地元メディアが福島県と結託して水産物の風評払拭プロパガンダをしている。報道機関の客観性・中立性に疑念が生じる事態だ。権力を監視する「番犬」なはずのマスメディアが県庁に飼いならされてしまうのか? (一部敬称略)
風評払拭プロパガンダの片棒を担ぐな
U字工事は栃木なまりのトークが人気の芸人コンビだ。ツッコミの福田薫とボケの益子卓郎。益子の「ごめんねごめんね~」というギャグは一時期けっこう人気を集めた。そんな2人組が水槽を泳ぐ魚たちを凝視するシーンから番組は始まる。
福田「えー。ぼくらがいるのはですね。福島県いわき市にあります、アクアマリンふくしまです」
益子「旅発見はあれだね。福島に来る機会が多いっすね」
福田「やっぱ栃木は海なし県だから、海のある県に行きたがるよね。で、前にきたときも勉強したけど、福島の常磐もの、なんで美味しいかおぼえてる?」
益子「おぼえてるよ! こういう、(右腕をぐるぐる回して)海の流れだよ」
福田「ざっくりとした覚え方だな」
益子「海の、(さらに腕を回して)流れだよ!」
福田「ちょっと怪しい気もするんで、あらためて勉強しましょう。ちゃんとね」
これは「U字工事の旅!発見」というテレビ番組のオープニングだ。アクアマリンふくしまを訪れた2人はこのあと土産物店「いわき・ら・ら・ミュウ」に寄ってイセエビを味わうなどする。30分番組で、2人の地元とちぎテレビで2022年1月にオンエア後、福島テレビ、東京MXテレビ、KBS京都など、12都府県のテレビ局で放送されたという。
実はこの番組、福島県の予算が入っている。県庁と地元メディアが一体化した水産物の風評払拭プロパガンダの一つである。
地元オールメディアによる風評払拭プロパガンダ
2021年7月、福島県農林水産部はある事業の受注業者をつのった。事業名は「ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」。オールメディアによる漁業の魅力発信業務、という名称もついていた。公募時の資料にはこう書いてあった。
【事業の目的】本県の漁業(内水面含む)が持つ魅力や水産物のおいしさなどをテレビ、新聞、ラジオの各種メディアと連携し、継続的に県外へ発信することで、県産水産物に対する風評を払拭し、消費者の購買意欲を高める。
【委託費上限額】1億2000万円。
公募から2カ月後に受注業者が決まった。福島民報社だ。そして同年11月以降、県内のテレビと新聞に〈ススメ水産、福島産。〉のキャッチコピーがあふれだす。
●21年11月18日付福島民報1面
【見出し】「ススメ水産、福島産。」きょう開始 常磐もの応援 県、県内全メディアとPR
【本文の一部】東京電力福島第一原発事故に伴う県産水産物への風評払拭に向け、県は十八日、福島民報社など県内全メディアと協力した魅力発信事業「『ススメ水産、福島産。』キャンペーン」を開始する。本県沿岸で水揚げされる魚介類「常磐もの」のおいしさや魅力を多方面から継続的に発信し、販路拡大や消費拡大につなげる。(2面に関連記事)
ページをめくって2面には、県職員とメディアの社員が一列に並んで「ススメ水産」のポスターをかかげる写真が載っていた。新聞は福島民報と福島民友。テレビは福島テレビ、福島中央テレビ、福島放送、テレビユー福島。それにラジオ2社(ラジオ福島とエフエム福島)を加えた合計8社だ。写真記事の上には「オールメディア事業」を発注した県水産課長のインタビュー記事があった。
――県内全てのメディアが連携するキャンペーンの狙いは。
課長「県産水産物の魅力を一番理解している地元メディアと協力することで、最も正確で的確な情報発信ができると期待している」
――これからのお薦めの魚介類は。
課長「サバが旬を迎えている。十二月はズワイガニ、年明けはメヒカリがおいしい時期になる。『常磐もの』を実際に食べ、おいしさを体感してほしい」
1、2面の記事をつぶさに見ても、この事業が1億2000万円の予算を組んだ県の事業であることは明記されていなかった。
広告費換算で8倍のPR効果?
そしてここから8社による怒涛の風評払拭キャンペーンが始まった。
民報は毎月1回、「ふくしまの常磐ものは顔がいい!」という企画特集をはじめた。常磐ものを使った料理レシピの紹介だ。通常記事の下の広告欄だが、けっこう大きな扱いでそれなりに目立つ。民友も記事下で「おうちで食べよう!ふくしまのお魚シリーズ」という月1回の特集をスタート。テレビでは、福テレが人気アイドルIMPACTorsの松井奏を起用し、同社の情報番組「サタふく」で常磐ものを紹介。福島放送の系列では全国ネットの「朝だ!生です旅サラダ」でたけし軍団のラッシャー板前がいわきの漁港から生中継。テレビユー福島がつくった「さかな芸人ハットリが行く! ふくしま・さかなウオっちんぐ」というミニ番組は東北や関東の一部で放送され……。
きりがないのでこのへんにしておく。各社が「オールメディア事業」として展開した記事や番組の一部を表①にまとめたので見てほしい。
表1 オールメディア風評払拭事業
2021年度「実績」の一部
関わった メディア | 日時 | 記事・番組名 | 記事の段数・放送の長さ | 内容 |
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福島民報 | 11月27日 | ふくしまの常磐ものは顔がいい!シリーズ | 5段2分の1 | ヒラメの特徴の紹介と「ヒラメのムニエル」レシピの紹介 |
11月28日 | 本格操業に向けて~福島県の漁業のいま~ | 3段 | 相馬双葉漁業協同組合 立谷寛千代代表理事組合長に聞く「常磐もの」の魅力 | |
福島民友 | 11月30日 | おうちで食べよう!ふくしまのお魚シリーズ | 5段 | 本田よう一氏×上野台豊商店社長対談と「さんまのみりん干しと大根の炊き込みご飯」レシピ |
福島 テレビ | 12月25日 | IMPACTors松井奏×サタふく出演企画「衝撃!FUKUSHIMA」 | 25分 | 「サタふく」コーナー。ジャニーズ事務所に所属する松井さんが常磐ものの美味しさを紹介 |
1月13日 | U字工事の旅!発見 | 30分 | 常磐ものの魅力を漁師や加工者の目線、さまざまな角度から掘り下げ、携わる人々の思いを伝える | |
福島放送 | 11月20日 | 朝だ!生です旅サラダ | 11分 | 「朝だ!生です旅サラダ」人気コーナー。ラッシャー板前さんの生中継 |
1月15日 | ふくしまのみなとまちで、3食ごはん | 55分 | 釣り好き男性タレント三代目JSOUL BROTHERS山下健二郎さんが、福島の港で朝食・昼食・夕食の「三食ごはん」を楽しむ | |
テレビユー福島 | 12月5日 | さかな芸人ハットリが行く!ふくしま・さかなウオっちんぐ | 3分 | サカナ芸人ハットリさんが実際に釣りにチャレンジし、地元で獲れる魚種スズキなどを分かりやすく解説 |
1月23日 | ふくしまの海まるかじり 沿岸縦断ふれあいきずな旅 | 54分 | 「潮目の海」「常磐もの」と繁栄したふくしまの漁業の魅力を発信・ロケ番組 | |
ラジオ 福島 | 12月14日 | ススメ水産、福島産。ふくしま旬魚 | 5分 | いわき市漁業協同組合の櫛田大和さんに12月の水揚げ状況や旬な魚種、その食べ方などについて聞く |
ふくしま FM | 11月18日 | ONE MORNING | 10分 | 福島県で漁業に携わる、未来を担う若者世代に取材 |
※系列メディアが番組を制作・放送している場合もある。新聞記事の文字数は1行あたり十数字。それがおさまるスペースを「段」と呼ぶ。「3段」で通常記事の下の広告欄が埋まるイメージ。
この事業の実績報告書がある。福島民報社がつくり、県の水産課に提出したものだ(※本稿で紹介している番組や記事についての情報はこの報告書に依拠している)。
さてこの報告書が事業の効果を検証している。書いてあった目標は「広告費換算1億2000万円以上」というもの。報告書によると「新聞・テレビ・ラジオでの露出成果や認知効果を、同じ枠を広告として購入した場合の広告費に換算し、その金額を評価」するという。つまり、1億2000万円の事業費を広告に使った場合よりもPR効果があればいい、ということのようだ。
報告書によると、気になる広告費換算額は9億6570万円だったという。「目標額である1億2000万円を大きく上回ることができた」と福島民報社の報告書は誇らしげに書いていた。
報道の信頼性に傷
筆者が一番おかしいと思うのは、このオールメディア風評払拭事業が「聖域」であるべき報道の分野まで入り込んでいることだ。
これまで紹介したのは新聞の企画特集やテレビの情報番組だ。こういうのはまだいい。しかし、報道の分野は話が違ってくる。新聞の通常記事やテレビのニュースには客観性、中立性が求められるし、「スポンサーの意向」が影響することは許されない。ましてや今回スポンサーとなっている福島県は「行政機関」という一種の権力だ。権力とは一線を画すのが、権力を監視するウオッチドッグ(番犬)たる報道機関としての信頼を保つためのルールである。
ところが福島県内の地元マスメディアにおいてはこのルールが守られていない。今回のオールメディア風評払拭事業について、県と福島民報社が契約の段階で取り交わした委託仕様書を読んでみよう。各メディアがどんなことをするかが書いてある。
〈テレビによる情報発信は、産地の魅力・水産物の安全性を発信する企画番組(1回以上)、産地取材特集(3回以上)、イベントや初漁情報等の水産ニュース(3回以上)を放映すること〉、〈新聞による情報発信は、水産物の魅力紹介等の漁業応援コラム記事を6回以上発信すること〉
ニュース番組でも水産物PRを行うことが契約の段階で織り込まれていたことが分かる。
次に見てほしいのが、先述した福島民報社の実績報告書だ。報告書は新聞の社会面トップになった記事や、夕方のテレビで放送されたニュースをプロモーション実績として県に報告していた。
●21年12月16日付福島民友2面
【見出し】「常磐もの」新たな顔に 伊勢エビ、トラフグ追加/高級食材加え発信強化
【本文の一部】県は「常磐もの」として知られる県産水産物の「新たな顔」として、近年漁獲量が増えている伊勢エビやトラフグなどのブランド化に乗り出す。
●22年2月11日付福島民報3面
【見出し】「ふくしま海の逸品」認定 県、新ブランド確立へ
【本文の一部】東京電力福島第一原発事故による風評の払拭と新たなブランド確立に向け、県は十日、県産水産物を使用して新たに開発された加工品五品を「ふくしま海の逸品」に認定した。
テレビのニュースも似たような状況だ。報告書がプロモーション実績として挙げている記事や番組の一部を表②に挙げておく。
表2 メディア風評払拭事業
2021年度「実績」の一部(報道記事・ニュース編)
関わったメディア | 日時 | 記事・番組名など | 掲載ページ・放送の長さ | 内容(記事の抜粋または概要) |
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福島民報 | 11月20日 | 常磐もの食べて復興応援 あすまで東京 魚食イベント 県産の魅力発信 | 18ページ | 県産水産物「常磐もの」の味覚を満喫するイベント「発見!ふくしまお魚まつり」が19日、東京都千代田区の日比谷公園で始まった。 |
12月5日 | 県産食材 首都圏で応援 風評払拭アイデア続々 復興へのあゆみシンポ 初開催 | 25ページ | 東京電力福島第一原発事故の風評払拭へ向けた解決策を提案する「復興へのあゆみシンポジウム」は4日、東京都で初めて開催された。 | |
福島民友 | 12月16日 | 「常磐もの」新たな顔に 伊勢エビ、トラフグ追加 高級食材加え発信強化 | 2ページ | 県は「常磐もの」として知られる県産水産物の「新たな顔」として、近年漁獲量が増えている伊勢エビやトラフグなどのブランド化に乗り出す。 |
2月11日 | 県「海の逸品」5品認定 水産加工品開発プロジェクト 月内に県内実証販売 | 3ページ | 県は10日、県産水産物を使用した新たなブランド商品となり得る「ふくしま海の逸品」認定商品として5品を認定した。 | |
福島 テレビ | 1月2日 | テレポートプラス | 60秒 | 全国ネットで放送。浪江町請戸漁港の出初式 |
福島中央 テレビ | 1月16日 | ゴジてれSun! | 60秒 | 都内で行われた「常磐ものフェア」の紹介 |
福島放送 | 1月17日 | ふくしまの海で生きる | 1分30秒 | ~相馬の漁師親子篇~ |
テレビユー福島 | 1月21日 | ※水産ニュース | 7分8秒 | 急増するトラフグ 相馬の新名物に |
翌年度はさらにパワーアップ
福島県は翌22年度も「ふくしまの漁業の魅力体感・発信事業」(オールメディアによる漁業の魅力発信業務)を実施した。予算も1億2000万円で変わらない。再び福島民報社が受注し、前年と同じ8社が県の風評払拭プロパガンダを担った。おおまかなところは前年度と同じだが、さらにパワーアップした感がある。
22年度の実績報告書によると、福島テレビ(系列含む)は「U字工事の旅!発見」やIMPACTors松井奏の番組を続けつつ、「カンニング竹山の福島のことなんて誰も知らねぇじゃねえかよ」という新たな目玉番組をつくった。ラジオ福島は人気芸人サンドウィッチマンが出演するニッポン放送の番組「サンドウィッチマン ザ・ラジオショーサタデー」のリスナープレゼント企画で常磐もののあんこう鍋を紹介した。報道ではこんな記事が目についた。
●22年7月22日付福島民報3面
【見出し】県産農林水産物食べて知事ら東京で魅力発信
【本文の一部】県産農林水産物のトップセールスは二十一日、東京都足立区のイトーヨーカドーアリオ西新井店で行われ、内堀雅雄知事が三年ぶりに首都圏で旬のモモをはじめ夏野菜のキュウリやトマト、常磐ものの魅力を直接発信した。
「意味があるのか」と首をかしげたくなる知事の東京行きは、民報だけでなく福島テレビとテレビユー福島のニュースでも取り上げられたと実績報告書は書く。
報告書によると、22年度はテレビ番組や新聞の企画特集などが8社で145回、記事やニュースが47回。合計192回の情報発信がこのオールメディア事業を通じて行われた。先述の広告費換算額で言うと、その額は18億2300万円。前年度を倍にしたくらいの「大成功」になったそうな……。
もちろん事業の収支も報告されている。21年度も22年度も費用は合計で1億1999万9000円かかったと報告書に書いてあった。1億2000万円の予算をぎりぎりまで使ったということだ。費用の内訳を見ると、8社の番組制作やデジタル配信、広告にかかった金額が書き出されていた。あとはロゴマークやポスターの制作費、事務局の企画立案費など。
費用の欄にはニュース番組の項目もあった。これは県への情報開示請求で手に入れた書類なので個々の金額は黒塗りにされていて確認できないが、こうした「報道」分野の費用も計上されたと推測される。
問われるメディアの倫理観
権力と報道機関との間には一定の距離感が欠かせない。もしもあるメディア(たとえば福島民報)が「風評」を問題視し、それによる被害を防ぎたいと思うなら、自分たちのお金、アイデア、人員で「風評払拭」のキャンペーン報道をすべきだ。福島県も同じ目的で事業を組むかもしれないけれど、それと一体化してはいけない。一体化してしまったら県の事業を批判的な目でウオッチすることができなくなるからだ。
実際、福島県内のメディアはしつこいくらいに「風評が課題だ」と言うけれど、「風評を防ぐための県の事業は果たして効果があるのか?」といった問題意識のある報道は見当たらない。当たり前だ。自分たちがお金をもらってその事業を引き受けておいてそんな批判ができるわけない。
先ほど紹介した新聞記事やテレビのニュースの中には、知事のトップセールスや、県の事業の紹介が含まれていた。そういうものを書くなとは言わない。しかし、県が金を出している事業の一環としてこうした記事を出すのはまずい。これをやってしまったら、新聞やテレビは「県の広報担当」に成り下がってしまう。
県の事業と書いてきたが、実際には国の金が入っている。年間1億2000万円の事業予算のうち、半分は復興庁からの交付金である。福島県としては安上がりで積年のテーマである「風評」に取り組めるおいしい機会だろう。地元メディアがこの事業でどれくらい儲けているかは分からないけれど、全国レベルの人気タレントを使って番組を作れるいい機会にはなっているはずだ。ウィンウィンの関係である。じゃあ、そのぶん誰が損をしているのだろう? 当然それは、批判的な報道を期待できない筆者を含む福島県民、新聞の読者、テレビ・ラジオの視聴者たちだ。
まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。