陸上自衛隊郡山駐屯地(郡山市)に所属していた元陸上自衛官五ノ井里奈さん(23)=宮城県出身=がわいせつ被害をネットで実名公表してから1年が経った。服の上から下半身を押し付け、性行為を想起させる「腰振り」をしたとして、強制わいせつ罪で在宅起訴された元男性隊員3人の初公判が6月29日、福島地裁で開かれ、初めて加害者の名前が明かされた。マスコミのほか、傍聴席数を大きく上回る市民、自衛隊関係者が傍聴に押し寄せた。注目が集まったのは、「命を削ってでも闘う」と覚悟を決めた五ノ井さんと、わいせつと捉えられる行為を「笑いを取るために行った」と弁明する加害者たちとの埋め難い差だった。
「笑いを取るため」見苦しい弁明
原稿執筆時(7月27日)は同31日に開かれる予定の第2回公判を傍聴しておらず、初公判(6月29日)を終えた時点での情報を書く。
強制わいせつ罪に問われているのは、いずれも自衛官を懲戒免職された、現在郡山市在住で会社員の渋谷修太郎被告(30)=山形県米沢市出身=、関根亮斗被告(29)=須賀川市出身=、木目沢佑輔被告(29)=郡山市出身=。
2021年8月3日夜に北海道・陸自矢臼別演習場の宿泊部屋の飲み会で、上司から指示を受けた被告3人が、それぞれ五ノ井さんに格闘技の「首ひねり」を掛けてベッドに押し倒した上、五ノ井さんに覆い被さって下半身を押し付けたかどうかが問われている。被告3人は技を掛けたことは認めたが、わいせつ目的の行為はしていないと一部否認している。
最初に技を掛けた渋谷被告は、裁判で「覆い被さっていない」「腰を振ったのは事実だが笑いを取るためで、下半身の接触はなかった」と主張。関根被告は押さえつけたこと、木目沢被告は覆い被さったことは認めたが「下半身は接触していない」と述べた。
「笑いを取るため」との主張は、一般の感覚を持ち合わせているなら苦し紛れに聞こえる。
渋谷被告は無罪を勝ち取った場合でも「飲み会中に女性に技を掛けて倒し、笑いのために腰を振った男」と言われ続けることを考えなかったのか。
渋谷被告は専門学校を卒業後、2013年に入隊。関根被告と木目沢被告は高校卒業後、2012年に入隊した。2020年に入隊した五ノ井さんにとっては7、8年先輩で、階級は事件当時3等陸曹だった。五ノ井さんは当時1等陸士で、3人よりも階級が下だった。今回の刑事事件では、五ノ井さん、被告3人双方が自衛隊内は絶対的な階級制度で上司の命令に逆らえなかった点を挙げている。
五ノ井さんによると、事件のあった部屋で被告3人に五ノ井さんへの首ひねりを命じたのはF1等陸曹(1曹)だった(五ノ井里奈著、岩下明日香構成『声をあげて』2023年、小学館。人名の匿名表記は同書に従う。階級は当時)。40代のF1曹は、ほかに男性隊員十数人がいたその部屋の中では階級が上位だった。
発端の言葉「首を制する者は勝てる」
柔道を指導していたF1曹は、30代のB2等陸曹(2曹)と格闘技の話で盛り上がり、「首を制する者は勝てる」と語っていた。F1曹は渋谷被告に柔道有段者である五ノ井さんを相手に「やってみろ」と言ったという。F1曹は渋谷被告にやり方をレクチャーした(検察側が読み上げた男性隊員の供述調書より)。
法廷で示された捜査段階の資料によると、部屋の広さは約6㍍×約6・8㍍。壁際にベッドが4台、短辺を中央に向けるように約0・8㍍の間隔で並んでいた。
渋谷被告の捜査段階での供述によると、「なぜ狭いところでやらなければ」と思ったという。室内が狭いので、ゆっくり首ひねりを行って五ノ井さんをベッドの上に倒した。渋谷被告は思った。「誰も反応してくれない」。性行為の疑似行為で笑いを取ろうと、腰を前後に振った。体の線を強調した黒い服装で「ウェーイ」と叫びながら腰を振る芸風で、2000年代半ばに一斉を風靡したお笑い芸人レイザーラモンHGを真似たという。人前で「ウェーイ」と叫び腰を振るのは初めてのことだった。狙い通り笑いが起きたという。
証人として出廷した五ノ井さんは、渋谷被告は腰を振る行為をする際に「あんあん」という喘ぎ声を出していたと話した。自分がされていることに頭が追いつかなかったという。大勢の男性隊員がいる中、「F1曹とB2曹が笑っていたのを覚えている」と証言した。
渋谷被告の捜査段階の供述と、五ノ井さんの法廷での証言は「笑いが起きた」という点で矛盾しない。被告側は「笑いを取るため」と強調することで、わいせつ行為に当たらないと主張したいのだろうが、「笑いを取るためにやった」ということは一般市民をドン引きさせることはあっても、責任を和らげる効果はないだろう。
市井の生活を送っている者の感覚で言えば、上官の指示とは言え、首ひねりを掛けた時点で暴行だ。訓練期間中ではあったが、飲み会の席であり、中隊の全員が参加していたわけではなかった。後から「格闘技の練習の意味合いがあった」と言い訳ができそうだが、そもそも酔った集団の中で、渋谷被告自身も「なぜ狭いところでやらなければ」と疑問に思った広さの場所で危険行為をするべきではない。裁判は、自衛隊が一般市民の感覚から大きくかけ離れていることを浮き彫りにした。
国(防衛省)は強制わいせつ罪に問われている被告たちが、F1曹の指示でくだんの行為を行い、それがセクハラに当たると認定している。五ノ井さんが被害を受けている様子を見て笑ったとされるB2曹については、別の場面で五ノ井さんにセクハラをしたと認定した。加害行為が認定された5人は昨年12月に懲戒免職された。
民事と刑事で一貫した主張
五ノ井さんは、懲戒免職された元隊員5人と国に対し、損害賠償を求めて横浜地裁に提訴している。加害者側の代理人が「個人責任を負うべきか疑問が残る」との見解を示したこと、加害行為をどう受け止め、どのように責任を取るか質問状を投げても回答しなかったことを、五ノ井さんは不誠実と捉え、示談では解決できないと思ったからだ(前掲書208~209ページより)。
渋谷、関根、木目沢被告は、この民事裁判でも暴行や性加害を否認。F1曹も同じく否認。B2曹は矢臼別演習場での事件を概ね認め、和解に応じる姿勢を示している。国は、性加害の事実について認めた上で、法的責任の有無などについて追って主張したいと「留保」。民事、刑事双方で被告側が一貫した主張をできるかどうかも重要な要素だ。
福島地裁によると、6月29日に開かれた渋谷、関根、木目沢被告の初公判には、47席の一般傍聴席に125枚の整理券を交付。競争倍率は約2・6倍だった(6月30日付福島民友より)。裁判が行われたのは平日の昼間である。マスコミのほか、自らが捜査した事件の行方を報告するために来た自衛隊の警務隊員など仕事で来た人がほとんどであったが、被告たちが所属していた駐屯地がある郡山市から来たという人や、大学生とみられる一団もいた。
本誌は記者クラブに加盟していないので、法廷内の記者席が割り当てられていない。社員8人で抽選に臨み、2人が傍聴券を得た。毎回傍聴できるとは限らないので、常に本気だ。
本来なら満席のはずだが、横を見ると、なぜか筆者の隣はずらりと3人分空いていた。傍聴を棄権した人がいることになる。裁判は公開されていると言っても新聞、テレビは知り得ても伝えないことが多いし、本誌も証言者の実名は民事裁判への影響を考慮し報じていない。どちらが本当のことを話しているのか。実社会では表情や声色などを参考にするが、事件は裁判所に赴かないと分からない。
第3回公判は8月23日午後1時半開廷の予定。どちらが本当のことを言っているのか、自分で判断するためにも傍聴を勧める。