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  • 【幸楽苑】創業者【新井田傳】氏に再建を託す

    【幸楽苑】創業者【新井田傳】氏に再建を託す

     幸楽苑(郡山市)が苦境に立たされている。2023年3月期決算で28億円超の大幅赤字を計上し、新井田昇社長(49)が退任。創業者の新井田傳氏(79)が会長兼社長に復帰し経営再建を目指すことになった。傳氏が社長時代の赤字から、息子の昇氏が後継者となってⅤ字回復させたものの、再び赤字となり父親の傳氏が再登板。同社は立ち直ることができるのか。(佐藤仁) ラーメン一筋からの脱却に挑んだ【新井田昇】前社長 経営から退いた新井田昇氏  6月23日、郡山市内のホテルで開かれた幸楽苑ホールディングスの株主総会に、筆者は株主の一人として出席したが、帰り際のエレベーターで男性株主がボソッと言った独り言は痛烈だった。 「今期もダメなら、この会社は終わりだな……」 今の幸楽苑(※)は株主にそう思わせるくらい危機的状況にある。 株主総会で報告された2023年3月期決算(連結)は、売上高254億6100万円、営業損失16億8700万円の赤字、経常損失15億2800万円の赤字、当期純損失28億5800万円の赤字だった。 前期の黒字から一転、大幅赤字となった。もっとも、さかのぼれば2021年、20年も赤字であり、幸楽苑にとって経営安定化はここ数年の課題に位置付けられていた。 株主総会では新井田昇社長が任期満了で退任し、取締役からも退くことが承認された。業績を踏まえれば続投は望めるはずもなく、引責と捉えるのが自然だ。 これを受け、後任には一線から退いていた相談役の新井田傳氏が会長兼社長として復帰。渡辺秀夫専務取締役からは「原点回帰」をキーワードとする経営再建策が示された。 経営再建策の具体的な中身は後述するが、その前に、赤字から抜け出せなかった新井田昇氏の経営手腕を検証する必要がある。反省を欠いては再建には踏み出せない。 安積高校、慶応大学経済学部を卒業後、三菱商事に入社した昇氏が父・傳氏が社長を務める幸楽苑に転職したのは2003年。取締役海外事業本部長、常務取締役、代表取締役副社長を経て18年11月、傳氏に代わり社長に就任した時は同年3月期に売上高385億7600万円、営業損失7200万円の赤字、経常損失1億1400万円の赤字、当期純損失32億2500万円の赤字と同社が苦境にあったタイミングだった。 昇氏は副社長時代から推し進めていた経営改革を断行し、翌2019年3月期は売上高412億6800万円、営業利益16億3600万円、経常利益15億8700万円、当期純利益10億0900万円と、前期の大幅赤字からV字回復を果たした。 昇氏は意気揚々と、2019年6月の株主総会で20年3月期の業績予想を売上高420億円、営業利益21億円、経常利益20億円、当期純利益11億円と発表。V字回復の勢いを持続させれば難しくない数字に思われたが、このあと幸楽苑は「想定外の三つの事態」に襲われる。 一つは2019年10月の令和元年東日本台風。東日本の店舗に製品を供給する郡山工場が阿武隈川の氾濫で冠水し、操業を停止。東北地方を中心に200店舗以上が休業に追い込まれ、通常営業再開までに1カ月を要した。 二つは新型コロナウイルス。2020年2月以降、国内で感染が急拡大すると経済活動は大きく停滞。国による外出制限や飲食店への営業自粛要請で、幸楽苑をはじめとする外食産業は大ダメージを受けた。 V字回復の勢いを削がれた幸楽苑は厳しい決算を余儀なくされる。別表①の通り前期の黒字から一転、2020、21年3月期と2期連続の赤字。新型コロナの影響は当面続くと考えた昇氏は20年5月、ラーメンチェーン業界では先んじて夏のボーナス不支給を決定した。以降、同社はボーナスを支給していない。 表① 幸楽苑の業績(連結) 売上高営業損益経常損益当期純損益2018年385億7600万円▲7200万円▲1億1400万円▲32億2500万円2019年412億6800万円16億3600万円15億8700万円10億0900万円2020年382億3700万円6億6000万円8億2300万円▲6億7700万円2021年265億6500万円▲17億2900万円▲9億6900万円▲8億4100万円2022年250億2300万円▲20億4500万円14億5200万円3億7400万円2023年254億6100万円▲16億8700万円▲15億2800万円▲28億5800万円※決算期は3月。▲は赤字。  会社経営の安定性を示す自己資本比率も下がり続けた。2017年3月期は29・95%だったが、昇氏が社長就任前に打ち出していた「筋肉質な経営を目指す」との方針のもと、大規模な不採算店の整理を行った結果、18年3月期は20・94%に落ち込んだ。店舗を大量に閉めれば長期的な売り上げが減り、閉店にかかる費用も重くのしかかるが、昇氏は筋肉質な会社につくり直すためコロナ禍に入った後も店舗整理を進めた。 その影響もありV字回復した19年3月期は自己資本比率が27・09%まで回復したが、2期連続赤字となった20、21年3月期は25・61%、18・40%と再び下落に転じた。(その間の有利子負債、店舗数と併せ、推移を別掲の図に示す)  一般的に、自己資本比率は20%を切るとやや危険とされる。業種によって異なるが、飲食サービス業の黒字企業は平均15%前後が目安。 そう考えると、幸楽苑は22年3月期で3期ぶりの黒字となり、自己資本比率も25・50%に戻した。昇氏が推し進めた筋肉質な経営はようやく成果を見せ始めたが、そのタイミングで「三つ目の想定外の事態」が幸楽苑を襲う。2022年2月に起きたロシアによるウクライナ侵攻だ。 麺や餃子の皮など、幸楽苑にとって要の原材料である小麦粉の価格が急騰。光熱費や物流費も上がり、店舗運営コストが大きく膨らんだ。2023年3月期の自己資本比率は一気に7・75%まで下がった。 ただ、これらの問題は他社も直面していることで、幸楽苑に限った話ではない。同社にとって深刻だったのは、企業の人手不足が深刻化する中、十分な人員を確保できず、店舗ごとの営業時間にバラつきが生じたことだった。 時短営業・休業が続出 時短営業・休業が続出(写真はイメージ)  幸楽苑のホームページを見ると、一部店舗の営業時間短縮・休業が告知されている。それによると、例えば長井店では7月28、30日は営業時間が10~17時となっている。町田成瀬店では7月29日は9~15時、18~22時と変則営業。栃木店と塩尻広丘店に至っては7月29、30日は休業。こうした店舗が延べ50店以上あり、全店舗の1割以上を占めているから異常事態だ。 深刻な人手不足の中、幸楽苑は人材確保のため人件費関連コストが上昇し、それが経営を圧迫する要因になったと説明する。しかし、一方ではボーナスを支給していないわけだから、待遇が変わらない限り優秀な人材が集まるとは思えない。 幸楽苑では数年前からタブレット端末によるセルフオーダーや配膳ロボットを導入。お冷もセルフ方式に変えた。コロナ禍で店員と顧客の接触を少なくする取り組みで、人手不足の解消策としても期待された。 しかし、6月の株主総会で株主から「昔と比べて店に活気がない」という指摘があったように、コロナ禍で店員が大きな声を出せなくなり、タブレット端末や配膳ロボットにより店員が顧客と接する場面が減った影響はあったにせよ、優秀な人材が少なくなっていたことは否定できない。ボーナス不支給では正社員がやる気をなくし、アルバイトやパートの教育も疎かになる。こうした悪循環が店の雰囲気を暗くしていたのではないか。 あるフランチャイザー関係者も実体験をもとにこう話す。 「昔はフランチャイザーの従業員教育もきちんとしていたが、近年はそういう研修に行っていない。かつては郡山市内の研修センターに行っていたが、今その場所は(幸楽苑がフランチャイザーとして運営する)焼肉ライクに変わっているよね。うちの従業員はスキルが落ちないように、たまに知り合いのいる直営店に出向いて自主勉していますよ」 ボーナス不支給だけではなく、昔のような社員教育が見られなくなったことも人材の問題につながっているのではないかと言いたいわけ。 6月の株主総会では、別の株主から「フロアサービスに表彰制度を設けてモチベーションアップにつなげては」との提案もあった。幸楽苑は厨房係にマイスター制度(調理資格制度)を導入しているが、フロア係のレベルアップにも取り組むべきという意見だ。新井田昇氏は「新経営陣に申し送りする」と応じたが、そもそもマイスター制度が機能しているのかという問題もある。 幸楽苑をよく利用するという筆者の知人は「店によって美味い、不味いの差がある」「高速道路のサービスエリアの店でラーメンを注文したら、麺が塊のまま出てきた」と証言してくれた。県外に住む筆者の父も、以前は幸楽苑が好きで同じ店舗によく通っていたが、ある日急に「あれっ? 美味しくない」と言い出し、以来利用するのをやめてしまった。 チェーン店で調理マニュアルがあるはずなのに、店によって味に差があるのは不可解でしかない。飲食店はQSC(品質、サービス、清潔)が大事だが、肝心のQを疎かにしては客が離れていく。フロア、厨房を問わない人材の確保と育成を同時に進めていく必要がある。 苦戦が続く新業態 社長に復帰した新井田傳氏(幸楽苑HDホームーページより)  昇氏が進めてきた取り組みは継続されるものもあるが、傳氏のもとで見直されるものも少なくない。 その一つ、女性タレントを起用した派手なテレビCMは当時上り調子の幸楽苑を象徴するものだったが、地元広告代理店は「大手に言いくるめられ、柄にもないCMに大金を使わされていなければいいが」と心配していた。傳氏はテレビCMを廃止すると共に、費用対効果を検証しながら販売促進費を削減する方針。 昇氏は前述の通り、コロナ禍や人手不足に対応するためタブレット端末やセルフレジの導入を進めたが、実は、幸楽苑のヘビーユーザーである高齢者からは「操作方法がよく分からない」と不評だった。そんな電子化は2021年6月から株主優待にも導入され、食事券、楽天ポイント、自社製品詰め合わせの3種類から選べるシステムとなったが、高齢の株主からは同じく「使いづらい」と不評だった。傳氏は、タブレット端末やセルフレジはやめるわけにはいかないものの、株主優待は紙の優待券に戻すことを検討するという。 昇氏の取り組みで最も話題になったのが「いきなりステーキ」を運営するペッパーフードサービスとのフランチャイズ契約だ。ラーメンに代わる新規事業として昇氏が主導し、2017年11月に1号店をオープンさせると、19年3月までに16店舗を立て続けに出店した。しかし、ペッパー社の業績低迷と、令和元年東日本台風やコロナ禍の影響で「いきなりステーキ」は22年3月期にはゼロになった。 幸楽苑はラーメン事業への依存度が高く(売り上げ比率で言うとラーメン事業9割、その他の事業1割)、景気悪化に見舞われた時、業績が揺らぐリスクを抱えている。それを回避するための方策が「いきなりステーキ」への業態転換だったが、勢いがあるうちは売り上げ増につながるものの、ブームが去ると経営リスクに直結した。挙げ句、新業態に関心を向けるあまり本業のラーメン店が疎かになり、味やサービスが低下する悪循環につながった。傳氏も、かつてはとんかつ、和食、蕎麦、ファミリーレストランなどに手を出したが全て撤退している。 現在、幸楽苑は各社とフランチャイズ契約を交わし「焼肉ライク」12店舗、「からやま」7店舗、「赤から」5店舗、「VANSAN」1店舗、「コロッケのころっ家」7店舗を運営。ラーメン店から転換した餃子バル業態「餃子の味よし」も4店舗運営。これらは「昇氏の思いつき」と揶揄する声もあるが、ラーメン一筋から脱却したい狙いは分かる半面、ラーメン以外なら何でもいいと迷走している感もある(筆者はむしろラーメン一筋を貫くべきと思うのだが)。 まずは本業のラーメン店を立て直すことが先決だが、別業態にどれくらい注力していくかは、自身も苦い経験をしている傳氏にとって答えを出しづらい課題と言えそうだ。 傳氏は「原点回帰でこの危機を乗り越える」として、次のような経営再建策に取り組むとしている。 ▽メニュー・単価の見直し――①メニューの改定と新商品の投入、②セットメニューの提案による客単価の上昇、③タブレットの改定による店舗業務の効率化 ▽店舗オペレーションの強化――店長会議や店舗巡回による指導を通して「調理」「接客」「清掃」に関するマニュアルの徹底と教育 ▽営業時間の正常化――①人手不足の解消に向け、元店長など退職者への復職促進、②ボーナス支給による雇用の維持 客単価上昇に手ごたえ  傳氏は復帰早々、固定資産を売却して資金調達したり、県外の不採算店30店舗を閉店する方針を打ち出したり、そのために必要な資金を確保するため第三者割り当てによる新株を発行し6億8000万円を調達するなど次々と策を講じている。 「固定資産の売却や即戦力となる元店長の復職が既に数十人単位でメドがついていること等々は、傳氏からいち早く説明があった。復帰に賛否はあるが、間違いなくカリスマ性のある人。私は期待しています」(前出・フランチャイザー関係者) 昇氏は客単価の減少を来店者数の増加で補い、黒字を達成した実績がある。新規顧客の獲得だけでなくリピーターも増やす戦略だったが、人口が急速に減少し、店舗数も年々減る中、来店者数を増やすのは困難。そこで傳氏は、メニュー改定や新商品投入を進めつつ、セットメニューを提案してお得感を打ち出し、来店者数は減っても客単価を上げ、売り上げ増につなげようとしている。 その成果は早速表れており(別表②)、前期比で客数は減っても客単価は上がり、結果、6月の売上高は前期比108・2%となっている。幸楽苑では新商品が投入される7、8月もこの傾向が続けば、今期は着実に黒字化できると自信を見せる。 表② 今期4~6月度の売り上げ等推移 直営店既存店(国内)の対前期比較 4月5月6月累計売上高101.4%98.4%108.2%102.5%客数93.2%88.3%95.9%92.3%客単価108.7%111.5%112.8%111.0%月末店舗数401店401店401店※既存店とはオープン月から13カ月以上稼働している店舗。  本誌は復帰した傳氏にインタビューを申し込んだが「直接の取材は全てお断りしている」(渡辺専務)という。代わりに寄せられた文書回答を紹介する(7月20日付)。 「新井田昇は2018年の社長就任以来、幸楽苑の新しい商品・サービスや新業態の開発を促進し、事業の成長とそれを支える経営基盤の見直しを図ってきました。しかし、コロナ禍を起点に原材料費、光熱費、物流費の上昇、人材不足といった厳しい経営環境は続いており、早期の業績回復のためには原点に立ち返り収益性を追求する必要があることから、創業者新井田傳の復帰が最善と判断し、任期満了をもって新井田昇は取締役を退任しました。会長、前社長ともに、幸楽苑の業績を早期に回復させたいという思いは一致しています。しかしながら赤字経営が続いたことから前社長は退任し、幸楽苑を誰よりも知っている創業者にバトンを戻したものです」 父から子、そして再び父と、上場企業として人材に乏しい印象も受けるが「創業者に託すのが最善」とする判断が正しかったかどうかは来春に判明する決算で明らかになる。

  • 苦戦する福島県内3市の駅前再開発事業

    苦戦する福島県内3市の駅前再開発事業

     県内の駅前再開発事業が苦戦している。福島、いわき、郡山の3市で進められている事業が、いずれも着工延期や工期延長に直面。主な原因は資材価格の高騰だが、無事に完成したとしても施設の先行きを不安視する人は少なくない。新型コロナウイルスやウクライナ戦争など不安定な情勢下で完成・オープンを目指す難しさに、関係者は苛まれている。(佐藤仁) 資材高騰で建設費が増大  地元紙に興味深い記事が立て続けに載った。 「JR福島駅東口 再開発ビル1年先送り 着工、完成 建設費高騰で」(福島民報5月31日付) 「JRいわき駅前の並木通り再開発事業 資材高騰、工期延長 組合総会で計画変更承認」(同6月1日付) 「郡山複合ビル 完成ずれ込み 25年11月に」(福島民友6月1日付) 現在、福島、いわき、郡山の各駅前では再開発事業が進められているが、その全てで着工延期や工期延長になることが分かったのだ。 福島駅前では駅前通りの南側1・4㌶に複合棟(12階建て)、分譲マンション(13階建て)、駐車場(7階建て)などを建設する「福島駅東口地区第一種市街地再開発事業」が進められている。施行者は福島駅東口地区市街地再開発組合。 いわき駅前では国道399号(通称・並木通り)の北側1・1㌶に商業・業務棟(4階建て)、分譲マンション(21階建て)、駐車場(5階建て)などを建設する「いわき駅並木通り地区第一種市街地再開発事業」が進められている。施行者はいわき駅並木通り地区市街地再開発組合。 郡山駅前では駅前一丁目の0・35㌶に分譲マンションや医療施設(健診・透析センター)などが入るビル(21階建て)を建設する「郡山駅前一丁目第二地区第一種市街地再開発事業」が進められている。施行者は寿泉堂綜合病院を運営する公益財団法人湯浅報恩会など。 三つの事業が直面する課題。それは資材価格の高騰だ。当初予定より建設費が膨らみ、計画を見直さざるを得なくなった。地元紙報道によると、福島は361億円から2割以上増、いわきは115億円から130億円、郡山は87億円から97億円に増える見通しというから、施工者にとっては重い負担増だ。 資材価格が高騰している原因は、大きく①ウッドショック、②アイアンショック、③ウクライナ戦争、④物流価格上昇、⑤円安の五つとされる(詳細は別掲参照)。 ウッドショック新型コロナでリモートワークが増え、アメリカや中国で住宅建築需要が急拡大。木材不足が起こり価格が高騰した。アイアンショック同じく、アメリカや中国の住宅需要急拡大により、鉄の主原料である鉄鉱石が不足し価格が高騰した。ウクライナ戦争これまで資源大国であるロシアから木材チップ、丸太、単板などの建築資材を輸入してきたが、同国に対する経済制裁で他国から輸入しなければならなくなり、輸入価格が上昇した。物流価格上昇新型コロナの巣ごもり需要で物流が活発になり、コンテナ不足が発生。それが建築資材の運送にも波及し、物流価格上昇が資材価格に跳ね返った。円  安日本は建築資材の多くを輸入に頼っているため、円安になればなるほど資材価格に跳ね返る。  内閣府が昨年12月に発表した資料「建設資材価格の高騰と公共投資への影響について」によると、2020年第4四半期を「100」とした場合、22年第3四半期の建築用資材価格は「126・3」、土木用資材価格は「118・0」。わずか2年で1・2倍前後に増加しており、三つの事業の建設費の増加割合(1・1~1・2倍)とも合致する。 資材価格の高騰は現在も続いており、一時の極端な円安が和らいだ以外は、ウッドショックもアイアンショックも解消の見通しはない。ウクライナ戦争が終わらないうちは、ロシアへの経済制裁も解除されない。いわゆる「2024年問題」に直面する物流も、ますますコスト上昇が避けられない。資材価格の高騰がいつまで続くかは予測不能で、建設業界からは「あと数年は耐える必要がある」と覚悟の声が漏れる。 こうした中で三つの事業は今後どうなっていくのか。現場を訪ね、最新事情に迫った。 福島駅前 解体工事が進む福島駅東口の再開発事業 厳しい福島市の財政  看板が外された複数の建物には緑色のネットが被せられている。人の出入りがない空っぽの建物が並ぶ光景は、もともと人通りが少なかった駅前を一層寂しく感じさせる。 今、福島駅東口から続く駅前通りでは旧ホテル、旧百貨店、旧商店の解体工事が行われている。進ちょくは予定より遅れているが、下水道、ガス、電気などインフラ設備の撤去に時間を要したためという。アスベストの除去はほぼ完了し、解体工事は7月以降本格化。当初予定では終了は来年1月中旬だったが、今年度末までに完了させ、新築工事開始時に建築確認申請を行う見通し。 更地後は物販、飲食、公共施設、ホテルが入るビルや分譲マンションなどが建設される予定だ。ところが福島市議会6月定例会の開会日(5月30日)に、木幡浩市長が突然、 「当初計画より2割以上の増額が見込まれ、工事費縮減のため再開発組合と共に機能品質を維持しながら使用資材を変更したり、施設計画を再調整している。併せて国庫補助など財源確保も再検討している。これらの作業により、着工は2023年度から24年度にずれ込み、オープンは当初予定の26年度から27年度になる見通しです」 と、着工・オープンが1年延期されることを明言したのだ。 施工者は福島駅東口地区市街地再開発組合(加藤眞司理事長)だが、市はビル3、4階に整備される「福島駅前交流・集客拠点施設」(以下、拠点施設と略)を同組合から買い取る一方、補助金を支出することになっている。 同組合設立時の2021年7月に発表された計画では、総事業費473億円、補助金218億円(国2分の1、県と市2分の1)となっていた。単純計算で、市の補助金支出は54億5000万円になる。 ところが昨年5月に議員に配られた資料には、総事業費が19億円増の492億円、補助金が26億円増の244億円と書かれていた。主な理由は延べ床面積が若干増えたことと、資材価格の高騰だった。 市の補助金支出が60億円に増える見通しとなる中、市の負担はこれだけに留まらない。 市は拠点施設が入る3、4階を保留床として同組合から買い取るが、当初計画では「150億円+α」となっていた。しかし、前述・議員に配られた資料では190億円に増えていた。市はこのほか備品購入費も負担するが、その金額は開館前に決定されるため、市は総額「190億円+α」の保留床取得費を支出しなければならないのだ。 補助金支出と合わせると市の負担は250億円以上に上るが、資材価格の高騰で建設費が更に増える見通しとなり、計画の見直しを迫られた結果、着工・オープンを1年延期せざるを得なくなったのだ。 元市幹部職員は現状を次のように推察する。 「延期期間を1年とした根拠はないと思う。1年で資材価格の高騰が落ち着くとは考えにくい。市と再開発組合は、この1年であらゆる削減策を検討するのでしょう。事業規模が小さいと削る個所はほとんどないが、事業規模が大きいと削減や変更が可能な個所は結構ある。ただ、それでも大幅な事業費削減にはつながらないと思いますが」 元幹部が懸念するのは、市が昨年9月に発表した「中間財政収支の見通し(2023~27年度)」で、市債残高が毎年増え続け、27年度は1377億円と18年度の1・6倍に膨らむと試算されていることだ。市も見通しの中で「26年度には財政調整基金と減債基金の残高がなくなり、財源不足を埋められなくなる」「26年度以降の財源を確保できない」という危機を予測している。 「市の借金が急激に増える中、市は今後、地方卸売市場、図書館、消防本部、あぶくまクリーンセンター焼却工場、学校給食センターなどの整備・再編を控えている。市役所本庁舎の隣では70億円かけて(仮称)市民センターの建設も進められている。これらは『カネがなくてもやらなければならない事業』なので、駅前の拠点施設が滞ってしまうと、順番待ちしている事業がどんどん後ろ倒しになっていくのです」 ある元議員も 「既に解体工事が進んでいる以上、『カネがないから中止する』とはならないだろうが、あまりに市の負担が増えすぎると、計画に賛成した議会からも反対の声が出かねない」 と指摘する。 実際、木幡市長の説明を受けて6月15日に開かれた市議会全員協議会では、出席した議員から「どこかの段階で計画をやめることも今後の選択肢として出てくるのか」という質問が出ていた。 「施設が無事完成したとしても、その後は赤字にならないように運営していかなければならない。経済情勢が不透明な中、稼働率やランニングコストを考えると『このまま整備して大丈夫なのか』と議員が不安視するのは当然です」(元議員) 市は「計画の中止は想定していない」としており、資材や工法を変えるなどして事業費を削減するほか、新たな国の補助金を活用して財源確保を目指す方針を示している。 バンケット機能は整備困難  施行者の再開発組合ではどのような見直しを進めているのか。加藤眞司理事長は次のように話す。 「在来工法から別の工法に変えたり、特注品から既製品に変えたり、資材や設備を見直すなど、あらゆる部分を総点検して削れる個所は徹底的に削る努力をしています。例えば電線一つにしても、銅の価格が高騰しているので、使う長さを短くすればコストを抑えられます。市でも拠点施設に使う電線を最短距離で通すなどの検討をしています」 建設費が2割以上増えるなら、単純に10階建てから8階建てに減らせば2割減になる。しかし、加藤理事長は「面積を変更する考えは一切ない」と言う。 「再三検討した結果、今の面積に落ち着いた。それをいじってしまえば、計画を根本から変えなければならなくなります」(同) こうした中で気になるのは、拠点施設以外の商業フロア(1、2階)やホテル(8~12階)などの入居見通しだ。 「商業フロアの1階は地元商店の入居が予定されています。2階は飲食店を予定していますが、福島駅前からは飲食チェーンが軒並み撤退しており、テナントが入るか難しい状況です。場合によってはドラッグストアなど、別の選択肢も見据える必要があるかもしれません」 「ホテルは全国的に需要が戻っています。ただ、どこも従業員不足に悩まされており、今後の人材確保が心配されます」 ホテルと言えば、拠点施設ではさまざまな国際会議の開催を予定しているため、バンケット(宴会・晩餐会)機能の必要性が一貫して指摘されてきた。しかし、バンケット機能を有するホテルは誘致できず、木幡市長も6月定例会で、建設費高騰による家賃引き上げで参入を希望する事業者が見つからないとして「バンケット機能の整備は難しい」と明かしている。 市内では、福島駅西口のザ・セレクトン福島が昨年6月に宴会業務を廃止し、上町の結婚式場クーラクーリアンテ(旧サンパレス福島)も来年3月に閉館するなど、バンケット機能を著しく欠いている状況だ。木幡市長は地元経済界と連携して駅周辺でのバンケット機能確保を目指しつつ、ビルにバンケット機能への転用が図れる仕掛けを準備していることを説明したが、実現性が不透明な以上、一部議員が提案するケータリング(食事の提供サービス)機能も代替案に加えるべきではないか。 「市とは事業費削減だけでなく、完成後の使い勝手をいかに良くするかや、ランニングコストをいかに抑えるかについても繰り返し議論しています。それらを踏まえ、組合として今年度中に新たな計画を確定させたい考えです」(加藤理事長) 前出・元市幹部職員は 「一番よくないのは、見直した結果、施設全体が中途半端になることです。市民から『これなら、つくらない方がよかった』と言われるような施設ではマズイ。つくる以上は稼働率が高く、市民にとって使い勝手が良く、地域にお金が落ちて、税収も上がる好循環を生み出さなければ意味がない」 と指摘するが、着工・オープンの1年延期で市と同組合はどこまで課題をクリアできるのか。現状は、膨らみ続ける事業費をいかに抑え、家賃が上がっても耐えられるテナントをどうやって見つけるか、苦心している印象が強い。目の前のこと(着工)と併せて将来のこと(オープン後)も意識しなければ、市民から歓迎される施設にはならない。 いわき駅前 遅れを取り戻そうと工事が進むいわき駅並木通りの再開発事業 想定外の発掘調査に直面  いわき駅並木通り地区第一種市街地再開発事業は2021年8月に既存建物の解体工事に着手し、22年1月から新築工事が始まった。完成は商業・業務棟(63PLAZA)が今年夏、分譲マンション(ミッドタワーいわき)が来年4月を予定していたが、資材価格の高騰などで建設費が膨らみ、資金調達の交渉に時間を要した結果、それぞれ8カ月程度後ろ倒しになるという。 いわき駅前は、駅自体が新しくなり、今年1月には駅と直結するホテル「B4T」や商業施設「エスパルいわき」がオープン。同駅前再開発ビル「ラトブ」では6月に商業スペースが刷新され、2021年2月に閉店した「イトーヨーカ堂平店」跡地にも商業施設の整備が計画されるなど、にわかに活気付いている。 しかし、投資が集中する割に人通りは思ったほど増えていない。参考までに、いわき駅の1日平均乗車数は2001年が8000人、10年が6000人、21年が4200人。20年前と比べて半減している。 駅周辺で商売する人によると 「いったん閉店すると、ずっと空き店舗のままです。収益が少なく、それでいて家賃負担が重いため、若い出店希望者も駅前は及び腰になるそうです。『行政が家賃を補填してくれないと(駅前出店は)無理』という声をよく耳にします」 そうした中で事業が進む同再開発事業に対しては 「施設完成後、商業フロアはきちんと埋まるのか。ラトブは苦戦しており、エスパルいわきも未だにフルオープンはしておらず、シャッターが閉まったままのフロアがかなりある。仮に商業フロアが埋まったとしても、建設費が高ければ、その分家賃も高くなるので、かなりシビアな収支計画を迫られる。人通りが増えない中、店ばかり増えて商売が成り立つのかどうか」(同) 施行者のいわき駅並木通り地区市街地再開発組合で特定業務代理者を務める熊谷組の加藤亮部長(再開発プランナー)はこう話す。 「事業費を削り、新たに使える補助金を探し出す一方、収入を増やすメドがついたので、4月に開いた同組合の総会で事業計画の変更を承認していただきました。その事業計画を今後県に認可してもらい、早期の完成を目指していきます」 加藤部長によると、工期が延長された理由は資材価格の高騰もさることながら、建設現場で磐城平城などの遺構が発見され、発掘調査に予想以上の時間と費用を要したためという。商業・業務棟と分譲マンションのエリアは2022年度に調査を終えたが、駐車場と区画道路のエリアは現在も調査が続いているという。 「発掘調査にかかる費用は、個人施工の場合は補助金が出るが、組合施工の場合は組合が自己負担しなければなりません。さらに発掘調査に時間がかかれば、その分だけ工期が後ろ倒しになり、機器のリース代なども増えていく。同組合内からは、発掘調査によって生じた負担を組合が負わなければならないことに異論が出ましたが、最終的には理解していただきました」(同) 思わぬ形で工期延長を迫られた同事業が、新たな事業計画のもとで予定通り完成するのか、注目される。 郡山駅前 郡山駅前一丁目第二地区再開発事業の建設地。写真奥に見える一番高い建物が寿泉堂病院と分譲マンションが入る複合ビル 「削れる部分は削る」  郡山駅前一丁目第二地区第一種市街地再開発事業の敷地には、もともと旧寿泉堂綜合病院が建っていた。 2011年に現在の寿泉堂綜合病院と分譲マンション「シティタワー郡山」が入る複合ビルが完成後(郡山駅前一丁目第一地区市街地再開発事業)、旧寿泉堂綜合病院は直ちに解体され、第二地区の再開発事業は即始まる予定だった。しかし、リーマン・ショックや震災・原発事故が相次いで発生し、当時のディベロッパーが撤退したため、同事業は当面休止されることとなった。 その後、2018年に野村不動産が新たなディベロッパーに名乗りを上げ、20年に同事業の施行者である湯浅報恩会などと協定を締結した。 当初計画では、着工は2022年11月だったが、資材価格の高騰などにより延期。7カ月遅れの今年6月2日に安全祈願祭が行われた。 そのため、完成は当初計画の2025年初頭から同年11月にずれ込む見通し。湯浅報恩会の広報担当者は次のように説明する。 「削れる部分はとにかく削ろう、と。デザインも凝ったものにすると費用がかかるので、すっきりした形に見直しました。立体駐車場も見直しをかけました。最終的に事業費は当初予定の87億円から97億円に増えましたが、見直し段階では97億円より多かったので何とか切り詰めた格好です。同事業は国、県、市の補助金を活用するので、施行者の都合で事業をこれ以上先送りできない事情があります。工期は10カ月程伸びますが、計画通り完成を目指し、駅前再開発に寄与していきたい」 実際の工事は、早ければ今号が店頭に並ぶころには始まっているかもしれない。 地方でも好調なマンション  ところで、三つの事業ではいずれも分譲マンションが建設される。駅前に建設されるマンションは、運転免許を返納するなど移動手段を持たない高齢者を中心に「買い物や通院に便利」として人気が高い。一方、マンション需要は首都圏や近畿圏、福岡などでは高止まりしているというデータが存在するが、地方のマンション需要が分かるデータはなかなか見つからない。 それでなくても三つの事業は、資材価格の高騰という厳しい状況に見舞われ、建設される商業関連施設もテナントが入るかどうか心配されている。建設費が高ければ、その分家賃も高くなるが、それはマンションの販売価格にも当てはまるはず。果たして、三つの事業で建設される分譲マンションは、どのような販売見通しになっているのか。 福島と郡山の事業で分譲マンションを手掛ける野村不動産ホールディングスに尋ねると、 「当社が昨年度と今年度にマンションを分譲した宇都宮市、高崎市、水戸市などの販売は堅調です。福島と郡山の事業も、駅への近さや生活利便性の高さなどは特にお客様から評価いただけると考えています」(広報報担当者) いわきの事業で分譲マンションを建設するフージャースコーポレーションにも問い合わせたところ、 「現在、東北地方で販売中の当社物件は比較的好調です。実際、ミッドタワーいわきは販売戸数206戸のうち160戸が成約となり、成約率は78%です。(資材価格の高騰などで)完成は遅れますが、販売に影響はありません」(事業推進部) 新型コロナやウクライナ戦争など不透明な経済情勢の中でも、マンション販売は地方も好調に推移しているようだ。苦戦ばかりが叫ばれる駅前再開発事業にあって、明るい材料と言えそうだ。 あわせて読みたい 事業費増大が止まらない福島駅前拠点施設 福島駅「東西一体化構想」に無関心な木幡市長 スナック調査シリーズ

  • 土湯温泉「向瀧」新経営者が明かす〝勝算〟

     2021年2月の福島県沖地震で損壊した福島市・土湯温泉の「ホテル向瀧」が新ホテルを建設する。前身の「向瀧」から数えて創業100年になる同ホテルは、20年8月に経営者が代わり再スタートを切った。厳しい経済状況の中、コロナ禍の影響を大きく受けたホテル業界に進出し、新施設まで建設する経営者とはどのような人物なのか。(佐藤仁) 巨額借入で高級ホテルを建設 ホテル向瀧の建設予定地  新型コロナの感染拡大でここ数年、閑散としていた土湯温泉。だが、今年の大型連休は違った。 「どの旅館・ホテルも5月5日くらいまで満館でした。様相は明らかに変わったと思います」(土湯温泉観光協会の職員) 職員によると、今年は例年より暖かくなるのが早かったこともあってか、3月ごろから目に見えて人出が増えていたという。 国の全国旅行支援に加え、新型コロナが徐々に落ち着き、5月8日からは感染症法上の位置付けが2類相当から5類に引き下げられた。行動制限があった昨年までと違い、今年の大型連休はどの観光地も大勢の人で賑わいをみせた。 そうした中、土湯温泉では今、新しいホテルの建設が始まろうとしている。筆者が現地を訪ねた5月9日にはまだ着工していなかったが、今号が店頭に並ぶころには資機材が運び込まれ、作業員や重機の動く様子が見られるはずだ。 4月13日付の地元紙には、現地で行われた地鎮祭を報じる記事が掲載された。以下は福島民報より。 《福島市の土湯温泉ホテル向瀧の地鎮祭は12日、現地で行われ、関係者が工事の安全を祈願した。2021(令和3)年2月の本県沖地震で被災したため建て替える。2024年3月末の完成、同年の大型連休前の開業を目指す。 新ホテルは2022年にオープン予定だったが、世界的な資材不足の影響などで開業計画と建物の設計変更を余儀なくされた。新設計は鉄骨造り5階建て、延べ床面積は2071平方㍍。客室は9部屋で、全室に源泉かけ流しの露天風呂を完備する。向瀧グループが運営する。 式には約20人が出席した。神事を行い、向瀧グループホテル向瀧・ワールドサポート代表の菅藤真利さんがくわ入れした》 現地に立つ看板によると「ホテル向瀧」は当初、敷地面積2730平方㍍、建築面積720平方㍍、延べ面積3520平方㍍、7階建て、高さ33㍍だったが、民報の記事中にある「設計変更」で実際の建物はこれより一回り小さくなる模様。設計は㈲フォルム設計(福島市)、施工は金田建設㈱(郡山市)が請け負う。 ホテル向瀧は、もともと「向瀧」という名称で営業していた。法人の㈱向瀧旅館は1923年創業、61年法人化の老舗だが、2011年の東日本大震災で建物が大規模半壊、1年8カ月にわたり休館したことに加え、原発事故の風評被害で経営危機に陥った。その後、インバウンドで福島空港のチャーター便が増加すると、タイからの観光客受け入れルートを確立。ところが、回復しつつあった矢先に新型コロナに見舞われ、外国人観光客は途絶えた。 向瀧旅館の佐久間智啓社長は、震災被害は国のグループ補助金を活用したり、金融機関の協力を得るなどして乗り越えた。だが、新型コロナに襲われると、収束時期が不透明で売り上げ回復も見通せないとして、更に借金を重ねる気力を持てなかった。コロナ前に起きた令和元年東日本台風による被害と消費税増税も、佐久間社長の再建への気持ちを萎えさせた。 向瀧旅館の業績 売上高当期純利益2015年4億円――2016年4億8900万円▲100万円2017年4億5900万円2900万円2018年4億6800万円1600万円2019年4億6500万円――※決算期は3月。―は不明。▲は赤字。  今から3年前、向瀧は「2020年3月31日から5月1日までの間、休館と致します」とホームページ等で発表すると、5月2日以降も営業を再開しなかった。 そんな向瀧に転機が訪れたのは同年8月。福島市のワールドサポート合同会社が経営を引き継ぎ、「ホテル向瀧」と名称を変えて営業を再開させたのだ。 法人登記簿によると、ワールドサポートは2015年設立。資本金10万円。代表社員は菅藤真利氏。主な事業目的は①ホテル事業、②レストラン事業、③輸出入貿易業、輸入商品の販売並びに仲介業、④電子製品の製造、販売および輸出入並びに仲介業、⑤企業の海外事業進出に関するコンサルタント業、⑥機器校正メンテナンス業、⑦測定器の研究、開発、製造および販売――等々、多岐に渡る。 ワールドサポートの業績 売上高当期純利益2018年400万円――2019年700万円4万円2020年2700万円▲1400万円2021年1億0600万円――2022年2000万円――※決算期は3月。―は不明。▲は赤字。  創業100年の老舗旅館を、設立10年にも満たない会社が引き継いだのは興味深い。ワールドサポートとはどんな会社で、代表の菅藤氏とは何者なのか。 好調な中国のレストラン イラストはイメージ  菅藤氏はホテル業や運送業、保険業などに携わった後、中国で起業したが、その直後に東日本大震災が起こり、2011年9月、福島市内に放射線測定器を扱う会社を興した。だが、同社が県から委託されて設置したモニタリングポストに不具合が生じたとして、県は契約を解除。一方、別会社が菅藤氏の会社から測定器を納入し、県生活環境部が行う入札に参加を申し込んだところ、測定器が規定を満たしていないとして入札に参加できなかったが、県保健福祉部が行った入札では問題ないとして落札できた。そのため、この会社と菅藤氏は「測定器の性能に問題はなかった」と県の第三者委員会に苦情を申し立てた経緯があった。 その後、菅藤氏は測定器の会社を辞め、親族と共に中国・大連市に出店した日本食レストラン(3店)の経営に専念。このころ、父親を代表社員とするワールドサポートを設立し、レストラン経営に対するコンサルタント料として同社に年数百万円を支払っていた。 2019年にはワールドサポートでも飲食店経営に乗り出し、福島市内に洋食店を出店した。ところが翌年、新型コロナが発生し、洋食店はオープン数カ月で休業を余儀なくされた。ただ、中国の日本食レストランはコロナ禍でも100人近い従業員を雇うなど、黒字経営で推移していたようだ。 菅藤氏の知人はこう話す。 「菅藤氏の日本食レストランは中国のハイクラス層をターゲットにしており、新型コロナの影響に左右されることなく着実に売り上げを上げていました。あるきっかけで店を訪れたモンゴル大使館の関係者は『とても素晴らしい店だ』と気に入り、菅藤氏に『同じタイプのレストランをモンゴルに出したいので手伝ってほしい』と依頼。菅藤氏はコンサルとして出店に協力しています」 ワールドサポートに「向瀧の経営を引き継がないか」という話が持ち込まれたのは洋食店が休業に入るころだった。もともとホテル経営に関心を持っていた菅藤氏に、前出・向瀧旅館の佐久間社長と代理人弁護士が打診した。 この知人によると、法人(ワールドサポート)としてはホテル経営の実績はなかったが、菅藤氏は元ホテルマンで、休業していた洋食店の従業員にも元ホテルマンが多く、個々にホテル経営のノウハウを持ち合わせていたという。実際、同社がホテル向瀧として2020年8月から営業を再開させた際、総支配人に据えたのは、2019年に閉館したホテル辰巳屋で支配人・社長を務めた佐久間真一氏だった。 本誌は3年前、ワールドサポートに経営が切り替わるタイミングでホテル幹部を取材したが、向瀧旅館から引き継ぐ条件として▽負債は佐久間社長が負う、▽不動産に付いている金融機関の担保も佐久間社長の責任で外す、▽身綺麗になった後、運営会社を向瀧旅館からワールドサポートに切り替える、▽それまではワールドサポートが向瀧旅館から不動産を賃借して運営する――等々がまとまったため、営業を再開したことを明かしてくれた。 ワールドサポートは向瀧旅館の従業員を再雇用することにもこだわった。現場を知る人が一人でも多い方が再開後の運営はスムーズだし、コロナ禍で景気が冷え込む中では、従業員にとっても失業を回避できるのはありがたい。希望する従業員は全員再雇用した。ただし早期再建を図るため、給料は再雇用前よりカットすることで納得してもらった。従業員に給料カットを強いる以上は、役員報酬も大幅カットした。 また、休業していた洋食店は撤退を決め、新たにホテル向瀧のラウンジに入居させて再スタートを切った。 不動産登記簿を見ると、向瀧旅館の佐久間社長はワールドサポートとの約束を着実に履行した形跡がうかがえる。 ホテル向瀧の土地建物には別掲の担保が設定されていたが(債務者は全て向瀧旅館)、これらは2021年3月末までに解除された。 根抵当権1980年12月設定極度額6000万円、根抵当権者・福島信金根抵当権1990年5月設定極度額13億円、根抵当権者・みずほ銀行根抵当権1994年5月設定極度額1億5000万円、根抵当権者・みずほ銀行根抵当権1994年5月設定極度額1億2000万円、根抵当権者・みずほ銀行根抵当権1994年5月設定極度額1億2000万円、根抵当権者・福島信金抵当権1994年6月設定債権額3億円、抵当権者・日本政策金融公庫抵当権1998年3月設定債権額1億円、抵当権者・日本政策金融公庫抵当権2013年9月設定債権額8100万円、抵当権者・福島県産業振興センター※上記担保は2021年3月末までに全て解除されている。  同年6月、向瀧旅館は商号を㈱MT企画に変更。3カ月後の同年9月1日、5億6800万円の負債を抱え、福島地裁から破産手続き開始決定を受けた。同社はワールドサポートから家賃収入を得ていたが、全ての担保が解除されたと同時に土地建物をワールドサポートに売却した。 20億円の借り入れ  この時点でMT企画・佐久間社長はホテル向瀧とは一切関係がなくなったが、その後も「何らかのつながりがあるのではないか」と見る向きがあったのか、ワールドサポートでは同ホテルのHPで次のような注意喚起を行っていた。 《ホテル向瀧は、株式会社向瀧旅館・土湯温泉向瀧旅館および株式会社MT企画とは一切関係ありませんので、ご注意下さいますようお願いいたします》 そんなワールドサポートも順風な経営とはいかなかった。土地建物が自社名義になる直前の2021年2月に福島県沖地震が発生。震災に続きホテルは大規模半壊し、休館せざるを得なかった。 菅藤氏は建て替えを決断し、金策に奔走した。その結果、2022年3月に三井住友銀行をアレンジャー兼エージェント、福島銀行、足利銀行、商工中金を参加者とする20億3500万円のシンジケートローンが締結された。だが、冒頭・民報の記事にもあるように、世界的な資材不足の影響で計画・設計の変更を迫られるなどスムーズな建て替えとはいかなかった。 ちなみに、かつての向瀧は10階建て、延べ床面積1万0600平方㍍、客室は71室あった。これに対し、新ホテルは5階建て、延べ床面積2070平方㍍、客室は9室なので、団体客は意識せず、コロナ禍で進んだ個人・少人数の旅行客を受け入れようという狙いが見て取れる。 ホテル向瀧が休館―解体―新築となる一方で、菅藤氏は同ホテルから徒歩5分の場所にあった保養施設の改修にも乗り出していた。 閉館から年月が経っていた「旧キヤノン土湯荘」を2021年6月、ワールドサポートの関連会社㈱WIC(福島市、2021年設立、資本金400万円、菅藤江未社長)が取得すると、改修工事を施し、今年3月から「向瀧別館 瀧の音」という名称で営業を始めた。土地建物はWIC名義だが、運営はワールドサポートが行っている。 3月にオープンした瀧の音  ここまでワールドサポートと菅藤氏について触れたが、巨額の売り上げを上げているわけでもなく、洋食店も始まった直後に新型コロナで休業し、ホテル経営も実績がない。そんな同社(菅藤氏)が、なぜ20億円ものシンジケートローンを組むことができたのか、なぜホテル向瀧だけでなく別館まで手を広げることができたのか、正直ナゾが多い。 事実、他の温泉地の旅館・ホテルからは「バックに有力スポンサーが付いているのではないか」「中国資本が入っているのではないか」という憶測も聞こえてくる。 実際はどうなのか、菅藤氏に直接会って話を聞いた。 菅藤氏が描く戦略 イラストはイメージ  向瀧旅館から経営を引き継ぎ、2020年8月に営業許可を受けた菅藤氏は、71室あった客室を15室だけ稼働させ、限られた経営資源を集中投下した。 「まず『旅館』から『ホテル』にしたことで、仲居さんが不要になります。かつての向瀧を知るお客さんからは『部屋まで荷物を運んでくれないのか』『お茶を出してくれないのか』と言われましたが『ホテルに変わったので、そういうサービスはしていません』と。そうやって、まずは労働力・人件費を細部に渡りカットしていきました」(菅藤氏、以下断わりがない限り同) 休業していた洋食店をホテル内に入居させたことも奏功した。 「もともと腕利きの料理人を複数抱えていたので、ホテルの夕食は和食かフレンチをチョイスできる仕組みにしました。そうすることで、例えば夫婦で泊まった場合、旦那さんは和食で日本酒、奥さんはフレンチでワインが楽しめると同時に、翌日は逆のチョイスをしてみようと連泊してくださるお客さんが増えていきました」 連泊すると、宿泊客は部屋の掃除を遠慮するケースが多い。そうなるとリネンを交換する必要もなく、その分、経費は浮くことになる。 「旅館では当たり前の布団を敷くサービスも廃止し、お客さんに敷いてもらうようにして、代わりに1000円キャッシュバックのサービスを行いました。その結果、1000円がお土産代などに回る好循環につながりました」 従業員は十数人なので、15部屋が満室になったとしても満足なサービスを提供できる。そうやって今までかかっていた経費を抑えつつ、限られた人数で一定の稼働率を維持したことで、営業再開当初から単月の売り上げは二千数百万円、利益は数百万円を上げることに成功した。 ところが前述した通り、2021年2月の福島県沖地震で建物は大規模半壊。休館―解体を余儀なくされた中、菅藤氏が頭を悩ませたのは従業員の雇用維持だった。 考えたのは、新ホテルの開設準備室として使っていた前出・旧キヤノン土湯荘をホテルとして再生させ、新ホテルがオープンするまで従業員に働いてもらうことだった。 「もともと保養所だったので、風呂とトイレは各部屋になく、フロアごとに設置されていました。ここをリニューアルすれば、学生の合宿に使い勝手が良い施設になるのではと考え、リーズナブルな料金設定にして営業を始めました」 建物は2021年に続き22年3月の福島県沖地震でダメージを受けていたため、リニューアルは簡単ではなかったが、今年3月に瀧の音としてオープン以降は従業員の雇用の場になると共に、新たな宿泊層を呼び込むきっかけにもなった。 「今年の大型連休は、県内外の中学・高校生に大会の宿舎として利用していただきました。ダンススクールの子どもたちの合宿もあり、4連泊と長期宿泊もみられました。客室は9室と少ないので、サービスが滞る心配もありません」 今後は各部屋にユニットバスとトイレを設置し、使い勝手の向上を図る予定だという。 新型コロナが収束していない中、2軒目の経営に乗り出すとは驚きだが、気になるのは、新ホテルを建設し、徒歩5分のエリアに別館もオープンさせて足の引っ張り合いにならないのかということだ。 「新ホテルはインバウンドや首都圏のお客さんをターゲットに、瀧の音とは全く異なる料金プランを設定する予定です。稼働率も25%程度を想定しています」 要するに、新ホテルは高級路線を打ち出し、別館とは住み分けを図る狙いだ。今後、別館のリニューアル(ユニットバスとトイレの設置)を行うのは、今まで向瀧を訪れていた地元の人たちが高級ホテルに宿泊するとは考えにくいため、合宿以外の地元利用につなげたい考えがあるのだろう。 それにしても驚くのは25%という稼働率の低さだ。旅館・ホテルは稼働率60~70%が損益分岐点と聞くが、25%で黒字に持っていくことは可能なのか。 「例えば客室が100室あって稼働率25%では、空きが75室になるので赤字です。だが、新ホテルは9室なので25%ということは2部屋稼働させればいい。大きな旅館・ホテルは、春秋の観光シーズンや夏休みは一定の入り込みが見込めるが、シーズンオフは企画を立てたり、料金を下げても稼働率を維持するのは容易ではない。しかし、お客さんのターゲットを明確に絞り、全体で9室しかなければ、観光シーズンか否かに左右されず一定の稼働率を維持できると考えています。ましてや最初から25%と低く設定し、それで黒字になるなら、ハードルは決して高くないと思います」 新ホテルに明確なコンセプトを持たせつつ、別館は学生や地元客の利用を意識するという菅藤氏のしたたかな戦略が見て取れる。 「ホテル管理システムも、スマホで予約や決済が可能な最新のものを導入しようと準備を進めています。削る部分は削るが、かける部分はかけるというのも菅藤氏の戦略なのでしょう」(前出・菅藤氏の知人) 見えない信用力  それでも記者が「厳しい経済状況の中、高級路線のホテルは需要があるのか」と意地悪い質問をすると、菅藤氏はこう断言した。 「あります。首都圏では某有名ホテルチェーンで1泊数万円でも連日予約が埋まっているし、有名観光地では1泊1食付きで数十万~100万円の旅館・ホテルの人気が高い。地方の温泉地でも知恵を絞り、魅力的なサービスを打ち出せば外国人旅行者や首都圏の富裕層に関心を持ってもらえると思います」 このように戦略の一端が見えた一方、やはり気になるのは金策だ。三井住友銀行によるシンジケートローンは前述したが、失礼ながら事業実績に乏しいワールドサポートに巨額融資を受ける信用があるようには見えない。その点を菅藤氏に率直に尋ねると、こんな答えが返ってきた。 「最初、地元金融機関に融資を申し込んだところ、事業計画を吟味することなく『当行は静観します』と断られました。その後、紆余曲折があり三井住友銀行さんに行き着いたが、同行は事業計画をしっかり評価してくれました。同行はグループ会社でホテル経営をしており、五つ星ホテルもあるから、ホテル向瀧のコンセプトにも理解を示してくれたのだと思います。『婚礼はやらない方がいい』など具体的なアドバイスもしてくれました」 とはいえ、事業計画がいくら立派でも、信用面はどうやって評価してもらったのか。 「中国の日本食レストランはオープン9年になるが、その業績と資産価値を高く評価してもらいました。三井住友銀行さんに現地法人があったことが、正確な評価につながったのでしょう。融資を断られた地元金融機関は現地法人もなければ支店・営業所もないので、(日本食レストランを)評価しようがなかったのかもしれません」 記者が「バックに有力スポンサーがいるとか、中国資本が入っていると見る向きもあるが」とさらに突っ込んで聞くと、菅藤氏はきっぱりと言い切った。 「仮に有力スポンサーが付いていたとしても、ワールドサポートと実際の資本関係がなければ銀行は信用力が上がったとは見なさない。しかし登記簿謄本を見てお分かりのように、当社は資本金10万円の会社ですから、スポンサーとの資本関係はありません。中国資本についても同様です」 スポンサー説や中国資本説はあくまでウワサに過ぎないようだ。 これについては前出・菅藤氏の知人もこう補足する。 「菅藤氏の周囲には数人のブレーンがいて、これまでも彼らと知恵を出し合いながら事業を進めてきた。ホテル経営に当たっても資金づくりが注目されているが、私が感心したのは様々な補助金を駆使していることです。一口に補助金と言うが、実は省庁ごとに細かい補助金がいくつもあり、その中から自分の事業に使えるものを探すのは簡単ではない。それを、菅藤氏はブレーンと適宜見つけ出しては本館・別館の改修に充てていたのです」 地方の温泉旅館で富裕層を狙う戦略が奏功するのか、急速な事業拡大は行き詰まりも早いのではないか、巨額融資を受けられた別の理由があるのではないか――等々、お節介な心配は挙げれば尽きないが、今後、ワールドサポート・菅藤氏のお手並みを拝見したい。 「別の仕掛け」も検討!?  ワールドサポートでは向瀧旅館と取り引きしていた仕入れ先から引き続き食材等を調達しているが、当初は現金払いを求められたという。向瀧旅館が再三休館し、最後は破産したわけだから、ワールドサポートも信用面を疑われるのは仕方がなかった。だが、再開当初から経営が軌道に乗り、シンジケートローンが決まると「月末締めの翌月払い」に変更されたという。同社が仕入れ先から信用を得られた瞬間だった。 「向瀧旅館(MT企画)が破産したことで、仕入れ先の債権(買掛金など)がどのように処理されたのかは分かりません。当社としては仕入れ先に迷惑をかけず、地元企業にお金が回るようホテルを経営していくだけです」(菅藤氏) その点で言うと、もし地元金融機関から融資を受けられれば施工は福島市の建設会社に依頼する予定だったが、融資を断られたため、三井住友銀行の紹介で接点ができた前述・金田建設に依頼した。菅藤氏は「今後も可能な限り地元企業にお金が回るようにしたい」と話している。 建設中の新ホテルは来年3月末に完成し、大型連休前のオープンを目指しているが、災害時には避難所として利用できるよう福島市と協定を締結している。瀧の音をオープンさせた狙いの一つ「地元貢献」を新ホテルでも果たしつつ、 「菅藤氏は更に『別の仕掛け』も考えており、これが成功すれば低迷する各地の温泉地を再生させるモデルケースになるのでは」(前出・菅藤氏の知人) というから、本誌の取材には明かしていない構想が菅藤氏の念頭にはあるのだろう。 昨年創業100年を迎えたホテル向瀧がどのように生まれ変わり、菅藤氏が描く「仕掛け」が土湯温泉全体にどのような影響をもたらすのか、注目点は尽きない。 あわせて読みたい 芦ノ牧温泉【丸峰観光ホテル】民事再生を阻む諸課題【会津若松市】 飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」 【石川町】焼失ホテルが直面する複合苦

  • ゼビオ「本社移転」の波紋

    ゼビオ「本社移転」の波紋

     スポーツ用品販売大手ゼビオホールディングス(HD、郡山市、諸橋友良社長)は3月28日、中核子会社ゼビオの本社を郡山市から栃木県宇都宮市に移すと発表した。寝耳に水の決定に、地元経済界は雇用や税収などに与える影響を懸念するが、同市はノーコメントで平静を装う。本社移転を決めた背景には、品川萬里市長に対する同社の不信感があったとされるが、真相はどうなのか。(佐藤 仁) 信頼関係を築けなかった品川市長 品川萬里市長  郡山から宇都宮への本社移転が発表されたゼビオは、持ち株会社ゼビオHDが持つ「六つの中核子会社」のうちの1社だ。 別図にゼビオグループの構成を示す。スポーツ用品・用具・衣料を中心とした一般小売事業をメーンにスポーツマーケティング事業、商品開発事業、クレジットカード事業、ウェブサイト運営事業などを国内外で展開。連結企業数は33社に上る。  かつてはゼビオが旧東証一部上場会社だったが、2015年から純粋持ち株会社体制に移行。同社はスポーツ事業部門継承を目的に、会社分割で現在の経営体制に移行した。 法人登記簿によると、ゼビオ(郡山市朝日三丁目7―35)は1952年設立。資本金1億円。役員は代表取締役・諸橋友良、取締役・中村考昭、木庭寛史、石塚晃一、監査役・加藤則宏、菅野仁、向谷地正一の各氏。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ。 「子会社の一つが移るだけ」「HDや管理部門のゼビオコーポレートなどは引き続き郡山にとどまる」などと楽観してはいけない。ゼビオHDはグループ全体で約900店舗を展開するが、ゼビオは「スーパースポーツゼビオ」「ゼビオスポーツエクスプレス」などの店名で約550店舗を運営。別表の決算を見ても分かるように、HDの売り上げの半分以上を占める。地元・郡山に与える影響は小さくない。 ゼビオHDの連結業績売上高経常利益2018年2345億9500万円113億8900万円2019年2316億2900万円67億2500万円2020年2253億1200万円58億4200万円2021年2024億3800万円43億4200万円2022年2232億8200万円78億5100万円※決算期は3月 ゼビオの業績売上高当期純利益2018年1457億6600万円54億1000万円2019年1380億2400万円21億7600万円2020年1291億7600万円19億5300万円2021年1124億6900万円12億8700万円2022年1282億1900万円6億2000万円※決算期は3月  郡山商工会議所の滝田康雄会頭に感想を求めると、次のようなコメントが返ってきた。 郡山商工会議所の滝田康雄会頭  「雇用や税収など多方面に影響が出るのではないか。他社の企業戦略に外野が口を挟むことは控えるが、とにかく残念だ。他方、普段からコミュニケーションを密にしていれば結果は違ったものになっていたかもしれず、そこは会議所も行政も反省すべきだと思う」 雇用の面では、純粋に雇用の場が少なくなり、転勤等による人材の流出が起きることが考えられる。 税収の面では、市に入る市民税、固定資産税、国民健康保険税、事業所税、都市計画税などが減る。その額は「ゼビオの申告書を見ないと分からないが、億単位になることは言うまでもない」(ある税理士)。 3月29日付の地元紙によると、本社移転は今年から来年にかけて完了させ、将来的には数百人規模で移る見通し。移転候補地には2014年に取得したJR宇都宮駅西口の土地(約1万平方㍍)が挙がっている。 それにしても、数ある都市の中からなぜ宇都宮だったのか。 ゼビオは2011年3月の震災・原発事故で国内外の企業との商談に支障が出たため、会津若松市にサテライトオフィスを構えた。しかし交通の便などの問題があり、同年5月に宇都宮駅近くに再移転した。 その後、同所も手狭になり、2013年12月に宇都宮市内のコジマ社屋に再移転。商品を買い付ける購買部門を置き、100人以上の体制を敷いた。マスコミは当時、「本社機能の一部移転」と報じた。 ただ、それから8年経った2021年7月、宇都宮オフィスは閉所。コロナ禍でウェブ会議などが急速に普及したことで同オフィスの役割は薄れ、もとの郡山本社と東京オフィスの体制に戻っていた。 このように、震災・原発事故を機にゼビオとの深い接点が生まれた宇都宮。しかし、それだけの理由で同社が40年以上本社を置く郡山から離れる決断をするとは思えない。 ある事情通は 「本社移転の背景には、ゼビオが進めたかった事業が郡山では実現の見込みがなく、別の都市で進めるしかなかった事情がある」  と指摘する。郡山では実現の見込みがない、とはどういう意味か。 農業試験場跡地に強い関心 脳神経疾患研究所が落札した旧農業試験場跡地  本社移転が発表された3月28日、ゼビオは宇都宮市と連携協定を締結。締結式では諸橋友良社長と佐藤栄一市長が固い握手を交わした。  ゼビオは同日付のプレスリリースで、宇都宮市と連携協定を締結した理由をこう説明している。  《宇都宮市は社会環境の変化に対応した「未来都市うつのみや」の実現に向け、効果的・効率的な行政サービスの提供に加え、多様な担い手が、それぞれの力や価値を最大限に発揮し合うことで、人口減少社会においても総合的に市民生活を支えることのできる公共的サービス基盤の確立を目指しています》《今回、宇都宮市の積極的な企業誘致・官民連携の取り組み方針を受け、ゼビオホールディングス株式会社の中核子会社であるゼビオ株式会社の本社及び必要機能の移転を宇都宮市に行っていく事などを通じて、産学官の協働・共創のもとスポーツが持つ多面的な価値をまちづくりに活かし、スポーツを通じた全世代のウェルビーイングの向上によって新たなビジネスモデルの創出を目指すこととなりました》  宇都宮市は産学官連携により2030年ごろのまちの姿として、ネットワーク型コンパクトシティを土台に地域共生社会(社会)、地域経済循環社会(経済)、脱炭素社会(環境)の「三つの社会」が人づくりの取り組みやデジタル技術の活用によって発展していく「スーパースマートシティ」の実現を目指している。  この取り組みがゼビオの目指す新たなビジネスモデルと合致したわけだが、単純な疑問として浮かぶのは、同社はこれから宇都宮でやろうとしていることを郡山で進める考えはなかったのか、ということだ。  実は、過去に進めようとしたフシがある。場所は、郡山市富田町の旧農業試験場跡地だ。  同跡地は県有地だが、郡山市が市街化調整区域に指定していたため、県の独断では開発できない場所だった。そこで、県は「市有地にしてはどうか」と同市に売却を持ちかけるも断られ、同市も「市有地と交換してほしい」と県に提案するも話がまとまらなかった経緯がある。  震災・原発事故後は敷地内に大規模な仮設住宅がつくられ、多くの避難者が避難生活を送った。しかし、避難者の退去後に仮設住宅は取り壊され、再び更地になっていた。  そんな場所に早くから関心を示していたのがゼビオだった。2010年ごろには同跡地だけでなく周辺の土地も使って、トレーニングセンターやグラウンド、研究施設などを備えた一体的なスポーツ施設を整備する構想が漏れ伝わった。  開発が進む気配がないまま年月を重ねていた同跡地に、ようやく動きがみられたのは2年前。総合南東北病院を運営する一般財団法人脳神経疾患研究所(郡山市、渡辺一夫理事長)が同跡地に移転・新築し、2024年4月に新病院を開業する方針が地元紙で報じられたのだ。  ただ、同跡地の入札は今後行われる予定なのに、既に落札者が決まっているかのような報道は多くの人に違和感を抱かせた。自民党県連の佐藤憲保県議(7期)が裏でサポートしているとのウワサも囁かれた(※佐藤県議は本誌の取材に「一切関与していない」と否定している)。 トップ同士のソリが合わず  その後、県が条件付き一般競争入札を行ったのは、報道から1年以上経った昨年11月。落札したのは脳神経疾患研究所を中心とする共同事業体だったため、デキレースという声が上がるのも無理はなかった。  ちなみに、県が設定した最低落札価格は39億4000万円、脳神経疾患研究所の落札額は倍の74億7600万円だが、この入札には他にも参加者がいた。ゼビオHDだ。  ゼビオHDは同跡地に、スポーツとリハビリを組み合わせた施設整備を考えていたとされる。しかし具体的な計画内容は、入札参加に当たり同社が県に提出した企画案を情報開示請求で確認したものの、すべて黒塗り(非開示)で分からなかった。入札額は51億5000万円で、脳神経疾患研究所の落札額より20億円以上安かった。  関心を持ち続けていた場所が他者の手に渡り、ゼビオHDは悔しさをにじませていたとされる。本誌はある経済人と市役所関係者からこんな話を聞いている。  「入札後、ゼビオの諸橋社長は主要な政財界人に、郡山市の後押しが一切なかったことに落胆と怒りの心境を打ち明けていたそうです。品川萬里市長に対しても強い不満を述べていたそうだ」(ある経済人)  「昨年12月、諸橋社長は市役所で品川市長と面談しているが、その時のやりとりが辛辣で互いに悪い印象を持ったそうです」(市役所関係者)  諸橋社長が「郡山市の後押し」を口にしたのはワケがある。入札からちょうど1年前の2021年11月、同市は郡山市医師会とともに、同跡地の早期売却を求める要望書を県に提出している。地元医師会と歩調を合わせたら、同市が脳神経疾患研究所を後押ししたと見られてもやむを得ない。実際、諸橋社長はそう受け止めたから「市が入札参加者の一方を応援するのはフェアじゃない」と不満に思ったのではないか。  ゼビオの本社移転を報じた福島民友(3月29日付)の記事にも《スポーツ振興などを巡って行政側と折り合いがつかない部分があったと指摘する声もあり、「事業を展開する上でより環境の整った宇都宮市を選択したのでは」とみる関係者もいる》などと書かれている。  つまり、前出・事情通が「ゼビオが進めたかった事業が郡山では実現の見込みがなく、別の都市で進めるしかなかった」と語っていたのは、落札できなかった同跡地での取り組みを指している。  「郡山市が非協力的で、品川市長ともソリが合わないとなれば『協力的な宇都宮でやるからもう結構』となるのは理解できる」(同)  そんな「見切りをつけられた」格好の品川市長は、ゼビオの本社移転に「企業の経営判断についてコメントすることは差し控える」との談話を公表しているが、これが市民や職員から「まるで他人事」と不評を買っている。ただ、このような冷淡なコメントが品川市長と諸橋社長の関係を物語っていると言われれば、なるほど合点がいく。 「後出しジャンケン」 ゼビオコーポレートが市に提案した開成山地区体育施設のイメージパース  ここまでゼビオを擁護するようなトーンで書いてきたが、批判的な意見も当然ある。とりわけ「それはあんまりだ」と言われているのが、開成山地区体育施設整備事業だ。  郡山市は、市営の宝来屋郡山総合体育館、HRS開成山陸上競技場、ヨーク開成山スタジアム、開成山弓道場(総面積15・6㌶)をPFI方式で改修する。PFIは民間事業者の資金やノウハウを生かして公共施設を整備・運営する制度。昨年、委託先となる事業者を公募型プロポーザル方式で募集し、ゼビオコーポレート(郡山市)を代表企業とするグループと陰山建設(同)のグループから応募があった。  郡山市は学識経験者ら6人を委員とする「開成山体育施設PFI事業者等選定審議会」を設置。審査を重ねた結果、昨年12月22日、ゼビオコーポレートのグループを優先交渉権者に決めた。同社から示された指定管理料を含む提案事業費は97億7800万円だった。  同グループは同審議会に示した企画案に基づき、今年度から来年度にかけて各施設の整備を進め、2025年度から順次供用開始する予定。  本誌は各施設がどのように整備されるのか、ゼビオコーポレートの企画案を情報開示請求で確認したが、9割以上が黒塗り(非開示)で分からなかった。  郡山市は今年3月6日、市議会3月定例会の審議・議決を経て、ゼビオグループがPFI事業を受託するため新たに設立した開成山クロスフィールド郡山(郡山市)と正式契約を交わした。指定管理も含む契約期間は2033年3月までの10年間。  それから約3週間後、突然、ゼビオの本社移転が発表されたから、市議会や経済界には不満の声が渦巻いている。  「正確に言えば、ゼビオは開成山体育施設整備事業とは無関係です。同事業を受託したのはゼビオコーポレートであり、契約相手は開成山クロスフィールド郡山です。しかし、今後10年間にわたる施設整備と管理運営は『ゼビオ』の看板を背負って行われる。市民はこの事業に携わる会社の正式名称までは分かっていない。分かっているのは『ゼビオ』ということだけ」(ある経済人)  この経済人によると、市議会や経済界の間では「市の一大プロジェクトを取っておいて、ここから出て行くなんてあんまりだ」「正式契約を交わしてから本社移転を発表するのは後出しジャンケン」「地元の大きな仕事は地元企業にやらせるべき。郡山を去る企業は相応しくない」等々、批判めいた意見が出ているという。  ゼビオからすると「当社は無関係で、受託したのは別会社」となるだろうが、同じ「ゼビオ」の看板を背負っている以上、市民が正確に理解するのは難しい。心情的には「それはあんまりだ」と思う方が自然だ。  そうした市民の心情に輪をかけているのが、事業に携わる地元企業の度合いだ。プロポーザルに参加した2グループに市内企業がどれくらい参加していたかを比較すると、優先交渉権者となったゼビオコーポレートのグループは、構成員4社のうち1社、協力企業5社のうち1社が市内企業だった。これに対し次点者だった陰山建設のグループは、構成員7社のうち4社、協力企業19社のうち15社が市内企業。後者の方が地元企業を意識的に参加させようとしていたことは明白だった。  だから尚更「地元企業の参加が少ない『ゼビオ』が受託した挙げ句、宇都宮に本社を移され、郡山は踏んだり蹴ったり」「品川市長はお人好しにも程がある」と批判の声が鳴り止まないのだ。 釈然としない空気 志翔会会長の大城宏之議員(5期)  加えて市議会3月定例会では、志翔会会長の大城宏之議員(5期)が代表質問で「事業者選定は総合評価としながら、次点者は企画提案力では(ゼビオを)上回っていたのに、価格が高かったため落選の憂き目に遭った」「優先交渉権者となったグループの構成員には(郡山総合体育館をホームとする地元プロバスケットボールチームの)運営会社が入っているが、公平性や利害関係の観点から、内閣府やスポーツ庁が示す指針に触れないのか」と指摘。市文化スポーツ部長が「優先交渉権者は審議会が基準に則って決定した」「グループの構成員に問題はない」と答弁する一幕もあった。  確かに採点結果を見ると、技術提案の審査ではゼビオコーポレートグループ520・93点、陰山建設グループ528・69点で後者が7・76点上回った。ところが価格審査ではゼビオグループが97億7800万円で300点、陰山グループが101億2000万円で289・86点と前者が10・14点上回り、合計点でゼビオグループが勝利しているのだ。  また、ゼビオグループの側に地元プロバスケの運営会社が参加していることも、他地域の体育施設に関するPFI事業では、利害関係が生じる恐れのあるスポーツチームは受託者から除外され、スポーツ庁の指針などでも行政のパートナーとして協力するのが望ましいとされていることから「一方のグループへの関与が深過ぎる」との指摘があった。  こうした状況を大城議員は「問題なかったのか」と再確認したわけだが、本誌は審査に不正があったとは思っていない。大城議員もそうは考えていないだろう。ただ地元企業が多く参加するグループが、企画提案力では優れていたのに価格で負けた挙げ句、有権交渉権者になった「ゼビオ」が正式契約直後に本社移転を発表したので、釈然としない空気になっているのは事実だ。  次点者のグループに参加した地元企業に取材を申し込んだところ、唯一、1人の方が匿名を条件に「もし審査の過程で『ゼビオ』の本社移転が分かっていたら、地元企業優遇の観点から結果は違っていたかもしれない。そう思うと複雑な気持ちだ」とだけ話してくれた。  旧農業試験場跡地の入札で辛酸を舐めたと思ったら、開成山体育施設整備事業のプロポーザルでは槍玉に挙げられたゼビオ。大きな事業に関われば嫌でも注目されるし、賛成・応援してもらうこともあれば反対・批判されることもある。そんな渦中に、同社は今まさにいる。  ゼビオの本社移転について取材を申し込むと、ゼビオコーポレートの田村健志氏(コーポレート室長)が応じてくれた。以下、紙面と口頭でのやりとりを織り交ぜながら記す。    ×  ×  ×  ×  ――本社移転のスケジュールは。  「現時点で移転日は決まっていないが、今後、場所や規模を含め、社員の就労環境に配慮しながら具体的な移転作業に着手する予定です」  ――社員の移転規模は。  「ゼビオは社員約700人、パート・アルバイト約3300人です。ゼビオグループ全体では社員約2600人、パート・アルバイト約5400人です。宇都宮に移転するのはあくまでゼビオであり、ゼビオコーポレートやゼビオカードなど郡山本社に勤務するグループ会社社員の雇用は守る考えです。ゼビオについても全員の異動ではなく、地域に根ざしている社員の雇用を守りながら経営していきます」  ――数ある都市の中から宇都宮を選んだ理由は。  「震災以降、宇都宮市をはじめ約70の自治体からお誘いを受けた。私たちゼビオグループは未来に向けた会社経営を行っていくに際し、自治体を含めた産学官の連携が必須と考えている。そうした中で今年2月に話し合いが始まり、当グループの取り組みについて宇都宮市が快く引き受けてくださったことから本社移転を決断した」  ――ゼビオにとって宇都宮は魅力的な都市だった、と。  「人口減少や少子高齢化などかつてない社会構造の変化を迎えている中、まちづくりとスポーツを連動させ、地域の子どもから高齢者まで誰もが夢や希望の叶う『スーパースマートシティ』の実現に向け、宇都宮市が円滑な対話姿勢を持っていたことは非常に魅力的でした」  ――逆に言うと、郡山ではスポーツを通じたまちづくりはできない? 「先に述べた通りです」 逃した魚は大きい 郡山市朝日にあるゼビオ本社  ――ゼビオHDは旧農業試験場跡地の入札に参加したが次点でした。ここで行いたかった事業を宇都宮で実現する考えはあるのか。  「同跡地でも同様に産学官連携によるスポーツを通じたまちづくりを構想していました。正直、同跡地で実現したい思いはありました。ただゼビオHDは上場会社なので、適正価格で入札に臨むしかなかった。民間企業はスピード感が求められるので、宇都宮市からのお声がけを生かすことにしました」  ――同跡地をめぐって行政とはこの間、どんなやりとりを?  「郡山市には私たちの考え・思いを定期的に伝えてきた。県とは、知事とお会いすることは叶わなかったが、副知事には私たちの考え・思いを話しています」  ――ゼビオグループは開成山体育施設の整備と管理運営を、郡山市から10年間にわたり受託したが、同事業の正式契約後にゼビオの本社移転が発表されたため、市議会や市役所内からは「後出しジャンケン」と批判的な声が上がっている。  「これは私見になるが『後出しジャンケン』ということは、本来、公平・公正に行われるはずの入札が、ゼビオが郡山市に本社を置いていれば何らかの配慮や忖度が働いた可能性があったと受け取ることもできるが、いかがでしょうか」    ×  ×  ×  ×  ゼビオの宇都宮への本社移転は、将来を見据えた企業戦略の一環だったことが分かる。また、移転先のソフト・ハードを含めた環境と、パートナーとなる自治体との信頼関係を重視した様子もうかがえる。  これは裏を返せば、ゼビオにとって郡山市は▽子どもの部活動や高齢者の健康づくりにも関わるスポーツを通じたまちづくりへの考えが希薄で、▽環境(旧農業試験場跡地)を用意することもなく、▽品川市長も理解に乏しかったため信頼関係が築けなかった――と捉えることができるのではないか。  「釣った魚に餌をやらない」ではないが、地元を代表する企業とのコミュニケーションを疎かにしてきた結果、「逃がした魚は大きかった」と後悔しているのが、郡山市・品川市長の今の姿と言える。 あわせて読みたい 南東北病院「移転」にゼビオが横やり 【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

  • ハラスメントを放置する三保二本松市長

    ハラスメントを放置する三保二本松市長

     本誌2、3月号で報じた二本松市役所のハラスメント問題。同市議会3月定例会では、加藤達也議員(3期、無会派)が執行部の姿勢を厳しく追及したが、斎藤源次郎副市長の答弁からは危機意識が感じられなかった。それどころか加藤議員の質問で分かったのは、これまで再三、議会でハラスメント問題が取り上げられてきたのに、執行部が同じ答弁に終始してきたことだった。これでは、ハラスメントを根絶する気がないと言われても仕方あるまい。(佐藤仁) 機能不全の内規を改善しない斎藤副市長 斎藤副市長  本誌2月号では、荒木光義産業部長によるハラスメントが原因で歴代の観光課長2氏が2年連続で短期間のうちに異動し同課長ポストが空席になっていること、3月号では、本誌取材がきっかけで2月号発売直前に荒木氏が年度途中に突然退職したこと等々を報じた。 詳細は両記事を参照していただきたいが、荒木氏のハラスメントは市役所内では周知の事実で、議員も定例会等で執行部の姿勢を質したいと考えていたが、被害者の観光課長らが「大ごとにしてほしくない」という意向だったため、質問したくてもできずにいた事情があった。 しかし、本誌記事で問題が公になり、3月定例会では加藤達也議員が執行部の姿勢を厳しく追及した。その発言は、直接の被害者や荒木氏の言動を苦々しく思っていた職員にとって胸のすく内容だったが、執行部の答弁からは本気でハラスメントを根絶しようとする熱意が感じられなかった。 問題点を指摘する前に、3月6日に行われた加藤議員の一般質問と執行部の答弁を書き起こしたい。   ×  ×  ×  × 加藤議員 2月4日発売の月刊誌に掲載された「二本松市役所に蔓延する深刻なハラスメント」という記事について3点お尋ねします。一つ目に、記事に書かれているハラスメントはあったのか。二つ目に、苦情処理委員会の委員長を務める副市長の見解と、今後の職員への指導・対応について。三つ目に、ハラスメントのウワサが絶えない要因はどこにあると考えているのか。 中村哲生総務部長 記事には職員個人の氏名が掲載され、また氏名の掲載はなくても容易に個人を特定できるため、人事管理上さらには職員のプライバシー保護・秘密保護の観点から、事実の有無等についてお答えすることはできません。 斎藤源次郎副市長 記事に対する私の見解を述べるのは差し控えさせていただきます。今後の職員への指導・対応は、ハラスメント根絶のため関係規定に基づき適切に取り組んでいきます。ハラスメントのウワサが絶えない要因は、ウワサの有無に関係なく今後ともハラスメント根絶と職員が快適に働くことのできる職場環境を確保するため、関係規定に則り人事担当が把握した事実に基づいて適切に対応していきます。 加藤議員 私がハラスメントに関する質問をするのは平成30年からこれで4回目ですが、副市長の答弁は毎回同じで、それが結果に結び付いていない。私は、実際にハラスメントがあったのに、なかったかのように対処している執行部の姿に気持ち悪さを感じています。 私の目の前にいる全ての執行部の皆さんに申し上げます。私は市役所を心配する市民の声を受けて質問しています。1月31日の地元紙に、2月3日付で前産業部長が退職し、2月4日付で現産業部長と観光課長が就任するという記事が掲載されました。年度途中で市の中心的部長が退職することに、私も含め多くの市民がなぜ?と心配していたところ、2月4日発売の月刊誌に「二本松市役所に蔓延する深刻なハラスメント」というショッキングな見出しの記事が掲載されました。それを読むと、まさに退職された元部長のハラスメントに関する内容で、驚くと同時に残念な気持ちになりました。 記事が本当だとするなら、周りにいる職員、特に私の目の前にいる幹部職員の皆さんはそのような行為を止められなかったのでしょうか。全員が見て見ぬふりをしていたのでしょうか。この市役所はハラスメントを容認する職場なのでしょうか。市役所には本当に職員を守る体制があるのでしょうか。 そこでお尋ねします。市は職員に対し定期的なアンケート調査などによるチェックを行っているのか。また、ハラスメントの事実があった場合、どう対応しているのか。 繰り返し問題提起 加藤達也議員  中村総務部長 ハラスメント防止に関する規定に基づき、総務部人事行政課でハラスメントによる直接の被害者等から苦情相談を随時受け付けています。また、毎年定期的に行っている人事・組織に関する職員の意向調査や、労働安全衛生法に基づくストレスチェック等によりハラスメントの有無を確認しています。 ハラスメントがあった場合の対応は、人事行政課で複数の職員により事実関係の調査・確認を行い、事案の内容や状況から判断して必要がある場合は副市長、職員団体推薦の職員2名、その他必要な職員により構成する苦情処理委員会にその処理を依頼します。調査の結果、ハラスメントの事実が確認された場合、加害者は懲戒処分に付されることがあります。また、苦情の申し出や調査等に起因して当該職員が不利益を受けることがないよう配慮しなければならないとも規定されています。 加藤議員 苦情処理委員会は平成31年に設置されましたが、全くもって機能していないと思います。私が言いたいのは、誰が悪いとか正しいとかではなく、組織としてハラスメントを容認する体制になっているのではないかということです。幹部職員の皆さんがきちんと声を上げないと、また同じ問題が繰り返されると思います。 いくら三保市長が「魅力ある市役所」と言ったところで現場はそうなっていません。これからは部長、課長、係長、職員みんなで思いを共有し、ハラスメントを許さない、撲滅する組織をつくっていくべきです。それでも自分たちで解決できなければ、第三者委員会を立ち上げるなどしないと、いつまで経っても同じことが繰り返されてしまいます。 加害者に対する教育的指導は市長と副市長が取り組むべきです。市長と副市長には職務怠慢とまでは言いませんが、しっかりと対応していただきたいんです。そして、被害者に対しては心のケアをしていかなければなりません。市長にはここで約束してほしい。市長は常々「ハラスメントはあってはならない」と言っているのだから、今後このようなことがないよう厳正に対処する、と。市長! お願いします! 斎藤副市長 職員に対する指導なので私からお答えします。加藤議員が指摘するように、ハラスメントはあってはならず、根絶に努めていかなければなりません。その中で、市長も私も庁議等で何度か言ってきましたが、業務を職員・担当者任せにせず組織として進めること、そして課内会議を形骸化させないこと、言い換えると職員一人ひとりの業務の進捗状況と、そこで起きている課題を組織としてきちんと共有できていれば、私はハラスメントには至らないと思っています。一方、ハラスメントは受けた側がどう感じるかが大切なので、職員一人ひとりが自分の言動が強権的になっていないか注意することも必要と考えています。 加藤議員 副市長が言うように、ハラスメントは受ける側、する側で認識が異なります。そこをしっかり指導していくのが市長と副市長の仕事だと思います。二本松市役所からハラスメントを撲滅するよう努力していただきたい。   ×  ×  ×  × 驚いたことに、加藤議員は今回も含めて計4回もハラスメントに関する質問をしてきたというのだ。 1回目は2018年12月定例会。加藤議員は「同年11月発行の雑誌に市役所内で職場アンケートが行われた結果、パワハラについての意見が多数あったと書かれていた。『二本松市から発信される真偽不明のパワハラ情報』という記事も載っていた。これらは事実なのか。もし事実でなければ、雑誌社に抗議するなり訴えるべきだ」と質問。これに対し当時の三浦一弘総務部長は「記事は把握しているが、内容が事実かどうかは把握できていない。報道内容について市が何かしらの対応をするのが果たしていいのかという考え方もあるので、現時点では相手方への接触等は行っていない」などと答弁した。 斎藤副市長も続けてこのように答えていた。 「ハラスメント行為を許さない職場環境づくりや、職員の意識啓発が大事なので、今後とも継続的に実施していきたい」 2回目は2019年3月定例会。前回定例会の三浦部長の答弁に納得がいかなかったため、加藤議員はあらためて質問した。 「12月定例会で三浦部長は『ここ数年、ハラスメントの相談窓口である人事行政課に相談等の申し出はない』と答えていたが、本当なのか」 これに対し、三浦部長が「具体的な相談件数はない。また、ハラスメントは程度や受け止め方に差があるため、明確に何件と答えるのは難しい」と答えると、加藤議員は次のように畳みかけた。 「私に入っている情報とはかけ離れている部分がある。私は、人事行政課には相談できる状況にないと思っている。職員はあさかストレスケアセンターに被害相談をしていると聞いている」 あさかストレスケアセンター(郡山市)とはメンタルヘルスのカウンセリングなどを行う民間企業。 要するに、市の相談体制は機能していないと指摘したわけだが、三浦部長は「人事担当部局を通さず直接あさかストレスケアセンターに相談してもいい制度になっており、その部分については詳しく把握していない」と答弁。ハラスメントを受けた職員が、内部(人事行政課)ではなく外部(あさかストレスケアセンター)に相談している実態を深刻に受け止める様子は見られなかった。そもそも、職員の心的問題に関する相談を〝外注〟している時点で、ハラスメントを組織の問題ではなく個人の問題と扱っていた証拠だ。 対策が進まないワケ  斎藤副市長の答弁からも危機意識は感じられない。 「ハラスメントの撲滅、職場環境の改善のためにも(苦情処理委員会の)委員長としてさらに対策を進めていきたい」 この時点で、市役所の相談体制が全く機能していないことに気付き、見直す作業が必要だったのだろう。 3回目は2021年6月定例会。一般社団法人「にほんまつDMO」で起きた事務局長のパワハラについて質問している。この問題は本誌同年8月号でリポートしており、詳細は割愛するが、この事務局長というのが総務部長を定年退職した前出・三浦氏だったから、加藤議員の質問に対する当時の答弁がどこか噛み合っていなかったのも当然だった。 この時は市役所外の問題ということもあり、斎藤副市長は答弁に立たなかった。 こうしたやりとりを経て、4回目に行われたのが冒頭の一般質問というわけ。斎藤副市長の1、2回目の答弁と今回の答弁を比べれば、4年以上経っても何ら変わっていないことが一目瞭然だ。 当時から「対応する」と言いながら結局対応してこなかったことが、荒木氏によるハラスメントにつながり、多くの被害者を生むことになった。挙げ句、荒木氏は処分を免れ、まんまと依願退職し、退職金を満額受け取ることができたのだから、職場環境の改善に本気で取り組んでこなかった三保市長、斎藤副市長は厳しく批判されてしかるべきだ。 「そもそも三保市長自身がハラスメント気質で、斎藤副市長や荒木氏らはイエスマンなので、議会で繰り返し質問されてもハラスメント対策が進むはずがないんです。『ハラスメントはあってはならない』と彼らが言うたびに、職員たちは嫌悪感を覚えています」(ある市職員) 総務省が昨年1月に発表した「地方公共団体における各種ハラスメント対策の取組状況について」によると、都道府県と指定都市(20団体)は2021年6月1日現在①パワハラ、②セクハラ、③妊娠・出産・育児・介護に関するハラスメントの全てで防止措置を完全に講じている。しかし、市区町村(1721団体)の履行状況は高くて7割と、ハラスメントの防止措置はまだまだ浸透していない実態がある(別表参照)。  ただ都道府県と指定都市も、前回調査(2020年6月1日現在)では全てで防止措置が講じられていたわけではなく、1年後の今回調査で達成したことが判明。一方、市区町村も前回調査と比べれば今回調査の方が高い数値を示しており、防止措置の導入が急速に進んでいることが分かる。今の時代は、それだけ「ハラスメントは許さない」という考え方が常識になっているわけ。 二本松市は、執行部が答弁しているようにハラスメント防止に関する規定や苦情処理委員会が設けられているから、総務省調査に照らし合わせれば「防止措置が講じられている」ことになるのだろう。しかし、防止措置があっても、まともに機能していなければ何の意味もない。今後、同市に求められるのは、荒木氏のような上司を跋扈させないこと、2人の観光課長のような被害者を生み出さないこと、そのためにも真に防止措置を働かせることだ。 明らかな指導力不足 二本松市役所  一連のハラスメント取材を締めくくるに当たり、斎藤副市長に取材を申し込んだところ、 「今は3月定例会の会期中で日程が取れない。ハラスメント対策については、副市長が(加藤)議員の一般質問に真摯に答えている。これまでもマニュアルや規定に基づいて対応してきたが、引き続き適切に対応していくだけです」(市秘書政策課) という答えが返ってきた。苦情処理委員長を務める斎藤副市長に直接会って、機能不全な対策を早急に改善すべきと進言したかったが、取材を避けられた格好。 三保市長は常々「職員が働きやすい職場環境を目指す」と口にしているが、それが虚しく聞こえるのは筆者だけだろうか。 最後に、一般質問を行った前出・加藤議員のコメントを記してこの稿を閉じたい。 「大前提として言えるのは、市役所内にハラスメントがあるかないかを把握し、適切に対処すれば加害者も被害者も生まれないということです。荒木部長をめぐっては、早い段階で適切な指導・教育をしていれば辞表を出すような結果にはならず、部下も苦しまずに済んだはずで、三保市長、斎藤副市長の指導力不足は明白です。商工業、農業、観光を束ねる産業部は市役所の基軸で、同部署の人事は極力経験者を配置するなどの配慮が必要だが、今回のハラスメント問題を見ると人事的ミスも大きく影響したように感じます」 あわせて読みたい 2023年2月号 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ 2023年3月号 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

  • 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

    【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

     本誌2月号に「二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ」という記事を掲載したが、その中で問題視した産業部長が筆者の電話取材を受けた直後に辞表を提出、2月号発売直前に退職した。記事ではその経緯に触れることができなかったため、続報する。(佐藤仁) 失敗を許さない市役所内の空気 三保恵一二本松市長  2月号では①荒木光義産業部長によるハラスメントが原因で、歴代の観光課長A氏とB氏が2年連続で短期間のうちに異動し、同課長ポストが空席になっている、②ハラスメントの原因の一つに、昨年4月にオープンした市歴史観光施設「にほんまつ城報館」(以下城報館と表記)の低迷がある、③三保恵一市長が城報館低迷の責任を観光課長に押し付けるなど、三保市長にもハラスメントを行っていた形跡がある――等々を報じた。 ハラスメントの詳細は2月号を参照していただきたいが、そんな荒木氏について1月31日付の福島民報が次のように伝えた。 《二本松市は2月3日付、4日付の人事異動を30日、内示した。現職の荒木光義産業部長が退職し、後任として産業部長・農業振興課長事務取扱に石井栄作産業部参事兼農業振興課長が就く》 荒木氏が年度途中に退職するというのだ。同人事では、空席の観光課長に土木課主幹兼監理係長の河原隆氏が就くことも内示された。 筆者は記事執筆に当たり荒木氏に取材を申し込んだが、その時のやりとりを2月号にこう書いている。 《筆者は荒木部長に事実関係を確認するため、電話で「直接お会いしたい」と取材を申し込んだが「私から話すことはない」と断られた。ただ電話を切る間際に「見解の違いや受け止め方の差もある」と付言。ハラスメント特有の、自分が加害者と認識していない様子が垣間見えた》 記事化はしていないが、それ以外のやりとりでは、荒木氏が「一方的に書かれるのは困る」と言うので、筆者は「そう言うなら尚更、あなたの見解を聞きたい。本誌はあなたが言う『一方的になること』を避けるために取材を申し込んでいる」と返答。しかし、荒木氏は「うーん」と言うばかりで取材に応じようとしなかった。さらに「これだけは言っておくが、私は部下に大声を出したりしたことはない」とも述べていた。 ちなみに、荒木氏からは「これは記事になるのか」と逆質問されたので、筆者は「もちろん、その方向で検討している」と答えている。 その後、脱稿―校了したのが1月27日、市役所関係者から「荒木氏が辞表を出した」と連絡が入ったのが同30日だったため、記事の書き直しは間に合わなかった次第。 連絡を受けた後、すぐに人事行政課に問い合わせると、荒木氏の退職理由は「一身上の都合」、退職願が出されたのは「先々週」と言う。先々週とは1月16~20日の週を指しているが、正確な日付は「こちらでも把握できていない部分があり、答えるのは難しい」とのことだった。 実は、筆者が荒木氏に取材を申し込んだのは1月18日で、午前中に観光課に電話をかけたが「荒木部長は打ち合わせ中で、夕方にならないとコンタクトが取れない」と言われたため、17時過ぎに再度電話し、荒木氏と前記会話をした経緯があった。 「荒木氏は政経東北さんから電話があった直後から、自席と4階(市長室)を頻繁に行き来していたそうです。三保市長と対応を協議していたんでしょうね」(市役所関係者) 時系列だけ見ると、荒木氏は筆者の取材に驚き、記事になることを恐れ、慌てて依願退職した印象を受ける。ハラスメントが公になり、そのことで処分を科されれば経歴に傷が付き、退職金にも影響が及ぶ可能性がある。だから、処分を科される前に退職金を満額受け取ることを決断したのかもしれない。 一方、別の見方をするのはある市職員だ。 「荒木氏のハラスメントが公になれば三保市長の任命責任が問われ、3月定例会で厳しく追及される恐れがある。それを避けるため、三保市長が定例会前に荒木氏を辞めさせたのではないか」 この市職員は「辞めさせる代わりに、三保市長のツテで次の勤め先を紹介した可能性もある」と、勤め先の実名を根拠を示しながら挙げていたが、ここでは伏せる。 余談になるが、三保市長らは「政経東北の取材を受けた職員は誰か」と市役所内で〝犯人探し〟をしているという。確かに市の情報をマスコミに漏らすのは公務員として問題かもしれないが、内部(市役所)で問題を解決できないから外部(本誌)に助けを求めた、という視点に立てば〝犯人探し〟をする前に何をしなければならないかは明白だ。 実際、荒木氏からハラスメントを受けた職員たちは前出・人事行政課に相談している。しかし同課の担当者は「自分たちは昔、別の部長からもっと酷いハラスメントを受けた。それに比べたらマシだ」と真摯に対応しようとしなかった。 相談窓口が全く頼りにならないのだから、外部に助けを求めるのはやむを得ない。三保市長には〝犯人探し〟をする前に、自浄作用が働いていない体制を早急に改めるべきと申し上げたい。 専門家も「異例」と指摘 立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授  それはそれとして、ハラスメントの被害者であるA氏とB氏は支所に異動させられ、しかもB氏は課長から主幹に降格という仕打ちを受けているのに、加害者である荒木氏は処分を免れ、退職金を無事に受け取っていたとすれば〝逃げ得〟と言うほかない。 さらに追加取材で分かったのは、観光課長2人の前には商工課長も1年で異動していたことだ(産業部は農業振興、商工、観光の3課で構成されている)。荒木部長のハラスメントに当時の部下たちは「耐えられるのか」と心配したそうだが、案の定早期の配置換えとなったわけ。 地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授はこのように話す。 「(荒木氏のように)パワハラで処分を受ける前に辞める例はほとんどないと思います。パワハラは客観的な証拠が必要で、立証が難しい。部下への指導とパワハラとの境界線も曖昧です。ですから、パワハラ当事者には自覚がなく居座ってしまい、上司に当たる人もパワハラ横行時代に育ってきたので見過ごしがちになるのです」 それでも、荒木氏は逃げるように退職したのだから、自分でハラスメントをしていた自覚が「あった」ということだろう。 ちなみに、昨年12月定例会で菅野明議員(6期、共産)がパワハラに関する市の対応を質問しているが、中村哲生総務部長は次のように答弁している。 「本市では平成31年4月1日に職員のハラスメント防止に関する規定を施行し、パワハラのほかセクハラ、妊娠、出産、育児、介護に関するハラスメント等、ハラスメント全般の防止および排除に努めている。ハラスメントによる直接の被害者、またはそれ以外の職員から苦情・相談が寄せられた場合、相談窓口である人事行政課において複数の職員により事実関係の調査および確認を行い、事案の内容や状況から判断し、必要がある場合は副市長、職員団体推薦の職員2名、その他必要な職員により構成する苦情処理委員会にその処理を依頼することとしている。相談窓口の職員、または苦情処理委員会による事実関係の調査の結果、ハラスメントの事実が確認された場合、加害者は懲戒処分に付されることがあり、またハラスメントに対する苦情の申し出、調査その他のハラスメントに対する職員の対応に起因して当該職員が不利益を受けることがないよう配慮しなければならないと規定されている」 答弁に出てくる人事行政課が本来の役目を果たしていない時点で、この規定は成り立っていない。議会という公の場で明言した以上、今後はその通りに対応し、ハラスメントの防止・排除に努めていただきたい。 気になるのは、荒木氏の後任である前述・石井栄作部長の評判だ。 「旧東和町出身で仕事のできる人物。部下へのケアも適切だ。私は、荒木氏の後任は石井氏が適任と思っていたが、その通りになってホッとしている」(前出・市職員) ただ、懸念材料もあるという。 「荒木氏は三保市長に忖度し、無茶苦茶な指示が来ても『上(三保市長)が言うんだからやれ』と部下に命じていた。三保市長はそれで気分がよかったかもしれないが、今後、石井部長が『こうした方がいいのではないですか』と進言した時、部下はその通りと思っても、三保市長が素直に聞き入れるかどうか。もし石井氏の進言にヘソを曲げ、妙な人事をしたら、それこそ新たなハラスメントになりかねない」(同) 求められる上司の姿勢 「にほんまつ城報館」2階部分から伸びる渡り廊下  そういう意味では今後、部下の進言も聞き入れて解決しなければならないのが、低迷する城報館の立て直しだろう。 2月号でも触れたように、昨年4月にオープンした城報館は1階が歴史館、2階が観光情報案内となっているが、お土産売り場や飲食コーナーがない。新野洋元市長時代に立てた計画には物産機能や免税カウンターなどを設ける案が盛り込まれていたが、2017年の市長選で新野氏が落選し、元職の三保氏が返り咲くと城報館は今の形に変更された。 今の城報館は、歴史好きの人はリピーターになるかもしれないが、それ以外の人はもう一度行ってみたいとは思わないだろう。そういう人たちを引き付けるには、せめてお土産売り場と飲食コーナーが必要だったのでないか。 市内の事情通によると、城報館の2階には空きスペースがあるのでお土産売り場は開設可能だが、飲食コーナーは水道やキッチンの機能が不十分なため開設が難しく、補助金を使って建設したこともあって改築もできないという。 「だったら、市内には老舗和菓子店があるのだから、城報館に来なければ食べられない和のスイーツを開発してもらってはどうか。また、コーヒーやお茶なら出せるのだから、厳選した豆や茶葉を用意し、水は安達太良の水を使うなど、いくらでも工夫はできると思う」(事情通) 飲食コーナーの開設が難しければキッチンカーを呼ぶのもいい。 「週末に城報館でイベントを企画し、それに合わせて数台のキッチンカーを呼べば飲食コーナーがない不利を跳ね返せるのではないか。今は地元産品を使った商品を扱うユニークなキッチンカーが多いから、それが数台並ぶだけでお客さんに喜ばれると思う」(同) 問題は、こうした案を市職員が実践するか、さらに言うと、三保市長がゴーサインを出すかだろう。 「市役所には『失敗すると上(三保市長)に怒られる』という空気が強く漂っている。だから職員は、良いアイデアがあっても『怒られるくらいなら、やらない方がマシ』と実践に移そうとしない。結果、職員はやる気をなくす悪循環に陥っているのです」(同) こうした空気を改めないと、城報館の立て直しに向けたアイデアも出てこないのではないか。 職員が快適に働ける職場環境を実現するにはハラスメントの防止・排除が必須だが、それと同時に、上司が部下の話を聞き「失敗しても責任は自分が取る」という気概を示さなければ、職員は仕事へのやりがいを見いだせない。 最後に。観光振興を担う「にほんまつDMO」が4月から城報館2階に事務所を移転するが、ここが本来期待された役割を果たせるかも今後注視していく必要がある。 あわせて読みたい 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ 最新号の4月号で続報「パワハラを放置する三保二本松市長」を読めます↓ https://www.seikeitohoku.com/seikeitohoku-2023-4/

  • 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

    二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ

     二本松市役所で産業部長によるパワハラ・モラハラが横行している。被害者が声を上げないため公には問題になっていないが、部下の課長2人が2年連続で出先に異動し、部内のモチベーションは低下している。昨今は「ハラスメントを許さない」という考えが社会常識になっているが、三保恵一市長はこうした状況を見過ごすのか。そもそも、三保市長自身にもパワハラ疑惑が持ち上がっている。(佐藤仁) 「城報館」低迷の責任を部下に押し付ける三保市長  まずは産業部内で起きている異変を紹介したい。同部は農業振興、商工、観光の3課で組織されるが、舞台となったのは観光課である。 2021年4月から観光課長に就いたA氏が、1年で支所課長として異動した。その後任として22年4月から就いたB氏も半年後に病休となり、11月に復職後は住民センター主幹として異動した。課長から主幹ということは降格人事だ。 B氏の後任は現在も決まっておらず、観光課長は空席になっている。 菊人形、提灯祭り、岳温泉など市にとって観光は主要産業だが、観光行政の中心的役割を担う観光課長が短期間のうちに相次いで異動するのは異例と言っていい。 原因は、荒木光義産業部長によるハラスメントだという。 「荒木部長の言動にホトホト嫌気が差したA氏は、自ら支所への異動を願い出た。『定年間近に嫌な思いをして仕事をするのはまっぴら。希望が通らなければ辞める』と強気の姿勢で異動願いを出し、市に認めさせた。これに対し、B氏は繊細な性格で、荒木部長の言動をまともに受け続けた結果、心身が病んだ。問題は1カ月の病休を経て復職後、主幹として異動したことです。職員の多くは『被害者が降格し、加害者がそのまま部長に留まっているのはおかしい』と疑問視しています」(市役所関係者) 荒木部長のハラスメントとはどういうものなのか。取材で判明した主な事例を挙げると①感情の浮き沈みが激しく、機嫌が悪いと荒い口調で怒る。②指導と称して部下を叱責する。いじめの部類に入るような言い方が多々みられる。③陰口が酷く、他者を「奴ら」呼ばわりする。④自分だけのルールを市のルールや世間の常識であるかのように押し付け、部下が反論すると叱責する。⑤部下が時間をかけて作成した資料に目を通す際、あるいは打ち合わせで部下が内容を説明する際、自分の意図したものと違っていると溜息をつく。⑥「なぜこんなこともできない」と面倒くさそうに文書の修正を行う。ただし、その修正は決して的確ではない。⑦上司なので上からの物言いは仕方ないとして、人を馬鹿にしたような態度を取るので、部下は不快に感じている。⑧親しみを込めているつもりなのか部下をあだ名で呼ぶが、それによって部下が不快な思いをしていることに気付いていない。 分類すると①~③はパワハラ、⑤~⑧はモラハラ、④はモラパワハラになる。 さらにモラハラについては▽文書の直しが多く、かつ細かすぎて、最後は何を言いたいのか分からなくなる▽30分で済むような打ち合わせを2、3時間、長い時は半日かけて行う▽同じ案件の打ち合わせを何度も行う▽市長、副市長に忖度し、部下はそれに振り回されている▽予算を度外視した事業の実施や、当初・補正予算に高額予算を上げることを強要する――等々。おかげで部下は疲弊しきっているという。 そんな荒木部長の機嫌を大きく損ねている最大の原因が、市歴史観光施設「にほんまつ城報館」(以下、城報館と略)の低迷である。 低迷する城報館 2階部分から伸びる渡り廊下  城報館は昨年4月、県立霞ヶ城公園(二本松城跡)近くにオープンした。1階は歴史館、2階は観光情報案内というつくりで、2階には同公園との行き来をスムーズにするため豪華な渡り廊下が設置された。駐車場は大型車2台、普通車44台を停めることができる。 事業費は17億1600万円。財源は合併特例債9億8900万円、社会資本整備総合交付金5億3600万円、都市構造再編集中支援事業補助金1億3900万円を使い、残り5000万円余は市で賄った。 市は年間来館者数10万人という目標を掲げているが、オープンから10カ月余が経つ現在、市役所内から聞こえるのは「10万人なんて無理」という冷ややかな意見である。 「オープン当初こそ大勢の人が詰めかけたが、冬の現在は平日が一桁台の日もあるし、土日も60~70人といったところ。霞ヶ城公園で菊人形が開催されていた昨秋は菊人形と歴史館(※1)を組み合わせたダブルチケットを販売した効果で1日200人超の来館者数が続いたが、それでも10万人には届きそうもない」(ある市職員) ※1 城報館は入場無料だが、1階の歴史館(常設展示室)の見学は大人200円、高校生以下100円の入場料がかかる。  市観光課によると、昨年12月31日現在の来館者数は8万6325人、そのうち有料の常設展示室を訪れたのは4万2742人という。 市内の事業主からは「無駄なハコモノを増やしただけ」と厳しい意見が聞かれる。 「館内にはお土産売り場も飲食コーナーもない。2階に飲食可能な場所はあるが、自販機があるだけでコーヒーすら売っていない。あんな造りでどうやって観光客を呼ぶつもりなのか」(事業主) 市は昨年秋、菊人形の来場者を城報館に誘導するため、例年、菊人形会場近くで開いている物産展を城報館に移した。三百数十万円の予算をかけて臨時総合レジを設ける力の入れようだったが、物産展を城報館で開いているという告知が不足したため、菊人形だけ見て帰る人が続出。おかげで「ここはお土産を買う場所もないのか」と菊人形の評価が下がる始末だったという。 「城報館に物産展の場所を移しても客が全然来ないので、たまりかねた出店者が三保市長に『市長の力で何とかしてほしい』と懇願した。すると三保市長は『のぼり旗をいっぱい立てたので大丈夫だ』と真顔で答えたそうです」(同) 三保恵一市長  本気で「のぼり旗を立てれば客が来る」と思っていたとしたら、呆れて物が言えない。 オープン前の市の発表では、年間の維持管理費が2300万円、人件費を含めると4400万円。これに対し、主な収入源は常設展示室の入場料で、初年度は950万円と見込んでいた。この時点で既に3450万円の赤字だが、そもそも950万円とは「10万人が来館し、そのうち5万人が常設展示室を見学する=入場料を支払う」という予測のもとに成り立っている。10万人に届きそうもない状況では、赤字幅はさらに膨らむ可能性もある。 上司とは思えない言動  前出・市職員によると、常設展示室で行われている企画展の内容は素晴らしく、二本松城は日本100名城に選ばれていることもあり、歴史好きの人は遠く関東や北海道からも訪れるという。しかし、歴史に興味のない一般の観光客が訪れるかというと「一度は足を運んでも、リピーターになる可能性は薄い」(同)。多くの人に来てもらうには、せめてお土産売り場や飲食コーナーが必要だったということだろう。 「施設全体で意思統一が図られていないのも問題。城報館は1階の歴史館を市教委文化課、2階の観光情報案内を観光課が担い、施設の管理運営は観光課が行っているため、同じ施設とは思えないくらいバラバラ感が漂っている」(同) 筆者も先月、時間をかけて館内を見学したが(と言っても時間をかけるほどの中身はなかったが……)、もう一度来ようという気持ちにはならなかった。 早くもお荷物と化しそうな雰囲気の城報館だが、そんな同館を管理運営するのが観光課のため、批判の矛先が観光課長に向けられた、というのが今回のハラスメントの背景にあったのである。 関係者の話を総合すると、A氏が課長の時は城報館のオープン前だったため、この件でハラスメントを受けることはなかったが、B氏はオープンと同時に課長に就いたため、荒木部長だけでなく三保市長からも激しく叱責されたようだ。 「荒木部長は『オレはやるべきことをやっている』と責任を回避し、三保市長は『何とかして来館者を増やせ』と声を荒げるばかりで具体的な指示は一切なかった。強いて挙げるなら、館内受付の後方に設置された曇りガラスを透明ガラスに変え、その場にいる職員全員で客を迎えろという訳の分からない指示はあったそうです。挙げ句『客が来ないのはお前のせいだ』とB氏を叱責し、荒木部長はB氏を庇おうともしなかったというから本当に気の毒」(前出・市役所関係者) 観光課が管理運営を担っている以上、課長のB氏が責任の一部を問われるのは仕方ない面もあるが、上司である荒木氏の責任はもっと重いはずだ。さらに建設を推し進めたのが市長であったことを踏まえると、三保氏の責任の重さは荒木部長の比ではない。にもかかわらず、荒木部長はB氏を庇うことなく責任を押し付け、三保市長は「客が来ないのはお前のせいだ」とB氏を叱責した。上司のあるべき姿とは思えない。 もともと城報館は新野洋元市長時代に計画され、当時の中身を見ると1階は多言語に対応できる観光案内役(コンシェルジュ)を置いてインバウンドに対応。地元の和菓子や酒などの地場産品を販売し、外国人観光客を意識した免税カウンターも設置。そして2階は歴史資料展示室と観光、物産、歴史の3要素を兼ね備えた構想が描かれた。管理運営も指定管理者や第三セクターに委託し、館長がリーダーシップを発揮できる形を想定。年間来館者数は20万人を目標とした。 加害者意識のない部長  しかし、2017年の市長選で新野氏が落選し、元職の三保氏が返り咲くと、この計画は見直され、1階が歴史、2階が観光と逆の配置になり、物産は消失。管理運営も市直営となり、観光課長が館長を兼ねるようになった。 新野元市長時代の計画に沿って建設すれば来館者が増えたという保障はないが、少なくとも施設のコンセプトははっきりしていたし、一般の観光客を引き寄せる物産は存在していた。それを今の施設に変更し、議会から承認を得て建設を推し進めたのは三保市長なのだから、客が来ない責任を部下のせいにするのは全くの筋違いだ。 自治労二本松市職員労働組合の木村篤史執行委員長に、荒木部長によるハラスメントを把握しているか尋ねると次のように答えた。 「観光課長に対してハラスメント行為があったという声が寄せられたことを受け、組合員230人余に緊急アンケートを行ったところ(回答率7割)、荒木部長を名指しで詳述する回答も散見されました。組合としては現状を見過ごすわけにはいかないという立場から、結果を分析し、踏み込んだ内容を市当局に伝えていく考えです」 ハラスメントは、一歩間違えると被害者が命を失う場合もある。被害者に家族がいれば、不幸はたちまち連鎖する。一方、加害者は自分がハラスメントをしているという自覚がないケースがほとんどで、それが見過ごされ続けると、職場全体の士気が低下する。働き易い職場環境をつくるためにも、木村委員長は「上司による社会通念から逸脱した行為は受け入れられない、という姿勢を明確にしていきたい」と話す。 筆者は荒木部長に事実関係を確認するため、電話で「直接お会いしたい」と取材を申し込んだが「私から話すことはない」と断られた。ただ電話を切る間際に「見解の違いや受け止め方の差もある」と付言。ハラスメント特有の、自分が加害者とは認識していない様子が垣間見えた。 ちなみに、荒木部長は安達高校卒業後、旧二本松市役所に入庁。杉田住民センター所長、商工課長を経て産業部長に就いた。定年まで残り1年余。 三保市長にも秘書政策課を通じて①荒木部長によるハラスメントを認識しているか、②認識しているなら荒木部長を処分するのか。またハラスメント根絶に向けた今後の取り組みについて、③今回の件を公表する考えはあるか、④三保市長自身が元観光課長にパワハラをした事実はあるか――と質問したが、 「人事管理上の事案であり、職員のプライバシー保護という観点からコメントは控えたい」(秘書政策課) ただ、市議会昨年12月定例会で菅野明議員(6期、共産)がパワハラに関する一般質問を行った際、三保市長はこう答弁している。 「パワハラはあってはならないと考えています。そういう事案が起きた場合は厳正に対処します。パワハラは起こさない、なくすということを徹底していきます」 疲弊する地方公務員  荒木部長は周囲に「定年まで残り1年は安達地方広域行政組合事務局長を務めるようになると思う」などと発言しているという。同事務局長は部長職なので、もし発言が事実なら、産業部長からの横滑りということになる。被害者のB氏は課長から主幹に降格したのに、加害者の荒木氏は肩書きを変えて部長職に留まることが許されるのか。 「職員の間では、荒木氏は三保市長との距離の近さから部長に昇格できたと見なされている。その荒木氏に対し三保市長が処分を科すのか、あるいはお咎めなしで安達広域の事務局長にスライドさせるのかが注目されます」(前出・市役所関係者) 地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、2021年度に心の不調で病休となった地方公務員は総務省調査(※2)で3万8000人を超え、全職員の1・2%を占めたという。 ※2 令和3年度における地方公務員の懲戒処分等の状況  (令和3年4月1日~令和4年3月31日)調査  心の不調の原因は「対人関係」「業務内容」という回答が多く、パワハラ主因説の根拠になっている。 身の危険を感じた若手職員は離脱していく。2020年度の全退職者12万5900人のうち、25歳未満は4700人、25~30歳未満は9200人、30~35歳未満は6900人、計2万0800人で全退職者の16・5%を占める。せっかく採用しても6人に1人は35歳までの若いうちに退職しているのだ。 そもそも地方自治体は「選ばれる職場」ではなくなりつつある。 一般職地方公務員の過去10年間の競争試験を見ると、受験者数と競争率は2012年がピークで60万人、8・2倍だったが、19年がボトムで44万人、5・6倍と7割強まで激減した。内定を出しても入職しない人も増えている。 地方公務員を目指す人が減り、せっかく入職しても若くして辞めてしまう。一方、辞めずに留まっても心の不調を来し、病休する職員が後を絶たない。 「パワハラを放置すれば、地方自治体は職場としてますます敬遠されるでしょう。そうなれば人手不足が一層深刻化し、心の不調に陥る職員はさらに増える。健全な職場にしないと、こうした負のループからは抜け出せないと思います」(上林氏) 地方自治体は、そこまで追い込まれた職場になっているわけ。 定例会で「厳正に対処する」と明言した三保市長は、その言葉通り荒木部長に厳正に対処すると同時に、自身のハラスメント行為も改め、職員が働き易い職場づくりに努める必要がある。それが、職員のモチベーションを上げ、市民サービスの向上にもつながっていくことを深く認識すべきだ。  ※被害者の1人、B氏は周囲に「そっとしておいてほしい」と話しているため、議員はハラスメントの実態を把握しているが、一般質問などで執行部を追及できずにいる。昨年12月定例会で菅野明議員がパワハラに関する質問をしているが、B氏の件に一切言及しなかったのはそういう事情による。しかし本誌は、世の中に「ハラスメントは許さない」という考えが定着しており、加害者が部長、市長という事態を重く見て社会的に報じる意義があると記事掲載に踏み切ったことをお断わりしておく。 あわせて読みたい 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」 ハラスメントを放置する三保二本松市長

  • 【福島県】衆院区割り改定に翻弄される若手議員

    【福島県】衆議院区割り改定に翻弄される若手議員

     衆院小選挙区定数「10増10減」を反映し、1票の格差を2倍未満とする改正公職選挙法が12月28日に施行された。これを受け、福島県の小選挙区定数は5から4に減った。新たな区割りは次の衆院選から適用される。今後の焦点は与野党の候補者調整だが、ベテラン議員が早くから立候補したい選挙区を匂わせているのに対し、若手議員は意中の選挙区があっても「先輩」への遠慮から口籠っている。若手議員はこのまま本音を言えず、時の流れに身を任せるしかないのか。与野党2人の若手議員の今後に迫った。(佐藤仁) ベテランに遠慮し口籠る上杉氏と馬場氏 福島県四つの区切りの地図  新区割りは以下の市町村構成になる。▽新1区=現1区の福島市、伊達市、伊達郡と現2区の二本松市、本宮市、安達郡。▽新2区=現2区の郡山市と現3区の須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡。▽新3区=現3区の白河市、西白河郡、東白川郡と現4区全域(会津地方、西白河郡西郷村)。▽新4区=現5区全域(いわき市、双葉郡)と現1区の相馬市、南相馬市、相馬郡。 中央メディアの記者は、自民党選対筋の話として「5月に開かれるG7広島サミット終了後、岸田文雄首相が解散総選挙に打って出るのではないか」という見方を示している。 解散権は首相の専権事項なので、選挙の時期は岸田首相のみぞ知ることだが、いつ選挙になってもいいように候補者調整を急がなければならないのは与野党とも同じだ。 現在、県内には与野党合わせて9人の衆院議員がいる。根本匠(71、9期)、吉野正芳(74、8期)、亀岡偉民(67、5期)、菅家一郎(67、4期)、上杉謙太郎(47、2期)=以上、自民党。玄葉光一郎(58、10期)、小熊慎司(54、4期)、金子恵美(57、3期)、馬場雄基(1期、30)=以上、立憲民主党。このうち本誌が注目するのは両党の2人の若手議員、上杉氏と馬場氏だ。 上杉氏はこれまで3回の選挙を経験し、いずれも現3区から立候補してきた。最初の選挙は厳しい結果に終わったが、前々回、前回は比例復活当選。玄葉光一郎氏を相手に小選挙区では及ばないが、着実に票差を縮めており、支持者の間では「次の選挙は(小選挙区で)勝てる」が合言葉になっていた。それだけに、今回の区割り改定に支持者は大きく落胆している。 現3区は区割り改定で最もあおりを受けた。福島市がある現1区、郡山市がある現2区、会津若松市がある現4区、いわき市がある現5区は新区割りでも一定の原形をとどめたが、現3区は真っ二つに分断・消失する。他選挙区のように「母体となる市」がなかったことが影響した。 現3区は、北側(須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡)が新2区、南側(白河市、西白河郡、東白川郡)が新3区に組み込まれた。そうなると上杉氏はどちらかの選挙区から立候補するのが自然だが、現実はそう簡単ではない。新2区では根本氏、新3区では菅家氏が立候補に意欲を示しているからだ。 「先輩」に手を挙げられては、年齢が若く期数も少ない上杉氏は遠慮するしかない。しかし立候補する選挙区がなくなれば、自身の政治生命が危ぶまれる。要するに、今の上杉氏は「ここから立候補したい」という意中の選挙区があっても、積極的に口にしづらい立場にあるのだ。 もっとも、上杉氏が「先輩」に気を使ったとしても、上杉氏を熱心に応援してきた支持者は納得がいかないだろう。 上杉氏が家族とともに暮らす白河市の支持者もこのように語る。 「上杉氏が大臣経験のある根本氏を押し退け、新2区から出ることはあり得ない。残る選択肢は新3区になるが、菅家氏と上杉氏のどちらを候補者にするかは、期数ではなく選挙実績を重視すべきだ」 この支持者が選挙実績を持ち出したのは、もちろん理由がある。 前述の通り上杉氏は小選挙区で玄葉氏に連敗しているが、着実に票差を縮めている。これに対し菅家氏は現4区で小熊慎司氏を相手に勝ち負けを繰り返している。前回は小選挙区で敗れ、比例復活に救われた。 「最大の疑問は菅家氏が会津若松で小熊氏に負けていることです。会津若松市長を3期も務めた人がなぜ得票できないのか。地元で不人気な人が候補者にふさわしいとは思えない」(同) 選考は長期化の見通し  前回の結果を見ると、会津若松市の得票数は小熊氏2万9650票、菅家氏2万8107票で菅家氏の負け。同市の得票数に限ってさかのぼると、2014年と12年の衆院選も菅家氏は負けている。唯一、17年の衆院選は勝ったものの、両氏以外に立候補した野党系2氏の得票分を小熊氏に上乗せすると、菅家氏は実質負けているのだ。 「菅家氏が小選挙区で連勝し、会津若松市の得票数も引き離していれば、私たちも『新3区からは菅家氏が出るべき』と潔くあきらめた。しかし、地元で不人気という現実を見ると、新たに県南に来て得票できるかは怪しい」(同) ちなみに前回の衆院選で、西白河郡の西郷村は現3区から現4区に編入されたが、同村の得票数は小熊氏4430票、菅家氏4299票とここでも菅家氏は競り負けている。 「とはいえ、菅家氏が県南で得票できるか分からないのと同じく、上杉氏も会津で戦えるかは未知数。正直、あれだけ広いエリアをどうやって回るかも想像がつかない」(同) そんな両氏を救う方法は二つ考えられる。 一つはどちらかが比例単独に回ること。ただし、当選することはできても地盤は失われるので、これまで小選挙区で戦ってきた両氏には受け入れ難い救済案だろう。確実に当選できるならまだしも、名簿順位で上位が確約されなければ落選リスクにもさらされる。 もう一つはどちらかが小選挙区、どちらかが比例区に回り、次の選挙では入れ替わって立候補するコスタリカ方式を採用すること。ただし、この救済案もどちらが先に小選挙区に回るかで揉めると思われる。最初に比例区に回れば、小選挙区の有権者に自分の名前を書いてもらう機会を逸し、次の選挙で自分が小選挙区に回った際、名前を書いてもらえる保証がないからだ。 さらに同方式の危うさとして、小選挙区の候補者が落選し比例区の候補者が当選したら、両陣営の間に溝が生じ、次の選挙では選挙協力が成立しづらい点も挙げられる。 田村地方の自民党員はこう話す。 「私たちはこの先、上杉氏を直接応援することはできないが、本人には『もし菅家氏とコスタリカを組むなら絶対に比例区に回るな』とはアドバイスしました」 そもそも現3区の自民党員は同方式に良いイメージを持っていない。中選挙区制の時代、県南・田村地方には穂積良行と荒井広幸、2人の自民党議員がいたが、小選挙区比例代表並立制への移行を受け両氏は現3区で同方式を組んだ。最初の選挙は荒井氏が小選挙区、穂積氏が比例区に回り、荒井氏が玄葉氏を破って両氏とも当選したが、次の選挙は小選挙区に回った穂積氏が玄葉氏に敗れ政界引退。荒井氏は比例単独で当選したものの、次の選挙は小選挙区で玄葉氏に大差負けした。名前を書いてもらえない比例区に回ったことと両者の選挙協力が機能しなかったことが、小選挙区での大敗を招いた典型例と言える。 「上杉氏はかつて荒井氏の秘書をしていたので、コスタリカが上手くいかないことはよく分かっているはずです」(同) 果たして上杉氏は、区割り改定を受けてどのようなアクションを起こそうとしているのか。衆院議員会館の上杉事務所に取材を申し込むと、 「上杉本人とも話しましたが、これから決まっていく事案について、いろいろ申し上げるのは控えさせてほしい」(事務所担当者) この翌日(12月15日)、自民党県連は選挙対策委員会を開き、次期衆院選公認候補となる選挙区支部長に新1区が亀岡氏、新2区が根本氏、新4区が吉野氏に内定したと発表した。新3区は菅家氏と上杉氏、双方の地元(総支部)から「オラがセンセイ」を強く推す意見が出され、結論は持ち越された。今後、党本部や両氏の所属派閥(清和政策研究会)で調整が行われるが、党本部は比例復活で複数回当選している議員の支部長就任は慎重に検討するという方針も示しており、上杉氏(2回)、菅家氏(2回)とも該当するため、選考は長期化する見通しだ。 県連はどちらが選挙区支部長に内定しても「現職5人を引き続き国政に送ることが大前提」として、比例代表の1枠を優先的に配分するよう党本部に求めていくとしている。菅家氏と上杉氏はともに早稲田大学卒業。「先輩」に面と向かって本音を言いづらい上杉氏に代わり、地元支持者の熱意と、前述した菅家氏への物足りなさが候補者調整にどう影響するのか注目される。 組織力を持たない馬場氏  立憲民主党の若手、馬場雄基氏も上杉氏と同様、辛い立場にある。 前回、現2区から立候補した馬場氏は根本匠氏に及ばなかったが比例復活で初当選した。当時20代で初登院後は「平成生まれ初の衆院議員」としてマスコミの注目を集めた。爽やかなルックスで「馬場氏の演説には引き込まれるものがある」と同党県連内の評価もまずまず。国会がない週末は選挙区内を回り、自民党支持者が多く集まる場所にも臆せず顔を出すなどフットワークの軽さものぞかせる。 現2区は、中核を成す郡山市が現3区の北側と一緒になり新2区に移行。これに伴い馬場氏も新2区からの立候補を目指すとみられるが、ここに早くから踏み入るのが、現3区が地盤の玄葉光一郎氏だ。 当選10回。民主党政権時には外務大臣、国家戦略担当大臣、同党政調会長などの要職を歴任。岳父は佐藤栄佐久元知事。言わずと知れた福島県を代表する政治家の一人だ。 玄葉氏は、現3区の南側が組み入れられた新3区ではなく、新2区からの立候補を模索している。背景には▽郡山市には昔から自分を支持してくれる経済人らが多数いること、▽同市内の安積高校を卒業していること、▽同市内に栄佐久氏の人脈が存在すること、等々の理由が挙げられる。「現3区で上杉氏が票差を詰めている」と書いたが、北側(須賀川市や田村市)では一定の票差で勝っていることも新2区を選んだ一因になっているようだ。 馬場氏にとっては年齢も期数も実績も「大先輩」の玄葉氏が新2区からの立候補に意欲を示せば、面と向かって「それは困る」「自分も立候補したい」とは言いにくいだろう。 もっとも玄葉氏と馬場氏を天秤にかければ、本人が辞退しない限り玄葉氏が候補者になることは誰の目にも明らかだ。理由は馬場氏より期数や実績が上回っているから、ということだけではない。 両氏の明らかな差は組織力だ。政治家歴30年以上の玄葉氏と、2年にも満たない馬場氏では比べ物にならない。例えば、郡山駅前で街頭演説を行うことが急きょ決まり「動員をかけろ」となったら、玄葉氏は支持者を集めることができても、組織力を持たない馬場氏は難しいだろう。 「馬場氏は青空集会を定期的に開いて多くの有権者と触れ合ったり、SNSを使って積極的に発信している点は評価できる。馬場氏がマイクを握ると聴衆が聞き入るように、演説も相当長けている。しかし、辻立ちや挨拶回り、名簿集めといった基本的な行動は物足りない」(同党の関係者) 馬場氏の普段の政治活動は、若者や無党派層が多い都市部では支持が広がり易いが、高齢者が多く地縁血縁が幅を利かす地方では、この関係者が言う「基本的な行動」を疎かにすると票に結び付かないのだ。 「簡単には決められない」  立憲民主党の県議に新区割りを受けて馬場氏の今後がどうなるか意見を求めたが、言葉を濁した。 「現1区で当選した金子氏が新1区、現4区で当選した小熊氏が新3区に決まれば残るは二つだが、だからと言って新2区が玄葉氏、現5区時代から候補者不在の新4区が馬場氏、という単純な振り分けにはならない。両氏の支持者を思うと、簡単にあっちに行け、こっちに行けとは言えませんよ」 加えて県議が挙げたのは、同党単独では決めづらい事情だ。 「私たちはこの間、野党共闘で選挙を戦っており、他党の候補者との調整や、ここに来て距離を縮めている日本維新の党との関係にも配慮しなければならない。こうなると県連での判断は難しく、党本部が調整しないと決まらないでしょうね」(同) 同党県連幹事長の高橋秀樹県議もかなり頭を悩ませている様子。 「もし全員が新人なら、あなたはあっち、あなたはこっちと振り分けられたかもしれないが、現選挙区に長く根ざし、そこには大勢の支持者がいることを考えると、パズルのピーズを埋めるような決め方はできない。党本部からは年内に一定の方向性を示すよう言われているが『他県はできるかもしれないが、福島は無理』と伝えています。他県は現職の人数が少なかったり、2人の現職が一つの選挙区に重なるケースがほとんどないため、すんなり候補者が決まるかもしれないが、現職の人数が多い福島では簡単に決められない。ただ、目標は現職4人を再び国政に送ることなので、4人と直接協議しながら党本部も交えて調整していきたい」(高橋幹事長) 当の馬場氏は今後どのように活動していくつもりなのか。衆院議員会館の馬場事務所に尋ねると、馬場氏から次のような返答があった。(丸カッコ内は本誌注釈) 「(候補者調整について)現時点において、特段決まっていることはございません。しっかりと自分の思いを県連や党本部に伝えているところでもあり、その決定に従いたいと考えています。その思いとは、私が今ここに平成初の国会議員として活動できているのも、地盤看板鞄の何一つ持ち合わせていない中から育ててくださり、ゼロから一緒につくりあげてくださり、今なお大きく支えてくださっている郡山市・二本松市・本宮市・大玉村の皆さまのおかげです。いただいた負託に応えられるように全力を尽くすのみです」 現2区への強い思いをにじませつつ、県連や党本部の決定には従うとしている。 中途半端な状態に長く置き続けるのは本人にも支持者にも気の毒。それは馬場氏に限った話ではない。丁寧に協議を進めつつ、早期決着を図り、次の選挙に向けた新体制を構築することが賢明だ。(文中一部敬称略) あわせて読みたい 【福島県】自民・新3区支部長をめぐる綱引き 区割り改定に揺れる福島県内衆院議員

  • 【幸楽苑】創業者【新井田傳】氏に再建を託す

     幸楽苑(郡山市)が苦境に立たされている。2023年3月期決算で28億円超の大幅赤字を計上し、新井田昇社長(49)が退任。創業者の新井田傳氏(79)が会長兼社長に復帰し経営再建を目指すことになった。傳氏が社長時代の赤字から、息子の昇氏が後継者となってⅤ字回復させたものの、再び赤字となり父親の傳氏が再登板。同社は立ち直ることができるのか。(佐藤仁) ラーメン一筋からの脱却に挑んだ【新井田昇】前社長 経営から退いた新井田昇氏  6月23日、郡山市内のホテルで開かれた幸楽苑ホールディングスの株主総会に、筆者は株主の一人として出席したが、帰り際のエレベーターで男性株主がボソッと言った独り言は痛烈だった。 「今期もダメなら、この会社は終わりだな……」 今の幸楽苑(※)は株主にそう思わせるくらい危機的状況にある。 株主総会で報告された2023年3月期決算(連結)は、売上高254億6100万円、営業損失16億8700万円の赤字、経常損失15億2800万円の赤字、当期純損失28億5800万円の赤字だった。 前期の黒字から一転、大幅赤字となった。もっとも、さかのぼれば2021年、20年も赤字であり、幸楽苑にとって経営安定化はここ数年の課題に位置付けられていた。 株主総会では新井田昇社長が任期満了で退任し、取締役からも退くことが承認された。業績を踏まえれば続投は望めるはずもなく、引責と捉えるのが自然だ。 これを受け、後任には一線から退いていた相談役の新井田傳氏が会長兼社長として復帰。渡辺秀夫専務取締役からは「原点回帰」をキーワードとする経営再建策が示された。 経営再建策の具体的な中身は後述するが、その前に、赤字から抜け出せなかった新井田昇氏の経営手腕を検証する必要がある。反省を欠いては再建には踏み出せない。 安積高校、慶応大学経済学部を卒業後、三菱商事に入社した昇氏が父・傳氏が社長を務める幸楽苑に転職したのは2003年。取締役海外事業本部長、常務取締役、代表取締役副社長を経て18年11月、傳氏に代わり社長に就任した時は同年3月期に売上高385億7600万円、営業損失7200万円の赤字、経常損失1億1400万円の赤字、当期純損失32億2500万円の赤字と同社が苦境にあったタイミングだった。 昇氏は副社長時代から推し進めていた経営改革を断行し、翌2019年3月期は売上高412億6800万円、営業利益16億3600万円、経常利益15億8700万円、当期純利益10億0900万円と、前期の大幅赤字からV字回復を果たした。 昇氏は意気揚々と、2019年6月の株主総会で20年3月期の業績予想を売上高420億円、営業利益21億円、経常利益20億円、当期純利益11億円と発表。V字回復の勢いを持続させれば難しくない数字に思われたが、このあと幸楽苑は「想定外の三つの事態」に襲われる。 一つは2019年10月の令和元年東日本台風。東日本の店舗に製品を供給する郡山工場が阿武隈川の氾濫で冠水し、操業を停止。東北地方を中心に200店舗以上が休業に追い込まれ、通常営業再開までに1カ月を要した。 二つは新型コロナウイルス。2020年2月以降、国内で感染が急拡大すると経済活動は大きく停滞。国による外出制限や飲食店への営業自粛要請で、幸楽苑をはじめとする外食産業は大ダメージを受けた。 V字回復の勢いを削がれた幸楽苑は厳しい決算を余儀なくされる。別表①の通り前期の黒字から一転、2020、21年3月期と2期連続の赤字。新型コロナの影響は当面続くと考えた昇氏は20年5月、ラーメンチェーン業界では先んじて夏のボーナス不支給を決定した。以降、同社はボーナスを支給していない。 表① 幸楽苑の業績(連結) 売上高営業損益経常損益当期純損益2018年385億7600万円▲7200万円▲1億1400万円▲32億2500万円2019年412億6800万円16億3600万円15億8700万円10億0900万円2020年382億3700万円6億6000万円8億2300万円▲6億7700万円2021年265億6500万円▲17億2900万円▲9億6900万円▲8億4100万円2022年250億2300万円▲20億4500万円14億5200万円3億7400万円2023年254億6100万円▲16億8700万円▲15億2800万円▲28億5800万円※決算期は3月。▲は赤字。  会社経営の安定性を示す自己資本比率も下がり続けた。2017年3月期は29・95%だったが、昇氏が社長就任前に打ち出していた「筋肉質な経営を目指す」との方針のもと、大規模な不採算店の整理を行った結果、18年3月期は20・94%に落ち込んだ。店舗を大量に閉めれば長期的な売り上げが減り、閉店にかかる費用も重くのしかかるが、昇氏は筋肉質な会社につくり直すためコロナ禍に入った後も店舗整理を進めた。 その影響もありV字回復した19年3月期は自己資本比率が27・09%まで回復したが、2期連続赤字となった20、21年3月期は25・61%、18・40%と再び下落に転じた。(その間の有利子負債、店舗数と併せ、推移を別掲の図に示す)  一般的に、自己資本比率は20%を切るとやや危険とされる。業種によって異なるが、飲食サービス業の黒字企業は平均15%前後が目安。 そう考えると、幸楽苑は22年3月期で3期ぶりの黒字となり、自己資本比率も25・50%に戻した。昇氏が推し進めた筋肉質な経営はようやく成果を見せ始めたが、そのタイミングで「三つ目の想定外の事態」が幸楽苑を襲う。2022年2月に起きたロシアによるウクライナ侵攻だ。 麺や餃子の皮など、幸楽苑にとって要の原材料である小麦粉の価格が急騰。光熱費や物流費も上がり、店舗運営コストが大きく膨らんだ。2023年3月期の自己資本比率は一気に7・75%まで下がった。 ただ、これらの問題は他社も直面していることで、幸楽苑に限った話ではない。同社にとって深刻だったのは、企業の人手不足が深刻化する中、十分な人員を確保できず、店舗ごとの営業時間にバラつきが生じたことだった。 時短営業・休業が続出 時短営業・休業が続出(写真はイメージ)  幸楽苑のホームページを見ると、一部店舗の営業時間短縮・休業が告知されている。それによると、例えば長井店では7月28、30日は営業時間が10~17時となっている。町田成瀬店では7月29日は9~15時、18~22時と変則営業。栃木店と塩尻広丘店に至っては7月29、30日は休業。こうした店舗が延べ50店以上あり、全店舗の1割以上を占めているから異常事態だ。 深刻な人手不足の中、幸楽苑は人材確保のため人件費関連コストが上昇し、それが経営を圧迫する要因になったと説明する。しかし、一方ではボーナスを支給していないわけだから、待遇が変わらない限り優秀な人材が集まるとは思えない。 幸楽苑では数年前からタブレット端末によるセルフオーダーや配膳ロボットを導入。お冷もセルフ方式に変えた。コロナ禍で店員と顧客の接触を少なくする取り組みで、人手不足の解消策としても期待された。 しかし、6月の株主総会で株主から「昔と比べて店に活気がない」という指摘があったように、コロナ禍で店員が大きな声を出せなくなり、タブレット端末や配膳ロボットにより店員が顧客と接する場面が減った影響はあったにせよ、優秀な人材が少なくなっていたことは否定できない。ボーナス不支給では正社員がやる気をなくし、アルバイトやパートの教育も疎かになる。こうした悪循環が店の雰囲気を暗くしていたのではないか。 あるフランチャイザー関係者も実体験をもとにこう話す。 「昔はフランチャイザーの従業員教育もきちんとしていたが、近年はそういう研修に行っていない。かつては郡山市内の研修センターに行っていたが、今その場所は(幸楽苑がフランチャイザーとして運営する)焼肉ライクに変わっているよね。うちの従業員はスキルが落ちないように、たまに知り合いのいる直営店に出向いて自主勉していますよ」 ボーナス不支給だけではなく、昔のような社員教育が見られなくなったことも人材の問題につながっているのではないかと言いたいわけ。 6月の株主総会では、別の株主から「フロアサービスに表彰制度を設けてモチベーションアップにつなげては」との提案もあった。幸楽苑は厨房係にマイスター制度(調理資格制度)を導入しているが、フロア係のレベルアップにも取り組むべきという意見だ。新井田昇氏は「新経営陣に申し送りする」と応じたが、そもそもマイスター制度が機能しているのかという問題もある。 幸楽苑をよく利用するという筆者の知人は「店によって美味い、不味いの差がある」「高速道路のサービスエリアの店でラーメンを注文したら、麺が塊のまま出てきた」と証言してくれた。県外に住む筆者の父も、以前は幸楽苑が好きで同じ店舗によく通っていたが、ある日急に「あれっ? 美味しくない」と言い出し、以来利用するのをやめてしまった。 チェーン店で調理マニュアルがあるはずなのに、店によって味に差があるのは不可解でしかない。飲食店はQSC(品質、サービス、清潔)が大事だが、肝心のQを疎かにしては客が離れていく。フロア、厨房を問わない人材の確保と育成を同時に進めていく必要がある。 苦戦が続く新業態 社長に復帰した新井田傳氏(幸楽苑HDホームーページより)  昇氏が進めてきた取り組みは継続されるものもあるが、傳氏のもとで見直されるものも少なくない。 その一つ、女性タレントを起用した派手なテレビCMは当時上り調子の幸楽苑を象徴するものだったが、地元広告代理店は「大手に言いくるめられ、柄にもないCMに大金を使わされていなければいいが」と心配していた。傳氏はテレビCMを廃止すると共に、費用対効果を検証しながら販売促進費を削減する方針。 昇氏は前述の通り、コロナ禍や人手不足に対応するためタブレット端末やセルフレジの導入を進めたが、実は、幸楽苑のヘビーユーザーである高齢者からは「操作方法がよく分からない」と不評だった。そんな電子化は2021年6月から株主優待にも導入され、食事券、楽天ポイント、自社製品詰め合わせの3種類から選べるシステムとなったが、高齢の株主からは同じく「使いづらい」と不評だった。傳氏は、タブレット端末やセルフレジはやめるわけにはいかないものの、株主優待は紙の優待券に戻すことを検討するという。 昇氏の取り組みで最も話題になったのが「いきなりステーキ」を運営するペッパーフードサービスとのフランチャイズ契約だ。ラーメンに代わる新規事業として昇氏が主導し、2017年11月に1号店をオープンさせると、19年3月までに16店舗を立て続けに出店した。しかし、ペッパー社の業績低迷と、令和元年東日本台風やコロナ禍の影響で「いきなりステーキ」は22年3月期にはゼロになった。 幸楽苑はラーメン事業への依存度が高く(売り上げ比率で言うとラーメン事業9割、その他の事業1割)、景気悪化に見舞われた時、業績が揺らぐリスクを抱えている。それを回避するための方策が「いきなりステーキ」への業態転換だったが、勢いがあるうちは売り上げ増につながるものの、ブームが去ると経営リスクに直結した。挙げ句、新業態に関心を向けるあまり本業のラーメン店が疎かになり、味やサービスが低下する悪循環につながった。傳氏も、かつてはとんかつ、和食、蕎麦、ファミリーレストランなどに手を出したが全て撤退している。 現在、幸楽苑は各社とフランチャイズ契約を交わし「焼肉ライク」12店舗、「からやま」7店舗、「赤から」5店舗、「VANSAN」1店舗、「コロッケのころっ家」7店舗を運営。ラーメン店から転換した餃子バル業態「餃子の味よし」も4店舗運営。これらは「昇氏の思いつき」と揶揄する声もあるが、ラーメン一筋から脱却したい狙いは分かる半面、ラーメン以外なら何でもいいと迷走している感もある(筆者はむしろラーメン一筋を貫くべきと思うのだが)。 まずは本業のラーメン店を立て直すことが先決だが、別業態にどれくらい注力していくかは、自身も苦い経験をしている傳氏にとって答えを出しづらい課題と言えそうだ。 傳氏は「原点回帰でこの危機を乗り越える」として、次のような経営再建策に取り組むとしている。 ▽メニュー・単価の見直し――①メニューの改定と新商品の投入、②セットメニューの提案による客単価の上昇、③タブレットの改定による店舗業務の効率化 ▽店舗オペレーションの強化――店長会議や店舗巡回による指導を通して「調理」「接客」「清掃」に関するマニュアルの徹底と教育 ▽営業時間の正常化――①人手不足の解消に向け、元店長など退職者への復職促進、②ボーナス支給による雇用の維持 客単価上昇に手ごたえ  傳氏は復帰早々、固定資産を売却して資金調達したり、県外の不採算店30店舗を閉店する方針を打ち出したり、そのために必要な資金を確保するため第三者割り当てによる新株を発行し6億8000万円を調達するなど次々と策を講じている。 「固定資産の売却や即戦力となる元店長の復職が既に数十人単位でメドがついていること等々は、傳氏からいち早く説明があった。復帰に賛否はあるが、間違いなくカリスマ性のある人。私は期待しています」(前出・フランチャイザー関係者) 昇氏は客単価の減少を来店者数の増加で補い、黒字を達成した実績がある。新規顧客の獲得だけでなくリピーターも増やす戦略だったが、人口が急速に減少し、店舗数も年々減る中、来店者数を増やすのは困難。そこで傳氏は、メニュー改定や新商品投入を進めつつ、セットメニューを提案してお得感を打ち出し、来店者数は減っても客単価を上げ、売り上げ増につなげようとしている。 その成果は早速表れており(別表②)、前期比で客数は減っても客単価は上がり、結果、6月の売上高は前期比108・2%となっている。幸楽苑では新商品が投入される7、8月もこの傾向が続けば、今期は着実に黒字化できると自信を見せる。 表② 今期4~6月度の売り上げ等推移 直営店既存店(国内)の対前期比較 4月5月6月累計売上高101.4%98.4%108.2%102.5%客数93.2%88.3%95.9%92.3%客単価108.7%111.5%112.8%111.0%月末店舗数401店401店401店※既存店とはオープン月から13カ月以上稼働している店舗。  本誌は復帰した傳氏にインタビューを申し込んだが「直接の取材は全てお断りしている」(渡辺専務)という。代わりに寄せられた文書回答を紹介する(7月20日付)。 「新井田昇は2018年の社長就任以来、幸楽苑の新しい商品・サービスや新業態の開発を促進し、事業の成長とそれを支える経営基盤の見直しを図ってきました。しかし、コロナ禍を起点に原材料費、光熱費、物流費の上昇、人材不足といった厳しい経営環境は続いており、早期の業績回復のためには原点に立ち返り収益性を追求する必要があることから、創業者新井田傳の復帰が最善と判断し、任期満了をもって新井田昇は取締役を退任しました。会長、前社長ともに、幸楽苑の業績を早期に回復させたいという思いは一致しています。しかしながら赤字経営が続いたことから前社長は退任し、幸楽苑を誰よりも知っている創業者にバトンを戻したものです」 父から子、そして再び父と、上場企業として人材に乏しい印象も受けるが「創業者に託すのが最善」とする判断が正しかったかどうかは来春に判明する決算で明らかになる。

  • 苦戦する福島県内3市の駅前再開発事業

     県内の駅前再開発事業が苦戦している。福島、いわき、郡山の3市で進められている事業が、いずれも着工延期や工期延長に直面。主な原因は資材価格の高騰だが、無事に完成したとしても施設の先行きを不安視する人は少なくない。新型コロナウイルスやウクライナ戦争など不安定な情勢下で完成・オープンを目指す難しさに、関係者は苛まれている。(佐藤仁) 資材高騰で建設費が増大  地元紙に興味深い記事が立て続けに載った。 「JR福島駅東口 再開発ビル1年先送り 着工、完成 建設費高騰で」(福島民報5月31日付) 「JRいわき駅前の並木通り再開発事業 資材高騰、工期延長 組合総会で計画変更承認」(同6月1日付) 「郡山複合ビル 完成ずれ込み 25年11月に」(福島民友6月1日付) 現在、福島、いわき、郡山の各駅前では再開発事業が進められているが、その全てで着工延期や工期延長になることが分かったのだ。 福島駅前では駅前通りの南側1・4㌶に複合棟(12階建て)、分譲マンション(13階建て)、駐車場(7階建て)などを建設する「福島駅東口地区第一種市街地再開発事業」が進められている。施行者は福島駅東口地区市街地再開発組合。 いわき駅前では国道399号(通称・並木通り)の北側1・1㌶に商業・業務棟(4階建て)、分譲マンション(21階建て)、駐車場(5階建て)などを建設する「いわき駅並木通り地区第一種市街地再開発事業」が進められている。施行者はいわき駅並木通り地区市街地再開発組合。 郡山駅前では駅前一丁目の0・35㌶に分譲マンションや医療施設(健診・透析センター)などが入るビル(21階建て)を建設する「郡山駅前一丁目第二地区第一種市街地再開発事業」が進められている。施行者は寿泉堂綜合病院を運営する公益財団法人湯浅報恩会など。 三つの事業が直面する課題。それは資材価格の高騰だ。当初予定より建設費が膨らみ、計画を見直さざるを得なくなった。地元紙報道によると、福島は361億円から2割以上増、いわきは115億円から130億円、郡山は87億円から97億円に増える見通しというから、施工者にとっては重い負担増だ。 資材価格が高騰している原因は、大きく①ウッドショック、②アイアンショック、③ウクライナ戦争、④物流価格上昇、⑤円安の五つとされる(詳細は別掲参照)。 ウッドショック新型コロナでリモートワークが増え、アメリカや中国で住宅建築需要が急拡大。木材不足が起こり価格が高騰した。アイアンショック同じく、アメリカや中国の住宅需要急拡大により、鉄の主原料である鉄鉱石が不足し価格が高騰した。ウクライナ戦争これまで資源大国であるロシアから木材チップ、丸太、単板などの建築資材を輸入してきたが、同国に対する経済制裁で他国から輸入しなければならなくなり、輸入価格が上昇した。物流価格上昇新型コロナの巣ごもり需要で物流が活発になり、コンテナ不足が発生。それが建築資材の運送にも波及し、物流価格上昇が資材価格に跳ね返った。円  安日本は建築資材の多くを輸入に頼っているため、円安になればなるほど資材価格に跳ね返る。  内閣府が昨年12月に発表した資料「建設資材価格の高騰と公共投資への影響について」によると、2020年第4四半期を「100」とした場合、22年第3四半期の建築用資材価格は「126・3」、土木用資材価格は「118・0」。わずか2年で1・2倍前後に増加しており、三つの事業の建設費の増加割合(1・1~1・2倍)とも合致する。 資材価格の高騰は現在も続いており、一時の極端な円安が和らいだ以外は、ウッドショックもアイアンショックも解消の見通しはない。ウクライナ戦争が終わらないうちは、ロシアへの経済制裁も解除されない。いわゆる「2024年問題」に直面する物流も、ますますコスト上昇が避けられない。資材価格の高騰がいつまで続くかは予測不能で、建設業界からは「あと数年は耐える必要がある」と覚悟の声が漏れる。 こうした中で三つの事業は今後どうなっていくのか。現場を訪ね、最新事情に迫った。 福島駅前 解体工事が進む福島駅東口の再開発事業 厳しい福島市の財政  看板が外された複数の建物には緑色のネットが被せられている。人の出入りがない空っぽの建物が並ぶ光景は、もともと人通りが少なかった駅前を一層寂しく感じさせる。 今、福島駅東口から続く駅前通りでは旧ホテル、旧百貨店、旧商店の解体工事が行われている。進ちょくは予定より遅れているが、下水道、ガス、電気などインフラ設備の撤去に時間を要したためという。アスベストの除去はほぼ完了し、解体工事は7月以降本格化。当初予定では終了は来年1月中旬だったが、今年度末までに完了させ、新築工事開始時に建築確認申請を行う見通し。 更地後は物販、飲食、公共施設、ホテルが入るビルや分譲マンションなどが建設される予定だ。ところが福島市議会6月定例会の開会日(5月30日)に、木幡浩市長が突然、 「当初計画より2割以上の増額が見込まれ、工事費縮減のため再開発組合と共に機能品質を維持しながら使用資材を変更したり、施設計画を再調整している。併せて国庫補助など財源確保も再検討している。これらの作業により、着工は2023年度から24年度にずれ込み、オープンは当初予定の26年度から27年度になる見通しです」 と、着工・オープンが1年延期されることを明言したのだ。 施工者は福島駅東口地区市街地再開発組合(加藤眞司理事長)だが、市はビル3、4階に整備される「福島駅前交流・集客拠点施設」(以下、拠点施設と略)を同組合から買い取る一方、補助金を支出することになっている。 同組合設立時の2021年7月に発表された計画では、総事業費473億円、補助金218億円(国2分の1、県と市2分の1)となっていた。単純計算で、市の補助金支出は54億5000万円になる。 ところが昨年5月に議員に配られた資料には、総事業費が19億円増の492億円、補助金が26億円増の244億円と書かれていた。主な理由は延べ床面積が若干増えたことと、資材価格の高騰だった。 市の補助金支出が60億円に増える見通しとなる中、市の負担はこれだけに留まらない。 市は拠点施設が入る3、4階を保留床として同組合から買い取るが、当初計画では「150億円+α」となっていた。しかし、前述・議員に配られた資料では190億円に増えていた。市はこのほか備品購入費も負担するが、その金額は開館前に決定されるため、市は総額「190億円+α」の保留床取得費を支出しなければならないのだ。 補助金支出と合わせると市の負担は250億円以上に上るが、資材価格の高騰で建設費が更に増える見通しとなり、計画の見直しを迫られた結果、着工・オープンを1年延期せざるを得なくなったのだ。 元市幹部職員は現状を次のように推察する。 「延期期間を1年とした根拠はないと思う。1年で資材価格の高騰が落ち着くとは考えにくい。市と再開発組合は、この1年であらゆる削減策を検討するのでしょう。事業規模が小さいと削る個所はほとんどないが、事業規模が大きいと削減や変更が可能な個所は結構ある。ただ、それでも大幅な事業費削減にはつながらないと思いますが」 元幹部が懸念するのは、市が昨年9月に発表した「中間財政収支の見通し(2023~27年度)」で、市債残高が毎年増え続け、27年度は1377億円と18年度の1・6倍に膨らむと試算されていることだ。市も見通しの中で「26年度には財政調整基金と減債基金の残高がなくなり、財源不足を埋められなくなる」「26年度以降の財源を確保できない」という危機を予測している。 「市の借金が急激に増える中、市は今後、地方卸売市場、図書館、消防本部、あぶくまクリーンセンター焼却工場、学校給食センターなどの整備・再編を控えている。市役所本庁舎の隣では70億円かけて(仮称)市民センターの建設も進められている。これらは『カネがなくてもやらなければならない事業』なので、駅前の拠点施設が滞ってしまうと、順番待ちしている事業がどんどん後ろ倒しになっていくのです」 ある元議員も 「既に解体工事が進んでいる以上、『カネがないから中止する』とはならないだろうが、あまりに市の負担が増えすぎると、計画に賛成した議会からも反対の声が出かねない」 と指摘する。 実際、木幡市長の説明を受けて6月15日に開かれた市議会全員協議会では、出席した議員から「どこかの段階で計画をやめることも今後の選択肢として出てくるのか」という質問が出ていた。 「施設が無事完成したとしても、その後は赤字にならないように運営していかなければならない。経済情勢が不透明な中、稼働率やランニングコストを考えると『このまま整備して大丈夫なのか』と議員が不安視するのは当然です」(元議員) 市は「計画の中止は想定していない」としており、資材や工法を変えるなどして事業費を削減するほか、新たな国の補助金を活用して財源確保を目指す方針を示している。 バンケット機能は整備困難  施行者の再開発組合ではどのような見直しを進めているのか。加藤眞司理事長は次のように話す。 「在来工法から別の工法に変えたり、特注品から既製品に変えたり、資材や設備を見直すなど、あらゆる部分を総点検して削れる個所は徹底的に削る努力をしています。例えば電線一つにしても、銅の価格が高騰しているので、使う長さを短くすればコストを抑えられます。市でも拠点施設に使う電線を最短距離で通すなどの検討をしています」 建設費が2割以上増えるなら、単純に10階建てから8階建てに減らせば2割減になる。しかし、加藤理事長は「面積を変更する考えは一切ない」と言う。 「再三検討した結果、今の面積に落ち着いた。それをいじってしまえば、計画を根本から変えなければならなくなります」(同) こうした中で気になるのは、拠点施設以外の商業フロア(1、2階)やホテル(8~12階)などの入居見通しだ。 「商業フロアの1階は地元商店の入居が予定されています。2階は飲食店を予定していますが、福島駅前からは飲食チェーンが軒並み撤退しており、テナントが入るか難しい状況です。場合によってはドラッグストアなど、別の選択肢も見据える必要があるかもしれません」 「ホテルは全国的に需要が戻っています。ただ、どこも従業員不足に悩まされており、今後の人材確保が心配されます」 ホテルと言えば、拠点施設ではさまざまな国際会議の開催を予定しているため、バンケット(宴会・晩餐会)機能の必要性が一貫して指摘されてきた。しかし、バンケット機能を有するホテルは誘致できず、木幡市長も6月定例会で、建設費高騰による家賃引き上げで参入を希望する事業者が見つからないとして「バンケット機能の整備は難しい」と明かしている。 市内では、福島駅西口のザ・セレクトン福島が昨年6月に宴会業務を廃止し、上町の結婚式場クーラクーリアンテ(旧サンパレス福島)も来年3月に閉館するなど、バンケット機能を著しく欠いている状況だ。木幡市長は地元経済界と連携して駅周辺でのバンケット機能確保を目指しつつ、ビルにバンケット機能への転用が図れる仕掛けを準備していることを説明したが、実現性が不透明な以上、一部議員が提案するケータリング(食事の提供サービス)機能も代替案に加えるべきではないか。 「市とは事業費削減だけでなく、完成後の使い勝手をいかに良くするかや、ランニングコストをいかに抑えるかについても繰り返し議論しています。それらを踏まえ、組合として今年度中に新たな計画を確定させたい考えです」(加藤理事長) 前出・元市幹部職員は 「一番よくないのは、見直した結果、施設全体が中途半端になることです。市民から『これなら、つくらない方がよかった』と言われるような施設ではマズイ。つくる以上は稼働率が高く、市民にとって使い勝手が良く、地域にお金が落ちて、税収も上がる好循環を生み出さなければ意味がない」 と指摘するが、着工・オープンの1年延期で市と同組合はどこまで課題をクリアできるのか。現状は、膨らみ続ける事業費をいかに抑え、家賃が上がっても耐えられるテナントをどうやって見つけるか、苦心している印象が強い。目の前のこと(着工)と併せて将来のこと(オープン後)も意識しなければ、市民から歓迎される施設にはならない。 いわき駅前 遅れを取り戻そうと工事が進むいわき駅並木通りの再開発事業 想定外の発掘調査に直面  いわき駅並木通り地区第一種市街地再開発事業は2021年8月に既存建物の解体工事に着手し、22年1月から新築工事が始まった。完成は商業・業務棟(63PLAZA)が今年夏、分譲マンション(ミッドタワーいわき)が来年4月を予定していたが、資材価格の高騰などで建設費が膨らみ、資金調達の交渉に時間を要した結果、それぞれ8カ月程度後ろ倒しになるという。 いわき駅前は、駅自体が新しくなり、今年1月には駅と直結するホテル「B4T」や商業施設「エスパルいわき」がオープン。同駅前再開発ビル「ラトブ」では6月に商業スペースが刷新され、2021年2月に閉店した「イトーヨーカ堂平店」跡地にも商業施設の整備が計画されるなど、にわかに活気付いている。 しかし、投資が集中する割に人通りは思ったほど増えていない。参考までに、いわき駅の1日平均乗車数は2001年が8000人、10年が6000人、21年が4200人。20年前と比べて半減している。 駅周辺で商売する人によると 「いったん閉店すると、ずっと空き店舗のままです。収益が少なく、それでいて家賃負担が重いため、若い出店希望者も駅前は及び腰になるそうです。『行政が家賃を補填してくれないと(駅前出店は)無理』という声をよく耳にします」 そうした中で事業が進む同再開発事業に対しては 「施設完成後、商業フロアはきちんと埋まるのか。ラトブは苦戦しており、エスパルいわきも未だにフルオープンはしておらず、シャッターが閉まったままのフロアがかなりある。仮に商業フロアが埋まったとしても、建設費が高ければ、その分家賃も高くなるので、かなりシビアな収支計画を迫られる。人通りが増えない中、店ばかり増えて商売が成り立つのかどうか」(同) 施行者のいわき駅並木通り地区市街地再開発組合で特定業務代理者を務める熊谷組の加藤亮部長(再開発プランナー)はこう話す。 「事業費を削り、新たに使える補助金を探し出す一方、収入を増やすメドがついたので、4月に開いた同組合の総会で事業計画の変更を承認していただきました。その事業計画を今後県に認可してもらい、早期の完成を目指していきます」 加藤部長によると、工期が延長された理由は資材価格の高騰もさることながら、建設現場で磐城平城などの遺構が発見され、発掘調査に予想以上の時間と費用を要したためという。商業・業務棟と分譲マンションのエリアは2022年度に調査を終えたが、駐車場と区画道路のエリアは現在も調査が続いているという。 「発掘調査にかかる費用は、個人施工の場合は補助金が出るが、組合施工の場合は組合が自己負担しなければなりません。さらに発掘調査に時間がかかれば、その分だけ工期が後ろ倒しになり、機器のリース代なども増えていく。同組合内からは、発掘調査によって生じた負担を組合が負わなければならないことに異論が出ましたが、最終的には理解していただきました」(同) 思わぬ形で工期延長を迫られた同事業が、新たな事業計画のもとで予定通り完成するのか、注目される。 郡山駅前 郡山駅前一丁目第二地区再開発事業の建設地。写真奥に見える一番高い建物が寿泉堂病院と分譲マンションが入る複合ビル 「削れる部分は削る」  郡山駅前一丁目第二地区第一種市街地再開発事業の敷地には、もともと旧寿泉堂綜合病院が建っていた。 2011年に現在の寿泉堂綜合病院と分譲マンション「シティタワー郡山」が入る複合ビルが完成後(郡山駅前一丁目第一地区市街地再開発事業)、旧寿泉堂綜合病院は直ちに解体され、第二地区の再開発事業は即始まる予定だった。しかし、リーマン・ショックや震災・原発事故が相次いで発生し、当時のディベロッパーが撤退したため、同事業は当面休止されることとなった。 その後、2018年に野村不動産が新たなディベロッパーに名乗りを上げ、20年に同事業の施行者である湯浅報恩会などと協定を締結した。 当初計画では、着工は2022年11月だったが、資材価格の高騰などにより延期。7カ月遅れの今年6月2日に安全祈願祭が行われた。 そのため、完成は当初計画の2025年初頭から同年11月にずれ込む見通し。湯浅報恩会の広報担当者は次のように説明する。 「削れる部分はとにかく削ろう、と。デザインも凝ったものにすると費用がかかるので、すっきりした形に見直しました。立体駐車場も見直しをかけました。最終的に事業費は当初予定の87億円から97億円に増えましたが、見直し段階では97億円より多かったので何とか切り詰めた格好です。同事業は国、県、市の補助金を活用するので、施行者の都合で事業をこれ以上先送りできない事情があります。工期は10カ月程伸びますが、計画通り完成を目指し、駅前再開発に寄与していきたい」 実際の工事は、早ければ今号が店頭に並ぶころには始まっているかもしれない。 地方でも好調なマンション  ところで、三つの事業ではいずれも分譲マンションが建設される。駅前に建設されるマンションは、運転免許を返納するなど移動手段を持たない高齢者を中心に「買い物や通院に便利」として人気が高い。一方、マンション需要は首都圏や近畿圏、福岡などでは高止まりしているというデータが存在するが、地方のマンション需要が分かるデータはなかなか見つからない。 それでなくても三つの事業は、資材価格の高騰という厳しい状況に見舞われ、建設される商業関連施設もテナントが入るかどうか心配されている。建設費が高ければ、その分家賃も高くなるが、それはマンションの販売価格にも当てはまるはず。果たして、三つの事業で建設される分譲マンションは、どのような販売見通しになっているのか。 福島と郡山の事業で分譲マンションを手掛ける野村不動産ホールディングスに尋ねると、 「当社が昨年度と今年度にマンションを分譲した宇都宮市、高崎市、水戸市などの販売は堅調です。福島と郡山の事業も、駅への近さや生活利便性の高さなどは特にお客様から評価いただけると考えています」(広報報担当者) いわきの事業で分譲マンションを建設するフージャースコーポレーションにも問い合わせたところ、 「現在、東北地方で販売中の当社物件は比較的好調です。実際、ミッドタワーいわきは販売戸数206戸のうち160戸が成約となり、成約率は78%です。(資材価格の高騰などで)完成は遅れますが、販売に影響はありません」(事業推進部) 新型コロナやウクライナ戦争など不透明な経済情勢の中でも、マンション販売は地方も好調に推移しているようだ。苦戦ばかりが叫ばれる駅前再開発事業にあって、明るい材料と言えそうだ。 あわせて読みたい 事業費増大が止まらない福島駅前拠点施設 福島駅「東西一体化構想」に無関心な木幡市長 スナック調査シリーズ

  • 土湯温泉「向瀧」新経営者が明かす〝勝算〟

     2021年2月の福島県沖地震で損壊した福島市・土湯温泉の「ホテル向瀧」が新ホテルを建設する。前身の「向瀧」から数えて創業100年になる同ホテルは、20年8月に経営者が代わり再スタートを切った。厳しい経済状況の中、コロナ禍の影響を大きく受けたホテル業界に進出し、新施設まで建設する経営者とはどのような人物なのか。(佐藤仁) 巨額借入で高級ホテルを建設 ホテル向瀧の建設予定地  新型コロナの感染拡大でここ数年、閑散としていた土湯温泉。だが、今年の大型連休は違った。 「どの旅館・ホテルも5月5日くらいまで満館でした。様相は明らかに変わったと思います」(土湯温泉観光協会の職員) 職員によると、今年は例年より暖かくなるのが早かったこともあってか、3月ごろから目に見えて人出が増えていたという。 国の全国旅行支援に加え、新型コロナが徐々に落ち着き、5月8日からは感染症法上の位置付けが2類相当から5類に引き下げられた。行動制限があった昨年までと違い、今年の大型連休はどの観光地も大勢の人で賑わいをみせた。 そうした中、土湯温泉では今、新しいホテルの建設が始まろうとしている。筆者が現地を訪ねた5月9日にはまだ着工していなかったが、今号が店頭に並ぶころには資機材が運び込まれ、作業員や重機の動く様子が見られるはずだ。 4月13日付の地元紙には、現地で行われた地鎮祭を報じる記事が掲載された。以下は福島民報より。 《福島市の土湯温泉ホテル向瀧の地鎮祭は12日、現地で行われ、関係者が工事の安全を祈願した。2021(令和3)年2月の本県沖地震で被災したため建て替える。2024年3月末の完成、同年の大型連休前の開業を目指す。 新ホテルは2022年にオープン予定だったが、世界的な資材不足の影響などで開業計画と建物の設計変更を余儀なくされた。新設計は鉄骨造り5階建て、延べ床面積は2071平方㍍。客室は9部屋で、全室に源泉かけ流しの露天風呂を完備する。向瀧グループが運営する。 式には約20人が出席した。神事を行い、向瀧グループホテル向瀧・ワールドサポート代表の菅藤真利さんがくわ入れした》 現地に立つ看板によると「ホテル向瀧」は当初、敷地面積2730平方㍍、建築面積720平方㍍、延べ面積3520平方㍍、7階建て、高さ33㍍だったが、民報の記事中にある「設計変更」で実際の建物はこれより一回り小さくなる模様。設計は㈲フォルム設計(福島市)、施工は金田建設㈱(郡山市)が請け負う。 ホテル向瀧は、もともと「向瀧」という名称で営業していた。法人の㈱向瀧旅館は1923年創業、61年法人化の老舗だが、2011年の東日本大震災で建物が大規模半壊、1年8カ月にわたり休館したことに加え、原発事故の風評被害で経営危機に陥った。その後、インバウンドで福島空港のチャーター便が増加すると、タイからの観光客受け入れルートを確立。ところが、回復しつつあった矢先に新型コロナに見舞われ、外国人観光客は途絶えた。 向瀧旅館の佐久間智啓社長は、震災被害は国のグループ補助金を活用したり、金融機関の協力を得るなどして乗り越えた。だが、新型コロナに襲われると、収束時期が不透明で売り上げ回復も見通せないとして、更に借金を重ねる気力を持てなかった。コロナ前に起きた令和元年東日本台風による被害と消費税増税も、佐久間社長の再建への気持ちを萎えさせた。 向瀧旅館の業績 売上高当期純利益2015年4億円――2016年4億8900万円▲100万円2017年4億5900万円2900万円2018年4億6800万円1600万円2019年4億6500万円――※決算期は3月。―は不明。▲は赤字。  今から3年前、向瀧は「2020年3月31日から5月1日までの間、休館と致します」とホームページ等で発表すると、5月2日以降も営業を再開しなかった。 そんな向瀧に転機が訪れたのは同年8月。福島市のワールドサポート合同会社が経営を引き継ぎ、「ホテル向瀧」と名称を変えて営業を再開させたのだ。 法人登記簿によると、ワールドサポートは2015年設立。資本金10万円。代表社員は菅藤真利氏。主な事業目的は①ホテル事業、②レストラン事業、③輸出入貿易業、輸入商品の販売並びに仲介業、④電子製品の製造、販売および輸出入並びに仲介業、⑤企業の海外事業進出に関するコンサルタント業、⑥機器校正メンテナンス業、⑦測定器の研究、開発、製造および販売――等々、多岐に渡る。 ワールドサポートの業績 売上高当期純利益2018年400万円――2019年700万円4万円2020年2700万円▲1400万円2021年1億0600万円――2022年2000万円――※決算期は3月。―は不明。▲は赤字。  創業100年の老舗旅館を、設立10年にも満たない会社が引き継いだのは興味深い。ワールドサポートとはどんな会社で、代表の菅藤氏とは何者なのか。 好調な中国のレストラン イラストはイメージ  菅藤氏はホテル業や運送業、保険業などに携わった後、中国で起業したが、その直後に東日本大震災が起こり、2011年9月、福島市内に放射線測定器を扱う会社を興した。だが、同社が県から委託されて設置したモニタリングポストに不具合が生じたとして、県は契約を解除。一方、別会社が菅藤氏の会社から測定器を納入し、県生活環境部が行う入札に参加を申し込んだところ、測定器が規定を満たしていないとして入札に参加できなかったが、県保健福祉部が行った入札では問題ないとして落札できた。そのため、この会社と菅藤氏は「測定器の性能に問題はなかった」と県の第三者委員会に苦情を申し立てた経緯があった。 その後、菅藤氏は測定器の会社を辞め、親族と共に中国・大連市に出店した日本食レストラン(3店)の経営に専念。このころ、父親を代表社員とするワールドサポートを設立し、レストラン経営に対するコンサルタント料として同社に年数百万円を支払っていた。 2019年にはワールドサポートでも飲食店経営に乗り出し、福島市内に洋食店を出店した。ところが翌年、新型コロナが発生し、洋食店はオープン数カ月で休業を余儀なくされた。ただ、中国の日本食レストランはコロナ禍でも100人近い従業員を雇うなど、黒字経営で推移していたようだ。 菅藤氏の知人はこう話す。 「菅藤氏の日本食レストランは中国のハイクラス層をターゲットにしており、新型コロナの影響に左右されることなく着実に売り上げを上げていました。あるきっかけで店を訪れたモンゴル大使館の関係者は『とても素晴らしい店だ』と気に入り、菅藤氏に『同じタイプのレストランをモンゴルに出したいので手伝ってほしい』と依頼。菅藤氏はコンサルとして出店に協力しています」 ワールドサポートに「向瀧の経営を引き継がないか」という話が持ち込まれたのは洋食店が休業に入るころだった。もともとホテル経営に関心を持っていた菅藤氏に、前出・向瀧旅館の佐久間社長と代理人弁護士が打診した。 この知人によると、法人(ワールドサポート)としてはホテル経営の実績はなかったが、菅藤氏は元ホテルマンで、休業していた洋食店の従業員にも元ホテルマンが多く、個々にホテル経営のノウハウを持ち合わせていたという。実際、同社がホテル向瀧として2020年8月から営業を再開させた際、総支配人に据えたのは、2019年に閉館したホテル辰巳屋で支配人・社長を務めた佐久間真一氏だった。 本誌は3年前、ワールドサポートに経営が切り替わるタイミングでホテル幹部を取材したが、向瀧旅館から引き継ぐ条件として▽負債は佐久間社長が負う、▽不動産に付いている金融機関の担保も佐久間社長の責任で外す、▽身綺麗になった後、運営会社を向瀧旅館からワールドサポートに切り替える、▽それまではワールドサポートが向瀧旅館から不動産を賃借して運営する――等々がまとまったため、営業を再開したことを明かしてくれた。 ワールドサポートは向瀧旅館の従業員を再雇用することにもこだわった。現場を知る人が一人でも多い方が再開後の運営はスムーズだし、コロナ禍で景気が冷え込む中では、従業員にとっても失業を回避できるのはありがたい。希望する従業員は全員再雇用した。ただし早期再建を図るため、給料は再雇用前よりカットすることで納得してもらった。従業員に給料カットを強いる以上は、役員報酬も大幅カットした。 また、休業していた洋食店は撤退を決め、新たにホテル向瀧のラウンジに入居させて再スタートを切った。 不動産登記簿を見ると、向瀧旅館の佐久間社長はワールドサポートとの約束を着実に履行した形跡がうかがえる。 ホテル向瀧の土地建物には別掲の担保が設定されていたが(債務者は全て向瀧旅館)、これらは2021年3月末までに解除された。 根抵当権1980年12月設定極度額6000万円、根抵当権者・福島信金根抵当権1990年5月設定極度額13億円、根抵当権者・みずほ銀行根抵当権1994年5月設定極度額1億5000万円、根抵当権者・みずほ銀行根抵当権1994年5月設定極度額1億2000万円、根抵当権者・みずほ銀行根抵当権1994年5月設定極度額1億2000万円、根抵当権者・福島信金抵当権1994年6月設定債権額3億円、抵当権者・日本政策金融公庫抵当権1998年3月設定債権額1億円、抵当権者・日本政策金融公庫抵当権2013年9月設定債権額8100万円、抵当権者・福島県産業振興センター※上記担保は2021年3月末までに全て解除されている。  同年6月、向瀧旅館は商号を㈱MT企画に変更。3カ月後の同年9月1日、5億6800万円の負債を抱え、福島地裁から破産手続き開始決定を受けた。同社はワールドサポートから家賃収入を得ていたが、全ての担保が解除されたと同時に土地建物をワールドサポートに売却した。 20億円の借り入れ  この時点でMT企画・佐久間社長はホテル向瀧とは一切関係がなくなったが、その後も「何らかのつながりがあるのではないか」と見る向きがあったのか、ワールドサポートでは同ホテルのHPで次のような注意喚起を行っていた。 《ホテル向瀧は、株式会社向瀧旅館・土湯温泉向瀧旅館および株式会社MT企画とは一切関係ありませんので、ご注意下さいますようお願いいたします》 そんなワールドサポートも順風な経営とはいかなかった。土地建物が自社名義になる直前の2021年2月に福島県沖地震が発生。震災に続きホテルは大規模半壊し、休館せざるを得なかった。 菅藤氏は建て替えを決断し、金策に奔走した。その結果、2022年3月に三井住友銀行をアレンジャー兼エージェント、福島銀行、足利銀行、商工中金を参加者とする20億3500万円のシンジケートローンが締結された。だが、冒頭・民報の記事にもあるように、世界的な資材不足の影響で計画・設計の変更を迫られるなどスムーズな建て替えとはいかなかった。 ちなみに、かつての向瀧は10階建て、延べ床面積1万0600平方㍍、客室は71室あった。これに対し、新ホテルは5階建て、延べ床面積2070平方㍍、客室は9室なので、団体客は意識せず、コロナ禍で進んだ個人・少人数の旅行客を受け入れようという狙いが見て取れる。 ホテル向瀧が休館―解体―新築となる一方で、菅藤氏は同ホテルから徒歩5分の場所にあった保養施設の改修にも乗り出していた。 閉館から年月が経っていた「旧キヤノン土湯荘」を2021年6月、ワールドサポートの関連会社㈱WIC(福島市、2021年設立、資本金400万円、菅藤江未社長)が取得すると、改修工事を施し、今年3月から「向瀧別館 瀧の音」という名称で営業を始めた。土地建物はWIC名義だが、運営はワールドサポートが行っている。 3月にオープンした瀧の音  ここまでワールドサポートと菅藤氏について触れたが、巨額の売り上げを上げているわけでもなく、洋食店も始まった直後に新型コロナで休業し、ホテル経営も実績がない。そんな同社(菅藤氏)が、なぜ20億円ものシンジケートローンを組むことができたのか、なぜホテル向瀧だけでなく別館まで手を広げることができたのか、正直ナゾが多い。 事実、他の温泉地の旅館・ホテルからは「バックに有力スポンサーが付いているのではないか」「中国資本が入っているのではないか」という憶測も聞こえてくる。 実際はどうなのか、菅藤氏に直接会って話を聞いた。 菅藤氏が描く戦略 イラストはイメージ  向瀧旅館から経営を引き継ぎ、2020年8月に営業許可を受けた菅藤氏は、71室あった客室を15室だけ稼働させ、限られた経営資源を集中投下した。 「まず『旅館』から『ホテル』にしたことで、仲居さんが不要になります。かつての向瀧を知るお客さんからは『部屋まで荷物を運んでくれないのか』『お茶を出してくれないのか』と言われましたが『ホテルに変わったので、そういうサービスはしていません』と。そうやって、まずは労働力・人件費を細部に渡りカットしていきました」(菅藤氏、以下断わりがない限り同) 休業していた洋食店をホテル内に入居させたことも奏功した。 「もともと腕利きの料理人を複数抱えていたので、ホテルの夕食は和食かフレンチをチョイスできる仕組みにしました。そうすることで、例えば夫婦で泊まった場合、旦那さんは和食で日本酒、奥さんはフレンチでワインが楽しめると同時に、翌日は逆のチョイスをしてみようと連泊してくださるお客さんが増えていきました」 連泊すると、宿泊客は部屋の掃除を遠慮するケースが多い。そうなるとリネンを交換する必要もなく、その分、経費は浮くことになる。 「旅館では当たり前の布団を敷くサービスも廃止し、お客さんに敷いてもらうようにして、代わりに1000円キャッシュバックのサービスを行いました。その結果、1000円がお土産代などに回る好循環につながりました」 従業員は十数人なので、15部屋が満室になったとしても満足なサービスを提供できる。そうやって今までかかっていた経費を抑えつつ、限られた人数で一定の稼働率を維持したことで、営業再開当初から単月の売り上げは二千数百万円、利益は数百万円を上げることに成功した。 ところが前述した通り、2021年2月の福島県沖地震で建物は大規模半壊。休館―解体を余儀なくされた中、菅藤氏が頭を悩ませたのは従業員の雇用維持だった。 考えたのは、新ホテルの開設準備室として使っていた前出・旧キヤノン土湯荘をホテルとして再生させ、新ホテルがオープンするまで従業員に働いてもらうことだった。 「もともと保養所だったので、風呂とトイレは各部屋になく、フロアごとに設置されていました。ここをリニューアルすれば、学生の合宿に使い勝手が良い施設になるのではと考え、リーズナブルな料金設定にして営業を始めました」 建物は2021年に続き22年3月の福島県沖地震でダメージを受けていたため、リニューアルは簡単ではなかったが、今年3月に瀧の音としてオープン以降は従業員の雇用の場になると共に、新たな宿泊層を呼び込むきっかけにもなった。 「今年の大型連休は、県内外の中学・高校生に大会の宿舎として利用していただきました。ダンススクールの子どもたちの合宿もあり、4連泊と長期宿泊もみられました。客室は9室と少ないので、サービスが滞る心配もありません」 今後は各部屋にユニットバスとトイレを設置し、使い勝手の向上を図る予定だという。 新型コロナが収束していない中、2軒目の経営に乗り出すとは驚きだが、気になるのは、新ホテルを建設し、徒歩5分のエリアに別館もオープンさせて足の引っ張り合いにならないのかということだ。 「新ホテルはインバウンドや首都圏のお客さんをターゲットに、瀧の音とは全く異なる料金プランを設定する予定です。稼働率も25%程度を想定しています」 要するに、新ホテルは高級路線を打ち出し、別館とは住み分けを図る狙いだ。今後、別館のリニューアル(ユニットバスとトイレの設置)を行うのは、今まで向瀧を訪れていた地元の人たちが高級ホテルに宿泊するとは考えにくいため、合宿以外の地元利用につなげたい考えがあるのだろう。 それにしても驚くのは25%という稼働率の低さだ。旅館・ホテルは稼働率60~70%が損益分岐点と聞くが、25%で黒字に持っていくことは可能なのか。 「例えば客室が100室あって稼働率25%では、空きが75室になるので赤字です。だが、新ホテルは9室なので25%ということは2部屋稼働させればいい。大きな旅館・ホテルは、春秋の観光シーズンや夏休みは一定の入り込みが見込めるが、シーズンオフは企画を立てたり、料金を下げても稼働率を維持するのは容易ではない。しかし、お客さんのターゲットを明確に絞り、全体で9室しかなければ、観光シーズンか否かに左右されず一定の稼働率を維持できると考えています。ましてや最初から25%と低く設定し、それで黒字になるなら、ハードルは決して高くないと思います」 新ホテルに明確なコンセプトを持たせつつ、別館は学生や地元客の利用を意識するという菅藤氏のしたたかな戦略が見て取れる。 「ホテル管理システムも、スマホで予約や決済が可能な最新のものを導入しようと準備を進めています。削る部分は削るが、かける部分はかけるというのも菅藤氏の戦略なのでしょう」(前出・菅藤氏の知人) 見えない信用力  それでも記者が「厳しい経済状況の中、高級路線のホテルは需要があるのか」と意地悪い質問をすると、菅藤氏はこう断言した。 「あります。首都圏では某有名ホテルチェーンで1泊数万円でも連日予約が埋まっているし、有名観光地では1泊1食付きで数十万~100万円の旅館・ホテルの人気が高い。地方の温泉地でも知恵を絞り、魅力的なサービスを打ち出せば外国人旅行者や首都圏の富裕層に関心を持ってもらえると思います」 このように戦略の一端が見えた一方、やはり気になるのは金策だ。三井住友銀行によるシンジケートローンは前述したが、失礼ながら事業実績に乏しいワールドサポートに巨額融資を受ける信用があるようには見えない。その点を菅藤氏に率直に尋ねると、こんな答えが返ってきた。 「最初、地元金融機関に融資を申し込んだところ、事業計画を吟味することなく『当行は静観します』と断られました。その後、紆余曲折があり三井住友銀行さんに行き着いたが、同行は事業計画をしっかり評価してくれました。同行はグループ会社でホテル経営をしており、五つ星ホテルもあるから、ホテル向瀧のコンセプトにも理解を示してくれたのだと思います。『婚礼はやらない方がいい』など具体的なアドバイスもしてくれました」 とはいえ、事業計画がいくら立派でも、信用面はどうやって評価してもらったのか。 「中国の日本食レストランはオープン9年になるが、その業績と資産価値を高く評価してもらいました。三井住友銀行さんに現地法人があったことが、正確な評価につながったのでしょう。融資を断られた地元金融機関は現地法人もなければ支店・営業所もないので、(日本食レストランを)評価しようがなかったのかもしれません」 記者が「バックに有力スポンサーがいるとか、中国資本が入っていると見る向きもあるが」とさらに突っ込んで聞くと、菅藤氏はきっぱりと言い切った。 「仮に有力スポンサーが付いていたとしても、ワールドサポートと実際の資本関係がなければ銀行は信用力が上がったとは見なさない。しかし登記簿謄本を見てお分かりのように、当社は資本金10万円の会社ですから、スポンサーとの資本関係はありません。中国資本についても同様です」 スポンサー説や中国資本説はあくまでウワサに過ぎないようだ。 これについては前出・菅藤氏の知人もこう補足する。 「菅藤氏の周囲には数人のブレーンがいて、これまでも彼らと知恵を出し合いながら事業を進めてきた。ホテル経営に当たっても資金づくりが注目されているが、私が感心したのは様々な補助金を駆使していることです。一口に補助金と言うが、実は省庁ごとに細かい補助金がいくつもあり、その中から自分の事業に使えるものを探すのは簡単ではない。それを、菅藤氏はブレーンと適宜見つけ出しては本館・別館の改修に充てていたのです」 地方の温泉旅館で富裕層を狙う戦略が奏功するのか、急速な事業拡大は行き詰まりも早いのではないか、巨額融資を受けられた別の理由があるのではないか――等々、お節介な心配は挙げれば尽きないが、今後、ワールドサポート・菅藤氏のお手並みを拝見したい。 「別の仕掛け」も検討!?  ワールドサポートでは向瀧旅館と取り引きしていた仕入れ先から引き続き食材等を調達しているが、当初は現金払いを求められたという。向瀧旅館が再三休館し、最後は破産したわけだから、ワールドサポートも信用面を疑われるのは仕方がなかった。だが、再開当初から経営が軌道に乗り、シンジケートローンが決まると「月末締めの翌月払い」に変更されたという。同社が仕入れ先から信用を得られた瞬間だった。 「向瀧旅館(MT企画)が破産したことで、仕入れ先の債権(買掛金など)がどのように処理されたのかは分かりません。当社としては仕入れ先に迷惑をかけず、地元企業にお金が回るようホテルを経営していくだけです」(菅藤氏) その点で言うと、もし地元金融機関から融資を受けられれば施工は福島市の建設会社に依頼する予定だったが、融資を断られたため、三井住友銀行の紹介で接点ができた前述・金田建設に依頼した。菅藤氏は「今後も可能な限り地元企業にお金が回るようにしたい」と話している。 建設中の新ホテルは来年3月末に完成し、大型連休前のオープンを目指しているが、災害時には避難所として利用できるよう福島市と協定を締結している。瀧の音をオープンさせた狙いの一つ「地元貢献」を新ホテルでも果たしつつ、 「菅藤氏は更に『別の仕掛け』も考えており、これが成功すれば低迷する各地の温泉地を再生させるモデルケースになるのでは」(前出・菅藤氏の知人) というから、本誌の取材には明かしていない構想が菅藤氏の念頭にはあるのだろう。 昨年創業100年を迎えたホテル向瀧がどのように生まれ変わり、菅藤氏が描く「仕掛け」が土湯温泉全体にどのような影響をもたらすのか、注目点は尽きない。 あわせて読みたい 芦ノ牧温泉【丸峰観光ホテル】民事再生を阻む諸課題【会津若松市】 飯坂温泉のココがもったいない!高専生が分析した「回遊性の乏しさ」 【石川町】焼失ホテルが直面する複合苦

  • ゼビオ「本社移転」の波紋

     スポーツ用品販売大手ゼビオホールディングス(HD、郡山市、諸橋友良社長)は3月28日、中核子会社ゼビオの本社を郡山市から栃木県宇都宮市に移すと発表した。寝耳に水の決定に、地元経済界は雇用や税収などに与える影響を懸念するが、同市はノーコメントで平静を装う。本社移転を決めた背景には、品川萬里市長に対する同社の不信感があったとされるが、真相はどうなのか。(佐藤 仁) 信頼関係を築けなかった品川市長 品川萬里市長  郡山から宇都宮への本社移転が発表されたゼビオは、持ち株会社ゼビオHDが持つ「六つの中核子会社」のうちの1社だ。 別図にゼビオグループの構成を示す。スポーツ用品・用具・衣料を中心とした一般小売事業をメーンにスポーツマーケティング事業、商品開発事業、クレジットカード事業、ウェブサイト運営事業などを国内外で展開。連結企業数は33社に上る。  かつてはゼビオが旧東証一部上場会社だったが、2015年から純粋持ち株会社体制に移行。同社はスポーツ事業部門継承を目的に、会社分割で現在の経営体制に移行した。 法人登記簿によると、ゼビオ(郡山市朝日三丁目7―35)は1952年設立。資本金1億円。役員は代表取締役・諸橋友良、取締役・中村考昭、木庭寛史、石塚晃一、監査役・加藤則宏、菅野仁、向谷地正一の各氏。会計監査人は有限責任監査法人トーマツ。 「子会社の一つが移るだけ」「HDや管理部門のゼビオコーポレートなどは引き続き郡山にとどまる」などと楽観してはいけない。ゼビオHDはグループ全体で約900店舗を展開するが、ゼビオは「スーパースポーツゼビオ」「ゼビオスポーツエクスプレス」などの店名で約550店舗を運営。別表の決算を見ても分かるように、HDの売り上げの半分以上を占める。地元・郡山に与える影響は小さくない。 ゼビオHDの連結業績売上高経常利益2018年2345億9500万円113億8900万円2019年2316億2900万円67億2500万円2020年2253億1200万円58億4200万円2021年2024億3800万円43億4200万円2022年2232億8200万円78億5100万円※決算期は3月 ゼビオの業績売上高当期純利益2018年1457億6600万円54億1000万円2019年1380億2400万円21億7600万円2020年1291億7600万円19億5300万円2021年1124億6900万円12億8700万円2022年1282億1900万円6億2000万円※決算期は3月  郡山商工会議所の滝田康雄会頭に感想を求めると、次のようなコメントが返ってきた。 郡山商工会議所の滝田康雄会頭  「雇用や税収など多方面に影響が出るのではないか。他社の企業戦略に外野が口を挟むことは控えるが、とにかく残念だ。他方、普段からコミュニケーションを密にしていれば結果は違ったものになっていたかもしれず、そこは会議所も行政も反省すべきだと思う」 雇用の面では、純粋に雇用の場が少なくなり、転勤等による人材の流出が起きることが考えられる。 税収の面では、市に入る市民税、固定資産税、国民健康保険税、事業所税、都市計画税などが減る。その額は「ゼビオの申告書を見ないと分からないが、億単位になることは言うまでもない」(ある税理士)。 3月29日付の地元紙によると、本社移転は今年から来年にかけて完了させ、将来的には数百人規模で移る見通し。移転候補地には2014年に取得したJR宇都宮駅西口の土地(約1万平方㍍)が挙がっている。 それにしても、数ある都市の中からなぜ宇都宮だったのか。 ゼビオは2011年3月の震災・原発事故で国内外の企業との商談に支障が出たため、会津若松市にサテライトオフィスを構えた。しかし交通の便などの問題があり、同年5月に宇都宮駅近くに再移転した。 その後、同所も手狭になり、2013年12月に宇都宮市内のコジマ社屋に再移転。商品を買い付ける購買部門を置き、100人以上の体制を敷いた。マスコミは当時、「本社機能の一部移転」と報じた。 ただ、それから8年経った2021年7月、宇都宮オフィスは閉所。コロナ禍でウェブ会議などが急速に普及したことで同オフィスの役割は薄れ、もとの郡山本社と東京オフィスの体制に戻っていた。 このように、震災・原発事故を機にゼビオとの深い接点が生まれた宇都宮。しかし、それだけの理由で同社が40年以上本社を置く郡山から離れる決断をするとは思えない。 ある事情通は 「本社移転の背景には、ゼビオが進めたかった事業が郡山では実現の見込みがなく、別の都市で進めるしかなかった事情がある」  と指摘する。郡山では実現の見込みがない、とはどういう意味か。 農業試験場跡地に強い関心 脳神経疾患研究所が落札した旧農業試験場跡地  本社移転が発表された3月28日、ゼビオは宇都宮市と連携協定を締結。締結式では諸橋友良社長と佐藤栄一市長が固い握手を交わした。  ゼビオは同日付のプレスリリースで、宇都宮市と連携協定を締結した理由をこう説明している。  《宇都宮市は社会環境の変化に対応した「未来都市うつのみや」の実現に向け、効果的・効率的な行政サービスの提供に加え、多様な担い手が、それぞれの力や価値を最大限に発揮し合うことで、人口減少社会においても総合的に市民生活を支えることのできる公共的サービス基盤の確立を目指しています》《今回、宇都宮市の積極的な企業誘致・官民連携の取り組み方針を受け、ゼビオホールディングス株式会社の中核子会社であるゼビオ株式会社の本社及び必要機能の移転を宇都宮市に行っていく事などを通じて、産学官の協働・共創のもとスポーツが持つ多面的な価値をまちづくりに活かし、スポーツを通じた全世代のウェルビーイングの向上によって新たなビジネスモデルの創出を目指すこととなりました》  宇都宮市は産学官連携により2030年ごろのまちの姿として、ネットワーク型コンパクトシティを土台に地域共生社会(社会)、地域経済循環社会(経済)、脱炭素社会(環境)の「三つの社会」が人づくりの取り組みやデジタル技術の活用によって発展していく「スーパースマートシティ」の実現を目指している。  この取り組みがゼビオの目指す新たなビジネスモデルと合致したわけだが、単純な疑問として浮かぶのは、同社はこれから宇都宮でやろうとしていることを郡山で進める考えはなかったのか、ということだ。  実は、過去に進めようとしたフシがある。場所は、郡山市富田町の旧農業試験場跡地だ。  同跡地は県有地だが、郡山市が市街化調整区域に指定していたため、県の独断では開発できない場所だった。そこで、県は「市有地にしてはどうか」と同市に売却を持ちかけるも断られ、同市も「市有地と交換してほしい」と県に提案するも話がまとまらなかった経緯がある。  震災・原発事故後は敷地内に大規模な仮設住宅がつくられ、多くの避難者が避難生活を送った。しかし、避難者の退去後に仮設住宅は取り壊され、再び更地になっていた。  そんな場所に早くから関心を示していたのがゼビオだった。2010年ごろには同跡地だけでなく周辺の土地も使って、トレーニングセンターやグラウンド、研究施設などを備えた一体的なスポーツ施設を整備する構想が漏れ伝わった。  開発が進む気配がないまま年月を重ねていた同跡地に、ようやく動きがみられたのは2年前。総合南東北病院を運営する一般財団法人脳神経疾患研究所(郡山市、渡辺一夫理事長)が同跡地に移転・新築し、2024年4月に新病院を開業する方針が地元紙で報じられたのだ。  ただ、同跡地の入札は今後行われる予定なのに、既に落札者が決まっているかのような報道は多くの人に違和感を抱かせた。自民党県連の佐藤憲保県議(7期)が裏でサポートしているとのウワサも囁かれた(※佐藤県議は本誌の取材に「一切関与していない」と否定している)。 トップ同士のソリが合わず  その後、県が条件付き一般競争入札を行ったのは、報道から1年以上経った昨年11月。落札したのは脳神経疾患研究所を中心とする共同事業体だったため、デキレースという声が上がるのも無理はなかった。  ちなみに、県が設定した最低落札価格は39億4000万円、脳神経疾患研究所の落札額は倍の74億7600万円だが、この入札には他にも参加者がいた。ゼビオHDだ。  ゼビオHDは同跡地に、スポーツとリハビリを組み合わせた施設整備を考えていたとされる。しかし具体的な計画内容は、入札参加に当たり同社が県に提出した企画案を情報開示請求で確認したものの、すべて黒塗り(非開示)で分からなかった。入札額は51億5000万円で、脳神経疾患研究所の落札額より20億円以上安かった。  関心を持ち続けていた場所が他者の手に渡り、ゼビオHDは悔しさをにじませていたとされる。本誌はある経済人と市役所関係者からこんな話を聞いている。  「入札後、ゼビオの諸橋社長は主要な政財界人に、郡山市の後押しが一切なかったことに落胆と怒りの心境を打ち明けていたそうです。品川萬里市長に対しても強い不満を述べていたそうだ」(ある経済人)  「昨年12月、諸橋社長は市役所で品川市長と面談しているが、その時のやりとりが辛辣で互いに悪い印象を持ったそうです」(市役所関係者)  諸橋社長が「郡山市の後押し」を口にしたのはワケがある。入札からちょうど1年前の2021年11月、同市は郡山市医師会とともに、同跡地の早期売却を求める要望書を県に提出している。地元医師会と歩調を合わせたら、同市が脳神経疾患研究所を後押ししたと見られてもやむを得ない。実際、諸橋社長はそう受け止めたから「市が入札参加者の一方を応援するのはフェアじゃない」と不満に思ったのではないか。  ゼビオの本社移転を報じた福島民友(3月29日付)の記事にも《スポーツ振興などを巡って行政側と折り合いがつかない部分があったと指摘する声もあり、「事業を展開する上でより環境の整った宇都宮市を選択したのでは」とみる関係者もいる》などと書かれている。  つまり、前出・事情通が「ゼビオが進めたかった事業が郡山では実現の見込みがなく、別の都市で進めるしかなかった」と語っていたのは、落札できなかった同跡地での取り組みを指している。  「郡山市が非協力的で、品川市長ともソリが合わないとなれば『協力的な宇都宮でやるからもう結構』となるのは理解できる」(同)  そんな「見切りをつけられた」格好の品川市長は、ゼビオの本社移転に「企業の経営判断についてコメントすることは差し控える」との談話を公表しているが、これが市民や職員から「まるで他人事」と不評を買っている。ただ、このような冷淡なコメントが品川市長と諸橋社長の関係を物語っていると言われれば、なるほど合点がいく。 「後出しジャンケン」 ゼビオコーポレートが市に提案した開成山地区体育施設のイメージパース  ここまでゼビオを擁護するようなトーンで書いてきたが、批判的な意見も当然ある。とりわけ「それはあんまりだ」と言われているのが、開成山地区体育施設整備事業だ。  郡山市は、市営の宝来屋郡山総合体育館、HRS開成山陸上競技場、ヨーク開成山スタジアム、開成山弓道場(総面積15・6㌶)をPFI方式で改修する。PFIは民間事業者の資金やノウハウを生かして公共施設を整備・運営する制度。昨年、委託先となる事業者を公募型プロポーザル方式で募集し、ゼビオコーポレート(郡山市)を代表企業とするグループと陰山建設(同)のグループから応募があった。  郡山市は学識経験者ら6人を委員とする「開成山体育施設PFI事業者等選定審議会」を設置。審査を重ねた結果、昨年12月22日、ゼビオコーポレートのグループを優先交渉権者に決めた。同社から示された指定管理料を含む提案事業費は97億7800万円だった。  同グループは同審議会に示した企画案に基づき、今年度から来年度にかけて各施設の整備を進め、2025年度から順次供用開始する予定。  本誌は各施設がどのように整備されるのか、ゼビオコーポレートの企画案を情報開示請求で確認したが、9割以上が黒塗り(非開示)で分からなかった。  郡山市は今年3月6日、市議会3月定例会の審議・議決を経て、ゼビオグループがPFI事業を受託するため新たに設立した開成山クロスフィールド郡山(郡山市)と正式契約を交わした。指定管理も含む契約期間は2033年3月までの10年間。  それから約3週間後、突然、ゼビオの本社移転が発表されたから、市議会や経済界には不満の声が渦巻いている。  「正確に言えば、ゼビオは開成山体育施設整備事業とは無関係です。同事業を受託したのはゼビオコーポレートであり、契約相手は開成山クロスフィールド郡山です。しかし、今後10年間にわたる施設整備と管理運営は『ゼビオ』の看板を背負って行われる。市民はこの事業に携わる会社の正式名称までは分かっていない。分かっているのは『ゼビオ』ということだけ」(ある経済人)  この経済人によると、市議会や経済界の間では「市の一大プロジェクトを取っておいて、ここから出て行くなんてあんまりだ」「正式契約を交わしてから本社移転を発表するのは後出しジャンケン」「地元の大きな仕事は地元企業にやらせるべき。郡山を去る企業は相応しくない」等々、批判めいた意見が出ているという。  ゼビオからすると「当社は無関係で、受託したのは別会社」となるだろうが、同じ「ゼビオ」の看板を背負っている以上、市民が正確に理解するのは難しい。心情的には「それはあんまりだ」と思う方が自然だ。  そうした市民の心情に輪をかけているのが、事業に携わる地元企業の度合いだ。プロポーザルに参加した2グループに市内企業がどれくらい参加していたかを比較すると、優先交渉権者となったゼビオコーポレートのグループは、構成員4社のうち1社、協力企業5社のうち1社が市内企業だった。これに対し次点者だった陰山建設のグループは、構成員7社のうち4社、協力企業19社のうち15社が市内企業。後者の方が地元企業を意識的に参加させようとしていたことは明白だった。  だから尚更「地元企業の参加が少ない『ゼビオ』が受託した挙げ句、宇都宮に本社を移され、郡山は踏んだり蹴ったり」「品川市長はお人好しにも程がある」と批判の声が鳴り止まないのだ。 釈然としない空気 志翔会会長の大城宏之議員(5期)  加えて市議会3月定例会では、志翔会会長の大城宏之議員(5期)が代表質問で「事業者選定は総合評価としながら、次点者は企画提案力では(ゼビオを)上回っていたのに、価格が高かったため落選の憂き目に遭った」「優先交渉権者となったグループの構成員には(郡山総合体育館をホームとする地元プロバスケットボールチームの)運営会社が入っているが、公平性や利害関係の観点から、内閣府やスポーツ庁が示す指針に触れないのか」と指摘。市文化スポーツ部長が「優先交渉権者は審議会が基準に則って決定した」「グループの構成員に問題はない」と答弁する一幕もあった。  確かに採点結果を見ると、技術提案の審査ではゼビオコーポレートグループ520・93点、陰山建設グループ528・69点で後者が7・76点上回った。ところが価格審査ではゼビオグループが97億7800万円で300点、陰山グループが101億2000万円で289・86点と前者が10・14点上回り、合計点でゼビオグループが勝利しているのだ。  また、ゼビオグループの側に地元プロバスケの運営会社が参加していることも、他地域の体育施設に関するPFI事業では、利害関係が生じる恐れのあるスポーツチームは受託者から除外され、スポーツ庁の指針などでも行政のパートナーとして協力するのが望ましいとされていることから「一方のグループへの関与が深過ぎる」との指摘があった。  こうした状況を大城議員は「問題なかったのか」と再確認したわけだが、本誌は審査に不正があったとは思っていない。大城議員もそうは考えていないだろう。ただ地元企業が多く参加するグループが、企画提案力では優れていたのに価格で負けた挙げ句、有権交渉権者になった「ゼビオ」が正式契約直後に本社移転を発表したので、釈然としない空気になっているのは事実だ。  次点者のグループに参加した地元企業に取材を申し込んだところ、唯一、1人の方が匿名を条件に「もし審査の過程で『ゼビオ』の本社移転が分かっていたら、地元企業優遇の観点から結果は違っていたかもしれない。そう思うと複雑な気持ちだ」とだけ話してくれた。  旧農業試験場跡地の入札で辛酸を舐めたと思ったら、開成山体育施設整備事業のプロポーザルでは槍玉に挙げられたゼビオ。大きな事業に関われば嫌でも注目されるし、賛成・応援してもらうこともあれば反対・批判されることもある。そんな渦中に、同社は今まさにいる。  ゼビオの本社移転について取材を申し込むと、ゼビオコーポレートの田村健志氏(コーポレート室長)が応じてくれた。以下、紙面と口頭でのやりとりを織り交ぜながら記す。    ×  ×  ×  ×  ――本社移転のスケジュールは。  「現時点で移転日は決まっていないが、今後、場所や規模を含め、社員の就労環境に配慮しながら具体的な移転作業に着手する予定です」  ――社員の移転規模は。  「ゼビオは社員約700人、パート・アルバイト約3300人です。ゼビオグループ全体では社員約2600人、パート・アルバイト約5400人です。宇都宮に移転するのはあくまでゼビオであり、ゼビオコーポレートやゼビオカードなど郡山本社に勤務するグループ会社社員の雇用は守る考えです。ゼビオについても全員の異動ではなく、地域に根ざしている社員の雇用を守りながら経営していきます」  ――数ある都市の中から宇都宮を選んだ理由は。  「震災以降、宇都宮市をはじめ約70の自治体からお誘いを受けた。私たちゼビオグループは未来に向けた会社経営を行っていくに際し、自治体を含めた産学官の連携が必須と考えている。そうした中で今年2月に話し合いが始まり、当グループの取り組みについて宇都宮市が快く引き受けてくださったことから本社移転を決断した」  ――ゼビオにとって宇都宮は魅力的な都市だった、と。  「人口減少や少子高齢化などかつてない社会構造の変化を迎えている中、まちづくりとスポーツを連動させ、地域の子どもから高齢者まで誰もが夢や希望の叶う『スーパースマートシティ』の実現に向け、宇都宮市が円滑な対話姿勢を持っていたことは非常に魅力的でした」  ――逆に言うと、郡山ではスポーツを通じたまちづくりはできない? 「先に述べた通りです」 逃した魚は大きい 郡山市朝日にあるゼビオ本社  ――ゼビオHDは旧農業試験場跡地の入札に参加したが次点でした。ここで行いたかった事業を宇都宮で実現する考えはあるのか。  「同跡地でも同様に産学官連携によるスポーツを通じたまちづくりを構想していました。正直、同跡地で実現したい思いはありました。ただゼビオHDは上場会社なので、適正価格で入札に臨むしかなかった。民間企業はスピード感が求められるので、宇都宮市からのお声がけを生かすことにしました」  ――同跡地をめぐって行政とはこの間、どんなやりとりを?  「郡山市には私たちの考え・思いを定期的に伝えてきた。県とは、知事とお会いすることは叶わなかったが、副知事には私たちの考え・思いを話しています」  ――ゼビオグループは開成山体育施設の整備と管理運営を、郡山市から10年間にわたり受託したが、同事業の正式契約後にゼビオの本社移転が発表されたため、市議会や市役所内からは「後出しジャンケン」と批判的な声が上がっている。  「これは私見になるが『後出しジャンケン』ということは、本来、公平・公正に行われるはずの入札が、ゼビオが郡山市に本社を置いていれば何らかの配慮や忖度が働いた可能性があったと受け取ることもできるが、いかがでしょうか」    ×  ×  ×  ×  ゼビオの宇都宮への本社移転は、将来を見据えた企業戦略の一環だったことが分かる。また、移転先のソフト・ハードを含めた環境と、パートナーとなる自治体との信頼関係を重視した様子もうかがえる。  これは裏を返せば、ゼビオにとって郡山市は▽子どもの部活動や高齢者の健康づくりにも関わるスポーツを通じたまちづくりへの考えが希薄で、▽環境(旧農業試験場跡地)を用意することもなく、▽品川市長も理解に乏しかったため信頼関係が築けなかった――と捉えることができるのではないか。  「釣った魚に餌をやらない」ではないが、地元を代表する企業とのコミュニケーションを疎かにしてきた結果、「逃がした魚は大きかった」と後悔しているのが、郡山市・品川市長の今の姿と言える。 あわせて読みたい 南東北病院「移転」にゼビオが横やり 【郡山】南東北病院「県有地移転案」の全容

  • ハラスメントを放置する三保二本松市長

     本誌2、3月号で報じた二本松市役所のハラスメント問題。同市議会3月定例会では、加藤達也議員(3期、無会派)が執行部の姿勢を厳しく追及したが、斎藤源次郎副市長の答弁からは危機意識が感じられなかった。それどころか加藤議員の質問で分かったのは、これまで再三、議会でハラスメント問題が取り上げられてきたのに、執行部が同じ答弁に終始してきたことだった。これでは、ハラスメントを根絶する気がないと言われても仕方あるまい。(佐藤仁) 機能不全の内規を改善しない斎藤副市長 斎藤副市長  本誌2月号では、荒木光義産業部長によるハラスメントが原因で歴代の観光課長2氏が2年連続で短期間のうちに異動し同課長ポストが空席になっていること、3月号では、本誌取材がきっかけで2月号発売直前に荒木氏が年度途中に突然退職したこと等々を報じた。 詳細は両記事を参照していただきたいが、荒木氏のハラスメントは市役所内では周知の事実で、議員も定例会等で執行部の姿勢を質したいと考えていたが、被害者の観光課長らが「大ごとにしてほしくない」という意向だったため、質問したくてもできずにいた事情があった。 しかし、本誌記事で問題が公になり、3月定例会では加藤達也議員が執行部の姿勢を厳しく追及した。その発言は、直接の被害者や荒木氏の言動を苦々しく思っていた職員にとって胸のすく内容だったが、執行部の答弁からは本気でハラスメントを根絶しようとする熱意が感じられなかった。 問題点を指摘する前に、3月6日に行われた加藤議員の一般質問と執行部の答弁を書き起こしたい。   ×  ×  ×  × 加藤議員 2月4日発売の月刊誌に掲載された「二本松市役所に蔓延する深刻なハラスメント」という記事について3点お尋ねします。一つ目に、記事に書かれているハラスメントはあったのか。二つ目に、苦情処理委員会の委員長を務める副市長の見解と、今後の職員への指導・対応について。三つ目に、ハラスメントのウワサが絶えない要因はどこにあると考えているのか。 中村哲生総務部長 記事には職員個人の氏名が掲載され、また氏名の掲載はなくても容易に個人を特定できるため、人事管理上さらには職員のプライバシー保護・秘密保護の観点から、事実の有無等についてお答えすることはできません。 斎藤源次郎副市長 記事に対する私の見解を述べるのは差し控えさせていただきます。今後の職員への指導・対応は、ハラスメント根絶のため関係規定に基づき適切に取り組んでいきます。ハラスメントのウワサが絶えない要因は、ウワサの有無に関係なく今後ともハラスメント根絶と職員が快適に働くことのできる職場環境を確保するため、関係規定に則り人事担当が把握した事実に基づいて適切に対応していきます。 加藤議員 私がハラスメントに関する質問をするのは平成30年からこれで4回目ですが、副市長の答弁は毎回同じで、それが結果に結び付いていない。私は、実際にハラスメントがあったのに、なかったかのように対処している執行部の姿に気持ち悪さを感じています。 私の目の前にいる全ての執行部の皆さんに申し上げます。私は市役所を心配する市民の声を受けて質問しています。1月31日の地元紙に、2月3日付で前産業部長が退職し、2月4日付で現産業部長と観光課長が就任するという記事が掲載されました。年度途中で市の中心的部長が退職することに、私も含め多くの市民がなぜ?と心配していたところ、2月4日発売の月刊誌に「二本松市役所に蔓延する深刻なハラスメント」というショッキングな見出しの記事が掲載されました。それを読むと、まさに退職された元部長のハラスメントに関する内容で、驚くと同時に残念な気持ちになりました。 記事が本当だとするなら、周りにいる職員、特に私の目の前にいる幹部職員の皆さんはそのような行為を止められなかったのでしょうか。全員が見て見ぬふりをしていたのでしょうか。この市役所はハラスメントを容認する職場なのでしょうか。市役所には本当に職員を守る体制があるのでしょうか。 そこでお尋ねします。市は職員に対し定期的なアンケート調査などによるチェックを行っているのか。また、ハラスメントの事実があった場合、どう対応しているのか。 繰り返し問題提起 加藤達也議員  中村総務部長 ハラスメント防止に関する規定に基づき、総務部人事行政課でハラスメントによる直接の被害者等から苦情相談を随時受け付けています。また、毎年定期的に行っている人事・組織に関する職員の意向調査や、労働安全衛生法に基づくストレスチェック等によりハラスメントの有無を確認しています。 ハラスメントがあった場合の対応は、人事行政課で複数の職員により事実関係の調査・確認を行い、事案の内容や状況から判断して必要がある場合は副市長、職員団体推薦の職員2名、その他必要な職員により構成する苦情処理委員会にその処理を依頼します。調査の結果、ハラスメントの事実が確認された場合、加害者は懲戒処分に付されることがあります。また、苦情の申し出や調査等に起因して当該職員が不利益を受けることがないよう配慮しなければならないとも規定されています。 加藤議員 苦情処理委員会は平成31年に設置されましたが、全くもって機能していないと思います。私が言いたいのは、誰が悪いとか正しいとかではなく、組織としてハラスメントを容認する体制になっているのではないかということです。幹部職員の皆さんがきちんと声を上げないと、また同じ問題が繰り返されると思います。 いくら三保市長が「魅力ある市役所」と言ったところで現場はそうなっていません。これからは部長、課長、係長、職員みんなで思いを共有し、ハラスメントを許さない、撲滅する組織をつくっていくべきです。それでも自分たちで解決できなければ、第三者委員会を立ち上げるなどしないと、いつまで経っても同じことが繰り返されてしまいます。 加害者に対する教育的指導は市長と副市長が取り組むべきです。市長と副市長には職務怠慢とまでは言いませんが、しっかりと対応していただきたいんです。そして、被害者に対しては心のケアをしていかなければなりません。市長にはここで約束してほしい。市長は常々「ハラスメントはあってはならない」と言っているのだから、今後このようなことがないよう厳正に対処する、と。市長! お願いします! 斎藤副市長 職員に対する指導なので私からお答えします。加藤議員が指摘するように、ハラスメントはあってはならず、根絶に努めていかなければなりません。その中で、市長も私も庁議等で何度か言ってきましたが、業務を職員・担当者任せにせず組織として進めること、そして課内会議を形骸化させないこと、言い換えると職員一人ひとりの業務の進捗状況と、そこで起きている課題を組織としてきちんと共有できていれば、私はハラスメントには至らないと思っています。一方、ハラスメントは受けた側がどう感じるかが大切なので、職員一人ひとりが自分の言動が強権的になっていないか注意することも必要と考えています。 加藤議員 副市長が言うように、ハラスメントは受ける側、する側で認識が異なります。そこをしっかり指導していくのが市長と副市長の仕事だと思います。二本松市役所からハラスメントを撲滅するよう努力していただきたい。   ×  ×  ×  × 驚いたことに、加藤議員は今回も含めて計4回もハラスメントに関する質問をしてきたというのだ。 1回目は2018年12月定例会。加藤議員は「同年11月発行の雑誌に市役所内で職場アンケートが行われた結果、パワハラについての意見が多数あったと書かれていた。『二本松市から発信される真偽不明のパワハラ情報』という記事も載っていた。これらは事実なのか。もし事実でなければ、雑誌社に抗議するなり訴えるべきだ」と質問。これに対し当時の三浦一弘総務部長は「記事は把握しているが、内容が事実かどうかは把握できていない。報道内容について市が何かしらの対応をするのが果たしていいのかという考え方もあるので、現時点では相手方への接触等は行っていない」などと答弁した。 斎藤副市長も続けてこのように答えていた。 「ハラスメント行為を許さない職場環境づくりや、職員の意識啓発が大事なので、今後とも継続的に実施していきたい」 2回目は2019年3月定例会。前回定例会の三浦部長の答弁に納得がいかなかったため、加藤議員はあらためて質問した。 「12月定例会で三浦部長は『ここ数年、ハラスメントの相談窓口である人事行政課に相談等の申し出はない』と答えていたが、本当なのか」 これに対し、三浦部長が「具体的な相談件数はない。また、ハラスメントは程度や受け止め方に差があるため、明確に何件と答えるのは難しい」と答えると、加藤議員は次のように畳みかけた。 「私に入っている情報とはかけ離れている部分がある。私は、人事行政課には相談できる状況にないと思っている。職員はあさかストレスケアセンターに被害相談をしていると聞いている」 あさかストレスケアセンター(郡山市)とはメンタルヘルスのカウンセリングなどを行う民間企業。 要するに、市の相談体制は機能していないと指摘したわけだが、三浦部長は「人事担当部局を通さず直接あさかストレスケアセンターに相談してもいい制度になっており、その部分については詳しく把握していない」と答弁。ハラスメントを受けた職員が、内部(人事行政課)ではなく外部(あさかストレスケアセンター)に相談している実態を深刻に受け止める様子は見られなかった。そもそも、職員の心的問題に関する相談を〝外注〟している時点で、ハラスメントを組織の問題ではなく個人の問題と扱っていた証拠だ。 対策が進まないワケ  斎藤副市長の答弁からも危機意識は感じられない。 「ハラスメントの撲滅、職場環境の改善のためにも(苦情処理委員会の)委員長としてさらに対策を進めていきたい」 この時点で、市役所の相談体制が全く機能していないことに気付き、見直す作業が必要だったのだろう。 3回目は2021年6月定例会。一般社団法人「にほんまつDMO」で起きた事務局長のパワハラについて質問している。この問題は本誌同年8月号でリポートしており、詳細は割愛するが、この事務局長というのが総務部長を定年退職した前出・三浦氏だったから、加藤議員の質問に対する当時の答弁がどこか噛み合っていなかったのも当然だった。 この時は市役所外の問題ということもあり、斎藤副市長は答弁に立たなかった。 こうしたやりとりを経て、4回目に行われたのが冒頭の一般質問というわけ。斎藤副市長の1、2回目の答弁と今回の答弁を比べれば、4年以上経っても何ら変わっていないことが一目瞭然だ。 当時から「対応する」と言いながら結局対応してこなかったことが、荒木氏によるハラスメントにつながり、多くの被害者を生むことになった。挙げ句、荒木氏は処分を免れ、まんまと依願退職し、退職金を満額受け取ることができたのだから、職場環境の改善に本気で取り組んでこなかった三保市長、斎藤副市長は厳しく批判されてしかるべきだ。 「そもそも三保市長自身がハラスメント気質で、斎藤副市長や荒木氏らはイエスマンなので、議会で繰り返し質問されてもハラスメント対策が進むはずがないんです。『ハラスメントはあってはならない』と彼らが言うたびに、職員たちは嫌悪感を覚えています」(ある市職員) 総務省が昨年1月に発表した「地方公共団体における各種ハラスメント対策の取組状況について」によると、都道府県と指定都市(20団体)は2021年6月1日現在①パワハラ、②セクハラ、③妊娠・出産・育児・介護に関するハラスメントの全てで防止措置を完全に講じている。しかし、市区町村(1721団体)の履行状況は高くて7割と、ハラスメントの防止措置はまだまだ浸透していない実態がある(別表参照)。  ただ都道府県と指定都市も、前回調査(2020年6月1日現在)では全てで防止措置が講じられていたわけではなく、1年後の今回調査で達成したことが判明。一方、市区町村も前回調査と比べれば今回調査の方が高い数値を示しており、防止措置の導入が急速に進んでいることが分かる。今の時代は、それだけ「ハラスメントは許さない」という考え方が常識になっているわけ。 二本松市は、執行部が答弁しているようにハラスメント防止に関する規定や苦情処理委員会が設けられているから、総務省調査に照らし合わせれば「防止措置が講じられている」ことになるのだろう。しかし、防止措置があっても、まともに機能していなければ何の意味もない。今後、同市に求められるのは、荒木氏のような上司を跋扈させないこと、2人の観光課長のような被害者を生み出さないこと、そのためにも真に防止措置を働かせることだ。 明らかな指導力不足 二本松市役所  一連のハラスメント取材を締めくくるに当たり、斎藤副市長に取材を申し込んだところ、 「今は3月定例会の会期中で日程が取れない。ハラスメント対策については、副市長が(加藤)議員の一般質問に真摯に答えている。これまでもマニュアルや規定に基づいて対応してきたが、引き続き適切に対応していくだけです」(市秘書政策課) という答えが返ってきた。苦情処理委員長を務める斎藤副市長に直接会って、機能不全な対策を早急に改善すべきと進言したかったが、取材を避けられた格好。 三保市長は常々「職員が働きやすい職場環境を目指す」と口にしているが、それが虚しく聞こえるのは筆者だけだろうか。 最後に、一般質問を行った前出・加藤議員のコメントを記してこの稿を閉じたい。 「大前提として言えるのは、市役所内にハラスメントがあるかないかを把握し、適切に対処すれば加害者も被害者も生まれないということです。荒木部長をめぐっては、早い段階で適切な指導・教育をしていれば辞表を出すような結果にはならず、部下も苦しまずに済んだはずで、三保市長、斎藤副市長の指導力不足は明白です。商工業、農業、観光を束ねる産業部は市役所の基軸で、同部署の人事は極力経験者を配置するなどの配慮が必要だが、今回のハラスメント問題を見ると人事的ミスも大きく影響したように感じます」 あわせて読みたい 2023年2月号 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ 2023年3月号 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

  • 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」

     本誌2月号に「二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ」という記事を掲載したが、その中で問題視した産業部長が筆者の電話取材を受けた直後に辞表を提出、2月号発売直前に退職した。記事ではその経緯に触れることができなかったため、続報する。(佐藤仁) 失敗を許さない市役所内の空気 三保恵一二本松市長  2月号では①荒木光義産業部長によるハラスメントが原因で、歴代の観光課長A氏とB氏が2年連続で短期間のうちに異動し、同課長ポストが空席になっている、②ハラスメントの原因の一つに、昨年4月にオープンした市歴史観光施設「にほんまつ城報館」(以下城報館と表記)の低迷がある、③三保恵一市長が城報館低迷の責任を観光課長に押し付けるなど、三保市長にもハラスメントを行っていた形跡がある――等々を報じた。 ハラスメントの詳細は2月号を参照していただきたいが、そんな荒木氏について1月31日付の福島民報が次のように伝えた。 《二本松市は2月3日付、4日付の人事異動を30日、内示した。現職の荒木光義産業部長が退職し、後任として産業部長・農業振興課長事務取扱に石井栄作産業部参事兼農業振興課長が就く》 荒木氏が年度途中に退職するというのだ。同人事では、空席の観光課長に土木課主幹兼監理係長の河原隆氏が就くことも内示された。 筆者は記事執筆に当たり荒木氏に取材を申し込んだが、その時のやりとりを2月号にこう書いている。 《筆者は荒木部長に事実関係を確認するため、電話で「直接お会いしたい」と取材を申し込んだが「私から話すことはない」と断られた。ただ電話を切る間際に「見解の違いや受け止め方の差もある」と付言。ハラスメント特有の、自分が加害者と認識していない様子が垣間見えた》 記事化はしていないが、それ以外のやりとりでは、荒木氏が「一方的に書かれるのは困る」と言うので、筆者は「そう言うなら尚更、あなたの見解を聞きたい。本誌はあなたが言う『一方的になること』を避けるために取材を申し込んでいる」と返答。しかし、荒木氏は「うーん」と言うばかりで取材に応じようとしなかった。さらに「これだけは言っておくが、私は部下に大声を出したりしたことはない」とも述べていた。 ちなみに、荒木氏からは「これは記事になるのか」と逆質問されたので、筆者は「もちろん、その方向で検討している」と答えている。 その後、脱稿―校了したのが1月27日、市役所関係者から「荒木氏が辞表を出した」と連絡が入ったのが同30日だったため、記事の書き直しは間に合わなかった次第。 連絡を受けた後、すぐに人事行政課に問い合わせると、荒木氏の退職理由は「一身上の都合」、退職願が出されたのは「先々週」と言う。先々週とは1月16~20日の週を指しているが、正確な日付は「こちらでも把握できていない部分があり、答えるのは難しい」とのことだった。 実は、筆者が荒木氏に取材を申し込んだのは1月18日で、午前中に観光課に電話をかけたが「荒木部長は打ち合わせ中で、夕方にならないとコンタクトが取れない」と言われたため、17時過ぎに再度電話し、荒木氏と前記会話をした経緯があった。 「荒木氏は政経東北さんから電話があった直後から、自席と4階(市長室)を頻繁に行き来していたそうです。三保市長と対応を協議していたんでしょうね」(市役所関係者) 時系列だけ見ると、荒木氏は筆者の取材に驚き、記事になることを恐れ、慌てて依願退職した印象を受ける。ハラスメントが公になり、そのことで処分を科されれば経歴に傷が付き、退職金にも影響が及ぶ可能性がある。だから、処分を科される前に退職金を満額受け取ることを決断したのかもしれない。 一方、別の見方をするのはある市職員だ。 「荒木氏のハラスメントが公になれば三保市長の任命責任が問われ、3月定例会で厳しく追及される恐れがある。それを避けるため、三保市長が定例会前に荒木氏を辞めさせたのではないか」 この市職員は「辞めさせる代わりに、三保市長のツテで次の勤め先を紹介した可能性もある」と、勤め先の実名を根拠を示しながら挙げていたが、ここでは伏せる。 余談になるが、三保市長らは「政経東北の取材を受けた職員は誰か」と市役所内で〝犯人探し〟をしているという。確かに市の情報をマスコミに漏らすのは公務員として問題かもしれないが、内部(市役所)で問題を解決できないから外部(本誌)に助けを求めた、という視点に立てば〝犯人探し〟をする前に何をしなければならないかは明白だ。 実際、荒木氏からハラスメントを受けた職員たちは前出・人事行政課に相談している。しかし同課の担当者は「自分たちは昔、別の部長からもっと酷いハラスメントを受けた。それに比べたらマシだ」と真摯に対応しようとしなかった。 相談窓口が全く頼りにならないのだから、外部に助けを求めるのはやむを得ない。三保市長には〝犯人探し〟をする前に、自浄作用が働いていない体制を早急に改めるべきと申し上げたい。 専門家も「異例」と指摘 立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授  それはそれとして、ハラスメントの被害者であるA氏とB氏は支所に異動させられ、しかもB氏は課長から主幹に降格という仕打ちを受けているのに、加害者である荒木氏は処分を免れ、退職金を無事に受け取っていたとすれば〝逃げ得〟と言うほかない。 さらに追加取材で分かったのは、観光課長2人の前には商工課長も1年で異動していたことだ(産業部は農業振興、商工、観光の3課で構成されている)。荒木部長のハラスメントに当時の部下たちは「耐えられるのか」と心配したそうだが、案の定早期の配置換えとなったわけ。 地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授はこのように話す。 「(荒木氏のように)パワハラで処分を受ける前に辞める例はほとんどないと思います。パワハラは客観的な証拠が必要で、立証が難しい。部下への指導とパワハラとの境界線も曖昧です。ですから、パワハラ当事者には自覚がなく居座ってしまい、上司に当たる人もパワハラ横行時代に育ってきたので見過ごしがちになるのです」 それでも、荒木氏は逃げるように退職したのだから、自分でハラスメントをしていた自覚が「あった」ということだろう。 ちなみに、昨年12月定例会で菅野明議員(6期、共産)がパワハラに関する市の対応を質問しているが、中村哲生総務部長は次のように答弁している。 「本市では平成31年4月1日に職員のハラスメント防止に関する規定を施行し、パワハラのほかセクハラ、妊娠、出産、育児、介護に関するハラスメント等、ハラスメント全般の防止および排除に努めている。ハラスメントによる直接の被害者、またはそれ以外の職員から苦情・相談が寄せられた場合、相談窓口である人事行政課において複数の職員により事実関係の調査および確認を行い、事案の内容や状況から判断し、必要がある場合は副市長、職員団体推薦の職員2名、その他必要な職員により構成する苦情処理委員会にその処理を依頼することとしている。相談窓口の職員、または苦情処理委員会による事実関係の調査の結果、ハラスメントの事実が確認された場合、加害者は懲戒処分に付されることがあり、またハラスメントに対する苦情の申し出、調査その他のハラスメントに対する職員の対応に起因して当該職員が不利益を受けることがないよう配慮しなければならないと規定されている」 答弁に出てくる人事行政課が本来の役目を果たしていない時点で、この規定は成り立っていない。議会という公の場で明言した以上、今後はその通りに対応し、ハラスメントの防止・排除に努めていただきたい。 気になるのは、荒木氏の後任である前述・石井栄作部長の評判だ。 「旧東和町出身で仕事のできる人物。部下へのケアも適切だ。私は、荒木氏の後任は石井氏が適任と思っていたが、その通りになってホッとしている」(前出・市職員) ただ、懸念材料もあるという。 「荒木氏は三保市長に忖度し、無茶苦茶な指示が来ても『上(三保市長)が言うんだからやれ』と部下に命じていた。三保市長はそれで気分がよかったかもしれないが、今後、石井部長が『こうした方がいいのではないですか』と進言した時、部下はその通りと思っても、三保市長が素直に聞き入れるかどうか。もし石井氏の進言にヘソを曲げ、妙な人事をしたら、それこそ新たなハラスメントになりかねない」(同) 求められる上司の姿勢 「にほんまつ城報館」2階部分から伸びる渡り廊下  そういう意味では今後、部下の進言も聞き入れて解決しなければならないのが、低迷する城報館の立て直しだろう。 2月号でも触れたように、昨年4月にオープンした城報館は1階が歴史館、2階が観光情報案内となっているが、お土産売り場や飲食コーナーがない。新野洋元市長時代に立てた計画には物産機能や免税カウンターなどを設ける案が盛り込まれていたが、2017年の市長選で新野氏が落選し、元職の三保氏が返り咲くと城報館は今の形に変更された。 今の城報館は、歴史好きの人はリピーターになるかもしれないが、それ以外の人はもう一度行ってみたいとは思わないだろう。そういう人たちを引き付けるには、せめてお土産売り場と飲食コーナーが必要だったのでないか。 市内の事情通によると、城報館の2階には空きスペースがあるのでお土産売り場は開設可能だが、飲食コーナーは水道やキッチンの機能が不十分なため開設が難しく、補助金を使って建設したこともあって改築もできないという。 「だったら、市内には老舗和菓子店があるのだから、城報館に来なければ食べられない和のスイーツを開発してもらってはどうか。また、コーヒーやお茶なら出せるのだから、厳選した豆や茶葉を用意し、水は安達太良の水を使うなど、いくらでも工夫はできると思う」(事情通) 飲食コーナーの開設が難しければキッチンカーを呼ぶのもいい。 「週末に城報館でイベントを企画し、それに合わせて数台のキッチンカーを呼べば飲食コーナーがない不利を跳ね返せるのではないか。今は地元産品を使った商品を扱うユニークなキッチンカーが多いから、それが数台並ぶだけでお客さんに喜ばれると思う」(同) 問題は、こうした案を市職員が実践するか、さらに言うと、三保市長がゴーサインを出すかだろう。 「市役所には『失敗すると上(三保市長)に怒られる』という空気が強く漂っている。だから職員は、良いアイデアがあっても『怒られるくらいなら、やらない方がマシ』と実践に移そうとしない。結果、職員はやる気をなくす悪循環に陥っているのです」(同) こうした空気を改めないと、城報館の立て直しに向けたアイデアも出てこないのではないか。 職員が快適に働ける職場環境を実現するにはハラスメントの防止・排除が必須だが、それと同時に、上司が部下の話を聞き「失敗しても責任は自分が取る」という気概を示さなければ、職員は仕事へのやりがいを見いだせない。 最後に。観光振興を担う「にほんまつDMO」が4月から城報館2階に事務所を移転するが、ここが本来期待された役割を果たせるかも今後注視していく必要がある。 あわせて読みたい 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ 最新号の4月号で続報「パワハラを放置する三保二本松市長」を読めます↓ https://www.seikeitohoku.com/seikeitohoku-2023-4/

  • 二本松市役所に蔓延する深刻なパワハラ

     二本松市役所で産業部長によるパワハラ・モラハラが横行している。被害者が声を上げないため公には問題になっていないが、部下の課長2人が2年連続で出先に異動し、部内のモチベーションは低下している。昨今は「ハラスメントを許さない」という考えが社会常識になっているが、三保恵一市長はこうした状況を見過ごすのか。そもそも、三保市長自身にもパワハラ疑惑が持ち上がっている。(佐藤仁) 「城報館」低迷の責任を部下に押し付ける三保市長  まずは産業部内で起きている異変を紹介したい。同部は農業振興、商工、観光の3課で組織されるが、舞台となったのは観光課である。 2021年4月から観光課長に就いたA氏が、1年で支所課長として異動した。その後任として22年4月から就いたB氏も半年後に病休となり、11月に復職後は住民センター主幹として異動した。課長から主幹ということは降格人事だ。 B氏の後任は現在も決まっておらず、観光課長は空席になっている。 菊人形、提灯祭り、岳温泉など市にとって観光は主要産業だが、観光行政の中心的役割を担う観光課長が短期間のうちに相次いで異動するのは異例と言っていい。 原因は、荒木光義産業部長によるハラスメントだという。 「荒木部長の言動にホトホト嫌気が差したA氏は、自ら支所への異動を願い出た。『定年間近に嫌な思いをして仕事をするのはまっぴら。希望が通らなければ辞める』と強気の姿勢で異動願いを出し、市に認めさせた。これに対し、B氏は繊細な性格で、荒木部長の言動をまともに受け続けた結果、心身が病んだ。問題は1カ月の病休を経て復職後、主幹として異動したことです。職員の多くは『被害者が降格し、加害者がそのまま部長に留まっているのはおかしい』と疑問視しています」(市役所関係者) 荒木部長のハラスメントとはどういうものなのか。取材で判明した主な事例を挙げると①感情の浮き沈みが激しく、機嫌が悪いと荒い口調で怒る。②指導と称して部下を叱責する。いじめの部類に入るような言い方が多々みられる。③陰口が酷く、他者を「奴ら」呼ばわりする。④自分だけのルールを市のルールや世間の常識であるかのように押し付け、部下が反論すると叱責する。⑤部下が時間をかけて作成した資料に目を通す際、あるいは打ち合わせで部下が内容を説明する際、自分の意図したものと違っていると溜息をつく。⑥「なぜこんなこともできない」と面倒くさそうに文書の修正を行う。ただし、その修正は決して的確ではない。⑦上司なので上からの物言いは仕方ないとして、人を馬鹿にしたような態度を取るので、部下は不快に感じている。⑧親しみを込めているつもりなのか部下をあだ名で呼ぶが、それによって部下が不快な思いをしていることに気付いていない。 分類すると①~③はパワハラ、⑤~⑧はモラハラ、④はモラパワハラになる。 さらにモラハラについては▽文書の直しが多く、かつ細かすぎて、最後は何を言いたいのか分からなくなる▽30分で済むような打ち合わせを2、3時間、長い時は半日かけて行う▽同じ案件の打ち合わせを何度も行う▽市長、副市長に忖度し、部下はそれに振り回されている▽予算を度外視した事業の実施や、当初・補正予算に高額予算を上げることを強要する――等々。おかげで部下は疲弊しきっているという。 そんな荒木部長の機嫌を大きく損ねている最大の原因が、市歴史観光施設「にほんまつ城報館」(以下、城報館と略)の低迷である。 低迷する城報館 2階部分から伸びる渡り廊下  城報館は昨年4月、県立霞ヶ城公園(二本松城跡)近くにオープンした。1階は歴史館、2階は観光情報案内というつくりで、2階には同公園との行き来をスムーズにするため豪華な渡り廊下が設置された。駐車場は大型車2台、普通車44台を停めることができる。 事業費は17億1600万円。財源は合併特例債9億8900万円、社会資本整備総合交付金5億3600万円、都市構造再編集中支援事業補助金1億3900万円を使い、残り5000万円余は市で賄った。 市は年間来館者数10万人という目標を掲げているが、オープンから10カ月余が経つ現在、市役所内から聞こえるのは「10万人なんて無理」という冷ややかな意見である。 「オープン当初こそ大勢の人が詰めかけたが、冬の現在は平日が一桁台の日もあるし、土日も60~70人といったところ。霞ヶ城公園で菊人形が開催されていた昨秋は菊人形と歴史館(※1)を組み合わせたダブルチケットを販売した効果で1日200人超の来館者数が続いたが、それでも10万人には届きそうもない」(ある市職員) ※1 城報館は入場無料だが、1階の歴史館(常設展示室)の見学は大人200円、高校生以下100円の入場料がかかる。  市観光課によると、昨年12月31日現在の来館者数は8万6325人、そのうち有料の常設展示室を訪れたのは4万2742人という。 市内の事業主からは「無駄なハコモノを増やしただけ」と厳しい意見が聞かれる。 「館内にはお土産売り場も飲食コーナーもない。2階に飲食可能な場所はあるが、自販機があるだけでコーヒーすら売っていない。あんな造りでどうやって観光客を呼ぶつもりなのか」(事業主) 市は昨年秋、菊人形の来場者を城報館に誘導するため、例年、菊人形会場近くで開いている物産展を城報館に移した。三百数十万円の予算をかけて臨時総合レジを設ける力の入れようだったが、物産展を城報館で開いているという告知が不足したため、菊人形だけ見て帰る人が続出。おかげで「ここはお土産を買う場所もないのか」と菊人形の評価が下がる始末だったという。 「城報館に物産展の場所を移しても客が全然来ないので、たまりかねた出店者が三保市長に『市長の力で何とかしてほしい』と懇願した。すると三保市長は『のぼり旗をいっぱい立てたので大丈夫だ』と真顔で答えたそうです」(同) 三保恵一市長  本気で「のぼり旗を立てれば客が来る」と思っていたとしたら、呆れて物が言えない。 オープン前の市の発表では、年間の維持管理費が2300万円、人件費を含めると4400万円。これに対し、主な収入源は常設展示室の入場料で、初年度は950万円と見込んでいた。この時点で既に3450万円の赤字だが、そもそも950万円とは「10万人が来館し、そのうち5万人が常設展示室を見学する=入場料を支払う」という予測のもとに成り立っている。10万人に届きそうもない状況では、赤字幅はさらに膨らむ可能性もある。 上司とは思えない言動  前出・市職員によると、常設展示室で行われている企画展の内容は素晴らしく、二本松城は日本100名城に選ばれていることもあり、歴史好きの人は遠く関東や北海道からも訪れるという。しかし、歴史に興味のない一般の観光客が訪れるかというと「一度は足を運んでも、リピーターになる可能性は薄い」(同)。多くの人に来てもらうには、せめてお土産売り場や飲食コーナーが必要だったということだろう。 「施設全体で意思統一が図られていないのも問題。城報館は1階の歴史館を市教委文化課、2階の観光情報案内を観光課が担い、施設の管理運営は観光課が行っているため、同じ施設とは思えないくらいバラバラ感が漂っている」(同) 筆者も先月、時間をかけて館内を見学したが(と言っても時間をかけるほどの中身はなかったが……)、もう一度来ようという気持ちにはならなかった。 早くもお荷物と化しそうな雰囲気の城報館だが、そんな同館を管理運営するのが観光課のため、批判の矛先が観光課長に向けられた、というのが今回のハラスメントの背景にあったのである。 関係者の話を総合すると、A氏が課長の時は城報館のオープン前だったため、この件でハラスメントを受けることはなかったが、B氏はオープンと同時に課長に就いたため、荒木部長だけでなく三保市長からも激しく叱責されたようだ。 「荒木部長は『オレはやるべきことをやっている』と責任を回避し、三保市長は『何とかして来館者を増やせ』と声を荒げるばかりで具体的な指示は一切なかった。強いて挙げるなら、館内受付の後方に設置された曇りガラスを透明ガラスに変え、その場にいる職員全員で客を迎えろという訳の分からない指示はあったそうです。挙げ句『客が来ないのはお前のせいだ』とB氏を叱責し、荒木部長はB氏を庇おうともしなかったというから本当に気の毒」(前出・市役所関係者) 観光課が管理運営を担っている以上、課長のB氏が責任の一部を問われるのは仕方ない面もあるが、上司である荒木氏の責任はもっと重いはずだ。さらに建設を推し進めたのが市長であったことを踏まえると、三保氏の責任の重さは荒木部長の比ではない。にもかかわらず、荒木部長はB氏を庇うことなく責任を押し付け、三保市長は「客が来ないのはお前のせいだ」とB氏を叱責した。上司のあるべき姿とは思えない。 もともと城報館は新野洋元市長時代に計画され、当時の中身を見ると1階は多言語に対応できる観光案内役(コンシェルジュ)を置いてインバウンドに対応。地元の和菓子や酒などの地場産品を販売し、外国人観光客を意識した免税カウンターも設置。そして2階は歴史資料展示室と観光、物産、歴史の3要素を兼ね備えた構想が描かれた。管理運営も指定管理者や第三セクターに委託し、館長がリーダーシップを発揮できる形を想定。年間来館者数は20万人を目標とした。 加害者意識のない部長  しかし、2017年の市長選で新野氏が落選し、元職の三保氏が返り咲くと、この計画は見直され、1階が歴史、2階が観光と逆の配置になり、物産は消失。管理運営も市直営となり、観光課長が館長を兼ねるようになった。 新野元市長時代の計画に沿って建設すれば来館者が増えたという保障はないが、少なくとも施設のコンセプトははっきりしていたし、一般の観光客を引き寄せる物産は存在していた。それを今の施設に変更し、議会から承認を得て建設を推し進めたのは三保市長なのだから、客が来ない責任を部下のせいにするのは全くの筋違いだ。 自治労二本松市職員労働組合の木村篤史執行委員長に、荒木部長によるハラスメントを把握しているか尋ねると次のように答えた。 「観光課長に対してハラスメント行為があったという声が寄せられたことを受け、組合員230人余に緊急アンケートを行ったところ(回答率7割)、荒木部長を名指しで詳述する回答も散見されました。組合としては現状を見過ごすわけにはいかないという立場から、結果を分析し、踏み込んだ内容を市当局に伝えていく考えです」 ハラスメントは、一歩間違えると被害者が命を失う場合もある。被害者に家族がいれば、不幸はたちまち連鎖する。一方、加害者は自分がハラスメントをしているという自覚がないケースがほとんどで、それが見過ごされ続けると、職場全体の士気が低下する。働き易い職場環境をつくるためにも、木村委員長は「上司による社会通念から逸脱した行為は受け入れられない、という姿勢を明確にしていきたい」と話す。 筆者は荒木部長に事実関係を確認するため、電話で「直接お会いしたい」と取材を申し込んだが「私から話すことはない」と断られた。ただ電話を切る間際に「見解の違いや受け止め方の差もある」と付言。ハラスメント特有の、自分が加害者とは認識していない様子が垣間見えた。 ちなみに、荒木部長は安達高校卒業後、旧二本松市役所に入庁。杉田住民センター所長、商工課長を経て産業部長に就いた。定年まで残り1年余。 三保市長にも秘書政策課を通じて①荒木部長によるハラスメントを認識しているか、②認識しているなら荒木部長を処分するのか。またハラスメント根絶に向けた今後の取り組みについて、③今回の件を公表する考えはあるか、④三保市長自身が元観光課長にパワハラをした事実はあるか――と質問したが、 「人事管理上の事案であり、職員のプライバシー保護という観点からコメントは控えたい」(秘書政策課) ただ、市議会昨年12月定例会で菅野明議員(6期、共産)がパワハラに関する一般質問を行った際、三保市長はこう答弁している。 「パワハラはあってはならないと考えています。そういう事案が起きた場合は厳正に対処します。パワハラは起こさない、なくすということを徹底していきます」 疲弊する地方公務員  荒木部長は周囲に「定年まで残り1年は安達地方広域行政組合事務局長を務めるようになると思う」などと発言しているという。同事務局長は部長職なので、もし発言が事実なら、産業部長からの横滑りということになる。被害者のB氏は課長から主幹に降格したのに、加害者の荒木氏は肩書きを変えて部長職に留まることが許されるのか。 「職員の間では、荒木氏は三保市長との距離の近さから部長に昇格できたと見なされている。その荒木氏に対し三保市長が処分を科すのか、あるいはお咎めなしで安達広域の事務局長にスライドさせるのかが注目されます」(前出・市役所関係者) 地方公務員の職場実態に詳しい立教大学コミュニティ福祉学部の上林陽治特任教授によると、2021年度に心の不調で病休となった地方公務員は総務省調査(※2)で3万8000人を超え、全職員の1・2%を占めたという。 ※2 令和3年度における地方公務員の懲戒処分等の状況  (令和3年4月1日~令和4年3月31日)調査  心の不調の原因は「対人関係」「業務内容」という回答が多く、パワハラ主因説の根拠になっている。 身の危険を感じた若手職員は離脱していく。2020年度の全退職者12万5900人のうち、25歳未満は4700人、25~30歳未満は9200人、30~35歳未満は6900人、計2万0800人で全退職者の16・5%を占める。せっかく採用しても6人に1人は35歳までの若いうちに退職しているのだ。 そもそも地方自治体は「選ばれる職場」ではなくなりつつある。 一般職地方公務員の過去10年間の競争試験を見ると、受験者数と競争率は2012年がピークで60万人、8・2倍だったが、19年がボトムで44万人、5・6倍と7割強まで激減した。内定を出しても入職しない人も増えている。 地方公務員を目指す人が減り、せっかく入職しても若くして辞めてしまう。一方、辞めずに留まっても心の不調を来し、病休する職員が後を絶たない。 「パワハラを放置すれば、地方自治体は職場としてますます敬遠されるでしょう。そうなれば人手不足が一層深刻化し、心の不調に陥る職員はさらに増える。健全な職場にしないと、こうした負のループからは抜け出せないと思います」(上林氏) 地方自治体は、そこまで追い込まれた職場になっているわけ。 定例会で「厳正に対処する」と明言した三保市長は、その言葉通り荒木部長に厳正に対処すると同時に、自身のハラスメント行為も改め、職員が働き易い職場づくりに努める必要がある。それが、職員のモチベーションを上げ、市民サービスの向上にもつながっていくことを深く認識すべきだ。  ※被害者の1人、B氏は周囲に「そっとしておいてほしい」と話しているため、議員はハラスメントの実態を把握しているが、一般質問などで執行部を追及できずにいる。昨年12月定例会で菅野明議員がパワハラに関する質問をしているが、B氏の件に一切言及しなかったのはそういう事情による。しかし本誌は、世の中に「ハラスメントは許さない」という考えが定着しており、加害者が部長、市長という事態を重く見て社会的に報じる意義があると記事掲載に踏み切ったことをお断わりしておく。 あわせて読みたい 【二本松市】パワハラ部長「突然の退職劇」 ハラスメントを放置する三保二本松市長

  • 【福島県】衆議院区割り改定に翻弄される若手議員

     衆院小選挙区定数「10増10減」を反映し、1票の格差を2倍未満とする改正公職選挙法が12月28日に施行された。これを受け、福島県の小選挙区定数は5から4に減った。新たな区割りは次の衆院選から適用される。今後の焦点は与野党の候補者調整だが、ベテラン議員が早くから立候補したい選挙区を匂わせているのに対し、若手議員は意中の選挙区があっても「先輩」への遠慮から口籠っている。若手議員はこのまま本音を言えず、時の流れに身を任せるしかないのか。与野党2人の若手議員の今後に迫った。(佐藤仁) ベテランに遠慮し口籠る上杉氏と馬場氏 福島県四つの区切りの地図  新区割りは以下の市町村構成になる。▽新1区=現1区の福島市、伊達市、伊達郡と現2区の二本松市、本宮市、安達郡。▽新2区=現2区の郡山市と現3区の須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡。▽新3区=現3区の白河市、西白河郡、東白川郡と現4区全域(会津地方、西白河郡西郷村)。▽新4区=現5区全域(いわき市、双葉郡)と現1区の相馬市、南相馬市、相馬郡。 中央メディアの記者は、自民党選対筋の話として「5月に開かれるG7広島サミット終了後、岸田文雄首相が解散総選挙に打って出るのではないか」という見方を示している。 解散権は首相の専権事項なので、選挙の時期は岸田首相のみぞ知ることだが、いつ選挙になってもいいように候補者調整を急がなければならないのは与野党とも同じだ。 現在、県内には与野党合わせて9人の衆院議員がいる。根本匠(71、9期)、吉野正芳(74、8期)、亀岡偉民(67、5期)、菅家一郎(67、4期)、上杉謙太郎(47、2期)=以上、自民党。玄葉光一郎(58、10期)、小熊慎司(54、4期)、金子恵美(57、3期)、馬場雄基(1期、30)=以上、立憲民主党。このうち本誌が注目するのは両党の2人の若手議員、上杉氏と馬場氏だ。 上杉氏はこれまで3回の選挙を経験し、いずれも現3区から立候補してきた。最初の選挙は厳しい結果に終わったが、前々回、前回は比例復活当選。玄葉光一郎氏を相手に小選挙区では及ばないが、着実に票差を縮めており、支持者の間では「次の選挙は(小選挙区で)勝てる」が合言葉になっていた。それだけに、今回の区割り改定に支持者は大きく落胆している。 現3区は区割り改定で最もあおりを受けた。福島市がある現1区、郡山市がある現2区、会津若松市がある現4区、いわき市がある現5区は新区割りでも一定の原形をとどめたが、現3区は真っ二つに分断・消失する。他選挙区のように「母体となる市」がなかったことが影響した。 現3区は、北側(須賀川市、田村市、岩瀬郡、石川郡、田村郡)が新2区、南側(白河市、西白河郡、東白川郡)が新3区に組み込まれた。そうなると上杉氏はどちらかの選挙区から立候補するのが自然だが、現実はそう簡単ではない。新2区では根本氏、新3区では菅家氏が立候補に意欲を示しているからだ。 「先輩」に手を挙げられては、年齢が若く期数も少ない上杉氏は遠慮するしかない。しかし立候補する選挙区がなくなれば、自身の政治生命が危ぶまれる。要するに、今の上杉氏は「ここから立候補したい」という意中の選挙区があっても、積極的に口にしづらい立場にあるのだ。 もっとも、上杉氏が「先輩」に気を使ったとしても、上杉氏を熱心に応援してきた支持者は納得がいかないだろう。 上杉氏が家族とともに暮らす白河市の支持者もこのように語る。 「上杉氏が大臣経験のある根本氏を押し退け、新2区から出ることはあり得ない。残る選択肢は新3区になるが、菅家氏と上杉氏のどちらを候補者にするかは、期数ではなく選挙実績を重視すべきだ」 この支持者が選挙実績を持ち出したのは、もちろん理由がある。 前述の通り上杉氏は小選挙区で玄葉氏に連敗しているが、着実に票差を縮めている。これに対し菅家氏は現4区で小熊慎司氏を相手に勝ち負けを繰り返している。前回は小選挙区で敗れ、比例復活に救われた。 「最大の疑問は菅家氏が会津若松で小熊氏に負けていることです。会津若松市長を3期も務めた人がなぜ得票できないのか。地元で不人気な人が候補者にふさわしいとは思えない」(同) 選考は長期化の見通し  前回の結果を見ると、会津若松市の得票数は小熊氏2万9650票、菅家氏2万8107票で菅家氏の負け。同市の得票数に限ってさかのぼると、2014年と12年の衆院選も菅家氏は負けている。唯一、17年の衆院選は勝ったものの、両氏以外に立候補した野党系2氏の得票分を小熊氏に上乗せすると、菅家氏は実質負けているのだ。 「菅家氏が小選挙区で連勝し、会津若松市の得票数も引き離していれば、私たちも『新3区からは菅家氏が出るべき』と潔くあきらめた。しかし、地元で不人気という現実を見ると、新たに県南に来て得票できるかは怪しい」(同) ちなみに前回の衆院選で、西白河郡の西郷村は現3区から現4区に編入されたが、同村の得票数は小熊氏4430票、菅家氏4299票とここでも菅家氏は競り負けている。 「とはいえ、菅家氏が県南で得票できるか分からないのと同じく、上杉氏も会津で戦えるかは未知数。正直、あれだけ広いエリアをどうやって回るかも想像がつかない」(同) そんな両氏を救う方法は二つ考えられる。 一つはどちらかが比例単独に回ること。ただし、当選することはできても地盤は失われるので、これまで小選挙区で戦ってきた両氏には受け入れ難い救済案だろう。確実に当選できるならまだしも、名簿順位で上位が確約されなければ落選リスクにもさらされる。 もう一つはどちらかが小選挙区、どちらかが比例区に回り、次の選挙では入れ替わって立候補するコスタリカ方式を採用すること。ただし、この救済案もどちらが先に小選挙区に回るかで揉めると思われる。最初に比例区に回れば、小選挙区の有権者に自分の名前を書いてもらう機会を逸し、次の選挙で自分が小選挙区に回った際、名前を書いてもらえる保証がないからだ。 さらに同方式の危うさとして、小選挙区の候補者が落選し比例区の候補者が当選したら、両陣営の間に溝が生じ、次の選挙では選挙協力が成立しづらい点も挙げられる。 田村地方の自民党員はこう話す。 「私たちはこの先、上杉氏を直接応援することはできないが、本人には『もし菅家氏とコスタリカを組むなら絶対に比例区に回るな』とはアドバイスしました」 そもそも現3区の自民党員は同方式に良いイメージを持っていない。中選挙区制の時代、県南・田村地方には穂積良行と荒井広幸、2人の自民党議員がいたが、小選挙区比例代表並立制への移行を受け両氏は現3区で同方式を組んだ。最初の選挙は荒井氏が小選挙区、穂積氏が比例区に回り、荒井氏が玄葉氏を破って両氏とも当選したが、次の選挙は小選挙区に回った穂積氏が玄葉氏に敗れ政界引退。荒井氏は比例単独で当選したものの、次の選挙は小選挙区で玄葉氏に大差負けした。名前を書いてもらえない比例区に回ったことと両者の選挙協力が機能しなかったことが、小選挙区での大敗を招いた典型例と言える。 「上杉氏はかつて荒井氏の秘書をしていたので、コスタリカが上手くいかないことはよく分かっているはずです」(同) 果たして上杉氏は、区割り改定を受けてどのようなアクションを起こそうとしているのか。衆院議員会館の上杉事務所に取材を申し込むと、 「上杉本人とも話しましたが、これから決まっていく事案について、いろいろ申し上げるのは控えさせてほしい」(事務所担当者) この翌日(12月15日)、自民党県連は選挙対策委員会を開き、次期衆院選公認候補となる選挙区支部長に新1区が亀岡氏、新2区が根本氏、新4区が吉野氏に内定したと発表した。新3区は菅家氏と上杉氏、双方の地元(総支部)から「オラがセンセイ」を強く推す意見が出され、結論は持ち越された。今後、党本部や両氏の所属派閥(清和政策研究会)で調整が行われるが、党本部は比例復活で複数回当選している議員の支部長就任は慎重に検討するという方針も示しており、上杉氏(2回)、菅家氏(2回)とも該当するため、選考は長期化する見通しだ。 県連はどちらが選挙区支部長に内定しても「現職5人を引き続き国政に送ることが大前提」として、比例代表の1枠を優先的に配分するよう党本部に求めていくとしている。菅家氏と上杉氏はともに早稲田大学卒業。「先輩」に面と向かって本音を言いづらい上杉氏に代わり、地元支持者の熱意と、前述した菅家氏への物足りなさが候補者調整にどう影響するのか注目される。 組織力を持たない馬場氏  立憲民主党の若手、馬場雄基氏も上杉氏と同様、辛い立場にある。 前回、現2区から立候補した馬場氏は根本匠氏に及ばなかったが比例復活で初当選した。当時20代で初登院後は「平成生まれ初の衆院議員」としてマスコミの注目を集めた。爽やかなルックスで「馬場氏の演説には引き込まれるものがある」と同党県連内の評価もまずまず。国会がない週末は選挙区内を回り、自民党支持者が多く集まる場所にも臆せず顔を出すなどフットワークの軽さものぞかせる。 現2区は、中核を成す郡山市が現3区の北側と一緒になり新2区に移行。これに伴い馬場氏も新2区からの立候補を目指すとみられるが、ここに早くから踏み入るのが、現3区が地盤の玄葉光一郎氏だ。 当選10回。民主党政権時には外務大臣、国家戦略担当大臣、同党政調会長などの要職を歴任。岳父は佐藤栄佐久元知事。言わずと知れた福島県を代表する政治家の一人だ。 玄葉氏は、現3区の南側が組み入れられた新3区ではなく、新2区からの立候補を模索している。背景には▽郡山市には昔から自分を支持してくれる経済人らが多数いること、▽同市内の安積高校を卒業していること、▽同市内に栄佐久氏の人脈が存在すること、等々の理由が挙げられる。「現3区で上杉氏が票差を詰めている」と書いたが、北側(須賀川市や田村市)では一定の票差で勝っていることも新2区を選んだ一因になっているようだ。 馬場氏にとっては年齢も期数も実績も「大先輩」の玄葉氏が新2区からの立候補に意欲を示せば、面と向かって「それは困る」「自分も立候補したい」とは言いにくいだろう。 もっとも玄葉氏と馬場氏を天秤にかければ、本人が辞退しない限り玄葉氏が候補者になることは誰の目にも明らかだ。理由は馬場氏より期数や実績が上回っているから、ということだけではない。 両氏の明らかな差は組織力だ。政治家歴30年以上の玄葉氏と、2年にも満たない馬場氏では比べ物にならない。例えば、郡山駅前で街頭演説を行うことが急きょ決まり「動員をかけろ」となったら、玄葉氏は支持者を集めることができても、組織力を持たない馬場氏は難しいだろう。 「馬場氏は青空集会を定期的に開いて多くの有権者と触れ合ったり、SNSを使って積極的に発信している点は評価できる。馬場氏がマイクを握ると聴衆が聞き入るように、演説も相当長けている。しかし、辻立ちや挨拶回り、名簿集めといった基本的な行動は物足りない」(同党の関係者) 馬場氏の普段の政治活動は、若者や無党派層が多い都市部では支持が広がり易いが、高齢者が多く地縁血縁が幅を利かす地方では、この関係者が言う「基本的な行動」を疎かにすると票に結び付かないのだ。 「簡単には決められない」  立憲民主党の県議に新区割りを受けて馬場氏の今後がどうなるか意見を求めたが、言葉を濁した。 「現1区で当選した金子氏が新1区、現4区で当選した小熊氏が新3区に決まれば残るは二つだが、だからと言って新2区が玄葉氏、現5区時代から候補者不在の新4区が馬場氏、という単純な振り分けにはならない。両氏の支持者を思うと、簡単にあっちに行け、こっちに行けとは言えませんよ」 加えて県議が挙げたのは、同党単独では決めづらい事情だ。 「私たちはこの間、野党共闘で選挙を戦っており、他党の候補者との調整や、ここに来て距離を縮めている日本維新の党との関係にも配慮しなければならない。こうなると県連での判断は難しく、党本部が調整しないと決まらないでしょうね」(同) 同党県連幹事長の高橋秀樹県議もかなり頭を悩ませている様子。 「もし全員が新人なら、あなたはあっち、あなたはこっちと振り分けられたかもしれないが、現選挙区に長く根ざし、そこには大勢の支持者がいることを考えると、パズルのピーズを埋めるような決め方はできない。党本部からは年内に一定の方向性を示すよう言われているが『他県はできるかもしれないが、福島は無理』と伝えています。他県は現職の人数が少なかったり、2人の現職が一つの選挙区に重なるケースがほとんどないため、すんなり候補者が決まるかもしれないが、現職の人数が多い福島では簡単に決められない。ただ、目標は現職4人を再び国政に送ることなので、4人と直接協議しながら党本部も交えて調整していきたい」(高橋幹事長) 当の馬場氏は今後どのように活動していくつもりなのか。衆院議員会館の馬場事務所に尋ねると、馬場氏から次のような返答があった。(丸カッコ内は本誌注釈) 「(候補者調整について)現時点において、特段決まっていることはございません。しっかりと自分の思いを県連や党本部に伝えているところでもあり、その決定に従いたいと考えています。その思いとは、私が今ここに平成初の国会議員として活動できているのも、地盤看板鞄の何一つ持ち合わせていない中から育ててくださり、ゼロから一緒につくりあげてくださり、今なお大きく支えてくださっている郡山市・二本松市・本宮市・大玉村の皆さまのおかげです。いただいた負託に応えられるように全力を尽くすのみです」 現2区への強い思いをにじませつつ、県連や党本部の決定には従うとしている。 中途半端な状態に長く置き続けるのは本人にも支持者にも気の毒。それは馬場氏に限った話ではない。丁寧に協議を進めつつ、早期決着を図り、次の選挙に向けた新体制を構築することが賢明だ。(文中一部敬称略) あわせて読みたい 【福島県】自民・新3区支部長をめぐる綱引き 区割り改定に揺れる福島県内衆院議員