幸楽苑(郡山市)が苦境に立たされている。2023年3月期決算で28億円超の大幅赤字を計上し、新井田昇社長(49)が退任。創業者の新井田傳氏(79)が会長兼社長に復帰し経営再建を目指すことになった。傳氏が社長時代の赤字から、息子の昇氏が後継者となってⅤ字回復させたものの、再び赤字となり父親の傳氏が再登板。同社は立ち直ることができるのか。(佐藤仁)
ラーメン一筋からの脱却に挑んだ【新井田昇】前社長
6月23日、郡山市内のホテルで開かれた幸楽苑ホールディングスの株主総会に、筆者は株主の一人として出席したが、帰り際のエレベーターで男性株主がボソッと言った独り言は痛烈だった。
「今期もダメなら、この会社は終わりだな……」
今の幸楽苑(※)は株主にそう思わせるくらい危機的状況にある。
株主総会で報告された2023年3月期決算(連結)は、売上高254億6100万円、営業損失16億8700万円の赤字、経常損失15億2800万円の赤字、当期純損失28億5800万円の赤字だった。
前期の黒字から一転、大幅赤字となった。もっとも、さかのぼれば2021年、20年も赤字であり、幸楽苑にとって経営安定化はここ数年の課題に位置付けられていた。
株主総会では新井田昇社長が任期満了で退任し、取締役からも退くことが承認された。業績を踏まえれば続投は望めるはずもなく、引責と捉えるのが自然だ。
これを受け、後任には一線から退いていた相談役の新井田傳氏が会長兼社長として復帰。渡辺秀夫専務取締役からは「原点回帰」をキーワードとする経営再建策が示された。
経営再建策の具体的な中身は後述するが、その前に、赤字から抜け出せなかった新井田昇氏の経営手腕を検証する必要がある。反省を欠いては再建には踏み出せない。
安積高校、慶応大学経済学部を卒業後、三菱商事に入社した昇氏が父・傳氏が社長を務める幸楽苑に転職したのは2003年。取締役海外事業本部長、常務取締役、代表取締役副社長を経て18年11月、傳氏に代わり社長に就任した時は同年3月期に売上高385億7600万円、営業損失7200万円の赤字、経常損失1億1400万円の赤字、当期純損失32億2500万円の赤字と同社が苦境にあったタイミングだった。
昇氏は副社長時代から推し進めていた経営改革を断行し、翌2019年3月期は売上高412億6800万円、営業利益16億3600万円、経常利益15億8700万円、当期純利益10億0900万円と、前期の大幅赤字からV字回復を果たした。
昇氏は意気揚々と、2019年6月の株主総会で20年3月期の業績予想を売上高420億円、営業利益21億円、経常利益20億円、当期純利益11億円と発表。V字回復の勢いを持続させれば難しくない数字に思われたが、このあと幸楽苑は「想定外の三つの事態」に襲われる。
一つは2019年10月の令和元年東日本台風。東日本の店舗に製品を供給する郡山工場が阿武隈川の氾濫で冠水し、操業を停止。東北地方を中心に200店舗以上が休業に追い込まれ、通常営業再開までに1カ月を要した。
二つは新型コロナウイルス。2020年2月以降、国内で感染が急拡大すると経済活動は大きく停滞。国による外出制限や飲食店への営業自粛要請で、幸楽苑をはじめとする外食産業は大ダメージを受けた。
V字回復の勢いを削がれた幸楽苑は厳しい決算を余儀なくされる。別表①の通り前期の黒字から一転、2020、21年3月期と2期連続の赤字。新型コロナの影響は当面続くと考えた昇氏は20年5月、ラーメンチェーン業界では先んじて夏のボーナス不支給を決定した。以降、同社はボーナスを支給していない。
表① 幸楽苑の業績(連結)
売上高 | 営業損益 | 経常損益 | 当期純損益 | |
---|---|---|---|---|
2018年 | 385億7600万円 | ▲7200万円 | ▲1億1400万円 | ▲32億2500万円 |
2019年 | 412億6800万円 | 16億3600万円 | 15億8700万円 | 10億0900万円 |
2020年 | 382億3700万円 | 6億6000万円 | 8億2300万円 | ▲6億7700万円 |
2021年 | 265億6500万円 | ▲17億2900万円 | ▲9億6900万円 | ▲8億4100万円 |
2022年 | 250億2300万円 | ▲20億4500万円 | 14億5200万円 | 3億7400万円 |
2023年 | 254億6100万円 | ▲16億8700万円 | ▲15億2800万円 | ▲28億5800万円 |
会社経営の安定性を示す自己資本比率も下がり続けた。2017年3月期は29・95%だったが、昇氏が社長就任前に打ち出していた「筋肉質な経営を目指す」との方針のもと、大規模な不採算店の整理を行った結果、18年3月期は20・94%に落ち込んだ。店舗を大量に閉めれば長期的な売り上げが減り、閉店にかかる費用も重くのしかかるが、昇氏は筋肉質な会社につくり直すためコロナ禍に入った後も店舗整理を進めた。
その影響もありV字回復した19年3月期は自己資本比率が27・09%まで回復したが、2期連続赤字となった20、21年3月期は25・61%、18・40%と再び下落に転じた。(その間の有利子負債、店舗数と併せ、推移を別掲の図に示す)
一般的に、自己資本比率は20%を切るとやや危険とされる。業種によって異なるが、飲食サービス業の黒字企業は平均15%前後が目安。
そう考えると、幸楽苑は22年3月期で3期ぶりの黒字となり、自己資本比率も25・50%に戻した。昇氏が推し進めた筋肉質な経営はようやく成果を見せ始めたが、そのタイミングで「三つ目の想定外の事態」が幸楽苑を襲う。2022年2月に起きたロシアによるウクライナ侵攻だ。
麺や餃子の皮など、幸楽苑にとって要の原材料である小麦粉の価格が急騰。光熱費や物流費も上がり、店舗運営コストが大きく膨らんだ。2023年3月期の自己資本比率は一気に7・75%まで下がった。
ただ、これらの問題は他社も直面していることで、幸楽苑に限った話ではない。同社にとって深刻だったのは、企業の人手不足が深刻化する中、十分な人員を確保できず、店舗ごとの営業時間にバラつきが生じたことだった。
時短営業・休業が続出
幸楽苑のホームページを見ると、一部店舗の営業時間短縮・休業が告知されている。それによると、例えば長井店では7月28、30日は営業時間が10~17時となっている。町田成瀬店では7月29日は9~15時、18~22時と変則営業。栃木店と塩尻広丘店に至っては7月29、30日は休業。こうした店舗が延べ50店以上あり、全店舗の1割以上を占めているから異常事態だ。
深刻な人手不足の中、幸楽苑は人材確保のため人件費関連コストが上昇し、それが経営を圧迫する要因になったと説明する。しかし、一方ではボーナスを支給していないわけだから、待遇が変わらない限り優秀な人材が集まるとは思えない。
幸楽苑では数年前からタブレット端末によるセルフオーダーや配膳ロボットを導入。お冷もセルフ方式に変えた。コロナ禍で店員と顧客の接触を少なくする取り組みで、人手不足の解消策としても期待された。
しかし、6月の株主総会で株主から「昔と比べて店に活気がない」という指摘があったように、コロナ禍で店員が大きな声を出せなくなり、タブレット端末や配膳ロボットにより店員が顧客と接する場面が減った影響はあったにせよ、優秀な人材が少なくなっていたことは否定できない。ボーナス不支給では正社員がやる気をなくし、アルバイトやパートの教育も疎かになる。こうした悪循環が店の雰囲気を暗くしていたのではないか。
あるフランチャイザー関係者も実体験をもとにこう話す。
「昔はフランチャイザーの従業員教育もきちんとしていたが、近年はそういう研修に行っていない。かつては郡山市内の研修センターに行っていたが、今その場所は(幸楽苑がフランチャイザーとして運営する)焼肉ライクに変わっているよね。うちの従業員はスキルが落ちないように、たまに知り合いのいる直営店に出向いて自主勉していますよ」
ボーナス不支給だけではなく、昔のような社員教育が見られなくなったことも人材の問題につながっているのではないかと言いたいわけ。
6月の株主総会では、別の株主から「フロアサービスに表彰制度を設けてモチベーションアップにつなげては」との提案もあった。幸楽苑は厨房係にマイスター制度(調理資格制度)を導入しているが、フロア係のレベルアップにも取り組むべきという意見だ。新井田昇氏は「新経営陣に申し送りする」と応じたが、そもそもマイスター制度が機能しているのかという問題もある。
幸楽苑をよく利用するという筆者の知人は「店によって美味い、不味いの差がある」「高速道路のサービスエリアの店でラーメンを注文したら、麺が塊のまま出てきた」と証言してくれた。県外に住む筆者の父も、以前は幸楽苑が好きで同じ店舗によく通っていたが、ある日急に「あれっ? 美味しくない」と言い出し、以来利用するのをやめてしまった。
チェーン店で調理マニュアルがあるはずなのに、店によって味に差があるのは不可解でしかない。飲食店はQSC(品質、サービス、清潔)が大事だが、肝心のQを疎かにしては客が離れていく。フロア、厨房を問わない人材の確保と育成を同時に進めていく必要がある。
苦戦が続く新業態
昇氏が進めてきた取り組みは継続されるものもあるが、傳氏のもとで見直されるものも少なくない。
その一つ、女性タレントを起用した派手なテレビCMは当時上り調子の幸楽苑を象徴するものだったが、地元広告代理店は「大手に言いくるめられ、柄にもないCMに大金を使わされていなければいいが」と心配していた。傳氏はテレビCMを廃止すると共に、費用対効果を検証しながら販売促進費を削減する方針。
昇氏は前述の通り、コロナ禍や人手不足に対応するためタブレット端末やセルフレジの導入を進めたが、実は、幸楽苑のヘビーユーザーである高齢者からは「操作方法がよく分からない」と不評だった。そんな電子化は2021年6月から株主優待にも導入され、食事券、楽天ポイント、自社製品詰め合わせの3種類から選べるシステムとなったが、高齢の株主からは同じく「使いづらい」と不評だった。傳氏は、タブレット端末やセルフレジはやめるわけにはいかないものの、株主優待は紙の優待券に戻すことを検討するという。
昇氏の取り組みで最も話題になったのが「いきなりステーキ」を運営するペッパーフードサービスとのフランチャイズ契約だ。ラーメンに代わる新規事業として昇氏が主導し、2017年11月に1号店をオープンさせると、19年3月までに16店舗を立て続けに出店した。しかし、ペッパー社の業績低迷と、令和元年東日本台風やコロナ禍の影響で「いきなりステーキ」は22年3月期にはゼロになった。
幸楽苑はラーメン事業への依存度が高く(売り上げ比率で言うとラーメン事業9割、その他の事業1割)、景気悪化に見舞われた時、業績が揺らぐリスクを抱えている。それを回避するための方策が「いきなりステーキ」への業態転換だったが、勢いがあるうちは売り上げ増につながるものの、ブームが去ると経営リスクに直結した。挙げ句、新業態に関心を向けるあまり本業のラーメン店が疎かになり、味やサービスが低下する悪循環につながった。傳氏も、かつてはとんかつ、和食、蕎麦、ファミリーレストランなどに手を出したが全て撤退している。
現在、幸楽苑は各社とフランチャイズ契約を交わし「焼肉ライク」12店舗、「からやま」7店舗、「赤から」5店舗、「VANSAN」1店舗、「コロッケのころっ家」7店舗を運営。ラーメン店から転換した餃子バル業態「餃子の味よし」も4店舗運営。これらは「昇氏の思いつき」と揶揄する声もあるが、ラーメン一筋から脱却したい狙いは分かる半面、ラーメン以外なら何でもいいと迷走している感もある(筆者はむしろラーメン一筋を貫くべきと思うのだが)。
まずは本業のラーメン店を立て直すことが先決だが、別業態にどれくらい注力していくかは、自身も苦い経験をしている傳氏にとって答えを出しづらい課題と言えそうだ。
傳氏は「原点回帰でこの危機を乗り越える」として、次のような経営再建策に取り組むとしている。
▽メニュー・単価の見直し――①メニューの改定と新商品の投入、②セットメニューの提案による客単価の上昇、③タブレットの改定による店舗業務の効率化
▽店舗オペレーションの強化――店長会議や店舗巡回による指導を通して「調理」「接客」「清掃」に関するマニュアルの徹底と教育
▽営業時間の正常化――①人手不足の解消に向け、元店長など退職者への復職促進、②ボーナス支給による雇用の維持
客単価上昇に手ごたえ
傳氏は復帰早々、固定資産を売却して資金調達したり、県外の不採算店30店舗を閉店する方針を打ち出したり、そのために必要な資金を確保するため第三者割り当てによる新株を発行し6億8000万円を調達するなど次々と策を講じている。
「固定資産の売却や即戦力となる元店長の復職が既に数十人単位でメドがついていること等々は、傳氏からいち早く説明があった。復帰に賛否はあるが、間違いなくカリスマ性のある人。私は期待しています」(前出・フランチャイザー関係者)
昇氏は客単価の減少を来店者数の増加で補い、黒字を達成した実績がある。新規顧客の獲得だけでなくリピーターも増やす戦略だったが、人口が急速に減少し、店舗数も年々減る中、来店者数を増やすのは困難。そこで傳氏は、メニュー改定や新商品投入を進めつつ、セットメニューを提案してお得感を打ち出し、来店者数は減っても客単価を上げ、売り上げ増につなげようとしている。
その成果は早速表れており(別表②)、前期比で客数は減っても客単価は上がり、結果、6月の売上高は前期比108・2%となっている。幸楽苑では新商品が投入される7、8月もこの傾向が続けば、今期は着実に黒字化できると自信を見せる。
表② 今期4~6月度の売り上げ等推移
直営店既存店(国内)の対前期比較
4月 | 5月 | 6月 | 累計 | |
---|---|---|---|---|
売上高 | 101.4% | 98.4% | 108.2% | 102.5% |
客数 | 93.2% | 88.3% | 95.9% | 92.3% |
客単価 | 108.7% | 111.5% | 112.8% | 111.0% |
月末店舗数 | 401店 | 401店 | 401店 |
本誌は復帰した傳氏にインタビューを申し込んだが「直接の取材は全てお断りしている」(渡辺専務)という。代わりに寄せられた文書回答を紹介する(7月20日付)。
「新井田昇は2018年の社長就任以来、幸楽苑の新しい商品・サービスや新業態の開発を促進し、事業の成長とそれを支える経営基盤の見直しを図ってきました。しかし、コロナ禍を起点に原材料費、光熱費、物流費の上昇、人材不足といった厳しい経営環境は続いており、早期の業績回復のためには原点に立ち返り収益性を追求する必要があることから、創業者新井田傳の復帰が最善と判断し、任期満了をもって新井田昇は取締役を退任しました。会長、前社長ともに、幸楽苑の業績を早期に回復させたいという思いは一致しています。しかしながら赤字経営が続いたことから前社長は退任し、幸楽苑を誰よりも知っている創業者にバトンを戻したものです」
父から子、そして再び父と、上場企業として人材に乏しい印象も受けるが「創業者に託すのが最善」とする判断が正しかったかどうかは来春に判明する決算で明らかになる。