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福島第一原発事故

  • 【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【ジャーナリスト 牧内昇平】

    【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】

     何としても、一日でも早く、海に捨てるのをやめさせる――。東京電力福島第一原発で始まった原発事故汚染水の海洋放出を止めるため、市民たちが国と東電を相手取った裁判を始めた。9月8日、漁業者を含む市民151人が福島地裁に提訴。10月末には追加提訴も予定しているという。「放出反対」の気運をどこまで高められるかが注目だ。 「二重の加害」への憤り 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  9月8日の午後、福島市の官公庁街にブルーののぼり旗がはためいた。  《海を汚さないで! ALPS処理汚染水差止訴訟》  台風13号の接近情報が入る中、少なくとも数十人の原告や支援者たちが集まっていた。この日の約2週間前の8月24日、原発事故汚染水(政府・東電の言う「ALPS処理水」)の海洋放出が始まった。反対派や慎重派の声を十分に聞かない「強行」に、市民たちの怒りのボルテージは高まっていた。  のぼり旗を掲げながら福島地裁に向かってゆっくりと進む。シュプレヒコールが始まる。  「汚染水を海に捨てるな! 福島の海を汚すな!」  熱を帯びた声の重なりが雨のぱらつく福島市街に渦巻いた。  「我々のふるさとを汚すな! 国と東京電力は原発事故の責任をとれ!」  提訴後、市民たちは近くにある福島市の市民会館で集会を行った。弁護団の共同代表を務める広田次男弁護士が熱っぽく語る。 広田次男弁護士(8月23日、本誌編集部撮影)  「先月の23日に記者会見し、28日から委任状の発送作業などを行ってきました。今日まで10日弱で151名の方々が加わってくれたことは評価に値することだと思います」  広田氏の隣には同じく共同代表の河合弘之弁護士が座っていた。共同代表はこの日不参加の海渡雄一弁護士も含めた3人である。広田氏は長年浜通りの人権派弁護士として活動してきたベテラン。河合、海渡の両氏は全国を渡り歩いて脱原発訴訟を闘うコンビだ。  この日訴状に名を連ねたのは福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県に住む市民(避難者を含む)と漁業者たち。必要資料の提出が間に合わなかった人も多数いるため、早速10月末に追加提訴を行う予定だという。少なくとも数百人規模の原告たちの思いが、上記の3人をはじめとした弁護士たちに託されることになる。  報道陣に渡された訴状はA4版で40ページ。請求の理由が書かれた文章の冒頭には「福島県民の怒り」というタイトルがついていた。  《本件訴訟の当事者である原告らは、いずれも「3・11原発公害の被害者」であり、各自、「故郷はく奪・損傷による平穏生活権の侵害」を受けた者であるという特質を備えている。したがって、ALPS処理汚染水の放出による環境汚染は、その「重大な過失」によって放射能汚染公害をもたらした加害者が、被害者に対して「故意に」行う新たな加害行為である。原告と被告東電・被告国の間には、二重の加害と被害の関係があると言える。本件訴訟は、二重の加害による権利侵害は絶対に容認できないとの怒りをもって提訴するものである》(訴状より)  原発事故を起こした国と東電が今度は故意に海を汚す。これは福島の人びとへの「二重の加害」である――。河合弘之弁護士はこの理屈をたとえ話で説明した。  「危険運転で人をはねたとします。その人が倒れました。なんとか必死に立ち上がって、歩き始めました。そこのところを後ろから襲いかかって殴り倒すような2回目の加害行為。これが今度の放射性物質を含む汚染水の海洋投棄だと思います。1回目の危険運転は、ひどいけれども過失罪です。今度流すのは故意、悪意です。過失による加害行為をした後に、故意による加害行為を始めたというのが、この海洋放出の実態です」  「二重の加害」への憤り。この思いは原告たちの共通認識と言えるだろう。原告共同代表を務める鈴木茂男さん(いわき市在住)はこのように語っている。  「私たち福島県民は12年前の原発事故の被害者です。現在に至るまで避難を続けている人もたくさんいます。被害が継続している人たちがまだまだたくさんいるのです。その中で国と東電がALPS処理汚染水の海洋放出を強行するということは、私たち被害者たちに対して新たな被害を与えるということだと思います。それなのに国と東電は一切謝罪をしていません。漁業者との約束を破ったにも関わらず、『約束を破っていない』と強弁して、『すみません』の一言も発していません。こんなことがまかり通っていいのでしょうか? 社会の常識からいえば、やむを得ない事情で約束を守れない状況になったら、その理由を説明し、頭を下げて謝罪し、理解を求めるのが、人の道ではないでしょうか。謝罪もせず、『理解は進んでいる』と言う。これはどういうことなのでしょうか? 福島第一原発では毎日汚染水が増え続けています。この汚染水の発生をストップさせることがまず必要です。私は海洋放出を黙って見ているわけにはいきません。何としても、いったん止める。そして根本的な対策を考えさせる。止めるのは一日でも早いほうがいい。そのための本日の提訴だと思っています」  提訴後の集会でのほかの原告たちの声(別表)も読んでほしい。 海洋放出差し止め訴訟「原告の声」 佐藤和良さん(いわき市)「今、マスコミでは『小売りの魚屋さんが頑張っています』というのがよく取り上げられています。食べて応援。岸田首相や西村経済産業大臣をはじめとして、みんな急に刺身を食べたり、海鮮丼を食べたりして、『常磐ものはうまい』と言っています。でも、30年やってられるんですか? 急に魚食うなよと言いたいです。『汚染水』ではなくて『処理水』だという言論統制が幅を利かすようになっています。本当に戦争の足音が近づいてきたんじゃないかと思います。非常に厳しい日本社会になってきています。我々は引くことができません」 大賀あや子さん(大熊町から新潟県へ避難)「大熊町議会では2020年9月に処分方法の早期決定を求める意見書を国に提出しました。政府東電の説明を受け、住民の声を聞き取る機会を設けず、町議会での参考人聴取や熟議もないままに出されたものでした。交付金のため国に従うという原発事故前からの構図は変わっていないということでしょうか。海洋放出に賛成しない町民の声が埋もれてしまっています」 後藤江美子さん(伊達市)「私が原告になろうと思ったのは生活者として当たり前の常識が通用しないことに憤りを感じたからです。『関係者の理解なしには海洋放出しない』という約束がありました。この約束は反故にしないと言いながら、どうして海洋放出を開始するのか。子どもたちに正々堂々きちんと説明することができるのでしょうか。平気でうそをつく、ごまかす、後出しじゃんけんで事実を知らせる。国や東電がやっていることは人として恥ずかしくないのでしょうか。岸田さんはこれから30年すべて自分が責任をもつとおっしゃいましたが、次の世代を生きる孫や子のことを考えれば、本当はもっと慎重な行動が求められているのではないかと思います」 権利の侵害を主張 東京電力本店  訴えの中身に目を転じてみよう。裁判は国を相手取った行政訴訟と、東電を相手取った民事訴訟との二部構成になる。原告たちが求めているのはおおむね以下の2点だ。  ・国(原子力規制委員会)は、東電が出した海洋放出計画への認可を取り消せ。  ・東電はALPS処理汚染水の海洋への放出をしてはならない。  なぜ原告たちにこれらを求める根拠があるのか。海洋放出によって漁業者や市民たちの権利が侵害されるからだというのが原告たちの主張だ。  《ALPS処理汚染水が海洋放出されれば、原告らが漁獲し、生産している漁業生産物の販売が著しく困難となることは明らかである。政府は、これらの損害については補償するとしているが、まさに、補償しなければならない事態を招き寄せる「災害」であることを認めているといわなければならない。さらに、一般住民である原告との関係では、この海洋放出行為は、これらの漁業生産物を摂取することで、将来健康被害を受ける可能性があるという不安をもたらし、その平穏生活権を侵害する行為である》(訴状より)  漁師たちが漁をする権利(漁業行使権)が妨害されるだけでなく、生業を傷つけられること自体が漁師の人格権侵害に当たるという指摘もあった。この点について、訴状は週刊誌(『女性自身』8月22・29日合併号)の記事を引用している。  《新地町の漁師、小野春雄さんはこう憤る。「政府は、『水産物の価格が下落したら買い上げて冷凍保存する』と言って基金を作ったけど、俺ら漁師はそんなこと望んでない。消費者が〝おいしい〟と喜ぶ顔が見たいから魚を捕るんだ。税金をドブに捨てるような使い方はやめてもらいたい!」》  仮に金銭補償が受けられたとしても、漁師としての生きがいや誇りは戻ってこない。小野さんが言いたいのはそういうことだと思う。  訴状はさらに、さまざまな論点から海洋放出を批判している。要点のみ紹介する。  ・ALPS処理汚染水に含まれるトリチウムやその他の放射性物質の毒性、および食物連鎖による生体濃縮の毒性について、適切な調査・評価がなされていない。  ・放射性廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約などに違反する。  ・国と東電には環境への負荷が少ない代替策を採用すべき義務がある。  ・国際社会の強い反対を押し切って海洋放出を強行することは日本の国益を大きく損なう。  ・IAEA包括報告書によって海洋放出を正当化することはできない。 弁護団共同代表の海渡氏は裁判のポイントを以下のように解説する。  「分かりやすい例を一つだけ挙げます。今回の海洋放出は、ALPS処理された汚染水の中にどれだけの放射性物質が含まれているかが明らかになっていません。放出される中にはトリチウムだけでなくストロンチウム、セシウム、炭素14なども含まれています。それらが放出されることによって海洋環境や生物にどういう被害をもたらし得るか。環境アセスメントがきちんと行われていません。国連人権理事会の場でもそういう調査をしろと言われているのに、それが全く行われていない。決定的に重大な国の過誤、欠落と言えると思います」 原発事故汚染水の海洋放出と差し止め訴訟の経緯 2021年4月日本政府が海洋放出の方針を決定2022年7月原子力規制委員会が東電の海洋放出設備計画を認可8月福島県と大熊・双葉両町が東電の海洋放出設備工事を事前了解2023年7/4国際原子力機関(IAEA)が包括報告書を公表8/22日本政府が関係閣僚等会議を開き、8月24日の放出開始を決める23日海洋放出差し止め訴訟の弁護団と原告予定者が提訴方針を発表24日海洋放出開始。中国は日本からの水産物輸入を全面的に停止9/4日本政府が水産事業者への緊急支援策として新たに207億円を拠出すると発表8日海洋放出差し止め訴訟、第1次提訴11日東電が初回分の海洋放出を完了(約7800㌧を放出)10月末差し止め訴訟、追加提訴(予定) 多くの市民を巻き込めるか 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  問題は、原告たちの訴えが認められるかどうかだ。提訴前の8月23日に開かれた記者会見で、筆者はあえて弁護団に「勝算」を聞いた。広田氏は以下のように答えた。「何をもって裁判の勝ち負けとするか、そのメルクマール自体が裁判の展開によっては難しい中身を伴うかもしれませんが、勝算はもちろんあります。勝算がなければこうやって大勢の皆さんに立ち上がろうと弁護団が言うことはあり得ません。どういう形で勝つかまではここで具体的に断言はできませんが、ともかくどういう形であれ、やってよかった、立ち上がってよかった、そう思える結果を残せると確信しております」。  海渡氏は以下の見解を示した。  「この裁判は十分勝算があると思っています。最も勝算があると考える部分は、現に漁業協同組合に加入している漁業者の方がこの裁判に加わってくれたことです。彼らの生業が海洋放出によって甚大な影響を受けることはまちがいない。そしてそれが過失ではなく故意による災害であることもまちがいない。これはきわめて明白なことです。まともな裁判官だったら正面から認めるはずです。一般市民の方々の平穏生活権の侵害については、これまでの原発事故被害者の損害賠償訴訟の中で、避難者の救済法理として考えられてきたものです。たくさんの民事法学者の賛同を得ている、かなり確実な法理論です。チャレンジングなところもありますが、この部分も十分勝算があると思っています」  筆者の考えでは、最大のポイントはいかに運動を広げられるかだ。法廷闘争だけで海洋放出を止めるのではなく、裁判を起こすことで二重の加害に対する市民たちの憤りを「見える化」し、できるだけ多くの人に「やっぱり放射性物質を海に流してはだめだ」と考えてもらう。世論を味方につけ、判決を待たずして政府に政策転換を迫る。そんな流れを作れないだろうか。  そのためには原告の数をもっと増やしたいところだろう。仮に数千人規模の市民が海洋放出差し止めを求めて裁判所に押し寄せたら、裁判官たちにもいい意味でのプレッシャーがかかるのではないか。素人考えではあるが、筆者はそう思っている。  とはいえ司法の壁は高い。記憶に新しいのは昨年6月17日の最高裁判決だ。原発事故の損害賠償などを求める市民たちが福島、千葉、群馬、愛媛地裁で始めた合計4件の訴訟について、最高裁第二小法廷は国の法的責任を認めないという判決を下した。高裁段階では群馬をのぞく3件で原告たちが勝っていたが、それでも最高裁は国の責任を認めなかった。東電に必要な事故対策をとらせなかった国の無為無策が司法の場で免罪されてしまった。司法から猛省を迫られなかったことが、原発事故対応に関して国に余裕をもたらし、今回の海洋放出強行につながったという見方もある。  しかし、壁がどんなに高かろうとも、政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の役割の一つだということを忘れてはならない。国のやることがおかしいと感じたとき、司法に期待をかけるのは国民の権利である。海洋放出に反対する市民運動を続けてきた織田千代さん(いわき市)は、今回の海洋放出差し止め訴訟の原告にも加わった。織田さんはこう話す。  「福島で原発事故を経験した私たちは、事故が起きるとどうなるのかを12年以上さんざん見てきました。そして福島のおいしいものを食べるときに浮かんでしまう『これ大丈夫かな?』という気持ちは、事故の前にはなかった感情です。つまり、原発事故は当たり前の日常を傷つけ続けているということだと思います。それを知っている私たちは、絶対にこれ以上放射能を広げるなと警告する責任があると思います。国はその声を無視し続け、約束を守ろうとしませんでした。それでも私たちは安心して生きていきたいと願うことをやめるわけにはいきません。私たちの声を『ないこと』にはできません」 ※補足1海洋放出差し止め訴訟の原告たちは新しい原告や訴訟支援者の募集を続けている。原告は福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県の市民が対象で(同地域からの避難者を含む)、それ以外の地域に住む人は訴訟の支援者になってほしいという。問い合わせはALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局(090-7797-4673、ran1953@sea.plala.or.jp)まで。 ※補足2生業訴訟の第2陣(原告数1846人)は福島地裁で係属中。全国各地のほかの集団訴訟とも協力し、いわゆる「6.17最高裁不当判決」をひっくり返そうとしている。 あわせて読みたい 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 大義なき海洋放出【牧内昇平】福島第一原発のタンク群(今年1月、代表撮影)

    大義なき海洋放出【牧内昇平】

     8月24日、政府と東京電力は福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出を始めた。約束を守らず、急いで流す必要はなく、代替案を検討する余地もあった。筆者は「大義なき海洋放出」だと思っている。反対する人びとは直前まで街頭で声を上げ、中止や再検討を求め続けていた。直前1週間の取材日記を紹介する。 反対派の声でつづる直前1週間  【8月17日】  午後2時、国会の衆議院第一議員会館。国際環境NGOのFOEジャパンらが経済産業省や東電の担当者と面会した。同団体の事務局長、満田夏花氏が険しい表情で切り出す。  「原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、反論として挙げられている水和熱の発生は分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがですか」  福島市内の自宅にいた筆者はオンラインでこの会合を視聴した。淡い期待を抱いていた。海洋放出の代替案が議題の一つだったからだ。汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないだろう。可能な限り他の選択肢を検討すべきだ。マスメディアはほとんど報じないが、海洋放出の他にも汚染水処分のアイデアはある。有力なのが大学教授やプラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」による「モルタル固化による『半地下』埋設」案である。  コンクリートやモルタルが固まる時には材料の水とセメントが反応して水和熱が生じる。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも大気中に出ていってしまう。経産省が汚染水の処分方法を検討した「ALPS処理水の取扱いに関する小委員会」では、水和熱が固化案の課題の一つとされた。「抑制剤を入れれば蒸発量は少ない」という満田氏の指摘に対し、東電はこう答えた。  東電の担当者「固化時の水分蒸発のみが課題ではございません。また、ご指摘の水和熱の発生に対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法が根本的な解決にはならないと考えています」  この説明に対して原子力市民委員会に所属するプラント技術者、川井康郎氏が反論した。  「たしかに水和熱は発生します。ただ、あくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。抑制剤を使えば影響は些末です。水分の蒸発がゼロにはなりませんが、含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。対して海洋放出というのは、タンクにたまる約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。その際のトリチウムの量と、固化時の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えてモルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません」  満田氏「水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?」  東電の担当者「ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。20年に小委員会報告書が出されていて、そこでは地下埋設という処分方法については《規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い》と書かれていたと認識しております」  筆者は驚いた。蒸発量のデータを持たないまま、「水分が蒸発するからダメ」と説明していたことが判明したからだ。市民側の追及は続く。  満田氏「小委員会などで議論されていたのは『地下』埋設です。原子力市民委員会が提案しているのは『半地下』案です。モニタリングが難しいとか、費用がかかるとか、地下埋設の弱点を改善した案なんです。それについて一顧だにせず、公の場で議論してきませんでした。にもかかわらず『すでに議論したからいいんだ』という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います」  東電の担当者「我々としては報告書の結果を受けて海洋放出が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところです」  東電の言い分としては「政府の方針に従っているだけだ」ということ。これはこれで正しい。説明責任は日本政府にある。  満田氏「経産省さんはいかがでしょうか」  経産省の担当者「ええと……処分方法の決定にあたっては6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります……」  経産省からの回答はこれだけだった。これには市民委員会のメンバーで、かつて原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒った。  後藤氏「小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言いますが、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば存在価値がない!」  経産省からは何の反論もない。筆者はため息をついてパソコンを閉じた。真摯な議論が聞けると思ったのに期待を裏切られたからだ。この日の会合取材ではっきりしたのは、経産省も東電も代替案をまじめに考えていないことだ。FOEジャパンは事前に質問状を渡していたという。回答を準備する時間はあったはずだ。代替案が検討されないまま、海洋放出が唯一の選択肢であるかのように事態は進んでゆく。  午後5時半、岸田首相は日米韓首脳会談に出席するため、政府専用機で米国に向かった。  首相官邸前に市民が集結 海洋放出反対のボードを掲げる首相官邸前アクションの参加者(8月18日、牧内昇平撮影)  【8月18日】  筆者は新幹線に乗って東京へ。午前10時、東京都千代田区の首相官邸前には200人を優に超える市民たちが集まっていた。うだるような暑さの中、横断幕やプラカードを掲げる。  《約束を守れ!》《安全な陸上で保管できる》《福島は怒っている 汚染水ながすな》  海洋放出に反対する市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議」(これ海)と「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」が主催した首相官邸前アクションだ。三春町の武藤類子さんがマイクを握った。  「今日岸田首相は日米韓首脳会談のためにアメリカに行っています。しかし、岸田首相が聞くべき声はバイデン大統領やユン大統領の意向ではありません。聞くべきは漁業者をはじめとする原発事故の被害者、国内の市民の声、そして海でつながる他の国々の市民の声だと思います」  その通りだ。続いて「これ海」共同代表、いわき市の佐藤和良さんがスピーチを行う。  「全国の漁業者が一丸となって反対し続けているではありませんか。そしてまた福島県民はじめ多くの原発事故被害者が、この放射性液体廃棄物の海洋投棄に反対しているんです。東日本大震災で塗炭の苦しみを味わって12年、ここまできました。沿岸漁業もようやく震災前2割の水揚げに至ったばかりです。ここで汚染水を流されたら生業が成り立ちません。会津には『什の掟(じゅうのおきて)』というものがあります。『ならぬことはならぬものです。嘘を言うことはなりませぬ』。岸田首相にこの言葉を贈ります!」  参加者たちは炎天下の官邸前から参議院議員会館に移動し、集会を続けた。急に冷房が効いた場所へ入り、汗で濡れたシャツが冷たくなる。いわき市の米山努さんが話した。時折涙ぐんでいる。米山さんはかつて筆者に、「海洋放出は福島県民にとって末代への恥だ」と指摘していた。放出が間近に迫り、胸が締めつけられる気持ちなのだろう。  「私は海産物が好きですから毎日のように近くの海で獲れたアイナメとか、いろいろな魚を食べています。トリチウムは有害であることをはっきりと言っておきたいと思います。政府は問題ないと宣伝していますが、資料を調べれば調べるほど有害性にどきっとします。たとえばトリチウムは人体の臓器の中では脳にとどまることが多いようです。また、有機物に結合したトリチウムが体内に取り込まれた場合、生物学的半減期(代謝や排せつで半分に減るまでの期間)は100~600日くらいだそうです。長く体内にとどまり、細胞のごく近くでトリチウムのベータ線を放出し続けるわけです」   「これ海」共同代表、いわき市の織田千代さんはこう話した。  「海は世界につながる豊かな命のかたまりです。放射能を流し続けるという無謀なことを日本政府が行っていいはずがありません。事故を経験した大人の責任として、未来の子どもたちにきれいな海を手渡したい、約束を守ることの大切さを伝えていきたいと思うのです。海洋放出はやめてと叫び続けましょう」  織田さんは叫び続けてきた。2年前の4月13日に政府が海洋放出方針を決めて以来、「これ海」は毎月13日に反対行動を続けてきた。伝わらないもどかしさを感じながら、それでも声を上げ続ける姿勢に筆者は敬意を抱く。この声はいつになったら政府に届くのか。岸田首相はこの日の午後、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着。 岸田首相に向けて「反対」の声 【8月19日】  福島に戻った筆者は朝からやる気が出ない。前日からこんなニュースばかりだからだ。  《岸田首相は福島第一原発を20日にも訪問する方向で最終調整に入った。(中略)首相は近く関係閣僚会議を開き、月内にも放出開始の日程を判断する》(19日付福島民報)  本誌編集部の志賀哲也記者から一報をもらった。「不確実な情報ですが、岸田首相は朝、新幹線でJR郡山駅に来て、帰りはいわき駅から特急に乗って帰るようです」。  海洋放出に反対する人びとはこの情報をつかんでいるだろうか。心配が頭をかすめたが、間違っていたら悪いので、とりあえず経過を見守るしかない。志賀記者が郡山駅で写真をおさえ、私は原発付近に向かうことにした。  【8月20日】 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1693071630145335489 岸田首相に海洋放出反対を訴えた宍戸さん(8月20日、牧内昇平撮影)  午前9時半、岸田首相が郡山駅に到着。志賀記者の情報はビンゴだった。反対する人びとの集会は開かれていないという。やはり情報が入っていないのだ。首相は直接、反対の声を聞くべきだ。筆者は福島市に住む宍戸幸子さんに電話をかけた。連日のように街頭で放出反対を訴えている宍戸さんなら一緒に来てくれると思ったからだ。「情報が正確だと分かりました。宍戸さん、今から出られますか?」「もちろん!」。原発の近くから福島市に引き返し、宍戸さんと合流していわき駅へ向かった。  正午すぎ、いわき駅に到着。警察官が歩き回っているなか、改札を出たところの広場で首相の到着をひたすら待つ。午後3時すぎ、特急ひたちのホームに降りようとする集団を発見。中央に首相の姿を認める。カメラを構えながら宍戸さんに「来た!」と叫んだ。宍戸さんは一瞬「どこ?」と戸惑ったが、気を引き締めて大きな声で叫んだ。  「海洋放出は絶対反対ですから!反対ですから!」  新聞紙で覆っていた手書きのポスターをかかげる。《反対してるのに! 海洋放出するな》  首相の姿が見えたのはわずか数秒だった。宍戸さんの叫び声は届いただろうか? 岸田首相はこの日、原発構内で東電の最高幹部たちと面会、報道対応を行った。しかし、福島の人びとと語り合う時間はつくらなかった。 【8月21日】  午後2時、福島市内の杉妻会館で「福島円卓会議」が始まった。海洋放出や廃炉の問題を議論するために県内の有識者や市民が集まった会議だ。ホールには事務局長の林薫平・福島大准教授の声が響いた。  「一、今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである。二、地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない。三……」  林氏が読み上げたのは「緊急アピール」の文案だった。円卓会議はこの夏に発足。7月11日と8月1日に会合を開き、この日が3回目だ。議論を重ねるにはまだ時間が必要だったと思うが、事態は急を要するため、緊急アピールを発出することになったという。参加した市民たちと約2時間にわたる意見交換を行い、その場でアピールの文面を固めた。  この会議がもっと早く始まってくれればよかったのに、と筆者は思う。だが、内堀雅雄福島県知事が海洋放出に対する賛否を示さず、結果的に政府・東電の計画を追認してしまっているのが現状だ。地元福島の有識者・市民が自主的に集まり、意思表明することには大きな価値がある。  誰でも会議に参加でき、挙手すれば意見を述べられるという進行方法もいいと思う。事務局は政府や東電にも会議への出席を求めてきたという。しかし、これまでの会議には誰も参加していないようだ。ここでも「丁寧に説明する」という政府・東電の言葉がいい加減なものだとわかる。  午後4時、岸田首相は全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長を官邸に呼んだ。福島県漁連の専務理事も同席した。着々と地ならしが進んでいく印象。 決して賛否を示さない内堀知事 筆者の質問に答える内堀雅雄知事(写真中央、8月22日、牧内昇平撮影) 【8月22日】  午前10時、関係閣僚等会議が開始。岸田首相が「具体的な放出時期は8月24日を見込む」と発表する。  午後になって頼みの志賀記者から連絡が入った。2時半から西村康稔経産相が県庁を訪ね、内堀知事と吉田淳・大熊町長、伊澤史朗・双葉町長と面会するとのこと。県庁に取材を申し込んだら「経産省のほうで受け付けを行っています」とにべもない。しかも経産省はすでに申し込みを締め切ったという。  西村氏に続いて東電ホールディングスの小早川智明社長が内堀知事ら3氏と面会した。終了後、報道陣への取材対応の時間があった。筆者と内堀氏のやりとりを再現する。  筆者「フリーランスの牧内といいますが、何点かうかがいます」  内堀氏「すみません。時間の関係があるので一点でお願いします」  筆者「一点?」  内堀氏「はい」  筆者「これまで何度も聞かれていると思いますが、そもそも内堀さんは海洋放出に賛成なんでしょうか、反対なんでしょうか。理解を示しているのでしょうか、示していないのか。その点を明らかにしてもらいたいと思います」  内堀氏「はい。今ですね、二つの中の選択肢で選んでくれというお話をしました。今日私が経済産業大臣そして東京電力の社長にお話した内容、非常に複雑多岐な内容を含んでいます。漁業者の皆さんの思いも含んでいます。また、処理水の海洋放出に反対の方の意見も入っています。一方でまさに立地自治体であったり、避難地域12市町村の復興を前に進めたい、あるいは福島県の風評というものをしっかりなくしていきたいという県民の皆さんの思いも入っています。二つの選択肢の中のどちらかを選ぶということは、原子力災害の問題では極めて困難だと考えています。そのうえで広域自治体である県としては、それぞれの立場の真剣な思いというものを福島県の意見の中に取り入れつつ、これまで政府高官に対する要請を21回、また、復興推進委員会、復興再生協議会等の場において26回、この2年4カ月の間にお話をしてきました。一言で結論を出すことが難しい。それがこの原子力災害の葛藤だと考えています」  筆者「政治家としては決断を下すのが仕事だと……」  内堀氏(再質問している筆者から目を背けてほかの新聞記者を指し)「お願いします」  県庁の広報担当「一問限りでお願いいたします」  筆者「ダメなんですか?」  県庁の広報担当(無回答のまま)「じゃ、河北新報さん」  内堀氏(河北の記者のほうを向いて)「どうぞ」  この期に及んで内堀氏は海洋放出の是非について判断を示さなかった。「原子力災害の問題は二つの選択肢のどちらかを選ぶのが極めて困難だ」と言う。だが、いろいろな人と話し合ったうえで正解のない問題に決断を下すのが政治家の仕事だろう。福島県には原子力緊急事態宣言が出されている。まさに今、原子力災害は継続中である。「どちらかを選べない」人が行政トップの座に就いていて大丈夫だろうか(ちなみに複数質問した記者もいたことを付記しておく)。 注目される差し止め訴訟 【8月23日】  「今年の5月から裁判を準備してきました。原告数は100人を超えることを目指しています」  いわき市文化センターの会議室で、広田次男弁護士が海洋放出の差し止めを求める裁判を起こすと発表した。県内外の漁業者や市民が原告、国と東電ホールディングスが被告となる。海洋放出によって漁業者たちは生存の基礎となる生業を破壊される。一般の人びとも汚染されない環境で平穏に生活する権利を奪われる。漁業行使権、人格権(平穏生活権)が侵害されるとの主張だ。広田氏と共に弁護団の共同代表を務める河合弘之弁護士は海洋放出が倫理に反している点を強調した。  「福島第一原発の敷地内外には広大な土地があります。国や東電は『燃料デブリの用地確保が必要だ』と言いますが、デブリはまだ数㌘しか取れていません。大量に取り出せるのは何十年も先です。そんな先のことのために、空き地を使わず放流するというのはインチキです。ひと言でいえば『不要不急の放流』です」  9月8日に第一次提訴があるという。政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の最大の役割だ。海洋放出をめぐる法廷闘争がいよいよ始まる。  【8月24日】 大熊町で海洋放出直前に行われた抗議活動の様子(8月24日、牧内昇平撮影)  午前9時、筆者は大熊町夫沢付近にある国道6号の交差点に到着した。交差点から車を東に進めれば福島第一原発の敷地に至る。が、当然そこは封鎖され、一般車両は通行できない。数台のパトカーが停まり、制服の警察官が取り締まっている。海洋放出に反対する人びとが交差点に集まってきた。放出は午後1時の予定だと報じられていた。放出前最後の抗議になるだろう。  人びとは横一列に並ぶ。歩道に沿って《海に流すな》と書かれた横断幕をかかげる。ここでもリレースピーチが行われた。このエリアを歩いている人はいない。主に報道陣へ語りかける。  南相馬市の佐藤智子さんが話す。  「海は誰のものでしょう。みんなのものです。決して政治のトップや官僚や大企業だけのものではありません。なのに、私たちが住む地球の美しい環境を汚すっていうことに私はすごく憤りを感じます。私たち大人はまだいいですよ。子どもや孫、次世代の人たち、動植物の命を侵すことになる。私は肌でそう感じています。主婦です。単なる主婦。主婦がそう思うんです。そういうほうが案外当たっていると思います。陸上保管! 海洋放出反対!」  佐藤さんは「メディアの方々、きちんと報じてください」と語りかけた。だが、集まった報道陣はそれほど多くない。しかも半分ほどは海外メディアだった。筆者も韓国・京郷新聞のイ・ユンジョン記者から頼まれ、現地にお連れしていた。  浪江町から福島市に避難し、今も同市に住む今野寿美雄さんが話した。  「流したら福島県の恥だよ。福島も宮城も漁業は壊滅します。魚はもう食えなくなっちゃうよ。政府は全然科学的じゃないよ。原発のエンジニアとして言います。トリチウムは危険です。海はゴミ捨て場じゃないよ。それでなくても運転中の発電所からトリチウムが流れている。でも、今流そうとしているのは汚染水だよ。トリチウムだけじゃないよ。薄めて流すというけど、薄めたって総量は一緒なんです。生体濃縮した魚を食べたら人間の体にも入ってくるんです。水俣病で分かったことをまた同じことを繰り返そうとしているんです。馬鹿じゃないの?」 メディアの責任も問われている  原発で働いてきた今野さんは、事故後は子どもたちを無用な被ばくから守るための裁判で原告団長も務めてきた。放射線の怖さを肌身で感じてきたからだろう。今野さんの顔が紅潮してきた。怒りが止まらない。  「汚染水流すのやめろ。ここに爆弾あるんだったら爆弾を投げつけたいよ。ほんとに……ふざけんな!」  南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。原発の方角へお経を唱えている人がいる。千葉県にある妙法寺の法尼、矢向由季さんだ。法尼の声は時に穏やかに、時に力強く、寄せては返す波のように延々と続く。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。  午後1時すぎ、予定通り海洋放出が始まった。NHKはヘリコプターを飛ばして上空からの映像を中継している。そのくせ報じている内容は政府の言い分がベースになっている。本当に安全であり、本当に不可避ならば、大げさに伝える必要があるのだろうか。経過は大きく報じるものの、肝心の「是非」についてはっきりした考えがわからない。そのうえ反対意見は丁寧に拾わない。結果として政府を後押しする役割を果たす。多くのマスメディアに対して筆者は同様の印象を抱いている(「風評被害」を強調するだけでは、じゃあ賠償しますという話にしかならない。本来必要なのは代替案などの検証だ)。  一緒に取材したイ・ユンジョン記者は「なぜ日本では大規模な反対運動が起こらないのでしょうか」と不思議がっているが、声を上げている人は確かにいるのだ。それを伝えていないメディアの責任は大きい。報道陣の端くれである筆者も含めて。  双葉町にある産業交流センターの屋上階にのぼった。正面に太平洋が見える。まさに今、30年、40年と続く汚染水の放出が始まった。海は、変わらず青い。しかし私たちは次世代まで責任をもてるだろうか。  8月24日は、新たな負の記念日として記憶された。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 課題が多い帰還困難「復興拠点外」政策

    課題が多い帰還困難「復興拠点外」政策

     原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」が成立した。その概要と課題について考えていきたい。 帰還希望者少数に多額の財政投資は妥当か 大熊町役場  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただその後、帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線再開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは、葛尾村が昨年6月12日、大熊町が同6月30日、双葉町が同8月30日、浪江町が今年3月31日、富岡町が同4月1日、飯舘村が同5月1日に解除され、すべての復興拠点で解除が完了した。以降は、住民が戻って生活できるようになった。 一方、復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、6月2日に同法が成立した。 その概要はこうだ。 ○対象の市町村長は、知事と協議のうえ、復興拠点外に「特定帰還居住区域」を設定する。「特定帰還居住区域」は帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で、①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④拠点区域と一体的に復興再生できることなどが要件。 ○市町村は、それらの事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」を策定して、国(内閣総理大臣)に認定申請する。 ○国(内閣総理大臣)は、特定帰還居住区域復興再生計画の申請があったら、その内容を精査して認定の可否を決める。 ○認定を受けた計画に基づき、国(環境省)が国費で除染を実施するほか、道路などのインフラ整備についても国による代行が可能。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、それに準じた内容と言える。避難解除は「2020年代」、すなわち2029年までに住民が戻って生活できることを目指すということだ。 こうした方針が本決まりになったことに対して、大熊町の対象者(自宅が復興拠点外にある町民)はこう話す。 「復興拠点外の扱いについては、この間、各行政区などで町や国に対して要望してきました。そうした中、今回、方向性が示され、関連の法律が成立したことは前進と言えますが、まだまだ不透明な部分も多い」 「特定帰還居住区域」に関する意向調査 復興拠点と復興拠点外の境界(双葉町)  この大熊町民によると、昨年8月から9月にかけて、「特定帰還居住区域」に関する意向調査が行われたという(※意向調査実施時は「改正・福島復興再生特別措置法」の成立前で、「特定帰還居住区域」は仮の名称・制度だった)。詳細を確認したところ、国と当該自治体が共同で、大熊・双葉・富岡・浪江の4町民を対象に、「第1期帰還意向確認」の名目で意向調査が実施された。 大熊町では、対象597世帯のうち340世帯が回答した。結果は「帰還希望あり」が143(世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされる)で、このうち「営農意向あり」が81、「営農意向なし」が24、「その他」が38。「帰還希望なし」(世帯全員が帰還希望なし)が120、「保留」が77だった。 回答があった世帯の約42%が「帰還希望あり」だった。ただ、今回に限らず、原発事故の避難指示区域(解除済みを含む)では、この間幾度となく住民意向調査が実施されてきたが、回答しなかった人(世帯)は、「もう戻らないと決めたから、自分には関係ないと思って回答しなかった」という人が多い。つまり、未回答の大部分は「帰還希望なし」と捉えることができる。そう考えると、「帰還意向あり」は25%前後になる。ほかの3町村も同様の結果だったようだ。今回の調査では、世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされるため、実際の帰還希望者(人数)の割合は、もっと低いと思われる。 前出の大熊町民も「アンケート結果を見ると、回答があった340世帯のうち、143世帯が『帰還希望あり』との回答だったが、仲間内での話や実際の肌感覚では、そんなにいるとは思えない」という。 今後、対象自治体では、「特定帰還居住区域」の設定、同復興再生計画の策定に入る。それに先立ち、住民懇談会なども開かれると思うが、そこでどんな意見・要望が出るのか。ひとまずはそこに注目したいが、本誌が以前から指摘しているのは、原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのではなく、国費(税金)でそれを行うのは妥当か、ということ。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべきだ。ただ、国費で除染などをするのであれば、その恩恵を享受する人(帰還者数)に見合った財政投資でなければならない。詰まるところは、帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境整備にとどめるか、帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるかのどちらかしかあり得ない。

  • 福島県民不在の汚染水海洋放出

    福島県民不在の汚染水海洋放出

     政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。 7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。 一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。 政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。 7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。 にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。 その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。 一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。 政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。 「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。 つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。 「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。

  • 【原発事故】追加賠償で広がる不満

     本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永) 広野町議が「分断政策を許すな」と指摘  原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。   ×  ×  ×  × 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 広野町議会の一幕 畑中大子議員(広野町議会映像より)    ×  ×  ×  × この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。 福島県原子力損害対策協議会の動き 東京電力本店  ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。 遠藤町長に聞く 遠藤智町長  あらためて、遠藤町長に見解を求めた。 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」  ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

    飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

     飯舘村の帰還困難区域の一部が5月1日に避難指示解除された。解除されたのは、村南部の長泥地区で、同地区に設定された復興再生拠点区域(復興拠点)と復興拠点外にある曲田公園。同村の帰還困難区域は約10・8平方㌔で、このうち復興拠点は約1・86平方㌔(約17%)。 昨年9月からの準備宿泊は「3世帯7人」が登録 「長泥コミュニティーセンター」の落成式でテープカットする杉岡村長(右から5人目)ほか関係者  同日午前10時にゲートが解放され、11時からは復興拠点に整備された「長泥コミュニティーセンター」の落成式が行われた。杉岡誠村長が「この避難指示解除を新たなスタートとして、村としても帰還困難区域全域の避難指示解除を目指し、夢があるふるさと・長泥に向けてさまざまな取り組みを続けていきます」とあいさつした。 同地区の住民は「こんなに多くの人が集まり、解除を祝ってもらい、うれしく思っている」、「この地区をなくしたくないという思いで、この間、通っていた」と話した。 復興拠点内に住民登録があるのは4月1日現在で62世帯197人。昨年9月から行われている準備宿泊は、3世帯7人が登録していた。村は5年後の居住人口目標を約180人としているが、それに達するかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 復興拠点の避難指示解除は、昨年6月の葛尾村、大熊町、同8月の双葉町、今年3月の浪江町、同4月の富岡町に次いで6例目。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。つまりは、飯舘村ですべての復興拠点が解除されたことになる。 今後は、今年2月に閣議決定された「改正・福島復興再生特別措置法」に基づき、復興拠点から外れたエリアの環境整備と、帰還困難区域全域の避難指示解除を目指していくことになる。 2つの問題点:①帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当か、②帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること 復興拠点外で解除された曲田公園  ただ、そこには大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。 もう1つは帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること。それ以外のエリアの除染費用は東電に負担を求めているが、帰還困難区域はそうではない。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どうしても戻りたい」という人が一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、住民は過失ゼロの完全な被害者だから、原状回復を求めるのは当然の権利として保障されなければならない。 ただ、原因者である東電の負担で環境回復させるのではなく、国費(税金)で行うのであれば話は違う。受益者が少ないところに、多額の税金をつぎ込む「無駄な公共事業」と同類になり、本来であれば批判の的になる。ただ、原発事故という特殊事情で、そうなりにくい。だからと言ってそれが許されるわけでない。 帰還困難区域は、基本、立ち入り禁止で、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないまでも「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人のための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか――そのどちらかしかあり得ない。 あわせて読みたい 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚木野正登氏を直撃

    海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

    追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

    裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

     本誌2019年11月号に「大熊町議の暴言に憤る町民」という記事を掲載した。大熊町から県外に避難している住民が、議員から暴言を受けたとして、議会に懲罰を求めたことをリポートしたもの。その後、この件は裁判に発展していたことが分かった。一方で、この問題は単なる「議員と住民のトラブル」では片付けられない側面がある。 根底に避難住民の微妙な心理 大熊町役場  最初に、問題の発端・経過について簡単に説明する。 2019年11月号記事掲載の数年前、大熊町から茨城県に避難しているAさんは、町がいわき市で開催した住民懇談会に参加した。当時、同町は原発事故の影響で全町避難が続いており、今後の復興のあり方などについて、町民の意見を聞く場が設けられたのである。Aさんはその席で、渡辺利綱町長(当時)に、帰還困難区域の将来的な対応について質問した。 Aさんによると、その途中で後に町議会議員となる佐藤照彦氏がAさんの質問を遮るように割って入り、「町長が10年後のことまで分かるわけない」、「私は(居住制限区域に指定されている)大川原地区に帰れるときが来たら、いち早く帰りたいと思うし、町長には、大川原地区の除染だけではなく、さらに大熊町全域にわたり、除染を行ってもらいたい」旨の発言をしたのだという。 当時は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、2015年11月の町議選に立候補した。定数12に現職10人、新人3人が立候補した同町議選で、佐藤氏は432票を獲得、3番目の得票で初当選し、2019年に2回目の当選を果たしている。 【佐藤照彦】大熊町議(引用:議会だより)  一方、2019年4月10日に、居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区の避難指示が解除された。 そんな経過があり、同年9月、Aさんは佐藤議員に対して過去の発言を質した。Aさんによると、そのときのやり取りは以下のようなものだった。 Aさん「以前の説明会で『戻れるようになったら戻る』と話していたが、なぜ戻らないのか」 佐藤議員「そんなことは言っていない。帰りたい気持ちはある」 Aさん「説明会であのように明言しておきながら、議員としての責任はないのか」 佐藤議員「状況が変わった」 そんな問答の中で、Aさんは佐藤議員からこんな言葉を浴びせられたのだという。 「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」 住民懇談会の際は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、公職(議員)に就いたこと、2019年4月10日に、居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示が解除されたことから、佐藤議員に帰還意向などの今後の対応を聞いたところ、暴言を吐かれたというのだ。 Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」と憤り、同年9月24日付で、鈴木幸一議長(当時)に「大熊町議会議員佐藤照彦氏の暴言に対する懲罰責任及び謝罪文の要求」という文書を出した。 そこには、佐藤議員から「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれたことに加え、「県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外避難している住民に対する排他的発言です」などと記されていた。 Aさんによると、その後、鈴木議長から口頭で「要求文」への回答があったという。 「内容は『発言自体は本人も認めているが、議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した』というものでした」(Aさん) 当時、本誌が議会事務局に確認したところ、次のような説明だった。 「(Aさんからの)懲罰等の要求を受け、議会運営委員会で協議した結果、議会外のことのため、懲罰等は難しいという判断になり、当人(佐藤議員)には、自分の発言には責任を持って対応するように、といった注意がありました。そのことを議長(当時)から、(Aさんに)お伝えしています」 ちなみに、鈴木議長はこの直後に同年11月の町長選に立候補するために議員を辞職した。そのため、以降のこの件は松永秀篤副議長がAさんへの説明などの対応をした。 一方、佐藤議員は当時の本誌取材にこうコメントした。 「議会開会時に(議場の外の)廊下で(Aさんに)会い、私に『帰ると言っていたのに』ということを質したかったようです。私は『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えました。それが真意です。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』ということを言っていますが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない。それは町民の方も理解していると思います」 弁護士から通告書  Aさんは「暴言を吐かれた」と言い、佐藤議員は「『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』と伝えたのであって、県外避難者を侮辱するようなことを言うはずがない」と主張する。 両者の言い分に食い違いがあり、本来であれば、佐藤議員からAさんに「誤解が招くような言い方だったとするなら申し訳なかった」旨を伝えれば、それで終わりになった可能性が高い。 ところが、その後、この問題は佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求めて訴訟を起こす事態に発展した。 その前段として、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届いた。 そこには、①「あんたら県外にいる人間には言われる筋合いはない」との発言はしていない、②Aさんは佐藤議員に対して謝罪を求める行為をしているが、そもそも前述の発言はしていないので、謝罪要求に応じる義務がないし、応じるつもりもない、③今後は佐藤議員に直接接触せず、代理人弁護士を通すこと――等々が記されていた。 「懲罰請求に対して、鈴木議長から回答があった数日後、松永副議長から電話があり(※前述のように、鈴木議長は町長選に立候補するために議員辞職した)、『議場外のため、議会としてはこれ以上は踏み込めないので、今後は、佐藤議員と話し合ってもらいたい』と言われました。ただ、いつになっても佐藤議員から謝罪等の話がないため、2020年4月17日に私から佐藤議員に電話をしたところ、15秒前後で一方的に切られました。それから間もなく、佐藤議員の代理人弁護士から内容証明で通告書(前述の文書)が届いたのです」(Aさん) Aさんはそれを拒否し、あらためて佐藤議員に接触を図ろうとしたところ、佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求める訴訟を起こしたのである。文書には「何らかの連絡、接触行為があった場合は法的措置をとる」旨が記されており、実際にそうなった格好だ。 一方、佐藤議員はこう話す。 「本来なら、話し合いで決着できることで、裁判なんてするような話ではありません。ただ、冷静に話し合いができる状況ではなかったため、そういう手段をとりました」 面談強要禁止を認める判決  こうして、この問題は裁判に至ったのである。 同訴訟の判決は昨年10月4日にあり、裁判所はAさんが佐藤議員に「自身の発言についてどう責任を取るのか」、「どのように対応するのか」と迫ったことに対する「面談強要禁止」を認める判決を下した。 この判決を受け、Aさんは「この程度で、『面談禁止』と言われたら、町民として議員に『あの件はどうなっているのか』と聞くこともできない」と話していた。 その後、Aさんは一審判決を不服として、昨年10月18日付で控訴した。控訴審判決は、3月14日に言い渡され、1審判決を支持し、Aさんの請求を棄却するものだった。 Aさんは不服を漏らす。 「裁判所の判断は、時間の長さや回数に関係なく、数分の接触行為が佐藤議員の受忍限度を超える人格権の侵害に当たるというものでした。要するに弁護士を介さずに事実確認を行ったことが不法行為であると判断されたのです。この判決からすると、議員等の地位にある人や、経済的に余裕がある人が自分に不都合があったら弁護士に委任し、話し合いをするにはこちらも弁護士に依頼するか、裁判等をしなければならないことになります。この『面談強要禁止』が認められてしまったら、資力がなければ一般住民は泣き寝入りすることになってしまう」 さらにAさんはこう続ける。 「懲罰請求をした際、当時の正副議長から『佐藤議員の不適切な発言に対し、議員としての発言に注意をするように促したほか、本人(佐藤議員)も迷惑をかけたと反省し、謝罪なども含め、適切に対応をしていくとのことだから、今後は佐藤議員と話し合ってもらいたい』旨を伝えられました。にもかかわらず、佐藤議員は真摯な謝罪や話し合いどころか、自らの不都合な事実から逃れるため、面談強要禁止まで行った。これは、佐藤議員の公職者(議員)としての資質以前に、社会人として倫理的に逸脱しており、さらにこのような事態にまで至った責任は、議会にも一因があると思います」 一方、佐藤議員は次のようにコメントした。 「話し合いの余地がなかったため、こういう手段(裁判)を取らざるを得ませんでした。裁判では真実を訴えました。結果(面談強要禁止を認める判決が下されたこと)がすべてだと思っています」 なお、問題の発端となった「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」発言については、前述のように両者の証言に食い違いがあるが、控訴審判決では「仮に被控訴人(佐藤議員)の発言が排他的発言として不適切と評価されるものであったとしても、被控訴人の申し入れに対して……」とある。要は、佐藤議員の発言が不適切なものであっても、申し入れ(代理人弁護士の通知書)に反して直接接触を図る合理的理由にはならないということだが、排他的発言の存在自体は否定していない。 ともかく、裁判という思わぬ事態に至ったこの問題だが、本誌が伝えたいのは、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは語れない側面があるということである。 問題の本質 大熊町内(2019年4月に解除された区域)  1つは議員の在り方。原発避難区域(解除済みを含む)の議員は厳密には公選法違反状態にある人が少なくない。というのは、地方議員は「当該自治体に3カ月以上住んでいる」という住所要件があるが、実際は当該自治体に住まず、避難先に生活拠点があっても被選挙権がある。2019年11月号記事掲載時の佐藤議員がまさにそうだった。「特殊な条件にあるから仕方がない」、「緊急措置」という解釈なのだろうが、そもそも議員自身が「違法状態」にあるのに、避難先がどうとか、帰る・帰らないについて、どうこう言える立場とは言えない。  もっとも、これは当該自治体に責任があるわけではない。むしろ、国の責任と言えよう。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じるべきだったが、それをしなかったからだ。 もう1つは避難住民の在り方。本誌がこの間の取材で感じているのは、原発事故の避難区域では、「遠くに避難した人は悪、近くに避難した人は善」、「帰還しなかった人は悪、帰還した人は善」といった空気が流れていること。明確にそういったことを口にする人は少ないが、両者には見えない壁があり、何となくそんな風潮が感じられるのだ。 実際、前段で少し紹介したように、Aさんが2019年に議会に提出した懲罰請求には次のように書かれている。 《佐藤議員の発言は請求人(Aさん)だけに対するもので収まる話ではなく、県外に避難している町民に対して、物事を指摘される道理なく「県外にいる町民は、物事を言うな」とも捉えられる発言であり、到底、看過することができない議員による問題発言です。まして、佐藤議員は、避難町民の代表であり、公職の議会議員である当該暴言は、一町民(Aさん)に対する暴言で済む話ではなく、佐藤議員の日頃の県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外の避難している住民に対する排他的発言です》 ここからも読み取れるように、この問題の根底には、避難区域の住民の微妙な心理状況が関係しているように感じられる。 もっと言うと、避難住民の在り方の問題もある。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。結果、避難者はそこに住んでいながら、当該自治体の住民ではない、として肩身の狭い思いをしてきた。 こうした問題や前述のような風潮を生み出したのも国の責任と言えよう。これについても、本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。 こうした側面から、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは片付けられないのが今回の問題なのだ。本誌としては、そこに目を向け、正しい方向に進むように今後も検証・報道していきたいと考えている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

  • 福島視察の韓国議員団と面談した【島明美】伊達市議に聞く

     韓国の最大野党「共に民主党」の国会議員4人が4月6〜8日の日程で福島県を視察した。同議員団は東京電力福島第一原発から排出される汚染水の海洋放出に反対の立場で、現地の状況を知るための視察だったようだが、どんな視察内容だったのか、同議員団と面談した島明美伊達市議会議員に話を聞いた。 海洋放出をめぐる韓国国内の動き 韓国議員団との面談の様子(島議員提供)  韓国議員団の福島視察は新聞等ではそれほど大きく扱われていない。ただ、ネットニュースなどでは「県内の議員や被災者らと面談した」と報じられ、そのうちの1人である島明美伊達市議会議員に、どういった経緯で韓国議員団と面談することになったのか、その中身はどんなものだったのかを聞いた。 まず面談に至る経緯だが、震災後にボランティアで福島県に入り、韓国語が話せるため韓国からの訪問者のコーディネートをしていた知人から、島議員に「韓国の議員団が福島県に来るのだが、短い時間でも可能なのでお話をうかがえないか」といった問い合わせがあった。詳しく聞くと、「海洋放出問題について現地を訪問して話を聞きたい」とのことだった。 当初、島議員は「海に面していない伊達市在住の自分より、もっとふさわしい人がいるのではないか」と考え、知人にそのことを伝えた。ただ、知人からは「時間の関係で難しい。どなたか地元議員を紹介していただけるならお願いしたい」と言われ、島議員は「探してみます」と回答した。 その後、島議員自身で来日(来福)する議員について調べたり(※そこで初めて、訪問するのが国会議員であることを知る)、海洋放出決定の経過や原発事故対応について見聞きしてきたことを発信している自身の活動を振り返り、「韓国の方々にお伝えすることも、自分の役割の一つ」と考え面談を受けることにした。4月7日に福島市内の会議室を借りて面談した。 ちなみに、韓国議員団は島議員との面談後、復興住宅に住む人や被災地などを訪問しており、一部報道ではそれらすべてを島議員が紹介・案内したかのようなニュアンスで捉えられているようだが、実際はそうではない。島議員は福島市内の会議室で1人で議員団と面談し、その場で別れた。 実際の面談では「島明美 個人的な意見」と明記したうえで、伝えたいことを資料としてまとめた。その内容は、①UNSCEAR(国連科学委員会)の「2020年/2021年報告書」は、初期被曝線量を100分の1過小評価したものである可能性があること、②結論ありきで進められ、日本政府が言う「科学的」は、根拠に基づいていないこと、③放射能汚染への〝風評払拭事業〟によって、地元民が被害を言えなくなっていること、④土壌汚染測定をしていないなど、被害の現状把握がなされていない面が多いこと、⑤歪められた科学を封じ込める健全な科学に基づく国際的枠組みをつくる取り組みが必要であること――等々。 「中には、安全だという情報を得て賛成している一般市民もいらっしゃるでしょうけど、『安全』とされる『科学的』データそのものの信頼性が欠如しているのならば、汚染水の放出に賛成する一般市民は、ほぼいないのではないか、とお伝えしました」(島議員) 島議員が伝えたかったこと 島明美議員(伊達市議会HPより)  そのうえで、島議員は海洋放出についての以下のような自身の見解を韓国議員団に話した。 ○タンクに溜められている「汚染処理水」とされている水の具体的な核種と汚染の数値は、国民にも世界的にも分かりやすく公開されていない。東電から発表されているデータについては第三者機関による検証も行われていない。健康影響についても調査結果は公表されていない。以上のことから、データそのものの信ぴょう性が問われるということを国内外にお伝えしたい。お伝えすることで、被害影響への対応や、事前に被害を防ぐための対策を準備するために、国際社会の協力が必要であることを実感してもらえると期待している。 ○ALPS処理水=汚染水に関して、海洋放出に賛成している人は、私の周辺ではほぼいない。(韓国議員団と面談するに当たり)ここ数日、住民(伊達市と福島市)の数名に突然、海洋放出の是非について質問したところ、賛成という人はおらず、「よく分からないけど、良いことではないことは分かる」という声を複数人から聞いた。 ○ほかにも、この間、海洋放出について反対運動をしている市民団体の方、専門家、原子力に関わる仕事をしている方の話を聞き、対話プログラムにも参加してきた。ALPS処理水=汚染水の海洋放出について学び、現在の時点での私の判断は、放出反対である。その根拠は、処理しきれないトリチウムの問題と、基準値を超えているほかの放射性物質があること。 こうした島議員の話に、韓国議員団の1人は「汚染水の問題は、日韓両国の国民の健康の問題です」と話したという。 「議員の方はデータを手に持ち、ノートパソコンを開き、資料の確認をされました。前日に訪問したところからデータ提供を受けたらしく、トリチウム以外の放射性核種が予想以上に入っていることを話されました。私よりも詳しい核種データの資料を持っているようでした」(島議員) 面談の最後に、島議員は「私からの希望として、歪む科学の封じ込めにつながる動きを、国際的な取り組みにしていただきたい」と伝えたという。さらに、当日取材にきていたテレビ局のインタビューには「日本政府は、当事者、地元の人の話をもっと聞いてほしいと答えました」(島議員)。 こうして韓国議員団との面談を終えた島議員は、海洋放出について、あらためて「議論が、まだまだ足りていない。そもそも、その議論に必要な『科学的なデータ』も、報道も、全く足りていない」と話した。 一方で、韓国の尹錫悦大統領が3月に訪日した際、汚染水の海洋放出について「韓国国民の理解を求めていく」と述べたとして、韓国国内では「日本に肩入れするのか」との批判が噴出したという。今回の野党議員団の来日(来福)は、尹政権が海洋放出問題に十分に対応していないことを印象付け、政権批判につなげる狙いがある、といった報道もあった。島議員は「韓国議員団は専門的な知識を持った方で、目的は『調査』でした。議員の方は『大統領は曖昧な態度でハッキリ答えていないのが現実』、『汚染水の問題は、日韓両国民の健康の問題です』と話されていました」と明かした。 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

    「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html あわせて読みたい 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

    【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

    【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 1Fで廃炉は行われていない!【尾松亮(廃炉制度研究会)】

    【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

    求められる法規制と原子炉の安定化  東京電力福島第一原発の廃炉は現在どこまで進んでいるのか。本誌で「廃炉の流儀」を連載している研究者・尾松亮さんに現状と課題をあらためて解説してもらった。 廃炉はどこまで進んだか  原発事故から12年が経過しようとしている。1F(福島第一原発)廃炉については「30~40年の廃炉」というフレーズが繰り返されてきた。最長40年として、その4分の1以上が過ぎたわけだが、廃炉工程はどこまで進んでいるのだろうか。 2011年12月に発表された初版「中長期ロードマップ」では、同年12月の事故収束宣言(ステップ2完了)を起点にして「10年以内に燃料デブリ取り出しの開始」という目標が示されていた。初版ロードマップに添付されたスケジュール表では、25年後までにデブリ取り出しを完了する目安も示している。そして原子炉の解体を含む「廃止措置」の行程を最長40年で終わらせるとしていた。 初版ロードマップに示されたスケジュール 主要工程項目時 期初版ロードマップの規定2023年2月現在の状況ロードマップの開始時期2011年12月収束宣言・ステップ2完了の時点―燃料デブリ取り出し開始2021年以内「10年以内」と規定繰り返し延期燃料デブリ取り出し完了2036年スケジュール表に20~25年後と目安が示されるロードマップから「取り出し完了」時期の規定は消える原子炉施設解体終了2051年「30年~40年後を目標」と規定ロードマップから「原子炉解体」の規定は消える  この当初スケジュールと照らし合わせると、現在の「廃炉工程」はどのくらい進んでいるのだろうか。昨年8月25日、東京電力は、2022年後半に取りかかる計画だった福島第一原子力発電所2号機の溶融燃料(デブリ)取り出しの時期について、23年度後半に延長することを発表した。デブリを取り出すロボットアームの改良、放射性物質が飛散するのを防ぐ装置の損傷、などが延期理由だ。ロードマップの「取り出し開始目標年」であった2021年にも、東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始時期」を1年程度延期した経緯があり、延期決定が繰り返されている。 このまま、本当にデブリ取り出しに着手できるのか? 仮に着手できたとしても、このロボットアームで取り出せるのは「燃料デブリ1㌘程度」といわれる。40年後にあたる2051年まで残すところ28年で、3基の原子炉内外に溶け落ちた核燃料をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉の解体を完了することは絶望的に思える。 それでも「廃炉終了」はできてしまう  2051年(ロードマップ開始から40年後)の廃炉完了なんて「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし恐ろしいのはむしろ、それにもかかわらず「2051年1F廃炉終了はできてしまう」ということだ。 「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東電と政府の「目標」にすぎない。当初目標未達で「ここまでで終了します」といっても、法的責任は問われないのだ。そもそも「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改訂が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われている。 2015年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」から「25年後」という「デブリ取り出し終了時期」の記述は見られなくなる。その結果、最新の第5回改訂版「中長期ロードマップ」(2019年12月)では「取り出し終了時期」が不明である。そもそも、ロードマップ終了時点(2051年)までにデブリ取り出しが終了するのかも曖昧になっている。 少なくとも、初版「中長期ロードマップ」は「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了時期としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」(8頁)という記述は、そのことを明示している。 しかし、最新版「中長期ロードマップ」では「廃止措置の終了まで(目標はステップ2完了から30~40年後)」(12頁)という記述にとどまり、この「廃止措置の終了」が「デブリ取り出し終了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。 燃料デブリは取り出さず、損傷した原子炉はそのまま放置し、汚染水だけ海洋放出を済ませた時点で「これで我々の考える廃炉工程は完了です」と言うことは違法ではない。 実際は「保安・防護」作業  政府は「廃炉を前に進めるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前に進める」というフレーズをよく使う。 しかし、実は福島第一原発では「廃炉(原子力施設廃止措置)」を前に進めることはできない。なぜなら、同原発で「廃炉」は行われておらず、そもそも廃炉の前提となる「廃炉計画」(廃止措置計画)も提出されていないからだ。 IAEAのガイドラインや原子力規制委員会の規則に従えば「廃炉(廃止措置)」とは「規制解除を目指す活動」と規定される。「規制解除」とはどういうことだろうか。原子力発電所には放射線管理区域など特別な防護措置や行動制限を求める「規制」が課せられている。施設解体や除染を徹底することでこの「規制」をなくし、敷地外の普通の地域と同じ扱いができるよう目指すのが「廃炉(廃止措置)」である。 原子力規制委員会規則によれば、廃炉終了のためには「核燃料物質の譲渡し完了」「放射線管理記録の引き渡し」などが求められる。つまり制度上は、「使用済み燃料も搬出され、放射線管理がこれ以上必要ない」状態を目指すプロセスが「廃炉」ということになる。 通常原発の「廃炉」であれば、前記のような「規制解除」を目指す廃止措置計画を原子力規制委員会に提出し、認可を得る必要がある。例えば福島第二原発の場合、一応は上記規則に従った廃止措置計画の審査・認可を受けている。この計画を変更する場合にも、やはり原子力規制委員会の審査が必要になる。 福島第一原発の場合、この廃止措置計画の提出も、原子力規制委員会による審査・認可も行われていない。「40年後終了目標」を示した政府と東電のロードマップは「廃止措置計画」ではない。現在、福島第一原発で行われている作業は「規制解除」を目指す工程としての「廃炉」ではないのだ。 それでは、福島第一原発で行われているのは一体何なのか。原子炉等規制法によれば、事故炉がある原発には「特定原子力施設」という特別な位置づけが与えられる。この「特定原子力施設」に対しては、通常原発に対する廃炉規則は適用されない。その代わり、事故でダメージを受けた原子炉施設や損傷した核燃料の安全性を保つための「保安・防護措置計画」の提出と実施が求められている。つまり福島第一原発で行われているのは、事故原発および損傷した核燃料の「保安・防護」に係る作業なのである。 いい加減な「完了」を防ぐ法規定を  筆者がさらに恐ろしいと思う動きがある。デブリ取り出しや原子炉解体の現時点の技術的困難を言い訳に、「デブリをそのままコンクリートで固めてしまえ」「原子炉施設は解体せずにそのままモニュメントとして残せばいい」という類いの提言が、あたかも「現実的な計画」として出され、それほど大きな批判も受けていないことだ。 昨年9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田豊志前原子力規制委員長は燃料デブリの扱いについて次のように述べた。「できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。 https://www.youtube.com/watch?v=O-_RzBZKLKU  「その場でいったん固めるのが現実的だ」と更田氏は言う。しかしこのデブリ固定化案は、「将来的に発生する放射性廃棄物を最小限に抑える」IAEA原則に反するため、チェルノブイリの廃炉工程で却下された案である(廃炉の流儀第33回)。 住民不在の計画変更、事実上の廃炉断念案が承認されてしまうことは防ぐべきだ。事故の起きた原発の後始末を中途半端な状態で「終了」し、加害企業が他の原発の再稼働や新型炉の建設を認められるようなことを、私たちは受け入れてしまうのか、それが問われている。そのためにも「廃炉完了」の要件を定め、その完了を東電と政府に義務づける「福島第一原発廃炉法」の制定が必要なのだ。 「安定化」「監視貯蔵」段階を制度に組み込め  仮に「廃炉法」によって、「燃料デブリ取り出し」「原子炉を含む施設解体」「敷地の基準値未満へのクリーンアップ」までを廃炉完了要件として定めたとする。しかし、そのような完了状態の達成はとてもあと28年ではできないだろう。これが多くの専門家の意見である。 だとするとさらに数十年、全体で100年以上かかる工程を想定しなければならない。その場合、直近10年、20年、何をするべきなのか。 あくまで海外の廃炉事例を調査してきた研究者としての私見を述べる。 1、「事故で損傷し、耐震性の低下した施設の安定化」、2、「津波や大規模地震に備えるための防災強化」、3、「追加の環境汚染を防止する対策強化」に注力する期間を設けた方がよいのではないか。取り出せても数㌘ならデブリ取り出し開始を急いで、リスクを高める必要はない。しかし、将来のデブリ取り出しが絶望的になるような「デブリのコンクリート固化」や、「原子炉石棺化」というようなことはしない。 溶融燃料や未搬出の使用済み核燃料を起源とする事故再発を防ぎつつ、周辺環境への汚染流出を最小化し、その「安定化期間」を通じて「将来の廃炉完了」に向けた技術開発を続ける。汚染水海洋放出は撤回し、放射能減衰を図りつつトリチウムを含む高度な分離技術開発を進める。それを政府と東電に「廃炉法」で義務づけるのだ。 法律にする以上、その計画の内容は、少なくとも国民に選ばれた議会が審議し、改定に際しても国会審議が必要になる。いままでのロードマップ改定のような国民不在の計画変更は防げる。 スリーマイル、チェルノブイリの廃炉法 チェルノブイリ原発 スリーマイル原発  参考にすべきは、チェルノブイリ原発の工程における「安定化」のアプローチ。そしてスリーマイル原発2号機の工程における「無期限の監視貯蔵」という考え方だ。 1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられた。その後91年に当時のソ連国立研究所によって、石棺を含む4号機施設の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。国際コンペなどを経て採用されたのは、短期的には施設の倒壊を防ぐため補強などの「安定化(Stabilization)」の措置を行いつつ、遠い将来のデブリ取り出しを目指し続ける、という計画であった。原子炉を覆う新シェルター内部で将来的なデブリ取り出しを目指す計画を、ウクライナ議会は法制化している。(2009年廃炉国家プログラム法) スリーマイル原発2号機では1990年にデブリ取り出しを完了したが、その後原子炉解体に着手せず「無期限の監視貯蔵」を認めた。汚染された原子炉を即時解体すれば、廃炉期間は短縮できても労働者の被曝、環境汚染が増える。それを避けるための監視貯蔵制度である。その結果、スリーマイルでは事故から44年経過した現在もなお原子炉解体に着手していない。 チェルノブイリもスリーマイルも、40年をゆうに超える長期の廃炉計画を前提としている。それと同時に、両事例ともに「デブリ取り出し」、「敷地のクリーンアップ」まで完遂する法的義務を事業者(※チェルノブイリの場合、国営事業者)に課している。技術的に困難でも、廃炉断念案を認めていないのだ。 少なくとも事故後数十年の間は、ダメージを受け老朽化した施設の安定化、追加の環境汚染防止、労働者被曝低減を最優先とする。しかし将来的な廃炉完了要件を法的に定め、その達成を義務づける。 チェルノブイリ、スリーマイルが採用したこのアプローチは、福島第一原発でも取り入れる必要があるのではないか。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども・被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。 東洋大学国際共生社会研究センター(客員研究員・RA) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

  • 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

     1月10日、報道関係者を対象にした東京電力福島第一原発合同取材に参加した。 敷地内をマイクロバスで移動しながら、解体作業が進む1、2号機周辺、今年春に予定されているALPS処理水海洋放出に向けて工事が進む放水立坑など7カ所を回った。 「1、2号機周りは毎年来ても変わりがないなあ」とは、事故後からほぼ毎年参加しているフリージャーナリスト。実際、燃料デブリの全容はつかめていない。一方で汚染水は生まれ続けている。海洋放出の時期が迫る中、漁業者を中心に反対の声が根強いが、東電の担当者は「理解を得られるよう取り組んでいく」と述べるにとどめた。 ※写真はすべて代表撮影 構内入り口近くの大型休憩所7階から見た3号機(左奥)と4号機(右奥)。手前に多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ。 ALPS処理水をためて海水と混ぜて流すための放水立坑。上流水槽の幅は、約18㍍、奥行き約37㍍、深さ約7㍍。1月中旬時点は建設中。仕切りの壁を越えて深さ約16㍍の下流水槽に流し、海底トンネルを通って放流する。 水素爆発を起こして建屋が壊れた1号機。2023年度中に大型カバーを設置し、がれき撤去作業を進める予定。建屋の横壁の左下に見える板は、工事に必要な足場を作るための基礎。 かまぼこ型の屋根に覆われた3号機。使用済み燃料プールからの燃料取り出しは完了したが、1~3号機ともに燃料デブリの全容はつかめていない。 1号機と2号機の西側にある通称「高台」で東電社員のレクチャーを受ける。空間放射線量は手元の線量計で約80マイクロシーベルト毎時。 1号機の水素爆発の爆風を受けた排気塔。高さ約120㍍あったが、倒壊の危険性を考慮して解体し、現在は約60㍍になっている。 構内南西側にある処理水タンクエリア。 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 構内は貸与されたベストを着用し線量計を首から下げバスで回る。 ALPS処理水に残るトリチウムが安全な値であることを示すため、ヒラメやアワビへの影響を調べる海洋生物飼育試験施設。 飼育当初は大量死したヒラメだが、専門家や漁業者の指導を受け、飼育員の技術を向上させたという。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

  • 原発事故被害を伝える2つのトークイベント

    原発事故被害を伝える2つのトークイベント

     1月、いわき市湯本温泉「古滝屋」館内にある「原子力災害考証館furusato」で、原発事故の被害を伝え続ける人たちによる2つのイベントが開催された。 1月9日に開かれたのが、原発被災地を撮り続けてきたフォトジャーナリスト・豊田直巳さんと、「30年中間貯蔵施設地権者会」の門馬好春会長によるトークセッション。 飯舘村をはじめ、原発被災地を数多く取材してきた豊田さんは「原発被災地を取材する中で、誰のための復興なのか、考えることが多かった」と指摘。併せて放射能被害と向き合わず、復興を強調する大手マスコミの手口を、実例を示しながら批判した。 門馬さんは「中間貯蔵施設の交渉を通して、国のスタンスに疑問を抱いた」として、豊田さんの意見に同調。そのうえで、除染土の再利用についての動きに懸念を示した。 考証館に展示された写真パネルの前で話す豊田さん(中央)と門馬さん(左)  イラク・パレスチナなどの紛争地取材の経験を持つ豊田さん。その経験から、常に目の前の事象を相対的に捉え、取材時には大局的な動きや国の狙いを意識しているという。そうした視点は廃炉作業や復興政策を考える上で重要になるだろう。 同考証館では同地権者会の取り組みや中間貯蔵施設の問題点を紹介するパネルを展示。2月末までは、豊田さんが撮影した中間貯蔵施設内などの写真展も催されている。 1月21日に開かれたのが、「公害資料館連携フォーラム2023in福島」のプレ企画、トークセッション「福島の経験を継承する」。 公害資料館ネットワークHP:https://kougai.info/ 公共アーカイブ施設担当者などの報告に一般参加者など約50人が熱心に耳を傾けた  同フォーラムは公害教育を実施する組織・個人が交流するイベント。今年県内で開催される予定だ。原子力災害(原発事故)も公害と同じ社会的災害と捉えられることから、プレ企画として関係者のトークセッションが行われた。 福島県立博物館、とみおかアーカイブ・ミュージアム、東日本大震災・原子力災害伝承館など、公共のアーカイブ施設の担当者に加え、個人で活動する人が一堂に会し、それぞれの活動を報告した。 原発事故は避難指示が出され、立ち入りが制限された期間・地域がある分、資料収集が容易でない。そうした中で、各担当者はさまざまなアプローチで継承に取り組んでいる。 この日は「文化財ではなく、一見するとごみのようなものに価値がある」、「防災教育に生かすためには他人事の災害を自分化することが必要」などの意見が出た。 興味深かったのは、とみおかアーカイブ・ミュージアム担当者による「原発事故の教訓なんておこがましい。資料を抽出せず客観的に提示し、自由に考えてもらうことが重要」という発言。原発事故の記憶がない子どもたちや関心がない人に、当時のことを一方的に伝えても〝継承〟したとは言えない。「あえてメッセージ性を排除し、自由に考えてもらう」というのも一つのやり方だろう。 翌日には参加者による浜通り現地見学ツアーも実施された。 間もなく震災・原発事故から丸12年を迎える。風化は進むばかりだが、その一方で原発事故の被害を伝え続けている人もいるということだ。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重【福島第一原発のタンク】

    【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】

     何としても、一日でも早く、海に捨てるのをやめさせる――。東京電力福島第一原発で始まった原発事故汚染水の海洋放出を止めるため、市民たちが国と東電を相手取った裁判を始めた。9月8日、漁業者を含む市民151人が福島地裁に提訴。10月末には追加提訴も予定しているという。「放出反対」の気運をどこまで高められるかが注目だ。 「二重の加害」への憤り 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  9月8日の午後、福島市の官公庁街にブルーののぼり旗がはためいた。  《海を汚さないで! ALPS処理汚染水差止訴訟》  台風13号の接近情報が入る中、少なくとも数十人の原告や支援者たちが集まっていた。この日の約2週間前の8月24日、原発事故汚染水(政府・東電の言う「ALPS処理水」)の海洋放出が始まった。反対派や慎重派の声を十分に聞かない「強行」に、市民たちの怒りのボルテージは高まっていた。  のぼり旗を掲げながら福島地裁に向かってゆっくりと進む。シュプレヒコールが始まる。  「汚染水を海に捨てるな! 福島の海を汚すな!」  熱を帯びた声の重なりが雨のぱらつく福島市街に渦巻いた。  「我々のふるさとを汚すな! 国と東京電力は原発事故の責任をとれ!」  提訴後、市民たちは近くにある福島市の市民会館で集会を行った。弁護団の共同代表を務める広田次男弁護士が熱っぽく語る。 広田次男弁護士(8月23日、本誌編集部撮影)  「先月の23日に記者会見し、28日から委任状の発送作業などを行ってきました。今日まで10日弱で151名の方々が加わってくれたことは評価に値することだと思います」  広田氏の隣には同じく共同代表の河合弘之弁護士が座っていた。共同代表はこの日不参加の海渡雄一弁護士も含めた3人である。広田氏は長年浜通りの人権派弁護士として活動してきたベテラン。河合、海渡の両氏は全国を渡り歩いて脱原発訴訟を闘うコンビだ。  この日訴状に名を連ねたのは福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県に住む市民(避難者を含む)と漁業者たち。必要資料の提出が間に合わなかった人も多数いるため、早速10月末に追加提訴を行う予定だという。少なくとも数百人規模の原告たちの思いが、上記の3人をはじめとした弁護士たちに託されることになる。  報道陣に渡された訴状はA4版で40ページ。請求の理由が書かれた文章の冒頭には「福島県民の怒り」というタイトルがついていた。  《本件訴訟の当事者である原告らは、いずれも「3・11原発公害の被害者」であり、各自、「故郷はく奪・損傷による平穏生活権の侵害」を受けた者であるという特質を備えている。したがって、ALPS処理汚染水の放出による環境汚染は、その「重大な過失」によって放射能汚染公害をもたらした加害者が、被害者に対して「故意に」行う新たな加害行為である。原告と被告東電・被告国の間には、二重の加害と被害の関係があると言える。本件訴訟は、二重の加害による権利侵害は絶対に容認できないとの怒りをもって提訴するものである》(訴状より)  原発事故を起こした国と東電が今度は故意に海を汚す。これは福島の人びとへの「二重の加害」である――。河合弘之弁護士はこの理屈をたとえ話で説明した。  「危険運転で人をはねたとします。その人が倒れました。なんとか必死に立ち上がって、歩き始めました。そこのところを後ろから襲いかかって殴り倒すような2回目の加害行為。これが今度の放射性物質を含む汚染水の海洋投棄だと思います。1回目の危険運転は、ひどいけれども過失罪です。今度流すのは故意、悪意です。過失による加害行為をした後に、故意による加害行為を始めたというのが、この海洋放出の実態です」  「二重の加害」への憤り。この思いは原告たちの共通認識と言えるだろう。原告共同代表を務める鈴木茂男さん(いわき市在住)はこのように語っている。  「私たち福島県民は12年前の原発事故の被害者です。現在に至るまで避難を続けている人もたくさんいます。被害が継続している人たちがまだまだたくさんいるのです。その中で国と東電がALPS処理汚染水の海洋放出を強行するということは、私たち被害者たちに対して新たな被害を与えるということだと思います。それなのに国と東電は一切謝罪をしていません。漁業者との約束を破ったにも関わらず、『約束を破っていない』と強弁して、『すみません』の一言も発していません。こんなことがまかり通っていいのでしょうか? 社会の常識からいえば、やむを得ない事情で約束を守れない状況になったら、その理由を説明し、頭を下げて謝罪し、理解を求めるのが、人の道ではないでしょうか。謝罪もせず、『理解は進んでいる』と言う。これはどういうことなのでしょうか? 福島第一原発では毎日汚染水が増え続けています。この汚染水の発生をストップさせることがまず必要です。私は海洋放出を黙って見ているわけにはいきません。何としても、いったん止める。そして根本的な対策を考えさせる。止めるのは一日でも早いほうがいい。そのための本日の提訴だと思っています」  提訴後の集会でのほかの原告たちの声(別表)も読んでほしい。 海洋放出差し止め訴訟「原告の声」 佐藤和良さん(いわき市)「今、マスコミでは『小売りの魚屋さんが頑張っています』というのがよく取り上げられています。食べて応援。岸田首相や西村経済産業大臣をはじめとして、みんな急に刺身を食べたり、海鮮丼を食べたりして、『常磐ものはうまい』と言っています。でも、30年やってられるんですか? 急に魚食うなよと言いたいです。『汚染水』ではなくて『処理水』だという言論統制が幅を利かすようになっています。本当に戦争の足音が近づいてきたんじゃないかと思います。非常に厳しい日本社会になってきています。我々は引くことができません」 大賀あや子さん(大熊町から新潟県へ避難)「大熊町議会では2020年9月に処分方法の早期決定を求める意見書を国に提出しました。政府東電の説明を受け、住民の声を聞き取る機会を設けず、町議会での参考人聴取や熟議もないままに出されたものでした。交付金のため国に従うという原発事故前からの構図は変わっていないということでしょうか。海洋放出に賛成しない町民の声が埋もれてしまっています」 後藤江美子さん(伊達市)「私が原告になろうと思ったのは生活者として当たり前の常識が通用しないことに憤りを感じたからです。『関係者の理解なしには海洋放出しない』という約束がありました。この約束は反故にしないと言いながら、どうして海洋放出を開始するのか。子どもたちに正々堂々きちんと説明することができるのでしょうか。平気でうそをつく、ごまかす、後出しじゃんけんで事実を知らせる。国や東電がやっていることは人として恥ずかしくないのでしょうか。岸田さんはこれから30年すべて自分が責任をもつとおっしゃいましたが、次の世代を生きる孫や子のことを考えれば、本当はもっと慎重な行動が求められているのではないかと思います」 権利の侵害を主張 東京電力本店  訴えの中身に目を転じてみよう。裁判は国を相手取った行政訴訟と、東電を相手取った民事訴訟との二部構成になる。原告たちが求めているのはおおむね以下の2点だ。  ・国(原子力規制委員会)は、東電が出した海洋放出計画への認可を取り消せ。  ・東電はALPS処理汚染水の海洋への放出をしてはならない。  なぜ原告たちにこれらを求める根拠があるのか。海洋放出によって漁業者や市民たちの権利が侵害されるからだというのが原告たちの主張だ。  《ALPS処理汚染水が海洋放出されれば、原告らが漁獲し、生産している漁業生産物の販売が著しく困難となることは明らかである。政府は、これらの損害については補償するとしているが、まさに、補償しなければならない事態を招き寄せる「災害」であることを認めているといわなければならない。さらに、一般住民である原告との関係では、この海洋放出行為は、これらの漁業生産物を摂取することで、将来健康被害を受ける可能性があるという不安をもたらし、その平穏生活権を侵害する行為である》(訴状より)  漁師たちが漁をする権利(漁業行使権)が妨害されるだけでなく、生業を傷つけられること自体が漁師の人格権侵害に当たるという指摘もあった。この点について、訴状は週刊誌(『女性自身』8月22・29日合併号)の記事を引用している。  《新地町の漁師、小野春雄さんはこう憤る。「政府は、『水産物の価格が下落したら買い上げて冷凍保存する』と言って基金を作ったけど、俺ら漁師はそんなこと望んでない。消費者が〝おいしい〟と喜ぶ顔が見たいから魚を捕るんだ。税金をドブに捨てるような使い方はやめてもらいたい!」》  仮に金銭補償が受けられたとしても、漁師としての生きがいや誇りは戻ってこない。小野さんが言いたいのはそういうことだと思う。  訴状はさらに、さまざまな論点から海洋放出を批判している。要点のみ紹介する。  ・ALPS処理汚染水に含まれるトリチウムやその他の放射性物質の毒性、および食物連鎖による生体濃縮の毒性について、適切な調査・評価がなされていない。  ・放射性廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約などに違反する。  ・国と東電には環境への負荷が少ない代替策を採用すべき義務がある。  ・国際社会の強い反対を押し切って海洋放出を強行することは日本の国益を大きく損なう。  ・IAEA包括報告書によって海洋放出を正当化することはできない。 弁護団共同代表の海渡氏は裁判のポイントを以下のように解説する。  「分かりやすい例を一つだけ挙げます。今回の海洋放出は、ALPS処理された汚染水の中にどれだけの放射性物質が含まれているかが明らかになっていません。放出される中にはトリチウムだけでなくストロンチウム、セシウム、炭素14なども含まれています。それらが放出されることによって海洋環境や生物にどういう被害をもたらし得るか。環境アセスメントがきちんと行われていません。国連人権理事会の場でもそういう調査をしろと言われているのに、それが全く行われていない。決定的に重大な国の過誤、欠落と言えると思います」 原発事故汚染水の海洋放出と差し止め訴訟の経緯 2021年4月日本政府が海洋放出の方針を決定2022年7月原子力規制委員会が東電の海洋放出設備計画を認可8月福島県と大熊・双葉両町が東電の海洋放出設備工事を事前了解2023年7/4国際原子力機関(IAEA)が包括報告書を公表8/22日本政府が関係閣僚等会議を開き、8月24日の放出開始を決める23日海洋放出差し止め訴訟の弁護団と原告予定者が提訴方針を発表24日海洋放出開始。中国は日本からの水産物輸入を全面的に停止9/4日本政府が水産事業者への緊急支援策として新たに207億円を拠出すると発表8日海洋放出差し止め訴訟、第1次提訴11日東電が初回分の海洋放出を完了(約7800㌧を放出)10月末差し止め訴訟、追加提訴(予定) 多くの市民を巻き込めるか 提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)  問題は、原告たちの訴えが認められるかどうかだ。提訴前の8月23日に開かれた記者会見で、筆者はあえて弁護団に「勝算」を聞いた。広田氏は以下のように答えた。「何をもって裁判の勝ち負けとするか、そのメルクマール自体が裁判の展開によっては難しい中身を伴うかもしれませんが、勝算はもちろんあります。勝算がなければこうやって大勢の皆さんに立ち上がろうと弁護団が言うことはあり得ません。どういう形で勝つかまではここで具体的に断言はできませんが、ともかくどういう形であれ、やってよかった、立ち上がってよかった、そう思える結果を残せると確信しております」。  海渡氏は以下の見解を示した。  「この裁判は十分勝算があると思っています。最も勝算があると考える部分は、現に漁業協同組合に加入している漁業者の方がこの裁判に加わってくれたことです。彼らの生業が海洋放出によって甚大な影響を受けることはまちがいない。そしてそれが過失ではなく故意による災害であることもまちがいない。これはきわめて明白なことです。まともな裁判官だったら正面から認めるはずです。一般市民の方々の平穏生活権の侵害については、これまでの原発事故被害者の損害賠償訴訟の中で、避難者の救済法理として考えられてきたものです。たくさんの民事法学者の賛同を得ている、かなり確実な法理論です。チャレンジングなところもありますが、この部分も十分勝算があると思っています」  筆者の考えでは、最大のポイントはいかに運動を広げられるかだ。法廷闘争だけで海洋放出を止めるのではなく、裁判を起こすことで二重の加害に対する市民たちの憤りを「見える化」し、できるだけ多くの人に「やっぱり放射性物質を海に流してはだめだ」と考えてもらう。世論を味方につけ、判決を待たずして政府に政策転換を迫る。そんな流れを作れないだろうか。  そのためには原告の数をもっと増やしたいところだろう。仮に数千人規模の市民が海洋放出差し止めを求めて裁判所に押し寄せたら、裁判官たちにもいい意味でのプレッシャーがかかるのではないか。素人考えではあるが、筆者はそう思っている。  とはいえ司法の壁は高い。記憶に新しいのは昨年6月17日の最高裁判決だ。原発事故の損害賠償などを求める市民たちが福島、千葉、群馬、愛媛地裁で始めた合計4件の訴訟について、最高裁第二小法廷は国の法的責任を認めないという判決を下した。高裁段階では群馬をのぞく3件で原告たちが勝っていたが、それでも最高裁は国の責任を認めなかった。東電に必要な事故対策をとらせなかった国の無為無策が司法の場で免罪されてしまった。司法から猛省を迫られなかったことが、原発事故対応に関して国に余裕をもたらし、今回の海洋放出強行につながったという見方もある。  しかし、壁がどんなに高かろうとも、政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の役割の一つだということを忘れてはならない。国のやることがおかしいと感じたとき、司法に期待をかけるのは国民の権利である。海洋放出に反対する市民運動を続けてきた織田千代さん(いわき市)は、今回の海洋放出差し止め訴訟の原告にも加わった。織田さんはこう話す。  「福島で原発事故を経験した私たちは、事故が起きるとどうなるのかを12年以上さんざん見てきました。そして福島のおいしいものを食べるときに浮かんでしまう『これ大丈夫かな?』という気持ちは、事故の前にはなかった感情です。つまり、原発事故は当たり前の日常を傷つけ続けているということだと思います。それを知っている私たちは、絶対にこれ以上放射能を広げるなと警告する責任があると思います。国はその声を無視し続け、約束を守ろうとしませんでした。それでも私たちは安心して生きていきたいと願うことをやめるわけにはいきません。私たちの声を『ないこと』にはできません」 ※補足1海洋放出差し止め訴訟の原告たちは新しい原告や訴訟支援者の募集を続けている。原告は福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県の市民が対象で(同地域からの避難者を含む)、それ以外の地域に住む人は訴訟の支援者になってほしいという。問い合わせはALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局(090-7797-4673、ran1953@sea.plala.or.jp)まで。 ※補足2生業訴訟の第2陣(原告数1846人)は福島地裁で係属中。全国各地のほかの集団訴訟とも協力し、いわゆる「6.17最高裁不当判決」をひっくり返そうとしている。 あわせて読みたい 大義なき海洋放出【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 大義なき海洋放出【牧内昇平】

     8月24日、政府と東京電力は福島第一原発にたまる汚染水の海洋放出を始めた。約束を守らず、急いで流す必要はなく、代替案を検討する余地もあった。筆者は「大義なき海洋放出」だと思っている。反対する人びとは直前まで街頭で声を上げ、中止や再検討を求め続けていた。直前1週間の取材日記を紹介する。 反対派の声でつづる直前1週間  【8月17日】  午後2時、国会の衆議院第一議員会館。国際環境NGOのFOEジャパンらが経済産業省や東電の担当者と面会した。同団体の事務局長、満田夏花氏が険しい表情で切り出す。  「原子力市民委員会はかねてからモルタル固化処分を提案していますが、反論として挙げられている水和熱の発生は分割固化、水和熱抑制剤投入で容易に対応できると考えられますが、いかがですか」  福島市内の自宅にいた筆者はオンラインでこの会合を視聴した。淡い期待を抱いていた。海洋放出の代替案が議題の一つだったからだ。汚染水を「すすんで海に捨てたい」と言う人はいないだろう。可能な限り他の選択肢を検討すべきだ。マスメディアはほとんど報じないが、海洋放出の他にも汚染水処分のアイデアはある。有力なのが大学教授やプラントエンジニアらが参加する「原子力市民委員会」による「モルタル固化による『半地下』埋設」案である。  コンクリートやモルタルが固まる時には材料の水とセメントが反応して水和熱が生じる。発熱時に水分の蒸発が増え、水に含まれているトリチウムも大気中に出ていってしまう。経産省が汚染水の処分方法を検討した「ALPS処理水の取扱いに関する小委員会」では、水和熱が固化案の課題の一つとされた。「抑制剤を入れれば蒸発量は少ない」という満田氏の指摘に対し、東電はこう答えた。  東電の担当者「固化時の水分蒸発のみが課題ではございません。また、ご指摘の水和熱の発生に対応できたとしても、水分の蒸発がなくなるわけではなく、ご提案のような方法が根本的な解決にはならないと考えています」  この説明に対して原子力市民委員会に所属するプラント技術者、川井康郎氏が反論した。  「たしかに水和熱は発生します。ただ、あくまでも混ぜ始めて数日間、20~30度の温度上昇です。抑制剤を使えば影響は些末です。水分の蒸発がゼロにはなりませんが、含まれるトリチウムは極めて少ないと断言できます。対して海洋放出というのは、タンクにたまる約800兆ベクレルのトリチウムを100%海に放出するんですよね。その際のトリチウムの量と、固化時の水分蒸発にわずかに溶け込んだトリチウムの量。これを比較することは全くできないと思います。それを同じ土俵で考えてモルタル固化案を否定するのは技術的な考え方ではありません」  満田氏「水分の蒸発量を東電では試算しているのでしょうか?」  東電の担当者「ちょっと今、その情報を持ち合わせていません。20年に小委員会報告書が出されていて、そこでは地下埋設という処分方法については《規制的、技術的、時間的な観点から課題が多い》と書かれていたと認識しております」  筆者は驚いた。蒸発量のデータを持たないまま、「水分が蒸発するからダメ」と説明していたことが判明したからだ。市民側の追及は続く。  満田氏「小委員会などで議論されていたのは『地下』埋設です。原子力市民委員会が提案しているのは『半地下』案です。モニタリングが難しいとか、費用がかかるとか、地下埋設の弱点を改善した案なんです。それについて一顧だにせず、公の場で議論してきませんでした。にもかかわらず『すでに議論したからいいんだ』という感じで却下されるというのはいかがなものかと思います」  東電の担当者「我々としては報告書の結果を受けて海洋放出が政府の方針として決められて、それに基づいて行っているというところです」  東電の言い分としては「政府の方針に従っているだけだ」ということ。これはこれで正しい。説明責任は日本政府にある。  満田氏「経産省さんはいかがでしょうか」  経産省の担当者「ええと……処分方法の決定にあたっては6年以上、トリチウム水タスクフォースやALPS小委員会で議論がなされていたところであります……」  経産省からの回答はこれだけだった。これには市民委員会のメンバーで、かつて原発の設計にたずさわっていた後藤政志氏が怒った。  後藤氏「小委員会で専門家が技術的な検討を重ねたと言いますが、皆さんからの疑問に対して正面から答えられないような、そんな委員会であるならば存在価値がない!」  経産省からは何の反論もない。筆者はため息をついてパソコンを閉じた。真摯な議論が聞けると思ったのに期待を裏切られたからだ。この日の会合取材ではっきりしたのは、経産省も東電も代替案をまじめに考えていないことだ。FOEジャパンは事前に質問状を渡していたという。回答を準備する時間はあったはずだ。代替案が検討されないまま、海洋放出が唯一の選択肢であるかのように事態は進んでゆく。  午後5時半、岸田首相は日米韓首脳会談に出席するため、政府専用機で米国に向かった。  首相官邸前に市民が集結 海洋放出反対のボードを掲げる首相官邸前アクションの参加者(8月18日、牧内昇平撮影)  【8月18日】  筆者は新幹線に乗って東京へ。午前10時、東京都千代田区の首相官邸前には200人を優に超える市民たちが集まっていた。うだるような暑さの中、横断幕やプラカードを掲げる。  《約束を守れ!》《安全な陸上で保管できる》《福島は怒っている 汚染水ながすな》  海洋放出に反対する市民グループ「これ以上海を汚すな!市民会議」(これ海)と「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」が主催した首相官邸前アクションだ。三春町の武藤類子さんがマイクを握った。  「今日岸田首相は日米韓首脳会談のためにアメリカに行っています。しかし、岸田首相が聞くべき声はバイデン大統領やユン大統領の意向ではありません。聞くべきは漁業者をはじめとする原発事故の被害者、国内の市民の声、そして海でつながる他の国々の市民の声だと思います」  その通りだ。続いて「これ海」共同代表、いわき市の佐藤和良さんがスピーチを行う。  「全国の漁業者が一丸となって反対し続けているではありませんか。そしてまた福島県民はじめ多くの原発事故被害者が、この放射性液体廃棄物の海洋投棄に反対しているんです。東日本大震災で塗炭の苦しみを味わって12年、ここまできました。沿岸漁業もようやく震災前2割の水揚げに至ったばかりです。ここで汚染水を流されたら生業が成り立ちません。会津には『什の掟(じゅうのおきて)』というものがあります。『ならぬことはならぬものです。嘘を言うことはなりませぬ』。岸田首相にこの言葉を贈ります!」  参加者たちは炎天下の官邸前から参議院議員会館に移動し、集会を続けた。急に冷房が効いた場所へ入り、汗で濡れたシャツが冷たくなる。いわき市の米山努さんが話した。時折涙ぐんでいる。米山さんはかつて筆者に、「海洋放出は福島県民にとって末代への恥だ」と指摘していた。放出が間近に迫り、胸が締めつけられる気持ちなのだろう。  「私は海産物が好きですから毎日のように近くの海で獲れたアイナメとか、いろいろな魚を食べています。トリチウムは有害であることをはっきりと言っておきたいと思います。政府は問題ないと宣伝していますが、資料を調べれば調べるほど有害性にどきっとします。たとえばトリチウムは人体の臓器の中では脳にとどまることが多いようです。また、有機物に結合したトリチウムが体内に取り込まれた場合、生物学的半減期(代謝や排せつで半分に減るまでの期間)は100~600日くらいだそうです。長く体内にとどまり、細胞のごく近くでトリチウムのベータ線を放出し続けるわけです」   「これ海」共同代表、いわき市の織田千代さんはこう話した。  「海は世界につながる豊かな命のかたまりです。放射能を流し続けるという無謀なことを日本政府が行っていいはずがありません。事故を経験した大人の責任として、未来の子どもたちにきれいな海を手渡したい、約束を守ることの大切さを伝えていきたいと思うのです。海洋放出はやめてと叫び続けましょう」  織田さんは叫び続けてきた。2年前の4月13日に政府が海洋放出方針を決めて以来、「これ海」は毎月13日に反対行動を続けてきた。伝わらないもどかしさを感じながら、それでも声を上げ続ける姿勢に筆者は敬意を抱く。この声はいつになったら政府に届くのか。岸田首相はこの日の午後、米ワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着。 岸田首相に向けて「反対」の声 【8月19日】  福島に戻った筆者は朝からやる気が出ない。前日からこんなニュースばかりだからだ。  《岸田首相は福島第一原発を20日にも訪問する方向で最終調整に入った。(中略)首相は近く関係閣僚会議を開き、月内にも放出開始の日程を判断する》(19日付福島民報)  本誌編集部の志賀哲也記者から一報をもらった。「不確実な情報ですが、岸田首相は朝、新幹線でJR郡山駅に来て、帰りはいわき駅から特急に乗って帰るようです」。  海洋放出に反対する人びとはこの情報をつかんでいるだろうか。心配が頭をかすめたが、間違っていたら悪いので、とりあえず経過を見守るしかない。志賀記者が郡山駅で写真をおさえ、私は原発付近に向かうことにした。  【8月20日】 https://twitter.com/seikeitohoku/status/1693071630145335489 岸田首相に海洋放出反対を訴えた宍戸さん(8月20日、牧内昇平撮影)  午前9時半、岸田首相が郡山駅に到着。志賀記者の情報はビンゴだった。反対する人びとの集会は開かれていないという。やはり情報が入っていないのだ。首相は直接、反対の声を聞くべきだ。筆者は福島市に住む宍戸幸子さんに電話をかけた。連日のように街頭で放出反対を訴えている宍戸さんなら一緒に来てくれると思ったからだ。「情報が正確だと分かりました。宍戸さん、今から出られますか?」「もちろん!」。原発の近くから福島市に引き返し、宍戸さんと合流していわき駅へ向かった。  正午すぎ、いわき駅に到着。警察官が歩き回っているなか、改札を出たところの広場で首相の到着をひたすら待つ。午後3時すぎ、特急ひたちのホームに降りようとする集団を発見。中央に首相の姿を認める。カメラを構えながら宍戸さんに「来た!」と叫んだ。宍戸さんは一瞬「どこ?」と戸惑ったが、気を引き締めて大きな声で叫んだ。  「海洋放出は絶対反対ですから!反対ですから!」  新聞紙で覆っていた手書きのポスターをかかげる。《反対してるのに! 海洋放出するな》  首相の姿が見えたのはわずか数秒だった。宍戸さんの叫び声は届いただろうか? 岸田首相はこの日、原発構内で東電の最高幹部たちと面会、報道対応を行った。しかし、福島の人びとと語り合う時間はつくらなかった。 【8月21日】  午後2時、福島市内の杉妻会館で「福島円卓会議」が始まった。海洋放出や廃炉の問題を議論するために県内の有識者や市民が集まった会議だ。ホールには事務局長の林薫平・福島大准教授の声が響いた。  「一、今夏の海洋放出スケジュールは凍結すべきである。二、地元の漁業復興のこれ以上の阻害は許容できない。三……」  林氏が読み上げたのは「緊急アピール」の文案だった。円卓会議はこの夏に発足。7月11日と8月1日に会合を開き、この日が3回目だ。議論を重ねるにはまだ時間が必要だったと思うが、事態は急を要するため、緊急アピールを発出することになったという。参加した市民たちと約2時間にわたる意見交換を行い、その場でアピールの文面を固めた。  この会議がもっと早く始まってくれればよかったのに、と筆者は思う。だが、内堀雅雄福島県知事が海洋放出に対する賛否を示さず、結果的に政府・東電の計画を追認してしまっているのが現状だ。地元福島の有識者・市民が自主的に集まり、意思表明することには大きな価値がある。  誰でも会議に参加でき、挙手すれば意見を述べられるという進行方法もいいと思う。事務局は政府や東電にも会議への出席を求めてきたという。しかし、これまでの会議には誰も参加していないようだ。ここでも「丁寧に説明する」という政府・東電の言葉がいい加減なものだとわかる。  午後4時、岸田首相は全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長を官邸に呼んだ。福島県漁連の専務理事も同席した。着々と地ならしが進んでいく印象。 決して賛否を示さない内堀知事 筆者の質問に答える内堀雅雄知事(写真中央、8月22日、牧内昇平撮影) 【8月22日】  午前10時、関係閣僚等会議が開始。岸田首相が「具体的な放出時期は8月24日を見込む」と発表する。  午後になって頼みの志賀記者から連絡が入った。2時半から西村康稔経産相が県庁を訪ね、内堀知事と吉田淳・大熊町長、伊澤史朗・双葉町長と面会するとのこと。県庁に取材を申し込んだら「経産省のほうで受け付けを行っています」とにべもない。しかも経産省はすでに申し込みを締め切ったという。  西村氏に続いて東電ホールディングスの小早川智明社長が内堀知事ら3氏と面会した。終了後、報道陣への取材対応の時間があった。筆者と内堀氏のやりとりを再現する。  筆者「フリーランスの牧内といいますが、何点かうかがいます」  内堀氏「すみません。時間の関係があるので一点でお願いします」  筆者「一点?」  内堀氏「はい」  筆者「これまで何度も聞かれていると思いますが、そもそも内堀さんは海洋放出に賛成なんでしょうか、反対なんでしょうか。理解を示しているのでしょうか、示していないのか。その点を明らかにしてもらいたいと思います」  内堀氏「はい。今ですね、二つの中の選択肢で選んでくれというお話をしました。今日私が経済産業大臣そして東京電力の社長にお話した内容、非常に複雑多岐な内容を含んでいます。漁業者の皆さんの思いも含んでいます。また、処理水の海洋放出に反対の方の意見も入っています。一方でまさに立地自治体であったり、避難地域12市町村の復興を前に進めたい、あるいは福島県の風評というものをしっかりなくしていきたいという県民の皆さんの思いも入っています。二つの選択肢の中のどちらかを選ぶということは、原子力災害の問題では極めて困難だと考えています。そのうえで広域自治体である県としては、それぞれの立場の真剣な思いというものを福島県の意見の中に取り入れつつ、これまで政府高官に対する要請を21回、また、復興推進委員会、復興再生協議会等の場において26回、この2年4カ月の間にお話をしてきました。一言で結論を出すことが難しい。それがこの原子力災害の葛藤だと考えています」  筆者「政治家としては決断を下すのが仕事だと……」  内堀氏(再質問している筆者から目を背けてほかの新聞記者を指し)「お願いします」  県庁の広報担当「一問限りでお願いいたします」  筆者「ダメなんですか?」  県庁の広報担当(無回答のまま)「じゃ、河北新報さん」  内堀氏(河北の記者のほうを向いて)「どうぞ」  この期に及んで内堀氏は海洋放出の是非について判断を示さなかった。「原子力災害の問題は二つの選択肢のどちらかを選ぶのが極めて困難だ」と言う。だが、いろいろな人と話し合ったうえで正解のない問題に決断を下すのが政治家の仕事だろう。福島県には原子力緊急事態宣言が出されている。まさに今、原子力災害は継続中である。「どちらかを選べない」人が行政トップの座に就いていて大丈夫だろうか(ちなみに複数質問した記者もいたことを付記しておく)。 注目される差し止め訴訟 【8月23日】  「今年の5月から裁判を準備してきました。原告数は100人を超えることを目指しています」  いわき市文化センターの会議室で、広田次男弁護士が海洋放出の差し止めを求める裁判を起こすと発表した。県内外の漁業者や市民が原告、国と東電ホールディングスが被告となる。海洋放出によって漁業者たちは生存の基礎となる生業を破壊される。一般の人びとも汚染されない環境で平穏に生活する権利を奪われる。漁業行使権、人格権(平穏生活権)が侵害されるとの主張だ。広田氏と共に弁護団の共同代表を務める河合弘之弁護士は海洋放出が倫理に反している点を強調した。  「福島第一原発の敷地内外には広大な土地があります。国や東電は『燃料デブリの用地確保が必要だ』と言いますが、デブリはまだ数㌘しか取れていません。大量に取り出せるのは何十年も先です。そんな先のことのために、空き地を使わず放流するというのはインチキです。ひと言でいえば『不要不急の放流』です」  9月8日に第一次提訴があるという。政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の最大の役割だ。海洋放出をめぐる法廷闘争がいよいよ始まる。  【8月24日】 大熊町で海洋放出直前に行われた抗議活動の様子(8月24日、牧内昇平撮影)  午前9時、筆者は大熊町夫沢付近にある国道6号の交差点に到着した。交差点から車を東に進めれば福島第一原発の敷地に至る。が、当然そこは封鎖され、一般車両は通行できない。数台のパトカーが停まり、制服の警察官が取り締まっている。海洋放出に反対する人びとが交差点に集まってきた。放出は午後1時の予定だと報じられていた。放出前最後の抗議になるだろう。  人びとは横一列に並ぶ。歩道に沿って《海に流すな》と書かれた横断幕をかかげる。ここでもリレースピーチが行われた。このエリアを歩いている人はいない。主に報道陣へ語りかける。  南相馬市の佐藤智子さんが話す。  「海は誰のものでしょう。みんなのものです。決して政治のトップや官僚や大企業だけのものではありません。なのに、私たちが住む地球の美しい環境を汚すっていうことに私はすごく憤りを感じます。私たち大人はまだいいですよ。子どもや孫、次世代の人たち、動植物の命を侵すことになる。私は肌でそう感じています。主婦です。単なる主婦。主婦がそう思うんです。そういうほうが案外当たっていると思います。陸上保管! 海洋放出反対!」  佐藤さんは「メディアの方々、きちんと報じてください」と語りかけた。だが、集まった報道陣はそれほど多くない。しかも半分ほどは海外メディアだった。筆者も韓国・京郷新聞のイ・ユンジョン記者から頼まれ、現地にお連れしていた。  浪江町から福島市に避難し、今も同市に住む今野寿美雄さんが話した。  「流したら福島県の恥だよ。福島も宮城も漁業は壊滅します。魚はもう食えなくなっちゃうよ。政府は全然科学的じゃないよ。原発のエンジニアとして言います。トリチウムは危険です。海はゴミ捨て場じゃないよ。それでなくても運転中の発電所からトリチウムが流れている。でも、今流そうとしているのは汚染水だよ。トリチウムだけじゃないよ。薄めて流すというけど、薄めたって総量は一緒なんです。生体濃縮した魚を食べたら人間の体にも入ってくるんです。水俣病で分かったことをまた同じことを繰り返そうとしているんです。馬鹿じゃないの?」 メディアの責任も問われている  原発で働いてきた今野さんは、事故後は子どもたちを無用な被ばくから守るための裁判で原告団長も務めてきた。放射線の怖さを肌身で感じてきたからだろう。今野さんの顔が紅潮してきた。怒りが止まらない。  「汚染水流すのやめろ。ここに爆弾あるんだったら爆弾を投げつけたいよ。ほんとに……ふざけんな!」  南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。原発の方角へお経を唱えている人がいる。千葉県にある妙法寺の法尼、矢向由季さんだ。法尼の声は時に穏やかに、時に力強く、寄せては返す波のように延々と続く。南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……。  午後1時すぎ、予定通り海洋放出が始まった。NHKはヘリコプターを飛ばして上空からの映像を中継している。そのくせ報じている内容は政府の言い分がベースになっている。本当に安全であり、本当に不可避ならば、大げさに伝える必要があるのだろうか。経過は大きく報じるものの、肝心の「是非」についてはっきりした考えがわからない。そのうえ反対意見は丁寧に拾わない。結果として政府を後押しする役割を果たす。多くのマスメディアに対して筆者は同様の印象を抱いている(「風評被害」を強調するだけでは、じゃあ賠償しますという話にしかならない。本来必要なのは代替案などの検証だ)。  一緒に取材したイ・ユンジョン記者は「なぜ日本では大規模な反対運動が起こらないのでしょうか」と不思議がっているが、声を上げている人は確かにいるのだ。それを伝えていないメディアの責任は大きい。報道陣の端くれである筆者も含めて。  双葉町にある産業交流センターの屋上階にのぼった。正面に太平洋が見える。まさに今、30年、40年と続く汚染水の放出が始まった。海は、変わらず青い。しかし私たちは次世代まで責任をもてるだろうか。  8月24日は、新たな負の記念日として記憶された。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】意見交換会リポート【牧内昇平】 県庁と癒着する地元「オール」メディア【牧内昇平】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 まきうち・しょうへい。42歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 課題が多い帰還困難「復興拠点外」政策

     原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」が成立した。その概要と課題について考えていきたい。 帰還希望者少数に多額の財政投資は妥当か 大熊町役場  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただその後、帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線再開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは、葛尾村が昨年6月12日、大熊町が同6月30日、双葉町が同8月30日、浪江町が今年3月31日、富岡町が同4月1日、飯舘村が同5月1日に解除され、すべての復興拠点で解除が完了した。以降は、住民が戻って生活できるようになった。 一方、復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、6月2日に同法が成立した。 その概要はこうだ。 ○対象の市町村長は、知事と協議のうえ、復興拠点外に「特定帰還居住区域」を設定する。「特定帰還居住区域」は帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で、①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④拠点区域と一体的に復興再生できることなどが要件。 ○市町村は、それらの事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」を策定して、国(内閣総理大臣)に認定申請する。 ○国(内閣総理大臣)は、特定帰還居住区域復興再生計画の申請があったら、その内容を精査して認定の可否を決める。 ○認定を受けた計画に基づき、国(環境省)が国費で除染を実施するほか、道路などのインフラ整備についても国による代行が可能。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、それに準じた内容と言える。避難解除は「2020年代」、すなわち2029年までに住民が戻って生活できることを目指すということだ。 こうした方針が本決まりになったことに対して、大熊町の対象者(自宅が復興拠点外にある町民)はこう話す。 「復興拠点外の扱いについては、この間、各行政区などで町や国に対して要望してきました。そうした中、今回、方向性が示され、関連の法律が成立したことは前進と言えますが、まだまだ不透明な部分も多い」 「特定帰還居住区域」に関する意向調査 復興拠点と復興拠点外の境界(双葉町)  この大熊町民によると、昨年8月から9月にかけて、「特定帰還居住区域」に関する意向調査が行われたという(※意向調査実施時は「改正・福島復興再生特別措置法」の成立前で、「特定帰還居住区域」は仮の名称・制度だった)。詳細を確認したところ、国と当該自治体が共同で、大熊・双葉・富岡・浪江の4町民を対象に、「第1期帰還意向確認」の名目で意向調査が実施された。 大熊町では、対象597世帯のうち340世帯が回答した。結果は「帰還希望あり」が143(世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされる)で、このうち「営農意向あり」が81、「営農意向なし」が24、「その他」が38。「帰還希望なし」(世帯全員が帰還希望なし)が120、「保留」が77だった。 回答があった世帯の約42%が「帰還希望あり」だった。ただ、今回に限らず、原発事故の避難指示区域(解除済みを含む)では、この間幾度となく住民意向調査が実施されてきたが、回答しなかった人(世帯)は、「もう戻らないと決めたから、自分には関係ないと思って回答しなかった」という人が多い。つまり、未回答の大部分は「帰還希望なし」と捉えることができる。そう考えると、「帰還意向あり」は25%前後になる。ほかの3町村も同様の結果だったようだ。今回の調査では、世帯のうち1人でも帰還希望者がいれば「帰還希望あり」にカウントされるため、実際の帰還希望者(人数)の割合は、もっと低いと思われる。 前出の大熊町民も「アンケート結果を見ると、回答があった340世帯のうち、143世帯が『帰還希望あり』との回答だったが、仲間内での話や実際の肌感覚では、そんなにいるとは思えない」という。 今後、対象自治体では、「特定帰還居住区域」の設定、同復興再生計画の策定に入る。それに先立ち、住民懇談会なども開かれると思うが、そこでどんな意見・要望が出るのか。ひとまずはそこに注目したいが、本誌が以前から指摘しているのは、原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのではなく、国費(税金)でそれを行うのは妥当か、ということ。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべきだ。ただ、国費で除染などをするのであれば、その恩恵を享受する人(帰還者数)に見合った財政投資でなければならない。詰まるところは、帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境整備にとどめるか、帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるかのどちらかしかあり得ない。

  • 福島県民不在の汚染水海洋放出

     政府は東京電力福島第一原発の汚染水(ALPS処理水)の海洋放出の時期を「春ごろから夏ごろ」として、その後も変更がないまま、8月に入った。 7月8日付の福島民報1面には「処理水放出、来月開始か」という記事が掲載された。政府が日程を調整しており、政治日程などから8月中が有力――という内容。 一方、同日付の福島民友は「処理水放出、来月下旬 政府内で案が浮上」と民報より踏み込んだ日程。7月2日には公明党の山口那津男代表が「直近に迫った海水浴シーズンは避けた方が良い」との考えを示しており、それを反映した案なのだろう。 政府と東電は2015(平成27)年8月、地下水バイパスなどの水の海洋放出について福島県漁連と交渉した際、「タンクにためられているALPS処理水に関しては、関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」と文書で約束している。 7月4日には国際原子力機関(IAEA)が、汚染水について「放射線の影響は無視できるほどごくわずか」とする包括報告書を日本政府に提出したが、県漁連は反対の立場を変えていない。今後、すぐに理解を得られるとは考えにくく、加えて中国や韓国は海洋放出に反対の姿勢を示していることを考えると、1、2カ月で実施するとは考えられない。 にもかかわらず、具体的なスケジュールが浮上することに驚かされる。いろいろ理由を付けて強行する考えなのか、それとも、ギリギリまで意見交換しても結論が出ないことを周知させたうえで、海洋放出以外の対応策に切り替えようとしているのか――。 その真意は読めないが、いずれにしても、県民不在のまま準備が進められている印象が否めない。海洋放出が行われれば、すべての業種に何らかの影響が及ぶと考えられる。そういう意味では全県民が「関係者」。公聴会で一部の業界団体・企業の意見を聞いて終わらせるのではなく、広く理解を得る必要があろう。 一方的に決められたタイムリミットに縛られる必要はないし、丁寧な説明を求める権利が県民にはあるはず。内堀雅雄知事も先頭に立ってそれを求めるべきだ。本誌でこの間主張して来た通り、県民投票を行い〝意思〟を確認し、議論を深めるのも一つの方法だろう。 政府・東電の計画によると、海洋放出は、原発事故前の放出基準だった年間約22兆ベクレルを上限として、海水で希釈しながら行われる。ALPS処理水のトリチウムの総量は2021年現在、約860兆ベクレル。放出完了まで数十年かかるとみられている。 「海洋放出してタンクがなくなれば、廃炉作業が進んで、原発被災地の復興が進む」という意見もあるが、国・東京電力が作成する中長期ロードマップによると、廃炉終了まで最長40年かかるとされている。実際にはデブリ取り出しなどが難航して、さらに長い時間がかかる見通し。もっと言えば、同原発で発生した放射性廃棄物の処理、中間貯蔵施設に溜まる汚染土壌の県外搬出などの課題も抱える。 つまり、最低でもあと数十年、福島県は原発事故の後始末に向き合うことになるわけで、海洋放出を開始したからといって、復興が加速するわけではない。むしろ「事故原発から出た放射性廃棄物がリアルタイムに放出されているまち」というイメージが定着するのではないか。 「夏ごろ」というタイムリミットは政府・東電が決めたもので、敷地的にはまだ余裕がある。海洋放出ありきの方針を見直し、代替案について県民を交えて議論を尽くすべきだ。

  • 【原発事故】追加賠償で広がる不満

     本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永) 広野町議が「分断政策を許すな」と指摘  原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。   ×  ×  ×  × 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 広野町議会の一幕 畑中大子議員(広野町議会映像より)    ×  ×  ×  × この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。 福島県原子力損害対策協議会の動き 東京電力本店  ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。 遠藤町長に聞く 遠藤智町長  あらためて、遠藤町長に見解を求めた。 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」  ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

  • 東京電力「特別負担金ゼロ」の波紋

     共同通信(5月8日配信)で次の記事が配信された。 《東京電力福島第一原発事故の賠償に充てる資金のうち、事故を起こした東電だけが支払う「特別負担金」が2022年度は10年ぶりに0円となった。ウクライナ危機による燃料費高騰のあおりで大幅な赤字に陥ったためだ。(中略)東電は原発事故後に初めて黒字化した13年度から特別負担金を支払い始め、21年度までの支払いは年400億~1100億円で推移してきた。だが、22年度はウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、0円とすることを政府が3月31日付で認可した》 事故を起こした東京電力だけが支払う「特別負担金」:ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれるため「0円」  原発事故に伴う損害賠償などの費用は、国が一時的に立て替える仕組みになっている。今回の原発事故を受け、2011年9月に「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立された。国は同機構に発行限度額13・5兆円の交付国債をあてがい、東電から資金交付の申請があれば、その中身を審査し、交付国債を現金化して東電に交付する。東電は、それを賠償費用などに充てている。 要するに、東電は賠償費用として、国から最大13・5兆円の「借り入れ」が可能ということ。このうち、東電は今年4月24日までに、10兆8132億円の資金交付を受けている(同日付の東電発表リリース)。一方、東電の賠償支払い実績は約10兆7364億円(5月19日時点)となっており、金額はほぼ一致している。 この「借り入れ」の返済は、各原子力事業者が同機構に支払う「負担金」が充てられる。別表は2022年度の負担金額と割合を示したもの。これを「一般負担金」と言い、計1946億9537万円に上る。  そのほか〝当事者〟である東電は「特別負担金」というものを納めている。東電の財務状況に応じて、同機構が徴収するもので、2021年度は400億円だった。 ただ、冒頭の記事にあるように、2022年度は、ウクライナ危機や円安による燃料高で10年ぶりの赤字が見込まれたことから、特別負担金がゼロだった。21年度までは年400億~1100億円の特別負担金が徴収されてきたから、例年よりその分が少なくなったということだ。 交付国債の利息は国民負担:最短返済でも1500億円  ここで問題になるのは、国は交付国債の利息分は負担を求めないこと。つまりは利息分は国の負担、言い換えると国民負担ということになる。当然、返済終了までの期間が長引けば利息は増える。この間の報道によると、利息分は最短返済のケースで約1500億円、最長返済のケースで約2400億円と試算されているという。 もっとも、「借り入れ」上限が13・5兆円で、返済が年約2000億円(2022年度)だから、このペースだと完済までに60年以上かかる計算。「特別負担金」の数百億円分の増減で劇的に完済が早まるわけではない。 それでも、原発賠償を受ける側は気に掛かるという。県外で避難生活を送る原発避難指示区域の住民はこう話す。 「東電の特別負担金がゼロになり、返済が遅れる=国負担(国民負担)が増える、ということが報じられると、実際はそれほど大きな影響がなかったとしても、われわれ(原発賠償を受ける側)への風当たりが強くなる。ただでさえ、避難者は肩身の狭い思いをしてきたのに……」 東電の「特別負担金ゼロ」はこんな形で波紋を広げているのだ。 あわせて読みたい 【原発事故対応】東電優遇措置の実態【会計検査院報告を読み解く】

  • 飯舘村「復興拠点解除」に潜む課題

     飯舘村の帰還困難区域の一部が5月1日に避難指示解除された。解除されたのは、村南部の長泥地区で、同地区に設定された復興再生拠点区域(復興拠点)と復興拠点外にある曲田公園。同村の帰還困難区域は約10・8平方㌔で、このうち復興拠点は約1・86平方㌔(約17%)。 昨年9月からの準備宿泊は「3世帯7人」が登録 「長泥コミュニティーセンター」の落成式でテープカットする杉岡村長(右から5人目)ほか関係者  同日午前10時にゲートが解放され、11時からは復興拠点に整備された「長泥コミュニティーセンター」の落成式が行われた。杉岡誠村長が「この避難指示解除を新たなスタートとして、村としても帰還困難区域全域の避難指示解除を目指し、夢があるふるさと・長泥に向けてさまざまな取り組みを続けていきます」とあいさつした。 同地区の住民は「こんなに多くの人が集まり、解除を祝ってもらい、うれしく思っている」、「この地区をなくしたくないという思いで、この間、通っていた」と話した。 復興拠点内に住民登録があるのは4月1日現在で62世帯197人。昨年9月から行われている準備宿泊は、3世帯7人が登録していた。村は5年後の居住人口目標を約180人としているが、それに達するかどうかはかなり不透明と言わざるを得ない。 復興拠点の避難指示解除は、昨年6月の葛尾村、大熊町、同8月の双葉町、今年3月の浪江町、同4月の富岡町に次いで6例目。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。つまりは、飯舘村ですべての復興拠点が解除されたことになる。 今後は、今年2月に閣議決定された「改正・福島復興再生特別措置法」に基づき、復興拠点から外れたエリアの環境整備と、帰還困難区域全域の避難指示解除を目指していくことになる。 2つの問題点:①帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当か、②帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること 復興拠点外で解除された曲田公園  ただ、そこには大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。 もう1つは帰還困難区域の除染・環境整備が全額国費で行われていること。それ以外のエリアの除染費用は東電に負担を求めているが、帰還困難区域はそうではない。 対象住民(特に年配の人)の中には、「どうしても戻りたい」という人が一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、住民は過失ゼロの完全な被害者だから、原状回復を求めるのは当然の権利として保障されなければならない。 ただ、原因者である東電の負担で環境回復させるのではなく、国費(税金)で行うのであれば話は違う。受益者が少ないところに、多額の税金をつぎ込む「無駄な公共事業」と同類になり、本来であれば批判の的になる。ただ、原発事故という特殊事情で、そうなりにくい。だからと言ってそれが許されるわけでない。 帰還困難区域は、基本、立ち入り禁止で、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないまでも「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人のための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか――そのどちらかしかあり得ない。 あわせて読みたい 子どもより教職員が多い大熊町の新教育施設【学び舎ゆめの森】 【写真】復興拠点避難解除の光と影【浪江町・富岡町】 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 海洋放出の〝スポークスパーソン〟経産官僚【木野正登】氏を直撃

     東京電力福島第一原発にたまる汚染水について、日本政府はこの夏にも海洋放出を始めようとしている。しかし、その前にやるべきことがある。反対する人たちとの十分な議論だ。話し合いの中で海洋放出の課題や代替案が見つかるかもしれない。議論を避けて放出を強行すれば、それは「成熟した民主主義」とは言えない。 致命的に欠如している住民との議論 「十分に話し合う」のが民主主義 『あたらしい憲法のはなし』  1冊の本を紹介する。題名は『あたらしい憲法のはなし』。日本国憲法が公布されて10カ月後の1947年8月、文部省によって発行され、当時の中学1年生が教科書として使ったものだという。筆者の手元にあるのは日本平和委員会が1972年から発行している手帳サイズのものだ。この本の「民主主義とは」という章にはこう書いてあった。 〈こんどの憲法の根本となっている考えの第一は民主主義です。ところで民主主義とは、いったいどういうことでしょう。(中略)みなさんがおおぜいあつまって、いっしょに何かするときのことを考えてごらんなさい。だれの意見で物事をきめますか。もしもみんなの意見が同じなら、もんだいはありません。もし意見が分かれたときは、どうしますか。(中略)ひとりの意見が、正しくすぐれていて、おおぜいの意見がまちがっておとっていることもあります。しかし、そのはんたいのことがもっと多いでしょう。そこで、まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆくのが、いちばんまちがいないということになります〉 海洋放出について日本政府が今躍起になってやっているのは安全キャンペーン、「風評」対策ばかりだ。お金を使ってなるべく反対派を少なくし、最後まで残った反対派の声は聞かずに放出を強行してしまおう。そんな腹づもりらしい。 だが、それではだめだ。戦後すぐの官僚たちは〈まずみんなが十分にじぶんの考えをはなしあったあとで、おおぜいの意見で物事をきめてゆく〉のがベストだと書いている。 政府は2年前の4月に海洋放出の方針を決めた。それから今に至るまで放出への反対意見は根強い。そんな中で政府(特に汚染水問題に責任をもつ経済産業省)は、反対する人たちを集めてオープンに議論する場を十分につくってきただろうか。 政府は「海洋放出は安全です。他に選択肢はありません」と言う。一方、反対する人々は「安全面には不安が残り、代替案はある」と言う。意見が異なる者同士が話し合わなければどちらに「理」があるのかが見えてこない。専門知識を持たない一般の人々はどちらか一方の意見を「信じる」しかない。こういう状況を成熟した民主主義とは言わないだろう。「議論」が足りない。ということで、筆者はある試みを行った。 経産省官僚との問答 経産官僚 木野正登氏(環境省HPより)  5月8日午後、福島市内のとある集会場で、経産官僚木野正登氏の講演会が開かれようとしていた。木野氏は「廃炉・汚染水・処理水対策官」として、海洋放出について各地で説明している人物だ。メディアへの登場も多く、経産省のスポークスパーソン的存在と言える。この人が福島市内で一般参加自由の講演会を開くというので、筆者も飛び込み参加した。微力ながら木野氏と「議論」を行いたかったのだ。 講演会は前半40分が木野氏からの説明で、後半1時間30分が参加者との質疑応答だった。 冒頭、木野氏はピンポン玉と野球のボールを手にし、聴衆に見せた。トリチウムがピンポン玉でセシウムが野球のボールだという。木野氏は2種類の球を司会者に渡し、「こっちに投げてください」と言った。司会者が投げたピンポン玉は木野氏のお腹に当たり、軽やかな音を立てて床に落ちた。野球のボールも同様にせよというのだが、司会者は躊躇。ためらいがちの投球は木野氏の体をかすめ、床にドスンと落ちた(筆者は板張りの床に傷がつかないか心配になった……)。 経産省の木野正登氏の講演会の様子。木野氏はトリチウムをピンポン玉、セシウムを野球のボールにたとえ、両者の放射線の強弱を説明した=5月8日、福島市内、筆者撮影  トリチウムとセシウムの放射線の強弱を説明するためのデモンストレーションだが、たとえが少し強引ではないかと思った。放射線の健康影響には体の外から浴びる「外部被曝」と、体内に入った放射性物質から影響を受ける「内部被曝」がある。 トリチウムはたしかに「外部被曝」の心配は少ないが、「内部被曝」については不安を指摘する声がある。木野氏のたとえを借用するならば、野球のボールは飲み込めないが、ピンポン玉は飲み込んでのどに詰まる危険があるのでは……。 これは余談。もう一つ余談を許してもらって、いわゆる「約束」の問題について、木野氏が自らの持ち時間の中では言及しなかったことも書いておこう。政府は福島県漁連に対して「関係者の理解なしにいかなる処分も行わない」という約束を交わしている。漁連はいま海洋放出に反対しており、このまま放出を実施すれば政府は「約束破り」をすることになる。政府にとって不都合な話だ。木野氏は「何でも話す」という雰囲気を醸し出していたけれど、実際には政府にとって不都合なことは積極的には話さなかった。 そうこうしているうちに前半が終わり、後半に入った。 筆者は質疑応答の最後に手を挙げて発言の機会をもらった。そのやりとりを別掲の表①・②に記す。 木野氏との議論①(海洋放出の代替案について) 福島第一原発構内南西側にある処理水タンクエリア。 筆者:海洋放出の代替案ですが、太平洋諸島フォーラム(PIF)の専門家パネルの方が、「コンクリートで固めてイチエフ構内での建造物などに使う方が海に流すよりもさらにリスクが減るんじゃないか」と言ってたんですけども(注1)、これまでにそういう提案を受けたりとか、それに対して回答されたりとか、そういうのはあったんでしょうか?木野氏:はいはい。そういう提案を受けたりとか、意見はいただいてますけども、その前にですね。以前、トリチウムのタスクフォースというのをやっていて、5通りの技術的な処分方法というのを検討しました。 一つが海洋放出、もう一つが水蒸気放出。今おっしゃったコンクリートで固める案と、地中に処理水を埋めてしまうというものと、トリチウム水を酸素と水素に分けて水素放出するという、この5通りを検討したんです。簡単に言うと、コンクリートで固めて埋めてしまうとかって、今までやった経験がないんですね。やった経験がないというのはどういうことかというと、それをやるためにまず、安全の基準を作らないといけない。安全の基準を作るために、実験をしたりしなきゃいけないんですよ。 安全基準を作るのは原子力規制委員会ですけども、そこが安全基準を作るための材料を提供したりして、要は数年とか10年単位で基準を作るためにかかってしまうんですね。ということで、やったことがない3つ(地層注入、地下埋設、水素放出)の方法って、基準を作るためだけにまずものすごい時間がかかってしまう。 要は、数年で解決しなければいけない問題に対応するための時間がとても足りない。ということで、タスクフォースの中でもこの3つについてはまず除外されました。残るのが、今までやった経験のある水蒸気放出と海洋放出。水蒸気か海洋かで、また委員会でもんで、結果的に委員会のほうで「海洋放出」ということで報告書ができあがった、という経緯です。筆者:「やった経験がないものは基準を作らなきゃいけないからできない」ということはそもそも、それだったら検討する意味があるのかという話になるかと個人的には思います。が、いずれにせよ、先週の段階で専門家がこのようなこと(コンクリート固化案)をおっしゃっていると。当然彼らは彼らでこれまでの検討過程について説明を受けているんだろうし、自分たちで調べてもいるんだろうと思うんですけども、それでも言ってきている。そこのコミュニケーションを埋めないと、結局PIFの方々はまた違う意見を持つということになってしまうんじゃないですか? 木野氏:彼らがどこまで我々のタスクフォースとかを勉強してたかは分かりませんけども、くり返しになりますけど、今までやった経験がないことの検討はとても時間がかかるんです。それを待っている時間はもうないのですね。筆者:そもそも今の「勉強」というおっしゃり方が。説明すべきは日本政府であって、PIFだったり太平洋の国々が調べなさいという話ではまずないとは思いますけども。 彼らが彼らでそういうことを知らなかったとしたらそもそも日本政府の説明不足だということになると思いますし、仮にそういうことも知った上で代替案を提案しているのであれば、そこはもう少しコミュニケーションの余地があるのではないですか? それでもやれるかどうかということを。木野氏:先方と日本政府がどこまでコミュニケーションをとっていたかは私が今この場では分からないので、帰ったら聞いてみたいとは思いますけども、くり返しですけど、なかなか地中処分というのは難しい方法ですよね。 注1)ここで言う専門家とは、米国在住のアルジュン・マクジャニ氏。PIF諸国が海洋放出の是非を検討するために招聘した科学者の一人。 アルジュン・マクジャニ博士の資料 https://www.youtube.com/watch?v=Qq34rgXrLmM&t=6480s 放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声 2022年12月17日 木野氏との議論②(海洋放出の「がまん」について) 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 筆者:木野さんは大学でも原子力工学を勉強されていて、ずっと原子力を進めてきた立場でいらっしゃると先ほどうかがったんですけども、私からすれば専門家というかすごく知識のある方という風に見ております。現在は経産省のしかるべき立場として、今回の海洋放出方針に関しても、もちろん最終的には官邸レベルの判断だったと思いますが、十分関わってらっしゃった、むしろ一番関わってらっしゃった方だと……。木野氏:まあ私は現場の人間なので、政府の最終決定に関わっているというよりは……。筆者:ただ、道筋を作ってきた中にはいらっしゃるだろうと思うんですけれども。木野氏:はい。筆者:そういう木野さんだから質問するんですが、結局今回の海洋放出、30~40年にわたる海洋放出でですね、全く影響がない、未来永劫、私たちが生きている間だけとかではなくて、私の孫とかそういうレベルまで、未来永劫全く影響ありません、という風に自信をもって、職業人としての誇りをもって、言い切れるものなんでしょうか?木野氏:はい。言えます。筆者:それは言えるんですか?木野氏:安全基準というのは人体への影響とか環境への影響がないレベルでちゃんと設定されているものなんですね。それを守っていれば影響はないんです。まあ影響がないと言うとちょっと語弊があるかもしれないけど、ゼロではないですけども、有意に、たとえば発がん、がんになるとか、そういう影響は絶対出ないレベルで設定されているものなんですよ。だから、それを守ることで、私は絶対影響が出ないと確信を持って言えます。それはもう、私も専門家でもありますから。筆者:ありがとうございます。絶対影響がないという根拠は、木野さんの場合、基準を十分守っているから、という話ですよね。ただそれはほんとにゼロかと言われたら、厳密な意味ではゼロではないと。木野氏:そういうことです。筆者:誠実なおっしゃり方をされていると思うんですけれども、そうなってくると、先ほど後ろの女性の方がご質問されたように、「要するにがまんしろという部分があるわけですよね」ということ。一般の感覚としてはそう捉えてしまう訳ですよ。木野氏:うーん……。筆者:基準を超えたら、そんなことをしてはいけないレベルなので。そうではないけれどもゼロとも言えないという、そういうグレーなレベルの中にあるということだと思うんですよ。それを受け入れる場合は、一般の人の常識で言えば「がまん」ということになると思いますし、先ほどこちらの女性がおっしゃったように、「これ以上福島の人間がなぜがまんしなくちゃいけないんだ」と思うのは、「それくらいだったら原発やめろ」という風に思うのが、私もすごく共感してたんですけれども。 だから、海洋放出をもし進めるとするならば、どうしてもそれしか選択肢がないということなのであって、その中で、がまんを強いる部分もあるというところであって、いろいろPRされるのであれば、そういうPRの仕方をされたほうがいいんじゃないかなと。そうしないと、「がまんをさせられている」と思っている身としては、そのがまんを見えない形にされている上で、「安全なんです」ということだけ、「安全で流します」ということだけになってしまうので。むしろ、経産省の方々は、そういうがまんを強いてしまっているところをはっきりと書く。 たとえば、ALPSで除去できないものの中でも、ヨウ素129は半減期が1570万年にもなる訳ですよね。わずか微量であってもそういう物が入っている訳じゃないですか。炭素14も5700年じゃないですか。その間は海の中に残るわけですよね。トリチウムとは全然半減期が違うと。ただそれは微量であると。そういうところを書く。新聞の折り込みとかをたくさんやってらっしゃるのであれば、むしろ積極的にマイナスの情報をたくさん載せて、マイナスの情報を知ってもらった上で、「これはがまんなんです。申し訳ないんです。でも、これしか廃炉を進めるためには選択肢がなくなってしまっている手詰まり状況なんです」ということを、「ごめんなさい」しながら、ちゃんと言った上で理解を得るということが本当の意味では必要なんじゃないかと思うんですけれども。 木野氏:がまんっていうこと……がまんっていうのはたぶん感情の問題なので、たぶん人それぞれ違うとは思うんですよね。なので我々としては、「影響はゼロではないですよ。ただし、他のものと比べても全然レベルは低いですよ。だからむしろ、ちゃんと安全は守ってます」ということを言いたいんですね。 それを人によっては、「なんでそんながまんをしなきゃいけないんだ」っていう感情は、あるとは思います。なので、我々はしっかり、「安全は守れますよ」っていうのを皆さんにご理解いただきたい、という趣旨なんですね。筆者:たぶんその、少しだけ認識が違うのは、そもそも原発事故はなぜ起きたというのは、当然東電の責任ですが、その原子力政策を進めてきたのは国であると。ということを皆さん、というか私は少なくともそう思っております。そこはやっぱり法的責任はなかったとしても加害側という風に位置付けられてもおかしくないと思います。木野氏:はい。筆者:そういう人たちが、「基準は満たしているから。ゼロではないけれども、がまんというのは人の捉えようの問題だ」と言ってもですね。それはやっぱり、がまんさせられている人からしてみれば、原発事故の被害者だと思っている人たちからしてみれば、それはちょっと虫がよすぎると思うんじゃないでしょうか?木野氏:おっしゃりたいことをはとてもよく分かります。ただ、何と言ったらいいんでしょうね。もちろんこの事故は東京電力や政府の責任ではありますけども、うーん……、やっぱり我々としては、この海洋放出を進めることが廃炉を進めるために避けては通れない道なんですね。なので、廃炉を進めるために、これを進めさせていただかないといけないと思っています。 なのでそこを、何と言うんですかね……分かっていただくしかないんでしょうけど、感情的に割り切れないと思っている方もたくさんいるのも分かった上で、我々としてはそれを進めさせていただきたい、という気持ちです。筆者:これは質問という形ではないのですけども、もしそういう風におっしゃるのであれば、「やはり理解していただかなければならない」と言うのであれば、最初にはやっぱりその、特に福島の方々に対して、もっと「お詫び」とか、そういうものがあるのが先なんじゃないかと思うんですよね。今日のお話もそうですし、西村大臣の動画(注2)とかもそうですが。まあ東電は会見の最初にちょっと謝ったりしますけれども。 こういう会が開かれて説明をするとなった場合に、理路整然と、「こうだから基準を満たしています」という話の前段階として、政府の人間としては、当時から福島にいらっしゃった方々、ご家族がいらっしゃった方々に対して、「お詫び」とか。新聞とかテレビCMとかやる場合であっても、「こうだから安全です」と言う前に、まずはそういう「申し訳ない」というメッセージが、「それでもやらせてください」というメッセージが、必要なんじゃないかという風に思います。木野氏:分かりました。あのちょっとそこは、持ち帰らせてください。はい。 注2)経産省は海洋放出の特設サイトで西村康稔大臣のユーチューブ動画を公開している。政府の言い分を「啓蒙」するだけで、放射性物質を自主的に海に流す事態になっていることへの「謝罪」は一切ない。 今こそ「国民的議論」を 『原発ゼロ社会への道 ――「無責任と不可視の構造」をこえて公正で開かれた社会へ』(2022)  海外の専門家がコンクリート固化案を提唱しているという指摘に対して、木野氏の答えは「今までやったことがないので基準作りに時間がかかる」というものだった。しかし筆者が木野氏との問答後に知ったところによると、脱原発をめざす団体「原子力市民委員会」は「汚染水をセメントや砂と共に固化してコンクリートタンクに流し込むという案は、すでに米国のサバンナリバー核施設で大規模に実施されている」と指摘している(『原発ゼロ社会への道』2022 112ページ)。同委員会のメンバーらが官僚と腹を割って話せば、クリアになることが多々あるのではないだろうか。 海洋放出が福島の人びとに多大な「がまん」を強いるものであること、政府がその「がまん」を軽視していることも筆者は指摘した。この点について木野氏は「理解していただくしかない」と言うだけだった。「強行するなら先に謝罪すべきだ」という指摘に対して有効な反論はなかったと筆者は受け止めている。 以上の通り、筆者のようなライター風情でも、経産省の中心人物の一人と議論すればそれなりに煮詰まっていく部分があったと思う。政府は事あるごとに「時間がない」という。しかし、いいニュースもある。汚染水をためているタンクが満杯になる時期の見通しは「23年の秋頃」とされてきたが、最近になって「24年2月から6月頃」に修正された。ここはいったん仕切り直して、「海洋放出ありき」ではない議論を始めるべきだ。 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」 あわせて読みたい 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 経産省「海洋放出」PR事業の実態【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【地震学者が告発】話題の原発事故本【3・11 大津波の対策を邪魔した男たち】 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】

  • 追加原発賠償決定で集団訴訟に変化

     本誌3月号の特集で「原発事故 追加賠償の全容 懸念される『新たな分断』」という記事を掲載した。 文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 3月号記事はその詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートしたもの。なお、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう見た場合の追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。  この追加賠償を受け、現在係争中の原発裁判にも影響が出ている。地元紙報道などによると、南相馬市原町区の住民らが起こしていた集団訴訟では、昨年11月に仙台高裁で判決が出され、東電は計約2億7900万円の賠償支払いを命じられた。これを受け、東電は最高裁に上告していたが、3月7日付で上訴を取り下げたという。 そのほか、3月10日の仙台高裁判決、3月14日の福島地裁判決2件、岡山地裁判決の計4件で、いずれも賠償支払いを命じられたが、控訴・上告をしなかった。 中間指針第5次追補が策定されたこと、被害者への支払いを早期に進めるべきこと――等々を総合的に勘案したのが理由という。 こうした動きに対し、ある集団訴訟の原告メンバーはこう話す。 「裁判で国と東電の責任を追及している手前、追加賠償の受付がスタートしても、まだ受け取らない(請求しない)方がいいのではないかと考えています」 一方、仙台高裁で係争中の浪江町津島地区集団訴訟の関係者はこうコメントした。 「東電がどのように考えているかは分かりませんが、われわれは裁判で、原状回復と国・東電の責任を明確にすることを求めており、その姿勢に変わりはありません」 中間指針第5次追補との関連性は集団訴訟によって異なるだろうが、追加賠償(中間指針第5次追補)が決定したことで、現在係争中の原発賠償集団訴訟にも変化が出ているのは間違いない。 あわせて読みたい 【原発事故】追加賠償の全容

  • 裁判に発展した【佐藤照彦】大熊町議と町民のトラブル

     本誌2019年11月号に「大熊町議の暴言に憤る町民」という記事を掲載した。大熊町から県外に避難している住民が、議員から暴言を受けたとして、議会に懲罰を求めたことをリポートしたもの。その後、この件は裁判に発展していたことが分かった。一方で、この問題は単なる「議員と住民のトラブル」では片付けられない側面がある。 根底に避難住民の微妙な心理 大熊町役場  最初に、問題の発端・経過について簡単に説明する。 2019年11月号記事掲載の数年前、大熊町から茨城県に避難しているAさんは、町がいわき市で開催した住民懇談会に参加した。当時、同町は原発事故の影響で全町避難が続いており、今後の復興のあり方などについて、町民の意見を聞く場が設けられたのである。Aさんはその席で、渡辺利綱町長(当時)に、帰還困難区域の将来的な対応について質問した。 Aさんによると、その途中で後に町議会議員となる佐藤照彦氏がAさんの質問を遮るように割って入り、「町長が10年後のことまで分かるわけない」、「私は(居住制限区域に指定されている)大川原地区に帰れるときが来たら、いち早く帰りたいと思うし、町長には、大川原地区の除染だけではなく、さらに大熊町全域にわたり、除染を行ってもらいたい」旨の発言をしたのだという。 当時は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、2015年11月の町議選に立候補した。定数12に現職10人、新人3人が立候補した同町議選で、佐藤氏は432票を獲得、3番目の得票で初当選し、2019年に2回目の当選を果たしている。 【佐藤照彦】大熊町議(引用:議会だより)  一方、2019年4月10日に、居住制限区域の大川原地区と、避難指示解除準備区域の中屋敷地区の避難指示が解除された。 そんな経過があり、同年9月、Aさんは佐藤議員に対して過去の発言を質した。Aさんによると、そのときのやり取りは以下のようなものだった。 Aさん「以前の説明会で『戻れるようになったら戻る』と話していたが、なぜ戻らないのか」 佐藤議員「そんなことは言っていない。帰りたい気持ちはある」 Aさん「説明会であのように明言しておきながら、議員としての責任はないのか」 佐藤議員「状況が変わった」 そんな問答の中で、Aさんは佐藤議員からこんな言葉を浴びせられたのだという。 「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」 住民懇談会の際は、佐藤氏は一町民の立場だったが、その後、公職(議員)に就いたこと、2019年4月10日に、居住制限区域と避難指示解除準備区域の避難指示が解除されたことから、佐藤議員に帰還意向などの今後の対応を聞いたところ、暴言を吐かれたというのだ。 Aさんは「県外に避難している町民を蔑ろにしていることが浮き彫りになった排他的発言で許しがたい」と憤り、同年9月24日付で、鈴木幸一議長(当時)に「大熊町議会議員佐藤照彦氏の暴言に対する懲罰責任及び謝罪文の要求」という文書を出した。 そこには、佐藤議員から「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」との暴言を吐かれたことに加え、「県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外避難している住民に対する排他的発言です」などと記されていた。 Aさんによると、その後、鈴木議長から口頭で「要求文」への回答があったという。 「内容は『発言自体は本人も認めているが、議会活動内のことではないため、議会として懲罰等にはかけられない。本人には自分の発言には責任を持って対応するように、と注意を促した』というものでした」(Aさん) 当時、本誌が議会事務局に確認したところ、次のような説明だった。 「(Aさんからの)懲罰等の要求を受け、議会運営委員会で協議した結果、議会外のことのため、懲罰等は難しいという判断になり、当人(佐藤議員)には、自分の発言には責任を持って対応するように、といった注意がありました。そのことを議長(当時)から、(Aさんに)お伝えしています」 ちなみに、鈴木議長はこの直後に同年11月の町長選に立候補するために議員を辞職した。そのため、以降のこの件は松永秀篤副議長がAさんへの説明などの対応をした。 一方、佐藤議員は当時の本誌取材にこうコメントした。 「議会開会時に(議場の外の)廊下で(Aさんに)会い、私に『帰ると言っていたのに』ということを質したかったようです。私は『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』ということを伝えました。それが真意です。(Aさんは)『県外避難者に対する侮辱だ』ということを言っていますが、私は議員に立候補した際、『町外避難者の支援の充実』を公約に掲げており、そんなこと(県外避難者を侮辱するようなこと)はあり得ない。それは町民の方も理解していると思います」 弁護士から通告書  Aさんは「暴言を吐かれた」と言い、佐藤議員は「『あなたは、県外に住宅をお求めになったのかどうかは知りませんが、あなたとは帰る・帰らないの議論は差し控えたい』と伝えたのであって、県外避難者を侮辱するようなことを言うはずがない」と主張する。 両者の言い分に食い違いがあり、本来であれば、佐藤議員からAさんに「誤解が招くような言い方だったとするなら申し訳なかった」旨を伝えれば、それで終わりになった可能性が高い。 ところが、その後、この問題は佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求めて訴訟を起こす事態に発展した。 その前段として、2020年5月14日付で、佐藤議員の代理人弁護士からAさんに文書が届いた。 そこには、①「あんたら県外にいる人間には言われる筋合いはない」との発言はしていない、②Aさんは佐藤議員に対して謝罪を求める行為をしているが、そもそも前述の発言はしていないので、謝罪要求に応じる義務がないし、応じるつもりもない、③今後は佐藤議員に直接接触せず、代理人弁護士を通すこと――等々が記されていた。 「懲罰請求に対して、鈴木議長から回答があった数日後、松永副議長から電話があり(※前述のように、鈴木議長は町長選に立候補するために議員辞職した)、『議場外のため、議会としてはこれ以上は踏み込めないので、今後は、佐藤議員と話し合ってもらいたい』と言われました。ただ、いつになっても佐藤議員から謝罪等の話がないため、2020年4月17日に私から佐藤議員に電話をしたところ、15秒前後で一方的に切られました。それから間もなく、佐藤議員の代理人弁護士から内容証明で通告書(前述の文書)が届いたのです」(Aさん) Aさんはそれを拒否し、あらためて佐藤議員に接触を図ろうとしたところ、佐藤議員がAさんに対して「面談強要禁止」を求める訴訟を起こしたのである。文書には「何らかの連絡、接触行為があった場合は法的措置をとる」旨が記されており、実際にそうなった格好だ。 一方、佐藤議員はこう話す。 「本来なら、話し合いで決着できることで、裁判なんてするような話ではありません。ただ、冷静に話し合いができる状況ではなかったため、そういう手段をとりました」 面談強要禁止を認める判決  こうして、この問題は裁判に至ったのである。 同訴訟の判決は昨年10月4日にあり、裁判所はAさんが佐藤議員に「自身の発言についてどう責任を取るのか」、「どのように対応するのか」と迫ったことに対する「面談強要禁止」を認める判決を下した。 この判決を受け、Aさんは「この程度で、『面談禁止』と言われたら、町民として議員に『あの件はどうなっているのか』と聞くこともできない」と話していた。 その後、Aさんは一審判決を不服として、昨年10月18日付で控訴した。控訴審判決は、3月14日に言い渡され、1審判決を支持し、Aさんの請求を棄却するものだった。 Aさんは不服を漏らす。 「裁判所の判断は、時間の長さや回数に関係なく、数分の接触行為が佐藤議員の受忍限度を超える人格権の侵害に当たるというものでした。要するに弁護士を介さずに事実確認を行ったことが不法行為であると判断されたのです。この判決からすると、議員等の地位にある人や、経済的に余裕がある人が自分に不都合があったら弁護士に委任し、話し合いをするにはこちらも弁護士に依頼するか、裁判等をしなければならないことになります。この『面談強要禁止』が認められてしまったら、資力がなければ一般住民は泣き寝入りすることになってしまう」 さらにAさんはこう続ける。 「懲罰請求をした際、当時の正副議長から『佐藤議員の不適切な発言に対し、議員としての発言に注意をするように促したほか、本人(佐藤議員)も迷惑をかけたと反省し、謝罪なども含め、適切に対応をしていくとのことだから、今後は佐藤議員と話し合ってもらいたい』旨を伝えられました。にもかかわらず、佐藤議員は真摯な謝罪や話し合いどころか、自らの不都合な事実から逃れるため、面談強要禁止まで行った。これは、佐藤議員の公職者(議員)としての資質以前に、社会人として倫理的に逸脱しており、さらにこのような事態にまで至った責任は、議会にも一因があると思います」 一方、佐藤議員は次のようにコメントした。 「話し合いの余地がなかったため、こういう手段(裁判)を取らざるを得ませんでした。裁判では真実を訴えました。結果(面談強要禁止を認める判決が下されたこと)がすべてだと思っています」 なお、問題の発端となった「あんたら、県外にいる人間に言われる筋合いはない」発言については、前述のように両者の証言に食い違いがあるが、控訴審判決では「仮に被控訴人(佐藤議員)の発言が排他的発言として不適切と評価されるものであったとしても、被控訴人の申し入れに対して……」とある。要は、佐藤議員の発言が不適切なものであっても、申し入れ(代理人弁護士の通知書)に反して直接接触を図る合理的理由にはならないということだが、排他的発言の存在自体は否定していない。 ともかく、裁判という思わぬ事態に至ったこの問題だが、本誌が伝えたいのは、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは語れない側面があるということである。 問題の本質 大熊町内(2019年4月に解除された区域)  1つは議員の在り方。原発避難区域(解除済みを含む)の議員は厳密には公選法違反状態にある人が少なくない。というのは、地方議員は「当該自治体に3カ月以上住んでいる」という住所要件があるが、実際は当該自治体に住まず、避難先に生活拠点があっても被選挙権がある。2019年11月号記事掲載時の佐藤議員がまさにそうだった。「特殊な条件にあるから仕方がない」、「緊急措置」という解釈なのだろうが、そもそも議員自身が「違法状態」にあるのに、避難先がどうとか、帰る・帰らないについて、どうこう言える立場とは言えない。  もっとも、これは当該自治体に責任があるわけではない。むしろ、国の責任と言えよう。本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じるべきだったが、それをしなかったからだ。 もう1つは避難住民の在り方。本誌がこの間の取材で感じているのは、原発事故の避難区域では、「遠くに避難した人は悪、近くに避難した人は善」、「帰還しなかった人は悪、帰還した人は善」といった空気が流れていること。明確にそういったことを口にする人は少ないが、両者には見えない壁があり、何となくそんな風潮が感じられるのだ。 実際、前段で少し紹介したように、Aさんが2019年に議会に提出した懲罰請求には次のように書かれている。 《佐藤議員の発言は請求人(Aさん)だけに対するもので収まる話ではなく、県外に避難している町民に対して、物事を指摘される道理なく「県外にいる町民は、物事を言うな」とも捉えられる発言であり、到底、看過することができない議員による問題発言です。まして、佐藤議員は、避難町民の代表であり、公職の議会議員である当該暴言は、一町民(Aさん)に対する暴言で済む話ではなく、佐藤議員の日頃の県外避難者に対する偏見と差別の考えから発せられたものであることを否めず、福島第一原発の放射能事故により故郷を追われ、苦境の末、やむを得ず県外の避難している住民に対する排他的発言です》 ここからも読み取れるように、この問題の根底には、避難区域の住民の微妙な心理状況が関係しているように感じられる。 もっと言うと、避難住民の在り方の問題もある。原発事故の避難指示区域の住民は強制的に域外への避難を余儀なくされた。原発賠償の事務的な問題などもあって、「住民票がある自治体」と「実際に住んでいる自治体」が異なる事態になった。わずかな期間ならまだしも、10年以上もそうした状況が続いているのだ。結果、避難者はそこに住んでいながら、当該自治体の住民ではない、として肩身の狭い思いをしてきた。 こうした問題や前述のような風潮を生み出したのも国の責任と言えよう。これについても、本来なら、原発避難区域の特殊事情を鑑みた特別立法等の措置を講じる必要があったのに、それをしなかった。 こうした側面から、単なる「議員と住民のトラブル」だけでは片付けられないのが今回の問題なのだ。本誌としては、そこに目を向け、正しい方向に進むように今後も検証・報道していきたいと考えている。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

  • 福島視察の韓国議員団と面談した【島明美】伊達市議に聞く

     韓国の最大野党「共に民主党」の国会議員4人が4月6〜8日の日程で福島県を視察した。同議員団は東京電力福島第一原発から排出される汚染水の海洋放出に反対の立場で、現地の状況を知るための視察だったようだが、どんな視察内容だったのか、同議員団と面談した島明美伊達市議会議員に話を聞いた。 海洋放出をめぐる韓国国内の動き 韓国議員団との面談の様子(島議員提供)  韓国議員団の福島視察は新聞等ではそれほど大きく扱われていない。ただ、ネットニュースなどでは「県内の議員や被災者らと面談した」と報じられ、そのうちの1人である島明美伊達市議会議員に、どういった経緯で韓国議員団と面談することになったのか、その中身はどんなものだったのかを聞いた。 まず面談に至る経緯だが、震災後にボランティアで福島県に入り、韓国語が話せるため韓国からの訪問者のコーディネートをしていた知人から、島議員に「韓国の議員団が福島県に来るのだが、短い時間でも可能なのでお話をうかがえないか」といった問い合わせがあった。詳しく聞くと、「海洋放出問題について現地を訪問して話を聞きたい」とのことだった。 当初、島議員は「海に面していない伊達市在住の自分より、もっとふさわしい人がいるのではないか」と考え、知人にそのことを伝えた。ただ、知人からは「時間の関係で難しい。どなたか地元議員を紹介していただけるならお願いしたい」と言われ、島議員は「探してみます」と回答した。 その後、島議員自身で来日(来福)する議員について調べたり(※そこで初めて、訪問するのが国会議員であることを知る)、海洋放出決定の経過や原発事故対応について見聞きしてきたことを発信している自身の活動を振り返り、「韓国の方々にお伝えすることも、自分の役割の一つ」と考え面談を受けることにした。4月7日に福島市内の会議室を借りて面談した。 ちなみに、韓国議員団は島議員との面談後、復興住宅に住む人や被災地などを訪問しており、一部報道ではそれらすべてを島議員が紹介・案内したかのようなニュアンスで捉えられているようだが、実際はそうではない。島議員は福島市内の会議室で1人で議員団と面談し、その場で別れた。 実際の面談では「島明美 個人的な意見」と明記したうえで、伝えたいことを資料としてまとめた。その内容は、①UNSCEAR(国連科学委員会)の「2020年/2021年報告書」は、初期被曝線量を100分の1過小評価したものである可能性があること、②結論ありきで進められ、日本政府が言う「科学的」は、根拠に基づいていないこと、③放射能汚染への〝風評払拭事業〟によって、地元民が被害を言えなくなっていること、④土壌汚染測定をしていないなど、被害の現状把握がなされていない面が多いこと、⑤歪められた科学を封じ込める健全な科学に基づく国際的枠組みをつくる取り組みが必要であること――等々。 「中には、安全だという情報を得て賛成している一般市民もいらっしゃるでしょうけど、『安全』とされる『科学的』データそのものの信頼性が欠如しているのならば、汚染水の放出に賛成する一般市民は、ほぼいないのではないか、とお伝えしました」(島議員) 島議員が伝えたかったこと 島明美議員(伊達市議会HPより)  そのうえで、島議員は海洋放出についての以下のような自身の見解を韓国議員団に話した。 ○タンクに溜められている「汚染処理水」とされている水の具体的な核種と汚染の数値は、国民にも世界的にも分かりやすく公開されていない。東電から発表されているデータについては第三者機関による検証も行われていない。健康影響についても調査結果は公表されていない。以上のことから、データそのものの信ぴょう性が問われるということを国内外にお伝えしたい。お伝えすることで、被害影響への対応や、事前に被害を防ぐための対策を準備するために、国際社会の協力が必要であることを実感してもらえると期待している。 ○ALPS処理水=汚染水に関して、海洋放出に賛成している人は、私の周辺ではほぼいない。(韓国議員団と面談するに当たり)ここ数日、住民(伊達市と福島市)の数名に突然、海洋放出の是非について質問したところ、賛成という人はおらず、「よく分からないけど、良いことではないことは分かる」という声を複数人から聞いた。 ○ほかにも、この間、海洋放出について反対運動をしている市民団体の方、専門家、原子力に関わる仕事をしている方の話を聞き、対話プログラムにも参加してきた。ALPS処理水=汚染水の海洋放出について学び、現在の時点での私の判断は、放出反対である。その根拠は、処理しきれないトリチウムの問題と、基準値を超えているほかの放射性物質があること。 こうした島議員の話に、韓国議員団の1人は「汚染水の問題は、日韓両国の国民の健康の問題です」と話したという。 「議員の方はデータを手に持ち、ノートパソコンを開き、資料の確認をされました。前日に訪問したところからデータ提供を受けたらしく、トリチウム以外の放射性核種が予想以上に入っていることを話されました。私よりも詳しい核種データの資料を持っているようでした」(島議員) 面談の最後に、島議員は「私からの希望として、歪む科学の封じ込めにつながる動きを、国際的な取り組みにしていただきたい」と伝えたという。さらに、当日取材にきていたテレビ局のインタビューには「日本政府は、当事者、地元の人の話をもっと聞いてほしいと答えました」(島議員)。 こうして韓国議員団との面談を終えた島議員は、海洋放出について、あらためて「議論が、まだまだ足りていない。そもそも、その議論に必要な『科学的なデータ』も、報道も、全く足りていない」と話した。 一方で、韓国の尹錫悦大統領が3月に訪日した際、汚染水の海洋放出について「韓国国民の理解を求めていく」と述べたとして、韓国国内では「日本に肩入れするのか」との批判が噴出したという。今回の野党議員団の来日(来福)は、尹政権が海洋放出問題に十分に対応していないことを印象付け、政権批判につなげる狙いがある、といった報道もあった。島議員は「韓国議員団は専門的な知識を持った方で、目的は『調査』でした。議員の方は『大統領は曖昧な態度でハッキリ答えていないのが現実』、『汚染水の問題は、日韓両国民の健康の問題です』と話されていました」と明かした。 あわせて読みたい 汚染水海洋放出に世界から反対の声【牧内昇平】 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

  • 「原発賠償ゼロ」だった郡山事業者のその後

     本誌2019年4月号に「原発賠償を不当拒否された郡山市の事業者」という記事を掲載した。同社は、原発事故の影響と思われる営業損害を受けながら、一度も原発賠償が受けられなかった。その後も、同社関係者は粘り強く東電と交渉を続けているが、東電の姿勢に変化はない。そんな中で、関係者が不信感を募らせるのが県の対応だ。 東電に加え県の対応にも不信感  原発賠償を受けられなかったのは、郡山市内でカフェとクラブを経営していたA社。同社は原発事故の影響で一時休業し、2011年6月にクラブのみ再開した。しかし、①もともとビジネス(出張)客の利用が多かったが、原発事故を受け、ビジネス客や観光客が激減した、②クラブの客入りは女性店員の人気によるところが大きいが、女性店員の多くが自主避難してしまった――等々の理由から、売上は原発事故前の半分程度に落ち込んだのだ。 客観的に見て、これら損害は原発事故に起因すると考えられる。つまりは東電から賠償を受けられる可能性が高いが、東電から「賠償対象外地域なのでお支払いできません」と言われ、応じてもらえなかった。 売り上げが落ち込んだ状況で賠償が全く受けられず、A社は経営に行き詰まった。規模縮小などの努力をしたものの、2015年1月に事業を停止せざるを得なくなった。 一方で、その間もA社関係者は行政や商工団体などに相談しており、2017年に商工団体の仲介で、東京で東電福島原子力補償相談室の担当者と交渉した。A社関係者がこれまでの経過と事情を説明したところ、東電担当者から「郡山市は賠償対象外地域と申し上げたのは間違いでした。今後は個別に対応させていただきます」と言われた。 ところが後日、東電から「裁判の結果が出ているので、お支払いできない」と告げられた。 実は、A社は2014年に、東電に約4億円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしていた。同訴訟でA社の訴えは認められず、請求は棄却された(2016年9月)。これを受け、東京高裁に控訴したが、二審でもA社の訴えは棄却された(2017年6月)。 その後、A社は最高裁に上告しており、「二審判決後、さらなる証言・証拠を集めるため、行政や東電の窓口を訪ねました。上告に当たり、新たにお願いした弁護士の先生からは『東電の対応は明らかに公序良俗違反、憲法違反に当たる。一審、二審のような結果にならないと思う』と言っていただき、手応えを感じていました」(A社関係者)という。 ただ、そんな過程で、前述の交渉に臨み、その席で東電担当者が不手際を認め、「今後は適切に対応する」と明言したことから、これ以上、裁判を継続する必要はないと判断し、上告を取り下げた。 それにより、同訴訟の判決(二審判決)が確定したわけだが、前述のように、後に東電から「裁判の結果が出ているので支払えない」と告げられたのだ。以降は「弁護士に一任したので、今後はそちらを通してほしい」旨を一方的に告げられた。 東電の不誠実さ 東京電力本店  その後も、東電とは弁護士を通して書面でやり取りをしているが、交渉の席で東電担当者が「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは仮払いのことだった――などと回答してきた。原発事故直後、東電は避難指示区域の住民・事業者に、損害範囲を把握できていない中での緊急対応として「賠償仮払い」を行っていた。「郡山市は賠償対象外地域」と説明したのは、それには該当しないという意味だった、と。 A社関係者は憤る。 「当時、東電との交渉で、『仮払いの請求』などと言ったことは一度もない。対応したオペレーターからも『仮払い』などというフレーズは一切出ていません。東電は過去の経緯を自社に都合のいいようにすり替えているとしか思えません」 客観的に見ても、A社が賠償請求したのは原発事故発生から半年以上が経ったころで、その時すでに原子力損害賠償紛争審査会が賠償の基本スキームを定めた「中間指針」が示されていたから、「仮払い云々」の話になるはずがない。A社が「東電は〝後付け〟で辻褄を合わせようとしている」と感じるのも当然だろう。 いずれにしても、東電の対応は不誠実極まりない。確かに、判決が確定している以上、東電の言い分には道理がある。ただ、東電は「最初の段階で『郡山市は賠償対象外』と言ったのは間違いだった」と認めている(※後に「それは仮払いのことだった」とニュアンスを変えて主張しているが)。東電がそれを認めたのは裁判での審理を終えた後で、裁判中にそれが分かっていれば、途中で和解するなどの道筋もあったかもしれない。ところが、裁判が終わった後に自社の対応ミスを認め、そのことがなかったかのように、後で「判決が出ている」ことを振りかざすのは、果たして正当性があるのかといった疑問が生じる。 知事の姿勢にも問題 内堀雅雄知事  いまもA社関係者は東電と交渉(抗議)を続けているが、東電の姿勢に変化はなく、八方塞がりに陥っている状況。それと並行して、国の関係省庁や県にも要請活動を行っているが、その中で不満を募らせるのが県の対応だ。 A社は2018年に、県に対してこれまで述べてきた経緯を報告し、県から東電を指導してほしい旨を要請した。しかしその後、県からは何の連絡・報告もなかった。要請から4年超が経った昨年秋、自分たちの要請はどうなったかを確認すると、「県の担当者は2018年ごろの要請なんて分からない、といった感じでした」(A社関係者)という。 この点については、本誌でも再三指摘してきたが、内堀雅雄知事の姿勢に問題があると考える。というのは、内堀知事は原発賠償の問題解決にあまり熱心でないのだ。 県原子力損害対策協議会というものがある。県原子力損害対策課が事務局となり、県内の市町村、農林水産団体、商工団体、業界団体など205の団体で組織されている。会長には内堀雅雄知事、副会長には管野啓二JA福島五連会長(JAグループ福島東京電力原発事故農畜産物損害賠償対策福島県協議会長)、轡田倉治県商工会連合会長、県市長会長の立谷秀清相馬市長、県町村会長の遠藤智広野町長が就いており、言うなれば「オールふくしま」の原発賠償対策協議会である。 同協議会は、毎年、構成団体員の代表者会議を開き意見を集約して、国の関係省庁と東電に要望・要求活動を行っている。 内堀知事就任後の要望・要求活動は、2015年2月4日、同年5月12、13日、同年11月26日、2016年6月13日、同年11月15日、2017年5月31日、2018年2月5日、同年11月6日、2019年11月18日、2020年12月1日、2021年6月21日、2022年4月19日、同年9月13日、同年12月2日(※国のみ)と、計14回実施している。 しかし、副会長(時のJA福島五連会長、轡田倉治福島県商工会連合会長、時の市長会長・町村会長)がそこに参加する中、協議会のトップである内堀知事が要望・要求活動に同行したことは一度もない。すべて「会長代理」の副知事が代表者になっているのだ。 この点からしても、内堀知事が原発賠償の問題解決に熱心でないことがうかがえよう。A社に対する県の対応もそこに起因するのではないか。県民を原発被害から救済することも、県(知事)としての大きな役割であることを認識してほしい。 あわせて読みたい 根本から間違っている国の帰還困難区域対応

  • 【原発事故】追加賠償の全容

    文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は昨年12月20日、原発賠償集団訴訟の確定判決を踏まえた新たな原発賠償指針「中間指針第5次追補」を策定・公表した。これを受け、東京電力は1月31日、「中間指針第五次追補決定を踏まえた賠償概要」を発表した。その内容を検証・解説していきたい。(末永) 懸念される「新たな分断」 東京電力本店  原子力損害賠償紛争審査会(原賠審)は、原発賠償の基本的な枠組みとなる中間指針、同追補などを策定する文部科学省内に設置された第三者組織である。 最初に「中間指針」が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らはこの間、幾度となく「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須だ」と指摘・要望してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことや、多数の要望・声明が出されていることを受け、今後の対応が議論されることになった。 昨年4月27日に開かれた原賠審では、同年3月までに判決が確定した7件の原発賠償集団訴訟について、「専門委員を任命して調査・分析を行う」との方針が決められた。その後、同年6月までに弁護士や大学教授など5人で構成される専門委員会が立ち上げられ、確定判決の詳細な調査・分析が行われた。同年11月10日に専門委員会から原賠審に最終報告書が提出され、これを受け、原賠審は同年12月20日に「第5次追補」を策定・公表した。 それによると、追加の賠償項目として「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4つが定められた。そのほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額(※賠償項目は「精神的損害の増額事由」)も盛り込まれている。 具体的な金額などについては、実際に賠償を実施する東京電力が発表したリリースを基に後段で説明するが、これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められており、それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。 このほか、原賠審では東電に次のような対応を求めている。 ○指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではないことはもとより、指針において示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が直ちに賠償の対象とならないというものではなく、個別具体的な事情に応じて相当因果関係のある損害と認められるものは、全て賠償の対象となる。 ○東京電力には、被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、上記に留意するとともに、指針で賠償の対象と明記されていない損害についても個別の事例又は類型毎に、指針の趣旨も踏まえ、かつ、当該損害の内容に応じて賠償の対象とする等、合理的かつ柔軟な対応と同時に被害者の心情にも配慮した誠実な対応が求められる。 ○ADRセンターにおける和解の仲介においては、東京電力が、令和3(2021)年8月4日に認定された「第四次総合特別事業計画」において示している「3つの誓い」のうち、特に「和解仲介案の尊重」について、改めて徹底することが求められる。 避難指示区域の区分  同指針の策定・公表を受け、東電は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。 以下、その詳細を見ていくが、その前に、賠償範囲の基本となる県内各地の避難指示区域等の区分(地図参照)について解説する。 地図上の「A」は福島第一原発から20㌔圏内の帰還困難区域。なお、ここには双葉・大熊両町にあった居住制限区域・避難指示解除準備区域(※現在は解除済み)も含まれている。両町の居住制限区域・避難指示解除準備区域は、原賠審の各種指針でも「双葉・大熊両町は生活上の重要なエリアが帰還困難区域に集中しており、居住制限区域・避難指示解除準備区域だけが解除されても住民が戻って生活できる環境にはならない」といった判断から、帰還困難区域と同等の扱いとされている。 「B」は福島第一原発から20㌔圏外の帰還困難区域。旧計画的避難区域で、浪江町津島地区や飯舘村長泥地区などが対象。 「C」は福島第一原発から20㌔圏内の居住制限区域と避難指示解除準備区域(双葉・大熊両町を除く)。このエリアは2017年春までにすべて避難解除となった。 「D」は福島第一原発から20㌔圏外の居住制限区域と避難指示解除準備区域。旧計画的避難区域で、川俣町山木屋地区や飯舘村(長泥地区を除く)などが対象。 「E」は緊急時避難準備区域。主にC・D以外の20~30㌔圏内が指定され、2011年9月末に解除された。 「F」は屋内退避区域と南相馬市の30㌔圏外。屋内退避区域は2011年4月22日に解除された。南相馬市の30㌔圏外は、政府による避難指示等は出されていないが、同市内の大部分が30㌔圏内だったため、事故当初は生活物資などが入ってこず、生活に支障をきたす状況下にあったことから、市独自(当時の桜井勝延市長)の判断で、30㌔圏外の住民にも避難を促した。そのため、屋内退避区域と同等の扱いとされている。 「G」は自主的避難等対象区域。A~D以外の浜通り、県北地区、県中地区が対象。 「H」は白河市、西白河郡、東白川郡が対象。なお、宮城県丸森町もこれと同等の扱い。 「I」は会津地区。今回の「第5次追補」では追加賠償の対象になっていない。 このほか、伊達市、南相馬市、川内村の一部には特定避難勧奨地点が設定されたが、限られた範囲にとどまるため、地図では示していない。 追加賠償の項目と金額  この区分ごとに、今回の追加賠償の項目・金額を別表に示した。それが個別の事情(避難経路に伴う賠償増額分、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額)を除いた一般的な追加賠償である。 なお、表中の※1、2は、2011年3月11日から同年12月31日までの間に18歳以下、妊婦だった人は60万円に増額となる。※3は、福島第二原発から8〜10㌔圏内の人に限り、15万円が支払われる。具体的には楢葉町の緊急時避難準備区域の住民が対象。※4〜7はすでに一部賠償を受け取っている人はその差額分が支払われる。例えば、自主的避難区域の対象者には2012年2月以降に8万円、同年12月以降に4万円の計12万円が支払われた。これを受け取った人は、差額分の8万円が追加されるという具合。なお、子ども・妊婦にはこれを超える賠償がすでに支払われているため対象外。 県南地域・宮城県丸森町(地図上のH)への賠償は、「与党東日本大震災復興加速化本部からの申し入れや、与党の申し入れを受けた国から当社への指導等を踏まえて追加賠償させていただきます」(東電のリリースより)という。 そのほか、東電は、追加賠償の受付開始時期や今回示した項目以外の賠償については、「3月中を目処にあらためてお知らせします」としている。 いずれにしても、原賠審の指摘にあったように、「指針が示す損害額の目安が賠償の上限ではない」、「指針で示されなかったものや対象区域として明示されなかった地域が賠償対象にならないわけではない」、「被害者からの賠償請求を真摯に受け止め、指針で明記されていない損害についても個別事例、類型毎に、損害内容に応じて賠償対象とするなど、合理的かつ柔軟な対応が求められる」、「『和解仲介案の尊重』について、あらためて徹底すること」等々を忘れてはならない。 ところで、今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」に付随するものと言える。そう捉えるならば、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。 原発事故以降続く「分断」  いまも元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。 「居住制限区域・避難指示解除準備区域はすべて避難解除になったものの、とてもじゃないが戻って以前のような生活ができる環境にはなっていません。まだまだ以前とは程遠い状況で、実際、戻っている人は1割程度かそれ以下しかいません。多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいるのが実情なのです。そういう意味では、(居住制限区域・避難指示解除準備区域であっても)帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差がありました。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思います」 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。 そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところ(居住制限区域・避難指示解除準備区域)と自分たちでは全然違う」といった思いもあろう。 原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。 一方で、県外の人の中には、福島県全域で避難指示区域並みの賠償がなされていると勘違いしている人もいるようだが、実態はそうではないことを付け加えておきたい。 中間指針第五次追補等を踏まえた追加賠償の案内 https://www.tepco.co.jp/fukushima_hq/compensation/daigojitsuiho/index-j.html あわせて読みたい 原賠審「中間指針」改定で5項目の賠償追加!?

  • 【原発事故から12年】終わらない原発災害

     大震災・原発事故から丸12年を迎える。干支が一周するだけの長い期間が経ったわけだが、地震・津波被災地の多くは目に見える復興を果たしているのに対し、原発被災地・被災者については、まだまだ復興途上と言える。むしろ、長期化することによって新たな被害が発生している面さえある。被害が続く原発災害のいまに迫る。 帰還困難区域の新方針に異議アリ 双葉町の復興拠点と帰還困難区域の境界  国は原発事故に伴い設定された帰還困難区域のうち、「特定復興再生拠点区域」から外れたエリアを、新たに「特定帰還居住区域」として設定し、住民が戻って生活できるように環境整備をする方針を決めた。その概要と課題について考えていきたい。 問題は「放射線量」と「全額国負担」  原発事故に伴う避難指示区域は、当初は警戒区域・計画的避難区域として設定され、後に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域の3つに再編された。現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域は、すべて解除されている。 一方、帰還困難区域は、文字通り住民が戻って生活することが難しい地域とされてきた。ただ、2017年5月に「改正・福島復興再生特別措置法」が公布・施行され、その中で帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところを「特定復興再生拠点区域」(以下、「復興拠点」)として定め、除染や各種インフラ整備などを実施した後、5年をメドに避難指示を解除し帰還を目指す、との基本方針が示された。 これに従い、帰還困難区域を抱える町村は、復興拠点を設定し「特定復興再生拠点区域復興再生計画」を策定した。なお、帰還困難区域は7市町村にまたがり、総面積は約337平方㌔。このうち復興拠点に指定されたのは約27・47平方㌔で、帰還困難区域全体の約8%にとどまる。南相馬市は対象人口が少ないことから、復興拠点を定めていない。 復興拠点のうち、JR常磐線の夜ノ森駅、大野駅、双葉駅周辺は、同線開通に合わせて2020年3月末までに解除された。そのほかは除染やインフラ整備などを行い、順次、避難指示が解除されている。これまでに、葛尾村(昨年6月12日)大熊町(同6月30日)、双葉町(同8月30日)が解除され、残りの富岡町、浪江町、飯舘村は今春の解除が予定されている。 復興拠点から外れたところは、2021年7月に「2020年代の避難指示解除を目指す」といった大まかな方針は示されていたが、具体的なことは決まっていなかった。ただ、今年に入り、国は復興拠点から外れたところを「特定帰還居住区域」として定めることを盛り込んだ「改正・福島復興再生特別措置法」の素案をまとめ、2月7日に閣議決定した。 復興庁の公表によると、法案概要はこうだ。 ○市町村長が復興拠点外に、避難指示解除による住民帰還、当該住民の帰還後の生活再建を目指す「特定帰還居住区域」(仮称)を設定できる制度を創設。 ○区域のイメージ▽帰還住民の日常生活に必要な宅地、道路、集会所、墓地等を含む範囲で設定。 ○要件▽①放射線量を一定基準以下に低減できること、②一体的な日常生活圏を構成しており、事故前の住居で生活再建を図ることができること、③計画的、効率的な公共施設等の整備ができること、④復興拠点と一体的に復興再生できること。 ○市町村長が特定帰還居住区域の設定範囲、公共施設整備等の事項を含む「特定帰還居住区域復興再生計画」(仮称)を作成し、内閣総理大臣が認定。 ○認定を受けた計画に基づき、①除染等の実施(国費負担)、②道路等のインフラ整備の代行など、国による特例措置等を適用。 復興拠点は、対象町村がエリア設定と同区域内の除染・インフラ整備などの計画を立て、それを国に提出し、国から認定されれば、国費で環境整備が行われる、というものだった。「特定帰還居住区域」についても、同様の流れになるようだ。 2つの課題  実際に、どれだけの範囲が「特定帰還居住区域」に設定されるかは現時点では不明だが、この対応には大きく2つの問題点がある。 1つは、帰還困難区域(放射線量が高いところ)に住民を戻すのが妥当なのか、ということ。その背景には、こんな問題もある。鹿砦社発行の『NO NUKES voice(ノーニュークスボイス)』(Vol.25 2020年10月号)に、本誌に度々コメントを寄せてもらっている小出裕章氏(元京都大学原子炉実験所=現・京都大学複合原子力科学研究所=助教)の報告文が掲載されているが、そこにはこう記されている。   ×  ×  ×  × フクシマ事故が起きた当日、日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令した。多くの日本国民はすでに忘れさせられてしまっているが、その「原子力緊急事態宣言」は今なお解除されていないし、安倍首相が(※東京オリンピック誘致の際に)「アンダーコントロール」と発言した時にはもちろん解除されていなかった。 (中略)避難区域は1平方㍍当たり、60万ベクレル以上のセシウム汚染があった場所にほぼ匹敵する。日本の法令では1平方㍍当たり4万ベクレルを超えて汚染されている場所は「放射線管理区域」として人々の立ち入りを禁じなければならない。1平方㍍当たり60万ベクレルを超えているような場所からは、もちろん避難しなければならない。 (中略)しかし一方では、1平方㍍当たり4万ベクレルを超え、日本の法令を守るなら放射線管理区域に指定して、人々の立ち入りを禁じなければならないほどの汚染地に100万人単位の人たちが棄てられた。 (中略)なぜ、そんな無法が許されるかといえば、事故当日「原子力緊急事態宣言」が発令され、今は緊急事態だから本来の法令は守らなくてよいとされてしまったからである。   ×  ×  ×  × 「原子力緊急事態宣言」にかこつけて、法令が捻じ曲げられている、との指摘だ。そんな場所に住民を帰還させることが正しいはずがない。 もっとも、対象住民(特に年配の人)の中には、「どんな状況であれ戻りたい」という人も一定数おり、それは当然尊重されるべき。今回の原発事故で、避難指示区域の住民は何ら過失がない完全なる被害者なのだから、「元の住環境に戻してほしい」と求めるのも道理がある。 そこでもう1つの問題が浮上する。それは帰還困難区域の除染・環境整備は全額国費で行われていること。国は、①政府が帰還困難区域の扱いについて方針転換した、②東電は帰還困難区域の住民に十分な賠償を実施している、③帰還困難区域の復興拠点区域の整備は「まちづくりの一環」として実施する――の主に3点から、帰還困難区域の除染費用などは東電に求めないことを決めている。 原因者である東電の責任(負担)で環境回復させるのであれば別だが、そうせず国費(税金)で行うとなれば話は変わってくる。利用者が少ないところに、多額の税金をつぎ込むことになり、本来であれば大きな批判に晒されることになる。ただ、原発事故という特殊事情があるため、そうなりにくい。国は、それを利用して、事故原発がコントロールされていることをアピールしたいだけではないかと思えてならない。 そもそも、各地で起こされた原発賠償集団訴訟で、最高裁は国の責任を認めない判決を下している。一方では「国の責任はない」とし、もう一方では「国の責任として帰還困難区域を復興させる」というのは道理に合わない。 帰還困難区域は、基本的には立ち入り禁止にし、どうしても戻りたい人、あるいはそこで生活しないとしても「たまには生まれ育ったところに立ち寄りたい」といった人たちのための必要最低限の環境が整えば十分。そういった方針に転換するか、あるいは帰還困難区域の除染に関しても東電に負担を求めるか、そのどちらかしかあり得ない。 海外からも責められる汚染水放出 多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ 東京電力福島第一原発敷地内に溜まる汚染水(ALPS処理水)について、政府は今春から夏ごろに海洋放出する方針だ。健康被害やいわゆる風評被害が発生する懸念があるため、反対する声も多く、国外でも疑問視する意見が噴出している。 「外交への影響」を指摘する専門家  汚染水放出については、日本に近い韓国、中国、台湾が「海洋汚染につながる」と反対。放出決定後は、太平洋諸島フォーラム(オーストラリア、ニュージーランドなど15カ国、2地域が加盟する地域協力機構)などが重大な懸念を示した。昨年9月にはミクロネシア連邦のパニュエロ大統領が国連総会の演説で日本を非難している。 1月31日には国連人権理事会が日本の人権状況についての定期審査会合を開いた。韓国・中央日報日本語版ウェブの2月2日配信記事によると、この中で汚染水海洋放出について触れられたという。 《マーシャル諸島代表は「日本が太平洋に流出しようとしている汚染水は環境と人権にとって危険」とし「放流が及ぼす影響を包括的に調査してデータを公開する必要がある」と注文した。サモア代表は「我々は汚染水放流が人と海に及ぼす影響に関する科学的かつ検証可能なデータが提供され、太平洋の島国に情報格差が生じている問題が解決されるまでは日本は放流を自制するよう勧告する」と話した》 日本政府は〝火消し〟に躍起で、2月7日に太平洋諸島フォーラム代表団と会談した岸田文雄首相は「自国民及び太平洋島嶼国の国民の生活を危険に晒し、人の健康及び海洋環境に悪影響を与えるような形での放出を認めることはない」と約束した。 しかし、不安は根強く残っている。 昨年12月17日、市民団体「これ以上海を汚すな!市民会議」が開いたオンラインフォーラム「放射能で海を汚すな!国際フォーラム~環太平洋に生きる人々の声」ではマーシャル諸島出身の女性が反対意見を述べた。同諸島では過去に米国の核実験が行われており、白血病や甲状腺がんなどの罹患率が高いという。 核燃料サイクルなどを専門とする米国の研究者・アルジュン・マクジャニ氏は東電の公開データは不十分であり、汚染水をきちんと処理できるか疑問があると指摘。地震に強いタンクを作るなど〝代替案〟があるのに、十分に検討されていない、と述べた。 東アジアは不安視 福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」  東アジアの韓国、中国、台湾も日本と距離が近いだけに不安視しているようだ。2月8日、福島市で開かれた「原子力災害復興連携フォーラム」(福島大、東大の主催)で、福島第一原発事故についての意識調査の結果が発表されたが、こうした傾向が強く見られた。 調査は東大大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授の関谷直也氏が2017年と2022年にインターネットで実施したもの。票数は世界各国の最大都市各300票で、合計3000票(性年代は均等割り当て)。 例えば、福島第一原発3㌔圏内に関する認識を問う質問で、2017年に「放射能汚染が原因で、海産物が食べられなくなった」と答えたのは、ドイツ66・0%、英国50・7%、米国47・3%。それに対し東アジアは台湾77・7%、中国70・7%、韓国68・7%と高い傾向にあった。5年後の2022年調査でも東アジアは下がり幅が小さく、韓国に至っては73・0%と逆に上昇している。 2022年調査で、県産食品の安全性を尋ねた質問では「非常に危険」、「やや危険」と考える割合が韓国で90%、中国で71・4%を占めた。「観光目的で福島県を訪問したいか」という問いには韓国の76・7%、中国の64・0%が「思わない」と答えた。 関谷准教授は「近くにある国なので、自国への影響を気にする一方、原発や放射性物質に関する情報自体が少なく、危険視する報道を鵜呑みにする傾向も見られる」と分析し、「本県の現状を正確に発信し、理解を求めることが重要だ」と話す。 もっとも、国内でも反対意見が出ているのに簡単に理解を得られるとは思えない。もしこの状態で海洋放出を強行すれば国際問題にまで発展することが想定される。 政府はいわゆる風評被害対策として300億円、漁業者継続支援に500億円の基金を設けているが、国外の人は対象になっていない。 海外で損害への対応を訴える人がいた場合どうなるのか、同連携フォーラムの質疑応答の時間に手を挙げて尋ねたところ、公害問題・原発問題に詳しい大阪公立大大学院経営学研究科の除本理史教授が対応し、「おそらく裁判を提起されることになるのではないか」と答えた。 本誌昨年12月号巻頭言では、海外の廃炉事情に詳しい尾松亮氏(本誌で「廃炉の流儀」連載中)が次のようにコメントしていた。 「現時点では、西太平洋・環日本海で放射性物質による海洋汚染を規制する国際法の枠組みがないため、被害額を確定して法的効力のある賠償請求をすることは難しい面があります。しかし国連や国際海洋法裁判所などあらゆる場で、日本の汚染責任が繰り返し指摘され、エンドレスな論争に発展し得る。政府や東電がいくら『海洋放出の影響は軽微』と主張しても、汚染者の言い分でしかない。政府や東電は『海洋放出以外の選択肢』を本当に探り尽くしたのか、東電の行う環境影響評価は妥当なものか、国際社会から問われ続けることになるでしょう」 海洋放出に向けた工事は着々と進められており、2月14日には海底トンネル出口となるコンクリート製構造物「ケーソン」の設置が完了した。トリチウムは世界の原発で海洋放出されているとして、放出に賛成する意見もあるが、国内外で反対意見が噴出している状況で放出を強行すれば、外交問題に発展する恐れもある。 トリチウム(半減期12・3年)など放射性物質の除去技術を開発しながら、堅牢な大型タンクに移すなどの〝代替案〟により、長期保管していく方が現実的ではないだろうか。 双葉町公営住宅の入居者数は22人 JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。  浜通りの原発被災自治体では国の財源で〝復興まちづくり〟が進められている。だが、現住人口は思うように増えておらず、文字通り住民不在の復興が進められている格好だ。 大規模な「復興まちづくり」の是非  昨秋、JR双葉駅西側に公営住宅「双葉町駅西住宅」が誕生した。福島第一原発や中間貯蔵施設が立地する同町。町内のほとんどが帰還困難区域に指定されていたが、町はJR双葉駅周辺や幹線道路沿いを特定復興再生拠点区域に設定し、この間、除染・インフラ整備を行ってきた。 同住宅はそうした動きに合わせて整備されたもので、同年8月の避難指示解除後、入居が始まった。 住宅の内訳は、町民を対象とした災害公営住宅30戸、町民や転入予定者を対象とした再生賃貸住宅56戸。まず第1期25戸が分譲され、順次整備・入居が進められる。 住宅には土間や縁側が設けられ、大屋根の屋外空間を備えた共有施設「軒下パティオ」も併せて造られた。基盤整備を担当したのはUR都市機構。2月1日には団地の隣接地に双葉町診療所が開所するなど周辺環境整備も進められている。 町役場によると、現在住んでいるのは18世帯22人。町内には一足先に避難指示が解除されたエリアもあり、自宅で暮らす人がいるかもしれないが、それほど多くはないだろう。 町は特定復興再生拠点区域について、避難指示解除から5年後の居住人口目標を約2000人に設定している。原発事故直前の2011年2月末現在の人口は7100人。 復興への複雑な思い 曺弘利さん  同住宅内に住む人に声をかけた。兵庫県神戸市で設計会社を営む一級建築士の曺弘利(チョ・ホンリ)さんだった。同町住民と住宅をルームシェアし、町内の風景をスケッチに残す活動をしてきたという。最近では神戸市の学生とともに、同町の街並みをジオラマとして再現する活動にも取り組んでいる。 制作中のジオラマ  神戸市出身の曺さんは、阪神・淡路大震災からの〝復興〟により、自分が知るまちが全く違うまちに変容していく姿を見て来た。その経験から全町避難が続いていた双葉町に思いを寄せ、一部区域への立ち入り規制が解除された2020年以降、頻繁に足を運んだ。 双葉町の復興状況を見てどう感じたか。曺さんに尋ねると、「原発事故直後から時間が止まっている場所がある。町を残すために奮闘している伊澤史朗町長の思いは分かる」と語った。その一方で、「わずかな現住人口のために、大規模な復興まちづくりを進める必要があったのかとも考える。国の復興政策を検証する必要があるのではないか」と複雑な思いを口にした。 原発被災自治体では復興を加速させるためにさまざまな公共施設が整備されている。昨年9月には双葉駅前に同町役場の新庁舎が整備された。総事業費は約14億6600万円だ。県は原発被災自治体への移住を促すべく、県外からの移住者に最大200万円の移住交付金を交付している。もともとの住民は避難先に定着しつつあり、帰還率は頭打ちとなりつつある。 原発事故の理不尽さ、故郷を失われた住民の無念、住民不在で復興まちづくりを進める是非……スケッチやジオラマで再現された風景にはそうした思いも込められている。 完成したジオラマは3月、役場に贈呈される予定だ。 3年目迎える福島第二の廃炉作業 北側の海岸から見た福島第二原発(2月19日撮影)  東京電力福島第二原発の廃炉作業が2021年6月に始まってからもうすぐ2年。2064年度に終える計画だが、まだ原子炉格納容器などの放射能汚染を調査する段階で、工程は変わりうる。「始まったばかり」で確かなことは言えない状況だ。 2064年度終了計画は現実的か  楢葉町と富岡町に立地する福島第二原発は福島第一原発と同じ沸騰水型発電方式で、震災時は1、2、4号機が電源を失い原子炉の冷却機能を喪失した。現場の必死の対応で危機的状況を脱し、全4基で冷温停止を維持している。1~4号機の原子炉建屋内では計9532体の使用済み核燃料を保管している。これらの燃料はいずれ外部に移し、処分しなければならないが、受け入れ先は未定だ。 県や県議会は震災直後から福島第二原発の廃炉を求めていた。東電は動かせる原発は動かし、そこで得た利益を福島第一原発事故の賠償に充てる考えだったため、あいまいな態度を取り続けていたが、2018年6月に廃炉を検討すると明言(朝日新聞同年6月15日付)。翌19年7月に正式決定し、震災による冷却機能喪失から10年が経った21年6月にようやく廃炉作業が始まった。 廃止措置計画では、2064年度までの期間を4段階に分けている。山場となるのは、31年度から始まる第2段階「原子炉周辺設備等解体撤去期間」(12年)と43年度ごろから始まる第3段階の「原子炉本体等撤去期間」(11年)だ。第2段階では原子炉建屋内のプールから核燃料の取り出しが本格化し、第3段階では内部が放射能で汚染されている原子炉本体の解体撤去を進める予定だ。 現在から2030年度までは第1段階の「解体工事準備期間」。汚染状況の調査は1~4号機で継続して行われている。今年3月までは放射線管理区域外にある窒素供給装置などの設備解体が進められている(昨年12月時点)。 東電は昨年5月、「福島第二原子力発電所 廃止措置実行計画2022」を発表した。毎年更新するとのことだが、どの月に発表するかは作業の進捗状況に左右されるという。 懸念されるのは、福島第一原発や廃炉が決定した他の原発の大規模作業とかち合い、ただでさえ足りない人手がさらに不足する事態だ。人員確保の費用も上昇しかねない。 解体に要する総見積額は次の通り。 1号機 約697億円 2号機 約714億円 3号機 約708億円 4号機 約704億円 1~4号機で計約2823億円 ただし、これは新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻前の2019年8月時点の試算。資材や原油価格の高騰、円安などによる影響は考慮されていない。本誌が「コロナ禍後の影響を考慮した最新の試算はあるのか」と尋ねると、福島第二原発の広報担当者はこう答えた。 「廃止措置の作業は始まったばかりのため、コロナ禍や資材不足が影響するような大きな作業はまだ行われていません。44年の廃止措置期間に影響が出るような大きな変更は今のところないです」 確かに、作業が始まったばかりのいまは大した影響はないかもしれない。しかし、大がかりな建設・土木作業と人員が求められる第2、第3段階では大量の資材が必要となり、作業員同士の感染防止対策も強化しなければならいため、試算が変わる余地があるということではないか。年月の経過とともに物価は上昇する傾向にあるから、第2、第3段階で見積もりが増加するのは想像に難くない。 第2段階以降の計画も、東電は汚染状況の調査結果を反映して変更する可能性があると前置きしている。震災で最悪の事態を回避し、冷温停止に持ち込んだ福島第二原発でさえ汚染状況次第では計画に変更が出るということだ。 こうした中、水素爆発を起こした福島第一原発では、現代の技術力では困難とされる燃料デブリ取り出しが手探り状態で続いているが、格納容器内部の初期調査でさえロボットのトラブルが相次ぎ、前進している気配がない。廃炉作業の先行きが全く見えないのも当然だろう。 東電をはじめ電力会社は、多数の原発の廃炉作業がかち合い、想定通りに進まないという最悪のシナリオを試算・公表して、国全体で危機感を高めていく必要がある。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真 【原発事故13年目の現実】建築士が双葉町にジオラマを寄贈

  • 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

     震災・原発事故から丸12年。原発被災地の避難指示が解除された区域はどう変化しているのか。特定復興再生拠点区域を中心にめぐった。 今年春の避難指示解除に向けて除染・インフラ復旧が行われている富岡町夜の森地区では、立ち入り規制が緩和され、ゲートが撤去されていた。大熊町のJR大野駅前の商店街は建物がすべて解体され、更地になっていた。双葉町の双葉駅西側には公営住宅が整備されていた。 ハード面の整備が加速する一方で、住民の帰還状況は頭打ちとなりつつあり、県はさまざまな補助制度を設けて移住促進に力を入れている。福島国際研究教育機構が整備される浪江町では、駅前の再開発が行われ、〝研究者のまち〟が整備される見通し。福島第一原発や中間貯蔵施設の行く末が見えない中、住民不在で進められる復興まちづくり。その在り方を考える必要がある。(志賀) JR双葉駅西側に整備された双葉町駅西住宅。同町に住んでいた人が対象の「災害公営住宅」、転入を希望している人も対象となる「再生賃貸住宅」で構成される。 公営住宅の近くに開所した双葉町診療所 JR双葉駅東側のバス・タクシー乗り場。奥に見えるのは双葉町役場の新庁舎 更地になったJR大野駅前の商店街(大熊町)。空間線量は1マイクロシーベルト毎時。 大川原地区に整備されている認定こども園・義務教育学校「学び舎(や)ゆめの森」の校舎(大熊町)。事業費約45億円。入園・入学予定者26人(2月17日現在) 特定復興再生拠点区域に整備されている防災拠点(浪江町室原地区) 整備中の福島県復興祈念公園(双葉町・浪江町、見晴らし台からスマートフォンのパノラマ機能で撮影) 除染・復旧工事が進められる夜の森地区・夜の森公園(富岡町)。同地区は特定復興再生拠点区域に指定されており、今春解除される見通し 福島国際研究教育機構の立地予定地(浪江町川添地区) 125億円かけて再開発が行われるJR浪江駅前(浪江町) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害

  • 【尾松亮】1Fで廃炉は行われていない!

    求められる法規制と原子炉の安定化  東京電力福島第一原発の廃炉は現在どこまで進んでいるのか。本誌で「廃炉の流儀」を連載している研究者・尾松亮さんに現状と課題をあらためて解説してもらった。 廃炉はどこまで進んだか  原発事故から12年が経過しようとしている。1F(福島第一原発)廃炉については「30~40年の廃炉」というフレーズが繰り返されてきた。最長40年として、その4分の1以上が過ぎたわけだが、廃炉工程はどこまで進んでいるのだろうか。 2011年12月に発表された初版「中長期ロードマップ」では、同年12月の事故収束宣言(ステップ2完了)を起点にして「10年以内に燃料デブリ取り出しの開始」という目標が示されていた。初版ロードマップに添付されたスケジュール表では、25年後までにデブリ取り出しを完了する目安も示している。そして原子炉の解体を含む「廃止措置」の行程を最長40年で終わらせるとしていた。 初版ロードマップに示されたスケジュール 主要工程項目時 期初版ロードマップの規定2023年2月現在の状況ロードマップの開始時期2011年12月収束宣言・ステップ2完了の時点―燃料デブリ取り出し開始2021年以内「10年以内」と規定繰り返し延期燃料デブリ取り出し完了2036年スケジュール表に20~25年後と目安が示されるロードマップから「取り出し完了」時期の規定は消える原子炉施設解体終了2051年「30年~40年後を目標」と規定ロードマップから「原子炉解体」の規定は消える  この当初スケジュールと照らし合わせると、現在の「廃炉工程」はどのくらい進んでいるのだろうか。昨年8月25日、東京電力は、2022年後半に取りかかる計画だった福島第一原子力発電所2号機の溶融燃料(デブリ)取り出しの時期について、23年度後半に延長することを発表した。デブリを取り出すロボットアームの改良、放射性物質が飛散するのを防ぐ装置の損傷、などが延期理由だ。ロードマップの「取り出し開始目標年」であった2021年にも、東電はコロナの影響を理由に「取り出し開始時期」を1年程度延期した経緯があり、延期決定が繰り返されている。 このまま、本当にデブリ取り出しに着手できるのか? 仮に着手できたとしても、このロボットアームで取り出せるのは「燃料デブリ1㌘程度」といわれる。40年後にあたる2051年まで残すところ28年で、3基の原子炉内外に溶け落ちた核燃料をすべて取り出し、高度に汚染された原子炉の解体を完了することは絶望的に思える。 それでも「廃炉終了」はできてしまう  2051年(ロードマップ開始から40年後)の廃炉完了なんて「無理だ」「フィクションだ」と思うかもしれない。しかし恐ろしいのはむしろ、それにもかかわらず「2051年1F廃炉終了はできてしまう」ということだ。 「中長期ロードマップ」が示す、デブリ取り出しや原子炉施設解体は東電と政府の「目標」にすぎない。当初目標未達で「ここまでで終了します」といっても、法的責任は問われないのだ。そもそも「中長期ロードマップ」は、東電と政府のさじ加減でいかようにも改訂が可能で、実際にこれまで初版が示した目標を骨抜きにする書き換えが繰り返し行われている。 2015年6月の第3回改訂版以降、「中長期ロードマップ」から「25年後」という「デブリ取り出し終了時期」の記述は見られなくなる。その結果、最新の第5回改訂版「中長期ロードマップ」(2019年12月)では「取り出し終了時期」が不明である。そもそも、ロードマップ終了時点(2051年)までにデブリ取り出しが終了するのかも曖昧になっている。 少なくとも、初版「中長期ロードマップ」は「40年後」までに4基の原子炉施設の解体終了を目指していた。「1~4号機の原子炉施設解体の終了時期としてステップ2完了から30~40年後を目標とする」(8頁)という記述は、そのことを明示している。 しかし、最新版「中長期ロードマップ」では「廃止措置の終了まで(目標はステップ2完了から30~40年後)」(12頁)という記述にとどまり、この「廃止措置の終了」が「デブリ取り出し終了」や「原子炉解体終了」を含む状態であるかは示されていない。 燃料デブリは取り出さず、損傷した原子炉はそのまま放置し、汚染水だけ海洋放出を済ませた時点で「これで我々の考える廃炉工程は完了です」と言うことは違法ではない。 実際は「保安・防護」作業  政府は「廃炉を前に進めるために処理水の海洋放出が必須」など、「廃炉を前に進める」というフレーズをよく使う。 しかし、実は福島第一原発では「廃炉(原子力施設廃止措置)」を前に進めることはできない。なぜなら、同原発で「廃炉」は行われておらず、そもそも廃炉の前提となる「廃炉計画」(廃止措置計画)も提出されていないからだ。 IAEAのガイドラインや原子力規制委員会の規則に従えば「廃炉(廃止措置)」とは「規制解除を目指す活動」と規定される。「規制解除」とはどういうことだろうか。原子力発電所には放射線管理区域など特別な防護措置や行動制限を求める「規制」が課せられている。施設解体や除染を徹底することでこの「規制」をなくし、敷地外の普通の地域と同じ扱いができるよう目指すのが「廃炉(廃止措置)」である。 原子力規制委員会規則によれば、廃炉終了のためには「核燃料物質の譲渡し完了」「放射線管理記録の引き渡し」などが求められる。つまり制度上は、「使用済み燃料も搬出され、放射線管理がこれ以上必要ない」状態を目指すプロセスが「廃炉」ということになる。 通常原発の「廃炉」であれば、前記のような「規制解除」を目指す廃止措置計画を原子力規制委員会に提出し、認可を得る必要がある。例えば福島第二原発の場合、一応は上記規則に従った廃止措置計画の審査・認可を受けている。この計画を変更する場合にも、やはり原子力規制委員会の審査が必要になる。 福島第一原発の場合、この廃止措置計画の提出も、原子力規制委員会による審査・認可も行われていない。「40年後終了目標」を示した政府と東電のロードマップは「廃止措置計画」ではない。現在、福島第一原発で行われている作業は「規制解除」を目指す工程としての「廃炉」ではないのだ。 それでは、福島第一原発で行われているのは一体何なのか。原子炉等規制法によれば、事故炉がある原発には「特定原子力施設」という特別な位置づけが与えられる。この「特定原子力施設」に対しては、通常原発に対する廃炉規則は適用されない。その代わり、事故でダメージを受けた原子炉施設や損傷した核燃料の安全性を保つための「保安・防護措置計画」の提出と実施が求められている。つまり福島第一原発で行われているのは、事故原発および損傷した核燃料の「保安・防護」に係る作業なのである。 いい加減な「完了」を防ぐ法規定を  筆者がさらに恐ろしいと思う動きがある。デブリ取り出しや原子炉解体の現時点の技術的困難を言い訳に、「デブリをそのままコンクリートで固めてしまえ」「原子炉施設は解体せずにそのままモニュメントとして残せばいい」という類いの提言が、あたかも「現実的な計画」として出され、それほど大きな批判も受けていないことだ。 昨年9月28日、日本テレビのインタビューに答えた更田豊志前原子力規制委員長は燃料デブリの扱いについて次のように述べた。「できるだけ量を減らす努力はするけど、あとは現場をいったん固めてしまう、安定化させてしまうということは、現実的な選択肢なんだと思います」。 https://www.youtube.com/watch?v=O-_RzBZKLKU  「その場でいったん固めるのが現実的だ」と更田氏は言う。しかしこのデブリ固定化案は、「将来的に発生する放射性廃棄物を最小限に抑える」IAEA原則に反するため、チェルノブイリの廃炉工程で却下された案である(廃炉の流儀第33回)。 住民不在の計画変更、事実上の廃炉断念案が承認されてしまうことは防ぐべきだ。事故の起きた原発の後始末を中途半端な状態で「終了」し、加害企業が他の原発の再稼働や新型炉の建設を認められるようなことを、私たちは受け入れてしまうのか、それが問われている。そのためにも「廃炉完了」の要件を定め、その完了を東電と政府に義務づける「福島第一原発廃炉法」の制定が必要なのだ。 「安定化」「監視貯蔵」段階を制度に組み込め  仮に「廃炉法」によって、「燃料デブリ取り出し」「原子炉を含む施設解体」「敷地の基準値未満へのクリーンアップ」までを廃炉完了要件として定めたとする。しかし、そのような完了状態の達成はとてもあと28年ではできないだろう。これが多くの専門家の意見である。 だとするとさらに数十年、全体で100年以上かかる工程を想定しなければならない。その場合、直近10年、20年、何をするべきなのか。 あくまで海外の廃炉事例を調査してきた研究者としての私見を述べる。 1、「事故で損傷し、耐震性の低下した施設の安定化」、2、「津波や大規模地震に備えるための防災強化」、3、「追加の環境汚染を防止する対策強化」に注力する期間を設けた方がよいのではないか。取り出せても数㌘ならデブリ取り出し開始を急いで、リスクを高める必要はない。しかし、将来のデブリ取り出しが絶望的になるような「デブリのコンクリート固化」や、「原子炉石棺化」というようなことはしない。 溶融燃料や未搬出の使用済み核燃料を起源とする事故再発を防ぎつつ、周辺環境への汚染流出を最小化し、その「安定化期間」を通じて「将来の廃炉完了」に向けた技術開発を続ける。汚染水海洋放出は撤回し、放射能減衰を図りつつトリチウムを含む高度な分離技術開発を進める。それを政府と東電に「廃炉法」で義務づけるのだ。 法律にする以上、その計画の内容は、少なくとも国民に選ばれた議会が審議し、改定に際しても国会審議が必要になる。いままでのロードマップ改定のような国民不在の計画変更は防げる。 スリーマイル、チェルノブイリの廃炉法 チェルノブイリ原発 スリーマイル原発  参考にすべきは、チェルノブイリ原発の工程における「安定化」のアプローチ。そしてスリーマイル原発2号機の工程における「無期限の監視貯蔵」という考え方だ。 1986年に事故が起きたチェルノブイリ原発4号機にはコンクリート製シェルター「石棺」が被せられた。その後91年に当時のソ連国立研究所によって、石棺を含む4号機施設の長期的な安全性確保のために複数の案が検討された。国際コンペなどを経て採用されたのは、短期的には施設の倒壊を防ぐため補強などの「安定化(Stabilization)」の措置を行いつつ、遠い将来のデブリ取り出しを目指し続ける、という計画であった。原子炉を覆う新シェルター内部で将来的なデブリ取り出しを目指す計画を、ウクライナ議会は法制化している。(2009年廃炉国家プログラム法) スリーマイル原発2号機では1990年にデブリ取り出しを完了したが、その後原子炉解体に着手せず「無期限の監視貯蔵」を認めた。汚染された原子炉を即時解体すれば、廃炉期間は短縮できても労働者の被曝、環境汚染が増える。それを避けるための監視貯蔵制度である。その結果、スリーマイルでは事故から44年経過した現在もなお原子炉解体に着手していない。 チェルノブイリもスリーマイルも、40年をゆうに超える長期の廃炉計画を前提としている。それと同時に、両事例ともに「デブリ取り出し」、「敷地のクリーンアップ」まで完遂する法的義務を事業者(※チェルノブイリの場合、国営事業者)に課している。技術的に困難でも、廃炉断念案を認めていないのだ。 少なくとも事故後数十年の間は、ダメージを受け老朽化した施設の安定化、追加の環境汚染防止、労働者被曝低減を最優先とする。しかし将来的な廃炉完了要件を法的に定め、その達成を義務づける。 チェルノブイリ、スリーマイルが採用したこのアプローチは、福島第一原発でも取り入れる必要があるのではないか。 おまつ・りょう 1978年生まれ。 東大大学院人文社会系研究科修士課程修了。文科省長期留学生派遣制度でモスクワ大大学院留学後、通信社やシンクタンクでロシア・CIS地域、北東アジアのエネルギー問題を中心に経済調査・政策提言に従事。震災後は子ども・被災者支援法の政府WGに参加。「廃炉制度研究会」主宰。 東洋大学国際共生社会研究センター(客員研究員・RA) あわせて読みたい 【原発事故から12年】終わらない原発災害 フクイチ核災害は継続中【春橋哲史】特別ワイド版

  • 福島第一原発のいま【2023年】【写真】

     1月10日、報道関係者を対象にした東京電力福島第一原発合同取材に参加した。 敷地内をマイクロバスで移動しながら、解体作業が進む1、2号機周辺、今年春に予定されているALPS処理水海洋放出に向けて工事が進む放水立坑など7カ所を回った。 「1、2号機周りは毎年来ても変わりがないなあ」とは、事故後からほぼ毎年参加しているフリージャーナリスト。実際、燃料デブリの全容はつかめていない。一方で汚染水は生まれ続けている。海洋放出の時期が迫る中、漁業者を中心に反対の声が根強いが、東電の担当者は「理解を得られるよう取り組んでいく」と述べるにとどめた。 ※写真はすべて代表撮影 構内入り口近くの大型休憩所7階から見た3号機(左奥)と4号機(右奥)。手前に多核種除去設備などを通しトリチウム以外の62物質を低減させたALPS処理水などを収めたタンクが並ぶ。 ALPS処理水をためて海水と混ぜて流すための放水立坑。上流水槽の幅は、約18㍍、奥行き約37㍍、深さ約7㍍。1月中旬時点は建設中。仕切りの壁を越えて深さ約16㍍の下流水槽に流し、海底トンネルを通って放流する。 水素爆発を起こして建屋が壊れた1号機。2023年度中に大型カバーを設置し、がれき撤去作業を進める予定。建屋の横壁の左下に見える板は、工事に必要な足場を作るための基礎。 かまぼこ型の屋根に覆われた3号機。使用済み燃料プールからの燃料取り出しは完了したが、1~3号機ともに燃料デブリの全容はつかめていない。 1号機と2号機の西側にある通称「高台」で東電社員のレクチャーを受ける。空間放射線量は手元の線量計で約80マイクロシーベルト毎時。 1号機の水素爆発の爆風を受けた排気塔。高さ約120㍍あったが、倒壊の危険性を考慮して解体し、現在は約60㍍になっている。 構内南西側にある処理水タンクエリア。 汚染水にALPS処理を施す前に海水由来のカルシウムやマグネシウムなどの物質を取り除くK4タンクエリア。35基あるうちの30基を使っている。 構内は貸与されたベストを着用し線量計を首から下げバスで回る。 ALPS処理水に残るトリチウムが安全な値であることを示すため、ヒラメやアワビへの影響を調べる海洋生物飼育試験施設。 飼育当初は大量死したヒラメだが、専門家や漁業者の指導を受け、飼育員の技術を向上させたという。 あわせて読みたい 【原発事故から12年】旧避難区域のいま【2023年】写真

  • 原発事故被害を伝える2つのトークイベント

     1月、いわき市湯本温泉「古滝屋」館内にある「原子力災害考証館furusato」で、原発事故の被害を伝え続ける人たちによる2つのイベントが開催された。 1月9日に開かれたのが、原発被災地を撮り続けてきたフォトジャーナリスト・豊田直巳さんと、「30年中間貯蔵施設地権者会」の門馬好春会長によるトークセッション。 飯舘村をはじめ、原発被災地を数多く取材してきた豊田さんは「原発被災地を取材する中で、誰のための復興なのか、考えることが多かった」と指摘。併せて放射能被害と向き合わず、復興を強調する大手マスコミの手口を、実例を示しながら批判した。 門馬さんは「中間貯蔵施設の交渉を通して、国のスタンスに疑問を抱いた」として、豊田さんの意見に同調。そのうえで、除染土の再利用についての動きに懸念を示した。 考証館に展示された写真パネルの前で話す豊田さん(中央)と門馬さん(左)  イラク・パレスチナなどの紛争地取材の経験を持つ豊田さん。その経験から、常に目の前の事象を相対的に捉え、取材時には大局的な動きや国の狙いを意識しているという。そうした視点は廃炉作業や復興政策を考える上で重要になるだろう。 同考証館では同地権者会の取り組みや中間貯蔵施設の問題点を紹介するパネルを展示。2月末までは、豊田さんが撮影した中間貯蔵施設内などの写真展も催されている。 1月21日に開かれたのが、「公害資料館連携フォーラム2023in福島」のプレ企画、トークセッション「福島の経験を継承する」。 公害資料館ネットワークHP:https://kougai.info/ 公共アーカイブ施設担当者などの報告に一般参加者など約50人が熱心に耳を傾けた  同フォーラムは公害教育を実施する組織・個人が交流するイベント。今年県内で開催される予定だ。原子力災害(原発事故)も公害と同じ社会的災害と捉えられることから、プレ企画として関係者のトークセッションが行われた。 福島県立博物館、とみおかアーカイブ・ミュージアム、東日本大震災・原子力災害伝承館など、公共のアーカイブ施設の担当者に加え、個人で活動する人が一堂に会し、それぞれの活動を報告した。 原発事故は避難指示が出され、立ち入りが制限された期間・地域がある分、資料収集が容易でない。そうした中で、各担当者はさまざまなアプローチで継承に取り組んでいる。 この日は「文化財ではなく、一見するとごみのようなものに価値がある」、「防災教育に生かすためには他人事の災害を自分化することが必要」などの意見が出た。 興味深かったのは、とみおかアーカイブ・ミュージアム担当者による「原発事故の教訓なんておこがましい。資料を抽出せず客観的に提示し、自由に考えてもらうことが重要」という発言。原発事故の記憶がない子どもたちや関心がない人に、当時のことを一方的に伝えても〝継承〟したとは言えない。「あえてメッセージ性を排除し、自由に考えてもらう」というのも一つのやり方だろう。 翌日には参加者による浜通り現地見学ツアーも実施された。 間もなく震災・原発事故から丸12年を迎える。風化は進むばかりだが、その一方で原発事故の被害を伝え続けている人もいるということだ。

  • 【汚染水海洋放出】地元議会の大半が反対・慎重

    ジャーナリスト 牧内昇平  政府や東京電力は福島第一原発にたまる汚染水(ALPS処理水)の海洋放出に向けて突き進んでいる。しかし、地元である福島県内では、自治体議会の約8割が海洋放出方針に「反対」や「慎重」な態度を示す意見書を可決してきた。このことを軽視してはならない。 意見書から読み解く住民の〝意思〟  2020年1月から今年6月までの期間に、県内の自治体議会がどのような意見書を可決し、政府や国会などに提出してきたかをまとめた。筆者が調べたところ、県議会を含めた60議会のうち、9割近くの52議会が汚染水問題について2年半の間に何らかの意見書を可決していた(表参照)。 「汚染水」海洋放出問題に関する自治体議会の意見書 自治体時期区分内容(意見、要求)福島県2022年2月【慎重】丁寧な説明、風評対策、正確な情報発信福島市2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評対策会津若松市2021年6月【慎重】県民の同意を得た対応、風評対策郡山市2020年6月【反対】(風評対策や丁寧な意見聴取が実行されるまでは)海洋放出に反対いわき市2021年5月【反対】再検討、関係者すべての理解が必要、当面の間は陸上保管の継続白河市2021年9月【反対】再検討、国民の理解が醸成されるまで当面の間は陸上保管の継続須賀川市2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取、安全性の情報開示喜多方市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続、対話形式の住民説明会相馬市2021年6月【反対】海洋放出方針決定に反対、国民的な理解が得られていない二本松市2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、地上保管の継続田村市2021年6月【反対】海洋放出方針の見直し、漁業団体等の合意が得られていない南相馬市2021年4月【反対】海洋放出方針の撤回、国民的な理解と納得が必要伊達市2020年9月【慎重】国民の理解が得られる慎重な対応を本宮市2020年9月【慎重】安全性の根拠の提示や風評対策桑折町2021年6月【反対】風評被害を確実に抑える確信が得られるまで海洋放出の中止国見町2020年9月【反対】拙速に海洋放出せず、当面地上保管の継続川俣町2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対大玉村2021年6月【反対】国民的な理解を得られていない海洋放出に強く反対鏡石町2020年12月【反対】国民の合意がないまま海洋放出しない、当面は地上保管の継続天栄村2021年6月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策西郷村2021年9月【反対】海洋放出方針の撤回、陸上保管の継続など課題解決泉崎村2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回、当面は地上保管の継続中島村2020年9月【反対】水蒸気放出および海洋放出に強く反対、陸上保管の継続矢吹町2020年9月【反対】放射性汚染水の海洋および大気放出は行わないこと棚倉町(意見書なし)矢祭町2020年9月【反対】国民からの合意がないままに海洋放出してはいけない塙町(意見書なし)鮫川村2020年7月【慎重】丁寧な意見聴取、風評対策石川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回玉川村(意見書なし)平田村2020年9月【反対】水蒸気放出、海洋放出に反対浅川町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回古殿町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回三春町2021年6月【反対】海洋放出方針の撤回小野町2020年9月【慎重】最適な処分方法の慎重な決定、風評対策北塩原村(意見書なし)西会津町2020年9月【慎重】丁寧な意見聴取などの慎重な対応、地上保管の検討、風評対策磐梯町2020年9月【反対】海洋放出に反対猪苗代町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、タンク内放射性物質の除去を徹底会津坂下町2021年6月【反対】陸上保管やトリチウムの分離を含めたあらゆる処分方法の検討湯川村2021年9月【慎重】丁寧な説明、風評対策、トリチウム分離技術の研究柳津町2021年6月【慎重】正確な情報発信、風評対策など慎重かつ柔軟な対応三島町(意見書なし)金山町2021年9月【慎重】十分な説明と慎重な対応昭和村2021年6月【慎重】十分な説明と慎重な対応会津美里町2020年9月【反対】地上タンクでの長期保管、海洋放出はさらに大きな風評被害が必至下郷町2021年9月【反対】海洋放出方針の再検討桧枝岐村(意見書なし)只見町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続南会津町2021年9月【反対】再検討、国際社会と国民の理解が必要、陸上保管の継続広野町2020年12月【早期決定】処分方法の早急な決定、丁寧な説明、風評対策楢葉町2020年9月【早期決定】風評対策、慎重かつ早急な処分方法の決定富岡町(意見書なし)川内村(意見書なし)大熊町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策双葉町2020年9月【早期決定】処分方法の早期決定、説明責任、風評対策浪江町2021年6月【慎重】丁寧な説明、風評被害への誠実な対応葛尾村2021年3月【早期決定】処分方法の早期決定、丁寧な説明、風評対策新地町2021年6月【反対】海洋放出方針に反対、国民や関係者の理解が得られていない飯舘村(意見書なし)※各議会のホームページ、会議録、議会だより、議会事務局への取材に基づいて筆者作成。 ※「区分」は上記取材を基に筆者が分類。「内容」は意見書のタイトルや文面、議会での議論の経過を基に掲載。 ※2020年1月から22年6月議会の動向。「時期」は議会の開会日。複数の意見書がある場合は基本的に最新のもの。 政府方針決定後も21議会が「反対」  意見書のタイトルや内容から、各議会の考えを【反対】、【慎重】、【早期決定】の三つに分けてみる。海洋放出方針の「撤回」や「再検討」、「陸上保管の継続」などを求める【反対】派は31議会で、全体の半分を占めた。「反対」とは明記しないが、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求める【慎重】派は16議会。双葉、大熊両町など5議会が【早期決定】派だった。 約8割に当たる47議会が【反対】【慎重】の意思を表していることは注目に値する。また、意見書を出していない8議会も当然関心はあるだろう。飯舘村議会は今年5月、政府に対して「丁寧な説明」「正確な情報発信」「風評被害対策」を求める要望書を提出。富岡町議会は昨年5月に全員協議会を開き、この問題を議論している。 ただし、筆者が反対派に分類したうちの10議会は、昨年4月13日の政府方針決定前に意見書を提出している点は要注意である。こうした議会が現時点でも「反対」を維持しているとは限らないからだ。たとえば郡山市議会は、20年6月議会で「反対」の意見書を可決したものの、政府方針決定後は「再検討」や「陸上保管の継続」を求める市民団体の請願を「賛成少数」で不採択としている。議会の会議録を読むと、「国の方針がすでに決まり、風評被害対策や県民に対する説明を細やかに行うと言っているのだから様子を見ようではないか」という趣旨の発言が多かったように感じた。 だが筆者はむしろ、全体の3分の1を超える21議会が政府方針決定後もあきらめずに「反対」の意見書を可決してきたことを重視している。 政府・東電は15年夏、福島県漁業協同組合連合会に対して〈関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない〉と約束している。それなのに一方的に海洋放出の方針を決めた。各議会の意見書を読むと、そのことに対する怒りが伝わってくる。 〈漁業関係者の10年に及ぶ努力と、ようやく芽生え始めた希望に冷や水を浴びせかける最悪のタイミングと言わざるを得ない〉(いわき市議会) 二本松市議会の意見書にはこんな記載があった。 〈廃炉・汚染水処理を担う東京電力のこの間の不祥事や隠ぺい体質、損害賠償への姿勢に大きな批判が高まっており、県民からの信頼は地に落ちています〉 東電の柏崎刈羽原発(新潟)では20年9月、運転員が同僚のIDカードを不正に使って中央制御室などの重要な区域を出入りしていた。外部からの侵入を検知する設備が故障したままになっていたことも後に発覚した。原発事故以降も続く同社の体たらくを見ていれば、「こんな会社に任せておいていいのか?」という気持ちになるのは無理もない。 熱心な市民たちの活動が議会の原動力に  いくつかの自治体議会では今年に入っても動きが続いている。 南相馬市議会は昨年4月議会で、国に対して「海洋放出方針の撤回」を求める意見書をすでに可決していた。そのうえで、福島県が東電の本格工事着工に対して「事前了解」を与えるかがポイントになっていた今年の夏(6月議会)には、今度は福島県知事に対して、「東電の事前了解願に同意しないこと」を求める意見書を出した。結果的に県の判断が覆ることはなかったが、南相馬市議会として、海洋放出への抗議の意を改めて伝えたかたちだ。 南相馬の市議たちが心配しているのは風評被害だけではない。議員の一人は、意見書の提案理由を議会でこう説明した。 〈政府と東京電力が今後30年間にわたり年間22兆ベクレルを上限に福島県沖へ放出する計画を進めているALPS処理水には、トリチウムなど放射性物質のほか、定量確認できない放射性核種や毒性化学物質の含有可能性があります。(中略)海洋放出の段取りを進めていく政府と東京電力の姿に市民は不安を感じています〉 続いて三春町議会だ。昨年6月、国に「海洋放出方針の撤回」を求める意見書を提出していた。そのうえで、直近の今年9月議会で再び議論し、今度は福島県知事に宛てた意見書をまとめた。議会事務局によると、「政府の海洋放出方針の撤回と陸上保管を求める、県民の意思に従って行動すること」を求める内容だ。 こうした議会の動きの背後には、汚染水問題に取り組む市民団体の存在があることも書いておきたい。 地方議会では市民たちが議会に「意見書提出を求める」請願・陳情を行い、それをきっかけに意見書がまとまる例もある。三春町で議会に対して陳情書を出したのは「モニタリングポストの継続配置を求める市民の会・三春」という団体だ。共同代表の大河原さきさんは「住民たちの代表が集まる自治体議会での決定はとても重い。国や福島県は自治体議会が可決した意見書の内容をきちんと受け止めるべきです」と語る。 南相馬市議会に請願を出した団体の一つは「海を汚さないでほしい市民有志」である。代表の佐藤智子さんはこう語り、汚染水の海洋放出に市民感覚で警鐘を鳴らしている。 「政府や東電は『汚染水は海水で薄めて流すから安全だ』と言うけれど、それじゃあ味噌汁は薄めて飲めばいくら飲んでもいいんでしょうか。総量が変わらなければ、やっぱり体に悪いでしょう。汚染水も同じことが言えるのではないかと思います」 「慎重派」の中にも濃淡  福島市議会や会津若松市議会などの意見書は、海洋放出方針への「反対」を明記しないものの、「風評被害対策」や「丁寧な説明」などの対応を求めている。筆者はこうした議会を「慎重派」に区分したが、実際には、各議会の考えには濃淡がある。 たとえば浪江町議会は「本音は反対」というところだ。同議会は、意見書という形ではないものの、海洋放出に反対する「決議」を20年3月議会で可決している。そのうえで、昨年6月議会で「県民への丁寧な説明」や「風評被害への誠実な対応」を求める意見書を可決した。 会議録によると、意見書の提案議員は、〈あくまでも私、漁業者としての立場としてはもちろん反対であります。これはあくまでも前提としてご理解ください〉と話している。海洋放出には反対だが、それでも放出が実行されつつある現状での苦肉の策として、風評被害対策などを求めるということだろう。 一方、福島県議会が今年2月議会で可決した意見書もこのカテゴリーに入るが、こんな書き方だった。 〈海洋放出が開始されるまでの残された期間を最大限に活用し、地元自治体や関係団体等に対して丁寧に説明を尽くすとともに……〉 海洋放出を前提としているというか、むしろ促進しているような印象を抱かせる内容だった。 開かれた議論の場を  もちろん、第一原発が立つ大熊、双葉両町をはじめ、原発に近い自治体議会が「早期決定派」だったり、意見書を提出していなかったりすることも重要だ。原発に近い地域ほど「早くどうにかしてほしい」という気持ちが強い。ここが難しい。 汚染水の処分方法についての考えは地域によって様々だ。だからこそ粘り強く議論を続けなければならないというのが、筆者の意見である。この点で言えば、喜多方市議会が昨年6月に可決した意見書の文面がしっくりくる。 同議会の意見書はまず、現状の課題をこう指摘した。  〈今政府がやるべきことは、海洋放出の結論ありきで拙速に方針を決定するのではなく、地上保管も含めたあらゆる処分方法を検討し、市民・県民・国民への説明責任を果たすことであり、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すべきである〉 そのうえで以下の3項目を、国、福島県、東電に対して求めた。 ①海洋放出(の方針)を撤回し、国民的な理解と納得の上に処分方法を決定すること。②ALPS処理水は当面地上保管を継続し、根本解決に向け、処理技術の開発を行うこと。③公聴会および公開討論会、並びに住民との対話形式の説明会を県内外各地で実施すること。 政府の方針決定からすでに1年半が過ぎたが、この3項目の必要性は今も減じていない。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの? 違和感だらけの政府海洋放出PR授業【牧内昇平】 まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」

  • 【専門家が指摘する盲点】汚染水海洋放出いつ終わるの?

    ジャーナリスト 牧内昇平  福島第一原発のタンクにたまる汚染水(「ALPS処理水」)について、筆者は「海洋放出は時期尚早だ」と考えている。だが仮に「強行」した場合、「いつ終わるのか」という疑問も投げかけたい。地下水の流入の問題だけでなく、足元では日々発生する汚染水中のトリチウム濃度が上がっているという事実も発覚しているからだ。  東電によると、福島第一原発の敷地内には昨年12月現在、1000基超のタンクが建ち、その中には約130万立方㍍の汚染水(東電は「ALPS処理水等」と呼ぶ)がたまっている。政府・東電は林立するタンクが廃炉作業の邪魔になると言い、この汚染水を海に流したがっている。  では、海洋放出はいつ始まり、いつ終わるのか。  スタート時期の目標ははっきりしている。政府が2021年4月の基本方針に「2年後をめどに開始」と書いたからだ。一方、ゴールの時期については曖昧だ。政府の基本方針には「何年までに終わらせる」という目安が具体的に書かれていない(この時点で筆者は「無責任だなあ」と思ってしまうが、いかがだろうか)。  もちろん、「暗黙のゴール」はある。  福島第一原発の廃炉作業全体には「30~40年後」という終了目標がある。原子炉の冷温停止(2011年12月)から40年後というと、2051年だ。だから海洋放出も、少なくともこの「2051年」が暗黙のゴールということになる。実際、東電が原子力規制委員会や福島県の会議で提出している「放出シミュレーション」は、2051年に終わる想定になっている。  今からだいたい30年後ということになるので、筆者はこれを「海洋放出30年プラン」と呼ぶ。 30年プランの中身  この30年プランについて見ていこう。まずは「前提条件」のおさらいだ。  政府・東電は「ALPS(多核種除去設備)で処理するから安全だ」という。少なくともトリチウムという放射性物質は、ALPSでは取り除けない。それでも政府や東電が「安全」と言う理由は主に二つある。  ①「海水で薄める」  ②「放出量の上限を決める」  の2点だ。この二つのうち、今回の記事と関連が深いのは②である。 政府・東電はこう言っている。  トリチウムは事故前の福島第一原発でも放出していた。当時は「年間22兆ベクレル」という量を管理目標としていた。だから今回の海洋放出についても「年22兆ベクレル」という上限を設ける――。  これが、海洋放出に理解を得るために政府・東電が国民に示した「条件」である。  もう少しプランの詳細を見てみる。  汚染水には2種類ある。「日々発生する汚染水(A)」と「タンクに保管中の汚染水(B)」だ。   福島第一原発では毎日、汚染水が新しく発生している。地下水や雨水が原子炉建屋に流れこみ、燃料デブリに触れた水と混ざって「汚染」されるからだ。こうして「A」ができる。Aを集め、タンクで保管しているのが「B」だ。この2種類をどのように流していくのか。  東電は昨年6月、福島県が開いた「原子力発電所安全確保技術検討会」(以下、技術検討会と略)という会議でこの点を説明した。東電の海洋放出工事に関して、福島県など地元自治体が「事前了解」を与えるかどうかを判断するための会議だ。  「(AとBのうち)トリチウムの濃度の薄いものを優先して放出します。現在のタンク群をできるだけ早く解体撤去したいということもあり、体積が稼げる薄いものから、ということで考えています」(松本純一・福島第一廃炉推進カンパニー、プロジェクトマネジメント室長)  東電の説明資料(概要は図表1)には、Aのトリチウム濃度は「1㍑当たり約20万ベクレル」と書いてあった。それに対してBは「平均約62万ベクレル」だった。資料によるとBのトリチウム濃度はタンクごとに大きく異なる。20万ベクレル以下のタンクもあれば、216万ベクレルと桁違いの濃さのものもあるようだ。  そもそも海洋放出を進める目的は、敷地内のタンクを減らし、廃炉作業をスムーズに行うためだった。濃度が低いものから流していくという東電の説明は理にかなっている。  ではこの計画で進めた場合、Bは毎年どのくらい減っていくのか。  ポイントは、トリチウムの放出量には「年間22兆ベクレル」という上限があることだ。  日々発生するAの量が増えたり、濃度が上がったりすれば、その分タンク中のBの放出量は減らさざるを得ない。公式風に書くとこうなる。  「Bから放出できるトリチウムの量」イコール「年間22兆ベクレル」マイナス「Aからの放出量」  現状の東電の計算が図表1に書いてある。  Aの発生量を1日当たり100立方㍍、トリチウム濃度は1㍑当たり20万ベクレルと仮定する。そうすると、1日に発生するトリチウムの総量は200億ベクレル、年間では約7兆ベクレルになる。上限が22兆ベクレルだから、Bからは約15兆ベクレルのトリチウムを放出できる、という計算になる。  ところが、この東電のプランはスタート前から雲行きが怪しくなってきている。この1年ほど、原発敷地内のトリチウム濃度が顕著に上がっているからだ。  東電はALPSで処理する前(淡水化装置の入り口)の汚染水のトリチウム濃度を公表している。その推移を示したのが図表2である。  昨春以降のトリチウム濃度が上がっているのは明らかだ。東電が技術検討会で「現時点におきましては、トリチウム濃度は約20万ベクレル/㍑であり……」と説明したのは昨年6月だった。だが、同じ時期に試料採取された汚染水のトリチウム濃度は51万ベクレルだった(測定結果は1カ月以上後に公表される)。最新の10月3日時点の数字は47万ベクレルと一時期よりも若干下がったが、それでもだいぶ高い。  トリチウム濃度はなぜ上がったのか。東電の分析によると、原因は地震だ。昨年3月16日、福島県沖でマグニチュード7・4の地震が起きた。この地震の影響で3号機の格納容器の水位が下がったことが明らかになっている。  ALPS処理前のトリチウム濃度が上昇したのは昨年4月以降である。実はそれとほぼ同じ時期に、3号機の原子炉建屋でも濃度上昇が確認された。  東電はこれらの状況証拠に基づき、地震の影響で3号機からトリチウム濃度の高い汚染水が流れ出たものとみている。海洋放出を続けても タンクが減らない? 海洋放出を続けても タンクが減らない?  この状況を憂慮している研究者がいる。福島大学の柴崎直明教授である。水文地質学の専門家で、原発建屋内に地下水を入り込ませないための「止水対策」などで重要な提言をしている。先ほど紹介した福島県の「技術検討会」の専門委員でもある。 柴崎直明教授  柴崎氏はトリチウム濃度が高止まりを続けた場合、海洋放出のスケジュールにどのような影響を及ぼすか試算した。  放射性物質には時間が経つと量が半分になる「半減期」というものがある。トリチウムの場合、半減期は12・32年だ。この時間が経てば放っておいても量は半分に減る。そのことも考慮した上で、日々発生する汚染水のトリチウム濃度を「1㍑当たり50万ベクレル」、今後の発生量を1日当たり100㌧と仮定し、試算を行った。その結果は……。  柴崎氏は話す。  「現在、地上のタンクに保管されている処理水の海洋放出が完了するのは2066年頃になるという試算になりました」(詳しくは図表3)。  ※一番上の線がタンクに入った処理水総量の推移。下の5本の線はトリチウムの濃度別に区切った場合の処理水残量の推移。薄いものから放出するため、まず1㍑当たり15万ベクレル程度の処理水がゼロになる。薄いものから徐々になくなり、最終的には2021年4月時点で210万ベクレルくらいの高濃度の処理水を放出する。  東電のプランは「51年」だった。柴崎氏の指摘は一定条件下での試算に過ぎず、「必ずこうなる」というものではない。だが、考える材料になる。柴崎氏はさらに付け加えた。  「仮に、トリチウム濃度がもっと高くなって、1㍑当たり60・3万ベクレルになったとしましょう。そうすると、1日当たり100㌧発生する汚染水を処理して流すだけで、トリチウムの放出量は『年間22兆ベクレル』という上限に達してしまいます。つまり、タンクにたまっている処理水は1㍑も海に流せない、ということです」  ずっと高濃度の状態が続くかどうかは定かではない。だが、少なくとも一時的にこうした事態が発生する恐れはあるだろう。過去にさかのぼれば、汚染水中のトリチウム濃度は1㍑当たり100万ベクレルを超えていた時期もあったのだ。柴崎氏はこう話す。  「原発敷地内のどのエリアにどのくらいの量のトリチウムで汚染された水がたまっているのか、実はまだ正確に分かっていません。今後、地震や廃炉作業の影響で濃度が再び上がる可能性は十分あるでしょう」 説明不十分な東電  東電はこの状況をどのくらい真剣に捉えているのか。  先述の「技術検討会」のほかにも、福島県が原発事故対応のために専門家を集めた会議はある。その一つが「廃炉安全監視協議会」だ。昨年10月19日に開かれた同協議会で柴崎氏は東電にこの点を問いただした。  柴崎氏「日々発生する汚染水のトリチウム濃度が20万ベクレル/㍑というのは低く見積もりすぎで、過去に100万ベクレル/㍑を超えたこともあったわけですし、その辺はどう考えたらよろしいでしょうか」  東電側、松本純一氏(前出)の回答は歯切れが悪かった。  松本氏「今のように50万ベクレル/㍑を超えてきて、濃度が高くなっているケースでは、貯留している水の薄いものを放出するような運用計画を定めて実施していきたいと考えています。毎年、年度末には翌年度の放出計画という形で用意します」  柴崎氏は追及をやめなかった。  柴崎氏「もし(濃度が)60万ベクレル/㍑を超えると、(年間放出量の上限である)22兆ベクレルは全部消費されると思います。そのような場合にタンクはどのように減るのか、タンクを増やさなければならないのか。タンクの増減の見通しを示してほしいと思います」  松本氏「予測が難しいところもありますが、今後、そのような計画をお示ししていきたいと思います」  東電の説明は十分だろうか。柴崎氏は筆者の取材にこう語る。  「東電は楽観的な見通しの上で計画を立てています。状況が悪化した場合にも対応できる計画を早急に示すべきです」  筆者が直接問い合わせてみると、東電の広報担当者からはこんな回答が返ってきた。  「タンクに保管されている分を除くと、2021年4月時点での建屋内のトリチウム総量は最大約1150兆ベクレルです。総量が決まっているため、仮に一時的に濃度が高くなっても長期間は継続しないでしょう。また、現時点での放出シミュレーションはもともと『年間22兆ベクレル』の上限を使い切っていません。2030年度以降は18兆、16兆ベクレルの放出を想定しており、海水希釈前のトリチウム濃度が高くなっても対応できます。2051年度の海洋放出完了は可能だと考えています」  東電の説明を聞いた筆者はそれでも疑問に思う。たとえ一定期間でも高濃度の状態が続けば、その間敷地内のタンクの量は増えるのか。その場合廃炉作業に影響はないのか。  福島県はこの件をどのように受け止めているのか。県庁の担当者に聞くと、こう答えた。  「事前了解は海洋放出設備の安全性や環境影響の有無という観点で判断しますので、この件は影響しません。タンクが減らなくなるのはトリチウム濃度が高い状態が継続した場合ですよね。3月の地震以降は一時的に高くなっていますが、現在は下降傾向にあると聞いています」(県原子力安全対策課)  福島県も東電と同様、楽観的なものの見方をしてはいないか。  都合のいいことばかり広報するな  筆者は「海洋放出を早く済ませろ」と言っているのではない。「不確実な点は残っている」と言いたいのだ。  海洋放出に突っ走る者たちは「いつまでに終わる」と明言していない。東電は、自信があるなら「2051年までに終わらせる」と国民に約束、宣言すればいい。政府も基本方針に分かりやすく明記すべきだ。そうしないのは、不十分・不確実な点が残っているからだろう。  まず課題として挙げるべきなのは、地下水・雨水の流入防止策だろう。「日々発生する汚染水」を減らさないと、海洋放出しても陸上のタンクはなかなか減らない。2021年現在の汚染水発生量は1日当たり130立方㍍だった。東電は「2025年中に1日当たり100立方㍍に抑制」を目標にしているが、そこからさらに発生量を減らす見通しが明確になっていない。この点は「技術検討会」(昨年6月)で高坂潔・県原子力対策監も指摘した。  高坂氏「将来にわたって日々の汚染水の発生量100立方㍍/日が続くと、タンク貯留水を減らすことがなかなか達成できず、場合によってはかなり長期間にわたってしまいます。30年前後で放出完了を計画しているみたいですが、それに収まらないのではないかと懸念される」  もう一つ、不確実なものの代名詞的存在と言えば、ALPSではないだろうか。これまでも不具合を繰り返してきた装置だ。数十年にわたって期待通りに活躍してくれるのか。  ここのところ、「海洋放出キャンペーン」が勢いを増している。経済産業省は昨年12月、テレビCMや新聞広告による大々的なPRを始めた。我が家の新聞にも早速、〈みんなで知ろう。考えよう。ALPS処理水のこと〉と大書した広告が載った。  だが、経産省や東電のウェブサイトに書かれているのは、海洋放出の必要性、トリチウムの安全性、そんな話ばかりである。「トリチウム濃度が上昇」、「地下水対策に課題」、などといった情報は、少なくとも一般の人が分かりやすいような形では紹介されていない。  〈みんなで知ろう。考えよう。〉  こんなキャッチコピーを掲げるなら、政府・東電は自らに都合の悪い情報も積極的に知らせ、それでも海洋放出という道を選ぶのか、国民に考えてもらうべきだ。 あわせて読みたい 【汚染水海洋放出】怒涛のPRが始まった【電通】  まきうち・しょうへい。41歳。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』、『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。 公式サイト「ウネリウネラ」