本誌2019年11月号に「大熊町議の暴言に憤る町民」という記事を掲載した。大熊町から県外に避難している住民が、議員から暴言を受けたとして、議会に懲罰を求めたことをリポートしたもの。その後、この件は裁判に発展していたことが分かった。一方で、この問題は単なる「議員と住民のトラブル」では片付けられない側面がある。
根底に避難住民の微妙な心理
最初に、問題の発端・経過について簡単に説明する。
2019年11月号記事掲載の数年前、大熊町から茨城県に避難しているAさんは、町がいわき市で開催した住民懇談会に参加した。当時、同町は原発事故の影響で全町避難が続いており、今後の復興のあり方などについて、町民の意見を聞く場が設けられたのである。Aさんはその席で、渡辺利綱町長(当時)に、帰還困難区域の将来的な対応について質問した。
Aさんによると、その途中で後に町議会議員となる佐藤照彦氏がAさんの質問を遮るように割って入り、「町長が10年後のことまで分かるわけない」、「私は(居住制限区域に指定されている)大川原地区に帰れるときが来たら、いち早く帰りたいと思うし、町長には、大川原地区の除染だけではなく、さらに大熊町全域にわたり、除染を行ってもらいたい」旨の発言をしたのだという。
当時は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、2015年11月の町議選に立候補した。定数12に現職10人、新人3人が立候補した同町議選で、佐藤氏は432票を獲得、3番目の得票で初当選し、2019年に2回目の当選を果たしている。
一方、2019年4月10日に、居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区の避難指示が解除された。
そんな経過があり、同年9月、Aさんは佐藤議員に対して過去の発言を質した。Aさんによると、そのときのやり取りは以下のようなものだった。
Aさん「以前の説明会で『戻れるようになったら戻る』と話していたが、なぜ戻らないのか」
佐藤議員「そんなことは言っていない。帰りたい気持ちはある」
Aさん「説明会であのように明言しておきながら、議員としての責任はないのか」
佐藤議員「状況が変わった」
そんな問答の中で、Aさんは佐藤議員からこんな言葉を浴びせられたのだという。
「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」
住民懇談会の際は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、公職(議員)に就いたこと、2019年4月10日に、居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示が解除されたことから、佐藤議員に帰還意向などの今後の対応を聞いたところ、暴言を吐かれたというのだ。
Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」と憤り、同年9月24日付で、鈴木幸一議長(当時)に「大熊町議会議員佐藤照彦氏の暴言に対する懲罰責任及び謝罪文の要求」という文書を出した。
そこには、佐藤議員から「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれたことに加え、「県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外避難している住民に対する排他的発言です」などと記されていた。
Aさんによると、その後、鈴木議長から口頭で「要求文」への回答があったという。
「内容は『発言自体は本人も認めているが、議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した』というものでした」(Aさん)
当時、本誌が議会事務局に確認したところ、次のような説明だった。
「(Aさんからの)懲罰等の要求を受け、議会運営委員会で協議した結果、議会外のことのため、懲罰等は難しいという判断になり、当人(佐藤議員)には、自分の発言には責任を持って対応するように、といった注意がありました。そのことを議長(当時)から、(Aさんに)お伝えしています」
ちなみに、鈴木議長はこの直後に同年11月の町長選に立候補するために議員を辞職した。そのため、以降のこの件は松永秀篤副議長がAさんへの説明などの対応をした。
一方、佐藤議員は当時の本誌取材にこうコメントした。
「議会開会時に(議場の外の)廊下で(Aさんに)会い、私に『帰ると言っていたのに』ということを質したかったようです。私は『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えました。それが真意です。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』ということを言っていますが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない。それは町民の方も理解していると思います」
弁護士から通告書
Aさんは「暴言を吐かれた」と言い、佐藤議員は「『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』と伝えたのであって、県外避難者を侮辱するようなことを言うはずがない」と主張する。
両者の言い分に食い違いがあり、本来であれば、佐藤議員からAさんに「誤解が招くような言い方だったとするなら申し訳なかった」旨を伝えれば、それで終わりになった可能性が高い。
ところが、その後、この問題は佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求めて訴訟を起こす事態に発展した。
その前段として、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届いた。
そこには、①「あんたら県外にいる人間には言われる筋合いはない」との発言はしていない、②Aさんは佐藤議員に対して謝罪を求める行為をしているが、そもそも前述の発言はしていないので、謝罪要求に応じる義務がないし、応じるつもりもない、③今後は佐藤議員に直接接触せず、代理人弁護士を通すこと――等々が記されていた。
「懲罰請求に対して、鈴木議長から回答があった数日後、松永副議長から電話があり(※前述のように、鈴木議長は町長選に立候補するために議員辞職した)、『議場外のため、議会としてはこれ以上は踏み込めないので、今後は、佐藤議員と話し合ってもらいたい』と言われました。ただ、いつになっても佐藤議員から謝罪等の話がないため、2020年4月17日に私から佐藤議員に電話をしたところ、15秒前後で一方的に切られました。それから間もなく、佐藤議員の代理人弁護士から内容証明で通告書(前述の文書)が届いたのです」(Aさん)
Aさんはそれを拒否し、あらためて佐藤議員に接触を図ろうとしたところ、佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求める訴訟を起こしたのである。文書には「何らかの連絡、接触行為があった場合は法的措置をとる」旨が記されており、実際にそうなった格好だ。
一方、佐藤議員はこう話す。
「本来なら、話し合いで決着できることで、裁判なんてするような話ではありません。ただ、冷静に話し合いができる状況ではなかったため、そういう手段をとりました」
面談強要禁止を認める判決
こうして、この問題は裁判に至ったのである。
同訴訟の判決は昨年10月4日にあり、裁判所はAさんが佐藤議員に「自身の発言についてどう責任を取るのか」、「どのように対応するのか」と迫ったことに対する「面談強要禁止」を認める判決を下した。
この判決を受け、Aさんは「この程度で、『面談禁止』と言われたら、町民として議員に『あの件はどうなっているのか』と聞くこともできない」と話していた。
その後、Aさんは一審判決を不服として、昨年10月18日付で控訴した。控訴審判決は、3月14日に言い渡され、1審判決を支持し、Aさんの請求を棄却するものだった。
Aさんは不服を漏らす。
「裁判所の判断は、時間の長さや回数に関係なく、数分の接触行為が佐藤議員の受
忍限度を超える人格権の侵害に当たるというものでした。要するに弁護士を介さずに事実確認を行ったことが不法行為であると判断されたのです。この判決からすると、議員等の地位にある人や、経済的に余裕がある人が自分に不都合があったら弁護士に委任し、話し合いをするにはこちらも弁護士に依頼するか、裁判等をしなければならないことになります。この『面談強要禁止』が認められてしまったら、資力がなければ一般住民は泣き寝入りすることになってしまう」
さらにAさんはこう続ける。
「懲罰請求をした際、当時の正副議長から『佐藤議員の不適切な発言に対し、議員としての発言に注意をするように促したほか、本人(佐藤議員)も迷惑をかけたと反省し、謝罪なども含め、適切に対応をしていくとのことだから、今後は佐藤議員と話し合ってもらいたい』旨を伝えられました。にもかかわらず、佐藤議員は真摯な謝罪や話し合いどころか、自らの不都合な事実から逃れるため、面談強要禁止まで行った。これは、佐藤議員の公職者(議員)としての資質以前に、社会人として倫理的に逸脱しており、さらにこのような事態にまで至った責任は、議会にも一因があると思います」
一方、佐藤議員は次のようにコメントした。
「話し合いの余地がなかったため、こういう手段(裁判)を取らざるを得ませんでした。裁判では真実を訴えました。結果(面談強要禁止を認める判決が下されたこと)がすべてだと思っています」
なお、問題の発端となった「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」発言については、前述のように両者の証言に食い違いがあるが、控訴審判決では「仮に被控訴人(佐藤議員)の発言が排他的発言として不適切と評価されるものであったとしても、被控訴人の申し入れに対して……」とある。要は、佐藤議員の発言が不適切なものであっても、申し入れ(代理人弁護士の通知書)に反して直接接触を図る合理的理由にはならないということだが、排他的発言の存在自体は否定していない。
ともかく、裁判という思わぬ事態に至ったこの問題だが、本誌が伝えたいのは、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは語れない側面があるということである。
問題の本質
1つは議員の在り方。原発避難区域(解除済みを含む)の議員は厳密には公選法違反状態にある人が少なくない。というのは、地方議員は「当該自治体に3カ月以上住んでいる」という住所要件があるが、実際は当該自治体に住まず、避難先に生活拠点があっても被選挙権がある。2019年11月号記事掲載時の佐藤議員がまさにそうだった。「特殊な条件にあるから仕方がない」、「緊急措置」という解釈なのだろうが、そもそも議員自身が「違法状態」にあるのに、避難先がどうとか、帰る・帰らないについて、どうこう言える立場とは言えない。
もっとも、これは当該自治体に責任があるわけではない。むしろ、国の責任と言えよう。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じるべきだったが、それをしなかったからだ。
もう1つは避難住民の在り方。本誌がこの間の取材で感じているのは、原発事故の避難区域では、「遠くに避難した人は悪、近くに避難した人は善」、「帰還しなかった人は悪、帰還した人は善」といった空気が流れていること。明確にそういったことを口にする人は少ないが、両者には見えない壁があり、何となくそんな風潮が感じられるのだ。
実際、前段で少し紹介したように、Aさんが2019年に議会に提出した懲罰請求には次のように書かれている。
《佐藤議員の発言は請求人(Aさん)だけに対するもので収まる話ではなく、県外に避難している町民に対して、物事を指摘される道理なく「県外にいる町民は、物事を言うな」とも捉えられる発言であり、到底、看過することができない議員による問題発言です。まして、佐藤議員は、避難町民の代表であり、公職の議会議員である当該暴言は、一町民(Aさん)に対する暴言で済む話ではなく、佐藤議員の日頃の県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外の避難している住民に対する排他的発言です》
ここからも読み取れるように、この問題の根底には、避難区域の住民の微妙な心理状況が関係しているように感じられる。
もっと言うと、避難住民の在り方の問題もある。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。結果、避難者はそこに住んでいながら、当該自治体の住民ではない、として肩身の狭い思いをしてきた。
こうした問題や前述のような風潮を生み出したのも国の責任と言えよう。これについても、本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。
こうした側面から、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは片付けられないのが今回の問題なのだ。本誌としては、そこに目を向け、正しい方向に進むように今後も検証・報道していきたいと考えている。