楢葉町職員(当時)が会計業務を請け負っていた2団体から計約3800万円を横領した事件の裁判が福島地裁いわき支部で行われている。罪に問われているのは一部の犯行に過ぎず、民事裁判で命じられた町や土地改良区への賠償金約4100万円は未払い。元職員は秋田県の強豪野球部出身で、被災地の復興に寄与したいと浜通りに移住した。信頼を裏切った代償は重い。
横領額3800万円 2年見過ごした杜撰な監査
業務上横領罪に問われているのは楢葉町産業振興課で主任技査を務めていたアルバイト従業員の遠藤国士被告(47)=秋田県井川町出身・在住。2019年4月に社会人枠で採用され、楢葉町土地改良区と、農地管理などを担う地元農家による任意団体「町多面的機能広域保全会」の事務局を任せられていた。両団体の事務は代々同課職員が行ってきた。
土地改良区の業務は主に農業用水を流す灌漑設備や水門の修繕管理で、農家など土地所有者が会員となり、理事もそこから選ばれる。事業は公益性が高く、補助金も支給されるため、資金は公金だ。楢葉町土地改良区の場合、松本幸英町長が理事長を務め、地元農家が理事、町監査委員が監事に就いている。
2団体からの横領総額は約3800万円、罪に問われているのは土地改良区絡みの横領だけだ。起訴状によると、2019年8月から翌20年3月にかけて複数回にわたり土地改良区の口座から現金を引き落とし計約670万円を横領した。今後追起訴があり、立証される横領額はさらに増える。
警察が遠藤氏の口座を調べたところ、原資不明の3700万円の入金があったというから、かすめた金の大部分は自身の口座に入れていたことがうかがえる。主にギャンブル、借金返済、生活費に使ったという。
発覚したのは横領を始めてから2年経った2021年8月だった。9月定例会に提出する補正予算案を作成する際、同土地改良区の会計資料が必要になり、上司の産業振興課長が遠藤氏に提示を求めたが、遠藤氏は突然体調不良を訴えて休暇に入り音信が途絶えた。遠藤氏は弁護士を通じて同8月23日に町に横領を認めた後、双葉署に出頭した。町が同9月8日に遠藤氏を懲戒免職した上で事件を公表し刑事告発。発覚から2年経った今年8月、同土地改良区から523万円を横領した容疑で逮捕された。
この間、町と同土地改良区は損害賠償を求めて福島地裁いわき支部に提訴していた。遠藤氏は出廷せず反論もしなかったため、2022年3月に約4100万円の賠償命令が下った。だが、支払いはなく回収できていない。この時、遠藤氏は逮捕されていなかったとはいえ、今後刑事裁判に掛けられることは明らかで、先行した民事裁判での答弁が影響することを考えたのだろう。
今年11月20日に地裁いわき支部で業務上横領罪の初公判が行われた。法廷に現れた遠藤氏は連行する警察官2人よりも長身で、体格が良い。髪は切り揃え、眼鏡をかけており聡明な印象だった。遠藤氏とはどのような人物なのか。
遠藤氏と数年前に仕事をしたことがあるという知人男性によると、秋田県の強豪、金足農業高校野球部でレギュラーを務め、卒業後に同県内の土地改良区に勤務、東日本大震災直後に宮城県で農地調査の応援に入ったという。その後、復興庁に転職し、浪江町に出向。妻子を引き連れ移住した。2018年に母校が夏の甲子園で決勝進出を決めた際には地元2紙の取材を受けており、テレビで試合中継を見ながら涙を浮かべていた。
知人男性によると、
「横領には驚きません。浪江町役場で何度か話したことがあるが、横柄な態度が鼻に付き、派手な様子でした。行動範囲が広く、生活にお金が掛かっている感じでした。秋田から決意を持って浪江に復興支援に来たはずなのに、2年もしないうちに楢葉町役場に転職し、信念がないとも映った。借金もあったというから資金ショートしていたのでしょう。ギャンブル依存症を疑います」
町民の間では、3800万円をギャンブルで使い果たすのは信じ難いと「町の裏金になっていたのではないか」という憶測が広がっていた。本誌既報の通り、楢葉町では職員による不祥事が相次ぎ、町民の不信感が強まっているため、まことしやかに語られた。
横領発覚の翌年22年には、建設課の元職員が指名業者に設計価格を漏洩したとして官製談合防止法違反などで逮捕され有罪。町は同4月に不祥事再発防止に関する第三者委員会を設置したが、わずか1週間後に政策企画課職員が無免許運転で逮捕。同12月には建設課職員が災害公営住宅の家賃管理システムを不正操作し、計127万円の家賃支払いを免れたとして懲戒免職となった。わずか2年間で100人ほどの職員のうち4人が不祥事を起こす異常事態となり、町長や管理職はその度に減給するなどの責任を取っている。
遠藤氏の裁判では、横領金の使途は主にギャンブルと明かされたため「町の裏金説」の信憑性は低い。今後はのめり込んでいたギャンブルの種類や借金の額、生活費の詳細が本人への質問で判明するだろう。
「公務員なら間違いない」とハンコ
横領の直接的な原因は、遠藤氏が自己資金で賄いきれないほどギャンブルにのめり込んでいたことだ。だが、不正会計を発見できなかった同土地改良区役員にも被害を拡大させた責任がある。
同土地改良区では年に1回、監事が監査を行っている。裁判では、ある町職員が警察の取り調べに「土地改良区の監査を担当していた監事は『遠藤氏ら公務員が間違いないと言っているので問題ないと思い押印署名した』と釈明していた」と証言していたことが明かされた。役員名簿を見ると監事は2人いるが、それでも見過ごすとは、細かいことは全て事務職員にお任せする「ザル監査」だったのだろう。
さらに遠藤氏の前任者によると、土地改良区の口座から引き落とす際には役員の決裁が必要だが、事後決裁のみで済んだという。会計管理は代々町職員が1人で担っており、それらを付け込まれた同土地改良区=町は2年に渡り、遠藤氏に公金をかすめ取られ続けることになった。
そもそも同土地改良区は震災・原発事故前から解散が検討されており、活動は活発でなかったという。
「原発被災地の土地改良区は理事や総代(会員)のなり手不足に悩んでおり、関心も低いのでチェック機能が働かない。その割に、原発賠償や農業復興という名目で補助金が潤沢に入ってくる。横領事件の背景にはそのギャップがある」(土地改良区事情に詳しい男性)
遠藤氏は原発被災地に移住後、「後輩の活躍を誇りに、浪江の復興に力を尽くしたい」(福島民報2018年8月20日付)と誓っている。だが、1年も経たずに悪事に手を染め、誓いは破られた。
第2回公判は12月25日午後1時半から地裁いわき支部で開かれる。他の横領金について新たに起訴状が提出される予定だ。