日本の政治に欠けているもの【本誌主幹・奥平正】

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日本の政治に欠けているもの【本誌主幹・奥平正】

(2021年11月号より)

 第49回衆議院選挙が10月19日、公示された。衆院選は約4年ぶりで、自公政権の評価が問われる。期日前投票は20日から始まり、31日に投開票される。本誌11月号の締め切りは10月29日で、開票結果が分からないため、日本の政治を約50年見続けてきた奥平正・本誌主幹に、現在の政治状況についてあれこれ聞いた。

前途多難な財政再建と外交・防衛

 ――各党の主な公約を見て、どう思いましたか。


 「立憲民主党は『所得を再分配して1億総中流社会を取り戻す』、公明党は『未来応援として一人10万円給付する』、国民民主党は『積極財政で給料が上がる経済を目指す』という。所得再分配も積極財政も同じことだろう。れいわ新選組にいたっては『消費税は廃止』とか『1人20万円現金給付』とか、いい加減な主張を展開している。国民1人に10万円給付するには十数兆円の財源が要る。財政がひっ迫している中で、このようなバラマキを吹聴して票を得ようとするのは〝さもしい〟と言わなければならない」

 ――政治の劣化が叫ばれて久しいですが、本当にそうなのでしょうか。

 「時代によって課題が違うから一概に言えないと思う。それに、私が雑誌の世界に入ったのは20代前半で、一方、県選出国会議員は大臣クラスの大物揃いで、取材は『ご意見をおうかがいする』というもの。昨年亡くなった渡部恒三さんは当時、売り出し中だった。今では、私より年齢が上の県選出国会議員はほとんどいない。

 甘利(自民党幹事長)事件のような〝小さな口利き〟は今でもあるが、大きな疑獄事件・経済事件はなくなるなど政治はきれいになってきている。政党助成金があるから、無理に金集めをしなくて済むようになったからではないか。同時に、個性的な政治家がいなくなってドラマがないというか、政治がつまらなくなった。これは中選挙区制から小選挙区制に変わったからだろう。

 見たことも聞いたこともない人に『比例代表の国会議員です』と言われてもピンとこないこともある。ここで考えなければならないのは『有能だが、金にいやしい政治家』がいいのか、それとも『無能だが、清潔な政治家』がいいのか、だ。現在、後者が支持されているが、少しナイーブな感じがする。もちろん、金にいやしい政治家を望むわけではないが、清潔で無能な国会議員ばかりでは国益を損なう」

 ――安倍元首相の「モリ・カケ・サクラ問題」についての感想は。

 「ある意味では小さな問題だ。森友学園問題は、時代錯誤的な教育を行っていた幼稚園に安倍夫妻が共感し、国有地をタダ同然で払い下げることに協力した事件。安倍氏が国会で『私や妻が関与したなら、総理も議員も辞める』と啖呵を切ったため、彼に傷がつかないよう、財務省の官僚が忖度して公文書を改ざんした。このとき、『私たち夫婦の軽率な言動が誤解を招くことになったので深く反省する』と言えば公文書を改ざんする必要はなかったし、それで済んでいた話だ。

 加計学園問題は、安倍氏が首相に就任したとき、加計孝太郎氏に『二人の関係は広く知られているので、首相在任中は国の許認可などを求めないでくれ』と念を押していれば起きなかった。ところが、相変わらずの付き合いで、政治家と官僚の忖度を容認した。要するに、権力者としての心構えがなかった。

 桜問題も『観桜会のルールをよく知らないで、後援会員を多数招待してしまった。これは私どものミスで、大変申し訳ない』と正直に話したら大きな問題に発展しなかった。さらによくなかったのは、刑事訴追を恐れて検察の人事に介入したことだ。

 安倍内閣が、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪を強引に設けたことも記憶しておきたい。法律をつくれば安心と思っているんだな」

 ――アベノミクスについては。

 「安倍首相は『GDPを600兆円に増やす』と公約したものの、10年経っても実現しなかった。日銀の『2%のインフレ目標』も空振りだった。各種規制を撤廃すれば経済が成長するというのは間違いだったことになる。経済が成長しなかったのは、基礎的な条件がなかったということだろう。ただ、人口減が続く中でGDPを減らさなかったのは健闘したと言えるのではないか。もっとも、これは安倍氏の業績ではない。浜矩子・同志社大学教授は『アホノミクス』と揶揄するが、どうしたらよいかは明らかにしていない」

 ――会社の打ち合わせの際、奥平主幹は国の借金について警鐘を鳴らしてきました。現代貨幣理論(MMT)によると「自国通貨を発行できる政府は財政赤字を拡大しても債務不履行になることはない」という。

 「それは、そうだろう。日本経済が滅茶滅茶になっても、日銀券を印刷すればいいわけだから。そのとき、社会がどうなっているのかは想像がつかない。欧米諸国が日本の成り行きに注目する所以だ」

なぜ「特例債」なのか

 ――令和3年6月末現在の「国債及び借入金並びに政府保証債務残高」は、①普通国債942兆円、②財投債116兆円、③借入金・交付国債など60兆円、④政府短期証券103兆円、計1221兆円。それに⑤政府保証債務34兆円、⑥地方の長期債務残高193兆円となっています。②、④の一部、⑤は長期債務に含まれないので、国の長期債務は968兆円、地方の長期債務は193兆円、合わせて1161兆円とのことです(別表参照)。

 「財務省は財政危機を強調したがるから、そのまま鵜呑みにはできないが、とんでもない数字であることは間違いない。

 元財務官僚の高橋洋一氏は『国債は円建てだし、国に資産があるから大丈夫』と吹聴しているが、本当にそうか。国の出資金や貸付金を回収すれば資金を捻出できるかもしれないが、それをやれば国の機能の一部が麻痺する。国の資産を売ると言っても、優良な遊休資産は少なく、道路や建物など公共財を売るわけにはいかない。また、大量に保有するアメリカ国債(財務省証券)を売却するとドルが暴落して世界経済が混乱しかねないから、日本の都合で勝手に売却できない」

 ――なぜ、このように借金が増えたのですか。

 「戦後、戦前の反省から赤字国債の発行を法律で禁じた。にもかかわらず、昭和40年度、『法律の例外』すなわち『特例債』として2000億円発行した。以後、特例債を毎年度発行し、昭和末期に200兆円規模に達した。この程度なら深刻でなかったが、平成の初めにバブル経済が崩壊し、十数次にわたる経済対策名目の公共事業が繰り返され、雪だるま式に膨らんだ。

 小泉内閣のときタガが外れ、6年弱の在任期間に借金を約200兆円増やした。郵政改革の次に公務員制度改革を期待したが、やらなかった。その後、安倍、福田、麻生、民主党政権、安倍、菅、岸田の各内閣と続く。安倍内閣は通算9年弱続き、在任中に借金を300兆円以上増やしている。

 民主党政権時代に東日本大震災が発生して復興債を発行したが、復興税を設けて償還することにした。このたびの新型コロナ問題では、そうした措置を取らなかった。そういう意味で、民主党政権の方がまともだったと思う。

 国民の多くは、借換債のことをよく知らない。令和2年度でいうと、借換債108兆円、特例債86兆円(新規国債)、財投債39兆円、建設国債など22兆円、復興債1兆円、計256兆円。それを消化しなければ予算が組めなかった。要するに、新規国債発行額だけを見て安心してはならないということだ」

 ――『政経東北』のバックナンバーを見ると、昭和50年代から人事院(人事委)のデタラメな勧告を批判し、「公務員の給与を引き下げよ」と主張してきました。

 「現在も主張をしているが、意義が薄れたのは否めない。なぜなら、大量に退職した団塊世代の退職金を引き下げられなかったからだ。なぜ公務員の給与・退職金の引き下げが実現しなかったかというと、自分たち特別職の待遇を引き下げなければならなくなるし、官僚との関係がまずくなるから。官僚と一般の国家公務員、都会の地方公務員とローカルの地方公務員を同一に扱うのは無理がある。

 官僚は『民間企業の同期との年収差が大きい』と言うが、労働密度や厳しさが異なる。百歩譲って、本省の局長クラス以上を政治任用とし、彼らに限って『高給』を保証する制度を導入してもよい。みな全国一律に給与を決めている現在のシステムはよくない」

財政難なのに大盤振る舞い

 ――東日本大震災の復興事業については。


 「震災直後から今日まで、福島から三陸沿岸の様子を見ているが、どこも大盤振る舞いだ。とりわけ、大規模なかさ上げ工事、刑務所の塀のような大堤防には違和感がある。これらは長い時間をかけて実施すべき事業だったのではないか。また、三陸道が無料開放されているにもかかわらず、いまだに国道45号の大規模な改良工事を行っているのは理解できない。県内の港湾工事や防災緑地・公園なども立派すぎる。

 それだけではない。日本全国どこへ行っても、わずかな時間短縮のためバイパスやトンネルをつくっている。今後、さらに過疎化が進んで住民が少なくなるのに、なぜ多額の投資を続けるのか。むしろ、住民の所得を増やす方策を考えるべきだ。

 話を戻す。放漫財政の行き着く先は国債の暴落―金利の上昇だ。今は超低金利だから負担は小さいが、1%になったら10兆円超の負担増となる。また、円安が加速して輸入価格が上がり、高インフレとなることが分かっている。

 現在、六十数兆円の税収しかないのに、100兆円超の予算を組んでいる。さらに歳出が10兆円も増えたら予算を組めるのか。財政がいつ破綻するかは誰にも分からない。その時の首相が『運が悪い』と嘆くのが容易に想像できる。

 財政がどうにか回っているのは国に徴税権があるからで、企業や個人の金融資産などに手を突っ込む可能性がゼロとは言えない。一挙に財政を緊縮すると深刻なデフレに陥るから極端な政策はとりにくいので、とりあえずこれ以上借金を増やさないことが大事だ。最終的に、増税して歳入を増やし、人件費や公共事業を減らして歳出を減らすしかない。

 首都圏直下型地震や東南海地震が想定されていることから、それに備えるための積み立てが求められる。また、ロシア・中国・北朝鮮の軍事技術の向上に対応した防衛予算の確保も迫られる。

 衆議院選挙の話から財政の話になったが、結局、バラマキを強調しない自民党の方がまともに思えるから不思議だ」

 ――新型コロナ問題についてはどのように思いますか。

 「安倍内閣のとき、中国の旧正月休暇の旅行需要を取り込むため入国を制限しなかったのが悔やまれる。まあ、それは仕方がなかったとしよう。その後、PCR検査をなぜ徹底しなかったのか分からない。クラスター調査はもぐら叩きと同じで、感染者を減らすことにつながらない。感染者が急増したのは、無症状感染の若者が市中を横行したからで、その対策が不十分だった。いつでもどこでも無料でPCR検査を実施していたら大流行は防げた。

 もう一つは、支援が細切れで、しかも合理的でなかったこと。たとえば、飲食店に対する休業補償は事業規模や売り上げに関係なく一律だった。一人で経営していた店はありがたかっただろうが、多くの店舗にとっては焼石に水だった。本誌は当初から『コロナによって売り上げが減少した全業種を対象に、原発賠償方式を採用すべき』と主張してきた。これなら、細かい対応が不要になるし、前年度決算が基準だから不正を防げる。また、無担保無保証の安易な融資は経営者のモラルハザードを招く。さらに、医療機関に対する助成金は遅かっただけでなく、患者受け入れ数など実績に関係なく〝掴み金〟的に支給した。政治家と官僚の劣化を見せつけたと言える。

 10月中旬になって感染者が激減した理由は分かっていないが、ワクチン接種効果のほか、若い人が感染して亡くなり、さらに後遺症が深刻であることが広く知られ、行動が慎重になったからではないか。

 新型コロナによる死者は約1万8000人、東日本大震災の犠牲者数に匹敵する。それくらい深刻な問題だった。これが細菌戦だったら大敗北ということになる。そういう意味で、無防備だったのは否めない」

独立国としてどうなのか

 ――現在の国政に欠落しているのは何ですか。

 「やはり、この国の形がどうあるべきかという議論がないことだ。具体的には、アメリカとの関係や日米安保条約がどうあるべきかなどはほとんど議論されない。

 オバマ大統領が2016年5月、トランプ大統領が2019年5月、日本にやってきた。そのとき、成田空港・羽田空港に降り立ったのではなく、在日米軍(空軍)の横田基地だった。オバマ大統領は横田基地からアメリカ軍のヘリで岩国基地に向かい、そこから広島を訪問した。そういうことでよいのか。

 県内に住んでいると在日米軍のことは意識しないで済むが、首都圏を囲む形で横田基地、第七艦隊の母港・横須賀基地などがある。いざとなったら、アメリカ軍の言いなりになるしかない。ワシントンDCの近くに外国の軍事基地が立地することは考えられないように、それは異常なことなのだ。しかも、何でもアメリカに筒抜けで、国家機密はないに等しい。そういうことは独立国としてどうなのか、疑問に思う。

 安倍氏などの対応は『アメリカ軍よ、日本から出ていかないでくれ』と抱きつくようなもの。そんなに卑屈にならなくてもアメリカ軍は出ていかない。なぜなら、日本はアメリカの戦利品だから。とはいえ、アメリカの世界戦略が変わったら、さっさと出ていく。アメリカは情緒で動くわけではない。このように言うと、『日米安保条約に反対なのか』と受け取られるかもしれないが、そうではない。

 なぜ、このようなことになったのか。言うまでもなく、日本はアメリカとの戦争に負け、全土を占領された。当初、アメリカは日本の無力化と民主化に努めた。そうこうしているうち冷戦が始まり、朝鮮戦争が勃発した。アメリカは占領状態を継続するため、サンフランシスコ講和条約―日米安全保障条約―日米行政(地位)協定を強いた。それにサインしたのは吉田茂首相(当時)だ。占領状態が長く続くことを認識していたなら、彼はとんでもない〝売国奴〟ということになる。それとも、日本が立ち直ればどうにかなると考えたのか。ただ、吉田政治を引き継いだ吉田学校の生徒たちが『完全独立』を主張したことはない。冷戦が終結しても、それは変わらなかった。

 なぜか。おそらく、非米・離米・反米的な意見を述べると、官僚・政治家・マスコミから執拗なバッシングを受けるのが必至だからだ。アメリカがそう仕向けるのではなく、日本人が自発的にやるだろうから恐ろしい。安倍氏は『野党に政権が移ったら日米安保条約が揺らぐ』と演説したが、彼でさえ、この程度の認識だからがっかりする。

 日米安保条約を運用しているのは日米地位協定に基づく日米合同委員会だ。協定の条文を見ると、軍人・軍属の出入国及び物資の搬出入の自由など日本の法律を適用しない旨の内容が列記されている。また、領土・領海・領空を自由に使えることになっている。ひとことで言うと主権の一部放棄だ。しかも、日米合同委員会の議事録は非公開で、その内容は内閣・国会議員にチェックを受けない。

明治維新後の総括が必要だ

 これほど譲歩しているのに、さらに思いやり予算のほか米軍再編費用などを毎年約6000億円負担している。自衛隊がアメリカ軍の補完機能を果たしていることについて、ここでは触れない。このような現実をアメリカ大統領やアメリカ国民に伝え、主権の回復を求める日本の政治家はいない。ロシアや中国にあざ笑われても仕方がない。

 明治維新から今日まで153年、その半分の年数がアメリカの強い影響下にあることに慄然とする。

 日本経済は朝鮮戦争、ベトナム戦争によって軌道に乗った。経済基盤と人材が残っていたこともあるが、高度経済成長は偶然の所産だったのではないか。同じように、発展著しい中国経済も政府の政策によって発展したというより、偶然が重なったことによるのではないか。両国の衰退も必然のように思える。

 朝鮮戦争は知らないが、ベトナム戦争の際、沖縄からB52がベトナムに飛んで爆弾を大量に落としたことを知っている。日本は戦争に重要な兵站を担ったのである。まあ、それは仕方がなかったとしても、インド洋に自衛隊の補給艦を派遣し、アフガニスタン戦争を支えたのは、明らかに戦争行為である。兵站は戦争の重要な部分で、『自衛隊(員)が人を殺さなければ戦争行為でない』という論理は成り立たない。

 日本は法治国家と言うけれど、憲法9条はアメリカの都合で簡単に反故にされ、憲法を改正しないまま、閣議決定によって集団的自衛権を容認する。これが法治国家なのか。

 昭和30年頃までは戦争の記憶が生々しく、憲法改正が実現する可能性はほとんどなかった。しかし、法治国家を標榜するなら『違憲状態は放置できない』として、何度でも憲法改正を発議すべきだった。ところが、面倒な手続きを避けて、屁理屈を重ねた『保守の知恵』とやらで、現状を追認してきた。そのことに悩む政治家はいない。

 憲法の問題はほかにもある。天皇は『日本国の象徴』とされるが、他の皇族はどうなのか。彼らに日本国民が享受している基本的人権はないのか。大変疑問に思う。

 そもそも天皇は武家が権力を掌握してから京都に住み、祭祀を行ってきた。古墳時代はともかく、仏教伝来以降、歴代天皇の多くが寺に埋葬されているにもかかわらず、薩長土肥の武士たちは国家神道を強いるため廃仏毀釈を行った。

 細かいことは省略するが、明治の成功体験が社会の歪みを拡大し、敗戦・被占領に至った。戦争に負けなかったら、今よりましな社会になっていたと断言できないところに悲哀を感じる。さらに付け加えると、日本との戦争に負けた清国(中国)、ロシアの人々がいまだに怨念を抱いていることを忘れるべきでない」


 ――日本(人)がアメリカの従属的な立ち位置に甘んじているのは、敗戦という未曾有の経験をしたからということですか。

 「そう。これまで敗戦・被占領の経験がないから国民がナイーブなんだな。一方、大陸の諸国は有史以来何度も攻めたり攻められたりしているから、『いつかは』と思う。日本人がアメリカや権力に従順なのは、変化に対する恐れが強いからではないか。現在より悪くなりそうだと思いがちで、『やはり現状維持の方が安心だ』ということになる。

立民党の支持が広がらない理由

 少し知ったかぶりをしよう。日本は9世紀に新羅、11世紀に刀伊(女真族)、13世紀に元(モンゴル族)の進攻を受けている。いずれも戦場は対馬・壱岐、西九州で、他の地域への影響は少なかった。その点、戦時中の疲弊、敗戦の混乱、戦後の激変は強烈だった。ちなみに、戊辰戦争の戦死者は両軍合わせて約9000人で、西南戦争の戦死者の方が多かった。一方、先の大戦の犠牲者は320万人余に上る。その約8割が1944年以降に亡くなり、戦病死・餓死が多かった」

 ――ところで、民主党政権をどのように総括しますか。

 「安倍氏は『悪夢の民主党政権』と言ったが、後世『悪夢の安倍政権』と言われる可能性もある。民主党政権の失敗は、権力の行使に不慣れということもあるが、いろいろなことが重なった結果だ。

 大きな誤りは政治主導を強調し、官僚を排除したこと。官僚はへそを曲げ、『お手並み拝見』と、サボタージュを決め込んだ。さらに、詳細なマニフェストを作ったものの、ほとんどが絵に描いた餅だった。『一般会計と特別会計を合わせれば財源を捻出できる』と言ったのに、結局、財源不足に陥り、目玉政策の子ども手当すら満額支給できなかった。ほかにもある。

 鳩山首相は沖縄の米軍海兵隊普天間基地移設問題で『最低でも県外』と公約し、後に翻意した。また、前原国土交通相は8割程度完成していた八ッ場ダムの工事をストップさせた。

 菅直人内閣のとき、東日本大震災・原発事故が起きたことで、暗いイメージにつながっている。自民党は民主党の対応を批判するが、自民党政権でもさほど変わらなかったのではないか。当時、官房長官が枝野立憲民主党代表で、『(放射能漏れがあっても)ただちに健康を害するものではない』と何度も述べ、県民を失望させた。そうではなく、事故収束と廃炉の道筋をはっきりさせたらプラスイメージになったはずだ。

 野田内閣のとき、石原都知事が尖閣諸島の買収を目論んでいたことから、中国とのトラブルを避けるため国有化に踏み切り、所有権移転登記を行った。中国は現状変更と受け取り、海警局の艦船が頻繁に領海侵入するようになり、実効支配が崩れた。

 閣僚が勝手に持論を展開し、閣内不一致を露呈させたこともある。当時、『組閣するとき、それくらいは意思統一を図れよ』と思った。

 最も影響が大きかったのは、やはり原発事故だろう。これによって国民の多くがPTSDに陥り、民主党のイメージが悪化した。こうして『民主党政権はご免』という雰囲気が醸成されたのではないか。

 立憲民主党は民主党の後継政党だから同じように見られる。したがって、このイメージを変えなければ政権奪取はあり得ない。それには過去の失敗を執拗に国民に詫び続ける。同時に、枝野氏などは引退し、若い人材にバトンタッチする。また、選択的夫婦別姓やLGBTに理解を示す前に、多くの国民に信頼されるよう努力する。与党の揚げ足を取り、助成金・給付金の支給を主張しても支持は増えない。野党がしっかりすると、与党もしっかりせざるを得ない。その効果は大きい。

 民主党政権時代、本県選出の玄葉光一郎氏は何度も閣僚を経験している。彼がリーダーシップを取り、原発事故収束の道筋をつけたら次期首相の呼び声も出た。ところが、期待に反して原発事故や震災復興についての発言は少なかった。

 多くの国民は『国会議員は忙しい』と思っているかもしれないが、実際はそうでない。忙しいのは閣僚と与党役員くらい。本会議・委員会があっても、発言しない人は傍聴人と同じだ。政党には政策メニューがあり、個人の提案が取り入れられる余地は少ない。党の方針・政策に逆らうと放逐されかねないから、発言・提案は慎重になる。それでは何のための議員なのか。

 野党議員に言いたい。議員であることに満足しないで、『自公政権よりもマシな政治を実現する』という自負と覚悟が必要だ、と」

広がる軍事力の格差

 ――最後に、軍事問題について。中国脅威論が高まっていますが、これについてはどう思いますか。

 「GDPは、アメリカが日本の約4倍、中国が日本の約3倍。2018年の軍事費はアメリカ6490億ドル、中国2500億ドル、日本470億ドル。日本と中国の軍事力には大きな差がある。

 中国は、核、サイバー能力、電磁パルス、極超音速ミサイル、生物兵器を所有している。北朝鮮は、それを追いかけている。

 核攻撃に対しては日米安保条約に基づき、アメリカ軍が対応することになる。ただ、それは文書化されておらず、在日米軍に被害が及ばない地域に打ち込まれたら、アメリカが核報復するかどうかは分からない。

 サイバーはコンピューターに侵入してデータを剽窃し、プログラムを改ざんするもの。電磁パルスは電子機器や電力網、艦艇や航空機の電子機器を破壊する。

 マッハ5以上の極超音速ミサイルは途中で軌道を不規則に変えるミサイルで、現在のミサイル防衛網では対処できない。日本はイージス艦を8隻所有し、各艦とも迎撃ミサイルを8発装備している。1回に2発撃つから、合わせて32発しか撃てない。打ち漏らしたのはPAC3で対応するが、防御範囲は約50㌔、発射機は34機。これで広い国土を守れるとは思えない。言わば、穴だらけなのである。

 だからと言って、中国と同レベルの軍事力を整備するのは不可能だ。むしろ、見える形で報復力を整備したほうがよい。

 どの国も戦争は望んでいない。勝っても負けても大きな被害が避けられないからだ。だが、専制的な指導者が、耐えられる程度の被害で相手国を篭絡できると判断すれば戦争のハードルは低くなる。核兵器開発の問題も同じだ。

 最近、中国軍機による台湾の防空識別圏への侵入が相次いでいる。台湾独立への圧力にほかならないが、実際はサイバー・電磁パルス攻撃で戦意を喪失させようとするだろう。台湾、日本に備えはあるのか?

 台湾は中華民国として独立していたが、中国が膨大なマーケットを餌に『一つの中国』を強い、各国がそれに応じた。台湾は、日本や欧米諸国に裏切られたのである。

 厄介なのは、日本にとって中国は共産党独裁の特異な国でも、最大の貿易相手国であることだ。『中国との貿易がゼロになっても構わない』というのは暴論だろう。経済断交でもなく、戦争でもなく、複雑な方程式を解く外交の知恵が求められている」

 取材・10月23日、丸森町筆甫の山小屋にて。聞き手・佐藤大地

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