東京電力福島第一原発の事故で発生している汚染水について、海洋放出したい政府・東電と反対する市民たちとの意見交換会が県内で開かれている。はっきり言って市民側の主張の方が、圧倒的に説得力がある。政府は至急、代替案の検討を始めるべきである。
議論は圧倒的に市民側が優勢
7月6日午後6時、会津若松市内の「會津稽古堂」多目的ホールには緊張感がみなぎっていた。集まった約120人の市民が真剣な表情でステージを見つめている。
壇上に掲示された集会のタイトルは「海洋放出に関する会津地方住民説明・意見交換会」。主催は市民たちで作る「実行委員会」だ。メンバーの一人、千葉親子氏がチクリと刺のある開会挨拶を行った。
「本来であれば、海洋放出の当事者である国・東電が説明会を企画して住民の疑問や不安に答えていただきたいところでしたが、このような形となりました。今日は限られた時間ではありますが、忌憚のない意見交換ができればと願っています」
謝らない政府
前半は政府と東電からの説明だった。経済産業省資源エネルギー庁参事官の木野正登氏と東電リスクコミュニケーターの木元崇宏氏が隣り合って座り、マイクを握った。
東電の木元氏は冒頭で、「今なお多くの方々にご不便、ご心配をおかけしておりますこと、改めてお詫び申し上げます」と語り、頭を下げた。形式的ではあるが一応、「謝罪」だ。経産省からそういう謝罪はなかった。淡々と政府の見解を説明するのみ。参加者たちは黙って聞いているが、目が血走っている人もいる。一触即発の雰囲気が漂う。
「陸上保管は本当にできないのか?」
午後6時半、いよいよ意見交換がはじまった。市民側を代表して実行委メンバーの5人がステージに上がり、順番に質問していく。
実行委「福島の復興を妨げないために、あるいは風評や実害を生まないためには、長期の陸上保管だという意見があります。場所さえ確保できれば東電も国も同じ思いであると思いますが、いかがでしょうか?」
経産省木野氏「場所ですけれども、いろいろと法律の制約があります。原子力施設から放射性廃棄物を運搬するとか保管するとかいったこともですね。手続きが必要になります」
この答えには会場が納得しなかった。「福島に押しつけるな!」という声が飛ぶ。経産省が続ける。
木野氏「なので、そういった制約が様々あるということですね。また、実際どこかの場所に置いたとしたら、そこにまたいわゆる風評が生まれてしまう懸念もあるのではないかと思っております」
今度は会場から失笑が漏れた。「福島だったらいいの?」との声が上がる。東電が説明する番になる。
東電木元氏「これ以上タンクに保管するということは廃炉作業を滞らせてしまうために難しいというところがありますけども、事故前の濃度や基準をしっかり守るのが大前提と考えてございます。ただ、事故を起こしてしまった東電への信用の問題もございます。当社以外の機関にも分析をお願いして透明性を確保いたします」
司会者(実行委の一人)「今は敷地の話をしております」
木元氏「廃炉をこれ以上滞らせないためにも、これ以上のタンクの設置は難しい。また、排出についてはしっかり基準を満足させるということが大前提と考えてございます」
実行委「敷地が確保できれば陸上保管がベストだという思いは同じですか、という質問でした」
木元氏「今お話しさせていただきました通り、事故前排水させていただいていた基準の水でございますので、それをしっかり守ることが大事だと考えています」
質問に正面から答えようとしない木元氏に対し、会場から「答えになってない!」と声が飛ぶ。実行委は矛先を経産省に戻した。
実行委「陸上保管こそが復興を妨げない、あるいは風評も実害も拡大させない、やり方なんじゃないですか? そこの考え方は同じではないのかと聞いているんです。そもそもの前提、意識は同じですか?」
経産省木野氏「はい。陸上保管ができればそれがいいですけれども、現実的ではないわけですよね」
実行委「現実的ではないというお答えがありましたけれども、廃炉の妨げになると言いますが、事故から10年たって廃炉は進んでますか?
燃料デブリの取り出しはできてますか? 取り出しがいつになるか分からない中では、目の前にある汚染水の被害を拡大させないために陸上保管しようという方向になぜできないのでしょうか? 当分廃炉の妨げなんかにはならないでしょ? 私はそう思いますが、いかがでしょうか?」
木野氏「廃炉が進んでいますかと聞かれれば、進んでおります。ただし燃料デブリ、これはご存じの通り、取り出せてませんね。2号機から取り出しを開始しますけれども、まだ数グラムしか取れてません。今後はしっかり拡大して、進めていかなければいけない訳です。それを保管するスペースも確保していかないといけない、ということなんです。なので、タンクで敷地を埋め尽くしてしまうと廃炉が進まなくなるということです。そこはご理解いただければと思います」
会場から「理解できない」との声。
「最大限努力をするのが東電や国の使命」
実行委「具体的には、環境省が取得した広大な土地が隣接してあるはずです。以前使われていたフランジタンクを取り壊した部分もあるはずです。やはり風評を広げない、実害を広げないために最大限の努力をするというのが東電や国の使命だと思いますが、いかがでしょうか? 」
福島第一原発の周辺には除染廃棄物を集めた中間貯蔵施設がある。このスペースを使えないのか。東電や国はタンクの敷地確保に向けて最大限努力すべきだという指摘に、会場から拍手が飛んだ。これに対する経産省・東電の回答はこうだ。
経産省木野氏「中間貯蔵施設はですね。あそこにだいたい1600人の地権者の方がいて、泣く泣く土地を手放していただいた方もいますし、または借地ということで30年間お貸しいただいた方もいらっしゃいます。やはり双葉・大熊の住民の方の心情を考えるとですね、そこにタンクを置かせてもらうというのは非常に難しいですし、やはり大熊・双葉の町の復興も考えなければいけないということでございます」
東電木元氏「フランジタンクを解体したところが今どうなっているかというと、新しいタンクに置き換わっているところもありますし、ガレキなど固体廃棄物の保管場所になっているところもあります。固体廃棄物はどうしても第一原発の敷地内で保管しなければいけない。そのための土地も確保しなければいけないということが現実問題としてあります。今後デブリが取り出せたときは非常に濃度が高い廃棄物が発生いたします。これをしっかり保管しなければいけないと考えております」
会場から「それはいつですか?」との声が飛ぶ。先ほど経産省木野氏が認めた通り、燃料デブリの取り出しはまだ進んでいない。実行委メンバーは冒頭に戻り、「法律の制約がある」という経産省の説明を批判した。
実行委「福島県内は事故後、非常事態の状況にあります。本当は年間1ミリシーベルトなんですけど、まだ20ミリシーベルトで我慢せいという状態なんです。そんな中で一般の法律を持ち出して、だからできないとか、そんなことを言っている場合じゃないということです」
会場から拍手が起こる。
実行委「ここは(長期保管を)やるということで、福島県の人たちのことを考えて、その身になって進めていただきたいと思いますよ」
会場からさらに拍手。だが、経産省は頑なだ。
木野氏「やはりあの、被災12市町村、避難させてしまった12市町村の復興も進めていかないといけない、ということもあります。なのでですね、我々も県民のためを思いながら廃炉と復興を進めていきたいと思っております」
「海に捨てる放射性物質の総量は?」
福島第一原発では毎日、地下水や雨水が壊れた原子炉建屋に流れこんでいる。その水は溶融した核燃料に直接触れたり、核燃料に触れていた水と混ざったりして「汚染水」になる。だから通常運転している原発からの排水と、メルトダウンを起こした原子炉で発生する「汚染水」とは意味合いが全く異なる。
仮に多核種除去設備(ALPS)が正常に稼働したとしても、すべての放射性核種が除去できるわけではない。トリチウムが大量に残るのはもちろんのこと、ほかの核種も残る(表)。どんな核種がどのくらい放出されるのか。市民側の1人はこの点を追及した。
ALPS処理後に残る核種の一部
核種の名前 | 濃度(1㍑当たり) | 年間排水量 | 年間放出量 |
---|---|---|---|
トリチウム | 19万㏃ | 1億2000万㍑ | 22兆㏃ |
炭素14 | 15㏃ | (同上) | 17億㏃ |
マンガン54 | 0.0067㏃ | (同上) | 78万㏃ |
コバルト60 | 0.44㏃ | (同上) | 5100万㏃ |
ストロンチウム90 | 0.22㏃ | (同上) | 2500万㏃ |
テクネチウム99 | 0.7㏃ | (同上) | 8100万㏃ |
カドミウム113m | 0.018㏃ | (同上) | 210万㏃ |
ヨウ素129 | 2.1㏃ | (同上) | 2億4000万㏃ |
セシウム137 | 0.42㏃ | (同上) | 4900万㏃ |
プルトニウム239 | 0.00063㏃ | (同上) | 7.3万㏃ |
※東電資料:「多核種除去設備等処理水の海洋放出に係る放射線影響評価報告書(設計段階)」を基に筆者作成
実行委「ALPSでは除去できない放射性物質の生物影響をどのように認識されているのか。放出する処理水の総量と放射性物質の総量も明らかにしてほしいと思います」
経産省木野氏「さまざまな核種が入っているということでございますが、これがちゃんと規制基準以下に浄化されているということです。こうしたものが含まれているという前提で、自然界から受ける放射線の量よりも7万分の1~100万分の1の被ばく量ってことです。これはトリチウムだけではないです。ストロンチウム、ヨウ素、コバルトも含まれている前提での評価です」
東電木元氏「総量はこれからしっかり測定・評価。処理した後の水を分析させていただきます。これが積み上がることによって、最終的な総量が分かるわけですけども、今の段階では7割の水が2次処理、これからALPSで浄化する水が含まれておりますので、今の段階ではどのくらいとお示しすることが難しいです」
司会者(実行委の一人)「放射性物質の総量も分からないんですね? ひとつ確認させてください」
木元氏「総量はこれからしっかり分析を続けてまいります。そこでお示しができるものと考えております」
「お金よりも子どもたちの健康、安全」
実行委メンバーによる代表質問が終わった後、会場の参加者たちが1人数分ずつ意見を述べた。切実な思いが伝わってくる内容が多かった。そのうちのいくつかを紹介する。
「私は昭和17年生まれです。年も80を過ぎました。お金よりも子どもたちの健康、安全ですよね。金ではない。経済ではない。子どもたちが安心して生きられる環境をどう作るか。これが、あなたたちの一番の責任ではないのですか?」
「県民感情として、これ以上福島をいじめないでください。首都圏は受益者負担を全然してない。この中で東京電力のお世話になっている人は誰もいませんよ。ここは東北電力の管内ですから。どうしても捨てたいならば、東京湾に持って行ってどんどん流してくださいよ。安全、安全と言うんであれば、なにも問題はないはずです」
発言の機会を求めて挙手する人が後を絶たない中、約2時間半にわたる意見交換会は終了した。
「大熊町民を口実に使うのは許せません」
筆者が見る限り、会津若松での意見交換会は圧倒的に、反対する市民側が優勢だった。
一番注目すべきは代替案をめぐる議論だと思う。市民たちは経産省から「場所さえ確保できれば陸上保管がベスト」という見解を引き出し、「ではなぜ真剣に検討しないのか」と迫った。これに対する経産省の回答は説得力があるとは思えなかった。「法律上の制約」を口にしたが、政府は自分たちの通したい法律は1年くらいで作ってしまう。そんなに時間はかからないはずだ。次に経産省は、福島第一原発が立地する大熊・双葉両町の住民の心情を持ち出した。「中間貯蔵施設の土地は地権者の方が泣く泣く手放したものだ」などとして、陸上保管の敷地確保が難しい理由として説明した。
しかし、この説明も納得できない。大熊・双葉両町に中間貯蔵施設を作る時、政府は住民たちと「30年以内の県外処分」を約束した。施設がスタートしてから約8年経つが、最終処分先はいまだに決まらず、約束が守られるメドは立っていない。
県外処分の約束を中ぶらりんにしておきながら、タンクの増設を求める声に対しては、「双葉・大熊両町民の心情が……」などと言う。こういう作法を「二枚舌」と呼ぶのではないか。
実際、大熊町民の中にも怒っている人はいる。原発事故で大熊から会津若松に避難した馬場由佳子さんは住民票を大熊に残している大熊町民だ。7月6日の意見交換会に参加した馬場さんは感想をこう語った。
「大熊の復興のために汚染水を流すって……。そういう時ばかり……。『ふざけんな!』なんです。ちゃんと放射線量を測ったり、除染したり、汚染水を流すのではなくて私たちの意見を聞いたり。そういうことが大熊の復興につながると思います。私も含めてほとんどの大熊町民は、国や東電が言うようにあと30年や40年で福島第一原発の廃炉が終わるとは信じていないと思います。中間貯蔵施設にある除染廃棄物を県外処分するという約束についても楽観していないでしょう。そんな中で、国は自分たちに都合がいい時だけ『大熊町民のために』と言います。私たちを口実に使うのは許せません」
もっと議論を
先ほど紹介した通り、ALPSで除去できないのはトリチウムだけではない。30年、40年かけて海に流し終えた時に「影響は100%ない」と言い切るのは困難だ。国際原子力機関(IAEA)も、人間や環境への影響を「無視できる」という言い方はしているが、「リスクがゼロだ」とは言っていない。代替案があるなら真剣に検討するのが政府の務めだ。
そして実際に代替案は複数出ている。たとえば脱原発社会の構築をめざす市民グループや大学教授らがつくる原子力市民委員会は、「大型タンクによる長期保管」と「モルタル固化」の二つを提案している。大型タンクは石油備蓄のためにすでに使われているし、モルタル固化は米国の核施設で実績があるという。同委員会の座長を務める龍谷大学の大島堅一教授(環境経済学)はこう話す。
「これらの案はプラント技術者などさまざまな方に検討をしていただいたもので、我々としては自信を持っています。公開の場で討論することを望んでおり、機会があるごとに申し上げていますが、政府から正式な討論の対象として選んでいただいていないのが現状です」(7月18日付オンライン記者会見)
筆者としては、この原子力市民委員会と経産省との直接の議論を聞いてみたい。議論の中身を吟味することによって代替案の可能性の有無がクリアになるように思う。もちろん市民たちとの話し合いも不足している。
7月6日の会津若松に続いて、17日には郡山市内で市民と政府・東電との意見交換会が開かれた。多岐に渡るテーマの中で筆者が印象的だったのは「政府主催の公聴会を企画せよ」との指摘だった。
会津若松と郡山の意見交換会はいずれも市民側が政府・東電に要請して実現したものだ。政府主催による一般参加できる形式の公聴会は、2021年4月に海洋放出の方針が決定されて以来、一度も開催されていない(方針決定前には3回だけ実施)。市民側はこういった点を指摘し、政府側にうったえた。
「意見を聞いてから方針を決めるのが筋ではないでしょうか? 公聴会をやるべきですよ。福島県民はものすごく怒ってますよ」
政府側は「自治体や漁業関係者の方々に意見を聞いております」といった回答に終始した。
専門家も交えた代替案の検討を行うべきだし、住民たちとの意見交換も重要だ。それらをなるべく公開すれば国民が考える機会は増える。経産省は海洋放出について「みんなで知ろう。考えよう。」と打ち出している。今こそそれを実現する時だ。東電によると、原発敷地内のタンクが満杯になるのは「来年の2月から6月頃」とのことだ。まだ時間はある。もっと議論を。
まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。