会事務局職員の服装をめぐりパワハラと受け取れる言動を執拗に行っていたことが分かった。パワハラをした議員もさることながら、一緒にいた数人の議員がその場にいながら見過ごしていたことも問題視された。  町民を代表する人たちがそういうことを繰り返して恥ずかしい――町内からはそんな声が多く聞かれるようになっていた。 「町長とは是々非々で」 大竹惣議長  「私の耳にもそういう声は直接届いていました。『1期生では何かやろうとしても難しいかもしれないが頑張って』とも言われました」  そうした変化を望む町民の思いに接するうちに、停滞する議会を変えるには1期生が議長を務めるのもアリなのではないかと考えるようになった。それは大竹氏だけではなく、他の1期生や支えてくれるベテラン議員たちも同じ考えだったようだ。  「そうすれば町民にも町外の方にも『会津美里町議会は変わった』と分かり易く伝わるんじゃないかと思いました。ここは思い切って変化を起こそうじゃないか、と」  副議長には5期目の根本謙一氏が選任されたが「私たちと同じく議会改革の必要性を訴えており、とても頼りになる方。副議長として私を支えると言ってくださり、心強く思っています」。  議長は執行部と議会の調整役を求められる。杉山町長との関係は1期生全般に良好というが、  「だからと言って何でもイエスではなく、是々非々の立場を取っていきたい。杉山町長からも『良いものは良い、悪いものは悪いと言ってほしい』と直接言われています」  当面はハラスメント防止条例の制定や議会へのタブレット端末導入などに取り組みたいという。  「若さや1期生という点だけが注目されるのは避けたい。町民に『変わって良かった』と実感していただけるよう、議長として行動で示していくのみです」  大竹氏が関心を持つ農業政策は、町議の立場でできることは少ない。本腰を入れて取り組むには上のステージ、すなわち県議や国会議員を目指す必要があるが  「上を見据えたらキリがありません。今は自分の与えられたポジションを全うするだけです」  異色の議長がどんな新風を吹き込むのか、期待したい。

  • 県議選「与野党敗北」から見る次期衆院選の行方

    県議選「与野党敗北」から見る次期衆院選の行方

     「今このタイミングで解散したら大惨敗だろうな……」  11月12日に投開票された県議選の結果を見ながらそう話すのは自民党県連の関係者だ。  改選前31だった自民党は推薦を含めて現新33人を擁立した。しかし、河沼郡で総務会長の小林昭一氏が立憲民主党の新人に敗れ、いわき市でも当選9回の青木稔氏が落選するなど議席を29に減らす結果となった。 河沼郡小林 昭一猪俣 明伸会津坂下町3,6143,784湯川村584877柳津町795985選挙区計4,9935,646(投票率61.18%) 大沼郡山内 長加藤志津佳三島町485497金山町656609昭和村410344会津美里町4,9064,136選挙区計6,4575,586(投票率60.58%) 南会津郡大桃 英樹渡部 英明下郷町1,2051,753檜枝岐村189138只見町1,629941南会津町3,4735,282選挙区計6,4968,114(投票率73.93%)  政務三役による不祥事や物価高騰対策への批判など岸田内閣への風当たりは強く、各社の世論調査では支持率が20%台で低迷している。  「市の周辺部はそれほどでもなかったが、中心部に行くと市民からの冷たい視線を感じた」  とはある自民党候補者が口にした感想だが、それくらい同党への風当たりは強かったということだろう。  とりわけ自民党にとってショックだったのは、一騎打ちとなった石川郡、河沼郡、大沼郡、南会津郡で1勝3敗と負け越したことだ。  「これまでにない組織戦を展開したのに票差は変わらなかった」  と肩を落とすのは石川郡選挙区の自民党関係者だ。  自民党新人の武田務氏と無所属新人の山田真太郎氏の激突は、根本匠衆院議員が武田氏の選対本部長に就き、玄葉光一郎衆院議員が山田氏の応援に連日駆け付ける激しい選挙戦となった。衆院選の区割り変更で石川郡が旧3区から新2区に変わるのに伴い、旧2区選出の根本氏と旧3区選出の玄葉氏は新2区で直接対決するが、石川郡選挙区はその前哨戦と位置付けられ、武田氏と山田氏の争いは代理戦争の様相を呈した。 石川郡武田 務山田真太郎石川町3,6364,412玉川村1,4061,606平田村1,3601,540浅川町1,4511,409古殿町1,2961,407選挙区計9,14910,374(投票率63.48%)  石川郡選挙区はこれまで玄葉氏の秘書などを務めた円谷健市氏が3回連続当選してきた。対する自民党は前回(2019年)、前々回(15年)とも円谷氏に及ばなかったが、  「組織的な選挙戦を行わず、まとまりを欠いても円谷氏と1000票未満差の争いをしてきた。そうした中で今回は根本先生が直々に選対本部長に就き徹底した組織戦を展開、SNSも駆使するなど陣営はかなりの手ごたえを得ていた。正直、勝っても負けても僅差と思っていたが、蓋を開けたら今までと変わらない1000票程度の差だった」(同)  石川郡は旧3区を地盤としてきた上杉謙太郎衆院議員(比例東北)が2021年の衆院選で玄葉氏と接戦を演じただけに、根本氏としては更に肉薄するか逆転したい思惑があったはず。自民党への逆風はここでも予想以上に強かったようだ。  もっとも「ここで解散したら厳しい」と警戒する自民党関係者だが、だからと言って有権者が立憲民主党に投票するかというと、県議選の結果から同党に期待していないことは明らか。維新やれいわなど新たな勢力も、議席は獲得したが大きく台頭するとは考えにくい。既成政党が活力を失う中、「小泉元首相のような超個性的な政治家が内から現れない限り自民党への期待は高まらないだろう」とはベテラン県議の弁である。

  • 混沌とする【自民衆院新4区】の候補者調整

    混沌とする【自民衆院新4区】の候補者調整【坂本竜太郎】【吉野正芳】

     県議選が11月12日に投開票されたが、その告示前から、いわき市では別の選挙に注目が集まっていた。衆院選の自民党候補者をめぐる動向である。県議選同市選挙区に同党公認で立候補する予定だった坂本竜太郎氏(43)=当時2期=が告示直前に立候補取りやめを発表。支持者や有権者は「次期衆院選に向けた意思表示」と受け止めたが、同市を含む新福島4区の支部長は吉野正芳衆院議員(75)=8期=が務めている。もっとも、吉野氏の健康状態が良くないことは周知の事実。坂本氏の決断は、同党の候補者調整にどのような影響を与えるのか。 健康不安の吉野衆院議員に世代交代迫る坂本前県議 吉野正芳氏 本誌の取材に応じる坂本竜太郎氏  坂本竜太郎氏の県議選立候補取りやめは、選対幹部も〝寝耳に水〟の急転直下で決まった。  《県議選いわき市選挙区(定数10)で、自民党公認の現職坂本竜太郎氏(43)=2期=が(10月)25日、立候補の見送りを表明した。坂本氏から公認辞退の申し出を受け、自民県連が承認した。(中略)  会見で公認辞退の理由を問われた坂本氏は「熟慮の結果」とした上で、「政治の世界から身を引くわけではなく、今後さらに熟慮を重ね、どのように貢献できるかを改めて模索したい」と説明した。次期衆院選への立候補の意思を問われると、「熟慮を重ねさせていただきたいという言葉に尽きる」と直接的な言及を避けながらも否定はせず、さらなる政治活動に強い意欲をにじませた》(福島民報10月26日付)  各紙が一斉に報じた10月26日、坂本氏は県議選の事務所開きを予定していた。不出馬の決断はギリギリのタイミングだったことが分かる。  「それ(選対本部)用の名刺をつくっていたのですが、1枚も配らずに終わってしまった」  と苦笑するのは坂本氏の選対幹部だ。前回(2019年)の県議選でも選対を取り仕切ったというこの幹部によると、10月25日の朝、坂本氏から電話で立候補取りやめを告げられたと言い  「本人から直接会って話したいと言われたが、翌日には事務所開きを控えていたし、本番に向けて各スタッフも予定が入っていたので。急きょ集まって坂本氏の話を聞くのは難しかった」(同)  選対幹部でさえ相談は一言も受けていなかったという。ただ「それに対して憤ったり落胆する人は誰もいなかった」とも話す。  「出馬挨拶で回ったところを1軒1軒お詫びして歩いたが、批判する人は誰もいなかった。むしろ100人いたら100人全員が『よくぞ決断した』と歓迎していました」(同)  背景には、衆院選に向けて坂本氏が本腰を入れたと解釈する支持者が多かったことがある。  坂本氏の支持者が明かす。  「県議選に向けて支持者回りをする中で、必ず言われたのが『県議のあとはどうするんだ』という投げかけだった。『国政を目指すべきだ』『いつ衆院選に出るのか』と直球質問をする支持者もかなりいた。それに対し、坂本氏は『県議として頑張る』と言い続けてきたが、強く国政を促す人には『とりあえず県議として』と答えるようにしていたんです。ただ、坂本氏は同時に『とりあえず』との言い方に違和感を持っていた。とりあえず県議をやる、というのは有権者に失礼だし無責任と思うようになっていたのです」  前回の県議選でトップ当選を果たした坂本氏は、立候補すれば落選することはないと言われていた。要するに、とりあえず県議を続けられるわけだが、それを良しとしない気持ちが坂本氏の中に強く芽生えていたというのだ。  「告示直前に立候補を取りやめ、公認を辞退するのは無責任に映るかもしれない。しかし、坂本氏は『とりあえず』の気持ちで県議にとどまる方がよっぽど無責任と考え、あのタイミングで立候補取りやめを発表したのです」(同)  さらに言うと、任期の問題もあったと思われる。今の衆院議員の任期は残り2年、解散総選挙になればもっと短くなる。初秋には年内解散も囁かれていたので、そうなると坂本氏は県議選で3選を果たしたあと、時間を置かずに辞職を考えなければならない状況もあり得た。本気で衆院議員を目指すなら、とりあえず県議を続けるのではなく、準備を進めるタイミングは今――という判断が働いたのではないか。  坂本氏は1980年生まれ。磐城高校、中央大学法学部卒。父である坂本剛二元衆院議員の秘書を務め、2009年のいわき市議補選で初当選したが、翌10年12月、酒気帯び運転で現行犯逮捕され同市議を辞職した。その後、5年の反省期間を経て15年11月の県議選に立候補し最下位の10位(6881票)で初当選すると、再選を目指した19年11月の県議選ではトップ当選(1万1828票)を果たした。  最初の県議選では事件の記憶が薄れておらず、有権者の見る目も厳しかったが、県議1期目の活動が評価されたのか二度目の県議選では得票数を5000票も伸ばした。4年間で坂本氏への評価が大きく変わったということだろう。  そんな坂本氏に衆院議員の話が付いて回るのは、父・剛二氏の存在があることは言うまでもない。  坂本剛二氏は1944年生まれ。磐城高校、中央大学経済学部卒。いわき市議、県議を経て1990年の衆院選で初当選、通算7期務めた。  国会議員としての出発は自民党だったが、1994年に離党し新党みらいなどを経て新進党に合流。96年の衆院選は同党公認で3選を果たした。その後、同党の分党を受け無所属での活動が続いたが、99年に自民党に復党。小泉内閣では経済産業副大臣などの要職を務めた。2009年の衆院選ではいわゆる民主党ブームの影響で落選したが、12年の衆院選で国政復帰。しかし、14年の衆院選で落選し、17年9月に政界を引退した。18年11月、急性心不全で死去、74歳だった。元参院議員・増子輝彦氏は義弟に当たる。 父・剛二氏と吉野氏の因縁 坂本剛二氏  坂本竜太郎氏に衆院議員の話が初めて持ち上がったのは、剛二氏の政界引退がきっかけだった。  「剛二氏は集まった支持者を前に引退を発表した。2017年10月22日投開票の衆院選が迫る中、その1カ月前に自身の立場を明確にしたわけだが、支持者からは惜しむ声と共に『引退するなら息子を立てるべきだ』という意見が上がった。結局、剛二氏は後継指名しなかったが、剛二氏の後援会から竜太郎氏に意向確認の連絡が入った」(前出・坂本氏の支持者)  この時、竜太郎氏は県議1期目で9月定例会の真っ最中だった。本人は衆院選に出るとは一言も言っていなかったが、父親の後援会の打診を無下にするわけにはいかないと検討した結果、9月定例会終了後に「立候補の考えはない」と返答した。  「竜太郎氏はわざわざ不出馬会見まで開いたが、本人が出ると言ったことは一度もないのにあんな会見を開かされ気の毒だった。ただ、会見では『将来的には国政を目指せるよう精進したい』とも発言したため、それが最初の衆院選への意思表示と受け止められたのは確かです」(同)  とはいえ、いわき市には現職の吉野正芳衆院議員がいる。  1948年生まれ。磐城高校、早稲田大学商学部を卒業後、家業の吉野木材㈱に就職。87年から県議を3期12年務め、2000年の衆院選で初当選。以降、連続8回当選を重ねている。  吉野氏と坂本剛二氏の政治経歴は複雑に絡み合っている。  そもそも吉野氏が県議から衆院議員に転じたのは、剛二氏が自民党を離党したことが理由だった。1999年に復党したとはいえ「党に砂をかけて出て行った」レッテルは拭えず、地元党員の間には吉野氏こそが正当な候補者という空気が漂っていた。ただ地元の感情とは裏腹に、党本部としては当時現職だった剛二氏を公認しない理由はなく、2000年の衆院選はコスタリカ方式で吉野氏が選挙区(福島5区)、坂本氏が比例東北ブロックに回り、両氏とも当選を飾った。  以降2003、05年の衆院選はコスタリカ方式が機能したが、当時の民主党が躍進した09年の衆院選で状況が一変。同方式は解消され、剛二氏が福島5区から立候補すると、吉野氏は党本部の要請で福島3区に国替えを余儀なくされた。3区は自民党候補者が玄葉光一郎衆院議員にことごとく敗れてきた鬼門だった。事実、吉野氏も玄葉氏には歯が立たず(比例東北で復活当選)、剛二氏も5区で落選。ここから、それまで保たれてきた両氏のバランスが崩れていった。  2012年の衆院選は、再び剛二氏が福島5区から立候補し、吉野氏は比例中国ブロックの単独候補という異例の措置が取られた。ここで剛二氏は返り咲きを果たし、吉野氏も当選するが、14年の衆院選ではさらに異例の措置が取られた。  この時の公認争いは、共に現職の両氏が福島5区からの立候補を希望したが、党本部は公示前日(2014年12月1日)に吉野氏を5区、剛二氏を比例近畿ブロックの単独候補に擁立すると発表。当時の茂木敏光選対委員長は「2人揃って当選できる可能性のある近畿を選んだ」と配慮を強調したが、剛二氏の後援会は冷遇と受け止めた。  それでも吉野氏が比例中国で当選したように、坂本氏も当選すればわだかまりは抑えられたが、結果は落選。一方、吉野氏は9年ぶりとなる地元での選挙で6選を果たし、両氏の明暗は分かれた。  それから3年後の2017年9月、坂本氏は政界を引退した。  選挙区で公認されるか比例区に回されるかは党本部が決めることなので、それによって本人同士にどれくらいの溝が生じるかは分からない。ただ、後援会同士は互いの存在を必要以上に意識するようだ。  かつて森雅子参院議員の選対中枢にいた人物が、次のような経験を思い返す。  「参院選期間中、適当な森氏の昼食・トイレ休憩の場所がなくて吉野事務所を借りようとしたら、それを聞きつけた剛二氏の女性後援会から『なぜ坂本事務所を使わないのか』と猛抗議が入り、慌てて取りやめたことがあった。剛二氏の後援会はそこまで吉野氏を意識しているのかと意外に感じたことがあります」 姿が見えない吉野氏  坂本竜太郎氏の支持者が県議選立候補取りやめを歓迎していることは前述したが、反対に吉野氏の支持者からはこんな声が聞かれている。  「正直不愉快な決断です。この間、いわき市における選挙で保守分裂が繰り返されてきたことは竜太郎氏自身も分かっているはず。自分が衆院選に出たいからと県議選立候補を見送るのは、立ち回り方として幼稚に見える」  竜太郎氏の決断をよく思っていない様子がうかがえる。  だったら竜太郎氏に今回のような決断をさせないよう、吉野氏が熱心に議員活動をしていれば問題なかったのだが、現実には活動したくてもできない事情がある。  周知の通り吉野氏は近年、健康問題に苛まれてきた。2017年4月から18年10月まで復興大臣を務めたあと、脳梗塞を発症。療養を経て復帰したが、身体の一部に障がいが残った。そんな体調で21年の衆院選に立候補し8選は飾ったものの、選挙中に足を痛めてからは車椅子に頼る生活が今も続いている。喋りも次第にたどたどしくなっている。  本誌は取材などで自民党の国会議員、県議、市議と会う度に吉野氏の様子を聞いているが、  「秘書や事務所スタッフに車椅子を押してもらわないと、自分一人では移動できない状態」  「会話のキャッチボールにならないもんね。最近のお決まりのフレーズは『〇〇さん、ありがとね』。それ以外の言葉は聞かないな」  吉野氏の姿が最後に目撃されたのは今年2、3月ごろ、いわき市内で営まれた葬儀だった。その際に吉野氏と会話したという人に話を聞くことができたが  「ご挨拶したら『〇〇さん、ありがとね』と言っていただいたが、それ以上は言葉が続かなかった。移動は車椅子でしたよ」  吉野氏の公式ホームページを見ると未だに「復興大臣を終えて」(2018年10月2日付)という挨拶が大きく載っている。最も新しい活動報告は21年7月11日にとみおかアーカイブミュージアムの開館式に出席したこと。「吉野まさよし最新ニュース」というページを開くと「該当するページが見つかりません」と表示される。  「マスコミ向けに発表される県関係国会議員の1週間の活動予定は、吉野氏の場合、本人が出席できないので秘書が代理で対応している」(地元紙記者) 吉野氏は3月の自民党県連定期大会も欠席するなど、今年に入ってから公の場に姿を見せていない。いわき市は9月の台風13号で広範囲が被災したが、その現場にも足を運ぶことはなく、秘書が代わりに訪れていた。県議選の応援演説に駆け付けることもなかった。  自民系の市議からも「地元選出の国会議員が大事な場面に一切登場しないのはイメージが悪いし、われわれも何と説明していいか困ってしまう」と困惑の声が漏れる。 「覚悟を示すなら今」  要するに今の吉野氏は、国会や委員会での質問、地元での議員活動、聴衆を前にした演説など、国会議員としての仕事が全くできない状態なのである。  ここで難しいのは、政治家の出処進退は自分で決めるという不文律があることだ。周りがいくら「辞めるべき」と思っても、本人が「やる」と言えば認めざるを得ない。  そうした中で吉野氏に〝引導〟を渡すために掲載されたのが、福島民報6月9日付の1面記事と言われている。内容は、吉野氏が今期限りで政界を引退する意向を周辺に伝えたというもの。  《党本部が今後、吉野氏に意向を確認した上で後継となる公認候補の選定が進められる見通し。吉野氏と同じく、いわき市を地盤とする自民党県議の坂本竜太郎氏(43)=2期=を軸に調整が進められるもよう》(同紙より抜粋)  福島民報にリークしたのは自民党県連とされる。  「6月上旬はちょうど衆院解散が囁かれていたが、吉野氏は議員活動を再開させるでもなく、かといって引退表明もしない。後釜と見られている竜太郎氏は現職が辞めないうちは表立った行動ができないが、現実問題として解散が迫る以上、立候補の準備に取りかかりたいのが本音だった」(マスコミ関係者)  そこで県連が、福島民報にああいう記事を書かせたのだという。雑誌と違い新聞があそこまで踏み込んだ記事を書くのは、県連上層部のゴーサインがなければ難しい。  一部には「リークしたのは竜太郎氏ではないか」との説もあったが  「竜太郎氏は記事が出た日、静岡方面に出張に出ており、早朝にあちこちから電話をもらってそういう記事が1面に載ったことを知ったそうです。当時、本人はどういうこと?と困惑していて、吉野事務所も竜太郎氏に対し『うちの代議士は辞めるなんて一言も言っていない』と告げたそうです」(同)  前回(2021年)の衆院選前には「竜太郎氏が森雅子参院議員の案内で永田町を回り、党幹部らに接触していた」「場合によっては無所属でも立候補すると息巻いている」との話も漏れ伝わったが、それらを反省してか、以降、竜太郎氏は自身に出番が回ってくるのを静かに待ち続けている印象だ。  県議選立候補取りやめの会見では奥歯に物が挟まった発言に終始していた竜太郎氏だったが、県議の任期を終えた11月20日、あらためて竜太郎氏に話を聞いた。  ――県議選立候補取りやめは一人で決めた?  「24日夜から25日朝にかけて考えを巡らせ、目が覚めた時点で決断しました。告示直前に公認辞退を申し入れ、県連にはご迷惑をおかけしたが、私の思いを尊重していただき感謝しています」  ――今回の決断を、多くの人は衆院選に向けた動きと見ている。  「新福島4区の支部長は吉野正芳先生です。先生には日頃からお世話になっており、先生と私の自宅・事務所は数百㍍圏内で非常に近い関係にあります。今後については、さらに皆様のお役に立てるにはどうあるべきか、各方面からご指導をいただき、しっかりと見いだして参りたいと考えています」  ――とはいえ吉野氏は健康問題を抱え、公の場に姿を見せていない。  「政治家は自らの命を削って活動するもの。今は秘書の方々と、やれる限りのことを懸命にやっておられると思います」  ――いくら秘書が頑張っても、本人不在では……。  「いわき市をはじめとする浜通りはこの夏、処理水の海洋放出という深刻な問題に直面しました。海洋放出は今後も長く続きます。これを安全に確実に進め、新たな風評を生じさせないようにして、放出完了時にはこの地域の水産業が世界最先端であるべきと考えます。この長期にわたる課題に責任を持つのは国ではありますが、国に訴え続けるためには地元としての本気度も示すべきで、それを担っていくのは必然的に地元の若い世代になります。国政の最前線で活躍する若い先生たちを見ると自分のような40代が若いとは言えないかもしれませんが、この世代として責任と役割を果たして参る覚悟があります。同世代の方々と、地元の思いはこうなんだと国に強く主張していくべき、と」  ――もし、吉野氏の健康が回復して元通り政治活動ができるようになったらどうするのか。  「まずはご快復なされ、今の任期を全うしていただき、末永くご指導いただきたいです。その先のことは県連や党本部がお考えになることですが、県議選立候補を取りやめたのは覚悟を示すなら今しかないと考えたからです」  慎重に言葉を選びながらも、若い世代がこれからの政治を引っ張っていくべきと力説する。  一方の吉野事務所は次のようにコメントしている。  「坂本氏が県議選立候補の取りやめに当たり、どのような発言をしたかは分からないが、他者の行動に当事務所がコメントすることはない」 「表紙」変更だけでは無意味  前出・竜太郎氏の選対幹部は「吉野氏は、本音では竜太郎氏を後釜にしたいと思っていても、支持者を思うと言えないのではないか。そもそも吉野氏は、党から擁立されて衆院議員になったので、後継も党で立ててほしいのが本音かもしれない」と吉野氏の気持ちを推察する。  これに対し、ある自民党県議の意見は辛らつだ。  「自民党は県議選いわき市選挙区で4議席獲得を狙ったが、結果は3議席。確かに党への逆風は強かったが、地元の吉野先生が一切応援に入れなかった責任は重い。現状では個人の思いや後援会の都合で衆院議員を続けているように見える。被災地選出の立場から、どういう決断を下すのが最適か真剣に考えてほしい」  事実、朝日新聞は《(吉野氏をめぐり)県連が党本部に対し、立候補できる状態にあるかの確認を求めていることがわかった。(中略)候補者として適任かの判断を党本部に委ねたかたち》(11月21日付県版)などと報じている。  ただ、有権者からすると「表紙」が変わっても「中身」が変わらなければ意味がない。吉野氏が旧福島5区にどのような影響をもたらしたかは検証が必要だが、仮に表紙が竜太郎氏に変わっても、地域が良くなったと実感できなければ「(政治活動ができなかった)吉野氏と変わらない」と評価されてしまう。「衆院議員になりたい」ではなく「なって何をするのか」が問われていることを竜太郎氏は肝に銘じるべきだ。

  • 県議選「選挙漫遊」体験リポート

     〝選挙漫遊〟という言葉をご存知だろうか。本誌連載中の選挙ライター・畠山理仁さんが提唱する選挙ウオッチングのあり方で、各地の選挙戦の現場に足を運び、各陣営がどんな主張をするのか〝観戦〟するというものだ。11月に投開票が行われた県議選で、本誌も選挙漫遊にチャレンジしてみた。 4市39候補 直撃取材で見えたこと https://www.youtube.com/watch?v=H3LrOAB1K0E  11月18日、選挙漫遊スタイルの取材を続ける畠山さんを追ったドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」が公開された。本誌11月号では、映画公開記念として畠山さん、前田亜紀監督、大島新プロデューサーへのインタビューを行ったが、選挙取材にかける畠山さんの情熱に触れ、居ても立っても居られなくなった。  通常、本誌で選挙について取り上げる際は、各陣営の関係者や地元政治家、経済人に動向を聞き、候補者の人柄や選挙戦に至った背景、得票数の見通し、選挙後の見立てなどをリポートする。  それに対し、選挙漫遊はとにかく全候補者の演説会場に足を運び、演説に耳を傾ける。できるならば演説終了後に直接会って、手ごたえを聞いたり演説の感想を伝える。  候補者に先入観を持たずフラットに取材する機会があってもいいのではないか――。こう考えた本誌は、直近で予定されていた11月12日投開票の福島県議選で、選挙漫遊に挑戦してみることにした。  といっても、県内全選挙区・全候補者の陣営を回りきれるほどの人員的・時間的余裕はないので、福島市、郡山市、会津若松市、いわき市各選挙区の立候補者39人に対象を絞り、手分けして演説現場に足を運んだ。  本誌初の試みはどのような結果になったのか。各担当者のリポートを掲載する。 あわせて読みたい 【福島市】選挙漫遊(県議選) 【郡山市】選挙漫遊(県議選) 【いわき市】選挙漫遊(県議選) 【会津若松市】選挙漫遊(県議選) 福島市選挙区(定数8―立候補者9)  福島市選挙区の結果  投票率39.41% 当14912半沢 雄助(37)立新当12007西山 尚利(58)自現当11597大場 秀樹(54)無現当10911宮本しづえ(71)共現当9909伊藤 達也(53)公現当8288佐藤 雅裕(57)自現当7949渡辺 哲也(47)自現当6901誉田 憲孝(48)自新6330高橋 秀樹(58)立現 高橋氏の落選 高橋秀樹氏  「決まった場所と時間の街頭演説をしない」と話していた高橋秀樹氏が落選した。「政策を訴えても誰も聞いていなければ届かないだろうな」と選挙漫遊をやっていて感じたので、落選の結果に納得感があった。一方で、西山尚利氏は立ち止まることすらせず、ただただ選挙カーを走らせるスタイルで2位当選となった。ここから導き出されるのは「どんな政策を訴えるか」は得票数に影響しない、という仮説だ。  多くの候補が、実現すべき政策として、物価高や人口減少の対策を挙げていたが、その2つの問題は県議レベルで解決できることなのか、疑問に思うところもあった。主張する政策は投票結果に関係ないのではないかという思いは強まった。 トップ当選は37歳の新人 半沢雄助氏の個人演説会の様子  もう一つ印象に残ったのは半沢雄助氏がトップ当選となったこと。いわき市選挙区の山口洋太氏も1位に1票差の2位当選となった。37歳という年齢が評価されたのか、現職への期待の薄さの表れか。  そもそも県議選レベルで、有権者は党派によって投票先を決めるのかどうかも疑問を持っている。市議選では友達や知り合いなどに投票するだろう。では、県議選では誰に投票しようと考えるのだろうか。できるだけ近い地域の人なのか、自分が支持する党派の人なのか。 分かれた取材対応  全陣営の選挙事務所に取材を申し込んだが、快く引き受けてもらったところとそうではないところに分かれた。こちらの都合でお願いしていることは重々承知しているが、「2、3分も時間が取れない」と話す様子には誠実さが感じられなかった。  選挙スタッフの質にも言及しておく。取材の可否もそうだが、街頭演説の場所も正確に伝えられない人がいた。ボランティアでやっているのかもしれないが、せめて〝伝書鳩〟くらいの役割は果たしてほしかった。 「5人に2人」の投票率  福島市選挙区の投票率は39・41%。投票に行ったのは5人に2人という計算だ。  YouTubeライブをするから「暇なら見て」と2つのグループラインに送った。1つは有権者である地元の小学校時代の友人のグループ。もう1つは大学時代の東京の友人のグループ。当然ながら親密度はそれぞれ違うが、前者は同じ場所に住んでいるのに全く反応がなかった。一方で、東京の友人は、面白がってユーチューブを「全部見た」と言ってくれた。  私自身への興味のなさか、政治に対する関心のなさかは分からない。政治に対する嫌悪感や感度のなさなのか。もしかしたら、特定の候補者への勧誘に思われた可能性もある。  いずれにせよ、今後も選挙漫遊を定期的に行い、観察していく必要がある。(佐藤大)  郡山市選挙区(定数10―立候補者12)  郡山市選挙区の結果  投票率32.37% 当11526椎根 健雄(46)無現当10671神山 悦子(68)共現当10422今井 久敏(70)公現当9557鈴木 優樹(39)自現当7866佐藤 憲保(69)自現当7012長尾トモ子(75)自現当6684佐久間俊男(68)無現当5665佐藤 徹哉(55)自現当5516山田平四郎(70)自現当4886山口 信雄(57)自現2776髙橋  翔(35)諸新1544二瓶 陽一(71)無新  11月3日夕方に全候補者(12人)の事務所に電話をかけ、「5、6日のいずれかで、街頭演説や個人集会などの予定があれば教えてほしい。その様子を取材させてもらったうえで、終了後に5分くらい、次の予定があるならもっと短くてもいいので、候補者への個別取材の時間を設けてほしい。両日に街頭演説や個人集会などの予定がなければ、事務所で取材させてほしい」と依頼した。  その時点で、街頭演説や個人集会などの予定が把握できた、あるいは事務所での取材のアポイントが取れたのが10人。計ったように5日と6日で半々(5人ずつ)に分散した。もっとも、時間が被っていた人もいたので、その場合は手分けして取材に当たった。  残りの2人は流動的だったが、どちらも「お昼(12時から13時)は一度事務所に戻ると思う」とのことだったので、「5日か6日のお昼を目安に事務所に行くか電話をする」旨を伝えた。  こうして取材をスタート。1人目からちょっとしたトラブルが発生した。街頭演説の場所の近くにクルマを停められるところがなく、少し離れたところにクルマを停めなければならなかった。約1㌔のダッシュを余儀なくされたが、何とか街頭演説の様子を動画・写真に収めることができた。  それ以外は、大きな問題もなく、2日間かけて、比較的スムーズに全候補者に会うことができた。  郡山市は定数10に12人が立候補した。現職10人、新人2人が争う構図だったが、有権者は「どうせ、現職が安泰なんでしょ」といった感じで、さほど関心が高まらなかった。投票率32・37%がそれを物語っている。トップ当選者でも、有権者全体で見たら4%ほどの支持しか得ていない。  ある候補者は「選挙戦を通して、自分に対してということではなく、政治というものに対して、有権者の目が厳しいと感じる。それだけ、政治(政治家)への信頼が薄いということで、それを是正しなければならない」と語っていた。これは政治家に問題があるのか、有権者の意識の問題なのか、それとも選挙のシステムに問題があるのか。おそらく、そのすべてだろう。(末永) 会津若松市選挙区(定数4―立候補者5) 会津若松市選挙区の結果  投票率40.74% 当12044水野さち子(61)無元当6851佐藤 義憲(48)自現当6689佐藤 郁雄(60)自現当6604宮下 雅志(68)立現6090渡部 優生(62)無現  会津若松市選挙区(定数4)に立候補したのは5人。結果を見ると、元職の水野さち子氏が1人だけ大きく得票し(1万2044票)、他の4候補は6000票台の団子レースとなった。水野氏は7月の会津若松市長選で落選したとはいえ1万3000票以上得票しており、他の4候補より顔と名前が浸透していたことが奏功したようだ。  筆者が見た街頭演説では国道49号の交差点で行われたこともあり足を止める市民は皆無だったが、車中から水野氏に手を振る人が結構いて、それに対し水野氏が「ありがとうございます!」と答えるシーンが何度もあった。別の交差点でもマイクを持ちながらドライバーに笑顔で手を振る水野氏の姿を見かけた。演説を直接聞いてもらうことはなくても、市民のリアクションの良さから「いける」という手ごたえを感じていたのではないか。  これとは対照的に自民党候補の佐藤義憲氏と佐藤郁雄氏は、減税政策や政務三役の相次ぐ不祥事で内閣支持率が低迷していることもあり、強い危機感を持って選挙戦に突入したはずだ。事実、街頭演説後に申し込んだ候補者へのインタビューでは、佐藤憲氏は2、3分答えてくれたものの、佐藤郁氏は「当落線上にいる厳しい選挙戦で、今は5分でも10分でも時間が惜しい」とたった数分の取材でさえ「申し訳ないがお断りしたい」(選挙スタッフ)と悲壮感を漂わせていた。結果は3位当選だったが、落選した渡部優生氏とわずか600票差を考えると、陣営の情勢分析は的確だったことになる。  その渡部氏と4位当選の宮下雅志氏は、いずれも立憲民主党の小熊慎司・馬場雄基両衆院議員が応援に駆け付けていたが、自民党に逆風が吹く中でも街頭演説や個人演説会では一定の熱量を感じるにとどまり、同党に取って代わるまでの勢いは見られなかった。立憲民主党への期待の薄さと「それだったら水野氏の方が期待できる」という市民が多かったことが結果からうかがえる。  総じて言えることは、地方の選挙では車を走らせながら候補者の名前を連呼するやり方が普通で、街頭演説に耳を傾ける有権者はほとんどいない。ただ候補者が話している内容は、なるほどと思わせるものも結構ある。「政治家はなっていない」と言うのは簡単だが、候補者を磨き上げるには、有権者自身が彼らの言動に注目し、実際の政治活動と齟齬があれば「言っていたこととやっていることが違う」と厳しく指摘する必要がある。その入口として、今までスルーしてきた候補者の街頭演説に注目してはどうだろうか。選挙漫遊を終えての感想である。(佐藤仁) いわき市選挙区(定数10―立候補者13) いわき市選挙区の結果  投票率39.54% 当10278矢吹 貢一(68)自現当10277山口 洋太(33)無新当8350安田 成一(55)無新当8130真山 祐一(42)公現当7960木村謙一郎(48)自新当7894鳥居 作弥(49)維元当7884鈴木  智(50)自現当7812安部 泰男(66)公現当7629古市 三久(75)立現当7484宮川絵美子(77)共現6533西丸 武進(79)無現6066青木  稔(77)自現5722吉田 英策(64)共現  地元の選挙通でも「誰が落ちるのか分からない」と語るほどの激戦区となったいわき市選挙区。  各候補の街頭演説はヨークベニマルやマルトといった市内各地の商業施設前で予定されていた。約1232平方㌔と広大な面積の選挙区ということもあり、手分けして市内を駆けずり回った。  アポなし直撃取材だったにもかかわらず、各候補は快く応じてくれた。唯一対応してもらえなかったのが矢吹貢一氏。街頭演説・個人演説会を行わず、選挙カーを走らせるスタイルで、トップ当選を果たした。当選確実なので、自身の選挙活動を控えめにして、他の自民党候補のサポートに回っていたのかもしれない。結果的に自民党は議席を1つ減らした。  演説で多かったテーマは水害対策と医師不足。各陣営を回り続けるうちに、いわき市の課題が自ずと見えてきた。これこそ選挙漫遊の魅力だ。  手応えを尋ねると、「激戦だが、有権者の盛り上がりは感じられない」と話す候補者がほとんどだった。実際、いわき市選挙区の投票率は39・54%。前回の県議選は令和元年東日本台風の影響で投票率が落ち込んだとされるが、そこからわずか0・41ポイントの増加に留まった。  街頭演説の聴衆も数人という陣営がほとんどだったが、公明党候補者の演説に関しては山口那津男代表が応援に駆けつけたこともあり、多くの支持者が集結していた。その結果、2議席を維持。固定票を持つ候補者(政党)の強さを実感した。  れいわ新選組推薦の無所属・山口洋太氏はトップの矢吹氏に1票差に迫る1万0277票を獲得。日本維新の会から立候補した元職・鳥居作弥氏は6位当選を果たし、同党は県議選で初の議席を確保するなど、既存政党以外の勢いが感じられた。山口氏の演説会場には平日にもかかわらず聴衆が集まっていたのが印象的。「医師不足解消のため、医師が自ら立ち上がった」というインパクトが強かったのだろう。  一方で、西丸武進氏、青木稔氏ら多選のベテラン議員は落選の憂き目を見た。両氏の個人演説会には応援弁士が駆けつけ、力強く支持を訴えていたが、危機感のあらわれだったのかもしれない。  畠山さんからは事前に「過重労働にお気を付けください」と言われていた。取材中、特に疲れは感じなかったが、全候補者を取材し終えると一気に体が重くなり、数日間ぐったりしていた。〝選挙ハイ〟になっていたのかもしれない。 (志賀)    ×  ×  ×  ×  最後に触れておかなければならないのは、県議の役割と選挙の意義だ。国と市町村の間に位置し、「中二階」とも例えられる県議。与野党相乗りの「オール福島」体制で当選を重ねる内堀雅雄知事のもと、県議会は実質的に執行部の追認機関となっており、存在感は希薄だ。報酬は年間数十日勤務で約1400万円。議会出席や視察・調査時に支給される旅費、政務活動費、県の持ち株の関係で関係会社の役員に就いた際の報酬など、〝余禄〟がとにかく多い。  その是非も含め問われる機会が県議選なのだが、関心は高まらず、それぞれがどのような主張をしている人なのか、把握もされていない。今回の県全体の投票率はわずか40・73%。約6割が有権者としての権利を行使していないと考えるとあまりにもったいない話だ。  ふらっと選挙の現場に足を運び、演説に耳を傾けるだけで、その選挙区や各候補者に対する〝解像度〟が高まる。そうすることで、選挙区の課題や対立構図なども自ずと見えてきて、より選挙や政治を楽しめるようになる。もし近くで選挙が行われるときは、選挙漫遊に挑戦してみてはいかがだろうか。

  • 川俣・新人町議に聞く報酬引き上げの効果

    川俣・新人町議に聞く報酬引き上げの効果

     11月12日投開票の川俣町議選には定数12に対し14人が立候補し、70歳、82歳のベテラン2人が落選し、40~70代の新人3人が当選した。7月の議員報酬引き上げ後、初の選挙となったが新人3人はどう捉えるか。議会での抱負と併せて聞いた。 「立候補促進には無関係」 厳しくなる町民の評価  川俣町議会は2020年に「議会改革等に関する調査特別委員会」を設けて議員報酬引き上げなどを審議した。同委員会は報告書で議員月額報酬が1995年以降22万8000円と変わらない点、「町村長の給与の30ないし31%」(川俣町長の給与は月額84万6000円)とした全国モデルが86年当時のものであり、合併協議や東日本大震災への対応など協議事項が増える中で報酬が見合わない点に言及。「名誉職」化で特定の人しか議員を志せないことがなり手不足につながると懸念した。  適正報酬を検討するよう求める議会の決議を受け、藤原一二町長は「川俣町特別職報酬等審議会」を設置。答申を受けて執行部が策定した議員報酬改定条例案を議会が可決し、7月から引き上げられた(改定額は別表の通り)。11月12日投開票の同町議選は、報酬引き上げ後初の選挙となった。 川俣町議会議員の報酬 役職名改定前改定後引き上げ額議 長33万8000円41万2000円7万4000円副議長25万4000円31万円5万6000円議 員22万8000円27万8000円5万円  同町議選は毎回選挙戦となり、なり手はいる。ただ、構成が高齢者に傾き、町民の「飽き」が来たのか今回は新人3人がベテランの佐藤喜三郎氏(7期)と高橋真一郎氏(4期)を押し出す形で当選した。 川俣町議選の開票結果(定数12)※敬称略 得票立候補者年齢今回も含めた期数所属当810山家 恵子592期公明当612作田 善輝692期当549藤野 圭史471期当520石河 ルイ712期共産当512高橋 文雄711期当487新関 善三807期当429高橋 清美683期当426高橋 道也646期当422菅野 清一736期当418菅野 信一642期当413藤原  正551期当378蓮沼 洋志752期376佐藤喜三郎826期141高橋真一郎704期投票率62・70%  「最下位の高橋真一郎氏は地元の推薦を得られないまま出馬した。票が同じ飯坂地区の新人、藤原正氏(55)に流れた」(町内の選挙通)  藤原氏は藤原一二町長の甥に当たり、保険代理店業を営む。他に当選した新人2人は過去に立候補歴があるので、純粋な新顔は藤原氏のみだ。  藤原氏に「今回初当選した3人を取材しているので応じてほしい」と自宅に電話を掛けると「バタバタしていて申し訳ないが受けられない」と答えた。  11月15日、初当選議員対象の研修会で町役場を訪れた藤原氏に改めて依頼するとその場で応じてくれた。  「地元の声を受けて立候補しました。人口減少対策と若者移住につながるよう議会活動に取り組みたい。報酬引き上げは立候補に影響していません」  2人目の新人は高橋文雄氏(71)。町内で電器店とガソリンスタンドを経営し、2015年に屋号「せっけんや」で立候補するも18人中15位で落選。次の19年にはX(旧ツイッター)のアカウントを開設して「川俣町議会をぶっ壊して再生します」と出馬表明するも準備不足から直前で見送った。 高橋文雄氏  「〇〇をぶっ壊す」というフレーズは自民党の改革派を演出した小泉純一郎元首相に始まり、最近は「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が好んで使っている。高橋文雄氏のXのプロフィールには「N国支持派」とあり、川俣町で初のN国議員誕生かと思い高橋文雄氏を訪ねた。  「Xアカウントは4年前に立候補しようとした時に知人に開設と投稿を頼みました。N国支持表明は記憶にありませんし、共感した覚えもありません。同党に共鳴した知人が私の意見に付け足したのではないでしょうか。そもそも、あなたは今のことを聞きに来たんでしょ? 4年前は関係ない」(高橋文雄氏) 「議会をぶっ壊す」  議会をぶっ壊す発言については、  「議会は4年に1度選挙で盛り上がるが、その間は何もやらないという印象があります。そういう体質を改めるという意味です」  報酬引き上げについては、  「毎回選挙戦なので、なり手不足だから引き上げるという論理は立たない。上げるにしても5万円程度では、一押しにはならない。時期は改選後にするべきだった。自分たちの報酬を自分が議員を務めている間に上げたと私には映った」  「なぜそんなことを聞くのか」と筆者の質問を遮るなど気難しい印象の高橋文雄氏だが、「綺麗ごとは言わない主義。他人が評価するか分からないが、自分が言っていることは間違っていないと思う」と話した。  最年少の47歳、藤野圭史氏は高橋氏と同じく2015年以来2度目の立候補で初当選した。  「議会で世代のバランスを取るのが大事と思い立候補しました。同年代が議会にいないと町への関心が薄れ、若手は期待せずどんどん町外に流出してしまう。志があれば仕事をしながらでも議員ができることを示したい」  議員報酬引き上げで立候補に前向きになったかと聞くと、「関係ありません。そもそも私は8年前に立候補していますから」。  藤野氏はビルメンテナンスの㈱藤野(川俣町)社長で町商工会青年部長を歴任。大震災・原発事故後に町内の除染作業に参入し、福島市や郡山市に業務を広げた。町外の事業者や行政関係者と交流が生まれる中で故郷を客観的に見るようになり、町政に関心を持ったという。 藤野圭史氏  2015年の町議選では18人中16位で落選。前回(19年)の町議選には出馬しなかった。  「ある先輩から『徳を積みなさい』と言われました。議員になる前に実績を積むのが先だと捉え、本業と商工会活動に邁進しました」  町の課題については、  「川俣町には工場が多く立地し、福島市や伊達市などから通ってくる従業員が多い。通っている人たちに住んでもらえるように、いかに環境を整備するかが重要です。議会では住宅確保の観点から若年層の声を伝えたい」  本業と議員活動の利益相反を防止する兼業規制に関しては、自身が代表取締役社長を務める㈱藤野の取引先はゼネコンが主で、町との取引はなく問題ないという。  新人3人の話を聞くと、立候補と報酬引き上げは無関係だった。5万円程度の引き上げでは、労力を考えると進んで立候補する者はいない。だが本業の他の「余禄」としては多い印象。30年近く上げてなかったので上げたというのが実情のようだ。ただ議員としての仕事ぶりの評価は厳しくなるのは間違いない。

  • 白河市議会最大会派〝分裂〟の影響

    白河市議会最大会派〝分裂〟の影響

     任期満了に伴う白河市議選(定数24)は7月9日に投開票が行われ、立候補者30人(現職22人、元職2人、新人6人)のうち、現職20人、元職1人、新人3人が当選した。投票率は56・25%で合併後最低を記録した。  議長に筒井孝充市議(7期)、副議長に佐川京子市議(6期)が選出され、委員会や会派も新体制でスタートしていたが、それから半年も経っていない11月1日付で、会派に変更があった。  6議員が所属する最大会派の一つ「正真しらかわ」が分裂、緑川摂生市議(4期)と大木絵理市議が〝所属会派なし〟となり、新たに4議員が所属する「躍進しらかわ」が誕生したのだ。  正真しらかわは鈴木和夫市長から遠い立ち位置にあり、定例会の一般質問で所属議員が鈴木市政に対し、批判的な質問をすることもあった。  そんな同会派が何の前ぶれもなく分裂したため、他の会派の市議やその支持者らの間で「一体何があったのか」と話題になっていた。  正真しらかわに所属していた複数の市議に問い合わせたところ、「仲違いしたわけではない」と強調するものの、一様に口が重く、細かい経緯などを語ろうとしなかった。彼らに代わり、市議会をウオッチしている同市の経営者がこう解説する。  「鈴木市政に是々非々のスタンスを取ってきた会派だが、そのスタンスをめぐり所属議員の後援会内部でちょっとした騒動があった。『このままでは同じ会派の議員にも迷惑をかける』と考えた所属議員が退会を申し出て、話し合いを重ねた結果、最終的に一旦会派を解散することになったのです。ただ、それぞれ基本的なスタンスが大きく変わったわけではないので、結局一部の議員が再合流して、あらためて会派を立ち上げることになったようです」  具体的にどんな騒動が起きたのかは分からなかったが、話を聞く限り、意見の違いや感情的な対立などが原因ではないようだ。  いずれにしても、鈴木市政に物申すこともある最大会派が分裂・弱体化したことは、鈴木市長にとって喜ばしいことだろう。  鈴木和夫市長は1949(昭和24)年生まれ。早稲田大卒。県相双地方振興局長、企業局長などを歴任し、2007(平成19)年7月の白河市長選で初当選を果たした。  今年7月9日投開票の市長選では、2万2930票を獲得。無所属新人の元大信村議・国井明子氏(79)を1万9387票差で破り、5選を果たした。  もともと行政マン(県職員)だったのに加え、16年以上市長を務めていることもあって、行政関係の知識は誰よりもある。そのため職員に直接指示を出すほか、近年は議会の人事や質問内容などにも口出しするようになった、という話が漏れ聞こえてくる。  5期目は鈴木市長にとっての「集大成」になると見られており、早くも4年後の後継者探しのウワサも流れ始めている中で、会派分裂の影響が今後どのように現れるのか、注目したい。

  • 【国見町長に聞く】救急車事業中止問題

    【国見町長に聞く】救急車事業中止問題【ワンテーブル】

     国見町が高規格救急車を所有して貸し出す事業は今年3月に受託企業ワンテーブル(宮城県多賀城市)の社長(当時)が「行政機能を分捕る」と発言した音声を河北新報が公開し、町は中止した。執行部は検証を第三者委員会に委嘱。議会は調査特別委員会(百条委員会)を設置し、執行部が作った救急車の仕様書はワンテーブルの受託に有利な内容で、官製談合防止法違反の疑いもあるとみて証人喚問を進める。引地真町長と同事業担当の大勝宏二・企画調整課長に11月6日、仕様書作成の経緯と責任の取り方を聞いた。(小池航) 仕様書作成の経緯と責任の取り方を聞いた  ――救急車の仕様書を作成する根拠となった資料の提出を町監査委員会が執行部に要求した際、ワンテーブルが提供した資料以外は「処分した」と執行部は説明しました。処分した文書はどのような方法で、どの部署の職員が入手したものか。  大勝企画調整課長「企画調整課の担当職員がインターネットで閲覧してプリントアウトした資料です。町としては、個人が職務上必要と考えてネットから印刷した文書は参考資料であり、公文書には当たらないと解しています」  ――職務上必要な資料は公文書では?  引地町長「参考資料とは、例えばネットから取得するだけではなく、本から見つけてコピーするものもありますよね。それは単なる資料でしかなく、公文書には当たらない。公文書とは、その資料をもとに行政が作成したものという解釈です」  ――国見町の文書管理規則では、公文書の定義を「職員が職務上作成し、又は取得した文書及び図画をいう。ただし、新聞、雑誌、書籍その他不特定多数のものに販売することを目的として発行されるものを除く」としている。個人が取得した資料とはいえ、職務上得た文書では?  大勝課長「解釈はいろいろあると思います。職員が自己の執務のために保有している写しが即公文書に当たるかというと、議論を呼ぶところだと思います。メモ程度のものが公文書に当たるかどうかという議論です。町としては(処分した)資料は、仕様書を作る段階で集めたものという解釈で、それは個人が集めた資料です。その資料に基づいて、町の意思決定に何か反映させたことはないと判断しています。職員が参考程度に集めたものだったので、行政文書には当たらないと考えています。  参考資料を得た経緯を説明します。職員が町の仕様書を作る際、各消防組合などがネットに上げている仕様書を閲覧し、必要な部分だけを印刷しました。1冊分を印刷すると膨大になります。参考のつもりで閲覧し、公文書として保存を前提に集めたものではありません。担当職員が知識を得た段階で、それらの資料は残してはいませんでした」  ――担当職員が各企業の救急車の仕様書をネットで閲覧し、仕様書を作ったという解釈でいいか。  大勝課長「そのように説明してきました。ワンテーブルからは他町の仕様書の提供を受けたので、それも参考にしました」  ――どうしてワンテーブルが提供した資料だけが残っていたのか。  大勝課長「1冊丸々提供を受けたからです。残すつもりで残したわけではなく、破棄するつもりがなかったというか、たまたま残ったのだと思います」  ――受託したワンテーブルが示した参考資料以外に何社の救急車の資料を参考にしたのか。  大勝課長「はっきりとは言えません。部分的に参考にしたものもありますし、振り返ってネットで検索したものもあります」  ――引地町長に聞きます。ワンテーブルの巧妙だったと思う点はありますか。  引地町長「何が巧妙だったかという質問に町は答える術を持っていません。前社長の考えは報道や音声データで見聞きしたが、あの発言をした事実はあるものの、そこには出てきていない思いもあるはずで、それについて我々は知る術がない。だから何が巧妙だったのかという質問には本当に答えられない。  ワンテーブルと国見町の関係は高規格救急車事業で唐突に始まったわけではなく、前町長在任時の2018年に元経産省職員の紹介を受けて接点ができました。翌19年には防災パートナーシップ協定を結び、20年には企業版ふるさと納税945万円の寄付を受けました。前社長は総務省から『地域力創造アドバイザー』認定を受けていました。そういった下地があるので、その経過を持って彼らのやり口が巧妙だったかというと我々は判断する術がない。  役所は何かしら困り事を抱えていたり、地域の課題解決に意見を持っている人が訪れます。そういった人たちを、我々行政は疑ってかからないスタンスを取ります。まず対面してから話が進む。例えば目の前にいる町民を、最初から『悪いことを考えているのではないか』とは疑いません。困り事があって役所に来ているわけだから。そういう姿勢で我々は仕事をしてきました。  我々はワンテーブルを国見町と協力する数ある企業の一つと捉えていました。震災後の13年間、町は他の民間企業とも連携して復旧・復興、風評対策を進めてきた経過があります。官民連携でまちづくりを進める延長線上にあったのが高規格救急車事業でした。巧妙だったかという質問には本当に答えにくい。前社長が、あの発言のような考えを持ちながら当初から国見町とやり取りをしてきたのか、それは分かりません。町長として教訓というか思うところはありますが、第三者委員会の結論が出るまでは話すべきではないと考えます」 原因究明の陣頭指揮  ――高規格救急車事業について町民に伝えたいことは。  引地町長「同事業は契約を解除し、住民説明会を14カ所で行いました。ワンテーブル前社長の不適切な発言で事業継続が困難になったのは本当に残念です。同事業は議会に諮って進めてきました。出来上がった救急車は議決を得て町が取得し、必要な自治体や消防組合に譲与していきます。当初町が考えていた事業と着地点は違いますが、地域の防災力向上や医療・救急業務の充実に活用してもらいたいです」  ――町執行部に不信感を抱いている町民に伝えたいことは。  引地町長「町に関する報道で心配を掛けてしまい申し訳ありませんでした。住民説明会や議会では『最終的な責任は私にあり、責任回避はしない』と説明してきました。ただ、それで完結する話ではない。町への非難と私の身の処し方といった議論に終わらせず、果たさなければいけないのは、原因を究明し問題の所在を明らかにすることです。その陣頭指揮を執るのが町長の責任だと思います。『最終的な責任は引地にある』と言葉だけで済ませようとは思っていません。上辺だけで済ませれば、また同じ過ちが繰り返されます。その意味で第三者委員会は大きな意味を持っています。検証の結果を待ち、原因を指摘してもらい、再発防止に向けた意見を客観的に出してもらう。その上で、町執行部で必要な対策を行い、町政への責任を果たしていくことが大切なのだと考えます」  ※以下は11月13日に送った質問への文書回答。  ――第三者委員会の委員2人が辞任しました。検証の半ばで過半数の委員が辞任したことについて、受け止めを教えてください。検証への影響も教えてください。  「誠意をもって対応し、委員におかれましては直前まで委員会へ出席の意向でしたので、突然の辞任で驚いています。辞任の理由は分かりません。検証への影響は、今回委員会が中断してしまったので、検証が遅れる影響があったと考えます。速やかに後任を人選し、対応しています」

  • 「広報誌の私物化」を批判された内田いわき市長

     10月20日付の読売新聞県版に「台風被害の広報臨時号のはずが…『まるで選挙ビラ』、市長の視察写真8枚に『写真集』の声も」という記事が掲載された。福島民友も翌21日付で同じ趣旨の記事を載せた。  9月8日夜から9日早朝にかけて、台風13号による記録的豪雨に見舞われたいわき市。10月1日には、被害状況の写真や支援制度の案内を掲載した「広報いわき臨時号」が発行され、通常の広報紙とともに各世帯に配られた。  全4頁の広報紙に掲載された19枚の写真のうち、市長・内田広之氏の視察写真は8枚も使用されており、まるで写真集のような作りになっていた。そのことに対し、市民や市議から疑問の声が上がっていることを報じたもの。  両紙の記事では「被災特集なのに市長の写真ばかりなのは違和感がある」という市民の声、「選挙広報のようだ」、「広報の私物化だ」という市議の意見が紹介されていた。  災害時に首長がどう対応したかは、選挙の際の大きな評価ポイントになる。震災・原発事故後の2013年には、郡山市、いわき市、福島市、二本松市などの市長選で、現職首長が軒並み落選し、〝現職落選ドミノ〟現象と呼ばれた。  2011年には、当時いわき市長だった渡辺敬夫氏について「公務を投げ出して空港から逃げようとしていた」などのデマが流れた。災害対応に追われて姿が見えなかったためだと思われるが、選挙戦でそのマイナスイメージを利用して、「私は逃げない」と訴えた清水敏男氏が当選を果たした。  しかし、その清水氏に関しても、2019年10月の台風19号の際には対応の遅さが目立ち、被災者をはじめとした市民の信頼を失った。本誌が被災地域を取材した際には、避難の事前周知や断水対策の不備を指摘する声が多く、「市は一番苦しい時期に何もしてくれなかった」と断言する被災者もいたほどだ。その後、新型コロナウイルスへの対応の遅さも批判され、2021年の市長選で内田氏に敗れた。  こうした経緯もあってか、内田氏は豪雨発生後、連日被災地域を視察し、報道やSNSを通してボランティアの参加を呼びかけるなど、積極的に動いていた。過去の「失敗」を教訓としてうまく動いていたように見えたが、目立ちすぎて、一部では逆効果となっていたようだ。  いわき市広報広聴課に問い合わせたところ、「令和元年東日本台風のとき、『市長(清水敏男氏)の姿が見えない』という意見を多くいただいたので、それを教訓に、今回は市長の被災地視察の姿を多く掲載しました。直接市役所に寄せられた批判の声はありません。問題はなかったと考えています」とコメントした。  内田氏については、イベントなどに積極的に参加し、PR活動に努めていることに対し「軽い面が目立ってきた」という苦言が出ているほか、「今回の件は周囲にいる市議や幹部職員が一言助言すれば回避できた。ブレーン不在ではないか」との指摘も聞かれる。そういう意味では、市長就任から2年経過した内田氏の課題が露呈した一件だったとも言える。

  • 廃校施設をどう使うか【平田村編】

    廃校施設をどう使うか【平田村編】

     文部科学省の「廃校施設等活用状況実態調査」によると、2002年度から2020年度までに、県内では267の小・中学校、高校(いずれも公立に限る)が廃校になったという。少子化による児童・生徒数の減少に伴う学校の統廃合はやむを得ない流れだが、使われなくなった校舎の利活用が問題になっている。 永田小を役場庁舎に改築、2つの中学校跡は未使用 平田村役場  文部科学省の「廃校施設等活用状況実態調査」は3年に1回のスパンで実施され、直近では2021年5月1日時点での調査が行われた(結果の公表は2022年3月30日)。それによると、2002年から2020年までに全国で発生した廃校数は8580校(公立の小・中学校、高校、特別支援学校など)。このうち、建物(校舎)が現存するのが7398件で、すでに別の用途などで活用されているのは5481件(約74%、現存するものに対する割合)。  主な用途は、学校関係、社会体育施設、社会教育・文化施設、福祉・医療施設、企業等の施設、創業支援施設、庁舎等、体験交流施設、備蓄倉庫、住宅など。  用途が決まっていない施設の要因としては、「建物が老朽化している」が46・2%で最も多く、「地域からの要望がない」が41・6%、「立地条件が悪い」が18・7%、「財源が確保できない」が14・6%と続く(※複数回答のため、合計が100%を超える)。  なお、国では別表に示した補助メニューを設けている。文部科学省では「〜未来につなごう〜 『みんなの廃校』プロジェクト」として、活用用途を募集している全国の廃校施設情報を集約・発信する取り組みや、イベントの開催、廃校活用事例の紹介などを通じて、廃校施設の活用を推進している。その中で、省庁をまたいで、活用可能な補助メニューを紹介している。 空き校舎の活用に当たり利用可能な補助制度 対象となる施設所管省庁地域スポーツ施設スポーツ庁埋蔵文化財の公開及び整理・収蔵等を行うための設備整備事業文化庁児童福祉施設等(保育所を除く)こども家庭庁保育所等こども家庭庁小規模保育事業所等こども家庭庁放課後児童クラブこども家庭庁障害者施設等厚生労働省私立認定こども園文部科学省、こども家庭庁地域間交流・地域振興を図るための生産加工施設、農林漁業等体験施設、地域芸能・文化体験施設等(過疎市町村等が実施する過疎地域の廃校舎の遊休施設を改修する費用が対象)総務省農業者等を含む地域住民の就業の場の確保、農山漁村における所得の向上や雇用の増大に結びつける取り組みに必要な施設農林水産省交流施設等の公共施設林野庁立地適正化計画に位置付けられた誘導施設(医療施設、社会福祉施設、教育文化施設、子育て支援施設)等国土交通省まちづくりに必要な地域交流センターや観光交流センター等の施設国土交通省空家等対策計画に定められた地区において、居住環境の整備改善に必要となる宿泊施設、交流施設、体験学習施設、創作活動施設、文化施設等国土交通省「地方版創生総合戦略」に位置付けられ、地域再生法に基づく地域再生計画に認定された地方公共団体の自主的・主体的で、先導的な取り組み内閣府  福島県内では、2002年から2020年までに小学校211校、中学校44校、高校12校の計267校が廃校となった。この数字は北海道(858校)、東京都(322校)、岩手県(311校)、熊本県(304校)、新潟県(290校)、広島県(280校)、青森県(271校)に次いで8番目に多い。  廃校施設の利活用状況について、都道府県別の詳細は示されていない。なお、次回調査は2024年度に実施される予定で、今年度はその谷間になる。 アンケート調査を実施  本誌は10月上旬、県内市町村に対して、当該市町村立の小・中学校の空き校舎の有無と数、すでに再利用がなされている校舎の事例、再利用計画が進行中の事例、計画が策定され、これから改修などに入る事例の有無などについて、アンケート調査を行った。  「空き校舎がある」、「再利用の実例がある」と回答があった中から、今号以降、何回かに分けて、具体的な事例や課題などについて取り上げていきたい。  1回目となる今回は平田村。  同村は、県内で初めて空き校舎を役場庁舎にした。永田小学校が2013年3月に蓬田小学校と統合して閉校となり、空き校舎となった。一方で、役場庁舎は1960年に建てられたもので老朽化していたほか、東日本大震災で外壁に亀裂が入るなどの被害が出ていた。そのため、旧永田小校舎を改修して役場庁舎とし、2015年9月に開庁(移転)した。校庭だったところは、舗装され駐車場になっている。体育館は、館内にもう1つ「箱」が作られたような格好になっており、会議室として使われている。場所は、旧役場から直線距離で北東に600㍍ほどのところにある。 体育館を高所から。館内にもう1つ「箱」が設置され、会議室になっている。  財源は庁舎建設基金と一般財源でまかない、総事業費は約4億2000万円。  別表は、県内で同時期に建設された役場庁舎との比較をまとめたもの。ほかの3町と比べると、延べ床面積が半分ほどのため、純粋な比較は難しいが、少なくとも新築するより安上がりになったのは間違いない。  本誌は常々、立派な役場庁舎ができたところで、住民の日々の生活が豊かになるわけではないから、役場建設に多額の事業費を投じるのは適切ではないと指摘してきた。もちろん、災害時などに役場そのものが大きな被害を受け、災害対策に支障が出るようなことは避けなければならないが、そういった問題がなければ必要最低限でいい。少なくとも立派な庁舎は必要ない。役場に金をかけるくらいなら、何か別の地域振興策に使うべきだ。その点では、新築した他自治体と比べて、安上がりで済ませたのは評価されていい。  肝心の使い勝手だが、ある村民は「最初は、『学校』という感じで違和感がありましたが、慣れてみればこんなものかな、と思います」と話した。ある職員も「もう慣れたんで」と同様の感想を語った。  本誌も少し見て回ったが、「もともと学校だった」という潜在意識があるためか、多少の違和感はあったものの、少なくとも「不便」には感じなかった。音楽室や調理実習室などの特別教室は、うまく活用すれば職員の福利厚生などに使えそうだが、調理実習室は執務室になり、音楽室は議場になっているという。その辺はもう少し工夫があっても面白かったか。 議場  一方で、役場を小学校跡地に移転したとなると、今度は逆に、旧役場跡地の利活用の問題が出てくる。旧役場は解体され、跡地は幼保連携型認定こども園「村立ひらたこども園」として整備された。同園は2020年に開園した。 役場跡地はこども園に その他の空き校舎 蓬田中跡 小平中跡  役場庁舎の開庁時、澤村和明村長は「閉校した校舎の利活用のモデルケースになる」とあいさつしていたが、村内にはほかにも空き校舎がある。永田小学校と同時に閉校となった西山小学校については、今年7月の村長選で、澤村村長が5選を果たした際、「入浴施設として活用することを考えている」と明かしていた。  このほか、2016年に蓬田、小平両中学校が統合され、ひらた清風中学校が開校した。これに伴い、両中学校が空き校舎になっている。この2つに関しては、いまのところ何の案も出ていないという。  「建物は残っていますが、耐震の問題もありますし、一番は配管が使える状態なのか、ということもあります。やはり、使われていないと、そこ(配管)の劣化が出てきますからね」(村企画商工課)  校舎の利活用はなされていないが、グラウンドや体育館はスポーツ少年団などで活用しているという。付属施設が使われているだけに、校舎だけを別の用途に、というのは余計に難しいのかもしれない。  旧小平中学校の近隣住民はこう話す。  「当然、住民としては学校に対して思い入れがあります。この村は1955年に、いわゆる『昭和の大合併』で、小平村と蓬田村が合併して誕生しました。そうした中、片方の地区だけに投資をするのは憚られるといった空気があります。そうなると、小平中、蓬田中のどちらも、住民が納得するような形で、あまり時間を置かずに進めなければならない。そういった難しさもあると思います。仲間内で話している分には、『村はどう考えているんだ』という話になりますが、小さな村ですからなかなか面と向かって村(村長)に意見しにくい、という側面もあります。潤沢にお金が使えるということであれば話は別ですが、そういうわけにもいきませんから、学校の跡地利用は簡単ではないでしょうね」  一方で、別の住民はこう話した。  「学校がなくなる(統合される)ということは、地域から人がいなくなっているということです。この地域(小平地区)でも、高齢者の夫婦だけの世帯、あるいは1人暮らしが増えています。その人たちが亡くなったら、その家には誰も住まなくなります。中学校だけでなく、駐在所もなくなりましたし、郵便局やJAも業務範囲を縮小しています。小平小学校も、60年くらい前、われわれのころは全校生徒が約800人いましたが、われわれの子どもが通っていた30年くらい前は約300人、いまは約100人ですから、いずれは統合という話になっていくでしょう。そういう状況ですから、空き校舎を使って何か地域振興策を、とは思いますが、現実的には相当難しいと思います」 住民の思い入れが強い 平田村と同時期に役場庁舎を建設した町村の構造・事業費など 町村名竣工年構 造延べ床面積事業費平田村2015年鉄筋コンクリート2階建て2055平方㍍約4・2億円国見町2015年鉄骨造、一部鉄筋コンクリート造地上3階、地下1階4833平方㍍約17億円川俣町2016年プレキャスト・プレストレストコンクリート造 地上3階建4324平方㍍約27億円南会津町2017年鉄骨造、地上4階、地下1階建て4763平方㍍約26億円  人が少なくなったから閉校になった→今後人口減少がさらに加速すると思われる→そういった地域にどんな投資をすればいいか、というのは確かに難しい問題だ。地方における最大の課題と言っていいだろう。  前述したように、さまざまな補助メニューは用意されているが、なかなか「コレ」といったものがないのが現状だ。  加えて、学校に対する地域住民の思い入れは強い。いまの少子化、児童・生徒数の減少に伴う学校の統廃合はやむを得ない流れだが、かつて自分たちが通った学校がどうなるかは、住民の関心が高い。  前段で文部科学省の調査結果を紹介したが、用途が決まっていない施設の要因として、「地域からの要望がない」が41・6%を占めていた。行政は「学校は地域住民の思い入れが強いから、住民がどうしたいかを大切にしたい」といった姿勢であることがうかがえる。裏を返すと、下手な案を提示しようものなら、住民の猛反発を受けかねない。一方、住民側は「そもそも、住民レベルではどんな可能性があるのかが分からない。だから、まずは行政が案を示してくれないことには、良いも悪いも判断しようがない」といった思いを抱いているように感じる。こうしたことも、利活用が進まない要因だろう。  最後に。今回の本誌のアンケートでは、市町村立の小・中学校の空き校舎の有無、利活用状況を聞いたものだが、同村には県立(県管理)の小野高校平田校があった。同校は2019年に閉校となった。  県教委によると、現在進めている県立高校改革では、廃校舎については、まず当該市町村に跡地利用を考えているか等の意見を聞き、市町村で利活用策がある場合は無償譲渡するという。市町村で利活用策を考えていない場合は、県のルールに基づき財産処分することになる。  小野高校平田校は事情が違い、同校がある土地は、もともと村の所有地で、現在解体工事を行っており、完了後に村に返却するという。つまり、村ではその土地をどうするかということも今後の課題になる。

  • 滞る国見町の救急車事業検証

    滞る【国見町】の救急車事業検証【ワンテーブル】

    百条委の調査能力に疑問符  国見町が高規格救急車を所有して貸し出す事業を断念した問題の検証が難航している。町執行部が設置した第三者委員会は、委員3人のうち2人が「一身上の都合」で9月下旬に辞任し議事が滞った。議会は11月上旬に地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委員会)を設置する方針。百条委員会は証言者が出頭を拒否したり記録提出を拒んだ場合、刑事告発できるなどの強制力を伴うが、救急車リース事業案の問題点を見過ごし、一時は原案通り可決した議会が調査能力を発揮できるかは未知数だ。  救急車リース事業は、受託企業ワンテーブル(宮城県多賀城市)の社長が「行政機能を分捕る」と発言したことが明らかとなったのを受け、町執行部が「信頼関係が失われた」と事業を中止。執行部は町民説明会での要望を受け、有識者3人からなる第三者委員会で事業の検証を進めようとした。  ところが、委員を務めていた垣見隆禎・福島大行政政策学類教授と元井貴子・桜の聖母短大准教授が辞任したことで、執行部の検証に暗雲が立ち込めた。本誌が垣見教授に電話すると「河北新報に書かれた通り。それ以上のことは答えられない」と口は重かった。  9月28日付の河北新報は《垣見教授によると、これまでの会合で委員が事業の関連資料の提出を促しても町側は「既に廃棄した」などと回答を拒み、核心部分の調査が進まなかった》《「そもそも町は第三者委による調査を条例で『事務執行適正化』に関するものに限定し、最初から問題の検証が困難な建付けになっていた」》と報じていた。  町が設置した第三者委員会とは何か。第3回臨時会(5月17日)提出の条例案によると、設置趣旨は「本町職員による不適正な事務執行が発生した場合又は発生が疑われる場合において、その経過の客観的かつ公正な検証及び再発防止のための提言を行うため」(第1条)とある。  委員会が所掌する事務は⑴不適正な事務執行の経過に関すること、⑵不適正な事務執行の再発防止策の提言に関すること、⑶前2号に掲げるもののほか、町長が必要と認めること。条文は職務を事務執行に限定していることが分かる。議会は「事務執行とは具体的に何を指すのか」と疑問視せずに原案通り可決した。  本誌は辞任したもう1人の元井准教授にメールで問い合わせたが「本件につきましては、本学企画室がご対応することになっておりますので、私からお答えすることは控えさせていただいております」と回答。辞任した2人の口が重いのは、条例第8条「委員は、職務上知りえた秘密を漏らしてはならない」「その職を退いた後も同様とする」と守秘義務が課されているためだろう。  町監査委員会は9月に発表した意見書で、4億円を超える事業にもかかわらず計画書を作成していなかった点、監査委が救急車製造仕様書の根拠となる参考資料提出を求めたところ、執行部は受託業者からの資料のみで「他は処分した」と説明したことを問題視している。  資料が新たに出ない以上、検証には関係者の証言しかない。百条委員会はワンテーブルの元社長や関わった町職員への聴取を検討しているという。町民は「狡猾な企業に町の予算を狙われ、恥をかかされた」と怒っている。百条委はガス抜きのための調査に終わらせず、ワンテーブルに狙われた過程を明らかにすることに徹するべきだ。

  • 【鏡石町議会】が遊水地特別委設置を否決

    【鏡石町議会】が遊水地特別委設置を否決

     令和元年東日本台風に伴う水害を受け、国は「阿武隈川緊急治水対策プロジェクト」を進めており、その一環として、鏡石町、玉川村、矢吹町で阿武隈川遊水地整備事業が進められている。  総面積は約350㌶、貯水量は1500万から2000万立方㍍。用地は全面買収する。対象地の9割ほどが農地、1割弱が宅地。対象エリアの住民は移転を余儀なくされる。計約150戸が対象で、内訳は鏡石町と玉川村がそれぞれ60〜70戸、矢吹町が約20戸。  住民からしたら、もうそこに住めないだけでなく、営農ができなくなるわけだから、「補償はどのくらいなのか」、「暮らしや生業はどうなるのか」といった不安が渦巻いている。  そのため、鏡石町議会では「鏡石町成田地区遊水地整備事業調査特別委員会」を立ち上げ、同事業の調査・研究を行ってきた。  本誌では何度か同委員会を取材(傍聴)し、今年7月号に「鏡石町遊水地特別委が国・県に意見書提出」という記事を掲載した。  同町議の任期は9月3日までで、8月22日告示、27日投開票の日程で議員選挙が行われた。そのため、任期満了前、最後となる6月定例会で一区切りとし、意見書案をまとめて本会議に提出、採択された。これをもって同特別委は解散となった、  意見書の主な内容は、①遊水地事業区域の住民の高台移転のための支援、②移転に伴い生じる各種法令・規制の見直しや手続きの簡素化、③阿武隈川本川及び県管理支川の鈴川も含めた治水対策(特に、阿武隈川本川の河道掘削及び堤防強化)、④二度と水害(洪水被害・浸水被害)のないまちづくり・地域づくりを行うための支援、⑤遊水地事業関連施設の整備、⑥遊水地整備後の土地の有効利用のための支援など。  これを内閣総理大臣、国土交通大臣、衆議院議長、参議院議長、県知事、県議会議長に提出した。  一方で、同特別委の委員長を務めた吉田孝司議員は、「改選後も特別委を再度立ち上げ、引き続き、調査・研究していきたい」と述べていた。吉田議員は、遊水地の対象地区である成田地区出身で、自身の自宅も令和元年東日本台風で浸水被害を受けたほか、遊水地の対象エリアにもなっている。  実際、吉田議員は改選後の9月定例会で特別委設置案を提案した。しかし、賛成4、反対7で否決された。理由は、玉川村や矢吹町ではそうした動きがないこと、前任期の議会で一定の役割を終えたこと、あとは国に任せるべき、というものだったようだ。  ただ、ある関係者はこんな見解を示した。  「吉田議員は対象地区に自宅があり、住民の思いが分かるから、この問題に熱心に取り組んでいたが、吉田議員が中心となって国や県に要望するなど、目立った動きをしたことをよく思わない議員もいたように感じる。もう1つは、今改選では12人中6人が新人で、そのうちの5人が反対だった。よく分かっていない可能性もある。そういった理由から改選後の議会での特別委設置が否決されたのではないか」  改選前の特別委では、国(福島河川国道事務所)の担当者を呼び、直接見解を聞いたこともあった。そういった意味でも意義のあるものだったと言えるが、前出の関係者が語ったように、議会内の勢力争いが原因で否決されたのだとしたら、議員の存在意義が問われかねない。 あわせて読みたい 鏡石町遊水地特別委が国・県に意見書提出 2023年7月号 【鏡石町】遊水地で発生するポツンと一軒家 2023年4月号

  • 【白河市】合併で生じた「議員空白地帯」

    【白河市】合併で生じた「議員空白地帯」

     2000年代を中心に進められた「平成の大合併」により、旧市町村単独の時代と比較すると、合併自治体の議員数は大きく減少している。とりわけ、核となる市があり、そこと合併した町村では「地元議員大幅減少」の傾向が強い。それに伴い、行政とのパイプが細くなっていると推察されるが、実際の影響はどうなのか。今年7月に市議選が行われた白河市の状況をリポートする。(末永) 住民の声が届きにくくなった旧3村 大信庁舎(旧大信村役場) 表郷庁舎(旧表郷村役場)  白河市は2005年11月に、旧白河市と西白河郡の表郷、大信、東の3村が合併して誕生した。以降、市議会議員選挙は2007年、2011年、2015年、2019年、今年と計5回行われた。2007年は4月に市議選が行われたが、2011年は東日本大震災・福島第一原発事故の影響で、選挙時期を7月に繰り延べた。それ以来、7月に市議選が実施されている。なお、合併後最初の市長選は2005年12月に行われたが、初代市長を務めた成井英夫氏が2007年6月に病気のため急逝。同年7月に、市議選と同じ日程で市長選が行われ、以降は同時選となっている。  今回の市議選は7月9日に投開票された。現職22人、元職2人、新人6人の計30人が立候補し、現職20人、元職1人、新人3人の計24人が当選した。投票率は56・25%で、前回を3・02ポイント下回り、合併後最低となった。結果は次頁の通り。 選挙結果(7月9日投開票、投票率56・25%) 当1521室井 伸一(58)公現(旧市内)当1518大木 絵理(36)無現(旧市内)当1374水野谷正則(59)無現(東)当1252菅原 修一(72)無現(旧市内)当1246永山  均(56)無新(大信)当1194高畠  裕(58)無現(旧市内)当1145根本 建一(59)無現(表郷)当1089藤田 文夫(68)無現(表郷)当1023緑川 摂生(64)無現(表郷)当999深谷  弘(69)共現(旧市内)当936吉見優一郎(38)無現(旧市内)当924筒井 孝充(66)無現(旧市内)当906大竹 功一(59)無現(旧市内)当859遠藤 公彦(61)無新(東)当859戸倉 宏一(69)無現(大信)当842佐川 京子(62)無現(旧市内)当816佐川 琴次(67)無元(東)当795植村 美洋(66)無新(旧市内)当790柴原 隆夫(74)無現(旧市内)当772高橋 光雄(75)無現(旧市内)当739石名 国光(75)無現(旧市内)当735北野 唯道(83)無現(大信)当726大花  務(73)無現(旧市内)当692鈴木 裕哉(51)無現(旧市内)686須藤 博之(69)無現601阿部 克弘(65)無元557山口 耕治(69)無現553市川  勤(50)無新471大森  仁(62)無新382大花 恵子(55)無新  当選者は旧市村のどこに住所があるかを併記した。選挙ではやはり、旧市内の候補者は旧市内を中心に、旧表郷村の候補者は旧表郷村内を中心に……といった具合に、遊説を行ったようだ。  「例えば、旧東村に住まいがある候補者が旧表郷村に、あるいはその逆というのは、多少はあるんでしょうけど、大部分はそれぞれの地元で選挙カーを走らせていたように感じます」(旧東村の住民)  普段の活動でも、やはり地元中心になるという。  「住民の中にも、まだ旧村の意識は残っており、議員もそうだと思います。近年は災害が相次いでいますが、例えば、市内で旧表郷村だけが局所的に被害を受けたということであれば、旧市内や旧他村の議員も集中して当該地区に来るでしょう。ただ、市内全域で被害を受けたとなれば、やはり議員は地元の状況を見て回って、必要なことがあれば市に伝える、といった活動になっていると感じます」(旧表郷村の住民)  別表は合併時と現在(今回の改選後)の旧市村の人口と議員数をまとめたもの。旧3村では、合併時12〜14人の議員がいたが、現在はそれぞれ3人となっている。 合併前、現在の人口と議員数 合併前(2005年)現在旧白河市4万8000人4万3000人24人15人旧表郷村7100人5700人14人3人旧大信村4800人3600人12人3人旧東村6000人4700人14人3人(上段が人口、下段が議員数)  旧村単位で「議員空白地帯」は発生していないが、旧表郷村には25行政区、旧大信村には26行政区、旧東村には30行政区あり、かつては2行政区に1人くらいの割合で議員がいた。それが現在は8〜10行政区に1人くらいの割合になっている。旧村内の行政区レベルで見ると、「議員空白地帯」が生じていることになる。  ここで問題になるのは、旧3村は市政(市役所)が物理的(距離的)に遠くなっているということ。そのうえ、議員もいない(少ない)となると、さらに「遠い存在」になってしまう。  合併前はほぼ毎回議員を輩出していたという行政区の住民は、「役場の業務などについて、『あの件はどうなったか』、『今度、村でこういう事業をやると聞いたが、具体的にはどういった形になるのか』等々、比較的気軽に(行政区内から出ている議員に)聞くことができたが、いまは(行政区内に議員がいないため)なかなかそうもいかない」という。  一方、合併当時の旧村の役場関係者はこう話す。  「合併議論の中で、最初のうちはこの地区(旧市村)は何人という具合に割り当て制にすべき、といった意見もありましたが、そこまでしなくても、落ち着くところに落ち着くだろうということで、そうしなかった。結果的には当初想定したような形になっていると思います」 旧東村は1人から3人に 東庁舎(旧東村役場)  人口比率で言うと、旧市内は約2800人に1人、旧3村は約1200〜約1900人に1人の割合で議員がいることになる。人口比率で言うと、旧3村の方が議員が多い格好だ。  前段で今回の市議選の投票率は56・25%と書いたが、旧市村別に見ると、旧市内が約52%、旧3村は約66〜約70%となっている。旧3村の住民はそれぞれ地元の候補者に投票する、と仮定すると、旧市村別の投票率の差がこの結果になっていると言えよう。  実は今回の改選前、旧東村は水野谷正則議員1人しかいなかった。つまりは、水野谷議員1人で、旧東村約4700人の声を市政に届ける役割を担っていたのだ。  水野谷議員に話を聞いた。  「執行部はやりやすかったかもしれません。同地区(旧村)内に議員が複数いたら、(限られた予算で地区内の課題解決に向けた事業を行う中で)『オレはこれを優先すべき』、『私はそれよりもこっちを優先すべき』といった具合に、それぞれが考えを持っているでしょうから。住民からしたら、選択肢が広がると言いますか、相談したり、市政情報を聞くことができる人は多い方がいいでしょうね。私自身、この地区の代表として、地元のために活動していますから。もっとも、白河市では、道路の補修や側溝に蓋をしてほしいなどのちょっとした事案については、町内会長や行政区長などを通して、市役所に話ができるようなシステムができていますから、議員を通して市につなぐということを求められることはあまりありません」  旧東村の住民によると、「今回の市議選では、何とか議員を増やそうという動きがあり、その結果、旧東村からは3人の議員が当選した。まだ任期がスタートしたばかりで、何が変わったということはないが、少なくとも、1人のときより地元の声を届けやすい環境になったのは間違いないと思います」という。  逆に言うと、それだけ「このままではわれわれ(旧東村)の声が届かなくなってしまうのではないか」との危機感があったということだろう。もっとも、議員が少ないことで、明確に「こうした不利益を被った」という事例は聞かれなかったが。  強いて言うなら、前段で災害時の議員の対応についてのコメントを紹介したが、「水害があった際、市に一度見に来てほしいとお願いしても、なかなか来てくれなかった。そこで、議員にお願いしたところ、ようやく来てもらった。まあ、被害が広範囲に渡ったから、なかなか細部までは見て回れない、人が足りない、ということだったんでしょうけど」との話が聞かれたくらいか。 商工団体は協議会を組織 白河商工会議所  このほか、かつて十数人いたのが3人になり、「何となくですが、商工業関係ならこの議員、農業関係ならこの議員というように、役割分担ができているように思う」(旧表郷村の住民)との声も。  もっとも、商工団体の関係者によると、白河商工会議所、表郷商工会、ひがし商工会、大信商工会の4団体で連絡協議会を立ち上げ、定期的に情報交換をしたり、市に要望活動などを行っているという。その点では、少なくとも商工関係者は、かつての旧村内に十数人いた議員が3人ほどになっても、大きな支障は出ていないようだ。  一方で、前出・合併当時の旧村の役場関係者はこう話す。  「合併協議の中で、旧自治体の区割りは『地域自治区』と位置付けられ、旧村役場は総合支所方式(旧役場の名称はそれぞれ表郷庁舎、東庁舎、大信庁舎)が採用されました。大規模なものでなければ、各総合支所の権限で予算を執行できたのです。ただ、合併から4年でその制度は役目を終えたということでなくなりました。ですから、住民は(旧役場の予算執行権がなくなったことで)市役所が物理的にも、気持ちの面でも遠くなったと感じていると思います」  合併に伴う議員減少、それによって、住民の声が行政に反映されにくくなることは、合併前から想定されていたことだ。とはいえ、実際、議員数は大きく減っているが、現状ではそれに起因する「大きな問題」は発生していない。  旧東村のように、一時(今改選前)は1人まで減ったが、住民の動きによって3人まで増やした(戻した)事例もある。当然、その分、議員に求められることは多くなる。  もっとも、議員が多ければ地域の課題が解決するかと言うと、そうではなかろう。とりわけ、同市の旧3村に限らず、核となる市があり、そこと合併した町村では、人口減少などの衰退が進んでいる、といった問題に直面しているケースが多く、それはまた別の問題と言えよう。  河村和徳・東北大学准教授(政治情報学)はこう話す。  「合併によって単独自治体時代と比較して議員数が減るということは当選のハードルが上がるということです。最初のうちは『オラが地域から何とか議員を出そう』と一生懸命支援します。ただ、後が続かない。選挙自体も、かつての(旧村の)ノウハウが通用しなくなり、なり手不足が加速していきます。全国的には旧町村単位で空白ができているところもあります。そうなると、地域の声を行政に伝えていけなくなってしまいます」  こうした状況をどう是正していくかが問われている。 議員のあり方 白河市役所  最後に、これからの議員のあり方についても述べておこう。白河市の議会の会期は60〜70日程度。町村議会だと30〜40日程度。議員からすると「一般質問の準備など、それ以外の活動も多い」というだろうが、少なくとも公式な議会活動はそのくらいにとどまる。  本誌は以前から、地方議員は仕事を持つべき、と主張してきた。なぜなら、落選したら収入がなくなるため、何よりも再選を優先させる恐れがあるからだ。結果、執行部(この場合は市長)から、次の選挙で刺客を立てられ、落選させられることがないような振る舞いになり、執行部に厳しい目を向ける姿勢が弱くなる。それは、議会全体の活力低下につながる。  そういう意味で、仕事を持ちながら議員を務めるのが本来あるべき姿。前述した実働日数を加味してもそれができないはずがない。  ちなみに、同市議会のホームページに掲載された議員名簿には、職業が出ているが「市議会議員」となっているのは3分の1の8人。ほかは「農業」が6人、「会社役員」が4人、「呉服店」、「旅行業」、「理容業」、「自営業」、「政党役員」、「行政書士」が各1人。普通の会社勤めの人はいないようだが、議員の期間は休職扱いにするとか、何らかの対応により可能になるのではないか。  関係者の中には、議員報酬だけでは食っていけないから、なり手がいないという人もいる。同市の議員報酬は月額38万5000円、副議長は同40万6000円、議長は同46万3000円。そのほか、年2回の期末手当がある。  一方で、同市議会の会期は前述の通り。その点で言うと、議会の開催日時を工夫するなどして、会社勤めをしている人でも議員になれるような取り組みが必要だろう。そうなれば「議員報酬だけでは食っていけない」という話にはならない。  もう1つ付け加えると、いま多くの議会では定数削減の流れにある。人口が減少しているから、それに見合った議員定数に、ということだが、本誌はむしろ、議会費(議員報酬の総額)はそのままで定数をできるだけ多くした方がいいと考える。議員の数が多ければ、それだけ住民の意向を反映させることができるからだ。当然、そのためには、前述したように会社勤めの人でも議員活動ができるような工夫が必要になる。  議会進行などにしても、いまの地方議会は「無駄に大仰なもの」になっているが、「形式」にこだわりすぎではないか。もっとフランクな形にした方が馴染みやすいだろうし、いい議論ができるのではないか。

  • 三春町議会で任期満了1日前に辞職勧告

    三春町議会で任期満了1日前に辞職勧告

     三春町議会で、任期満了の1日前に辞職勧告決議が可決されるという奇妙な出来事があった。背景には、議員定数削減や4年前の正副議長選をめぐる議会の混乱がある。 定数削減やポストをめぐり議員が対立 新田信二前議員  9月29日に開かれた三春町議会の臨時会は、議会運営副委員長の佐久間正俊議員から提出された新田信二議員に対する辞職勧告決議案が審議された。  議案書には次のような理由が書かれていた。  《令和5年9月7日、新田信二議員は、令和5年9月5日告示の三春町議会議員一般選挙における当選予定者である小林孝氏宅を訪れ、当選証書を受け取らないよう長時間にわたり執拗に要求した事実が判明した。  三春町議会基本条例第21条では、「議員は、町民全体の代表としてその倫理性を常に自覚し、町民の疑義を招くことのないよう行動しなければならない」と規定されており、議会における諸活動だけでなく、私生活においても法令を遵守し、高い倫理観と自立性の下に行動することが求められている。  今回の行為は、地元を同じくする町議会議員候補者に対する不当な圧力と強要であり、さらには公職選挙法にも抵触するおそれがあるものであると判断されることから、三春町議会として決して許容・看過することはできない。  よって、新田信二議員は(中略)速やかにその職を辞するよう勧告するものである》  臨時会の約3週間前、三春町議会は改選を迎え、9月5日告示で議員選挙が行われたが、定数16に対し立候補者は現職10人、新人6人にとどまったため、16人の無投票当選が決まった(別掲)。 ◎三春町議選当選者 影山 孝男 66 無新①影山 常光 71 無現③橋本善一郎 68 無現②松村 妙子 63 公現③三瓶 文博 66 無現④鈴木 利一 69 無現④三瓶 一壽 67 無新①佐久間正俊 73 無現⑤佐藤  弘 77 社現⑧篠崎  聡 59 無現②影山 初吉 75 無現⑤大内 広信 44 無新①山崎ふじ子 63 無現③遠藤 亮子 62 無新①石井 一正 81 無新①小林  孝 73 無新①※年齢は告示時点※丸数字は期数  新しい議員の任期は10月1日から4年。つまり辞職勧告決議案が審議されたのは、9月30日の任期満了の1日前だったのである。ちなみに当時2期目だった新田氏は今回の町議選に立候補していない。その新田氏から、当選証書を受け取らないよう迫られたのが初当選した小林孝氏だった。新田氏と小林氏は同じ山田地区に暮らしている。  両氏の間に何があったのか触れる前に、臨時会の模様を伝えると、当事者である新田氏が退席後、辞職勧告決議案が審議されたが、質疑はなく賛成・反対討論もなかったため、全会一致で可決された。  ただ、採決前に臨時会を中断して開かれた議員全員協議会では、橋本善次議員から「会議規則に違反するやり方で、審議をやり直すべき」と異論が出されていたが、佐藤弘議長(当時)が問題ないと退けていた。  臨時会の様子から、新田氏の〝味方〟は橋本氏と、もう一人、本田忠良議員という印象を受けた。興味深いのは、この3氏がいずれも今回の町議選に立候補せず、町議を引退していることだ。  話を戻すと、辞職勧告決議は可決されたが法的拘束力はない。臨時会閉会後、新田氏は本誌の取材に「決議は納得できない。任期は明日(9月30日)までなので、辞職勧告に応じるつもりはない」と不満を露わにしたが、任期満了の1日前に辞職を迫られるのは極めて異例だ。  新田氏はなぜ、議員を辞めろと迫られたのか。  「町議選終了後、小林氏の親族と地域代表の方から『小林氏に当選を辞退するよう言ってほしい』と相談された。親族と地域代表の方は、小林氏に『議員になってほしくない理由』を述べていたが、個人情報の絡みもあるので詳細を明かすのは控えます。そこで私は、小林氏が当選した2日後の9月7日、親族と地域代表と3人で小林氏の自宅を訪ね、本人に『9月11日の当選証書付与式は欠席し、当選を辞退してはどうか』と伝えた。そのやりとりが2時間半と長時間にわたったのは確かだが、議案書にある『不当な圧力』をかけた事実はない」(新田氏)  今回の町議選は当初、立候補の意思を示していたのが現職10人、新人1人しかいなかった。告示前日の時点でも14人で、実際、掲示板に貼られた候補者ポスターも14枚だった。  こうした中、告示日に新人2人が急きょ名乗りを上げたが、そのうちの一人が小林氏だった。新田氏によると「小林氏と石井一正氏はポスターを1枚も貼らずに当選した」。親族と地域代表は、小林氏に「議員になってほしくない理由」があったほかに、このような当選の仕方で地元の代表と言えるのかという疑問も感じていたようだ。  とはいえ、突然訪ねて来た現職議員から「当選証書を受け取るな」と言われれば、圧力と受け取るのは当然だ。小林氏は「同じ山田地区に暮らす者として新田氏を応援してきたのに、なぜそんなことを言われなければならないのか」と激怒。すぐに佐藤議長ら現職議員に当時の状況を説明したという。  佐藤議長(現在は議長ではなく議員)の話。  「現職議員が当選者に『当選証書を受け取るな』などと迫るのは言語道断です。私は9月21日に小林氏から事情を聞き、翌22日には新田氏からも聞き取りをして発言が事実であることを確認した。その際、新田氏は受け取るなと言った理由も説明したが、ここで問題なのは現職議員にあるまじき発言をしたのか・していないのかであり、その結果、発言は事実と確認できたので、議会基本条例に抵触すると判断した」  新田氏はこの問題を協議するために開かれた議員全員協議会や臨時会の場で「弁明の機会がなかった」と憤っていたが、佐藤議長は「9月22日に聞き取りをした際、影山初吉副議長と議会事務局長も同席し、事実関係を確認しているので問題ない」と取り合う様子はなかった。 定数削減で対立  新田氏の行為は、現職議員として軽率だったことは否めない。ただ、任期満了1日前の辞職勧告はやはり違和感がある。  「背景には議員定数削減がある」と語るのは前出・新田氏の〝味方〟の橋本善次氏だ。  「1年前、議会内で議員定数削減が議論されたが、反対多数で否決された。4年前の当選時、議会は10人と6人で分かれており、そのままいけば定数削減も実現していたと思うが、その後、数人が立ち位置を変え議会構成が逆になったのです」(同)  要するに、切り崩しにあったことで定数削減は実現しなかったと言いたいようだ。  新田氏のもう一人の〝味方〟である本田氏もこう補足する。  「三春町議会の適正な定数は14だと思う。今回の町議選で言えば告示前日までに立候補の意思を示していたのは14人だったので、それでよかったんです。そのまま14人が当選しても欠員2では補選は行われないからね(※欠員が定数の6分の1を超えた場合は補選が行われる)。ところが告示日になって小林氏と石井氏が急きょ立候補したため、無理やり定数16に届いた形になった」  本田氏は、他の市町村では定数削減が進み、ただでさえ議員の成り手がいない中、「定数に届いていないなら出てみるか」とばかりポスターも貼らずに当選してしまう状況はよくないと問題提起しているわけ。ちなみに新田氏、橋本氏、本田氏は議員定数削減を目指して活動してきた仲間でもある。  確かに、町民からは「三春町は議員が多すぎる」との声が上がっている。しかし、前出・佐藤議長に言わせると  「今回の町議選で引退した現職は(新田氏、橋本氏、本田氏を含む)4人だが、彼らは後継者を立てず、あえて定数割れになるよう仕向けたのです。その結果、告示前日の立候補予定者は14人にとどまったが、告示日に小林氏と石井氏が立候補したため彼らの思惑は崩れた。山田地区からは他にも立候補を模索する人が何人かいたが〝圧力〟がかかり全員立候補を断念したという話も聞いている。そういう事情を知る者からすると、新田氏が小林氏に『当選証書を受け取るな』と迫ったのは、どうにかして定数割れに持ち込みたかったのではないかという疑いも出てくるわけです」  今回の改選後に議長に就任した影山初吉議員もこのように話す。  「定数削減をやらないとは言っていない。問題は、議論が深まる前に『とにかく数を減らせ』という拙速な決め方にある。定数削減は今の議員でしっかり議論し、適正な定数を導き出したい」  このように、表面的には定数削減でモメているように映るが、実は橋本氏、本田氏と佐藤氏、影山氏の間には浅からぬ因縁がある。 尾を引く正副議長選の因縁  本田氏と橋本氏は4年前の町議選後(2019年10月)に正副議長に選出されたが、その前に正副議長を務めていたのが佐藤氏と影山氏だった。この時の選出をめぐり軋轢が生じたことに加え、複数議員による不適切発言なども重なって議会は大きく混乱。結局、本田議長と橋本副議長は就任からわずか2週間で辞任に追い込まれ、佐藤氏が議長、影山氏が副議長に返り咲いた経緯がある。  「4年前の町議選と一緒に行われた町長選で今の坂本浩之町長が初当選したが、この時、ほとんどの議員は坂本氏を推した。その流れで正副議長も引き続き佐藤氏、影山氏が務める方向でまとまったが、蓋を開けたら本田氏と橋本氏が就いたため、裏切りが有ったの無かったので対立が起きたのです」(事情通)  実際、橋本氏は「4年前(の正副議長選)は10対6という構図だったが、定数削減を議論していた昨年には構図が逆になった」と述べているのに対し、影山氏は「橋本氏や本田氏は『裏切った議員がいる』みたいなことを言っているようだが、とんでもない話」と反論。関係がこじれている様子がうかがえる。  その影響からか、ここに名前が挙がった議員は自民党三春町支部に所属しているが(佐藤氏は社民)、一枚岩になれない状態が続いている。新田氏、橋本氏、本田氏は「私たちは根本匠先生も星北斗先生も推しているが、支部とのつながりは……」と言葉を濁し、三春町支部代表者の影山氏も「ちょっと彼らとはね」と突き放したような発言をしている。  前出・事情通によると、新田氏は11月12日投票の県議選田村市・田村郡選挙区(定数2)に立候補するかどうか悩んでいたという。三春町議選に立候補しなかったのは、そのためと言われていた。新田氏に確認したところ曖昧な返答に終始していたが、自民党は同選挙区に現職で4選を目指す先崎温容氏を擁立し、1議席を死守する方針のため、三春町支部では新田氏の動きをよく思っていなかったのかもしれない。  「新田氏の本業は電気工事業の㈱タツミ電工社長で、三春町商工会副会長を務めるなど町内では目立った存在。それをやっかむ人も一定数いると思う」(同)  ただ、町民の中には「本当に当選証書を受け取るなと言ったり、出たいと考えていた人を立候補させないようにしていたとすれば、公選法に違反するのではないか」と厳しい見方をする人がいるのも事実で、警察も小林氏に「話を聞きたい」と接触しているという。  定数削減のやり方には問題があったかもしれないが、減らすこと自体に町民から異論は出ていない。今の議会が、遺恨を残して辞めた3氏の意向をどう受け取るか注目される。

  • 住民訴訟経験者が問題点を指摘

    住民訴訟経験者が問題点を指摘

     地方自治法で定められている「住民訴訟」制度。ただ、住民側の主張が認められたケースはそれほどない。実際に住民訴訟を行った関係者が、住民訴訟の問題点を指摘する。 直近3年間の勝訴事例は1%未満  住民訴訟は地方自治法242条で規定されている。地方自治体(都道府県市区町村)が違法・不当な公金の支出、財産の取得・管理・処分、契約の締結・履行などがあったときは、監査委員に対して監査を求めることができる、とされている。これを住民監査請求という。住民監査請求があったら、監査委員は60日以内に監査を行い、請求者に結果を通知しなければならない。言うなれば、住民が行政をチェックできる仕組みである。  さらに、同法242条の2では、請求者は、住民監査請求の結果に不服がある場合、裁判所に訴えを請求することができる、とある。これを「住民監査請求前置主義」という。要するに、住民監査請求を行い、その結果に不服がある場合は、住民訴訟を起こすことができる、ということである。  制度上はそう定められているわけだが、果たしてそれはきちんと機能しているのか。  総務省が公表している「地方自治月報(60号)」によると、2018〜2020年度の3年間で、全国で住民監査請求が行われたのは、都道府県に対するものが350件、市区町村に対するものが2340件で計2690件。このうち、勧告が行われた事例はごくわずかで、それ以外は請求そのものが受理されない「却下」と、監査の結果、違法等が認められない「棄却」が大部分を占めており、一部「取り下げ」、「合議不調」などがあった。  その結果を不服として、住民訴訟が起こされた件数は、都道府県が154件、市区町村が430件で計584件。住民訴訟の結果は、却下が63件(都道府県と市区町村の合計、以下同)、棄却が189件、原告(住民側)一部勝訴が30件、全部勝訴が2件だった。残りは係争中で、それを除いた住民側全部勝訴の割合は約0・7%、一部勝訴を入れても約11%となっている。  県内では、県に対する住民監査請求が5件、市町村に対する住民監査請求が17件で、いずれも却下、棄却(一部却下、一部棄却の事例を含む)だった。県に対する5件では住民訴訟は起こされていない。市町村については17件のうち、3件で住民訴訟が起こされている。1つは田村市の違法な補助金交付に対する損害賠償請求・不当利得返還請求、2つは大熊町の海外視察費返還履行請求、3つは大熊町の不能欠損金公金損害賠償請求。地方自治月報(60号)公表時点で、大熊町の海外視察費返還履行請求は「却下」、それ以外は「係争中」となっている。  こうして見ても、住民監査請求、住民訴訟で住民側の請求が認められるケースは稀であることが分かる。県や住んでいる市町村の公金支出、事業などについて、「おかしい」と思い是正を求めようとしても、手間がかかり、裁判になれば費用もかかるうえ、認められる事例は少ないとなれば、かなりハードルが高いと言わざるを得ない。 審理のあり方 判決後に会見を行う原告団。左から2人目が久住さん。  そんな中、実際に住民訴訟を起こした関係者が問題点を指摘する。その関係者とは、前段で触れた田村市の違法な補助金交付に対する損害賠償請求・不当利得返還請求の原告。地方自治月報(60号)公表時点では「係争中」だったが、すでに判決が確定している。  この件については、本誌でも取り上げてきた経緯がある。田村市大越町に建設されたバイオマス発電所をめぐる問題だ。同発電所は、国内他所でバイオマス発電の実績がある「タケエイ」の子会社「田村バイオマスエナジー」が運営しており、市は同社に補助金を支出している。  住民側は訴訟で「事業者はバグフィルターとHEPAフィルターの二重の安全対策を講じると説明しているが、安全確保の面でのHEPAフィルター設置には疑問がある。ゆえに、事業者が説明する『安全対策』には虚偽があり、虚偽の説明に基づく補助金支出は不当」として、市(訴訟提起時は本田仁一前市長、判決時は白石高司市長)に、補助金約17億円を返還するよう求めた。  住民側の基本姿勢は「除染目的のバイオマス発電事業に反対」というもので、バイオマス発電のプラントは基本的には焼却炉と一緒のため、「除染されていない県内の森林から切り出した燃料を使えば放射能の拡散につながる」としている。そうした背景から、反対運動を展開し、住民訴訟を起こすに至ったのである。  同訴訟は昨年1月の一審判決、今年2月の二審判決ともに住民側の請求が棄却され、判決が確定した。その際、住民側は「実地検証や本田仁一市長(当時)の証人喚問を求めたが、いずれも却下された。バグフィルターとHEPAフィルターに関する各種資料提出を求めたが、必要ないとされた。とても、適正な審理が行われたとは言い難い。にもかかわらず、判決では『安全対策は機能している』として請求が棄却された。納得できない」と話していた。  同訴訟の原告(住民)代表の久住秀司さんはこう話す。  「原告(住民)側と被告(行政)側の対応力や訴訟費用の負担力などの違いもあるが、実際はそれだけではないと思います。司法権の独立は絵空事に過ぎず、司法の行政に対する追従・忖度が多いことが、われわれだけでなく、全国各地の住民訴訟の結果に表れているのではないでしょうか。これでは行政に対する住民のチェック制度として認められている住民訴訟が、建前だけの空虚なものになってしまいます」  そう問題点を指摘したうえで、久住さんはこう続けた。  「そこで提言したいのが、住民訴訟において原告側・被告側のいずれからであっても、現場検証、証人尋問等の申請が出された際は、真実追求のために原則的に裁判所はそれを実施する義務があることを明文化すべき、ということです。裁判所はあくまでも真実追求の場であってほしいと願います」  前述したように、ルール上は住民が行政をチェックできる仕組みがあるが、かなりハードルは高い。一方で、住民にはもう1つできることがある。それは、適正な行政執行をする首長、それを厳しくチェックする議会(議員)を選ぶこと。選挙でそれを見極める力が求められる。

  • 福島市役所【農業振興課】で陰湿パワハラ

    福島市役所【農業振興課】で陰湿パワハラ

     福島市役所に勤めていた会計年度任用職員の男性が、上司から大声で怒鳴られるなどの対応を取られたことで精神的ストレスを抱え、任期を迎える前に自主退職した。男性は「同市役所のパワハラ対策には欠陥がある」と訴える。 救済策で差を付けられる非正規職員  福島市で上司からパワハラを受けたと訴えるのは三条徹さん(仮名、44)。奥羽大卒。民間企業を経て、警察官を目指したものの叶わなかったため、国や県の非正規職員として働いてきた。福島市には2年前に会計年度任用職員として採用され、農業振興課生産振興係で勤務していた。  仕事内容は正規職員の事務補助。1年目に課長から頼まれてチラシの新しい整理方法を導入したところ、市長賞を受賞しやりがいを感じた。食堂、売店などが整備されていて働きやすかった。そのため2年目も継続して働くことにした。  ところが、その直後から、直属の上司である係長の態度が急変した。  他の職員とは冗談を言いながら話すときもあるのに、三条さん相手となると、不機嫌そうな表情を浮かべる。仕事の報告・面談時間の確認に対し、「そんなこと俺知らねえし」、「面談でも何でも結構でございますけどー」などと返された。  毎年実施している作業や、他の正規職員から頼まれた作業に従事しているときも、「なぜそんな無駄なことをやっているのか」、「そんな作業は他に仕事がないときにやってください!」と三条さんだけ怒鳴られた。次第に三条さんは係長と話すことに恐怖心を抱くようになった。  「私の仕事ぶりがダメで、つい注意してしまうというなら、いっそ1年目が終わった時点で契約を打ち切ってほしかった」(三条さん)  この係長は特定の職員に厳しく当たる癖があり、前年まで三条さんはその姿を他人事のように見ていた。  例えば別部署に異動した後も残務処理のため、たびたび農業振興課に訪れていた職員がいた。係長は顔を合わせるたび「まずあんたのことが信用できない。どうやったら私に信用してもらえるか考えないと」と繰り返し注意していた。「それだけ言われるということは仕事が遅い人なのだな。ダメな人だな」と思っていた。  しばらくすると、別の若手職員が連日注意されるようになった。「何でやってないの!? 君の言うことは信用できないし、聞くに値しない!」と怒鳴る声が、部署の端にいる三条さんにも聞こえて来た。若手職員は新年度、別の部署に異動していった。「大変だな」と見ていたが、まさか次は自分が厳しく言われる側に回るとは考えていなかった。  「自分が至らないから係長にこれだけ怒られるのだ」と言い聞かせて仕事を続けていた三条さんだったが、昨年12月ごろになると、毎日のように理不尽な理由で怒られるようになった。精神的に限界を迎えた三条さんは人事課に駆け込み相談した。改善につながることを期待したが、そうしている間に、三条さんにとって決定的な出来事が起きた。  三条さんの始業時間は9時15分。毎朝、始業時間の少し前に出勤し、カウンターをアルコールで拭き、鉢植えの花に水をあげ、周りを雑巾で拭いてから、新聞のスクラップをするのがルーチンワークだった。  ところが、その日に限って係長が始業時間前に三条さんを呼び止め、「新聞のスクラップは終わったのか!?」と尋ねた。「私の始業時間は9時15分からでは……」と恐る恐る答えると、嫌みを込めたトーンで「それは大変申し訳ありませんでした」と言われた。  勤怠状況を管理しているのは係長で、始業時間を知らないはずはない。連日さまざまな理由で怒鳴られていたが、ついに始業開始前から始まるルーチンワークにまでイチャモンを付けられるようになったのか――。心が折れた三条さんは課長に抗議の意味を込めて辞表を提出した。  当初、課長は係長のパワハラについて「気付かなかった」として、「有休を使って休んでいる間に考えよう」と退職を考え直すよう言ってくれた。だが、1月に入ると態度を一変。「辞表は受理してしまったし、気に入らないことがあると辞表を出す人間だと課に知れ渡ってしまった。課のみんなもどう接していいか分からない」と突き放された。  やむなく正式に退職の事務手続きを進めるため、人事課を訪ねると、前回相談した職員が顔を出し、「すみません、あの後、コロナになっちゃって」と謝ってきた。精神的に限界を迎えて相談したにもかかわらず、他の職員への引き継ぎも行われず、放置されたままになっていたのだ。  「せめて一言連絡しようとは考えなかったのか、不思議でなりません」(三条さん)  あらためて同市の形式にのっとった辞表を提出するよう求められ、人事課職員に言われた通り、退職理由を「一身上の都合により」と書いて提出。結局、1月末で退職した。  離職後、失業保険の手続きや転職先探しのためにハローワークに行った三条さんは退職理由の詳細を聞かれて、素直に「パワハラを受けたから」と答えた。退職理由を書き換えるための申立書を渡されたので、係長にパワハラを受けたこと、人事課に相談に乗ってもらえなかったことを書いて市に送った。市からの返事は、所属長である農業振興課長による「パワハラではなく『指導』の範囲内だった」というものだった。  「パワハラについて『気付かなかった』と話していた課長がなぜ『指導の範囲内だった』と言えるのでしょうか。辞表提出後、課長は『今回の件で俺の評定も下がっただろう』とも話していたが、『指導の範囲内』なら評定が下がるわけがありませんよね。いろいろ矛盾しているんです」(三条さん) 周知不足の相談窓口 福島市役所  実は福島市役所内にはパワハラなどのハラスメントの被害に遭った職員の相談を受ける窓口があった。  一つは公平委員会。地方公務員法第7条に基づき、職員の利益保護と公正な人事権の行使を保護するための第三者機関として設置されている。主な業務は①勤務条件に関する措置の要求、②不利益処分についての審査請求、③苦情相談。福島市の場合、総務課が担当課になっている。苦情を申し立てれば、双方に事情を聞くなどの対応を取ってもらえたはずだ。  だが、三条さんは在職時に公平委員会の存在を知らず、人事課の担当者に相談した際も紹介されることはなかった。  市では3年ほど前から、パワハラ被害などに悩む市職員に、弁護士を紹介する取り組みも始めている。ところが、ポスターなどで周知されているわけではなく、正規職員に支給されるパソコンでのみ表示される仕組みになっていた。会計年度任用職員には、個別のパソコンを支給されていない。そのため、三条さんはそんな制度があることすら知らなかった。退職後に制度を利用させてほしいと頼んだが、「もう職員じゃないので難しい」と断られた。  福島市役所職員労働組合は正規職員により構成されているが、会計年度任用職員からの相談も受け付けている。ただ、三条さんは市職労に相談しようと思いつきもしなかった。  パワハラ自体の問題に加え、相談窓口が十分に周知されていない問題もあることが分かる。  「このままでは自分と同じような目に遭う職員が出る」。三条さんは木幡浩市長宛てに再発防止策を講じるよう手紙を出したほか、市総務課に公益通報したが、何の回答もなかった。労働基準監督署や県労働委員会に行って、「もし福島市職員からパワハラ相談があったら、相談窓口があることを教えてください」と伝えた。マスコミにもメールで情報提供したが、動きは鈍かった。 木幡浩市長  ちなみに本誌にもメールを送ったそうだが、システムのトラブルなのかメールは届いていなかった。唯一月刊タクティクス7月号で報じられたが、大きな話題になることはなく、あらためて本誌に情報提供したという経緯だった。  元会計年度任用職員の訴えを市はどう受け止めるのか。人事課の担当者はこのように話す。  「当事者(三条さん)から相談を受けた後、所属長である農業振興課長が係長に聞き取りしたが、本人は発言の内容をはっきり覚えていませんでした。多少大きな声で指導したのかもしれませんが、捉え方は人によって異なるし、それが果たしてパワハラに当たるのかどうか。人事課では農業振興課長と面談し対策を講じようとしていたが、(三条さんが)辞表を提出した。展開が早くて、弁護士の制度を紹介したり、パワハラの有無を調査する間もなかった、というのが正直なところです。パワハラがあったかどうかは、市としても顧問弁護士などと相談して検討する話。双方にしっかり話を聞くなど、調査を行わずに断言はできません」  パワハラの事実を認めないばかりか、人事課で相談を放置していたことを棚に上げ、「調査する前に退職したのでパワハラの有無は分からない」と主張しているわけ。  ちなみに人事課への相談が放置されていた件に関しては「人事に関する相談はデリケートな問題なので、一つの案件を一人で継続して担当するようにしている。そうした中でうまく引き継ぐことができなかった」と他人事のように話した。 「誰にでも大声を出していた」  一方でこの担当者はこのようにも説明した。  「農業振興課長の報告によると、係長は興奮すると誰にでも大きな声を出して熱くなることがあった。その人だけに嫌がらせをしていたわけではないという意味で、パワハラと言い切れるのだろうか、と。そういう点からも、市としては、『一連の対応はパワハラではなく業務上の範囲内だった』という認識ですが、態度によってはパワハラと受け取られる可能性があるということで、あらためて農業振興課長が係長に指導を行いました」  三条さんだけでなく、誰にでも大声で怒鳴ることがある職員だったのでパワハラには当たらない、というのだ。厚生労働省によると、パワハラの定義は「職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為」。市の解釈だと、特定の人物に対してでなければ、どれだけ精神的苦痛を与えてもパワハラには当てはまらないことになる。  人事課担当者は「管理職を対象としたハラスメント研修を定期的に実施している」と話すが、この間のやり取りを踏まえると、正しい知識のもとで行われているか疑問だ。  気になったのは、人事課の担当者が、三条さんが退職した経緯についてこのように述べたことだ。  「(三条さんは)係長への抗議的な意味合いで辞表を出したようですが、同じ部署で働きづらい部分もあるし、もうやめるしかないんじゃないか、という流れで退職に至ったと聞いています」  前述の通り、三条さんは課長から「辞表は受理してしまったし、気に入らないことがあると辞表を出す人間だと課に知れ渡ってしまった」と言われ、退職を促された、と主張していた。三条さんの見解とは違う形で報告されていることが分かる。  ちなみに課長、係長はともに今春の人事異動で農業振興課から異動になっており、どちらも降格などにはなっていなかった。  三条さんがいなくなった後の農業振興課ではどんなことが起きていたか共有され、再発防止策は講じられているのか。4月に赴任した長島晴司課長に確認したところ、「当然共有されています。ああいったことがあると、職場の雰囲気は悪くなるし、係の職員も疲弊する。そうした雰囲気の改善に努めており、併せてパワハラと受け取られるような指導はしないようにあらためて気を付けています」と話した。 厚労省指針は守られているのか  地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、「厚労省の指針では職場におけるハラスメントに関する相談窓口を設置して労働者に周知するよう定められている」という。  上林特任教授が執筆を担当した『コンシェルジュデスク地方公務員法』では公務員のハラスメント対策について、次のように記されている。  《部下は、パワーハラスメントを受けていても、上司に対してパワーハラスメントであることを伝えることは難しい。とりわけ、非正規職員のような有期雇用職員は、次年度以降の雇用の任命権者が直属の上司の場合が多いため、なおさら相談しにくい。したがって、上司以外の信頼できる職場の同僚、知人等の身近な人やより上位の人事当局、相談窓口等に相談することが必須となる》  《相談窓口・相談機関は、事業主の雇用管理上講ずべき措置の内容の中では重要な位置取りをしめ、厚生労働省のパワハラ防止指針では、相談への対応のための窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することとし、相談窓口担当者は、①相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること、②相談窓口については、職場におけるパワーハラスメントが現実に生じているだけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすることが求められているとしている》  昨年、市が公表した「福島市人事行政の運営等の状況について」という文書によると、2021年度における公平委員会の業務状況は、不利益処分に関する不服申立1件、職員の苦情の申立1件のみ。  職員からの苦情がない快適な職場なのか、それとも公平委員会の存在自体を知らない人が多いだけか。いずれにしても厚労省通知に定められている労働者への周知が行われているとは言い難い印象を受ける。  もっというと、会計年度任用職員にはパソコンが支給されていなかったので、弁護士相談制度に触れられなかったというのは、結果的に正規職員と非正規職員で相談窓口の案内に差が出た形になる。同じ中核市である郡山市、いわき市にも確認したが、そのような差はなかった。すぐに解消すべきではないか。  現在は福島市内の別の場所で働いている三条さん。「私のような思いをする人がこれ以上出てほしくない。いまさら謝罪や責任追及を求めているわけではない。市役所は閉鎖的でおそらく自浄作用はない。だからこそ、報道を通していかに福島市のパワハラ対応がダメか、多くの人に知ってもらい、少しでも体制改善につながればと思っている」と訴えた。福島市はまずパワハラ対策の周知から始めるべきだ。

  • 【鏡石町】議員同士の〝場外バトル〟

    鏡石町議会で、議員同士の〝場外バトル〟が勃発しているという。円谷寛議員が込山靖子議員に公開質問状を送付したというのだが、その背景には何があったのか。 議長落選者が同僚に質問状送付  任期満了に伴う鏡石町議選が昨年8月22日告示、27日投開票の日程で行われた。定数12に対し、現職6人、新人6人の計12人が立候補し、無投票で当選が決まった。その後、正副議長や常任委員長などが選任されたが、議会内のポスト絡みで議員同士の〝場外バトル〟が勃発しているという。  ある関係者はこう話す。  「円谷寛議員が込山靖子議員に公開質問状を送付したのです。その内容は、円谷議員が込山議員を糾弾するようなものです」  両議員は、どちらかと言うと議会内で近い立場にあったが、なぜ、円谷議員が込山議員に公開質問状を送付したのか。本誌はその公開質問状を入手した。内容は次の通り。   ×  ×  ×  ×  1、あなたはネットで「町はドブに金を捨てている」と主張していますが、内容をもっと詳しく教えてください。どんな無駄にいくらの金を捨てたのですか。  2、ネットで一般の人にそのように公言しながら、本定例会の本会議でも決算委員会においても、この件について一言も発言していません。これは前のネット発言でこの問題を知った町民はあなたがきっとこの問題を質してくれると思っていたのでは、と思います。これをどう説明するのですか。なぜ全く発言しないのですか。  3、あなたたち町政刷新の2人は、町議選後の8月26日、2回以上当選の議員の集まりから排除され、その中で私以外の3人はあなた(副代表)と代表の吉田孝司氏をこれからも排除することに合意しました。私はこれに反発し、「議長選に出てくれ」というあなたと吉田氏の要請で議長選に出て敗れました。その後にあなたの態度は急変しました。メールは全く返信なく電話もそそくさと切り、訪問しても玄関の中にも入れず話も聞いてくれませんでした。そのような態度の急変はなぜですか。  4、それ以上におどろいたのは相手側のあなたの変わりようです。あなた達を排除すべきことに同意していた小林議員は議長選後の人事について「込山」の名前の連発で副議長と同格とも言われる監査にも推薦する始末です。あなたを今回の決算審査特別委員長に推薦したが、あなたは辞退し、吉田氏が立候補すると、対立候補に畑氏が立候補し、吉田氏を排除しました。このように同じ会派の代表と副代表を徹底的に差別する相手の意図はどこにあると思いますか。あなたは議長選の票と監査のポストの取引はなかったのですか。  正直にお答えください。    ×  ×  ×  ×  文書(質問状)の日付は昨年10月15日付で、同月25日までの回答を求めていた。 関係者証言を基に解説 込山議員(「議会だより」より)  この内容について、本誌が関係者から聞いた話を基に解説していく。  1、2番目については、込山議員は以前、自身のSNSで「これは税金の無駄遣い」といった投稿をしたようだ。ただそれは町政についてではなく、もっと広い範囲での投稿だったという。  問題のポイントは3、4番目。吉田孝司議員と込山議員は「町政刷新かがみいし」という地域政党を組織しており、吉田議員が代表、込山議員が副代表という立場。この2人と新人議員6人を除いた4人の議員が集まった際、「吉田議員、込山議員とは一線を引く」といった話が出たようだ。それに円谷議員は反発し、そのことを吉田議員、込山議員に伝えたところ、両者から「向こう(吉田議員、込山議員とは一線を引くとした議員)に対抗するため、議長選に出てほしい。そのために支援する」旨を言われたのだという。もっともそれは円谷議員側の捉え方で、込山議員からすると、「もし、議長選に出るなら支援してもいい」程度の考えだったようだ。まず、この時点で両者の思いにズレが生じている。  ともかく、そうして円谷議員は議長選に出た。角田真美議員との一騎打ちになり、円谷議員は「どんなに少なく見積もっても4票は入るはず」と見込んでいたようだが、実際は3票しか入らず、角田議員が議長に選任された。その後、「吉田議員、込山議員とは一線を引く」としていた議員(小林政次議員)の推薦で込山議員は監査に就いた。一方で、吉田議員が決算審査特別委員長に立候補した際、「吉田議員、込山議員とは一線を引く」としていた議員らがそれを阻止した。すなわち、吉田議員の「排除」は継続されているのに、込山議員の「排除」は解除されたということができる。  そのため、込山議員は議長選で角田議員に投票する代わりに監査に推薦するといった裏約束があったのではないか、というのが3、4番目の質問の趣旨である。要するに、円谷議員は裏切られたとの思いを抱いているわけ。  もっとも、本誌が聞いた限りでは、前述したように、議長選について、込山議員は「もし、円谷議員が議長選に出るなら支援してもいい」程度の考えだったようだ。監査に就いたのは、同町議会は昨年8月の改選で、半数が新人議員になったため、2期以上の議員を優先に役職を割り振っていく中で、込山議員に役職が回ってきた、という側面もあるようだ。 当事者に聞く 円谷議員(「議会だより」より)  円谷議員に話を聞いた。  「私はネット(SNS)を見ないので分からないが、知り合いに聞いたところ、込山議員が『町はドブに金を捨てている』というようなことを書いていた、と。そういう人が監査になったので、これは見過ごせないと思い、どういう意図だったのか等々を聞こうと思いました。もう1つは、質問状に書いたように、私に議長選に出るよう要請しながら、対立候補と結託して、別の役職を得ました。さらにネットでは、私のことをだいぶ悪く書いているそう。ですから、その辺のところを明らかにしようということです」  円谷議員によると、質問状に対する回答はなかったという。  一方の込山議員はこう話していた。  「正直、誤解されている部分もあるし、いろいろと言いたいことはあります。ただ、私が反論すると、ことが大きくなりそうなので、これ以上は……」  前述したように、両議員はどちらかと言うと議会内で近い立場にあったが、これ以降はお互いがお互いを「信用できない」という状況になっているようだ。  一方で、町内では「もっとほかにやることがあるだろう」との声もあり、「仲良くやれとは言わないが、とにかく議員には『町の課題解決』を最優先に活動してほしい」といった思いを抱いている。 あわせて読みたい 【鏡石町】政治倫理審査後も続く議会の騒動

  • 選挙資金源をひた隠す内堀知事

     昨年11月に2022年分の「政治資金収支報告書」が公表された。この年の10月、福島県では知事選挙が行われたが、現職・内堀雅雄氏(59)はどのようなお金の集め方・使い方をして3選を果たしたのか。内堀氏が22年11月に県選挙管理委員会に提出した「選挙運動費用収支報告書」と併せて読み解くことで、内堀氏の選挙資金源を探っていく。(佐藤仁) パー券・会費収入を迂回寄付のカラクリ 内堀雅雄氏  2022年10月30日投開票の知事選は次のような結果だった。 当 57万6221 内堀雅雄 58 無現   7万7196 草野芳明 66 無新          投票率42・58%  自民、公明、立憲民主、国民民主の各党が推薦した内堀氏が、共産党推薦の草野氏を大差で退け3選を果たした。  票差を見ると、内堀氏にとっては楽な選挙だったと言えるのかもしれない。しかし、だからと言って選挙費用が安く上がるわけではない。選挙には、やはりお金がかかる。  選挙に立候補した人は、選挙費用をどうやって集め、何にいくら使ったかを選挙運動費用収支報告書にまとめ、選挙管理委員会に届け出る義務がある。  2022年の知事選について、内堀氏が同年11月14日に提出した同報告書を県選管で閲覧した。それをまとめたのが表①だ。内堀氏は同年9月2日から11月9日までの2カ月間で約1900万円を集め、ほぼ同額を使い切っていた。 表① 2022年知事選における内堀雅雄氏の選挙費用収支 収入(寄付)支出チャレンジふくしま1610万円人件費489万6400円県農業者政治連盟30万円家屋費278万5400円日本商工連盟10万円通信費110万9867円県商工政治連盟50万円印刷費621万0256円県中小企業政治連盟10万円広告費138万1485円県医師連盟100万円文具費2万6100円県薬剤師連盟10万円食糧費16万6865円福島市の会社役員1万円休泊費100万9020円日本弁護士政治連盟県支部5万円雑費161万3367円県歯科医師連盟100万円合計1926万円合計1919万8760円※選挙運動費用収支報告書をもとに筆者作成。収入の「福島市の会社役員」は原本 では実名で書かれているが、ここでは伏せる。  その収入は全て寄付でまかなわれており、県医師連盟と県歯科医師連盟の100万円をはじめ、各業界でつくる政治団体が5万~50万円を寄付していた。個人で1万円を寄付している人も一人いた。  100万円でもかなり多い寄付額だが、それを遥かに超える1610万円を寄付していたのが「チャレンジふくしま」(以下、チャレンジと略)という政治団体だ。全寄付額の8割超を占めている。  チャレンジとは、どういう団体なのか。  昨年11月24日に公表された2022年分の政治資金収支報告書を見ると事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「中川治男」、会計責任者は「堀切伸一」となっていた。中川氏は佐藤栄佐久知事時代に副知事を務め、福島テレビ社長などを歴任。堀切氏は栄佐久氏の元政務秘書だ。  チャレンジは2022年9月1日に設立され、2日後の同3日に「内堀雅雄政策懇話会」(以下、政策懇話会と略。同会の詳細は後述)から3150万円の寄付を受けた。そこから翌4日に内堀氏個人に1610万円を寄付。これが表①の1610万円になる。  余談になるが、内堀氏がチャレンジから寄付を受けた日付は、選挙運動費用収支報告書では9月2日、チャレンジの収支報告書では9月4日となっており、どちらが正しいのかは判然としない。また運動員への日当も、一人に15万円を払っているとしながら、内訳には「1日1000円×15日」と書かれていた。  2日の誤差、1000円と1万円の勘違いと言えばそれまでだが、このような単純ミスが起こるのは、収支報告書が未だに手書きで提出されているからだろう。政府・与党はマイナンバーカードなどデジタルを導入することで国民の個人情報を管理しようとしているが、だったら収支報告書も手書きからデジタルに切り替えれば透明性が高まり、安倍派のキックバックのような事件も防げるのではないか。  それはともかく、3150万円のうち1610万円を寄付したチャレンジは、残り1540万円を何に使ったのか。  収支報告書は「1件当たり5万円未満のもの」は詳細を記載しなくていいことになっており、チャレンジの場合、5万円を超える記載は2022年10月15日に福島市の宴会場に会場費として支払った6万6550円の1件だけだった。つまり、1540万円ものお金が何に使われたのかが全く分からないのである。  表②に収支報告書に記載されている収支内訳を記したが、人件費に662万円、備品・消耗品費に580万円、事務所費に212万円、組織活動費に77万円も支出しておいてその詳細を一切明かさないのは異様。記載しなくても済むように、1件当たりの支出を5万円未満に抑えたのだろうか。表沙汰にできない支出をしていたのではないかと疑いたくなる。 表② チャレンジの収支 収入総額3150万円(前年からの繰越額)0円(本年の収入額)3150万円支出総額3150万円翌年への繰越額0円 支出の内訳経常経費人件費662万円光熱水費9万円備品・消耗品費580万円事務所費212万円小 計1463万円政治活動費組織活動費77万円寄付1610万円小 計1687万円合 計3150万円※1万円未満は四捨五入  ちなみに、チャレンジは政策懇話会から寄付された3150万円を使い切ったあと、2022年12月31日に解散。設立から解散まで、存在期間はたった4カ月だった。 「会費方式」で集めるワケ 内堀氏が関連する政治団体の事務所(福島市豊田町)  実は、内堀氏は2018年の知事選でも「『ふくしま』復興・創生県民会議」(以下、県民会議と略)という政治団体を知事選2カ月前に設立。政策懇話会から3650万円の寄付を受け、そこから内堀氏個人に1620万円を寄付し、残り2030万円を使い切って19年4月に解散している。  県民会議の事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「中川治男」、会計責任者は「堀切伸一」。同じ場所と顔ぶれで看板だけを変え、このような組織をつくる狙いは何か。県選管に尋ねてみると、  「チャレンジがどういう目的で設立されたかは分かりません。政策懇話会からチャレンジを経由して、内堀氏個人に寄付が行われた理由ですか? うーん、分かりませんね」  県選管によると、政策懇話会から内堀氏個人に寄付するのは政治資金規正法上問題ないという。にもかかわらず、わざわざチャレンジや県民会議をつくり、そこを経由して内堀氏個人に寄付するのは奇妙だ。  迂回寄付の大元になっている政策懇話会は内堀氏の資金管理団体(公職の候補者が政治資金の提供を受けるためにつくる団体。政治家一人につき一つしかつくれない)で、昨年11月24日に公表された2022年分の政治資金収支報告書を見ると、こちらも事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「内堀雅雄」、会計責任者は「堀切伸一」となっていた。  知事選挙が行われた2022年、政策懇話会は5月14日に福島市内で政治資金パーティー(内堀雅雄知事を励ます会)を開き、2059万円の収入を得ていた。パーティー券を購入したのは687人。1枚いくらかは分からないが、金額を人数で割ると2万9970円になる。  収支報告書には20万円を超える購入者の団体と金額が書かれていた。  県農業者政治連盟 149万円 連合福島     100万円 県建設業協会     61万円 県医師連盟      40万円  政治資金パーティーは2021、20年も開催されたのか、政策懇話会の過去の収支報告書を見たが記載はなかった。新型コロナの影響で自粛したとみられるが、18年の知事選では同年、前年、前々年と開催し、それぞれ3000万円前後の収入を得ていた。  政策懇話会には政治資金パーティーとは別の収入源もある。「個人の負担する党費又は会費」だ。収支報告書によると、2022年は153人から763万円を集めていた。割り算すると4万9869円だが、21年は153人から765万円、20年は157人から785万円を集め、こちらは割り算するとぴったり5万円になる。  つまり、政策懇話会は会員から年5万円の会費を集め、それが第2の収入源になっているのだが、ここに内堀氏の策略を感じるのである。  と言うのも、政治資金規正法では5万円を超える個人寄付者は名前、住所、職業、金額、寄付日を収支報告書に記載しなければならないと定めているが、5万円までの寄付なら記載しなくてもいい。  さらに言うと、政策懇話会の場合は「寄付」ではなく「会費」として集めており、会費は総額と人数だけを記載すればいいため、誰が払っているかは一切分からない。県選管にも確認したが「会費なら個人名等を書く必要はなく、金額も総額だけ書けば問題ない」。  そうやって内堀氏は①名前等を明かさずに済む5万円ぴったりに金額を設定しつつ、②寄付ではなく会費として集める――という〝二重のガード〟で資金協力者が誰なのかを隠しているのだ。 「特殊な手法」と専門家 政治学が専門の東北大学大学院情報科学研究科の河村和徳准教授  これについては、朝日新聞デジタル(2022年10月24日)が「1人5万円超でも匿名で政治資金集めが可能 埼玉で続く『会費方式』」との見出しで《5万円を超える寄付を受け取ると明かさなければいけない相手の名前が、政治団体の会費として受け取る場合は明かさなくてよい。埼玉県内の複数の政治家が、そんな政治資金の集め方をしていた》《こうした「会費方式」での資金集めについて、政治資金に詳しい岩井奉信・日本大名誉教授(政治学)は「あまり見たことがない」としつつ、「寄付ではなく会費として集めれば5万円を超えていても匿名のままで収入にできるという意味で、法の抜け道になっていると言える」》と問題提起している。  政策懇話会も、もしかすると5万円を超える多額の会費を払っている会員がいるかもしれない。それを寄付ではなく会費にすり替えて名前等の記載を避けているとすれば、法の穴を突いた狡猾なやり方と言えるのではないか。  試しに、内堀氏と同じように会費で集めている政治団体が他にもあるか確認してみたが、国会議員の政治団体の収支報告書には金額に差はあるものの数十万円から数百万円の記載があった。ただ、これは会費ではなく党費と思われ、金額も1人1000~2000円と少額だった。木幡浩・福島市長と品川萬里・郡山市長の収支報告書も見たが、会費の記載はなく、木幡氏は5万円を超える個人寄付者の名前等をきちんと記載していた。  内堀氏の特殊なお金の集め方を、政治学が専門の東北大学大学院情報科学研究科の河村和徳准教授は次のように解説する。  「内堀氏は寄付ではなく会費にすることで、誰が多くお金を出したとか、あの人は少ないとか、金額の多寡を見えなくしているように感じます。例えば、多く寄付した人は知事に言うことを聞いてもらえるんじゃないかと妙な期待をするし、少なかった人は収支報告書に名前が載ることで嫌な思いをする人もいるかもしれません。推測にすぎませんが、寄付額を正直に記載し、それが原因で支持者の関係がギクシャクした過去を陣営内で共有していた可能性もあります。ややこしさを一掃する点から、名前等を明かさずに済む会費として集めているのではないでしょうか」  河村准教授によると、背景には内堀氏が共産党を除く政党の相乗りで立候補していることが関係しているのではないかという。どこかの政党が突出して支援する形ではなく、内堀氏が好んで使うフレーズ「オールふくしま」で知事選に臨んでいることを対外的に見せるため、選挙資金も誰が多い・少ないではなく、みんなに支えられている形を取りたいのではないか、と。  「会費の額は割り算すると1人5万円。これなら『名もなき大勢の人たちが同じ会費を払って自分を支えてくれている』という印象を与えられます。アメリカのオバマ元大統領以降、広く普及した手法です」(同)  わざわざチャレンジや県民会議を経由して内堀氏個人に迂回寄付しているのも、お金の「出所」だけでなく「流れ」も見えにくくしたい都合が反映されているのかもしれないという。  「内堀氏は元総務官僚なので下手なことをしているとは思わないが、この手法はまわりくどく、全国的に珍しい。自身に還流させていると疑念を持たれる可能性もあるので、良い手法のようには思えません」(同)  ついでに言うと、内堀氏の名前がつく政治団体はもう一つある。「内堀雅雄連合後援会」。昨年11月24日に公表された2022年分の政治資金収支報告書を見ると、事務所は「福島市豊田町1―33」、代表者は「中川治男」、会計責任者は「堀切伸一」。  連合後援会の過去3年分の収支報告書を見ると、2020、21年は収入がなく、人件費や事務所費などを支出しているのみだったが、22年は4月1日に政策懇話会から300万円の寄付を受けていた。知事選挙のある年だけ活動しているようだ。  別掲の図は政策懇話会、チャレンジ、連合後援会、内堀氏の間でどのようにお金が流れているかを示したものだ。政策懇話会が政治資金パーティーと会費で資金をつくり、それがチャレンジに寄付されたあと、内堀氏個人に迂回寄付されたり、連合後援会の活動資金に充てられている構図がお分かりいただけると思う。 選挙費用を何に使ったか  こうして集められたお金は、知事選挙でどのように使われたのか。再び表①の支出をご覧いただきたい。  支出総額は1919万円。最も多かった支出は人件費で489万円だった。中身を見ると車上運動員に1日1万~1万5000円、事務員に同9000~1万円を払っていた。告示日の10月13日に461人に5000円の日当を払っているのはポスター張りとみられる。  次に多い支出は印刷費で、表では621万円となっているが、このうち249万円は公費負担の法定ビラと法定ポスターに当たるため、実際に内堀氏が支出した分は約371万円になる。福島市と郡山市の広告代理店が請け負っていた。  3番目は家屋費で、選挙事務所の開設(事務所賃貸料、電話設備代、備品レンタル代、火災保険料)や総決起集会を開いたホテルなどに会場費として払っていた。  そのほかはコーヒーやお茶、駐車料金やガソリンなどの雑費、チラシ折り込みや看板製作などの広告費、切手や郵便などの通信費、運動員の宿泊に支出された休泊費が100万円台で続いていた。  内堀氏の選挙費用約1900万円が多いのか・少ないのかは、県土の広さや人口の密集具合などによって選挙運動の大変さも変わってくるので一概には論じづらい。ただ、東北各県の知事が選挙費用をいくら使ったか見ると、村井嘉浩・宮城県知事(選挙実施日2021年10月31日、以下同)499万円、佐竹敬久・秋田県知事(同年4月4日)1737万円、吉村美栄子・山形県知事(同年1月24日)1793万円で内堀氏が最も多かった(達増拓也・岩手県知事は2023年9月、宮下宗一郎・青森県知事は同年6月が選挙だったため、選挙運動費用収支報告書はまだ公表されていない)。  これだけを比べるのは不公平なので、東北各県の知事の資金管理団体の収入も比べると(2022年分の政治資金収支報告書より)、佐竹秋田県知事4680万円、吉村山形県知事3562万円、内堀知事2822万円、村井宮城県知事428万円、達増岩手県知事180万円となっている(宮下青森県知事は2022年に届け出ている資金管理団体がなかった)。福島より面積が狭く、人口も少ない秋田、山形の知事が多くの収入を得ているのは興味深い。 クリーンさを〝演出〟  ついでと言っては何だが、内堀氏個人のお金にも目を向けてみたい。  知事は保有する資産等(土地、建物、預貯金、有価証券、自動車、貸付金、借入金)の内容や前年1年間の所得、会社から報酬を得ている場合はその会社に関する情報を報告する義務がある。内堀氏は県に資産報告書(2023年2月17日付)と資産等補充報告書(同年4月21日付)を提出しているが、目に付くのは八十二銀行の株券1000株、普通自動車1台、給与所得1798万円、出演料28万円のみ。もっとも預貯金は0円となっているが、普通預金と当座預金を除く預貯金(定期預金)を報告すればよく、土地や建物、有価証券や自動車も家族名義にしていれば報告義務がない。結局、内堀氏の実質的な資産はこの報告書だけでは分からない。  退職金はどうか。知事は1期4年務めるごとに退職金が支給される。金額は条例により「月額報酬(132万円)×在職月数(48カ月)×支給率(0・536)」=3396万0960円と定められている。現在、知事報酬は15%減額され、月112万2000円となっているが、退職金額は減額前の132万円をもとに計算される。  退職金は本人の申し出により通算で受け取ることも可能だが、内堀氏はどうしているのか。県福利厚生室に問い合わせると「個人情報に当たるのでお答えできない」。  内堀氏が知事選挙でどうやってお金を集め、何にいくら使ったのか、お分かりいただけただろうか。もっとも、ここで取り上げたのは公表の義務がある「オモテのカネ」で「ウラのカネ」がどうなっているのかは分からない。昔と違って今はお金をかけない選挙が当たり前だが、それでも知事選挙の費用が約1900万円で収まるとは考えにくい。  政治資金収支報告書は、収支が公表されているようで実際は何に使われているか分からない部分が多い。そこは法の不備が原因なので、内堀氏の責任ではないが、一つ言えるのは、内堀氏がクリーンな印象を持たれているのは「法律に基づいて公表すべき部分だけを公表している」からそう見えているに過ぎないということだ。正しくは「現行の法律下ではクリーンに見えるが、実際はどのようなお金の集め方・使い方をしているか分からない」と言うべきではないか。寄付ではなく会費で徴収したり、わざわざチャレンジや県民会議をつくってクリーンさを〝演出〟しているのが、その証拠である。 ※内堀雅雄後援会の中川治男氏と堀切伸一氏に、チャレンジを設立した理由や政策懇話会からチャレンジを経由して内堀氏に迂回寄付した理由など五つの質問を文書で行ったが、期日までに返答はなかった。

  • 【自民党裏金疑惑】福島県政界への影響

     自民党派閥の政治資金パーティー収入を巡る裏金疑惑。疑惑の背景や本県への影響、さらには野党が台頭できない理由などについて、東北大学大学院情報科学研究科准教授で、政治学が専門の河村和徳氏に解説してもらった。(志賀) 河村和徳東北大准教授に聞く 河村和徳東北大准教授  裏金疑惑が表面化した発端は、2022年11月にしんぶん赤旗日曜版が掲載した調査報道記事と、それを受けて独自調査を行った上脇博之・神戸学院大教授の告発状だった。  自民党5派閥が政治資金パーティーの収入を政治資金収支報告書に過小記載していたとする内容で、今年11月には東京地検特捜部が担当者への任意の事情聴取を進めていることが報じられた。  その後、5派閥の中でも最大会派である安倍派の2021年政治資金パーティーの収入額が著しく少ないこと、さらには議員ごとにパーティー券の販売ノルマが設定されており、ノルマを超えた分の収入を議員側に還流(キックバック)していたことが報道により明らかにされた。  政治資金収支報告書に記載されず〝裏金〟と化した金額は5年間で5億円に上り、議員ごとの金額は数千万円から数万円と差があるものの、所属議員の大半が受領したとみられている。12月14日には岸田文雄首相が安倍派所属の閣僚4人、副大臣5人を事実上更迭した。  県関係国会議員のうち、安倍派に所属するのは衆院議員の亀岡偉民氏(5期、比例東北ブロック)、上杉謙太郎氏(2期、比例東北ブロック)、菅家一郎氏(4期、比例東北ブロック)、吉野正芳氏(8期、旧福島5区)、参院議員の森雅子氏(3期、県選挙区)。ちなみに衆院議員の根本匠氏(9期、旧福島2区)は岸田派、参院議員の佐藤正久氏(3期、比例)は茂木派、星北斗氏(1期、県選挙区)は無派閥。  自民党県連会長の亀岡氏は12月16日、自身の連合後援会会合で、「自民党所属の県関係国会議員に疑惑について聞き取りをしたところ、確認が取れた議員全員が『裏金はやっておりません』としっかり返事していた」と話したという(福島民報12月17日付)。確認が取れた議員数は「9割程度」とのことで、自らの疑惑も否定した。 自民党県連会長を務める亀岡偉民氏  安倍派の衆院議員・宮沢博行氏(比例東海ブロック)は派閥から〝かん口令〟が出されていることを明かしていたが、亀岡氏は「口止めはないと思う」と答えた。「安倍派所属議員の大半が受領した」という情報は誤りなのか。12月19日には東京地検特捜部が安倍派と二階派の事務所の家宅捜索を行い、複数の議員秘書や受領したとされる議員にも取り調べを行っているというので、今後新たな情報が出てくる可能性もある。  政治学の専門家は現在進行形の疑惑についてどう見ているのか。東北大学大学院情報科学研究科准教授の河村和徳氏は次のように語る。  「国民はインボイスやマイナンバーカードへの対応を迫られているのに、国会議員が不透明な手書きの政治資金収支報告書を使い続けていいという話はない。多数の記載漏れがスルーされていたことを踏まえ、この機会にデジタル化に踏み切るべきだと考えます。お金の出し入れがあった時点で自動的に記録される仕組みにすれば、記載漏れは起こりえない。マスコミなどでの検証もやりやすくなるので、チェック体制が整えられると思います」  「安倍派重鎮の森喜朗元首相の力が大きすぎたため、所属議員のタガが外されたのではないか」と指摘し、本県関係国会議員が裏金を受け取っていたかどうかは「今の段階では何とも言えない」としながらも、「次期衆院選への影響はとてつもなく大きいだろう」と分析する。  「亀岡氏は福島新1区で対決する立憲民主党の金子恵美氏(3期、旧福島1区)になかなか勝てていないし、根本氏は福島新2区で玄葉光一郎氏(10期、旧福島3区)と激突することになり、正念場を迎える。菅家氏は立憲民主党の小熊慎司氏(4期、旧福島4区)に勝ったり負けたりを繰り返しており今一つ。吉野氏は健康状態に不安を抱える。彼らが裏金を受け取っていないのか判然としませんが、県議選の時点ですでに岸田政権・自民党への逆風ムードが漂っていたことを考えると、次期衆院選はかなりの苦戦を強いられると思われます」  時事通信が12月8~11日に実施した世論調査によると、岸田内閣の支持率は17・1%で、2012年12月の自民党政権復帰後の調査で最低を更新した。内閣支持率2割台以下は政権維持の危険水域とされる。自民党議員にとって、大きな逆風となりそうだ。  加えて裏金疑惑が地方議会レベルにも波及する可能性を指摘する。  「中選挙区時代、国会議員と地方議会議員はギブアンドテイクの関係で戦っていた。その名残は小選挙区比例代表並立制となった今も残っている。実際、元新潟県知事で衆院議員の泉田裕彦氏(比例北陸信越ブロック)が衆院選に立候補時、自民党県議から献金を要求されたことが話題になりました。国会議員の懐に入った裏金の使い道を考えるうえで、地方議会議員や県連に対する寄付を疑うのは自然なこと。裏金疑惑が騒動になり、全国の県連、県議が慌てて政治資金収支報告書をチェックし、訂正しているところです。福島県も他人事ではないと思います」  この言葉通り、12月20日には自民党宮城県連に所属する県議4人が県連から受け取った寄付金を政治資金収支報告書に記載しておらず、報告書を訂正していたことが分かった。同県連によると、寄付金は安倍派と同様の構図で、同県連が開いた政治資金パーティーの収入からキックバックしたものだという。  本県においても、自民党県連が2022年分の政治資金収支報告書について、20万円を超える政治資金パーティー券を購入した4団体の名前の記載漏れがあったとして、県選挙管理委員会に訂正を届け出た(12月12日付)。パーティー券購入団体からの指摘を受けて不記載が判明したもの。政治資金規正法では政治資金パーティーについて20万円超の収入は支払者の氏名などを収支報告書に記載するよう定めている。ただ、全体の収支金額は変わらないという。 追及しきれない野党 玄葉光一郎氏  報道を通して伝わってくる自民党の内情にはただただ呆れるばかりだが、それ以上に驚かされるのは、それを追及しきれない野党の存在感の無さだ。  東京地検特捜部の捜査やそのリークを基にしたマスコミのニュースは大きく話題になる一方で、事ここに及んでも、岸田首相退陣、さらには「自民党には任せておけない」という機運が盛り上がっていないように感じる。  河村氏はその理由を「前述した政治資金収支報告書のデジタル化など、具体的な制度の変更を野党が発信しないからだ」と分析する。  「政府・与党で不祥事が発覚したとき、野党がきちんと改革案を出せるかがポイントになる。なぜなら、改革案を出さないと『野党も実は自民党と同じようにキックバックで裏金を作っていたんじゃないの』と有権者に見られてしまうからです。特に一番危機感を持つべきなのは、小沢一郎氏(18期、比例東北ブロック)など自民党経験者で、自民党のノウハウを継承しているとみられる政治家たちでしょう。玄葉光一郎氏だって県議時代は自民党に所属していたわけだから、何も発言しなければ〝同じ穴のムジナ〟と見られてしまいます」  野党の存在感の無さの象徴として河村准教授が指摘するのは、調査力の弱さだ。優秀な政治家は独自の調査組織を持ち、企業関係者や大学教授などのブレーンを抱えている。  ところが、現在の野党は降って湧いた週刊誌・新聞ネタを追随して追及するばかり。だから「与党の揚げ足取り」というイメージを払しょくできない。  「特に玄葉氏は30年以上議員をやっているが、政策提言する『チーム玄葉』のような形が見えてこない。最近では、元外相としてテレビで解説する姿を目にするようになっており、これでは過去の政治家と見られてしまう。一方、日本維新の会は価値観的には自民党とそんなに変わらないが、改革路線を打ち出し、40~50代の現役世代が党の主要ポストに就いている点が支持されている。かつてこの世代の受け皿になっていたのは旧民主党でしたが、所属メンバーが年齢を重ねたことでこの世代の共感を得にくくなっていると考えられます。若手の育成ができなかったのが、いまになって響いているのではないでしょうか」  玄葉衆院議員に関しては数年前から知事転身説が囁かれている。本誌2023年8月号で、玄葉衆院議員は次のように語っている。  「確かに皆さんのところを回っていると『首相になれないなら知事選に』と言われます。ただ、今後どうしていくかはこれからの話。いずれにしても、まずは次の総選挙です。選挙区で勝たないと、自分にとっての『次の展望』はない。選挙区で必ず勝つ。そうでないと『次の展望』もないと思っています」  周囲から知事転身を勧められていることを認めつつ、明確には言及しなかったわけだが、仮に知事選に転身することがあればかなり苦労するのではないか、というのが河村氏の見立てだ。 内堀県政の限界  「福島県は原発事故をめぐって、国との交渉の機会が多い。現知事の内堀雅雄氏は副知事時代も含め、当時の経緯をすべて知っているので、国に対してファイティングポーズを取りつつ国と交渉できるタフネゴシエーターです。名護市辺野古への新基地建設問題をめぐって政府と対立した沖縄県のような、決定的な亀裂は生じさせない。属人的な仕事ぶりで国との交渉を乗り切ってきたと言えます。仮に国会議員や県議が後釜に就いたところで、『あなたは内堀氏ほど仕事ができますか?』という問いを突き付けられることになる。野党の国会議員となると、なおさらでしょう」  一方で、内堀県政についてはこのようにも話す。  「元自治・総務官僚ならではのバランスの良さ、手堅さは評価されるが、それは一部からの批判を受けるかもしれない大胆な提案はなかなかしないことと裏腹と言える。例えば、浜通りを舞台につくば市のスーパーシティ特区のような大胆な取り組みをやってもよかったですよね。でも、そうすると『浜通りにばっかり力を入れて』と批判されることになる。そういう意味で、県議や県民からアイデアを募り競争させ、県の振興につなげる仕組みを仕掛けるべきかと思います。行政頼みの福島再生に陥らないようにするのが内堀県政の最大の課題かなと感じます」  自民党の政治資金パーティーをめぐる裏金疑惑とともに幕を開けた2024年。9月には自民党総裁選が控えている。  支持率が低迷する岸田氏が総裁選に出馬できるのか、それとも断念するのか。裏金問題で大量の辞職者が出て、全国のあちらこちらで補選が行われることも考えられる。  もちろん、衆院が解散される可能性もある。東京地検特捜部の今後の捜査の展開や政治資金関係の改革の状況によって、福島県政界にも影響は及びそうだ。

  • 今度は矢吹町長選に立候補した小西彦次氏

     任期満了に伴う矢吹町長選が昨年12月19日に告示され、無所属の現職で再選を目指す蛭田泰昭氏(65)と、無所属の新人で兵庫県伊丹市の会社役員小西彦治氏(52)が立候補した。  同町長選に関しては無投票が濃厚とされていたが、直前になって小西氏が立候補を表明した。記事執筆時点(12月下旬)では選挙の結果は出ていないが、おそらく蛭田氏が順当に当選を果たしているだろう。  というのも、小西氏はさまざまな市町村の首長選に立候補しては、ほとんど選挙活動を行わず、落選する行為を繰り返しているのだ。選挙・政治情報サイト「選挙ドットコム」によると、小西氏が昨年立候補した選挙は以下の通り。  4月9日兵庫県議選 得票数=2737票  4月23日伊丹市議選(兵庫県) 得票数=430票  9月3日松阪市長選(三重県) 得票数=7121票  10月1日総社市長選(岡山県) 得票数=2268票  10月15日精華町長選(京都府) 得票数=2380票  10月29日時津町長選(長崎県) 得票数=488票  11月12日大熊町長選 得票数=394票  11月26日いなべ市長選(三重県) 得票数=2336票  いなべ市長選では得票率17・6%で、それなりの票を得ている。  小西氏は兵庫県伊丹市出身、同市在住。神戸大大学院修了。伊丹市議2期。兵庫県議1期。トラブルメーカーとして有名で、ネット検索するとさまざまなところで問題を起こしてきた様子がうかがえる。  何が目的でこれほど立候補を重ねているのか。ネットで囁かれているのは「狙いは公費負担ではないか」というものだ。  2020年の公選法改正で、町村長・町村議選においても、知事選や県議選などと同様に選挙運動用自家用車の使用、ポスター・ビラの作成が公費負担の対象となった。  例えば、ポスター印刷費用の公費負担は相場より高めに設定されており、選管が現物チェックを行うわけでもない。そのため、安く印刷できた場合でも申請次第で上限の金額を受け取れる。  供託金没収点(有効投票数の10分の1)を上回れば供託金を支払わなくて済むばかりか、前記の費用が支払われることになる。普通に考えれば、知らない場所から立候補して票が集まるわけがないのだが、今回の矢吹町長選のように、無投票の公算が高いところに立候補すれば、対立候補の批判票の受け皿となるので、得票数が伸び、供託金没収点を超えやすくなる。  大熊町長選では選挙ポスターを一通り掲示板に貼ると、そのまま兵庫県の自宅に戻り、インターネットでの情報発信すらなかったとされる。  大熊町選管によると、ポスターやビラの印刷費用、選挙カー費用(借り上げ1日約1万6000円、運転手1日約1万2000円)など約63万円分の請求書が届いた。その後、ポスター・ビラの請求書は撤回したとのことだが、選挙カー関連費用約28万円は支払われたという。  矢吹町の有権者数は約1万4000人。4年前の町長選の投票率は63・3%。仮に今回の投票率を60%とすると、供託金没収点は840票になる。現職・蛭田氏に関しては、1期4年間で離れていった支持者も少なくないため、「小西氏が現町政に対する批判票の受け皿になるのではないか」と見る向きもある。  これまで県内で無投票になりそうな選挙に突如立候補する人物といえば郡山市在住の実業家髙橋翔氏だった(本誌2022年8月号参照)。だが、今後は小西を見かける機会も増えそうだ。

  • 国見町百条委の注目は町職員の刑事告発の有無

     国見町が救急車を研究開発し、リースする事業を中止した問題は、1月26日に議会が設置した調査特別委員会(百条委員会)で受託業者側の証人喚問が行われヤマ場を迎える(委員構成と設置議案の採決結果は別表)。一連の問題は河北新報を皮切りに全国紙、東洋経済オンラインまで報じるようになった。 百条委員会設置議案の採決結果 ◎は委員長、〇は副委員長(敬称略) 佐藤多真恵1期反対菊地 勝芳1期欠席佐藤  孝◎2期賛成蒲倉  孝2期賛成八巻喜治郎2期賛成宍戸 武志2期賛成山崎 健吉2期賛成小林 聖治〇2期賛成渡辺 勝弘5期賛成松浦 常雄5期賛成佐藤 定男4期―佐藤定男氏は議長のため採決に加わらず  全国メディアが注目するのは、河北新報や百条委員会委員長の佐藤孝議員が主張している、町がワンテーブル(宮城県多賀城市)に事業を発注した過程が官製談合防止法違反に当たるかどうかだ。だが、ネットを使って全国ニュースに思うようにアクセスできない高齢者は戸惑う。  高齢のある男性町民は本誌が「忖度している」と苦言を呈し、次のように打ち明けた。  「当初は救急車問題を全く扱わず役場関係者や河北新報を読んでいる知人からの口コミが頼りでした。なぜ報じないのか、地元メディアは町に忖度しているのではと思い、購読している福島民報に『報じる責任がある』と電話したことがあります。担当者は『何を報じるか報じないかはこちらの裁量だ』と答えました」  本誌も含め地元紙が詳報しなかった(できなかった)のは、核心の情報を得られなかったからだ。仮に河北新報と同じ内部情報を入手し記事にしたとしても二番煎じになり、地元2紙はプライドが許さないだろう。  大々的に報じるようになったのは、議会が百条委を設置し「公式見解」が書けるようになったから。  設置に至る経緯は次の通り。直近の昨年5月の町議選(定数12)は無投票だった。9人が現職で、うち1人が9月に辞職した。改選前の議会は2022年の9月定例会で、救急車事業を盛り込んだ補正予算案を原案通り全会一致で可決している。改選後の議会では19年に議員に初当選後、辞職し、20年の町長選に臨んで落選していた佐藤孝氏が議員に無投票再選し、執行部を激しく糾弾。同調する議員らと百条委設置案を提出した。救急車事業案に賛成した議員たちも百条委設置に傾き、昨年10月の臨時会で賛成多数で可決した。  これに先んじて、引地真町長は第三者委員会を議会の議決を受けて設置しており、弁護士ら3人に検証を委嘱。「二重検証状態」が続く。  だが、町民にはメディアや議員の裏事情は関係ない。  「私はネットに疎いし、もう1紙購読する金銭的な余裕はない。知人に河北新報の記事のコピーを回してもらい断片的に情報を得ています。同年代で集まって救急車問題について話しても、みんな得ている情報が違うので実のある話にならない」(前出の男性)  町民の情報格差をよそに、1月26日には、百条委によるワンテーブル前社長や社員、子会社ベルリングなどキーパーソン3人の証人喚問が予定されている。  百条委について地方自治法は、出頭・記録提出・証言の拒否や虚偽証言に対し「議会は(刑事)告発しなければならない」とする。河北新報と東洋経済オンラインの共同取材によると、町執行部と受託業者の説明には食い違いが生じている(12月6日配信記事)。  原稿執筆は昨年12月21日現在で、22日に行われた町職員の証人喚問を傍聴できていないため、執行部と受託業者が一致した見解を証言するのか、あるいは異なる証言をするのかは分からない。言えるのは、受託業者への証人喚問では、執行部と受託業者が同じ「真実」を話す、あるいは一方が「虚偽」とされ、刑事告発を決定付けるということだ。

  • 【会津美里】【大竹惣】41歳1期生議長 誕生の背景

     会津美里町議会は11月13日、通年議会第2回11月会議を開き、議長に大竹惣氏(41)を選任した。41歳の議長は県内の市町村議会では最年少。全国でも40歳未満は2人しかいないという。ただ若さ以上に驚かされたのは、大竹氏が2021年に初当選したばかりということだ。議員歴2年の1期生が、いきなり議会トップに就いた背景には何があったのか。 相次ぐ議会の不祥事に町民から変化を求める声  「今日はお世話になります」  そう言って筆者を議長室に迎え入れてくれた大竹氏は、見た目ももちろん若いが議員然としておらず、どこか初々しさを感じさせる。  議長になる人は議会の大小を問わず風格や威厳を醸し出すものだが、大竹氏の場合は自然体という表現が正しい。失礼かもしれないが、それくらい議長らしく見えない。それもそのはず、大竹氏は1期目。初当選からまだ2年しか経っていない。  「期せずして議長になり、分からないことだらけですが、もともとポジティブな性格で、今までも悩むならまずはチャレンジしようとやってきたので、議長職も何とか務まるんじゃないかと思っています」(以下、コメントは大竹氏)  笑顔を浮かべながら話す大竹氏に気負った様子はない。  1982年生まれ。会津本郷町立第二小学校、本郷中学校を卒業し、会津高校に進学。いわき明星大学を経て社会に出た大竹氏は農業の道に進んだ。父親がコメ農家で、仲間と農業法人を立ち上げていた。その手伝いをしていく中で、国やJAから園芸作物による複合経営の勧めがあり、大竹氏はトマト栽培をやってみようと独立した。  2011年、農業法人大竹産商㈱を設立し、代表取締役に就任。トマトの大規模栽培に乗り出し、設立から12年経った現在は50㌃以上の土地にハウスを建て、年間90~100㌧を収穫するまでになった。  「自分で作ったトマトを、付加価値を付けて自分で売る方法もありますが、私は大量生産してJAに出荷する方法を選びました」  どうやって農業で飯を食うか、会社をどう軌道に乗せるか――そんなことばかり考えていた大竹氏は  「正直、政治には全く関心がありませんでした。投票したって、どうせ何も変わらないだろうって」  そんな考え方がガラリと変わったきっかけは、JAの生産者部会での活動だった。  「JAには栽培作物ごとに部会があり、私はトマト部会長や各地区の部会長で構成される連合部会長を務めていました。トマト農家の経営が少しでも潤うようにJAにさまざまな提案をしていましたが、そうした中で国が2014年に打ち出した農協改革に大きな疑問を抱きました。これって農家のためにならない改革なのではないか、と」  こうした状況を変えることはできないのか。当時会津若松市議を務めていたおじに相談すると「だったら政治に関心を持つべきだ」とアドバイスされた。今まで政治に見向きもしてこなかった大竹氏が、目を向けるようになった瞬間だった。  38歳の時、自民党のふくしま未来政治塾に入塾。政治のイロハを学ぶ中で、現職の市町村議や県議などと知り合った。次第に「自分も政治家になって農業分野を専門に活動したい」と考えるようになった。  会津美里町では、当時の町長が官製談合防止法違反の疑いで2021年2月に逮捕され、同町出身の杉山純一県議が後任の町長に就任した。杉山氏の県議辞職に伴う県議補選は同年4月に行われたが、町内では「補選に大竹氏を立候補させるべき」という声が上がった。しかし「いきなり県議ではなく段階を踏むべき」という指摘を受け、同年10月の同町議選に立候補することを決めた。  結果は別掲の通りで、大竹氏は1620票を獲得しトップ当選を果たした。 ◎2021年10月31日投開票 当1620大竹  惣39無新当1119渡辺 葉月27無新当813根本 謙一73無現当643小島 裕子62公現当628横山知世志68無現当626桜井 幹夫54無新当614星   次70無現当611鈴木 繁明73無現当591渋井 清隆70無現当587堤  信也63無現当575長嶺 一也61無新当543荒川 佳一61無新当503山内  豪70無新当493村松  尚46無現当467根本  剛64無現当445横山 義博72無現398山内須加美74無現300石橋 史敏66無元267野中 寿勝65無現(投票率72.01%、年齢は当時)  それから2年、大竹氏は議会トップの議長に選任された。11月13日に行われた議長選には大竹氏と星次氏が立候補し、投票の結果、大竹氏9票、星氏3票、横山知世志氏1票、無効3票となった。大竹氏には自身も含む1期生6人のほか、ベテラン議員3人が投票してくれた。  「経験の浅い1期生6人で勉強会を開いており、そこに理解あるベテラン議員がアドバイスをしてくれています。その仲間内で『次の議長にふさわしい人は誰か』と話しているうちに私を推す声が上がり、悩んだ末に挑もうと決心しました」  背景には、町や議会を取り巻く不祥事があった。  前述した当時の町長による官製談合事件では、議会のチェック機能が働いていたのかと町民から疑問視された。2022年7月には当時の議会運営委員長が会津若松市議の一般質問を盗用していたことが判明。辞職勧告決議が可決されたが、同委員長は応じず今も議員を続けている。今年8月には5期目のベテラン議員が出張先で、同行した議会事務局職員の服装をめぐりパワハラと受け取れる言動を執拗に行っていたことが分かった。パワハラをした議員もさることながら、一緒にいた数人の議員がその場にいながら見過ごしていたことも問題視された。  町民を代表する人たちがそういうことを繰り返して恥ずかしい――町内からはそんな声が多く聞かれるようになっていた。 「町長とは是々非々で」 大竹惣議長  「私の耳にもそういう声は直接届いていました。『1期生では何かやろうとしても難しいかもしれないが頑張って』とも言われました」  そうした変化を望む町民の思いに接するうちに、停滞する議会を変えるには1期生が議長を務めるのもアリなのではないかと考えるようになった。それは大竹氏だけではなく、他の1期生や支えてくれるベテラン議員たちも同じ考えだったようだ。  「そうすれば町民にも町外の方にも『会津美里町議会は変わった』と分かり易く伝わるんじゃないかと思いました。ここは思い切って変化を起こそうじゃないか、と」  副議長には5期目の根本謙一氏が選任されたが「私たちと同じく議会改革の必要性を訴えており、とても頼りになる方。副議長として私を支えると言ってくださり、心強く思っています」。  議長は執行部と議会の調整役を求められる。杉山町長との関係は1期生全般に良好というが、  「だからと言って何でもイエスではなく、是々非々の立場を取っていきたい。杉山町長からも『良いものは良い、悪いものは悪いと言ってほしい』と直接言われています」  当面はハラスメント防止条例の制定や議会へのタブレット端末導入などに取り組みたいという。  「若さや1期生という点だけが注目されるのは避けたい。町民に『変わって良かった』と実感していただけるよう、議長として行動で示していくのみです」  大竹氏が関心を持つ農業政策は、町議の立場でできることは少ない。本腰を入れて取り組むには上のステージ、すなわち県議や国会議員を目指す必要があるが  「上を見据えたらキリがありません。今は自分の与えられたポジションを全うするだけです」  異色の議長がどんな新風を吹き込むのか、期待したい。

  • 県議選「与野党敗北」から見る次期衆院選の行方

     「今このタイミングで解散したら大惨敗だろうな……」  11月12日に投開票された県議選の結果を見ながらそう話すのは自民党県連の関係者だ。  改選前31だった自民党は推薦を含めて現新33人を擁立した。しかし、河沼郡で総務会長の小林昭一氏が立憲民主党の新人に敗れ、いわき市でも当選9回の青木稔氏が落選するなど議席を29に減らす結果となった。 河沼郡小林 昭一猪俣 明伸会津坂下町3,6143,784湯川村584877柳津町795985選挙区計4,9935,646(投票率61.18%) 大沼郡山内 長加藤志津佳三島町485497金山町656609昭和村410344会津美里町4,9064,136選挙区計6,4575,586(投票率60.58%) 南会津郡大桃 英樹渡部 英明下郷町1,2051,753檜枝岐村189138只見町1,629941南会津町3,4735,282選挙区計6,4968,114(投票率73.93%)  政務三役による不祥事や物価高騰対策への批判など岸田内閣への風当たりは強く、各社の世論調査では支持率が20%台で低迷している。  「市の周辺部はそれほどでもなかったが、中心部に行くと市民からの冷たい視線を感じた」  とはある自民党候補者が口にした感想だが、それくらい同党への風当たりは強かったということだろう。  とりわけ自民党にとってショックだったのは、一騎打ちとなった石川郡、河沼郡、大沼郡、南会津郡で1勝3敗と負け越したことだ。  「これまでにない組織戦を展開したのに票差は変わらなかった」  と肩を落とすのは石川郡選挙区の自民党関係者だ。  自民党新人の武田務氏と無所属新人の山田真太郎氏の激突は、根本匠衆院議員が武田氏の選対本部長に就き、玄葉光一郎衆院議員が山田氏の応援に連日駆け付ける激しい選挙戦となった。衆院選の区割り変更で石川郡が旧3区から新2区に変わるのに伴い、旧2区選出の根本氏と旧3区選出の玄葉氏は新2区で直接対決するが、石川郡選挙区はその前哨戦と位置付けられ、武田氏と山田氏の争いは代理戦争の様相を呈した。 石川郡武田 務山田真太郎石川町3,6364,412玉川村1,4061,606平田村1,3601,540浅川町1,4511,409古殿町1,2961,407選挙区計9,14910,374(投票率63.48%)  石川郡選挙区はこれまで玄葉氏の秘書などを務めた円谷健市氏が3回連続当選してきた。対する自民党は前回(2019年)、前々回(15年)とも円谷氏に及ばなかったが、  「組織的な選挙戦を行わず、まとまりを欠いても円谷氏と1000票未満差の争いをしてきた。そうした中で今回は根本先生が直々に選対本部長に就き徹底した組織戦を展開、SNSも駆使するなど陣営はかなりの手ごたえを得ていた。正直、勝っても負けても僅差と思っていたが、蓋を開けたら今までと変わらない1000票程度の差だった」(同)  石川郡は旧3区を地盤としてきた上杉謙太郎衆院議員(比例東北)が2021年の衆院選で玄葉氏と接戦を演じただけに、根本氏としては更に肉薄するか逆転したい思惑があったはず。自民党への逆風はここでも予想以上に強かったようだ。  もっとも「ここで解散したら厳しい」と警戒する自民党関係者だが、だからと言って有権者が立憲民主党に投票するかというと、県議選の結果から同党に期待していないことは明らか。維新やれいわなど新たな勢力も、議席は獲得したが大きく台頭するとは考えにくい。既成政党が活力を失う中、「小泉元首相のような超個性的な政治家が内から現れない限り自民党への期待は高まらないだろう」とはベテラン県議の弁である。

  • 混沌とする【自民衆院新4区】の候補者調整【坂本竜太郎】【吉野正芳】

     県議選が11月12日に投開票されたが、その告示前から、いわき市では別の選挙に注目が集まっていた。衆院選の自民党候補者をめぐる動向である。県議選同市選挙区に同党公認で立候補する予定だった坂本竜太郎氏(43)=当時2期=が告示直前に立候補取りやめを発表。支持者や有権者は「次期衆院選に向けた意思表示」と受け止めたが、同市を含む新福島4区の支部長は吉野正芳衆院議員(75)=8期=が務めている。もっとも、吉野氏の健康状態が良くないことは周知の事実。坂本氏の決断は、同党の候補者調整にどのような影響を与えるのか。 健康不安の吉野衆院議員に世代交代迫る坂本前県議 吉野正芳氏 本誌の取材に応じる坂本竜太郎氏  坂本竜太郎氏の県議選立候補取りやめは、選対幹部も〝寝耳に水〟の急転直下で決まった。  《県議選いわき市選挙区(定数10)で、自民党公認の現職坂本竜太郎氏(43)=2期=が(10月)25日、立候補の見送りを表明した。坂本氏から公認辞退の申し出を受け、自民県連が承認した。(中略)  会見で公認辞退の理由を問われた坂本氏は「熟慮の結果」とした上で、「政治の世界から身を引くわけではなく、今後さらに熟慮を重ね、どのように貢献できるかを改めて模索したい」と説明した。次期衆院選への立候補の意思を問われると、「熟慮を重ねさせていただきたいという言葉に尽きる」と直接的な言及を避けながらも否定はせず、さらなる政治活動に強い意欲をにじませた》(福島民報10月26日付)  各紙が一斉に報じた10月26日、坂本氏は県議選の事務所開きを予定していた。不出馬の決断はギリギリのタイミングだったことが分かる。  「それ(選対本部)用の名刺をつくっていたのですが、1枚も配らずに終わってしまった」  と苦笑するのは坂本氏の選対幹部だ。前回(2019年)の県議選でも選対を取り仕切ったというこの幹部によると、10月25日の朝、坂本氏から電話で立候補取りやめを告げられたと言い  「本人から直接会って話したいと言われたが、翌日には事務所開きを控えていたし、本番に向けて各スタッフも予定が入っていたので。急きょ集まって坂本氏の話を聞くのは難しかった」(同)  選対幹部でさえ相談は一言も受けていなかったという。ただ「それに対して憤ったり落胆する人は誰もいなかった」とも話す。  「出馬挨拶で回ったところを1軒1軒お詫びして歩いたが、批判する人は誰もいなかった。むしろ100人いたら100人全員が『よくぞ決断した』と歓迎していました」(同)  背景には、衆院選に向けて坂本氏が本腰を入れたと解釈する支持者が多かったことがある。  坂本氏の支持者が明かす。  「県議選に向けて支持者回りをする中で、必ず言われたのが『県議のあとはどうするんだ』という投げかけだった。『国政を目指すべきだ』『いつ衆院選に出るのか』と直球質問をする支持者もかなりいた。それに対し、坂本氏は『県議として頑張る』と言い続けてきたが、強く国政を促す人には『とりあえず県議として』と答えるようにしていたんです。ただ、坂本氏は同時に『とりあえず』との言い方に違和感を持っていた。とりあえず県議をやる、というのは有権者に失礼だし無責任と思うようになっていたのです」  前回の県議選でトップ当選を果たした坂本氏は、立候補すれば落選することはないと言われていた。要するに、とりあえず県議を続けられるわけだが、それを良しとしない気持ちが坂本氏の中に強く芽生えていたというのだ。  「告示直前に立候補を取りやめ、公認を辞退するのは無責任に映るかもしれない。しかし、坂本氏は『とりあえず』の気持ちで県議にとどまる方がよっぽど無責任と考え、あのタイミングで立候補取りやめを発表したのです」(同)  さらに言うと、任期の問題もあったと思われる。今の衆院議員の任期は残り2年、解散総選挙になればもっと短くなる。初秋には年内解散も囁かれていたので、そうなると坂本氏は県議選で3選を果たしたあと、時間を置かずに辞職を考えなければならない状況もあり得た。本気で衆院議員を目指すなら、とりあえず県議を続けるのではなく、準備を進めるタイミングは今――という判断が働いたのではないか。  坂本氏は1980年生まれ。磐城高校、中央大学法学部卒。父である坂本剛二元衆院議員の秘書を務め、2009年のいわき市議補選で初当選したが、翌10年12月、酒気帯び運転で現行犯逮捕され同市議を辞職した。その後、5年の反省期間を経て15年11月の県議選に立候補し最下位の10位(6881票)で初当選すると、再選を目指した19年11月の県議選ではトップ当選(1万1828票)を果たした。  最初の県議選では事件の記憶が薄れておらず、有権者の見る目も厳しかったが、県議1期目の活動が評価されたのか二度目の県議選では得票数を5000票も伸ばした。4年間で坂本氏への評価が大きく変わったということだろう。  そんな坂本氏に衆院議員の話が付いて回るのは、父・剛二氏の存在があることは言うまでもない。  坂本剛二氏は1944年生まれ。磐城高校、中央大学経済学部卒。いわき市議、県議を経て1990年の衆院選で初当選、通算7期務めた。  国会議員としての出発は自民党だったが、1994年に離党し新党みらいなどを経て新進党に合流。96年の衆院選は同党公認で3選を果たした。その後、同党の分党を受け無所属での活動が続いたが、99年に自民党に復党。小泉内閣では経済産業副大臣などの要職を務めた。2009年の衆院選ではいわゆる民主党ブームの影響で落選したが、12年の衆院選で国政復帰。しかし、14年の衆院選で落選し、17年9月に政界を引退した。18年11月、急性心不全で死去、74歳だった。元参院議員・増子輝彦氏は義弟に当たる。 父・剛二氏と吉野氏の因縁 坂本剛二氏  坂本竜太郎氏に衆院議員の話が初めて持ち上がったのは、剛二氏の政界引退がきっかけだった。  「剛二氏は集まった支持者を前に引退を発表した。2017年10月22日投開票の衆院選が迫る中、その1カ月前に自身の立場を明確にしたわけだが、支持者からは惜しむ声と共に『引退するなら息子を立てるべきだ』という意見が上がった。結局、剛二氏は後継指名しなかったが、剛二氏の後援会から竜太郎氏に意向確認の連絡が入った」(前出・坂本氏の支持者)  この時、竜太郎氏は県議1期目で9月定例会の真っ最中だった。本人は衆院選に出るとは一言も言っていなかったが、父親の後援会の打診を無下にするわけにはいかないと検討した結果、9月定例会終了後に「立候補の考えはない」と返答した。  「竜太郎氏はわざわざ不出馬会見まで開いたが、本人が出ると言ったことは一度もないのにあんな会見を開かされ気の毒だった。ただ、会見では『将来的には国政を目指せるよう精進したい』とも発言したため、それが最初の衆院選への意思表示と受け止められたのは確かです」(同)  とはいえ、いわき市には現職の吉野正芳衆院議員がいる。  1948年生まれ。磐城高校、早稲田大学商学部を卒業後、家業の吉野木材㈱に就職。87年から県議を3期12年務め、2000年の衆院選で初当選。以降、連続8回当選を重ねている。  吉野氏と坂本剛二氏の政治経歴は複雑に絡み合っている。  そもそも吉野氏が県議から衆院議員に転じたのは、剛二氏が自民党を離党したことが理由だった。1999年に復党したとはいえ「党に砂をかけて出て行った」レッテルは拭えず、地元党員の間には吉野氏こそが正当な候補者という空気が漂っていた。ただ地元の感情とは裏腹に、党本部としては当時現職だった剛二氏を公認しない理由はなく、2000年の衆院選はコスタリカ方式で吉野氏が選挙区(福島5区)、坂本氏が比例東北ブロックに回り、両氏とも当選を飾った。  以降2003、05年の衆院選はコスタリカ方式が機能したが、当時の民主党が躍進した09年の衆院選で状況が一変。同方式は解消され、剛二氏が福島5区から立候補すると、吉野氏は党本部の要請で福島3区に国替えを余儀なくされた。3区は自民党候補者が玄葉光一郎衆院議員にことごとく敗れてきた鬼門だった。事実、吉野氏も玄葉氏には歯が立たず(比例東北で復活当選)、剛二氏も5区で落選。ここから、それまで保たれてきた両氏のバランスが崩れていった。  2012年の衆院選は、再び剛二氏が福島5区から立候補し、吉野氏は比例中国ブロックの単独候補という異例の措置が取られた。ここで剛二氏は返り咲きを果たし、吉野氏も当選するが、14年の衆院選ではさらに異例の措置が取られた。  この時の公認争いは、共に現職の両氏が福島5区からの立候補を希望したが、党本部は公示前日(2014年12月1日)に吉野氏を5区、剛二氏を比例近畿ブロックの単独候補に擁立すると発表。当時の茂木敏光選対委員長は「2人揃って当選できる可能性のある近畿を選んだ」と配慮を強調したが、剛二氏の後援会は冷遇と受け止めた。  それでも吉野氏が比例中国で当選したように、坂本氏も当選すればわだかまりは抑えられたが、結果は落選。一方、吉野氏は9年ぶりとなる地元での選挙で6選を果たし、両氏の明暗は分かれた。  それから3年後の2017年9月、坂本氏は政界を引退した。  選挙区で公認されるか比例区に回されるかは党本部が決めることなので、それによって本人同士にどれくらいの溝が生じるかは分からない。ただ、後援会同士は互いの存在を必要以上に意識するようだ。  かつて森雅子参院議員の選対中枢にいた人物が、次のような経験を思い返す。  「参院選期間中、適当な森氏の昼食・トイレ休憩の場所がなくて吉野事務所を借りようとしたら、それを聞きつけた剛二氏の女性後援会から『なぜ坂本事務所を使わないのか』と猛抗議が入り、慌てて取りやめたことがあった。剛二氏の後援会はそこまで吉野氏を意識しているのかと意外に感じたことがあります」 姿が見えない吉野氏  坂本竜太郎氏の支持者が県議選立候補取りやめを歓迎していることは前述したが、反対に吉野氏の支持者からはこんな声が聞かれている。  「正直不愉快な決断です。この間、いわき市における選挙で保守分裂が繰り返されてきたことは竜太郎氏自身も分かっているはず。自分が衆院選に出たいからと県議選立候補を見送るのは、立ち回り方として幼稚に見える」  竜太郎氏の決断をよく思っていない様子がうかがえる。  だったら竜太郎氏に今回のような決断をさせないよう、吉野氏が熱心に議員活動をしていれば問題なかったのだが、現実には活動したくてもできない事情がある。  周知の通り吉野氏は近年、健康問題に苛まれてきた。2017年4月から18年10月まで復興大臣を務めたあと、脳梗塞を発症。療養を経て復帰したが、身体の一部に障がいが残った。そんな体調で21年の衆院選に立候補し8選は飾ったものの、選挙中に足を痛めてからは車椅子に頼る生活が今も続いている。喋りも次第にたどたどしくなっている。  本誌は取材などで自民党の国会議員、県議、市議と会う度に吉野氏の様子を聞いているが、  「秘書や事務所スタッフに車椅子を押してもらわないと、自分一人では移動できない状態」  「会話のキャッチボールにならないもんね。最近のお決まりのフレーズは『〇〇さん、ありがとね』。それ以外の言葉は聞かないな」  吉野氏の姿が最後に目撃されたのは今年2、3月ごろ、いわき市内で営まれた葬儀だった。その際に吉野氏と会話したという人に話を聞くことができたが  「ご挨拶したら『〇〇さん、ありがとね』と言っていただいたが、それ以上は言葉が続かなかった。移動は車椅子でしたよ」  吉野氏の公式ホームページを見ると未だに「復興大臣を終えて」(2018年10月2日付)という挨拶が大きく載っている。最も新しい活動報告は21年7月11日にとみおかアーカイブミュージアムの開館式に出席したこと。「吉野まさよし最新ニュース」というページを開くと「該当するページが見つかりません」と表示される。  「マスコミ向けに発表される県関係国会議員の1週間の活動予定は、吉野氏の場合、本人が出席できないので秘書が代理で対応している」(地元紙記者) 吉野氏は3月の自民党県連定期大会も欠席するなど、今年に入ってから公の場に姿を見せていない。いわき市は9月の台風13号で広範囲が被災したが、その現場にも足を運ぶことはなく、秘書が代わりに訪れていた。県議選の応援演説に駆け付けることもなかった。  自民系の市議からも「地元選出の国会議員が大事な場面に一切登場しないのはイメージが悪いし、われわれも何と説明していいか困ってしまう」と困惑の声が漏れる。 「覚悟を示すなら今」  要するに今の吉野氏は、国会や委員会での質問、地元での議員活動、聴衆を前にした演説など、国会議員としての仕事が全くできない状態なのである。  ここで難しいのは、政治家の出処進退は自分で決めるという不文律があることだ。周りがいくら「辞めるべき」と思っても、本人が「やる」と言えば認めざるを得ない。  そうした中で吉野氏に〝引導〟を渡すために掲載されたのが、福島民報6月9日付の1面記事と言われている。内容は、吉野氏が今期限りで政界を引退する意向を周辺に伝えたというもの。  《党本部が今後、吉野氏に意向を確認した上で後継となる公認候補の選定が進められる見通し。吉野氏と同じく、いわき市を地盤とする自民党県議の坂本竜太郎氏(43)=2期=を軸に調整が進められるもよう》(同紙より抜粋)  福島民報にリークしたのは自民党県連とされる。  「6月上旬はちょうど衆院解散が囁かれていたが、吉野氏は議員活動を再開させるでもなく、かといって引退表明もしない。後釜と見られている竜太郎氏は現職が辞めないうちは表立った行動ができないが、現実問題として解散が迫る以上、立候補の準備に取りかかりたいのが本音だった」(マスコミ関係者)  そこで県連が、福島民報にああいう記事を書かせたのだという。雑誌と違い新聞があそこまで踏み込んだ記事を書くのは、県連上層部のゴーサインがなければ難しい。  一部には「リークしたのは竜太郎氏ではないか」との説もあったが  「竜太郎氏は記事が出た日、静岡方面に出張に出ており、早朝にあちこちから電話をもらってそういう記事が1面に載ったことを知ったそうです。当時、本人はどういうこと?と困惑していて、吉野事務所も竜太郎氏に対し『うちの代議士は辞めるなんて一言も言っていない』と告げたそうです」(同)  前回(2021年)の衆院選前には「竜太郎氏が森雅子参院議員の案内で永田町を回り、党幹部らに接触していた」「場合によっては無所属でも立候補すると息巻いている」との話も漏れ伝わったが、それらを反省してか、以降、竜太郎氏は自身に出番が回ってくるのを静かに待ち続けている印象だ。  県議選立候補取りやめの会見では奥歯に物が挟まった発言に終始していた竜太郎氏だったが、県議の任期を終えた11月20日、あらためて竜太郎氏に話を聞いた。  ――県議選立候補取りやめは一人で決めた?  「24日夜から25日朝にかけて考えを巡らせ、目が覚めた時点で決断しました。告示直前に公認辞退を申し入れ、県連にはご迷惑をおかけしたが、私の思いを尊重していただき感謝しています」  ――今回の決断を、多くの人は衆院選に向けた動きと見ている。  「新福島4区の支部長は吉野正芳先生です。先生には日頃からお世話になっており、先生と私の自宅・事務所は数百㍍圏内で非常に近い関係にあります。今後については、さらに皆様のお役に立てるにはどうあるべきか、各方面からご指導をいただき、しっかりと見いだして参りたいと考えています」  ――とはいえ吉野氏は健康問題を抱え、公の場に姿を見せていない。  「政治家は自らの命を削って活動するもの。今は秘書の方々と、やれる限りのことを懸命にやっておられると思います」  ――いくら秘書が頑張っても、本人不在では……。  「いわき市をはじめとする浜通りはこの夏、処理水の海洋放出という深刻な問題に直面しました。海洋放出は今後も長く続きます。これを安全に確実に進め、新たな風評を生じさせないようにして、放出完了時にはこの地域の水産業が世界最先端であるべきと考えます。この長期にわたる課題に責任を持つのは国ではありますが、国に訴え続けるためには地元としての本気度も示すべきで、それを担っていくのは必然的に地元の若い世代になります。国政の最前線で活躍する若い先生たちを見ると自分のような40代が若いとは言えないかもしれませんが、この世代として責任と役割を果たして参る覚悟があります。同世代の方々と、地元の思いはこうなんだと国に強く主張していくべき、と」  ――もし、吉野氏の健康が回復して元通り政治活動ができるようになったらどうするのか。  「まずはご快復なされ、今の任期を全うしていただき、末永くご指導いただきたいです。その先のことは県連や党本部がお考えになることですが、県議選立候補を取りやめたのは覚悟を示すなら今しかないと考えたからです」  慎重に言葉を選びながらも、若い世代がこれからの政治を引っ張っていくべきと力説する。  一方の吉野事務所は次のようにコメントしている。  「坂本氏が県議選立候補の取りやめに当たり、どのような発言をしたかは分からないが、他者の行動に当事務所がコメントすることはない」 「表紙」変更だけでは無意味  前出・竜太郎氏の選対幹部は「吉野氏は、本音では竜太郎氏を後釜にしたいと思っていても、支持者を思うと言えないのではないか。そもそも吉野氏は、党から擁立されて衆院議員になったので、後継も党で立ててほしいのが本音かもしれない」と吉野氏の気持ちを推察する。  これに対し、ある自民党県議の意見は辛らつだ。  「自民党は県議選いわき市選挙区で4議席獲得を狙ったが、結果は3議席。確かに党への逆風は強かったが、地元の吉野先生が一切応援に入れなかった責任は重い。現状では個人の思いや後援会の都合で衆院議員を続けているように見える。被災地選出の立場から、どういう決断を下すのが最適か真剣に考えてほしい」  事実、朝日新聞は《(吉野氏をめぐり)県連が党本部に対し、立候補できる状態にあるかの確認を求めていることがわかった。(中略)候補者として適任かの判断を党本部に委ねたかたち》(11月21日付県版)などと報じている。  ただ、有権者からすると「表紙」が変わっても「中身」が変わらなければ意味がない。吉野氏が旧福島5区にどのような影響をもたらしたかは検証が必要だが、仮に表紙が竜太郎氏に変わっても、地域が良くなったと実感できなければ「(政治活動ができなかった)吉野氏と変わらない」と評価されてしまう。「衆院議員になりたい」ではなく「なって何をするのか」が問われていることを竜太郎氏は肝に銘じるべきだ。

  • 県議選「選挙漫遊」体験リポート

     〝選挙漫遊〟という言葉をご存知だろうか。本誌連載中の選挙ライター・畠山理仁さんが提唱する選挙ウオッチングのあり方で、各地の選挙戦の現場に足を運び、各陣営がどんな主張をするのか〝観戦〟するというものだ。11月に投開票が行われた県議選で、本誌も選挙漫遊にチャレンジしてみた。 4市39候補 直撃取材で見えたこと https://www.youtube.com/watch?v=H3LrOAB1K0E  11月18日、選挙漫遊スタイルの取材を続ける畠山さんを追ったドキュメンタリー映画「NO 選挙,NO LIFE」が公開された。本誌11月号では、映画公開記念として畠山さん、前田亜紀監督、大島新プロデューサーへのインタビューを行ったが、選挙取材にかける畠山さんの情熱に触れ、居ても立っても居られなくなった。  通常、本誌で選挙について取り上げる際は、各陣営の関係者や地元政治家、経済人に動向を聞き、候補者の人柄や選挙戦に至った背景、得票数の見通し、選挙後の見立てなどをリポートする。  それに対し、選挙漫遊はとにかく全候補者の演説会場に足を運び、演説に耳を傾ける。できるならば演説終了後に直接会って、手ごたえを聞いたり演説の感想を伝える。  候補者に先入観を持たずフラットに取材する機会があってもいいのではないか――。こう考えた本誌は、直近で予定されていた11月12日投開票の福島県議選で、選挙漫遊に挑戦してみることにした。  といっても、県内全選挙区・全候補者の陣営を回りきれるほどの人員的・時間的余裕はないので、福島市、郡山市、会津若松市、いわき市各選挙区の立候補者39人に対象を絞り、手分けして演説現場に足を運んだ。  本誌初の試みはどのような結果になったのか。各担当者のリポートを掲載する。 あわせて読みたい 【福島市】選挙漫遊(県議選) 【郡山市】選挙漫遊(県議選) 【いわき市】選挙漫遊(県議選) 【会津若松市】選挙漫遊(県議選) 福島市選挙区(定数8―立候補者9)  福島市選挙区の結果  投票率39.41% 当14912半沢 雄助(37)立新当12007西山 尚利(58)自現当11597大場 秀樹(54)無現当10911宮本しづえ(71)共現当9909伊藤 達也(53)公現当8288佐藤 雅裕(57)自現当7949渡辺 哲也(47)自現当6901誉田 憲孝(48)自新6330高橋 秀樹(58)立現 高橋氏の落選 高橋秀樹氏  「決まった場所と時間の街頭演説をしない」と話していた高橋秀樹氏が落選した。「政策を訴えても誰も聞いていなければ届かないだろうな」と選挙漫遊をやっていて感じたので、落選の結果に納得感があった。一方で、西山尚利氏は立ち止まることすらせず、ただただ選挙カーを走らせるスタイルで2位当選となった。ここから導き出されるのは「どんな政策を訴えるか」は得票数に影響しない、という仮説だ。  多くの候補が、実現すべき政策として、物価高や人口減少の対策を挙げていたが、その2つの問題は県議レベルで解決できることなのか、疑問に思うところもあった。主張する政策は投票結果に関係ないのではないかという思いは強まった。 トップ当選は37歳の新人 半沢雄助氏の個人演説会の様子  もう一つ印象に残ったのは半沢雄助氏がトップ当選となったこと。いわき市選挙区の山口洋太氏も1位に1票差の2位当選となった。37歳という年齢が評価されたのか、現職への期待の薄さの表れか。  そもそも県議選レベルで、有権者は党派によって投票先を決めるのかどうかも疑問を持っている。市議選では友達や知り合いなどに投票するだろう。では、県議選では誰に投票しようと考えるのだろうか。できるだけ近い地域の人なのか、自分が支持する党派の人なのか。 分かれた取材対応  全陣営の選挙事務所に取材を申し込んだが、快く引き受けてもらったところとそうではないところに分かれた。こちらの都合でお願いしていることは重々承知しているが、「2、3分も時間が取れない」と話す様子には誠実さが感じられなかった。  選挙スタッフの質にも言及しておく。取材の可否もそうだが、街頭演説の場所も正確に伝えられない人がいた。ボランティアでやっているのかもしれないが、せめて〝伝書鳩〟くらいの役割は果たしてほしかった。 「5人に2人」の投票率  福島市選挙区の投票率は39・41%。投票に行ったのは5人に2人という計算だ。  YouTubeライブをするから「暇なら見て」と2つのグループラインに送った。1つは有権者である地元の小学校時代の友人のグループ。もう1つは大学時代の東京の友人のグループ。当然ながら親密度はそれぞれ違うが、前者は同じ場所に住んでいるのに全く反応がなかった。一方で、東京の友人は、面白がってユーチューブを「全部見た」と言ってくれた。  私自身への興味のなさか、政治に対する関心のなさかは分からない。政治に対する嫌悪感や感度のなさなのか。もしかしたら、特定の候補者への勧誘に思われた可能性もある。  いずれにせよ、今後も選挙漫遊を定期的に行い、観察していく必要がある。(佐藤大)  郡山市選挙区(定数10―立候補者12)  郡山市選挙区の結果  投票率32.37% 当11526椎根 健雄(46)無現当10671神山 悦子(68)共現当10422今井 久敏(70)公現当9557鈴木 優樹(39)自現当7866佐藤 憲保(69)自現当7012長尾トモ子(75)自現当6684佐久間俊男(68)無現当5665佐藤 徹哉(55)自現当5516山田平四郎(70)自現当4886山口 信雄(57)自現2776髙橋  翔(35)諸新1544二瓶 陽一(71)無新  11月3日夕方に全候補者(12人)の事務所に電話をかけ、「5、6日のいずれかで、街頭演説や個人集会などの予定があれば教えてほしい。その様子を取材させてもらったうえで、終了後に5分くらい、次の予定があるならもっと短くてもいいので、候補者への個別取材の時間を設けてほしい。両日に街頭演説や個人集会などの予定がなければ、事務所で取材させてほしい」と依頼した。  その時点で、街頭演説や個人集会などの予定が把握できた、あるいは事務所での取材のアポイントが取れたのが10人。計ったように5日と6日で半々(5人ずつ)に分散した。もっとも、時間が被っていた人もいたので、その場合は手分けして取材に当たった。  残りの2人は流動的だったが、どちらも「お昼(12時から13時)は一度事務所に戻ると思う」とのことだったので、「5日か6日のお昼を目安に事務所に行くか電話をする」旨を伝えた。  こうして取材をスタート。1人目からちょっとしたトラブルが発生した。街頭演説の場所の近くにクルマを停められるところがなく、少し離れたところにクルマを停めなければならなかった。約1㌔のダッシュを余儀なくされたが、何とか街頭演説の様子を動画・写真に収めることができた。  それ以外は、大きな問題もなく、2日間かけて、比較的スムーズに全候補者に会うことができた。  郡山市は定数10に12人が立候補した。現職10人、新人2人が争う構図だったが、有権者は「どうせ、現職が安泰なんでしょ」といった感じで、さほど関心が高まらなかった。投票率32・37%がそれを物語っている。トップ当選者でも、有権者全体で見たら4%ほどの支持しか得ていない。  ある候補者は「選挙戦を通して、自分に対してということではなく、政治というものに対して、有権者の目が厳しいと感じる。それだけ、政治(政治家)への信頼が薄いということで、それを是正しなければならない」と語っていた。これは政治家に問題があるのか、有権者の意識の問題なのか、それとも選挙のシステムに問題があるのか。おそらく、そのすべてだろう。(末永) 会津若松市選挙区(定数4―立候補者5) 会津若松市選挙区の結果  投票率40.74% 当12044水野さち子(61)無元当6851佐藤 義憲(48)自現当6689佐藤 郁雄(60)自現当6604宮下 雅志(68)立現6090渡部 優生(62)無現  会津若松市選挙区(定数4)に立候補したのは5人。結果を見ると、元職の水野さち子氏が1人だけ大きく得票し(1万2044票)、他の4候補は6000票台の団子レースとなった。水野氏は7月の会津若松市長選で落選したとはいえ1万3000票以上得票しており、他の4候補より顔と名前が浸透していたことが奏功したようだ。  筆者が見た街頭演説では国道49号の交差点で行われたこともあり足を止める市民は皆無だったが、車中から水野氏に手を振る人が結構いて、それに対し水野氏が「ありがとうございます!」と答えるシーンが何度もあった。別の交差点でもマイクを持ちながらドライバーに笑顔で手を振る水野氏の姿を見かけた。演説を直接聞いてもらうことはなくても、市民のリアクションの良さから「いける」という手ごたえを感じていたのではないか。  これとは対照的に自民党候補の佐藤義憲氏と佐藤郁雄氏は、減税政策や政務三役の相次ぐ不祥事で内閣支持率が低迷していることもあり、強い危機感を持って選挙戦に突入したはずだ。事実、街頭演説後に申し込んだ候補者へのインタビューでは、佐藤憲氏は2、3分答えてくれたものの、佐藤郁氏は「当落線上にいる厳しい選挙戦で、今は5分でも10分でも時間が惜しい」とたった数分の取材でさえ「申し訳ないがお断りしたい」(選挙スタッフ)と悲壮感を漂わせていた。結果は3位当選だったが、落選した渡部優生氏とわずか600票差を考えると、陣営の情勢分析は的確だったことになる。  その渡部氏と4位当選の宮下雅志氏は、いずれも立憲民主党の小熊慎司・馬場雄基両衆院議員が応援に駆け付けていたが、自民党に逆風が吹く中でも街頭演説や個人演説会では一定の熱量を感じるにとどまり、同党に取って代わるまでの勢いは見られなかった。立憲民主党への期待の薄さと「それだったら水野氏の方が期待できる」という市民が多かったことが結果からうかがえる。  総じて言えることは、地方の選挙では車を走らせながら候補者の名前を連呼するやり方が普通で、街頭演説に耳を傾ける有権者はほとんどいない。ただ候補者が話している内容は、なるほどと思わせるものも結構ある。「政治家はなっていない」と言うのは簡単だが、候補者を磨き上げるには、有権者自身が彼らの言動に注目し、実際の政治活動と齟齬があれば「言っていたこととやっていることが違う」と厳しく指摘する必要がある。その入口として、今までスルーしてきた候補者の街頭演説に注目してはどうだろうか。選挙漫遊を終えての感想である。(佐藤仁) いわき市選挙区(定数10―立候補者13) いわき市選挙区の結果  投票率39.54% 当10278矢吹 貢一(68)自現当10277山口 洋太(33)無新当8350安田 成一(55)無新当8130真山 祐一(42)公現当7960木村謙一郎(48)自新当7894鳥居 作弥(49)維元当7884鈴木  智(50)自現当7812安部 泰男(66)公現当7629古市 三久(75)立現当7484宮川絵美子(77)共現6533西丸 武進(79)無現6066青木  稔(77)自現5722吉田 英策(64)共現  地元の選挙通でも「誰が落ちるのか分からない」と語るほどの激戦区となったいわき市選挙区。  各候補の街頭演説はヨークベニマルやマルトといった市内各地の商業施設前で予定されていた。約1232平方㌔と広大な面積の選挙区ということもあり、手分けして市内を駆けずり回った。  アポなし直撃取材だったにもかかわらず、各候補は快く応じてくれた。唯一対応してもらえなかったのが矢吹貢一氏。街頭演説・個人演説会を行わず、選挙カーを走らせるスタイルで、トップ当選を果たした。当選確実なので、自身の選挙活動を控えめにして、他の自民党候補のサポートに回っていたのかもしれない。結果的に自民党は議席を1つ減らした。  演説で多かったテーマは水害対策と医師不足。各陣営を回り続けるうちに、いわき市の課題が自ずと見えてきた。これこそ選挙漫遊の魅力だ。  手応えを尋ねると、「激戦だが、有権者の盛り上がりは感じられない」と話す候補者がほとんどだった。実際、いわき市選挙区の投票率は39・54%。前回の県議選は令和元年東日本台風の影響で投票率が落ち込んだとされるが、そこからわずか0・41ポイントの増加に留まった。  街頭演説の聴衆も数人という陣営がほとんどだったが、公明党候補者の演説に関しては山口那津男代表が応援に駆けつけたこともあり、多くの支持者が集結していた。その結果、2議席を維持。固定票を持つ候補者(政党)の強さを実感した。  れいわ新選組推薦の無所属・山口洋太氏はトップの矢吹氏に1票差に迫る1万0277票を獲得。日本維新の会から立候補した元職・鳥居作弥氏は6位当選を果たし、同党は県議選で初の議席を確保するなど、既存政党以外の勢いが感じられた。山口氏の演説会場には平日にもかかわらず聴衆が集まっていたのが印象的。「医師不足解消のため、医師が自ら立ち上がった」というインパクトが強かったのだろう。  一方で、西丸武進氏、青木稔氏ら多選のベテラン議員は落選の憂き目を見た。両氏の個人演説会には応援弁士が駆けつけ、力強く支持を訴えていたが、危機感のあらわれだったのかもしれない。  畠山さんからは事前に「過重労働にお気を付けください」と言われていた。取材中、特に疲れは感じなかったが、全候補者を取材し終えると一気に体が重くなり、数日間ぐったりしていた。〝選挙ハイ〟になっていたのかもしれない。 (志賀)    ×  ×  ×  ×  最後に触れておかなければならないのは、県議の役割と選挙の意義だ。国と市町村の間に位置し、「中二階」とも例えられる県議。与野党相乗りの「オール福島」体制で当選を重ねる内堀雅雄知事のもと、県議会は実質的に執行部の追認機関となっており、存在感は希薄だ。報酬は年間数十日勤務で約1400万円。議会出席や視察・調査時に支給される旅費、政務活動費、県の持ち株の関係で関係会社の役員に就いた際の報酬など、〝余禄〟がとにかく多い。  その是非も含め問われる機会が県議選なのだが、関心は高まらず、それぞれがどのような主張をしている人なのか、把握もされていない。今回の県全体の投票率はわずか40・73%。約6割が有権者としての権利を行使していないと考えるとあまりにもったいない話だ。  ふらっと選挙の現場に足を運び、演説に耳を傾けるだけで、その選挙区や各候補者に対する〝解像度〟が高まる。そうすることで、選挙区の課題や対立構図なども自ずと見えてきて、より選挙や政治を楽しめるようになる。もし近くで選挙が行われるときは、選挙漫遊に挑戦してみてはいかがだろうか。

  • 川俣・新人町議に聞く報酬引き上げの効果

     11月12日投開票の川俣町議選には定数12に対し14人が立候補し、70歳、82歳のベテラン2人が落選し、40~70代の新人3人が当選した。7月の議員報酬引き上げ後、初の選挙となったが新人3人はどう捉えるか。議会での抱負と併せて聞いた。 「立候補促進には無関係」 厳しくなる町民の評価  川俣町議会は2020年に「議会改革等に関する調査特別委員会」を設けて議員報酬引き上げなどを審議した。同委員会は報告書で議員月額報酬が1995年以降22万8000円と変わらない点、「町村長の給与の30ないし31%」(川俣町長の給与は月額84万6000円)とした全国モデルが86年当時のものであり、合併協議や東日本大震災への対応など協議事項が増える中で報酬が見合わない点に言及。「名誉職」化で特定の人しか議員を志せないことがなり手不足につながると懸念した。  適正報酬を検討するよう求める議会の決議を受け、藤原一二町長は「川俣町特別職報酬等審議会」を設置。答申を受けて執行部が策定した議員報酬改定条例案を議会が可決し、7月から引き上げられた(改定額は別表の通り)。11月12日投開票の同町議選は、報酬引き上げ後初の選挙となった。 川俣町議会議員の報酬 役職名改定前改定後引き上げ額議 長33万8000円41万2000円7万4000円副議長25万4000円31万円5万6000円議 員22万8000円27万8000円5万円  同町議選は毎回選挙戦となり、なり手はいる。ただ、構成が高齢者に傾き、町民の「飽き」が来たのか今回は新人3人がベテランの佐藤喜三郎氏(7期)と高橋真一郎氏(4期)を押し出す形で当選した。 川俣町議選の開票結果(定数12)※敬称略 得票立候補者年齢今回も含めた期数所属当810山家 恵子592期公明当612作田 善輝692期当549藤野 圭史471期当520石河 ルイ712期共産当512高橋 文雄711期当487新関 善三807期当429高橋 清美683期当426高橋 道也646期当422菅野 清一736期当418菅野 信一642期当413藤原  正551期当378蓮沼 洋志752期376佐藤喜三郎826期141高橋真一郎704期投票率62・70%  「最下位の高橋真一郎氏は地元の推薦を得られないまま出馬した。票が同じ飯坂地区の新人、藤原正氏(55)に流れた」(町内の選挙通)  藤原氏は藤原一二町長の甥に当たり、保険代理店業を営む。他に当選した新人2人は過去に立候補歴があるので、純粋な新顔は藤原氏のみだ。  藤原氏に「今回初当選した3人を取材しているので応じてほしい」と自宅に電話を掛けると「バタバタしていて申し訳ないが受けられない」と答えた。  11月15日、初当選議員対象の研修会で町役場を訪れた藤原氏に改めて依頼するとその場で応じてくれた。  「地元の声を受けて立候補しました。人口減少対策と若者移住につながるよう議会活動に取り組みたい。報酬引き上げは立候補に影響していません」  2人目の新人は高橋文雄氏(71)。町内で電器店とガソリンスタンドを経営し、2015年に屋号「せっけんや」で立候補するも18人中15位で落選。次の19年にはX(旧ツイッター)のアカウントを開設して「川俣町議会をぶっ壊して再生します」と出馬表明するも準備不足から直前で見送った。 高橋文雄氏  「〇〇をぶっ壊す」というフレーズは自民党の改革派を演出した小泉純一郎元首相に始まり、最近は「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首が好んで使っている。高橋文雄氏のXのプロフィールには「N国支持派」とあり、川俣町で初のN国議員誕生かと思い高橋文雄氏を訪ねた。  「Xアカウントは4年前に立候補しようとした時に知人に開設と投稿を頼みました。N国支持表明は記憶にありませんし、共感した覚えもありません。同党に共鳴した知人が私の意見に付け足したのではないでしょうか。そもそも、あなたは今のことを聞きに来たんでしょ? 4年前は関係ない」(高橋文雄氏) 「議会をぶっ壊す」  議会をぶっ壊す発言については、  「議会は4年に1度選挙で盛り上がるが、その間は何もやらないという印象があります。そういう体質を改めるという意味です」  報酬引き上げについては、  「毎回選挙戦なので、なり手不足だから引き上げるという論理は立たない。上げるにしても5万円程度では、一押しにはならない。時期は改選後にするべきだった。自分たちの報酬を自分が議員を務めている間に上げたと私には映った」  「なぜそんなことを聞くのか」と筆者の質問を遮るなど気難しい印象の高橋文雄氏だが、「綺麗ごとは言わない主義。他人が評価するか分からないが、自分が言っていることは間違っていないと思う」と話した。  最年少の47歳、藤野圭史氏は高橋氏と同じく2015年以来2度目の立候補で初当選した。  「議会で世代のバランスを取るのが大事と思い立候補しました。同年代が議会にいないと町への関心が薄れ、若手は期待せずどんどん町外に流出してしまう。志があれば仕事をしながらでも議員ができることを示したい」  議員報酬引き上げで立候補に前向きになったかと聞くと、「関係ありません。そもそも私は8年前に立候補していますから」。  藤野氏はビルメンテナンスの㈱藤野(川俣町)社長で町商工会青年部長を歴任。大震災・原発事故後に町内の除染作業に参入し、福島市や郡山市に業務を広げた。町外の事業者や行政関係者と交流が生まれる中で故郷を客観的に見るようになり、町政に関心を持ったという。 藤野圭史氏  2015年の町議選では18人中16位で落選。前回(19年)の町議選には出馬しなかった。  「ある先輩から『徳を積みなさい』と言われました。議員になる前に実績を積むのが先だと捉え、本業と商工会活動に邁進しました」  町の課題については、  「川俣町には工場が多く立地し、福島市や伊達市などから通ってくる従業員が多い。通っている人たちに住んでもらえるように、いかに環境を整備するかが重要です。議会では住宅確保の観点から若年層の声を伝えたい」  本業と議員活動の利益相反を防止する兼業規制に関しては、自身が代表取締役社長を務める㈱藤野の取引先はゼネコンが主で、町との取引はなく問題ないという。  新人3人の話を聞くと、立候補と報酬引き上げは無関係だった。5万円程度の引き上げでは、労力を考えると進んで立候補する者はいない。だが本業の他の「余禄」としては多い印象。30年近く上げてなかったので上げたというのが実情のようだ。ただ議員としての仕事ぶりの評価は厳しくなるのは間違いない。

  • 白河市議会最大会派〝分裂〟の影響

     任期満了に伴う白河市議選(定数24)は7月9日に投開票が行われ、立候補者30人(現職22人、元職2人、新人6人)のうち、現職20人、元職1人、新人3人が当選した。投票率は56・25%で合併後最低を記録した。  議長に筒井孝充市議(7期)、副議長に佐川京子市議(6期)が選出され、委員会や会派も新体制でスタートしていたが、それから半年も経っていない11月1日付で、会派に変更があった。  6議員が所属する最大会派の一つ「正真しらかわ」が分裂、緑川摂生市議(4期)と大木絵理市議が〝所属会派なし〟となり、新たに4議員が所属する「躍進しらかわ」が誕生したのだ。  正真しらかわは鈴木和夫市長から遠い立ち位置にあり、定例会の一般質問で所属議員が鈴木市政に対し、批判的な質問をすることもあった。  そんな同会派が何の前ぶれもなく分裂したため、他の会派の市議やその支持者らの間で「一体何があったのか」と話題になっていた。  正真しらかわに所属していた複数の市議に問い合わせたところ、「仲違いしたわけではない」と強調するものの、一様に口が重く、細かい経緯などを語ろうとしなかった。彼らに代わり、市議会をウオッチしている同市の経営者がこう解説する。  「鈴木市政に是々非々のスタンスを取ってきた会派だが、そのスタンスをめぐり所属議員の後援会内部でちょっとした騒動があった。『このままでは同じ会派の議員にも迷惑をかける』と考えた所属議員が退会を申し出て、話し合いを重ねた結果、最終的に一旦会派を解散することになったのです。ただ、それぞれ基本的なスタンスが大きく変わったわけではないので、結局一部の議員が再合流して、あらためて会派を立ち上げることになったようです」  具体的にどんな騒動が起きたのかは分からなかったが、話を聞く限り、意見の違いや感情的な対立などが原因ではないようだ。  いずれにしても、鈴木市政に物申すこともある最大会派が分裂・弱体化したことは、鈴木市長にとって喜ばしいことだろう。  鈴木和夫市長は1949(昭和24)年生まれ。早稲田大卒。県相双地方振興局長、企業局長などを歴任し、2007(平成19)年7月の白河市長選で初当選を果たした。  今年7月9日投開票の市長選では、2万2930票を獲得。無所属新人の元大信村議・国井明子氏(79)を1万9387票差で破り、5選を果たした。  もともと行政マン(県職員)だったのに加え、16年以上市長を務めていることもあって、行政関係の知識は誰よりもある。そのため職員に直接指示を出すほか、近年は議会の人事や質問内容などにも口出しするようになった、という話が漏れ聞こえてくる。  5期目は鈴木市長にとっての「集大成」になると見られており、早くも4年後の後継者探しのウワサも流れ始めている中で、会派分裂の影響が今後どのように現れるのか、注目したい。

  • 【国見町長に聞く】救急車事業中止問題【ワンテーブル】

     国見町が高規格救急車を所有して貸し出す事業は今年3月に受託企業ワンテーブル(宮城県多賀城市)の社長(当時)が「行政機能を分捕る」と発言した音声を河北新報が公開し、町は中止した。執行部は検証を第三者委員会に委嘱。議会は調査特別委員会(百条委員会)を設置し、執行部が作った救急車の仕様書はワンテーブルの受託に有利な内容で、官製談合防止法違反の疑いもあるとみて証人喚問を進める。引地真町長と同事業担当の大勝宏二・企画調整課長に11月6日、仕様書作成の経緯と責任の取り方を聞いた。(小池航) 仕様書作成の経緯と責任の取り方を聞いた  ――救急車の仕様書を作成する根拠となった資料の提出を町監査委員会が執行部に要求した際、ワンテーブルが提供した資料以外は「処分した」と執行部は説明しました。処分した文書はどのような方法で、どの部署の職員が入手したものか。  大勝企画調整課長「企画調整課の担当職員がインターネットで閲覧してプリントアウトした資料です。町としては、個人が職務上必要と考えてネットから印刷した文書は参考資料であり、公文書には当たらないと解しています」  ――職務上必要な資料は公文書では?  引地町長「参考資料とは、例えばネットから取得するだけではなく、本から見つけてコピーするものもありますよね。それは単なる資料でしかなく、公文書には当たらない。公文書とは、その資料をもとに行政が作成したものという解釈です」  ――国見町の文書管理規則では、公文書の定義を「職員が職務上作成し、又は取得した文書及び図画をいう。ただし、新聞、雑誌、書籍その他不特定多数のものに販売することを目的として発行されるものを除く」としている。個人が取得した資料とはいえ、職務上得た文書では?  大勝課長「解釈はいろいろあると思います。職員が自己の執務のために保有している写しが即公文書に当たるかというと、議論を呼ぶところだと思います。メモ程度のものが公文書に当たるかどうかという議論です。町としては(処分した)資料は、仕様書を作る段階で集めたものという解釈で、それは個人が集めた資料です。その資料に基づいて、町の意思決定に何か反映させたことはないと判断しています。職員が参考程度に集めたものだったので、行政文書には当たらないと考えています。  参考資料を得た経緯を説明します。職員が町の仕様書を作る際、各消防組合などがネットに上げている仕様書を閲覧し、必要な部分だけを印刷しました。1冊分を印刷すると膨大になります。参考のつもりで閲覧し、公文書として保存を前提に集めたものではありません。担当職員が知識を得た段階で、それらの資料は残してはいませんでした」  ――担当職員が各企業の救急車の仕様書をネットで閲覧し、仕様書を作ったという解釈でいいか。  大勝課長「そのように説明してきました。ワンテーブルからは他町の仕様書の提供を受けたので、それも参考にしました」  ――どうしてワンテーブルが提供した資料だけが残っていたのか。  大勝課長「1冊丸々提供を受けたからです。残すつもりで残したわけではなく、破棄するつもりがなかったというか、たまたま残ったのだと思います」  ――受託したワンテーブルが示した参考資料以外に何社の救急車の資料を参考にしたのか。  大勝課長「はっきりとは言えません。部分的に参考にしたものもありますし、振り返ってネットで検索したものもあります」  ――引地町長に聞きます。ワンテーブルの巧妙だったと思う点はありますか。  引地町長「何が巧妙だったかという質問に町は答える術を持っていません。前社長の考えは報道や音声データで見聞きしたが、あの発言をした事実はあるものの、そこには出てきていない思いもあるはずで、それについて我々は知る術がない。だから何が巧妙だったのかという質問には本当に答えられない。  ワンテーブルと国見町の関係は高規格救急車事業で唐突に始まったわけではなく、前町長在任時の2018年に元経産省職員の紹介を受けて接点ができました。翌19年には防災パートナーシップ協定を結び、20年には企業版ふるさと納税945万円の寄付を受けました。前社長は総務省から『地域力創造アドバイザー』認定を受けていました。そういった下地があるので、その経過を持って彼らのやり口が巧妙だったかというと我々は判断する術がない。  役所は何かしら困り事を抱えていたり、地域の課題解決に意見を持っている人が訪れます。そういった人たちを、我々行政は疑ってかからないスタンスを取ります。まず対面してから話が進む。例えば目の前にいる町民を、最初から『悪いことを考えているのではないか』とは疑いません。困り事があって役所に来ているわけだから。そういう姿勢で我々は仕事をしてきました。  我々はワンテーブルを国見町と協力する数ある企業の一つと捉えていました。震災後の13年間、町は他の民間企業とも連携して復旧・復興、風評対策を進めてきた経過があります。官民連携でまちづくりを進める延長線上にあったのが高規格救急車事業でした。巧妙だったかという質問には本当に答えにくい。前社長が、あの発言のような考えを持ちながら当初から国見町とやり取りをしてきたのか、それは分かりません。町長として教訓というか思うところはありますが、第三者委員会の結論が出るまでは話すべきではないと考えます」 原因究明の陣頭指揮  ――高規格救急車事業について町民に伝えたいことは。  引地町長「同事業は契約を解除し、住民説明会を14カ所で行いました。ワンテーブル前社長の不適切な発言で事業継続が困難になったのは本当に残念です。同事業は議会に諮って進めてきました。出来上がった救急車は議決を得て町が取得し、必要な自治体や消防組合に譲与していきます。当初町が考えていた事業と着地点は違いますが、地域の防災力向上や医療・救急業務の充実に活用してもらいたいです」  ――町執行部に不信感を抱いている町民に伝えたいことは。  引地町長「町に関する報道で心配を掛けてしまい申し訳ありませんでした。住民説明会や議会では『最終的な責任は私にあり、責任回避はしない』と説明してきました。ただ、それで完結する話ではない。町への非難と私の身の処し方といった議論に終わらせず、果たさなければいけないのは、原因を究明し問題の所在を明らかにすることです。その陣頭指揮を執るのが町長の責任だと思います。『最終的な責任は引地にある』と言葉だけで済ませようとは思っていません。上辺だけで済ませれば、また同じ過ちが繰り返されます。その意味で第三者委員会は大きな意味を持っています。検証の結果を待ち、原因を指摘してもらい、再発防止に向けた意見を客観的に出してもらう。その上で、町執行部で必要な対策を行い、町政への責任を果たしていくことが大切なのだと考えます」  ※以下は11月13日に送った質問への文書回答。  ――第三者委員会の委員2人が辞任しました。検証の半ばで過半数の委員が辞任したことについて、受け止めを教えてください。検証への影響も教えてください。  「誠意をもって対応し、委員におかれましては直前まで委員会へ出席の意向でしたので、突然の辞任で驚いています。辞任の理由は分かりません。検証への影響は、今回委員会が中断してしまったので、検証が遅れる影響があったと考えます。速やかに後任を人選し、対応しています」

  • 「広報誌の私物化」を批判された内田いわき市長

     10月20日付の読売新聞県版に「台風被害の広報臨時号のはずが…『まるで選挙ビラ』、市長の視察写真8枚に『写真集』の声も」という記事が掲載された。福島民友も翌21日付で同じ趣旨の記事を載せた。  9月8日夜から9日早朝にかけて、台風13号による記録的豪雨に見舞われたいわき市。10月1日には、被害状況の写真や支援制度の案内を掲載した「広報いわき臨時号」が発行され、通常の広報紙とともに各世帯に配られた。  全4頁の広報紙に掲載された19枚の写真のうち、市長・内田広之氏の視察写真は8枚も使用されており、まるで写真集のような作りになっていた。そのことに対し、市民や市議から疑問の声が上がっていることを報じたもの。  両紙の記事では「被災特集なのに市長の写真ばかりなのは違和感がある」という市民の声、「選挙広報のようだ」、「広報の私物化だ」という市議の意見が紹介されていた。  災害時に首長がどう対応したかは、選挙の際の大きな評価ポイントになる。震災・原発事故後の2013年には、郡山市、いわき市、福島市、二本松市などの市長選で、現職首長が軒並み落選し、〝現職落選ドミノ〟現象と呼ばれた。  2011年には、当時いわき市長だった渡辺敬夫氏について「公務を投げ出して空港から逃げようとしていた」などのデマが流れた。災害対応に追われて姿が見えなかったためだと思われるが、選挙戦でそのマイナスイメージを利用して、「私は逃げない」と訴えた清水敏男氏が当選を果たした。  しかし、その清水氏に関しても、2019年10月の台風19号の際には対応の遅さが目立ち、被災者をはじめとした市民の信頼を失った。本誌が被災地域を取材した際には、避難の事前周知や断水対策の不備を指摘する声が多く、「市は一番苦しい時期に何もしてくれなかった」と断言する被災者もいたほどだ。その後、新型コロナウイルスへの対応の遅さも批判され、2021年の市長選で内田氏に敗れた。  こうした経緯もあってか、内田氏は豪雨発生後、連日被災地域を視察し、報道やSNSを通してボランティアの参加を呼びかけるなど、積極的に動いていた。過去の「失敗」を教訓としてうまく動いていたように見えたが、目立ちすぎて、一部では逆効果となっていたようだ。  いわき市広報広聴課に問い合わせたところ、「令和元年東日本台風のとき、『市長(清水敏男氏)の姿が見えない』という意見を多くいただいたので、それを教訓に、今回は市長の被災地視察の姿を多く掲載しました。直接市役所に寄せられた批判の声はありません。問題はなかったと考えています」とコメントした。  内田氏については、イベントなどに積極的に参加し、PR活動に努めていることに対し「軽い面が目立ってきた」という苦言が出ているほか、「今回の件は周囲にいる市議や幹部職員が一言助言すれば回避できた。ブレーン不在ではないか」との指摘も聞かれる。そういう意味では、市長就任から2年経過した内田氏の課題が露呈した一件だったとも言える。

  • 廃校施設をどう使うか【平田村編】

     文部科学省の「廃校施設等活用状況実態調査」によると、2002年度から2020年度までに、県内では267の小・中学校、高校(いずれも公立に限る)が廃校になったという。少子化による児童・生徒数の減少に伴う学校の統廃合はやむを得ない流れだが、使われなくなった校舎の利活用が問題になっている。 永田小を役場庁舎に改築、2つの中学校跡は未使用 平田村役場  文部科学省の「廃校施設等活用状況実態調査」は3年に1回のスパンで実施され、直近では2021年5月1日時点での調査が行われた(結果の公表は2022年3月30日)。それによると、2002年から2020年までに全国で発生した廃校数は8580校(公立の小・中学校、高校、特別支援学校など)。このうち、建物(校舎)が現存するのが7398件で、すでに別の用途などで活用されているのは5481件(約74%、現存するものに対する割合)。  主な用途は、学校関係、社会体育施設、社会教育・文化施設、福祉・医療施設、企業等の施設、創業支援施設、庁舎等、体験交流施設、備蓄倉庫、住宅など。  用途が決まっていない施設の要因としては、「建物が老朽化している」が46・2%で最も多く、「地域からの要望がない」が41・6%、「立地条件が悪い」が18・7%、「財源が確保できない」が14・6%と続く(※複数回答のため、合計が100%を超える)。  なお、国では別表に示した補助メニューを設けている。文部科学省では「〜未来につなごう〜 『みんなの廃校』プロジェクト」として、活用用途を募集している全国の廃校施設情報を集約・発信する取り組みや、イベントの開催、廃校活用事例の紹介などを通じて、廃校施設の活用を推進している。その中で、省庁をまたいで、活用可能な補助メニューを紹介している。 空き校舎の活用に当たり利用可能な補助制度 対象となる施設所管省庁地域スポーツ施設スポーツ庁埋蔵文化財の公開及び整理・収蔵等を行うための設備整備事業文化庁児童福祉施設等(保育所を除く)こども家庭庁保育所等こども家庭庁小規模保育事業所等こども家庭庁放課後児童クラブこども家庭庁障害者施設等厚生労働省私立認定こども園文部科学省、こども家庭庁地域間交流・地域振興を図るための生産加工施設、農林漁業等体験施設、地域芸能・文化体験施設等(過疎市町村等が実施する過疎地域の廃校舎の遊休施設を改修する費用が対象)総務省農業者等を含む地域住民の就業の場の確保、農山漁村における所得の向上や雇用の増大に結びつける取り組みに必要な施設農林水産省交流施設等の公共施設林野庁立地適正化計画に位置付けられた誘導施設(医療施設、社会福祉施設、教育文化施設、子育て支援施設)等国土交通省まちづくりに必要な地域交流センターや観光交流センター等の施設国土交通省空家等対策計画に定められた地区において、居住環境の整備改善に必要となる宿泊施設、交流施設、体験学習施設、創作活動施設、文化施設等国土交通省「地方版創生総合戦略」に位置付けられ、地域再生法に基づく地域再生計画に認定された地方公共団体の自主的・主体的で、先導的な取り組み内閣府  福島県内では、2002年から2020年までに小学校211校、中学校44校、高校12校の計267校が廃校となった。この数字は北海道(858校)、東京都(322校)、岩手県(311校)、熊本県(304校)、新潟県(290校)、広島県(280校)、青森県(271校)に次いで8番目に多い。  廃校施設の利活用状況について、都道府県別の詳細は示されていない。なお、次回調査は2024年度に実施される予定で、今年度はその谷間になる。 アンケート調査を実施  本誌は10月上旬、県内市町村に対して、当該市町村立の小・中学校の空き校舎の有無と数、すでに再利用がなされている校舎の事例、再利用計画が進行中の事例、計画が策定され、これから改修などに入る事例の有無などについて、アンケート調査を行った。  「空き校舎がある」、「再利用の実例がある」と回答があった中から、今号以降、何回かに分けて、具体的な事例や課題などについて取り上げていきたい。  1回目となる今回は平田村。  同村は、県内で初めて空き校舎を役場庁舎にした。永田小学校が2013年3月に蓬田小学校と統合して閉校となり、空き校舎となった。一方で、役場庁舎は1960年に建てられたもので老朽化していたほか、東日本大震災で外壁に亀裂が入るなどの被害が出ていた。そのため、旧永田小校舎を改修して役場庁舎とし、2015年9月に開庁(移転)した。校庭だったところは、舗装され駐車場になっている。体育館は、館内にもう1つ「箱」が作られたような格好になっており、会議室として使われている。場所は、旧役場から直線距離で北東に600㍍ほどのところにある。 体育館を高所から。館内にもう1つ「箱」が設置され、会議室になっている。  財源は庁舎建設基金と一般財源でまかない、総事業費は約4億2000万円。  別表は、県内で同時期に建設された役場庁舎との比較をまとめたもの。ほかの3町と比べると、延べ床面積が半分ほどのため、純粋な比較は難しいが、少なくとも新築するより安上がりになったのは間違いない。  本誌は常々、立派な役場庁舎ができたところで、住民の日々の生活が豊かになるわけではないから、役場建設に多額の事業費を投じるのは適切ではないと指摘してきた。もちろん、災害時などに役場そのものが大きな被害を受け、災害対策に支障が出るようなことは避けなければならないが、そういった問題がなければ必要最低限でいい。少なくとも立派な庁舎は必要ない。役場に金をかけるくらいなら、何か別の地域振興策に使うべきだ。その点では、新築した他自治体と比べて、安上がりで済ませたのは評価されていい。  肝心の使い勝手だが、ある村民は「最初は、『学校』という感じで違和感がありましたが、慣れてみればこんなものかな、と思います」と話した。ある職員も「もう慣れたんで」と同様の感想を語った。  本誌も少し見て回ったが、「もともと学校だった」という潜在意識があるためか、多少の違和感はあったものの、少なくとも「不便」には感じなかった。音楽室や調理実習室などの特別教室は、うまく活用すれば職員の福利厚生などに使えそうだが、調理実習室は執務室になり、音楽室は議場になっているという。その辺はもう少し工夫があっても面白かったか。 議場  一方で、役場を小学校跡地に移転したとなると、今度は逆に、旧役場跡地の利活用の問題が出てくる。旧役場は解体され、跡地は幼保連携型認定こども園「村立ひらたこども園」として整備された。同園は2020年に開園した。 役場跡地はこども園に その他の空き校舎 蓬田中跡 小平中跡  役場庁舎の開庁時、澤村和明村長は「閉校した校舎の利活用のモデルケースになる」とあいさつしていたが、村内にはほかにも空き校舎がある。永田小学校と同時に閉校となった西山小学校については、今年7月の村長選で、澤村村長が5選を果たした際、「入浴施設として活用することを考えている」と明かしていた。  このほか、2016年に蓬田、小平両中学校が統合され、ひらた清風中学校が開校した。これに伴い、両中学校が空き校舎になっている。この2つに関しては、いまのところ何の案も出ていないという。  「建物は残っていますが、耐震の問題もありますし、一番は配管が使える状態なのか、ということもあります。やはり、使われていないと、そこ(配管)の劣化が出てきますからね」(村企画商工課)  校舎の利活用はなされていないが、グラウンドや体育館はスポーツ少年団などで活用しているという。付属施設が使われているだけに、校舎だけを別の用途に、というのは余計に難しいのかもしれない。  旧小平中学校の近隣住民はこう話す。  「当然、住民としては学校に対して思い入れがあります。この村は1955年に、いわゆる『昭和の大合併』で、小平村と蓬田村が合併して誕生しました。そうした中、片方の地区だけに投資をするのは憚られるといった空気があります。そうなると、小平中、蓬田中のどちらも、住民が納得するような形で、あまり時間を置かずに進めなければならない。そういった難しさもあると思います。仲間内で話している分には、『村はどう考えているんだ』という話になりますが、小さな村ですからなかなか面と向かって村(村長)に意見しにくい、という側面もあります。潤沢にお金が使えるということであれば話は別ですが、そういうわけにもいきませんから、学校の跡地利用は簡単ではないでしょうね」  一方で、別の住民はこう話した。  「学校がなくなる(統合される)ということは、地域から人がいなくなっているということです。この地域(小平地区)でも、高齢者の夫婦だけの世帯、あるいは1人暮らしが増えています。その人たちが亡くなったら、その家には誰も住まなくなります。中学校だけでなく、駐在所もなくなりましたし、郵便局やJAも業務範囲を縮小しています。小平小学校も、60年くらい前、われわれのころは全校生徒が約800人いましたが、われわれの子どもが通っていた30年くらい前は約300人、いまは約100人ですから、いずれは統合という話になっていくでしょう。そういう状況ですから、空き校舎を使って何か地域振興策を、とは思いますが、現実的には相当難しいと思います」 住民の思い入れが強い 平田村と同時期に役場庁舎を建設した町村の構造・事業費など 町村名竣工年構 造延べ床面積事業費平田村2015年鉄筋コンクリート2階建て2055平方㍍約4・2億円国見町2015年鉄骨造、一部鉄筋コンクリート造地上3階、地下1階4833平方㍍約17億円川俣町2016年プレキャスト・プレストレストコンクリート造 地上3階建4324平方㍍約27億円南会津町2017年鉄骨造、地上4階、地下1階建て4763平方㍍約26億円  人が少なくなったから閉校になった→今後人口減少がさらに加速すると思われる→そういった地域にどんな投資をすればいいか、というのは確かに難しい問題だ。地方における最大の課題と言っていいだろう。  前述したように、さまざまな補助メニューは用意されているが、なかなか「コレ」といったものがないのが現状だ。  加えて、学校に対する地域住民の思い入れは強い。いまの少子化、児童・生徒数の減少に伴う学校の統廃合はやむを得ない流れだが、かつて自分たちが通った学校がどうなるかは、住民の関心が高い。  前段で文部科学省の調査結果を紹介したが、用途が決まっていない施設の要因として、「地域からの要望がない」が41・6%を占めていた。行政は「学校は地域住民の思い入れが強いから、住民がどうしたいかを大切にしたい」といった姿勢であることがうかがえる。裏を返すと、下手な案を提示しようものなら、住民の猛反発を受けかねない。一方、住民側は「そもそも、住民レベルではどんな可能性があるのかが分からない。だから、まずは行政が案を示してくれないことには、良いも悪いも判断しようがない」といった思いを抱いているように感じる。こうしたことも、利活用が進まない要因だろう。  最後に。今回の本誌のアンケートでは、市町村立の小・中学校の空き校舎の有無、利活用状況を聞いたものだが、同村には県立(県管理)の小野高校平田校があった。同校は2019年に閉校となった。  県教委によると、現在進めている県立高校改革では、廃校舎については、まず当該市町村に跡地利用を考えているか等の意見を聞き、市町村で利活用策がある場合は無償譲渡するという。市町村で利活用策を考えていない場合は、県のルールに基づき財産処分することになる。  小野高校平田校は事情が違い、同校がある土地は、もともと村の所有地で、現在解体工事を行っており、完了後に村に返却するという。つまり、村ではその土地をどうするかということも今後の課題になる。

  • 滞る【国見町】の救急車事業検証【ワンテーブル】

    百条委の調査能力に疑問符  国見町が高規格救急車を所有して貸し出す事業を断念した問題の検証が難航している。町執行部が設置した第三者委員会は、委員3人のうち2人が「一身上の都合」で9月下旬に辞任し議事が滞った。議会は11月上旬に地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委員会)を設置する方針。百条委員会は証言者が出頭を拒否したり記録提出を拒んだ場合、刑事告発できるなどの強制力を伴うが、救急車リース事業案の問題点を見過ごし、一時は原案通り可決した議会が調査能力を発揮できるかは未知数だ。  救急車リース事業は、受託企業ワンテーブル(宮城県多賀城市)の社長が「行政機能を分捕る」と発言したことが明らかとなったのを受け、町執行部が「信頼関係が失われた」と事業を中止。執行部は町民説明会での要望を受け、有識者3人からなる第三者委員会で事業の検証を進めようとした。  ところが、委員を務めていた垣見隆禎・福島大行政政策学類教授と元井貴子・桜の聖母短大准教授が辞任したことで、執行部の検証に暗雲が立ち込めた。本誌が垣見教授に電話すると「河北新報に書かれた通り。それ以上のことは答えられない」と口は重かった。  9月28日付の河北新報は《垣見教授によると、これまでの会合で委員が事業の関連資料の提出を促しても町側は「既に廃棄した」などと回答を拒み、核心部分の調査が進まなかった》《「そもそも町は第三者委による調査を条例で『事務執行適正化』に関するものに限定し、最初から問題の検証が困難な建付けになっていた」》と報じていた。  町が設置した第三者委員会とは何か。第3回臨時会(5月17日)提出の条例案によると、設置趣旨は「本町職員による不適正な事務執行が発生した場合又は発生が疑われる場合において、その経過の客観的かつ公正な検証及び再発防止のための提言を行うため」(第1条)とある。  委員会が所掌する事務は⑴不適正な事務執行の経過に関すること、⑵不適正な事務執行の再発防止策の提言に関すること、⑶前2号に掲げるもののほか、町長が必要と認めること。条文は職務を事務執行に限定していることが分かる。議会は「事務執行とは具体的に何を指すのか」と疑問視せずに原案通り可決した。  本誌は辞任したもう1人の元井准教授にメールで問い合わせたが「本件につきましては、本学企画室がご対応することになっておりますので、私からお答えすることは控えさせていただいております」と回答。辞任した2人の口が重いのは、条例第8条「委員は、職務上知りえた秘密を漏らしてはならない」「その職を退いた後も同様とする」と守秘義務が課されているためだろう。  町監査委員会は9月に発表した意見書で、4億円を超える事業にもかかわらず計画書を作成していなかった点、監査委が救急車製造仕様書の根拠となる参考資料提出を求めたところ、執行部は受託業者からの資料のみで「他は処分した」と説明したことを問題視している。  資料が新たに出ない以上、検証には関係者の証言しかない。百条委員会はワンテーブルの元社長や関わった町職員への聴取を検討しているという。町民は「狡猾な企業に町の予算を狙われ、恥をかかされた」と怒っている。百条委はガス抜きのための調査に終わらせず、ワンテーブルに狙われた過程を明らかにすることに徹するべきだ。

  • 【鏡石町議会】が遊水地特別委設置を否決

     令和元年東日本台風に伴う水害を受け、国は「阿武隈川緊急治水対策プロジェクト」を進めており、その一環として、鏡石町、玉川村、矢吹町で阿武隈川遊水地整備事業が進められている。  総面積は約350㌶、貯水量は1500万から2000万立方㍍。用地は全面買収する。対象地の9割ほどが農地、1割弱が宅地。対象エリアの住民は移転を余儀なくされる。計約150戸が対象で、内訳は鏡石町と玉川村がそれぞれ60〜70戸、矢吹町が約20戸。  住民からしたら、もうそこに住めないだけでなく、営農ができなくなるわけだから、「補償はどのくらいなのか」、「暮らしや生業はどうなるのか」といった不安が渦巻いている。  そのため、鏡石町議会では「鏡石町成田地区遊水地整備事業調査特別委員会」を立ち上げ、同事業の調査・研究を行ってきた。  本誌では何度か同委員会を取材(傍聴)し、今年7月号に「鏡石町遊水地特別委が国・県に意見書提出」という記事を掲載した。  同町議の任期は9月3日までで、8月22日告示、27日投開票の日程で議員選挙が行われた。そのため、任期満了前、最後となる6月定例会で一区切りとし、意見書案をまとめて本会議に提出、採択された。これをもって同特別委は解散となった、  意見書の主な内容は、①遊水地事業区域の住民の高台移転のための支援、②移転に伴い生じる各種法令・規制の見直しや手続きの簡素化、③阿武隈川本川及び県管理支川の鈴川も含めた治水対策(特に、阿武隈川本川の河道掘削及び堤防強化)、④二度と水害(洪水被害・浸水被害)のないまちづくり・地域づくりを行うための支援、⑤遊水地事業関連施設の整備、⑥遊水地整備後の土地の有効利用のための支援など。  これを内閣総理大臣、国土交通大臣、衆議院議長、参議院議長、県知事、県議会議長に提出した。  一方で、同特別委の委員長を務めた吉田孝司議員は、「改選後も特別委を再度立ち上げ、引き続き、調査・研究していきたい」と述べていた。吉田議員は、遊水地の対象地区である成田地区出身で、自身の自宅も令和元年東日本台風で浸水被害を受けたほか、遊水地の対象エリアにもなっている。  実際、吉田議員は改選後の9月定例会で特別委設置案を提案した。しかし、賛成4、反対7で否決された。理由は、玉川村や矢吹町ではそうした動きがないこと、前任期の議会で一定の役割を終えたこと、あとは国に任せるべき、というものだったようだ。  ただ、ある関係者はこんな見解を示した。  「吉田議員は対象地区に自宅があり、住民の思いが分かるから、この問題に熱心に取り組んでいたが、吉田議員が中心となって国や県に要望するなど、目立った動きをしたことをよく思わない議員もいたように感じる。もう1つは、今改選では12人中6人が新人で、そのうちの5人が反対だった。よく分かっていない可能性もある。そういった理由から改選後の議会での特別委設置が否決されたのではないか」  改選前の特別委では、国(福島河川国道事務所)の担当者を呼び、直接見解を聞いたこともあった。そういった意味でも意義のあるものだったと言えるが、前出の関係者が語ったように、議会内の勢力争いが原因で否決されたのだとしたら、議員の存在意義が問われかねない。 あわせて読みたい 鏡石町遊水地特別委が国・県に意見書提出 2023年7月号 【鏡石町】遊水地で発生するポツンと一軒家 2023年4月号

  • 【白河市】合併で生じた「議員空白地帯」

     2000年代を中心に進められた「平成の大合併」により、旧市町村単独の時代と比較すると、合併自治体の議員数は大きく減少している。とりわけ、核となる市があり、そこと合併した町村では「地元議員大幅減少」の傾向が強い。それに伴い、行政とのパイプが細くなっていると推察されるが、実際の影響はどうなのか。今年7月に市議選が行われた白河市の状況をリポートする。(末永) 住民の声が届きにくくなった旧3村 大信庁舎(旧大信村役場) 表郷庁舎(旧表郷村役場)  白河市は2005年11月に、旧白河市と西白河郡の表郷、大信、東の3村が合併して誕生した。以降、市議会議員選挙は2007年、2011年、2015年、2019年、今年と計5回行われた。2007年は4月に市議選が行われたが、2011年は東日本大震災・福島第一原発事故の影響で、選挙時期を7月に繰り延べた。それ以来、7月に市議選が実施されている。なお、合併後最初の市長選は2005年12月に行われたが、初代市長を務めた成井英夫氏が2007年6月に病気のため急逝。同年7月に、市議選と同じ日程で市長選が行われ、以降は同時選となっている。  今回の市議選は7月9日に投開票された。現職22人、元職2人、新人6人の計30人が立候補し、現職20人、元職1人、新人3人の計24人が当選した。投票率は56・25%で、前回を3・02ポイント下回り、合併後最低となった。結果は次頁の通り。 選挙結果(7月9日投開票、投票率56・25%) 当1521室井 伸一(58)公現(旧市内)当1518大木 絵理(36)無現(旧市内)当1374水野谷正則(59)無現(東)当1252菅原 修一(72)無現(旧市内)当1246永山  均(56)無新(大信)当1194高畠  裕(58)無現(旧市内)当1145根本 建一(59)無現(表郷)当1089藤田 文夫(68)無現(表郷)当1023緑川 摂生(64)無現(表郷)当999深谷  弘(69)共現(旧市内)当936吉見優一郎(38)無現(旧市内)当924筒井 孝充(66)無現(旧市内)当906大竹 功一(59)無現(旧市内)当859遠藤 公彦(61)無新(東)当859戸倉 宏一(69)無現(大信)当842佐川 京子(62)無現(旧市内)当816佐川 琴次(67)無元(東)当795植村 美洋(66)無新(旧市内)当790柴原 隆夫(74)無現(旧市内)当772高橋 光雄(75)無現(旧市内)当739石名 国光(75)無現(旧市内)当735北野 唯道(83)無現(大信)当726大花  務(73)無現(旧市内)当692鈴木 裕哉(51)無現(旧市内)686須藤 博之(69)無現601阿部 克弘(65)無元557山口 耕治(69)無現553市川  勤(50)無新471大森  仁(62)無新382大花 恵子(55)無新  当選者は旧市村のどこに住所があるかを併記した。選挙ではやはり、旧市内の候補者は旧市内を中心に、旧表郷村の候補者は旧表郷村内を中心に……といった具合に、遊説を行ったようだ。  「例えば、旧東村に住まいがある候補者が旧表郷村に、あるいはその逆というのは、多少はあるんでしょうけど、大部分はそれぞれの地元で選挙カーを走らせていたように感じます」(旧東村の住民)  普段の活動でも、やはり地元中心になるという。  「住民の中にも、まだ旧村の意識は残っており、議員もそうだと思います。近年は災害が相次いでいますが、例えば、市内で旧表郷村だけが局所的に被害を受けたということであれば、旧市内や旧他村の議員も集中して当該地区に来るでしょう。ただ、市内全域で被害を受けたとなれば、やはり議員は地元の状況を見て回って、必要なことがあれば市に伝える、といった活動になっていると感じます」(旧表郷村の住民)  別表は合併時と現在(今回の改選後)の旧市村の人口と議員数をまとめたもの。旧3村では、合併時12〜14人の議員がいたが、現在はそれぞれ3人となっている。 合併前、現在の人口と議員数 合併前(2005年)現在旧白河市4万8000人4万3000人24人15人旧表郷村7100人5700人14人3人旧大信村4800人3600人12人3人旧東村6000人4700人14人3人(上段が人口、下段が議員数)  旧村単位で「議員空白地帯」は発生していないが、旧表郷村には25行政区、旧大信村には26行政区、旧東村には30行政区あり、かつては2行政区に1人くらいの割合で議員がいた。それが現在は8〜10行政区に1人くらいの割合になっている。旧村内の行政区レベルで見ると、「議員空白地帯」が生じていることになる。  ここで問題になるのは、旧3村は市政(市役所)が物理的(距離的)に遠くなっているということ。そのうえ、議員もいない(少ない)となると、さらに「遠い存在」になってしまう。  合併前はほぼ毎回議員を輩出していたという行政区の住民は、「役場の業務などについて、『あの件はどうなったか』、『今度、村でこういう事業をやると聞いたが、具体的にはどういった形になるのか』等々、比較的気軽に(行政区内から出ている議員に)聞くことができたが、いまは(行政区内に議員がいないため)なかなかそうもいかない」という。  一方、合併当時の旧村の役場関係者はこう話す。  「合併議論の中で、最初のうちはこの地区(旧市村)は何人という具合に割り当て制にすべき、といった意見もありましたが、そこまでしなくても、落ち着くところに落ち着くだろうということで、そうしなかった。結果的には当初想定したような形になっていると思います」 旧東村は1人から3人に 東庁舎(旧東村役場)  人口比率で言うと、旧市内は約2800人に1人、旧3村は約1200〜約1900人に1人の割合で議員がいることになる。人口比率で言うと、旧3村の方が議員が多い格好だ。  前段で今回の市議選の投票率は56・25%と書いたが、旧市村別に見ると、旧市内が約52%、旧3村は約66〜約70%となっている。旧3村の住民はそれぞれ地元の候補者に投票する、と仮定すると、旧市村別の投票率の差がこの結果になっていると言えよう。  実は今回の改選前、旧東村は水野谷正則議員1人しかいなかった。つまりは、水野谷議員1人で、旧東村約4700人の声を市政に届ける役割を担っていたのだ。  水野谷議員に話を聞いた。  「執行部はやりやすかったかもしれません。同地区(旧村)内に議員が複数いたら、(限られた予算で地区内の課題解決に向けた事業を行う中で)『オレはこれを優先すべき』、『私はそれよりもこっちを優先すべき』といった具合に、それぞれが考えを持っているでしょうから。住民からしたら、選択肢が広がると言いますか、相談したり、市政情報を聞くことができる人は多い方がいいでしょうね。私自身、この地区の代表として、地元のために活動していますから。もっとも、白河市では、道路の補修や側溝に蓋をしてほしいなどのちょっとした事案については、町内会長や行政区長などを通して、市役所に話ができるようなシステムができていますから、議員を通して市につなぐということを求められることはあまりありません」  旧東村の住民によると、「今回の市議選では、何とか議員を増やそうという動きがあり、その結果、旧東村からは3人の議員が当選した。まだ任期がスタートしたばかりで、何が変わったということはないが、少なくとも、1人のときより地元の声を届けやすい環境になったのは間違いないと思います」という。  逆に言うと、それだけ「このままではわれわれ(旧東村)の声が届かなくなってしまうのではないか」との危機感があったということだろう。もっとも、議員が少ないことで、明確に「こうした不利益を被った」という事例は聞かれなかったが。  強いて言うなら、前段で災害時の議員の対応についてのコメントを紹介したが、「水害があった際、市に一度見に来てほしいとお願いしても、なかなか来てくれなかった。そこで、議員にお願いしたところ、ようやく来てもらった。まあ、被害が広範囲に渡ったから、なかなか細部までは見て回れない、人が足りない、ということだったんでしょうけど」との話が聞かれたくらいか。 商工団体は協議会を組織 白河商工会議所  このほか、かつて十数人いたのが3人になり、「何となくですが、商工業関係ならこの議員、農業関係ならこの議員というように、役割分担ができているように思う」(旧表郷村の住民)との声も。  もっとも、商工団体の関係者によると、白河商工会議所、表郷商工会、ひがし商工会、大信商工会の4団体で連絡協議会を立ち上げ、定期的に情報交換をしたり、市に要望活動などを行っているという。その点では、少なくとも商工関係者は、かつての旧村内に十数人いた議員が3人ほどになっても、大きな支障は出ていないようだ。  一方で、前出・合併当時の旧村の役場関係者はこう話す。  「合併協議の中で、旧自治体の区割りは『地域自治区』と位置付けられ、旧村役場は総合支所方式(旧役場の名称はそれぞれ表郷庁舎、東庁舎、大信庁舎)が採用されました。大規模なものでなければ、各総合支所の権限で予算を執行できたのです。ただ、合併から4年でその制度は役目を終えたということでなくなりました。ですから、住民は(旧役場の予算執行権がなくなったことで)市役所が物理的にも、気持ちの面でも遠くなったと感じていると思います」  合併に伴う議員減少、それによって、住民の声が行政に反映されにくくなることは、合併前から想定されていたことだ。とはいえ、実際、議員数は大きく減っているが、現状ではそれに起因する「大きな問題」は発生していない。  旧東村のように、一時(今改選前)は1人まで減ったが、住民の動きによって3人まで増やした(戻した)事例もある。当然、その分、議員に求められることは多くなる。  もっとも、議員が多ければ地域の課題が解決するかと言うと、そうではなかろう。とりわけ、同市の旧3村に限らず、核となる市があり、そこと合併した町村では、人口減少などの衰退が進んでいる、といった問題に直面しているケースが多く、それはまた別の問題と言えよう。  河村和徳・東北大学准教授(政治情報学)はこう話す。  「合併によって単独自治体時代と比較して議員数が減るということは当選のハードルが上がるということです。最初のうちは『オラが地域から何とか議員を出そう』と一生懸命支援します。ただ、後が続かない。選挙自体も、かつての(旧村の)ノウハウが通用しなくなり、なり手不足が加速していきます。全国的には旧町村単位で空白ができているところもあります。そうなると、地域の声を行政に伝えていけなくなってしまいます」  こうした状況をどう是正していくかが問われている。 議員のあり方 白河市役所  最後に、これからの議員のあり方についても述べておこう。白河市の議会の会期は60〜70日程度。町村議会だと30〜40日程度。議員からすると「一般質問の準備など、それ以外の活動も多い」というだろうが、少なくとも公式な議会活動はそのくらいにとどまる。  本誌は以前から、地方議員は仕事を持つべき、と主張してきた。なぜなら、落選したら収入がなくなるため、何よりも再選を優先させる恐れがあるからだ。結果、執行部(この場合は市長)から、次の選挙で刺客を立てられ、落選させられることがないような振る舞いになり、執行部に厳しい目を向ける姿勢が弱くなる。それは、議会全体の活力低下につながる。  そういう意味で、仕事を持ちながら議員を務めるのが本来あるべき姿。前述した実働日数を加味してもそれができないはずがない。  ちなみに、同市議会のホームページに掲載された議員名簿には、職業が出ているが「市議会議員」となっているのは3分の1の8人。ほかは「農業」が6人、「会社役員」が4人、「呉服店」、「旅行業」、「理容業」、「自営業」、「政党役員」、「行政書士」が各1人。普通の会社勤めの人はいないようだが、議員の期間は休職扱いにするとか、何らかの対応により可能になるのではないか。  関係者の中には、議員報酬だけでは食っていけないから、なり手がいないという人もいる。同市の議員報酬は月額38万5000円、副議長は同40万6000円、議長は同46万3000円。そのほか、年2回の期末手当がある。  一方で、同市議会の会期は前述の通り。その点で言うと、議会の開催日時を工夫するなどして、会社勤めをしている人でも議員になれるような取り組みが必要だろう。そうなれば「議員報酬だけでは食っていけない」という話にはならない。  もう1つ付け加えると、いま多くの議会では定数削減の流れにある。人口が減少しているから、それに見合った議員定数に、ということだが、本誌はむしろ、議会費(議員報酬の総額)はそのままで定数をできるだけ多くした方がいいと考える。議員の数が多ければ、それだけ住民の意向を反映させることができるからだ。当然、そのためには、前述したように会社勤めの人でも議員活動ができるような工夫が必要になる。  議会進行などにしても、いまの地方議会は「無駄に大仰なもの」になっているが、「形式」にこだわりすぎではないか。もっとフランクな形にした方が馴染みやすいだろうし、いい議論ができるのではないか。

  • 三春町議会で任期満了1日前に辞職勧告

     三春町議会で、任期満了の1日前に辞職勧告決議が可決されるという奇妙な出来事があった。背景には、議員定数削減や4年前の正副議長選をめぐる議会の混乱がある。 定数削減やポストをめぐり議員が対立 新田信二前議員  9月29日に開かれた三春町議会の臨時会は、議会運営副委員長の佐久間正俊議員から提出された新田信二議員に対する辞職勧告決議案が審議された。  議案書には次のような理由が書かれていた。  《令和5年9月7日、新田信二議員は、令和5年9月5日告示の三春町議会議員一般選挙における当選予定者である小林孝氏宅を訪れ、当選証書を受け取らないよう長時間にわたり執拗に要求した事実が判明した。  三春町議会基本条例第21条では、「議員は、町民全体の代表としてその倫理性を常に自覚し、町民の疑義を招くことのないよう行動しなければならない」と規定されており、議会における諸活動だけでなく、私生活においても法令を遵守し、高い倫理観と自立性の下に行動することが求められている。  今回の行為は、地元を同じくする町議会議員候補者に対する不当な圧力と強要であり、さらには公職選挙法にも抵触するおそれがあるものであると判断されることから、三春町議会として決して許容・看過することはできない。  よって、新田信二議員は(中略)速やかにその職を辞するよう勧告するものである》  臨時会の約3週間前、三春町議会は改選を迎え、9月5日告示で議員選挙が行われたが、定数16に対し立候補者は現職10人、新人6人にとどまったため、16人の無投票当選が決まった(別掲)。 ◎三春町議選当選者 影山 孝男 66 無新①影山 常光 71 無現③橋本善一郎 68 無現②松村 妙子 63 公現③三瓶 文博 66 無現④鈴木 利一 69 無現④三瓶 一壽 67 無新①佐久間正俊 73 無現⑤佐藤  弘 77 社現⑧篠崎  聡 59 無現②影山 初吉 75 無現⑤大内 広信 44 無新①山崎ふじ子 63 無現③遠藤 亮子 62 無新①石井 一正 81 無新①小林  孝 73 無新①※年齢は告示時点※丸数字は期数  新しい議員の任期は10月1日から4年。つまり辞職勧告決議案が審議されたのは、9月30日の任期満了の1日前だったのである。ちなみに当時2期目だった新田氏は今回の町議選に立候補していない。その新田氏から、当選証書を受け取らないよう迫られたのが初当選した小林孝氏だった。新田氏と小林氏は同じ山田地区に暮らしている。  両氏の間に何があったのか触れる前に、臨時会の模様を伝えると、当事者である新田氏が退席後、辞職勧告決議案が審議されたが、質疑はなく賛成・反対討論もなかったため、全会一致で可決された。  ただ、採決前に臨時会を中断して開かれた議員全員協議会では、橋本善次議員から「会議規則に違反するやり方で、審議をやり直すべき」と異論が出されていたが、佐藤弘議長(当時)が問題ないと退けていた。  臨時会の様子から、新田氏の〝味方〟は橋本氏と、もう一人、本田忠良議員という印象を受けた。興味深いのは、この3氏がいずれも今回の町議選に立候補せず、町議を引退していることだ。  話を戻すと、辞職勧告決議は可決されたが法的拘束力はない。臨時会閉会後、新田氏は本誌の取材に「決議は納得できない。任期は明日(9月30日)までなので、辞職勧告に応じるつもりはない」と不満を露わにしたが、任期満了の1日前に辞職を迫られるのは極めて異例だ。  新田氏はなぜ、議員を辞めろと迫られたのか。  「町議選終了後、小林氏の親族と地域代表の方から『小林氏に当選を辞退するよう言ってほしい』と相談された。親族と地域代表の方は、小林氏に『議員になってほしくない理由』を述べていたが、個人情報の絡みもあるので詳細を明かすのは控えます。そこで私は、小林氏が当選した2日後の9月7日、親族と地域代表と3人で小林氏の自宅を訪ね、本人に『9月11日の当選証書付与式は欠席し、当選を辞退してはどうか』と伝えた。そのやりとりが2時間半と長時間にわたったのは確かだが、議案書にある『不当な圧力』をかけた事実はない」(新田氏)  今回の町議選は当初、立候補の意思を示していたのが現職10人、新人1人しかいなかった。告示前日の時点でも14人で、実際、掲示板に貼られた候補者ポスターも14枚だった。  こうした中、告示日に新人2人が急きょ名乗りを上げたが、そのうちの一人が小林氏だった。新田氏によると「小林氏と石井一正氏はポスターを1枚も貼らずに当選した」。親族と地域代表は、小林氏に「議員になってほしくない理由」があったほかに、このような当選の仕方で地元の代表と言えるのかという疑問も感じていたようだ。  とはいえ、突然訪ねて来た現職議員から「当選証書を受け取るな」と言われれば、圧力と受け取るのは当然だ。小林氏は「同じ山田地区に暮らす者として新田氏を応援してきたのに、なぜそんなことを言われなければならないのか」と激怒。すぐに佐藤議長ら現職議員に当時の状況を説明したという。  佐藤議長(現在は議長ではなく議員)の話。  「現職議員が当選者に『当選証書を受け取るな』などと迫るのは言語道断です。私は9月21日に小林氏から事情を聞き、翌22日には新田氏からも聞き取りをして発言が事実であることを確認した。その際、新田氏は受け取るなと言った理由も説明したが、ここで問題なのは現職議員にあるまじき発言をしたのか・していないのかであり、その結果、発言は事実と確認できたので、議会基本条例に抵触すると判断した」  新田氏はこの問題を協議するために開かれた議員全員協議会や臨時会の場で「弁明の機会がなかった」と憤っていたが、佐藤議長は「9月22日に聞き取りをした際、影山初吉副議長と議会事務局長も同席し、事実関係を確認しているので問題ない」と取り合う様子はなかった。 定数削減で対立  新田氏の行為は、現職議員として軽率だったことは否めない。ただ、任期満了1日前の辞職勧告はやはり違和感がある。  「背景には議員定数削減がある」と語るのは前出・新田氏の〝味方〟の橋本善次氏だ。  「1年前、議会内で議員定数削減が議論されたが、反対多数で否決された。4年前の当選時、議会は10人と6人で分かれており、そのままいけば定数削減も実現していたと思うが、その後、数人が立ち位置を変え議会構成が逆になったのです」(同)  要するに、切り崩しにあったことで定数削減は実現しなかったと言いたいようだ。  新田氏のもう一人の〝味方〟である本田氏もこう補足する。  「三春町議会の適正な定数は14だと思う。今回の町議選で言えば告示前日までに立候補の意思を示していたのは14人だったので、それでよかったんです。そのまま14人が当選しても欠員2では補選は行われないからね(※欠員が定数の6分の1を超えた場合は補選が行われる)。ところが告示日になって小林氏と石井氏が急きょ立候補したため、無理やり定数16に届いた形になった」  本田氏は、他の市町村では定数削減が進み、ただでさえ議員の成り手がいない中、「定数に届いていないなら出てみるか」とばかりポスターも貼らずに当選してしまう状況はよくないと問題提起しているわけ。ちなみに新田氏、橋本氏、本田氏は議員定数削減を目指して活動してきた仲間でもある。  確かに、町民からは「三春町は議員が多すぎる」との声が上がっている。しかし、前出・佐藤議長に言わせると  「今回の町議選で引退した現職は(新田氏、橋本氏、本田氏を含む)4人だが、彼らは後継者を立てず、あえて定数割れになるよう仕向けたのです。その結果、告示前日の立候補予定者は14人にとどまったが、告示日に小林氏と石井氏が立候補したため彼らの思惑は崩れた。山田地区からは他にも立候補を模索する人が何人かいたが〝圧力〟がかかり全員立候補を断念したという話も聞いている。そういう事情を知る者からすると、新田氏が小林氏に『当選証書を受け取るな』と迫ったのは、どうにかして定数割れに持ち込みたかったのではないかという疑いも出てくるわけです」  今回の改選後に議長に就任した影山初吉議員もこのように話す。  「定数削減をやらないとは言っていない。問題は、議論が深まる前に『とにかく数を減らせ』という拙速な決め方にある。定数削減は今の議員でしっかり議論し、適正な定数を導き出したい」  このように、表面的には定数削減でモメているように映るが、実は橋本氏、本田氏と佐藤氏、影山氏の間には浅からぬ因縁がある。 尾を引く正副議長選の因縁  本田氏と橋本氏は4年前の町議選後(2019年10月)に正副議長に選出されたが、その前に正副議長を務めていたのが佐藤氏と影山氏だった。この時の選出をめぐり軋轢が生じたことに加え、複数議員による不適切発言なども重なって議会は大きく混乱。結局、本田議長と橋本副議長は就任からわずか2週間で辞任に追い込まれ、佐藤氏が議長、影山氏が副議長に返り咲いた経緯がある。  「4年前の町議選と一緒に行われた町長選で今の坂本浩之町長が初当選したが、この時、ほとんどの議員は坂本氏を推した。その流れで正副議長も引き続き佐藤氏、影山氏が務める方向でまとまったが、蓋を開けたら本田氏と橋本氏が就いたため、裏切りが有ったの無かったので対立が起きたのです」(事情通)  実際、橋本氏は「4年前(の正副議長選)は10対6という構図だったが、定数削減を議論していた昨年には構図が逆になった」と述べているのに対し、影山氏は「橋本氏や本田氏は『裏切った議員がいる』みたいなことを言っているようだが、とんでもない話」と反論。関係がこじれている様子がうかがえる。  その影響からか、ここに名前が挙がった議員は自民党三春町支部に所属しているが(佐藤氏は社民)、一枚岩になれない状態が続いている。新田氏、橋本氏、本田氏は「私たちは根本匠先生も星北斗先生も推しているが、支部とのつながりは……」と言葉を濁し、三春町支部代表者の影山氏も「ちょっと彼らとはね」と突き放したような発言をしている。  前出・事情通によると、新田氏は11月12日投票の県議選田村市・田村郡選挙区(定数2)に立候補するかどうか悩んでいたという。三春町議選に立候補しなかったのは、そのためと言われていた。新田氏に確認したところ曖昧な返答に終始していたが、自民党は同選挙区に現職で4選を目指す先崎温容氏を擁立し、1議席を死守する方針のため、三春町支部では新田氏の動きをよく思っていなかったのかもしれない。  「新田氏の本業は電気工事業の㈱タツミ電工社長で、三春町商工会副会長を務めるなど町内では目立った存在。それをやっかむ人も一定数いると思う」(同)  ただ、町民の中には「本当に当選証書を受け取るなと言ったり、出たいと考えていた人を立候補させないようにしていたとすれば、公選法に違反するのではないか」と厳しい見方をする人がいるのも事実で、警察も小林氏に「話を聞きたい」と接触しているという。  定数削減のやり方には問題があったかもしれないが、減らすこと自体に町民から異論は出ていない。今の議会が、遺恨を残して辞めた3氏の意向をどう受け取るか注目される。

  • 住民訴訟経験者が問題点を指摘

     地方自治法で定められている「住民訴訟」制度。ただ、住民側の主張が認められたケースはそれほどない。実際に住民訴訟を行った関係者が、住民訴訟の問題点を指摘する。 直近3年間の勝訴事例は1%未満  住民訴訟は地方自治法242条で規定されている。地方自治体(都道府県市区町村)が違法・不当な公金の支出、財産の取得・管理・処分、契約の締結・履行などがあったときは、監査委員に対して監査を求めることができる、とされている。これを住民監査請求という。住民監査請求があったら、監査委員は60日以内に監査を行い、請求者に結果を通知しなければならない。言うなれば、住民が行政をチェックできる仕組みである。  さらに、同法242条の2では、請求者は、住民監査請求の結果に不服がある場合、裁判所に訴えを請求することができる、とある。これを「住民監査請求前置主義」という。要するに、住民監査請求を行い、その結果に不服がある場合は、住民訴訟を起こすことができる、ということである。  制度上はそう定められているわけだが、果たしてそれはきちんと機能しているのか。  総務省が公表している「地方自治月報(60号)」によると、2018〜2020年度の3年間で、全国で住民監査請求が行われたのは、都道府県に対するものが350件、市区町村に対するものが2340件で計2690件。このうち、勧告が行われた事例はごくわずかで、それ以外は請求そのものが受理されない「却下」と、監査の結果、違法等が認められない「棄却」が大部分を占めており、一部「取り下げ」、「合議不調」などがあった。  その結果を不服として、住民訴訟が起こされた件数は、都道府県が154件、市区町村が430件で計584件。住民訴訟の結果は、却下が63件(都道府県と市区町村の合計、以下同)、棄却が189件、原告(住民側)一部勝訴が30件、全部勝訴が2件だった。残りは係争中で、それを除いた住民側全部勝訴の割合は約0・7%、一部勝訴を入れても約11%となっている。  県内では、県に対する住民監査請求が5件、市町村に対する住民監査請求が17件で、いずれも却下、棄却(一部却下、一部棄却の事例を含む)だった。県に対する5件では住民訴訟は起こされていない。市町村については17件のうち、3件で住民訴訟が起こされている。1つは田村市の違法な補助金交付に対する損害賠償請求・不当利得返還請求、2つは大熊町の海外視察費返還履行請求、3つは大熊町の不能欠損金公金損害賠償請求。地方自治月報(60号)公表時点で、大熊町の海外視察費返還履行請求は「却下」、それ以外は「係争中」となっている。  こうして見ても、住民監査請求、住民訴訟で住民側の請求が認められるケースは稀であることが分かる。県や住んでいる市町村の公金支出、事業などについて、「おかしい」と思い是正を求めようとしても、手間がかかり、裁判になれば費用もかかるうえ、認められる事例は少ないとなれば、かなりハードルが高いと言わざるを得ない。 審理のあり方 判決後に会見を行う原告団。左から2人目が久住さん。  そんな中、実際に住民訴訟を起こした関係者が問題点を指摘する。その関係者とは、前段で触れた田村市の違法な補助金交付に対する損害賠償請求・不当利得返還請求の原告。地方自治月報(60号)公表時点では「係争中」だったが、すでに判決が確定している。  この件については、本誌でも取り上げてきた経緯がある。田村市大越町に建設されたバイオマス発電所をめぐる問題だ。同発電所は、国内他所でバイオマス発電の実績がある「タケエイ」の子会社「田村バイオマスエナジー」が運営しており、市は同社に補助金を支出している。  住民側は訴訟で「事業者はバグフィルターとHEPAフィルターの二重の安全対策を講じると説明しているが、安全確保の面でのHEPAフィルター設置には疑問がある。ゆえに、事業者が説明する『安全対策』には虚偽があり、虚偽の説明に基づく補助金支出は不当」として、市(訴訟提起時は本田仁一前市長、判決時は白石高司市長)に、補助金約17億円を返還するよう求めた。  住民側の基本姿勢は「除染目的のバイオマス発電事業に反対」というもので、バイオマス発電のプラントは基本的には焼却炉と一緒のため、「除染されていない県内の森林から切り出した燃料を使えば放射能の拡散につながる」としている。そうした背景から、反対運動を展開し、住民訴訟を起こすに至ったのである。  同訴訟は昨年1月の一審判決、今年2月の二審判決ともに住民側の請求が棄却され、判決が確定した。その際、住民側は「実地検証や本田仁一市長(当時)の証人喚問を求めたが、いずれも却下された。バグフィルターとHEPAフィルターに関する各種資料提出を求めたが、必要ないとされた。とても、適正な審理が行われたとは言い難い。にもかかわらず、判決では『安全対策は機能している』として請求が棄却された。納得できない」と話していた。  同訴訟の原告(住民)代表の久住秀司さんはこう話す。  「原告(住民)側と被告(行政)側の対応力や訴訟費用の負担力などの違いもあるが、実際はそれだけではないと思います。司法権の独立は絵空事に過ぎず、司法の行政に対する追従・忖度が多いことが、われわれだけでなく、全国各地の住民訴訟の結果に表れているのではないでしょうか。これでは行政に対する住民のチェック制度として認められている住民訴訟が、建前だけの空虚なものになってしまいます」  そう問題点を指摘したうえで、久住さんはこう続けた。  「そこで提言したいのが、住民訴訟において原告側・被告側のいずれからであっても、現場検証、証人尋問等の申請が出された際は、真実追求のために原則的に裁判所はそれを実施する義務があることを明文化すべき、ということです。裁判所はあくまでも真実追求の場であってほしいと願います」  前述したように、ルール上は住民が行政をチェックできる仕組みがあるが、かなりハードルは高い。一方で、住民にはもう1つできることがある。それは、適正な行政執行をする首長、それを厳しくチェックする議会(議員)を選ぶこと。選挙でそれを見極める力が求められる。

  • 福島市役所【農業振興課】で陰湿パワハラ

     福島市役所に勤めていた会計年度任用職員の男性が、上司から大声で怒鳴られるなどの対応を取られたことで精神的ストレスを抱え、任期を迎える前に自主退職した。男性は「同市役所のパワハラ対策には欠陥がある」と訴える。 救済策で差を付けられる非正規職員  福島市で上司からパワハラを受けたと訴えるのは三条徹さん(仮名、44)。奥羽大卒。民間企業を経て、警察官を目指したものの叶わなかったため、国や県の非正規職員として働いてきた。福島市には2年前に会計年度任用職員として採用され、農業振興課生産振興係で勤務していた。  仕事内容は正規職員の事務補助。1年目に課長から頼まれてチラシの新しい整理方法を導入したところ、市長賞を受賞しやりがいを感じた。食堂、売店などが整備されていて働きやすかった。そのため2年目も継続して働くことにした。  ところが、その直後から、直属の上司である係長の態度が急変した。  他の職員とは冗談を言いながら話すときもあるのに、三条さん相手となると、不機嫌そうな表情を浮かべる。仕事の報告・面談時間の確認に対し、「そんなこと俺知らねえし」、「面談でも何でも結構でございますけどー」などと返された。  毎年実施している作業や、他の正規職員から頼まれた作業に従事しているときも、「なぜそんな無駄なことをやっているのか」、「そんな作業は他に仕事がないときにやってください!」と三条さんだけ怒鳴られた。次第に三条さんは係長と話すことに恐怖心を抱くようになった。  「私の仕事ぶりがダメで、つい注意してしまうというなら、いっそ1年目が終わった時点で契約を打ち切ってほしかった」(三条さん)  この係長は特定の職員に厳しく当たる癖があり、前年まで三条さんはその姿を他人事のように見ていた。  例えば別部署に異動した後も残務処理のため、たびたび農業振興課に訪れていた職員がいた。係長は顔を合わせるたび「まずあんたのことが信用できない。どうやったら私に信用してもらえるか考えないと」と繰り返し注意していた。「それだけ言われるということは仕事が遅い人なのだな。ダメな人だな」と思っていた。  しばらくすると、別の若手職員が連日注意されるようになった。「何でやってないの!? 君の言うことは信用できないし、聞くに値しない!」と怒鳴る声が、部署の端にいる三条さんにも聞こえて来た。若手職員は新年度、別の部署に異動していった。「大変だな」と見ていたが、まさか次は自分が厳しく言われる側に回るとは考えていなかった。  「自分が至らないから係長にこれだけ怒られるのだ」と言い聞かせて仕事を続けていた三条さんだったが、昨年12月ごろになると、毎日のように理不尽な理由で怒られるようになった。精神的に限界を迎えた三条さんは人事課に駆け込み相談した。改善につながることを期待したが、そうしている間に、三条さんにとって決定的な出来事が起きた。  三条さんの始業時間は9時15分。毎朝、始業時間の少し前に出勤し、カウンターをアルコールで拭き、鉢植えの花に水をあげ、周りを雑巾で拭いてから、新聞のスクラップをするのがルーチンワークだった。  ところが、その日に限って係長が始業時間前に三条さんを呼び止め、「新聞のスクラップは終わったのか!?」と尋ねた。「私の始業時間は9時15分からでは……」と恐る恐る答えると、嫌みを込めたトーンで「それは大変申し訳ありませんでした」と言われた。  勤怠状況を管理しているのは係長で、始業時間を知らないはずはない。連日さまざまな理由で怒鳴られていたが、ついに始業開始前から始まるルーチンワークにまでイチャモンを付けられるようになったのか――。心が折れた三条さんは課長に抗議の意味を込めて辞表を提出した。  当初、課長は係長のパワハラについて「気付かなかった」として、「有休を使って休んでいる間に考えよう」と退職を考え直すよう言ってくれた。だが、1月に入ると態度を一変。「辞表は受理してしまったし、気に入らないことがあると辞表を出す人間だと課に知れ渡ってしまった。課のみんなもどう接していいか分からない」と突き放された。  やむなく正式に退職の事務手続きを進めるため、人事課を訪ねると、前回相談した職員が顔を出し、「すみません、あの後、コロナになっちゃって」と謝ってきた。精神的に限界を迎えて相談したにもかかわらず、他の職員への引き継ぎも行われず、放置されたままになっていたのだ。  「せめて一言連絡しようとは考えなかったのか、不思議でなりません」(三条さん)  あらためて同市の形式にのっとった辞表を提出するよう求められ、人事課職員に言われた通り、退職理由を「一身上の都合により」と書いて提出。結局、1月末で退職した。  離職後、失業保険の手続きや転職先探しのためにハローワークに行った三条さんは退職理由の詳細を聞かれて、素直に「パワハラを受けたから」と答えた。退職理由を書き換えるための申立書を渡されたので、係長にパワハラを受けたこと、人事課に相談に乗ってもらえなかったことを書いて市に送った。市からの返事は、所属長である農業振興課長による「パワハラではなく『指導』の範囲内だった」というものだった。  「パワハラについて『気付かなかった』と話していた課長がなぜ『指導の範囲内だった』と言えるのでしょうか。辞表提出後、課長は『今回の件で俺の評定も下がっただろう』とも話していたが、『指導の範囲内』なら評定が下がるわけがありませんよね。いろいろ矛盾しているんです」(三条さん) 周知不足の相談窓口 福島市役所  実は福島市役所内にはパワハラなどのハラスメントの被害に遭った職員の相談を受ける窓口があった。  一つは公平委員会。地方公務員法第7条に基づき、職員の利益保護と公正な人事権の行使を保護するための第三者機関として設置されている。主な業務は①勤務条件に関する措置の要求、②不利益処分についての審査請求、③苦情相談。福島市の場合、総務課が担当課になっている。苦情を申し立てれば、双方に事情を聞くなどの対応を取ってもらえたはずだ。  だが、三条さんは在職時に公平委員会の存在を知らず、人事課の担当者に相談した際も紹介されることはなかった。  市では3年ほど前から、パワハラ被害などに悩む市職員に、弁護士を紹介する取り組みも始めている。ところが、ポスターなどで周知されているわけではなく、正規職員に支給されるパソコンでのみ表示される仕組みになっていた。会計年度任用職員には、個別のパソコンを支給されていない。そのため、三条さんはそんな制度があることすら知らなかった。退職後に制度を利用させてほしいと頼んだが、「もう職員じゃないので難しい」と断られた。  福島市役所職員労働組合は正規職員により構成されているが、会計年度任用職員からの相談も受け付けている。ただ、三条さんは市職労に相談しようと思いつきもしなかった。  パワハラ自体の問題に加え、相談窓口が十分に周知されていない問題もあることが分かる。  「このままでは自分と同じような目に遭う職員が出る」。三条さんは木幡浩市長宛てに再発防止策を講じるよう手紙を出したほか、市総務課に公益通報したが、何の回答もなかった。労働基準監督署や県労働委員会に行って、「もし福島市職員からパワハラ相談があったら、相談窓口があることを教えてください」と伝えた。マスコミにもメールで情報提供したが、動きは鈍かった。 木幡浩市長  ちなみに本誌にもメールを送ったそうだが、システムのトラブルなのかメールは届いていなかった。唯一月刊タクティクス7月号で報じられたが、大きな話題になることはなく、あらためて本誌に情報提供したという経緯だった。  元会計年度任用職員の訴えを市はどう受け止めるのか。人事課の担当者はこのように話す。  「当事者(三条さん)から相談を受けた後、所属長である農業振興課長が係長に聞き取りしたが、本人は発言の内容をはっきり覚えていませんでした。多少大きな声で指導したのかもしれませんが、捉え方は人によって異なるし、それが果たしてパワハラに当たるのかどうか。人事課では農業振興課長と面談し対策を講じようとしていたが、(三条さんが)辞表を提出した。展開が早くて、弁護士の制度を紹介したり、パワハラの有無を調査する間もなかった、というのが正直なところです。パワハラがあったかどうかは、市としても顧問弁護士などと相談して検討する話。双方にしっかり話を聞くなど、調査を行わずに断言はできません」  パワハラの事実を認めないばかりか、人事課で相談を放置していたことを棚に上げ、「調査する前に退職したのでパワハラの有無は分からない」と主張しているわけ。  ちなみに人事課への相談が放置されていた件に関しては「人事に関する相談はデリケートな問題なので、一つの案件を一人で継続して担当するようにしている。そうした中でうまく引き継ぐことができなかった」と他人事のように話した。 「誰にでも大声を出していた」  一方でこの担当者はこのようにも説明した。  「農業振興課長の報告によると、係長は興奮すると誰にでも大きな声を出して熱くなることがあった。その人だけに嫌がらせをしていたわけではないという意味で、パワハラと言い切れるのだろうか、と。そういう点からも、市としては、『一連の対応はパワハラではなく業務上の範囲内だった』という認識ですが、態度によってはパワハラと受け取られる可能性があるということで、あらためて農業振興課長が係長に指導を行いました」  三条さんだけでなく、誰にでも大声で怒鳴ることがある職員だったのでパワハラには当たらない、というのだ。厚生労働省によると、パワハラの定義は「職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与えるまたは職場環境を悪化させる行為」。市の解釈だと、特定の人物に対してでなければ、どれだけ精神的苦痛を与えてもパワハラには当てはまらないことになる。  人事課担当者は「管理職を対象としたハラスメント研修を定期的に実施している」と話すが、この間のやり取りを踏まえると、正しい知識のもとで行われているか疑問だ。  気になったのは、人事課の担当者が、三条さんが退職した経緯についてこのように述べたことだ。  「(三条さんは)係長への抗議的な意味合いで辞表を出したようですが、同じ部署で働きづらい部分もあるし、もうやめるしかないんじゃないか、という流れで退職に至ったと聞いています」  前述の通り、三条さんは課長から「辞表は受理してしまったし、気に入らないことがあると辞表を出す人間だと課に知れ渡ってしまった」と言われ、退職を促された、と主張していた。三条さんの見解とは違う形で報告されていることが分かる。  ちなみに課長、係長はともに今春の人事異動で農業振興課から異動になっており、どちらも降格などにはなっていなかった。  三条さんがいなくなった後の農業振興課ではどんなことが起きていたか共有され、再発防止策は講じられているのか。4月に赴任した長島晴司課長に確認したところ、「当然共有されています。ああいったことがあると、職場の雰囲気は悪くなるし、係の職員も疲弊する。そうした雰囲気の改善に努めており、併せてパワハラと受け取られるような指導はしないようにあらためて気を付けています」と話した。 厚労省指針は守られているのか  地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、「厚労省の指針では職場におけるハラスメントに関する相談窓口を設置して労働者に周知するよう定められている」という。  上林特任教授が執筆を担当した『コンシェルジュデスク地方公務員法』では公務員のハラスメント対策について、次のように記されている。  《部下は、パワーハラスメントを受けていても、上司に対してパワーハラスメントであることを伝えることは難しい。とりわけ、非正規職員のような有期雇用職員は、次年度以降の雇用の任命権者が直属の上司の場合が多いため、なおさら相談しにくい。したがって、上司以外の信頼できる職場の同僚、知人等の身近な人やより上位の人事当局、相談窓口等に相談することが必須となる》  《相談窓口・相談機関は、事業主の雇用管理上講ずべき措置の内容の中では重要な位置取りをしめ、厚生労働省のパワハラ防止指針では、相談への対応のための窓口をあらかじめ定め、労働者に周知することとし、相談窓口担当者は、①相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること、②相談窓口については、職場におけるパワーハラスメントが現実に生じているだけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるパワーハラスメントに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすることが求められているとしている》  昨年、市が公表した「福島市人事行政の運営等の状況について」という文書によると、2021年度における公平委員会の業務状況は、不利益処分に関する不服申立1件、職員の苦情の申立1件のみ。  職員からの苦情がない快適な職場なのか、それとも公平委員会の存在自体を知らない人が多いだけか。いずれにしても厚労省通知に定められている労働者への周知が行われているとは言い難い印象を受ける。  もっというと、会計年度任用職員にはパソコンが支給されていなかったので、弁護士相談制度に触れられなかったというのは、結果的に正規職員と非正規職員で相談窓口の案内に差が出た形になる。同じ中核市である郡山市、いわき市にも確認したが、そのような差はなかった。すぐに解消すべきではないか。  現在は福島市内の別の場所で働いている三条さん。「私のような思いをする人がこれ以上出てほしくない。いまさら謝罪や責任追及を求めているわけではない。市役所は閉鎖的でおそらく自浄作用はない。だからこそ、報道を通していかに福島市のパワハラ対応がダメか、多くの人に知ってもらい、少しでも体制改善につながればと思っている」と訴えた。福島市はまずパワハラ対策の周知から始めるべきだ。