根本から間違っている国の帰還困難区域対応

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根本から間違っている国の帰還困難区域対応

(2022年10月号)

 原発事故に伴い指定された帰還困難区域。文字通り、住民の帰還が難しいエリアだが、一部は「特定復興再生拠点区域」に指定され、順次、避難指示が解除されている。一方、特定復興再生拠点区域の指定から外れたところは、2029年までの避難指示解除を目指す方針だが、その対応にはいくつもの間違いがある。

「事故原発はコントロール下」の宣伝に利用

 原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。

 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改定・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。

 これに従い、帰還困難区域を抱える6町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。

 別表は帰還困難区域の内訳をまとめたもの。帰還困難区域は7市町村全体で約337平方㌔にまたがり、このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。


 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除され、そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(6月12日)大熊町(6月30日)、双葉町(8月30日)が解除され、今後は富岡町、浪江町、飯舘村での解除が予定されている。

 一方、復興拠点から外れたところは、国は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」との方針だったが、具体的なことは示されていなかった。

 動きがあったのは2021年7月。与党の「東日本大震災復興加速化本部」が「復興加速化のための第10次提言」をまとめ、同月20日に当時の菅義偉首相に提出したのである。

 同提言は、廃炉に向けた取り組み、帰還困難区域の環境整備、中間貯蔵施設の整備、指定廃棄物処理など、多岐にわたるが、復興拠点外の対応についてはこう記されている。

 ○「拠点区域外にある自宅に帰りたい」という思いに応えるため、帰還の意向を丁寧に把握した上で、帰還に必要な箇所を除染し、避難指示解除を行うという新たな方向性を示す。政府にはこの方向性に即して、早急に方針を決定することを求める。

 ○国は2020年代をかけて、帰りたいと思う住民の方々が一人残らず帰還できるよう、取り組みを進めていくことが重要。

 これを受け、国(原子力災害対策本部)は同年8月31日、「特定復興再生拠点区域外への帰還・居住に向けた避難指示解除に関する考え方」をまとめた。前述の提言に倣った形で、「2020年代に希望する住民全員が戻れるよう必要箇所を除染し、避難指示を解除する」との方針が示された。つまり、2029年までに帰還困難区域全域の避難指示解除を目指す、ということだ。

 その後、2022年8月までに「復興加速化のための第11次提言」がまとめられ、9月6日、岸田文雄首相に申し入れした。

 そこには「住民一人ひとりに寄り添った帰還意向の丁寧な把握とスピード感をもった対応、除染範囲・手法を地図上に整理しながら具体化、大熊町・双葉町でモデル事例となるよう先行的に除染に着手し住民の安全・安心を目に見える形で示すこと、関係主体が連携したインフラの実態把握と効率的な整備、残された土地・家屋等の扱いについて地元自治体と協議・検討を進めること、等を求める」と記されている。

 要するに、復興拠点外の対応に早急に着手し、まずは大熊・双葉両町でモデル除染を実施すべき、ということである。

法令を捻じ曲げ

法令を捻じ曲げ【双葉町の復興拠点】

 実際に、復興拠点外のどれだけの範囲を除染するか等々はまだ示されていないが、帰還困難区域全域解除のため、大掛かりな環境整備を行うことが真っ当な対応とは思えない。

 その理由はこうだ。

 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。例えば、6月に復興拠点が避難指示解除された大熊町では、地上1㍍で2マイクロシーベルト毎時以上のところがあった。ほかも同様にまだまだ放射線量が高いところがある。前述したように、復興拠点は帰還困難区域の中でも、比較的放射線量が低いところが指定されているから、帰還困難区域全体で見れば、もっと高いところがある。

 さらには、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。

×  ×  ×  

 フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。

 (中略)フクシマ事故が起きた時、半径20㌔以内の10万人を超える人たちが強制的に避難させられた。その後、当然のことながら汚染は同心円的でないことが分かり、北西方向に50㌔も離れた飯舘村の人たちも避難させられた。その避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。

 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。

 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。

×  ×  ×  ×

 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。50〜100年経てば、放射能は自然に減衰するから、帰還はそれからでも遅くない。

全額国費の不道理

 もう1つは、帰還困難区域(復興拠点の内外いずれも)の除染などは全額国費で行われること。「福島復興指針」によると、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――というのが国費負担の理由とされている。

 帰還困難区域以外の除染は、国直轄と市町村が実施したものに分けられ、両方を合わせると、約4兆円の費用が投じられた(汚染廃棄物処理費用を含む。中間貯蔵施設整備費用等は含まない)。

 国直轄除染は帰還困難区域を除く避難指示区域が対象で、環境省が除染を担った。一方、市町村実施は、避難指示区域以外で「汚染状況重点調査地域」に指定された市町村が実施したもの。県内のほとんどの市町村が「汚染状況重点調査地域」に指定されたほか、県外でも指定されたところがある。

 これらすべての除染費用が約4兆円で、環境省環境再生・資源循環局によると「国直轄と市町村実施の比率はほぼ半々」とのことだから、避難指示区域の除染費用は約2兆円ということになる。

 原発事故直後、避難指示区域の関係者が「避難指示区域に設定されたのは約3万世帯で、1世帯1億円を払えば3兆円で済んだ」との見解を示していた。

 「1世帯1億円」が妥当かどうかはともかく、前述した避難指示区域の除染費用2兆円に、避難指示区域内の各種環境整備費用、中間貯蔵施設の用地取得・借り上げ費用、いま実施中の復興拠点区域(帰還困難区域)の除染費用などを加えれば、3兆円を超えるのは確実で、金額的にはそういった対応が可能だった。

 事故当初は、多くの住民が「元の住まいに戻りたい」との考えだったが、すでに10年以上が経過した現在からすると、「除染をしなくてもいいから、そういった対応をしてほしかった」という人の方が多いのではないか。

 もっとも、除染費用は、法律上は国費負担(税金)ではない。放射性物質汚染対処特措法では、「関係原子力事業者の負担の下に実施される」と明記されている。ここで言う「関係原子力事業者」は東電を指す。

 とはいえ、東電が一挙的に除染費用を捻出することは不可能なため、国債を交付して国が一時的に立て替え、少しずつ東電(原子力事業者)が返済する形になっている。国債を発行した分は、当然、利息が生じるが、国はその分の負担は求めない方針で、全額返済までにどのくらいの時間を要するかによって利息額は変わるが、2000億円程度になると推測されている。法律上で言うと、その分は国庫負担(税金)になるが、それ以外は「関係原子力事業者」が負担していることになる。

 ただ、前述したように、帰還困難区域は、全額国費で除染や環境整備が行われる。復興拠点の除染を含む整備費用は、3000億円から5000億円と見込まれている。復興拠点外はこれからだが、当然相応の除染や環境整備費用が投じられるものと思われる。

 
 帰還困難区域の対象住民は区域再編時で約2万5000人。現在はそこからだいぶ減少しているうえ、解除されても戻らないという人が相当数に上るのは間違いない。

 各町村の計画を見ると、復興拠点の居住人口目標は、すべて合わせてもせいぜい数千人。前段で、ある関係者の「1世帯に1億円を支払えば……」といった見解を紹介したが、復興拠点やそれ以外の帰還困難区域の除染・環境整備に数千億円をつぎ込むとなれば、それこそ1人当たり1億円か、それ以上になるのではないか。

 住民の中には「どうしても帰りたい」という人が一定数おり、その意思は当然尊重されて然るべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。

 ただ、そのための財源が加害者である東電から支出されるならまだしも、税金であることを考えると、無駄な公共事業でしかない。それよりも、新たな土地で暮らすことを決めた人への生活再建支援に予算を投じることの方が重要だ。

 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、のいずれかでなければ道理に合わない。

 もっと言うと、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。原告からしたら不本意だろうし、県民としても納得はできないが、そんな流れになっているのだ。だが、一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として、帰還困難区域を復興させる」というのも道理に合わない。

 結局のところ、国の帰還困難区域への対応は、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけで、内実を見ると、さまざまな面で無理があったり、道理に合わないものになっている。

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