飯舘村出身の女性俳優、大内彩加さん(30)=東京都在住=が、所属する劇団の主宰者、谷賢一氏(41)から性行為を強いられたとして損害賠償を求めて提訴してから半年が経った。被害公表後は応援と共に「売名行為」などのバッシングを受けている。7月下旬に浜通りを主会場に開く常磐線舞台芸術祭に出演するが、決めるまでは苦悩した。後押ししたのは「被害者が出演する機会を奪われてはいけない」との言葉だった。
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「加害」がなければ「被害」は生まれない
――被害公表後にはバッシングなどの二次加害を受けました。
「応援もたくさんありましたが、見知らぬ人からのSNSの投稿やダイレクトメッセージ(DM)を通しての二次加害には心を抉られました。
私が受けた二次加害は大まかに五つの種類に分けられます。第1は売名のために被害を公表したという非難です。「MeToo商売だ」「配役に目がくらんだ」といったものがありました。性暴力に遭い、それを公表したからと言って仕事が来るほど演劇界は甘くはありません。裁判で係争中の私はむしろ敬遠され、性暴力を受けたことを公表することは、役者のキャリアに何の得にもなりません。非難は演劇業界の仕組みをさも分かっている体を取っていますが、全く分かっていない人の発言です。
2番目が、第三者の立場を踏み越えた距離感で送られてくるメッセージです。『おっぱい見せて』『かわいいから被害に遭っても仕方ない』という性的なものから、『仲良くなりませんか? 僕で良かったら、悩みを聞きますよ』などあからさまではありませんが、下心を感じるものがありました。性暴力を受けた人を気遣う振る舞いではありません。
3番目は単なる悪口です。『死ね』とか『図々しい被害者』など様々でした。
4番目が『被害のすぐ後に警察に行けばよかったじゃないか』『どうして今さら言うんだ』という被害者がすぐに行動を取らなかったことを非難する、典型的な二次加害です。
性暴力を受けた時は誰もが戸惑います。相当な時間がなければ私は公に被害を訴える行動を取れませんでした。さらに、一般的に加害行為を受けた場合、被害者は加害者の機嫌を損ねずにその場を乗り切ろうと、一見加害者に迎合しているような言動を取ることがよくあります。わざわざ二次加害をしてくる人たちは被害者が陥る状況を理解していません。
最後が、被害者に届くことを考えずにした発言です。
『谷さんを信じたいと思っています。自分は被害を受けていないので分からないが、彼が大内さんに謝ってくれるといい』という言葉に傷つきました。Twitterのライブ配信でした発言は多くの人が聞いており、視聴者を通して私に伝わりました。
二次加害というのは、量としては見知らぬ人からが多く、それだけで十分心を抉るのですが、知人の言葉は別格の辛さがありました。『自分は被害を受けていないから分からない』というのは同じ舞台に立っていた役者の言葉です。他の劇団員たちから『なんで今告発したんだ』との発言も聞きました。
発言者たちは『直接言ったわけではないし、被害者がその言葉を見聞きするとは思わなかった』と弁明しますが、ネットの時代に発言は拡散します。被害者に届いていたら言い訳になりません。性暴力やハラスメントを受けることが理解できないなら、配慮を欠いた言葉をわざわざ被害者にぶつけないでほしい」
――「性被害」よりも「性加害」という言葉を多く使っています。意図はありますか。
「ニュースの見出しでは性被害という言葉が一般的ですが、私にとっては違和感のある言葉です。一人でに被害が発生するわけではなく、必ず加害者の行動が先にあります。責任の所在を明確にするために、現実に合わせた言葉を選んでいます。
『性被害』という言葉だけが先行すると、責任を被害者に求める認識につながってしまうのではないでしょうか。痴漢に襲われた人は、『ミニスカートを履いていたから』、『夜中に出歩いていたから』など、周囲から行動を非難されることが多いです。加害行為がなければそもそも被害は起こりません。問われるべきは加害者です」
「被害者が出演する機会を奪われてはいけない」
――今月下旬に浜通りで開かれる常磐線舞台芸術祭の運営に参加し、出演もします。
「私が被害を公表した昨年12月、谷が演出した舞台が、南相馬市にある柳美里さんの劇場で上演されることになっていました。柳さんは、説明責任を果たすように谷に言い、主催者判断で中止になったと後で聞きました。
私は被害告発の際に舞台を『中止してほしい』とは言っていません。公演前に告発したのは、谷が演出した舞台を見に行った後に、彼が性加害を日常的に行っていたと初めて知り傷つく人がいる。出演した役者、スタッフたちが関連付けられて矢面に立たされると危惧したからです。
谷に福島に関わらないでほしいという思いはありました。谷が浜通りに移り住み、公演の実績を重ねることによって、新たに出会った人たちが性暴力やハラスメントに遭うのを恐れていました。ただ、中止する決定権は私にはありません。被害を公表し、判断を関係者や世論に委ねました。
被害を公表した日から柳美里さんから、連絡を受けるようになりました。しばらくすると、今夏に計画している舞台芸術祭の運営に関わってほしい、できたら役者として出演してほしいとオファーが来ました。裁判が係争中です。私が出演することで、私に反感を持っている人たちから公演に圧力がかかる可能性もあります。フラッシュバックで体調を崩す時もあります。とことん悩みました。
4月に飯舘に帰省した際、柳さんと1時間半ぐらいお話しして、『被害者が出演する機会を奪われてはいけない』と言われました。裁判係争中の私は、『面倒な奴』扱いで、役者の仕事はほとんどなくなりました。柳さんの言葉を聞いて、自分以外のためにも出なければならないと思いました。何よりも私自身が芝居をしたかった」
――被害者が去らなければいけない現状について。
「小中学校といじめられました。私が既にいじめられていた子を気に掛けていたのが反感を買ったらしく、何番目かに標的になりました。教室に入れなくなり、不登校や保健室登校になるのはいつもいじめられる側です。いじめる側は残り、また新たな標的が生まれるいじめの構造は変わりません。
どうしてあの子たちが、どうして私が去らなければならないんだろう。本当は学校に通いたいのに、加害者がいるから教室に行けないだけなのにと思っていました。
別室にいくべきは加害者ではないでしょうか。私は谷が主宰する劇団を辞めてはいません。迫られて辞める、居づらくなって辞めはしないと決めています。
谷からレイプを受けたことを先輩劇団員に相談した際『大内よりも酷い目に遭った奴はいっぱいいた。辞めていった女の子はたくさんいたよ』と言われました。彼女たちに勇気がなかったわけではありません。辞めざるを得ない状況に追い込まれているのは、加害者と傍観者が認識を変えず、加害行為が続いていたからです。去っていった人たちには、あなたが離れていく必要はなかったのだと安心させてあげたい」
――芸術祭では主催者がハラスメント防止に関するガイドラインをつくり公表しています。
※参照「常磐線舞台芸術祭 ハラスメント防止・対策ガイドライン」
「ガイドラインでは、弁護士ら第三者が加わり、外部に相談窓口を設けています。相談先が所属劇団内だけだと、身内ということもあり躊躇してしまいます。先輩劇団員に相談しても、加害者に働きかけるまでには至らないこともあります。第三者が入ることで対策は実効性を伴うと思います。
私は舞台に出演するほかに、地元に根差して芸術祭を盛り上げる地域コーディネーターを務めています。作成に当たって主催者は、10人ほどいる地域コーディネーターにガイドラインの内容について意見を求めました。私は、ガイドラインの作成過程も随時公表した方が良いと提案しました。
演劇業界でのハラスメントが注目されています。谷賢一は、自身が主宰する劇団内でハラスメントを繰り返し、私は性加害を受けました。谷は大震災・原発事故で大きな被害を受けた福島県双葉町を舞台に作品をつくり、それをきっかけに一時は移住するなど、福島とはゆかりが深い人物です。谷の件もあり、福島の人たちはとりわけ演劇界におけるハラスメントに敏感だと思います。ハラスメント対策を公表するだけでなく、制定の過程を透明化しておく必要があると思いました。
対策の制定前から運営に関わっている役者、スタッフ、地元の方たちを不安にしてはいけない。誰もが安心して参加・鑑賞できる芸術祭にするためにハラスメントガイドラインをつくるプロセスの公表は欠かせません。主催者はホームページやSNSで過程も発信し、意見を反映してくれたと思います」
「乗り越えたら彩加はもっと強くなる」
――家族はどのように見守っていますか。
「母に被害を打ち明けたのは、被害公表直前の昨年12月上旬でした。それまではレイプをされたこともハラスメントを受けていたことも、それが原因でうつ病に陥っていることも言えなかった。母は谷と面識がありました。なぜ娘が病気になっているのか、母は理由も分からず苦しんでいたことでしょう。提訴したら、母も心無い言葉を投げかけられるかもしれない。自分の口から全てを説明しようと、訴状の基となる被害報告書を見せました。
母は無言で目を凝らして読んでいて、何を言うか怖かった。最後まで目を通して書類をトントンと立てて整えると、『わかりました』と一言。その次の言葉は忘れません。
『彩加はいまも十分強い子だよ。でも裁判をしたり、被害を公表したり、待ち受けている困難を乗り越えたらもっと強くなれるね』と。『強い子』と言われるのは2度目なんです。1度目は大震災・原発事故からの避難先の群馬県で高校3年生だった時。母子で新聞のインタビューを受けて、母は記者から『娘の役者の夢は叶いそうか』と聞かれました。母は『親が離婚し、いじめも経験して、震災も経験してきた。彩加はすごく強い子だから、何があっても大丈夫です。立派な役者になります』と言いました。
そんな母も私には見せませんが不安を抱えています。被害を打ち明けた後、母は私の義理の父に当たるパートナーと神社に行きました。私にお守りを三つ買って、義父に『彩加が死んだらどうしよう』と漏らしました。私は時折、性暴力を受けた記憶がフラッシュバックし、希死念慮にさいなまれます。母は強がっていますが娘を失わないか心配なようです。義父は『あの娘の部屋を思い出してみろ。どれだけ自分の好きなものに囲まれていると思っているんだ。あのオタクが大好きなものを残して死ぬわけないだろ』と励ましました。
私は芝居の台本は学生時代から全て取ってあります。演技書も、演劇の授業のプリントも捨てられません。まだまだ演じたい戯曲もたくさんあり、舞台に映像と新しい作品に挑戦していきたい。『演劇が何よりも好き』なのが私なんです。私を当の本人よりも理解してくれる人たちに支えられて私は生きています」
訴訟は必要な過程
――被告である谷氏への心境の変化はありますか。
「怒りは変わることはありません。5月に行われた第3回期日で被告側から返った書面を見た時にブチギレました。これだけ証言、証拠を突き付けているのに何の反省もしていないんだ、心の底から自分が加害者だと思っていないんだなと受け取れる内容でした。
谷が行ってきた加害行為に対し、劇団員や周囲はおかしいと言えなかった、言わなかった、言える状況じゃなかった。提訴でしか彼は止められないし、加害行為は社会にも認識されなかったと思います。彼自身に、『あなたがしてきたのは加害行為だよ』と認識してもらう手段は、裁判しかないと私は思っています。裁判所がどういう判断を下すのか心配ですが、私はフラッシュバックと闘いながら被害状況を詳細にまとめていますし、加害行為を受けた人や見聞きしてきた人たちに証言を求めています。
声を上げられない被害者が少しでも救われるように、第2第3の被害者を生まないために、訴訟は必要な過程なんです」
(取材・構成 小池航)