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  • 【大熊町】鉄くず窃盗が象徴する原発被災地の無法ぶり

    【大熊町】鉄くず窃盗が象徴する原発被災地の無法ぶり

     東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となった大熊町図書館の解体工事現場から鉄くずを盗んだとして、窃盗の罪に問われた作業員の男4人の裁判が1月16日に地裁いわき支部であった。解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札。鉄くずを盗んだのは1次下請けの土木工事業、青田興業(大熊町)の作業員だった。4人のうち3人は秋田県出身の友人同士。別の工事でも作業員が放射線量を測定せずに物品を持ち出し、転売していた事態が明らかになり、原発被災地の無法ぶりが浮き彫りになった。 鉄くず窃盗事件  窃盗罪に問われているのはいわき市平在住の大御堂雄太(39)、高橋祐樹(38)、加瀬谷健一(40)と伊達市在住の渡辺友基(38)の4被告。大御堂氏、高橋氏、加瀬谷氏は秋田県出身で、かつて同県内の同じ建設会社で働いており友人関係だった。2017年に福島県内に移住し同じ建設会社で働き始め、青田興業には2023年春から就業した。3人は加瀬谷氏の車に乗り合わせて、いわき市の自宅から大熊町の会社に通い、そこから各自の現場に向かっていた。  大熊町図書館の解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札(落札率92%)、2022年5月に契約締結した。1次下請けの青田興業が23年2月から解体に着手していた。図書館は鉄筋コンクリート造りで、4人は同年5月に6回にわたり、ここから鉄くずを盗んだ。環境省は関係した3社を昨年12月11日まで6週間の指名停止にした。  建物は原発事故で放射能汚染されており、鉄くずは放射性廃棄物扱いとなっている。放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、持ち出すには汚染状態を測定しなければならず、処分場所も指定されている。作業員が盗んで売却したのは言うまでもなく犯罪だが、汚染の可能性がある物を持ち出し流通・拡散させたことがより悪質性を高めた。  その後、帰還困難区域で作業員による廃棄物持ち出しが次々と明らかになる。大熊町内で西松建設が受注したホームセンター解体現場では、商品の自転車が無断で持ち出されたり設備の配管が盗まれたりした。(放射性)廃棄物の自転車が転売されているという通報を受け同社が調査したところ、2次下請け業者が「作業員が知り合いの子にあげるため、子ども用の自転車2台を持ち出した」と回答したという(2023年10月28日付朝日新聞より)。  大熊町図書館の鉄くず窃盗事件は、複数人による犯罪だったこと、作業員たちが転売で得た金額が100万円と高額だったため逮捕・起訴された。裁判で明らかになった犯行の経緯は次の通り。  高橋氏(勧誘役)と加瀬谷氏(運搬役)は2023年4月末から大熊町の商業施設の解体工事現場で作業をしていた。青田興業が担う図書館の解体工事が遅れていたため、5月初旬から渡辺氏が現場に入り手伝うようになった。そのころ、大御堂氏(計画者)はまだ商業施設の現場にいたが、図書館の解体工事にも出入り。そこで鉄くずを入れたコンテナを外に運び出す方法を考えた。4人は犯行動機を問われ、「パチンコなどのギャンブルや生活費のために金が欲しかった」と取り調べや法廷で答えている。  大御堂氏が犯行を計画、同じ秋田県出身の高橋氏と加瀬谷氏を誘う。最初の犯行は5月12、13日にかけて2回に分け、同郷の3人で約7㌧の鉄くずを運び出した。コンテナに入れてアームロール車(写真参照)で運び出す必要があり、操作・運搬は加瀬谷氏の仕事だった。高橋氏は通常通り仕事を続け、異変がないか見張った。鉄くずは南相馬市の廃品回収業者に持ち込み、現金30万円余りに換えた。大御堂氏が分配し、自身と高橋氏が12万5000円、加瀬谷が5万円ほど受け取った。 参考写真:アームロール車の一例(トラック流通センターのサイトより)  味をしめて5月下旬にまた犯行を考えた。高橋氏は渡辺氏が過去に別の窃盗罪で検挙されていることを知り、犯行に誘った。同25~27日ごろに同じ方法で約14㌧を4回に分けて盗み、今度は浪江町の回収業者に持ち込み70万円余りで売った。  発覚は時間の問題だった。7月下旬に青田興業の協力会社から同社に「作業員が鉄くずを盗んで売っていたのではないか」と通報があった。確認すると4人が認めたため元請けの鹿島建設東北支店に報告。警察に被害を通報し、昨年10月25日に4人は逮捕された。青田興業は9月末付で4人を解雇した。  4人は大熊町の所有物である図書館の鉄筋部分に当たる鉄くずを盗み、100万円に換金した。しかも、その鉄くずは放射能汚染の検査をしておらず、リサイクルされ市場に拡散してしまった(環境省は「放射線量は人体に影響のないレベル」と判断)。4人は二重に過ちを犯したことになる。元請けJV代表の鹿島建設は面目を潰され、地元の青田興業も苦しい立場に置かれている。だが、被告側の証人として出廷した青田興業社長は4人を再雇用する方針を示した。  「もう一度会社で教育し、犯した罪に向き合ってほしい。会社の信用を少しずつ回復させたい」  検察官から「大変温情的ですね。会社も打撃を受けているのに許せるのですか」と質問が飛ぶと、  「盗みを知った時は怒りを覚えました。確かに会社は指名停止を受け大打撃を受けました。元請けにも町にも環境省にも迷惑を掛けた。でも今見放したら、この4人を雇ってくれる人はどこにもいないでしょう」 監視カメラが張り巡らされる未来  鉄くず窃盗事件は、数ある解体工事の過程で起こった盗みの一部に過ぎない。鉄くずは重機を使わなければ運び出せず、1人では不可能。本来、複数人で作業をしていれば互いが監視役を果たせるはずだが、実行した4人のうち3人は、同郷で以前も同じ職場にいた期間が長かったため共謀して盗む方向に気持ちが動いた。作業員同士が協力しなければ実現しなかった犯罪で、そのような環境をつくった点では青田興業にも責任はあるだろう。4人を再雇用する場合、同じ空間で作業する場面がないように隔離する必要がある。  原発被災地域で除染作業に携わった経験を持つある土木業経営者は、監視の目が届かない被災地の問題をこう指摘する。  「帰還が進まず人の目が及ばない地域なので、盗む気があれば誰もが簡単にできる。窃盗集団とみられる者が太陽光発電のパネルを盗んだ例もあった。防ぐには監視カメラを張り巡らせて、『見ているぞ』とメッセージを与え続けるしかないのではないか。もっとも、そのカメラを盗む窃盗団もいるので、イタチごっこに終わる懸念もある」  原発被災地域では監視の目を強めているが、パトロールに当たっていた警察官が常習的に下着泥棒を行っていたり、民間の戸別巡回員が無断で民有地に侵入し柿や栗を盗んだりする事件も起きている。人間の規範意識の高さをあまり当てにしてはいけない事例で、今後、監視カメラの設置がより進むだろう。

  • 献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

    献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

     「自分は東大の客員教授であり宮内庁関係者だ」と全国の農家から皇室への献上名目で農産物を騙し取っていた男の裁判が昨年12月26日、福島地裁で開かれた。県内では福島市飯坂町湯野地区の農家が2021年から2年にわたり桃を騙し取られていた。男は皇室からの返礼として「皇室献上桃生産地」と書かれた偽の木札を交付。昨年夏に経歴が嘘と判明し、男は逮捕・起訴された。桃の行方は知れない。裁判で男は「献上品を決める権限はないが、天皇陛下に桃を勧める権限はある」と強弁し、無罪を主張するのだった。 「天皇に桃を勧める権限」を持つ!?ニセ東大教授 福島地裁  詐欺罪に問われた男は農業園芸コンサルタントの加藤正夫氏(75)=東京都練馬区。刑務官2人に付き従われて入廷した加藤氏は小柄で、上下紺色のジャージを着ていた。眼鏡を掛け、白いマスク姿。整髪料が付いたままなのか、襟足まで伸びた白髪混じりの髪は脂ぎっており、オールバックにしていた。  加藤氏は2022年夏に福島市飯坂町湯野地区の70代農家Aさんを通じ、Aさんを合わせて4軒の農家から「皇室に献上する」と桃4箱(時価1万6500円相当)を騙し取った罪に問われている。宮内庁名義の「献上依頼書」を偽造し、農家を信じ込ませたとして偽造有印公文書行使の罪にも問われた。  被害は県内にとどまらない。献上名目で北海道や茨城県、神奈川県の農家がトマトやスイカ、ミカンなどの名産品を騙し取られている。茨城県の事件は福島地裁で併合審理される予定だ。加藤氏の東京の自宅には全国から米や野菜、果物が届けられており、立件されていない事件を合わせれば多くの農家が被害に遭ったのだろう。  加藤氏はいったいどのような弁明をするのか。検察官が前述の罪状を読み上げた後、加藤氏の反論は5分以上に及んだ。異例の長さだ。  加藤氏「検察の方は、私が被害者のAさんに対して宮内庁に桃を推薦したとか、選ぶ権利があると言ったとおっしゃっていましたけど、Aさんには最初から私は宮内庁職員ではありませんと言っています。Aさんから桃を騙し取るつもりは毛頭ありません。私に選ぶ権利はありませんが、福島の桃を『いい桃ですよ』と推薦する権利は持っています。それと献上依頼書は5、6年前に宮内庁の方から古いタイプのひな形にハンコを押したものをいただきまして、それをもとに宮内庁と打ち合わせて納品日を記入しました。ですから献上依頼書は、ある意味では宮内庁と打ち合わせて内容を書いたものでして……」  要領を得ない発言に業を煮やした裁判官が「つまり、偽造ということか」と聞くと  加藤氏「宮内庁と打ち合わせをした上で私の方で必要な事柄を記入してAさんにお渡ししています」  裁判官「他に言いたいことは」  加藤氏「私は桃を献上品に選ぶ権限は持っていませんが、良質な物については『これはいい桃ですから、どうか陛下が召し上がってください』と勧める権利はあります」  裁判官「選定権限はないと」  加藤氏「はい。決定権は宮内庁にあります」  加藤氏は「献上桃の選定権限はないが推薦権限はある」などという理屈を持ち出し、Aさんを騙すつもりはなかったので無罪と主張した。宮内庁とのつながりも自ら言い出したわけではなく、Aさんが誤信したと主張した。  延々と自説を述べる加藤氏だが、献上依頼書が偽造かどうかの見解はまだ答えていない。裁判官が再び聞くと、加藤氏は「結局、私が持っていたのは5、6年前の古いタイプの献上依頼書なんですね。宮内庁から空欄になったものをいただきました。そこには福島市飯坂町のAさんの桃はたいへん良い桃で以下の通り指定すると登録番号が記入されていました。私がいつ献上するかを書いて、宮内庁やAさんと打ち合わせをして……」  裁判官「細かい話になるのでそこはまだいいです。偽造かどうかを答えてください」  加藤氏「それは、コピーをした白い紙に……」  裁判官「まず結論を」  結局、加藤氏は献上依頼書が偽造かどうか答えず、自身が作った書類であることは間違いないと認めた。釈明は5分超に及んだが、まだ補足しておきたいことがあったようだ。  加藤氏「2022年8月1日にAさんから桃4箱を受け取りましたが、うち2箱は確かに宮内庁に献上しました。残り1箱は成分を分析してデータを取りました。ビタミンなどを測りました」  裁判官「全部で4箱なので1箱足りないですが」  加藤氏「最後の1箱はカットして断面を品質の分析に使いました」  検査に2箱も費やすとは、贅沢な試料の使い方だ。  裁判官とのやり取りから「ああ言えばこう言う」加藤氏の人となりがつかめただろう。桃を騙し取られたAさんは取り調べにこう述べている。  「加藤氏が本当のことを話すとは思えない。彼は手の込んだ嘘を付いて、いったい何の目的で私に近づいてきたのか理解できない」(陳述書より) 「陛下が食べる桃を検査」  加藤氏がAさんに近づいたきっかけは農業資材会社を経営するBさんだった。2016年ごろ、加藤氏は別の農家を通じてBさんと知り合う。加藤氏は周囲に「東大農学部を卒業した東大大学院農学部の客員教授で宮内庁関係者」と名乗っていたという。Bさんには「自分は宮内庁庭園課に勤務経験があり、天皇家や秋篠宮家が口にする物を選定する仕事をしていた」とより具体的に嘘を付いていた。  加藤氏はBさんが肥料開発の事業をしていると知ると「自分は東大大学院農学部の下部組織である樹木園芸研究所の所長だ。私の研究所なら1回3万円で肥料を分析できる」と言い、本来は数十万円かかるという成分分析を低価格で請け負った。これを機にBさんの信頼を得る。  だが、いずれの経歴も嘘だった。宮内庁に勤務経験はないし、東大傘下の「樹木園芸研究所」は実在しない。ただ、加藤氏は日本大学農獣医学部を卒業しており、専門的な知識はあった模様。「農学に明るい」が真っ赤な嘘ではない点が、経歴を信じ込ませた。  加藤氏はBさんとの縁で「東大客員教授」として農家の勉強会で講師を務めるようになった。ここで今回の被害者Aさんと接点ができた。2021年5月ごろにはAさんら飯坂町湯野地区の農家たちに対して「この地区の桃はおいしい。ぜひ献上桃として推薦したい。私は宮内庁で陛下が食べる桃の農薬残量や食味を検査しており、献上品を選定できる立場にある」と言った。  同年7月にAさんは「献上品」として加藤氏に桃計70㌔を託した。加藤氏は宮内庁からの返礼として「皇室献上桃生産地」と揮毫された木札を渡した。木札の写真は、当時市内にオープンしたばかりの道の駅ふくしまに福島市産の桃をPRするため飾られた。  実は、宮内庁からの返礼とされる木札も加藤氏の創作だった。加藤氏は「献上した農家には木札が送られる。宮内庁から受け取るには10万円必要だが、農家に負担を掛けたくない。誰か知り合いに揮毫してくれる人はいないか」とBさんに書道家を紹介してほしいと依頼、木札に書いてもらった。  桃を騙し取ってから2年目の2022年6月には前述・宮内庁管理部大膳課名義の献上依頼書を偽造し、Aさんたちに「今年もよろしく」と依頼した。「宮内」の押印があったが、これは加藤氏が姓名「宮内」の印鑑として印章店に5500円で作ってもらった物だった。印章店も「宮内さん」が「宮内庁」に化けるとは思いもしなかっただろう。昨年に続きAさんたちは桃を加藤氏に託した。  「皇室献上桃生産地」の木札に「宮内」の印鑑。もっともらしいあかしは、嘘に真実味を与えるのと同時に注目を浴び、かえってボロが出るきっかけとなった。現在、県内で皇室に献上している桃は桑折町産だけだ。新たに福島市からも桃が献上されれば喜ばしいニュースになる。返礼の木札を好意的に取り上げようと新聞社が取材を進める中で、宮内庁が加藤氏とのつながりと、福島市からの桃献上を否定した。疑念が高まる。2023年7月に朝日新聞が加藤氏の経歴詐称と献上桃の詐取疑惑を初報。Aさんが被害届を出し、加藤氏は詐欺罪で捕まった。  ただ、事件発覚以前からAさん、Bさんともに加藤氏に疑念の目を向けるようになっていた。加藤氏は「献上品を出してくれた人たちは天皇陛下と会食する機会が得られる」と触れ回っていたが、Bさんが「会食はいつになるのか」と尋ねても加藤氏は適当な理由を付けて「延期になった」「中止になった」とはぐらかしていたからだ。  Bさんは知り合いの東大教員に加藤氏の経歴を尋ねると「そんな男は知らない」。2023年7月に宮内庁を訪れ確認したところ、加藤氏の経歴が全くのデタラメで桃も献上されていないことが分かった。Aさんはこの年も近隣農家から桃を集め、同月下旬に加藤氏に託すところだったが、Bさんから真実を知らされ加藤氏を問い詰めた。加藤氏は「献上した」と強弁し、経歴詐称については理由を付けて正直に答えなかった。  2021、22年と加藤氏に託した桃の行方は分かっていない。転売したのか、自己消費したのか。加藤氏が「献上した」と言い張る以上、裁判で白状する可能性は低い。  もっと分からないのは動機だ。農産物の転売価格はたかが知れており、騙し取った量で十分な稼ぎになったとは思えない。時間が経てば品質が落ちるので短期間で売りさばかなければならず、高価格で販売するにはブランド化しなければならないが、裏のマーケットでそれができるのか。第一、加藤氏は「宮内庁関係者」「東大客員教授」を詐称し、非合法の儲け方をするには悪目立ちしすぎだ。 学歴コンプレックス  犯行動機は転売ではなく、加藤氏の学歴コンプレックスと虚栄心ではないか。それを端的に示す発言がある。加藤氏は取り調べでの供述で「東大農学部農業生物学科を卒業し、東大大学院で9年間研究員をしていた」と自称していたが、実際は日大農獣医学部農業工学科卒と認めている。昨年12月に開かれた初公判の最後には、明かされた自身の学歴を訂正しようと固執した。  「ちょっとよろしいですか。私の経歴で日本大学を卒業とありますが、卒業後に5年間、東京大学の研究員をしていますので……」  冒頭の要領を得ない説明がよみがえる。まだまだ続きそうな気配だ。 これには加藤氏の弁護士も「そういうことは被告人質問で言いましょう」と制した。  天皇と東大。日本でこれほどどこへ行っても通じる権威はないだろう。加藤氏は「宮内庁とのつながり」「東大の研究者」をひっさげて全国の農村に出没し、それらしい農学の知識を披露して「先生」と崇められていた。水を差す者が誰もいない環境で虚栄心を肥大させていったのではないか。福島市飯坂町湯野地区の桃農家は愚直においしさを追求していただけだったのに、嘘で固められた男の餌食になった。

  • 南相馬闇バイト強盗が招いた住民不和

    南相馬闇バイト強盗が招いた住民不和

     昨年2月、南相馬市の高齢者宅を襲った闇バイト強盗事件が地域住民に不和を与えている。強盗の被害に遭った男性A氏(78)が近所の男性B氏(74)を犯人視し、昨年8月に木刀で突いた。A氏は傷害罪に問われ、現在裁判が続く。B氏が根拠なく犯人扱いされた窮状と、加害者が既に別の犯罪の被害者であることへの複雑な思いを打ち明けた。 ※A氏は傷害罪で逮捕・起訴され、実名が公表されているが、闇バイト強盗被害が傷害事件を誘発した要因になっていることと地域社会への影響を鑑み匿名で報じる。 強盗被害者に殴られた男性が真相を語る 木刀で殴られた位置を示す男性  傷害事件は、昨年2月に南相馬市で発生した若者らによる闇バイト強盗事件が遠因だ。20~22歳のとび職、専門学校生からなる男3人組が犯罪グループから指示を受けて福島駅(福島市)で合流し、南相馬市の山あいにある被害者宅に武器を持って押し入った。リーダー格の男は札幌市在住、残り2人は東京都内在住で高校の同級生。2組はそれぞれ指示役から「怪しい仕事」を持ち掛けられ、強盗と理解した上で決行した。   強盗致傷罪に問われた実行犯3人には懲役6~7年の実刑判決が言い渡されている。東京都の2人に強盗を持ち掛けた同多摩市のとび職石志福治(27)=職業、年齢は逮捕時=は共謀を問われ、1月15日に福島地裁で裁判員裁判の初公判が予定されている。  強盗被害を受けた夫婦は家を荒らされ、現金8万円余りを奪われただけでなく大けがを負った。何の落ち度もないのに急に押し入られたわけで、現在に至るまで多大な精神的被害を受けている。にもかかわらず、犯行を計画・指示した札幌市のグループの上層部は法の裁きを受けていない。SNSや秘匿性の高い通信アプリを通じ何人も人を介して指示を出しており、立証が困難なためだ。犯罪を実行する闇バイト人員は後を絶たず、トカゲの尻尾切りに終わっている。被害者は全容がつかめず釈然としない。その怒りはどこに向ければいいのか。  矛先が向いたのが近所に住む知人男性B氏だった。当人が傷害事件のあった8月11日を振り返る。  「その日はうだるような暑さでした。午後2~3時の間に車でA氏の自宅前を通るとA氏が道路沿いに座っていました。私は助手席の窓を開けて『暑いから熱中症になるなよ』と声を掛けるとA氏は『水持ってるから大丈夫』と答えました」  A氏からB氏の携帯電話に着信があったのは午後10時41分ごろだった。  「私は深夜の電話は一切出ないことにしています。放っておくと玄関ドアを叩く音が聞こえました。開けるとA氏がいたので『おやじ、どうした?』と聞くと、A氏は『お前を殺しに来た』。私が『お前に殺されるようなタマじゃない』と答えるやA氏は左手に持った20㌢くらいの木刀を私の額に向かって突き出してきました。眉間に当たった感覚があり、口の中にたらたらと血が入ってきたので出血がおびただしいと理解した」  B氏がのちに警察から凶器の写真を見せられると、木刀の切っ先や周りに釘が複数打ち込まれていたという。「釘バットという凶器があるでしょ。あんな感じです。これで額を突かれればあれだけ血が出るのも頷ける」(B氏)。  攻撃を受けた後、B氏はA氏の両手を掴んで動きを封じ、B氏の借家と同じ敷地に住む大家の元へ連れていき助けを求めた。警察に通報してもらうと、A氏と軽トラを運転してきたA氏の妻はそのまま帰っていったという。A氏は凶器の木刀を置いていった。B氏は「大家が軽トラの荷台に戻していたので、木刀の現物を詳しくは見ていない」と語った。  地裁相馬支部で昨年12月11日に開かれた公判ではB氏や大家に対する証人尋問が行われた。B氏は「A氏を許すことはできない」と厳罰を求めた。  この傷害事件で気になるのがA氏の動機だ。なぜ強盗被害者が木刀で知人を襲うに至ったのか。裁判で検察側は「B氏が北海道出身だったことで、A氏は早合点した」と言及している。どういうことか。  12月11日、証人尋問を終えたB氏に相馬市内のファミレスで話を聞いた。  「確かに私は北海道出身です。東日本大震災・原発事故後に土木工事業者として福島県に来ました。除染関連の仕事に従事していました」  B氏は、A氏が闇バイトを利用した一連の強盗事件で、指示役「ルフィ」らが北海道出身で日本では札幌市を拠点にしていたことと自分を結び付けたのではないかと推測する。南相馬市の闇バイト集団は、全国の高齢者が自宅に持つ現金や金塊などの資産状況を裏ルートで把握していた。B氏は「A氏は資産情報を漏らした犯人が自分だと因縁をつけたのではないか」と憤慨する。  「疑うべきところは私ではない。震災直後、A氏の自宅敷地内には除染や工事作業員の寮があり、全国から身元が判然としない人物が多く出入りしていた。私は南相馬に10年以上根を下ろし、大家さんや地元の方に良くしてもらっている。強盗の片棒を担いだと思われていたのは残念です」 救済制度の周知不足  B氏から話を聞くうちに、犯罪被害者救済制度を知らないことが明らかになった。福島県は犯罪被害者等支援条例を2022年4月に施行しているが、取り調べた警察や検察、居住地の南相馬市からは同制度が十分に周知されていなかった。筆者の取材を受ける中で同制度の存在を知り、検察から渡された手引きを見返すと支援の内容が載っていた。 犯罪被害者支援に特化した条例を制定している県内の自治体 白河市、喜多方市、本宮市、天栄村、北塩原村、西会津町、湯川村、金山町、昭和村、西郷村、矢吹町、棚倉町、塙町、三春町、小野町、広野町、楢葉町 (警察庁「地方公共団体における犯罪被害者等施策に関する取組状況」より)  犯罪被害者を支援する条例は岩手県以外の都道府県が制定する。被害者やその家族が被害から回復し、社会復帰できるように行政と事業者、支援団体の連携と相談体制、被害に対する金銭的支援を定めたもの。福島県は「犯罪被害者等見舞金」として、各市町村が給付する見舞金を半額補助している。  けがを負わされた被害者は治療費が掛かるし、外傷は治っても心理的ショックは長期間なくなることはない。その間は仕事に就けなくなる可能性も高い。B氏も額のけがが気になり、しばらく人前に出られなかったという。  問題意識を持って被害者支援に特化した条例を制定する市町村も出て来た。警察庁の2023年4月1日現在の統計によると、県内では表の17市町村が制定している。南相馬市は制定していない。  条例があることは当事者への理解が進んでいる自治体のバロメーターと言っていい。近年制定した自治体には、凄惨な事件の舞台となったところもある。誰もが加害者と被害者になってはいけない。だが、現に起こり、近しい人の協力だけでは復帰は難しく、公的支援が必要だ。南相馬市で発生した二つの事件を機に、全県で実効性の伴う犯罪被害者・家族の支援体制を整備するべきだ。

  • 陸自郡山駐屯地「強制わいせつ」有罪判決の意義

    陸自郡山駐屯地「強制わいせつ」有罪判決の意義

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊内で起こった強制わいせつ事件で、被告の元自衛官の男3人に懲役2年執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。被害者の元自衛官五ノ井里奈さんは、顔と実名を出し社会に訴えてきた。福島県では昨年、性加害をしたと告発される福島ゆかりの著名人が相次いだ。被害者が公表せざるを得ないのは、怒りはもちろん、当事者が認めず事態が動かないため、世論に問うしか道が残っていないからだ。2024年はこれ以上性被害やハラスメント告発の声を上げずに済むよう、全ての人が自身の振る舞いに敏感になる必要がある。(小池航) 本誌が報じてきた性被害告発 被告たちを撮ろうとカメラを構えるマスコミ=2023年12月12日。 裁判所を出る関根被告(左)と木目沢被告(右)=同10月30日。  陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊の男性隊員3人が同僚の女性隊員を押し倒し腰を押しつけたとして強制わいせつ罪に問われた裁判で、福島地裁は昨年12月12日に懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した(肩書は当時)。有罪となった3人はいずれも郡山市在住の会社員、渋谷修太郎被告(31)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(30)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。刑事裁判に先立って3人は自衛隊の調査で被害女性への加害行為を認定され、懲戒免職されていた。  冒頭の報じ方に違和感を覚える読者がいるかもしれない。それは、裁判の判決報道のひな形に則り、刑事裁判の主役である被告人をメーンに据えたからだ。定型の判決報道で実態を表せないほど、郡山駐屯地の強制わいせつ事件は有罪となるまで異例の道筋をたどった。被害を受けた元女性自衛官が顔と実名を出して、一度不起訴になった事件の再調査を世論に訴える必要に迫られたためだ。  被害を実名公表したのは五ノ井里奈さん(24)=宮城県東松島市出身。2021年8月の北海道矢臼別演習場での訓練期間中に宴会が行われていた宿泊部屋で受けた被害をユーチューブで公表した。防衛省・自衛隊が特別防衛監察を実施して事件を再調査し、男性隊員らによる性加害を認め謝罪するまでには、自衛隊内での被害報告から約1年かかった。加害行為に関わった男性隊員5人のうち技を掛けて倒し腰を押しつける行為をした3人が強制わいせつ罪で在宅起訴された。被告3人はわいせつ行為を否定。うち1人は腰を振ったことを認めたが「笑いを取るためだった」などとわいせつ目的ではなかったと主張。しかし、3人とも有罪となった。原稿執筆時の12月21日時点で控訴するかどうかは不明。  筆者は福島地裁で行われた全7回の公判を初めから終わりまで傍聴した。注目度が高かったため、マスコミや事件の関係者が座る席を除く一般傍聴席は抽選だった。本誌は裁判所の記者クラブに加盟していないため席の割り当てはない。外勤スタッフ8人総出で抽選に臨み、何とか傍聴席を確保できた。判決公判は一般傍聴席35席に202人が抽選に臨み、倍率は5・77倍だった。  事件を再調査した特別防衛監察は、これまではおそらく取り合ってこなかったであろう自衛隊内のハラスメント行為を洗い出した。自衛隊福島地方協力本部(福島市)では、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否した隊員に接種を強要するなどの威圧的な言動をしたとして、同本部の50代の3等陸佐を戒告の懲戒処分にした(福島民報昨年11月27日付より)。  ある拠点の現役男性自衛官は特別防衛監察後の変化を振り返る。  「セクハラ・パワハラを調査するアンケートや面談の頻度が増えた。月例教育でも毎度ハラスメントについて教育するようになり、掲示板には注意喚起のチラシが張られている。男性隊員は女性隊員と距離を置くようになり、体に触れるなんてあり得ない」  特別防衛監察によりセクハラ・パワハラの実態が明るみになったことで自衛隊のイメージは悪化し、この男性自衛官は常に国民の目を気にしているという。  「自衛隊は日本の防衛という重要任務を担っていて国民が清廉潔白さを求めているし、実際そうでなければならない。見られているという感覚は以前よりも強い」 今年2024年は自衛隊が発足して70年。軍隊が禁じられた日本国憲法下で警察予備隊発足後、保安隊、自衛隊と名前を変えた。国民の信頼を得る秩序ある組織にするには、ハラスメント対策を一過性に終わらせず、現場の声を拾い上げて対処する恒常的な仕組みの整備が急務だ。 本誌が向き合ってきた証言 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  性加害やハラスメントは自衛隊内だけではない。本誌は昨年、福島県ゆかりの著名人から性被害を受けたとする告発者の報道に力を入れてきた。加害行為は立場が上の者から下の者に行われ、被害者は往々にして泣き寝入りを迫られる。  昨年2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔 飯舘村出身女優が語る性被害告発の真相」では、飯舘村出身の女性俳優大内彩加さんが、所属する劇団の主宰である谷賢一氏から性行為を強要されたと告発、損害賠償を求めて提訴した。谷氏は否定し、法廷で争う。谷氏は原発事故後に帰還が進む双葉町に移住し、演劇事業を繰り広げようとしていた。東京の劇団内で谷氏によるセクハラやパワハラを受けていた大内さんは新たに出会った福島の人々にハラスメントが及ぶのを恐れ、実態を知らせて防ぐために被害を公表したと語った。  7月号では大内彩加さんにインタビューし、性被害告発後に誹謗中傷を受けるなど二次被害を受けていることを続報した。  4月号「生業訴訟を牽引した弁護士の『裏の顔』」では、演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優Aさんが損害賠償を求めて提訴した。馬奈木氏は県内では東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長として知られていたが、Aさんの提訴前の2022年12月に退いていた。本誌も記事でコメントを紹介するなど知見を借りていた。  8月号「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、元職員が性被害を訴えた。証言を裏付けるため、筆者は被害者から相談を受けた刑事を訪ねたり、被害を訴える別の人物の証言記録を確認し、掲載にこぎつけた。8月号発売の直前に学園側は記事掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立ててきたが、学園側は裁判所の判断を待たず申し立てを取り下げた。9月号ではその時の審尋を詳報した。  本誌が報じてきたのはハラスメントがあったことを示すLINEのやり取りや音声、知人や行政機関への相談記録など被害を裏付ける証拠がある場合だ。ただし、証拠を常に示せるとは限らない。泣き寝入りしている被害者は多々いるだろう。五ノ井さんの証言を認め、裁判所が下した有罪判決を契機に、まずは今まさに被害を訴えている人たちの声に、世の中は親身に耳を傾けるべきだ。

  • 五ノ井里奈さんに届けたパンプス

    五ノ井里奈さんに届けたパンプス

    ノンフィクション作家 岩下明日香  元自衛官の五ノ井里奈さんが、陸上自衛隊郡山駐屯地の部隊内で受けた性被害を実名告発した後、マスコミと世論が関心を持つまでには時間を要した。告発当初から取材し、五ノ井さんの著書『声をあげて』の構成を手掛けたノンフィクション作家が振り返る。 名もなき元自衛官の女性が閉塞的な日本社会に大きな風穴を開ける。 五ノ井里奈さん=筆者撮影  台風接近により、天候が崩れるという天気予報に憂いた。電車が動かなくなったら東京から郡山までたどり着けないかもしれない。「本当に彼女が自衛官だったかもわからない」「交通費は出さない」と編集部が躊躇していた取材のため、自腹を切った新幹線の切符が紙くずになるかもしれない。そんな心配は杞憂だった。  2022年7月5日、昼過ぎに降り立った郡山は、早足で夏がやってきたかのように汗ばむ真夏日だった。  郡山を訪れたきっかけは、元自衛官・五ノ井里奈さんに会うためだ。五ノ井さんは、自衛隊を6月28日に退官し、その翌日にユーチューブ『街録チャンネル』などの動画を通じて自衛隊内で受けた性被害を告発していた。瞬く間にソーシャルメディアで拡散され、それが雑誌系ウェブメディアの業務委託記者をしていた筆者の目に留まったのだ。  動画のなかの五ノ井さんは、取り乱すことなく、卑劣な被害の経緯を淡々と語っていた。当時、まだ五ノ井さんは22歳という若さ。純粋な眼差しとあどけなさが残っていた。  五ノ井さんを含め、性犯罪に巻き込まれた被害者を記事で取り上げるとき、証言だけではなく、裏取りができないと記事化は難しい。説得力のある記事でなければ、被害者は虚偽の証言をしているのではないかという疑いの目が向けられ、インターネット上で誹謗中傷が膨らむという二次被害のリスクも孕む。  実際に記事にするとはあらかじめ約束できない取材だった。もし記事にできなかったら、追いつめられている被害者を落胆させてしまうから。懺悔すれば、最終的に記事を出すことができなかったことは一度ではなく、その度に被害者を傷つけているような罪悪感に駆られるのだ。  五ノ井さんにも確定的なことを約束せずにいた。被害者の証言を裏付けるものを見つけられるのか。話を聴いてみないとわからないと思い、郡山を目指した。  真夏日の郡山駅に到着してすぐに駅周辺を探索した。当時はまだコロナ禍で、駅ビルのカフェにはちらほら人がいる程度。人目があるとナイーブな話はしにくいだろうと思い、静かな場所を求めて駅の外へ出た。  すると、駅前にある赤い看板のカラオケ店が目に飛び込んできた。コロナ禍の影響で、カラオケ店ではボックスをリモートワーク用に貸し出していた。カラオケボックスなら防音対策がしっかりして静かだろうと思い、店員に料金を聞いてから、早々に駅に引き返し、待ち合わせ場所である新幹線の改札口前で待機した。  改札を出て左手にある「みどりの窓口」付近から発着する新幹線を示す電光掲示板を眺めていると、カーキ色のTシャツに迷彩ズボンをはいた男性がベビーカーを押して、改札前で足をとめ、妻らしき女性にベビーカーを託した。改札を通っていく妻子を見送る自衛官らしき男性が手を振って見送っていた。  近くに駐屯地でもあるのだろうか。それくらい筆者は自衛隊や土地に疎かった。当時はまだ、五ノ井さんが郡山駐屯地に所属していたことすら知らなかった。  しばらくすると、キャップを目深に被った青いレンズのサングラスをかけた人がこちらに向かって歩いてきた。半袖に短パンのラフな格好。  「あっ!」  青いサングラスの子が五ノ井さんだとすぐにわかった。五ノ井さん曰く、駐屯地が近くにあり、隊員が日ごろからウロウロしているため、サングラスと帽子で隠していたという。地方の平日の昼過ぎ、しかもコロナ禍で人の出が減り、わりと閑散としていた駅では、青いサングラスがむしろ目立っていた。「地元のヤンキー」が現れたかと思い、危うく目をそらすところだったが、大福のように白い肌と柔らかい雰囲気は、まさしく動画で深刻な被害を告白していた五ノ井さんであった。 必ず書くと心に決めた瞬間  五ノ井さんは、カラオケ店のドリンクバーでそそいだお茶に一口もつけずに淡々と自衛隊内で起きていたことを語った。淡々とではあるが、「聴いてほしい、ちゃんと書いてほしい」と必死に訴えてきてくれた目を今でも覚えている。会う前までは不確定だったが、必ず書くと心に決めた瞬間があった。五ノ井さんがこう言い放った瞬間だ。  「ただ技をキメて、押し倒しただけで笑いが起きるわけがないじゃないですか」  五ノ井さんは3人の男性隊員から格闘の技をかけられ、腰を振るなどのわいせつな行為を受けた。その間、周囲で見ていた十数人の男性自衛官は、止めることなく、笑っていた。男性同士の悪ノリで、その場に居合わせたたった1人の女性を凌辱していた場面が筆者の目に浮かんだ。目の奥が熱くなって、涙がわっと湧き溢れて、マスクがせき止めた。  自衛隊という上下関係が厳しく、気軽に相談できる女性の数が圧倒的に少ない環境で、仲間であるはずの隊員を傷つける行為。どうして周囲の人が誰も止めに入らないのか。閉ざされた実力集団において、自分よりも弱い者を攻撃することで、自分は強いという優位性を誇示したかったのだろうか。  ときに力の誇示は、暴力に発展する。国防を担う自衛隊は、国民を守るために「力」を備える。だが、それがいとも簡単に「暴力」に変わり、しかも周囲は「そういうものだ」とか「それくらいのことで」と浅はかに黙認する。そして一般社会の感覚とはかけ離れていき、集団的に暴力に寛容になり、エスカレートしていくのではないだろうか。  閉ざされた環境からして、被害者は五ノ井さんだけではないはずだ。取材を続ける意義は大きいと確信した。カラオケボックスにある受話器が「プルルルル~」とタイムリミットを知らせてきたが、2回ほど延長してじっくり話を聴いた。  五ノ井さんがユーチューブで告発してから2週間後、筆者の書いた記事は『アエラ』のウェブ版で配信された。すると、瞬く間に拡散され、同日中には野党の国会議員が防衛省に「厳正な調査」を要請し、事態が大きく動き出した。  さらに五ノ井さんは、防衛大臣に対して、第三者委員会による再調査を求めるオンライン署名と、自衛隊内でハラスメントを経験したことがある人へのアンケート調査も実施。署名を広く呼び掛けるために東京都内で記者会見の場を設けた。オンライン署名は1週間で6万件を突破し、署名サイトの運営者は「個人に関する署名でここまで集まるのはこれまでになかった」というほどの勢いだ。五ノ井さんのSNSのフォロワーも驚異的に伸び、同じような経験をしたことがあるという匿名の元隊員からの書き込みをも出てきた。  だが、現実は厳しかった。7月27日に開いた記者会見に足を運ぶと、NHKの女性記者1人だけ。遅れて朝日新聞の女性記者がもう1人。そして筆者をあわせて、マスコミはたったの3人だった。真夏に黒いリクルートスーツを身にまとった五ノ井さんは、空席の目立つ記者席に向かって、声を振り絞った。  「中隊内で隠ぺいや口裏合わせが行われていると、内部の隊員から聞いたので、ちゃんと第三者委員会を立ち上げ、公正な再調査をしてほしいです」 マスコミの反応が薄かった理由  静かに終わった会見後、五ノ井さんはコピー用紙に書き込んだ数枚のメモを筆者に差し出した。報道陣から質問されそうなことを事前にまとめ、答えられるように用意していたのだ。手書きで何度も書き直した跡が残っていた。なのに、ほとんど質問されなかった。結局、五ノ井さんのはじめての会見を報じたのは、筆者だけだった。  SNS上では反響が大きかったにもかかわらず、当初、マスコミの反応は薄かった。理由はおそらく2つ考えられる。1つ目は、五ノ井さんが強制わいせつ事件として自衛隊内の犯罪を捜査する警務隊に被害届を出したものの、検察は5月31日付で被疑者3人を不起訴処分にしていたから、司法のお墨付きがない。2つ目は、自衛隊に限らず、大手マスコミ自体も男性社会かつ縦社会でハラスメントが起こりやすい組織構造を持っているから、感覚的にハラスメントに対して意識が低い。  一度不起訴になった性犯罪を、あえて蒸し返す意義はどこにあるのか。昭和体質の編集部が考えることは、筆者もよくわかっている。刑事事件で不起訴になったとしても、警務隊や検察が十分な捜査を尽くしていなかった可能性があるにもかかわらず。  マスコミの関心が薄い反面、ネット上では誹謗中傷が沸き上がった。署名と同時に集めていたアンケート内には殺害予告も含まれていた。心無い言葉の矢がネットを通じて被害者の心を引き裂く「セカンドレイプ」にも五ノ井さんは苦しみ、体調を崩しがちになった。それでも萎縮することなく、五ノ井さんは野党のヒアリングに参加した。顔がほてり、目がうつろで今にも倒れそうな状態で踏ん張っていた。  8月31日に市ヶ谷に直接出向き、防衛省に再調査を求める署名とアンケート結果を提出。この時にやっとテレビも報じはじめた。少しずつマスコミと世論が関心を持ちだし、防衛省も特別防衛監察を実施して再調査に乗り出す。  そのわずか1カ月後の9月29日、自衛隊トップと防衛省が五ノ井さんの被害を認めて謝罪する異例の事態が起きた。この日、五ノ井さんから「パンプスがこわれた」というメッセージを受け取っていた。防衛省から直接謝罪を受けるため、急いで永田町の議員会館に向かっている途中で片方のヒールにヒビが入ったらしい。相当焦って家を出てきたのだろう。引き返す時間がないため、そのまま議員会館に行くという。  「足のサイズは?」  「わからないです。二十何センチくらい。全然これでもいけるので大丈夫です!」  筆者も永田町に急いでいた。ヒールにヒビが入ったというのが、靴の底が抜けて歩けないような状態を想像し、それはピンチと思い、GUに駆け込んで黒のパンプスを買ってから議員会館に向かった。到着して驚いたのが、ほんの1カ月半前までは大手メディアからほぼ注目されていなかったのに、この時は立ち見がでるほど報道陣で会場が埋め尽くされた。議員秘書経由でパンプスは五ノ井さんに届けられたが、すぐに謝罪会見は始まり、履き替える時間もなかったのか、ヒビの入ったヒールのまま五ノ井さんが会場に入ってきた。防衛省人事教育局長と陸幕監部らは、五ノ井さんと向かい合うようにして立ち、頭を下げて謝罪すると、五ノ井さんも小さく頭を垂れた。  郡山で取材をした時には、淡々と被害を語っていた五ノ井さんだったが、この日は悔しさがにじみ出るように目が赤かった。防衛省・自衛隊に向けて言葉を詰まらせた。  「今になって認められたことは……、遅いと思っています」  もし自衛隊内で初動捜査を適切に行っていたら、被害者が自衛隊を去ることも、実名・顔出しすることもなく、誹謗中傷に苦しむこともなかっただろう。  後日、五ノ井さんはばつが悪そうに言うのだ。  「パンプス、ぶかぶかでした」  100円ショップで中敷きを買って詰めてもぶかぶかですぐ脱げるようだ。その場しのぎで買った安物を大事に履こうとしてくれていた。 裁判所を出る被告3人を見届ける 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  防衛省・自衛隊がセクハラの事実を認めてからも、五ノ井さんの闘いは続く。10月には加害者4人からも対面で謝罪を受け、12月には5人が懲戒免職になった。  さらに、不起訴になった強制わいせつ事件を郡山検察審査会に不服申し立てをし、2022年9月に不起訴不当となり、検察の再捜査も開始。2023年3月には不起訴から一転、元隊員3人は在宅起訴された。6月から福島地裁で行われていた公判で、3人はいずれも無罪を主張。五ノ井さんは初公判から福島地裁に足を運び、被告らや元同僚の目撃者らの発言に耳を傾けた。そこにはいつも、実家の宮城県から母親が駆けつけていた。  4回目の公判。被告人質問を終えた被告3人が裁判所から出ていく姿を、母親と筆者は見届けた。  「親が娘の代わりに訴えることはできるんでしょうか……」  涙を目に溜めながら言う母親に返す言葉が見つからず、背中をさすった。被告の1人が、五ノ井さんを押し倒して腰を振った理由を「笑いをとるためだった」と公判で発言したのを、母親も間近で聞いていた。被告に無罪を主張する権利があるとはいえ、被害者はもちろん、その家族もどれほど心をえぐられたことか。それでも親子は半年間にわたるすべての公判を傍聴し続けた。  福島地裁は12月12日、被告3人にそれぞれ懲役2年執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。  被害から2年以上が経過し、五ノ井さんは現在24歳。希望と可能性に溢れていたはずの20代前半を、被害によってすべてを奪われ、巨大組織と性犯罪者と対峙してきた。その姿にいま、世界が目を向けている。  英『フィナンシャル・タイムズ』による「世界で最も影響力がある女性25人」を皮切りに、米誌『タイム』は世界で最も影響力がある「次世代の100人」に、英公共放送BBCも「100人の女性」(2023年)に五ノ井さんを選出した。  判決の翌日、外国特派員協会で会見を開いた五ノ井さんは、前を向いて堂々と語った。  「世の中に告発してから約2年間、自分の人生をかけて闘ってきました。被害の経験は必要ありませんでしたが、無駄なことは何一つありませんでした。誹謗中傷も、公判も、人との関わりも、そのすべてが自分の人生を鍛えてくれる種となり、生きていく力に変わりました。私にとってはすべてが学びでした」  閉塞的な社会に風穴を開けた功績は、ロールモデルとして人々に勇気を与えていくだろう。 いわした・あすか ノンフィクション作家。1989年山梨県生まれ。『カンボジア孤児院ビジネス』(2017、潮出版)で第4回「潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。五ノ井里奈さんの近著『声をあげて』(2023、小学館)の構成を務める。現在はスローニュースで編集・取材を行う。

  • 運営法人の怠慢が招いた小野町特養暴行死

     小野町の特別養護老人ホーム「つつじの里」で起きた傷害致死事件をめぐり、一審で懲役8年の判決を言い渡された同特養の元職員・冨沢伸一被告(42)は判決を不服として昨年12月5日付で控訴した。  地裁郡山支部で同11月に行われた裁判員裁判の模様は先月号「被害者の最期を語らなかった被告」をご覧いただきたいが、公判の行方と併せて注目されるのが同特養を運営する社会福祉法人「かがやき福祉会」の今後だ。  同福祉会に対しては、県と小野町が2022年12月以降に計7回の特別監査を実施。  町は昨年10月、介護保険法に基づき、同特養に今年4月まで6カ月間の新規利用者受け入れ停止処分を科し、同福祉会に改善勧告を出している。  《施設職員らへの聞き取りなどから、介護福祉士の職員(本誌注・冨沢被告)が入所者の腹部を圧迫する身体的虐待を行い、死亡させたと認定した。別の職員が入所者に怒鳴る心理的虐待も確認した。法人の予防策は一時的で介護を放棄の状態にあったとした》(福島民報昨年10月20日付より)  法人登記簿によると、かがやき福祉会(小野町)は2018年12月設立。資産総額1億6000万円。公表されている現況報告書(昨年4月現在)によると、理事長は山田正昭氏、理事は猪狩公宏、阿部京一、猪狩真典、斎藤升男、先﨑千吉子の各氏。資金収支内訳表を見ると、23年3月期は620万円の赤字。  「現在の理事体制で法人・施設の運営が改まるとは思えない」  と話すのは田村地域の特養ホームに詳しい事情通だ。  「職員の間では冨沢氏が問題人物であることは周知の事実だった。今回の傷害致死事件も、法人がきちんと対応していれば未然に防げた可能性が高かった」(同)  事情通によると、事件が起きる8カ月前の2022年2月、介護福祉士の資格を持つ職員6人が一斉に退職した。このうちの2人は、冨沢被告と同じユニットリーダーを務める施設の中心的職員だった。  6人が一斉に退職した理由は、法人が自分たちの進言を真摯に聞き入れようとしなかったことだった。  「冨沢氏が夜勤の翌日、入所者を風呂に入れると体にアザがついている事案が度々あり、職員たちは『このままでは死人が出る』と本気で心配していたそうです。理事に『冨沢氏を夜勤から外すべき』と意見を述べる職員もいたそうです。しかし、理事は『冨沢にはきちんと言い聞かせたから大丈夫だ』と深刻に受け止めなかった。こうした危機意識の無さに6人は呆れ、抗議の意味も込めて一斉に退職したのです」(同)  有資格者がごっそりいなくなれば運営はきつくなるが、後任者の補充は上手くいかなかった。こうした中で、他の入所者にも暴力を振るっていた疑いのある冨沢被告が人手不足による忙しさから暴力をエスカレートさせ、今回の悲劇につながった可能性は大いに考えられる。  「法人に理事を刷新する雰囲気は全くない。亡くなった植田タミ子さんを当初『老衰』と診断した嘱託医もそのまま勤務している。変わったことと言えば昨年夏、ケアマネージャーの女性に事件の責任を負わせ辞めさせたことくらい。しかし、そのケアマネは『なぜ私なのか』と猛反発していたそうです」(同)  山田理事長は町から改善勧告を受けた際、マスコミに「全てを真摯に受け止め、職員一丸で信頼回復に努める」とコメントしたが、職員の進言を聞き入れず、冨沢被告の素行を見て見ぬふりをした理事を刷新しなければ信頼回復は難しいし、入所者の家族も安心して施設に預けられないのではないか。 ※かがやき福祉会に今後の運営について尋ねたところ「行政の指導に従って運営していく。理事変更の話は出ていない」(担当者)とコメントした。 あわせて読みたい 【小野町特養殺人】容疑者の素行を見過ごした運営法人 小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

  • 郡山【大麻アパート】に見る若者の栽培・密売参入

     全国で若者が大麻栽培に手を染めている。郡山市では20~30代のグループがアパートと一軒家で大規模栽培していた。県警が1度に押収した量としては過去最多。栽培手法をマニュアル化して指南する専門集団が存在し、都会や地方を問わず新規参入が増える。流通量増加の要因には、若年層がネットを介し安易に入手できるようになったことがある。乱用や売買が強盗や傷害事件につながるケースもあり、郡山産の大麻が全国の治安悪化に与えた影響は計り知れない。(一部敬称略) 「電気大量消費」「年中カーテン」の怪しい部屋  7月14日、郡山市内の公園で通行人が落とし物のバッグを警察に届けると、中に液体大麻0・5㌘が入っていた。液体大麻は大麻リキッドとも呼ばれ、幻覚成分を抽出・濃縮した物。電子タバコで吸入する。  液体大麻入りのバッグを所持していた20代女の知人を含む男女4人が逮捕されたのは、バッグの発見から約半月後だった。  7月28日付の福島民友は、福島、愛知の両県警が営利目的で大麻を所持したとして、郡山市内の20~30代の主犯格を含む男女4人を逮捕したと伝えた。押収された乾燥前の大麻草270鉢(末端価格7000万円以上)は、福島県内で一度に押収した量としては過去最多という。両県警は組織的な大麻栽培・密売事件とみて合同捜査しており、主犯格は愛知県警が逮捕した。液体大麻が入っていたバッグを落とした女も栽培に加担した容疑で逮捕された。  11月中旬までに栽培・譲渡に関与したとみられる県内の男女9人と県外の購入者6人の計15人が逮捕された。主犯格の斉藤聖司(32)と一員の山田一茂(34)、箭内武(28)の郡山市の3人と、白河市の松崎泰大(37)は起訴され、山田と箭内の公判は地裁郡山支部で審理中だ。  栽培場所は郡山市安積町笹川経蔵のアパートと同市笹川2丁目の一軒家だった。アパートの家賃は月5万9000円。グループの一員が通い、エアコンや扇風機で温度と湿度を常時管理して大麻草を育て、乾燥後にジップロックに詰め発送していた。県警がマスコミを通して公表した現場写真からは、部屋に所狭しと大麻の鉢が置かれ、照明と遮光シートを設置しているのが分かる。裁判では、生育を促すCO2発生装置や脱臭機を使っていたと言及があった。  過去に薬物事犯で検挙された経験がある元密売人は写真を見て、  「かなり部屋が狭いし鉢植えも小さいですね。小規模な組織と思われます。大規模組織は広い敷地で水耕栽培するからです。大麻の需要増に応じてここ2、3年は新規栽培者が増えている。都会や地方を問わず、全国で人知れず栽培している事例は多い」と話す。  大麻押収量と検挙者は格段に増えている。全薬物犯罪の検挙者は過去10年間で1万2000~1万4000人の間を増減。覚醒剤、大麻の順に多い。2022年は全検挙者1万2000人のうち、覚醒剤に絡む者が6000人(50%)、大麻に絡む者が5500人(45%)=出典は警察庁、厚生労働省、海上保安庁の統計を厚労省が集計したもの。以下同。\  覚醒剤に絡む犯罪は依然として多く見過ごせないものの減少傾向にある。過去10年では2015年の1万1200人をピークに22年に6200人に減った。一方で大麻は13年の1600人から21年には過去最多の5700人と3・5倍も増えている。  検挙者数は氷山の一角で、乱用者はもっと多いと推測される。全薬物犯罪とその大半を占める覚醒剤犯罪が減少傾向なのに大麻犯罪が急増しているということは、大麻が急速に流行していることを意味する。  県警刑事部・組織犯罪対策課によると、検挙者の特徴は、覚醒剤は中高年や再犯者が多く、大麻は若者の初犯者が多いという。2022年に県警が検挙した薬物犯罪は大麻が29人中、初犯者は25人で約86%を占めた(県内の過去10年の推移はグラフ参照)。覚醒剤は45人中、初犯者は12人で約27%、大半が再犯者だ。大麻検挙者のうち8割以上が30代以下で、覚醒剤検挙者のうち6割が40代以上だった。若者に流行る大麻と中高年に多い覚醒剤。これは全国・県内とも同じ傾向だ。  関東信越厚生局麻薬取締部の部長を務めた瀬戸晴海氏の著書『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書、2022年)の題名通り、若年層がネットを通じて大麻を手にするようになった。「海外では合法」といったイメージが先行しているためだという。  注射する覚醒剤に比べ、大麻はタバコのように吸入し乱用方法が簡易。さらに1㌘当たりの末端価格が1万円台の覚醒剤に比べて、大麻は同5000円と安いことも若者が手を出し易い要因だ。  関西の4大学は共同調査し、大麻や覚醒剤などの危険ドラッグを「手に入る」と考える大学1年生が4割に上るとの結果を11月に発表した。手に入ると答えたうち8割が「SNSやインターネットで探せば見つけることができるから」という理由を挙げた。 栽培指南に特化  大麻が若者に浸透する中、福島県内でも過去に前例のない規模で栽培されていても不思議ではない。郡山市で違法栽培されていた大麻はアパートで乾燥後、流通を担う個人や組織を通じて全国で売買されていたとみられる。  「都内への流通やコスト面に限って言えば、福島県が特別栽培地として選ばれているとは思えない。栽培地に地方が有利な点を強いて挙げるとすれば、家賃が安いことと、捜査員の充てられる人数が少ないため摘発リスクが都会に比べて低いことぐらいではないでしょうか」(前出の元密売人)  新規栽培が増える背景には、育て方を指南する集団・個人の存在がある。栽培手法はマニュアル化され、フランチャイズのように売り上げの何割かを受け取る契約で全国に波及する。指南に特化することで効率化を図り、検挙リスクの高い流通・密売には積極的に関わらない。  栽培者は自ら顧客に売るか流通担当者に流す。違法な物を売るため、表立って取引はできない。ここで登場するのがSNSと秘匿性の高いアプリだ。先払いが鉄則だという。  「物を先に渡すと代金を払わないで逃げられてしまう可能性が高い。違法な物を販売しているので、逃げられても通報できない弱みがある。顧客も犯罪傾向が進んでいる者が多いので不払いに躊躇がない。タタキ(強盗)と言って、約束の品を持ってきたところで暴行を受け強奪されることもある」(同)  福島県のような地方の場合、そもそも若者の割合が少ないので、大麻に関して言えば乱用地というよりも供給地の性格が強くなる。  「栽培者は隠語で『農家』と呼ばれます。また聞きですが、福島県内のある山間地では、野菜栽培を装ってビニールハウス内で大麻草を栽培している人がいると聞いたことがあります」(同)  アパートの一室でも農地でも。大麻はそれだけ身近に潜んでいるということだ。部屋の貸主が気づく術はあるのか。  「空調を常時管理するため電気代が異常に掛かります」(同)  郡山市の大麻栽培・密売事件の裁判では、栽培場所のアパートや一軒家の電気代が毎月3~7万円掛かっていたことが明かされた。一軒家に至っては「1階の電気を点けたらブレーカーが落ちる」とメンバーが気を使っていたほど。  もう一つは臭いだ。栽培現場には脱臭機があった。「大麻の苗も乾燥した物も独特の臭いがあり、身近な人もそうでない人も嗅げば異変を感じる。鉢植えで育てれば土の臭いもある。異臭を外に出さないため部屋は常に閉め切っているはず」(同)  大家は、高額な電気代と年中部屋を締め切っている部屋があったら注意した方がいい。 テレグラムは必須  前出『スマホで薬物を買う子どもたち』は、非行と無縁だった若者が大麻をスマホで買っている現状を書く。大麻をきっかけに生活や人間関係が破綻し、より幻覚作用が強い薬物に手を出し依存。薬物代を稼ぐため自らも大麻栽培・密売に手を出す事例を紹介している。大麻が「手軽」なイメージとは裏腹に、薬物の入り口を意味する「ゲートウェイドラッグ」と呼ばれる所以だ。乱用の兆候はあるのか。  「顧客と売人の取引には必ずと言っていいほどX(旧ツイッター)とテレグラムが使われます。Xで薬物の隠語を使って不特定多数に呼び掛け、通信が暗号化されるテレグラムでのやり取りに誘導する」(同)  テレグラムは秘匿性の高いアプリの一つ。通信が暗号化され、捜査機関の解析が困難になる。もともとは中国やロシアなど強権国家で人権活動家が当局の監視を避けるために開発されたが、技術は使いようで、日本では薬物の取引や闇バイトの募集などに悪用されている。  「秘匿性の高いアプリには、他にウィッカー、シグナル、ワイヤーなどがあるが、ウィッカーは近々サービスを終了。シグナルは電話番号の登録が必要で相手にも通知されるので好まれない。もっとセキュリティが高度なアプリもあるが、その分通信性能が落ち、使っている人も少ないから、誰もが使うテレグラムに落ち着く」(同)  通信の秘密は守られて然るべきだが、これらのアプリが実際に犯罪行為に使われている以上、もし情報セキュリティに無頓着だった家族や知人が突如ダウンロードしていたら警戒する必要がある。  大麻は凶悪犯罪の「ゲートウェイ」でもある。昨年3月にJR福島駅に停車した新幹線内で起こった傷害事件は、犯人の23歳男が大麻を大阪府の知人から譲り受けようと岩手県から無賃乗車し、車掌に咎められて暴れたのが原因だった。  裁判には男の大麻依存傾向を診断した医師が出廷し、より強い作用を求めて濃縮した液体大麻を乱用していたこと、優先順位の最上に大麻があり、崇めるような精神世界を築いていたことを証言した。「薬物乱用者に言えることだが、何が悪いか理解できない以上、いま反省するのは難しい」とも。証人として出廷した母親は、涙を流しながら息子が迷惑を掛けたことをひたすら悔いていた。  家族と言えども、スマホの先で誰とつながっているかは分からない。異変を察知するためにまずできることは、帰省した我が子に「テレグラムやってる?」とカマをかけるぐらいだ。

  • 【南会津】放射能検査団体「着服事件」の背景

    【南会津】放射能検査団体「着服事件」の背景

     同協議会は10月24日に女性臨時職員による着服があったことを公表し、翌25日付の地元紙でこの問題が報じられた。以下は、同日付の福島民友より。 コメ全量検査終了で組織に緩み!?    ×  ×  ×  ×  農産物の放射性物質検査などを行っている「南会津地域の恵み安全対策協議会」は24日、臨時職員が685万7127円を着服していたことが判明したと発表した。着服が分かった職員は40代女性で、10日付で懲戒解雇となった。全額返済していることなどから、同協議会は刑事告訴は行わないとしている。  同協議会は福島県南会津町、下郷町、只見町、JA会津よつばなどで構成。南会津町に事務所を置き、同JAが事務局を担当している。  同JAによると、女性は会計事務を担当し、2021年5月~22年9月に数十回に分けて同協議会の貯金口座から現金を払い戻して、着服した。  1回の着服額は少ない時で数百円、多い時で約30万円だった。通帳などは金庫に入れられ、金庫の鍵は上司の机にしまってあったが、上司がいないタイミングで鍵を取り出し通帳を出し入れしていた。着服した金は生活費などに充てていたという。  県から、同協議会が交付金を受けているのに決算額の繰越金が少ないのはなぜかと指摘があり、調査を進めてきた。  出納帳が任意の形式だったことなどから時間を要し、女性の関与が強まったとして今年9月に聞き取り調査を始め、今月2日に女性が着服を認めた。    ×  ×  ×  ×  この記事を見た際の最初の印象は、 「現在は農産物の放射能検査は以前ほど行われていないため、予算規模も縮小しているはずだから、着服があればすぐに分かりそうなものだが……」ということだった。  原発事故後の2012年に、県を事務局とする「ふくしまの恵み安全対策協議会」という組織が立ち上げられた。その規約には、「福島第一原子力発電所事故に伴い、本県の農林水産物は出荷制限や風評被害など深刻な被害を受けており、今後、農林水産物の安全性の確保が最大の課題となっている。このため、本協議会は、産地が主体となったより綿密な放射性物質の検査を推進するとともに、検査結果や農産物の生産履歴情報等を消費者等に提供することによって、本県産農林水産物の安全性の確保と消費者の信頼確保を図ることを目的とする」とある。  この県組織の協議会と並列する形で、各地域に協議会が設立された。地域協議会が放射性物質検査を実施し、県組織の協議会が結果の取りまとめ・公表を行う、といった形である。 役割を終えた協議会 「南会津地域の恵み安全対策協議会」の事務局を務めるJA会津よつば  今回、着服事件があった「南会津地域の恵み安全対策協議会」も地域協議会の1つ。各地域協議会はおおむね、市町村単位で設立されているが、南会津地域は、南会津町、下郷町、只見町の3町で構成される。事務局は、市町村単位で地域協議会を組織しているところは、当該市町村が担うケースが多いが、南会津地域は以前は3町持ち回りで、2018年からJA会津よつばが担当するようになったという。  そうした点からして、ほかの地域協議会とは少し成り立ちが違うわけだが、ともかく、この地域協議会が農産物の放射能検査を行ってきた。特に大きな役割を担ったのが米の検査である。県内では2012年度産米から、全量全袋検査を実施してきた。それを担ってきたのが地域協議会で、各地域協議会の構成メンバーを見ると、行政(当該市町村)、農業団体のほか、地元の米穀店などが入っている。そこからしても、地域協議会は米の全量全袋検査のための組織であることがうかがえる。  ただ、2019年度産米までは全量全袋検査が実施されてきたが、5年以上基準値超過(1㌔当たり100ベクレル以上)が出ていないことから、避難指示が出されていた区域を除き、2020年からはモニタリング(抽出)検査に切り替えられた。  これに伴い、地域協議会はほぼほぼ役割を終えた、と言っていい。実際、塙町協議会(塙地域の恵み安全対策協議会)は2021年7月に解散しており、「協議会としての役割を終えた」との判断から解散に至ったのだという。  全量全袋検査が行われていたときは、県全体で数十億円の費用がかかっており、米の収穫時期(検査時期)に合わせて人を雇うなど、言わば〝産業〟になっていた。それがなくなり、当然、地域協議会の予算規模は少なくなっているから、前述のような疑問が浮かんだのである。そもそも、地域協議会に仕事が残っているのか、との疑問もある。  この点について、南会津地域協議会の事務局を務めるJA会津よつばの担当者はこう説明した。  「業務としては、園芸品の検査(自主検査)や清算業務が残っています。そうした中で、今回の事件が起きてしまいました。今後は、管理の徹底や、JAとして内部監査の受託契約をしてもらうなどして再発防止に努めたい」  自主検査・モニタリング検査や清算業務などが残っているとのことだが、一方で、女性臨時職員は協議会の事務経費の口座管理を1人で任せられていたようだから、内部体制に問題があったということだろう。役割を終え、今後は解散に向かうであろう組織だけに、「緩み」もあったのではないかと思えてならない。少なくとも、業務が減少したのは間違いないから、そうなると、悪事を働く余裕も出てきてしまうものだ。 検査機器は廃棄物に  最後に。塙町では「役割を終えた」との判断から、2021年7月に地域協議会を解散したことを前述した。そこで気になるのが、検査機器をどうしたのか、ということだが、同協議会の事務局を務めていた町農林推進課によると、「業者に委託して処分した」とのこと。産業廃棄物扱いになるが、「処分費用は東京電力に賠償請求した」という。  今後、各地域協議会でも、「全量全袋検査が行われていたときは、検査機器数十台体制だったが、抽出検査のために、数台を残して処分する(あるいは全台処分)」ということになろう。各地域協議会には検査機器の処分と、東電への賠償請求といった業務が残っているわけ。東電からしたら、その賠償額も相当なものになるのではないか。加えて、当初は検査機器が足りない状況だったが、いまでは「廃棄物」になっているのだから、それだけ状況が変わったということでもある。

  • 楢葉町土地改良区で横領した【秋田金足農野球部OB】の町職員

    【秋田金足農野球部OB】楢葉町土地改良区で横領した町職員

     楢葉町職員(当時)が会計業務を請け負っていた2団体から計約3800万円を横領した事件の裁判が福島地裁いわき支部で行われている。罪に問われているのは一部の犯行に過ぎず、民事裁判で命じられた町や土地改良区への賠償金約4100万円は未払い。元職員は秋田県の強豪野球部出身で、被災地の復興に寄与したいと浜通りに移住した。信頼を裏切った代償は重い。 横領額3800万円 2年見過ごした杜撰な監査 職員の不祥事が相次いでいる楢葉町役場  業務上横領罪に問われているのは楢葉町産業振興課で主任技査を務めていたアルバイト従業員の遠藤国士被告(47)=秋田県井川町出身・在住。2019年4月に社会人枠で採用され、楢葉町土地改良区と、農地管理などを担う地元農家による任意団体「町多面的機能広域保全会」の事務局を任せられていた。両団体の事務は代々同課職員が行ってきた。  土地改良区の業務は主に農業用水を流す灌漑設備や水門の修繕管理で、農家など土地所有者が会員となり、理事もそこから選ばれる。事業は公益性が高く、補助金も支給されるため、資金は公金だ。楢葉町土地改良区の場合、松本幸英町長が理事長を務め、地元農家が理事、町監査委員が監事に就いている。  2団体からの横領総額は約3800万円、罪に問われているのは土地改良区絡みの横領だけだ。起訴状によると、2019年8月から翌20年3月にかけて複数回にわたり土地改良区の口座から現金を引き落とし計約670万円を横領した。今後追起訴があり、立証される横領額はさらに増える。  警察が遠藤氏の口座を調べたところ、原資不明の3700万円の入金があったというから、かすめた金の大部分は自身の口座に入れていたことがうかがえる。主にギャンブル、借金返済、生活費に使ったという。  発覚したのは横領を始めてから2年経った2021年8月だった。9月定例会に提出する補正予算案を作成する際、同土地改良区の会計資料が必要になり、上司の産業振興課長が遠藤氏に提示を求めたが、遠藤氏は突然体調不良を訴えて休暇に入り音信が途絶えた。遠藤氏は弁護士を通じて同8月23日に町に横領を認めた後、双葉署に出頭した。町が同9月8日に遠藤氏を懲戒免職した上で事件を公表し刑事告発。発覚から2年経った今年8月、同土地改良区から523万円を横領した容疑で逮捕された。  この間、町と同土地改良区は損害賠償を求めて福島地裁いわき支部に提訴していた。遠藤氏は出廷せず反論もしなかったため、2022年3月に約4100万円の賠償命令が下った。だが、支払いはなく回収できていない。この時、遠藤氏は逮捕されていなかったとはいえ、今後刑事裁判に掛けられることは明らかで、先行した民事裁判での答弁が影響することを考えたのだろう。  今年11月20日に地裁いわき支部で業務上横領罪の初公判が行われた。法廷に現れた遠藤氏は連行する警察官2人よりも長身で、体格が良い。髪は切り揃え、眼鏡をかけており聡明な印象だった。遠藤氏とはどのような人物なのか。  遠藤氏と数年前に仕事をしたことがあるという知人男性によると、秋田県の強豪、金足農業高校野球部でレギュラーを務め、卒業後に同県内の土地改良区に勤務、東日本大震災直後に宮城県で農地調査の応援に入ったという。その後、復興庁に転職し、浪江町に出向。妻子を引き連れ移住した。2018年に母校が夏の甲子園で決勝進出を決めた際には地元2紙の取材を受けており、テレビで試合中継を見ながら涙を浮かべていた。  知人男性によると、  「横領には驚きません。浪江町役場で何度か話したことがあるが、横柄な態度が鼻に付き、派手な様子でした。行動範囲が広く、生活にお金が掛かっている感じでした。秋田から決意を持って浪江に復興支援に来たはずなのに、2年もしないうちに楢葉町役場に転職し、信念がないとも映った。借金もあったというから資金ショートしていたのでしょう。ギャンブル依存症を疑います」  町民の間では、3800万円をギャンブルで使い果たすのは信じ難いと「町の裏金になっていたのではないか」という憶測が広がっていた。本誌既報の通り、楢葉町では職員による不祥事が相次ぎ、町民の不信感が強まっているため、まことしやかに語られた。  横領発覚の翌年22年には、建設課の元職員が指名業者に設計価格を漏洩したとして官製談合防止法違反などで逮捕され有罪。町は同4月に不祥事再発防止に関する第三者委員会を設置したが、わずか1週間後に政策企画課職員が無免許運転で逮捕。同12月には建設課職員が災害公営住宅の家賃管理システムを不正操作し、計127万円の家賃支払いを免れたとして懲戒免職となった。わずか2年間で100人ほどの職員のうち4人が不祥事を起こす異常事態となり、町長や管理職はその度に減給するなどの責任を取っている。  遠藤氏の裁判では、横領金の使途は主にギャンブルと明かされたため「町の裏金説」の信憑性は低い。今後はのめり込んでいたギャンブルの種類や借金の額、生活費の詳細が本人への質問で判明するだろう。 「公務員なら間違いない」とハンコ  横領の直接的な原因は、遠藤氏が自己資金で賄いきれないほどギャンブルにのめり込んでいたことだ。だが、不正会計を発見できなかった同土地改良区役員にも被害を拡大させた責任がある。  同土地改良区では年に1回、監事が監査を行っている。裁判では、ある町職員が警察の取り調べに「土地改良区の監査を担当していた監事は『遠藤氏ら公務員が間違いないと言っているので問題ないと思い押印署名した』と釈明していた」と証言していたことが明かされた。役員名簿を見ると監事は2人いるが、それでも見過ごすとは、細かいことは全て事務職員にお任せする「ザル監査」だったのだろう。  さらに遠藤氏の前任者によると、土地改良区の口座から引き落とす際には役員の決裁が必要だが、事後決裁のみで済んだという。会計管理は代々町職員が1人で担っており、それらを付け込まれた同土地改良区=町は2年に渡り、遠藤氏に公金をかすめ取られ続けることになった。  そもそも同土地改良区は震災・原発事故前から解散が検討されており、活動は活発でなかったという。  「原発被災地の土地改良区は理事や総代(会員)のなり手不足に悩んでおり、関心も低いのでチェック機能が働かない。その割に、原発賠償や農業復興という名目で補助金が潤沢に入ってくる。横領事件の背景にはそのギャップがある」(土地改良区事情に詳しい男性)  遠藤氏は原発被災地に移住後、「後輩の活躍を誇りに、浪江の復興に力を尽くしたい」(福島民報2018年8月20日付)と誓っている。だが、1年も経たずに悪事に手を染め、誓いは破られた。  第2回公判は12月25日午後1時半から地裁いわき支部で開かれる。他の横領金について新たに起訴状が提出される予定だ。

  • 小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

    小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

     小野町の特別養護老人ホームで昨年10月、入所者の94歳女性に暴行を加え死なせたとして傷害致死罪に問われていた元介護福祉士の男の裁判員裁判で、地裁郡山支部は懲役8年(求刑懲役8年)を言い渡した。男は「暴行はしていない」と無罪を主張。裁判とは別に特別監査をした町や県は、死亡原因を暴行と結論付けていた。裁判所は司法解剖の結果や男の暴行以外に死亡する可能性があり得ないことを認定し、有罪となった。法廷で男は、死亡した女性の息子から代理人を通じて「介護士として母の死に思うことはあるか」と問われ、「分からない」や無言を貫き通した。 被害者の最期を語らなかった被告 冨沢伸一被告 特別養護老人ホーム「つつじの里」  事件は昨年10月8日夜から翌9日早朝までの間に発生。小野町谷津作の特別養護老人ホーム「つつじの里」に勤める介護福祉士の冨沢伸一被告(42)=小野町字和名田下落合=が入所者の植田タミ子さん(当時94)を暴行の末、出血性ショックで死なせた。  発覚に至る経緯は次の通り。第一発見者の冨沢被告が同施設の看護師に連絡し、町内の嘱託医が「老衰」と診断、遺体を遺族に渡した。不審に思った施設関係者が警察に通報し、同11日に司法解剖を行った結果、下腹部など広範囲に複数のあざや皮下出血が見つかったことから、死因が外傷性の出血性ショックに変わった。事件発生から2カ月後の同12月7日に冨沢被告は殺人容疑で逮捕。傷害致死罪に問われた。  事件発覚後の昨年12月以降、町は県と合同で同施設に特別監査を計7回実施し、冨沢被告が腹部を圧迫する身体的虐待を行い、死亡させたと認定していた。同施設を2024年4月18日まで6カ月間の新規利用者受け入れ停止の処分とした。特別監査では別の職員が入所者に怒鳴る心理的虐待も確認。同法人の予防策は一時的で、介護を放棄している状態にあったとした(10月20日付福島民報より)。  行政処分上は冨沢被告による暴行が認定されたが、刑罰を与えるのに必要な事実の証明はまた別で、立証のハードルはより高い。冨沢被告は地裁郡山支部で行われた裁判員裁判で「暴行はしていない」と無罪を主張。弁護側は植田さんが具体的にどのような方法でけがをして亡くなったかは明らかでなく、立証できない以上無罪と、裁判員に推定無罪の原則を強調した。  冨沢被告は高校卒業後に郡山市内の専門学校で介護を学び、卒業後に介護福祉士として複数の施設に勤務してきた。暴行死事件を起こしたつつじの里には、開所と同時期の2019年10月1日から働き始めた。つつじの里は全室個室で約10床ずつ三つのユニットに分かれ定員29床。社会福祉法人かがやき福祉会(小野町、山田正昭理事長)が運営する。 入所者が暴行死したつつじの里のユニット(同施設ホームページより)  冨沢被告は職員の勤務調整や指導などを行うユニットリーダーだった。事件が起こった夜は2人態勢で、冨沢被告は夕方4時から朝9時まで割り当てられたユニットを1人で担当した。  暴行死した植田さんは2021年6月に入所した。自力で立って歩くことが困難で、床に尻を付いて手の力を使って歩いたり、車椅子に乗ったりして移動していた。転倒してけがを防止するため床に敷いたマットレスに寝ていた。  植田さんは心臓にペースメーカーを入れていた。事件3日前も病院で診察を受けたが体調は良好で、事件当日は朝、昼、晩と完食していた。それだけに、一晩での死亡は急だった。この時間帯に異変を目撃できた人物は冨沢被告しかいない。以下は法廷で明かされた植田さんのペースメーカーの記録や居室前廊下のカメラ映像、同僚の証言を基に記述する。  事件があった昨年10月8日の午後3時半ごろ、冨沢被告が出勤する。植田さんを車椅子に乗せ食堂で夕食を食べさせた冨沢被告は、午後6時半ごろに居室に連れ帰った。9日午前0時20分ごろにペースメーカーが心電図を記録していた。心電図は波形の異常を検知した時だけ記録する仕組みになっていた。同4時38分に心電図の波が消失するまでの間に冨沢被告は2回、食堂に車椅子で運び、28回居室に入った。午前3時38分、冨沢被告は「顔色不良、BEエラー」と植田さんの容体の異常を日誌に記録。4時38分に心電図の波が消失後、施設の准看護士に電話で相談した。准看護士は「俺もうダメかも知れない」との発言を聞いた。  同5時14分には別のユニットに勤務していた同僚に報告。さらに別の同僚は、冨沢被告から「警察に捕まってしまうかもしれない」と言われたという。 指さした先にいた犯人  施設の嘱託医は「老衰」と診断した。不審に思った施設関係者が警察に通報し、事件の発覚に至った。通報があったということは、冨沢被告は疑われていたということだ。裁判には施設の介護士が出廷し、昨年春ごろに植田さんの手の甲にあざがあり、虐待を疑って施設に報告していたことを証言した。  この介護士が入所者や職員が集まる食堂で植田さんの手の甲を見ると、大きなあざがあったという。口ごもる植田さんに「どうしたの」と問うとしばらく答えなかった後、「自分ではやっていない」。そして「やられた」と言った。「誰に」と問うと「男」。ちょうど食堂に男性職員2人が入ってきた。「あそこにいるか」と問うと「いない」。冨沢被告が入ってきた。介護士は同じように植田さんに聞いたが怖がっている様子で、それ以上話そうとしなかった。植田さんに介護士自身の手を持たせ、けがをさせた人物を指すように言うと冨沢被告を指した。介護士はすぐに上司に報告した。  本誌1月号「容疑者の素行を見過ごした運営法人」では、内情を知る人物の話として、2021年春ごろに冨沢被告が担当していた別の入所者の腕にあざが見つかったこと、職員が冨沢被告の問題点を上司に告げても施設側は真摯に聞き入れず、冨沢被告に口頭注意するのみだったことを報じている。運営状況に嫌気を指した職員数人が一斉に退職したこともあったという。町と県の特別監査では、冨沢被告とは別の職員による心理的虐待があり、予防策がその場限りであったことを認定した。  運営法人が冨沢被告ら職員による虐待の報告を放置していたことが今回の暴行死につながった。さらには嘱託医による「老衰診断」も重なり、通報がなければ事件が闇に葬られるところだった。  植田さんの親族4人は冨沢被告と施設運営者のかがやき福祉会に計約4975万円の損害賠償を求め、5月22日付で提訴している(福島民友11月7日付)。  傷害致死罪を問う裁判では植田さんの長男が厳罰を求める意見陳述をした。  《亡くなる3日前、母のために洋服を買いました。母は自分で選び、とても喜んで「ありがとう」と言いました。私たちは母にまた会うのを楽しみに別れました。そのやり取りが最後でした。10月9日、新しい服に腕を通すことなく亡くなりました。あんなに元気なのに信じられなかった。  天寿なのだと思い、信じられない気持ちを納得しようとしました。死んだ本当の原因を聞いた時は今まで感じたことのない怒りと憎しみで胸がいっぱいでした。信じていた介護士に暴力を振るわれて亡くなった。遺体を見ると足の裏まであざ。見るに堪えません。母は被告人に殴られたり怒られたりするのが怖くて助けを求めることができなかったと思います。最後に会った時、私は母の手にあざを見つけどうしたのと聞きましたが、母は教えてくれませんでした。気づいていれば亡くなることはなかったのではと悔やみ申し訳なく思っています。  介護士はお年寄りに優しくし、できないことをできるように助けになるのが仕事ではないでしょうか。なぜ暴力を振るい母を殺めたのか。施設と介護士を信用していたのに、被告人は信頼を裏切って助けを求められない母を殺めた。母は助けとなるべき介護士に絶望し、苦しみながら死んだ。私たち家族は被告人を到底許すことはできません。できうる限りの重い刑罰を求めます。できるなら生前の元気な母にもう一度会いたい》 「亡くなったことはショック」  法廷で遺族は弁護士を通じて、冨沢被告に質問した。その答えは「分からない」や無言が多かった。傍聴席からは植田さんの写真が見守っていた。 遺族代理人「植田さんはなぜ亡くなったと思う?」 冨沢被告「詳しくは分からない」 遺族代理人「事故で亡くなったとか具体的なことは分かるか」 冨沢被告「転倒はしていないと思う。それ以外は分からない」 遺族代理人「介護を担当していた時間に何かが起こって亡くなったのは間違いないか」 冨沢被告「はい」 遺族代理人「自分が担当していた時間に植田さんが亡くなったことについて思うことはあるか」 冨沢被告「分からない」 遺族代理人「分からないというのは自分の気持ちが?」 冨沢被告「思い当たる件がです」 遺族代理人「今聞いているのは亡くなった原因ではなく、あなたの感情についてです」 冨沢被告「亡くなったことについてショックを受けている」 遺族代理人「担当中に亡くなったわけで、監督が足りないと思うことはあったか」 冨沢被告「……」 遺族代理人「午前3時半ごろ容体が急変した。救急車や看護師を呼ばなかったことに後悔はなかったか」 冨沢被告「……」 遺族代理人「分からないんですね。遺族に申し上げたいことはあるか」 冨沢被告「……」 遺族代理人「特にはないということですか」 冨沢被告「はい」  自らに不利益なことを証言しない権利はある。だが、亡くなった植田さんの最も近くにいて、その容体を把握していたのは冨沢被告しかいない。判決が出た後、被害者の最期を何らかの形で遺族に伝えるのが介護士としての責務ではないか。 あわせて読みたい 【小野町特養殺人】容疑者の素行を見過ごした運営法人

  • 元相馬市職員が侵入盗撮

    元相馬市職員が侵入盗撮

    使ったのは職場の公用カメラ  相馬市の下水道課長(当時)が市内の知人女性宅に侵入して女性を盗撮、さらに下着を盗んだとして、住居侵入と窃盗の罪、県迷惑行為等防止条例違反に問われている。住居侵入した時点で悪質だが、業務中に侵入していた点、公用カメラを悪用していた点から、公務員としての心構えにも疑いの目が向けられる。  罪に問われているのは南相馬市原町区の増田克彦被告(55)。9月13日に福島地裁で行われた初公判に増田被告はスーツ姿で現れ、裁判官からの罪状認否に「間違いありません」とか細い声で答えた。現在保釈中。 増田被告は専門学校卒業後、1988年に電気技師として相馬市役所に入庁し、2020年4月に下水道課長に就任した。事件を受けて市は増田被告を7月25月付で懲戒免職。増田被告は、平日は南相馬市鹿島区にある実家から仕事に通い、週末に妻が住むアパートに帰る生活を送っていた。  検察側の冒頭陳述によると、事件のきっかけは2019年4月ごろ。被害者の知人女性に恋愛感情を抱き、22年9月には尾行して住居を割り出した。デジカメで外観を撮影するようになった。今年5月中旬に玄関の鍵を不正に入手したという。6月7日(水)午後1時45分ごろ、その鍵を使って侵入し、洗濯機から下着1枚を盗み、実家の自室で撮影。その後も女性宅にたびたび侵入し、デジカメで部屋の内部を撮ったという。私物のカメラよりも画質がいいからという理由で公用のデジカメを使っていた。  増田被告の欲求はエスカレートし盗撮機設置を考えるようになった。大手通販サイトで小型カメラを買い、同22日(木)午後1時50分ごろ、女性宅に侵入。消しゴムサイズの小型カメラを録画状態のまま脱衣所に配置し撮影した。犯行の約1週間前には「下見」に入り、盗撮のテストをする徹底ぶりだった。女性が不審物に気づいて警察に通報したため犯行が発覚。6月30日に逮捕された。  最初に侵入した日も小型カメラを設置した日も平日の午後2時前。つまり増田被告は、勤務中に犯行に及んでいたことになる。市役所には、どんな届け出をして職場を離れていたのか。  増田被告が意図していたかどうかは分からないが、盗撮行為は7月13日に性的姿態撮影処罰法の施行で厳罰化を控えていた。同法は性的な恥ずかしい姿を正当な理由がなく、相手の同意を得ずに、あるいは同意しないことを表明するのを困難にさせる状態で撮影する行為を罰する。性的画像・動画の盗撮はそもそもアウトだが、提供したり配信したりするのも罪になった点がネット社会への対処を反映している。 家宅捜査が入った相馬市役所  県内では公務員による盗撮事件が目立っている。10月11日には本宮市のスーパーで買い物をしていた40代女性のスカートの中を小型カメラで撮影しようとしたとして、県総合療育センター(郡山市)の主任医療技師の男(54)が性的姿態撮影処罰法違反(撮影未遂)で逮捕された。4月に判明した、いわき市の中学校女子更衣室盗撮事件は、同市平の男性中学校教諭(当時30歳)が県迷惑行為等防止条例違反容疑で逮捕された。懲戒免職となったが、罰金50万円の略式命令で済んだ。  公務員が盗撮していたということだけで、所属先の信頼やイメージが損なわれる。相馬市の元下水道課長は、公務があるはずの平日に公用カメラを使用して盗撮していたから、失墜はなおさらだ。

  • 福島県警の贈収賄摘発は一段落!?

    福島県警の贈収賄摘発は一段落!?【赤羽組】【東日本緑化工業】

     県発注工事を巡る贈収賄事件は8月、県中流域下水道建設事務所元職員と須賀川市の土木会社「赤羽組」元社長に執行猶予付きの有罪判決が言い渡された。9月13日には、公契約関係競売入札妨害罪に問われている大熊町の法面業者「東日本緑化工業」元社長に判決が下される。県警による贈収賄事件の検挙は、昨年9月に田村市の元職員らを逮捕したのを皮切りに市内の業者に及び、さらにその下請けに入っていた東日本緑化工業の元社長へと至った。業界関係者は、県警が「一罰百戒」の目的を達成したとして、捜査は一区切りを迎えたとみている。 「一罰百戒」芋づる式検挙の舞台裏 須賀川市にある赤羽組の事務所 郡山市にある東日本緑化工業の事務所  贈賄罪に問われた赤羽組(須賀川市)元社長の赤羽隆氏(69)には懲役1年、執行猶予3年の有罪判決。受託収賄罪などに問われた県中流域下水道建設事務所元職員の遠藤英司氏(60)には懲役2年、執行猶予4年の他、現金10万円の没収と追徴金約18万円が言い渡された。公契約関係競売入札妨害罪に問われている東日本緑化工業(大熊町)元社長の坂田紀幸氏(53)の裁判は、検察側が懲役1年を求刑し、9月13日に福島地裁で判決が言い渡される予定。  本誌は昨年から、田村市や県の職員が関わった贈収賄事件を業界関係者の話や裁判で明かされた証拠をもとにリポートしてきた。時系列を追うと、今回の県発注工事に絡む贈収賄事件の摘発は、田村市で昨年発覚した贈収賄事件の延長にあった。  福島県の発注工事では、入札予定価格と設計金額は同額に設定されている。一連の贈収賄事件の発端は設計金額を積算するソフトを作る会社の営業活動だった。積算ソフト会社は自社製品の精度向上に日々励んでいるが、各社とも高精度のため製品に大差はない。それゆえ、各自治体が発注工事の設計金額の積算に使う非公表の資材単価表は、自社製品を優位にするために「喉から手が出るほど欲しい情報」だ。  2021年6月、宮城県川崎町発注の工事に関連して謝礼の授受があったとして、同町建設水道課の男性職員(49)、同町内の建設業「丹野土木」の男性役員(50)、そして仙台市青葉区の積算ソフト会社「コンピュータシステム研究所」の男性社員(45)が宮城県警に逮捕された(河北新報同7月1日付より。年齢、役職は当時、紙面では実名)。町職員と丹野土木役員は親戚だった。  同紙の同年12月28日付の記事によると、この3人は受託収賄や贈賄の罪で起訴され、仙台地裁から有罪判決を受けた。判決では、同研究所の社員が丹野土木の役員と共謀し、町職員に単価表の情報提供を依頼、見返りに6回に渡って商品券計12万円分を渡したと認定された。1回当たり2万円の計算だ。  同紙によると、宮城県警が川崎町の贈収賄事件を本格捜査し始めたのは2021年5月。田村市で同種の贈収賄事件(詳細は本誌昨年12月号参照)が摘発されたのは、それから1年以上経った翌22年9月だった。  福島県警が、田村市内の土木会社「三和工業」役員のA氏(48)と、同年3月に同市を退職し民間企業に勤めていたB氏(47)をそれぞれ贈賄と受託収賄の疑いで逮捕した(年齢、肩書きは当時)。2人は中学時代の同級生だった。同研究所の営業担当社員S氏が「上司から入手するよう指示された単価表情報を手に入れられなくて困っている」とA氏に打ち明け、A氏がB氏に情報提供を働きかけた。   川崎町の事件と違い、同研究所社員は贈賄罪に問われていない。しかし、同研究所が交際費として渡した見返りが商品券で、1回当たり2万円だったように手口は全く同じだ。  裁判でB氏は、任意捜査が始まったのは2022年の5月24日と述べた。出勤のため家を出た時、警察官2人に呼び止められ、商品券を受け取ったかどうか聞かれたという。警察が同研究所を取り調べ、似たような事件が他でも起きていないか捜査の範囲を広げたと考えるのが自然だろう。  ある業界関係者は「県警は田村市の元職員を検挙し、元職員とつながりのあった業者、さらにその先の業者というように芋づる式に捜査の手を伸ばしたのだろう」とみている。  どういうことか。鍵を握るのは、田村市の贈収賄事件と、今回の県発注工事に絡む事件のどちらにも登場する市内の土木会社「秀和建設」である。  田村市の一連の贈収賄は、三和工業が贈賄側になった事件と、秀和建設が贈賄側になった事件があった。秀和建設のC社長(当時)は、市発注の除染除去物質端末輸送業務に関し、2019年6~9月に行われた入札で、当時市職員だったB氏に設計金額を教えてもらい、見返りに飲食接待したと裁判所に認定された(詳細は本誌1月号と2月号を参照)。  県発注工事をめぐる今回の事件では、県中流域下水道建設事務所職員(当時)の遠藤氏から設計金額を聞き出し元請け業者に教えたとして、東日本緑化工業社長(当時)の坂田氏が公契約関係競売入札妨害罪に問われている。その東日本緑化工業が設計金額を教えた元請け業者が秀和建設だった。  秀和建設は坂田氏を通じて設計金額=予定価格を知り、目当ての工事を確実に落札する。坂田氏が社長を務めていた東日本緑化工業は、その下請けに入り法面工事の仕事を得るという仕組みだ。  坂田氏と秀和建設のつながりは、氏が以前勤めていた郡山市の「福島グリーン開発」が資金繰りに困っていた時、秀和建設が援助したことから始まった。福島グリーン開発は2003年に破産宣告を受けたが、坂田氏は東日本緑化工業に転職した後、秀和建設との関係を引き継いだ。  坂田氏は今年8月に行われた初公判で「取り調べを受けてから1年近くになる」と述べているので、坂田氏に任意の捜査が入ったのは昨年8月辺り。田村市元職員のB氏が秀和建設のC氏から見返りに接待を受けたとして逮捕されたのが昨年9月、C氏が在宅起訴されたのが同10月だから、秀和建設と下請けの東日本緑化工業の捜査は呼応して行われていたと考えられる。  捜査はさらに県職員と赤羽組に波及する。坂田氏と県中流域下水道建設事務所職員だった遠藤氏、赤羽組元社長の赤羽氏は3人で会食する仲だった。警察が坂田氏を取り調べる中で、遠藤氏と赤羽氏の関係が浮上したと本誌は考える。裁判では、遠藤氏の取り調べが始まったのが今年3月と明かされたので、秀和建設→坂田氏→遠藤氏・赤羽氏の順に捜査が及んだのだろう。 杓子定規の「綱紀粛正」に迷惑  芋づる式検挙をみると、不正は氷山の一角に過ぎず、さらに摘発が進むのではと、入札不正に心当たりのあるベテラン公務員と業者は戦々恐々している様が想像できるが、前出の業界関係者は「『一罰百戒』の効果は十分にあった。県警本部長と捜査2課長も今年7〜8月に代わったので、継続性を考えると捜査は一段落したのではないか」とみる。  とりわけ、県に与えた効果は絶大だったようだ。「綱紀粛正」が杓子定規に進められ、業者からは県に対しての不満が漏れている。  「県土木部の出先機関に打ち合わせに出向くと職員から『部屋に入らないで』『挨拶はしないで』と言われる。疑いを招くような行動は全て排除しようとしているのだろうが、おかげで十分なコミュニケーションが取れず、良い仕事ができない。現場の職員が判断するべき些細な内容もいちいち上司に諮るので、1週間で終わる仕事が2週間かかり、労力も時間も倍だ。急を要する災害復旧工事が出たら、一体どうなるのか」(前出の業界関係者)  この1年間で、県土木部では出先機関の職員2人が贈収賄事件に絡み有罪判決を受けた。県職員はまさに羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹いている。県は不祥事防止対策として、警察官や教員を除く職員約5500人に「啓発リーフレット」を配り、コンプライアンス順守を周知するハンドブックを必携させたが、効果は未知数だ。  実際、いま管理職に就く世代は、業者との関係性が曖昧だった。60歳の遠藤氏は「入庁当初の1990年ごろは、県職員が受注業者と私的に飲むのは厳しく制限されていなかった」と法廷で振り返っていた。赤羽氏が「後継者を見つけてほしい」との趣旨で退職を控える遠藤氏に現金10万円を渡していたことからも、県職員が昵懇の業者に入札に関わる非公開情報を教える関係は代々受け継がれていたようだ。  ただ遠藤氏も、見境なく設計金額を教えていたわけではない。「設計金額を教えてほしい」と単刀直入に聞きに来る一見の業者がいたが、「初対面で教えろとは常識がない。何を言っているんだ」と思い断ったという。  では逆に、教えていた赤羽組と東日本緑化工業は遠藤氏にとってどのような業者だったのか。遠藤氏は、自身が入札を歪めたことは許されることではないとしつつ、「手抜き工事が横行していた時代に、信頼と実績のある業者に頼むようになった」と法廷で理由を語った。  遠藤氏と9歳年上の赤羽氏は、熱心で優秀な仕事ぶりから初対面で互いに好印象を持ち、兄弟のような関係を築いた。東日本緑化工業の坂田氏とは、前述のように赤羽氏を交えて会食する仲であり、遠藤氏は坂田氏に有能な人物との印象を抱いていた。  東日本緑化工業のオーナー家である千葉幸生社長(坂田氏が社長を辞任したのに伴い会長から就任。現在大熊町議5期)は、浜通り以外でも営業を拡大しようと、2003年に破産宣告を受けた福島グリーン開発から坂田氏を引き取り、郡山支店で営業に据えた。おかげで中通り、会津地方でも売り上げが増えたという。同社の破産手続きを一人で完遂した坂田氏の手腕も評価していた。坂田氏を代表取締役社長にしたのは、事業承継を考えてのことだった。 見せしめの効果は想像以上  公務員だった遠藤氏は、丁寧な仕事ぶりと人柄を熟知する赤羽氏、坂田氏に「良い工事をしてもらいたいから」と便宜を図ったのか。それとも、赤羽氏から接待を受けていることに引け目を感じた見返りだったのか。何が非公開情報を教えるきっかけになったかは分からない。言えるのは、事件の時点では、清算できないほど親密な関係になっていたということだ。  今回の摘発は、コンプライアンス重視が叫ばれる昨今、捜査の目が厳しくなり、県・市職員と受注業者の近すぎる関係にメスが入ったということだろう。  公務員は摘発を恐れ、仕事が円滑に進まないくらいに「綱紀粛正」に励んでいる。一方、業者は有罪判決を受けた結果、公共工事の入札で指名停止となり、最悪廃業となるのを恐れている。公務員と業者、双方への見せしめ効果は想像以上に大きかった。前出の業界関係者が「一罰百戒」と形容し、警察・検察が十分目的を果たしたと考える所以だ。 あわせて読みたい 裁判で分かった福島県工事贈収賄事件の動機【赤羽組】【東日本緑化工業】 収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

  • 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為

    【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属していた元自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県東松島市出身=に服の上から下半身を押し付け性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪に問われた元男性隊員3人の公判は8月23日で3回目を迎えた。これまでに当時現場にいた現役隊員や元隊員ら4人が証言。自衛隊内の犯罪を取り締まる警務隊が「口裏合わせ」の時間を与えてしまった初動捜査の問題が浮かび上がった。 証人は自らの嘘に苦しむ 第3回公判を終えた後、取材に応じる五ノ井さん=8月23日、福島市  事件は2021年8月3日夜、北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋で起こった。検察側の主張では、郡山市に駐屯する東北方面特科連隊第1大隊第2中隊(約50人)の一部隊員十数人が飲み会を開き、居合わせた隊員の中では階級が上位だった40代のF1等陸曹(1曹)と30代のB2等陸曹(2曹)が格闘談義で盛り上がり、F1曹が「首を制する者は勝てる」と発言。相手の首をひねり、痛がったところで地面に押し付ける技「首ひねり」を五ノ井さん(1等陸士)に掛けるよう3等陸曹(3曹)の男性に指示。男性3曹は倒した五ノ井さんに腰を押し付ける行為をした。2人の男性3曹が順に同様の行為をした。五ノ井さんはその部屋で唯一の女性だった(階級は当時。匿名表記は五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館に準じた)。  今回、強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも郡山市在住で現在は会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。防衛省はこの3人のわいせつ行為を認定。F1曹が首ひねりを指示したこと、B2曹が別の機会に五ノ井さんにわいせつ行為をしたことも認め、昨年12月に5人を懲戒免職した。3被告とB2曹は懲戒免職前の同10月に、「軽率な行動」を詫びる謝罪文をしたため、五ノ井さんに直接謝罪していた。だが3被告は、裁判では一転「わいせつ目的ではなく笑いを取るため」「下半身の接触はなかった」などと否認している。  物的証拠はない。そのため、検察側は現場にいた4人を証人にした。  1人目の証人は懲戒免職されたB氏。2021年に行われた警務隊の取り調べ前、部下に当たる3被告から「自分たちはやってないんで、やってないって言います」と言われ、「じゃあ俺も見てないってする」と口裏を合わせた。  五ノ井さんが被害を実名告発後、取り調べが頻繁に行われるようになり、2022年9月か10月に渋谷被告から「Bさんだめです。もう話します」と言われ、次の日に「真実を伝えました」と打ち明けられたという。B氏は「なんで俺は嘘を付いているんだろう」とさいなまれ「見てない」という当初の証言を覆した。  B氏は法廷で渋谷、関根両被告が五ノ井さんに性行為を思わせる「腰振り」をしていたと証言。B氏は笑いながらも「やり過ぎだ」とたしなめたという。  2人目の証人X隊員は当時、渋谷被告の同期。関根、木目沢両被告の後輩に当たる。渋谷被告と木目沢被告らしき風貌の人物が五ノ井さんに腕立て伏せをするような体勢で覆い被さったのを見たと証言した。技を掛ける前には、渋谷、木目沢両被告ら男性隊員複数人が必要以上に五ノ井さんに接近して囲み、「キャバクラのような雰囲気」でプライバシーに関わる内容を聞いていたという。  3人目の証人Y氏は、県外の自衛隊地方協力本部に勤務。3被告の先輩だった。自分が寝るベッドを背に酒を飲んでいた。音がして振り向いたところ、渋谷被告が五ノ井さんをベッドに押し倒したような状況を目撃したと証言した。次に振り向いた時は、木目沢被告と五ノ井さんが同様の状況にあった。  最後の証人Z隊員は、郡山駐屯地に勤務。当時は、3被告の後輩に当たる。苗字と訛りから県内ゆかりの人物のようだ。被告たちの前に衝立を置いて証言台に立った。  部屋では当初13人で宴会を行い、渋谷、関根両被告は後から来たと証言。渋谷被告と一緒にF1曹に乾杯をしに近づき、「首を制する者は勝てる」発言を聞いた。F1曹かB2曹の指示で渋谷被告が五ノ井さんに首ひねりを掛けてベッドに倒し、お笑い芸人レイザーラモンHGのような「ウェーイ」という声を発し、複数回腰を振るのを目にした。着衣越しに陰部が五ノ井さんに当たっているように見えた。関根被告も同様の行為をしたという(レイザーラモンHGを真似た言動をしたかは不明)。周囲は笑っていた。  被告や証人たちは再捜査後、警務隊や検察からの度重なる取り調べに相当参っていたようだ。弁護側は、被告や証人の証言が自発的なものかを確かめるため、聴取を受けた回数や頻度、事件直後に警務隊が聞き取った内容との食い違いを指摘した。  そもそも、初動捜査で隊員たちに「口裏合わせ」をする時間を与えてしまった警務隊に不作為があったのではないか。警務隊が捜査に消極的だったことも、五ノ井さんの著書からうかがえる。  五ノ井さんは事件から約1カ月後の2021年9月に警務隊の聞き取り調査に応じ、捜査員から「警察と違って、警務隊には逮捕する権限がないんだ」と言われた(前掲書94ページより)。だが、これは虚偽。自衛隊法96条に、警務隊は「刑事訴訟法の規定による司法警察職員として職務を行う」とあり、自衛隊内の犯罪については容疑者を逮捕・送検する権限を持つ。  五ノ井さんの著書には、捜査への本気度が薄いと感じる描写もある。この捜査員に付いてきた書記官は居眠りし、何度も手に持っているペンを落としたという。警務隊からは、訓練を理由にすぐには男性隊員たちを事情聴取できないと言われ、五ノ井さんは「人の記憶はどんどん薄れていってしまうというのに、どうして早急に対応してくれないのだろう」と書いている。 不祥事隠蔽の温床  月刊誌『選択』7月号「お粗末な『警務隊』の実態」は、そもそも捜査能力に疑問符を付けている。今年6月に岐阜県内の射撃場で発生した自衛隊員による銃撃事件では、自衛隊施設内での犯罪にもかかわらず、発生当初から警察が介入し、警務隊は「おまけのような扱い」(防衛省関係者)だったという。警務隊が「身内の不祥事を隠蔽する温床になっている」(警察関係者)との指摘もある。  今回の裁判は自衛隊関係者が傍聴し、熱心にメモを取っている。初動捜査を担当した東北方面の部隊を管轄する警務隊員かどうかは分からないが、「初めから抜かりなく捜査をしていれば、苦しむ人はもっと少なくて済んだのに」と筆者は思う。  第3回公判の閉廷後、五ノ井さんは報道陣の取材に応じ、証人について「最初の自衛隊内の調査で正直に話してもらいたかった」と述べた。「同じ中隊で一緒に仕事をしてきた先輩たち。上司、先輩だからこそ(被告たちに)注意してほしかった」とも話している。被告3人が否認していることについては「証言がしっかり出ている。嘘を付かずに認めてほしい」と訴えた。  嘘で苦しむのは他者だけではない。一番苦しむのは「嘘を付いている自分」と「本当のことを知っている自分」を内部に同居させ、それに引き裂かれる思いをしなければならない自分自身だ。  第4回公判は9月12日午後1時半から福島地裁で行われる予定。渋谷、関根両被告が証言台に立つ。 あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • 裁判で分かった県工事贈収賄事件の動機【赤羽組】【東日本緑化工業】

    裁判で分かった福島県工事贈収賄事件の動機【赤羽組】【東日本緑化工業】

     県発注工事をめぐる贈収賄・入札妨害は氷山の一角だ。裁判では、他の県職員や業者の関与もほのめかされた。非公開の設計金額を教える見返りに接待や現金を受け取ったとして、受託収賄罪などに問われている県土木部職員は容疑を全面的に認める一方、「昔は業者との飲食が厳しくなかった」「手抜き工事が横行していた時代に、信頼と実績のある業者に頼むためだった」と先輩から受け継がれた習慣を赤裸々に語った。 県職員間で受け継がれる業者との親密関係 須賀川市にある赤羽組の事務所 郡山市にある東日本緑化工業の事務所  受託収賄、公契約関係競売入札妨害の罪に問われているのは、県中流域下水道建設事務所建設課主任主査(休職中)の遠藤英司氏(60)=郡山市。須賀川市の土木会社・㈱赤羽組社長の赤羽隆氏(69)は贈賄罪に、大熊町の土木会社・東日本緑化工業㈱社長の坂田紀幸氏(53)は公契約関係競売入札妨害の罪に問われている(業者の肩書は逮捕当時)。 競争入札の公平性を保つために非公開にしている設計金額=入札予定価格を、県発注工事の受注業者が仲の良い県職員に頼んで教えてもらったという点で赤羽氏と坂田氏が犯した罪は同じ入札不正だが、業者が行った接待が賄賂と認められるかどうか、県職員から得た情報を自社が元請けに入るために使ったかどうかで問われた罪が異なる。 以下、7月21日に開かれた赤羽氏の初公判と、同26日に開かれた遠藤氏の初公判をもとに書き進める。 赤羽組前社長の赤羽氏は贈賄罪に問われている。赤羽氏と遠藤氏の付き合いは34年前にさかのぼる。遠藤氏は高校卒業後の1982年に土木職の技術者として県庁に入庁。89年に郡山建設事務所(現県中建設事務所)で赤羽組が受注した工事の現場監督員をしている時に赤羽氏と知り合う。互いに相手の仕事ぶりに尊敬の念を覚えた。両氏は9歳違いだったが馬が合い、赤羽氏は遠藤氏を弟のようにかわいがり、遠藤氏も赤羽氏を兄のように慕っていたとそれぞれ法廷で語っている。赤羽氏の誘いで飲食をする関係になり、2011年からは2、3カ月に1回の割合で飲みに行く仲になった。「兄貴分」の赤羽氏が全額奢った。 遠藤氏によると、30年前はまだ受注業者と担当職員の飲食はありふれていたという。その時の感覚が抜けきれなかったのだろうか。遠藤氏は妻に「業者の人と一緒に飲みに行ってまずくないのか」と聞かれ、「許容範囲であれば問題ない」と答えている。(法廷での妻の証言) 赤羽氏は2014年ごろから、遠藤氏に設計金額の積算の基となる非公開の資材単価情報を聞くようになり、次第に工事の設計金額も教えてほしいと求めるようになった。赤羽組は3人がかりで積算をしていたが、札入れの最終金額は赤羽氏1人で決めていた。赤羽氏は法廷で「競争相手がいる場合、どの程度まで金額を上げても大丈夫か、きちんとした設計金額を知らないと競り勝てない」と動機を述べた。 2018年6月ごろから22年8月ごろの間に郡山駅前で2人で飲食し、赤羽氏が計18万円ほどを全額払ったことが「設計金額などを教えた見返り」と捉えられ、贈賄に問われている。 2021年4月に赤羽氏は郡山駅前のスナックで遠藤氏に「退職したら『後継者』確保に使ってほしい」と現金10万円を渡した。「後継者」とは、入札に関わる情報を教えてくれる県職員のこと。遠藤氏は現金を受け取るのはさすがにまずいと思い、断る素振りを見せたが、これまで築いた関係を壊したくないと、受け取って自宅に保管していたという。これが受託収賄罪に問われた。遠藤氏は県庁を退職後に、赤羽組に再就職することが「内定」していた。 もともと両者の間に現金の授受はなかったが、一緒に飲食し絆が深まると、個人的な信頼関係を失いたくないと金銭の供与を断れなくなる。昨今検挙が盛んな「小物」の贈収賄事件に共通する動機だ。検察側は赤羽氏に懲役1年、遠藤氏には懲役2年と追徴金約18万円、現金10万円の没収を求刑しており、判決は福島地裁でそれぞれ8月21日、同22日に言い渡される。 公契約関係競売入札妨害の罪に問われている東日本緑化工業の坂田氏の初公判は8月16日午後1時半から同地裁で行われる予定だ。 本誌7月号記事「収まらない県職員贈収賄事件」では、坂田氏についてある法面業者がこう語っていた。 「もともとは郡山市の福島グリーン開発㈱に勤めていたが、同社が2003年に破産宣告を受けると、㈲ジープランドという会社を興し社長に就いた。同社は法面工事の下請けが専門で、東日本緑化工業の千葉幸生代表とは県法面保護協会の集まりなどを通じて接点が生まれ、その後、営業・入札担当として同社に移籍したと聞いている。一族の人間を差し置いて社長を任されたくらいなので、千葉代表からそれなりの信頼を得ていたのでしょう」 元請けは秀和建設  7月26日の遠藤氏の公判では、坂田氏が2004年に東日本緑化工業に入社したと明かされた。遠藤氏とは1999年か2000年ごろ、当時勤めていた法面業者の工事で知り会ったという。遠藤氏はあぶくま高原道路管理事務所に勤務しており、何回か飲食に行く仲となった。 坂田氏は2012年ごろ、秀和建設(田村市)の取締役から公共工事を思うように落札できないと相談を受け、遠藤氏とは別の県職員から設計金額を教えてもらうようになる。その県職員から、遠藤氏は15年ごろにバトンタッチされ、引き続き設計金額を教えていた。それを基に秀和建設が工事を落札し、下請けに東日本緑化工業が常に入ることを考えていたと、坂田氏は検察への供述で明かしている。坂田氏は秀和建設以外の業者にも予定価格を教えることがあったという。 遠藤氏は、坂田氏に教えた情報が別の業者に流れていることに気付いていた。坂田氏が聞いてきたのは田村市内の道路改良工事で、法面業者である東日本緑化工業が元請けになるような工事ではなかったからだ。同社は大規模な工事を下請けに発注するために必要な特定建設業の許可を持っていなかった。 「聞いてどうするのか」と尋ねると、坂田氏は「いろいろあってな」。遠藤氏は悩んだが、「田村市内の業者が受注調整に使うのだろう」と想像し教えた。 前出・法面業者は「坂田氏は、遠藤氏から得た入札情報を他社に教えて落札させ、自分はその会社の下請けに入り仕事を得る仕組みを思いついた。東日本緑化工業の得意先は県内の法面業者ばかりなので、その中のどこかが不正に加担したんだと思います」と述べていた。この法面業者の見立ては正しかったわけだ。 坂田氏は年に数回、設計金額を聞いてきたという。そんな坂田氏を、遠藤氏は「情報通として業界内での立場を強めていた」と見ていた。 ここで重要なのは、不正入札に加担していたのが秀和建設と判明したことだ。同社の元社長は、昨年発覚した田村市発注工事の入札を巡る贈収賄事件で今年1月に贈賄で有罪判決を受けている。 今回の県工事贈収賄・入札妨害事件は、任意の捜査が始まったのが3月ごろ。県警は田村市の事件で秀和建設元社長を取り調べした段階で、次は同社の下請けに入っていた東日本緑化工業と県職員と狙いを付けていたのだろう。11年前には既に遠藤氏とは別の県職員が設計金額を教えていた。坂田氏も別の業者に教えていたということは、入札不正が氷山の一角に過ぎないこと分かる。思い当たるベテラン県職員は戦々恐々としているだろう。 あわせて読みたい 収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

  • 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性

    【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性

     陸上自衛隊郡山駐屯地(郡山市)に所属していた元陸上自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県出身=がわいせつ被害をネットで実名公表してから1年が経った。服の上から下半身を押し付け、性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪で在宅起訴された元男性隊員3人の初公判が6月29日、福島地裁で開かれ、初めて加害者の名前が明かされた。マスコミのほか、傍聴席数を大きく上回る市民、自衛隊関係者が傍聴に押し寄せた。注目が集まったのは、「命を削ってでも闘う」と覚悟を決めた五ノ井さんと、わいせつと捉えられる行為を「笑いを取るために行った」と弁明する加害者たちとの埋め難い差だった。 「笑いを取るため」見苦しい弁明 福島地方裁判所  原稿執筆時(7月27日)は同31日に開かれる予定の第2回公判を傍聴しておらず、初公判(6月29日)を終えた時点での情報を書く。 強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも自衛官を懲戒免職された、現在郡山市在住で会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身=、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身=、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身=。 2021年8月3日夜に北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋の飲み会で、上司から指示を受けた被告3人が、それぞれ五ノ井さんに格闘技の「首ひねり」を掛けてベッドに押し倒した上、五ノ井さんに覆い被さって下半身を押し付けたかどうかが問われている。被告3人は技を掛けたことは認めたが、わいせつ目的の行為はしていないと一部否認している。 最初に技を掛けた渋谷被告は、裁判で「覆い被さっていない」「腰を振ったのは事実だが笑いを取るためで、下半身の接触はなかった」と主張。関根被告は押さえつけたこと、木目沢被告は覆い被さったことは認めたが「下半身は接触していない」と述べた。 「笑いを取るため」との主張は、一般の感覚を持ち合わせているなら苦し紛れに聞こえる。 渋谷被告は無罪を勝ち取った場合でも「飲み会中に女性に技を掛けて倒し、笑いのために腰を振った男」と言われ続けることを考えなかったのか。 渋谷被告は専門学校を卒業後、2013年に入隊。関根被告と木目沢被告は高校卒業後、2012年に入隊した。2020年に入隊した五ノ井さんにとっては7、8年先輩で、階級は事件当時3等陸曹だった。五ノ井さんは当時1等陸士で、3人よりも階級が下だった。今回の刑事事件では、五ノ井さん、被告3人双方が自衛隊内は絶対的な階級制度で上司の命令に逆らえなかった点を挙げている。 五ノ井さんによると、事件のあった部屋で被告3人に五ノ井さんへの首ひねりを命じたのはF1等陸曹(1曹)だった(五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館。人名の匿名表記は同書に従う。階級は当時)。40代のF1曹は、ほかに男性隊員十数人がいたその部屋の中では階級が上位だった。 発端の言葉「首を制する者は勝てる」  柔道を指導していたF1曹は、30代のB2等陸曹(2曹)と格闘技の話で盛り上がり、「首を制する者は勝てる」と語っていた。F1曹は渋谷被告に柔道有段者である五ノ井さんを相手に「やってみろ」と言ったという。F1曹は渋谷被告にやり方をレクチャーした(検察側が読み上げた男性隊員の供述調書より)。 法廷で示された捜査段階の資料によると、部屋の広さは約6㍍×約6・8㍍。壁際にベッドが4台、短辺を中央に向けるように約0・8㍍の間隔で並んでいた。 渋谷被告の捜査段階での供述によると、「なぜ狭いところでやらなければ」と思ったという。室内が狭いので、ゆっくり首ひねりを行って五ノ井さんをベッドの上に倒した。渋谷被告は思った。「誰も反応してくれない」。性行為の疑似行為で笑いを取ろうと、腰を前後に振った。体の線を強調した黒い服装で「ウェーイ」と叫びながら腰を振る芸風で、2000年代半ばに一斉を風靡したお笑い芸人レイザーラモンHGを真似たという。人前で「ウェーイ」と叫び腰を振るのは初めてのことだった。狙い通り笑いが起きたという。 証人として出廷した五ノ井さんは、渋谷被告は腰を振る行為をする際に「あんあん」という喘ぎ声を出していたと話した。自分がされていることに頭が追いつかなかったという。大勢の男性隊員がいる中、「F1曹とB2曹が笑っていたのを覚えている」と証言した。 渋谷被告の捜査段階の供述と、五ノ井さんの法廷での証言は「笑いが起きた」という点で矛盾しない。被告側は「笑いを取るため」と強調することで、わいせつ行為に当たらないと主張したいのだろうが、「笑いを取るためにやった」ということは一般市民をドン引きさせることはあっても、責任を和らげる効果はないだろう。 市井の生活を送っている者の感覚で言えば、上官の指示とは言え、首ひねりを掛けた時点で暴行だ。訓練期間中ではあったが、飲み会の席であり、中隊の全員が参加していたわけではなかった。後から「格闘技の練習の意味合いがあった」と言い訳ができそうだが、そもそも酔った集団の中で、渋谷被告自身も「なぜ狭いところでやらなければ」と疑問に思った広さの場所で危険行為をするべきではない。裁判は、自衛隊が一般市民の感覚から大きくかけ離れていることを浮き彫りにした。 国(防衛省)は強制わいせつ罪に問われている被告たちが、F1曹の指示でくだんの行為を行い、それがセクハラに当たると認定している。五ノ井さんが被害を受けている様子を見て笑ったとされるB2曹については、別の場面で五ノ井さんにセクハラをしたと認定した。加害行為が認定された5人は昨年12月に懲戒免職された。 民事と刑事で一貫した主張 弁護士とともに福島地裁に入る五ノ井さん(左)  五ノ井さんは、懲戒免職された元隊員5人と国に対し、損害賠償を求めて横浜地裁に提訴している。加害者側の代理人が「個人責任を負うべきか疑問が残る」との見解を示したこと、加害行為をどう受け止め、どのように責任を取るか質問状を投げても回答しなかったことを、五ノ井さんは不誠実と捉え、示談では解決できないと思ったからだ(前掲書208~209ページより)。 渋谷、関根、木目沢被告は、この民事裁判でも暴行や性加害を否認。F1曹も同じく否認。B2曹は矢臼別演習場での事件を概ね認め、和解に応じる姿勢を示している。国は、性加害の事実について認めた上で、法的責任の有無などについて追って主張したいと「留保」。民事、刑事双方で被告側が一貫した主張をできるかどうかも重要な要素だ。 福島地裁によると、6月29日に開かれた渋谷、関根、木目沢被告の初公判には、47席の一般傍聴席に125枚の整理券を交付。競争倍率は約2・6倍だった(6月30日付福島民友より)。裁判が行われたのは平日の昼間である。マスコミのほか、自らが捜査した事件の行方を報告するために来た自衛隊の警務隊員など仕事で来た人がほとんどであったが、被告たちが所属していた駐屯地がある郡山市から来たという人や、大学生とみられる一団もいた。 五ノ井さんや被告3人を撮ろうと裁判所の敷地境界で待ち構えるマスコミ  本誌は記者クラブに加盟していないので、法廷内の記者席が割り当てられていない。社員8人で抽選に臨み、2人が傍聴券を得た。毎回傍聴できるとは限らないので、常に本気だ。 本来なら満席のはずだが、横を見ると、なぜか筆者の隣はずらりと3人分空いていた。傍聴を棄権した人がいることになる。裁判は公開されていると言っても新聞、テレビは知り得ても伝えないことが多いし、本誌も証言者の実名は民事裁判への影響を考慮し報じていない。どちらが本当のことを話しているのか。実社会では表情や声色などを参考にするが、事件は裁判所に赴かないと分からない。 第3回公判は8月23日午後1時半開廷の予定。どちらが本当のことを言っているのか、自分で判断するためにも傍聴を勧める。 声をあげてposted with ヨメレバ五ノ井 里奈 小学館 2023年05月10日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • 収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

    収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

     またもや県発注の公共工事をめぐる贈収賄事件である。1月の会津管内に続き、今度は県中流域下水道建設事務所の主任主査と須賀川市の土木会社社長が5月16日に逮捕。その3週間後には大熊町の土木会社社長も逮捕された。主任主査からもたらされた入札情報をもとに工事を落札した業者は他にもいるとみられる。不正はなぜ繰り返されるのか。また〝小物〟ばかり逮捕する県警の狙いは何か。 業者が設計金額を知りたがるワケ  今回の事件で逮捕されたのは6月25日現在3人。 1人目は、県中流域下水道建設事務所建設課主任主査の遠藤英司容疑者(59)=受託収賄、公契約関係競売入札妨害。2人目は、須賀川市の土木会社・㈱赤羽組社長の赤羽隆容疑者(68)=贈賄。3人目は、大熊町の土木会社・東日本緑化工業㈱社長の坂田紀幸容疑者(53)=公契約関係競売入札妨害(以下、容疑者を氏と表記する)。 事件は大きく二つある。一つは、遠藤氏が県発注工事の設計金額などを赤羽氏に教えた見返りに、赤羽氏から現金10万円の謝礼や18万円相当の飲食接待を受けた贈収賄事件。遠藤氏は収賄容疑で逮捕されたが、起訴の段階で受託収賄罪に切り替わった。癒着は2018年6月ころから22年8月ころにかけて行われていたとみられる。 もう一つは、遠藤氏が県発注工事の設計金額などを坂田氏に漏らし、坂田氏がこの情報を他社に教えて落札させた公契約関係競売入札妨害事件。坂田氏は落札させた業者の下請けに入り、仕事を得ていた。遠藤氏と坂田氏の間で謝礼や飲食接待が行われていたかどうかは、6月25日現在分かっていない。 遠藤氏は1982年に土木職として県庁に入った。2011年度に県中建設事務所、15年度に石川土木事務所、18年度にあぶくま高原道路管理事務所で土木関連業務に携わり、現在の県中流域下水道建設事務所は21年度から勤務していた。 遠藤氏は前任地から工事の設計・積算に携わるようになり、土木部内の設計金額などを閲覧できるIDを持っていた。それを悪用し、所属先だけでなく担当外の入札情報も入手し、赤羽氏や遠藤氏に漏らしていたとみられる。県によると、今年2月にシステムを改修したため、現在は担当外の入札情報にはアクセスできないという。 入札情報を漏らしたことで遠藤氏が受けた見返りは、赤羽氏から約28万円(時効分も含む)。坂田氏からは現時点で不明だが、ゼロとは考えにくい。事件の全容が明らかになれば懲戒免職は免れない。現在59歳の遠藤氏はこのまま勤務していれば来年度で定年を迎える予定だったが、たった数十万円の賄賂を受け取ったがために約2000万円の退職金を失ったことになる。 その点で言うと、本誌3、6月号で報じた県中農林事務所主査と会津坂下町のマルト建設㈱をめぐる贈収賄事件でも賄賂の額は約26万円だった。主査は逮捕時44歳。県のシミュレーションによると「勤続24年の46歳主任主査が自己都合で退職した場合、退職金は約1100万円」というから、業者からの見返りと逮捕によるペナルティは釣り合っていない。 遠藤氏や県中農林事務所主査と同じく「出先勤務」が長い40代半ばの県職員はこんな感想を述べる。 「出先の方が本庁より業者と接する機会は多く、距離感も近くなりがちなのは事実です。おそらく、情報を漏らす職員は悪気もなく『それくらいならバレないだろう』との感覚なんでしょうね。見返りが何百万円とかではなく、飲み代やゴルフ代をおごってもらう程度なのも『それくらいいいか』との感覚に拍車をかけているのかもしれない。要は個々人の倫理観の問題だと思います」 既に引退した元土木会社社長の思い出話も興味深い。 「昔は入札の金額をこっそり教えてくれる県職員がいたものです。ある入札の札入れ額でウチが万単位、A社が千円単位、B社が百円単位で刻んだ結果、B社が僅差で落札したことがあったが、後日、全員が同じ職員から金額を教わっていたと知った時は驚いた。ウチは謝礼や接待はしていないが、A社とB社がどうだったかは分かりません」 県土木部では1年に二度、全職員を対象にコンプライアンス研修を行っているが、遠藤氏は逮捕される前日(5月15日)に上司との面談で「コンプライアンス順守については十分理解している」と述べていたというからシャレにならない。前出・県職員の「個々人の倫理観の問題」という指摘は的を射ている。 「私たち社員も不思議で」 須賀川市にある赤羽組の事務所  そんな遠藤氏に接近した前述・2社はどのような会社なのか。 赤羽組(須賀川市長沼)は1972年設立。資本金2000万円。役員は代表取締役・赤羽隆、取締役・赤羽敦子、赤羽晃明、監査役・赤羽恵美子の各氏。 関連会社に赤羽隆氏が社長を務める葬祭業の㈲闡王閣(須賀川市並木町)がある。2002年設立。資本金300万円。 赤羽組の直近5年間の決算は別表①の通り。売上高は4億円前後で推移していたが、2021年は7億円台、22年は5億円台に伸びた。それに伴って当期純利益も21年以降大幅増。好決算の背景に、遠藤氏からもたらされた入札情報があったということか。 表① 赤羽組の業績 売上高当期純利益2018年4億0600万円1300万円2019年3億7900万円2300万円2020年3億9500万円2000万円2021年7億3700万円4600万円2022年5億6500万円5900万円※決算期は5月。  複数の建設業者に話を聞いたが、今はどこの業者も積算ソフトを用いて札入れ金額を弾き出し、その金額はかなり精度が高いので、 「県職員から設計金額を聞き出すような危険を冒さなくても、公開されている設計金額を参考にしたり、必要な情報を開示請求するなどして自社で研究すれば、最低制限価格はほぼ割り出せる。あとは他社の札入れ額を予測して、自社の札入れ額をさじ加減すればいいだけ」(県中地方の土木会社社長) 今はほとんどの業者で、社内に積算担当の社員を置くのが当たり前になっているという。 「工事の大きさにもよるが、小さければ1~2時間、大きくても半日あれば積算できると思う」(同) ただし、どうしても取りたい仕事では、積算ソフトに打ち込むための「正確な設計金額」が必要になる。 「極端な話、100円でも不正確だったら、積み上げていくと大きな開きになってしまう。シビアな入札では僅差の勝負もあるので、開きが大きいほど致命傷になる」(同) 公共工事の積算は県が作成する単価表に基づいて行われるが、それを見ると生コンクリートやアスファルト合材など、さまざまな資材の単価が細かく示されている。一方で木材類、コンクリート製品、排水溝、管類など複数の資材や各種工事の夜間単価は非公表になっている。単価表の実に半分以上が非公表だ。 各社は、非公表の単価は前年の単価を参考に「今年度はこれくらいだろう」と見当をつけて積算する。その金額はほぼ合っているが、必ずしも正確ではない。「だから、絶対取りたい仕事の積算はミスできないので、正確な設計金額を欲する」(同)。赤羽氏が遠藤氏に接近した理由もそういうことだったのだろう。 須賀川・岩瀬管内の業者がこんな話をしてくれた。 「赤羽組と同じ入札に参加し、ウチも本気で取りにいったが向こうに落札されたことが何度かある。赤羽組は精度の高い積算ソフトを使っているのかと思い、赤羽社長に聞いたがウチと同じソフトだった。積算担当社員と、なぜ同じソフトを使っているのに向こうと同じ金額にならないのか考えたが『この資材の単価が違っていたのかもしれない』というくらいしか思い当たらなかった」 この業者は対策として別メーカーのソフトも導入し、さらに精度を上げようと努めた。その直後に事件が起こり「そういうことだったのかと合点がいった」(同)。 「入札に参加して一番悔しいのは失格(最低制限価格を下回ること)です。失格は、土俵にすら上がれないことを意味するからです。失格になれば、積算担当社員にすぐに原因究明させ、反省材料にします。昔と違い、今の積算はそれくらいシビアなんです」(同) そういう意味では、赤羽社長は自社の積算を一手に行っていたというが、積算ソフトを使う一方で、年齢的(68歳)には昔の積算も経験しており、いわゆる〝天の声〟が落札の決め手になったことをよく理解しているはず。遠藤氏に接触し、正確な設計金額を聞き出したのは「古い時代の名残を知るからこそ」だったのかもしれない。 6月上旬、赤羽組の事務所を訪ねると「対応できる者が不在」(女性事務員)。夕方に電話すると、男性社員が「この電話でよければ話します」と応じてくれた。 「積算は社長が担当していたので他の社員は分からない。正直、私たちも新聞報道以上のことは知らなくて……。積算ソフトですか? もちろん使っていた。それなのに、なぜ不正をする必要があったのか、私たちも不思議でならない」 一部報道によると、遠藤氏は県を定年退職後、赤羽組に就職する予定だったという。そのことを尋ねると社員は「えっ、それも初耳です」と絶句していた。 事件を受け、赤羽組は県から24カ月(2025年5月まで)、須賀川市から9カ月(24年2月まで)の入札参加資格制限措置(指名停止)を科された。売り上げの大部分を公共工事が占める同社にとって、見返りとペナルティのどちらが大きかったことになるのか。 オーナーは大熊町議 郡山市にある東日本緑化工業の事務所  東日本緑化工業(大熊町)は1967年設立。資本金1000万円。役員は代表取締役・千葉幸生、坂田紀幸、取締役・千葉ゆかり、千葉幸子、千葉智博、監査役・千葉絵里奈の各氏。逮捕された坂田氏は昨年6月に就任したばかりだった。 直近5年間の決算は別表②の通り。当期純利益は不明だが、2017年に1200万円の赤字を計上している。それまで2億円台で推移していた売上高が昨年5億円台になっているのは、赤羽組と同じく遠藤氏からの入札情報のおかげか。 表② 東日本緑化工業の業績 売上高当期純利益2018年2億8600万円――2019年2億8600万円――2020年2億6300万円――2021年2億6000万円――2022年5億5300万円――※決算期は3月。――は不明。  東日本緑化工業は2000年代に郡山市富久山町福原に支店を構えたが、2011年の震災・原発事故で大熊町の本社が避難区域になったため、以降は郡山支店が事実上の本社として機能している。 もう一人の代表取締役である千葉氏は現職の大熊町議(5期目)。2011~15年まで議長を務めた。 構図としては、大熊町議が代表兼オーナーの会社に「千葉一族」以外の坂田氏が社長として入ったことになる。坂田氏とは何者なのか。 「もともとは郡山市の福島グリーン開発㈱に勤めていたが、同社が2003年に破産宣告を受けると、㈲ジープラントという会社を興し社長に就いた。同社は法面工事の下請けが専門で、東日本緑化工業の千葉代表とは県法面保護協会の集まりなどを通じて接点が生まれ、その後、営業・入札担当として同社に移籍したと聞いている。一族の人間を差し置いて社長を任されたくらいなので、千葉代表からそれなりの信頼を得ていたのでしょう」(ある法面業者) ジープラントは資本金300万円で2005年に設立されたが、昨年5月に解散。本店は郡山市菜根一丁目にあったが、2013年に東日本緑化工業郡山支店と同じ住所に移転していた。つまり千葉氏と坂田氏の付き合いは10年以上に及ぶわけ。 東日本緑化工業は特定建設業の許可を持っていない。特定建設業とは1件の工事につき4000万円以上を下請けに出す場合に必要な要件だが、同社はこの許可がないため、大規模工事を受注しても下請けに出すことができず、すべて自社施工しなければならなかった。 「そこで坂田氏は、遠藤氏から得た入札情報を他社に教えて落札させ、自分はその会社の下請けに入り仕事を得る仕組みを思い付いた。東日本緑化工業の得意先は県内の法面業者ばかりなので、その中のどこかが不正に加担したんだと思います」(同) 現在、坂田氏と遠藤氏が問われているのは公契約関係競売入札妨害だけだが、両者の間で謝礼や飲食接待が行われていれば贈収賄も問われることになる。実際に落札し、坂田氏に仕事を回していた業者は立件に至らないという観測もあるが、真面目に札入れしている業者からすると解せないに違いない。 6月上旬、郡山支社の事務所を訪ねると「警察から捜査に支障が出るので答えるなと言われている」(居合わせた男性)と告げられ、話を聞くことはできなかった。 ならば、オーナーの千葉氏に会おうと大熊町議会事務局を通じてコンタクトを取ったが「議員から『携帯番号等は個人情報に当たるので(記者に)教えないように』と言われました」(議会事務局職員)。議員が個人情報を盾に取材拒否するとは呆れて物も言えない。 新聞やテレビは東日本緑化工業と千葉氏の関係を一切報じていないが、事情を知る大熊町民からは「逮捕されたのは坂田氏だが、そういう人物を社長にしたのは千葉氏だろうし、不正を繰り返していた会社のオーナーが議員というのはいかがなものか」との声が漏れている。 事件を受け、東日本緑化工業は県から24カ月(2025年6月まで)の入札参加資格制限措置を科された。須賀川市やいわき市などからも1年前後の処分を科されている。 県警トップの意向!?  県内では2021年に会津美里町長、22年に楢葉町建設課主幹と元田村市職員、今年に入って県中農林事務所主査、そして遠藤氏と公共工事をめぐる逮捕者が相次いでいる。 かつての汚職事件はまず〝小物〟を逮捕し、その後に〝大物〟を逮捕するのがよくあるパターンだった。典型的な例が、当時の佐藤栄佐久知事が逮捕された県政汚職事件である。 しかし最近の汚職事件を見ると、会津美里町長以外は小物の逮捕に終始。事件発生直後は「おそらく県警は別の狙いがあるに違いない」との推測が出回るが、結局、現実になった試しはない。 これは何を意味するのか。 「県警トップの意向が反映されているのかもしれない。大物の逮捕は組織における評価が高いとされ、かつては首長の汚職に強い関心を向けるトップが多かったが、今のトップは『相手が誰だろうと不正は絶対に許さない』という考えなのかもしれない。だから、役職が低かろうが賄賂の額が少なかろうが、ダメなものはダメという姿勢を貫いている。その結果が小物の連続逮捕となって表れているのではないか」(ある県政ウオッチャー) 県警本部の児島洋平本部長は2021年8月に警察庁長官官房付から着任したが、今年7月7日付で同役職に異動し、後任には警視庁総務部長の若田英氏が就く。児島氏が着任したのは会津美里町長の逮捕後だったので、時系列で言うと、相次ぐ小物の逮捕時期と合致する。 警察庁発表の資料によると、全国で発生した贈収賄・公契約関係競売妨害事件の件数は横ばいで、2021年度は過去10年で最多だった(別表③参照)。県内で続発する不正は、他の都道府県でも起きているわけ。  そう考えると遠藤氏、赤羽氏、坂田氏の逮捕は氷山の一角で、「次は自分の番かも……」と内心ビクビクしている県職員、業者はもっといるのかもしれない。新しい県警本部長のもとでも引き続き「小物だろうが大物だろうが、不正は絶対に許さない」との姿勢が堅持されるのか。 あわせて読みたい 【マルト建設】贈収賄事件の真相 【第1弾】田村市・元職員「連続収賄事件」の真相

  • 【マルト建設】県職員贈収賄事件の背景

     土木建築業マルト建設㈱(会津坂下町)の前社長が入札情報を教えてもらう見返りに県職員(当時)に接待したとして贈賄罪に問われ、懲役1年(執行猶予3年)の判決が言い渡された。同社の営業統括部長(当時)は贈賄ではなく、県職員から得た予定価格を同業他社の社員に教えた入札妨害の罪に問われ有罪。県職員が予定価格を教えるようになったのは、約15年前の別業者が最初だった。県職員は、各社の営業担当者の間で予定価格漏洩の「穴」とされていた実態が浮かび上がった。 15年前から横行していた予定価格漏洩 マルト建設本社  2020年3月から22年4月にかけて、県職員から入札情報を得る見返りに12回に渡ってゴルフ接待や宿泊、飲食費など約26万円を払ったとして贈賄罪に問われたのは、マルト建設前社長の上野清範氏(45)=会津坂下町=、収賄罪に問われたのが、当時県会津農林事務所に勤めていた元県職員の寺木領氏(44)=会津若松市湊町=だ。 寺木氏は高校卒業後の1997年、福島県に技術職員として採用された。各地の県農林事務所に勤め、圃場整備の発注や工事の監督を担当。2019~21年度まで県会津農林事務所に勤め、19年からマルト建設の前営業統括部長、棚木光弘氏(59)=公契約関係競売入札妨害罪で有罪=に予定価格を教えていた。  寺木氏は他に少なくとも会津地方の業者2社に予定価格を教えていたという。管理システムにアクセスし、自身が担当する以外の事業も閲覧し伝えた。逮捕後に懲戒免職となり、現在は実家の農業を手伝っている。 本誌は3月号で、関係者の話として、寺木氏と上野氏が父親の代から接点があること。寺木氏が猪苗代湖畔にプライベートビーチを持ち、マルト建設が社員の福利厚生目的でその場所をタダ同然で使っていたと伝えた。裁判では、プライベートビーチが寺木氏と上野氏を結びつけたことが明らかとなった。 寺木氏は初公判で収賄を認めるか聞かれ、「間違いありません」と答えたうえで次のように述べた。 「(受けた接待は)マルト建設がビーチを使うことについて、管理人を紹介したことに対するお礼も含まれていると思います」 ビーチは猪苗代湖西岸の会津若松市湊町にある。寺木氏の実家の近所だ。5月上旬、筆者は湖岸を訪れた。キャンパーたちのテントが張られている崎川浜から猪苗代湖を右手に北に向かい、砂利道を3分くらい歩くと「聖光学院所有地 一般の方は立入禁止」との看板が出てきた。ゲートとして金属製の棒が横に掛けられ、通れなくなっていた。 横浜市の「聖光学院」が所有するプライベートビーチの入り口。マルト建設は管理人に使用を許された寺木氏を通じて使っていた。  「聖光学院」とあるが、伊達市の甲子園常連校ではなく、神奈川県横浜市にある中高一貫の学校法人だ。 寺木氏の法廷での証言によると、ビーチには聖光学院の合宿施設があり、毎夏生徒たちが訪れていたが、震災・原発事故以降は使われていなかった。寺木氏の両親らがビーチに水道設備を作り、生徒らの食事や洗濯を世話していた縁で、寺木家はビーチを無償で使用できるようになったという。小学校時代の寺木氏にとっては格好の遊び場だった(検察官が読み上げたビーチ管理人の供述調書と寺木氏の証言より)。 寺木氏と上野氏は少なくとも2006年ごろから担当工事を通じてお互いを知った。10年ごろにビーチの近くで2人はばったり会い、上野氏はゲートに閉ざされた聖光学院のビーチを寺木氏が自由に使える理由を聞いた。事情を知った上野氏は、マルト建設の社員たちもビーチを使えるように所有者と管理人に話を通してほしいと頼んだ。 寺木氏は「今年も使わせてほしい」と上野氏から連絡を受けると、「マルト建設が使うからよろしく」と近所に住む管理人に伝える仲になった。 これを機に、2011年ごろから寺木氏は、マルト建設が新年会として郡山市やいわき市のゴルフ場で開いているコンペに招かれるようになった。費用は同社の接待交際費から捻出。県職員と公共事業の受注者が一緒にゴルフをプレーすれば疑念を抱かれるので、寺木氏は実在する同社取締役の名前を偽名に使わせてもらい参加した。 寺木氏によると、マルト建設の棚木氏に予定価格を教えたのは2019年の夏か秋ごろからだった。仕事の悩みを相談する間柄になり、恩を感じて教えるようになった。裁判ではこれ以降に贈収賄罪が成立したとされ、寺木氏と上野氏は罪を認めている。ただし、どの入札に価格漏洩が反映されていたかは、検察側は公判で言及しなかった。 入札不正は根深い。寺木氏が初めて業者に予定価格を教えたのは2008、09年ごろ、別会社の社員Aに対してだった。寺木氏はAに人間関係や仕事の悩みを相談し、助言を受けていた。「Aさんしか頼れる人がいなかった」とも。そのうち「設計金額を教えてほしい」と請われ、断れなくなった。その後も複数回教え、さらに別の2社の社員にも教えるようになった。 明確になった「ライン」 上野氏と寺木氏が接近するきっかけとなった猪苗代湖西岸。プライベートビーチは林の向こうにある。  マルト建設の棚木氏に教えるようになったのは、会津坂下町のある業者の社員の紹介だった。寺木氏は限られた営業担当者に教えたはずの予定価格が、他の業者にも広まっているのを薄々感じていたという。 棚木氏は当初、上野氏と同じく寺木氏への贈賄の疑いで逮捕されたが、実際に裁判で問われた罪は公契約関係競売入札妨害だった。2021年に県会津農林事務所が入札を行った事業に関し、寺木氏から得た情報を自社ではなく、個人的に親しかった会津若松市のB社の営業担当者に教えていた。同様の工事が前回は応札する業者がおらず不調だったこと、今回はB社のみの応札だったことから、棚木氏は教えるハードルが下がっていたと振り返った。 本誌の取材に応じたB社の役員は「棚木氏が県職員から予定価格を教えてもらっているとは夢にも思わなかった。日々向上を重ねている積算の技術で落札したもの」と話した。 業界関係者は「今は積算ソフトの性能が向上し、高い精度で予定価格を割り出せる。警察沙汰になるようなリスクを犯し、公務員から予定価格を教えてもらうのは割に合わない」と業界の常識を話す。 寺木氏は、個人的な相談をきっかけに各社の営業担当者らと親しくなり、予定価格漏洩の「穴」となった。マルト建設の棚木氏はそのうちの1人。同社前社長の上野氏は、プライベートビーチの使用を契機に寺木氏に接近し、受注業者と公務員の不適切な関係を問われた。 贈収賄と入札妨害の関係を一つひとつ紐解くのは困難で、当事者も全体像はつかめていないだろう。ただ言えるのは、公務員は予定価格の漏洩、民間業者はその公務員と疑念を抱かれる関係を持つことが「越えてはいけないライン」ということだ。 あわせて読みたい 【マルト建設】贈収賄事件の真相 元社長も贈賄で逮捕されたマルト建設

  • 【塙強盗殺人事件】裁判で明らかになったカネへの執着

    【塙強盗殺人事件】裁判で明らかになったカネへの執着

    (2022年10月号)  塙町で75歳の女性を殺した後、奪ったキャッシュカードで現金計300万円を引き出したとして強盗殺人などの罪に問われていた鈴木敬斗被告(19)に9月15日、求刑通り無期懲役の判決が言い渡された。被告は被害者の孫。同17日付で控訴した。4月の改正少年法施行後、県内で初めて「特定少年」として、実名で起訴、審理された。判決は更生を期待する少年法は考慮せず、あくまで重罪に見合う刑罰を科した。被告は趣味の車の修理のため、手軽にカネを得ようと殺したと話すが、身勝手としか説明がつかない動機だ。なぜ祖母を殺そうとまで思ったのか、判決では触れられなかった事実を拾う。 逮捕見越して散財の異常性  裁判で明らかとなった事件の経過をたどる。被害者は塙町真名畑字鎌田に住む菊池ハナ子さん。主要道路から離れた山奥の平屋に独身の長男と2人で暮らしていた。事件は今年2月9~10日の深夜に起こった。菊池さんと長男は、9日午後5時半ごろ夕食を取り、同9時半ごろまでテレビを見るなどして過ごした。 長男は深夜勤務のため、同9時35分ごろに自家用の軽トラックで家を出た。長男の「行ってくっから」に「おう」と返す菊池さん。長男が最後に見たのはパジャマを着てテレビを見てくつろぐ姿だった。長男が出ていった後、鈴木被告は矢祭町内の自宅から菊池さんの家に車で向かった。車はレンタカーだった。 犯行時刻は同11時45分ごろから翌10日の午前0時17分ごろの間。 茶の間のタンスの引き出しに入っていた現金を盗むのが目的だった。凶行に及ぶ約1時間前の9日午後11時ごろには、コンビニで防水の黒手袋を購入。自宅に戻り、倉庫から凶器となる長さ約55㌢、直径約3・2㌢、重さ約420㌘の鉄パイプを持ち出した。パイプは改造・修理中の自家用車の排気マフラーに使うために買った材料の残りでステンレス製。殴打に使った部分は斜めにカットされていた。法廷内では銀色に輝き、アルミホイルのような見た目だった。殴打で数カ所へこんだ部分が鈍く乱反射していた。 鈴木被告は建築板金業を営む一人親方で趣味は車の改造だ。改造に使う部品や工具を買いそろえるためにカネが必要だったと動機を話す。犯行現場までの移動にレンタカーを使ったのも、被告によると自家用車を修理のために分解しており、乗ることができなかったからだという。 鈴木被告はレンタカーの尾灯を消したまま、矢祭町の自宅から塙町まで車を走らせた。道路沿いの家の防犯カメラが車を記録していた。尾灯をつけないままヘッドライトのみを光らせて走るのは、無灯火のままライトのレバーを手前に引きパッシングの状態を続けることで可能だ。「車好き」なら思いつくのは当たり前のことなのだろう。 鎌田集落に入った。菊池さん宅まで続く道は車1台通るのがやっとの幅で、すれ違いは困難だ。菊池さん宅近くの道の待避所に車を止めた。玄関前で飼っている犬に吠えられるのを避けるためだった。夜遅いので他の車はまず通らない。黒いパーカーの上に黒い合羽を着て黒手袋をはめ、夜陰に紛れて道を急いだ。手には鉄パイプを持っていた。菊池さん宅南側にある駐車場には菊池さんの長男が運転する軽トラが見当たらない。菊池さんは運転免許証を持っていないので、少なくとも長男はいないと鈴木被告は推測した。 犬が吠えるのを恐れた鈴木被告は南側の玄関からは入らず、北側に回り、掃き出し窓から家に侵入しようとした。掃き出し窓は無施錠だった。侵入した際、利き手と反対の右手には鉄パイプを持っていた。寝室は豆電球一つしか明かりがついておらず薄暗かった。鈴木被告は、菊池さんが侵入者に気づき布団から上体を起こしたのが分かった。こちらを見ている。鈴木被告は右手の鉄パイプを菊池さんがいるところへ夢中で振り下ろした。5回程度殴った後に自分のしたことに気づいたが、なおも殴り続け、少なくとも計15回殴打した。 菊池さんは頭や上半身から血を流し、倒れこんだ。倒れた時に背中を電気毛布のスイッチ部分にぶつけ、背中の肋骨も折れていた。ふすまには打撃でついたようなキズが残り、障子も破れていたが、鈴木被告は覚えていないと法廷で語った。長男が帰宅した際、菊池さんはまだ息があり救急搬送されたが、出血性ショックで亡くなった。 「足が付くのは分かっていた」  「子ども時代に来た時は、ばあちゃんはここでは寝てなかったはずだ」と思った鈴木被告にとって、菊池さんが北側の窓に面した部屋にいたのは想定外だったという。だが、本来の目的である現金を盗もうと、うめき声を出して倒れている菊池さんを残して隣りの茶の間に向かった。タンスの引き出しには現金はなかったが、巾着袋の中に通帳とキャッシュカードがあった。暗証番号が書かれた紙も入っていた。巾着袋を奪うと、鈴木被告は侵入したのと同じ掃き出し窓から外に出て、止めていた車に戻った。犬は吠えなかった。 事件から約3週間後の3月1日、鈴木被告は盗んだキャッシュカードを使って現金計300万円を引き出したとして窃盗容疑で棚倉署に逮捕された。同22日には、前述した強盗殺人の罪で再逮捕。家裁郡山支部から逆送され、地検郡山支部が強盗殺人罪などで起訴し実名を公表、裁判員裁判で成人と同じように裁かれたというわけだ。 逮捕されるまでの間、鈴木被告には罪に向き合う機会もあったが、傍目には自身の行為を悔いていない行動を取った。まずは証拠隠滅。犯行日の2月10日に茨城県内の川で、橋の上から凶器の鉄パイプを捨てた。菊池さんの葬式にも平然と出席していた。奪ったキャッシュカードで同10~16日の間に県南、いわき市、茨城県内のコンビニのATМで18回に分けて計300万円を引き出した。車の部品や交際相手にブランド品や服を買ったほか、クレジットカードの返済に使い切った。鈴木被告は「足が付くのは分かっていた。捕まるまで自由にしようと思った」と法廷でその時の心情を振り返った。 ここで鈴木被告の成育歴を振り返る。2002年生まれの鈴木被告は3人きょうだいの2番目。小学5年生の時に両親が別居し、2015年に離婚した。きょうだい3人は母親が引き取った。父親は別の家庭を持っている。殺害した菊池さんは父方の祖母に当たり、菊池さんと暮らしていた長男は、鈴木被告にとって伯父に当たる。 鈴木被告は矢祭町内の中学校を卒業後、建築板金の職人として茨城県で働き始めた。職場の人間関係に悩み、矢祭町に戻ってきた。技術を生かそうと町内の建築板金業で働き、昨年秋に独立して一人親方となった。平均月40万円は稼いでいたという。町内の母方の実家で母親とは別に暮らしていた。 収入は、経費や健康保険代、税金などが引かれるとしても、家賃を支払う必要がないと考えれば十分な額だ。それでも菊池さんに十数万円の借金をしていた。借金について、鈴木被告は「車や仕事道具に出費し管理ができなかった」「ばあちゃんには甘えているところがあった」と述べている。 菊池さんの口座に大金があると知ったのは、状況から見て1年前にさかのぼる。矢祭町に帰ってから、菊池さんの資金援助を得て運転免許証を取得した被告は、昨年9月に運転ができない菊池さんに頼まれ、塙町内の金融機関へ現金を引き出しに連れていった。ATMの前で、操作方法を菊池さんに教える鈴木被告の画像が残されている。そこで、口座にある金額を知ったというわけだ。 今年1月20日には、鈴木被告は交際相手を連れて菊池さんを訪ね、カネを無心している。「妊娠したので検査費用が必要」と話したという。 この話は、菊池さんが、栃木県へ嫁いだ自身の妹に電話で伝えていた。殺害される3日前の2月6日の電話では、1月の借金は「断った」と話した。交際相手とのその後について、裁判官が鈴木被告に質問したが「自分はもう分からない」と答えた。裁判中にそれ以上聞かれることはなかった。 情状酌量は一切なし 事件現場となった被害者の自宅  鈴木被告は「車の修理代にカネが欲しかった」と言っており、菊池さんに断られた時点で盗むしかないと考えた。これだけでも身勝手ではあるが、鉄パイプを持ち込んだことで取り返しのつかない事件を起こしてしまったというわけだ。 菊池さんの次男に当たる鈴木被告の父親は、弁護側の証人として出廷し、「事件については整理できず何とも言えない」と複雑な立場にある心情を話した。「バカ親と言われるのは仕方ない」と断ったうえで「家族間の事件」と捉えていると打ち明けた。そして、「できれば息子が罪を償った後は引き取りたい」と訴えた。母親も出廷し、幼少期から暴力とは無縁だったと証言した。 一方、同居する母親を殺された長男は「家族間の事件」では済まないと代理人を通して思いを伝えた。鈴木被告にとって「かあちゃん(菊池さん)は弱く、身近で簡単にカネを取れる存在だった」と指摘し、「どうして高齢の女性にあんなひどいことができるのか。敬斗は社会一般では私の甥かもしれないが、私からすれば『犯人』に他ならない」と刑務所行きの厳罰を求めた。 地裁郡山支部で9月15日に開かれた判決公判には約35の一般傍聴席に対し70人近くが抽選に並んだ。筆者は同7日の初公判と、翌8日の被告人質問は傍聴券を手にしたが、肝心の判決は約2倍の倍率に阻まれた。判決は抽選に当たった傍聴マニアから聞いた。彼によると、 「少年だとか情状酌量とかは一切なかったね。裁判長は判決とは別に、被告に『立ち直れると期待している』と言っていたよ。でも、判決は無期でしょ。それはそれ、これはこれなんだろうね」 強盗殺人罪の法定刑は死刑か無期懲役だ。無期懲役は仮釈放が認められるまでに最低30年はかかると言われている。鈴木被告は仙台高裁に控訴中。まだ若い被告にとって納得できない判決だろう。 鈴木被告の最後の支えとなるのは、証人として出廷した両親しかいない。最後まで味方でいてくれる肉親の温かさを感じれば感じるほど、鈴木被告は、最も大切で頼りにしていた家族(菊池さん)を殺された長男の気持ちに向き合わなければならない。一度は自分自身を徹底的に否定する心情になることは必至で、全人生に付きまとうだろう。 あわせて読みたい 【小野町特養殺人】容疑者の素行を見過ごした運営法人

  • 会津若松市職員「公金詐取事件」を追う

    会津若松市職員「公金詐取事件」を追う

     会津若松市職員(当時)による公金詐取事件は、だまし取った約1億7700万円の使い道が裁判で明らかになってきた。生活費をはじめ、競馬や宝くじ、高級車のローン返済や貯蓄、さらには実父や叔父への貸し付け、挙げ句には交際相手への資金援助。詐取金は、家族の協力を得ても半分しか返還できていない。本人が有罪となり刑期を終えても、一族を道連れに「返還地獄」が待っている。 一族を道連れにした「1.8億円の返還地獄」  会津若松市の元職員、小原龍也氏(51)=同市河東町=は在職中、児童扶養手当や障害者への医療給付を担当する立場を悪用し、データを改ざんして約1億7700万円もの公金をだまし取っていた。パソコンに長け、発覚しにくい方法を取っていただけでなく、決裁後の起案のグループ回覧を廃止したり、チェック役に新人職員や異動1年目の職員を充てて職員同士の監視機能が働かない体制をつくっていた。 不正発覚後、市は調査を進め、昨年11月7日に会津若松署に小原氏を刑事告訴した上で懲戒免職にした。同署は任意捜査を続け、同12月1日に詐欺容疑で逮捕した。  その後も、市は個別の犯行について被害届を提出。同署は一連の詐欺容疑で計5回逮捕し、地検会津若松支部がうち4件を詐欺罪で起訴している(原稿執筆時の3月中旬時点)。検察は全ての逮捕容疑を罪に問う見込みだ。小原氏は、これまでに法廷で読み上げられた起訴事実2件を「間違いございません」と認めている。一つの公判が開かれるたびに新たな起訴事実が読み上げられ、本格的な審理にまで至っていない。 地元の事情通が警察筋から聞いた話によると、捜査は2月中に終結する見込みだった。5回目の逮捕が3月9日だから、当初の想定よりずれ込んでいる。 逮捕5回は身に応えるのだろう。出廷した小原氏の髪は白髪交じりで首の後ろまで伸び、キノコのかさのように頭を覆っていた。もともと痩せていて背が高いのだろうが、体格のいい警察官に挟まれて連行されるとそれが際立った。顔はやつれ、いつも同じ黒のトレーナー上下とスリッパを身に着けていた。 刑事事件に問われているのは犯行の一部に過ぎない。2007~09年には、重度心身障害者医療費助成金約6500万円を詐取していたことが市の調査で分かっている(表参照)。だが、詐欺罪の公訴時効7年を過ぎているため立件されなかった。市は「民事上の対応で計約1億7700万円の返還を求めていく」としている。 元市職員による総額1億7700万円の公金詐取と返還の動き 1996年4月大学卒業後、旧河東町役場入庁。住民福祉課に配属1999年4月保健福祉課に配属2001年4月税務課に配属2005年4月建設課に配属11月合併で会津若松市職員に。健康福祉部社会福祉課に配属2007年4月~2009年12月6571万円を詐取(重度心身障害者医療費助成金)2011年4月財務部税務課に配属2014年11月健康福祉部こども保育課に配属2016年5月地元の金融機関から借金するなどして叔父に700万円を貸す7月実父に700万円を貸す2018年4月健康福祉部こども家庭課に配属。こども給付グループのリーダーに昇任2019年4月~2022年3月1億1068万円を詐取(児童扶養手当)2021年60万円を詐取(21年度子育て世帯への臨時特別給付金)2022年4月健康福祉部障がい者支援課に配属6月市が支給金額に異変を発見。内部調査を開始8月市が小原氏から詐取金の回収を開始9月市が返還への協力を求めて小原氏の家族と協議開始11月7日市が小原氏を刑事告訴し懲戒免職11月8日時点9112万円を返還(残額は全額の49%)11月30日8~10月の給料分56万円を返還12月1日1回目の逮捕12月28日家族を通じて11月の給料分2万円を返還2023年2月6日実父から市に40万円の支払い2月14日時点8489万円が未返還(残額は全額の48%)出典:会津若松市「児童扶養手当等の支給に係る詐欺事件への対応について」(2022年11月、23年2月発行)より。1000円以下は切り捨て。  市は早速、小原氏を懲戒免職にした後の昨年11月8日時点で半分に当たる9112万円を回収した。小原氏に預金を振り込ませたほか、生命保険を解約させたり、所有する車を売却させたりした。 小原氏が逮捕・起訴された後も回収は続いている。まず、小原氏が昨年8月から同11月に懲戒免職になるまでに支払われた給料約3カ月分、計約58万円を本人や家族を通じて返還させた。加えて小原氏の実父が40万円を支払った。それでも市が回収できた額は計約9210万円で、だまし取られた公金の全額には到底届かない。約48%に当たる約8489万円が未回収だ。 身柄を拘束されている小原氏は今すぐに働いて収入を得ることはできない。初犯ではあるが、多額の公金をだまし取った重大性と過去の判例を考慮すると実刑が濃厚だ。 ちなみに初公判が開かれた1月30日、同じ地裁会津若松支部では、粉飾決算で計3億5000万円をだまし取ったとして詐欺罪などに問われていた会社役員吉田淳一氏に懲役4年6月が言い渡されている(㈱吉田ストアの元社長・吉田氏については、本誌昨年9月号「逮捕されたOA機器会社社長の転落劇」で詳報しているので参照されたい)。 小原氏は3月中旬時点で五つの詐欺罪に問われており、本誌は罪がより重くなると考えている。同罪の法定刑は10年以下の懲役。二つ以上の罪は併合罪としてまとめられ、より重い罪の刑に1・5を掛けた刑期が与えられる。単純に計算すると10年×1・5=15年。最長で刑期は15年になる。実刑となればその期間の就労は不可能。刑務作業の報償金は微々たるもので当てにならない。 小原氏に実刑が科されれば、市は公金を全額回収できない事態に陥る。そのため市は、小原氏の家族にも返還への協力を求めてきた。小原氏は妻子とともに市内河東町の実家で両親と同居していたが、犯行発覚後に離婚したため、立て替えているのは両親だ。 実父は市に「年2回に分けて支払う」と申し出たが、前述の通りこれまでに支払ったのは1回につき40万円。残額は約8489万円だから、1年間に80万円ずつ返還すると仮定しても106年はかかる。今のペースのままでは、小原氏や家族が存命中に全額返還はかなわない。 返還が遅れると小原氏も不利益を被る。刑を軽くするには、贖罪の意思を行動で示すために少しでも多く返還する必要があるからだ。十分な返還ができず、刑期が減らなければ、その分だけ社会復帰が遅れ、返還に支障が出るという悪循環に陥る。 「裁判が終わるまでに全額返還」が市と小原氏、双方の共通目標と言える。だが、無い袖は振れない。ここで市が言う「民事上の対応も考えている」点が重要になる。小原氏側からの返還が滞り、返還に向けて努力する姿勢を見せなければ損害賠償請求も躊躇しないということを意味する。ただ、小原氏には財産がない以上、民事訴訟をしたところで回収は果たせるのか。親族に責任を求めて提訴する方法も考えられるが。 市に問い合わせると、 「詐取の責任は一義的に元市職員(小原氏)にあり、親族にまで民事訴訟をすることは考えていない」(市人事課) 確かに、返還義務があるのはあくまで犯行に及んだ小原氏だけだ。いくら親子関係にあっても互いに別人格を持った個人であり、犯罪の責任を親にかぶせることを求めてはいけない。現状、小原氏の実父が少額ずつであれ返還に協力している以上、強硬手段は取れない。小原氏や家族の資力を勘案して、できるだけ早く返還するよう強く求めることが、市が取れる手段だ。こうして見ると、一族が一生かかっても返還できない額をよく使い切ったものだと、小原氏の金銭感覚に呆れる。 実父、叔父、交際相手を援助 小原氏の裁判が開かれている福島地裁会津若松支部(1月撮影)  それでも、小原氏本人が返還できなければ、家族や親族を民事で訴えてでも回収すべきという意見も市民には根強い。なぜなら「公金詐取の引き金は親族への貸し付けが一要因である」との趣旨を小原氏が供述でほのめかしているからだ。 検察官が法廷で述べた供述調書の内容を記す。 小原氏は2016年5月ごろに叔父に700万円を貸している。小原氏と実父の供述調書では、小原氏は実父に頼まれて同年7月に700万円を貸している。 いずれの貸し付けも公金をそのまま貸したわけではなく、まずは地元の金融機関から借りるなどして捻出した金を叔父と実父に渡した。だが叔父からは十分な額を返してもらえず、小原氏はもともと抱えていた借金も重なって金融機関への返済に窮するようになった。その結果、公金詐取に再び手を染めたという。 事実が供述調書通りなのか、法廷での小原氏自身の発言を聞いたうえで判断する余地がある。だが逮捕前の市の調査でも、小原氏は「親族の借金を肩代わりするために公金を詐取した」と弁明しているので、供述との整合性が取れている。 地元ジャーナリストが小原氏の家族関係を話す。 「実父は個人事業主として市の一般ごみの収集運搬を請け負っているが、今回の事件を受けて代表を退き、一緒に仕事をしている次男(小原氏の弟)が後を引き継ぐという。三男(同)は公務員だそうだ。叔父は過去に勤め先で金銭トラブルを起こしたことがあると聞いている。『親族の借金の肩代わり』とは叔父のことを指しているのかもしれない」 供述と証言を積み上げていくと、実父と叔父には自前では金を用意できない事情があった。2人は市役所職員という信頼のある職に就いていた小原氏に無心し、小原氏は金融機関から借金。もともと金に困っていたところに、借金でさらに首が回らなくなり、再び犯行に及んだことがうかがえる。 実父と叔父の無心は、既に公金詐取の「前科」があった小原氏を再犯に駆り立てた形だ。2人からすると「借りた相手が悪かった」と悔やんでいるかもしれないが、小原氏が市役所職員に見合わない金の使い方をしているのを傍で見ていて、いぶかしく思わなかったのだろうか。 だが、人は目の前に羽振りの良い人物がいたら「そのお金はどこから来たのか」とは面と向かって聞きづらいだろう。自分に尽くしてくれるなら疑念は頭の隅に置く。 小原氏には妻以外に交際相手がいた。相手が結婚を望むほどの仲で、小原氏はその子どもに食事をごちそうしたりおもちゃを買ったりしていたという。交際相手と子どもの3人で住むためのマンションも購入していた。しかし事件発覚後、交際相手は小原氏に現金100万円を渡している(検察が読み上げた交際相手の供述調書より)。自分たちが使っていた金の原資が公金なのではないかと思い、恐ろしくなって返したのではないか。 加算金でかさむ返還額 小原氏と実父が共有名義で持つ市内河東町の自宅。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。  不動産を金に換える選択肢も残っている。ただ登記簿によると、市内河東町にある小原氏と実父の自宅は2000年10月に新築され、持ち分が実父3分の2、小原氏3分の1の共有名義。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。返済できなければ自宅は同信金によって処分されてしまうので、返還の財源に充てられるかは不透明だ。 小原氏のみならず、家族も窮状に陥っている。だがいかんせん、同情されるには犯行規模が大きすぎた。小原氏は国や県が負担する金にも手を出していたからだ。主に詐取した児童扶養手当の財源は3分の1が国負担(国からの詐取額約3689万円)、重度心身障害者医療費助成金は2分の1が県負担(県からの詐取額約3285万円)、子育て世帯への臨時特別給付金に至っては全額が国負担(国からの詐取額約60万円)だ。 早急に全額返金できなければ市は政府と県に顔向けできない。何より、いずれの財源も国民が納めた税金である。ここで生温い対応をしては、国民や市民からの視線が厳しくなる。市は引き続き妥協せずに回収していくとみられる。 利子に当たる金額をどうするかという問題も出てくる。公金詐取という重罪を、正当な取り引きである借金に当てはめることはできないが、他人の金を一時的に自分のものにしたという点では同じだ。借金なら、返す時に当然利子を支払わなければならない。だまし取ったにもかかわらず、利子に当たる金額を支払わずに済むのは、民間の感覚では到底許せない。 市に、利子に当たる金額の支払いを小原氏に求めるのか尋ねると「弁護士に相談して対応を決めている」(市人事課)。ただ、市に対し国負担分の返還を求めている政府は、部署によっては加算金を求めることがあるという。市が小原氏の代わりに加算金を負担する理由はないので、市はその分を含めた返還を小原氏に求めていくことになる。要するに、小原氏は加算金=利子も背負わなければならず、返還額はさらに増えるということだ。 小原氏は自身が罪に問われるだけでなく、一族を「公金の返還地獄」へと道連れにした。囚われの身の自分に代わり、家族が苦しむ姿に何を思うのだろうか。 あわせて読みたい 【会津若松市】巨額公金詐取事件の舞台裏

  • 【マルト建設】贈収賄事件の真相

    【マルト建設】贈収賄事件の真相

     土木建築業のマルト建設㈱(会津坂下町牛川字砂田565)が揺れている。社長と営業統括部長が県職員への贈賄容疑で逮捕されたが、同じタイミングで町内では、役場庁舎の移転候補地の一つに同社が関わっていることが判明。町と同社の間でそこに移転することが既に決まっているかのような密約説まで囁かれている。しかし取材を進めると、贈収賄事件も密約説も公になっていない真実が潜んでいることが分かった。 誤解だった旧坂下厚生病院跡地〝密約説〟 マルト建設本社  マルト建設は1971年設立。資本金9860万円。役員は代表取締役・上野清範、取締役・上野誠子、佐藤信雄、根本香織、鈴木和弘、棚木光弘、成田雅弘、馬場美則、監査役・上野巴、上野洋子の各氏。  土木建築工事業と砂・砂利採取業を主業とし、会津管内ではトップクラスの完工高を誇る。関連会社に不動産業のマルト不動産㈱(会津若松市、上野清範社長)、石油卸売業の宝川産業㈱(同市、根本香織社長)、測量・設計企画業の東北都市コンサル㈱(同市、鵜川壽雄社長)がある。 マルト建設が贈収賄事件の渦中にあるのは、地元紙等の報道で読者も周知のことと思う。1月23日、社長の上野清範氏(45)と、取締役で営業統括部長の棚木光弘氏(59)が逮捕された。両氏は県会津農林事務所発注の公共工事の入札で、同事務所農村整備課主査の寺木領氏(44)から設計金額を教えてもらった見返りに、飲食代やゴルフ代など約26万円相当の賄賂を供与したとされる。 報道によると、①寺木氏が賄賂を受けたのは2020年3月から22年4月ごろ、②マルト建設は会津農林事務所が19~22年度に発注した公共工事のうち17件を落札、③寺木氏が19~21年度に設計・積算を担当した工事は7件で、このうち同社が落札したのは1件、④寺木氏が教えたとされる入札情報が、自身の業務で知り得たのか、他の手段で入手したのかは分からない、⑤寺木氏は22年4月から県中農林事務所に勤務――等々が分かっている。 一方、分かっていない点もある。寺木氏から教えてもらった入札情報をもとに、マルト建設が落札した工事はどれか、別の言い方をすると、同社が供与した賄賂は、どの工事に対する見返りだったのかが判然としないことだ。 実際、寺木氏と上野氏の起訴後、福島民報は《(起訴状によると)12回にわたり、いわき市の宿泊施設など7カ所で飲食、宿泊、ゴルフ代など26万2363円分の接待》(2月14日付)と報じ、賄賂の中身は詳細になったが、賄賂と落札した工事のつながりは相変わらず見えない。 上野氏が否認する理由  興味深い点がある。棚木氏は贈賄罪について不起訴になったことだ。これに対し、寺木氏は「棚木氏に入札情報を教えたことは間違いない」と容疑を認めている。 つまり今回の事件は、寺木氏が棚木氏に入札情報を教え、寺木氏に賄賂を供与したのは上野氏という構図になる。だから、贈賄に直接関与していない棚木氏は不起訴になったとみられるが、興味深い点は他にもある。上野氏が「知らない」「関係ない」と容疑を否認していることだ。 寺木氏は入札情報を教えたことを認めているのに、上野氏は賄賂を供与したことを認めていない。これでは贈収賄は成立しないことになる。 なぜ、上野氏は容疑を否認しているのか。それは、上野氏に「賄賂を供与した」という認識が一切ないからだ。実は、上野氏と寺木氏は友人関係にあり、父親の代から接点があるという。 本誌の取材に、上野氏をよく知る人物が語ってくれた。 「寺木氏は猪苗代湖の近くに自宅があり、父親は浜の管理などの仕事をしていた。プライベートビーチも持っていた。一方、上野氏の父親はアウトドアレジャーが趣味で、上野氏自身もボートを所有している。マルト建設は昔から、夏休みに社員家族を招待して猪苗代湖でキャンプをしていたが、その場所が寺木氏のプライベートビーチだった。同社はタダ同然で借りていたそうです。今は新型コロナの影響で中止されているが、キャンプは両氏の父親の代から始まったそうだ」 44歳の寺木氏と45歳の上野氏は互いの父親を通じて、子ども時代から面識があった可能性もある。 そんな両氏は大人になり、県職員と社長になっても今までと変わらない付き合いを続けていたようだ。 「一緒に飲んだり、ゴルフをすることもあったと思います。そのお金は割り勘の時もあれば、どっちかがおごる時もあったでしょうね」(同) 普段からこういう付き合いをしていれば、ふとした拍子に仕事の話をしても不思議ではないように思えるが、上野氏を知る人物は「上野氏がプライベートで仕事の話をすることはない」と断言する。 「社内でも上野氏が仕事の話をすることはほとんどないそうです。『この仕事は絶対に取れ』とか『こういう業績では困る』といった指示もない。あるのは『こういう仕事をやります』とか、落札できた・できなかったという社員からの報告と、それに対する『分かった』という上野氏の返事だけ。仕事の細かいことは全く気にしない(知らない)上野氏が、入札情報にいちいち興味を示すとは思えない」(同) そんな上野氏との個人的関係とは別に、寺木氏が接点を持ったのが棚木氏だった。 棚木氏は会津地方の土木建築会社を経て、十数年前にマルト建設に入社。官公庁の仕事を一手に引き受ける責任者の役目を担っていた。 上野氏を知る人物は、寺木氏と棚木氏がどういう経緯で知り合ったかは分からないという。ただ、棚木氏が賄賂を渡していないのに寺木氏が入札情報を教えたということは、こんな推察ができるのではないか。 ①寺木氏が会津農林事務所に勤務したタイミングで営業活動に訪れたのが棚木氏だった。②その時、寺木氏は棚木氏が「上野氏の部下」であることを知り、親近感を抱くようになった。③そのうち「上野氏にはいつも世話になっているから」と、棚木氏に入札情報を教えるようになった。④だから、寺木氏と棚木氏の間に賄賂は介在しなかった――。 「要するに、上野氏が払った飲食代やゴルフ代は友人として寺木氏におごっただけで、寺木氏が棚木氏に入札情報を教えた見返りではないということです。にもかかわらず警察や検察から『賄賂だろ』と迫られたため、上野氏は『そうじゃない』と否認しているんだと思います」(同) これなら、賄賂と落札した工事のつながりが見えないことも納得がいく。上野氏にとっては「単におごった金」に過ぎないので、落札した工事とつながるはずがない。上野氏は今ごろ「なぜ友人との遊び代が賄賂にすり替わったんだ」と不満に思っているのではないか。 もともと業界内では「たった26万円の賄賂で工事を取るようなリスクを犯すだろうか」と上野氏の行為を疑問視する声が上がっていた。「東京オリンピックの談合事件のように数百万円の賄賂で数十億円の仕事が取れるならリスクを犯す価値もあるが、26万円の賄賂で逮捕されたら割に合わない」というのだ。つまり業界内にも「26万円は本当に賄賂なのか」といぶかしむ声があるわけ。 とはいえ、公共工事の受発注の関係にあった寺木氏と上野氏が親しくしていれば、周囲から疑惑の目を向けられるのは当然だ。 「昔から友人関係にあったとしても、立場をわきまえて付き合う必要はあったし、せめて寺木氏が会津管内に勤めている間は距離を置くべきだった」(前出・上野氏を知る人物) 寺木氏もまた、県の職員倫理規則で申告が義務付けられている利害関係者との飲食やゴルフを届け出ておらず、事後報告もしていなかった。脇の甘さは両氏とも同じようだ。 ただ、両氏の付き合い方を咎めることと26万円が本当に賄賂だったかどうかは別問題だ。上野氏が今後も容疑を否認し続けた場合、検察はそれでも「落札した工事の見返りだった」と主張するのか。26万円が賄賂ではなかったとすれば、贈収賄事件の構図はどうなるのか注目される。 更地になったら買う約束 建物の解体工事が行われている旧厚生病院(撮影時は冬季中断中だった)  本誌先月号に会津坂下町役場の新築移転に関する記事を掲載した。 現庁舎の老朽化を受け、町は2018年3月、現庁舎一帯に新庁舎を建設することを決めたが、半年後、財政問題を理由に延期。それから4年経った昨年5月、町民有志から町議会に建設場所の再考を求める請願が出され、賛成多数で可決した。 町は新庁舎候補地として①現庁舎一帯、②旧坂下厚生総合病院跡地、③旧坂下高校跡地、④南幹線沿線県有地の四カ所を挙げ、町民にアンケートを行ったところ、旧厚生病院跡地という回答が多数を占めた。 ところが、昨年12月定例会で五十嵐一夫議員が「旧厚生病院跡地は既に売却先が決まっており、新庁舎の建設場所になり得ない」と指摘。「売却先が決まっていることを知らなかったのか」と質問すると、古川庄平町長は「知らない」と答弁した。 五十嵐議員によると「JA福島厚生連に問い合わせた結果、文書(昨年10月3日付)で『売却先は〇〇社に決まっている』と回答してきた」という。文書には〇〇社の実名も書かれていたが、五十嵐議員は社名を明かすことを控えており、筆者も五十嵐議員に尋ねてみたが「教えられない」と断られた。 JA福島厚生連にも売却先を尋ねたが「答えられない」。 公にはなっていない売却先だが、実はマルト建設が取得する方向で話が進んでいる。ちなみに同社は、旧厚生病院の建物解体工事を受注しており、昨年12月末から今年2月末までは降雪を考慮し工事が中断されていたが、3月から再開され、6月に終了予定となっている。ただ、敷地内から土壌汚染対策法の基準値を超える有害物質が検出され、土壌改良が必要となり、工事は年内いっぱいかかるとみられる。 ある事情通が内幕を明かす。 「工事が終了したら正式契約を交わす約束で、マルト建設からは買付証明書、厚生連からは売渡承諾書が出ている。売却価格は厚生連から概算で示されているようだが、具体的な金額は分からない」 マルト建設は建物解体工事を受注した際、JA福島厚生連から「跡地を買わないか」と打診され「更地になったら買う」と申し入れていた。 「厚生連には跡地利用の妙案がなく、更地後も年間数百万円の固定資産税がかかるため早く手放したいと考えていた。マルト建設は取得するつもりは一切なかったが、解体工事で世話になった手前、無下には断れなかったようです」(同) そのタイミングで浮上したのが旧厚生病院跡地に役場庁舎を新築移転する案だったが、ここでマルト建設に思わぬ悪評がついて回る。密約説だ。すなわち、同社は同跡地が候補地になることを知っていて、厚生連から取得後、町に売却することを考えた。新庁舎建設が延期された2018年、同跡地は候補地に挙がっていなかったのに今回候補地になったのは、町と同社の間に密約があったから――というのだ。 密約説は、現庁舎一帯での新築を望む旧町や商店街で広まっている。 「旧町や商店街は役場が身近にあることで生活や商売が成り立っているので、旧厚生病院跡地への移転に絶対反対。だから、密約説を持ち出し『疑惑の候補地に移転するのではなく、2018年に決めた現庁舎一帯にすべき』と主張している」(同) しかし、結論を言うと密約は存在しない。 古川町長は、旧厚生病院跡地の売却先が決まっていることを知らなかったとしているが、実際は知っていたようだ。というのも、町は同跡地を新庁舎の候補地に挙げる際、マルト建設に「町で取得しても問題ないか」と打診し、内諾を得ていたというのだ。ただし取得の方法は、密約説にある「マルト建設がJA福島厚生連から取得後、町に売却する」のではなく、前述の買付証明書と売渡承諾書を破棄し、同社は撤退。その後、町が厚生連から直接取得することになるという。 この問題は、古川町長が五十嵐議員の質問に「知っていた」と答え、具体的な取得方法を示していれば密約説が囁かれることもなかったが、役所は性質上「正式に決まったことしか公表しない」ので、旧厚生病院跡地の取得を水面下で進めようとしていた以上、「知らなかった」こととして取り繕うしかなかったわけ。 JA施設集約を提案 会津坂下町の周辺地図  このように、役場庁舎の新築移転先に決まるのかどうか注目が集まる旧厚生病院跡地だが、これとは全く別の利用法を挙げているのが会津坂下町商工会(五十嵐正康会長)だ。 同商工会は昨年末、古川町長に直接「まちづくりの視点から旧厚生病院跡地を有効活用すべき」と申し入れ、具体策として町内に点在するJA関連施設の集約を提案した。 五十嵐会長はこう話す。 「町内にはJA会津よつば本店や各支店をはじめ、直売所のうまかんべ、パストラルホールなど多くのJA関連施設が点在するが、老朽化が進み、手狭になっている。そういった施設を旧厚生病院跡地に集約し、農業の一大拠点として機能させれば町内だけでなく会津西部の人たちも幅広く利用できる。直売所も駐車場が広くとれるので、遠方からも客が見込めるし、町内外の組合員が商品を納めることもできる。農機具等の修理工場も広い敷地がほしいので、同跡地は適地だと思います」 土地売買も、JA福島厚生連とJA会津よつばで交渉すれば、同じJAなのでスムーズに進むのではないかと五十嵐会長は見ている。 「新しい坂下厚生病院とメガステージ(商業施設)が町の北西部にオープンし、人の流れは確実に変わっている。商工会としては、人口減少が進む中、会津坂下町は会津西部の中心を担う立場から、広い視野に立ったまちづくりを行うべきと考えている。そのためにも、旧厚生病院跡地はより有効な活用を模索すべきと強く申し上げたい」(同) JA関連施設を集約するということは、事業主体はJAになるが、五十嵐会長は「町がJAに『こういう方法で一緒にまちづくりを進めてみないか』と提案するのは、むしろ良いことだと思う」。 ちなみに同商工会では、新庁舎をどこに建設すべきと言うつもりは一切なく、新庁舎も含めて将来の会津坂下町に必要な施設をどこにどう配置すべきかを、町民全体で今一度考えてはどうかと主張している。 密約説からJA関連施設集約案まで飛び出す旧厚生病院跡地。そこに関わるマルト建設は贈収賄事件が重なり、しばらく落ち着かない状況が続く見通しだ。 マルト建設は本誌の取材に「この度の事件では、多方面にご迷惑をおかけして本当に申し訳ない。当面の間、取材は遠慮したい」とコメントしている。 その後 ※古川町長は2月22日の町議会全員協議会で、新庁舎の建設場所を旧厚生病院跡地にする方針を示した。敷地面積2万1000平方㍍のうち1万平方㍍を利用する。用地取得費が多額になる見通しのため、町議会と協議しながら今後のスケジュールを決めるとしている。 あわせて読みたい 元社長も贈賄で逮捕されたマルト建設 庁舎新築議論で紛糾【継続派と再考派で割れる】 (2022年10月号) 現在地か移転かで割れる【会津坂下町】庁舎新築議論 (2023年2月号)

  • 【大熊町】鉄くず窃盗が象徴する原発被災地の無法ぶり

     東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となった大熊町図書館の解体工事現場から鉄くずを盗んだとして、窃盗の罪に問われた作業員の男4人の裁判が1月16日に地裁いわき支部であった。解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札。鉄くずを盗んだのは1次下請けの土木工事業、青田興業(大熊町)の作業員だった。4人のうち3人は秋田県出身の友人同士。別の工事でも作業員が放射線量を測定せずに物品を持ち出し、転売していた事態が明らかになり、原発被災地の無法ぶりが浮き彫りになった。 鉄くず窃盗事件  窃盗罪に問われているのはいわき市平在住の大御堂雄太(39)、高橋祐樹(38)、加瀬谷健一(40)と伊達市在住の渡辺友基(38)の4被告。大御堂氏、高橋氏、加瀬谷氏は秋田県出身で、かつて同県内の同じ建設会社で働いており友人関係だった。2017年に福島県内に移住し同じ建設会社で働き始め、青田興業には2023年春から就業した。3人は加瀬谷氏の車に乗り合わせて、いわき市の自宅から大熊町の会社に通い、そこから各自の現場に向かっていた。  大熊町図書館の解体工事は環境省が発注し、鹿島建設と東急建設のJVが約51億円で落札(落札率92%)、2022年5月に契約締結した。1次下請けの青田興業が23年2月から解体に着手していた。図書館は鉄筋コンクリート造りで、4人は同年5月に6回にわたり、ここから鉄くずを盗んだ。環境省は関係した3社を昨年12月11日まで6週間の指名停止にした。  建物は原発事故で放射能汚染されており、鉄くずは放射性廃棄物扱いとなっている。放射性物質汚染対処特別措置法に基づき、持ち出すには汚染状態を測定しなければならず、処分場所も指定されている。作業員が盗んで売却したのは言うまでもなく犯罪だが、汚染の可能性がある物を持ち出し流通・拡散させたことがより悪質性を高めた。  その後、帰還困難区域で作業員による廃棄物持ち出しが次々と明らかになる。大熊町内で西松建設が受注したホームセンター解体現場では、商品の自転車が無断で持ち出されたり設備の配管が盗まれたりした。(放射性)廃棄物の自転車が転売されているという通報を受け同社が調査したところ、2次下請け業者が「作業員が知り合いの子にあげるため、子ども用の自転車2台を持ち出した」と回答したという(2023年10月28日付朝日新聞より)。  大熊町図書館の鉄くず窃盗事件は、複数人による犯罪だったこと、作業員たちが転売で得た金額が100万円と高額だったため逮捕・起訴された。裁判で明らかになった犯行の経緯は次の通り。  高橋氏(勧誘役)と加瀬谷氏(運搬役)は2023年4月末から大熊町の商業施設の解体工事現場で作業をしていた。青田興業が担う図書館の解体工事が遅れていたため、5月初旬から渡辺氏が現場に入り手伝うようになった。そのころ、大御堂氏(計画者)はまだ商業施設の現場にいたが、図書館の解体工事にも出入り。そこで鉄くずを入れたコンテナを外に運び出す方法を考えた。4人は犯行動機を問われ、「パチンコなどのギャンブルや生活費のために金が欲しかった」と取り調べや法廷で答えている。  大御堂氏が犯行を計画、同じ秋田県出身の高橋氏と加瀬谷氏を誘う。最初の犯行は5月12、13日にかけて2回に分け、同郷の3人で約7㌧の鉄くずを運び出した。コンテナに入れてアームロール車(写真参照)で運び出す必要があり、操作・運搬は加瀬谷氏の仕事だった。高橋氏は通常通り仕事を続け、異変がないか見張った。鉄くずは南相馬市の廃品回収業者に持ち込み、現金30万円余りに換えた。大御堂氏が分配し、自身と高橋氏が12万5000円、加瀬谷が5万円ほど受け取った。 参考写真:アームロール車の一例(トラック流通センターのサイトより)  味をしめて5月下旬にまた犯行を考えた。高橋氏は渡辺氏が過去に別の窃盗罪で検挙されていることを知り、犯行に誘った。同25~27日ごろに同じ方法で約14㌧を4回に分けて盗み、今度は浪江町の回収業者に持ち込み70万円余りで売った。  発覚は時間の問題だった。7月下旬に青田興業の協力会社から同社に「作業員が鉄くずを盗んで売っていたのではないか」と通報があった。確認すると4人が認めたため元請けの鹿島建設東北支店に報告。警察に被害を通報し、昨年10月25日に4人は逮捕された。青田興業は9月末付で4人を解雇した。  4人は大熊町の所有物である図書館の鉄筋部分に当たる鉄くずを盗み、100万円に換金した。しかも、その鉄くずは放射能汚染の検査をしておらず、リサイクルされ市場に拡散してしまった(環境省は「放射線量は人体に影響のないレベル」と判断)。4人は二重に過ちを犯したことになる。元請けJV代表の鹿島建設は面目を潰され、地元の青田興業も苦しい立場に置かれている。だが、被告側の証人として出廷した青田興業社長は4人を再雇用する方針を示した。  「もう一度会社で教育し、犯した罪に向き合ってほしい。会社の信用を少しずつ回復させたい」  検察官から「大変温情的ですね。会社も打撃を受けているのに許せるのですか」と質問が飛ぶと、  「盗みを知った時は怒りを覚えました。確かに会社は指名停止を受け大打撃を受けました。元請けにも町にも環境省にも迷惑を掛けた。でも今見放したら、この4人を雇ってくれる人はどこにもいないでしょう」 監視カメラが張り巡らされる未来  鉄くず窃盗事件は、数ある解体工事の過程で起こった盗みの一部に過ぎない。鉄くずは重機を使わなければ運び出せず、1人では不可能。本来、複数人で作業をしていれば互いが監視役を果たせるはずだが、実行した4人のうち3人は、同郷で以前も同じ職場にいた期間が長かったため共謀して盗む方向に気持ちが動いた。作業員同士が協力しなければ実現しなかった犯罪で、そのような環境をつくった点では青田興業にも責任はあるだろう。4人を再雇用する場合、同じ空間で作業する場面がないように隔離する必要がある。  原発被災地域で除染作業に携わった経験を持つある土木業経営者は、監視の目が届かない被災地の問題をこう指摘する。  「帰還が進まず人の目が及ばない地域なので、盗む気があれば誰もが簡単にできる。窃盗集団とみられる者が太陽光発電のパネルを盗んだ例もあった。防ぐには監視カメラを張り巡らせて、『見ているぞ』とメッセージを与え続けるしかないのではないか。もっとも、そのカメラを盗む窃盗団もいるので、イタチごっこに終わる懸念もある」  原発被災地域では監視の目を強めているが、パトロールに当たっていた警察官が常習的に下着泥棒を行っていたり、民間の戸別巡回員が無断で民有地に侵入し柿や栗を盗んだりする事件も起きている。人間の規範意識の高さをあまり当てにしてはいけない事例で、今後、監視カメラの設置がより進むだろう。

  • 献上桃事件を起こした男の正体【加藤正夫】

     「自分は東大の客員教授であり宮内庁関係者だ」と全国の農家から皇室への献上名目で農産物を騙し取っていた男の裁判が昨年12月26日、福島地裁で開かれた。県内では福島市飯坂町湯野地区の農家が2021年から2年にわたり桃を騙し取られていた。男は皇室からの返礼として「皇室献上桃生産地」と書かれた偽の木札を交付。昨年夏に経歴が嘘と判明し、男は逮捕・起訴された。桃の行方は知れない。裁判で男は「献上品を決める権限はないが、天皇陛下に桃を勧める権限はある」と強弁し、無罪を主張するのだった。 「天皇に桃を勧める権限」を持つ!?ニセ東大教授 福島地裁  詐欺罪に問われた男は農業園芸コンサルタントの加藤正夫氏(75)=東京都練馬区。刑務官2人に付き従われて入廷した加藤氏は小柄で、上下紺色のジャージを着ていた。眼鏡を掛け、白いマスク姿。整髪料が付いたままなのか、襟足まで伸びた白髪混じりの髪は脂ぎっており、オールバックにしていた。  加藤氏は2022年夏に福島市飯坂町湯野地区の70代農家Aさんを通じ、Aさんを合わせて4軒の農家から「皇室に献上する」と桃4箱(時価1万6500円相当)を騙し取った罪に問われている。宮内庁名義の「献上依頼書」を偽造し、農家を信じ込ませたとして偽造有印公文書行使の罪にも問われた。  被害は県内にとどまらない。献上名目で北海道や茨城県、神奈川県の農家がトマトやスイカ、ミカンなどの名産品を騙し取られている。茨城県の事件は福島地裁で併合審理される予定だ。加藤氏の東京の自宅には全国から米や野菜、果物が届けられており、立件されていない事件を合わせれば多くの農家が被害に遭ったのだろう。  加藤氏はいったいどのような弁明をするのか。検察官が前述の罪状を読み上げた後、加藤氏の反論は5分以上に及んだ。異例の長さだ。  加藤氏「検察の方は、私が被害者のAさんに対して宮内庁に桃を推薦したとか、選ぶ権利があると言ったとおっしゃっていましたけど、Aさんには最初から私は宮内庁職員ではありませんと言っています。Aさんから桃を騙し取るつもりは毛頭ありません。私に選ぶ権利はありませんが、福島の桃を『いい桃ですよ』と推薦する権利は持っています。それと献上依頼書は5、6年前に宮内庁の方から古いタイプのひな形にハンコを押したものをいただきまして、それをもとに宮内庁と打ち合わせて納品日を記入しました。ですから献上依頼書は、ある意味では宮内庁と打ち合わせて内容を書いたものでして……」  要領を得ない発言に業を煮やした裁判官が「つまり、偽造ということか」と聞くと  加藤氏「宮内庁と打ち合わせをした上で私の方で必要な事柄を記入してAさんにお渡ししています」  裁判官「他に言いたいことは」  加藤氏「私は桃を献上品に選ぶ権限は持っていませんが、良質な物については『これはいい桃ですから、どうか陛下が召し上がってください』と勧める権利はあります」  裁判官「選定権限はないと」  加藤氏「はい。決定権は宮内庁にあります」  加藤氏は「献上桃の選定権限はないが推薦権限はある」などという理屈を持ち出し、Aさんを騙すつもりはなかったので無罪と主張した。宮内庁とのつながりも自ら言い出したわけではなく、Aさんが誤信したと主張した。  延々と自説を述べる加藤氏だが、献上依頼書が偽造かどうかの見解はまだ答えていない。裁判官が再び聞くと、加藤氏は「結局、私が持っていたのは5、6年前の古いタイプの献上依頼書なんですね。宮内庁から空欄になったものをいただきました。そこには福島市飯坂町のAさんの桃はたいへん良い桃で以下の通り指定すると登録番号が記入されていました。私がいつ献上するかを書いて、宮内庁やAさんと打ち合わせをして……」  裁判官「細かい話になるのでそこはまだいいです。偽造かどうかを答えてください」  加藤氏「それは、コピーをした白い紙に……」  裁判官「まず結論を」  結局、加藤氏は献上依頼書が偽造かどうか答えず、自身が作った書類であることは間違いないと認めた。釈明は5分超に及んだが、まだ補足しておきたいことがあったようだ。  加藤氏「2022年8月1日にAさんから桃4箱を受け取りましたが、うち2箱は確かに宮内庁に献上しました。残り1箱は成分を分析してデータを取りました。ビタミンなどを測りました」  裁判官「全部で4箱なので1箱足りないですが」  加藤氏「最後の1箱はカットして断面を品質の分析に使いました」  検査に2箱も費やすとは、贅沢な試料の使い方だ。  裁判官とのやり取りから「ああ言えばこう言う」加藤氏の人となりがつかめただろう。桃を騙し取られたAさんは取り調べにこう述べている。  「加藤氏が本当のことを話すとは思えない。彼は手の込んだ嘘を付いて、いったい何の目的で私に近づいてきたのか理解できない」(陳述書より) 「陛下が食べる桃を検査」  加藤氏がAさんに近づいたきっかけは農業資材会社を経営するBさんだった。2016年ごろ、加藤氏は別の農家を通じてBさんと知り合う。加藤氏は周囲に「東大農学部を卒業した東大大学院農学部の客員教授で宮内庁関係者」と名乗っていたという。Bさんには「自分は宮内庁庭園課に勤務経験があり、天皇家や秋篠宮家が口にする物を選定する仕事をしていた」とより具体的に嘘を付いていた。  加藤氏はBさんが肥料開発の事業をしていると知ると「自分は東大大学院農学部の下部組織である樹木園芸研究所の所長だ。私の研究所なら1回3万円で肥料を分析できる」と言い、本来は数十万円かかるという成分分析を低価格で請け負った。これを機にBさんの信頼を得る。  だが、いずれの経歴も嘘だった。宮内庁に勤務経験はないし、東大傘下の「樹木園芸研究所」は実在しない。ただ、加藤氏は日本大学農獣医学部を卒業しており、専門的な知識はあった模様。「農学に明るい」が真っ赤な嘘ではない点が、経歴を信じ込ませた。  加藤氏はBさんとの縁で「東大客員教授」として農家の勉強会で講師を務めるようになった。ここで今回の被害者Aさんと接点ができた。2021年5月ごろにはAさんら飯坂町湯野地区の農家たちに対して「この地区の桃はおいしい。ぜひ献上桃として推薦したい。私は宮内庁で陛下が食べる桃の農薬残量や食味を検査しており、献上品を選定できる立場にある」と言った。  同年7月にAさんは「献上品」として加藤氏に桃計70㌔を託した。加藤氏は宮内庁からの返礼として「皇室献上桃生産地」と揮毫された木札を渡した。木札の写真は、当時市内にオープンしたばかりの道の駅ふくしまに福島市産の桃をPRするため飾られた。  実は、宮内庁からの返礼とされる木札も加藤氏の創作だった。加藤氏は「献上した農家には木札が送られる。宮内庁から受け取るには10万円必要だが、農家に負担を掛けたくない。誰か知り合いに揮毫してくれる人はいないか」とBさんに書道家を紹介してほしいと依頼、木札に書いてもらった。  桃を騙し取ってから2年目の2022年6月には前述・宮内庁管理部大膳課名義の献上依頼書を偽造し、Aさんたちに「今年もよろしく」と依頼した。「宮内」の押印があったが、これは加藤氏が姓名「宮内」の印鑑として印章店に5500円で作ってもらった物だった。印章店も「宮内さん」が「宮内庁」に化けるとは思いもしなかっただろう。昨年に続きAさんたちは桃を加藤氏に託した。  「皇室献上桃生産地」の木札に「宮内」の印鑑。もっともらしいあかしは、嘘に真実味を与えるのと同時に注目を浴び、かえってボロが出るきっかけとなった。現在、県内で皇室に献上している桃は桑折町産だけだ。新たに福島市からも桃が献上されれば喜ばしいニュースになる。返礼の木札を好意的に取り上げようと新聞社が取材を進める中で、宮内庁が加藤氏とのつながりと、福島市からの桃献上を否定した。疑念が高まる。2023年7月に朝日新聞が加藤氏の経歴詐称と献上桃の詐取疑惑を初報。Aさんが被害届を出し、加藤氏は詐欺罪で捕まった。  ただ、事件発覚以前からAさん、Bさんともに加藤氏に疑念の目を向けるようになっていた。加藤氏は「献上品を出してくれた人たちは天皇陛下と会食する機会が得られる」と触れ回っていたが、Bさんが「会食はいつになるのか」と尋ねても加藤氏は適当な理由を付けて「延期になった」「中止になった」とはぐらかしていたからだ。  Bさんは知り合いの東大教員に加藤氏の経歴を尋ねると「そんな男は知らない」。2023年7月に宮内庁を訪れ確認したところ、加藤氏の経歴が全くのデタラメで桃も献上されていないことが分かった。Aさんはこの年も近隣農家から桃を集め、同月下旬に加藤氏に託すところだったが、Bさんから真実を知らされ加藤氏を問い詰めた。加藤氏は「献上した」と強弁し、経歴詐称については理由を付けて正直に答えなかった。  2021、22年と加藤氏に託した桃の行方は分かっていない。転売したのか、自己消費したのか。加藤氏が「献上した」と言い張る以上、裁判で白状する可能性は低い。  もっと分からないのは動機だ。農産物の転売価格はたかが知れており、騙し取った量で十分な稼ぎになったとは思えない。時間が経てば品質が落ちるので短期間で売りさばかなければならず、高価格で販売するにはブランド化しなければならないが、裏のマーケットでそれができるのか。第一、加藤氏は「宮内庁関係者」「東大客員教授」を詐称し、非合法の儲け方をするには悪目立ちしすぎだ。 学歴コンプレックス  犯行動機は転売ではなく、加藤氏の学歴コンプレックスと虚栄心ではないか。それを端的に示す発言がある。加藤氏は取り調べでの供述で「東大農学部農業生物学科を卒業し、東大大学院で9年間研究員をしていた」と自称していたが、実際は日大農獣医学部農業工学科卒と認めている。昨年12月に開かれた初公判の最後には、明かされた自身の学歴を訂正しようと固執した。  「ちょっとよろしいですか。私の経歴で日本大学を卒業とありますが、卒業後に5年間、東京大学の研究員をしていますので……」  冒頭の要領を得ない説明がよみがえる。まだまだ続きそうな気配だ。 これには加藤氏の弁護士も「そういうことは被告人質問で言いましょう」と制した。  天皇と東大。日本でこれほどどこへ行っても通じる権威はないだろう。加藤氏は「宮内庁とのつながり」「東大の研究者」をひっさげて全国の農村に出没し、それらしい農学の知識を披露して「先生」と崇められていた。水を差す者が誰もいない環境で虚栄心を肥大させていったのではないか。福島市飯坂町湯野地区の桃農家は愚直においしさを追求していただけだったのに、嘘で固められた男の餌食になった。

  • 南相馬闇バイト強盗が招いた住民不和

     昨年2月、南相馬市の高齢者宅を襲った闇バイト強盗事件が地域住民に不和を与えている。強盗の被害に遭った男性A氏(78)が近所の男性B氏(74)を犯人視し、昨年8月に木刀で突いた。A氏は傷害罪に問われ、現在裁判が続く。B氏が根拠なく犯人扱いされた窮状と、加害者が既に別の犯罪の被害者であることへの複雑な思いを打ち明けた。 ※A氏は傷害罪で逮捕・起訴され、実名が公表されているが、闇バイト強盗被害が傷害事件を誘発した要因になっていることと地域社会への影響を鑑み匿名で報じる。 強盗被害者に殴られた男性が真相を語る 木刀で殴られた位置を示す男性  傷害事件は、昨年2月に南相馬市で発生した若者らによる闇バイト強盗事件が遠因だ。20~22歳のとび職、専門学校生からなる男3人組が犯罪グループから指示を受けて福島駅(福島市)で合流し、南相馬市の山あいにある被害者宅に武器を持って押し入った。リーダー格の男は札幌市在住、残り2人は東京都内在住で高校の同級生。2組はそれぞれ指示役から「怪しい仕事」を持ち掛けられ、強盗と理解した上で決行した。   強盗致傷罪に問われた実行犯3人には懲役6~7年の実刑判決が言い渡されている。東京都の2人に強盗を持ち掛けた同多摩市のとび職石志福治(27)=職業、年齢は逮捕時=は共謀を問われ、1月15日に福島地裁で裁判員裁判の初公判が予定されている。  強盗被害を受けた夫婦は家を荒らされ、現金8万円余りを奪われただけでなく大けがを負った。何の落ち度もないのに急に押し入られたわけで、現在に至るまで多大な精神的被害を受けている。にもかかわらず、犯行を計画・指示した札幌市のグループの上層部は法の裁きを受けていない。SNSや秘匿性の高い通信アプリを通じ何人も人を介して指示を出しており、立証が困難なためだ。犯罪を実行する闇バイト人員は後を絶たず、トカゲの尻尾切りに終わっている。被害者は全容がつかめず釈然としない。その怒りはどこに向ければいいのか。  矛先が向いたのが近所に住む知人男性B氏だった。当人が傷害事件のあった8月11日を振り返る。  「その日はうだるような暑さでした。午後2~3時の間に車でA氏の自宅前を通るとA氏が道路沿いに座っていました。私は助手席の窓を開けて『暑いから熱中症になるなよ』と声を掛けるとA氏は『水持ってるから大丈夫』と答えました」  A氏からB氏の携帯電話に着信があったのは午後10時41分ごろだった。  「私は深夜の電話は一切出ないことにしています。放っておくと玄関ドアを叩く音が聞こえました。開けるとA氏がいたので『おやじ、どうした?』と聞くと、A氏は『お前を殺しに来た』。私が『お前に殺されるようなタマじゃない』と答えるやA氏は左手に持った20㌢くらいの木刀を私の額に向かって突き出してきました。眉間に当たった感覚があり、口の中にたらたらと血が入ってきたので出血がおびただしいと理解した」  B氏がのちに警察から凶器の写真を見せられると、木刀の切っ先や周りに釘が複数打ち込まれていたという。「釘バットという凶器があるでしょ。あんな感じです。これで額を突かれればあれだけ血が出るのも頷ける」(B氏)。  攻撃を受けた後、B氏はA氏の両手を掴んで動きを封じ、B氏の借家と同じ敷地に住む大家の元へ連れていき助けを求めた。警察に通報してもらうと、A氏と軽トラを運転してきたA氏の妻はそのまま帰っていったという。A氏は凶器の木刀を置いていった。B氏は「大家が軽トラの荷台に戻していたので、木刀の現物を詳しくは見ていない」と語った。  地裁相馬支部で昨年12月11日に開かれた公判ではB氏や大家に対する証人尋問が行われた。B氏は「A氏を許すことはできない」と厳罰を求めた。  この傷害事件で気になるのがA氏の動機だ。なぜ強盗被害者が木刀で知人を襲うに至ったのか。裁判で検察側は「B氏が北海道出身だったことで、A氏は早合点した」と言及している。どういうことか。  12月11日、証人尋問を終えたB氏に相馬市内のファミレスで話を聞いた。  「確かに私は北海道出身です。東日本大震災・原発事故後に土木工事業者として福島県に来ました。除染関連の仕事に従事していました」  B氏は、A氏が闇バイトを利用した一連の強盗事件で、指示役「ルフィ」らが北海道出身で日本では札幌市を拠点にしていたことと自分を結び付けたのではないかと推測する。南相馬市の闇バイト集団は、全国の高齢者が自宅に持つ現金や金塊などの資産状況を裏ルートで把握していた。B氏は「A氏は資産情報を漏らした犯人が自分だと因縁をつけたのではないか」と憤慨する。  「疑うべきところは私ではない。震災直後、A氏の自宅敷地内には除染や工事作業員の寮があり、全国から身元が判然としない人物が多く出入りしていた。私は南相馬に10年以上根を下ろし、大家さんや地元の方に良くしてもらっている。強盗の片棒を担いだと思われていたのは残念です」 救済制度の周知不足  B氏から話を聞くうちに、犯罪被害者救済制度を知らないことが明らかになった。福島県は犯罪被害者等支援条例を2022年4月に施行しているが、取り調べた警察や検察、居住地の南相馬市からは同制度が十分に周知されていなかった。筆者の取材を受ける中で同制度の存在を知り、検察から渡された手引きを見返すと支援の内容が載っていた。 犯罪被害者支援に特化した条例を制定している県内の自治体 白河市、喜多方市、本宮市、天栄村、北塩原村、西会津町、湯川村、金山町、昭和村、西郷村、矢吹町、棚倉町、塙町、三春町、小野町、広野町、楢葉町 (警察庁「地方公共団体における犯罪被害者等施策に関する取組状況」より)  犯罪被害者を支援する条例は岩手県以外の都道府県が制定する。被害者やその家族が被害から回復し、社会復帰できるように行政と事業者、支援団体の連携と相談体制、被害に対する金銭的支援を定めたもの。福島県は「犯罪被害者等見舞金」として、各市町村が給付する見舞金を半額補助している。  けがを負わされた被害者は治療費が掛かるし、外傷は治っても心理的ショックは長期間なくなることはない。その間は仕事に就けなくなる可能性も高い。B氏も額のけがが気になり、しばらく人前に出られなかったという。  問題意識を持って被害者支援に特化した条例を制定する市町村も出て来た。警察庁の2023年4月1日現在の統計によると、県内では表の17市町村が制定している。南相馬市は制定していない。  条例があることは当事者への理解が進んでいる自治体のバロメーターと言っていい。近年制定した自治体には、凄惨な事件の舞台となったところもある。誰もが加害者と被害者になってはいけない。だが、現に起こり、近しい人の協力だけでは復帰は難しく、公的支援が必要だ。南相馬市で発生した二つの事件を機に、全県で実効性の伴う犯罪被害者・家族の支援体制を整備するべきだ。

  • 陸自郡山駐屯地「強制わいせつ」有罪判決の意義

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊内で起こった強制わいせつ事件で、被告の元自衛官の男3人に懲役2年執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。被害者の元自衛官五ノ井里奈さんは、顔と実名を出し社会に訴えてきた。福島県では昨年、性加害をしたと告発される福島ゆかりの著名人が相次いだ。被害者が公表せざるを得ないのは、怒りはもちろん、当事者が認めず事態が動かないため、世論に問うしか道が残っていないからだ。2024年はこれ以上性被害やハラスメント告発の声を上げずに済むよう、全ての人が自身の振る舞いに敏感になる必要がある。(小池航) 本誌が報じてきた性被害告発 被告たちを撮ろうとカメラを構えるマスコミ=2023年12月12日。 裁判所を出る関根被告(左)と木目沢被告(右)=同10月30日。  陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊の男性隊員3人が同僚の女性隊員を押し倒し腰を押しつけたとして強制わいせつ罪に問われた裁判で、福島地裁は昨年12月12日に懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した(肩書は当時)。有罪となった3人はいずれも郡山市在住の会社員、渋谷修太郎被告(31)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(30)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。刑事裁判に先立って3人は自衛隊の調査で被害女性への加害行為を認定され、懲戒免職されていた。  冒頭の報じ方に違和感を覚える読者がいるかもしれない。それは、裁判の判決報道のひな形に則り、刑事裁判の主役である被告人をメーンに据えたからだ。定型の判決報道で実態を表せないほど、郡山駐屯地の強制わいせつ事件は有罪となるまで異例の道筋をたどった。被害を受けた元女性自衛官が顔と実名を出して、一度不起訴になった事件の再調査を世論に訴える必要に迫られたためだ。  被害を実名公表したのは五ノ井里奈さん(24)=宮城県東松島市出身。2021年8月の北海道矢臼別演習場での訓練期間中に宴会が行われていた宿泊部屋で受けた被害をユーチューブで公表した。防衛省・自衛隊が特別防衛監察を実施して事件を再調査し、男性隊員らによる性加害を認め謝罪するまでには、自衛隊内での被害報告から約1年かかった。加害行為に関わった男性隊員5人のうち技を掛けて倒し腰を押しつける行為をした3人が強制わいせつ罪で在宅起訴された。被告3人はわいせつ行為を否定。うち1人は腰を振ったことを認めたが「笑いを取るためだった」などとわいせつ目的ではなかったと主張。しかし、3人とも有罪となった。原稿執筆時の12月21日時点で控訴するかどうかは不明。  筆者は福島地裁で行われた全7回の公判を初めから終わりまで傍聴した。注目度が高かったため、マスコミや事件の関係者が座る席を除く一般傍聴席は抽選だった。本誌は裁判所の記者クラブに加盟していないため席の割り当てはない。外勤スタッフ8人総出で抽選に臨み、何とか傍聴席を確保できた。判決公判は一般傍聴席35席に202人が抽選に臨み、倍率は5・77倍だった。  事件を再調査した特別防衛監察は、これまではおそらく取り合ってこなかったであろう自衛隊内のハラスメント行為を洗い出した。自衛隊福島地方協力本部(福島市)では、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否した隊員に接種を強要するなどの威圧的な言動をしたとして、同本部の50代の3等陸佐を戒告の懲戒処分にした(福島民報昨年11月27日付より)。  ある拠点の現役男性自衛官は特別防衛監察後の変化を振り返る。  「セクハラ・パワハラを調査するアンケートや面談の頻度が増えた。月例教育でも毎度ハラスメントについて教育するようになり、掲示板には注意喚起のチラシが張られている。男性隊員は女性隊員と距離を置くようになり、体に触れるなんてあり得ない」  特別防衛監察によりセクハラ・パワハラの実態が明るみになったことで自衛隊のイメージは悪化し、この男性自衛官は常に国民の目を気にしているという。  「自衛隊は日本の防衛という重要任務を担っていて国民が清廉潔白さを求めているし、実際そうでなければならない。見られているという感覚は以前よりも強い」 今年2024年は自衛隊が発足して70年。軍隊が禁じられた日本国憲法下で警察予備隊発足後、保安隊、自衛隊と名前を変えた。国民の信頼を得る秩序ある組織にするには、ハラスメント対策を一過性に終わらせず、現場の声を拾い上げて対処する恒常的な仕組みの整備が急務だ。 本誌が向き合ってきた証言 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  性加害やハラスメントは自衛隊内だけではない。本誌は昨年、福島県ゆかりの著名人から性被害を受けたとする告発者の報道に力を入れてきた。加害行為は立場が上の者から下の者に行われ、被害者は往々にして泣き寝入りを迫られる。  昨年2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔 飯舘村出身女優が語る性被害告発の真相」では、飯舘村出身の女性俳優大内彩加さんが、所属する劇団の主宰である谷賢一氏から性行為を強要されたと告発、損害賠償を求めて提訴した。谷氏は否定し、法廷で争う。谷氏は原発事故後に帰還が進む双葉町に移住し、演劇事業を繰り広げようとしていた。東京の劇団内で谷氏によるセクハラやパワハラを受けていた大内さんは新たに出会った福島の人々にハラスメントが及ぶのを恐れ、実態を知らせて防ぐために被害を公表したと語った。  7月号では大内彩加さんにインタビューし、性被害告発後に誹謗中傷を受けるなど二次被害を受けていることを続報した。  4月号「生業訴訟を牽引した弁護士の『裏の顔』」では、演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優Aさんが損害賠償を求めて提訴した。馬奈木氏は県内では東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長として知られていたが、Aさんの提訴前の2022年12月に退いていた。本誌も記事でコメントを紹介するなど知見を借りていた。  8月号「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、元職員が性被害を訴えた。証言を裏付けるため、筆者は被害者から相談を受けた刑事を訪ねたり、被害を訴える別の人物の証言記録を確認し、掲載にこぎつけた。8月号発売の直前に学園側は記事掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立ててきたが、学園側は裁判所の判断を待たず申し立てを取り下げた。9月号ではその時の審尋を詳報した。  本誌が報じてきたのはハラスメントがあったことを示すLINEのやり取りや音声、知人や行政機関への相談記録など被害を裏付ける証拠がある場合だ。ただし、証拠を常に示せるとは限らない。泣き寝入りしている被害者は多々いるだろう。五ノ井さんの証言を認め、裁判所が下した有罪判決を契機に、まずは今まさに被害を訴えている人たちの声に、世の中は親身に耳を傾けるべきだ。

  • 五ノ井里奈さんに届けたパンプス

    ノンフィクション作家 岩下明日香  元自衛官の五ノ井里奈さんが、陸上自衛隊郡山駐屯地の部隊内で受けた性被害を実名告発した後、マスコミと世論が関心を持つまでには時間を要した。告発当初から取材し、五ノ井さんの著書『声をあげて』の構成を手掛けたノンフィクション作家が振り返る。 名もなき元自衛官の女性が閉塞的な日本社会に大きな風穴を開ける。 五ノ井里奈さん=筆者撮影  台風接近により、天候が崩れるという天気予報に憂いた。電車が動かなくなったら東京から郡山までたどり着けないかもしれない。「本当に彼女が自衛官だったかもわからない」「交通費は出さない」と編集部が躊躇していた取材のため、自腹を切った新幹線の切符が紙くずになるかもしれない。そんな心配は杞憂だった。  2022年7月5日、昼過ぎに降り立った郡山は、早足で夏がやってきたかのように汗ばむ真夏日だった。  郡山を訪れたきっかけは、元自衛官・五ノ井里奈さんに会うためだ。五ノ井さんは、自衛隊を6月28日に退官し、その翌日にユーチューブ『街録チャンネル』などの動画を通じて自衛隊内で受けた性被害を告発していた。瞬く間にソーシャルメディアで拡散され、それが雑誌系ウェブメディアの業務委託記者をしていた筆者の目に留まったのだ。  動画のなかの五ノ井さんは、取り乱すことなく、卑劣な被害の経緯を淡々と語っていた。当時、まだ五ノ井さんは22歳という若さ。純粋な眼差しとあどけなさが残っていた。  五ノ井さんを含め、性犯罪に巻き込まれた被害者を記事で取り上げるとき、証言だけではなく、裏取りができないと記事化は難しい。説得力のある記事でなければ、被害者は虚偽の証言をしているのではないかという疑いの目が向けられ、インターネット上で誹謗中傷が膨らむという二次被害のリスクも孕む。  実際に記事にするとはあらかじめ約束できない取材だった。もし記事にできなかったら、追いつめられている被害者を落胆させてしまうから。懺悔すれば、最終的に記事を出すことができなかったことは一度ではなく、その度に被害者を傷つけているような罪悪感に駆られるのだ。  五ノ井さんにも確定的なことを約束せずにいた。被害者の証言を裏付けるものを見つけられるのか。話を聴いてみないとわからないと思い、郡山を目指した。  真夏日の郡山駅に到着してすぐに駅周辺を探索した。当時はまだコロナ禍で、駅ビルのカフェにはちらほら人がいる程度。人目があるとナイーブな話はしにくいだろうと思い、静かな場所を求めて駅の外へ出た。  すると、駅前にある赤い看板のカラオケ店が目に飛び込んできた。コロナ禍の影響で、カラオケ店ではボックスをリモートワーク用に貸し出していた。カラオケボックスなら防音対策がしっかりして静かだろうと思い、店員に料金を聞いてから、早々に駅に引き返し、待ち合わせ場所である新幹線の改札口前で待機した。  改札を出て左手にある「みどりの窓口」付近から発着する新幹線を示す電光掲示板を眺めていると、カーキ色のTシャツに迷彩ズボンをはいた男性がベビーカーを押して、改札前で足をとめ、妻らしき女性にベビーカーを託した。改札を通っていく妻子を見送る自衛官らしき男性が手を振って見送っていた。  近くに駐屯地でもあるのだろうか。それくらい筆者は自衛隊や土地に疎かった。当時はまだ、五ノ井さんが郡山駐屯地に所属していたことすら知らなかった。  しばらくすると、キャップを目深に被った青いレンズのサングラスをかけた人がこちらに向かって歩いてきた。半袖に短パンのラフな格好。  「あっ!」  青いサングラスの子が五ノ井さんだとすぐにわかった。五ノ井さん曰く、駐屯地が近くにあり、隊員が日ごろからウロウロしているため、サングラスと帽子で隠していたという。地方の平日の昼過ぎ、しかもコロナ禍で人の出が減り、わりと閑散としていた駅では、青いサングラスがむしろ目立っていた。「地元のヤンキー」が現れたかと思い、危うく目をそらすところだったが、大福のように白い肌と柔らかい雰囲気は、まさしく動画で深刻な被害を告白していた五ノ井さんであった。 必ず書くと心に決めた瞬間  五ノ井さんは、カラオケ店のドリンクバーでそそいだお茶に一口もつけずに淡々と自衛隊内で起きていたことを語った。淡々とではあるが、「聴いてほしい、ちゃんと書いてほしい」と必死に訴えてきてくれた目を今でも覚えている。会う前までは不確定だったが、必ず書くと心に決めた瞬間があった。五ノ井さんがこう言い放った瞬間だ。  「ただ技をキメて、押し倒しただけで笑いが起きるわけがないじゃないですか」  五ノ井さんは3人の男性隊員から格闘の技をかけられ、腰を振るなどのわいせつな行為を受けた。その間、周囲で見ていた十数人の男性自衛官は、止めることなく、笑っていた。男性同士の悪ノリで、その場に居合わせたたった1人の女性を凌辱していた場面が筆者の目に浮かんだ。目の奥が熱くなって、涙がわっと湧き溢れて、マスクがせき止めた。  自衛隊という上下関係が厳しく、気軽に相談できる女性の数が圧倒的に少ない環境で、仲間であるはずの隊員を傷つける行為。どうして周囲の人が誰も止めに入らないのか。閉ざされた実力集団において、自分よりも弱い者を攻撃することで、自分は強いという優位性を誇示したかったのだろうか。  ときに力の誇示は、暴力に発展する。国防を担う自衛隊は、国民を守るために「力」を備える。だが、それがいとも簡単に「暴力」に変わり、しかも周囲は「そういうものだ」とか「それくらいのことで」と浅はかに黙認する。そして一般社会の感覚とはかけ離れていき、集団的に暴力に寛容になり、エスカレートしていくのではないだろうか。  閉ざされた環境からして、被害者は五ノ井さんだけではないはずだ。取材を続ける意義は大きいと確信した。カラオケボックスにある受話器が「プルルルル~」とタイムリミットを知らせてきたが、2回ほど延長してじっくり話を聴いた。  五ノ井さんがユーチューブで告発してから2週間後、筆者の書いた記事は『アエラ』のウェブ版で配信された。すると、瞬く間に拡散され、同日中には野党の国会議員が防衛省に「厳正な調査」を要請し、事態が大きく動き出した。  さらに五ノ井さんは、防衛大臣に対して、第三者委員会による再調査を求めるオンライン署名と、自衛隊内でハラスメントを経験したことがある人へのアンケート調査も実施。署名を広く呼び掛けるために東京都内で記者会見の場を設けた。オンライン署名は1週間で6万件を突破し、署名サイトの運営者は「個人に関する署名でここまで集まるのはこれまでになかった」というほどの勢いだ。五ノ井さんのSNSのフォロワーも驚異的に伸び、同じような経験をしたことがあるという匿名の元隊員からの書き込みをも出てきた。  だが、現実は厳しかった。7月27日に開いた記者会見に足を運ぶと、NHKの女性記者1人だけ。遅れて朝日新聞の女性記者がもう1人。そして筆者をあわせて、マスコミはたったの3人だった。真夏に黒いリクルートスーツを身にまとった五ノ井さんは、空席の目立つ記者席に向かって、声を振り絞った。  「中隊内で隠ぺいや口裏合わせが行われていると、内部の隊員から聞いたので、ちゃんと第三者委員会を立ち上げ、公正な再調査をしてほしいです」 マスコミの反応が薄かった理由  静かに終わった会見後、五ノ井さんはコピー用紙に書き込んだ数枚のメモを筆者に差し出した。報道陣から質問されそうなことを事前にまとめ、答えられるように用意していたのだ。手書きで何度も書き直した跡が残っていた。なのに、ほとんど質問されなかった。結局、五ノ井さんのはじめての会見を報じたのは、筆者だけだった。  SNS上では反響が大きかったにもかかわらず、当初、マスコミの反応は薄かった。理由はおそらく2つ考えられる。1つ目は、五ノ井さんが強制わいせつ事件として自衛隊内の犯罪を捜査する警務隊に被害届を出したものの、検察は5月31日付で被疑者3人を不起訴処分にしていたから、司法のお墨付きがない。2つ目は、自衛隊に限らず、大手マスコミ自体も男性社会かつ縦社会でハラスメントが起こりやすい組織構造を持っているから、感覚的にハラスメントに対して意識が低い。  一度不起訴になった性犯罪を、あえて蒸し返す意義はどこにあるのか。昭和体質の編集部が考えることは、筆者もよくわかっている。刑事事件で不起訴になったとしても、警務隊や検察が十分な捜査を尽くしていなかった可能性があるにもかかわらず。  マスコミの関心が薄い反面、ネット上では誹謗中傷が沸き上がった。署名と同時に集めていたアンケート内には殺害予告も含まれていた。心無い言葉の矢がネットを通じて被害者の心を引き裂く「セカンドレイプ」にも五ノ井さんは苦しみ、体調を崩しがちになった。それでも萎縮することなく、五ノ井さんは野党のヒアリングに参加した。顔がほてり、目がうつろで今にも倒れそうな状態で踏ん張っていた。  8月31日に市ヶ谷に直接出向き、防衛省に再調査を求める署名とアンケート結果を提出。この時にやっとテレビも報じはじめた。少しずつマスコミと世論が関心を持ちだし、防衛省も特別防衛監察を実施して再調査に乗り出す。  そのわずか1カ月後の9月29日、自衛隊トップと防衛省が五ノ井さんの被害を認めて謝罪する異例の事態が起きた。この日、五ノ井さんから「パンプスがこわれた」というメッセージを受け取っていた。防衛省から直接謝罪を受けるため、急いで永田町の議員会館に向かっている途中で片方のヒールにヒビが入ったらしい。相当焦って家を出てきたのだろう。引き返す時間がないため、そのまま議員会館に行くという。  「足のサイズは?」  「わからないです。二十何センチくらい。全然これでもいけるので大丈夫です!」  筆者も永田町に急いでいた。ヒールにヒビが入ったというのが、靴の底が抜けて歩けないような状態を想像し、それはピンチと思い、GUに駆け込んで黒のパンプスを買ってから議員会館に向かった。到着して驚いたのが、ほんの1カ月半前までは大手メディアからほぼ注目されていなかったのに、この時は立ち見がでるほど報道陣で会場が埋め尽くされた。議員秘書経由でパンプスは五ノ井さんに届けられたが、すぐに謝罪会見は始まり、履き替える時間もなかったのか、ヒビの入ったヒールのまま五ノ井さんが会場に入ってきた。防衛省人事教育局長と陸幕監部らは、五ノ井さんと向かい合うようにして立ち、頭を下げて謝罪すると、五ノ井さんも小さく頭を垂れた。  郡山で取材をした時には、淡々と被害を語っていた五ノ井さんだったが、この日は悔しさがにじみ出るように目が赤かった。防衛省・自衛隊に向けて言葉を詰まらせた。  「今になって認められたことは……、遅いと思っています」  もし自衛隊内で初動捜査を適切に行っていたら、被害者が自衛隊を去ることも、実名・顔出しすることもなく、誹謗中傷に苦しむこともなかっただろう。  後日、五ノ井さんはばつが悪そうに言うのだ。  「パンプス、ぶかぶかでした」  100円ショップで中敷きを買って詰めてもぶかぶかですぐ脱げるようだ。その場しのぎで買った安物を大事に履こうとしてくれていた。 裁判所を出る被告3人を見届ける 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  防衛省・自衛隊がセクハラの事実を認めてからも、五ノ井さんの闘いは続く。10月には加害者4人からも対面で謝罪を受け、12月には5人が懲戒免職になった。  さらに、不起訴になった強制わいせつ事件を郡山検察審査会に不服申し立てをし、2022年9月に不起訴不当となり、検察の再捜査も開始。2023年3月には不起訴から一転、元隊員3人は在宅起訴された。6月から福島地裁で行われていた公判で、3人はいずれも無罪を主張。五ノ井さんは初公判から福島地裁に足を運び、被告らや元同僚の目撃者らの発言に耳を傾けた。そこにはいつも、実家の宮城県から母親が駆けつけていた。  4回目の公判。被告人質問を終えた被告3人が裁判所から出ていく姿を、母親と筆者は見届けた。  「親が娘の代わりに訴えることはできるんでしょうか……」  涙を目に溜めながら言う母親に返す言葉が見つからず、背中をさすった。被告の1人が、五ノ井さんを押し倒して腰を振った理由を「笑いをとるためだった」と公判で発言したのを、母親も間近で聞いていた。被告に無罪を主張する権利があるとはいえ、被害者はもちろん、その家族もどれほど心をえぐられたことか。それでも親子は半年間にわたるすべての公判を傍聴し続けた。  福島地裁は12月12日、被告3人にそれぞれ懲役2年執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。  被害から2年以上が経過し、五ノ井さんは現在24歳。希望と可能性に溢れていたはずの20代前半を、被害によってすべてを奪われ、巨大組織と性犯罪者と対峙してきた。その姿にいま、世界が目を向けている。  英『フィナンシャル・タイムズ』による「世界で最も影響力がある女性25人」を皮切りに、米誌『タイム』は世界で最も影響力がある「次世代の100人」に、英公共放送BBCも「100人の女性」(2023年)に五ノ井さんを選出した。  判決の翌日、外国特派員協会で会見を開いた五ノ井さんは、前を向いて堂々と語った。  「世の中に告発してから約2年間、自分の人生をかけて闘ってきました。被害の経験は必要ありませんでしたが、無駄なことは何一つありませんでした。誹謗中傷も、公判も、人との関わりも、そのすべてが自分の人生を鍛えてくれる種となり、生きていく力に変わりました。私にとってはすべてが学びでした」  閉塞的な社会に風穴を開けた功績は、ロールモデルとして人々に勇気を与えていくだろう。 いわした・あすか ノンフィクション作家。1989年山梨県生まれ。『カンボジア孤児院ビジネス』(2017、潮出版)で第4回「潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。五ノ井里奈さんの近著『声をあげて』(2023、小学館)の構成を務める。現在はスローニュースで編集・取材を行う。

  • 運営法人の怠慢が招いた小野町特養暴行死

     小野町の特別養護老人ホーム「つつじの里」で起きた傷害致死事件をめぐり、一審で懲役8年の判決を言い渡された同特養の元職員・冨沢伸一被告(42)は判決を不服として昨年12月5日付で控訴した。  地裁郡山支部で同11月に行われた裁判員裁判の模様は先月号「被害者の最期を語らなかった被告」をご覧いただきたいが、公判の行方と併せて注目されるのが同特養を運営する社会福祉法人「かがやき福祉会」の今後だ。  同福祉会に対しては、県と小野町が2022年12月以降に計7回の特別監査を実施。  町は昨年10月、介護保険法に基づき、同特養に今年4月まで6カ月間の新規利用者受け入れ停止処分を科し、同福祉会に改善勧告を出している。  《施設職員らへの聞き取りなどから、介護福祉士の職員(本誌注・冨沢被告)が入所者の腹部を圧迫する身体的虐待を行い、死亡させたと認定した。別の職員が入所者に怒鳴る心理的虐待も確認した。法人の予防策は一時的で介護を放棄の状態にあったとした》(福島民報昨年10月20日付より)  法人登記簿によると、かがやき福祉会(小野町)は2018年12月設立。資産総額1億6000万円。公表されている現況報告書(昨年4月現在)によると、理事長は山田正昭氏、理事は猪狩公宏、阿部京一、猪狩真典、斎藤升男、先﨑千吉子の各氏。資金収支内訳表を見ると、23年3月期は620万円の赤字。  「現在の理事体制で法人・施設の運営が改まるとは思えない」  と話すのは田村地域の特養ホームに詳しい事情通だ。  「職員の間では冨沢氏が問題人物であることは周知の事実だった。今回の傷害致死事件も、法人がきちんと対応していれば未然に防げた可能性が高かった」(同)  事情通によると、事件が起きる8カ月前の2022年2月、介護福祉士の資格を持つ職員6人が一斉に退職した。このうちの2人は、冨沢被告と同じユニットリーダーを務める施設の中心的職員だった。  6人が一斉に退職した理由は、法人が自分たちの進言を真摯に聞き入れようとしなかったことだった。  「冨沢氏が夜勤の翌日、入所者を風呂に入れると体にアザがついている事案が度々あり、職員たちは『このままでは死人が出る』と本気で心配していたそうです。理事に『冨沢氏を夜勤から外すべき』と意見を述べる職員もいたそうです。しかし、理事は『冨沢にはきちんと言い聞かせたから大丈夫だ』と深刻に受け止めなかった。こうした危機意識の無さに6人は呆れ、抗議の意味も込めて一斉に退職したのです」(同)  有資格者がごっそりいなくなれば運営はきつくなるが、後任者の補充は上手くいかなかった。こうした中で、他の入所者にも暴力を振るっていた疑いのある冨沢被告が人手不足による忙しさから暴力をエスカレートさせ、今回の悲劇につながった可能性は大いに考えられる。  「法人に理事を刷新する雰囲気は全くない。亡くなった植田タミ子さんを当初『老衰』と診断した嘱託医もそのまま勤務している。変わったことと言えば昨年夏、ケアマネージャーの女性に事件の責任を負わせ辞めさせたことくらい。しかし、そのケアマネは『なぜ私なのか』と猛反発していたそうです」(同)  山田理事長は町から改善勧告を受けた際、マスコミに「全てを真摯に受け止め、職員一丸で信頼回復に努める」とコメントしたが、職員の進言を聞き入れず、冨沢被告の素行を見て見ぬふりをした理事を刷新しなければ信頼回復は難しいし、入所者の家族も安心して施設に預けられないのではないか。 ※かがやき福祉会に今後の運営について尋ねたところ「行政の指導に従って運営していく。理事変更の話は出ていない」(担当者)とコメントした。 あわせて読みたい 【小野町特養殺人】容疑者の素行を見過ごした運営法人 小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

  • 郡山【大麻アパート】に見る若者の栽培・密売参入

     全国で若者が大麻栽培に手を染めている。郡山市では20~30代のグループがアパートと一軒家で大規模栽培していた。県警が1度に押収した量としては過去最多。栽培手法をマニュアル化して指南する専門集団が存在し、都会や地方を問わず新規参入が増える。流通量増加の要因には、若年層がネットを介し安易に入手できるようになったことがある。乱用や売買が強盗や傷害事件につながるケースもあり、郡山産の大麻が全国の治安悪化に与えた影響は計り知れない。(一部敬称略) 「電気大量消費」「年中カーテン」の怪しい部屋  7月14日、郡山市内の公園で通行人が落とし物のバッグを警察に届けると、中に液体大麻0・5㌘が入っていた。液体大麻は大麻リキッドとも呼ばれ、幻覚成分を抽出・濃縮した物。電子タバコで吸入する。  液体大麻入りのバッグを所持していた20代女の知人を含む男女4人が逮捕されたのは、バッグの発見から約半月後だった。  7月28日付の福島民友は、福島、愛知の両県警が営利目的で大麻を所持したとして、郡山市内の20~30代の主犯格を含む男女4人を逮捕したと伝えた。押収された乾燥前の大麻草270鉢(末端価格7000万円以上)は、福島県内で一度に押収した量としては過去最多という。両県警は組織的な大麻栽培・密売事件とみて合同捜査しており、主犯格は愛知県警が逮捕した。液体大麻が入っていたバッグを落とした女も栽培に加担した容疑で逮捕された。  11月中旬までに栽培・譲渡に関与したとみられる県内の男女9人と県外の購入者6人の計15人が逮捕された。主犯格の斉藤聖司(32)と一員の山田一茂(34)、箭内武(28)の郡山市の3人と、白河市の松崎泰大(37)は起訴され、山田と箭内の公判は地裁郡山支部で審理中だ。  栽培場所は郡山市安積町笹川経蔵のアパートと同市笹川2丁目の一軒家だった。アパートの家賃は月5万9000円。グループの一員が通い、エアコンや扇風機で温度と湿度を常時管理して大麻草を育て、乾燥後にジップロックに詰め発送していた。県警がマスコミを通して公表した現場写真からは、部屋に所狭しと大麻の鉢が置かれ、照明と遮光シートを設置しているのが分かる。裁判では、生育を促すCO2発生装置や脱臭機を使っていたと言及があった。  過去に薬物事犯で検挙された経験がある元密売人は写真を見て、  「かなり部屋が狭いし鉢植えも小さいですね。小規模な組織と思われます。大規模組織は広い敷地で水耕栽培するからです。大麻の需要増に応じてここ2、3年は新規栽培者が増えている。都会や地方を問わず、全国で人知れず栽培している事例は多い」と話す。  大麻押収量と検挙者は格段に増えている。全薬物犯罪の検挙者は過去10年間で1万2000~1万4000人の間を増減。覚醒剤、大麻の順に多い。2022年は全検挙者1万2000人のうち、覚醒剤に絡む者が6000人(50%)、大麻に絡む者が5500人(45%)=出典は警察庁、厚生労働省、海上保安庁の統計を厚労省が集計したもの。以下同。\  覚醒剤に絡む犯罪は依然として多く見過ごせないものの減少傾向にある。過去10年では2015年の1万1200人をピークに22年に6200人に減った。一方で大麻は13年の1600人から21年には過去最多の5700人と3・5倍も増えている。  検挙者数は氷山の一角で、乱用者はもっと多いと推測される。全薬物犯罪とその大半を占める覚醒剤犯罪が減少傾向なのに大麻犯罪が急増しているということは、大麻が急速に流行していることを意味する。  県警刑事部・組織犯罪対策課によると、検挙者の特徴は、覚醒剤は中高年や再犯者が多く、大麻は若者の初犯者が多いという。2022年に県警が検挙した薬物犯罪は大麻が29人中、初犯者は25人で約86%を占めた(県内の過去10年の推移はグラフ参照)。覚醒剤は45人中、初犯者は12人で約27%、大半が再犯者だ。大麻検挙者のうち8割以上が30代以下で、覚醒剤検挙者のうち6割が40代以上だった。若者に流行る大麻と中高年に多い覚醒剤。これは全国・県内とも同じ傾向だ。  関東信越厚生局麻薬取締部の部長を務めた瀬戸晴海氏の著書『スマホで薬物を買う子どもたち』(新潮新書、2022年)の題名通り、若年層がネットを通じて大麻を手にするようになった。「海外では合法」といったイメージが先行しているためだという。  注射する覚醒剤に比べ、大麻はタバコのように吸入し乱用方法が簡易。さらに1㌘当たりの末端価格が1万円台の覚醒剤に比べて、大麻は同5000円と安いことも若者が手を出し易い要因だ。  関西の4大学は共同調査し、大麻や覚醒剤などの危険ドラッグを「手に入る」と考える大学1年生が4割に上るとの結果を11月に発表した。手に入ると答えたうち8割が「SNSやインターネットで探せば見つけることができるから」という理由を挙げた。 栽培指南に特化  大麻が若者に浸透する中、福島県内でも過去に前例のない規模で栽培されていても不思議ではない。郡山市で違法栽培されていた大麻はアパートで乾燥後、流通を担う個人や組織を通じて全国で売買されていたとみられる。  「都内への流通やコスト面に限って言えば、福島県が特別栽培地として選ばれているとは思えない。栽培地に地方が有利な点を強いて挙げるとすれば、家賃が安いことと、捜査員の充てられる人数が少ないため摘発リスクが都会に比べて低いことぐらいではないでしょうか」(前出の元密売人)  新規栽培が増える背景には、育て方を指南する集団・個人の存在がある。栽培手法はマニュアル化され、フランチャイズのように売り上げの何割かを受け取る契約で全国に波及する。指南に特化することで効率化を図り、検挙リスクの高い流通・密売には積極的に関わらない。  栽培者は自ら顧客に売るか流通担当者に流す。違法な物を売るため、表立って取引はできない。ここで登場するのがSNSと秘匿性の高いアプリだ。先払いが鉄則だという。  「物を先に渡すと代金を払わないで逃げられてしまう可能性が高い。違法な物を販売しているので、逃げられても通報できない弱みがある。顧客も犯罪傾向が進んでいる者が多いので不払いに躊躇がない。タタキ(強盗)と言って、約束の品を持ってきたところで暴行を受け強奪されることもある」(同)  福島県のような地方の場合、そもそも若者の割合が少ないので、大麻に関して言えば乱用地というよりも供給地の性格が強くなる。  「栽培者は隠語で『農家』と呼ばれます。また聞きですが、福島県内のある山間地では、野菜栽培を装ってビニールハウス内で大麻草を栽培している人がいると聞いたことがあります」(同)  アパートの一室でも農地でも。大麻はそれだけ身近に潜んでいるということだ。部屋の貸主が気づく術はあるのか。  「空調を常時管理するため電気代が異常に掛かります」(同)  郡山市の大麻栽培・密売事件の裁判では、栽培場所のアパートや一軒家の電気代が毎月3~7万円掛かっていたことが明かされた。一軒家に至っては「1階の電気を点けたらブレーカーが落ちる」とメンバーが気を使っていたほど。  もう一つは臭いだ。栽培現場には脱臭機があった。「大麻の苗も乾燥した物も独特の臭いがあり、身近な人もそうでない人も嗅げば異変を感じる。鉢植えで育てれば土の臭いもある。異臭を外に出さないため部屋は常に閉め切っているはず」(同)  大家は、高額な電気代と年中部屋を締め切っている部屋があったら注意した方がいい。 テレグラムは必須  前出『スマホで薬物を買う子どもたち』は、非行と無縁だった若者が大麻をスマホで買っている現状を書く。大麻をきっかけに生活や人間関係が破綻し、より幻覚作用が強い薬物に手を出し依存。薬物代を稼ぐため自らも大麻栽培・密売に手を出す事例を紹介している。大麻が「手軽」なイメージとは裏腹に、薬物の入り口を意味する「ゲートウェイドラッグ」と呼ばれる所以だ。乱用の兆候はあるのか。  「顧客と売人の取引には必ずと言っていいほどX(旧ツイッター)とテレグラムが使われます。Xで薬物の隠語を使って不特定多数に呼び掛け、通信が暗号化されるテレグラムでのやり取りに誘導する」(同)  テレグラムは秘匿性の高いアプリの一つ。通信が暗号化され、捜査機関の解析が困難になる。もともとは中国やロシアなど強権国家で人権活動家が当局の監視を避けるために開発されたが、技術は使いようで、日本では薬物の取引や闇バイトの募集などに悪用されている。  「秘匿性の高いアプリには、他にウィッカー、シグナル、ワイヤーなどがあるが、ウィッカーは近々サービスを終了。シグナルは電話番号の登録が必要で相手にも通知されるので好まれない。もっとセキュリティが高度なアプリもあるが、その分通信性能が落ち、使っている人も少ないから、誰もが使うテレグラムに落ち着く」(同)  通信の秘密は守られて然るべきだが、これらのアプリが実際に犯罪行為に使われている以上、もし情報セキュリティに無頓着だった家族や知人が突如ダウンロードしていたら警戒する必要がある。  大麻は凶悪犯罪の「ゲートウェイ」でもある。昨年3月にJR福島駅に停車した新幹線内で起こった傷害事件は、犯人の23歳男が大麻を大阪府の知人から譲り受けようと岩手県から無賃乗車し、車掌に咎められて暴れたのが原因だった。  裁判には男の大麻依存傾向を診断した医師が出廷し、より強い作用を求めて濃縮した液体大麻を乱用していたこと、優先順位の最上に大麻があり、崇めるような精神世界を築いていたことを証言した。「薬物乱用者に言えることだが、何が悪いか理解できない以上、いま反省するのは難しい」とも。証人として出廷した母親は、涙を流しながら息子が迷惑を掛けたことをひたすら悔いていた。  家族と言えども、スマホの先で誰とつながっているかは分からない。異変を察知するためにまずできることは、帰省した我が子に「テレグラムやってる?」とカマをかけるぐらいだ。

  • 【南会津】放射能検査団体「着服事件」の背景

     同協議会は10月24日に女性臨時職員による着服があったことを公表し、翌25日付の地元紙でこの問題が報じられた。以下は、同日付の福島民友より。 コメ全量検査終了で組織に緩み!?    ×  ×  ×  ×  農産物の放射性物質検査などを行っている「南会津地域の恵み安全対策協議会」は24日、臨時職員が685万7127円を着服していたことが判明したと発表した。着服が分かった職員は40代女性で、10日付で懲戒解雇となった。全額返済していることなどから、同協議会は刑事告訴は行わないとしている。  同協議会は福島県南会津町、下郷町、只見町、JA会津よつばなどで構成。南会津町に事務所を置き、同JAが事務局を担当している。  同JAによると、女性は会計事務を担当し、2021年5月~22年9月に数十回に分けて同協議会の貯金口座から現金を払い戻して、着服した。  1回の着服額は少ない時で数百円、多い時で約30万円だった。通帳などは金庫に入れられ、金庫の鍵は上司の机にしまってあったが、上司がいないタイミングで鍵を取り出し通帳を出し入れしていた。着服した金は生活費などに充てていたという。  県から、同協議会が交付金を受けているのに決算額の繰越金が少ないのはなぜかと指摘があり、調査を進めてきた。  出納帳が任意の形式だったことなどから時間を要し、女性の関与が強まったとして今年9月に聞き取り調査を始め、今月2日に女性が着服を認めた。    ×  ×  ×  ×  この記事を見た際の最初の印象は、 「現在は農産物の放射能検査は以前ほど行われていないため、予算規模も縮小しているはずだから、着服があればすぐに分かりそうなものだが……」ということだった。  原発事故後の2012年に、県を事務局とする「ふくしまの恵み安全対策協議会」という組織が立ち上げられた。その規約には、「福島第一原子力発電所事故に伴い、本県の農林水産物は出荷制限や風評被害など深刻な被害を受けており、今後、農林水産物の安全性の確保が最大の課題となっている。このため、本協議会は、産地が主体となったより綿密な放射性物質の検査を推進するとともに、検査結果や農産物の生産履歴情報等を消費者等に提供することによって、本県産農林水産物の安全性の確保と消費者の信頼確保を図ることを目的とする」とある。  この県組織の協議会と並列する形で、各地域に協議会が設立された。地域協議会が放射性物質検査を実施し、県組織の協議会が結果の取りまとめ・公表を行う、といった形である。 役割を終えた協議会 「南会津地域の恵み安全対策協議会」の事務局を務めるJA会津よつば  今回、着服事件があった「南会津地域の恵み安全対策協議会」も地域協議会の1つ。各地域協議会はおおむね、市町村単位で設立されているが、南会津地域は、南会津町、下郷町、只見町の3町で構成される。事務局は、市町村単位で地域協議会を組織しているところは、当該市町村が担うケースが多いが、南会津地域は以前は3町持ち回りで、2018年からJA会津よつばが担当するようになったという。  そうした点からして、ほかの地域協議会とは少し成り立ちが違うわけだが、ともかく、この地域協議会が農産物の放射能検査を行ってきた。特に大きな役割を担ったのが米の検査である。県内では2012年度産米から、全量全袋検査を実施してきた。それを担ってきたのが地域協議会で、各地域協議会の構成メンバーを見ると、行政(当該市町村)、農業団体のほか、地元の米穀店などが入っている。そこからしても、地域協議会は米の全量全袋検査のための組織であることがうかがえる。  ただ、2019年度産米までは全量全袋検査が実施されてきたが、5年以上基準値超過(1㌔当たり100ベクレル以上)が出ていないことから、避難指示が出されていた区域を除き、2020年からはモニタリング(抽出)検査に切り替えられた。  これに伴い、地域協議会はほぼほぼ役割を終えた、と言っていい。実際、塙町協議会(塙地域の恵み安全対策協議会)は2021年7月に解散しており、「協議会としての役割を終えた」との判断から解散に至ったのだという。  全量全袋検査が行われていたときは、県全体で数十億円の費用がかかっており、米の収穫時期(検査時期)に合わせて人を雇うなど、言わば〝産業〟になっていた。それがなくなり、当然、地域協議会の予算規模は少なくなっているから、前述のような疑問が浮かんだのである。そもそも、地域協議会に仕事が残っているのか、との疑問もある。  この点について、南会津地域協議会の事務局を務めるJA会津よつばの担当者はこう説明した。  「業務としては、園芸品の検査(自主検査)や清算業務が残っています。そうした中で、今回の事件が起きてしまいました。今後は、管理の徹底や、JAとして内部監査の受託契約をしてもらうなどして再発防止に努めたい」  自主検査・モニタリング検査や清算業務などが残っているとのことだが、一方で、女性臨時職員は協議会の事務経費の口座管理を1人で任せられていたようだから、内部体制に問題があったということだろう。役割を終え、今後は解散に向かうであろう組織だけに、「緩み」もあったのではないかと思えてならない。少なくとも、業務が減少したのは間違いないから、そうなると、悪事を働く余裕も出てきてしまうものだ。 検査機器は廃棄物に  最後に。塙町では「役割を終えた」との判断から、2021年7月に地域協議会を解散したことを前述した。そこで気になるのが、検査機器をどうしたのか、ということだが、同協議会の事務局を務めていた町農林推進課によると、「業者に委託して処分した」とのこと。産業廃棄物扱いになるが、「処分費用は東京電力に賠償請求した」という。  今後、各地域協議会でも、「全量全袋検査が行われていたときは、検査機器数十台体制だったが、抽出検査のために、数台を残して処分する(あるいは全台処分)」ということになろう。各地域協議会には検査機器の処分と、東電への賠償請求といった業務が残っているわけ。東電からしたら、その賠償額も相当なものになるのではないか。加えて、当初は検査機器が足りない状況だったが、いまでは「廃棄物」になっているのだから、それだけ状況が変わったということでもある。

  • 【秋田金足農野球部OB】楢葉町土地改良区で横領した町職員

     楢葉町職員(当時)が会計業務を請け負っていた2団体から計約3800万円を横領した事件の裁判が福島地裁いわき支部で行われている。罪に問われているのは一部の犯行に過ぎず、民事裁判で命じられた町や土地改良区への賠償金約4100万円は未払い。元職員は秋田県の強豪野球部出身で、被災地の復興に寄与したいと浜通りに移住した。信頼を裏切った代償は重い。 横領額3800万円 2年見過ごした杜撰な監査 職員の不祥事が相次いでいる楢葉町役場  業務上横領罪に問われているのは楢葉町産業振興課で主任技査を務めていたアルバイト従業員の遠藤国士被告(47)=秋田県井川町出身・在住。2019年4月に社会人枠で採用され、楢葉町土地改良区と、農地管理などを担う地元農家による任意団体「町多面的機能広域保全会」の事務局を任せられていた。両団体の事務は代々同課職員が行ってきた。  土地改良区の業務は主に農業用水を流す灌漑設備や水門の修繕管理で、農家など土地所有者が会員となり、理事もそこから選ばれる。事業は公益性が高く、補助金も支給されるため、資金は公金だ。楢葉町土地改良区の場合、松本幸英町長が理事長を務め、地元農家が理事、町監査委員が監事に就いている。  2団体からの横領総額は約3800万円、罪に問われているのは土地改良区絡みの横領だけだ。起訴状によると、2019年8月から翌20年3月にかけて複数回にわたり土地改良区の口座から現金を引き落とし計約670万円を横領した。今後追起訴があり、立証される横領額はさらに増える。  警察が遠藤氏の口座を調べたところ、原資不明の3700万円の入金があったというから、かすめた金の大部分は自身の口座に入れていたことがうかがえる。主にギャンブル、借金返済、生活費に使ったという。  発覚したのは横領を始めてから2年経った2021年8月だった。9月定例会に提出する補正予算案を作成する際、同土地改良区の会計資料が必要になり、上司の産業振興課長が遠藤氏に提示を求めたが、遠藤氏は突然体調不良を訴えて休暇に入り音信が途絶えた。遠藤氏は弁護士を通じて同8月23日に町に横領を認めた後、双葉署に出頭した。町が同9月8日に遠藤氏を懲戒免職した上で事件を公表し刑事告発。発覚から2年経った今年8月、同土地改良区から523万円を横領した容疑で逮捕された。  この間、町と同土地改良区は損害賠償を求めて福島地裁いわき支部に提訴していた。遠藤氏は出廷せず反論もしなかったため、2022年3月に約4100万円の賠償命令が下った。だが、支払いはなく回収できていない。この時、遠藤氏は逮捕されていなかったとはいえ、今後刑事裁判に掛けられることは明らかで、先行した民事裁判での答弁が影響することを考えたのだろう。  今年11月20日に地裁いわき支部で業務上横領罪の初公判が行われた。法廷に現れた遠藤氏は連行する警察官2人よりも長身で、体格が良い。髪は切り揃え、眼鏡をかけており聡明な印象だった。遠藤氏とはどのような人物なのか。  遠藤氏と数年前に仕事をしたことがあるという知人男性によると、秋田県の強豪、金足農業高校野球部でレギュラーを務め、卒業後に同県内の土地改良区に勤務、東日本大震災直後に宮城県で農地調査の応援に入ったという。その後、復興庁に転職し、浪江町に出向。妻子を引き連れ移住した。2018年に母校が夏の甲子園で決勝進出を決めた際には地元2紙の取材を受けており、テレビで試合中継を見ながら涙を浮かべていた。  知人男性によると、  「横領には驚きません。浪江町役場で何度か話したことがあるが、横柄な態度が鼻に付き、派手な様子でした。行動範囲が広く、生活にお金が掛かっている感じでした。秋田から決意を持って浪江に復興支援に来たはずなのに、2年もしないうちに楢葉町役場に転職し、信念がないとも映った。借金もあったというから資金ショートしていたのでしょう。ギャンブル依存症を疑います」  町民の間では、3800万円をギャンブルで使い果たすのは信じ難いと「町の裏金になっていたのではないか」という憶測が広がっていた。本誌既報の通り、楢葉町では職員による不祥事が相次ぎ、町民の不信感が強まっているため、まことしやかに語られた。  横領発覚の翌年22年には、建設課の元職員が指名業者に設計価格を漏洩したとして官製談合防止法違反などで逮捕され有罪。町は同4月に不祥事再発防止に関する第三者委員会を設置したが、わずか1週間後に政策企画課職員が無免許運転で逮捕。同12月には建設課職員が災害公営住宅の家賃管理システムを不正操作し、計127万円の家賃支払いを免れたとして懲戒免職となった。わずか2年間で100人ほどの職員のうち4人が不祥事を起こす異常事態となり、町長や管理職はその度に減給するなどの責任を取っている。  遠藤氏の裁判では、横領金の使途は主にギャンブルと明かされたため「町の裏金説」の信憑性は低い。今後はのめり込んでいたギャンブルの種類や借金の額、生活費の詳細が本人への質問で判明するだろう。 「公務員なら間違いない」とハンコ  横領の直接的な原因は、遠藤氏が自己資金で賄いきれないほどギャンブルにのめり込んでいたことだ。だが、不正会計を発見できなかった同土地改良区役員にも被害を拡大させた責任がある。  同土地改良区では年に1回、監事が監査を行っている。裁判では、ある町職員が警察の取り調べに「土地改良区の監査を担当していた監事は『遠藤氏ら公務員が間違いないと言っているので問題ないと思い押印署名した』と釈明していた」と証言していたことが明かされた。役員名簿を見ると監事は2人いるが、それでも見過ごすとは、細かいことは全て事務職員にお任せする「ザル監査」だったのだろう。  さらに遠藤氏の前任者によると、土地改良区の口座から引き落とす際には役員の決裁が必要だが、事後決裁のみで済んだという。会計管理は代々町職員が1人で担っており、それらを付け込まれた同土地改良区=町は2年に渡り、遠藤氏に公金をかすめ取られ続けることになった。  そもそも同土地改良区は震災・原発事故前から解散が検討されており、活動は活発でなかったという。  「原発被災地の土地改良区は理事や総代(会員)のなり手不足に悩んでおり、関心も低いのでチェック機能が働かない。その割に、原発賠償や農業復興という名目で補助金が潤沢に入ってくる。横領事件の背景にはそのギャップがある」(土地改良区事情に詳しい男性)  遠藤氏は原発被災地に移住後、「後輩の活躍を誇りに、浪江の復興に力を尽くしたい」(福島民報2018年8月20日付)と誓っている。だが、1年も経たずに悪事に手を染め、誓いは破られた。  第2回公判は12月25日午後1時半から地裁いわき支部で開かれる。他の横領金について新たに起訴状が提出される予定だ。

  • 小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

     小野町の特別養護老人ホームで昨年10月、入所者の94歳女性に暴行を加え死なせたとして傷害致死罪に問われていた元介護福祉士の男の裁判員裁判で、地裁郡山支部は懲役8年(求刑懲役8年)を言い渡した。男は「暴行はしていない」と無罪を主張。裁判とは別に特別監査をした町や県は、死亡原因を暴行と結論付けていた。裁判所は司法解剖の結果や男の暴行以外に死亡する可能性があり得ないことを認定し、有罪となった。法廷で男は、死亡した女性の息子から代理人を通じて「介護士として母の死に思うことはあるか」と問われ、「分からない」や無言を貫き通した。 被害者の最期を語らなかった被告 冨沢伸一被告 特別養護老人ホーム「つつじの里」  事件は昨年10月8日夜から翌9日早朝までの間に発生。小野町谷津作の特別養護老人ホーム「つつじの里」に勤める介護福祉士の冨沢伸一被告(42)=小野町字和名田下落合=が入所者の植田タミ子さん(当時94)を暴行の末、出血性ショックで死なせた。  発覚に至る経緯は次の通り。第一発見者の冨沢被告が同施設の看護師に連絡し、町内の嘱託医が「老衰」と診断、遺体を遺族に渡した。不審に思った施設関係者が警察に通報し、同11日に司法解剖を行った結果、下腹部など広範囲に複数のあざや皮下出血が見つかったことから、死因が外傷性の出血性ショックに変わった。事件発生から2カ月後の同12月7日に冨沢被告は殺人容疑で逮捕。傷害致死罪に問われた。  事件発覚後の昨年12月以降、町は県と合同で同施設に特別監査を計7回実施し、冨沢被告が腹部を圧迫する身体的虐待を行い、死亡させたと認定していた。同施設を2024年4月18日まで6カ月間の新規利用者受け入れ停止の処分とした。特別監査では別の職員が入所者に怒鳴る心理的虐待も確認。同法人の予防策は一時的で、介護を放棄している状態にあったとした(10月20日付福島民報より)。  行政処分上は冨沢被告による暴行が認定されたが、刑罰を与えるのに必要な事実の証明はまた別で、立証のハードルはより高い。冨沢被告は地裁郡山支部で行われた裁判員裁判で「暴行はしていない」と無罪を主張。弁護側は植田さんが具体的にどのような方法でけがをして亡くなったかは明らかでなく、立証できない以上無罪と、裁判員に推定無罪の原則を強調した。  冨沢被告は高校卒業後に郡山市内の専門学校で介護を学び、卒業後に介護福祉士として複数の施設に勤務してきた。暴行死事件を起こしたつつじの里には、開所と同時期の2019年10月1日から働き始めた。つつじの里は全室個室で約10床ずつ三つのユニットに分かれ定員29床。社会福祉法人かがやき福祉会(小野町、山田正昭理事長)が運営する。 入所者が暴行死したつつじの里のユニット(同施設ホームページより)  冨沢被告は職員の勤務調整や指導などを行うユニットリーダーだった。事件が起こった夜は2人態勢で、冨沢被告は夕方4時から朝9時まで割り当てられたユニットを1人で担当した。  暴行死した植田さんは2021年6月に入所した。自力で立って歩くことが困難で、床に尻を付いて手の力を使って歩いたり、車椅子に乗ったりして移動していた。転倒してけがを防止するため床に敷いたマットレスに寝ていた。  植田さんは心臓にペースメーカーを入れていた。事件3日前も病院で診察を受けたが体調は良好で、事件当日は朝、昼、晩と完食していた。それだけに、一晩での死亡は急だった。この時間帯に異変を目撃できた人物は冨沢被告しかいない。以下は法廷で明かされた植田さんのペースメーカーの記録や居室前廊下のカメラ映像、同僚の証言を基に記述する。  事件があった昨年10月8日の午後3時半ごろ、冨沢被告が出勤する。植田さんを車椅子に乗せ食堂で夕食を食べさせた冨沢被告は、午後6時半ごろに居室に連れ帰った。9日午前0時20分ごろにペースメーカーが心電図を記録していた。心電図は波形の異常を検知した時だけ記録する仕組みになっていた。同4時38分に心電図の波が消失するまでの間に冨沢被告は2回、食堂に車椅子で運び、28回居室に入った。午前3時38分、冨沢被告は「顔色不良、BEエラー」と植田さんの容体の異常を日誌に記録。4時38分に心電図の波が消失後、施設の准看護士に電話で相談した。准看護士は「俺もうダメかも知れない」との発言を聞いた。  同5時14分には別のユニットに勤務していた同僚に報告。さらに別の同僚は、冨沢被告から「警察に捕まってしまうかもしれない」と言われたという。 指さした先にいた犯人  施設の嘱託医は「老衰」と診断した。不審に思った施設関係者が警察に通報し、事件の発覚に至った。通報があったということは、冨沢被告は疑われていたということだ。裁判には施設の介護士が出廷し、昨年春ごろに植田さんの手の甲にあざがあり、虐待を疑って施設に報告していたことを証言した。  この介護士が入所者や職員が集まる食堂で植田さんの手の甲を見ると、大きなあざがあったという。口ごもる植田さんに「どうしたの」と問うとしばらく答えなかった後、「自分ではやっていない」。そして「やられた」と言った。「誰に」と問うと「男」。ちょうど食堂に男性職員2人が入ってきた。「あそこにいるか」と問うと「いない」。冨沢被告が入ってきた。介護士は同じように植田さんに聞いたが怖がっている様子で、それ以上話そうとしなかった。植田さんに介護士自身の手を持たせ、けがをさせた人物を指すように言うと冨沢被告を指した。介護士はすぐに上司に報告した。  本誌1月号「容疑者の素行を見過ごした運営法人」では、内情を知る人物の話として、2021年春ごろに冨沢被告が担当していた別の入所者の腕にあざが見つかったこと、職員が冨沢被告の問題点を上司に告げても施設側は真摯に聞き入れず、冨沢被告に口頭注意するのみだったことを報じている。運営状況に嫌気を指した職員数人が一斉に退職したこともあったという。町と県の特別監査では、冨沢被告とは別の職員による心理的虐待があり、予防策がその場限りであったことを認定した。  運営法人が冨沢被告ら職員による虐待の報告を放置していたことが今回の暴行死につながった。さらには嘱託医による「老衰診断」も重なり、通報がなければ事件が闇に葬られるところだった。  植田さんの親族4人は冨沢被告と施設運営者のかがやき福祉会に計約4975万円の損害賠償を求め、5月22日付で提訴している(福島民友11月7日付)。  傷害致死罪を問う裁判では植田さんの長男が厳罰を求める意見陳述をした。  《亡くなる3日前、母のために洋服を買いました。母は自分で選び、とても喜んで「ありがとう」と言いました。私たちは母にまた会うのを楽しみに別れました。そのやり取りが最後でした。10月9日、新しい服に腕を通すことなく亡くなりました。あんなに元気なのに信じられなかった。  天寿なのだと思い、信じられない気持ちを納得しようとしました。死んだ本当の原因を聞いた時は今まで感じたことのない怒りと憎しみで胸がいっぱいでした。信じていた介護士に暴力を振るわれて亡くなった。遺体を見ると足の裏まであざ。見るに堪えません。母は被告人に殴られたり怒られたりするのが怖くて助けを求めることができなかったと思います。最後に会った時、私は母の手にあざを見つけどうしたのと聞きましたが、母は教えてくれませんでした。気づいていれば亡くなることはなかったのではと悔やみ申し訳なく思っています。  介護士はお年寄りに優しくし、できないことをできるように助けになるのが仕事ではないでしょうか。なぜ暴力を振るい母を殺めたのか。施設と介護士を信用していたのに、被告人は信頼を裏切って助けを求められない母を殺めた。母は助けとなるべき介護士に絶望し、苦しみながら死んだ。私たち家族は被告人を到底許すことはできません。できうる限りの重い刑罰を求めます。できるなら生前の元気な母にもう一度会いたい》 「亡くなったことはショック」  法廷で遺族は弁護士を通じて、冨沢被告に質問した。その答えは「分からない」や無言が多かった。傍聴席からは植田さんの写真が見守っていた。 遺族代理人「植田さんはなぜ亡くなったと思う?」 冨沢被告「詳しくは分からない」 遺族代理人「事故で亡くなったとか具体的なことは分かるか」 冨沢被告「転倒はしていないと思う。それ以外は分からない」 遺族代理人「介護を担当していた時間に何かが起こって亡くなったのは間違いないか」 冨沢被告「はい」 遺族代理人「自分が担当していた時間に植田さんが亡くなったことについて思うことはあるか」 冨沢被告「分からない」 遺族代理人「分からないというのは自分の気持ちが?」 冨沢被告「思い当たる件がです」 遺族代理人「今聞いているのは亡くなった原因ではなく、あなたの感情についてです」 冨沢被告「亡くなったことについてショックを受けている」 遺族代理人「担当中に亡くなったわけで、監督が足りないと思うことはあったか」 冨沢被告「……」 遺族代理人「午前3時半ごろ容体が急変した。救急車や看護師を呼ばなかったことに後悔はなかったか」 冨沢被告「……」 遺族代理人「分からないんですね。遺族に申し上げたいことはあるか」 冨沢被告「……」 遺族代理人「特にはないということですか」 冨沢被告「はい」  自らに不利益なことを証言しない権利はある。だが、亡くなった植田さんの最も近くにいて、その容体を把握していたのは冨沢被告しかいない。判決が出た後、被害者の最期を何らかの形で遺族に伝えるのが介護士としての責務ではないか。 あわせて読みたい 【小野町特養殺人】容疑者の素行を見過ごした運営法人

  • 元相馬市職員が侵入盗撮

    使ったのは職場の公用カメラ  相馬市の下水道課長(当時)が市内の知人女性宅に侵入して女性を盗撮、さらに下着を盗んだとして、住居侵入と窃盗の罪、県迷惑行為等防止条例違反に問われている。住居侵入した時点で悪質だが、業務中に侵入していた点、公用カメラを悪用していた点から、公務員としての心構えにも疑いの目が向けられる。  罪に問われているのは南相馬市原町区の増田克彦被告(55)。9月13日に福島地裁で行われた初公判に増田被告はスーツ姿で現れ、裁判官からの罪状認否に「間違いありません」とか細い声で答えた。現在保釈中。 増田被告は専門学校卒業後、1988年に電気技師として相馬市役所に入庁し、2020年4月に下水道課長に就任した。事件を受けて市は増田被告を7月25月付で懲戒免職。増田被告は、平日は南相馬市鹿島区にある実家から仕事に通い、週末に妻が住むアパートに帰る生活を送っていた。  検察側の冒頭陳述によると、事件のきっかけは2019年4月ごろ。被害者の知人女性に恋愛感情を抱き、22年9月には尾行して住居を割り出した。デジカメで外観を撮影するようになった。今年5月中旬に玄関の鍵を不正に入手したという。6月7日(水)午後1時45分ごろ、その鍵を使って侵入し、洗濯機から下着1枚を盗み、実家の自室で撮影。その後も女性宅にたびたび侵入し、デジカメで部屋の内部を撮ったという。私物のカメラよりも画質がいいからという理由で公用のデジカメを使っていた。  増田被告の欲求はエスカレートし盗撮機設置を考えるようになった。大手通販サイトで小型カメラを買い、同22日(木)午後1時50分ごろ、女性宅に侵入。消しゴムサイズの小型カメラを録画状態のまま脱衣所に配置し撮影した。犯行の約1週間前には「下見」に入り、盗撮のテストをする徹底ぶりだった。女性が不審物に気づいて警察に通報したため犯行が発覚。6月30日に逮捕された。  最初に侵入した日も小型カメラを設置した日も平日の午後2時前。つまり増田被告は、勤務中に犯行に及んでいたことになる。市役所には、どんな届け出をして職場を離れていたのか。  増田被告が意図していたかどうかは分からないが、盗撮行為は7月13日に性的姿態撮影処罰法の施行で厳罰化を控えていた。同法は性的な恥ずかしい姿を正当な理由がなく、相手の同意を得ずに、あるいは同意しないことを表明するのを困難にさせる状態で撮影する行為を罰する。性的画像・動画の盗撮はそもそもアウトだが、提供したり配信したりするのも罪になった点がネット社会への対処を反映している。 家宅捜査が入った相馬市役所  県内では公務員による盗撮事件が目立っている。10月11日には本宮市のスーパーで買い物をしていた40代女性のスカートの中を小型カメラで撮影しようとしたとして、県総合療育センター(郡山市)の主任医療技師の男(54)が性的姿態撮影処罰法違反(撮影未遂)で逮捕された。4月に判明した、いわき市の中学校女子更衣室盗撮事件は、同市平の男性中学校教諭(当時30歳)が県迷惑行為等防止条例違反容疑で逮捕された。懲戒免職となったが、罰金50万円の略式命令で済んだ。  公務員が盗撮していたということだけで、所属先の信頼やイメージが損なわれる。相馬市の元下水道課長は、公務があるはずの平日に公用カメラを使用して盗撮していたから、失墜はなおさらだ。

  • 福島県警の贈収賄摘発は一段落!?【赤羽組】【東日本緑化工業】

     県発注工事を巡る贈収賄事件は8月、県中流域下水道建設事務所元職員と須賀川市の土木会社「赤羽組」元社長に執行猶予付きの有罪判決が言い渡された。9月13日には、公契約関係競売入札妨害罪に問われている大熊町の法面業者「東日本緑化工業」元社長に判決が下される。県警による贈収賄事件の検挙は、昨年9月に田村市の元職員らを逮捕したのを皮切りに市内の業者に及び、さらにその下請けに入っていた東日本緑化工業の元社長へと至った。業界関係者は、県警が「一罰百戒」の目的を達成したとして、捜査は一区切りを迎えたとみている。 「一罰百戒」芋づる式検挙の舞台裏 須賀川市にある赤羽組の事務所 郡山市にある東日本緑化工業の事務所  贈賄罪に問われた赤羽組(須賀川市)元社長の赤羽隆氏(69)には懲役1年、執行猶予3年の有罪判決。受託収賄罪などに問われた県中流域下水道建設事務所元職員の遠藤英司氏(60)には懲役2年、執行猶予4年の他、現金10万円の没収と追徴金約18万円が言い渡された。公契約関係競売入札妨害罪に問われている東日本緑化工業(大熊町)元社長の坂田紀幸氏(53)の裁判は、検察側が懲役1年を求刑し、9月13日に福島地裁で判決が言い渡される予定。  本誌は昨年から、田村市や県の職員が関わった贈収賄事件を業界関係者の話や裁判で明かされた証拠をもとにリポートしてきた。時系列を追うと、今回の県発注工事に絡む贈収賄事件の摘発は、田村市で昨年発覚した贈収賄事件の延長にあった。  福島県の発注工事では、入札予定価格と設計金額は同額に設定されている。一連の贈収賄事件の発端は設計金額を積算するソフトを作る会社の営業活動だった。積算ソフト会社は自社製品の精度向上に日々励んでいるが、各社とも高精度のため製品に大差はない。それゆえ、各自治体が発注工事の設計金額の積算に使う非公表の資材単価表は、自社製品を優位にするために「喉から手が出るほど欲しい情報」だ。  2021年6月、宮城県川崎町発注の工事に関連して謝礼の授受があったとして、同町建設水道課の男性職員(49)、同町内の建設業「丹野土木」の男性役員(50)、そして仙台市青葉区の積算ソフト会社「コンピュータシステム研究所」の男性社員(45)が宮城県警に逮捕された(河北新報同7月1日付より。年齢、役職は当時、紙面では実名)。町職員と丹野土木役員は親戚だった。  同紙の同年12月28日付の記事によると、この3人は受託収賄や贈賄の罪で起訴され、仙台地裁から有罪判決を受けた。判決では、同研究所の社員が丹野土木の役員と共謀し、町職員に単価表の情報提供を依頼、見返りに6回に渡って商品券計12万円分を渡したと認定された。1回当たり2万円の計算だ。  同紙によると、宮城県警が川崎町の贈収賄事件を本格捜査し始めたのは2021年5月。田村市で同種の贈収賄事件(詳細は本誌昨年12月号参照)が摘発されたのは、それから1年以上経った翌22年9月だった。  福島県警が、田村市内の土木会社「三和工業」役員のA氏(48)と、同年3月に同市を退職し民間企業に勤めていたB氏(47)をそれぞれ贈賄と受託収賄の疑いで逮捕した(年齢、肩書きは当時)。2人は中学時代の同級生だった。同研究所の営業担当社員S氏が「上司から入手するよう指示された単価表情報を手に入れられなくて困っている」とA氏に打ち明け、A氏がB氏に情報提供を働きかけた。   川崎町の事件と違い、同研究所社員は贈賄罪に問われていない。しかし、同研究所が交際費として渡した見返りが商品券で、1回当たり2万円だったように手口は全く同じだ。  裁判でB氏は、任意捜査が始まったのは2022年の5月24日と述べた。出勤のため家を出た時、警察官2人に呼び止められ、商品券を受け取ったかどうか聞かれたという。警察が同研究所を取り調べ、似たような事件が他でも起きていないか捜査の範囲を広げたと考えるのが自然だろう。  ある業界関係者は「県警は田村市の元職員を検挙し、元職員とつながりのあった業者、さらにその先の業者というように芋づる式に捜査の手を伸ばしたのだろう」とみている。  どういうことか。鍵を握るのは、田村市の贈収賄事件と、今回の県発注工事に絡む事件のどちらにも登場する市内の土木会社「秀和建設」である。  田村市の一連の贈収賄は、三和工業が贈賄側になった事件と、秀和建設が贈賄側になった事件があった。秀和建設のC社長(当時)は、市発注の除染除去物質端末輸送業務に関し、2019年6~9月に行われた入札で、当時市職員だったB氏に設計金額を教えてもらい、見返りに飲食接待したと裁判所に認定された(詳細は本誌1月号と2月号を参照)。  県発注工事をめぐる今回の事件では、県中流域下水道建設事務所職員(当時)の遠藤氏から設計金額を聞き出し元請け業者に教えたとして、東日本緑化工業社長(当時)の坂田氏が公契約関係競売入札妨害罪に問われている。その東日本緑化工業が設計金額を教えた元請け業者が秀和建設だった。  秀和建設は坂田氏を通じて設計金額=予定価格を知り、目当ての工事を確実に落札する。坂田氏が社長を務めていた東日本緑化工業は、その下請けに入り法面工事の仕事を得るという仕組みだ。  坂田氏と秀和建設のつながりは、氏が以前勤めていた郡山市の「福島グリーン開発」が資金繰りに困っていた時、秀和建設が援助したことから始まった。福島グリーン開発は2003年に破産宣告を受けたが、坂田氏は東日本緑化工業に転職した後、秀和建設との関係を引き継いだ。  坂田氏は今年8月に行われた初公判で「取り調べを受けてから1年近くになる」と述べているので、坂田氏に任意の捜査が入ったのは昨年8月辺り。田村市元職員のB氏が秀和建設のC氏から見返りに接待を受けたとして逮捕されたのが昨年9月、C氏が在宅起訴されたのが同10月だから、秀和建設と下請けの東日本緑化工業の捜査は呼応して行われていたと考えられる。  捜査はさらに県職員と赤羽組に波及する。坂田氏と県中流域下水道建設事務所職員だった遠藤氏、赤羽組元社長の赤羽氏は3人で会食する仲だった。警察が坂田氏を取り調べる中で、遠藤氏と赤羽氏の関係が浮上したと本誌は考える。裁判では、遠藤氏の取り調べが始まったのが今年3月と明かされたので、秀和建設→坂田氏→遠藤氏・赤羽氏の順に捜査が及んだのだろう。 杓子定規の「綱紀粛正」に迷惑  芋づる式検挙をみると、不正は氷山の一角に過ぎず、さらに摘発が進むのではと、入札不正に心当たりのあるベテラン公務員と業者は戦々恐々している様が想像できるが、前出の業界関係者は「『一罰百戒』の効果は十分にあった。県警本部長と捜査2課長も今年7〜8月に代わったので、継続性を考えると捜査は一段落したのではないか」とみる。  とりわけ、県に与えた効果は絶大だったようだ。「綱紀粛正」が杓子定規に進められ、業者からは県に対しての不満が漏れている。  「県土木部の出先機関に打ち合わせに出向くと職員から『部屋に入らないで』『挨拶はしないで』と言われる。疑いを招くような行動は全て排除しようとしているのだろうが、おかげで十分なコミュニケーションが取れず、良い仕事ができない。現場の職員が判断するべき些細な内容もいちいち上司に諮るので、1週間で終わる仕事が2週間かかり、労力も時間も倍だ。急を要する災害復旧工事が出たら、一体どうなるのか」(前出の業界関係者)  この1年間で、県土木部では出先機関の職員2人が贈収賄事件に絡み有罪判決を受けた。県職員はまさに羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹いている。県は不祥事防止対策として、警察官や教員を除く職員約5500人に「啓発リーフレット」を配り、コンプライアンス順守を周知するハンドブックを必携させたが、効果は未知数だ。  実際、いま管理職に就く世代は、業者との関係性が曖昧だった。60歳の遠藤氏は「入庁当初の1990年ごろは、県職員が受注業者と私的に飲むのは厳しく制限されていなかった」と法廷で振り返っていた。赤羽氏が「後継者を見つけてほしい」との趣旨で退職を控える遠藤氏に現金10万円を渡していたことからも、県職員が昵懇の業者に入札に関わる非公開情報を教える関係は代々受け継がれていたようだ。  ただ遠藤氏も、見境なく設計金額を教えていたわけではない。「設計金額を教えてほしい」と単刀直入に聞きに来る一見の業者がいたが、「初対面で教えろとは常識がない。何を言っているんだ」と思い断ったという。  では逆に、教えていた赤羽組と東日本緑化工業は遠藤氏にとってどのような業者だったのか。遠藤氏は、自身が入札を歪めたことは許されることではないとしつつ、「手抜き工事が横行していた時代に、信頼と実績のある業者に頼むようになった」と法廷で理由を語った。  遠藤氏と9歳年上の赤羽氏は、熱心で優秀な仕事ぶりから初対面で互いに好印象を持ち、兄弟のような関係を築いた。東日本緑化工業の坂田氏とは、前述のように赤羽氏を交えて会食する仲であり、遠藤氏は坂田氏に有能な人物との印象を抱いていた。  東日本緑化工業のオーナー家である千葉幸生社長(坂田氏が社長を辞任したのに伴い会長から就任。現在大熊町議5期)は、浜通り以外でも営業を拡大しようと、2003年に破産宣告を受けた福島グリーン開発から坂田氏を引き取り、郡山支店で営業に据えた。おかげで中通り、会津地方でも売り上げが増えたという。同社の破産手続きを一人で完遂した坂田氏の手腕も評価していた。坂田氏を代表取締役社長にしたのは、事業承継を考えてのことだった。 見せしめの効果は想像以上  公務員だった遠藤氏は、丁寧な仕事ぶりと人柄を熟知する赤羽氏、坂田氏に「良い工事をしてもらいたいから」と便宜を図ったのか。それとも、赤羽氏から接待を受けていることに引け目を感じた見返りだったのか。何が非公開情報を教えるきっかけになったかは分からない。言えるのは、事件の時点では、清算できないほど親密な関係になっていたということだ。  今回の摘発は、コンプライアンス重視が叫ばれる昨今、捜査の目が厳しくなり、県・市職員と受注業者の近すぎる関係にメスが入ったということだろう。  公務員は摘発を恐れ、仕事が円滑に進まないくらいに「綱紀粛正」に励んでいる。一方、業者は有罪判決を受けた結果、公共工事の入札で指名停止となり、最悪廃業となるのを恐れている。公務員と業者、双方への見せしめ効果は想像以上に大きかった。前出の業界関係者が「一罰百戒」と形容し、警察・検察が十分目的を果たしたと考える所以だ。 あわせて読みたい 裁判で分かった福島県工事贈収賄事件の動機【赤羽組】【東日本緑化工業】 収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

  • 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属していた元自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県東松島市出身=に服の上から下半身を押し付け性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪に問われた元男性隊員3人の公判は8月23日で3回目を迎えた。これまでに当時現場にいた現役隊員や元隊員ら4人が証言。自衛隊内の犯罪を取り締まる警務隊が「口裏合わせ」の時間を与えてしまった初動捜査の問題が浮かび上がった。 証人は自らの嘘に苦しむ 第3回公判を終えた後、取材に応じる五ノ井さん=8月23日、福島市  事件は2021年8月3日夜、北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋で起こった。検察側の主張では、郡山市に駐屯する東北方面特科連隊第1大隊第2中隊(約50人)の一部隊員十数人が飲み会を開き、居合わせた隊員の中では階級が上位だった40代のF1等陸曹(1曹)と30代のB2等陸曹(2曹)が格闘談義で盛り上がり、F1曹が「首を制する者は勝てる」と発言。相手の首をひねり、痛がったところで地面に押し付ける技「首ひねり」を五ノ井さん(1等陸士)に掛けるよう3等陸曹(3曹)の男性に指示。男性3曹は倒した五ノ井さんに腰を押し付ける行為をした。2人の男性3曹が順に同様の行為をした。五ノ井さんはその部屋で唯一の女性だった(階級は当時。匿名表記は五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館に準じた)。  今回、強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも郡山市在住で現在は会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。防衛省はこの3人のわいせつ行為を認定。F1曹が首ひねりを指示したこと、B2曹が別の機会に五ノ井さんにわいせつ行為をしたことも認め、昨年12月に5人を懲戒免職した。3被告とB2曹は懲戒免職前の同10月に、「軽率な行動」を詫びる謝罪文をしたため、五ノ井さんに直接謝罪していた。だが3被告は、裁判では一転「わいせつ目的ではなく笑いを取るため」「下半身の接触はなかった」などと否認している。  物的証拠はない。そのため、検察側は現場にいた4人を証人にした。  1人目の証人は懲戒免職されたB氏。2021年に行われた警務隊の取り調べ前、部下に当たる3被告から「自分たちはやってないんで、やってないって言います」と言われ、「じゃあ俺も見てないってする」と口裏を合わせた。  五ノ井さんが被害を実名告発後、取り調べが頻繁に行われるようになり、2022年9月か10月に渋谷被告から「Bさんだめです。もう話します」と言われ、次の日に「真実を伝えました」と打ち明けられたという。B氏は「なんで俺は嘘を付いているんだろう」とさいなまれ「見てない」という当初の証言を覆した。  B氏は法廷で渋谷、関根両被告が五ノ井さんに性行為を思わせる「腰振り」をしていたと証言。B氏は笑いながらも「やり過ぎだ」とたしなめたという。  2人目の証人X隊員は当時、渋谷被告の同期。関根、木目沢両被告の後輩に当たる。渋谷被告と木目沢被告らしき風貌の人物が五ノ井さんに腕立て伏せをするような体勢で覆い被さったのを見たと証言した。技を掛ける前には、渋谷、木目沢両被告ら男性隊員複数人が必要以上に五ノ井さんに接近して囲み、「キャバクラのような雰囲気」でプライバシーに関わる内容を聞いていたという。  3人目の証人Y氏は、県外の自衛隊地方協力本部に勤務。3被告の先輩だった。自分が寝るベッドを背に酒を飲んでいた。音がして振り向いたところ、渋谷被告が五ノ井さんをベッドに押し倒したような状況を目撃したと証言した。次に振り向いた時は、木目沢被告と五ノ井さんが同様の状況にあった。  最後の証人Z隊員は、郡山駐屯地に勤務。当時は、3被告の後輩に当たる。苗字と訛りから県内ゆかりの人物のようだ。被告たちの前に衝立を置いて証言台に立った。  部屋では当初13人で宴会を行い、渋谷、関根両被告は後から来たと証言。渋谷被告と一緒にF1曹に乾杯をしに近づき、「首を制する者は勝てる」発言を聞いた。F1曹かB2曹の指示で渋谷被告が五ノ井さんに首ひねりを掛けてベッドに倒し、お笑い芸人レイザーラモンHGのような「ウェーイ」という声を発し、複数回腰を振るのを目にした。着衣越しに陰部が五ノ井さんに当たっているように見えた。関根被告も同様の行為をしたという(レイザーラモンHGを真似た言動をしたかは不明)。周囲は笑っていた。  被告や証人たちは再捜査後、警務隊や検察からの度重なる取り調べに相当参っていたようだ。弁護側は、被告や証人の証言が自発的なものかを確かめるため、聴取を受けた回数や頻度、事件直後に警務隊が聞き取った内容との食い違いを指摘した。  そもそも、初動捜査で隊員たちに「口裏合わせ」をする時間を与えてしまった警務隊に不作為があったのではないか。警務隊が捜査に消極的だったことも、五ノ井さんの著書からうかがえる。  五ノ井さんは事件から約1カ月後の2021年9月に警務隊の聞き取り調査に応じ、捜査員から「警察と違って、警務隊には逮捕する権限がないんだ」と言われた(前掲書94ページより)。だが、これは虚偽。自衛隊法96条に、警務隊は「刑事訴訟法の規定による司法警察職員として職務を行う」とあり、自衛隊内の犯罪については容疑者を逮捕・送検する権限を持つ。  五ノ井さんの著書には、捜査への本気度が薄いと感じる描写もある。この捜査員に付いてきた書記官は居眠りし、何度も手に持っているペンを落としたという。警務隊からは、訓練を理由にすぐには男性隊員たちを事情聴取できないと言われ、五ノ井さんは「人の記憶はどんどん薄れていってしまうというのに、どうして早急に対応してくれないのだろう」と書いている。 不祥事隠蔽の温床  月刊誌『選択』7月号「お粗末な『警務隊』の実態」は、そもそも捜査能力に疑問符を付けている。今年6月に岐阜県内の射撃場で発生した自衛隊員による銃撃事件では、自衛隊施設内での犯罪にもかかわらず、発生当初から警察が介入し、警務隊は「おまけのような扱い」(防衛省関係者)だったという。警務隊が「身内の不祥事を隠蔽する温床になっている」(警察関係者)との指摘もある。  今回の裁判は自衛隊関係者が傍聴し、熱心にメモを取っている。初動捜査を担当した東北方面の部隊を管轄する警務隊員かどうかは分からないが、「初めから抜かりなく捜査をしていれば、苦しむ人はもっと少なくて済んだのに」と筆者は思う。  第3回公判の閉廷後、五ノ井さんは報道陣の取材に応じ、証人について「最初の自衛隊内の調査で正直に話してもらいたかった」と述べた。「同じ中隊で一緒に仕事をしてきた先輩たち。上司、先輩だからこそ(被告たちに)注意してほしかった」とも話している。被告3人が否認していることについては「証言がしっかり出ている。嘘を付かずに認めてほしい」と訴えた。  嘘で苦しむのは他者だけではない。一番苦しむのは「嘘を付いている自分」と「本当のことを知っている自分」を内部に同居させ、それに引き裂かれる思いをしなければならない自分自身だ。  第4回公判は9月12日午後1時半から福島地裁で行われる予定。渋谷、関根両被告が証言台に立つ。 あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • 裁判で分かった福島県工事贈収賄事件の動機【赤羽組】【東日本緑化工業】

     県発注工事をめぐる贈収賄・入札妨害は氷山の一角だ。裁判では、他の県職員や業者の関与もほのめかされた。非公開の設計金額を教える見返りに接待や現金を受け取ったとして、受託収賄罪などに問われている県土木部職員は容疑を全面的に認める一方、「昔は業者との飲食が厳しくなかった」「手抜き工事が横行していた時代に、信頼と実績のある業者に頼むためだった」と先輩から受け継がれた習慣を赤裸々に語った。 県職員間で受け継がれる業者との親密関係 須賀川市にある赤羽組の事務所 郡山市にある東日本緑化工業の事務所  受託収賄、公契約関係競売入札妨害の罪に問われているのは、県中流域下水道建設事務所建設課主任主査(休職中)の遠藤英司氏(60)=郡山市。須賀川市の土木会社・㈱赤羽組社長の赤羽隆氏(69)は贈賄罪に、大熊町の土木会社・東日本緑化工業㈱社長の坂田紀幸氏(53)は公契約関係競売入札妨害の罪に問われている(業者の肩書は逮捕当時)。 競争入札の公平性を保つために非公開にしている設計金額=入札予定価格を、県発注工事の受注業者が仲の良い県職員に頼んで教えてもらったという点で赤羽氏と坂田氏が犯した罪は同じ入札不正だが、業者が行った接待が賄賂と認められるかどうか、県職員から得た情報を自社が元請けに入るために使ったかどうかで問われた罪が異なる。 以下、7月21日に開かれた赤羽氏の初公判と、同26日に開かれた遠藤氏の初公判をもとに書き進める。 赤羽組前社長の赤羽氏は贈賄罪に問われている。赤羽氏と遠藤氏の付き合いは34年前にさかのぼる。遠藤氏は高校卒業後の1982年に土木職の技術者として県庁に入庁。89年に郡山建設事務所(現県中建設事務所)で赤羽組が受注した工事の現場監督員をしている時に赤羽氏と知り合う。互いに相手の仕事ぶりに尊敬の念を覚えた。両氏は9歳違いだったが馬が合い、赤羽氏は遠藤氏を弟のようにかわいがり、遠藤氏も赤羽氏を兄のように慕っていたとそれぞれ法廷で語っている。赤羽氏の誘いで飲食をする関係になり、2011年からは2、3カ月に1回の割合で飲みに行く仲になった。「兄貴分」の赤羽氏が全額奢った。 遠藤氏によると、30年前はまだ受注業者と担当職員の飲食はありふれていたという。その時の感覚が抜けきれなかったのだろうか。遠藤氏は妻に「業者の人と一緒に飲みに行ってまずくないのか」と聞かれ、「許容範囲であれば問題ない」と答えている。(法廷での妻の証言) 赤羽氏は2014年ごろから、遠藤氏に設計金額の積算の基となる非公開の資材単価情報を聞くようになり、次第に工事の設計金額も教えてほしいと求めるようになった。赤羽組は3人がかりで積算をしていたが、札入れの最終金額は赤羽氏1人で決めていた。赤羽氏は法廷で「競争相手がいる場合、どの程度まで金額を上げても大丈夫か、きちんとした設計金額を知らないと競り勝てない」と動機を述べた。 2018年6月ごろから22年8月ごろの間に郡山駅前で2人で飲食し、赤羽氏が計18万円ほどを全額払ったことが「設計金額などを教えた見返り」と捉えられ、贈賄に問われている。 2021年4月に赤羽氏は郡山駅前のスナックで遠藤氏に「退職したら『後継者』確保に使ってほしい」と現金10万円を渡した。「後継者」とは、入札に関わる情報を教えてくれる県職員のこと。遠藤氏は現金を受け取るのはさすがにまずいと思い、断る素振りを見せたが、これまで築いた関係を壊したくないと、受け取って自宅に保管していたという。これが受託収賄罪に問われた。遠藤氏は県庁を退職後に、赤羽組に再就職することが「内定」していた。 もともと両者の間に現金の授受はなかったが、一緒に飲食し絆が深まると、個人的な信頼関係を失いたくないと金銭の供与を断れなくなる。昨今検挙が盛んな「小物」の贈収賄事件に共通する動機だ。検察側は赤羽氏に懲役1年、遠藤氏には懲役2年と追徴金約18万円、現金10万円の没収を求刑しており、判決は福島地裁でそれぞれ8月21日、同22日に言い渡される。 公契約関係競売入札妨害の罪に問われている東日本緑化工業の坂田氏の初公判は8月16日午後1時半から同地裁で行われる予定だ。 本誌7月号記事「収まらない県職員贈収賄事件」では、坂田氏についてある法面業者がこう語っていた。 「もともとは郡山市の福島グリーン開発㈱に勤めていたが、同社が2003年に破産宣告を受けると、㈲ジープランドという会社を興し社長に就いた。同社は法面工事の下請けが専門で、東日本緑化工業の千葉幸生代表とは県法面保護協会の集まりなどを通じて接点が生まれ、その後、営業・入札担当として同社に移籍したと聞いている。一族の人間を差し置いて社長を任されたくらいなので、千葉代表からそれなりの信頼を得ていたのでしょう」 元請けは秀和建設  7月26日の遠藤氏の公判では、坂田氏が2004年に東日本緑化工業に入社したと明かされた。遠藤氏とは1999年か2000年ごろ、当時勤めていた法面業者の工事で知り会ったという。遠藤氏はあぶくま高原道路管理事務所に勤務しており、何回か飲食に行く仲となった。 坂田氏は2012年ごろ、秀和建設(田村市)の取締役から公共工事を思うように落札できないと相談を受け、遠藤氏とは別の県職員から設計金額を教えてもらうようになる。その県職員から、遠藤氏は15年ごろにバトンタッチされ、引き続き設計金額を教えていた。それを基に秀和建設が工事を落札し、下請けに東日本緑化工業が常に入ることを考えていたと、坂田氏は検察への供述で明かしている。坂田氏は秀和建設以外の業者にも予定価格を教えることがあったという。 遠藤氏は、坂田氏に教えた情報が別の業者に流れていることに気付いていた。坂田氏が聞いてきたのは田村市内の道路改良工事で、法面業者である東日本緑化工業が元請けになるような工事ではなかったからだ。同社は大規模な工事を下請けに発注するために必要な特定建設業の許可を持っていなかった。 「聞いてどうするのか」と尋ねると、坂田氏は「いろいろあってな」。遠藤氏は悩んだが、「田村市内の業者が受注調整に使うのだろう」と想像し教えた。 前出・法面業者は「坂田氏は、遠藤氏から得た入札情報を他社に教えて落札させ、自分はその会社の下請けに入り仕事を得る仕組みを思いついた。東日本緑化工業の得意先は県内の法面業者ばかりなので、その中のどこかが不正に加担したんだと思います」と述べていた。この法面業者の見立ては正しかったわけだ。 坂田氏は年に数回、設計金額を聞いてきたという。そんな坂田氏を、遠藤氏は「情報通として業界内での立場を強めていた」と見ていた。 ここで重要なのは、不正入札に加担していたのが秀和建設と判明したことだ。同社の元社長は、昨年発覚した田村市発注工事の入札を巡る贈収賄事件で今年1月に贈賄で有罪判決を受けている。 今回の県工事贈収賄・入札妨害事件は、任意の捜査が始まったのが3月ごろ。県警は田村市の事件で秀和建設元社長を取り調べした段階で、次は同社の下請けに入っていた東日本緑化工業と県職員と狙いを付けていたのだろう。11年前には既に遠藤氏とは別の県職員が設計金額を教えていた。坂田氏も別の業者に教えていたということは、入札不正が氷山の一角に過ぎないこと分かる。思い当たるベテラン県職員は戦々恐々としているだろう。 あわせて読みたい 収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

  • 【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性

     陸上自衛隊郡山駐屯地(郡山市)に所属していた元陸上自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県出身=がわいせつ被害をネットで実名公表してから1年が経った。服の上から下半身を押し付け、性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪で在宅起訴された元男性隊員3人の初公判が6月29日、福島地裁で開かれ、初めて加害者の名前が明かされた。マスコミのほか、傍聴席数を大きく上回る市民、自衛隊関係者が傍聴に押し寄せた。注目が集まったのは、「命を削ってでも闘う」と覚悟を決めた五ノ井さんと、わいせつと捉えられる行為を「笑いを取るために行った」と弁明する加害者たちとの埋め難い差だった。 「笑いを取るため」見苦しい弁明 福島地方裁判所  原稿執筆時(7月27日)は同31日に開かれる予定の第2回公判を傍聴しておらず、初公判(6月29日)を終えた時点での情報を書く。 強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも自衛官を懲戒免職された、現在郡山市在住で会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身=、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身=、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身=。 2021年8月3日夜に北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋の飲み会で、上司から指示を受けた被告3人が、それぞれ五ノ井さんに格闘技の「首ひねり」を掛けてベッドに押し倒した上、五ノ井さんに覆い被さって下半身を押し付けたかどうかが問われている。被告3人は技を掛けたことは認めたが、わいせつ目的の行為はしていないと一部否認している。 最初に技を掛けた渋谷被告は、裁判で「覆い被さっていない」「腰を振ったのは事実だが笑いを取るためで、下半身の接触はなかった」と主張。関根被告は押さえつけたこと、木目沢被告は覆い被さったことは認めたが「下半身は接触していない」と述べた。 「笑いを取るため」との主張は、一般の感覚を持ち合わせているなら苦し紛れに聞こえる。 渋谷被告は無罪を勝ち取った場合でも「飲み会中に女性に技を掛けて倒し、笑いのために腰を振った男」と言われ続けることを考えなかったのか。 渋谷被告は専門学校を卒業後、2013年に入隊。関根被告と木目沢被告は高校卒業後、2012年に入隊した。2020年に入隊した五ノ井さんにとっては7、8年先輩で、階級は事件当時3等陸曹だった。五ノ井さんは当時1等陸士で、3人よりも階級が下だった。今回の刑事事件では、五ノ井さん、被告3人双方が自衛隊内は絶対的な階級制度で上司の命令に逆らえなかった点を挙げている。 五ノ井さんによると、事件のあった部屋で被告3人に五ノ井さんへの首ひねりを命じたのはF1等陸曹(1曹)だった(五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館。人名の匿名表記は同書に従う。階級は当時)。40代のF1曹は、ほかに男性隊員十数人がいたその部屋の中では階級が上位だった。 発端の言葉「首を制する者は勝てる」  柔道を指導していたF1曹は、30代のB2等陸曹(2曹)と格闘技の話で盛り上がり、「首を制する者は勝てる」と語っていた。F1曹は渋谷被告に柔道有段者である五ノ井さんを相手に「やってみろ」と言ったという。F1曹は渋谷被告にやり方をレクチャーした(検察側が読み上げた男性隊員の供述調書より)。 法廷で示された捜査段階の資料によると、部屋の広さは約6㍍×約6・8㍍。壁際にベッドが4台、短辺を中央に向けるように約0・8㍍の間隔で並んでいた。 渋谷被告の捜査段階での供述によると、「なぜ狭いところでやらなければ」と思ったという。室内が狭いので、ゆっくり首ひねりを行って五ノ井さんをベッドの上に倒した。渋谷被告は思った。「誰も反応してくれない」。性行為の疑似行為で笑いを取ろうと、腰を前後に振った。体の線を強調した黒い服装で「ウェーイ」と叫びながら腰を振る芸風で、2000年代半ばに一斉を風靡したお笑い芸人レイザーラモンHGを真似たという。人前で「ウェーイ」と叫び腰を振るのは初めてのことだった。狙い通り笑いが起きたという。 証人として出廷した五ノ井さんは、渋谷被告は腰を振る行為をする際に「あんあん」という喘ぎ声を出していたと話した。自分がされていることに頭が追いつかなかったという。大勢の男性隊員がいる中、「F1曹とB2曹が笑っていたのを覚えている」と証言した。 渋谷被告の捜査段階の供述と、五ノ井さんの法廷での証言は「笑いが起きた」という点で矛盾しない。被告側は「笑いを取るため」と強調することで、わいせつ行為に当たらないと主張したいのだろうが、「笑いを取るためにやった」ということは一般市民をドン引きさせることはあっても、責任を和らげる効果はないだろう。 市井の生活を送っている者の感覚で言えば、上官の指示とは言え、首ひねりを掛けた時点で暴行だ。訓練期間中ではあったが、飲み会の席であり、中隊の全員が参加していたわけではなかった。後から「格闘技の練習の意味合いがあった」と言い訳ができそうだが、そもそも酔った集団の中で、渋谷被告自身も「なぜ狭いところでやらなければ」と疑問に思った広さの場所で危険行為をするべきではない。裁判は、自衛隊が一般市民の感覚から大きくかけ離れていることを浮き彫りにした。 国(防衛省)は強制わいせつ罪に問われている被告たちが、F1曹の指示でくだんの行為を行い、それがセクハラに当たると認定している。五ノ井さんが被害を受けている様子を見て笑ったとされるB2曹については、別の場面で五ノ井さんにセクハラをしたと認定した。加害行為が認定された5人は昨年12月に懲戒免職された。 民事と刑事で一貫した主張 弁護士とともに福島地裁に入る五ノ井さん(左)  五ノ井さんは、懲戒免職された元隊員5人と国に対し、損害賠償を求めて横浜地裁に提訴している。加害者側の代理人が「個人責任を負うべきか疑問が残る」との見解を示したこと、加害行為をどう受け止め、どのように責任を取るか質問状を投げても回答しなかったことを、五ノ井さんは不誠実と捉え、示談では解決できないと思ったからだ(前掲書208~209ページより)。 渋谷、関根、木目沢被告は、この民事裁判でも暴行や性加害を否認。F1曹も同じく否認。B2曹は矢臼別演習場での事件を概ね認め、和解に応じる姿勢を示している。国は、性加害の事実について認めた上で、法的責任の有無などについて追って主張したいと「留保」。民事、刑事双方で被告側が一貫した主張をできるかどうかも重要な要素だ。 福島地裁によると、6月29日に開かれた渋谷、関根、木目沢被告の初公判には、47席の一般傍聴席に125枚の整理券を交付。競争倍率は約2・6倍だった(6月30日付福島民友より)。裁判が行われたのは平日の昼間である。マスコミのほか、自らが捜査した事件の行方を報告するために来た自衛隊の警務隊員など仕事で来た人がほとんどであったが、被告たちが所属していた駐屯地がある郡山市から来たという人や、大学生とみられる一団もいた。 五ノ井さんや被告3人を撮ろうと裁判所の敷地境界で待ち構えるマスコミ  本誌は記者クラブに加盟していないので、法廷内の記者席が割り当てられていない。社員8人で抽選に臨み、2人が傍聴券を得た。毎回傍聴できるとは限らないので、常に本気だ。 本来なら満席のはずだが、横を見ると、なぜか筆者の隣はずらりと3人分空いていた。傍聴を棄権した人がいることになる。裁判は公開されていると言っても新聞、テレビは知り得ても伝えないことが多いし、本誌も証言者の実名は民事裁判への影響を考慮し報じていない。どちらが本当のことを話しているのか。実社会では表情や声色などを参考にするが、事件は裁判所に赴かないと分からない。 第3回公判は8月23日午後1時半開廷の予定。どちらが本当のことを言っているのか、自分で判断するためにも傍聴を勧める。 声をあげてposted with ヨメレバ五ノ井 里奈 小学館 2023年05月10日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • 収まらない福島県職員贈収賄事件【赤羽組】【東日本緑化工業】

     またもや県発注の公共工事をめぐる贈収賄事件である。1月の会津管内に続き、今度は県中流域下水道建設事務所の主任主査と須賀川市の土木会社社長が5月16日に逮捕。その3週間後には大熊町の土木会社社長も逮捕された。主任主査からもたらされた入札情報をもとに工事を落札した業者は他にもいるとみられる。不正はなぜ繰り返されるのか。また〝小物〟ばかり逮捕する県警の狙いは何か。 業者が設計金額を知りたがるワケ  今回の事件で逮捕されたのは6月25日現在3人。 1人目は、県中流域下水道建設事務所建設課主任主査の遠藤英司容疑者(59)=受託収賄、公契約関係競売入札妨害。2人目は、須賀川市の土木会社・㈱赤羽組社長の赤羽隆容疑者(68)=贈賄。3人目は、大熊町の土木会社・東日本緑化工業㈱社長の坂田紀幸容疑者(53)=公契約関係競売入札妨害(以下、容疑者を氏と表記する)。 事件は大きく二つある。一つは、遠藤氏が県発注工事の設計金額などを赤羽氏に教えた見返りに、赤羽氏から現金10万円の謝礼や18万円相当の飲食接待を受けた贈収賄事件。遠藤氏は収賄容疑で逮捕されたが、起訴の段階で受託収賄罪に切り替わった。癒着は2018年6月ころから22年8月ころにかけて行われていたとみられる。 もう一つは、遠藤氏が県発注工事の設計金額などを坂田氏に漏らし、坂田氏がこの情報を他社に教えて落札させた公契約関係競売入札妨害事件。坂田氏は落札させた業者の下請けに入り、仕事を得ていた。遠藤氏と坂田氏の間で謝礼や飲食接待が行われていたかどうかは、6月25日現在分かっていない。 遠藤氏は1982年に土木職として県庁に入った。2011年度に県中建設事務所、15年度に石川土木事務所、18年度にあぶくま高原道路管理事務所で土木関連業務に携わり、現在の県中流域下水道建設事務所は21年度から勤務していた。 遠藤氏は前任地から工事の設計・積算に携わるようになり、土木部内の設計金額などを閲覧できるIDを持っていた。それを悪用し、所属先だけでなく担当外の入札情報も入手し、赤羽氏や遠藤氏に漏らしていたとみられる。県によると、今年2月にシステムを改修したため、現在は担当外の入札情報にはアクセスできないという。 入札情報を漏らしたことで遠藤氏が受けた見返りは、赤羽氏から約28万円(時効分も含む)。坂田氏からは現時点で不明だが、ゼロとは考えにくい。事件の全容が明らかになれば懲戒免職は免れない。現在59歳の遠藤氏はこのまま勤務していれば来年度で定年を迎える予定だったが、たった数十万円の賄賂を受け取ったがために約2000万円の退職金を失ったことになる。 その点で言うと、本誌3、6月号で報じた県中農林事務所主査と会津坂下町のマルト建設㈱をめぐる贈収賄事件でも賄賂の額は約26万円だった。主査は逮捕時44歳。県のシミュレーションによると「勤続24年の46歳主任主査が自己都合で退職した場合、退職金は約1100万円」というから、業者からの見返りと逮捕によるペナルティは釣り合っていない。 遠藤氏や県中農林事務所主査と同じく「出先勤務」が長い40代半ばの県職員はこんな感想を述べる。 「出先の方が本庁より業者と接する機会は多く、距離感も近くなりがちなのは事実です。おそらく、情報を漏らす職員は悪気もなく『それくらいならバレないだろう』との感覚なんでしょうね。見返りが何百万円とかではなく、飲み代やゴルフ代をおごってもらう程度なのも『それくらいいいか』との感覚に拍車をかけているのかもしれない。要は個々人の倫理観の問題だと思います」 既に引退した元土木会社社長の思い出話も興味深い。 「昔は入札の金額をこっそり教えてくれる県職員がいたものです。ある入札の札入れ額でウチが万単位、A社が千円単位、B社が百円単位で刻んだ結果、B社が僅差で落札したことがあったが、後日、全員が同じ職員から金額を教わっていたと知った時は驚いた。ウチは謝礼や接待はしていないが、A社とB社がどうだったかは分かりません」 県土木部では1年に二度、全職員を対象にコンプライアンス研修を行っているが、遠藤氏は逮捕される前日(5月15日)に上司との面談で「コンプライアンス順守については十分理解している」と述べていたというからシャレにならない。前出・県職員の「個々人の倫理観の問題」という指摘は的を射ている。 「私たち社員も不思議で」 須賀川市にある赤羽組の事務所  そんな遠藤氏に接近した前述・2社はどのような会社なのか。 赤羽組(須賀川市長沼)は1972年設立。資本金2000万円。役員は代表取締役・赤羽隆、取締役・赤羽敦子、赤羽晃明、監査役・赤羽恵美子の各氏。 関連会社に赤羽隆氏が社長を務める葬祭業の㈲闡王閣(須賀川市並木町)がある。2002年設立。資本金300万円。 赤羽組の直近5年間の決算は別表①の通り。売上高は4億円前後で推移していたが、2021年は7億円台、22年は5億円台に伸びた。それに伴って当期純利益も21年以降大幅増。好決算の背景に、遠藤氏からもたらされた入札情報があったということか。 表① 赤羽組の業績 売上高当期純利益2018年4億0600万円1300万円2019年3億7900万円2300万円2020年3億9500万円2000万円2021年7億3700万円4600万円2022年5億6500万円5900万円※決算期は5月。  複数の建設業者に話を聞いたが、今はどこの業者も積算ソフトを用いて札入れ金額を弾き出し、その金額はかなり精度が高いので、 「県職員から設計金額を聞き出すような危険を冒さなくても、公開されている設計金額を参考にしたり、必要な情報を開示請求するなどして自社で研究すれば、最低制限価格はほぼ割り出せる。あとは他社の札入れ額を予測して、自社の札入れ額をさじ加減すればいいだけ」(県中地方の土木会社社長) 今はほとんどの業者で、社内に積算担当の社員を置くのが当たり前になっているという。 「工事の大きさにもよるが、小さければ1~2時間、大きくても半日あれば積算できると思う」(同) ただし、どうしても取りたい仕事では、積算ソフトに打ち込むための「正確な設計金額」が必要になる。 「極端な話、100円でも不正確だったら、積み上げていくと大きな開きになってしまう。シビアな入札では僅差の勝負もあるので、開きが大きいほど致命傷になる」(同) 公共工事の積算は県が作成する単価表に基づいて行われるが、それを見ると生コンクリートやアスファルト合材など、さまざまな資材の単価が細かく示されている。一方で木材類、コンクリート製品、排水溝、管類など複数の資材や各種工事の夜間単価は非公表になっている。単価表の実に半分以上が非公表だ。 各社は、非公表の単価は前年の単価を参考に「今年度はこれくらいだろう」と見当をつけて積算する。その金額はほぼ合っているが、必ずしも正確ではない。「だから、絶対取りたい仕事の積算はミスできないので、正確な設計金額を欲する」(同)。赤羽氏が遠藤氏に接近した理由もそういうことだったのだろう。 須賀川・岩瀬管内の業者がこんな話をしてくれた。 「赤羽組と同じ入札に参加し、ウチも本気で取りにいったが向こうに落札されたことが何度かある。赤羽組は精度の高い積算ソフトを使っているのかと思い、赤羽社長に聞いたがウチと同じソフトだった。積算担当社員と、なぜ同じソフトを使っているのに向こうと同じ金額にならないのか考えたが『この資材の単価が違っていたのかもしれない』というくらいしか思い当たらなかった」 この業者は対策として別メーカーのソフトも導入し、さらに精度を上げようと努めた。その直後に事件が起こり「そういうことだったのかと合点がいった」(同)。 「入札に参加して一番悔しいのは失格(最低制限価格を下回ること)です。失格は、土俵にすら上がれないことを意味するからです。失格になれば、積算担当社員にすぐに原因究明させ、反省材料にします。昔と違い、今の積算はそれくらいシビアなんです」(同) そういう意味では、赤羽社長は自社の積算を一手に行っていたというが、積算ソフトを使う一方で、年齢的(68歳)には昔の積算も経験しており、いわゆる〝天の声〟が落札の決め手になったことをよく理解しているはず。遠藤氏に接触し、正確な設計金額を聞き出したのは「古い時代の名残を知るからこそ」だったのかもしれない。 6月上旬、赤羽組の事務所を訪ねると「対応できる者が不在」(女性事務員)。夕方に電話すると、男性社員が「この電話でよければ話します」と応じてくれた。 「積算は社長が担当していたので他の社員は分からない。正直、私たちも新聞報道以上のことは知らなくて……。積算ソフトですか? もちろん使っていた。それなのに、なぜ不正をする必要があったのか、私たちも不思議でならない」 一部報道によると、遠藤氏は県を定年退職後、赤羽組に就職する予定だったという。そのことを尋ねると社員は「えっ、それも初耳です」と絶句していた。 事件を受け、赤羽組は県から24カ月(2025年5月まで)、須賀川市から9カ月(24年2月まで)の入札参加資格制限措置(指名停止)を科された。売り上げの大部分を公共工事が占める同社にとって、見返りとペナルティのどちらが大きかったことになるのか。 オーナーは大熊町議 郡山市にある東日本緑化工業の事務所  東日本緑化工業(大熊町)は1967年設立。資本金1000万円。役員は代表取締役・千葉幸生、坂田紀幸、取締役・千葉ゆかり、千葉幸子、千葉智博、監査役・千葉絵里奈の各氏。逮捕された坂田氏は昨年6月に就任したばかりだった。 直近5年間の決算は別表②の通り。当期純利益は不明だが、2017年に1200万円の赤字を計上している。それまで2億円台で推移していた売上高が昨年5億円台になっているのは、赤羽組と同じく遠藤氏からの入札情報のおかげか。 表② 東日本緑化工業の業績 売上高当期純利益2018年2億8600万円――2019年2億8600万円――2020年2億6300万円――2021年2億6000万円――2022年5億5300万円――※決算期は3月。――は不明。  東日本緑化工業は2000年代に郡山市富久山町福原に支店を構えたが、2011年の震災・原発事故で大熊町の本社が避難区域になったため、以降は郡山支店が事実上の本社として機能している。 もう一人の代表取締役である千葉氏は現職の大熊町議(5期目)。2011~15年まで議長を務めた。 構図としては、大熊町議が代表兼オーナーの会社に「千葉一族」以外の坂田氏が社長として入ったことになる。坂田氏とは何者なのか。 「もともとは郡山市の福島グリーン開発㈱に勤めていたが、同社が2003年に破産宣告を受けると、㈲ジープラントという会社を興し社長に就いた。同社は法面工事の下請けが専門で、東日本緑化工業の千葉代表とは県法面保護協会の集まりなどを通じて接点が生まれ、その後、営業・入札担当として同社に移籍したと聞いている。一族の人間を差し置いて社長を任されたくらいなので、千葉代表からそれなりの信頼を得ていたのでしょう」(ある法面業者) ジープラントは資本金300万円で2005年に設立されたが、昨年5月に解散。本店は郡山市菜根一丁目にあったが、2013年に東日本緑化工業郡山支店と同じ住所に移転していた。つまり千葉氏と坂田氏の付き合いは10年以上に及ぶわけ。 東日本緑化工業は特定建設業の許可を持っていない。特定建設業とは1件の工事につき4000万円以上を下請けに出す場合に必要な要件だが、同社はこの許可がないため、大規模工事を受注しても下請けに出すことができず、すべて自社施工しなければならなかった。 「そこで坂田氏は、遠藤氏から得た入札情報を他社に教えて落札させ、自分はその会社の下請けに入り仕事を得る仕組みを思い付いた。東日本緑化工業の得意先は県内の法面業者ばかりなので、その中のどこかが不正に加担したんだと思います」(同) 現在、坂田氏と遠藤氏が問われているのは公契約関係競売入札妨害だけだが、両者の間で謝礼や飲食接待が行われていれば贈収賄も問われることになる。実際に落札し、坂田氏に仕事を回していた業者は立件に至らないという観測もあるが、真面目に札入れしている業者からすると解せないに違いない。 6月上旬、郡山支社の事務所を訪ねると「警察から捜査に支障が出るので答えるなと言われている」(居合わせた男性)と告げられ、話を聞くことはできなかった。 ならば、オーナーの千葉氏に会おうと大熊町議会事務局を通じてコンタクトを取ったが「議員から『携帯番号等は個人情報に当たるので(記者に)教えないように』と言われました」(議会事務局職員)。議員が個人情報を盾に取材拒否するとは呆れて物も言えない。 新聞やテレビは東日本緑化工業と千葉氏の関係を一切報じていないが、事情を知る大熊町民からは「逮捕されたのは坂田氏だが、そういう人物を社長にしたのは千葉氏だろうし、不正を繰り返していた会社のオーナーが議員というのはいかがなものか」との声が漏れている。 事件を受け、東日本緑化工業は県から24カ月(2025年6月まで)の入札参加資格制限措置を科された。須賀川市やいわき市などからも1年前後の処分を科されている。 県警トップの意向!?  県内では2021年に会津美里町長、22年に楢葉町建設課主幹と元田村市職員、今年に入って県中農林事務所主査、そして遠藤氏と公共工事をめぐる逮捕者が相次いでいる。 かつての汚職事件はまず〝小物〟を逮捕し、その後に〝大物〟を逮捕するのがよくあるパターンだった。典型的な例が、当時の佐藤栄佐久知事が逮捕された県政汚職事件である。 しかし最近の汚職事件を見ると、会津美里町長以外は小物の逮捕に終始。事件発生直後は「おそらく県警は別の狙いがあるに違いない」との推測が出回るが、結局、現実になった試しはない。 これは何を意味するのか。 「県警トップの意向が反映されているのかもしれない。大物の逮捕は組織における評価が高いとされ、かつては首長の汚職に強い関心を向けるトップが多かったが、今のトップは『相手が誰だろうと不正は絶対に許さない』という考えなのかもしれない。だから、役職が低かろうが賄賂の額が少なかろうが、ダメなものはダメという姿勢を貫いている。その結果が小物の連続逮捕となって表れているのではないか」(ある県政ウオッチャー) 県警本部の児島洋平本部長は2021年8月に警察庁長官官房付から着任したが、今年7月7日付で同役職に異動し、後任には警視庁総務部長の若田英氏が就く。児島氏が着任したのは会津美里町長の逮捕後だったので、時系列で言うと、相次ぐ小物の逮捕時期と合致する。 警察庁発表の資料によると、全国で発生した贈収賄・公契約関係競売妨害事件の件数は横ばいで、2021年度は過去10年で最多だった(別表③参照)。県内で続発する不正は、他の都道府県でも起きているわけ。  そう考えると遠藤氏、赤羽氏、坂田氏の逮捕は氷山の一角で、「次は自分の番かも……」と内心ビクビクしている県職員、業者はもっといるのかもしれない。新しい県警本部長のもとでも引き続き「小物だろうが大物だろうが、不正は絶対に許さない」との姿勢が堅持されるのか。 あわせて読みたい 【マルト建設】贈収賄事件の真相 【第1弾】田村市・元職員「連続収賄事件」の真相

  • 【マルト建設】県職員贈収賄事件の背景

     土木建築業マルト建設㈱(会津坂下町)の前社長が入札情報を教えてもらう見返りに県職員(当時)に接待したとして贈賄罪に問われ、懲役1年(執行猶予3年)の判決が言い渡された。同社の営業統括部長(当時)は贈賄ではなく、県職員から得た予定価格を同業他社の社員に教えた入札妨害の罪に問われ有罪。県職員が予定価格を教えるようになったのは、約15年前の別業者が最初だった。県職員は、各社の営業担当者の間で予定価格漏洩の「穴」とされていた実態が浮かび上がった。 15年前から横行していた予定価格漏洩 マルト建設本社  2020年3月から22年4月にかけて、県職員から入札情報を得る見返りに12回に渡ってゴルフ接待や宿泊、飲食費など約26万円を払ったとして贈賄罪に問われたのは、マルト建設前社長の上野清範氏(45)=会津坂下町=、収賄罪に問われたのが、当時県会津農林事務所に勤めていた元県職員の寺木領氏(44)=会津若松市湊町=だ。 寺木氏は高校卒業後の1997年、福島県に技術職員として採用された。各地の県農林事務所に勤め、圃場整備の発注や工事の監督を担当。2019~21年度まで県会津農林事務所に勤め、19年からマルト建設の前営業統括部長、棚木光弘氏(59)=公契約関係競売入札妨害罪で有罪=に予定価格を教えていた。  寺木氏は他に少なくとも会津地方の業者2社に予定価格を教えていたという。管理システムにアクセスし、自身が担当する以外の事業も閲覧し伝えた。逮捕後に懲戒免職となり、現在は実家の農業を手伝っている。 本誌は3月号で、関係者の話として、寺木氏と上野氏が父親の代から接点があること。寺木氏が猪苗代湖畔にプライベートビーチを持ち、マルト建設が社員の福利厚生目的でその場所をタダ同然で使っていたと伝えた。裁判では、プライベートビーチが寺木氏と上野氏を結びつけたことが明らかとなった。 寺木氏は初公判で収賄を認めるか聞かれ、「間違いありません」と答えたうえで次のように述べた。 「(受けた接待は)マルト建設がビーチを使うことについて、管理人を紹介したことに対するお礼も含まれていると思います」 ビーチは猪苗代湖西岸の会津若松市湊町にある。寺木氏の実家の近所だ。5月上旬、筆者は湖岸を訪れた。キャンパーたちのテントが張られている崎川浜から猪苗代湖を右手に北に向かい、砂利道を3分くらい歩くと「聖光学院所有地 一般の方は立入禁止」との看板が出てきた。ゲートとして金属製の棒が横に掛けられ、通れなくなっていた。 横浜市の「聖光学院」が所有するプライベートビーチの入り口。マルト建設は管理人に使用を許された寺木氏を通じて使っていた。  「聖光学院」とあるが、伊達市の甲子園常連校ではなく、神奈川県横浜市にある中高一貫の学校法人だ。 寺木氏の法廷での証言によると、ビーチには聖光学院の合宿施設があり、毎夏生徒たちが訪れていたが、震災・原発事故以降は使われていなかった。寺木氏の両親らがビーチに水道設備を作り、生徒らの食事や洗濯を世話していた縁で、寺木家はビーチを無償で使用できるようになったという。小学校時代の寺木氏にとっては格好の遊び場だった(検察官が読み上げたビーチ管理人の供述調書と寺木氏の証言より)。 寺木氏と上野氏は少なくとも2006年ごろから担当工事を通じてお互いを知った。10年ごろにビーチの近くで2人はばったり会い、上野氏はゲートに閉ざされた聖光学院のビーチを寺木氏が自由に使える理由を聞いた。事情を知った上野氏は、マルト建設の社員たちもビーチを使えるように所有者と管理人に話を通してほしいと頼んだ。 寺木氏は「今年も使わせてほしい」と上野氏から連絡を受けると、「マルト建設が使うからよろしく」と近所に住む管理人に伝える仲になった。 これを機に、2011年ごろから寺木氏は、マルト建設が新年会として郡山市やいわき市のゴルフ場で開いているコンペに招かれるようになった。費用は同社の接待交際費から捻出。県職員と公共事業の受注者が一緒にゴルフをプレーすれば疑念を抱かれるので、寺木氏は実在する同社取締役の名前を偽名に使わせてもらい参加した。 寺木氏によると、マルト建設の棚木氏に予定価格を教えたのは2019年の夏か秋ごろからだった。仕事の悩みを相談する間柄になり、恩を感じて教えるようになった。裁判ではこれ以降に贈収賄罪が成立したとされ、寺木氏と上野氏は罪を認めている。ただし、どの入札に価格漏洩が反映されていたかは、検察側は公判で言及しなかった。 入札不正は根深い。寺木氏が初めて業者に予定価格を教えたのは2008、09年ごろ、別会社の社員Aに対してだった。寺木氏はAに人間関係や仕事の悩みを相談し、助言を受けていた。「Aさんしか頼れる人がいなかった」とも。そのうち「設計金額を教えてほしい」と請われ、断れなくなった。その後も複数回教え、さらに別の2社の社員にも教えるようになった。 明確になった「ライン」 上野氏と寺木氏が接近するきっかけとなった猪苗代湖西岸。プライベートビーチは林の向こうにある。  マルト建設の棚木氏に教えるようになったのは、会津坂下町のある業者の社員の紹介だった。寺木氏は限られた営業担当者に教えたはずの予定価格が、他の業者にも広まっているのを薄々感じていたという。 棚木氏は当初、上野氏と同じく寺木氏への贈賄の疑いで逮捕されたが、実際に裁判で問われた罪は公契約関係競売入札妨害だった。2021年に県会津農林事務所が入札を行った事業に関し、寺木氏から得た情報を自社ではなく、個人的に親しかった会津若松市のB社の営業担当者に教えていた。同様の工事が前回は応札する業者がおらず不調だったこと、今回はB社のみの応札だったことから、棚木氏は教えるハードルが下がっていたと振り返った。 本誌の取材に応じたB社の役員は「棚木氏が県職員から予定価格を教えてもらっているとは夢にも思わなかった。日々向上を重ねている積算の技術で落札したもの」と話した。 業界関係者は「今は積算ソフトの性能が向上し、高い精度で予定価格を割り出せる。警察沙汰になるようなリスクを犯し、公務員から予定価格を教えてもらうのは割に合わない」と業界の常識を話す。 寺木氏は、個人的な相談をきっかけに各社の営業担当者らと親しくなり、予定価格漏洩の「穴」となった。マルト建設の棚木氏はそのうちの1人。同社前社長の上野氏は、プライベートビーチの使用を契機に寺木氏に接近し、受注業者と公務員の不適切な関係を問われた。 贈収賄と入札妨害の関係を一つひとつ紐解くのは困難で、当事者も全体像はつかめていないだろう。ただ言えるのは、公務員は予定価格の漏洩、民間業者はその公務員と疑念を抱かれる関係を持つことが「越えてはいけないライン」ということだ。 あわせて読みたい 【マルト建設】贈収賄事件の真相 元社長も贈賄で逮捕されたマルト建設

  • 【塙強盗殺人事件】裁判で明らかになったカネへの執着

    (2022年10月号)  塙町で75歳の女性を殺した後、奪ったキャッシュカードで現金計300万円を引き出したとして強盗殺人などの罪に問われていた鈴木敬斗被告(19)に9月15日、求刑通り無期懲役の判決が言い渡された。被告は被害者の孫。同17日付で控訴した。4月の改正少年法施行後、県内で初めて「特定少年」として、実名で起訴、審理された。判決は更生を期待する少年法は考慮せず、あくまで重罪に見合う刑罰を科した。被告は趣味の車の修理のため、手軽にカネを得ようと殺したと話すが、身勝手としか説明がつかない動機だ。なぜ祖母を殺そうとまで思ったのか、判決では触れられなかった事実を拾う。 逮捕見越して散財の異常性  裁判で明らかとなった事件の経過をたどる。被害者は塙町真名畑字鎌田に住む菊池ハナ子さん。主要道路から離れた山奥の平屋に独身の長男と2人で暮らしていた。事件は今年2月9~10日の深夜に起こった。菊池さんと長男は、9日午後5時半ごろ夕食を取り、同9時半ごろまでテレビを見るなどして過ごした。 長男は深夜勤務のため、同9時35分ごろに自家用の軽トラックで家を出た。長男の「行ってくっから」に「おう」と返す菊池さん。長男が最後に見たのはパジャマを着てテレビを見てくつろぐ姿だった。長男が出ていった後、鈴木被告は矢祭町内の自宅から菊池さんの家に車で向かった。車はレンタカーだった。 犯行時刻は同11時45分ごろから翌10日の午前0時17分ごろの間。 茶の間のタンスの引き出しに入っていた現金を盗むのが目的だった。凶行に及ぶ約1時間前の9日午後11時ごろには、コンビニで防水の黒手袋を購入。自宅に戻り、倉庫から凶器となる長さ約55㌢、直径約3・2㌢、重さ約420㌘の鉄パイプを持ち出した。パイプは改造・修理中の自家用車の排気マフラーに使うために買った材料の残りでステンレス製。殴打に使った部分は斜めにカットされていた。法廷内では銀色に輝き、アルミホイルのような見た目だった。殴打で数カ所へこんだ部分が鈍く乱反射していた。 鈴木被告は建築板金業を営む一人親方で趣味は車の改造だ。改造に使う部品や工具を買いそろえるためにカネが必要だったと動機を話す。犯行現場までの移動にレンタカーを使ったのも、被告によると自家用車を修理のために分解しており、乗ることができなかったからだという。 鈴木被告はレンタカーの尾灯を消したまま、矢祭町の自宅から塙町まで車を走らせた。道路沿いの家の防犯カメラが車を記録していた。尾灯をつけないままヘッドライトのみを光らせて走るのは、無灯火のままライトのレバーを手前に引きパッシングの状態を続けることで可能だ。「車好き」なら思いつくのは当たり前のことなのだろう。 鎌田集落に入った。菊池さん宅まで続く道は車1台通るのがやっとの幅で、すれ違いは困難だ。菊池さん宅近くの道の待避所に車を止めた。玄関前で飼っている犬に吠えられるのを避けるためだった。夜遅いので他の車はまず通らない。黒いパーカーの上に黒い合羽を着て黒手袋をはめ、夜陰に紛れて道を急いだ。手には鉄パイプを持っていた。菊池さん宅南側にある駐車場には菊池さんの長男が運転する軽トラが見当たらない。菊池さんは運転免許証を持っていないので、少なくとも長男はいないと鈴木被告は推測した。 犬が吠えるのを恐れた鈴木被告は南側の玄関からは入らず、北側に回り、掃き出し窓から家に侵入しようとした。掃き出し窓は無施錠だった。侵入した際、利き手と反対の右手には鉄パイプを持っていた。寝室は豆電球一つしか明かりがついておらず薄暗かった。鈴木被告は、菊池さんが侵入者に気づき布団から上体を起こしたのが分かった。こちらを見ている。鈴木被告は右手の鉄パイプを菊池さんがいるところへ夢中で振り下ろした。5回程度殴った後に自分のしたことに気づいたが、なおも殴り続け、少なくとも計15回殴打した。 菊池さんは頭や上半身から血を流し、倒れこんだ。倒れた時に背中を電気毛布のスイッチ部分にぶつけ、背中の肋骨も折れていた。ふすまには打撃でついたようなキズが残り、障子も破れていたが、鈴木被告は覚えていないと法廷で語った。長男が帰宅した際、菊池さんはまだ息があり救急搬送されたが、出血性ショックで亡くなった。 「足が付くのは分かっていた」  「子ども時代に来た時は、ばあちゃんはここでは寝てなかったはずだ」と思った鈴木被告にとって、菊池さんが北側の窓に面した部屋にいたのは想定外だったという。だが、本来の目的である現金を盗もうと、うめき声を出して倒れている菊池さんを残して隣りの茶の間に向かった。タンスの引き出しには現金はなかったが、巾着袋の中に通帳とキャッシュカードがあった。暗証番号が書かれた紙も入っていた。巾着袋を奪うと、鈴木被告は侵入したのと同じ掃き出し窓から外に出て、止めていた車に戻った。犬は吠えなかった。 事件から約3週間後の3月1日、鈴木被告は盗んだキャッシュカードを使って現金計300万円を引き出したとして窃盗容疑で棚倉署に逮捕された。同22日には、前述した強盗殺人の罪で再逮捕。家裁郡山支部から逆送され、地検郡山支部が強盗殺人罪などで起訴し実名を公表、裁判員裁判で成人と同じように裁かれたというわけだ。 逮捕されるまでの間、鈴木被告には罪に向き合う機会もあったが、傍目には自身の行為を悔いていない行動を取った。まずは証拠隠滅。犯行日の2月10日に茨城県内の川で、橋の上から凶器の鉄パイプを捨てた。菊池さんの葬式にも平然と出席していた。奪ったキャッシュカードで同10~16日の間に県南、いわき市、茨城県内のコンビニのATМで18回に分けて計300万円を引き出した。車の部品や交際相手にブランド品や服を買ったほか、クレジットカードの返済に使い切った。鈴木被告は「足が付くのは分かっていた。捕まるまで自由にしようと思った」と法廷でその時の心情を振り返った。 ここで鈴木被告の成育歴を振り返る。2002年生まれの鈴木被告は3人きょうだいの2番目。小学5年生の時に両親が別居し、2015年に離婚した。きょうだい3人は母親が引き取った。父親は別の家庭を持っている。殺害した菊池さんは父方の祖母に当たり、菊池さんと暮らしていた長男は、鈴木被告にとって伯父に当たる。 鈴木被告は矢祭町内の中学校を卒業後、建築板金の職人として茨城県で働き始めた。職場の人間関係に悩み、矢祭町に戻ってきた。技術を生かそうと町内の建築板金業で働き、昨年秋に独立して一人親方となった。平均月40万円は稼いでいたという。町内の母方の実家で母親とは別に暮らしていた。 収入は、経費や健康保険代、税金などが引かれるとしても、家賃を支払う必要がないと考えれば十分な額だ。それでも菊池さんに十数万円の借金をしていた。借金について、鈴木被告は「車や仕事道具に出費し管理ができなかった」「ばあちゃんには甘えているところがあった」と述べている。 菊池さんの口座に大金があると知ったのは、状況から見て1年前にさかのぼる。矢祭町に帰ってから、菊池さんの資金援助を得て運転免許証を取得した被告は、昨年9月に運転ができない菊池さんに頼まれ、塙町内の金融機関へ現金を引き出しに連れていった。ATMの前で、操作方法を菊池さんに教える鈴木被告の画像が残されている。そこで、口座にある金額を知ったというわけだ。 今年1月20日には、鈴木被告は交際相手を連れて菊池さんを訪ね、カネを無心している。「妊娠したので検査費用が必要」と話したという。 この話は、菊池さんが、栃木県へ嫁いだ自身の妹に電話で伝えていた。殺害される3日前の2月6日の電話では、1月の借金は「断った」と話した。交際相手とのその後について、裁判官が鈴木被告に質問したが「自分はもう分からない」と答えた。裁判中にそれ以上聞かれることはなかった。 情状酌量は一切なし 事件現場となった被害者の自宅  鈴木被告は「車の修理代にカネが欲しかった」と言っており、菊池さんに断られた時点で盗むしかないと考えた。これだけでも身勝手ではあるが、鉄パイプを持ち込んだことで取り返しのつかない事件を起こしてしまったというわけだ。 菊池さんの次男に当たる鈴木被告の父親は、弁護側の証人として出廷し、「事件については整理できず何とも言えない」と複雑な立場にある心情を話した。「バカ親と言われるのは仕方ない」と断ったうえで「家族間の事件」と捉えていると打ち明けた。そして、「できれば息子が罪を償った後は引き取りたい」と訴えた。母親も出廷し、幼少期から暴力とは無縁だったと証言した。 一方、同居する母親を殺された長男は「家族間の事件」では済まないと代理人を通して思いを伝えた。鈴木被告にとって「かあちゃん(菊池さん)は弱く、身近で簡単にカネを取れる存在だった」と指摘し、「どうして高齢の女性にあんなひどいことができるのか。敬斗は社会一般では私の甥かもしれないが、私からすれば『犯人』に他ならない」と刑務所行きの厳罰を求めた。 地裁郡山支部で9月15日に開かれた判決公判には約35の一般傍聴席に対し70人近くが抽選に並んだ。筆者は同7日の初公判と、翌8日の被告人質問は傍聴券を手にしたが、肝心の判決は約2倍の倍率に阻まれた。判決は抽選に当たった傍聴マニアから聞いた。彼によると、 「少年だとか情状酌量とかは一切なかったね。裁判長は判決とは別に、被告に『立ち直れると期待している』と言っていたよ。でも、判決は無期でしょ。それはそれ、これはこれなんだろうね」 強盗殺人罪の法定刑は死刑か無期懲役だ。無期懲役は仮釈放が認められるまでに最低30年はかかると言われている。鈴木被告は仙台高裁に控訴中。まだ若い被告にとって納得できない判決だろう。 鈴木被告の最後の支えとなるのは、証人として出廷した両親しかいない。最後まで味方でいてくれる肉親の温かさを感じれば感じるほど、鈴木被告は、最も大切で頼りにしていた家族(菊池さん)を殺された長男の気持ちに向き合わなければならない。一度は自分自身を徹底的に否定する心情になることは必至で、全人生に付きまとうだろう。 あわせて読みたい 【小野町特養殺人】容疑者の素行を見過ごした運営法人

  • 会津若松市職員「公金詐取事件」を追う

     会津若松市職員(当時)による公金詐取事件は、だまし取った約1億7700万円の使い道が裁判で明らかになってきた。生活費をはじめ、競馬や宝くじ、高級車のローン返済や貯蓄、さらには実父や叔父への貸し付け、挙げ句には交際相手への資金援助。詐取金は、家族の協力を得ても半分しか返還できていない。本人が有罪となり刑期を終えても、一族を道連れに「返還地獄」が待っている。 一族を道連れにした「1.8億円の返還地獄」  会津若松市の元職員、小原龍也氏(51)=同市河東町=は在職中、児童扶養手当や障害者への医療給付を担当する立場を悪用し、データを改ざんして約1億7700万円もの公金をだまし取っていた。パソコンに長け、発覚しにくい方法を取っていただけでなく、決裁後の起案のグループ回覧を廃止したり、チェック役に新人職員や異動1年目の職員を充てて職員同士の監視機能が働かない体制をつくっていた。 不正発覚後、市は調査を進め、昨年11月7日に会津若松署に小原氏を刑事告訴した上で懲戒免職にした。同署は任意捜査を続け、同12月1日に詐欺容疑で逮捕した。  その後も、市は個別の犯行について被害届を提出。同署は一連の詐欺容疑で計5回逮捕し、地検会津若松支部がうち4件を詐欺罪で起訴している(原稿執筆時の3月中旬時点)。検察は全ての逮捕容疑を罪に問う見込みだ。小原氏は、これまでに法廷で読み上げられた起訴事実2件を「間違いございません」と認めている。一つの公判が開かれるたびに新たな起訴事実が読み上げられ、本格的な審理にまで至っていない。 地元の事情通が警察筋から聞いた話によると、捜査は2月中に終結する見込みだった。5回目の逮捕が3月9日だから、当初の想定よりずれ込んでいる。 逮捕5回は身に応えるのだろう。出廷した小原氏の髪は白髪交じりで首の後ろまで伸び、キノコのかさのように頭を覆っていた。もともと痩せていて背が高いのだろうが、体格のいい警察官に挟まれて連行されるとそれが際立った。顔はやつれ、いつも同じ黒のトレーナー上下とスリッパを身に着けていた。 刑事事件に問われているのは犯行の一部に過ぎない。2007~09年には、重度心身障害者医療費助成金約6500万円を詐取していたことが市の調査で分かっている(表参照)。だが、詐欺罪の公訴時効7年を過ぎているため立件されなかった。市は「民事上の対応で計約1億7700万円の返還を求めていく」としている。 元市職員による総額1億7700万円の公金詐取と返還の動き 1996年4月大学卒業後、旧河東町役場入庁。住民福祉課に配属1999年4月保健福祉課に配属2001年4月税務課に配属2005年4月建設課に配属11月合併で会津若松市職員に。健康福祉部社会福祉課に配属2007年4月~2009年12月6571万円を詐取(重度心身障害者医療費助成金)2011年4月財務部税務課に配属2014年11月健康福祉部こども保育課に配属2016年5月地元の金融機関から借金するなどして叔父に700万円を貸す7月実父に700万円を貸す2018年4月健康福祉部こども家庭課に配属。こども給付グループのリーダーに昇任2019年4月~2022年3月1億1068万円を詐取(児童扶養手当)2021年60万円を詐取(21年度子育て世帯への臨時特別給付金)2022年4月健康福祉部障がい者支援課に配属6月市が支給金額に異変を発見。内部調査を開始8月市が小原氏から詐取金の回収を開始9月市が返還への協力を求めて小原氏の家族と協議開始11月7日市が小原氏を刑事告訴し懲戒免職11月8日時点9112万円を返還(残額は全額の49%)11月30日8~10月の給料分56万円を返還12月1日1回目の逮捕12月28日家族を通じて11月の給料分2万円を返還2023年2月6日実父から市に40万円の支払い2月14日時点8489万円が未返還(残額は全額の48%)出典:会津若松市「児童扶養手当等の支給に係る詐欺事件への対応について」(2022年11月、23年2月発行)より。1000円以下は切り捨て。  市は早速、小原氏を懲戒免職にした後の昨年11月8日時点で半分に当たる9112万円を回収した。小原氏に預金を振り込ませたほか、生命保険を解約させたり、所有する車を売却させたりした。 小原氏が逮捕・起訴された後も回収は続いている。まず、小原氏が昨年8月から同11月に懲戒免職になるまでに支払われた給料約3カ月分、計約58万円を本人や家族を通じて返還させた。加えて小原氏の実父が40万円を支払った。それでも市が回収できた額は計約9210万円で、だまし取られた公金の全額には到底届かない。約48%に当たる約8489万円が未回収だ。 身柄を拘束されている小原氏は今すぐに働いて収入を得ることはできない。初犯ではあるが、多額の公金をだまし取った重大性と過去の判例を考慮すると実刑が濃厚だ。 ちなみに初公判が開かれた1月30日、同じ地裁会津若松支部では、粉飾決算で計3億5000万円をだまし取ったとして詐欺罪などに問われていた会社役員吉田淳一氏に懲役4年6月が言い渡されている(㈱吉田ストアの元社長・吉田氏については、本誌昨年9月号「逮捕されたOA機器会社社長の転落劇」で詳報しているので参照されたい)。 小原氏は3月中旬時点で五つの詐欺罪に問われており、本誌は罪がより重くなると考えている。同罪の法定刑は10年以下の懲役。二つ以上の罪は併合罪としてまとめられ、より重い罪の刑に1・5を掛けた刑期が与えられる。単純に計算すると10年×1・5=15年。最長で刑期は15年になる。実刑となればその期間の就労は不可能。刑務作業の報償金は微々たるもので当てにならない。 小原氏に実刑が科されれば、市は公金を全額回収できない事態に陥る。そのため市は、小原氏の家族にも返還への協力を求めてきた。小原氏は妻子とともに市内河東町の実家で両親と同居していたが、犯行発覚後に離婚したため、立て替えているのは両親だ。 実父は市に「年2回に分けて支払う」と申し出たが、前述の通りこれまでに支払ったのは1回につき40万円。残額は約8489万円だから、1年間に80万円ずつ返還すると仮定しても106年はかかる。今のペースのままでは、小原氏や家族が存命中に全額返還はかなわない。 返還が遅れると小原氏も不利益を被る。刑を軽くするには、贖罪の意思を行動で示すために少しでも多く返還する必要があるからだ。十分な返還ができず、刑期が減らなければ、その分だけ社会復帰が遅れ、返還に支障が出るという悪循環に陥る。 「裁判が終わるまでに全額返還」が市と小原氏、双方の共通目標と言える。だが、無い袖は振れない。ここで市が言う「民事上の対応も考えている」点が重要になる。小原氏側からの返還が滞り、返還に向けて努力する姿勢を見せなければ損害賠償請求も躊躇しないということを意味する。ただ、小原氏には財産がない以上、民事訴訟をしたところで回収は果たせるのか。親族に責任を求めて提訴する方法も考えられるが。 市に問い合わせると、 「詐取の責任は一義的に元市職員(小原氏)にあり、親族にまで民事訴訟をすることは考えていない」(市人事課) 確かに、返還義務があるのはあくまで犯行に及んだ小原氏だけだ。いくら親子関係にあっても互いに別人格を持った個人であり、犯罪の責任を親にかぶせることを求めてはいけない。現状、小原氏の実父が少額ずつであれ返還に協力している以上、強硬手段は取れない。小原氏や家族の資力を勘案して、できるだけ早く返還するよう強く求めることが、市が取れる手段だ。こうして見ると、一族が一生かかっても返還できない額をよく使い切ったものだと、小原氏の金銭感覚に呆れる。 実父、叔父、交際相手を援助 小原氏の裁判が開かれている福島地裁会津若松支部(1月撮影)  それでも、小原氏本人が返還できなければ、家族や親族を民事で訴えてでも回収すべきという意見も市民には根強い。なぜなら「公金詐取の引き金は親族への貸し付けが一要因である」との趣旨を小原氏が供述でほのめかしているからだ。 検察官が法廷で述べた供述調書の内容を記す。 小原氏は2016年5月ごろに叔父に700万円を貸している。小原氏と実父の供述調書では、小原氏は実父に頼まれて同年7月に700万円を貸している。 いずれの貸し付けも公金をそのまま貸したわけではなく、まずは地元の金融機関から借りるなどして捻出した金を叔父と実父に渡した。だが叔父からは十分な額を返してもらえず、小原氏はもともと抱えていた借金も重なって金融機関への返済に窮するようになった。その結果、公金詐取に再び手を染めたという。 事実が供述調書通りなのか、法廷での小原氏自身の発言を聞いたうえで判断する余地がある。だが逮捕前の市の調査でも、小原氏は「親族の借金を肩代わりするために公金を詐取した」と弁明しているので、供述との整合性が取れている。 地元ジャーナリストが小原氏の家族関係を話す。 「実父は個人事業主として市の一般ごみの収集運搬を請け負っているが、今回の事件を受けて代表を退き、一緒に仕事をしている次男(小原氏の弟)が後を引き継ぐという。三男(同)は公務員だそうだ。叔父は過去に勤め先で金銭トラブルを起こしたことがあると聞いている。『親族の借金の肩代わり』とは叔父のことを指しているのかもしれない」 供述と証言を積み上げていくと、実父と叔父には自前では金を用意できない事情があった。2人は市役所職員という信頼のある職に就いていた小原氏に無心し、小原氏は金融機関から借金。もともと金に困っていたところに、借金でさらに首が回らなくなり、再び犯行に及んだことがうかがえる。 実父と叔父の無心は、既に公金詐取の「前科」があった小原氏を再犯に駆り立てた形だ。2人からすると「借りた相手が悪かった」と悔やんでいるかもしれないが、小原氏が市役所職員に見合わない金の使い方をしているのを傍で見ていて、いぶかしく思わなかったのだろうか。 だが、人は目の前に羽振りの良い人物がいたら「そのお金はどこから来たのか」とは面と向かって聞きづらいだろう。自分に尽くしてくれるなら疑念は頭の隅に置く。 小原氏には妻以外に交際相手がいた。相手が結婚を望むほどの仲で、小原氏はその子どもに食事をごちそうしたりおもちゃを買ったりしていたという。交際相手と子どもの3人で住むためのマンションも購入していた。しかし事件発覚後、交際相手は小原氏に現金100万円を渡している(検察が読み上げた交際相手の供述調書より)。自分たちが使っていた金の原資が公金なのではないかと思い、恐ろしくなって返したのではないか。 加算金でかさむ返還額 小原氏と実父が共有名義で持つ市内河東町の自宅。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。  不動産を金に換える選択肢も残っている。ただ登記簿によると、市内河東町にある小原氏と実父の自宅は2000年10月に新築され、持ち分が実父3分の2、小原氏3分の1の共有名義。土地建物には会津信用金庫が両氏を連帯債務者とする5000万円の抵当権を付けている。返済できなければ自宅は同信金によって処分されてしまうので、返還の財源に充てられるかは不透明だ。 小原氏のみならず、家族も窮状に陥っている。だがいかんせん、同情されるには犯行規模が大きすぎた。小原氏は国や県が負担する金にも手を出していたからだ。主に詐取した児童扶養手当の財源は3分の1が国負担(国からの詐取額約3689万円)、重度心身障害者医療費助成金は2分の1が県負担(県からの詐取額約3285万円)、子育て世帯への臨時特別給付金に至っては全額が国負担(国からの詐取額約60万円)だ。 早急に全額返金できなければ市は政府と県に顔向けできない。何より、いずれの財源も国民が納めた税金である。ここで生温い対応をしては、国民や市民からの視線が厳しくなる。市は引き続き妥協せずに回収していくとみられる。 利子に当たる金額をどうするかという問題も出てくる。公金詐取という重罪を、正当な取り引きである借金に当てはめることはできないが、他人の金を一時的に自分のものにしたという点では同じだ。借金なら、返す時に当然利子を支払わなければならない。だまし取ったにもかかわらず、利子に当たる金額を支払わずに済むのは、民間の感覚では到底許せない。 市に、利子に当たる金額の支払いを小原氏に求めるのか尋ねると「弁護士に相談して対応を決めている」(市人事課)。ただ、市に対し国負担分の返還を求めている政府は、部署によっては加算金を求めることがあるという。市が小原氏の代わりに加算金を負担する理由はないので、市はその分を含めた返還を小原氏に求めていくことになる。要するに、小原氏は加算金=利子も背負わなければならず、返還額はさらに増えるということだ。 小原氏は自身が罪に問われるだけでなく、一族を「公金の返還地獄」へと道連れにした。囚われの身の自分に代わり、家族が苦しむ姿に何を思うのだろうか。 あわせて読みたい 【会津若松市】巨額公金詐取事件の舞台裏

  • 【マルト建設】贈収賄事件の真相

     土木建築業のマルト建設㈱(会津坂下町牛川字砂田565)が揺れている。社長と営業統括部長が県職員への贈賄容疑で逮捕されたが、同じタイミングで町内では、役場庁舎の移転候補地の一つに同社が関わっていることが判明。町と同社の間でそこに移転することが既に決まっているかのような密約説まで囁かれている。しかし取材を進めると、贈収賄事件も密約説も公になっていない真実が潜んでいることが分かった。 誤解だった旧坂下厚生病院跡地〝密約説〟 マルト建設本社  マルト建設は1971年設立。資本金9860万円。役員は代表取締役・上野清範、取締役・上野誠子、佐藤信雄、根本香織、鈴木和弘、棚木光弘、成田雅弘、馬場美則、監査役・上野巴、上野洋子の各氏。  土木建築工事業と砂・砂利採取業を主業とし、会津管内ではトップクラスの完工高を誇る。関連会社に不動産業のマルト不動産㈱(会津若松市、上野清範社長)、石油卸売業の宝川産業㈱(同市、根本香織社長)、測量・設計企画業の東北都市コンサル㈱(同市、鵜川壽雄社長)がある。 マルト建設が贈収賄事件の渦中にあるのは、地元紙等の報道で読者も周知のことと思う。1月23日、社長の上野清範氏(45)と、取締役で営業統括部長の棚木光弘氏(59)が逮捕された。両氏は県会津農林事務所発注の公共工事の入札で、同事務所農村整備課主査の寺木領氏(44)から設計金額を教えてもらった見返りに、飲食代やゴルフ代など約26万円相当の賄賂を供与したとされる。 報道によると、①寺木氏が賄賂を受けたのは2020年3月から22年4月ごろ、②マルト建設は会津農林事務所が19~22年度に発注した公共工事のうち17件を落札、③寺木氏が19~21年度に設計・積算を担当した工事は7件で、このうち同社が落札したのは1件、④寺木氏が教えたとされる入札情報が、自身の業務で知り得たのか、他の手段で入手したのかは分からない、⑤寺木氏は22年4月から県中農林事務所に勤務――等々が分かっている。 一方、分かっていない点もある。寺木氏から教えてもらった入札情報をもとに、マルト建設が落札した工事はどれか、別の言い方をすると、同社が供与した賄賂は、どの工事に対する見返りだったのかが判然としないことだ。 実際、寺木氏と上野氏の起訴後、福島民報は《(起訴状によると)12回にわたり、いわき市の宿泊施設など7カ所で飲食、宿泊、ゴルフ代など26万2363円分の接待》(2月14日付)と報じ、賄賂の中身は詳細になったが、賄賂と落札した工事のつながりは相変わらず見えない。 上野氏が否認する理由  興味深い点がある。棚木氏は贈賄罪について不起訴になったことだ。これに対し、寺木氏は「棚木氏に入札情報を教えたことは間違いない」と容疑を認めている。 つまり今回の事件は、寺木氏が棚木氏に入札情報を教え、寺木氏に賄賂を供与したのは上野氏という構図になる。だから、贈賄に直接関与していない棚木氏は不起訴になったとみられるが、興味深い点は他にもある。上野氏が「知らない」「関係ない」と容疑を否認していることだ。 寺木氏は入札情報を教えたことを認めているのに、上野氏は賄賂を供与したことを認めていない。これでは贈収賄は成立しないことになる。 なぜ、上野氏は容疑を否認しているのか。それは、上野氏に「賄賂を供与した」という認識が一切ないからだ。実は、上野氏と寺木氏は友人関係にあり、父親の代から接点があるという。 本誌の取材に、上野氏をよく知る人物が語ってくれた。 「寺木氏は猪苗代湖の近くに自宅があり、父親は浜の管理などの仕事をしていた。プライベートビーチも持っていた。一方、上野氏の父親はアウトドアレジャーが趣味で、上野氏自身もボートを所有している。マルト建設は昔から、夏休みに社員家族を招待して猪苗代湖でキャンプをしていたが、その場所が寺木氏のプライベートビーチだった。同社はタダ同然で借りていたそうです。今は新型コロナの影響で中止されているが、キャンプは両氏の父親の代から始まったそうだ」 44歳の寺木氏と45歳の上野氏は互いの父親を通じて、子ども時代から面識があった可能性もある。 そんな両氏は大人になり、県職員と社長になっても今までと変わらない付き合いを続けていたようだ。 「一緒に飲んだり、ゴルフをすることもあったと思います。そのお金は割り勘の時もあれば、どっちかがおごる時もあったでしょうね」(同) 普段からこういう付き合いをしていれば、ふとした拍子に仕事の話をしても不思議ではないように思えるが、上野氏を知る人物は「上野氏がプライベートで仕事の話をすることはない」と断言する。 「社内でも上野氏が仕事の話をすることはほとんどないそうです。『この仕事は絶対に取れ』とか『こういう業績では困る』といった指示もない。あるのは『こういう仕事をやります』とか、落札できた・できなかったという社員からの報告と、それに対する『分かった』という上野氏の返事だけ。仕事の細かいことは全く気にしない(知らない)上野氏が、入札情報にいちいち興味を示すとは思えない」(同) そんな上野氏との個人的関係とは別に、寺木氏が接点を持ったのが棚木氏だった。 棚木氏は会津地方の土木建築会社を経て、十数年前にマルト建設に入社。官公庁の仕事を一手に引き受ける責任者の役目を担っていた。 上野氏を知る人物は、寺木氏と棚木氏がどういう経緯で知り合ったかは分からないという。ただ、棚木氏が賄賂を渡していないのに寺木氏が入札情報を教えたということは、こんな推察ができるのではないか。 ①寺木氏が会津農林事務所に勤務したタイミングで営業活動に訪れたのが棚木氏だった。②その時、寺木氏は棚木氏が「上野氏の部下」であることを知り、親近感を抱くようになった。③そのうち「上野氏にはいつも世話になっているから」と、棚木氏に入札情報を教えるようになった。④だから、寺木氏と棚木氏の間に賄賂は介在しなかった――。 「要するに、上野氏が払った飲食代やゴルフ代は友人として寺木氏におごっただけで、寺木氏が棚木氏に入札情報を教えた見返りではないということです。にもかかわらず警察や検察から『賄賂だろ』と迫られたため、上野氏は『そうじゃない』と否認しているんだと思います」(同) これなら、賄賂と落札した工事のつながりが見えないことも納得がいく。上野氏にとっては「単におごった金」に過ぎないので、落札した工事とつながるはずがない。上野氏は今ごろ「なぜ友人との遊び代が賄賂にすり替わったんだ」と不満に思っているのではないか。 もともと業界内では「たった26万円の賄賂で工事を取るようなリスクを犯すだろうか」と上野氏の行為を疑問視する声が上がっていた。「東京オリンピックの談合事件のように数百万円の賄賂で数十億円の仕事が取れるならリスクを犯す価値もあるが、26万円の賄賂で逮捕されたら割に合わない」というのだ。つまり業界内にも「26万円は本当に賄賂なのか」といぶかしむ声があるわけ。 とはいえ、公共工事の受発注の関係にあった寺木氏と上野氏が親しくしていれば、周囲から疑惑の目を向けられるのは当然だ。 「昔から友人関係にあったとしても、立場をわきまえて付き合う必要はあったし、せめて寺木氏が会津管内に勤めている間は距離を置くべきだった」(前出・上野氏を知る人物) 寺木氏もまた、県の職員倫理規則で申告が義務付けられている利害関係者との飲食やゴルフを届け出ておらず、事後報告もしていなかった。脇の甘さは両氏とも同じようだ。 ただ、両氏の付き合い方を咎めることと26万円が本当に賄賂だったかどうかは別問題だ。上野氏が今後も容疑を否認し続けた場合、検察はそれでも「落札した工事の見返りだった」と主張するのか。26万円が賄賂ではなかったとすれば、贈収賄事件の構図はどうなるのか注目される。 更地になったら買う約束 建物の解体工事が行われている旧厚生病院(撮影時は冬季中断中だった)  本誌先月号に会津坂下町役場の新築移転に関する記事を掲載した。 現庁舎の老朽化を受け、町は2018年3月、現庁舎一帯に新庁舎を建設することを決めたが、半年後、財政問題を理由に延期。それから4年経った昨年5月、町民有志から町議会に建設場所の再考を求める請願が出され、賛成多数で可決した。 町は新庁舎候補地として①現庁舎一帯、②旧坂下厚生総合病院跡地、③旧坂下高校跡地、④南幹線沿線県有地の四カ所を挙げ、町民にアンケートを行ったところ、旧厚生病院跡地という回答が多数を占めた。 ところが、昨年12月定例会で五十嵐一夫議員が「旧厚生病院跡地は既に売却先が決まっており、新庁舎の建設場所になり得ない」と指摘。「売却先が決まっていることを知らなかったのか」と質問すると、古川庄平町長は「知らない」と答弁した。 五十嵐議員によると「JA福島厚生連に問い合わせた結果、文書(昨年10月3日付)で『売却先は〇〇社に決まっている』と回答してきた」という。文書には〇〇社の実名も書かれていたが、五十嵐議員は社名を明かすことを控えており、筆者も五十嵐議員に尋ねてみたが「教えられない」と断られた。 JA福島厚生連にも売却先を尋ねたが「答えられない」。 公にはなっていない売却先だが、実はマルト建設が取得する方向で話が進んでいる。ちなみに同社は、旧厚生病院の建物解体工事を受注しており、昨年12月末から今年2月末までは降雪を考慮し工事が中断されていたが、3月から再開され、6月に終了予定となっている。ただ、敷地内から土壌汚染対策法の基準値を超える有害物質が検出され、土壌改良が必要となり、工事は年内いっぱいかかるとみられる。 ある事情通が内幕を明かす。 「工事が終了したら正式契約を交わす約束で、マルト建設からは買付証明書、厚生連からは売渡承諾書が出ている。売却価格は厚生連から概算で示されているようだが、具体的な金額は分からない」 マルト建設は建物解体工事を受注した際、JA福島厚生連から「跡地を買わないか」と打診され「更地になったら買う」と申し入れていた。 「厚生連には跡地利用の妙案がなく、更地後も年間数百万円の固定資産税がかかるため早く手放したいと考えていた。マルト建設は取得するつもりは一切なかったが、解体工事で世話になった手前、無下には断れなかったようです」(同) そのタイミングで浮上したのが旧厚生病院跡地に役場庁舎を新築移転する案だったが、ここでマルト建設に思わぬ悪評がついて回る。密約説だ。すなわち、同社は同跡地が候補地になることを知っていて、厚生連から取得後、町に売却することを考えた。新庁舎建設が延期された2018年、同跡地は候補地に挙がっていなかったのに今回候補地になったのは、町と同社の間に密約があったから――というのだ。 密約説は、現庁舎一帯での新築を望む旧町や商店街で広まっている。 「旧町や商店街は役場が身近にあることで生活や商売が成り立っているので、旧厚生病院跡地への移転に絶対反対。だから、密約説を持ち出し『疑惑の候補地に移転するのではなく、2018年に決めた現庁舎一帯にすべき』と主張している」(同) しかし、結論を言うと密約は存在しない。 古川町長は、旧厚生病院跡地の売却先が決まっていることを知らなかったとしているが、実際は知っていたようだ。というのも、町は同跡地を新庁舎の候補地に挙げる際、マルト建設に「町で取得しても問題ないか」と打診し、内諾を得ていたというのだ。ただし取得の方法は、密約説にある「マルト建設がJA福島厚生連から取得後、町に売却する」のではなく、前述の買付証明書と売渡承諾書を破棄し、同社は撤退。その後、町が厚生連から直接取得することになるという。 この問題は、古川町長が五十嵐議員の質問に「知っていた」と答え、具体的な取得方法を示していれば密約説が囁かれることもなかったが、役所は性質上「正式に決まったことしか公表しない」ので、旧厚生病院跡地の取得を水面下で進めようとしていた以上、「知らなかった」こととして取り繕うしかなかったわけ。 JA施設集約を提案 会津坂下町の周辺地図  このように、役場庁舎の新築移転先に決まるのかどうか注目が集まる旧厚生病院跡地だが、これとは全く別の利用法を挙げているのが会津坂下町商工会(五十嵐正康会長)だ。 同商工会は昨年末、古川町長に直接「まちづくりの視点から旧厚生病院跡地を有効活用すべき」と申し入れ、具体策として町内に点在するJA関連施設の集約を提案した。 五十嵐会長はこう話す。 「町内にはJA会津よつば本店や各支店をはじめ、直売所のうまかんべ、パストラルホールなど多くのJA関連施設が点在するが、老朽化が進み、手狭になっている。そういった施設を旧厚生病院跡地に集約し、農業の一大拠点として機能させれば町内だけでなく会津西部の人たちも幅広く利用できる。直売所も駐車場が広くとれるので、遠方からも客が見込めるし、町内外の組合員が商品を納めることもできる。農機具等の修理工場も広い敷地がほしいので、同跡地は適地だと思います」 土地売買も、JA福島厚生連とJA会津よつばで交渉すれば、同じJAなのでスムーズに進むのではないかと五十嵐会長は見ている。 「新しい坂下厚生病院とメガステージ(商業施設)が町の北西部にオープンし、人の流れは確実に変わっている。商工会としては、人口減少が進む中、会津坂下町は会津西部の中心を担う立場から、広い視野に立ったまちづくりを行うべきと考えている。そのためにも、旧厚生病院跡地はより有効な活用を模索すべきと強く申し上げたい」(同) JA関連施設を集約するということは、事業主体はJAになるが、五十嵐会長は「町がJAに『こういう方法で一緒にまちづくりを進めてみないか』と提案するのは、むしろ良いことだと思う」。 ちなみに同商工会では、新庁舎をどこに建設すべきと言うつもりは一切なく、新庁舎も含めて将来の会津坂下町に必要な施設をどこにどう配置すべきかを、町民全体で今一度考えてはどうかと主張している。 密約説からJA関連施設集約案まで飛び出す旧厚生病院跡地。そこに関わるマルト建設は贈収賄事件が重なり、しばらく落ち着かない状況が続く見通しだ。 マルト建設は本誌の取材に「この度の事件では、多方面にご迷惑をおかけして本当に申し訳ない。当面の間、取材は遠慮したい」とコメントしている。 その後 ※古川町長は2月22日の町議会全員協議会で、新庁舎の建設場所を旧厚生病院跡地にする方針を示した。敷地面積2万1000平方㍍のうち1万平方㍍を利用する。用地取得費が多額になる見通しのため、町議会と協議しながら今後のスケジュールを決めるとしている。 あわせて読みたい 元社長も贈賄で逮捕されたマルト建設 庁舎新築議論で紛糾【継続派と再考派で割れる】 (2022年10月号) 現在地か移転かで割れる【会津坂下町】庁舎新築議論 (2023年2月号)