ジャーナリスト 牧内昇平
政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。
意見書から読み解く住民の〝意思〟
2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。
「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書
自治体 | 時期 | 区分 | 内容(意見、要求) |
---|---|---|---|
福島県 | 2022年2月 | 【慎重】 | 丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信 |
福島市 | 2021年6月 | 【慎重】 | 丁寧な説明、風評対策 |
会津若松市 | 2021年6月 | 【慎重】 | 県民の同意を得た対応、風評対策 |
郡山市 | 2020年6月 | 【反対】 | (風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対 |
いわき市 | 2021年5月 | 【反対】 | 再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続 |
白河市 | 2021年9月 | 【反対】 | 再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続 |
須賀川市 | 2020年9月 | 【慎重】 | 丁寧な意見聴取、安全性の情報開示 |
喜多方市 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会 |
相馬市 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない |
二本松市 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回、地上保管の継続 |
田村市 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない |
南相馬市 | 2021年4月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要 |
伊達市 | 2020年9月 | 【慎重】 | 国民の理解が得られる慎重な対応を |
本宮市 | 2020年9月 | 【慎重】 | 安全性の根拠の提示や風評対策 |
桑折町 | 2021年6月 | 【反対】 | 風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止 |
国見町 | 2020年9月 | 【反対】 | 拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続 |
川俣町 | 2021年6月 | 【反対】 | 国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対 |
大玉村 | 2021年6月 | 【反対】 | 国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対 |
鏡石町 | 2020年12月 | 【反対】 | 国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続 |
天栄村 | 2021年6月 | 【慎重】 | 丁寧な意見聴取、風評対策 |
西郷村 | 2021年9月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決 |
泉崎村 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続 |
中島村 | 2020年9月 | 【反対】 | 水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続 |
矢吹町 | 2020年9月 | 【反対】 | 放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと |
棚倉町 | (意見書なし) | ||
矢祭町 | 2020年9月 | 【反対】 | 国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない |
塙町 | (意見書なし) | ||
鮫川村 | 2020年7月 | 【慎重】 | 丁寧な意見聴取、風評対策 |
石川町 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回 |
玉川村 | (意見書なし) | ||
平田村 | 2020年9月 | 【反対】 | 水蒸気放出、海洋放出に反対 |
浅川町 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回 |
古殿町 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回 |
三春町 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針の撤回 |
小野町 | 2020年9月 | 【慎重】 | 最適な処分方法の慎重な決定、風評対策 |
北塩原村 | (意見書なし) | ||
西会津町 | 2020年9月 | 【慎重】 | 丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策 |
磐梯町 | 2020年9月 | 【反対】 | 海洋放出に反対 |
猪苗代町 | 2020年9月 | 【反対】 | 地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底 |
会津坂下町 | 2021年6月 | 【反対】 | 陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討 |
湯川村 | 2021年9月 | 【慎重】 | 丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究 |
柳津町 | 2021年6月 | 【慎重】 | 正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応 |
三島町 | (意見書なし) | ||
金山町 | 2021年9月 | 【慎重】 | 十分な説明と慎重な対応 |
昭和村 | 2021年6月 | 【慎重】 | 十分な説明と慎重な対応 |
会津美里町 | 2020年9月 | 【反対】 | 地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至 |
下郷町 | 2021年9月 | 【反対】 | 海洋放出方針の再検討 |
桧枝岐村 | (意見書なし) | ||
只見町 | 2021年9月 | 【反対】 | 再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続 |
南会津町 | 2021年9月 | 【反対】 | 再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続 |
広野町 | 2020年12月 | 【早期決定】 | 処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策 |
楢葉町 | 2020年9月 | 【早期決定】 | 風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定 |
富岡町 | (意見書なし) | ||
川内村 | (意見書なし) | ||
大熊町 | 2020年9月 | 【早期決定】 | 処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策 |
双葉町 | 2020年9月 | 【早期決定】 | 処分方法の早期決定、説明責任、風評対策 |
浪江町 | 2021年6月 | 【慎重】 | 丁寧な説明、風評被害への誠実な対応 |
葛尾村 | 2021年3月 | 【早期決定】 | 処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策 |
新地町 | 2021年6月 | 【反対】 | 海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない |
飯舘村 | (意見書なし) |
※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。
※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。
政府方針決定後も21議会が「反対」
意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。
約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。
ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。
だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。
政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。
〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会)
二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。
〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉
東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。
熱心な市民たちの活動が議会の原動力に
いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。
南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。
南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。
〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉
続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。
こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。
地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。
南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。
「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」
「慎重派」の中にも濃淡
福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。
たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。
会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。
一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。
〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉
海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。
開かれた議論の場を
もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。
汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。
同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。
〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉
そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。
①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。
政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。
まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。