いわき市と接する茨城県北茨城市の大津漁業協同組合が原発事故後の2012年に取れたシラスとその加工品の放射性物質の検査結果を改ざんしていた。2020年に内部資料を見て疑念を抱いた漁協職員が、補助金不正受給疑惑と併せて捜査機関に相談すると、漁協から休職や解雇を通告された。後に会計検査院が工場を補助金の目的に従って運用していないと指摘し漁協は約2000万円を返還。幹部は雇用調整助成金詐取で有罪となり、漁協の不正体質が証明された。元職員2人は解雇撤回を求めて漁協を訴え、今年4月に水戸地裁が解雇無効を言い渡した。
露呈した北茨城市大津漁協の不正
元職員2人は6月、浪江町で講演した。解雇無効を勝ち取った原告は大津漁協(北茨城市)の元職員永山孝生さん(43)と鈴木基永さん(42)。講演会は、東京電力福島第一原子力発電所からALPS処理水が海洋放出されるのに抗議して昨年8月に結成された市民団体「請戸川河口テントひろば」(浪江町)が開いた。同団体は町内の請戸川で魚を釣って放射性物質の濃度を測定し食べる活動を行っている。
永山さんが大津漁協による放射性物質の検査結果改ざんを内部告発したのは、原発事故に伴う漁業自粛後の「復興バブル」で漁協が乱脈経営に陥ったことがきっかけだった。地元の建設業者が補助金や賠償金を目当てに漁協事務所を訪れ、末端職員にまで名刺を配って営業を掛けてくる有様で、漁協幹部が東京・銀座の高級クラブで接待を受けているウワサも広まった。
震災・原発事故後は「がんばる漁業復興支援事業」による国からの補助金が漁協を支えていたという。永山さんの同僚で一緒に原告となった鈴木さんは「2019年9月に補助金が終わると経営は一気に傾いた」と話す。鈴木さんは仕事中に、漁協の専務理事が「2000万円の赤字か」とつぶやくのを聞いた。職員には赤字の説明がなかった。職員の期末手当が説明なく支払われなくなった。
期末手当が突然不支給になったのを疑問に思い、2020年5月、永山さんや鈴木さんら若手職員が上層部に説明を求めると、専務理事は幹部2人が「がんばる漁業復興支援事業」補助金を使い込みしていたことを打ち明けた。複数の職員で調べたところ、書庫で領収書の束を見つけた。地元水戸市のほか東京や大阪、青森県八戸市のスナックに出張名目で出入りし10万円単位で使っていた。
永山さんは他にも不正があるのではないかと調べるようになる。そうした中、2012年8月に発生したシラスの放射性物質測定値改ざんは、2020年7月に問題視していた課長に内部文書を見せられ知った。
永山さんが改ざんを確信した内部資料は2012年8月10日付で、茨城県の担当者や漁協幹部らの名前とともに、同年8月6日に行われた試験操業で取れたシラスとその加工品の放射性物質(セシウム濃度)の検査結果が記載されていた。
茨城県では原発事故直後、水産物の基準値を国が定める100/㎏の2分の1の「50」にし、超えると出荷を自粛する独自基準を定めていた。内部文書には、しらす干しは「2・1~24 /㎏」、かちり(ちりめんじゃこ)は「7・2~68 /㎏」と記されていたが、「24」には「8・5」、「68」には「24」と数字が手書きで書き込まれていた。翌11日に県が公表した文書は、手書きの数字通りに最大値が「修正」されていた。(この問題は週刊文春2021年3月18日号が初報した)。
永山さんは「築地市場は10 以下を条件にしており、出荷への影響を考え、なるべく低くして公表する必要があったのでは」と考察する。2022年2月に始まった裁判で、被告の漁協は「出荷予定のない物の数値は公表しない。改ざんではなく訂正」と主張したが、永山さんは2011年の漁自粛期間(=出荷できない)にもかかわらず数値を公表している反証を突き付けた。
話は在職時に戻る。永山さんは漁協に改善の兆しが見えないことから、自浄作用は期待できないと判断し、補助金不正受給や放射能測定値改ざん問題を告発しようと弁護士に相談した。茨城県に公文書開示請求して不正を裏付ける証拠を集めるよう助言を受けた。
2020年11月に検察や警察に相談後、永山さんは幹部から呼び出され恫喝を受けた。同月末には「明日は来なくていい。鍵を返せ」と言われ休職処分となった。以後、漁協とは書面での交渉となった。
永山さんに共感する同僚や漁業者は多かったが、表立って賛同する者は少なかった。同僚の鈴木さんも初めはそうだったが、2021年1月に漁協が「踏み絵」とも言えるアンケートを行い、耐えられなくなった。
設問は「個人を咎めるような警察への通報をどう思いますか」「確たる証拠のないことに対しての部外者への噂の流布をどう思いますか」など明らかに永山さんを念頭に置いたものだった。回答は「良い」「悪い」「どちらとも思わない」の選択式。鈴木さんは気持ち悪さと恐怖を感じ、提出しなかった。これを境に鈴木さんも標的となるが、この威圧的なアンケートは後に裁判でパワハラの重要な証拠として一役買ったという。
解雇撤回を求める訴訟は、一審は原告側の勝訴だったが双方が控訴した。永山さんは「解雇の撤回を勝ち取ることに集中し、放射性物質測定値の改ざんを争点にしなかった。改ざんは証拠で明らかだ。二審では裁判所から大津漁協の不正認定を勝ち取りたい」。
また、「大津漁協はデータ改ざんをするような組織であることを知ってほしい。食の安全・安心は元データに当たることができる内部の人でないと分からなくなってしまう。きちんと測定し信頼性のあるデータを示すことが重要だ」と締めくくった。