小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

小野町「特養暴行死」裁判リポート【つつじの里】

 小野町の特別養護老人ホームで昨年10月、入所者の94歳女性に暴行を加え死なせたとして傷害致死罪に問われていた元介護福祉士の男の裁判員裁判で、地裁郡山支部は懲役8年(求刑懲役8年)を言い渡した。男は「暴行はしていない」と無罪を主張。裁判とは別に特別監査をした町や県は、死亡原因を暴行と結論付けていた。裁判所は司法解剖の結果や男の暴行以外に死亡する可能性があり得ないことを認定し、有罪となった。法廷で男は、死亡した女性の息子から代理人を通じて「介護士として母の死に思うことはあるか」と問われ、「分からない」や無言を貫き通した。

被害者の最期を語らなかった被告

冨沢伸一被告
冨沢伸一被告
特別養護老人ホーム「つつじの里」
特別養護老人ホーム「つつじの里」

 事件は昨年10月8日夜から翌9日早朝までの間に発生。小野町谷津作の特別養護老人ホーム「つつじの里」に勤める介護福祉士の冨沢伸一被告(42)=小野町字和名田下落合=が入所者の植田タミ子さん(当時94)を暴行の末、出血性ショックで死なせた。

 発覚に至る経緯は次の通り。第一発見者の冨沢被告が同施設の看護師に連絡し、町内の嘱託医が「老衰」と診断、遺体を遺族に渡した。不審に思った施設関係者が警察に通報し、同11日に司法解剖を行った結果、下腹部など広範囲に複数のあざや皮下出血が見つかったことから、死因が外傷性の出血性ショックに変わった。事件発生から2カ月後の同12月7日に冨沢被告は殺人容疑で逮捕。傷害致死罪に問われた。

 事件発覚後の昨年12月以降、町は県と合同で同施設に特別監査を計7回実施し、冨沢被告が腹部を圧迫する身体的虐待を行い、死亡させたと認定していた。同施設を2024年4月18日まで6カ月間の新規利用者受け入れ停止の処分とした。特別監査では別の職員が入所者に怒鳴る心理的虐待も確認。同法人の予防策は一時的で、介護を放棄している状態にあったとした(10月20日付福島民報より)。

 行政処分上は冨沢被告による暴行が認定されたが、刑罰を与えるのに必要な事実の証明はまた別で、立証のハードルはより高い。冨沢被告は地裁郡山支部で行われた裁判員裁判で「暴行はしていない」と無罪を主張。弁護側は植田さんが具体的にどのような方法でけがをして亡くなったかは明らかでなく、立証できない以上無罪と、裁判員に推定無罪の原則を強調した。

 冨沢被告は高校卒業後に郡山市内の専門学校で介護を学び、卒業後に介護福祉士として複数の施設に勤務してきた。暴行死事件を起こしたつつじの里には、開所と同時期の2019年10月1日から働き始めた。つつじの里は全室個室で約10床ずつ三つのユニットに分かれ定員29床。社会福祉法人かがやき福祉会(小野町、山田正昭理事長)が運営する。

入所者が暴行死したつつじの里のユニット(同施設ホームページより)
入所者が暴行死したつつじの里のユニット(同施設ホームページより)

 冨沢被告は職員の勤務調整や指導などを行うユニットリーダーだった。事件が起こった夜は2人態勢で、冨沢被告は夕方4時から朝9時まで割り当てられたユニットを1人で担当した。

 暴行死した植田さんは2021年6月に入所した。自力で立って歩くことが困難で、床に尻を付いて手の力を使って歩いたり、車椅子に乗ったりして移動していた。転倒してけがを防止するため床に敷いたマットレスに寝ていた。

 植田さんは心臓にペースメーカーを入れていた。事件3日前も病院で診察を受けたが体調は良好で、事件当日は朝、昼、晩と完食していた。それだけに、一晩での死亡は急だった。この時間帯に異変を目撃できた人物は冨沢被告しかいない。以下は法廷で明かされた植田さんのペースメーカーの記録や居室前廊下のカメラ映像、同僚の証言を基に記述する。

 事件があった昨年10月8日の午後3時半ごろ、冨沢被告が出勤する。植田さんを車椅子に乗せ食堂で夕食を食べさせた冨沢被告は、午後6時半ごろに居室に連れ帰った。9日午前0時20分ごろにペースメーカーが心電図を記録していた。心電図は波形の異常を検知した時だけ記録する仕組みになっていた。同4時38分に心電図の波が消失するまでの間に冨沢被告は2回、食堂に車椅子で運び、28回居室に入った。午前3時38分、冨沢被告は「顔色不良、BEエラー」と植田さんの容体の異常を日誌に記録。4時38分に心電図の波が消失後、施設の准看護士に電話で相談した。准看護士は「俺もうダメかも知れない」との発言を聞いた。

 同5時14分には別のユニットに勤務していた同僚に報告。さらに別の同僚は、冨沢被告から「警察に捕まってしまうかもしれない」と言われたという。

指さした先にいた犯人

指さした先にいた犯人

 施設の嘱託医は「老衰」と診断した。不審に思った施設関係者が警察に通報し、事件の発覚に至った。通報があったということは、冨沢被告は疑われていたということだ。裁判には施設の介護士が出廷し、昨年春ごろに植田さんの手の甲にあざがあり、虐待を疑って施設に報告していたことを証言した。

 この介護士が入所者や職員が集まる食堂で植田さんの手の甲を見ると、大きなあざがあったという。口ごもる植田さんに「どうしたの」と問うとしばらく答えなかった後、「自分ではやっていない」。そして「やられた」と言った。「誰に」と問うと「男」。ちょうど食堂に男性職員2人が入ってきた。「あそこにいるか」と問うと「いない」。冨沢被告が入ってきた。介護士は同じように植田さんに聞いたが怖がっている様子で、それ以上話そうとしなかった。植田さんに介護士自身の手を持たせ、けがをさせた人物を指すように言うと冨沢被告を指した。介護士はすぐに上司に報告した。

 本誌1月号「容疑者の素行を見過ごした運営法人」では、内情を知る人物の話として、2021年春ごろに冨沢被告が担当していた別の入所者の腕にあざが見つかったこと、職員が冨沢被告の問題点を上司に告げても施設側は真摯に聞き入れず、冨沢被告に口頭注意するのみだったことを報じている。運営状況に嫌気を指した職員数人が一斉に退職したこともあったという。町と県の特別監査では、冨沢被告とは別の職員による心理的虐待があり、予防策がその場限りであったことを認定した。

 運営法人が冨沢被告ら職員による虐待の報告を放置していたことが今回の暴行死につながった。さらには嘱託医による「老衰診断」も重なり、通報がなければ事件が闇に葬られるところだった。

 植田さんの親族4人は冨沢被告と施設運営者のかがやき福祉会に計約4975万円の損害賠償を求め、5月22日付で提訴している(福島民友11月7日付)。

 傷害致死罪を問う裁判では植田さんの長男が厳罰を求める意見陳述をした。

 《亡くなる3日前、母のために洋服を買いました。母は自分で選び、とても喜んで「ありがとう」と言いました。私たちは母にまた会うのを楽しみに別れました。そのやり取りが最後でした。10月9日、新しい服に腕を通すことなく亡くなりました。あんなに元気なのに信じられなかった。

 天寿なのだと思い、信じられない気持ちを納得しようとしました。死んだ本当の原因を聞いた時は今まで感じたことのない怒りと憎しみで胸がいっぱいでした。信じていた介護士に暴力を振るわれて亡くなった。遺体を見ると足の裏まであざ。見るに堪えません。母は被告人に殴られたり怒られたりするのが怖くて助けを求めることができなかったと思います。最後に会った時、私は母の手にあざを見つけどうしたのと聞きましたが、母は教えてくれませんでした。気づいていれば亡くなることはなかったのではと悔やみ申し訳なく思っています。

 介護士はお年寄りに優しくし、できないことをできるように助けになるのが仕事ではないでしょうか。なぜ暴力を振るい母を殺めたのか。施設と介護士を信用していたのに、被告人は信頼を裏切って助けを求められない母を殺めた。母は助けとなるべき介護士に絶望し、苦しみながら死んだ。私たち家族は被告人を到底許すことはできません。できうる限りの重い刑罰を求めます。できるなら生前の元気な母にもう一度会いたい》

「亡くなったことはショック」

「亡くなったことはショック」

 法廷で遺族は弁護士を通じて、冨沢被告に質問した。その答えは「分からない」や無言が多かった。傍聴席からは植田さんの写真が見守っていた。

遺族代理人「植田さんはなぜ亡くなったと思う?」

冨沢被告「詳しくは分からない」

遺族代理人「事故で亡くなったとか具体的なことは分かるか」

冨沢被告「転倒はしていないと思う。それ以外は分からない」

遺族代理人「介護を担当していた時間に何かが起こって亡くなったのは間違いないか」

冨沢被告「はい」

遺族代理人「自分が担当していた時間に植田さんが亡くなったことについて思うことはあるか」

冨沢被告「分からない」

遺族代理人「分からないというのは自分の気持ちが?」

冨沢被告「思い当たる件がです」

遺族代理人「今聞いているのは亡くなった原因ではなく、あなたの感情についてです」

冨沢被告「亡くなったことについてショックを受けている」

遺族代理人「担当中に亡くなったわけで、監督が足りないと思うことはあったか」

冨沢被告「……」

遺族代理人「午前3時半ごろ容体が急変した。救急車や看護師を呼ばなかったことに後悔はなかったか」

冨沢被告「……」

遺族代理人「分からないんですね。遺族に申し上げたいことはあるか」

冨沢被告「……」

遺族代理人「特にはないということですか」

冨沢被告「はい」

 自らに不利益なことを証言しない権利はある。だが、亡くなった植田さんの最も近くにいて、その容体を把握していたのは冨沢被告しかいない。判決が出た後、被害者の最期を何らかの形で遺族に伝えるのが介護士としての責務ではないか。

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