大熊町職員が楢葉町運営住宅を放火【ふくしまの事件簿#11】

大熊町職員が楢葉町運営住宅を放火【ふくしまの事件簿#11】

 昨年12月に楢葉町が運営する5階建て雇用促進住宅の自室に火を付けたとして現住建造物等放火罪に問われた大熊町会計年度任用職員(事件当時)の女に、地裁郡山支部は9月13日、懲役3年、保護観察付き執行猶予5年(求刑懲役5年)の判決を言い渡した。女が凶行に至るまでには、思い込みが強く周囲に誤解を与えやすい特性、郷里の福岡を逃れて原発被災地に移住した事情、そして職場の大熊町役場でヨソ者扱いされ続け、孤立していった生きづらさがあった。

職場で直面した移住者の生きづらさ


 現住建造物等放火の罪に問われたのは柴田明子被告(53)。福岡県北九州市出身で、大学院中退後、出版社や市役所勤めなどを経験し、家業を手伝った後、2016年3月に福岡県から楢葉町に移住した。

 移住の動機の一つは、素朴な使命感だった。柴田被告は同年1月、介護職の資格試験に備えて宿泊したホテルの部屋で、東京電力福島第一原事故により全町避難を強いられた楢葉町のニュースを見た。町内の特別養護老人ホーム(特養)が特集されていた。町では避難指示が2015年9月に解除され、高齢の住民を中心に帰還が進むが、この特養では介護士が不足し、高齢者の受け皿が乏しいと知った。柴田被告は自分の資格を役立てたいと、人手が不足する原発被災地への移住を考えた。

 実を言うと、柴田被告は「楢葉町の特養で働きたい」というよりは「地元のしがらみから逃れたい」という気持ちが強かった。福岡の実家は旧家で代々家業を続けていた。未婚できょうだいは女性ばかり。柴田被告によると、親から跡取りを期待される重圧を感じて生きてきたという。

 テレビで見た特養に就職が決まり、2016年春から働くことになった。雇用先の紹介で住居を探したが、民間の住宅はなかなか見つからず、後に放火事件を起こす、楢葉町営の雇用促進住宅に入居した。

 職場は新参者を歓迎しているわけではなかった。柴田被告が「お世話になります」と挨拶をすると、ケアマネージャーから「あんたの世話なんかしたくない」と言われたという。職員十数人のうち、移住者は柴田被告1人だけだった。利用者にあざが見つかった時、真っ先に疑われたのが柴田被告だったという。「ヨソ者だからか」と考え込み、心に不調が表れた。半年後には心療内科にかかった。同時期に県社会福祉協議会ホームページの問い合わせフォームにSOSを訴える書き込みをした。返事はなかった。勤めて3年、心身に限界を感じ自主退職した。

 2019年には、広野町の障害者支援施設でパートの職に就いた。休憩室を利用しようとしたら「正職員じゃないからだめ」と入室を拒否された。人間関係と職務内容への不満からストレスが募り、退職した。

 最後に就いたのが大熊町の会計年度任用職員だった。総務課に配属され、朝刊8紙に目を通し、町に関する記事をスクラップしたり郵便物を部署ごとに仕分ける業務などを担当した。職員は、町出身者同士は仲が良いが、町外出身者には当たりが強いように感じたという。柴田被告によると「自分は満足に仕事ができず浮いていたと思う。無視されたり、必要な情報を与えられず辛かった」と総務課の2年間を振り返った。

 人事に頼んで異動した環境対策課では、帰還困難区域内に立ち入る住民や業者に通行証を発行するのが仕事だった。柴田被告は「同僚は忙しそうだが、自分は暇だった。仕事をせずに給料をもらうのは居心地が悪いので、消防係長に『手伝えることはありますか』と言うと、『会計年度任用職員なので責任ある仕事は任せられない』と言われた」と法廷で職場への不満を述べた。

 柴田被告と職員の間で、なぜこうもすれ違いが起きたのか。まず言外の意味=場の空気を理解するのが不得手で、言動を誤解されやすい本人の特性がある。

 放火事件で検挙後に受けた精神鑑定で、柴田被告は発達障害の一種である自閉症スペクトラム症と診断された。判決では、犯行にこの影響が一定程度あったとし、「これまで適切な支援や治療の機会がなく孤立した点は同情すべき」と事情を酌んだ。

 柴田被告が思い込んだ原因は、本人の特性だけでなく周囲にもある。

 事実、柴田被告は大熊町職員から心無い言葉を投げかけられた。柴田被告は2023年に新型コロナにかかった。職場に復帰後、同僚の男性職員が罹患した。男性職員は「お前が戻ってきたらコロナになった。家族内で蔓延した。どうしてくれるんだ」と責めたという。

修繕費は1210万円

 職場のストレスが積もり積もった同年秋、福岡の親が親戚に依頼して自分を探しに来ていることを知った。苦い思い出が呼び起こされ、希死念慮が激しくなった。2023年11月には町内の災害公営住宅で火災が発生し、1人で住む60代男性が亡くなる事件があった。柴田被告によると、職員の間では出火原因を巡って自殺の噂が立ち込め、一人暮らしの柴田被告は自分事のように感じたという。遺言らしきものを自身の匿名ブログにアップした。

 仕事納めの同年12月28日、柴田被告は楢葉町が運営する雇用促進住宅の5階にある自室に帰宅すると、深夜に台所に布団や衣類を重ね、ボンベに入った混合ガソリンをかけた。踏ん切りが付かず、景気付けのために日本酒を飲む。明けて29日午前0時半ごろ、ガスコンロでタオルに火を付け、布団の山に放り込むと天井まで火柱が立った。一酸化炭素中毒で自殺するつもりだったが、想像を絶する熱さに部屋を飛び出し、階下に住む外国人の携帯を借りて119番通報した。

 幸いにも他の住人にけが人は出ず、柴田被告の部屋の焼損だけで済んだ。だが、現役の大熊町職員が楢葉町に損害を与えたことになり、大ごとになってしまった。

 修繕工事費は1210万円で、楢葉町は保険で賄った。柴田被告の弁護人は、裁判の前に消防が作成した調査書を基に、時価を考慮した損害額を11万6800円と算定。それを上回る示談金500万円を楢葉町に支払うことを申し出た。

 楢葉町は、「現時点では示談に応じない。金額の問題ではなく、柴田被告への刑罰が確定していない段階で許すのは社会的影響に照らして適切ではない」(建設課建設住宅係長の陳述内容)と受け取りを拒否。柴田被告側は、福島地方法務局いわき支局に500万円を供託している。

 9月13日に下された判決は有罪判決だった。9月25日、本誌が楢葉町建設課に、柴田被告に損害賠償を求めるかどうか確認すると、「対応はまだ決まっていない」という。

 大熊町役場で何度か業務中の柴田被告に会ったことがあるという町民は、「彼女だけに原因を求めては、町は次に進めない」と言う。「放火は許されず罪は償わなければならない」と前置きしたうえで、 

 「私から見ると、(柴田被告は)元気に笑顔で挨拶してくれて、テキパキと業務をしているようだった。まじめで実直な人だ。町出身で職員になった若者の中には挨拶すらまともにできない人がいるので、遥かにマシ」と述べた。

 この町民は職場環境にも原因があったと指摘する。

 「大熊町は田舎ということもあり、元々いる住民は移住者をつい『ヨソ者』と値踏みから始めてしまう。彼女はいつまで経っても町出身者の輪に入れないことが辛かったのではないか。配属された部署は男性ばかりだったので、自身の境遇を相談できる相手もいなかったのだと思う」

 本人の特性は、容易には変えられない。変えやすいのは周囲の環境だ。

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