記事掲載禁止仮処分申立を取り下げ【続報・中沢学園前理事長の性加害疑惑】

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記事掲載禁止仮処分申立を取り下げ【続報・中沢学園前理事長の性加害疑惑】

 先月号記事「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、校了直前に中沢学園が掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立てた。2日間に渡り、本誌と中沢学園、裁判官が参加する審尋を経て8月3日、中沢学園は裁判所に申し立てた仮処分を自ら取り下げた。掲載号は同5日から書店に並んだが、会津若松市内の書店では奇妙な売り切れが続出。記事が掲載に至った経緯を振り返る。(小池航)

会津若松市で何者かが本誌買い占め

 本誌編集部に中沢学園の代理人弁護士から「ご連絡」という文書(7月28日付)がファクスで送られてきた。東京都千代田区の鳥飼総合法律事務所の鳥飼重和弁護士、小島健一弁護士、横地未央弁護士の連名だった。以下に全文を載せる。

 《冠省 当職らは、学校法人中沢学園(以下「通知人」といいます。)から委任を受けた通知人の代理人として、貴社が発行している政経東北に通知人に関する記事が掲載される件についてご連絡いたします。

 通知人は、2023年7月19日、貴社の小池航記者から、2014年4月、通知人の前理事長である中澤剛氏(以下「剛氏」といいます。)が当時職員であったA氏(筆者注:原文では実名)を職務のため会津若葉幼稚園に呼び出し、わいせつ行為をしたという件(以下「本件」といいます。)に関して政経東北に記事を掲載する旨の連絡を受けました。

 本件は、2023年2月28日、A氏から本件について申告があったことを端緒として、通知人として、A氏のヒアリングを複数回にわたって実施し、さらに、A氏の同意の上で剛氏同席のもとでも面談を実施するなどして何とか解決を図ろうとしてきたところです。

 しかしながら、本件が9年余り前のことであり、休日という人目のない環境下において行われたとされる点もあいまって調査には困難を伴い、本件がA氏の主張するとおりの事実であったのか、また、仮にA氏の主張するような事実があったとしてもそれがA氏の意に反するものであったのかといった根本的な点について、合理的な疑いを否定することができないというのが現状です。

 当事者である剛氏はすでに通知人の理事長職を退いている一私人にすぎない上、そもそも本件は、通知人内部におけるセクハラ被害の申立てという、本来、被害申告をするA氏を含む当事者・関係者のプライバシーや心情に十分に配慮しながら慎重に解決されるべき、デリケートで機微にわたる問題であり、このように雑誌に記事を掲載することをもって世の中に公表する必要性は一切認められず、そればかりかかえって通知人の利用者を巡っても不必要な混乱を生じさせかねません。

 このような理由から、本日、福島地方裁判所に記事掲載禁止仮処分の申立を行いました。貴社におかれましては、本件の状況を冷静に認識され、本件について政経東北への掲載を見合わせること、仮に取材・報道の価値があるとお考えであるならば、当職らを通して当事者に適切な調査を実施していただくなど適切な対応をお取りいただくようお願い申し上げます。 草々》

 要するに、中沢学園は「記事を出すな」と言っている。理由は、中澤氏は理事長を退いており今は私人、中澤氏と被害を訴えているAさんのプライバシーに関わる、こども園の利用者に影響がある、というもの。取材し報じる場合は中沢学園の代理人を通じて「適切な対応」を取るように付け加えている。

 記事を掲載前に差し止めることは、報道の自由、表現の自由に抵触する。相当な理由がないと認められない。①反真実性=フェイクニュースであること、②記事に公益性がないこと、③記事が出ることで回復不能な甚大な被害が出ることを証明しなければならない。

中沢学園「中澤氏は私人」

【整合取れない「謝罪はするが否認」】中澤剛氏(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』より
中澤剛氏(『若葉 中沢学園75年のあゆみ』より

 8月号で筆者は、学校法人中沢学園の元職員Aさんが、2014年に当時理事長だった中澤剛氏から理事長室の書類整理の仕事を日曜日に頼まれ、わいせつ行為を受けたと主張していることを書いた。

 記事掲載に当たり、筆者はAさんの主張を裏付ける取材を尽くしていた。中澤氏の言い分も、本人から直接聞き取り掲載している。しかし中沢学園の主張は、Aさんが語ったことについて「合理的な疑いを否定できない」としている。

 公益性の観点で言えば、Aさんが「職場での不利益を恐れ、在職中は自分が受けた性被害を学園に言えなかった」と語っている点が重要だ。退職が決まった後に性被害を学園に申告するも救済にはつながらず、以後やり取りは書面でするよう通告された。労働局に調停を申請したが、中沢学園は応じず打ち切られた。行き詰まったAさんは、自分が受けた被害を公表し世論に問おうと、本誌に告発した経緯がある。昨今、ハラスメントは社会の関心事となっており、本誌でもこれまで様々なハラスメント問題を伝えてきた。

 中沢学園はこども園を運営し、そこには補助金がつぎ込まれている。Aさんが被害に遭ったと主張する2014年、中澤氏は理事長だった。今は退いて「私人」と主張するのは無理がある。そもそも中沢学園は、その名前からも分かるように「中澤剛氏=創設者の一族」。現在理事長を務める中澤幸恵氏は中澤氏の息子の妻であり、親族経営である。中澤氏がいまの中沢学園に影響力を持たないとは考えにくい。

 記事が回復不能な被害を与えるかについては、掲載前に証明するのは困難だろう。中沢学園の主張に則るならば、中澤氏は「私人」に過ぎない。一個人に関する記事で、中沢学園に損害が出る恐れがあるというのは、中澤氏が「私人」という主張に背くのではないか。

 ただ、裁判所の判断によっては、記事が出せなくなる可能性が出て来た。

 中沢学園の代理人弁護士はさらにファクスを送ってきた。次に届いたのは「書類送付書」(7月31日付)。「記事掲載禁止仮処分申立書」(同28日付)の送付を確認するものだ。書類送付書には受け取ったかどうかを確認するための「受領書」が下部にあり、本誌は署名押印し福島地裁民事部と弁護士事務所にファクスで送った。「受け取った」「受け取っていない」となるのを避けるためなのだろう。

 申立書には、記事掲載禁止を求める理由として「人格権としての名誉権に基づく差止め」とある。記事が債権者=中沢学園の社会的評価を低下させるという主張だ。「表現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものではないことが明白」、「債権者が重大で著しく回復困難な損害を被るおそれがある」とあった。

 福島地裁第一民事部からは7月31日付で「審尋期日呼出状」が届いた。2日後の8月2日午後1時10分に裁判所に出頭するよう書かれている。審尋とはなんだろうか。呼出状をめくると「仮処分を発令するかどうかについては、債権者及び債務者双方の主張や提出された証拠をもとに裁判官が判断します」と説明があった。債権者は中沢学園、債務者は政経東北を発行する㈱東邦出版のこと。審尋とは裁判官が双方の言い分を聞く場のようだ。

 筆者はAさんに、中沢学園が記事掲載禁止を求め裁判所に訴えてきたことを伝えた。近く裁判が行われ、中澤氏が臨席するだろうと想定し、当事者であるAさんに出席を依頼すると応じてくれた。

想定外だった中澤氏の不在

福島地裁
福島地裁

 中沢学園は中澤氏と幸恵理事長の陳述書を提出していたが、8月2日の審尋に中澤氏の姿はなかった。参加者は次の通り。

中沢学園側(債権者)
 中澤幸恵理事長
 みなみ若葉こども園の園長
 小島健一弁護士(代理人)
 横地未央弁護士(同)

政経東北側(債務者)
 佐藤大地東邦出版社長
 小池航(筆者)
 安倍孝祐弁護士(代理人)

政経東北側の証人
 Aさん

裁判所
 小川理佳裁判官
 飯田悠斗裁判官
 書記官(1日目と2日目で交代)

 審尋は債権者、債務者双方の主張を裁判官が聞き取る。一方に退室を命じてもう一方の主張を内密に聞き取る場も設けられ、双方を交えた聴取→中沢学園のみ聴取→政経東北のみ聴取と繰り返した。本誌が証人を依頼したAさんは別室で待機し、裁判官が聴取する際に呼び出された。

 まず本誌は、安倍弁護士の助言を得てゲラ(校正刷り)を裁判官と中沢学園に見せた。筆者はその時まで中沢学園にもAさんにもゲラを見せていない。記事は誌面上で発表するものであり、読者に向けて書いている。ゲラを見せないのは、取材対象者が記事内容の変更を迫って圧力を掛けてくるのを防ぐためだ。

 ゲラを読んだ中沢学園は、次のことを主張してきた。

 ・政経東北が出した質問状に対する中沢学園の回答を引用しているが、回答の趣旨を汲み取っていない。

 ・Aさんが中沢学園の聞き取りに対し、「中澤氏に口にキスされそうになった」と言っているが、記事では「口元にキスされた」とある。記事が正確でないことになる。

 ・中沢学園に原稿を見せていない。取材を尽くしていないのではないか。

 順序は前後するが「Aさんが中澤氏にキスをされたか、されていないか」については、後に裁判官による聴取の場で、Aさんは

 「キスをされたと話すことが自分の中では『抵抗しなかった』と受け取られると考え躊躇し、『キスされそうになった』と話してきた。小池記者に話した時も、他の人に被害を打ち明けた時のように初めは『キスされそうになった』と言ったと思うが、小池記者は『唇はくっついたのか、くっつかなかったのか』と聞いてきたので答えた」

 と話した。

 裁判官は、Aさんの主張を信頼できると筆者が判断した根拠は何かを聞いてきた。筆者は、中澤氏が3月12日のAさんとの面談で「あなたのおっしゃる通りに認めざるを得ないんでしょうね」と話した録音を確認し、自らの行為を認めるような発言をしたこと、Aさんがハローワークと警察に被害を相談したこと、その時のハローワークの受付カードと警察官の名刺を確認したことを根拠に挙げた。

 それに対し、中沢学園代理人の小島弁護士は

 ・面談の録音を確認したが、Aさんが中澤氏からどのような行為を受けたと主張するのか明確にされないまま話が進み、中澤氏がその場を収めるために発言しているに過ぎないと主張。わいせつ行為を認めたものとは評価できない。

 ・警察に相談した事実があったとしても、相談内容は明らかではない。

 とした。

 裁判官は、続いてAさんへの聞き取りを行った。

 中沢学園の同意を得てAさんが裁判官の前で当時の状況を証言した。前述したように、ここでAさんは中澤氏から「キスをされたか、されていないか」を詳しく話した。

 筆者は、当事者が不在の中で事実関係を争っても意味がないと考え、当事者であるAさんに裁判所まで来てもらい「生の証言」を依頼した経緯がある。それだけに、もう一方の当事者である中澤氏が審尋に来なかったのは、本誌にとって想定外だった。

 Aさんと幸恵理事長は3月12、19日の面談後の4月以降、やり取りは書面で行うことになっていたため(前述)、約5カ月ぶりに対面した。幸恵理事長は、Aさんが起こした労働局の調停に出頭しなかったのは顧問弁護士の判断だったと説明した。Aさんに対面しなかったのは、Aさんの気分を害してしまうと恐れたからだという。現在、就業規則の改定を進めており、中沢学園内に相談窓口を整備するという。退職後1年間は中沢学園が擁護すべき立場なので、その枠組みでAさんの相談に応じる考えがあると話したが、Aさんは「もう遅いんです」。

 ハローワークや警察に相談し、労働局に調停まで起こしたAさんが最終的に本誌を頼ったのは、中沢学園が「事実関係の調査を行うのは著しく困難」と結論付け、公的な相談先に行き詰まり、もはや世間に訴えるしかないと考えたためだと筆者は捉える。

反論記事を中沢学園に提案

会津若葉幼稚園
会津若葉幼稚園

 記事が事実ではないことを示すために反論してきた中沢学園だが、一方で小島弁護士は「反真実性の証明のハードルについては、法律論としては難しいとは承知している」とも話していた。

 争点は、記事の公益性にシフトしていく。公益を果たすために中沢学園が言う「適切な対応」を本誌がどのように尽くしていくかに裁判所は注目した。

 審尋初日の最後に中沢学園が述べた主張は次の4点。

 ・記事を掲載しないこと。

 ・損害賠償請求も検討している。

 ・取材の方法、記事の書き方に問題があると認識しており、業務妨害や名誉棄損で、本誌と当該記事を書いた筆者個人を刑事告訴する可能性も捨てていない。

 ・8月号への掲載を見合わせ、中沢学園関係者に取材し、原稿を中沢学園が確認したうえで9月号以降に掲載することは異議がない。

 中沢学園の目的は、初報を出させないことに尽きる。しかし、筆者は記事を既に書き上げ、印刷所に回していた。中沢学園の要求に従えば、8月号から当該ページを切り取らなければならない。小所帯の本誌でその作業が発売日までにできるか思案したが、実はこの時、本誌はまだ今後の対応をどうするか「答え」が出ていなかった。

 裁判所の閉庁時間が迫っていることもあり、審尋は翌3日の午後4時半に再開することになった。

 本誌編集部は半日掛けて中沢学園の要求に対する方針を話し合った。安倍弁護士に相談し、準備書面にしたため、次の審尋前に福島地裁と中沢学園側の弁護士事務所にファクスで送った。

 8月3日、審尋はおそらくこの日に終え、近いうちに裁判所が決定を下すのだろう。2日目の審尋は証人のAさんを除き、双方が前日と同じ参加者で臨んだ。

 審尋2日目開始。本誌が送った準備書面に目を通した小島弁護士は、

 「まさかこんな提案をしてくるとは思わなかった。検討するに値しない。注目を集めて雑誌の売り上げに協力することになる」

 と言った。

 本誌は裁判官から一度退室を命じられた。中沢学園が本誌の提案を受け入れるか否か、裁判官から問われるターンだ。筆者は別室で向こうの答えを待っていた。

 小島弁護士はなぜ「こんな提案をしてくるとは思わなかった」と述べたのか。

 本誌が提案したのは、9月号に中沢学園の反論記事を載せることだった。相手は「こちらの主張を十分に聞いていない」ことを問題視している。そこを捉えて「政経東北の取材には問題がある」と主張していた。だったら、初報では被害を訴えるAさんの主張に寄り添ったので、続報では中沢学園の言い分を100%聞こう。それが報道機関として最も誠実なやり方だと編集部内で意見が一致した。具体的には、

 ・中澤幸恵理事長と学園関係者に取材を行い、反論を聞く。

 ・政経東北が書いた原稿は、中沢学園に確認してもらったうえで9月号に掲載する。

 ・8月号には、中沢学園から記事に対する強い異議があったこと、9月号に反論を掲載する予定であることを記載する。その時点では8月号が刷り上がる目前で、中沢学園の言い分と本誌の主張を記事に加筆することは不可能なため、A5サイズの紙1枚に反論を掲載する予定の旨を書き、雑誌本体に挟み込む。

 ・政経東北のウェブサイトに、中沢学園の反論記事を載せる予定という告知と、本誌の質問に対する中沢学園からの回答を全て載せる。

 中沢学園と裁判官の話し合いが終わった。再度対面した席で、中沢学園は本誌を前に「仮処分申し立てを取り下げる」と裁判官に伝えた。自ら記事掲載禁止の仮処分を申し立てたのに、裁判所の判断を待たずに自ら取りやめた形。結局、2日目の審尋は10分程度で終了した。

 記事は8月号にそのまま掲載できることになった。審尋の場では、中沢学園は反論記事を載せる提案を拒否していたが、実際に記事が出た後は方針が変わるかもしれない。本誌は8月4日、代理人弁護士の事務所宛てにファクスで取材を依頼した。
審尋で示したのと同じ条件で、同18日までに中沢学園が指定する場所に本誌記者が出向き、直接話を聞くので取材の可否を教えてほしいと伝えた。取材を受けるかどうかの回答期限は6日後の同10日午後4時に設定した。ところが、期限を過ぎても返答はない。

 弁護士事務所に電話すると、事務員が「担当弁護士がいないので折り返す」とのこと。筆者は「午後8時まで会社にいる」と伝え電話を待ったが、電話もファクスもメールも来ない。8時過ぎにもう一度電話すると「16日まで休みに入る」と留守電の録音が流れた。

 お盆休み明けの同18日に再び電話した。取材の可否を教えてほしいと言うと、事務員から「弁護士から『回答しない』との伝言がある」と言われた。筆者は「『回答しない』という回答」にこれまで何回か遭遇した経験がある。想定内だったが、せめて期限の10日までには知らせてほしかった。

「買い占めた奴らがいる」

 8月号が発売されると、会津若松市の書店では異様な売れ方をした。店頭に並ぶ前から「まとめて買いたい」と客から問い合わせがあったという。筆者には会津若松市在住の70代男性から「発売と同時に買いに行ったら本屋はすぐ品切れだよ。タイミングが良かったのか俺は1冊買えた。買い占めた奴らがいる」という電話があった。(この男性は8月号の別記事「実録 立ち退きを迫られる会津若松在住男性 監視カメラで転売集団に応戦」で書いた、立ち退きを迫られている人物)。

 普段は売れ行きの良くない店舗でも売り切れ続出だった。気味が悪いのでX(旧ツイッター)に投稿すると過去最大級の反応があった。一地方都市で起こった出来事に過ぎないが、世間は注目に値する珍奇な事象と見ているようだ。

 中沢学園は、記事が学園の名誉を傷つけるとして、掲載禁止の仮処分を裁判所に申し立てたが、自ら取り下げた。とはいえ中沢学園が、本誌と筆者個人を相手取り、名誉棄損で損害賠償請求と刑事告訴をしてくる可能性は十分ある。取材は尽くしているので、その時は淡々と対応するだけだ。

この記事を書いた人

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小池 航

こいけ・わたる 1994(平成6)年生まれ。二本松市出身。 長野県の信濃毎日新聞で勤務後、東邦出版に入社。 【最近担当した主な記事】 福島県内4都市スナック調査(4回シリーズ) 地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」(2023年2月号) 趣味は温泉巡り

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