本誌4月号で、会津若松市の背炙山(せあぶりやま)周辺で進む風力発電整備計画についてリポートした。その後も、市民や経済界から心配する声が聞こえるようになっている。この間の動きと問題点をまとめた。
只見線や猪苗代湖の景観にも影響か

6月26日、会津若松市湊町区長会長と、湊町共和地区の西田面、上馬渡、下馬渡の3町内会区長が、同市の室井照平市長に申し入れを行った。湊町で計画されている「(仮称)会津若松みなと風力発電事業」に対し、市として反対の意思を表明するよう求めるためだ。
同事業の事業者は会津若松みなと風力発電合同会社。同社の代表社員となっているのはIRE㈱(埼玉県川口市、小出章社長)。IREは再生可能エネルギー全般の企画開発、施工及び管理並びにメンテナンス、不動産事業、蓄電池事業などを手掛ける会社。社長は、INFLUX社長の星野氏が務めていたが、2023年5月に小出氏に代わり、住所も変更している。INFLUXの法人登記簿によると、IREの本社の住所はINFLUXの「支店」として登記されているほか、IRE社長である小出章氏と同姓同名の人物がINFLUXの取締役に名を連ねている。
環境影響評価方法書の要約書によると、背炙山で稼働している会津若松ウィンドファーム(設置者=コスモエコパワー、2000㌔㍗×8基)の北側に、風車を5基設置する予定。出力最大2万1000㌔㍗、単機出力約4200㌔㍗。
この整備予定地が3町内会のすぐ近くにあり、県が土砂災害警戒区域・同特別警戒区域に指定している沢の上流部に当たる。そうした場所に風車を整備するため山林の大規模改変や盛り土をすることで土砂災害のリスクが高まるのではないか、との危惧が住民の間に広まった。
加えて、共和地区3町内会で使用している簡易水道の水源に整備予定地が隣接していたことで、反対の声が一気に広まった。
「共和地区は近くに水源がなく、昭和30~40年代まで山から流れてくる沢水を使っていた。不衛生だからと住民が苦労して水源を探し、協力して簡易水道を整備してきた歴史がある。その近くに風車が造られるとなったため、多くの住民が『これは黙ってられない』となったのです」(共和地区に住む年配男性)
室井市長に提出された申し入れ書には、共和地区3町内会全世帯の96%に当たる105世帯の住民313人と地区出身の村外住民4人、合計317人の署名が添えられた。
申し入れ書を受け取った室井市長は「地域の総意として重く受け止める。事業者に対し、厳しい対応が必要になると考えている」と話した(福島民報6月27日付)。
風力発電関連の許認可権は市にはないが、環境影響評価で県を通して意見を述べられる立場にある。また、国有林における風力発電事業については市の同意が必要とされる。そうした機会に〝厳しい対応〟を取っていくということなのだろう。
4つの風力事業

会津若松市で進む風力発電計画に関しては、本誌4月号「会津若松市風力発電基地と化す背炙山」という記事で取り上げた。
背炙山は会津盆地と猪苗代湖を隔てる山地。標高はウェブサイトによってばらつきがあるが、概ね840~870㍍。2015年2月から前述した会津若松ウィンドファームの風車8基が稼働しており、さらに複数の新規事業が進行している。
背炙山周辺で進む風力発電事業の一覧

4月号記事では一部正確でない記述もあったので、会津若松市が環境アセスメントなどに基づきまとめた特設情報サイトから地図と表を転載し、あらためて紹介したい。

最も規模が大きいのが「(仮称)会津若松ウィンドファーム増設事業」。現在稼働中の風車8基の南側に、3200~4300㌔㍗級の風車を最大40基(最大12万9000㌔㍗)追加する。事業者はコスモエネルギーホールディングスのグループ会社コスモエコパワー㈱(東京都品川区、野地雅禎社長)。資本金71億6400万円。民間信用調査機関によると、2023年3月期売上高114億3400万円。
そのエリアと重複する形で計画されているのが「(仮称)クリーンエナジー会津若松風力発電事業」。3200~6100㌔㍗級の風車を4~6基(最大2万㌔㍗)設置する。事業者はクリーンエナジー合同会社。クリーンエナジー㈱(郡山市、金山弘社長)の子会社だったが、ヴィーナ・エナジーグループの日本風力エネルギーに売却された。
「(仮称)会津若松みなと風力発電事業」は冒頭で紹介した通り。
これら3つの計画に加え、太陽光・風力発電所の開発を手掛けるノーバル・ホールディングス(茨城県つくば市、平文俊全社長)のグループ会社・合同会社ノーバル・ウインドが湊町大字平潟地区の民有地に風力発電所を建設する計画もある。3200㌔㍗級の風車を2基設置する。
なお、環境影響評価法では出力5万㌔㍗以上(2021年10月以前に評価手続き開始の場合は1万㌔㍗以上)、福島県環境影響評価条例では出力7000㌔㍗以上の風力発電所が評価対象となる。ノーバル・ウインドの発電所は基準を下回っているため、東北経済産業局に届け出るだけで事業を進められることになる。
環境影響評価法では①計画段階環境配慮書(配慮書)、②環境影響評価方法書(方法書)、③環境影響評価準備書(準備書)、④環境評価書(評価書)、⑤環境保全措置等の報告書(報告書)という順番で手続きが進められる。①、②、③に関しては、都道府県知事等の意見が反映される。
3事業のうち最も進んでいるのが「(仮称)クリーンエナジー会津若松風力発電事業」で、現在評価書を作成中。「(仮称)会津若松ウィンドファーム増設事業」と「(仮称)会津若松みなと風力発電事業」は準備書を作成中という段階だ。
なお、市が特設情報サイトを制作した4月以降、整備予定地などを一部見直した事業者もあったようだが、「現時点で市が把握している情報は環境影響評価をもとにしたもので、基本的に4月から変わっていない」(市環境生活課環境グループ)とのことなので、そのまま掲載する。風車の基数も含め今後、更新される部分があるかもしれない。
6つの懸念材料
これら事業がすべて計画通り進めば背炙山周辺には約50基の風車が新たに造られることになる。これに対し、市民からは懸念の声が上がり始めている。具体的には以下のようなポイントだ。
①「(仮称)会津若松ウィンドファーム増設事業」の風車は全高最大150㍍(既存の風車は121㍍)、「(仮称)クリーンエナジー会津若松風力発電事業」の風車は全高最大約200㍍。背炙山の尾根に数十基立ち並べば美しい景観が一変し、観光分野への悪影響も懸念される。
背炙山は猪苗代町、会津美里町など周辺自治体からも見えるので、影響は広範囲に及ぶ。インバウンド客にも人気が高いJR只見線沿線の景色が変わってしまい、せっかくリピーターになってくれた鉄道マニアや写真愛好家が離れる可能性がある。
②高さ150㍍以上の風車には白色・赤色の航空障害灯を設置しなければならない。一定の条件を満たせば全基に設置する必要はないが、一部が点灯するだけでも夜の風景は様変わりする。
③鳥が風車の羽根に衝突して命を落とす「バードストライク」が多く発生する恐れがある。整備予定地周辺は希少猛禽類であるクマタカ、国天然記念物のイヌワシの生息地。
また、猪苗代湖には白鳥をはじめ多くの渡り鳥が訪れるが、整備予定地はその通り道になっている。現在、会津若松市、郡山市、猪苗代町が猪苗代湖のラムサール条約登録の申請に向けて準備を進めているが、巨大風車ができることはマイナス要因になる可能性がある。
④工事を進めれば整備予定地周辺の山林は切り開かれ、アクセス道路が整備される。風車を支えるため地面にアンカーが打ち込まれ、表土が舗装される。自然破壊につながるのはもちろん、地下水の流れが変わり、近くの東山温泉に影響が出ることも考えられる。
⑤整備予定地の一部には希少生物を保護する国有林「緑の回廊」が含まれる。開発することで周辺に生息する多様な動植物に影響を与え、すみかを追われたクマなどが人間の生活圏に出没する頻度が高まる恐れがある。
⑥風車から発生する騒音・低周波による健康被害、風車の羽根の影が動くことで地上部にいる人が不快感を覚える「シャドーフリッカー」などが発生する可能性がある。
昨年12月の市議会12月定例会議では、市民団体「背炙山風力発電建設計画中止を求める会」(管文雄代表)が計画中止を求める陳情を提出したが、採決の結果、陳情は3対24の賛成少数で否決された。
市として再生可能エネルギーを推進しているので計画中止を求めづらい立場であるのに加え、市民の間でまだまだ広まっていない話題であること、共産党に同調したと思われたくないという心境も働いたと思われる(陳情賛成者は日本共産党の原田俊広議員、フォーラム会津の渡部認議員、社会民主党・市民連合の譲矢隆議員)。一方で、コスモエコパワーは湊地区をはじめ、地域の行事などにさまざまな形で「協力」しており、一般の市民でも、一概に「NO」とは言えない人が多いという事情もあるようだ。
「地元にメリットがない」
ただ、そうした中で前述のような問題を指摘する人も現れており、東山温泉観光協会の平賀茂美会長(原瀧総支配人)は明確に反対のスタンスを示している。
「観光業は地域資源を生かして地域外から観光客を呼び込み、飲食や物販など地元の経済循環につなげる業態だと考えています。では、風力発電計画はどうかというと、景観破壊や水資源・温泉への影響が懸念される。そこで作られた電気が地元のために使われるわけでもないようで、首都圏に送られると聞きました。これでは地方が中央の電力供給地となる古くからの構図と同じであり、地元住民にとって何のメリットもなくサステイナブルではない。これを良しとして積極的に受け入れる観光事業者はいないでしょう」
会津地方の商工会議所・商工会・観光団体が加盟し、国・県・行政機関に要望活動を行う「会津方部商工観光団体」も動き始めた。会津若松商工会議所の提案により、「自然エネルギー発電施設設置にかかる景観の保全について」という項目が重点事項候補として提案されることになったのだ。
7月31日に下郷町で開催される全会津観光推進大会に提出され、追加される見込み。一部を引用する。
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景観に及ぼす影響については環境影響評価(環境アセスメント)にて事前の調査が求められているところですが、制度自体に拘束力があるものではなく、自然エネルギー発電施設設置にあたっては、景観の保全に対する十分な配慮が必要となります。
持続可能なエネルギーの象徴とされる電気を送電する為の電柱や電線も、日本のみならず世界的な観光先進地といわれる地区におきましては、景観を保全するためという理由により、以前より地中埋設等の議論がなされてきたというのは周知の事実であります。
景観は環境問題と同じく配慮すべき重要な事項であるといえます。美しい自然環境に恵まれた四季の豊かな風景は、会津地域の重要な観光資源であり、観光振興やインバウンド誘客の観点からも景観の保全は不可欠なものであります。つきましては、自然や歴史・文化的な景観保全と自然エネルギー普及の調和を図るため、下記の通り要望いたします。
1、風力発電施設、太陽光発電施設等の自然エネルギー施設の設置に当たっては、十分な事前調査を行い、周辺の景観に影響を及ぼす事業の回避又は影響の低減を図るよう、関係団体を指導すること。
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JR只見線沿線からの風景が変わる可能性があるということで、奥会津郷土写真家・星賢孝さんにコメントを求めたところ「磐梯山と飯豊山の勇姿と絡めた只見線の絶景を根底からぶち壊す最悪の選択で、到底容認できない」と述べた。
懸念の声を共有すべき

会津若松市の周辺自治体は風力発電事業をどう受け止めているのか、質問状を送ったところ、郡山市は「(仮称)会津若松ウィンドファーム増設事業」について、「方法書について知事から環境の保全の見地からの意見を求められ、意見書を提出した。知事が事業者に書面で意見を述べており、本市としても県と同様の考え」との回答だった。
内堀雅雄知事の意見書には《猪苗代湖が重要な観光資源であること及び関係市町村が景観への配慮を求めていることを踏まえ、「長浜」、「白鳥ヶ浜」、「天神浜」等の猪苗代湖北岸や、磐梯山などの国立公園内等から調査地点を選定することを検討し、景観に対する環境影響評価を行うこと》などの意見が書かれていた。
猪苗代町は《自然環境への配慮について、会津若松市と事業者の間で十分協議が行われていると思いますので、法令を遵守した取り組みをお願いしたいと思っております》、磐梯町は《開発事業地が他自治体であり、且つ事業主体は民間事業者であるため見解を申し上げる立場にありませんが、自然環境等に関しては関係する諸官庁と十分に協議が必要であると考えます》と回答した。
福島市先達山で工事が進められているメガソーラー計画は、当初地元住民による反対運動が起こり、協議を重ねた末に地元同意がなされ、県知事から林地開発許可が降りて着工に至った。だが、造成工事が進む中で山肌の露出が顕著になると、地元以外の市民から市役所に問い合わせが殺到し、市が対応に追われることになった。
背炙山周辺の風力発電所計画に関しても、環境影響評価を見る限り、実際に景観が変わってから事の重大性に気付く人が増えそうだ。それだけに前述したような懸念の声は広く共有し、議論した方がいいのではないか。造られてから何を言っても〝後の祭り〟だ。
市は前出・特設情報サイトに《「地域における合意形成が図られ、環境に適正に配慮し、地域に貢献する地域共生型の再エネ導入を支援」及び「迷惑施設と捉えられる再エネには厳しく対応」という国の考え方を踏まえ、市第3期環境基本計画では「地域と合意形成が図られ地域課題の解決につながるような再生可能エネルギー発電事業を推進する」ものといたしました》と考え方を記している。
多方面から聞こえてくる風力発電計画への懸念の声。県や市はどう受け止め、どのように反映させていくのか。引き続き、動向に注目していきたい。