脱原発のための調査と政策提言を行う市民シンクタンク「原子力市民委員会」は10月7日、38回目の会合を福島市で開いた。調査や意見交換のために県内を訪れ盛んに活動しているが、正式な委員会を県内で開くのは初めて。政府が東京電力福島第一原発事故の教訓に学ばず、原子力発電への回帰を目指している現状に危機感を覚え、今一度事故の教訓を共有しようと、事故の被災者や研究者が一堂に会し議論した。
会合は事故の教訓を改めて再考する前半部と、グリーントランスフォーメンション(GX)を隠れ蓑に、政府が「脱炭素に貢献する電源」として原子力発電を次期エネルギー政策に盛り込もうとしている動きを把握する後半部で構成された。
福島大大学院共生システム理工学研究科の後藤忍教授は、「原子力緊急事態宣言」は未だに解除されず放射性物質による汚染が続いていることを指摘。教育現場では、副読本の配布や伝承施設の訪問で教訓を継承していることになっているが、事故前に原発の安全神話が流布されていたことなど「不都合な真実」は伝えられず、「原子力政策の失敗を反省し継承しなければそれを繰り返すことになる」と述べた。

東電経営陣の刑事責任を問う「福島原発告訴団」団長の武藤類子さんは、今年8月に視察した原発事故の影響で避難を強いられた地域の映像を上映。民家は人の手が加わらずツタに覆われたままで、いくら政府主導で立派な施設を建てて「帰還」と「復興」を演出しようとしても、奪われたかつての暮らしは取り戻せない現実を浮き彫りにした。
富岡町から避難した市村高志さんは、法政大公共政策専攻博士課程で学ぶ。「数日で帰れる」と説明を受け着の身着のまま避難したが、原発建屋が水素爆発して放射性物質が広範囲に拡散し、帰れるめどが立たなくなった。
住民たちは「長期に渡って帰れなくなる」ではなく「一時的な避難」と説明を受けて故郷を出た。すぐに帰れないのは分かっているが、住民たちは東電や政府への憤りを「いつ帰れるんだ」という言葉で表現する他なかったという。
政府は居住制限を解除し、「望み通り帰れる状況を用意した」と言いたげだが、一度避難を強いられた自治体では人口が戻らず、それに見合った職やインフラもないので避難前の生活は送れない。戻れない状況にいる人がその不安を口にすると「『風評加害』という意味不明な言葉で攻撃される」と恐れる。「原発事故で失ったのは経済や雇用面だけではない。原発を欲することを考え直さなければならない」と訴えた。
同委員会の原子力技術・規制部会長を務める後藤政志さんは、東電と政府が進める高線量の燃料デブリ取り出しに懐疑的な姿勢を示した。「数㌘程度の取り出しすら2度も失敗している。仮に取り出せたとしても、デブリをどのような状態でどこに貯蔵するのか計画すらされていない」。当面は触らずに閉じ込めて置くのが現実的と述べた。
政府はエネルギー基本計画を見直し、原発回帰を盛り込もうとしている。次期エネルギー計画は、総合資源エネルギー調査会で審議中。議論の参考とするため、幅広い国民からの意見をネットの「意見箱」で募集している。福島の教訓を無駄にしないためにも、多くの県民が意見を提出してほしい。