津波被災地のいまを描いた映画『水平線』

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津波被災地のいまを描いた映画『水平線』

 福島県でロケが行われたピエール瀧さん主演の映画『水平線』が、全国に先駆けて昨年12月8日から同14日の期間、福島市のフォーラム福島で公開された。舞台挨拶で同館を訪れた瀧さんと小林且弥監督に、制作に至った経緯や福島県の印象を聞いた。

ピエール瀧さん&小林且弥監督にインタビュー

舞台挨拶でフォーラム福島を訪れたピエール瀧さん(左)と小林且弥監督
舞台挨拶でフォーラム福島を訪れたピエール瀧さん(左)と小林且弥監督
主演・ピエール瀧 × 監督・小林且弥、映画『水平線』本予告【2024年3月1日より全国順次公開】

 『水平線』の舞台は福島県のとある港町。津波で妻をなくした井口真吾(ピエール瀧さん)は、個人で海洋散骨を行う会社を営みながら、水産加工場で働く一人娘と暮らしている。ある日、井口のもとに持ち込まれた遺骨は、かつて世間を騒がせた通り魔殺人事件の犯人のものだった。

 福島県沖への散骨に対し異議を唱える通り魔事件被害者の遺族、〝正義〟を振りかざして井口を執拗に追い回す中央のジャーナリスト、散骨による風評被害を恐れる漁業関係者。苦しい選択を迫られ、井口は決断を下す。それらの〝騒動〟を通して、震災以来、どこか距離感があった井口と娘が、家族の〝不在〟と向き合うようになる。

 津波被災者の喪失と再生がテーマだが、井口が陽気に飲み歩くシーンや娘に変な絡み方をして嫌がられる様子もユーモアたっぷりに描かれており、一面的ではない津波被災地のいまを映し出している。

 撮影は2022年10月、相馬市、南相馬市でのオール現地ロケで行われ、自宅や水産加工場などは実際に使われている建物を使用している。松川浦や南相馬市沿岸部の風力発電などの風景が象徴的に組み込まれ、相馬市役所のシーンでは市職員もエキストラとして登場している。

 監督は、俳優として活躍しながら、舞台の演出や映画の企画・プロデュースを手掛け、今作が長編映画デビューとなる小林且弥さん。主演の瀧さんとは、2013年に公開された映画『凶悪』(白石和彌監督)で暴力団の兄貴役(瀧さん)、舎弟役(小林監督)で共演した際に意気投合。自身初の監督作品への出演を熱望し、実現に至った。

 こうした作品を撮影した理由を、小林監督はこのように語る。

 「震災復興をテーマにしたドラマに役者として参加し、津波被災地の方と交流する機会があったのに加え、福島出身の友人が地元に戻ったのをきっかけに、頻繁に福島県を訪れて、地元の方を交えて飲むようになったんです。彼らと本音で話をするうちに、〝外の人間〟が『震災を風化させてはいけない』と一方的な正しさを振りかざしている状況と、SNSの普及などで『寛容さ』が急速に失われている社会がリンクして見えた。劇中に登場するジャーナリストは世間一般に蔓延する『懲罰感情』や『形なき声』を象徴する存在です」

 ロケ期間はわずか12日間で、「親子の感情がぶつかり合うシーンや、海のシーンは撮り直しが難しいので緊張しました」(小林監督)。

 映画のポイントを尋ねると、小林監督は次のように述べた。

 「(主役の井口)真吾の〝決断〟は倫理的に問われる行為でもありますが、あれには私の思いが込められています。東京から来た僕を福島県の皆さんは温かく受け入れてくれた。東京より共感力が高く、人を排除することが少ないと感じます。それは震災を乗り越えてきた経験があるからかもしれません。舞台挨拶での観客の皆さんの表情を見る限り、私の思いは伝わった感じがしました」

 フォーラム福島での先行上映は終了したが、3月1日からテアトル新宿を皮切りに全国で順次公開され、公開劇場は今後発表される予定。ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

ピエール瀧さんに聞く福島の印象

ピエール瀧さん
ピエール瀧さん

 ――これまでライブ活動などで福島県に来たことはありましたか。

 「デビューしてちょっと経ったころ、福島ローカルの深夜の音楽番組に出演して、冗談で『二度と来るか!』と悪態をついたんです。それ以来、ツアー会場などの都合もあって本当に来る機会に恵まれず、昨年開催された音楽フェス『ライブアヅマ2023』でしばらくぶりにバンドとして足を運ぶことができました」

 ――被災者を演じて感じたことは。

 「お芝居はこれまでの社会経験や体験を基に紡ぎ出す作業だと考えていますが、震災当時東京にいた立場で、津波によって家族を亡くした役に寄り添うのは限界があるので、正直不安な部分はありました。ただ小林監督に『瀧さんはそのまま演じてもらえればいいです』と言ってもらって、重荷をだいぶ取り払ってもらいました。井口はさまざまなことを乗り越え、それでもスンと暮らしている市井の人。妙な責任感や償いのスタンスがにじみ出るのはよくない。そういう意味では、小林監督の一言で、井口を演じることについて〝消化〟することができました」

 ――撮影を通して感じた福島県の印象について教えてください。

 「相馬市や南相馬市の皆さんには、エキストラの方も含め積極的に協力していただいて、感謝の気持ちでいいっぱいです。相馬市役所の皆さんもエキストラとして参加することを楽しんでいただいて、僕みたいなものでも顔を合わせることができてよかったと思いました。市役所の方と話す中で、災害危険区域の活用法などについてざっくばらんな感じで意見を出したところ、『それいいアイデアですね!』と言ってもらったりして、震災時に東京にいた人間としてはうれしかったです。

 ロケをする中で、震災から10年以上経っても、至るところにその爪痕が残っていることを知りました。もともとロケ先とかで、住宅の庭先とかを覗いたりしながら路地裏をうろうろ歩くのが好きなんです。撮影期間中も、松川浦のあたりをずいぶん歩きましたが、何でもない風景が何でもなく存在していることの尊さを感じて、心に染み入るものがありました。松川浦の静かな雰囲気もとても印象に残っています。

 あと印象に残っていることと言えば、鳥久さん(鳥久精肉店、相馬市)のから揚げ弁当ですね。ロケ最終日に出た弁当を食べたら、『ご飯もから揚げもめっちゃうまいじゃん!』ってなった。店を調べて、翌日JR福島駅に向かう途中にも買って、移動中の車内ですぐ食べました。後日、福島テレビの番組企画で相馬市を案内してもらうことになった際も、こちらからオーダーを出して鳥久さんに寄ってもらったほど。またから揚げ弁当を食べて、『やっぱうめえ!』と感動しました」

Ⓒ2023 STUDIO NAYURA
Ⓒ2023 STUDIO NAYURA

監督小林且弥、脚本齋藤孝、出演ピエール瀧、栗林藍希、足立智充、内田慈。企画・制作STUDIO NAYURA、制作協力G-STAR.PRO SHAIKER、配給・宣伝マジックアワー。119分。3月1日テアトル新宿ほか全国順次公開。

https://studio-nayura.com/suiheisen/

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