陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊内で起こった強制わいせつ事件で、被告の元自衛官の男3人に懲役2年執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。被害者の元自衛官五ノ井里奈さんは、顔と実名を出し社会に訴えてきた。福島県では昨年、性加害をしたと告発される福島ゆかりの著名人が相次いだ。被害者が公表せざるを得ないのは、怒りはもちろん、当事者が認めず事態が動かないため、世論に問うしか道が残っていないからだ。2024年はこれ以上性被害やハラスメント告発の声を上げずに済むよう、全ての人が自身の振る舞いに敏感になる必要がある。(小池航)
本誌が報じてきた性被害告発
陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊の男性隊員3人が同僚の女性隊員を押し倒し腰を押しつけたとして強制わいせつ罪に問われた裁判で、福島地裁は昨年12月12日に懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した(肩書は当時)。有罪となった3人はいずれも郡山市在住の会社員、渋谷修太郎被告(31)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(30)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。刑事裁判に先立って3人は自衛隊の調査で被害女性への加害行為を認定され、懲戒免職されていた。
冒頭の報じ方に違和感を覚える読者がいるかもしれない。それは、裁判の判決報道のひな形に則り、刑事裁判の主役である被告人をメーンに据えたからだ。定型の判決報道で実態を表せないほど、郡山駐屯地の強制わいせつ事件は有罪となるまで異例の道筋をたどった。被害を受けた元女性自衛官が顔と実名を出して、一度不起訴になった事件の再調査を世論に訴える必要に迫られたためだ。
被害を実名公表したのは五ノ井里奈さん(24)=宮城県東松島市出身。2021年8月の北海道矢臼別演習場での訓練期間中に宴会が行われていた宿泊部屋で受けた被害をユーチューブで公表した。防衛省・自衛隊が特別防衛監察を実施して事件を再調査し、男性隊員らによる性加害を認め謝罪するまでには、自衛隊内での被害報告から約1年かかった。加害行為に関わった男性隊員5人のうち技を掛けて倒し腰を押しつける行為をした3人が強制わいせつ罪で在宅起訴された。被告3人はわいせつ行為を否定。うち1人は腰を振ったことを認めたが「笑いを取るためだった」などとわいせつ目的ではなかったと主張。しかし、3人とも有罪となった。原稿執筆時の12月21日時点で控訴するかどうかは不明。
筆者は福島地裁で行われた全7回の公判を初めから終わりまで傍聴した。注目度が高かったため、マスコミや事件の関係者が座る席を除く一般傍聴席は抽選だった。本誌は裁判所の記者クラブに加盟していないため席の割り当てはない。外勤スタッフ8人総出で抽選に臨み、何とか傍聴席を確保できた。判決公判は一般傍聴席35席に202人が抽選に臨み、倍率は5・77倍だった。
事件を再調査した特別防衛監察は、これまではおそらく取り合ってこなかったであろう自衛隊内のハラスメント行為を洗い出した。自衛隊福島地方協力本部(福島市)では、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否した隊員に接種を強要するなどの威圧的な言動をしたとして、同本部の50代の3等陸佐を戒告の懲戒処分にした(福島民報昨年11月27日付より)。
ある拠点の現役男性自衛官は特別防衛監察後の変化を振り返る。
「セクハラ・パワハラを調査するアンケートや面談の頻度が増えた。月例教育でも毎度ハラスメントについて教育するようになり、掲示板には注意喚起のチラシが張られている。男性隊員は女性隊員と距離を置くようになり、体に触れるなんてあり得ない」
特別防衛監察によりセクハラ・パワハラの実態が明るみになったことで自衛隊のイメージは悪化し、この男性自衛官は常に国民の目を気にしているという。
「自衛隊は日本の防衛という重要任務を担っていて国民が清廉潔白さを求めているし、実際そうでなければならない。見られているという感覚は以前よりも強い」
今年2024年は自衛隊が発足して70年。軍隊が禁じられた日本国憲法下で警察予備隊発足後、保安隊、自衛隊と名前を変えた。国民の信頼を得る秩序ある組織にするには、ハラスメント対策を一過性に終わらせず、現場の声を拾い上げて対処する恒常的な仕組みの整備が急務だ。
本誌が向き合ってきた証言
性加害やハラスメントは自衛隊内だけではない。本誌は昨年、福島県ゆかりの著名人から性被害を受けたとする告発者の報道に力を入れてきた。加害行為は立場が上の者から下の者に行われ、被害者は往々にして泣き寝入りを迫られる。
昨年2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔 飯舘村出身女優が語る性被害告発の真相」では、飯舘村出身の女性俳優大内彩加さんが、所属する劇団の主宰である谷賢一氏から性行為を強要されたと告発、損害賠償を求めて提訴した。谷氏は否定し、法廷で争う。谷氏は原発事故後に帰還が進む双葉町に移住し、演劇事業を繰り広げようとしていた。東京の劇団内で谷氏によるセクハラやパワハラを受けていた大内さんは新たに出会った福島の人々にハラスメントが及ぶのを恐れ、実態を知らせて防ぐために被害を公表したと語った。
7月号では大内彩加さんにインタビューし、性被害告発後に誹謗中傷を受けるなど二次被害を受けていることを続報した。
4月号「生業訴訟を牽引した弁護士の『裏の顔』」では、演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優Aさんが損害賠償を求めて提訴した。馬奈木氏は県内では東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長として知られていたが、Aさんの提訴前の2022年12月に退いていた。本誌も記事でコメントを紹介するなど知見を借りていた。
8月号「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、元職員が性被害を訴えた。証言を裏付けるため、筆者は被害者から相談を受けた刑事を訪ねたり、被害を訴える別の人物の証言記録を確認し、掲載にこぎつけた。8月号発売の直前に学園側は記事掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立ててきたが、学園側は裁判所の判断を待たず申し立てを取り下げた。9月号ではその時の審尋を詳報した。
本誌が報じてきたのはハラスメントがあったことを示すLINEのやり取りや音声、知人や行政機関への相談記録など被害を裏付ける証拠がある場合だ。ただし、証拠を常に示せるとは限らない。泣き寝入りしている被害者は多々いるだろう。五ノ井さんの証言を認め、裁判所が下した有罪判決を契機に、まずは今まさに被害を訴えている人たちの声に、世の中は親身に耳を傾けるべきだ。