演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士(47)から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優が1100万円の損害賠償を求めて提訴した。馬奈木弁護士は東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長を昨年12月まで務めており、本誌も同訴訟や汚染水の海洋放出についてコメントを求め、記事にしてきた。福島県への影響をたどった。(小池 航)
ハラスメント撲滅の陰で自ら性加害
本誌が馬奈木氏の「異変」を察知したのは、昨年12月中旬頃。ツイッターのアカウントが急遽削除されていた。それを指摘するツイートも散見された。新聞は、当初「体調不良」で生業訴訟の原告団事務局長を退くと報じていたが、昨夏に同氏の健啖ぶりを目にしていた筆者は釈然としなかった。だが、重大性は認識せずにそのままにしておいた。
全容が分かったのはそれから3カ月後のこと。馬奈木氏から性被害を受けた女性が3月3日に東京で記者会見を開いた。筆者は出遅れたのでその場にいない。以下は、インターネット報道メディア「IWJ」がほぼ編集なしでYouTubeに配信している映像を見たうえでの見解だ。
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訴えを起こした被害女性は24歳の舞台俳優。「演劇・映画・芸能界のセクハラ・パワハラをなくす会」を設立し代表を務めている。馬奈木氏は同会に顧問弁護士として関わり、女性が抱える裁判の訴訟代理人を務めていた。その後、馬奈木氏から性加害を受け、女性は馬奈木氏を解任。昨年11月に馬奈木氏が所属する第二東京弁護士会に懲戒請求を行い、今年3月には損害賠償を求めて提訴した。
体を触ってくるなど馬奈木氏による性加害は2019年から始まった。2021年に女性が名誉棄損で訴えられると、馬奈木氏に訴訟代理人を依頼したが、これを境に馬奈木氏から打ち合わせの名目で夜に呼び出されることが増えた。馬奈木氏は卑猥な言葉や性的な誘いをLINEのメッセージで送るようになった。馬奈木氏は訴訟への影響をちらつかせて性的行為を要求し、昨年1月に性行為に及んだという。
被害女性の弁護士は、馬奈木氏自身が映画プロデューサーとしても活動しており、著名な演出家や脚本家と懇意にしている点を挙げ、その権威を利用し、女性が性行為を断れない状況をつくったと説明した。「そもそも弁護士が依頼者と性的な関係を結ぶのが懲戒相当と考える」との見解も示した。
この会見に先立つ3月1日、馬奈木氏は「ご報告と謝罪」の題で声明を出していた。3月3日に被害女性が会見を開くと知り、「言い分」を先に発表した形だ。
馬奈木氏の文書によると、所属弁護士会に懲戒請求書が届いた後に「関係を全く望んでいなかったこと、精神的苦痛を感じ困惑を覚えながら、弁護士という私の肩書や私の年齢差、人間関係への配慮から強く抗議できず、私の言動に苦しんでいたことを知りました」と記している。
今後については、「ハラスメント講習の講師や、ハラスメント問題に関する取材を受けるといった資格がありませんので、今後はこれらの活動を一切行いません」。専門家による診断やカウンセリングなどを受けて自らを律していくという。
これに対し被害女性は会見で「弁護士として活動しないことを求めたいです。悲しんでいるとかはありません。非常に怒っています」。
県内にも影響はあった。本誌にたびたび執筆しているジャーナリストの牧内昇平氏もパートナーの麻衣氏と共に、昨年福島市で開いた性暴力に関する映画「After Me Too」の上映会に馬奈木氏をトークゲストとして招いていた。両氏は運営するサイト「ウネリウネラ」で「招いたこと自体が間違いだった」とし、お詫びと馬奈木氏を招いた経緯を記しているので読んでいただきたい。
信頼を裏切る行為
福島県にとって、馬奈木氏は東京電力福島第一原発事故をめぐる訴訟に欠かせない存在だった。いわき市内のジャーナリストは、
「原発訴訟について何を聞いても分かりやすく解説してくれ、原告側の報道窓口と言えた。訴訟に長年関わってきた人物がいなくなることで、原告団はもちろん、記者たちにも影響があるだろう」
福島地裁で原発訴訟の期日があると、馬奈木氏は前日に福島入りし、居酒屋で記者たちにレクチャーをするのが恒例だった。原発訴訟取材を始めたばかりの筆者も昨年9月にレクチャーを受けた。マスコミは数年で担当が変わる。筆者のような「不勉強な記者」に一から教えてくれる弁護士は確かにありがたい存在で、重要な情報をもたらしてくれた。
以下に本誌が掲載した馬奈木氏の記事を示す。全て生業訴訟など原発事故に関連するものだ。生業訴訟の原告団事務局長であったため、欠かせない人物だった。本誌はもてはやしたつもりはないが、それは読者が判断すること。これまでどう報じてきたかを評価してもらうしかない。
2022年7月号「原発事故4訴訟最高裁判決 認められなかった国の責任」(ジャーナリスト牧内昇平氏執筆)――生業訴訟弁護団の事務局長として登場した。
同8月号「黙ってはいられない汚染水放出」――同弁護団事務局長として、福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)放出を差し止める訴訟の可能性について解説してもらった。
生業訴訟の原告団・弁護団は3月6日付でホームページに声明を出している。
「馬奈木弁護士の行為は、当該依頼者の心身に重大な被害を与えたもので、到底許されるものではありません」
生業訴訟については、
「馬奈木弁護士は、当弁護団の退団勧告を受けて、既に生業訴訟の代理人を辞任していますが、当弁護団としては、活動の中心を担ってきた弁護士がかかる信頼を裏切る行為に及んだことについて、重い責任を痛感しております」
そして、最高裁が政府に事故の責任を認めなかったことについて「全国の関係訴訟と力を合わせて正すという目的の実現に向けて、引き続き全力で取り組んでいく所存です」という見解を示した。
筆者は本誌2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔」で劇作家の谷賢一氏による女性俳優への性加害を報じた。著名人が性加害を行い、告発されるケースを見てきた。いや、名だたる人だからこそ、その威光を笠に着て、有無を言わさぬ状況に持ち込み性行為を強いたと考えるべきなのだろう。
女性への性加害だけでなく、原告団が寄せる信頼を裏切った馬奈木氏の責任は重い。「善いことをしてきたから」「欠かせない人物だから」という理由で馬奈木氏の「裏の顔」が許されることはない。正義の実現を目指す活動に携わる人の内側にも、他者に何かを強いる権力欲があることを認識する必要がある。