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五ノ井里奈

  • 陸自郡山駐屯地「強制わいせつ」有罪判決の意義

    陸自郡山駐屯地「強制わいせつ」有罪判決の意義

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊内で起こった強制わいせつ事件で、被告の元自衛官の男3人に懲役2年執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。被害者の元自衛官五ノ井里奈さんは、顔と実名を出し社会に訴えてきた。福島県では昨年、性加害をしたと告発される福島ゆかりの著名人が相次いだ。被害者が公表せざるを得ないのは、怒りはもちろん、当事者が認めず事態が動かないため、世論に問うしか道が残っていないからだ。2024年はこれ以上性被害やハラスメント告発の声を上げずに済むよう、全ての人が自身の振る舞いに敏感になる必要がある。(小池航) 本誌が報じてきた性被害告発 被告たちを撮ろうとカメラを構えるマスコミ=2023年12月12日。 裁判所を出る関根被告(左)と木目沢被告(右)=同10月30日。  陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊の男性隊員3人が同僚の女性隊員を押し倒し腰を押しつけたとして強制わいせつ罪に問われた裁判で、福島地裁は昨年12月12日に懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した(肩書は当時)。有罪となった3人はいずれも郡山市在住の会社員、渋谷修太郎被告(31)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(30)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。刑事裁判に先立って3人は自衛隊の調査で被害女性への加害行為を認定され、懲戒免職されていた。  冒頭の報じ方に違和感を覚える読者がいるかもしれない。それは、裁判の判決報道のひな形に則り、刑事裁判の主役である被告人をメーンに据えたからだ。定型の判決報道で実態を表せないほど、郡山駐屯地の強制わいせつ事件は有罪となるまで異例の道筋をたどった。被害を受けた元女性自衛官が顔と実名を出して、一度不起訴になった事件の再調査を世論に訴える必要に迫られたためだ。  被害を実名公表したのは五ノ井里奈さん(24)=宮城県東松島市出身。2021年8月の北海道矢臼別演習場での訓練期間中に宴会が行われていた宿泊部屋で受けた被害をユーチューブで公表した。防衛省・自衛隊が特別防衛監察を実施して事件を再調査し、男性隊員らによる性加害を認め謝罪するまでには、自衛隊内での被害報告から約1年かかった。加害行為に関わった男性隊員5人のうち技を掛けて倒し腰を押しつける行為をした3人が強制わいせつ罪で在宅起訴された。被告3人はわいせつ行為を否定。うち1人は腰を振ったことを認めたが「笑いを取るためだった」などとわいせつ目的ではなかったと主張。しかし、3人とも有罪となった。原稿執筆時の12月21日時点で控訴するかどうかは不明。  筆者は福島地裁で行われた全7回の公判を初めから終わりまで傍聴した。注目度が高かったため、マスコミや事件の関係者が座る席を除く一般傍聴席は抽選だった。本誌は裁判所の記者クラブに加盟していないため席の割り当てはない。外勤スタッフ8人総出で抽選に臨み、何とか傍聴席を確保できた。判決公判は一般傍聴席35席に202人が抽選に臨み、倍率は5・77倍だった。  事件を再調査した特別防衛監察は、これまではおそらく取り合ってこなかったであろう自衛隊内のハラスメント行為を洗い出した。自衛隊福島地方協力本部(福島市)では、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否した隊員に接種を強要するなどの威圧的な言動をしたとして、同本部の50代の3等陸佐を戒告の懲戒処分にした(福島民報昨年11月27日付より)。  ある拠点の現役男性自衛官は特別防衛監察後の変化を振り返る。  「セクハラ・パワハラを調査するアンケートや面談の頻度が増えた。月例教育でも毎度ハラスメントについて教育するようになり、掲示板には注意喚起のチラシが張られている。男性隊員は女性隊員と距離を置くようになり、体に触れるなんてあり得ない」  特別防衛監察によりセクハラ・パワハラの実態が明るみになったことで自衛隊のイメージは悪化し、この男性自衛官は常に国民の目を気にしているという。  「自衛隊は日本の防衛という重要任務を担っていて国民が清廉潔白さを求めているし、実際そうでなければならない。見られているという感覚は以前よりも強い」 今年2024年は自衛隊が発足して70年。軍隊が禁じられた日本国憲法下で警察予備隊発足後、保安隊、自衛隊と名前を変えた。国民の信頼を得る秩序ある組織にするには、ハラスメント対策を一過性に終わらせず、現場の声を拾い上げて対処する恒常的な仕組みの整備が急務だ。 本誌が向き合ってきた証言 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  性加害やハラスメントは自衛隊内だけではない。本誌は昨年、福島県ゆかりの著名人から性被害を受けたとする告発者の報道に力を入れてきた。加害行為は立場が上の者から下の者に行われ、被害者は往々にして泣き寝入りを迫られる。  昨年2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔 飯舘村出身女優が語る性被害告発の真相」では、飯舘村出身の女性俳優大内彩加さんが、所属する劇団の主宰である谷賢一氏から性行為を強要されたと告発、損害賠償を求めて提訴した。谷氏は否定し、法廷で争う。谷氏は原発事故後に帰還が進む双葉町に移住し、演劇事業を繰り広げようとしていた。東京の劇団内で谷氏によるセクハラやパワハラを受けていた大内さんは新たに出会った福島の人々にハラスメントが及ぶのを恐れ、実態を知らせて防ぐために被害を公表したと語った。  7月号では大内彩加さんにインタビューし、性被害告発後に誹謗中傷を受けるなど二次被害を受けていることを続報した。  4月号「生業訴訟を牽引した弁護士の『裏の顔』」では、演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優Aさんが損害賠償を求めて提訴した。馬奈木氏は県内では東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長として知られていたが、Aさんの提訴前の2022年12月に退いていた。本誌も記事でコメントを紹介するなど知見を借りていた。  8月号「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、元職員が性被害を訴えた。証言を裏付けるため、筆者は被害者から相談を受けた刑事を訪ねたり、被害を訴える別の人物の証言記録を確認し、掲載にこぎつけた。8月号発売の直前に学園側は記事掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立ててきたが、学園側は裁判所の判断を待たず申し立てを取り下げた。9月号ではその時の審尋を詳報した。  本誌が報じてきたのはハラスメントがあったことを示すLINEのやり取りや音声、知人や行政機関への相談記録など被害を裏付ける証拠がある場合だ。ただし、証拠を常に示せるとは限らない。泣き寝入りしている被害者は多々いるだろう。五ノ井さんの証言を認め、裁判所が下した有罪判決を契機に、まずは今まさに被害を訴えている人たちの声に、世の中は親身に耳を傾けるべきだ。

  • 五ノ井里奈さんに届けたパンプス

    五ノ井里奈さんに届けたパンプス

    ノンフィクション作家 岩下明日香  元自衛官の五ノ井里奈さんが、陸上自衛隊郡山駐屯地の部隊内で受けた性被害を実名告発した後、マスコミと世論が関心を持つまでには時間を要した。告発当初から取材し、五ノ井さんの著書『声をあげて』の構成を手掛けたノンフィクション作家が振り返る。 名もなき元自衛官の女性が閉塞的な日本社会に大きな風穴を開ける。 五ノ井里奈さん=筆者撮影  台風接近により、天候が崩れるという天気予報に憂いた。電車が動かなくなったら東京から郡山までたどり着けないかもしれない。「本当に彼女が自衛官だったかもわからない」「交通費は出さない」と編集部が躊躇していた取材のため、自腹を切った新幹線の切符が紙くずになるかもしれない。そんな心配は杞憂だった。  2022年7月5日、昼過ぎに降り立った郡山は、早足で夏がやってきたかのように汗ばむ真夏日だった。  郡山を訪れたきっかけは、元自衛官・五ノ井里奈さんに会うためだ。五ノ井さんは、自衛隊を6月28日に退官し、その翌日にユーチューブ『街録チャンネル』などの動画を通じて自衛隊内で受けた性被害を告発していた。瞬く間にソーシャルメディアで拡散され、それが雑誌系ウェブメディアの業務委託記者をしていた筆者の目に留まったのだ。  動画のなかの五ノ井さんは、取り乱すことなく、卑劣な被害の経緯を淡々と語っていた。当時、まだ五ノ井さんは22歳という若さ。純粋な眼差しとあどけなさが残っていた。  五ノ井さんを含め、性犯罪に巻き込まれた被害者を記事で取り上げるとき、証言だけではなく、裏取りができないと記事化は難しい。説得力のある記事でなければ、被害者は虚偽の証言をしているのではないかという疑いの目が向けられ、インターネット上で誹謗中傷が膨らむという二次被害のリスクも孕む。  実際に記事にするとはあらかじめ約束できない取材だった。もし記事にできなかったら、追いつめられている被害者を落胆させてしまうから。懺悔すれば、最終的に記事を出すことができなかったことは一度ではなく、その度に被害者を傷つけているような罪悪感に駆られるのだ。  五ノ井さんにも確定的なことを約束せずにいた。被害者の証言を裏付けるものを見つけられるのか。話を聴いてみないとわからないと思い、郡山を目指した。  真夏日の郡山駅に到着してすぐに駅周辺を探索した。当時はまだコロナ禍で、駅ビルのカフェにはちらほら人がいる程度。人目があるとナイーブな話はしにくいだろうと思い、静かな場所を求めて駅の外へ出た。  すると、駅前にある赤い看板のカラオケ店が目に飛び込んできた。コロナ禍の影響で、カラオケ店ではボックスをリモートワーク用に貸し出していた。カラオケボックスなら防音対策がしっかりして静かだろうと思い、店員に料金を聞いてから、早々に駅に引き返し、待ち合わせ場所である新幹線の改札口前で待機した。  改札を出て左手にある「みどりの窓口」付近から発着する新幹線を示す電光掲示板を眺めていると、カーキ色のTシャツに迷彩ズボンをはいた男性がベビーカーを押して、改札前で足をとめ、妻らしき女性にベビーカーを託した。改札を通っていく妻子を見送る自衛官らしき男性が手を振って見送っていた。  近くに駐屯地でもあるのだろうか。それくらい筆者は自衛隊や土地に疎かった。当時はまだ、五ノ井さんが郡山駐屯地に所属していたことすら知らなかった。  しばらくすると、キャップを目深に被った青いレンズのサングラスをかけた人がこちらに向かって歩いてきた。半袖に短パンのラフな格好。  「あっ!」  青いサングラスの子が五ノ井さんだとすぐにわかった。五ノ井さん曰く、駐屯地が近くにあり、隊員が日ごろからウロウロしているため、サングラスと帽子で隠していたという。地方の平日の昼過ぎ、しかもコロナ禍で人の出が減り、わりと閑散としていた駅では、青いサングラスがむしろ目立っていた。「地元のヤンキー」が現れたかと思い、危うく目をそらすところだったが、大福のように白い肌と柔らかい雰囲気は、まさしく動画で深刻な被害を告白していた五ノ井さんであった。 必ず書くと心に決めた瞬間  五ノ井さんは、カラオケ店のドリンクバーでそそいだお茶に一口もつけずに淡々と自衛隊内で起きていたことを語った。淡々とではあるが、「聴いてほしい、ちゃんと書いてほしい」と必死に訴えてきてくれた目を今でも覚えている。会う前までは不確定だったが、必ず書くと心に決めた瞬間があった。五ノ井さんがこう言い放った瞬間だ。  「ただ技をキメて、押し倒しただけで笑いが起きるわけがないじゃないですか」  五ノ井さんは3人の男性隊員から格闘の技をかけられ、腰を振るなどのわいせつな行為を受けた。その間、周囲で見ていた十数人の男性自衛官は、止めることなく、笑っていた。男性同士の悪ノリで、その場に居合わせたたった1人の女性を凌辱していた場面が筆者の目に浮かんだ。目の奥が熱くなって、涙がわっと湧き溢れて、マスクがせき止めた。  自衛隊という上下関係が厳しく、気軽に相談できる女性の数が圧倒的に少ない環境で、仲間であるはずの隊員を傷つける行為。どうして周囲の人が誰も止めに入らないのか。閉ざされた実力集団において、自分よりも弱い者を攻撃することで、自分は強いという優位性を誇示したかったのだろうか。  ときに力の誇示は、暴力に発展する。国防を担う自衛隊は、国民を守るために「力」を備える。だが、それがいとも簡単に「暴力」に変わり、しかも周囲は「そういうものだ」とか「それくらいのことで」と浅はかに黙認する。そして一般社会の感覚とはかけ離れていき、集団的に暴力に寛容になり、エスカレートしていくのではないだろうか。  閉ざされた環境からして、被害者は五ノ井さんだけではないはずだ。取材を続ける意義は大きいと確信した。カラオケボックスにある受話器が「プルルルル~」とタイムリミットを知らせてきたが、2回ほど延長してじっくり話を聴いた。  五ノ井さんがユーチューブで告発してから2週間後、筆者の書いた記事は『アエラ』のウェブ版で配信された。すると、瞬く間に拡散され、同日中には野党の国会議員が防衛省に「厳正な調査」を要請し、事態が大きく動き出した。  さらに五ノ井さんは、防衛大臣に対して、第三者委員会による再調査を求めるオンライン署名と、自衛隊内でハラスメントを経験したことがある人へのアンケート調査も実施。署名を広く呼び掛けるために東京都内で記者会見の場を設けた。オンライン署名は1週間で6万件を突破し、署名サイトの運営者は「個人に関する署名でここまで集まるのはこれまでになかった」というほどの勢いだ。五ノ井さんのSNSのフォロワーも驚異的に伸び、同じような経験をしたことがあるという匿名の元隊員からの書き込みをも出てきた。  だが、現実は厳しかった。7月27日に開いた記者会見に足を運ぶと、NHKの女性記者1人だけ。遅れて朝日新聞の女性記者がもう1人。そして筆者をあわせて、マスコミはたったの3人だった。真夏に黒いリクルートスーツを身にまとった五ノ井さんは、空席の目立つ記者席に向かって、声を振り絞った。  「中隊内で隠ぺいや口裏合わせが行われていると、内部の隊員から聞いたので、ちゃんと第三者委員会を立ち上げ、公正な再調査をしてほしいです」 マスコミの反応が薄かった理由  静かに終わった会見後、五ノ井さんはコピー用紙に書き込んだ数枚のメモを筆者に差し出した。報道陣から質問されそうなことを事前にまとめ、答えられるように用意していたのだ。手書きで何度も書き直した跡が残っていた。なのに、ほとんど質問されなかった。結局、五ノ井さんのはじめての会見を報じたのは、筆者だけだった。  SNS上では反響が大きかったにもかかわらず、当初、マスコミの反応は薄かった。理由はおそらく2つ考えられる。1つ目は、五ノ井さんが強制わいせつ事件として自衛隊内の犯罪を捜査する警務隊に被害届を出したものの、検察は5月31日付で被疑者3人を不起訴処分にしていたから、司法のお墨付きがない。2つ目は、自衛隊に限らず、大手マスコミ自体も男性社会かつ縦社会でハラスメントが起こりやすい組織構造を持っているから、感覚的にハラスメントに対して意識が低い。  一度不起訴になった性犯罪を、あえて蒸し返す意義はどこにあるのか。昭和体質の編集部が考えることは、筆者もよくわかっている。刑事事件で不起訴になったとしても、警務隊や検察が十分な捜査を尽くしていなかった可能性があるにもかかわらず。  マスコミの関心が薄い反面、ネット上では誹謗中傷が沸き上がった。署名と同時に集めていたアンケート内には殺害予告も含まれていた。心無い言葉の矢がネットを通じて被害者の心を引き裂く「セカンドレイプ」にも五ノ井さんは苦しみ、体調を崩しがちになった。それでも萎縮することなく、五ノ井さんは野党のヒアリングに参加した。顔がほてり、目がうつろで今にも倒れそうな状態で踏ん張っていた。  8月31日に市ヶ谷に直接出向き、防衛省に再調査を求める署名とアンケート結果を提出。この時にやっとテレビも報じはじめた。少しずつマスコミと世論が関心を持ちだし、防衛省も特別防衛監察を実施して再調査に乗り出す。  そのわずか1カ月後の9月29日、自衛隊トップと防衛省が五ノ井さんの被害を認めて謝罪する異例の事態が起きた。この日、五ノ井さんから「パンプスがこわれた」というメッセージを受け取っていた。防衛省から直接謝罪を受けるため、急いで永田町の議員会館に向かっている途中で片方のヒールにヒビが入ったらしい。相当焦って家を出てきたのだろう。引き返す時間がないため、そのまま議員会館に行くという。  「足のサイズは?」  「わからないです。二十何センチくらい。全然これでもいけるので大丈夫です!」  筆者も永田町に急いでいた。ヒールにヒビが入ったというのが、靴の底が抜けて歩けないような状態を想像し、それはピンチと思い、GUに駆け込んで黒のパンプスを買ってから議員会館に向かった。到着して驚いたのが、ほんの1カ月半前までは大手メディアからほぼ注目されていなかったのに、この時は立ち見がでるほど報道陣で会場が埋め尽くされた。議員秘書経由でパンプスは五ノ井さんに届けられたが、すぐに謝罪会見は始まり、履き替える時間もなかったのか、ヒビの入ったヒールのまま五ノ井さんが会場に入ってきた。防衛省人事教育局長と陸幕監部らは、五ノ井さんと向かい合うようにして立ち、頭を下げて謝罪すると、五ノ井さんも小さく頭を垂れた。  郡山で取材をした時には、淡々と被害を語っていた五ノ井さんだったが、この日は悔しさがにじみ出るように目が赤かった。防衛省・自衛隊に向けて言葉を詰まらせた。  「今になって認められたことは……、遅いと思っています」  もし自衛隊内で初動捜査を適切に行っていたら、被害者が自衛隊を去ることも、実名・顔出しすることもなく、誹謗中傷に苦しむこともなかっただろう。  後日、五ノ井さんはばつが悪そうに言うのだ。  「パンプス、ぶかぶかでした」  100円ショップで中敷きを買って詰めてもぶかぶかですぐ脱げるようだ。その場しのぎで買った安物を大事に履こうとしてくれていた。 裁判所を出る被告3人を見届ける 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  防衛省・自衛隊がセクハラの事実を認めてからも、五ノ井さんの闘いは続く。10月には加害者4人からも対面で謝罪を受け、12月には5人が懲戒免職になった。  さらに、不起訴になった強制わいせつ事件を郡山検察審査会に不服申し立てをし、2022年9月に不起訴不当となり、検察の再捜査も開始。2023年3月には不起訴から一転、元隊員3人は在宅起訴された。6月から福島地裁で行われていた公判で、3人はいずれも無罪を主張。五ノ井さんは初公判から福島地裁に足を運び、被告らや元同僚の目撃者らの発言に耳を傾けた。そこにはいつも、実家の宮城県から母親が駆けつけていた。  4回目の公判。被告人質問を終えた被告3人が裁判所から出ていく姿を、母親と筆者は見届けた。  「親が娘の代わりに訴えることはできるんでしょうか……」  涙を目に溜めながら言う母親に返す言葉が見つからず、背中をさすった。被告の1人が、五ノ井さんを押し倒して腰を振った理由を「笑いをとるためだった」と公判で発言したのを、母親も間近で聞いていた。被告に無罪を主張する権利があるとはいえ、被害者はもちろん、その家族もどれほど心をえぐられたことか。それでも親子は半年間にわたるすべての公判を傍聴し続けた。  福島地裁は12月12日、被告3人にそれぞれ懲役2年執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。  被害から2年以上が経過し、五ノ井さんは現在24歳。希望と可能性に溢れていたはずの20代前半を、被害によってすべてを奪われ、巨大組織と性犯罪者と対峙してきた。その姿にいま、世界が目を向けている。  英『フィナンシャル・タイムズ』による「世界で最も影響力がある女性25人」を皮切りに、米誌『タイム』は世界で最も影響力がある「次世代の100人」に、英公共放送BBCも「100人の女性」(2023年)に五ノ井さんを選出した。  判決の翌日、外国特派員協会で会見を開いた五ノ井さんは、前を向いて堂々と語った。  「世の中に告発してから約2年間、自分の人生をかけて闘ってきました。被害の経験は必要ありませんでしたが、無駄なことは何一つありませんでした。誹謗中傷も、公判も、人との関わりも、そのすべてが自分の人生を鍛えてくれる種となり、生きていく力に変わりました。私にとってはすべてが学びでした」  閉塞的な社会に風穴を開けた功績は、ロールモデルとして人々に勇気を与えていくだろう。 いわした・あすか ノンフィクション作家。1989年山梨県生まれ。『カンボジア孤児院ビジネス』(2017、潮出版)で第4回「潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。五ノ井里奈さんの近著『声をあげて』(2023、小学館)の構成を務める。現在はスローニュースで編集・取材を行う。

  • 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為

    【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属していた元自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県東松島市出身=に服の上から下半身を押し付け性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪に問われた元男性隊員3人の公判は8月23日で3回目を迎えた。これまでに当時現場にいた現役隊員や元隊員ら4人が証言。自衛隊内の犯罪を取り締まる警務隊が「口裏合わせ」の時間を与えてしまった初動捜査の問題が浮かび上がった。 証人は自らの嘘に苦しむ 第3回公判を終えた後、取材に応じる五ノ井さん=8月23日、福島市  事件は2021年8月3日夜、北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋で起こった。検察側の主張では、郡山市に駐屯する東北方面特科連隊第1大隊第2中隊(約50人)の一部隊員十数人が飲み会を開き、居合わせた隊員の中では階級が上位だった40代のF1等陸曹(1曹)と30代のB2等陸曹(2曹)が格闘談義で盛り上がり、F1曹が「首を制する者は勝てる」と発言。相手の首をひねり、痛がったところで地面に押し付ける技「首ひねり」を五ノ井さん(1等陸士)に掛けるよう3等陸曹(3曹)の男性に指示。男性3曹は倒した五ノ井さんに腰を押し付ける行為をした。2人の男性3曹が順に同様の行為をした。五ノ井さんはその部屋で唯一の女性だった(階級は当時。匿名表記は五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館に準じた)。  今回、強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも郡山市在住で現在は会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。防衛省はこの3人のわいせつ行為を認定。F1曹が首ひねりを指示したこと、B2曹が別の機会に五ノ井さんにわいせつ行為をしたことも認め、昨年12月に5人を懲戒免職した。3被告とB2曹は懲戒免職前の同10月に、「軽率な行動」を詫びる謝罪文をしたため、五ノ井さんに直接謝罪していた。だが3被告は、裁判では一転「わいせつ目的ではなく笑いを取るため」「下半身の接触はなかった」などと否認している。  物的証拠はない。そのため、検察側は現場にいた4人を証人にした。  1人目の証人は懲戒免職されたB氏。2021年に行われた警務隊の取り調べ前、部下に当たる3被告から「自分たちはやってないんで、やってないって言います」と言われ、「じゃあ俺も見てないってする」と口裏を合わせた。  五ノ井さんが被害を実名告発後、取り調べが頻繁に行われるようになり、2022年9月か10月に渋谷被告から「Bさんだめです。もう話します」と言われ、次の日に「真実を伝えました」と打ち明けられたという。B氏は「なんで俺は嘘を付いているんだろう」とさいなまれ「見てない」という当初の証言を覆した。  B氏は法廷で渋谷、関根両被告が五ノ井さんに性行為を思わせる「腰振り」をしていたと証言。B氏は笑いながらも「やり過ぎだ」とたしなめたという。  2人目の証人X隊員は当時、渋谷被告の同期。関根、木目沢両被告の後輩に当たる。渋谷被告と木目沢被告らしき風貌の人物が五ノ井さんに腕立て伏せをするような体勢で覆い被さったのを見たと証言した。技を掛ける前には、渋谷、木目沢両被告ら男性隊員複数人が必要以上に五ノ井さんに接近して囲み、「キャバクラのような雰囲気」でプライバシーに関わる内容を聞いていたという。  3人目の証人Y氏は、県外の自衛隊地方協力本部に勤務。3被告の先輩だった。自分が寝るベッドを背に酒を飲んでいた。音がして振り向いたところ、渋谷被告が五ノ井さんをベッドに押し倒したような状況を目撃したと証言した。次に振り向いた時は、木目沢被告と五ノ井さんが同様の状況にあった。  最後の証人Z隊員は、郡山駐屯地に勤務。当時は、3被告の後輩に当たる。苗字と訛りから県内ゆかりの人物のようだ。被告たちの前に衝立を置いて証言台に立った。  部屋では当初13人で宴会を行い、渋谷、関根両被告は後から来たと証言。渋谷被告と一緒にF1曹に乾杯をしに近づき、「首を制する者は勝てる」発言を聞いた。F1曹かB2曹の指示で渋谷被告が五ノ井さんに首ひねりを掛けてベッドに倒し、お笑い芸人レイザーラモンHGのような「ウェーイ」という声を発し、複数回腰を振るのを目にした。着衣越しに陰部が五ノ井さんに当たっているように見えた。関根被告も同様の行為をしたという(レイザーラモンHGを真似た言動をしたかは不明)。周囲は笑っていた。  被告や証人たちは再捜査後、警務隊や検察からの度重なる取り調べに相当参っていたようだ。弁護側は、被告や証人の証言が自発的なものかを確かめるため、聴取を受けた回数や頻度、事件直後に警務隊が聞き取った内容との食い違いを指摘した。  そもそも、初動捜査で隊員たちに「口裏合わせ」をする時間を与えてしまった警務隊に不作為があったのではないか。警務隊が捜査に消極的だったことも、五ノ井さんの著書からうかがえる。  五ノ井さんは事件から約1カ月後の2021年9月に警務隊の聞き取り調査に応じ、捜査員から「警察と違って、警務隊には逮捕する権限がないんだ」と言われた(前掲書94ページより)。だが、これは虚偽。自衛隊法96条に、警務隊は「刑事訴訟法の規定による司法警察職員として職務を行う」とあり、自衛隊内の犯罪については容疑者を逮捕・送検する権限を持つ。  五ノ井さんの著書には、捜査への本気度が薄いと感じる描写もある。この捜査員に付いてきた書記官は居眠りし、何度も手に持っているペンを落としたという。警務隊からは、訓練を理由にすぐには男性隊員たちを事情聴取できないと言われ、五ノ井さんは「人の記憶はどんどん薄れていってしまうというのに、どうして早急に対応してくれないのだろう」と書いている。 不祥事隠蔽の温床  月刊誌『選択』7月号「お粗末な『警務隊』の実態」は、そもそも捜査能力に疑問符を付けている。今年6月に岐阜県内の射撃場で発生した自衛隊員による銃撃事件では、自衛隊施設内での犯罪にもかかわらず、発生当初から警察が介入し、警務隊は「おまけのような扱い」(防衛省関係者)だったという。警務隊が「身内の不祥事を隠蔽する温床になっている」(警察関係者)との指摘もある。  今回の裁判は自衛隊関係者が傍聴し、熱心にメモを取っている。初動捜査を担当した東北方面の部隊を管轄する警務隊員かどうかは分からないが、「初めから抜かりなく捜査をしていれば、苦しむ人はもっと少なくて済んだのに」と筆者は思う。  第3回公判の閉廷後、五ノ井さんは報道陣の取材に応じ、証人について「最初の自衛隊内の調査で正直に話してもらいたかった」と述べた。「同じ中隊で一緒に仕事をしてきた先輩たち。上司、先輩だからこそ(被告たちに)注意してほしかった」とも話している。被告3人が否認していることについては「証言がしっかり出ている。嘘を付かずに認めてほしい」と訴えた。  嘘で苦しむのは他者だけではない。一番苦しむのは「嘘を付いている自分」と「本当のことを知っている自分」を内部に同居させ、それに引き裂かれる思いをしなければならない自分自身だ。  第4回公判は9月12日午後1時半から福島地裁で行われる予定。渋谷、関根両被告が証言台に立つ。 あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性

    【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性

     陸上自衛隊郡山駐屯地(郡山市)に所属していた元陸上自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県出身=がわいせつ被害をネットで実名公表してから1年が経った。服の上から下半身を押し付け、性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪で在宅起訴された元男性隊員3人の初公判が6月29日、福島地裁で開かれ、初めて加害者の名前が明かされた。マスコミのほか、傍聴席数を大きく上回る市民、自衛隊関係者が傍聴に押し寄せた。注目が集まったのは、「命を削ってでも闘う」と覚悟を決めた五ノ井さんと、わいせつと捉えられる行為を「笑いを取るために行った」と弁明する加害者たちとの埋め難い差だった。 「笑いを取るため」見苦しい弁明 福島地方裁判所  原稿執筆時(7月27日)は同31日に開かれる予定の第2回公判を傍聴しておらず、初公判(6月29日)を終えた時点での情報を書く。 強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも自衛官を懲戒免職された、現在郡山市在住で会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身=、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身=、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身=。 2021年8月3日夜に北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋の飲み会で、上司から指示を受けた被告3人が、それぞれ五ノ井さんに格闘技の「首ひねり」を掛けてベッドに押し倒した上、五ノ井さんに覆い被さって下半身を押し付けたかどうかが問われている。被告3人は技を掛けたことは認めたが、わいせつ目的の行為はしていないと一部否認している。 最初に技を掛けた渋谷被告は、裁判で「覆い被さっていない」「腰を振ったのは事実だが笑いを取るためで、下半身の接触はなかった」と主張。関根被告は押さえつけたこと、木目沢被告は覆い被さったことは認めたが「下半身は接触していない」と述べた。 「笑いを取るため」との主張は、一般の感覚を持ち合わせているなら苦し紛れに聞こえる。 渋谷被告は無罪を勝ち取った場合でも「飲み会中に女性に技を掛けて倒し、笑いのために腰を振った男」と言われ続けることを考えなかったのか。 渋谷被告は専門学校を卒業後、2013年に入隊。関根被告と木目沢被告は高校卒業後、2012年に入隊した。2020年に入隊した五ノ井さんにとっては7、8年先輩で、階級は事件当時3等陸曹だった。五ノ井さんは当時1等陸士で、3人よりも階級が下だった。今回の刑事事件では、五ノ井さん、被告3人双方が自衛隊内は絶対的な階級制度で上司の命令に逆らえなかった点を挙げている。 五ノ井さんによると、事件のあった部屋で被告3人に五ノ井さんへの首ひねりを命じたのはF1等陸曹(1曹)だった(五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館。人名の匿名表記は同書に従う。階級は当時)。40代のF1曹は、ほかに男性隊員十数人がいたその部屋の中では階級が上位だった。 発端の言葉「首を制する者は勝てる」  柔道を指導していたF1曹は、30代のB2等陸曹(2曹)と格闘技の話で盛り上がり、「首を制する者は勝てる」と語っていた。F1曹は渋谷被告に柔道有段者である五ノ井さんを相手に「やってみろ」と言ったという。F1曹は渋谷被告にやり方をレクチャーした(検察側が読み上げた男性隊員の供述調書より)。 法廷で示された捜査段階の資料によると、部屋の広さは約6㍍×約6・8㍍。壁際にベッドが4台、短辺を中央に向けるように約0・8㍍の間隔で並んでいた。 渋谷被告の捜査段階での供述によると、「なぜ狭いところでやらなければ」と思ったという。室内が狭いので、ゆっくり首ひねりを行って五ノ井さんをベッドの上に倒した。渋谷被告は思った。「誰も反応してくれない」。性行為の疑似行為で笑いを取ろうと、腰を前後に振った。体の線を強調した黒い服装で「ウェーイ」と叫びながら腰を振る芸風で、2000年代半ばに一斉を風靡したお笑い芸人レイザーラモンHGを真似たという。人前で「ウェーイ」と叫び腰を振るのは初めてのことだった。狙い通り笑いが起きたという。 証人として出廷した五ノ井さんは、渋谷被告は腰を振る行為をする際に「あんあん」という喘ぎ声を出していたと話した。自分がされていることに頭が追いつかなかったという。大勢の男性隊員がいる中、「F1曹とB2曹が笑っていたのを覚えている」と証言した。 渋谷被告の捜査段階の供述と、五ノ井さんの法廷での証言は「笑いが起きた」という点で矛盾しない。被告側は「笑いを取るため」と強調することで、わいせつ行為に当たらないと主張したいのだろうが、「笑いを取るためにやった」ということは一般市民をドン引きさせることはあっても、責任を和らげる効果はないだろう。 市井の生活を送っている者の感覚で言えば、上官の指示とは言え、首ひねりを掛けた時点で暴行だ。訓練期間中ではあったが、飲み会の席であり、中隊の全員が参加していたわけではなかった。後から「格闘技の練習の意味合いがあった」と言い訳ができそうだが、そもそも酔った集団の中で、渋谷被告自身も「なぜ狭いところでやらなければ」と疑問に思った広さの場所で危険行為をするべきではない。裁判は、自衛隊が一般市民の感覚から大きくかけ離れていることを浮き彫りにした。 国(防衛省)は強制わいせつ罪に問われている被告たちが、F1曹の指示でくだんの行為を行い、それがセクハラに当たると認定している。五ノ井さんが被害を受けている様子を見て笑ったとされるB2曹については、別の場面で五ノ井さんにセクハラをしたと認定した。加害行為が認定された5人は昨年12月に懲戒免職された。 民事と刑事で一貫した主張 弁護士とともに福島地裁に入る五ノ井さん(左)  五ノ井さんは、懲戒免職された元隊員5人と国に対し、損害賠償を求めて横浜地裁に提訴している。加害者側の代理人が「個人責任を負うべきか疑問が残る」との見解を示したこと、加害行為をどう受け止め、どのように責任を取るか質問状を投げても回答しなかったことを、五ノ井さんは不誠実と捉え、示談では解決できないと思ったからだ(前掲書208~209ページより)。 渋谷、関根、木目沢被告は、この民事裁判でも暴行や性加害を否認。F1曹も同じく否認。B2曹は矢臼別演習場での事件を概ね認め、和解に応じる姿勢を示している。国は、性加害の事実について認めた上で、法的責任の有無などについて追って主張したいと「留保」。民事、刑事双方で被告側が一貫した主張をできるかどうかも重要な要素だ。 福島地裁によると、6月29日に開かれた渋谷、関根、木目沢被告の初公判には、47席の一般傍聴席に125枚の整理券を交付。競争倍率は約2・6倍だった(6月30日付福島民友より)。裁判が行われたのは平日の昼間である。マスコミのほか、自らが捜査した事件の行方を報告するために来た自衛隊の警務隊員など仕事で来た人がほとんどであったが、被告たちが所属していた駐屯地がある郡山市から来たという人や、大学生とみられる一団もいた。 五ノ井さんや被告3人を撮ろうと裁判所の敷地境界で待ち構えるマスコミ  本誌は記者クラブに加盟していないので、法廷内の記者席が割り当てられていない。社員8人で抽選に臨み、2人が傍聴券を得た。毎回傍聴できるとは限らないので、常に本気だ。 本来なら満席のはずだが、横を見ると、なぜか筆者の隣はずらりと3人分空いていた。傍聴を棄権した人がいることになる。裁判は公開されていると言っても新聞、テレビは知り得ても伝えないことが多いし、本誌も証言者の実名は民事裁判への影響を考慮し報じていない。どちらが本当のことを話しているのか。実社会では表情や声色などを参考にするが、事件は裁判所に赴かないと分からない。 第3回公判は8月23日午後1時半開廷の予定。どちらが本当のことを言っているのか、自分で判断するためにも傍聴を勧める。 声をあげてposted with ヨメレバ五ノ井 里奈 小学館 2023年05月10日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • セクハラの舞台となった陸自郡山

    セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

    (2022年10月号)  陸上自衛隊郡山駐屯地に所属時、複数の男性隊員から性被害を受けていた元自衛官の五ノ井里奈さん(22)が8月31日、第三者委員会による公正な調査を求める要望書と約10万人の署名簿を防衛省に提出した。マスコミが一斉に報じ、大きな注目を集めることに。自衛隊の女性差別・パワハラ体質にメスが入るか。 「市民感覚」が試される検察審査会  性被害の後に退職した五ノ井さんは、6月からネットを通じて被害を訴えていた。経緯は、本誌8月号「陸自郡山駐屯地で『集団セクハラ』 元自衛官の女性が決意の実名告発」で詳述している。 五ノ井さんは、自衛隊内の捜査権限を持つ警務隊に強制わいせつ事件として被害届を出した。男性隊員3人が書類送検され、検察庁は今年5月31日付で嫌疑不十分で不起訴にしていた。河北新報9月1日付によると、五ノ井さんは検察官から「首を押さえる行為に関する証言はあったが、わいせつの証言は得られなかった」と説明されたという。加害者は、暴行は認めたが、五ノ井さんが尊厳を奪われたと最も問題視している性被害については認めなかったということだ。 五ノ井さんは7月27日に都内で開いた記者会見で、「中隊内で隠ぺいや口裏合わせが行われていると、内部の隊員から聞いたので、ちゃんと第三者委員会を立ち上げ、公正な再調査をしてほしい」(『AERAdot.』7月27日配信)と組織を守るためにもみ消しが行われていることを指摘している。自浄作用は期待できない。 世論を受けてトップが動いた。9月6日には、浜田靖一防衛相が全自衛隊を対象とした「特別防衛監察」の実施を表明。担当する防衛監察本部は防衛相直属の機関で、独立した立場で調査・報告を行う。 郡山検察審査会は、検察が加害者3人を不起訴にしたことを審査員過半数の意見を得て「不当」と議決。議決書では、五ノ井さんの供述が唯一の証拠と指摘したうえで、不起訴の場合「被害者に泣き寝入りを強いる以上、被害者供述の信用性の判断をより慎重に行う必要がある」(福島民報9月10日付)とした。審査員11人は管内の有権者から選ばれる。県民の良識が少しでも反映される形。検察は再捜査し、起訴の可否を決める。不起訴の場合、審査会は強制的に起訴すべきかどうかを決めるが、決定には11人中8人以上の賛成が必要で、より市民感覚が試される。 五ノ井さんは宮城県東松島市出身。小学校4年生の時に東日本大震災を経験し、救援活動する女性自衛官に憧れた。中学では柔道で宮城県大会を制した実力者だ。泣き寝入りせず被害を実名告発したことからも心身ともに強靭で、自衛隊が理想とする人物だろう。それが組織に潰された。 女性差別とパワハラ体質は自衛隊全体の問題ではあるが、集団セクハラが常習化していた部隊を受け入れている県民の関心事は、「郡山駐屯地に固有の問題はなかったのか」ということだ。まずは、政府が早急に五ノ井さんの被害の救済を。真相解明は、刑事裁判という公開の場で行われるべきだ。 声をあげてposted with ヨメレバ五ノ井 里奈 小学館 2023年05月10日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle あわせて読みたい 生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】 【谷賢一】地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」【性被害】

  • 陸自郡山駐屯地「強制わいせつ」有罪判決の意義

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊内で起こった強制わいせつ事件で、被告の元自衛官の男3人に懲役2年執行猶予4年の有罪判決が言い渡された。被害者の元自衛官五ノ井里奈さんは、顔と実名を出し社会に訴えてきた。福島県では昨年、性加害をしたと告発される福島ゆかりの著名人が相次いだ。被害者が公表せざるを得ないのは、怒りはもちろん、当事者が認めず事態が動かないため、世論に問うしか道が残っていないからだ。2024年はこれ以上性被害やハラスメント告発の声を上げずに済むよう、全ての人が自身の振る舞いに敏感になる必要がある。(小池航) 本誌が報じてきた性被害告発 被告たちを撮ろうとカメラを構えるマスコミ=2023年12月12日。 裁判所を出る関根被告(左)と木目沢被告(右)=同10月30日。  陸上自衛隊郡山駐屯地に所属する部隊の男性隊員3人が同僚の女性隊員を押し倒し腰を押しつけたとして強制わいせつ罪に問われた裁判で、福島地裁は昨年12月12日に懲役2年執行猶予4年(求刑懲役2年)の判決を言い渡した(肩書は当時)。有罪となった3人はいずれも郡山市在住の会社員、渋谷修太郎被告(31)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(30)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。刑事裁判に先立って3人は自衛隊の調査で被害女性への加害行為を認定され、懲戒免職されていた。  冒頭の報じ方に違和感を覚える読者がいるかもしれない。それは、裁判の判決報道のひな形に則り、刑事裁判の主役である被告人をメーンに据えたからだ。定型の判決報道で実態を表せないほど、郡山駐屯地の強制わいせつ事件は有罪となるまで異例の道筋をたどった。被害を受けた元女性自衛官が顔と実名を出して、一度不起訴になった事件の再調査を世論に訴える必要に迫られたためだ。  被害を実名公表したのは五ノ井里奈さん(24)=宮城県東松島市出身。2021年8月の北海道矢臼別演習場での訓練期間中に宴会が行われていた宿泊部屋で受けた被害をユーチューブで公表した。防衛省・自衛隊が特別防衛監察を実施して事件を再調査し、男性隊員らによる性加害を認め謝罪するまでには、自衛隊内での被害報告から約1年かかった。加害行為に関わった男性隊員5人のうち技を掛けて倒し腰を押しつける行為をした3人が強制わいせつ罪で在宅起訴された。被告3人はわいせつ行為を否定。うち1人は腰を振ったことを認めたが「笑いを取るためだった」などとわいせつ目的ではなかったと主張。しかし、3人とも有罪となった。原稿執筆時の12月21日時点で控訴するかどうかは不明。  筆者は福島地裁で行われた全7回の公判を初めから終わりまで傍聴した。注目度が高かったため、マスコミや事件の関係者が座る席を除く一般傍聴席は抽選だった。本誌は裁判所の記者クラブに加盟していないため席の割り当てはない。外勤スタッフ8人総出で抽選に臨み、何とか傍聴席を確保できた。判決公判は一般傍聴席35席に202人が抽選に臨み、倍率は5・77倍だった。  事件を再調査した特別防衛監察は、これまではおそらく取り合ってこなかったであろう自衛隊内のハラスメント行為を洗い出した。自衛隊福島地方協力本部(福島市)では、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否した隊員に接種を強要するなどの威圧的な言動をしたとして、同本部の50代の3等陸佐を戒告の懲戒処分にした(福島民報昨年11月27日付より)。  ある拠点の現役男性自衛官は特別防衛監察後の変化を振り返る。  「セクハラ・パワハラを調査するアンケートや面談の頻度が増えた。月例教育でも毎度ハラスメントについて教育するようになり、掲示板には注意喚起のチラシが張られている。男性隊員は女性隊員と距離を置くようになり、体に触れるなんてあり得ない」  特別防衛監察によりセクハラ・パワハラの実態が明るみになったことで自衛隊のイメージは悪化し、この男性自衛官は常に国民の目を気にしているという。  「自衛隊は日本の防衛という重要任務を担っていて国民が清廉潔白さを求めているし、実際そうでなければならない。見られているという感覚は以前よりも強い」 今年2024年は自衛隊が発足して70年。軍隊が禁じられた日本国憲法下で警察予備隊発足後、保安隊、自衛隊と名前を変えた。国民の信頼を得る秩序ある組織にするには、ハラスメント対策を一過性に終わらせず、現場の声を拾い上げて対処する恒常的な仕組みの整備が急務だ。 本誌が向き合ってきた証言 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  性加害やハラスメントは自衛隊内だけではない。本誌は昨年、福島県ゆかりの著名人から性被害を受けたとする告発者の報道に力を入れてきた。加害行為は立場が上の者から下の者に行われ、被害者は往々にして泣き寝入りを迫られる。  昨年2月号「地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の裏の顔 飯舘村出身女優が語る性被害告発の真相」では、飯舘村出身の女性俳優大内彩加さんが、所属する劇団の主宰である谷賢一氏から性行為を強要されたと告発、損害賠償を求めて提訴した。谷氏は否定し、法廷で争う。谷氏は原発事故後に帰還が進む双葉町に移住し、演劇事業を繰り広げようとしていた。東京の劇団内で谷氏によるセクハラやパワハラを受けていた大内さんは新たに出会った福島の人々にハラスメントが及ぶのを恐れ、実態を知らせて防ぐために被害を公表したと語った。  7月号では大内彩加さんにインタビューし、性被害告発後に誹謗中傷を受けるなど二次被害を受けていることを続報した。  4月号「生業訴訟を牽引した弁護士の『裏の顔』」では、演劇や映画界で蔓延するハラスメントの撲滅に取り組んできた馬奈木厳太郎弁護士から訴訟代理人の立場を利用され、性的関係を迫られたとして、女性俳優Aさんが損害賠償を求めて提訴した。馬奈木氏は県内では東京電力福島第一原発事故をめぐる「生業訴訟」の原告団事務局長として知られていたが、Aさんの提訴前の2022年12月に退いていた。本誌も記事でコメントを紹介するなど知見を借りていた。  8月号「前理事長の性加害疑惑に揺れる会津・中沢学園」は、元職員が性被害を訴えた。証言を裏付けるため、筆者は被害者から相談を受けた刑事を訪ねたり、被害を訴える別の人物の証言記録を確認し、掲載にこぎつけた。8月号発売の直前に学園側は記事掲載禁止を求める仮処分を福島地裁に申し立ててきたが、学園側は裁判所の判断を待たず申し立てを取り下げた。9月号ではその時の審尋を詳報した。  本誌が報じてきたのはハラスメントがあったことを示すLINEのやり取りや音声、知人や行政機関への相談記録など被害を裏付ける証拠がある場合だ。ただし、証拠を常に示せるとは限らない。泣き寝入りしている被害者は多々いるだろう。五ノ井さんの証言を認め、裁判所が下した有罪判決を契機に、まずは今まさに被害を訴えている人たちの声に、世の中は親身に耳を傾けるべきだ。

  • 五ノ井里奈さんに届けたパンプス

    ノンフィクション作家 岩下明日香  元自衛官の五ノ井里奈さんが、陸上自衛隊郡山駐屯地の部隊内で受けた性被害を実名告発した後、マスコミと世論が関心を持つまでには時間を要した。告発当初から取材し、五ノ井さんの著書『声をあげて』の構成を手掛けたノンフィクション作家が振り返る。 名もなき元自衛官の女性が閉塞的な日本社会に大きな風穴を開ける。 五ノ井里奈さん=筆者撮影  台風接近により、天候が崩れるという天気予報に憂いた。電車が動かなくなったら東京から郡山までたどり着けないかもしれない。「本当に彼女が自衛官だったかもわからない」「交通費は出さない」と編集部が躊躇していた取材のため、自腹を切った新幹線の切符が紙くずになるかもしれない。そんな心配は杞憂だった。  2022年7月5日、昼過ぎに降り立った郡山は、早足で夏がやってきたかのように汗ばむ真夏日だった。  郡山を訪れたきっかけは、元自衛官・五ノ井里奈さんに会うためだ。五ノ井さんは、自衛隊を6月28日に退官し、その翌日にユーチューブ『街録チャンネル』などの動画を通じて自衛隊内で受けた性被害を告発していた。瞬く間にソーシャルメディアで拡散され、それが雑誌系ウェブメディアの業務委託記者をしていた筆者の目に留まったのだ。  動画のなかの五ノ井さんは、取り乱すことなく、卑劣な被害の経緯を淡々と語っていた。当時、まだ五ノ井さんは22歳という若さ。純粋な眼差しとあどけなさが残っていた。  五ノ井さんを含め、性犯罪に巻き込まれた被害者を記事で取り上げるとき、証言だけではなく、裏取りができないと記事化は難しい。説得力のある記事でなければ、被害者は虚偽の証言をしているのではないかという疑いの目が向けられ、インターネット上で誹謗中傷が膨らむという二次被害のリスクも孕む。  実際に記事にするとはあらかじめ約束できない取材だった。もし記事にできなかったら、追いつめられている被害者を落胆させてしまうから。懺悔すれば、最終的に記事を出すことができなかったことは一度ではなく、その度に被害者を傷つけているような罪悪感に駆られるのだ。  五ノ井さんにも確定的なことを約束せずにいた。被害者の証言を裏付けるものを見つけられるのか。話を聴いてみないとわからないと思い、郡山を目指した。  真夏日の郡山駅に到着してすぐに駅周辺を探索した。当時はまだコロナ禍で、駅ビルのカフェにはちらほら人がいる程度。人目があるとナイーブな話はしにくいだろうと思い、静かな場所を求めて駅の外へ出た。  すると、駅前にある赤い看板のカラオケ店が目に飛び込んできた。コロナ禍の影響で、カラオケ店ではボックスをリモートワーク用に貸し出していた。カラオケボックスなら防音対策がしっかりして静かだろうと思い、店員に料金を聞いてから、早々に駅に引き返し、待ち合わせ場所である新幹線の改札口前で待機した。  改札を出て左手にある「みどりの窓口」付近から発着する新幹線を示す電光掲示板を眺めていると、カーキ色のTシャツに迷彩ズボンをはいた男性がベビーカーを押して、改札前で足をとめ、妻らしき女性にベビーカーを託した。改札を通っていく妻子を見送る自衛官らしき男性が手を振って見送っていた。  近くに駐屯地でもあるのだろうか。それくらい筆者は自衛隊や土地に疎かった。当時はまだ、五ノ井さんが郡山駐屯地に所属していたことすら知らなかった。  しばらくすると、キャップを目深に被った青いレンズのサングラスをかけた人がこちらに向かって歩いてきた。半袖に短パンのラフな格好。  「あっ!」  青いサングラスの子が五ノ井さんだとすぐにわかった。五ノ井さん曰く、駐屯地が近くにあり、隊員が日ごろからウロウロしているため、サングラスと帽子で隠していたという。地方の平日の昼過ぎ、しかもコロナ禍で人の出が減り、わりと閑散としていた駅では、青いサングラスがむしろ目立っていた。「地元のヤンキー」が現れたかと思い、危うく目をそらすところだったが、大福のように白い肌と柔らかい雰囲気は、まさしく動画で深刻な被害を告白していた五ノ井さんであった。 必ず書くと心に決めた瞬間  五ノ井さんは、カラオケ店のドリンクバーでそそいだお茶に一口もつけずに淡々と自衛隊内で起きていたことを語った。淡々とではあるが、「聴いてほしい、ちゃんと書いてほしい」と必死に訴えてきてくれた目を今でも覚えている。会う前までは不確定だったが、必ず書くと心に決めた瞬間があった。五ノ井さんがこう言い放った瞬間だ。  「ただ技をキメて、押し倒しただけで笑いが起きるわけがないじゃないですか」  五ノ井さんは3人の男性隊員から格闘の技をかけられ、腰を振るなどのわいせつな行為を受けた。その間、周囲で見ていた十数人の男性自衛官は、止めることなく、笑っていた。男性同士の悪ノリで、その場に居合わせたたった1人の女性を凌辱していた場面が筆者の目に浮かんだ。目の奥が熱くなって、涙がわっと湧き溢れて、マスクがせき止めた。  自衛隊という上下関係が厳しく、気軽に相談できる女性の数が圧倒的に少ない環境で、仲間であるはずの隊員を傷つける行為。どうして周囲の人が誰も止めに入らないのか。閉ざされた実力集団において、自分よりも弱い者を攻撃することで、自分は強いという優位性を誇示したかったのだろうか。  ときに力の誇示は、暴力に発展する。国防を担う自衛隊は、国民を守るために「力」を備える。だが、それがいとも簡単に「暴力」に変わり、しかも周囲は「そういうものだ」とか「それくらいのことで」と浅はかに黙認する。そして一般社会の感覚とはかけ離れていき、集団的に暴力に寛容になり、エスカレートしていくのではないだろうか。  閉ざされた環境からして、被害者は五ノ井さんだけではないはずだ。取材を続ける意義は大きいと確信した。カラオケボックスにある受話器が「プルルルル~」とタイムリミットを知らせてきたが、2回ほど延長してじっくり話を聴いた。  五ノ井さんがユーチューブで告発してから2週間後、筆者の書いた記事は『アエラ』のウェブ版で配信された。すると、瞬く間に拡散され、同日中には野党の国会議員が防衛省に「厳正な調査」を要請し、事態が大きく動き出した。  さらに五ノ井さんは、防衛大臣に対して、第三者委員会による再調査を求めるオンライン署名と、自衛隊内でハラスメントを経験したことがある人へのアンケート調査も実施。署名を広く呼び掛けるために東京都内で記者会見の場を設けた。オンライン署名は1週間で6万件を突破し、署名サイトの運営者は「個人に関する署名でここまで集まるのはこれまでになかった」というほどの勢いだ。五ノ井さんのSNSのフォロワーも驚異的に伸び、同じような経験をしたことがあるという匿名の元隊員からの書き込みをも出てきた。  だが、現実は厳しかった。7月27日に開いた記者会見に足を運ぶと、NHKの女性記者1人だけ。遅れて朝日新聞の女性記者がもう1人。そして筆者をあわせて、マスコミはたったの3人だった。真夏に黒いリクルートスーツを身にまとった五ノ井さんは、空席の目立つ記者席に向かって、声を振り絞った。  「中隊内で隠ぺいや口裏合わせが行われていると、内部の隊員から聞いたので、ちゃんと第三者委員会を立ち上げ、公正な再調査をしてほしいです」 マスコミの反応が薄かった理由  静かに終わった会見後、五ノ井さんはコピー用紙に書き込んだ数枚のメモを筆者に差し出した。報道陣から質問されそうなことを事前にまとめ、答えられるように用意していたのだ。手書きで何度も書き直した跡が残っていた。なのに、ほとんど質問されなかった。結局、五ノ井さんのはじめての会見を報じたのは、筆者だけだった。  SNS上では反響が大きかったにもかかわらず、当初、マスコミの反応は薄かった。理由はおそらく2つ考えられる。1つ目は、五ノ井さんが強制わいせつ事件として自衛隊内の犯罪を捜査する警務隊に被害届を出したものの、検察は5月31日付で被疑者3人を不起訴処分にしていたから、司法のお墨付きがない。2つ目は、自衛隊に限らず、大手マスコミ自体も男性社会かつ縦社会でハラスメントが起こりやすい組織構造を持っているから、感覚的にハラスメントに対して意識が低い。  一度不起訴になった性犯罪を、あえて蒸し返す意義はどこにあるのか。昭和体質の編集部が考えることは、筆者もよくわかっている。刑事事件で不起訴になったとしても、警務隊や検察が十分な捜査を尽くしていなかった可能性があるにもかかわらず。  マスコミの関心が薄い反面、ネット上では誹謗中傷が沸き上がった。署名と同時に集めていたアンケート内には殺害予告も含まれていた。心無い言葉の矢がネットを通じて被害者の心を引き裂く「セカンドレイプ」にも五ノ井さんは苦しみ、体調を崩しがちになった。それでも萎縮することなく、五ノ井さんは野党のヒアリングに参加した。顔がほてり、目がうつろで今にも倒れそうな状態で踏ん張っていた。  8月31日に市ヶ谷に直接出向き、防衛省に再調査を求める署名とアンケート結果を提出。この時にやっとテレビも報じはじめた。少しずつマスコミと世論が関心を持ちだし、防衛省も特別防衛監察を実施して再調査に乗り出す。  そのわずか1カ月後の9月29日、自衛隊トップと防衛省が五ノ井さんの被害を認めて謝罪する異例の事態が起きた。この日、五ノ井さんから「パンプスがこわれた」というメッセージを受け取っていた。防衛省から直接謝罪を受けるため、急いで永田町の議員会館に向かっている途中で片方のヒールにヒビが入ったらしい。相当焦って家を出てきたのだろう。引き返す時間がないため、そのまま議員会館に行くという。  「足のサイズは?」  「わからないです。二十何センチくらい。全然これでもいけるので大丈夫です!」  筆者も永田町に急いでいた。ヒールにヒビが入ったというのが、靴の底が抜けて歩けないような状態を想像し、それはピンチと思い、GUに駆け込んで黒のパンプスを買ってから議員会館に向かった。到着して驚いたのが、ほんの1カ月半前までは大手メディアからほぼ注目されていなかったのに、この時は立ち見がでるほど報道陣で会場が埋め尽くされた。議員秘書経由でパンプスは五ノ井さんに届けられたが、すぐに謝罪会見は始まり、履き替える時間もなかったのか、ヒビの入ったヒールのまま五ノ井さんが会場に入ってきた。防衛省人事教育局長と陸幕監部らは、五ノ井さんと向かい合うようにして立ち、頭を下げて謝罪すると、五ノ井さんも小さく頭を垂れた。  郡山で取材をした時には、淡々と被害を語っていた五ノ井さんだったが、この日は悔しさがにじみ出るように目が赤かった。防衛省・自衛隊に向けて言葉を詰まらせた。  「今になって認められたことは……、遅いと思っています」  もし自衛隊内で初動捜査を適切に行っていたら、被害者が自衛隊を去ることも、実名・顔出しすることもなく、誹謗中傷に苦しむこともなかっただろう。  後日、五ノ井さんはばつが悪そうに言うのだ。  「パンプス、ぶかぶかでした」  100円ショップで中敷きを買って詰めてもぶかぶかですぐ脱げるようだ。その場しのぎで買った安物を大事に履こうとしてくれていた。 裁判所を出る被告3人を見届ける 判決後、福島地裁前で報道陣の取材に応じる五ノ井さん(左)=本誌編集部撮影  防衛省・自衛隊がセクハラの事実を認めてからも、五ノ井さんの闘いは続く。10月には加害者4人からも対面で謝罪を受け、12月には5人が懲戒免職になった。  さらに、不起訴になった強制わいせつ事件を郡山検察審査会に不服申し立てをし、2022年9月に不起訴不当となり、検察の再捜査も開始。2023年3月には不起訴から一転、元隊員3人は在宅起訴された。6月から福島地裁で行われていた公判で、3人はいずれも無罪を主張。五ノ井さんは初公判から福島地裁に足を運び、被告らや元同僚の目撃者らの発言に耳を傾けた。そこにはいつも、実家の宮城県から母親が駆けつけていた。  4回目の公判。被告人質問を終えた被告3人が裁判所から出ていく姿を、母親と筆者は見届けた。  「親が娘の代わりに訴えることはできるんでしょうか……」  涙を目に溜めながら言う母親に返す言葉が見つからず、背中をさすった。被告の1人が、五ノ井さんを押し倒して腰を振った理由を「笑いをとるためだった」と公判で発言したのを、母親も間近で聞いていた。被告に無罪を主張する権利があるとはいえ、被害者はもちろん、その家族もどれほど心をえぐられたことか。それでも親子は半年間にわたるすべての公判を傍聴し続けた。  福島地裁は12月12日、被告3人にそれぞれ懲役2年執行猶予4年の有罪判決を言い渡した。  被害から2年以上が経過し、五ノ井さんは現在24歳。希望と可能性に溢れていたはずの20代前半を、被害によってすべてを奪われ、巨大組織と性犯罪者と対峙してきた。その姿にいま、世界が目を向けている。  英『フィナンシャル・タイムズ』による「世界で最も影響力がある女性25人」を皮切りに、米誌『タイム』は世界で最も影響力がある「次世代の100人」に、英公共放送BBCも「100人の女性」(2023年)に五ノ井さんを選出した。  判決の翌日、外国特派員協会で会見を開いた五ノ井さんは、前を向いて堂々と語った。  「世の中に告発してから約2年間、自分の人生をかけて闘ってきました。被害の経験は必要ありませんでしたが、無駄なことは何一つありませんでした。誹謗中傷も、公判も、人との関わりも、そのすべてが自分の人生を鍛えてくれる種となり、生きていく力に変わりました。私にとってはすべてが学びでした」  閉塞的な社会に風穴を開けた功績は、ロールモデルとして人々に勇気を与えていくだろう。 いわした・あすか ノンフィクション作家。1989年山梨県生まれ。『カンボジア孤児院ビジネス』(2017、潮出版)で第4回「潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。五ノ井里奈さんの近著『声をあげて』(2023、小学館)の構成を務める。現在はスローニュースで編集・取材を行う。

  • 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為

     陸上自衛隊郡山駐屯地に所属していた元自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県東松島市出身=に服の上から下半身を押し付け性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪に問われた元男性隊員3人の公判は8月23日で3回目を迎えた。これまでに当時現場にいた現役隊員や元隊員ら4人が証言。自衛隊内の犯罪を取り締まる警務隊が「口裏合わせ」の時間を与えてしまった初動捜査の問題が浮かび上がった。 証人は自らの嘘に苦しむ 第3回公判を終えた後、取材に応じる五ノ井さん=8月23日、福島市  事件は2021年8月3日夜、北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋で起こった。検察側の主張では、郡山市に駐屯する東北方面特科連隊第1大隊第2中隊(約50人)の一部隊員十数人が飲み会を開き、居合わせた隊員の中では階級が上位だった40代のF1等陸曹(1曹)と30代のB2等陸曹(2曹)が格闘談義で盛り上がり、F1曹が「首を制する者は勝てる」と発言。相手の首をひねり、痛がったところで地面に押し付ける技「首ひねり」を五ノ井さん(1等陸士)に掛けるよう3等陸曹(3曹)の男性に指示。男性3曹は倒した五ノ井さんに腰を押し付ける行為をした。2人の男性3曹が順に同様の行為をした。五ノ井さんはその部屋で唯一の女性だった(階級は当時。匿名表記は五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館に準じた)。  今回、強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも郡山市在住で現在は会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身。防衛省はこの3人のわいせつ行為を認定。F1曹が首ひねりを指示したこと、B2曹が別の機会に五ノ井さんにわいせつ行為をしたことも認め、昨年12月に5人を懲戒免職した。3被告とB2曹は懲戒免職前の同10月に、「軽率な行動」を詫びる謝罪文をしたため、五ノ井さんに直接謝罪していた。だが3被告は、裁判では一転「わいせつ目的ではなく笑いを取るため」「下半身の接触はなかった」などと否認している。  物的証拠はない。そのため、検察側は現場にいた4人を証人にした。  1人目の証人は懲戒免職されたB氏。2021年に行われた警務隊の取り調べ前、部下に当たる3被告から「自分たちはやってないんで、やってないって言います」と言われ、「じゃあ俺も見てないってする」と口裏を合わせた。  五ノ井さんが被害を実名告発後、取り調べが頻繁に行われるようになり、2022年9月か10月に渋谷被告から「Bさんだめです。もう話します」と言われ、次の日に「真実を伝えました」と打ち明けられたという。B氏は「なんで俺は嘘を付いているんだろう」とさいなまれ「見てない」という当初の証言を覆した。  B氏は法廷で渋谷、関根両被告が五ノ井さんに性行為を思わせる「腰振り」をしていたと証言。B氏は笑いながらも「やり過ぎだ」とたしなめたという。  2人目の証人X隊員は当時、渋谷被告の同期。関根、木目沢両被告の後輩に当たる。渋谷被告と木目沢被告らしき風貌の人物が五ノ井さんに腕立て伏せをするような体勢で覆い被さったのを見たと証言した。技を掛ける前には、渋谷、木目沢両被告ら男性隊員複数人が必要以上に五ノ井さんに接近して囲み、「キャバクラのような雰囲気」でプライバシーに関わる内容を聞いていたという。  3人目の証人Y氏は、県外の自衛隊地方協力本部に勤務。3被告の先輩だった。自分が寝るベッドを背に酒を飲んでいた。音がして振り向いたところ、渋谷被告が五ノ井さんをベッドに押し倒したような状況を目撃したと証言した。次に振り向いた時は、木目沢被告と五ノ井さんが同様の状況にあった。  最後の証人Z隊員は、郡山駐屯地に勤務。当時は、3被告の後輩に当たる。苗字と訛りから県内ゆかりの人物のようだ。被告たちの前に衝立を置いて証言台に立った。  部屋では当初13人で宴会を行い、渋谷、関根両被告は後から来たと証言。渋谷被告と一緒にF1曹に乾杯をしに近づき、「首を制する者は勝てる」発言を聞いた。F1曹かB2曹の指示で渋谷被告が五ノ井さんに首ひねりを掛けてベッドに倒し、お笑い芸人レイザーラモンHGのような「ウェーイ」という声を発し、複数回腰を振るのを目にした。着衣越しに陰部が五ノ井さんに当たっているように見えた。関根被告も同様の行為をしたという(レイザーラモンHGを真似た言動をしたかは不明)。周囲は笑っていた。  被告や証人たちは再捜査後、警務隊や検察からの度重なる取り調べに相当参っていたようだ。弁護側は、被告や証人の証言が自発的なものかを確かめるため、聴取を受けた回数や頻度、事件直後に警務隊が聞き取った内容との食い違いを指摘した。  そもそも、初動捜査で隊員たちに「口裏合わせ」をする時間を与えてしまった警務隊に不作為があったのではないか。警務隊が捜査に消極的だったことも、五ノ井さんの著書からうかがえる。  五ノ井さんは事件から約1カ月後の2021年9月に警務隊の聞き取り調査に応じ、捜査員から「警察と違って、警務隊には逮捕する権限がないんだ」と言われた(前掲書94ページより)。だが、これは虚偽。自衛隊法96条に、警務隊は「刑事訴訟法の規定による司法警察職員として職務を行う」とあり、自衛隊内の犯罪については容疑者を逮捕・送検する権限を持つ。  五ノ井さんの著書には、捜査への本気度が薄いと感じる描写もある。この捜査員に付いてきた書記官は居眠りし、何度も手に持っているペンを落としたという。警務隊からは、訓練を理由にすぐには男性隊員たちを事情聴取できないと言われ、五ノ井さんは「人の記憶はどんどん薄れていってしまうというのに、どうして早急に対応してくれないのだろう」と書いている。 不祥事隠蔽の温床  月刊誌『選択』7月号「お粗末な『警務隊』の実態」は、そもそも捜査能力に疑問符を付けている。今年6月に岐阜県内の射撃場で発生した自衛隊員による銃撃事件では、自衛隊施設内での犯罪にもかかわらず、発生当初から警察が介入し、警務隊は「おまけのような扱い」(防衛省関係者)だったという。警務隊が「身内の不祥事を隠蔽する温床になっている」(警察関係者)との指摘もある。  今回の裁判は自衛隊関係者が傍聴し、熱心にメモを取っている。初動捜査を担当した東北方面の部隊を管轄する警務隊員かどうかは分からないが、「初めから抜かりなく捜査をしていれば、苦しむ人はもっと少なくて済んだのに」と筆者は思う。  第3回公判の閉廷後、五ノ井さんは報道陣の取材に応じ、証人について「最初の自衛隊内の調査で正直に話してもらいたかった」と述べた。「同じ中隊で一緒に仕事をしてきた先輩たち。上司、先輩だからこそ(被告たちに)注意してほしかった」とも話している。被告3人が否認していることについては「証言がしっかり出ている。嘘を付かずに認めてほしい」と訴えた。  嘘で苦しむのは他者だけではない。一番苦しむのは「嘘を付いている自分」と「本当のことを知っている自分」を内部に同居させ、それに引き裂かれる思いをしなければならない自分自身だ。  第4回公判は9月12日午後1時半から福島地裁で行われる予定。渋谷、関根両被告が証言台に立つ。 あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • 【陸自郡山駐屯地】【強制わいせつ事件】明らかとなった加害者の素性

     陸上自衛隊郡山駐屯地(郡山市)に所属していた元陸上自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県出身=がわいせつ被害をネットで実名公表してから1年が経った。服の上から下半身を押し付け、性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪で在宅起訴された元男性隊員3人の初公判が6月29日、福島地裁で開かれ、初めて加害者の名前が明かされた。マスコミのほか、傍聴席数を大きく上回る市民、自衛隊関係者が傍聴に押し寄せた。注目が集まったのは、「命を削ってでも闘う」と覚悟を決めた五ノ井さんと、わいせつと捉えられる行為を「笑いを取るために行った」と弁明する加害者たちとの埋め難い差だった。 「笑いを取るため」見苦しい弁明 福島地方裁判所  原稿執筆時(7月27日)は同31日に開かれる予定の第2回公判を傍聴しておらず、初公判(6月29日)を終えた時点での情報を書く。 強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも自衛官を懲戒免職された、現在郡山市在住で会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身=、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身=、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身=。 2021年8月3日夜に北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋の飲み会で、上司から指示を受けた被告3人が、それぞれ五ノ井さんに格闘技の「首ひねり」を掛けてベッドに押し倒した上、五ノ井さんに覆い被さって下半身を押し付けたかどうかが問われている。被告3人は技を掛けたことは認めたが、わいせつ目的の行為はしていないと一部否認している。 最初に技を掛けた渋谷被告は、裁判で「覆い被さっていない」「腰を振ったのは事実だが笑いを取るためで、下半身の接触はなかった」と主張。関根被告は押さえつけたこと、木目沢被告は覆い被さったことは認めたが「下半身は接触していない」と述べた。 「笑いを取るため」との主張は、一般の感覚を持ち合わせているなら苦し紛れに聞こえる。 渋谷被告は無罪を勝ち取った場合でも「飲み会中に女性に技を掛けて倒し、笑いのために腰を振った男」と言われ続けることを考えなかったのか。 渋谷被告は専門学校を卒業後、2013年に入隊。関根被告と木目沢被告は高校卒業後、2012年に入隊した。2020年に入隊した五ノ井さんにとっては7、8年先輩で、階級は事件当時3等陸曹だった。五ノ井さんは当時1等陸士で、3人よりも階級が下だった。今回の刑事事件では、五ノ井さん、被告3人双方が自衛隊内は絶対的な階級制度で上司の命令に逆らえなかった点を挙げている。 五ノ井さんによると、事件のあった部屋で被告3人に五ノ井さんへの首ひねりを命じたのはF1等陸曹(1曹)だった(五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館。人名の匿名表記は同書に従う。階級は当時)。40代のF1曹は、ほかに男性隊員十数人がいたその部屋の中では階級が上位だった。 発端の言葉「首を制する者は勝てる」  柔道を指導していたF1曹は、30代のB2等陸曹(2曹)と格闘技の話で盛り上がり、「首を制する者は勝てる」と語っていた。F1曹は渋谷被告に柔道有段者である五ノ井さんを相手に「やってみろ」と言ったという。F1曹は渋谷被告にやり方をレクチャーした(検察側が読み上げた男性隊員の供述調書より)。 法廷で示された捜査段階の資料によると、部屋の広さは約6㍍×約6・8㍍。壁際にベッドが4台、短辺を中央に向けるように約0・8㍍の間隔で並んでいた。 渋谷被告の捜査段階での供述によると、「なぜ狭いところでやらなければ」と思ったという。室内が狭いので、ゆっくり首ひねりを行って五ノ井さんをベッドの上に倒した。渋谷被告は思った。「誰も反応してくれない」。性行為の疑似行為で笑いを取ろうと、腰を前後に振った。体の線を強調した黒い服装で「ウェーイ」と叫びながら腰を振る芸風で、2000年代半ばに一斉を風靡したお笑い芸人レイザーラモンHGを真似たという。人前で「ウェーイ」と叫び腰を振るのは初めてのことだった。狙い通り笑いが起きたという。 証人として出廷した五ノ井さんは、渋谷被告は腰を振る行為をする際に「あんあん」という喘ぎ声を出していたと話した。自分がされていることに頭が追いつかなかったという。大勢の男性隊員がいる中、「F1曹とB2曹が笑っていたのを覚えている」と証言した。 渋谷被告の捜査段階の供述と、五ノ井さんの法廷での証言は「笑いが起きた」という点で矛盾しない。被告側は「笑いを取るため」と強調することで、わいせつ行為に当たらないと主張したいのだろうが、「笑いを取るためにやった」ということは一般市民をドン引きさせることはあっても、責任を和らげる効果はないだろう。 市井の生活を送っている者の感覚で言えば、上官の指示とは言え、首ひねりを掛けた時点で暴行だ。訓練期間中ではあったが、飲み会の席であり、中隊の全員が参加していたわけではなかった。後から「格闘技の練習の意味合いがあった」と言い訳ができそうだが、そもそも酔った集団の中で、渋谷被告自身も「なぜ狭いところでやらなければ」と疑問に思った広さの場所で危険行為をするべきではない。裁判は、自衛隊が一般市民の感覚から大きくかけ離れていることを浮き彫りにした。 国(防衛省)は強制わいせつ罪に問われている被告たちが、F1曹の指示でくだんの行為を行い、それがセクハラに当たると認定している。五ノ井さんが被害を受けている様子を見て笑ったとされるB2曹については、別の場面で五ノ井さんにセクハラをしたと認定した。加害行為が認定された5人は昨年12月に懲戒免職された。 民事と刑事で一貫した主張 弁護士とともに福島地裁に入る五ノ井さん(左)  五ノ井さんは、懲戒免職された元隊員5人と国に対し、損害賠償を求めて横浜地裁に提訴している。加害者側の代理人が「個人責任を負うべきか疑問が残る」との見解を示したこと、加害行為をどう受け止め、どのように責任を取るか質問状を投げても回答しなかったことを、五ノ井さんは不誠実と捉え、示談では解決できないと思ったからだ(前掲書208~209ページより)。 渋谷、関根、木目沢被告は、この民事裁判でも暴行や性加害を否認。F1曹も同じく否認。B2曹は矢臼別演習場での事件を概ね認め、和解に応じる姿勢を示している。国は、性加害の事実について認めた上で、法的責任の有無などについて追って主張したいと「留保」。民事、刑事双方で被告側が一貫した主張をできるかどうかも重要な要素だ。 福島地裁によると、6月29日に開かれた渋谷、関根、木目沢被告の初公判には、47席の一般傍聴席に125枚の整理券を交付。競争倍率は約2・6倍だった(6月30日付福島民友より)。裁判が行われたのは平日の昼間である。マスコミのほか、自らが捜査した事件の行方を報告するために来た自衛隊の警務隊員など仕事で来た人がほとんどであったが、被告たちが所属していた駐屯地がある郡山市から来たという人や、大学生とみられる一団もいた。 五ノ井さんや被告3人を撮ろうと裁判所の敷地境界で待ち構えるマスコミ  本誌は記者クラブに加盟していないので、法廷内の記者席が割り当てられていない。社員8人で抽選に臨み、2人が傍聴券を得た。毎回傍聴できるとは限らないので、常に本気だ。 本来なら満席のはずだが、横を見ると、なぜか筆者の隣はずらりと3人分空いていた。傍聴を棄権した人がいることになる。裁判は公開されていると言っても新聞、テレビは知り得ても伝えないことが多いし、本誌も証言者の実名は民事裁判への影響を考慮し報じていない。どちらが本当のことを話しているのか。実社会では表情や声色などを参考にするが、事件は裁判所に赴かないと分からない。 第3回公判は8月23日午後1時半開廷の予定。どちらが本当のことを言っているのか、自分で判断するためにも傍聴を勧める。 声をあげてposted with ヨメレバ五ノ井 里奈 小学館 2023年05月10日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle あわせて読みたい 【陸自郡山駐屯地強制わいせつ事件】「口裏合わせ」を許した自衛隊の不作為 セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

  • セクハラの舞台となった陸上自衛隊郡山駐屯地【五ノ井里奈さん】

    (2022年10月号)  陸上自衛隊郡山駐屯地に所属時、複数の男性隊員から性被害を受けていた元自衛官の五ノ井里奈さん(22)が8月31日、第三者委員会による公正な調査を求める要望書と約10万人の署名簿を防衛省に提出した。マスコミが一斉に報じ、大きな注目を集めることに。自衛隊の女性差別・パワハラ体質にメスが入るか。 「市民感覚」が試される検察審査会  性被害の後に退職した五ノ井さんは、6月からネットを通じて被害を訴えていた。経緯は、本誌8月号「陸自郡山駐屯地で『集団セクハラ』 元自衛官の女性が決意の実名告発」で詳述している。 五ノ井さんは、自衛隊内の捜査権限を持つ警務隊に強制わいせつ事件として被害届を出した。男性隊員3人が書類送検され、検察庁は今年5月31日付で嫌疑不十分で不起訴にしていた。河北新報9月1日付によると、五ノ井さんは検察官から「首を押さえる行為に関する証言はあったが、わいせつの証言は得られなかった」と説明されたという。加害者は、暴行は認めたが、五ノ井さんが尊厳を奪われたと最も問題視している性被害については認めなかったということだ。 五ノ井さんは7月27日に都内で開いた記者会見で、「中隊内で隠ぺいや口裏合わせが行われていると、内部の隊員から聞いたので、ちゃんと第三者委員会を立ち上げ、公正な再調査をしてほしい」(『AERAdot.』7月27日配信)と組織を守るためにもみ消しが行われていることを指摘している。自浄作用は期待できない。 世論を受けてトップが動いた。9月6日には、浜田靖一防衛相が全自衛隊を対象とした「特別防衛監察」の実施を表明。担当する防衛監察本部は防衛相直属の機関で、独立した立場で調査・報告を行う。 郡山検察審査会は、検察が加害者3人を不起訴にしたことを審査員過半数の意見を得て「不当」と議決。議決書では、五ノ井さんの供述が唯一の証拠と指摘したうえで、不起訴の場合「被害者に泣き寝入りを強いる以上、被害者供述の信用性の判断をより慎重に行う必要がある」(福島民報9月10日付)とした。審査員11人は管内の有権者から選ばれる。県民の良識が少しでも反映される形。検察は再捜査し、起訴の可否を決める。不起訴の場合、審査会は強制的に起訴すべきかどうかを決めるが、決定には11人中8人以上の賛成が必要で、より市民感覚が試される。 五ノ井さんは宮城県東松島市出身。小学校4年生の時に東日本大震災を経験し、救援活動する女性自衛官に憧れた。中学では柔道で宮城県大会を制した実力者だ。泣き寝入りせず被害を実名告発したことからも心身ともに強靭で、自衛隊が理想とする人物だろう。それが組織に潰された。 女性差別とパワハラ体質は自衛隊全体の問題ではあるが、集団セクハラが常習化していた部隊を受け入れている県民の関心事は、「郡山駐屯地に固有の問題はなかったのか」ということだ。まずは、政府が早急に五ノ井さんの被害の救済を。真相解明は、刑事裁判という公開の場で行われるべきだ。 声をあげてposted with ヨメレバ五ノ井 里奈 小学館 2023年05月10日頃 楽天ブックス楽天koboAmazonKindle あわせて読みたい 生業訴訟を牽引した弁護士の「裏の顔」【馬奈木厳太郎】 【谷賢一】地元紙がもてはやした双葉町移住劇作家の「裏の顔」【性被害】