政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。
7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。
一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。
政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。
7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。
にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。
その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。
一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。
政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。
「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。
つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。
「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。