【原発事故】追加賠償で広がる不満

 本誌3月号に「原発事故 追加賠償の全容」という記事を掲載した。原子力損害賠償紛争審査会がまとめた中間指針第5次追補、それに基づく東京電力の賠償リリースを受け、その詳細と問題点を整理したもの。同記事中、「今回の追加賠償で新たな分断が生じる恐れもある」と書いたが、実際に不平・不満の声がチラホラと聞こえ始めている。(末永)

広野町議が「分断政策を許すな」と指摘

広野町議が「分断政策を許すな」と指摘【「精神的損害賠償」の区分ごとの総額】

 原発事故に伴う損害賠償は、文部科学省内の第三者組織「原子力損害賠償紛争審査会」(以下「原賠審」と略、内田貴会長)が定めた「中間指針」(同追補を含む)に基づいて実施されている。中間指針が策定されたのは2011年8月で、その後、同年12月に「中間指針追補」、2012年3月に「第2次追補」、2013年1月に「第3次追補」、同年12月に「第4次追補」(※第4次追補は2016年1月、2017年1月、2019年1月にそれぞれ改定あり)が策定された。

 以降は、原賠審として指針を定めておらず、県内関係者らは「被害の長期化に伴い、中間指針で示した賠償範囲・項目が実態とかけ離れているため、中間指針の改定は必須」と指摘してきたが、原賠審はずっと中間指針改定に否定的だった。

 ただ、昨年3月までに7件の原発賠償集団訴訟で判決が確定したことを受け、原賠審は専門委員会を立ち上げて中間指針の見直しを進め、同年12月20日に「中間指針第5次追補」を策定した。

 それによると、「過酷避難状況による精神的損害」、「避難費用、日常生活阻害慰謝料及び生活基盤喪失・変容による精神的損害」、「相当量の線量地域に一定期間滞在したことによる健康不安に基礎を置く精神的損害」、「自主的避難等に係る損害」の4項目の追加賠償が示された。このほか、事故発生時に要介護者や妊婦だった人などへの精神的損害賠償の増額も盛り込まれた。

 これまでに判決が確定した集団訴訟では、精神的損害賠償の増額や「ふるさと喪失に伴う精神的損害賠償」、「コミュニティー崩壊に伴う精神的損害賠償」などが認められている。それに倣い、原賠審は賠償増額・追加項目を定めたのである。

 同指針の策定・公表を受け、東京電力は1月31日に「中間指針第五次追補決定を踏まえた避難等に係る精神的損害等に対する追加の賠償基準の概要について」というリリースを発表した。

 本誌3月号記事では、その詳細と、避難指示区域の区分ごとの追加賠償の金額などについてリポートした。そのうえで、次のように指摘した。

   ×  ×  ×  ×

 今回の追加賠償はすべて「精神的損害賠償」と捉えることができ、そう考えると、追加賠償前と追加賠償後の精神的損害賠償の合計額、区分ごとの金額差は別表のようになる。帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は600万円から480万円に縮まった。ただ、このほかにすでに支払い済みの財物賠償などがあり、それは帰還困難区域の方が手厚くなっている。

 元の住居に戻っていない居住制限区域の住民はこう話す。

 「居住制限区域・避難指示解除準備区域は避難解除になったものの、とてもじゃないが、戻って以前のような生活ができる環境ではない。そのため、多くの人が『戻りたい』という気持ちはあっても戻れないでいる。そういう意味では帰還困難区域とさほど差はないにもかかわらず、賠償には大きな格差があった。少しとはいえ、今回それが解消されたのは良かったと思う」

 もっとも、帰還困難区域と居住制限区域・避難指示解除準備区域の差は少し小さくなったが、避難指示区域とそれ以外という点では、格差が拡大した。そもそも、帰還困難区域の住民からすると、「解除されたところと自分たちでは違う」といった思いもあろう。原発事故以降、福島県はそうしたさまざまな「分断」に悩まされてきた。やむを得ない面があるとはいえ、今回の追加賠償で「新たな分断」が生じる恐れもある。

広野町議会の一幕

畑中大子議員(広野町議会映像より)
畑中大子議員(広野町議会映像より

   ×  ×  ×  ×

 この懸念を象徴するような指摘が広野町3月議会であった。畑中大子議員(共産、3期)が、「中間指針見直しによる賠償金について(中間指針第5次追補決定)」という一般質問を行い、次のように指摘した。

 「緊急時避難準備区域(※広野町は全域が同区域に該当)は財物賠償もなく、町民はこの12年間ずっとモヤモヤした気持ち、納得いかないという思いで過ごしてきた。今回の第5次追補で、(他区域と)さらに大きな差をつけられ、町民の不公平感が増した。この点を町長はどう捉えているのか」

 この質問に、遠藤智町長は次のように答弁した。

 「各自治体、あるいは県原子力損害対策協議会で、住民の思いを念頭に置いた取り組み、要望・要請を行ってきた。県原子力損害対策協議会では、昨年4、9月にも中間指針見直しに関する要望を国当局・東電に対して行い、私も県町村会長として同行し、被害の実態に合った賠償であってほしいと要望した。今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない。同等の被害には賠償がなされること、東電は被災者を救済すること、指針が示す範疇が上限ではないこと等々の要望を引き続きしていく。今後も地域住民の理解が得られるように対応していく」

 畑中議員は「これ(賠償に格差をつけること)は地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」と述べ、別の質問に移った。

 広野町は全域が緊急時避難準備区域に当たり、今回の第5次追補を受け、同区域の精神的損害賠償は180万円から230万円に増額された。ただ、双葉郡内の近隣町村との格差は大きくなった。具体的には居住制限区域・避難指示解除準備区域との格差は、追加賠償前の670万円から870万円に、帰還困難区域との格差は1270万円から1350万円に広がったのである。

 このことに、議員から「町民の不公平感が増した」との指摘があり、遠藤町長も「是正の必要があり、そのための取り組みをしていく」との見解を示したわけ。
 このほか、同町以外からも「今回の追加賠償には納得いかない」といった声が寄せられており、区分を問わず「賠償格差拡大」に対する不満は多い。

 もっとも、広野町の場合は、全域が緊急時避難準備区域になるため、町民同士の格差はない。これに対し、例えば田村市は避難指示解除準備区域、緊急時避難準備区域、自主的避難区域の3区分、川内村は避難指示解除準備区域・居住制限区域と緊急時避難準備区域の2区分、富岡町や浪江町などは避難指示解除準備区域・居住制限区域と帰還困難区域の2区分が混在している。そのため、同一自治体内で賠償格差が生じている。広野町のように近隣町村と格差があるケースと、町民(村民)同士で格差があるケース――どちらも難しい問題だが、より複雑なのは後者だろう。いずれにしても、各市町村、各区分でさまざまな不平・不満、分断の懸念があるということだ。

福島県原子力損害対策協議会の動き

福島県原子力損害対策協議会の動き【東京電力】
東京電力本店

 ところで、遠藤町長の答弁にあったように、県原子力損害対策協議会では昨年4、9月に国・東電に対して要望・要求活動を行っている。同協議会は県(原子力損害対策課)が事務局となり、県内全市町村、経済団体、業界団体など205団体で構成する「オールふくしま」の組織。会長には内堀雅雄知事が就き、副会長はJA福島五連会長、県商工会連合会会長、市長会長、町村会長の4人が名を連ねている。

 協議会では、毎年、国・東電に要望・要求活動を行っており、近年は年1回、霞が関・東電本店に出向いて要望書・要求書を手渡し、思い伝えるのが通例となっていた。ただ、昨年は4月、9月、12月と3回の要望・要求活動を行った。遠藤町長は町村会長(協議会副会長)として、4、9月の要望・要求活動に同行している。ちょうど、中間指針見直しの議論が本格化していた時期で、だからこそ、近年では珍しく年3回の要望・要求活動になった。

 ちなみに、同協議会では、国(文部科学省、経済産業省、復興庁など)に対しては「要望(書)」、東電に対しては「要求(書)」と、言葉を使い分けている。三省堂国語辞典によると、「要望」は「こうしてほしいと、のぞむこと」、「要求」は「こうしてほしいと、もとめること」とある。大きな違いはないように思えるが、考え方としては、国に対しては「お願いする」、東電に対しては「当然の権利として求める」といったニュアンスだろう。そういう意味で、原子力政策を推進してきたことによる間接的な加害者、あるいは東電を指導する立場である国と、直接的な加害者である東電とで、「要望」、「要求」と言葉を使い分けているのである。

 昨年9月の要望・要求活動の際、遠藤町長は、国(文科省)には「先月末に原賠審による避難指示区域外の意見交換会や現地視察が行われたが、指針の見直しに向けた期待が高まっているので、集団訴訟の原告とそれ以外の被害者間の新たな分断や混乱を生じさせないためにも適切な対応をお願いしたい」と要望した。

 東電には「(求めるのは)集団訴訟の判決確定を踏まえた適切な対応である。国の原賠審が先月末に行った避難指示区域外の市町村長との意見交換では、集団訴訟の原告と、それ以外の被災者間での新たな分断が生じないよう指針を早期に見直すことなど、多くの意見が出された状況にある。東電自らが集団訴訟の最高裁判決確定を受け、同様の損害を受けている被害者に公平な賠償を確実かつ迅速に行うなど、原子力災害の原因者としての自覚をもって取り組むことを強く求める」と要求した。

 これに対し、東電の小早川智明社長は「本年3月に確定した判決内容については、現在、各高等裁判所で確定した判決内容の精査を通じて、訴訟ごとに原告の皆様の主張内容や各裁判所が認定した具体的な被害の内容や程度について、整理等をしている。当社としては、公平かつ適正な賠償の観点から、原子力損害賠償紛争審査会での議論を踏まえ、国からのご指導、福島県内において、いまだにご帰還できない地域があるなどの事情もしっかりと受け止め、真摯に対応してまいる」と返答した。

 遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、「新たな分断を生じさせないよう適切な対応をお願いしたい」旨を要望・要求していたことが分かる。ただ、実態は同追補によって賠償格差が広がり、議員から「町民の不公平感が増した」、「これは地域の分断政策にほかならない。そのことを強く認識しながら、今後の要望・要請活動、対応をお願いしたい」との指摘があり、遠藤町長も「今回の指針は県内の現状が一定程度反映されたものと受け止めているが、地域間の格差は解消されていない」との認識を示した。

遠藤町長に聞く

遠藤町長に聞く
遠藤智町長

 あらためて、遠藤町長に見解を求めた。

 ――3月議会での畑中議員の一般質問で「賠償に対する町民の不公平感が第5次追補でさらに増した」との指摘があったが、実際に町に対して町民からそうした声は届いているのか。

 「住民説明会や電話等により町民から中間指針第5次追補における原子力損害賠償の区域設定の格差についてのお声をいただいています。具体的な内容としては、避難指示解除準備区域と緊急時避難準備区域において、賠償金額に大きな格差があること、生活基盤変容や健康不安など賠償額の総額において格差が広がったとの認識があることなどです」

 ――議会では「不公平感の是正に向けて今後も要望活動をしていく」旨の答弁があったが、ここで言う「要望活動」は①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会での活動――等々が考えられる。どういった要望活動を想定しているのか。

 「今後の要望活動については、①町単独、②同様の境遇にある自治体との共同、③県原子力損害対策協議会を想定しています。これまでも①については、町と町議会での合同要望を毎年実施しています。②については、緊急時避難準備区域設定のあった南相馬市、田村市、川内村との合同要望を平成28(2016)年度から実施しています。③については、中間指針第5次追補において会津地方等において賠償対象の区域外となっており、県原子力損害対策協議会において現状に即した賠償対応を求めていきます」

 前述したように、遠藤町長は中間指針第5次追補が策定・公表される前から、同追補による新たな分断を懸念していた。今後も県原子力損害対策協議会のほか、町単独や同様の境遇にある自治体との共同で、格差是正に向けた取り組みを行っていくという。

 県原子力損害対策協議会では、毎年の要望・要求活動の前に、構成員による代表者会議を開き、そこで出た意見を集約して、要望書・要求書をまとめている。同協議会事務局(県原子力損害対策課)によると、「今年の要望・要求活動、その前段の代表者会議の予定はまだ決まっていない」とのこと。ただ、おそらく今年は、中間指針第5次追補に関することとALPS処理水海洋放出への対応が主軸になろう。

 もっとも、この間の経緯を見ると、県レベルでの要望・要求活動でも現状が改善されるかどうかは不透明。そうなると、本誌が懸念する「新たな分断」が現実味を帯びてくるが、そうならないためにも県全体で方策を考えていく必要がある。

末永 武史

すえなが・たけし

1980(昭和55)年生まれ。南相馬市出身。
新卒で東邦出版に入社。

【最近担当した主な記事】
合併しなかった県内自治体(6回シリーズ)
原発事故追加賠償の全容(2023年3月号)

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