【マルト建設】県職員贈収賄事件の背景

 土木建築業マルト建設㈱(会津坂下町)の前社長が入札情報を教えてもらう見返りに県職員(当時)に接待したとして贈賄罪に問われ、懲役1年(執行猶予3年)の判決が言い渡された。同社の営業統括部長(当時)は贈賄ではなく、県職員から得た予定価格を同業他社の社員に教えた入札妨害の罪に問われ有罪。県職員が予定価格を教えるようになったのは、約15年前の別業者が最初だった。県職員は、各社の営業担当者の間で予定価格漏洩の「穴」とされていた実態が浮かび上がった。

15年前から横行していた予定価格漏洩

15年前から横行していた予定価格漏洩【マルト建設本社】
マルト建設本社

 2020年3月から22年4月にかけて、県職員から入札情報を得る見返りに12回に渡ってゴルフ接待や宿泊、飲食費など約26万円を払ったとして贈賄罪に問われたのは、マルト建設前社長の上野清範氏(45)=会津坂下町=、収賄罪に問われたのが、当時県会津農林事務所に勤めていた元県職員の寺木領氏(44)=会津若松市湊町=だ。

 寺木氏は高校卒業後の1997年、福島県に技術職員として採用された。各地の県農林事務所に勤め、圃場整備の発注や工事の監督を担当。2019~21年度まで県会津農林事務所に勤め、19年からマルト建設の前営業統括部長、棚木光弘氏(59)=公契約関係競売入札妨害罪で有罪=に予定価格を教えていた。

贈収賄事件の構図

 寺木氏は他に少なくとも会津地方の業者2社に予定価格を教えていたという。管理システムにアクセスし、自身が担当する以外の事業も閲覧し伝えた。逮捕後に懲戒免職となり、現在は実家の農業を手伝っている。

 本誌は3月号で、関係者の話として、寺木氏と上野氏が父親の代から接点があること。寺木氏が猪苗代湖畔にプライベートビーチを持ち、マルト建設が社員の福利厚生目的でその場所をタダ同然で使っていたと伝えた。裁判では、プライベートビーチが寺木氏と上野氏を結びつけたことが明らかとなった。

 寺木氏は初公判で収賄を認めるか聞かれ、「間違いありません」と答えたうえで次のように述べた。

 「(受けた接待は)マルト建設がビーチを使うことについて、管理人を紹介したことに対するお礼も含まれていると思います」

 ビーチは猪苗代湖西岸の会津若松市湊町にある。寺木氏の実家の近所だ。5月上旬、筆者は湖岸を訪れた。キャンパーたちのテントが張られている崎川浜から猪苗代湖を右手に北に向かい、砂利道を3分くらい歩くと「聖光学院所有地 一般の方は立入禁止」との看板が出てきた。ゲートとして金属製の棒が横に掛けられ、通れなくなっていた。

横浜市の「聖光学院」が所有するプライベートビーチの入り口。マルト建設は管理人に使用を許された寺木氏を通じて使っていた。
横浜市の「聖光学院」が所有するプライベートビーチの入り口。マルト建設は管理人に使用を許された寺木氏を通じて使っていた。

 「聖光学院」とあるが、伊達市の甲子園常連校ではなく、神奈川県横浜市にある中高一貫の学校法人だ。

 寺木氏の法廷での証言によると、ビーチには聖光学院の合宿施設があり、毎夏生徒たちが訪れていたが、震災・原発事故以降は使われていなかった。寺木氏の両親らがビーチに水道設備を作り、生徒らの食事や洗濯を世話していた縁で、寺木家はビーチを無償で使用できるようになったという。小学校時代の寺木氏にとっては格好の遊び場だった(検察官が読み上げたビーチ管理人の供述調書と寺木氏の証言より)。

 寺木氏と上野氏は少なくとも2006年ごろから担当工事を通じてお互いを知った。10年ごろにビーチの近くで2人はばったり会い、上野氏はゲートに閉ざされた聖光学院のビーチを寺木氏が自由に使える理由を聞いた。事情を知った上野氏は、マルト建設の社員たちもビーチを使えるように所有者と管理人に話を通してほしいと頼んだ。

 寺木氏は「今年も使わせてほしい」と上野氏から連絡を受けると、「マルト建設が使うからよろしく」と近所に住む管理人に伝える仲になった。

 これを機に、2011年ごろから寺木氏は、マルト建設が新年会として郡山市やいわき市のゴルフ場で開いているコンペに招かれるようになった。費用は同社の接待交際費から捻出。県職員と公共事業の受注者が一緒にゴルフをプレーすれば疑念を抱かれるので、寺木氏は実在する同社取締役の名前を偽名に使わせてもらい参加した。

 寺木氏によると、マルト建設の棚木氏に予定価格を教えたのは2019年の夏か秋ごろからだった。仕事の悩みを相談する間柄になり、恩を感じて教えるようになった。裁判ではこれ以降に贈収賄罪が成立したとされ、寺木氏と上野氏は罪を認めている。ただし、どの入札に価格漏洩が反映されていたかは、検察側は公判で言及しなかった。

 入札不正は根深い。寺木氏が初めて業者に予定価格を教えたのは2008、09年ごろ、別会社の社員Aに対してだった。寺木氏はAに人間関係や仕事の悩みを相談し、助言を受けていた。「Aさんしか頼れる人がいなかった」とも。そのうち「設計金額を教えてほしい」と請われ、断れなくなった。その後も複数回教え、さらに別の2社の社員にも教えるようになった。

明確になった「ライン」

【明確になった「ライン」】上野氏と寺木氏が接近するきっかけとなった猪苗代湖西岸。プライベートビーチは林の向こうにある。
上野氏と寺木氏が接近するきっかけとなった猪苗代湖西岸。プライベートビーチは林の向こうにある。

 マルト建設の棚木氏に教えるようになったのは、会津坂下町のある業者の社員の紹介だった。寺木氏は限られた営業担当者に教えたはずの予定価格が、他の業者にも広まっているのを薄々感じていたという。

 棚木氏は当初、上野氏と同じく寺木氏への贈賄の疑いで逮捕されたが、実際に裁判で問われた罪は公契約関係競売入札妨害だった。2021年に県会津農林事務所が入札を行った事業に関し、寺木氏から得た情報を自社ではなく、個人的に親しかった会津若松市のB社の営業担当者に教えていた。同様の工事が前回は応札する業者がおらず不調だったこと、今回はB社のみの応札だったことから、棚木氏は教えるハードルが下がっていたと振り返った。

 本誌の取材に応じたB社の役員は「棚木氏が県職員から予定価格を教えてもらっているとは夢にも思わなかった。日々向上を重ねている積算の技術で落札したもの」と話した。

 業界関係者は「今は積算ソフトの性能が向上し、高い精度で予定価格を割り出せる。警察沙汰になるようなリスクを犯し、公務員から予定価格を教えてもらうのは割に合わない」と業界の常識を話す。

 寺木氏は、個人的な相談をきっかけに各社の営業担当者らと親しくなり、予定価格漏洩の「穴」となった。マルト建設の棚木氏はそのうちの1人。同社前社長の上野氏は、プライベートビーチの使用を契機に寺木氏に接近し、受注業者と公務員の不適切な関係を問われた。

 贈収賄と入札妨害の関係を一つひとつ紐解くのは困難で、当事者も全体像はつかめていないだろう。ただ言えるのは、公務員は予定価格の漏洩、民間業者はその公務員と疑念を抱かれる関係を持つことが「越えてはいけないライン」ということだ。

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