国見町の高規格救急車事業に絡む不透明な取引を検証した町議会調査特別委員会(百条委員会)の調査報告書が公表された。ワンテーブル(宮城県多賀城市)が、需要がない事業を町に提案し、自らが受注する「マッチポンプ」の構図に迫り、同社のみが参加した公募型プロポーザルを「入札に見せかけた実質的な随意契約」と結論付けた。事業資金を町に寄付した企業グループとワンテーブルが裏でつながっていた不透明な契約だった。露見しなかったのは、寄付企業が匿名を条件に寄付していたからだ。本誌が企業から県内自治体への寄付を調べると、匿名寄付は他にもあった。PRにつながるのになぜ名を隠すのか、疑念は深まる。
疑念を招く企業から自治体への匿名寄付
国見町の高規格救急車研究開発事業は、一言で言うと町が狡猾な企業にそそのかされた。
問題の事業は、町が高規格救急車を研究開発して全国の自治体にリースする内容。備蓄食品開発のワンテーブルが町に提案し、同社が提携するDMM.com(東京)のグループ子会社に車両製造をあらかじめ依頼、そしてDMMグループは「企業版ふるさと納税」を活用して町に救急車事業の原資4億3200万円を匿名を条件に寄付し、税額控除の恩恵を受けた。
企業版ふるさと納税制度は、利用すると寄付金の最大9割が税控除される点がミソだ。車両製造を請け負ったDMMグループは事業に参入しつつ、原資となった寄付金の大半を回収できる。制度では寄付に対する見返りは禁じられているが、匿名で寄付し、ワンテーブルが公募型プロポーザル=入札で選ばれた体裁を取ることで(応募したのは同社のみ)公正な手続きを演出した。救急車の仕様は同社以外を排除する特殊な寸法が指定され、町がワンテーブルから提供された資料をほぼ丸写ししたものだった。
国見町に納入された車両は町が事業者を公募する8カ月前にワンテーブルが発注し、中古品が混ざっていた。企業側の目的は町を利用して税控除を受け、グループや企業間で寄付金を還流させることだったのではないか。高規格救急車の研究開発は町を囲い込むための方便で、町は在庫車両をつかまされたのではないか――そんな疑念が渦巻いた。
町議会が昨年10月に設置した調査特別委員会(百条委員会)は、引地真町長やワンテーブルの島田昌幸前社長ら証人・参考人のべ18人に聴取や喚問を重ねた。当初想定していた官製談合防止法違反、背任、入札妨害など刑法違反の立証には至らなかったが、7月16日に町議会ホームページに報告書を公表し「入札に見せかけた実質的な随意契約」と結論付けた。
報告書には反映されていないが、今回悪用された企業版ふるさと納税については百条委内で重要な議論があった。匿名寄付は不透明な契約につながるのではないかという指摘だ。以下は報告書を町執行部に示した臨時町議会(7月10日開会)の質疑の一部。
小林聖治議員(百条委副委員長)
「(百条委の調査報告は)狡猾な企業によって企業版ふるさと納税制度がいとも簡単に歪められるなど国の施策に一石を投ずるものと考えている。委員長の見解を聞きたい」
佐藤孝議員(同委員長)
「そもそも企業版ふるさと納税は、企業の社会性をアピールする大きな手段。匿名にするメリットはないと私は思う。(中略)今回は事業を提案する企業と受注する企業が同じ立場にあった。不透明な企業関係、不透明な事業にならないためにも、町は入札参加要件を慎重に考えるのはもちろん、国はこの制度を見直すべきだ」
企業版ふるさと納税は、企業に法人税控除のインセンティブを与えて地方自治体への資金提供を促す仕組み。各自治体が地方創生に関する事業計画を策定し、賛同する企業が寄付する。2016年度の開始時点では、寄付額のうち3割が控除される優遇措置が設けられた。全寄付額は16年度7億円、17年度23億円、18年度34億円と順調に増えていったが、19年度33億円と開始から3年で減少に転じ頭打ちとなった。
9割減税で寄付が爆増
内閣府は2020~24年度の延長を決め、テコ入れのため20年度からは最大9割の税額控除が受けられる仕組みに変更。その甲斐あって寄付額は同年度に110億円(前年度比約3・3倍)を突破した。
企業の寄付それ自体は自治体との関係強化につながり、公表することで社会的なイメージを向上できる。そこに、最大9割の税額控除という「お得な」制度変更が加わった。寄付額が大幅に増えた成果があった一方、ワンテーブルが国見町を標的にしたように、税額控除と寄付金の還流ありきで、自治体には不向きで必要性の低い事業を創出するモラルハザード(倫理崩壊)が起こった。
国見町以外に狙われた自治体はなかったのか、チェックする必要がある。4ページに渡って企業版ふるさと納税を受領した県内自治体と寄付した企業の一覧を2018年度から最新22年度分まで、寄付金額の大きい順に並べた。初年度の16年度と17年度は割愛。元データは同制度を所管する内閣府がネットに公開しているが、サイトの奥に埋もれ、探しにくいためURLを載せる。
2016年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/h28jisseki_itiran.pdf
2017年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/h29jisseki_itiran.pdf
2018年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/h30jisseki_itiran.pdf
2019年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/R01zisseki_itiran.pdf
2020年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/R02zisseki_itiran.pdf
2021年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/R03zisseki_itiran.pdf
2022年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/R04zisseki_itiran.pdf
2023年度 https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/pdf/R05_zisseki_itiran.pdf
小規模自治体は注意
企業版ふるさと納税では、企業が本社を置く自治体に寄付することを禁じている。一覧表を見ると、首都圏に本社のある企業が、自社の工場や小売店が立地する県内自治体に寄付する事例が目立つ。寄付企業のほとんどは社名を公表している。
国見町以外に狙われた自治体はあるのか。判断するポイントは次の3点を満たすかどうかだ。①寄付金額が大きく、事業費に占める割合も大きい。②匿名寄付を受けている。③小規模自治体。
①について。1社あたりの寄付金額は少なくとも数百万円以上が目安。併せて事業をほぼ寄付金で賄っているかどうかがポイントとなる。
②について。企業が自治体に寄付する狙いは第一に対外的なイメージアップにあるので、敢えて秘匿するのは、自治体の首長ら上層部以外には知られたくない意図があると考えられる。逆に言うと首長だけは匿名企業がどこかを把握しているので、寄付企業が入札で優遇されるなど見返りを得ていないか注視する必要がある。
③の自治体規模は法令順守が行き渡っているかどうかの目安となる。国見町では、今回の件を機にガバナンス崩壊や公文書管理の杜撰さが露呈した。議会もチェック機能を果たせなかった。法令に意識と能力が追い付いていない自治体は、本誌のこれまでの取材の結果、国見町以外にもある(市も多分に漏れない)。大規模な自治体に比べ、種々のトラブルに遭遇する経験が少なく、慣れない対応で誤った判断をしがちだ。
寄付で最大9割が控除されるようになった2020年度に額が大幅に増えたので、それ以降を吟味する。
20年度は該当する自治体はなかった。上位の郡山市、いわき市、福島県に匿名寄付が含まれるのは留意する必要がある。
2021年度は匿名1社(DMMグループ)による国見町への3億5700万円が県内ダントツで、全国
でも10位となった。翌22年度には匿名2社(DMMグループ)から7500万円の寄付を受けており、前年度との合計4億3200万円が救急車事業に充てられた。
21年度に目を戻すと、いわき市にはイオンリテール㈱(千葉市)や信金中央金庫(東京)、アイリスオーヤマ㈱(仙台市)など12事業者が1億2100万円余りを寄付したが、うち4社は匿名だった。3条件に該当するのはモデルの国見町のみ。
西会津町に高額匿名寄付
直近の2022年度は、西会津町の匿名1社による2000万円の寄付が小規模自治体にしては際立ち、条件に該当する。ただし、事業費に占める寄付額は約14%で、過半には達しない。注目は匿名企業と同町が入札などで利害関係があるかどうかだろう。このほかいわき市、会津若松市、楢葉町、相馬市、広野町などに匿名寄付が含まれる。
匿名寄付の全てが怪しいわけではないが、名前が明らかにならないと本当に怪しくないか検証できない。企業が寄付を公表すればイメージアップにつながる利点があるのに隠す理由は何なのか。一覧表をご覧になった読者は自身が住む自治体に匿名寄付がないか確認してほしい。