【生島淳】大学駅伝で福島出身者が活躍する理由

【生島淳】大学駅伝で福島出身者が活躍する理由

 大学の陸上長距離界で福島県出身の指導者・選手の活躍が目立つ。その理由はどんな点にあるのか。スポーツジャーナリストの生島淳氏にリポートしてもらった。(文中一部敬称略)

「陸上王国ふくしま」が目指すべき未来

駒大の大八木弘明総監督(右)と藤田敦史監督(撮影:水上竣介、写真提供:駒澤大学)

 大学駅伝シーズンの開幕戦、10月9日に行われた出雲駅伝では駒澤大学が連覇を達成した。これで去年の出雲、全日本、今年に入って箱根、そして今回の出雲と大学駅伝4連勝。「駒澤一強」の状態が続いている。このままの勢いが続けば、お正月の箱根駅伝でも優勝候補の最右翼となるだろう。

 今年の出雲で、胴上げされた福島県人がふたりいた。ひとりは駒大の大八木弘明総監督(河沼郡河東町/現・会津若松市河東町出身)、そして最後に胴上げされたのは今年就任したばかりの藤田敦史監督(西白河郡東村/現・白河市出身)である。

 大学長距離界で福島県出身者の存在感は高まり続けている。大八木総監督は還暦を過ぎてなお指導者として進化し、今年の箱根駅伝のあと、大学の監督を教え子でもある藤田氏に譲り、自らは総監督へ。

 単なる名誉職ではなく、青森県出身で今年3月に駒大を卒業し、2年連続で世界陸上の代表に選ばれた田澤廉(トヨタ自動車)は練習拠点を駒大に残し、総監督の指導を受けている。大八木総監督は今後の指導プランをこう話す。

 「田澤は2024年のパリ・オリンピックではトラックでの出場を目指しています。そのあとは25年に東京で世界陸上がありますし、28年のロサンゼルス・オリンピックではマラソンを狙っていきます」

 大八木総監督は1958年、昭和33年生まれ。ちょうど70歳の年にロサンゼルス・オリンピックを迎えることになる。総監督は40代の時に駒大の黄金期を作ったが、ひょっとしたら60代から70代にかけて指導者として最良の時を迎えるかもしれない。

 駒大の指導を引き継いだ藤田監督にも期待がかかる。三大駅伝初采配となった今年の出雲では1区から首位に立ち、それ以降は後続に影をも踏ませぬレース運びで、一度も首位を譲ることはなかった。しかも6区間中3区間で区間賞。監督が交代してもなお、駒大の強さが際立つ結果となった。

 ただし、この強さを支えるための苦労は大きいと大八木総監督は話す。

 「大学長距離界では、選手の勧誘は大きな意味を持ってます。田澤がウチに来てくれたからこそ、今の強さがあると思ってますから。それでも基本的には東京六大学の学校には知名度では負けますし、勧誘での苦労はあります。でも、私は自ら望んで駒大に入って来てくれる選手を求めてます。そういう選手は必ず伸びますから」

学石から東洋大監督に

東洋大の酒井俊幸監督(写真提供:東洋大学)
東洋大の酒井俊幸監督(写真提供:東洋大学)

 そして2010年代、駒大と激しい優勝争いを繰り広げたのが東洋大学だった。東洋大の酒井俊幸監督(石川郡石川町出身)は、学法石川高校卒業。東洋大から実業団に進み、選手を引退したあとに母校・学法石川の教員となって、高校生の指導にあたった。人生の転機となったのは2009年のことで、空席となっていた東洋大の監督に就任し、それから箱根駅伝優勝3回を飾っている。

 特に「山の神」と呼ばれた柏原竜二(いわき市出身/いわき総合高卒)とは、柏原が大学2年の時から指導にあたっており、東洋大の黄金期を築いた。それ以降、東洋大からは東京オリンピックのマラソン代表の服部勇馬、1万㍍代表に相澤晃(須賀川市出身/学法石川高卒)を送り出すなど、日本の長距離界を代表する選手たちを育てている。また、長距離だけでなく、競歩では瑞穂夫人と共に選手の指導にあたり、オリンピック、世界陸上へと選手を輩出し続けている。

 大八木総監督、酒井監督と、福島県出身の指導者が日本の陸上長距離界の屋台骨を支えていると言っても過言ではない。

 それでも、酒井監督には大学の監督就任時には葛藤があったという。

 「高校の生徒たちに、なんと話せばいいのか悩みました。高校生にとってみれば、私が生徒たちを見捨てて東洋大に行ってしまうわけですから。正直に話すしかありませんでしたが、最後は生徒たちから『先生、頑張ってください』と背中を後押ししてもらいました」

 当時の酒井監督は33歳。当時の学生は「大学の監督というより、若いお兄さんが来たみたいな感じでした」と振り返るほど若かった。覚悟をもった監督就任だったのだ。

 以前、タモリが彼の出身地である九州・福岡と東北の比較をしていた。

 「九州の人たちは、東京に出ていく人たちを『失敗したら、いつでももどって来んしゃい』という感じで送り出すんだよ。でも、東北の人たちは違うね。出る方も、見送る方も『成功するまでは帰れねえ』という決死の思いで東京に出ていくし、送り出す。ぜんぜん違うんだよ」

 この言葉は、宮城県気仙沼市出身の私にはよく分かる。とにかく、故郷を離れたら、もう帰ってくることはないという覚悟をもって上京する。だからこそ、地元を離れるのは重たい。

 きっと、酒井監督も学法石川の教え子たちを残して東洋大の監督を引き受けることには、相当の覚悟が必要だったと思う。それが理解できるだけに、どうしても酒井監督には思い入れが湧いてしまう。

 今年の出雲駅伝では、経験の浅い選手たちをメンバーに入れながら、8位に入った。優勝した駒澤からは水を開けられてしまったが、「常に優勝を狙える位置でレースを進めたいですね。それが学生たちの経験値を高め、自信にもつながっていくので」と酒井監督は話す。ぜひとも、箱根駅伝では「その1秒を削りだせ」というチームのスローガンそのままに、粘りの走りを見せて欲しいところだ。

 このほかにも、早稲田大学の相楽豊前監督(安積高校卒)には幾度も取材をさせてもらった。相楽前監督は「福島県人には、粘り強い気質があると思います。その意味では長距離には向いているのかもしれません」と話していたのが印象深い。そういえば、大八木総監督もこんなことを話していた。

 「私は会津の生まれですから……反骨精神もありますし、ねちっこくやるのが性に合ってるんです」

陸上を福島県の象徴的なスポーツに

陸上を福島県の象徴的なスポーツに

 これだけ指導者、そして選手に人材を輩出してきた背景には、やはり35回を迎えた「ふくしま駅伝」の存在が大きいと思う。市町村の対抗意識が才能の発掘につながっている。

 たとえば柏原の場合、中学時代はソフトボール部に所属していたが、ふくしま駅伝を走ったことで長距離の適性に気づき、高校からは本格的に陸上競技を始めた。そして高校3年生の時には、都道府県対抗男子駅伝の1区で区間賞を獲得した。ふくしま駅伝というインフラが、「山の神」の生みの親といえる。

 全県駅伝は全国各地で行われるようになったが、福島県には歴史があり、各自治体の熱意も、他の県とはレベルが違う。それは福島県人が誇っていいことだと思う。

 どうだろう、これだけ陸上長距離に人材を輩出し、歴史ある大会が県民の共有財産になっているのだから、思い切って「陸上県・福島」という方向性を打ち出していくのは。私はそうした明確な方針が福島県のスポーツを土台にした「プライド」の醸成につながるのではないかと思っている。

 今、私の故郷である宮城県は「野球の県」になりつつある。プロ野球の楽天が本拠地を置き、高校野球では仙台育英が夏の甲子園で優勝し、野球が県民の共有財産になっている。

 こうした象徴的なスポーツがあることで、男女を問わずに子どもたちがスポーツに参加する機会が増える。それは家族、コミュニティーへと広がっていく力がある。

 日本の特徴として、スポーツの選択肢が広いことが挙げられる。私の取材経験では中国、韓国では学校レベルでの部活動がない。すでに高校の段階からエリートだけのものになってしまうのだ。それに対し、日本は草の根からの活動が特徴だ。スポーツは自由意志で行われるべきものであり、その方が正しい。しかし、才能が分散するリスクがある。

 今後、日本の少子化のスピードは止められそうにもない。私の生まれ故郷、宮城県気仙沼市の新生児の出生数は、ついに300人を切り、このままだと200人を割ってしまいそうだ。人口6万人規模の都市では、日本全国で同じような数字になると聞いた。私は昭和42年、1967年生まれだが、私が通った気仙沼高校は男子校一校だけで一学年360人がいた。雲泥の差である。

 少子化が進めば、スポーツ人口もそれに比例して減っていく。高校野球では合同チームも珍しくなくなった。野球部が消えてしまった学校もある。

 私は「県の象徴的なスポーツ」がひとつでもあることが、県を元気にすると思っている。もちろん、野球でもいい。いまだにグラウンドをはじめ、インフラが整っているから競技を始めやすい環境にある。

 福島には陸上の財産がある。ふくしま駅伝、そして大八木総監督をはじめとした豪華な指導者たち。そして、1964年の東京オリンピックのマラソン銅メダリスト、円谷幸吉をはじめ、相澤晃にいたるまで日本を代表するランナーが育ってきた。コロナ禍を経て、須賀川市では「円谷幸吉メモリアルマラソン」が行われているのも福島のレガシーを伝える一助となっているだろう。

 これだけのインフラがそろっているのだから、それを未来につなげなければもったいない。それは日本を代表するエリートを育てるというだけではなく、市民レベルでの活動にもつなげていけば、健康増進、そしてそれは医療費の抑制につながる可能性を秘めている。

次世代の動き

次世代の動き

 実際、そうした動きはある。学法石川高出身で、中央大学の主将を務めた田母神一喜は現在、郡山市でランニングイベントの企画運営、そしてジュニア陸上チームを運営する「合同会社ⅢF(スリーエフ)」の代表を務めつつ、自らも選手として走り続けている。

 彼には「『陸上王国ふくしま』」を日本中に轟かせたい」という思いがあり、会社のホームページには「ふくしまってすごいんだぞと、胸を張って歩けるような居場所を作っていきます」と、福島への愛を前面に押し出したメッセージが記されている。

 以前、彼に取材した時の話では、今後は部活動の外部指導など、教育現場との連携も模索していきたいという。部活動の外部委託化は国全体の動きである。どうだろう、福島がそのモデルになっていくというのもあり得るのではないか。

 全国に先んじて官民が一体となって陸上の環境を整え、子どもたちの可能性を拡げていく。その発信者になっていけば自然と人が集まり、県民の新たなプライドも醸成されていくはずだ。それでも、こんな声が聞こえてくるかもしれない。

 「陸上ばかり依怙贔屓するわけにはいかない」

 他の競技団体にも歴史があり、言い分がある。それは理解できる。しかし、全体のバランスに配慮している限り、進歩、進化は遅くなる。

 それを実感したのは、今年の9月から10月にかけてラグビーのワールドカップの取材でフランスに滞在したが、デジタル化の進歩に目を見張った。現金を使ったのは、40日間で数えるほどだけ。ほとんどが「クレジットカードは10ユーロ以上の場合のみ」と表示のあるお店ばかりだった。カード払いの場合、非接触型のカード読み取り機にかざすだけで良い。お店の人にカードを渡す必要もないし、暗証番号の入力も必要ない。「コロナ禍の間に一気に進んだ決済方法です」と話してくれたのは、フランスに向かう時の飛行機で隣り合った日本人ビジネスマン。

 「いまだに現金決済が多いのは、日本とドイツです。おそらく、既存の仕組みがしっかりしているところほど、新しい変化に対応するのが遅くなる傾向があると思います」

 なるほど。長い年月をかけて作り上げた仕組みが存在すると、その制度を守る力が働く。そうしていると、変化のスピードは遅くなる。今回のフランス滞在では、物価や賃金などの高さに驚きもした。その一方で、日本はコロナ禍の間に大きく取り残されてしまったとも感じた。

 スポーツの世界も大きな変化に晒されている。既成の仕組み(育成や競技会の運営など)は、限界を迎えている。良質なものが生き残っていく時代だが、福島の陸上界には財産がある。そこで、保守的な方向に向かうことなく、攻めの姿勢で「福島モデル」を作り上げて欲しいのだ。

 自由に、闊達に、そして強い選手が次々に生まれてくる仕組み。それは既存の体制を一度精査し、県民の幸福度がスポーツ、そして陸上によって上がるプランが生まれてきて欲しい。

 若い世代の意欲と、経験を積んだ世代の知恵がうまく合体するといいのだが。福島出身の知恵者は、この原稿で紹介した通り、たくさんいるのだから。

 いくしま・じゅん スポーツジャーナリスト。1967年宮城県気仙沼市生まれ。早稲田大学卒業後、博報堂に入社。勤務しながら執筆を始め、1999年に独立。ラグビーW杯、五輪ともに7度の取材経験を誇る一方、歌舞伎、講談では神田伯山など、伝統芸能の原稿も手掛ける。

 最新刊に『箱根駅伝に魅せられて』(角川新書)。また、『一軍監督の仕事』(高津臣吾・著)『決めて断つ』(黒田博樹・著)など、野球人の著書のインタビュー、構成を手掛ける。

X(旧ツイッター)アカウント @meganedo

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