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    【鏡石町議会】「会派制廃止」の裏話

     鏡石町議会昨年12月議会で、議員発議で議会基本条例の一部改正案が提出された。同町の議会基本条例は2018年4月に施行され、その第6条に「会派制を敷く」旨が規定されているが、改正案はその削除を求めるものだった。  提案理由は「(同町議会は)議員定数が12人と比較的少数であり、この中で会派制を設けることは、むしろ議員間の分断をきたし、議会の公正かつ健全な運営に資するものではないと思われる。そのため、会派制を削除・撤廃すべき」というもの。  採決の結果、賛成多数で可決された。これに伴い、「会派制を敷く」旨が規定されている議会基本条例の第6条が削除された。  ある関係者によると、「会派制は、もともとは(2018年の議会基本条例制定時に)遠藤栄作町長を支えるというか、コントロールするために設けられたもの」という。  当時、遠藤町長を支える(この関係者に言わせると、コントロールを目論む)一派は7人おり、それら議員で「鏡政会」という会派を立ち上げた。代表には当時議長だった渡辺定己議員が就いた。同町の議員定数は12だから過半数を占める。  それ以外の5人は「野党」の立場で、それぞれ無会派(1人会派)という状況だった。  つまり、「7対5」(議場では議長は採決に加わらないため「6対5」)の構図の中で、会派制が生まれたというのである。  ただその後、2019年8月の町議選と、昨年5月の町長選・町議補選(同時選挙)を経て、状況が変わった。  まず、町長選では遠藤氏が引退し、代わって元役場総務課長の木賊正男氏が無投票で当選した。それによって、議会は「与党(町長派)」、「野党(反町長派)」といった括りはなくなった。それまで「野党」といった立場だった議員も、ひとまずは木賊町長を支える、あるいは見定めるといった立場に変わったのだ。  一方、議会は本選・補選を経て、鏡政会のメンバーは5人になった。さらに、本誌昨年10月号で伝えた渡辺議員(前出)が込山靖子議員に不適切な言動を取ったとされる問題があり、ともに鏡政会のメンバーだった渡辺議員が辞職、込山議員が離脱したことで、現在は3人になった。残りの7人は無会派(1人会派)で、「会派制の意味を成していない」状況になった。言い換えると、過去の決定を覆せる議会構成になったということでもある。  こうして、議会基本条例の一部改正(会派制の廃止)が行われたわけだが、提案理由にもあったように、そもそも定数12の町(議会)で会派を置くこと自体が稀なケースである。議員は「○○派」、「××派」といった括りなく、町のため、町民のために議会でどういった意思表示をするか、どのような議員活動をすべきか、を考えて行動すればいい。

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    【福島県】旧統一教会と接点持つ議員の言い分

     国会を揺るがす自民党議員と旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の“ズブズブの関係”は地方議員にも見られる。共同通信社が昨年11月、全国の都道府県議にアンケート調査を行った結果、福島県内では自民党所属の9県議が「何らかの接点があった」と回答。ただ現在は、教団との関係はないとしている。  議員が教団と接点を持つのは意図的か、偶然か。ある県議の関係者がこっそり打ち明けてくれた。  「選挙ではあらゆる方面から会合出席の案内が届く。当選を目指す立場からすると、挨拶の機会をもらえるなら出席したい。ただ、何でもかんでも出席するわけじゃない。事前に『この団体は大丈夫か』と簡単なリサーチはする」  そうした中、旧統一教会をめぐっては  「リサーチの結果、ある組織が教団と近いことが分かり『挨拶は遠慮したい』と伝えたら『うちは単なるNGOで、教団とは無関係だ』と言う。それならと出席し挨拶したら、やっぱり教団と近いことが後から判明した」(同)  しかし、既に関係を持ってしまった以上、党本部やマスコミの調査には「接点があった」と答えざるを得ないわけ。  これは裏を返すと「教団と関係があるとは知らなかった」と答えた議員は、実際は「リサーチして関係があると知りながら挨拶していた」ことにならないか。同じ「接点があった」でも、意図的な議員がいることを覚えておいた方がいい。

  • 福島県作成の土木事業単価表

    【第1弾】田村市・元職員「連続収賄事件」の真相

    賄賂を渡した田村市内業者の思惑  田村市で起きた一連の贈収賄事件。逮捕・起訴された元職員は、市内の業者に公共工事に関する情報を漏らし、見返りに金品を受け取っていたが、情報を漏らしていた時期が本田仁一前市長時代と重なるため、一部の市民から「本田氏と何らかの関わりがあったのではないか」と疑う声が出ている。真相はどうなのか。  まずは元職員の逮捕容疑を新聞記事から説明する。 《県が作成した公共工事などの積算根拠となる「単価表」の情報を業者に提供した謝礼にギフトカードを受け取ったとして、県警捜査2課と田村署、郡山署は24日午前、元田村市技査で会社員、武田護容疑者(47)=郡山市富久山町福原字泉崎=を受託収賄の疑いで逮捕した。また、贈賄の疑いで、田村市の土木工事会社「三和工業」役員、武田和樹容疑者(48)=郡山市開成=を逮捕した。  逮捕容疑は、護容疑者が、市生活環境課原子力災害対策室で業務をしていた2020年2月から翌年5月までの間、和樹容疑者から単価表の情報提供の依頼を受け、情報を提供した謝礼として、14回にわたり、計14万円相当のギフトカードを受け取った疑い。和樹容疑者は、情報を受けた謝礼として護容疑者にギフトカードを贈った疑い》(福島民友2022年9月25日付) 両者は旧大越町出身で、中学校まで同級生だった(この稿では、両者を「容疑者」ではなく「氏」と表記する)。 武田護氏が武田和樹氏に漏らした単価表とは、県が作成した公共工事の積算根拠となる資料。県内の市町村は、県からこの資料をもらい公共工事の価格を積算している。 県のホームページを見ると土木事業単価表、土木・建築関係委託設計単価表、建築関係事業単価表が載っているが、例えば「令和4年度土木事業単価表」は994頁にも及んでおり、生コンクリート、アスファルト合材、骨材、再生材、ガソリン・軽油など、さまざまな資材の単価が県北(1~6地区)、県中(1~4地区)、県南(1~3地区)、喜多方(1~3地区)、会津若松(1~4地区)、南会津(1~3地区)、相双(1~5地区)、いわき(1~2地区)と地区ごとに細かく示されている。 福島県作成の単価表  ただ単価表を見ていくと、一般鋼材、木材類、コンクリート製品、排水溝、管類、交通安全施設資材、道路用防護柵、籠類など複数の資材や各種工事の夜間単価で「非公表」と表示されている。ざっと見て1000頁近い単価表の半分以上が非公表になっている印象だ。 県技術管理課によると、単価を公表・非公表とする基準は 「単価の多くは一般財団法人建設物価調査会と一般財団法人経済調査会の定期刊行物に載っている数字を使っている(購入している)が、発刊元から『一定期間は公表しないでほしい』と要請されているのです。発刊元からすれば、自分たちが調査した単価をすぐに都道府県に公表されてしまったら、刊行物の価値が薄れてしまうので〝著作権〟に配慮してほしい、と。ただ、非公表の単価は原則1年後には公表されます」 と言う。 とはいえ、都道府県が市町村に単価表を提供する際は全ての単価を明示するため、市町村の積算に支障が出ることはない。問題は、非公表の単価を含む「不完全な単価表」を基に入札金額を積算する業者だ。 業者は、非公表の単価については過去の単価などを参考に「だいたいこれくらいだろう」と予想して積算し、入札金額を弾き出す。業者からすると、その入札金額が、市町村が積算した価格に近いほど「予想が正確」となるから、落札に向けて戦略的な応札が可能になる。 近年、各業者は積算能力の向上に注力しており、社内に積算専門の社員を置いたり、情報開示請求で単価に関する情報を入手し、それを基に専門の積算ソフトを使って積算のシミュレーションを行うなど研究に余念がない。〝天の声〟で落札者が決まったり、役所から予定価格が漏れ伝わる官製談合は、完全になくなったわけではないが過去の話。現在は、昔とは全く趣きの異なる「シビアな札入れ合戦」が行われている。 要するに業者にとって非公表の単価は、市町村が積算した価格を正確に予想するため「喉から手が出るほど欲しい情報」なのだ。 積算ソフト会社に漏洩  「でも、ちょっと解せないんですよね」 と首を傾げるのは市内の建設会社役員だ。 「隣の郡山市では熾烈な価格競争が常に展開されているので、郡山の業者なら非公表の単価を入手し、より正確な入札金額を弾き出したいと考えているはず。しかし、田村市の入札はそこまで熾烈ではないし、三和工業クラスならだいたいの積算で札入れしても十分落札できる。そもそも贈賄というリスクを冒すほど同社は経営難ではない。こう言っては何だが贈賄額もたった14万円。落札するのに必死なら、100万円単位の賄賂を渡しても不思議ではない」 別表①は、和樹氏が護氏から単価表の情報を受け取った時期(2020年2月~21年5月)に三和工業が落札した市発注の公共工事だ。計12件のうち、富士工業とのJVで落札した東部産業団地造成工事は〝別格〟として、それ以外は1億円超の工事が1件あるだけで、他社より多く高額の工事を落札しているわけでもない。同社の落札金額と次点の入札金額も比較してみたが、前出・建設会社役員が言うように、熾烈な価格競争が行われた様子もない。  「三和工業は市内最上位のSランクで、地元(大越)の工事を中心に堅実な仕事をする会社として定評がある。他地域(滝根、都路、常葉、船引)の仕事で目立つのは船引の国道288号バイパス関連の工事くらい。他地域に食い込むこともなければ、逆に地元に食い込まれても負けることはない」(同) 同社(田村市大越町)は1952年設立。資本金2000万円。役員は代表取締役=武田公志、取締役=武田元志、渡辺政弘、武田和樹(前出)、監査役=武田仁子の各氏。 市が公表している「令和3・4年度工種別ランク表」によると、同社は一般土木工事、舗装工事、建築工事で最上位のSランク(S以下は特A、A、Bの順)に位置付けられている。他にSランクは富士工業、環境土木、鈴船建設だけだから、確かに市内トップクラスと言っていい。 民間信用調査機関のデータによると、業績も安定している(別表②)。  なるほど、前出・建設会社役員が言うように、同社の経営状態を知れば知るほど、リスクを冒してまで単価表の情報を入手する必要があったのか、という疑問が湧いてくる。 「単価表の情報を欲しがるとすれば積算ソフト会社です。おそらく和樹氏は、入手した情報を自社の入札に利用したのではなく、積算ソフト会社に横流ししたのでしょう。当然そこには、それなりの見返りもあったはず」(同) 実は、新聞によっては《県警は、武田和樹容疑者が工事の積算価格を算出するソフト開発会社に単価表の情報を渡していたとみて捜査している》(読売新聞県版2022年9月25日付)、《和樹容疑者が護容疑者から得た単価表の情報を自社の入札価格の算出などに使った可能性や、積算ソフトの製作会社に提供した可能性もある》(福島民報同26日付)と書いている。 「積算ソフト会社が業者から求められるのは高い精度です。そのソフトを使ってシミュレーションした価格が、市町村が積算する価格に近ければ近いほど『あの会社のソフトは良い』という評価につながる。つまり、より精度を上げたい積算ソフト会社にとって、非公表の単価はどうしても知りたい情報なのです」(同) 建設会社役員によると、積算ソフト会社はいくつかあるか、市内の業者は「大手2社のどちらかの積算ソフトを使っている」と言い、三和工業は「おそらくA社(取材では実名を挙げていたが、ここでは伏せる)だろう」というから、和樹氏は護氏から入手した情報をA社に横流ししていた可能性がある。 「A社が強く意識したのは郡山の業者でしょう。郡山の方が田村より業者数は多いし、競争もシビアなので積算ソフトの需要も高い。実は単価表の括りで言うと、田村と郡山は同じ『県中地区』に区分されているので田村の単価表が分かれば郡山の単価表も自動的に分かる。『郡山で精度の高い積算ができるソフト』と評判を呼べば、売れ行きも当然変わってきますからね」(同) 困惑する三和工業社員  これなら14万円の賄賂も合点がいく。同級生(護氏)から1回1万円(×14回)で情報を引き出し、それを積算ソフト会社に提供する見返りにそれなりの対価を得ていたとしたら、和樹氏は「お得な買い物」をしたことになる。 ちなみに1年3カ月の間に14回も情報を入手していたのは、単価が物価等の変動によって変わるため、単価表が改正される度に最新の情報を得ていたとみられる。前述・県作成の「令和4年度・土木事業単価表」も4月1日に公表されて以降、10月までに計7回も改正が行われている。 「和樹氏は以前、異業種の会社に勤めていたが、4、5年前に父親が社長を務める三和工業に入社した。そのころは別の役員が積算業務を担い、和樹氏が積算業務を担うようになったのは最近。和樹氏がどのタイミングで積算ソフト会社と接点を持ったのかは分からないが、自宅のある郡山で護氏と頻繁に飲み歩いていたようだし、そこでいろいろな人脈を築いたという話もあるので、その過程で積算ソフト会社と知り合ったのかもしれない」(同) 2022年10月27日現在、和樹氏と積算ソフト会社の接点に関する報道は出ていないが、捜査が進めば最終的に単価表の情報がどこに行き着いたか見えてくるだろう。 事件を受け、三和工業は田村市から24カ月の指名停止、県から21カ月の入札参加資格制限措置の処分を受けた。公共工事を主体とする同社にとっては厳しい処分だ。 2022年10月中旬、同社を訪ねると、応対した男性社員が次のように話した。 「私たち社員もマスコミ報道以上のことは分かっていない。弊社では毎月1日に朝礼があるが、10月1日の朝礼で社長から謝罪があった。市や県から指名停止処分などが科されたことは承知しているが、正式な通知はまだ届いていない。今後の対応はその通知を踏まえたうえで決めることになると思う。ただ、現在施工中の公共工事はこれまで通り続けられるので、まずはその仕事をしっかりこなしていきたい」 ここまで情報を受け取った側の和樹氏に触れてきたが、情報を漏らした側の護氏とはどんな人物なのか。 武田護氏は1996年に合併前の旧大越町役場に入庁。技術系職員として勤務し、単価表の情報を漏らしていた時期は田村市市民部生活環境課原子力災害対策室で技査(係長相当)を務めていた。しかし、2022年3月末に「一身上の都合」で退職。その後は自宅のある郡山で会社勤めをしていた。 突然の早期退職は、自身に捜査が及びつつあるのを察知してのこととみられる。2022年6月には「三和工業の役員が早朝、警察に呼び出され、任意の事情聴取を受けたようだ」というウワサも出ていたから、和樹氏と一緒に護氏も呼び出されていたのかもしれない。 そんな護氏が情報を漏らしていたのは同社だけではなかった。 元職員が一人で積算  《県警捜査2課と田村署、郡山署は14日午後2時15分ごろ、田村市発注の除染関連の公共工事3件の予定価格を別の業者に漏らし、見返りとして飲食の接待などを受けたとして、加重収賄の疑いで武田容疑者を再逮捕した。 再逮捕容疑は、市原子力災害対策室に勤務していた2019(令和元)年6月ごろから11月ごろまでの間、市発注の除染で出た土壌の輸送業務に関係する指名競争入札3件の予定価格について、田村市の土木建築会社役員の40代男性に漏らし、見返りとして計16万円相当の飲食接待などの提供を受けた疑い》(福島民友2022年10月15日付) 報道によると、3件の予定価格は1億8790万円、1億2670万円、3560万円で、前記2件は2019年6月、後記1件は同年9月に入札が行われた。これを基に市が公表している入札結果を見ると、落札していたのは秀和建設だった。 同社(田村市船引町)は1977年設立。資本金2000万円。役員は代表取締役=吉田幸司、取締役=吉田ヤス子、吉田眞也、監査役=佐久間多治郎の各氏。市の「令和3・4年度工種別ランク表」によると、一般土木工事と舗装工事で特Aランクとなっている。 市内の業者によると、吉田幸司社長は以前から体調を崩していたといい、新聞記事にも《県警は男性について、健康上の理由などから任意で捜査を行い、贈賄容疑で近く書類送検するとみられる》(福島民友2022年10月15日付)とあるから、護氏に飲食接待を行っていたのは吉田社長とみられる。ほかにゴルフバックなども贈っていたという。 「護氏と和樹氏は同級生だが、護氏と吉田社長がどういう関係なのかはよく分からない」(業者) 別表③は同社が落札した除染土壌の輸送業務だが、注目されるのは落札率。事前に予定価格を知っていたこともあり、100%に近い落札率となっている。  一方、別表④は同社の業績だが、厳しい状況なのが分かる。除染土壌の輸送業務を落札した近辺は黒字だが、それ以外は慢性的な赤字に陥っている。  「資金繰りに苦労しているとか、後継者問題に悩んでいると聞いたことがある」(同) というから、吉田社長は「背に腹は代えられない」と賄賂を渡してしまったのかもしれない。ただ、収賄罪の時効が5年に対し、贈賄罪の時効は3年で、飲食接待の半分以上は時効が成立しているとみられる。 加えて三和工業とは異なり、秀和建設は10月26日現在、指名停止等の処分は受けていない。 10月中旬、同社を訪ねたが 「社員で事情を分かる者がいないので、何も話せない」(事務員) それにしても、なぜ護氏はここまで好き放題ができたのか。 ある市議によると、護氏は「一部の職員に限られている」とされる、単価表を管理する設計業務システムにアクセスするための専用パスワードとIDを知り得る立場にあった。また、除染土壌の輸送業務では一人で積算を担当し、発注時の設計価格(予定価格)を算出していた。 「除染関連工事の発注は、冨塚宥暻市長時代は市内の業者で組織する復興事業組合に一括で委託し、そこから組合員が受託する方式が採られていたが、本田仁一市長時代に各社に発注する方式に変更された。その業務を担ったのが原子力災害対策室で、当初は技術系職員が複数いたが、除染関連事業が少なくなるにつれて技術系職員も減り、輸送業務が主体になるころには護氏一人になった。結果、護氏が積算を任されるようになり、チェック機能もないまま多額の事業が発注された」(ある市議) 本田仁一前市長  除染土壌の輸送業務は2017~20年度までに約70件発注され、事業費は契約額ベースで約65億円。このうち護氏は19、20年度の積算を一人で行っていた。これなら予定価格を簡単に漏らすことが可能だ。 護氏は10月14日に受託収賄罪で起訴された。今後、加重収賄罪でも起訴される見通しだ。 元職員が二度逮捕・起訴されたことを受け、白石高司市長は次のようなコメントを発表した。 《9月24日の事案と同じく、今回の事案についても、警察の捜査により逮捕に至ったもので、市長として痛恨の極みにほかなりません。あらためて市民の皆様に市政に対する信頼を損なうこととなったことを深くお詫び申し上げます》 前出・市議によると、白石市長は護氏の最初の逮捕後、すぐに県中建設事務所と本庁土木部を訪ね、県から提供された単価表を漏洩させたことを謝罪したという。 前市長の関与を疑う声  一連の贈収賄事件は今のところ、元職員による単独犯の様相を呈しているが、護氏が情報を漏らしていた時期が本田市政(2017~21年)と重なるため、一部の市民から「本田氏と何らかの関わりがあったのではないか」と疑う声が出ている。 実際、田村市役所で行われた9月24日の家宅捜索は捜査員約20人が駆け付け、5時間にわたり関連資料を探すという物々しさだった。その状況を目の当たりにした市役所関係者は「警察は他に狙いがあるのではないか」と話していた。 思い返せば、除染土壌の輸送業務をめぐっては落札業者による多額の匿名寄付問題が起きていたし、当時の公共工事の発注には本田氏を熱心に支持する業者の関与が取り沙汰されたこともあった(詳細は本誌2021年1月号「田村市政の『深過ぎる闇』」を参照されたい)。 しかし、 「本田氏は2021年4月の市長選で落選し、今年3月には公選法違反(寄付禁止)で罰金40万円の略式命令を受けている。もし本田氏が今も市長なら警察も熱心に捜査しただろうが、落選した本田氏に強い関心を寄せるとは思えない。今後の焦点は、護氏がどこまで情報を漏らし、どれくらい対価を得ていたかになると思われます」(前出・市議) 市民の関心をよそに、事件は「大山鳴動して鼠一匹」に終わる可能性もありそうだ。 前市政の後始末に追われるだけでなく、元職員まで逮捕され、白石市長は思い描いた市政運営になかなか着手できずにいる。 【続報】裁判では社名が明かされ仮説が裏付けられた... 下記の記事を参照にしてください。 https://www.seikeitohoku.com/%e3%80%90%e7%94%b0%e6%9d%91%e5%b8%82%e3%83%bb%e8%b4%88%e5%8f%8e%e8%b3%84%e4%ba%8b%e4%bb%b6%e3%80%91%e7%a9%8d%e7%ae%97%e3%82%bd%e3%83%95%e3%83%88%e4%bc%9a%e7%a4%be%e3%81%ae%e3%80%8c%e3%82%ab%e3%83%a2/

  • 追悼・渡部恒三元衆議院副議長11月6日にお別れの会開催

     元衆議院副議長で通商産業大臣、厚生大臣、自治大臣などを務め、2020年8月23日に死去した渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏の「お別れの会」が2022年11月6日、会津若松市の会津若松ワシントンホテルで開かれた。コロナ禍のため延期になっていたもので、関係者をはじめ、政界・経済界から約350人が参列した。 同日には会津若松市城東町の自宅に「渡部恒三記念館」が開館した。館内には大臣就任時に受け取った任命書や叙勲などゆかりの品が展示されている。入場無料。開館は水、土、日曜日の10時から16時。 当日の様子と併せて、約30年前の誌面に載せた恒三氏の写真を再掲する。 在りし日の恒三氏(1992年10月撮影) 会津若松市で行われた「お別れの会」の様子 議員宿舎で晩酌する恒三氏(1992年10月撮影) 記念館前に建てられたブロンズ像 恒三氏を支えていた秘書たち。中央は佐藤雄平元知事。 会津若松市の自宅で家族と食事をとる(1992年10月撮影) 記念館に展示されている恒三氏ゆかりの品 恒三氏の長男・恒雄氏 「お別れの会」であいさつする佐藤雄平元知事

  • 石川町長選で落選西牧氏の悪あがき

     2022年8月28日投開票の石川町長選で落選した元職の西牧立博氏(76)が同10月19日、町選管に異議申し出を提出した。無効票に有効票が紛れている可能性や、開票立会人が票の点検を怠ったとして、投票用紙の再点検を求めたもの。町長選では8647人が投票し、有効票8310票、無効票337票。現職の塩田金次郎氏(74)が西牧氏に716票差で再選を果たした。  町選管が再点検を実施したところ、塩田氏の票が3票減って4510票となったが、西牧氏の3797票は変わらず、2022年10月27日に異議申し出が棄却された。正直〝悪あがき〟感は否めず、町民から呆れる声も聞かれる。ただ当の本人は、二度の事件で逮捕されながら、再び町長選に立候補する性格なので、全く気にしていないのかもしれない。  一方でそんな西牧氏に700票差まで迫られたということは、途中で断念した病院誘致をはじめ、塩田氏に不満がある人が少なくないということ。そのことを意識して町政運営を進める必要があろう。

  • 来春に迫った北塩原村議選2つの注目ポイント

     北塩原村議会議員の任期は2023年4月29日までで、同月中に選挙が行われる予定となっている。  いまの議員は「村として初めての無投票」(ある関係者)によって選ばれ、村民からは事あるごとに「無投票は良くない」といった声が聞かれていた。  そのため、1つポイントになるのは「2回連続の無投票は阻止しなければならない」といった動きだ。  「現職議員の中には、無投票なら出る、選挙になるなら出ない、といった考えの人もいるようです。正直、そういった発想は村民(有権者)を愚弄しているとしか思えない。そんな人がタダで議員になるのを防ぐ意味でも、何とか無投票は避けてほしい」(ある村民)  もう1つは、遠藤和夫村長に近い議員は伊藤敏英議員くらいで、遠藤村長が自派議員擁立に動くか、ということ。  本誌8月号に「北塩原村長辞職勧告決議の背景」という記事を掲載した。同村6月議会で、遠藤村長の辞職勧告決議案が提出され、賛成5、反対2、退席2の賛成多数で可決された。背景にあるのは、介護保険の高額介護サービス費の支給先に誤りがあったこと、支給事務手続きが遅延したことで、その責任を問われた際、遠藤村長からは「自分の責任ではない」旨の発言があった。そのため、議員から「村長の説明は自分に責任がないようなものになっている。この先、事務執行するに当たって誰が責任を取るのか、明確にしておかなければならい」として、村長の責任を追及する動議が出された。その後、辞職勧告決議案が提出されたという流れだ。  その際、遠藤村長は「重く受け止める」とのコメントを残したが、辞職は否定した。同決議に法的拘束力はない。 遠藤和夫村長  そのほか、同議会ではそれに付随するような形で、一般会計補正予算案も賛成3、反対6の賛成少数で否決された。  こうした例があったため、遠藤村長は自派議員擁立に動くのではないか、とみられている。  もっとも、前述したように、明確に遠藤村長派と言える議員は伊藤議員1人だけだが、この間、前段で紹介した辞職勧告決議、一般会計補正予算案の否決のほかに、議案を否決されたのは1、2回あった程度で、表向きは議会対策にものすごく苦心している、というわけではない。  ちなみに、遠藤村長は2020年8月の村長選で初当選し、現在1期目。遠藤村長の妹が菅家一郎衆院議員の妻で、2人は義理の兄弟に当たる。1期目の折り返しを過ぎ、より自分の「カラー」を打ち出すためにも、遠藤村長は自派議員を増やしたいと考えているようだ。  同村は、北山、大塩、檜原の旧3村(3地区)に分かれているが、「遠藤村長は各地区で候補者を立てたい意向のようです」(ある関係者)という。  もっとも、別の村民によると「早い段階で表立って動くと、潰されてしまうから、いまはまだ水面下での動きにとどまっているようです」とのこと。  遠藤村長派の議員の台頭はあるのか、2回連続の無投票を阻止できるのか、この2つが同村議選の注目ポイントになろう。

  • 渡辺義信県議会議長に「白河市長」待望論!?

     白河市長4期目の鈴木和夫氏(73)が2023年7月28日に任期満了を迎える。市長選まで1年を切ったが、現職の動向を含め、まだ目立った動きは見えない。  鈴木氏は早稲田大卒。県商工労働部政策監、相双地方振興局長、県企業局長などを経て、2007年の市長選で初当選を果たした。  県職員時代の経験を生かし、財政再建や企業誘致、歴史まちづくり、中心市街地活性化を進めてきた行政手腕は高く評価されている。初当選時こそ次点の桜井和朋氏と約4000票差の約1万6000票だったが、2回目以降は2万票以上を獲得し、次点に1万票以上の差をつけ、当選を重ねてきた。  とはいえ、さすがに5選ともなると、「多選」のイメージが強くなり、弊害を懸念する声も出てくる。それを見越して、市内では〝後釜〟探しが水面下で進んでいるようだ。  市内の経済人によると、「『県議会議長の渡辺義信氏(59、4期、白河市・西白河郡、自民党)をぜひ次期市長に』という声が同県議の地元である旧東村で上がっている」という。 鈴木和夫氏(上)と渡辺義信氏  渡辺氏は日大東北高卒。自民党県連幹事長などを歴任し、2021年10月、県議会議長に就任した。白河青年会議所理事長、ひがし商工会副会長などを務めた経験から、応援する経済人も多いようだ。  2023年秋には県議の改選が控える。前回2019年の県議選での渡辺氏の得票数は1万0362票。現職・鈴木氏との一騎打ちとなれば勝ち目はなさそうだが、誰も成り手がいないのなら渡辺氏が適任ではないか――こうした〝待望論〟が支持者などから出てきているわけ。  もっとも、身内であるはずの自民党関係者は冷ややかな反応を示す。  「渡辺氏は国政選挙などがあっても真面目に応援してくれない。閣僚が応援演説に来た際も数人しか集められず、慌てて他地区から動員したことがあった。仮に市長選に出ても、(自民党支持者が)一丸となって応援する構図は考えづらい」  こうした声が出る背景には、白河市・西白河郡選挙から満山喜一氏(71、5期、自民党)も選出されており、市内の自民党支持者が二分されている事情もあるのだろう。  渡辺氏本人は周囲に「立候補はしない」と明言しているようだが、渡辺氏の動きを警戒する鈴木氏の後援会関係者からは「鈴木氏にもう1期頑張ってほしい」という声が上がっているようだ。鈴木氏本人も「多選批判」を意識しているだろうが、周囲から立候補を強く要請されれば状況が変わる可能性もある。  市内の選挙通は鈴木氏の立候補について、「市周辺の幹線道路を結ぶ『国道294号白河バイパス』が全線開通間近で、市役所隣接地には複合施設を整備する計画も進んでいる。筋道を立て、その完成を見届けてから引退したい思いが強いのではないか」と見立てを語る。  複合施設は鈴木氏が市長選の公約として掲げていた「旧市民会館跡地の活用」の一環として行われるもので、健康・子育て・防災・生きがいづくり・中央公民館などの機能を備える(本誌2021年6月号参照)。  現在基本設計に着手しているところで、2023年3月に策定し、2026(令和8)年度以降に工事完了予定だ。概算事業費は約35~45億円の見込み。前回市長選の公約に掲げるほど、事業にかける思いは強い。  一方で、同施設に関しては、資材高騰の影響から設計案の見直し(コンパクト化)が進められており、一部で先行きを心配する声も出ている。  そうした問題への対応も含め、鈴木氏の今後の動向が注目される。おそらく年明けに動きが本格化するのではないか。

  • 選挙を経て市政監視機能が復活した南相馬市議会

     任期満了に伴う南相馬市議選(定数22)は2022年11月20日に投開票され、現職19人、元職2人、新人1人が当選した(開票結果は別掲の通り)。  注目は本誌先月号で既報の通り、元市長の桜井勝延氏が立候補したことだった。市議を経て2010年から市長を2期務めたが、14、18年の市長選で現市長の門馬和夫氏に敗れた桜井氏。再び市議を目指すことに市民からは「どれくらい得票するのか」と注目が集まったが、結果は6061票と2位に4123票差をつける圧勝を飾った。  もっとも、当の桜井氏が意識したのは投票率だった。桜井氏は立候補の挨拶回りをする中で、市民が市議会に関心がないことを知り「市議会は市政のチェック機関だが、市議会に関心を持たないと市政に無関心な市民が増えてしまう」と危機感を露わにしていた。自分が立候補することで市民の関心を少しでも市議選に向けさせたいと選挙戦に臨んだが、結果は56・37%で前回(2018年)の55・91%から0・46㌽の上昇にとどまった。  これをどう受け止めるかだが、桜井氏は「思ったより伸びなかった」と評している。2014年の市議選の投票率は59・10%なので、低下に歯止めをかけたのは事実だが、桜井氏の立候補が市民の関心を向けさせるきっかけになったかというと、ゼロではないが起爆剤とはならなかったようだ。  とはいえ、有権者の投票行動には明らかな変化が見られた。  一つ目は、現職の当選者(19人)が全員、前回より得票数を減らしたことだ。少ない人で100票前後、多い人で1100票も減らした。  その分の全てが桜井氏に投じられたかというとそうではない。二つ目の変化は、桜井氏以外にもう1人、元職が当選したことだ。郡俊彦氏は旧鹿島町議も長く務めたベテランだが、2010年の市議選で落選し政界引退。ただ引退後も「わだい」という広報紙を発行し、門馬市政を厳しく批判していた。  実は、郡氏は現職時代、共産党議員として活動していたが、今回の市議選では公認申請せず無所属で立候補した。  「同市の共産党議員は今回6選を果たした渡部寛一氏と落選した栗村文夫氏だが、2人は門馬市政を支える与党のため、郡氏は『共産党として市政をチェックする役目を果たしていない』と不満だったのです。そこで、郡氏はあえて無所属で12年ぶりの市議選に挑み、1163票で返り咲いた。一方、渡部氏と栗村氏は前回より揃って600票以上減らした。2人の減らした分がそっくり郡氏に回ったことで、市内の共産党員が与党として活動する2人を評価していないことが明白になった」(選挙通)  そして三つ目の変化が、初当選した表信司氏の存在だ。表氏は市職員を退職して市議選に挑んだが、実際に門馬市長に仕えて「この市政はおかしい」と問題意識を持ったことが立候補の動機になった。  投票率の上昇はわずかだが、現職全員が得票数を減らす中、桜井氏、郡氏、表氏が当選したのは「今の市議会は門馬市政をチェックできていない」と市民が判断した証拠だ。改選後の市議会がどう変わっていくのか注目される。

  • 郡山の補選で露呈した県議への無関心

     郡山市の政界関係者の間で同市選挙区県議補選(欠員1)の投票結果に注目が集まっている。同補選には前市議の新人佐藤徹哉氏(自民党)と会社経営の新人髙橋翔氏(諸派)が立候補し、内堀雅雄知事が3選を果たした知事選と同じ10月30日に投開票された。  当6万5987 佐藤 徹哉54  1万9532 髙橋  翔34         投票率34・72% 当選した佐藤徹哉氏(上)と髙橋翔氏  表面的な数字だけ見れば、自民党公認で公明党の支援を受けた佐藤氏の大勝は不思議ではない。注目されるのは高橋氏の得票数だ。  「正直、1万9500票も取るとは思わなかった。旧統一教会の問題など岸田内閣に対する反発が自民党公認の佐藤氏には逆風になった」(ある自民党員)  髙橋氏がここまで得票できた要因を、ある保守系の郡山市議は 「髙橋氏はもともと知事選に出ると言っていたのに、告示日(10月13日)になって急きょ県議補選に方針転換した。メディアはその間、知事選の立候補予定者として髙橋氏の顔と名前をずっと報じたからね」  と〝恨み節〟を語っていたが、立候補表明した以上、メディアはその事実を報じざるを得ない。ちなみに本誌も、8月号に「知事選立候補を前提」とした髙橋氏のインタビュー記事を掲載している。  選挙後、髙橋氏に県議補選に変更した理由を尋ねると、次のように説明した。  「知事選は当初、複数の候補者が手を挙げていたが、告示日時点で三つ巴(内堀氏、草野芳明氏、髙橋氏)になった。しかし対現職で考えた時、新人2人が挑むのは現職批判票の分散を招き、私が一つの指針にしている『対立候補の得票率10%』を超えるのは難しい。そこで、私が県議補選に回ることでどちらも一騎打ちの構図とすれば、無投票阻止と得票率10%を同時に目指せると考えた。そもそも市議をそそくさと辞めた人を県議に無投票で当選させることは、一郡山市民として納得できなかった。もちろん、共産党が知事選に候補者を立てていなければ私は確実に出馬しており、県議補選には子育て世代の若手を擁立する予定だった」  そんな県議補選をめぐっては、投票率や無効票にも注目が集まった。  例えば、知事選の郡山市だけの投票率は37・44%、投票総数は9万8614票だったが、県議補選は34・72%、8万5519票で、県議補選の方が投票率は2・72㌽低く、投票総数も1万3095票少なかった。  これは告示日の違いが影響している。すなわち知事選は10月13日、県議補選は同20日だったが、近年は期日前投票が増えているため、先行した知事選は投票したものの県議補選は投票しなかった人が1万3000人超もいたということだ。県議補選への関心の低さがうかがえる。  無効票の数も特筆される。知事選5816票に対し県議補選6910票と、投票総数が知事選より8分の1も少ない県議補選の方が1100票余も多かった。県議補選の投票用紙に「内堀雅雄」と書かかれたケースが散見されたという話もあるが、郡山市選管によると「無効票にそれだけの差がついた理由はよく分からない」という。  地元ジャーナリストはこんな危機感を示す。  「有権者にとって県議はいかに遠い存在であるかが明白になった。当選した佐藤氏は、髙橋氏の急な方針転換で選挙戦となり少しは知名度アップを果たせたかもしれないが、知事選と同日選になったことで、県議への無関心さが露呈した形です」  投票率低下は全国的な傾向だが、2023年秋に控える県議選の本選で有権者の関心をどこまで集められるか。

  • 田村市役所

    【第2弾】【田村市・贈収賄事件】積算ソフト会社の「カモ」にされた市と業者

      田村市で起きた一連の贈収賄事件。受託収賄・加重収賄の罪に問われている元職員は、市内の業者に公共工事に関する情報を漏らし、見返りに金品や接待を受けていた。本誌は先月号で、元職員が漏らした非公開の土木事業単価表が積算ソフト会社に流れたと見立てていたが、裁判では社名が明かされ仮説が裏付けられた。調べると、仙台市に本社があるこの会社は宮城県川崎町でも全く同じ手口で贈収賄事件を起こしていた。予定価格の漏洩が常態化していた田村市は、規範意識の低さを積算ソフト会社に付け込まれた形だ。  元職員への賄賂の経路は、贈った市内の土木建築会社ごとに「三和工業ルート」と「秀和建設ルート」に分かれる。本稿では執筆時点の11月下旬、福島地裁で裁判が進行中で、同30日に役員に判決が言い渡される予定の「三和工業ルート」について書く。  「三和工業ルート」は単価表をめぐる事件だった。公共工事の入札に当たり、事業者は資材単価を工事に合わせて積算し、入札金額を弾き出す。この積算根拠となるのが、県が作成し、一部を公表している単価表だ。実物をざっと見ると半分以上が非公表となっている。ただし都道府県が市町村に単価表を提供する際は、すべての単価が明示されている。  問題は、不完全な単価表しか見られない業者だ。これを基に他社より精度の高い積算をしなければ落札できない。そこで、事業者は専門の業者が作成する積算ソフトを使ってシミュレーションする。積算ソフト会社にとっては、精度を上げれば製品の信頼度が上がり、商品(積算ソフト)が売れるので、完全な情報が載っている非公表の単価表は「のどから手が出るほど欲しい情報」なのだ。  一方で、三和工業は堅実で業績も安定しており、自社の落札のために単価表入手という危ない橋を渡ることは考えにくい。こうした理由から、本誌は先月号で、積算ソフト会社が三和工業役員に報酬をちらつかせて単価表データの入手を働きかけ、役員が元市職員からデータを漏洩させたと見立てた。果たして裁判で明らかとなった真相は、見立て通り、積算ソフト会社社員の「依頼」が発端だった。  11月9日の「三和工業ルート」初公判では、元市職員の武田護被告(47)=郡山市=と同社役員の武田和樹被告(48)=同=が出廷した。2人は旧大越町出身で中学時代の同級生。和樹被告は大学卒業後、民間企業に勤めたが、父親が経営する同社を継ぐため2014年に入社した。  次第に積算業務を任されるようになったが、専門外なので分からない。そこで、相談するようになったのが護被告、そして取引先の積算ソフトウェア会社「コンピュータシステム研究所」の社員Sだった。  公判で言及されたこの会社をあらためて調べると、仙台市青葉区に本社を置く「株式会社コンピュータシステム研究所」とみられることが分かった。法人登記簿や民間信用調査会社によると、1986(昭和61)年設立。資本金2億2625万円で、コンピュータソフトウェアの企画、開発、受託、販売及び保守、システム利用による土木・建築の設計などを行っている。建設業者向けのパッケージソフトの開発が主力だ。   代表取締役は長尾良幸氏(東京都渋谷区)。同研究所ホームページによると、東京にも本社を置き全国展開。東北では青森市、盛岡市、仙台市に拠点がある。「さらなる積算効率の向上と精度を追求した土木積算システムの決定版」と自社製品を紹介している。  実は、田村市の事件は氷山の一角の可能性がある。同研究所は他の自治体でも単価表データの入手に動いていたからだ。  2021年6月30日、宮城県川崎町発注の工事に関連して謝礼の授受があったとして、同町建設水道課の男性職員(49)、町内の建設業「丹野土木」男性役員(50)、そして同研究所の男性社員(45)が宮城県警に逮捕された(河北新報7月1日付より、年齢役職は当時。紙面では実名)。町職員と丹野土木役員は親戚だった。  同年12月28日付の同紙によると、3人は受託収賄や贈賄の罪で起訴され、同27日に仙台地裁から有罪判決を受けている。町職員は懲役1年6月、執行猶予3年、追徴金1万2000円(求刑懲役1年6月、追徴金1万2000円)。丹野土木元役員と同研究所社員にはそれぞれ懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役10月)が言い渡された。  判決によると、2020年11月24日ごろから21年4月27日ごろまでの6カ月間、町職員は公共工事の設計や積算に使う単価表の情報を提供した謝礼として元役員から役場庁舎などで6回にわたり商品券計12万円分を受け取った。贈賄側2人は共謀して町職員に情報提供を依頼して商品券を贈ったと認定された。1回当たり2万円払っていた計算になる。  田村市の事件では、三和工業役員の和樹被告が、2020年2月ごろから21年5月ごろまで、ほぼ毎月のペースで元市職員の護被告から単価表データを受け取ると、同研究所のSに渡した。Sは見返りに会社の交際費として2万円を計上し、和樹被告に14回にわたり計28万円払っていた。和樹被告は、毎回2万円を護被告と折半していた。田村市の事件では、折半した金の動きだけが立件されている。川崎町の事件と違い、和樹被告とSの共謀を立証するのが困難だったからだろう。それ以外は手口、1回当たりに払った謝礼も全く同じだ。  共謀の立証が難しいのは、和樹被告の証言を聞くと分かる。2019年12月、Sは「上司からの指示」としたうえで「単価表を入手できなくて困っている」と和樹被告に伝えた。積算業務の素人だった自分に普段から助言してくれたSに恩義を感じていたという和樹被告は「手伝えることがある。市役所に同級生がいるから聞いてみる」と答えた。翌20年1月、和樹被告は護被告に頼み、「田村市から出たのは内緒な」と注意を受けて単価表データが入ったCD―Rを受け取り、それをSに渡した。Sからもらった2万円の謝礼を「オレ、なんもやっていないから」と護被告に言い、折半したのも和樹被告の判断だという。   一連の単価表データ入手は、川崎町の事件で同研究所の別の社員が2021年6月に逮捕され、同研究所が「コンプライアンス強化」を打ち出すまで続いた。逮捕者が出て、ようやく事の重大性を認識したということか。  田村市で同様の手口を繰り返していた護被告は、川崎町の事件を知り自身に司直の手が伸びると恐れたに違いない。捜査から逃れるためか、今年3月に市職員を退職。そして事件発覚に至る。  単価表データを入手する活動は、同研究所が社の方針として掲げていた可能性がある。裁判で検察は、SがCD―Rのデータを添付して上司に送ったメールを証拠として提出しているからだ。  本誌は、同研究所に①単価表データを得る活動は社としての方針か、②自社製品の積算ソフトに、不正に入手した単価表データを反映させたか、③事件化した自治体以外でも単価表データを得る活動を行っていたか、など計8項目にわたり文書で質問したが、締め切りの11月25日を過ぎても回答はなかった。  川崎町の事件から類推するしかない。河北新報2021年12月5日付によると、有罪となった同研究所社員は《「予想した単価と実際の数値にずれがあり、クレーム対応に苦慮していた。これ(単価表)があれば正確なデータが作れる」と証言。民間向け積算ソフトで全国トップクラスの社の幹部だった被告にとって、他市町村の発注工事の価格積算にも使える単価表の情報は垂ぜんの的だった》という。積算ソフトにデータを反映させていたことになる。  一方、田村市内のある建設会社役員は「積算ソフトの精度は向上し、製品による大きな差は感じない。逮捕・有罪に至る危険を冒してまで単価表データを入手する必要があるとは思えない。事件に関わった同研究所の社員たちは『自分は内部情報をここまで取れるんだぞ』と営業能力を示し、社内での評価を高めたかっただけではないか」と推測する。  事件は、全国展開する積算ソフト会社が、地縁関係が強い地方自治体の職員と地元建設業者をそそのかしたとも受け取れるが、だからと言って田村市は「被害者面」することはできない。公判で護被告と和樹被告は「入札予定価格を懇意の業者に教えることが田村市では常態化していた」と驚きのモラル崩壊を証言しているからだ。  全国で熾烈な競争を繰り広げる積算ソフト会社が、ぬるま湯に浸かっていた自治体に狙いを定め、情報を抜き取るのはたやすかったろう。川崎町や田村市以外にも「カモ」と目され、狙われた自治体があったと考えるのが自然ではないか。同市の事件が氷山の一角と推察される所以である。 【田村市・贈収賄事件】第1弾の記事は下記です。 https://www.seikeitohoku.com/tamura-city-bribery-case/

  • 【田村市】新病院施工者を独断で覆した白石市長

    〝本田派議員〟が疑惑追及の百条委設置    田村市が建設を計画している新病院の施工予定者が〝鶴の一声〟で変更された。市幹部などでつくる選定委員会は、公募型プロポーザルに参加した3社の中から鹿島建設を最優秀提案者に選んだが、白石高司市長の指示で次点者の安藤ハザマに覆ったのである。 「新病院の施工予定者が白石市長の指示で変更されたらしい」 そんなウワサを田村市内の自民党関係者から聞いたのは、2022年7月に行われた参院選の前だった。  新病院とは、田村地方の医療を支えるたむら市民病院(病床数32)の後継施設を指す。公には6月30日に市のホームページで「新病院の施工予定者選定に係る公募型プロポーザルの最優秀提案者に安藤ハザマ、次点者は鹿島建設」と発表され、7月4日付の福島建設工業新聞にも「新病院の施工予定者に安藤ハザマ」という記事が掲載された。 造成工事を終えた新病院予定地  ところが実際の審査では、最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマが選ばれていたというのだ。  「2022年6月、市幹部などでつくる選定委員会が白石市長に『審査の結果、鹿島に決まった』と報告した。しかし白石市長が納得せず、次点の安藤ハザマに変更するよう指示したというのです。選定委員会は『何のために審査したか分からない』と不満に思ったが、上から言われれば従うしかない」(市内の自民党関係者)  一度聞いただけではまさかとしか思えない話。だが、それはウワサでもまさかでもなく、事実だった。  市長の指示で施工予定者が突然覆される――そんなかつての〝天の声〟を彷彿とさせる出来事はなぜ起きたのか。  たむら市民病院は、同市船引町の国道288号沿いで診療を行っている。もともとは医療法人社団真仁会が大方病院という名称で運営していたが、院長が急死したため2019年7月に市が事業継承、公的医療機関として生まれ変わった。診療科目は内科、人工透析内科、外科など10科。運営は指定管理者制度で公益財団法人星総合病院(郡山市)に委託している。  市立病院の設置は、2005年に旧5町村が合併した田村市にとって悲願だった。しかし、事業継承した時点で建物の老朽化、必要な病床数の確保、救急受け入れなどの課題を抱えていた。そこで市は2020年3月に新病院建設基本計画を策定、現在地から北東1・3㌔の場所(船引町船引字屋頭清水地内)に新病院を建設する方針を打ち出した。  2020~21年度にかけて予定地の造成を行い、その後は22年度着工、24年度開院というスケジュールが組まれたが、21年4月の市長選で状況が変化した。当時現職の本田仁一氏を破り初当選した白石高司市長が、公約に本田市政のもとで始まった公共工事の見直し(事業検証)を掲げたことから、新病院建設も一時中断を余儀なくされたのである。  その後、関係部局の職員たちが4カ月にわたり事業検証を行い、最終的に「新病院は市民にとって必要」と判断されたため、計画は予定より1年遅れて再始動した。2022年3月には建設基本設計概要書が公表され、新病院の具体像が示された。  問題の公募型プロポーザルはこの後に行われるが、ここからは、本誌が情報開示請求で市から入手した公文書に基づいて書いていく。  新病院の概要は病床50床、鉄筋コンクリート造地上4階建て、建築面積2790平方㍍、延べ面積6420平方㍍。このほか厨房施設と付属棟、250台分の駐車場を整備し、工期は2023年7月から25年1月。想定事業費は36億円程度となっている。  市は建設コスト縮減と工期短縮を図るため、施工者が設計段階から技術協力を行うECI方式の採用を決定。4月19日にプロポーザルの公告を行い、清水建設、鹿島、安藤ハザマから参加申し込みがあった。同28日には一次審査が行われ、3社とも通過した。  続く二次審査は6月25日に行われ、各社のプレゼンテーションと選定委員会によるヒアリング、さらには各委員による採点で最優秀提案者と次点者が選定された。 最高評価を受けていた鹿島  まずは評価が一目で分かる採点から見ていく。別表は選定委員7人による評価シートの合計だ。  選定委員会は、委員長を石井孝道氏(市総務部長)が務め、委員には渡辺春信氏(市保健福祉部長)、佐藤健志氏(市建設部長)のほか4人が就いた。市は部長以外の名前を公表していないが、そのうちの3人は南相馬市立総合病院の及川友好院長、たむら市民病院の指定管理者である星総合病院の担当者、日大工学部教授だったことが判明している。残り1人は不明。  その7人による採点の合計を見ると(各自の採点結果は開示された公文書が黒塗りで不明)、A社は505点、B社は480点、C社は405点となっている(満点は700点)。アルファベット表記になっているが、公文書を読み進めるとA社は鹿島、B社は安藤ハザマ、C社は清水建設であることが分かり「評価シートに基づく順位は委員間で異なった」と書かれている。  では、各委員の評価ポイントはどうだったのか。公文書には当時の発言順に次のように記されていた。  「A社は丁寧な技術提案や書類のつくり込みで好感が持てた。ヒアリングでのやり取りからもネガティブな要素は感じられず、安心して任せられると感じた。C社にはA社と全く逆の印象を持った。書類のつくり込みが粗いばかりか、ヒアリングでも発注者・審査員に対し礼を失する発言が多く、誠実さが感じられなかった。B社は様々な提案を盛り込んでいるが、果たしてそれがうまく収まるのか不安を感じた。工期に余裕がない点もネガティブ要素だった」(黒塗りで発言者不明)  「地域貢献に関して、書類上の金額と現実性が乖離している提案が目立った。特にB社の発注予定額は経験的に実現不可能と受け止めている。技術力に関しては提案者ごとにかなり差があると感じた。順位付けをするならA社<B社<C社の順だが、メンテナンス体制も含めるとA社の有意性がより際立つと感じた」(同)  「技術面では3社とも特に問題ないだろうと感じた。その中でも、A社は一番丁寧に提案書がつくられていた。地域貢献に関しては、その是非や実現性を判断するための情報が不足している」(佐藤委員)  「技術的な優劣は判断できない。市の姿勢として地域貢献を前面に出していただく必要がある」(渡辺委員)  「ここまでの委員の発言に同意。地域貢献に関しては、B社提案はリップサービスが過ぎたように感じる」(黒塗りで発言者不明)  「技術的な優劣は判断できないが、A社の提案は書類・説明ともに好印象だった。しっかりとした病院を確実に建てることが第一で、地域貢献はその次に考えること。地域貢献の配点が大きいため、個人的な評価と点数が一致していない。B社が提示した五つの課題は市の感覚とずれているように感じた」(石井委員長)  総体的に、A社(鹿島)の評価が高く、C社(清水建設)は厳しい意見が多く聞かれた。B社(安藤ハザマ)の提案も各委員が半信半疑に捉えている様子がうかがえる。  ただ、採点結果と評価ポイントのすり合わせを行っても順位の一致に至らなかったため、規程に基づき多数決を行った結果、A社4人、B社1人、C社0人となり、最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマが選定された。  この結果を選定委員会事務局が白石市長に報告し、決裁後、速やかに各社に通知、市のホームページでも公表する手筈だったが、公文書(6月30日付の発議書)には次のような驚きの記述があった。  《6月28日及び同30日に実施した市長報告において、市長から本件プロポーザルにおいては地域貢献と見積額が重要な判断基準であるため、当該提案において最も有利な条件を提示している㈱安藤・間東北支店が次点者という審査結果は妥当性を欠くため、該社を最優秀提案者として決定するよう指示がありました》  白石市長から安藤ハザマに変更するよう指示があったと明記されていたのだ。  最終的にこの変更は6月30日に了承され、安藤ハザマには《厳正に審査した結果、御社の提案が最も評価が高く、本事業の最優秀提案者として選定されましたので通知いたします》、鹿島には《御社の提案が2番目に評価が高く、本事業の次点者として選定されました》という通知が白石市長名で送られた。市のホームページでも同日中に公表された。「厳正に審査」が白々しく聞こえるのは本誌だけだろうか。 百条委設置の経緯  前述した建設工業新聞の記事はこの直後に書かれたが、当時は最優秀提案者が覆された事実は公になっていなかった。ただ市議会では、安藤ハザマを最優秀提案者に選定したことに「別の視点」から疑問の声が上がっていた。  「6月に市役所ホールの吹き抜けの窓から雨漏りしている個所が見つかったが、市役所を施工したのが安藤ハザマと地元業者によるJVだったため、議員から『そんな業者に新病院建設を任せて大丈夫か』という懸念が出たのです」(市内の事情通)  市役所は2014年12月に竣工したが、事情通によると落札金額は安く抑えられたものの、その後、追加工事が相次ぎ、結局、事業費が膨らんだ苦い経験があるため、  「議員の間には『今回も安藤ハザマは同様の手口で事業費を増やしていくのではないか』という疑いが根強くある」(同)  これ以外にも、安藤ハザマは「過去に指名停止を受けている」「市に除染費用を水増し請求した」などの不信感が持たれている。ただ同様のトラブルは、鹿島や清水建設など他のゼネコンでも見られるので、安藤ハザマだけを殊更問題視するのはバランスを欠く。  「そうこうしているうちに『最優秀提案者は、本当は鹿島だったらしい』という話が議員にも伝わり、9月定例会で選定経過に関する質問が行われたが、白石市長は『地域貢献度も含め適正に審査した』と曖昧な答弁に終始したため、過半数の議員が反発する事態となった」(同)  ウワサは次第に尾鰭をまとい「〇〇社が白石市長に頼んで安藤ハザマに変わったらしい」「実際の工事は白石市長と同級生の××社が請け負うようだ」「白石市長は安藤ハザマからいくらもらったんだ」等々、真偽不明の話まで囁かれるようになった。白石市長が明確な答弁を避けたことが「何か隠している」という印象を与えたわけ。  9月定例会が終わりに近付くころには、一部議員の間で「真相を究明するには地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委員会)を設置するしかない」という話が持ち上がり、10月27日に開かれた臨時議会で議員発議による設置が正式決定された。  《市は安藤ハザマを最優秀提案者にした理由の説明を避けてきたため、一部議員が反発していた。白石市長は臨時議会開会前の議員全員協議会で鹿島が選定委員会で最も点数が高かったと認め、「積算工事費や地域貢献計画などを比較し、安藤ハザマにした」と説明したが、採決の結果、賛成9、反対8で百条委設置が決まった》(福島民報10月28日付)  田村市議会は定数18。採決に加わらなかった大橋幹一議長(4期)を除く賛成・反対の内訳は別掲の通りだが、賛成した9人のうち、半谷理孝議員を除く8人は2021年4月の市長選で白石市長に敗れた本田仁一氏を支援していた。  ちなみに百条委の委員も、賛成した9人から大和田議員を除いた8人全員が就き、反対した8人からは誰も就かなかった。そのため「市長選の私怨が絡んだ面々で正しい調査ができるのか」と言われているが、委員に就いた議員からは「反対した議員には『調査の公平・公正を担保するため、そちら(反対)の議員も百条委に加わるべきだ』と申し入れたが断わられた」という不満が漏れている。  反対した8人は白石市長と距離が近いが、話を聞くと「百条委設置に反対したのに委員に就くのは筋が通らないと思った」と言う。しかし筆者は、本気で真相を究明するなら設置の賛否にこだわらず、議会全体で疑惑の有無を探るべきと考える。そうでなければ、せっかくつくった百条委が「反白石派の腹いせに利用されている」とねじ曲がった見方をされかねないからだ。  市保健福祉部の担当者はこう話す。  「百条委が設置されたことは承知しているが、具体的な動きがない限り市側はアクションを起こせないので、今後どうなるかは全く想像がつかない」  最後に、白石市長が安藤ハザマに変更した際に重視したとされる工事費や地域貢献度については市から入手した公文書にこんな記述がある。  例えば安藤ハザマは▽直接工事費の60%相当・工事費18億円以上を市内業者に発注、▽事務用品その他も4000万円以上を市内企業から購入、▽市内における関係者個人消費は3000万円以上。さらに概算工事費は45億8700万円と提示している。  一方、鹿島については市内業者への発注額、市内企業からの建設資機材購入額、概算工事費とも黒塗りされ詳細は不明だが、白石市長に次点者に追いやられたということは、いずれの金額も安藤ハザマより劣っていたことが推察される。 開院遅れで市民に不利益  だが、プロポーザルへの参加者を公募した際の公文書(4月19日付)にはこのように書かれている。  《選定委員会において技術提案及びプレゼンテーション等を総合的に審査し、最も評価の高い提案者を最優秀提案者に選定する》  選定委員会が最も高く評価した提案者を、市長の〝鶴の一声〟で変更していいとは書かれていない。白石市長は「工事費や地元貢献度の観点から安藤ハザマの方が優れており、やましい理由で変更したわけではない」と言いたいのだろうが、ルールに無い変更を独断で行った結果、疑惑を招き、市政を混乱させたことは事実であり、真摯に反省しなければならない。  何より新病院建設は前述した事業見直しで一時中断しており、今回の百条委でさらに遅れる可能性が出ている。高齢者や持病のある人にとって新病院は待望の施設なのに、開院がどんどん後ろ倒しになるのは不利益以外の何ものでもない。白石市長はたとえやましいことが無かったとしても、安藤ハザマに変更した理由を明確に示さない限り、市議会(百条委)は納得しないし、市民からも理解を得られないだろう。  白石市長は百条委設置を受け「プロポーザルに参加した業者の技術に差はなく、市民の利益を十分検討し最終決定した。調査には真摯に対応したい」とコメントしたが、今後の百条委で何を語るのか、それを聞いて百条委がどのように判断するのか注目される。

  • 除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界除染バブルの後遺症

    災害対応に無関心な業者に老舗から恨み節 災害時に地域のインフラを支えるのが建設業だ。災害が発生すると、建設関連団体は行政と交わした防災協定に基づき緊急点検や応急復旧などに当たるが、実務を担うのは各団体の会員業者だ。しかし、近年は団体に加入しない業者が増え、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は減り続けている。会員業者が増えないのは「団体加入のメリットがないから」という指摘が一般的だが、意外にも行政の姿勢を問う声も聞かれる。郡山市の建設業界事情を追った。 地域のインフラを支える建設業  「今、郡山の建設業界は真面目にやっている業者ほど損している。正直、私も馬鹿らしくなる時がある」  こう嘆くのは、郡山市内の老舗建設会社の役員だ。  2011年3月に発生した東日本大震災。かつて経験したことのない揺れに見舞われた被災地では道路、トンネル、橋、上下水道などのインフラが損壊し、住民は大きな不便を来した。ただ、不便は想像していたほど長期化しなかった。発災後、各地の建設業者がすぐに被災現場に駆け付け、応急措置を施したからだ。  震災から11年8カ月経ち、復興のスピードが遅いという声もあるが、当時の適切な対応がなかったら復興はさらに遅れていたかもしれない。業者の果たした役割は、それだけ大きかったことになる。  震災後も台風、大雨、大雪などの自然災害が頻発している。その規模は地球温暖化の影響もあって以前より大きくなっており、被害も拡大・複雑化する傾向にある。  必然的に業者の出動頻度も年々高まっている。以前から「地域のインフラを支えるのが建設業の役割」と言われてきたが、大規模災害の増加を受け、その役割はますます重要になっている。  前出・役員も何か起きれば平日休日、昼夜を問わず、すぐに現場に駆け付ける。  「理屈ではなく、もはや習性なんでしょうね」(同)  と笑うが、安心・安全な暮らしが守られている背景にはこうした業者の活躍があることを、私たちはあらためて認識しなければならない。  そんな役員が「真面目にやるのが馬鹿らしくなる」こととは何を指すのか。  「災害対応に当たるのは主に建設関連団体に加入する業者です。各団体は市と防災協定を結び、災害が発生したら会員業者が被災現場に出て緊急点検や応急復旧などを行います。しかし近年は、どの団体も会員数が減っており、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は少なくなっているのです」(同)  2022年9月現在、郡山市は136団体と災害関連の連携協定を交わしているが、「災害時における応援対策業務の支援に関する協定書」を締結しているのはこおりやま建設協会、県建設業協会郡山支部、県造園建設業協会郡山支部、ダンプカー協会、郡山建設業者同友会、市交通安全施設整備協会、郡山電設業者協議会、県中通信情報設備協同組合、市管工事協同組合、郡山鳶土工建設業組合、県南電気工事協同組合など十数団体に上る。  いくつかの団体に昔と今の会員数を問い合わせたが、増えているところはなく、団体によってはピーク時の6割程度にまで減っていた。  「業者の皆さんに広く加入を呼びかけているが、増える気配はないですね」(ある組合の女性事務員)  会費は月額1万円程度なので、負担にはならない。しかし、  「経営者が2代目、3代目に代わるタイミングで会員を辞める会社が結構あります。時代の流れもあるでしょうし、若い経営者の価値観が昔と変わっていることも影響していると思います」(同)  それでも、会員になるメリットがあれば、経営者が代わっても引き続き団体に加入するのだろうが、  「加入を呼びかける立場の私が言うのも何ですが、明確なメリットと聞かれたら答えられない」(同)  昔は今より同業者同士のつながりが大切にされ、先輩―後輩のつながりで業界のしきたりを習ったり、仕事の紹介を受けたり、技術を学び合うなど団体加入には一定のメリットがあった。  今はどうか。別の団体の幹部に加入の具体的なメリットを尋ねると  「対外的な信用が得られます。組合は『社内にこういう技術者がいなければならない』など、入るのに一定の条件が必要。つまり組合に入っていれば、それだけで技術力が伴っている証拠になる」  正直、そこに魅力を感じて団体に加入する業者はいないだろう。  「ウチみたいに昔から入っているところはともかく、新規会員を増やしたいなら加入のメリットがないと厳しいでしょうね」(前出・老舗建設会社の役員)  会員数の減少は、そのまま〝地域の守り手〟の減少に直結する。それはいざ災害が発生した時、緊急点検や応急復旧などに当たってくれる業者が限られることを意味する。  それでなくても郡山は、新規会員が増えにくい状況にある。理由は、震災後に増えた「新参者」の存在だ。別の建設会社の社長が解説してくれた。  「新参者とは震災後、除染を目的に県外からやって来た人たちです。建設業界はそれまで深刻な不況で、公共工事の予算は年々減っていた。そこに原発事故が起こり、除染という新しい仕事が出現。『福島に行けば仕事がある』と、全国から業者が押し寄せたのです」  除染事業に従事するには「土木一式工事」や「とび・土工・コンクリート工事」の建設業許可が必要になる。許可を得て、資機材を揃えて大手ゼネコンの4次、5次下請けに入る小規模の会社はあっと言う間に増えていった。  「新参者が増えるのは行政にとってもありがたかった。住民が『早く除染してほしい』と求める中、業者の数がいないと予定通り除染は進まないわけですからね」(同) 尻拭いを押し付ける市 しかし、同じ仕事が永遠に存在するはずもなく、市内の除染が一通り終わると新参者の出番も減った。  この社長によると、新参者はその後、①経営に行き詰まって倒産、②浜通りなど除染事業が続いている地域に移動、③一般の土木工事に衣替え――の三つに分かれたという。  「一般の土木工事に衣替えした業者は、正確な数は分からないが結構います。私のように昔から郡山で仕事をやっていれば、社名を聞くだけでそこが新参者かどうか分かる。傾向としては、カタカナやアルファベットなど横文字の社名は該当することが多い」(同)  郡山市の「令和3・4年度指名競争入札参加有資格業者名簿」(2022年4月1日現在)を見ると、土木一式工事の許可業者は103、とび・土工・コンクリート工事の許可業者は225ある(いずれも市内に本社がある業者のみをカウント)。二つを見比べると、土木一式工事の許可業者はとび・土工・コンクリート工事の許可も併せて得ている。そこで後者の業者名を確認していくと、新参者に該当するのではないかと思われる業者は40社前後、全体の2割近くを占めていた。  除染事業がなくなっても、新たな仕事を求め、生き残りを図ろうとする姿はたくましい。建設業許可を得て一般の土木工事に従事するのだから法令違反でもない。社長も「そこを否定するつもりはない」と話す。ただ「新参者は暗黙のルールを守らないため業界全体が歪みつつある」というのだ。  「新参者は地域性を考えない。例えば、A社が本社を置く〇〇地域で道路工事が発注されたら、一帯の道路事情を知るのはA社なので、入札では自然とA社に任せようという雰囲気になる。これは談合で決めているわけではなく、不可侵というか暗黙のルールでそうなるのです。だから、A社は隣の××地域や遠く離れた△△地域の道路工事は取りにいかない。しかし、新参者は『競争入札なんだから地域性は関係ない』と落札してしまうわけです」(同)  新参者から言わせれば「暗黙のルールに基づく調整こそ談合みたいなもの」となるのだろう。ただ、〇〇地域の住民からすれば、見たことも聞いたこともない業者より、馴染みのあるA社に工事をやってもらった方が安心なのは間違いない。  「A社がある道路工事を仕上げ、そこから先の道路工事が新たに発注された時、継続性で言ったらA社が受注した方が工事はスムーズに進む可能性が高い。しかし、新参者はそういう配慮もなく、お構いなしに落札してしまう」(同)  しかしこれも、新参者から言わせると「落札して何が悪い」となるのだろうが、社長が解せないのは、その後の尻拭いを市から依頼されることにある。  「もともと除染からスタートした業者なので、土木工事の許可を持っていると言っても技術力が備わっていない。そのせいで、工事終了後に施工不良個所が見つかるケースが少なくないのです。解せないのは、市がその修繕を当該業者にやらせるのではなく、再発注も面倒なので、現場に近い地元業者にこっそり頼むことです。市には世話になっているので頼まれれば手伝うが、地域性や継続性を無視して落札した新参者の尻拭いを、私たちに押し付けるのは納得がいかない」  実は、そんな新参者の多くは建設関連団体に加入していないのだ。再び前出・老舗建設会社の役員の話。  「新参者は建設関連団体に入っていないから、災害が起きても被災現場に駆け付けない。でも、入札では災害対応に当たる私たちと同列で競争し、仕事を取っている。不正をしているわけでなく、正当な競争の結果と言われればそれまでだが、地域に貢献している自負がある私たちからすると釈然としない」 「災害対応に正当な評価を」  会員業者は日曜夜に被災現場に出動しても、防災協定に基づくボランティアのため、月曜朝からは通常業務を行わなければならない。一方、建設関連団体に加入していない業者は被災現場に出動することなく休日を過ごし、月曜から淡々と通常業務に当たる。だからと言って、未加入の業者にペナルティーが科されることはなく、被災現場に出動した業者に特別なインセンティブがあるわけでもない。  これでは、会員業者が「真面目にやるのが馬鹿らしい」と愚痴を漏らすのは当然で、わざわざ建設関連団体に加入する新規業者も現れない。  「市がズルいのは、入札は公平・公正を理由にどの業者も分け隔てなく競争させ、災害や施工不良など困ったことが起きた時は建設関連団体を頼ることだ。真面目にやっている私たちからすると、市に都合よく使われている感は否めない」(同)  これでは、新規会員はますます増えない。そこでこの役員が提案するのが、市が建設関連団体加入のメリットを創出することだ。  「会員業者は指名競争入札で指名されやすいといったインセンティブがあれば、災害対応に当たる私たちも少しはやりがいが出るし、今まで災害対応に無関心だった新参者も建設関連団体に入ろうという気持ちになるのではないか」(同)  郡山市では1000万円以上の工事は制限付一般競争入札、1000万円未満の工事は指名競争入札を導入しているが、2021年度の入札結果を見ると、落札額の合計は制限付一般競争入札が約99億8000万円、指名競争入札が約25億7200万円に対し、発注件数は前者が約150件、後者が約640件と指名競争入札の方が4倍以上多い。役員によると、会社の規模が小さい新参者は指名競争入札に参加する割合が高いという。  同市の指名競争入札に参加するには2年ごとに市の審査を受け、入札参加有資格業者になる必要がある。その手引きを見ると、市内に本社を置く業者が提出する書類に「災害協定の締結」「除雪委託契約の締結」の有無に関する記載欄があるが、市がそれをどれくらい重視しているかは分からない。  前述した建設関連団体のいくつかに問い合わせた際、  「災害協定を結んでいるかどうかは、市が審査をする上で少しは加点要素になっていると思う」(前出・女性事務員)  「実際に被災現場に駆け付けている点は(指名の際に)加味してほしいと市に申し入れている。そこを市がもっと評価してくれれば新規会員も増えると思うんですが」(前出・別の組合幹部)  と語っていたが、市が日頃の災害対応を正当に評価しているかというと、建設関連団体にはそう感じられないのだろう。  「会員業者が増えないと災害対応が機能しない。それによって困るのは市民です。そこで、安心・安全な暮らしを維持するため、災害協定と除雪委託契約の締結を指名競争入札に参加するための重要要件にしてはどうか。そうすれば、建設関連団体に無関心の新参者も加入を検討するし、新規会員が増えれば災害が起きた時、市民も助かります」(同) 指名競争を増やす県の狙い  県では佐藤栄佐久元知事時代に起きた談合事件を受け、2006年12月に入札等制度改革に係る基本方針を決定。指名競争入札を廃止し、予定価格250万円を超える工事は条件付一般競争入札に切り替えた。しかし、過度な競争や少子高齢化で経営が悪化し、災害対応や除雪に携わる業者がいなくなれば地域の安心・安全確保に支障を来すとして〝地域の守り手〟である中小・零細業者を育成する観点から「地域の守り手育成型方式」という指名競争入札を2020年度から試行している。  農林水産部と土木部が発注する3000万円未満の工事を指名競争入札にしているが、入札参加資格の要件には「災害時の出動実績又は災害応援協定締結」と「除雪業務実績又は維持補修業務実績」が挙げられている。指名競争入札を増やすことで〝地域の守り手〟を支えていこうという県の狙いがうかがえる。  会津地方は郡山と比べて仕事量が少ないため、新しい会社が次々と誕生することもなく、昔から営業している会社が建設関連団体を形成し、地域のインフラを支える構図が成立している。業者数は少ないが、地域を守るという意識が業界全体で統一されている。  これに対し郡山は、業者数は多いが建設関連団体の会員業者は少ないため、業界全体で地域を守るという意識が希薄だ。もし入札制度を変えることで会員業者が増え、市民の安心・安全を確保できるなら、市は真剣に検討すべきではないか。  「入札の大前提にあるのは公平・公正だが、時代の変化と共に変えるべきものは変えなければならないことも承知しています。災害が年々増えている中、業者の協力がなければ市民の生命と財産は守れません。その災害対応については、市でも審査時に評価してきましたが、出動頻度が増えている今、それをどのように評価すべきかは今後の検討課題になると思います。県が試行している指名競争入札なども参考にしながら考えたい」(市契約検査課)  官が民に、建設関連団体への加入を〝強要〟するのは筋違いかもしれない。しかし現実に、災害の増加に反比例して〝地域の守り手〟は減少している。だったら、普段から災害対応に当たっている業者には、その労に報いるためインセンティブを与えるべきだし、それが魅力になって団体に加入する業者が増えれば、建設業界全体で地域を守るという意識が醸成され、災害に強いまちづくりが実現できるのではないか。

  • 【桑折町・国見町】合併しなかった市町村のいま

    財政指標は良化、独自の「創造性」はイマイチ  人口減少・少子高齢化など、社会・経済情勢が大きく変化する中、国は1999年から「地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤の確立」を目的に、全国的に市町村合併を推進してきた。いわゆる「平成の大合併」である。県内では90市町村から59市町村に再編された。本誌では2021年12月号から5回に分けて、合併自治体の検証を行った。一方で、県内では「平成の大合併」に参加しなかった自治体もある。それら自治体のいまに迫る。今回は桑折町・国見町編。  2006年1月1日、伊達郡の伊達、梁川、保原、霊山、月舘の5町が合併して伊達市が誕生した。当初、この合併議論には、桑折町と国見町も参加しており、「伊達7町合併協議会」として議論を進めていた。  ただ、2004年8月に桑折町の林王喜久男町長(当時)が合併協議会からの離脱を表明した。その背景にあったのは、合併後の事務所(市役所本庁舎)の位置。伊達7町合併協議会は事務所の位置に関する検討小委員会で、「新市の事務所は保原町とする」と決定した。それが同年8月11日のことで、それから約2週間後に開かれた桑折町議会合併対策特別委員会で、林王町長は合併協議会からの離脱を表明したのだ。  離脱の理由について、林王町長は①合併に対する基本的な考え方が満たされない、②行政圏域と生活圏域が一致しない、③町民への説明責任が果たせない――等々を明かしていた。とはいえ、当時、同合併協議会の関係者の間ではこんな見方がもっぱらだった。  「伊達地方は(阿武隈川を境に)川東地区と川西地区に分かれ、前者の中心が保原町、後者の中心が桑折町。合併協議が進められる過程で、両町による合併後の主導権争いがあった中、新市の事務所の位置が保原町に決まった。それに納得できない桑折町は『だったら、参加しない』ということになった」  桑折町は旧伊達郡役所が置かれ、「伊達郡の中心は桑折町」といった矜持があった。にもかかわらず、合併後の事務所は保原町に置かれることになったため、離脱を決めたというのだ。  同年9月に正式に離脱が決まり、以降は「伊達6町合併協議会」と名称を変更して、議論を進めることになった。  ところがその後、同年11月に行われた国見町長選で、「合併を白紙に戻す」と訴えた佐藤力氏が当選した。当時、現職だった冨永武夫氏は、県町村会長を歴任するなどの〝大物〟で、「合併を成し遂げることが町長としての最後の仕事」と捉えていた様子だった。一方の佐藤氏は共産党(町長選では共産党推薦の無所属)で、急遽の立候補だったため、準備や選挙期間中の運動も決して十分ではなかった。それでも、結果は佐藤氏3514票、冨永氏3136票で、約380票差で佐藤氏が当選を果たした。投票率は74・81%で、「合併白紙」が民意だったと言える。  当選直後の同年12月議会で、佐藤町長は合併協議会からの離脱に関する議案を提出した。採決結果は賛成8、反対9で離脱案は否決された。それでも、佐藤町長は「合併白紙を訴えた自分が町長選で当選し、町民意向調査でも同様の結果が出ている以上、合併協議会からの離脱は避けられない」との主張を曲げなかった。  このため、2005年1月、伊達6町合併協議会はこのままでは協議が進まないとして、同協議会を解散ではなく、「休止」という措置を取った。それと並行する形で国見町を除く「伊達5町合併協議会」を立ち上げ、協議を進めた。その後、同年3月に合併協定に調印、2006年に伊達市誕生という運びとなった。  こうして桑折町、国見町は合併せず、単独の道を選んだわけ。ちなみに、桑折町で合併協議時に町長を務めていた林王氏は2010年の町長選で高橋宣博氏に敗れ落選。その後は2014年、2018年、2022年と、いずれも高橋氏が当選している。国見町は佐藤氏が2012年11月まで(2期8年)務めた後、太田久雄氏が2012年から2020年まで(2期8年)、2020年からは引地真氏が町長に就いている。  合併議論の最盛期に、県内で首長を務めていた人物はこう話す。  「当時の国の方針は、財政面を背景とする合併推奨だった。三位一体改革を打ち出し、地方交付税は段階的に減らすが、合併すればその分は補填する、というもの。そのほか、合併特例債という合併市町村への優遇措置もあった。要するにアメをちらつかせたやり方だった」  そうした国の方針は、この首長経験者にとっては、脅しのような感覚だったようだ。「地方交付税が減らされたらやっていけない。住民サービスが維持できず、住民に必要な事業もできなくなるのではないか」といった強迫観念に駆られ、合併についての勉強会(任意協議会)、法定協議会、正式な合併へと舵を切っていった、というのだ。  では、「平成の大合併」から十数年経ち、合併しなかった市町村が、この首長経験者が危惧した状況になったかというと、そうとは言えない。そのため、「合併しなくても、普通にやっていけているではないか。だとしたら、合併推奨は何だったのか」といった思いもあるようだ。 桑折・国見の財政指標  もっとも、合併しなかった市町村にはそれなりの「努力の形跡」も見て取れる。  ちょうど、「平成の大合併」が進められていた2007年6月に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(財政健全化法)が公布され、同年度決算以降、財政健全化を判断するための指標が公表されるようになった。  別表は桑折町と国見町の各指標の推移をまとめたもの。数字だけを見れば「努力の形跡」が見て取れる。もっとも、投資的事業をしなければ財政指標は良化するから、一概には言えないが。  用語解説(県市町村財政課公表の資料を元に本誌構成) ●実質赤字比率 歳出に対する歳入の不足額(いわゆる赤字額)を、市町村の一般財源の標準的な規模を表す「標準財政規模」で除したもの。表の数字が示されている年度は、それだけの「赤字」が発生しているということ。表の「――」は「赤字」が発生していないということ。 ●連結実質赤字比率 市町村のすべての会計の赤字額と黒字額を合算することにより、市町村を1つの法人とみなした上で、歳出に対する歳入の資金不足額を、一般財源の標準的な規模を表す「標準財政規模」で除したもの。表の数字が示されている年度は、それだけの「赤字」が発生しているということ。表の「――」は「赤字」が発生していないということ。 ●実質公債費比率 2006年度から地方債の発行が従来の許可制から協議制に移行したことに伴い導入された財政指標。義務的に支出しなければならない経費である公債費や公債費に準じた経費の額を、標準財政規模を基本とした額で除したものの過去3カ年の平均値。この数字が高いほど、財政の弾力性が低く、一般的には15%が警告ライン、20%が危険ラインとされている。 ●将来負担比率 実質赤字比率、連結実質赤字比率、実質公債費比率の3つの指標は、それぞれ当該年度において解消すべき赤字や負債の状況を示すもの(すなわち「現在の負担」の状況)。一方、将来負担比率は、市町村が発行した地方債残高だけでなく、例えば、土地開発公社や、市町村が損失補償を付した第三セクターの債務などを幅広く含めた決算年度末時点での将来負担額を、標準財政規模を基本とした額で除したもの(すなわち「将来の負担」の状況)。数字が高いほど、将来、財政を圧迫する可能性が高い。 ●財政力指数 当該団体の財政力を表す指標で、算定方法は、基準財政収入額(標準的な状態において見込まれる税収入)を基準財政需要額(自治体が合理的かつ妥当な水準における行政を行った場合の財政需要)で除して得た数値の過去3カ年の平均値。数値が高くなるほど財政力が高いとされる。 ●ラスパイレス指数 地方公務員の給与水準を表すものとして、一般に用いられている指数。国家公務員(行政職員)の学歴別、経験年数別の平均給料月額を比較して、国家公務員の給与を100としたときの地方公務員(一般行政職)の給与水準を示すもの。  この指標を示して、元福島大学教授で、現在は公益財団法人・地方自治総合研究所(東京都千代田区)の主任研究員を務める今井照氏(地方自治論)に見解を求めたところ、こう回答した。  「財務指標からだけでは財政運営の良否は判断できません。そこで、桑折町と国見町の場合は、地域環境の似通っている隣接の伊達市と比較して、相対的な評価をするのがよいと思われます」  別表に伊達市の実質公債費比率の推移を示した。2021年度は速報値。今井氏はそれと桑折町、国見町の数字と比較し、次のように明かした。なお、桑折町の2021年度速報値は9・2、国見町は3・2。  「実質公債費比率の推移を見ると、まず伊達市と国見町との差は歴然としています。2008年度時点では、伊達市15・5、国見町18・7と、むしろ国見町のほうが悪い数字だったものが、2021年段階では伊達市7・8、国見町3・2と、国見町の方が大きく改善しています。次に伊達市と桑折町とを比較すると、桑折町の方の改善度が低いように見えますが、最近5年間の推移を見ると、2017年段階で伊達市7・4、桑折町11・6だったところが、2021年段階では伊達市7・8、桑折町9・2となっていて、桑折町は改善しているのに、伊達市は改善していません」  こうして聞くと、相応の努力は見られると言っていいのではないか。もっとも、今井氏によると、ここ数年は制度的な事情で、全国自治体の財政事情が改善しているという。  「2020年度以降、国では法人税収が増加していて、それを反映して地方交付税の原資も改善され、新たな借金(臨時財政対策債)の発行をほとんどしなくて済むばかりか、これまでの借金(臨時財政対策債)を償還する原資も国から交付されています。つまり全国の自治体財政の財政指標はこの3年間で大きく改善されているのです」(今井氏) 桑折・国見町長に聞く  両町長は現状をどう捉えているのか。町総務課を通して、以下の4点についてコメントを求めた。  ①当時の町長をはじめ、関係者の「合併しない」という決断について、いまあらためてどう感じているか。  ②当時の合併の目的として「財政基盤強化」、「行政運営の効率化」があり、合併しないとなると、当然、その部分での努力が求められる。別紙(前段で紹介した財政指標)は県市町村財政課が公表している「財政状況資料」から抜粋したものですが、それら数字についてはどう捉えているか。また、これまでの「財政基盤強化」、「行政運営の効率化」の取り組み、今後の対応についてはどう考えるか。  ③当時、本誌取材の中では「多少の我慢を強いられても、単独の道を模索してほしい」といった意見もあったが、実際に住民に対して「我慢」を求めるような部分はあったか。  ④「合併しないでよかった」と感じているか。  回答は次の通り。 高橋桑折町長  桑折町  ①、④合わせての回答  国は、人口減少・少子高齢化等の社会情勢の変化や地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤の確立を目的に、全国的に市町村合併を推進したところです。本町においても近隣自治体との合併について検討したものの、分権社会に対応できる基礎自治体構築・将来に希望の持てる合併が実現できるとは言い難いことや、行政圏域と生活圏の一体性の醸成が困難であることなどから、合併しない決断を選択しました。  その後、地方行政を取り巻く環境が厳しさを増す中にあって、行財政改革に努め、健全財政の維持を図りながら町独自の施策展開により、2021年においては人口が社会増に転ずるなど、単独立町だからこそ得られた結果と捉えており、合併しないでよかったと感じております。  引き続き、子どもたちに夢を、若者に元気を、高齢者に安心を届け、「住み続けたいまち 住みたいまち 桑折」の実現に邁進してまいります。  ②の回答  当町は、平成16(2004)年9月に伊達7町による合併協議を離脱し、自立(自律)の道を選択して以降、東日本大震災をはじめとする度重なる災害や社会経済状況の変化、人口減少・高齢化などにより、多様化・複雑化・高度化する行政需要を的確に捉え、住民ニーズに応える各種施策を展開するとともに、事業実施にあたっては、財源確保を図り、「選択と集中」「最小の経費で最大の効果を上げる」ことを常に念頭に置きながら、財政の健全性維持に努めてまいりました。その結果、別紙の「健全化判断比率(4つの各比率)」の推移にありますとおり、平成19(2007)年度以降、各指標とも低下傾向にあり、合併せずとも着々と財政の健全化に向け改善が図られてきたものと捉えております。  とりわけ、企業誘致の促進や移住・定住人口の増加に資する施策に取り組みながら、税収の確保や収納事務の効率化を図るとともに、国・県などの補助制度の積極的な活用に努めてきました。また、シティプロモーションなどPR事業の展開や魅力的な返礼品の充実を図り、ふるさと納税は大幅に伸びております。  今後についても、2022年度策定した「中期財政計画」に基づき、更なる財源の確保、歳出抑制・適正化等、健全で持続可能な財政運営に向けた取り組みを継続し、「住み続けたいまち」であり続けるための各種施策を展開していく考えであります。  ③の回答  合併協議からの離脱後、これまでの間、行財政改革や自主財源の確保を図り、行政需要を的確に捉え、各種住民サービスに努めることにより、町民の理解を得ているところであります。 引地国見町長  国見町  ①の回答  当時の町長選挙の争点が「合併」。合併しないことを公約にした候補が当選したことは、民意が明確に示されたものと考えている。  ②の回答  合併する、しないに関わらず、地方自治体の財政基盤強化、行財政運営の効率化は緊張感を持って取り組むべきことと考える。当町においても自主財源が乏しい中、サービスの質を維持・向上させるため、あらゆる財源の確保に奔走している。同時に、常にコスト意識を持ち、予算編成及び執行に努めながら、将来負担を軽減すべく、起債に係る繰上償還を積極的に行っている。  ③の回答  「合併をしなかった」ことを要因とし、我慢を求めることはなかったと考えている。  ④の回答  当時の決断に対し、その善し悪しを意見する考えはない。唯一申し上げるとすれば、当時の決断を大切に、国見町に住む方々が「国見っていいな」と思ってもらえるよう町政運営に努めたい。 人口減少幅は類似  桑折町の高橋町長は合併議論時、議員(議長)を務めており、その後は2010年に町長就任して現在に至る。つまりはこの間の「単独の歩み」の大部分で町政を担ってきたことになる。その中で、「単独だからこそ得られたものもあり、合併しないでよかった」と述べている。一方、引地町長は2020年に就任し、まだ2年ほどということもあってか、踏み込んだ回答ではなかった。  両町の職員数(臨時を含む)を見ると、この間大きな変化はなく、国見町はむしろ増えている。もっとも、福島県の場合は、震災・原発事故に加え、ほかにも大規模災害が相次いだこともあり、その辺の効率化を図りにくかった事情もあり、評価が難しいところ。  人口の推移は、伊達市が合併時から約1万2000人減、桑折町と国見町は「単独」を決断したころから、ともに約2000人減。数だけを見ると、伊達市の減少が目立つが、減少率で見ると、伊達市が約17%、桑折町が約16%、国見町が約21%となっている。国見町は2022年度から、国から「過疎地域指定」を受けている。 思い切った〝仕掛け〟を  町民の声はどうか。  「この間、大きな災害が相次ぎ、そうした際に、枠組みが小さい方が行政の目が行き届く、といった意味で、良かった面はある。ただ、合併していたら、それはそれで良かったこともあったと思う。だから、どっちが良かったかと聞かれても、正直難しい」(桑折町民)  「純粋に、愛着のある町(町名)が残って良かった」(桑折町民)  「数年前に、天候による果樹の被害があり、保険(共済)に入っていなかったが、町から保険(共済)に入るための補助が出た。そういった事業は単独町だったからできたことかもしれないね」(国見町民)  「合併していたら、『吸収』される格好だったと思う。そうならなかったということに尽きる」(国見町民)  一方で、両町内で事業をしている人や団体役員などからは、ある共通の意見が聞かれた。それは「せっかく、単独の道を選んだのだから、もっと思い切った〝仕掛け〟をしてもいいのではないか」ということ。  「例えば、会津若松市は『歴史のあるまち』で、歴史的な観光資源では太刀打ちできない。一方で、同市では、ソースカツ丼を売り出しているが、そのための振興組織をつくって、本格的に売り出したのは、せいぜいここ十数年の話。あれだけ、歴史的な観光資源があるところでも、それにとどまらず、何かを『生み出す』『売り込む』ということをやっている。そういった姿勢は見習わないといけない。例えば、e―スポーツを学校の授業に取り入れ、先進地を目指すとか。そういったことは小回りが利く『町』だからこそできると思うんだけど」(桑折町内の会社役員)  「国見町で、ここ数年の大きな事業と言えば、道の駅整備が挙げられる。周辺の交通量が多いことから立ち寄る人で賑わっているが、業績はあまり良くない。そもそも、道の駅自体、全国どこにでもあるもので、最初(オープン時)はともかく、慣れてしまえば目新しいものではない。一方で、夜間になると(道の駅に)キャンピングカーなどで車中泊をしている人が目に付く。例えば、キャンピングカーの簡易キッチンに対応した商品を売り出すとか、『車中泊の聖地』になるような仕掛けをしてはどうか。ともかく、道の駅に限らず、何かほかにない目玉になるようなものを作り出していく必要があると思う」(国見町内の団体関係者)  これは県内すべての市町村に言えることだが、どこかの二番煎じ、三番煎じのような事業、取り組みばかりが目立ち、何かの先進地になった事例はほとんどない。  桑折町、国見町は交通の便がよく、働き口、高等教育、医療、日用品の調達先などで、近隣に依存できる環境にあったからこそ、合併しないという選択ができた面もある。財政指標の良化も見られる。ただ、単独町だからこそ可能な「創造性」という点では乏しかったと言えよう。

  • 【会津】〝恒三イズム〟の継承者は誰だ

    【渡部恒三】「国会議員の小粒化」嘆く会津地方住民  衆議院副議長を務めるなど「平成の黄門様」として知られた渡部恒三氏が亡くなって2年になる。往時の影響力はなくなりつつあるが、その存在は形を変えて会津政界に残り続けている。一方で、恒三氏の後継者が会津地方の国会議員にいないことを嘆く向きもある。 渡辺恒三氏  2022年11月6日10時、会津若松市城東町に残る渡部恒三氏の自宅に「渡部恒三記念館」が開館した。厚生大臣などに就任した際に受け取った任命書と卓上の名札、2003(平成15)年に受けた勲一等旭日大綬章の勲記など、ゆかりの品や美術品が展示されている。館長を務めるのは渡辺泰夫氏(會津通運会長)。  庭にはブロンズ像が設置された。数十年前に本県出身の金属加工業の社長が作っていたが、恒三氏が「生きているうちに銅像なんて作るもんじゃない」と話したため、日の目を見ずに保管されてきたという。  同日、テープカットとブロンズ像の除幕式が行われ、元知事で長年恒三氏の秘書を務めていた佐藤雄平氏、川端達夫・平野博文元衆院議員、恒三氏の長男・恒雄氏(笹川平和財団上席研究員)らが開館を祝った。 記念館のテープカットの様子  テープカットに参加した地元町内会長の目黒則雄さんは「町内会には主に二三子さん(恒三氏の妻。2022年1月に87歳で死去)が出席していたが、引退後は恒三さんも総会に顔を出してあいさつしていた。鶴ヶ城の南側は住宅ばかりで、公共施設、観光スポットなどが少ないので、こうした施設を造っていただけるのはうれしい」と語った。  恒雄氏は「父が住んでいた家がそのまま活用されている。昔訪れた方は懐かしく思うはず。政治家を引退してから10年経っているのに、このような記念館を開所してもらい、父は政治家冥利に尽きると思うし、家族としてありがたい限りです」とコメントした。  恒三氏は2020年8月23日に88歳で死去した。葬儀は近親者で営まれ、すぐにお別れの会を開く予定となっていたが、新型コロナウイルスの影響で延期となっていた。  同日午後には会津若松ワシントンホテルで2年越しのお別れの会が開催された。  発起人代表の佐藤雄平氏、後援会・秘書会代表の鈴木政英元磐梯町長があいさつ。川端・平野両元衆院議員、玄葉光一郎衆院議員、内堀雅雄知事、室井照平会津若松市長が別れの言葉を述べた。  献花の際に読み上げられた主な参列者には、会津地方の首長、議長、政治経験者などがずらりと名を連ねた。主催者発表によると、参列者は関係者も含め約350人。あらためてその影響力を示した格好だ。  恒三氏は1932(昭和7)年5月24日、田島町(現南会津町)で生まれた。渡部家はみそ・しょうゆ醸造業を営む旧家で、父・又左ヱ門氏は町長、県会議員を務めた。  県立会津中学(在学中に学制改革で会津高校に改称)、早稲田大文学部卒。同大大学院修士課程修了。早稲田雄弁会で活躍する一方、同郷の八田貞義衆院議員の事務所に出入りするようになる。大学院修了後、正式に秘書になり、1959(昭和34)年4月に26歳で県議選初当選。再選を果たし、自民党県連政調会長に就いた。だが1967(昭和42)年の総選挙で、八田氏の選挙参謀を務めた際に買収容疑で有罪判決を受け、県議を辞職した。  1969(昭和44)年の衆院選で旧福島2区から無所属で立候補し初当選。自民党の追加公認を得て田中派、竹下派に所属。竹下派では「七奉行」の1人として存在感を高め、前述の通り、厚生大臣などの主要閣僚を歴任した。  1993(平成5)年に「七奉行」の1人、小沢一郎氏とともに自民党を離党。「二大政党制」の実現を掲げて新生党や新進党の結党に参加。1996(平成8)年から2003(平成15)年まで衆院副議長。  1997(平成9)年の新進党解党後はしばらく党籍を持たなかったが、2005(平成17)年に民主党に入党し、同党最高顧問に就任。翌2006(平成18)年には、ライブドア事件関連のメール問題で危機に瀕する同党のため、73歳で国対委員長に就任した。  会津弁と飾らない人柄で「平成の黄門様」と呼ばれ、民主党では重鎮として若い執行部を支え存在感を示した。衆院議員連続14期務め、2012年に政界を引退した。 「保守」でもあり「野党」でもある  全国的に活躍した経歴を持つ政治家だけに「顔を出さないわけにはいかない」と多くの政財界関係者がお別れの会に参列した。会終了後、恒三氏の後援会幹部にコメントを求めたところ、「いまも会津全域に多くの支持者がおり、後援会が束ねている」と、死後2年経ってもその影響力が続いていることを強調した。  しかし、複数の会津地域の政治家・経済人からは「さすがにもう影響力はなくなった」、「首長にしても議員にしても『国会議員の支持者の動向で当選した』という話は最近ではあまり聞かれない。個々人の能力や性格が評価されていると思いますよ」と冷ややかな声が聞かれた。  会津地方のある市町村議員は「中選挙区制で恒三氏と激しい戦いを繰り広げた伊東正義衆院議員も、1994(平成6)年に亡くなった後は如実に支持者が減った。恒三氏の支持者も高齢化が進むとともに少なくなっていくだろう」と語る。  とは言え、2021年10月の衆院選で福島4区の焦点になったのは、立憲民主党の小熊慎司氏(54、4期)と自民党の菅家一郎氏(67、4期)、どちらが「恒三票」を取り込むか、ということだった。恒三氏が明確な後継者を定めていなかったためだ。 小熊氏(上)と菅家氏  前述の通り、恒三氏は自民党で閣僚を経験した後に離党し、二大政党制の実現を訴えた経歴を持つ。すなわち「保守」であり、「野党」でもある存在なのだ。野党を渡り歩いてきた小熊氏は恒三氏の後継者と言える。一方の菅家氏は会津の保守系政治家として市政・県政で活動してきた経緯があり、早稲田大の後輩ということもあって恒三氏と親密に交流していた。  要は、どちらも「恒三票」の受け皿になり得るわけ。だからこそ、2021年の衆院選では小熊氏陣営に恒三氏の支持者が名を連ねて電話攻勢をかけ、菅家氏陣営は負けじと保守系支持者の自民回帰を訴えた。  ある立憲民主党の支持者は次のように分析する。  「『恒三さんは大好きだけど、小熊さんはそんなに好きってわけじゃない』という人はいっぱいいる。大型連休中には外務省が退避勧告を行っているウクライナに国会申請せずに入国し、幹事長名で注意を受けるポカもやらかした。ただ、そうした支持者たちが小熊さんに見切りを付け(自民党の)菅家さんに流れているかというと、そうはなっていない。そういう意味では、菅家さんの〝評判の悪さ〟に助けられている面があると思います。彼は彼で実績アピールが露骨すぎて、煙たがられている節がある」  一方の自民党関係者はこう語る。  「恒三さんこそ『保守』の人生を歩んできたと思うし、支持者も『保守』である点を支持している人が多い。実際、2021年の衆院選では小熊氏が『野党共闘』で共産党の支援も受けたのを見て、『今回ばかりはさすがに応援できない』と離れた支持者が多かった。今後、選挙を重ねるごとに、小熊氏と菅家氏の得票数は差が開いていく一方になるのではないでしょうか」  過去3回の福島4区の投票結果は以下の通り。  《2014年》当5万6856 小熊 慎司46維新比5万6440 菅家 一郎59自民 1万0139 小川 右善65社民   9413 田中和加子58共産  《2017年》当6万8282 菅家 一郎62自民比6万7073 小熊 慎司49希望   9492 古川 芳憲66共産   8063 渡辺 敏雄68社民  《2021年》当7万6683 小熊 慎司53立民比7万3784 菅家 一郎66自民  2017年の選挙で小熊氏、共産党候補、社民党候補が獲得した票数の合計より、2021年の選挙で「野党共闘」した小熊氏が獲得した票数の方が少ない。そのため「共産党と手を組んだことで『恒三票』の中でも保守系の支持者が離れたのではないか」と自民党関係者は指摘しているのだ。  ただ、共産党とのつながりに関しては、立憲民主党関係者も「小熊氏が共産党ともっと距離を置けばより票数が伸びると思う」と分析しているので、今後はそこが両陣営にとってのポイントになるのだろう。  当の恒三氏は本誌2013年2月号「星亮一対談」で次のように語っていた。  《日本の政治は長年、自民党の1党支配が続いてきたが、民主主義の基本である「国民が政治を決める」という観点に立った時、政権担当能力を持った政党が1つでは心もとない。2つあるから、国民はどっちがいいか選択できるのです。  すなわち、僕は2大政党制を実現させるために自民党を飛び出したわけで、民主党をつくった後も、僕は自民党が悪いなんて言ったことは一度もない。政権を担当できる政党が自民党1つでは、日本は独裁国家になってしまうから、それを改めようとしたのです》 「昔と比べて戦い方が生ぬるい」  会津地域の経済人は「いずれにしても、中選挙区時代の激しい戦いを知っている立場からすると、小熊氏も菅家氏も小粒感が否めない。その戦い方にも生ぬるい印象を抱いてしまう」と嘆く。  「中選挙区でライバル関係だった恒三氏と伊東氏はどちらも閣僚経験者で、互いの支持者も含めてバチバチやり合っていた。支持を訴えるのも、ライバルを批判するのも、地元に仕事を引っ張ってくるのも全力。当時を知る立場からすると、いまは小粒な議員同士の戦いにしか見えない。もう少し存在感を示してほしい」  恒三氏の実績として知られるのは会津地方のインフラ整備に尽力したこと。昭和から平成初期にかけて、国道121号大峠トンネル、磐越自動車道、サンピア会津、県立会津大学、会津縦貫道路などの道筋を付けた。小熊氏、菅家氏がこれに匹敵する実績を作るのは難しいだろう。  いわゆる「1票の格差」是正に向けて、衆議院議員選挙の小選挙区定数を「10増10減」することなどを盛り込んだ改正公職選挙法が成立し、福島県選挙区は現行の5から4に減る。会津地域は県南地域と同じ選挙区になった。今後、各党で候補者調整が進められる見通し。生き残りをかけて、小熊、菅家両氏はどう立ち振る舞うのか。  恒三氏の影響力はなくなりつつあるものの、引退から10年、死後2年経っても「恒三票」の行方が注目され、「保守」、「二大政党制」について議論が交わされている。それだけ恒三氏の存在が会津政界で大きかったということだろう。

  • 会津若松市河東町にある小原氏の自宅

    【会津若松】巨額公金詐取事件の舞台裏

    会津若松市の元職員による巨額公金詐取事件。その額は約1億7700万円というから呆れるほかない。  巨額公金詐取事件を起こしたのは障がい者支援課副主幹の小原龍也氏(51)。小原氏は11月7日付で懲戒免職になっているため、正確には元職員となる。  発覚の経緯は6月13日、2021年度の児童扶養手当支給に係る国庫負担金の実績報告書を県に提出するため、小原氏の後任となったこども家庭課職員が関係書類やシステムデータを確認したところ、実際に振り込んだ額とシステムデータに不整合があることを見つけたことだった。  内部調査を進めると、2021年度の児童扶養手当支給に複数の不整合があることが分かった。また小原氏の業務用パソコンからは、同年度の子育て世帯への臨時特別給付金について小原氏名義の預金口座に振込依頼していたデータや、重度心身障がい者医療費助成金をめぐり小原氏が給付事務を担当していた07~09年度に詐取していたことをうかがわせるデータも見つかった。市は会津若松署に報告し今後の対応を相談する一方、金融機関に小原氏名義の預金口座の照会を行うなど、詐取の証拠集めを2カ月かけて進めた。  市は8月8日、小原氏に事情聴取した。最初は「分からない」「覚えていない」と非協力的な姿勢を見せていたが、集めた証拠類を示すと児童扶養手当と子育て世帯への臨時特別給付金を詐取したことを認めた。  小原氏は動機について「不正に振り込む方法を思い付いた。魔が差した」と語り、使途は「生活していく中で自然に使った」と説明したが、続く同9、10、15日に行った事情聴取では「親族の借金を肩代わりし返済に苦労していた」「競馬や宝くじに使った」「車のローンの返済に充てた」と次第に変化していった。  市は事情聴取と並行し、詐取された公金の回収に取り組んだ。預金口座からの振り込みに加え、生命保険の解約や車の売却といった保有財産の換価を行い、11月8日現在、約9100万円を回収した。  9月8日には小原氏に対する懲戒審査委員会を開き、懲戒免職が妥当と判断されたが、引き続き事情聴取と公金回収を進めるため、小原氏の職員としての身分を当面継続することとした。  小原氏は10月7日、市に誓約書を提出した。内容は児童扶養手当(約1億1070万円)、子育て世帯への臨時特別給付金(60万円)、重度心身障がい者医療費助成金(約6570万円)、計約1億7700万円を詐取したことを認め、弁済することを誓約したものだ。  市は11月7日付で会津若松署に詐欺罪で告訴状を提出し、その日のうちに受理された。また、同日付で小原氏を懲戒免職とし、併せて上司らの懲戒処分を行った。  「会津若松署が告訴状を受理したので、事件の全容解明は今後の捜査に委ねられることになる。警察筋の話によると、捜査は来年2月くらいまでかかるようだ」(ある事情通)  それにしても、これほど巨額な詐取がなぜバレなかったのか不思議でならないが、  「市の説明や報道等によると、児童扶養手当の詐取は管理システムの盲点を悪用し不正な操作を繰り返した、子育て世帯への臨時特別給付金の詐取は本来の支給額より多い金額が自分の預金口座に振り込まれるようデータを細工した、重度心身障がい者医療費助成金の詐取もデータを細工する一方、帳票を改ざんして発覚を免れていた」(同) 合併自治体特有の「差」  それだけではない。こども家庭課に勤務していた時は、自分が児童扶養手当支給の主担当を担えるよう事務分担を変え、支給処理に携わる職員を1人減らし、それまで行っていた決裁後の起案のグループ回覧をやめることで他職員が関連書類に触れないようにしていた。また主担当の仕事をチェックする副担当に、入庁1年目の新人職員や異動1年目の職員を充てることでチェックが機能しにくい体制をつくっていた。  「パソコンがかなり達者で、福祉関連の支給事務に精通していた。そこに狡猾さが加わり、不正がバレないやり方を身に付けていった」(同)  小原氏は市の事情聴取に「不正はやる気になればできる」と話したというから、詐取するには打って付けの職場環境だったに違いない。  小原氏は1996年4月、旧河東町役場に入庁。2005年11月、会津若松市との合併に伴い同市職員となった。社会福祉課に配属され、11年3月まで重度心身障がい者医療費助成金の給付事務を担当。18年4月からはこども家庭課で児童扶養手当と子育て世代への臨時特別給付金の給付事務を担当した。2022年4月、障がい者支援課副主幹に。事件はこの異動をきっかけに発覚した。  地元ジャーナリストの話。  「小原氏は妻と子どもがおり、父親と同居している。父親は個人事業主として市の一般ごみの収集運搬を請け負っているが、今回の事件を受けて代表を退き、一緒に仕事をしている次男(小原氏の弟)が後を引き継ぐと聞いた。三男(同)は、小原氏と職種は違うが公務員だそうだ」  小原氏は「親族の借金を肩代わりした」とも語っていたが、  「過去に叔父が勤め先で金銭トラブルを起こしたことがあるという。親族の借金の肩代わりとは、それを指しているのかもしれない」(同) 会津若松市河東町にある小原氏の自宅  河東町にある自宅は2000年10月に新築され、持ち分が父親3分の2、小原氏3分の1の共有名義となっている。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。  小原氏の職場での評判は「他職員が嫌がる仕事も率先して引き受け、仕事ぶりは迅速かつ的確」といい、地元の声も「悪いことをやる人にはとても見えない」と上々。しかし、会津若松市のように他町村と合併した自治体では「職員の差」が問題になることがある。  ある議員経験者によると、市町村合併では優秀な職員が多い自治体もあれば能力の低い職員が目立つ自治体、服装や挨拶など基本的なことすらできていない自治体等々、職員の能力や資質に差を感じる場面が少なくなかったという。  「合併から十数年経ち、職員の退職・入庁が繰り返されたため今は差を感じることは減ったが、中核となる市に周辺町村がくっついた合併では職員の能力や資質にだいぶ開きがあったと思います」(同)  元首長もこう話す。  「町村役場は、職員を似たような部署に長く置いて専門性を身に付けさせ、サービスの低下を防ぐ。そこで自然と専門知識が身に付くので、あとは個人の資質によるが、悪用する気になればできる、と」  小原氏は旧河東町時代も重度心身障がい者医療費助成金の支給事務を行っていたというから、専門知識は豊富だったことになる。  市町村職員になるには採用試験に合格しなければならないが、競争率が高いため「職員=優秀」というイメージが漠然と定着している。しかし現実は、小原氏のような悪質な職員も存在すること、さらに言うと合併自治体特有の、職員の能力や資質の差が今回のような事件の契機になることも認識する必要がある。  市は今後、未回収となっている約8600万円の回収に努め、場合によっては民事訴訟も視野に入れるという。事件を受け、室井照平市長は給料を7カ月2分の1に減額し、現任期(3期目)の退職手当も2分の1に減額する方針。  市の責任を形で示したわけだが、市民からは市が注力しているデジタル田園都市国家構想を踏まえ「巨額公金詐取を見抜けなかった市に膨大な市民の個人情報を預けて大丈夫なのか」と心配する声が聞かれる。ICT導入を熱心に進める前にチェック機能がない、いわば〝ザル〟の組織を立て直す方が先決ではないのか。

  • 【鏡石町議会】「会派制廃止」の裏話

     鏡石町議会昨年12月議会で、議員発議で議会基本条例の一部改正案が提出された。同町の議会基本条例は2018年4月に施行され、その第6条に「会派制を敷く」旨が規定されているが、改正案はその削除を求めるものだった。  提案理由は「(同町議会は)議員定数が12人と比較的少数であり、この中で会派制を設けることは、むしろ議員間の分断をきたし、議会の公正かつ健全な運営に資するものではないと思われる。そのため、会派制を削除・撤廃すべき」というもの。  採決の結果、賛成多数で可決された。これに伴い、「会派制を敷く」旨が規定されている議会基本条例の第6条が削除された。  ある関係者によると、「会派制は、もともとは(2018年の議会基本条例制定時に)遠藤栄作町長を支えるというか、コントロールするために設けられたもの」という。  当時、遠藤町長を支える(この関係者に言わせると、コントロールを目論む)一派は7人おり、それら議員で「鏡政会」という会派を立ち上げた。代表には当時議長だった渡辺定己議員が就いた。同町の議員定数は12だから過半数を占める。  それ以外の5人は「野党」の立場で、それぞれ無会派(1人会派)という状況だった。  つまり、「7対5」(議場では議長は採決に加わらないため「6対5」)の構図の中で、会派制が生まれたというのである。  ただその後、2019年8月の町議選と、昨年5月の町長選・町議補選(同時選挙)を経て、状況が変わった。  まず、町長選では遠藤氏が引退し、代わって元役場総務課長の木賊正男氏が無投票で当選した。それによって、議会は「与党(町長派)」、「野党(反町長派)」といった括りはなくなった。それまで「野党」といった立場だった議員も、ひとまずは木賊町長を支える、あるいは見定めるといった立場に変わったのだ。  一方、議会は本選・補選を経て、鏡政会のメンバーは5人になった。さらに、本誌昨年10月号で伝えた渡辺議員(前出)が込山靖子議員に不適切な言動を取ったとされる問題があり、ともに鏡政会のメンバーだった渡辺議員が辞職、込山議員が離脱したことで、現在は3人になった。残りの7人は無会派(1人会派)で、「会派制の意味を成していない」状況になった。言い換えると、過去の決定を覆せる議会構成になったということでもある。  こうして、議会基本条例の一部改正(会派制の廃止)が行われたわけだが、提案理由にもあったように、そもそも定数12の町(議会)で会派を置くこと自体が稀なケースである。議員は「○○派」、「××派」といった括りなく、町のため、町民のために議会でどういった意思表示をするか、どのような議員活動をすべきか、を考えて行動すればいい。

  • 【福島県】旧統一教会と接点持つ議員の言い分

     国会を揺るがす自民党議員と旧統一教会(世界平和統一家庭連合)の“ズブズブの関係”は地方議員にも見られる。共同通信社が昨年11月、全国の都道府県議にアンケート調査を行った結果、福島県内では自民党所属の9県議が「何らかの接点があった」と回答。ただ現在は、教団との関係はないとしている。  議員が教団と接点を持つのは意図的か、偶然か。ある県議の関係者がこっそり打ち明けてくれた。  「選挙ではあらゆる方面から会合出席の案内が届く。当選を目指す立場からすると、挨拶の機会をもらえるなら出席したい。ただ、何でもかんでも出席するわけじゃない。事前に『この団体は大丈夫か』と簡単なリサーチはする」  そうした中、旧統一教会をめぐっては  「リサーチの結果、ある組織が教団と近いことが分かり『挨拶は遠慮したい』と伝えたら『うちは単なるNGOで、教団とは無関係だ』と言う。それならと出席し挨拶したら、やっぱり教団と近いことが後から判明した」(同)  しかし、既に関係を持ってしまった以上、党本部やマスコミの調査には「接点があった」と答えざるを得ないわけ。  これは裏を返すと「教団と関係があるとは知らなかった」と答えた議員は、実際は「リサーチして関係があると知りながら挨拶していた」ことにならないか。同じ「接点があった」でも、意図的な議員がいることを覚えておいた方がいい。

  • 【第1弾】田村市・元職員「連続収賄事件」の真相

    賄賂を渡した田村市内業者の思惑  田村市で起きた一連の贈収賄事件。逮捕・起訴された元職員は、市内の業者に公共工事に関する情報を漏らし、見返りに金品を受け取っていたが、情報を漏らしていた時期が本田仁一前市長時代と重なるため、一部の市民から「本田氏と何らかの関わりがあったのではないか」と疑う声が出ている。真相はどうなのか。  まずは元職員の逮捕容疑を新聞記事から説明する。 《県が作成した公共工事などの積算根拠となる「単価表」の情報を業者に提供した謝礼にギフトカードを受け取ったとして、県警捜査2課と田村署、郡山署は24日午前、元田村市技査で会社員、武田護容疑者(47)=郡山市富久山町福原字泉崎=を受託収賄の疑いで逮捕した。また、贈賄の疑いで、田村市の土木工事会社「三和工業」役員、武田和樹容疑者(48)=郡山市開成=を逮捕した。  逮捕容疑は、護容疑者が、市生活環境課原子力災害対策室で業務をしていた2020年2月から翌年5月までの間、和樹容疑者から単価表の情報提供の依頼を受け、情報を提供した謝礼として、14回にわたり、計14万円相当のギフトカードを受け取った疑い。和樹容疑者は、情報を受けた謝礼として護容疑者にギフトカードを贈った疑い》(福島民友2022年9月25日付) 両者は旧大越町出身で、中学校まで同級生だった(この稿では、両者を「容疑者」ではなく「氏」と表記する)。 武田護氏が武田和樹氏に漏らした単価表とは、県が作成した公共工事の積算根拠となる資料。県内の市町村は、県からこの資料をもらい公共工事の価格を積算している。 県のホームページを見ると土木事業単価表、土木・建築関係委託設計単価表、建築関係事業単価表が載っているが、例えば「令和4年度土木事業単価表」は994頁にも及んでおり、生コンクリート、アスファルト合材、骨材、再生材、ガソリン・軽油など、さまざまな資材の単価が県北(1~6地区)、県中(1~4地区)、県南(1~3地区)、喜多方(1~3地区)、会津若松(1~4地区)、南会津(1~3地区)、相双(1~5地区)、いわき(1~2地区)と地区ごとに細かく示されている。 福島県作成の単価表  ただ単価表を見ていくと、一般鋼材、木材類、コンクリート製品、排水溝、管類、交通安全施設資材、道路用防護柵、籠類など複数の資材や各種工事の夜間単価で「非公表」と表示されている。ざっと見て1000頁近い単価表の半分以上が非公表になっている印象だ。 県技術管理課によると、単価を公表・非公表とする基準は 「単価の多くは一般財団法人建設物価調査会と一般財団法人経済調査会の定期刊行物に載っている数字を使っている(購入している)が、発刊元から『一定期間は公表しないでほしい』と要請されているのです。発刊元からすれば、自分たちが調査した単価をすぐに都道府県に公表されてしまったら、刊行物の価値が薄れてしまうので〝著作権〟に配慮してほしい、と。ただ、非公表の単価は原則1年後には公表されます」 と言う。 とはいえ、都道府県が市町村に単価表を提供する際は全ての単価を明示するため、市町村の積算に支障が出ることはない。問題は、非公表の単価を含む「不完全な単価表」を基に入札金額を積算する業者だ。 業者は、非公表の単価については過去の単価などを参考に「だいたいこれくらいだろう」と予想して積算し、入札金額を弾き出す。業者からすると、その入札金額が、市町村が積算した価格に近いほど「予想が正確」となるから、落札に向けて戦略的な応札が可能になる。 近年、各業者は積算能力の向上に注力しており、社内に積算専門の社員を置いたり、情報開示請求で単価に関する情報を入手し、それを基に専門の積算ソフトを使って積算のシミュレーションを行うなど研究に余念がない。〝天の声〟で落札者が決まったり、役所から予定価格が漏れ伝わる官製談合は、完全になくなったわけではないが過去の話。現在は、昔とは全く趣きの異なる「シビアな札入れ合戦」が行われている。 要するに業者にとって非公表の単価は、市町村が積算した価格を正確に予想するため「喉から手が出るほど欲しい情報」なのだ。 積算ソフト会社に漏洩  「でも、ちょっと解せないんですよね」 と首を傾げるのは市内の建設会社役員だ。 「隣の郡山市では熾烈な価格競争が常に展開されているので、郡山の業者なら非公表の単価を入手し、より正確な入札金額を弾き出したいと考えているはず。しかし、田村市の入札はそこまで熾烈ではないし、三和工業クラスならだいたいの積算で札入れしても十分落札できる。そもそも贈賄というリスクを冒すほど同社は経営難ではない。こう言っては何だが贈賄額もたった14万円。落札するのに必死なら、100万円単位の賄賂を渡しても不思議ではない」 別表①は、和樹氏が護氏から単価表の情報を受け取った時期(2020年2月~21年5月)に三和工業が落札した市発注の公共工事だ。計12件のうち、富士工業とのJVで落札した東部産業団地造成工事は〝別格〟として、それ以外は1億円超の工事が1件あるだけで、他社より多く高額の工事を落札しているわけでもない。同社の落札金額と次点の入札金額も比較してみたが、前出・建設会社役員が言うように、熾烈な価格競争が行われた様子もない。  「三和工業は市内最上位のSランクで、地元(大越)の工事を中心に堅実な仕事をする会社として定評がある。他地域(滝根、都路、常葉、船引)の仕事で目立つのは船引の国道288号バイパス関連の工事くらい。他地域に食い込むこともなければ、逆に地元に食い込まれても負けることはない」(同) 同社(田村市大越町)は1952年設立。資本金2000万円。役員は代表取締役=武田公志、取締役=武田元志、渡辺政弘、武田和樹(前出)、監査役=武田仁子の各氏。 市が公表している「令和3・4年度工種別ランク表」によると、同社は一般土木工事、舗装工事、建築工事で最上位のSランク(S以下は特A、A、Bの順)に位置付けられている。他にSランクは富士工業、環境土木、鈴船建設だけだから、確かに市内トップクラスと言っていい。 民間信用調査機関のデータによると、業績も安定している(別表②)。  なるほど、前出・建設会社役員が言うように、同社の経営状態を知れば知るほど、リスクを冒してまで単価表の情報を入手する必要があったのか、という疑問が湧いてくる。 「単価表の情報を欲しがるとすれば積算ソフト会社です。おそらく和樹氏は、入手した情報を自社の入札に利用したのではなく、積算ソフト会社に横流ししたのでしょう。当然そこには、それなりの見返りもあったはず」(同) 実は、新聞によっては《県警は、武田和樹容疑者が工事の積算価格を算出するソフト開発会社に単価表の情報を渡していたとみて捜査している》(読売新聞県版2022年9月25日付)、《和樹容疑者が護容疑者から得た単価表の情報を自社の入札価格の算出などに使った可能性や、積算ソフトの製作会社に提供した可能性もある》(福島民報同26日付)と書いている。 「積算ソフト会社が業者から求められるのは高い精度です。そのソフトを使ってシミュレーションした価格が、市町村が積算する価格に近ければ近いほど『あの会社のソフトは良い』という評価につながる。つまり、より精度を上げたい積算ソフト会社にとって、非公表の単価はどうしても知りたい情報なのです」(同) 建設会社役員によると、積算ソフト会社はいくつかあるか、市内の業者は「大手2社のどちらかの積算ソフトを使っている」と言い、三和工業は「おそらくA社(取材では実名を挙げていたが、ここでは伏せる)だろう」というから、和樹氏は護氏から入手した情報をA社に横流ししていた可能性がある。 「A社が強く意識したのは郡山の業者でしょう。郡山の方が田村より業者数は多いし、競争もシビアなので積算ソフトの需要も高い。実は単価表の括りで言うと、田村と郡山は同じ『県中地区』に区分されているので田村の単価表が分かれば郡山の単価表も自動的に分かる。『郡山で精度の高い積算ができるソフト』と評判を呼べば、売れ行きも当然変わってきますからね」(同) 困惑する三和工業社員  これなら14万円の賄賂も合点がいく。同級生(護氏)から1回1万円(×14回)で情報を引き出し、それを積算ソフト会社に提供する見返りにそれなりの対価を得ていたとしたら、和樹氏は「お得な買い物」をしたことになる。 ちなみに1年3カ月の間に14回も情報を入手していたのは、単価が物価等の変動によって変わるため、単価表が改正される度に最新の情報を得ていたとみられる。前述・県作成の「令和4年度・土木事業単価表」も4月1日に公表されて以降、10月までに計7回も改正が行われている。 「和樹氏は以前、異業種の会社に勤めていたが、4、5年前に父親が社長を務める三和工業に入社した。そのころは別の役員が積算業務を担い、和樹氏が積算業務を担うようになったのは最近。和樹氏がどのタイミングで積算ソフト会社と接点を持ったのかは分からないが、自宅のある郡山で護氏と頻繁に飲み歩いていたようだし、そこでいろいろな人脈を築いたという話もあるので、その過程で積算ソフト会社と知り合ったのかもしれない」(同) 2022年10月27日現在、和樹氏と積算ソフト会社の接点に関する報道は出ていないが、捜査が進めば最終的に単価表の情報がどこに行き着いたか見えてくるだろう。 事件を受け、三和工業は田村市から24カ月の指名停止、県から21カ月の入札参加資格制限措置の処分を受けた。公共工事を主体とする同社にとっては厳しい処分だ。 2022年10月中旬、同社を訪ねると、応対した男性社員が次のように話した。 「私たち社員もマスコミ報道以上のことは分かっていない。弊社では毎月1日に朝礼があるが、10月1日の朝礼で社長から謝罪があった。市や県から指名停止処分などが科されたことは承知しているが、正式な通知はまだ届いていない。今後の対応はその通知を踏まえたうえで決めることになると思う。ただ、現在施工中の公共工事はこれまで通り続けられるので、まずはその仕事をしっかりこなしていきたい」 ここまで情報を受け取った側の和樹氏に触れてきたが、情報を漏らした側の護氏とはどんな人物なのか。 武田護氏は1996年に合併前の旧大越町役場に入庁。技術系職員として勤務し、単価表の情報を漏らしていた時期は田村市市民部生活環境課原子力災害対策室で技査(係長相当)を務めていた。しかし、2022年3月末に「一身上の都合」で退職。その後は自宅のある郡山で会社勤めをしていた。 突然の早期退職は、自身に捜査が及びつつあるのを察知してのこととみられる。2022年6月には「三和工業の役員が早朝、警察に呼び出され、任意の事情聴取を受けたようだ」というウワサも出ていたから、和樹氏と一緒に護氏も呼び出されていたのかもしれない。 そんな護氏が情報を漏らしていたのは同社だけではなかった。 元職員が一人で積算  《県警捜査2課と田村署、郡山署は14日午後2時15分ごろ、田村市発注の除染関連の公共工事3件の予定価格を別の業者に漏らし、見返りとして飲食の接待などを受けたとして、加重収賄の疑いで武田容疑者を再逮捕した。 再逮捕容疑は、市原子力災害対策室に勤務していた2019(令和元)年6月ごろから11月ごろまでの間、市発注の除染で出た土壌の輸送業務に関係する指名競争入札3件の予定価格について、田村市の土木建築会社役員の40代男性に漏らし、見返りとして計16万円相当の飲食接待などの提供を受けた疑い》(福島民友2022年10月15日付) 報道によると、3件の予定価格は1億8790万円、1億2670万円、3560万円で、前記2件は2019年6月、後記1件は同年9月に入札が行われた。これを基に市が公表している入札結果を見ると、落札していたのは秀和建設だった。 同社(田村市船引町)は1977年設立。資本金2000万円。役員は代表取締役=吉田幸司、取締役=吉田ヤス子、吉田眞也、監査役=佐久間多治郎の各氏。市の「令和3・4年度工種別ランク表」によると、一般土木工事と舗装工事で特Aランクとなっている。 市内の業者によると、吉田幸司社長は以前から体調を崩していたといい、新聞記事にも《県警は男性について、健康上の理由などから任意で捜査を行い、贈賄容疑で近く書類送検するとみられる》(福島民友2022年10月15日付)とあるから、護氏に飲食接待を行っていたのは吉田社長とみられる。ほかにゴルフバックなども贈っていたという。 「護氏と和樹氏は同級生だが、護氏と吉田社長がどういう関係なのかはよく分からない」(業者) 別表③は同社が落札した除染土壌の輸送業務だが、注目されるのは落札率。事前に予定価格を知っていたこともあり、100%に近い落札率となっている。  一方、別表④は同社の業績だが、厳しい状況なのが分かる。除染土壌の輸送業務を落札した近辺は黒字だが、それ以外は慢性的な赤字に陥っている。  「資金繰りに苦労しているとか、後継者問題に悩んでいると聞いたことがある」(同) というから、吉田社長は「背に腹は代えられない」と賄賂を渡してしまったのかもしれない。ただ、収賄罪の時効が5年に対し、贈賄罪の時効は3年で、飲食接待の半分以上は時効が成立しているとみられる。 加えて三和工業とは異なり、秀和建設は10月26日現在、指名停止等の処分は受けていない。 10月中旬、同社を訪ねたが 「社員で事情を分かる者がいないので、何も話せない」(事務員) それにしても、なぜ護氏はここまで好き放題ができたのか。 ある市議によると、護氏は「一部の職員に限られている」とされる、単価表を管理する設計業務システムにアクセスするための専用パスワードとIDを知り得る立場にあった。また、除染土壌の輸送業務では一人で積算を担当し、発注時の設計価格(予定価格)を算出していた。 「除染関連工事の発注は、冨塚宥暻市長時代は市内の業者で組織する復興事業組合に一括で委託し、そこから組合員が受託する方式が採られていたが、本田仁一市長時代に各社に発注する方式に変更された。その業務を担ったのが原子力災害対策室で、当初は技術系職員が複数いたが、除染関連事業が少なくなるにつれて技術系職員も減り、輸送業務が主体になるころには護氏一人になった。結果、護氏が積算を任されるようになり、チェック機能もないまま多額の事業が発注された」(ある市議) 本田仁一前市長  除染土壌の輸送業務は2017~20年度までに約70件発注され、事業費は契約額ベースで約65億円。このうち護氏は19、20年度の積算を一人で行っていた。これなら予定価格を簡単に漏らすことが可能だ。 護氏は10月14日に受託収賄罪で起訴された。今後、加重収賄罪でも起訴される見通しだ。 元職員が二度逮捕・起訴されたことを受け、白石高司市長は次のようなコメントを発表した。 《9月24日の事案と同じく、今回の事案についても、警察の捜査により逮捕に至ったもので、市長として痛恨の極みにほかなりません。あらためて市民の皆様に市政に対する信頼を損なうこととなったことを深くお詫び申し上げます》 前出・市議によると、白石市長は護氏の最初の逮捕後、すぐに県中建設事務所と本庁土木部を訪ね、県から提供された単価表を漏洩させたことを謝罪したという。 前市長の関与を疑う声  一連の贈収賄事件は今のところ、元職員による単独犯の様相を呈しているが、護氏が情報を漏らしていた時期が本田市政(2017~21年)と重なるため、一部の市民から「本田氏と何らかの関わりがあったのではないか」と疑う声が出ている。 実際、田村市役所で行われた9月24日の家宅捜索は捜査員約20人が駆け付け、5時間にわたり関連資料を探すという物々しさだった。その状況を目の当たりにした市役所関係者は「警察は他に狙いがあるのではないか」と話していた。 思い返せば、除染土壌の輸送業務をめぐっては落札業者による多額の匿名寄付問題が起きていたし、当時の公共工事の発注には本田氏を熱心に支持する業者の関与が取り沙汰されたこともあった(詳細は本誌2021年1月号「田村市政の『深過ぎる闇』」を参照されたい)。 しかし、 「本田氏は2021年4月の市長選で落選し、今年3月には公選法違反(寄付禁止)で罰金40万円の略式命令を受けている。もし本田氏が今も市長なら警察も熱心に捜査しただろうが、落選した本田氏に強い関心を寄せるとは思えない。今後の焦点は、護氏がどこまで情報を漏らし、どれくらい対価を得ていたかになると思われます」(前出・市議) 市民の関心をよそに、事件は「大山鳴動して鼠一匹」に終わる可能性もありそうだ。 前市政の後始末に追われるだけでなく、元職員まで逮捕され、白石市長は思い描いた市政運営になかなか着手できずにいる。 【続報】裁判では社名が明かされ仮説が裏付けられた... 下記の記事を参照にしてください。 https://www.seikeitohoku.com/%e3%80%90%e7%94%b0%e6%9d%91%e5%b8%82%e3%83%bb%e8%b4%88%e5%8f%8e%e8%b3%84%e4%ba%8b%e4%bb%b6%e3%80%91%e7%a9%8d%e7%ae%97%e3%82%bd%e3%83%95%e3%83%88%e4%bc%9a%e7%a4%be%e3%81%ae%e3%80%8c%e3%82%ab%e3%83%a2/

  • 追悼・渡部恒三元衆議院副議長11月6日にお別れの会開催

     元衆議院副議長で通商産業大臣、厚生大臣、自治大臣などを務め、2020年8月23日に死去した渡部恒三(わたなべ・こうぞう)氏の「お別れの会」が2022年11月6日、会津若松市の会津若松ワシントンホテルで開かれた。コロナ禍のため延期になっていたもので、関係者をはじめ、政界・経済界から約350人が参列した。 同日には会津若松市城東町の自宅に「渡部恒三記念館」が開館した。館内には大臣就任時に受け取った任命書や叙勲などゆかりの品が展示されている。入場無料。開館は水、土、日曜日の10時から16時。 当日の様子と併せて、約30年前の誌面に載せた恒三氏の写真を再掲する。 在りし日の恒三氏(1992年10月撮影) 会津若松市で行われた「お別れの会」の様子 議員宿舎で晩酌する恒三氏(1992年10月撮影) 記念館前に建てられたブロンズ像 恒三氏を支えていた秘書たち。中央は佐藤雄平元知事。 会津若松市の自宅で家族と食事をとる(1992年10月撮影) 記念館に展示されている恒三氏ゆかりの品 恒三氏の長男・恒雄氏 「お別れの会」であいさつする佐藤雄平元知事

  • 石川町長選で落選西牧氏の悪あがき

     2022年8月28日投開票の石川町長選で落選した元職の西牧立博氏(76)が同10月19日、町選管に異議申し出を提出した。無効票に有効票が紛れている可能性や、開票立会人が票の点検を怠ったとして、投票用紙の再点検を求めたもの。町長選では8647人が投票し、有効票8310票、無効票337票。現職の塩田金次郎氏(74)が西牧氏に716票差で再選を果たした。  町選管が再点検を実施したところ、塩田氏の票が3票減って4510票となったが、西牧氏の3797票は変わらず、2022年10月27日に異議申し出が棄却された。正直〝悪あがき〟感は否めず、町民から呆れる声も聞かれる。ただ当の本人は、二度の事件で逮捕されながら、再び町長選に立候補する性格なので、全く気にしていないのかもしれない。  一方でそんな西牧氏に700票差まで迫られたということは、途中で断念した病院誘致をはじめ、塩田氏に不満がある人が少なくないということ。そのことを意識して町政運営を進める必要があろう。

  • 来春に迫った北塩原村議選2つの注目ポイント

     北塩原村議会議員の任期は2023年4月29日までで、同月中に選挙が行われる予定となっている。  いまの議員は「村として初めての無投票」(ある関係者)によって選ばれ、村民からは事あるごとに「無投票は良くない」といった声が聞かれていた。  そのため、1つポイントになるのは「2回連続の無投票は阻止しなければならない」といった動きだ。  「現職議員の中には、無投票なら出る、選挙になるなら出ない、といった考えの人もいるようです。正直、そういった発想は村民(有権者)を愚弄しているとしか思えない。そんな人がタダで議員になるのを防ぐ意味でも、何とか無投票は避けてほしい」(ある村民)  もう1つは、遠藤和夫村長に近い議員は伊藤敏英議員くらいで、遠藤村長が自派議員擁立に動くか、ということ。  本誌8月号に「北塩原村長辞職勧告決議の背景」という記事を掲載した。同村6月議会で、遠藤村長の辞職勧告決議案が提出され、賛成5、反対2、退席2の賛成多数で可決された。背景にあるのは、介護保険の高額介護サービス費の支給先に誤りがあったこと、支給事務手続きが遅延したことで、その責任を問われた際、遠藤村長からは「自分の責任ではない」旨の発言があった。そのため、議員から「村長の説明は自分に責任がないようなものになっている。この先、事務執行するに当たって誰が責任を取るのか、明確にしておかなければならい」として、村長の責任を追及する動議が出された。その後、辞職勧告決議案が提出されたという流れだ。  その際、遠藤村長は「重く受け止める」とのコメントを残したが、辞職は否定した。同決議に法的拘束力はない。 遠藤和夫村長  そのほか、同議会ではそれに付随するような形で、一般会計補正予算案も賛成3、反対6の賛成少数で否決された。  こうした例があったため、遠藤村長は自派議員擁立に動くのではないか、とみられている。  もっとも、前述したように、明確に遠藤村長派と言える議員は伊藤議員1人だけだが、この間、前段で紹介した辞職勧告決議、一般会計補正予算案の否決のほかに、議案を否決されたのは1、2回あった程度で、表向きは議会対策にものすごく苦心している、というわけではない。  ちなみに、遠藤村長は2020年8月の村長選で初当選し、現在1期目。遠藤村長の妹が菅家一郎衆院議員の妻で、2人は義理の兄弟に当たる。1期目の折り返しを過ぎ、より自分の「カラー」を打ち出すためにも、遠藤村長は自派議員を増やしたいと考えているようだ。  同村は、北山、大塩、檜原の旧3村(3地区)に分かれているが、「遠藤村長は各地区で候補者を立てたい意向のようです」(ある関係者)という。  もっとも、別の村民によると「早い段階で表立って動くと、潰されてしまうから、いまはまだ水面下での動きにとどまっているようです」とのこと。  遠藤村長派の議員の台頭はあるのか、2回連続の無投票を阻止できるのか、この2つが同村議選の注目ポイントになろう。

  • 渡辺義信県議会議長に「白河市長」待望論!?

     白河市長4期目の鈴木和夫氏(73)が2023年7月28日に任期満了を迎える。市長選まで1年を切ったが、現職の動向を含め、まだ目立った動きは見えない。  鈴木氏は早稲田大卒。県商工労働部政策監、相双地方振興局長、県企業局長などを経て、2007年の市長選で初当選を果たした。  県職員時代の経験を生かし、財政再建や企業誘致、歴史まちづくり、中心市街地活性化を進めてきた行政手腕は高く評価されている。初当選時こそ次点の桜井和朋氏と約4000票差の約1万6000票だったが、2回目以降は2万票以上を獲得し、次点に1万票以上の差をつけ、当選を重ねてきた。  とはいえ、さすがに5選ともなると、「多選」のイメージが強くなり、弊害を懸念する声も出てくる。それを見越して、市内では〝後釜〟探しが水面下で進んでいるようだ。  市内の経済人によると、「『県議会議長の渡辺義信氏(59、4期、白河市・西白河郡、自民党)をぜひ次期市長に』という声が同県議の地元である旧東村で上がっている」という。 鈴木和夫氏(上)と渡辺義信氏  渡辺氏は日大東北高卒。自民党県連幹事長などを歴任し、2021年10月、県議会議長に就任した。白河青年会議所理事長、ひがし商工会副会長などを務めた経験から、応援する経済人も多いようだ。  2023年秋には県議の改選が控える。前回2019年の県議選での渡辺氏の得票数は1万0362票。現職・鈴木氏との一騎打ちとなれば勝ち目はなさそうだが、誰も成り手がいないのなら渡辺氏が適任ではないか――こうした〝待望論〟が支持者などから出てきているわけ。  もっとも、身内であるはずの自民党関係者は冷ややかな反応を示す。  「渡辺氏は国政選挙などがあっても真面目に応援してくれない。閣僚が応援演説に来た際も数人しか集められず、慌てて他地区から動員したことがあった。仮に市長選に出ても、(自民党支持者が)一丸となって応援する構図は考えづらい」  こうした声が出る背景には、白河市・西白河郡選挙から満山喜一氏(71、5期、自民党)も選出されており、市内の自民党支持者が二分されている事情もあるのだろう。  渡辺氏本人は周囲に「立候補はしない」と明言しているようだが、渡辺氏の動きを警戒する鈴木氏の後援会関係者からは「鈴木氏にもう1期頑張ってほしい」という声が上がっているようだ。鈴木氏本人も「多選批判」を意識しているだろうが、周囲から立候補を強く要請されれば状況が変わる可能性もある。  市内の選挙通は鈴木氏の立候補について、「市周辺の幹線道路を結ぶ『国道294号白河バイパス』が全線開通間近で、市役所隣接地には複合施設を整備する計画も進んでいる。筋道を立て、その完成を見届けてから引退したい思いが強いのではないか」と見立てを語る。  複合施設は鈴木氏が市長選の公約として掲げていた「旧市民会館跡地の活用」の一環として行われるもので、健康・子育て・防災・生きがいづくり・中央公民館などの機能を備える(本誌2021年6月号参照)。  現在基本設計に着手しているところで、2023年3月に策定し、2026(令和8)年度以降に工事完了予定だ。概算事業費は約35~45億円の見込み。前回市長選の公約に掲げるほど、事業にかける思いは強い。  一方で、同施設に関しては、資材高騰の影響から設計案の見直し(コンパクト化)が進められており、一部で先行きを心配する声も出ている。  そうした問題への対応も含め、鈴木氏の今後の動向が注目される。おそらく年明けに動きが本格化するのではないか。

  • 選挙を経て市政監視機能が復活した南相馬市議会

     任期満了に伴う南相馬市議選(定数22)は2022年11月20日に投開票され、現職19人、元職2人、新人1人が当選した(開票結果は別掲の通り)。  注目は本誌先月号で既報の通り、元市長の桜井勝延氏が立候補したことだった。市議を経て2010年から市長を2期務めたが、14、18年の市長選で現市長の門馬和夫氏に敗れた桜井氏。再び市議を目指すことに市民からは「どれくらい得票するのか」と注目が集まったが、結果は6061票と2位に4123票差をつける圧勝を飾った。  もっとも、当の桜井氏が意識したのは投票率だった。桜井氏は立候補の挨拶回りをする中で、市民が市議会に関心がないことを知り「市議会は市政のチェック機関だが、市議会に関心を持たないと市政に無関心な市民が増えてしまう」と危機感を露わにしていた。自分が立候補することで市民の関心を少しでも市議選に向けさせたいと選挙戦に臨んだが、結果は56・37%で前回(2018年)の55・91%から0・46㌽の上昇にとどまった。  これをどう受け止めるかだが、桜井氏は「思ったより伸びなかった」と評している。2014年の市議選の投票率は59・10%なので、低下に歯止めをかけたのは事実だが、桜井氏の立候補が市民の関心を向けさせるきっかけになったかというと、ゼロではないが起爆剤とはならなかったようだ。  とはいえ、有権者の投票行動には明らかな変化が見られた。  一つ目は、現職の当選者(19人)が全員、前回より得票数を減らしたことだ。少ない人で100票前後、多い人で1100票も減らした。  その分の全てが桜井氏に投じられたかというとそうではない。二つ目の変化は、桜井氏以外にもう1人、元職が当選したことだ。郡俊彦氏は旧鹿島町議も長く務めたベテランだが、2010年の市議選で落選し政界引退。ただ引退後も「わだい」という広報紙を発行し、門馬市政を厳しく批判していた。  実は、郡氏は現職時代、共産党議員として活動していたが、今回の市議選では公認申請せず無所属で立候補した。  「同市の共産党議員は今回6選を果たした渡部寛一氏と落選した栗村文夫氏だが、2人は門馬市政を支える与党のため、郡氏は『共産党として市政をチェックする役目を果たしていない』と不満だったのです。そこで、郡氏はあえて無所属で12年ぶりの市議選に挑み、1163票で返り咲いた。一方、渡部氏と栗村氏は前回より揃って600票以上減らした。2人の減らした分がそっくり郡氏に回ったことで、市内の共産党員が与党として活動する2人を評価していないことが明白になった」(選挙通)  そして三つ目の変化が、初当選した表信司氏の存在だ。表氏は市職員を退職して市議選に挑んだが、実際に門馬市長に仕えて「この市政はおかしい」と問題意識を持ったことが立候補の動機になった。  投票率の上昇はわずかだが、現職全員が得票数を減らす中、桜井氏、郡氏、表氏が当選したのは「今の市議会は門馬市政をチェックできていない」と市民が判断した証拠だ。改選後の市議会がどう変わっていくのか注目される。

  • 郡山の補選で露呈した県議への無関心

     郡山市の政界関係者の間で同市選挙区県議補選(欠員1)の投票結果に注目が集まっている。同補選には前市議の新人佐藤徹哉氏(自民党)と会社経営の新人髙橋翔氏(諸派)が立候補し、内堀雅雄知事が3選を果たした知事選と同じ10月30日に投開票された。  当6万5987 佐藤 徹哉54  1万9532 髙橋  翔34         投票率34・72% 当選した佐藤徹哉氏(上)と髙橋翔氏  表面的な数字だけ見れば、自民党公認で公明党の支援を受けた佐藤氏の大勝は不思議ではない。注目されるのは高橋氏の得票数だ。  「正直、1万9500票も取るとは思わなかった。旧統一教会の問題など岸田内閣に対する反発が自民党公認の佐藤氏には逆風になった」(ある自民党員)  髙橋氏がここまで得票できた要因を、ある保守系の郡山市議は 「髙橋氏はもともと知事選に出ると言っていたのに、告示日(10月13日)になって急きょ県議補選に方針転換した。メディアはその間、知事選の立候補予定者として髙橋氏の顔と名前をずっと報じたからね」  と〝恨み節〟を語っていたが、立候補表明した以上、メディアはその事実を報じざるを得ない。ちなみに本誌も、8月号に「知事選立候補を前提」とした髙橋氏のインタビュー記事を掲載している。  選挙後、髙橋氏に県議補選に変更した理由を尋ねると、次のように説明した。  「知事選は当初、複数の候補者が手を挙げていたが、告示日時点で三つ巴(内堀氏、草野芳明氏、髙橋氏)になった。しかし対現職で考えた時、新人2人が挑むのは現職批判票の分散を招き、私が一つの指針にしている『対立候補の得票率10%』を超えるのは難しい。そこで、私が県議補選に回ることでどちらも一騎打ちの構図とすれば、無投票阻止と得票率10%を同時に目指せると考えた。そもそも市議をそそくさと辞めた人を県議に無投票で当選させることは、一郡山市民として納得できなかった。もちろん、共産党が知事選に候補者を立てていなければ私は確実に出馬しており、県議補選には子育て世代の若手を擁立する予定だった」  そんな県議補選をめぐっては、投票率や無効票にも注目が集まった。  例えば、知事選の郡山市だけの投票率は37・44%、投票総数は9万8614票だったが、県議補選は34・72%、8万5519票で、県議補選の方が投票率は2・72㌽低く、投票総数も1万3095票少なかった。  これは告示日の違いが影響している。すなわち知事選は10月13日、県議補選は同20日だったが、近年は期日前投票が増えているため、先行した知事選は投票したものの県議補選は投票しなかった人が1万3000人超もいたということだ。県議補選への関心の低さがうかがえる。  無効票の数も特筆される。知事選5816票に対し県議補選6910票と、投票総数が知事選より8分の1も少ない県議補選の方が1100票余も多かった。県議補選の投票用紙に「内堀雅雄」と書かかれたケースが散見されたという話もあるが、郡山市選管によると「無効票にそれだけの差がついた理由はよく分からない」という。  地元ジャーナリストはこんな危機感を示す。  「有権者にとって県議はいかに遠い存在であるかが明白になった。当選した佐藤氏は、髙橋氏の急な方針転換で選挙戦となり少しは知名度アップを果たせたかもしれないが、知事選と同日選になったことで、県議への無関心さが露呈した形です」  投票率低下は全国的な傾向だが、2023年秋に控える県議選の本選で有権者の関心をどこまで集められるか。

  • 【第2弾】【田村市・贈収賄事件】積算ソフト会社の「カモ」にされた市と業者

      田村市で起きた一連の贈収賄事件。受託収賄・加重収賄の罪に問われている元職員は、市内の業者に公共工事に関する情報を漏らし、見返りに金品や接待を受けていた。本誌は先月号で、元職員が漏らした非公開の土木事業単価表が積算ソフト会社に流れたと見立てていたが、裁判では社名が明かされ仮説が裏付けられた。調べると、仙台市に本社があるこの会社は宮城県川崎町でも全く同じ手口で贈収賄事件を起こしていた。予定価格の漏洩が常態化していた田村市は、規範意識の低さを積算ソフト会社に付け込まれた形だ。  元職員への賄賂の経路は、贈った市内の土木建築会社ごとに「三和工業ルート」と「秀和建設ルート」に分かれる。本稿では執筆時点の11月下旬、福島地裁で裁判が進行中で、同30日に役員に判決が言い渡される予定の「三和工業ルート」について書く。  「三和工業ルート」は単価表をめぐる事件だった。公共工事の入札に当たり、事業者は資材単価を工事に合わせて積算し、入札金額を弾き出す。この積算根拠となるのが、県が作成し、一部を公表している単価表だ。実物をざっと見ると半分以上が非公表となっている。ただし都道府県が市町村に単価表を提供する際は、すべての単価が明示されている。  問題は、不完全な単価表しか見られない業者だ。これを基に他社より精度の高い積算をしなければ落札できない。そこで、事業者は専門の業者が作成する積算ソフトを使ってシミュレーションする。積算ソフト会社にとっては、精度を上げれば製品の信頼度が上がり、商品(積算ソフト)が売れるので、完全な情報が載っている非公表の単価表は「のどから手が出るほど欲しい情報」なのだ。  一方で、三和工業は堅実で業績も安定しており、自社の落札のために単価表入手という危ない橋を渡ることは考えにくい。こうした理由から、本誌は先月号で、積算ソフト会社が三和工業役員に報酬をちらつかせて単価表データの入手を働きかけ、役員が元市職員からデータを漏洩させたと見立てた。果たして裁判で明らかとなった真相は、見立て通り、積算ソフト会社社員の「依頼」が発端だった。  11月9日の「三和工業ルート」初公判では、元市職員の武田護被告(47)=郡山市=と同社役員の武田和樹被告(48)=同=が出廷した。2人は旧大越町出身で中学時代の同級生。和樹被告は大学卒業後、民間企業に勤めたが、父親が経営する同社を継ぐため2014年に入社した。  次第に積算業務を任されるようになったが、専門外なので分からない。そこで、相談するようになったのが護被告、そして取引先の積算ソフトウェア会社「コンピュータシステム研究所」の社員Sだった。  公判で言及されたこの会社をあらためて調べると、仙台市青葉区に本社を置く「株式会社コンピュータシステム研究所」とみられることが分かった。法人登記簿や民間信用調査会社によると、1986(昭和61)年設立。資本金2億2625万円で、コンピュータソフトウェアの企画、開発、受託、販売及び保守、システム利用による土木・建築の設計などを行っている。建設業者向けのパッケージソフトの開発が主力だ。   代表取締役は長尾良幸氏(東京都渋谷区)。同研究所ホームページによると、東京にも本社を置き全国展開。東北では青森市、盛岡市、仙台市に拠点がある。「さらなる積算効率の向上と精度を追求した土木積算システムの決定版」と自社製品を紹介している。  実は、田村市の事件は氷山の一角の可能性がある。同研究所は他の自治体でも単価表データの入手に動いていたからだ。  2021年6月30日、宮城県川崎町発注の工事に関連して謝礼の授受があったとして、同町建設水道課の男性職員(49)、町内の建設業「丹野土木」男性役員(50)、そして同研究所の男性社員(45)が宮城県警に逮捕された(河北新報7月1日付より、年齢役職は当時。紙面では実名)。町職員と丹野土木役員は親戚だった。  同年12月28日付の同紙によると、3人は受託収賄や贈賄の罪で起訴され、同27日に仙台地裁から有罪判決を受けている。町職員は懲役1年6月、執行猶予3年、追徴金1万2000円(求刑懲役1年6月、追徴金1万2000円)。丹野土木元役員と同研究所社員にはそれぞれ懲役10月、執行猶予3年(求刑懲役10月)が言い渡された。  判決によると、2020年11月24日ごろから21年4月27日ごろまでの6カ月間、町職員は公共工事の設計や積算に使う単価表の情報を提供した謝礼として元役員から役場庁舎などで6回にわたり商品券計12万円分を受け取った。贈賄側2人は共謀して町職員に情報提供を依頼して商品券を贈ったと認定された。1回当たり2万円払っていた計算になる。  田村市の事件では、三和工業役員の和樹被告が、2020年2月ごろから21年5月ごろまで、ほぼ毎月のペースで元市職員の護被告から単価表データを受け取ると、同研究所のSに渡した。Sは見返りに会社の交際費として2万円を計上し、和樹被告に14回にわたり計28万円払っていた。和樹被告は、毎回2万円を護被告と折半していた。田村市の事件では、折半した金の動きだけが立件されている。川崎町の事件と違い、和樹被告とSの共謀を立証するのが困難だったからだろう。それ以外は手口、1回当たりに払った謝礼も全く同じだ。  共謀の立証が難しいのは、和樹被告の証言を聞くと分かる。2019年12月、Sは「上司からの指示」としたうえで「単価表を入手できなくて困っている」と和樹被告に伝えた。積算業務の素人だった自分に普段から助言してくれたSに恩義を感じていたという和樹被告は「手伝えることがある。市役所に同級生がいるから聞いてみる」と答えた。翌20年1月、和樹被告は護被告に頼み、「田村市から出たのは内緒な」と注意を受けて単価表データが入ったCD―Rを受け取り、それをSに渡した。Sからもらった2万円の謝礼を「オレ、なんもやっていないから」と護被告に言い、折半したのも和樹被告の判断だという。   一連の単価表データ入手は、川崎町の事件で同研究所の別の社員が2021年6月に逮捕され、同研究所が「コンプライアンス強化」を打ち出すまで続いた。逮捕者が出て、ようやく事の重大性を認識したということか。  田村市で同様の手口を繰り返していた護被告は、川崎町の事件を知り自身に司直の手が伸びると恐れたに違いない。捜査から逃れるためか、今年3月に市職員を退職。そして事件発覚に至る。  単価表データを入手する活動は、同研究所が社の方針として掲げていた可能性がある。裁判で検察は、SがCD―Rのデータを添付して上司に送ったメールを証拠として提出しているからだ。  本誌は、同研究所に①単価表データを得る活動は社としての方針か、②自社製品の積算ソフトに、不正に入手した単価表データを反映させたか、③事件化した自治体以外でも単価表データを得る活動を行っていたか、など計8項目にわたり文書で質問したが、締め切りの11月25日を過ぎても回答はなかった。  川崎町の事件から類推するしかない。河北新報2021年12月5日付によると、有罪となった同研究所社員は《「予想した単価と実際の数値にずれがあり、クレーム対応に苦慮していた。これ(単価表)があれば正確なデータが作れる」と証言。民間向け積算ソフトで全国トップクラスの社の幹部だった被告にとって、他市町村の発注工事の価格積算にも使える単価表の情報は垂ぜんの的だった》という。積算ソフトにデータを反映させていたことになる。  一方、田村市内のある建設会社役員は「積算ソフトの精度は向上し、製品による大きな差は感じない。逮捕・有罪に至る危険を冒してまで単価表データを入手する必要があるとは思えない。事件に関わった同研究所の社員たちは『自分は内部情報をここまで取れるんだぞ』と営業能力を示し、社内での評価を高めたかっただけではないか」と推測する。  事件は、全国展開する積算ソフト会社が、地縁関係が強い地方自治体の職員と地元建設業者をそそのかしたとも受け取れるが、だからと言って田村市は「被害者面」することはできない。公判で護被告と和樹被告は「入札予定価格を懇意の業者に教えることが田村市では常態化していた」と驚きのモラル崩壊を証言しているからだ。  全国で熾烈な競争を繰り広げる積算ソフト会社が、ぬるま湯に浸かっていた自治体に狙いを定め、情報を抜き取るのはたやすかったろう。川崎町や田村市以外にも「カモ」と目され、狙われた自治体があったと考えるのが自然ではないか。同市の事件が氷山の一角と推察される所以である。 【田村市・贈収賄事件】第1弾の記事は下記です。 https://www.seikeitohoku.com/tamura-city-bribery-case/

  • 【田村市】新病院施工者を独断で覆した白石市長

    〝本田派議員〟が疑惑追及の百条委設置    田村市が建設を計画している新病院の施工予定者が〝鶴の一声〟で変更された。市幹部などでつくる選定委員会は、公募型プロポーザルに参加した3社の中から鹿島建設を最優秀提案者に選んだが、白石高司市長の指示で次点者の安藤ハザマに覆ったのである。 「新病院の施工予定者が白石市長の指示で変更されたらしい」 そんなウワサを田村市内の自民党関係者から聞いたのは、2022年7月に行われた参院選の前だった。  新病院とは、田村地方の医療を支えるたむら市民病院(病床数32)の後継施設を指す。公には6月30日に市のホームページで「新病院の施工予定者選定に係る公募型プロポーザルの最優秀提案者に安藤ハザマ、次点者は鹿島建設」と発表され、7月4日付の福島建設工業新聞にも「新病院の施工予定者に安藤ハザマ」という記事が掲載された。 造成工事を終えた新病院予定地  ところが実際の審査では、最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマが選ばれていたというのだ。  「2022年6月、市幹部などでつくる選定委員会が白石市長に『審査の結果、鹿島に決まった』と報告した。しかし白石市長が納得せず、次点の安藤ハザマに変更するよう指示したというのです。選定委員会は『何のために審査したか分からない』と不満に思ったが、上から言われれば従うしかない」(市内の自民党関係者)  一度聞いただけではまさかとしか思えない話。だが、それはウワサでもまさかでもなく、事実だった。  市長の指示で施工予定者が突然覆される――そんなかつての〝天の声〟を彷彿とさせる出来事はなぜ起きたのか。  たむら市民病院は、同市船引町の国道288号沿いで診療を行っている。もともとは医療法人社団真仁会が大方病院という名称で運営していたが、院長が急死したため2019年7月に市が事業継承、公的医療機関として生まれ変わった。診療科目は内科、人工透析内科、外科など10科。運営は指定管理者制度で公益財団法人星総合病院(郡山市)に委託している。  市立病院の設置は、2005年に旧5町村が合併した田村市にとって悲願だった。しかし、事業継承した時点で建物の老朽化、必要な病床数の確保、救急受け入れなどの課題を抱えていた。そこで市は2020年3月に新病院建設基本計画を策定、現在地から北東1・3㌔の場所(船引町船引字屋頭清水地内)に新病院を建設する方針を打ち出した。  2020~21年度にかけて予定地の造成を行い、その後は22年度着工、24年度開院というスケジュールが組まれたが、21年4月の市長選で状況が変化した。当時現職の本田仁一氏を破り初当選した白石高司市長が、公約に本田市政のもとで始まった公共工事の見直し(事業検証)を掲げたことから、新病院建設も一時中断を余儀なくされたのである。  その後、関係部局の職員たちが4カ月にわたり事業検証を行い、最終的に「新病院は市民にとって必要」と判断されたため、計画は予定より1年遅れて再始動した。2022年3月には建設基本設計概要書が公表され、新病院の具体像が示された。  問題の公募型プロポーザルはこの後に行われるが、ここからは、本誌が情報開示請求で市から入手した公文書に基づいて書いていく。  新病院の概要は病床50床、鉄筋コンクリート造地上4階建て、建築面積2790平方㍍、延べ面積6420平方㍍。このほか厨房施設と付属棟、250台分の駐車場を整備し、工期は2023年7月から25年1月。想定事業費は36億円程度となっている。  市は建設コスト縮減と工期短縮を図るため、施工者が設計段階から技術協力を行うECI方式の採用を決定。4月19日にプロポーザルの公告を行い、清水建設、鹿島、安藤ハザマから参加申し込みがあった。同28日には一次審査が行われ、3社とも通過した。  続く二次審査は6月25日に行われ、各社のプレゼンテーションと選定委員会によるヒアリング、さらには各委員による採点で最優秀提案者と次点者が選定された。 最高評価を受けていた鹿島  まずは評価が一目で分かる採点から見ていく。別表は選定委員7人による評価シートの合計だ。  選定委員会は、委員長を石井孝道氏(市総務部長)が務め、委員には渡辺春信氏(市保健福祉部長)、佐藤健志氏(市建設部長)のほか4人が就いた。市は部長以外の名前を公表していないが、そのうちの3人は南相馬市立総合病院の及川友好院長、たむら市民病院の指定管理者である星総合病院の担当者、日大工学部教授だったことが判明している。残り1人は不明。  その7人による採点の合計を見ると(各自の採点結果は開示された公文書が黒塗りで不明)、A社は505点、B社は480点、C社は405点となっている(満点は700点)。アルファベット表記になっているが、公文書を読み進めるとA社は鹿島、B社は安藤ハザマ、C社は清水建設であることが分かり「評価シートに基づく順位は委員間で異なった」と書かれている。  では、各委員の評価ポイントはどうだったのか。公文書には当時の発言順に次のように記されていた。  「A社は丁寧な技術提案や書類のつくり込みで好感が持てた。ヒアリングでのやり取りからもネガティブな要素は感じられず、安心して任せられると感じた。C社にはA社と全く逆の印象を持った。書類のつくり込みが粗いばかりか、ヒアリングでも発注者・審査員に対し礼を失する発言が多く、誠実さが感じられなかった。B社は様々な提案を盛り込んでいるが、果たしてそれがうまく収まるのか不安を感じた。工期に余裕がない点もネガティブ要素だった」(黒塗りで発言者不明)  「地域貢献に関して、書類上の金額と現実性が乖離している提案が目立った。特にB社の発注予定額は経験的に実現不可能と受け止めている。技術力に関しては提案者ごとにかなり差があると感じた。順位付けをするならA社<B社<C社の順だが、メンテナンス体制も含めるとA社の有意性がより際立つと感じた」(同)  「技術面では3社とも特に問題ないだろうと感じた。その中でも、A社は一番丁寧に提案書がつくられていた。地域貢献に関しては、その是非や実現性を判断するための情報が不足している」(佐藤委員)  「技術的な優劣は判断できない。市の姿勢として地域貢献を前面に出していただく必要がある」(渡辺委員)  「ここまでの委員の発言に同意。地域貢献に関しては、B社提案はリップサービスが過ぎたように感じる」(黒塗りで発言者不明)  「技術的な優劣は判断できないが、A社の提案は書類・説明ともに好印象だった。しっかりとした病院を確実に建てることが第一で、地域貢献はその次に考えること。地域貢献の配点が大きいため、個人的な評価と点数が一致していない。B社が提示した五つの課題は市の感覚とずれているように感じた」(石井委員長)  総体的に、A社(鹿島)の評価が高く、C社(清水建設)は厳しい意見が多く聞かれた。B社(安藤ハザマ)の提案も各委員が半信半疑に捉えている様子がうかがえる。  ただ、採点結果と評価ポイントのすり合わせを行っても順位の一致に至らなかったため、規程に基づき多数決を行った結果、A社4人、B社1人、C社0人となり、最優秀提案者に鹿島、次点者に安藤ハザマが選定された。  この結果を選定委員会事務局が白石市長に報告し、決裁後、速やかに各社に通知、市のホームページでも公表する手筈だったが、公文書(6月30日付の発議書)には次のような驚きの記述があった。  《6月28日及び同30日に実施した市長報告において、市長から本件プロポーザルにおいては地域貢献と見積額が重要な判断基準であるため、当該提案において最も有利な条件を提示している㈱安藤・間東北支店が次点者という審査結果は妥当性を欠くため、該社を最優秀提案者として決定するよう指示がありました》  白石市長から安藤ハザマに変更するよう指示があったと明記されていたのだ。  最終的にこの変更は6月30日に了承され、安藤ハザマには《厳正に審査した結果、御社の提案が最も評価が高く、本事業の最優秀提案者として選定されましたので通知いたします》、鹿島には《御社の提案が2番目に評価が高く、本事業の次点者として選定されました》という通知が白石市長名で送られた。市のホームページでも同日中に公表された。「厳正に審査」が白々しく聞こえるのは本誌だけだろうか。 百条委設置の経緯  前述した建設工業新聞の記事はこの直後に書かれたが、当時は最優秀提案者が覆された事実は公になっていなかった。ただ市議会では、安藤ハザマを最優秀提案者に選定したことに「別の視点」から疑問の声が上がっていた。  「6月に市役所ホールの吹き抜けの窓から雨漏りしている個所が見つかったが、市役所を施工したのが安藤ハザマと地元業者によるJVだったため、議員から『そんな業者に新病院建設を任せて大丈夫か』という懸念が出たのです」(市内の事情通)  市役所は2014年12月に竣工したが、事情通によると落札金額は安く抑えられたものの、その後、追加工事が相次ぎ、結局、事業費が膨らんだ苦い経験があるため、  「議員の間には『今回も安藤ハザマは同様の手口で事業費を増やしていくのではないか』という疑いが根強くある」(同)  これ以外にも、安藤ハザマは「過去に指名停止を受けている」「市に除染費用を水増し請求した」などの不信感が持たれている。ただ同様のトラブルは、鹿島や清水建設など他のゼネコンでも見られるので、安藤ハザマだけを殊更問題視するのはバランスを欠く。  「そうこうしているうちに『最優秀提案者は、本当は鹿島だったらしい』という話が議員にも伝わり、9月定例会で選定経過に関する質問が行われたが、白石市長は『地域貢献度も含め適正に審査した』と曖昧な答弁に終始したため、過半数の議員が反発する事態となった」(同)  ウワサは次第に尾鰭をまとい「〇〇社が白石市長に頼んで安藤ハザマに変わったらしい」「実際の工事は白石市長と同級生の××社が請け負うようだ」「白石市長は安藤ハザマからいくらもらったんだ」等々、真偽不明の話まで囁かれるようになった。白石市長が明確な答弁を避けたことが「何か隠している」という印象を与えたわけ。  9月定例会が終わりに近付くころには、一部議員の間で「真相を究明するには地方自治法100条に基づく調査特別委員会(百条委員会)を設置するしかない」という話が持ち上がり、10月27日に開かれた臨時議会で議員発議による設置が正式決定された。  《市は安藤ハザマを最優秀提案者にした理由の説明を避けてきたため、一部議員が反発していた。白石市長は臨時議会開会前の議員全員協議会で鹿島が選定委員会で最も点数が高かったと認め、「積算工事費や地域貢献計画などを比較し、安藤ハザマにした」と説明したが、採決の結果、賛成9、反対8で百条委設置が決まった》(福島民報10月28日付)  田村市議会は定数18。採決に加わらなかった大橋幹一議長(4期)を除く賛成・反対の内訳は別掲の通りだが、賛成した9人のうち、半谷理孝議員を除く8人は2021年4月の市長選で白石市長に敗れた本田仁一氏を支援していた。  ちなみに百条委の委員も、賛成した9人から大和田議員を除いた8人全員が就き、反対した8人からは誰も就かなかった。そのため「市長選の私怨が絡んだ面々で正しい調査ができるのか」と言われているが、委員に就いた議員からは「反対した議員には『調査の公平・公正を担保するため、そちら(反対)の議員も百条委に加わるべきだ』と申し入れたが断わられた」という不満が漏れている。  反対した8人は白石市長と距離が近いが、話を聞くと「百条委設置に反対したのに委員に就くのは筋が通らないと思った」と言う。しかし筆者は、本気で真相を究明するなら設置の賛否にこだわらず、議会全体で疑惑の有無を探るべきと考える。そうでなければ、せっかくつくった百条委が「反白石派の腹いせに利用されている」とねじ曲がった見方をされかねないからだ。  市保健福祉部の担当者はこう話す。  「百条委が設置されたことは承知しているが、具体的な動きがない限り市側はアクションを起こせないので、今後どうなるかは全く想像がつかない」  最後に、白石市長が安藤ハザマに変更した際に重視したとされる工事費や地域貢献度については市から入手した公文書にこんな記述がある。  例えば安藤ハザマは▽直接工事費の60%相当・工事費18億円以上を市内業者に発注、▽事務用品その他も4000万円以上を市内企業から購入、▽市内における関係者個人消費は3000万円以上。さらに概算工事費は45億8700万円と提示している。  一方、鹿島については市内業者への発注額、市内企業からの建設資機材購入額、概算工事費とも黒塗りされ詳細は不明だが、白石市長に次点者に追いやられたということは、いずれの金額も安藤ハザマより劣っていたことが推察される。 開院遅れで市民に不利益  だが、プロポーザルへの参加者を公募した際の公文書(4月19日付)にはこのように書かれている。  《選定委員会において技術提案及びプレゼンテーション等を総合的に審査し、最も評価の高い提案者を最優秀提案者に選定する》  選定委員会が最も高く評価した提案者を、市長の〝鶴の一声〟で変更していいとは書かれていない。白石市長は「工事費や地元貢献度の観点から安藤ハザマの方が優れており、やましい理由で変更したわけではない」と言いたいのだろうが、ルールに無い変更を独断で行った結果、疑惑を招き、市政を混乱させたことは事実であり、真摯に反省しなければならない。  何より新病院建設は前述した事業見直しで一時中断しており、今回の百条委でさらに遅れる可能性が出ている。高齢者や持病のある人にとって新病院は待望の施設なのに、開院がどんどん後ろ倒しになるのは不利益以外の何ものでもない。白石市長はたとえやましいことが無かったとしても、安藤ハザマに変更した理由を明確に示さない限り、市議会(百条委)は納得しないし、市民からも理解を得られないだろう。  白石市長は百条委設置を受け「プロポーザルに参加した業者の技術に差はなく、市民の利益を十分検討し最終決定した。調査には真摯に対応したい」とコメントしたが、今後の百条委で何を語るのか、それを聞いて百条委がどのように判断するのか注目される。

  • 除染バブルの後遺症に悩む郡山建設業界除染バブルの後遺症

    災害対応に無関心な業者に老舗から恨み節 災害時に地域のインフラを支えるのが建設業だ。災害が発生すると、建設関連団体は行政と交わした防災協定に基づき緊急点検や応急復旧などに当たるが、実務を担うのは各団体の会員業者だ。しかし、近年は団体に加入しない業者が増え、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は減り続けている。会員業者が増えないのは「団体加入のメリットがないから」という指摘が一般的だが、意外にも行政の姿勢を問う声も聞かれる。郡山市の建設業界事情を追った。 地域のインフラを支える建設業  「今、郡山の建設業界は真面目にやっている業者ほど損している。正直、私も馬鹿らしくなる時がある」  こう嘆くのは、郡山市内の老舗建設会社の役員だ。  2011年3月に発生した東日本大震災。かつて経験したことのない揺れに見舞われた被災地では道路、トンネル、橋、上下水道などのインフラが損壊し、住民は大きな不便を来した。ただ、不便は想像していたほど長期化しなかった。発災後、各地の建設業者がすぐに被災現場に駆け付け、応急措置を施したからだ。  震災から11年8カ月経ち、復興のスピードが遅いという声もあるが、当時の適切な対応がなかったら復興はさらに遅れていたかもしれない。業者の果たした役割は、それだけ大きかったことになる。  震災後も台風、大雨、大雪などの自然災害が頻発している。その規模は地球温暖化の影響もあって以前より大きくなっており、被害も拡大・複雑化する傾向にある。  必然的に業者の出動頻度も年々高まっている。以前から「地域のインフラを支えるのが建設業の役割」と言われてきたが、大規模災害の増加を受け、その役割はますます重要になっている。  前出・役員も何か起きれば平日休日、昼夜を問わず、すぐに現場に駆け付ける。  「理屈ではなく、もはや習性なんでしょうね」(同)  と笑うが、安心・安全な暮らしが守られている背景にはこうした業者の活躍があることを、私たちはあらためて認識しなければならない。  そんな役員が「真面目にやるのが馬鹿らしくなる」こととは何を指すのか。  「災害対応に当たるのは主に建設関連団体に加入する業者です。各団体は市と防災協定を結び、災害が発生したら会員業者が被災現場に出て緊急点検や応急復旧などを行います。しかし近年は、どの団体も会員数が減っており、災害は頻発しているのに〝地域の守り手〟は少なくなっているのです」(同)  2022年9月現在、郡山市は136団体と災害関連の連携協定を交わしているが、「災害時における応援対策業務の支援に関する協定書」を締結しているのはこおりやま建設協会、県建設業協会郡山支部、県造園建設業協会郡山支部、ダンプカー協会、郡山建設業者同友会、市交通安全施設整備協会、郡山電設業者協議会、県中通信情報設備協同組合、市管工事協同組合、郡山鳶土工建設業組合、県南電気工事協同組合など十数団体に上る。  いくつかの団体に昔と今の会員数を問い合わせたが、増えているところはなく、団体によってはピーク時の6割程度にまで減っていた。  「業者の皆さんに広く加入を呼びかけているが、増える気配はないですね」(ある組合の女性事務員)  会費は月額1万円程度なので、負担にはならない。しかし、  「経営者が2代目、3代目に代わるタイミングで会員を辞める会社が結構あります。時代の流れもあるでしょうし、若い経営者の価値観が昔と変わっていることも影響していると思います」(同)  それでも、会員になるメリットがあれば、経営者が代わっても引き続き団体に加入するのだろうが、  「加入を呼びかける立場の私が言うのも何ですが、明確なメリットと聞かれたら答えられない」(同)  昔は今より同業者同士のつながりが大切にされ、先輩―後輩のつながりで業界のしきたりを習ったり、仕事の紹介を受けたり、技術を学び合うなど団体加入には一定のメリットがあった。  今はどうか。別の団体の幹部に加入の具体的なメリットを尋ねると  「対外的な信用が得られます。組合は『社内にこういう技術者がいなければならない』など、入るのに一定の条件が必要。つまり組合に入っていれば、それだけで技術力が伴っている証拠になる」  正直、そこに魅力を感じて団体に加入する業者はいないだろう。  「ウチみたいに昔から入っているところはともかく、新規会員を増やしたいなら加入のメリットがないと厳しいでしょうね」(前出・老舗建設会社の役員)  会員数の減少は、そのまま〝地域の守り手〟の減少に直結する。それはいざ災害が発生した時、緊急点検や応急復旧などに当たってくれる業者が限られることを意味する。  それでなくても郡山は、新規会員が増えにくい状況にある。理由は、震災後に増えた「新参者」の存在だ。別の建設会社の社長が解説してくれた。  「新参者とは震災後、除染を目的に県外からやって来た人たちです。建設業界はそれまで深刻な不況で、公共工事の予算は年々減っていた。そこに原発事故が起こり、除染という新しい仕事が出現。『福島に行けば仕事がある』と、全国から業者が押し寄せたのです」  除染事業に従事するには「土木一式工事」や「とび・土工・コンクリート工事」の建設業許可が必要になる。許可を得て、資機材を揃えて大手ゼネコンの4次、5次下請けに入る小規模の会社はあっと言う間に増えていった。  「新参者が増えるのは行政にとってもありがたかった。住民が『早く除染してほしい』と求める中、業者の数がいないと予定通り除染は進まないわけですからね」(同) 尻拭いを押し付ける市 しかし、同じ仕事が永遠に存在するはずもなく、市内の除染が一通り終わると新参者の出番も減った。  この社長によると、新参者はその後、①経営に行き詰まって倒産、②浜通りなど除染事業が続いている地域に移動、③一般の土木工事に衣替え――の三つに分かれたという。  「一般の土木工事に衣替えした業者は、正確な数は分からないが結構います。私のように昔から郡山で仕事をやっていれば、社名を聞くだけでそこが新参者かどうか分かる。傾向としては、カタカナやアルファベットなど横文字の社名は該当することが多い」(同)  郡山市の「令和3・4年度指名競争入札参加有資格業者名簿」(2022年4月1日現在)を見ると、土木一式工事の許可業者は103、とび・土工・コンクリート工事の許可業者は225ある(いずれも市内に本社がある業者のみをカウント)。二つを見比べると、土木一式工事の許可業者はとび・土工・コンクリート工事の許可も併せて得ている。そこで後者の業者名を確認していくと、新参者に該当するのではないかと思われる業者は40社前後、全体の2割近くを占めていた。  除染事業がなくなっても、新たな仕事を求め、生き残りを図ろうとする姿はたくましい。建設業許可を得て一般の土木工事に従事するのだから法令違反でもない。社長も「そこを否定するつもりはない」と話す。ただ「新参者は暗黙のルールを守らないため業界全体が歪みつつある」というのだ。  「新参者は地域性を考えない。例えば、A社が本社を置く〇〇地域で道路工事が発注されたら、一帯の道路事情を知るのはA社なので、入札では自然とA社に任せようという雰囲気になる。これは談合で決めているわけではなく、不可侵というか暗黙のルールでそうなるのです。だから、A社は隣の××地域や遠く離れた△△地域の道路工事は取りにいかない。しかし、新参者は『競争入札なんだから地域性は関係ない』と落札してしまうわけです」(同)  新参者から言わせれば「暗黙のルールに基づく調整こそ談合みたいなもの」となるのだろう。ただ、〇〇地域の住民からすれば、見たことも聞いたこともない業者より、馴染みのあるA社に工事をやってもらった方が安心なのは間違いない。  「A社がある道路工事を仕上げ、そこから先の道路工事が新たに発注された時、継続性で言ったらA社が受注した方が工事はスムーズに進む可能性が高い。しかし、新参者はそういう配慮もなく、お構いなしに落札してしまう」(同)  しかしこれも、新参者から言わせると「落札して何が悪い」となるのだろうが、社長が解せないのは、その後の尻拭いを市から依頼されることにある。  「もともと除染からスタートした業者なので、土木工事の許可を持っていると言っても技術力が備わっていない。そのせいで、工事終了後に施工不良個所が見つかるケースが少なくないのです。解せないのは、市がその修繕を当該業者にやらせるのではなく、再発注も面倒なので、現場に近い地元業者にこっそり頼むことです。市には世話になっているので頼まれれば手伝うが、地域性や継続性を無視して落札した新参者の尻拭いを、私たちに押し付けるのは納得がいかない」  実は、そんな新参者の多くは建設関連団体に加入していないのだ。再び前出・老舗建設会社の役員の話。  「新参者は建設関連団体に入っていないから、災害が起きても被災現場に駆け付けない。でも、入札では災害対応に当たる私たちと同列で競争し、仕事を取っている。不正をしているわけでなく、正当な競争の結果と言われればそれまでだが、地域に貢献している自負がある私たちからすると釈然としない」 「災害対応に正当な評価を」  会員業者は日曜夜に被災現場に出動しても、防災協定に基づくボランティアのため、月曜朝からは通常業務を行わなければならない。一方、建設関連団体に加入していない業者は被災現場に出動することなく休日を過ごし、月曜から淡々と通常業務に当たる。だからと言って、未加入の業者にペナルティーが科されることはなく、被災現場に出動した業者に特別なインセンティブがあるわけでもない。  これでは、会員業者が「真面目にやるのが馬鹿らしい」と愚痴を漏らすのは当然で、わざわざ建設関連団体に加入する新規業者も現れない。  「市がズルいのは、入札は公平・公正を理由にどの業者も分け隔てなく競争させ、災害や施工不良など困ったことが起きた時は建設関連団体を頼ることだ。真面目にやっている私たちからすると、市に都合よく使われている感は否めない」(同)  これでは、新規会員はますます増えない。そこでこの役員が提案するのが、市が建設関連団体加入のメリットを創出することだ。  「会員業者は指名競争入札で指名されやすいといったインセンティブがあれば、災害対応に当たる私たちも少しはやりがいが出るし、今まで災害対応に無関心だった新参者も建設関連団体に入ろうという気持ちになるのではないか」(同)  郡山市では1000万円以上の工事は制限付一般競争入札、1000万円未満の工事は指名競争入札を導入しているが、2021年度の入札結果を見ると、落札額の合計は制限付一般競争入札が約99億8000万円、指名競争入札が約25億7200万円に対し、発注件数は前者が約150件、後者が約640件と指名競争入札の方が4倍以上多い。役員によると、会社の規模が小さい新参者は指名競争入札に参加する割合が高いという。  同市の指名競争入札に参加するには2年ごとに市の審査を受け、入札参加有資格業者になる必要がある。その手引きを見ると、市内に本社を置く業者が提出する書類に「災害協定の締結」「除雪委託契約の締結」の有無に関する記載欄があるが、市がそれをどれくらい重視しているかは分からない。  前述した建設関連団体のいくつかに問い合わせた際、  「災害協定を結んでいるかどうかは、市が審査をする上で少しは加点要素になっていると思う」(前出・女性事務員)  「実際に被災現場に駆け付けている点は(指名の際に)加味してほしいと市に申し入れている。そこを市がもっと評価してくれれば新規会員も増えると思うんですが」(前出・別の組合幹部)  と語っていたが、市が日頃の災害対応を正当に評価しているかというと、建設関連団体にはそう感じられないのだろう。  「会員業者が増えないと災害対応が機能しない。それによって困るのは市民です。そこで、安心・安全な暮らしを維持するため、災害協定と除雪委託契約の締結を指名競争入札に参加するための重要要件にしてはどうか。そうすれば、建設関連団体に無関心の新参者も加入を検討するし、新規会員が増えれば災害が起きた時、市民も助かります」(同) 指名競争を増やす県の狙い  県では佐藤栄佐久元知事時代に起きた談合事件を受け、2006年12月に入札等制度改革に係る基本方針を決定。指名競争入札を廃止し、予定価格250万円を超える工事は条件付一般競争入札に切り替えた。しかし、過度な競争や少子高齢化で経営が悪化し、災害対応や除雪に携わる業者がいなくなれば地域の安心・安全確保に支障を来すとして〝地域の守り手〟である中小・零細業者を育成する観点から「地域の守り手育成型方式」という指名競争入札を2020年度から試行している。  農林水産部と土木部が発注する3000万円未満の工事を指名競争入札にしているが、入札参加資格の要件には「災害時の出動実績又は災害応援協定締結」と「除雪業務実績又は維持補修業務実績」が挙げられている。指名競争入札を増やすことで〝地域の守り手〟を支えていこうという県の狙いがうかがえる。  会津地方は郡山と比べて仕事量が少ないため、新しい会社が次々と誕生することもなく、昔から営業している会社が建設関連団体を形成し、地域のインフラを支える構図が成立している。業者数は少ないが、地域を守るという意識が業界全体で統一されている。  これに対し郡山は、業者数は多いが建設関連団体の会員業者は少ないため、業界全体で地域を守るという意識が希薄だ。もし入札制度を変えることで会員業者が増え、市民の安心・安全を確保できるなら、市は真剣に検討すべきではないか。  「入札の大前提にあるのは公平・公正だが、時代の変化と共に変えるべきものは変えなければならないことも承知しています。災害が年々増えている中、業者の協力がなければ市民の生命と財産は守れません。その災害対応については、市でも審査時に評価してきましたが、出動頻度が増えている今、それをどのように評価すべきかは今後の検討課題になると思います。県が試行している指名競争入札なども参考にしながら考えたい」(市契約検査課)  官が民に、建設関連団体への加入を〝強要〟するのは筋違いかもしれない。しかし現実に、災害の増加に反比例して〝地域の守り手〟は減少している。だったら、普段から災害対応に当たっている業者には、その労に報いるためインセンティブを与えるべきだし、それが魅力になって団体に加入する業者が増えれば、建設業界全体で地域を守るという意識が醸成され、災害に強いまちづくりが実現できるのではないか。

  • 【桑折町・国見町】合併しなかった市町村のいま

    財政指標は良化、独自の「創造性」はイマイチ  人口減少・少子高齢化など、社会・経済情勢が大きく変化する中、国は1999年から「地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤の確立」を目的に、全国的に市町村合併を推進してきた。いわゆる「平成の大合併」である。県内では90市町村から59市町村に再編された。本誌では2021年12月号から5回に分けて、合併自治体の検証を行った。一方で、県内では「平成の大合併」に参加しなかった自治体もある。それら自治体のいまに迫る。今回は桑折町・国見町編。  2006年1月1日、伊達郡の伊達、梁川、保原、霊山、月舘の5町が合併して伊達市が誕生した。当初、この合併議論には、桑折町と国見町も参加しており、「伊達7町合併協議会」として議論を進めていた。  ただ、2004年8月に桑折町の林王喜久男町長(当時)が合併協議会からの離脱を表明した。その背景にあったのは、合併後の事務所(市役所本庁舎)の位置。伊達7町合併協議会は事務所の位置に関する検討小委員会で、「新市の事務所は保原町とする」と決定した。それが同年8月11日のことで、それから約2週間後に開かれた桑折町議会合併対策特別委員会で、林王町長は合併協議会からの離脱を表明したのだ。  離脱の理由について、林王町長は①合併に対する基本的な考え方が満たされない、②行政圏域と生活圏域が一致しない、③町民への説明責任が果たせない――等々を明かしていた。とはいえ、当時、同合併協議会の関係者の間ではこんな見方がもっぱらだった。  「伊達地方は(阿武隈川を境に)川東地区と川西地区に分かれ、前者の中心が保原町、後者の中心が桑折町。合併協議が進められる過程で、両町による合併後の主導権争いがあった中、新市の事務所の位置が保原町に決まった。それに納得できない桑折町は『だったら、参加しない』ということになった」  桑折町は旧伊達郡役所が置かれ、「伊達郡の中心は桑折町」といった矜持があった。にもかかわらず、合併後の事務所は保原町に置かれることになったため、離脱を決めたというのだ。  同年9月に正式に離脱が決まり、以降は「伊達6町合併協議会」と名称を変更して、議論を進めることになった。  ところがその後、同年11月に行われた国見町長選で、「合併を白紙に戻す」と訴えた佐藤力氏が当選した。当時、現職だった冨永武夫氏は、県町村会長を歴任するなどの〝大物〟で、「合併を成し遂げることが町長としての最後の仕事」と捉えていた様子だった。一方の佐藤氏は共産党(町長選では共産党推薦の無所属)で、急遽の立候補だったため、準備や選挙期間中の運動も決して十分ではなかった。それでも、結果は佐藤氏3514票、冨永氏3136票で、約380票差で佐藤氏が当選を果たした。投票率は74・81%で、「合併白紙」が民意だったと言える。  当選直後の同年12月議会で、佐藤町長は合併協議会からの離脱に関する議案を提出した。採決結果は賛成8、反対9で離脱案は否決された。それでも、佐藤町長は「合併白紙を訴えた自分が町長選で当選し、町民意向調査でも同様の結果が出ている以上、合併協議会からの離脱は避けられない」との主張を曲げなかった。  このため、2005年1月、伊達6町合併協議会はこのままでは協議が進まないとして、同協議会を解散ではなく、「休止」という措置を取った。それと並行する形で国見町を除く「伊達5町合併協議会」を立ち上げ、協議を進めた。その後、同年3月に合併協定に調印、2006年に伊達市誕生という運びとなった。  こうして桑折町、国見町は合併せず、単独の道を選んだわけ。ちなみに、桑折町で合併協議時に町長を務めていた林王氏は2010年の町長選で高橋宣博氏に敗れ落選。その後は2014年、2018年、2022年と、いずれも高橋氏が当選している。国見町は佐藤氏が2012年11月まで(2期8年)務めた後、太田久雄氏が2012年から2020年まで(2期8年)、2020年からは引地真氏が町長に就いている。  合併議論の最盛期に、県内で首長を務めていた人物はこう話す。  「当時の国の方針は、財政面を背景とする合併推奨だった。三位一体改革を打ち出し、地方交付税は段階的に減らすが、合併すればその分は補填する、というもの。そのほか、合併特例債という合併市町村への優遇措置もあった。要するにアメをちらつかせたやり方だった」  そうした国の方針は、この首長経験者にとっては、脅しのような感覚だったようだ。「地方交付税が減らされたらやっていけない。住民サービスが維持できず、住民に必要な事業もできなくなるのではないか」といった強迫観念に駆られ、合併についての勉強会(任意協議会)、法定協議会、正式な合併へと舵を切っていった、というのだ。  では、「平成の大合併」から十数年経ち、合併しなかった市町村が、この首長経験者が危惧した状況になったかというと、そうとは言えない。そのため、「合併しなくても、普通にやっていけているではないか。だとしたら、合併推奨は何だったのか」といった思いもあるようだ。 桑折・国見の財政指標  もっとも、合併しなかった市町村にはそれなりの「努力の形跡」も見て取れる。  ちょうど、「平成の大合併」が進められていた2007年6月に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(財政健全化法)が公布され、同年度決算以降、財政健全化を判断するための指標が公表されるようになった。  別表は桑折町と国見町の各指標の推移をまとめたもの。数字だけを見れば「努力の形跡」が見て取れる。もっとも、投資的事業をしなければ財政指標は良化するから、一概には言えないが。  用語解説(県市町村財政課公表の資料を元に本誌構成) ●実質赤字比率 歳出に対する歳入の不足額(いわゆる赤字額)を、市町村の一般財源の標準的な規模を表す「標準財政規模」で除したもの。表の数字が示されている年度は、それだけの「赤字」が発生しているということ。表の「――」は「赤字」が発生していないということ。 ●連結実質赤字比率 市町村のすべての会計の赤字額と黒字額を合算することにより、市町村を1つの法人とみなした上で、歳出に対する歳入の資金不足額を、一般財源の標準的な規模を表す「標準財政規模」で除したもの。表の数字が示されている年度は、それだけの「赤字」が発生しているということ。表の「――」は「赤字」が発生していないということ。 ●実質公債費比率 2006年度から地方債の発行が従来の許可制から協議制に移行したことに伴い導入された財政指標。義務的に支出しなければならない経費である公債費や公債費に準じた経費の額を、標準財政規模を基本とした額で除したものの過去3カ年の平均値。この数字が高いほど、財政の弾力性が低く、一般的には15%が警告ライン、20%が危険ラインとされている。 ●将来負担比率 実質赤字比率、連結実質赤字比率、実質公債費比率の3つの指標は、それぞれ当該年度において解消すべき赤字や負債の状況を示すもの(すなわち「現在の負担」の状況)。一方、将来負担比率は、市町村が発行した地方債残高だけでなく、例えば、土地開発公社や、市町村が損失補償を付した第三セクターの債務などを幅広く含めた決算年度末時点での将来負担額を、標準財政規模を基本とした額で除したもの(すなわち「将来の負担」の状況)。数字が高いほど、将来、財政を圧迫する可能性が高い。 ●財政力指数 当該団体の財政力を表す指標で、算定方法は、基準財政収入額(標準的な状態において見込まれる税収入)を基準財政需要額(自治体が合理的かつ妥当な水準における行政を行った場合の財政需要)で除して得た数値の過去3カ年の平均値。数値が高くなるほど財政力が高いとされる。 ●ラスパイレス指数 地方公務員の給与水準を表すものとして、一般に用いられている指数。国家公務員(行政職員)の学歴別、経験年数別の平均給料月額を比較して、国家公務員の給与を100としたときの地方公務員(一般行政職)の給与水準を示すもの。  この指標を示して、元福島大学教授で、現在は公益財団法人・地方自治総合研究所(東京都千代田区)の主任研究員を務める今井照氏(地方自治論)に見解を求めたところ、こう回答した。  「財務指標からだけでは財政運営の良否は判断できません。そこで、桑折町と国見町の場合は、地域環境の似通っている隣接の伊達市と比較して、相対的な評価をするのがよいと思われます」  別表に伊達市の実質公債費比率の推移を示した。2021年度は速報値。今井氏はそれと桑折町、国見町の数字と比較し、次のように明かした。なお、桑折町の2021年度速報値は9・2、国見町は3・2。  「実質公債費比率の推移を見ると、まず伊達市と国見町との差は歴然としています。2008年度時点では、伊達市15・5、国見町18・7と、むしろ国見町のほうが悪い数字だったものが、2021年段階では伊達市7・8、国見町3・2と、国見町の方が大きく改善しています。次に伊達市と桑折町とを比較すると、桑折町の方の改善度が低いように見えますが、最近5年間の推移を見ると、2017年段階で伊達市7・4、桑折町11・6だったところが、2021年段階では伊達市7・8、桑折町9・2となっていて、桑折町は改善しているのに、伊達市は改善していません」  こうして聞くと、相応の努力は見られると言っていいのではないか。もっとも、今井氏によると、ここ数年は制度的な事情で、全国自治体の財政事情が改善しているという。  「2020年度以降、国では法人税収が増加していて、それを反映して地方交付税の原資も改善され、新たな借金(臨時財政対策債)の発行をほとんどしなくて済むばかりか、これまでの借金(臨時財政対策債)を償還する原資も国から交付されています。つまり全国の自治体財政の財政指標はこの3年間で大きく改善されているのです」(今井氏) 桑折・国見町長に聞く  両町長は現状をどう捉えているのか。町総務課を通して、以下の4点についてコメントを求めた。  ①当時の町長をはじめ、関係者の「合併しない」という決断について、いまあらためてどう感じているか。  ②当時の合併の目的として「財政基盤強化」、「行政運営の効率化」があり、合併しないとなると、当然、その部分での努力が求められる。別紙(前段で紹介した財政指標)は県市町村財政課が公表している「財政状況資料」から抜粋したものですが、それら数字についてはどう捉えているか。また、これまでの「財政基盤強化」、「行政運営の効率化」の取り組み、今後の対応についてはどう考えるか。  ③当時、本誌取材の中では「多少の我慢を強いられても、単独の道を模索してほしい」といった意見もあったが、実際に住民に対して「我慢」を求めるような部分はあったか。  ④「合併しないでよかった」と感じているか。  回答は次の通り。 高橋桑折町長  桑折町  ①、④合わせての回答  国は、人口減少・少子高齢化等の社会情勢の変化や地方分権の担い手となる基礎自治体にふさわしい行財政基盤の確立を目的に、全国的に市町村合併を推進したところです。本町においても近隣自治体との合併について検討したものの、分権社会に対応できる基礎自治体構築・将来に希望の持てる合併が実現できるとは言い難いことや、行政圏域と生活圏の一体性の醸成が困難であることなどから、合併しない決断を選択しました。  その後、地方行政を取り巻く環境が厳しさを増す中にあって、行財政改革に努め、健全財政の維持を図りながら町独自の施策展開により、2021年においては人口が社会増に転ずるなど、単独立町だからこそ得られた結果と捉えており、合併しないでよかったと感じております。  引き続き、子どもたちに夢を、若者に元気を、高齢者に安心を届け、「住み続けたいまち 住みたいまち 桑折」の実現に邁進してまいります。  ②の回答  当町は、平成16(2004)年9月に伊達7町による合併協議を離脱し、自立(自律)の道を選択して以降、東日本大震災をはじめとする度重なる災害や社会経済状況の変化、人口減少・高齢化などにより、多様化・複雑化・高度化する行政需要を的確に捉え、住民ニーズに応える各種施策を展開するとともに、事業実施にあたっては、財源確保を図り、「選択と集中」「最小の経費で最大の効果を上げる」ことを常に念頭に置きながら、財政の健全性維持に努めてまいりました。その結果、別紙の「健全化判断比率(4つの各比率)」の推移にありますとおり、平成19(2007)年度以降、各指標とも低下傾向にあり、合併せずとも着々と財政の健全化に向け改善が図られてきたものと捉えております。  とりわけ、企業誘致の促進や移住・定住人口の増加に資する施策に取り組みながら、税収の確保や収納事務の効率化を図るとともに、国・県などの補助制度の積極的な活用に努めてきました。また、シティプロモーションなどPR事業の展開や魅力的な返礼品の充実を図り、ふるさと納税は大幅に伸びております。  今後についても、2022年度策定した「中期財政計画」に基づき、更なる財源の確保、歳出抑制・適正化等、健全で持続可能な財政運営に向けた取り組みを継続し、「住み続けたいまち」であり続けるための各種施策を展開していく考えであります。  ③の回答  合併協議からの離脱後、これまでの間、行財政改革や自主財源の確保を図り、行政需要を的確に捉え、各種住民サービスに努めることにより、町民の理解を得ているところであります。 引地国見町長  国見町  ①の回答  当時の町長選挙の争点が「合併」。合併しないことを公約にした候補が当選したことは、民意が明確に示されたものと考えている。  ②の回答  合併する、しないに関わらず、地方自治体の財政基盤強化、行財政運営の効率化は緊張感を持って取り組むべきことと考える。当町においても自主財源が乏しい中、サービスの質を維持・向上させるため、あらゆる財源の確保に奔走している。同時に、常にコスト意識を持ち、予算編成及び執行に努めながら、将来負担を軽減すべく、起債に係る繰上償還を積極的に行っている。  ③の回答  「合併をしなかった」ことを要因とし、我慢を求めることはなかったと考えている。  ④の回答  当時の決断に対し、その善し悪しを意見する考えはない。唯一申し上げるとすれば、当時の決断を大切に、国見町に住む方々が「国見っていいな」と思ってもらえるよう町政運営に努めたい。 人口減少幅は類似  桑折町の高橋町長は合併議論時、議員(議長)を務めており、その後は2010年に町長就任して現在に至る。つまりはこの間の「単独の歩み」の大部分で町政を担ってきたことになる。その中で、「単独だからこそ得られたものもあり、合併しないでよかった」と述べている。一方、引地町長は2020年に就任し、まだ2年ほどということもあってか、踏み込んだ回答ではなかった。  両町の職員数(臨時を含む)を見ると、この間大きな変化はなく、国見町はむしろ増えている。もっとも、福島県の場合は、震災・原発事故に加え、ほかにも大規模災害が相次いだこともあり、その辺の効率化を図りにくかった事情もあり、評価が難しいところ。  人口の推移は、伊達市が合併時から約1万2000人減、桑折町と国見町は「単独」を決断したころから、ともに約2000人減。数だけを見ると、伊達市の減少が目立つが、減少率で見ると、伊達市が約17%、桑折町が約16%、国見町が約21%となっている。国見町は2022年度から、国から「過疎地域指定」を受けている。 思い切った〝仕掛け〟を  町民の声はどうか。  「この間、大きな災害が相次ぎ、そうした際に、枠組みが小さい方が行政の目が行き届く、といった意味で、良かった面はある。ただ、合併していたら、それはそれで良かったこともあったと思う。だから、どっちが良かったかと聞かれても、正直難しい」(桑折町民)  「純粋に、愛着のある町(町名)が残って良かった」(桑折町民)  「数年前に、天候による果樹の被害があり、保険(共済)に入っていなかったが、町から保険(共済)に入るための補助が出た。そういった事業は単独町だったからできたことかもしれないね」(国見町民)  「合併していたら、『吸収』される格好だったと思う。そうならなかったということに尽きる」(国見町民)  一方で、両町内で事業をしている人や団体役員などからは、ある共通の意見が聞かれた。それは「せっかく、単独の道を選んだのだから、もっと思い切った〝仕掛け〟をしてもいいのではないか」ということ。  「例えば、会津若松市は『歴史のあるまち』で、歴史的な観光資源では太刀打ちできない。一方で、同市では、ソースカツ丼を売り出しているが、そのための振興組織をつくって、本格的に売り出したのは、せいぜいここ十数年の話。あれだけ、歴史的な観光資源があるところでも、それにとどまらず、何かを『生み出す』『売り込む』ということをやっている。そういった姿勢は見習わないといけない。例えば、e―スポーツを学校の授業に取り入れ、先進地を目指すとか。そういったことは小回りが利く『町』だからこそできると思うんだけど」(桑折町内の会社役員)  「国見町で、ここ数年の大きな事業と言えば、道の駅整備が挙げられる。周辺の交通量が多いことから立ち寄る人で賑わっているが、業績はあまり良くない。そもそも、道の駅自体、全国どこにでもあるもので、最初(オープン時)はともかく、慣れてしまえば目新しいものではない。一方で、夜間になると(道の駅に)キャンピングカーなどで車中泊をしている人が目に付く。例えば、キャンピングカーの簡易キッチンに対応した商品を売り出すとか、『車中泊の聖地』になるような仕掛けをしてはどうか。ともかく、道の駅に限らず、何かほかにない目玉になるようなものを作り出していく必要があると思う」(国見町内の団体関係者)  これは県内すべての市町村に言えることだが、どこかの二番煎じ、三番煎じのような事業、取り組みばかりが目立ち、何かの先進地になった事例はほとんどない。  桑折町、国見町は交通の便がよく、働き口、高等教育、医療、日用品の調達先などで、近隣に依存できる環境にあったからこそ、合併しないという選択ができた面もある。財政指標の良化も見られる。ただ、単独町だからこそ可能な「創造性」という点では乏しかったと言えよう。

  • 【会津】〝恒三イズム〟の継承者は誰だ

    【渡部恒三】「国会議員の小粒化」嘆く会津地方住民  衆議院副議長を務めるなど「平成の黄門様」として知られた渡部恒三氏が亡くなって2年になる。往時の影響力はなくなりつつあるが、その存在は形を変えて会津政界に残り続けている。一方で、恒三氏の後継者が会津地方の国会議員にいないことを嘆く向きもある。 渡辺恒三氏  2022年11月6日10時、会津若松市城東町に残る渡部恒三氏の自宅に「渡部恒三記念館」が開館した。厚生大臣などに就任した際に受け取った任命書と卓上の名札、2003(平成15)年に受けた勲一等旭日大綬章の勲記など、ゆかりの品や美術品が展示されている。館長を務めるのは渡辺泰夫氏(會津通運会長)。  庭にはブロンズ像が設置された。数十年前に本県出身の金属加工業の社長が作っていたが、恒三氏が「生きているうちに銅像なんて作るもんじゃない」と話したため、日の目を見ずに保管されてきたという。  同日、テープカットとブロンズ像の除幕式が行われ、元知事で長年恒三氏の秘書を務めていた佐藤雄平氏、川端達夫・平野博文元衆院議員、恒三氏の長男・恒雄氏(笹川平和財団上席研究員)らが開館を祝った。 記念館のテープカットの様子  テープカットに参加した地元町内会長の目黒則雄さんは「町内会には主に二三子さん(恒三氏の妻。2022年1月に87歳で死去)が出席していたが、引退後は恒三さんも総会に顔を出してあいさつしていた。鶴ヶ城の南側は住宅ばかりで、公共施設、観光スポットなどが少ないので、こうした施設を造っていただけるのはうれしい」と語った。  恒雄氏は「父が住んでいた家がそのまま活用されている。昔訪れた方は懐かしく思うはず。政治家を引退してから10年経っているのに、このような記念館を開所してもらい、父は政治家冥利に尽きると思うし、家族としてありがたい限りです」とコメントした。  恒三氏は2020年8月23日に88歳で死去した。葬儀は近親者で営まれ、すぐにお別れの会を開く予定となっていたが、新型コロナウイルスの影響で延期となっていた。  同日午後には会津若松ワシントンホテルで2年越しのお別れの会が開催された。  発起人代表の佐藤雄平氏、後援会・秘書会代表の鈴木政英元磐梯町長があいさつ。川端・平野両元衆院議員、玄葉光一郎衆院議員、内堀雅雄知事、室井照平会津若松市長が別れの言葉を述べた。  献花の際に読み上げられた主な参列者には、会津地方の首長、議長、政治経験者などがずらりと名を連ねた。主催者発表によると、参列者は関係者も含め約350人。あらためてその影響力を示した格好だ。  恒三氏は1932(昭和7)年5月24日、田島町(現南会津町)で生まれた。渡部家はみそ・しょうゆ醸造業を営む旧家で、父・又左ヱ門氏は町長、県会議員を務めた。  県立会津中学(在学中に学制改革で会津高校に改称)、早稲田大文学部卒。同大大学院修士課程修了。早稲田雄弁会で活躍する一方、同郷の八田貞義衆院議員の事務所に出入りするようになる。大学院修了後、正式に秘書になり、1959(昭和34)年4月に26歳で県議選初当選。再選を果たし、自民党県連政調会長に就いた。だが1967(昭和42)年の総選挙で、八田氏の選挙参謀を務めた際に買収容疑で有罪判決を受け、県議を辞職した。  1969(昭和44)年の衆院選で旧福島2区から無所属で立候補し初当選。自民党の追加公認を得て田中派、竹下派に所属。竹下派では「七奉行」の1人として存在感を高め、前述の通り、厚生大臣などの主要閣僚を歴任した。  1993(平成5)年に「七奉行」の1人、小沢一郎氏とともに自民党を離党。「二大政党制」の実現を掲げて新生党や新進党の結党に参加。1996(平成8)年から2003(平成15)年まで衆院副議長。  1997(平成9)年の新進党解党後はしばらく党籍を持たなかったが、2005(平成17)年に民主党に入党し、同党最高顧問に就任。翌2006(平成18)年には、ライブドア事件関連のメール問題で危機に瀕する同党のため、73歳で国対委員長に就任した。  会津弁と飾らない人柄で「平成の黄門様」と呼ばれ、民主党では重鎮として若い執行部を支え存在感を示した。衆院議員連続14期務め、2012年に政界を引退した。 「保守」でもあり「野党」でもある  全国的に活躍した経歴を持つ政治家だけに「顔を出さないわけにはいかない」と多くの政財界関係者がお別れの会に参列した。会終了後、恒三氏の後援会幹部にコメントを求めたところ、「いまも会津全域に多くの支持者がおり、後援会が束ねている」と、死後2年経ってもその影響力が続いていることを強調した。  しかし、複数の会津地域の政治家・経済人からは「さすがにもう影響力はなくなった」、「首長にしても議員にしても『国会議員の支持者の動向で当選した』という話は最近ではあまり聞かれない。個々人の能力や性格が評価されていると思いますよ」と冷ややかな声が聞かれた。  会津地方のある市町村議員は「中選挙区制で恒三氏と激しい戦いを繰り広げた伊東正義衆院議員も、1994(平成6)年に亡くなった後は如実に支持者が減った。恒三氏の支持者も高齢化が進むとともに少なくなっていくだろう」と語る。  とは言え、2021年10月の衆院選で福島4区の焦点になったのは、立憲民主党の小熊慎司氏(54、4期)と自民党の菅家一郎氏(67、4期)、どちらが「恒三票」を取り込むか、ということだった。恒三氏が明確な後継者を定めていなかったためだ。 小熊氏(上)と菅家氏  前述の通り、恒三氏は自民党で閣僚を経験した後に離党し、二大政党制の実現を訴えた経歴を持つ。すなわち「保守」であり、「野党」でもある存在なのだ。野党を渡り歩いてきた小熊氏は恒三氏の後継者と言える。一方の菅家氏は会津の保守系政治家として市政・県政で活動してきた経緯があり、早稲田大の後輩ということもあって恒三氏と親密に交流していた。  要は、どちらも「恒三票」の受け皿になり得るわけ。だからこそ、2021年の衆院選では小熊氏陣営に恒三氏の支持者が名を連ねて電話攻勢をかけ、菅家氏陣営は負けじと保守系支持者の自民回帰を訴えた。  ある立憲民主党の支持者は次のように分析する。  「『恒三さんは大好きだけど、小熊さんはそんなに好きってわけじゃない』という人はいっぱいいる。大型連休中には外務省が退避勧告を行っているウクライナに国会申請せずに入国し、幹事長名で注意を受けるポカもやらかした。ただ、そうした支持者たちが小熊さんに見切りを付け(自民党の)菅家さんに流れているかというと、そうはなっていない。そういう意味では、菅家さんの〝評判の悪さ〟に助けられている面があると思います。彼は彼で実績アピールが露骨すぎて、煙たがられている節がある」  一方の自民党関係者はこう語る。  「恒三さんこそ『保守』の人生を歩んできたと思うし、支持者も『保守』である点を支持している人が多い。実際、2021年の衆院選では小熊氏が『野党共闘』で共産党の支援も受けたのを見て、『今回ばかりはさすがに応援できない』と離れた支持者が多かった。今後、選挙を重ねるごとに、小熊氏と菅家氏の得票数は差が開いていく一方になるのではないでしょうか」  過去3回の福島4区の投票結果は以下の通り。  《2014年》当5万6856 小熊 慎司46維新比5万6440 菅家 一郎59自民 1万0139 小川 右善65社民   9413 田中和加子58共産  《2017年》当6万8282 菅家 一郎62自民比6万7073 小熊 慎司49希望   9492 古川 芳憲66共産   8063 渡辺 敏雄68社民  《2021年》当7万6683 小熊 慎司53立民比7万3784 菅家 一郎66自民  2017年の選挙で小熊氏、共産党候補、社民党候補が獲得した票数の合計より、2021年の選挙で「野党共闘」した小熊氏が獲得した票数の方が少ない。そのため「共産党と手を組んだことで『恒三票』の中でも保守系の支持者が離れたのではないか」と自民党関係者は指摘しているのだ。  ただ、共産党とのつながりに関しては、立憲民主党関係者も「小熊氏が共産党ともっと距離を置けばより票数が伸びると思う」と分析しているので、今後はそこが両陣営にとってのポイントになるのだろう。  当の恒三氏は本誌2013年2月号「星亮一対談」で次のように語っていた。  《日本の政治は長年、自民党の1党支配が続いてきたが、民主主義の基本である「国民が政治を決める」という観点に立った時、政権担当能力を持った政党が1つでは心もとない。2つあるから、国民はどっちがいいか選択できるのです。  すなわち、僕は2大政党制を実現させるために自民党を飛び出したわけで、民主党をつくった後も、僕は自民党が悪いなんて言ったことは一度もない。政権を担当できる政党が自民党1つでは、日本は独裁国家になってしまうから、それを改めようとしたのです》 「昔と比べて戦い方が生ぬるい」  会津地域の経済人は「いずれにしても、中選挙区時代の激しい戦いを知っている立場からすると、小熊氏も菅家氏も小粒感が否めない。その戦い方にも生ぬるい印象を抱いてしまう」と嘆く。  「中選挙区でライバル関係だった恒三氏と伊東氏はどちらも閣僚経験者で、互いの支持者も含めてバチバチやり合っていた。支持を訴えるのも、ライバルを批判するのも、地元に仕事を引っ張ってくるのも全力。当時を知る立場からすると、いまは小粒な議員同士の戦いにしか見えない。もう少し存在感を示してほしい」  恒三氏の実績として知られるのは会津地方のインフラ整備に尽力したこと。昭和から平成初期にかけて、国道121号大峠トンネル、磐越自動車道、サンピア会津、県立会津大学、会津縦貫道路などの道筋を付けた。小熊氏、菅家氏がこれに匹敵する実績を作るのは難しいだろう。  いわゆる「1票の格差」是正に向けて、衆議院議員選挙の小選挙区定数を「10増10減」することなどを盛り込んだ改正公職選挙法が成立し、福島県選挙区は現行の5から4に減る。会津地域は県南地域と同じ選挙区になった。今後、各党で候補者調整が進められる見通し。生き残りをかけて、小熊、菅家両氏はどう立ち振る舞うのか。  恒三氏の影響力はなくなりつつあるものの、引退から10年、死後2年経っても「恒三票」の行方が注目され、「保守」、「二大政党制」について議論が交わされている。それだけ恒三氏の存在が会津政界で大きかったということだろう。

  • 【会津若松】巨額公金詐取事件の舞台裏

    会津若松市の元職員による巨額公金詐取事件。その額は約1億7700万円というから呆れるほかない。  巨額公金詐取事件を起こしたのは障がい者支援課副主幹の小原龍也氏(51)。小原氏は11月7日付で懲戒免職になっているため、正確には元職員となる。  発覚の経緯は6月13日、2021年度の児童扶養手当支給に係る国庫負担金の実績報告書を県に提出するため、小原氏の後任となったこども家庭課職員が関係書類やシステムデータを確認したところ、実際に振り込んだ額とシステムデータに不整合があることを見つけたことだった。  内部調査を進めると、2021年度の児童扶養手当支給に複数の不整合があることが分かった。また小原氏の業務用パソコンからは、同年度の子育て世帯への臨時特別給付金について小原氏名義の預金口座に振込依頼していたデータや、重度心身障がい者医療費助成金をめぐり小原氏が給付事務を担当していた07~09年度に詐取していたことをうかがわせるデータも見つかった。市は会津若松署に報告し今後の対応を相談する一方、金融機関に小原氏名義の預金口座の照会を行うなど、詐取の証拠集めを2カ月かけて進めた。  市は8月8日、小原氏に事情聴取した。最初は「分からない」「覚えていない」と非協力的な姿勢を見せていたが、集めた証拠類を示すと児童扶養手当と子育て世帯への臨時特別給付金を詐取したことを認めた。  小原氏は動機について「不正に振り込む方法を思い付いた。魔が差した」と語り、使途は「生活していく中で自然に使った」と説明したが、続く同9、10、15日に行った事情聴取では「親族の借金を肩代わりし返済に苦労していた」「競馬や宝くじに使った」「車のローンの返済に充てた」と次第に変化していった。  市は事情聴取と並行し、詐取された公金の回収に取り組んだ。預金口座からの振り込みに加え、生命保険の解約や車の売却といった保有財産の換価を行い、11月8日現在、約9100万円を回収した。  9月8日には小原氏に対する懲戒審査委員会を開き、懲戒免職が妥当と判断されたが、引き続き事情聴取と公金回収を進めるため、小原氏の職員としての身分を当面継続することとした。  小原氏は10月7日、市に誓約書を提出した。内容は児童扶養手当(約1億1070万円)、子育て世帯への臨時特別給付金(60万円)、重度心身障がい者医療費助成金(約6570万円)、計約1億7700万円を詐取したことを認め、弁済することを誓約したものだ。  市は11月7日付で会津若松署に詐欺罪で告訴状を提出し、その日のうちに受理された。また、同日付で小原氏を懲戒免職とし、併せて上司らの懲戒処分を行った。  「会津若松署が告訴状を受理したので、事件の全容解明は今後の捜査に委ねられることになる。警察筋の話によると、捜査は来年2月くらいまでかかるようだ」(ある事情通)  それにしても、これほど巨額な詐取がなぜバレなかったのか不思議でならないが、  「市の説明や報道等によると、児童扶養手当の詐取は管理システムの盲点を悪用し不正な操作を繰り返した、子育て世帯への臨時特別給付金の詐取は本来の支給額より多い金額が自分の預金口座に振り込まれるようデータを細工した、重度心身障がい者医療費助成金の詐取もデータを細工する一方、帳票を改ざんして発覚を免れていた」(同) 合併自治体特有の「差」  それだけではない。こども家庭課に勤務していた時は、自分が児童扶養手当支給の主担当を担えるよう事務分担を変え、支給処理に携わる職員を1人減らし、それまで行っていた決裁後の起案のグループ回覧をやめることで他職員が関連書類に触れないようにしていた。また主担当の仕事をチェックする副担当に、入庁1年目の新人職員や異動1年目の職員を充てることでチェックが機能しにくい体制をつくっていた。  「パソコンがかなり達者で、福祉関連の支給事務に精通していた。そこに狡猾さが加わり、不正がバレないやり方を身に付けていった」(同)  小原氏は市の事情聴取に「不正はやる気になればできる」と話したというから、詐取するには打って付けの職場環境だったに違いない。  小原氏は1996年4月、旧河東町役場に入庁。2005年11月、会津若松市との合併に伴い同市職員となった。社会福祉課に配属され、11年3月まで重度心身障がい者医療費助成金の給付事務を担当。18年4月からはこども家庭課で児童扶養手当と子育て世代への臨時特別給付金の給付事務を担当した。2022年4月、障がい者支援課副主幹に。事件はこの異動をきっかけに発覚した。  地元ジャーナリストの話。  「小原氏は妻と子どもがおり、父親と同居している。父親は個人事業主として市の一般ごみの収集運搬を請け負っているが、今回の事件を受けて代表を退き、一緒に仕事をしている次男(小原氏の弟)が後を引き継ぐと聞いた。三男(同)は、小原氏と職種は違うが公務員だそうだ」  小原氏は「親族の借金を肩代わりした」とも語っていたが、  「過去に叔父が勤め先で金銭トラブルを起こしたことがあるという。親族の借金の肩代わりとは、それを指しているのかもしれない」(同) 会津若松市河東町にある小原氏の自宅  河東町にある自宅は2000年10月に新築され、持ち分が父親3分の2、小原氏3分の1の共有名義となっている。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。  小原氏の職場での評判は「他職員が嫌がる仕事も率先して引き受け、仕事ぶりは迅速かつ的確」といい、地元の声も「悪いことをやる人にはとても見えない」と上々。しかし、会津若松市のように他町村と合併した自治体では「職員の差」が問題になることがある。  ある議員経験者によると、市町村合併では優秀な職員が多い自治体もあれば能力の低い職員が目立つ自治体、服装や挨拶など基本的なことすらできていない自治体等々、職員の能力や資質に差を感じる場面が少なくなかったという。  「合併から十数年経ち、職員の退職・入庁が繰り返されたため今は差を感じることは減ったが、中核となる市に周辺町村がくっついた合併では職員の能力や資質にだいぶ開きがあったと思います」(同)  元首長もこう話す。  「町村役場は、職員を似たような部署に長く置いて専門性を身に付けさせ、サービスの低下を防ぐ。そこで自然と専門知識が身に付くので、あとは個人の資質によるが、悪用する気になればできる、と」  小原氏は旧河東町時代も重度心身障がい者医療費助成金の支給事務を行っていたというから、専門知識は豊富だったことになる。  市町村職員になるには採用試験に合格しなければならないが、競争率が高いため「職員=優秀」というイメージが漠然と定着している。しかし現実は、小原氏のような悪質な職員も存在すること、さらに言うと合併自治体特有の、職員の能力や資質の差が今回のような事件の契機になることも認識する必要がある。  市は今後、未回収となっている約8600万円の回収に努め、場合によっては民事訴訟も視野に入れるという。事件を受け、室井照平市長は給料を7カ月2分の1に減額し、現任期(3期目)の退職手当も2分の1に減額する方針。  市の責任を形で示したわけだが、市民からは市が注力しているデジタル田園都市国家構想を踏まえ「巨額公金詐取を見抜けなかった市に膨大な市民の個人情報を預けて大丈夫なのか」と心配する声が聞かれる。ICT導入を熱心に進める前にチェック機能がない、いわば〝ザル〟の組織を立て直す方が先決ではないのか。