【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【牧内昇平】

【汚染水海洋放出】ついに始まった法廷闘争【ジャーナリスト 牧内昇平】

 何としても、一日でも早く、海に捨てるのをやめさせる――。東京電力福島第一原発で始まった原発事故汚染水の海洋放出を止めるため、市民たちが国と東電を相手取った裁判を始めた。9月8日、漁業者を含む市民151人が福島地裁に提訴。10月末には追加提訴も予定しているという。「放出反対」の気運をどこまで高められるかが注目だ。

「二重の加害」への憤り

提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)
提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)

 9月8日の午後、福島市の官公庁街にブルーののぼり旗がはためいた。

 《海を汚さないで! ALPS処理汚染水差止訴訟》

 台風13号の接近情報が入る中、少なくとも数十人の原告や支援者たちが集まっていた。この日の約2週間前の8月24日、原発事故汚染水(政府・東電の言う「ALPS処理水」)の海洋放出が始まった。反対派や慎重派の声を十分に聞かない「強行」に、市民たちの怒りのボルテージは高まっていた。

 のぼり旗を掲げながら福島地裁に向かってゆっくりと進む。シュプレヒコールが始まる。

 「汚染水を海に捨てるな! 福島の海を汚すな!」

 熱を帯びた声の重なりが雨のぱらつく福島市街に渦巻いた。

 「我々のふるさとを汚すな! 国と東京電力は原発事故の責任をとれ!」


 提訴後、市民たちは近くにある福島市の市民会館で集会を行った。弁護団の共同代表を務める広田次男弁護士が熱っぽく語る。

広田次男弁護士(8月23日、本誌編集部撮影)
広田次男弁護士(8月23日、本誌編集部撮影)

 「先月の23日に記者会見し、28日から委任状の発送作業などを行ってきました。今日まで10日弱で151名の方々が加わってくれたことは評価に値することだと思います」

 広田氏の隣には同じく共同代表の河合弘之弁護士が座っていた。共同代表はこの日不参加の海渡雄一弁護士も含めた3人である。広田氏は長年浜通りの人権派弁護士として活動してきたベテラン。河合、海渡の両氏は全国を渡り歩いて脱原発訴訟を闘うコンビだ。

 この日訴状に名を連ねたのは福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県に住む市民(避難者を含む)と漁業者たち。必要資料の提出が間に合わなかった人も多数いるため、早速10月末に追加提訴を行う予定だという。少なくとも数百人規模の原告たちの思いが、上記の3人をはじめとした弁護士たちに託されることになる。

 報道陣に渡された訴状はA4版で40ページ。請求の理由が書かれた文章の冒頭には「福島県民の怒り」というタイトルがついていた。

 《本件訴訟の当事者である原告らは、いずれも「3・11原発公害の被害者」であり、各自、「故郷はく奪・損傷による平穏生活権の侵害」を受けた者であるという特質を備えている。したがって、ALPS処理汚染水の放出による環境汚染は、その「重大な過失」によって放射能汚染公害をもたらした加害者が、被害者に対して「故意に」行う新たな加害行為である。原告と被告東電・被告国の間には、二重の加害と被害の関係があると言える。本件訴訟は、二重の加害による権利侵害は絶対に容認できないとの怒りをもって提訴するものである》(訴状より)

 原発事故を起こした国と東電が今度は故意に海を汚す。これは福島の人びとへの「二重の加害」である――。河合弘之弁護士はこの理屈をたとえ話で説明した。

 「危険運転で人をはねたとします。その人が倒れました。なんとか必死に立ち上がって、歩き始めました。そこのところを後ろから襲いかかって殴り倒すような2回目の加害行為。これが今度の放射性物質を含む汚染水の海洋投棄だと思います。1回目の危険運転は、ひどいけれども過失罪です。今度流すのは故意、悪意です。過失による加害行為をした後に、故意による加害行為を始めたというのが、この海洋放出の実態です」

 「二重の加害」への憤り。この思いは原告たちの共通認識と言えるだろう。原告共同代表を務める鈴木茂男さん(いわき市在住)はこのように語っている。

 「私たち福島県民は12年前の原発事故の被害者です。現在に至るまで避難を続けている人もたくさんいます。被害が継続している人たちがまだまだたくさんいるのです。その中で国と東電がALPS処理汚染水の海洋放出を強行するということは、私たち被害者たちに対して新たな被害を与えるということだと思います。それなのに国と東電は一切謝罪をしていません。漁業者との約束を破ったにも関わらず、『約束を破っていない』と強弁して、『すみません』の一言も発していません。こんなことがまかり通っていいのでしょうか? 社会の常識からいえば、やむを得ない事情で約束を守れない状況になったら、その理由を説明し、頭を下げて謝罪し、理解を求めるのが、人の道ではないでしょうか。謝罪もせず、『理解は進んでいる』と言う。これはどういうことなのでしょうか? 福島第一原発では毎日汚染水が増え続けています。この汚染水の発生をストップさせることがまず必要です。私は海洋放出を黙って見ているわけにはいきません。何としても、いったん止める。そして根本的な対策を考えさせる。止めるのは一日でも早いほうがいい。そのための本日の提訴だと思っています」

 提訴後の集会でのほかの原告たちの声(別表)も読んでほしい。

海洋放出差し止め訴訟「原告の声」

佐藤和良さん(いわき市)

「今、マスコミでは『小売りの魚屋さんが頑張っています』というのがよく取り上げられています。食べて応援。岸田首相や西村経済産業大臣をはじめとして、みんな急に刺身を食べたり、海鮮丼を食べたりして、『常磐ものはうまい』と言っています。でも、30年やってられるんですか? 急に魚食うなよと言いたいです。『汚染水』ではなくて『処理水』だという言論統制が幅を利かすようになっています。本当に戦争の足音が近づいてきたんじゃないかと思います。非常に厳しい日本社会になってきています。我々は引くことができません」

大賀あや子さん(大熊町から新潟県へ避難)

「大熊町議会では2020年9月に処分方法の早期決定を求める意見書を国に提出しました。政府東電の説明を受け、住民の声を聞き取る機会を設けず、町議会での参考人聴取や熟議もないままに出されたものでした。交付金のため国に従うという原発事故前からの構図は変わっていないということでしょうか。海洋放出に賛成しない町民の声が埋もれてしまっています」

後藤江美子さん(伊達市)

「私が原告になろうと思ったのは生活者として当たり前の常識が通用しないことに憤りを感じたからです。『関係者の理解なしには海洋放出しない』という約束がありました。この約束は反故にしないと言いながら、どうして海洋放出を開始するのか。子どもたちに正々堂々きちんと説明することができるのでしょうか。平気でうそをつく、ごまかす、後出しじゃんけんで事実を知らせる。国や東電がやっていることは人として恥ずかしくないのでしょうか。岸田さんはこれから30年すべて自分が責任をもつとおっしゃいましたが、次の世代を生きる孫や子のことを考えれば、本当はもっと慎重な行動が求められているのではないかと思います」

権利の侵害を主張

東京電力本店
東京電力本店

 訴えの中身に目を転じてみよう。裁判は国を相手取った行政訴訟と、東電を相手取った民事訴訟との二部構成になる。原告たちが求めているのはおおむね以下の2点だ。

 ・国(原子力規制委員会)は、東電が出した海洋放出計画への認可を取り消せ。

 ・東電はALPS処理汚染水の海洋への放出をしてはならない。

 なぜ原告たちにこれらを求める根拠があるのか。海洋放出によって漁業者や市民たちの権利が侵害されるからだというのが原告たちの主張だ。

 《ALPS処理汚染水が海洋放出されれば、原告らが漁獲し、生産している漁業生産物の販売が著しく困難となることは明らかである。政府は、これらの損害については補償するとしているが、まさに、補償しなければならない事態を招き寄せる「災害」であることを認めているといわなければならない。さらに、一般住民である原告との関係では、この海洋放出行為は、これらの漁業生産物を摂取することで、将来健康被害を受ける可能性があるという不安をもたらし、その平穏生活権を侵害する行為である》(訴状より)

 漁師たちが漁をする権利(漁業行使権)が妨害されるだけでなく、生業を傷つけられること自体が漁師の人格権侵害に当たるという指摘もあった。この点について、訴状は週刊誌(『女性自身』8月22・29日合併号)の記事を引用している。

 《新地町の漁師、小野春雄さんはこう憤る。「政府は、『水産物の価格が下落したら買い上げて冷凍保存する』と言って基金を作ったけど、俺ら漁師はそんなこと望んでない。消費者が〝おいしい〟と喜ぶ顔が見たいから魚を捕るんだ。税金をドブに捨てるような使い方はやめてもらいたい!」》

 仮に金銭補償が受けられたとしても、漁師としての生きがいや誇りは戻ってこない。小野さんが言いたいのはそういうことだと思う。

 訴状はさらに、さまざまな論点から海洋放出を批判している。要点のみ紹介する。

 ・ALPS処理汚染水に含まれるトリチウムやその他の放射性物質の毒性、および食物連鎖による生体濃縮の毒性について、適切な調査・評価がなされていない。

 ・放射性廃棄物の海洋投棄を禁じたロンドン条約などに違反する。

 ・国と東電には環境への負荷が少ない代替策を採用すべき義務がある。

 ・国際社会の強い反対を押し切って海洋放出を強行することは日本の国益を大きく損なう。

 ・IAEA包括報告書によって海洋放出を正当化することはできない。 弁護団共同代表の海渡氏は裁判のポイントを以下のように解説する。

 「分かりやすい例を一つだけ挙げます。今回の海洋放出は、ALPS処理された汚染水の中にどれだけの放射性物質が含まれているかが明らかになっていません。放出される中にはトリチウムだけでなくストロンチウム、セシウム、炭素14なども含まれています。それらが放出されることによって海洋環境や生物にどういう被害をもたらし得るか。環境アセスメントがきちんと行われていません。国連人権理事会の場でもそういう調査をしろと言われているのに、それが全く行われていない。決定的に重大な国の過誤、欠落と言えると思います」

原発事故汚染水の海洋放出と差し止め訴訟の経緯

2021年4月日本政府が海洋放出の方針を決定
2022年7月原子力規制委員会が東電の海洋放出設備計画を認可
8月福島県と大熊・双葉両町が東電の海洋放出設備工事を事前了解
2023年7/4国際原子力機関(IAEA)が包括報告書を公表
8/22日本政府が関係閣僚等会議を開き、8月24日の放出開始を決める
23日海洋放出差し止め訴訟の弁護団と原告予定者が提訴方針を発表
24日海洋放出開始。中国は日本からの水産物輸入を全面的に停止
9/4日本政府が水産事業者への緊急支援策として新たに207億円を拠出すると発表
8日海洋放出差し止め訴訟、第1次提訴
11日東電が初回分の海洋放出を完了(約7800㌧を放出)
10月末差し止め訴訟、追加提訴(予定)

多くの市民を巻き込めるか

提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)
提訴前にデモ行進する市民たち(9月8日、牧内昇平撮影)

 問題は、原告たちの訴えが認められるかどうかだ。提訴前の8月23日に開かれた記者会見で、筆者はあえて弁護団に「勝算」を聞いた。広田氏は以下のように答えた。「何をもって裁判の勝ち負けとするか、そのメルクマール自体が裁判の展開によっては難しい中身を伴うかもしれませんが、勝算はもちろんあります。勝算がなければこうやって大勢の皆さんに立ち上がろうと弁護団が言うことはあり得ません。どういう形で勝つかまではここで具体的に断言はできませんが、ともかくどういう形であれ、やってよかった、立ち上がってよかった、そう思える結果を残せると確信しております」。

 海渡氏は以下の見解を示した。

 「この裁判は十分勝算があると思っています。最も勝算があると考える部分は、現に漁業協同組合に加入している漁業者の方がこの裁判に加わってくれたことです。彼らの生業が海洋放出によって甚大な影響を受けることはまちがいない。そしてそれが過失ではなく故意による災害であることもまちがいない。これはきわめて明白なことです。まともな裁判官だったら正面から認めるはずです。一般市民の方々の平穏生活権の侵害については、これまでの原発事故被害者の損害賠償訴訟の中で、避難者の救済法理として考えられてきたものです。たくさんの民事法学者の賛同を得ている、かなり確実な法理論です。チャレンジングなところもありますが、この部分も十分勝算があると思っています」

 筆者の考えでは、最大のポイントはいかに運動を広げられるかだ。法廷闘争だけで海洋放出を止めるのではなく、裁判を起こすことで二重の加害に対する市民たちの憤りを「見える化」し、できるだけ多くの人に「やっぱり放射性物質を海に流してはだめだ」と考えてもらう。世論を味方につけ、判決を待たずして政府に政策転換を迫る。そんな流れを作れないだろうか。

 そのためには原告の数をもっと増やしたいところだろう。仮に数千人規模の市民が海洋放出差し止めを求めて裁判所に押し寄せたら、裁判官たちにもいい意味でのプレッシャーがかかるのではないか。素人考えではあるが、筆者はそう思っている。

 とはいえ司法の壁は高い。記憶に新しいのは昨年6月17日の最高裁判決だ。原発事故の損害賠償などを求める市民たちが福島、千葉、群馬、愛媛地裁で始めた合計4件の訴訟について、最高裁第二小法廷は国の法的責任を認めないという判決を下した。高裁段階では群馬をのぞく3件で原告たちが勝っていたが、それでも最高裁は国の責任を認めなかった。東電に必要な事故対策をとらせなかった国の無為無策が司法の場で免罪されてしまった。司法から猛省を迫られなかったことが、原発事故対応に関して国に余裕をもたらし、今回の海洋放出強行につながったという見方もある。

 しかし、壁がどんなに高かろうとも、政治や行政の暴走を食い止めるのが司法の役割の一つだということを忘れてはならない。国のやることがおかしいと感じたとき、司法に期待をかけるのは国民の権利である。海洋放出に反対する市民運動を続けてきた織田千代さん(いわき市)は、今回の海洋放出差し止め訴訟の原告にも加わった。織田さんはこう話す。

 「福島で原発事故を経験した私たちは、事故が起きるとどうなるのかを12年以上さんざん見てきました。そして福島のおいしいものを食べるときに浮かんでしまう『これ大丈夫かな?』という気持ちは、事故の前にはなかった感情です。つまり、原発事故は当たり前の日常を傷つけ続けているということだと思います。それを知っている私たちは、絶対にこれ以上放射能を広げるなと警告する責任があると思います。国はその声を無視し続け、約束を守ろうとしませんでした。それでも私たちは安心して生きていきたいと願うことをやめるわけにはいきません。私たちの声を『ないこと』にはできません」

※補足1

海洋放出差し止め訴訟の原告たちは新しい原告や訴訟支援者の募集を続けている。原告は福島、茨城、岩手、宮城、千葉、東京の1都5県の市民が対象で(同地域からの避難者を含む)、それ以外の地域に住む人は訴訟の支援者になってほしいという。問い合わせはALPS処理汚染水差止訴訟原告団事務局(090-7797-4673、ran1953@sea.plala.or.jp)まで。


※補足2

生業訴訟の第2陣(原告数1846人)は福島地裁で係属中。全国各地のほかの集団訴訟とも協力し、いわゆる「6.17最高裁不当判決」をひっくり返そうとしている。

まきうち・しょうへい。東京大学教育学部卒。元朝日新聞経済部記者。現在はフリー記者として福島を拠点に取材・執筆中。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』『「れいわ現象」の正体』(ともにポプラ社)。

公式サイト「ウネリウネラ」

牧内昇平

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